(2022/1/16)
『日本人が知るべき東アジアの地政学』
2025年 韓国はなくなっている
茂木誠 悟空出版 2019/6/25
<日々のニュースに躍らされないために、地政学で“知的武装”せよ>
・ここ数年を振り返るだけでも、朝鮮半島にはさまざまな未解決、不透明な問題が存在しているのですが、同時に周辺の国々も、それぞれの国益を追求して蠢いています。
・本書の書名でもある地政学はリアリズムの一つで、地理的な所与の条件をもとに国家の行動、国家間の関係を考えるものです。比較的安定した条件に恵まれてきた日本人が、あまり気を配ってこなかった思考法でもあります。
日本はかつて、地政学を軽視し、あるいは曲解したために歴史上いくつかの失敗を犯しました。敗戦国として米軍の駐留を受け入れた日本は、ますます地政学的な考え方、ものの見方から距離を置き、いわゆる「平和ボケ」のなかで成長することを許されてきました。
世界史は地政学抜きに語れません。
<2025年、韓国はなくなっている>
・地政学と世界史でこれからの挑戦半島を展望するとき、そう遠くない将来、必然的に、まだ多くの人が予想していない事態が起こると考えています。
それは、「統一朝鮮」の出現です。
早ければ5年、遅くとも10年以内に起きるでしょう。2025年ごろには現実化していてもまったく不思議ではありません。これは、朝鮮半島に存在する二つの国家の都合だけでなく、関係する国々まで含め、「統一する条件が揃ったから統一する」ということです。
詳細は順を追って説明しますが、当初は韓国と北朝鮮による緩やかな連邦制、イメージとしては中国本土と香港・マカオのように、新しい政府がヒト・モノ・カネの移動を制限する、一国二制度で運用していくことが考えられます。
この国家を、本書ではあえて「統一朝鮮」と呼ぶことにします。日本で教えられている世界史において、「朝鮮」とは、単に朝鮮半島、朝鮮民族を指すか、時代としては李成桂が打ち立てた朝鮮王朝あるいは北朝鮮を示します。ですからここで私が用いる「統一朝鮮」とは、韓国の経済力・軍事力によって統一されるのではなく北朝鮮の主導で統一が実現する国家になることを意識しています。
<米中対立のなかで、日本はどうすべきなのか>
・実は朝鮮半島、統一朝鮮がどうなるかは、日本にとってさほど重要な問題ではありません。あくまで、現象の一つ、変数の一つにすぎません。
もっと深刻な問題は、米国が衰退し、世界の警察としての役目を終えようとしているなかで、中国の覇権を防ぐために、日本は何をすべきか、どの国と連携すべきかということです。東アジアで交錯する7ヵ国のうち、メインプレーヤーはあくまで米国と中国です。両国の覇権争いがもっとも大きな構造であり、日本も統一朝鮮も、そのなかでどうなっていくかという視点から捉えるべきです。
<国家は地政学で動いている>
・地理的条件は、世界史を方向づける決定的な要因です。なぜなら、地理的条件は人間の手によって、改変することが難しく、これを受け入れることはリアリズム(現実主義)そのものだからです。
<「バランス・オブ・パワー」が崩れたとき、戦争が起きる>
・まず、「バランス・オブ・パワー」、すなわち「力の均衡」とは、同等の軍事力を持つ相手からの反撃が予想される場合には攻撃をためらい、結果的に平和が維持される状態を指します。同じ意味で「抑止力が働く」という言い方もします。反対に、バランス・オブ・パワーが崩れてしまっていると、戦争の危険性はむしろ高くなります。
何らかの理由で軍事的な空白が生じる事態も、バランス・オブ・パワーを崩壊させ、戦争が起きやすくなります。
<統一朝鮮(韓国+北朝鮮)の戦略――大国間で二枚舌外交を繰り返す半島国家>
<韓国は東アジアの“アン・バランサー”>
・早ければ2025年、朝鮮半島は再び「統一国家」になるというのが私の見立てです。「統一朝鮮の出現」という結論を突飛に思う方も多いでしょう。
・機を見るに敏な朝鮮半島では、中国の経済成長に伴って微妙な変化が起きました。韓国では、米国の衰退に伴って朴槿恵政権を支えた親米派が勢力を失い、文在寅政権を生み出した親北朝鮮派が世論の支持を背景に権力を掌握し、半島統一を最終的な目標に据えて北への経済支援を始めました。貿易相手としての重要性は米国よりむしろ中国のほうが高くなり、中国との距離を近づけつつ、米国とは微妙な距離を保つ政策を取って「北東アジアのバランサー」を自認します。これは朝鮮戦争で支援してもらった米国への裏切り行為、米韓同盟の空文化であり、米国は韓国への不快感を隠そうとしません。文在寅政権は韓国歴代政権のなかでもっとも北との統一を志向している特異な政権です。もはや米国関係も日韓関係も、「ボタンの掛け違い」を通り超して、根本的に考え直さざるを得ないような事態になりつつあります。
