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経済成長を維持するのに最も重要なことは、いかに需要を戻すかということなのです。そのために不可欠なのは感染リスクを下げることですから、やはりワクチンや特効薬の普及がカギとなります。(2)

 

 

『ポストコロナの経済学』

8つの構造変化のなかで日本人はどう生きるべきか?

熊谷享丸    日経BP  2020/7/2

 

 

 

テレワークが当たり前になり通勤ラッシュが「教科書に載る日」が来る

・人類の感染症との闘いは長期化することに加えて、ポストコロナの時代は、それ以前と全く異なる世の中に変わる。人間の既成概念とは、案外もろいものだ。1968年のメキシコオリンピックで、米国のディック・フォスベリー選手が最初に背面跳びを行った際、観客はその奇妙で非常識なフォームに驚いた、と伝えられている。筆者は、近い将来、テレワークや遠隔診療などが当たり前となり、かつて多くの会社員が、満員電車に揺られて職場に通勤していたことが、昭和・平成の日常の一コマとして教科書に載る日が来ると確信している。

 

「ポストコロナの時代は、どんな世の中になっているのだろうか?」

・「もう少し我慢して、新型コロナウイルス感染症が収束すれば、元の世界が戻ってくる」と、政治家は国民に呼びかける。だが、それは完全な幻想である。

 人類が撲滅できた感染症天然痘だけだと言われている。歴史的にみると、感染症の拡大とグローバリゼーションはセットであり、近年の地球環境破壊の深刻さなどを勘案すると、今後も人類は様々な感染症に悩まされ続けることになるだろう。

 筆者は、人類の感染症との闘いは長期化することに加えて、ポストコロナの時代は、それ以前と全く異なる世の中に変わると考えている。それは、本書で提示する「8つのグローバルな構造変化」が現実化した「新常態(ニューノーマル)と呼ばれる新しい世界である。

 

・実際、わが国では失業率と自殺者数との間に一定の相関が存在する。景気が極端に悪くなると、大変不幸なことに自殺される方が増えるという傾向がある。

 したがって、われわれは基本的な考え方として、感染症の拡大抑制と、社会活動・経済活動の持続可能性(サスティナビリティ)とのバランスの回復を目指す必要がある。

 

・最終的な目標として、われわれは感染症に対するレジリエンスがある(耐性の高い)社会を構築することを目指すべきだ。いわば、感染症を「制圧」するのではなく、感染症と「共存」するという発想だ。

 

・各章の概要は、以下の通りである。

「第1章 新型コロナウイルスにどう立ち向かうか?」では、今回の新型コロナショックは、2008年前後に起きたリーマン・ショックと比べてはるかに悪性の不況であり、日本経済・世界経済に第ニ次世界大戦後で最悪の打撃を与えると見られることを指摘する。その上で、主として感染症が収束するまでの政策対応に重点を置いて、新型コロナショックに対する政策対応のポイントを考察する。

 

・「第2章、ポストコロナ時代の8つのグローバルな構造変化」では、ポストコロナ時代に予想される8つのグローバルな構造変化について検証する。

 ポストコロナの時代には、次の8つのグローバルな構造変化が起きると予想される。すなわち、「新常態(ニューノーマル)」と呼ばれる全く新しい世界が始まるのだ。

 第一に、資本主義の全体像という視点では、2000年代に入り加速した、株主の近視眼的な利益だけを過度に重視する「新自由主義グローバル資本主義」は大きな転換点を迎え、より中長期的に持続可能性が高い、従業員や顧客、取引先、地域社会、地球環境、将来世代など様々な側面にバランスよく目配りをした「ステークホルダー(利害関係者)資本主義」が主流になるとみられる。そのなかで、SDGs(サステナブル・デベロップメント・ゴールズ=国連が掲げる持続可能な開発目標)の重要性が増していく。

 

・第二に、感染症にかかった場合、高所得者層は高度医療の恩恵を受けて生命をとりとめるケースが多い一方で、貧困層の生命は容赦なく奪われかねない。こうした「パンデミックの逆進性」などを背景に、社会の分断・不安定化が加速する。この結果、1929年の世界大恐慌の後に起きたような、反グローバリズム、自国中心主義、ナショナリズムの台頭が危惧される。

