『近代日本の宗教家101』
<高橋信次(たかはししんじ)(1927~1976)>
・神理、魂の救いと成長を説くジー・エル・エーの教祖。苦難に富んだ人生体験をもち、会社経営をしながら、霊的世界を説いたカリスマ。最晩年には、自らをブッダ、イエス、モーゼを超える存在と位置づけた。
・信次は、幼少の頃から霊感を持ち、家族の中には気味悪く思う者もあったという。十歳の時、原因不明の病気にかかった。夜、定期的に呼吸が止まり、いく度も死線をさまようというものであった。しかし、その時、信次は「もう一人の自分」となって肉体を抜け出し、自らの様子を見ていたという。そして、「もう一人の自分」は、この世では想像できないような美しい場所をさまよっていたという。このような原因不明の体験が定期的に半年ほど続いた。
・次第に信次の霊感が強くなり、第三者の未来予測ができるようになったという。1964年、コンピュータ端末機器を製造する高電工業株式会社を設立し発明を重ね、数多くの特許を取得し、事業は順調に伸びた。
・1968年には、多くの霊的現象が起こるようになり、信次がてのひらから光を義弟に対して送ると、昔の侍が義弟の口を使って語りだしたという。さらに、指導霊と守護霊が覚醒を促したという。
・そして、義弟の口を使って出てくる霊たちが悪魔であるならば、善意の者にかえてやろうと決意し帰宅したところ、心のなかから「今のような心を忘れるな。謙虚な心、執着を捨てた心、そして自信というものは、中道を心の物差しとした、自らの智慧と勇気と努力の中から生まれるものだ」と守護霊の声がし、悟りを開いたとされる。指導霊はモーゼ、守護霊はイエスであったという。
・信次は、過去、現在、未来を見通すことが出来るようになり、心が調和されていれば肉体から抜け出して思う場所に行けるということが分かったと語っていた。あの世とこの世の仕組み、神々のことなどに関心がある人々が集まり始め、自然発生的に会が形成された。1969年、「大宇宙神光会」が発足し、翌年、GLA(ゴッド・ライト・アソシエーションの頭文字)と改称した。
・信次は、みずから神仏であると名乗る者を信じてはならないと説いた。しかし、多くの会員は、彼を釈迦の再誕とみなしていた。信次自身もそのように思っていたようである。相手が考えていることを言い当てたり、会員たちに手のひらから光を送り異言で語らせたり、自分の死を含め多くのことを予言で的中させたと会員には信じられている。
・晩年、信次は自分が、釈迦、イエス、モーゼ以上の存在であるエル・ランティーで、末法の世に人類救済のために誕生した光の大指導霊の肉化した存在であると説いた。
・この世とあの世のつながり、そして、自己の心を磨き、ユートピアを建設することを説き、ロングセラーの著書を多数残したカリスマは、一方で非常に人間的であったといえよう。
『エルランティ』 天使編 高橋信次復活の原点
ノストラダムスの予言を超えて
<ポスト・ノストラダムスの時代、日本に希望の光ヘルメスが甦る>
・それから、東の国にね、ヘルメスが甦ることをノストラダムスは予言しております。ヘルメスが東の国に出るだろうと。そして、ヘルメスのもたらす繁栄が、やがて世界を救うであろう。ノストラダムスは、そういうふうに予言しています。
・このヘルメスが甦るというのは、どこからというと、東の国というのは日本なのです。まあ、ヘルメスの生命体は何かっていうと、みなさん、ご存じでしょうかね。あと、有名な方は、リエント・アール・クラウド、それからブッダ、コーダマ・ブッダ、ラ・ムー、トス、こういう人たちが同一生命体の魂のグループなのですよ。だからそのグループの中の誰か一人が生まれ変わってくるということですよ。そういうふうに理解してくださいね。
・光の天使達が地上に出て、世界を救う。そして、ヘルメスが末法の世を救い、東の国から起きるヘルメスの繁栄が、やがて世界を救うだろうと、予言しました。このときに、西暦二千年ごろにも私の予言も終わるというふうに、彼は言いました。なぜ彼の予言が終わるのか。それは新しいいわゆるヘルメスの時代になって新たな予言が説かれていくからです。新たな教えが説かれていくからですね。それでノストラダムスの使命が終わったということです。そういうことなんです。
