UFOアガルタのシャンバラ 日本は津波による大きな被害をうけるだろう

コンタクティやチャネラーの情報を集めています。

4メートルの宇宙人に遭遇したという事例は、私が1987年、8年ごろ、共同通信社浦和支局時代に電話で実際に取材した「実話」なのである。(1)

 

 

『異次元ワールドとの遭遇』

今そこにある超リアル!

布施泰和     成甲書房  2010/11/19

 

 

 

<UFOとのテレパシー交信に成功>

・ここで第1回目のコンタクトが終了した。「しばらく休憩しましょう。次回は午前3時半から、本格的なUFOの大群が来ます」と秋山氏が言うと、参加者はトイレ休憩を取った。

 午前3時半ごろ、2度目のコンタクトが始まった。ここからの証言は個々人により微妙に異なるのだが、複数の光体が出現したのは間違いないようであった。まさに「乱舞状態だった」と。参加者のほぼ全員が言う。なかには秋山氏とともに、巨大な母船と小型船3隻を目撃した人もいた。その母船は全長1キロ以上ある巨大UFOだったという。

 しかしこの晩のハイライトは、何と言っても参加者全員がUFOとの「テレパシー交信」に成功したことであろう。きっかけは、UFOが参加者の懐中電灯に応えるかのように明滅を繰り返したことであろう。そこで秋山氏はUFOとの交信が可能と判断、参加者全員に「UFOに質問してみましょう。聞きたいことがありますが」と呼びかけたのである。秋山氏によると、出現したUFOは太陽系の中の土星基地から来た巨人族の宇宙人で、世界中の神話や伝説に残る巨人族はたいていの場合、この土星の巨人族のことなのだという。

 

<神奈川県のヤビツ峠で開催されたUFO観測会>

<UFO観測の注意事項>

・いったい秋山氏はどれだけ宇宙人と親密な関係があるのだろうか。呼びかけると、テレビ局の生放送中でもUFOが現れるというのは尋常ではない。

 

<巨人族とグレイ>

――地球にピラミッドを建造した背景には、宇宙戦争があったという話を誰かから聞いたことがあります。この宇宙戦争とは何ですか。そのような戦争があったのですか。

「地球人には戦争好きがいますから、すぐに宇宙戦争だといって興奮しますが、『スターウォーズ』のような惑星間のドンパチはありませんでした。ただ、2種類の宇宙人の対立があり、地球の人間がそれに巻き込まれて戦争を起こしたということはあります」

 

――2種類の宇宙人の対立があったのですか。

「グレイ・タイプの宇宙人と巨人族系宇宙人の対立です」

 

――グレイと巨人族?

「グレイは恐竜から進化した宇宙人で、硫黄や鉄がないと生きていけません。沼地に棲む河童がまさにグレイです。生臭い匂いがします。グレイのように、爬虫類・両生類から進化した宇宙人をペルと呼んでいます。

 一方巨人族は、身長4メートルの巨石文明を持つ宇宙人で、犬や鹿などから進化しました。ダイダラボッチナガスネヒコギリシャ神話のサイクロプスがそうです。山の上などに巨石を使って保護シールドを築いて暮らしていました。彼らは保護シールドがないと生きていけませんでしたから、常にヘルメットを被っていました。それが一つ目の巨人に見えたので、サイクロプスとも呼ばれていました。犬や熊、鹿、ライオンなどから進化した、巨大な宇宙人をゲルと呼びます」

 

――人間はどちらにも属していませんね。

「ええ、ラットやサルなどの哺乳類から進化したヒューマノイド系の宇宙人はこれとは別で、人間のように哺乳類のサルから進化した宇宙人をエルと呼びます」

 

――進化のパターン?

「ええ、この大宇宙では、ペルが進化するのが普通なんですね。恐竜が地上を支配し、二足歩行になって進化して文明を築く。ところが地球は隕石のせいで恐竜が絶滅してエルが地上の支配者となった。そしてごく稀になんですが、エルが滅ぶとゲルが支配者になるわけです」

 

――自然の状態ではペルが進化するケースが圧倒的に多いのですが、地球人としては衝撃的な事実ですね。

「そうです。大半がペルになります。ところが地球では、さらに誤作動が発生するのです」

 

<地球で起きた誤作動>

――誤作動?地球で何が起きたんですか。

「隕石が地球に落下して恐竜が死滅した後、まだエルが地上の支配者となるのかどうかわからない段階で、宇宙法上違反なのですが、緊急避難的にゲルの宇宙船が地球に不時着したのです」

 

――宇宙法違反ですか。

「他の惑星の進化の自由選択を犯してはならないという宇宙法みたいなものがあるんです」

 

――すると、不時着そのものが宇宙法違反だった?

