UFOアガルタのシャンバラ 日本は津波による大きな被害をうけるだろう

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この祭りは、海外で“Utamaro Festival”として有名でね。毎年BBC、ロイター、フランスの国営テレビなど、世界中のメディアが取材に来るんだよ。世界でも珍しい祭りなんだろうね。(1)

 

 

『大人の探検 奇祭』

杉岡幸徳   有楽出版社   2014/8/10

 

 

 

奇祭の旅への誘い>

日本には、恐るべきことに、30万もの祭りが存在すると言われています。これは神社本庁の調べです。それは、我国が八百万の神のいる多神教風土だからです。神が多い分、それを祀る祭りも多くなるのです。一神教のキリスト・イスラムユダヤ教文化圏には、ここまで多くの祭りは存在しません。

 

<杉;杉岡幸徳(作家・奇祭評論家)、担;担当・鈴木(本書の編集担当)>

 

おんだ祭   天狗とおかめがベッドシーンを……奈良県飛鳥坐神社

<――「じじい」が来りて尻を打つ>

杉岡と鈴木、奈良県明日香村の中を歩いている。>

仮面の男、何も言わず立ち去る。

(杉)あの男は「じじい」(翁)と呼ばれていてね、ああやってこの祭りを見に来た人のお尻を叩くのを生業としているんだよ。

 

――正統的かつ奇怪な田植えの儀式

二人、明日香坐神社の境内を通り、拝殿の前に辿り着く。>

・そのうち、拝殿に神官が現れ、農作物をお供えし、厳かに祝詞を唱える。その後、翁と天狗と牛に扮した男が現れ、田植えの動作を無言で披露する。牛は、時々寝転がって仕事を怠けたりして、観客を笑わせる。

 

(担)あ、田植えが終わりましたね。今度は天狗と翁、それとお多福さんが出てきました。三人で並んで座っています。微笑ましい光景ですね。

(杉)結婚式だよ。天狗とお多福が結婚し、翁が仲人というわけさ。さあ、これからが祭りの本番だよ!

 

天狗、いきなり立ち上がり、股間に竹筒をあて、何度も執拗に回転させる。

(杉)男性器に見立てた竹筒から、精液に見立てた酒を出しているんだね。

 

<――絡み合う天狗とお多福、そして翁

・天狗とお多福、神主の前から立ち上がる。お多福が拝殿に寝転がり、天狗が覆いかぶさり、腰を振り始める。

 

(杉)これが「おんだ祭り」のクライマックス、「種つけの儀」さ。

 

<――子宝成就!股間を拭いた「拭くの紙」>

・天狗の腰の動きが止まる。コトが終わったらしい。お多福がよろめきながら立ち上がる。

 

――農業は、セックスだ ⁉

・祭りが終わり、観客は三三五五帰っていく、杉岡と鈴木は境内の石の上に腰かけている。

 

(杉)僕は本当のことしか言わないよ。これこそ、正統的で古式ゆかしい御田植祭なのは間違いない。昔の日本人は、農作物の繁殖(五穀豊穣)と人間の生殖(子孫繁栄)を同一視していた。だから、農作を祝う祭りには性的要素がつきものだったんだよ。例えば、農作を祈願する愛知県の田縣豊年祭には、巨大な男性器の神輿が出てくるし、各地の田遊びでも、性交を演じたり、遊女が田植えに参加したりしていたんだよ。それと、こんな決定的な絵もある。(カバンの中から1枚の絵を取り出す)

 

・(杉)江戸時代に描かれた田植えの絵さ。これなんか、田植えとセックスが結びついていることを見事に表現したものといえるね。それと、実は、農耕とセックスが結びついているのは、実は日本だけじゃないんだよ。これは世界的な現象なんだ。例えば、中央アメリカのビビル族は、種まきの前の夜には、夫婦は必ず交わりを持たねばならなかった。ジャワでは、稲の開化の季節に、農民が夜に水田でセックスをする習慣があった。古代ギリシャやローマでも「種子」と「精液」は同じ単語で表現したんだよ。

 

猿追い祭り  猿を追え!しかし追い越すな 群馬県武尊神社

・そのうち、ようやく神官や村人たちが集まってくる。村人は境内の祠に赤飯と甘酒を供えた後、参道をはさみ、東西に分かれる。

 

――ただ、猿を追え!

