日本は津波による大きな被害をうけるだろう UFOアガルタのシャンバラ 

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カール・マルクスやフリードリヒ・エンゲルスはイルミナティのメンバーであり、彼らが提唱した共産主義はイルミナティの思想を具体化したものという説が存在する。(3)

 

広島県 ヒバゴン

巨大な猿型のUMA

広島県比婆山連峰には、ヒバゴンと呼ばれる未確認動物が現れることで知られている。ヒバゴンは体長1.5~1.6メートルほどの巨大な猿のような姿をしており、頭部の形は逆三角形、茶色の剛毛を生やしている。目は鋭く、耳は大きいが手は小さく、体は筋骨隆々で全身は褐色もしくは黒色の毛で覆われている。また、左足を引き摺るようにして歩くという特徴がある。

 知能は人間並みにあると考えられているが、臆病で滅多に人前に姿を現さず、危害を加えることもないという。

 

ヒバゴンが最初に目撃されたのは昭和45年(1970年)のことで、それ以降幾度も目撃されており、写真にその姿が収められたり、足跡が発見されたりしているのだという。

 

高知県 不入山の巨人

身長6.3メートルの巨人の骨

高知県には不入山と呼ばれる山があり、かつてこの山に入ると妖怪のために生きて帰ることはできないと言われていいた。

 明治時代になり、そんなことは迷信と山に入る者も出てきたころ、その山に入った人間の一人が天を突く大樹の下に横たわる巨大な人骨を発見した。その大きさは頭から足まで三間半(約6.3メートル)、腕の長さだけでも六尺(約1.8メートル)あり、歯の本数は48本もあったという。また指の本数は手足全て4本ずつだったと記されている。

 

福岡県 黒い山男

山奥で遭遇した謎の類人猿

・福岡県の南方町でのこと。石炭産業で栄えていたこの町は、良い石炭を求めて山奥まで人が入り込むということがよくあった。ある時、山口村(現筑柴野市)の菊池という人物が山奥へ入ったところ、狒々に似た怪しい獣と遭遇した。菊池も驚いたが、その怪物もどうやらかなり驚いた様子で、慌てて逃げて行ったという。

 その姿は身の丈四尺(約1.2メートル)余り、顔は黒いが、立ち姿は人に似ており、手足の形も人とそっくりで二足歩行で素早く動いていたという。

 

福岡県 白い猿人

目撃された全身が真っ白の類人猿

・福岡県の筑前でのこと。明治16年(1883年)4月5日、山口村(現宮若市)菊池保平という男性が吉田村というところに行くため、山女を登っていたところ、峠を越えて谷間の道へ出る頃に突然猿に似た奇妙な獣が現れた。この獣は全身が真っ白で、のそのそと歩いて来るのを見た保平は悲鳴を上げて倒れてしまった。一方、この獣も驚いたのか峠に向かって逃げて行ったが、この獣を見て以来、保平は高熱を出し、5日間に渡り寝込むことになったという。


佐賀県 獅鬼(ししおに)

人や家畜を殺す身長6メートルの鬼

後朱雀天皇の時代、長久2年(1041年)頃、今でいう佐賀県眉山に巨大な岩があり、その下に空いた穴に獅鬼と呼ばれる怪物が棲み付いていた。

 怪物は身の丈二丈(約6メートル)もあり、人里に出現しては人や家畜を殺したため、人々はこのことをお上に訴えた。

 ちょうどこの時、渡辺綱の子孫である源久(松浦久)が松浦郡におり、民のために獅鬼の災いを除こうと決心し、兵を集めた。

 

・そこで源久が率先して獅鬼を追うと、どこからともなく白羽の矢が一本飛来し、獅鬼の脳天を貫いた。

 

・そして、人々はあの白羽の矢は当地に祀られた諏訪大明神の霊力であると考え、その祠のそばに「埋牛塚」を築き、牛祭を行うようになった。

 

熊本県 深葉山の山女

身長3メートルの人喰い女

熊本県の虎口村(現菊池氏)に山女が現れた話がある。

 かつて、この村に嫁いで来た女が行方不明になり、3年後に帰って来た。そのため村人がどうしていたのかと尋ねると、女は「自分は深葉山から矢岩嶽の辺りに住み、人を食って生きています。山にいるときの姿はこうです」と言い、山女の姿になった。その姿は身のたけ一丈(約3メートル)、頭に角があったという。