<スウェーデンボルグのいう霊太陽の存在>
・霊界探訪記のなかで、スウェーデンボルグという北欧の偉大な霊能者はね、霊界に太陽があるということを言っていますね。霊界の霊太陽というのがあって、それが霊界の人々を照らしてると、こういうふうな話をしとります。
実際に、霊太陽というのがあるのです。地上のみなさんが太陽の光のもとで、生活しておるように、霊界にもちゃんとした霊太陽というものがあります。そして、その霊太陽がね、4次元の人たち、5次元の人たち、あるいは6次元の人たち、いろんなところを照らしておるのですね。
・それで、霊界物語を読むとよくわかるのですが、たとえば、地上にいる人たちが幽体離脱して、あの世の世界に行ったときも、あるところの世界までは行けるけれど、それから上のほうは行けなくなるのですね。
『地獄界の帝王 ルシ・エル サタンの陰謀』
地球人類を救うのは偉大なるエルランティ「高橋信次先生」なり
土居釈信 出版サービスセンター 平成3年1月
・天上界・高次元のことを簡単に説明しますと、最上段階に神、そして、エルランティ(高橋信次先生)を長として、その下にイエス様、モーゼ様、御釈迦様の三聖人がいらっしゃいます。この次元を九次元(宇宙界)と呼びます。そして、その下の次元を八次元(太陽界とその下に如来界)と呼びます。そして、七次元(菩薩界)、六次元(神界)、五次元(霊界)、四次元(幽界)、三次元(この世)、という段階があるのですが、サタンは上から二段階目の次元、元の如来界の七大天使の一人だったのです。この如来界には、元来は八次元上段階におられるミカエル天使長を長として、その下に七人の天使達がいて、それぞれに役割と力を持っています。
・そして、この七大天使の中の一人にルシ・エルという天使がいました。このルシ・エル天使が後の“サタン”になっていくのです。
・大天使達が地上界に降りられた時の、手助けをするのが彼の役割だったのです。サタンが七大天使であった頃は、このような偉大な力を持っていたのでした。
<地球人類の起源(円盤による降臨)>
・地球人類の歴史の始まりです。私達人類は、猿やアメーバから進化したと言われていますが、この進化論は誤りです。
・“『地球』を開拓し調和させ、魂の修業せよ”との神の命を受けてエルランティとすべての天使達、そして、第一陣に選ばれた約千名の人々が、反重力光子宇宙船(円盤・UFO)に乗り、ベータ星から数億光年も離れた『地球』という、神から与えられた次の修業の場を目指して、希望と使命に燃えて出発したのでした。それから人類は円盤に乗って長い旅を続け、ついに地球上のエジプトの地、ナイル川流域の、エルカンターラという場所に着陸しました。
『UFO五次元東京会議』
中丸薫×竹本良 VOICE 2011/12/8
<大震災前後に地球に現れたUFOたち>
・実は「NORAD(北米航空宇宙防衛司令部)の元職員にスタンリー・A・フルハムという人がいまして、彼が暴露した中に「カウンシル・エイト(審議会8)」という宇宙連合的な組織についての情報があるんですね。これは、プレアデス、オリオン、シリウス、牛飼い座、アルファ、センタウリ(ケンタウルス座α星)、レティクル座ゼーター星、Comsuli、Pouseti(最後の2惑星の名前は存在が不明)の合計8つの知的文明で構成されている組織のことなのですが、こうした星座のグループが近年、共同して地球に現れてデモンストレーションをしているらしいんです。
<これからの時代に必要なのは“魂感覚”>
・中丸;エルランティというのは神に一番近い人です。世界中のあらゆる宗教において、例えば、モーセのときはヤーウェと名乗り、イエス・キリストのときはエホバと名乗り、イスラム教のときはアラーと名乗り、仏教のお釈迦様のときはブラフマンと名乗って人々を導いた、そういうお方ですね。でも、神ではないんですよ。神に近い存在といったらいいでしょう。
