UFOアガルタのシャンバラ 日本は津波による大きな被害をうけるだろう

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「イナリ(稲荷)神社がじつは「イエスキリスト神社」であったこと、日本神道とユダヤ教は同祖であること(神道ユダヤ教同祖論)」と語られています。(1)

 

 

『日本の中のユダヤ文化』

聖書に隠された神道のルーツと極東イスラエルの真相

保有政  学研  2003/7

 

 

 

<古代日本にはイスラエル人がやってきた>

<イナリ神社はインリ神社>

・つぎに、「アメノミナカヌシ、クニノトコタチ、トヨウケ、ウカノミタマは同じ神の別名である」ことについて、最後の「ウカノミタマ」について見てみよう。

 ウカノミタマとは、稲荷神社の神のことである。稲荷大神をウカノミタマという。イナリ神社は、日本でもっとも数が多い。日本でもっとも

人気のある神社といっていいだろう。

 イナリ神社を作ったのも、秦氏である。全国のイナリ神社の頂点に立つ京都の伏見稲荷大社を秦公伊呂具が立てたのが、711年。

 

・その羊太夫に関し「インリ」の文字(ユダヤ人の王ナザレのイエス)の刻まれた古銅券が発見されたことも、先に述べた。

 

・漢字の「稲荷」を見ると、稲と関係があるように思うだろうが、本来、稲とはまったく関係がない。「稲荷」の感じは、空海が創作した稲の話から来ている。しかしイナリ信仰は、空海以前からあった。

 ちなみにイナリ神社というと、白キツネを思い出す方も多い。このキツネも本来、イナリ神社とはまったく関係がない。キツネも、空海が持ち込んだものである。本来のイナリ信仰は、もっと別の形態のものだった。

 

・「伊奈利」は、外来語に当てはめられた万葉仮名なのである。つまり「イナリ」は、もとは古代キリスト教徒たちが使っていた言葉「インリ」ではなかったか。

 というのは「インリ」の「ン」の部分は、もとは「ナザレ」の頭文字である。秦氏は「ン」という発音よりも、母音も含めた「ナ」のほうを好み、「イナリ」を使っていたのではないか。すなわちイナリ神社は元来“ユダヤ人の王ナザレのイエス神社”だった、と考えるわけである。

 

・また日本の神社は、非常に古代ユダヤ的な礼拝所形式を持っている。拝殿があり、奥には本殿がある。その構造は古代イスラエルの神殿と同じだ。また神社の本殿には偶像がない。入り口に鳥居があり、その近くに手水舎があって、禊ぎをする。

 こうした神社の特徴は、ユダヤ的な礼拝形態を保っていた古代東方キリスト教徒たちにとって、違和感のないものだった。各地で、礼拝所となるものを捜していた彼らは、日本で神社というものを見つけた。これは、キリスト教の礼拝所にもなり得ると、彼らは感じたのである。

 何を拝むかを明確にしさえすれば、日本の神社は、ユダヤ教の礼拝所にもなり得たし、またキリスト教の礼拝所にもなり得た。つまり秦氏らが作ったイナリ神社は、もとは“イエス・キリスト神社”だったのではないか、と思えてくるわけである。

 

<大酒神社もイエス・キリスト神社>

・じつは“インリ神社”すなわち“ユダヤ人の王ナザレのイエス神社”は、ほかにもある。京都に、やはり秦氏の作った神社で、「大酒神社」というのがある。その由緒書には、それは昔、「大辟神社」といったとあるが、これは中国で昔ダビデを意味した「大闢」の略字であるといわれている。

 研究家の間では、この神社は“ダビデ神社”と呼ばれている。

 

・つまりこの神社も、キリスト教信仰を持っていた秦氏が、イエス・キリストを拝むために作った礼拝所だったといえるわけである。

 

・このように、京都・太秦の大酒神社=ダビデ神社は、“イエス・キリスト神社=インリ神社”でもあったのである。同様に秦氏のつくったイナリ神社は“インリ神社=イエス・キリスト神社”だった。

 

<イナリ神社における三位一体神信仰>

・イナリ神社は、はたしてインリ神社なのかということについて、さらに検討を加えてみよう。

 イナリ神社の中心――京都の伏見稲荷大社では、かつて稲荷山に下社、中社、上社の三社があって、三神を祀っていた。今も主神は三神、宇伽之御魂(下社)、佐田彦大神(中社)、大宮能売大神(上社)である(下社の神がもっとも中心)。

 三神を祀るというのは、先ほどのキリスト教の「三位一体神信仰」を思い起こさせる。じつは、神社は昔はどこも三神を祀っていたという。それが正式だった。今も古式ゆかしい神社は三神を祀っている。

