UFOアガルタのシャンバラ 日本は津波による大きな被害をうけるだろう

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世論調査をすればわかるように、アメリカ人の3分の1以上が、今も空飛ぶ円盤が地球を訪れていると信じている。(1)

 

『広い宇宙に地球人しか見当たらない75の理由』

スティーヴン・ウェッブ  青土社  2018/5/25

 

 

 

実は来ている(来ていた)

フェルミパラドックスの最も単純な解決方法は、「みんな」―—つまり地球外知的文明の代表―—がもう来ている(あるいは今はここにいなくても、過去にはいた)とすることで、このパラドックスを解決する3種類の方法のうち、一般の人々にずば抜けて人気があるのはこの種の解だ世論調査をすればいつも、UFO現象はエイリアンの宇宙船と考えるのが最善の説明だという考え方を高い割合の人々が受け入れているという結果になる。古代の構造物は当時の人々ではなく地球外生命が築いたものだという考えを信じる人々の比率は少し下がるが、それでも、たとえばエジプトのピラミッドは地球外起源だという説は、ただのアングラの見解ではすまない。そして驚くほど多数の人々が、自分の意志によるかよらないかの差はあっても、別の惑星からの存在と接触したとさえ言う。すると多くの人々にとって、フェルミの問い―—みんなどこにいるんだろうね?―—には簡単に答えが出る。

 

<解1  みんなもう来ていて、ハンガリー人と名乗っている

フェルミならきっと、このパラドックスに対する答えの一つのことを、自分がその問いを出す前から知っていただろう。それはロスアラモス国立研究所には出回っていた冗談だった。

 

・モリソンは、火星人は長期的な展望をとって、1000年、2000年の時間をかけて現地を理解するだろうと論じ、ハンガリー人がその橋頭保だと考えられるいくつかの理由を提示した。その長期的偵察活動が成功するには、火星人は地球人として適用しなければならず、当然、進化上の違いをものすごくうまく隠しただろうという―—ただし隠せない例外が3つ」あった。第1の特徴は非定住性。ハンガリーのジプシーにそれが表れている第2に言語。ハンガリー語は、近隣のオーストリアクロアチアルーマニアセルビアスロバキアウクライナといった国々で話されているインド=ヨーロッパ系の言語いずれとも類縁関係がない。第3に知能。ハンガリー人の頭脳の力はただの人のものとは思えない。数年後、フェルミがあの問いを発する頃には、モリソンの話はロスアラモスの理論部門内でしばしば繰り返される変わった話になっていた。その冗談が、「連中はもうわれわれの中に交じっていて、ハンガリー人と名乗っている」だった。

 この説にとっては残念なことに、歴史上、ある時期に非定住性を見せたことのある民族はいくつもあるし、ハンガリー語は決して特異ではなく、フィンランド語、エストニア語、ロシアで話されているいくつかの言語と類縁がある。しかし第3の特徴は、マンハッタン計画の時期には明らかだった。

 

<解2 みんなもう来ていて、政治家と称している

・私たちの多くは、どこかで、自分たちの政治的指導者は全然まともじゃないという意見を言ったことがあるにちがいない。実際、政治家の中には、おそらく端的におかしいと非難された人々もいる。ある種のイギリス政治家の場合には、そのおかしさは、偉大な野心が奇矯なパブリックスクール制度とかけあわされた産物にちがいないと、私はつねづね思っている。政治家の尋常ではない行動には疑いなく別の説明がある国々もある。しかし政治家のいずれかがエイリアンだと言えるだろうか。デーヴィッド・アイク――元サッカー選手でBBCのスポーツキャスターを務めたこともある――は、まさしくそうだと論じるアイクによれば、高次元の爬虫類のようなあるエイリアン種族が、自分たちの分身を英米の枢要な政治家に投射しているという。

 

・権力にある人々の一部が人類ではないと信じるのは、アイクだけではない。カナダの高名な公人で、1950年代には国防長官を務め、ピエール・トルドー政権では内閣上級閣僚も務めたポール・ヘルヤーは地球外生命が今も地球を闊歩していると信じている。とくに、2013年5月のシティズン・ヒアリング・オン・ディスクロージャーのときには、オバマ政権の閣僚のうち2人がエイリアンだと述べた。

