UFOアガルタのシャンバラ 日本は津波による大きな被害をうけるだろう

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「国会政策局」「公務ワークシェアリング」「ベテラン・シンクタンク」の3点セットによって霞が関の人材の受け皿をきちんとつくりながら(1)

 

 

『議員と官僚は使いよう』

小池百合子   小学館   2009/10/1

 

 

 

<私がめざす「官僚越え」の政治>

<理念なき政治の跋扈>

・それ(マニフェスト)以上に重要なのは、政治理念です。理念なき政治は底の浅いポピュリズム大衆迎合主義)に陥る危険性さえあります。そして最近は、残念ながら、理念なき政治が跋扈しています。

 

自民党を超える新自民党に>

・このように政治理念の在り方を考えると、野党に転落した自民党は、長年、政権を担当するうちに、対症療法型の政治、これまでの延長線上の政治をだらだらと続けてきただけで、立党の精神も、明確な政治理念も忘れていたように思います。本来、自分たちでやるべき政策の立案や法律提案のほとんどを官僚に丸投げし、好き放題の霞が関を放置してきたともいえます。

 

・自己変革を怠った企業が衰退への道を辿るのと同じように、自民党は旧態依然とした自民党のままでいた。自民党はこれまでの自民党を超えることができなかった、ということです。

 

<言い換えれば「旧自民党越え」はすなわち「官僚越え」でもあります>

<「脱官僚」ではなく、「官僚越え」>

・重ねて言いますが、自民党立法府の自分たちがやるべき政策の立案や法律の提案を官僚に丸投げしてきました。政治家が官僚を政治の側に招き込んでしまい、永田町と霞が関の境目が、どんどん永田町のほうに侵食されてしてしまったわけです。「官僚越え」とは、その境目を元通りにしましょう、本来の立法府と行政府の役割分担に戻しましょう。国会議員は自分たちで政策の立案と法律の提案を行いましょう、ということなのです。

 

<「無料」「無償」「減税」のオンパレード>

・私の考える「官僚越え」の改革案を順番に述べます。いずれも霞が関的発想ではなく、理念に裏打ちされた強力な政策です。

 

二院制一院制に>

<永田町と霞が関の改革>

 

国会議員の定数を削減して立法府をスリム化します。

現在の国会議員の定数は衆議院480名、参議院242名の衆参合わせて

722名です。これを衆議院参議院に分けず、一元化して500名程度にすることを提案したいと思います。

 

<法制局に政策立案の役割を>

  • 「国会政策局」を創設

 

霞が関という行政機構は、長年の歴史と優秀な人材を集めることで強

大な力を蓄えてきました。日本最大の政策集団であることは間違いありません。

 

・アメリカ議会では700名を超える優秀な常勤職員が議会調査局で立法作業のバックアップを行っています。年間1万本を越える議員立法案が提出されるアメリカの議会ならではの体制です。かたや日本には霞が関からの出向者を含めて、衆参で550名程度の担当者が存在しますが、そもそも議員立法が少ない日本では、宝の持ち腐れ状態です。

 

・そして霞が関だけではなく、民間からも優秀な人材を集めます。官民の英知を結集した集団をつくるのです。議員数は、国会議員の倍。現状なら約1500人、定数削減後であれば約1000人で済むでしょう。そういう質と規模の政策集団をつくって初めて、永田町が霞が関に対抗できるようになるのです。

 

<官僚たちの肩叩きをやめれば>

 

・先述したように、霞が関官僚は幹部クラスに昇り詰める人を除いては50代で肩叩きが始まります。その人たちの肩を叩かずに降格し、給与を多少下げて霞が関の中で働いてもらう「公務ワークシェアリング」システムをつくる。一考の価値ありです。

 官僚側からは、最初は抵抗があるでしょう。しかし、独立行政法人公益法人などに天下ってバッシングされるよりは、肩叩きがなくなって得意の分野で専門性を発揮してもらうほうが、彼らにとってもベターな選択でしょうし、国家にとっての最適化に資するのではないでしょうか。

 

<「官僚越え」の3点セットで>

 

官僚たちを肩叩きせずもっと国のために働いてもらうもう一つの方法

は「ベテラン・シンクタンク」の創設です。

 知識と経験のある官僚出身者は、キャリアだろうがノンキャリアだろうが、後輩たちにそのノウハウを伝授すべきです。いきなり肩叩きして辞めさせることは、非常に「もったいない」ことです。