「それ自体は緊急避難的なものだったのでやむをえなかったのでしょう。ところが、ゲルが使った通信波によって、地球上のサルに急激な変化が起きてしまったんです」

 

・「ペルは地球にあからさまに干渉し、そしてゲルも、サルから進化した地球人に宇宙文明を教えました。世界中にその痕跡が残っていますね。もっとも顕著な痕跡がエジプトのピラミッドとスフィンクスです」

 

――スフィンクスはゲルの象徴でもあったんですね。そういえば、古代エジプトでは、頭がジャッカルで体は人間と言うアヌビス(エジプト神話に登場する冥界の神)が、ピラミッドの壁面に描かれていますね。

「ええ、あと世界中の洞窟にも、サイクロプスのような巨人が描かれています」

 

・「そうです。ペルは直接戦争したわけではありませんが、人間に鉄製の武器を与えたりして、ゲル系の人間と戦うように仕向けたりもしたんですね。少なくとも、ゲルの嫌がるようなことをした。日本の神話では、似たような話がヤマタノオロチ伝説や桃太郎伝説に描かれています。鉄の剣を与えて、巨人を退治させた話がそうした伝説として残ったんです。ジャックと豆の木もそうですね。空の上で平和に暮らしていた巨人を、ジャックが一方的に殺してしまうんですから。ゲルはすでに話したように山の上で、つまり雲の上で巨石の保護シールドの中で暮らしていました」

 

・秋山氏が語ったこの驚異の物語について、私は肯定する証拠も否定する証拠も持ち合わせていない。ただ私は、長年の付き合いから秋山氏が私にウソをついたりからかったりしているのではないことだけはわかっていた。おそらく私たちが知らない地球の歴史には、「誤作動」がたくさんあったのだろう。その一つが宇宙人による介入であったのかもしれない。

 和解の日とされた2008年6月24日、空は限りなく晴れて、太陽の周りには丸い虹を連想させるような、大きくてはっきりとした光の輪が出ていた。

 だが果たして、本当に宇宙的な和解がなされたのか。和解内容に不満を持つ分子はいないのか。和解があってもなお、地球規模の大掛かりな陰謀を彷彿させるような争いが絶えないのはなぜなのか。地球に介入してきたという2つのタイプの宇宙人の和解が実質の伴う本物であり、よりよい地球になるための確実な一歩であったと祈ってやまない。

 

<尖山とUFOの目撃証言>

・この話を聞いて私がすぐに思い出したのは、北アルプスの麓、富山県立山町横江にある尖山(559メートル)であった。竹内文書で古代ピラミッド(太陽神殿)と紹介されている。まさにギザのピラミッドのような形をした山だ。1984年、共同通信社富山支局長時代に、当時の富山大学山口博教授と調査したことがある。そのとき驚いたのは、尖山周辺でのUFO目撃情報の多さであった。特に衝撃的だったのは、地元の人の次のような目撃証言であった。

 

「昭和55年(1980年)2月21日午後8時ごろのことです。

 雲ひとつない夜空に、星が鮮明にきらめいていました。富山から帰宅途中、立山町横江あたりに来ると、尖山のてっぺんにオレンジ色の光を発見、停車しました。同乗者はほかに二名いました。

 尖山の頭上いっぱいに燃え上がっている炎のようにも見えました。しかし煙は立っていない。よく見ていると、「炎」が二分されたり、また元通りになったりもしていました。

 近くの友人宅まで行き、その友人一家5人を案内して、再び現場に戻りました。尖山は依然、燃えています。凍てつく寒さの中で、なおも眺めていると、「炎」の中から、ちょうど電球のようなものが落下しました。「あっ」と皆が声を上げました。その球だけはオレンジ色でなく、白光色でバーレーボールくらいの大きさに思えました。その玉がどこへ行ったのかまったくわかりません。

