(2022/1/14)
『「強い日本」をつくる論理思考』
データを重視しない議論に喝!
デービッド・アトキンソン、竹中平蔵 ビジネス社 2021/8/4
<「論理思考」が欠落した日本>
<世の中の理不尽なこと>
・考えてみれば、今の日本の社会には、確かに不条理と感じることがたくさんあります。私は長年、経済の問題を中心に政策の研究をしてきました。そして小泉内閣の5年5ヵ月、政府の経済政策の責任者として仕事をしました。
その間、「これはおかしい!」という問題のいくつかを解決するよう取り組みました。不良債権の処理や郵政民営化などが代表的な政策の成果ですが、その過程では多くの反対に遭いました。バブルが崩壊した後はバランスシートを調整するのは論理的に当たり前の話で、多くの国でこれを行ってきました。
そして民間でできることは民間でやるのも、論理的に考えれば当然の話です。
・そしてこうした問題の根底にある省庁間の「縦割り」解消を、まず実行しようとしています。
<論理的に考えない人>
・少し考えてみましょう。世の中にこのような理不尽なこと、納得できないおかしいことが、なぜ解決できないまま放置されてきたのでしょう。
この対談を通じて、私は以下のような三つの理由があると感じています。
第一は、極めて基本的な問題として、残念ながら今、国民一人ひとりが、社会の問題をしっかり論理的に考えていないのではないか、という点です。例えば、昨年来世界をそして日本を悩ませてきた新型コロナウイルスの問題です。
日本ではしきりに「医療崩壊の危機」という言葉が使われます。
・しかし「論理的に」考えれば、これはおかしな話です。なぜなら、日本は人口あたりの病院ベッド数が世界一多い国です。
・しかし多くの人々はこの問題を無視し、感染者数が増えたか減ったかという表面的な現象に目を奪われてきたのではないでしょうか。要するに一人ひとりがもっと問題の本質を捉え論理的に考えることが、社会を良くする基本条件だと思います。
・「日本の大学(とくに文系)を出た人の論理的思考力が、あまりに低いことに驚いた」
<既得権益者の抵抗>
・社会全体として、さまざまな重要問題(コロナ問題、財政問題、格差問題など)の本質を捉え論理的に考えることを阻んでいるもう一つの要因があります。それは先に述べたように、今の「おかしな」制度で特別な利益を得ている企業や個人が存在し、彼らが論理的に正しい政策を妨害することです。
<世論の移ろい>
・論理思考に基づく政策や制度がなかなか実現しない第三の要因は、世論の移ろい易さです。もっと具体的に言うと、甚だしく論理思考にかけたワイドショー、それを面白おかしく拡散するSNSによって、かつてなかったほどに世論にバイアスがかかり易くなっているという事実です。
<日本を強くしたくない「既得権者」との戦い>
<「世の中を変えたくない」人たち>
・2020年10月、菅義偉内閣の成長戦略会議の一員となって以降、私は日本の経済成長に向けて、さまざまな政策提言を行ってきました。その中で痛感したのが日本には既得権益を守りたい、世の中を変えたくない人たちが、いかに多いかということです。
日本経済はこの30年、まったく成長していません。給料も上がらず、貧困者数が激増して、国の借金は増えるいっぽうです。少子高齢化は今後さらに進行し、生産年齢人口が減っていくのに対し、高齢者の増加による負担は増えていきます。これを放置すれば10年後、20年後の日本は、さらに深刻な状況になります。
これを解消するための唯一の方策が生産性の向上で、中でも重要なのが日本企業の99.7パーセントを占める中小企業の生産性を高めることです。
<誰が経済成長を妨げているのか>
<世界のインフレ率の低迷と労働分配率の劇的な低下>
・また世界的な流れとして、企業は労働分配率を下げる一方で、その分だけ設備投資を増やしていないので、貯蓄を劇的に増やしています。結果として起きているのが、企業の設備投資が相対的に減ったことによる内需不足です。
・日本では、内部留保を問題にする人が多いですが、正しく評価すると、結果として内部留保が悪いのではなくて、内部留保がたまるメカニズム、その原因にこそ対策を打つべきです。
<所得が低下する中での再分配機能を考える>
・お話を伺っていて、とくに重要だと感じたのが、世界的に労働分配率が下がっていることです。
