日本は津波による大きな被害をうけるだろう UFOアガルタのシャンバラ 

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なにしろ、日本で一番皇族を殺めている氏族といえば、「藤原」なのであり、それはなぜかと言えば、「気に入らない者」「邪魔になった者」は、たとえそれが皇族でも容赦しない。(4)

 

『「ピラミッド」の謎』  失われたメシアの神殿

フリーメーソンのカッバーラで読み解く未知なる第三玄室の正体と大嘗祭の秘密

飛鳥昭雄・三神たける  学研  2010/1

 

 

 

絶対神ヤハウェ出雲族

古代エジプトからイスラエル人を導いた絶対神ヤハウェは、しばしば雲として姿を現した。昼は雲の柱、夜は日の柱となって道標になった、と『旧約聖書』にはある。モーセ十戒を授かったシナイ山でも、神が臨在する山頂は雲で覆われ、雷鳴が響きわたった。雷雲は神の顕現の証であり、それは十戒石板を収めた契約の聖櫃アークでも同様だ。契約の聖櫃アークに神が宿ると、移動式の神殿である幕屋の上に雷雲が現れた。

 これらの情景をすべて表現したのが、実は神社なのである。日本人は見慣れているせいで、まったく意識していないのだが、神社の拝殿は臨在の幕屋を象徴しているのだ。

 まず、幕屋の名にあるように、神社は祭礼のとき、社殿を幕で覆う。神の臨在のしるしとなる上空の雷雲は、巨大な注連縄である。大根締めとも表現される太く大きな注連縄は、雷雲を表現しているのだ。その証拠に注連縄の間からは雷の稲妻を示す白い紙垂、雨を示す縄が垂れ下がっている。

 祈願するときにお賽銭を入れる箱は契約の聖櫃アークの象徴であり、その上にある鈴は雷鳴となる音を出し、それを鳴らすための綱は、まさにイスラエル人を導いた雲柱にほかならない。

 このように、神社における雲は、みな絶対神ヤハウェの象徴なのである。このことを示す名が「出雲」である。天津神を奉じ、天照大神の子孫と称する天孫族に対して、国津神を奉じる出雲族スサノオ命の子孫を称す。天照大神が太陽神であるのに対して、スサノオ命は嵐を呼ぶ荒神である。それゆえ、太陽の輝きを隠す雲は、天孫族に対抗する出雲族のシンボルと見なされてきた。

 

天照大神イエス・キリストのことである。天照大神天照大神たらしめる天岩戸開き神話は、イエス・キリストの死と復活の場面を描いた物語にほかならない。天岩屋にお隠れになった天照大神とは、死んで横穴式墳墓に葬られたイエス・キリストであり、常世の長鳴き鶏はペトロの鶏、裸踊りをした天鈿女命(あめのうずめのみこと)は娼婦とされたマグダラのマリアを示す。天岩戸から出てくる際、八咫鏡に写った天照大神の姿は、性的に鏡像反転した男神を暗示し、かつ、その八咫鏡を吊るした真賢木は、イエス・キリストが磔になった十字架を示しているのだ。

 これはイエス・キリストを信じるユダヤ人原始キリスト教徒である秦氏が渡来し、ユダヤ教起源の神道をフォーマットしていく過程で、かってパレスチナでも同様なことがあったように、保守的なユダヤ教徒たちが反抗。やがて、雲をヤハウェ顕現のシンボルとする出雲族と呼ばれていったのである。

 

 いずれにせよ、神社の構造は出雲族の影響を強く受けている。神殿構造を分析するに当たって、出雲というキーワードは意外なことに、かの大ピラミッドの謎も解き明かすことができるのだ。

 

上古出雲大社と第三玄室

・しかし、八雲をヤー雲、すなわちヤハウェの雲と考えれば、ヤハウェの神殿である大ピラミッドに関する謎かけであると想像してみたくなる。というのも、頂上部にある第三玄室と第三重力拡散の間の高さは約288メートル。そう、ちょうど、96丈なのである。

 しかも、第三玄室には、そこにいたる大回廊が存在しない。この世ではなく、あの世の神殿だとすれば、対応する上古出雲大社が実在しない理由も納得がいく。

 

