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内閣総理大臣に就任したいま、取り組むべき最優先の課題は、新型コロナウイルス対策です。欧米諸国のような爆発的な感染拡大は絶対に防がなければなりません。(1)

 

 

『政治家の覚悟』

国民の「当たり前」を私が実現する

菅義偉   文藝春秋    2020/10/20

 

 

 

政治家の覚悟

・覚悟を持って「国民のために働く内閣」を作り上げると明言した政治家の信念とは何か――。改革を断行し続けてきた姿からは、その原点がはっきりと見えてくる。

 

「政治の空白」は許されない

・今年に入ってからは新型コロナウイルス感染症の拡大というかつてない国難に直面する中で、感染拡大と医療崩壊を防ぎ、同時に社会経済活動を両立させるという課題に真正面から対処してきました。

 

・しかし、この国難への対応は一刻の猶予もなく、「政治の空白」は決して許されません。

 

政治家を志した原風景

・私は雪深い秋田で農家の長男として生まれました。子どもの頃は水道がなく、家の前の堰に流れる水で毎日顔を洗っていたものです。すごく冷たくて、冬には手がしびれるほどでした。今でも毎朝、冷たい水で顔を洗うと、当時が思い出されます。

 

・高校を卒業すると、多くは農業を継ぎます。しかし私は、すぐに農業を継ぐことに抵抗を感じ、違う世界を見てみたいとの思いから、高校卒業後に、家出同然で東京へ出ました。東京には何かいいことがあると思っていたのです。

 

・しかし、現実はそんなに甘くありませんでした。板橋区の町工場に見習いとして住み込みで働き始めたのですが、想像していた生活とまるで違いました。本当に厳しかった。中学を卒業して先に上京していた同級生達と、日曜に集まることだけが楽しみでした。この時期、ここでこのまま一生を終わりたくないという思いが芽生えてきました。ほどなく会社をやめて、築地市場でのアルバイトなどをしながらお金を貯めました。一番思い出したくない青春時代です。

 そして、やはり大学に行かないと自分の人生は変わらないのではないかと考え、勉強して2年遅れで法政大学に入りました。当時、私立大学の中では法政の学費が一番安かったのです。

 当時は学生運動が全盛で、大学はほとんどロックアウト状態でした。授業も試験もなくレポート提出ばかりだったことを覚えています。私は学生運動を尻目に、生活のために稼がなければならないので、銀座にある日劇の食堂でカレーの盛り付けをしたり、NHKでガードマンをしたり、新聞社の編集部門で雑用係をやっていました。自分を思い切って試してみたいと思い、空手にも打ち込んでいました。

 

・卒業後はいつかは田舎に帰るつもりでいたので、それなら東京でもう少し生活したいと思い、会社勤めを始めます。そこで世の中がおぼろげに見え始めた頃、「もしかしたら、この国を動かしているのは政治ではないか」との思いにいたります。そして、「自分も政治の世界に飛び込んで、自分が生きた証を残したい」と思うようになったのです。当時私は26歳でした。

 ですが、伝手などありません。法政大学の学生課を訪ねて、「法政出身の政治家を紹介してほしい」と相談をしました。そこからの縁で通産大臣も務めた小此木彦三郎先生の秘書として働くことになりました。小此木先生は、けじめとか基本を大切にする人でした。

 

・ただ、秘書になり政治を間近で見るようになったものの、当時の私には「地盤」も「看板」も「鞄」もありません。政治家になれるとは思っていませんでした。いつか田舎に戻らなければならないという気持ちは消えていなかったのです。

 

・小此木事務所には7人の秘書がいて、私はその中では一番若くて下っ端です。ところが入って9~10年目のときに小此木さんが通産大臣になり、私を大臣秘書官に登用してくれました。おかげで小此木さんにお供しながら、ヨーロッパやアメリカなどを30代半ばで回ることができました。

