UFOアガルタのシャンバラ 日本は津波による大きな被害をうけるだろう

コンタクティやチャネラーの情報を集めています。

ヒトラー自身が逃げたと考える者もいる。ブエノスアイレスでひっそりと店員をやっているとか、パンパで大農園の管理をしているというのだ(1)

 

 

『写真でたどるアドルフ・ヒトラー

独裁者の幼少期から家族、友人、そしてナチスまで

マイケル・ケリガン    原書房  2017/9/25

 

 

 

<オカルティストの選択>

・アントン・ドレクスラーとカール・ハラーは、DAPのような「街頭」版の極右政党と、トゥーレ・ソサイエティに代表される一般社会から隔絶した世界との橋渡しをした。古代ギリシア神話に出てくる北の国から名づけられたこの団体は、ドイツが北欧のアーリア人に端を発することを祝福している。はるか昔に失われたこの大陸は、アーリア人の起源と信じられているからだ。

 従来の民族学者は、現存するアーリア人中央アジアまたは西アジアステップ地帯から来たと(それなりの理由があって)長い間主張してきた。しかし、新世代のドイツの神話は、こうした「東洋の」起源を受入れることができなかった。彼らは念の入った説を作り上げ、北欧の民族はヒュペルボレアと呼ばれる古代民族の末裔であるとした。この名前は、「北風の向こう側」という彼らの起源を表している。

 馬鹿げているように思えるかもしれないが、戦後にこうした考えが非常に人気を博したが、それもドイツに限ったことではない。

 

・文明が水泡に帰したという感覚から、心ある人々の多くは、その代わりとなるものを探したり、オカルトに現実味を見出そうとしたりした。戦争で多くの近親を失ったことで、死者と実際に交流ができると言われる透視術や降霊術への熱狂が育まれた。のちにナチの指導者となる人々の中にも、ルドルフ・ヘス(1894-1987)やアルフレート・ローゼンベルク(1893-1946)など、トゥーレ・ソサイエティの活動的なメンバーがいた。ほかにも、サークルの会合に参加したり、演説を行なったりする者もいた。しかし、それにヒトラーが参加していたという証拠はない。

 

<ナイフをふるう>

・街角での突撃隊は男っぽく暴力的だったが、突撃隊の指導部はやや毛色が違っていた。伊達男だったエルンスト・レームは、同性愛者であることを隠したことはなく、彼が突撃隊の最高位に就かせた多くの仲間も同じだった。自意識過剰なまでに洗練され、いかがわしさを見せつける彼らは、贅沢な暮らしぶりと退廃的な宴会で悪名高かった。彼らはそういった宴会を好んで開き、総統も賛成していたようだ。

 

<伊達男だったエルンスト・レームは、同性愛者であることを隠したことはなかった。>

・ふたりはどれくらい親密だったのだろう?同性愛者という噂は、第1次世界大戦以降、ヒトラーについて回った。

 

<人格とカルト>

・「半分は庶民、半分は神だ!」1925年10月に『わが闘争』を読み終えたゲッペルスが言ったという言葉には、支持者が指導者アドルフ・ヒトラーに対して抱いた崇拝と軽蔑が奇妙に入り混じっている。

 

<思いつき>

・戦争の最後の数カ月、明らかにナチス・ドイツは行き詰まりを感じていた。もちろん、ヒトラーは気が滅入る現実を受入れようとはしなかった。英雄的行為だけが、今の祖国を守るのだ。神話的規模の壮大な闘争、すなわち夢と伝説の本質だけが。それ以外に、総統が1944年9月に設立した国民突撃隊の可能性を信じた理由が説明できるだろうか?