 そこで、そういう優秀な人材を吸収できる「ベテラン・シンクタンク」を設けるのです。

 もちろんろくに仕事もしない、怠惰な役人たちにはさっさと退場してもらいます。それこそまさに税金の無駄遣いだからです。

 有能な人材には「ベテラン・シンクタンク」のスタッフとしてどんどん白羽の矢を立てていけば、独立行政法人公益法人を全廃することが可能となるでしょう。

 「国会政策局」「公務ワークシェアリング」「ベテラン・シンクタンク」の3点セットによって霞が関の人材の受け皿をきちんとつくりながら、私は「官僚越え」をめざし、永田町の政策立案機能を充実させていきたいのです。

 感情論では天下り法人を全廃するだけでは、有能な官僚OBまで路頭に迷わせ、また結果的に、霞が関働こうという人材の劣化をもたらすことにもなりかねません。

 使える人材は使いこなす。それが今後ますます求められていく人材活用の在り方ではないでしょうか。

 

<ヒト、モノ、カネを地方に移譲する>

 

国の出先機関は、偶然ですが、関東や近畿、北海道などの「道州」ごと

にあります。つまり、現在、私たちが便宜的に使用しているブロックの中に、道州制の区分けと一致するものが、すでにあるということです。

  こうした区分けをうまく使って、徐々にヒト、モノ、カネを地方に移譲し、道州制の先鞭をつけていけば、地方分権は意外にスムーズに進むのではないでしょうか。

 

<予算編成にハンドルの遊びを>

  • 単年度予算から複数年度予算に

 

今の世さんシステムは毎年予算を組み、その年度のうちに予算を使い

切る単年度方式です。しかし、この単年度方式は現実的ではなく、毎年、かなりの額の無駄が生じています。

 

・そんな地方からの要望に的確に応えるためにも、予算編成は単年度から複数年度にすべきです。そのためには憲法改正も必要ですが、この提案は憲法改正論が第9条の部分に集中せず、国民のための憲法問題を論じるきっかけともなるのではないでしょうか。

 

<国民が納得する年金制度にすること>

<「年金」「医療」「介護」の改革>

 

2006年、小泉政権の「骨太の方針」が経済財政諮問会議で決定し、毎

年8000億円増えている社会保障費を年間2200億円ずつ減らし、5年間で1兆1000億円抑制することになりました。しかし、それが2009年8月の総選挙前に行われた概算要求基準(シーリング)で崩れてしまいました。それほど社会保障費に対しての要望は強いものです。

 

・そこで、まず年金制度を、財源も含めて真に安心できるものに変えなければなりません。さらに、国民の大きな怒りを買った「消えた年金」問題、すなわち公的保険料の納付記録漏れ5000万件の宙に浮いた年金については、今後3年で解決するとしています。

 宙に浮いた年金は、まず対象者に全額年金を支払う。多少の疑問があっても、すべて支払う。そして本来、消えた年金の対象外の人なのにズルをして年金をもらった人については、後から調査、精査し、怪しいと思うものは処罰するという逆のパターンをとるのです。そうしなければ、この宙に浮いた年金問題は解決できませんし、国民も納得しないでしょう。また膨大な作業でムダな税金と時間を増やすよりはマシでしょう。かなり過激な案ではありますが、一つの考え方です。

 

厚生労働省内部の問題>

 

30年間年金を掛け続けたのに、生活保護より年金のほうが金額が低い、という問題も発生しています。これは生活保護が高いのか、年金が低いのかという問題ですが、それを議論してもしかたがないでしょう。

 これは年金制度改革の中で議論していくしかありません。コツコツと年金を積んできた人より、無年金でずっと過ごしてきた人が生活保護を受けた場合のほうが手にする金額が高いというのは制度の欠陥です。

 

<「選択と集中」が不可欠>

 

とにかく、年金、介護も含めた社会保障制度改革は、国民にとって最

も大きな関心事の一つです。ただ、社会保障制度のような国家の基本的で大規模な仕組みを改革するには、厚生労働省という巨大な行政のフィールドにおいて政治主導を実現し、官僚の縦割り制度を打破していく必要があります。

 私は、そういうところにこそ、国会議員を100人規模で大量に投入すべきだと思っています。そのうえで、たとえば政策担当者を全員交代させるぐらいのことをやらなければなりません。

 