 

・「ハンガリー人は地球外生命」説はつねに冗談として言われていたが、アイクもパークスも本気だ。すると、こうした人々にとっては、フェルミパラドックスは明らかにないことになる。地球外生命体はここにいいて、私たちの上帝が恋人か何かになっている。こうした説をトンデモ説として退けることは簡単にできる――そこで私も同様にトンデモ説だとする――が、私がこれをパラドックスの解の一つとして取り上げるのは、単にすべてをつくすためだけではない。本書のすべての解のうち、この説は最も多くの人々に受け入れられるものである可能性が高い。確かに、私の本を読む人よりアイクの本を読む人の方が多いし、ネットの書評家も相当の数の人々がアイクのとりとめのない話をトンデモとは見ていない何十万という人々がヘルヤーの証言を見ていて、YouTubeにある様々なディスクロージャーの動画につくコメントは、大部分がその証言を支持している。パークスが朝のテレビ番組にゲスト出演したときは、番組後にかかってきた電話は一般にがんばれなどと好意的だった。エイリアンが不運な人々を誘拐して体を調べるという説は、この世界の相当の部分で本気で取り上げられているらしい。

 

<解4 みんなUFOからこちらを監視している

シェイクスピアはジュリエットに「名前とは何でしょう」と問わせている。状況によっては、それが「すべて」という答えになるだろう。たとえば、何万年にもわたり、人々は空に奇妙な光が姿を見せるのを見てきた。その光に魅力的な名前がつくまでは、この現象には大した関心も向けられなかった。「空飛ぶ円盤」という名がつくと、突如として誰もが興味を持った。

 人がはじめて「空飛ぶ円盤」を見た正確な日付はわかっている。1947年6月24日、ケネス・アーノルドが自家用飛行機でワシントン州のカスケード山脈上空を飛んでいると、操縦席から、空中に浮かぶいくつかの物体が見えた。着陸すると、自分が目撃したことを、物体は「池を沿岸のように」スキップしていたと報告し、その名が残った。報道機関はこの「空飛ぶ円盤」に関する噂を求め、この言葉は、おずおずと冷戦時代に入ろうとしていたアメリカの大衆の心に響いていった。多くの人々は、空飛ぶ円盤には当然、外国人(エイリアン)―—ロシア人でも地球外生命でも―—が乗っているものと思っていた。

 

空飛ぶ円盤が本当なら、そしてそれが本当にエイリアンの乗った宇宙船なら、フェルミパラドックスは即座に解決となるパラドックスについて唱えられたすべての解法の中でも、これは民衆から最も多くの支持を集めてきた。世論調査をすればわかるように、アメリカ人の3分の1以上が、今も空飛ぶ円盤が地球を訪れていると信じている。

 ヨーロッパでは、同じことを信じている人の割合はそれほどではないが、それでも無視できるほど少なくはない。

 

・1947年の6月末から7月初めにかけて、ニューメキシコ州ロズウェルに空飛ぶ円盤が墜落し、米軍が残骸からエイリアンの遺体を収容したと信じている人も多い。とはいえ、科学は民主的な手順では進まない。仮説が正しいかどうか、投票で決めるわけではない。特定の仮説が正しいと信じる人がいくら多くても、科学者がその仮説を受け入れるのは、その仮説ができるだけ少ない仮定で多くのことを説明でき、強力な批判に耐え、すでにわかっていることと矛盾しない場合だけだ。そこで問題はこうなる。この仮説―—空飛ぶ円盤がETC(地球外文明)の証拠であるという仮説―—はどれだけ精査に耐えるか。

 

