UFOアガルタのシャンバラ 日本は津波による大きな被害をうけるだろう

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疫病神。牛頭天王を祭っているのが、かつての祇園社で現在の八坂神社。須弥山に牛頭天王という牛の頭をして赤い角のある王子がおり、龍宮の八海龍王の三女を嫁にもらうために龍宮へ行く。(1)

 

 

 

『47都道府県 妖怪伝承百科』

香川雅信、飯倉義之、小松和彦常光徹  丸善出版  2017/9/29

 

 

 

青森県 鬼神社の鬼>

弘前市の鬼沢には、古くは「鬼の宮」ともよばれた「鬼神社」という神社があり、その名のとおり、鬼(鬼神)が祀られている。鬼神社には、地元の村人が水の少ない農地の開拓に難儀していたところ、鬼が現れて用水路の建設を手伝ってくれたという話が残されている。これに喜んだ村人が建立したのが鬼神社であるという。

 

<嶽の大人>

津軽には鬼に類した「大人(おおひと)」(巨人)の伝承もある。江戸期には、岩木の嶽や鬼沢村の嶽といった場所に出現した大人が、樵夫に相撲を挑んだり、大量の薪を一夜のうちに運んでおいてくれたりするという伝承があり、近代以降にも広く語られてきた。

 

大人と交わって遊ぶようになった鬼沢村の樵夫(きこり)が、ついにはみずから大人になってしまい行方をくらましたという話もある。

 

<八の太郎>

青森県岩手県秋田県には、八の太郎(八郎太郎)という名前をもった巨人もしくは蛇神の子の伝承がある。各地に伝わる八の太郎の伝承は、それぞれ少しずつ異なるかたちをもつが、多くは十和田湖八郎潟などの広い水域を中心に据えたスケールの大きい伝説である。

 

<山男・山女>

岩手県各地には、山男、あるいは山女に関する伝承が多く残る。山男は基本的に、もとから山で生活する異人として語られるが、山女の場合は、もとは人間の女であったものの、山男にさらわれるなどして里に帰ることのできなくなった異人と化すことが多い。

 

・例えば岩手郡には次のような話が伝わっていた。紫波郡岩手郡の間の山奥に、一軒の家があった。ある年のこと、その家の娘が出産した翌日に姿を消してしまった。数日後、家の縁側に山男の草鞋が片方だけ置いてあった。後に里の青年がマダの木の皮をとろうとして山奥に入ったところ、偶然、失踪した娘に出会った。娘は青年に、もはや実家に戻れる身分ではなくなったので、家族に達者で暮らすよう伝えてくれと告げ、マダ林へと案内した。その後、青年が山に入ってマダ林を探しても、マダ林も娘も、ふたたび見かけることはなかったという。

 

マヨイガ

遠野地方では、山中にある不思議な家をマヨイガ迷い家)とよぶ。山に入った人が、ごくまれに見慣れぬ立派な屋敷を見つけることがあるが、その中の座敷では鉄瓶の湯がたぎっているにもかかわらず、誰の姿を見かけることもない。マヨイガに行き当たった者は、必ず屋敷の中にある食器や家畜などを持ち帰るように言い伝えられていた。その人に富を授けるために、こうした家を見せるようになっているからだという。

 

<ザシキワラシ>

柳田國男遠野物語』で有名になったザシキワラシは子どもの姿をしており、裕福な屋敷だけに住み着き、時折いたずらなどをする。しかし、屋敷以外の者には見えないという。屋敷以外の者が目撃するときは、ザシキワラシが屋敷を出ていくときであった。出ていかれた屋敷は、やがて没落する。

 

・佐々木によれば、ザシキワラシにはチョウウビラコ、ウスツキコ、ノタバリコなどさまざまな種類があるという。その姿かたちも、よく知られた男児や女児のほか、老婆のすがたをとるものもあり、細長い手だけを見せるものもあるという。

