日本は津波による大きな被害をうけるだろう UFOアガルタのシャンバラ 

コンタクティやチャネラーの情報を集めています。

1966年から67年にかけてこの信じられぬような有翼の怪物を目撃した成人は、総計100人以上にのぼる。(1)

 

プロフェシー

ジョン・A・キール  ソニーマガジンズ  2002/9/1

 

 

 

第1章 魔王、ウェストヴァージニアに出現

<Ⅰ>

・1967年当時のウェストヴァージニア州あたりでは、髭をたくわえた男などまずもっていなかった。オハイオ川流域のこんな辺鄙な山間部くんだりでは、正装にネクタイ姿の男などなおのこと珍しい。ましてや髭面で黒ずくめの者が雨の中を歩き回っていたとなれば、これはもう前代未聞の出来事だったのだ。

 翌日から毎日のように、くだんの若い夫婦はこの幽霊男の話を友人たちにふれ回った。

 

<Ⅲ>

・ニューヨークはグリニッチ・ヴィレッジのさる並木通りに、奇怪な幽霊が住みついた古屋敷がある。この家はハンス・ホルザーら幽霊研究家の作成した幽霊屋敷カタログにも登録されている。近年そこで幽霊を目撃した人が幾人もいる。

 

・では、なぜ“ザ・シャドー”そっくりの亡霊が古屋敷に出没するようになったのか? 作者ギブソンの強大きわまる精神力の残滓みたいものが、なせる業なのか? なるほど、精神の力だけで物品を動かしたり、スプーンや鍵を曲げたりさえできる人たちがいるのは確かだ。テレパシーも今では実験によって証明ずみの現象である。またほぼ10人にひとりは、可視光線の狭い波長域の範囲外まで見える能力がある。普通人には見えない放射線や物体すら見ることができるのだ。事実、UFO研究はそのような人たちの観察結果に負うところが大きい。

 

・幽霊やさまようザ・シャドーが見える連中は、そのような能力の持ち主である。つねにそこにあるもの、電波のように身の回りに常在するものが、彼らにはいつも目に見えている、あるいは一定の条件がそろったとき、そうしたものが見てとれるのだ。チベット人は、高等な人間の精神なら、目に見えないエネルギーをチベット語で“トゥルパ”――すなわち、思念投影物という目に見える形態に変換できると信じている。とするとザ・シャドーものの創作に注がれたウォルター・ギブソンの強烈な集中心が、知らず知らずのうちに“トゥルパ”を実体化したのだろうか?

 オカルト文献の愛読者なら先刻ご承知のように、幽霊がある特定の場所に年々歳々、何世紀にもわたって、現われ出てはいつも同じ意味のない行動を際限なく繰り返すというケースがごまんとある。そうした場所に家を建てた日には、きまって幽霊が鍵のかかったドアでも頓着せず押し入ってきては、あらかじめプログラムされた同じ活動をやってのける。この手の幽霊の正体はやはり“トゥルパ”つば広帽子の亡霊よろしく、強大な精神力の残滓なのだろうか?

 

・お次は、この問題を考えてみよう。UFO事件は毎年、同じ地域に集中しているオハイオ州流域だと、UFOはこの地域一帯に散在する古代インディアンのマウンド群がお気に入りだ。UFOによっては、太古の人々に創り出され、夜空を無意味に飛び回るよう永遠に運命づけられた“トゥルパ”にすぎないのもあるのだろうか?

 

外宇宙からやってくるのではない。そんな必要はさらさらない。彼らは以前からずっとこの地球上に棲んでいるのだ。ひょっとして、人間が棍棒で頭の殴り合いを始めるずっと以前からいたのかもしれない。だとしたら、いずれ人類が都市を焼き払い、あらゆる水源を汚染し、大気そのものさえ呼吸できなくしてからも、ずっと地上に存在し続けることだろう。むろん彼らの生活は――普通の意味での生活をしていればの話だが――人類が死滅してしまうと、だいぶ退屈なものになるだろう。しかし、辛抱強く待ち続けていれば、やがてまたいわゆる知的生命の新しい形態が岩の下から這い出てきて、彼らはふたたびゲームを始められるのだ。

 

<Ⅳ>

UFO出現に伴う事象の多くは――というより大半は、別の銀河系からやってきた超高等生物のふるまいにしては、UFOファンの抱くイメージとまるで合わなかった。そこで空飛ぶ円盤同好会は長年、そうした事象の細部については注意深く無視し、公表を抑えたりもしてきた。キャデラックに乗った黒服の男が現われると、どう見てもわが親愛なる宇宙人ではあり得ないから、卑劣な政府の秘密エージェントということにされた。筋金入りのUFO信者にとっては、空飛ぶ円盤が地上環境の永遠の一部で、黒服の男たちはUFOがらみのこの惑星の住人という可能性がある、などとは想像すらできなかったのだ