 その後、1987年に38歳で横浜市会議員選挙に出馬しました。それまでの私にとって市会議員というのは雲の上の存在で、自分がなれるとは思っていません。ところが、偶然、横浜市内の77歳の現職議員が引退し、息子を後継に指名して出馬させようとしていたものの、その息子さんが急逝されてしまったのです。勉強こそあまりしてこなかった私ですが、『三国志』や戦国武将の歴史の本はよく読んでいたので、「もしかしたら、俺は運が強いのかな」と思いました。そして、「やろう!」となったのです。ただ二転三転して、その議員が「また出る」と言いはじめ、自民党の人たちからは「今回はやめておけ」、「4年後にまた出ればいい」と何度も諦めるように言われました。しかし、私は頑として応じなかった。「これはチャンスだ」と思って貫き通しました。そこが一つの運命の分かれ目だったと思います。チャンスが巡ってきた時に判断できるか。やはり最後は本人の覚悟しかありません。

 ただ、出馬はしたものの、そのときの選挙区は、地元意識が強く、私のようなよそ者は厳しい状況だと見ていました。

 

メリハリの利いたコロナ対策

そして、内閣総理大臣に就任したいま、取り組むべき最優先の課題は、新型コロナウイルス対策です。欧米諸国のような爆発的な感染拡大は絶対に防がなければなりません。

 

・このように国民の命と健康を守り抜き、そのうえで経済活動との両立を目指していかなければ、国民生活が立ち行かなくなってしまうでしょう。

 

コロナ禍でもマーケットは安定

バブル崩壊後、こうした最高の経済状態を実現したところで、新型コロナウィルスが発生してしまいました。しかし、ポストコロナの社会の構築に向けて、集中的に改革し、必要な投資を行い、再び力強い成長を実現したいと考えています。

 

ポストコロナ時代に迫られるデジタル化

・ですから、できることから前倒しで措置するとともに、複数の省庁に分かれている関連政策をとりまとめ、強力に進める体制として、「デジタル庁」を新設する考えです。

 一方で、ポストコロナ時代においては、こうした新しい取り組みだけでなく、引き続き、環境対策、脱炭素化社会の実現、エネルギーの安定供給にも、しっかり取り組んでいきたいと考えています

 

地方創生の切り札

・また、地方の活性化を進める中で、官房長官として何よりもうれしかったのは、26年間下落し続けていた地方の地価が、昨年27年ぶりに上昇に転じたことです。

 

・これからもインバウンドや農産品輸出の促進、さらには最低賃金の全国的な引き上げなど、地方を活性化するための取り組みを強化し、「がんばる地方」を応援するとともに、被災地の復興を支援していきたいと考えています。

 

待機児童数が減少に

・待機児童問題については、経済成長の果実を活かし、72万人分の保育の受け皿の整備を進めたことにより、昨年の待機児童数は、調査開始以来、最小の1万2千人となりました。今後も保育サービスを拡充し、この問題に終止符を打ちたいと考えています。

 

国益を守る外交・危機管理

 ・また、「戦後外交の総決算」を目指し、特に拉致問題の解決に全力を傾けたいと考えています。この2年間は、拉致問題担当大臣も兼務し、この問題に取り組んできました。米国をはじめとする関係国と緊密に連携し、全ての拉致被害者の一日も早い帰国を実現すべく、引き続き、全力で取り組みます。

 

官僚を動かせ

政治家が方向性を示す

両面性を持つ官僚の習性

・政治家が政策の方向性を示し、官僚はそれに基づいて情報や具体的な処理案を提供して協力する。政治家と官僚、すなわち政と官は本来そういう関係にあるべきです。

 

官僚は、まず法を根拠として、これを盾に行動します。

 一般国民からみると、理屈っぽくスピード感に欠けるでしょう。たしかに法律上は正しいかもしれませんが、国民感情からはかけ離れているとの印象をもたれてもしかたありません。加えて、その体質として外聞を気にする傾向があります。

 

・おそろしく保守的で融通のきかない官僚ですが、優秀で勉強家であり、海外の状況も含めて組織に蓄積された膨大な情報に精通しています。

 官僚と十分な意思疎通をはかり、やる気を引き出し、組織の力を最大化して、国民の声を実現していくことが政治家に求められるのです。

 