・「南北統一など夢のまた夢」に見えますが、実際はその反対なのです。文政権が北に肩入れするのは、歴史的、そして地政学的な背景から理由を読み解くことができるのです。深読みすれば、文在寅はわざと事態を混乱に陥れようとしているのではなかとも受け取れます。多くの日本人の目には、こうした状況は危険かつ非現実的に映りますが、韓国世論がこれを強く支持しているのです。
<地政学で韓国リベラル政権の意図が見える>
・北は、南北統一の最大の障害となっているのが米韓同盟と在韓米軍の存在だから、これは何とかしろ、と文政権に圧力をかけてきました。これを受けて文政権は、同盟国であり統一の鍵を握っている米国に対して、「北朝鮮は非核化を行う意思があるから、私たち韓国のコーディネートに乗って米朝交渉を進めてほしい」という態度をとり続けてきたわけです。
<韓国で「進歩系」が力をつけた理由>
・ところが、リベラルが理想としたグローバリズムの弊害(貧富の格差、移民問題)が顕著になった21世紀の先進国では、伝統回帰の保守勢力が選挙で議席数を増やしています。日本の安倍政権、米国のトランプ政権、英国保守党政権下でのEU離脱の動きは、すべて連動しているのです。こうした状況を見ていると、韓国だけ、理念先行のリベラル系勢力が大きく支持を得ているという状況に違和感を抱く人も多いでしょう。
・韓国で「進歩系」が力をつけたことと、李明博・朴槿恵の保守系政権に戻った時代でさえ、韓国は米国と中国を両天秤にかけるような行動に出るようになり、米国の韓国に対する不信は深まっていきました。同時に、かつて経済面で頼っていた日本の存在感も低下していきます。結局は、「もっとも強い国に事大する」という半島国家のふるまいに先祖返りしただけだと言えるのです。
・こうした朝鮮半島の流れによく似た先行例が欧州に存在します。バルカン半島先端にあるギリシアです。ボスフォラス海峡とダーダルネス海峡は、国会とエーゲ海、地中海を結ぶチョークポイントで、長年争いを続けてきたシーパワーの英国と、ランドパワーのロシアの利益がぶつかる場所です。
・いまのところEU諸国は、ギリシアのわがままを受け入れ、財政支援をじゃぶじゃぶと注ぎ込んでいます。それをしないと、ギリシアが反EU側に寝返り、欧州の安全保障が危うくなるからです。
・ギリシア文化はキリスト教(ギリシア正教)に深く影響されていますが、朝鮮半島の文化を規定しているのは朱子学です。これは過去の話ではなく、現在もなおそうなのです。
・モンゴル支配を脱した朝鮮王朝が朱子学を官学化したことによって、自らを「中華」=文明人、中華文明を受け入れない日本人を「夷狄(いてき)」=野蛮人として蔑視してきた、というお話は、第2章で説明しました。この圧倒的な優越感を大前提として、近代になって「格下の日本に併合された」という事実に、ぬぐいがたい屈辱感を持っているのです。併合したのが中国やロシアだったら、これほどの屈辱を感じずに済んだでしょう。「日本だからダメ」なのです。この感情が、韓国人をしてリアリズム的な思考を困難にしているのです。
・韓国ではいまでも強力な学歴主義、学閥主義で、大企業、公務員に就職人気が集中し、それ以外の道を選ぶくらいなら何年浪人してでも試験にチャレンジする文化が続いています。これは、「ヤンバンでなければ人ではない」「知識人こそ至上で、体を動かすような仕事は恥ずべき」「科挙に合格しなければならない」などという伝統的な考え方が、サムスンの入社試験や公務員試験に置き換わっただけと考えると理解しやすいのです。
<外国頼みの保守派と民族独立の進歩派>
・つまり韓国の「右派」は親米独裁を是とし、韓国の「左派」は労働党独裁を是とします。たとえば、金大中・廬武鉉・文在寅の三代の左派政権は、北朝鮮におけるキム一族への個人崇拝や強制収容所での人権弾圧、韓国人拉致被害者の問題についてかたくなに沈黙を守ってきました。批判しないということは、是認しているということです。一体どこが、「左派」なのでしょうか?