・生前にお付き合いのあった宗教家の高橋信次先生が亡くなられて、もう30年以上経ちますが、あの方は、実は、お釈迦様の生まれ変わりだったんですよ。
・いってみれば、お釈迦様もイエス・キリストもみんなエルランティの分身なんですよ。ですから、よくよく考えてみれば、宗教戦争をすること自体がおかしいんですよ。魂の源は、皆一つなのにね。そして、人間もその分霊を誰もが抱いているわけですから、その心を浄化して輝かせなければいけないんです。
『日本猟奇史』 大正・昭和編
富岡直方 国書刊行会 2008/7
<24歳で女が男になった変性体>
・{大正10年(1921)7月} 女性から男性への変転、これはたしかに異常な感激であり、その体験の心理たるや、けだしうかがい知ることのできぬものであるに違いない。つぎに採録したものは、その微妙な体験心理の片鱗を示したものと信ずる。
江戸時代にも、男から女に変わった例はある。しかし、それは自然化であったが、近代のは医術化である。そこに、時代の流れの変遷が見られる。
・「徳島市○○町○○ゆきの私生児かめを(27)が、24歳のとき、徳島市三宅病院の手術を受けて男となり、今年亀雄と改名して、徴兵検査を受けたことは既報したが、その結果は丁種の不合格で兵役には全然関係のない身となった。彼は24年間の女性生活について、こう語っている。
私は、尋常2年生を中途で退学しまして、子守や下女奉公ばかりしておりましたが、19の年に女として人並みの身体でないことを覚り、つらつら世の中が嫌になりました。それでもまだ女であると信じていましたけれど、24の年に医者に診てもらいまして男であると聞かされたときは、ホントに天にも昇る心地がしまして、さっそく銀杏髷に結っていた緑の髪を切り捨てました。裁縫から炊事まで女ひととおりのことはできるけれども、悲しいことは読み書きのほうがさっぱり駄目ですから、いつも字引を懐ろにして、わからない文字を覚えるようにしています。ま
だ綴り方まではできません。
身体のこなしも、言葉遣いもまだ女に近いが、いまでは立派な細君ができていて、近く徳島の本町でフライビンズの製造販売を始めるとのことである」――(大阪毎日新聞)
<大阪に起こった不思議な幽霊写真の怪事件>
・[大正10年{1921}7月] 幽霊が写真に撮ったという奇怪な事件は明治時代篇(63)にも記したが、今回のはさすがに時代の進化で、新聞記者もこれをそのまま事実として受け入れることができず、それに科学的解説を付して、幽霊の出現を否定し、見出しも「珍談――幽霊写真」としている。もっともな見解である。
・しかし、その記事を読んでいくうちに、そこになにかしら否まれぬ奇異の存在があるように思われる。ことに科学文明の進んでいる欧州において、幽霊写真の事実が肯定され、それが研究されている事実を考えるとき、また前記明治時代篇に載せた事実を想起すると、あながち否定することもできぬように思われる。要は読者の判断に任すとして、ここにその全文を掲げて見ることとした。こうした記事の取り扱いについては、そこに時代の流れを知ることができようか。
<男女両性を完全にそなえた半陰陽の奇少年>
・{昭和6年{1931}11月} 17日午後2時、東京高田警察署では、市外高田町雑司が谷の聖労院に志賀警察医を派遣して、同院に収容されている者の病患者を検診したが、そのさい、脚気患者松本茂(仮名)17歳という少年が、はからずも男女両性を完全にそなえているということが発見された。
その結果、警察側としては、医学上の問題よりも、取り締まり上の関係から、この両性をそなえている松本を、従来どおり同院の男子部に収容することはできず、といって女子部へ回すのも変だとあって、聖労院とも協議の結果、17日夜からは同院内の「慰めの家」に収容することとなった。