・投資機会が減少しているのに、貯蓄はある。すると貯蓄と投資を均衡させる実質利子、つまり自然利子率を計測すると、なんとマイナスになっている。これは極めて深刻な、世界的な長期的停滞の過程に入っていく可能性を示します。それがここへ来て、現実に現れてきていると思います。
・それが最低賃金の引上げなのか、ベーシックインカム(最低限生活保障)みたいなものなのかさまざまな考え方があります。所得再分配をやりながら財政を正常化させていく。これが、これからの重要なポイントになると思います。
ただし日本の場合、富裕層に対する税率が極めて高いという問題があります。すでに55パーセントになっていて、さらに上げるとなれば富裕層は海外に出て行くでしょう。日本の税制の特徴として、中間所得層の税率が非常に低いことがあります。中間所得層にもう少し税金を払ってもらい、それが低所得者のところに行くのが、本来あるべき所得再分配です。しかし政治的にこれは非常に難しいのです。
<まずは「中小企業」の企業規模を大きくする>
・とはいえ、一口に「中小企業」と言っても、規模はまちまちです。従業員数が何百人という中小企業もあれば、10人未満の零細企業もある。中小企業にも規模の経済が働くところと、そうでないところがあります。
そう考えると、ただ中小企業に補助金を出せばいいのではなく、さまざまある中小企業について、まずは補助金を活用できる規模にまで大きくする。それが先決だと思うのですが、この議論は非常に批判されています。
<日本には経済全体を底上げする余地がたくさんある>
・以上のような状況を鑑みると、例えばソニーやパナソニックのような大企業の生産性を10パーセント上げるのは難しいですが、中小企業の生産性を10パーセント上げるのは、そう難しくありません。その意味で中小企業の生産性が低い日本は、経済全体を底上げする余地がたくさんあるのです。
<日本の生産性を最も高められるのは中小企業>
・日本では国民の7割が中小企業で働いています。この比率は先進国の中でかなり高い。となると、国全体の生産性を高めたければ、労働者の大半が働いている中小企業の生産性を向上させなければなりません。
中小企業を無視して生産性向上を考えるのは、物理的に不可能です。
・私が中小企業に最も注目するのは、あまりにも日本の中小企業の生産性が低いからです。
<日本にSPAC市場を作る>
・そうした中、最近、成長戦略会議で始まった議論が、スタートアップ企業育成のためのSPAC(特別買収目的会社)の解禁です。SPACはスタートアップ企業の買収を目的に設立する会社で、上場するまでの期間が短縮できることなどから、アメリカなどで注目を集めてきました。
<日本でも今後も設備投資が増えない二つの根源>
・日本で企業の設備投資が減っているのは確かです。個人消費で見ると、日本は1994年から2018年までの24年間で、19パーセント増えています。「日本のデフレは個人消費が弱いから」と言われますが、実際は19パーセント増えているのです。
・そうした中、どういう設備投資が残るかというと、まだ普及されていないもの、つまりはイノベーションにまつわるものです。他の先進国ではイノベーションが進み、そこへの投資が増えていますが、日本ではイノベーション自体が進んでいません。これが二つ目の理由で、日本特有の問題です。
<求められるのは無形資産への投資>
・だからこそここで、無形資産に対する投資を、統計上もきちんと位置づける必要があると思います。
<世界に遅れをとる日本の高等教育>
<日本の教育のどこが問題か>
・日本の教育問題として、大学を出るまでは文部科学省の管轄なのに、その後の人材育成は厚生労働省という点が挙げられます。「学校教育は文部科学省」「職業訓練は厚生労働省」と完全に縦割りで、両者がシームレス(連続)になっていません。
そのため卒業後も必要に応じて教育を受ける、いわゆるリカレント教育の制度が整っていません。日本人の寿命がどんどん伸びていますから、リカレント教育についても、もっと重要視する必要があります。
<新しい奨学金制度で勉強しない学生が増える>
・にもかかわらず日本では、2020年から新しい奨学金制度を開始しました。世帯収入の基準を満たしていれば、大学や専門学校の授業料や入学金を免除、または減額するというものです。要は奨学金を貸し付けではなく、贈与にする。これにより救われる人もいるのでしょうが、一方で、ますます勉強しない学生が増える可能性もあるのです。そうなれば、とても残念なことですね。