・それでは、韓国の「左派」「進歩派」の政治的主張とは一体何か?これこそが、「民族統一の悲願達成」なのです。
・近年、中国発と思われる微粒物質PM2.5が韓国を襲い、深刻な大気汚染を起こし社会問題化していますが、韓国の度重なる協議要請を、中国政府は門前払いにしています。習近平は2017年の米中首脳会談でトランプに対して「かつて朝鮮半島は中国の一部だった」と語りました。高句麗や元の歴史を考えればそうとも言えるわけですが、朝鮮民族としてこれは、恥辱以外の何ものでもありません。文在寅大統領が中国を訪問すれば、まるで冊封国の王のように扱われます。「仮想敵国」の日本やインドの首脳よりも冷遇され、首脳会議でも要人との会食が用意されず、「一人飯」を余儀なくされたことが韓国人を憤激させました。
・さらには、韓国の歴史教科書で「漢民族の祖先」と教えている高句麗について、「中華民族の一部にすぎない」と中国の歴史学界が定義するという動き(東北工程)についても、中韓の間で歴史論争が続いています。高句麗は満州人と同じツングース系民族ですから漢民族でも韓民族でもないのですが、この問題は中国東北地方の延吉周辺に住む朝鮮系住民の帰属に関わる政治問題なのです。
・「反日」では共闘しているかに見える中韓の間には、このようにさまざまな葛藤があるのです。そして韓国の「左派」「進歩派」とは、実は中国とも相容れない強烈な朝鮮民族至上主義者であり、「保守派」以上に妥協の余地がない勢力であることが、日本ではほとんど理解されていません。日本のリベラル勢力は、民族主義を忌避する勢力ですので、韓国人のこのメンタリティが理解できないのです。
<金正男はなぜ殺されたか?>
・こうした中朝関係を理解すれば、北朝鮮の二代目指導者・金正日が「中国を信用するな」という遺訓を残したことも合点が行くでしょう。中国は当然このことを快く思わず、北朝鮮の指導部内に「親中派」を育成していきました。金正日の妹婿で経済官僚の張成沢と金正日の長男である金正男です。
・北朝鮮で「親中派」の張成沢・金正男が粛清されたこと、韓国で「親中派」に転じた朴槿恵政権がろうそくデモで倒されたこと、この二つの事件は、朝鮮半島から中国の影響力が排除されつつあることを意味します。金正恩がトランプとの米韓首脳会談に応じた最大の理由も、中国の圧力に対抗することなのです。
<文在寅がこだわる「1919建国」史観>
・それでも1919年の3.1運動と上海臨時政府は、「わが民族が日本帝国主義に立ち向かったほとんど唯一の事例」として賞賛に値するわけです。3.1運動以降、大規模な反日運動は起きていないため、他に選択肢がありません。
<「アメリカ・ファースト」と「朝鮮ファースト」が一致>
・一方で、世界の警察官をやめたいトランプにとっても、在韓米軍の縮小は絶好のアピールポイントになります。
・トランプの「アメリカ・ファースト」に対して、金正恩も文在寅も結局は「朝鮮民族ファースト」であり、お互いにナショナリストという意味では了解し合えるのです。
<金正恩の「核・ミサイル放棄」はあり得ない>
・一連の米朝首脳会談を通じて、金正恩の頭の中に「非核化」や「核・ミサイル放棄」などまったくないという事実が明白になりました。
・北朝鮮は、現在の韓国「進歩派」、朝鮮民族至上主義を完全に手なずけてしまった感があります。
韓国の「進歩派」が外国勢力に頼ることを批判しても、彼らもまた完全に資本主義化し豊かな暮らしを送っている人々であり、なぜ世界最貧国の北朝鮮に肩入れできるのか、という疑問を持たれるでしょう。この疑問も、実は朱子学で説明できるのです。朝鮮労働党の指導原理である「主体(チュチェ)思想」は、韓国の「進歩派」にとって、非常に共感できるものだからです。
<統一朝鮮は当面「一国二制度」になる>
・統一朝鮮の未来像をここで予測しておきましょう。そのモデルとなるのは、中国が香港返還の際に採用した「一国二制度」です。
<金正恩は民族の「象徴」になれるか?>
