日本は津波による大きな被害をうけるだろう UFOアガルタのシャンバラ 

コンタクティやチャネラーの情報を集めています。森羅万象も!UFOは、人類の歴史が始まって以来、最も重要な現象といわれます。

仏典の解説だけでなくて、新しい経典、いわば『新約聖書』のようなものを書いてもらいたいという思いは強く持っています。平成(令和)仏典のようなものがいま求められているのではないかと思うのです。(1)

 

『リーダーの信念』

稲森和夫  見城徹  岡田武史  

 聞き手:五木寛之  冴木彩乃(アシスタント)

扶桑社  2014/10/31

 

 

 

「風のCafé」へのお誘い

・(五木)私は大学を卒業していない。6年ちかく籍をおいてはいたが、結局、卒業しないまま大学を去った。経歴では中退となっているものの、それは何十年かたってからの事務的な処理である。実際には抹籍届を自分から提出してドロップアウトしたのである。

 

稲盛和夫――現世の荒波の中で、魂を磨く

・(稲盛)もう81歳ですから。五木さんも私も昭和7年生まれで、私は1月生まれで。

 

・(稲盛)うーん、そうかもしれないですね。われわれの世代は、子どものころは本当に貧乏でしたから。

 

・(五木)稲盛さんは、中学生のころに結核をやられたとかうかがいましたけど。

(稲盛)ええ、叔父が二人、叔母がひとり、結核で亡くなっています。近くに住んでいて、そういう親戚の様子を見聞きしていたので、きっと自分も(結核で)死ぬんだろうと思っておりましたが、なんとか治りました。

 

現代の栄養学では割り切れない禅寺の食事

・(稲盛)お寺では、若い雲水の方々と一緒に修行したんですが、朝は3時起きで、読経からはじまって、托鉢もします。いちばん困ったのは、食事です。60を過ぎた病み上がりの身で、何しろ胃を取っていますからゆっくりとしか食べられないわけです。

 

・(五木)僕は、久留米にある梅林寺というお寺にうかがったことがあるんですが、禅寺の食事は1日2回なんですよね。

(稲盛)通常の禅堂での食事は、たくあんが二切れにお粥です。それでもみんな元気にしてますから、本当に理にかなった栄養になる食事なんでしょうね。

(五木)そう考えると、現代の栄養学のカロリー計算というのは間違っているんじゃないかと思えてくるんですが

(稲盛)そう、思いますね。

(五木)僕は、比叡山千日回峰行をなさった方と何人もお会いしていますが、あの方たちは1日2食とかで、それも豆腐とじゃがいもだけというような食事なんですね。それでもあの過酷な行に取り組んでおられる。インプットするカロリーとアウトプットするエネルギーと、計算が全然合わないんです。実に不思議。

(稲盛)宇宙の大気からエネルギーを取っているんだと、千日回峰行をなさる方たちは言われたりしますね。

 

「あなたの宗教はなんですか?」

・(稲盛)ええ、禅では修行中はどんなに寒いときでも素足に草履ですから。

(五木)稲森さんはそういう厳しい修行を経て、得度なさったわけですね。

(稲盛)まあ、私の場合は本当に真似事のようなものでしたけど。そのときに再片擔雪ご老師から、大和という僧名をいただきました。

 

・(五木)書店には仏教の解説書はたくさん並んでいますし、仏教だけでなくキリスト教神道などの本もたくさんあります。若い人たちが関心を寄せている。しかしそれは“知識としての仏教”なんです。というのも、アメリカにしろ、それなりの宗教的なカルチャーっていうものがあって、それによって経済勢力が支えられているということにみんな気づきはじめた。「あなたの宗教はなんですか?」と聞かれたときに、「家のお墓はあるけれど、自分自身の宗教はとくにありません」というようなことを言っていると、ビジネスの世界では対等な扱いをされないんじゃないか、と感じはじめている。

(冴木)海外では必ず聞かれますね。あなたの宗教はなんですか、と。私は「ブッディストです」と答えるんですが、答えられない日本人がすごく多いみたいです。あるいは「ナッシング」とか。