<改革は中途半端でなく、徹底的に>
<郵政民営化は失敗だったか>
<構造改革は、なぜ中途半端に終わったのか>
<生産性が上がらないのは、改革が不十分だから>
・ただ反省なり、残念に思うところは、いくつかあります。一つは郵政民営化が進んでいく過程で民主党政権に代わり、郵政民営化の動きが止まってしまったことです。
・もう一つうまく行かなかった事例として、「規制のサンドボックス(砂場)」というのがあります。これは企業が新しい技術を活用したサービスを始めるにあたり、現行法の規制を一時停止して実証実験するための制度です。イギリスやシンガポールではすでに実施されていて、私もシンガポールに視察に行きました。
安倍内閣時代に私が提言して2018年に実現しましたが、期待外れに終わりました。
<規制緩和の一方で新たな規制も設けたイギリスのビッグバン>
・よく「改革を進めたからダメになった」と言う人がいます。でも、私は逆の考えです。中途半端に改革を進めると、たいてい逆効果になります。徹底的に「やる」か「やらない」かのどちらかにすべきです。
<「民営化は失敗」と言うのは既得権益を守りたい人>
・また官営事業は非常に大きな既得権益が存在する世界だから、既得権益を守りたい人は必ず「民営化は失敗だった」と言います。
<中小企業の生産性はもっと上げられる>
<中小企業改革の意図とは>
・デービッド・アトキンソンさんはかねてより中小企業改革の必要性を提言されています。最終的な改革提言として、「最低賃金の引上げにより、いい意味での淘汰を進める」というものがありました。
<中小企業の定義は「500人未満」にすべき>
・日本の生産性は低く、IMFが発表しているデータをもとにした2019年のランキングは、世界で28位です。これは大手先進国としては最低水準です。
・例えばアメリカでは、労働者の54パーセントが大企業で働いています。これに対し日本では2割前後しか、大企業では働いていません。
<最低賃金を引き上げるだけで生産性は高まる>
・また、なぜ最低賃金の引き上げが重要かについても、経済学の基本に戻ればわかります。近年増えてきた非正規雇用によって、企業は安くてよい人材を気軽に採用できるようになりました。それが労働者派遣法のせいなのかはわかりませんが、事実としてそうなっています。
・非正規雇用の場合、必要がなくなれば、いつでもクビを切ることができます。いずれいなくなる社員に対し、企業は積極的に教育をしようとはしません。むしろ教育投資を抑えるようになります。
・経営者としては、面倒くさい技術革新をするよりも、非正規社員を雇い、「あなたは三日働いてくれればいい」「あなたは明日から来なくていい」などとやっていたほうが楽です。経営者として利己的に考えたとすれば、人を安く適当に使える非正規雇用はありがたいのかもしれません。しかし、社会全体を考えれば、雇用への影響のバランスを取りながら人を安く調達することはやめるべきです。
・もう一つ賃金について言うと、この間まで日本はデフレでした。だから賃金が安いと言っても、実質賃金はそれほど下がっていません。そこが最低賃金の引き上げを邪魔していた一つの要因だと思います。
・現実問題として日本の最低賃金は国際的に見て低く、社会保障の観点からも、もっと上げるべきです。
・もう一つ最低賃金に関連して議論すべきなのが、外国人労働者の問題です。日本で賃金が安く、生産性が低い業態や企業が温存されている理由の一つに、「技能実習生制度」があります。技能実習、つまり「研修」の名目で実質的にすごく安い賃金で外国人労働者を雇用している。そんな農業従事者や中小企業は少なくありません。
このようなまやかしは、やめるべきです。日本は今後、少子高齢化社会で、絶対的に人が足らなくなるので、外国人労働者を活用することには賛成です。とはいえ安い技能実習生のような形で入れるのは、問題です。外国人労働者をきちんとした労働力として、適切な賃金で雇う。これを同時に行っていく必要があります。
<決め方が不透明すぎる最低賃金>
・ご指摘のように最低賃金引き上げがなかなか進まないのは、労働市場をある程度、規制緩和した結果と言えます。その緩和が経営者にとって賃金を抑え、労働分配率を下げる方向につながっている。まさに「モノプソニー」の問題です。