 現代に入ってからは、金田一温泉の旅館に出るザシキワラシの話などが、マスメディアを通じて全国的に有名になった。本来、ザシキワラシという妖怪は、近代以降の岩手を中心とした東北地方の一部のみに伝わる妖怪である。ザシキコゾウ、クラワラシ、クラボッコ、オクラボウズなど、屋敷や蔵に住む子どもの妖怪は各地に伝わるが、「ザシキワラシ」という名称は岩手を中心とした東北以外に見られないものであった。それが、『遠野物語』その他の文芸作品や、マスメディアなどを通して広く全国区に伝えられた結果、東北地方以外の各地にも「ザシキワラシ」の名称が知られるようになったものと考えられる。

 

<天狗>

・山に住む妖怪。日光には数万の天狗がいるといわれ、古峰ヶ原に大天狗隼人坊、日光には東光坊という天狗がその世界を支配していたという。

 

また、天狗の伝承は、その法力を身に付けた」ものが、特定の家と結びついて、語られることがある。例えば、下野氏の旧薬師寺村に鎮座する天狗山雷伝神社の伝承がそれである。ここには小島という姓の家があり、その子どもが家出をして何十年ぶりかで帰宅したという。その子は寝姿を見てはならないと、家族に告げ部屋にこもったが、家人はのぞいてしまう。するとわが子は、8畳間いっぱいに羽を広げて寝ていたという。親と子のあいだで「見ていない」「見たろう」の押し問答の結果、子どもは家を出て行くことになる。その際、この村には嵐を呼ばない、雹は降らせない、もし降ったら自分は死んだものと思ってくれ、と言い残して去っていった。何年かしてこの村を嵐が襲い、これをもって人々はその子が死んだと思い、小島天狗とよぶようになり、天狗山雷電神社として祀るようになったという。

 

ダイダラボッチ

・デイダ坊、ダイダラ坊、ダイダラボッチャともいう。地形をつくったとされる太古の巨人で、関東~中部に広く伝承が分布する。巨人が天秤棒とモッコ(縄で編んだ運搬具)で土を運んでいたが、縄が切れて土が地面に落ちた。その土が武甲山宝登山箕山になり、天秤棒は尾田藤の長屋根になったという。

 

<かくれ座頭>

・子どもを神隠しに遭わせる妖怪。八千代市では、子どもの頃、隠れごと(かくれんぼ)をやると、かくれ座頭に隠されるといって脅かされたという。カクシババアともいい、同市の石井達雄は「夕方遅くなっていつまでも外で遊んでいると、親から『カクシババアが来て隠されるぞ』と脅かされて、それが恐くて早く帰った」という。成田市でもかくれ座頭の話が報告されている。

 

ダイダラボッチ

・巨人で、デーデラホーとかデーデーボなどともよぶ。神埼町に人の足跡の形をした8畝ほどの田がある。これはデーデーボの足跡だという。同町大貫の天神山は、デーデーボが杖をついた泥を落としてできた山だといい、筑波山は腰をかけて休んだためへこんでしまった。県内各地に伝説があり、印旛沼を跨いで顔を洗ったとか、筑波山を一夜でつくった話も伝承されている。

 

<天狗>

・各地に天狗の話が伝えられている。例えば、『冨浦町のはなしー千葉県安房郡冨浦町<口承>資料集』を開くと、「天狗の休む松」「相撲に負けた七尾の天狗」「タウエを手伝う天狗」「七尾の天狗のヒゲ」「大房岬の洞窟」の話が載っており内容も変化に富む。

 

・広く知られる天狗に連れられて遠国を見物した話も伝えられている。佐倉市にあった文珠寺の小僧が酒買いに出たまま帰ってこない。和尚が見に行くと酒の入った徳利が松の枝にぶら下がっていた。夜帰ってきた小僧は天狗にさそわれて京の祇園祭りを見てきたという。後に京から帰った檀家の者が小僧に祇園祭りで会ったと話す。

 

<猿鬼>

能登各所に伝わる猿の妖怪。猿神とよぶ地域もある。有名なのが能都町当目の伝承で、すでに18世紀後半の地誌『能登名跡志』にもみられる。江戸時代終わり頃の記録によれば、当目地内に岩穴があり、猿鬼と18匹の鬼の家来が住んでいたという。鬼たちは諸国から美女を誘惑する悪さを繰り返していたため、地元の神々が退治したとされる。当目およびその周辺には退治した猿鬼を祀るなど、関連する史跡や地名が伝わる。猿鬼伝説は「今昔物語」にも登場する怪奇伝承であるが、能登地方の特徴は猿鬼へ生贄を捧げる伝説と地区の祭事が関係している点にある。例えば、輪島市大沢町の六日祭では猿鬼に捧げる生贄の娘に見立て野菜や海藻でかたどった神饌を供える。