 

・(稲盛)日本のインテリ層というのは、とくに優秀な大学の学者ほど、無宗教であることを誇りにする方がたくさんおられるんですよ。宗教的なことを少しでもしゃべると、学者としての価値が下がると思われる風潮もあるぐらいです。これは間違った考えだと思います。宗教というのは、自分の精神的な拠りどころであって、そういうものを持っているのと持っていないのとでは、人生を生きていくのに大いに差が出ると思いますね。

 

肉体を動かすのは、魂である

・(五木) おそらく、今の若い人たちはある種の後遺症が残っているんじゃないかと思うんです。宗教がらみだったり、オカルト的なことだったり、いろんな事件がありましたでしょう。だから若い人たちは、宗教が何か非常にあぶないものなんじゃないかという先入観があって、自分とは距離を置いたところから、こわごわ見ているようなところがある。

 

・(稲盛)心こそが肉体を動かしている、と私は考えるのです。その心、つまり魂が、純粋で素晴らしいものであるかどうかで、健康状態も変わってきますし、運命も変わってくる、と。

 

魂を磨き上げ、美しいものにしていく

・(稲盛)私は仏教徒なので、輪廻転生を信じておりますから、死というのも怖いとは思わないんです。

 

・(五木)稲森さんは、ポジティブに物事を考えることを大切になさっていますね。いいイメージを描いて、そこへ向かって努力をする。私は、少年期の体験からかもしれませんけど、物事をネガティブに考えていくタイプでしてね。

 

なぜ中国で稲盛ブームなのか

・(冴木)『生き方』という本が、中国で150万部以上売れているとうかがって、びっくりしました。

 

・(稲盛)都会では、仕事で成功する人と一般の人との貧富の格差は広がっていますし、ましてや地方と都会では、その差は圧倒的です。自分の力ではどうすることもできない矛盾に、多くの人が悩み苦しんでいる。そういうところに、私の『生き方』という本が出たんです。

 

人間学からはじめた盛和塾

・(稲盛)学校で経営学を教わっても、実際に中小零細企業を経営していくやり方というのは誰も教わっていないのです。みな、見よう見真似でやっている。とくに日本の場合、中小零細企業が国を支えているわけで、そういう日本経済の根幹となる部分が脆弱であってはならないと思ったのが、きっかけです。経営者というのは、うまく経営ができるという以前に、従業員を幸せにする責任がある。そのためにはやはり、まず人間ができていなくてはいかんと思うのです。ですから最初は経営学ではなく、人間学からはじめたんですよ。

 

徳、勇気、智慧で、民心をつかむ

・(稲盛)立派な人間になるのに、どうやって自分を高めていくか、ということですね。経営を伸ばしたいと思うなら、何よりもまず、あなたの心を高めなさい、と。“心を高める、経営を伸ばす”というのを標語にしまして。それではじめたんです。現在では、日本全国をはじめとして、ニューヨーク、ロサンゼルス、シカゴ、シリコンバレー、ハワイと、ブラジルに3つ、中国にも11、台湾にも支部がありまして、全部で9千5百名(2014年7月現在)ほどの経営者が塾生になっています。

 

お経は本来、わかりやすいもの

・(五木) お経というのも、そもそもはすべて中国経由で日本に入ってきたもので、表記はすべて漢字です。その漢字をわざわざ向こうの音にして読んでいるわけで、現代の一般の方たちには何を言っているのかまったくわからない。実はもともとお経というのは、すごく大事なことをわかりやすく説いたものなんですよね。

 