 

第三に、米国と中国の対立は激しさを増す。これは、資本主義と共産主義との覇権争いであり、世界が2つの陣営に分断されるブロック経済化の進展が懸念される。政治面では、世界的に地政学リスクが増大する。

 第四に、グローバル・サプライチェーンの再構築が進む。ポストコロナの時代には、危機管理体制の強化やリスク分散の推進が求められるからだ。

 第五に、不良債権問題が深刻化し、潜在成長率が低下するリスクが高まる。現状、世界的に民間企業は借金漬けの状態であり、今後グローバルな過剰債務、過剰設備の調整が起きる可能性がある。最終的に金融機関に不良債権が積み上がり、リーマン・ショックのような金融システム危機が起きることが懸念される。

 

第六に、「大きな政府」が指向され、財政赤字問題が軒並み深刻化する。景気悪化で税収が低迷する一方で、感染症への対応で歳出が増えるからである。この結果、世界的にマクロ経済政策は手詰まりの状態に陥る。そして、財政政策と金融政策の役割分担が希薄化し、選挙という民主的な手段で選ばれたわけではない。中央銀行が司る金融政策が、民間の資源配分にまで乗り出す異例な事態となるだろう。

 第七に、感染症を避けるために、リモート社会(非接触社会)が指向されるなど、産業構造の激変が起きる。「ソサエティ5.0」と言われるテクノロジーを中心とする社会をつくり上げるべく、テレワーク、オンライン診療、オンライン授業、インターネット投票などの実現・拡充を期待する声が高まる。とりわけわが国では、岩盤規制などと言われる、医療や教育などの分野での規制緩和を断行することが喫緊の課題である。

 

第八に、長年人類が目指してきた、中央集権型の仕組みは、分散型ネットワークへと移行する。都市型の不動産価格は大きく下落し、わが国では地方創生の千載一遇のチャンスが生じるだろう。

 

・具体的に、本書では、日本政府、企業、個人が実行するべき、いわばトゥー・ドゥ・リストとして、①多様性や選択の自由を最大限尊重しつつも、有事の緊急事態法制の整備を急ぐ、②労働市場の機能不全を解消、労働生産性を向上、③「SDGs大国宣言」を行い、国際社会における立ち位置を明確化、④感染症へのレジリエンスのある社会を構築、⑤財政政策と金融政策の融合が進むなかで、財政規律を維持、⑥分散型ネットワークを構築し、地方創生に舵を切る、⑦企業は自らの存在意義を問い、抜本的な経営変革を行う、⑧個人はリベラルアーツや経済・金融を学ぶ、という8点を指摘している。

 

新型コロナショックにどう立ち向かうか?

・今回の新型コロナショックは、2008年前後に起きたリーマン・ショックと比べてはるかに悪性の不況であり、日本経済・世界経済に第ニ次世界大戦後で最悪の打撃を与えるとみられることを指摘する。

 

新型コロナショックは世界大恐慌以来の戦後最悪の不況

新型コロナウイルス感染症の拡大は、日本経済にリーマン・ショック以上の打撃を与えるとみられる。

 

・この結果、大和総研では、2020年度のわが国の実質GDP成長率は、「短期収束シナリオ」で▲5.1%、「長期化シナリオ」では▲9.4%と予想している。

 

IMFによれば、2020~2021年の2年間で失われるGDPは9兆ドル(990兆円)に達するという。これは、驚くべきことに、日本とドイツの1年分のGDPに匹敵する金額である。

 

新型コロナショックとリーマン・ショックの比較

筆者は、新型コロナショックとリーマン・ショックを比較すると、今回のほうが質的にはるかに悪性の不況だと捉えている。

 まず、極めて単純化すると、いわゆる「ヒト・モノ・カネ」という経済の3要素のなかで、リーマン・ショックでは「カネ」が新型コロナショックでは「ヒト」と「モノ」が止まった。

 リーマン・ショックの際には世界中の金融機関が打撃を受け、海外の景気が悪化し、その影響が日本に遅れて来たため、わが国の中小企業や国民の所得に悪影響が及ぶまでにある程度の時間がかかった。一方、今回の新型コロナショックは非常にスピードが速く、とりわけ観光、運輸、外食、イベント、レジャーなど特定の業種が壊滅的な打撃を受けている。

