UFOアガルタのシャンバラ 日本は津波による大きな被害をうけるだろう

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それから19年の歳月が流れ、今度はゴーン自身が絶対権力者となって会社を壟断した。巨大組織はなぜ、同じ歴史を繰り返すのか?(1)

 

日産自動車  極秘ファイル2300枚』

「絶対的権力者」と戦ったある課長の死闘7年間

川勝宣昭   プレジデント   2018/12/20

 

 

 

カルロス・ゴーンがやってくる13年前

・四半世紀にわたって経営を壟断してきた絶対的権力者・塩路一郎に、たった一人で「義憤」の戦いを挑み、少数の同志とともに、23万人の労組体制を倒したサラリーマンがいた。その整地された上に成り立ったゴーン統治。それから19年の歳月が流れ、今度はゴーン自身が絶対権力者となって会社を壟断した。巨大組織はなぜ、同じ歴史を繰り返すのか?

 

・あなたの所属する企業や組織で、道義に反することが行われていた、あるいは、「これはおかしい」と思うことが横行していたら、あなたはどんな行動をとるだろうか。

 わたしの場合、それはトヨタ自動車と並ぶ、日本を代表する自動車メーカー、日産自動車でのことである。

 しょせん、何をやっても変わらないと、われ関せずで傍観している道もあった。家のローンもあるし、子どもの教育費もかかる。波風も立てずに、そのまま働いていれば、一定以上の生活は保障される。

 しかし、わたしはそれができなかった。

 一課長の身で、身のほど知らずにも、立ち上がり、7年間戦い抜き、そして、勝った。

 

極秘ファイル2300枚

・天日で乾かし、丹念にカビをとり除く。30年以上前の記憶が鮮明に蘇ってきた。それは忘れようにも忘れるはずがない。戦いは命がけだったからだ。

 当時、40歳前後で、日産自動車広報室の課長職にあったわたしは、仲間の課長たちとともに、日産に君臨する「塩路天皇」と呼ばれる労組の首領と熾烈な戦いを続けていた。

 その名を塩路一郎といった。日産を中心に系列部品メーカー、販売会社の労働組合を束ねた大組織である日本自動車産業労働組合連合会(自動車労連)の会長の職にあった。

 相手は日産圏の23万人の組合員の頂点に立ち、生産現場を牛耳って、本来ならば会社側がもつはずの人事権、管理権を簒奪し、経営にも介入する絶対的な権力者だった。政界とも太いパイプをもっていた。

 その権力者に戦いを挑むのは、蟻の一群が巨象を倒そうとするようなもので、常識ではとうてい勝ち目はなかった。

 労組に逆らうととんでもないことになり、会社を追放される。だから、長いものには巻かれろ。心のなかでは「おかしい」と感じても、多くの社員がそう思い、押し黙っていた。

 しかし、本当にそれでいいのか。おかしいことはおかしいといいたい。間違っていることは間違ったこととして正したい。

 

ゴーン着任・ゴーン革命・ゴーン逮捕

・(カルロス・ゴーン)の言葉どおり、東京の村山工場など3工場の閉鎖、遊休不動産の売却、2万人以上のリストラ、系列部品メーカーの半減………等々の施策が矢継ぎ早に打ち出された。この再建策は「日産リバイバル・プラン」と名づけられた。

 このリバイバル・プランは、もし、塩路一郎が健在であったならば、労組の猛反発を招き、ストライキに発展してもおかしくないほど苛烈なものだった。しかし、労組はもう牙をむかなかった。

 

・しかし、戦いのあと、久米・辻・塙と三代続いた経営者たちは、うまく経営の舵取りができず、業績は低迷した。莫大な借金を抱えた日産は、ルノーから6430億円の資金注入の支援を得て、再生を図った。そして短期間のうちに再建は成功した。

 ゴーンはV字回復をなし遂げた英雄となり、世界中から賞賛を浴びた。われわれが苦労して整地した土地の上に、立派な建物が建った。

 しかし、19年におよぶ統治のあいだに、「日産のために来た」はずのゴーンが今度は新たな絶対的権力者となり、自ら再建した会社から収奪を始めた。その不正が発覚して日産を去ることになり、同じ歴史が繰り返された。

