日本は津波による大きな被害をうけるだろう UFOアガルタのシャンバラ 

コンタクティやチャネラーの情報を集めています。森羅万象も!UFOは、人類の歴史が始まって以来、最も重要な現象といわれます。

人類学者G・P・マードックが分析したところ、世界の238の人間の社会で、一夫一婦制しか認められていない社会は43、わずか18パーセントしかありませんでした。

 

(2024/3/4)

 

 

『世界の性習俗』

杉岡幸徳  角川新書   2020/4/10

 

 

 

<まえがき>

・世界には、不可解な「性の風習」や「愛の形」が存在します。

 

・世界の奇習を見つめることにより、私たちは何者なのかが見えてきます。

 

世界の奇妙な愛とセックス

妻を旅人に貸し出す人々

アマゾン川で日本の男はモテモテ?

日本には、いや世界にも、広くマレビト信仰というものがあり、外部から来た異人が集落に幸福をもたらしてくれる、という考えがありました。特に閉鎖的な村では、必然的に近親婚が多くなり血も濃くなっていくので、外部から新しい血を携えてやって来る男は歓迎されたのでしょう。

 

イヌイットの密かな遊び

・別に旅行者相手ではなくても、夫婦を交換し合う例は世界中にあります。

 なかでも、イヌイットの「灯りを消して」という遊びは有名です。

 

イヌイットにも、何か災厄の予兆が迫ると、村人同士で夫婦を交換するという例がありました。こうすると、個人の見分けがつかなくなり、悪霊は彼らを襲うことができなくなると考えられていたのです

 

丸裸で生きる民族

なぜ人間は服を着るのか

なかでも、世界で最も裸を忌み嫌う宗教の一つが、イスラム教でしょうコーランでは「女性はよその男に体を見せてはいけない」と教えています。厳しいムスリムの地域では、女性は全身をブルカで覆い、顔にかけられた網越しに世界を見ていることは、よく知られた話です。アラブの女性はベッドの中でも決して裸にならないので、夫は一生、妻の全裸を見ずに過ごすと言われています。

 

処女を破るプロがいた

処女だと結婚できない文化・処女でないと結婚できない文化

・確かに、世界には処女ではないと結婚できない民族も存在します。たとえばコーカサス地方を歩くとベランダに白いシーツが掛けられていることがあり、シーツの真ん中は赤く血で染まっています。これは、前日に結婚したカップルの家で、初夜に花嫁が出血したことを誇示するためなのです。

 

・しかし、全く逆に、「処女だと結婚できない」民族もまた多いのです。処女であることが忌避されてしまうのです。

 たとえば、ロシアのカムチャツカ半島の先住民は、花嫁がかりに処女だと、花嫁の母親は婿に責められてしまいます。だから、母親は事前に人為的に娘の処女を破ったと言います。

 また、フィリピンのボントック・イゴロット族の場合は、女は子供を産まないと結婚できません。つまり、事前に出産能力があることを証明しなければならないのです。

 

初物への恐怖

その一方で、「処女を破る職人」というべき人々も存在します

 かつてインドの南部の王様は、妻をめとるとき、あらかじめバラモンヒンドゥー教の司祭階級)に新妻を破瓜してもらいました。この時、王はバラモンに大金を支払ったといいます。つまり、バラモンは処女を破るプロだったのです。

 他にも、カンボジアでは、1年に1回、生娘の処女を破る儀式があり、それを僧侶が受け持ちました。

 

同様に、フィリピンでも娘の処女を奪うプロがいたとされています

 また、13世紀のフランスには、農奴が結婚した時には新妻を領主と同

衾させねばならず、これに違反した者は財産を没収するという慣習がありました。これをフランス語では「太腿に関する権利」と露骨に表現しています。この慣習がもとで、しばしば農奴が反乱を起こしています

 

・一つの理由は、処女は危険で汚らわしいと考えられていたからです。

 

旧約聖書によると、アブラハムは最初にできた子供イサクを生贄として神に捧げねばなりませんでした。

 

初夜にセックスしてはならない

・初物に対する警戒心が強まるあまり、「結婚初夜にセックスをしてはならない」という風習まで生まれました。時には、結婚してから1年間も性交が禁じられました。

 

・一方では、初夜に関しては、まったく逆の奇習もあります。

 古代のナサモニア人の風習では、結婚初夜には、花嫁は結婚式に来てくれたすべての男の客とベッドを共にし、その後に贈り物を受け取ったといいます。また、太平洋のマルケサス諸島でも、結婚式のときに、花嫁は来てくれたすべての男性客とセックスをしました。そしてその男の数が多ければ多いほど、花嫁にとって名誉なこととされたと言います。

 初夜においてセックスが禁じられたり、逆に乱交が奨励されたりと、支離滅裂なのですが、どちらの場合からも初めての夜を特別視して大切にする精神は見て取れます。

 

夜這いのある島

神秘の道具「ラブ・スティック」

ミクロネシアの島を訪れると、よく不思議なお土産を目にします。1メートルほどの木の棒で、上の方に細密な彫刻を施しています。

 これは現地では「ラブ・スティック」と呼ばれているものです。日本語では「夜這い棒」とも言います。そう、これは現地の人が「夜這い」するときに使う道具なのです。ミクロネシアには夜這いの風俗が色濃くあり、現在でも現地に女性が訪れると、次から次へとホテルに男が誘惑に来る、という話を聞きます。

 

・夜這いの風習は、もちろんミクロネシアだけにあるのではありません。中国のモソ族、ブータンなどにも残っています。

 

誰でもセックスできる「村妻」

これは売春なのか?

コンゴのレレ族には、1950年頃まで、村に「村妻」(ホホムベ)という女性がいました。これは、村の男なら誰でもセックスできる女性です。レレ族の村の女性のうち、10人に1人が村妻だったと言います。村妻は、敵対する村から誘拐されたり、誘惑されて連れて来られた女性たちでした。

 

セックスが儀式になるとき

セックスは生殖のためか?

・人間はなぜセックスをするのか。

 などといきなり問いかけると身構えてしまうかもしれませんが、単に「子供を作るため」だけではないことは確かです。

たとえば、不妊治療をきっかけに夫婦の仲が悪くなり、離婚してしまうという現象がしばしば起こります。

 

世界の奇妙な結婚

男が女を略奪する誘拐婚

「誘拐婚はキルギス人の伝統なのよ。受け入れなさい!」

シルクロードのほとりに佇む、中央アジアの小国キルギス

 この国は、今も女性を誘拐して結婚させる「誘拐婚」が行われていることで知られています。キルギス女性の実に30パーセントが誘拐婚をされていると言われており、さらにその3分の2が、まったく見知らぬ男による誘拐です。

 

世界に広がる一夫多妻制

一夫多妻制は日本の伝統

イスラム圏を歩いていると、男が数人の女を従えて歩いているのを時々見かけます。

 

一夫多妻というと、野蛮で遅れた制度と見られがちですが、それは正しくありません。だいたい、日本も古から一夫多妻の文化でした。三世紀に成立した『魏志倭人伝』には、「大人はみな四、五婦、下戸もあるいは二、三婦、婦人は淫せず、やきもちをやかず」と倭国のことが描かれています。

 日本が一夫一婦制になったのは1898年ですから、まだ百年ちょっとしか経っていません。ちなみに、それまでは妾も二等親という身内のうちに数えられていました。一夫一婦制を強制しているのはキリスト教文化圏くらいで、世界的には極めて特殊なものと言えるでしょう。

 もっとも、確かにモーゼの十戒には「他人の妻を恋慕するな」と書いてありますが、旧約聖書の中で一夫一婦制を守ったのはイサクとリベカくらい。ダヴィデ王には6人の妻がいましたし、ソロモン王には7百人の妻と3百の側室がいたとされています。

 

一夫一婦制の社会はわずか18パーセント

・もともと、一夫一婦制度(単婚)というものは、非常に稀で不自然なものです。たとえば、霊長類で一夫一婦制なのは10パーセントほどしかいません。哺乳類全体ではわずか3パーセントです。

 

人類学者G・P・マードックが分析したところ、世界の238の人間の社会で、一夫一婦制しか認められていない社会は43、わずか18パーセントしかありませんでしたつまり、82パーセントの社会が多婚制を認めているのです。一夫一婦制はあくまで少数派にほかならない

 また、185の人間社会の中で、39パーセントの社会が婚外交渉を認め、積極的に奨励しています。さらに、単婚制を敷いている社会でも、その50パーセントが特定の条件の下で(祭りの日など)婚外交渉を容認しています。つまり、一夫一婦制で、婚外の性行為を一切容認しないという社会は、世界的に極めて珍しいと言えるでしょう

 

一夫多妻制は男のパラダイスか?

・ただし一夫一婦制でも妻の数に制限があることがあります。有名な話ですが、イスラム教徒の男の妻は4人までです。その一方、西アフリカのアシャンティ族の王になると、わずか3333人の妻で我慢しなければなりません。

 イスラム教が一夫多妻を認めるのは、もともとは戦争で夫を失った女性を救済するための、いわば人道的な制度でした。そもそもイスラム教の開祖のムハンマド自身が9から11人の妻を持っていたと言われています。

 

・そもそも、アフリカにキリスト教が持ち込まれ、一夫多妻制が廃止されそうになった時、もっとも反対したのは妻たちでした。一夫多妻制では第一夫人の力がとても強く、安定しているからです。

 

一夫一婦制は存続するか

・前述したように、一夫一婦制は哺乳類の社会でも人間の社会でも少数派です。しかも、日本を含む先進国では離婚率が上昇しています。これは、すでに一夫一婦制度が限界に達し、崩壊しつつあるということではないでしょうか

 日本は1898年まで一夫多妻制でしたから、一夫一婦制度はせいぜい百年ほどしか続かなかったわけです。

 

一人の女が多くの男を従える一妻多夫制

夫が多い女が尊敬される一妻多夫制

一人の妻が多くの夫を従える一妻多夫制は、一夫多妻制よりもはるかに少ないのですが、確かに存在しますポリネシアのマルケサス島、ヒマラヤのチベット族南インドのトダ族などです。

 まず。マルケサス島の例を見てみましょう。

 この島は、何らかの原因で男が女より圧倒的に多く、一時は男が女の2.5倍もいたとも言われています。食料に乏しい島なので、女児が生まれたら間引きしてしまったからだという説が有力です。必然的に男があぶれてしまうので、一妻多夫制が定着したわけです。

 

チベット族の一妻多夫制は、ほとんどの夫が兄弟です。つまり、兄が結婚したら、自動的にすべての兄弟が夫になり、妻を共有するのです。逆に、弟が結婚しても、兄がその妻の夫になることはありません。

 

嫉妬は存在しない

女王蜂の周りに働き蜂が群がるような、一妻多夫制の世界。なぜこのような制度が存在するのでしょうか。いくつかの理由が考えられます。

  • 先にも挙げたように、女児を間引きするため女の人口が少なくなってしまったから。マルケサス島やトダ族がそれです。
  • 貧しさゆえに、男が妻をめとる際の婚資を用意できないから、共同で出資して妻をめとる。
  • 財産を分割しないため。
  • 夫が遊牧や商売でしばしば家を空けるので、妻が一人で家にいると用心が悪いため。これはチベット族の例です。

 

・たとえばトダ族には「姦通」に当たる言葉がありません。

 

女と女の結婚

「女性夫」とは何か

・アフリカには、女と女が結婚する風習があります。と言っても、別に彼女たちがレズビアンというわけではありません。

 女性が結婚しても子供に恵まれないとき、彼女が「夫」となってほかの女性と結婚するのです。そして、新しい妻に男をあてがって(彼女の親戚の男が多い)、子供を産んでもらいます。その子供は、多くの場合、男性の夫の子供となります。なんともややこしい話ですが……。

 

結婚のない民族・ソモ族

「恋人は2百人いるよ」

・中国南部の雲南省は、「少数民族の宝庫」と呼ばれています。現地を歩いていると、色とりどりの民族衣装を着た少数民族が町を闊歩している姿をよく見かけます。

 ここにモソ族という民族が暮らしていますが、彼らは「結婚のない民族」として知られています。

 モソ族の性愛生活を、中国語で「走婚」と言います。「走」は中国語で「歩く」という意味です。「婚」という字が使われていますが、これは私たちの知っている「結婚」ではありません。一言でいうと、完全な自由恋愛です(モソ語でセセと言う)。より直截に言えば、「夜這い」ということです。

 

・モソ族には、「恋人が2百人いる」と豪語する男女も珍しくありません。むしろ、多くの異性を虜にする者が尊敬されるのです。

 

モソ族に「嫉妬」という言葉はない

・では、自由な性愛の結果、女に子供が生まれるとどうなるのでしょうか。

 モソ族は女系制社会なので、そのまま子供は女の家で育てられます。男はほとんど関係のない世界で、男が育児に携わることはありません。それどころか、自分の父親が誰か知らない子供も多いのです。

 

・モソ語には「独占」「嫉妬」に当たる言葉がありません。

 

・モソ族の村を歩くと、男は働かず、トランプやビリヤードをして遊んでいるのをよく見かけます。その一方、女は大きな荷物を背負ったりして熱心に働いています。

 

本当に子供に親は必要なのか

・先ほど、私は「自分の父親を知らないモソ族の人は多い」と書きましたが、もう一つ面白いことに、自分の母親が誰かも知らないモソ族の人も多いのです。

 それはなぜかというと、モソ語では母親を「アミ」といい、そして母の姉妹も同じく「アミ」と言うからです。つまり、家の中で「アミ」という言葉が飛び交じっていても、誰が本当の血のつながった「母親」かわからないのです。

 

・実の父と母が誰かわからなくても、平然と存続している社会もあるのです。日本でも昔から「生みの親より育ての親」「親はなくとも子は育つ」と言いますが、このことわざは残念ながら真実なのではないでしょうか。

 

「父」「母」は猥褻語

・もう一つ重大な事実があります。モソ族の社会は、実はとても性的タブーの厳しいところでもあるのです。

 たとえば、人前で「父」「母」「走婚」といった言葉を口にするのは、タブーです。これらは、一種の猥褻な言葉だとされているのです。

 

・もつとも、近年のモソ族の地域では、女性の出稼ぎが増加し、村の女性が少なくなり、セセは少しずつ消滅しつつあります。また、テレビや携帯電話などの侵入により、彼らの価値観は激しく揺さぶられています。

 

世界の奇妙な男と女

フェラチオさせアナルセックスする儀式

若者宿に連れ込まれ………

フェラチオさせて精液を飲ませる、アナルセックスをする、互いに性器を弄ぶ……。これらは別にアダルトビデオの内容ではありません。ニューギニアのある部族が行っていた、通過儀礼の中身です。

 ニューギニア高地人と言えば、つい最近まで石器時代と同然の生活を送り、首狩りの風習があったことで知られています。そこのサンビア族たちが行っていた成人の通過儀礼は、だいたい次のようなものです。

 まず、少年は7歳くらいのときに、突如、母親のもとから連れ去られ、男しかいない若者宿に連れ込まれます。

 

・少年は、十年近くを若者宿ですごします。精液を飲まされ続けた少年は、そのうちまた年下の少年に精液を飲ませる役を演じ、やがて完全な成人の男として若者宿を離れ、女性と結婚します。

 

男でも女でもない第三の性

少女はなぜ男と出歩くのか

・最近の先進国ではLGBTがどうのと騒がれていますが、フィリピン、タイ、ミャンマーなどの東南アジアの地域では、昔からジェンダーの垣根を超えることに寛容で、地域社会において普通にトランスジェンダーが生きています。それは初めからそういうものだと考えられていて、それほど特別視されたり差別されたりすることもないのです。

 

インドの第三の性「ヒジュラ

・インドにも第三の性が存在し、彼らを「ヒジュラ」といいます。これは、ヒンディー語で「両性具有者」を意味します。

 

ヒジュラインド亜大陸に50万人ほどいると言われています。彼らは10人くらいの「ファミリー」を作って生活をしています。

 

ヒジュラは歌や踊り、物乞い、売春などで生計を立てています。

 

・あとはなんといっても売春です。デリーの売春街にはヒジュラ専門の売春宿がいくつもあり、化粧の濃いヒジュラが客に嬌声をあげています。

 

生まれながらの両性具有者か?

・多くのインド人は「ヒジュラは生まれながらの両性具有者」と信じています。

 

・しかし、本当に生まれながらの両性具有であるヒジュラはほとんどいません。圧倒的多数が、去勢した男なのです。

 

・インドは厳格なカースト制の国であり、ヒジュラカーストから弾き飛ばされた、いわば指定カーストです。社会的に忌み嫌われ、差別されることが多いのが実態です。

 

・もともとヒンドゥー教には、両性具有の神がしばしば現れます。ヒジュラシヴァ神を信奉していますが、シヴァ神とその妃パールヴァティーはしばしば一体となり、アルダーナリーシュヴァラという神になります。男性原理と女性原理が一つになり、性力を持つという考え方があるので、男でも女でもないヒジュラを思想的に受け入れる余地はある、というわけです。

 

・なお、インドでは2014年に最高裁が「第三の性」を認め、パスポートの性別欄に“T”(トランスジェンダー)の表記が出現しました。

 

まことに素晴らしい気運なのですが、その一方で、インドでは同性愛が法律で禁止されているという、よくわからない状況ではあるのですが……。

 

男として生きる処女

・第三の性が認められている文化圏は意外と多いといえます。ネイティヴ・アメリカンのツー・スピリット、インドネシアのチャラバイ、タヒチのマフ、サモアのファファフィネ、ミャンマーのナッカドー、オマーンのハニースなどが挙げられます。

 一方で、キリスト教文化圏では、伝統的に同性愛を抑圧してきました。

 

このうち、ネイティヴ・アメリカンのツー・スピリットやミャンマーのナッカドーは、主にシャーマンや霊媒師として働いている人々です。シャーマンが女装男性であるケースはかなり多く、アラスカやシベリアでも見られます。日本でも、横浜の「お札まき」など、男が女装する祭りがしばしば見られるのは、この系譜なのでしょう。

 

バルカン半島には、19世紀から20世紀まで男として生活を送る処女がいました。なぜ彼らが男として生きたというかというと、一家に男兄弟がいなかったからです。現地には厳格な家父長制度が敷かれていたため、男兄弟がいなければ、財産の継承者がいなくなり、財産が霧散する危険性があったからです。

 

・なお、女の子を男の子として育てる風習はアフガニスタンにもあります。

 

世界の奇妙な「性」と「聖」

神殿で売春する女

嫁入り前に体を売る

・かつて、神聖なはずの神殿で、女が売春するという不可解な風習がありました。たとえば、古代ギリシャの歴史家であるヘロドトスによると、古代のバビロンでは、女は一生に一度ミュリッタ(ヴィーナス)の神殿に赴き、そこで見知らぬ男に体を売る習慣があったと言います。

 女は神殿に座り込み、男が金を出して買ってくれるまで、ひたすら待ち続けます。

 

他にも、地中海のキプロス島では、嫁入り前の娘は必ず海岸に行って、何日も男に体を売る義務がありました。ここで稼いだ金を結婚の持参金に充てたり、ヴィーナスに寄進したりしました

 

「神の女奴隷」デーヴァダーシー

・しかし、ヒンドゥー教の国インドでは、今でも寺院における売春が続いています。この売春婦はデーヴァダーシー(ヒンディー語で「神の女奴隷」の意味)と呼ばれています。現代でも、インドでは5万人近いデーヴァダーシーがいるとされています。

 デーヴァダーシーは9世紀頃に誕生したと言われています。

 

処女を利用する者たち

・デーヴァダーシーは、1988年にはすでにインドでは非合法化されています。しかし、今も密かに奉納の儀式は行われています。

 では、なぜこのような神聖なのか俗悪なのかよくわからない制度が今も続いているのでしょうか。

 その単純な理由の一つが、デーヴァダーシーが「儲かる」からです。

 

宗教とセックスは、一見相反するもののように見えて、太古から互いに手を携えて生きてきました。たとえば、イエスに付き従い、彼の遺体に香油を塗ったというマグダラのマリアは、娼婦だったと伝えられています。娼婦だからこそ、その「罪」を許すイエスが必要だったのです。

 

・考えてみると、宗教ほど「悪」や「賤」を必要としているものもありません。もしこの世に悪がなければ、それを打ち負かす宗教も必要なくなるからです。聖なるものと性なるものは、往々にして一致するのです。

 

祭りは性的乱交である

奴隷が王になり、王が奴隷になる儀式

・世界で最も有名な祭りは、ブラジルのリオのカーニバル(謝肉祭)でしょう。謝肉祭のとは、肉を断って懺悔をする四旬節の前に、できる限り鯨飲馬食してはめをはずそうというものです。リオのカーニバルでは、全裸同然の踊り子たちが踊り狂い、あちこちで性的乱交が繰り広げられます。山車の上からコンドームをまき散らして配ることもあります。初めから乱交が行われることが織り込みずみなのです。

 

・他にも、インドではホーリー祭という祭りがあります。これは毎年3月頃、色鮮やかな粉や水を投げつけあって遊ぶものです。参加者はみな全身が毒々しい色に染まり、ずぶぬれになります。ホーリー祭のときは、ホテルは外国人観光客に外出禁止令を出すことがあります。特に女性は外に出ることを止められます。痴漢をされたり、レイプをされたりする事件が後を絶たないからです。この祭りも、本来は性的な乱交が行われる祭りなのです。

 

なぜ盆踊りで顔を隠すのか?

・性的な祭りが最も多いのが、実は日本です。

 典型的なものが、夏に行われる「盆踊り」です。もともと盆踊りとは、性的乱交をともなうものでした。その証拠に、明治政府は何度も「盆踊り禁止令」なるものを布告しています。あまりに性的放埓が目に余り、外国人に見せるのが恥ずかしかったからです。

 

・徳島の阿波おどりをはじめとして、盆踊りでは、女性はしばしば菅笠(すげがさ)で顔を隠して踊ります。秋田県の西馬音内(にしもない)盆踊りでは、女性は黒い布で顔を完全に覆い隠して踊ります。なぜわざわざこんなことをするのでしょうか。それは、顔を隠し、誰だかわからないようにして、心置きなく性的乱交を楽しむためなのです。

 

また、川崎市で行われる、かなまら祭は、全世界から外国人が訪れることで有名です。男性器の形をした巨大なピンク色の神輿を、女装した男たちが担ぎまわるという、カオスな光景が人気です。このように、男性器を祀る祭りは多いのですが、愛知県の大縣(おおあがた)神社の豊年祭は、女性器の神輿が出てくることで知られています。町を練り歩く山車の上に巨大なおかめのオブジェが載っているのですが、その口が明らかに女性器の形なのです。

  ほかにも、新潟県魚沼市のしねり弁天たたき地蔵は、男は女をしねり(つねり)放題、女は男をたたき放題、という無礼講な祭りです。これも、かつての乱交の名残りをとどめたものと言えるでしょう。

 

寡婦が炎に飛び込み殉死する

焼かれた花嫁

・1987年9月4日、インドは戦慄と熱狂に覆われていました。

 ラージャスターン州の、デオラーラ村で、わずか18歳の若妻ループ・カンワルが、「サティー」を決行したというのです。サティーとはインド古来の風習で、夫が亡くなった時、妻が夫の遺体が焼かれる炎に身を投じて殉死するというものです。

 

・警察は、サティーに関わった28人を自殺幇助などの罪で逮捕しました。しかし、結局は誰一人訴追されず、釈放されてしまったのです。

 

微笑んで焼け死ぬ女たち

・17世紀にムガル帝国を旅行したフランス人フランソワ・ベルニエは、実際に数々のサティーを目撃し、生々しい記録を残しています。

 

自殺か、殺人か?

今なお消えない悪夢

・サティーが始まったのは、紀元前3世紀頃と考えられています。

 

世界の奇妙なタブー

不倫は悪なのか?

日本人の偽善

・最近の日本で、「不倫」ほど評判の悪いものはありません。まったく自分とは関係のない、よく知らないタレントが浮気しただけで、世間が総叩きし、ほとんど社会的に抹殺されてしまうことは、みなさんご存じの通りです。

 しかし、このようなことは、この国ではつい最近沸き起こった極めて新しい現象です。

 日本ではちょっと前まで「妾を養うのも男の甲斐性のうち」と言われていたことは、よく知られていることです。戦後の首相には、妾の家から国会に通う精力的な男もいましたが、それが理由で失脚するなどということは、もちろんありませんでした。

 

女が男に歌を聞かせると不倫?

・もともと「不倫」とは「倫理に反するもの」という意味です。しかし「倫理とは何か」は民族や時代によって変わってくるので、不倫という概念はとても不確かなものなのです。

 

・また、保守的なイスラム教の地域では、女が男と同室したり、女が男に歌を聞かせたりするだけで不倫と見なされ、女性が殺されてしまうことがあります。

 

合法的に不倫を楽しむ「月の夫婦」

・いわゆる「不倫」が合法的に組み込まれている社会もあります。

 オーストラリアのディエリ族には「ピラウル婚」という制度があります。ピラウルとは「月の夫婦」という意味で、彼らは結婚する前にピラウルという複数の愛人を作ります。

 

・多夫一妻制のインドのトダ族には、そもそも「不倫」に当たる概念も言葉もありません。だから、不倫をしたくてもしようがないのです。

 

インセスト(近親相姦)は本当にタブーか

クレオパトラは弟と結婚した

インセスト(近親相姦)というと、考えるのもおぞましい、絶対にしてはならない、と思う人が多いでしょうが、本当にこれはタブーなのでしょうか。

 結論としては、インセストは必ずしもタブーではない、と言えます。例外があまりにも多いからです。

 たとえば、日本の最古の歴史書である『古事記』に記されている皇族の結婚を調べると、現在の日本の法律で禁じられている3親等以内の結婚が、45の結婚例のうち実に22例、半数近くにのぼっているのです。また、718年に公布された「養老令」には、天皇の妃は天皇あるいは先帝の娘か姉妹でなければならない、と定められています。つまりこの場合、天皇の妃は近親の女でなければだめなのです。

 

・といっても、話は貴族の間だけに限りません。一般人においても、イヌイット、ジャワのカラング族、ニューカレドニア人などでは母と息子は結婚可能でした。また、ミャンマーカレン族マーシャル諸島、アフリカのアザンデ族などでは父と娘の結婚が、ハワイ、マーシャル諸島などではキョウダイ間の結婚がそれぞれ認められていました。

 さらに社会生物学者のソーンヒルによると、世界の129民族のうちで、56パーセントにものぼる民族が、親子やキョウダイ間のインセストを規制していないといいます。

 

・たとえば、日本では3親等以内では結婚が可能です。「いとこ同士は鴨の味」という言葉がある通り、むしろいとこ婚が素晴らしいものとして推奨される気配すらあります。

 しかし、いとこ婚は欧米ではほぼタブーですアメリカではほぼ半数の州がいとこ婚を法的に禁じています。彼らから見ると、いとこ婚を認める日本の風土や法律は、とてつもなく野蛮なものに映るでしょう。

 

・また、韓国人は合コンやナンパをするとき、まず相手の姓を聞くといいます。なぜなら、同じ姓だと結婚できないという風習があるからです。と言っても、姓が同じだと何でもだめというわけではなく、本貫(その姓の始祖の出身地)まで同じだと非常にまずい。最も多い金海金氏は韓国人の9パーセントいると言いますから、1割近い異性とは結婚できなくなります(ただし、1999年に法的には結婚可能になりました)。

 

インセストはなぜ忌避されるのか

・さて、インセストのタブーは絶対的なものではないにしても、ほとんどの社会でインセストを回避する掟やシステムを作っていたのは事実です。このインセスト・タブーはどこから来たのか、これについては百家争鳴です。

 

・確かにインセストが否定されるのは「人間は身近な異性には性欲を覚えにくいから」だという説もあります。

 

・しかし、本能説には重大な反論があります。インセストを避けるのが本能なら、なぜ人間はわざわざインセスト・タブーなるものを作り出したのか、ということになるからです。

 

・「インセストは遺伝的に有害であり、人類は昔からそれを知っていたから禁じたのだ」という説もあります。

 確かに、チェコスロバキアの研究で、インセストで生まれた子供160名のうち、実に80名、50パーセントもの子供が先天的な疾患を背負っていたというデータがあります(インセストの場合は10.5パーセント)。

 しかし、私たちの祖先はどうやってこの事実を知ったのか、という問題があります。

 

・さらに、インセストのタブーは、一筋縄ではいかないところがあります。交叉いとこ婚(異性のキョウダイの子供同士)はだめで平行いとこ婚(同性のキョウダイの子供同士)はいいとか、あるいはその逆だとか、第二・第三いとこ婚は禁じられているのに、より血縁が近い第一いとこ婚は認められるとかいった、およそ「科学的」とは言えないルールが存在するからです。また、文化圏により「近親」の範囲が違うという事実の説明もつきません。もし人類の祖先がインセストの遺伝学的な危険性を科学的に知っていたのなら、タブーのルールはもっと合理的で単純なものになっていたはずです。

 結局「なぜインセスト・タブーは存在するのか」は不明瞭で、文明の冥い霧の中に埋もれていると言わざるをえません。

 

動物とのセックス

ヒルとセックスすると結核が治る?

ベトナムを旅していたころ、田舎の年配の男から、「鳥を食べるときは、目の前で絞められたのを確認してから食べなよ。それ以外は食っちゃだめだ

 と半ば笑いながら言われたことがあります。要するに、その鳥が人間の男から獣姦されているかもしれないので、うかつに食べると大変なことになると、親切に教えてくれたわけです。

 まあこれは冗談だと思いますが、世界には不可解な獣姦の習慣が多々あります。それらは、単なる性的傾向ですまされないものがあります。

 

日本の奇妙な性習俗

日本の性の奇習

《誘拐婚》

・「嫁かつぎ」「嫁盗み」と呼ばれる誘拐婚は、日本中に存在しました。

 

・なお、誘拐婚を行う理由はキルギスの場合と同じで、結納金を払えないからとか、認められない結婚を誘拐されたという形にして認めさせる、などです。また、大阪にも「ボオタ(奪おた)」と称する誘拐婚がありました。

 

《夜這い》

・私は、最近まで夜這いが行われていた徳島県の山奥まで、夜這いの経験者の話を聞きに行ったことがあります。夜這いはかなりの場所で高度成長期のころまで残っていました。古くは『竹取物語』『源氏物語』にも夜這いの記述があります。

 

・完全に村公認の制度なので、娘のところに誰も夜這いに来なければ、親も心配して、若い男たちに「たまにはうちにも夜這いに来てくれ」と懇願するほどでした。そうしないと、結婚の相手が見つからないからです。

 

・また「後家は村持ち」という言葉もあり、後家さんならどんな男でも夜這いを仕掛けてかまいませんでした。「半田・亀崎女のよばい」などという言葉も残っている通り、女が夜這いをしかける地域もありました。

 

《宗教売春》

・戦国時代に日本にやって来た宣教師ルイス・フロイスは、次のように書き記しています。

 

 日本では比丘尼の僧院はほとんど淫売婦の街になっている。(中略)日本の比丘尼はいつでも遊びに出かけ、時々陣立に行く。

 

・実際、比丘尼(びくに)(尼僧)は売春と密接に関わっていて、特に「歩き巫女」と称する巫女たちは、各地を布教して回りながら売春を行ったのです。

 また、日本の大きな神社の近くには、売春街があることが多いのです。代表例が伊勢神宮で、ここの近くには古市という有名な色街があり、かつては70軒もの遊郭が立ち並び、遊女たちが艶めかしい声を上げて春を売っていました

 いったいなぜ、神社の近くに売春街があるのでしょうか。それは、伊勢神宮に参拝する前に、男は「精進落とし」と称して遊郭で女を買う習慣があったからです。女も同様に、行きずりの男に身を任せ、厄を落としてもらうのが通例でした。江戸時代に流行った「お伊勢参り」は、売春ツアーとしての一面もあったのです。

 明治初期に日本を旅したイギリス人女性イザベラ・バードも「この国では悪徳と宗教が同盟を結んでいる。ほとんどの大きな神社は女郎屋に囲まれている」と書き残しています

 

社会的に認められた同性愛

・日本は昔から男性の同性愛に非常に寛容であったことが知られています。たとえば仏教寺院では女犯の禁が厳しかったので、僧侶が稚児と愛し合うのが当たり前でした

 戦国時代には、女性を戦場に連れて行くのは縁起が悪いとされていたため、むしろ衆道(男の同性愛)のほうが高尚だとされ、奨励されました。この時代に日本にやって来たキリスト教の宣教師は、あまりの男色の多さに驚き、激怒したという記録が残っています

 

・さらに江戸時代には、売れない男の歌舞伎俳優が性の相手をする「陰間茶屋」が人気を博していたことが知られています。

 

淫乱な日本

・もともと日本人は、世界的に見ても非常に淫らな民族として名を馳せていました。

 16世紀に日本にやって来たポルトガルの宣教師ルイス・フロイスは、次のように書き残しています。

 

 日本の女性は処女の純潔を少しも重んじない。それを欠いても、名誉を失わなければ、結婚もできる。日本では娘たちは両親にことわりもしないで一日でも幾日でも、ひとりで好きな所へ出かける。

 

・村では結婚前から夜這いをしかけるのは当たり前でしたから、処女の価値などまったくなかったのは当たり前です。また、処女の価値どころか、処女が忌避されてしまう文化も世界的には多い。

 

・さらに、幕末にペリー提督とともに来日した通訳のウィリアムズは、次のように驚倒しました。

 

 私が見聞した異教徒諸国の中では、この国が一番淫らかと思われた。体験したところから判断すると、慎みを知らないといっても過言ではない。婦人たちは胸を隠そうとはしないし、歩くたびに太腿まで覗かせる。

 

野蛮な文化が世界をリードする

・言うまでもなく、自分たちの文化だけが正しいと考える「自民族中心主義」は賢明ではありません。

 

《LGBT》(レズビアン、ゲイ、バイセクシャルトランスジェンダー

 最近はLGBTQIA+とかSOGIとかとも言うようですが、性的マイノリティの権利を守らねばならない、という主張をよく聞きます。

 しかし、本書を読んでいただければ、性的マイノリティが当たり前に社会に組み込まれている文化も多いことに気づくでしょう(たいていは非キリスト教文化圏)。

 

同性婚

・日本では同性同士の結婚は法的には認められていませんが、アフリカには女性同士の結婚が昔から存在します(ただし意味合いは異なりますが)。

 

代理母出産》

・これも日本ではまだ法的に認められていませんが、アフリカの「女性婚」はこれの先駆けとなっています(より肉体的なものですが)。女が不妊の場合、女が女と結婚し、「妻」に別の男をあてがって、かわりに出産してもらうというものです。

 

《結婚制度》

日本を含め先進国では、非婚率が上がっています。フランスでは半分近くのカップルが事実婚です。結婚制度そものが揺らいでいる、と言っていいでしょう。

 しかし、中国のモソ族には、もともと結婚制度が存在しません。

 

 


『秘密結社の日本史』

海野弘   平凡社   2007/9

 

 

 

折口信夫の<まれびと>論>

<特定のおとづれ人>というのは、折口によれば、<まれびと>であり、彼方からやってくる神なのだ。蓑笠を着けた人は神であり、<まれびと>である。したがって、スサノオも<まれびと>なのだ。

 折口は<まれびと>を神であり、「古代の村村に、海のあなたから時あって来り臨んで、其村人どもの生活を幸福にして還る霊物」といっている。

<まれびと>は折口学の根本となることばである。彼は1921年、23年の沖縄の旅でそれを発想したといわれる。彼方からやって来る神とそれを迎える土地の精霊。両者の間に行われる神事、そこから文学と芸能が生まれる

 

この<まれびと>こそ、実は秘密結社であり、折口は、<まれびと>論において、日本の秘密結社を先駆的にとらえたのであった。しかし折口自身、それについてどのくらい意識していたかわからないが、あまり発展されず、結社としての<まれびと>は埋もれてしまった。<まれびと>の原型になったのは、沖縄の八重山のアンガマア、マユンガナシ、アカマタ・クロマタなど。異装して訪れて、祝福を与えて帰っていく民族神を知ったことであった。

 

アカマタ・クロマタは、八重山群島で、稲の豊作をもたらす仮面仮装の来訪神である。この神事のために、村人から選ばれた祭祀集団がつくられている。閉鎖的な秘密結社で、入るために厳しい審査を受ける。入社式があり、内部には階梯があり、初年者をウイタビ、2年目をマタタビ、それ以後をギラヌムという。これはメラネシアなどの見られるプリミティブな秘密結社が日本にも入っていたことを示している。他には男鹿半島のナマハゲなどが知られる。

 折口は、蓑笠を着て、鬼のような面をつけてあらわれる来訪神を<まれびと>と考えた。<まれびと>は、秘密の異界とこの世を往来する。そして蓑笠を着けてあらわれるスサノオは<まれびと>とされる。

 

スサノオを<まれびと>の密儀を行う秘密結社と見ると、いろいろ理解できることがある。スサノオ大国主命に、さまざまな試練を与えるが、これは結社への入社式の試練と見られる。

 折口信夫は、笠をかぶってあらわれる来訪神<まれびと>として、スサノオ、隼人、斉明記に出てくる鬼などに触れた。隼人は、異民族で、天孫民族に征服され、宮廷の雑役をしたり、芸人として使われていたらしい。また竹を編んで、籠や笠をつくっていたという。

 

・神話の中には、日本文化の最古層に沈んでいる海洋民族の秘密結社のきおくがひそんでいる。折口信夫はそれを、まれびと。と呼んだ。<まれびと>の秘儀の中の、ほかひ、語り、芸能、占い、そして秘密の技などを持ち歩く人々の集団の中に、日本の秘密結社の原型がある、と私は思うのである。

 

<日本に秘密結社はあるか?>

・なぜに日本に秘密結社はない、とされたのだろうか。島国であり、単一民族で、万世一系天皇制だから、秘密結社が存在する余地がなかったと考えられたのだろう

後の歴史学は、日本の歴史も一本の流れではなく、複数の流れであることを明らかにしたはずだ。それにもかかわらず、<秘密結社>が見えてこなかったのは、戦後もずっと、戦前・戦中の史観の呪縛が解けていなかったことになる。

 

・綾部恒雄が触れているように、戦前にすでに、岡正雄は「異人その他」(1928)で、メラネシアポリネシアの伝統的秘密結社が日本文化の深層に沈んでいることを語っていた。それは折口信夫の<まれびと>の考えにつながってゆく、画期的な視野を持っていた。

 

・ここには、なぜ今<秘密結社>なのか、という問題へのヒントも示されている。<秘密結社>とは<異人><まれびと>(外からやってくる人・神)といかに出会うかを問いかけてくるものなのだ。

 だが、岡正雄の提案はこたえられず、日本は戦争に突入してしまい、<日本の秘密結社>は封印されてしまった。問題は、戦後になってもその封印が解けなかったことだ。戦争に敗れた日本はさらに自らに閉じこもり、異人とのつき合いに臆病になってしまった。

 

 


『異人その他』 

岡正雄) (岩波書店)    1994/11/16



<異人>
・異人もしくは外人は、未開人にとっては常に畏怖の対象であった。あるいは彼らは、異人は強力な呪物を有していると考えて畏怖したのであろう。あるいは悪霊であるとも考えたのであろう。

・自分の属する社会以外の者を異人視して様々な呼称を与え、畏怖と侮蔑との混合した心態を持って、これを表象し、これに接触することは、吾が国民間伝承に極めて豊富に見受けられる事実である。山人、山姥、山童、天狗、巨人、鬼、その他遊行祝言師に与えた呼称の民間伝承的表象は、今もなお我々の生活に実感的に結合し、社会生活や行事の構成と参加している。



『異人・河童・日本人』 (日本文化を読む)

(住谷一彦・坪井洋文山口昌男、村武精一)
新曜社)  1987/11


 


<異人その他><日本民族の起源>
アメリカ大陸の神話の中にスサノオ神話と同質のものが入っているらしい。もしそうだとすれば、スサノオ神話の歴史的な遡源は3万年近くまでさかのぼってしまうことになります。


ストレンジャー(異人)が主役を演じる。


・大人(おおびと)というようなストレンジャーがあり、山姥が暮れに市に出るとその市が終わる、という話がある。


・経済史の中で、経済的な事象の中に「市に山人、異人、山姥、鬼が出現し、何程か市行事の構成に散ずるといふ事。つまり交易の相手たる『異人』の問題が考へられる」と書いておられます。要するに、ひとつの社会の対象化するために、そういうふうな異人が出現することが、いかに重要だったかということが、このへんで、明らかにされていると思います。


 

『秘密結社』
綾部恒雄  講談社    2010/10/13




<異人と祭祀的秘密結社>
メラネシア又は
ポリネシアの社会生活の概念となるものはいわゆる秘密結社である。

・そのようなメラネシアポリネシアの秘密結社の考察は、その様相、変型、フォークロア化の点で、日本文化史に与える暗示はきわめて深いと述べている。

1. 異人が幾度にか、季節を定めて訪来したこと。
2. 異人は先住民より亡魂、又は死者そのものと考えられたこと。
3. 異人は海の彼方から、来るものと信じられたこと。後には、山中の叢林より来るとも信じられるに至ったこと。
4. 異人は畏敬されつつも平和的に歓待されたこと。
5. 異人は食物の饗応、殊に初成物を受けたこと。
6. 異人は海岸地に住まずして山中の叢林に住みしこと。
7. 異人はdual  organization の構成の原因となりしこと。
8. 異人が土民の女と結婚する必要ありしこと。
9. 異人とその女との間に出来た子供が特殊な社会的宗教的性質を有せしこと。
10. 異人は入社式、男子集会所の起源をなしたこと。
11. 異人はその異人たることを表徴する杖、及び「音」を有せしこと。
12. 仮面が男女二つあること。女異人が山中に住むということ。
13. 異人が訓戒、悪事摘発をなし、豊作をもたらし、又はもたらさしめんことを任務としたこと。
14. 異人が季節殊に収穫季、冬至に関係したこと。 
15. 異人は季節が来ると、その出現を期待されたこと。
16. 異人若しくは神は常に村にとどまらないと信じられたこと。
17. 異人の出現の際は女子、子供は閉居したこと。
18. 異人のタブーが財産の起源となったこと。
19. 異人がフォークロア化して遊行歌舞伎団となったこと。
20. 遊行人は異装し、杖と音とを有し、饗応を強制し、或は掠奪を敢えてし得ること。
21. 遊行人が神話、神の系譜を語り、或は之を演技で表現すること。多く季節と関係して。
22. 遊行歌謡団から伊達者(man―woman)が発生したこと。
23. 彼等は民間信仰に於いては、侮蔑されつつも亦高き階級に属すとされたこと。

・すでに触れたように、岡の考察はメラネシアの社会史を範例として行われたのであるが、これらの異人にまつわる表象、状況、発展について暗示された諸項目は、
アフリカの祭祀的秘密結社の成立の事情を辿ることによっても、確認することができるのである。
                                                                                     

 

 

『世界を見る目が変わる50の事実』

ジェシカ・ウィリアムズ  草思社 2005/4/28

 

 

 

50の事実

  • 日本女性の平均寿命は84歳、ボツワナ人の平均寿命は39歳
  • 肥満の人の3人に1人は発展途上国に住んでいる
  • 先進国で最も妊娠率が高いのは、米国と英国の10代
  • 中国では4400万人の女性が行方不明
  • ブラジルには軍人よりも化粧品の訪問販売員のほうがたくさんいる
  • 世界の死刑執行の81%はわずか3カ国に集中している。中国、イラン、米国である
  • 英国のスーパーマーケットは政府よりも多くの個人情報をもっている
  • EUの牛は一頭につき1日2.5ドルの助成金を受け取る。年額にすると世界旅行が可能だ
  • 70カ国以上で同性愛は違法、9カ国で死刑になる
  • 世界の5人に1人は1日1ドル未満で暮らしている
  • ロシアで家庭内暴力のために殺される女性は、毎年1万2000人を超える
  • 2001年、何らかの形成外科手術を受けたアメリカ人は1320万人
  • 地雷によって、毎時間1人は死傷している
  • インドでは4400万人の児童が働かされている
  • 先進国の国民は年間に7キロの食品添加物を食べている
  • タイガー・ウッズが帽子をかぶって得るスポンサー料は、1日当たり5万5000ドル。その帽子を作る工場労働者の年収分の38年分
  • 米国で摂食障害を患っている女性は700万人、男性は100万人
  • 英国の15歳の半数はドラッグ体験済み。4分の1は喫煙常習者
  • ワシントンDCで働くロビイストは6万7000人。連邦議員1人に対し125人
  • 自動車は毎分、2人を殺している
  • 1977年以降、北米の中絶病院では8万件近い暴力事件や騒乱が起きている
  • マグナルドの黄色いアーチがわかる人は88%。キリスト教の十字架はたった54%
  • ケニアでは家計の3分の1が賄賂に使われる
  • 世界の違法ドラッグの市場規模は4000億円ドル。製薬市場とほぼ同じ
  • アメリカ人の3人に1人は、エイリアンがすでに地球に来たと信じている
  • 拷問は150カ国以上で行われている
  • 世界では7人に1人が日々飢えている
  • 今日の米国に生まれる黒人新生児の3人の1人は刑務所に送られる
  • 世界で3人に1人は戦時下に暮らしている
  • 2040年に原油は枯渇するかもしれない
  • 世界の喫煙者の82%は発展途上国の国民
  • 世界の人口の70%以上は電話を使ったことがない
  • 近年の武力紛争の4分の1は天然資源がらみ
  • アフリカのHIV陽性患者は約3000万人
  • 毎年、10の言語が消滅している
  • 武力紛争による死者よりも自殺者のほうが多い
  • 米国で、銃を持って登校し退学になる生徒の数は、平均して週に88人
  • 世界には「良心の囚人」が少なくとも30万人いる
  • 毎年、200万人の女性が性器切除される
  • 世界中の紛争地帯で戦う子供兵は30万人
  • 英国では総選挙の投票者数よりも、テレビ番組でアイドル選びに投票した人のほうが多い
  • 米国のポルノ産業の規模は年間100億円ドル。海外援助額と同じである
  • 2003年、米国の防衛費は約3960億ドル。「ならず者国家」7カ国の防衛費総計の33倍
  • 世界にはいまも2700万人の奴隷がいる
  • アメリカ人が捨てるプラスチック・ボトルは1時間に250万本。並べると、3週間分で月に達する
  • ロンドンの住民は、監視カメラで1日300回撮影される
  • 毎年、西欧向けに人身売買される女性は12万人
  • 英国で売られるニュージーランド産キウイは、その重量の5倍の温室効果ガスを排出している
  • 米国は国連に10億ドル以上の未払い金がある
  • 貧困家庭の子供たちは、富裕家庭の子供たちに比べて、3倍も精神病にかかりやすい