第一玄室を今日の出雲大社であるとすれば、古代出雲大社と上古出雲大社は、それぞれこうなる。

 

出雲大社:第一玄室御子:ヤハウェイエス・キリスト

 

古代出雲大社:秒神秘的な部屋: コクマー=ルーハ

 

上古出雲大社:第三玄室:御父:エル・エルヨーン=エロヒム

 

 ご覧のように、上古出雲大社は第三玄室、すなわち御父エロヒムの神殿とみなすことができる。『旧約聖書』と『新約聖書』を通じて、御父エロヒムは直接、人間と接することがない。カトリックプロテスタントは御父をヤハウェと見なしているために、この重要なポイントがわからなくなっているが、カッバーラにおいては一目瞭然。第三玄室にいたる大回廊が存在しないのも、上古出雲大社が実在しないのも、それは御父エロヒムの神殿であるからにほかならないのである。

 

大ピラミッドで行われた儀式と大嘗祭

古代エジプト人が日本人と似た思想をもっていることを指摘する吉村教授であるが、もうひとつ、三大ピラミッドを含めたギザ大地の遺跡が、伊勢神宮に似ているというコメントをしている。三大ピラミッドが定説でいうようなファラオの墓ではなく、死後の世界を再現した壮大な神殿であると主張する吉村教授は、内宮と外宮、別宮や摂社などを併せて125社から成る伊勢神宮の神域に、同じ神々の世界を見たのかもしれない。

 

・この疑問については吉村教授は、こう考える。古代エジプトでは、ファラオが死ぬと鳥のような姿をした魂カーは天空に飛翔して、オリオン座のダウトという領域にいたり、やがて神になると信じられていた。大ピラミッドは、そのための巨大な装置である。ファラオの魂が天に昇る際、玄室や大回廊、女王の間で儀式が行われた。しかも、それは東西ふたつ、両方の神殿で行われたに違いない、と。

 

地底王国シャンバラ

ヒトラーが夢見たシャンバラとは、いったい何なのか。ひとことでいえば、それは理想郷である。かつて人類がなしえなかった楽園の名前である。そこに住む人々は、だれもがこの世の真理を悟り、高度なモラルのもと、争いのない社会を実現しているという。

 ただし、シャンバラは地上世界にはない。一般の人間の目から隠された聖なる場所、すなわち神々が住むヒマラヤの地下に存在し、その入り口は、はるかなる北の果てにあるといわれる。

 

・だが、しかし。こうした見解に対して、チベット密教の最高権威、ダライ・ラマ14世はシャンバラが実在すると断言する。たんなる象徴を超えて、リアルな世界として存在するというのだ。ここに密教の恐ろしさがある。

 

チベット密教とカッバーラ

・最終経典にシャンバラが説かれているように、シャンバラの存在を最初に説いたのは仏教の開祖、釈迦なのだ。釈迦は自ら、北の果てにシャンバラへの入り口があると説いた。なぜ釈迦はシャンバラの存在を知っていたのか。

 

釈迦はセムメーソンだった!

・神秘思想における樹木は、いうまでもなく「生命の樹」であり、カッバーラの奥義を示す象徴である。説いた教えがカッバーラの叡智と通底することを考えれば、釈迦がカッバーリストであり、預言者であったことは間違いない。神を信じ、神とまみえ、そして神の言葉を授かったフリーメーソンだったはずである。

 注意してほしいのは、ヤフェトメーソンではなく、セムメーソンだという点である。バラモン教アーリア人の宗教であり、それを担ったのはヤフェトメーソンだが、釈迦はセムメーソンだった。

 

モンゴロイドはアーリア系ではない。有色アジア系であり、ユダヤ人やアラブ人、そしてトルコ人と同じセム系なのである。したがって、釈迦がカッバーリストならば、民族的にセムメーソンだったと考えられるのだ。

 しかも、それだけではない、釈迦はシャンバラの住民と同じ血を引いていた可能性がある。鍵となるのは、釈迦族=サカ族を生みだしたスキタイにある。

 

失われたイスラエル10士族はどこへ消えた?

