『国運の分岐点』
中小企業改革で再び輝くか、中国の属国になるか
デービッド・アトキンソン 講談社 2019/9/21
<日本の新しいグランドデザイン>
・これは、日本の新しいグランドデザインを考えていく本です。
日本という国がどのような道に進むのか、そして、どのような社会を目指していくのか。「これからの日本」の方向性を明確にし、政策、制度、そして物事の考え方など、読者の皆さんと一緒に、国家の全体像というものを描いていきたいと思います。
・いまの日本は、これまで経験したことがないような大きな変化に直面しています。マスコミ等でも繰り返し報道されているので、おわかりでしょう。「人口減少」です。
2060年までに、2015年と比較して生産年齢人口が3264万人減少します。これは、世界5位の経済規模を誇るイギリスの就業人口とほぼ同じで、同じく経済規模世界第10位のカナダの総人口を上回ります。要するに、国ひとつが消滅してしまうほどの規模の「人口減少」がすでに始まっているのです。
・もちろん、人口減少という現象は多くの先進国に共通ですが、同期間の人口の減少度合いは、ドイツで約1000万人、イタリアが約500万人、スペインは約300万人です。それに対してこれからの日本は生産年齢人口だけで3264万人も減るという、他の先進国と比べものにならない「人口激減」が発生するのです。
「減る一方の労働者、増える一方の社会保障費用」だからこそ、いままでの国の形を変えなければなりません。
・そう聞くと、「だからこそ外国人労働者が必要だ」と主張する人がいますが、外国人労働者の受け入れは安い賃金で働く労働者が社会に溢れかえるということですから、社会保障はいま以上に深刻な事態に陥ることになります。世界中で「移民」が様々な問題を生んでいるように、大きな社会的コストを課す結果になるのです。
また、「日本の高いロボット技術で人口減少をカバーできる」と唱える人もいますが、ロボットは人間のように消費活動をしてくれるわけではありません。個人消費を維持することにはならないので結局、経済的な打撃を回避できないのです。
・日本にとって明治維新は、とんでもない時代の変化でしたが、これからの日本の人口減少時代はそれよりも何十倍も何百倍も大変な変化です。
しかし、残念ながらいまの日本政府は、新しいグランドデザインを描くことができていません。むしろ、「人手不足」を叫ぶ業界の求めに応じて、外国人労働者の受け入れを拡大するなど、旧体制や旧制度を維持することに必死になっているような印象を受けます。
このようなちぐはぐな微調整が失敗に終わるのは、これまでの歴史が証明しています。
・GHQ、つまりアメリカ主導で定着した資本主義というグランドデザインは、人口増加を前提とした制度です。人口が急速に減っていくいまの日本に合うわけがありません。実情と合わない制度に執着して無理に継続させたところで、事態はさらに悪くなるだけです。
・そんな明治維新より激しい変化が、これからの日本を待ち受けています。なにせ、3264万人という膨大な数の労働者が減少するという、これまで直面したことのない事態が起きるのです。
・私が「新しい日本」にとってもっとも必要だと考えているのは、「中小企業崇拝」の廃止です。日本にとって最大の問題は生産性が低いことですが、「生産性問題は中小企業問題」だと考えるからです。
・これからの「人口減少社会」では「すべての中小企業を守る」「中小企業護送船団方式」という考え方は通用しません。むしろ、「すべての中小企業を守る」ことに固執するようでは、中小企業を救うどころか、逆に多くの人を不幸にしてしまうのです。
この「中小企業崇拝」ともいうべき思想が、日本経済の低成長、さらには日本社会の様々な問題の根底にある。これこそが、私が日本のデフレや生産性の低さを分析していく中で、最近たどり着いた結論なのです。
<日本経済の問題が中小企業分野に集中している>
・私はこれまで30年以上、経済分析の世界で生きてきました。徹底的に分析を重ねていくうち、つくづく痛感するのは、複雑な事象であればあるほどきわめてシンプルな原因に帰着するということです。「日本の生産性の低さ」という問題も、実はこの典型的なケースなのです。「生産性」には、様々な要素が複雑に入り組んでいますが、客観的なデータを用いてその要素を一つ一つ分析していくと、複雑さを招いている一つのシンプルな原因が浮かび上がってきます。それが、中小企業だと申し上げているのです。