 

「50の事実」に何ができるか

・読み進めていくうちに、いくつかのことが明らかになるだろう。何より、世界を取り巻く問題の多くは、富める先進国と貧しい途上国との、醜い不平等に起因していることだ。

 

私は、これら50の事実が世界を変えると確信している。>

・「思いやりがあり、行動力のある人々は、たとえ少人数でも世界を変えられる――それを決して疑ってはなりません。実際、それだけがこれまで世界を変えてきたのですから」

 

中国では4400万人の女性が行方不明

・2002年10月、中国の新華通信社は最新の国勢調査を発表した。それによると、2000年には女児100人に対し、男児は116.8人生まれていた。そこには、かすかだがはっきりと警告の響きが感じられた。過去2回の国勢調査と比べても、この男女比は拡大している。『上海スター』 紙は、こうした傾向が続けば、約500万人の中国人男性が結婚相手を見つけられなくなると伝えた。そうなれば、家庭、経済、社会的サービスにも問題が生じるだろう。ある専門家は、自暴自棄になった男性による女性の誘拐が増えるとさえ警告している。

 

・この不均衡は、中国やインドをはじめ、東アジアや南アジアにおいて男の子を望む傾向が強いために生じた。女の子を望まない親たちは、性別診断で胎児が女児とわかると、中絶に走る。実際に生まれても、女児の多くは生後数日から数週間で殺されてしまう。親たちはそれを自然死に見せかけるために、手を尽くして警察や衛生当局の目を欺く。幸いにも生き延びた女児も、出生届は出されない。その結果、教育や福祉ばかりか、充分な食事さえ与えられない日陰の生涯を歩む。

 

・インド、中国、台湾の出生率は着実に下がりつづけて西欧並みになりつつあるが、それでも女児への偏見は根強い。

 

・出生登録をされない子供たちには、どんな運命が待ち受けているのか?法律的には、彼らは存在を認められていない。だから学校に行くこともできず、公的機関の診療も受けられない。彼らの生活条件は、ひどく限られている。

 

アメリカ人の3人に1人は、エイリアンがすでに地球に来たと信じている

・30%の人々が「これまでに報告されている未確認飛行物体の一部は、他の文明からやってきた本物の宇宙船」だと答えており、45%のアメリカ人が地球外知的生命体はすでに地球に訪れていると回答している。

 

・実際、軍の発表と目撃者の言い分には食い違いがあった。エイリアンの死体が、いまやすっかり有名になったロズウェル空軍基地の「エリア51」に運びこまれるのを見たという人々もいる。1994年には、「エイリアン検死」の様子であるとのふれこみの怪しげなビデオも出回った。

 

  

 

『世界を見る目が変わる50の事実』

ジェシカ・ウィリアムズ  草思社 2005/4/28

 

 

 

70カ国以上で同性愛は違法、9カ国で死刑になる

・同性愛が死刑の対象になる国が9カ国ある。モーリタニアスーダンアフガニスタンパキスタンチェチェン共和国、イラン、サウジアラビアアラブ首長国連邦(UAE),そしてイエメンである。

 

・1979年のイランにおけるイスラム革命以来、4000人以上の同性愛者が処刑されたと推計されている。

 

・世界で70カ国以上がレズビアン、ゲイ、同性愛者、あるいは性倒錯者を差別する法律を有している。

 

・社会においては同性愛は「病気」として扱われ、ゲイやレズビアンは精神医療による「治療」を強いられてきた。

 

・しかし、多くの国々で事態は変わりつつある。2003年6月、米最高裁判所は、同性カップルの性的行為を禁じるテキサス州法に違憲判決を下した。この判決は、テキサスだけでなく、他の13州における類似の法律を一挙に無効にすることになった。

 

・さらに同性愛のカップルも異性愛カップルと同じように子供を育て、家族の絆を持ち、結婚に関する判断を下すことができるとした。これらは米国憲法に保障された権利と確認したのである。

 

・米国市民自由連合はこの判決を「LGBT(レズビアン、ゲイ、両性愛者、性倒錯者)にとって、これまでで最も有意義な判例」と呼んだ。

 

・国際人権団体も同性愛を公言する人々の保護を求める働きかけで注目を集めており、おそらくはそれがまた保護手段になっているだろう。

 

 

 

(2022/2/11)

 

 

 

『大江戸奇怪草子』

忘れられた神々

花房孝典  天夢人  2021/6/16

 

 

 

文明開化

・江戸時代というと、なにやら遠い昔のような気がしますが、実は、今からおよそ百五十年ほど前の、長い歴史の流れの中では、ほんの昨日のような時代です。また1868年の明治維新によって、一挙に江戸が消滅してしまった訳もありません。続く明治の時代にも、文明開化といえ、市井の生活には、確実に江戸文化の面影が色濃く残っていました。

 

志ん生師は明治23(1890)年の生まれですから、少なくとも明治の中頃までは、東京の夜は闇に覆い尽くされ、その中には、狐や狸に騙されたという、今考えれば、信じられないような話も多く含まれていますが、それは、当時の一般常識を超越した現象を、自ら納得させるために、狐狸に、その原因を帰結させた結果であり、このような超常現象に対する人間の対応は、現在でもあまり変わっていません。

 また、現実の恐怖感が、逆に畏怖の対象となることもあります。本文にあるように、江戸時代、疱瘡(ほうそう)(天然痘)は最悪の疫病であり、死亡率の大変高い、まさに死に至る病でした。

 

狸の書

・文化二 、三(1805,6)年のことです。

 下総香取(現在の千葉県香取郡)大貫村、藤堂家の本陣に詰める何某という家に、書をよくするという、不思議な能力を持つ狸が棲んでいました。その狐は、普段はその家の天井に棲んでおり、狸の書を求める人は、自身でその家を訪ね、天井に向かって丁寧に頼みますと、その家の主人は心得て、紙と筆を火で清め、さらに筆に墨を含ませて揃えますと、不思議や紙と筆は自然に天井へ上ってみますと、必ず紙に字が書いてありました。

 

・狸は、ときおり天井から下りてきて、主人に近づいてくることもよくありましたので、同藩の人はもちろん、近在の里人たちもその狸の姿をときおり目にしたということです。

 

・宴会の当日、主人は客に向かって、「本日は、趣向というほどでもございませんが、皆様ご存知の狸殿に、何か技を披露するように頼んであります。彼が果たして皆様を驚かすことができますかどうか、どうぞ楽しみにしていてください

 と言いましたので、宴会に集まった人々は、それは近頃稀な珍しい趣向と、その話を肴に、不思議の起こるのを今や遅しと待っていました

 ちょうど申の刻(午後4時)思しき頃、座敷の庭先に突然堤が現れ、そこに一宇の寺院が建ちました。その近くには、さまざまな商人たちが葦簀(よしず)張りの店を聞き、またある者は筵(むしろ)を敷いてくさぐさの商品を並べて賑々しく客を呼んでいます。また、それらの商品を目当ての客たちが群集して、その喧騒さは表現のしようがありません。その中にも、(ひさし)に茹蛸(ゆでだこ)を数多く吊した店が鮮やかに目に栄えます。この景色は、近隣の町に六の日に立つ六才市だろうと、人々は怪しみ驚いて打ち眺めていましたが、庭先の市の景色は次第に薄れ、ついには消えてしまいました。

 この日以来、狸の評判は近隣に喧伝され、書を求める人々が陣屋に殺到し、病気をはじめ、あらゆる願いに御利益ありとの噂も立ち、まさに門前市をなすといった状態になり、その風聞は遠く江戸まで達し、公の耳に入りましたので、そのまま放置できず、さっそく役人を派遣してことの次第を調査することになりました。

 調査の結果、山師のように人を騙すわけでもなく、かつ、陣屋の番士の家で起こったことでもあり、取りあげて咎めるまでもないということになりましたが、蕃士のほうでも、世間を騒がせたことに対して深く反省し、信頼できる人の紹介がなければ、書も出さず、まして狸と引き合わすようなことを絶えてなくなったということです。

 

狐の証文

・八王子千人頭現在の東京都八王子市近辺に住んで、土地の警護に当たった千人同心の頭領)を勤める山本銕次郎(てつじろう)という人物は、私の友人、川尻甚五郎の親類に当たります。その山本銕次郎の妻について、一つの奇談があります。

 銕次郎の妻は、荻生惣七(おぎゅうそうしち)という人の娘で、甚五郎の祖父が媒酌人となり、山本家に嫁いで来ました。ところがこの嫁に新婚早々狐が憑き、さまざまにあらぬことを口走り、異常な行動をとるようになりましたので、銕次郎は、狐に対し、「いかなる理由で、呼び迎えた妻に憑くという不埒なことをするのか。そのようなことをして、いったいなんの利益があるのか」と、諄々と道理を諭します。

 

・「証文があったとしても、事情を知らない人は怪しいことと思うであろう。狐が書いたという何か証拠があるのか………。そうだ、人間の世界では印鑑が手元にないときは、代わりに爪印というものをするものだ」

 と言い聞かせますと、狐は、手に墨を付けて証文に押しました。そこには、何やら獣の足跡のような形が押されていたそうです。

 

天狗に雇われた少年>

・江戸神田鍋町(現在の東京都千代田区)の小間物屋(日用品、装飾品を商う店)に、当時14、5歳になる丁稚(商家や職人の家で働く少年)がいましたが、正月の15日に、銭湯へ行くと言って手拭いなどを持って店を出ました。

 しばらくして、裏口にたたずんでいる人間がいますので、誰かと尋ねると、銭湯に行ったはずの丁稚でした。丁稚は、股引、草鞋がけの旅姿で、藁苞(わらづと)を下げた杖をついていました。

 その店の主人は、物知りでしたので、驚くようすもなく、まず草履を逃がせ、足を濯ぐようにと言いますと、「かしこまりました」と返事をして、足を洗いました。丁稚は、足を洗うと台所へ行き、藁苞を開いてから野老(ところ)(山芋の一種。正月の縁起物とする)を取り出し、「お土産でございます」と言って、主人の前に並べました。主人は、「ところで、お前は今朝、どこから来たのか」と問いますと、「私は、秩父(埼玉県西部)の山中を今朝発ちました。長々とお留守をしてご迷惑をおかえしました」と言いましたので、さらに、「お前は、いつ、ここを出たのか」と尋ねますと、「昨年の12月13日、煤払いの日の夜に御山へ行き、昨日までそこにいて、毎日お客様のために給仕をしておりましたが、そこでは、さまざまな珍しい物をいただきました。お客様は、すべて御出家でございました。ところが、昨日呼ばれまして、『明日は江戸に帰してやろう、土産用の野老を掘りなさい』と言われましたので、この野老を掘って参りました」と答えました。

 その家のだれもが、丁稚が出ていったことに気づきませんでしたが、その代わりとして、先ほど銭湯へ行った者は、いったい何であったのか、きっと何者かが丁稚に化けていたに違いないと、あとになって気づきました。

 その後、丁稚に怪しいことは二度と起こりませんでした。

 

不思議な山伏

・寛政九(1797)年七月下旬のことです。

 麹町(現在の東京都千代田区麹町)三丁目に住む旗本、日下部(くさかべ)権左衛門の家来、何某が自室で休んでいますと、夜更けて、彼の名を呼び、激しく戸を叩く者がいました。彼は、「このような時刻に私を呼ぶ、あなたはいったい誰ですか」と声をかけましたが、返事はなく、さらに名を呼び続けますので気味悪くなり、息を潜めて物も言わずにじっとしていますと、しばらくして静かになりました。夜着をかけて寝ようとしますと、再び激しく戸を叩き、彼の名を呼ぶ声が聞こえました。

 そのまま、息を殺してじっとしていますと、戸締りのしてある戸をどうして通ったのか、一人の男がすっと部屋に入ってきました。恐る恐る見ると、いかにも恐ろし気な大男の山伏(修験者)でしたので、男は脇差を引き寄せて、いきなり斬り付けると、山伏の姿は消えてなくなりました。

 

・その夕方、この男は、座敷の戸を閉めに行くといって、そのまま行方不明になってしまいました。

 

・それから5日後、男の在所から、彼が国元に帰っている旨の報せが届きました。国元からの書状によると、彼は、その日の夕方、座敷の戸を閉め、机の算盤に向かったことまでは覚えていますが、その後の記憶はなく、相州鎌倉(現在の神奈川県鎌倉市)の山中に捨てられているのを、土地の人に発見され、その人たちの世話で、そこから国元へ送られたということです。

 

・また、次のような不思議な話もあります。

 麻布白銀町(現在の東京都港区)に、大御番七番目を勤める石川源之丞という武士が住んでいました。

 源之丞には一人の娘がいましたが、その娘が13歳のとき、ふと庭に出て、そのまま行方知れずになってしまいました。

 

・ところが、その翌日、木挽町現在の東京都中央区)から、お嬢様をお預かりしていますとの報せが届きましたので、さっそく家来の者を迎えにやり、屋敷に連れ帰りました。娘が落ち着いたところで、事情を尋ねますと、「見知らぬ人に連れられて、面白いところを方々見物して歩きました」と答えました。

 

魔魅(まみ)

・小日向(こびなた)(現在の東京都文京区)に住む旗本の次男が、いずこへ去ったか突然行方知れずになりました。

 

・いよいよ当日がやってきましたので、心待ちにしていた祖母は供を一人連れて浅草観音へ出かけました。念仏堂へ行ってしばらく待っていますと、果たして次男が現れ、さまざまに話をしましたが、やがて、「まことに申し訳ありませんが、これ以上私を尋ねるのはやめにしてください。私は、前にも申し上げたとおり、何不自由なく暮らしておりますので………」と言い残してその場を立ち去りました。そのとき念仏堂には、次男の連れらしき老僧などが一緒に座っていました。それらの人々も次男といっしょに念仏堂を出て行きました。祖母は慌ててあとを追いましたが、次男たちの姿は人混みに紛れ、すぐに見えなくなってしまいました。このことは、供に連れた小者も確かに見届けています。後々、これは天狗というものの仕業であろうと評判になりました。私の親しい知人から聞いた話です。

 

空から降ってきた男

・文化七(1810)年七月二十日の夜、浅草南馬道竹門の近くに、25、6歳の男が突然空から降り下ってきました。男は足袋はだし、その他は下帯もつけぬ真裸で、そのままぼんやりと佇んでおりました。

 銭湯の帰りに、その不可思議な現象の一部始終を見ていた近所の若者が驚いて逃げようとした途端、男はその場に倒れ伏してしまいました。それを見て、若者は急いで事の次第を町役人に知らせまた。

 

・人々が見守る中、空から天下った訳を尋ねました。

 すると男は、「私は京都油小路二条上ル、安井御門跡(皇族や貴族が継承する寺院)の家来、伊藤内膳の倅の安次郎と申す者でございます」と語り、

ところで、ここは、いったい何という所でございましょうか」と尋ねました。人々が、江戸の浅草だと答えますと、男はおおいに驚いて涙を流しました。人々は、さらに詳しく事の経緯を尋ねますと、男は涙ながらに次のように物語りました。

「本月十八日の朝四つ時(午前10時)頃、私は、友人の嘉右衛門という者と、家僕の小兵衛を伴い、愛宕山に参詣いたしました。其の日は大層暑く、参詣の後、私は衣服を脱いで涼んでおりました。当時の私の着物は、四つ花菱の紋のついた花色染め(薄藍色。別名はなだ色)の帷子(かたびら)(単の着物)に黒の絽(ろ)(極薄の絹織物)の羽織、それに大小二刀を帯びておりました。涼風を受けて心地よく涼んでおりますと、そこへ一人の老僧がやって参り、私に、面白い物を見せるから従い来るようにと申しました

 私は、老僧に操られるように付き従ったような気がしますが、それ以降の記憶はまったくございません。気がつきましたら、こちらにご厄介になっておりました……」

 

天狗になった男

享保年間(1716年から1736年)の話です。

 信州松本(現在の長野県松本市)の藩中に知行二百石で物頭を勤める菅野五郎太夫という武士がいました。

 

・その夜、夜半と思しき頃、何者か、三、四十人に及ぶ人がその部屋にやってきた気配がし、足音なども聞こえましたが、話し声は一切聞こえず、明け方頃にはひっそりとなりました。

 そのうち、夜も白々と明けてきましたので、家の者が恐る恐る襖を開けて部屋の中を覗いてみますと、部屋の中にはだれもおらず、半切桶の中の赤飯は一粒残らずなくなっていました。

 

・「旦那様がおみえになりません」と叫んだので、一同ははっと気づき、慌てて辺りを捜しましたが知れず、そのまま行方知れずとなってしまいました。

 

・さて、翌年の正月のことです。五郎太夫が消えた座敷の間に、誰が置いたとも知れず、一通の書状が置いてあるのがみつかりました。不思議に思った息子が開いてみますと、明らかに五郎太夫の筆跡で、「私は、今、愛宕山に住んでいる。現在の名前は宍戸シセンである」とあり、追伸のようにして下に、「二四日には、絶対に酒を飲んではならぬ」と書いてありましたが、その後は、菅野家には格別妖しいことも起こらなかったとのことです。

 

怪僧

・越後の国蒲原郡滝谷村にある慈光寺は、村落から山林の中を行くことおよそ一里(約4キロメートル)、千年は経たかと思われる杉や松が鬱蒼と生い茂る、まさに仙郷を思わせる幽玄の寺院です。

 元弘年間(1331年から1334年)、楠正五郎(楠正行の子)が出家して亡くなったのがこの寺で、いまだに祖父に当たる楠木正成の鎧、直筆の書簡などを寺宝として秘蔵しています。

 ある年の六月半ば、寺僧が皆托鉢に出て、小坊主が一人で留守番をしていますと、髪を長く伸ばした旅僧がやってきました。旅僧はしばらく休むと、小坊主に向かい、「今日は、祇園の祭礼の日だが、お前は行ってみたいか」と尋ねました。小坊主は、「見たいとは存じますが、そのようなことは不可能です」と答えますと、旅僧は、そのまま小坊主を連れて立ち去りました。すると、突然周りには数千の人々が群集し、囃子の音、さまざまな音曲がにぎやかに鳴り響き、鉾に飾られた錦の織物など、目にまばゆく、小坊主は時の経つのも忘れ、呆然と祭りを眺めていました。

 夕刻になって、旅僧は近くの菓子舗へ行って千菓子を一箱買い求め、小坊主に渡して、「帰るぞ」と一言言った途端、小坊主は寺の門前に立っており、旅僧はいずれかへ消え去ってしまいました。

 この話を聞いた寺僧たちはおおいに怪しみ、菓子の箱を調べてみますと、京都二条通りにある有名な菓子舗の物だとわかりましたので、きっと天狗の仕業に違いないと噂しました。

 

怪僧再説

・寛政年間(1789年から1801年)のことです。

 越後の国中蒲生郡大田村に住む農夫某に、12歳になる娘がいました。

 ある日、家人と連れ立って燕の町(現在の新潟県燕市)に祭礼見物に行きましたが、途中で家人とはぐれてしまいましたので、方々尋ね歩いていると、顔の赤い僧が来まして、さまざまに親切にしてくれるので、娘は家人のことも忘れ、一緒に祭礼を見物して歩きました。

 この僧は、娘が食べ物のことを思うと、直ちに茶店へ連れて行って好きな物を食べさせ、また、町で少女が欲しいと思う物があると、櫛でも簪でも思うままに与えましたが、一向に代金を払ったようすもなく、店の人もそれを咎めたりはしませんでした。

 娘は僧に送られ家に帰りましたが、その日以来、娘が心に望むことがあると、すべて叶うようになりました。遠くにある物を取ろうと思えば、その物が飛んできて娘の前に届きます。

 

・また、その年の秋、村松山喜多河谷村でも似たような怪事が起こりました。

  同村の裕福な農家某の家で、近村から子守り娘を一人雇い入れました。

 ある日、娘は、子守り仲間の娘数人と村外れの茶店の辺りへ行きました。仲間の娘たちは茶店で柿を買って食べましたが、娘はお金がないので買うことができず、仲間の食べるのを羨ましそうに眺めていました。

 そこで顔が赤く、まるで老猿のような、白衣を身にまとった僧が通りかかり、娘に、「柿が欲しいのか」と聞きましたので、娘が思わずうなずきますと、茶店から柿が5、6個飛んできて、娘の袂に入りました。

 その日以来、娘の望む物は、なんでも飛んできて娘の懐に入るようになりましたので、主人はひどく怪しみ、娘を親元に帰そうとしますと、家中の家財道具が勝手に飛び交って、家の中にいることができません。そこで、娘をいたわり、上座に据えて謝りますと、即座に止みました。

 

いずれの話も、天狗の仕業に違いないと評判になりました

 

美濃の弥次郎

美濃の国(現在の岐阜県)に弥次郎と呼ばれる年を経た老狐がいました。

 弥次郎は、ときおり、出家の姿で寺院に現れ、昔語りなどをしました。その中でも、京都柴野大徳寺真珠庵の一休禅師の話をすることが大好きでした。

 当時、一休禅師は、あまねく世に知られた徳の高い僧でしたが、また、さまざまな寄行が喧伝されていましたので、弥次郎は、それが疑わしく、自ら試してみようと京都へ出かけました。

 そのころ、大徳寺の門前に住む女性が婿取りをしましたが、母子、夫婦の折り合いが悪く、ついに婿を離縁したばかりでしたので、弥次郎は、その女性に化けて一休禅師のもとに行き、

夫は去り、母親も私を責めてなりません。そんな訳で、私は家を出て参りました。どうか今晩はお寺に泊めてください」と願いました。禅師は「あなたが、寺の門前に住んでいるので、近所のよしみで今まではお会いもしましたが、家を出られるならば、いくら知り合いでも寺に若い女性を泊めることはできません」と、きっぱりと断りました。

 

・女は、つまり弥次郎狐は、もともと一休禅師を試しに来たのですから、夜更けてこっそりと禅師の床に忍び入り、さまざまに戯れかけました。そのとき禅師は、女を跳ね除け、「この不届き者」と一喝して、枕元にあった扇のような物で弥次郎狐の背をしたたか叩き付けました。「たかが扇と思ったが、その痛さは耐え難く骨身に応え、まさに失神しそうになりました。一休禅師は、私の知っている限り、最も徳の高い人でした」と、しみじみ語って座を降りるのが常でした。この弥次郎狐は、今もなお存命だと聞いています。

 

天狗隠し

・寛政七(1795)年二月二十一日のことです。

 青蓮院(しょうれんいん)(京都市東山区栗田口にある門跡寺院)の19歳になる寺侍が、朝早く門を出て、たちまち行方知れずになってしまいました。同僚たちが思い思いに捜索しましたが、その行方は、ようとして知れませんでした。

 ところが二十四日の朝、くだんの寺侍が、門前に姿を現しましたので、とにかく中に呼び入れましたが、ほとんど夢中で、人心地がありませんでした。

 

・「朝、門前に立っていますと、突然、宙に浮いたような気分になり、夢ともなく現ともなく時を過ごしますと、ややあって、『下を見よ。ここは尾張名古屋の城下である』という声が聞こえました。それからしばらく宙を飛び、駿河の富士山の頂で休息をとりました。そのとき、急に母親のことを思い出し、『私が消えてしまったので、母上は、さぞお嘆きでありましょう』と、私を誘い連れてきた者に言いますと、その者は、『その方、母のことを、それほどに思うならば、帰してやろう』と言いましたが、その後のことは、まったく覚えていません」と答えました。

その、誘い連れ去った者というのは、いかなるようすであった」と尋ねますと、

その者の姿形は定かでありません。物を言うときには、傍らに誰かいるような気がしました」と答えましたので、皆々は、「それこそ天狗という者であろう」と語り合いました。

 

善導寺の狸

・讃岐高松(現在の神奈川県高松市)に有名な善導寺という禅宗の古刹があります。この寺に納所(寺院の出納を司る役職)を勤める若い僧がいました。

 かの僧は、たいそう律儀で篤実な性格の持ち主でしたので、住職の信頼も篤く、善導寺全体の帳簿を任されていました。もちろん僧侶ですので、算盤勘定は不得意の方でしたが、もとより律儀で行き届いた性格ですので、過去の帳簿に一厘たりとも合わぬ部分はありませんでした。

 ところが、文化三(1806)年の締めくくりの帳簿で、どういう訳か金子二十両の不足が生じてしまいましたが、もともと清廉潔白の僧ですから、そのことを日夜悩み続け、何度も繰り返し計算し直しましたが、どうしてもその原因はわかりません。

このように帳簿に穴をあけてしまったのは、すべて自分の不徳のいたすところ。いかなる申し訳も立つものではない。また、どのように言い訳しても、すべて自分の恥となる。この上は、死んで申し聞きをいたそう」と思い詰め、金子不足の経緯を書置として認め、座禅を組みながら、「今晩こそ死のう」と心に決めた途端、表で、「しばらくお待ちなさい」という声が聞こえました。

 

・「怖がらなくとも結構です。私は、すでにお聞き及びだとは思いますが、この禅林の裏山に歳古く棲む狸です。あなたは、なぜそのように悩み患い、死のうとなさるのですか」と問いかけました。

 

・翌々日の夜、僧が改めて帳簿の計算をしていると、狸がやってきて僧の前に二十両の金子を並べました。僧は、「約束は違えず、このように金子を整えていただいて喜びに堪えません」そこで、「これは、どのような小判なのでしょうか」と尋ねますと、狸は「これは長曽我部家没落のとき(長曽我部家は土佐の豪族。長曽我部盛親の代に、関ヶ原の戦い石田三成に加担し、国を没収される。長宗我部とも書く)、土佐(現在の高知県)との国境の、人を寄せ付けぬ深山幽谷に、金銀資材などを隠し捨てた中の一部であり、今は、誰の持ち物でもありません。その場所は、大変険しく、我々でさえ容易には近づくことができませんが、やっとの思いで数を揃えることができました」と答えました。

 

・それを聞いた往時はたいそう驚き、「永年の帳簿の中で、少々不足が起こったとしても、それは、その訳を話してくれれば済むこと、夢にも死のうなどと考えるべきではない」と諭し、かの僧の実直さに改めて感嘆しました。

 

虚ろ舟の蛮女

・享和三(1803)年 二月二十二の午の刻(正午)頃のことです。当時、幕府寄合席を勤めていた小笠原越中中守(石高四千石)の知行地、常陸現在の茨城県)の「はらやどりの浜」という海岸沖の波間に、舟のようなものが見え隠れするのを、土地の漁師たちが多くの小船を出して、浜辺に引き上げました。

 その舟様の乗り物をよくよく見ると、形は香合(こうごう)(香を入れるための蓋つきの容器)のように丸く、差し渡しは三間あまり(約5.4メートル)、上部はガラス張りで障子のごとく、継ぎ目はチャン(松脂)で塗り固められており、また、海上岩礁などに当たっても打ち砕けないように、底部は鉄板を筋のように張ってありました。ガラス張りの上部から覗いてみますと、その中には、異様な風俗の女性が一人乗っておりました。

 女性の顔色は桃色で、髪も眉も赤毛でしたが、背にたれる豊かな長髪は白色の、たぶんつけ髪で、獣の毛か、より糸かは定かではありません。

 もとより言葉はまったく通じませんので、どこから来たのか尋ねる術もありません。

 

・村人たちの詮議は続き、結論として、このような出来事を公に訴えると、さまざまに経費もかかり、また無駄な時間もかかるので、かの言い伝えのように、女性を船に乗せ、再び海に流すことに決定いたし、不思議な虚ろ舟は再び沖に流されました。

 

不思議な客

・文化二(1805)年の春のことです。

 本郷信光寺店に古庵長屋という、道に面して片側だけに家の連なるところがあります。私の親類の山本氏もその辺りに住んでいますので、私もよく見知った街並です。

 この片側町に、三河屋という古い質屋があります。この店に、歳頃五十余歳になる下働きの雇い人がいましたが、長い間まじめに勤め上げ、一点の私心もありませんので、主人も重い信頼をおいていました。

 そのころ、この辺り一番で、三河屋のすぐ隣家まで燃えるという大きな火災が起こりましたが、それ以前に、かの雇い人は、

近々、この辺りに火災が起こります」と言っていました。それを聞いて、仲間の人々は嘲笑って聞き流していましたが、その言葉どおり火災が起こりました。さらに、彼は、「ただし火災が起こっても、類焼の難を免れますので、道具類などを持ち出す必要はありません」とも言っていましたが、果たして隣家まで燃えて鎮火しましたので、かの雇い人の言葉が、不思議にも的中したことが評判となりました。

 その噂を耳にした火付盗賊改方の戸川大学は、火付けの疑いもあるとして、雇い人を捕らえて厳しく追及しましたが、もとよりそのような事実はなく、間もなく放免になって、再び三河屋に戻ってきました。

 その雇い人は、堂々店の二階で寝ていましたが、ときどき夜更けに話し声が聞こえるので、主が、「夜遅く、いったい誰と話しているのか」と尋ねたことがありましたが、雇い人は口を固く閉ざして答えませんでした。また、夜中の話し声は、それ以降もしばしば聞こえることもあったので、主は再び厳しく問い詰めますと、雇い人は、ようように重い口を開き、「誰と申されても、所も名前もわかりませんただ山伏のような姿をした人がやってきまして、さまざまな話をしてくれます。その人は、『お前がもっと若ければ、いっしょに伴って諸国を見せて回るのだが、すでに老境に入っているので連れて行けないのが残念だ』と言って、そのかわりに、さまざまな諸国の面白い話をしてくれたりします。この間の火災のことも、実は、その人から聞きました」と答えました。

 

呼び出し山

・上野寛永寺の楽人(雅楽の演奏者)を務めていた東儀右兵衛という人に、6歳になる一人息子がいました。この息子は大変聡明で、両親は目の中に入れても痛くないというほどかわいがっていました。

 文化十一(1814)年、初午(二月最初の午の日)の日に、息子の姿が見えなくなり、そのまま行方知らずとなってしまいました。

 

・両親は深く嘆き、息子が帰ってくるならば、いかなる方法も試してみようと相談していた矢先、ある人が、

「八王子(現在の東京都八王子市)に、俗に呼び出し山と呼ばれている山があります。この山へ行って、ひたすら祈念すれば、このような神隠しに遭った人の消息がわかるといわれています」と勧めましたので、両親はさっそくその山へ行き、息子の名前を呼び続けましたが、なんの応えも返ってきませんでした。

 その夜、八王子の旅宿に泊ったところ、右兵衛の夢枕に一人の老人が現れ、「お前の息子に別条はないので安心せよ。来る何日に、お前の家の近くで老僧か、あるいは山伏に会うはずだから、そのとき、その人に詳しく尋ねてみよ」と言いました。思わず隣に寝ていた妻を起こして夢の内容を話しますと、不思議なことに、妻もまた同じ夢を見たと話しましたので、これこそ呼び出し山の霊験と、二人で心待ちにその日を待ちました。

 いよいよその日に至り、二人が表を見ていますと、果たして一人の老僧が通りかかりましたのであわてて呼び止め、訳を話して息子のことを尋ねますと、老僧は、「その老人の言われたとおり、息子に別条はない。しかし、まだ四、五日はかかると思う。何日には帰ってくるだろう

と言って、去って行きましたが、果たして、老僧の言った日に無事帰って来たそうです。この呼び出し山は、高尾山だといわれています。

 

牛鬼

・出雲の国(現在の島根県)に、「牛鬼」という怪事があります。

 山陰などの、谷川の水が流れて、その上に橋がかかっているような場所で、雨が降り続いて湿気が多いときには、その橋の辺りで牛鬼に遭うことがあります。

 そのような日に、橋近くへ行きますと、なにやら白く光る物が無数に

浮かんでおり、それがひらひらと、まるで蝶のように飛び交います

 そのまま橋を渡ろうとすると、それらの飛び物が体にまとわりつき、最後にはひしと取り付いてしまいます。衣類に付いた部分は、まるで銀箔を押したように光り輝きます。それらは、手で払おうとしても絶対に取れません。

 驚いて、橋を駆け抜け、近くの家に駆け込んで、家人に、「どうすればいいのでしょうか」と尋ねますと、「ははあ、牛鬼に遭われましたね。それを取り去るには方法があります」と言って、囲炉裏に多くの薪をくべ、体を炙るように言いますので、そのとおりにすると、いつともなしにすべて消えてしまいました。まことに怪しいことです。

 

魍魎(もうりょう)

・御勘定方(幕府 財務関係を司る役人)を勤めた柴田何某という人物が、幕命で美濃の国(現在の岐阜県)へ御普請(工事)御用で出張したときの話です。出張に先立って柴田氏は美濃へ伴うために一人の家来を雇い入れました。この家来は、まことに忠実に仕え、柴田氏はじゅうぶんに満足していました。

 ところが、美濃への道中の途中、ある旅館に泊まったとき、夜中過ぎにかの家来が夢ともなく柴田氏の前に来て、

実は、私は人間ではありません。皆様方の言われる魍魎という類の者なのです。本日、よんどころない事情ができましたので、まことにも申し訳ありませんが、これにてお暇をいただきます」と言いますので、柴田氏は、「よんどころない事情とあれば、暇を出すことは吝(やぶさか)でないが、その理由を述べてもらいたい」と質しました。家来は、「お尋ねなので申し上げます。我々の仲間には、それぞれ順番に人間の亡骸を取る役目がございます。ちょうど明日、その順番が私に回ってまいり、この村から一里ほど下にある農家の誰某の亡骸を取りに行かなければなりません」と言うと、かき消すように姿を消してしまいました。

ああ、妙な夢を見たものだ」と、心にもかけず、そのまま眠りに就き、翌朝、起きてみると、かの家来の姿はなく行方知れずとなってしまいましたので。もしやと思って宿の者に聞いてみると、「確かに下の村の、誰某の家の母親が亡くなりました。それについて不思議な話がございます。今朝早く、野辺の送りをしましたところ、途中の野道で突然黒雲が立ち込め、棺を覆ってしばらくして消えましたが、そのとき、中の亡骸も消えてなくなったそうでございます」と言いましたので、柴田氏はおおいに驚いたということです。

 日本には、葬列を襲って人の亡骸を取るという妖怪に関する話が多く残っていますが、それらの怪をなす妖怪を火車と呼んでいます。

 

働き者の狐

加賀藩の御留守居役(おるすいやく)(江戸時代、大名家の江戸藩邸で幕府と藩の連絡、また他藩との連絡を務めた役職)に、出淵忠左衛門という人物がいました。

 文化六(1809)年の冬のある夜、忠左衛門の夢に一匹の狐が出てきました。狐は、忠左衛門の前に行儀よく跪ずき、

私は、本郷四丁目、糀屋裏の祠にまつられた稲荷の息子でございます。お恥ずかしい話ですが、親との折り合いが悪く、若気の至りで親元を飛び出してしまい、住むところもない始末でございます。つきましては、まことに申し上げにくい御願いでございますが、しばらくの間、お宅に働く下女の体を拝借したいと存じます。友の狐に間に立ってもらい、両親に詫びを入れていますので、ほどなく帰参がかなうかと思われます。

 そしてその間、決して下女の方を悩ませもいたしませんし、ご奉公も欠かしません。何卒、この願いお聞き届けくださるよう、伏してお頼み申し上げます」と申しました。忠左衛門は不憫に思い、「決して人を悩ませないと約束するならば、許してやろう」と答えると、狐はたいそう喜び、何度も頭を下げた………と思ったところで目が覚めました。

 

・なんとも不思議な夢を見たものだ思いながら忠左衛門が手水を使っている横を、件の下女が挨拶して通りましたが、普段と何ら様子は変わりません。ところが、ちょうど昼時分から、その下女が突然、目覚しく働き始めました。

 水を汲み、薪を割り、米を磨ぎ、飯を炊き、心得のないはずの針仕事まで器用にこなします。それ以来、この下女は、毎日、一人で五人分の仕事をこなし、主人の外出に際しては、たとえ空が晴れていようとも、何時頃には雨が降るからと雨具を持たせ、また、今日は何時頃来客があると述べて、ひとつも間違うことはありませんでした。

 その他、あらゆる事に関して下女の予言は的中しました。

 

餓鬼

・伊勢から伊賀へ抜ける街道(三重県)で、私の後ろから一人の男が急いできて、「私は大坂の者ですが、今ここへくる道筋で餓鬼に取り憑かれ、飢餓感でこれ以上一歩も進めず難渋しています。御無心ながら、何か食べ物を頂戴できないでしょうか」と言いました。なんと不思議なことを言う人だと思いながら、「旅行中で食べ物の蓄えはありませんが、切り昆布なら少し持っています」と答えますと、「それで結構です」と言うので、与えますと直ちに食べてしまいました。私は、「餓鬼が取り憑くというのは、どういうことなのですか」と問いますと、男は、「目には見えませんが、街道筋のところどころで、餓死した人の霊や怨念が現れます。その怨念が餓鬼となって、道行く人に取り憑くのです。餓鬼に取り憑かれますと、突然飢えがきて、体力がなくなり、歩くこともできなくなります。私は、過去に何度もそのような経験をしたことがあります」と答えました。この男は、薬種商人で、常に諸国を旅行して歩いている人でした。

 その後、播州国分のある寺院の僧に、そのことを尋ねますと、「私も、若い頃、伊予(現在の愛媛県)で餓鬼に取り憑かれたことがあります。食事の際に出た飯の一部を取りおいて、それを紙に包んで懐に入れ、餓鬼に憑かれたかれたときのために貯えておきます」と答えました。なんとも不思議な話です。

 

あの世を覗く

・後に、同僚が、「いったい、死地に向かうというのはどんな気持ちであった」と尋ねますと、次のように語ったと言います。

 

 とにかく患いついたときは、ただただ苦しくて、無我夢中でしたが、しばらくすると、突然広い原に出ましたので、とにかく先へ行こうと眺めてみますと道が二筋見えました。一つは上り道、一つは下り道です。さらによく眺めてみると、下り道は大変道が悪そうなので、私は上り道を選んで歩き始めました。すると、後ろから人の来るような気配がするので、振り向いてみると、以前、私が好きだった本郷辺りの町人の娘でした。驚いて声をかけると娘も気づき、互いに一人では心細いので、いっしょに連れ立って行こうということになりました。ところが、その娘は下り道のほうへ行くと言うので、結局は別れて、私は上り道を進んでいきました。しばらくすると、向こうから真っ赤な衣を着けた御出家が参られ、「お前は、どこからどこへ向かっているのか」と聞きますので、逆に、「私は死んだののでしょうか」と御出家に尋ねますと、「お前には、なにが心残りはないか」とさらに聞かれましたので、「特別に心残りということもありませんが、故郷には両親が健在で、久しくお目にかかっていませんので、できることならば、もう一度お目にかかりたいと思います」と答えたところ、「それならば帰してやろう」とおっしゃり、突然、後戻りするかと思った瞬間、なにらや湯水のようなものが喉を通り、気がついたら蘇生していました。

 これは当時、その男の療治をしたという針医者の話です。

 

帰ってきた娘

神田明神からお茶の水へ出るところに船宿がありました。この船宿の主人夫婦に一人の娘がいましたが、2、3歳の頃から筆を執って書を書くこと、まるで大人のようで、両親は寵愛やむことなく、慈しみました。

 

・ところが、文化三(1806)年に大流行した疱瘡にかかり、両親の手厚い看護の甲斐もなく、娘は6歳で身まかってしまいました。今際の際に、母親が狂気のように泣き叫ぶのを見て、娘はか細い声で、「ご心配には及びません。いずれ、神田から来てお目にかかりますから」と言いますので、母親はうつつ心に、「その約束、必ず守って」と言いましたが、そのときには、娘の息はすでに絶えていました。両親は娘を手厚く葬り、毎日嘆き悲しんでいました。

 その頃、神田にその娘と同じ歳頃の娘がいましたが、どういう訳かしきりに、「両国へ行きたい」と言いますので、両親が両国へ連れて行きますと、船宿の主の家に入り、両親に向かって、「もう家には帰りません。こちらのお宅に置いてください」と言いますので、船宿夫婦も、娘の両親も驚き、「これはどういう訳か」と尋ねますと、娘は傍らにあった筆を執って、見事な書を認めました。その娘は、今まで字を書いたことなどなく、一同はその不思議さに驚きました。神田の両親は、娘を連れ帰ろうとしましたが、「私はこの家の娘です。他に帰る家はありません」と言って承知しませんので、仕方なく、神田の両親は娘を両国に置いて帰ったそうです。

 

生まれ変わり奇談

・娘は、まず介抱の礼を述べ、続いて、「実は、私は悪人によって誘拐され、大阪へ連れて行かれるところでしたが、さまざまに手だてをして、監視の目を盗んで逃げ出して参りました。今朝からずっと歩きつづけたため、身も心も疲れ果て、思わずここで気を失ってしまいました。そこをあなた様に介抱していただき、お礼の言葉もございません。つきましては、お慈悲をもちまして、私を家までお送りいただけませんでしょうか」と懇願しました。

 善八は不憫に思い、娘の家を尋ねますと伊勢の津の紺屋(染物屋)だと申します。善八は急ぐ旅でもなく、伊勢参りの途路にもあたりますので、快く送ることを承知し、追手が気になるので、直ちに駕籠に乗せ、急いで娘の家へ連れて帰りました。

 

・とりわけ当の娘はなにやら別れがたく思い、両親に、お礼のために一度江戸までうかがいたいと頼みますと、両親も、ここ1、2年のうちに父親同道で江戸に下ることを承知しましたので、娘はやっと得心し、善八に向かって、「この度は、思いがけずあなた様に危急を救っていただき、また手厚い介抱を受けましたのは、きっと前の世からの深い縁に結ばれているものと思います。あなた様のご恩を忘れないため、あなた様のお持ちのいかなる品でも一品私にお与えください。私は、それをあなた様だと思って朝夕、後世を念じます」と言いましたので、善八も、

旅先のことで、何も持ってはいませんが、いつも肌身はなさぬお守りの中に、日ごろから信心してください」と言って娘に手渡しました。

 

・善八の家では、留守中に息子の嫁に長男が生まれ、帰宅した日がちょうど七夜に当たるというので、二つの喜びが重なりました。

 善八の妻は、出生した初孫が生まれて以来泣き続けで、さらにどういう訳か、左の手をしっかり握りしめて開かないことを善八に語りました。

 それはいかなることかと、善八が赤ん坊を膝の上に抱き上げますと、今まで泣き続けていたのが即座に泣き止み、善八が手を差し伸べますと簡単に左の手のひらを開きました。その手のひらに、なにやら握られているようなので取り上げて見てみると、それはまさしく浅草の観音様の御像に他なりません。

 それを見て、人々はその不思議に驚きましたが、善八は、その御像は、確かに伊勢の津の娘にやった御像なので、たいそう訝しく思い、家の者を集めて、伊勢の娘についての一部始終を話し聞かせ、さらに、伊勢に飛脚をやって娘の安否を問い合わせました。

 6月の15日に伊勢から返書が届きましたので、さっそく開封して読んでみますと、かの娘は、善八が出立して間もなく患いつき、5月の末に空しくなったとの知らせでした。善八はまことに不思議に思い、この  赤ん坊は男の子だが、まさにあの娘の生まれ変わりに違いない。この子を授かったのは観音様の大悲のおかげと、前にも増して深く信仰に精進しました。

 この話は、嫁を診察した清水の医師、福富主水老人の直話です。 

 

因果応報

・ある家中に、岩間勘左衛門という武士がいました。

 その息子の八十郎と六十郎という者は、二人ながら博打に溺れ、夜更けて、自宅で妻や娘まで交えて賭博にふけるということが主人筋に聞こえましたので、甚左衛門は切腹、二人の息子は、千住小塚原で首を刎ねられました。この勘左衛門が切腹の場に臨み、検視の役人に、「しばらくお待ちください」と声を掛け、次のような懺悔話を始めました。

 

 私がまだ若年の頃、ある商い聖(ひじり)と懇意になり、たがいに行き来し、ときには私の部屋へ来て泊っていくようなこともありました

 ある日、聖が金子三百両余りを持ってきて、「この度の商いはおおいに儲けました。近いうちに京に上ります」と言いました。その夜も彼は私の部屋に泊まりましたが、そのとき、ふと、この男を殺して金を奪い取り、思うように遣ったら、どれほど気分がよいだろうと思いました。しかし、親しい友であり、出家でもあるので、どうしたらよかろうかと思うと眠られもせず、さまざまに思いめぐらしているうちに悪心が勝り、明け方に聖を殺し、死体を深く隠し隠しました。

 その後、その金を使っても、何の祟りも何もなく、運もついてきましたので、よくぞ、やったものだとさえ思うようになりました。

 やがて妻を迎え、八十郎が生まれました、初めて顔を見たとき、赤ん坊の顔が、かの聖とうりふたつなので、もしやと思い、かの聖の腰に大きな黒子(ほくろ)があったのを思い出し、赤ん坊の腰を調べてみますと、果たして、まったく同じ位置に黒子がありました。

 

<二十年>

・江州八幡(現在の滋賀県近江八幡市)は、近江では最も豪華な町として知られています。

 寛延から宝暦年間(1751年から1764年)、この町に、松前屋市兵衛という裕福な商人がいました。

 この市兵衛、妻を迎えてしばらくした頃、ある日突然行方不明になってしまいました。家内中、上を下への大騒動で、もともと裕福な家なので、金銀を惜しみなく使い、手を尽くして捜しましたが、結局その行方は知れませんでした。

 

・市兵衛が消え失せたときの状況は、次のようなものでした。その夜、「厠へ行きたい」と言って、市兵衛は下働きの女性に明かりを持たせて厠へ入りました。女性は明かりを掲げて厠の外で待っていましたが、いつまでたっても市兵衛は出てきません。

 

さて、その日からちょうど20年目にあたる日の夜のことです。厠で突然人を呼ぶ声がしますので、人々が行って戸を開けますと、そこには、市兵衛が消え失せたときとまったく同じ衣装で座っていました。

 人々はおおいに驚き、さまざまに事情を問い質しましたが、何も答えず、ただ「空腹だ」と言いますので、さっそく食事をとらせました。

 不思議なことにしばらくすると、着ていた衣服は一瞬のうちに埃のごとく散り失せて、裸になってしまいました。驚いた家人は、さっそく着物を着せ、薬などを飲ませましたが、昔のことは何1つ覚えていなかったそうです。

 その後、市兵衛は病気や痛み止めの呪いのようなことをして暮らしたそうです。これは、私のもとに来るや八幡出身の眼科医から聞いた話です。

 

  

<●●インターネット情報から●●>

ウェッブサイト「日本文化の入り口マガジン」から引用しました。

 

 

2020.04.09

<信長も!家康も!芭蕉も!ニッポンのBLの歴史は奥が深いぞ!>

 

Aimu Ishimaru

 

「男色(なんしょく/だんしょく)」という言葉を聞いたことがありますか?いわゆる、「BL」のことです。最近では、LGBTの権利について議論され、性的マイノリティーの問題として取り上げられることも多くなりました。こうみると、最近出てきた概念のように思われますが、実は「男色」は開国前の日本では普通に行われてきたことであり、「マイノリティー」でもなんでもなかったのです!