・村人たちは赤飯を投げ終え、神社の社殿の中に入り、「高砂」「四海波」を歌いはじめる。歌声は、外まで響いてくる。

 

<白装束の男(猿役)が本殿から飛び出してくる。口に半紙を咥え、幣束を手にしている>

・猿は走って社殿の周りを回る。村人たちも走り始める。

(杉)猿を追い越すと凶作になると言われているんだよね。

 

・(杉)この祭りが始まったのは350年ほど前と言われ、起源としてはこんな話が伝わっている。「武尊山麓の猿岩というところに猿がいて毎夜出てきては畑の作物を荒した。そこで村人は困りはて相談した結果、その猿を神様にしようということになった。ちょうどその時、猿が出てきたので村人は猿を追いまわした。これが今のような猿追い祭りになったという」

 

<猿、社殿を三周し、再び社殿の中に姿を消す>

・(主祭神穂高見命、日本武尊

 

牛乗り・くも舞 意識不明の男が牛に乗る  秋田県・東湖八坂神社

――男は、意識を失っていた

・(杉)あの男は、「牛乗り」と呼ばれる存在で、いちおう須佐男命ということになっている。

 

<牛に乗っても、男は目をつむったままである>

<――門外不出の秘儀!その部屋で、いったい何が?>

・神輿に先導されながら、トランス状態の男は牛に乗り、町を練り歩き始める。

 

(杉)周りの人が牛乗りの体を支えているでしょう。あれは、自力では体を起こせないからなんだよね。この「牛乗り・くも舞」は、僕が今まで見た奇祭の中でも、一番奇怪で神秘的なものかなあ。あの牛に乗っている男は、ついさっきまでは正常な意識があったんだ。ところが、さっきの建物の奥に、ある部屋があってね。そこに入れるのはあの男と「牛曳き」と「酒部屋親爺」と呼ばれる人の三人だけ。で、そこである儀式をした後、男は意識を失い、神がかりになっているんだよ。

(担)なんと、それは不気味ですね。その部屋で、どんな儀式が行われているんですか?

(杉)わからない。その儀式は完全に門外不出で、その三人以外は誰も知らず、誰も見られず、誰にも語ってはいけないんだよ。地元の人も知らないんだ。

(担)語ってはいけない儀式ですか ⁉ 恐ろしいですね。そんなオカルトみたいなお祭りが現代日本にあるものですかね  ⁉

(杉)あるから仕方ないさ。もともと祭りとは神秘的でオカルティックなものだけで、これはその中でも飛びぬけて謎に満ちているよね。

 

(杉)この「牛乗り・くも舞」は、東湖八坂神社の「統人行事」の中の一つの行事でね。この統人行事というのがまた、異様なまでに複雑な儀式が延々と1年も続く、不思議な行事なんだ。

 

牛乗りたち、やって来た道を戻り始める。>

(杉)この祭りはね、八郎潟の豊漁と、疫病退散を祈願したものだと言われている。ちょうど季節は夏だし、かつては八郎潟から疫病が発生して人々を苦しめていたんだろうね。

(担)でも、どうしてお祭りに牛が出てくるんですか?

(杉)東湖八坂神社は、須佐男命を祀った神社なんだ。須佐男命と同一視されている神に、疫病の神の牛頭天王がいる。インドの祇園精舎の守護神であったともいわれる神で、その名からイメージされたのかもしれないね。牛がこの地で昔から農耕に使われた身近な家畜だったことも関係があるだろうね。

 

・(杉)不思議な祭りでしょう。これほど奇怪な祭りには、なかなかお目にかかれない。なまはげといい、男鹿半島にはまだまだ不可解な事象が隠されていそうだよね。

 

・(主祭神)須佐男命

 

一夜官女祭り  少女をヒヒの生贄に……大阪府;野里住吉神社

<――この世と別れの盃>

<野里住吉神社から行列が出立する、杉岡と鈴木、後を付いていく。>

(杉)4歳から8歳くらいの女の子が、7人も出てくるんだよ。みんなきらびやかに着飾って、そりゃ華やかなものさ。

 

・行列が当矢の家に到着し、中に入っていく。杉岡と担当も上がらせてもらう。

 

・(担)(同じく声を潜めて)ほんとだ!7人の女の子たちがピンクの綺麗な着物を着て、ちょこなんと座ってますね。可愛い~!