・つまり、日本経済は中小企業が支えている、日本型資本主義は間違っていない、という「結論」から逆算するので、どうしても現在の産業構造を正当化したいというバイアスがかかった強引な分析になってしまうのです。
・この未曽有の危機に対して、従来の「事後対応」「問題先送り」で臨むと取り返しのつかない惨事を引き起こす恐れもあります。
国力は大きく損なわれ、日本が致命的なダメージを負うのは間違いありません。
それでもなお対策をしないで、この状況を放置していれば最悪のシナリオが現実味を帯びてくるでしょう。それは中国の「属国」になるということです。
そんなばかなことが起きるわけがないと思う方も多いかもしれませんが、これは決して荒唐無稽なシナリオではありません。日本が莫大な借金を抱えているのは周知の事実ですが、実はこの借金をさらに肥大化させる、大きな不安材料があります。それは、自然災害です。
・低成長で借金だらけのいまの日本に、もし南海トラフ地震や首都直下地震のような激甚災害が発生したら、自力での復興はまず困難です。そして、このような大災害は、いつ起きてもおかしくないと言われているのです。
GDP世界第3位の規模を誇るこの国が、経済的に依存できるような国は限られてきます。世界一のGDPを誇るアメリカは自国第一主義で、日本からいかにして金を引き出すかに執心するだけなので期待できません。そうなると、圧倒的な人口の数で、著しい経済成長を遂げている中国しかないのです。
・衝撃の大きさを考えれば、日本社会が直面する「人口減少」は後世の日本史、いや世界史にも記録されるであろう大変なインパクトのある「国家の変化」です。
だからこそ、大化の改新、武家政権の登場、明治維新、そしてGHQの占領政策などと並ぶ、歴史に残るグランドデザインがいま、求められているのです。
<「低成長のワナ」からいかにして抜け出すか>
<世界有数の「人材力」を誇る日本>
・そのグランドデザインを考えていく前に、まずは日本は抱えているいくつかの問題点について整理をしておかなければいけません。マスコミで、エコノミストや経済評論家なる人たちが指摘している深刻な問題は、以下の二つに集約されています。
・先進国の中で唯一、経済成長していない
・デフレからいつまでたっても脱却できない
・技術もあって、人材も優れている。そう聞くと、経済成長が約束されているような印象を受けると思いますが、現実の日本経済はこの20年ほとんど成長していません。それどころか、GDPに対する国の借金の比率は世界一高く、貧困率も先進国の中でもっとも悪い国の一つになるなど、負の側面ばかりが目立ってきました。
・生産性を見てみると、1990年は世界9位でしたが、いまは28位まで下がって、先進国として最低水準となっています。この20年間、先進国の
給料は約1.8倍となっているのに対して、日本は9%の減少です。
・バブル崩壊後の「失われた20年」を経て、政府・日銀は大胆な金融緩和政策に踏み切って、インフレへ誘導しようとしています。しかし、デフレは緩和されましたが、2%のインフレ目標に関しては一向にその成果は出ていません。
この20年で、日本経済の成長率は先進国最低水準となっており、生産性向上率も最低水準になってしまったのです。
なぜこうなってしまったのかというと、これらの二つの問題というのが、日本はおろか、人類がはじめて直面する「新しい時代の問題」に由来しているからです。
<「人口減少」の先進国>
・それは何かというと、「人口減少の危機」です。
経済成長ができない。デフレから脱却できない。これらの問題が一向に解決できないのは、他の先進国と比べものにならないスピードと規模で、「人口減少」が起きているからなのです。
・そして、ここからが大変重要なポイントですが、この日本が直面する大きな問題にどう臨めばいいのかということは、従来の経済学では答えを出すことができません。
ちょっと冷静に考えてみれば明白ですが、資本主義と経済学というものが確立された時代は、人類の歴史の中で、人口が大きく増加していく時代と見事に重なっています。つまり、資本主義や経済学は、人口増加を可能にしつつ、それを前提としたものであり、人口減少を想定していないということなのです。
