日本は津波による大きな被害をうけるだろう UFOアガルタのシャンバラ 

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コロナ危機への対応以上に、生活者も消費者も、これまでのライフスタイルを長期にわたり転換しなければならないことになるはずだ。(1)

 

 

『リベラルタイム  2021.3』

『特集 変わる ⁉ 「消費」と「日本人」』

 

 

 

『コロナ予算が増加しても日本の財政は悪化しない‼  ◎高橋洋一

「日本政府の借金は年々増加し、1千百兆円に達した。さらに新型コロナウイルス関連の経済対策で歳出が増加するため、財政悪化を懸念する声がある。しかし国債日本銀行が買い付けるため財政悪化の心配はなく、増税も必要ない

 

・筆者の結論をいえば、これらのマスコミの意見は間違いで、コロナ増税なんて不要と断言しておこう。

 

30兆円のGDPギャップ

・まず、経済政策として大型の予算は必要である。潜在GDPと実際のGDPの差であるGDPギャップは内閣府の推計でも30兆円超もある。これを放置すると、半年後以降の失業率が上昇する。おそらく失業率2%程度上昇、失業者で見れば120万人程度が増えるだろう。

 

・それを回避するため、経済対策としてはまず規模でGDPギャップを埋めるというのが、マクロ経済学からの正解になる。

 

・こうした時期には、政府で国債発行により有効需要を創出するのが正しい。

 

「政府・日銀連合軍」が解決

・具体的には、発行された国債中央銀行が買い付けるのだ。

 日銀保有国債への利払い費はあるが、それが日銀から納付金として政府に戻るので実質利払い負担はなく、しかも償還も財政法で乗り換えができるので、償還負担もない。つまり、インフレ目標までは財政負担を発生させない。したがって、将来世代にも国債負担はない。

 別のいい方をすれば、通貨発行益を活用するので財政悪化もなく、将来世代への心配もないともいえる。

 ちなみに、この方式は、日本のみならず、欧米でもコロナショックで行われている方法だ。

 

・具体的に、政府(日銀以外の子会社を含む)のバランスシートを見ると、資産1千兆円、負債(国債)1千5百兆円だ。日銀のバランスシートを見ると、資産(国債)5百兆円、負債として日銀券等5百兆円だ。なので、統合政府のバランスシートでは、資産1千兆円、負債として国債1千兆円、日銀券等5百兆円だ。日銀券等というのは、名目負債だが、これは国民が持っている「お札」であるが、誰も利払いや償還を受けていない。というのは、日銀券等は、実質的・経済的に負債ではない。ということは、日本政府の統合バランスシートは、資産1千兆円、負債(国債)1千兆円、つまり資産を考慮したネットベースでは国債残高ゼロだ。

 世界の国の財政状況を見る時に、統合政府のネット国債残高で見るのが。ファイナンス論の常識だ。

 

・ちなみに、ファイナンス論では、統合政府のネット国債残高が、政府の破綻確率と密接な関係があることを習う。それによれば、日本の財政の破綻確率は今後5年以内で1%にも達しないほどの無視できるほどに低い。これは世界の中でもトップレベルの低さである。

 こうしたファイナンス論から出てくる計量的な見方を大学生とすれば、冒頭のマスコミの意見は幼稚園児レベルだ。

 

増税は的外れ

財政状況が悪くないので、増税という議論は的外れだ。

 コロナ増税で思い出されるのが、東日本大震災後の復興増税である。当時の日本の主流経済学者は、復興対策の必要性を認めつつ、その財源で国債を発行するが、その償還のために復興増税を主張した。これに賛同した日本の経済学者は多かった。先頃話題になった学術会議からも、復興増税の提言が出された。そうした動きの背景には、財務省がいたことがポイントだった。

 その当時、筆者はこうした動きを激しく批判した。

 

・こうした考え方は、従来の財政学においても、課税平準化論として学部や大学院でも教えられていたレベルのものだ。いずれにしても、復興増税は不要であった。このようなことは、自然災害の後に、増税が行われたのは古今東西を見ても聞いたことがないことからも、専門家でなくてもわかるだろう。しかし、当時の民主党政権は、財務省の強力な後押しがあったため、復興増税を選び、実行した。その結果、日本経済は、一度目は東日本大震災、二度目は復興増税と二度も往復ビンタされたようなものだった。この意味で、日本の主流派経済学者のレベルの低さを示すものだ。

 

 

