日本は津波による大きな被害をうけるだろう UFOアガルタのシャンバラ 

コンタクティやチャネラーの情報を集めています。森羅万象も!UFOは、人類の歴史が始まって以来、最も重要な現象といわれます。

じつは光学レンズを使って自分の目で天体観測をしている人間の間では、UFOが存在することはほぼ常識となっています。なぜなら、宇宙を観測していると、いやでもUFOを目撃してしまうことがあるからです。(1)

 

 

『「臨死体験」が教えてくれた宇宙の仕組み』

木内鶴彦 普遊舎 2014/5/26

 

 

 

彗星捜索家(コメット・ハンター)

・私はアマチュアの彗星捜索家です。宇宙を観察して新しい彗星を発見し、世界に発表しています。

 新しい星には見つけた人の名前がつけられます。私は二度も新しい彗星を見つけ、自分の名前をつけることができました。また長年行方不明になっていた有名な彗星を再発見し、その功績を認められて、小惑星に「KIUCHI」の名前がつけられました。私の彗星捜索家人生はたいへん幸運だったと思います。

 その一方で、私の体は20代のとき、死亡するという特異な状態に置かれたことがあります。心肺停止、脳波もなくなり、医学的には死亡した状態で、私は驚くべき臨死体験を経験しました。そのとき見たもの、感じたことのすべてを、私は数十年たったいまでも鮮明に記憶しています。

 

トンネル、花畑、亡くなった人たち………

・ちょうどシャッターが閉まるように、パタンと意識がなくなりました。そして気がつくと真っ暗闇の中にいました。私は自分がどこにいるのかわからず、周囲を見渡しました。

 すると、そのとき、遠くに光が見えてきました。私は光源を目指して這いずるように動き出しました。不思議なことに、自分が這い回る感覚がはっきりと感じられます。

 

・しばらく行くと、ひじょうに大きな川に突き当たりました。私は「これが昔からよくいわれている三途の川かな」と思いました。光源は川の対岸にあって、ぼうっと全体を照らしているように光っていました。とにかくあそこまで行ってみよう。私はそう思って、船渡を探しました。

 

・どれくらい時間が過ぎたでしょうか。ふと頭をもたげると、15メートルから20メートルくらい離れたところに焚き火のような明かりが見えました。しかもそのあたりに、まるでかげろうのように人のシルエットが揺らいでいるのです。ゆらゆらとしたシルエットは4、5人見えます。

 すると、そのうち一人が私に近づいてきました。喪服を着た中年の女性でした。そのとき私は女性が誰だかよくわからなかったのですが、あとになって、私が生まれて間もなく、若くして亡くなった私の叔母に瓜二つだということがわかりました。

 それはともかく、喪服の女性は私に向かって、「鶴彦、おまえ、何しに来た?」というのです。でも私に答えられるはずがありません。私だって自分の状況がわからないのですから。

 まごまごしていると女性は私を焚き火のほうに連れていきました。そこにはおばあさんが二人、おじいさんが一人、青年が一人いました。

 お年寄りたちが誰だかわかりませんでしたが、青年の顔を見て、私はびっくりしました。何年か前にブルドーザーにはさまれて、20代の若さで亡くなった私の従兄弟だったからです。私たちは再会を喜び合いました。

 ごく自然に、私たちは親戚や叔父の話題に花を咲かせていました。すると喪服の女性が私に近づいて来て、「ついておいで」というのです。

 私は従兄弟たちに別れを告げ、女性のあとに従いました。しばらく行くと、前方になだらかな丘が見えてきました。木はまったく生えていない、草原のような丘です。

 女性はその斜面をどんどん登っていきます。丘の頂上の稜線の向こう側には、金色に輝いている空がふわっと見えています。丘の反対側はこちらよりはるかに明るいようです

 ついに頂上まで到達すると、向こう側はあたり一面の花畑でした。なだらかなスロープが続き、そこかしこに花が咲き乱れているのです。何の花かわかりませんが、とてもいい香りがします。

 空を見上げると、天には金色の大きな光がありました。その明かりのせいで、あたりは金色に輝いて見えます。

 

そのまま私はなだらかな丘を下り続けました。そしてふと気がつくと、いつのまにか、喪服の女性がいなくなっていたのです

「あれ、どうしたんだろう。どこに行ったんだろう」。心配になって周囲を見回しているうちに、突然、フワッという感じで目が覚めました。ちょうど夢から急に覚める感じです。私はベッドに寝ている自分に戻ったのです。

