『日本の論点 2018~19』
大前研一 プレジデント社 2017/11/30
・近年、大衆の不安や不満を利用するポピュリストが台頭し、世界は右傾化、独裁化の傾向を強めてきたが、そろそろ揺り戻しが出てくるのではないかと私は見ている。先駆的な動きが見えるのはヨーロッパだ。
<AI時代こそ、自分の人生に対し自らハンドルを握れ>
<2000日以上続いた安倍政権の側近政治ゆえの「忖度」>
・「民主党政権だけはもう懲り懲り」という前政権に対する国民の強い失望感と安定志向を背景に安倍政管は誕生した。
・しかし、長期政権は必ず腐敗、堕落する。「お友達か思想信条が同じ人かイエスマンの3パターン」で固めた安倍政権の驕り、緩みが一気に露見したのが、17年に吹き出した森友学園問題であり、加計学園問題である。いずれの問題も震源地は安倍首相自身であり、「家庭内野党」を標榜していた総理夫人だ。
・「この道しかないというのだからやらせておこう」と一任ムードだったアベノミクスが奏功して日本の経済状況が好転していれば、あるいは許容範囲だったかもしれない。しかし、三本の矢(デフレ脱却)も新三本の矢(1億総活躍時代)も的を射ることなく、アベノミクスのまやかしが誰の目にも明らかになりつつある状況で、安倍首相と思想信条を同じくする学校経営者と「腹心の友」の学校経営者ばかりに「神風」が吹けば、疑惑の目が向けられるのは当然だろう。
・「忖度」が17年の流行語大賞に選ばれるかどうかはわからないが、ノミネートは間違いなさそうだ。「忖度」とは相手の心を推し量ること。安倍首相が口に出さなくても、周囲が安倍首相の気持ちを推し量っていろいろな配慮をする。お友達と思想信条が同じ人とイエスマンで固めた側近政治が2000日以上も続けば、ここまでいってしまうということなのだろう。
<世界の独裁者と共通する安倍首相の特異な挙動>
・側近で固める安倍首相の政治姿勢は、中曽根元首相や小泉元首相とはまったく異なる。言わずもがなも心遣いといえば日本人の美徳のようで聞こえはいいが、安倍首相に対する忖度はやはり尋常ではないと思う。
忖度する人々が湧いて出てくるのは、実は独裁政権の特徴だ。
・近頃は北朝鮮や中国のような独裁国家ばかりでなく、民主的な手続きでトップが選ばれている国においても一強独裁が目立つ。ロシアのプーチン大統領然り、トルコのエルドアン大統領然り、フィリピンのドゥテルテ大統領然り、皆、選挙で選ばれているのだ。
・敵味方を選別し、自分を忖度してくれる側近で身の回りを固める。これは世界の独裁者と共通した挙動であり、安倍首相は戦後日本のリーダーとしてはやはり特異なタイプといえるだろう。
<ポピュリズムの台頭と右傾化の波は揺り戻しが出始めている>
・国民投票前は「移民を制限できる」とか「ブリュッセル(EU本部)の言いなりにならないで済む」と離脱のメリットばかりが持ち上げられたが、ブレグジットが決まってからはあまりに大きすぎるデメリットが徐々に明らかになってきた。「出て行くのは勝手だが、支払うものは払っていけ」とばかりに滞納していたEU分担金7兆円の支払いを求められたり、「イギリスにいいとこ取りはさせない」というEU27ヵ国の強固な結束ぶりを目の当たりにして、イギリス人の心境は大きく変わってきたのだ。
・ドイツにとってアメリカは重要な同盟国だが、国防費や貿易問題でドイツを挑発的に非難したり、地球温暖化対策の国際的枠組みであるパリ協定から一方的に離脱を表明したトランプ大統領を評価するドイツ人はきわめて少ない。
<独仏の良好な関係がヨーロッパの安定化に導く>
・フランスをはじめ欧州各国でEUに対する向き合い方、移民政策や経済政策などをめぐって国民の分裂、社会の分断が浮き彫りになった。これを克服し、繕っていくためには、ヨーロッパが結束して立ち向かう必要がある。
<この国をもっと素晴らしく!政治家の発想にない方法はないか>