 だが、それが事実なのである。UFOファンが長年追い求めてきた“事実”なのだ。かの政治家ダニエル・ウェブスターの名言にあるように、「真実ほど強力なものは、そしてときに不思議なものはない」のである。

 飛行機に乗って空中でUFOを慌てふためいて追い回したところで、真実はわからない。

 

第2章 寒空から忍び寄る影

<Ⅳ>

・しかし、コニーのケースで不思議なのは、強烈に発光する空飛ぶ円盤など見ていない点である。彼女が見たのは巨大な“有翼人間”で、しかも真昼間だったのだ。

 コニーの目撃談によると、この内気で神経質な18歳の娘が、1966年11月27日日曜の午前10時半、教会から車で帰る途中、ウェストヴァージニア州ニューヘイヴン郊外のメーソン・カントリーゴルフコースのひと気のない緑地にさしかかったとき、だしぬけに巨大な灰色の人影が立っているのが目に入った。形は人間だが、はるかに大きく、身長が少なくとも2メートル10センチはあり、肩幅も非常に広かったという。だが、コニーの注意を引いたのは、大きさよりもその両目だった。大きく丸く激しく燃えるような赤い目が、催眠術をかけるようにひたと彼女を見据えていたのだ。

「よくまあ、道路から飛び出して事故らなかったものだわ」コニーは後日そうコメントした。

 怪人から目を離さずにスピードを落とすと、怪人の背中から一対の翼が開いた。翼幅は3メートルぐらいあるように見えた。断じて普通の鳥ではなく、人間の形をした怪物で、それが音もなくゆっくりと、ヘリコプターのように地上から垂直に飛び上がった。

 

その年の冬、この不気味な生き物を目撃した人は、100人を超えることになる。

 

<Ⅶ>

・しかし、わたしをいちばん悩ませたのは、以下の事実である。こうした謎の人物たちの特徴が、UFOの着陸を目撃して搭乗者をかいま見たり、あるいはじかに会話したと主張するいわゆる“コンタクティ”から聞かされた搭乗者の容姿容貌と、ときおりよく合致するという事実だ。搭乗者たちは顎のとがった顔だち、ないしは東洋人的容貌を持ち、肌の色が浅黒く(ただし黒人ふうではなく)、たいてい手の指がひょろ長かったという。

 

<Ⅷ>

・空軍にはUFO写真ファイルのたぐいは一切ないと、ジャックス中佐は、何度も繰り返していた。ところが1年後、ロイド・マランという科学評論家が、存在しないはずのファイルから100枚以上もの写真を提供されたのである。中佐はまた、ペンタゴンにはいかなるUFO報告書類も保管されていないと断言していた。だが、オハイオ州ライトパターソン空軍基地には、それがすべて置かれていたのだ。わたし自身はライトパターソン基地に行ったことがないが、現在は廃刊されたニューヨークの<ジャーナル・アメリカン>誌にいたモート・ヤングが訪問していた。わたしはその経験を一筆、本書に書いてほしいとモートに依頼した。

UFO目撃報告の記録はすべて、オハイオ州デイトンのライトパターソン空軍基地に保管されている、とわたしはペンタゴンで教えられた」モートはそう説明する。

 

第3章 黒い翼が羽ばたく音

<Ⅰ>

・前世紀の1877年から80年にかけて、まったく別種のMIBがニューヨークのブルックリンに出没したことがある。翼を生やしていて、コニーアイランドでは日光浴中の群衆の頭上でアクロバット飛行を演じてみせた。この不思議な飛行事件のことを、W・H・スミスなる人物が1877年9月18日、<ニューヨーク・サン>誌に手紙で最初に報告した。この生き物は鳥ではなく、「翼を生やした人間の姿」をしていた。

 この空飛ぶ人間事件は街中に大騒ぎを引き起こし、<ニューヨーク・タイムズ>紙1880年9月12日付によると、「ニュージャージーの方向へ飛んでいく」ところを「大勢の貴顕紳士淑女」が目撃したという

 

・……わたしは人間の足跡によく似た痕跡が通り道についているのを見つけた。愛犬のアルファが毛を逆立ててうなり声を出すや、何かが近くの藪の中を踏み鳴らして激しく動き回る気配がした。

 