モノプソニーは、日本語で「買い手独占」という意味です。経済学では、「一人の買い手が供給者に対して独占的な支配力を持つこと」と定義されています。
<まずは二重の最低賃金を設けてもいい>
・今、「各都道府県の最低賃金を決めているのが社会学者で、社会保障として決まっている」というご指摘がありました。この最低賃金が経済政策としてきちんと組み込まれなければ、日本は次のステップに行けない。
これは今回の対談で、重要なポイントの一つだと思います。
現状を変えるため、まずは二重の最低賃金を示すやり方もあります。
<「これ以上の最低賃金引き上げは無理」はまやかし>
・労働分配率には役員報酬が入っています。私は、労働分配率に役員報酬を入れることに問題を感じなくもないのですが、問題は日本の小規模事業者では役員報酬が、人件費の38.2パーセントを占めていることです。大企業の平均はたった2.8パーセントです。従業員だけの労働分配率で計算すると、大企業の労働分配率52.5パーセントに比べて、小規模事業者の労働分配率は80パーセントどころか、51.5パーセントです。ほとんど変わらない。
小規模事業者の場合、税制のインセンティブが働くので、労働者に賃金を払ったら、残りを自分たちの役員報酬として分配するところが少なくありません。だから70パーセント弱の日本企業は赤字なのです。
<政治的に難しいのが賃金問題>
・小規模事業者の話はご指摘のとおりで、だから資本と経営を分離していない会社の場合、役員報酬を「企業利潤」と見なすこともできます。そうなると実際の労働分配率はもっと低いことになり、労働分配率はまだまだ上げる余地があるということですね。
<日本に欠けている「競争戦略」の視点>
<「中小企業を守れ」のどこが間違いか>
<ルール適用が猶予され過ぎている中小企業経営者>
・非正規雇用は、経営者、中でも中小企業経営者による規制緩和の悪用の典型的なケースです。例えば昨日まで正規雇用だった人を突然、非正規雇用にする。非正規雇用にすれば、相対的にクビを切りやすくなるし、雇用保険などにも企業側は払わずにすみます。
<解雇問題を金銭で解決するルール作りを>
・今の日本には、解雇する対価として金銭を支払う際のルールがありません。金銭解雇のルールがないのは、OECDの中では日本と韓国だけです。既存の労働組合という、ものすごく強い特権階級が存在し、彼らがルールを作らせない。そういう不均衡の中にあります。
<結局の問題はインセンティブ>
・ただ一概に、中小企業の経営者だけが悪いとは言えないのも確かです。経営者の仕事は、今あるシステムをどう使って利潤を出すかが重要です。
非正規雇用を悪用できる、穴だらけのシステムを作った人が悪いのか、そのシステムを使う人が悪いのかと言うと、やはり設計ミスをした人に
問題があるでしょう。
<赤字企業ほどメリットがあるのが補助金>
・中小企業について、もう一つ考えなければならないのが補助金の問題です。国から中小企業に支給される補助金は、非常に大きなものがあります。最低賃金を引き上げても、その分を補助金で補うことになれば、企業の負担は相殺され、生産性向上のインセンティブは働きません。
ただ中小企業に対する補助金は、何十年も政策を研究している私にも、よくわからない部分がたくさんあります。
<補助金を与えるべきは国策に沿った企業の行動>
・経済政策の基礎として考えれば、どういう企業にどこまでの補助金を出し、どのようなインセンティブをもたらすかについて考え直すべきだと思います。
・これからの時代には、規模に基づく支援ではなく、行動に基づく支援が必要です。例えば国策で決めたICT投資をやる企業については、補助金を支給する。そうすることで国策の方向に誘導するのです。
<なぜインセンティブの「期限付き」を政治家が好むのか>
・おっしゃるように、今の制度は従業員数を増やしたり、生産性を上げることに対してディスインセンティブを与えています。政府が求める方向に進まないためのインセンティブになっています。
・制度の変更には、政治家や官僚の裁量が大きく関わってきます。減税にしても日本の減税は、法人税率そのものを抑えるのではなく、特例的に償却限度額を大きくする特別償却という形が好まれてきました。そのあたりは政治の問題が、少し絡んでくると思います。