 

・しかしながら、新型コロナショックのほうが、リーマン・ショックよりも悪い点が4つある。

第一に、今回のほうが政策対応余地は小さい点が挙げられる

 

・第二に、サプライチェーンへの打撃から、局所的な「スタグフレーション(不況下の物価高)」のリスクが存在する。

 

・第三に、グローバルな企業の過剰債務問題が深刻である。

 

・第四に、言うまでもなく、新型コロナウイルス感染症の拡大にいつ歯止めがかかるかは、生命科学の領域に属する話なので、正確に予測することが困難である。

 結論として、新型コロナショックは、リーマン・ショックと比べて、質的にはるかに悪性の不況であり、日本経済に戦後最悪の打撃を与える可能性があるだろう。

 

ポストコロナ時代の8つのグローバルな構造変化

新型コロナウイルス感染症が収束すれば、元の世界が戻ってくるというのは、完全な幻想である。

 人類が撲滅できた感染症天然痘だけ、とも言われている。歴史的にみると、感染症の拡大とグローバリゼーションはセットであり、近年の地球環境破壊の深刻さなどを勘案すると、今後も人類は様々な感染症に悩まされ続けることになるだろう。

 

・人類と感染症との闘いの歴史は古く、紀元前のエジプトのミイラにも天然痘の痕跡が見られる。5世紀から8世紀にはシルクロードを通じて、天然痘がインドから広がった。わが国にも、仏教と同時期に天然痘が伝わり、735年頃に大流行し、聖武天皇東大寺の大仏を建立した

 ペストはモンゴル帝国が東西貿易を拡大したことで、14世紀頃、中央アジアからクリミア、イタリアなどを経て欧州全土に広まった。当時の欧州の総人口の約3分の1に相当する2500万人以上が死亡した結果、農奴開放が起きて封建制は終了する。また、ペストに対して無力だった教会の権威が失墜し、そこから主権国家を中心とする近代が成立し、ルネサンスへとつながっていく。

 

・19世紀から20世紀にかけては、東インド会社を介して、コレラがインドから世界各地に拡散した。わが国でも「ころり」と称され、江戸時代末期の人々に甚大な打撃を与えた。歴史研究者の間では、西洋から入ってきた「ころり」により多くの日本人が亡くなったことへの反発が、「尊王攘夷」思想と結びつき、倒幕につながったという見方もある。

 また、スペイン風邪は、第一次世界大戦の時期に、米国から欧州へと広がった。この病気により約4000万~5000万人が亡くなったと伝えられるが、第一次世界大戦の戦死者が約900万人だから驚くべき数字だ。

 以上のように、感染症の拡大とグローバリゼーションの流行はセットであり、また、感染症の流行は多くの国々において歴史の大きな転換点となってきたのである。

 

筆者は、人類の感染症との闘いは長期化することに加えて、ポストコロナの時代は、それ以前とは全く異なる世の中に変わると考えている

①  「グローバル資本主義」からSDGsを中心に据えた「ステークホルダー資本主義」への転換

②  格差拡大を受けた、反グローバリズムナショナリズム台頭のリスク

③  米中対立が激化し、「資本主義vs.共産主義」の最終戦争へ

④  グローバル・サプライチェーンの再構築

⑤  不良債権問題が深刻化し、潜在成長率が低下

⑥  財政収支が軒並み悪化し、財政政策と金融政策が融合に向かう

⑦  リモート社会(非接触型社会)が到来し、企業の「新陳代謝」が重要となる

⑧  中央集権型から分散型ネットワークへの転換

という8つのグローバルな構造変化が起きると予想している。すなわち、「新常態(ニューノーマル」と呼ばれる全く新しい世界が始まるのだ。

 

・筆者は、近い将来、テレワークや遠隔医療などが当たり前となり、かつて多くの会社員が満員電車に揺られて職場に通勤していたことが、昭和・平成の日常の一コマとして日本史の教科書に載る日が来ると確信している。

 

