日本は津波による大きな被害をうけるだろう UFOアガルタのシャンバラ 

コンタクティやチャネラーの情報を集めています。森羅万象も!

私達の星の文字はこの日本語にとてもよく似ています。というのは、仮名に似た発音文字と漢字に似た象形・表意文字、それに振り仮名という用法もあるからです。(7)

 

 

遠野物語事典』

(石井正巳) (岩田書院)2003/7

 

 

 

<山の神>

・背丈は「丈高き」「背高く」。顔色は、「顔は非常に赤く」「顔は赤く」「顔はすてきに赤く」「面朱のような」とある。眼の光は、「眼は輝き」「眼の光かがやける」背が高く、顔が赤く、眼が輝くという点でパターン化している。

 

「山男」

・遠野郷の民家の子女にさらわれる者が多く、特に女に多いという。「女は、恐ろしい人にさらわれたが、その人は、背が高く、眼の色は凄く。生んだ子供を持ち去ってしまうものの、仲間と連れ立って食物を持って来てくれるという」。「山里で髪の長い美しい女を撃つ」証拠として、黒髪を持ってきたが途中で眠くなり、背丈の高い男が取り返して立ち去ったと見ると眼が覚める。その男は山男だろうという。

 

「山女」

・「山女は、ぼろぼろの着物を着ているが、色白で長身、長い黒髪を持ち、あでやかである。幼児のいる母親でもある。飛ぶように走ったり、記憶をなくさせたりする特異な力を持つが、銃弾には倒れる。人恋しいかのように里人の前に現れるが、その特異な力や叫び声、大きな笑い声のため、里人にとっては、非常に恐ろしく、恐怖で病死する者もいる。

山女が現れる場所は、遠野地方の東にある六角牛山。白望(白見)山などの山中である。六角牛山は、女神が住んだと信じられた遠野三山の一つである。

 

 

 

『最新! 秘密結社の謎』

 世界の裏側で暗躍する組織の実態を暴く

知的発見探検隊    イーストプレス   2011年7月15日

 

 

 

 エコロジーを実践しカッパとの共生をはかる「下総カッパ団」>

・下総カッパ団は、1724(享保9)年、下総国印旛村豪農、安田伝兵衛によって設立された人間とカッパの親睦団体だ。大の相撲好きだった伝兵衛が印旛沼で出会ったカッパのシンサクと偶然相撲をとって勝ったことで、意気投合。カッパと人間の共生を目的として旗揚げされた。設立当初は、うなぎ釣りや川相撲、水泳などの各種の催事を開き会員数は増え続け、最盛期には300名もの会員数を誇ったという。

 

 ナチスを生みだした秘密結社トゥーレ協会

ナチスは1926年から1942年まで毎年、チベット中央アジアに遠征隊や調査団を派遣しました。何を探し求めていたのかといえば、アガルタです。

アガルタとはフランスのオカルティスト、J・A・サン=ティーヴ・ダルヴェードルが詳しく紹介した一種の桃源郷です。

 彼はその死後の、1910年に出版された『インドの使命』という著書で、世界の中心に当たるアジアの地下深くに不可視の王国があると述べています。

 

 グレート・ホワイト・ブラザーフッド

 <神智学協会やゴールデン・ドーンを生んだ謎の集団>

多くのオカルト結社に影響を与えた存在

ブラヴァツキー夫人が神智学協会を創立する際、多大な影響を受けたとされているのが、ヒマラヤで出会ったグレート・ホワイト・ブラザーフッドだ。

 

 未知の上位者との交信で真理に近づく

・グレート・ホワイト・ブラザーフッドは、太古の昔より天界や宇宙の超存在と交信し、授かった智恵で人類を導き続けてきたという。

 

・交信できるのは、マスター(導師)と呼ばれる一部の者だけで、そうそうたる人々の名が連ねられている。超存在が何者であるかは不明だが、その導きに従えば、人間の内に秘められた真理に近づけるとされる。

 

・こうした神秘性を高める構造は、オカルト系秘密結社でよく見られる「未知の上位者」のシステムと呼ばれる。

 

・オカルト要素に満ちたグレート・ホワイト・ブラザーフッドは、未知の上位者からの情報を伝えることで、そのカリスマ性を維持していた。

 

 <地球外生命体の正体>

 地球を揺るがす秘密をNASAと秘密結社が隠蔽

 エリア51には宇宙人がいっぱい!?

