UFOアガルタのシャンバラ 日本は津波による大きな被害をうけるだろう

コンタクティやチャネラーの情報を集めています。

疫病神。牛頭天王を祭っているのが、かつての祇園社で現在の八坂神社。須弥山に牛頭天王という牛の頭をして赤い角のある王子がおり、龍宮の八海龍王の三女を嫁にもらうために龍宮へ行く。(3)

 

「妖怪感度」を磨きたい読者のために

現代っ子に化け物の世界の幸福感を教え込んだ妖怪漫画本水木しげるは、お化けの世界がおもしろくて幸せに感じるようになる敏感な能力のことを「妖怪感度」と呼んだ。恐怖心だけではなく、あの世や死の問題にまで好奇心を抱く「霊的能力」の高い人を指す。文学だとか、あるいはあの世についての本格的な研究書をひもとくと、お化けをこわいにつなげる「しりとり歌」のような常識が一蹴される。場合によってはお化けを知ることで、この世の真実がはっきり見えてくることすらあるらしいのだ。

 

女性の不運と科挙の圧迫

・女性にとって恋愛は、現代でも関心事のトップに数えることができる。だが、これを「悪」だと決めつけた古い社会は、その認識をどのように正当化したのだろうか。すこしだけだが、中国の思想背景にも目を向けたい。

 中国に芽吹いた漢民族によるライフスタイル、とくに儒教は、東洋が生んだ偉大な経世の学であり、とくに「礼」を重んじたことが秩序ある社会を生み出す礎となった。とくに明の時代には中国だけでなく日本までもが、「理」すなわち「ことわり」を柱に据えパワーアップした儒教ともいうべき、システマティックな学問「朱子学」をもてはやした。この朱子学が、科挙での合格を左右する模範解答を用意したのである。

 

・中国の社会システムにあって後世から見て問題となりそうな不都合な部分といえば、極端なエリート中心主義が世の中に蔓延したことだ。強力な朱子学で固められた思想は、徐々に固定化され、束縛さえなっていく。また、それを科挙のような制度が下支えする。権威主義が横行し、異端は闇へと追い込まれる。

 

・その明時代に、世界交易により経済力をそなえ、柔軟な発想と個人の倫理を重んじる「自由な秩序」が求められ始めた。結果、合理ではなく「心」こそが物事の善悪や価値を決めるという「情の儒教」とも呼ぶべき考え方が流行する。日本でも「陽明学」として広まり、その実践的な教えが「心学」という名で庶民にひろがった。

 

・この型破りな思想が、儒教によって固定化された社会を揺るがした。その担い手は経済人と遊民的な生活を楽しむ友人たちだった。中国では基本的には朱子学という、儒教をベースに置いた学問が尊重され、自由な個人的発想を生かせる場がなかった。しかし、経済と文芸は例外だった。ここだけには「創造」と「想像」が存在した。世の中の仕組みについて独自の理論を持つフリーシンカーやベンチャー商人たちは、どんなに頭が良くても試験に合格できない制度に疑問をぶつける。そうした「頭がいいのに連戦連敗」だった人たちは、やがて疑問を力に変えた—―これはどこかおかしいんじゃないか、人間よりも秩序を尊重する発展性のない社会ではないか、と。そうなると、教養層もダメ組とエリート組に分かれ、さらにエリート組の中からも自分自身を批判する人たちが出てくる。

 

・そういう頭が良すぎて評価されない人たちの発言を促す受け皿の一つが、唐の時代に成立した怪異を好む「志怪」や「伝奇」の世界だった。科挙に失敗して現世に絶望した人々が関心を持つようになったのは、昼間の世界に対抗する霊の世界。この世で出世試験に受からないのであれば、いっそのこと仙人になって自由に暮らし、長寿を全うしようか。あるいは妖怪と付き合った方が幸せになれるのではないか、と考える人たちが現れる。なぜなら中国にはまだ古代中国人が有していた古い神や妖怪への関心が残存していたからだ。元来、中国にひろまった神仙思想とは、そうした関心を思想化し技術化したものなのだ。神仙たちは不老不死の肉体を有し、世俗の垢にまみれることを嫌って山中に自由な暮らしを求めた。ならば、自分たちも同じことができると思った。

 