<親の経済問題とは無関係な教育システムを>

<「教育」「少子化」「雇用」の改革>

・子どもは“国の宝」です。将来にわたってこの国を背負っていくわけですから、親の収入しだいで学歴や勉学の度合いが異なってしまう状況を放置しておくのは、私にはしのびないのです。

 

  • 0歳からの育児教育費無償化・大学教育費半減

 

理念の実現の第一歩としては、まず親の義務教育費負担をなくすのが

第一歩です。

 

<待機児童の解消を図るために>

  • 「訪問保育士」や「在宅勤務」の普及

 

・また、在宅勤務制度をさらに利用しやすくし、いわゆる待機児童の解消を図っていくことも必要です。

 

  • 高校生・大学生に「地域貢献」での単位システムを

 

 

ヘッジファンドに吸い上げられるよりは>

<「経済」「環境」「エネルギー」の改革>

  • 環境福祉税の導入

 

・これから少子高齢化社会の真っただ中に突入する日本にとって、最も悩ましい問題は社会保障、つまり年金や老人医療費などの税財源をどうするかです。もちろん消費税は主要な選択肢です。

 

<環境のトップランナーとして走るために>

 

 

<2つの空港をパッケージ化する>

 

 

<永田町と霞が関をモデルとして>

  • 電柱のない街づくり

 

 

シャッター通りから始まる地方の再生>

  • 鉄道駅を育児や高齢化対策の拠点に

 

 

<山河荒れて国が滅びないためにも>

 

 

<私が「スペードのエース」をめざすようになった理由>

<「外交」「安全保障」の改革>

 私はこれまでいくつかの大臣ポストを経験し、かつ自民党総裁選にもチャレンジしてきました。

 総裁選に立候補した私の最大のモチベーションは、総裁選に勝って首相になり、国家のトップになれば、それぞれの大臣が持っているマンデート(委任された権限)を一気に越えることができると考えたからです。いわば最強の「スペードのエース」になるために自民党総裁選に出馬したわけです。総理になることが最終目的ではなく、私自身が描く国家ビジョンの実現のための手段として、トップをめざしたのです。

 そもそも私が、その「スペードのエース」をめざすようになったのは、環境大臣の時に味わった苦い経験がきっかけでした。

 

<政治家サイドが強力なリーダーシップを発揮する>

 

日本はスパイ防止法も何もありません。意思をもったオープンネスと

いうより、たんにあけっぴろげなだけ。外国のスパイは、日本国内では、ほとんどやりたい放題です。日本国内で日本人が拉致され、北朝鮮まで連れ去られるという、信じ難い事件が頻発した原因もそこにあるでしょう。

 日本の政治家は、そのことを素知らぬふりを決め込み、現実から目をそむけ続けてきました。それどころか「北を疑うな、困らせるな」と声高に主張し続けてきた国会議員も少なくありません。

 国民の命と安全を守るという、国家主権の最も肝心なところが侵されているにもかかわらず、政府は適切な処置を施してこなかったのです。この点、政府は怠惰きわまりないと批判されてもやむを得ないでしょう。

 

・一方、日本の“戦争のトラウマ”を外交の場でフル活用するアジアの近隣諸国に対しては、政治家も官僚も不必要なくらいかしこまり、過剰な配慮をしています。その結果、日本の主権は侵されてきているのです。事実、一部の政治家や官僚の“外国への過剰な配慮“は、竹島問題や北方領土問題にも悪影響を及ぼしています。

 

<裁判で防衛機密が公表される>

 

憲法の第9条2項が改定され、自衛隊が軍隊と認められれば、情報が裁判によって流出する恐れはありません。この種の問題は、すべて非公開の軍法会議で審理されるからです。

 

憲法霞が関の官僚を守っている>

・その典型例が、総務省の官僚でしょう。彼らは憲法25条が規定する生存権と「国土の均衡ある発展」という考え方を強引に結び付けたうえで、「地域間での格差が生じる恐れがある。国土の均衡ある発展を保つためには、賛成できない」という論理で、道州制の導入を阻んでいます。憲法を隠れ蓑にして、安寧の地を見出している例です。

 いったい、今の憲法は、何を守るためにつくられたのか。本来、守るべき国民国家の盾となっているだろうか。もしかしたら、憲法で最も守られているのは、実は霞が関ではないか。官僚たちの現状を見ていると、そんな気さえしてくるのです。

 

