UFOアガルタのシャンバラ 日本は津波による大きな被害をうけるだろう

コンタクティやチャネラーの情報を集めています。

インテルプロセッサーの8割以上がイスラエルで設計・製造されている。(2)

 

「子供の送り迎え不倫」なんてのもアリ

・知り合いに、子供を音楽学校に通わせてる夫婦がいるんですが、彼らが特に仲良くしているファミリーは、全員が母子家庭なんだと言ってました。フランスで小学校から音楽専門学校に通う子供たちは、9割以上が両親ともに音楽家です。そして多くの場合、裕福な音楽一家の出です。つまり音楽家の子供が、代々音楽家になっていくわけです。

 ところがそんな音楽家の夫たちに、若くて野心的な女性音楽家の卵が猛烈アタックを掛けてくるんだそうです。彼らはあえなく籠絡され、家庭を捨てて若い愛人の元へと走ってしまう。奥さんたちの実家は裕福ですから、生活の心配はない。かくして母子家庭が、増殖していくんだそうです。ちなみに若くて野心的な女性音楽家の卵に走った夫たちは、たいていの場合ほどなく捨てられるということでした。

 こういうのは、いかにも芸術家らしい特殊なケースかもしれません。でも中学生の我が娘の通っているごく普通の学校でも、恋愛大国ぶりは存分に見られます。

 

パリのマダムは、老いても老けない

・冒頭に出てきた日本人妻サチエさんは、そんなフランス女性たちを指して、「だからパリのマダムは、女子力が高い」とは、女性の魅力に溢れている、女であることをあきらめていない、あるいは女性性を前面に出している、というほどの意味でしょうか。

 たしかに彼女たちはいくつになっても、自分が女であることを主張し続けているというのは、純粋な僕も日々感じているところです。そしてパリのマダムの女子力が高いのは、まさに男性陣が彼女たちを女性として扱ってくれるからというのが、サチエさんの持論なわけです。

 

 

 

『日本が全体主義に陥る日』

旧ソ連邦・衛星国30ヵ国の真実

宮崎正弘   ビジネス社   2016/12/7

 

  

ソ連崩壊から25年—―全体主義の呪いは本当に解けたのだろうか

・日本でも戦後70年以上を経て、やっとこさ「歴史の真実」が次々と明るみに出始めた。

 フーバー大統領はルーズベルトを「狂人」と呼んでいた事実が判明した。ようやくフーバー回想録の邦訳が日の眼を見た。

「ヴェノナ文書」はソ連コミンテルンのスパイたちの交信記録である。「1940年から1944年にかけて、アメリカにいるソ連のスパイとソ連本国との暗号電文をアメリカ陸軍が密かに傍受し、1943年から1980年までの長期にわたって国家安全保障局NSA)がイギリス情報部と連携して解読した」(江崎道朗『アメリカ側から見た東京裁判史観の虚妄』祥伝社新書)。

 

・要は日本に戦争を仕掛けたルーズベルト政権にはコミンテルンのスパイがごろごろといて幹部の位置を占めており、不都合な情報はすべて握りつぶし、大統領をたぶらかして、なんとしても日米開戦へもって行く目的があった。アメリカを使って日本をたたきつぶす」というのがコミンテルンの当初からの秘密の戦略だった。日本が消耗し、その隙をつけばシナ大陸は共産化し、東欧諸国もごっそりとソ連影響下にいただける。

 ヤルタの密約でスターリンに騙されたルーズベルト、ワインを飲んでいたチャーチル。戦後、「中国と欧州を失ったのは誰か」と議論されたが、時すでに遅く、各地で共産主義独裁が成立していた。

 体制批判者は粛清され、国民は党の命令に背けば刑務所か労働改造か、あるいは処刑が待っていた。このため多くの知識人が沈黙を余儀なくされた、世界中で数千万の無辜の民、民主を求めて独裁と戦った知識人が消された、コミンテルンに呼応したアメリカにおけるソ連のスパイはルーズベルト政権の内部、それも政策決定権を持つレベルに浸透したばかりか、政党、マスコミ、教育界、労働組合に浸透した。キリスト教会、とりわけプロテスタント系にも、共産党と組んで偽装組織を雨後の筍のように増殖させた。YMCA、YWCAも工作された青年組織も根こそぎ共産党の「人民統一戦線」という戦術に騙されてしまった。

