日本は津波による大きな被害をうけるだろう UFOアガルタのシャンバラ 

コンタクティやチャネラーの情報を集めています。森羅万象も!

5次元の意識は万物の製造元。個人の意識は5次元の巨大なスーパーコンピュータによってプログラミングされた情報で、それが脳に組み込まれている。(2)

 

陰謀史観

秦郁彦   新潮社    2012/4/20

 

 

 

ヒトラーとナチ党>

ヒトラーは野党時代(1926年)にナチ党の聖典となる『わが闘争』を書いて出版し、アーリア民族を至上、日本人など模倣文化しか持たぬ中位、スラヴ人種を劣等に位置づける独特の人種論を展開した。とくに最劣等人種で、ソ連共産主義と結んで「世界支配の陰謀」をたくらんでいるとこじつけたユダヤ人の排撃は、政権獲得後は実行に移されホロコーストにまで行きつく。

 

・総統の独断に発した本件について外相やドイツ国防軍幹部を共同謀議者と認定するのは無理があり、法廷は『わが闘争』に出てくる妄想を証拠とみなすのは否定した。

 妄想のスケールという点から見れば、『わが闘争』はむしろ控え目だと評したヨースト・ヘルマントは、代って 1931年にW・ゲッツが書いた未来小説の筋書を紹介している。

 

それはファシスト・ドイツが全欧州を征服したのち、アジア、アフリカを併呑して、アメリカとの最終戦争に勝利するというもので、偶然にも石原莞爾の「世界最終戦争」の妄想に似通っているが、このあたりは原告側に立つソ連にとっても、きわどい場面ではあった。ドイツと共謀してポーランドを分割しているし、最近公開された旧ソ連資料からは、ドイツに攻めこむ予定のスターリン紙一重ヒトラーに先手を取られてしまったらしい内情が読みとれるからである。

 

歴史学者の見解は分れるが、最近ではヒトラーの行動は日本と同様に、投機性の強い場当たり的対応の連続だったという解釈に傾いているようだ。『わが闘争』の予言的部分も、書かれた時は「ボヘミアの伍長」(ヒンデンブルグ元帥)とさげすまれた「一私人の妄想」にすぎず、レアリストでもあった総統ヒトラーの陰謀構想は、絶頂期でも東方(ソ連)をふくむ全欧州どまりだったのではあるまいか。

 

CIA・MI6対KGB

・国家の生存には外国情報の収集分析機能(スパイ活動)が欠かせないが、大規模な破壊工作も担う能力を持ち実績もある情報機関は限られている。KGB旧ソ連)、MI6(イギリス)、モサドイスラエル)などが知られているが、有名度ではアメリカのCIA(中央情報局)が群を抜く。

 

・ではわが国はどうかというと、かつては日露戦争時の明石工作や満州国の建国など、それなりの実績をあげた日本の情報工作活動は、第2次世界大戦後はほぼ休止状態のまま現在に及んでいる。独立回復直後の1952年、CIAの下請け的機関として設立された内閣調査室(内側)も影が薄く、細々と公開情報を整理している程度にすぎない。

 かわりにスパイ防止法もない戦後日本は各国の情報機関が自由に活動できる「スパイ天国」と化し、時には荒っぽい暴力活動の舞台となった。東京のホテルに滞在していた金大中(のち韓国大統領)を拉致した韓国安企部(KCIA)、日本各地の海岸から13歳の少女などを拉致した北朝鮮の工作活動を見ても、防諜機能さえ働いていないことがわかる。

 

ユダヤと反シオニズム

キリスト教徒が全人口の1%、ユダヤ教徒は皆無に近い日本社会では、ユダヤ人に対する平均的な知識水準は久しく「ヴェニスの商人」に登場する商人シャイロックのレベルにとどまっていた。

 