・地球には既に知的な宇宙人が到来しているという説がある。そして、宇宙人とアメリカ合衆国NASA既に接触しているというのだ。

 

・また、ネバダ州にあるアメリカ空軍の実験施設エリア51周辺ではUFOらしき未確認飛行物体が何度も目撃されている。

 

・そして、エリア51には極秘裏にロズウェル事件の残骸が運び込まれ、地球外生命体から得た技術でUFO研究が行われ、リトル・グレイと呼ばれている宇宙人が存在しているなど、様々な憶測が飛び交っている。

 

<信じられている噂>

 地球外生命体を隠し続けるNASA

NASAは実は地球外生命体と既に接触しているという噂が後を絶たない。

 NASA中枢には根強い秘密隠蔽派が存在し、秘密結社と結びついて、これまでの発見や地球外生命体に関する情報を隠し続けているというのだ。

 

 

 

 『河童・天狗・神かくし』 

松谷みよ子)(立風書房) 1985/7

 

 

 

河童には、昔から日本全国で土地特有の名称があった

 <河童の名称>

 (北海道)  コマヒキ、ミンツチ(アイヌ

 

(東北地方) オシッコサマ、シーッコサマ、カッパ、カァパ、カァパコ、カッパァ、カワワラス、カッパァ、ガワダロウ、ザンビキワラシ、セッコウサマ、メドチ、メドツ、メットウチ

 

(関東地方) カッパ、カッパノコ、カワッパ、カダロー、ガタロ、カワワラワ、ネネコ、封(ホー)

 

中部地方) エンコ、カッパ、ガッパ、カーランベ、カースッパ、カゴウソ、カワ(ラ)コゾー、カワボウズ、カワザル、カワババ、カワコゾ(ウ)、カーラボーズ、カワヤロウ、

カワツズミ、カーカンパ、カワッパ、

カワウソ、カワダ、カーラボン、カワラ、カワコボーズ、ガワロ、ガウロ、ガォロ、ガワエロ、ガワイロ、ガメ、ガワラ、ガワタロ、コボッチ、シジン、シイジン、スイシン、スイジン、スジンコ、セーシン、セージン、テガワラ、ドーツン、ドチロベ、ドチ、ドチガメ、ヌシ、ミズシワッパ、ワワッパ

 

近畿地方) イ(ン)ガラボジ、ウンガラボーシ、エンコ、オンガラボーシ、カッパ、カワッパ、カワラ、カワソ、

 

カワタロ(-)、カワコ、カワコゾウ、カタロ、カワタラ、カシラ、カワンゴロ、カワコボシ、カワラコゾウ、カワロ、カンコロボシ、カワノトノ、ガタロ、ガワタロ、ガ(-)タロ(-)、ガァラ、ガウライ、

 

ガワッパ、ガイタロウ、ガロウ、ガロボシ、ガウラ(イ)、ガシャンボ、ガ(ッ)タラボ(-)シ、ガンタヲボシ、

 

ガイタルボーズ(カイダルボーズ)、ガラボシ、ゴウタロウ、ゴウタラ、ゴウラボ(ウ)シ、ゴウヲゴランボ、ゴボシ、ゴロボシ、シリヒキマンジュ、シリヌキ、シリコーボシ、スッポン、ドンガス、フンゴロボージ、

ヒョウスボウ、マロ、ヤマタロ、

 