 

・一人の男が、盃に酒を酌み、少女たちに手渡す。少女たち、盃に唇を少し当て、飲んだふりをする。盃は後ろに控えていた男たちにも廻される。その後、少女を交えて、行列は住吉神社に向かって出立する。

 

(杉)この「一夜官女祭り」はね、生身の女性を人身御供に捧げる祭りなのさ。

(担)人身御供!つまりあの女の子たちが生贄ということですか ⁉

 

――なぜ女は生贄になったのか

(杉)こういう言い伝えがあってね。この地域は淀川の河口にあり、かつては近くを流れる中津川が定期的な氾濫を繰り返し、村に恐ろしい凶作と疫病をもたらしていた。「泣き村」と呼ばれるほど悲惨な村だったんだ。ある時、困り果てた村人が占い師を呼ぶと、占い師は「毎年定まった日に処女を神の生贄として捧げよ。そうすれば、水害はなくなる」というお告げを下した。村人は恐怖に打ち震えながらも、真夜中、1本の矢を弓につがえ、放った。その矢が突き刺さった家は、娘を生贄として差し出さねばならないとした。1月19日の真夜中、生贄となる娘を、煌びやかに着飾らせて唐橿(かろうど、4本または6本の脚と、かぶせ蓋の付いた箱)の中に入れ、餅、豆腐、干し柿、鯉、鮒などの供え物と共に、次の朝、村人たちが慄きながら池のそばまで行くと、唐橿(かろうど)は破られ、もはや娘の姿はどこにもなかった。辺りには添え物が食い荒らされていた。そしてその年は、不思議にも中津川の氾濫はなく、五穀も豊かに実った。村人たちは、神が娘の生贄に満足してくれたのだと思った。

 

・(杉)ところが、この人身御供が始まってから7年が経ったある日、1人の旅の者がこの村に現れた。旅人は村人からこの話を聞いて不審に思い、「それは妙な話だ。それなら、今年は拙者が生贄になろう」と言い出した。そして自ら娘の服を着て、唐橿の中に入り、龍の池まで運ばせた。

・(杉)夜が明け、村人たちが恐る恐る龍の池まで行くと、唐橿は破られていた。しかし、旅の者の姿はどこにもなかった。ただ、周囲におびただしい血が流れていた。村人たちが、点々と続く血の痕を追っていくと、それは隣の申村まで続き、そこには1匹の狒々(サルを大型化したような姿をしており、人間の女性を襲う)が血まみれになって息絶えていた。「神」の正体とは、これだったたんだ。そして、この旅人こそ、武者修行中の剣豪・岩見重太郎(安土桃山時代から江戸時代初期に活躍した剣豪。諸国を放浪し、天橋立で父の仇を討ち、各地で狒々や山賊を退治したことが講釈や立川文庫などで語られている)だったという。この祭りは、この悲劇を後世に伝えるために、娘たちの命日を祭りの日として始められたと言われているのさ。

(担)そう言えば司馬遼太郎の小説のタイトルにもありましたよね。まさか実在する村での出来事とは……。でも、その話はどこまで本当なのでしょうね?

 

――揺さぶられる女の魂

・行列が野里住吉神社の社殿に入っていく。「人見御供神事」が始まる。神官による祝詞の後、巫女たちが舞いを舞う。

・(杉)さっきも言ったように、この地域は淀川の河口にあり、近くに多くの支流が流れている。太古に、人々が洪水に苦しめられ、それを鎮めるために、人間を人柱にしたということはありうるだろうね。さっき、旅人が狒々を成敗したと言ったけど、戦前までは「蛇」を成敗したと言われていたんだよね。蛇は、しばしば大河の象徴と見なされることがある。それと、もう一つの解釈がある。

(担)どんな解釈ですか?