 

<鬼女紅葉>

・長野戸隠と鬼無里にまたがる荒倉山に住んでいた女の鬼、元は都の人間だった紅葉は、呪詛の罪で戸隠に流された。当初は村人を助け敬われるが、ついには鬼になり悪事を働いた。そのため、都から派遣された、平維茂に退治される。

 

<八面大王>

有明山のふもと安曇野市穂高宮城の魏式鬼窟に住み人々を苦しめた鬼。将軍、坂上田村麻呂は八面大王と戦うが倒せない。そこで安曇野市穂高牧の満願寺の観音様の夢告げに従い、矢村に住む弥助から献上された三三ふしの山鳥の尾で作った矢を用いると、退治することができた。また、平安時代に実在した征夷大将軍坂上田村麻呂に討伐されるという末路をたどった鬼は関東から東北まで広く分布しているが、実は朝廷の侵略に逆らった地方豪族だったといわれ、郷土の英雄とみなされることが多く、八面大王もそういった点で同類の伝承である。

 

両面宿儺(りょうめんすくな)

・『日本書紀』の仁徳天皇65年にこのような記述がある。「飛騨国にひとりの人物があった。宿儺という。その人となりは、一つの胴に顔が二つあって、それぞれ反対を向いている。頭頂部がくっついていてうなじはない。胴にはそれぞれ手足がある。膝はあるが脚のくぼみと踵はない。力は強く、身軽で敏捷。左右に剣を持ち、4本の手で弓矢を引く。天皇の命に随わず、人民から略奪して楽しんでいた。そこで、和珥臣の祖、難波根子武振熊を派遣して征伐した」

 

・宿儺が出現した高山市丹生川町の洞窟「両面窟」、宿儺の乗った天船が降りた高山市の位山、宿儺が毒龍退治をした関市の高沢山など、古くからの街道沿いには、この不思議な人物に関わる伝承が点在している。

 

鈴鹿姫>

・北勢の亀山市滋賀県甲賀市の境に位置する鈴鹿峠には『今昔物語』の時代から盗賊たちが跳梁跋扈していた。東海道の要衝であるこの峠で坂上田村麻呂が盗賊や鬼神を退治した物語はさまざまなバリエーションを生んでおり、御伽草子『田村の草子』には天女である鈴鹿御前の援助で鬼神を退治したとある。しかし、後の井沢蟠龍の『広益俗説弁』では、鈴鹿姫は鬼女であり、田村麻呂が討伐したのは彼女だとされている。この他にも田村麻呂がこの峠で賊を退治したという物語は伝わっており、登場する「鈴鹿姫」たちの性格もさまざまである。

 

<貴船の鬼>

室町時代御伽草子『貴船の本地』に、鞍馬の僧正ヶ谷の奥に大きな岩屋があり、さらに行くと鬼の国がある、と記されている。大正の頃までの京都の伝承を集めた『京都民俗志』には、鬼は貴船の奥の谷に住み、地下道を通って深泥池畔に出て、都の北に跳梁したとある。都の人たちは、鬼の厭う豆をその穴へ投げてふさいだら、鬼は出なくなったので、それから毎年節分には炒り豆を同所へ捨てに行くこととなり、豆塚とよんだと伝えている。

 

<鞍馬の天狗>

室町時代御伽草子『天狗の内裏』に、鞍馬寺の不動堂の艮(北東)の方角に、天狗の国があり、あの牛若丸(源義経)が訪問し歓待されたとある。浄土で大日如来に生まれ変わった父、義朝に会い、平家を討伐する秘策を得た、と物語る。

 