『「スロー」「簡素」「安全」「品格」の社会がやって来る! ◎加藤三郎』

菅義偉首相は昨年10月、2050年までに温室効果ガス排出ゼロを目指すと宣言した。しかし、我国の19年の排出量は12.1億tと、1990年と比べ5%しか削減できていない。「カーボンニュートラル」を実現するため、消費者に求められることとは何か……

 

周回遅れの政策転換

・2020年10月26日の就任後初の所信表明演説では、こと環境・エネルギー政策においては安倍路線とは大きく異なる「2050年カーボンニュートラル」政策を実施すると宣言した。ポイントは、50年までに温室効果ガス排出を全体としてゼロとし、グリーン社会の実現に最大限注力するとした点。そして、地球温暖化への対応は経済成長への制約ではなく、積極的に温暖化対策を行うことが産業構造や経済社会の変革をもたらし、成長につながるという発想への転換を明確に表明したことであろう。

 

・実際、カーボンニュートラル政策は、すでにイギリスやヨーロッパ連合(EU)、この1月20日アメリカ大統領に就任したバイデン氏等も表明しており、中国ですら60年までに二酸化炭素の排出を実質ゼロにすることを20年9月に表明していた。つまり、菅首相の宣言は、周回遅れで「カーボンニュートラル」最終列車にギリギリ飛び乗った格好なのだ。

 

経済界の素早い反応

・そこに菅政権が「温暖化ガス排出実質ゼロ」を標榜して登場したので、日本の経済界もやっと動き出した。その象徴的な動きは、20年12月15日に日本経済団体連合会が発表した「2050年カーボンニュートラル実現に向けて」の提言であろう。

 

・一方、政府はカーボンニュートラル政策を具体化する第一段として、同12月25日、「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」を公表した。

 

容易ではない目標達成

・このように、政府の「グリーン社会」化戦略はロケットスタートした格好だが、その実現は容易ではない。

 

・つまり、あれこれ努力したつもりでも、対策開始から30年経ったのに、わずかに5%(約6000万t)しか削減できていない。

 50年までは、あと30年しかない。その間に排出量を実質ゼロにする、つまり12億t近く削減することは、技術革新だけでは不可能だ。

 

気候変動の深刻度は、今回のコロナ危機より格別上だと私は考えている。コロナの場合は、今後1~2年は猛威を振るうかもしれないが、有効なワクチンや特効薬が出回れば、やがて収束するはずだ。

 しかし、気候変動に対してはワクチンも特効薬もないのだ。

 

・また、気候変動に対しては、長期間、毎年少なくとも数兆円の支出(災害復旧、被災者生活支援、環境技術開発等)を覚悟する必要があるだろう。

 コロナ危機への対応以上に、生活者も消費者も、これまでのライフスタイルを長期にわたり転換しなければならないことになるはずだ。もっと豊かに、もっと便利で快適に、ではなく、ほどほど、スロー、簡素、安全、品格等の価値観を身に付け、消費と生活の中身を変えれば、いまとは違った生活の安定と質を見出すことも可能だろう。やっと生活者・消費者の真の出番がくるはずなのだ。

 

 

『「コト消費」から「トキデザイン消費」へ  ◎宮本由貴子』

新型コロナウイルス感染拡大の影響で、人々の消費行動に変化が生じている。コロナ禍の各種制限・制約に伴い、宅配やネットショピング等の利用者が増加している。加えて、旅行等の「コト消費」も大きく失速している。コロナ禍における消費行動の変化について探った」

 

新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、筆者が所属する第一生命経済研究所では2020年、3回にわたって「新型コロナウイルスによる生活と意識の変化に関する調査」を実施し、消費者の実態と推移をとらえてきた。

 

消費傾向と需要の変化

・品不足の危機感から、「食品や日用品の自給率を高めるべき」と考えた消費者も多かった。さらに、製品の安全性に対する意識から、国産品を選んで求める人が散見された。

 

・「外国人に頼らなくても国内経済が回るように考えるべき」とする人も、第1回調査で8割を超えた。

 全体的に、「まずは自国」「自分の地域を」という、ナショナリズムリージョナリズムともいえる焦りと委縮が、消費の面でも垣間見られたのがこの時期である。

 

・第2回調査では消費におけるウィズコロナ意識の萌芽や「ニューノーマル」としてあるべき姿の模索が見られている。目立った消費傾向として挙げられるのは、宅配やネットショッピング利用の増加に加え、困窮している事業者や地域に向けた応援・支援消費、寄付・クラウドファンディングへの出資等である。

 

・コロナ禍での各種制限・制約に適応するだけでなく、消費における前向きな動きや新たな価値を見出す兆しが見られている。

 