<世界的にも、人口減少が研究対象になりづらい>
<これまでの常識は通用しない>
・一般的な経済学の教科書には、長期潜在成長率というものがあって、それは必ず右肩上がりをしていくものだ、と書かれています。そして、この長期潜在成長率よりも、実際の経済成長率が低下した場合は、金利を下げるなどの金融緩和や、経済対策を実行すれば、経済成長率は長期潜在成長率まで回復する、とされています。
・長期潜在成長率は必ず右肩上がりになるということが大前提になっていますが、その原因を分析すると、実はその主因は人口が右肩上がりで増加するからです。つまり、金融政策と経済政策が効果があがるというのは、人口が右肩上がりになることを前提とした考え方なのです。
<経済と人口という視点がこれからの日本ではきわめて重要>
・従来の経済理論がまったく通用しなくなっているのです。だからこそ、経済の教科書に載っているような従来の理論や、固定観念を捨てて、人口減少が経済に及ぼす影響を真摯に受け止め、死に物狂いで対策を考えなくてはいけません。
<「1億2000万人」の力>
・もちろん、言論の自由は尊重しますが、これらの発言は根本的な事実誤認があります。イギリス経済が日本経済の半分になっている理由は、人口が日本の半分だからです。日本経済が第3位なのは、1億2000万人という人口と密接に因果関係のあることで、技術力、バブル経済は一般に言われているほど説明能力はないのです。
・アメリカは移民によっていまも人口が増えています。1990年に2億4000万人だった人口は約3億3000万人に増えています。ドイツの総人口を超える増加数です。
<日本とドイツは何が違うか>
・簡単に言えば、GDPは「人口×その国の生産性」です。
生産性の根源は国民所得ですから、所得水準が同じような国を比較した場合、人口の多いほうがGDP総額が大きくなるのは当然です。
・実際、購買力調整後で見れば、日本経済は中国経済の22.1%、実はすでにインド経済の53.3%の水準まで相対的に減少しています。
このように経済の規模と人口の因果関係を理解すると、日本が直面している危機の深刻度がわかっていただけることでしょう。
「はじめに」でも触れたように、日本は他の先進国と比較しても、突出して人口が減少している国です。ということは、因果関係が明白なGDPに「突出した悪影響」が出るのは、容易に想像がつくのではないでしょうか。
<キーワードは「生産性」>
・よく日本では生産性というと、利益が少ないとか、効率の良し悪し、残業を削減して働くことなどおかしな話に持っていかれがちですが、国際的にも「生産性」の定義とは「一人あたりのGDP」です。
そして、ご存じの通り、GDPとは一定期間に国内で生み出された付加価値の総額、つまりは労働者の給料や企業の利益、政府などが受け取る税金、お金を貸した人が受け取る利息などをまとめたものです。
効率良く働くことだとか、残業を削減することなどとはほとんど関係のない、「お金」の話なのです。この「お金」が日本はドイツと比べて際立って低いのです。
日本は一人あたりGDPが世界第28位(2018年、購買力調整後)ということはよく知られています。
・一人あたりGDPの低い国というのは往々にして、経済成長で苦戦を強いられている国なのです。面白いことに少子化が進んでいる国でもあります。
先述したように、日本は昔から生産性が低かったわけではありません。戦後、諸外国と同様に継続的に向上していました。1990年には世界9位でした。1992年ごろから急に低迷しはじめて、右肩上がりで生産性が上がっていく諸外国と徐々に差が開きはじめたのです。
<二つのデフレ要因>
・先述したように、経済成長は人口増加と生産性向上という二つの要因から構成されています。これは人類の歴史が証明した事実であり、世界の主要な文明国の経済成長を振り返れば、半分は人口増加で、半分は生産性向上という形で、はっきりと整理できます。
・需要は減っているのに、供給は減らないとなると、価格の低下が始まります。不動産からのデフレ圧力が強まるというわけです。
さらに付け加えると、「少子高齢化」もデフレと因果関係があることが最新の研究でわかっています。その代表がIMF(国際通貨基金)の分析で、ここでは65歳以上の人口が増えることはデフレの要因になると断言しています。