牛頭天王

疫病神。牛頭天王を祭っているのが、かつての祇園社で現在の八坂神社。祇園牛頭天王御縁起』によると、須弥山に牛頭天王という牛の頭をして赤い角のある王子がおり、龍宮の八海龍王の三女を嫁にもらうために龍宮へ行く。途中宿を探し、古単巣という長者の家を尋ねるが断られる。次に蘇民将来の家を訪ねるとその家は貧乏であったが、快くもてなしてくれた。そして龍宮を訪問し、本国に帰る途中に古単の家を訪問し、復讐のため古単の一族郎党をことごとく蹴殺した。その後も牛頭天王蘇民将来の子孫を守護しつづけた。蘇民将来の一族はその印に茅ノ輪をつけたという。現在、多くの神社の6月30日の夏越大祓の際に、病気にならないように茅ノ輪くぐりをするのは、この伝承に基づいている。

 

酒呑童子

・『御伽草子』や『大江山絵詞』などによると、正暦(990~995)の頃、京の都の姫君らが数多さらわれる事件が起こる。安倍晴明が占うと、丹波と丹後の大江山に鬼の国があり、そこの酒呑童子の仕業だと判明する。そこで朝廷は源頼光らに鬼退治の勅命を下す。大江山の鬼の国に到着した頼光ら一行は山伏の姿をしていたので、旅の山伏と見誤った酒呑童子は、彼らを鬼の宮殿に招き入れ、酒宴を催す。

 

・さらわれていた都の人たちを助け出した頼光たちは、刀を抜き酔い崩れた鬼たちを切り殺す。

 

その姿は『御伽草子』には、昼は薄赤い顔をして背が高く、髪は子どもの髪形で人間であるが、夜になると恐ろしく、背の高さは約3mもあった、とある。

 

<都の鬼>

朱雀門では、『長谷雄草紙』に平安時代初期の文人で漢学者の紀長谷雄が鬼と双六をした話が、鎌倉中期の説話集『十訓抄』『古今著聞集』にも、菅弦楽器の名手、源博雅が鬼の琵琶の名演奏を聴いている。一条大路では『宇治拾遺物語』に、男が牛の頭をもつ鬼を目撃したとある。また一条戻橋では、渡辺綱酒呑童子の家来である茨木(茨城)童子に髻(もとどり)をつかまれ、宙づりになり、愛宕山へと連れ去られそうになったが、綱は童子の腕を切り落とし、北野天満宮の回廊に落下している。また、この一条戻橋の下に安倍晴明式神を隠したとも伝えられています。

 

<天狗>

奈良県南部では、修験道の開祖とされる役小角が活躍していたため、修験道と関係の深い天狗の伝承が数多く伝わっている。全国に名を馳せた八天狗のなかに、奈良・大峰の前鬼坊も名を連ねており、奈良の山間部のあちこちに天狗がいるとされた。例えば十津川村高津の大断崖の天狗崖には大天狗、小天狗がたくさん住んでいた。秋になると天狗のため大断崖は美しくなるという。しかし天狗の意に反すれば、たちまちその怒りにふれて、不祥事に遭うとされた。

 

山本(さんもと)五郎左衛門

・江戸時代中期の備後国三次(現・三次市三次町)を舞台とした妖怪物語「稲生物怪録」に登場する妖怪。

 

・最後に、武士の姿をした妖怪の頭である魔王の山本五郎左衛門が現れ、平太郎の勇気を讃え、降参して立ち去る。

 

<神野悪五郎>

・先述の『稲生物怪録』のなかで、最後に登場する山本五郎左衛門の好敵手として稲生平太郎に語るのが、神野悪五郎である。五郎左衛門同様の妖怪大将であるが、平太郎に悪五郎が現れた時は共に戦おうと言う。平太郎が五郎左衛門を呼ぶ時に、一部の諸本では「槌」で柱を叩くようにと話す。神野悪五郎は宮地水位が著した『異境備忘録』でも紹介されている。神野悪五郎日影と呼ばれ、魔界の13の悪魔の統領の一人で第六の魔王とされている。

 

ヒバゴン

・1970(昭和45)年7月20日に謎の類人猿が初めて見つかり、発見場所が旧比婆郡(現・庄原市西城町)だったので、「ヒバゴン」と命名された。いくつかの目撃情報や写真情報があり、当時の西城町役場に「類人猿課」が創設され、盛り上がりを見せた。その後目撃されなくなったことから1975(昭和50)年には終息宣言が出された。