 

内大臣山の山女

7歳の時から山中で暮らす謎の女

熊本県内大臣山に山女が現れたという話がある。

 熊本県上益城郡で営林署に勤めていた山崎という人物が内大臣山から国見山に巡視に出掛けたところ、山中で得体の知れない女に出会った。山崎氏が慌てて鉄砲を女に向けると、女は手を合わせて「撃ってくれるな」と頼む。

 そこで銃を下げ「お前は誰か」と尋ねると、「私は向山の生まれで、7歳の時に母と一緒に栗拾いに行って迷ってしまい、それからずっと山の中で暮らしている。ところがこの内大臣山は深くはあるが、長くは暮らせないので、阿蘇の方に移るつもりだから、子どもを残していくのでよろしく頼む」と言った。これは山女なのだということだ。

 

・このように人里と隔絶された山の中で暮らしていた女が人里に現れたことで山女、山姫、山姥などの妖怪として扱われたという話は多い。

 

鹿児島県 天降女子(あまろうなご)

水浴びする天女

・鹿児島県の奄美大島に伝わる天女。鬱蒼と茂る樹木に覆われた渓谷や滝壺の水たまりに降りてきて水浴びをするという。これが人に危害を加えることはないようだ。

 

・天降女子は天から白い風呂敷の包み物を背負って降りてきて、その際にはどんな晴天でも雨が降る。天降女子は男のいる家にやって来るが、その誘惑に負けてしまうと命を取られるという。

また、水を入れた杓を持っているが、その水は決して飲んではならないといわれている。

 

鹿児島 ケンモンの青い火

女性に帰り道を導いた妖怪のよだれ

奄美大島にはケンモンという河童のような妖怪が伝わっており、ガジュマルの木の精などと言われている。このケンモンは人の仕事を手伝うという伝承や、光を放ったり火を灯したりする伝承が残っているが、この火を使って人を助けた話がある。

 1980年代の頃、奄美大島に住む40過ぎの女性が夕食の支度をしている途中に突然行方が分からなくなった。

 家の人々は神隠しに遭ったとして親戚の人々とともに太鼓を鳴らし、捜し回ったところ、3日後に傷だらけの女性が見つかった。

 女性が言うには、気が付いたら家にはおらず、真っ黒なところを歩いていたが、蛍のような青い火があって道を歩くことができたという。そのうちに太鼓の音が聞こえ、そちらに向かって歩いたところ、戻って来ることができたのだという

 この青い火はケンモンのよだれで、女性を守るよう道を照らしてくれたのだという。

 また女性を探すために叩いた太鼓はユタ(霊媒師)の太鼓であったため、それも彼女を守ってくれたのだという。

 

沖縄県 タチッチュ

子どもをさらう化け物

・沖縄に伝わる山の化け物。夕方になると山から杖をついて下りてきて、子どもを攫って行くという。非常に力が強く、どんな力自慢の若者でもタチッチュと相撲を取って勝てるものはいないとされる。

 

・夕方に出現し、子どもを攫う妖怪は総称して「隠し神」と呼ばれ、全国に伝承が残る。

 

 

 

『日本怪異伝説事典』

朝里樹  えいとえふ  笠間書院  2020/12/23

 

 

 

北海道

文化神オキクルミ降臨の地・平取町ハヨピラ

平取町の外れ、沙流(さる)川流域のハヨピラという土地は、アイヌの人々にとって聖地のひとつ。アイヌの創造神にして文化神オキクルミが空飛ぶ龍カムイシンタに乗って降臨し、様々な技術を伝えたとされている。ハヨピラとはアイヌ語で「武装した崖」という意味だ。

 文化神オキクルミは、アイヌの人々に様々な知恵や文化を伝え、飢饉の際にコタン(村)を救った神様だ。天神のところで粟(あわ)と稗(ひえ)をご馳走になり、その穂を隠して地上に持ち帰ったという伝承もあり、農耕の始祖神ともされている。

 

青森県

岩木山の安寿姫(あんじゅひめ)伝説

・日本の山は女の神を祀ることが多く、津軽富士と呼ばれる美しい霊峰・岩木山は古くから「女子山」と呼ばれている。その理由は、説話『安寿と厨子王』に登場する安寿姫が祀られているからだ。浄瑠璃や映画などにも描かれたこの説話の発祥が、岩木山という。

 