・やや唐突かもしれませんが、キム一族は統一朝鮮の出現後、まるで日本の天皇のように、朝鮮民族統合の「象徴」になるかもしれません。
<統一朝鮮は核兵器を手放さない>
・自主独立の統一朝鮮は人口7600万人を擁し、ドイツ(8200万人)、フランス(6200万人)と肩を並べる中規模国家となります。その安全を保障するものは、北朝鮮から引き継ぐ核ミサイルです。つまり、朝鮮半島は史上初めてどこにも支配されない朝鮮民族の国家を、核とミサイルをベースとした国防力によってつくりあげるということになります。
<ランドパワー帝国はシーパワーに変身できるか?>
・日清戦争のとき、アメリカはまだハワイに手を伸ばしたばかりでした。もし西太后が李鴻章の海防策を全面採用していれば、中国海軍はこの段階で西太平洋への進出を果たし、フィリピンを手中に収めたかもしれません。新疆から撤退していれば、その後ウイグル問題に悩まされることもなかったのです。それができなかったのは、新疆の併合を狙うロシアの存在でした。ランドパワー化とシーパワー化は両立しない、というのが中国人が学ぶべき歴史の教訓です。
<シーパワー化は致命的な失策>
・中国はせっかく経済成長したのに、むしろ求心力を失い、そのうえ米国と全面対決の様相を呈してきました。もはや四面楚歌の状況です。「孫子の兵法」の「戦わずして勝を最善とする」を実践し、謀略と宣伝を得意としてきたはずの中国。これは、実は弱者の生き残り戦術だったのです。「大国」を自負するようになった習近平の中国は、謀略戦、宣伝戦では負け続けています。
<統一朝鮮と「中国の夢」>
・ところが、中国の経済成長で事情が一変します。鴨緑江の国境から、直接資金も技術も北朝鮮側に流れるようになったのです。この結果、日本が経済制裁を行っても効き目がなくなってしまったのです。
中国はこのルートを利用し、北朝鮮を手なずけます。もちろん、疑い深い北朝鮮が簡単に中国の意図に従うわけではありませんが、カネと物資を握っている中国は、「北朝鮮を動かせる国」と自負するようになりました。実際に中朝貿易を仕切ってきたのは北京政府ではなく、旧満州と内モンゴルを統括する人民解放軍の北部戦区です。
・当初は魅力的なマーケットと安価な労働力をアピールして韓国や日本、欧米の企業を呼び込みます。その技術やノウハウを吸収して国内企業が育成されると、外国企業にはあれこれ圧力をかけて中国から出ていくように仕向けます。よく使われるのが、税務調査で追徴課税する、中国人労働者にストをやらせる、という方法です。そもそも許認可権は中国共産党が握り、裁判所も中国共産党の傘下にあるので、外国企業は対抗できません。
・統一朝鮮の登場が中国の火種となるリスクもあります。日本ではあまり関心を持たれていませんが、中朝国境の中国側、鴨緑江の北側の「延辺朝鮮族自治州」の存在です。
中朝国境の中央からやや東寄りに白頭山という美しい活火山があります。朝鮮民族の伝説的始祖である檀君が、国を開いたとされる聖地です。その周辺部は満州族の居住地でしたが、清の時代から朝鮮人の開拓民が入り込み、やがて朝鮮人の居留地になりました。
・中国における少数民族の「自治」とは名ばかりで、実際には北京から派遣される中国共産党の幹部が独裁権力を握っています。これは、延辺でもチベットでも同じことです。現在は人口210万人のうち、3分の1以上が朝鮮語を話す朝鮮系の人々です。彼らは隣の吉林省にも広がっています。
・中国共産党というよりも習近平政権が崩壊する、もっともリスクの高いシナリオは、経済成長が行き詰まり、人民解放軍の各戦区の統率の乱れから、国内が諸勢力に分割されることです。延辺の朝鮮人独立運動が「統一朝鮮」と結びつけば、満州が再び独立国になる可能性もあります。
<中国による「沖縄の属国視」にどう反論するか?>
・中国は日本やインドに対して、韓国のような「属国待遇」をしませんが、これは歴史上「中華の圏外」にいて中国の支配が届かなかったからです。「夷狄(いてき)」「化外の地」として認識しているのです。