・わたしはかがんで小石を拾うと、正体不明の動物に投げつけた。とたんにまったく予期せぬことが起こった。羽ばたきの音が聞こえたのだ。霧の中から大きな黒いものが姿を現して、川の上を飛んでいく。次の瞬間、そいつは濃い霧の中へ消え去った。犬はひどく怯えきって、わたしの足元に体を押しつけてきた。

 夕食が終わってから、ウデヘ族の連中にこの話をしてみた。とたんに彼らは、空中を飛ぶ人間の話をさかんにしゃべり始めた。猟師たちはときどきその足跡を見かけるという。地面に唐突に出現し、その先でまた唐突に消えるので、これは足跡の“主”が空中から舞い降り、また空中に飛び去りでもしないかぎり、決してつかない足跡だというのだ。

 

・メキシコには“イカルス”の言い伝えがある。飛行能力を備えた黒い小男で、洞窟に生息し、人間をさらったりする。インドでは“ガルーダ”の名で知られる巨鳥が、神話の中で重要な役どころをになっている。ヴィシュヌ神クリシュナ神が巨大なガルーダの背に乗って天界を駆けめぐるのだ。北米インディアンには、“サンダーバード”にまつわるさまざまな伝説がある。この巨鳥も子供や老人をさらうとされている。現われるときにはヒュンヒュン、ブンブンとやかましい音を伴い、超低周波から超音波レベルにまでまたがる轟音を発するらしい。ダコダ族インディアンには“ピアソー”の名で知られ、ぞっとするような赤い目と長い尾を持っているという。

 ここで取り上げた事例は、三種類の現象に大別できる。第一のタイプは有翼人、第二は生物学的にはあり得ないほど巨大な鳥、第三は赤い目、コウモリ的な翼、人間型胴体の怪物じみた悪魔だ。たぶんこの三者は相互に関連しているのだろう。

 調査はまだ断片的な段階だが、1880年の有翼人はコニーアイランドに限られていたわけではないという、新聞雑誌記事の証拠がある

 

第4章 現実と非現実のはざまで

<Ⅱ>

古代の大哲学者のひとり、紀元前6世紀のクセノファネスによると、エチオピア人たちは神々が自分たちのように色黒で、獅子っ鼻だと信じていたという。現代人の多くはもはや“神”の直接降臨などを信じていないので、代わりにおのれ自身に似た宇宙人に対する信仰に基づいて、新しい神話を創り出したのだ。

 

・宇宙人が空飛ぶ円盤から降り立つのを見るのは、天使が光り輝く雲に乗って降りてくるのを見るのと同様、べつに驚くような話ではない(天使を見たという報告も、今でも毎年数百件はある)。1973年8月19日、ペンシルヴェニア州バッファローミルズの目抜き通りを、背丈が2メートル70センチもあるヒューマノイドがぶらぶら歩いていたという報告も、恐竜がときたま現われては目撃者を震え上がらせ、警官隊を右往左往させるという話と同様、さして風変わりな事件ではない。実際に1969年には、テキサスに恐竜が出現したという報告がある。1970年にはイタリアで、トカゲ怪獣を見かけたと数人の目撃者が届け出たあと、警察が徹底的な山狩りを行ったこともある。

 本気で信じている人たちにとってくやしいのは、キメラ的怪物の目撃者の大多数が、体験したときにはひとりきりだったことだ。

 

・キメラは大は6メートルの巨人から、小は高さたった数センチの“生きたブリキ缶”に至るまで、サイズも形も千差万別だが、いちばん魅力のあるタイプは、ほとんど地球上どこの国でも出現しているものだ。昔は悪魔の生まれ変わりと見なされ、黒装束の姿で黒馬にまたがっていた。後世になると、黒い馬車で現われ、ときには霊柩車のこともあった。それが今日では、人里離れた農場の野原に空飛ぶ円盤で着陸して降り立つのだ。

体型は人間そっくりで、身長1メートル65から80センチくらい。顔も人間に似ているが、ただ頬骨が高く、顔立ちは東洋人的。普通は長い指をし、肌はオリーブ色または赤みがかっている。どんな言語も話すが、ときにしゃべり方がまるで暗記した言葉をただ繰り返しているみたいに機械的なこともあれば、ぺらぺらと流暢なこともある

 呼吸が苦しいらしく、よく言葉の合間にぜいぜい息を切らしたり、喘いだりする。あの恐竜怪獣や毛むくじゃら怪人同様、足跡をいくつか残すこともある………しかも、足跡の主がまるで空中に消えたかのように、だしぬけに途切れているのだ。

 