 後日、尖山に登った人に尋ねると、焼けた跡は見当たらないと言っていました。あのオレンジ色の光、炎は何だったのでしょうか。あの日は午後11時ごろでもまだ目撃できました。残念ながら何時に消えたのか、誰も確認していません」

 

・これは当時55歳だった船尾美津子さんの証言であった。まさに尖った山の頂上に停泊するUFOの目撃証言にほかならないではないか。

 尖山からほど近い立山町千寿ケ原に住む佐伯金蔵さんが見たUFOも凄いものだった。佐伯さんが夜、車を運転していたら、対向車線にまばゆいオレンジ色の光が見えた。「最初はオートバイのライトだと思ったのです」と佐伯さんは言う。ところが車のライトにしては10倍ぐらい明るい。近づくとそれは、オレンジ色というよりキラキラ輝く白光色の球体で、道路の上をくるくる回転していた。佐伯さんがさらに近づくと、何とその物体は猛スピードで上昇、夜空に消え去ったという。

 

<「神」が降り立つ場所>

・このほかにも尖山周辺でのUFO目撃情報はたくさんある。もし尖山がピラミッドと同じ役割を果たしており、ピラミッドがUFOの停泊場であるならば、UFOの目撃が多いのもうなづける。

 秋山氏の説明は続いた。

「日本にもピラミッドはあるのです。布施さんが登られた位山もそうですね。いわゆる神奈備型の山(編注:神が天から降りてくる場所として信仰された山や森)は、ほとんどがそうだと言って間違いないでしょう。静岡県の高根白山もピラミッドの本殿です。藤枝市のビク石はその拝殿になります。下田富士なんかは完全なピラミッドですね。同じ下田市の寝姿山はジッグラト(編注:古代メソポタミアに特有の、階層のあるピラミッド型の宗教建造物)です」

 この説を採っているのは、秋山氏だけではない。『竹内文書』の研究者であった酒井勝軍(1874~1940)は、1934年に広島県庄原市の葦嶽山に登ったとき、葦嶽山の山頂に「ストーンサークル(円形磐境)」と磐座を、その近くには拝殿とみられる巨石群を発見し、日本にもピラミッドがあったと宣言した。

 遠くからでも見える高く尖った山とそれを見上げる巨石の拝殿があり、その山の頂上にはストーンサークルや巨石群がある、そうした複合体がピラミッドであると酒井は主張する。

 酒井や秋山氏の主張が正しいとすると、世界各地に神が降りてくる、もしくはUFOが停泊しにやってくる本殿と拝殿の複合体があったことになる。

 

・そういえば、秋田県大湯のストーンサークルとそこから見える均整の取れた黒又山の関係は、エイヴベリーのストーンサークルとシルベリー・ヒルの関係に似ている。また横江の尖山と近くの台地である天林の関係は、ストーンヘンジとその北に横たわる全長2.7キロの周壁遺構カーサスの関係にそっくりのように思われる。尖ったような円錐形の山、ストーンサークル、滑走路のような台地、立石などの巨石群――いずれも空からなら形がはっきりとわかるこれらの複合的施設は、UFOの停泊に必要な要素だったのかもしれないのだ。

 

<異次元世界の出入り口?>

・UFOとストーンヘンジとピラミッドに関連して、さらにユニークな意見も紹介しておこう。

私のブログ仲間であるマダム白鳥さんが教えてくれた説だ。

 白鳥さんには特殊なチャネリング鑑定能力がある。白鳥さんによると、鑑定をすると決めた瞬間から「異次元の窓」が開いて、鑑定対象者に関連する惑星の生命体や守護霊が現れたり、関連情報が溢れ出たりする、そしてそうした情報を鑑定対象者に伝えないと気が晴れないのだという。

 私がイギリスで撮影してきたエイヴベリーやストーンヘンジの写真を見て彼女が言うには、やはりストーンヘンジはUFOの一種の基地のようなもので、UFOはピラミッドなど尖った山やストーンサークルのような巨石群の上空の「先端」を目指してやって来るようだという。