・両者を混同することは、日本にとっても困った事態になりかねません。沖縄は琉球王国時代に明に朝貢し、薩摩藩に占領されていた江戸時代も、明・清から冊封を受けていました。朝貢貿易の利益を確保するため、薩摩藩はこれを黙認していたのです。
日本で保守派の論客が強調する「朝鮮は中国の属国論」を中国側が逆手にとって、「琉球は中国の属国論」を展開すれば、尖閣を含む沖縄領有権問題に火がつくおそれがあるのです。すでに中国国営メディアは、明治政府による琉球王国併合に疑義を呈しています。「中華帝国は沖縄を軍事占領したことはない。朝鮮とは違う」ことを強調しておきたいと思います。
<永楽帝以来のシーパワー化は成功するか?>
・中国から見ると、太平洋へ直接出ることはできません。日本列島に囲まれた日本海、沖縄・台湾に囲まれた東シナ海、フィリピン・マレーシア・ベトナムに囲まれた南シナ海が存在し、横須賀を母港とする米海軍の第七艦隊が展開して、中国海軍の進出を阻んでいます。
<歴史カードで「日韓離間」「日米離間」を図るが逆効果に>
・中国の新たなシーパワー戦略が日本にどのような影響を及ぼすのか、ひとまず二つのポイントを指摘しておきましょう。
まず中国は、日韓・日朝の分断を望みます。朝鮮半島を米国や日本から離間させ、中国にとって便利なカードとして利用したいという考えは、統一朝鮮の出現でより強まるでしょう。そこで中国が持ち出すのが、朝鮮民族を麻痺させる「歴史カード」です。
・中国の「反日」は天安門事件で求心力を失った共産党政権が1990年代に始めたもので、きわめて現実的かつ戦略的です。対米関係が悪化するとあっさり「反日」姿勢をやめ、韓国の文在寅政権が北朝鮮に擦り寄ると、ハルビン駅の安重根記念館を閉鎖したり、朝鮮人抗日独立運動家を称える施設を「何者かが」荒らしたりします。
日本に対しても歴史カードは大きな成果を生んできました。
<「琉球独立」問題と中国>
・日本国内で唯一、中国の宣伝工作が効果を発揮している地域があります。
沖縄です。多くの米軍基地を抱え、騒音問題や米兵による犯罪も少なくない沖縄では、反米基地闘争が常に一定の支持を得てきました。民主党の鳩山由紀夫首相が、米海兵隊の普天間基地を辺野古へ移転するという日米合意に反対し、日米関係を悪化させたことは、中国の日米離間工作のもっとも成功した事例でした。この鳩山由紀夫という人は元首相としてお元気ですが、本人が自覚しているかどうかはともかく、常に中国共産党の意向に沿い、日米を離間させようとする発言を続けています。
私が習近平なら、鳩山のような親中派や沖縄の反米運動を積極的に支援するでしょう。
・そこで中国は「沖縄対日本」、あるいは「沖縄対東京の政府」という構図を描き、「沖縄」への投資という形で資金援助するでしょう。このとき持ち出されるのが、「かつて琉球王国は中華帝国の属国だった」という論理です。まだ少数ですが、沖縄国際大学や琉球大学には「琉球独立」を叫ぶ勢力もあり、2016年には北京で開かれた「琉球・沖縄最先端問題国際学術会議」に参加し、「琉球独立」「米軍基地撤回」に関する論文を発表しています。中国が反基地闘争に手を貸すメリットは十分にあると考えるべきうでしょう。
<「虎の尾」を踏んだ習近平>
・地政学の考え方で言えば、「敵の敵は味方」。現在の中国が手を組みやすい国は、日本と対立する韓国、インドと対立するパキスタン、ベトナムと敵対するカンボジアやラオス、あるいは遠く離れて直接の利害関係のないドイツ・イタリア、アフリカ諸国などです。
・2018年10月4日、トランプ政権のペンス副大統領は、米国のハドソン研究所で講演し、対中関係についてのトランプ政権の方針を明らかにしました。その内容に、世界は驚愕しました。
- 中国を市場経済に誘導すれば民主化するだろうという、これまでの対中政策が誤っていた。