学問的に見ると、高齢者は、資産がありますが、収入は少ないので、デフレを好みます。そのような「デフレ好き」の高齢者が増えれば当然、その「民意」を反映した政治になるのは明らかです。「シルバー民主主義」などと揶揄され、高齢者優遇政策が多いと指摘される日本がデフレに陥るのは、まったく理にかなっているのです。
このような「人口減少」や「少子高齢化」という日本の代名詞ともいうべき二つのデフレ要因に加えて、賃金の低下もそのデフレを悪化させています。
<デフレスパイラルの罠>
・この20年間、先進国の賃金が1.8倍増加している間に、日本は9%減少しています。結果、GDPに占める給料の割合、つまり労働分配率が低下しています。労働分配率の低下は、典型的なデフレ要因とされています。
・「人口減少」が従来の経済政策に対して様々な形で悪さをするということがご理解いただけたと思います。では、人口減少国家の日本において、このような悪さをさせないためにはどうすればいいか。唯一の効果的な手立ては、賃金を上げることしかありません。
<低賃金労働者が多い理由>
・つまり、人口が減っていく中で日本経済の源泉である個人消費を維持していくには「賃上げ」をするしかないのです。
そんな単純な話なのかと思う方もいるかもしれませんが、問題の本質はきわめてシンプルです。
・一方で、日本では以前よりも生産性が上がっているのに、賃金が下がっているという現象も起きています。
そこには、企業の競争に加えて、他に二つの要因があります。一つは働く女性の増加ですが、あと一つは規制緩和の影響です。これまでの雇用規制が緩和されたことで、非正規雇用が増加して、賃金水準が下がっているのです。そして、さらにこの事態を悪化させているのが、先進国の中でも際立って低い最低賃金です。
女性と非正規労働者が、最低賃金及びそれに近い水準で働いているケースが多いことは言うまでもありません。つまり、規制緩和と最低賃金の低さという二つの要素がからみあったことで、先進国の中でも低い賃金で働く労働者を際立って増やしてしまっているのです。
賃金はやはり最低賃金が基準となりますので、その基準が低ければ低いほど、賃金低下によるデフレの下限も低くなっていくのです。
・世界第3位の経済大国で、世界有数の優秀な労働者がいる。そんな評価と相反するような、賃金の低さという問題が日本にはあるということなのです。そして、この驚くべき「賃金低下」が「デフレ圧力」となっていることに詳しい説明の必要はないでしょうか。
・利益が減ると、経営者は人件費を下げます。政府が許す限りの最低賃金まで減らそうとします。労働者側からすれば賃金や時給が減るので、消費を控えます。その結果、さらに需要が減ります。
このように「賃金の低下」が引き起こす「負のスパイラル」が現実のものとなっていることは、近年、日本社会で発生している非正規雇用の増加、ボーナスの削減、サービス残業の増加などの労働問題が雄弁に物語っています。
つまり、「失われた20年」は実は、「賃金の低下」によってもたらされた蟻地獄のようなデフレの渦に飲み込まれ、もがいてきた歴史とも言えるのです。
もっと言ってしまうと、日本のデフレは、国としてのあり方がまったく違うにもかかわらず、アメリカの物真似をして、雇用の規制緩和を進めてしまったことが大きな要因です。
<なぜアメリカの物真似ではダメか>
・むしろ、規制緩和は、要因分析をしてみると、その因果関係の確認ができていません。むしろ、規制緩和は賃下げの要因になり得るので、マイナスに働くと指摘する分析もあるのです。
実はこの落とし穴が、デフレの正体の一つではないかと私は思っています。つまり、人口が減少しているにもかかわらず、人口が増加しているアメリカの真似で規制緩和をしたことで、「賃金の低下」を引き起こしてしまった。その二つの要因が、日本経済の最大の柱である個人消費を冷え込ませて、長期的なデフレを引き起こしてしまったのです。
・ここへさらに駄目押しのような「デフレ圧力」となるのが、外国人労働者です。
現在、政府が拡大政策をとっている「外国人労働者の受け入れ」は、低賃金・低待遇で日本人労働者に敬遠されている人手不足業界を救済するものです。しかし、これも「賃金の抑制圧力」につながりますので、デフレ圧力となることは明白です。つまり、どういう理屈をつけても、労働人口における低賃金労働者の割合を高めることにしかならないのです。