孔子も「易」を研究し、朱子も「鬼」に熱中した>

・そもそも、儒教の開祖であった孔子は、怪力乱神については、怪しい神々や荒っぽい化け物のことをさらに語らなかったけれども、まるで無関心だったわけではない。孔子すらもじつは易学のような神秘的な学問に熱中していた。中国では孔子の時代にすでに、「鬼」あるいは「鬼神」と呼ぶ死者と化け物を総合したお化けの体系が築かれていた。これに様々な造形も加えられ、いわばお化けだらけの世界になっていったといえる。したがって孔子はそうした俗説に与せず、むしろ易のような宇宙モデルによって、眼に見えないが実在するらしい異空間の存在を説明しようと考えていたふしがある。

 

・実際、孔子の一族というのは、元来お葬式の管理や祭礼に関係した一族だったといわれる。霊とか魂とかの問題の専門家筋でもあったのだ。孔子が唱えた「古えの神君、名君への敬慕」は、「礼」をもって祖先霊を祀る儀式に源を発した可能性が高い。葬儀というのは基本的には霊の世界を鎮めることだから、孔子一族には霊との付き合いやルール、考え方というものが家業と結びついていたことにもなる。

 

・日本でも銅鐸などがたくさん作られたが、あの銅鐸は霊を鎮める葬礼の楽器であった可能性もあり、元は孔子一族やら菅原道真の先祖一族のような祭礼と墳墓づくりを担った「神霊知識」の専門グループに伝えられた霊的産業技術の一例とも考えられる。

 

孔子は、韋編三絶のエピソードにからんで、「あともうちょっと寿命をくれたらこの『易経』のシステムを解明して、みんなに残すことが出来たのになあ」、と悔しがったという話を残している。

 

・いっぽう、異民族の元に支配されたあとふたたび漢民族の文化が再興されたとき、宋や明といったその担い手たちは、怪力・乱神のはなしをしたがらなかった儒教を改革に導いた。その代表が朱子だ。元の時代以降、中国には仏教が浸透し、また道教にも関心が向かった文化状況の中で、儒教だけがお化けに知らんふりをすることはできなかった。しかし、儒教は体制の学問であるから、お化けと一緒に浮かれ騒ぐわけにはいかない。朱子は理論体系として未整理だった儒教の思想を「理」の立場から抜本的に改革し、そのシステムの中心に「気」という目に見えないエネルギー物質(あるいは空間)を置いた。つまり、眼に見えなくてもこの世と同じ物質でできた異世界を考えついたのだ。

 

朱子儒学者として、先人たちがいちばん弱かった「鬼神」の問題を真面目に解き明かそうとした。当時、多くの人から朱子は質問を受けている。「お化けっているんですか?鬼神ていうのはどんなものなんですか?」と。

 こういう質問に対し、朱子は自信をもって答えている。「もちろんおりますよ。何を言っているのかね、あんたは。鬼神もお化けも仙人だって、ほんとにいるでしょうよ。ただ、こういう連中が住んでいる世界は、見えないのです。そもそもわれら中国人が見ている万物の源、すなわち『気』自体が見えないわけでしょう。陰陽の二気がいろいろっと化合し合って、この世の森羅万象を作りあげ、われらはそうした創造物を通して気を見るんです。眼に見える世界はいわば、いろんな見えないものが混じり合って色や形を成した<ごった煮料理>ですよ。純粋じゃない。

 しかしね、ごった煮にならず、純粋な気の状態で出来上がった世界もある。見えないけれど、ちゃんと研究できるし、この世ともかかわりあっている。なぜなら、この見えない世界も、理すなわち知的なシステムに従って、できているからですよ。鬼だってちゃんといる。でも、民間のお化け小説なんかにでてくるような化け物やら幽霊やらは、あれはウソですよ。というよりも、見えないものを無理やり見えるように小説や絵を利用しただけのことです」と。

 

アジアに広がった「浅茅が宿」型ロマンス

・中国に端を発した志怪・伝奇の怪しい物語は、漢字文化圏の拡大とともに怪談が選ばれ、以前から存在していた地元の民話と結合しながら、東南アジア全体に新たなバリエーションを波及させた。つまり、『雨月物語』のようなゴーストとのラブスーリー、ハリウッド映画で言えば『ゴースト/ニューヨークの幻』のような話が、各国それぞれの風土に適応してその土地なりの幽霊物語に深化していった。