 

<フチザル(渕猿)>

・渕に住んでいた猿に似た妖怪で、エンコウに近いものと思われる。1742(寛保2)年三坂春編選『老媼茶話』の「釜渕川猿」の項に渕猿として紹介されている。

 

<牛鬼>

牛鬼は残忍・獰猛で、その姿は牛面鬼身とも鬼面牛身ともいうが、光市牛島の牛鬼伝承において、その姿は明確ではない。天文年間(16世紀前半)に牛鬼が現れ、人々を苦しめたので、島民は島から逃げ出してしまった。

 

愛媛県で有名な牛鬼といい登場人物といい、一衣帯水である四国とのつながりを暗示していよう。

 

<牛鬼>

高松市北西部の連峰・五色台の峰の一つ、青峰に棲み人畜を害していたという怪物。

 

根香寺には、そのときに退治された牛鬼の角とよばれるものと、牛のような頭部にコウモリのような飛膜状の翼をもつ牛鬼の姿を描いた掛軸が伝わっている。

 

<牛鬼>

宇和島市を中心とする南予地方の神社祭礼には「牛鬼」という全国的に類例のない練物が登場する。青竹で牛の胴体のように編み、赤布やシュロで全身を覆い、長い首の先に振り子(和紙)製の頭を付ける。その形相は牛とも鬼ともつかないものである。

 

・なお、祭礼とは別に「牛鬼」という妖怪に関する伝承もある。牛鬼の棲むとされる場所は、淵や滝、海など水に関するところが多い。宇和島市西予市久万高原町に「牛鬼」が棲んでいた淵や滝があり、地元の田畑を荒らしていたが鉄砲で撃たれて退治され、淵や滝に逃げ込んだという共通した話が残る。

 

<鬼>

唐津市北波多村にある山、岸岳には武内宿禰の末裔という鬼が棲んでいたが、渡辺綱の子、渡辺久によって滅ぼされたという。

 

<鬼>

・鶏鳴・九十九伝説だが、宇佐市の大蛇がつくった石段以外はすべて鬼が登場し、最低でも県下11か所の地域には神と鬼との約束により築かれたとされる遺物が存在する

 

ケンムン

ケンムンとは木の者の意味で、ガジュマルという木に住む精霊であるとされる。

 

・幕末期に鹿児島から奄美大島に流罪となった名越左源太は、その著『南島雑話』に、赤ら顔で、おかっぱ頭で、登頂には皿を頂き、全身は毛でおおわれて、屈んだ2頭のケンムンが描かれている。相撲を好むこと、山仕事を手伝うこと、人家に近づかないことなどの特徴をあげて、鹿児島のガラッパ(カワタロ、ヤマタロ)と同じものと理解していたことがわかる。しかし、奄美の人々のあいだで語られるケンムンは、さらに多様な存在である。

 

奄美の民俗研究者の恵原義盛氏は、その背丈は5、6歳の子どもくらいであること、雄ヤギの臭いがすること、ケンムンマチ(ケンモン松明)といって青白い光を放つこと、魚の目が好物で漁師の獲物の目玉を刳り抜いて食べてしまうこと、貝が好きなこと、蛸はヤツデマル(八つの手のもの)といって怖がること、金属を嫌うこと、人間の目を突くこと、投網の邪魔をすること、子どもを水中に引きずり込むこと、崖から人を投げ転がすこと、人に仕返しすること、さらに、人に恩返しをすること、人と仲良しになることなどをあげ、その多様な存在を描き出している。

 

奄美大島では、ケンムンは過去のこととして話されるだけでなく、現在も依然として遭遇した話が生成され、ケンムンは存在するか、しないかの議論も盛んに繰り広げられている。

 

<キジムナー>

伝承地によって、呼び名・姿が違うが、近年は、キジムナーに統一されつつある。ガジュマル・あこう木・桑などの大木にすむ木の精霊。姿は赤い髪の毛の小さい子ども、あるいは大人、禿げ頭で頭に皿があり、カッパに似ているとの伝承もある。人間と親しくなると毎晩一緒に魚捕りをし、大漁の魚を人間に与える。住みかを人間に焼かれると、別な場所に移り、焼いた人間に報復する。からかったり、いたずらした人間にはどこまでも追いかけて、仇を討とうとする。キジムナーと親しくなった家は裕福になり、追い払った家は貧乏になる。人間に追いかさぶり金縛りのようにしたり、おぼれ死にさせることもあり、邪悪な妖怪とも考えられている。