 

・19歳から60歳までのすべての男性が参加しなくてはならず、しかも衣類やリュックサック、毛布、調理器具まで自前で用意しなければならない。

 

・しかし、それでも奉仕しなければならない。ゲシュタポに銃を突きつけられて集められるのだから。こうして国民突撃隊は戦場に出た。彼らはろくな装備も、武器も、訓練もないまま、連合軍の百戦錬磨の熟練兵に対抗しなければならなかった。全部で17万5000人以上の兵士が殺された。日が経つにつれて、召集は常軌を逸したものになり、もっと若い男子や女子までもが駆り出されることになった。

 

<モラルの尺度>

・否定が危険だとすれば、アドルフ・ヒトラーを他に類のない人間に見せようとする史学史的な誇張もまた危険だろう。スケープゴートのように、犯罪を起こした人物を明らかに完全な悪とするのがおかしいのと同じように、ヒトラーがある種の徹底的な悪を代表していると考えるのは、危険な先例となるだろう。

 ホロコーストを、これまでも今も例のない、究極の非人道的行為だということを常に思い出させる法律命令は、この行為を歴史から完全に切り離すことになりかねない。ルワンダ南スーダンなどの、ほかの大量殺戮を測定することができなければ、のちの世代への警告になるのだろうか?ホロコーストの規模や入念な計画がほかに類を見ないことは否定しがたいが、それは本当に道徳的な違いなのだろうか、それとも、単に程度の問題なのだろうか?

 

<犠牲になったユダヤ人>

ユダヤ人憎悪は、ドイツでは目新しいことではなかった。ほかのヨーロッパ諸国も同じである。中世には、ユダヤ人は異教徒として迫害された。すなわち「キリストを殺した者」として、宗教改革以前からのこの偏見を、マルティン・ルター(1483-1546)は熱心に受け入れ、ドイツのプロテスタント教会の中心に据えた。しかし19世紀に入り、ロマン主義的な愛国心が、自意識過剰な近代の「科学的」とされる人種論と親和するようになると、反ユダヤ主義は新たに不穏な方向へ向かっていった。

 

<超人の誕生>

・検視官のようにきっぱりと神の死を宣言した後、ニーチェは神としての機能のすべてを「超人」に取って代わらせた。この存在は、かつて「神」が持っていた価値を自らに与えている。彼は純粋な意志の力だけで、何らかの道理をなし、生きる指針となる法を作り、道徳的背景を作るのに必要な意味をその宇宙に与えるのだ。

 

・しかし、当時の伝統的な考えを軽蔑していたことから想像できる通り、キリストとその信条に対するニーチェの態度は、長いこと嘲笑に満ちていた。彼の意見では、汝の敵を愛せよ、許しを与えよ、右の頬を打たれたら左の頬を指し出せという福音書は「奴隷の道徳律」にすぎなかった。

 

<陶酔的アイロニー

ヒトラーニーチェの著作の微妙さに苦労したのも責められない。著名な研究者の間でも、今に至るまで彼の真意については議論があるのだから。

 ヒトラーの解釈が粗野で単純なものだったとしても、表面だけを読めば、ニーチェの思想が道徳は弱者のためのものであり、力は正義だという考えにつながりかねないのは明らかだ。

 

<超人から支配民族へ?>

ニーチェの「超人」という考え方が、一種の自然選択によって優れた男女が支配的地位につくという社会進化論はどのように調和していたかは、さほど苦労をしなくてもわかるだろう。こうした考えはチャールズ・ダーウィンの進化論のパロディだ。彼の「適者生存」という考えは、生き延びるのに適した変化をすれば、持続し、反復し、強化する可能性が最も高くなることを示している。

 

ニーチェの考えは、オーストリア、ドイツその他で頭角を現している人種論と一致していた。少なくとも相似の関係にあるように思われる。つまり、ヨーロッパの白人が「支配民族」であるという主張であるニーチェ自身は、現存するひとつの民族が、生まれながらにしてほかの民族よりも「優れている」と主張したことはない(とはいえ、彼の描く「超人」は、肌が白く金髪で青い目をしている)。仮にそうしたとしても、彼は「高貴な種族」を人種ではなく動物になぞらえることのほうが多かった。それはジャングルの捕食者の気品と強さをそなえていると彼は言っている。

 