<河童の名称>

 <河童の名称は全国各地で色々だ>

 (中国地方)

エンコ(ウ)、カワッパ、カワコ(―)、カウコ、カウゴ、カワソ、カワコボーズ、ガウロ、ガ(ッ)タロー、ガウコ、ゴンゴ、ゴーゴ、ゴンゴージ、テナガ、フチザル、川子大明神

 

四国地方

イドヌキ、エンコ(ウ)、カワウソ、カワラ、カタロー、カワランベ、カダロウ、ガタロ(-)、ガワタロ、ガワラ、ガァラ、ゴタロ、ゴタコ、ゴタラ、シバテン

 

(九州地方)

エンコ、オト、カワノト、カワノヌシ、カワノヒト、カワコ、カントン、カーダラ、カーボン、カワタロウ、カワンヒト、カワノト、カワノヌシ、カワノヒト、カワンチョロ、カワントロ、カワノトノ、カワントン、カワロ、カリコボ、カワッソ(ウ)、カワゾウ、カワッパ、カーッパ、ガーッパ、ガッコ、ガワッパ、ガーダラ、ガワタロ、ガンチョロ、ガワッパ、ガータロ(-)、ガントロ(-)、ガントン、ガーッポ、ガグレ、ガゴ、ガラッパ、ガワロ、ガラッポ、ガンバ、ガースッパ、ガーロ、ガタロ、

 

ガシタロ、ガワンタロ、ガワッパ、ガッタロ、ガァッパ、ガッパ、ガアラッパ、ガワンタ、コウラワロウ、

 

サンボシ、スイテング、スイテンボウズ、スジンドン、セコ、セコンボ、セココ、セセコ、セコボウ、ヒョ(ウ)スンボ、ヒョウボウ、ヒュ(ウ)スボ、ヒョイヒョイ、ヒュースベ、ヒョウス、ヒョウスヘ、ヘテゴロ、

 

ヘジコロ、ホグラ、ナサン、ミズシン、ミッツドン、ヤマワロ、ヤマンタロー、ヤマセコ、ヤマオロ、ヤマウロ、ワワッパ、ワラドン

 

奄美大島)ガウル、ガワッパ、コーバチ、ケンムン(ケンモン)

 

 (沖縄地方)カムロー、キジムン(キジムナー)、ブナガヤ

 

  

 

『異星人遭遇事件百科』

 (郡純)(太田出版)(1991年)

 

 

 

 エリア51では円盤が制作されている

・ラージ・ノーズ・グレイは、オリオン座のベータ星を母星とするいわゆるリゲリアン。地球には植民地の保護監査官のような立場。

  

主な異星人の三タイプ

1、オリオン座のベータ星から来ているリゲリアン。通称“グレイ”。身長約1.2メートル、頭部が大きく皮膚は灰色、目はアーモンド型で、両腕は膝の下まで達する。指は4本で2本は長い。指先がかぎ爪、水かきがついている。

2、レティクル座のゼータ星から来ているレティキュラン。通称“グレイ2”。見かけはグレイと似るが頭と目の形がもっと丸い。

3、プレアデス星団から来ている“ブロンド”。金髪で背が高く白人と同じ姿をした異星人。

 

・ラージノーズ・グレイはその昔レティキュランに滅ぼされた種族なんだ。凶暴でレベルが低い。惑星連合政府ではおもに辺地の警備任務についている。

 

・惑星連合政府というのはレティクル座政府が5百年前に設立した宇宙最大の連合体だ。レティクル座人が実質上牛耳っている。

 

・米政府と「ラージ・ノーズ・グレイ」が戦争状態にあったことは一度もない。戦争状態は彼ら異星人達の間であったのだ。

 

 

 

『異星人遭遇事件百科』

 (郡純)(太田出版)(1991年)

 

 

 