 

肉体を離れた「意識」に「自分」がある

・私の上にはライトと点滴があって、横には母が座っていました。

「いまのあれは何だったんだろう。俺は夢を見ていたのかな。俺は生き返ったのかな」

 そしてふとあることに気づきました。あれほど苦しかった全身の痛みが嘘のように消えていたのです。

 

・「あれ?」と私は思いました。自分はベッドサイドで起き上がり、父の前にいる。なのに、体だけはベッドで寝ている。「これはどういうことだろう?」

 そういうとき「自分」という主体は体ではなく、意識のほうにあります。だからベッドで寝ているのは「自分」ではなく、木内鶴彦そっくりな別の人がそこにいるという解釈しかできません。

 私は父と一緒に寝ている私を見つめました。そして横にいる父に向って「おやじ」と呼びかけようとしました。すると突然、私の意識は瞬間移動し、父の目線からベッドの上に寝ている“私(木内鶴彦)の肉体らしきもの”を見ていたのです。つまり、父の体の中に入ったのです

 

・この世界が縦、横、高さの3次元だとすると、時間軸を加えた(つまり過去にも未来も自由に行き来できる)空間が4次元、そして「意識」が加わった(つまり意識が自由に移動できる)世界が5次元だと思います。人間は死ぬと5次元に世界に行くのではないでしょうか。

 

未来に行ってみてきた映像は現実に起こった!

・もう一つ見えた未来はじつに不思議でした。写真が二重写しになったように、二つの場面が重なって同時に登場したのです。一つは年を取った私が、場所はわかりませんが、子どもたちと一緒に望遠鏡を覗きながら、楽しそうに星の話をしている場面です。

 二重になっているもう一つの場面は廃墟になった町を、やはり年老いた自分が呆然と歩いているところです。何が起きたのかはわかりません。あたりには焼け焦げて死んだ人や怪我をした人たちが横たわっている。その中を私はなすすべもなく歩き続けているという不吉な場面でした。

 ちなみに最初の広い畳の部屋で会議をしている未来は、すでにもう実現されています。

 22歳のときの臨死体験から18年後の1994年、私たちは高野山で開かれた「世界将来世代京都フォーラム」に招かれて、講演を行うことになりました。

 

・臨死状態で見た未来は現実になりました。実際に私はあのとき未来に行っていたことがこれで実証できたわけです。

  ということは、もう一つ見た二重写しになっている未来はどうなるのでしょうか。老人の私が子どもたちに星について語っている平和な未来と、破壊された町を彷徨う不吉な未来。

 おそらくこの未来はまだ定まっていないのではないでしょうか。未来には「最良の未来」と「最悪の未来」があり、どちらを選択するかは現在の私たちにかかっているのではないかと思います。

 

珍しい症例として学会でも報告される

・未来や過去、ありとあらゆる場所に瞬間移動しながら、ものすごい勢いで旅をするのは、言葉に尽くせないほど楽しい体験でした。でも、私が肉体を持つこちらの世界に戻るときがやってきました。

 

第一次臨死体験と第二次臨死体験がある

・私にとって臨死体験ははっきりと二つに分けられます。すなわち、心臓が止まる前の洞窟や花畑の丘にいた体験、これを第一次臨死体験とすると、心臓が止まったあと、意識だけになって時空を移動した体験は第二次臨死体験といえます。

 

中国語で話しかける医師に通訳なしで返答する

・私の意識が過去に飛んでいる間も、病室では肉体を蘇生させようと、医師や看護師たちによる必死の努力が続けられていました。

 

・その最中、とても不思議なことが起きました。病室で医師たちは中国語で話しています。私は中国語はまったくわからないのですが、医師たちの言葉が日本語と同じようにはっきりと“わかった”のです。

 

・こうして1カ月半に及ぶ入院生活を送ったあと、ようやく私は日本に戻ることができました。日本でもう一度検査を受けると、中国では肝移植しか方法がないとまでいわれた重症の肝不全が、その前段階の状態に戻っていたのです。

 肝臓は一度悪くなると、それ以上悪くなることはあっても、よくなることはない臓器です。ましてや一度肝不全に陥り、肝移植しか方法がないとまでいわれた重症の肝不全が、その前段階の状態に戻ることはありません。