アーリア人の大志>

・ヒューストン・スチュアート・チェンバレン(1855-1927)は、人種的階級という哲学を誰よりも雄弁に語った。生まれはイギリスだったが、養子縁組と結婚によってドイツ人となった。1908年、リヒャルト・ワーグナーの娘エヴァと結婚する。しかしその頃には、彼はすでに『19世紀の基礎』(1899)で人種差別主義者の資格を確立していた。

 この基礎というのは、アーリア人または白色ヨーロッパ人、とりわけ、ノルド人とドイツのチュートン人の民族の知性、才能、機転であると彼は断言している。逆に、これらの基礎をむしばむのが、広く行き渡っているユダヤ人の影響なのだという。文明の物語は、最終的に善(アーリア人)の力と悪(ユダヤ人)の力との対決に向かうだろうと彼は言っている。

 

<彼のイデオロギーは、アーリア民族の優れた知性、才能、機転を事実と仮定している>

・当然ながら、すべてを含んだ2元性の半分にするため、チェンバレンの「ユダヤ人」の定義は非常に広かった。例えば中国人も含まれていた。一方、西のステップ地帯から来た肌の白い「アーリア」人が、先史時代の終わりにアジア亜大陸に侵入し、支配的なバラモン階級を作ったという言語学・考古学上の発見に魅了された彼は、驚いたことにインドを除外している。(かくして、彼の支持者で中で人気だったヒンドゥー教由来の卍が、ナチズムの図像学に取り入れられたのである)。

 

<「優位性の「科学」>

チェンバレンの意見は、ジョルジュ・ビュフォン(1707-88)、ベトスル・カンパニー(1722-89)、そしてドイツのクリストフ・マイナースといった、彼に先駆けた思想家の業績の上に成り立っている。ジョルジュ・ヴァシェ・ド・ラブージュ伯爵(1854-1936)が、それらをさらに推し進めた。流暢で絶対の自信を持ち、目もくらむほどの造詣の深さを見せる著作で、チェンバレンはたちの悪い偏見に「科学」という見栄えをほどこした。

 彼のこの代表作が、「支配民族」の祖国ドイツで爆発的な人気を得ていたら、もっと広く知られていたに違いない。ヨーロッパ諸国はこぞって、この結論に気をよくした。概して、北欧の人々はそうだった。『19世紀の基礎』は、イギリスで熱狂的に受け入れられた。誇り高きアングロサクソン人のエリートたちは、帝国を築く者としての地位が正当化されたことに喜んだ。アフリカやインドその他の国を支配する「権利」が保障されたからだ。

 

<最後>

・1945年の春が近づくと、ヒトラーにさえも国家の行く末ははっきりしていた。途方もない規模の妄想が明らかとなった。ドイツは—―そして彼は—―価値のないものになる運命だ。

 

4月29日、すでにベルリン郊外までロシア軍が押し寄せる中、ヒトラーと部下たちは総統地下壕に退避した。彼は敵の手に落ちるよりは自殺を選んだ。彼は同日、イタリアのパルチザンによってムッソリーニが無様に吊るされたことに悩んでいたと言われている。しかし、いずれにしても彼が囚われの身になることに耐えられたとは思えない。彼はエヴァの逃亡の手配をするが、彼女は地下壕でともに死ぬと言って譲らなかった。このロマンチックな行動は報われた。ふたりはその場で結婚したのである。

 

<彼はエヴァの逃亡の手配をするが、彼女はともに死ぬと言って譲らなかった。>

・最後まで被害妄想のあったヒトラーは、親衛隊に与えられたシアン化物が偽物だったらと考える。そこで彼は、かわいがっていたジャーマンシェパードのブロンディにそのひとつを与えた。犬が即死すると彼は納得すると同時に取り乱した。どんな人間の死よりも、動物の死に心を動かされていたようだ。

 それは完全に静かなものだったに違いない。ソヴィエト軍の最初の部隊が地下壕に近づいてくる間、彼はエヴァにシアン化物のカプセルを渡し、彼女が飲むのを見届けてから、自分の頭を撃ち抜いた。

 忠実な部下たちはふたりの遺体を外に出し、地下壕の後ろの空地でガソリンをかけて火をつけた。死んでもなお、彼らを敵の手に渡さないためだ。

 