 衝撃を与えたクーパー氏の証言

・元米海軍の情報部員のウィリアム・クーパーの証言には不正確な所がある。ラゾフスキー博士が、その正確さを保証するクーパー証言のMJ-12項目を、補足をまじえながらまとめてみよう。その内容は要約すると以下の骨子からなる。

 

 1、1953年合衆国政府はロックフェラー財閥の秘密協力のもとに対UFO特別戦略セクションを設立した。

 2、セクションの名称は、MJ-12。本部はメリーランド州某所。本部のコードネームは「カントリークラブ」である。

 3、50年代半ばMJ-12は、る宇宙種族と極秘協定を結んだ。

 4、極秘協定の相手方はオリオン座人。種族名は通称“ラージ・ノーズ・グレイ”である。

 5、協定の内容は以下の通りである。

 

・異星人は地球上で生物実験をおこなう情報を許される。

・合衆国政府は実権を秘密裏に援助する。

・実験の対象は野生動物、家畜のみならず人間を含むものとする。

・合衆国政府は実験の援助とひきかえに異星人の先進的なテクノロジーの提供を受ける。UFOの推進原理も含まれる。

・異星人は生物実験および自らの存在を地球人に知られないために必要な措置をとる、(誘拐対象者の記憶の抹消措置を意味する)

 

 

 

『ニッポンの河童の正体』

飯倉義之  新人物往来社    2010/10/13

 

 

 

<河童紳士録>

東の大将 利根川の祢々子(ネネコ)河童(茨城県

・名のある河童としてまず挙げられる、東日本の親分格といえばこのネネコ河童である。利根川の河童の女親分とされ、関東無双の暴れ河童で、子分らとともにいたずらをしては牛馬や子どもを水に引き込み、河川をあふれさせて周囲を水没させたと伝えられている。

 ネネコ河童の初出は布川村(現在の茨城県利根町)の医師・赤松宗旦の著した地誌『利根川図志』(1855)である。同書ではネネコ河童は「望海毎談に刀弥川に子﹅コといへる河伯あり。年々にその居る所変る。所の者どもその変りて居る所を知る。その居る所にては人々も禍(わざはひ)ありといへり。げにカッパの害ある談多し」と簡潔に記されるのみであり、女河童だとか河童の大親分だとかの記述はない。

 

・ネネコ河童の活躍を詳しく語るのは、同地の旧家・加納家に伝わる伝承である。それによると、ネネコ河童はもともと利根川上流の群馬県・片品川に棲んでいたが、勢力拡大とともに利根川を闊歩し、布川村の加納新田に本拠地を構えて子分を従え、乱暴の限りを尽くした。ある日、ネネコ河童は加納新田の草分(開拓者)の家筋・加納家の当主・久右衛門も狙ったが。武芸に秀でた久右衛門に返り討ちにあい、生け捕りにされてしまった。久右衛門はネネコに二度と暴れぬと誓わせたうえ、屋敷内の稲荷祠に祀った。改心したネネコは暴れまわるのをやめ、縁結びと安産の神となったという。

 

・なお、ネネコ河童が女河童だというのは、「ネネコ」というかわいらしい名前のほかに、加納家に安置されている、ネネコ河童とされる土偶像が女性の特徴をもつことに由来すると思われる。

 

・茨城には牛久沼の河童伝承や、河童膏薬として名高い大宮町の岩瀬万応膏、河童のご利益で手の病を治す小川町の手接神社、水戸での河童捕獲を伝える江戸時代の瓦版など、河童の伝説が数多く伝わっている。

 

西の大将 八代・久留米の九千坊(熊本・福岡県)

・東の大将がネネコなら、西の大将は九千坊(くせんぼう)である。九州北部は、河童伝承の濃密な地であるが、九千坊はそのトップといえる。その名の通り九千匹もの河童の統領で、子分たちを率いて海を越え、八代から九州に上陸して球磨川をさかのぼり、肥後国に棲みついた。

 上陸地点とされる八代市の前川橋のたもとには、「河童渡来の碑」が建てられている。

 