・(五木)釈尊という方は、日常生活の中の具体的なことをやさしく教えた人です。たとえば呼吸法。関心があって、白隠さんが説いた呼吸法とか、いろいろやったことがあるんですが、インドの呼吸法に「アーナ・パーナ・サティ」というのがあるんです。アーナ、パーナというのは吸う息、吐く息という意味で、サティというのは、大事なことに気づく、気をつけろという意味です。そこにスートラがついて「アーナ・パーナ・サティ・スートラ」というんです。スートラっていうのはお経という意味です。これが中国に行くと大安般守意経というお経になるんですよ。大安般守意経なんて言われると、なんだか非常に難しそうな感じですが、さらっと素直に言えば、「呼吸に関する心得」とか「息をするときに大事なこと」。吸う息、吐く息、その一つひとつに心を込めて呼吸しなきゃいけない、と釈尊は教えているわけですね。

 

「ナンマン、ナンマン、ありがとう」

・(稲盛)戦前の事になりますが、私が小学校に上がる前ですから5つくらいのころのことです。父の実家があった里の隠れ念仏というのに連れていかれたことがあるんです。鹿児島では幕末まで浄土真宗が弾圧を受けまして、信者たちはみな山奥で隠れて信仰を守ったんですね。

 

・その方が私の父に、「この子は今回1回だけで結構ですよ。もう来なくてもいいです」と言われて、私のほうを向いて「坊や、君はもう来なくていいんだけど、ひとつだけ守ってほしい」って言うんですね。「今後、毎日、何があっても、ナンマン、ナンマン、ありがとう、と唱えなさい」と。

 

・(稲盛)それが南無阿弥陀仏なんですね。私は5つくらいだったんですが、それが強烈に残っていましてね。それから80歳を超えた今日まで、今でも「ナンマン、ナンマン、ありがとう」。だからいわゆる臨済宗の禅寺で修行までしましたが、毎朝家の仏壇で拝むときには、最後は必ず念仏なんです(笑)。

 

隠れ念仏の語られなかった歴史

・(五木)幼児期の宗教体験というのは、一生抜けないですからね。隠れ念仏というのは、九州の南部において、薩摩藩主である島津家が一向一揆などを恐れて、とくに真宗系の念仏を3百年の長きにわたって弾圧したんです。

 

・日本の歴史の中で、庶民とか農民とか、ごく普通の人々が自分の信仰を3百年、弾圧の中で守り続けたという歴史は、まったく世間の人は知らないし、教えてもいないのです。鹿児島に行きますと、「隠れ念仏洞前」なんていうパスの停留所がありますよ。通りからずっと分け入っていきますと、山奥に洞窟があって、そこで深夜、信者たちがこっそり集まってきては、念仏を唱えていたんですね。若い人が見張りに立っていて、役人が来ると、「馬が逃げたぞ」というのが合言葉で、ろうそくを消したんだそうです。

(稲盛)よく知ってらっしゃいますね。

(五木)50歳前後のころに、京都の仏教系の大学に聴講生で入りました。そのきっかけは子どものころに、隠れ念仏にもいろいろありますが、稲盛さんが体験された隠れ念仏も、「ナンマン、ナンマン、ありがとう」というものを子どもの記憶に刷り込むという体験だったんじゃないでしょうか。その言葉が体に入り込んで、一生それを心の中で唱えていくという。

 

子どものころの夢は、飛行機乗り

エンディングは「故郷」の合唱

・(稲盛)愛唱歌というのはありませんが、盛和塾で懇親会の最後に、みんなで円陣を組んで「故郷」を合唱します。2百から3百人集まったときでも、必ずするんです。

 

仏教とは歌である

・(稲盛)五木さんは作詞もされるし、歌について、非常にお詳しいんでしょう?

(五木)大好きなんですけれど、そういうわけで浪花節がかってるもんですから、何を歌っても浪花節になってしまう(笑)。しかしですね、歌と言えば、「仏教というのは歌だ」というのが、私の持論なんですよ。釈迦の弟子たちは、わかりやすく人に伝えるために、言葉にリズムをつけてゴスペル・ソングのように歌い、皆がそれを暗記した。つまりお釈迦様の教えというのは、文字ではなく記憶によって伝わっていったんです。口から耳へ、耳からまた口へ。弟子たちは一生懸命にそれを口ずさんで覚え、歌いながら托鉢をして歩く。この歌が「偈(げ)」で、それが百年くらいたって文字になるわけです。