 

民主主義をはき違えていないか

田中角栄以後、日本の政治は官僚政治から党人派政治となり、彼らには国家安全保障の根幹が希薄なため「介護」「待機児童」など枝葉の議論が優勢となった。「防衛」「憲法」「安全保障」は二の次であり、テレビの政治番組は目を覆うばかりに劣化し、背骨のないポピュリズムが蔓延し、声の大きい者、組織がバックにある者が当選しても理想を説く政治家は遠ざけられる。国家の基本は安全保障、つまり軍隊と警察の重要性がすっぽり日本の政治議論から抜け落ちている。

 政治家の役目とは理想と現実のギャップを一歩一歩埋めていくことだが、戦後日本は「理想」を喪失しており、国民も政治家にそれを求めなくなった。

 聖徳太子ソクラテスアリストテレスもいない日本では理想に邁進する政治家は疎んじられ、カネと現実のどぶ板選挙で濾過された、ひ弱な人間が政を司る。この現状にまっとうな政治を待ち望むことは絶望的かもしれない。

 しかしそれでも全体主義よりマシな制度と言わなければならないだろう。

 

旧ソ連圏の大反転>

全体主義とはけっきょく、イデオロギーであり、一神教(宗教)であり、排外的ナショナリズムの狂気であり、生存への不安、焦燥、恐怖がある日、飢えや死から逃れようとして、狂気の行動を取るのだ。1917年のロシア革命、1949年の中国共産革命は大量の流血をともなって全体主義国家を産んだ。

 その影響はソ連の衛星国(東欧、モンゴルなど)と中国共産党の衛星国(ラオスカンボジア)などを産んだ。そして全体主義共産主義の悪性ウイルスは世界にばらまかれ、あちこちに愚行が繰り返され、悲劇を産む一方で、植民と経営に失敗した欧米列強は、皮肉にも被植民地からの移民を大量に受け入れ、ナショナル・アイデンティティ喪失の危機にさらされ、歴史の報復を受けている。

 この点で日本は海洋国家であり、単一民族であり、多神教であるがゆえにユーラシアが体験した全体主義とは無縁でいられた、歴史の僥倖に恵まれたとも言える。

 しかし、一度は破産したはずの共産主義あるいは社会主義運動が、ソ連崩壊以後は「グローバリズム」の隠れ蓑に本質を隠して、世界をグローバリズムという一神教思考で統一しようとした。そうだ、グローバリズムという妖怪も一種全体主義的である。

 その破産が世界中で現れ、米国にトランプ現象、英国のEU離脱、ドイツの新党運動も、いやイタリアにもオランダもフランスも政権与党を窮地に追い込むか、敗北させている。これが現代世界である。全体主義との戦いはまだまだ続くのである。

 

<むしろ全体主義に転落しそうなのは日本ではないのか>

<西側は言葉の戦争で負けている>

地球市民」「ボーダレス」「新自由主義」などの言葉は響きが良く耳障りにならず、まさか共産主義全体主義の裏返しであることに気がつく人は少ない。いまはやりの「グローバリズム」とはかつて熱病のようにもてはやされた共産主義のメダルの裏側である。一種の全体主義なのだ。

 東西冷戦は自由主義諸国が勝利してソ連が崩壊した。中国は極度に警戒し、独裁体制を引き締めたが、共産主義イデオロギーは雲散霧消した。

 それから四半世紀を閲したというのに日本のメディアはまだまだ左翼偏向が強い。というよりGHQの洗脳から逃げきれない人たちが時代錯誤の暴論を繰り返している。彼らの好きな言葉は「平和」「市民」「反戦」である。

 事実に即さない、想像上の虚構から勝手に論理を組み立てた観念的な暴言が、あたかもラウドスピーカーのごとく左翼の大手新聞やテレビに登場してくる。このため一般読者を惑わすのである。

 

・ジャーナリスト自らが左翼のプロパガンダを拡大するという役目を担わされていても、それを自覚していない。自覚がないのに、ある程度の影響力を行使ができる人を「無自覚のエージェント」(UNWITTING AGENT)という。典型はかの鳩山由紀夫元首相だろう。影響力のある代理人」として中国やロシアの使い走りを自ら引き受ける。