<Ⅲ>

その後数週間、州内の至るところで、発光体や途方もないサイズの黒い物体が目撃された。シスターズヴィルは1897年の“飛行船”騒ぎでも登場した町だが、そこのUFOファンたちは非公式の警報ネットワークを組織して、共同加入電話でおたがいに「UFO――北東」などと短信を交わし合った。地元の新聞が一行でも伝える必要はまったくなかった。

 そうした明るく明滅する発光体のひとつは、毎晩8時ごろ、いつもオハイオ川上空を堂々と巡航して、ポイントプレザントを北から南へと横断した。それに気がつく人がいたところで、飛行機だと思っただけだった。

 その7か月前に長髪の男が空中に立っているのを見たあのケリー夫人は、深い峡谷の縁に立つ一軒家に住んでいた。夫人は子供たちといっしょに、夜ごと目をくらむばかりに輝く光球が、その峡谷沿いに地面すれすれを飛んでいくのを見ていた。

 

第5章 雨夜に降り立つ黒服の男

<Ⅰ>

・ウッディは驚きのあまり、口あんぐりになった。それは自動車ではなく、「古風な灯油ランプの火屋」みたいな形状の物体で、「両端から炎を出し、細い首まで下がるにつれて狭まってから、また太さを増して真ん中の部分で大きく膨らんでいた」。色はチャコールグレーだった。物体が斜行してきて道を塞いだので、激しくブレーキを踏み込んで、やっと2、3メートル手前で停車した。物体の側面にスライドドアが開くと、男が降り立った。

「声はぜんぜん聞こえなかった」ウッディは後日語った。「ただそんな感じがしただけだ………そいつの考えていることがわかるような。男は窓を開けさせたがっていた

 

・見知らぬ男の身長は1メートル75センチぐらいで、長い黒髪を後ろに撫でつけていた。

 

・怖がらなくていい。ニタニタ男は声に出してしゃべらなかった。ウッディがそんな言葉を感じたのだ。

 危害を加えるつもりはない。わたしはきみの国よりはるかに力の弱い国からきた者だ。男はウッディに名前を訊いた。ウッディは教えてやった。わたしはコールドという名だ。きみたちと同じように眠り、息をし、血を流す。

 

このテレパシー会話が続いている間、例の火屋型の物体は上昇して、路上12ないし15メートルの空中に浮かんでいた。ほかの車が何台もやってきては、どんどん通過していった。

 

かくしてウッドロウ・デレンバーガーは超有名人になった、宇宙船を一目見んものと、ウッディの農場は毎晩、黒山の人だかりになった。電話が昼も夜も鳴りどおしになった

 

<Ⅱ>

ウェストヴァージニアについて、インディアンたちは何か知っていたにちがいない。なにしろ彼らはこの土地を避けていたのだから。ヨーロッパ人がガラス玉や火酒や火薬を持ってやってくる以前、インディアン諸部族は北米大陸中に広がって、分割支配していた。現代の人類学者は、話されていた言語の別をもとに、コロンブス以前のアメリカのインディアン別占有区分地図を作製した。ショーニー族とチェロキー族は南部と南西部地方を占拠していた。モナカン族は東部に定住し、エリー族とコネストガ族はウェストヴァージニアの北方の土地を領有した。極西部地方の荒涼とした砂漠でさえ、諸部族に分割占領されていた。それなのに地図上でただ一か所だけ、“無人地帯”と記された場所があるのだ。それがウェストヴァージニアなのである。

 どうしてか?ウェストヴァージニア地方は肥沃で、森林に厚く覆われ、狩りの獲物も多い。なぜインディアンたちはこの土地を避けたのか?昔は毛むくじゃらの怪人や恐ろしい化け物でもはびこっていたのだろうか?

 

オハイオ川を渡った向こう側では、働き者のインディアンが(またはほかの誰かが)巨大なマウンド群を建設して、インディアンの文化と伝承の豊かな遺産を残してくれた。だから、ウェストヴァージニアにインディアンの伝統が欠けているのは、研究者にとって頭の痛い問題なのである。ここは不愉快な真空地帯なのだ。不思議な古代遺跡は州内にもある。かつてはここにも何者かが定住していた証拠に、石を円形に並べた廃墟が残っている。インディアンはそのような建造物を造らなかったし、手がかりとなる伝説すら残っていないので、ただただ謎というほかはない。

 

・1760年代にコーンストーク族長率いるショーニー族がそこで戦ったとき、コーンストークが斃れる直前、この土地に呪いをかけたとされている。だが、それ以前に何が起きたのか? ほかにも誰かがそこに住んでいたのか?