・ソロモンの死後、王国は分裂。紀元前925年、イスラエル10支族から成る北朝イスラエル王国が独立すると、残る2支族は南朝ユダ王国の樹立を宣言した。このうち、南朝ユダ王国の末裔が今日のユダヤ人である。

 問題は北朝である。北朝イスラエル王国は紀元前722年、メソポタミア地方に勢力を拡大してきたアッシリア帝国によって、あっけなく滅亡。国民は捕囚され、遠くユーフラテス河流域へ強制的に移住させられてしまう。それから約200年ほど、イスラエル10支族はメソポタミア地方に住んでいたのだが、先述したように、いつの間にか集団で姿を消してしまうのだ。

 

・さて、ここで思いだしてほしいのが釈迦族である。サカ族はスキタイ系騎馬民族の流れを汲みながらも、本流ではなかった。マガダ国の釈迦族モンゴロイド、すなわちセム系だったことを考えると、何か見えてこないだろうか。

 そう、釈迦は失われたイスラエル10支族だったのだ。ガウタマ・シッダールタのガウタマが優れた牛を意味するように、釈迦は10支族のうち、雄牛のシンボルをもつガド族のイスラエル人だったのである。

 最終仏教であるチベット密教を奉じるチベット民族も、しかり。チベット人は、東に広がった失われたイスラエル10支族である。チベット系民族のチャン族やカレン族が、失われたイスラエル10支族であることは、今日、イスラエル共和国の情報機関「アミンシャーブ」の調査によって判明しているのだ。

 

失われたイスラエル10支族の本隊がいる場所

・スキタイによって連れ去られたイスラエル10支族とは別に、自主的に北へ向かった人々がいる。彼らこそ、実は失われたイスラエル10支族の本隊である。『旧約聖書』の外典には、こんな記述がある。

彼らは、多くの異邦の民を離れて、人がまだ誰住んだことがないほかの地方に行こうと決心した。彼らはそれまで住んでいた地方では守ることのできなかった掟を、そこで守りたかったのである。彼らはユーフラテス川の狭い支流を通って入って行った。その時、いと高き方は彼らにしるしを行い、彼らが渡るまで、川のせきを止められた。その地方を通りすぎる道のりは長く、1年半に及んだ。その地方はアルザルと呼ばれている」(エズラ紀(ラテン語))第13章41~45説)

 

・失われた10支族は、ユーフラテス河を遡行した。方角でいえば北である。北に向かって1年半、歩いた。真っ直ぐ行けば、行き着くのは北極である。極寒の北極圏にいたって、彼らは約束の地「アルザル」を見出した。そこで失われたイスラエル10支族は、神の教えを守り、大いに繁栄しているという。これに対応するかのように、『旧約聖書』には失われたイスラエル10支族に関する、こんな預言がある。

「見よ、わたしは彼らを北の国から連れ戻し地の果てから呼び集める」(「エレミヤ書」第30節8節)

 

・何か変だと思わないだろうか。アルザルの記述は、まるでシャンバラのようである。理想郷であるといい、地上のどこにもない点といい、入り口は北の果てであるという話まで、シャンバラそっくり。いや、文字通りシャンバラなのだ。はっきり断言しよう。アルザルとは、まさにシャンバラのことなのだ。

 失われたイスラエル10支族の本隊は現在、シャンバラに住んでいる。同じ失われたイスラエル10支族の血を引く釈迦は、その事実を知っていた。北の果てに楽園への入り口があり、失われたイスラエル10支族は、そこからシャンバラに入った。釈迦はすべてを見通していたからこそ、弟子に語り、その言葉は最終経典として残された。

 

地球内天体アルザル

・シャンバラは神秘主義者によって、しばしば地球空洞論と結びつけられてきた。地球の内部は伽藍堂のようになっており、内側には地上と同じような環境が広がっており、そこには人が住んでいる。彼らは理想社会を実現しており、ときどき地上に現れて人類を教化、指導しているという。

 

・では、シャンバラはどういう形で存在するのか。これを現行科学で理解するには少しむずかしい。まだ一般に認められていない現象を前提とするからだ。その未知なる現象とはプラズマ・トンネルである。