 

<男色の発展と衰退>

日本において「男色」は古代から存在していました。鎌倉時代以前の男色の記録は特権階級の方々のものばかりですが室町時代以降は庶民のものも多くなっています。とはいっても、庶民の記録がないのは、あまりに自然のことであったからと考えられており、庶民の間で男色がタブー視されていたわけではありません。以上のことを踏まえると、当時の日本人にとって「男色」が、どれだけ当たり前のものであったか容易(たやす)く想像できるでしょう。

男色のはじまり

 

では、日本の男色文化はいつ始まったのでしょうか?江戸時代前期に井原西鶴が記した、浮世絵草紙『男色大鏡』には、当時男神とされていた天照大神が日千麿命(ひのちまろのみこと)を衆道(男色の意)に基づいて愛していたと記載されています。

さらに、井原西鶴伊耶那岐命イザナギノミコト)と女神・伊耶那美命(イザナミノミコト)の夫婦の神様が誕生するまでは、男神ばかりだったので男色を楽しまれていたと主張しています。井原西鶴の言葉を信じるとすると、なんと日本の男色の歴史は神代の時にすでに始まっていたというのです!

 

男色に関する最古の記述は720(養老4)年成立の『日本書紀』にあります。小竹祝(しののはふり)と天野祝(あまののはふり)の関係が発端となった「阿豆那比(あずなひ)の罪」に関する物語がそれです。「祝」とは神主のことを指しており、このふたりの神主が男色の仲にあったと言われています。

というのも、彼らは「善友(うるわしきとも)」つまり性的行為アリの親友だったと書かれているからです。今でいう「セフレ」のような関係とも言えます。小竹祝が病気で亡くなったのを嘆いた天野祝が後を追い、生前の希望通り二人を合葬したところ、神様がそれを天津罪(あまつつみ)と考え昼間でも暗くしてしまったそうです。

 

天津罪とは、国津罪(くにつつみ)とともに神道における罪で、特に農耕や祭祀を妨害する行為を指します。「阿豆那比」の意味は分かっておらず、神様がふたりの男色を咎めたと言われることもありますが、ふたりを別々に埋葬し直したところ昼が戻ってきたと書かれていることからもこれは「神主を合葬する」という行為が儀式的によくないことだったのでしょう。

「阿豆那比の罪」の物語は一般的に日本における男色文化のはじまりと位置付けられています。

寺院や宮中で流行した男色

『日本書記』以降にも『万葉集』や『伊勢物語』、『源氏物語』など誰もが知る数々の有名書物に男色についての記載があり、男色が当たり前のように流行していたことがわかります。

 

 

僧侶の男色といえば、空海が日本に持ち込んだと言われることがあります。しかし、平安時代初期の空海の帰国以前から男色の記述があったことをみるとこれは単なる俗説でしょう。一方で、僧侶と稚児(剃髪前の少年修行僧)の間の男色が流行したのは、空海の影響であると言われています。

奈良時代の僧侶は『四分律』という仏教の経典をよく読んでいました。僧侶の罪を記しているこの経典には、性行為を戒める「婬戒(いんかい)」について書かれています。ここでは、異性・同性に関わらずあらゆる性行為が禁止されています。

しかし、仏教ではどちらかといえば女性との性行為を嫌う性質の方が強く、徐々に男色を許す文化が発展していきました稚児との性行為を、稚児を神格化する儀式「稚児灌頂(ちごかんじょう)」とするという荒技で性行為を禁止する仏教において男色を正当化する“立派な”言い訳まで作ったのです。

僧侶と稚児の関係は、勅撰和歌集『後拾遺和歌集(ごしゅういわかしゅう)』でも詠まれており、天皇の命令で編成された和歌集にも載せられるほど、彼らの関係は当たり前で許容されたものでした。また、宮中においても、貴族が美しい稚児を側に置き、枕をともにすることは決して珍しいことではありませんでした。

 

<精神的な繋がりを重んじた武士の男色文化「衆道」>

武士が勢力を増していくと、貴族や僧侶との交流の中で武家社会にも男色は浸透していきました。室町幕府を率い、南北朝を統一した足利義満は、貴族や僧侶から男色を含むあらゆる文化を積極的に取り入れ、のちに流行する武士特有の男色文化「衆道」の礎となったと言われています。

 

衆道」は、主君と小姓(こしょう:将軍のそばに仕えた者)の間での男色の契りのことです。肉体的だけでなく精神的な結びつきを特に重視しました。男色は絶対服従の関係・絆を築く一種の儀式という認識もあったのでしょう。「衆道」の予兆は、源平合戦のあった平安時代末期にもすでにありましたが、衆道文化が花開くのは戦国時代です。

 

多くの武士たちが妻子を残し戦に出かけた当時、女性のいない環境の中で男性を性的対象として見ることが多くなるのは想像に難くないでしょう。「桂男の術」いわゆるスパイ任務を遂行する際、美少年の色仕掛けにまんまと嵌って殺された武将も多かったとか。

 

<外国人が驚いた!庶民も受け入れた日本における男色の風習>

室町時代には、庶民の男色についての記述も見られるようになりました。庶民階級が楽しんだ能楽「手猿楽」では、美女が主役の「女房猿楽」とともに美少年を使った「稚児猿楽」が生まれ、酒席で多くの人を楽しませ一夜をともに過ごすこともあったとか。

宣教師フランシスコ・ザビエルは、一神教と一夫一妻制、そして男色の罪を日本人に説明することの難しさを本国への手紙で嘆いています。「僧侶がしていることなのだからいいだろう」と一般の人は考えていたのです。

江戸時代においても、男色は女性を愛するのと同じように普通に扱われていました。江戸時代には、若衆歌舞伎が舞台後酒宴にお伴した先で売春行為を始めたことから、陰間と呼ばれる男娼が登場しました。彼らは、僧侶や武士だけでなく農民や職人などの多くの庶民も相手にしていたのです。

江戸時代に来日した朝鮮通信使・申維翰(しんゆはん)は、著書『海游録』で男娼の色気は時に女性を上回ると綴っています。

 

<欧米の影響でタブーとなった男色>

日本では仏教や神道に男色を禁じる戒律がないことから、男色は当たり前のように流行していましたが、キリスト教では男色は罪とされています。そのため、明治維新とともに西欧文明が取り入れられると日本でも男色は徐々にタブー視されるようになります

 

明治時代でも、当初は女性に溺れるよりは男色の方が良いと言われ「ストイックさ」を追求する学生の間で流行するなど男色文化は色濃く残っていました。しかし、1873(明治6)年になると男性同士の性行為を罪とする「鶏姦(けいかん)罪」が規定されました。

 

西洋の列強国に追いつくことを目標としていた当時の日本では、欧米諸国でタブーとされる男色を容認したままにしておくわけにはいかなかったのです。「鶏姦罪」は1882(明治15)年にはなくなり、法律上で男色が禁止されることはなくなりましたが、明治後期には男色を悪とする考えも強まっていったのです。

 

大正時代に入ると、西洋的な考え方はさらに浸透し、ついに日本で当たり前であったはずの男色は「病気」として扱われるようにまでなってしまいました。

あの人もこの人も男色を楽しんだ

さて、西洋文化の影響で一度はタブーとなった男色ですが、最近では欧米諸国におけるイデオロギーの変化もあり、日本でも同性愛者と呼ばれる人たちの存在が再度容認されるようになってきました。同性愛者と公言している有名人の方も増えています。

実は、日本人の多くが知るような過去の偉人にも男色を好んだ方がたくさんいます。何人かここでご紹介しましょう!

 

<藤原摂関家の代表格、藤原頼通・頼長>

父・藤原道長の後を継ぎ、摂関政治の最盛期を謳歌した藤原頼通鎌倉時代に成立した日本最古の舞楽書である『教訓抄』には別荘の宇治平等院で仏教行事を行った際、雅楽の舞を披露した峯丸(みねまる)という美少年に心を奪われた様子が書かれています。さらに、鎌倉初期の説話集である『古事談』にも、家来であった源長季(ながすえ)は頼通の男色の相手であったと記されています。

 

保元の乱で受けた傷が原因で亡くなった頼長も男色の趣味があり、7人もの貴族と男色関係にあったそうです。当時の貴族は日記を残す風習がありました。頼長は宮中儀式などの一般的な事柄だけでなく自身のプライベートについても赤裸々に綴っています。

 

頼長の男色遍歴について詳細に書かれているのは、頼長の日記『台記』です。この日記を読むと、頼長が男色で感じた快感や少年たちに恋い焦がれていた様子がわかります。「倶(とも)に精を漏らす」つまり「一緒に射精する」ことの喜びを綴るなど、直接的な表現には驚かされます。

織田信長徳川家康もみーんな男色を楽しんだ

漫画の題材となることも多い有名戦国武将には、男色を楽しんだ方がたくさんいます。

 

「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」の狂歌からも分かるように過激で強引なイメージの強い織田信長は、秘書的な役割も負った森蘭丸と関係があったのではないかと言われており前田利家との関係も噂されています。ちなみに、次男の信雄も美少年の処刑をやめさせ重用するほど男色に入れ込んでいたようです。『勢州軍記』には、兄・信孝がそんな信雄の様子を皮肉る様子が書かれています。

 

武田信玄は、思いびとのに弥七郎という小姓に手を出したことがばれ、釈明する手紙を送っています。甲斐の虎と呼ばれた勇ましい姿からは想像もつきません。

 

また、独眼竜・伊達政宗も恋人の小姓に当てた恋文を残しています。政宗は男色を誇りにし、少年と契りを交わすたびに自分の体に傷をつけその証にするといったかなりの変人だったようです。

 

戦国時代の乱を制し、見事天下人となった徳川家康にも男色のエピソードがあります。家康は本来年上の女性を好んでいましたが、『甲陽軍鑑』によるとそんな家康も忠臣の一人である井伊直政の美しさに魅了され関係を持ったそうです。

 

家康の後を継いだ秀忠や次男の秀康、十男の頼宣など家康の息子たちも男色の世界に魅入られていました。江戸幕府を発展させていった3代将軍家光や5代将軍綱吉もまた、男色を好んでいたそうです。

 

<俳句家・松尾芭蕉は男性の恋人と旅>

松尾芭蕉は、弟子と一緒に旅に出ることが多く、その弟子のふたりと恋仲だったと言われています。奥の細道』は有名ですが、『笈の小文』という紀行文をご存知でしょうか?この紀行文には、杜国(とこく)と越人(えつじん)というふたりの愛弟子との旅行について記載されています。

 

越人との旅では「寒けれど二人寝る夜ぞ頼もしき」といったロマンチックな句を詠んでおり、杜国と一緒にいるときも「草の枕のつれづれ二人語り慰みて」とふたりの関係が分かるような句を詠んでいます。愛する人との旅行を楽しんでいる様が思い浮かびますね。

国や地域によって考え方は違うといいますが、時代によっても考え方はかなり違っています。同じ日本でも、当たり前だったことがタブー視されるようになったり、逆になったりすることがあります。日本における意外な男色の歴史を知ると、なんだか「当たり前」とは何か考えさせられますね。

 

  

(2019/12/16)

 

  

『男色の日本史』

なぜ世界有数の同性愛文化が栄えたのか

ゲイリー・P・リューブ   作品社   2014/8/29

 

 

 

このテーマについて世界で最も引用率の高い基本文献となっている

かつて日本には、古代ギリシャと並ぶ“男色文化"が栄えていた。平安の宮廷人たちが、密かにくり広げた夜伽。寺院での僧侶たちによる稚児との愛欲の生活。戦国武将たちに連れ添った、森蘭丸などの小姓たち。そして江戸時代に入ると、役者・若衆・女形たちによる売色が隆盛し、陰間茶屋では女性も交えた3人以上の男女が入り乱れて欲望のかぎりを尽くしていた。

 本書は、初めて日本男色文化を“通史"としてまとめた「男色の日本史」あり、さらに世界の同性愛文化と比較しながら、なぜ日本には世界有数の同性愛文化が栄えたのかを分析した、世界初の「日本男色論」である。本書によって、日本の華麗なる男色文化が世界に知らしめられた。

 

日本には、古代ギリシャと肩を並べる華麗なる同性愛文化が存在した

・「かつて我が国日本の男性のほとんどが、同性との性的快楽を、当然のごとく欲していた。今では驚くべきその事実を、さまざまな史料を駆使して論証してみせたのが、本書である。〔……〕日本の男性同性愛史に関する、世界で初めての本格的にして包括的な研究書として、各界から高い評価を受けている。この著作によって、日本には、古代ギリシャと肩を並べる華麗なる同性愛文化が存在したことが、世界中に明らかにされたのだと言っても過言ではないだろう……」。

 

なぜ日本には、古代ギリシャとならぶ同性愛文化が花開いたのか

ほぼすべての男性が、同性愛の快楽に陶酔していた江戸社会

徳川時代(1603~1868年)の日本社会を研究する者にとって、この二世紀半に渡って全盛期を迎えた、男性同性愛が、少なくとも都市においては非常にありふれた行為だったことは周知の事実である。男性間のセックスは、知識階層に広く容認されていただけでなく、大衆美術や文学では積極的に褒め称えられていた。同性愛行為は、武家屋敷・寺院・歌舞伎小屋とつながりのある男色小屋などで組織的に行われていた。実際、この行為は、文化の主流をなす特徴となっていたのである。

 

・近代日本語においては、男性間のセックスに関連する語彙が非常に豊かなことを見れば、この行為に対して、社会がどれほど寛容だったかがわかる。豊富な一次史料、二次資料を読めば、いたるところで「男性間のエロス(男色)」をほぼめかす言葉に出会う――「若衆道」(多くは縮めて「若道」、あるいは「衆道」、「男道」、「美道」、「秘道」。これらはすべて、特定の慣習に従った男性間のセックスを婉曲に表現した言葉である。

 こうした言葉が出てくるのは、あって当然と思われるような文献(性生活史、風俗史、売春の歴史、性愛版画集など)の中だけではない。地方史、美術史、大衆演劇研究、伝記、日記、法令、個人の遺書、医学論文、大衆文学、紀行文、滑稽文、川柳など、じつにさまざまな文献に登場する。この事実は、徳川時代の日本では、男性同性愛が例外的なものではなかったということを確証している。むしろこれは、社会生活の制度に組み込まれた、非常にはっきりとした中心的な要素だったのである。

 

古代ギリシャを研究する際に、同性愛の性質について議論せずには、その美学、エロス、詩、道徳、政治でさえも理解できないのと同じように徳川時代を研究する際に、その時代における男性側の性関係の特殊な成り立ちを理解しなければ、社会と文化の多くの側面を把握することはできない。それにもかかわらず、また、日本におけるジェンダーセクシュアリティの問題に取り組む研究者が増えているにもかかわらず、同性愛の伝統を本格的に研究した人は、これまでほとんどいなかった。

 研究の対象として、ためらいがあるのは理解できる。近年になって「同性愛研究」という分野ができてはいるが、同性愛という主題は、日本においても、西洋においても、いまだに議論を呼ぶ問題であることに変わりはない。同性愛者ではない研究者も、同性愛の研究者とレッテルを貼られたくない研究者も、このテーマを避けるだろう。このテーマを持ち出しただけで、いまだに同性愛嫌悪の雰囲気のある学問の世界で、自分のセクシュアリティを疑われかねないと恐れるからである。その問題を別にしても、日本の題材は難しいことが多い。

 

なぜこのテーマに取り組んだのか

私としても、この地雷原に足を踏み入れるのに、ためらいがなかったわけではない。私は徳川時代の日本を専門とする社会史の研究者として研究を続けてきたので、徳川時代の文献にあたることも、当時の性行動の特徴について何らかの結論を引き出すことも可能だった。とはいっても、これまでの研究では、別の時代、別の社会の歴史学者が出版した、膨大な量の同性愛についての文献を読まなくてはならないこともなかったし、心理学、人類学、社会学や文学の文献については言うまでもない徳川時代の男性同性愛についての、世界で初めての徹底的な調査をするにあたって、私もこうした文献を読むようになった。しかしながら、私はまず第一に歴史家として日本史の研究者に向けて本書を著わしたのであって、性の歴史の権威として書いているのではない。

 

この研究を思い立ったのは、江戸の町における使用人、商店の奉公人、日雇い労働者といったテーマの博士論文の調査をしているときである。そのときには、性行動についてよりも、初期の資本主義の方に関心を持っていた。しかし、階級間の関係、中でも江戸の町特有の雇用主と使用人の関係を研究していると、とくに武家屋敷などで雇用主と使用人間の性的関係に関する記述に何度も遭遇し、さまざまな情報を目にして強い印象を受けることになった。たとえば、18世紀中頃の江戸には、男色茶屋が並ぶ町が少なくとも14あり、その時代の男性同性愛に関係する文献は600近くもあることがわかった。さらに、15人の徳川将軍のうち、少なくとも7人は男性同性愛の関係があり、それが詳しく記述されていることも分かった

 

読み進むにつれ、男性同性愛行動は、江戸の社会でありふれていただけではなく、標準的なことだったと確信するようになった。文献の中では、少なくとも都市の男性は、たいてい他の男性との性的関係に向かう傾向があり、そのような関係は広く受け入れられていたと表現されている。とくに文学では、少年や女形役者に対する男性の情熱を率直に認めている。江戸社会のほとんどの男性に、女性に対する性的興味がなかったと言うつもりはない。むしろ、結婚も含めた異性愛関係は男性間の性行動と両立できるもので、補完するものだとさえ見なされていたらしい。中には、もっぱら男性だけという関係も見うけられるが、江戸社会では両性傾向が普通の状態だったようだ。

 

このような仮説は、まったく新しいものではなかったが、研究題材として取り上げるだけの価値はある。その結果、執筆されたのが本書である。私の議論は、ほとんど男性同性愛に限られている。それでもこのテーマ自体を、性の社会構造という幅広いテーマから切り離すことはできないし、だからこそ全般的な女性の性的経験からも切り離すことはできない。そういうわけで、徳川時代の女性同性愛にも触れることになるが、この主題はまた別の研究テーマとなるにふさわしいと考えている。

 

・第1章では、日本の考え方や慣行に影響を与えた古代中国の男性同性愛の最も古い記述を考察し、古代および中世の仏教寺院と武士の男性同性愛慣行の出現について述べる。このような慣行は、僧侶と武士の社会に女性がいなかったという理由が主として挙げられる。

 第2章では、徳川幕府の確立と共に起こった大きな社会変化が、男色茶屋や歌舞伎小屋を中心とする町人独特の新しい男性同性愛文化の出現に、いかに寄与したかを論じる。男性同性愛の大衆化は、徳川時代初期の江戸に女性が少なかったことも一因だが、都市の性別人口の均衡がとれるようになってからも根強く残っていた

 第3章では、男性同性愛慣行の特徴を挙げ、男性同性愛だけだった男性たちが存在した形跡もあるにはあるが、両性愛者の方が一般的だったことを述べる。また、男性同士の関係における階級や身分、年齢などの役割について考察する。

 第4章では、社会全体が寛容なのに、なぜ男性同性愛に対して相反する感情が存在したのかに注目しながら、それに対する一般的な態度を検証する。ここで、法律や幕府の公文書に映し出された支配階級の考え方も考察する

 男性同性愛の慣行、女性の地位、両性具有に魅了される徳川時代、そして異性間の恋愛、これらの関係については、第5章で検証する。そこでは、日本と他国での男性同性愛慣行の比較も行なう。

 終章では、私の主張を手短に述べ、日本近代の開国に伴う男性同性愛の衰退について考察する。

 

同性愛嫌悪の雰囲気

・数年前に、あるアイヴィー・リーグの大学で開かれたパーティで、徳川時代の男色についての本を書いていると何気なく口にしたことがある。すると1週間もたたないうちにある同僚から電話がかかってきて「破廉恥」呼ばわりされた、その同僚は、パーティに出席していた有名な日本の学者から私の発言を聞いたとたんに、「でも、彼は結婚しているのに!」と叫んだそうだ。80年代半ば頃には、私が「徳川時代の同性愛に関する本を書くべきだ」と言ったときに、別の同僚が「そんなことをしたらキャリアはおしまいだ」と答えたことがある。

 

男色と日本の社会・文化構造

・このような本を書いていると、性行動の歴史を論じるには、伝統的な英語の語彙では不十分だと絶えず思い知らされる。かろうじて1世紀ほど存在する「同性愛」という言葉自体も、そもそもは、最初は自分と同じ性別の人間に性的欲望を示すようになるという心理的状態を表わす言葉だった。しかし歴史的にさまざまな状況で、異性愛性交を好んだり喜んだりする男性も、他の男性とのセックスに興味を向けていた。それは儀式のため(古代オリエントの宗教的な男性売春)であったり、女性がいないため(17世紀のカリブの海賊たちの間で行なわれた)であったり、(これといった同性愛嫌悪の文化がない中で)ただ単に男性間のセックスが肉体的に可能で、ひょっとすると快楽的だったからでもある。同じ動機が今日にも存在する。

 

・このような状況での「同性愛」の根底にあるのは、必ずしも一つではない性的欲望の形である。一部の社会では、オーラルセックスやアナルセックスのような特別な行為をしたいという望みや、特別な年齢や民族、体つきの相手とセックスしたいという男性の望みは、相手の性別と同じくらいに重要かもしれない。だからこそ歴史学者は、男性同性愛を歴史と無関係な心理的状態としてではなく、行動、すなわち異なる文脈にあればまったく違う性的欲望を意味するかもしれない一連の行為としてとらえなくてはならない。

 ジークムント・フロイトは、「性衝動」や本能を、性的対象とは無関係の力だと考えた。近代の男性同性愛(性対象倒錯)の形を、文化的に固有の言葉(男性の母親に対する幼少期の固着に続いて起きる母親との自己同一化と自己愛)で説明しようとした。それでも彼は、「すべての男性は同性愛的な対象を選ぶ可能性がある」と記してもいる。男性間のセックスは、古代(ヨーロッパ)文化の中では、「重要な役割を果たす慣行だった」と述べこのテーマを歴史的な文脈において研究すれば、「病理学的特質」は、「人類学的特質とは切り離される」だろうと示唆した。つまり、ある文化で病気や異常とされるものは、他の文化の中ではそのような異常ではなく、それどころか支配的な文化によって生みだされ、奨励されてきたものかもしれないと示唆しているのである。そうはいっても、現代の「性対象倒錯」に対して、古代文化の中で同性愛が病気とは見なされていなかったことを引き合いに出して価値中立的な「人類学的」アプローチをしたわけではなく、フロイトとその弟子たちは、性対象倒錯は、治療されるべき心理的状態だと主張していた。

 

・同性愛の欲望を病理学的なものと見なさなかったジャック・ラカンのような新フロイト派でさえ、エディプス・コンプレックスに言及することによって、同性愛を個人の成長における普遍的な段階だと考えた。しかし、フランスの反精神医学運動の理論家ジル・ドゥルーズとフェリックス・ガタリは、エディプス・コンプレックス自体が、近代資本主義社会に特有なもので、その根底には家父長制度があると強調しているフロイトの時代以来、私たちは過去と現在の社会における同性愛行動について多くのことを学んできた。また、性的衝動は、社会やルールの変化に応じて変化するということをさらにはっきり理解するようにもなった。モーリス・ゴドリエが書いたように、「性意識が社会を悩ますのではなく、身体の性意識を悩ましているのが社会なのだ」。

 

・もう一つ付け加えると、カール・マルクスフリードリヒ・エンゲルスによれば、「意識によって人生が決定されるのではなく、人生によって意識が決定される」のである。人間の「真の人生の過程」を研究すれば、「その人生の過程がその人の観念にどのように反映されていくかを実証することができる」。家族や階級、身分といった社会構造は性的感情を形作り、あらゆる階級社会で、性的感情と行動について、どんな態度と分析が表現され、奨励されるべきかを決定するのは支配階級である。だから、どんな時代の男性間セックスの研究でも、階級に縛られた社会構造、そして支配階級のイデオロギーが、どのように特別な形の性的欲求を奨励し、どのように性的行動に影響を与えたのかを調査しなくてはならない。対象となる過去の社会での同性愛行動の特殊な構造が持つ意味を説明し、デイヴィッド・ハルプリンが心理についての歴史的社会学と呼んだものの出現に貢献する必要がある。

 

明治以後の日本社会と男色

日本で古代ギリシャとならぶ男色文化が栄えた理由

日本における男色を研究するに当たっては、並外れて豊富な文献を参照することができた。古代ギリシャ・ローマの社会を除いては、男性同性愛がこれほど詳しく記録されている社会はほとんどない江戸の町人文化には、遊女を名士扱いしたり、廓と文化的洗練を結びつけたり、世界一精妙な性愛芸術を生み出すほど開放的な性愛観があった。第一次資料の豊富さは、単にそれを反映していただけではないかという議論もあるかもしれない。しかし、伝記に表われる情報や大衆文学の中で男色と女色を比較する際の論調は、徳川時代の日本では他の社会よりもずっと当然のように男性同性愛行動について語られてきたばかりではなく、その事実がずっとありふれていたことを強く示唆している。

 

・どうしてこのようになったのだろう。さまざまな要素が結びついて男色の伝統を生み出し、その独特の慣習やタブーを作り上げた。このテーマを検討するために、中国との関係、宗教と哲学の動向、伝承、女性の地位、僧侶の禁欲生活、封建制度、主従関係、都市の人口動態といったばらばらの要素を考慮しなくてはならなかった。明らかに、男性同性愛行為の広がりと独特の役割構造を支え育てる日本特有の要素の混じり方があったのである。しかし、徳川時代の日本に男色が栄えた理由を思い切ってまとめるとすれば以下の三点を指摘しなくてはならない。

  1. 支配階級(僧侶と武士)にあった男性間性行為の伝統は、江戸幕府の支配体制ができるはるか以前に確立されていた
  2. こうした初期の伝統は、僧院や戦陣に女性がいなかったことを反映する「状況に応じた」ものだったとは言え、徳川時代の慣習は、女性が(少ないこともあったが)存在した都市環境で発達したものである。
  3. それまでの、支配階級の男性同性愛伝統は、町人が異性間の関係を保ちながらも男性同士のセックスを容認し、欲望し、体験する気持ちを助長した。

 

手短に言えば、男色は主に伴侶となる女性の欠乏を補うために生まれたが、ある時点でその文化が男性の欲望構造に大きな影響を持つようになり、その結果、必ずしも女性の欠乏がなくても存続し続けることになった。実際、それは徳川時代の各都市で、女性の遊郭が栄えるのと同じほどの繁栄をし続けたのである。徳川時代の男色は、概して、女色とのどちらかを選ぶというようなものではなく、両立可能だった徳川時代には、ほとんどの男性の性意識は“両性愛”だったのである。

 こうした性意識は、儒教思想封建社会に特有の序列を反映する形で構築された。

 

・これまで見てきたように、学者によっては、年齢に応じた役割を持つ同性愛を成人が少年に精液を与える古代の成人儀式に、ジェンダーの役割を模倣する同性愛を異性装のシャーマンの伝統に結びつけることもあった。最も古い日本の文献は男性間セックスについて何も語っていないが、上記の二つの慣習が先史時代の日本で融合し、仏教の禁欲生活が導入される以前の日本に残っていたということは考えられる。

 日本語と古代文化は、東南アジアと北東アジアの要素の融合を示している。メラネシアから中国南部に至る東南アジアでは、年齢に応じた役割を持つ男性間関係が一般的だった。北東アジアでは、異性装のシャーマンの慣習が広がっていた。年齢の問題と異性装あるいは両性具有の役者に惹きつけられることとを同時に反映している点で、日本の男色はこうした古代の同性愛原型を融合させているように思える。

 

本質主義と社会構築主義の論争

同性愛を歴史的な文脈で読み解こうとする学者の間で起きた論争の中で、最も中心的で実り多かった対立は、「本質主義者」対立「社会構築主義者」のものだった本質主義者は同性愛者は常に存在したと主張し、他方は現代の同性愛文化は特定の社会変化の結果として現われたものだと主張している。この二つの見方はまったく両立しないものではない。最近の医学的・生物学的研究は、本質主義者の支持する仮説、つまり遺伝的あるいは生物学的要素が性的欲望の性質に影響を与える可能性にある程度の裏づけを与えている。それでも、たとえ究極的には生物学的原因が違いを生み出し、2パーセント、あるいは5パーセント、10パーセントの人が同性愛の携行を持って生まれてくるとしても、そうした人々がその欲望に基づいて行動する意欲と能力、またその表われ方は社会によってまったく異なる概念によって条件付けられるという圧倒的な証拠に直面するのである。さらにはまた、残りの90~98パーセントの人間が、さまざまな社会において、視床下部神経の大きさやX染色体が運ぶ情報によっては説明のつかない理由で性欲を感じたり性行動をとったりするという事実も考慮する必要があるだろう。

 

・こうした現実を理解するには、社会経済的要素を探らなくてはならない。最近多数の研究によって、デイヴィッド・ハルブリンが言ったように、「性的欲望は(社会的に)構築され、大量生産され、生きている人間の集団のさまざまな構成員の間に配分される」ことが証明されている。こうした欲望が時代につれて、なぜ、どのように変化するかを理解するには、「セクシュアリティ」(すべての人間に共通していて、生まれつき持っているが、文明によってさまざまに抑圧されてきたものとしての性)の歴史を作るのではなく、「心理についてのまったく新しい歴史的社会学を定義し洗練させなければならない」のである。

 

・本書は、その歴史社会学に寄与するものである。私は工業化以前の日本における同性愛慣行のいくつか、とりわけ徳川期の町人による男色慣行を生み出した「社会関係の根本構造における大きな変化」を突き止めようと試みた。仏教の禁欲主義の広がり、とくに9世紀初めの天台宗真言宗の広がり、封建主義と理想化された主従関係の高まり、そして、活気ある町人社会が、封建権力に服従して支配層の風俗を受け入れ、徳川時代の初めの頃から享楽主義を助長した。

 いつの時代にも、理由はどうあれ男色の欲望を感じそれに基づいて行動する男たちがいた可能性を認めなくてはならない。文献に出てくる「女嫌い」への言及は、町人社会にもそういう人たちがいたことを明らかにしているし、女性を欲しようとしてもそれができない人がいたことも示している。だが、それよりはるかに多い男性が、快楽があり、都合よく、禁止されてもいないし不道徳と見なされてもいないうえ、当時の権力関係の性質から影響を受けていたからこそ男色を営んでいたのである

 

遺伝的あるいは生物学的要素が

同性愛男性19人、異性愛男性16人、異性愛女性6人の脳の解剖に基づいて、サイモン・ルヴェイは、性行動を始めとする本能的行動をつかさどる視床下部にあるニューロンのいくつかが、異性愛の男性のものは同性愛の男性の2倍の大きさがあることを突き止めた。ディーン・H・ハマーは44組の同性愛兄弟を研究し、そのうち33組の兄弟がX染色体の先端に同じ遺伝子を持っていることを発見した。少なくとも一部の同性愛男性では、遺伝子の影響による視床下部の縮小があるのではないかとハマーは示唆している。また、生育環境の異なる叔父/伯父やいとこも含めて、親戚に同性愛者がいる確率は同性愛の男性の方が異性愛の男性よりも3倍も大きいこともわかった。一方、リチャード・ビラードの研究では、同性愛の男性が同性愛の兄弟を持っている確率は異性愛の男性の5倍になることや、一卵性双生児は離れ離れに育てられても、よく似た性的指向を持つことが発見されている

 

明治以後における男色文化の変化と形象

現代日本は、ほとんどの西洋社会より同性愛恐怖が少ないと言ってもいいだろう。マンガから小説に至る現代大衆文学は、役割分担のある同性愛行為が男性にとってありふれた経験であるという前提を反映している。たとえば、大江健三郎の1964年の小説、『個人的な体験』では、ある男の女性の恋人は、「あなたは、弟の年齢の連中から好意をもたれるタイプだと思うんだけど、そういう男の子と一緒に寝たことはないの」とさりげなく尋ねる、彼女がこの問題を持ち出したのは、恋人の性格や行動に特異なものを感じたからではなく、アナルセックスをしたいので、以前にやったことがあるかどうかを知りたかったからに過ぎない。恋人の過去の同性愛体験の可能性を当然視した寛容な態度は、現代日本でさほど珍しいことではない。

 しかし現代日本は、徳川時代の都市生活者のような両性愛の社会ではない。現代では、西鶴の登場人物である源五兵衛の言葉「男色、女色のへだてはなきもの」と同じことを言う日本人はほとんどいないだろう。日本で一般的な見方は、同性愛行為はノーマルではなく、そういう性向のある人は少なくとも親族や同僚にはたくみに自分の性向を隠すべきだというものであるゲイを明らかにしている人々は決まって差別にあうたとえば、あるゲイ・レズビアン団体のメンバーは東京都青少年センターの宿泊を拒否された。

 男性間セックスへの態度は、過去百余年間でこのように劇的に変化した。その変化の原因は、主に日本が1859年以来世界システムの仲間入りをしたことにある。日本の支配層に、西洋国家の敬意を勝ち取り、不平等条約を覆すために、西洋の知識を吸収しなくてはならないという合意ができあがった。

 

・そうした「知識」の中には、それまで知られていなかった「不合理さ」もあった。たとえば、陽物信仰の男根は恥ずべきもので破壊すべきであるとか、同性愛恐怖といった概念である。18世紀半ばに安藤昌益(1703~1762年)は、同性愛への不寛容を含めてオランダの性習俗を好意的に迎える発言をした。蘭学者の森島中良(1756~1809年)は、1787年に、オランダでは「人倫に背くをもって」男色が厳しく禁止され、「犯せし人」は火あぶり、「犯される少年」は海に沈められたと書いた。19世紀後半には、日本の支配層は同性愛(すでに男色という言葉ではない)は「自然に反する」という見解を持つようになり、中にはこれを犯罪とすべきだと主張する人もいた。進歩的な新聞、『萬朝方報』の編集者は、東京の学生に同性愛が蔓延していることを暴露し、1899年には英字週刊誌の『eastern World』が、「未来の法律家、役人、教師」たちが「獣のような」「自然に反する」「恥ずべき」「不潔な」慣行に染まることに反対する記事を載せた。その記事は、男性間の性行為は「文明化された国々では犯罪として罰せられる」と論じた。そして、日本の刑法に、男性同性愛行為に最長10年の重懲役刑を科すドイツ刑法175条のような条項を加えるべきだと主張した。

 このように、日本の男色が衰退した大きな原因は西洋文化の影響だったのである。しかし、この衰退は同時に、男性同性愛を発達させた封建制度の崩壊を反映しているのも確かだ。ここまで見てきたように、日本では同性愛関係にある二人のどちらの役割も、さげすまれることがなかった。

 

・確かに、徳川時代を思わせる「兄弟の契り」や指切りや暴力的な争いを伴い、役割構造を持つ同性愛という意味での男色は、明治時代の学校や軍隊で生き延び、栄えさえした。その時代には、「稚児」や「少年」という言葉は年長の学生の関心を惹きつける男子学生を指して使われていた。1901年に出版された東京の学校案内は、学習の助けと引き換えに男色関係をせまられることがあると警告し、作家の森鴎外は、1909年の小説『ヰタ・セクスアリス』で上級生から強姦されそうになった経験を書いている。

しかし、男色の世界はもはや、調査報道記者や道徳改革家によって、ときたま光を当てられるだけのひそかな地下世界になっていた。新渡戸稲造のような教育者は「同性的欲情」を原始的で暴力的な衝動だと見なし、精神を教化することによって根絶すべきものだとした。

 

・男色は、急速に大衆文化の中央舞台から追われた。同性愛の欲望はもはや、文学や演劇、美術によって褒め称えられることはなくなった。むしろ、過去の「悪習」であり近代西洋の前では国家の恥であるとして反対された。「男色好き」は、奇妙な心理的障害を持つ「男性同性愛者」というドイツの概念に取って代わられた。徳川時代のように男性間の性的欲望を生み出しやすい環境ではなくなったのである。男性がこうした欲望を体験し、それに基づいて行動することがしづらくなった。ここに見られる性に関する態度と行動の変化は、同性愛は特定の社会的変化の結果として現われたものだとする社会構築仮説を、このうえなく説明している。

 

あるゲイ・レズビアン団体の宿泊拒否

・動くゲイとレズビアンレズビアンの会(アカー)は1991年にこの宿泊拒否に関連して東京都を訴えた。これは、センターに宿泊していたサッカーチームのメンバーによるゲイの若者への嫌がらせに端を発している。嫌がらせにあった被害者がセンター職員に苦情を申し立てると、センター側は団体の性的指向を問題にしてその後の使用を拒否した。

 

世界初の日本男性同性愛史についての包括的な研究書 (松原國師)

・著者のゲイリー・P・リュープは、ハワイ大学で文学修士ミシガン大学で博士号を取得し、現在はマサチューセッツ州のタフツ大学で日本史の教授をつとめるアメリカ人の研究者である。専攻は、徳川時代における性(ジャンダー)、身分・階層、労働者の研究であり、ほかに仏教の世界史ならびに近代以前の西洋と仏教との文化交流の分野にも携わっている。

 

 

 

『職場のLGBT読本』

柳澤正和、村木直紀、後藤純一   実務教育出版 2015/7/22

 

 

 

LGBTを知っていますか?

・LGBTは、Lesbian(レズビアン)、 Gay(ゲイ)、Bisexual (バイセクシュアル)、transgender(トランスジェンダー)の頭文字をとった、性的マイノリティ(少数者)を表す総称です。

 

・欧米ではアーティストからスポーツ選手、企業経営者や政治家に至るまでさまざまな職業の方が、カミングアウト(LGBTであることを公にする行為)をする例が増えています。みなさんもオリンピックで水泳の金メダルをとったイアン・ソープ選手や、アップルCEOのティム・クック、そして2015年にグラミー賞を獲得したサム・スミスなどのカミングアウトのニュースをご覧になられたかもしれません。

 

日本でのLGBT事情は?

・調査によると人口の5%~7%強(電通総研2012年、2015年)はLGBTだといわれます。13人~20人に1人です。日本の苗字で多い「佐藤」「鈴木」「高橋」「田中」さんは、合計600万人いるといわれますが、LGBTの推定人口はその数に匹敵する規模というわけです。

 

本書が、おそらく日本で初めての、「ビジネス書・人事」の欄に置かれるLGBTの本になると思います。

 

LGBT人口はどれくらい?