(杉)蛇は、男性器の象徴だという解釈だ。実はこの祭りは、江戸時代には「一時上臈」とも呼ばれていたんだ。「上臈」というのは「遊女」という意味もあるんだよね。かつて、日本のいくつかの地域では、村に迷い込んできた旅人(マレビト)に、一夜妻として女を差し出す風習があった。数少ない村人たちだけで交わり続けると、血が濃くなってしまうから、外部から新しい血を入れる必要があっあんだ。マレビトはしばしば「神」として扱われたから、この祭りは、一夜妻の風習の痕跡を留めたと見ることもできるんじゃないかと思うんだけど。

 

・(主祭神住吉三神神功皇后

 

性の祭り――かなまら祭り 女装者たちがピンクの男性器の神輿を担ぐ  神奈川県・金山神社

――これは公然猥褻か?

杉岡と鈴木、京急大師線川崎大師駅の改札口から出てくる

 (担)私、この駅で降りるの初めてですよ。すごく外国の方の多い街ですね~。

(杉)いや、ここは普段は普通の街だよ。祭りの日だけ、世界中から外国人が押し寄せるのさ。

(担)そんなに世界的なお祭りなんですか?

 

<二人、若宮八幡宮の境内に入っていく。>

(担)すごい人出ですね!ラッシュ時の新宿駅なみです!半分くらいは外国の方だし、何やら露店も無数に出てて、訳がわからないですね…。あ、あれは ⁉

(杉)これが、今日見に来た「かなまら祭り」のエリザベス神輿さ。

(担)こんなの表に出していいんですか?モロにあれの形ですよね?しかも色はショッキングピンクに光り輝いている……。

 

・(杉)そう、東京の浅草橋に「エリザベス会館」という女装クラブがあってね、あの神輿はそこが神社に寄進したものなんだよ。神輿を担ぐのも、エリザベス会館の女装愛好家ばかりなのさ。

 

(担)なんなんですか、この掛け声は ⁉ほとんど放送禁止じゃないですか!

 

巫女が神前で優雅な舞いを舞い、神主が神輿の前で祝詞を唱える。>

――全世界から注目の奇祭

・エリザベス神輿、街を練り歩き始める。相変わらず女装者は「でっかいまら、かなまら!」と叫んでいる。男性器の神輿はほかにも二基ある。杉岡と鈴木はその後を付いていく。

 

(担)それにしても、すごい観客ですねえ。半分くらい外国人ですよね?みんなカメラやビデオで撮影しながら、大騒ぎ、それにしても、ものすごい人で…………ううっ、どんどんもみくちゃに……。

 

・杉岡、踊りの様子を撮影しながらスイスイと人混みをかき分けて行く。

・(杉)この祭りは、海外で“Utamaro Festival”として有名でね。毎年BBC、ロイター、フランスの国営テレビなど、世界中のメディアが取材に来るんだよ。世界でも珍しい祭りなんだろうね。

 

・(杉)まず、若山八幡宮の中にある金山神社の祭神は、ふいごの神でもあるんだ。ふいごの動きが男女のセックスを連想させるという理由から、性の神でもあるんだよ。江戸時代、この辺りに東海道五十三次川崎宿があってね。そこには「飯盛り女」という名の娼婦がいたんだ。彼女たちは、劣悪な環境の中で働かされていた。だから、桜の咲く季節に、梅毒などの性病除けと商売繁盛を祈願して、神社の境内にゴザを敷き、神社にあった男性器の奉納物を持ち出し、卑猥なしぐさをして遊んだ。これが、かなまら祭りの起源とされている。その後、祭りは忘れ去られていたが、1970年代に女装クラブの「エリザベス会館」が、あのピンクの神輿を寄進して、現在の祭りが始まったのさ、今でも性病除けの祭りとされている。