・九千坊もまた、筑後川や川内川の九州の名だたる河童たちを手下にして乱暴の限りを尽くしたが、あるとき、肥後の領主・加藤清正お気に入りの小姓までをも水中に引き込んだため、激怒した清正が河童殲滅作戦を展開。河童の天敵である猿を九州中から狩り集め、河童に襲いかからせた。いかに九千坊とはいえこの一斉攻撃には耐えきれず、ついに降参して肥後を退去することを通告。久留米藩の領主・有馬氏の許しによって隣国筑後筑後川に移住し、水天宮の神様に感応して改心し、そのお使いとなったという。

 

筑後の水天宮は全国水天宮の総本山で、子育て・安産の宮として名高い。東京の水天宮は1818年、時の有馬公が江戸屋敷にこの久留米の水天宮の分社を勧請したのが始まりであり、大名の屋敷内にある小祠ながら、安産・子授けの神として一躍流行神となった。同社境内では「福太郎」と呼ばれる蒼い顔の河童面が授与されており、火難、盗難、水難を防ぐご利益があるという。

 

・この九千坊の敗退と移住の伝説は、もともと別系統であった八代の伝承と久留米の伝承がつなぎあわされて成立したものだろう。久留米の有馬氏やネネコを制圧した加納氏、田主丸の河童を使役した渋江氏など、水の精霊である河童を使役しえた家柄というものが信じられ、伝えられてきた。河童から秘薬を教わったという家も、そうした水霊に近い家の末裔、ということができるだろう。

 

<「江戸『うつろ船』ミステリー」   加門正一   楽工社 2008/12>

・今からおよそ200年前の江戸時代、享和3年(1803年)に起きた不思議な事件を伝える古文書が残っている。その古文書に記された事件は、常陸国(ひたちのくに)(現・茨城県)の海岸にUFOそっくりの形をした「うつろ舟」が漂着し、船の中には見知らぬ文字が書かれていて、美しい女性が一人乗っていた、というものだ。しかも、同じ事件を伝える文書はひとつだけではなく、現在までに複数のものが見つかっている。

 

・「なぜ江戸時代の古文書にUFOそっくりの乗り物が載っているのか?」という謎の最終的な解答は、いまだ得られていないのである。

 

・また「うつろ舟の蛮女」は小説にもなっています。渋澤龍彦の小説(うつろ舟)の中の蛮女の描写は、次のようになっています。

 

<『渋澤龍彦綺讀集2』  (日本文芸社)>

(うつろ舟)

・「女は、年のころ二十ほどに見えて、色白きこと雪のごとく、まなこ青く、燃えるような金髪あざやかに長く後ろに垂れ、その顔のふくよかに美麗なることは、譬えんばかりもなかった。唐人のきるような軽羅と袴を身につけているが、これが西洋婦人であることは、疑うべくもないといっても、常州の漁民に一度として、西洋婦人を見たためしとてはなかったから、海の彼方から忽然として現れた金髪碧眼の若い女に彼らは、ひとしく肝をつぶした。むろん、言葉が通じるわけでもないので、いずこの国のものかと女に問うすべもない。ただ遠巻きにして、こわごわと、ガラス障子の中の女をながめているよりほかはなかった」。

 

 

 

『超怪奇UFO現象File』 

 (並木伸一郎)(学研)2008/1

 

 

 

江戸時代の海岸に漂着したのは宇宙人か「虚舟」

・「江戸時代のUFO飛来事件とおぼしき出来事を伝える記録がある。時は享和3年(1803年)2月24日午後、旗本の小笠原越中守の知行所に、常陸国の領内であるはらやどり浜の沖合に奇妙な船が漂着した。土地の漁民たちは小舟を漕ぎだしてその船を浜辺まで引いてきた。船は直径5.4メートル、上部はガラス張りで、鉄板を張り合わせた頑丈な造り。一 船内には異様な風体の女がいた。髪は赤く、言葉は通じない。女は、60センチ四方の箱を大事そうに抱いていた ー。これは1825年に滝沢馬琴がまとめた『兎園(とえん)小説』で『虚舟(うつろぶね)の蛮女』として紹介された話だ。