変化❶  利益至上主義からSDGsを中心に据えた資本主義へ転換

・ポストコロナの時代に予想される第一のグローバルな構造変化として、資本主義の全体像という視点から、「利益至上主義からSDGsを中心に据えた資本主義へ転換」を挙げる。2000年代に入り加速した、株主の近視眼的な利益だけを過度に重視する「新自由主義グローバル資本主義」は大きな転換点を迎え、より中長期に持続可能性が高い、従業員や顧客、取引先、地域社会、地球環境、将来世代など様々な側面にバランスよく目配りをした「ステークホルダー(利害関係者)資本主義」が主流になるとみられる。

 

<「グローバル資本主義」から「ステークホルダー資本主義」へ

・かつて、資本主義には、米国に代表される「アングロサクソン型」、ドイツに代表される「ライン型」、「日本型」といった様々なタイプが存在した。しかし、ポストコロナの時代には、こうした資本主義の様々なタイプが、ひとつの方向に収斂する動きが予想される。

 

お金とヒトは、どちらが大切なのか?

・しかしながら、ポストコロナの時代を展望すると、資本主義は第四ステージ(「資本主義4.0」)に入ると予想される。それは、「資本(お金)」ではなく、「労働者(ヒト)」こそが付加価値の源泉となる新たな時代だ。

 

・「資本主義4.0」に向けた始動は着実に生じている。

 第一に、最近のマイナス金利は世界中でお金が余っていることを意味している。つまり、従来と比べて、「資本(お金)」の価値が大幅に低下しているのである。

 第二に、人工知能(AI)の発達も、資本主義に大きな変化をもたらすことになるだろう。

 

経済学は「分配」や「格差」に関する分析を怠ってきた

・現在、資本主義が抱えている最大の問題は、所得分配の不平等や格差拡大である。

 

・以上を総括すると、伝統的な経済学は「成長」や「効率性」の追求に重点を置き、「分配」や「格差」などの問題に正面から取り組んでこなかったことが最大の問題である。そもそも、ケインズは、効率性ばかりを追求するのではなく、経済的な効率性と、個人の自由や社会的公正のバランスを取ることを主張していた。ポストコロナ時代の経済学には、こうしたケインズ本来の考え方などを踏まえて、格差や社会的公正などの問題に正面から取り組むことが求められる。

 

変化❷ 格差拡大で、反グローバリズムナショナリズムが台頭

・ポストコロナの時代に想定される第二のグローバルな構造変化は、格差拡大を受けて、反グローバリズム、自国中心主義、ナショナリズム台頭のリスクが高まる点だ。

 感染症にかかった場合、高所得者層は高度医療の恩恵を受けて生命をとりとめるケースが多い一方で、貧困層の生命は容赦なく奪われかねない。

 

ポピュリズムが横行し、政治の不安定性が増大

・今後、懸念されるのは、1929年の世界大恐慌の後に起きたような、反グローバリズム、自国中心主義、ナショナリズムの台頭である。

 欧州では既にこうした予兆が生じている。

 

・歴史を紐解くと、大きな経済危機が起きると、その後、反グローバリズム、自国中心主義、ナショナリズムが台頭する傾向が見受けられる。

 

・ポストコロナの時代には、中国やロシアなどの権威主義国・国家資本主義国の台頭も懸念される。歴史の教訓を踏まえて、国際社会が連帯して、反グローバリズム、自国中心主義、ナショナリズムに立ち向かうことが肝要だ。

 

資本主義と民主主義の離婚

・こうした厳しい現実を受けて、「資本主義と民主主義の離婚」が進行している。民主的に選ばれた政府が、格差を一向に解消してくれないことに対する貧困層の不満は、もはや制御不能なレベルにまで達している。

 

・筆者は、この「資本主義と民主主義の離婚」という問題を解くカギは、2つあると考えている。

 第一に、資本主義サイドからは、繰り返し指摘してきた通り、SDCsを中心に据えた「ステークホルダー資本主義」へと転換することが最大のポイントである。

 

・第二に、民主主義サイドからは、各国が社会保障制度の充実などを通じて、所得再分配を強化することが肝要である。また、健全な民主主義の担い手となり得る「主権者教育」を強化すると同時に、世論の分断を助長するSNSへの規制なども検討すべきだろう。

 

「設計主義」への懐疑

・2つ目の構造問題として、「設計主義」に対する懐疑的な見方が強まっている点が挙げられる。ここで言う「設計主義」は、多くの場合、エリート主義と言い換えてもよいだろう。

