UFOアガルタのシャンバラ 日本は津波による大きな被害をうけるだろう

コンタクティやチャネラーの情報を集めています。

それが必然的に必要だったからであり、それを行いながら、人間たちはミツバチが秋になると、おたがいに殺し合い、動物の雄たちがお互いに殺し合う、あの自然の、動物学的法則を実現していたからである。(1)

 

 

『熱誠憂国』  日本人に伝えたいこと

李登輝  毎日新聞出版   2016/6/30

 

 

 

イノベーション

経済成長の原動力になるのは新しい技術、イノベーションである。例えば、すべてのモノがインタ―ネットと繋がる「IoT」の時代では、日本と台湾が共同して世界を制覇することが可能なのである。台湾はIoTの生産でアベノミクスを強力にバックアップすることができる。

 

アメリカ一極集中の終焉

戦争放棄は生存放棄

・繰り返し指摘しておくが、戦力を保持することは即、戦争をするということではない。混沌とした国際社会の中で、いじめられないために、自分の身を自分で守るために、すなわち、抑止力のために戦力を保持することが必要であり、それは国際社会共通の認識である。

 私が総裁在任中も、軍備の充実には気を配った。台湾の存在を維持するためには、自分で国を守らなければならず、日本やアメリカに頼るわけにはいかなかったからである。

 

・台湾がF-16戦闘機をアメリカから購入した直後のことであった。当時の社会党の故・土井たか子党首が台湾に来たことがあった。彼女は、台湾が戦闘機を購入したことがよくないと考えていたようで、「なぜ戦闘機を買ったのか」というような質問を執拗にするのである。

 私は「国を守る、これは総統の責任である。自分の国は自分で守らなければならないという原則を知っていますか。あなたが台湾を守ってくれるのですか」とこんこんと説明すると、彼女は一言も発せず帰っていったが、それ以来、彼女は台湾へ来なくなってしまった。

 

<日本が生き抜いていくための改革を成し遂げる>

日本が真の自立した国家として歩むことを私は心より期待している。

 

<お金が商品になる時代>

・ところが、日本では円相場が上昇し、ついにはバブルを引き起こした。そして1991年にバブルが崩壊すると、銀行の経営破たんが続いて、結局は国民の税金を使って銀行を助けるほかなかったのである。それは、インフレーションからバブルになることを分からなかったのか、分かってやったのか、いずれにしても優秀な人材がたくさんいるにもかかわらず、日本の政策の失敗であった。

 その後はご存じの通り「空白の20年」などと言われて、日本経済は青息吐息の状態が続いた。政権が猫の目のように変わり、政治も経済も漂流するばかりの状態であった。かつて北宋の学者の蘇老泉が「一国は一人によって興り、一人によって亡ぶ」といったが、この20年の間、日本にはこの「一人」というべき深い哲学的思索に裏打ちされた叡智を持つリーダーがいなかった。

 

第3の矢はイノベーション

・私の考えでは、経済が延びるためには4つのファクターがあり、第1は国内消費を伸ばさなければならない。第2は投資、第3が輸出である。

 ところが、この3つのファクターは、為替を下げたり日本円を下げたりすると、それによってある程度促進できるが、肝心の経済がそんなに伸びなくなる。

 

・私に言わせると、いま日本がやるべきことは第3の矢、すなわち成長戦略に全力をあげるべきであろう。そのためには、もう本当にイノベーション以外方法がない。第4のファクターは「イノベーション」である。

 

原発問題は第3の道を選べ

・これらの問題を解決するのが、水素を燃料とする「核融合」の原子力発電である。水素はナノテクノロジーで海水から取れるし、ウランを使わないから爆発も再臨界メルトダウンも起きない。日本の故・古川和男博士が、長年研究を続けてこられた「トリウム原発」がその代表である。

 

<日本のインテリジェンス力>

中国大陸の影響力は、いまやアジア中に急速に広がっている。ところが、こうしたアジアの実態を伝えるレポートと質とレベルが非常に低い。また、現地で実務を行っている人たちの伝える情報も誤りが実に多い。

 

・ある人の話では、在外日本国総領事館やJETRO(日本貿易振興機構)、さらには日本政府の意向で「前途有望」という報告を出すことが暗黙の了解になっていたというが、それではアジアとの本当の付き合いはできない。当面はそのほうがいいという判断が働いたのだろうが、長期的には、企業は有効な対応ができないだろう。