 

墓場までもっていくつもりだった

・われわれの戦いは、相手方に察知されないよう、徹底して秘密裏に進められた。同志たちと秘密組織を結成し、ゲリラ戦を展開して相手側を内部から切り崩すとともに、“影のキャビネット(内閣)”として会社の表組織を動かし、真正面からの正規戦へともち込んだ。

 秘密組織の戦いであるがゆえに、当然、日産の公式な歴史には登場しない。だから、その記録は公表せず、墓場までもっていくつもりでいた。キャリーケースを軒下に放置しておいたのもそのためだ。

 

日産の異常な労使関係

・塩路一郎、当時、53歳。

 日本自動車産業労働組合連合会の会長として、日産自動車を中心に関連会社を含めた、いわゆる“日産圏”で働く23万人の組合員の頂点に君臨する労組の首領だ。

日産の生産現場を牛耳り、人事権や管理権を実質的に手中に収め、経営陣でさえ、容易に抗えないほどの絶対的な権力を長期にわたってほしいままにしてきた。

 現場の人事権や管理権は本来、経営側にあるのに、労組側に奪われて、経営側は口出しできない。さらに、現場の人事権を介して、労組が経営にも介入するという異常な労使関係が長く続いていた。

 それでも日産は、高度成長期にはモータリゼーションの波に乗り、内部矛盾が表面化することなく、成長を続けることができた。

 

・ところが日産の場合、二重権力構造という異常な労使関係が続いたため、経営基盤ができていなかった。異常であることはわかっていても、長いものには巻かれろの日和見主義が蔓延した経営風土が組織の隅々まで染み込んでいた。

 

塩路一郎は、トヨタをはじめとする日本の自動車会社の労組を網羅し、65万人の組合員を擁する自動車総連の会長でもあった。日産圏の集票力を背景に、労組丸抱え選挙で何人もの代議士を当選させ、政界にも隠然たる力を誇っていた。

 特にこの2年後に内閣総理大臣に就任する中曽根康弘氏とは、太いパイプをもっていた。

 

塩路一郎に逆らうと日産にはいられない

・打倒塩路の活動が、塩路側に露見した場合、どうなるかは妻は知っていた。数年間、社宅生活を続けていたので、奥さん同士の井戸端会議を通じて、組合がいかにこわい存在であるかは皮膚感覚ですり込まれていた。

 妻が辻堂駅からタクシーに乗り、行き先を「日産社宅」と告げると、運転手に「奥さん、日産っていうのは、なんか、組合に逆らったら出世なんかできないらしいね」と話しかけられるほど、社外にも噂は広まっていた。

 われわれが活動を始めてほどなく、「フクロウ部隊」という秘密組織があることを知った。この部隊は、日産の中核工場である横浜のエンジン工場の組合専従および非専従のメンバー十数名で構成されていた。塩路一郎の意向を受けて手足となって動き、“ダーティ”な行為もいとわない裏部隊だった。

 われわれの打倒塩路を目的とした課長組織は、徹底して極秘で活動していたため、まだ相手側には露見していなかったが、わたし自身は日ごろから、塩路独裁体制下の異常な労使関係に批判的な言動をとっていたため、“不良課長”として組合には知られており、すでにフクロウ部隊には目をつけられていた。

 わたしは外出時には、フクロウ部隊による尾行を常に警戒した。

 

・組織操縦、組織防衛の天才であった塩路一郎は、要注意人物の動向は常にチェックしており、この裏部隊以外にも、わたしの周囲にもほぼ特定できる2名の情報連絡員(スパイ)が配置されていた。

 また、塩路一郎による労組支配はすでに20年におよんでいたため、管理職層のなかにも塩路シンパが斑点のように存在し、かなりの数に上っていた。

 したがって、わたしは秘密組織をつくってからは、いっそう、言動や行動に注意しなければならなかった。

 