<「ヒト、モノ、カネ、情報」を活用する社会に>

・政治家の使命はわが国の持続可能な成長を支える「ヒト、モノ、カネ、情報」を有効に活用しながら、未来への夢と希望をきちんと描くことのできる社会にすることです。

 もちろん、国家の安全保障は、これらの夢や希望をきしんと描くことのできる社会にすることです。

 もちろん、国家の安全保障は、これらの夢や希望を実現するための大前提です。さらに財源についての真剣な議論をし、結論を出すことも国民の負託を受けた政治家の仕事です。

 

<政治主導でなければできない喫緊の課題 小池百合子 vs 石川和男(東京財団上席研究員)>

霞が関には「ダイバーシティ」が必要>

(小池)霞が関の改革にあたっては、「ダイバーシティ(多様性)」という言葉がキーワードになると私は確信しています。

 

(石川)その「ダイバーシティ」の発想から言えば、小池さんの言うように、強力な政治主導の下で、政策立案能力を備える「国会政策局」を是非とも創設すべきです。

 

・何故なら、役人は与えられた権限以外のことは考えないからです。能力がないのではなくて、そういう思考方法を刷り込まれてしまっているのです。しかもそれが官僚の仕事だと法律で規定されているのです。

 

<「脱官僚」はまやかしの言葉>

(石川)新政権の人たちは口を開けば「脱官僚」です。とくに民主党は今回の総選挙に先立って発表したマニフェストでも「脱官僚」を大々的に掲げていました。

 ただ、現実に現場で働いていた者にとっては、どうやってそれをやるのか、実は不思議です。

 

・ただ、「脱官僚」が叫ばれる理由もわからないでもありません。政治の表舞台である国会というのは立法府で、国のルールである法律や予算をつくったり、変えたり、廃止したりする権限を持っています。ところが、そのような権限を持たない官僚が今まで政治の側に鋭く入り込んできたわけですね。もちろん、政治の責任もあるのですが、官僚が賢く、いや狡賢く、非常に巧妙に入り込んできました。

 ですから、この問題を解決するには、政治の側に「賢い官僚」の「能力」を付加すれば良いと思うのです。そうすれば小池さんの言う「官僚越え」はかないます。

 

 

 

『闘う政治』   手綱を握って馬に乗れ

長妻昭   講談社   2008/9/12

 

 

 

<政治家は信用できない職業>

・35歳、生まれてはじめて献金をいただいたとき、驚き、そして感動した。政治家は信用できない職業—―。政治家を目指す中で、そんな視線を感じていたからだ。まだ当選もしていない自分に献金をくれる。本当に政治に期待している人たちがいる。

 少ない年金の中から「日本をいい国にしてほしい」と献金を振り込む方。「今度こそは日本を変えて」と祈るような気持ちで投票所に足を運ぶ人たち。

 

 選挙に出て、これほど多くの方々が政治に望みを託している、と実感した。しかし、未だ日本の政治は期待に応えていない。

 

 勤勉で、真面目に税金を払っている皆様の顔を見ると、税金をドブに捨てている日本の現状に、申し訳ない気持ちで一杯になる。

 

・そこで経験した民間企業の常識と、永田町や霞が関の常識が余りにもかけ離れている。この思いが私の政治活動の原点だ。

 

 その後、経済誌である『日経ビジネス』の記者に転職し、経済・政治全般を鳥瞰する機会を得た。数多くの企業トップ、政治家、官僚を取材し、示唆に富む話を聞いた。マスコミの裏側も垣間見え、何ものに代えがたい貴重な経験だった。

 

<日本の統治機構の問題点を痛感>

 

・「こんなことが許されていいのか!」と怒鳴りたくなるような怒りと驚きの連続だった。この怒りと驚きが活動の原動力になっている。

 

・初出馬から今も使っている私のキャッチフレーズは「もう、黙っちゃいられん!」だ。永田町の常識、霞ヶ関の常識をひっくり返して、日本を変える。

 

「未来を予想する最も良い方法は、未来を創り出すことだ」という言葉がある。未来をあれこれ予想する前に、一緒にあるべき未来を創り出そうではないか。

 

<官僚との大戦争—―「消えた年金」「居酒屋タクシー」の本質>

 

・その頃の日本は「失われた10年」ともいわれ、バブル崩壊後の不良債権問題などに苦しみ続け、先進国から後れをとってしまった。あのとき、早めに的確な手を打っていれば、現在の日本経済はより好転していた可能性が高い。

 

・当時の与党は、銀行の甘い不良債権の査定を容認する金融庁を信頼できる組織に変えようともせず、コントロールもできていなかった。

 