 

・現状は、英国のみならず世界中の各地で、反エリート主義やオートノミー、つまり「自己決定権」を求める動きが加速している。いわば「自分のことは自分で決めたい」という考え方である。

 

・いずれにしても、ここまで指摘してきた、①資本主義と民主主義の離婚、②「設計主義」への懐疑、という2つの構造問題に、「パンデミックの逆進性」という新たな問題が加わり、ポストコロナの時代は、ポピュリズムが横行し、社会の分断・不安定化が加速することになるだろう。まさしく、われわれは人類の叡智が問われる時代に生きているのである。

 

変化❸ 米中対立が激化し、「資本主義vs.共産主義」の最終戦争へ

・ポストコロナの時代に想定される第三のグローバルな構造変化として、米中対立が激化し、「資本主義vs.共産主義」の最終戦争が行われる可能性が高い。

 

米中対立に端を発したブロック経済化の懸念

・キーワードは「デジタル専制主義」である。「デジタル専制主義」とは、2018年1月のダボス会議で注目された言葉で、「経歴、嗜好、個人の行動など、あらゆる情報が国家の管理下にあり、データを掌握する者が世界の将来を左右する」状況を意味する。中国が「デジタル専制主義」に向かう中、民主主義は意思決定のコストやスピードなどの面で不利なので、中国が覇権を握るとの懸念が強まっている。

 

英国のブレア元首相が「ヒストリー・イズ・バック」と発言した理由

・すなわち、①「モラル・ハザード」が起きて人々が怠けたこと、②共産主義エリートの能力が市場よりも劣っていたこと、という2つの致命的欠陥から、共産主義は一敗地にまみえ、歴史はいったん終わったかのように見えたのである。

 

なぜ、共産主義が息を吹き返したのか?

・それではなぜ、一度崩壊した共産主義が息を吹き返したのだろうか?

 第一に、「『モラル・ハザード』が起きて人々が怠けた」という問題点は、AI(人工知能)の発達などによって克服された。

 

・「共産主義エリートの能力が市場よりも劣っていた」ことによる、需要の読み違いという第二の問題点は、ビッグデータの活用などによって克服された。

 

・データは「21世紀の石油」とも言われており、ポストコロナ時代の経済活動のなかで、中核的な役割を果たす。

 

米中間の覇権争いはこれから10~20年続く

・グローバリゼーションの最大の受益者と言っても過言ではないわが国にとって、米中対立に伴うブロック経済化の進展は、まさしく死活問題となる。

 

・したがって、もし米中対立が深刻化し、完全なブロック経済化が進むような事態になると、前記の需要がすべて消失し、日本経済には少なくとも20兆円規模のダメージがあることを覚悟する必要があろう。

 

米中対立のワーストシナリオ

・最悪のシナリオは、米中両国が軍事衝突に至るケースである。

 

・筆者は、わが国の外交政策の基軸は間違いなく「日米同盟」であるが、米中両国の対立激化やブロック経済化などの回避に向けて、米中両国の仲介役を果たす必要があると考えている。

 

中国の「バブル」崩壊を警戒せよ

・筆者の中国経済に対する見方を一言で述べれば、「短期=楽観。中長期=悲観」である。中国は「社会主義」の国なので、公共投資を中心とするカンフル剤を打てば、問題を2~3年程度先送りできる。しかし、向こう5~10年程度の中長期的な時間軸で見れば、中国では「バブル」崩壊のリスクが高まるとみている。

 第一の過剰は金融面での過剰融資である。中国における過剰融資の総額は1000兆円以上と推定される。将来的に、このうち何割かが焦げ付く場合、数百兆円規模の不良債権の発生が懸念される。わが国の「バブル」崩壊に伴う不良債権額が100兆円規模であったことを勘案すると、文字通り「人類史上最大のバブル」といっても過言ではない。

 第二の過剰は、工場や機械といった、いわゆる「資本ストック」の過剰である。その総額は700兆円以上とみられる。

 

・国有企業の債務は最終的には公的部門の債務となる可能性が高いので、その部分を含めて考えると、現在の中国では実質的な公的債務が名目GDPの1.7倍以上に達しているとみる向きもある。「借金漬け」とも称されるわが国で、この比率が2.4倍弱であることを考えると、もはや中国には、大きな財政出動余地は残っていないと考えるべきだろう。