責任は全て取るという強い意志

・官僚はしばしば説明の中に自分たちの希望を忍び込ませるため、政治家は政策の方向性が正しいかどうかを見抜く力が必要です。

 官僚は本能的に政治家を注意深く観察し、信頼できるかどうか観ています。政治家が自ら指示したことについて責任回避するようでは、官僚はやる気を失くし、機能しなくなります。

 責任は政治家が全て負うという姿勢を強く示すことが重要なのです。それによって官僚からの信頼を得て、仕事を前に進めることができるのです。

 

自らの思いを政策に

地方分権改革推進法の成立

・スケジュールは非常にタイトでした。しかし、総理から同意を得た以上、なんとしても法案を成立させなくてはなりません。ここにいたって、官僚たちも重い腰をあげ、準備をはじめてくれたのです。

 安倍総理に直談判してから1カ月後に、地方分権改革推進法は、閣議決定され、会期内に無事成立しました。これを受けて、地方分権担当大臣が新設され、私が兼任することになりました。

 私にとっては、長年の思いの実現に向けて、大きな一歩となった法律です。

 

<「ふるさと納税」制度の創設

・私は法制化に向けて、ふるさと納税研究会を立ち上げました。千葉商科大学学長の島田晴雄先生に座長をお願いし、地域振興に通じた有識者地方自治体の長、税の専門家など十人で構成され、議論、検討が繰り返されたのです。

 その間、住民税を分割する方式ではなく、寄附金税制にすることで、受益者負担の原則や課税権、租税の強制性などの課題がクリアされる、との可能性が示されました。

 

頑張る地方応援プログラム

・頑張る地方を国としてもしっかり応援したい。そこで「頑張る地方応援プログラム」を具体化し、実行するための「頑張る地方応援室」を総務省内に設置しました。その背景には交付税制度上の矛盾がありました。

 

若手官僚を市町村へ派遣

・「頑張る地方応援プログラム」では財政支援だけでなく、若い官僚を市町村へ派遣するという新しい試みも始めました。

 従来、総務省の若手官僚は道府県庁に派遣されるのが慣例でしたが、地方の現場を知らなければ自治や分権は語れないと考えてのことです。

 

税収を東京から地方へ

・具体的には、法人二税のうちの法人事業税から税収の半分程度に相当する約2兆6千億円を分離して国税化し、それを「地方法人特別税」とします。国はその税収のうち2分の1を人口で、残りの2分の1を従業員数で按分し、各都道府県に一般財源として配分。これを「地方法人特別譲与税」としたのです。

 

ICT分野での国際戦略

・これまで日本経済を牽引してきたのは自動車産業ですが、これと肩を並べるような産業を育てる必要性を強く意識していた私は、総務副大臣の頃からICT(情報通信技術)産業に着目していました。

 

決断し、責任を取る政治

朝鮮総連の固定資産税減免措置を見直し

・2010年度には、全て減免措置の対象となる朝鮮総連の施設がついにゼロとなりました。

 

・大臣になると官僚の対応はこんなに違うのかと痛切に感じたものです。

 

拉致被害者救出のための新しい電波の獲得

拉致問題でNHKに命令放送

・現に拉致被害者のお一人である蓮池さんは北朝鮮で日本の印刷物を翻訳している際、家族が救出運動をしていることを知り、生きる希望を持つことができた、と述べておられます。また他の拉致被害者の方はラジオで救出運動を知り蓮池さんと同じように励まされたといいます。拉致被害者の方々にあらゆる手段でメッセージを送ることは極めて重要なことと考えます。

 

夕張市財政破綻地方財政健全化法の突貫工事

・こうして、高金利の返済に苦しむ地方自治体も繰上げ返済が可能になり、負担の大幅な軽減が実現したのです。繰上償還の実績は、2007年度から2010年度までで、6兆1464億円。事実上の地方負担の軽減額といえる補償金免除相当額は、1兆1819億円にも上りました。

 

国民目線の改革

年金記録問題を総務省

国民にとって老後の生活を送る上で、最も大事な年金をずさんに扱ってきた社会保険庁多くの国民にご迷惑をおかけし、不安に陥れた年金問題三つの委員会の委員の皆様のご努力で、年金業務を立て直す道筋をつけることができました。過去に例のない事態で私にとっても手探りでしたが、総務省の組織を挙げての協力態勢によって対応することができたと思っています。