・知らないものに偏見の生まれる余地はないというもの。この点はキリスト教が育んだ伝統感情のなかで、ユダヤ人に対する偏見を固定させた欧米人とは相違する。だが一方ではその日本で戦前・戦後を通じユダヤ陰謀論が流通し、一定の人気を集めているのは、ふしぎな現象といえよう。試みにヤフーで検索してみるとコミンテルンが13.3万件、フリーメーソンが72.6万件に対し、「ユダヤの陰謀」は123万件と首位に立つ。

 そもそも、ダビデ大王やソロモン王の繁栄を誇った古代ユダヤ王国が、ローマ軍の攻撃によりマサダの砦で全滅したのは紀元1世紀のことである。亡国のユダヤ人たちは世界中に離散したが、それから2千年、彼らは至るところで差別され、迫害されつづけた。

 

・では、こうした差別や迫害を正当化したいわゆる「反ユダヤ主義」は何を根拠にしていたのか。一般には、

(1) キリスト教社会によってユダヤ教が宗教上の異端とみなされたこと(歴史的にはキリスト教ユダヤ教の分派なのだが)。

(2) 流浪しつつも固有の信仰、風習を頑なに守ってキリスト教社会に同化しなかったこと。

(3) 商業、金融業を得意としたユダヤ人への職業上の偏見。

などが指摘されている。

 いずれも根拠のあやふやなものばかりだが、問題は反ユダヤ主義が、ヒトラーとナチ党による絶滅政策にまでエスカレートした点にある。その口実を与えたのが、発祥の地パレスチナユダヤ人の新国家を建設しようとするシオニズム運動だったのは否定できない。

 

・本文には「英米ユダヤ金権主義者」とか「共産主義ユダヤソ連」といった慣用句も出現するが、ついでにフリーメーソン論へ飛んで「その中核をなしているのはユダヤ人」で、「蒋介石、英国王のジョージ6世ルーズベルト米大統領はいずれもメーソンなので、お互いに助けあっている」と脱線してしまう(3人とも非ユダヤ人だが)

 しかし脱線ぶりの強烈さにおいては、三国同盟を推進したかどでA級戦犯にされた白鳥敏夫(駐イタリア大使)が、1944年に書いた次のような論調に比肩するものは他にあるまい。

 

 今度の戦争は本質に於ては日本の八紘一宇の御皇謨とユダヤの金権世界制覇の野望との正面衝突であり、それは邪神エホバの天照大神に対する叛逆であると共に、エホバを戴くユダヤ及びフリーメーソン一味のすめらみことの地上修理固成の天業に対する叛逆行為である。

 

<戦後期のユダヤ禍論>

・そうだとすれば、ユダヤ人の居住者がたかだか1千人ぐらい、読者調査でユダヤ人に会った経験を持つのは1%というわが国の読者は、「空想上の悪魔」(ベン=アミー・シロニー)が2つの大戦をひきおこし、第3次世界大戦で日本を滅ぼそうと狙っているという壮大なスケールの予言を楽しんでいるだけなのかもしれない。

 

フリーメーソン

ユダヤ禍論よりは地味ながら、根強い人気を保っているのが、フリーメーソン陰謀論だが、日本人にとってはどちらも実感が薄いだけに、混交してしまうことが多い。

「両大戦はフリーメーソンがひき起こした」

「この世を支配しているのはフリーメーソン、闇の世界政府」

小沢一郎や皇太子妃もフリーメーソンの一員……あと2、3年内には日本は完全に占領される」のような御宣託の「フリーメーソン」を「ユダヤ」にそっくり入れ替えた文献がやはり流通している。混交ぶりを見兼ねてか、ネット上では「多くのユダヤ人がフリーメーソンに加入しているので混乱が起きる。どちらでもない人はきわめて少ないのだ」という変な解説も見かける。

 

・しかし表3を眺めても一身でユダヤ人とフリーメーソンを兼ねた著名人は見当たらないようだと疑う人には、「麻生産業はメーソンの頭目ロスチャイルドの子会社」「麻生も鳩山一家もメーソン」と強引にたたみかける。