<唯一の解決策>
・私の著書をこれまでお読みになっていただいている方ならば、もうおわかりでしょう。そう、「生産性の向上」です。
「経済成長できない」「デフレから脱却できない」という二つの問題にはどちらも、「人口減少」と「生産性の低さ」(賃金の低さ)が大きな影響を与えています。
<若い人にはお金がない>
・いま、子供をつくろうとしない日本の若いご夫婦には、「所得が上がらないことには、出産や育児の不安がある」という声が非常に多いのも事実です。教育費自体が高いのではなくて、いまの給料と比べて高いということなのです。つまり、少子化の根本的な原因は、子育て支援がないからとか、男性が育児参加しないからではなく、「若い人はお金がない」からである可能性が高いのです、
・「賃上げ」と「生産性向上」は本来ほぼ同義語と思っていただいていいでしょう。この「賃上げ」が最強のデフレ対策であることは言うまでもありません。
・人口減少社会は、金融政策だけでは個人消費を喚起できないということが世界の経済学の「鉄則」になりつつあります。
<「賃上げ」から生産性向上へ>
・それはつまり、「人口減少」というこれまで経験したことのない大きな変化に直面した日本が「新しい時代」を踏み出すために描くグランドデザインは、いかに日本社会に「賃上げ」をさせていくのかということが主たるテーマになるということです。
・しかし、観光だけでは日本の諸問題は解決できません。そこでもう一つ日本経済成長の切り札として私が提言したのが、「生産性向上」なのです。それを踏まえて、私が考えた日本のグランドデザインの骨子は以下の通りです。
- 地方創生のための観光戦略
- 特に人口減少によって消費されなくなる商品の輸出促進
- 強い中堅・大企業の数の増加促進
- 経営者教育
- 技術の普及による生産性向上
- デザイン性の向上
- 女性活躍
- 社員教育
- 最低賃金の継続的な5%引き上げ
- 全国一律最低賃金への移行
<「日本病」の主犯は>
・日本の「生産性向上」の障害となっているのは、日本企業の99.7%を占めて、これまで日本経済が支えると言われてきた357万の中小企業なのです。
<日本経済の最大の問題は中小企業>
<国益と中小企業経営者の利益>
・では、そのポイントはなんでしょうか、日商に加え全国商工会連合会、全国中小企業団体中央会など、中小企業の業界団体による、「最低賃金引き揚げ反対論」の根拠は以下の3つに集約されます。
- いきなり最低賃金を上げると倒産する中小企業が続出する
- 従業員の雇用を守るためにも、長期にわたって安定的な経営をすることが重要
- そもそも、賃金は企業経営者が判断すべきで、最低賃金といえども、政府の介入は最小限にするべき
本書をここまで読んでいただいた方は、これらの主張が「社会保障がパンクしようとも自分たちさえ良ければいい」というきわめて自己中心的な考え方に立脚したものだということはわかっていただけると思います。
<ミクロ企業倒産はむしろ善>
・つまり、最低賃金1000円の支払い能力さえないような人が会社経営を諦めてくれることは、日本社会全体にとって、多くの人が幸せになる非常にありがたいことです(経営者本人は税優遇される利権を手放すことになり、残念かもしれませんが)。
<日本の経営者への不信感>
・他の先進国の経営者たちは、この20年で給料を約1.8倍も増やしてきたのに、日本の経営者は9%減少させ、かつては世界9位だった生産性は世界28位まで下がっています。
経済の低迷が、子どもの貧困、格差社会、非正規の激増など様々な社会問題を引き起こしています。
<核心を衝かれると抵抗する>
・なぜ最低賃金を引き上げなのかという理由は二つです。
2016年以降の3年間、安倍政権の下で最低賃金は毎年ほぼ3%ずつ引き上げられてきましたが、これから人口減少が本格化するので、そのペースを上げていかなければいけません。これが一つ目の理由です。
そしてもう一つの理由は、最低賃金とは「国益」が求める「最低生産性ライン」でもあるためです。
・たとえばイギリスは1999年に最低賃金を導入し、いままで年平均4.2%最低賃金を引き上げてきて、20年で2.2倍になりました。リーマンショックの後の大不況の時でも引き上げています。