 不思議なこともあるものです。

 とにかく、こうして私は一度ならず二度、三度と臨死体験を経験することができたのです。

 

あの世は5次元でできている

臨死体験を経て、私が得たのは膨大な知見でした。22歳のときは私の頭では整理しきれず、パンク状態のまま放置していたのですが、「彗星捜索家」として宇宙と向き合ったり、多くの知遇を得て、さらに自分でも勉強を進めるうちに、「あのとき見たあれはこういうことだった」ということが、ジグゾーパズルのピースをはめ込むように明らかになっていたのです。

 

・これからお話しするのは、私が臨死体験の中で見てきたり、検証してきたさまざまな事実です。しかしあくまでも「私の体験で」という条件がつきます。ですから現代の科学や物理学の方法で証明せよ、といわれても私にはできません。

 

・まず私たちが住んでいるこの世界についてお話しします。私たちは縦、横、高さで構成される3次元の世界で生きています。1次元の世界は点、2次元の世界は縦と横の平面でできています。1次元の世界からは2次元の世界が見えませんし、2次元の世界からは3次元が見えません。

 もし私たちが平面だけの2次元の世界に住んでいたら、「高さ」は見えません。そういう世界があることすら想像できないでしょう。ということは3次元以上の世界があっても、私たちには想像することが難しいということを、まず念頭に置いてください。

 

・目に見えないが、時間はある。したがって、縦、横、高さの3次元の世界に時間を加えた4次元の世界があることまではわかります。これは現代の物理学でも証明されている事実であり、最近では時間を移動する粒子の存在の可能性も発表されているようです。

 しかし私が臨死体験で経験したのは、3次元でも4次元でもなく、さらにその上の5次元の世界でした。5次元の世界が何で構成されているのかというと、縦、横、高さ、時間に「意識」を加えたものです。

 私たちは3次元の世界にいるので、4次元、ましてや5次元の世界を想像するのは至難の業です。でも臨死体験で私が経験したのは3次元や4次元の世界をさらに取り囲む「意識」の存在であり、それが全体のもとになっている5次元としかいいようがない世界でした。その「意識」とは3次元の世界で私たちが感じている自分の「意識」とは違う。もっと高次元のものです。個々の意識や感覚などどうでもいい。それらを超えた大いなる「我(われ)」という感じ。

 

「膨大な意識体」で共有されるとてつもない情報

・人は死に際して、まずはトンネルや光、お花畑など第一次臨死体験を経験します。これらは前にも説明した通り、脳内の生体反応によるものだと思われます。そして心臓が停止し、意識が肉体と離れる第二次臨死体験の状態になったとき、この「膨大な意識体」の存在を感じるのです。

「膨大な意識体」の正体が何であるのか、私にも見当もつきません。しかしどこか懐かしい感覚もありました。おそらく人は「膨大な意識体」から生まれてきて、ふたたび「膨大な意識体」に戻るのではないでしょうか。

 

宇宙は「膨大な意識体」のひずみから生まれた

・私たちのふるさとは「膨大な意識体」です。そこから私「木内鶴彦」は生まれてきて、やがてまた「膨大な意識体」に戻っていきます。

 

・「膨大な意識体」があるのは5次元の世界です。その様子は、3次元の言葉で表すなら、空間ともいえますし、ガスのような存在ともいえます。5次元の世界ではすべてを「膨大な意識体」が満たしており、バランスがとれた完全な世界をつくっています。

 

死は意識が形を変えるだけのこと。恐れることではない

・水蒸気が冷えて水になったり、氷になったり、雪になる。それと同じように、「意識体」が変化して、3次元のいろいろな物質が生まれたのです。

 この説明だと、物質がなくなるとき、「膨大な意識体」に戻るという理屈もスムーズに納得できます。

 雪や氷や水の形(=肉体)をしていた私たちは、死んで目に見えない水蒸気(=意識)になり、空間を満たす。死は意識が形を変えるだけのことですから、怖いことでもなんでもないというわけです。

 

輪廻転生や前世の記憶はひずみによってもたらされる

・さらにつけ加えておきますと、私が臨死状態のとき、なぜ「膨大な意識体」に吸収されないで、「木内鶴彦」のまま情報にアクセスできたのかというと、やはり知らない間に“ひずみ”を利用していたからです。

