『2020年 世界経済の勝者と敗者』
ポール・クルーグマン、浜田宏一 講談社 2016/1/25
<TPPは日本の問題かアメリカの問題か—―浜田>
・かつて、私はTPP(環太平洋経済連携協定)は日本の問題だと思っていました。しかし実際のところ、TPPをもたつかせていたのは、アメリカの政治のように思えるのです。
私はいままで民主党の政治上のバイアスがどれほど強いかを把握する機会が多くなかった。ですが、共和党のほうがより市場志向型のものを信じている傾向があることは、何回も確認することができました。富裕層に有利な政治を志向しているということでもあります。
・TPPについては、私は「どっちつかずの反対者」です。これは「どっちつかずの賛成者」ということではありません。そういう人は、決して少なくない。
TPPは、それを支持しているだろうと思われる人の間でも、それほど支持を得ていません。NAFTA(北米自由貿易協定)の強力な支持者でも、TPPについては半信半疑なのです。
ラリー・サマーズもTPPを支持すると自分ではいっていますが、その道理は非常に弱い。『フィナンシャル・タイムズ』紙に出た彼の論説には「TPPは可決すべきだ」と説明している部分がありますが、残りの部分では、TPPがあまりいいアイディアではない理由も説明しています。
・自由貿易の利点というものは、すでにほとんど実現されているものばかりです。過去の一連の協定によって、関税その他の貿易障害は、既に非常に低いものとなっているではありませんか。
仮に貿易摩擦がアメリカの貿易に影響を及ぼすことがあったとしても、それは貨幣価値の変動といった別の要因によって意味がなくなるくらいに低い水準です。
つまりTPPは、実際には貿易に関するものではないのです。
TPPによって、既に低い関税がさらに低くなるかもしれない。しかし提案されている協定の主眼は、薬品の特許や映画の著作権などの知的所有権を強化すること。そして企業や国がそれに関する紛争を解決する方法を変えることにあります。いずれの変更も、それがアメリカにとって望ましいことかどうかは自明ではありません。
<TPPの実態たる2つの協定とは――クルーグマン>
・TPPの実態が何かといえば、主に2つのことについての協定だといえるでしょう。一つは紛争解決。もう一つが知的所有権に関する協定です。そして、このどちらにも問題があります。
・民主党議員のなかには「なぜ、これが我々のプロジェクトなのか」という人もいました。何のためのプロジェクトなのかという十分な説明もないのに、そのことで選挙区から非難を浴びることが不本意だというわけです。
<金融はTPPで弱体化するのか――クルーグマン>
・他の問題については率直だったオバマ政権ですが、TPPに関してはそうではありません。これは、現政権が率直な態度で懸念に向き合っても、TPPを正当化できないということでしょう。それ自体、TPPを支持しない理由になります。
・とはいえ、進展を見るのは興味深いものがありますが、私も含め、サマーズやジャレド・バーンスタインなど、リベラルなエコノミストの文章を読んでみると、誰もがこのTPP交渉が起きていなければいいと思っているような書き方をしています。
サマーズは可決すべきだといっていますが、あまり自信がなさそうなのです。私はといえば、「TPPには反対だ」と、しぶしぶいっている状況です。どうしてもTPPについては熱が入らないのです。
TPPについて、私が聞いたベストなコメントは、ヒラリー・クリントンのトップ・アドバイザーのものです。オフレコかどうか分からないのですが、ある会合でその人は、「TPPを消滅させることはできないのか?」といったのです。これには笑ってしまいました。
<TPPのプラス点とマイナス点――浜田>
・したがって、TPPが紛争解決に働くようになるとすると、国際法もオブラードに包まれた力の対決だけではなく、ルールによる解決のために使われるようになる。その点では大きな進歩です。ただ、ポール(クルーグマン)やバグワティが心配しているように、解決のルールが、ウォール街の金融マンや弁護士だけに都合の良いものにならないよう留意しなければなりません。
知的所有権を教化すること自体は問題ではありません。少なくとも、アメリカの弁護士やビジネスマンのプラスにはなるでしょう。
ただ、エイズと闘う知識が存在しても、知的所有権が強化されると、開発途上国の人々は新しい治療法で治療を受ける権利を奪われるかもしれません。