自粛生活によるストレス

・第3回目調査は、特徴としては、第1・第2回調査で顕著だった日用品・食品の国内自給率向上や、外国人に頼らない国内経済循環についての意識が低下した。コロナ収束の兆しが見ないにもかかわらず、ウィズコロナへの諦観と慣れからか、全体的な危機感が下がり、「健康」「お金」「つながり」のいずれにおいても不安感が下降した。

 

・こうした生活制限の長期化や社会ストレスに連動するかのように、夏頃から自殺者も増加している。

 

<「新たな価値」の発見

・今後しばらくコロナと共存していく上では、慎重さ・柔軟性・寛容性を意識しながら、自らのQOL(生活の質)を様々な形で意識的に高めていくことが求められる。

 コロナ禍では。“STAY HOME”を合言葉に、いかにして家で快適に過ごすかを工夫し、その試行錯誤を楽しむ消費行動が見られている。

 

これは、「コト」そのものより「トキデザイン」を意識した消費へのシフトともいえる。これまで消費の対象となっていた「コト」の中で、多くのことがコロナによりできなくなった。人と会うことはおろか、外出もままならず、当たり前だった日常が長期にわたって送れなくなる現実を前に、これまで「コト=何か」で充足されてきた満足感と近い「トキ=体感」を創出することで、消費者は「コト消費」を補完している

 

・単にリアルの代替としてだけでなく、リモートならではの新しい付加価値を発見したり、時間つぶしで始めたことをきっかけに新たな興味にはまったり、この機に生き方や暮らし方を一新する等、限定的な条件下でどうしたら快適な時を創造できるかを想像し、創意工夫する人も増えた。こうした積み重ねが、消費者のQOLを保ちつつ、次世代のイノベーションにつながると信じたい。コロナを糧にしたいものである。

 

 

『銀行は「バランス追求型」の業務形態に  ◎溝上幸伸』

新型コロナウイルスの感染拡大によって行政や企業はデジタル化を促進させている。大企業は高いテレワーク率を維持しているが、定着には時間がかかりそうだ。銀行も「デジタル通帳」等を進めている一方で、「来店予約」を導入する銀行が増えている

 

テレワークの実態

・今回の緊急事態宣言は通勤社員の7割をテレワークに移行するように求めており、行政によるほぼ強制的なテレワーク推進が進展することになる。

 

・テレワークのメリットは、直接的にはコロナ対策ということだが、もう少し長い目で見ると、作業の効率化、生産性の向上が期待できるという点にある。 

 自宅で仕事を行うのだから、誰にも邪魔されず作業に集中でき、その分効率的に仕事が進む。また、会社内での作業に伴う、不要不急の会議や種々の雑用、上司や同僚との無駄な交流等に集中力を削がれることがない。

 

様々な「デメリット」も

・ただし、テレワークのデメリットも少なくはない。ITに不慣れな中高年に無理矢理テレワークを強いても効率は上がらない。ネット環境の整備等、最適な仕事環境を整えられない問題もある。誰も観ていないので、自己管理や時間管理がルーズになりがち。

 

・将来的には、経済活動におけるテレワークの究極の目的は、業務の完全デジタル化にあろう。あらゆる作業が数値に置き換えられれば、まずヒューマンエラーがなくなる。ミスのチェックも容易になるし、人事評価も精度を高められる。

 そしてなにより、経験の浅い若手でもベテランと同じレベルの仕事ができるという効果が大きい。企業の製品作りはもとより、さらに技術が進めば、芸術作品でさえ人間国宝と同じレベルの作品が素人でもできる時代がくる。テレワークはこうした業務の均質化、効率化への先兵としての期待が大きいのである。

 

銀行の「デジタル化」改革

マンパワーの代表格といえば銀行もその一つだ。どぶ板営業といわれたように、行員の営業力がその銀行の実力を示す時代が長く続いた。その銀行もゆっくりと様変わりしつつある。

 

・日常の銀行取引の全てをネットで行おうという流れである。その一環として、メガバンクは紙の通帳の有料化にも踏み切った。

 

・その一方で大手銀行では窓口業務の予約制も導入している。これはネットの予約サイトから予約を入れ、予約日と予約時間を決め、来店するとすぐに相談窓口で対応してもらえるというもの。

 

・デジタル化に逆光する措置のようだが、これはデジタルとアナログのバランスの追求という新しい事業形態の模索といえよう。企業のテレワークもデジタル化一辺倒では必ず破綻する。人的コミュニケーションとのバランスを取ることで成立するのだ。テレワークの見た目の華やかさに振り回されてはなるまい。

 

 