 心肺停止になり、意識が肉体から離れたとき、私は自分の意識を過去や未来に飛ばしてしまいました。そうやって意識を「いま」からずらしたために、意識の空間に微妙なひずみが生まれたのです。

 

意識はミトコンドリアの中に存在する

アミノ酸に電子的なスパークが加わって誕生した初期の生命は、生命ではありましたが、物質に近いものでした。単細胞で動き、単細胞で死んでいく。そこに細胞同士の連携や情報交換は必要なかったからです。

 しかしミトコンドリアが登場すると、生命は複雑な進化を遂げるようになります。

 ミトコンドリアは初期の細胞が誕生した頃、その生命と共生していた好気性の細菌だったといわれています。つまりミトコンドリアは、外からやってきた存在です。細胞が単細胞から多細胞に進化する際に、細胞内に取り込まれ、細胞の生命活動を助ける働きをするようになりました。

 ミトコンドリアの重要な働きはエネルギーの創出と情報伝達です。まずエネルギーに関していうと、細胞内に運び込まれた酸素はミトコンドリアによって糖や脂肪と結びつき、熱量となります。ミトコンドリアは生体活動に欠かせないエネルギーをつくっているのです。

 

・なぜミトコンドリアにそんな力があるのか。私は大胆な仮説を立ててみました。ミトコンドリアこそが、「膨大な意識体」につながるものであり、私たちの意識をつなぐもの、私たちが「膨大な意識体」からやってきた証拠なのではないかという仮説です。つまり私たちの意識はミトコンドリアにあるのです。

 

・もしミトコンドリアが「膨大な意識体」が形を変えたものであれば、ミトコンドリアは「意識」ですから、お互いがテレパシーのようにつながっていて、情報が共有され、交換されるのは当然です。だからたった一つの細胞から人間のような複雑な生命体をつくることができるのです。

 それぞれの細胞のミトコンドリアが情報のやりとりをしながら合成されたものが、私たちのいまの体です。そして脳はミトコンドリアから提供された情報をしまっておいたり、演算したり、計算処理をして、体の各部署に命令を飛ばすところに過ぎません。だから脳に心はありません。意識もありません。

 

ミトコンドリアが「膨大な意識体」とつながっているとすると、理屈の上では、ミトコンドリアを通して、自分以外の他人とつながることはもちろん、時空を超えてよその天体からの情報をもらうこともできるはずです。過去や未来とつながることもできるでしょう。

 現実に宇宙人とやりとりしている人もいるかもしれないと私は思います。あるいはよその天体から情報を飛ばしている可能性もあります。私たちが鈍感になっていて、情報を受け取れないだけで、私たちのミトコンドリアの中にはちゃんと情報を受け取っているものもあるかもしれません。

 それらのミトコンドリアが、あるときは直感として、あるときは夢という形で、宇宙からの情報を伝えたとしてまったく不思議ではないと私は思っています。

 

1万5000年前まで地球には月はなかった

・中国での臨死体験の最中、私は地球で生命が誕生したときまでさかのぼってみました。放射線のスパークが起きたり、放射線をえさとする生命体が生まれたり、単細胞から多細胞へ生命が進化していく様子を見てきたのですが、そのとき記憶がよみがえったのは、22歳の臨死体験で垣間見た原始の地球には月がなかったということです。

 

・当時、人間はすでに高度な文明を築いていました。地球の環境を破壊しないよう、自然と共生しながら知恵と哲学と技術を持って暮らしていました。

 ところがいまから1万5000年前に巨大彗星が太陽に近づくという恐ろしいことが起きました。巨大彗星の内部には圧力によって結晶化された大量の水や氷がたくわえられていました。それが太陽の熱で一気に溶かされたために、莫大な水蒸気が発生したのです。地球の軌道がそこに近づいたとき、気化した水蒸気は地球の引力に引っ張られ、大量の水分が地上に降り注ぐことになりました。

 地上の多くは海の中に沈み、高度な文明も滅びてしまいました。アトランティス大陸の消失やノアの大洪水などの伝承が残っているのも、このときの洪水が物語として伝えられているからではないでしょうか。

 そして軽くなった巨大彗星は軽石のような塊となり、地球の重力に引っ張られて、地球の周りを周回する衛星になったのです。それが月の正体です。

 