 もう一度、繰り返そう。中国経済は間違いなく「バブル」である。

 

・筆者の中長期的な中国に対する見方は、依然として慎重である。それは、国民の不満が蓄積する本質的な原因は、「社会主義市場経済」と言われる中国の矛盾した体制にあるからだ。

 

変化❹ グローバル・サプライチェーンの再構築が不可避

・ポストコロナの時代に想定される第四のグローバルな構造変化は、サプライチェーンの再構築が進むとみられる点である。ポストコロナの時代には、危機管理体制の強化やリスク分散の推進が求められるからだ。

 最初に危機管理という側面では、今回の新型コロナショックに対して、わが国は無防備であったと言わざるを得ない。

 2018年の時点で、米国のジョンズ・ホプキンス大学新型コロナウイルスの出現を予見し、警鐘を鳴らしていたことが広く知られている。脅威となるウイルスに備えて調査・監視に資金を投じること、科学的根拠に基づく治療法を官民医の連携で模索することなど、8つの勧告を含むこの報告書は、残念ながら全く活かされなかった。

 わが国では、国立感染症研究所の予算が、過去10年間で20億円程度、すなわち3分の1程度、カットされてきた。感染症の拡大とグローバリゼーションがセットで拡大してきた過去数千年の歴史を踏まえれば、日本政府が事態を俯瞰できていなかったことは間違いない。

 

グローバル・サプライチェーンの再編が進む

・ポストコロナの時代には、グローバル・サプライチェーンの大規模な再編が起きるとみられる。

 

・筆者が最も強調したいのは、ポストコロナ時代のサプライチェーンが、従来とは全く異なる次元で再構築されることになる点である。

 

卵をひとつのカゴに盛ってはいけない

・ポストコロナの時代には、中国の「カントリー・リスク」の大きさを考慮すると「チャイナ・プラス・ワン」の動きがより一層加速するとみられる。

 

虎穴に入らずんば虎児を得ず

・中国は「社会主義」の国なので、少なくとも向こう2~3年程度、うまくマネージすれば4~5年程度、「バブル」崩壊を先送りすることは十分可能だ。したがって、今後、日本企業は、将来的なリスクを覚悟で、最大で向こう5年程度の中国市場拡大の利益を取りにいくか否かという、極めて悩ましい経営判断を迫られるだろう。

 

「ボリューム・ゾーン」の攻略がカギ

・ポストコロナの時代に、日本企業が「チャイナ・プラス・ワン」の市場で成功を収めるには、アジアにおける中間所得層の消費市場(いわゆる「ボリューム・ゾーン」)の攻略に真剣に取り組む必要がある。

 

変化❺ 不良債権問題が深刻化し、潜在成長率が低下

・ポストコロナの時代に予想される第五のグローバルな構造変化は、不良債権問題が深刻化し、潜在成長率が低下するリスクが生じることだ。

 

グローバルな金融危機は再来するか?

・筆者は、行きすぎた金融緩和が長期化すると、仮に物価が安定していたとしても、過度な債務拡大などの金融の不均衡がじわじわと蓄積し、臨界点を超えると、「バブル」が崩壊して金融危機が起きかねないとみている。

 

新興国発の経済・金融危機に備えよ

・グローバルな視点でみると、今後の経済・金融危機震源地として最も警戒すべきなのは新興国である。

 新型コロナウイルスの感染者数をみると、2020年5月上旬の時点で、新興国が先進国を上回った。

 

・新型コロナショックの影響が拡大するなか、新興国債務不履行リスクが急速に高まっている。

 

・こうした新興国脆弱性などを背景に、新型コロナウイルスショックが発生してから、新興国からの資金流出が加速した。とりわけ韓国、台湾、インド、タイなどのアジア諸国・地域や、ブラジルなどからの資金流出が顕著だった。

 

変化❻ 財政収支が軒並み悪化し、財政政策と金融政策は融合へ

ポストコロナの時代に予想される第六のグローバルな構造変化は、「大きな政府」が指向され、財政赤字問題が軒並み深刻化する点である。その理由は、言うまでもなく、景気悪化で税収が低迷する一方で、感染症への対応で歳出が増えるからだ。