 このことは「消えた年金」問題を引き起こした社会保険庁にもあてはまる。本来、年金記録問題は事務処理ミスの話で、課長クラスがしっかりと対応すべきことだ。ところが社会保険庁が対応を怠り、信頼も失ったために、国会で総理大臣を追求するまでの大きな話になってしまった。

 

 日本は、数限りない役所の不始末の尻拭いに、国会で取り組まざるを得ない国だ。役所が国民の信頼を得て、しっかりした仕事をしていれば、国会で問題にするまでもない。政策論争にもっと時間を費やせるはずだ。信用ができ、仕事ができる役所を作ることも、政権与党の重要な役割だ。

 

年金問題の本質>

 

議席を頂いてから、私は、政治家のコントロールが利かず官僚が暴走している数々の実態をいやというほど見せられた。結果として官尊民卑が続いている。例えば、年金問題の根本にあるのは、一般国民の年金である国民年金・厚生年金と国家公務員の共済年金との扱いの差だ。

 

 国民年金の保険料納付記録が記された紙台帳である普通台帳は、廃棄命令が出され、ほとんどが捨てられた。一方で、国家公務員共済年金の紙台帳はすべてきちんと保管されている。

 

・例を挙げればキリがないが、先進国でこれほどの官尊民卑の国はないのではないか。

 

<これが霞が関だ>

・その後も、記録が消えたという相談が相次いだ。このままでは特殊事例、たまたまミスで発生した一事例、ということでフタをされてしまう。全容を示す数字を提示して、政府に対策を取らせなければならない。

 

 社会保険庁に何度も調査要請をした結果、基礎年金番号に統合されていない宙に浮いた記録が、65歳以上で2300万件あることがはじめて判明した。5000万件の内容だ。

 膨大な時間を費やし、押したり、引いたりして、やっとこの調査結果が出てきた。何度、調査要請をしても動かない社会保険庁との我慢比べだった。

 

・この数字を片手に、2006年6月、衆議院厚生労働委員会ではじめて「消えた年金」問題を追及した。当初、政府の反応は鈍かった。しかし、2007年2月に、民主党の予備的調査要請によって、宙に浮いた記録は全体で5000万人という数字が公式に発表されて、政府は、特殊事例という弁解を撤回せざるを得なくなった。

 

・年金保険料の浪費問題でも、はじめは「特殊事例」との説明だった。たまたま管理の悪い年金福祉施設があって浪費が発生したという弁解だ。しかし、民主党の調査で、1945年度から厚生年金・国民年金の保険料、約6兆円が年金支給以外に流用されたことが明らかになると、特殊事例という言い訳も通用しなくなった。

 

 年金保険料で、グリーンピアなどの大規模リゾート施設ばかりでなく、観覧車やメリーゴーラウンド、結婚式場全国81ヵ所、音楽ホール8ヵ所が建設され、赤字施設も多く、大きな批判を浴びた。

 

・当時、私の事務所に外部の方からFAXがあり、「官僚のタクシー高額利用者は、毎回毎回、運賃の1割を現金でキックバックを受けている」という指摘があった。

 

 現金授受の調査をすると各省とも、ビールしか受け取っていないという判で押したような回答が返ってきた。そのとき、もし、一通の告発メールが来なければ、「ビールをもらっただけ」で、終わってしまっただろう。

 

・文書による政府への質問である質問主意書も大幅に制限された。手持ちの資料で1週間以内に答えられるものしか、答えないという内閣の方針となった。官僚が隠蔽してきた多くの実態を暴き出した質問主意書制度は、その威力を完全に失ってしまった。

 

 政府に数々の質問や調査要請をしているが、きちんと調査がなされるのは例外で、ほとんどは表面的な調査か、ほったらかしにされている。私の議員活動の半分は、資料提出や調査要請を実施させる押し問答に費やされている感じだ。

 

 日本は異常だ。これほど行政情報が表に出ない先進国はないのではないか。野党議員に資料をどんどん提出すると、官僚は評価が下がり出世に差し支えるらしい。

 

 官僚は政権交代が起こらないという前提で、野党議員に対応しており、与党に比べ対応に大きな格差をつけている。

 

・ある社会保険庁幹部は、こんな趣旨の懺悔をしていた。

 

「もし、国家公務員の年金である共済年金も、国民年金や厚生年金と同じように社会保険庁で扱っていれば、自分たちの年金だから、社会保険庁の職員は記録管理にもっと真面目に取り組んでいたはずだ」と。

