日本は津波による大きな被害をうけるだろう UFOアガルタのシャンバラ 

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松下政経塾では、いろいろなことを体験しましたが、すべての教えの中心にあるのは「現地現場主義」ということだったと思います。(6)

 

国民一人ひとりではなく、大企業のための国づくり

・(鳩山)いまの内田さんのお話を伺うと、まさにその通りの気がします。目先のこと、目先の利益ばかりを政権が追求するというのは、それは国民自体がそうだからなんですよね

 ですからおっしゃる通り、いまの国民には安倍さんが合っているという話になってしまうと、今後もこの政権がかなり長期的に続く可能性がある。そうなると、この国の将来がどうなるかということを見定める役割を持つ人がいない状況が続くことでもあり、非常に国益を損なう可能性があると私は思っています

 結局は安倍さんがやろうとしていることは、大企業、いわゆる輸出企業にとっても、最もやりやすい国家をつくるということでそれは長期的に見れば、必ずしも国民一人ひとりの幸せとは結びつく話じゃないということに、もっと国民が気がつかなければいけないのだと思います。

 

・では、現実はどうかといえば、この国はもう将来、1億人を間違いなく切る時期が来るし、そのときには4割近い方が高齢者なのです。もう成長を競うような時代ではなく、いかにして成熟国家として、1人ひとりの幸せというものをつくり上げていくかということが求められているときに、1人ひとりの幸せではなくて、自分の幸せという意味では、憲法改正でしょうし、大企業の幸せというのは考えているかもしれませんが、どう考えても、いまの成熟社会の1人ひとりの幸せを優先して考えて政策をつくり上げる人ではないのでしょう。

 

貧乏くさい日本人にジャストフィットする貧乏くさい政権

・(内田)先ほど言った通り、有権者が自分のことを株式会社の従業員だと思い、安倍首相を社長だと思っているなら、安倍政権の政策の成否を決定する権限は自分たちにはないと考えるのは論理的には当然のことです。株式会社の場合なら「マーケット」が経営方針の適否にただちに判断を下してくれる。売り上げ、利益率、株価というようなわかりやすい指標がある。従業員が判断しなくても、「マーケット」がその経営者が適任かどうかを判断してくれる。たぶん、日本国民の半分くらいはぼんやりそう思っているんじゃないですか。

 日本の場合は、「マーケット」に相当するのが得票率と株価とホワイトハウスからの信認であるわけです。選挙で過半数を制し、株価が高値で安定していて、ホワイトハウスが「安倍でいいよ」と言っている限り、日本の有権者に政権に文句を言う資格はない、と。そういうふうに考えているんだと思いますよ。

 

・安倍政権はそういう有権者の組織経験の貧しさを熟知していて、それを最大限利用している。その点でまことに狡猾な政権だと思います。得票率よりも議席占有率が大幅に増える選挙制度を活用し、税金を注ぎ込んで官製相場をつくり、アメリカの言ってくるすべての無理難題を受け入れて、ホワイトハウスに忠誠を誓っている。「マーケット」の評価が下がらないように、あらゆる手立てを尽くしている。というか、それだけしかやっていない。

 

・でも、これも結局、公共の者である年金や税金が個人資産に付け替えられているだけなんです。公金を私財に流して、それによって懐が潤っている人たちの支持を集めて、政権を維持している。支持率を税金で買っているようなものです。

 短期的には、一部の人たちにとっては、安倍政権は合理的な政権運営をしているように見えているんです。でも、こんなこといつまでも続くわけはない。どこかで破綻する。国家が続くためには、どうしても守り抜かなければならない国民資源がありますけれど、それを先食いしているわけですから。

 

決して傷つけてはならない国民資源というのは、例えば自然環境です。海洋や大気や河川湖沼や森林はどんなことがあっても保全して、将来の世代に遺さなければならない。社会的インフラもそうです。上下水道、電気、ガス、交通、通信、そういうものはとにかく安定的に維持されなければならない。行政や教育、医療、司法制度などの制度資本もそうです。そういう国民資源のことを経済学では「社会的共通資本」と呼びます。それは政権政党の政治イデオロギーや景況とかかわりなく、専門的知見に基づいて、安定的に管理運営されなければならない。