大石神(おおいしがみ)ピラミッド

・キリスト伝説で有名な新郷村の中央に位置する大石神山。1935年、画家の鳥谷幡山(とやばんざん)が大石神の巨石群を発見し、のちに日本ピラミッド研究の創始者である酒井勝軍がピラミッドだと認めた。竹内文書』によればエジプトのピラミッドより古い5万年前に造られ、世界中のピラミッドの起源は日本にあるとされる。

 

・十和利山の麓にある迷ヶ平(まよがたい)高原は、考古学・地質学の山根キクが「光りは東方より」にて「エデンの地」だと指摘した場所。かつて天浮舟に乗ってやってきたアマテラスオオミカミの孫・ニニギノミコトによって築かれた都市があったのではとされる場所でもあり、「神秘の里」「謎の超古代文明の発祥地」として知られるようになった

 

・なみに、酒井の提唱する日本ピラミッドとはエジプトのように平面から築き上げたものではない。山の自然な円錐形の地形をえがき、山頂には「太陽石」と呼ばれる巨石を配して、太陽礼拝などの祭祀空間としての役割を担うという

 

巖鬼(がんき)山の鬼伝説

・「大人(おおびと)の逆水(さかさみず)」とも呼ばれる伝説。一般的には鬼は悪い存在とされがちだが、津軽の鬼は違う。時折、山から下りて人々を助けたり、一緒に遊んだりする優しい心の持ち主で、神のような存在とされている

 

東北のイエス・キリスト

十和田湖の東にある新郷村には、こんな仮説がある。ゴルゴダの丘磔刑となったイエス・キリストは、密かに日本へ逃れていたというものだ。処刑されたのは身代わりの弟イスキリで、エスは十来太郎大天空(とらいたろうだいてんくう)と称し、戸来(へらい)の地でミユ子という日本女性と結婚して106歳で没したという。

 これは1935年、皇祖皇大神宮の竹内家に伝わる謎の古文書『竹内文書』から出てきた説。

 

岩手県

ざしきわらしに出会える宿

ざしきわらしとは、子どもの姿をした家の中にいる精霊や神様のような存在。ざしきわらしがいる家には福が訪れ、その家は栄えるという。岩手県には「ざしきわらしに会える」とされる宿があり、泊まった人には福を授けるという。それが、雑誌やテレビでも取り上げられたことのある金田一温泉郷の旅館「緑風荘」だ。

 

・また、盛岡市の旅館「菅原別館」も、ざしきわらしが現れる宿として2018年にテレビで紹介された。

 

宮城県

不老長寿の僧・常陸海尊(ひたちぼうかいそん)

平安時代から鎌倉時代にかけての僧侶で、源義経に仕えた常陸海尊義経が高館で自刃した衣川の戦いの時、山寺に出かけていたため生き延びたとされる。その後、不思議な老人に出会い、老人に招かれて「ニンカン」という赤魚の料理を食してからは不老長寿となり、源平合戦の顛末を語り伝えたという。

 

秋田県

房住山の阿計徒丸(あけとまる)

・昔、出羽国(現在の秋田県山形県)房住山という山の向こうに阿計徒丸・阿計留丸(あけるまる)・阿計志丸(あけしまる)という鬼の三兄弟が住み、民を苦しめていた。阿計徒丸は身の丈約5メートル以上もあることから、大長丸(おおたけまる)と呼ばれていた。

 阿計徒丸は、蝦夷討伐のために進軍してきた坂上田村麻呂と激突。

 

・阿計徒丸と田村麻呂の戦いを蝦夷軍対朝廷軍の激戦に見立てて、阿計徒丸は蝦夷の大首長で悪路王と同類もしくは同一人物であった、とする見方もある。

 

山形県

稀代の超能力者・長南年恵(おさなみとしえ)

・鉄門海(てつもんかい)上人の即身仏が眠る注連寺の分寺・南岳寺の境内には、明治時代の超能力者として知られる長南年恵を祀る淡島大明神、通称、長南年恵霊堂がある。

 1863年鶴岡市に生まれた長南年恵は、20歳の頃より神がかりとなり一切の食を絶ち、ほんの少量の生水とサツマイモを口にするだけで生活していたという。

 

福島県

山間の八百比丘尼(やおびくに)伝説

不老長寿の八百比丘尼といえば、福井県をはじめ120以上の伝説が全国で語り継がれているが、喜多方市のように海のない内陸部でも残されている。

 