 伏見稲荷大社の三神のうち、「宇伽之御魂」は、前述したように豊受大神天御中主神と同じ神であり、「聖書がいう父なる神ヤハウェ」と同一視される。ウカ=ウケ(食物)は、ヘブル・アラム語のウケ(食物)と同じであり、それは“食物を豊かに与えて下さる神様”の意味だとも述べた。

 

<日本最初のイナリ神社と古代キリスト教

・じつは日本最初の稲荷神社は、和歌山県有田市の「糸我稲荷神社」だといわれる。535年に創建されたと伝えられ、「日本最古のお稲荷さん」「稲荷神社はここから始まった」といわれる。朝廷は711年、この神社に対し「日本で最初の稲荷大神社」の称号を与えた。

 

・また糸我稲荷神社のある地方は、「王子信仰」が盛んなところとしても有名である。王子信仰とは、神が尊い御子の姿で顕現するという信仰である。キリスト教でいう「神が御子イエス・キリストの姿で顕現した」という信仰に、よく似ている。

 

聖徳太子が尊崇したイナリ神社>

・もうひとつ、イナリ神社に関して重要なことを見よう。それは聖徳太子が建立したとされる「四天王寺」(大阪市)は、もとはイナリ神社だったことだ。

 

・羊太夫はまた、冶金術、すなわち金属工学に通じ、製鉄技術を駆使して優良な農機具を作ったともいわれる。彼は平城京建設にも功績を残した。そうした功績を認められ、彼は多胡郡の支配をまかされた。これだけの技術力もまた、秦氏の特技だった。

 そして秦氏には、もうひとつ不思議な特徴があった。それは彼らは、もともと古代東方キリスト教徒だった、という点である。それについては後述するが、秦氏はもともと中央アジアキリスト教国「弓月」から、朝鮮半島を通って日本にやってきた人々である。彼らは日本全国に神社を作っているが、それらの神社には、古代東方キリスト教の特徴が随所に見られる。

 

<日本神道は昔、唯一神教だった>

秦氏はなぜ、アマテラス(天照大神)のような神ではなく、アメノミナカヌシを祀ったのか。アメノミナカヌシは、宇宙の中心に座す主なる神であり、この神概念はキリスト教でいう「主なる神」、宇宙の中心に座す父なる神(ヤハウェ)にもっとも近い。

 

一神教から多神教へ>

・このように籠神社に伝わる日本最古の系図は、トヨウケ、アメノミナカヌシ、クニノトコタチ、ウカノミタマは、同じ神の別名だと述べる。8世紀以前の日本神道――つまり『古事記』や『日本書紀』が書かれる以前の神道――は、「一神教」だったのだ。

 そしてこれらの神で、日本の大部分の神社を網羅する。さらに、神道最高神アマテラスは、大元霊神の「本体」ではないが、大元霊神と「一体」だと、海部殻定宮司は述べる。このアマテラスをも入れれば、日本のほとんどの神社を網羅する。

 秦氏は、京都の「蚕の社」で、アメノミナカヌシを祀った。それはもともと『聖書』のいう神ヤハウェであったわけである。神ヤハウェを、日本式に「アメノミナカヌシの神」と呼んだにすぎなかった。彼らはその名を用いて、『聖書』のいう神ヤハウェを拝んでいたのである。

 

<日本神道は、もともと一神教だった>

・実際は逆だった。たとえば、考古学上、もっとも古い民族のひとつであるシュメール人は、その文化の終わりに約5000の神々を待っていた。しかし文化のはじめには、ただひとつ「空の神」がいただけだった。「空の神」がいただけだった。「空の神」とは「天の神」と同じである。原初の宗教は一神教だった。有名なエジプトの考古学者フリンダース・ペトリー卿は、エジプトの宗教も初めは「一神教」だった、と述べている。

 

・『古事記』が書かれる以前の時代に、「日本固有の宗教」があった。それは古神道、あるいは本来の神道といってもよいが、その古代日本神道は、『古事記』が書かれたころにはすでに変質してしまった。なぜならそのときすでに、日本の仏教が浸透して久しかったからである。それで、神道も、すでに習合思想的になっていたのだ。

 

・松山高吉は、かつての古代日本人が礼拝対象とした神は『造化三神』だけだったとし、次のように述べる。「『神』という言葉は、もともと霊妙の意から出て、異霊と思うものを『神』と称した。だから『神』といっても、真の神もあれば人もあり、木石禽獣もあった。………上古の歴史をひもとけば、その大半は『神』の字でうめられているが、上代の人はその区別をよく知っていたから、惑うことはなかった。崇拝するところの神は、天地の主宰者なる造化の神に限っていたのである。………造化三神は、功徳を分けて呼んだだけであって、その実は一神である」