 麻生太郎元首相が麻生産業の一族であることは知られているが、ユダヤ金権の代表格として著名なロスチャイルドをメーソンの頭目に擬したり、麻生産業の親会社である証拠を見せてくれなどと要望しても無駄だろう。

 

・すべてテレビや新聞が報じない水面下の事象で、頭目でなくても黒幕のはずだ式の論法でかわされてしまうからだ。とどのつまりはユダヤコミンテルン、ロックフェラーなど複数の「悪魔」(陰謀組織)が合体しての大連立となってしまうのだが、メーソンが接着剤としての役割を果たしているのはそれなりの理由がある。

 第一は、秘密結社とされながら他の陰謀組織に比較すると透明度が高く、会則も「会員相互の特性と人格の向上をはかる」と当りさわりがない。中世末期の石工組合いらいの歴史的由来も明らかにされている。

 第二に、全体を統合する司令塔はなく、国別、地域別の本部(グランド・ロッジ)が統括し、所在地も公開されている。戦後の東京グランド・ロッジは旧海軍の水交社ビルに置かれ、マスコミの取材も拒否していない。

 第三に、加入条件はあり会員の階位も定められているが、閉鎖的とまでは言いがたい。

 

・メーソンの会員数は全世界で数百万人ほどでアメリカが最多を占め、日本は戦後すぐの頃には2500人いたのが最近は減って150人とも300人ともいわれる。いずれにせよ、微々たる数にすぎない。日本人第一号は幕末のオランダ留学生だった西周とされる。長崎の武器商人グラバーの関係で坂本竜馬がという風聞もあるが、会員名簿が見られないので水掛論になってしまう。

 

 

 

(2020/12/8)

 

 

『「臨死体験」が教えてくれた宇宙の仕組み』

木内鶴彦 普遊舎 2014/5/26

 

 

 

彗星捜索家(コメット・ハンター)

・私はアマチュアの彗星捜索家です。宇宙を観察して新しい彗星を発見し、世界に発表しています。

 新しい星には見つけた人の名前がつけられます。私は二度も新しい彗星を見つけ、自分の名前をつけることができました。また長年行方不明になっていた有名な彗星を再発見し、その功績を認められて、小惑星に「KIUCHI」の名前がつけられました。私の彗星捜索家人生はたいへん幸運だったと思います。

 その一方で、私の体は20代のとき、死亡するという特異な状態に置かれたことがあります。心肺停止、脳波もなくなり、医学的には死亡した状態で、私は驚くべき臨死体験を経験しました。そのとき見たもの、感じたことのすべてを、私は数十年たったいまでも鮮明に記憶しています。

 

トンネル、花畑、亡くなった人たち………

・ちょうどシャッターが閉まるように、パタンと意識がなくなりました。そして気がつくと真っ暗闇の中にいました。私は自分がどこにいるのかわからず、周囲を見渡しました。

 すると、そのとき、遠くに光が見えてきました。私は光源を目指して這いずるように動き出しました。不思議なことに、自分が這い回る感覚がはっきりと感じられます。

 

・しばらく行くと、ひじょうに大きな川に突き当たりました。私は「これが昔からよくいわれている三途の川かな」と思いました。光源は川の対岸にあって、ぼうっと全体を照らしているように光っていました。とにかくあそこまで行ってみよう。私はそう思って、船渡を探しました。

 

・どれくらい時間が過ぎたでしょうか。ふと頭をもたげると、15メートルから20メートルくらい離れたところに焚き火のような明かりが見えました。しかもそのあたりに、まるでかげろうのように人のシルエットが揺らいでいるのです。ゆらゆらとしたシルエットは4、5人見えます。