性的少数者(性的マイノリティ)と言うぐらいですから、ストレートに比べたら少ないのでしょうが、実際にはどれくらいいるのでしょうか。人口の3%~10%というデータを目にしたことがあるのかもしれませんが、これほどの幅が生まれるのはなぜなのでしょう。それは、LGBT人口の統計というのは、さまざまな意味で正確な数値を出すことが困難になっているからです。

 

アメリカではその後、何度も同性愛人口についての調査が行われてきました。最近の2003年の調査があり、性的に活発なアメリカ国民男性の4.9%が18歳以降に同性との性的行為を持ったことがあると回答しました。

 

・イギリスでは、財務省などがシビル・ユニオン制定の影響を調べるため、2005年に行った調査によると、イギリスにいるレズビアン、ゲイの数は360万人で、国民の約6%が同性愛でした。

 

古代ギリシアからルネサンス

・自然界にももともとたくさんあるように、人間界にも古来から同性愛はありました。よく知られているのは古代ギリシアです。プラトンは『饗宴』のなかで少年愛を美と結びつけて賛美しています。ポリス(都市)では、年長者が庇護者として少年を愛することが称揚され、それは少年を立派な市民に育て上げるという教育的な意味ももっていました。

 

・しかし、キリスト教が誕生し、同性愛を退廃とみなす中世の暗黒時代へと入っていきます。聖書の「ソドムの市」の記述から同性愛は「ソドミー」と呼ばれ、火あぶりなどの刑が科せられることもありました。

 

・『ホモセクシャルの世界史』を著した海野弘氏は同書で「キリスト教ホモフォビアを作ったのではなく、キリスト教が生んだ抗争がホモフォビアを助長したのかもしれない」と述べています。

 

ルネサンス期はネオプラトニズムの影響で同性愛に寛容なムードが広まる一方で、取り締まりも行われました。レオナルド・ダ・ヴィンチミケランジェロといった芸術家たちの同性愛は広く知られるところです。

 イギリスでは、エリザベス朝時代のクリストファー・マーロウやシェイクスピア、17世紀のフィリップ1世(オルレアン公)、ジェームズ1世ウィリアム3世の同性愛が有名です。18世紀には産業革命を背景に、今日のゲイバーの原型である「モリー・ハウス」が誕生し、庶民も同性愛や異性装を謳歌するようになったことが知られています。

 

近代から現代

・近代になると、家父長制と資本主義、ナショナリズムが結びつき、一夫一婦制が定着し、ジャーナリズムの発展とともに国家と大衆が同性愛者を非難・弾圧するようになり、ホモフォビア(同性愛嫌悪)が蔓延します。

 

・19世紀末、オスカー・ワイルドが同性愛のかどで逮捕・投獄され、フランスではヴェルレーヌランボーとの恋の終幕に拳銃を発砲し、逮捕されました。20世紀初頭には、ドイツで皇帝ヴィルヘルム2世の閣僚や側近が同性愛者として糾弾される一大スキャンダル、「オイレンブルク事件」が起こりました。第1次世界大戦の遠因ともなる、国家を揺るがすような事件でした。イギリスでは、経済学者のケインズ、作家のヴァージニア・ウルフやE・M・フォスターらの同性愛者・両性愛者が中心となったブルームズベリー・グループが活動し、パリではディアギレフやニジンスキー(ともに同性愛者)のバレエ団バレエ・リュスがセンセーションを巻き起こしました。

 女性に目を向けると、「ロマンチックな友情」と呼ばれて称賛された女性同士の友愛が19世紀に頂点を迎え、経済的自立を果たした中産階級の女性たちは共に暮らしはじめます(アメリ東海岸では「ボストンマリッジ」と呼ばれます)。1920年代にはニューヨークなどにレズビアンコミュニティが誕生します。

 

・しかし、精神科医による同性愛者や異性装者というカテゴライズは、のちにそうした人々が異常だとか病気であると見なされることにもつながりました。そしてナチスは性科学研究所を破壊し、何万人もの同性愛者を収容所で虐殺……歴史上類を見ない悲劇が起こったのです

 

・第2次世界大戦が終わり、男女平等や公民権運動が進んでもなお、依然として同性愛は違法であり、第2次世界大戦の英雄であったアラン・チューリングが同性愛のかどで逮捕され、ホルモン治療を強制され、自殺に追い込まれるという悲劇も起こりました

 

LGBTの日本史

・日本は欧米に比べ、LGBTに寛容な国だといわれてきましたが、おそらくその理由には、日本人が異性装、ことに女装が大好きだからということもあるでしょう三橋順子氏は著書『女装と日本人』(講談社刊、2008年)において、ヤマトタケルの女装を端緒に、古代日本の女装した巫人(シャーマン)、王朝時代の稚児、中世の持者、江戸時代の陰間………と現代まで連綿と続く女装の系譜を検証しながら、日本文化の基層に「性を重ねた双性的な特性が、一般の男性や女性とは異なる特異なパワーの源泉になるという考え方=双性原理」があると述べています。

 

「男色」大国だった日本

・そのことも深く関係しますが、かつて日本は世界に冠たる「男色」大国でした。有史以来、日本の歩みは男色とともにあり、日本の歴史は男色文化に左右されながら、時にはそれが原動力となって動いてきました。

 古代の豪族からはじまり、空海が唐から男色文化を持ち帰って以来、稚児を愛するライフスタイルが爆発的な広がりを見せ(稚児は「観世音菩薩の生まれかわり」として崇拝され、僧侶の間では男色は神聖な儀式でした)、僧侶から公家、貴族、そして武士にも伝播しました室町時代には喝食(かつしき)と呼ばれる美少年がもてはやされ(足利義満世阿弥が有名)、戦国時代には武将が小姓を寵愛し(織田信長森蘭丸をはじめ、ほとんどの武将が小姓を抱えていました)、やがて「衆道」へと至ります。「衆道」は念者と若衆の愛と忠節によって成立する崇高な男の契りであり、ちょうど古代ギリシアのように、少年を庇護し、立派な武士に育て上げる(軍の団結を強化する)意味合いももっていました。

 

・日本の男色は、政治をも大きく動かし、独自の文化を花咲かせ、日本的美意識とあいまって「宗道」と呼ばれる武士の人生哲学となり、江戸時代には若衆歌舞伎という一大娯楽産業(そして色子、陰間という売色のシステム)も誕生しました。この時代、色道の極みは男色と女色の二道を知ることだと言われ、陰間茶屋が栄えました。陰間の中には女形を目指して女装した者もいました。稚児などもそうですが、美少年はしばしば女装もしており、男色は現代とは異なり、疑似異性愛的なものでした。日本の男色史は女装史と不可分なものだったのです。

 

明治以降~現代

明治維新以後も「衆道」の名残りが薩摩藩などを中心に見られ、大正時代まで続きました。しかし、明治政府は、江戸以前の男色の文化を封建的な江戸の奇習、西南日本の悪習(それに影響された学生の悪習)、「文明」に対する「野蛮」として周縁化しました。富国強兵・殖産興業の国策の下、どんどん同性愛者は生きづらくなり、戦時中は「非国民」と呼ばれ、弾圧されました。

 

・戦後、待ってましたとばかりに同性愛者や女装者が活動をはじめますが、三島由紀夫の「禁色」に描かれているように、まだアンダーグラウンドなものであり続け(歴史の教科書も男色を隠蔽し続け)、ほとんどの同性愛者は偽装結婚を余儀なくされました。それでも、女装したママのゲイバーやブルーボーイのショークラブ、二丁目のゲイバー街ができ、丸山明宏(美輪明宏)のようなタレントが登場し、ニューハーフやミスターレディがメディアを賑わせるようになり、というかたちで次第に世間に浸透していきました。(その後もカルーセル麻紀、おすぎとピーコ、ピーターらをはじめ、現在のマツコ・デラックスに至るまで、数多くのオネエタレントが活躍してきました)。

 

同性愛の世界地図

・西欧や北米、中南米オセアニアでは同性婚または同性パートナー法が認められている国もありますが、中東やアフリカ、東欧では、まだ同性愛者を弾圧する国がたくさんあります。近年、この二極化が進みつつある一方で、日本をはじめとする東アジア・東南アジアでは、ひどい差別もないが保護する制度もない、という状況が続いています。

 

・同性愛が違法となっている国(国外追放や終身刑、死刑などの極刑に処せられる可能性がある)

イラン、サウジアラビア、イエメン、スーダン、ナイジェリア、モーリタニアソマリア

 

日本アイ・ビー・エム株式会社

・1950年代には米国企業としてもいち早く、個人の尊重、機会の均等をコーポレートポリシーとして宣言し、すでに80年代にはLGBTにも注目し、差別禁止規定のなかに「性的指向」「性自認」という文言を入れています。ダイバーシティ施策の一環でLGBTへの特化ではなく、人種の違いや障がい、女性と同様に尊重するものでした。

 マイノリティの従業員の定着、意識向上を考え、ロールモデルをいかに輩出していくか、平等な福利厚生、継続性、LGBT市場の開拓やブランディング、賛同してくれる仲間の企業をつくる、といったことに取り組んでいます。客観的な調査機関のサーベイ(調査)にも積極的に応じて、差別のない職場環境の整備と維持を心がけています。

 

さまざまな企業の取り組みを知ろう

そこに風穴を開け、いち早くLGBTへの働きかけを行ったのが、今はなきリーマン・ブラザーズ証券でした。2004年に入社したヘイデン・マヤヤスさんが、社内でLBGLN(リーマン・ブラザーズ・ゲイ・アンド・レズビアン・ネットワーク)という当事者ネットワークを立ち上げ、LGBTの従業員同士で親交を深め、同性カップルの結婚を祝福したり、識者を招いて講演会を催したりしていました。そして「多様な人材を抱えることができれば顧客提案の幅も広がる」との考えから、2006年3月には早稲田大学など7大学のLGBTサークルに声をかけ、社内のLGBT支援システムをアピールし、優秀な人材の確保に乗り出しました(2008年以降、リーマン・ブラザーズ証券の取り組みは、野村證券へと受け継がれていきます)。

 

ゴールドマン・サックス証券株式会社

ゴールドマン・サックスは、多くのLGBTが活躍している世界有数の金融機関です。イギリスでは「LGBTが働きやすい会社トップ100」の6位に選ばれています。

 

・日本法人では2005年に社内LGBTネットワークが設立されました。

 

野村証券株式会社

・2008年9月にリーマン・ブラザーズ証券が破綻したあと、野村證券リーマン・ブラザーズの欧州とアジア拠点の部門を継承した際に、ダイバーシティインクルージョンのコンセプトとともにLGBTネットワークが野村證券に引き継がれることになりました。

 

 

 

『妖怪の理 妖怪の檻』

京極夏彦    角川書店  2007/9

 

 

 

柳田國男の妖怪談義を巡って

・現在、“妖怪”を語る時には必ずといっていい程引き合いに出されてしまう柳田國男も、最初から「妖怪」という言葉を使用していたわけではありません。

 例えば、有名な『妖怪談義』(1956/修道社)に収録されている論文の中で一番古い「天狗の話」が書かれたのは明治42年(1909)のことなのですが(それは井上圓了が活躍していた時代です)、その中に「妖怪」の2文字を見出すことはできません。のみならず初期、中期の論文において柳田は、天狗は天狗と記し、大太法師は大太法師と記すだけです。柳田國男がそうしたモノの総称として「妖怪」という言葉を頻繁に使い始めるのは、大正も半ばを過ぎてからのことなのです。

 ただ、柳田國男はその学問の創成期から民俗の諸層に立ち現れる“怪しいモノゴト”に深い興味を示してはいました。

 柳田はまた、それを怪しいと感じる人間の心の在りようを研究することに学問的意義を見出してもいたようです。加えて、柳田が比較的早い時期に「妖怪」という言葉を“述語”として採用しようとしていたこともまた、事実ではあります。

 

・そして柳田以外の民俗学者達が「妖怪」という言葉を術語として頻繁に使い出すのは柳田が昭和11年(1936)雑誌『日本評論』(日本評論社)に論文「妖怪談義」を発表して後のことと思われるのです。

 

・また当時流行し始めていた心霊研究、さらには海外のスピリチュアリズムなども、柳田の視野には収まっていたはずです。

 ならば、日本民俗学を学問として確固たるものにするために、そうしたある意味いかがわしさを含んだ学問と一線を画する必要が、柳田には確実にあったはずなのです。民俗の中の“怪しいモノゴト”を扱うにあたって、さらにはそれを“妖怪”と名づけるにあたって――「妖怪」という言葉を術語として使うために、柳田國男は、井上、江馬、藤澤、そして心霊科学、そのどれとも異なった道を模索せざるを得なかったのでしょう。

 

『古今妖魅考』は平田篤胤が記した書物で、天狗に関する多くの記述がある

・柳田が“妖怪”と“幽霊”を明確に区別したがったのは、過去(文献)だけを研究対象とした江馬のスタイルと決別するという主張の現れだったのではないでしょうか。それはまた、民俗学を近代的な学問――科学とするための一種の方便として捉えることも可能です。

 

黎明期の民俗学を巡って

・柳田は全国各地の習俗や言語など“民俗”に関わる事象をくまなく調査し(必ずしも自らが全国を巡ったわけではないのですが)、蒐集・蓄積した膨大なデータを様々な形で纏め、世に問うています。しかし、纏められた資料や論考を俯瞰した時、“性”と“差別”に関わる記述が驚く程に少ないということに気づくはずです。まったく触れられていないというわけではないのですが、それにしても扱われている情報は僅かで、扱い方も常に淡泊です。

 これは、それらの情報が蒐集の網から漏れた故に生じた“不備”ではありません。

 それはむしろ、意図的に“取捨選択”がなされた結果であるものと思われます。“性”や“差別”に関わる情報は、なにがしかの基準によって選り分けられ、隠蔽されてしまったようなのです。

 但し、その選別作業がどの段階で行われたのかは定かではありません。

 

・柳田の許に届く前、例えば蒐集の段階で捨てられてしまったという可能性も、もちろんあるでしょう。しかし、たとえそうであったのだとしても、何らかの基準なり指針を示したのが柳田であったことは想像に難くありません。

 柳田は“夜這い”などの性に関する習俗や、取り上げること自体があからさまな差別の誘因となり得る事象などに対しては極力言及しない――という方針を持っていたようです。これは柳田個人の(そうしたものを好まない)性質・信条に因るものだという見方もあるようですが、それを踏まえた上での、一種の“戦略”であったと捉えられることも多いようです。

 立ち上げ間もない民俗学を守るための――学問の一分野として成立させるための――それは学問的“戦略”だというのです。つまり民俗学が卑俗なものとして受け取られることを虞れたあまり、誤解を受けそうなテーマを緊急避難的に遠ざけた――ということになるのでしょうか。

 

・ただ、柳田國男が意図的に「妖怪」なる言葉を民俗学用語として採用し、ある程度積極的に使用したことは明らかな事実ですし、その結果として現在私たちが知る“妖怪”という概念が形成されたことも事実でしょう。

 

・性的習俗・差別的文化の取り扱い方が、柳田の学問的“戦略”であったのだとしても、また、単に柳田の個人的な嗜好の発露であったのだとしても、柳田がなにがしかの基準を以て蒐集した情報を取捨選択していた(あるいはさせていた)という事実に変わりはありません。

 

 そうした事実がある以上、ここでまず問題にしなければいけないのは、その“基準”そのものでしょう。

 それでは、その基準と果たしてどのようなものだったのかを考えてみましょう。

 

・筆者はその基準を、取り敢えず“通俗性の有無”と要約することができるだろうと考えています。

 通俗とは、“下品”であり“幼稚”であり“下劣”である――学問的でない――と言い換えることもできるでしょう。柳田國男は高名な学者であり、官僚でもあり、インテリゲンチャのホワイトカラーであり、現在でも、およそ通俗とはかけ離れた印象を以て受け入れられている人物です。柳田が通俗を厭うたというもの言いは、いかにももっともらしく聞こえることでしょう。しかし、それはあくまで“印象”に過ぎません。

 

・風俗史学が“下品”で“幼稚”だなどと述べているわけではありません。前述のとおり、風俗史学は(民俗学とは以て非なるものではありますが)きちんとした理念や体系を持つ、れっきとした学問です。

 ただ、明治期から昭和初期にかけて、風俗研究の名を借りた通俗的な言説が一種のブームとなっていたこともまた、紛れもない事実なのです。

 

・もちろん、性であれ差別であれ、研究者は決して下世話な興味本位でそれらを俎上に並べたわけではありません。風俗史学の内部では、それらはいずれも学問的な研究対象として、真面目に取り扱われています。しかし、研究者がどれだけ真摯な姿勢でそれらと向き合っていようとも、そうした対象を扱うという行為自体が、好奇=通俗の視線に晒される要因となるのだとしたら――通俗化を回避することは難しいといわざるを得ません。

 戦後のカストリ誌などで好んで扱われたネタの多く(猟奇趣味、犯罪心理、性愛記事、秘境探検記事など――)は、そうした“風俗研究ネタ”の直接的な焼き直しです。

 

・風俗史学が「過去のモノゴトを現代に紹介する」学問だとするなら、民俗学は「過去を知ることで現代を知る」学問です。風俗史学が「特定の場所や時代を研究する」ことに終始するのに対し、民俗学は「古層を探ることで現在を理解する」ためになされる学問なのです。

 実際、柳田以降もその二つは時に混同され、集合離散を繰り返すこととなります。

 

・柳田が“性”や“差別”を禁じ手としたのは、そうした手本があったからなのでしょう。それが柳田の個人的な嗜好であったのだとしても、学問の卑俗化を防ぐための戦略であったのだとしても――柳田の視野に風俗研究が収められていたことは疑いのないことのように思えます。

 

柳田國男は、どういうわけか「妖怪」という言葉だけは捨て去ることをしませんでした。それどころか、柳田は晩年に至って「妖怪」という言葉に拘泥し始めるのです。先に挙げた基準が正しいものであるならば、「妖怪」は真っ先に捨てられていて然るべき言葉であったのでしょう。

 

明治の雑誌をなどを巡って

明治30年代に入ると、圓了の著作以外の場でも「妖怪」という言葉が使用されるようになります。

 

・明治政府は圓了以上に迷信や旧弊を弾圧しました。明治期には、まじないや因習を禁止した政府令がいくつも出されています。反体制という場所に立って眺めるならば、圓了も明治政府も同じことをしているように見えたはずです。

 

・合理を前面に打ち出した圓了の場合、現象の背後には何もありません。「起こり得るか/起こり得ないか」の二者択一で、非合理なものは「起こらない」「ない」というのが圓了の立場です。

 平井の場合は多少違っています。神霊(心霊とは微妙に違う概念です)の有効性を信じる者にとっては、すべての事象はなにがしかの「意志の結果」なのです。「起こり得ないこと」であっても「起こるべきこと」は「起こる」ということになるでしょう。

 

・二人の違いとは、現象の背後にある“モノ”を想定しているかいないか、ということです。

 平井の文中にそうした“超越者”に対する記述はいっさいありません。しかし、先に述べたように、平井が後に心霊研究の方面に手を伸ばす人物であることは事実です。平井金三にとって大切だったのは、「何が起きているか」「それは起こり得ることなのか」ではなく、「何故起きたのか」、あるいは「何が起こしたのか」だったのではないでしょうか。

 健全な“妖怪”=“神仏”が「在る」のであれば、不健全な“妖怪”もまた「在る」ということになります。

 

・天狗の話も河童の話も、フォークロアや寓話としてではなく「本当にあったこと」として語られているわけです。

 現代に置き換えるなら「私は宇宙人に遭った」「自殺者の霊がトンネルに現れた」というのと同じ文脈で天狗や河童が語られているわけです。天狗も河童も実在するモノゴトとして、要するに“オカルト全般”として扱われているということ――即ち井上圓了の引いた枠組みの中で語られているということ――になるでしょう。

 

・圓了の仕事によって、“妖怪”の名の下にそれまで乖離していたいくつかの事象が統合・整理されたことは間違いないでしょう。それは、後にオカルトなる便利な言葉が一般化したために、超能力やUFO、心霊現象やUMAなど、本来無関係であるはずのものごとがひと括りにされ、新たな体系が編まれた事情と酷似してもいます。

 

郷土研究の社告を巡って

・その当時「妖怪」という言葉は、通俗の場においてこそ“化け物”というニュアンスを帯びつつあったものの、学問の場において、また枠組みとしては(結果的に)圓了の独壇場だったといえるでしょう。しかし柳田は(たぶん敢えて)この枠組みから外れた使い方をしてみせます。

 

民俗学は(というよりも柳田國男は)もちろん近代的学問を目指しはしたのでしょうが、決して前近代を否定する立場をとっていたわけではありません。民俗学にとって前近代は否定するものでも肯定するものでもなく、近代を知るための“研究材料”だったのです。

 

・たしかに圓了といえば迷信否定――今でいうならオカルト否定派の急先鋒です。心霊研究とはおよそ馴染まないように思えます。しかし、繰り返し述べている通り、圓了が厳しく糾弾したのは“前近代”なのです。

 心霊科学という言葉からも判る通り、心霊研究は、“科学的”な発想をその根底に持っています。

 

再び柳田と民俗学を巡って

・明治末から柳田が抱えていた「山人」という大きな研究テーマ――『後狩詞記』(1909/自費出版)や『遠野物語』(1910/聚精堂)などを生み出す原動力ともなり、南方熊楠との、いわゆる「山人問答」を通じて明確化したテーマ――に、柳田はここで終止符を打ちます。そして研究対象を平地人=常民へと移して行くのです。

 そうした様々な変遷の中、柳田は「妖怪」という言葉とは距離を置き続けます。と――いうよりも、柳田は、「妖怪」という言葉をまったくといっていい程使っていないのです。

 

昭和9年(1934)、柳田は現在もなお“妖怪”研究の基本文献のひとつとされる『一目小僧その他』(小山書店)を上梓します。

 一つ目小僧、目一つ五郎、隠れ里、橋姫、ダイダラボッチと――論文中で扱われているのはいずれも(現在の感覚では)紛う方なき“妖怪”ばかりですが、やはり「妖怪」という言葉は一切使用されません。

 

・金城は、最初に挙げた「マジムン」を「妖怪変化の総称」としています。続く「ユーリー」は、マジムンと同義であるとしながらも(那覇では)「人間の死霊」に限定する呼称であると述べています。

 

様々なコトバを巡った後に

・柳田は、“妖怪”に対する自らの指針を正当化するために、まず“幽霊”を“お化け”のカテゴリから切り離さなければならなかったのではないか――。

 そのような観点から柳田の仕事を見直した時、“妖怪”と“幽霊”に関する柳田の定義も、かなり脆弱な論拠の上に成立している限定的な言説として捉え直されてしまいます。

 柳田の定義は概ね次のように要約されて、広く人口に膾炙されてしま

います。

 

① 幽霊は人に憑くが妖怪は場所に出る。

 

② 幽霊は深夜に出るが妖怪は薄暮に現れる。

この二点は“妖怪”と“幽霊”の決定的な差異として様々な場面で引用されています。

 

・人に取り憑くモノは“幽霊”ばかりではありません。狸も狐も、鬼も天狗も河童も、わけの判らないモノだって人に憑きます。“憑き物”を外しても、個人につきまとう“幽霊”以外のモノはいます。一方で同じ場所に出続ける“幽霊”もたくさんいます。そうした“幽霊”は不特定多数に祟ることもあります。昨今の言葉でいうなら“地縛霊”ということになるでしょうか。柳田の定義を押し通すなら、“地縛霊”は“幽霊”ではなくなってしまいます。

 また、出現時間に関しても同じことがいえるでしょう。深夜に訪れる恐ろしいモノが、すべて“幽霊”かといえば、そんなことはありません。夕暮れに目撃される“幽霊”も多くあるでしょう。それは今にかぎらず、過去にも多くあったのです。

 定義から漏れるものは認めない、という態度もあるのでしょうが、そうするとかなり無理をして分類し直さなければならなくなります。

 

・ただ、生涯を「妖怪学」に捧げた井上圓了と違い、柳田國男の“妖怪”研究は、その膨大な仕事のうちの、ほんの一部にしか過ぎません。しかし、割合としては少ないまでも、柳田にとって“妖怪”が一種「特別な」研究対象であったことは疑いようがありません。

 

 

 

遠野物語拾遺   retold』

柳田國男 × 京極夏彦  角川学芸出版 2014/6/10

 

 

 

(171)

この鍛冶屋の権蔵は川狩り巧者であった。夏になると本職の鍛冶仕事にはまるで身が入らなくなる。魚釣りに夢中になってしまうのである。

ある時。

権蔵は山の方の川に岩魚釣りに行った。編籠に一杯釣ったので切り上げ、権蔵は村に向かって山路を戻って来た。

 村の入り口を示す塚のある辺りまで来ると、草叢の中に小坊主が立っている。はて誰だろうと思って見ると、小坊主はするすると大きくなって、雲を突く程に背の高い入道になった。権蔵は腰を抜かして家に逃げ帰ったという。

 

(87)

綾織村砂子沢の多左衛門どんの家には座敷童衆がいる。この座敷童衆は元お姫様である。これがいなくなったら家が貧乏になった。

 

(136)

遠野の豪家である村兵家の先祖は、貧しい人であった。ある時。その人が愛宕山下の鍋ヶ坂という処を通り掛かると、藪の中から、「背負って行け、背負って行け」と、叫ぶ声がする。

 

いったい何があるのかと立ち寄って見てみると、仏像が一体あるのであった。その人は言われる通りそれを背負って持ち帰り、愛宕山の上に祀った。それからその人は富貴を手に入れ、家はめきめきと栄えて、後裔は豪家となったのである。

 

(88)

その遠野町の村兵の家には、御蔵ボッコというものがいた。籾殻などを散らしておくと、翌朝。そちこちに小さな児の足跡が残されているのを見ることが出来たという。後に、それはいなくなった。それから家運が少しずつ傾くようになったそうである。

 

(89)

砂子沢の沢田という家にも、御蔵ボッコがいたという。人の目に見えるものではなかったようだが、ある時姿を見ることがあった。赤塗りの手桶などを提げていたという。見えるようになったら、竈が左前になったそうである。

 

(90)

同じ綾織村の、字大久保にある沢某の家にも蔵ボッコがいた。時々、糸車を回す音などがしたという。

 

(91)

附馬牛村のいずれかの集落にある某の家のこととして伝わる話である。先代の当主の頃、その家に一人の六十六部がやって来て泊まった。

しかし、来たところは見ているが、出て行く姿を見た者がいない。

そういう噂である。それ以来その家が栄えたとかいう話は聞いていない。ただ、貧しかったということもないようである。

 

 近頃になって、この家に幼い女児が顕れた。十になるかならぬかくらいの齢で、紅い振袖を着て、紅い扇子を持っていたという。女児は踊りを踊り乍らその家から出て来て、下窪という家に入った。

これも噂である。しかしそれ以降、このニ家はケェッチャになったと村の者は謂う。ケェッチャとはあべこべ、裏表というような意味であるから、貧富の差が逆転したというような意味なのだろう。

 

 その下窪の家に近所の娘が急な用で行った折、神棚の下に座敷童衆が蹲っているのを見て吃驚し、逃げ戻って来たという話もある。

 

 そういう話があるのだから、下窪の家は裕福になったということなのだろう。

 

(93)

遠野一日市にある作平という家は裕福である。しかし、元々暮らし向きが豊かだった訳ではない。この家には栄え始めた契機があると謂う。

 ある時、土蔵に仕舞ってあった大釜が突然鳴り出した。家の者は勿論、近所の者も皆驚いて見に行ったそうである。音は止むどころか段々に強くなり、小一時間も鳴り続けたと謂う。

 その日から家運が上昇した。作平の家では山名という面工を頼み、釜が鳴っているところの絵を描いて貰い、これを釜鳴神と称して祀ることにしたそうである。今から二十年くらい前のことである。

 

(94)

土淵村山口にある内川口某という家は、今から十年程前に瓦解した。家屋も一時空き家になっていた。寄り付く者もいないから、当然人気も全くない。しかし誰も住んでいない筈のその家の奥座敷に、夜になると幽かな火が燈る。そして、誰の声かはわからないが、低い声で経を誦むのが聞こえる。往来のすぐ近くの家であったので、耳にする者も多かった。近所の若い者などが聞き付け、またかと思って立ち寄ってみると、読経も止み、燈火も消えている。同じようなことは栃内和野の菊池家でも起こった。

菊池家も絶え、その後に空き家から経が聞こえたりしたそうである。

 

(92)

遠野新町にある大久保某の家の二階の床の間の前で、夜な夜な女が現れ髪を梳いているという評判が立った。

 近所の両川某という人がそれを疑い、そんなことがあるものかと言って大久保家に乗り込み、夜を待った。

 夜になると、噂通りに見知らぬ女が髪を梳いている。女はじろりと両川氏を見た。その顔が何とも言えず物凄かったのだと両川氏は語った。

明治になってからの話である。

 

(162)

佐々木喜善君の友人に田尻正一郎という人がいる。その田尻氏が、7,8歳くらいの頃。村の薬師神社の夜籠りの日だったそうである。

夜遅くに田尻少年は父親と一緒に畑中の細い道を通り、家路を急いでいた。すると、向こうから一人の男が歩いて来るのに出会した。シゲ草がすっかり取れていて、骨ばかりになった向笠を被った男であった。

 

 一本道である。擦れ違うために田尻少年は足を止め、道を開けようとした。すると男は、少年が道を避けるより先に畑の中に片脚を踏み入れ、体を斜めにして道を譲ってくれた。

 通り過ぎてから田尻少年は父に、今の人は誰だろうと尋いた。父は妙な顔をして誰も通った者はないと答えた。そして、「俺はお前が急に立ち止まるから、どうしたのかと思っていたところだが」と言ったという。

 

(163)

先年、土淵村の村内で葬式があった。その夜。権蔵という男が、村の者4,5人と連れ立って歩いていた。不幸のあった家まで念仏を唱えに行く途中のことである。突然、権蔵があっと叫んで道端を流れていた小川を飛び越えた。他の者は驚いて、いったいどうしたんだと尋ねた。

権蔵は、「今、俺は黒いものに突き飛ばされたんだ。俺を突き飛ばしたアレは、いったい誰なんだ」と答えた。他の者の眼には何も見えていなかったのである。

 

(137)

つい、近頃の話だと謂う。ある夜。遠野町の某という男が、寺ばかりが連なっている町を歩いていた。墓地を通り抜けようとすると、向こうから不思議な女が歩いて来るのに出逢った。男が何故不思議と感じたのかはわからない。しかし近付いて能く見ると、それはつい先日死んだ、同じ町の者であった。

 

 男は驚いて立ち止まった。死んだ女はつかつかと男に近づき、「これを持って行け」と言って汚い小袋を一つ、男に手渡した。恐る恐る受け取って見ると、何か小重たいものである。しかし、怖さは増すばかりであったから、男は袋を持ったまま一目散に家に逃げ帰った。

 家に戻り、人心地付いてから袋を開けてみると、中には銀貨銅貨取り混ぜた多量の銭が入っていた。その金は幾ら使っても減らない。

貧乏人だった男が急に裕福になったのはそのお蔭だと噂されている。

これは、俗に幽霊金と謂い、昔からままあるものである。

一文でもいいから袋の中に銭を残しておくと、一夜のうちに元通りいっぱいになっているのである。

 

 

 

『遠野のザシキワラシとオシラサマ』

佐々木喜善) (宝文館出版) 1988/4

 

 

 

奥州のザシキワラシの話

子供の時の記憶

・私達は、幼少の時分、よく祖父母から炉辺話に、ザシキワラシの事を聞かせられたものである。そのザシキワラシとはどんなものかと言えば、赤顔垂髪(さげがみ)の、およそ5、6歳の子供で、土地の豪家や由緒のある旧家の奥座敷などに出るものだということであった。そのものがおるうちは家の富貴繁昌が続き、もしおらなくなると家運の傾く前兆だとも言われていたという。私達は、初めはその話を只の恐怖を持って聞いていたものであるけれども、齢がやや長けてくると、一般にこの種のものに対していだくような、いわゆる妖怪変化という心持ではなく、何かしらそのものの本来が私達の一生の運不運と関係があるので、畏敬の念さえ払うようになったのである。世間でもまたこの通りとか、何処の何某の家にそのものがおるといえば、他では羨望に表した、多少の畏服を感じ、また本元でも吉端として、ひそかに保護待遇に意を用い、決して他の妖異におけるがごとく、駆除の祈祷や退散の禁呪などは求めぬのである。

 

 

<●●インターネット情報から●●>

ウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)から>

 

夜這い(よばい)とは、夜中に性交を目的に他人の寝ている場所を訪れる日本の風習

語源は、男性が女性に呼びかけ、求婚すること(呼ばう)であると言われる。

古くは、759年に成立した『万葉集』巻12に「他国に よばひに行きて 大刀が緒も いまだ解かねば さ夜そ明けにける」と歌われており、大正時代まで農漁村中心に各地で行われていた習俗。戦後、高度成長期直前まで、各地の農漁村に残っているところがあった。明治維新の近代化や農漁村への電灯の普及などにより明治以降は衰退する傾向にあった。このため、明治、大正の頃まで盛んだったのは、山深い山間部の村落中心であった。

 

多くの場合男性が女性のもとへ通うものだが、女性が通う風習を持つ地域もあった。

 

婚、嫁、結婚などの字を古くは「よばふ」「よばひ」と呼んだ。これは「呼ぶ」の再活用形で「つまどい」「つままぎ」などの語と共に求婚のために男が女のもとに通うことを意味した。昔の婚姻は結婚後も男が女のもとに通うのが普通であり、このことも「よばい」と言われた[要出典]。

 

古代日本の夫婦関係は妻問い婚であり、男女はそれぞれに住んでいて妻の元へ夫が通ってゆく形態であった。結婚というのは、家族に隠れてこっそりと夜這いを行うのではなく、堂々と通えるようになることを意味した。そもそも各地の共同体(ムラ)においては一夫一婦制と言う概念も希薄で、重婚、夜這いは当たり前であった。

 

かつての農村では、「村の娘と後家は若衆のもの」という村落内の娘の共有意識を示す言葉が聞かれることがあった。近代化以前の農村には若者組があり、村落内における婚姻の規制や承認を行い、夜這いに関しても一定のルールを設けていた。ルールには未通女や人妻の取り扱いなどがあり、この辺りの細かい点は地域によって差がみられた。下川耿史によれば、夜這いが盛んになったのは南北朝時代から鎌倉時代にかけての中世であり、村落共同体の若者組は、風流と呼ばれる華やかな祭りのリーダーだったという。

 

江戸など都市部では、村落と違う形に発達していった。これが、夜這いの衰退に繋がったと考えられるとする見方がある。1876年(明治9年)、現在の新潟県(相川県)で、夜這いを禁止する法律ができた1938年(昭和13年)に起きた津山事件について、大阪毎日新聞が「山奥にいまなお残されている非常にルーズな男女関係の因習」と報じ、サンデー毎日が「娯楽に恵まれない山村特有の『男女関係』」と報じるなど、夜這いは否定的に見られるようになっていった

 

津山事件(つやまじけん)または津山三十人殺し(つやまさんじゅうにんごろし)は、1938年(昭和13年)5月21日未明に岡山県苫田郡西加茂村大字行重(現・津山市加茂町行重)の貝尾・坂元両集落で発生した大量殺人事件。犯人の姓名を取って都井睦雄事件ともいう。津山市など近隣地域では「加茂の三十人殺し」と呼ばれている(または死者の数に尾ひれがつき水増しされ「三十二人殺し」「三十三人殺し」また「三十六人殺し」とも呼ばれる事がある)

 

2時間足らずで28名が即死し、5名が重軽傷を負う(そのうち12時間後までに2名が死亡)という、犠牲者数がオウム真理教事件(27名)をも上回る日本の犯罪史上前代未聞の殺戮事件である。 事件は犯人の逮捕にはいたらず、現場から逃走した犯人の自殺で幕を閉じた。

 

津山事件は、そのセンセーショナルな事件の内容から、小説・ドラマ・ゲームなど多くの作品で扱われたり、題材・モデルとされている。

 

八つ墓村横溝正史、角川文庫、1971年 

・冒頭部で語られる村人32人殺し事件は、本事件がモデルとなっている(小説は事件の後日談の形を取っており、本事件そのものが全体のモデルになっているわけではない。また、犯人の境遇はまったく違う設定である)。

 

丑三つの村西村望毎日新聞社、1981年(徳間文庫、1984年 ISBN 4195675936)> 本事件を題材にしたノンフィクション小説。

 

1983年に監督・田中登、主演・古尾谷雅人で映画化された。封切り前に映倫が「全編が残虐で非道的」と判断、18歳未満の観覧を禁止する成人映画に指定された。

 

「負の暗示」『神かくし』所収山岸凉子、秋田文庫、1998年 ISBN 4253172466 >本事件を漫画化した作品。

 

八つ墓村』(やつはかむら)は、横溝正史の長編推理小説。「金田一耕助シリーズ」の一つ。

 

本作を原作とした映画が3本、テレビドラマが6作品、漫画が5作品、舞台が1作品ある(2014年3月現在)。9度の映像化は横溝作品の中で最多である(次いで『犬神家の一族』が映画3本、ドラマ5本)。

 

1977年の映画化の際、キャッチコピーとしてテレビCMなどで頻繁に流された「祟りじゃ〜っ! 八つ墓の祟りじゃ〜っ!」という登場人物のセリフは流行語にもなった。

 

花街(花町とも書く)(かがい、はなまち)とは、芸妓屋、遊女屋が集まっている区域を指す名称である。花柳(かりゅう)という別称もある。売春防止法(1957年施行)までは多くの花街に芸妓と娼妓の両方がいたが、今日花街と呼ばれている地域は芸妓遊びのできる店を中心に形成される区域である。なお、料理屋・待合茶屋・芸者屋(置屋)がまとめて「三業」と称されるため、花街のことを「三業地」ともいい、地域により茶屋と置屋で「二業地」と呼ぶ。

 

 

 

文藝春秋』 平成27年3月特別号

『戦後70年の疲労 今こそ「第4の矢」が必要だ』

牛尾治朗 茂木友三郎 佐々木毅

 

 

 

財界、官界、学界、労働界の有志が緊急提言

・「日本アカデメイア」の92人が3年間討議を重ねた日本の未来。その議論が3人の提言となって結実した。

 

・この国は、戦後の日本社会に対する必要以上の幻想、つまり「余剰幻想」から抜け出せずにいるように思えるのです。

 少子化による人口減少、膨大な財政赤字、持続可能性が憂慮される社会保障制度――いずれも、ここまで事態が深刻化したのは、新しい時代にふさわしい思考に切り替えられなかった日本人の「余剰幻想」の産物にほかなりません。

 

少子高齢化によって、高度成長時代にデザインされた社会を大幅に見直さなければ、社会保障全体の維持が覚束ないことは、ずいぶん昔から明らかでした。すでに、社会保障給付額は14年には115兆円にまで膨らみ、25年には149兆円になるとされています。

 

「人を説得する政治」へ>

この政治不信の根底には、「大事なことを本音で語る政治家は少ない」という有権者の悲痛な叫びがある。

 

・このままでは日本は壊れてしまう。そのことに国民は気付いています。従って一刻も早く民主制を作り変えなければなりません。「人を説得する政治」を実現して、シルバーデモクラシーからヤングデモクラシーへというように日本の新しい長期ビジョンを打ち立てなくてはならないのです。

 

制度疲労を乗り越える「三つの提言」

この難局を乗り切るため、2030年の日本の自画像を描く

<提言1 戦後の生き方・働き方はもう古い

・日本の会社員は戦後70年もの間、一斉採用、終身雇用、そして定年制という、いわば20世紀型の仕組みのなかにあり続けて来ました。この画一的な働き方が制度疲労を起こし、日本人の幸福を奪っていると考え、これまで当たり前だと思ってきた「定年」という固定観念の見直しを提言します。

 

年金生活という言葉を死語にし、若い時代から最低70歳、75歳くらいまでは健康でいきいきと働く。そして、社会に対して死ぬまで価値を生み出し続けていく。私たちの提案は、働き方にとどまらず、日本人の生き方の幅を広げる提案でもあります。

 

若者、女性が社会の主役に

・人口減少の抜本的な対策は、直ちに各界が始めねばなりませんが、簡単に解決できる問題ではありません。

 

提言2 情報革命で本気の歳出削減を

・税と社会保障、そしてその先にある財政再建をどうやって成し遂げるかは喫緊の課題です。毎年、社会保障給付額が2兆円から3兆円増えるといわれる現状では、今のシステムは早晩、行き詰まることが目に見えています。今の水準を維持し続けることはもはやできません。

 

私たちは、その点を改善する前提として、税と社会保障の透明性を高めること、そのためにIT技術をフル活用することを提言します。日本の徴税システムはまだ抜け穴だらけといわれています。

 

・実は、そのために有効な制度が動き出そうとしています。国民全員に税と社会保障の共通番号を割り当てるマイナンバー制度が16年1月から本格導入されるのです。

 

ビッグデータ活用で生活者本位の医療を

・さまざまなデータを電子化して蓄積すれば、ビッグデータの活用によって、さらなる歳出削減の可能性が広がります。

 

提言3 政治の時間軸を立て直す

・政党のガバナンスも根本から見直すべき時期に来ています。例えば、バラバラに規定された今の政党の姿を統一的な政党法制に置き換えることや、現在の政党助成制度の見直しも検討すべきです。

 

霞ヶ関の整理を

・その結果、総理大臣、官房長官とその周辺が内閣官房内閣府の仕事に忙殺される事態となっています。内閣官房内閣府には、ありとあらゆる業務が乱立しています。

 

内閣官房内閣府の肥大化の問題に限らず、省庁の制度疲労は多くの官僚の指摘するところでもありました。機能不全に陥っている省庁については再々編も検討されてしかるべきです。

 

「見えないもの」の価値を見直す

・いま日本社会の「品位ある」存続可能性が問われています。国民の中に眠っている潜在力を最大限引き出す時期にきているのです。その意味で、国民の本当の意識の転換なしには、成し遂げられるものではありません。「パンとサーカス」にたとえられる民主政の根源的問題と向き合い、1人ひとりが受け身的な統治客体意識と決別しなければなりません。

 

日本アカデメイア「長期ビジョン研究会 報告書」主な提言

日本力

 ・(目標)次世代の生き抜く力を高め、選択の自由を最大にする社会を。文化の特質を軸に総合力としての「日本力」を構想。

 

① 70、75歳までいきいきと働ける多様な労働の場を拡大。年金受給開始年齢引き上げ。

 

社会保障・税の抜本改革を行う。負担と給付のバランスを見直し、持続性を高める。

 

③ 基礎科学分野の人材育成を強化。産官学で科学技術力を結集して生産性を高める。

 

④ 農業を6次産業化・知識集約化し、食文化、食産業をグローバル展開。

 

⑤ 伝統的観光資源と先端的文化表現などの革新的観光資源を開拓し、海外に発信。

 

国際問題

・(目標)東アジア地域に「安定を提供する日本」。米国と協力、豪・印・アセアンと連携し、中国に呼びかけ、普遍的価値を共有する開かれた「多次元的国際秩序」をめざす。

 

① 日本独自の柔軟な価値観外交を展開。価値観を押し付けるのではなく、民主主義や人権、法の支配等の普遍的価値を辛抱強く説く「ファシリテイター」を担う。

 

② 国内外の歴史的資料のアーカイブを創設。中高等教育で近現代史歴史教育を充実。

 

③ 課題先進国として医療・福祉・介護問題を解決したモデル国として貢献。

 

④ 対外発信を強化。政府に知的情報発信戦略の中心となる機関を設置。

 

⑤ IT技術を活用し日本語遠隔教育を無料提供。日本の放送コンテンツを世界に発信。

 

価値創造経済モデルの構築

・(目標)日本の経済社会に日常的なイノベーションを喚起・誘発する価値創造経済をつくる。その中核は個別企業の価値創造。

 

① 資源や労働力などの制約、高齢化など社会的課題のある分野のイノベーションに挑む。

 

② ロボット産業の国際競争力強化。サービス産業等広範な分野で活用し生産性向上。

 

③ 国際競争に打ち勝つ産官学の体制を整備。国際的に整合した知的財産権制度を確立。

 

④ 過当競争防止のため、競争に敗れた企業は退場し、経営資源を解放。

 

⑤ 誰でもイノベーションを起こす「ユビキタスイノベーション社会」に企業風土を転換。

 

社会構造

・(目標)重層的な信頼社会の構築をめざす。各分野で担い手となる中核人材を育成。戦後の生き方・働き方を見直し、人口減少に立ち向かう。

 

① 小中高の各段階で過疎地等で合宿型の長期共同生活学習を実現。

 

② 大学は理系、文系などの2分法から脱却。意欲あるすべての大学生が外国に留学。

 

③ 生涯にわたって複数の学位取得が可能な社会人向け大学・大学院教育を充実。

 

④ 年間有給休暇100%取得、50%時間外割増賃金率など労働条件をグローバル化

 

⑤ 地方で「準市民」を創設。一定の施策で「ふるさと投票制度」を検討。

 

統治構造

 ・(目標)政党政治の危機克服に向けて、合理的決定と主権者意識の確立を両立させるデモクラシーの構築をめざす。

 

① 各庁設置法を廃止。閣外大臣制の導入。国会審議を計画化し党首討論を定期開催。

 

衆議院選挙における惜敗率を廃止。定数是正自動化制を導入。

 

参議院憲法改正を視野に半数改選制廃止や法案採決儀要件の緩和等を検討。

 

④ 政党法制を検討。政党交付金の配分を得票比率中心に改め、政権交代基盤を安定化。

 

⑤ 18歳選挙権を早期実現。主権者としての政治教育を促進。立候補支援制充実。

 

 

 

『江戸の怪奇譚』

氏家幹人    講談社 2005/12

 

 

 

神隠

美少年はさらわれやすい

・もちろん江戸時代に子どもが拉致誘拐されたのは、飫肥藩のようなケースだけではありません。上野寛永寺で楽人を務める東儀右兵衛の六歳になる倅(せがれ)が突然姿を消したのは、文化11年(1814)の初午の日でした。とても賢い子で寵愛していただけに両親の心配はひとかたならず、鉦や太鼓を叩いて方々を捜し回りましたが、見つかりません。そんな折、八王子の「呼出し山」で祈願すれば神隠しになった者はきっと帰ってくると教えてくれる人があり、藁をもつかむ気持ちで右兵衛は「呼出し山」へ出かけ、わが子の名を呼びました。

 

・倅は直ちにあらわれなかったものの、夜の夢に老翁があらわれ、何月何日に汝の家の近くで老僧か山伏に出会うだろうから、その者に尋ねてみよと告げられたとか、指定の日に老僧に会った右兵衛は、「ずいぶん別条なし」(心配ご無用)数日後の何日に戻ってくると言われ、はたしてその日、倅は無事に帰宅したということです。右は根岸鎮衛耳嚢』(みみぶくろ)収録の一話。

 

・大正15年(1926)に刊行された柳田國男『山の人生』に「八王子の近くにも呼ばはり山といふ山があって、時々迷子の親などが、登って呼び叫ぶ声を聴くといふ話もあった」と見える「呼ばはり山」と同じでしょうか。「呼出し」にしろ「呼ばはり」にしろ、注目すべきは、神隠しや迷い子を捜す”聖地”が成立していたという事実です。行方不明者捜索の聖地を必要するほど、神隠しの犠牲者が多かったのでしょう。

 

・日常的な出来事だった子どもの神隠し。それは江戸時代にかぎらず明治以降も続きました。再び柳田國男の著述を引用すると。大正四年(1915)に『郷土研究』に掲載された「山男の家庭」という文章で、柳田は「加賀の金沢の按摩」が次のように話したと記しています。

「この土地も大きに開けました。十年ほど前迄は冬の夜更に町を歩いて、迷子の 〈 誰それと呼ぶ声と、これに伴なふ寂しい鉦の声を聞かぬ晩はありませなんだ」

 明治の末、20世紀に入っても、金沢では冬の晩には必ずと言っていいほど迷子捜しの悲しげな声が聞こえたというのです。眼が不自由なぶん、聴覚が研ぎ澄まされた「按摩」の話だけに、なおさら信憑性に富んでいるではありませんか。

 

・『山の人生』にはまた、「関東では一般に、まひ子の く 何松やいと繰返すのが普通であったが上方辺では「かやせ、もどせ」と、稍(やや)ゆるりとした悲しい声で唱へてあるいた」とか、鉦太古の叩き方はどこもほぼ同じで「コンコンチキチコンチキチの囃子」だったとも書かれています。迷子捜しは、関東と上方で呼び声が異なり、鉦や太鼓の囃子は全国ほぼ共通という意味でしょうか。迷子捜しの作法が固定化するほど、神隠しは日本人の生活に深く根ざしていました。そして「神隠しの被害は普通に人一代の記憶のうちに、3回か5回かは必ず聴く所」とも。それは民俗慣行のひとつと言えるほど身近な出来事でした。

 

血を抜き、油を取る

・日本全国ですくなくとも明治の末まで頻繁に起きていた神隠し、犯人は誰だ。再び『山の人生』をひもとくと、次のようなくだりに眼が止まりました。

 

「東京のやうな繁華の町中でも、夜分だけは隠れんぼはせぬことにして居る。夜かくれんぼをすると鬼に連れて行かれる。又は隠し婆さんに連れて行かれると謂って、小児を戒める親がまだ多い。村をあるいて居て夏の夕方などに、児を喚ぶ女の金切声をよく聴くのは、夕飯以外に一つには此畏怖もあったのだ」

 

・繁華な東京でも、子どもたちは常に神隠しの危険にさらされていて、犯人は「鬼」や「隠し婆さん」と言われているというのです。もちろん狐や狸の仕業ではないかと疑われ、地方によっては「隠し神さん」「隠れ座頭」等の名も挙がっていたとか。

「隠し婆さん」は古くは「子取尼」と呼ばれ、「小児を盗んで殺すのを職業にして居た」女性だと柳田は言う。 

 

空飛ぶ天狗

神隠しの犯人はほかにもいました。『視聴草』には、天明元年(1781)の夏ごろから翌年にかけて、奥州会津から象潟(現・秋田県)までの広い地域で、15歳以下の少年少女を多数連れ去った「怪獣」の肖像が載っています。会津の塔の沢温泉で小児病の湯治に来ていた大勢の子どもが失踪したのも」この怪獣の仕業。会津磐梯山に潜んでいたところを松前三平という猟師に大筒で撃ちとめられたそうですが、その姿はご覧の通り。さて、一体何者だったのでしょう。

 

(ブログ注;「長髪長尾のミニ怪獣(はたして児童集団拉致の犯人か)」の図絵とは、グレイの異類混血のようなイメージです)。

 

 狐狸、隠し婆さん、鬼、怪獣・・・。でも神隠しと言えば、主役はなんといっても天狗でした。

 

・文化三年(1806)には、美濃国郡上郡のある村で、14、5歳の重五郎という少年が風呂に入っている最中に天狗にさらわれましたし、平戸藩老公(前藩主)松浦静山の本所の屋敷に奉公していた下男にも、天狗に拉致された経験者がいました。文政八年(1825)に53歳になっていた源左衛門という名のこの下男、7歳の祝いに故郷上総国氏神に詣でた際に山伏(天狗)に連れ去られたというのです。8年後に家に帰ってきましたが、不思議や、7歳のときの着物に微塵も損傷がなかったとか。

 

・18歳になると、再び以前の山伏があらわれて、「迎に来れり。伴ひ行べし」(迎えに来た。さあ一緒に行こう)。帯のようなもので山伏の背に結いつけられ、風のような音を聞くうちに越中立山へ。その後、貴船、鞍馬ほか諸国の霊山を廻って天狗たちに剣術や兵法を学ぶなど不思議な体験を積んだ源左衛門は、19歳の年すなわち寛政三年(1791)に、天狗の世界を去る証状(証明書)と兵法の巻物や脇差を授けられて、人界に戻されたのでした。

 

・嘘のような話。さすがに静山公も当初は半信半疑でしたが、やがて信じる気持ちに傾き、結局のところ、「何かにも天地間、この傾き妖魔の一界あると覚ゆ」と天狗の世界の存在を認めています。天狗の神隠しの事例は、虚と自信を持って否定するにはあまりに多く、ポピュラーだったからでしょう。

 

・江戸大塚町の石崎平右衛門は、若いころ筑波山の天狗に数年仕えたのち、日光山の天狗に十露盤(そろばん)占いの法を伝授されましたし、池之端の正慶寺に奉公していた14歳の童子は、文化11年(1814)に天狗に伴われ、なんと「万里の長城」を上空から眺めるという稀有な体験をしています。神田鍛冶町の天狗庄五郎が「天狗」の異名を取ったのも、若い頃天狗に誘われて2、3年姿を消していたからにほかなりません。

 

ほかに天狗甚右衛門の異名で呼ばれていた者もいました。彼もまた数年間の神隠しを経て戻ってきたのだとか

 

・ところで静山は、讃岐国高松藩の世子が幼いころ矢の倉(現・中央区)の屋敷の庭で凧揚げをしていたとき目撃した不思議な光景についても記していました。はるか上空を頭を下にした女性が泣き叫びながら飛んで行くのを見たというのです。同じ光景は家来たちにも目撃されており、幼児の幻覚や思い込みではなかったようですが・・・・のちに世子は、あれは天狗が女をさらって空を飛んでいたのだと思うと幕府の坊主衆に語っています。

 

・はたして主な犯人は”空飛ぶ天狗”だったのでしょうか。もちろん、柳田も天狗による神隠しの例をいくつも挙げていますが、天狗説は「冤罪」と退けています。ならば誰が?柳田の推測では、古くから神隠しを頻繁に起こしてきた元区は、大和朝廷に排斥され山中に隠れ住んでいた人々の末裔。「神武東征」以前に日本に住んでいた先住民の子孫が、江戸はもちろん明治以降も山中に住み、「生殖の願」や孤独生活のさびしさから黄昏に人里にやって来て「美しい少年少女」を拉致したというのです。

 

天狗の情郎

・天狗か、先住民の末裔か、それとも悪質な修験者の犯行か。犯人の詮索はともかく、注目すべきは、柳田が神隠しの原因のひとつとして性的欲求を挙げた点でしょう。同様の指摘は江戸時代の随筆にも見え、『黒甜瑣語』(1795年序)には、当時神隠しになった少年や男たちが「天狗の情郎」と呼ばれていたと書かれています。「情郎」は通常「陰間」(かげま)と書いて、男色をひさぐ少年の意。江戸時代の人々は、神隠しの犠牲者はすなわち邪な性的欲求の犠牲者であると暗黙のうちに了解していたのです。

 

<はては宇宙から眺めた「国土」(地球)の姿まで、多彩な内容を克明かつ饒舌に披瀝した寅吉少年>

・性犯罪としての天狗の神隠し。とはいえそこには、現代のケースのように天狗=性犯罪者、少年=犠牲者と単純に割り切れない面もありました。

 

・介護や師弟関係が性愛と不可分だった時代、天狗の神隠しにも、われわれの常識では計り知れない面があったに違いありません。

 

 

 

『天国の真実』

マシューブック1 マシューが教えてくれる天国の生活

スザン・ワード   ナチュラル・スピリット  2006/10/10

 

 

 

パートナーシップ

 (スザン)同性愛のパートナーは、両者が望めばニルヴァーナ(涅槃・天国)でもそのつながりを継続できるの?