 

平田篤胤による日本の幽冥界維新

・この現象は古くは17世紀イギリスに広まったスエデンボルイの思想が先駆といえる。天使の住む霊界を実際に巡り、天使からさまざまな言葉を聞いたというスエデンボルイが、直接霊界と交流する信仰スタイルを広めた。この思潮が、19世紀になってアメリカで起きたフォックス姉妹事件というものと共振していく。若い姉妹がノック音を介してあの世の霊とコミュニケーションを取ることに成功した事件だった。これで、従来迷信の世界に属していた霊媒の活動が、科学的な研究テーマに組み込まれた。世界中で、あの世の物質的な探求が始まり、超能力者のパワーを実験的に確かめようとする動きになった。

 

・日本でも、この動きを直観的に察知した人物が現れた。平田篤胤という、日本の霊界思想を大きく改変した人物だ。なんと、江戸期に登場した天狗小僧寅吉や、妖怪を目撃した稲生平太郎といった超常体験を持つ人々に直接あるいは間接に取材を行い、霊界の行方を追求した。ここまで徹底的に幽界を探した人は世界的にも珍しい。

 中国で志怪小説や伝奇小説を発展させた作家たちは科挙などの現実的試練にさらされ、実生活は苦難の連続だったわけだが、平田篤胤にもその要素が存在する。平田篤胤という人は秋田から江戸へ出て勉強する夢を抱いた地方学者だった。江戸へ出る旅は真冬に決行されたが、途中雪に阻まれ危機を迎えた。このときある種の超常現象を体験したことから、霊の世界への関心を深めた。学者としては苦労の末に一派を成し、庶民にも分かる講義を行い古学を民衆に広めた。島崎藤村が著した小説『夜明け前』は、この平田学派に所属した藤村の実父が明治維新に夢を託し、その夢を明治政府が次々に押しつぶしていくプロセスを描いた大作だった。その夢とは、平田篤胤が唱えた「新しき古え」の実現だった。

 

 

 

荒俣宏の20世紀世界ミステリー遺産』

荒俣宏     集英社    2001/11

 

 

忘れ去られたニッポンの“超大物”探検隊・その1

東京大学雪男探検隊

・1959年、東京大学医学部教授ひきいる「雪男学術探検隊」は戦後復興期の日本の威信を背負い、ヒマラヤへ。目的は20世紀を代表するUMA(未確認生物)「雪男」の捕獲。しかし、暖冬で雪がなかった!

 

・20世紀といえばUMA(未確認生物)である。これを探しに多くの人々が辺境へ出かけていった。そして、UMAを代表するのが「雪男」だ。今は「野人」やら「イエティ」やら「サスカッチ」、あるいは「ビッグフット」などと、“原産地”の呼び名別に区分けされ、かなり個別に知られているが、昭和30年代にはまだひとまとめに「雪男」と呼ばれていた。

 

・1951年、その奇ッ怪な足跡なるものがついに写真に撮られた!エヴェレスト山征服に挑んでいたイギリスのエリック・シンプトン隊が、長さ33センチもある4本指の巨大動物の足跡に遭遇したのだ。

 

・一方、日本からヒマラヤ登山に挑んだネパール・ヒマラヤ踏査隊(1952)とマナスル登山隊(1955)も、現地で足跡を発見し、2足歩行する怪しい動物をも目撃した。これにより日本の学界でも雪男捜索が現実的な話題となった。戦後まもない日本は、さまざまな分野で世界に肩を並べようという意欲にあふれていた。雪男発見の方面で最初に世界のさきがけたらんと手を挙げたのは、なんと東京大学であった!