 ベンジャミン・スミス・バートンの『アメリカ・インディアン諸部族の起源新観』(1798年)によれば、チェロキー族にこんな伝説がある。大昔、彼らがテネシー地方へ移住するとそこにはすでに家を建てて暮らしている、見たところかなり文明の高い不気味な白人族が住んでいた。白人族には問題がひとつあった。目が非常に大きくて、光に過敏なため、夜しか物を見ることができなかったのだ。その弱味に乗じて獰猛なインディアンたちは、この“日盲症”族を駆逐してしまった。この白人族が迫害の手から逃れるためにウェストヴァージニアに移動してきたのだろうか? 今でもケンタッキーやテネシーの山奥では、風変わりな白人集団が隠れ住んでいたという風説がある。もっとも、マンハッタン島から60数マイル離れたニュージャージーの山岳地帯にも、不思議な人間たちが住んでいたという風説や神話が伝えられている。

 

<Ⅲ>

・ウッドロウ・デレンバーガーが雨中でコールド氏と予期せぬ出会いをした前日のこと、ポイントプレザントの町はずれにある州兵部隊本部ビルの外で、ひとりの州兵が作業をしていると、高いフェンスの向こうの樹の大枝に、人影が止まるのが見えた。最初は、茶色のスーツを着た人間みたいだなと思った。確かに大きさは人間ぐらいだが、しばらくは目を凝らしてから何かの鳥だろうと決めた。これまで見たこともない大きな鳥だった。仲間を呼びに行って戻ってきたときには、もう鳥はいなかった。

 

<Ⅳ>

・11月4日、デレンバーガーが仕事仲間を同乗させてパーカーズバーグ郊外のルート7号線を走っていると、額にチリチリするような疼きをおぼえた。とたんにコールド氏の思念が、心の中いっぱいに湧き出し始めた。わたしは“ガニメデ銀河”にある惑星ラヌロスからきたのだと、コールド氏は説明した。ラヌロスは地球にそっくりで、植物も動物もいるし、季節もあるという。コールド氏は結婚していて、奥さんの名はキミで、息子もふたりいる。ラヌロス人の寿命は、地球年で数えて125歳から175歳ある。当然、ラヌロスには戦争も貧困も飢餓も災害も存在しない。

 通信伝達が完了すると、コールド氏はウッディに、自分の意識が引き下がるときには苦痛を伴うが、動転しないようにと警告した。ウッディはこめかみに激痛を感じて気絶しそうになった。

 

第6章 あっ、モスマンだ!

<Ⅰ>

・第2次世界大戦中、ポイントプレザントでは高性能爆薬が製造されていた。町から11キロほど離れた広さ2500エーカーのマクリンティック野生生物保護区、動物の保護地域で鳥類の聖域である地帯が、部分的に切り開かれた。地下トンネルが何キロにもわたって掘られ、カモフラージュされた建物や工場を地下で連絡した。

 

・1966年11月15日の夜11時半、ポイントプレザントの二組の若い夫婦、ロジャー・スカーベリー夫妻とスティーヴ・マレット夫妻が、スカーベリーの1957年型シボレーに同乗して、このTNT工場跡地内を走っていた。

 

赤い2個の光はひょこひょこと建物から離れていき、4人がびっくりして見入っているのは、巨大な生き物だとわかった

「人間みたいな形だったけど、大きかったな」後日、ロジャーは説明した。「1メートル90センチから2メートル10センチはあったかもしれない。それに、大きな翼を背中にたたんでいた

「でも、何といってもあの目よ」とリンダが断言した。「車のリフレクターみたいに大きなふたつ目だったわ

 

・「うわあ!あとを追ってくる!」後部座席のふたりが叫んだ。ロジャーは二輪を空転させながら車を猛然と62号線に走り込ませた。

「こっちは時速160キロでぶっ飛ばしていたのに」と後日、ロジャーは説明した。「あの鳥は真上をぴったりついてきたんだ。羽ばたきひとつしなかった

 

・真っ赤なふたつ目が心に灼きついて離れぬまま、彼らはパニック状態でメーソン郡庁舎に直行し、保安官事務所に飛び込んで、ミラード・ハルステッド保安官代理に体験談を口々にまくしたてた。

 

・翌朝、ジョージ・ジョンソン保安官は、記者会見を開いた。地元の記者たちが4人の目撃者にインタビューした。メアリー・ハイアー夫人が記事をAP通信社に送り、その日の晩にはもうオハイオ川流域中の夕餉の食卓が、“鳥人”の話題でもちきりになった。どこかの新聞の氏名不詳の整理デスクが、当時テレビで人気の連続コミック番組『バットマン』の主人公をもじった渾名を考えた。その怪人を“蛾男(モスマン)”と命名したのである。