 

・いまアジア諸国の経済回復に力を貸そうと思っても、個々の投資家や会社は前述したように実態をはっきりつかんでいない。それができない要因はいくつかある。一つはこれらの地域や国で行われていることがはっきりしない。つまり透明度が低いということである。実質的投資をしようと思っても、融資対象がどれくらいの支払い能力を有するかが分からない。信頼に値する会計組織や監査手続きは、実際には存在していないといったほうがよいであろう。

 

・次の要因は政治のあり方である。確かに、アジアに起こった金融危機が2次的に実体経済に影響を与えている現在では、経済回復を促進するためには、金融体制の調整がかなり必要であろう。この調整はただでは行われない。そのためにコストは必ず分担しなければならず、これは政治抜きでは決められない。不良債権を持った銀行、合成の誤謬を犯した官僚、独裁者の一族の不正等の諸問題が政治的に解決されなければ、投資家や援助する諸外国も二の足を踏んでしまうことになるだろう。

 

北朝鮮への近視眼的な対応

・同じことは、北朝鮮問題についてもいえるだろう。日本で報道されていることは、すべてが間違いとはいわないが、非常に部分的なものが多い。なぜあの国が現在のような状況に置かれているかをアジアの構造全体から考えてみてもいいのではないだろうか。

 

これまでは、中国のコントロールがきつすぎて、なんら新しい方向を見出せないというのが北朝鮮問題の実情であった。いま世界にとって必要なのは、北朝鮮の内部で何が起こっているかを正確に把握するということだ。そのためには、しっかりとした情報を収集することが不可欠だろう。

 

アジア向け援助システムの構築

・また、日本に期待したいのはODAを通じて、アジア諸国に長期資本の貸し付けを検討することである。貸金の友好的な分配、そして受益国がそれによって資本蓄積できるようなシステムを作ってもらいたい。

 

アメリカを理解していない日本

・アメリカを理解し、アメリカに日本を理解させる独自の方法とルートを持たなければ、結局マスコミで報道されたことを信じるしかなくなるが、マスコミに流されている「アメリカの意図」や「日本の意図」が正しいとはいえない。

 

中国を世界の舞台に引っ張り出す

・中国のリーダーも、しばらく前に、ゴルバチョフが何を行ってソ連をつぶしてしまったかは、よく分かっていることだろう。「エンゲージメント」などという言葉につられて、おいそれと無防備に世界の政治舞台に出てくるわけはない。

 

台湾を制する者は中国を制する

・しかしながら、アメリカの中国に対する「エンゲージメント」は戦略的にいくつかの欠点を残している。中国のリーダーはアメリカの国益をよく把握しており、現在のグローバル・スタンダードに同意することには絶対に反対である。

 

・また、中国内部の体制が矛盾に満ち満ちていることは承知しているが、絶対に政治の自由化や民主化を取り入れて、アメリカ的「エンゲージメント」によって自己生存を脅かすことはしないであろう。

 

台湾は日本にとって、単なる製品の輸出先の、南に浮かぶ島の一つではない。台湾は、日本にとっても生命線なのである。

 

信仰とは神との出会い

・学徒出陣で戦争にも行った。東京大空襲にも遭った。理論的に考えるだけで生きてこられたわけではないのである。鈴木大拙の本や『臨済録』をよく読んだのは、そうして生きている自分を見つめるためであった。読んだどころか、その教えを実践した。

 

・特に『臨済録』の「お互いのこの生身の肉体上に、何の位もない1人の本当の人間、すなわち「真人」がいる。いつでもどこでも、お前たちの眼や耳や鼻などの全感覚器官を出たり入ったりしている。まだこの真人が分からない者は、はっきり見届けよ」という一文の「無位の真人」とはいったい何なのか、それを自分で確かめようとしてきた。唯心論的にはそうして自己の研鑽をすればよかったのである。

 

死んだら自然に還るだけ

・人間は死んだら自然に還るだけである。自然の主宰者は神であるから、神様のところへ還るだけだ。

 

「日本精神」を失うな

・日本経済はイノベーションなどを通じて、経済成長率を少なくとも3、4パーセントくらいまでもっていけるだろう。その前提として、いま内閣府では恐らく予算問題が非常に深刻になっているけれども、例えば消費税の軽減税率の問題、あるいは年金問題とか、こういう問題を着実に処理していく必要がある。ギリシャ危機のような事態に陥ったら大変だから、経済成長率をいかに高めていくかということに真剣に取り組む必要がある。