 

・「偈(げ)」:経典の中で、詩句の形式を取り、教理や仏を褒め讃える言葉。

 

キリストが聖書を書いていないのと同じように、釈迦も、お経は一行も書かれてはいない。歌なんです。日本でも親鸞が、その晩年に和讃(わさん)をたくさん書いています。和讃というのは、おばあちゃんも子どもも、誰もがみんな口ずさめるようにつくられた七五調の歌で、親鸞が子どものころ、平安末期から鎌倉期にかけて大流行した今様(いまよう)という流行歌のリズムが取り入れられている。“遊ぶ子どもの声聞けば、わが身さへこそ揺るがるれ”とか、ね。

 

・そういう親鸞の時代から、ご詠歌になり、声明とかいろいろ交わっていって、端唄、小唄になり、やがて昭和の流行歌、歌謡曲になっていく。今でも日本の歌の基本は“あなた変わりはないですか”とか“ひとり酒場で飲む酒は”って、全部、七五調でしょう(笑)。親鸞から阿久悠まで、脈々とつながっている日本人のリズムというのがあるんですよ。

 

「世のため人のため」で商売は成り立つか?

・ところがですね、税金を払わなければ、内部留保、つまり余裕資金の蓄積ができないんです。税金を払わないことには、経理上、表にお金が出ませんから、利益が内部留保として残らない。そういう仕組みになっているんです。ですから中国の方々にも日本の方々にも、税金は払わないといけませんよ、それが社会に貢献することですよと、声を大にして言っています。

 

サムシング・グレートという気づき

・(五木)それでいながら、「サムシング・グレート」という、科学も及ばないような未知なる大きな存在に対しての“気づき”というものがおありになったことが、本の最後のほうで書かれていますね。

 

努力することは、生きるための最低条件

・(稲盛)自然界に生きるものはみな、動物も植物も一生懸命努力して生きているのだから、人間だって一生懸命生きなくてはいけない。その努力を怠ってはならないのだ、と。ですから私は、努力というのは才能ではなくて、生きるための最低条件、と考えているのです。

 

60歳からの20年間は、「旅立ち」の準備期間

・(五木)稲森さんは、人生を3つに分けて、20歳までの青年期、社会に出てからの壮年期、そして60歳からの20年間は旅立ちの準備期間だとおっしゃっていましたね。

 

・現世の荒波にもまれて生きていく中で、自分の心を磨き上げ、美しいものにしていく、そういう考え方をしていなければ、厳しい競争の世界を生き抜くことは到底できない。

 

 

 

『生き方入門  致知』 致知出版社     2017/11/28

『何のために生きるのか 対談  稲盛和夫  五木寛之

 

 

 

魂の波長が合う人

・(稲盛)五木さんとは今日が初対面ですが、以前から何か波長が合いそうな感じがしていて、お目にかかるのを楽しみにしていたのです。

 

・私は常々、本当にいい経営を持続していこうと思えば、心を清らかに、より純化した状態にしていかなければいけないと考えています。

 

情報とは情を報ずること

私は常々、本当にいい経営を持続していこうと思えば、心を清らかに、より純化した状態にしていかなければいけないと考えています。

・(五木)ですから、1冊の本でも、内容をすべて読まなくても、本の表紙を店頭で見ただけで、この本は自分の読むべき本だという感じのすることはよくあるのですね。

 

・(五木)情報というのは「情を報ずること」だと思うんですね。情というのは人間の感情とか感覚に当たるものです。ですから、数字とか統計とかデータというのは、むしろ情報の下位に属するもので、本当の情報というのは、人間の心の中の感情をきちっと把握してそれを伝えることだと思うんです。

 

・(稲盛)ただ、私は経営者なものですから、どうしても数字を大事にしますが、その場合も、その数字の背景にある“ドラマ”を読み取る必要があるとよく言っています。その意味では、五木さんがおっしゃる「情を報ずる」ということが一番大事になると思います。

 