月を見ると、すべての生物は不安になる

・ところが月ができてからは、地球に近い月からのエネルギーによる影響を強く現れるようになりました。月は28日の周期で地球の周りを一周します。すると月のエネルギーがもっとも強くなる満月や新月の日に、人間は何ともいえぬ不安に襲われるのです。おそらく月の引力に引っ張られる恐怖心を覚えて、心がざわつくのでしょう。

 女性の整理も年一回から、月一回に変わりました。それまでは年一回だったものが月ができてからは、毎月一回、不安感から情緒不安定になったり、イライラするようになったわけです。交通事故が満月の前後に多いことや犯罪が活発になるのも、月と無関係ではないと思います。

 

自分を「気配」に変えると第六感が覚醒する

・意識は肉体の外にあるということを認識すること。そしていまは肉体に閉じ込められている意識を肉体の枠からはずす訓練をすること。そうすれば、意識本来の力が発揮できます。三次元の世界でいうところの第六感が覚醒するのです。

 しかしいうのは簡単ですが、実行するのは容易ではありません。私も臨死の状態のときだけしか、意識を肉体から切り離すことができませんでした。

 

波動を使う未来の医療

私は中国で体験した二度目の臨死体験で未来の医療を見てきました。そこでは波動を使った医療が行われていました

 人間をMRIのようにドーナツ型の機械に入れて、その人に固有の波動を浴びせます。すると薬を飲んだり、手術をしたりしなくても、健康が取り戻せるのです。

 波動とは物が振動することで起きる波のことです。すべての物質は振動しています。なぜなら物質を構成する原子の周りをつねに電子が回っているからです。

 

昔の人はすでに波動医療をおこなっていた ⁉

・波動を使う医療はじつは昔からありました。昔の占星術が波動を用いた医療に近いのです。いまでこそ、占星術はその人の生まれた日時で運勢や未来を予想する占いになってしまいましたが、もともとは高貴な人の医療に使われていたものです

 人は自分が誕生したときの星のエネルギーの影響を強く受けます。というのも、この地球には宇宙のあらゆる方角からさまざまなエネルギーが飛んで来て、細胞に影響を与えるからです。

 

彗星が地球にぶつかる日

じつは地球の危機はすぐそこに迫っている可能性があります。なぜなら100年後に、地球は巨大彗星と衝突するかもしれないからです

 1992年、私は130年間行方不明になっていたスウィフト・タットル彗星を再発見しました。この彗星は1862年アメリカのスウィフト・タットルさんという方が見つけたものです。

 しかしそれ以降、行方不明になってしまい、20世紀に入ってからも世界中の天文学者が必死に探していた彗星でした。私はその彗星を再発見した功績により、国際天文連合から火星近くにある小惑星に「KIUCHI」と命名されました。

 ちなみに彗星は発見者の名前がつけられるのがルールとして決まっていますが、小惑星は発見してもその人の名前がつくわけではありません。

 

もしスウィフト・タットル彗星の通過が10日遅れたと仮定しましょう。するとこの彗星は2126年の8月14~15日あたりに地球軌道からだいたい7万キロのところを通過することになります。

 地球と月までの距離が38万キロですから、かなりの近くを通過するわけです。それだけではありません。彗星自体の大きさはだいたい直径20キロメートルくらいですが、太陽から受けた熱量によって、周囲にガス状の塵がふわっと広がって、おたまじゃくしの頭のようなものができます。これを「コマ」といいます。コマから尾を引くように塵が広がって、いわゆるほうき星の形に見えるわけです。

 このコマの直径がだいたい40万キロ。ゆうに地球と月までを包んでしまうくらい大きさになります。

 

・しかし彗星のコマの部分が地球の大気圏に入ったら、そんな温度ではすみません。おそらく2000度くらいの高熱の塵や灰が地上に降り注ぐことになります。彗星が通り過ぎるまで2時間くらいはかかりますから、その間じゅう、地球には2000度の灼熱の火の玉がシャワーのごとく降り注ぎます。

 あらゆる生物は一たまりもなく死に絶えてしまうでしょう。地球という星がなくなることはありませんが、その表面は様相を変えてしまいます。ただもう荒涼たる死の世界が広がっているだけです。

 