 プラズマとは気体、液体、固体に続く物質第4の状態で、原子を構成する電子と原子核がバラバラになった高エネルギー状態を意味する。プラズマの研究は現在、核融合をはじめさまざまな分野で進められているが、まだまだわからないことが多い。ちょっとした条件変化によって、プラズマが消滅したり、生物のような振舞いをしたりする。

 

秘密組織フリーメーソン

・詳細は既刊に譲るが、結果として、人類はノアの大洪水を生き延びることができた。箱舟がアララト山に漂着し、そこから出てきた4人の男、すなわちノアと3つ子の兄弟ヤフェト、セム、ハムは、ともに神聖なる預言の鍵を手にしていた。いわば預言者である。

 預言者の組織を「フリーメーソン」という。今日、世に知られる秘密結社としてのフリーメーソンは近代フリーメーソンである。1717年にイギリスで結成されたグランドロッジから派生した組織である。もっとも、アングラの偽フリーメーソンも多々ある。最近ではマフィアのフリーメーソンもあり、儀式や秘密の文言を共有し、それだけ見て判断する限り、承認されたフリーメーソンと見分けがつかない組織も多くある。

 

・だが、そうした近代フリーメーソンとは別に、本物のフリーメーソンがある。近代フリーメーソンが成立する以前にもフリーメーソンは存在したが、それとも違う。預言者の秘密組織としてのフリーメーソンが、実はこの地球上に存在する。主に密議宗教の祭司の組織という形で継承されており、それをたどっていくと必ずノアに行き着く。

 もちろん、ノアの先もあり、エノクを経て最後はアダムに遡る。人類最古のフリーメーソンとは、「アダムメーソン」である。エノクもまたアダムメーソンだ。

 ノアに至った段階で、アダムメーソンに大きな変革が起こる。「生命の樹」の象徴に応じて、預言者の奥義が3つの流れに分かれた。すなわち、ノアの3人の息子が独自のフリーメーソンを形成したのである。

 

・ヤフェトからは主に白人、アーリア系民族、コーカソイドが、セムからは主に黄色人種ユダヤ、アラブ系、モンゴロイドが。ハムからは主に黒人が派生していく。とくに、セムメーソンはカッバーラの重要な鍵を継承した。

 そして、セムの子孫からはアブラハムが生まれ、ヘブライ人が誕生した。セムメーソンは「ヘブルメーソン」となって、『旧約聖書』の預言者を輩出することとなり、『新約聖書』の時代にあってはバプテスマのヨハネはもちろん、イエス・キリストや12使徒らがカッバーラを継承し、今日に至っている。

 

古代エジプトのカッバーラと三大ピラミッド

・冥界の王オシリスは、姿を現さない至高の神エル・エルヨーンであり、慈悲の母神イシスは救世主、イエス・キリストを示し、隼の頭をもつホルスは、鳩という鳥の象徴で示される精霊ハールとなる。これを念頭に三大ピラミッドの神殿を対応させる、こうなる。

 

第一ピラミッド:慈悲の柱:御子:ヤハウェイエス・キリスト:イシス

第二ピラミッド:均衡の柱:御父:エル・エルヨーン=エロヒムオシリス

第三ピラミッド:峻厳の柱:聖霊:コクマー=ルーハ:ホルス

 

おわかりのように、大ピラミッドはイシスの神殿となる。実際、大ピラミッドには「イシス神殿」が付随している。これは大ピラミッドそのものがイシスの神殿であるという認識が、古代エジプト人口にあった証拠なのだ。

 

 

 

『宇宙人がくれた21世紀の聖書』

接触者(コンタクティ)ビリー・マイヤは何を観たか

大高良哉   徳間書店   1989/3

 

 

 

マイヤを訪ねて日本人のルーツ太陽系を知る

・我々は1987年4月、スイスにマイヤを訪ねた。マイヤの本を読み、マイヤやスイスのFIGU・SSSC活動を見たいという男性7名、女性7名の一行だった。

 

・マイヤは、我々の「日本人のルーツを知りたい」という希望に応えて、直接プター(セムヤーゼの父で宇宙母船の最高司令官)にテレパシーで尋ねてくれた。そのため、プターはわざわざ「過去旅行」のために宇宙船を飛ばして、地球の500~600万年前まで遡り、その当時すでに日本人が地球に生活していたことを確認し、日本人発祥の惑星を探し出してくれた。