 

 共済年金財務省の管轄で社会保険庁は扱っていない。

 

 あらゆる制度に関して、公務員だけ特別の制度は止めて、官民とも同じ制度にしなければならない。

 

<「官僚 vs. 政治家」はおかしくないか>

 

・以上、数々のエピソードを紹介したように、日本は統治機構に欠陥がある。官僚をコントロールできていない状態なのだ。

 

・一方で、国民も、大臣と役所は別という状況に慣れているせいか、厚生労働大臣年金問題で部下である社会保険庁の役人を非難すると、人気が上がるという珍現象も起こっている。不祥事を起こした会社の社長が、「部長連中が悪いんです」と非難したら、失笑を買うだろう。

 

「官僚 vs. 政治家、仁義なき戦いがはじまった」「官僚と政治家、どっちが勝つか」こんな評論も多い。他の先進国から見たら噴飯ものだ。

 

・社長と部長連中がいつも戦っている会社があれば、即刻倒産している。この意味からも日本は企業であればすでに倒産している状態である。自民党にも官僚国家はけしからんという議論があるが、現在の状態は自民党自らが招いた結果であることを忘れてもらっては困る。

 

<ミイラ取りがミイラに>

・しかし、現状では、「行政を監視・監督せよ」と送り出された総理や大臣は「ミイラ取りがミイラに」になってしまっている。つまり、行政をコントロールするべく送り込まれたのに、いつのまにか、行政にコントロールされ、行政を擁護する側に回ってしまうのだ。

 

 例えば、私たちは20年以上前から毎週のように、新聞やテレビで、「天下り団体の浪費」「天下りの不祥事」などのニュースを見せられ続けている。政治家が官僚をコントロールできている国であれば、天下りを何とかせよという国民の声に政治家が応えて、行政はとっくに変わっているはずだ。

 ところが、天下りはなくなるどころか、政府によって正式に合法化された。日本は操縦桿が利かず、ダッチロール寸前の飛行機だ。

「政治家がコントロールする」―—これが日本政治最大の課題だ。

 

<温存される税金浪費システム>

<税金浪費の仕組み>

・税金浪費システムは、官僚をコントロールできなければ手をつけられない。長年の自民党支配の中で、政治家と官僚とのもたれ合いで築き上げられた仕組みだ。

 日本には他の先進国では見られない、税金や保険料の浪費を自動的に発生させるシステムが国の中心に埋め込まれている。

 

・この浪費システムの代表例5つのイニシャルをとると「HAT-KZ」、ハットカズ・システムとなる。

 

H=ひも付き補助金システム

A=天下りあっ旋・仲介システム

T=特別会計システム

K=官製談合システム

Z=随意契約システム

 

・結論から言えば、先進7ヵ国を見ると日本ほどの浪費システムはない。

 

<10の基本姿勢>

 

1「官僚主権」から「生活者主権」へ

2「中央主権」から「地方主権」へ   道州制の導入

3{密室}から「公開」へ  行政情報の原則公開

4「コンクリート」から「ヒト」へ

 

5「戦略なき産業政策」から「環境・バイオ医療立国」へ

6社会保障」削減の前に「税金浪費システム」削減へ

7「官営」から「民営」へ

8「人と同じ」から「人と違う」へ 独自性重視への教育の大転換

9「一国平和」から「世界貢献」へ  危機管理体制の強化

10先ず隗より始めよ   政治資金の透明化 政治の信頼回復

 

■視察旅行

 

□国民が評価できるように、視察の詳細な経費明細や報告書のインターネットでの公表義務づけ(外交的機密は除く)。

 

□同時通訳をはじめ、視察にかかわる契約は原則入札にする。

 

□もらったおみやげの扱い。公費・党費で相手に渡した記念品の返礼品は、国や党で管理するなどのルールを作る。

 

■政治資金

 

□収支報告書概要のインターネット公表の義務づけ。

 

□議員関係のすべての政治団体への外部監査導入。

 

国会議員に支給される月額100万円の文書通信交通滞在費を給与口座とは別の口座への振り込みにした上で、領収書などの保管と外部監査導入。

 

□企業・団体献金から個人献金への流れを促進する制度(寄付税制など)を推進し、最終的に企業・団体献金を禁止する。先進国ではアメリカ、カナダ、フランスが企業・団体献金を禁止している。