<経済学者も説明できないのがTPP———クルーグマン>
・リベラルな経済学者でTPPに熱心な人は誰もいません。民主党下院リーダーである院内総務のナンシー・ペロンも、なぜTPPが政治的に重要なのかという問いを発していますし、私の支持する民主党、その幹部もTPPをよく思っていません。経済学者でさえも、なぜTPPが重要なのかということについて、きちんと説明できないからです。
疑問なのは、なぜ政治的資本をTPPのようなものに費やさないといけないのかということです。
・さて、原油価格について、原油価格が底値を打ったかどうかについては、誰にも分かりません。供給カーブについて、原油価格が底値を打ったかどうかについては、誰にも分かりません。供給カーブは弾性曲線になっており、多くのシェールオイル採掘のフラッキング(水圧破砕)計画がキャンセルされています。
・つまり、以前起こったことを参考にしてもあまり意味がないわけです。
言い方を換えれば、いま起きていることは過去に例がないということシェールオイルのフラッキングは過去の例とはかなり異なります。アメリカにシェールオイルという非在来型のオイル部門があるという事実は、以前よりも事を複雑にしています。
・次にアメリカにおける格差問題に関して、オバマ大統領は、富裕層への課税を強化しようとしてきました。それは、かつて投資収益に対して行った減税を逆転しようというものです。つまり、ビル・クリントンが大統領だったときに普及した税率に部分的に戻るというわけです。そしてその税収で、低収入層の労働者に福祉を提供しようとしています。
この政策で劇的に状況が変わるということはないでしょう。
・しかし、なぜCEOの給料が、従業員の給料と比べてそこまで増えたのか。なぜ特定の職業、特にエリート職の収入が多いのか。なぜヘッジファンド・マネジャーには莫大な収入があるのか。国民所得における資本のシェアがなぜ増加しているのか。こういう疑問に対しては、きちんとした説明がなされていません。
かつては、多くの人が格差拡大の原因はテクノロジーであると主張していました。しかしいまは、多くの点でその議論がフィットするようには思えません。
<消費税10%は絶対不可――クルーグマン>
・ただ、アベノミクスに対して懐疑心を持たざるをえない時期があったのは確かです。その原因は、2014年4月に消費税を5%から8%に引き上げたこと。さらにその翌年に10%に増税することも示唆されていました。
消費税を上げることは、日本経済にとって自己破壊的な政策といわざるをえません。増税以降、日本経済は勢いを失い始めたように見えます。
・ましてや、消費税を10%に上げるようなことは、絶対にやるべきではありません。
・中国経済では、日本でのバブル崩壊よりはるかにひどい状況になる可能性が高い。そうなれば、日本経済への影響もあるでしょう。
<中国との戦争はゼロではない――クルーグマン>
・さらに大きなリスクは、中国が戦争に踏み出すことです。そのことも考えておく必要があるでしょう。そうなったら、隣国である日本にとっても他人事ではなくなります。それどころか、日本と中国がことを構えるということになれば、まさに悪夢となります。
ただ、現在の世界情勢を考えると、その可能性も決してゼロとはいえません。
<中国は「次のロシア」か――クルーグマン>
・中国では、経済発展の犠牲になった地方出身の労働者によるデモが頻繁に発生しています。デモが暴力を伴う騒乱になることも少なくありません。こうした民衆の鬱憤が共産党政権を揺るがす可能性が高いのです。
そのため共産党が民衆からの支持を得ようとするなら、太平洋のどこかにちょっかいを出す可能性もあるのではないでしょうか。敵を設定し、それと戦うことによって、国民をまとめ上げようというわけです。
これまでにも、中国は小規模な紛争を演出して、アピールの手段にしています。しかし、紛争が小さなもののままで終わらない可能性も出てくるかもしれません。
・再びアベノミクスに関して述べれば、世界中がそれに注目していますし、みんなが成功するように声援を送っています。
<「天動説」を変えない学者たち――浜田>
・東大や京大や阪大のほとんどの学者は、金融政策のことを話すときに、金融政策は効かないという「天動説」を変えませんでした。つまり太陽が地球の周りを回っていると思いこんでいたのです。
大げさにいえば、私はガリレオ・ガリレイの心境でした。