 ところが、いま安倍政権はまさにそのような手をつけてはいけない国民資源に手をつけて、それを市場に流し込んで、換金しようとしている。水道の民営化とか、公共交通の民営化とか、目先の銭金のために、50年、100年単位で安定的に管理運営すべきものを営利企業に委ねようとしている。

 

社会福祉に対しても、あんなものは要らない。弱者は自己責任でそうなっているんだから、野垂れ死にしても仕方がないというような不人情な考え方をする人も若い人たちの中にはいくらもいます。自分自身が貧困層であるにもかかわらず、公金を使って弱者を支援することは論理的に間違っていると言い張る。生活保護一歩手前の収入しかない低賃金労働者が、生活保護の給付基準をもっと厳しくしろとか、福祉予算を削れという主張に賛同している。最低賃金を上げろという主張にも、特に関心を持たない。労働組合をつくることもしない。いちばん安い賃金が標準賃金であって、それより多くもらっている労働者は「もらい過ぎ」だから、賃金を減らすべきだというような新自由主義者の主張に喝采を送る。明らかに倒錯しています。自分自身の社会的基盤を危うくするような政策に喝采を送っている。

 

・(内田) 本質的に、安倍政権はとても「貧乏くさい」政権だと思います。めっちゃ貧乏くさい政権なのですが、いまの日本社会そのものが貧乏くさくなっているので、政権と波長が合うのです。

 80年代やバブル期の右肩上がりの時代を僕はよく覚えていますけれど、あの頃はとにかくみんな金儲けに夢中だったので、他の人間のことをあまりかまわなかった。僕のような人間が、バブルの騒ぎに背を向けて、ひたすら武道の修行をしたり、レヴィナスの翻訳をしたりというような、世情と無関係なことをやっていても、放っておいてくれた。

 

・そういう余裕がバブル崩壊からあと、なくなってしまった。社会全体がどんどん貧乏くさくなってきた。みんなが他人と自分を比較して、どちらが「いい思い」をしているのか、うるさく詮索するようになってきた。人のことを放っておいてくれなくなった。そういうものなんですよ。貧乏になると、人間は他人がやっていることが気になるんです。

 そうやって、90年代から、まずうるさく「格付け」がなされるようになった。その格付けに基づいて、公共的なリソースを傾斜配分するようになった。「どうやってパイを大きくするか」ではなく、「パイの取り分をどうするか」のほうに頭を使うようになった。これが落ち目の国の特徴なんです。生活保護受給者へのバッシングなんていうのは、もう典型的な「落ち目」の徴候です。これは明らかに日本の国運がピークアウトして、回復の見込みのない後退局面に入ったことを示しています

 

・貧乏そのものは別に恥ずかしいことじゃない。それは散文的な事実にすぎない。でも、貧乏くさいのは恥ずかしい。それはマインドの問題だからです。パイの分配の仕方とか、他人の財布の中身ばかり気になるのは貧乏じゃなくて、貧乏くさいのです

 いまの日本は貧乏くさい社会です。だから、僻みとか、嫉妬とか、何かで受益しているように見える他人を憎んで、その足を引っ張ろうとする。

そのことを本人たちは「社会的フェアネスの実現」だと思い込んでいる。

でも、日本人の質が変わったわけじゃないんです。ただ、

 

安倍政権というのは、貧乏くさい日本人が選んだ貧乏くさい政権なのだと思います。身内にだけ飯をおごる。自分におべっかをつかう人間だけ厚遇する、少しでも反対する人間には意地悪をする。こんな「せこい」ことをするのは、全員で分かち合うだけの資源がもうないと思っているからです。

 

脆弱性を持っているからこそ、強権的になっていく政権

・(鳩山) 本来、この国が貧乏になっていけば、それは政治の責任だということで、政府に対する批判が強くならなきゃおかしいですよね現実問題として、3世帯に1世帯が無資産であるし、6人に1人の子どもが貧困でしょ。そこまで落ちてきているわけです。