 

・翌日に出た第2回通信では、雪男が出たときのために隊員が銃の撃ち方を訓練したことが報じられている。さらに翌日の1月6日に出た第3回通信では、「ヒマラヤはまだ遠いので手掛かりなし。途中の村で婚礼を見学」となった。4回めの報告は「身にこたえる寒さ」について、5回めは「法外な割増金を要求するのでポーター58人をクビにした」と危なっかしくなり、第6回目は「山の村々にも美人もいる」といった「心あたたまる」旅行記になってくる。

 

・いったい雪男調査はどうなってしまったのだろう、と思いたくなるのだが、実はこの年、ヒマラヤ地方は希れに見る暖冬だったのだ!雪があまり降らないから、足跡もつかない。だから雪男を追いかけたくても手掛かりがない。2か月あまりの調査は、まったくの空振りに終わってしまった。大金かけてヒマラヤまで行った探検隊は面目つぶれとなり、帰るに帰れなくなった。

 

・さらに、巨大類人猿のギガントピテクスの生き残りだとする説も根強く、依然として雪男への関心はくすぶりつづけている。

 

第20遺産 世界UMA ロッズ(スカイフィッシュ

・肉眼では見えないスピードで空中を飛びまわる、20世紀最後の未確認生物。貴重な連続写真で確認しながら考えよう、その正体はUFOか、それとも太古の生物なのか?

 

スカイフィッシュは、日本ではテレビのせいでこの名が知れわたったが、アメリカでは断然、ロッズというよび名のほうが頻繁に使われている。竿の複数形だが、ほそ長いシリンダー状のバクテリアを生物学者が「ロッズ」と呼ぶのでこれに関連づけてこの生物もロッズと呼ばれている。

 

・さて、このUMAだが、生物かどうか判然としないし、だいいち肉眼ではほとんど確認できない物体なのだ。なぜ確認できないかといえば、あまりにも速く飛びまわっているからだ。こんなものをどうやって発見できたかというと、実はUFOが絡んでいたから、おもしろい。

 

・ホセは、その後もロズウェル周辺でロッズを撮影し、インターネットでその映像を公開した。すると、全国から、おれもロッズを撮った!と主張する人が続々とコンタクトしてきたのだ。つまりロッズは、ロズウェルのような砂漠ばかりでなく、海にも都会にも、ウヨウヨいることがわかってきた。もちろん日本にもいることが最近わかりだしている。ただし、あまりにも高速で飛びまわっているため、気づかれなかったのだ。

 

・いずれにしても、20世紀最後の発見物といってよいロッズ、あるいはスカイフィッシュは、テレビ番組を通じて日本にも多少は知られるに至った。あれから1年以上経つが、アメリカのほうではロッズの調査が地道につづいている。

 

・目に見えぬ速度で空中を飛びまわる物体。たしかにこの発見はUFOよりも一層興味ぶかい。かれらの巣と考えられるタテ穴の洞穴もみつかり、ロッズ捕獲作戦は第2段階にはいりつつある。21世紀を引きつづきミステリー豊かな百年にするためにも、ロッズがインチキでないことを祈ろう!

 

第24遺産 「1947年・謎の墜落事件」の決定的証拠!? 

ロズウェルUFOの破片

・決定的証拠がないままに、最大のミステリーであり続けるUFO。本書では、ロズウェル事件の裏話をしよう。UFOが「現代の神話」をこえて、いつか博物館に入る日は来るだろうか?

 

・UFOは最初、「空飛ぶ円盤」の名でマスコミに登場した。この怪物体の第一目撃者とされる事業家ケーニス・アーノルドは、1947年6月24日に、自家用飛行機でワシントン州マウント・レニエ近くを飛行中、超高速で飛んでいく9体の「光る物体」と遭遇した。アーノルドが語った、「まるで水面をスキップして飛んでいく皿のようだった」というコメントから、空飛ぶ円盤と呼ばれるようになった。しかし、その後こうした怪しい飛行物体がかならずしも皿のかたちではないことがわかり、公式の調査機関ではUFO「未確認飛行物体」と呼ばれるようになった。

 

・ところが、世間一般ではUFOへの関心はとどまるところを知らずに拡大し、とうとう二つの大事件を通じて宇宙人とつながってしまった。一つは、1952年に出たジョージ・アダムスキの『空飛ぶ円盤同乗記』だ。なんと、この人物は金星人の乗る円盤に乗ってきたといいだした。

 

・それからもう一つの大事件、これがロズウェル事件だった。1947年7月3日というから史上初のUFO目撃事件が発生してから10日余りしか経っていない。地元紙『ロズウェル・デイリーレコード』7月8日と9日の両号に、「空飛ぶ円盤」らしき怪飛行物体が墜落したという、かなり地味な記事が載った。