・この松本少年いな少女(?)は、去る9月23日、浅草公園のルンペンの仲間にいたのを、同僚40名とともに象潟署から聖労院へ回してきたものであったが、ザンギリ頭に、黒い顔、太い眉、どうみても男であった。
父は、以前火の番をやっていたが、いまは消息不明で、母は浅草の某家で厄介になっている。戸籍面は「松本茂子」となっていて、神田に生まれたが、小学校は浅草の千東小学校に通い、可憐な一女生徒として5年を終了した。
・それが、学校を出るころから、肉体に変調を来たし、男性的な力強い衝動がムラムラと頭をもたげてくるのを感じるようになり、それから男子の生活をはじめた。
べらんめえ口調で、浅草界隈の不良少年などを捉まえてケンカをしたり、女の子を泣かせて喜んだするようになった。そのうち公園のルンペンの群れに投じたものであった。
・少年「松本茂子」を診察した高田警察署の医師は、「松本は完全な両性をそなえ、医学上半陰陽といっている。軽度のものは従来も見たことはあるが、こんな完全なのははじめてで、医学上有力な参考資料です。両方とも10歳ぐらいの発達の程度である。本人の意志は完全に男性であるが、皮膚などは女性です」と語っていたという。――(東京日日新聞)
<尾のある人間が三人、徴兵検査に現われる>
・{大正3年{1914}7月} 明治22年(1889)6月21日の「時事新報」に「生まれながら尾あり」と題する、つぎのような記事が載せられている。
「南アフリカ、ナイアムス地方にナイアムスと称する種族ありて、その種類は人類ながらも猿の如き尾ありとは、該地方を跋渉して帰りたる欧州人のしばしば報ずるところなれども、人々みな尾あり、尾あるをもって一種族をなすというが如きは、いまだこれをもって信をおくもの少なし。しかし、生まれながらにして尾ある人は、古来、その例少なからず。」
・また、ある探検隊が、未開の地で現地人に襲撃されたとき、そのなかの1人を捕えたら、その人には尾があったという記事を見たことがあることから考えて、人間にもたまたま尾のある者がいるということだけでは否めない事実であるらしい。
しかし、右はいずれも外国の話であるが、ここに、わが国にも、尾のある人のあることが発見された。まことに稀有の奇怪事である。
・江戸時代の随筆に、ある人間に急に尾が生えて、犬のような真似をするようになったという話が載せられているが、それは充分な信をおきえないにしても、つぎに掲げた記事は、徴兵検査官が発見したという大新聞の記事であるから、充分信じえられる記録であろう。
・「和歌山県における徴兵検査は、4日(7月)をもって終了したるが、県下における徴兵体格検査のさい、有田郡出身者にして臀部に長さ一寸余の尾(?)の如きものある人物3人まで発見され、当該徴兵官は、全国にいまだ類例なき珍事実なりとて驚きおれり。そのほかに奇病者として、尿道破裂のため女子の局部の如く変形せるもの1人ありたり。ちなみに、県下の徴兵成績は昨年に比し不良にして、和歌山市の如きは最も劣れり。また徴兵忌避者は、紀の川沿岸伊都、那賀両郡の資産家の子弟に多かりしと」――(大阪毎日新聞)
『天国の真実』
マシューが教えてくれる天国の生活
スザン・ワード ナチュラル・スピリット 2006/10/10
<ニルヴァーナ(涅槃・天国)評議会>
<ニルヴァーナ評議会は、天国の統治体>
・(マシュー)最も尊敬される賢明な魂だけが評議員として検討される。彼らの経歴はさまざまだが、専門や学術的知識よりも知恵がその地位に就くのに最も大切な基準となる。たいていの場合、評議員たちは地球に何度も転生しているが、必ずしも地球での経験に留まるわけではない。
・評議員は男女、そして両性具有の魂の代表だ。
・グレート・マスターは、住人でもなければ、体も持たない。彼らの強力なエネルギーは、この太陽系一体から、リラ、シリウス、プレアデスといった地球文明の発展に緊急に関連する星系に瞬間的に移動できるんだ。
・たとえば、地球での大量死など、評議会が注目すべき大きな動きがあるときは定期会合はない。