・これに対し政府では今、中小企業のM&Aについて税制上の優遇措置を受けられる仕組みを検討中です。これは政府の方向転換でもあり、これまでの「小さければ小さいほどいい」というやり方の弊害に気づいているのだと思います。M&Aを増やすことで、企業規模を大きくしやすい選択肢を用意するというわけです。
<日本の労働市場をどう見るか>
・中小企業の話と絡んで、もう一つ考えたいのが日本の労働市場です。すでに出たように日本の中小企業の働き方は、労働基準法がきちんと適用されていないところにも問題があります。
<「終身雇用・年功序列」は日本だけではない>
・日本の労働市場については、あまり懸念していません。「終身雇用・年功序列」は、海外でも大企業は同じような傾向があります。例えば私がいたゴールドマン・サックスは、中途採用が大嫌いでした。
<倒産以外は解雇が難しい日本>
・日本にしても「終身雇用・年功序列」が当てはまるのは、大企業に勤める2割弱程度です。日本の中小企業は、まったくそうではありません。外資系企業も違うでしょう。ただ日本の場合、解雇規制の問題が大きいのは確かで、そこは海外とは決定的に違います。
<日本のほうがリストラが簡単な部分もある>
・もちろん日本の法律家でのリストラの難しい面もありますが、同様に諸外国にもそれぞれ、解雇にあたって難しい事情があります。たとえば、アメリカでは、リストラにあたって誰を選ぶかは、年齢、人種や性的志向なども考慮しなければなりません。
白人が何パーセント、黒人が何パーセント、女性が何パーセント、レズビアンやゲイは何パーセント、シングルマザーは何パーセントといった具合で厳密に決めねばならないのです。
<同一労働同一賃金の徹底も重要>
・この点からも、やはり解雇のルールをきちんと作り、加えて「同一労働同一賃金」を徹底させる。中小企業についても、大企業と制度的な差がないようにしなければなりません。さもなくば、労働の流動化は起こりません。
<気に入らない人を窓際に追いやる日本の中小企業>
・私は言われるほど、日本で大企業と中小企業に明確な差があるとは思いません。「解雇の4要件」による訴訟リスクがあるといっても、実際に訴訟されるケースは稀です。一方アメリカは解雇するたびに訴訟になります。そういう会社は「レイシストの会社」などとレッテルを貼られますが、経営者はもう慣れています。
<大企業と中小企業で差別のない制度作り>
・できるだけ自由な働き方、雇い方を認める。そして、それぞれの働き方、雇い方の中で差別がない制度を作り、運用する。そのあたりが未整備なのが、とくに今の第四次産業革命という新しい流れに日本企業がなかなか対応できていない要因だと思います。
<日本のコーポレート・ガバナンスの問題点>
<日本のコーポレート・ガバナンスをどう見るか>
・もう一つ私が危惧している問題が、コーポレート・ガバナンスです。日本企業で新陳代謝が進まない理由として、今お話しした労働市場の硬直化に加え、コーポレート・ガバナンスの問題があると思います。
日本の企業がコーポレート・ガバナンスの制度を強化すると、株価が上がります。
<効果が限定的な日本のコーポレー・トガバナンス議論>
・ただ日本の上場企業は1万社もありません。せいぜい4、5000社でしょう。99.7パーセントの日本企業はオーナー企業です。オーナー企業にこのガバナンスコードはまったく適用されません。取締役も、ほとんど身内取締役です。
<弟分みたいな人だけを取締役にする日本の社長>
・では今、社外取締役をどのような人が務めているかというと、役人の天下りの延長みたいになっているケースも少なくありません。もちろん、きちんと機能している企業もありますが極めて稀です。
<社外取締役を“仕事”にする人もいる>
・昔は「顧問」だったものが、「社外取締役」という名前に変わったのですね。また、「社外取締役が仕事」のような人も、けっこういます。
<形式的な社外取締役も問題>
・現実には、社外取締役をバックアップする予算も事務局もないなど、形式的なものにとどまっています。中小企業の話が最も重要というのは、おっしゃるとおりだと思いますが、大企業ですら生産性が上がらない仕組みがたくさんある。
<必要なのはガバナンスではなく競争戦略>
・社外取締役に期待する役目についても、せいぜい「ないよりまし」という程度です。次の社長を誰にするかという時、「他社にやられないためには、誰がベストですか」と考えるだけですから。