 この区分けはスタニスラフ・レフチェンコ証言でも頻繁にでてくる。

KGB工作員だった。主として日本のメディア工作に当たった。80年代初頭にアメリカに亡命し、議会証言をしたが、当時の日本のメディアの中にうごめいた「ソ連代理人」を具体例とともに挙げた。議会証言録は筆者が翻訳した(ソ連スパイの手口』山手書房、絶版

 

・「平和」への信仰ぶりも同様である。

 中国、韓国のでたらめな歴史観に基づく強制連行、慰安婦=性奴隷、大虐殺など、日本はまさかとは思いながらも誠実に弁明し、釈明し、事実を認めたかのような謝罪を繰り返して、世界の笑いものとなった。謝罪とは日本以外の国では「金銭の補償」という意味である。この日本批判の合唱に巧妙に便乗してドイツ、英国、そして米国が日本を貶めるキャンペーンをしゃあしゃあと繰り出している。

 いずれも自らの過去の残虐さ、たとえば広島、長崎などの戦争犯罪を隠蔽するのに中国、韓国の日本批判は格好の隠れ蓑というわけだ。

 日本の目の前の脅威は指摘するまでもない。北朝鮮の核爆弾と、中国の軍拡を等閑視している日本のメディアの危うさ。

 かれらは「平和」という魔法の妖術を用いて大衆をたぶらかし、中国と北朝鮮の軍事力は「脅威」ではないと言いつのり、防衛を強化することに反対してきた。日本の防衛費は世界の常識であるGDPの2~3%の半分以下、これでは独立国家とはいえないのではないか。

 

軍国主義ファシストは中国だ>

・日本の隣には「北の核」に加えて、もう一つの独裁国家がある。

 醜悪な独裁体制で、情報をすべて統制し、国民を洗脳し、戦力を日々強め、日本に侵略を準備している国がある。日本の目の前にあって、不気味な軍事力威嚇を続ける中国の現実である。

 中国は問題をすり替えるために南京大虐殺という嘘放送を声高に繰り返し、不都合な事実を葬る。この遣り方に英国もドイツも黙っている。米国は広島・長崎、東京大空襲における大虐殺をほおかむりし、日本が残虐であったことに歴史を改竄した。

 

<「会議は踊る」、いまも踊る>

・英国の場合、この国はもともと連合王国である。女王陛下の権威は宗教が裏打ちしている。カソリックから別れた英国国教会が支配し、これを不服としたピューリタンは英国から海を越えてアメリカ大陸へ渡った。第2次世界大戦は、植民地支配が瓦解、ここへ旧植民地のインド、パキスタン、ナイジェリアあたりからどっと移民が混入し、EU加盟後はポーランドからも100万人、これでは伝統的歴史的価値観は喪失寸前となる。

 

・米国の場合、共通の目的は自由、民主、人権、法治となり、ファミリーヴァリューを尊ぶという共通性はあっても、多彩な宗教は国家の統一性を形成しない。このため政府と納税者、利益団体、地域エゴ混在、連帯感が欠如する。大統領選挙に見られるように、国家目標の分裂、政治の多元化は国内のまとまりをさせないという反作用を産みやすい。

 

全体主義の呪いは日本で解けず

・かくて日本ばかりか世界中で言語空間はおかしくなり、その混乱を衝いて左翼的な人々が全体主義の隠れ蓑として「反戦」「反原発」「環境」「男女賃金格差」「同性愛結婚」「ヘイトスピーチ」など面妖な言葉による、新しい洗脳工作が継続されている。

 

・中国でもネットで世界情勢が把握できる時代となったのに、精神的には全体主義の呪いが解けたはずなのに、中国人は崇高な芸術作品を追求するのではなく、目の前のカネ、贅沢な物品に狂奔し、精神性は極度に軽視され、拝金主義全盛となった。

ならば、日本は?