 本来、この安倍政権の5年間で、決してこの国はよくなっているわけではなくて、どんどん貧乏化しているのは、間違いないわけです。

 

・(鳩山)自民党自身の支持率は)減ってきていますね。だから私は安倍政権がそんなに人気が高いとは、決して思っていませんよ。そういう自民党政治に対しても、国民は必ずしも支持していないと思うのだけども、ただ、それに対抗する野党の存在があまりにも非力に見えて、そこに自分たちの将来を託すこともできないでいる。

 これは私の責任でもありますが、民主党政権のときに、一時、国民のみなさんが熱狂的に私たちを支持してくださいましたが、それに応えることができなかったということも大きいのだと思います。特に菅政権、野田政権の時代になると、もう政策的には自民党とあまり変わらない政策を打ち出すようになった。

(木村) 第二自民党と言われました。

(鳩山) だとすれば、自民党政権でいいじゃないかというような、ある意味で選択肢がない中で、自民党政権が続いているというような気がします。

 ですから確かにいま、この時代に安倍さんが合っているのかもしれませんが、目覚めよというメッセージを、どこかで出すようなことを行わないといけないと思います。

(木村) 確かにいまの安倍政権というのは、まさに民主主義からファシズムへの移行、平和国家から戦争国家への転換を象徴する政権だと思っていて、その背景にもある、メディアと司法の劣化の問題も非常に大きいものだと思います。経済的な面では、内田さんも述べられたように、社会の二極化であらゆる中間層、共同体が崩壊して、個人がバラバラに原子化されているような情況。そうした中で強い指導者、強い国家を求める、依存するような国民状況がつくられているということなのでしょう。

 非常に深刻だと思えるのは、福島県の元知事の佐藤栄佐久さんが、お会いしたときにお話ししていただいたことですが、日本のシステムというのは、まさしく中枢から劣化して、腐ってきているという指摘です。

 

言葉をまったく重んじなくなった政治家たち

・(木村) ここ最近の選挙を見ると、与党は投票率をいかにして上げないかを一貫してやってきたと言えると思います。投票率さえ低ければ、与党は組織票で勝てるわけです。あとは小選挙区制のトリックで、すべてうまくいくという仕組み・構図ですね。

(内田) 得票率と議席占有率の間に、あまりに落差があります。民意を反映しない仕組みになっている。いまの政権与党はこれで受益しているわけだから、絶対に選挙制度を変えるはずがないでしょうけど。

 

本当に見識のない政治家ばかりになってしまった。何より言葉を重んじる人がまったくいなくなってしまった。「綸言汗の如し」とまでは言いませんけれど、食言どころか、平然と嘘をつくようになってきた。嘘をつくことが政治家のデフォルトになって、嘘をついてももはや非とされないという状況になってしまった。

 

・(内田) でも、滑稽だなと思うのは、国会答弁を聞きたくなくさせるのが、彼の戦略なんですよね。国会の中継で安倍さんが話し始めると、みんな思わずチャンネルを変えてしまう。そういう状況を彼は意図的につくり出しているわけですよ。国会の審議なんかには、意味がない、と。こんなのただの政治ショーで、アリバイづくりで、中身のある対話なんか行われていないという印象をすでにみんなが刷り込まれている。国会は国権の最高機関であって、そこで国民の代表たちが真剣に国政を議しているはずなのに、国会なんか機能していないじゃないかというふうにみんな思い始めている。立法府の威信が低下すれば、相対的に行政府の権力が増大する。立法府が空洞化すれば、結果的に行政府が法律を起案しかつ執行するという体制が出来上がる。でも、法律の制定者と執行者が同一である体制のことを「独裁」と呼ぶわけですよ。すでに独裁制への移行は順調に進行していると言っていいと思います。国会の威信低下を意図的に企んでいるのは、官僚たちでしょう。

 