 その後、社会保険庁は解体され、年金業務は新たに設立された日本年金機構が担うことになりました。

 

家賃を年間1億円も節約した独立行政法人

・国民からすればとんでもない無駄遣いです。それを当事者が気づいていないところにこの問題の根深さがあります。引越を命じても、ああでもないこうでもない、とつまらない言い訳を考えて時間を稼ぎ、居座ろうとするものですから、私も徹底して厳しい態度で臨みました。

 

首長の高額退職金と地方公務員の高給にメス

・私は大臣になって是正すべく行動を始めました。首長の退職金は、地方自治法で「条例で退職手当を支給することができる」と定めてあります。ところが、退職金の算定基準はどこにも書いてありません。それが高騰の一因でした。

 

新型交付税制度の創設

総務省の仕事は社会の仕組みに関わるものが多く、国民からみるとわかりづらい印象があると思います。その最たるものの一つが、地方交付税制度です。

 

・できるだけ交付税を簡素に、透明にすることが、地方自治をわかりやすくし、地方の発展につながるという信念で、私が大臣の時、無事に国会で成立させることができました。これがいわゆる「新型交付税」です。

 

大阪市高給天国の謎

大阪市では、かつての社会保険庁と同様、市役所職員の労働組合による旧態依然たる支配が続きました。非効率な行政組織、高い職員の給料といった高コスト体質のために、本来街づくりに回すべき予算が減ったことなどが影響し、ライバル視していた東京との都市間競争で大きく立ち遅れています。こうした役所の体質は、実感として市民に伝わります。

 

・全国どこでも同じような行政サービスを受けられる仕組みとしての交付税制度の意義は否定しません。しかし、これが60年以上続いていることによって、結果的に交付税頼みの体質をもたらしてはいないでしょうか。どんなに素晴らしい制度も、時間が経てば、時代に合わなくなり、ほころびが出ます

 優れた見識をもっているとされる市町村長さんであっても、こと財政の問題になると、皆さんは口をそろえて、「お金がない」と強く訴えられます。

 

首長の多選禁止への道筋

私が大臣在任中に県知事の不祥事が続出していました。代表例が岐阜県知事で、県庁ぐるみで数十億円にものぼる裏金作りをしていました。続いて、福島県知事が実弟とともに県発注のダム工事をめぐって建設業者に便宜を図った見返りに実弟の会社名義の土地を買い取らせた事実が明るみに出ました。さらに、広島県知事の後援会元事務局長が集めた資金の一部を政治資金収支報告書に記載せず、逮捕されて有罪が確定し、同知事の元秘書も知事選前に県議らへ資金提供したと供述しました。

 

・この報告書で指摘されたように、日本を代表する法学者の研究会から、「憲法上は問題なし」との方向性が出たことで、多選禁止を法律で制限する可能性が出てきました。

 これを受けて、早速、神奈川県議会では、

知事は引き続き3期を超えて存在することはできない」との条例改正を可決しました。これを施行するためには地方自治法が改正されなくてはなりませんが、少なくともこうした多選禁止に向けての道筋をつくれたことに大きな意義があったと思っています。

 

被災者の支援制度を使いやすく

・私の意を受け止めていただき、野党とも調整された結果、被災者を迅速に支援するために、収入要件及び年齢要件の撤廃や、使途を限定した上で実費額を清算していたのを、使途を限定しない定額渡し切りに改めるなど、シンプルで使い勝手のよい制度に改正することとなりました。

 

議員立法で国会を活性化

万景峰号の入港を禁止する法律

 ・私が初当選の頃は、議員立法が現在よりも少なく、成立する法律の大半が内閣提出法案でした。議員立法は内閣提出法案と比べて成功率が低く、多くは廃案とされがちでした。私は幸いにもいくつかの法律を成立させることができましたが、国民の後押しがあったからこそ成立させることができたのだと思います。

 その一例が、万景峰号の入港を禁止する法律「特定船舶の入港の禁止に関する特別措置法」です。

 