情を見直す

もうそろそろ人間の知性と同時に、情というつかみ難いものも、ちゃんと評価すべき時に差し掛かっているのではないか、と僕は思うのです。>

・(五木)世界保健機関が、その憲章の中に、21世紀は健康という問題を考える際に、スピリチュアルなものをきちんと盛り込まなければいけないと提唱して、大きな波紋を呼びました。

 スピリチュアルなもの、霊的なものというものは、どこか怪しいという考え方が常識としてこれまでずっと続いてきました。

 

タブー視されてきた宗教

・(五木)本当の国際化というのは、英語ができるとかパソコンができるとかいうことではなくて、自分はどういう信仰を持っているかという、アイデンティティーだと思うんですよ。

 

・(稲盛)ビジネスの世界でも、グローバル化が叫ばれる中、形だけ欧米のマネジメントシステムを取り入れるような基軸のない経営に終わることが多いのです。私は、欧米の学ぶべきは取り入れながら、日本人がもともと持っている、高い精神性を真正面から貫き通すことが大切になると思うのです。また、それこそが世界で通じる国際的な経営だと思います。

 

庶民が守り続けてきた宗教

「おかげさんで」という感謝の気持ちは、優れた経営者は必ず持っています

・(五木)例えば稲盛さんは鹿児島のご出身ですが、鹿児島に真宗の古寺はないでしょう。なぜかというと、島津家が16世紀から厳しい念仏禁制という法を布いて、一向宗は一切認めなかったために、本願寺系の浄土真宗の人たちは、明治の頃まで約3百年近く地下へ潜ったからですね。

 

見えないところで生き続けている宗教心

・(五木)いま全国に小中学校の数が約2万5千、コンビニが約4万といわれています。これに対してお寺の数は、宗教法人として登録されてちゃんと活動しているところだけで7万4千もあるそうです。それだけのお寺がとりあえず廃寺にならず現存しているということは、物心両面でそれを支えている人がいるということですよね。

 

・お正月に成田山に初詣でに行く人たちの数が190万人といいます。ディズニーランドの来客数が約62万人だそうですから、日本中の神社仏閣を訪れる人の数は、ディズニーランドなんか比べものにならない。

 

「おかげさん」に込められた意味

・(五木)例えば伊藤忠商事創立者伊藤忠兵衛さんは、近江商人ですが真宗門徒で、「商売忘れてもお勤め忘れるな」といったぐらい熱心な方だったんですね。

 

・大阪の人が「儲かりまっか」と言うのを、東京の人はちょっと馬鹿にしたような目で見ますよね(笑)でも、昔の大阪の方に聞いたら、「儲かりまっか」と言うと「ぼちぼちでんな」と答えると。しかしその前には必ず「おかげさんで」をつけて、「おかげさんで、まぁぼちぼちでんな」と答えていたそうなんです。「おかげさん」の「おかげ」は、「御蔭参」の「おかげ」です。御蔭参は伊勢神宮へ参ることです。ですから「おかげさんで」ということは、天地神仏のおかげ、世間様のおかげで商売はなんとか儲かっております、という大阪の礼儀を表しているのだと。その話を聞きまして、そうか、かつての日本人はそうだったんだなと。

 

いまこそ、平成の仏典をつくるべき

教えと実践は重なっていなければいけないと思います。ブッダの生涯そのものがそうでした。>

・(稲盛)私は臨済宗妙心寺派の「微笑会」という信徒会の会長を仰せつかっています。偉いお坊さんが集まるその微笑会の理事会で、私はよく言うんです。皆さんが一所懸命に坐禅を組まれ、ご自分の心身の修行を通じて解脱を目指しておられることは、確かに尊いことかもしれませんが、世の中がここまで混迷の度を深めているのだから、皆さん、お寺の中で自分の修行だけで満足するのではなく、ぜひ民衆の中へ打って出ていただけませんか。衆生を救うための運動を始めていただけませんかと。しかし残念ながら、それを聞いて、ぜひ一緒にやろうとおっしゃる方は、ほとんどいらっしゃらないのです。

 