 

<ヒヒ>

気仙沼市元吉町に、ヒヒ(年老いたサル)にさらわれた娘がいた。故郷の者が南部参詣で五葉山に行ったところ、その娘が洗濯をしていたのを発見して、家に戻るように説得したが、何不自由なく暮らしているので帰らないと語ったという話が伝えられている。

 

<牛鬼>

・畔田翆山は辞書『古名録』の「うしおに」の項で、古典の『枕草子』や『太平記』などの書物にみられる「牛鬼」は中国の「山魈(さんしょう)」と同じものだとしたうえで、熊野の言い伝えでは、「牛鬼」は毎年12月20日に山を下って海へ出ると記している。この怪物は足跡が一本足だとされており、彼は一本足の山の神に「牛鬼」の名をあてたようだ。

 

<牛鬼>

・また同町姫路には、首から上が牛で下が鬼の形をした牛鬼という化け物がいて、田畑を荒らし牛馬を食い殺していたが、福田左近という人物に退治されたという。

 

<牛鬼と濡れ女>

・主に石見地方に伝承される海の怪。牛鬼は海中に棲み、大きな一つ目の牛の姿で夜間、夜釣りの釣り人に赤子を抱かせた後、今度は牛鬼が海から出てきて釣り人を追いかけて突き殺すという。

 

<件(くだん)>

件は頭が人間、胴体が牛の人面獣で、生まれた後に予言をしてすぐ死ぬが、その予言は必ず当たるという。岡山では県北に件の伝承が多く、太平洋戦争の終結を予言したという話が残されている。目撃例もあり、新見市では、ぶよぶよした赤い肌にちらちら毛が生えていたといい、岡山市では見世物として件の作り物が展示され、その姿は牛の頭で、目の間に人間の顔があったという。

 

<スイトン>

蒜山地方に伝わる妖怪で一本足、スイーと飛んできてトンと知らない間に近くに来て立っているのでスイトンとよぶ。人の心を読み、人間が考えたり思ったりしたことがわかる妖怪で、人間でも引き裂いて食べたという。

 

<獅鬼>

伊万里市大川町にある眉山に出没した怪獣。牛にも獅子にも似た姿で、2丈(約6m)あまりの大きさだったと伝わる。

 

<猫の王>

阿蘇五岳の中の根子岳(猫岳)には猫の王が棲み、近隣の猫が除夜・節分等に根子岳に参詣し、猫の王に挨拶をするという。

 

 

 

『人類の祖先は宇宙人である』

 (ミン・スギヤマ)(第一企画出版)(1993年)

 

 

 

<聖書に記された人類発祥の秘密>

たとえば、牡牛座からやってくる宇宙人は、まさに牛の顔をしていると言われるが、その牡牛座人は日本のある牧場で目撃されたこともあるが、インドにおいて昔、頻繁に現れたという話がある。三大宗教の一つである仏教の発祥地でありながら、現在はヒンズー教が支配的となっている。

 

ヒンズー教がの方が仏教以上に魅力的で、人々がこぞって改宗するほどのものなのかどうか私は、分からないが、彼らの面前に牛の顔をした牡牛座人がUFOに乗って現われたならば、その大きな衝撃ゆえに仏教を捨て、牛を神と見なすヒンズー教が一気に広まったと想定しても自然に理解できそうである。

 

・スイスのビリー・マイヤー氏は宇宙人に選ばれて、さまざまなことを学んできたわけだが、ダル宇宙のアコン太陽系から来たアスケットというヒューマノイド型(我々と同じ姿形をしたいわゆる人間=宇宙人)の女性から、地球人の発祥はこの地球上ではないことを聞く。私たちは、絶えざる研究によって地球を発見しましたが、さらには地球人類の発祥の地を見つけました。地球人類は地球に発祥したものではありません。

 