官邸につながる高級官僚が実は日本を動かしている

官邸の情報統制ではなく、ほとんどは自己検閲、自主規制である

・(木村) 安倍さんに対する批判が、自民党の中でもかなりいま出てきていて、官僚の反逆によるリークもかなり出てきているという話があります。

(内田) リークはまさしく官僚内部の闘争の結果だと思います。財務省でも文科省でも厚労省でも、どこでも驚くべきような情報がリークされましたけれど、あれは外部から調査が入って出てきたものじゃない。内部告発です。

 

創価学会によって左右される日本政治

・(木村) この前の衆議院選挙でも、公明党の票がなければ、自民党議席は100ぐらい減っているのではないかとも言われています。

(内田) ただ、公明党もかなり票を減らしています。

 

有権者に関心を持たせないという倒錯した選挙結果

・(内田)2017年の衆院選をふまえて、あらためてわかったのは、選挙制度が非常によくないということですね選挙制度においていちばん大事なことは、どれぐらい正確に民意を反映できるかという点ですが、実際は各政党の得票率と議席占有率の間に大きな乖離がある。自民党は得票率2割台でしたが、議席占有率は6割を超えている。

 

・その点に関しては、安倍政権は大成功していると思います。立候補者の選任にしてみても、そうですね。そんな人間を国会議員にしてよいのかというような問題のある人をわざわざ選んでいる。これは「人を見る目がない」というよりむしろ、意図的に「不適切な人物」を選んでいるように僕には見えます。通常の市民的感覚から言って、「それはないだろう」というような人物が国会に送り込まれている。

 議員の質の低下によって自民党の執行部がダメージを受けているという印象はありません。

 

中途半端な選挙制度が温存している自民党政治

・(木村) いまの内田さんの選挙制度の問題点についてのご指摘。また、与党、特に自民党、安倍政権が、議会制民主主義は機能しておらず、国会は無用であるというふうに有権者に印象づけたり、政治に対して私たち国民が期待を抱かない方向に誘導するような思惑を一貫してもっているというご指摘がありましたが、鳩山さんはこの点をどう思われますか。

(鳩山) たいへんおもしろい意見だと思います。

 それぞれ正しいと思うのですが、一つ、この選挙制度に関して言うと、私は日本に二大政党政治を実現させたいという思いがあって、それは単純小選挙区制がいちばんその可能性は高いという判断をしているのです。

 

政治家の能力とは、無関係に吹く「風」の異様さ

・(木村) 小選挙区制に関しては、劇的な政権交代になり得るというメリットもあるとは思います。しかし、その一方で、やはり民意をなかなかそのまま反映しない、死票がものすごく多く出るという欠陥とともに、党の執行部に資金と公認の指名権を与えることによる独裁体制を招きやすいという問題もあるのではないかと思います。

 僕は、鳩山さんが先ほど述べられたドイツの小選挙区比例併用制のような、ヨーロッパ的な、民意が反映されるような比例代表を中心にした選挙制度がベストだと思っています。

 

賞味期限は2年と自ら言っていた小池百合子

結局、グローバル資本主義は戦争に行き着くほかない

・(木村) この平成30年を振り返ってみると、いまの日本は民主主義からファシズム独裁制への移行過程にあるのではないかと考えています。その世界的な背景には、1990年代初めに冷戦が終結し、アメリカ流の弱肉強食の金融資本主義、強欲資本主義が世界化し、新自由主義新保守主義(=新国家主義)のイデオロギーが浸透していくなかで、ルールとモラルなき世界が出現してきたという点があると考えています。そしてそれが、資本主義の世界的な行き詰まりに行きつき、もはや資本主義と民主主義との両立が不可能になりつつある状況下、強権的な政治経済体制に移行しつつあるのではないかと感じています。

 

全世界が模索している新しい資本主義のあり方

・(鳩山) 上から下に滴り落ちるはずだったのに、全然、トリクルダウンしないで、そのまま止まってしまっているものを、半ば強制的にでも、トリクルダウンさせていくシステムを社会に組み込んでいかないといけないということです。