・とはいえ、これは成功させるのが非常に難しいやり方であります。おカネを刷って国債を買うだけでは限界があるのも確かでしょう。私はアベノミクスが奏功する確率は半々だと思います。
<ワインと国債の格下げの関係――浜田>
・このように国債の格付けは、ワインのものと同じように、客観的な基準によるものではなく、政治的な思惑にも影響されます。ですから、それほど気にする必要はありません。
・しかし実際には、日本の債務危機に賭けて大損した人も多いのです。まず、日本は純負債がそこまで多いわけではありません。借金を抱えていると同時に、政府には莫大な資産、特に金融資産がありますから。
日本がデフォルトしないのは、自国の通貨が不足することがないからです。借金は円なのですから、円を刷ればいいだけの話なのです。
・もし、私が日本国債を格付けするなら、AAAです。アメリカと同じように、自国の紙幣を刷ることができる国には、デフォルトリスクがありませんから。
<日本政府が持つ莫大な金融資産――浜田>
<日本の対外純資産は世界1――浜田>
・加えて日本は、官民を合わせて見ると、世界で最も多くの対外資産を持つ純債権国です。日本の対外純資産は2014年末時点で366兆円。24年連続で世界一となっています。ですから、ギリシャ問題のような経済危機が起きると、世界の投資資金が円に集まり、円高が発生するのです。
それが示しているのは、円がユーロよりもアメリカ国債よりも信用があるということ。
・格付け会社と違って、投資家や市場参加者は、自分たちのおカネを懸けて勝負しています。どちらが信用できるかは自明のことでしょう。
<フランスよりもずっと低い国債の利払い――浜田>
・また国債の利払いも、2015年度予算で10.1兆円ですから、歳出全体の10%強……これは、アメリカ、イギリス、ドイツの7~9%とほぼ同じで、フランスの15%よりもずっと低い数字です。
・もし増税をするのであれば、同時に金融緩和という援軍も必要になってきます。
消費税が上がって最も苦しむのは誰か。低賃金、低所得、低年金生活者です。生活必需品は税を免除する、あるいはマイナンバー制を活用して生活困窮者に戻し税を支払うなど、所得分配上の配慮も必須でしょう。
<海外で撒き散らされる嘘の正体――浜田>
・にもかかわらず、「日本は消費税の増税をしなければ財政破綻してしまう」といってはばからない人たちがいるのは問題です。
それを日本国民にだけでなく、世界中でいいふらしている。そのために、海外にも日本の財務状況が非常に悪い状態だと信じてしまっている人がいるのです。自国のことを自ら悪くいうのは、日本だけではないでしょうか。
・黒田氏は、金融政策については素晴らしい総裁です。ですから批判はしたくないのですが、こと税の話になると、財務省主税局のDNAが垣間見えるような気がします。
<中小企業にもプラスとなるTPP——浜田>
・TPPによって、輸出産業が活発化する可能性は大いにあります。一方で、懸念があるのも事実です。
たとえば、ほぼすべての関税が撤廃されることによって、中小企業の製品や農作物は安価な輸入品に押されてしまうのではないかという懸念………確かに、こうしたマイナス面が考えられるのも確かですが、同時にプラス面も考えることができます。
<TPPと「新三本の矢」は起爆剤――浜田>
・アベノミクスの根本を形成するものは金融政策にありますから、金融緩和は続けなければなりません。そうして実現するのが、「GDP600兆円計画」です。
また、人口減を最小限にとどめたうえで、「1億総活躍社会」を作ることも必要です。
さらに最初の「三本の矢」では注意が欠けていた、低所得者層への労りも非常に重要となりますが、「新三本の矢」では、「夢を紡ぐ子育て支援」や「介護離職ゼロ」も謳っています。
「新三本の矢」とは、最初の「三本の矢」がうまく機能したとき射る矢なのですが、TPPと相まって、日本経済を活性化させる起爆剤となるでしょう。
<インフレ・ターゲットは4%で――クルーグマン>
・しかし、インフレ・ターゲットは2%ではなく、4%がいいと考えています。この主張が誤解されて、2015年秋、私がアベノミクスに悲観的な立場をとるようになったと報道されてしまいましたが、私の真意は「実際に2%というインフレ率を達成しようとするなら目標は4%に設定するべきだ」ということなのです。
というのは、そこには私が「臆病の罠」と呼んでいるリスクがあるからです。