入社以来、感じた異常さ

社長の目の前で経営者批判

・わたしは1967(昭和42)年に入社した。「この会社はどこか変だ」と感じたのは、1日目、4月1日の入社式の光景だ。

 

・次いで壇上に登場したのが塩路一郎だった。何を話すのかと思うと、会社の祝賀の行事であるのに、舌鋒鋭く経営批判を始めたではないか。川又社長はそれをただうなだれて聞いているだけだ。

 「なんで社長より、労組のトップのほうが偉そうにしているんだ。いったい、この会社はどうなっているのだろう」。その異様な光景は新入社員のわたしに強烈な印象を与えた。

 この入社式は、日産では会社側より、組合のほうが力を有しており、したがって、会社より、組合を大事にしなければいけないという意識を、新入社員に埋め込むための“すり込み”だったのかもしれない。塩路一郎は人に対する心理操作では頭抜けた能力をもっていた。

 

・その年の8月31日、毎年開かれる日産労組の創立記念日の式典に、新入社員ながら職場代表として出席させられたときの違和感も忘れない。

 挨拶に立った塩路一郎が、ひたすら自分の功績の自慢話を続ける。「この男は、いったい何を考えているのだろう」。その自己顕示欲の強さに、性格の異常さを感じとった。

 

選挙に動員し違法行為を強制

次いで、わたしが労使関係の異常さを感じたのは、選挙への組合員の動員についてだった。

 まず、衆議院選挙にしろ、参議院選挙にしろ、選挙が近づくと、組合員は全員、家族および親戚一同の名簿を提出させられる。「戸別訪問」に使うためだ。

 そして、選挙が始まると組合員は運動員として、日曜日や休日だけでなく、平日も動員され、割り振られた名簿にしたがって、「個別訪問」を行う。

 選挙の運動員が投票の依頼のために、家を一軒一軒訪問して回る「戸別訪問」は公職選挙法で禁止されている違反行為だ。

 一方、特定の支持者を回る「戸別訪問」は、投票依頼をせず、「何か行政に不満はありませんか」といった調査行動であれば、厳密にはグレーだが、違反にはならないとされていた。

 

・このマニュアルを見ても、労組側は活動が非合法になる可能性を十分に認識していたことがわかる。交通費は組合から出るが、選挙が終わってから3カ月以上経ってから支給された。組織的な指示を隠し、警察の追及をかわすためだった。

 実際に選挙違反で捕まった組合員もいたが、組合側は指示を否定し、支援もしなかった。

 さらに異常なのは、会社側も実態は違法である選挙活動を容認していたことだ。選挙への組合員の動員は、表向きは個人の意思による選挙活動とされ、平日については本人が休暇をとって参加していることになっていた。しかし、会社の人事部門の裏勘定では「出勤」扱いとされ、おまけに「残業代」までついた。

 また、選挙の公示後は電話による投票依頼が解禁になる。組合は一軒家を借りて、電話を何本も引いて、そこから投票依頼の電話をかけまくるが、家賃も電話代も会社もちだった。

 

「管理職にすること能わず」

・当時、日産はまだ週休2日制を導入していなかった。あるとき、労組が、ひと月のうち隔週で土曜日を休日とするが、本社についてはその対象としないとする提案を行った。

 

・組合支部に出向くと、目の前に一枚の文書が置かれた。そこには反対票を投じた組合員の名前がずらり並んでおり、わたしの名前も入っていた。そして、それぞれの名前の欄の右端を見ると、次のような文言が記されていた。<将来管理職にすること能わず>

 つまり、これから先、課長に昇進することはできない。わたしは労組には課長人事を左右する権限はないはずだと不審に思ったが、反対者に対する一種の脅しであることは間違いなかった。「組合は会社以上に会社のことを考えている」とは塩路一郎の組合至上主義の常套文句であり、ゆえに「組合に反対するものは会社の敵である」と見なすと。

 

塩路独裁を招いた労組による人事権奪取

労組の事前承認による現場支配

・いずれの役職についても役付の任命は、普通の会社であれば、人事権をもつ会社が行う。しかし、日産では組合の事前の了解なしには、会社側は役付の提案もできなかった。

 