 

それによると日本人の発祥の太陽系はテーラ(Teera)といい、かってはそこに三つの人種が存在していた。そこから、二つの人種が、日本人、中国人の祖先として、何らかの理由によって地球に入植したという。そして、日本人のルーツはさらに遡れば、リラ星にあるとのことであった。

 

そして、我々がセンターを訪問する数ヶ月前に、プターおよび日本人、中国人のルーツ、テーラ太陽系の住人、タリーダという女性がセンターを訪問したことを聞かされた。

いつものように宇宙人に直接会うことができるのは、マイヤだけだった。センターに居住するメンバーの人々は、はっきりと宇宙人の存在をセンター内部に感じることができたという。そして、タリーダが立ち去ったのち、広いセンターの中いっぱいに、なぜか3ヶ月間ほどもレモンの香りが漂いつづけていたと話してくれた。

 

 

 

『人類を操る異次元の暗黒宇宙人』  宇宙人最後の真実

浜田政彦   徳間書店  2009/11/11

 

 

 

再び現れた黒服の男たち(メンインブラック)

・黒服の男たちの特徴は、ほぼ共通していて、一見すると東洋人風だが、アジアのどの国の人間にも似ておらず、正体はまるで見当がつかない。肌は恐ろしく浅黒く、歳は30~40代くらいで、黒々とした瞳は不気味な冷たさを漂わせており、その目に見つめられると、異常なまでに意識がボンヤリとして、正常な判断力を失ってしまうのだ。

 男たちの雰囲気は尋常ではなく、血の通った生きものの暖かさは微塵もなく、まるで死人のような気配を前に、遭遇者たちは、「まるで幽霊にでもあったかのようにゾッとした‼ 」と、口を揃えて捲くしたてるのだった。

 

男たちは風貌も印象も格好も、とにかく何もかもが黒っぽかった。服装はもちろんのこと、靴や靴下、それにネクタイ、帽子に至るまで真っ黒で、おまけに乗りつけてくる車も、これまた黒だった。しかもどれもこれも、たった今おろしたばかりの新品のように新しく、着こなしもちぐはぐで、まるで身に馴染んでいなかった。たまに普通の服を着て、違う色の車に乗っていたりするが、それでも何か徹底的にどす黒い印象が、遭遇者の脳裏には焼きつくのである。

 

男たちは、被害者の前に現れると、「UFOの話をしたら命はない・・・」と脅迫するのだが、登場の仕方は普通ではなく、真夜中の寝室に壁を突き抜けて、まるで幽霊のように現れたかと思えば、被害者の頭の中の言葉を読み取ってみせ、さらに次の瞬間には、目の前で煙のように掻き消えてしまうなど、まるで映画『エクソシスト』か騒霊事件(ポルターガイスト)を思わせる心霊的な現象を引き起こしていた。

 

 

 

『日本秘教全書』   増補改訂版

藤巻一保   Gakken   2007/9/7

 

 

 

魔多羅神の謎と秘儀

 

・中世真言宗立川流という異端が出現したように、天台宗には「玄旨帰命檀」と呼ばれる異端の秘密法門が現れた。この二つの異端法門は、多くの点で双生児のように似通っていた。両者はともに、愛欲などの煩悩と死をつかさどる異形神を本尊とした。すなわち、立川流が血塗られた神・吒枳尼を本尊としたように、玄旨帰命檀では、その吒枳尼と同体の神とも、血肉を食らう摩訶迦羅天(大黒天)と同体の神ともされる魔多羅神を本尊とした。

 

さらにこの両法門は、ともに宗門から淫祀邪教と批判・弾圧され、江戸時代には歴史の表舞台から消え去っていったのである

 

異形の本尊・魔多羅神

得体の知れぬ神

・魔多羅神とはいかなる神なのか。本節ではこの謎の神を追っていくが、その正体は、じつは容易につかむことができない。碩学喜田貞吉氏は「魔多羅神考」で種々考察をおこなった末の「結論」として、「結局魔多羅神とは、本体不明な或る威霊ある神として祭られたもので、一向要領を得ぬ事に終わる」と述べている。つまりこの神のルーツそのものは、結局のところ、わからないというしかないのが実態なのである。