茨城県

虚舟(うつろぶね)伝説

・江戸時代に、現在の太平洋大洗沖に現れた、謎の舟「虚舟」にまつわる伝説。

 1803年2月22日の午後、常陸国(現在の茨城県)の「はらやどり」という浜に、奇妙な小舟が漂着した。直径約5.5メートル、丸いお香立てのような形で、上部はガラス張り、舟底は鉄板が張ってあり、中には、顔は桃色で眉と髪が赤毛、長くて白い付け髪を垂らした女性が一人乗っていた。

 

・舟の中には多くの奇妙な文字が書かれていたといい、伝わっている文字はアルファベットとも日本に残る象形文字とも異なり、世界中のどの民族の文字でもないそうだ。虚舟は外国の舟なのか、江戸時代に現れた宇宙船なのか、議論はつきない。

 

栃木県

平家落人の里

・源氏との戦いに敗れ、源頼朝の追討命令から逃れるべく、栃木の山奥に平家の落ち武者が逃げ延びたという伝説がある。それが下野国(現在の栃木県)の湯西川地区に伝わる「平家落人伝説」だ。

 

群馬県

海のない群馬県にある龍宮伝説

・本州のほぼ中央にあり、「ツル舞うかたち」として親しまれる群馬県湖はあるが海はない海なし県だが、不思議と龍宮伝説が多く残されている。

 伊勢崎市を流れる広瀬川のほとりにある「龍神宮」にまつわる龍宮伝説は、次の通り。古墳時代の400年頃、近くに一人の公家が住んでいた。公家が家来と共に卯の木の岩山でどんちゃん騒ぎをしていると、どこからか美しい少女が現れて「この岩山は竜神の城であるから、行動を慎むように」と注意して消えてしまった。公家は怖くなって逃げ帰り、以来、その地は龍神宮と呼ばれるようになった。

 

・また、浦島太郎のように実際に龍宮城に行った話もある。伊勢崎市宮子町に残る伝説では、阿感坊(あかんぼう)という農民が利根川の中の島に藤を切りにいった時、鉈を川に落としてしまう。阿感坊が鉈を拾いに川の中へ入ると、美しい龍宮城に辿り着き、三日間過ごしてから村に帰ると三年経っていた。他言すると命はないと言われていたが、当時の殿様に責められて竜宮城のことを漏らすと、阿感坊は死んでしまったそうだ。

 

迦葉山(かしょうざん)の大天狗

京都府鞍馬寺、東京都の高尾山薬王院とともに、日本三大天狗のひとつに数えられるのが、群馬県の迦葉山龍華院弥勒寺の大天狗である。

 

埼玉県

江戸時代のスーパーマン・六兵衛(ろくべえ)伝説

秩父市の即道神社には、即道という人物の霊が祀られている。若い頃は六兵衛と呼ばれており、俊足・怪力・器用者といった数々の伝説を残している。

 例えば、囲炉裏に掛けた鉄瓶の湯が沸かないうちに武甲山の頂上の鐘を撞いて戻ってきた。一反(約12メートル)の絹布につけて走ったら布の先は少しも地面につくことなくひらひらなびいた。往復200キロもある江戸で鮮魚を買い求め、日帰りで戻ってきたなど。まるでテレポーテーションのような俊足伝説を持つ。

 

・晩年の六兵衛は、髪を剃って即道(そくどう)と名乗り、常明寺の住職となった。

 

・また、即道神社の「爪彫石」は、即道が富士山から衣の袂に入れて持ってきたものとされ、この石に彫られている文字は今も解読できていない。読める者は、即道の再来という言い伝えがある。

 数々の超人伝説を残した六兵衛とは、一体何者だったのか。晩年、彼は入定することにして墓の中で読経を続けたが、音が絶えたあとに墓を掘ると遺骸は消えていた。のちに香川県金刀比羅宮で見かけた人がいたという。

 

千葉県

南総里見八犬伝』始まりの地・伏姫(ふせひめ)籠穴(ろうけつ)

・28年もの歳月をかけて曲亭(滝沢)馬琴が手掛けた『南総里見八犬伝』は、八つの霊玉を持つ八犬士が活躍する全98巻、106冊の伝奇小説。地元では、あたかも物語が史実であるかのように、ゆかりの地が点在し、史実とフィクションが混じり合いながら物語が語り継がれている。

 