『就活の「オンライン化」は止まらない  ◎曽和敏光』

新型コロナウイルスの感染拡大によって多くの企業は採用活動をオンライン化した。求職者側の応募へのハードルが下がり、今後は各企業への応募者は増加する。企業は望む人材を見つけるため、AI面接の導入等、採用の科学化を進めていくことになる」

 

コロナ禍で「買い手市場」

・影響の一つは、景気が悪化したことで、企業の求人件数が減り、ここ数年続いていた求職者側が強い「売り手市場」から、採用する側の企業が強い「買い手市場」へとシフトしたことだ。

 もう一つはコロナ禍によって、感染を避けるため直接対面して人と会いにくくなったことで、企業の採用活動が「オンライン化」したことが挙げられる。

 

・ただ、ここで注意すべきは、求人数の減り方は以前のリーマンショック後の時期と比較してもそこまでではないということだ。

 

・そう考えると、応募者の増大を手放しで喜ぶのではなく、求人基準を厳格化してむしろ応募者を絞り、一人ひとりへの対応を増やしたり、辞退を防ぐための動機づけのプロセスにパワーを割いたりすべきであろう。

 

就職活動のオンライン化

・これに拍車をかけるのが、コロナ禍の二つ目の影響である就職活動全般の「オンライン化」だ。

 

・ハードルの低さは志望度が低い人を集めることにも繋がるため、これまた辞退を増やす要素にもなってしまう。

それでは、と「オンライン化」をやめようとしてはいけない。採用のオンライン化自体は企業・個人ともに支持されており、この流れは止まらないからだ。

 

・「志望度は評価するものではなく、採用担当者が上げるもの」というのがこれからの採用での常識だ。

 

・企業は、何を対策として行うべきであろうか。一つの方法は最近勃興してきているスカウト採用の導入だ。

 

採用活動の科学化が進む

・もう一つの流れは、これまでの人の感覚で評価してきた採用活動を「科学化」することだ。具体的には、適性検査等のデータをうまく利用して統計学的に好業績を創出しそうな人をあぶりだしたり、AI等を用いて音声や表情等から自動的に評価を行ったりすることで効率化を図るべきだ。

 

・また、この機会に、「自社で活躍する人とはどんな人なのか」をスカウトでの検索や、データの分析等によって行っておくことは、今後の企業の中長期的な採用力強化にも役立つことだろう。

 

様々な調査で、十年後には数百万人単位での人出不足が予想されており、そのために「女性」「シニア」「外国人」を労働市場に引き込む施策が打たれていたのであるが、それが限界に近づいているからだ。後はAI導入等のイノベーションに頼るしか道がないというのが現状だ。

 

 

『「テレワーク」「ワーケーション」定着は困難  ◎溝上憲文』

「仕事と休暇の両立を目指す「ワーク」と「バケーション」を組み合わせた造語「ワーケーション」。いまや「新しい働き方」として7割以上の認知度を獲得しているものの、導入企業は1割弱。一方でテレワークを支持する声は5割強もある。働き方はどう変わるのか?」

 

普及に必要な「三条件

・テレワークを活用し、リゾート地や温泉地で余暇を楽しみつつ働くワーケーションや、出張先で滞在を延長し余暇を楽しむ「プレジャー」等新しい旅行や働き方のスタイルとして政府が普及に取り組むことを宣言し、認知度も高まった。

 

・一方、ワーケーションを普及するには①制度導入企業、②従業員、③受け入れる地域――の三つの主体が連動することが不可欠だが、認知度は7割以上と高いものの導入企業は7.6%、導入予定・検討中は6.5%にとどまる。

 

「テレワーク定着」が先決

・JALは有給休暇取得率向上を目的に17年7月にワーケーションを導入。リゾートや観光地での休暇中の合間のテレワークを行うもので、移動費や宿泊費等の費用は社員が負担する。

 

・ただし、ワーケーションはあくまで在宅勤務やサテライトオフィス勤務の延長にあり、テレワークが定着し、その人口が増えない限り、観光振興等政府が期待する効果は得られないだろう。

 

また、ワクチンが普及した後は「原則、全員出社にする予定」の企業が3割強、「まだ決まっていない」が4割強と、ポストコロナのテレワークの行方も不透明な状況にある。

 

・在宅勤務で仕事の効率が上がったと回答した人は50.5%だが、下がったと回答した人も49.5%もおり、こうしたテレワークに伴う一連の課題の解決や従業員の不安を払拭しないかぎり、さらにハードルの高いワーケーションの利用を促進するのは難しいだろう。

 