 

・その属性とは、いずれも暗黒の冥府神、死の神、障碍の神だということで、暗黒面が強ければ強いほど、その神とよしみを通じれば大きな福を得られるという信仰が生み出されてくるのが常で、ここから福神という第二の属性が派生してくる。

 

つまり魔多羅神は、死をもたらす暗黒神であると同時に、現世利益をもたらす福神と見なされた未詳の神なのである

 

魔多羅神のシンボリズム

・性交を即身成仏の秘決とした立川流では、実際に秘儀としての性交が実践された。それと同じことが玄旨帰命檀でも行われたかどうかは定かではない。

 

性神のシンボリズム

・魔多羅神と性の関連では、同神の本体と考えられた大黒天を性神とする民俗的な信仰が関与していた可能性が大いにある。

 

「牛祭」が象徴するもの

・天台に縁の深い魔多羅神だが、この神は真言宗でも祀った。魔多羅神が主役をつとめる祭礼で最も有名なものに、京都最古の寺の太秦広隆寺真言宗御室派)でおこなわれてきた牛祭がある。

 この牛祭では、祭りを執行する行人が魔多羅神やその眷属に扮する。そのうち、魔多羅神は天狗のような鼻高の白仮面をつけ、宝珠を載せたような冠物をかぶり、白装束姿で後ろ向きに牛の背に乗る。牛の乗るのは魔多羅神をシヴァ神の仏教形である大自在天に見立てたためにちがいない。シヴァ=大自在天は牛に乗る神であり、かの摩訶迦羅天(大黒天)でもあるからである。

 魔多羅神の眷属は四人いて四天王と呼ばれるが、これは仏教を守護するおなじみの四天王のことではなく、魔多羅神の前後左右を守る青鬼・赤鬼のこととされる。

 

・この、人々の興奮を煽りたてる祭礼のさまは、魔多羅三尊を、衆生三毒を煽りたてる神とした玄旨帰命檀の説と、みごとに合致している。はげしい乱痴気騒ぎのなかで三毒をあおり、人々のアドレナリンをかきたて熱狂させた末におとずれる一種のカタルシスは、それ自体が迷悟一如の境地であり、この群衆の前に現れた百鬼夜行と異ならない魔多羅神と眷属は、人々の煩悩をかきたて、それを浄化する神だったのである。

 

・牛祭は夜の10時ころから始められた。このような夜祭には、しばしば性的な享楽が付随したことは各地の夜祭に明らかで、たとえば東京・府中の一の宮大国魂神社の「くらやみ祭り」では、神輿は夜11時から渡御され、町内の灯火は消されて町全体が闇に沈んだ。

 

・似たような祭りは全国にある。俗に「種とり祭り」と呼ばれる宇治の「懸祭」、京都八瀬の「雑魚寝祭り」、下総鹿岩の「帯解祭り」、紀州田辺の「笑い祭り」(笑いは隠語で性的交歓を意味する)など、その例は枚挙にいとまがない。

 

・こうした乱婚と古俗と牛祭の関係は明らかではないが、それが性神たる魔多羅神の祭祀であること、牛祭の祭文には魔多羅神のほかに、日本を代表する性神である大黒天や道祖神も名をつらねていることなどから、両者にはかならずや連絡があったものと想像せられるのである。

 

・とはいえ、真言宗御室派に属する広隆寺の異形の魔多羅神も、天台の説く阿弥陀仏垂迹神としての魔多羅神と無縁でなかったことは、『広隆寺由来記』の「常行堂魔多羅神像安置の事」の段に、魔多羅神を「念仏守護神」として(常行堂の)後戸に安置した」旨の記載があることから明らかである。

 

 

 

『闇の魔多羅神』   変貌する異神の謎を追う

川村湊  河出書房新社   2008/11/19

 

 

 

山王一実神道の秘儀

山王権現天照大神は同体とされているから、東照大権現を中心とする東照三所権現では、山王権現天照大神と、魔多羅神(日光権現)=三輪明神(=山王権現)が、その信仰を支えることになる。

 

転輪聖王としての魔多羅神

日光の魔多羅神

東照宮に魔多羅神が祀られていることは、日光山常行堂に魔多羅神宝殿があり、そこで秘仏としての魔多羅神が鎮座していることからも明らかだ。

 