 

<Ⅱ>

1966年11月16日。奇しくも3年前、イギリスのケント州でよたよた歩く有翼の怪人がジョン・フランクトンとその仲間たちに目撃されたのとちょうど同じ月と日。長蛇の列をなす車が、TNT工場跡地をのろのろと包囲した。肩にかけた銃を林立させた男たちが旧発電所を取り巻いて、茂みという茂みをしらみつぶしにつつき回った。ポイントプレザントは人口6000人ぽっち、教会は22もあるのに酒場は皆無で、あんまり娯楽のない町だから、モスマンはむしろ歓迎したい話題だった

 その夜TNT工場跡地の真上の空を、大きな赤い光体が動き回ったが、怪物探しにきた連中はほとんどだれも気にしなかった。当時のわたしのメモ帳の一冊には、この日チャールストンからきたUPI通信社の記者が、工場跡地の上を低空飛行する物体を数人の女性とともに目撃したとある。

 

<Ⅲ>

・ウッドロウ・デレンバーガー氏の人生は、いまやてんやわんやの状態になっていた。米議会にUFO正式調査を迫るロビー活動が主たる目的でワシントンに本拠を置く<全米空中現象調査委員会>、略称NICAPを代表する地元のUFOマニアグループが、日参したり連日電話をかけたりして、お前のバカげた体験を他人に話すのはやめろと命令するものだから、当人はすっかり頭にきていたのだ。

 

<Ⅳ>

ポイントプレザントのある年配の実業家は、モスマンが自宅前に芝生に立っているのを発見した。なぜ飼い犬が吠えているのか確かめに外へ出たところ、燃えさかる目をした身の丈1メートル80センチから2メートル10センチもある灰色の化け物と対面してしまったのだ。実業家は時のたつのも忘れて、数分間その場に釘付けされたように立ちつくしていた。するとだしぬけに怪物が飛び去り、彼はよろめきながら自宅に戻った。だが、あまりに顔面蒼白で震え方がひどいので、奥さんは夫が心臓麻痺でも起こしているのかと思った。

 

<Ⅴ>

ウェストヴァージニアの住民が怪鳥に蹂躙されている間、アメリカのほかの地方は翼のない飛行物体に呑み込まれていた大目撃ブームが前月末日のハロウィンに始まって、11月いっぱいに続いた。

 

<Ⅵ>

モスマンを目撃した当時、ロジャーとリング・スカーベリー夫妻は、トレーラーハウスに住んでいた。目撃した翌週、彼らは突然、夜更けになるとトレーラーの周囲で起きる不思議な物音に悩まされるようになった。

 

<Ⅶ>

11月24日、成人ふたりと子供ふたりの乗った車がTNT工場跡地を通りかかったとき、赤い目をした巨大な怪物が飛んでいくのが見えたという。この新たな目撃談のおかげで、事態はますます紛糾の度を増した。いまや何千人という野次馬が、夜ごとこの旧弾薬集積場に押し寄せるようになり、中には遠路はるばる何百キロもやってくる者もいた。テレビの取材班や新聞記者たちが他州からも駆けつけて、怪物をひと目でも見たいと昔の発電所周辺をうろつき回った。訪問者の中には欲ばって、TNT工場跡地とミネラルウェルズのウッドロウ・デレンバーガー農場の両方に押しかける人もいた。

 

そんなこんなで、1966年から67年にかけてこの信じられぬような有翼の怪物を目撃した成人は、総計100人以上にのぼる。間近で観察した人たちの証言は、以下の基本的な点で一致している。それは灰色で、見たところ羽毛はなく、大きさは大柄な人間ぐらいかそれ以上、広げた翼幅が3メートルはあり、ヘリコプターのように垂直に上昇し、飛行中は羽ばたかない。その顔は謎で、誰もうまく描写できない。赤いふたつの目だけがきわだっている(天使、悪魔、空飛ぶ円盤宇宙人の目撃談の大多数でも、顔は何かに隠されていたか、あるいはなかったことになっている)。

 

第11章 宇宙人は水曜日にやってくる

<Ⅰ>

・ジェームズ・リリーは、チャールストンやハンティントンの各紙新聞記者、ジョージ・ジョンソン保安官夫妻、そのほか大勢に囲まれて、自宅の芝生に立っていた。キャンプコンリー・ロードには車が何百台も数珠つなぎに並んで駐車し、煙草の火以外は真っ黒に静まり返っていた。ほかの車は、TNT工場跡地の轍のついた道路沿いを北へとゆっくり流れるように走っていた。