・地球人類の祖先は宇宙のはるか彼方、あなた方が環状星雲と呼んでいるところから、この地球にやって来たのです。この星雲が地球人類の故郷なのですが、その祖先の本来の子孫はもはやその星雲の太陽系には住んでいません。彼らは、あなた方が七つの星(スバル)または、プレアデス星団と呼んでいる天体に住んでいます。彼らこそあなたがたの本来の祖先の遠い子孫にあたるのです。

 

・ビリー・マイヤーは、1938年生まれのスイス人で、4歳のときにUFOを目撃、ついで、宇宙人とテレパシーで交信、そしてUFOに搭乗した。以来、100回を超えるコンタクトを繰り返し、ノートには7000ページに及ぶ記録を残している。

 

一番科学的でないのは科学者自身

 科学者はアインシュタインを裏切りたくない

光速度を超える光が近年各地で観測されていることや、光速度を超える速度で飛来してきたであろうUFOの存在たちが確認されている以上、光速度不変の原則がすべての状況において、適用されるとは言えないことを科学者たちは認めざるを得ないところまできている。

 

 <何度も地球に入植を試みた宇宙人>

・宇宙人セムヤーゼによれば、宇宙には地球に限らず非常に多数の文明が存在し、彼ら宇宙人はそのうちのヒューマノイド型の人類だけで「宇宙連合」を構成しているという。その人類の総合計は約1270億人で、またヒューマノイド型ではない、「宇宙連合」に属さない知識生命形態が無数に存在している。

 

・さらに、地球上には三つの異なった惑星を起源にもつ人種が存在しているという。地球上に“創造された”地球人、現在の火星の位置に昔存在したマローナという惑星について、惑星崩壊後にやってきたマローナ人、そしてヴェガ星や琴座のリラ星の惑星からやって来た古代リラ人の三人種である。

 

各々に起源を持つ人々の現在の人口は、古代リラ人が14万4228人、マローナ人種が1億6730万人、それ以外は“地球人”であるというが、他にリラ人からわかれた2人種がいる。その2人種については、宇宙人にも詳細は不明だが、ほとんどが“地球人”と同化しているらしい。中国人や日本人はこの2人種に当たると、セムヤーゼの父プターはマイヤーに語った。

 

セムヤーゼの話は今から約23万年前、彗星によって住民の3分の2を失ったある太陽系の第6惑星から始まる。

 

セムヤーゼ」

・ある遠い宇宙の太陽系の惑星の全人類の3分の2が、当時この彗星(デストロイヤー)によって滅ぼされ、生存者は、最初からやり直さなければ、なりませんでした。再出発は不自由で困難を極めました。しかし、彼らは、わずか900年間くらいで新しい文明と文化を築きあげました。彼らは、宇宙の力によってもたらされた困難な破壊を克服して再出発したのです。

 

・彼らの霊性と知識は急速に洗練されて行き、彼らの到達した技術水準は想像を絶していました。やがて彼らは、円形で皿状の宇宙船を建造し、大宇宙へ飛び出すようになりました。

 

ヒル夫妻が遭遇したレティクル座人とは

レティクル座人は通称レティキュラン。約50万年前までは琴座のリラ星に居住。後に、核戦争による汚染をのがれてレティクル座に移住した。本格的な宇宙進出を開始したのは30万年前か。一時衰微したが、2万年に中興の祖テデルが出現。オリオン座に居住する「リゲリアン」や牡牛座人。天秤座人その他の種族を征服、支配下におさめた。

 

・500年前に惑星連合政府を創設。指導種族として恒星間貿易ルートの50%を支配。のち85%に拡大して現在に至る。

 

・性格はゼータ1・2の出身者で異なるが、非常に進取の気性に富み知的。官僚組織の運営に抜群の才能を発揮している。

 

・容貌は平均身長1.2メートル。頭の大きな胎児型の体型で指は4本。うち2本の指の間に水かきを持つ。皮膚の色は灰色、赤や緑をまじえる者も多い。

 

天秤座人>出身母星、天秤座のアルファ2星

先祖の居住地は不明。宇宙史に登場するのは10万年前から活発な商業活動を開始。1万4000年前にレティクル座人の攻撃を受け、敗北。配下に入る。

 