・たとえば、熱心な人々の中には、エイリアンの乗り物が墜落したと説く人々もいる。先にも触れたロズウェル事件が最も知られている例だ。乗り物が恒星間距離を超えて飛んでくることができながら、惑星大気を乗り切ることができないかどうかを措いても、そのような報告に有利な証拠は乏しい。高度な装置の一つ、未知の合金のひとかけらなりともあれば、証明になるかもしれない。しかし与えられるのは、墜落したロズウェルの機体から収容された「エイリアン」の一人の検視ビデオだけだ―—ビデオはもちろん、(儲けになる)捏造だった。エイリアンの乗り物は各国に着陸してエイリアンが下船しているという人々の主張を見かけることもある―—そうしてそういう人々の肛門に検査器具を差して体を調べるとか、奇妙なことに牛を切り刻むという説もある(中には、解2で見たように、エイリアンが英米の政権に職を得ているという説さえある)。言うまでもなく、そのような説の根拠とするのに必要な証拠は乏しい。

 

・あいにく、ミステリーサークルを作ったのは自分だと名乗り出て、作り方を明らかにする人々がいるのもかかわらず、ミステリーサークル現象は説明のつかない、たぶん説明のしようがない謎だと信じ込んでいる人々が残る。特定の考えに凝り固まっている人々相手に、現象について考えるときには、オッカムの剃刀を使うべきだと言う以外、どう話せばよいのか。剃刀とは何かと言えば、未知の現象の説明は、まず既知のことを用いて求めるべきだというのも一つだ。ミステリーサークル、家畜切断死体など、いろいろな怪異現象も、既知のことで説明できる。それを説明するために空飛ぶ円盤仮説は必要ない。

 空飛ぶ円盤について異様な説が出されるときは、その説を裏づける異様な証拠が出されることはない。嘘や言い逃れやでっち上げが出てくる。空飛ぶ円盤仮説はフェルミパラドックスの説明としていちばん人気はあるかもしれないが、他にもっと良い説明があるのだ。

 

ついでながら、私もUFOを見たことがあると述べておくべきだろう。それはずっと私の中でもいちばん生き生きした記憶だ。子どもの頃、道路でサッカーをしていて―—まだ車が少なく、子どもが道路で遊ぶのをやめるほどではなかった―—ふと見上げると、満月ほどの大きさの純白の円が見えた。円の両側には突起が出ていて、土星を輪の真横から眺めたような形だった。

 

新版訳者あとがき

・旧版の『広い宇宙に地球人しか見当たらない50の理由』から十余年、原書が改訂され、理由も75に増えたのに応じて、翻訳も『広い宇宙に地球人しか見当たらない75の理由』と改めて新版を出すことになりました。

 

 

 

『異星人伝説』     20世期を創ったハンガリー

ジョルジュ・マルクス  日本評論社  2001/12

 

 

 

<天才郷ー20世紀はブタペストで創られた>

ハンガリーが20世紀に科学の発展に貢献した多くの頭脳を輩出したことは良く知られている。

 

・どうしてこの時期の東欧の小国ハンガリーに、多数の天才たちが生まれ育ったのか。科学史の中でも、これは興味深い謎となっている。そこから「ハンガリー人科学者は異星人に違いない」という機知に富んだ風説が生まれた。ブタペストこそ、異星人が地球に降り立った土地だというのである。

 

・小国ハンガリーが、これほど眩いばかりの人材を世界に送り出したことは奇跡に近い。そしてまた、それらの多くの優秀な頭脳のほとんどがユダヤ人であったことも、否定しようもない歴史的な事実である。ここから、マジャールハンガリー民族)性とユダヤ性の混交が、20世紀ハンガリーの黄金時代を創ったのではないかという仮説を定立することができる。しかし、いったいマジャール性とユダヤ性の混交とは何を意味するのだろうか。

 

マジャール社会のユダヤ人:4度の世界分散

・こうして、20世紀のハンガリーは四度にわたる亡命分散をとおして、優れた知識人や科学者を世界に放出してきた。歴史は非情かつ心憎い。祖国を旅立った天才たちは彼の地で、その才能を十二分に発揮し華を咲かせた。祖国と民族の帰属を失い、自らの才能を頼りにする以外にない人々が、死ぬ物狂いで能力を開花させ、20世紀世界の発展に貢献した。