 

・事件の現場は茨城県鹿島灘海岸のどこかと思われるが「はらやどり浜」という地名が存在せず、郷土史研究家たちの間では、事件について報じる記録が他にもあり、『梅の塵』『鴬宿雑記』、瓦版が見つかっている。

 いずれも、その女性と異船がどうなったかは明らかにされていない。興味深いのは船内に書かれていたという謎の蛮字だ。UFOコンタクティが証言する宇宙文字に酷似しているのだ」。

 

 

 

『「正論」  平成28年6月号 』

東日本大震災秘話  石巻のタクシー  石原慎太郎

 

 

 

・震災から三カ月ほどしての初夏のある夜遅く石巻駅の前で客待ちしてつけていたタクシーの運転手の車に真冬みたいな分厚いコートを着た若い女性が乗り込んできた。

行く先を訪ねたら「南浜まで行ってください」

「南浜って、あそこはもうほとんど更地で誰もいませんけどいいんですか。どうして南浜へ行くんです。そんなコートを着てて暑くないの」

 質したら、くぐもった声で、

「私死んだのですか?」震えた声で聞き返してきた。

「ええっ」おどろいた運転手が身をよじり後ろを振り返って見たらその姿は消えていた。

 

・「いやありそうな話だな、何でも余所の会社の車でも季節はずれの着物を着た客を乗せたという話を聞いたぜ、幽霊の気持ちもわかるよなあ。あんただって娘さんを亡くしているんだろうが」

 

石巻の別のタクシー会社の運転手も駅待ちしていて同じような体験をさせられた。夏の8月に男の客が自分でドアを開けて乗り込んできた。20歳くらいの若い客だった。真夏なのに分厚いダッフルコートを着込んでマスクをしていた。

 

・「日和山」と一言答えた。言われるままに走って日和山に到着し客に促して後ろを振り返ってみたら客の姿は消えていた。

 

・ある町のタクシー運転手は8月の深夜車の回送中手を上げている人影を見、車を歩道に寄せて着けると相手は小学生くらいの小さな女の子だった。何故か季節外れのコートを着込み帽子をかぶりマフラーをし、ブーツを履いていた。

 

・「お家はどこなの」運転手が答えに頷いてその辺りまで来たら、「おじちゃん有り難う」言うのでドアを開け、その手をとって引いて降ろしたら頷いて背を向けた途端その姿が目の前で煙みたいに消えてしまったと言う。

 

・「噂ではお前と同じ目に遭った奴はあちこちの会社にいるそうだぜ、何年たっても子供は親に会いたいんだろうな、良い事をしてやったと思うことだな」

 

・こうした話を聞き取りをして回った当事者は、運転手たちの多くがあちこちで同じ目にあっていると聞かされ、こうした噂に自分の体験をあてはめているように思われる、と記している。

 

・ということでこの小文は私の小説などでは決してない。これは東北学院大学の震災の記録プロジェクトチームの『呼び覚まされる霊性の震災学』という記録を目にした私の感動を元にした、彼らの多分あまりに報いられることの無かろう貴重な報告を、私以外のより多くの人々に共有してもらいたいとの願いからものしたものだ。

 

ベルグソン小林秀雄は、人間の備えた『想念』の働きによる不可知な現象について肯定し説いているが、私も老年になり人間にとって最後の未来であり、最後の未知である『死』についてしきりに想わぬ訳には行かぬこの頃だが、最後の未来の後に、はたして来世なるものが在るのかどうか考え迷っているが、この報告は大きな啓示の一つとなりそうな気がしている。

 いずれにせよこの貴重な報告はより多くの、いや全ての人間たちによって共有されるべきものに違いないと思う。

 