 

 (マシュー)そうだよ。同性愛というのは地球ではよく理解されていない。言ってみれば、同性愛は体や物理的側面というよりも、霊の進化の一段階であって、他の身体的あるいは霊的発達段階と比べてとがめられるものでも崇められるものではない。

 

・それに僕たちは一回きりの人格でなく、類魂だということを忘れてはならない。どの類魂もおそらく肉体、あるいは肉体なしで男性、女性、そして、両性具有の存在として何千回も転生している。

 

・もし直前の過去世の地球の人生で同性愛者だったら、ここにも同じ状態でやってくる。ここでは体が性的行為をする造りにはなっていないから、同性愛の精神的な側面だけがついてくる。

 

・地球で猛烈に同性愛を糾弾している人たちというのは、直前の過去世で同性愛者の人格を経験した魂たちなんだ。

 

 (スザン)同性愛は今、地球の歴史上、かってないほど増えているのかしら?

 

 (マシュー)いや、でも有史以来、今はずいぶん人口が増えているから、割合は同じでも数にすれば、増えていることになるね。歴史上、様々な分野で尊敬されている著名なマスターたちは多くが同性愛者だ。

 

 ニルヴァーナ評議会

 (マシュー)

・たいていの場合、評議員たちは地球に何度も転生しているが、必ずしも地球での経験だけに留まるわけではない。

 

評議員は男女、そして、両性具有の魂たちの代表だ。それには素晴らしい知恵や知識を持って新たに加わるものもいるし、また霊的進化からいえば、ニルヴァーナを数段超えているのに、あえてこの領域に留まることを選んだマスターたち、また必要に応じて請願されるグレート・マスターたちがいる。グレート・マスターは住人でもなければ体も持たない。彼らの強力なエネルギーは、この太陽系一帯からリラ、シリウス、プレアデスといった地球文明の発展に緊密に関連する星系に瞬間的に移動できるんだ。

 

 

 

 

 ■■■ 私が思うこと、聞いたこと、考えること ■■■

 

 

(2024/3/4)

 

 

文化人類学が「世界の性の習俗」等を研究しているのでしょうか。遊郭についてや昔からの売春の習俗を研究している人もいるようですが、私は当該の本は読みません。世界の昔からの性の習俗を調べていくと膨大なものになるのでしょう。とくに現代でも一夫一婦制は少数派になっているようです。

 性の習俗や奇習は、法律で禁じられて都市部ではほとんどなくなりつつあるようですが、世界の山奥の田舎では残存するものもあるのでしょうか。

「事実は小説よりも奇なり」で、「知る人ぞ知る」話なのかもしれません。「事実はSFより奇なりで、小説よりも面白い」と指摘されています。世界の性の習俗から見る景色は、全く違った世界のようです。

 

 

『110の宇宙種族と未知なる銀河コミュニティへの招待』エレナ・ダナーン(ヒカルランド)2022/12/31

の本を見ても、異星人の生殖は「卵生」とか「雌雄同体」とか「クローン」とか多種多様のようです。「小児性愛者」、「性奴隷」、「奴隷売買」、「人肉食の宇宙人」とかの訳のわからない異星人の話もあるようです。

人間が知っていることは大海の一滴なのかもしれません。

 

「アンタレス人は、トルコ人ギリシャ人、スペイン人のDNAに関係し、同性愛者で生殖目的でのみ女を使用すると考えられている」といわれます。その昔、アンタレスエーテル質量を操作できる異星人がいて、自由に宇宙旅行をしたといわれます。アンタレス人は最も進化した異星人の種族のひとつのようです。アンタレスに本拠地があるというホワイト・ブラザーフッドは、日本の「神道」と関係があるというよりも、そのものであるといわれます。女性や女神を創造する以前の神々は「男色」だったと指摘されています。

爬虫類人は、男と女、男神と女神というコントロールの仕組みに基づいた宗教を編み出したのである」といわれます。また「人が死ぬたびにつくり直すのを手間に感じた女媧は、人間に生殖機能をつけて婚姻制度を整えさせたといい、そのため女媧は今でも婚姻の女神として崇められている」といわれます。

神の王様、インドの帝釈天も非常に女好きで同時にハヌマーンのようにインド神話におけるヴァナラ(猿族)の1人との両性愛者だったといわれます。

 

・人間が原始時代から進化した過程において、道具や農業の知識を「文化神」や「農業神」から教わったといわれます。そのように世界の性の習俗の発生にも「異人」や「神人」の関与があったと指摘されています。単に昔の部族の長老が考え作り上げたものではないようです。現代の性の習俗も時代の流れとともに大きく変化してきています。

人間の肉体や精神に憑依したり物質化する堕天使の生態は分かりません。堕天使が地球の女を狙って降りてくるといわれます。堕天使の性的な能力は異常に高いともいわれます。堕天使が太古から売春やスパイ、麻薬と関係していたといわれます。

 

・「黄昏に女や子供の家の外に出ている者はよく神隠しにあうことは他の国々と同じ。-遠野物語第八話」

「遠野郷の民家の子女にして、“異人”にさらわれて行く者年々多くあり。ことに女に多しとなり。-遠野物語第三十一話」

 

当時のアブダクションは「異人」「天狗」の犯行だったようです。『遠野物語』の「異人」は、オリオン星人だったともいわれます。「異人」情報は、昔から警察のごく一部が握っていたのかもしれません。

柳田国男は『遠野物語』は民衆の作り話ではなく事実だと述べています。また柳田国男は当時の警察の「異人」の情報を調べなかったようです。

一方、平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔だといわれます。

 

 

・「<人類は水棲爬虫類からつくられた――クラリオン星人が語ったスターピープルと地球人類のただならぬ関係

人類が生まれようとしていたとき、木星は2番目の太陽として輝いていた

人類は羽の生えた蛇(ケツアルコアトル)をDNA操作してつくられていた!

(カヴァーロ):人間は猿ではなくて、宇宙人というか知的生命体が、そのDNAを当時いた恐竜類に植えつけ、それで生まれたのが羽の生えた蛇、ケツアルコアトルなんです。これはアステカの神話にもあります」という話もあるようです。

 人類はさまざまな異星人が集まり、創造されたと指摘されています。またリラ星人のエロヒムが「人間を実験室で創った」といわれます。リラ星人は人類に3万年進化しているそうです。それから異星人が、どのように人類を進化させたのかは不明です。

 

・「<70カ国以上で同性愛は違法、9カ国で死刑になる

・同性愛が死刑の対象になる国が9カ国ある。モーリタニアスーダンアフガニスタンパキスタンチェチェン共和国、イラン、サウジアラビアアラブ首長国連邦(UAE),そしてイエメンである。

 1979年のイランにおけるイスラム革命以来、4000人以上の同性愛者が処刑されたと推計されている。

 世界で70カ国以上がレズビアン、ゲイ、同性愛者、あるいは性倒錯者を差別する法律を有している」ということで、世界はリスクで一杯ということでしょうか。

外国の法律を知らずに外国旅行をして、「死刑」やその他の「刑罰」を受けている日本人も少なくないようです。

 

 

 

ウィキペディアによりますと、

売春防止法の公布は1956年5月24日、施行は1957昭和32年)4月1日、罰則の施行は1958年4月1日。この法律の施行に伴い1958(昭和33年)に赤線が廃止された

 

なお日本の主権下になかった、アメリカ施政権下の小笠原諸島およびアメリカ合衆国による沖縄統治においては適用されず、小笠原諸島小笠原諸島返還協定が発効し、日本に復帰した1968(昭和43年)6月26日から適用された沖縄県では、本土復帰に先立つ1970(昭和45年)7月10日に、琉球政府の立法として売春防止法(1970年立法第93号)が制定された。公布の日日から一部施行および周知が行われたが、刑事処分については1972(昭和47年)7月1日から施行とされたが、その前に、1972(昭和47年)5月15日沖縄返還より、本土の売春防止法が適用されることになった)とのこと。

 

 

 それ以前はひどく遅れた「売春大国」で「女性の権利もない後進国」だったようです。

ちなみに、性能力、性欲が異常に大きい堕天使が「売春」に関わっていたと指摘されています。堕天使が地球の女を狙って降りてくるといわれます。堕天使の性的な能力は異常に高い、強いともいわれます。堕天使が太古から売春やスパイ、麻薬と関係していたといわれます。

 

 

「国の政治は、その国の国民の民度を出ない」といわれます。三流の政治家たちでは国を良く指導できないといわれます。「国民が政治を嘲笑している間は嘲笑に価する政治しか行われない」といいます。国民の資質の問題でしょうか。

「三流政治家達のためか、女性の登用も先進国とはいえない」と指摘されています。三流政治家達が“反面教師”の役割を果たしているといいます。「失われた30年」とかの今の経済的状況は三流の政治家達によって生み出されたといわれます。

「甘い国際感覚と貧弱な語学力で国益を大きく損ねている」、「社会問題で困っている人も増えており、単に政治の貧困としては片づけられない」と指摘されています。

「国会議員資格試験」や「地方議員資格試験」が必要だと主張する有識者も少なくないといわれます。

「2世、3世議員が多くなり、政治家が「家業」になってしまったことも大きな問題です。これでは政治家の資質そのものが落ちて当たり前です」という説もあります。

 

 

 

 (2022/2/11)

 

 

・江戸時代もさまざまな天狗や異人、神人、イリュージョンを操作できる狸や狐の宇宙人タイプのコンタクティやチャネラーの物語が多いようです。イリュージョンを操作できる進化した異星人がいると伝えられています。昔の人や現代人でさえ、異次元移動や異次元の概念が理解できないといわれます。

ところで「売春防止法」ができるまで、日本中に普通に「女郎屋」「売春街」「色町、色街、色里、遊郭、花柳街」があったようです。

太古から宇宙人が“売春”に関わってきたのかもしれません。男色の歴史にも宇宙人が関わってきたのかもしれません。ペスト等の“疫病”や売春や男色の性風俗の歴史から人類を眺めると、また違った歴史が分かるのかもしれません。

かつて日本には、古代ギリシャと並ぶ“男色文化"が栄えていたといわれます。昔から男色の大国だったようです。

遊郭」等の売春文化ばかりでなく、「同性愛行為は、武家屋敷・寺院・歌舞伎小屋とつながりのある男色小屋などで組織的に行われていた。実際、この行為は、文化の主流をなす特徴となっていたのである」といわれます。「売春の歴史」を研究している学者もいるのでしょう。

 

旧約聖書』の「ソドムとゴモラの話」も男色などの風俗の乱れにより滅ぼされたという説もあります。「天からの硫黄と火によって滅ぼされた」という説明も現代では「宇宙人の核兵器によって滅ぼされた」と解釈する人もいるそうです。

堕天使が地球の女を狙って降りてくるといわれます。堕天使の性的な能力は異常に高いともいわれます。堕天使が太古から売春やスパイ、麻薬と関係していたといわれます。堕天使たちも売春や男色に関係していたのかもしれません。

 現代では、70カ国以上で同性愛は違法、9カ国で死刑になるといわれます。世界中の同性愛に関する法律や社会の対処法は、私たち一般人には、理解不能です。特に、イスラム教国のゲイ(LGBT等)に対する、社会的な制裁の詳細は分かりません。太古から同性愛があったとすれば、太古からも同性愛の宇宙人も飛来していたのでしょうか。



ウェッブサイト「日本文化の入り口マガジン」<信長も!家康も!芭蕉も!ニッポンのBLの歴史は奥が深いぞ!

から引用しますと、

 

日本において「男色」は古代から存在していました。鎌倉時代以前の男色の記録は特権階級の方々のものばかりですが室町時代以降は庶民のものも多くなっています」、

 

「江戸時代前期に井原西鶴が記した、浮世絵草紙『男色大鏡』には、当時男神とされていた天照大神が日千麿命(ひのちまろのみこと)を衆道(男色の意)に基づいて愛していたと記載されています」、

 

「さらに、井原西鶴伊耶那岐命イザナギノミコト)と女神・伊耶那美命(イザナミノミコト)の夫婦の神様が誕生するまでは、男神ばかりだったので男色を楽しまれていたと主張しています」、

 

「男色に関する最古の記述は720(養老4)年成立の『日本書紀』にあります。小竹祝(しののはふり)と天野祝(あまののはふり)の関係が発端となった「阿豆那比(あずなひ)の罪」に関する物語がそれです。「祝」とは神主のことを指しており、このふたりの神主が男色の仲にあったと言われています」、

 

『日本書記』以降にも『万葉集』や『伊勢物語』、『源氏物語』など誰もが知る数々の有名書物に男色についての記載があり、男色が当たり前のように流行していたことがわかります」、

 

「しかし、仏教ではどちらかといえば女性との性行為を嫌う性質の方が強く、徐々に男色を許す文化が発展していきました。稚児との性行為を、稚児を神格化する儀式「稚児灌頂(ちごかんじょう)」とするという荒技で性行為を禁止する仏教において男色を正当化する“立派な”言い訳まで作ったのです」、

 

室町幕府を率い、南北朝を統一した足利義満は、貴族や僧侶から男色を含むあらゆる文化を積極的に取り入れ、のちに流行する武士特有の男色文化「衆道」の礎となったと言われています」、

 

しかし、1873(明治6)年になると男性同士の性行為を罪とする「鶏姦(けいかん)罪」が規定されました」

 

「家康は本来年上の女性を好んでいましたが、『甲陽軍鑑』によるとそんな家康も忠臣の一人である井伊直政の美しさに魅了され関係を持ったそうです」、

 

松尾芭蕉は、弟子と一緒に旅に出ることが多く、その弟子のふたりと恋仲だったと言われています」と記載されています。

 

・天狗の修行は非常に厳しいそうですが「ゲイの修行」だからでしょうか?「天狗の陰間(かげま)」という言葉もあったようです。天狗の「女好き」という話はないようです。天狗は男の集団として見られ、「女天狗」の話は、ほとんどないそうです。武士は男色も女色もというところでしょうか。

「天狗は中国にも朝鮮にもいるし、西欧にもいる。また、世界各地の天狗が集まって行う山人会議もあるそうだ」といわれます。「そもそも天狗は歴史的発祥の地ともいわれるシュメールで“ディンギル”と呼ばれた天神である」といわれます。

 

赤顔の鼻の高いタイプばかりでなく、人間タイプの「天狗」も当時の庶民とコンタクトしていたようです。「不思議なゲイの現象は、宇宙人の人格転換である」ともいわれています。戦後カリフォルニアでは、ゲイ(LGBT等)の宇宙人の話もあったといわれます。

「アンタレス人は、トルコ人ギリシャ人、スペイン人のDNAに関係し、同性愛者で生殖目的でのみ女を使用すると考えられている」とのことです。「その昔、アンタレスエーテル質量を操作できる異星人がいて、自由に宇宙旅行をした」といわれます。

アンタレスにはホワイト・ブラザーフッド(白色聖同胞団)の本拠地があるそうです。ホワイト・ブラザーフッドは、全宇宙の霊的な進化を管理していると指摘されています。アンタレスに本拠地があるというホワイト・ブラザーフッドは、日本の「神道」と関係があるというよりも、そのものであると指摘されています。アンタレス人は、詳細は分かりませんが神に近い非常に進化した宇宙人種族なのかもしれません。

 

 

 

(2019/12/16)

 

・「日本における男色を研究するに当たっては、並外れて豊富な文献を参照することができた。古代ギリシャ・ローマの社会を除いては、男性同性愛がこれほど詳しく記録されている社会はほとんどない」といわれます。時代劇の映画やテレビでは、理解不能な世界です。昔の侍や武士、貴族、農民や庶民の本当の生活の姿(男性同性愛)については、私たち一般人は、知りません。欧米における男性同性愛の世界についても、調べれば相当な話題があるといわれます。

 ちなみにamazonに「同性愛」といれますと4000件以上が分かります。メディアでは大きなテーマなのでしょう。同性愛の映画もあるようですが、マニア向けで見たくない人が多いのでしょうか。

 

・江戸時代以前から同性愛の歴史は非常に古いようです、太古からあったのでしょうか。外国でもインドの神々は一般的に女好きでしたし、ギリシャ神話の「神様の王様」のゼウスも女好きでした。同性愛の話もあったようです。最も人気のあった「強力な神々の中の帝王」であるインドの帝釈天(インドラ)もスサノヲのように、性のタブーをすべて破り、女好きの神様から、動物タイプの宇宙人との同性愛まで発展したと記録されているといわれます。また堕天使が地球の女を狙って降りてくるといわれます。堕天使の性的な能力は異常に高いともいわれます。堕天使が太古から売春やスパイ、麻薬と関係していたといわれます。宇宙人の性の話も詳しくは分かりません。神々は性能力が想像を絶する程度に、異常に高いようなのです。

 

ゲイ(LGBT等)の問題も今日の現実の問題となっているようです。ネット情報によると、「TBS NEWS(2019/12/12)性同一性障害男性「女子トイレ使用可

性同一性障害経済産業省の職員が、女子トイレを使用させないのは違法だと国を訴えた裁判で、東京地裁は国に賠償を命じる判決を言い渡しました。

 この裁判は、戸籍上は男性で性同一性障害経済産業省・職員(50代)が、女性用トイレの使用を制限されたのは差別だとして、国に損害賠償などを求めていたものです。判決で東京地裁は、「女性トイレを自由に使用させないのは社会観念上、著しく妥当を欠くもので違法だ」として、トイレの使用条件を撤廃したうえで、132万円を支払うよう命じました」と記載されています。

私たち一般人は、ゲイ(性的少数者)の世界はよく知りません。しかしながら、ゲイ(LGBT等)については行政や立法・政治の問題もでてきています。LGBT(性的少数者)の社会運動」も世界的な広がりがあるようです。「日本におけるLGBTの権利」とか、ウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)を見ても、その項目が多いようです。欧米では、LGBT(性的少数者)に対する対応が、かなり日本よりすすんでいるといわれます。ゲイ(LGBT等)については、相当昔から世界中で、その現象があったようです。ゲイの宇宙人やマスターの存在も知られており、影響力は太古からあったのでしょうか? 私たち一般人には、理解不能な世界です。

 

ウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)で「LGBT」をみてみますと、

 「東京都 渋谷区

2015年、同性カップルを「結婚に相当する関係」と認める「パートナーシップ証明書」を発行するために東京都渋谷区で渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例が、区議会本会議で可決・成立し、同年4月1日より施行された。全国初の条例で、性的少数者の権利を擁護するねらいがある。 渋谷区では、2015年11月5日から証明書の交付が開始された。1組のカップルが証明書の交付を受けたことが報道された。渋谷区パートナーシップ証明書交付第1号カップルは2017年12月25日に約6年半の関係と同性パートナー解消して、渋谷区に証明書を返還した。

 

世田谷区

東京都世田谷区では「世田谷区パートナーシップの宣誓の取扱いに関する要綱」を制定し、渋谷区と同日の2015年11月5日から「パートナーシップ宣誓書受領証」の交付が開始された。渋谷区と異なり、条例ではなく要綱で制度化したため、申請手続きが簡素化されており、初日に7組のカップルが受領書の交付を受けた。

 

その他

ライフネット生命保険が死亡保険金の受け取りに同性パートナーを指定できるようにしている。携帯電話会社では、同性パートナーを家族割引などの対象にできるようになった

日本の大手企業であるパナソニックは社内同性結婚同性婚)を認める方針と報道された。IOCのスポンサーである同社は、「性的差別を行わない」としたオリンピック憲章を尊重した。

2017年6月1日に北海道札幌市で、全国6例目、政令指定都市初となる「パートナーシップ制度」が開始された。同性カップルに限定せず、性同一性障害も配慮し異性同士も対象となっている。

2017年7月6日、東京都豊島区議の石川大我、世田谷区議の上川あや、中野区議の石坂わたる、文京区議の前田邦博、埼玉県入間市議の細田智也ら5人の地方議員が「LGBT自治議員連盟」を設立した性的少数者の人権を擁護する条例や施策を、地方議会を通じて全国の自治体に拡大していくことを目指す。同連盟には趣旨に賛同する全国62自治体の議員78人(元職も含む)も参加した。

その後、同年10月9日に開かれたLGBT関連の撮影会で北海道滝川市議がカミングアウト。同年12月には京都府長岡京市議が市議会本会議でカミングアウトを行った」と記載されています。

 

ネット情報によると、壮絶なニュースも少なくないようです。

「苦悩 2019年12月において裁判  元事務次官の44歳の息子を殺害

娘は自殺 妻はうつ病」とかの前代未聞の話もあります。暴力を病気的に振るう精神病もあるのでしょうか。家庭内暴力、家庭内性暴力、児童への虐待、子供の貧困、性教育、売春問題、振り込め詐欺、特殊詐欺、サイバー犯罪、覚醒剤………と社会問題は多いようです。また交通事故リスク、被災リスク、堤防の決壊と被害者になるリスクも高まっています。保険でカバーできるのでしょうか。毎年、台風や豪雨も極大化、甚大化、最大化して被災者が急増するといわれます。世界で問題となっている異常気象リスクでしょうか。

マイノリティといっても人数にすればどれくらいの数字になるのでしょうか。「子供の貧困」の数字も信じられない数字のようです。政治や行政、警察の対応が遅れているといわれます。「改革が遅れているのは本当に優れた官僚や公務員、政治家が登用されていないからだ」といわれます。困っている人も増えており、単に「政治の貧困」としては片づけられないそうです。石川五右衛門がいった「浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ」という具合に、「浜の真砂は尽きるとも世にトラブル、社会問題の種は尽きまじ」ということでしょうか。「事実は小説よりも奇なり」といわれます。「性の風俗」についても昔から非常に多くの伝承があり、研究者がいるようですが、民俗学者柳田国男は、「悪習」だということで、意図的に調査しなかったといわれます。現代でも「フーゾク」を調査している人々も少なくないのでしょう。シオンの長老の議定書では「大衆は3S(スポーツ、セックス、スクリーン(映画・芸能))で政治を忘れさせよ」という政策もあるそうです。現代の世界の性風俗についても私たち一般人は、認識できません。

 

・LGBTの話は、会社や社会の大きな話題になったりします。性的マイノリティのために、さまざまな法的な便宜を考慮することに反対する人々もいるようです。私たち一般人には、LGBTについては理解不能なことが多いようです。しかし、社会生活や会社の経営者や大学の経営者等、マネジメントには必須の要素になりつつあります。今の経営者、総務部や人事部には、対応が必要になります。LGBT(性的少数者)は、刑務所に入れられたり、死刑になるような国も少なくないようです。米軍にLGBTを入れるかどうかで問題になったのは昔のことで、現代では「米陸軍長官に初の同性愛者 オバマ大統領が指名」というニュースもあったようです。欧米でも市長や政治家といった公職者に同性愛者が増えているそうです。欧米の状況が日本にも影響を与えつつあります。LGBTと堕天使(進化した異星人)の関係も昔から、分からない話のようです。オネエタレントの活躍もありますが、ゲイバーで遊ぶ人々は少なくないのでしょうか。LGBTの学生の問題にも私たち一般人は、驚く内容のようです。LGBTと自衛隊はどうなのでしょうか?リーマン・ブラザーズ証券は、リーマン・ショックで知られ、倒産しましたが、LGBTの人事の扱いは米企業ではトップレベルだったようです。日本の大企業でもLGBTは今の問題なのでしょうか?「職場のLGBT」の問題も、複雑な社会問題のようです。

 

・「大本教出口王仁三郎は自分はオリオン星から来たと語っている」そうです。「大本には二人の教祖がいて、一人は開祖出口直、もう一人は出口王仁三郎だが、二人にはそれぞれの御霊を表す象徴的呼称があった。開祖は『変性男子』といい、王仁三郎は『変性女子』と呼ばれている。これは開祖のお筆先にも記されていた。『変性男子』とは、体は女だが心は男という意味で、『変性女子』とは逆に体は男だが心は女という意味だ」ということです。現代風にいうとゲイ(LGBT等)の一種なのかもしれません。「不思議なゲイの現象は、宇宙人の人格転換である」という説もあります。カリフォルニアではゲイの宇宙人の話もあるようです。

マスター(長老)クラスは、シリウスやリラ、プレアデス等の重要な場所にニルヴァーナ(涅槃・天国)から瞬時に移動できるそうです。現代でもマスター(大師)と交信している人間が存在するようなので不思議です。「歴史上、様々な分野で尊敬されている著名なマスターたちは多くが同性愛者だ」といわれます。LGBTはマスター(大師)達がゲイであることが多いことも背景にあるのかもしれません。アンタレス人は、トルコ人ギリシャ人、スペイン人のDNAに関係し、同性愛者で生殖目的でのみ女を使用すると考えられている」といわれます。アバブ・トップシークレットの話ばかりのようです。その昔、アンタレスエーテル質量を操作できる異星人がいて、自由に宇宙旅行をしたといわれます。アンタレス人は、女性や女神を作った以前の宇宙人種族なのかもしれません?どれくらい進化しているのか分かりません?ホワイト・ブラザーフッド(白色同胞団)の本拠地はアンタレスにあるそうです。神や造物主の発生についても理解不能です。

 

・米国が秘密協定を結んだのはラージノーズグレイというオリオン星人といわれています。オリオン星人は人類に5万年進化しているといわれ、「人間の魂の交換」ができるようです。「異人」はオリオン星人だったようです。「奇妙なことに、オリオン人はかっては琴座からの移民である人間らしい存在だったが、その後レプティリアンに征服されてしまった」ともいわれます。地球では白人種と定義されている「エリエン」のルーツはオリオン星雲にあるといわれます。「トールホワイト」とよばれる2メートルから3メートルの白人種のオリオン星人も報告されているようです。トールホワイトと米政府はコンタクトがあるようです。オリオン座は「神の故郷」ともいわれますが、『闇の勢力』も経由地にしているようです。シリウス人はオリオン人と交戦していた。この敵対関係は今でも続いているともいわれます。堕天使ルシファーもオリオンからやって来たそうです。ネガティブなオリオン・グループは“闇の勢力”を形成しているのでしょうか。

 

・「黄昏に女や子供の家の外に出ている者はよく神隠しにあうことは他の国々と同じ。-遠野物語第八話」、「遠野郷の民家の子女にして、“異人”にさらわれて行く者年々多くあり。ことに女に多しとなり。-遠野物語第三十一話」という伝承があります。異類異形の異人ばかりではなかったようです。異人はオリオン星人ともいわれます。平氏の“平”がヘライ(ヘブライ)に由来すると考えると平氏セム系、ユダヤ系ということになってくる。源平合戦はハム系とセム系の争いと言われます。平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔ともいわれます。「遥かに進化した高次元の高等知性体・異星人は、人間の肉体や精神体に憑依するので誰も識別できない」そうです。

 

・またヒトラー霊媒で宇宙人から「人格転換」を受けた“霊界から来た男”ともいわれます。ヒトラーは超人によって人格転換を受けたのかもしれません。冴えない水彩画家だったヒトラーは、別人格になったようです。ヒトラーの生誕地は霊媒の多い地域だったといわれます。アルデバラン星人は、ゲルマンの諸民族とスカンジナビア人、特にバイキングの創作と管理を担当したそうです。アルデバラン星人はアーリア人の「超人」であり、ゲルマンの神々だったようです。地球から68光年の距離にある牡牛座のアルデバラン太陽系の二つの惑星からなる“スメーラン帝国”はどのような国だったのでしょうか。ゲイ(LGBT等)の科学的、医学的な研究については私たち一般人は、よく知りません。しかし、ゲイは世界的に増えており、ひとつの社会的現象となっているようです。ゲイの社会的な取り扱いもなぜか日本的なようですが役所の対応も増えてきているようです。アラブ諸国は反西欧という背景があるそうで、宗教規律には厳しいようです。

 

・「ゲイは宇宙人の人格転換の結果である」という説もあるそうです。人格転換といっても男が別の男の人格に転換される場合や、女性が別の人格の女性に人格転換される場合もあるでしょう。また精神病の一種で多重人格症もあるようで、複雑です。ゲイの多い地域に宇宙人が多いという与太話もあるそうです。ニューヨークやカリフォルニア、オーストラリアではよく話題になるようですが、世界的には昔から広まっているようです。

 

・ネガティブなシリウス星人クラスの宇宙人が人間のゲイなどを創造するのかもしれません。パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人もネガティブな者とポジティブな者がいます。ネガティブ派がオリオンの邪体霊ともいわれ、対立から最大のスター・ウォーズとなったともいわれております。宇宙の諸悪の根源なのかもしれません。かって神だったものが魔神になって世界を襲うというまるでスター・ウォーズのストーリーのような。

 

・欧米では著名人がゲイ(LGBT等)でよく話題になっているようですが、彼らのパフォーマンスには影響がないようです。米国ではゲイが社会問題となり、結婚の問題や軍における処遇問題でメディアの話題になっているようです。また、ゲイの文化も商業主義にのっているようで、ビジネスとしてはなりたっているのでしょうか。私たち一般人は、このゲイの問題には疎いですが、日本でもゲイは増えており、大きな社会問題とはいかなくても街中では話題になっているようです。普通の人々にとっては、ゲイの生態は想像を絶するようです。

 

柳田國男が「性的習俗・差別的文化の取り扱い方」において、否定的で、あえて研究対象としては、避けたようです。しかし、「性的習俗・差別的文化の取り扱い方」の研究は、知る人ぞ知る世界のようで、研究や資料も膨大になるようです。やはり「性的習俗・差別的文化の取り扱い方」は、現代ではタブー化されているのかもしれません。柳田國男は「淫風陋習」として、研究対象としなかったようです。現代でも「フーゾク」は盛んのようです。「津山事件」の背景には、「夜這い」という性的な習俗が原因であったともいわれます。八つ墓村』(横溝正史)の小説の映画化もあり、かなりそのイメージがキャッチコピーとして、テレビに流されたこともあり、記憶に残っている人々もいることでしょうか。古くは『万葉集』の時代からの記録もあり、古い起源の性的な習俗のようです。性的な習俗は、「異人」が始めた、教えたという話もあるようです。中世ヨーロッパの「初夜権」等のおぞましい性的な習俗は、世界的にも、あったようです。領主が「異人」だったことが背景にあるのかもしれません。歴史的にも中世ヨーロッパは、暗い暗黒の話が多かったようです。昔の宇宙人が関わった性的な習俗も多かったのかもしれません。「初夜権」はウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)にも載っています。柳田國男は「近代化を急ぐ」政府の官僚だったので、あえて、記録に残さなかったようです。現代でも花街の「フーゾク」は変化してきているようです。性的な習俗は「書けないこと」も多いのかもしれません。ちなみに、戦争中や終戦後のことも「書けないこと」が多いそうです。

 

・ザシキワラシ(座敷童子)は、現代でも時々、話題になる「子供の神様」のようです。「子供の神様」の伝説は、世界中にあるようです。姿形は、「子ども」ですが、その本質は、「神様」だったようです。「宇宙人は“幽体”や“霊体”で目に見えない異次元に存在している」ともいわれます。ある意味で「宇宙人」現象ともいえるのでしょうか。「宇宙人と普通の人間を区別できなくなっている」時代だそうです。「はるかに進化した宇宙人が人間の精神体に侵入してくる時代だ」そうです。また、「人は皆、記憶喪失の異星人だ」ともいわれます。

 

ウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)によると「座敷童子ざしきわらし)は、主に岩手県に伝えられる精霊的な存在。座敷または蔵に住む神と言われ、家人に悪戯を働く、見た者には幸運が訪れる、家に富をもたらすなどの伝承がある。柳田國男の『遠野物語』や『石神問答』などでも知られ、『遠野物語』の17話・18話および『遠野物語拾遺』87話に「ザシキワラシ」または「座敷ワラシ」の表記で話が掲載されており、17話には「この神の宿りたまふ家は富貴自在なりといふことなり」「ザシキワラシは座敷童衆なり」と記述がある。近年では、座敷わらしに会える宿として岩手県の「緑風荘」「菅原別館」「わらべ」などがテレビ番組や雑誌に取り上げられることでも知られている」とのこと。

 

・ザシキワラシ(座敷童子)は“アストラル界の住人”なのかもしれません。あの世からこの世に現れるとき、人間の目に映るのかもしれません。見えるものと見えないものがいるので奇妙です。ザシキワラシ(座敷童子)は、異次元の宇宙人現象ともいえます。「あのグレイも壁を透き通るようにして部屋に侵入してくる」そうです。ザシキワラシ(座敷童子)は農民たちの幻覚や共同幻想、妄想ではなさそうです。ザシキワラシ(座敷童子)と家の盛衰が結びつくようで、不思議な伝承のようです。赤い顔のザシキワラシ(座敷童子)は、赤い顔の「異人」を連想させます。「アストラル界にもアストラルの惑星がたくさんあり、アストラル界またはアストラル次元と呼ばれる世界を構成している。地球で

人々がアストラル界で過ごす期間は、数週間から何百年にもわたる」ともいわれます。人間の死後の世界、幽界や霊界、宇宙人のアストラル界やエーテル界も互いに似ている世界ですが、私たち一般人には、理解不能なことが多いようです。

 

・昔のアストラル界の本をみると『アストラル界』(C・W・リードビーター、神智学協会ニッポンロッヂ 昭和59年5月)。住者として「人間」「生きている者」(①アデプトとその弟子達、②サイキック的に進歩している人、③普通の人、④黒魔術師とその弟子)

 

「死者」(①ニルマナカカーヤ、②輪廻を待つ弟子、③死後の一般人、④亡霊、⑤魂殻、⑥活気づけられた魂殻、⑦自殺者及び不慮の死の犠牲者、⑧吸血鬼と狼人間、⑨灰色の世界の人間、⑩黒魔術師とその弟子)

 

「人間でないもの」(①我々の進化に属しているエレメンタル・エッセンス、②動物のアストラル体、③凡ゆる種類の自然霊、④デヴァ――カマデヴァ――ルーパデヴァ――アルーパデヴァ――デヴァラヂャ)

 

「人工的なもの」(①無意識につくられた四大霊――守護の天使――②意識的につくられたエレメンタル――③人的人工霊)が載っています。

アストラル界の住人の種類も多いようです。また「アストラル界はとても巨大です。ここに存在する全ての世界からおよそ600億人の人間タイプの生物が集まっている」といわれます。

 アストラル界下層にいる霊たちの多くは、地球上の種々の問題を引き起こす原因となります。彼らはテレパシーで地球上の人間と交信する」といわれます。

 

・ザシキワラシ(座敷童子)をテレビ局が旅館に泊まりこんで追跡した番組も昔はあったそうです。ですから現代でもザシキワラシ(座敷童子)の存在を疑う人は少ないようです。「柳田國男の著書『妖怪談義』によれば、1910年(明治43年)7月頃、陸中上閉伊郡土淵村(現・岩手県遠野市)の小学校に座敷童子が現れ、1年生の児童にだけ見え、年長の生徒や大人たちの目には見えなかったという」とのこと。

 

・「昭和・平成以降も営業し続けている、岩手県金田一温泉「緑風荘」、盛岡市神町の「菅原別館」「わらべ」などの旅館は、座敷童子のいる宿として知られ、宿泊客が座敷童子を見た、足音を聞いた、体を触られた、といった話がある」そうです。

  「緑風荘」は、2009年10月4日に起きた火事で、ザシキワラシ(座敷童子)を祀る中庭の亀麿神社以外が全焼しました。それで、営業停止状態となっているそうですが、再建されたそうです。「緑風荘」のインターネット情報に詳しく載っているようです。

 

・「幽霊」の伝説も世界中にあります。幽界や霊界から、幽霊が出て来たと考えられます。これも異次元の宇宙人現象ともいえましょうか。「異星人は物質化、非物質化ができた」そうですが、この現象が私たち一般人は、理解できません。幽霊は、その地の関係した人物に似ていますが、別の「幽体」と考えることができるようです。例えば、「親の幽霊」といいますと、親に似ていますが、詳細は、どことなく違うといった印象を与えるそうです。パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の植民星が地球ともいわれます。高次元のシリウス星人が関係する異次元現象なのかもしれません。「霊界」は、遥か彼方にあるのではなく「地上1メートルのところにある」そうです。

 

・日本における「国家改造計画」は、様々な研究団体やシンクタンク、政府関係の研究所のテクノクラートにより作成されているようです。「日本アカデメイア」は、各界の有志92人が集まって、12年4月にスタートさせたそうです。「長期ビジョン研究会」は、経営者、官僚、学識者、労働組合幹部など産官学有志の参加を得て、2年間をかけて、検討されたようです。日本の定年制は1950年代、主に工場労働者を対象に普及したもののようです。将来は、米国のように「定年のない会社」が増えて人口減少による「労働革命」が実現されるのかもしれません。「定年を75歳にして、消費税を20%に上げれば、社会保障制度の立て直しが実現できる」という説もあるようです。「それこそ税金の無駄遣いを止めて、司法・立法・行政の大胆なリストラを断行すべきだ」そうです。

 

社会保障制度と税金、財政赤字の問題の解決が喫緊の課題のようです。自殺者数も相変わらず多いそうで、「末法の世」なのかもしれません。「失われた20年」といわれますが、今の世の中「クール・ジャパン」ばかりではないようです。「失われた20年」は、長い期間で、日本人の適応力が疑われたようです。社会の暗い面が予想以上に多いようです。政府にはベスト&ブライテストが集まっているはずですが、大胆な改革を断行して、東日本大震災から発する「国家的危機」を乗り切りたいものです。「民主主義国家においては国民はその程度に応じた政府しか持ちえない」、「国民が政治を嘲笑している間は嘲笑に価する政治しか行われない」ということで、私たち一般人も政治意識を高めていかねばなりません。LGBTの問題もインターネット時代で、開かれたものになり現代風です。どの程度考慮すべきかは今後の課題のようです。

 

<●●インターネット情報から●●>

・「日本では定年があるのが当たり前という感覚がありますが、世界では定年制度が禁じられている国もあります。アメリカでは年齢を理由とする事業主の差別行為は禁止されており、航空機のパイロットやバスの運転手など例外的に定年制を設けることが許される職業がある以外は、年齢を理由に労働者・雇用者を退職させることはできません。カナダ、オーストラリア、ニュージーランドも同様に定年制は禁じられており、イギリスでも2011年10月から定年制が廃止されました。イギリスが定年制を廃止した背景には、高齢化の進展に伴う年金支給開始年齢の引き上げがあるそうですが、どちらかと言えば、これらの国では、労働者が年齢に関わりなく働くことのできる権利を保障・保護するために定年制が禁じられている、と言えそうです。

 

・一方、ヨーロッパ諸国の多くでは、日本と同様に年金受給開始年齢に関連付けられて定年が決められています。フランス、ドイツ、オランダ、オーストラリア、スイス等々の国では、年金支給開始年齢=定年という考え方が定着しており、現在は概ね65歳。ただし年金支給開始年齢の引き上げが決まっている国では、定年年齢も引き上げが予定されています」とのこと。

  国際問題も直接日本国民に降りかかる時代です。「貧弱な国際感覚で大きく国益を損ねてきた」ともいわれます。「諜報機関のない国は既に国益を大きく損ねている」そうです。公安調査庁の元部長によれば「日本は諜報機関のない世界的にも珍しい国だ」そうです。「それこそ税金の無駄遣いを止めて、諜報機関の設立運営の財源にあてるべきだ」そうです。高度成長期には「経済1流、政治2流」といわれましたが、現在はどうなのでしょうか。

 

・「神隠し」とamazonで検索しますと235件の書籍が分かります。日本人の関心の強い事柄のようです。「神隠し」といえば人気のアニメ映画の『千と千尋の神隠し』というのもありました。「黄昏に女や子供の家の外に出ている者はよく神隠しにあうことは他の国々と同じ。-『遠野物語』第八話」、遠野郷の民家の子女にして、「異人」にさらわれて行く者年々多くあり。ことに女に多しとなり。-『遠野物語』第三十一話というように、不思議な誘拐が昔から多くあったようです。柳田国男も警察関係の資料は調査しなかったようです。また、できなかったのかもしれません。明治時代前の「神隠し」や「人さらい」はかなりの数になることが窺われます。消えた子どもたちはどうなったのでしょうか。昔は宇宙人のアブダクション(誘拐)の活動が活発だったようです。アストラル界にでも去ったのでしょうか。

 

・昔の「神隠し」や「人さらい」は、現代風に解釈すると異星人のアブダクション(誘拐)だったようなのです。山中に「異人」の存在がありましたが、この異人というのは、オリオン星人だったようなのです。「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔」という説があるそうです。人類に6000年ほど進化しているプレアデス星人は、アブダクション(誘拐)をする宇宙人ではないようです。そうすると戦後米国に現れ、UFO調査者を脅したと言われるメン・イン・ブラックというハリウッド映画にもなった宇宙人は、オリオン星人ともいわれています。メン・イン・ブラックの超能力はすさまじかったようで、テレポート(瞬間移動)もしたようなのです。

  「邪悪なオリオン星人」ともいわれていますが、スター・ウォーズ(オリオン大戦)を起こしたりした、ネガティブな宇宙人のようです。またバイオ・ロボットといわれるグレイを創造したり、小柄なグレイと似たゼータ・レチクル星人と宇宙連合を作っているようなのです。オリオン星人と対立する異星連合が正統的な邪悪でない異星人の連合のようなのです。小柄なバイオ・ロボットといわれるグレイの宇宙船に同乗している金髪碧眼のノルディックという人間タイプの異星人が報告されています。それと同様に日本においてはカッパと異人が飛来していたようなのです。

 