 

マジャール性とユダヤ性>

・オスカー賞受賞の映画監督サボー・イシュトヴァーンの新作『サンシャイン』(1999年末封切り)は、20世紀を生きたユダヤ人家族3代にわたる家長の生き様を扱った作品である。この長編映画の時代設定は、本書のそれと完全に重なっている。

 

・「マジャール性とユダヤ性の混交、そこにハンガリー音楽の特性がある」

 

・「我々の仲間で囁かれている言い伝えがある。地球上の知識人には二つの種族が存在する。一つがHumanで、もう一つがHungariansだ。(アイザック・アシモフ

 

伝説の誕生

・ハンス・ベーテは、「フォン・ノイマンのような頭脳は、人類に優る種族の頭脳なのではないか」と問いかけている。リチャード・ローズが伝えるところによれば、「新しい高等研究所のもっとも若いスタッフとして、1933年に29歳の若さで就任したノイマンについて、プリンストンで囁かれていたことがある。彼は紛れもなく半神半人だが、人類の事を完全に調べ上げ、これを完全に模倣する能力を身につけていた」。ハンガリー人科学者の異星人伝説が生まれたのは、第2次世界大戦さなかのアメリカ、それも多分ロスアラモスからだろう。

 

・「20世紀初めに数多くの科学者と数学者を輩出したことで、少しの事では騒がない連中も、ブタペストこそ異星人が地球支配のために定住の地として選んだ土地だと信じるようになった」。実際のところ、異星人と疑われたハンガリー人(カルマン、ノイマン、スィラード、テラー)はこうした伝説を楽しんでいた。

 

・「ガポール、ケメニィ、フォン・ノイマン、スィラード、テラー、ウィグナーはブダペストの同じ街区で生まれている。だから、ロスアラモスの科学者たちが、千年以上も前に異星人を乗せた宇宙船が中欧のどこかに軟着陸したという物語を受け入れたのは驚くにあたらない。ハンガリー人が地球外に起源をもつという確かな証拠が三つある。一つは、同じ地域から流れてくるジプシーのように、放浪癖があることだ。それから、彼らは非常に単純で論理的な言葉を話すが、これは隣接する言語とほとんど関連性がない。最後に、彼等は人類よりもはるかにスマートだ」。

 

・「1930年から1950年にかけてのアメリカの科学的発展において、人口1千万のハンガリーが人口6千万のドイツと同じほどのインパクトを与えた」という。

 

・「外国に出た若いハンガリー人にとって、ハンガリー人であるという出生を隠す方が良かった。それがばれると、能力以上のことが期待されたからだ。人々は理解不能な言語を話すハンガリー人を、並外れた能力を持つ異星人だと考えるからだ」。

 科学のほかに、ハンガリー人の才能によって席巻された分野がある。それは映画であり、また伝統的な演劇と近代技術の結合から生まれた新しい芸術の分野である。

 

ハリウッドへの軟着陸

ハリウッドはハンガリー人によって創設されたという伝説がある(少なくともその一部が)。

 

・ハリウッドでのハンガリー人名簿は長いリストになる。(省略)

 

・「ハンガリー人であることだけでは事足りない、有能でもなければならない」。もっとも、ズコールは低い声で、「それだけでも結構助かるけどね」と付け加えた。もちろん、ハリウッドにはハンガリー人以外にもたくさんいるわけだが、「ハンガリー人の友達を持てば、敵を作らないね」と言われたものだ。

 

・「米語の”movie”はハンガリー語の”mozi”(動く画=映画)に由来するに違いない。皮肉屋が言うには、別のハンガリー人たちはあまり破壊的でないように原爆を創ったが、その前に別のハンガリー人たちがハリウッドを創った」

 

異星からの到来

・異星からの末裔であることに、一つだけ明瞭な事実がある。火星にはフォン・カルマン・クレーターと名付けられた山がある。月にはもっとハンガリー人の足跡がある。月の裏側の南部にある巨大なリングは、超音速飛行の開拓者に敬意を表してフォン・カルマン・クレーターと名付けられている。(後は省略)