・ここでは、もし指導者と住人の間に何かトラブルがあったとしても、本当に統治するのは大衆の意思であって、指導者の意思ではない。それは共和制の土台に則り、選出やリコールが即座にできるんだ。評議員は自信をもって投票する広範な人たちによって選出され、同じようにリコールも起こりうる。
・評議会は、この領域にあるいは地球の愛する魂たちに影響を及ぼすすべての事柄を管轄している。
・評議員の服装は白いローブに金色の紐帯だよ。服装だけを見れば、ここにいる普通の住人と変わりない。
<未知の宇宙で絶え間なく続いている戦い>
・地球を例外として、僕らに影響を及ぼすすべての領域の統治体とやりとりし合うんだ。地球に関しては、評議会は天使界や霊界の地球外生命体、そしてこの宇宙規模的な大変化の時期にライトワーカー(光の使者)として、地球を援助している人たちや、人間界の上にある文明とやりとりしている。
<ニルヴァーナ(天国)、そこは地上の生活と驚くほど、似通ったところが多くあるようです。>
・他巻にはマシューやその他多くの地球外惑星の存在たちからのメッセージをまとめてあります。
・それまでのジャーナリズムの仕事をしていたことが、マシューやその他の高次の存在らとの交信を活字にして出版するという今世の使命への準備だったことを知る。
・私が話している相手は、息子としてのマシューだけでなく、彼の累積した魂の集合体である「累魂」であると知ったときは驚きました。
・なぜなら、私が交信しているのは、それがマシュー人格であれ、彼の累魂であれ、マシューだけなのですから。
<ニルヴァーナ(涅槃)>
・(スザン)ニルヴァーナって地球から見ると、どこにあるの?
(マシュー)普通、地球と月ほどは離れてはいないんだけど、ここは静止した領域ではないから、相対的な位置はまちまちだね。ニルヴァーナと同じような肉体のない魂たちの他のすべての安息の地も静止していない。
・(スザン)ニルヴァーナ(天国)ってどのくらいの大きさなの?
(マシュー)さあ、何といったらいいかな、やさしい母親のイメージだよ。大きさはそう金星ほどかな。
・密度が濃くてエネルギーが不純であるほど、そのレベルで機能している魂たちはよりいっそう悪に縛られている。この多層構造宇宙の最下層は不純な場所であり、創造主に一番近い最上層は、光が最も多い天使界なんだ。
・普通は、ハトン銀河連合星の隊員がその両方を占める。その艦隊の一部がプレアデス星系に基地を置き、宇宙の中で、ここや同様の他の領域の(天国の)膜の見張り役の任務に就いている。
・そして、(天国の)膜が保護機能を完璧に保てるようにメンテナンスもしているんだよ。その艦隊は、この領域の保護が特務というわけではないけれど、ここ数年間は彼らがこのあたりでよく活動していて、主な見張り役であるように、彼らもシフト制でやっている。彼らがこの任務に就く前は、普段はシリウスからの大きな一機の宇宙船が近くにいて、頻繁に立ち寄って、監視していた。
<修理隊員のひとたちは体を持っているの?>
・普通は第4密度の体で来るけれど別にそうではなくてもいいんだ。いったんここに来れば、彼らの顔とか体を現すこともできる。
<ニルヴァーナ評議会>
・評議議員は、男女そして両性具有の魂たちの代表だ。それには素晴らしい知恵や知識を持って新たに加わる者もいるし、また霊的な進化から言えば、ニルヴァーナを数段超えているのに、あえてこの領域に留まることを選んだマスターたち、また必要に応じて請願されるグレート・マスターたちがいる。グレート・マスターは住んでもなければ、体も持たない、彼らの強力なエネルギーは、この太陽系一帯から、リラ、シリウス、プレアデスといった地球文明の発展に緊密の関係する星系に瞬間的に移動できるんだ。
・たいていの場合、評議員たちは地球に何度も転生しているが、必ずしも地球での経験だけに留まるわけではない。
<パートナーシップ>
(スザン)同性愛のパートナーは、両者が望めばニルヴァーナ(涅槃・天国)でもそのつながりを継続できるの?