<「振り込め詐欺」を防げ

・私は、多発する犯罪を何とか未然に防ぎたいと、治安対策を重視して活動し、自民党治安対策特別委員会(治安対)で事務局長を務めていました。

 この頃、治安上の最大の懸案事項は、いわゆる「振り込め詐欺」と外国人犯罪でした。

 

振り込め詐欺に使用される電話は95%がプリペイド携帯でした。

 

・銀行口座の売買とプリペイド携帯に罰則付きの規制をかけたことに加えて取り締まりの強化、社会全体で啓発活動に取り組んだことなどが功を奏して、振り込め詐欺は著しく減少しました。しかし国内での取り締りが厳しくなった今日では、犯罪が国際化し、犯罪者は中国などからも電話をしているようです。治安対策に終わりはなく、不断の見直しが必要です。

 

外国人犯罪の一掃へ

警察庁が検挙した外国人犯罪は、2004年度に過去最高の47128件を記録しました。外国人による凶悪犯罪が急増し、世界で一番安全な国と言われた日本の治安も揺るぎ始め、多くの国民は外国人の犯罪に怯えていました。これは、日本に滞在する外国人にとってもいいことではありません。治安対が着目したのは外国人の不法滞在者です。この時期、約22万人もいるとされていました。そして逮捕された外国人のうち実に6割が不法滞在者でした。

 

・この提言の後、法案化に向けて作業が続けられるのですが、驚かされることがありました。警察庁は、外国人犯罪者約80万人のリストや、20万~30万人の不法滞在者リストをもっていますが、法務省の入国管理局は強制退去させた5万~6万人のリストしかもっていませんでした警察庁と入管の間でリストを共有していなかったのです。ここにも「振り込め詐欺」のときと同様の、縦割り組織の弊害が出ていました。

「そんなことで、入管法の改正なんかできない。お互いに連携しないと」

 警察庁ブラックリストと入管のバイオメトリクス・システムがオンライン化し、情報を共有することになったのです

 

バイオメトリクスによる入国審査システムは大きな抑止力となり、国内の不法滞在者は、ピークであった1993年の30万人、2004年の22万人から、2011年には78488人と激減しました。

 外国人犯罪者の検挙数も、導入前の2005年度に47865件と過去最高を記録して以降は激減し、2010年度には19809件にまで減りました。前年度(2009年度)比でみると、件数で28.8%、人員で10.6%の減少とこの数字が如実に効果を物語っています。

 

原発事故調査委員会を国会に

・事故がなぜ起こり、なぜ被害の拡大を防げなかったのか、事故を二度と起こさないために真相を徹底的に解明する。これが国民、そして支援してくれた世界の国々に対し、わが国が果たすべき責任です。

 

支持率低下覚悟の安保関連法成立

特定秘密保護法で「支持率が10%は下がるだろう」

体中の力が抜けた

・いま、北朝鮮は挑発行為をエスカレートさせています。弾道ミサイルは日本上空を通過し、昨年9月に実験した核の威力は、広島の原爆の10倍強ともされています。特定秘密保護法や安全保障関連法がなければ、北の脅威から日本を守ることは難しいでしょう。大きな意義のある法案成立だったと思います。

 

携帯料金は絶対に4割下げる

家計を圧迫する通信費

・私はかねてから「日本の携帯電話料金の水準は高すぎる」「料金体系が不透明で分かりづらい」と主張してきました。

 

我が政権構想

「出馬を考えていなかった」のは当然のこと

・特に瀕死の状態なのが、これまで地域の経済を支えてきた観光です。ホテルや旅館のほか、バス、タクシー、食材、お土産屋さんなどで約9百万人もの人々が働いていますが、ホテルの稼働率は一時期1割程度にまで落ち込みました。

 

最優先改題は「地方創生」

・私は秋田の寒村のいちご農家に育ち、子どもの頃から「出稼ぎのない世の中を作りたい」と思っていました。政治家になってからも、地方を大事に思う気持ちは脈々と息づいています。

 

・我が国はいわゆる東京圏以外での消費が全体の7割を占めます。この中で、地方の所得を引き上げ、地方の消費を活性化しなければ、日本経済全体を浮揚させることは不可能です。