 

財政政策と金融政策の境界が曖昧に

・ここまで指摘してきた通り、ポストコロナの時代には、各国の財政収支は軒並み悪化するとみられる。

 そこで懸念されるのは、財政政策と金融政策の境目が曖昧になり、両者の癒合が進むことだ。

 

変化❼ リモート社会(非接触型社会)到来で、企業経営に激震

・ポストコロナの時代に予想される第七のグローバルな構造変化は、感染症を避けるために、リモート社会(非接触型社会)が指向されるなど、産業構造の激変が起きる点である。

ソサイエティ5.0」と言われるテクノロジーを中心とした社会をつくり上げるべく、テレワーク、オンライン診療、オンライン授業、インターネット投票などの実現・拡充を期待する声が高まっている。とりわけテレワークを積極的に推進すれば、無駄な仕事がなくなり労働生産性が上がるだけではなく、世界中から優秀な人材を採用できるというメリットも生じると考えられる。

 

変化➑ 中央集権型から分散型ネットワークの時代へ。地方に脚光

・ポストコロナの時代に予想される第八のグローバルな構造変化は、長年人類が目指してきた中央集権型の仕組みが、分散型ネットワークへと移行する点である。この結果、都市部の不動産価格は大きく下落し、わが国では地方創生の千載一遇のチャンスが生じるだろう。

 

日本の強みと弱みを検証する

強み❶ 社会が安定し「サスティナビリティ」が高い

・第一に、日本最大の強みは、「共存共栄」の思想、自然との共生、遵法意識の高さなどに裏づけられた、安定的な社会が存在することである。そして、この「社会の安定」は、「サスティナビリティ(持続可能性)」の高さという面での、わが国の優位性につながっている。

 

強み❷ 勤勉さ、繊細さが、世界一の技術とサービスを生む

・第二に、日本人は勤勉、繊細である点も、大きな強みになっている。

 勤勉で繊細な国民性を背景に、日本の「ものつくり」は高い技術レベルに支えられており、わが国の「サービス」は間違いなく世界一の水準である。

 

弱み❶ 強烈なリーダーシップを嫌い、嫉妬深い国民性

・第一に、日本人には、強烈なリーダーシップを嫌って平等を好み、かつ嫉妬深い国民性がある。日本の社会には、悪しき平等主義が蔓延しており、成功者を羨む傾向が強い。

 

弱み❷ 付和雷同的で「熱しやすく、冷めやすい」

・第二に、日本人には、付和雷同で周りの空気に流されやすい性癖がある。要するに、日本は「ムラ」社会なのである。

 

弱み❸ 論理的な思考力が弱く、情緒的

・第三に、日本人は論理的な思考力が弱く、情緒的な傾向がある。こうした日本人の特質は、近年大きな試練に直面している。国際社会では、日本人の特質は、近年大きな試練に直面している。国際社会では、日本人の得意な「あうんの呼吸」はなかなか通用しない。

 

弱み❹ スピード感の欠如

・第四に、日本人はスピード感が決定的に欠如している。

 

弱み❺ 「多様性(ダイバーシティ)」の欠如

・第五に、今後の日本にとって最も重要なキーワードは「多様性(ダイバーシティ)」の推進である。

 

100年以上前の「20世紀の予言」は的中したか?

・今から約120年前の1901年の1月2日・3日の報知新聞に「二十世紀の予言」という特集記事が掲載された。当時、100年近く先の西暦2000年に実現が期待される、夢のような話についての特集である

「二十世紀の予言」のなかで、現実にいくつの項目が実現したのだろうか?

 実は、23項目のなかで、実現しなかったものが6項目ある。

 

・例えば、「7日間世界一周」という項目がある。当時、80日間かかった世界一周がたった7日で実現できれば夢のような話だったが、現在は7日もかからない。

 そのほかにも、「人声十里に達す」「写真電話」「買物便法」「厚寒知らず」という耳慣れない項目が軒並み実現した。これらは一体何のことだろうか?