 特に白鳥さんの「説明」で面白かったのは、ストーンヘンジのヒールストーンの写真を見せたときだ。ヒールストーンとは、ストーンヘンジの堀と土塁による周壁の北東正面入り口のすぐ外側に立っている巨大な立石である。ストーンヘンジの中心部から観察すると、夏至の日に太陽はヒールストーンの向こう側の地平線から昇る。そして冬至の日の太陽はヒールストーンから見て、ストーンヘンジ中央にある「グレートトリリトン」という特別な組み石の間に沈んでいくのだ。

 

・白鳥さんはさらにこう続けた。ストーンヘンジのそばにはかつて巫女のような人がいて、UFOとテレパシー交信し、「ランデブー」の日時を決めて人を集めた。そのためにも日時計と暦は必要であった。そしてその決められた日時になると、村人が大勢集まり、UFOが来るのをお祭りなどして待ったのだという。すると、秋山氏がヤビツ峠付近でやったようなUFO観測会を、古代の人々は日常茶飯事、もしくは年中行事のように実施していたことになる。

 山や巨石群などのピラミッド型の尖った先端の上空にやって来たUFOについて、白鳥さんはこうも言っていた。「UFOはそこからどうも別の世界へと移動していたようです。地下世界とかシャンバラ(編注:地底の国アガルタの首都)のような世界でしょうか。別の世界への出入り口みたいです」

どうやらまだまだ私たちには解明できないような秘密が、ピラミッドやストーンヘンジには隠されているようである。

 

<真実は語り継がれる>

・実は冒頭に掲げた4メートルの宇宙人に遭遇したという事例は、私が1987年、8年ごろ、共同通信社浦和支局時代に電話で実際に取材した「実話」なのである。そのときの取材ノートをなくしてしまったので、細部で記憶違いはあるかもしれないが、覚えている範囲でその目撃談を紹介しよう。

 場所は九州地方のある島(確か福岡県の志賀島)。若い会社員のグループが3、4人が夜、海岸にいたところ、流れ星のように輝く球体状のものがゆっくりと岬の向こう側に消えるのを見た。彼らは最初、隕石が落下したのかと思って、落下したと思われる岬の向こう側まで見に行ったのである。ところがその場所で見たものは、何と身長4メートルはあろうかという巨人であった。さらに驚いたのは、彼らを見た巨人はこう言ったのだ。「われわれは、この星で言うならば学生のようなものである」

 それは紛れもなく日本語であり、ただどことなく、不自然で、機械のような抑揚だったという。巨人はそのままどこかに姿を消した。目撃した彼らはただただ、その場で茫然自失の状態で立ち尽くしたという。

 笑い話のようにも聞こえるこの話をしてくれた若者は、いたってまじめで、ウソをついている感じはまったくしなかった。その若者によると、その巨人は肩幅があって首がない、逆三角形のような形をしていたという。当時の私には宇宙人の分類などができようがなかったが、今なら、どうやら秋山氏の言う、「宇宙服」を着た巨人族のゲルではなかったかと思うのである。そのような姿の「宇宙人」は、サハラ・タッシリ高原の岸壁でも見つかっている。「白い巨人」や「大いなる火星神」と呼ばれる先史時代の巨大壁画である。北海道・フゴッペの洞窟にも、白い巨人」に似た人物の絵が描かれている。

 

・おそらく御伽噺に出てくる浦島太郎も、そのような驚くべき体験をした1人であったのだろう。今でこそ「助けた亀に連れられて竜宮城に行った」ことになっているが、この浦島太郎の御伽噺が書かれた室町時代よりも遥かに前の奈良時代には、「浦島」は大空の彼方よりやって来たた五色に輝く亀とともに、すばる(プレアデス)や雨降り星(アルデバラン)の人々に出会った物語として『丹後国風土記』に記されているのである。

 しかし、一人の漁師が夜空に瞬く星の住人の歓待を受けたなどという話は当時の人たちにはまったく理解できなかったであろう。真実を語った「浦島」の物語は、当時の人にも理解できるように改竄され、亀に乗って海の底の竜宮城へ行ったことにされたのだと推察される。それでも「浦島」の語った真実の一部は、ちゃんと現在にも語り継がれたのである。

 真実を語るものが続けば、やがてはこのウソや虚構に満ちた世界でも真実があふれ出すようになるかもしれない。そのとき初めて、私たちのすぐそばにある異次元世界の扉が大きく開け放たれ、その真の姿が明らかになるのだと信じている。

 

 