 すると、そのうち一人が私に近づいてきました。喪服を着た中年の女性でした。そのとき私は女性が誰だかよくわからなかったのですが、あとになって、私が生まれて間もなく、若くして亡くなった私の叔母に瓜二つだということがわかりました。

 それはともかく、喪服の女性は私に向かって、「鶴彦、おまえ、何しに来た?」というのです。でも私に答えられるはずがありません。私だって自分の状況がわからないのですから。

 まごまごしていると女性は私を焚き火のほうに連れていきました。そこにはおばあさんが二人、おじいさんが一人、青年が一人いました。

 お年寄りたちが誰だかわかりませんでしたが、青年の顔を見て、私はびっくりしました。何年か前にブルドーザーにはさまれて、20代の若さで亡くなった私の従兄弟だったからです。私たちは再会を喜び合いました。

 ごく自然に、私たちは親戚や叔父の話題に花を咲かせていました。すると喪服の女性が私に近づいて来て、「ついておいで」というのです。

 私は従兄弟たちに別れを告げ、女性のあとに従いました。しばらく行くと、前方になだらかな丘が見えてきました。木はまったく生えていない、草原のような丘です。

 女性はその斜面をどんどん登っていきます。丘の頂上の稜線の向こう側には、金色に輝いている空がふわっと見えています。丘の反対側はこちらよりはるかに明るいようです。

 ついに頂上まで到達すると、向こう側はあたり一面の花畑でした。なだらかなスロープが続き、そこかしこに花が咲き乱れているのです。何の花かわかりませんが、とてもいい香りがします。

 空を見上げると、天には金色の大きな光がありました。その明かりのせいで、あたりは金色に輝いて見えます。

 

そのまま私はなだらかな丘を下り続けました。そしてふと気がつくと、いつのまにか、喪服の女性がいなくなっていたのです

「あれ、どうしたんだろう。どこに行ったんだろう」。心配になって周囲を見回しているうちに、突然、フワッという感じで目が覚めました。ちょうど夢から急に覚める感じです。私はベッドに寝ている自分に戻ったのです。

 

肉体を離れた「意識」に「自分」がある

・私の上にはライトと点滴があって、横には母が座っていました。

「いまのあれは何だったんだろう。俺は夢を見ていたのかな。俺は生き返ったのかな」

 そしてふとあることに気づきました。あれほど苦しかった全身の痛みが嘘のように消えていたのです。

 

・「あれ?」と私は思いました。自分はベッドサイドで起き上がり、父の前にいる。なのに、体だけはベッドで寝ている。「これはどういうことだろう?」

 そういうとき「自分」という主体は体ではなく、意識のほうにあります。だからベッドで寝ているのは「自分」ではなく、木内鶴彦そっくりな別の人がそこにいるという解釈しかできません。

 私は父と一緒に寝ている私を見つめました。そして横にいる父に向って「おやじ」と呼びかけようとしました。すると突然、私の意識は瞬間移動し、父の目線からベッドの上に寝ている“私(木内鶴彦)の肉体らしきもの”を見ていたのです。つまり、父の体の中に入ったのです

 

・この世界が縦、横、高さの3次元だとすると、時間軸を加えた(つまり過去にも未来も自由に行き来できる)空間が4次元、そして「意識」が加わった(つまり意識が自由に移動できる)世界が5次元だと思います。人間は死ぬと5次元に世界に行くのではないでしょうか。

 

未来に行ってみてきた映像は現実に起こった!