 

昔は男が女装、女が男装する祭りは結構あった

(杉)今でも女装する祭りは、神奈川県のお札まき、山梨県のおみゆきさんなど、ちらほら残っている。

 

――虐げられた者に桜の降りかかる

・エリザベス神輿、街を元気にピストンした後、若山八幡宮の境内に還っていく。

(担)桜が輝いてますねえ。さっきはよくわからなかったけど、ものすごく露店が出てますね!しかも、ほとんどがエッチなグッズじゃないですか!男性器の形をしたチョコやキャンディ、オブジェ、「万古」「金玉」という名前のお酒、四十八手を描いた手拭いとか……。変な被り物をした人もいます。まるで出張秘宝館のようですね。

 

・ゴザの上に、先ほどの女装者たちが集まってくる。そして酒を飲み、料理を食べ始める。

 

奇妙かつ不可解な祭り

キリスト祭り  キリストの墓で盆踊り   青森県新郷村

――まさかいきなり青森の奥地で十字架に遭遇するとは

――キリストは日本で死んでいた

・担;先生がこのあいだ「キリストの墓が日本にある」なんて仰るから、頭ごなしに「ありえない」と言ったのは謝りますよ。でも、まさか本当に青森まで来ることになるとは………!

 

・杉;それは聖書に書かれている物語だよね。だが、本当は違うんだ。十字架に架けられて死んだのは弟のイスキリであり、キリストは実は生き延びていたんだ。イエスはその後、世界を放浪し、今の青森県八戸港から日本に上陸した。そして「八戸太郎天空」と名を改め、戸来村(現・新郷村)に居を定めた。彼は山に住み、「天狗」と呼ばれて恐れられた。ユミ子という妻を娶り、三人の娘を残した。そして、西暦81年に118歳でこの世を去り、村に葬られた。それが、僕らが今見ている「キリストの墓」なのさ。

 

・杉;今の話は、高名な超古代文書『竹内文書』に書かれているんだよ。歴史にはいろいろな見方ができることはわかるよね?さらに、こんなことも言われている。戸来とは「ヘブライ」の訛ったものだ。この村では、生まれた子供を初めて外に出すとき、額に墨で十字架を描く習慣がある。足が痺れたとき、人差し指に唾をつけて十字架を3回描くと治ると村では言い伝えられている。また、この地の沢口家の人々はキリストの子孫と言われ、代々赤ら顔で彫りが深い。そして沢口家の家紋は、ダビデの星にそっくりなんだ。これら全てがこの村とユダヤとの深い結びつきを示しているのさ。

 

・(竹内文書竹内巨麿が祖父より譲り受けたという、世界の歴史や太古の天皇家を記した古文献。原本は焼失。これによると、古代の天皇は天空浮船(あめのうきふね)という乗り物で世界中を飛び回り、キリスト、マホメット、モーゼ、釈迦、孔子などはみな日本に留学に来たという。

 

――ヘブライ語で盆踊り

キリストの墓の前で、祭壇が作られ始める

浴衣を着た女性たちがキリストの墓の周りに集まり、唄い、踊り始める。

♪ナニャドヤラ、ナニャドナサレノ、ナニャドヤラ……

・担;盆踊りの唄でしょうか。でも、何を言っているのか意味がわからないですね……。

・杉;わからないでしょう。実は、この歌は、現地の人にも意味不明なんだよ。だから、ヘブライ語の歌だという説があるんだ。

・担;は⁈ヘブライ語の盆踊り唄が青森に⁈

・杉;そう。川守田英二という神学者が、この唄をヘブライ語として解釈している。「御前に聖名をほめ讃えん 御前に毛人を討伐して 御前に聖名をほめ讃えん」という意味らしい。

 

・杉;実は、この唄はこの村だけで唄われたものではなくてね、南部地方で広く唄われているものなんだ。民俗学者柳田國男は、この唄は方言の崩れたものだとして、「何なりともせよかし、どうなりとなさるがよい」という、祭の日に女が男に呼びかけた恋の唄だと解釈している。もともと盆踊りとは死者を供養するほかに性的乱交の場という機能もあったんだよ。だから、こちらの解釈のほうが当たっているかもしれないね。