<脱出>

・ロケット科学からスパイまで、特別な技術を持つナチ党員の中には、過去には問われず、アメリカやソヴィエトに協力する者も出てきた。繰り返すが、冷戦が始まり、優先順位は変わったのだ。こうした取引に幻滅した者たちは、ナチズムの下に作られた秘密のネットワークを使い、安全な場所への脱出を試みた。アドルフ・アイヒマン(1906-62)のように、ラテンアメリカにたどり着いた人々もいた。そこで抑圧的な政権が、彼らの過去を進んで見て見ぬふりをしたのである。どれだけの人々が、こうした「縄ばしご」を伝って安全な場所にたどり着いたのかを知るすべはない。

 

ヒトラー自身が逃げたと考える者もいる。ブエノスアイレスでひっそりと店員をやっているとか、パンパで大農園の管理をしているというのだ。炎は実に見事な仕事をした。地下壕の後ろの残骸は、誰のものともつかなかった。ソヴィエトはヒトラーの歯科医を突き止め、記録と照らし合わせて、わずかに残った顎の骨がアドルフ・ヒトラーエヴァ・ブラウンのものであると証明させた。だが、彼が本当のことを言っていると確証できるだろうか? あるいはロシア人たちは? 史学史的な噂話は、彼らの遺体が一種の真空状態を残すのを毛嫌いしている。

 

 

 

『プレアデス / プレヤール人とのコンタクト記録』

ビリーE・A・マイヤー    水瓶座時代出版  2010/10/1

 

 

 

かってのドイツ帝国総統アドルフ・ヒトラーのこと

アドルフ・ヒトラーは非常に多くの面で天才でした。

 

・彼の知識は芸術や技術の極めて多様な分野からいろいろな科学、そして、暗示力の利用法にまで及んでいます。

 

・彼の内部形態は、非常に価値の高い生命体の生まれ変わりでした。

 

・でも彼は高度に発達した霊の持ち主ではなく、悟性と理性の人であり、全地球の政治と経済、そしてすべての国家をある肯定的な方向へと導いて、世界と人類の平和な統合世界を創り出すように定められていました。

 

・彼はこの目的のために訓練され、その生地に転生したのです。

 

・ギゼー知的生命体は、トゥーレ協会の当時の責任者および同協会のメンバーで千里眼のハヌッセン一世を通じて、アドルフ・ヒトラーという存在を手中に収め、自分たちの陰険で邪悪な目的のために彼を利用することに成功しました。ヒトラーはそれには抵抗しなかったのですが、それは彼自身のうちに狂気じみた権力欲が、燃え上ったからです。

 

・このような企みのほかにも数えきれないほどの人材が、ギゼー知的生命体の手に落ちた地球人という形で、その意識を操られて狭小な領域に押し込まれたのですが、ヒトラーもまたその影響に抗うことができませんでした。

 

アドルフ・ヒトラーは権力の狂気に負け、そのうえギゼー知的生命体にあくどく利用された

セムヤーゼは一度、アシュタール・シェランとかいう男との関連で、トゥーレ協会の話をしたことがある。このシェランはある小説風の書物も伝えており、それにはシェランの一味はおよそ3500年前に、かのモーゼをビームシップに乗せたことがあると、書かれているというじゃないか。そしてモーゼはこの一味から十戒を手渡されたという。

 さらにこのシェランは、「ファティマ」の事件も彼の一味が仕組んだものだと主張しているそうだね。

 

・そこで私が知りたいのは当時ドイツにあったトゥーレ協会はシェラン一味と何らかの関係があるのか、また彼らはギゼー知的生命体と関係しているのかということだ。

 

・アシュタール・シェランが実在することが明らかになりました。彼らは、最高位からの指令を受けてドイツの旧トゥ-レ協会を統制し、テレパシーで二つの強烈な要因を送り込んでいました。

 

・アルセアク別名アシュタール・シェラン等々は、彼に課せられた使命によれば、数千の知的生命体から成る部隊の指導者であるこの部隊は、15年前までは、世界制覇の野望を抱く「カマゴール」の直接指揮下にあった。