(マシュー)そうだよ。同性愛というのは地球ではよく理解されていない。言ってみれば、同性愛は体や物理的側面というよりも、霊の進化の一段階であって、他の身体的あるいは霊的発達段階と比べてとがめられるものでも崇められるものではない。
・それに僕たちは一回きりの人格でなく、類魂だということを忘れてはならない。どの類魂もおそらく肉体、あるいは肉体なしで男性、女性、そして、両性具有の存在として何千回も転生している。
・もし直前の過去世の地球の人生で同性愛者だったら、ここにも同じ状態でやってくる。ここでは体が性的行為をする造りにはなっていないから、同性愛の精神的な側面だけがついてくる。
・地球で猛烈に同性愛を糾弾している人たちというのは、直前の過去世で同性愛者の人格を経験した魂たちなんだ。
(スザン)同性愛は今、地球の歴史上、かってないほど増えているのかしら?
(マシュー)いや、でも有史以来、今はずいぶん人口が増えているから、割合は同じでも数にすれば、増えていることになるね。歴史上、様々な分野で尊敬されている著名なマスターたちは多くが同性愛者だ。
『聖母マリアの奇跡』
世界中に出現する「キリストの母」からの預言メッセージ
鬼塚五十一 学研 2003/5
<『ファチマ第3の秘密を全世界に公表しろ!』>
・改めて振り返ってみると、すでに23年の歳月が流れている。当時、私は『週刊現代』(講談社)の記者をしていた。
そんなある日、デスクから「面白そうだから、これを追いかけてみろ」と、小さな新聞記事の切り抜きを渡された。記事といっても、わずか1段数十行の、いわゆる「ベタ記事」と呼ばれるものである。丹念に隅から隅まで読む人でないと、思わず見落としてしまうような小さな記事だ。そこにはこう書かれてあった。
「ハイジャック犯の要求『ファチマ第3の秘密を全世界に公表しろ!』」
ロンドンのヒースロー空港で、旅客機がハイジャックされ、犯人はそう要求しているものの、その要求内容はまったく不明だということだった。そのほか、詳細は何も書かれていない。
<聖母出現の聖地に続々と訪れる巡礼者たち>
・ポルトガル人を夢中にさせるものは、3F。ファチマ、ファド(ポルトガルの演歌)、フットボールである。その3Fのひとつ、ファチマが聖母出現の聖地であり、毎年5月13日がその祝日となっている。人々の群は、そのファチマへ向かう巡礼者なのだ。
彼らは昔から何日もかけ、歩いてファチマに巡礼する。今やこの国民的行事となった巡礼のため、政府の軍隊や赤十字は国道の要所に仮宿泊所や治療所のテントを設け、国をあげてこの宗教的行事に対応するのである。
<3人の子供たちに告げられた3つの預言>
・ファチマは、首都リスボンから北東へ約150キロのところにある、人口わずか2500人の小さな村である。この村に聖母マリアが出現したのは、ロシア革命が勃発した1917年のことだった。
・その年の5月13日、ルチア・ドス・サントス(当時10歳)と、その少女のいとこにあたるフランシスコ・マルト(当時9歳)とヤシンタ・マルト(当時7歳)の兄弟が、羊を負いながらコーワ・ダ・イリアという窪地にやってきたとき、聖母の出現を受けたのである。
そのとき、聖母は雪のように白い衣服をまとい、黄金色で縁取られた白いマントを羽織っていた。聖母はこの世のものとは思えない清らかな声で、3人の少年少女に優しく呼びかけた。「怖がらないで。悪いことはしません。私は天国からやってきました。世界が平和であるように、毎日熱心にロザリオの祈りを唱えなさい」
そして聖母マリアは3人の子供たちと、毎月13日の同じ時刻、同じ場所での再会を約束して別れを告げたのである。