・「東北地方を徘徊した異人は、宇宙人だ。オリオン星人だ」と断定する民俗学の学説はまだないようです。異人やカッパを宇宙人と結びつけると難問は解決するようです。また昔からある「異類婚姻譚」や「異類混血」の話がありますが、宇宙人と結びつけると分かりやすいようです。遥かに進化した異星人(天使のような宇宙人)は人間の幽体や精神体に憑依侵入するために誰も分からないそうです。人間の守護霊や背後霊は、遥かに進化した天使のような異星人なのかもしれません。「神々も市井の人となり普通の生活をしている」という説もありますます分からなくなります。

 

・「天狗の情郎」という話ですが、武士の間にもそのような慣習があったとか、マスター(大師)クラスもゲイが多いとか、いろいろと複雑な話があるようです。が、「異人の子ども」を産まされたという誘拐された女子の『遠野物語』の話もあるそうです。また天狗少年寅吉は、天狗の情郎のようなことはないと語っているようです。ホモの宇宙人の話もあり、人間をゴキブリ程度しか見ない宇宙人もいるとか、雌雄同体の異星人もいるそうで、とにかく人間の感覚とはかけ離れていることは間違いないそうです。異星人を全て善良な人々とするイメージはないようです。スター・ウォーズをするくらい敵対しているようですが、アバブ・トップシークレットのため異星人の確かなことはわからないようです。

 

・インターネットで同性愛者と検索してみると「近年の多くの英米の調査では人口の2―13%(50人に1人から8人に1人)の割合で同性愛者が存在していると言われている。性的少数者は、おおよそ概念上で少数者とされているものであり、実際はそれほど少数ではないと考えられる」といいます。

  日本でも予想以上にゲイ(LGBT等)の人口が多いようです。医学的、科学的な説明が出来ない不思議な存在ですが、社会問題としてはまだ取り上げられていないようです。『原型』といわれる神に非常に近い一対の男女の形態をとる天使が原因という説もあるそうです。amazonに「LGBT」といれますと2241件の本がわかります。予想以上にLGBTの本がふえているようです。

 

 

 

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・ブログ名称: UFOアガルタのシャンバラ

日本は津波による大きな被害をうけるだろう

・第2のブログ名称:UFOパラレル・ワールド

神の国か?」「人類の原郷か?」 「天上のエルサレムか?」・・・・・・・・・

「パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の殖民星が、地球か?」、「ネガティブのシリウス星人の地球支配があまりにも巧妙なので、しょっちゅう戦争が起こるのだろうか?」

「金髪碧眼のノルディックが住んでいたアガルタのシャンバラ情報の集大成を目指す・・・・・・・・・・」「金星蛇人と火星霊人の戦争はその後どのように展開したのだろうか」
日本民族の神話の原郷『高天原(たかまがはら)』は、『都市型の超巨大宇宙船』なのか!?」「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔なのか」
「小人族のグレイの母船に同乗する金髪碧眼のノルディックは、”悪魔の王””ルシファー”なのか?!」

「円盤は神人や異人、悪魔の乗り物なのか!?」「天使は神の秘密諜報員なのか」「神は最初のフリーメーソンなのか」

「UFOは、人類の歴史が始まって以来、最も重要な現象なのか。UFO問題とは、人間にとっての死の問題を解くことなのだろうか。UFOはフリーメーソンの創作なのか」

「全宇宙を創ったという“虹の神々”も地球に来ているのだろうか」

イルミナティなどのフリーメーソン組織に入ると神に会えるのだろうか」「金星の神々は地球に到着するやいなや、イニシエーションのためのフリーメーソン本部を設けたのだろうか」「フリーメーソン結社はこの大地が創出されるよりずっと前から、さまざまな太陽系をめぐって、存在していたのだろうか」「フリーメーソンとは、“現在、世界で信仰されているいずれの宗教より古い”教団となるのだろうか」

国際連合の設立に動いたキリストの星、アプ星人とは」

「人は皆、記憶喪失の異星人だろうか」

「はるかに進化した天使のような宇宙人は、人間の守護霊や背後霊なのだろうか」「セドナ上空に見えないエーテルのシティが滞空するのだろうか」

シリウス星人の故郷である天体イジュニュは、もっと高い周波数で共振する6次元の天体であり、地球の宇宙と同時に存在するパラレル・ユニバースに存在するのだろうか」

 

グーグルのブロガー(多言語翻訳)にも書いています→UFOパラレル・ワールド

 

  

 

一方、獣人たち劣等人種はその交合を通して逆に進化してしまった。高等人種の犯した罪とは「獣姦(ソドミー)」なのであり、かくて、ランツは獣人を「ソドムの猿」と呼ぶのである。

 

 

(2024/3/4)

 

 

『何かが空を飛んでいる』

稲生平太郎     国書刊行会   2013/11/25

 

 

 

ログフォゴあるいは「岩の書」――リチャード・シェイヴァーについてのノート

・リチャード・シャープ・シェイヴァーは、1907年、合衆国ペンシルヴェールニア州はバーウィックという小さな町で生まれた。

 

・大きな転機、あるいは危機が訪れたのが1932年、デトロイトの自動車工場で溶接工として働いていた折のことである。

 作業中に、突然、幾つもの「声」が頭の中で聞こえはじめたのだ。

 もちろん、シェイヴァーはすぐに医者にかからねばと判断するような粗忽な人物ではなかったので、同僚たちの思考がテレパシーで伝わっているとの結論を下した――そう、自分の手にする電気溶接器のコイルが何らかの理由で「受信機」として機能したにちがいないと。

 ただし、それだけではすまなかった。

 地下深い洞窟に棲む邪悪な存在、すなわち、彼が後にデロと呼ぶものが、地上の人間をおぞましいかたちで責めさいなむのも耳にした

 こうなっては、もはや正業に就くのは難しい。 

 実際、翌年には、彼は短期間だが精神異常と診断されて病院に収容されている。

 

・シェイヴァーの回想によれば、ある日、彼の許にニディアという謎の美女が訪れ、彼女との出会いを通して、世界の真の歴史が遂に開示された。

 

・1万2千年前の地球――それは、宇宙の彼方から到来したタイタンあるいはアトランと呼ばれる巨人種族の支配する世界だった。彼らは事実上の不老不死で、高度な科学技術を誇り、遺伝子工学によって労働用の奴隷種族を創出、そのひとつが我々人間の祖先である。

 ある時期に、太陽の発する有害な光線のために、タイタンたちは地上に住めなくなり、地底奥深くへと本拠を移すことになった。しかし、やがて、そこでもタイタンたちの健康は冒されはじめ、彼らは遂に地球脱出を決意する。

 タイタンたちが宇宙船で新たな移住先の星へと去った後、取り残された奴隷種族の一部は、地下の洞くつで肉体、精神の両面で退化を重ねて、邪悪きわまりのない存在へと変身していった

 

さて、この退化した闇の種族は、有害なロボット(detorimental robot)

、略してデロと称され(機械ではなく生命体だがシェイヴァーはかれらをロボットと呼ぶ)、いうまでもなく、世界中の神話や宗教に登場する悪魔とはすべて彼らを指している。

 しかしながら、洞窟世界には善良なる種族テロ(デロと紛らわしけれど、こちらは統合ロボット)も残存、そのひとりがニディアに他ならない。彼女に連れられて、シェイヴァーは実際に地下へと赴き、そこで数年間を過ごして、太古から現在にいたるデロによる支配の実態、それを阻止しようとするテロの活動をつぶさに知るにいたったのだ……。

 

 デトロイトで「声」を聞いてから約10年後の1943年、シェイヴァーはSF雑誌『アメージング・ストーリーズ』の編集部に手紙を送りつけた。

 

・意外にも、この手紙じたいは地下の世界にはまったく触れていない。

 シェイヴァーなりの戦略があったのだろう、もっぱらマンタン(Mantong)なるものを発見したという主張に終始していた。これは地球上の全言語の根幹をなすとされており、つまり、マンタンとは「人類語」(manプラスtongue)の謂だろう。すこぶる簡単である。

 

・当然というべきだろう、この手紙は屑籠にいったん投げ込まれたのだが、さすが辣腕の編集長、パーマーは見逃さなかった。売り物になるのではあるまいかと判断、彼はそれを1944年1月号に印刷掲載すると共に、シェイヴァーとの文通を開始した。

 シェイヴァーの側でが、これ幸いと地下世界をめぐる幻想を滔々と語る原稿をパーマーに送り届け、そのひとつが、パーマーによる大幅な加筆改稿を施された後、「私はレムリアを憶えている」なる題名で『アメージング・ストーリーズ』1945年3月号に発表された。かくして、いわゆる「シェイヴァー・ミステリー」の幕は切りおとされたのである。

 読者からの反響は凄まじかった。

 

・ここで強調しておくべきは、『アメージング・ストーリーズ』はいうまでもなくSF小説雑誌であるけれど、「シェイヴァー・ミステリー」があくまで「実話」と銘うたれていた点である。

 パーマーは、これはフィクションではない、紛れもない事実であると読者を煽りに煽り、デロが出版を妨害しようとしているとまでほのめかした。こういった手法はいうまでもなく真面目なSFファンダメンタルズたちの怒りを買ったが、他方、送られてきた投書の一部は、自分たちはシェイヴァーと同じような体験をした、デロは実在するのだと訴えていた。シェイヴァーというひとりの人物の織りあげた幻想にすぎないものが、一時的にせよ、多数の他者によって共有される領域へと移行したのは否定できないだろう。

 

・『アメージング・ストーリーズ』のシェイヴァー特集号が刊行された日付にも注目していただきたい。ケネス・アーノルドが空中を飛ぶ謎の物体を目撃するが、まさに1947年6月24日であり、この日を境にアメリカのみならず世界中に「空飛ぶ円盤」騒動が広がっていく。

 

・パーマーは正体不明の飛行物体に関する読者からの報告を積極的に掲載したが、形態として円盤型も含んでいた。いっぽう、シェイヴァーはたとえば1946年9月号掲載の「宇宙に送られる地球の奴隷」なる「作品」で、地球を定期的に訪れて人類を誘拐する異星人からの宇宙船を登場させた。

 

・なお、「シェイヴァー・ミステリー」が、第2次世界大戦が終わった直後のアメリカで爆発的な人気を博するにあたっては、その性的要素も大きく貢献したと思われる。シェイヴァー描くところのデロは単に邪悪なだけでなく、飽くなき色情狂であり、性機能を無限大に増強するスティム(刺戟器械)という装置までもっていた。

 

・シェイヴァーによれば、これらの「像」は、タイタンたちが遺した一種の「写真」なのだ。すなわち、太古の巨人種族は、「瑪瑙(当ブログ註;アゲートを作る方法」、そして、瑪瑙が液体状のときに感光物質と混ぜ合わせて、自分たちの思想、藝術、歴史を刻印する方法を発見していた。しかも、これらは本来は立体像として記録されているという。要するに、3次元のホログラムのごときものらしい。また、ひとつの石に一枚の「写真」が入っているのではなく、膨大な数の画像が封じ込まれている。

 

ニディアという地底人がシェイヴァーにとって大きな意味をもっていたことは既に記した通りであるが、彼女とは夢でまず出会ったと彼は主張している。それはまあいいとしても、この夢を見た夜、彼は室内用溲瓶(しゅびん)を倒してしまい、翌朝、床にこぼれた尿が乾いた箇所には、ニディアの美しい姿が写真のように鮮明に現れていたという。

 

水晶の中の幻影――ジョン・ディーの精霊召喚作業

・忌わしい降霊術師との汚名を着せられたディーであるが、彼の生前にあっては、それはあまり根拠のない漠然としたものにすぎなかったといえよう。しかし、彼の死から半世紀の後、事情は大きく変わる。すなわち、1659年、学者、聖職者であったメリック・カソーボンの手によって『多年に亙ってジョン・ディー博士と精霊の間に起こったことの真正にして忠実な記録』が出版されたからである。

 

これは、ディーが遺した精霊あるいは天使との膨大な交信記録の一部をほぼ忠実に印刷したものであるが、編者カソーボンは、ディーが神からの遣いと信じた存在が悪霊に他ならないと信じて、「闇の所業」、悪魔の恐ろしい業を示す証拠として上梓したのである。

 

・しかし、少しでも調べてみれば分るように、精霊との交信をめぐってディーの遺した文書は、彼の全業績のなかでも量的に大きく突出している――それは関心というよりは異様なまでの執着と呼ぶほうがふさわしいだろう。とりわけ1580年代にあっては、彼の内面生活はほとんど精霊との交信に占められていたといっても過言ではあるまい。この時期、彼は天使からの啓示にほとんどすべてを賭けていた。これが異様と映るのが現代の眼から見た偏見ではないことは、カソーボンが『精霊日誌』を「その種のものとしては如何なる時代の如何なる書物にも匹敵するものはありえない

 

世間に奇書と銘うたれた書物は少なくないけれども、『精霊日誌』が真の意味でその名に値するごく稀なもののひとつであることは疑えない。驚くほど細かな活字によって4百頁にもわたって埋めつくされたフォリオ判の『精霊日誌』は、まずその量において読者を圧倒するだろう。しかし、解読を真に困難なものにせしめているのは、量ではなく、内容面の難解さである。難解である理由のひとつは、これが文字通りディーの私的な文書であって、公刊を予期して書かれたものではまったくないからだ。註釈を施した版がいまなお存在しない以上、ディーについてのかなりの予備知識がまず必要とされよう。

 

・ところで、精霊との交信はディーが単独で行ったのではない。彼にはエドワード・ケリーという助力者がいた。ケリーは時に霊媒と呼ばれたりするが、これは誤解を招く表現かもしれない。

 

驚嘆すべき精力をもって、ディーはほとんど逐語的に天使との対話を記録しており、場合によっては1回の交信が延々と何頁も続く。対話といったが、時には、霊のほうが一方的に喋りまくることもあり、またディー、ケリーと論争になることもある。さらに、複数の存在が水晶球のなかに現れて一種の寓意劇のようなものを演ずる場合も見られる。

 

・たとえば、天使たちはやがて彼に始源の秘教的言語たるエノク語(あるいは天使語と呼ばれる)を授けることになる。ちなみに、このエノク語は、17世紀以降、多くのオカルティストの関心を集め、現代のオカルティズムの一部にもその影響は及んでいる。霊はまた英国や欧州の未来について様々な予言を行っているが、そのなかには的中したものもあれば、外れたものもあり、外れた場合には、ディーはそれを発したのが悪霊ではないかという疑いに駆られる。しかし、基本的には、神の遣いたちと対話しているというディーの信念は毫も揺るがない

 

・天使たちの発する言葉が時に黙示録的な響きをもって読む者を圧倒するのは事実だが、とはいえ、『精霊日誌』全体が常に荘厳で厳粛な雰囲気に包まれていると考えるのは誤りだろう。妙に陽気で軽薄な精霊が登場することもあるし、また、ディーも霞を食って生きている訳ではないから、天使に卑俗な面についての助言、助力を乞わざるをえない。絶えず不如意な境遇にあったディー、ケリーとも繰り返し金銭面での助けを求めるのだが、それを時に巧みに時に無様にはぐらかそうとする精霊たちの態度には思わず噴き出してしまう

 

・とまれ、ディーは自分が善なる超自然的存在と接触していることを決して疑わなかったのだが、それではケリーのほうはいったいどうだったのだろうか。

既に述べたように、精霊との交信はひとえにケリーの透視能力にかかっていた。したがって、彼が水晶を前に博士を顧客として一人芝居を演じていたとみなすことは確かに可能である。つまり、霊能者をかたる詐欺師だと。こういったケリー山師説は最も広く流布してきた解釈といえよう。それに並置されるのが、類稀な学識を有しながらも、若い無教養な詐欺師の餌食となった哀れなディー博士の姿ということになる。たとえば、フランセス・イェイツは、ケリーを「敬虔な師を誑かしたペテン師」として片づけている。

 しかしながら、『作業記録』や『精霊日誌』を実際に繙いてみるとき、師と弟子の関係がそう単純なものではありえないことがわかる。

 

・天使界から下される知識を渇望してやまないディーは、何と自分の長男アーサーをケリーの替わりに霊媒として用いることで、この苦境を乗り切ろうとする。だが、当時8歳であったアーサーとの実験は芳しい結果を生み出さず、ディーは結局ケリーの助けにすがるほかない。しかし、ケリーが渋々引き受けた最後の交霊実験は決定的な破局をもたらしただけだった。マディミを初めとする天使たちは、あろうことかディーとケリーに各々の妻を文字通り「共有」するように命じたのである

 この驚くべきエピソードについては、ケリー詐欺師説も含めて様々な解釈が可能だろう。

 

・ディーとケリーの交流は、しかし、例の破局以降、完全に断たれたというわけではない。博士は錬金術の実験に関してはケリーと断続的に接触しており、英国に戻ってからも、彼はかつての弟子と書簡などを通して連絡を取ろうと懸命な努力を続けることになる。

 

・ケリーを失ったからといって、ディーは天界からの声を聴くことを決して諦めはしなかった。帰国してからまもなく、彼はバーソロミュー・ヒックマンなる新たな透視能力者を雇い入れている。

 

・幼い頃に異国ボヘミアの地で父のために霊媒として働いた記憶は、果たして彼に残っていたのだろうか。ブラウンの言葉を信ずるならば、アーサーは父ディーが膨大な精霊との交信録を遺していた事実はまったく知らなかったらしい。アーサーが没するのは1651年、カソーボンが『精霊日誌』を出版する8年前のことである。

 

 

獣人と神人の混淆――アドルフ・ランツとフェルキッシュ・オカルティズム

・『オースタラ』は、しかし、同時代の他の反ユダヤ主義的、あるいはフェルキッシュな刊行物とは異なる点があった。つまり、ランツの唱えるアーリア人種至上主義は、彼の抱懐する特異な思想、もしくは幻想に彩られていたからである。これを理解するためには、彼の主著『神聖動物学』の内容を概観する必要があろう。

『神聖動物学、もしくはソドムの猿と神々の電子についての学問』は、1905年、『オースタラ』創刊にわずかに先立って上梓された。

 

・「神聖動物学」とはもとよりランツの造語であるが、それにしても面妖な言葉であるし、また、たとえば「ソドムの猿」とはいったい何か

古代このかた世界には醜悪にして好色放蕩の劣等人種、すなわち獣人が存在してきたと、ランツはまず唱えるそればかりではない。その対極的存在たる高等人種は、性の快楽のためにこれらの獣人と交接、その結果、高等人種の純潔な血は汚れ、彼らは退化してしまったという一方、獣人たち劣等人種はその交合を通して逆に進化してしまった。高等人種の犯した罪とは「獣姦(ソドミー)」なのであり、かくて、ランツは獣人を「ソドムの猿」と呼ぶのである。忌まわしい人種混合によって、退化、失墜する高等人種=神人と、進化、上昇する劣等人種=猿人という構図こそ、『神聖動物学』の根幹をなすテーゼといえよう。

 ランツによれば、かつて存在した高等人種とは、すなわち、古代の神々に他ならない――たとえばエホヴァも実はこういった神人のひとりだったという。そして、かつての神人の面影を今もいくぶん伝えるのがゲルマン民族だと、彼は説く。

 ゲルマン民族とは「天の息子」、彼らの肉体とは「神の神殿」である

 

・そして、アーリア人種を劣等人種との交雑から守り神人へと再び進化させるための方策について、彼はさまざまな提案を行なっている。

 

・『神聖動物学』は、なるほど奇怪な書物であるけれど、西欧近代のオカルティズムの伝統とは接点をほとんどもたず、あくまでも彼自身の個人的妄想の域に留まっていた。しかし、ランツはやがてオカルティズムを「発見」、自己の人種理論を神智学、なかんずく、H・P・ブラヴァツキーの『秘奥の教義』(1888)に融合させていく。

 神智学の吸収を通して、ランツが単にその奇矯さを昂進させただけなら、その事実はたいして顧慮するに値しないかもしれない。しかし、彼の選択はある意味では必然的なものであった。なぜなら、彼が取り込んだのは近代オカルティズムが展開させた霊的人種=進化論に他ならないからだ。そして、ヘッケルのモニスムスと同じように、ブラヴァツキーの教義もまた、ダーウィンの進化論に触発されつつ、それをまったく異なったものへと変容させていたのである。

 

・1877年に上梓された『顕現せるイシス』は、ブラヴァツキー夫人の処女作であると同時に、設立されてほどない神智学協会の最初のマニフェストでもあったが、そのなかで、彼女は既に「近代科学は進化論を主張している。そして、理性と《秘奥の教義》もまたそう主張する」と説いていた。そう、ダーウィンの進化論に影響を受けた同時代の多くの人々と同じように、彼女は進化を唱えた――ただし、生物学ではなく隠秘学を用いて、霊的な見地から進化を唱えたのである。

 こういったいわばオカルト版の進化論が全面的に展開されるのが、ブラヴァツキー晩年の大作『秘奥の教義』、とりわけ、その《人類創世記》に部分である。そして、彼女は19世紀後半を支配した思潮としての進化論のもつ負の側面を引き受け、暗い夢想を育むことになる。

 

ブラヴァツキーによれば、最初の根源人種はアストラル体肉体と精神の間に位置する非物質的な霊気体)しかもっておらず、肉体を備えるようになるのはレムリア大陸の住人、第三根源人種からである。また、生殖についていえば、人類にはかつて無性、両性具有という段階があり、その後に性の分離が起こったという。人間が男女両性の性交による生殖を開始し、理性や知識を備えるようになるのは、いずれも、レムリア時代のこととされる。レムリア人に続くのが第四根源人種アトランティスであり、その第五亜人種から第五根源人種アーリア人が派生した

 

・そして、『秘奥の教義』に従えば、七つの根源人種のうち、現在のところは五つしか発生していない。つまり、アーリア人は進化の頂点に位置するわけであるしかも、厳密にいえば、第五根源人種は現時点において第五亜人種の段階にまで達しており、この第五亜人種こそ現在のヨーロッパの人々に他ならない。いわば、まったく別の回路を通りつつも、ブラヴァツキーはヘッケルなどと同じ結論に到達していたことになる。

 

ランツとの関連でとりわけ注目すべきは、人間が獣あるいは半人半獣と交合してきた、とブラヴァツキーが唱えていた点であろう。こういった交雑はレムリア、アトランティス時代に起こったばかりでなく、「現存する低次のいくつかの人種」によって今も行なわれているとされる。そればかりか、太古の半人半獣の末裔として、ブラヴァツキーはタスマニア人、オーストラリアのアボリジの一部を挙げさえするのだ。

 なお、このような獣姦コンプレックスとでも呼べるオブセッションは、創世記第六章における「神の子」と「人の娘」の交わりを巡る記述に窺えるごとく、西欧精神の暗部に連綿と巣食ってきたものであることを指摘してておきたい。 

 

・かくのごとき人獣混淆は、忌わしい怪物、魂も知性も有さぬ人種を産み出したと、『秘奥の教義』は語る。そして、この「罪深い交接」の蔓延をまのあたりにして、支配者層はそれを禁じたばかりか、罪を犯した者たちを生殖不能にしたり抹殺したのだという。その一方で、支配者たちは優れた血統の人々を選別した。

 

・1907年に発表された『神智学とアッシリアの獣人』において、ランツは、『神聖動物学』で開陳した自説を支える「証拠」として、『秘奥の教義』に全面的に依拠するに至る。獣人の実在や、その神人の交雑は、すべてブラヴァツキーのオカルト進化論によって裏付けられる

 

・与えられた紙数はほぼ尽きてしまい、ローゼンベルグヒムラーについて立ち入ることは残念ながらできなくなった。ただ、最後に、ヘルマン・ラウシュニングがヒトラーの「生物学的神秘主義、あるいは神秘的生物学」と呼んだものを紹介しておこう。

 ラウシュニングがその著『永遠なるヒトラー』で伝えるところでは、ヒトラーは、天地創造は終わっておらず、古い種類の人類が衰退する一方で、新しい種類の人類が勃興しつつあると唱えていた。ヒトラーによれば、人間とは「生成途上の神」にほかならず、彼は次のように語ったという。

 

 古い人間は、衰退形態においてのみ、その生を生きながらえるのである。創造力は、すべて新しい種類の人間に集中することになろう。この二種類の人間は、急速に、相互に逆の方向へ発展している。一方は、人間の限界の下へ没落していき、他方は、今日の人間のはるか上まで上昇する。両者を神人および獣的大衆と呼ぶことにしたい。

 

 こういった、生起する進化を背景に描き出される獣人と神人の双曲線運動という概念を前にして、我々はランツの以下のような言葉を想い起こさざるをえない。

 

 人類混合は進化において停滞や後退を意味し、一方、人種育成は真正の進歩である。世界の進化は未だ完結していない。無益なもの、有害なものを人間の身体から除去する人種育成は我々を神により近づけるだろう。

 

 劣等な獣人から離れて、神のごとき存在への進化を渇望するという夢想が、両者に共通しているのは明らかだろう。もちろん、これをもってランツがヒトラーに何らかの影響を与えた証拠と見なすわけにはいかないし、そもそもラウシュニングの記述の信憑性には留保をつけねばならぬ。

 

ヒトラー、ナチズム、オカルティズム

ヒトラーはオカルティズムに傾倒していた、あるいは魔道の奥義をきわめていた――これは夥しい数の通俗オカルト書に繰り返し現れる主題であり、そのほとんどは確たる根拠もなしに主張されている。事実と虚構の区別はいっさい顧慮されていない。

 ヒトラー魔術師説はもとより論外であるけれども、とはいえ、それはある意味で「神話」の域に達しており、われわれの精神に潜む恐怖と魅惑がないまぜとなったヒトラー観、ナチ観を逆に照射しているともいえよう。

 こういった神話が広く流布しはじめる契機となったのは、ルイ・ポーウェルジャック・ベルジェの『魔術師の朝』であり、その後トレヴァ・レイヴンズクロフトの『運命の槍』のような書物によって拍車がかけられて、神話は映画や小説などのメディアにも流入していった。しかしながら、その淵源は想像される以上に古い。

 

・1947年には、ヨーゼフ・グライナーの『ヒトラー神話の終焉』が上梓された。これは不正確な事実や捏造を積み重ねたヒトラー伝として悪名高いものであるが、そのなかで、グライナーは、ウィーン在住時代の若きヒトラーがオカルティズムや催眠術の書物を耽読していたと語っているのである。

 ヒトラーが早くからオカルティズムとこのように結びつけて語られた背景には、しかし、19世紀末から20世紀初頭にかけてのドイツ、オーストリアの特異な精神的風土が存在していることを忘れてはならない。すなわち、この時代にあっては、反ユダヤ主義ゲルマン民族至上主義が盛んに唱えられただけでなく、過激な民族至上主義的思想家たちのなかには、現実から大きく逸脱した自説の根拠を、神秘主義やオカルティズムの裡に求めようとするものもいた。ナチズムはこういった風土を背景に形成されていったのであり、そのイデオロギーの一部に、オカルト的フェルキッシュ思想の影響が認められるのは否定できないであろう。

 

ナチス――すなわち、国家社会主義ドイツ労働者党(NSDAP)――の前身は、ドイツ労働者党(DAP)であって、ヒトラーは1919年秋にこの党に加入している。DAP第一次世界大戦後の混乱のさなかドイツ各地に生まれた泡沫的右翼組織の一つにすぎず、ヒトラー自身がDAPの最初の印象を「インチキな団体マニア」だとしているのは、事実に近いだろう。しかしながら、表面的には弱小であったDAPには、ヒトラーは気づいてはいなかったであろう秘められた側面が存在していた。DAP設立には実はトゥーレ協会なる半秘密結社の息がかかっていたのである。

 

・それではトゥーレ協会とはいかなる組織なのか。その歴史は複雑をきわめているが、ごく簡単に要約すると以下のようになろう。

 ドイツの過激な反ユダヤ主義団体の一つに帝国ハンマー同盟があるが、1912年にその姉妹組織としてゲルマン教団が設立された。これは純粋アーリア人種のみを会員とすることを謳い、フリーメーソンに範をとった擬似宗教的秘密結社で、グイド・フォン・リストの信奉者も参加していた。教団は16年には分裂を迎えるものの、その分派のバイエルン支部が、ルドルフ・フォン・ゼボッテンドルフという人物の指導の下、急速に勢力を拡張していく。

 1918年以後、ミュンヘンにおいて、対外的にはトゥーレ協会の看板を掲げて、教団は積極的な政治、軍事活動を繰り広げ、DAP設立援助もその一環であった。協会の胎内から生まれた右翼政党としては他にドイツ社会主義党(DSP)があり、その党員の多くは後にナチスへと流れていく。

 

ドイツ側における過激なフェルキッシュ思想の歴史は長く、アダムをドイツ人に比定する『百章の書』あたりにまで遡ることができようが、19世紀末以降多大な影響を及ぼしたものとしては、ユリウス・ラングベーンの『教育者としてのレンブラント』があげられよう。

 この書物のなかで、ドイツ人は最も個性的で卓抜した民族であると規定され、「北方的」精神が称揚される。ラングベーンにもすでに神秘的傾向はみられたが、彼に続いたドイツ、オーストリアのフェルキッシュ思想家のなかには、ゲルマン民族を超太古に淵源をもつ神のごとき存在にしようとする願望の果てに、オカルト的色彩の濃い奇矯な幻想を紡ぎだすものも多かった。

 こういったフェルキッシュ・オカルティズムの水脈は、たとえば、『わが闘争』と並んでナチスの聖書ともいうべきアルフレート・ローゼンベルクの『20世紀の神話』にも流入している。アーリア=ゲルマン人種の絶対的優越性を証明せんとして、ローゼンベルクはその原郷を何とアトランティス大陸にまで求めているのだ。

 ローゼンベルク以上に至高なるゲルマン民族という概念にとり憑かれたのが、SS長官ハインリッヒ・ヒムラーであろう。

 

・フェルキッシュ・オカルティズムの鼻祖ともいうべきグイド・フォン・リストは、スワティカをアーリア=ゲルマン人種の聖なる「原象徴」としてとりわけ重視した。リストによれば、スワティカが世界各地の古代文化の裡に見出せるのは、アーリア=ゲルマン人種こそすべての文化、文明の創造者であることを示す証左であるという。

 トゥーレ協会の母体である秘密結社、ゲルマン教団には、リストの信奉者が多数参入しており、教団の用いた紋章は十字にスワスティカを重ね合わせたものであった。

 

 


『新しい宇宙時代の幕開け』②

地球はすでに友好的宇宙人が居住する惑星だった!

ジョン・B・リース  ヒカルランド   2012/12/28

シャンバラ・惑星連邦・地球内部の知られざる新事実

 

 

 

息子のヒトラー2世が地球内部のドイツ元首を引き継いでいた

ヒトラーの死後、息子のヒトラー2世が地球内部のドイツ元首を引き継いでいた!

 

・1万1500年前にアトランティス人とアテネ人が地上で原爆戦を繰り広げていた!

 

・太陽や地球の磁場に干渉して異常気象をもたらす放浪惑星ナガースの脅威!

 

アメリカは太陽系の他惑星と外交的対話を続けており、ワシントンには金星・火星・冥王星公使館があった!

 

・地球内部に住むアトランティス大陸の末裔が語る、その驚きの生活

――平均年齢800歳、高度なテクノロジーを持った平和的国家の全貌とは!?

 

・地下世界の住人の長寿の秘訣は、太陽光線に当たらないこと、そして正確に調合された野菜ジュースを飲むことだった!

 

<バイキングランドと新ドイツとの接触

・1時間後、内部太陽のそばまでやって来ると、速度は落とされた。その光は激しくなく、目を痛めることもなかった。彼らは直系600マイル(965キロメートル)の巨大な光球に近づくと、それは巨大なちょうちんと似ていることに気づいた――その周囲には柵が付けられた狭い通路があった。

 

ヤルタ会談の裏で強力な影響力を与えたのは、円盤翼機とインナー・ワールド!

・バードの任務報告の23日後、大統領のヨットはフロリダのビスケーン湾に錨を下していた。そこで世界の先進国の参謀長らは、どのように対応すべきか極秘に戦略を練るために落ち合った。結局のところ、敵ドイツは敗北しておらず、それどころか卓越した航空機と兵器において全世界に対する戦術的な優位性を保持するために空軍力を刷新しているのかもしれない。全参加者は、ドイツ軍の野心は続いているものと推察した、イギリス、フランス、そしてアメリカは、ヒトラーの独裁に対して新たに戦わねばいけないという危機感を抱いていた。

 

沈んだアトランティス大陸の末裔は地球内部に脱出していた>

インナー・ワールド(地球内部)に暮らす人々は、5億人以上/NASAは内部の詳細地図を持っている!

・1980年(本書の出版年)は、世界の人々が自分たちはこの惑星において孤独ではなかったことを最初に知る年となるだろう。地上住人の失われた親類が5億人以上、地球の中心部内側で平和に暮らしているのだ。

 

・だが、インナー・ワールドの最古の種族は古代ドイツを起源としている。その始まりは地上世界の凍った南極にあり、亜大陸がかつて住民の徒に、卓絶した富と美の「熱帯の楽園」だった頃にさかのぼる。彼らのインナーアースへの集団脱出は3万年前のことだった。

 

100人を超えるインナーアースの住人がアメリカで仕事や研究を行っている

地底世界人ボッドランド人との遭遇/インナー・ワールドの人々は地上でも暮らしている

・1600年代に地下に移り住んだドイツ系アングロ・サクソンの親類によって歓迎された。その探検の際、地上の第三帝国のドイツ人は、おそらく世界中で最も進んだ人種と思われるボッドランド人と出会った。彼らは、もう一つのドイツ系の分家で、その揺籃は南極に始まったが、現在はイランが位置する場所からトンネルを介して3万年前に地下に移住している。

 

・その後、内部にやって来た民族には、バイキング、アトゥリア人(またはアトランティス人)、そしてエスキモーが含まれた。日本人は地球内部に先祖となる親類はいないが、実のところ、沈んだムー大陸――いくらかの記録によれば、それはアトランティスが沈む25万年前にさかのぼる――からの末裔であるとボッドランド人は主張した。地下のボッドランド人の年代記によると、地上では過去に4つの文明が栄えては姿を消し、現在は5番目に当たるとのことだった。

 

・1943年のドイツの遠征隊が発見したのは、内部世界で最大の大陸は北米の3倍の大きさの大陸地域をカバーするアガルタであり、アトゥリア人と呼ばれる人々によって占有されていることだった。このグループは沈んだアトランティス大陸からの末裔で、最初の祖国が最終的に沈んで何百万人もの祖先が滅びる前の紀元前1万5000年から1万1500年にかけて内部へ移住した。アトランティス人は多くの地上の白人種と関係していて、混合した元の民族は3万3000年前に金星からもたらされたが、その冒険は金星人が最初に地球を再植民地化しようとする試みではなかったとアトランティス人は主張する。彼らはまた、金星はもともと地球のコロニーであったと主張する。

 

アトランティス人の地球内部の脱出の様相/破滅を引き起こした原爆戦

最初のアトランティスは3万3000年前に大西洋の中央に位置した大陸の肥沃な渓谷と高台にて金星のコロニーとして始まった

 

・それはかつて裕福な国で、20世紀の地上の先進国と同等の社会とテクノロジーを発展させていた。彼らの宇宙船は地球の空を移動し、他惑星への貿易ルートが開発された宇宙空間にも進出していた。

 しかし、アトランティス人には不倶戴天の敵がいた。彼らは、地中海の渓谷とエーゲ海の大部分に位置する大都市で暮らすアテネ人と呼ばれる人々だった。300年間の貿易上の対抗関係は、お互いにが相手を滅ぼす戦争に備えるほど、徐々に耐えがたくなっていた。

 戦争の間接的な原因は、土地獲得の必要性ではなく、貿易や経済上の理由が挙げられた。アトランティス人とアテネ人がその戦争で得られるものは、太陽系を超えた天の川の惑星間での貿易を支配することだった。生まれ高まる憎悪感を抱えて、いくつかの小規模な地域紛争がすでに地上と外で行われていた。

 

アテネの王がアトランティスの主要都市への奇襲攻撃を命じたのは、およそ1万1500年前のことだった。それは、統制された地上戦として始まった。アテネ軍はアトランティスに上陸して、破壊的な光線兵器を用いて、アトランティス軍と目標に対して強い地歩を築いた。

 戦争が始まった21日目、アトランティス人はアテネ軍の防空網を破って、アテネ人の首都に原子爆弾を落として報復した。都市は完全に破壊されると、すぐにアテネ軍はアトランティスの首都に対して報復の原爆攻撃を命令した。この2国によって全面原爆戦が起こった。次の9日間、無制限の原爆戦がはびこった(聖書同様に、ギリシャスカンジナビア、インドの伝説はこの戦争のことをさまざまな物語として伝えている)。

 何百万人ものアトランティス人とアテネ人が大破壊(ホロコースト)で命を落とし、工業化・教化された彼らの偉大な世界は永遠に失われることになった。

 

<金星(ホスト星)からの非公式の大使エステス・プラトー氏>

<空洞地球でドイツ人が発展させた新たな主権国家/首相はヒトラー2世!>

ドイツ人のインナー・ワールドへの入植

・第2次世界大戦時に旅立ったドイツ人によってインナー・ワールドへの入植が進んだことにより、少なくとも通常よりも1世代早く初期の居留地建設が可能になった。それには一つの大きな理由があった。それは新しい円盤翼機のスピードと載荷能力に起因する。

 

地球内部のニューベルリン/新ドイツの人口は1800万人

・しかし、インナー・ワールドの新しいドイツ国家への移住リストに載っているかどうかにかかわらず、誰が地下で暮らすことが許されるのかという決定はもっぱらボッドランド人の手に委ねられていた。彼らは、ブラジルにあるトンネルの入口と、アルゼンチンのどこかにあるインナー・ワールドへの知られざる出発地点で、入ってくるドイツ人をふるいにかけたのである。30年以上にわたり、ナチス・ドイツ出身の数百万人ものドイツ人が、インナー・ワールドの新ドイツ国の市民にはふさわしくないとして、ボッドランド人によって拒絶された。入国を拒否された人々の大半は、ソビエト共産主義下の東ドイツには戻ることができなかったり、戦争犯罪の廉で西ドイツでの投獄を恐れたナチスであったが、彼らは戦時中にドイツの組織が邪魔されずに動き回ることができたブラジルに主に避難した。

 

アメリカに登録された宇宙人は5000人/5万人以上の宇宙人が地球で暮らしている>

・名前とポジションが機密扱いのアメリ国務省報道官は、昼間・銀河間を起源とした宇宙人5万人以上が地球で暮らしていると1980年に見積もっている。合衆国では、一般には気づかれていないが、登録外国人(宇宙人)が少なくとも5000人いる。

 

・このような宇宙人――主に金星、冥王星、火星からだが、我々の太陽系全体からやって来ている――による友好的な地球侵入にはある目的がある。彼らの目的は、地球の主流に入り込んで、自分たちの太陽系の大使に活動を報告することで、現在向かいつつある自滅コースから逃れられるよう地球を導くことにあると信じられている。さらに縁起の悪い理由があるとしても、当局の者は誰もそれを筆者らに明らかにすることはないだろう。

 

・この惑星上の宇宙人らの動向を調整・決定するのは、一人の宇宙人である。彼はこの太陽系管理組織の地球担当代表者である。すべての政府と絶えず連絡を取るのに加えて、彼の存在は国連にも知られている。地球規模の情報ネットワークの長として、彼は惑星間警察網と金星の太陽系評議会とは日々通信を行う。

 この心温かくフレンドリーな非人類の名前は、エステス・プラトー。彼は数世紀もの間、大統領、王、政治家らと腹心の友である。

 

・ワシントン界隈で「金星からの幽霊」と呼ばれている彼は、イギリスのマグナ・カルタが制定されたわずか数年後の1228年に生まれたと言う。彼はジョージ・ワシントンの時代からアメリカの運命を形作り始めて、1943年以来、恒久的にアメリカのキャピトルに配属されてきた。だが、おそらく休暇で、彼は自分の母星(ホーム・プラネット)に帰省すべく一度に数カ月間は姿を消す。

彼の身体が特定のオフィスにあるのを大統領にさえ見られているが、大抵の場合、それは自身の3次元投影である。

 

<世界各国に金星人や他星の調査官がいる/すべての情報はプラトー氏に集ってくる!>

 プラトー氏は地球にワン・ワールド・ガバメントの創設を求めていた

<ウィルソン大統領にプラトー氏が伝えた「次の戦争」のこと>

戦争自体が不法とされて、統合世界秩序が築かれる前に3度目の戦争が勃発しうる

・「次の戦争は善と悪、あるいは神(ゴッド)と反神(アンチ・ゴッド)の勢力間で行われるでしょう。善が勝利して永続的な平和がこの惑星にやってくるでしょう」

 

プラトー氏のアストラル次元による出現/ボッドランド王とも会っていた!

・アストラル・プロジェクションの際、プラトーは撮影不可能である。

 

プラトーがもたらす情報は、アメリカと世界にとって極めて貴重であるにもかかわらず、底知れぬUFO支配グループによって彼のアメリカでの行動が高度に監視されているため、総じて有効に活用されていない。

 

・その後、ハッカス王はプラトー氏によって実演されるエーテル次元へと入り込んで、訪問者を自分の肉体が留まる宇宙船へとエスコートして戻した。

 

<未知の惑星ナガースからの侵略者>

外来宇宙船と足指3本のイエティ

動物捕獲用ネットを利用して、北極圏部隊はイエティを20体生け捕りにした。それらはかつての流刑捕虜収容所へと連れて行かれ、それぞれ別個に人間用防御柵(営倉)に拘置された。イエティの一体は身長9フィート(約2.7メートル)を超えていた。だが、その夜、予期せぬ出来事が起こった。それまでは確実に檻の中に居た生物たちが、次の瞬間にはすべて姿を消していたことを警官たちは報告したのだ。残されたものは悪臭だった。

 

未知の宇宙船が地球に飛来する目的は、いまだに謎のまま!

<スペース・トラベラーたちの外見は、我々とかけ離れたものが多い…>

・800フィート長のくさび型、ボトル型、飛行チューブ、フットボールのグランドほど長いフットボール型、球形、そして円柱形。おそらく四角いものを除けば、報告されていない形状はほとんどない。だが、空軍が飛行都市として知る一群の形状には四角いものですら含まれていて、そのうち2つはアメリカ南部の砂漠地帯を含めた世界の辺境で垂直に飛び上がったのが目撃されていた。高さ数マイルで、高速で移動する大きな都市は、カナダ北方のデューラインのレーダーで追跡された。

 

シリウス星系を起源とするそのような宇宙船は、宇宙空間へと発進または反発させるために太陽を利用する。そして、我々の太陽系に向けた航路を半分過ぎた時、シリウスの宇宙船はこの太陽系に向けて宇宙船が引き寄せられるように太陽の磁力を利用する。

 

天王星海王星の反対の外宇宙から、招かれざる訪問者の波が押し寄せてきている!

・「諸君」と、1936年にルーズベルト大統領は険しい顔をして自分の閣僚らに言った。「我々はこの太陽系内の他の居住惑星からの存在に訪問されている。彼らは空と宇宙空間の支配において我々よりも1000年は進んでいる。追いつくのに1000年は待てない。我々が待てるのは、おそらく、1世代……あるいは2世代だけだ」

 40年前、大統領の発した言葉は、このように不気味だった。

 

<地球ベースの円盤翼機パイロットの養成>

・円盤翼機の新しい専属乗組員グループの一員になるのは簡単なことではなかった。教化はコロラド州アメリカ空軍士官訓練学校で始まる。その後、本校の最上位の卒業生の志願者がフロリダ州エグリン空軍基地の円盤翼機訓練学校に入学して、そこで円盤翼機の基本的な指導のすべてがまずダミー機で行われる。

 

<他惑星はすでにアメリカと大使を交換している/インナーアース代表団&アウタースぺース代表団>

・しかし、太陽系内の他惑星間で米公使館の交換はすでに起こっていて、太陽系惑星のいくつかがアメリカと慎重な外交的対話を続けている。

 

アメリカはすでに地球内部ニューベルリンに代表団を置いている!