「そろそろだよ」ジム・リリー氏は腕時計をちらいと見て宣言した。午後8時半きっかりだった。「毎晩ちょうど今ごろ、やってくるんだ」

 突如クラクションが鳴り始め、興奮した叫び声が木々の間をこだました。

「時間どおりだ」リリーがくすくす笑った。「やつらを時計代わりにできるくらいだよ

なんてこった! あれは何だ?」明るく白い光がゆっくり滑るように現われるなり、UFO観察にかけてはまだ新米の記者が叫んだ。怪光は木々の上30メートルぐらいの高さを優雅にアーチ形を描いて動いた。

 

第18章 何か恐ろしいことが起こりそう

<Ⅰ>

ヴァージニア州・トーマス夫人がTNT工場跡地のまっただ中にある自宅の台所で働いていると、まったく聞き慣れないキーキーという大きな音が聞こえてきた。

「いちばんピッタリな表現は、具合の悪い車のファンベルトってとこかしらね……でも、ずっと大きな音だったわ」トーマス夫人はハイアー夫人とわたしに説明してくれた。

 

そうこうするうちに例の怪人が現われたのよ。人並みに直立歩行していたけど、灰色ずくめで、人間にしてもあんな図体の大きなのは見たことがないほどだわ。あいつはさっさと野原を横切って木立の中に消えていったのよ。でも、きちんと歩いてるって感じじゃなかったわね。滑ってるっていってもいいわ…人間の走りとは比べものにならない速さだったもの。

 

・1967年11月2日のこの目撃をきっかけにして、トーマス夫人は悪夢に悩まされるようになった。

川のあたりで不思議な人たちをたくさん見かける夢なの」と夫人は説明した。

 

わたしはアトランタに行き、ノースカロライナサウスカロライナ両州をすばやく回ってUFO着陸事件を調査したあと、ウェストヴァージニアへと飛んだ。ハイアー夫人はチャールストン空港でわたしを車に乗せると、ポイントプレザントに向かう車内で、自分の見た夢のことを話してくれた。

「あなたの手紙が届く直前にひどい悪夢にうなされたわ。大勢が川で溺れていて、クリスマスプレゼントの包みが一面に浮かんでるのよ」

 

・はるか東の丘陵地帯の黒ずんだ上空で、まばゆい発光体が跳ね回っていた。メアリーとわたしは車を停めて、それを10分ほど黙って見守った。問題の光体はスーッと落ちてくると、また勢いよく上昇した。そして角度で数度分ぐらい左右に横滑りすると、元の位置に戻った。メアリーは車をふたたび発進させると、もっといい観測場所が見つかればと思いながら、土道をゆっくり進んでいった。だが、森林地帯を通り抜けてまた空き地に出たときには、くだんの物体は消えていた。

 

<Ⅱ>

・わたしはウェストヴァージニアからワシントンDCに行った。陸軍時代の旧友アル・ジョンソンは“アメリカの声(VOA)”に勤務していて、空飛ぶ円盤を網羅的に扱った連続番組をやっていた(VOAはアメリカ当局のプロパガンダ発表の場で、ジョンソンの制作したUFOびいきの番組は世界中で聞かれた)。VOAのスタジオでジョンソンとわたしはUFO問題について、紫の発光体からコンタクティまでくまなく取り上げた1時間のやりとりを収録した。

 

・ダンが酒を飲まないことも、薬物をやらないこともわかっていただけに、精神的にすっかり参ってしまうとは思ってもみなかったのだ。

「いいかい、“抜け出る”方法はひとつしかない。ほっとくとこいつは強迫観念に………病的執着になる。ばかげたことに歯止めをかけるには、UFOのことを考えないようにするしか手がないんだ。手もとのデータファイルをすっかり処分しろ。あとは切手収集でもするか、女の尻でも追っかけるんだな。UFO問題は感情の泥沼みたいなものだ。悪戦苦闘すればそれだけ深みにはまる」

 

第19章 鳥たちが集い、光線が現われる橋

<Ⅲ>

1967年のドラマの登場人物は、その多くが死に見舞われた。メアリー・ハイアー夫人は1970年に亡くなった。アイヴァン・T・サンダーソンは1973年に鬼籍に入った。エドワード・U・コンドン博士やフレッド・フリードをはじめとするあまたの人々は、旧発電所の前に有翼怪人が出現した10周年を待たず旅立っていった。ノッポで赤い目の毛むくじゃら怪物に接した目撃者の中には、6か月以内に亡くなった人もいる。あのアプル氏でさえ、黒服の男たちとこっけいな茶番を演じた結果、失意の淵に取り残され、奇妙な退場シーンを演じることになった。アプル氏は脳卒中をわずらった人間のように憔悴していき、あとには不思議な国のアリスのチェシャー猫みたいな微笑しか残らなかった。