 

 

 

 

「日本を貶めた『闇の支配者』が終焉を迎える日」

ベンジャミン・フルフォード KKベストセラーズ  2010/3/26

 

 

 

<グリーン・ドラゴン団>

・東洋の秘密結社由来とされる奇妙な伝説に、グリーン・ドラゴン団(グリーン・メン団とも)のことが出てくる。北チベット中央アジアの隠れた修道会と同定される秘密の道士グループであるというものだ。他者の侵入を許さない聖域からグリーン・メンは夢と幻影を通じて信奉者とコミュニケーションをとり、彼らに「終末の帝国」のゴールへの道を指示するのだという。これら東洋の「智の尊師」や「知られざる尊師」とそっくりである。

 

・これも信じられていることだが、尊師たちが現在、暮らしているのは地底深くの地下洞窟で、そこは「ラマ僧のなかのラマ僧」や「三つの世界の尊師」が支配している。

 

・すべての東洋的秘密結社の裏の内部社会と同様、彼らはシャンバラ王国―人類があの世での輝かしい統治のために、この世の事物に対する幻想を捨て去る時に出現する黎明の国―の最終勝利のために修業している。

 

・シャンバラの聖なる都市は世界の尊師が支配しているが未熟者の目には見えない・・・それは秘密の聖域であり、神秘の統治者の席である、地下にある王国では尊師たちも世界の秘密の保管文書も安全に保護されている。これは輝かしい現実なのである。

 

・伝えられるところでは、グリーン・ドラゴン国は、人類が現在の形で構成されている間は、決して物理的世界にその姿を現すことはない。それゆえ、彼らは、何人もの密使を選んで権限を与え、暗号化されたメッセージ、思想、シンボルを外部世界に伝えるように指令した。

 

・世界のスピリチュアル・センターに関連する伝説すべてをしのいで、シャンバラおよび「世界の指導者」が支配する地下王国の神話とともにグリーン・ドラゴンはオカルトの象徴として屹立している。

 

・「世界の歴史は、秘密結社同士の戦争の歴史である」とアフリカン・アメリカンの詩人イシュマエル・リードは言う。世界史は、秘密の知識を用いる陰謀グループが作ってきたのだろうか?アングロ・アメリカの秘密結社は東洋の悟達者とその連合軍と大闘争を続けているのだろうか?

 

 

 

『ムー  2016年8月号 No.429』

 

 

 

ナチスUFO最高機密 アルデバラン星人の謎>

ナチス・オカルティズムの淵源とヒトラー生存説>

ヒトラーは死んでいなかった!世界を騙したフェイク心中の真相>

・当時ソ連の最高指導者だったヨシフ・スターリンが、ヒトラーの遺体の検証後、アメリカ国務長官ジェームズ・バーンズに対し、「ヒトラーはスペインかアルゼンチンに逃げのびたにちがいない」と語り、ドイツ国外逃亡説が、第2次大戦直後の世界を駆け巡ることとなったのだ。

 

・事実、ヒトラー生存説を裏づける証言がいくつもある。たとえば、4月30日の夕方、つまりヒトラーが自殺を遂げたあと、ベルリン近郊のテンペルホフ空港に姿を見せたヒトラーが兵士たちに目撃されている。そしてまた身内の証言もある。第2次世界大戦中、アンヘル・アルカサル・デ・ベラスコというトップクラスのスパイがいた。ナチス降伏の寸前まで、ヒトラー、そしてエヴァ・ブラウンとともに地下室で過ごしたベラスコが、マルチン・ボルマンから聞いた話を、こう明かしている。「ボルマンは、ヒトラー総統を総統府から連れだして、ひとまずドイツ南部のロタック・アム・エルヘンの要塞に移した。ヒトラー総統とエヴァの死体がガソリンをかけられて焼却されたという話は、彼の創作だ。世界中にニセの事実を信じ込ませることに成功したのだ。実際には、ボルマンが信用する部下数人を使い、要塞からドイツ領内を横断し、船でヒトラー総統をノルウェーに移した」