・安倍首相は経済を最優先課題に掲げている。しかし経済閣僚である財務大臣や経産大臣はそのまま留任。約5年間のアベノミクスで結果を出せなかったメンバーのままでは「経済優先」に説得力はない。しかも「仕事人内閣」と胸を張ったその内閣が仕事をする暇もなく解散、総選挙をする無責任ぶりである。理由は「国難突破」と言うから聞いてあきれるが、これは「僕難突破」としか聞こえなかった。
・最初の『日本の論点』のプロローグで、「安倍首相は改革者にはなれない」と私は記したが、その思いは今も変わらない。実際、5年に及ぶ安倍政治で日本がよくなったと思えることは皆無に等しいし、内閣改造で人心を一新しようが何も変わらないのは目に見えている。
・現在の小選挙区制の選挙区当たりの平均有権者数は35万人で、これは市長選レベルに等しい。市長選レベルの小さな選挙区から出てくるから、目線が低くなって、地元への利益誘導が政治活動の中心になる。天下国家を論じたり、外交、防衛、経済といった日本の長期的な課題に向き合う政治家が出てきづらいのだ。議員になることが目的化して、「この国をこうしたい」という情熱とエネルギーを持った政治家が本当に少なくなった。小選挙区制の弊害についても国政レベルの議案にあげるべき時に来ている。
・私が思うに緊急課題は2つあって、1つは北朝鮮の核やミサイルをいかに防ぐか。抑止力をいかに高めるかである。もう1つは大地震など自然災害に対する備え。3・11クラスの大地震が大都市を襲った場合の防災対策はまだまだ不十分だ。国民の安全と安心を守るという観点からすれば、この2つの課題はきわめて優先順位が高い。
・自動運転で動くなら課題も論点も必要ないかといえば、そうではない。日本はどんな状況下でも自律的に走れる完全な自動運転のレベル5ではない。私は政治家の発想では出てこないことを提言しているつもりだし、この国をもっと素晴らしくする方法はないものかといつも考えている。
<公約はほぼ手つかずトランプ政権発足後100日の通信簿>
・「トランプ大統領は、政権発足後も二重三重に識者が近寄りがたいような政権運営をしてきた。従って親身になって知恵を貸したり、人材を紹介したりするアドバイザーが乏しいのだ」
<トランプ大統領を取り巻く三重の権力構造>
・さらにトランプ政権の権力構造の3層目にいるのが、軍人やウォールストリートの経済人たちだ。
・彼らのようなプロフェッショナルは政権発足後に調達された人材で、必ずしもトランプ大統領の言うことを「Yes Sir」とは聞かない。大統領選とは縁もゆかりもないから、キャンペーン中の大統領の発言も知ったことではない。彼らにとって重要なのは軍人としてのプライドや国益。朝鮮半島有事に備えてカールビンソンを動かしたのも、トランプ大統領の判断ではないと私は思っている。
<トランプ側近バノン失脚の舞台裏>
・三重の権力構造のうち、2層目が完全に没落して、3層目のプロフェッショナルが側近のクシュナー経由で大統領に影響を及ぼすようになったというのがトランプ政権100日目の姿といえる。
<結論!>
・トランプ大統領は就任100日以内に実現する「100日計画」を公表したが、実現できたことといえば、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)からの離脱と不法移民の取り締まりを強化したぐらい。戦々恐々としていた与野党の双方に「トランプ恐るるに足らず」という感触を与えてしまった。
<トランプ大統領よ アメリカの一人勝ち現象は30年来、進行中だ>
・「トランプ大統領を現代版アイアコッカと考えるとわかりやすい。その発言は嘘と思い違いの連続だ。彼の頭の中にある経済理解は30年前のものであり、『黄禍論』を想起させる」
<アイアコッカが振り撒いた「黄禍論」と同じ>
<この30年間で進行したのはアメリカの一人勝ち現象である>