 

八幡神社キリスト教信仰>

・古代の日本固有の本来の神道においては、崇拝対象は三位一体の造化三神だけだったのである。それがのちに、神道の変質とともに、さまざまな『神』を拝むようになった。

 

・「籠神社の海部殻定宮司が、記紀が書かれる前の日本神道一神教だったと、著書の中で述べています。また籠神社の責任ある立場の方が、『豊受大神古代イスラエルの神である』とも述べたという報告があるのですが、それについてどう思いますか」

 筆者は一笑に伏されるかと思ったのだが、彼は考え込んだ。しかも否定はしなかった。むしろ「あり得るなあ」という表情であった。古代の宇佐八幡宮は、現在見られるものとは違う形の宗教だったのである。

 じつは、宇佐八幡宮やそのほかの八幡宮には、もともと聖書あるいは古代キリスト教との深いつながりがあったことが、指摘されている。たとえば民俗学の大家、柳田國男は、「宇佐の大神も、………大隅正八幡の古伝によれば、同じく告知によって受胎した一人の童貞の女(すなわち処女)であった」

 と書いている。そして、それは「イスラエルの古びた教え」と無関係でないと、つまり、そこに聖書の処女降誕の物語が混入したようだ、というのである。

 

・また八幡信仰の始まりは、宇佐の北方、大貞(大幡)にある薦神社の御澄池に伝わる伝説である。大昔、その池に、八幡の神様が現れた。清く澄んだ湖水の中から美しく幼い男児が姿を現し、岸辺に茂る薦草(パピルスと同様の水草)に立ち、

「われこそはヤハタの神である。わがために薦草で方舟の枕を作り、御神体とせよ」と告げて、湖岸の影向石に神影を映したという。この「美しく幼い男児」といい、「薦草」といい、「方舟の枕」といい、かつて美しく幼い男児モーセが、ナイル川の岸辺の葦で作った小さな方舟に寝かせられていたという、『聖書』の記事を思い起こさせる。

 もちろん、細かいところに違いはある。しかし、こうした伝説が生まれる背景には、八幡の人々が『聖書』やモーセの話に親しんでいた事実があったのではないか。少なくとも発想のベースに、『聖書』の物語があったように思われるのだ。

 

八幡神社の「八幡」は、今は「はちまん」と読むことが多いが、本来は「ヤハタ」といった。「八幡」の漢字は、ヤハタという言葉への当て字である。ヤハタは日本語としてみると、とくにこれといった意味はない。

 ヤハタはもとは、ヘブル・アラム語で「ユダヤ」を意味する「ヤェフダー」から来たのでないか、と考える者もいる。一方筆者は、ヤハタはおそらく、ヘブル・アラム語で「秦(氏)の神」を意味する「ヤハ・ハタ」ではなかったかと考える。「ヤハタ神社」は、“秦氏の神の社”の意味だったわけである。

 じつは、八幡神社に限らず秦氏系の神社では、単にキリスト教的なものだけでなく、古代イスラエル的なものも多く見られる。古代東方キリスト教は、西洋的なキリスト教とは違って非常にイスラエル的だった。秦氏キリスト教は、とくにそうだった。

 たとえば八幡神社は、お神輿の発明者といわれている。749年、宇佐八幡宮からお神輿が上京したとあるが、記録上の初見である。お神輿は古代イスラエルの「契約の箱」によく似ており、イスラエル的発想と考えられる。

 

<トヨウケの神はイスラエルの神>

・先に筆者は、アメノミナカヌシ、クニトコタチ、トヨウケ、ウカノミタマは、同じ神の別名だと述べた。『古事記』に出てくるアメノミナカヌシは、『日本書紀』ではクニノトコタチと呼ばれているから、両者が同じ神の別名であることは、すぐわかるだろう。

 

・また先に、「籠(この)神社で祀られていた豊受大神古代イスラエルの神である」という話を書いた。籠神社はじつは「元伊勢」とも呼ばれる神社である。つまり、かつて伊勢神宮も、同じトヨウケの神を祀っている。そしてトヨウケもアメノミナカヌシも、同一神であり、もともとは「古代イスラエルの神」すなわちヤハウェであった。

 

<お神輿と契約の箱>

・また契約の箱、および神輿は、両方とも移動式の神殿あるいは「聖所」である。「ミコシ」という言葉は、日本語としてはこれといった意味はない。だがあるユダヤ人は、「ミコシ」は、ヘブル・アラム語で「聖所」を意味する「ミコダシュ」が訛ったものではないかと述べている。