 

トランプの登場で失われたアメリカの「真の国力」

・(木村)いま、そのグローバリゼーションに対する異議申し立てみたいな形でのナショナリズムが各国で噴出し、イギリスがEUから離脱したり、トランプ政権が出てきたりしました。

 トランプ政権は中国の台頭とアメリカの後退という世界的な流れの中で、パクス・アメリカーナはもう維持できないということで出現した象徴的な政権だと思います。

 

 

 

松下幸之助が描いた「21世紀の日本」』

世界を考える京都座会  PHP   2011/1/5

 

 

 

2010年の理想国日本

・その夢が実現された姿、すなわち近未来小説『私の夢・日本の夢 21世紀の日本』が想定する理想国日本は、2010年、まさにいまの日本にほかならない。いったい松下幸之助の夢はどれだけ実現したのだろうか。

 

・PHP研究所と世界を考える京都座会では、松下が描いた2010年を迎えたこの機会に、松下の“夢”とはどのようなものだったのかを振り返るとともに、それが現在、どの程度まで実現に近づいているのかを検証し、一書にまとめることにした。

 

<国としての方針・目標を確立せよ>

・『私の夢・日本の夢 21世紀の日本』が著された1970年代半ばの日本は、戦後30年余りが経過し、目覚ましい復興発展を遂げて“経済大国”と称されるまでになっていた。しかしその一方で、高度経済成長の負の面ともいえる公害や過疎過密の問題、物価騰貴、さらには青少年の非行、犯罪の多発といった好ましからぬ現象が社会の各面にみられるようになっていた時代でもあった。

 

・急速な成長発展を遂げながら、結果として社会の各面に大きな混乱・混迷を生んだ原因の一つに、松下は、戦後、日本が国として明確な方針なり目標をもたなかったことを挙げている。もちろん、“経済を復興させて日本を再建する”という目標は国民共通のものだったが、それはいわば必要に迫られてのものであって、明確な方針に基づいてなされてきたわけではなかった。したがって、国民個々は懸命に努力したとはいうものの、「一面においててんでんバラバラであった」と分析している。

 

「高い生産性」と「共存共栄」>

・では、松下幸之助が描いた「夢の日本」とは、どのような姿なのか。

まず経済についてみると、景気・不景気の大きな波のない、おおむね年率4~5%で推移する安定した経済成長を続けている。

 物価水準も安定し、多くの先進国が物価騰貴に悩まされるなか、輸入物資の急激な騰落が一時的にあることを除けば物価の変動はほとんどない。それは、企業間の過当競争を戒める風潮が強いこと、大企業と中小企業が互いに支え合い調和し合って共存共栄する経済が実現していることによる。

 また、多くの事業において国営から民営への移管が進み、経営の合理化、効率化が研究されている。そこに適正な収益が生み出され、社会全体の生産性もきわめて高い。

 

「適材適所」と「国民意識の向上」

・教育の面では、教育権を行政府から特別に切り離して“教育府”を新設するという大改革が行われた。

 

・日本は人口の割に国土が狭く、しかも国土の約7割が山岳森林地帯である。国土創成計画とは、その7割の山岳森林地帯のうちの2割を開発し、同時にその土を使って海を埋め立て、有効可住面積を倍増させることで、

将来もっとも懸念される問題の一つである食糧問題をはじめ、地価の高騰、住宅不足、公害、交通事故などの諸問題を解決しようという国家的事業である。これは、1970年代に発案され、20世紀末までの20数年をかけて周到綿密な計画が作成されたうえで、21世紀初頭から約200年をかけての実現をめざしている。

 

・最後に政治についてだが、政情不安に悩む国が多いなか、主義主張を異にする政党同士であっても自民の主張にとらわれず、“日本のため”という共通の目的に向かって対立しつつも調和するという姿が実現している。

 

・そして自衛と安全の確保についても、国民の意識がきわめて高い。軍国的にではなく、平和裡に安定発展していこうと国民的合意の下に、近代的で質の高い自衛力を備える一方で、徳行国家、平和国家として国としての総合力を高め、世界各国との結びつきを固くすることによって、自国の安全をより盤石なものにしている。