 

ロズウェル事件には、まだまだ続きがある。日本には、ロズウェルのUFO博物館と並び称される学術的な資料博物館があるのだ。「コスモアイル羽咋」といい、能登半島のつけ根にある。この博物館を実現させた高野誠鮮さんは、世界にネットワークをもつUFO研究家だ。

 

・こうしてさまざまな情報が錯綜しながらネット上を行き来している。とくにUFOについての情報は、ロズウェル事件を例にとっただけでも、デマ情報とそれを打ち消す新情報、裏情報のオンパレードだ。

 

・そういう当事者とも連絡のある「コスモアイル羽咋」は、目下きわめて有用な博物館といえる。ひょっとすると近い将来、ほんもののUFOをミステリー遺産として展示してくれるかもしれない!

 

第26遺産 誰にも読めない奇書 ヴォイニッチ写本> 

・「誰も読めないけれど、何かものすごい知識が書いてある本」――

現代もコンピュータを駆使した解読作業がつづく、謎の暗号で書かれた奇怪な書物の正体は!?

 

・「世界で最も奇妙な写本」といわれる手稿が、20世紀に再発見された。たぶん、今世紀の隠れた大イベントだと思うのだが、なにしろ物が「暗号で書かれた写本」であるだけに、一般の人たちに知られるチャンスが少ない。けれども、知れば知るほど奇々怪々な本なのだ。

 

・写本の著者がベーコンである可能性は、他の面からも証拠だてられた。第一に、17世紀にこの写本を所蔵したのが、妖異博物館をつくって奇怪な物ばかりをコレクションしたエキセントリックな魔術王、ボヘミアのルドルフ2世だったからだ。かれなら、ベーコンに関心をもったとしても不思議ではない。さらにルドルフの死後、1666年には写本がアタナシウス・キルヒャーの手にわたっているのだ。キルヒャーは当時、万能学者と呼ばれた科学者だった。イエズス会に所属していたけれども、カトリックのお坊さんに似合わず地下世界、ノアの方舟エジプト考古学、それにカバラ錬金術といった神秘学を研究していた。

 

・ヴォイニッチはこの写本を解読しようとして、何人かの専門家に知恵を借りた。その一人で、ペンシルヴェニア大学の古文献学者ニューボルド教授は、1921年になって、写本の暗号が解けた、と発表した。しかも、解読された内容のものすごさに、世間は大きな騒ぎとなった。なぜなら、ロジャー・ベーコンは13世紀の段階で望遠鏡と顕微鏡とを開発し、2つの光学機械を用いてアンドロメダ大星雲と人間の精子を発見した超科学者だったことがわかり、科学史を書き換えなくてはいけなくなったからだった。

 13世紀に、アンドロメダ大星雲と人間の精子をともに発見した人がいたとは!通常の科学史では、それらが発見されるのは17世紀以後ということになっているというのに。

 

・ついでに書くと、ルドルフ2世にこの写本を売りわたしたのは、当時イギリスからの使者としてボヘミアに出入りしていたジョン・ディー博士であったようだ。ディーは数学者で天文学にもくわしく、錬金術師ならびに心霊研究家としても有名だった。伝説のバラ十字団員の団員だったともいわれ、ルドルフ2世と親しかった。ディー博士はまた、水晶球を凝視して天使と会話したとの伝説もあり、古代の叡智を宿した古書の大コレクターでもあった。

 

・現在、ヴォイニッチ写本はエール大学にあり、いまも解読がつづけられている。コンピュータを動員し、本文に使われている占星術のマークが数字をあらわすらしいこと、全体が薬草について述べられているらしいこと、などを解明している。

 が、これもまた妄想かもしれない。20世紀の奇書は、いまだに誰も読めていないのだ。

 

 

<●●インターネット情報から●●>

ウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)より

 

<雪男>

雪男(ゆきおとこ)は、降雪の多い地方にいると言われているUMA(未確認動物)の総称である。

 

<概要>

ヒマラヤ山脈のイエティ、ロッキー山脈のビッグフットなどを指すことが多い。 日本国内では中国山地ヒバゴンも雪男とされる。 なお、「雪男」と訳されるが、本来性別は限定されていない。中国では「野人」と呼はれる。 それぞれの雪男の共通点として、人里離れた山奥に住む、全身毛むくじゃら、直立二足歩行するという特徴が挙げられる。体色については、白、茶色、灰色など諸説あり、共通認識とはなっていない。