 

「日台」と「日韓」の違い

・私は家内からよく笑われる。「あなたは台湾の総裁を12年もやったくせに、日本のことばかり心配している」と、確かに日本からのニュースを毎日気をつけている。なぜ日本を気にしているかというと、日本がしっかりしてくれないと、台湾が立ちゆかなくなってしまうからである。台湾を発展させるためには、日本の動向を熟知しなければならないのである。

 

尖閣諸島は日本のもの

東シナ海の南西部に位置する尖閣諸島は、日本のもの、過去をひもとけば、すぐ分かることだ。それなのにいまになって中国が問題にするのはおかしいことである。

 日本人もそうだが、実は台湾の人も尖閣問題は何が問題なのか分かっていない。

 尖閣諸島は台湾のものではなく、台湾とは関係がない。ただ日本時代に尖閣諸島の辺りは魚が大変捕れるところだったので、慣習的にその漁場で魚を捕っているだけである。美味しい魚が捕れるいい漁場であった。

 

先の大戦に従軍して

旧制高校から京都帝国大学に進み、学業半ばにして陸軍に志願した私の配属先は、高射砲部隊であった。

 私が経験したのは、大戦末期の熾烈な戦闘である。1945年3月10日、東京大空襲の際は部隊の小隊長が戦死。私が代わりに指揮を執った。焼夷弾の破片が鼻をかすめ、傷を負った。先の大戦で命を落とすことがなかったのは、運がよかったともいえるし、神の導きとしか思えない。

 

・「やらなければ、こちらがやられる

 当時の心境をあえて表現すれば、このような言葉になろう。それは人間が持つ「生」への本能的な欲求であった。かといって、私はひたすら生き延びることを望んでいたわけではない。誤解を恐れずに言えば、求めていたのはむしろ「死」である。身体検査のときに最前線の歩兵を志願して苦笑されたのも「死」に、できるだけ近づくためであった。そうすることで、少年期から私を悩ませた「死とは何か」「自我とは何か」という命題に決着をつけたかったのだ。だが、学徒出身の私の願いは叶えられることはなかった。

 

・1945年8月15日、私は名古屋の第10軍司令部にいて終戦を迎えることになった。玉音放送も聴いた。辺り一面、焼け野原であった。

 

「日本人」として戦った兄と私

・私は陸軍に志願し、兄・李登欽は海軍に志願した。当時われわれ兄弟は、紛れもなく「日本人」として、祖国のために戦ったのである。

 

・だが、われわれ兄弟が日本人として戦い、マニラで散華を遂げた兄が靖国神社に祀られているのは、歴史の事実である。歴史の事実を捻じ曲げることは誰にも許されない。

 また、馬前総統は台湾に慰安婦の記念館を作ることを発表した。「約20年前から台湾の元慰安婦を支援している」などと、馬前総統は述べたそうだ。20年前といえば、私の総統時代である。当時、馬英九氏は私の英語通訳だったのでよく知っている。だが、彼が台湾の元慰安婦を支援している、という話は聞いたことがない。はっきりしているのは、すでに台湾の慰安婦の問題は決着済みで、いまさら蒸し返すことは何もないということだ。

 

平和を実現する方法

自国に脅威を与える国家を外交交渉などで飼い馴らすのではなく、戦争によって取り除くことが可能になるからだ。それどころか、戦争に訴えることによって初めて理念の貫徹した秩序を作ることもできる。平和を優先する時、国家間の交渉や合意によって平和を保とうとすれば、自国と価値観も文化も異なる相手との妥協を避けることはできない。戦争をすることで実現できる変革に期待をかける時代への変化が、歴史的に表れることになる。それが現実の国際政治の変化であり、リアリスト的な状態である。

 

・これは国際環境の変化とは無関係ではない。世界経済をこれまでダイナミックに拡大させてきたグローバル資本主義には本質的と思われる諸欠陥を内包しており、適切な処方箋が処方されない限り、国際政治に安定的な局面をもたらすことはできない。グローバル資本主義の本質的な欠陥とは何か。次の3つの事項が挙げられる。

 

  • 世界金融経済の大きな不安定要素となる。
  • 所得の格差拡大を生む。その結果、健全な中流階層の消失という社会の2極化現象を生み出す。
  • 地球環境汚染を加速させ、グローバルな食品汚染の連鎖的反応を作り出す。