 

<異星人の言葉>

・そうだとすれば、この原子力開発でハンガリー人が「異星人」と考えられた理由は何だったのだろうか。単純な理由はその不可思議な言葉にある。その文法や語彙は他のインド・ヨーロッパ語族のそれとは明確に区別される。

 

ハンガリー語の文法が日本語のそれに似通っているからだ。英語圏の作家には日本人の考え方や言葉を理解するのは難しいだろうが、ハンガリーはヨーロッパで唯一、中国・日本・朝鮮のように、姓を前に、名を後にもってくる民族なのだ。

 

ノイマン、ジョン  20世紀最高の頭脳

・科学は説明するのでも、解釈するのでもなく、もっぱらモデルを造るのだ。モデルとは数学的な構築物で、一定の説明的な記述を加えることで、観察される現象を描くものである。このような数学的構築物の正しさは、それが機能するかどうかにかかっている(ノイマン)。

 

<異星人列伝>

・カルマン・テオドール(液体力学のパイオニア) ヘヴェシ、ジョージ(放射線トレースの発見) スィラード、レオ(平和の科学伝道者) ウィグナー、ユージン(原子炉の設計) テラー、エドワード(水爆の開発) ノイマン、ジョン(20世紀最高の頭脳) エルデシュ、ポール(放浪の数学者) ランツォシュ、コルネリウス(哲学する物理学者) ケメニィ、ジョン(コンピュータ教育の創始者) グローヴ、アンドゥリュー(INTEL中興の祖) ソロス、ジョージ(現代の錬金術師)

 

・ケストラー、アーサー(20世紀を駆け抜けた夢想家) ハルシャニィ、ジョン(非協力的ゲームの均衡分析) ベーケーシ、ジョージ(聴覚の物理学的解明) バイ、ゾルタン(実験宇宙学の開拓者) セントージョルジィ、アルバート(ビタミンCの発見) オラー、ジョージ(カルボカチオンの化学分析) クルティ、ニコラス(低温物理学と台所物理学) ガポール、デニス(ホログラフィーの開発) セベヘイ、ヴィクター(天体力学のパイオニア

 

 

 

『広い宇宙に地球人しか見当たらない50の理由』

スティーヴン・ウェッヴ   青土社  2004/6

 

 

 

<ETC>

地球外文明のことを、省略してETCと記すことにする。

 

<実は来ている>

<解1 彼らはもう来ていて、ハンガリー人だと名乗っている>

・ロスアラモスの理論部門でしばしば語られた、突拍子もない話があった。ハンガリー人は火星人だというのである。何百万年、何千万年も前、火星人は故郷の惑星を離れ、地球へやってきて、今のハンガリーになっているところに着陸した。当時ヨーロッパの諸部族は野蛮人で、火星人は人間になりすました――よそ者が自分たちに混じっているのではないかと野蛮人が疑うと、血(あるいは火星人にとってそれに相当するもの)が流れることになっただろう。火星人はうまくその進化による違いを隠しきったが、三つだけ例外があった。一つは放浪癖で、これはハンガリーのジプシーに顕著に表れている。次に言語であるハンガリー語オーストリア、クロチア、ルーマニア、スロヴァキア、ウクライナといった近隣で話されていた他のインドヨーロッパ諸語のいずれとも類縁関係がない。さらに知能である。その頭脳の力はただの人間とは思えない。

 

・ほとんど写真のような記憶力は、この世のものとは思えない知能という雰囲気を増した。

 

<解2 彼らは来ていて人間のすることに干渉している>

・空飛ぶ円盤が本当なら、それが本当にエイリアンの乗った宇宙船なら、フェルミパラドックスは即座に解決である。パラドックスについて唱えられたすべての解法のなかでも、これは一般の人々からいちばん多くの支持を集めてきた。世論調査をすればわかるように、アメリカ人の大多数は、今も空飛ぶ円盤が地球を訪れていると信じている。ヨーロッパでは同じことを信じている人は、それほどはいないが、それでも無視できるほど少なくはない。空飛ぶ円盤が1機、1947年の6月末から7月初めにかけて、ニューメキシコ州ロズウェルに墜落して、米軍が残骸からエイリアンの遺体を収容したと信じている人も多い。