- 中国は経済成長を軍拡に注ぎ込み、日本や東南アジア諸国にとって重大な脅威となっている。
- 中国は、国内で人権抑圧を続け、特にウイグルのイスラム教徒に対する弾圧は目に余る。
- 中国は、不当な関税、不公正な為替操作、知的財産権の侵害などで米国に不利益をもたらした。
- 中国は米国の国内政治に介入し、企業や政治家、ジャーナリストを買収している。
- 中国は別の大統領を望んでいるようだが、トランプ大統領の指導力は揺るぎない。
このペンス演説は、「米中冷戦」の開幕を告げるものとして、歴史に刻まれるでしょう。
<「共産党帝国」崩壊のシナリオ>
・現在の中国を支配する中国共産党は、習近平体制の終身化によってまさに王朝化しつつあります。これには党内でも反発があるようですが、やはり歴代王朝と同じように崩壊すると予想します。米国も日本も、その他の多くの国々も、中国と戦争することはあまりにもコストが大きいので避けたいでしょう。国内から自壊してくれるのがベストなのです。
自らを経済成長させてくれた米国中心のグローバリズムに反旗を翻した時点で――私はこれをIMFに対抗するAIIBの設立と考えますが
――中国の成長は大きく損なわれます。経済の不調は国内不安を招いて中央権力の統率力、求心力低下へと結びつきます。かつて旧ソ連を崩壊に導いたきっかけがバルト三国の独立だったように、ウイグルやチベットなどのコントロールが緩み始め、いずれ軍事的にも財政的にも背負いきれなくなります。
・そもそも中国は14億の人口を抱え、広大な国土で、文化も人種もさまざまで、独裁以外に統制が難しいのです。同じ漢民族でも、上海・天津などの沿海部の豊かな人々は、なぜわれわれの税金で内陸の貧しい人間を支えなければならないのか、という疑問を抱き始めます。
こうして、地域対立はやがて国家の分割を招き、緩やかな連邦制、もしくは完全に別の国として歩んでいくという流れになるのではないでしょうか。これを武力で押さえ込めば天安門事件の再発、独立を認める方向に向かえばソ連解体と同じ道を歩むでしょう。
<そして、日本はどうすべきか――シーパワー同盟結成と憲法改正問題
>
<「国連による平和」は幻想である>
・「国連が世界平和を守ってきた」というのはフィクションです。国連は大国の上に立つ「超国家機関」ではなく、大国の談合組織にすぎないからです。紛争が起きたときに「X国は侵略国である」と認定して経済制裁や武力制裁を発動する組織が国連安保理事会です。
・これは深刻な問題です。日本の領土である北方四島を占領中のロシア、尖閣諸島の領有権を主張する中国は、いずれも安保理で拒否権を発動できます。北方四島に自衛隊が上陸する可能性は限りなくゼロですが、尖閣諸島に中国軍が上陸してくる可能性は否定できません。内閣総理大臣がこれを「有事」と認定すれば自衛隊が出動し、日中の軍事衝突が起きたとします。日本が国連安保理に訴えて、中国への制裁を求めるでしょう。すると中国は拒否権を発動し、安保理協議はストップします。
国連は、何もしてくれないのです。
さらに問題なのは、国連憲章の「旧敵国条項」です。国連総会で「無効化決議」がなされましたが、いまだに条文から削除されていません。これは、「敗戦国のドイツや日本が、第2次世界大戦後の国際秩序を否定するような行動に出た場合、国連加盟国は安保理決議なしに武力行使ができる」という規定です(国連憲章第53条)。
<「核シェアリング」か「あいまい戦略」を検討すべし>
・中国はすでに核を搭載できる中距離ミサイル「東風」を200発程度保有しています。当然、日本は仮想的の一つですから、日本の主要都市はすべて攻撃目標と考えられます。
もちろん「統一朝鮮」の核ミサイルへの対処も必要ですが、彼らが「カネづる」と考えている日本に対し、核を使用することは考えにくいでしょう。むしろ日本にとって最大の脅威となっているのは、中国の核ミサイルです。