東京都

高尾山の天狗伝説

・都心からも交通の便に恵まれ、日帰りで山歩きができるため、人気スポットとなっている高尾山。古くは山岳信仰の山として広く庶民に親しまれた高尾山には、天狗にまつわる伝説が多い。

 

神奈川県

大山(おおやま)の大天狗・大山伯耆坊(だいせんほうきぼう)

・大山伯耆坊は、日本八天狗のひとり。なぜ神奈川県の天狗なのに伯耆(現在の鳥取県)という名前なのかというと、この天狗は最初、鳥取県伯耆大山(ほうきだいせん)にいたためだ。

 だが平安時代末期、相模国(現在の神奈川県)の相模大山にいた相模坊が、保元の乱をきっかけに讃岐国(現在の香川県)に流された崇徳上皇のもとに行ってしまった。そのため、後任として相模大山にやってきたのだ。

 

新潟県

茨城童子のふるさと

平安京の正門である羅城門の鬼と同一視される茨木童子が生まれたという伝承が、長岡市軽井沢に残されている。

 

・やがて酒呑童子に出会って意気投合する。酒呑童子を兄貴分と慕い、二人で鬼倉山に移り棲んで悪行の限りを尽くしたあと、京都の大江山へと移動したという。酒呑童子にまつわる伝説と非常に似ている点が面白い。

 

酒呑童子のふるさと

・『御伽草子』によると、もっとも有名な鬼伝説のひとつ、酒呑童子の出生地は越後国(現在の新潟県)ということになっている。

 

・こうして酒呑童子となった外道丸は、寺を追われ、盗賊の首領となり、大江山源頼光らに討ち取られることとなる。『奈良絵本』によると近江国(現在の滋賀県)の伊吹山とする説もあり、酒呑童子の出生については、異説がいくつかある。

 

見るなの花屋敷

・昔、旅商人の若者が、越後山奥の森で道に迷ってしまい、一軒の家に辿り着く。そこには美しい娘がいて、おいしい酒や食事でもてなしてくれた。ある日、娘が出かける時に「全部で13の座敷があります。12番目までは自由に見て構いませんが、13番目だけは見ないでください」と念を押して出て行った。若者は順に座敷に入ってみると、どの座敷にも四季折々の美しい景色が広がっていた。若者は娘の言葉を無視して、13番目の座敷も開けてしまう。梅の枝に止まった鶯がいて、一声鳴くどこかへ飛び去っていった。すると家も座敷も跡形もなく消え去り、男は森の中にいた。

 

・これは越後地方を中心に各地に伝わる民話の原型で、「見てはいけない」という部屋を覗いたために夢から醒めるというものだ。地域ごとに細部が異なるが、禁忌を犯した男が娘の正体(ここでは鶯)を知り、現実に引き戻されるという展開は同じ。

 同様の言い伝えでは『鶴女房』や『蛇女房』など。古くは、一瞬の夢のうちに富貴を極めた人生を経験する、中国の唐の時代に書かれた『邯鄲(かんたん)の夢』の伝説にも近い。

 

富山県

尖山(とがりやま)ピラミッド

立山黒部アルペンルートの入口に見える三角錐の山が尖山だ。標高はわずか599メートル。大石神(おおいしがみ)、黒又山、葦嶽山(あしたけやま)など日本には、人工ピラミッドと噂される山がいくつかあるが、尖山もそのひとつ。謎の古文書『竹内文書』によると、太古の時代、富山県は世界の中心地であり、この書に記されている「アメヤヒロトノアメツチヒヒラミツト」こそが尖山だというが、文書の信憑性は疑問視されている。

 尖山の登山道や斜面には、石垣のようなものがある、山頂付近にストーンサークルのような石組みがある、山頂付近や麓の蔵王神社の祭石に強い磁気異常がある、といった数々の謎に加え、この付近ではUFOや怪光現象がしばしば見られるという。尖山には古代の天皇の乗り物であるアメノウキフネ(天の浮舟)の飛行場があったのではないかとする説もある。尖山の整った三角形の山容を目前にすると、神秘的な何かを感じずにはいられないのかもしれない。

 

石川県

猿鬼(さるおに)の伝説

能登半島には一本角の鬼がいて、猿のように素早いため猿鬼と呼ばれていた。岩井戸という岩窟に住んでいた猿鬼は、たびたび付近の村にやってきては悪さを繰り返していたそうだ。そこで白衣の氣多(けた)大明神を大将、三井の大幡神杉姫(おおはたかんすぎひめ)を副将とした神軍が討伐に向かった。氣多大明神が猿鬼の目を射抜き、逃げたところを大幡神杉姫が名刀「鬼切丸」で退治した。