・もう一つ見えた未来はじつに不思議でした。写真が二重写しになったように、二つの場面が重なって同時に登場したのです。一つは年を取った私が、場所はわかりませんが、子どもたちと一緒に望遠鏡を覗きながら、楽しそうに星の話をしている場面です。

 二重になっているもう一つの場面は廃墟になった町を、やはり年老いた自分が呆然と歩いているところです。何が起きたのかはわかりません。あたりには焼け焦げて死んだ人や怪我をした人たちが横たわっている。その中を私はなすすべもなく歩き続けているという不吉な場面でした。

 ちなみに最初の広い畳の部屋で会議をしている未来は、すでにもう実現されています。

 22歳のときの臨死体験から18年後の1994年、私たちは高野山で開かれた「世界将来世代京都フォーラム」に招かれて、講演を行うことになりました。

 

・臨死状態で見た未来は現実になりました。実際に私はあのとき未来に行っていたことがこれで実証できたわけです。

  ということは、もう一つ見た二重写しになっている未来はどうなるのでしょうか。老人の私が子どもたちに星について語っている平和な未来と、破壊された町を彷徨う不吉な未来。

 おそらくこの未来はまだ定まっていないのではないでしょうか。未来には「最良の未来」と「最悪の未来」があり、どちらを選択するかは現在の私たちにかかっているのではないかと思います。

 

珍しい症例として学会でも報告される

・未来や過去、ありとあらゆる場所に瞬間移動しながら、ものすごい勢いで旅をするのは、言葉に尽くせないほど楽しい体験でした。でも、私が肉体を持つこちらの世界に戻るときがやってきました。

 

第一次臨死体験と第二次臨死体験がある

・私にとって臨死体験ははっきりと二つに分けられます。すなわち、心臓が止まる前の洞窟や花畑の丘にいた体験、これを第一次臨死体験とすると、心臓が止まったあと、意識だけになって時空を移動した体験は第二次臨死体験といえます。

 

中国語で話しかける医師に通訳なしで返答する

・私の意識が過去に飛んでいる間も、病室では肉体を蘇生させようと、医師や看護師たちによる必死の努力が続けられていました。

 

・その最中、とても不思議なことが起きました。病室で医師たちは中国語で話しています。私は中国語はまったくわからないのですが、医師たちの言葉が日本語と同じようにはっきりと“わかった”のです。

 

・こうして1カ月半に及ぶ入院生活を送ったあと、ようやく私は日本に戻ることができました。日本でもう一度検査を受けると、中国では肝移植しか方法がないとまでいわれた重症の肝不全が、その前段階の状態に戻っていたのです。

 肝臓は一度悪くなると、それ以上悪くなることはあっても、よくなることはない臓器です。ましてや一度肝不全に陥り、肝移植しか方法がないとまでいわれた重症の肝不全が、その前段階の状態に戻ることはありません。

 不思議なこともあるものです。

 とにかく、こうして私は一度ならず二度、三度と臨死体験を経験することができたのです。

 

あの世は5次元でできている

臨死体験を経て、私が得たのは膨大な知見でした。22歳のときは私の頭では整理しきれず、パンク状態のまま放置していたのですが、「彗星捜索家」として宇宙と向き合ったり、多くの知遇を得て、さらに自分でも勉強を進めるうちに、「あのとき見たあれはこういうことだった」ということが、ジグゾーパズルのピースをはめ込むように明らかになっていたのです。

 

・これからお話しするのは、私が臨死体験の中で見てきたり、検証してきたさまざまな事実です。しかしあくまでも「私の体験で」という条件がつきます。ですから現代の科学や物理学の方法で証明せよ、といわれても私にはできません。

 

・まず私たちが住んでいるこの世界についてお話しします。私たちは縦、横、高さで構成される3次元の世界で生きています。1次元の世界は点、2次元の世界は縦と横の平面でできています。1次元の世界からは2次元の世界が見えませんし、2次元の世界からは3次元が見えません。

 もし私たちが平面だけの2次元の世界に住んでいたら、「高さ」は見えません。そういう世界があることすら想像できないでしょう。ということは3次元以上の世界があっても、私たちには想像することが難しいということを、まず念頭に置いてください。

 

・目に見えないが、時間はある。したがって、縦、横、高さの3次元の世界に時間を加えた4次元の世界があることまではわかります。これは現代の物理学でも証明されている事実であり、最近では時間を移動する粒子の存在の可能性も発表されているようです。