・これに対処するうえで、もっとも合理的な選択肢は、日本も核武装して抑止力を働かせることです。しかし、広島・長崎を経験した被曝国として、また福島第一原発事故を経験した国民には、強烈な核アレルギーがあります。核武装を公約する政党は政権を取れず、核武装に一歩を踏み出した内閣は倒れるでしょう。仮に将来、世論が変わったとしても、「NPTの優等生」という地位を自ら捨て、日米同盟を揺るがせることが国益にかなうとは思えません。トランプは大統領選挙中に、日本や韓国の核武装を認めてもいい、と発言しましたが、大統領当選後はこれを撤回しています。
・核武装宣言に代わる方策としては、「核シェアリング」と「あいまい戦略」が考えられます。「核シェアリング」は、米軍の核兵器を共同で使用するという方式です。自衛隊単独で使用の是非を判断することはできず、あくまで米国の許可が必要になります。独自の核実験も、開発や運用のノウハウ取得も不要ですからもっとも簡便で安上がりです。NATO加盟国では、ドイツをはじめ、オランダやベルギー、イタリアが米国と核シェアリングをしています。これが機能するには、日米安保条約の改定が必須でしょう。
・米国が今後「一国主義」へと回帰していくとしても、核による抑止力のネットワークを同盟各国の負担増という形で維持していくと考えられます。シーパワー諸国が世界中で米軍の核をシェアできれば、米国が「世界の警察官」をやめても平和は維持できます。
・核の「あいまい戦略」とは、核兵器を開発しているのかどうかをあいまいにしておき、周辺国を疑心暗鬼に陥らせ、事実上の抑止力として機能させることです。これを活用しているのはイスラエルです。イスラエルはNPT体制に加盟せず、アラブ諸国に対抗するため、核兵器を開発していると考えられています。しかし、イスラエル政府は核兵器の保有、製造について一切発言せず、「ノーコメント」を貫いてきました。アラブ諸国は核による報復を恐れて、イスラエル攻撃ができなくなっています。
日本が「あいまい戦略」をとるには、「非核三原則」の撤廃を宣言すればいいのです。核を「つくらず・持たず・持ち込ませず」という三原則を撤廃するだけで、日本はすでに核を持っているかもしれないし、今後持つかもしれないという疑惑が生まれます。
ただしこの場合も、米国の承認は絶対に必要です。米国に隠れて核を保有することは不可能です。日本が核武装する際には、この流れに乗るしかありません。
<日本はシーパワーを貫き、アジアの覇権確保>
・長期的な観点から日本の戦略を考えると、「日本はシーパワーを貫くことがもっとも国益を確保できる」ということを、すでに読者の皆さんはご理解いただいているでしょう。
日本は典型的な海洋国家として、軍事、経済、そして独自の文化形成の面でも大きなメリットを受けてきました。朝鮮半島や中国大陸におけるランドパワーの争いに加わって得たものは、これまでのところ何もありません。大きな犠牲を払って背負わされた「負の遺産」に悩むばかりです。
世界史を振り返れば、ロシアや中国、ドイツのようなランドパワー帝国がシーパワーになろうとして失敗した例が数多くあります。逆に元祖シーパワーの英国は、ランドパワー同盟のEUに参加した結果、国論を二分する大混乱を招いています。そうした状況を見ると、世代を超えて地政学の教訓を受け継ぐことの難しさを痛感します。
・地政学的に歴史を学べば、日本がシーパワーに徹すべきことは明白です。シーパワーの日本がランドパワーになろうとして失敗した典型例は、豊臣秀吉の朝鮮侵攻であり、昭和の帝国陸軍が主導した中国との戦争でした。軍事的にはもちろん、経済的にも大陸に深入りしてはならないと思います。
シーパワーの日本が果たすべき役割は、東アジアから退いていく米国の穴を埋め、バランス・オブ・パワーを維持しつつ、自由と繁栄を志向する海洋アジア諸国の柱として、リーダーシップを発揮することです。TPP(環太平洋パートナーシップ協定)を成功させ、将来のアジア大平洋版NATOに発展させることです。