 

夜ともなれば、謎の光球群がミシシッピーとオハイオ両川流域の昔ながらのルートをいまだに行き来する。丘の上には新世代の若者たちがたたずんで、期待に胸をふくらませながら空をじっくり精査する。年配者たちは30年になんなんとする予兆や驚異に辟易しながらも、もはやあざけることはない。地球外からやってくる訪問者や救済者を信じる人々は、定評のあるテレビ番組に歓迎されて、仮想世界のプロパガンダを広めることができる。その世界は卓越した科学技術とあきれるほど愚鈍な現地スタッフを擁するが、その現地スタッフときたら、古代神の名前を借用し、自分たちは時間の囚われ人だとぐちる手合いなのだ。

 

ポイントプレザントの“モスマン”事件

・かくいう訳者もいちおう同じ分野の研究家なので、その立場から解説させてもらえば、このポイントプレザントの“モスマン”事件というのは、超常現象一般の研究史上きわめて重要な位置を占めている。さまざまなUFO現象(空中の円盤や発光体の目撃、着陸跡の発見、搭乗者の目撃、コンタクト=宇宙人会見、アブダクション=誘拐体験など)ばかりか、MIB(黒服の男)の出没、サイキック現象(心霊・幽霊・ポルターガイストからテレパシー、念力、予知予言などの超能力まで)、モンスター現象(怪鳥・獣人などの怪物の出現)が複合的に同時体験され、そのような従来個々別々に研究されていた各種の奇現象がたがいに深く関わり合っている可能性を、事実上初めて気づかせたからだそれを最も早く指摘した研究家が、ほかならぬキールだったのである。

 

キールのUT説

・調査を開始した当時のキールは、単純な“UFO地球外起源”説略してET=宇宙人説)論者だったのが、この“モスマン”騒動を実地調査するうちに、考え方が180度転回することになる。それ以来現在に至るまで、キール自身の命名になる“超地球起源”説(UT=超地球人説)は、とくに自国のUFO研究の主流を占めるET説と真っ向から対立を続けているキールのUT説とはどんな主張なのか、詳しくは本書を読んでいただきたいが、とりあえずここでは『UFOエンサイクロペディア』中のキールの項に収録された「本人の主張」をはしょって紹介しておこう。

 

私は1967年、現場調査を重ねた結果、サイキック現象とUFO現象とが驚くほどオーバーラップすることを発見して、ET説を放棄した。私の主張は当時きわめて不人気だったが、以来長年のうちに主だったヨーロッパの研究者の大半と、この問題に関わるアメリカの科学者たちの多くが、私の結論の真実性を確認して受け入れてくれるようになった。

基本的にいって、UFO目撃の大部分は主観的なもので、UFO現象とされるものの多く――とりわけコンタクティ型と接近遭遇第三種(搭乗者目撃)型の報告は、実際には複雑な幻覚プロセスの産物である。同じプロセスが、過去の時代には宗教的啓示、妖精伝説、オカルト信仰を生み出す原因となったのだ。(中略)

現代の知識と科学技術ではUFO現象のすべてを満足のいくまで説明できないが、私見としてはその究極の解明には、時空連続体の諸理論に関連する複雑な新物理学が必要となるだろう。また、人類の創生以来、なんらかの隠微な宇宙的制御システムが作動しており、UFOはそのシステムの一部という可能性が大いにある。

UFOという物体や搭乗者は、必ずしも異星に起源するとは限らず、物質構造体としてさえ恒常的には存在していないのかもしれない。われわれはいつも同時代の信仰体系に従って、自分の見たいものを幻視し、そのようなものだと解釈しているだけ、という可能性のほうが高いのだ。(後略)

 

日本では、UFO論争といえば、“異星の訪問者”説(つまりET説)を認めるか認めないかという一元的な論争しかないが、世界のUFO研究はそこまで奥が深い哲学的な論争の域にまで達しているのだ。もちろん、宇宙開発最先進国でありSF超大国でもあるアメリカのUFO研究界では、キール自身も述べるように、キールやその支持者たちは急進的な異端分子とみなされていて、現在でもやっぱりET説がいちばん有力である。

ついでに同じUFO研究家でもある訳者自身の立場からいわせてもらうなら、UFO情報をミソもクソも――といういい方が下品すぎるなら、シグナルもノイズもいっしょに受け入れるキールの姿勢にいささか疑問を感じる。