<生産性上昇してから最低賃金を引き上げ ⁉>
・海外では、この20年間、最低賃金を経済政策として考えるようになり、最低賃金を段階的に引き上げていくことによって生産性向上を図ることができるとわかってきました。しかも、上手にやれば失業者も増えません。
<イギリスが示すエビデンス>
<合理的な「国益反対」>
・日本の最低賃金はイギリスよりも30%低くなっています。これまで指摘したように、イギリスが実現できた生産性向上策が、日本でできないと考えるほうが無理があります。それはつまり、日本にはまだまだ大きな生産性向上のポテンシャルがあり、企業も成長の「伸びしろ」があるということなのです。そのような「勝算」があるのに、当の中小企業経営者はなかなかこのような考えを受け入れてはくれません。
<人口増時代の政策のまま>
・どちらにせよ、357万社ある中小企業が賃上げしなければ、日本の生産性はいつまでも向上しません。いつまで経っても「低成長」や「デフレ」から脱却することはできません。経済は上向くことはなく、どんどん悪化していくので、中小企業は「合理的判断」に基づいてさらに賃上げを拒否していくという、悪循環に陥ってしまっているのです。
<「公私混同」と生産性>
・ここまで論考を進めていくと、問題のポイントが見えてきたと思います。
「国益=賃上げ」であり、「企業の利益=賃下げ」です。
経済活動は国があってのものですので、やはりまずは「国益」を守らなくてはいけないということは言うまでもありません。
<「統廃合」の道しかない>
・つまり、これからの日本は、これまでのような「経営者に優しい国」では現実的にやっていけないのです。実際、最低賃金1000円で多くの経営者がこの世の終わりのように大騒ぎをしていますが、1000円は通過点に過ぎません。いまのような社会保障を維持するのなら、2060年には、なんと2150円に引き上げないといけないのです。
日本に必要なのは、「賃上げをしたら倒産する」と叫ぶ経営者ではなく、この賃上げに耐えられるだけの、企業の規模を大きくする能力をもつ人、つまり「成長させることのできる経営者」です。
<中国の属国になるという最悪の未来と再生への道>
<待ち受ける最悪のシナリオ>
・これからの日本は、産業構造を強化するための労働者の集約と、それに伴って小さい規模の企業が激減するという大変厳しい現実に直面するということがわかっていただけたのではないでしょうか。
日本の生産性問題は究極的には「中小企業問題」であり、これに対応するには、現時点で最低賃金の引き上げがもっとも有効であることは明白ですが、そこに当の中小企業経営者の皆さんが激しく抵抗しています。
それがあまりにも自分勝手で、経営者としての「義務」を放棄した無責任な考え方であることは、これまで述べてきた通りです。
・中でも、首都直下地震と南海トラフ地震という二つの巨大地震は、いつ起きてもおかしくない状況だと言われています。ということは、これからの日本の国家グランドデザインを描いていくうえで、当然、これらの二つの巨大地震の影響を考慮しなくてはいけないということです。
・政府の試算では、首都直下地震で約47兆円、南海トラフ地震で約170兆円という数字が出ていますが、実はこれは地震によって引き起こされる建物の倒壊やインフラ損壊といういわゆる「直接被害」に過ぎません。
巨大地震の場合、「直接被害」以外の被害もかなり深刻な事態を引き起こします。
まず、地震によって交通インフラが寸断された場合、地域の経済活動自体が麻痺してしまうので、国民の所得にもじわじわと悪影響が出てきます。また、壊滅的な被害を受けた地域では企業や工場などが再開できないこともありますし、避難をきっかけにその土地を離れる人も多くいますので、建物やインフラだけ復旧しても、そこで経済活動をする人がおらず、結局ゴーストタウンになってしまうこともあります。
・つまり巨大地震の「被害」は、発生直後のことだけを考えればいいというものだけではなく、国全体やその地域において何十年単位という長期的な経済損失が発生することも考慮しなくてはいけないのです。
そのあたりの要素を入れた首都直下地震と南海トラフ地震被害額を公益社団法人土木学会が試算していますが、そこには驚きの数字が出ています。