<円安の効果には時間がかかる—―クルーグマン>
・アベノミクスによる大きな成果の一つは、大幅な円安である。アベノミクスは以前、日本のメーカーは、円高すなわち円の過大評価に苦しめられてきました。しかし円安になったことで、かなり競争力が付いたのではないでしょうか。
<日銀主流派が呼ぶ「黒い日銀」「白い日銀」とは――浜田>
・そもそもアベノミクスが登場する前、日銀は「経済には金融政策は効かない」「デフレのままでいい」という、世界の経済学の常識からかけ離れた考え、すなわち「日銀流理論」に支配されていた。そうしたかつての日銀主流派は、アベノミクスの登場によって旧主流派となった。いまは雌伏の時を過ごしているが、いざとなったらまた表舞台に出てこようとしているのだろう。
そして、再び「日銀流理論」で日本を動かす、そういう願望を持つ人たちにとっては、「アベノミクスを後押しする浜田のパーティーに出席した」ということがマイナスの実績になってしまう。そういう憶測をする人もいた。
<中国経済の決定的な欠陥――浜田>
・私は中国経済についての専門家ではないのですが、現状の中国は、人々を有効に働かせるインセンティブがある社会ではないので、その行く末には危ういものを感じています。
<経済成長の「芸術的な値」とは――浜田>
・「かつてのソ連がそうであったように、社会主義国では、メンツが重視される。そのため、統計数字の割り増しは日常茶判事。経済学における数多くの研究も、社会主義国の統計があてにできないことをとっくに明らかにしている。当然、中国のGDP統計も到底信じられない」
<中国は実際にはマイナス成長か――浜田>
・しかし日本を見てみると、2012年から約50%も円安が進んでいます。つまり、中国が行ったようなレベルでの切り下げでは効果が薄いと考えられるのです。
中国が本当にやるべきなのは、完全変動相場制への移行です。ただ、そうなると中国の人民元はドルに対して現在よりも大幅安になってしまいます。そうなると、アメリカとの経済摩擦も激化することになる。中国の指導者は、それに対応できるかどうか分からず、勇気がないのかもしれません。
<待っているのはバブルの完全崩壊――クルーグマン>
<北京の高級ホテルで電話が通じない理由――浜田>
・まず驚いたのは、高級ホテルでも電話が通じないことがある、という事実です。アメリカの友人は、「もしかしたら電話が盗聴されているのではないか」と心配してくれました。私はそれほど「危険人物」ではないと思うのですが、安倍首相の参与を引き受けているので、盗聴に値するのでしょうか。
また、私が北京の高級デパートで使ったクレジットカード番号が、何と翌週には、ニューヨークのブルックリンの中国系スーパーで、別人によって使われそうになったという驚くべき事実もあります。おそらくスキミングでカード情報を抜き取られたのでしょう。
知的所有権も含め、商業モラルは地に落ちているというしかありません。
<中国はいまだ「かなり貧しい国」―—クルーグマン>
・つまり中国は、いまだに「貧しい国」なのです。それも、かなり貧しいといえるでしょう。経済規模で日本を上回ったとされるのも、人口が日本の10倍だからです。
PPP、すなわち購買力平価も重要な指標でしょう。これは、ある国である価格で買える商品が、他国ならいくらで買えるかを示す交換レートのこと。このPPPを見ると、その国がどれくらい貧しいかが分かります。
逆にいえば、PPPを見なければ、中国が実際にはどれだけ貧しいかが分かりません。
『日本の論点 2016~2017』
大前研一 プレジデント社 2015/11/13
<「事実」と「論理」の積み重ねから結論を導き出せ!>
<「言わぬが花」の美徳は世界では通用しない>
・これからも欧米との付き合いは続くし、中国やインドなどの新興大国も西洋思想に馴化してくる。それらの国々と対等に渡り合うためには、数学や英語、理科、社会などの科目と同等以上の、最重要科目と位置付けて論理思考の教育に取り組んでいくべきだと私は考える。
<前提となる事実を間違えては三段論法が成り立たない>
・アベノミクスが景気浮揚効果を発揮しないのは、安倍首相と取り巻きの経済アドバイザーたちが100年前のケインズ経済学を前提に戦略を立てているからだ。
お金をバラまいて金利を安くすれば借り手が山のように現れて、消費や設備投資に回されて景気が良くなるというのは大昔の話で、今はどれだけお金をバラまいても日本経済に浸み込んでいかない。年利1.5%の住宅ローンさえ借り手がいない。