 

<山伏と天狗>

・日本には、「山伏」と呼ばれる人々がいる。白い服を着、頭に黒い箱「兜巾(ときん)」をつけ、法螺貝を吹き、山で修行する。山伏は今は仏教に属しているが、これはもともと仏教の風習ではない。インドや、中国、朝鮮半島仏教に、そのような風習はない。

 山伏は、仏教が日本に入る前から日本固有の宗教の一部としてあったものである。彼らが吹く法螺貝の音は、ユダヤ教徒が吹くショーファー(角笛)の音にそっくりだ。また山伏が額につける兜巾は、ユダヤ教徒がつける黒い箱「テフィリン」にそっくりである。

 宗教目的のために額に黒い箱をつける人々は、世界中でユダヤ人と山伏しかいない。だからユダヤ人は、山伏の姿を見ると驚愕してしまう。「なぜ日本にユダヤ教徒がいるのか」と。

 

・また、いわゆる「テング(天狗)」は、山伏の格好をしている。鎌倉・建長寺奥の半僧坊には、立派な鼻高天狗の像がたっているが、山伏の格好をし、ニョキッと突き出た鼻、彫りの深い顔をして、手には「虎の巻」を持っている。

 テングは、秦氏のいた中央アジアの言葉で「山の神」を意味する。中央アジアには、「ハン・テングリ山」という高山がある。天山山脈に属する山だ。「ハン」は、チンギス・ハンなどの「ハン」と同じ、テングリは中央アジアの言葉で天神、または山の神である。

 

 

 

『2014年 ユダヤの大預言』

ユダヤ教の祭礼の日に合わせて、たてつづけに起こる6回の日食と月食が、終末の扉を開く!!

保有政  学研  2009/12/9

 

 

 

・マーク・ビルツ牧師が発見した「ユダヤに大事件が起きる年、ユダヤの祭に合わせた顕著な月食・日食が見られる」という現象は、筆者にとっても大きな驚きであった。

 

<中東大戦争か?>

・というわけで、とりあえず2014年にはこの小惑星が地球に衝突する心配はないようだが、では2014年ごろに起きることは何なのか。

 ある人は、中東に大戦争が起きるのではないかと考えている。

 今日、イランは反米、反イスラエルの態度を明確化している。もし、たとえばイスラエルとイランのあいだに戦争が始まれば、それは両者だけの戦争にとどまらず、アメリカをも巻き込んだ中東大戦争に発展するだろう、と述べるジャーナリストもいる。

 

2012年人類滅亡説

・読者はまた、「2012年人類滅亡説」というのをご存じだろうか。いま私たちが話題にしているのは2014年~2015年のことだから、少しずれはあるが、時期的にはかなり近い。

 これについてはハリウッドで映画も作られているようだが、2012年人類滅亡説とは、古代マヤ文明において用いられた暦のひとつ「長期暦」が、2012年12月21日ごろにひとつの区切りを迎えることからいわれだしたものである。

 

太陽嵐

・また、マヤ歴とは関係ないが、NASAが発表した報告書には、2012年には一大危機を迎えるかもしれないという記述がある。

 2012年は太陽活動が極大化するときであり、強力な「太陽嵐」が吹き荒れ、地球に壊滅的な被害を与える可能性がある。

 太陽嵐とは、太陽風すなわち太陽からの放射線が爆発的に放出され、それが地球環境などに甚大な被害をもたらす現象である。

 

フォトンベルト説>

フォトンベルト説を支持しているのはやはり、おもにニューエイジ思想の人々である。ニューエイジ系の人々は、こうしたフォトンベルトなどを引き合いに出して、人類はやがて「アセンション」の時を迎えるという。

 アセンションとは上昇を意味する英語だ。そのとき、単に高エネルギーの中に入って電子機器などが影響を受けるだけでなく、そのエネルギーは地球の「次元」をも上昇させるという。

人間と世界が現在の3次元から高次元の存在へ進化するとき、というのである。

 ニューエイジ系や新興宗教では、アセンションは、地球がフォトンべルトに突入する2012年後に起こるのではないかと推測されている。つまりアセンション説は、2012年人類滅亡説ではなく、2012年人類進化説である。

 

 科学者の多くからは、こうしたアセンション説は荒唐無稽として相手にされていない。とはいえ、2012年や、その後の2014年前後は、このように多くの人々にとり注目の的なのである。

 

<惑星直列>

・またかつて「惑星直列」が地球に甚大な影響を及ぼす、と考えた者達もいた。

 