制度的課題も……

・一方、企業にとってもワーケーション特有の制度的課題もある。具体的には①旅行地までの交通費・宿泊費の負担をどうするか、②情報セキュリティの確保・通信環境等といった旅行地の選定や業務内容の区分けをどうするか、③仕事をする場合の労働時間の管理をどうするか、④移動中・休暇中の事故や災害の補償をどうするか――。

 

・いずれにしてもテレワーク規定と同様にこうした事項を盛り込んだ「ワーケーション規定」等の制度整備と従業員への周知が不可欠となる。

 

 

 

『中国の正体』

知ってはいけない「歴史大国」最大のタブー

黄文雄    徳間書店   2020/1/31

 

 

     

本当の中国

歴史、民族、国家までも捏造して侵略を正当化してきた中国孔子司馬遷から始まるウソの歴史から、中国を野蛮な国にした儒教や漢字文明の害毒、何でも統一したがる中華思想の実態まで、目からウロコの「本当の中国」を解説する。

 

世界の中国誤解が中国の増長を招いた

中国人の『中国自慢』はすべてがあべこべ

・中国ほど、外国人が抱く幻想とその実態のギャップが大きい国はないだろう。中国については「悠久の歴史をもつ」「文化大国」「礼儀の国」などと称され、また中国人自身もそのようによく自国を自慢する。

 中国人はよく自国のことを「地大物博」と称する。これは、土地が広くて資源が豊富であるということだ。

 

・最近は、人口が多いことまで自慢の一つとなり、「地大物博 人口衆多」という成句にもなっている。

 中国に人口が多く面積が広いのは確かだが、しかし、資源が豊富だということはウソである。本書でも述べているが、歴代王朝では必ずといっていいほど有限の資源をめぐる内乱が起こり、干ばつや水害などの天災も加わって各地で農民蜂起や反乱が発生、全土を覆う天下大乱となって、王朝滅亡・王朝交代という「易姓革命」が繰り返されてきた。

 その歴史のなかで森林伐採による禿山化、土地の砂漠化が進んできた。現在は砂漠化を食い止めるための植林事業も行われているが、工業化にともなう土地や水質の汚染が広がっており、ほとんど効果がない。

 毛沢東も、かつて中国社会を「一窮二白」(貧しく、無知)と喝破していた。

 しかも、現在は14億人もの「人口衆多」であるために、食糧不足やエネルギー不足が深刻化し、中国は食糧・石油の輸入大国となっている。

 

なぜ世界は中国を見誤るのか

・さすがに現在はそこまで中国礼賛はないものの、首相の靖國参拝を批判したり、日本の防衛力強化に反対したりする一方で、中国による尖閣諸島周辺への領海侵犯には口をつぐむなど、中国の主張に同調、あるいはお先棒を担ぐような日本の文化人やマスコミ、政治家も多い。

 

・また対外的には、国家の支援を背景とした国有企業が、鉄鋼などの過剰生産とダンピングによって国際市場を牛耳り、さらには国からの潤沢な補助金を元手に海外企業を買収し、その独自技術を吸い上げるといったことを、平気で行うようになってきた。

 西欧諸国も、明らかに中国の本質を見誤っていたと言わざるをえない。

 

中国の野蛮に気づき始めた世界

しかしいま、中国という国への大きな疑問が世界で噴出している。ようやく世界も、中国が「近代国家としての常識が通用しない国」だということに気がつきはじめたといえる。

 2018年から始まった米中貿易戦争は、世界経済の秩序を壊す中国の横暴なやり口が、アメリカの安全保障を脅かすまでになったことが大きな要因である。

 

中国に関する「常識」は間違いだらけ

・本書では歴史的に「常識」となってきた中国についての通説や、日本人の一般的な中国理解について、そのウソや誤りを指摘し、日本のメディアや教科書などではまったく伝えられない中国の本性を解説したものである。

 

封印された禁断の中国の歴史

なぜ孔子は大ウソつきか

・中国人といえば、その国民性の一大特徴として、すぐ「ウソをつく」ということがあげられる。このようなことを述べると、すぐに「ヘイトだ」と批判されそうだが、しかし、これは中国に長年暮らしてきた西洋人も記録に残している。

 

現代の中国人は漢人の「なりすまし」

・いまでも少数民族を除く中国人は、みずから「漢人」を名乗る。だが、これは真っ赤なウソだ。後述するが、漢人漢帝国の天下崩壊後、種の絶滅に至っている。

 

・中国政府は、「多党制は各党それぞれ党利党略に私利私欲ばかりだが、中国共産党員はすべて無私、人民専制プロレタリア独裁)の制度がいちばんよい」と教えている。

 