マネーサプライや金利政策が有効に機能するケインズ経済学は、一国でほとんど完結する閉鎖経済を前提にしている。今は開かれたボーダレス経済の時代であって、金利の安い国から金利の高い国へお金が流れていく円キャリー、ドルキャリーのようなことが平気で起きる。
ケインズ経済学では金利を高くするとインフレを抑制する効果があるはずだが、今や金利を高くすると世界中からお金が集まってくる。ボーダレス経済ではケインズ経済学とは真逆の現象が起きるのだ。
<積極的平和主義は新しい世界観ではない>
・私は憲法をゼロベースで書き直すべきとする「創憲」派で、自分でも憲法を書いている(詳しくは拙著『平成維新』の「日本の国家運営の新理念」というチャプターを読んでほしい)。70年前につくられた現行憲法は不備が多く、体系的にもいびつで、フレームワークがない。先進国になった日本の実情に噛み合っていない箇所も多い。
安倍首相が目指しているような「改憲」、もしくは公明党的な「加憲」(現行憲法に環境など新たな理念を加える)では、アメリカをはじめ世界の理解を得るのは難しい。
・日本は世界貢献のアピールがうまくできていない。同じお金を出すにしても、日本国民が納める税金の何%かを日本以外のために使う「世界タックス」としてアピールすれば、世界から好感される。過去を振り返るのは程々にして、日本の世界観を発信すべきだ。
<アベノミクスのまやかしは見透かされている>
・人気取りの経済政策で行き詰まり、憲法改正が封じられては打つ手なし。
・「憲法改正が封じられると、安倍政権に次のアジェンダは見当たらない。次のアジェンダが打ち出せない政権は、詰んでいるに等しい生きる屍、ゾンビのようなもの」
<ウィキペディア化してしまった首相談話>
<安倍政権のアジェンダは多すぎる>
・政治の世界には「一内閣一仕事」という言葉がある。一つの内閣がやり遂げられる仕事はせいぜい一つ、という意味だ。佐藤内閣の「沖縄返還」、田中内閣の「日中国交正常化」、中曽根内閣なら「国鉄分割民営化」、竹下内閣は「消費税創設」、小泉内閣でいえば「郵政民営化」といった具合。
その伝で言えば、安倍政権のアジェンダは一つの内閣としては多すぎる。20年続いたデフレを反転させただけでも拍手喝采なのに、消費税増税、集団的自衛権行使容認と安保法制、大詰めを迎えているTPP交渉、拉致問題の解決、ロシアとの領土交渉、いずれも大仕事である。
・第1次政権、第2次政権、第3次政権を通じて国民投票法を制定して憲法改正の道を開き、さらには選挙権年齢も18歳に引き下げる道筋も示したのだから、それだけでも一内閣の功績としては十分評価できる。
<人の消費意欲が極端に低下する「低欲望社会」>
・私が以前から指摘しているように、安倍政権の経済政策では日本経済は上向かない。なぜならアベノミクスは20世紀型の経済政策だからだ。
日本は「低欲望社会」という未曽有の状況にあって、消費意欲が極端に低下している。家もクルマも家電も欲しいという高欲望社会を前提にしたケインズ経済的な金融緩和を行っても、個人消費も企業の設備投資も刺激されない。政府が市中に投じたGDPの約半分の巨額な資金はほとんど日本経済には吸収されてないのだ。その金がどこへ行ったかといえば、貸出資金があり余った金融機関がアメリカの会社を次々と買っている。
要するに円が暴落したときのリスクヘッジとして、すでに300兆円ぐらいをドルベースの資産に切り替えているのだ。三本目の矢の成長戦略にしても、お目こぼし特区をつくったり、地方創生で1000億円程度のしみったれた金を地方にバラ撒いているようでは、効果はまったく期待できない。
こうしたアベノミクスのまやかしが国民に見透かされつつある。ちなみに当初、アベノミクスがうまくいっているように見えた理由は、新政権の誕生でデフレに終止符が打たれるかもしれないという期待感で、1600兆円の個人資産の一部が市場に出てきたからにすぎない。つまり、私が提言している「心理経済学」の典型的な事例である。
<日本経済を立て直す政策はこの3つだ>
・憲法改正が封じられると、安倍政権に次のアジェンダは見当たらない。今さら魔法が解けたアベノミクスでもなかろう。次のアジェンダが打ち出せない政権は、ももはや詰んでいるに等しい。与野党に有力な対抗馬がいない状況でありながら詰んでしまったということは、安倍政権は生きる屍、ゾンビのようなものだ。