・本来は競争して生産性を高めるべきなのに、それを言うとバッシングされてしまう。
<育成機関と監督機関を分離する>
・また公正な取引を促す機関である公正取引委員会が、霞が関で非常に弱い立場にあるという問題もあります。
・では具体的に、どのような競争政策を取るべきか。例えば総務省については、許認可と規制監督を分ける。とくにプラットフォーマーやデジタルなものについては、個人情報保護も絡むので、競争政策が非常に難しいものになっています。まずは許認可と規制監督に分け、そこから進めていくことが大事だと思います。
<アメリカで既存企業が伸びている理由>
・いずれにせよ、全体の経済成長率を高めるには、たんに新興企業が増えればいいという話ではなく、「既存企業をどうするか」ということこそが非常に重要です。
・そう考えた時、コーポレート・ガバナンスよりもコーポレート・ディシプリン(規律)やコーポレート・マネジメント(管理)のほうが重要だと思います。
<規律を高める制度作り>
・重要なのは規律を高めることであり、コーポレート・ガバナンスの制度作りは、そのための中間目標だと思います。
・また規律の問題については、やはり外からの多様性も入れていく必要があります。
<競争力をつけようとする会社ほど、周囲にあれこれ言われる>
・霞が関への発注法を変えることです。一般的には霞が関は、予算を取ることと、予算を消化することまでは真剣ですが、その成果物、とくに経済に対して貢献しているかどうかは案外追求していないことが非常に多いのです。
本来は、政府発注の制度を工夫することによって、経済の誘導ができます。しかし、霞が関は、業者に丸投げして、成果に対してまったく責任感がありません。
<第4次産業革命、成功のカギとは>
<第4次産業革命に日本はどう対応すべきか>
・国からのインセンティブとして、R&Dは増加分に対して一定額を控除するという制度が、期限付きですがあります。一方データベースについては、小さな補助金はありますが、制度として大きなものはありません。
またリカレント教育については、今は雇用保険制度で行っています。
<考えるべきは、AIやICTの普及率>
・日本の企業の84.9パーセントが、小規模事業者です。そして小規模事業者の平均従業員数は、3.4人です。そうした環境でAIやICTをどれだけ使うことができるのか。企業数の14.8パーセントを占める最も重要な中堅企業でさえも、平均従業員数は41.1人です。欧州の半分以下です。
<iPhoneで新しいライフスタイルが始まった>
・こうした在宅勤務やオンライン会議も日本の中小企業は、他の先端技術と同様に遅れています。その意味では、デービッド・アトキンソンさんの指摘も正しいと思います。
じつはもう一つ、在宅勤務が進まない理由として、日本の賃金が労働時間によって測られ、支払われていることがあります。労働の成果によって測るシステムになっていません。
<規制が第4次産業革命への参入を阻んでいる>
・ヨーロッパでできる遠隔教育が、なぜ日本でできないかというと、日本の文部科学省が小中学校の遠隔教育を正式な単位として認めていないからです。
理由の一つは、教職員の労働組合の連合体である日教組が反対しているからでしょう。
<デジタル庁に期待すること>
<デジタル庁を企画官庁ではなく事業官庁に>
・これまでデジタルの話は、各省庁とも庁内に専門家が少ないので、すべて業者に丸投げしてきました。そこには莫大なお金が流れていて、何か一つ修理するにしても自分たちはよくわからないから、「とにかくお金を出すからやっといて」といった感じでした。
今回できるデジタル庁は、省庁のデジタル関連の予算が全部そこに統合されます。
<ソースコードを公開して競争原理を働かせる>
<徹底したコスト・ベネフィット分析を>
・その意味では、徹底したコスト・ベネフィット分析も必要になります。国によっては内閣府的な組織内にコスト・ベネフィット分析だけを行う部署があります。日本も同じようにコスト・ベネフィット分析に特化した部署を設ける必要があります。
<デジタル庁に連れてくる人材の条件>
・デジタル庁も、やはり優秀でものすごく詳しい人を連れてくる。ただし既得権益を作らせないため、今の業界と適切な距離感にある人を選ぶことです。