・担;なんと、盆踊りにそんな意味が⁈

 

ナニャドヤラの踊りが終わり、女性たちが解散し始める

・杉;この近くに、「エジプトのピラミッドより古いピラミッド」が存在するんだよ。大石神ピラミッドと言ってね。そもそも、日本にはエジプトのものより古い、数万年に造られたピラミッドが7基もあるという説があるんだ。その1つが、うまい具合に近くにあるから、ぜひ見に行こう!

 ・(主祭神イエス・キリスト

 

こじき祭り  岐阜県加茂郡  県神社

・杉;ここではね、乞食が「神」なんだよ。この祭りは、乞食を崇拝する祭りなのさ。

 

・杉;それにはね、聞くも涙の物語があるんだよ……。昔、この土地を恐ろしい旱魃が襲った。雨が全く降らなくなり、作物が育たなくなり、村人は飢えに苦しんだ。そんな時、一人のみすぼらしい乞食が忽然と村に現れ、神社の縁の下に住み着き始めた。この村人たちは貧しいながらも親切な人々だったので、食うや食わずの生活を送りながらも、乞食に施しを与えた。するとそのうち、雨が降り始め、田畑は潤い、作物が育ち始めた。村人たちは飢餓から救われた。そして誰ともなしに言い始めたんだ。「ひょっとして、あの乞食は神の使いじゃなかろうか。あの乞食のおかげで雨が降り始め、わしらは救われたんじゃなかろうか」村人たちは乞食にお礼を言いに行こうとしたが、その時すでに乞食の姿はなかった。その後、二度とこの乞食の姿を見たものはなかった。それ以来、村人たちは乞食を神の化身と信じ、乞食を崇め奉る祭りを始めたというわけさ。

 

・杉;祭り自体は江戸時代の中期に始まったと言われているから、その頃の出来事じゃないかな。

 

・杉;「マレビト信仰」は国文学者の折口信夫が提唱した概念でね。日本には昔から「外部からやってくる異人が幸福をもたらしてくれる」という考え方があったんだよ。男鹿半島のナマハゲなんかがそうだよね。だから共同体から外れた乞食という存在が神としても崇められても、必ずしも不思議ではない。

 

・杉;ただ聖と賤は表裏一体でね。愛と憎しみがコインの裏表であるようにね。こういう「マレビト」たちは、尊敬され、崇められると同時に、軽蔑され、憎まれる対象でもあったんだ。旅人なんかが村に迷いこんできたりしたら、崇拝されるどころか、捕まって殺されてしまうこともままあったのさ。

 

神ころばしと七五膳  静岡県 若宮八幡宮

3年に1度行われる奇祭。ミノムシ男がひたすら転ぶ

・上半身裸の男たちが、ミノムシ男の周りを固める。ミノムシ男はもみくちゃにされながら境内を疾走する。

 

――「小糠三合持ったら婿に行くな」

・杉;昔は「小糠三合持ったら婿に行くな」と言われてね、入り婿は凄まじい苛めにあったんだよ。かつての日本の村では、「女は村の男の共有財産」という考え方があっから、外部から来て、村の女を奪ってしまう男は、壮絶な嫉妬と苛めに晒されたんだ。例えば、1926(大正15)年に、栃木県芳賀郡清原村で、ある事件が起こってね。その村に入り婿に来た男が、「裸揉み」と称する祭りで、殴る蹴るの暴行を受け、人事不省の重体に陥り、暴力を振るった村人たちは逮捕され、実刑を受けているんだよね。

 