・少数系種族の最大種族として反レティクル座人の一方の雄。性格は合理的な反面、情にもろいところも。容貌は地球人に近いが発光現象の特徴を持つ。

 

<牡牛座人>

出身星座、牡牛座。先祖の居住地は不明。宇宙史に登場する最古の種族の一つで、レティクル座人の台頭では指導種族として権力をふるった。1万2000年前にレティクル座人の侵攻をうけたが撃退。以後最近まで和解と衝突を繰り返す。700年前、最後の衝突で壊滅的な打撃を受け、軍門にくだった。地球への飛来はなく、約2万年前からインド神話やアフリカ神話に登場する「牛の神」として活発な交配実験を繰り返した。容姿は現在地球上に残る牛とほぼ同じ。

 

日本の超古代文明を証明する文書

・『竹内文書』では、天神七代の宇宙創世紀に続き、上古第一代天皇が「神定」によって天日国という名の星(プレアデス星団)から、太陽系第三惑星である地球(天元根国)に、空飛ぶ円盤を思わせる乗り物(天の浮船)に乗って降臨し、地球に文明をもたらす。日本人の祖先はこの神の後裔であるという。

 

・『九鬼文書』でも、地球開発委員長格のアメノミナカヌシが地球に降臨し、私たち日本人は800万の神々の子孫ということになっている。『宮下文書』は、やはり天降った神々が地球の四大地域の開発神(文化英雄)となり、日本人の祖先は、そのうちの阿間都国に定住した神々のその子孫と記している。『秀真伝』でも、クニトコタチノカミが8人の御子を地球に天降らせ(八方降神)、地球の八大地域をそれぞれ開発した。人類はそれらの神々の子孫である・・・・と記している。

古事記』、『日本書紀』では天孫降臨説として出てくる。

 

<サイ粒子の科学的探究が必要>

<水がめ座人>

出身星座、水がめ座。琴座にルーツを持つ。容貌はレティクル座人を大型にして太らせた感じ。惑星連合政府設立当初は運輸行政に影響力を持ったが後に失脚。

 

白鳥座人>

出身星座、白鳥座。約1万年前にレティクル座人の影響下に入ったが、後に反乱を起こした。「ラージ・ノーズ・グレイ」のリゲリアン(オリオン座人)とは盟友関係。

 

<琴座人>

出身星座、琴座のリラ星。

牡牛座のプレアデス星団にいたが、9000年前に移住。高度文明を築きレティクル座政府から多くの留学生を受け入れた。科学者を多く輩出し、少数種族ながら惑星連合政府の技術部門を握る。容姿は平均身長2メートルほど。金髪で白人に近い。スイスのビルー・マイヤーが出会った宇宙人たちは、この種の宇宙人種と思われる。

 

・その他かに座人、射て座人、さそり座人の存在も確認されているようである。また、出身母星を竜座のアルファ星とする竜座人(ドラコニアン)、そしてその一派のレプトイドというエイリアンの存在も考えられており、身長2.1~2.4メートル、爬虫類型の宇宙人で体全体が鱗で覆われているという。

とにかく、様々な進化(?)の過程を経てきたと考えられる動物型宇宙人は数多く存在すると言われている。

 

「気」の大規模な実用化こそ人類存続の決め手

現在、「気」(サイ粒子やプラナと同じだが簡単に「気」と使っていきたい)は、地球上に限らず全宇宙のあらゆる空間を無限に満たして存在するもので、その大きさは原子よりも素粒子よりもさらに小さいもので、簡単に原子間を通り抜けることができ、およそ10のマイナス20乗センチメートル以下と考えられている。そのため、当然、現代の最高の技術を使ってでもそれを摘出することはできない(もちろん、その「気」もさらに小さな粒子により複雑に構成されているのであるが・・・)。

 

・人体に限らず、我々の身の回りにあるほとんどの物質はやはり隙間だらけであることを考えると「気のような微小な粒子はほとんど邪魔されず簡単に様々なものの中に入り込むことができ、地球の裏側であろうと、瞬時に超能力が伝わることや霊に取り付かれるなどという現象の一部は理解できそうである。例えば、「気という粒子自体が高速に近い速度或いはそれ以上で移動できるのか、 波動として伝えることができるのかなどは分からないが」。