 これほどの自由を享受している国でも、左翼の洗脳効果がまだ尾を引いていて本物の絵画や音楽、小説は現れていない。

芭蕉西鶴もいない昭和元禄」は「平成元禄」となったが、過去に『源氏物語』や『古今集』を著して日本人の精神を高らかに謳歌したのは昔話。それこそ「文学の真昼を経験した民族には夕暮れを待つしかない」(三島由紀夫『日本文学小史』)という悲惨な状況に埋没したままである。

 グローバリズムの最先端を競うような亜流の思想か、黄昏の芸術、文学しか望めないのだろうか。全体主義の呪いはむしろ現代の日本に残留しているのではないのか。

 

ラトビア全体主義

ラトビア全体主義という命題で、過去を考えると、やはり「リガの虐殺」というユダヤ人抹殺にラトビア人が手を貸した事実を避けるわけにはいかない。

 ホロコーストナチスの仕業ではあるが、実際に手を下したのはナチスでもドイツでもないケースが夥しいのである。悪名高いアウシュヴィッツポーランドであり、ウクライナでもベラルーシでも、あるいはロシアの大地でもナチス以前にユダヤ人虐殺の「ポグロム」が行われた。

 リガの虐殺はフォーサイスの『オデッサ・ファイル』にも詳しく書かれている。

ユダヤ人虐殺の97%はドイツ国外で行われ、殺害者の半数はドイツ人でもなかった」(ティモシー・シュナイダー『ブラックアース』慶応大学出版会)。

 

・それは国家が崩壊し、生命が脅かされ、資源、土地、食料の限界が見えたときに襲われる生存パニック土台になったときに起こりうる。近年もルワンダブルンジで、そしてスーダンで私たちは大量虐殺を目の前にした。

 中国の文革前後、数千万の人々が餓死、あるいは虐殺された。

 シュナイダー(エール大学教授)は、異常気象と食糧危機が再現し、国家が生存を保障するシステムを喪失すれば、ホロコーストはまた起きうると警告している。ラトビアに限らず、南隣のリトアニアでも、ユダヤ人虐殺はあった。

 

  

『あるオランダ人の「昭和ジャパン」論』

――不確かな平成から見た確かな昭和――

ハンス・ブリンクマン   ランダムハウス講談社  2009/10/8

 

 

 <サラリーマン現象>

・戦後の日本において根本的に変わったのは自然環境や都市生活だけではない。新たに生まれた「サラリーマン」という就労集団により、日本の経済は大きく成長しようとしていた。月給取り(salaried workers)はどこの国にもいるが、「サラリーマン」は日本だけにしかいない。月給取りとサラリーマンは似ても似つかぬ代物だ。だから「サラリーマン」という言葉は、れっきとした日本語なのである。

 

アメリカやヨーロッパでは、月給取りとは雇用契約を書面あるいは口頭で交わした人のことで、彼らの年齢は様々だ。契約は雇用主が解約する場合もあるし、

その逆の場合もある。しかもそうした解約はしばしば起こる。一方、戦後昭和のサラリーマンとは、高校もしくは大学卒と同時に企業に就職し、終身雇用が保障された就労集団だ。

 

・それでもこの奇妙な「現代版奉公契約」とも呼べるサラリーマンの健気な勤労態度は、昭和の日本を象徴する不朽のシンボルとして懐かしく語られる。

 

日本の職場は今も昔も「和」とそこから導かれる「平等幻想」に重きがおかれてきた

・勤勉で職場の和を乱すことのない人物だったら問題なく昇進できた。上層部の役職は別として、年功序列のおかげで昇進は能力に関係なく約束されていたので、初めは少ない給料も確実に増えた。

 

<サラリーマンは近視がち?>

・サラリーマンという職業はかつてもっとも望ましい職業とみなされ、中流家庭出身の若い女性たちは競って有望な独身サラリーマンと結婚したがった。日本の復興と高度成長に貢献し、豊かな中流層の台頭をうながしたのがサラリーマンだったといえよう。

 

文明の衝突を避ける>

・私が働いていたオランダの銀行には三つの日本支店があり、管理職に就いていたのはオランダ人駐在員だったが、残りの行員は日本人だった。

 

・そこで役だったのが番頭制度だった。おそらく19世紀末以降、日本で商売をする外国の貿易会社などもこの制度を活用していたにちがいない。番頭には執行力をともなう権限はなかったが、管理職側からも従業員側からも信頼されていたので、いわば組織の長とみなされた。

 

日本の柱――労働者たち

・日本の農村部はこれまで政府から特別の待遇と保護を受けてきた。政府与党の権力維持にとってそうした農村地域は重要な票田であり、自民党議員は米作農家への補助金を約束することで、農家の票を確保してきた。

 