・図は2016年の時価総額上位10社のランキングである。一目瞭然、米国企業ばかりだ。しかも近年ますますその格差が開いている。ランキングを見ても1位アップル、2位アルファベット(グーグル)、3位マイクロソフト、4位バークシャー・ハサウェイ、5位エクソンモービル、6位アマゾン・ドット・コム、7位フェイスブック、8位ジョンソン・エンド・ジョンソン、9位JPモルガン・チェース、10位GE(ゼネラル・エレクトリック)でトップテン(12位まで)を米国企業が独占。ちなみに日本企業はトヨタの29位が最上位。この30年間で進行したのはアメリカの一人勝ち現象である。
・米国企業の今日の繁栄をもたらした原点はロナルド・レーガン大統領の経済政策、レーガノミクスにある。レーガン革命によって通信、金融、運輸などの分野を中心に規制緩和が進んだおかげで米国企業はグローバル化し強い企業が続々と生まれてきた。
・レーガノミクスによる規制緩和と市場開放政策は、アメリカの企業社会に適者生存の競争原理をもたらし、米国企業を強靭にした。競争に勝った会社は生き残り、世界に出かけていった。負けた会社は市場から退出した。弱者への同情は一切なし。
・トランプ大統領の中国やメキシコに対する攻撃は、30年前にアイアイコッカが振り撒いた「黄禍論」を想起させる。
日米貿易不均衡がピークだった1980年代、米クライスラー社の会長だったリー・アイアイコッカは「イエローペリル(黄禍)」と呼んで日本車の大バッシングを展開した。「アメリカのクルマが日本車に負けている理由は、奴らがチープレイバー(安価な労働力)を使って、公害を垂れ流してクルマをつくっているからだ」と訴えて、日本車に対する関税や数量規制を政府に求めたのだ。一方で破綻寸前だったクライスラーを建て直したことでも名声を高めて、一時は業界の英雄アイアコッカを大統領候補に推すムーブメントまで巻き起こった。
トランプ大統領を現代版のアイアコッカと考えるとわかりやすい。
・トランプ大統領は中国がアメリカの雇用を奪っていると主張してきた。アメリカの中国からの輸入額は年間50兆円ほど。対中輸出が約10兆円だから、40兆円ぐらいの貿易不均衡があるのは確かだ。しかし内実を見ると、米国企業が中国でつくったモノを輸入しているケースが非常に多い。
・トランプ大統領が文句を言うべきは国産に見向きもしないで、海外からの最適地から安易に調達してくる国内メーカーであり、ウォルマートやコストコなのだ。
<アメリカと個別交渉して勝てる戦はない>
・私は日米貿易戦争を30年以上にわたって間近で見てきたが、日本が勝った交渉事は一つもない。日本の政治家や役人が前に出てうまくいった事例は皆無なのだ。アメリカとの個別交渉においては日本が一方的に屈してきたのだ。そういう時代に再び足を踏み入れたことを覚悟したほうがいい。
<結論!>
・2国間の貿易交渉となれば、アメリカは相手の事情などお構いなしにエゴを剥き出しにしてくる。しかも交渉相手のトランプ大統領はハイレベルでない経済理解だから、理屈も通じない。私は日米貿易戦争を間近で見てきたが、日本が勝った交渉事は一つもない。そういう時代に再び足を踏み入れたのだ。
<勝算は絶望的「裏切り者」となったイギリスのEU離脱>
・「EU離脱の是非を問う国民投票では、離脱派ポピュリストの声高な主張にかき消され、ブレグジットの不都合が国民に示されなかった。だが国民が選択した以上、政府はやらざるをえない」
<いいとこ取りの合意などできるはずがない>
(結論!)ブレグジットのドアを開けてしまったイギリス。しかし、その向こう側に正しい解はない。これから先のEU離脱交渉で有利な条件を勝ち取ろうとしても「いいとこ取り」の合意を得るのは難しい。それどころか、スコットランド、北アイルランド、ウェールズで独立問題が再燃し、「イングランド・アローン」となるシナリオが現実味を帯びてきた。場合によっては、国民再投票が行われ、元の鞘に収まる可能性も否定できない。
<小泉進次郎氏に贈るわが農協改革プラン、それは「地域農協の株式会社化」だ>
・「『農協のためではなく、農家のためになる改革』という姿勢を貫いて、農家を食い物に巨大化してきた農協の問題点を広く国民に提起したことは政治家としてクリーンヒットと言える」