「人声十里に達す」とは拡声器や電話のことで、「写真電話」はテレビ電話、「買物便法」はネットショッピングのことだ。「厚寒知らず」とは読んで字の通り、エアコンのことである。

 つまり、夢のような話であっても、100年たってみれば当然のことのように実現している。人類の科学技術の進歩に限界はないということだろう。

 

「日本の勝機」のヒントが本郷バレーにあった

最後に、ポストコロナの時代のグローバル市場における「日本の勝機」を探るヒントは、本郷バレーにあることを強調したい。

 

「リアル」と「バーチャル」の融合で勝負せよ

・本郷バレーで筆者が感じた日本の勝機をずばり一言で言えば、「ハード」と「ソフト」、「リアル」と「バーチャル」が融合した分野にある。言葉を換えれば、製造業や建設業といった現業と、AIなどのハイテクを融合させることがカギとなる。

 

ポストコロナ時代にわれわれはどう生きるのか

<指針❶ 多様性や選択の自由を尊重しつつ、有事の緊急事態法制整備を>

 

<指針❷ 労働市場の機能不全を解消、労働生産性を向上>

 

<指針❸ 「SDGs大国宣言」を行い、国際社会での立ち位置を明確化>

 

<指針❹ 感染症へのレジリエンスのある社会を構築する>

 

<指針❺ 財政政策と金融政策の融合が進むなか、財政規律を維持する>

 

<指針❻ 分散型ネットワークを構築し、地方創生に舵を切る>

 

<指針❼ 企業は自らの存在意義を問い、抜本的な経営変革を>

 

指針➑ 個人はリベラルアーツや経済・金融を学べ

・本書の締めくくりとして、ポストコロナ時代に個人がどう生きるべきか、という点を論じたい。ここでは、特にリベラルアーツを学ぶことと、不透明な時代のなかで、経済や金融について知見を深めることの重要性を強調したい。

 近年、わが国では大学のリベラルアーツ(教養教育)をめぐる議論が迷走しており、「リベラルアーツ教育を縮小し、実践教育を重視するべきだ」との主張が勢いを増している。

 

異分野の知見にイノベーションの種がある

・今やハーバード・ビジネス・スクールのケーススタディの定番とも言える、トヨタ自動車の「かんばん方式」が、米国のスーパーマーケットの在庫管理方式からヒントを得たというのは有名な話だ。流通業という異分野からヒントを得ることで、世界に冠たる「かんばん方式」が誕生したのである。

 筆者は、こうした視点から、日本人は積極的に「副業」を持つべきだと考えている。異分野の知見のなかにこそ、新しいイノベーションの種が山ほど埋まっているからだ。

 

「金融リテラシー」を向上させる勉強法

・次に、ポストコロナの不透明な時代のなかで、経済や金融を学ぶことが重要である点を強調しておきたい。

 

AIに負けない人間になるための5つの能力

・われわれはAIに代替されない人間になるには、次の5つの能力に磨きをかけることが重要だと筆者は考えている。

 

第一は「対人関係能力」。第二は、「創造性」。第三は、「物事を抽象化する能力」。第四は、「分野横断的な総合知」。第五は、「哲学や価値判断を行う能力」。

 

日本の未来は明るい、元気を出そう!

「よくぞ日本に生まれけり」。日本は本当に素晴らしい国だ

 英国の歴史家・トインビーの分類によれば、世界は7つの文明圏に分けられる。「西欧キリスト教文明」「ロシア正教文明」「イスラム文明」「ヒンズー文明」「シナ(中華)文明」「中南米・ラテン米国文明」、そして「日本文明」である。

 つまり、日本は一国でひとつの文明圏を形成する、世界で例を見ない国なのだ。

 

・筆者は、われわれ日本人が「わが国が守り抜くべき美点」と「変革するべき点」を正しく峻別し、国民一丸となって努力すれば、ポストコロナの時代に日本経済は必ずや「不死鳥」のごとく復活すると確信している。

 

結局、われわれにできるのは、自分たちに可能な範囲で、最善を尽くす――「人事を尽くして、天命を待つ」ことに尽きるのではないだろうか。

 

・138憶年にわたる宇宙の悠久の歴史から見れば、われわれの一生など儚(はかな)いものである。1粒のコゴミのようなものだ。しかし、儚いからこそ、与えられたわずかな期間ではあるが、「生」を全うすることが大切なのである。