 

人間は偉大な存在である

・このように、松下幸之助の描いた2010年の日本は、“あらゆる面で理想的”とはいえないまでも、それに向けて着実に進んでおり、少なくとも世界各国から理想国家として憧れを抱かれる国になっている。

 冒頭で述べたように、同書が著された1970年代半ばには、さまざまな社会問題が噴出していた。

 

和を貴ぶ、衆知を集める、主座を保つ

・第二は、「日本人としての自覚」である。人間には、すべての人に共通の普遍的な本質があると同時に、異なった歴史や気候風土のなかで培われてきた国民性や民族性がある。

 

・「和を貴ぶ」とは、平和を愛好し調和を大切にする精神である。「衆知を集める」は、日本が長年にわたって外国のよいもの、すぐれたものを進んで受け入れ、それらを活かすことによって国を発展させ、日本文化をつくりあげてきていることを指す。「主座を保つ」というのは、自主性や主体性を持つことを意味する。

 

現代日本が憧れうる姿

・現実の2010年を迎えたいま、松下の描いた理想像を議論の取っ掛かりにして、われわれが現在置かれた状況、行なっていることを虚心坦懐に反省してみることもまた、意味のあることではないかと考え、本書を読者諸兄のご参考に供する次第である。

 

<「地域分割」こそ成功のカギだ  加藤寛

<厳守すべき2つの原則>

どんな企業・組織であれ「効率的であること」「政府からお金をもらわないこと」…………これが鈴木善幸内閣の土光臨調で私が考えた、三公社民営化にあたっての二大原則である。

 まったく同じようなことを松下幸之助さんが考えていたことに、今回あらためて驚かされた。まさに松下幸之助さんが力説しておられるように、民営化によって、経営は合理化される。民間の企業で効率的でない組織などはありえない。

 

・この点で、中曽根康弘内閣で行われた国鉄の民営化は大成功だった。成功の最大の理由は、民営化にあたって組織を6つの地域に分割したことである。分割すれば、全国一本の労働組合が潰れる。労働組合を潰すことこそ、民営化成功の絶対条件である。

 

道路公団民営化は不十分>

・その後に行なわれた道路公団や郵政事業の民営化も、必ずしも十分な「分割民営化」にはならなかった。この点が非常に残念である。

 

<郵政改革は地方分権とのセットで>

郵政民営化も、分割に失敗したという点では同じである。郵政の場合、事業ごとには分割したが、地域分割は行なわれなかった。

 

<他分野への応用を急げ>

・「分割民営化」の発想は、今後、たとえば、農業や社会保障などの分野にもどんどん広げていくべきだろう。

 たとえば、農業を発展させるために、農業の株式会社化を奨励していくべきだ。そうすれば日本農業の競争力は飛躍的に高まるだろうし、農地を株式会社が統括していけば、後継者不足の耕作地放棄などの問題も解決されていくはずである。

 

政府紙幣発行という戦略

・そんなことをしたら財源が足りなくなるではないか、あるいは郵貯が赤字になってしまうではないか、という声が上がるだろう。では、どうすればいいか。答えは、「政府紙幣を発行せよ」である。

 松下幸之助さんが残念ながら触れておられないのが金融である。松下さんがこの本を発刊された当時はインフレが問題になっていたから、松下さんも「救国国債を発行して、インフレに立ち向かえ」という発想をお持ちだった。だが、いまは逆にデフレが問題になっている。

 

小泉政権で予算の14%を占めていた公共事業を7%まで減らしたのも、大失敗だった。こんなに減らしてしまったら、需給ギャップが発生するのは当たり前である。ならば、いま述べたように、社会保障などの分割民営化に資する予算を政府紙幣の発行によって賄い、需給ギャップを埋めればいいのである。