天文学的には、一直線に並んだとはいっても、地球以外の惑星の重力などが地球に与える影響は微々たるものであり、ほとんど影響はないのである。

 

ヒトラーの予言>

・「1989年以後、人類には宇宙から、かつてないカタストロフィ(大破局)が近づく。若いころ私は、『わが闘争』に、いずれ人間が大自然から復讐されると書いた。それが1989年以後の状態だ、……人類は大自然から手ひどく復讐されるだろう。1989年~199年まで、世界は続けざまの天変地異と戦乱の中にある。………

 2000年以後は、それが一層ひどくなる。2014年にはヨーロッパの3分の1とアメリカの3分の1が荒廃してしまう。アフリカと中東も完全に荒廃する。……わがドイツの一部と米ソの中心部、日本や中国は深い傷を負いながらも生き残る」

 

・この言葉の前半にある「1989年~1999年まで、世界は続けざまの天変地異と戦乱の中にある」「カタストロフィが近づく」「人間が大自然から復讐される」は、すべてがその通りになったとはいえない。

 たしかに環境汚染が進み、異常気象が多くなり、大自然の復讐が始まりつつあることは事実だろう。けれども、それが1989年以降急激に増したわけでもなく、また巨大な天変地異があったわけでもない。またこの期間、湾岸戦争(1991年)などはあったが、世界中が戦乱に巻き込まれたわけではない。

 

ヒトラーは、人類はその後、一部の「高度に進化した人間」と、受動的で機械的な行動しかしない多くの人々に分かれていく、とも述べている。そしてその高度な人間が、その受動的な人間たちを支配すると。

 つまり彼の「予言」によれば、一部はアセンションし進化するが、ほかの人々は退化していくというのである。

 

<ジョセリーノの予言>

2014~2015年に関しては、ほかにも次のような「予言」がある。

 最近、ブラジル人のジョセリーノがなした「予言」が話題になっている。

 彼はかつて、スぺ―スシャトル「チャレンジャー号」の爆発事故(1986年1月28日)、阪神・淡路大震災(1995年1月17日)、チェルイノブイリ原発事故(1986年4月26日)、東京地下鉄サリン事件(1995年3月20日)、世界貿易センターのテロ(2001年9月11日)、スマトラ沖大地震(2004年10月26日)、その他について、その日時や出来事を何年も前に正確に予言し、的中したという。

 

 ただし、的中しなかった予言も多い。たとえばジョセリーノの予言には、2007~2009年についてこうあった。

 

*2007年もしくは2008年の7月13日に、日本は巨大な地震の被害を受け、大勢の命が奪われる。30メートルの津波が日本を襲う。

 

*2008年9月13日に中国で大地震が発生し、100万人の死者が出る。

 

*2008年ごろからアフリカで干ばつによる水不足が発生し、さらにほとんどの国で水不足になる。水不足で新たな戦争が発生する。

 

*2008年12月17日にアメリカでテロ事件が発生する。

 

*2008年9月にエンパイアステートビルでテロ事件が起きる。

 

*2009年1月25日にマグニチュード8.9の大地震が大阪や神戸を直撃し、数十万人の犠牲者が出る。

 

 しかし、これらはいずれもはずれた。テレビや本でジョセリーノの予言が紹介されたとき、「的中率90パーセント」などといわれていたが、研究者の調べでは、実際には好意的に判断しても50パーセント程度ではないかという。

 それについてどう考えるかは別として、2014~2015年について、ジョセリーノは次のように「予言」している。

 

*2014年、小惑星が地球に激突する可能性がある。激突の可能性は60パーセントである。

 

*2014年、アフリカの水不足で、ブラジルに難民が押し寄せる。

 

*2015年、ポルトガル、イギリス、フランス、スぺインなどのヨーロッパ全域で干ばつがあり、4月22日以降にさらに激しくなる。

 

*2015年、インドネシアのクラカトアが噴火。

 

*2015年11月、イタリアのナポリで大地震が発生し、数千人が死亡。

 

*2015年から2020年のあいだにアマゾンの樹林が消える。

 

*2015年、地球の平均気温が59度に達し、多くの死者が出て世界中がパニックになる。

それは大変な年になるというのだ。

 

<タイターの予言>

 一方、これとは別に、ジョン・タイターのように、「2015年に第3次世界大戦が起きる。30億人近くの人が死ぬ」と「予言」する人もいる。これも恐ろしく大変なものである。

 ただしタイターの予言も、過去に的中したものはあるとされるが、まったく的中しなかったものも多い。

 