<農家を食い物に巨大化してきた農協の問題点>
(結論!)本当の農業改革につながるのはJA全農の株式会社化ではなく、地域農協(単位農協)の株式会社化である。株式会社になれば51%の賛成多数で意思決定できる。自由度を得た地域農協が志向するのは「アグリテック」だ。ICT(情報通信技術)、AI、IoT(モノのインタ―ネット)など最新テクノロジーを活用した農業で、オランダにも負けない高収益な農業を生み出せる可能性は高い。
<迷走50年幕藩体制を引きずる日本の空港「非効率の極み」>
・「シンガポールや韓国は、チャンギ国際空港や仁川国際空港に投資を一極集中し、アジアを代表するハブ空港を築いてきた。一方、日本は、国内に100を超える空港があるという異常さだ」
<江戸時代の幕藩体制を引きずっている>
(結論!)今後、日ロ平和条約が締結され、ロシアへの渡航条件が緩和される。そこでクローズアップされるのが、ウラジオストックまで2時間弱、ハバロスクまで2時間半の距離にある新潟空港だ。上越新幹線の終点を新潟空港に持って行くこともかねて提案している。
<●●インターネット情報から●●>
MAG2NEWSから引用 2018/7/27
中国「一帯一路」終焉が見えてきた。相手にするのはアフリカだけ
一時は世界中がその経済的勢いにひれ伏し、参加や協力を表明した中国の「一帯一路」構想ですが、ここに来て黄信号が灯っているようです。
中国は、資金や技術などの援助をすることを条件に、こうして地道に「一帯一路」の参加国を増やしていますが、これまでもこのメルマガで述べてきたように、国際的にはその実態を疑問視する声もだんだんと上がってきています。
中国のずさんな支援内容を、アメリカの華字メディア『多維新聞』の記事が紹介していますので、以下に一部引用します。
中国高速鉄道、国内では建設ラッシュも海外では頓挫ラッシュ
技術・規格・装備が一体となった本格的な中国高速鉄道輸出の第一弾として注目された、インドネシアのジャカルタ─バンドン鉄道は、用地取得の問題により16年の着工式以降全面的な施工に至っておらず、開通のめどが立っていない。コメとの交換と言われるタイ高速鉄道プロジェクトは、タイ政局の混乱で再三遅延している。
そして、この状況は「一帯一路」沿線にとどまらず、米国西部のロサンゼルス─ラスベガス高速鉄道プロジェクトがご破算となり、メキシコからも「不明瞭、非合法、不透明」として高速鉄道協力を破棄された。トルコのプロジェクトは開通にこぎつけたが、大部分の装備や技術は欧州の規格が採用されている。ベネズエラのプロジェクトは、現地の経済情勢悪化に伴い建設現場が廃墟と化してしまった。
しかし今、習近平が掲げている「一帯一路」は、ヒトもモノもカネもすべて中国人が取り仕切ろうというわけです。ユーラシア大陸からアフリカまでの世界各地に、「パックスシニカ」という大風呂敷を広げており、その構想があまりに壮大すぎて、蜃気楼とさえ言われるほどです。
『世界が日本経済をうらやむ日』
◎「インフレ目標」が最も重要
◎銀行貸し出しが増えないのに、なぜ景気が回復したのか
◎非正規雇用が激増した理由
◎現在の株価はバブルではない
◎世界の投資家は日本の財政赤字を気にしていない
◎莫大な利益を得る投資の方法
<時計の針を逆に巻こうとする人々を看過できない>
・経済学の長い歴史によって明らかな貨幣経済のメカニズムを理解すれば、アベノミクスにより景気がよくなるのは当然のことである。
それなのに、いまだに多くの経済学者、政治家、識者、メディアがアベノミクスについて誤解をし、日本国民の不安を必要以上にあおっている。
なかには間違った金融政策が20数年間とられて、デフレが続いていた不況期に、時計の針を戻したいといわんばかりの意見が新聞や雑誌をいまだに賑わしている。失業者や自殺者が増え、生活に苦しんでいる国民が多かった時代のほうがいいというのか?