<●●インターネット情報から●●>

「ひもろぎ逍遥」というウェッブサイトから引用しました。

安曇族と志賀島(3)

 

UFOが離発着していたんですって

「金印公園の裏の山を松尾山というんですがね、

昔、漁師さんたちが火の玉を見たというんです。

 

当時はUFOという言葉が無かったでしょうが。

だから火の玉と言ったと思うんですが、

白く光る大きなものが、松尾山の上に留まって、

すうっと降りて行ったと、何人もの人が言ったとですよ。

博多湾に漁に出てですね。」

 

「へえ、松尾山ですか。地図には名前が載ってませんね。」

「松尾山には神社があったんですが、登るのが大変で、

年に一度、注連縄を変えに行ってましたが、今は麓に下りています。

私も、その辺りを見たんですが、石ころだらけでしたね。」

「で、いつのことですか?」

 「昭和18~20年頃ですね。」

「今は出ないのですか?」

 「今は出ませんね。最後の情報は知り合いが志賀地区から弘地区に向かう道路から、

UFOが飛び立つ所を見たと言ってましたね。」

「そうなんですか。」

私ははっとしました。あの光少年がUFOに乗った話と時代が近い。

「名島にもUFOが出ていたそうですよ。昔、火力発電所があったんでしょう。」

「ああ、ありましたね。」

「そこに熱湯が流れるプールがあって、宇宙人が入浴していたそうです。」

「宇宙人がですか(笑)」

「それが、昔の新聞に書いてあるんですよ。警察沙汰になったらしくって。

昔はおおらかだったんでしょうね。」

「そうですか」

そう、その宇宙人は宇宙スーツを脱いでいたと聞いたんですが、そこまでは言いませんでした。

さすがに、スーツは私も信じ難かった。

でも、グレイタイプの宇宙人ってスーツを着ているんですってね。

ネットの噂を見ると書いてあった (+_+)

この話を光さんから聞いたのは、頭蓋骨に入っていたチップがレントゲンに写っていて、

死後解剖を頼まれたという話題から、そんな話になったんですね。

この記事をどこかに書きました。

むむ。

そうすると、志賀島の山の上に基地を持っていたUFOは

博多湾をうろうろとしていたか…。

そう言えば、近年は香椎宮の近くで見かける人がいるけれど。

まだまだ、UFOに会えるかも ^^

 

 

<●●インターネット情報から●●>

ウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)によると

 

「阿曇氏」

阿曇氏(あずみうじ、安曇氏)は、「阿曇(安曇)」を氏の名とする氏族。

 

海神である綿津見命を祖とする地祇系氏族。阿曇族、安曇族ともいう。

 

古代日本を代表する海人族として知られる有力氏族で、発祥地は筑前国糟屋郡阿曇郷(現在の福岡市東部)とされる。古くから中国や朝鮮半島とも交易などを通じて関連があったとされ、後に最初の本拠地である北部九州の福岡志賀島一帯から離れて全国に移住した。この移住の原因として、磐井の乱白村江の戦いでの安曇比羅夫の戦死が関係しているとの説がある。

 

安曇は海人津見(あまつみ)が転訛したものとされ、津見(つみ)は「住み」を意味する古語とする説もあり、その説だと安曇族はそのまま「海に住む人」を示す。

 

ウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)より

志賀海神社(しかうみじんじゃ)は、福岡県福岡市東区志賀島にある神社。式内社名神大社)。旧社格は官幣小社で、現在は神社本庁別表神社

 

全国の綿津見神社、海神社の総本社を称する。古代氏族の阿曇氏(安曇氏)ゆかり地として知られる。

 

祭神は、次のように左・中・右殿に主祭神が各1柱、相殿神が各1柱が祀られている。主祭神の3柱は「綿津見三神(わたつみさんしん)」と総称される。

左殿:仲津綿津見神(なかつわたつみのかみ) 左殿相殿:神功皇后(じんぐうこうごう)

 

中殿:底津綿津見神(そこつわたつみのかみ) 中殿相殿:玉依姫命(たまよりひめのみこと)

 

右殿:表津綿津見神(うはつわたつみのかみ) 右殿相殿:応神天皇(おうじんてんのう)

 

 

 

『宇宙人の柩』  日本人脳外科医が衝撃の告白!