 ジョン・タイターは、ジョセリーノとは違い、その素性がはっきりしない。なにしろ彼は、タイムマシンで2036年の未来から現代にやってきたという「タイム・トラベラー」を自称する人物である。

 

<聖書の予言>

・2014~2015年に、ユダヤの祭に合わせて顕著な月食・日食現象がある。これは事実である。これは、ヒトラーやジョセリーノ、タイターなどの「予言」ではなく、天文学者の予測であり、計算である。

 また、かつてユダヤの祭に合わせた、日食現象が続けて起きたとき、ユダヤに、また世界に大きな事件が起きていた。これは、調べればわかる過去のデータである。

さらに、来たる2014~2015年にも、ユダヤの祭に合わせた顕著な月食・日食現象が起こる。そのとき過去と同様、ユダヤにとってまた世界にとって大きな出来事があるのではないか。

 これは、ヒトラーや、ジョセリーノ、タイターのような「予言」ではなく、過去のデータに基づいてなした「予測」である。

 それにしても、2014~2015年にいったい何があるのか。何かが起きるのか。それとも起きないのか。

 

<聖書は、必ずしも2014~2015年とは特定していないものの、世界は近い将来「大患難期」に入ると明確に予言している>

 

・しかしここに、いかなる医者よりも偉大な医者が存在する。それがキリストであるという。大患難期の終わりごろに、キリストは再臨(再来)し、その巨大なメスをもって世界の悪を切り取り、悪と苦しみに終止符を打って、世界に至福の王国を樹立されるとの予言が聖書に書かれている。

 

<大患難期突入か>

・大患難期は、やがて全世界を覆う巨大な試練のときである。それは「終末」=「世の終わり」が間近になったしるしとされる。

 ここでいう「終末」「世の終わり」は、決して、何もかもなくなってしまう破滅のときではない。むしろ、「この世」と「来たるべき世」の境界なのである。

 現在の世の体制はやがて崩壊し、終結する。しかし、そののち「新天新地」「神の国」と呼ばれる新しい世界が来る、と聖書はいう。

 その境目が「世の終わり」「終末」である。

 

<大患難期は、その中心的な期間は7年であると一般的に考えられている>

・聖書はこの大艱難期について、「主の大いなる輝かしい日が来る前に、太陽はやみとなり、月は血に変わる。しかし、主の名を呼ぶ者は、みな救われる」(「使徒の働き」第2章20節)と述べて、「太陽はやみとなり」は日食であるとも考えられるし、「月は血に変わる」は、月食によって月が血のように赤黒く見えることをいっているともとれる。

 

イエス・キリストは大艱難期について、「これらの日の苦難に続いて、太陽は暗くなり、月は光を放たず、星は天から落ち、天の万象は揺り動かされます」(「マタイの福音書」第24章29節)と語られた。

 さらに別の個所では、「日と月の星には、前兆が現れ、地上では、諸国の民が、海と波が荒れどよめくために不安に陥って悩み……」(「ルカの福音書」第21章25節)ともいわれている。「日と月」に現れる「前兆」とは、日食や月食のことかもしれない。

 

・ただし、これらマタイ、ルカの福音書における前後関係を読んでみると、キリストが言及された「日と月」の前兆は、大艱難期がある程度進んだあとに起こる天体の異変を指している。

つまり、大患難期の開始時のことではない。

 しかし、大艱難期の開始時に、ユダヤの祭に合わせて月食・日食の現象が起き、それから大艱難期がある程度進んでそのクライマックスがやってこようとするときになって、さらに大きな異変が日と月と星に現れるのかもしれない。

 そういうわけで、2014~2015年に見られる月食・日食の現象は大艱難期の開始を示すものかもしれない、と考える者もいるのである。

 

ユダヤ教神殿再建か?>

・聖書によれば、終末が間近になった時代の世界の出来事は、ユダヤを要として進んでいく。

 

 2014~2015年に大艱難期が始まるか、あるいはまだ始まらないかはともかく、その年、エルサレムユダヤ教の神殿が建つのではないかと考える者もいる。あるいは、神殿建設につながるような出来事が起きるのではないか、というのだ。

 今日、ユダヤ人は自分たちの神殿を持っていない。今エルサレムの「神殿の丘」に建っているのはイスラム教のドームである。しかしあの丘に、昔、ユダヤ教の「第1神殿」も「第2神殿」もあったのだ。

 

・以来、今に至るまでユダヤ人は神殿を持っていない。しかしユダヤ人は、神殿の再建を熱望している。彼らは、この将来建てられるべき神殿を「第3神殿」と呼んでいる。

 第1神殿も第2神殿も、かつてエルサレムの「神殿の丘」に建てられていた。第3神殿も、同じ丘に建てられなければならない、というのがユダヤ人の考えである。

 