宇宙ステーションは彗星の軌道をずらすためのもの

・これと同じようなことが1994年、木星でも起きています。木星にシューメーカー・レヴィ第9彗星と呼ばれる彗星が分裂しながら衝突したのです。彗星の大きさは直径1キロメートルぐらいです

 そんな小さな彗星でも、分裂した最初の1個が木星に衝突したとき、地球と同じくらいの大きさの火の玉があがりました。さらに次々と彗星のかけらが木星と衝突すると、そのたびに木星の表面に大きな波紋が広がり、木星全体が波を打ったのです。私はオーストラリアでその様子を観測しました。

 直径がたった1キロしかない彗星でも、これだけの衝撃があるのです。

スウィフト・タットル彗星は直径が20キロもあります。こんなものが地球とぶつかったら、と考えるだけでぞっとします。

 この危機をどうやって回避するのか。そのために1994年、日本で国際会議が開かれました。「世界将来世代京都フォーラム」です。彗星が地球と衝突しないようにするためには、彗星の軌道をずらすしかありません。

 その方法ですが、会議では核兵器を使う方法が検討されました。

 

・いまのところ、100年後に訪れる彗星との衝突を避ける希望はそれしかありません。いま、宇宙で宇宙ステーションを建造しているのは、そのためです宇宙ステーションから地球の環境の観測も行い、彗星が近づいたときは核兵器を曳航して、彗星の軌道上に設置することも検討されているようです。

 

私たちはゲームの中に生きるキャラクター>

・5次元の世界は「膨大な意識体」で満たされていて、無の状態です。そこには何もないので、ある意味とても退屈です。だからひずみが生まれました。そのひずみからできたのが、3次元の世界であり、私たち人間です。

 暇を持てあました人が退屈をまぎらそうとゲームを始めるように、3次元の世界も5次元の世界にわざとひずみをつくってできあがったといってもいいでしょう。

 

・私は、人間をテレビゲームの中のキャラクターと同じ存在だと思います。

 3次元=「5次元の世界によってつくられたゲームの世界」だとすると、私たち人間はゲームの中で役割を与えられたキャラクターです。一人ひとりがコンピューターゲームの中のキャラクターとして肉体を与えられ、ゲームの中の人生を生きているのかもしれません。

 そんなばかな、と思うかもしれませんが、3次元の世界から5次元の世界は見えないので、理解ができないだけです

 たとえば私たちコンピューターゲームをするときを考えてください。3次元に住む私たちが楽しむコンピューターゲームは2次元の世界でできています。

 

・ゲームの中で登場するキャラクターにはたくさんの試練が与えられます。あえて苦労が与えられるといってもいいでしょう。この「あえて」というところがポイントです。なぜ「あえて」なのかというと、そのほうがゲームは面白くなるからです。

 そしてゲームの中で、キャラクターの能力を最大限引き出してレベルを上げ、課題をクリアしていくのが、ゲームの楽しさになります。ゲームの中のキャラクターにしてみれば、生きる喜びになるわけです。

 私たちが5次元の世界のプログラミングによってつくられたゲームのキャラクターだとすると、キャラクターとは借りている肉体のことですから、私たちの役割は与えられたキャラクター(=肉体)の能力を最大限引き出すことになります。

 

人間が一番新参者であるわけは………

・私たちが生きる3次元の世界は、5次元の世界のひずみから生まれました。その目的は、変化や苦労を楽しむためです。

 3次元というゲームの世界で、いろいろなキャラクターが他を結び合いながら、試練を乗り越え、地球の環境を守っていくためのゲームを行っている。ゲームは難しくて、変化に富んでいるほうが面白くなるので、私たちの苦労や戦いがゲームの面白さになり、キャラクターである私たちにとっては生きる喜びになります。

 

・人間は生き物の中で一番最後に生まれたキャラクターです。つまり一番新参者です。なぜ一番最後に生まれたかというと、全体のバランスを整えるためです。

 

人間は過去三度、文明崩壊の危機に瀕している

・思い上がった人間は過去において3回、文明の破滅を体験しています。ゲームがリセットされているのです。

 最初の破滅はいまから1万5000年前。月が現れて、地球に大洪水をもたらしたときです。当時、人類は高度な文明を築いていました。その証拠が世界各地の古代遺跡に残された空飛ぶ飛行体の絵です。