・あの頃、農村部と都市部の票はほぼ同等だった。その後、何度か調整はされたものの、適切な比率に及ばない。現在の農村部における一票は都市部のおよそ三票に値する。一、二度あった、長続きのしない政権交代を除き、ほぼ半世紀にわたり自民党が権力の座についていたのも、このおかげだったにちがいない。

 

<まずサービス、それから睡眠>

・高度経済成長期、工業地帯や都市部では、いわゆる労働倫理の考えが広まり、単純作業労働者も含めたすべての労働者に対し、常に「身体を動かす」ことや「完璧さ」を求める傾向が強まっていった。これは今でも変わらない。

 

・ヨーロッパが過去40年ちかく大量の外国人労働者を受け入れた理由は、暮らしが豊かになるにつれ自国の人間が単純労働に従事したがらなくなったからというが、日本人にはそうした労働に対する躊躇のようなものがないようだ。

 

セックス・アンド・ザ・ジャパニーズ

取り繕った表情の裏には・・・

・ビジネスマンや官僚が手軽で、後くされのない遊び、たとえば、昔の赤線地帯で愉しめたような、酒と女が主体の遊びのようなものを好むようになったため、芸者遊びはすたれていったともいわれている。1956年、売春防止法が制定され赤線は廃止されたものの、当然のごとく売買春は法の目をかいくぐって、時にはもっといかがわしい手段をとるようになっていった。

 

温泉でのハプニング

・外国人ということに加え、禁欲主義的な上司のおかげで、私自身は「洗練された好色な愉悦と遊戯」を体験する機会にあまり恵まれなかったものの、一度だけ例外があった。日本の某鉄鋼メーカーとの設備投資に対し、私たちの銀行が5年間のローンを提供したところ、お礼ということで九州の温泉旅行に招待された。銀行と鉄鋼メーカーの日本人と外国人の混合グループは飛行機で出かけた。山間の旅館に到着すると、さっそく大きな畳の間で宴会がはじまった。都会の洗練された芸者よりいくぶんか劣る地元の温泉芸者は、酒やウィスキーやきわどい冗談をしつこく勧めてきた。

 

・無邪気で無害な楽しい宴会は、あっという間に乱痴気騒ぎと化した。ひとり、ふたりと芸者の身体を触りはじめる者が現れ、相手を見つけるとただちに連れ立って各自の部屋へ退散しはじめた。あれほど紳士然としていた同行者たちがこれほど急激に豹変するとは、まったく驚いてしまったが、私も負けじとばかり、豊満な身体の田舎娘と一緒に風呂に浸かることにした。

 

・彼女の魅力は始めから終わりまで笑顔を絶やさなかったことぐらいだ。出された食事はまあまあだったし、全体的な雰囲気も官能的と言うより家庭的であったが、私としてはせっかくの週末を無駄に過ごしたと後悔した。それよりむしろ、銀行と顧客の健全であるべき関係に、明らかに好ましくないセックスのサービスが持ち込まれたという事実に私は苛立ちをおぼえた。

 

・こうしたいかがわしい乱痴気騒ぎも、当時だんだんと広まっていった企業ぐるみの海外セックスツアーに較べれば、微罪にすぎなかった。そうしたツアーの最初の行き先は台湾だった。現地の人が日本人男性や日本語に慣れているということで、北投温泉などへ出かけた。

 

・セックスツアーが盛んになるにつれ、各地で人権運動家たちは抗議のデモを展開した。しかしそうした抗議にも屈せず、80年代から相も変わらず日本企業のセックスツアーは執拗に続き、衰えることはない。

 

・「この問題の核心は、セックスツアーが公認のビジネス慣行のひとつとなってしまったことだ。企業はアルコールのようにセックスを接待や社員の慰労目的のために使っている」

 

・日本のビジネスマンだけが仕事の付き合いでセックスを利用していた、あるいは今でも利用しているわけではない。他のアジア諸国もビジネスにセックスをよく持ち込むといわれているし、アメリカやヨーロッパで生じる大スキャンダルを見ても、疑わしい取り引き(すなわち賄賂)のためにセックスを手段として用いることがしばしばある。しかし、日本がよそとちがうのは、集団で行うという点だ。

 

・たとえば2003年9月に起きた事件などはその典型といえよう。中国の珠海の5つ星ホテルが地元当局から営業停止処分を受けた。そのホテルで、5百人ちかくの地元の中国人女性が、16歳から37歳の日本人男性4百人を相手に売春行為を働いていたためだった。