 

・たとえば、エイリアンに誘拐され、体を調べられ、性行為を強要されたという申し立てがある。しかし、こうした話がどれほどもっともらしくても(もちろん私にも予断がある。私はこの話はありそうにないと思っている。まったく別の進化をたどった系統が性行為ができるほど似通った形態の生命体になる可能性はきっと限りなくゼロに近いだろうからだ)、この申し立てを支持するために必要な証拠は存在しない。

 

ついでながら、私もUFOを見たことがあると供述しておかなければならない。それはずっと私の記憶の中でもいちばん生き生きしたものである。子どものころ、道路でサッカーをしていて――まだ車が少なく、子どもが道路で遊ぶのをやめるほどではなかった――ふと見上げると、満月ほどの大きさの純白の円が見えた。円の両側には突起が出ていて、土星を輪の真横から眺めたような形だった。それが何であれ、ほんの数秒浮かんでいたかと思うと、とてつもない速さでどこかへ行った。友人が1人一緒にいた。

 

・その友人もそれを見ていて、今でもおぼえている。面白いことに、記憶が違っている。私の記憶では、それは見ている中を左へ飛んでいった。友人は右へ飛んでいったと言う(人間は観察が下手で、経験から私も観察はとても下手だということはわかっている。しかし絶対、左へ飛んでいった)。確かに私と友人はその日、空に何かを見た。それが何かはわからない。しかし空飛ぶ円盤ではなかった。ただ空に現れた光だった。

 

<解3 彼らは来ていてここにいる証拠を残している>

・ETCは現に地球を訪れているという証拠は有無をいわせないものではない。しかしETCは地球に来ているかもしれない。少なくとも太陽系に、過去のどこかで来ているかもしれない――たぶんずっと昔で、人間が誰もETCをそれと認識できない時期のことなのだろう。

 

<解4 彼らは来ていてここにいる――われわれはみんなエイリアンだ>

・前節では、ETCがメッセージを、地球の生物にあるDNAのコードにしている可能性を考えた。その可能性は低いが、逆説的なことに、もっと幅広く取れば、可能性は上がる。遺伝子研究が進むたびに、地球上の生物はすべて深く関係していることが明らかになってくる。たぶん、何かの種がエイリアンだということはないが、すべての生物種が地球外から来た同じ先祖に由来する可能性は否定できない。もしかしたら、われわれがみなエイリアンかもしれないのだ。

 

<解5 動物園シナリオ>

・ポールはETC(地球外文明)がどこにでもいると論じた。多くの技術文明は停滞し、滅亡に瀕するが(内部からであれ外部からであれ)、中にはその技術水準を長い時間にわたって発達させるものもあるだろう。地球の文明から類推して、ポールは技術的に最も進んだ文明を考えればいいと推論した。進んだETCは、ある意味で、宇宙を支配しているのである。それほど進んでいない文明は滅びるか、服従するか、吸収されるかである。重要な問いはこうである。高度に発達したETCはどのようにその力を行使するか。人類がその権力を自然界にふるってきた様から類推すると、人間が自然公園、野生保護地域、動物園を作って、他の種が自然に歩んでいけるようにしたのと同様、地球もETCがわれわれ用に残しておいた自然公園にあるのだと推測された。

 

<解6 禁止シナリオ>

・1987年、マーティン・フォッグは禁止シナリオ―—動物園シナリオを拡張したもので、生命を宿した惑星は、地球に限らずすべて立ち入り禁止になることを説明した。

 

<解7 プラネタリウム仮説>

・ステーヴン・バクスターは動物園シナリオ系の興味深い説を提起し、これをプラネタリウム仮説と呼んだ(推測はポールの説よりもずっと粗っぽいが、こちらは検証可能な予測を出すので、「シナリオ」ではなく「仮説」の名に値する)。われわれが暮らしている世界がシュミュレーション――この宇宙には知的生命がいないという幻想を与えるために開発された仮想現実のプラネタリウムだと考えることはできるかバクスターはそう問いかける。