 

 

国境を越えて自由に経済資源が移動できるような世界がベストだ、というグローバル資本主義の基本的思考には問題が多い。いままでの通説である経済の総体理論は間違っていると、多数の経済学者によって次のように検討されている。

 

  • 金融市場は商品市場にあらず。貪欲な利己心と理性的でない行為のもとに市場のメカニズムを放任すれば、金融資産価格はますます基本面から離れていく。
  • 物価の安定は、金融の安定を保護することができない。資産価格の膨張を放任すれば、金融危機を招く結果となる。
  • 極度に資本の自由移動の有利性を誇張すれば、資本移動に伴う危機が拡散するだけである。資本移動の管理は、正統性があり、また友好的政策を深めなければならない。この経済上の理論の修正は、グローバル化の過程における個別国家が深く検討し、採用すべきであると思う。

 

 

・現在のようにリーダーシップ国家がいなくなった国際的環境において、グローバル資本主義を強調する力のある国は、力の現実として、その力の行使を行うだろう。そうして正義を高く掲げて戦闘行為を正当化するような政策や言動をとるだろう。

 国際的環境の変化によってもたらされた戦闘を正当化するような理念の先走った戦争を前にして、より現実を踏まえた慎重な政策が可能でないかと考えざるを得ない。人間の幸福な立場からして平和を模索すべきであろう。

 

<国際政治の主体は国家>

・国際政治の安定を考えるうえで、各国間の抑止、威嚇、「力の均衡」を無視することができない限り、政策の手段としての武力の必要性を排除することは考えられない。はっきり言えば、戦争が国際政治における現実にほかならないからこそ、その現実を冷静に見つめながら、戦争に訴えることなく秩序を保ち、国益を増進する方法を考えるのが現実的見解といえるだろう。政策の手段としての軍事力はあくまで最後の手段であり、戦争によって状況を打開する選択に対しては、常に慎重な判断が必要である。

 

古今東西の別なく、歴史の発展とは組織や共同体の盛衰と交代の記録、よりミクロに捉えれば、組織を掌握する権力者の盛衰と交代の記録である。時代の断面を切り取れば、組織や共同体の幸、不幸、繁栄、滅亡は指導者によって強く影響されていることが分かる。同時に、指導者の持つ力と背負っている条件が組織の盛衰を左右し、興隆と滅亡を決定づける鍵となることが多い。

 

・民主国家の指導者という限定で言うならば、指導者たる者は、素質と能力に加えて「誠意をもって民意を汲む」「個々人の幸福のために長期的計画を策定し、絶えず短期・長期におけるバランサーの役目を果たし得る」という条件を持たなければならない。

 

戦うことは人間の本能

世界からすべての戦争をなくしてしまうことは難しい

・残念ながら、人間は生まれながらにして戦わずにはいられない本能を有している。ここで、再びロシアの文豪トルストイの『戦争と平和』をモチーフに、戦うということは人間の生物学上における本能であり、避けられないものであること、そのためには自分の国は自分で守るという力が必要不可欠だということを述べたいと思う。

 

・「何のために数百万の人間がおたがいに殺し合ったのか、世界の創造の時から、それは肉体的にも、精神的にも悪だということがわかっているのに。

 それが必然的に必要だったからであり、それを行いながら、人間たちはミツバチが秋になると、おたがいに殺し合い、動物の雄たちがお互いに殺し合う、あの自然の、動物学的法則を実現していたからである。それ以外の答えを、この恐ろしい問いに答えることはできない」

 

・このように、トルストイの戦争に対する観察は、「人間とは何か」ということをよく説明しており、逆にこれはまた、平和に対する人間の考え方にも当てはまることと思える。トルストイは、秋になって交配が終わると、せっかく集めてきた蜜をただ飽食するだけのオスバチは殺されてしまうという「ミツバチの法則」について言及している。

 

同時に、こうした生きるためには犠牲を払わざるを得ない例は、人間にもある。日本の東北地方の土産品に「こけし」というものがあるが、日本から来るお客さんに対して、私は「こけしは男か女か」という質問をよくする。ほとんどの人が答えられない。こけしは、数年に一度は凶作や飢饉に見舞われていた東北地方で作られたのである。飢饉になると食べるものがない。おのずと限られた食料を食べさせる対象を決めなくてはいけない。男の子は将来働き手になるが、女の子はそうではない。そうすると、口減らしの対象に選ばれるのは女の子ということになる。つまり、子どもを消すから「子消し」というわけである。そして、女の子の霊を慰め祀る意味で作られたのがこけしなのだ。