 

・ここで必要なのが「デジタル化」です。いまだに山間部や離島では光ファイバーが届いていない地域が多い。今回の2次補正予算では、私が主導し、離島も含めて全国に光ファイバーを敷設する予算(5百億円)を確保しました。

 

<「当たり前」を見極める政治

私が政治の道を志して以来、一貫して重視してきたのは、国民の皆様から見て、何が「当たり前」かをきちんと見極めるということです。世の中には、まだまだ数多くの「当たり前でないこと」が残っています

 例えば、携帯電話の料金。いまや携帯は「国民のライフライン」にもかかわらず、世界で最も高い水準の料金が放置され、契約自体も複雑なものでした。

 

それでも、市場の9割を占める大手3社は20%前後の営業利益率を出し続けています。大企業の利益率の平均は約6%ですから、まだまだ値下げの余地はある。ここにも切り込んでいかなくてはなりません。

 そして「当たり前でないこと」の最もたるものは、「行政の縦割り」から生じる様々な非効率や不合理でしょうふるさと納税もビザの緩和も官僚たちには反対されましたが、私には、国民生活に利益をもたらし、この国が更に力強く成長するために必要だという確信がありました。

 

25兆円以上が浮いた計算

・まさに「行政の縦割り」の弊害です。そこで私は台風シーズンに限って、国交省が全てのダムを一元的に運用する体制を整えました。結果、全国のダム容量のうち、水害対策に使えるのは46億立法メートルから91億立方メートルへと倍増した。これは、群馬県八ッ場ダム50個分にあたります。八ッ場ダムの建設に50年、5千億円以上かかっていますから、単純計算で25兆円以上が浮いたことになる。これで、各ダムの下流では氾濫を相当減らすことができると思います。

 

国民の「食い扶持」を作る

・初当選直後、梶山先生から頂いた叱咤激励が胸に強く残っています。

「政治家の仕事は、国民の食い扶持を作ることだ。そのために何ができるかしっかり勉強しろ。経済界、学界、マスコミ、官僚、色々な人脈を紹介してやる」この「食い扶持を作れ」というのは梶山先生らしい表現ですが、国民の生活を支える政策を行うには、様々な視点、知見を持つ人々から幅広く話を聞く必要があるんだ、ということ。

 

意志あれば道あり

・ただ、これまでと違うのは、コロナ感染症によって経済が危機的な状況にあり、その中でサプライチェーンの問題など構造改革が迫られているということです。だからこそ、まずやるべきは、コロナ対策に全力をあげて雇用を守る、企業を倒産させないようにする。梶山先生の言葉で言えば、「国民の食い扶持を必ず作る」。それが、私の仕事です。

 

・71歳になりましたが、体調は万全です。7年8カ月間にわたり、官房長官として危機管理の責任者を務めてきました。その任を果たすために、毎朝40分のウォーキングや百回の腹筋など体調管理と規則正しい生活に特に意を用いてきた。こういう経験を引き続き、国のために生かせるのであれば、本望です。

 私の座右の銘は「意志あれば道あり」。どんな困難でも強い意志があれば、必ず道は開ける。

 

国民のために働く内閣

「当たり前でないこと」が残っている

・省庁の縦割りによって、我が国にあるダムの大半が洪水対策に全く活用されていなかった事実。また、国民の財産である電波の提供を受けた携帯電話の大手三社が、9割の寡占状態を維持し、世界でも高い料金で20%もの営業利益率を出し続けている事実。他にも、このような「当たり前でないこと」はさまざまなところに残っています。

 

私が目指す社会像、それは「自助・共助・公助」、そして「絆」だと、度々申し上げてきました。自分でできることはまず、自分でやってみる。そして、家族、地域で助け合う。その上で、政府がセーフティネットでお守りする。そうした国民から信頼される政府を目指したいと思っています。

 目の前に続く道は、決して平坦ではありません。

 しかし、行政の縦割り、既得権益、そして悪しき前例主義を打破し、規制改革を全力で進める「国民のために働く内閣」を作っていきます