・未知の宇宙人がアメリカ国立科学財団とNASAを絶えず訪問していたことは証明されており、アメリカ人科学者らはすでに金星で働いていて、さまざまな科学論文も多分に交換されている可能性が高い。

 

<すべては「54-12委員会」が統括する/ 円盤翼機、空洞地球、太陽系宇宙人、外宇宙からの脅威>

<宇宙時代の新しい秩序/高次元には我々のはかり知れない巨大権力が存在する!?>

・そして、地球の上空では、奇妙な物体が意のままに行き来する、未解決の外来宇宙船現象が今なお存在する。忘れてはならないのは、地球の軌道に接近する巨大惑星ナガースで、地球の2.5倍の大きさがあり、最終的に太陽と衝突する運命かもしれないことだ。

 

ハアムマーン教授に聞いたアトゥリアの首都シャンバラの経済活動

・ハアムマーン教授の出身地はアトゥリアの首都シャンバラで、人口数百万人を擁するアガルタ大陸に位置している。(国家同様に)都市は他の都市施設と航空輸送で便宜を与えられている(すなわち、彼らは自分たちの祖先が金星からやって来て以来、磁気力航空機を保有している)。

 

・一般的に言って、惑星内部での食べ物は地上と比較できる。彼らの暖かい気候における主食は米で、今日の中国人によって地上にももたらされた。主作物の小麦と大麦は北方地域で栽培される。他の野菜は、さや豆、大豆、オクラ、ナス、キャベツ、カブ、ニンジンなどである。アトゥラス人は、大概は菜食主義者ではあるが、チキン、ビーフ、ポークなど、さまざまな人工フレーバーを付けた魚を多く食べる。牛乳もまた彼らの主要な栄養飲料である。アトゥラスには七面鳥はいない一方で、彼らがダッククエールと呼ぶ大型在来鳥がいて、食用に適するために一部の人々に高く評価されている。

 

 

 

(2018/10/5)

 

 

シリウス・オリオン驚愕の100万年  地球史興亡』

プレアデス直系ハーモニー宇宙艦隊続報

100万年前地球はシリウス星人に支配されていた

プレアデス星人はアヌンナキが去った後地球にやって来た

ロズウェル事件の捕獲宇宙人「エアル」が告げた超真相

上部一馬/佐野千遥/池田整治   ヒカルランド 2018/3/31

 

 

 

ハーモニー宇宙艦隊の大攻勢が始まった

2017年7月28日、深夜11時、衝撃のドキュメントが始まった

岩手県二戸町、三沢市役所OBの上平剛史氏は16歳の時、UFOに搭乗、プレアデス星を訪問した。そして、銀河系を見聞し、その3日後、故郷の二戸町に戻った。このことは『ハーモニー宇宙艦隊』シリーズで述べてきた。

 上平少年が乗船したのはアダムスキー型の20、30メートルと小型のUFOだったが、地球を離れた大気圏で直径200~300メートル、全長5キロメートル前後の葉巻型UFOに乗り換えた。このタイプが一番多かったが、中には全長100キロメートル、200キロメートルというのもあった。地球と同等くらいの大きさのUFOもあるという。

 

・信じられないだろうが、今日、土星の輪に布陣している宇宙ステーションは、地球の3倍もあることがNASAの惑星探査機で撮影されている。これは科学者から公表されていることだ。

 このことだけでも、彼らのテクノロジーは地球よりもはるかに上回っていることが理解できる。プレアデス星までは約400光年なので、光のスピードで往復800年かかる。これだけの距離を「『宇宙ジャンプ』と呼ばれる、ワープ航法で移動し、プレアデスから時間単位で地球に戻れる」(上平氏)というのだから、途方もないテクノロジーを有していることがわかる。

 

・母船内では、司令官的な立場を担う宇宙太子と呼ばれる宇宙人が案内してくれたという。そしてそこにはプレアデスやオリオン、シリウスケンタウルスなどの星々の宇宙人が搭乗していた。機内にはヒューマノイド型宇宙人のほか、鳥型、昆虫型、爬虫類型など、実に多様な宇宙人が搭乗していたらしい。

 プレアデス星人は一様に神々しく見え、威厳に満ちた容貌だったという。プレアデス星の都市を案内してくれた美しい女性は20代のように見えたが、実際は300歳だった。

 

また、この上平少年と似たような経験を持つ人がいる。愛知県西条市に住む津島恒夫氏だ。自宅上空に出現したアダムスキー型UFOは、全長2キロメートルくらいあったという。津島氏は、このUFO内で30センチから3メートルほどの宇宙人を目撃した。円形の巨大テーブルを囲み、複数の姿形が違う宇宙人が会議しているシーンに立ち会ったことを明らかにしている。

 

もはや、「UFOは実在する、しない」とかのレベルではない。彼らは数万年前から数十年前に地球に訪れており、彼らのテクノロジーがすでに実用化されていることを知らねばならない。

 筆者がなぜ、UFOまたは宇宙人の実在を追跡しているかと言えば、地球人どうしが愚かな殺し合いをしている場合ではないことを日本または世界に知ってもらい、一刻も早く核を廃絶してほしいためだ。

 

金星人オムネク・オネクはアダムスキーから託された手紙を翻訳した

・『一念三千論で解く宇宙生命の秘密』(ヒカルランド)には、金星人オムネク・オネクという、幼児期、金星から地球にバイブレーションを落とし、地球での使命を終えるために移住したという女性の手記が紹介されている。

 これもまた、金星からUFOに乗って地球に移住したという、“トンデモ本”なのだが、読んでいてまったく違和感がない。これまで筆者が情報収集してきたUFO情報や人体の神秘などの情報とかなり一致することが多い。

 

・むろんのこと、彼らはフリーエネルギーを応用していることになる。

 オムネク自身、その著書に、「技術的に進化した惑星では、磁気や太陽光をエネルギー源とし、無尽蔵に供給でき、ほとんどコストがかかりません。磁気のパワーは私たちの円盤や、より大きな母船の動力として使われています」と述べている。

 

・驚くことにアダムスキーがオーソンから託された金星文字で書かれた手紙をオムネクが翻訳し、公開している。

 

オムネクは1952年、チベットの寺院に降り立った

・オムネクが地球に降り立ち、チベットの奥地の寺院で過ごしたというのが1952年、そしてアダムスキーが米国のパロマー山に移住したのが1954年頃だった。

 やがて、オムネクは成人し、地球人と結婚、子供を3人育て上げた。そして、今から20数年ほど前から国際UFO会議で「自分は金星人である」ことを公表、以来、世界中で講演活動を展開している。

 

・さらに驚くのは、オーソンもオディンもオムネクの血縁にあたり、オディンは直の叔父にあたる。金星ではオムネクの血縁者の名前は全員「O(オ)」から始まるという。

 オムネクは金星の“レッツ”と呼ばれる多次元都市で暮らしていたが、バイブレーションを落とし、物理的な肉体を伴ってUFOに搭乗し、オディンとともに地球に降り立った

 太陽系には、太古、他の銀河系から知的生命体が、金星をはじめ、水星、火星、木星土星に移住し、最後に地球に移り住んだ。そして、火星人が黄色人種、金星人が白色人種、木星人が黒色人種、土星人が赤色人種となった。

 また、何種類かの動物や植物も地球にもたらし、ヒマワリやトウモロコシ、アゲハチョウなどの蝶類も他の惑星から持ち込んだという。

 

・前出の三沢市役所OBの上平氏が、プレアデス星の地表で見た野菜や果物の栽培センターを見て、「地球と同じ野菜や果物が多くありますね」と宇宙太子に尋ねたことがあった。

剛史、それは逆だよ。ここで育った野菜や果物、そして種子を持たせ、移住者が食べるものに困らないようにしたのだよ

 宇宙太子の返答とオムネクが著した内容が一致するのだ。

 

銀河司令長官ヴァリアント・ソーと米国大統領の交流

・格の危険性を諭し、核廃絶を訴えた金星人ヴァリアント・ソーの名前もUFOファンの間では著名だ。彼は銀河系司令長官でもあった。地球滞在は3年間にも及び、核廃絶の代わりに宇宙エネルギーを提供することを提案した。

 こうしたヴァリアントの存在を調査し、その活動を追跡、彼らの実在を全米に知らしめたのは、国際福音伝道運動の会長および全米UFO調査委員会の会長でもあるフランク・E・ストレンジスだ。

 

・博士が著した『大統領に会った宇宙人』(たま出版)の概要は以下だ。

 それは1957年3月17日に遡る。ヴァージニア州に1機のUFOが着陸した。このUFOに乗った宇宙人こそ、金星人ヴァリアント・ソーである。ここで警官に銃を向けられたが、ソーはサイコキネシスで警官を誘導、そのまま時の大統領アイゼンハワーに面会、その後、副大統領リチャード・ニクソンとも面会した。

 ヴァリアントは銀河系司令長官でもあることから、地球に核廃絶と宇宙エネルギーの提供を申し出たのだ。アイゼンハワーはこれを断った。ヴァアントはペンタゴンに3年間、幽閉されたが、その間、内密に国連でも核廃絶を訴えていた。ヴァリアントはすでにテレポーテーションによって、自在にどこにでも移動できたようだ。

 

・また、ロバート・ケネディとも面会し、大統領に立候補してはならないことを提言した。

 しかし、弟ケネディはヴァリアントの忠告を無視したため、兄ジョン・F・ケネディと同様に暗殺されてしまった。ケネディは宇宙人の実在を公表、彼らと共存する時代であることを演説する予定だった。そのため、これを阻止したい闇の政府に女優マリリン・モンローともども消されたのが真相のようだ。この事実はまもなく公開されるとのことだが、たぶん、それはないだろう。

 

・ヴァリアントの要請に対して米政府のとった結論は、宇宙人の実在を隠蔽し、核利用による巨大利権を手にいれることだった。こうしてこのことを全米に知らしめている博士は、“黒い男たち”(MIB/メン・イン・ブラック)に命を狙われることとなった。

 

前出の金星人オムネク・オネクも「世界は一握りの権力者に支配され、腐敗と癒着、強奪が行われている」と指摘した。この世界を牛耳る闇の政府の使いがMIBということだ。

 これらのことをストレンジス博士は大学で講義しているのだが、これが妄想、謀略であるとするなら、博士はクリスチャンでありながら、稀代の詐欺師ということになる。

 

闇の政府「イルミナティ」は日本殲滅を狙っている!

・ヴァリアントの要請を受け入れてしまっては、偽ユダヤ秘密結社、または米国産軍複合体は、既存の石油と核エネルギーによる既得権益をすべて失うことになる。ちょうど広島と長崎への原爆投下に成功、核開発に余念がない頃だった。ビキニ環礁で核実験を行ったのもこの頃だ。

 米国政府は世界をこれで支配できると思いあがっていた。したがって、宇宙人の実在を隠蔽、フリーエネルギーを封印する必要に迫られていたわけだ。

 今日においても、日本および世界を操る“闇の政府”にとっては、宇宙人の実在を公表し、フリーエネルギー時代に転換することは、石油および原子力利権を手放すことになる。何も知らせず、このまま搾取と洗脳を続けるほうが巨大な富を入手できるわけだ。

 

闇の政府は、すでに大マスコミ、教育シンクタンク、米国防省、銀行、裁判所までその傘下に収め、世界を操っている

・日本に対しては、中丸薫イルミナティP2という上層部のレオ・ザガミに「あなたがたイルミナティ闇の権力は、3・11の大津波、大震災のような人工兵器という無差別な方法で何ゆえ、攻撃するのか」と糺したことがあった。

我々上層部は、日本は『神の国』と認識している。我々の目的完全遂行のために、『日本の国』を消滅しなければならない。日本はこの150年間で我々の新世界統一秩序(NWO)の遂行をくじいてきた稀有の国だから」と答えたことがあった。

 したがって、“日本人には何も教えず、洗脳し、金だけ強請り採れ!”との指令が出ていることを知らねばならない。

 

世界的理論物理学者ミチオ・カク氏が、CIAがベトナム戦争で気象兵器を使ったと証言

・これが、大国が保有する気象兵器「HAARP」(高周波オーロラ観測調査プログラム)の正体だ。アラスカ州ガコナの広大な平野に巨大アンテナが林立している。ここから電子レンジが発するマイクロ波のようなお化け電磁波で地面、または海表面を熱し、気象変動や地震、火山噴火まで引き起こすことができるのだ。

 近年では、HAARPだけでなく、「Xバンドレーダー」という球形の電磁波発信装置が使われるようになった。

 

この夏、北朝鮮の核爆発危機にハーモニー艦隊が出動した!

・2017年7月28日、ハーモニー宇宙艦隊の大デモンストレーションが行われたことは前述した。もしかすると、前出の太陽フレアの大爆発に合わせ、闇の政府および米軍産複合体の謀略に対して、ハーモニー宇宙艦隊および銀河連盟が攻勢をかける宣言だった可能性もある。

 

・3・11東日本大震災以降、ハーモニー宇宙艦隊の大量出現が相次いだ。また、ヴァリアント・ソー率いる銀河連盟では、広島と長崎に原爆が投下された際、地球上空を300機のUFOで取り囲み、破滅寸前の地球を防御してくれたことがあった。

 

金星人は地球の核廃絶を訴えていた

金星人オムネク、ヴァリアント・ソー、木村秋則/情報の重複の意味するもの………

・前章では、地球に関与している地球外知的生命体は、プレアデス、シリウス、オリオン、ケンタウルス星などのほか、金星および水星、火星、木星土星などから地球に訪問していることを明らかにした。

 金星人オムネク・オネク、銀河系指令長官ヴァリアント・ソーらの証言は、それらを裏づけていると言っていい。

 ヴァリアントが金星からやってきたことを調査し、数年間、ペンタゴンなどで活動し、車や自宅などにテレポーテーションで突然出現する様を何度も目撃したフランク・ストレンジス博士はこのことを世の中に公表した。

 

古代、太陽系内で宇宙戦争が起きていた

・エアルは、自分たちを「ドメイン軍」と呼び、銀河系を数百万年以上前から侵略していた宇宙人を「旧帝国軍(オールドエンパイア)」と呼んだ。

 

過去、エアルの「ドメイン軍」と「旧帝国軍」が戦闘を続けていた

・UFOファンの間では、アーモンド型の目をした小柄な宇宙人はグレイと呼ばれ、ロボット、またはアンドロイドとの認識が主流だが、エアルはまさにアンドロイドのようだ。

 

エアルのドメイン軍は、8500年ほど前、ヒマラヤ山中に基地を設けた

エアルは自分の母星をドメインと呼んだ。このドメイン軍の母星は、地球の星座地図には載っていない遠方だったが、分および時間単位で地球に来訪できることがわかった。

エジプト文明の神々と共存、宇宙を自由に往来したスペース・オペラ時代だった

ドメイン軍を破った旧帝国軍は、「神々」として古代人の上に君臨、メソポタミア地域からバビロニア、エジプト、中国、メソアメリカに次々とピラミッド文明を築かせ、通信機、宇宙港などを建設していったという。

 

アヌンナキが自分たちと霊長類のDNAを操作し、遺伝子工学的に人類を創った

エンキと弟エンリルは地球支配を巡って権力闘争を始めた

・人間は宇宙人と霊長類のDNAによって創られた。

 

火星のシドニア地区は、太古、アヌンナキらの古代都市だった⁉

・さらに驚くべきことにエアルのドメイン軍は、「火星の赤道から数百マイル北のシドニア地区に宇宙巡洋艦を派遣し、完全に破壊した」ことを告げた。

 

火星だけでなく、水星、金星、衛星エウロパにまで建造物が発見された!

「火星は宇宙人の核攻撃で滅んだ」とプラズマ理論物理学者が立証した

火星では現在も悪しき宇宙人との核戦争が行われている⁉

・かつての古代アヌンナキの軍事施設であり、彼らの当時の軍事基地は、ほこりに覆われた月面の遺跡に残されている。

 

南極ピラミッドを建造したのは誰か?

ギザのピラミッドと同じ配列で見つかった!

・もしかすると、これを建造したのも火星とエジプトにピラミッドを建造したアヌンナキ、つまりエンキやエンリルら、またはその末裔たちの可能性がある。それとも別の星からやってきた宇宙人なのであろうか。

 

1万2000年前、ポールシフトが起きた?

・紀元前1万1600年に地球の極軸が海域に移り、氷冠が溶け、海面が上昇。最後まで残っていたアトランティスとレムリアの名残りも氷に覆われた。

 

1万2000年前はムー大陸から日本列島まで陸続きだった

小笠原海溝付近の海底で巨大な前方後円墳を発見した!

イエス・キリストは青森の旧戸来村で103歳で亡くなった ⁉

・ミシェル・デマルケ氏によれば、ティアウーバ星は宇宙で最高に進化しており、出会った宇宙人は皆、身長は3メートルあり、すごい美人だったが、両性具有であるという。

 イエス・キリストの誕生から生涯のことも記されており、イエスは晩年、青森の旧戸来村で亡くなって埋葬されたとする竹内文書の記載と一致する。

 また、マリアは処女懐胎したというのが定説だが、ティアウーバ星人がインプラント(移植)により受胎させたのが真相だという。そして、イエス誕生の馬小屋に、人々を案内したというベツレヘムの星は、実際は発光させた宇宙船であったというのだ。

 

縄文人とムー人が混血、そしてユダヤ人が混じった

ユダヤ人は別名ヘブライ人といい、これは「ヘブラ星から来た人」という意味になる。ヘブラ星は高度に進化を遂げた優良星で、地球は同族結婚により増えてきたので、ユダヤ人は今でも、優秀な民族であるという。

「今日、日本がこのように発展した理由の一つは、日本民族は古くはムー大陸の神官一族と、天孫降臨族(金星人、火星人)と、ユダヤ人が数多くいるからでありましょう」。

 

南アのクラーラーはメトン星の科学者エイコンの子供を産んだ

・前述したケンタウルス星とは、正確にはプロキシマ・ケンタウリという名称だ。

 

・さらに驚くことに、この惑星は別名メトン星と呼ばれている可能性が高い。というのは、ここを故郷とするエイコンという科学者が、地球を60、70年ほど前に訪れ、南アフリカ共和国出身のエリザベス・クラーラーとコンタクトする事件が発生した。

 

・メトン星は三重星であり、そこにみな移住、火星と南極に基地を造ったのは、自分たちの先祖であり、最近まで南極に居住していたという。

  

広大なムー大陸にアレモX3星人700万人が降り立ち、高度文明を築いた

・次に宇宙情報によれば、広大なムー大陸に降り立ったのは、アレモX3星の宇宙人だった。彼らは20万年前、惑星が人口過密となったことから700万人が移住したという。ハーモニー宇宙艦隊が地球に最大出現したのは、葉巻型UFO数千機、搭乗員は1000万人前後だったので、こうした規模で降り立ったと思われる。

 

1万4500年前、核爆発によるプレートの大変動でムー大陸は沈んだ

・このとき、沈没を予知していた精神性の高い神官などの人々が日本の各地に渡ってきた。そして日本各地に村落を作った。

 巷間、言われるのは当初、岐阜の飛騨高山に逃れ、その後、奈良の大和に移住したという説だ。飛騨の位山は、ピラミッドとも言われる。

 

・エアルの証言を基に考えれば、ムー政府が敢行した核爆発や地雷兵器で地磁気のバランスが崩れ、ポールシフトが起こった。そして、大地が割れ、大洪水となってムー大陸アトランティスも滅亡したということだろうか。

 

近隣の惑星の長老たちは、地球救済のため、偉人、賢人を転生させた

地球が太陽系および銀河系宇宙の島流しの場所であった

・どうも地球は、地軸の変動、ポールシフトによって起こる地殻変動により、何度も大洪水があったらしい。

 

・地球は、近隣の宇宙間で罪を犯した不良な人だけを島流しにした刑務所であった。

 

・「地球の低い波動に耐えうる強靭な優良星人約500名を募り、宇宙船で葦原の国(現在の日本)の各地に派遣しました。日本から徐々に世界を平和統一していこうという考えでありました。

 しかし、すでに日本中邪悪な者がのさばり、なかなか思うようにいきませんでした。

記紀神話などでも、この金星・火星からの平和統治部隊を【天孫降臨】と言っております。この部隊の隊長の名はニニギノミコト(金星人)でありましたが、この方が天皇の始祖であると私は推察しております

 

イエス・キリストは救世主として金星から転生した ⁉

・ミシェル・デマルケ氏によれば、ナザレのイエスは14歳のとき、カテゴリー9レベルのティアウーバ星から送られたアーリフォックと入れ替わった。やがて、ゴルゴダの丘で磔となったが、死後、宇宙船に運ばれ、すぐに生き返った。そして人々の前に姿を現わしたという。

 

銀河系総司令官サナート・クマラが人間を創ったのはアヌンナキであると証言!

ここまでくるまでに異種交配と同種系交配を経て来ている

・サナート・クマラによれば、「我々は太陽系を巡回しており、別の銀河からやってきて5次元世界に隠れる無法者から地球を守るのが任務です。この無法者は人間の否定的な感情を食い物にし、ただでさえ外の銀河からの干渉によって、これだけ争いが蔓延している地球で、卑劣にもさらに事態を悪化させようとしているのです」というのだ。

 

アヌンナキが去った後、23から24種の超銀河文明が関与した

・このこともエアルが、「IS-BEへの旧帝国軍による洗脳オペレーションの結果、催眠術をかけられた状態」と告げたことと一致する。さらには、「IS-BEたちの住民の隊の種族、文化、道徳律、宗教的、政治的な影響力のとても異常なごちゃ混ぜ、地球にある異種の文化の数と種類は、普通の惑星では極めて異常である」と述べたこととも一致する。

 

・宇宙人エアルも同様に、「IS-BE」という、永遠不滅の魂とも呼べる概念があることを告げていた。

 

地球には銀河系内外、太陽系から複数の宇宙人が降臨した

・それらの情報によれば、最初に地球に降り立ったのは、こと座のリラ星人だったらしい。次にプレアデス星の力を借り、人類創造に関与したというのだ。

 新興宗教の巨人とされ、自分が亡くなる日を予言、その日に亡くなった高橋信次は、地球に降り立ったのは3億数千年前、こと座のヴェーダ(リラ)星人が最初だったと伝えた。

 リサ・ロイヤルによれば、プレアデス星人は人類誕生の実験を行った場所が、広島の宮島、宮城県の松島、青森の迷ヶ平あたりだったという。迷ヶ平は、キリストの墓がある旧戸来村とも近い。この地周辺には、太陽を信仰したピラミッドの遺跡が散在する。

 

サアラの見解では、アヌンナキが去り、次に地球を支配したのがオリオン星人だったという。オリオン星人は多少、打算的で計算高い側面を持っているらしい。

 

・地球には、このシリウス星人と対立するドメイン軍、そして金星人らが降り立ち、ケンタウルス座α星圏内のエイコンらも火星、南極に移住していた。

 

遺伝子に地球外知的生命体の記号コードが刻まれていた

DNAの非コード配列の97%からエイリアンの遺伝子コードが解析された!

他の宇宙の存在が地球に生命体を創造した

・アヌンナキによる太古宇宙人飛行士説、サナート・クマラが告げた23から24種の超銀河文明の人類創造関与説が証明されたようなものではないか。

 

2億5000年前、火星に居住していたのは、シリウス星人らではないか

・実は、超古代使われていたという、アヒルクサ文字が金星人オーソンから授かった手紙の文字に酷似するという説もある。

 

つまり、旧帝国軍とは、アヌンナキではなく、それ以前にやってきたシリウス人だったという可能性が高いことになる。

 

ドイツ・ナチスが南極地下に基地を持っており、UFOを建造していたという噂はかなり広がっている。

 また、筆者の探求とシンクロする「アルシオン・プレアデス」も、南極の地下に地球外知的生命体の地下基地とナチスの地下基地があることを断定、「尾がある宇宙人の遺体も見つかっている」ということを最新ニュースで報じた。

 

人類は原子力、核エネルギーが不要なことを知らねばならない

・プレアデス星を3日間旅してきた前出の上平少年が教示されたことは、「彼らの社会は基本的に物資が足りていない人に補う、困っている人を助ける奉仕の社会が構築されている」ことだ。必要なものは必要なときに必要な分を供給する。どうやら、プレアデス星は貨幣経済を脱出し、万人平等な社会を形成しているようだ。

 

世界的に有名なチャールズ・リンドバーグ、ドゥーリットル将軍も立ち会っていた

・エアルは去った。100万年以上前から1万年まで地球を支配し、人類の魂を洗脳した旧帝国軍の最後の宇宙艦隊をエアルのドメイン軍が破壊した。

 

我々は一刻も早く、日本、または地球全体を護ってくれているハーモニー宇宙艦隊および銀河連盟の無償の愛に気づかねばならない。

 

・いつまでも“闇の政府”フリーメーソンイルミナティに世界が操られていいわけがない。

 

 

 

『大統領に会った宇宙人』

ペンタゴンの宇宙人極秘報告)

(フランク・E・ストレンジズ)(たま出版)1996/12/1

 

 

 

『フォース・フィールド』

ネバダヘンダーソンで、まもなく車は宇宙船の入り口に近づいた。直径90メートル、高さは3階建てのビルほどもある金星から来たという宇宙船の存在を示す目に見える唯一の証拠だった。フォース・フィールドが船体を見えなくしていたのだ。

 

<『地球上の宇宙船』>

ネバダ州ラスベガスの東にあるミード湖の最西部の岸付近に、地球外文明の宇宙船で、バリアントソー司令官の名声を高めている<ビクター・ワン>が停泊している。これこそ、バルが指揮し、地球上での“我が家”にしている宇宙船なのだ。

 <ビクター・ワン>の位置は、フーバーダムの北西、ネリス空軍基地の南東、ネバダヘンダーソンの北東、ジプサン・プラントの南に当たる。1988年12月はじめの時点では、ラスベガス・ウォッシュの南、ハイウェイ147号線と166号線の合流点の北東およそ1.5キロだった。位置は変わるが<ビクター・ワン>は、11年間この地球に留まっている。<ビクター・ワン>の存在を知っている地球人は数千人・・・現役のアメリカ政府職員はそのうち2千人を占めている。<ビクター・ワン>を訪れた地球人は数人の科学者を含めてごく少数に限られている。政府職員が<ビクター・ワン>を訪れたことはない。

 

地球を観察するビクター・シリーズの宇宙船287機

・地球を観察するビクター・シリーズの宇宙船287機。日本を監視する29機が配置されているという。

 

 

 

『宇宙人と地球人の超真相』

(深野一幸)(徳間書店)1997/10

 大統領に会った金星人(ヴァリアント・ソー)

 

 

 

ヴァルのほかに、ドン、ジル、タニアの3人の仲間の乗組員がいた

・ヴァルは、3年間ペンタゴン国防総省)に個室を与えられ住むことになった。ヴァルは、護衛には彼の幻影を見せておいて、ペンタゴンの外に自由に出入りできたし、さらに、近くに待機している宇宙船(UFO)の乗組員とは、テレパシーで絶えず連絡していたという。

ヴァルのほかに、ドン、ジル、タニアの3人の仲間の乗組員がいた。

 

・ヴァルは、1960年3月19日、テレポートしてアレキサンドリアに待機していた宇宙船(UFO)に戻り飛び立った。そして、「ビクター・ワン」という母船に乗り移って、金星に帰った。

 (ヴァルのプロフィル)身長は180センチ以上。体重は約85キロ、茶色の巻き毛で茶色の瞳、肌は白いが若干日焼けしている。指紋がない。

 

 <(ヴァルの超能力)>

・ 「テレポーテーション」ー自分自身を任意の場所から任意の場所へ自由に瞬間移動できる。

 「テレパシー」ー何十キロも離れたところにいるUFO内の仲間の金星人とテレパシーで交信できる。

 「マインドコントロール」ー地球人の心を自由に繰ることができる。

 「未来予知」―ロバート・ケネディの暗殺を予知して、ロバート・ケネディに大統領選にでないように警告していた。

ヴァルは、我々と同じ人間であるが、ものすごい超能力者であることが分かる。

 

 

 

『来るべき世界』

(ルース・モントゴメリー)(ナチュラルスピリット)2003/7

 

 

 

ルース・モントゴメリー

・ガイドからの霊界通信は、自動書記により書かれた。ルース・モントゴメリーの主な書籍は、「真実の探求」、「向こう側の世界」「以前の世界」「旅の仲間」「我々の中のエイリアン」「我々の中にいる見知らぬ人」「明日への入口」「新しい時代の先触れ」「この世とあの世」「来るべき世界」などがある。

 

・「ウォーク・インとは、霊界からきた高次の知性を持った存在で、状況によって不要になった人間の肉体内に宿ることが許されています。自分の肉体をウォーク・インに明け渡したものは他界し、霊になります。幼年期と小児期をスキップすることにより、ウォーク・インは、肉体に宿ってすぐに、自分の新たな任務にとりかかることができます」。

 

・「天使は人間の姿ではなく、燦然と輝く存在で、慈悲や愛のこもった手助けに忙しい。天使は人間の姿になることもできる。それは、警告や行動で助けるに値する人間が突如生命の危機に襲われた場合などだ。しかし、天使はふつう、目に見える姿ではいない。天使は、地球人の肉体内に宿って生まれるよりも霊的領域に留まることを選び、それによって、肉体を持つ人間が犯す過ちを避けようとする。いや、天使は、翼もハープも持っていない。天使は思考するだけで移動できる」。

 

 死後のトンネルと暗いトンネルを過ぎて桃源郷異世界に出た

 「死んだ彼はこう書きました。『やあハニー。そうだな、死ぬ前の数分間は気持ちのよいものではなかったよ。僕は窒息しそうになってゼイゼイいいながら看護師を呼んだ。でも看護師は来なかった。次の瞬間、一時的に意識を失ったんだ。それから前方に光が見えて、てっきり僕は、自分が運ばれて救急室に向かう廊下にいると思ったんだ。でもそうじゃなくて、それは生前に耳にした<トンネル>だった。光がさらに明るくなって、キラキラした色が見え、音楽が聞こえてきた。ええっと、まずバークとローダに会った。次には家族や親類の全員に会った。モントゴメリーおばあちゃん(ボブの少年時代に他界した)もいたな。その時だよ、自分が肉体から離れて、君の言葉で言う<新しい冒険>が始まったんだと悟ったのは。最初はわくわくしたよ』。

 

・『それから僕たちは、君の言葉で言う<トレーニング・プログラム>に加わったけど、家族の何人かとは定期的に会っているよ。トレーニング・プログラムでは自分自身を評価して、自分たちの進化の中で何を達成したいかを決めるんだ。ここは美しいところだ。それに望むものはすべて、愛と思いやりで満たされる』。 

   

・父はこう書きました。『やあ。母さんの言うとおりだよ。わしらはうまくやっている。こっちでわしらが行なっていることは、そっちの世界で皆がやろうとしたことの続きだ。つまり、善良で親切、そして人の助けになることだ。というのも、わしらはみな、霊的進歩のために努力しているからだ。こっちにはそっちの世界にあるような誘惑(金をもっと稼ぎたいとか同僚よりも先に出世したいとか)は存在しない。この言葉を書き記して善良でいるように努めなさい。たくさんの愛をこめて、パパより』。

 

・『こっちの世界で僕たちに肉体がないというのは事実じゃない。そっちのものと同じく霊的身体も僕たちにはリアルなんだ

 

・『こちらの世界にきた者たちは、その到着を待っている両親、祖父母などの大勢に歓迎されるだろう。また彼らは同時に、まだ肉体を持っている者たちと本当に別れたわけではない。そちらの世界の者たちは目ざめを経験し、まもなくこちらの世界の者たちと直接コミュニケーションをとることが可能になる。<永遠の命>が存在するさまざまな世界と交信する新しい方法を学ぶからだ』

 

 

 

『世界不思議大全』

(学研)2012/8

ローゼンクロイツ(薔薇十字団の創設者)

 

 

 

 ローゼンクロイツは人間の姿をとって物質界に現れた高次の霊的存在」(人智学の創始者ルドルフ・シュタイナー

・アラビアに地図にも載っていないダムカルという謎の都市があり、そこではカバラやヘルメス主義、錬金術スーフィズムなどに通じた神秘主義者たちが集い、日夜修練に明け暮れているというのだ。ローゼンクロイツの心は騒いだ。神秘主義者や東方の賢者と交歓を重ねるうちにエルサレム訪問の興味は急速に失われていた。迷うことなくダムカル行きを決断した。

 

ダムカルの所在地は現在も未判明だが、彼はダムカル入りに成功。オリエントの秘教的知識、医学、数学、物理学などを学び、短期間のうちにそれらの奥義をマスターした。世界に偏満する真理を解き明かした奥義書とされ、後に薔薇十字段の中核的聖典となる『Mの書』を賢者から授けられたのも、ダムカル滞在中のことである」。

 ロッコのフェスに赴き、ここで神秘学の真髄とも言うべき魔術を学んだ。そのひとつが自然界の精霊との交信法で土や火や水の精霊たちとふれあい、自然界のおおいなる秘密を我が物にしたという」

 

 

 

水木しげる』  妖怪・戦争・そして、人間

河出書房新社  2016/5/26

 

 

  

妖怪談義――あるいは他界への眼差し(水木しげる 小松和彦

妖怪と生活空間

・(小松)それらはみな、各々の村々で作られてきた妖怪なわけですからね。全国どこでも通用する妖怪というのは、なかなかないわけですよ。河童の場合は、民俗学者がその名前をよく使ったし、江戸時代の知識人などもずいぶん使ったおかげで、地方的な固有の名前のほうは次第に人々に忘れられ、河童という名前のほうが、残ったということでしょうね。

(水木)それと、日本人は河童好きだったと思いますね。それほど河童の話というのは、上手に作られています。中国などでは、そんなに河童は発達していないんですけど。

(小松)なぜ、日本人は河童が好きなんでしょうかね。

(水木)大変ユーモラスなものに仕立てられていますよね。きゅうりが好きだとか茄子が好きだとか、相撲が好きだとかね。

(小松)それに、河童の各々の属性の中に、日本人が日常生活の中で考えている事柄が、非常にたくさん盛り込まれていると思うんですよ。それがやはり人々を魅きつけたんじゃないでしょうかね。河童は近世になって作られた妖怪なわけですけど…………。

 

神々と妖怪

(小松)ところで、日本の民俗社会、歴史社会においては、妖怪の世界と神々の世界とが、対比的に扱われていますね。水木さんが、神ではなく妖怪の世界のほうに魅かれていったのは、どういうことからなんですか。

(水木)私は、神と違って、妖怪の方は自分で感じることができたわけですよ。「真を求め、そのために詩を失う」という言葉がありますが、私はどちらかというと真よりも詩を好むのです。そして20歳ぐらいの時に、柳田國男の『妖怪談義』を読んで、「妖怪名彙」の所に出てくるいろいろな妖怪の名前を見て、アッと思ったんですね。もう非常によく分かったんです。それから鳥山石燕ですね。この二つで非常に自信を得たわけです。

 

・私の場合、仕事でも何でも、妖怪となると元気が出てきて、もう一生懸命になってしまうんです。従って、資料のほうも妖怪ばかりがやけに増えちゃうわけです。

 

<あの世>の世界

(水木)昔は、お寺なんかに行くと、よく地獄・極楽の絵がありましたね。そのせいか、鬼がいるという印象が強いんです。それと、日本では、お盆の行事などに、やはり“あの世”との関連を感じますね。いろいろなものを船に積んで流すわけですけど、それがどこに行くかというと、十万億土とかいわれるわけでしょう。子供心によく分からないながらも、あの海の先にもう一つの世界があるんだな、と思ったわけです。それからまた、祖先の霊がくるというんで、迎え火とか送り火とかをやりますね。そうすると、我々の目にはみえないけれど、ちゃんときているんだなと思うわけですよ。僕自身は、“あの世”と妖怪との直接の関わりというものを、あまり感じたことはないですけど、日本以外では、あの世から飛来してきた妖怪というのは、結構いるようです。そういう意味では“あの世”に対しては、非常に興味はもっています。

 

美とグロテスク

(小松)昔の人たちは、自然の中に神を見、その自然の一部として人間を見ていたわけですから、人間だって同じような霊をもっていると考えていた。自然も人間も神も、いわば同じ一つの土台の上に乗っていたのですが、それが近代になると、人間だけがその土台から降りてしまったわけです。そして、人間は特別な生き物であるという特権を与えられてしまったわけです。

 

<「妖怪の棲めない国はダメになる水木しげる ロング・インタヴュー>

人間が妖怪をいじめている

・日本で妖怪が減ったのは、電気のせいです。電気で世の中が明るくなってしまった。妖怪というのは、やっぱり闇夜が必要なんです。

 

闇夜が育む妖怪たち

・水木を運んだのは、日本海海戦でロシアのバルチック艦隊を打ち破った老船「信濃丸」で、彼ら以降、ラバウルに着いた船は一隻もない。すべて撃沈されたため、水木らは永遠に新兵扱いのまま、攻撃の最前線へと送られた。まさに、「死」が必然であった。

 

・水木サンは生まれた時から、妖怪が好きだった。だから、戦争でニューギニアのほうへ行っても、現地の人たちと妖怪の話を自然にすることができた。

 

約3分の2が敵の領土というニューブリテン島で、水木は最も敵に近いココボの陸軍基地に送られた。水木はここでもマイペースを貫いたため、“ビンタの王様”のあだ名がつくほど上官から殴られた。そして、さらに危険な最前線基地トーマからズンゲン、バイエンへと派遣され、バイエンでは到着早々海岸の警備を命じられた。不審番もいつもは上等兵が一番楽な早朝の監視をやり、水木たちは夜中に番をさせられる。ところがその日に限って、上等兵が交代してくれというので、早朝の番に変わった。それが運命の分かれ道だった。

 

・左腕を負傷し、生命が危ないからと二の腕から麻酔なしで切り取られたのです。でも、そのおかげで傷病兵を集めるナマレという後方の野戦病院に移送されることになりました。

 その時感じたのは、人間が持つ「運命」です。

 

・トライ族の住民が用いる貨幣は、カナカマネーと呼ばれる貝殻でした。これを丸い大きな輪にし、二つか三つ持てばお金持ち。その貝殻でタバコの葉やパパイヤと交換するんです。

 

・彼らはあまり働きません。皆、慢性のマラリアにかかっているので、疲れないようにしなければいけない。働き者だとすぐ死んでしまいます。怠け者でないと、生きていけないのです。

 私も慢性のマラリアということで、しょっちゅう身体がだるいとか何とか屁理屈を言って、半年か1年しか軍隊で仕事をしませんでした(笑)。その間、彼らの集落に入り浸っているわけです。そうやって現地の人たちと交流して、バナナなどをたくさん食べていましたから、栄養がついて元気だった。逆に軍隊で真面目に働いていた兵隊は、終戦になってから帰国するまでにバタバタ死にました。水木サンは日本に帰るという時に、向こうの生活が合っているから、そのまま現地除隊させてくれと言った。でも、「日本に帰ってお父さんとお母さんに顔を見せてからにしたらどうだ」と上官に言われ、それもそうだと思って帰国しました。

 

 

 

水木しげるの妖怪談義』

水木しげる   ソフトガレージ  2000/7/15

 

 

 

荒俣宏  世界のミステリー遺跡に残る妖怪の痕跡

妖怪とは何かっていうと、自分とは何かっていこうことにもなってくるじゃないですか

(荒俣)でも、妖怪の音はものすごく重要なテーマですからね。柳田國男にしても、妖怪研究というのは音の研究ですから、逆に妖怪の姿の話っていうのは、彼もほとんどやっていませんし。

 

(荒俣)水木先生は妖怪研究のためにあちこち旅行してらっしゃいますけど、どこへ行ってもお土産は……たまには仮面もあるけれど………CDが多いですものね(笑)。これは、妖怪のイメージである音をいかに身近に考えるかっていう、新しい水木流のスタイルじゃないかと思うんですけど。

 

・(水木)今までは平田篤胤の説いた死後の世界のような、背後霊だの守護霊だのを落ち着いて考えて、死後も転生して生まれ変わるというから、自分もやがては生まれ変わってなんて、楽しく考えていたんです。けれど、自分とは何かを観察してみると、どうもそういうなまやさしいものじゃないような感じが最近はしてきてね。

 

「妖怪変換」みたいな機能が頭のなかにあって、妖怪の音や名前がそのまま絵に変換されちゃう………

・(水木)というのはね、「私はなぜ妖怪を描くのか」っていうことを考えていたわけですよ。妖怪とは何か、なぜ描くのか、いろいろ前から気づいてはいたんだけど、結局は彼らにこき使われてるというか、もちろん好きでやってるんだけれども、同時に使われてるんです。(笑)そのために私は、土日も休みなしです。

 

・(水木)そう、死。だから、死をむしろ待ち望んでるような感じがね、ちょっとします。ただ問題は、それほどまでにしてなぜ妖怪に使われなくちゃならなかったのかという思いが私のなかにあったわけです。そこから出発して、自分とは何か、という疑問のほうへ入っていく。

 

<人間は、人間が思うよりもすごく不思議な存在なんですから>

・(水木)それでね、どうして妖怪を……もうとっくに卒業してもいいはずなのにね……まるで鞭を当てられるようにやってこなければならなかったのか、となる。そうすると、自分は何かという問題が起こってくるんです。

 

(荒俣)これは恐ろしいことですよ、本当に。そういえばね、僕もずいぶん古い漫画本のコレクターで、昔の本を集めているんですけど、水木さんの本は昔の貸本時代の漫画を、今、お描きになってるものとつなぎ合わせても、そこに流れる迫力とか、あるいは妖怪に対するアプローチの仕方って、まったく変わらないんですよね。

 

(水木)そうなるとある意味で、そういう宇宙人みたいなやつがいて、私を操っているのかなあ、なんて思ったりもするんです。(笑)

 というのは、やっぱり自分の心のなかにも、こんな苦しいことはやめて、もっと開放された生活をしたらどうかっていうのがいますから。でも、実際はそんな生活にはぜんぜんならないわけです。土曜だろうと日曜だろうと、仕事をする。自分自身で抜けられないから、変だ、変だ、と。だから、妖精とは何かっていうよりも、突き詰めれば自分自身の問題になってしまう。

 

神の源っていうのは、やっぱり妖怪だったんじゃないかという感じがするね

(荒俣)つまり、妖怪になっちゃうんですよ。だからおもしろいなあ、と。最初は神を作るつもりだったのが、やればやるほどね。なんていうのかなあ、神の源っていうのは、やっぱり妖怪だったんじゃないかという感じがするんですね。ふつうの感覚ですと、まあ、柳田國男なんかがいっているし、ヨーロッパでも妖怪研究者はだいたい同じようなことをいっていて、「神が零落したのが妖怪だ。だから妖怪ももともとは神で、妖怪を研究すると神になる。神のほうに近づいてくる」っていうんですよね。でも、どうもそうじゃなくて、妖怪は最初から妖怪で、むしろ逆に、人間が神のルーツを探り出していくと妖怪にぶつかるっていうか、妖怪のほうが先にあったんじゃないか、っていう感じですね、シュヴァルの城を見ていてもわかりますし………それをいったのは、結局、平田篤胤ですよね、日本でいえば。平田篤胤が画期的な妖怪学を作ったのは、「すべてのものは最初は神だった」っていう概念よりもむしろ、「すべてのものは最初から妖怪だった」という、この発想法に近いんじゃないかっていう感じがとてもしました。で、水木さんの場合はどうですか?神と妖怪の関係っていうのを、最初はどういうふうに考えてらっしゃいました?

(水木)私もね、「妖怪とは何か?」っていうようなことから連想していくと、どうしても精霊ということを考えざるをえないようです。

 

・(水木)それで、「癒し」をしたり、病気を治したりするわけだけど、私はセノイ族のところで病気を治す精霊を呼ぶための音楽というのを聞いてね、「録音しちゃいかん」っていうのを無理に録ってきて、それでいろいろなことがわかったんです。それが実にいい気持ちのする音なんです。木と竹の楽器だけで2時間くらい聞いていると、おかしな気持ちになるわけです。というのは、私自身が木になったり、石になったりすることができる。で、それと同じことがニューギニアに行ったときにもあったんです。

 

(水木)ええ、精霊っていうのは、ものすごく強大ですね。あの、いろんなことをするっていう意味じゃないですよ。それが、東南アジアにでもどこにでもいてくれるから、人も心地いいんです。それがどうも、実在する神々なんじゃないか、ちゅうことなんです。

 

(水木)それで私もですねえ(笑)、「鬼叫山の拝殿」(広島県)、あそこへ行ってから、よく縄文人の出る夢を見るんですけど、縄文人たちは非常に不満なんです。彼らは今の神の扱い方に非常に不満を持っているようなんです。1万年か2万年前の、本当の神は失われているわけですよ。どうもその、素朴な音でやってくる精霊、それが神だってことをいいたいらしくてね(笑)。

 

「縄文の神を復活させるように」っていう指示がくるんです

(水木)縄文人は、夢とかなんかで私にしょっちゅう通信をしてくるんです。その、どうも今、日本でいわれているようなものとは、神の本来の姿は違っているような気配なんです。どちらかというと、私が見たような、東南アジアとかニューギニアとかにいた精霊たちが本来の神に近いものらしいんです。それで彼らは、現代のように強大になった神々っていうのを極端に嫌うんです。

 

妖怪は、おだやかな精霊信仰に入れっていうことを知らせる存在なのかもしれないですよねえ

20世紀は、霊魂の進歩っていうのは一切やっていなかったんですね

(荒俣)だから、19世紀末ごろにウォーレスとかいろんな人が、人間の霊魂の進歩っていうのは、もう進化論とかそういうものじゃ扱いきれないんで、別のものだっていうヒントをつかんだにもかかわらず、その展開はなかったんですね。

 

西洋人にとっての妖精は、圧倒的に人魚

(荒俣)そうですね。よくいわれるけど、日本の妖怪はほとんどは中国がルーツだっていうことがあるでしょう?それと同じようにヨーロッパの妖怪は、イギリスとフランスなんかは特に接近していて、ベースはほとんどやっぱりケルトが持ってきたんです。

 

エジプトは宇宙人が運んできた文化じゃないか

シリウス星人)シリウスは全天でもっとも明るく輝く恒星。そのため古代エジプトではナイル河の氾濫を知らせる星として信仰された。そこから、エジプト文明シリウス星人によってもたらされた、とする説も一部にはある。

 

エジプトでは建物を作るという形で精霊と接触する文明ができたんですね

魂を飛ばすっていうことが、人類が大飛躍する基本だったのかもしれませんね

(荒俣)ええ、だから、2万年から1万年前の人々っていうのは、どういう方法でかわからないけれど、精神的には太陽に行ったり月に行ったりっていうのは、自由にやっていたんじゃないですかねえ……。

 

憑依霊っていう現象がまさに「人間は我思うゆえに我ありじゃないんだ」という証明になっている

人間の脳ではかなりわからん部分が多いってことですねえ

・(荒俣)その「わからん」という部分というのはほとんど、今お話したような精霊関係につながっているんじゃないんですかね(笑)。

 

(水木)森のなかに住んでるセノイ族というのはね、文字とかはないけれど、とても快適なんです。争いごともないです。

 

精霊と妖怪の関係っていったいどうなんだろう?複雑微妙ですよ

・結局、それで妖怪に関心のある人が増えて、精霊とか霊に対する関心も増えることを、きっと背後にいる精霊も望んでるのかもわからんのです。

 

妖怪城を作るという計画はどうなったんですか?

・(水木)おっ、『稲生物怪録』!あの、山本五郎左衛門!