「ご出現があったのは合計6回で、第3回目の7月13日、聖母は3人の子供に3つの預言をいたしました。第1の預言は、当時の第1次世界大戦(1914年~1918年)が間もなく終結するだろうということ。第2の預言は、第2次世界大戦の勃発、核兵器使用とソ連の脅威です。そして第3の預言は、まだ公表されていないのです。その第3の預言が秘密にされつづけたため、『ファチマ第3の秘密』といわれるようになったのです」
いうまでもなく、第1と第2の預言は見事に的中している。とくに第2次世界大戦の預言は、恐ろしいほどに当たっている。
・預言を受けた3人の子供のうち、ルチアは1948年から現在までコインブラのカルメル修道院で健在であり、2003年には96歳になる。彼女には、ローマ教皇の許しがない限り、親戚以外は面会することができない。
筆者も当修道院を訪れ、取材を申し込んでみたが、ガードは堅く、断られてしまった。近所の人の話だと、彼女は選挙のとき以外は外出しないという。
カルメル修道院はルチアに関して、厳しく沈黙を守ったままである。
残りのふたり、フランシスコとヤシンタは、聖母マリアの預言どおり、出現から1年たらずのうちに死亡している。
<輝く太陽が火車のように回転し、落下した!?>
・出現当時、3人の子供たちは当然のことながら、人々から嘘つき呼ばわりされ、地元の教会からもきつく戒められていた。
ところが、噂が噂を呼び、第5回目の出現があった9月13日には、刈り入れの忙しい時期にもかかわらず、2万5000人から3万人の群衆がファチマの地に押し寄せてきた。その日の目撃者は次のように語っている。
「前の日からひっきりなしに人々の列が続き、明日の出現に立ち合うために徒歩でファチマへ向かった。それは本当に人の山だった。道を歩きながらロザリオを唱えつつ進む、無数の巡礼者の敬虔さ。燃える信仰。私は深く感動し、たびたび目から涙が溢れでた。10時ごろ、私たちは到着した。群衆はすでにおびただしい数にのぼり、ほとんどの人がひざまずいて熱心に祈った。最後には群衆の数は、3万人近くもなっていると思われた」
・3人の子供たちには、球に乗った光り輝く聖母マリアが見えた。
・聖母マリアは3人の子供たちに、戦争の終結を願うためにはロザリオの祈りを続けることが必要だと説いた。そして、かねてからの約束である奇跡の実現の日と、10月13日に再来することを告げ、再び光を放つ球に乗って太陽の中に消えていった。
約束の10月13日、ファチマには10万人以上の群衆が押し寄せ、興奮の坩堝と化していた。聖母マリアはその10万人の群衆の前で、太陽を火車のように回転させたのである。
太陽の大きな光の束は、緑、赤、黄、紫、青と変化し、四方八方に飛び散った。周囲の雲は虹を浴びたように輝きわたり、木も草も人間も動物も、地上のものは大光線の綾なす世界に飲み込まれてしまった。群衆は息を殺し、身動きひとつせず、この光景に見入っていた。
この光の乱舞は合計3回続いた。ところが、3回目の回転が終わると、太陽は赤く燃え上がる火の玉になり、群衆目がけて突進してきたのだ。まるで世界の終わりが来たかのようだった。
詰めかけた群衆は大混乱に陥った。大多数はその場にひざまずき、うめき声や涙とともに、大声で今までの自分の生き方に対する改悛の祈りを唱えはじめた。人々はこのとき、強い熱を感じていたのである。
人々の祈りが高まったとき、突如、太陽は落下を止め、降下したときのように稲妻の光のようなジグザグの経路をたどって元の場所に昇っていった。やがて、少しずつ普通の輝きを取り戻し、青空の中におさまったのである。
奇跡は終わった。
このとき、出現前に土砂降りの雨に打たれ、濡れていた人々の着物は乾いていた。
群衆の中には信者もそうでない者も、田舎の人も都会の人も、科学者も新聞記者もいたが、すべての人々は一様に信じた。