 1945年5月の時点で、ヒトラーはまだ生きていたのである。

 

FBIも捜索したヒトラーの行方 ブラジルで95歳まで生きていた!?>

・さらに、ヒトラー生存説を裏づける根拠がある。2009年に米コネチカット大学で行われた遺伝子鑑定の結果が、“それ”だ。ヒトラーが自殺したとされるベルリンの地下室で発見された頭蓋骨の破片が、実はヒトラー本人のものではなく、20~40歳の女性のものだったことが判明。つまり、ヒトラーの死体は発見されていないのである。

 

・2014年4月15日、英のニュースサイト「エクスプレス」が機密解除されたFBIの文書の一部を公開した。そこにはヒトラーの死亡が未確認で、Uボートで南米アルゼンチンに逃亡した可能性があり、FBIまでもがヒトラーの行方を追跡していた事実が記されていた。

 

・そして今年、ヒトラー生存説に、また新たな“事実”が加わった。なんと、ヒトラーがブラジルで95歳まで生きていたというのだ!

 2016年3月、驚くべき情報がネット上に公開された。元ナチスの残党を追跡していたシモーニ・レニー・グエレイロ・ディアスによって、ヒトラーがブラジル人の愛人と95歳まで生きていたという証拠写真が公開されたのだ。写真は死の2年前、1984年に撮影されたもので、その男は、黒人のガールフレンドであるクティーニャと一緒に幸せそうにポーズをとっている。

 

シモーニの著書「ヒットラー、その生と死」によれば、ヒトラーがベルリンの地下室で死んだというのは真っ赤なウソで、アルゼンチンを経てパラグアイに飛び、ブラジルのマト・グロッソ州にある小さな町に落ち着いたという。そこで彼はアドルフ・レイプジクという変名を用いて暮らし、地元民には「年老いたドイツ人」として知られていた。

 

 

<●●インターネット情報から●●>

サイトの「カラパナア」(不思議と謎の大冒険)から引用

 

ヒトラーは生きていた!?ブラジル人の恋人と95歳まで生きていたという証拠の写真が発見される」

 

ヒトラーは生きていた!?>

現代においても未だその影響力が半端ないドイツの独裁者、アドルフ・ヒトラーヒトラーは1945年4月30日、総統地下壕の一室にて、妻であるエヴァ・ブラウンと共に自殺を遂げたというのが歴史上の認識であるが、実はブラジルに逃亡し、95歳まで生きていたという噂もあり、最近になってその可能性を示す写真が発見されたそうだ。

 

ヒトラーが死んでいなかったという話は諸説あるが、ある本によれば、彼はパラグアイに逃れ、アルゼンチン経由でブラジル、マットグロッソ州にあるノッサ・セニョーラ・ド・リブラメントという人口12,000人ほどの小さな町に移り住んだという。そこではアドルフ・ライプツィヒという偽名を名乗っており、住民からは”ドイツの老人”として知られていたらしい。

 

 問題の写真は、ヒトラーが亡くなる2年前の1984年に撮影されたと主張されるもので、そこには黒人の恋人クティンガとポーズをとる幸せそうな姿が映し出されている。

 

『Hitler in Brazil - His Life and His Death(ブラジルのヒトラー - その生と死)』の著者シモーニ・レネ・ゲレイロ・ディアス氏によれば、ヒトラーバチカンの友人から地図を入手し、そこに記されていた秘密の財宝を探していたらしい。恋人のクティンガは素性を隠すために利用していたようだ。ディアス氏はヒトラーの自殺が信じられず、ライプツィヒと称する人物の遺体を掘り起こし、DNA鑑定するべきだと主張している。

   ディアス氏はヒトラーが隠れ住んでいたという町を2年間調査してきたそうだ。ここはボリビアの国境に近い、18世紀のゴールドラッシュによって作られた町である。その付近の洞窟にはイエズス会の財宝が眠っているとされ、ヒトラーがここに住んだのも偶然ではないと彼女は睨んでいる。