・杉;ただ、これはたまたま刑事事件になった稀有な例だよね。ほとんどが、誰にも訴えることができず、泣き寝入りだったと見ていい。ほかにも、例えば、雨乞いの祭りで、雨乞地蔵を川の中に放り込む。それを入り婿一人に取りに行かせるんだ。婿が必死になって、思い地蔵を抱えて川から上がってこようとすると、村の男たちが水や泥をかけたり、石を投げつけたりして邪魔をする。当然、婿が大怪我をすることもある。今でも、新潟県の松之山温泉には「むこ投げ・すみ塗り」という行事が残っている。これは、その地区の娘を嫁にもらった外部の婿が、崖の上から放り投げられるというものなんだ。まあ、雪が積もっているから怪我をすることもないし、今は「結婚祝いの夫婦の絆を強くするための祭り」ということになっているが、かつては、村の娘を取られた男たちが腹いせにやったとされているんだよね。

 

<『泥まみれの怪物の襲撃 パーントゥ 沖縄県宮古島市島尻』>

 ――輝く島のタブー

タクシーはUターンし、今来た道を戻り始める。

・杉;今回見に来た祭りは、「パーントゥ」と言ってね。パーントゥというのはこの島のことばで「妖怪・化け物」という意味なんだが、そのパーントゥが誕生する井戸、ンマリガー(生まれ井)という場所を目指していたんだ。しかし、ンナリガーでパーントゥが誕生する瞬間は、現地の人以外は見ることが許されないんだ。だから車の通行を拒否され、引き返したというわけさ。

 鈴木さん、さっき君は「南の島は開放的だ」と言っていたけど、実は沖縄のような南の島ほど、タブーが多いんだよ。だいたいtabooという言葉自体、元は南洋のポリネシアの言葉だからね。「アカマタ・クロマタ」って聞いたことある?

 

・杉;そうだろうな。あまりにも強烈なタブーだからね。これは西表島などで行われる祭祀なんだけどね。いまだ実態がよくわかっていないんだ。アカマタ・クロマタ」という神が出現するとされているのだが、よそ者は、まずこの祭りを見せてもらえない。仮に見せてもらえたとしても、写真を撮ることは許されない。メモを取ることも、録音することも許されない。しかも、そこで見たことを一切、外部に漏らしてはならないんだ。ここで密かに写真を隠し撮りした者が、大変な目に遭わされたとも言われているんだよね。

 太陽の光が眩くなればなるほど、影もそれだけ瞑さを増す。明るい南の島だからこそ、隠された何かがあると思っておいたほうがいいよ。

 

――襲いかかる怪物

・担;き、来たって言ってますよ、先生!あっ、不気味な仮面をかぶった化け物が三匹、向こうから近づいてきています。全身ぐちゃぐちゃの泥まみれです!

 

――闇に蠢く妖怪

・闇が濃くなってくる。パーントゥ、野外での男たちの酒宴に招かれ、酒を飲んだ後、男たちを泥まみれにする。また、道行く人にも手当たり次第に襲いかかる。

 

・担;小さな子供たちは、本気でパーントゥを怖がってますねえ。泣き叫んで逃げ回ってますよ。男鹿半島のナマハゲみたい。

 

・杉;伝説では、パーントゥの仮面が、クバの葉に包まれて海岸に流れ着いたことに始まるといわれている。かつては、この地域は街灯もなく、闇も今より深かった。だから、暗闇の中で疾走するパーントゥは、本当に恐怖の対象だったというよ。いつ、どこからパーントゥが襲いかかってくるのか、わからないんだからね。そして、かつては、村の掟を守らない者を襲撃していたというんだ。パーントゥは、地域の秩序や規律を維持する役割を担っていたんだろうね。

 

ヨッカブイ 怪物が子供を袋に放りこんで脅す 鹿児島県・玉手神社

 ・杉;ヨッカブイとは「夜具をかぶる」という意味でね、夜具の綿を抜いて着ているんだ。さらに棕櫚の皮をかぶって顔を隠しているのさ。

 

・二人も幼稚園の中に侵入する。大きな袋を持ったヨッカブイが、泣き叫びながら逃げる子供たちを追い回している。

 

――ヨッカブイと子供、決死の相撲!