・工場での人事異動も同様だった、誰かをある課から別の課に異動させるにも、同様のステップを踏まなければならない。労組の合意が得られなければ、異動はさせられない。

 

経営を浸食していった事前協議

・会社側が労組側と事前協議を行い、事前承認を得るのは、現場の人事だけに限られなかった。

 経営にとって、もっとも重要な課題の一つである生産性向上についても、会社側の業務命令では行えず、事前承認を必要とした。

 

その結果、どの工場でも、工場長、部長、課長たちが、労組の意向、すなわち、塩路一郎の意向に沿うように方針決定、意思決定をせざるをえなくなった。

 いちばんこわいのは、生産現場が組合に対する“お伺い組織”となり、その文化に飼い慣らされて、「組合一番、生産二番」となり、ものづくりメーカーとして挑戦する風土がなくなっていくことだった。

 第一次オイルショック(1973年)および第二次オイルショック(1979年)を経験し、世界中が低燃費の小型車を求めていた。そして、それを供給できるのは日本しかなかった。そのような絶好期に日産だけが、たった一人の絶対的権力者、塩路一郎という人間の鼻息をうかがいながらの経営を余儀なくされていたのだった。

 

・労組が休出(休日出勤)になかなか応じてくれないときは、会長の塩路一郎に直接頼むしかない。本人は毎晩のように、銀座や六本木の高級クラブで豪遊する(その私生活については第2章で詳述する)。そこで、役員がその行きつけの銀座のクラブで夜中の12時、1時まで本人が来店するのを待って、承認を依頼するのだ。

 日本を代表する企業の役員が、深夜のクラブで労組のトップに承認を求める光景は尋常ではなかったが、その役員も、好んでこのような振る舞いを演じているわけではなく、塩路体制下の組合を相手に、いかに会社としての業務を遂行していくかに腐心していたのだろう。

 

裏部隊による謀略活動

<フクロウ部隊による尾行、盗聴、嫌がらせ>

・経営対労組の表舞台では、事前協議による事前承認により生産を支配し、現場を支配する一方、裏舞台では、塩路一郎と直につながった裏組織のフクロウ部隊が暗躍して謀略的な活動を行い、その独裁的権力を陰で支えていた。

 

日産の「ゲシュタポ

・フクロウ部隊は工場を拠点にして謀略活動を担ったが、その一方、労組は本社においても、裏の情報収集網を張りめぐらせていた。その主たる目的は、社内の幹部クラスの人間の“弱み”を握ることにあった。

 

・人事部がある人物を調査し始めると、各部署にいるデータマンとでもいうべき人間が動き出すが、その中の一部の人間から調査内容は組合にも同時に逐一入ってくる。部、課長クラスの不正については組合は完全に情報をキャッチしているといってよい。

 

ゲシュタポとは、ナチス・ドイツの秘密警察のことだ。人事部は、労組との交渉や折衝の窓口になるため、担当役員以下、部長、課長、部員も塩路寄り、労組協調派で占められていた。

 

悪魔のささやき

・人間はいまの生活を失うことを何より恐れる。家庭をもち、家のローンも抱えるサラリーマンの場合、最大の急所だ。そこで、社内にめぐらした裏の情報網を使って「弱み」を握り、ときに“悪魔のささやき”で抱き込んでいく。組織の切り崩し方を塩路一郎は熟知していた。

 

“鞭と飴”で組合員を操る

恐怖政治と恩賞

ブルーカラーの従業員は職制になるのは難しく、組長、係長になるのが出世コースだった。労組は生産現場の役付任命の実質的な人事権を握っていたから、労組に対して非協力的な従業員は、所属長が役付任命を考えても、労組のチェックによって候補から外され、一生出世の道は閉ざされる。

 さらに、反組合的な動きをした従業員は、各工場で組織された秘密グループによって、つるし上げを食らわされる。

 

蜜月にあった川又――塩路ライン

労使協調の名のもと、労組への妥協を重ねた

・塩路一郎は、マスコミからは日産の“陰の天皇”の意味で、「塩路天皇」などと呼ばれていた。また、その独裁性や反民主主義的体質を知る国内の労働組合運動の関係者たちは、陰では「小型ヒトラー」と呼んでいた。