・世界は、貨幣を扱う貨幣経済で成り立っており、実物経済と貨幣現象が互いに影響し合うことを無視しては、経済政策の正しい評価ができないのである。
<マクロ経済学の教科書には欠陥があった>
・このように、伝統的なマクロ経済学の教科書が波及経路だとしている「銀行の貸し出しの増加」は、リフレ政策の波及経路にとっては、ほんの一部にすぎない。
その代わり、リフレ政策の波及経路のなかには、そういったマクロ経済学の教科書にはまだ書かれていないものが組み込まれている。それは「景気が回復し始める段階で企業が投資活動を高める場合、利払いが必要になる借り入れではなく、自社に蓄えたフリーキャッシュフローを取り崩すところから始める」ということである。
そのことを理解していないから、量的緩和を「実体のない偽薬(プラシーボ)だ」と思い込んでしまうわけだが、現実に、企業は長引くデフレにより、膨大なフリーキャッシュフローを溜め続けてきた。
そして、アベノミクスの発動によって予想インフレ率の上昇が起こった時、企業は実際にフリーキャッシュフローを使い始めている。これまで「偽薬だ」と言っていた人々も、ようやく金融緩和が正真正銘の薬だったことを理解し始めたのではないだろうか。
<実は経済的弱者も救っているアベノミクス>
・しかし、「アベノミクスで喜んでいるのはお金持ちだけ」「アベノミクスは意味がなかった」というのは明確な誤りである。
アベノミクスによる金融緩和は、投資家の利益を増やす一方、景気回復効果を通して、デフレ時代に最も苦しい思いをしていた経済的弱者である失業者に、雇用の機会をもたらしているからである。
・具体的には、最も失業者数が減ったのは2014年5月であるが、この時、日本の失業者数は、233万人にまで減っていたのである。これはすなわち、苦しんでいた86万人もの失業者が、仕事に就くことができたということである。
<賃金上昇のカギは「完全失業率の低下」>
・言い換えると日本の場合、雇用環境が改善していても、完全失業率が継続的に約4%を下回らなければ、給料(名目賃金)は上昇しないということである。そして、完全失業率がいったん4%を下回ると、その後は完全失業率が低下するにしたがって、賃金の上昇率がだんだんと高まっていくのは、経済的事実である。
・アベノミクスの発動以降、確かに景気が回復しながらも、庶民の給料はさほど上がっていないようなイメージが強いが、企業はようやく将来の業績について自信を取り戻しつつあり、そのための新規雇用を徐々に増やし始めた段階なのだ。
したがって、このまま増税などの“邪魔”が入らなければ、次はいよいよ給料が上がる段階に入っていたと考えられる。
<給料はすでに上がり始めている>
・どちらがより正確に、日本人全体の給料(名目賃金)の動きをとらえているかといえば、これまでの理由から「雇用者報酬」のほうであると考える。
これらが理解できると、2014年12月の衆議院総選挙の時に、野党がアベノミクスを批判する根拠として主張していた「アベノミクスの発動以降、非正規雇用は増えたものの、正規雇用が減っているため、アベノミクスは格差を拡大させている」という話のおかしさもわかるだろう。
・つまり日本経済は、「非正規雇用者数」が増える形での失業率の低下の段階から、「非正規雇用者」の正規登用の段階へと移行しつつあるのだ。そして、これは、企業が将来の業績に対して強気になってきたからこそ実現した現象であり、アベノミクスの成果だといえるだろう。
<アベノミクスは金持ち優遇ではない>
・「アベノミクスの効果は、我々庶民にまで回ってこない」などと多くのメディアが吹聴するため、不安に思うのも無理はないが、心配する必要はない。
このまま適切な経済政策が続けられ、完全失業率の低下が順調に続けば、徐々に一般の人の給料が増え始めることは間違いない。「非正規雇用者」の一部もやがて正社員として登用され始める時が訪れるのは、データからも明らかである。