<大艱難期の中ごろまでに神殿が再建される>

・このように大艱難期の中ごろまでには、エルサレムに第3神殿が建てられていなければならない。そして大艱難期の中ごろに、「荒らす憎むべき者」がこの神殿を荒らすだろうと、キリストは予言されたのである。「荒らす憎むべき者」とは何か。

 

・聖書によれば、大艱難期に現れる「獣」と象徴的に呼ばれる者が、エルサレムユダヤ教神殿に踏み入り、自ら「荒らすべき者」となって冒瀆するという。だから、それまでにはエルサレムに「ユダヤ教神殿」が再建されていなければならない。

 しかし現状を見ると、かつてのユダヤ教神殿は、西暦70年にローマ軍によって破壊されて以来、今日に至るまで再建されていない。今日もユダヤ人は神殿再建を熱望している。実際その計画もあるが、その実現は決して容易ではない。

 

ユダヤ教神殿に向けた動き>

・実際、イスラエルに本拠地を置く「神殿の丘忠誠団」や、米国コロラド州に本拠地を置く「ユダヤ神殿建設同盟」などは、第3神殿の建設に向けて活動を活発化しているという。

 

 

 

『「ピラミッド」の謎』  失われたメシアの神殿

フリーメーソンのカッバーラで読み解く未知なる第三玄室の正体と大嘗祭の秘密

飛鳥昭雄・三神たける  学研  2010/1

 

 

 

絶対神ヤハウェ出雲族

古代エジプトからイスラエル人を導いた絶対神ヤハウェは、しばしば雲として姿を現した。昼は雲の柱、夜は日の柱となって道標になった、と『旧約聖書』にはある。モーセが十戒を授かったシナイ山でも、神が臨在する山頂は雲で覆われ、雷鳴が響きわたった。雷雲は神の顕現の証であり、それは十戒石板を収めた契約の聖櫃アークでも同様だ。契約の聖櫃アークに神が宿ると、移動式の神殿である幕屋の上に雷雲が現れた。

 これらの情景をすべて表現したのが、実は神社なのである。日本人は見慣れているせいで、まったく意識していないのだが、神社の拝殿は臨在の幕屋を象徴しているのだ。

 

 まず、幕屋の名にあるように、神社は祭礼のとき、社殿を幕で覆う。神の臨在のしるしとなる上空の雷雲は、巨大な注連縄である。大根締めとも表現される太く大きな注連縄は、雷雲を表現しているのだ。その証拠に注連縄の間からは雷の稲妻を示す白い紙垂、雨を示す縄が垂れ下がっている。

 祈願するときにお賽銭を入れる箱は契約の聖櫃アークの象徴であり、その上にある鈴は雷鳴となる音を出し、それを鳴らすための綱は、まさにイスラエル人を導いた雲柱にほかならない。

 このように、神社における雲は、みな絶対神ヤハウェの象徴なのである。このことを示す名が「出雲」である。天津神を奉じ、天照大神の子孫と称する天孫族に対して、国津神を奉じる出雲族スサノオ命の子孫を称す。天照大神が太陽神であるのに対して、スサノオ命は嵐を呼ぶ荒神である。それゆえ、太陽の輝きを隠す雲は、天孫族に対抗する出雲族のシンボルと見なされてきた。

 

天照大神イエス・キリストのことである。天照大神天照大神たらしめる天岩戸開き神話は、イエス・キリストの死と復活の場面を描いた物語にほかならない。天岩屋にお隠れになった天照大神とは、死んで横穴式墳墓に葬られたイエス・キリストであり、常世の長鳴き鶏はペトロの鶏、裸踊りをした天鈿女命(あめのうずめのみこと)は娼婦とされたマグダラのマリアを示す。天岩戸から出てくる際、八咫鏡に写った天照大神の姿は、性的に鏡像反転した男神を暗示し、かつ、その八咫鏡を吊るした真賢木は、イエス・キリストが磔になった十字架を示しているのだ。

 これはイエス・キリストを信じるユダヤ人原始キリスト教徒である秦氏が渡来し、ユダヤ教起源の神道をフォーマットしていく過程で、かってパレスチナでも同様なことがあったように、保守的なユダヤ教徒たちが反抗。やがて、雲をヤハウェ顕現のシンボルとする出雲族と呼ばれていったのである。

 いずれにせよ、神社の構造は出雲族の影響を強く受けている。神殿構造を分析するに当たって、出雲というキーワードは意外なことに、かの大ピラミッドの謎も解き明かすことができるのだ。