 しかし、わたしには、日産に巣食い、その内部を蝕んでいく姿は、まるで「エイリアン」のように見えた。

 

・川又社長は確かに日産の発展に貢献したが、次の世代に残した“負の遺産”も大きかった。労使協調の行き過ぎで、労組による事前協議の既得権化とその自己増殖を許し、経営への介入を許容してしまったことだ。

 

コスト競争力でトヨタに水をあけられた

・回転率(売上高÷在庫金額)はトヨタに3倍近い差をつけられた。

 生産性の低さはコスト競争力の弱さに結びつく。同じ大衆車であるトヨタカローラと日産のサニーとでは、製造原価で1台当たり5万円の差があった。5万円といえば、エンジン1台分のコストに相当した。これでは、ものづくりの生命線であるコスト競争力で日産はトヨタに太刀打ちできるわけがなかった。

 それでも、自動車産業全体が拡張していた時代は、日産が抱えるいびつで異常な労使関係という内部矛盾が顕在化することはなかった。

 

「女性スキャンダル」をねらえ

女性スキャンダル

・お金にまつわる話以上に、塩路一郎という人間のきわだった性向を物語ったのは、何人もの女性との特別な関係についての情報だった。

 

第一弾は「文春砲」

週刊文春』の短期集中連載を仕かける

・マスコミリークのなかでも、石原社長が英国進出計画を発表し、各工場でラインが停止した年に、わたしが仕かけた「週刊文春」の「自動車産業界のドン 塩路一郎の野望と危機」と題した短期集中連載はかなりインパクトがあった。いまでいう「文春砲」だ。

 

論功行賞を求めなかったメンバーたち

みんな日産を離れていった

・関連会社の日産不動産へ52歳で転籍となった。着任後まもなくして親会社の日産はルノーの資本参加を受け入れることになった。それまでの日産不動産の事業は一般の不動産会社に近いものだったが、これを機に仕事の内容が一変する。

 日産の新たな指揮官カルロス・ゴーンの打ち出したリバイバル・プランの利益改善策は、多くの部分がグループの所有する不動産のなかの総額8000億円にも上る遊休物件の売却益に依存していたからだ。

 リバイバル・プランを成功させるため、毎日毎日、社有不動産の切り売り作業に追われた石渡さんの胸に去来した疑問は次のようなものだった。

 なぜ、前の経営者たちは遊休不動産の売却をやろうとしなかったのか。もし、売却を決断していれば、6430億円のルノーからの援助(資本参加)に頼らずにすんだのではないか。

 

・勝田君はメンバーのなかで、ただ一人、本社で直接ゴーンに仕え、「ゴーン前とゴーン後」を経験した。ゴーン前には、日産から出てディーラーの社長になった人間は、運転手付きの社用車で移動し、交際費も使い放題で、地元の名士として振る舞った。そのため、多くのディーラーが赤字体質から抜け出せなかった。

 ゴーン後は、車は自分で運転し、交際費もほとんど使わず、自らの与えられたミッションとタスクを自覚し、社員のために尽くすようになったという。

 勝田君が日産本社に戻ったのは、ゴーン革命が効果をあげていた時期であり、ゴーン統治による「負の側面」があらわれるようになるのは、ずっとあとのことになる。

 

<あの戦いはどんな意味をもったのか>

人生の作品

日産という組織のなかで跳梁跋扈した塩路一郎は去り、会社側は労組との事前協議制のくびきから解き放たれ、人事権、管理権をとり戻した。その意味で戦いは成功した。

 

 

 

『略奪者のロジック』

響堂雪乃   三五館   2013/2/21

 

 

 

おそらく真理は清廉よりも、汚穢の中に見出されるのだろう

グローバリズム

グローバリズムという言葉は極めて抽象的なのだが、つまるところ16世紀から連綿と続く対外膨張エリートの有色人種支配に他ならない。この論理において我々非白人は人間とみなされていないのであり、アステカやインカのインディオと同じく侵略地の労働資源に過ぎないわけだ。