 彼らはすでにUFOのような空中を浮遊する飛行体をつくりあげていたのだと思います。それらは複雑な機械ではなく、もしかしたら“念”のような意識の力で飛ばすものだったかもしれません。

 

・当然、ゲームのキャラクターとしての役割を果たさずに暴走を始めたわけですから、ゲームは一度リセットされます。最初のリセットは、月となる巨大な彗星が地球を襲い、大洪水が起きたときです。高度な文明は水没し、ほとんどの生き物は壊滅的な被害を受けました。

 

・現在、あちこちで目撃談があるUFOや宇宙人はもしかしたら、いまから1万5000年前に地球を脱出した高度な文明を持つ人間達の末裔かもしれません。そして、UFOに乗って生まれ故郷である地球をそっと見に来ている。そう考えると、宇宙人をUFOにも俄然、親近感が持てる気がします。

 

未確認飛行物体(UFO)は本当にあるのか?

・話は横道にそれますが、UFOの話が出たついでにお話ししておきます。じつは光学レンズを使って自分の目で天体観測をしている人間の間では、UFOが存在することはほぼ常識となっています。なぜなら、宇宙を観測していると、いやでもUFOを目撃してしまうことがあるからです。

 じつは私も過去に何度かUFOを目撃しています。それをいままで公にしてこなかったのは、ちまたに溢れるUFO目撃談やオカルト的な話と一緒にされたくなかったからです。

 

・「じつは私、見ちゃったんですよ。UFOを」と私がいうと、台長さんが身を乗り出して、「木内君も見たの? 僕も見たんだよな」というではありませんか。周りにいた人たちも「私も見ました」「僕も見ました」と次々に告白し始めるのです。

 皆、宇宙の専門家たちです。普通の望遠鏡ではおよびもつかないほど精巧な望遠鏡で、毎日宇宙を見ていますから、“見えてはいけないもの”が見えてしまうこともあります。でもこれをどうやって説明したらいいかわかりません。

 

・私自身が初めてUFOらしき存在に気がついたのは、航空自衛隊に勤務していた頃でした。あるとき政府機関からの依頼で、夜8時から10時までの2時間、日本中の空に飛行機をいっさい飛ばさない時間帯をつくったことがあります。それを一週間続けました。

 その間、レーダーは動かして、上空を飛行するものがあれば記録してくれという依頼だったと思います。すると、飛行機はいっさい飛行していない時間帯のはずなのに、飛行物体に関する情報が」たくさん集まるのです。

 

・レーダーに米粒のように写ったその物体は出雲あたりから出現し、仙台あたりまで飛行して、レーダーから消えました。

 なにより驚いたのはその速度です。ふつう出雲から仙台までだと、飛行機でかなりの速度で飛ばしても40分はかかります

 それをたった3分で、その物体は通過していました。速度を計算するとマッハ15くらいです。当時それだけの速度が出せるジェット戦闘機は地球上に存在していませんでした。

 飛行機でないとすると、考えられるのは隕石ですが、もし隕石なら放物線を描いて落下します。しかし私がレーダーでとらえたその物体は地球の表面に対して並行に飛行していました。

 これはUFO以外に考えられないと思いましたが、証明はできません。

 私は事実だけを上に報告したのですが、その後、上層部や政府機関がどんな扱いにしたのかは知るよしもありません。

 

航空自衛隊では、さらにこんなこともありました。あるとき、パイロットのヒアリング調査を実施したことがあったのですが、その中で「空を飛んでいるときに変わったことを見聞きしたら教えてほしい」という質問がありました。

 すると、さまざまな証言が寄せられたのです。たとえば5万フィートというかなりの上空を飛んでいるとき、飛行物体の編隊が頭上を飛んでいったとか、目の前を突っ切っていったという証言もありました。

 仲間うちでは「けっこうあるね。やっぱりUFOはいるんじゃない」という話になりましたが、こういう話はタブーになっているので、外にはほとんどもれません。調査内容はすべて上に送りましたが、その後は私は関与していないので、どういう評価になったのかはわかりません。

 

宇宙のかなたにある謎の宇宙ステーションを発見?