首都直下地震で778兆円、南海トラフ地震にいたっては1410兆円に達するというのです。
政府の試算と比べて桁違いに大きな数字となっているのは、こちらは地震発生から20年間の経済的損害額を盛り込んでいるからです。20年間としたのは、阪神・淡路大震災で神戸市が受けた経済活動の被害などを考慮してはじき出した期間だそうです。
現在、日本の名目GDPは550兆円(2018年度)ほどですから、首都直下型と南海トラフが連続した場合、日本全体で稼ぐお金の約4倍が消し飛ぶということになります。これは「日本」という国家の存続に関わる大変な「危機」だと言わざるを得ません。
<江戸幕府の崩壊と巨大災害>
・いずれにせよ、はっきりしているのは、165年前の日本は南海トラフの2回の巨大地震、翌年の首都直下地震、そしてそこに追い打ちをかけるようにさらに翌年に発生した巨大台風によって、国家運営が暗礁に乗り上げていたということです。
これは少し考えればすぐにわかることです。南海トラフ地震からの復興に手をつけようと思ったら、今度は江戸まで壊滅的な被害を受けてしまう。そこへダメ押しのように台風・高波被害がきたわけですから、江戸の財政が急速に悪化していったのも当然です。
・そんな国家の危機を招いた「複合災害」から11年後の1867年、江戸幕府は大政奉還しました。
260年余も続いた政治体制が、なぜあっけなく終焉を迎えたのかという話をする時、国内の倒幕運動や、アメリカの「開国」圧力など様々な要因が挙げられます。学校の授業でもそのように子供たちに教えるそうです。しかし目黒教授は、幕末期に相次いだ自然災害が幕府の体力を奪ったことも要因のひとつではないかと指摘しています。
まったくの同感です。歴史を学べば、隆盛をきわめた国家が、巨大地震や火山の噴火、津波や洪水によって、その運営に大きな支障をきたして、衰退していくという例は枚挙にいとまがありません。
<中国が日本を買いまくる>
・では、どう変わるのか。
考えられる最悪のシナリオは「中国からの援助を受けて、中国の属国になってしまう」というものです。
そんなバカな話があるわけがないと怒る方もたくさんいらっしゃると思いますが、「複合災害」に襲われた場合はそれほど荒唐無稽な話ではありません。
これまで本書で見てきたように、これからの日本の人口は減少していきますので、当然社会保障の税負担も重くなります。地震とは関係ない地域のインフラも老朽化しているので、その維持にも莫大な費用がかかります。
・GDP世界一のアメリカは、確かに日本と同盟を結んでいますが、現在のトランプ政権はとにかくアメリカファーストですので、よその国の復興にそこまで金を出さない可能性が高いでしょう。
<中小企業の経営者>
・企業規模の拡大推進に必要不可欠な、最低賃金の引き上げに対して、日本の世論は強い反発を示しました。それをもっとも声高に叫んでいるのが、中小企業の経営者です。つまり、日本の未来のために変わらなくてはいけない人々が、もっとも強硬でもっとも発言権の強い「抵抗勢力」になってしまったのです。
・また、この分析をしていく過程で、予期せぬ発見もありました。一つは、製造業とサービス業の生産性の違いには、企業規模の影響が非常に大きいということです。
もう一つは、海外に比べて、日本の中小企業の定義は人員的な規模があまりにも小さく、なおかつ、優遇策があまりに手厚すぎることによって、経営者が企業規模の拡大をしない仕組みを作ってしまったのです。
これこそが、日本の生産性が長く低迷している原因です。
人口減少に対応するためには、この産業構造を変えなければいけないのは言うまでもありませんが、それは容易ではありません。
<中小企業を手厚く優遇>
・しかし、日本の産業政策はそんな現実から頑なに目を背け、中小企業を手厚く優遇しています。なかには理解できない優遇策も多くあります。
たとえば、「接待飲食費」ひとつとっても、最大800万円分まで損金として計上できるという優遇措置があります。社員に使わせない限り、中小企業経営者が会社の金を遣って銀座や赤坂で贅沢ができる公私混同と考えるべきでしょう。
労働者は先進国の中で際立って低い賃金しかもらえず、国も社会保障がパンクするほど巨額の借金を抱えている中で、中小企業経営者の飲食をここまで優遇する必要があるでしょうか。