 

<労働法改正>

外国人資本家の利益を最大化するため労働法が改正され、労働者の約40%近くが使い捨ての非正規就労者となり、年間30超円規模の賃金が不当に搾取されているのだから、この国の労働市場コロンブス統治下のエスパニョーラ島と大差ないだろう。

 文明の衝突」においては、優越種が劣等種を滅ぼすという歴史が繰り返されてきたのであり、危機に直面する我々は喫緊の生存戦略を問われている。

 

<Index Terms>

非正規就労:抑制した人件費を、企業と派遣事業者の利益に付け加えられる手段。

合成の誤謬:搾取が一私企業から全社会領域に波及し、経済が機能不全に陥ること。

Low Cost Slave(低賃金奴隷):経営環境によって賃金を増減するシステムの不可欠要員。

世論合意:メディアの暴力が形成する生活保護費削減の社会的コンセンサス。

竹中平蔵:派遣労働法を改正し、現在は人材派遣会社の会長職を務める元政治家。

円キャリー:年間30兆円ベースで削減した賃金をプールし、国外の投機で運用すること。

消費税:徴収額を多国籍企業と富裕層の減税や還付金などの各種優遇に用いる制度。

トリクルダウン理論:金持ちを優遇すれば景気が上向くという市場原理主義者の詭弁。

ILO(国際労働機関):労働条件の後進性が非難される日本が常任理事国を務める国際団体。

児童人口減少:労働者派遣法改正を要因とした晩婚化によって進捗する社会現象。

プレカリアート構造改革によって現出したフリーターや非正規社員などの「新貧困層」。

労働者派遣事業:2000年初期から3倍にまで業容を拡大した成長産業のひとつ。

 

君が未来を描きたければ、人間の顔を踏みつけるブーツを思い浮かべればいい。ジョージ・オーウェル(イギリスの作家)

・2012年度の厚生労働省調査によると、非正規労働者30代男性の未婚率は75.6%、正規労働者の30.7%と比較し2.5倍もの差があることが判明。2004年の45.5%から僅か数年で30ポイント増加し、非正規労働者の経済的不安定が未婚化を加速させる様相を浮き彫りにしている。また非正規労働者の未婚・晩婚化は40代でも進行し、前回の25.3%から45.7%へ増加した。加速的な児童減少の原因が、構造改革による労働者派遣法改正であることは明らかだ。

 

<今日の奴隷ひとりの平均価格は、民主主義が最低レベルにあったと思われる時代に栄えたローマ帝国の価格の10分の1以下である。ロレッタ・ナポレオーニ(イタリアの経済学者)>

・グローバル経済において最下層の国民は最低賃金で雇用され、ゼロ・レイボア・コスト(生産コストにおいて人件費の占める割合が限りなくゼロに近い)を提供するのだが、つまりTPPが席巻するデフレは、人間そのものの低廉化をもたらしている。

 

<彼らはいい身体つきをしており、見栄えもよく均整がとれている。素晴らしい奴隷になるだろう。クリストファー・コロンブス(イタリアの探検家)>

構造改革を契機に年収200万円以下のワーキングプアは1000万人に達し、正規雇用が190万人減り、非正規雇用は330万人も増加した試算となる。

 

・「ワーキング・プアということ自体の確立した定義がないので、どこがワーキングプアとは統計的にはなかなか言えない」などと答弁した。

 

・行政が貧困や格差問題に無関心であることが明らかだ。

 

<植民地を会社経営としたのだから、利益の追求が最大目的で、原住民の福祉が眼中にないのは当然である。清水馨八郎千葉大学名誉教授)>

・97年から07年の間において、日本国企業の売上げに顕著な伸びはなかったが、経常利益は28兆円から53兆円に増加する。これに対し、労働者賃金は222兆円から192兆円に削減されていた。リストラや非正規就労の推進によって抑制された人件費が、そのまま企業と派遣事業者の利益に付け替えられた格好だ。さらに株式配当に対する税率を20%から10%に引き下げる証券優遇税制が延長されたことを受け、労働法の規制緩和を推進した投資集団の利益は倍増、企業群は270兆円規模の内部留保を蓄積した。