 しかし私が臨死体験で経験したのは、3次元でも4次元でもなく、さらにその上の5次元の世界でした。5次元の世界が何で構成されているのかというと、縦、横、高さ、時間に「意識」を加えたものです。

 私たちは3次元の世界にいるので、4次元、ましてや5次元の世界を想像するのは至難の業です。でも臨死体験で私が経験したのは3次元や4次元の世界をさらに取り囲む「意識」の存在であり、それが全体のもとになっている5次元としかいいようがない世界でした。その「意識」とは3次元の世界で私たちが感じている自分の「意識」とは違う。もっと高次元のものです。個々の意識や感覚などどうでもいい。それらを超えた大いなる「我(われ)」という感じ。

 

「膨大な意識体」で共有されるとてつもない情報

・人は死に際して、まずはトンネルや光、お花畑など第一次臨死体験を経験します。これらは前にも説明した通り、脳内の生体反応によるものだと思われます。そして心臓が停止し、意識が肉体と離れる第二次臨死体験の状態になったとき、この「膨大な意識体」の存在を感じるのです。

「膨大な意識体」の正体が何であるのか、私にも見当もつきません。しかしどこか懐かしい感覚もありました。おそらく人は「膨大な意識体」から生まれてきて、ふたたび「膨大な意識体」に戻るのではないでしょうか。

 

宇宙は「膨大な意識体」のひずみから生まれた

・私たちのふるさとは「膨大な意識体」です。そこから私「木内鶴彦」は生まれてきて、やがてまた「膨大な意識体」に戻っていきます。

 

・「膨大な意識体」があるのは5次元の世界です。その様子は、3次元の言葉で表すなら、空間ともいえますし、ガスのような存在ともいえます。5次元の世界ではすべてを「膨大な意識体」が満たしており、バランスがとれた完全な世界をつくっています。

 

死は意識が形を変えるだけのこと。恐れることではない

・水蒸気が冷えて水になったり、氷になったり、雪になる。それと同じように、「意識体」が変化して、3次元のいろいろな物質が生まれたのです。

 この説明だと、物質がなくなるとき、「膨大な意識体」に戻るという理屈もスムーズに納得できます。

 雪や氷や水の形(=肉体)をしていた私たちは、死んで目に見えない水蒸気(=意識)になり、空間を満たす。死は意識が形を変えるだけのことですから、怖いことでもなんでもないというわけです。

 

輪廻転生や前世の記憶はひずみによってもたらされる

・さらにつけ加えておきますと、私が臨死状態のとき、なぜ「膨大な意識体」に吸収されないで、「木内鶴彦」のまま情報にアクセスできたのかというと、やはり知らない間に“ひずみ”を利用していたからです。

 心肺停止になり、意識が肉体から離れたとき、私は自分の意識を過去や未来に飛ばしてしまいました。そうやって意識を「いま」からずらしたために、意識の空間に微妙なひずみが生まれたのです。

 

意識はミトコンドリアの中に存在する

アミノ酸に電子的なスパークが加わって誕生した初期の生命は、生命ではありましたが、物質に近いものでした。単細胞で動き、単細胞で死んでいく。そこに細胞同士の連携や情報交換は必要なかったからです。

 しかしミトコンドリアが登場すると、生命は複雑な進化を遂げるようになります。

 ミトコンドリアは初期の細胞が誕生した頃、その生命と共生していた好気性の細菌だったといわれています。つまりミトコンドリアは、外からやってきた存在です。細胞が単細胞から多細胞に進化する際に、細胞内に取り込まれ、細胞の生命活動を助ける働きをするようになりました。

 ミトコンドリアの重要な働きはエネルギーの創出と情報伝達です。まずエネルギーに関していうと、細胞内に運び込まれた酸素はミトコンドリアによって糖や脂肪と結びつき、熱量となります。ミトコンドリアは生体活動に欠かせないエネルギーをつくっているのです。