 

<上古出雲大社と第三玄室>

・しかし、八雲をヤー雲、すなわちヤハウェの雲と考えれば、ヤハウェの神殿である大ピラミッドに関する謎かけであると想像してみたくなる。というのも、頂上部にある第三玄室と第三重力拡散の間の高さは約288メートル。そう、ちょうど、96丈なのである。

 しかも、第三玄室には、そこにいたる大回廊が存在しない。この世ではなく、あの世の神殿だとすれば、対応する上古出雲大社が実在しない理由も納得がいく。

 

・第一玄室を今日の出雲大社であるとすれば、古代出雲大社と上古出雲大社は、それぞれこうなる。

 

出雲大社:第一玄室御子:ヤハウェイエス・キリスト

古代出雲大社:第二玄室:聖霊:コクマー=ルーハ

上古出雲大社:第三玄室:御父:エル・エルヨーン=エロヒム

 

 ご覧のように、上古出雲大社は第三玄室、すなわち御父エロヒムの神殿とみなすことができる。『旧約聖書』と『新約聖書』を通じて、御父エロヒムは直接、人間と接することがない。カトリックプロテスタントは御父をヤハウェと見なしているために、この重要なポイントがわからなくなっているが、カッバーラにおいては一目瞭然。第三玄室にいたる大回廊が存在しないのも、上古出雲大社が実在しないのも、それは御父エロヒムの神殿であるからにほかならないのである。

 

<大ピラミッドで行われた儀式と大嘗祭

古代エジプト人が日本人と似た思想をもっていることを指摘する吉村教授であるが、もうひとつ、三大ピラミッドを含めたギザ大地の遺跡が、伊勢神宮に似ているというコメントをしている。三大ピラミッドが定説でいうようなファラオの墓ではなく、死後の世界を再現した壮大な神殿であると主張する吉村教授は、内宮と外宮、別宮や摂社などを併せて125社から成る伊勢神宮の神域に、同じ神々の世界を見たのかもしれない。

 

・この疑問については吉村教授は、こう考える。古代エジプトでは、ファラオが死ぬと鳥のような姿をした魂カーは天空に飛翔して、オリオン座のダウトという領域にいたり、やがて神になると信じられていた。大ピラミッドは、そのための巨大な装置である。ファラオの魂が天に昇る際、玄室や大回廊、女王の間で儀式が行われた。しかも、それは東西ふたつ、両方の神殿で行われたに違いない、と。

 

<地底王国シャンバラ>

ヒトラーが夢見たシャンバラとは、いったい何なのか。ひとことでいえば、それは理想郷である。かつて人類がなしえなかった楽園の名前である。そこに住む人々は、だれもがこの世の真理を悟り、高度なモラルのもと、争いのない社会を実現しているという。

 ただし、シャンバラは地上世界にはない。一般の人間の目から隠された聖なる場所、すなわち神々が住むヒマラヤの地下に存在し、その入り口は、はるかなる北の果てにあるといわれる。

 

・だが、しかし。こうした見解に対して、チベット密教の最高権威、ダライ・ラマ14世はシャンバラが実在すると断言する。たんなる象徴を超えて、リアルな世界として存在するというのだ。ここに密教の恐ろしさがある。

 

チベット密教とカッバーラ>

・最終経典にシャンバラが説かれているように、シャンバラの存在を最初に説いたのは仏教の開祖、釈迦なのだ。釈迦は自ら、北の果てにシャンバラへの入り口があると説いた。なぜ釈迦はシャンバラの存在を知っていたのか。

 

<釈迦はセムメーソンだった!>

・神秘思想における樹木は、いうまでもなく「生命の樹」であり、カッバーラの奥義を示す象徴である。説いた教えがカッバーラの叡智と通底することを考えれば、釈迦がカッバーリストであり、預言者であったことは間違いない。神を信じ、神とまみえ、そして神の言葉を授かったフリーメーソンだったはずである。

 注意してほしいのは、ヤフェトメーソンではなく、セムメーソンだという点である。バラモン教アーリア人の宗教であり、それを担ったのはヤフェトメーソンだが、釈迦はセムメーソンだった。

 

モンゴロイドはアーリア系ではない。有色アジア系であり、ユダヤ人やアラブ人、そしてトルコ人と同じセム系なのである。したがって、釈迦がカッバーリストならば、民族的にセムメーソンだったと考えられるのだ。

 しかも、それだけではない、釈迦はシャンバラの住民と同じ血を引いていた可能性がある。鍵となるのは、釈迦族=サカ族を生みだしたスキタイにある。