 政府紙幣国債とを混同している人もいるが、この両者は本質的に異なる。国債は利息を付けて発行するが、政府紙幣に利息はないから、利息が上がってしまう心配はない。政府紙幣を発行すれば、シニョリッジ(通貨発行益)を得られる利点もある。紙幣の原価は100円もしないから、1万円札を発行すれば9900円は政府の収入になる。

 そんなことをしたらインフレになるのが恐い、と日銀は主張するが、インフレ目標をきちんと設定して進めればよい。インフレ率は、成長率が2%、物価上昇率が2%と考えれば、年4%程度が適当である。それを目標に、政府紙幣を発行するのだ。

 

勇気ある現実主義と、きらめく理想主義 中西輝政

颯爽たる「自助・自立」の姿勢

松下幸之助氏による物語仕立ての論考『私の夢・日本の夢 21世紀の日本』の「自衛と安全」の項を読んだ感想をひと言でいえば、「よくぞ当時、ここまで踏み込んだ」である。

 

・同書が発刊された1976年(昭和51)年当時は、日本人のほぼ半数が自衛隊違憲とみなしていた残る半分の容認派も、その理由としては、災害救助や「地方における雇用先として」などを挙げることが多かった。学会でも主流は非武装中立で、国の安全のために軍事力が必要と考える人など、ほとんどいなかった。ちょうどそのころ、私は英国留学をしていたのだが、イギリスのほとんど全国民が「国の安全のために軍事力は必要だ」ということを自明の理として受け入れていたことに、ほかのいかなることよりも最大のカルチャーギャップを感じたほどであった。

 

松下幸之助という人間の精神のなかに、柔軟かつ勇気ある現実主義と、きらめくような理想主義がみごとに共存している。

 

無責任な「やさしさ」「軽さ」が蔓延

・翻って考えたとき、世の風潮に抗してでも根太いプラグマティズムを勇気をもって押し出せる強靭さと、理想に向かって進む精神の崇高さを、いまの日本はもちえているだろうか。かつての「非武装中立」の風潮は、たしかに大きく減退した。

 

・このような颯爽たる「自助・自立」の姿勢は、松下氏に限らず、戦後日本を築いた経済人たちの多くに通じるものである。

 

戦後平和主義の呪い

・さらに湾岸戦争やPKO論争を通じて露呈したのが、「結局は世界からどう思われてもいい」「国内のことだけが大切」という平成日本人の本音であった。そこから政治改革の議論が起こり、その後のバブル崩壊もあって、国際貢献論は大きく後退していく、熱しやすく冷めやすい日本人の国民性もまた、国際貢献を衰微させたといえる。

 

三つの要素のバランス

・松下氏が『私の夢・日本の夢 21世紀の日本』でもっともいいたかったのは、おそらく国の安全や防衛を考えるときは、三つの要素をバランスよく守り立てることが大事ということである。一つは国力であり、二つ目は国際環境に敏感であること、三つ目は日本人の精神性である。これは単純な富国強兵を意味しない。食料やエネルギー、外交力、信用力などまで含めた、いわばソフト・パワーの充実である。太平洋戦争の原因を石油と考えれば当然の話で、この論考が出た数年後には大平内閣でも「総合安全保障」という考え方が出てくる。

 ただ、松下氏の論考が安易な「総合安保」論と大きく異なるのは、軍事力こそ安全保障の核心であるとはっきり押さえている点である。

 

<「無税国家」という国家百年の計  齋藤精一郎

理想の税制を掲げることでみえてくること

・ざっくりと試算すると、仮に、国家予算を70兆円、積立金をその1%の7000憶円、利子の年率を6%とすれば、百年後には積立金は4000兆円を超え、その金利だけで250兆円の収入が生まれることとなる。

 この論が実現可能であるかはさておき、従来の税金の常識を打ち破り、税制論議に一石を投じたことは間違いない。ここで松下氏は、2つの大きな問題提起を行ったといえる。一つは、財政は放っておけば膨張するから、長期的な理想を掲げることで歯止めをかける仕組みを考えなければならない、ということ。もう一つは、税金をそれ以上増やせないということになれば、人間はいかに税金を適正に配分して使うか知恵を働かせるようになる、ということである。