  彼女がこのような考えに至ったのも、古い不鮮明な写真を加工して髭をつけたところ、ヒトラーそっくりな人物が現れたからである。ディアス氏によれば、80年代初頭にクイアバの病院で手術を受けたヒトラーを身元不明のポーランド人修道女が見つけ、そこから立ち去るよう命じたことがあったらしい。しかし、自分はバチカンの命令で来ているのだと逆に叱責されたという。

   陰謀論では、ヒトラーがドイツから南米へ逃れたと主張されることがある。この見解は、イギリスの2名の作家がアルゼンチンで盗作疑惑をかけられたことから、盛んに議論が交わされるようになった。

 

2011年に出版された『Grey Wolf: The Escape of Adolf Hitler(灰色の狼:アドルフ・ヒトラーの逃亡)』の著者ジェラード・ウィリアムズ氏とサイモン・ダンスタン氏は、ヒトラーエヴァ・ブラウンパタゴニアに逃れ、62年に73歳で死ぬまでに2人の娘をもうけたと主張している。この本は後に映像化されたが、アルゼンチン人のジャーナリストは著者らが自分の研究内容を許可なく使用していると訴えた。

   こうしたヒトラーがアルゼンチンで生きていたとする説を、歴史家のガイ・ウォルターズ氏は馬鹿げていると一蹴する。「まったく恥知らずで、そんな証拠はどこにもありません。陰謀論者の妄想に訴えかけているだけで、歴史的な研究とは言えませんね」

 

 マットグロッソ連邦大学の歴史学者カンディード・モレイラ・ロドリゲス氏も「ヒトラーが南米に逃れていたと主張する歴史家と称する人物たちは皆似たようなものですよ」と、同じく否定的だ。

 

 そうした説によれば、戦後、悪名高いアドルフ・アイヒマンヨーゼフ・メンゲレをはじめ、大勢のナチスが逃亡を果たしたという。ヒトラーの死を証明しようとする研究者にとって頭が痛いことに、その物理的な証拠は一切発見されていない。2009年には、地下壕付近で発見されたヒトラーのものとされる頭蓋骨の破片をDNA鑑定したが、女性のものであることが判明している。

   ヒトラーが生きている姿を最後に目撃したとされる元親衛隊曹長のローフス・ミシュは、2013年に96歳で亡くなった。生前彼は、閉じられたドアの向こう側で銃声を聞いた後に、頭からテーブルに倒れているヒトラーを見つけたと発言している。

 

 

 

『2000年5月5日宇宙人大襲来』

(草刈龍平)(第一企画出版)1996/12

映画インディペンデス・デイはなぜ緊急制作されたのか

アメリカ政府が隠し続けた恐るべき事実

 

 

 

ヒトラーが宇宙人と密約していた動かぬ証拠>

ヒトラー

ナチスが開発したというこのUFOの性能は想像を絶するものだ。いったい今から50年以上も前にヒトラーのエンジニアたちはどこからこうした超高度技術を獲得したのだろうか。その疑問には、ヒトラーが副官のフォン・ラウシュニングに語った以下の言葉がヒントになる。

 「全ての人々の上に私が語ることのできない新しい高貴な人類が君臨するだろう。しかし、普通の軍人たちはこれらの計画については何も知らない。新人類は今我々の間にいる。彼はここにいるのだ。これで十分だろう。私は、君に秘密を話した。私は、新人類を見た。彼は大胆で冷酷だ。私は、彼を恐れている」

 

・いったいヒトラーはこの「新人類」という言葉で何を意味しようとしていたのであろう。ラウシュニングによると、ヒトラーはいつも何かに怯えていたらしい。彼は就寝中、悪夢にうなされて気狂いのように目覚め、目に見えない何かに向かって訳の分らぬ言葉を叫んでいたという。

宇宙人に誘拐されたのではないのだろうか。ヒトラーは宇宙人とひそかに接触したのだと筆者は想像する。

 

 

 

フェローシップ』  知られざる宇宙の隣人たち

ブラッド・スタイガー   たま出版   1996/2

 