日本も台湾も「中国がつくった」というウソ

・中国は昔から、日本人は中国人の子孫、日本国は中国がつくったと唱えている。尖閣諸島は中国の固有領土であり、「琉球回収、沖縄解放」まで叫びうごめいている。

 それは決して日本に対してだけではない。インドやロシア、ベトナムに対しても、「固有領土」回収のトラブルが絶えないBC(生物化学)兵器や核を使ってアメリカを取り戻し、第2の中国をつくるとも意気込んでいる。

 

地名を克明とした中国の策略

・中国人では「日本人は中国人を侮蔑するために『支那』という侮蔑語をつくった」などとされ、現在では完全に死語となり、タブー用語として言葉狩りが行われているが、それは真っ赤なウソである。

 

中国歴代王朝のウソを暴いた清

・なぜなら、清の盛世は、「人頭税」が史上はじめて減免され、人口が爆発的に増えたのに対し、明の時代は北京宮廷の文武百官から万民に至るまですみずみに朝廷のスパイ網が張り巡らされ、監視下に置かれて、人格から人権まで歴史上もっとも蹂躙された時代だったからだ。「胡化」と「華化」はそこまで違うのだ。

 

なぜ中国はウソばかりなのか

「同」の中国と「和」の日本

・それによれば、「同」を求めることで窮極的に至るのが、すべて同一の価値、いわゆる同倫同俗の世界となる。現代語でいう全体主義である。

 

中国の歴史認識はなぜ間違いだらけか

・しかし日本では、中国のノーベル平和賞受賞者の劉暁波のように、史観の違いによって逮捕・収監されることはない。それは国のかたち、そして国体と国格が違うからだろう。

 

・まして、中国のいわゆる「正しい歴史認識」とは、ほとんど架空のものといってよいものであり、政治目的のプロパガンダばかりである。韓国のほうはただの空想妄想であり、大中華に呼応追随しているだけである

 

・「正しい歴史認識」は逆説で知り、「すべて正しくないと知れ」という見方まで勧めることは、一見して極言や極論にも聞こえる。「なかには正しいこともあるのでは」という考え方は日本人には多いが、しかし、それは甘い。

 

「騙」は中国の特色文化

台湾と海外メディアによる調査では、中国のメディアのニュースを信じるのは1%くらいで、残りの99%は「都是騙人的」、つまりすべてが人騙しだと思っていることが明らかになった。驚くのは、まだ100人に1人は中国のニュースを信じていることである。台湾では、そういうフェイクニュースを「烏龍(ウーロン)記事報道」と称している。

 

中国を蝕む「八毒」と「七害」

・「すべてはニセモノで詐欺師だけが本物(一切都仮、唯有騙子是真的)」という諧謔は、中国一般民衆のあいだの流行語だけでなく、かつて朱鎔基首相(当時)まで口にしたことがある。

 現在の中国では、ブランドものや薬品、食品から映画、音楽のDVDの海賊版のみならず、紙幣、免許証やパスポート、卒業証書など、ありとあらゆるものが偽造される。ニセモノで溢れかえっているのが現状だ

 そんなインチキな商売だけでなく、庶民がいつも利用する市場にも、いわゆる「八毒」が蔓延している。八毒とは、坑(陥れる)、蒙(ごまかす)、拐(あざむく)、騙(だます)、仮(ニセ)、偽(いつわり)、冒(なりすまし)、劣(粗悪品)のことを指す。

 中国社会を蝕んでいるのは「八毒」だけではない。社会全体にはびこっているのが、いわゆる「七害」である。売春、密輸、賭博、婦女子誘拐、麻薬、詐欺、そして黒社会(ヤクザ)のことだ。

 

・詐欺は有効だが、有限だ。しかし、この有限な詐術が多くの人々を躓かせた。ことに善良な日本人は、中国人は詐術にあって騙されても、また懲りずに何度も騙されてしまう。騙す中国人の共犯者が、日本人のなかにいる。

 

「詐欺師だけが本物」の中国では、替え玉受験と学歴詐称、著名学者や教授らの著作や論文剽窃、著書捏造、研究費の詐取などが氾濫している。もちろん、歴史学者は「正しい歴史認識」がむしろ本業にもなっている。そのうえ、エセ学者、エセ学術、ニセ情報が跳梁跋扈し、国際的には、ほとんど信用されていない。信用するのは、日本の進歩的、良心的といわれる文化人だけだ。大学教授、医師、弁護士、記者、文化人などは、中国の民間人からはもっとも軽蔑される人種である。