・デフレや円高などが引き起こしている問題には、貨幣経済が一番有効なのだということは明白である。
そして250年以上をかけて、世界中の経済学者が脳漿を絞ってたどりついた結論も、ほぼ同様な処方箋を提示しているのである。
<「中国発デフレ論」も正しくない>
・「人口減少がデフレの原因」説以前に頻繁に言われていたのは、「中国経済の台頭により、価格競争に負けた日本がデフレに陥った」という説であった。さすがにテレビや新聞では語られなくなって久しいが、経済学者のなかにも支持する人がたくさんいた説である。
・野口氏の説は、「デフレの原因は生産年齢人口の減少」説と同じく、「中国企業と競争している日本以外の国もデフレになっているのか?」を見れば、正しくないことは明らかだと思われる。
<「デフレはモノが安くなるからいいこと」は本当か>
・消費者であると同時に、労働者でもある国民は、「長引くデフレが引き起こした不況によって、収入が減り続けてきた」という事実を忘れないでほしい。
<デフレになるほど失業者は増える>
・「デフレは賃金を大きく引き下げる効果を持っている」こと自体が、多くの国民を生活苦へ追いやる大問題である。それだけでなく、「デフレ」が国民を苦しみへと追い込んでいくのは、「失業者が増える」からである。
仕事は多くの国民にとって生きるための糧であり、尊厳であり、だからこそ貴重なものだ。
読者のなかには、「たかだか年率1%未満の速度で物価が下落する日本のデフレは、そんなに問題ではない」と考えている人もいるかもしれない。実際、我々経済学者のなかにも、デフレの問題を過小評価している人は大勢いる。
・しかし、「1%程度のデフレは、大した問題ではない」という見方こそが、日銀の金融緩和政策発動を長らく阻害してきたのである。まさに「1%未満のデフレ」こそが大問題なのだ。
なぜなら、「デフレは、たった1%未満の物価の下落であっても、日本の雇用状況を悪化させる」からである。
・完全失業率が約3%上がるということは、約86万人の失業者が増えることを意味する。
<デフレは自殺者を確実に増やす>
・「1%程度のデフレ」の問題は、失業者数を増やすだけにはとどまらない。長引く日本のデフレは、自殺者数の増加とも概ねペースをともにしている。
<現在の株価はバブルではない>
・たとえば、アベノミクスの金融緩和政策について最初に寄せられた批判は、「バブルが生じる」「ハイパーインフレが起こる」というものであった。
<「金融緩和をしても物価は上がらない」の嘘>
・「金融緩和で日本の物価は上昇しない」という主張は、多くの日本の専門家が賛同どころか強調し、長年、日銀が金融緩和政策を発動することの妨げとなってきた。
・ただ、日銀が金融緩和でいくら貨幣をつぎ込んでも、家計や企業にそれを使う気がなく、そのまま溜め込んでしまう状態になることもある。
<あの手この手で国民を誘導する財政再建至上主義者>
・内閣府は、「景気が回復すれば税収も増えること」を知っていたにもかかわらず、「日本では、景気が回復しても、たいして税収は増えない」と発表したというのである。
田村氏は同記事のなかで、それは政府が消費税を10%に引き上げるために、「増税は不可避である」ことを国民に説得する目的で発表したものであると推察している。
<財政再建至上主義者の弊害>
・財政再建至上主義者は「将来世代にツケを残してはいけない」という話を金科玉条のように持ち出すが、景気を沈滞させて税収を減らした彼らこそ、本当の意味で「将来世代にツケを残す」張本人なのである。
財政再建への近道は、日本経済を回復させることである。次に、たとえば富める人も、そうでない人も、一様に利益を受けるような社会保障制度を改めて、スリム化することである。それでも間に合わない時に最後に俎上にのせるのが、増税の選択に他ならない。
<経済学の論争の歴史は「金融緩和は効くのか否か」だった>