鈴木龍成、竹本良  明窓出版  1997/8

 

 

 

・今年(1997年)に入ってからのことだ。

 それは一本の電話から始まった。某大手出版社のB誌編集部員であり、親しくさせていただいている長浜淳之介氏が、NASAの施設でETの死体を見たという日本人医師がいるといってきたのだ。

「何? それはほんとうか?!」

 唐突な話であったため、私が、長浜氏に思わず聞き返したのだった。しかし驚いたことに、それと1週間と違わず、私の年来の友である出版プロデューサーの横田久哉氏に、ある政治家の新年会でお会いした時、彼が全く同じ話をしてくれたのだ。

 

・「ええっ?ひょっとしてそれ、○○○○(有名な病院名が入るところ、医師としての職業上、そして本人の身の都合上さけています)の鈴木龍成氏(仮名)の事?」

私が身を乗り出してたずねると、横田氏はうなずいたのである。

 

NASAの研究施設で「ETの死体を間近で目撃した」と証言する日本人医師が現れた。1992年にNASAで宇宙航空医学の専門家として派遣されていた時、ある部屋で2時間ほど冷凍ガスで保存されたETを目撃したというのだ。背丈は140センチ位、頭が異常に大きく、腕は細く長い、血管は地球人よりも太く、緑色。性器は退化しており、骨格もあり、肌はゾウのそれに似ている。いわゆるグレイタイプであったという。更にドクターKは男女判別つけがたい、生きているETとも会話したと語った。そのETは我々が白鳥座61番星と呼んでいる星から来たことが判明、腰につけた自動翻訳機で対話したという。こちらは一般にアダムスキータイプと呼ばれているものであり、ゲイ・ペッツの描いた「金星人の姿」にそっくりな風貌、ただ目鼻がもう少しくっついていたというのだ。-中略―その他、全身がガン化したことその腫瘍の写真(ETは皮膚ガンになりやすいという)、実験室の見取り図、国務長官の確認書、反重力装置の一部を見せてくれた。ドクターKは「これらは20~30年内に周知の事実となるだろう」と述べた。

 ドクターKとは鈴木龍成氏のことである。

 

 

 

『光速の壁を越えて』

エリザベス・クラ-ラー  ヒカルランド  2016/4/30

ケンタウルス座メトン星の【宇宙人エイコン】との超DEEPコンタクト

 

 

 

<息子に付けた特別な名前>

・「ここメトン星では、時間はまったく重要でありません。夜も昼もなければ、「時間を区切る単位もありません。事実、今あなたが浸かって、光のより高い振動周波数はあなたの加齢プロセスは高い帯域の周波数においては適用されません。そこでは、時間の流れ、そして人間の寿命が変わってくるので、メトシェラの神話は見劣りするでしょう。人類は、電磁的特性によって永遠の命を得ることができます。ただ電磁エネルギーを強化してそれを固守することで、人々は純粋な思考と愛によって7年毎に自己を肉体的に更新できるのです。

 

・祝賀会はエイコンの家で催され、この偉大な文明の多くの人々がはるか彼方からやって来た。彼らは皆エイリングを愛してくれた。幼い息子の美しさは目を見張るものだった。高い知性と完璧な態度は大人たちにも感銘を与え、彼らは息子を白鳥座へと連れて行きたがった。

「地球のような惑星の女性としては、素晴らしい成功です。銀河の私たちのところにエイリングに訪問してもらいたいです。彼は偉大な科学者になって、私たちの文明に恩恵をもたらすことでしょう」と彼らは言った。

白鳥座は遠すぎるわ。地球からデネブまでは少なくとも1500光年もあるわ。琴座のベガの方がずっと近くて、地球からわずかに26光年ほどよ。息子を白鳥座まで連れて行かないで!あの星座には超新星ができるわ」と私は彼らに言った。

「心配することはありませんよ。私たちはそんなつもりで言ったわけではありません。あなたが望まないなら、白鳥座に連れて行きませんよ。ただ、その地域で超新星現象が起こると言うあなたの予言に、私たちはとても興味があります。あなたは問題の恒星に気づいているのだと思います。あなたの未来に関する直感と知識は高まっていますね」

 

 

 

『知っておきたい世界の幽霊・妖怪・都市伝説』

一柳廣孝  西東社   2008/7

 