 

 

『日本よ、再び』

石原慎太郎   産経新聞出版   2006/4/10

 

 

 

水俣病判決

・さる10月15日に行われた関西在住原告団水俣病被害訴訟への勝訴判決を大きな感慨を抱きながら聞いた。司法は事件確認後48年にしてようやく、正当な文明批判としてあの悲惨な出来事に関する国と県の責任を認めたのだった。

 

・実はこのはるか以前、環境庁長官時代に私は、水俣病に関する国の責任を初めて閣議で唱えたが完全に封殺無視された。ちなみに閣議をリードする官房長官厚生大臣の経験もある園田直氏だった。

 

・日本の高度成長は、繊維産業と言う手近な手立てでの追い上げから始まったが、良質の繊維製品のためには媒体にするアセトアルデヒドという物質の大量生産が不可欠であり、「チッソ水俣工場は当時その生産の決定的シェアを保有していた。そしてその工場から排出される多量の有機水銀が前代未聞の悲劇を招来したのだ。

 

・しかし、調べれば調べるほど当初の目論見は外れて、有機水銀の汚染障害の信憑性が顕在化してきた。その段階で繊維産業の停滞を恐れた通産省からの圧力がかかり、それを不満とする委員の辞任が相次いで、委員会は分裂解散し、それまでの調査討論をまとめていた報告書は姿を消してしまった。それについてかってNHKが『失われた報告書』という特集番組を作ったこともある。

 

・これは到底許されることではないが、高度成長、国家繁栄という美名の下に、行政の力ずくで実際に行われたと思われる。初めて現地を視察した当時の園田厚生大臣が当時の「チッソ」の江頭豊社長にことの隠ぺいのためのどのような条件を提示したかを、社長の甥にあたる亡き江藤淳から引退後の佐藤総理の家で詳しく聞いたものだ。

 

・後になってある人から「それは甘い。役人は一旦作って手にした資料を絶対に焼いたり捨てたりはしないものだ」といわれて反省させられた。彼の言う通り学者の見極めた水俣病の真因を記した件の報告書はきっといまだにどこかに隠されたままでいるに違いない。

 

・しかし、今回の最高裁の判決は恐らくそういった決定的な証拠を手にせずとも、この文明の現況においての文明工学的見地からある悲劇の少なくとも悲劇のいたずらな拡大の責任者は行政であったことを正当な文明批判として裁断したと言える。

 

・しかし、水俣の悲劇は今後も形を変え、恐らく世界の随所で反復され続けるに違いない。(2004年11月1日)

 

 

 

『永遠なれ、日本』

中曽根康弘石原慎太郎  PHP 2001/8/2

 

 

 

<中国が分裂するのは時代の必然―石原>

・時間が神様と言うのは、まさにその通りだと思います。

 

・ただ、中国は現在、世界で唯一残っている帝国です。帝国というのは強力な軍隊、経済力を背景に違う民族、違う文化、違う宗教を強引に統一する国家形体です。ローマもそうだったし、モンゴルもそうでした。ソビエトもそうだし、小さい規模ではユーゴもそうでした。それが崩壊するとリージョナリズムが極端な形で露出してきて内紛が起こるというのも通例です。

 

・しかも台湾の場合、海を隔てているという事もあり、あれを「不可分の領土」とする中国の主張をとても是とすることはあり得ない。

 

・私は、将来的に中国はソビエトが崩壊して連邦国家になったように、6つくらいの独立国家になると見ています。それが地域、地域に住んでいる住民にとっても幸せなことでしょう。そのことを北京が受け入れることが人類全体の歴史の生産的な展開のために必要だと思います。

 

・彼らからチベットの実情を詳しく聞いています。北京政府はいまチベットに対し、民族融合の名のもとに民族浄化してめちゃくちゃなことをしている。このような帝国主義的な発想で自らの正当性を保証しようという北京政府を私は到底許せない。