・学者として世に立つためには、学術雑誌に論文を投稿し、審査員の審査を受けなくてはならない。「貨幣は実物に影響を及ぼさない」という主張が通説のようになったため、「貨幣は実物にも影響を及ぼす」という、本来なら現実的であるはずの論文はむしろ異端とされ、退けられるようになった。
・結局、近年の経済学の論争の歴史は、「金融緩和は効くのか否か」であったといっても過言ではない。
<経済学に最大の害毒をもたらした学説>
・このように「貨幣は効くか否か」という学説には、アダム・スミス以前からの古い歴史がある。ディヴィッド・ヒュームが「貨幣数量説」を主張し始めた頃から考えても、実に250年ほどの壮大な論争の歴史が存在しているのである。
経済学者は、命までとはいわないが、少なくとも面子のすべてをかけて真剣に議論を重ねてきた。にもかかわらず、そういった歴史的背景も知らないであろう経済学の素人が、簡単に「金融政策は効かない」などと言うのを聞くと、私は激しい怒りを覚える。
<世界が日本経済をうらやむ日>
<日本ほどいい国はない>
・しかし、(需要不足が解消されることになる)完全雇用が達成されても、(景気はよくなるが)日本経済のすべての問題が解決するわけではない。
完全雇用に近い状態になると、財政刺激や金融緩和を行っても、実質GDP成長率は増加しにくくなる。そのため、それ以上の成長を目指すためには、潜在成長力を上げる必要がある。したがって民間企業が経済活動を自由に行える環境を整えるための「成長戦略」が非常に重要になるのだ。
成長戦略に多くの政策があるが、あえて要約すると、「規制緩和」「女性の活用」「TPPの推進」「大幅な法人税減税の実施」の4つの柱になる。
<1 規制緩和>
・過去34年間、一部の医療関係者の反対によって、医学部の開設は1校も認められていない。また、羽田空港に国際線が発着すると、都民は大いに助かるが、羽田便を増やすなという千葉県議会の抵抗があったという話が新聞に出ていた。さらに日本の農業は事実上、法人経営ができない仕組みになっている。
こういった政府の規制は、氷山の一角にすぎない。細かな規制が民間企業の経済活動を阻害し、発展の邪魔をしている。これらは日本の大きな損失になるのである。
・ケネディ大統領がイェール大学で行った有名な演説に、「国に何をしてもらおうかと問わずに、国に何をしてあげられるかを問え」という一節がある。この言葉を私流に言い換えるならば、「政府に何をしてもらうかを考えずに、政府がやらないでもすむのは何かを考えよ」ということになる。
安倍政権は、規制改革をさらに推進していくべきである。
<2 女性の活用>
・少子高齢化が進むなかで、出生率を上げることはもちろん必要だが、それによって働き手の数を増やすのには20年以上かかるだろう。
だからこそ日本では、女性の活用が重要な課題である。諸外国と比較すれば、日本女性の就業率は、今の状態から10%ぐらいは上がる余地がある。それを向こう5年間に実現するだけでも、少子高齢化による就業者不足に対する短中期的な解決には役立つ。
「子育てと両立できるのなら働きたい」―—そう考える女性の数は、現在の日本では決して少なくない。したがって、まずは女性が安心して働けるような環境を整えること(同時に好景気を持続させ、女性にも多くの職がある状態を保つこと)が重要である。
<3 TPPの推進>
・TPPの推進も成長戦略の重要な柱である。国同士の関税を引き下げ、貿易のハードルを低くすることは、日本経済が貿易による利益を享受するために欠かせないことである。
一方で、「米の輸入は認めない」など、輸入だけを規制するのは筋が通らない。浅川芳祐氏の「日本は世界第5位の農業大国」(講談社)によれば、日本には輸出できる有望な農産物がたくさんあり、日本食ブームの昨今、質のよい新鮮な野菜や生花などを世界に向けて売って行けば、大きな産業に育ちうるという。
そもそも日本は米の輸入に700%以上の関税をかけているため、日本人であっても世界の水準から8倍ほど高い値段でしか米にありつけないのである。