本気で日本経済を立て直そうとするなら、低欲望社会の問題解決に取り組むしかないのだが、その場合、三つぐらいの非常に際立った政策が必要になる。一つは移民政策であり、二つ目は少子化対策。安心して子供を産み、育てられるような社会をつくること。そして三つ目は教育改革。もう一度、世界で戦えるような気概とアンビション(大志)を持った人間を育てることだ。
この三つの政策が回らない限り、日本の再活性化はありえない。しかし、今のところ安倍首相のアジェンダには入っていない。本来ならポスト安倍を狙う人たちがそうしたアジェンダを明確に打ち出して対抗すべきなのだが、どこからも聞こえてこない。三年の新たな延命を達成した安倍総理ではあるが、これ以上アジェンダを増やさないで少なくとも一つ、何か成果につなげてもらいたいものだ。
・本気で日本経済を立て直すなら、「移民政策」「少子化対策」「教育改革」の三つの政策を回し、低欲望社会の問題解決に取り組むしかない。安倍政権は一つの政権としてはアジェンダが多すぎる割には、アベノミクスのまやかしが国民に見透かされつつあるうえ、本丸の憲法改正も封じられかねない。せめて日本経済立て直しの前提となる三つの政策のうち、少なくとも一つは成果につなげてもらいたい。
<目を覚ませ!年金制度はもう破綻している>
<年金や貯金があるから安心―という発想では生き残れない>
・「日本の経済成長率、サラリーマンの昇給率、子供の出生率、そして運用利回り―これらの前提が全部間違っているのだから、制度が成り立つわけがない」
<あまりに甘すぎる年金の制度設計>
・勘違いしてはいけないのは、国民のために少しでも年金の運用効率を高めようという発想から運用比率が見直されるわけではない、ということだ。そもそも年金についてマジメに考えている政治家や役人は過去にも、そして今現在も、いないと思ったほうがいい。
・今から15年ほど前、2000年くらいに、国の年金政策に関わっている御用学者と議論をしたことがあるが、当時からとんでもないことを言っていた。4%の経済成長が持続して、サラリーマンの定期昇給も年4%、少子化に歯止めがかかって出生率が2.0まで回復する―—。そういう前提のうえで5%の運用利回りが確保できれば年金が回るように制度設計している、と胸を張るのだ。
1990年代の経済状況の推移や少子化の進展具合から考えて、あまりに想定が甘すぎる。これでは国民を欺くようなもので、本気で年金制度を維持するなら支給年齢を引き上げて、支給額を減らし、保険料を高くするしかない。私がこう指摘すると、そこはいじりたくないというのだ。
結局、失われた20年を経た今も日本経済は低成長、もしくはマイナス成長に喘ぎ、定期昇給は昔話になった。出生率は子供二人など夢のまた夢の1.41。年金資産の実質的な運用利回りは1.7%程度だ。
前提が全部間違っているのだから、制度が成り立つわけがない。一昔前に5000万件の年金記録の記載漏れが発覚して「消えた年金記録」と大騒ぎになったが、年金制度の破綻を問われたくない役人からすれば、年金記録はもっと消えてほしいところだろう。公務員には恵まれた共済年金があるし、政治家にも手厚い議員年金がある。こちらは株式や外債の運用比率を増やすとは言っていない。下々の年金問題なんて他人事なのだ。
・一方、勤労者の代表たる組合は年金問題をもっと突き上げていいはずだ。しかし、総評系などは大企業の組合ばかりで、大企業は企業年金が充実している。要するに国民年金をもらう人たちを代表する組合がないのである。
<「大前流」老後のお金サバイバル術>
・結論を言えば、「老後の資金は自分で準備するしかない」。政治家や役人が牛耳って、政策の失敗を誤魔化すために株を買い込ませたり、外債を抱え込ませる年金ファンドに虎の子を預けるのはやめたほうがいい。地雷を踏んで一発で即死する危険性がある。
国任せにしないで、年金は自衛すべきというのが私からのアドバイスだ。「年金は社会保障」と決めつけて公的年金制度に依存するリスクは、日本の債務状況と人口減時代の進行を考えれば、今後、確実に高まってくる。
・老後資金自分で準備するものと心得よ。たとえば、土地や生活必需品関連の株なら国債が暴落してもそれほど価値は下がらない。外貨はなるべく資源国で財政規律のいい国の通貨を選ぶ。ゼロから始めるなら、給料半分を外貨預金に充てるくらいの気持ちで。