<「中立」ではない人選が大事>
・日本の場合、すぐに「中立性」というおかしな言葉を持ち出します。だから役人がそのまま、トップに就くことにもなります。私がGPIFの改革について議論した時、驚いたのが各年金から来たトップの顔ぶれです。彼らの仕事は年金基金の運用ですが、運用など携ったことのない元役人ばかりでした。「中立性」で選ぶと、そういくことになるのです。
<霞が関にもの申す!>
<観光戦略に必要なのはマーケティングの視点>
<小泉内閣時代から始まった観光立国構想>
・次に観光の話に移りますが、デービッド・アトキンソンさんのインバウンド(訪日外国人旅行者)政策への貢献は非常に大きいものがあります。じつは現在デービッド・アトキンソンさんが進めている観光戦略は、振り返ると小泉内閣の戦略そのものです。
・また「観光」という日本語は面白い言葉で、「光を観る」と書きます。もともとは中国の古典「四書五経」の『易経』に出てくる「非常に素晴らしい国に行くと、光を観る思いがする」から取ったものです。
<ネットから誰でも最先端の情報が手に入る>
・彼らの分析能力のなさには、本当に驚きました。私ももともと観光のプロではありません。それでもネットの時代ですから、海外を探せば観光系の大学の教科書やUNWTO(国連世界観光機関)が出している論文など、情報は山ほどあります。
<政府主導の政策決定を取り戻せ>
<日本の高級官僚がダメな理由>
・とくに日本では高級官僚と言われる人には、二つの特徴が多く見られます。
一つは、世界の高級官僚に比べて極めて低学歴だということです。つまり博士号や修士号を持っている人が、ものすごく少ない。
・もう一つは、高級官僚はある一定年齢になると、仕事のほとんどが政治家とのつきあいになるということです。政治家への根回しが彼らの仕事のほとんどで、政治家とうまくつきあえる官僚が高級官僚になるのです。そこが論理思考という観点からすると、全体として底の浅い社会になっている原因だと思います。
<日銀総裁は、先進国で唯一PhDを持たない総裁か>
<専門外での話も即座に理解するEUのエコノミストたち>
<政策決定のプロセスが見えない成長戦略会議>
・にもかかわらず、成長戦略会議で政策が決まっていく。どのようなプロセスで決定に至るのか、今一つ見えません。そこに合理的で理想的な判断が働く余地はあるのか。みんな何となくつまみ食いしてピックアップしているようにも思います。
<成長戦略会議のメンバーは4人でいい>
・問題は10人という、メンバーが多くいすぎることです。そのため各メンバーは数分間意見を言うだけで、あとは事務局、つまり官僚がまとめることになっています。結果としてメンバーの意見はどう採択されたかわからず、総理主導、政治主導の色彩がわかりにくくなっています。
<日本を強くしたくない「既得権者」との戦い>
<「世の中を変えたくない」人たち>
・その中で痛感したのが日本には既得権益を守りたい、世の中を変えたくない人たちが、いかに多いかということです。
日本経済はこの30年、まったく成長していません。給料も上がらず、貧困者数が激増して、国の借金は増えるいっぽうです。少子高齢化は今後さらに進行し、生産年齢人口が減っていくのに対し、高齢者の増加による負担は増えていきます。これを放置すれば10年後、20年後の日本は、さらに深刻な状況になります。
・それなのに「アトキンソン=中小企業淘汰論」と決めつけるのは、印象操作をして私を悪者にすることで、私の議論も一緒に潰すのが狙いなのでしょう。
そして、これらの批判を受ければ受けるほど、彼らが現状を維持することに、いかに必死かがわかります。
<「どの立場からの発言か」という視点>
・既得権益を死守し、構造改革に反対する人の大半は、現在、貧困とは無縁な支配層や上流層です。彼らは「貧困になるのは本人の責任」「能力がないから貧困になる」と主張します。しかし同程度の能力と同程度の生産性を上げているにもかかわらず、海外なら貧困にならない人は日本に大勢います。それは最低賃金が極めて低いからです。日本でだけ貧困になるのは、本人ではなく、社会に構造的な問題があるからです。
・今の日本経済・日本社会は必死になってまでこのまま守るべき価値があるのか大変疑問に思います。
・竹中先生はアメリカ流、私はヨーロッパ流と、アプローチの仕方は多少異なると感じます。