 もちろん「こけし」の根源には諸説あるようだが、私は人間が生きるための本能というものを考えた場合、この説が最もしっくり合うような気がしてならない。

 

台湾の主体性の確立

・言い換えれば、グローバルなリーダーの不在、つまり国際秩序が崩壊したともいえるだろう。イアン・ブレマーは、こうした状況を「Gゼロ」の世界と呼んでいるが、私としては国際社会に「戦国時代」が到来した、と呼びたいところだ。

 

<台湾人に生まれた悲哀>

同時に、台湾の人々がこれまで長期にわたり外来政権によって抑圧されてきた悲哀を思うと憤慨せずにはいられなかった。私はこれまで、台湾がいつの日か主体性を確立させ、台湾の人々の尊厳が高まることだけを望んできた。

 

<2つ異なる文明の衝突

・この新しい時代に、台湾で生活する2千3百万の人々は、精神改革に取り組み、新たな意識を持たなければならないことを自覚しなければならない。そして、主体的な思想改革を実現しなければならないのである。

 

<「脱古改新」でアジアの民主化

・台湾の民主改革の成功、新しい文化の確立、対中関係の整理は、「託古改制」から「脱古改新」への転換のプロセスによって実現した。そして、アジア的価値を否定するという目標を達成し、「新しい時代の台湾人」という新概念を確立させたことは、あらゆる価値観における価値の転換の実現だったのである。

 

 

 

『新・台湾の主張』

李登輝  PHP   2015/1/16

 

 

 

<台湾大地震という試練>

・台湾大地震の規模(M7.6)は95年の阪神・淡路大震災(M7.3)を上回り、死者2400人以上、負傷者1万1000人以上に達した。こういう場合は何より現場を回り、自分の眼で状況を確認し、また状況について担当者から自分の耳で情報を集めることが大事である。

 

真っ先に到着した日本の救助隊

地震発生後、各国から続々と支援の申し出があった。発生当夜、真っ先に到着したのは、日本の救助隊である。人数もいちばん多かった。規律ある行動は、さすが日本人で組織された救助隊だった。

 

・またありがたいことに、小池百合子衆議院議員仮設住宅の提供を申し出てくれた。小池氏は阪神・淡路大震災後の再建活動に参加しており、台湾大地震に大きな関心をもっていた。

 

<「決戦下の学徒として」陸軍に志願>

・1行目に岩里君とあるが、これは私の日本名である。当時は日本名を岩里政男と名乗っていた。また、「決戦下の学徒として僕達の切実の感情は何と言っても大東亜戦争に勝ち抜くと云ふことだ」とあるが、実際に私は京都帝国大学に入学後、学業をわずか1年2カ月ほどで切り上げ、陸軍に入隊した。いわゆる学徒動員でもなければ、徴兵でもない。あくまで自分の意志で志願したのである。

 

海軍特別志願兵の兄が私に残した言葉

・1943年に台湾で海軍の特別志願兵制度が発表された際、入隊希望者が殺到した。私の兄は晴れて第1回目の志願兵となることができた。

 

・当時、兄は最優秀の巡査として、台湾でいちばん大きな警察署に務めていた。そんな立場をなげうっての出征である。しかも、若い妻と幼い子供を残して行くのである。いったい、どんな気持ちだったのか。兄の戦死から70年たったいまでも、私の心の整理はついていない。だが、「立派な帝国海兵としてお役に立つ」と語った兄の気持ちに偽りはなかったと思う。兄も私もほんとうに若かった。国のために立派に戦って死ぬという理想に燃えていた。しかし、理想と現実には大きな隔たりがあった。いまいえるのは、それだけである。

 

東京大空襲で奮闘>

・1945年2月、私は千葉県稲毛にあった陸軍高射学校に入り、いわゆる予備士官教育を受けた。早速、3月10日には大きな戦いが待っていた。東京大空襲である。帝都に来襲するB-29の大編隊に対して、われわれの部隊は高射砲を撃ちまくった。台湾の防空戦で実戦慣れしていた台湾出身者は、日本人幹部候補生が慌てるなか、大いに奮闘した。焼夷弾の破片が鼻をかすめたが、軽傷で済んだのは幸いであった。この戦闘では高射学校直属の小隊長が戦死、私はたちまち飛び出して、代わりに指揮を執った。