 

「新聞はウソを伝える」が中国では常識

・私が小学生の時代から高校に至るまで、「新聞」とはウソを書くものというイメージがあった。それが台湾人共有の「常識」だった。大陸から逃げてきた国民党の蒋介石・経国の親子が総統として台湾を統治する時代だったからである。人類史上最長の戒厳令下で、新聞だけでなく、電波禁止法まであった。

 

私が高校を卒業するとき、父・蒋介石の後を継いで総統になった経国は、なおも300曲以上の「禁唱」、つまり歌ってはならない歌曲を発表した。「禁唱」といわれたら、声を出さないか、心の中に秘めて歌うか、あるいはトイレに隠れて小さな声で歌うしかなかった。友人の兄はバイオリンが好きで、たいていの曲が弾けた。だから、共匪中国共産党)のスパイ容疑で逮捕され、獄死した。

 私の青春時代は、謀反の計画を知って密告しないと、謀反者と同罪で捕まるという社会で過ごした。だから、学生と市民は街を練り歩きながら、「匪諜(スパイ)自首」の歌を大きな声で歌い、共匪のスパイが自首することをしかたなく呼びかけたものである。

 密告によって捕まった人物の財産は全部没収された。当局は密告を奨励するため、没収財産の40%を密告者に渡していた。つまり、密告が手っ取り早い金儲けの手段となっていたのである。「密告業者」も百鬼夜行していた時代だった。私も「僥倖な生き残り」といえるかもしれない。

 

・ときは移り、世も変わる。1990年代に入って、私は29年ぶりに祖国の土を踏むことができるようになり、言論も随分と自由になったが、地下放送は300以上もあった。新聞はメディアとして没落しつつあったが、ウソばかりの「烏龍記事」が残り、テレビやラジオもウソとマコトを混同した「烏龍報道」を性懲りもなく伝えていた。「言論」はかたちを変えただけだったのである。

 

・どこの国でも、たいていの女性は男性に比べ、暮らしには敏感だ。1960年代に台湾から欧米へ留学生として出国した女性から話を聞くと、一様に「いままでの人生は『白活』につきる」という声が返ってきたものである。「白活」とは、「ただ生きているだけ」という意味だ

 私のような同時代人からすれば、じつに感無量のひと言である。しかし、「白活」という人生観でさえも、私には贅沢だった。私のある友人は、高校生のときに逮捕され、大学にも進学できなかった。入試のない「牢屋大学」で7年間も学んだのである。「僥倖な生き残り」の者たちは、「白活」以上の悲惨な暮らしだった。

 私たちが生きてきた「中華民国」は自称「自由中国」である。しかし、「自由中国」なるものを僭称していたにすぎない。

 

どういう中国であろうと、古代から今日に至るまで、国がもっとも恐れているのは、やはり「民」である。私の若いころは、「3人以上同行してはならない」という規則があった。もしその規則を破れば、謀反を企てたと見なされかねない。だから、3人以上集まらないように、いつも気にしていた。もちろん、中国にも同様なタブーがある。

 

中国のインターネット警察は、人員300万人といわれているが、いわゆる「五毛党」を含めると、実質はもっと多い。五毛党とは、ネット世論を操作して誘導するために政府に雇われた「ネット工作員」のことだ。ネットで政府寄りの書き込みを一つすると、5毛(0.5元=約6円)もらえるということから、その名がつけられた。

 

世界市場の80%のニセモノが中国産

中国は堂々たる「ニセモノ大国」として有名だ。世界でもっとも知られているのは、「世界市場に出回っているニセモノの80%が中国産」だということだ。ちなみに、その次は韓国産である。何でも「世界一」を好む韓国人だが、いくら頑張っても、ニセモノづくりは中国には敵わない。

 ひと昔前なら、「世界一聡明なのは、大国人(支那人)、韓国はその次」だった。韓国が大国人の次に屈せざるをえないのも当然である。やはり国家規模も人口も中国には劣る。スケールがまったく違うからだ。しかし、ニセモノやパクリに関しては大差がない。大中華と小中華は、大と小の差だけだろう。

 

「ないものはない」とまでいわれる中国である。ニセモノが出ないのは、核兵器と戦闘機や旅客機くらいだ。それ以外はだいたい揃っている。たとえば、戸籍名簿、営業許可証、伝票、領収書などの書類なら、多くの企業や個人が何かと便利なので、よく利用している。ニセ領収書やニセ伝票を使っていない企業に至っては皆無だろう。それは中国企業の慣行ともいってもよい。