 

・いわば「地球で一番遠いところ」にある土地ですから、北京のやることも見過ごされているが、もしチベットみたいな状況のバルカン一帯で起こりでもしたら、NATO軍が出動して、大変な騒ぎになるに決まっている。

 

・地球環境や人口問題を考えたときも中国というのは大きなマイナス要因になっている。いまや人間は地球で「一番数の多い哺乳類」でネズミよりははるかに多い。日本は例外ですが、これがどんどん繁殖してかつ文明を追及するとすれば、食糧問題はもちろん地球環境がどんどん破壊されてしまいますよ。

 

・人文、理経を超えて、いわゆるレベル以上教養知識のある研究者たちに「今日まで続いてきた人間の文明が文明としてあと何年存続すると思いますか」と訊いたものですが、実に60パーセントの人が「5~60年」と答えている。別の言い方でいえば、「孫の孫の代くらいまで」という答えが圧倒的に多かった。

 

・1980年にはやったファッションとしての終末感覚ではなく、本気でこの問題に取り組まなければならないと思う。

 

 

 

『平和の毒、日本よ』

石原慎太郎   産経新聞出版   2012/7/30

 

 

 

新しい移民法

・日本の人口の減少は大分以前からしられていたことなのに、現在この事態になっても移民政策について根本的な議論が見られぬというのはおかしい、というより政治家たちの時代認識の欠如、危機感の欠如というよりない。

 

・私は議員時代から大幅に移民を迎え入れる体制を法律的にも整備すべきだといってきたが、仲間内での反応は極めて乏しい、というより顰蹙さえ買ったものだった。反対論の根拠は、日本は日本人と言う単一民族で形成されている国家であって、そこへ多くの異民族を迎え入れると国家社会のアイデンティティを損なうことになると。

 

・しかし、日本の国民が単一民族から成っているなどというのは基本的に間違った歴史認識で、我々の民族的ルーツは実は東西南北あちこちにあるのだ。

 

アメリカは一時合「衆」国とも呼称されたが、日本はまさにアメリカをしのいで古い合衆国なのだ。特に徳川時代の長きに及ぶ鎖国の結果、限られた国民の間で徹底した混血が行われ、大脳生理学が証す通り、異民族間の混血による大脳生理としての独特の酵素の活発な働きで優秀な人材が輩出し、「元禄」に象徴される文化の成熟をみた。

 

間近な周囲の、かっての民族的ルーツの国々から大幅に新しい日本人要員を迎え入れるべき

・EUはすでに同じ試みを展開し成功の道をたどっている。民族的に歴然と異なるトルコ人移民との摩擦に悩むドイツのような例もあるが、かっての共産圏東ヨーロッパからの移民に関しては、一時的な労働力の偏在現象もありはしたが結果として地ならしされ東西ヨーロッパの新しい成熟の基盤が出来つつある。

 

・そうした民族交流の文明原理を踏まえれば、日本が新しい移民法によってアジアの近隣諸国に大きく門戸を開くことでアジアの発展成熟に拍車をかけることになるにも違いない。著しい人口減少によってさまざまな問題を抱える日本の国家社会にとって、かっての民族的ルーツであった国々から、新たな同胞を迎え入れることで我々が失うものはありはしまい。

 それに比べて、現行のかたくなな閉鎖主義を維持することで、我々が現に何を失いつつあるかを考え直したらいい。

 

・入国管理の杜撰さは新しい社会混乱を育みつつあるが、実はその根底には日本独自の奇妙な閉鎖性がある。ならば法律的に大幅な門戸解放を行い、その施行には厳密な審査を行う方が結果として優秀な新しい同胞の獲得造成に繋がるのではなかろうか。

 

・人材に対して国を開くといった姿勢なくして、一体我々は我々だけでこの国をこのまま維持発展させることができるのだろうかということを、そろそろ本気で考える時と思われる。