さらに、この現象を何も知識のない多くの人々が、ファチマから30~40キロ離れたところで目撃している。
・翌日の新聞は、このファチマの大奇跡を大々的に報道した。教会ではあまりの事の大きさに、10年以上厳密な調査を重ね、1930年10月13日、ファチマの聖母に対する信心を許可することを正式に宣言した。この奇跡が許可された日、出現があったコーワ・ダ・イリアには10万人もの巡礼者が、世界各地から集まってきた。
1932年5月13日には、リスボン駐在教皇大使自らが大巡礼団の団長を務め、ファチマを訪れた。
現在、ファチマの聖母出現地には、広大なファチマ大聖堂が建てられ、世界各地のカトリック信者が年間200万人も訪れている。
<公表された「ファチマ第3の秘密」は捏造されていた!>
・「それは、内容が非常に重大なことだからです。私の先任の教皇たちは、外交的な配慮からこの発表を控えました。しかし、次のことがわかるだけで十分でしょう。すなわち、ファチマ第3の預言によれば、“おおきな大洋(大西洋、太平洋)が火の海となって大陸に襲いかかり、一瞬のうちに何百万単位で人々が滅びる”というメッセージです」
まるで、核兵器を使用した第3次世界大戦の惨事を思わせるような内容である。
しかし、この預言の公表は、それだけではなかった。第3の預言の中には、今の教皇ヨハネ・パウロ2世の後に、フリーメーソンに支えられた反キリスト的人物がローマ・カトリックを支配し、不正な方法で偽教皇として君臨するようになる、という不穏な内容も含まれているといわれている。
・ところが、いざ蓋を開けてみると、そこには思わぬ結果が待ち受けていた。ヨハネ・パウロ2世のこの大英断にもかかわらず、ヴァチカンの担当枢機卿たちはその指示に従わずに、肝心の部分を握りつぶしてしまったのだ。
「ファチマのメッセージ」と題された43ページのその小冊子には、第3の預言としてこう書かれている。それは、白い服を着た司教(ヨハネ・パウロ2世のこと。教皇は司教職の最高責任者)が、ほかの司教、司祭、修道者たちとともに急な山を登り、荒削りな木材で作られた大きな十字架に向かっていく様子から始まっていた。
「そこにたどり着く前に、教皇は半ば廃墟と化した大都市の中を通り、そこに横たわる無数の死体のために祈り、その悲しみと苦しみで震え、進んでいったのです」
とルチアの私記の一部を紹介している。そして、それはこう続く。
「教皇が山の山頂に到着し、大きな十字架の下にひざまずいて祈っていると、兵士の一群がやってきて、銃弾や矢で教皇を殺した」
そして、教皇とともに来た人々も、同じように殺害されたという。
・第3の預言は、この教皇受難のことだと教理者たちは発表している。しかも、この教皇の苦しみと苦難のビジョンは、1981年にサンピエトロ大聖堂前広場で、ヨハネ・パウロ2世が狙撃された事件によって頂点に達したため、この預言はすでに終わっているというではないか。
つまり、もう秘密はなく、すべてが公表されたのだという。
多くを知らない者なら、それで騙されたかもしれない。実際、マスコミはその主張どおりに報道し、日本のカトリック新聞でさえも「ファチマの預言は、すべての秘密がもう明かされた」と報じた。
しかし、本当に預言の公開を待ち望んでいた人々は、すぐにその虚偽を見抜き、怒りの声を上げたのである。
「80年以上も封印されていた預言が、こんなものであるはずがない!」
「ヴァチカンは預言の秘密を闇に葬ろうとしている。反キリストの勢力であるヴァチカン内のフリーメーソンの陰謀だ!」
イタリアを中心に各国からの不満の声が高まった。
・こうして、またしてもファチマ第3の預言の真実は公表されず、それは今もヴァチカン記録保管所に封印されたままなのである!