 

<解8 神が存在する>

・SETI科学者は神学的な探求に従事しているのだと言う人もいた。ETCはわれわれよりもはるかに進んでいるらしいので、われわれから見ればほとんど全知全能の存在に思えるだろう。神々のように思ってしまうかもしれない。多くのSETI科学者はそうは言わないだろう。ETCのテクノロジーは、クラークの言い方を用いれば、はるかに発達しているために、何かの魔法と区別できないのではないか。それでもきっとわれわれにも、これらの存在が技術の達人であると考えられる程度の分別はあるだろう。悪くても魔術師だと見るのであって、神々だとはおもわないのではないか。

 

・神――宇宙の造物主――が存在すると論じる人々もいる。そして、神はあまねく存在するので、われわれの地球外知的生命の探索は、神が見つかれば満たされることになる。私にはこの論点を論じるには遠く及ばない。それでも、理論物理学の領域に発する推測はある。真だとわかれば、ETCの発達につながるような他に多くの宇宙が存在することが証明されるような推測である。さらに純理多岐な説では、そうした文明の一つがわれわれの宇宙を生んだのだとも言われる。ETCはある意味で神なのだ。その研究成果は純然たる推論に基づくだけだが、この理論は検証可能な明瞭な予測を立てる。

 

 

 

『河童よ、きみは誰なのだ』  かっぱ村村長のフィールドノート

大野芳   中公新書        2000/5

 

 

 

<河童の渡来>

熊本県八代市には、「河童渡来の碑」がある。昭和20年代球磨川畔に地元の有志によって建てられたものだが、れっきとした由来がある。

 

いまから1千5、6百年前、中国は呉の国から九千坊という文武にすぐれた頭目に率いられた河童の集団が熊本の八代に渡来し、球磨河口の徳の津(徳淵)から上陸した。彼らは、球磨川不知火海に住み着き、大陸の医学や土木、織物の技術を伝え、それがここから日本全国に広まった、とするものだ。

 

徳淵にある碑文には、「河童は千五~六百年前中国から渡来した」とあり、「オレオレデーライタ」と刻まれている。

 

・そのころ日本は、応神天皇の時代(270~310)である。

 

・実は、この渡来した九千坊たちには、後日談がある。勢力を増した九千坊たちは、乱暴を働き、川へ遊びにきた女子供たちをかどわかしたりした。ある日、川遊びに行った肥後領主加藤清正(1562~1611)の小姓が河童に引かれて死んだ。これに怒った清正は、「わが領地で乱暴狼藉をはたらくとは言語道断である。みな殺しにしてくれん」と、高僧たちをあつめて封じさせ、川に毒薬を流した。そして河童の嫌いなサルをあつめて攻めさせ、ついに九千匹もの軍勢をもつ頭目九千坊を追いつめた。九千坊は、封じた高僧たちに詫びを入れ、領内では悪さはしないと約束したが、清正の怒りは収まらなかった。清正から即刻領内から立ち去れと命じられた河童たちは、やむなく隣国の筑後久留米の有馬侯の許しをえて筑後川へ引っ越し、水天宮の眷属として仕えるようになった。

 

<疫病追儺と福徳招来>

加藤清正に追われた九千坊のその後である。九千坊の一族は、熊本から筑後国(福岡県)久留米の有馬氏の領地へ移動した。棲家として与えられた筑後川のほとりには、水天宮があった。平家が滅亡するときに道連れになった安徳天皇と外祖母平時子二位尼)、そして生母の建礼門院徳子、それに日本神話の最初に登場する天御中主神伊勢神宮に深い関係がある)が祀ってあった。その水天宮の眷属として落ちつき場所を得たのである。

 

・渡来人である九千坊たちは、あらゆる知識を駆使して安産、火災よけ、水難よけ、福徳招来の霊験を発揮した。眷属にすぎなかった河童は、やがて神として信仰され、水天宮信仰は、河童信仰とさえいわれるように出世した。