・(稲盛)混迷を深める世界を救うために、仏教、キリスト教イスラム教をはじめ、世界の宗教に共通するエッセンスをまとめて、21世紀の普遍的な倫理的規範を、いまこそ打ち立てるべきではないか、と私は思うのです。

(五木)あぁ、それはもう僕の考えることをさらに超えていますね。しかし、僕が言っているぐらいのことでも、何をそんなに誇大妄想的なことを言っているんだと批判されるんです。

 ですけれども、仏典の解説だけでなくて、新しい経典、いわば『新約聖書』のようなものを書いてもらいたいという思いは強く持っています。平成仏典のようなものがいま求められているのではないかと僕は思うのです。

 

日常生活の中で自分を磨く

やはり、苦労とか災難というのは、人間をつくってくれるのではないかと思うのです。>

・(稲盛) 白隠禅師は『坐禅和讃』の中で坐禅をして悟りを開くことも大事だけれども、お布施をしたり、日常生活の中でそういう諸善行に勤めることも悟りに近づくもとなんだと説いていますね。

 六波羅蜜という仏の教えがありますね。布施、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧、これを実践するだけでいいと私は思っているのです。つまり布施は、人様のために一所懸命奉仕をすること。持戒は、人間としてやってはならないこと、人様が不愉快に思うことをしないこと。忍辱は、人生における様々な困難を耐え忍ぶこと。精進は、一所懸命働くこと。禅定は心を静かに保つこと、そういうことを地道に続けていけば、魂が磨かれ、心がきれいになり、智慧という悟りの境地にまで達することができるということです。

 いまお話しになった新しい平成の仏典を通じて、せめてそういうことを多くの人が理解するようになれば、と思います。

(五木)いまお話しになった布施の中には、「無財の七施眼施和顔施言辞施身施心施床座施房舎施の七つの施し)というのがあって、僕は大好きなんですけれども、眼施、つまり優しい眼差しで相手をじっと見つめるということも一つの大きな布施ですから。和顔施、通りすがりにニッコリ笑って、相手の心を春風が吹いたことだって大きな布施でしょう。

 

苦労が人間をつくる

死というのは、魂の旅立ちだと私は思うのです。その旅立つまでの間に魂をできるだけ美しいものに変えていきたいというのが私の願いなのです。>

・(稲盛)そういう時代を生きてきたものですから、私の場合も、仕事を選べるような状態ではありませんでした。いわば社会環境によって、いまの道を選ばざるを得ないように仕向けられたのであり、それに従って、自分の仕事を好きになるように努力をして歩いてきただけなのです。

 大学を出た昭和30年当時は大変な就職難で、先生の紹介でやっと京都にある焼物の会社に入ったのです。大学では有機化学を専攻しましたので、せめて石油化学関連の企業に行きたいと思っていたのに、専攻とはまったく異なる無機化学の焼物の企業しか採用してくれなかった。ですから、最初は不平を述べていたのです。だけど、言っても天に唾をするみたいで、虚しくなった。そこで、ブツブツ言う暇があるなら研究に没頭しようと、頭を切り替えたのです。それから人生が好転をしていったという気がしますね。

(五木)「おかげさまで」という気持ちを持って生きることは大切ですね。僕は『日刊ゲンダイ』という夕刊紙で29年間ずっと休まず連載を続けておりまして、それから、TBSのラジオの番組も25年休んでいないんです。僕はどちらの仕事でも事前にストックを作っておくことはしないんですが、それで1日も休まなかったということは、交通事故にも遭わなかったし、入院もしていないということですね。

 

湿式社会から乾式社会へ

人間というものは、本当に老少不定、きょう1日という覚悟で、その時にどういう心持で旅立つかということを常に考えるようにしています。>

・(五木)ですから僕は、そういうすべてが乾燥しきって水分がないところへ、オアシスの水を注ぐ必要がある、日本人の渇ききった心に井戸を掘って、水分を含んだみずみずしい心を取り戻す必要があるのではないかと思うんです。そのためには、やっぱり先ほど申し上げた、「情報」の「情」というものの意味を、もう一度しっかり考えること。