<シーパワー英国と強固な同盟を組む>
・膨張する中国と対峙する日本が、EUから離脱する英国と頼むことには大きなメリットがあり、地政学的にも理想的な組み合わせです。
かつて日英同盟が存在した時代、日本は列強の一員と認められ、第1次世界大戦の戦勝国、国際連盟の常任理事国にまでなりました。ところが1930年代の恐慌のなかで、英米のシーパワー的自由主義を敵視し、ソ連やドイツのランドパワー的全体主義を賛美する「革新勢力」が台頭した結果、日独伊三国同盟・日ソ中立条約を結び、英米との大東亜戦争を引き起こして国を滅ぼしたのです。
・英国もまた、大戦後の植民地独立、シーパワー帝国の崩壊という危機的状況に対処するため、欧州大陸との市場確保のため、EUのメンバーになりました。しかし英国の産業は復活せず、移民労働者ばかりが流入して社会的コストが増大していきました。英国民はようやく失敗に気づき、EU離脱を選択したのです。
EUに代わるマーケットとして英国が注目したのが、環太平洋の自由貿易協定――TPPでした。豪州やニュージーランドはいまも英連邦の一員ですし、英国自体も太平洋にピトケアン諸島という海外領土を保有しているため、「太平洋国家」の一員なのです。
安全保障面でも対中国を見据えた日英の協力が始まりました。
・シーパワーの英国は、合理性だけで動くドライな国です。ランドパワーのようにイデオロギーや感情を重視しません。利益を共有できる間は同盟関係を継続できますが、メリットがなくなれば途端に手を切ることもあり得ます。この発想も日本が見習うべきです。
<先進国並みの情報機関を設置し、スパイ防止法を制定する>
・インド・太平洋で多国間の枠組みの安全保障体制を整備する際に、どうしても必要になるのは情報機関です。日本には、敗戦時に情報官庁だった内務省を解体してしまい、内閣官房、外務省、警察、公安調査庁、自衛隊など各組織の調査機関がバラバラに情報を集めているのが現状です。これらの情報を統合し、分析する機関がないのです。
安倍政権のもとで、公務員の秘密漏洩を罰する特定秘密保護法がようやく施行され、政府と自衛隊が情報を共有する国家安全保障会議(日本版NSC)も発足しました。ところがスパイ行為自体を取り締まり、処罰するスパイ防止法は、いまだに存在しないのです。外国人のスパイは、住居侵入などの別件逮捕に頼らざるを得ず、微罪で釈放されています。日本は「スパイ天国」なのです。
・日本国憲法の第9条はもちろん改正すべきと考えます。しかし、憲法改正には国会の3分の2の賛成で発議し、国民投票で過半数が必要という、高いハードルがあります。
「改正する・改正しない」で国論を二分している間も、危機はどんどん進行します。最悪なのは、改憲にこだわるあまり安全保障の本質的な議論が進まず、「時間切れ」の事態を招くことです。自衛隊を憲法に明記しようと、名称が国軍になろうと、究極的には国家と国民の生命、財産を守らなければどうしようにもありません。現行憲法の解釈改憲を続けても仕方ないでしょう。英国にはそもそも明文化された憲法がなく、議会制定法や判例の蓄積が「憲法」と見なされています。
<未来予測の学問>
・歴史とは、未来予測の学問だと思います。
それぞれの民族が数百年、数千年にわたって培ってきた性格、行動パターンというものがあり、形状記憶合金のように同じ行動を繰り返すからです。これを国民性と呼びます。
国民性は、自然環境に大きく影響されます。
・国家の行動を地理的条件から説明する地政学も、だから国民性を理解するうえで有効なのです。
なぜ隣国とわかり合えないのか?
「地理的条件が違うから」です。
それぞれの民族集団の行動パターンが読めれば、今後数十年の動きを予想することも可能です。本書では、21世紀の第一四半期くらいを視野に、東アジア諸国がどのように離合集散するのかを予想してみました。すると、朝鮮半島の統一、米朝接近、東アジア海洋国家連合の形成という図式が、おぼろげながら見えてきました。