 

目撃証言はあるが、ヒグマやハイイログマ(グリズリー)等の見間違いも多いとされている。それ以外の説としては、毛皮を着た猟師や猿人、ギガントピテクス(アジアに生息していた巨大類人猿の化石種)の生き残り、未発見の生物などが挙げられる。 ゴリラがヨーロッパでは(ギリシア時代からの記録がありながら)19世紀末まで架空の生物だと思われていたという例もあるので、雪男についても実在を強く信じる人間は少なからずいる。

 

一方、ヒマラヤ地域のシェルパが、ヒグマを「イエティ」と認知していたことが判明している(詳細は「イエティ」を参照)。ブータンで「雪男」を指すとされた「メギュ」、チベットでの「テモ」もヒグマを指す名称だった。

しかし、2011年にロシアのケメロヴォ州で開かれた雪男に関する国際会議では、ケメロヴォ州に95%の確率で実在するとの結論が出された。

 

 

 

『これから10年大予測』(資本主義は崩壊、次はこうなる!)

船井幸雄)(アスコム)    2004/10

 

 

 

ヴォイニッチ手稿

ヴォイニッチ手稿は、ほかに類をみない判読不能の文字と彩色画が描かれた羊皮紙本で、世界一の奇書といわれています。14~16世紀の作とされていますが、さらに古い時代の文献の写本ともいわれています。誰がいつ何を何語で書いたかという確証は何一つありません。

 

・植物・天体・女性などが、奇妙な彩色で描かれ、文書でその絵を解説しているようなのですが、植物はほとんどが、未知のもので、ほかの絵も何を意味するものか、はっきりと分っていません。

 

・薬草の配合方法、錬金術の秘法を記したものと説、キリスト教で異端とされたカタリ派の文書であるとする説などがあり、定説はまだありません。暗号学、数学、言語学、文献学、植物学、天文学の学者たちが解読を試みましたが、すべて失敗に終わりました。現在は、アメリカのエール大学のベイニック図書館に所蔵されています。

 

・これらのオーパーツは、みな不思議なものばかりです。現在知られていない、まったく別種の文明、あるいは地球外生命体がもたらした文明が過去に存在したことと、それらが何かの理由で滅亡状態になった可能性を示しています。

オーパーツ。製作当時の知識・技術レベルでは不可能なほど高度の人工的産物一般)

 

 

 

ユングでわかる日本神話』

林道義  文藝春秋    2005/9/20

 

 

<異類婚――動物シンボルの意味>

・神話や民話には「異類婚」と呼ばれる話があります。人間が人間以外の動物や鳥と結婚するというテーマです。このテーマは案外多く、世界中にたくさん分布しています。こういう話がなぜあるのでしょうか。心理学的に見ると何を意味しているのでしょうか。

 異類婚を分析してみますと、大きく二つに分類できることが分かります。一つは、お相手の動物がじつはもともと人間で、何かの理由で――たいていは魔法にかけられて――動物の姿にさせられている場合です。いま一つは、逆に人間の姿を取っているがもともとは動物だという場合で、いざというと動物の姿に戻ってしまいます。この両方では、心理学的な意味がまるで違うことが予想できます。

 

<日本型と西洋型>

動物と結婚するというテーマについては昔からいろいろと論じられていて、とくに30年ほど前に河合隼雄氏が日本型と西洋型を分けて、それを対立の形で見たということでずいぶん有名になりました。

 河合隼雄氏によれば、日本型の特徴はこうです。まず最初に結婚がなされます。その場合、女性はもとは動物なのだが人間の姿をとっている。動物といってもただの動物ではなくて、特殊な能力、ほとんど神のごとき能力をもっていて、男性を幸せにしてくれる。しかしその動物である本性を覗き見られたりして正体がばれると動物の姿に戻ってしまい、去っていき別れが来る。その典型が鶴女房である。だからこれは離別型と呼ばれている。これが日本型の特徴です。日本型は最初に結婚があり、最後に破局が来るというパターンになっていると河合氏は言いました。

 