・文献的にも、東照大権現の「御本社」、山王権現の「山王」、「魔多羅神」の三つの御輿が、久能山から日光山へと遷座したことが記録されている。

 

日光東照宮では、これら三柱の神は東照三所権現として祀られるのだが、主祭神の「御本社」、すなわち東照大権現はともかくとして、山王権現と魔多羅神とは、なぜ東照宮に祀られることになったのだろうか山王権現は、天海が天台宗の僧であり、ほかならぬ山王一実神道の提唱者であったことを思い合わせれば当然ともいえるが、魔多羅神については、その必然性が今ひとつ見当たらないのである。

 

・ここでの天海の主張は、家康が自分の遺骸を日光山に移す前に、先ず久能(久野)山に葬ることを遺言したのは、久能山が観音浄土としての補陀落であり、その守護神として魔多羅神がいるのだが、日光山の奥の院もまた同じ名前の同じ神(魔多羅神)が守護神であるということによっているというものだそのことを家康が予め知っていたかということは疑問である。

 

最澄が入唐し、青龍寺に到達した時に魔多羅神が守護神として現れたものであり、金毘羅神でもあり、その“本地”(仏教主体の本地垂迹説とは逆に、神体が“本地”なのである)は、三輪明神だと名乗ったというのである、

 

山王・大三輪・釈迦・天照大神

三輪明神は、日本最古の神といってよく、大和の大神神社の祭神である。この神社の御神体は、三の鳥居から仰ぎ見る三輪山の山そのものであり、日本の神道においてもっとも古い形の自然崇拝(山岳信仰)を表しているといわれている。大物主命ともいわれ、大国主命のこととされているが、三輪山伝承にあるように、蛇体の神であり、古くは三輪山に棲息する蛇を神とするアニミズム的な信仰に基づいているものと思われる。

 

・金毘羅神の父が素戔嗚尊というのは、いささか面妖だが、これは素戔嗚尊が朝鮮渡来の韓神、唐神であって、牛頭天王などと習合する異神の要素をもともと持っていたことを示しているのかもしれない。異神、外国神としての魔多羅神が素戔嗚尊の“本地”としてあるのも、そういう意味では金毘羅神=三輪神という関係よりも、同質的なつながりを持つものといえるのである。

 

・ところで、天照大神は、記紀神話の世界(伊勢神道の世界)において最高神とされているのだが、この神に対抗できるのは、最古の神とされる大神神社の祭り神である三輪明神にほかならないだろう。山王権現は、日吉大社の本宮(西の本社=大宮権現)である大己貴命(おおなむち)(素戔嗚尊の子孫=三輪明神)を主祭神としている。つまり、山王神は、三輪明神にほかならず、東照三所権現の一柱である山王権現は、三輪明神であって、それは、山王一実神道や『本朝神社考』の記述によれば、魔多羅神と同一の神ということになる。

 

また『延暦寺護国縁起』や『渓嵐拾葉集』では、山王権現天照大神は同体とされている。

 

上代は、天皇神道によって政権祭祀を行っていたが、仏法が伝来されて以降、王臣とともに、仏道に帰依することとなった。それは、仏教の経書にある「輪王」、つまり八千大千世界の支配者であると同時に、釈迦の唱えた仏法の最大の守護者としての「転輪聖王」(てんりんじょうおう)をイメージさせるものであり、山王一実神道は、天子(天皇)―大織冠(藤原鎌足)-徳川家康ーという系譜を作り上げ、そこに転輪聖王の面影を重ね合わせようとするものなのである。家康を祀る寺院が「輪王寺」と名付けられたのは、まさに、この「輪王」から来ていることは間違いない。

 

・武力による世界制覇の主たる転輪聖王と、仏法による全宇宙の主である釈迦如来とを、一身に体現する東照大権現という図柄がそこでは描かれようとしているのであり、神道にしか基づかない天照大神よりも、仏法にも基づく東照大権現のほうがもっと優位の存在であることを、そこでは主張しているのである。

 

魔多羅神は、転輪聖王と釈迦とを結びつける媒介の役割を果たす存在なのだ。