 

死を迎えるための準備期間

・(稲盛)そして社会に出て一所懸命働くのが、60歳ぐらいまでの40年。それから80歳ぐらいまで生きられるとすれば、あとは死を迎えるための準備期間に20年を神様が与えてくださっていると思うのです。ですから、60歳になってからは、できれば仏教の勉強をして、死を迎えるための準備をしたいと考えていたのです。

 

・(稲盛)先輩雲水の案内で、朝7時くらいから托鉢に出掛けたこともありました。檀家を一軒一軒訪ねて回るんですが、素足に草鞋ですから指が少し外へはみ出るでしょう。そうすると、足の指先が道路のアズファルトに擦れて血まみれになるんですね。

 

あの世はある

・(五木)だから、人間というものは、本当に老少不定、きょう1日という覚悟で、その時にどういう心持ちで旅立つかということを常に考えるようにしています。

 

・(稲盛)私は、ちょっと不埒なことかもしれないんですが、ここ十年ぐらい、友人とか身近な人たちが亡くなっても、悲しくないんです。それは私が、魂が永遠だと思っているからなんです。

 

元気の海より出でて元気の海へ還る

われわれ人間は、大河の一滴として流れ下っていくものであり、その先には生命の海というものがあると僕は考えています。>

・(稲盛)ですから、改めて残りの人生の中で、自分の魂を磨いていこうと思っているんです。

 

・(五木)これは親鸞は「往還」という言葉で説いています。人間というのは、すべての人が浄土に迎えられるけれども、浄土にじっとしているだけでは駄目で、菩薩としてまた地上へ戻ってきて、人々のために働く。だから、僕はやはり、浄土へ往くというのではなくて、還るというふうに考えるんですよ。人はいずれ、元気の海へ還る、と。

 

 

 

『JALの奇跡』

稲盛和夫の善き思いがもたらしたもの

大田嘉仁 致知出版社    2018/10/3

 

 

 

日本航空の再建

・私は、大変幸運にも、稲盛和夫さんという無私の経営者の近くで25年ほど仕事をしてきた。特に、日本航空の再建では、主に意識改革担当として、3年間、ご一緒にさせていただいた。

 

日本航空の奇跡的な再建

日本航空の奇跡的な再建は、日本航空の全社員の力によってなされた。それを可能にしたのは、稲盛さんという稀代の名経営者がいたからであり、稲盛さんの経営哲学、人生哲学が全社員に浸透し、彼らの考え方、心、行動を変えたからである。

 

より良い生き方を教える成功方程式

・稲盛さんの経営哲学のすばらしさの一つは、私たちの人生を「成功方程式」という極めて単純化された数式で、どうすればいい仕事ができるようになれるのか、また、どうすれば運命さえ好転させることができるのかを示していることだろう。

 

成功方程式とは、「人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」というものである。

 

・さらに、これに「考え方」が掛かってくる。

「能力」や「熱意」と違って、この「考え方」には、マイナス百点からプラス百点までの大きな幅がある。だから、人生・仕事の結果をよくしようと思えば、「考え方」をプラスにしなくてはならない。

 

・それは決して他人事ではなく、自分の仕事や人生にも当てはまる。自己本位という間違った「考え方」で仕事を進めると、いくら努力しても、思ったような成果が出ないということは、誰でも経験しているのではないだろうか。また、人を妬み、不平不満ばかり言っていては、決していい人生が送れないことも知っているのではないだろうか。

 

正しい「考え方」を哲学へ昇華させる

・このように成功方程式用いて稲盛さんは「考え方」がいかに重要かを教えている。では、どのような「考え方」がプラス百点なのだろうか。それを稲盛さんは「人間として正しい考え方」だと表現されている。

 それは何かといえば、それほど難しいことではなく、子供の頃、親や学校の先生から教えてもらった、「やっていいこと」「悪いこと」である。

 