 

・8月15日の玉音放送はたしかに聞いた。音が小さすぎて内容がよくわからなかったが、すぐに上官から日本が降伏し、戦争は終わったと聞かされた。正直、ほっとしたのを覚えている。ただ、これから日本がどうなるのか、まったく見当もつかなかった。2、3日後、京都に帰りたいと申し出てみたら、あっさり許可が下りた。京都帝国大学に戻ってみたら、数日後に通知が出て、退職金を取りに来いという。日本で1年は暮らせるぐらいの額の金はあったと思う。しかし、すでに故郷の祖父からは「早く帰れ」と矢のような催促がきていた。私も故郷のことが心配でたまらなかった。

 

<戦死から62年後、靖国神社で兄と再会>

・1946年4月、故郷の三芝庄に無事帰ることができた私は、祖父母や両親と再会したが、兄の行方についてはまったくわからずにいた。しかも、使用人として雇っていた親戚の女の子が不思議なことをいう。軍刀をもった血まみれの兄が蚊帳の外に立ち、兄嫁が大事に育てている子供たちを見ていたというのだ。その使用人の女の子は実家に帰ってしまったが、程なくして亡くなったと聞いた。

私は、兄が家に来たのは戦死した日ではないかと思った。どうしても兄にもう一度会いたかった私は、毎晩、寝ずに兄の霊が現れるのを待っていた。72キログラムあった体重はみるみるうちに60キログラムまで痩せてしまった。しかし、いくら待っても兄の霊は現れない。

 

靖国神社で兄に再会したのは、兄が戦死してから62年経った、2007年6月7日のことだった。兄は海軍陸戦隊員としてマニラでしんがりを務め、散華していたのである。

 靖国神社で兄の霊の前に深々と頭を垂れ、冥福を祈ることができたことは、私に大いなる安堵の気持ちをもたらした。仲のよかった兄の霊とようやく対面し、私は人間としてなすべきことができたと感じた。

 

<日本は英霊の魂をもっと大切にすべき>

大東亜戦争に出征した台湾人は軍属・軍夫を合わせて合計20万人余。そして現在、靖国神社に祀られている台湾人の英霊は2万8000柱。このことを多くの日本人が知らないのは残念である

 

<近代日本が失敗した原因>

・戦前の日本は、大国をめざす過程で大きな過ちを犯した。何百万人という国民を死なせたのだから、当時の政治指導者たちの資質に対しては当然、疑問がある。

 なぜ日本は戦争に突入したか。ここで、意外な台湾との関連について述べる。磯永吉と末永仁という2人の日本人農業技術者によって、大正末期頃の台湾には蓬莱米というコメができた。その結果、安価な台湾のコメが入り、日本の農民を苦しめるようになった。生活に困った農家では娘の身売りなどの事態が続出した。進む格差に憤った農村出身の青年将校たちは、5・15事件や2・26事件を起こす。私が当時の指導者だったら、第一に農村改革に着手したと思う。日本は国内矛盾の解決を大陸に求めた。近代日本が失敗した原因がここにある。

 日米開戦は無謀な選択であった。南はソロモン、ガナルカナル、ニューギニア、西はビルマへと戦線を拡大していって、もはや兵器の生産能力や財政能力を超えているのではないか。当時もそう考えたものだ。

 

<台湾人を恐怖の底に陥れた2・28事件

・3月8日、陳儀からの救援要請を受けた国民党軍は基隆と高雄に上陸。各地で武力を用いた掃討と鎮圧を行なった。台湾のエリートを中心に――それは日本統治時代に高等教育を受けた者を意味するが――民衆を2万8000人以上惨殺し、台湾人を恐怖の底に陥れた。事件の発端になったのが2月28日だったので、「2・28事件」という。

 

第2次民主化改革で優先される3指針

1、区域均等発展(地方の格差是正):全国各地域が皆発展の機会を有する

 政治と経済の偏差のため、現在我が国の経済発展は一部の地区に極端に傾いています。取り残された地域の経済は衰退し、就業、起業の機会に恵まれず、多くの資源が放置されたままになっています。

 

2、資源の公平な分配:居住地に関係なく皆同じ福祉を享受する

 地域開発の格差が地方財政を圧迫し、地方の建設を大幅に遅らせています。そのため同じ国の中でも居住地区によって福祉内容に違いがあるという格差が生まれています。

 