 

・なぜミトコンドリアにそんな力があるのか。私は大胆な仮説を立ててみました。ミトコンドリアこそが、「膨大な意識体」につながるものであり、私たちの意識をつなぐもの、私たちが「膨大な意識体」からやってきた証拠なのではないかという仮説です。つまり私たちの意識はミトコンドリアにあるのです。

 

・もしミトコンドリアが「膨大な意識体」が形を変えたものであれば、ミトコンドリアは「意識」ですから、お互いがテレパシーのようにつながっていて、情報が共有され、交換されるのは当然です。だからたった一つの細胞から人間のような複雑な生命体をつくることができるのです。

 それぞれの細胞のミトコンドリアが情報のやりとりをしながら合成されたものが、私たちのいまの体です。そして脳はミトコンドリアから提供された情報をしまっておいたり、演算したり、計算処理をして、体の各部署に命令を飛ばすところに過ぎません。だから脳に心はありません。意識もありません。

 

ミトコンドリアが「膨大な意識体」とつながっているとすると、理屈の上では、ミトコンドリアを通して、自分以外の他人とつながることはもちろん、時空を超えてよその天体からの情報をもらうこともできるはずです。過去や未来とつながることもできるでしょう。

 現実に宇宙人とやりとりしている人もいるかもしれないと私は思います。あるいはよその天体から情報を飛ばしている可能性もあります。私たちが鈍感になっていて、情報を受け取れないだけで、私たちのミトコンドリアの中にはちゃんと情報を受け取っているものもあるかもしれません。

 それらのミトコンドリアが、あるときは直感として、あるときは夢という形で、宇宙からの情報を伝えたとしてまったく不思議ではないと私は思っています。

 

1万5000年前まで地球には月はなかった

・中国での臨死体験の最中、私は地球で生命が誕生したときまでさかのぼってみました。放射線のスパークが起きたり、放射線をえさとする生命体が生まれたり、単細胞から多細胞へ生命が進化していく様子を見てきたのですが、そのとき記憶がよみがえったのは、22歳の臨死体験で垣間見た原始の地球には月がなかったということです。

 

・当時、人間はすでに高度な文明を築いていました。地球の環境を破壊しないよう、自然と共生しながら知恵と哲学と技術を持って暮らしていました。

 ところがいまから1万5000年前に巨大彗星が太陽に近づくという恐ろしいことが起きました。巨大彗星の内部には圧力によって結晶化された大量の水や氷がたくわえられていました。それが太陽の熱で一気に溶かされたために、莫大な水蒸気が発生したのです。地球の軌道がそこに近づいたとき、気化した水蒸気は地球の引力に引っ張られ、大量の水分が地上に降り注ぐことになりました。

 地上の多くは海の中に沈み、高度な文明も滅びてしまいました。アトランティス大陸の消失やノアの大洪水などの伝承が残っているのも、このときの洪水が物語として伝えられているからではないでしょうか。

 そして軽くなった巨大彗星は軽石のような塊となり、地球の重力に引っ張られて、地球の周りを周回する衛星になったのです。それが月の正体です。

 

月を見ると、すべての生物は不安になる

・ところが月ができてからは、地球に近い月からのエネルギーによる影響を強く現れるようになりました。月は28日の周期で地球の周りを一周します。すると月のエネルギーがもっとも強くなる満月や新月の日に、人間は何ともいえぬ不安に襲われるのです。おそらく月の引力に引っ張られる恐怖心を覚えて、心がざわつくのでしょう。

 女性の整理も年一回から、月一回に変わりました。それまでは年一回だったものが月ができてからは、毎月一回、不安感から情緒不安定になったり、イライラするようになったわけです。交通事故が満月の前後に多いことや犯罪が活発になるのも、月と無関係ではないと思います。