・それに対してヨーロッパ型は結婚が最後にきます。男性は野獣になっている。たいていは王子様なんですが、それが魔法や呪いによって動物の姿に変えられている。女性に助けられる、あるいは女性と結婚すると人間に戻れるということになっていて、最後に王子様に戻ってお姫様などと結婚してめでたしめでたしというハッピー・エンドになります。

 

・日本の場合は多く離別、破局を迎えて、多くは妻が飛び去ってしまうというところで終わるのですが、その後がある場合もあります。妻が天に飛び去ってしまったので天に迎えに行くと、妻は天女だった。天女には父がいて、さまざまの難題をだす。それを天女の助けによりクリアーする。ちょうどオホクニヌシがスサノヲのところへ行って、スセリビメに助けられて無理難題を切り抜けるのとよく似た話になっています。ただし、失敗する場合のほうが多いですが。

 こうした西洋型と日本型の違いがどういう心理学的な違いに対応しているかを河合隼雄氏は論じたわけです。

 

「日本型」は世界中にある

・こうしたことを考え合せてみますと、日本型・西洋型という名づけ方は、二つの意味でおかしいと私は思います。

 第一の問題点は日本型といわれているものはじつは日本だけではなくて、世界中あらゆるところにたくさんあります。異類婚が日本に限らず世界中にたくさん見られるということを証明するために、いくつか異類婚の話を紹介しましょう。

 

中国の場合も槃瓠(ばんこ)神話というのがあって、この場合は犬と結婚します。槃瓠という五色の毛並の犬です。帝が敵の大将の首を取ってきた者があればたくさんの黄金と一万戸の封地、それから褒美として自分の娘を妻としてやるぞと言った。そうしたら槃瓠という犬が敵の将軍の首をくわえて戻ってきたので、しかたなく娶らせた、それが何々という部族の起源だと、こういう話ですね。

 

・とくにインドネシアとかポリネシア、マレーシア、タイとか東南アジアのほうにそういう話が非常に多い。しかし東南アジアばかりではなくて、ブラジルにもコーカサスにもアフリカにもシベリアにも北アメリカにもアイルランドにもフランスにもいっぱいあります。

以上で「日本型」「西洋型」という分類の仕方がいかにおかしいか分かります。

 

・第二の問題点は、外見を見るとそれぞれの型は反対のように見えますが、本当に反対の意味を持っているのかという点にあります。たとえば、女性が動物の場合と男性が動物の場合は対立しているように見えます。それから最初に結婚がある場合と最後に結婚がある場合、また最後が破局に終わるかハッピー・エンドに終わるかの違いと、三つぐらい反対の性格があるので、これは正反対のものだと思ってしまいがちですが、私はそれは表面的な見方だと思います。

 

 

 

『宇宙連合の飛来』

 喜多要光  大陸書房  昭和50年

 

 

 

<地球文明と宇宙人>

シリウス星人の地球入学>

地球独特の生物の進化がすすんでいる頃、神の子と呼ばれる霊魂の大群が地球に移住して来て、ある形の肉体に宿った物が人類である。人間が他の哺乳動物と根本的に違うのは、そのためである。類人達の一種が大気圏外からやって来た霊に利用されて、人間の原形となったことは、間違いない。

 

間はシリウス太陽系から集中された念波により、修養のため、苦しむ囚人として地球に送られて来た。人間の精神は神によって創られた聖なるものであるけれども、その肉体の重さという物理的な制約をうける。

 

・神の子達は、類人猿を妻としたのだ。そして、その子孫が洪水前の人類、すなわち先史原始人である。だからこそ、その肉体的な特徴は類人猿的、精神的な特徴はシリウス太陽系内の遊星から来た移住人達と同様なものとなったのだ。

 

そして、シリウス星人は、思念を通じて物を創造する力を持っていたので、肉体を自分たちの思う通りに少しずつ変化させていき、長い年月の間に獣的な面が多くなって数々の怪物を作りだした。

 

ギリシア神話に出てくる蛇の髪を持つゴルゴン、半獣(ライオン)半鳥(ワシ)のグリフィン、半人半鳥のケンタウルス、蝶の羽根を持つ人間といってもほとんど獣と異なるところがなくなってしまった。この忌まわしいものを一掃するため、地球上に大変災を送る計画がたてられ、ついに大洪水が彼らに襲いかかり、純粋な肉体を持つものだけが、残されたのであった。