3、権力を人民に還元:政策は人民の求める方向で決定する。

 各種の不均衡・不公平を生む原因は、人民が政治や政策決定に参加しにくいことにあります。人民が本当に望むことは無視され、権力は少数の人びとに握られてきました。これは代表議会政治、中央集権、密室で行われる権威主義の結果です。

 

<日本の集団的自衛権行使を歓迎する>

・現在の中国のGDPがアメリカに次ぐ世界第2位といっても、1人当たりのGDPは7000ドル、日本の6分の1でしかない。貧富の差は極端で、総人口の1%にすぎない富裕層が個人資産の3分の1を独占している。加えて崩壊寸前の不動産バブルや役人の腐敗、激しい反日デモや信じられないレベルの環境汚染があり、国内問題で手いっぱいのはずである。

 

<なぜ人類は戦争を繰り返すのか――トルストイ箴言

・なぜ人類は戦争を繰り返すのか、という点において、鋭い見方を提供しているのが、ロシアの文豪・トルストイが書いた『戦争と平和』である。トルストイは「『戦争と平和』という本について数言」というこの本の結びのなかに、彼にとって最も重要な考えを述べている。

 

何のために数百万の人間がおたがいに殺しあったのか、世界の創造の時から、それは肉体的にも、精神的にも悪だということがわかっているのに?

 それが必然的に必要だったからであり、それを行いながら、人間たちはミツバチが秋になる頃おたがいに殺し合い、動物の雄たちがおたがいに殺し合う、あの自然の、動物学的法則を実現していたからである。それ以外の答えを、この恐ろしい問いに答えることはできない

 

トルストイによれば、歴史上の事件の原因は、人間の理性の及ぶところではない。大勢の人間が殺し合う戦争の原因を求めるとすれば、それは動物の雄たちが互いに殺し合うような、動物的法則のためであるとしかいえない。

 ここで私はトルストイの名を借りて、戦争が起こるのは仕方がない、という諦観を述べたいわけではない。

 

グローバル資本主義が招く戦争の危機

・私がいま述べていることは、現在の国際環境の変化と無関係な議論ではない。世界経済をダイナミックに拡大させてきたグローバル資本主義は、本質的と思われる諸欠陥を内包している。このまま適切な処方箋が処方されなければ、国際政治にますます不安定な局面をもたらすであろう。

 では、グローバル資本主義の本質的な欠陥とは何か。次の3つの次項が挙げられる。

・世界金融経済の大きな不安定要素となる。

・所得格差の拡大を生む。その結果、健全な中流階層の消失という社会の二極化現象を生み出す。

・地球環境汚染を加速させ、グローバル的な食品汚染の連鎖的反応をつくり出す。

国境を越えて、自由に経済資源が移動できるような世界がベストだ」というグローバル資本主義の基本的思考については問題が多い。すでに多数の経済学者によって誤りが指摘されているように、資本の自由移動の優位性を極度に誇張すれば、それに伴う危機が拡散するだけである。このような経済上の理論の修正をグローバル化の影響を受けた個別の国家が試みるべきだと考える。

 

武力の必要性

・国内社会では強制力をもつ主体は国家のほかにない。そのため、暴力を背景にして政府が法を執行することが可能となる。しかし、安全な民主的社会においては、国民の利益に反する行動をとる政府は選挙で取り替えられる可能性がある。その点において、国民の利益が害される心配は少ない。

 

・だが国際政治では、個々の国家に対して強制力を行使しうる法執行の主体は存在しない。国連のような国際機関にもどのような強制力はない。自国の国防や安全を委ねる主体が国際政治には存在しない以上、各国は武装して存立を保つほかに選択肢がない。

 

・繰り返しになるが、国家より上位に立つ実効的な力をもった法執行の主体は存在せず、国家の防衛を委ねる国際組織なども存在しない。国境を越えた交易や人の行き来がどれほど拡大しようとも、武力に頼らずに国防が実現される保証はなく、国際政治の安定を考えるうえで、各国間の抑止や威嚇による力の均衡を無視できない。したがって、政策の手段として武力の必要性を排除することは考えられないのである。

 はっきりいえば、戦争はいまでも国際政治における「現実」である。その現実を冷静に見つめて軍隊を保持しつつ、戦争に訴えることなく秩序を保ち、国益を増進する方法を考えるのが、もっとも有効な見解だといえる。