・農業保護政策は農家のためとは限らず、むしろ農協や農林官僚のためにも行われている場合が多い。
TPPにおいて米を聖域にせず貿易を自由化していけば、日本にも必ずその恩恵がもたらされるはずである。
国家間の経済取引、すなわち貿易によって比較優位の原則が働けば、2国間、ひいては世界経済に大きな利益がもたらされることは、経済学の初歩の知識である。
<4 大幅な法人税減税の実施>
・各国が法人税率の引き下げ競争を行っているなかで、日本も他国並みに法人税率が低くなるよう、改革を断行するべきである。
・法人税率を下げると、税収が減って困るのではないかと考える人もいるかもしれない。
しかし、伊藤元重氏など経済財政諮問会議の民間議員が提示しているように、欧州諸国の法人税の平均が1998年の36.9%から、2007年に28.7%に引き下げられたにもかかわらず、欧州諸国の名目GDP中に占める法人税収は、2.9%から3.2%に増加している。これは「法人税の逆説」と呼ばれる現象であるが、理論的に考えれば至極当然の話で、「逆説」ではなく「正論」である。
・しかし、小刻みの法人税減税では、企業の行動にほとんど影響を与えないだろう。相手国の税率引き下げに対抗した大幅な減税によって、日本への投資をうながし、歳入ペースの拡大を狙わなければならない。具体的には、現在35%である法人税を、短期間に少なくとも20%台“前半”にまで引き下げなければならない。
・このような4つの施策を成し遂げるのは、相当難しい。
官僚は規制があるからこそ、その権威と権力を保っている側面がある。にもかかわらず規制緩和を断行することは、その鎧を脱がせる行為に等しく、様々な既得権を持つ団体からの強烈な抵抗が予想されるからである。
・成長戦略や構造改革の、仮に全部でなくても8割がた実現できれば、日本経済はさらに飛躍するだろう。
そうなれば「世界が日本経済をうらやむ日」が間違いなく訪れるのである。
・消費税の引き上げなど、国民はすでに犠牲を払っている。TPPが実現すれば、農業関係者にも何らかのしわ寄せが生じる。お役所が規制改革で痛みを感ずるべきことはすでに説いた。
構造改革実現のためには、国民の各層が薄く広く何らかの犠牲を払わなければならない。企業は時代遅れとなった租税特別措置法(国税についての特例を定めた法律)の根本的な改革を我慢しなければならないし、政治家も納税者番号制度を着々と実現しなければならない。
<●●インターネット情報から●●>
「NHKのウェブ」によれば
高齢者世帯の約3割 18年後には生活保護水準下回るおそれ
2017年5月22日 4時55分
18年後の2035年には、高齢者世帯のおよそ3割が収入や貯蓄が不足して生活保護の水準を下回るおそれがあるという推計を民間の研究機関がまとめました。
この推計は、日本総合研究所が国の人口推計や消費に関する実態調査などのデータを基にまとめました。
それによりますと、18年後の2035年には、収入が生活保護の水準を下回り、貯蓄が不足して平均寿命まで生活水準を維持できない「生活困窮世帯」が、394万世帯余りに上るとしています。
また、平均寿命を超えたり、病気で入院したりした場合に、生活保護の水準を維持できなくなるおそれがある、いわゆる予備軍は167万世帯余りに上り、これらを合わせるとおよそ562万世帯となり、高齢者世帯の27.8%を占めるとしています。
生活困窮世帯すべてに生活保護を支給した場合の給付額は、2015年度のおよそ1兆8000億円から、4.9倍に当たる8兆7000億円に増加するということです。
日本総合研究所調査部の星貴子副主任研究員は「バブルの崩壊やリーマンショックなどで老後の蓄えができなかった人が少なくないと見られる。国は、社会保障だけではなく、定年の延長や就労支援など、高齢者の収入確保に取り組む必要がある」と指摘しています。