 

<エコノミックヒトマンとは、世界中の国を騙して莫大な金を掠め取る、きわめて高収入の仕事だ。ジョン・パーキンズ(エコノミスト)>

小泉政権は「対日投資倍増計画」を掲げ、時価会計制度の導入によって企業価格を大幅に引き下げるなど、外国勢力による経済支配を推進したとおり、グローバル資本の実働部隊であったことは語るまでもない。主要企業の過半数株式を制圧した外国人投資家は、労賃の圧縮を求め「労働者派遣法」を改正させたのだが、これにより派遣法のネガティブリストに規定されていた労働種目がすべて解禁され、日本人労働者の実に3分の1が非正規という奴隷階級に転落した。

 

<インデァスこそ富そのものである。なぜなら、彼らは地を掘り、われらキリスト教徒のパンやその他の糧食を作り、鉱山から黄金を取り出し、人間と荷役動物の労役のすべてをするのが彼らだからだ。クリストファー・コロンブス(イタリアの探検家)>

・経済市場から流通マネーが枯渇しデフレへ発展した要因は、年間30兆円ベースで労働者賃金が削減され、その大半が企業内部留保や配当益となり、プールされた莫大な資本が円キャリーとして持ち出されているためだ。つまり過去10年において労働者が正当に受け取るべき300兆円規模の金が国内外の勢力によって搾取され、国民経済の本質である内需から揮発し、すでに国家は植民地の様相を呈している。

 

私は、企業などというものは、そもそも無法者を内在しながら存在すると考えている。宮崎学(作家)

構造改革を契機に日経平均株価50%以上も下落し続けていたのだが、この間に主要企業の配当と役員報酬は2倍以上で推移している。つまり「労働者の非正規化は、商品価格の国際競争力維持のためやむを得ない」というのは虚言であり、労働者の逸失した賃金が直接的に企業利益と投資利潤に付け替えられているわけだ。1000万人が年収200万円以下の貧困層に転落する中、労働者派遣法改正により莫大な経常利益を確保した日産自動車のCEOは9億円、投資は平均2憶円の報酬額に達するなど、レッセフェールは社会資本の傾斜配分という歪みを増幅させている。

 

<君が奴隷であることだ。生まれたときから匂いも味もない牢獄に入れられている。ウォシャスキー兄弟(米国の映画監督)>

・2001年、小泉政権の発足直後に外資比率が50%を超える企業群の政治献金が合法化されているのだが、つまり自民党という政党は国民利益よりもインセンティブを重視し、国民福祉よりも外資利潤を優先する方針を明確に打ち出している。今後は確実にTPPへ批准し、ラテン・アメリカ諸国が挙証するとおり、国民生活の全領域において植民地化が進行するのだろう。

 

<我々が文明に麻酔をかけたわけだ。でないと持ちこたえられないからだ。だから覚醒させるわけにはいかない。スタニスワフ・レムポーランドの作家)>

経団連グループによる全領域的な社会保障の削減要求とは、ステークホルダーへの傾斜的な利潤配分を目的化しているのであり、粗暴な言説は国家の上部構造として多国籍企業が君臨する構造を浮き彫りにしている。

 

<派遣労働が低賃金なのは当たり前。気ままに生活して賃金も社員並みというのは理解できない。御手洗富士夫(キャノン会長兼社長)>

・就労者の38%以上が非正規労働者となり、生活不安に脅かされている下層レイヤーに組み込まれているのだが、没落は不測の事態ではなく、企業利潤のため構造化されたものであるといえるだろう。

 

<対立するものを与えて、それを高みから統治せよ。ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル(ドイツの哲学者)>

・「社会保障費の増大は、生活困難者の自助努力の不足によるものである」というコンセンサスがメディアの暴力によって形成され、大幅な削減が実践されようとしているのだが、そもそも生活保護費は特別会計の1.5%にも満たない額である。OECD加盟国中2位まで上昇した貧困が、労働者派遣法の改正によって構造化されたことは明らかだ。