ヨッカブイ、子供や女性を襲いながら、神社の中に入っていく。>

・杉;河童が相撲好きだという話は聞いたことあるでしょ?ここでヨッカブイと子供が相撲を取るさ。

 

・杉;これを高橋十八番踊りといってね、これが本来の祭りのメインイベントなんだよ。水難事故から守ってくれる水神(ヒッチドン)を祭る踊りなんだ。歌は変わったけれど、踊り自体は300年ほど前から踊られているそうだよ。

 不気味と言えばね、ヨゥカブイには妙な言い伝えがあってね。祭りの終わった日、夜中にこっそりこの神社に来るとね…。河童たちが密かに相撲を取り続けているという………。

 

 <日本三大奇祭の謎>

何しろ、私の知る限り、「日本三大奇祭の一つ」を自称する祭りは、全国で百近くあるからである。

 三大奇祭というものは、別に文科省ユネスコが認定するわけではない。言ったらもの勝ちなのだ。

 

・古来から「日本三大奇祭」と呼ばれていたのは、鍋冠祭り、縣祭り、鵜坂の尻叩き祭りである。これら三つは、どれも性の薫りが濃厚なものばかりだ。

 

・それから時代が下がり、割と最近まで言われてきた「三大奇祭」には、吉田の火祭り、島田の帯祭り、国府宮はだか祭りなどがある。

 

私なら、現代の日本三大奇祭としては、キリスト祭り、笑い祭り、かなまら祭りをそれぞれ知性、ユーモア、エロスの奇祭の頂点として挙げる。だが、これも近い将来、大きく変動するかもしれない。世界は今、激動の時代に突入しているのである。

 

 

 

もののけの正体』  怪談はこうして生まれた

原田実   新潮社     2010/8

 

 

 

恐怖の琉球――南国のもののけ奇談

アカマタ――魔物の子を宿す

・ある日のこと、乙女が畑に出て芋を掘っていた。乙女が一休みして、また畑に戻ろうとしたところ、岩のうしろから赤い鉢巻をした若者が顔を出してはまたひっこめたのに気づいた。歩こうとすればまた顔を出し、立ち止まればまた隠れる。乙女がその若者の顔に見入って動けなくなっていた時、乙女の様子がおかしいことに気付いた農民たちがかけつけて乙女を畑に引き戻した。

 乙女が見ていた若者の正体は、アカマタという蛇だった。アカマタは誘惑した乙女と情を通じ、自分の子供を産ませようとしていたのだ・・・。このパターンの民話は、沖縄の各地に伝わっている。

 

石垣島の宮良では7月の豊年祭にアカマタ・クロマタという神が現れ、一軒一軒の家を回り祝福していくという(なお、この祭りは秘祭とされ撮影が一切禁じられている)。

  沖縄では同じアカマタという名で、若い女性にとりつく蛇のもののけと、豊作を予視する来訪神の二通りの異界の者が現れる、というわけである。

 

・さて、蛇ににらまれた女性が動けなくなるという話は、本土の古典でも、たとえば『今昔物語集』などに見ることができる。また、蛇身の神が女性の元を訪れて交わるという話は古くは記紀にも見られ、さらに日本各地の伝説・民話などに見ることができる。ちなみに記紀ではその説話の舞台が大和の三輪山(現・奈良県桜井市)の麓とされているため、神話・民話研究者の間ではそのタイプの説話はその三輪山型神婚説話と呼ばれている。沖縄のアカマタの話はその三輪山型神婚説話に発展する可能性を秘めながら中断させられた話とみなすこともできよう。

実は、沖縄にも三輪山型神婚説話に属する類型の話が残されている。

 

・これは江戸時代の琉球王府が正史『球陽』の外伝として、琉球各地の口碑伝承を集めた『遺老説伝』に記された宮古島の始祖伝承の一部である。

 この話に登場する大蛇には、娘が魅入られるという点からすれば憑き物的側面があり、夜に訪れるという点からすれば来訪神的側面もある。この話は、憑き物としてのアカマタと来訪神としてのアカマタの関係を考える上で暗示的だ。

 ところで私はかつて、三輪山型神婚説話の起源について、異なる共同体に属する男女間の婚姻がその背景にある可能性を指摘したことがある。