 

・また、能登半島の伊夜比咩(いやひめ)神社の社伝にも猿鬼の記録があり、腕の立つ左大将泰直に退治してもらったという。猿鬼の角が今も神社に保管されているという。

 

羽咋のそうはちぼん伝説

羽咋市は、古くからUFOの目撃情報が多い地帯「UFOの町、羽咋」として打ち出す羽咋市では、噂では市民の半数以上がUFOを目撃しているという。この地域では「そうはちぼん伝説」という言い伝えが江戸時代からあり、そうはちぼん(楽器のシンバルのような楕円形をした仏具)が光を放ちながら、羽咋市の北東にある眉丈山(びじょうざん)を夜な夜な飛んでいるという。

 また「鍋のふたが人をさらう」という神隠し伝説もあり、遅くまで遊んでいる子どもに対して「早く帰らないと鍋のふたがさらっていくぞ」と注意する。そうはちぼんも鍋のふたも空飛ぶ円盤に形が似ていることから、やはりUFOと関係が深い

 羽咋駅前には、巨大なUFOのオブジェクトが展示され、宇宙科学博物館「コスモアイル羽咋」では、宇宙やUFO関連の展示を見ることができる。

 

モーゼの墓

能登半島の最高峰・宝達山(ほうだつさん)の麓の三ツ子塚古墳には、「十戒」で有名なモーゼの墓があるという。モーゼといえば紀元前13世紀頃、迫害を受けた古代ヘブライ人を率いてエジプトを脱出中、紅海の水を分けて道を作るという奇跡を起こした人物。

 モアブの地で亡くなり墓も知られていないというが、実はモーゼロミュラスと名乗りローマ帝国を建国後、天浮船(あめのうきふね)に乗り宝達山に至り、羽咋(はくい)姫と結婚、583歳まで生きたとされる

 

福井県

八百比丘尼(やおびくに)入定洞

・人魚の肉を口にして不老不死となり、諸国を巡った八百比丘尼の伝説は各地にある。中でも小浜市は、比丘尼の出生地であり、最期の地でもある。

 

羽賀寺(はがじ)の天狗の爪あと

小浜市の羽賀寺に残る伝説。昔、羽賀寺の住職が天狗と碁の勝負をすることになった。

 

・爪痕のついた基盤と折れた爪が今も羽賀寺に残っているという。

 

また、羽賀寺にはかつて「日本」を「ヒノモト」と読んでいた時代があったという説を裏づける縁起が伝わっている。羽賀寺が1398年に焼失した際、後花園天皇津軽の支配者だった安東盛季(もりすえ)・康季(やすすえ)父子に再建の勅令を下した。安東父子が11年かけて落成させた時、その功を称えて「日之本将軍」という称号を安東氏に授けたという。中央政権とは別に「日之本」と呼ばれた政権があったのではないかとする説もある。

 

山梨県

富士山麓の徐福(じょふく)伝説

・富士山麓には、伝説の人物・徐福の伝説が数多く存在する。徐福は中国の秦の始皇帝に仕えた方士(神仙の術を操る呪術師)で、東方の海上遥か先にある蓬莱(ほうらい)の山にあるという不老不死の薬を求めて消息を絶った人物だ。その後、日本に漂着したという徐福伝説は、熊野を中心に日本全国に見られる。

 熊野と同じくらい徐福伝説が多いのは、山梨県富士吉田市である。伝説によれば、徐福は富士山の麓に漂着して、富士山こそ蓬莱の山に違いないと思い、そこに定住した。徐福の子孫は秦氏の姓を名乗るようになったという。

 

山梨県のでいだらぼっち伝説

・各地に伝承が残るでいだらぼっち(だいだらぼっち)は、日本を代表する巨人伝説。

 東日本の伝説では地形造りの話が多く、山梨県では特に富士山に絡んだ伝説が知られている。

 

・『甲州の伝説』によれば、でいだらぼっちは日本の仁王と唐の伽王との間に生まれた大男だという。その大きさは、地域の伝承によって様々。東日本と西日本とでは、でいだらぼっちの特徴も物語も大きく異なる点が興味深い。