 

<「改革で格差が広がったということはない」(竹中平蔵・第6代総務大臣)。>

生活保護受給者は2003年当時より年間平均8万人ペースで増加しているとおり、その源泉が労働者派遣法改正による労働者の使い捨てであったことは明らかだ。

 

<政治のイロハも知らない素人が政治家と自称しているのである。マックス・ウェーバー(ドイツの社会学者)>

小泉純一郎竹中平蔵らが「多様な雇用形態が成長をもたらす」と主張し、非正規就労を強力に推進したのだが、派遣社員などが将来に要する福祉支援は年間20兆円に達することが明らかとなった。

 

<格差が出ることが悪いとは思わない。小泉純一郎(第89代内閣総理大臣)。>

・日本国では小泉改革から引き続き、米国を追従する市場原理主義政策が推進されている。2012年、行政府は究極の不公平税である消費税の引き上げを強行したが、教育予算はOECD加盟国中最低を更新中だ。一連の施策においては日本育英会が廃止され、奨学金制度が厳格化されたことから、教育格差による経済格差を固定し、国策として社会流動性を絶つ狙いであると指摘される。

 

<金持ちを貧乏人にしたところで、貧乏人が金持ちになるわけではない。マーガレット・サッチャー(イギリス史上初の女性首相)>

世界銀行により貧困は基準化され、「絶対的な貧困者」と「相対的な貧困者」の二つに定義されている。

 

・「絶対的な貧困者」の人口は95年から20%増加し12億人に達し、世界人口の約50%に相当する30億人が1日2ドル以下で暮らしている。

 

なおマーガレット・サッチャーは急進的な市場原理主義改革に着手したが、貧困層増税となり富裕層は減税となるなど格差は拡大し、内需不足から企業倒産は5倍に達した。

 

新自由主義は国民の生存権憲法上義務付けた福祉国家の解体戦略である。二宮厚美(神戸大学教授)>

ユニセフの調査によると2012年度の日本国における児童の貧困率は14.9%に達し、OECD加盟35ヵ国中ワースト9位であり、極めて悪化傾向にあることが判明する。

 

<世界で最も豊かな日本人が、なぜそれをできないのか?ミッシェル・フェルネックス(スイスのバーゼル大学教授)>

ユニセフのレポートは各国の子育て支援や福祉政策にも言及しているが、日本国の児童福祉にかかわる公的支出はGDP対比1.3%程度、OECD加盟35ヵ国中においてワースト7位であり、市場原理主義の導入により児童の人権が抑圧される構図を示している。

 

<同じ嘘を何千回・何万回と繰り返せばそれは真実となる。アドルフ・ヒトラーナチス・ドイツ総統)>

・2012年、生活保護受給者が212万人を突破したことを受け、爆発的な社会保障支出を危惧する日本国政府は、テレビ媒体を主軸とする宣伝工作を実践した。

 

生活保護費の削減を国民合意として、厚生労働省は年間100億円ベースの抑制策を打ち出す、「聖域視せず最大限の効率化を図る」などと、全面的に削減する方針を示したが、抑制された予算が公共事業費へ転用されることから、国民福祉を利権に付け替える行為に過ぎない。

 

嘘も100回言えば真実になる。ヨゼフ・ゲッペルスナチス・ドイツ宣伝相)

竹中平蔵が唱導したトリクルダウン理論とは、富裕層が資産を増やせば、貧困層へも富が波及するという各国においては、富の寡占と傾斜配分が加速したのみであり、貧困層の生活が改善された事例はほとんど見られない。

 

<恐怖の連続だろ?それが奴隷の一生だ。デーヴィッド・ビープルズ(米国の脚本家)>

・98年、ILO(国際労働機関)新宣言として111号(雇用および職業における差別待遇禁止)、157号(社会保障の権利維持)などが加えられたが、当時の日本は構造改革をひかえ雇用規制の大幅な緩和策を打ち出していたため条約の加盟を見送った。

 

ILO常任理事国である日本国の後進性が指摘されている。