 

所得税ゼロの可能性>

・この夢が実現可能かどうか、1993年から96年にかけて、私は研究者たちとプロジェクトを組み、具体的な数字を挙げてシュミュレーションを行った。1997年から2007年までの10年間、「地域主権」と「市場主義」を基本理念に大胆な行政改革を行ない、国と地方の歳出統計類の2割強を大胆に削減したらどうなるかを検討したのである。

 

・その結果まとめられた提言(『日本再編計画』PHP研究所)で、われわれは、2007年以降、国と地域合わせて毎年30兆円の歳出が削減でき、その余剰金などを「21世紀活力基金」として積み立てれば、2020年には467兆円になり、所得税ゼロも可能になるという、具体的な姿を描いたのであった。

 

<富裕税構想>

・「そこで、その点だけに、一つだけ税金科目をこしらえる。富裕税と申しますか、うんと金のある人は、所得の格差を多少調整する意味において、国家に対して税金を納める」

 そしてこの富裕税一本にすれば、徴税もきわめて簡単になり、徴税費用も現在の10分の1以下で済むのではないか、というのである。

 私は、産業人は「効率」は語っても、「公正」の話は嫌がるものかと思っていたが、松下氏のようにゼロから叩き上げた成功者が、1979年の段階でこのような富裕税構想を語ったことに、たいへん重みがある。

 

ベーシックインカム」だけを保障する社会へ

・ここで、国は国民の「ベーシックインカム」だけを保証する、と考え方を変えたらどうか。たとえば国民に年額150万円を保障することとし、それ以外は保障しない。ただし、住宅と医療だけは、最低限供給する。これで最低限の生活が担保されるから、国民は安心感をもてる。この場合、誰しも生涯の生活が保障されるから、公的年金は不要になる。

 

・次に考えるべきは、負担と受益の明確化である。そのためにまず、国は基本的に国防、外交、司法さえ担えば十分とし、あとは地方にすべて任せる。

 ここで求められるのが「地域主権」の発想である。300前後に集約した基礎自治体をきちんと機能させ、その連合体として「道州」をつくる。

 

・いまの税金のあり方は、あらゆる意味で松下氏が描いた2010年の姿と、あまりにもかけ離れている。

 

<「可視化」を進めよ>

・とかく日本の社会は「インビジブル(不可視)」だ。財政の仕組も、年金の仕組も、わざと普通の人にはわからない、「隠語」だらけの伏魔殿をつくりあげている。重要なのは、「可視化」を進めることなのだ。「税金の可視化」も然り、「負担と受益の可視化」も然り、「コミュニティーの可視化」も然りである。そうすれば、解決策もおのずと見えてくるのである。

 

<政治家のパフォーマンスを廃す>

・公正と効率の問題については、まず所得税を見直す。現在40%を上限に6段階に分かれている累進課税を、10年以内に3段階にする。ただし最高税率は公正の面を重視し、当分は40%のまま据え置く。

 さらには富裕税も導入する。富裕層の資産に課税する、一種の資産税である。

 

<「総合力」と「変化即応力」で際立つ松下流 牛尾治朗

高度成長を牽引したキーワードは「生産性」

・『私の夢・日本の夢 21世紀の日本』に描かれた「政治の生産性」という言葉と「日本政治生産本部」という組織――これはじつに松下幸之助氏らしい発想だと、しみじみと感じる。

「生産性」という言葉は、私にとっても強い思い入れがある言葉である。戦後日本の高度成長を大きく牽引したキーワードもまさに「生産性」であった。

 

・さらに昨今、「いかに生産性を高めるか」を論じる場合に重要となってきているのが、「『労働生産性』よりも『全要素生産性』をいかに高めるかである。全要素生産性」とは、全体の産出量の「変化率」から労働と資本の投入量の変化率を引いた数値のことであり、労働や資本などの生産要素だけでは測れない、技術・研究開発など創造性の部分を計測するためのものだ。