 

 

三島由紀夫 天才小説家の怪奇な死>

<英霊に導かれた死>

・1970年、陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地で演説をして自衛隊にクーデターを促し、その後に割腹自殺をした「三島事件」は世間に衝撃を与えた。彼の死に関しては、その友人から奇妙な話が伝わっている。

 

・自殺した年の正月に三島邸で行われた新年会の際、霊感の強い者が三島由紀夫の後ろに青い影を見て、それを三島に告げた。三島が影に向かって「磯部か?」というと、その影は消えたという。磯部というのは陸軍軍人の磯部浅一という人物で、2・26事件に関与して銃殺された。三島由紀夫の思想にも強い影響を与えた人物だそうだ。友人はこのような霊にとり憑かれていたら大変だからと、お祓いを勧める。それを聞いた三島は「『英霊の聲』を書いているときに、半分居眠りしてるのに筆だけが動く。でき上がったのを見て書き直そうとしても、どうしても何か、書き直せない力が働いていた」と思い当たるふしについて語ったという。

 

・『英霊の聲』は、2・26事件の青年将校たちの霊が天皇に対する無念を語るという内容である。この話を踏まえると、三島由紀夫は、磯部浅一の霊に導かれて死んだとも考えられるのではないだろうか。

 また、三島が自殺した市ヶ谷駐屯地では、たびたび三島由紀夫の幽霊が目撃されたという。

 

マリリン・モンロー 演技をし続けた苦しみの人生>

<謎の死をとげた世紀の女優>

・ハリウッドにあるルーズベルトホテルには、マリリン・モンローの幽霊が出るという話がある。1950年代からアメリカのセックスシンボルとして有名だった彼女は、1962年に突然亡くなり、世間に衝撃が走った。睡眠薬の大量服用による自殺という説や、何者かに殺害されたという説など、その死は謎に包まれたままだ。

 

マリリン・モンローの幽霊は、よくルーズベルトホテル内を徘徊しているのだという。また、地下に飾られている、マリリンが愛用したという鏡には、マリリンが映ることがあるそうだ。プールサイドに水着姿のマリリンが歩いているのを目撃した人も多数いる。そんなことから、ルーズベルトホテルには、マリリン・モンローの幽霊見たさに来る客が絶えないそうだ。

 

マリリン・モンローは実際は聡明な女性で、世間に求められている「セックスシンボルとしてのブロンド美人」というキャラクターとのギャップに悩んでいたとされている。また、本当はブロンドではなく、褐色の髪だったということも知られている。その鬱屈から逃れるために、彼女はアルコールや恋愛に依存していったのだという。

 

アドルフ・ヒトラー  録音された独裁者の声>

<大量虐殺を謝罪する声>

・第2次世界大戦を引き起こす原因をつくり、敗北直前に自殺したアドルフ・ヒトラーは、ユダヤ人を大量虐殺したことで有名な人物だ。そのヒトラーの霊の声が録音されたテープがあるという。第2次世界大戦から15年ほど経ったある日、スウェーデン市民が購入した新しいテープに奇妙な声が録音されているのに気づく、よく聴いてみるとそれはドイツ語で、ドイツ人に聴かせたところ、ヒトラーの声に間違いないということだった。そして、その声は、ユダヤ人の大量虐殺を謝罪していた内容だったという。

 

 

 

仮面の告白

三島由紀夫  新潮文庫   2003/6

 

 

 

三島由紀夫の作品における「仮面の告白」の中のフリーメーソン

・「夜、私は床の中で、私の周囲をとりまく闇の延長上に、燦然たる都会が浮かぶのを見た。それは奇妙にひっそりして、しかも光輝と秘密にみちあふれていた。そこを訪れた人の面には、一つの秘密の刻印が捺されるに相違なかった。深夜家へ帰ってくる大人たちは、彼らの言葉や挙止のうちに、どこかしら合言葉めいたもの、フリ-メイソンじみたものを残していた。また、彼らの顔には、何かきらきらした直視することの憚れる疲労があった。触れる指先に銀粉をのこすあのクリスマスの仮面のように、彼らの顔に手を触れれば、夜の都会が彼らを彩る絵の具の色がわかりさうに思はれた。やがて、私は「夜」が私のすぐ目近で帷をあげるのを見た」。