 

 

ヒトラーの秘密の探索>

・1942年4月、ドイツのナチスは、幻想主義的な科学者達の遠征隊をある場所へ向けて派遣した。遠征隊は、「内部が空洞の地球」の空洞内にいるとされる軍から、その見解を聞くという目的で編成されたものであった。先端的知識を持つそうした科学者達が探索へと送り出されたとき、ドイツは第三帝国の建設に向けて連合軍打倒ムード一色であったが、当時ゲーリング元帥、ヒムラー長官そしてヒトラー総統は、この地球の空洞内にいる軍を探すという計画に、非常に熱心であった。ヒトラーは、地球はへこんだ皿のような凹状の形をしており、地球の地面の下には別の人間が住んでいるのだと、永いこと信じて疑わなかったのである。

 

・「地球空洞説」を信じていたナチスは、遠征隊をリューゲン島に派遣したときに、この疑似科学的な見解が正しいものであるという自信を確実なものにした。ヒトラー総統の側近達は、総統の考えに心酔していた。すなわち、リューゲン島で「地球の内側に存在する世界」への入り口を発見したという大成功について、ナチスこそが、空洞内に住む「指導者」達との間に混血種の子孫を残す資格を持つ、選ばれた人種の集まりであるということを、その「指導者」達にはっきりと理解してもらう絶好のチャンスであるという考え方である。

 

ナチス神話の重要な特徴は、地下に隠れている、パワーに満ちた秘密の種族はその代表者を地上に送り出し、人類に紛れて生活しているという考えであった。選ばれたアーリア人のみの国家を創るという、ヒトラーの狂気ともいえる願いは、どの人種よりも高等な種族として選ばれ、地中に住む超人達との間に突然変異的な新種族を生み出し、英雄、半神的存在、さらには神としての人間を創り出したいという強迫的な願望によるものであった。

 

・作家のルイス・パウエルスとジャークバーギャーは、第三帝国時代ダンツィヒの統治者であったヘルマン・ラウシュニングの言葉を次のように引用している。ヘルマン・ラウシュニングはヒトラーとの会話の中で、超人とのミュータントを創り出そうというヒトラーの計画についてこう述べている。

「全く新しい人種が今我々の中にいるのだ!」とヒトラーは叫びました。「彼はここにいるのだ!それだけじゃ十分でないとでもいうのかね?君に秘密を教えようじゃないか。この私自身、超人をこの目で見たのだ。彼は勇敢で容赦なかった。私は彼を恐ろしく感じたよ」

ラウシュニングによると、ヒトラーが超人についてこのように話したとき、ヒトラーはある種の恍惚感を感じているようだったという。

 

ヒトラー霊媒師であった可能性を示唆する証拠があるという根強い噂も存在している。事実、彼の生まれたオーストリアの小さな村ブラナウは、昔からヨーロッパの心霊主義の中心地として知られていた。また、アドルフ・ヒトラーはその幼児期、ウィリー・シュナイダーと同じ乳母のもとで育っている。ウィリーは弟のルディーと兄弟二人で、後に世界的に有名な霊媒師として知られるようになった存在である。

 

・ラウシュニングはさらに「ヒトラーの側近」から、ヒトラーが夜中によく叫び声を上げて目を覚まし、ひきつけを起こしていたと聞いたと主張している。ヒトラーの使用人達の話によると、かつての独裁者は哀れにも小さく縮こまりながらしくしくと泣き声をあげ、「彼」が自分のためにやって来て部屋の隅のそこ(ヒトラーはその場所を指し示した)に立ったのだと大声をあげた。ヒトラーは、「彼」がヒトラーの寝室を侵略するために地下の王国からやって来たのだと、叫び声を上げながら訴えた。

 

・神秘的な存在の訪問を受けたと主張している為政者はアドルフ・ヒトラーだけにとどまらず、他にも存在する。そうした神秘的な訪問者は、ヒトラーが主張したような「新しい種族」というよりも、非常に古くからいる種族を代表する者達だったのではないだろうか。