・それはなぜか、人間には本能というものがあり、生きていくために必要だからである。生命を維持し、種族を残すために必要な食欲などの欲望、他者から自分を守るための怒りなどは、自分が生き延びていくために不可欠なものであり、それを本能として生まれてきた時から備え付けられている。

 だから、正しい「考え方」をもち続けることは難しい。特に私たち凡人の「考え方」のレベルは簡単にプラスからマイナスに変わってしまう。

 

・私自身、近くで仕事をさせていただく中で、稲盛さんが悩まれている姿に接することもあったが、それ以上に、いつも数冊の哲学書などをカバンに入れ、時間があれば、それを読み、学ばれている姿のほうが印象に残っている。

 

<「熱意」とは「考え方」を実践に導くもの

・このように「考え方」は大事なのだが、いくら人間として正しい「考え方」をもっていたとしても、実践が伴わなければ価値がない、そのために必要なのが、「熱意」である。

 この「熱意」とは、願望、情熱、意志とも呼べるものであり、すべての行動の原動力になる。

 

・稲盛さんには、社員の物心両面の幸福のために、京セラのすべての事業を成功させたいという潜在意識にまで透徹していた強く持続した願望、つまり志があったのだ。

 

「能力」は進化する

・「仕事において新しいことを成し遂げられる人は、自分の可能性を信じることのできる人です。現在の能力をもって『できる、できない』を判断してしまっては、新しいことや困難なことなどできるはずはありません。人間の能力は、努力し続けることによって無限に拡がるのです。何かをしようとするとき、まず『人間の能力は無限である』ということを信じ、「何としても成し遂げたい」という強い願望で努力を続けることです

 

・私たちは、自分を含めて、誰にでも同じように無限の可能性があるということを信じることが大切であり、そのような思いが、必ず、自分や組織の成長につながるのである。

 

外から見える「能力」、外からは見えない「考え方」と「熱意」

・このように稲盛さんの成功方程式、「人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」は、一見複雑で起伏の多い人生をクリアに説明できる。これまでの自分の人生を振り返る時、これからの人生を考える時、多くの示唆を得ることができると思う。この方程式が人生の真理を表していると思うゆえんである。

 

稲盛さんの人生と成功方程式

・稲盛さんは、若い頃に、大した能力もない自分がどうしたらすばらしい人生を送れるのだろうかと考え、この成功方程式を思いついたと話されている。その稲盛さん自身の人生も、この方程式で説明できる。

 

・その時に、「赤の他人ではあるけれど、社員は自分の人生をかけて、入社してきたのだから、経営の目的には経営者の私利私欲が少しでも入ったものであってはならず、全社員の物心両面の幸せを願うものではなくてはならない」と気が付き、京セラの経営理念を「全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類社会の進歩発展に貢献すること」と定めた。つまり、「考え方」を高めたのである。

 創業時の全社員がもっていた、燃えるような情熱、つまり百点近い「熱意」に、同じく百点に近い「考え方」が掛けられ、京セラは急成長を遂げた。その間、全員参加経営を可能とするアメーバ経営も導入され、全社員がもてる能力をフルに発揮できるようになった。その結果、技術力、生産力、資金力などの企業としての「能力」も高まり、さらに躍進を遂げるようになったのである。

 

成功方程式で組織も変わる

・成功方程式は人生・仕事の結果を表すことができる方程式であるが、京セラやKDDIの例でもわかるように、人間の集団である、組織、企業においても適用できる。

 

・そして、経営トップは、必ず成功できるという戦略を立て、それを実践して見せることも重要だ。その実績が社員からの信頼を得、社員の「熱意」を高める。

 

十分な資金も技術力もあり、優秀な社員もいる。それでも低迷している企業があるとすれば、リーダーの資質や社風に問題があるのではないか。そのことをこの成功方程式は教えている。つまり、企業経営において本当に重要なのは、目に見えない社風や文化であり、経営者を含めた社員の「考え方」や「熱意」なのである。すばらしい経営戦略を立案することは重要なことではあるが、それを実行するのは人であり、突き詰めれば、その心、つまり「考え方」や「熱意」なのである。