 大卒、修士、博士のニセ証明書となると、80元から100元で販売される。ニセの大学卒業証明書には、ご丁寧に4年間の成績表までついているというから驚く。そのサービス精神には頭が下がる。もちろん、購入者の希望に合わせて、どの大学でも大丈夫である。おもに就職活動に重宝されているようだ。ニセ結婚・離婚証明書は、未婚のカップルがホテルに宿泊する際に欠かせない。公安当局の取り締まり対策である。銀行融資の書類としても必要だ

 しかし、こんなニセ書類の氾濫に、もっとも頭を抱えているのが、日本の法務省だろう。ことに中国人留学生の書類審査では、どれがニセ書類でどれが本物か見分けがつかず、お手上げに近い。

 

・ある中国人から、「中国の食品については、中国人でもこわい。だから、日本での生活のなかでも、中国産食品はやたらに買わない」という話を聞いた。私は台湾に行くたびにお土産を買って日本に帰ってくるが、友人からよく「中国製だから買わないほうがいい」と注意されたものだ。

 日本に来ている中国人たちも中国産食品を信用していない。たとえタダ同然の値段であっても買わないのである。ましてや、わざわざ日本で中国産食品を「爆買い」するバカはいないだろう。中国人たちは、自分たちの食品に、こんな評価を下している。

 

 動物を食べたら、激素(生物ホルモン)がこわい

 植物を食べたら、毒素がこわい。

 飲み物を飲んだら、色素がこわい。

 何を食べたらいいのかわからない。

 

ウソから生まれた人間不信の社会

「詐欺師だけが本物」の社会だから、人々はごく自然に「人間不信」になってしまう。当然、信頼関係は成り立たないので、一匹狼のみが生き残る条件になり、さらに自己中が加わって中華思想が生まれたのだろう。また、そういう社会の仕組みから、ウソが生きるための必要不可欠の条件となった。そんなメンタリティが国風となり、国魂にまでなったのである。こういう社会のエートスから言行に現れるのは、ウソにまみれたビヘイビアしかない。

 もちろん、それは現代中国だけではなく、古代からすでに人間不信の社会だから、伝統文化にもなり、「騙文化」とまで呼ばれる。

 

・人間不信の社会だから、「男子門を出ずれば、7人の敵あり」という諺どころではない。「門前の虎」や「後門の狼」がうようよいるのだ。

 それ以上にこわいのは、「門内」である。女子は男子どころではなかった。門を出なくても、門内では骨肉の争いが繰り広げられたからだ。それがいちばんこわい。

 ことに中国社会では、古代から氏族、宗教、「家天下」とまでいわれる一家一族の天下だから、一家一族の絆は強いという「家族主義観」を常識としてもっている。しかし、それは常識であっても、決して「良識」ではない。一家一族にこだわるあまり、親族間の利害関係から権力争いに発展することも日常茶飯事だ。

 中国では「妻まで敵」ということを知る人は少なくない。しかし、所詮「夫婦は他人」だ。中国では、親子、父子、兄弟姉妹の争い、いわゆる骨肉の争いが日常的だ。というよりも、利害関係がからむと必然的に起こるものである。母と子、父と娘でさえ、例外ではないのだ。

 比較的よく知られるのは、則天武后が娘を殺して、皇后と王妃の座を争い、自分の腹を痛めた皇太子まで殺したことである。

 

国史を読むかぎり、骨肉の争いは決して希有や限定的な歴史ではなく、伝統の国風である。ことに上にいけばいくほど、骨肉の争いがより激しくなり、数万人もの人間が巻き添えになることもあるのだ。九族まで誅殺されることも少なくない。それが歴史の掟であり、定めでもある。

 ニセ書類、ニセ札、ニセ学歴と、ニセモノなら何でもある中国では、ニセ銀行や周恩来のニセの公文まで登場した。ニセモノが氾濫する社会だけでなく、「汚職・不正をしない役人はいない」といわれる国である。国富を私財に換える役人も跡を絶たない。御用学者の鑑定によれば、その総額はGDPの十数%だが、実際はGDPの4分の1から2分の1にものぼるといわれる。

 

「詐道」を貴ぶ中国兵法

・中華世界最大の本質は、「戦争国家と人間不信の社会」として捉えるべきだ。仏教の因果、輪廻の思想でいえば、戦争が「因」で、不信が「果」である。

 

だから、「鈍」と「誠」をモットーといっている日本人は、中国人にとって、もっとも「いいカモ」である。騙されても、また懲りずに騙されるというのも、この発想法の違いからくるものではないだろうか。