 

須佐之男命と牛頭天王

・京都八坂神社の社伝によると656年に新羅の牛頭山における素戔嗚尊の神霊を迎え祭り、667年に社殿を建立したものという。しかし、<二十二社註式>などには、876年に常住寺の僧円如が神の宣託によって牛頭天王を、今の社地の樹下に移し祭ったのを起原とし(天竺の祇園精舎の守護神たる牛頭天王を祭ったので祇園社と称すると伝えられる)、そののち藤原基経が威験に感じて精舎を建立した。これが今の社壇であるとみえている。

 

主祭神は、須佐之男命。またの名を牛頭天王という。

 

・また、高知県で河童を<シバテン>と呼ぶところから、インドの<シヴァ神>を連想した。須佐之男命の荒々しい性格に似た破壊の神である。別名パシュパティといい、ネパールでは雨乞いと豊穣の主祭神とされる。しかし、水牛にまたがるその神の和名は「大威徳明王」と呼ばれ、姿形は似ていないのである。

もし、<河伯=神農=牛首=牛頭天王須佐之男命>となれば、故に<河伯須佐之男命>になり、一挙に解決するはずなのに、最後の一線が超えられないのである。

 

 

(<●●インターネット情報から●●> 

(九千坊本山由来記 昭和31年  福岡河童会発行「九州の河童」所載)

 

<九千坊物語>

・いまは昔、河童の先祖はパミール山地の一渓水、支那大陸の最奥、中央アジア新琵省タクラマカン砂漠を流れるヤルカンド川の源流に住んでいました。寒さと食糧不定のため、河童たちは二隊に分かれて大移動を開始しました。一隊は頭目貘斉坊(ばくさいぼう)に率いられて中央ヨーロッパハンガリーの首都フタペストに到着し、この地に棲息しました頭目九千坊は、瑞穂の国日本をめざし部下をひきつれて黄河を下り黄海へ出ました。そして泳ぎついたところは九州の八代の浜です。仁徳天皇の時代、今からざっと干六百年の昔です。九千坊一族は、球磨川を安住の地と定めました。

 

加藤清正に追われた九千匹の河童の大移動。尻小玉を抜いたばかりに>

・三百三十年前、肥後の国の城主は加藤清正でした。清正の小姓に眉目秀麗な小姓がいました。清正寵愛の小姓に懸想した九千坊は、約り糸をたれていた小姓を水底に引きずり込んで、尻小玉を抜いて殺してしまいました。清正公は大いに怒り、九千坊一族を皆殺しにせんと九州全土の猿族を動員することとなりました。関雪和尚の命乞いによって球磨川を追放された九千坊一族は、水清く餌豊富な筑後川に移り、久留米の水天宮(安徳天皇平清盛と時子二位局とを祀る筑後川治水の神)の御護り役となりました。幕末、有馬家高輪の下屋敷内に水神様が祀られ、九千坊一族は、その近くの海に移り住みました。文化年間、有馬家は、水神様をお江戸は日本橋蛎殻町へ移し水天宮を祀りました。すると九千坊の-族も、日本橋へ転居し隅田川へ。ところが何しろ、九千匹の河童ども。中には色好みの河童もいれば、食い気ばかりの河童もいました。人畜にいたずらをする河童もあれば、水中交通道徳を守らない河童もいます。頭目九千坊より破門されたこれらの河童たちは、全国の川に散っていきました。

 

<お江戸を見切って筑後川へ>

・江戸というところは部下の統率上おもしろくない場所であると悟った頭目九千坊。有馬の藩主に許しを乞い、古巣筑後川に帰ってきました。筑後川は餌まことに豊富である上に、筑後川沿岸や、その支流巨瀬川畔の人々は、人情こまやかで河童に対しても親切であり、まことに天然の楽土。九千坊は部下の河童どもとここを安住の地と定め、九十九峯とも呼ばれる耳納山地が眺められる、水清き巨瀬川の田主丸馬場の蛇淵を本拠とし、今日に及んでいるとか。