 

 

 

ユダヤ陰謀説の正体』 

松浦寛 ちくま書房   1999/11

 

 

 

<UFOとホロコースト

<UFOを操っているのはだれか

ホロコーストとUFOとはいかにも奇妙な取り合わせのように思われるが、ユダヤ人に関する偏見には、他のどの民族に関する偏見にもまして奇妙なものがある。

 

・「UFO問題の一番深い根幹部にあるのは、実は『ユダヤ問題』だったのである!」と説くのは、「サイセンス・エンターティナー」を自称する飛鳥明雄である。飛鳥は、「子供の頃から古代古墳に囲まれた環境で育つが、UFOを目撃したことで超常現象の世界に興味を持つようになった」という人物である。

 

・飛鳥によれば、1947年7月4日にアメリカのニューメキシコ州ロズウェルで米軍が発見したというUFOに乗っていたエイリアンの4遺体は実はモンゴロイド系で、UFOを飛行させるほどの高度科学技術の担い手は日本人を含むモンゴロイド系であるという。

 

・そして、モンゴロイド系を中心とするアジア系諸民族こそ、古代イスラエルの失われた十支族の末裔だというのである。すぐに分かるように、失われた十支族云々は、飛鳥の信奉する、一夫多妻制などの主張でとかく周囲と摩擦を起こすことの多いアメリカの新興宗教の教義(インディアンと俗称されるネイティブ・アメリカンは移住したイスラエルの失われた支族との由)のヴァリエーションで、それを飛鳥は、われわれが先に論じた「日本=ユダヤ同祖論」と折衷したわけである

 

UFO研究家とナチス

・実はこれと似た話が、『UFO研究家』として知られるテレビ・ディレクター、矢追純一の『ついに突き止めた超兵器の秘密 ナチスがUFOを造っていた』(1994年)なる題名の書物にも載っている。

 

・1980年10月22日、「英国上院議員UFO研究会」(未詳)の委員長だというクランカーティ伯爵と同会委員のキンバリー伯爵をロンドンに訪ねた矢追は、別の惑星から来ているものと、旧ナチスの科学者による地球製の二種類のUFOの話を両委員から聞き、少し前に会った「実名を出すとさしさわりがある」Xなる西ドイツの商社の実業家の話を思い出す。Xは、矢追に「ナチスの目的は、東西が衝突して第三次世界大戦に突入したとき、UFOをひっさげて現れ、世界制覇を成し遂げようというものです」と語ったという。

 

前大戦末期、幽閉されていたムッソリーニの奪回作戦を指揮したオットー・スコルツェニー大佐を乗せたUFOを見たと言い張るフランク・ストレンジ博士の話を紹介した後、矢追は、「ドイツのナチスと、その秘密計画に詳しいエルンスト・ズンデル」に会うべくニューヨーク州プリンストンに赴く。

 

ホロコースト否定興行師」の商魂

・矢追がツンデルから聞いたという話は、実に驚くべきものである。なにしろ大戦末期のナチスは、「超伝導モーターによるUFO」ばかりか、核弾頭を装備できる大陸間弾道弾、衝撃波で目標物をなぎ倒す「音響砲」、さらには巨大な凹面鏡を利用した「太陽砲」までも開発していたという。なぜそれほどナチスの科学技術が発達していたかというと、ツンデルが推測するには、「何らかの方法で宇宙人とコンタクトを取り、優れたテクノロジーを手に入れたのではないか」との由、その根拠たるやヒトラー自身が「かなりの霊能力をもった超能力者」で、親衛隊の長官ヒムラーも「優れた霊能者」であったからというのだからすさまじい。

 

・矢追は、ツンデルに会うのにずいぶん苦労したようだが、ツンデルのUFO情報の入手にそれほどの手間は不要である。

 なぜなら、このツンデルは、現代史の研究者の間でも好事家の間でもとりわけ有名な「ナチスおたくのおっさん」(山本弘)で、インターネットに13のサイトを持ち、その内の8つの記事が「未成年者に有害」との理由からドイツで公開禁止となったという逸話で知られる「ホロコースト否定興行師」(マヌエル・ブルツキの評言)だからである。