航空自衛隊をやめ、長野に戻って、本格的に彗星の捜索を始めてからは、何度か実際にUFOを目撃するようになりました。私たちが使う双眼鏡は直線距離で、30キロ先を飛ぶジェット旅客機の窓まで全部見ることが

できます。ですから、当然肉眼で見えるUFOなら、双眼鏡で見ると、窓の形状や回転運動まではっきりわかります。

 私が目撃したのは1994年のこと。お釜のような形をしたアダムスキー型でした。真ん中に窓がついていて、底の部分が回転しているのが双眼鏡を通してはっきりとわかりました。

 もう一つ目撃したのは、もっと遠くの宇宙にある不思議な光です。あるとき、いつものように山の上で新しい彗星を探しているときに、その光を見つけました。私の望遠鏡で覗くと、はるかかなたの宇宙で、点々と動いていく光があります。

 計算してみると、とんでもない距離を一瞬で移動していることになります。動きからして星ではないことは明白です。明らかに人工的につくられた何かだと思うのですが、それが何かはわかりません。

 あとで問い合わせてわかったのですが、私が不思議な光を見つけたのと同時刻に長野県の延山にある国立天文台でも、一定間隔で送られてくる奇妙な電波をキャッチしていたというのです。

 一体、あの光は何だったのでしょうか。私の想像では、おそらく宇宙人の宇宙ステーションのようなものではないでしょうか。今後、標高の高い場所に高性能の電波天文台をどんどんつくるようになれば、私が見た不思議な光の正体も解明されるのではないかと期待しています。

 UFOを信じない人たちは、よく人工衛星をUFOと間違えたのではないか、という指摘をします。しかし彗星捜索家であれば、そういうミスはおかしません。私たちは地球の周りを周回する人工衛星をすべて把握しています。新しい星を発見するということは、星と間違えやすい人工衛星に関して全部知っていないとできないことだからです。

 毎晩、いやというほど宇宙を見つめ続けてきた彗星捜索家だからこそ、もし彼らが星ではない何かを見つけたとしたら、未確認の飛行物体である確証は高いのです。

 一般の人たちがUFOと見間違うのは飛行機や金星です

 

みんなにびっくりされますが、天文学の世界では、写真よりスケッチが優先されます。写真はゴミが写り込んだり、ゴーストが出たりして、星のようなものに見えてしまうことがあります。でもスケッチなら、人間が両方の目でしっかり観察して書いているので、間違いがないという評価なのです。

 観察ノートも大事です。いまの若い人は面倒くさがってなんでもパソコンで打って記録してしまいますが、はしょってはいけません。

 

肥沃な土地が砂漠になり、二度目の破滅が訪れる

・人間が過去に3回、破滅したという話の続きです。

 最初の破滅は月が引き起こした大洪水により、もたらされました。人間が経験した二度目の破滅はいまから1万2000年前頃起きています

 人類は月の出現と大洪水による世界の破滅からようやく立ち直り、ふたたび原始時代のような生活から一歩一歩文明を築いていました。

 高度な文明が栄えていたはずなのに、なぜ原始時代からスタートするかというと、地球上に残ったのは、そのほとんどが飛行体で脱出できなかった一般庶民だったからです。

 さらに知識層が交じっていたとしても、大洪水によりすべての利器を失ったあとでは、彼らの知識を伝達することができなかったからです。

 

三度目の破滅で滅んだエジプト文明

・人間はふたたび原始的な生活を余儀なくされます。そして三度目の破滅はそれから3000年後に起こります。このときは宗教的な対立が破滅の引き金を引きました。

 

・ついには紀元前300年頃、アレキサンダー大王に征服され、クレオパトラの死をもって、事実上のエジプト王国終焉を迎えるのです。

 これが宗教対立による文明の破滅の3回目です。

 

自分の役割を見つける近道と一人一品持ち寄りシステム

・自分の役割を見つけるためには、自分をほめることが大切だと思います。私たちは小さい頃から、あまりに強制され、無理やり型にはめられることに慣れすぎてきました。自分の本来の役割や自分が本当にやりたかったことがわからなくなっています。

 だから自分で自分をほめてあげてください。

 

四度目の破滅は避けられるのか

スウィフト・タットル彗星

・いまから100年後には、私が再発見した「スウィフト・タットル彗星」が地球に衝突する危険性をはらみながら近づいてきます。人類は100年後にはその危機に立ち向かっていかなくてはなりません。

 どうすれば、この地球の環境を守って行けるでしょうか。