 

・(水木)それでね、山本五郎左衛門の話をするけどね、出口王仁三郎は、書いとるんです、山本のことを。

(荒俣)山本のことを、ええ。

(水木)書きましたねえ。山本は霊界にいるんだって

(荒俣)ははあ……霊界に………王仁三郎は会ったんですか?

(水木)いや、会ったらしい。

(荒俣)あの『霊界物語』に出てくる……?

 

(注;出口王仁三郎大本教のカリスマ的「聖師」。日本の古神道新宗教に与えた影響は限りなく大きい。

霊界物語出口王仁三郎が口述筆記した全81巻からなる神の書。

 

 

<●●インターネット情報から●●>

(セノイ族の言葉から)

夢の神秘的な力を信じる人々に、セノイ族における夢の技法について。

 

1.セノイ(Senoi)族とは。

セノイ族はマレーシアのマレー半島に住む原住民です。人口は約4万9440人(1996年:推定)。マレーシアの山岳地帯のジャングルに住み、バンド単位で生活を送っています。

そんな彼らの最大の特徴は、夢に対する態度なんです。

 1)1日の大半は夢の話をしている。

 2)村会で夢の討議が行われ、村民全てが自分の見た夢を分かち合い、シンボルや状況の意味を話し合う。日常生活の活動の大半を討議で得た解釈で決定する。

 3)夢の討議において、夢内容をポジティブな方向に解釈することで、次にみる夢をコントロールする。

 

 2.セノイの夢理論の紹介者について。

 彼らが注目を集めたのは、キルトン・スチュアート(1902-65)による「マラヤの夢理論」(1951)が発表されたことによります。スチュアートは1924-40年にかけて世界中を放浪して、1934年頃マラヤ(現マレーシア)に滞在し、セノイ族の夢の技法の調査をしました。

この「マラヤの夢理論」というのがまたUFOから話が始まるという型破りな物なのですが、この論文の趣旨は、セノイ族が平和な部族なのは、彼らが上記の「夢の技法」を用いているから、ということなんです。

 当初、この論文はそれほど注目を集めませんでした。しかし70年代に一躍有名になります。

 

 

<●●インターネット情報から●●>

大紀元日本8月6日】夢を積極的に活用し、自分の感情をコントロールする人々がいる。

マレーシアの高原に住むセノイ族(Senoi)だ。

 

 研究者らの報告によると、セノイ族は夢の中の世界を現実と同じように重要視する。彼らは夢の中で、同じコミュニティーに住む人間と友人になったり、対峙したりしながら様々な経験を重ね、成長していく。

その一方で、彼らは現実世界においては精神的に成熟しており、控えめで自己抑制ができるため、争いはほとんど起こらないという。

 

 1970年代にセノイ族と長期間過ごした心理学者のパトリシア・ガーフィールド氏(Patricia Garfield)は、彼らのユニークな夢の活用法を報告している。ガーフィールド氏によると、毎朝、親たちは子供にどんな夢を見たのかを聞き、彼らの方法で夢を見るようトレーニングをしていく。たとえば、夢の中で友人を作ったり、敵の集団とも仲良くなって助けてあげたり、それができなければ夢の中の友人と協力して敵を倒したりする。

そのほかにも、夢の中を自由に飛び回るなど、明晰夢(夢の中で、自分が夢を見ていると分かっていること)を存分に楽しむ方法を教えるのだ。セノイ族によれば、人間の体にはいくつもの魂が宿っている。主要な魂は額の内側に存在し、その他の小さな魂は瞳孔の中に住む。

この小さな魂が、恍惚とした状態や寝ているときに身体を抜け出し、夢の中で活躍するという。

 

セノイ族は、夢の中の友人と敵を大切にし、夢の中では積極的に友人を作ろうとする。夢の中で、敵が自分と友人になりたいと申し出るときは、「敵が自分に名前を明かし、自分のために歌を歌ってくれる」という。

もし、夢の中である人物と争いになった場合、夢を見た人は現実世界でそれを解決しようと試みる。

 彼は争った人物に夢での出来事を伝え、自分に非があれば、相手に賠償することを申し出る。夢を活用することにより、「神経症や精神病といわれるものは、セノイ族の中には存在しない…。セノイ族は、驚くほど感情的な成熟がみられる」とガーフィールド氏は報告している。

 

 現在、一部の学者はセノイ族の夢の活用法について否定しており、セノイ族自身も、そのようなことは存在しないと主張している

しかし、多くの人類学者は、セノイ族が非常に警戒心が強く、外国人をあまり受け入れないことを認めている。

そして、セノイ族が彼らの夢の活用法を隠してしまったとも指摘している。

 

 

 

『妖怪になりたい』

水木しげる  河出書房新社  2003/5/20

 

 

 

近藤勇と国境線

調布というところは、百姓の多いところで、僕は常に狭い土地の境界問題で頭をなやまされた。たとえば、右側の百姓は、茶の木から一尺という領有権をゆずらず、建具屋はそんなことおかまいなしに茶の木のあったらしいところに境界線のマークを刻みこんでいるのであった。そして、そのマボロシの茶の木をめぐって、ソ連中共なみの国境争いを3年ばかりくり返したのである。

 

・ある夜なぞガタゴト音がするので見ると、その境界線を一尺こちらに穴を掘ってよせていた。僕は、あくる日また穴を掘って一尺むこうにやったが、そんなことを三ヶ月ばかりくり返すうち、五寸のところに自然に境界の石がとまったようだ。

 

・そのあとは、その境界石のかたむきかげんである。むこうは、気づかぬあいだに1センチばかりこちらにかたむけている。僕も30年も絵をやっていてデッサンには自信がある。すぐ、石のかたむいていることが分かる。まっすぐにやればなんでもないのだが、こちらもむこうもわずか1センチぐらいかたむける。といった生活をしているうちに、今度は、うしろの住人が境界の木より1尺3寸入ったところに壁をするといい出した。

 風呂場の屋根がとれることから問題は重大化し、土地をはかる商売の人を呼んで境界線をつくった。

 そのうち左側の百姓がおどりこんできた。「てぇへんだ、てぇへんだ」というわけ。これは長くなるので省略するが、僕は、この町の人間は、特別に欲が深いのではないかと思うようになった。

 

奇妙な興味と仕事との格闘—―紙芝居時代

・戦後すぐの頃のぼくの精神状態から説明すると、戦争はかなり強烈な印象だったから、ぼくは復員したときも浦島太郎みたいな気持ちだった。そこで「これからの人生は好きなことをやって死のう」と思った。

 好きなことといっても遊びではない。興味があって、しかも生活できるものではなくてはいけない。

 

・ぼくは武蔵野美術学校に入るのだが、絵かきでは食えないということが分り、2年で中退して神戸で紙芝居かきとなるわけだが、どうして神戸に行ったかというと、神戸に安い売りアパートがあったから。

 10万円だか20万円出すと、あと月賦でいいという、しかも15~6の部屋があったから、一生寝て暮らすにはもってこいで、わが理想とピッタリだったというわけだ。

 

妖怪の巣のような世界――貸本マンガ時代

<40年をふりかえって>

・まあ、一口でいうと「えらかった」即ち「苦しかった」ということだろうか。もともと漫画は好きでやったことだったが、職業ということになると、趣味と違って「つかれたな、ちょっと休もう」というわけにはいかない。

 〆切というものがあって、建築業者が建物を期日に間にあわせなければいけないように“品物”をその期日に間にあわせなければダメなのだ。そういう意味で好きでやったとはいっても“漫画家”という職業で“生き残る”には、世間の業種でいわれているようなものと同じで、特別の仕事というわけではなかった。

 表面的には自由でのんびりしているようにみえるが、世の中のシステムに組み込まれ、品物を作るように、何十年も漫画を作るということは、いくら好きでも、そんなにラクなものではない。

 

言葉の不思議

・ぼくは、紙芝居、貸本マンガ、雑誌マンガと、毎日机の上の紙と対決する仕事をしていたから、しゃべる言葉なぞはぜんぜん気にしていなかった。

 ところが定年をすぎるような齢になって、言葉の不思議を感ずるようになった。言葉というものは何気なく使ってきたわけだが、これはひとこと多くてもいけないし、少なくてもなおさらいけない。

 

運不運

・昔から同じようにマンガを書いている人でも一方は売れっ子になって巨万の富をきずき、一方はいまだにうだつが上がらず、無名のままでいる。作品のほうでも違っているのかと思うと、それほど大差があるわけではない。

運・不運は人だけではなく、建物なんかにもあるらしい。神田あたりによくうすぎたないビルがあるが、そこへはいると必ず倒産する。僕の友人がそのビルにはいり、自動車のガソリンをつけにしてくれ、といったら断られたという。

「あのビルにはいる人は必ず倒産する」とガソリン・スタンドの男がいったというが、友人はそのとおりになり、3ヵ月で倒産した。

 

・そのように人間の成功不成功は大いに運、不運が関係する。ツキに見はなされた人はどんなにあがいてもダメだ。立志伝なんかに、ツキを自分で作ったように書いてあるのをよくみるが、それは逆で、運をつけたのではなく、運がついたのだ。

 

・毎日寝る時、そんなことを考えているのだが、やはり太古の人もソレを感じていたらしく、古代沖縄にセジ、というのがあった。

これは一種の霊力で物についてそのものに霊能を生ぜしめ、人間については霊能を生ぜしめるというが、これは、古代日本のカンナビ(神のいるところ)に移行するのだが、これを運、不運の霊と考えると、前記神田のビルには悪いセジがついており、くだらんマンガを書いて百万の富にありつくのは幸運なセジがついておるのだ。

 

・だからいくら同じような実力があっても、セジについてもらわんことには、幸運はまいこんでこないのだ。

セジは普通巫女の媒介によって招かれたりしたらしいが、セジ自身の働きによって特定の人、あるいは物体、場所によりつき、そこにとどまることがあるという。

 

・すなわち、聖なる森、聖なる石、聖なる場所、すなわち、幸運のいる場所なのだ。僕は昔、月島、神戸、西宮、甲子園、亀戸、新宿などをてんてんとしたが、どこも不運だった。

運命の糸にあやつられて調布なる畑の中の安建て売り住宅に、10年前、着のみ着のままでたどりついたのだが。

それから間もなく幸運がやってきた。マンガの注文がくるようになった。

 

世の中不思議なことが多すぎて……

・私は、子供の時に頭の中に入ってきた、カミサマの観念から、いまだに抜け出せないままでいる。

 大人になってから、いろいろな“ヒト”の神様、例えば、菅原道真とか、武将をカミサマにしたものなどは、どうしたわけか、ぜんぜん受け付けない。子供の時、出来上がってしまった、カミサマ観は、アニミズムに近いもので、妖怪とごちゃまぜになったものだった。

 

・神社には、願いごとをかなえてくれるカミサマがいた(それはどうしたわけか、ひげを沢山生やした男の形だった)。お稲荷さんには、狐とおぼしき神がいた(これは狐の形で頭に入ってしまった)。道端によく、団子なんかがおいてあるのは、“狐落し”のまじないであった。また家から千メートル位はなれた“病院小屋”には幽霊に近いものがおり、その近くをながれる“下の川”には河童がいた。従って、この川には小学校5年生くらいまでは、あまり近よらないようにしていた。

 

<おばあさんの死んだ日>

・幽霊とか妖怪といったものは、どうしたわけか子供の時に見ることが多い。これはなにか特別な理由があると思うが、いまのところ分からない。

 僕も小学校3年の時、おばあさんが亡くなって2日目に、便所にゆこうとして前をみると、白い着物をきたものがぼんやり立っていたので、あわてて引き返した。その話をすると、父母は、「やっぱり、出たんだ」

 

・それにしても、奇妙な偶然が、重なりあった出来事の多い日々だった。死後49日、霊魂がとどまるとかいって49日の法事をするならわしがあるが、まんざならいわれのないことでもなさそうだ。

 

今も聞こえる兵長の「パパイアはまだか」

・いまから三十数年前、あのいまわしい戦争のさなか、ぼくは名もない一兵卒として南方の前線、ラバウルに駆り出されていました。

 すでに、終戦の近くになった昭和19年8月の出来事です。暑さと飢えで病人が続出し、兵隊はひとり、ふたりと倒れ、死んでゆきました。

 

・そう思いながら、壕に行くと、見かけた顔があったんです。ぼくをいじめ目の敵にし、ぼくを憎んでいた兵長でした。下半身に腫れ物が出来、そこが化膿し、異臭が漂ってました。

 

・「何か欲しいものはありませんか」と言うと兵長は弱々しい声で、「パパイアを食べさせてくれ。俺、パパイアが欲しんだ」

「パパイアなら、2、3日のうちに手に入るので持ってきます」

ぼくはそう言って、兵長と分かれたです。

 それから3日後、パパイアが手に入りました。早く、兵長のところへ持ってゆかないと、と思いましたが、なにしろ空腹で、しかも、ぼくはひとより胃の調子がいいので、つい我慢出来ずに、パパイアを食べてしまったんです。

 もの凄くうまかったです。ところが、その翌日の夕方、衛生兵が、「お前の中隊の兵長が死んだ」と言ってきたんです。

 

・そうこうするうちに、足元にガツンと物が引っ掛かったような強い衝撃を受け、よろっとしました。足元を見ると、屍となった兵長が、「ぼくの足をつかんでいるんです。ギャー。兵長を遠ざけようと、足で押しても兵長はびくともしません。それどころか、兵長はまるで生きているように、ぼくの体にまとわりついてくるんです。兵長の目は開いていたような気がします。口も開いていました。

 

「パパイアを、どうして持ってこなかった」

「俺はパパイアが欲しいんだ」

兵長は呻き声をあげるんです。それでも、ぼくはとにかく穴の外に出ようと必死でもがきました。

 あの地獄から、どうやって這い上がってきたのか、いまでもよくわかりません。ただ考えられるのは、死ぬ直前にパパイアを食べたいといった兵長の願いをかなえてやらなかったために、そのうらみで死者に招かれた、ということです。無我夢中で、気づいたときには自分の病室に戻っていました。

いまでも、夏になるとどこからとなく聞こえてきます。

「パパイアをどうしたんだ」

 

<お化けの話>

幽霊とチガウ

・よく幽霊と妖怪――お化け――と混同する人があるが、幽霊というのは、うらみが主な要因となって出てくるおそろしいもので、主として復讐を目的としている。

 ところが、妖怪というのは(水木式の言い方によれば)自然に初めからそこにあるものなので、大した目的もなければ、なんでもない。ただ、奇妙な愛嬌がある。

 それが愛されるといえば、愛されるのだろう。

 

2、3年前、東北に「ざしきわらし」の出る家というのがあったが、そこの主人は、それを深く信じて疑わず、むしろ喜んでいた。その古い家のたたずまいといい、いろいろと「ざしきわらし」と同居し、だれがなんといっても、いるという信念を変えない。

 そこの主人のフンイキは、正に「ざしきわらし」そのものだった。

そのように、妖怪とは、奇妙なフンイキをかもし出す形なのだ。

人間の気持ちが形になって出てくるのだ。

 

クマントン(座敷童)

・座敷童(わらし)というのは、明治の初め頃、東北の小学校に現われて、小学1年生の子供と遊んだが、教師とか村会議員なんかには見えなかった。

 即ち、大人には見えなかった。大騒ぎになりかけたが、童の方で遠慮し、2、3日で現われなくなったと、たしか柳田国男の本でみかけたが、どうもぼくは座敷童に縁があるらしい。

 10年前、金田一温泉の緑風荘に出るというので、座敷童の親方みたいなそこの御主人と対談させられたが、主人、曰く

「わたすは1回しかみてないす。とにかくそこの奥の間に寝るとときどき出てきます。戦争中、陸軍中佐が泊ったが、なんとその中佐の前に出てきたのです。中佐はこの部屋になにか仕掛けがあるに違いないと騒ぎ出し、軍務そっちのけで天井裏をさぐったり、床下に寝てみたり」したらしいが、謎はつかめなかったらしい。

 

・それから、5、6年してやはり東北の百姓家で座敷童が出るというところに行ってみた。いまは空家になっている二階家に時々出て、踊る物音をさせるという。要するにしかと見定めようとすると見えなくなくなるらしい。即ち一種の“霊”なのである。人間はなかなか霊をみることはできないから、一種の存在感みたいなもので感ずるようだ。

 

「タイ国にも座敷童がいます」というので、出かけてみた。

タイでは、死体をみんな焼いてしまうらしい。従って、“墓”はきわめて少ない。金持は飛行機で灰になった自分を空からまいてもらうのが夢らしい。そのせいか、やたらに“霊”が空から舞い下りてくるようだ。

“クマントン”と称するタイの座敷童もやはり舞いおりてきて、特定の人につくらしい。

 

<生まれかわり>

・生まれ変わるといえば、アメリカで「前世療法」という、精神科の医療方法があるという。催眠術で前世にまで記憶を進めて、そこでなにが原因かをみつけてなおすという方法らしいが、やはり前世はあるのかなァ、と思ったりする。インドなどでも生まれかわりの話はよくきく。

 僕は偶然、スリランカの生まれかわりに会う機会にめぐまれた。

 テレビの番組ではあるが、極めてめずらしく、本当の生まれかわりというのはかなり迫力があった。

 

・日本の平田篤胤の「勝五郎の再生」そっくりの条件だった。

 即ち、生まれかわった家が近い、生まれかわった子供は勝五郎のようにかしこく、よく生前のことを記憶し家族をうながしてそこにゆく、という全く同じようなパターンだった。

 前おきはそれ位にして、ぼくはスリランカコロンボの近くの村にバスでゆき、その子供の家に行った。

 子供は4歳でかしこく可愛かった。

 両親は40歳位だったが、とても可愛がっていた。

 まず寝言で前世のことをしゃべるので不思議に思ってきくと、そこへ連れて行ってくれといってきかない。

 

・4キロばかりはなれた生垣の囲まれた前世の生家にゆくと、息子は15年前に死んだという。それも交通事故のようなものだったらしい。ところが不思議にも、その子供が事故の様子をくわしく語るので、生家のじいさんばあさんも不思議に思ったが、まさか15年前の息子が生まれかわってここにいる、とも思えないのでポカンとしていたらしいが、決め手となったのは、誰も知らない(今はそこにいない)はずの長男の名前をいい、とても可愛がられた、といったことらしい。

 

・僕が行った時も、むこうの老夫婦はみるなりその子供を抱きしめるのだ。生みの親はあまりなつかしがられるのでオロオロした風体であったが、子供はとてもなつがしがるのだ。

 それをみて僕も「フハッ」と驚いてしまった、

生まれかわり」それはやはり本当にあるのだと思った。

“百聞は一見にしかず”というが、かなりな迫力だった。

やはり生まれかわりというのはあるとしか思えない。

 

<精霊の呼び声>

変わり者のM氏は、この12年来、アメリカ・インディアンのホピ族の村で、“精霊生活”にひたりきっている。

 氏は25年くらい前からわが水木プロに出没していた。

 その頃、夢知らせで氏の生活の面倒をみるようにという告知があったが、その頃は、それほどの神秘主義者でもなかったので、その夢を全面的に受け入れるという気持ちにはなれなかったから、夢の2割くらいを(いや、1割くらいだったかもしれない)提供したことがあった。

 

・氏は20年くらい前、インドに行ってから、“精霊の誘い”みたいなものを受けたとみえて、それ以前も普通ではなかったが、インドに行ってから一線をこえてしまったようだ。帰ってから初めに訪れたのは沖縄だった。

 そこに、なんでも思うことが出来る、という親方を見つけてひどく尊敬していた。「それがボクの理想デス」

「じっとしていて思うことが出来るなら、それはぼくの理想でもありますよ」と、ぼくはいった。

「そうです。親方、いや先生は、世界中に子どもがいるのです」

「というと?」

「カナダに行きたいと思えば、周りがそのようにうごめき、自然にカナダに行けるのです。そこで妻をもらい、子どももいます」

「ほう」

「カナダだけじゃありません。世界中に10人くらい妻がいて、子どもは合計で25人います」

「別に金持ちでもない……」

「そうです。要するに、思えばいいのです。もっともそれまでにはかなりの修行を必要とします」というような話だった。

 その時は、おかしな話だと思っていたが、最近愛読している『シンクロニシティ』という本によると、それはありうるということらしい。

 

わけのわからない感動に包まれながら、M氏は「ゼヒ、ヨロク族のマジシャン(呪術者)に会ってほしい」とのことだったので、カナダ近くにヨロク族を訪ねた。

 大自然の森の中に一軒だけ家があり、そこにマジシャンは住んでいた。ぼくは“ビッグフット”、すなわち雪男ともいい、“サスカツチ”ともいう謎の巨人がいるということ、それとマジシャンの家に小人が出るというので、大いに期待していた。

 マジシャンたちは、川で鮭をとり(1年分油につけておく)、顔みたいな大きさのリンゴが簡単にとれるので、それを食べて暮らしているらしい。

 

「小人は2階に出る」というので、早速2階に寝た。2、3時間、ランプをつけたまま待ったが、いっこう現れなかった。朝起きてみたら、毛布があらぬ方向にあった。マジシャンに聞くと、「小人が引っ張ったのだ」の一点張り。「いや、ランプがついていたから」というと、「ランプがついてても出ますョ」という。たぶん毛布を引っ張って2、3メートル先に置いたのだろう。しかし、目で見て、写真を撮りたかったのだが、失敗した。

 ビッグフット(雪男)は、大きいし、つかまって食べられでもしたら損だと思ったから、あまり会いたくなかった。なにしろ“人”というものがいない大自然の中だから、ビッグフットが“いる”といっても不思議ではない。

 

マジシャンは、ビッグフットの“家族”を見たといっていた。二人の親と子どもで、話し声はしなかった。間もなく消えたと言っていたから、ぼくはある種の“霊”みたいなものではないかと思った。たとえば沖縄の“キジムン”みたいに……

 しかし、雪男の足跡というのがたくさん石膏で固めてあるのをみると、簡単に“霊”だとも言い切れないと思った。

 マジシャンは、ほかにも妖怪はたくさん来るといっていた。“妖怪”の大半は目に見えないが、ある種の“霊”である。

 

・というのは、アフリカ、東南アジア、ニューギニアアイルランドなどを回ってみると、それぞれ名前は違っているけれども、日本と同じ霊が形になっているのに驚く。

 そこでぼくは、世界の妖怪の基本型ともいうべきものは千種でまとまる、形のはっきりしたものはそれぞれの国が350種くらいだということが分かったので、それぞれの国の妖精・妖怪を引っ張りだし、各国のものと比較する本を作って、ぼくの思っていることがどこまで本当か試してみようと思っている。

 見えない世界の人々、すなわち神様とか精霊、妖怪のたぐいは、目に見えないからいあにのではなく、それはいるのだ。ただとらえ方が難しいのだと、ぼくは思っている。

 

・それで、今回の“精霊の歌”を手に入れたことで、ぼくはとてもM氏を尊敬するようになってしまった、どうも“同族”らしい。……というのは、かの尊敬する沖縄の親方と最近なんだか似てきているみたい……知らない間にぼくは沖縄の親方みたいになっているようだ。………ありがたや、ありがたや、合掌……。

 

  

 

水木しげるの日本妖怪めぐり』

水木しげる  JTB    2001/8

 

 

 

目に見えないものと目にみえるもの

世の中には目に見えないものと目に見えるものがおり、よく気をつけてみると感じられる。

 感じられるというのは見えないからで…まぁ、妖怪とは感じでつかまえるものなのだろう。この感じは日本よりも外国、例えばニューギニアなどでは非常によく感じられるからおかしなものだ。

 土地の人に聞くと、「そんなバカなこと聞くやつがあるか。そこのジャングルにたくさんいるじゃないか」といったぐあいで、そういう存在は自明の理、すなわちあたりまえのことじゃないか……というわけである。そう、それを感じるのは、ごくあたりまえのことなのだ。

 

山に棲む、長い髪を振り乱す老婆

・実際山の怪というのはとても多い。これは明暦三年(1657年)頃の秋の話である。陸中(今の岩手県)閉伊郡樫内に鷹狩場があり、足軽長十郎という男がそこへ働きに行っていた。その日もいつもと同じく丑の下刻(今の午前2~3時頃)に家を出て、明け方に九十九折の細道をあがっていた。すると左の山の草木がわさわさと騒ぎ出した。どうも普通の風ではないらしく、やがて山鳴りが響きわたり雷のように激しくなってきた。

 

・この夜明けに何事だろうと振り返ってみると、そこには背丈七、八尺(210~240センチ)もある老婆が、腰まである髪を振り乱し、両眼を大きく輝かせていた。そして、老婆とは思えない風のような速さで走ってきたのである。長十郎はもう逃げることもできなかった。(中略)

 

・これが山に棲む老婆の怪『山婆』で「山姥」ともいわれる。なにしろ背丈がとても大きく、痩せていて、鋭い眼は光り、口は耳まで裂けている。真っ赤とも白髪ともいわれる髪は長く垂らし、ボロを纏っているという。

 

・山婆は「河童」や「天狗」と同様によく知られている妖怪だ。とにかく恐ろしい感があるが、山婆には目撃談が豊富なため説話もまた様々で、人を襲うものと人に福を授けるものとがあるといわれている。

 山に棲む老婆の妖怪は「山姥」だが、これが少し若い女だと「山女」となり、爺だと「山爺」、若い男だと「山男」、子供だと「山童」と、まるで家族のように世代ごとに存在する。本当に山というのはにぎやかだ。

 

ザシキワラシ(座敷童子)  いたずら好きの愛らしい精霊

岩手県を中心とする東北地方に出現する『座敷童子』は、3~4歳、あるいは5~6歳の子供の姿をした、可愛らしい精霊だ。男の子の場合もあるが、女の子の方が多いという。女の子は美しい黒髪を長く垂らしていたり、おかっぱだったりする。男の子はザンギリ頭で、赤や白の着物を好んで着ているという。

 

・座敷童子は、その土地に古くからある裕福な家の奥座敷などに棲みつく。童子のいる家は非常に栄えるというから、まるで福の神みたいだ。逆に、童子が出て行くと、その家はあっという間に没落してしまうという。

 

・また、家の中で座敷童子にばったり出会ったりすると、童子はその家を出て行ってしまうという話もあって、これなどはどう気をつけていても避けようのない、仕方がないことに思えてならない。何故家の者と出会うと、童子は家を出てしまうのだろう。

 

・一方で座敷童子が学校に棲みついたという話もある。子供と一緒に遊びまわるけれど、大人や年上の子には、その姿は絶対に見えなかったそうだ。

 

河童 人間に相撲を挑む水の妖怪の代表

・全国各地に出没し、誰もが知っているくらい有名な妖怪の一つに、『河童』がいる。河童は主に川や池、沼、湖に棲んでいるが、中には海に棲むものもいるという。

 2~10歳くらいの子供の形をしており、いちばんの特徴は名前のごとく「おかっぱ頭」と、水をためるためのお皿が頭についているところだろうか。お皿の水は河童にはなくてはならないもので、この皿が乾燥したりすると、身動きが取れなくなってしまう。

 

・また、背中にカメのような甲羅があるものとないものがおり、口は鳥のように尖っているものが多い。手足の指の間に水かきがついているのも大きな特徴の一つで、このおかげで泳ぎが得意なのだろう。

 河童は自分の力を自慢したがり、人間にちょくちょく相撲を挑んでくる。これにうっかり勝ってしまうと、もう一回、もう一回と、自分が勝つまでせがんでくる。

 

・時には馬を川へ引きずり込んだりもするが、これは力自慢というよりは、河童が元は中国の馬をつかさどる「猿神」であったからだという説がある。

 中には悪どい河童もいて、人間を水中に引き込み、尻の穴から「尻子玉」を抜く。河童はこの尻子玉が大好物で、食べてしまうのだ。龍王への捧げものにするという人もいるが、どちらにしても、尻子玉を抜かれた人間は死んでしまうのだから、たまったものではない。

 

<天狗 山から山へ、ひらりと飛んでいく剛の者>

・「天狗」は、「河童」と並んで最も世の人たちに知られた、日本の妖怪の代表的存在だ。そして天狗の伝説・伝承の類は、それこそ日本全国にわたって残されている。

 天狗には数多くの種類がある。中でも有名なのが、京都の鞍馬山に棲む「鞍馬天狗」と、同じく京都の愛宕山に棲む太郎坊という、日本最大の「大天狗」だろう。

 

・これら大天狗たちは、自分の持つ知恵や技能を鼻にかけ、慢心したため鼻が高くなったことから「鼻高天狗」とも呼ばれている。

 

また、するどい口ばしと羽を持ち、空を自由に飛びまわれる「烏天狗」や「木の葉天狗」などの小天狗たち、犬のような口をした「狗賓(ぐひん)」、剣を持って、四肢に蛇を巻きつけた白狐の背に乗った飯綱系の天狗など、枚挙に暇がないほどだ。

 

・大天狗の最大の武器は、その強大な神通力にある。一本歯の高下駄を履いて山から山へと飛び移ったり、手の羽団扇で大風を起こしたりする。

 

・また超人的な怪力の持ち主でもあったようで、紀州(今の和歌山県)などには、天狗の怪力を見たいと願った男の頼みを受け、家ばかりか天地山川までをも震動させてみせたというから、スゴイ。

 

また、天狗は人間の権力闘争に非常に興味を持っており、劣勢側に味方して戦をわざと混乱させ、楽しむという一面もあるようだ。手裏剣などの様々な武器を作って、忍者たちに伝授したという話も残っている。

 

源義経が幼少の頃、鞍馬山で天狗に剣術を学んだという話は有名だが、天狗は武術にも長けていたようだ。天狗には○○坊という名前が多いが、義経と生死を共にした、武蔵坊弁慶などは、父親が天狗だったという伝説もある。どうやら天狗は、日本の歴史に深く関わってきたようだ。

 

・今でも、高尾山などに行って天狗の像を見ると、いかにも深山にふさわしく、山の精が化して天狗になった気さえする。

 超絶な神通力といい、一種崇高でもあるその存在感は、もう妖怪というより、神に近い感じさえするのである。

 

鞍馬寺 牛若丸が夜ごと天狗に武術を習った寺

鞍馬山は、愛宕山と並んで、日本で最も多くの天狗が集結する場所として有名。鞍馬山に棲む天狗は「僧正坊」と呼ばれ、日本八天狗の一つに数えられる大天狗である。除魔招福の力に優れていたという。

 

・『義経記』によると、八歳で鞍馬寺に預けられた牛若丸(後の源義経)に、鞍馬寺の天狗が、あらゆる兵法武術を教えたといわれている。

 

 

 

『あなたもバシャールと交信できる』

 坂本政道   ハート出版      2010/12/10

 

 

 

 バシャールとは、どういう存在?

 惑星エササニの生命体

・バシャールはエササニという星に住んでいる地球外生命体です。エササニとは、Place of living light (生きている光の池)という意味です。彼らの世界は、喜びと無条件の愛に満ち溢れる世界とのことです。

  そこには彼らは、数億(人)位いて、その総称をバシャールと呼んでいます。ちょうど我々を地球人と呼ぶようなものです。住んでいるのは、恒星ではなく惑星です。

 

方向としては地球から見てオリオン座の方向です。もちろん、太陽系外の惑星です。地球から500光年ほどのところにあるShar(シャー)という星の周りを回る第3惑星のことです。

 

・残念ながら地球からは見えないと言われています。暗すぎて見えないというよりも、我々とは、微妙に次元、あるいは、「密度」が違うためのようです。

 

地球は、そして人類は「第3密度」であるのに対して、バシャールとエササニ星の宇宙人は「第4密度」です。

 

・その惑星から数百人?が宇宙船にのって地球にやってきています。現在、彼らは地球の上空にいて、アメリカ人のダリル・アンカという人を通して、チャネリングをしています。

 

 グレイの子孫

バシャール自体はどういう生命体なのかというと、実はグレイと呼ばれる宇宙人と地球人の間に生まれた混血だということです。では、グレイとはどういう存在なのでしょうか。ご存じの方も多いと思いますが、グレイはアーモンド型の黒い目をしたちっちゃい宇宙人で、悪いイメージがあります。ネガティブなタイプだといわれています。

 

・ちなみに宇宙人はポジティブなタイプとネガティブなタイプ、それにニュートラルなタイプがいるとのことです。ポジティブなタイプの霊は、プレアデスに住む生命体(プレアデス星人とかプレアデス人)です。アークトゥルスシリウスの生命体、こと座の生命体の一部もポジティブです。ネガティブなタイプには、こと座やオリオン、シリウスの生命体の一部がいます。

 

・バシャールによればグレイというのは、本当は宇宙人じゃなくて、「パラレルワールドの地球に住む人類」です。パラレルワールドでは、この世界と併存する世界のことです。

 

そして、時空間を超えてこの地球にやってきて、人類をアブダクション(誘拐)し、受精して、子孫を作りました。それがバシャールだということです。

 

・ですので、バシャールの先祖というのは、グレイと我々人類ということになります。

 

 地球のまわりに集まる地球外生命体たち

・バシャールたちは、今アメリカのセドナという場所の上空にいます。ただし、何度も言いますが、宇宙船自体も第4密度ですので、セドナに行って上空を見上げても通常は見えません。

 

・このように、いろんな宇宙船がいろんなところにいるわけですが、ほとんどがポジティブ側の宇宙人たちです。ネガティブ側もいますが、比率としては10対1くらいだそうです。

 

・ポジティブ側は連合を組んでいるようで、ル-ルがあるようです。そのルールというのは、2012年までは地球人類に直接的には干渉しないというものです。

 

 

 

『地球を支配するブルーブラッド 爬虫類人DNAの系譜』

スチュアート・A・スワードロー   徳間書店   2010/6/18

 

 

 

 リゲル  米政府と協定を結んだオリオン連盟リーダー

この集団は1954年に米国政府と協定を結び、彼らの技術と科学情報を米国に与えるのと引き換えに、米国民を誘拐する(ただし傷つけない)許可を米国政府から得ている。

 

・こと座の内戦とそれに続くこと座星系へのりゅう座人の侵略を通じ、彼らの惑星は戦争で痛ましい損害をうけたため、肉体的にも遺伝子的にも弱々しい存在になっている。

 

・彼らは、りゅう座人のために働いている。りゅう座人が攻略の前準備をできるように侵略予定ルートを偵察する仕事である。

 

・軍隊型の厳格な階層制の文化を持っている。特にゼータ・レティクリ1と2のグレイが絡む場合はそうである。また肉体から肉体へと魂を移す能力を持っている。

 

 シリウスA   イスラエル政府と契約の宇宙の商人

・背の高い細身のシリウスA人は、青と白の長いローブを着ている。両腕を横にまっすぐ広げると、身体全体でアンク(エジプト十字架)の形になる。これが彼らのシンボルである。宇宙の商人であり、技術と情報を売買して、排他的な取り引きルートと特別な優遇を得ている。彼ら自身に向けて使用される恐れのある技術は絶対に提供しない。彼らは、オハル星人に創作されたが、本来の目的を見失っている。

 

 シリウスB  老子孔子、釈迦に叡智を与えた銀河の「哲学者」

・ジャングルか湿地のような惑星の洞窟状空洞や地下で隠遁生活を送っていることが多い。寿命は極めて長い。大半は、家族形態とは無縁である。

 

 くじら座タウ グレイ種を目の敵にし、ソ連と協定を結んだ

・この人間のような生物は、グレイ種を目の敵にしている。宇宙のどこであろうとグレイを発見したら叩きのめすと誓っている。

 

・地球までグレイを追って来た彼らは、1950年代にソ連と協定を結び、基地と自由に領空を飛行する権利を得た。

 

最近になって、ロシア人はタウ人との協定を破棄し、同じ協定をリュウ座人の前衛部隊と交わしてタウ人を追い払ったと考えられている。

 

 ビーガン   シリウスA人の遺伝子から作られたグレイ

・このグレイ種は、シリウスA人の遺伝子から作られている。シリウス人の船の標準的な乗組員である。主人のために労役、実験、雑用を行う。ゼータ・レティクリ1と2のグレイは、前向きにビーガンの指揮に従い、人間の誘拐や鉱物のサンプル収集などの特定の任務を行う。

 

 ゼータ・レティクリ1 地球人監視のためリゲル人が作ったグレイ

・このグレイのエイリアンは、リゲル人が地球の人間を監視するために作った。人間とリゲル人の混合物である。人間の胎児と同じように四本の指と割れたひづめを持つ。ホルモン液と遺伝子実験のために人間を誘拐することで有名である。

 

遺伝子的・ホルモン的な欠乏症のため、彼らは、急激に死滅している。他者を誘拐することで、自らの種を救う交配種の原型を作ろうとしている。

 

 ゼータ・レティクリ2 遺伝子操作で作られたグレイ。爬虫類人に奉仕

・このグレイは、遺伝子操作で作られた爬虫類人への奉仕階級のメンバーである。完全にマインド・コントロールされており、中央情報(コンピュータ)に接続されている。集団精神で一体となって動く。彼らは、無心になってゼータ・レティクリ1を手伝う。誘拐現場でよく目撃されるが、子供のように純真に行動する。

 

 アンタレス  トルコ人ギリシャ人、スペイン人のDNAに

・極めて知識が高く攻撃的である。

 

・彼らの社会の最深部まで入り込むことができた者は、ほとんどいない。

 

女がいるところが観測されたことはなく、彼らは、同性愛者で、生殖目的でのみ女を使用すると考えられている。ただ、実は、ある母系集団が彼らの背後で権力を握っているとも考えられている。

 

 

 

『オカルトの惑星』 1980年代、もう一つの世界地図 

 吉田司雄  青弓社   2009/2/23

 

 

 

シャンバラへの旅―80年代の日本の危うい夢(宮坂清)>

 アガルタの首都シャンバラ

 <多彩な表象>

ところが、1970年ごろを境にしてシャンバラやアガルタは表現の素材として広く用いられ、より大きなマーケットに流通するようになる。

 

・まず、水木しげるは「ビッグコミック」1968年7月1日号(小学館)に『虹の国アガルタ』を掲載した。このタイトルからは、先述のディクホフがアガルタを「虹の都」と呼んでいることが想起される。主人公の青年がチベットを訪れ、アガルタを探し求めたあげく、鏡面に現れる女性に誘われてアガルタに消えるという物語である。アガルタがチベットにあるという点は「正確」だが、鏡面をアガルタへの入口にしている点は、管見ではほかに例がなく、むしろ鏡面を異界への入口とする物語(例えば『鏡の国アリス』)を参照したものとみるのが妥当だろう。 

 

・また、石森章太郎は1974から75年にかけて「週刊少女コミック」(小学館)に『星の伝説アガルタ』を連載している。この物語ではアガルタは秋田県のピラミッド型の山の地下空間にあり、金星からやって来た「ヘビ族」の子孫が、そこで「星のしずく」の原料となる薬草を栽培している。登場人物にディクホフの名を語らせているほか、ディクホフにならい「金星からやってきたヘビ族」の若者を主人公に据えるなど、内容とも大きな影響が見られる。また、この物語にはチベットとの関連はほとんど見られないものの、地下都市、UFOや宇宙人、ピラミッド、ポルターガイストなど、オカルト的な要素がちりばめられていて、アガルタが、70年代のオカルトブームに多少なりとも取り込まれていたことがわかる。

 

 チベットに回帰するシャンバラ

さて、1980年代を迎えると、シャンバラは新たに表れたオカルト誌「ムー」学習研究社)によって急速に知られていくことになる。

 

「ムー」は1979年11月の創刊号で、すでに「人類最後のロマン 地底世界伝説」(阿基未得)と題した記事を載せ、その冒頭、シャンバラを「地底王国の首都」として取り上げている。この記事は、世界各地の地底世界伝説や地球空洞説を紹介しながら、それらが実在すると主張するものだった。

 

 精神世界の救世主へ

「ムー」のシャンバラ熱の頂点は、1984年11月号の30ページにわたる「総力特集 地底からの救済 シャンバラ大予言」(上坂宏)である。ボリュームもさることながら、注目されるのは、タイトルにも示されているように「救済の予言」がテーマになっている点である。

 

・これらの記事の影響は、例えば、1988年に 高階良子が少女雑誌「ポニータ」(秋田書店)に連載した漫画『シャンバラ』にみることができる。地上、そして地下のシャンバラという二つの世界があり、シャンバラの光(光の御子)が闇(ジャンザ)と闘い、ジャンザに支配された地上世界を救う「どこも内乱や暴動が起こり危険な状態 ジャンザに操られている この内乱は、やがて世界を巻き込み核戦争へと拡がるでしょう 地上は死滅する それを止められるのはあなただけ」と救済を予言している。

 

・しかし、いずれにしても、1980年代に至るまではほとんど知られていなかったシャンバラが、数年の間に現代社会の救済者として大々的に語られるようになったことは驚くべきだろう。

 

・そして、86年にオウム神仙の会(のちのオウム真理教)が「シャンバラ新聞」なる新聞を発行し始めたこと、のちに「日本シャンバラ化計画」を開始したことを考えると、このことが持つ重みはさらに大きなものになるはずである。

 

 

 

『ニッポンの河童の正体』

飯倉義之  新人物往来社    2010/10/13

 

 

 

<宇宙人グレイ説>

・さまざまな河童の正体説の中でも極北に位置するのが、この河童=宇宙人グレイ説である。UFOに乗って地球に飛来し、NASAと取引をしてエリア51に潜んでいるという宇宙人・グレイ。彼らは、1メートル20センチ程度で、メタリックな灰色の肌をし、釣り上がった目と尖った顎が特徴である。彼ら悪の宇宙人グレイこそが太古から日本に出没していた河童であり、河童に尻子玉を取られるとはUFOにさらわれての人体実験、河童駒引とはつまり現在のキャトル・ミューティレーションのことだったのだ、というのがこの説である。

 

・宇宙人という正体不明の存在を河童という正体不明の存在の正体にするというのは、つまり何も判明していないのと同じだというのがこの説の最大の弱点である。

 宇宙人・グレイと河童の不思議な符合は、人や家畜を害するものに対する想像力のありようは、文化が違ってもどこかで似ることがある、と考えた方が合点がいくのではないか。

 

・このグレイ説は雑誌『ムー』誌上で人気を博してさらにもう一段階の進歩を遂げ、実は宇宙人だと思われているグレイは地球固有の異次元吸血妖怪で、アメリカ軍はそれを知りつつ本当の宇宙人のカモフラージュに妖怪・グレイを用いているのだとされる。

 

世界中でチャパカプラとかスワンプ・モンスターと呼ばれて人や家畜を害しており、さらに彼らはプラズマを操って河童火を燃やす力があり・・・とまあ、八面六臂の大活躍である。この説に従うと、「妖怪だと思われていた河童の正体は、実は宇宙人だと思われていた妖怪である」ということになる。複雑さは増したが、何も言っていないことは同じと言うことになるだろう。

 

河童で町おこし

<町中の妖怪たち>

・日本では各地域に伝わる妖怪伝承をもとにした町おこしが行われている。近年では、鳥取県境港市の「水木しげるロード」が人気を博している。

 

札幌市奥座敷定山渓温泉

・札幌市奥座敷定山渓には、「かっぱ淵」の伝承がのこされている。ある青年が豊平川で急に何かに引きずり込まれるようにして淵の底に沈み、発見できなかったが、一周忌の夜、父親の夢枕にその青年が立ち、「私は、今、河童と結婚して、妻や子どもと幸せに暮らしていますから安心してください」といって消えたという伝承である。札幌市奥座敷定山渓温泉は、この「かっぱ淵」の伝承をもとに、河童で町おこしを行っている。

 

岩手県遠野市

岩手県遠野市は、「河童のふるさと」として有名である。遠野市には、柳田国男遠野物語』に河童の伝承が多くみられるように、河童にまつわる伝承が数多く残されている。

 

宮城県加美郡色麻町

色麻町には、「おかっぱ様」として有名な磯良神社がある。

 

千葉県銚子市

銚子市には大新川岸の河童伝承がある。昭和60(1985)年に、「銚子かっぱ村」ができた。

 

東京都台東区かっぱ橋本通り商店街」

・「かっぱ橋本通り商店街」では、かっぱ像や、かっぱの絵の看板をたくさんみることができる。

 

広島県南区段原

猿猴川は、猿猴(エンコウ)」という河童の名称がつけられているとおり、河童がいたと言う伝承がある。

 

熊本県天草市栖本町

・ガワッポ(河童)の伝承が残されている。

 

福岡県久留米市田主丸町

・河童の総大将の九千坊が筑後川に棲んでいた伝承がのこされている地域である。

 

河童愛好家による全国ネットワーク

河童連邦共和国

・日本全国で河童の町おこしをしている地域や河童愛好家の人々が集まり、「河童連邦共和国」というネットワークがつくられている。

 

 

 

『1冊で1000冊』  読めるスーパー・ブックガイド

宮崎哲弥    新潮社     2006/11/15

 

 

 

アドルフの我執――人間ヒトラーの日常を分析する

オリヴァー・ヒルシュビーゲル監督の『ヒトラー~最後の12日間~』

が話題になっている。その焦点は、まずヒトラーの人間的側面を照らし出した戦後初のドイツ映画であること。そして、権勢と栄華を極めた第三帝国が地下壕の密室に追い込まれた後の末路が具に描き込まれていること、だ。

 

・“T・ユンゲ”『私はヒトラーの秘書だった』(草思社)は、映画の原作となった最後の秘書の手記。人間観察が面白い。「愛し合っているなら結ばれるべし」と言い張るヒトラーのせっかちな結婚観を「中産階級的!」と嗤ったりしている。ヒトラーのみならず、取り巻きたちの寸評も秀逸。OLからみた独裁者像という感じ。

 

・定評があり、入手し易い伝記ならばJ・トーランド『アドルフ・ヒトラー』(全4巻 集英社文庫)がお勧め。初めて「悪魔に人間の顔を与えた」という評言通りの大作。大部過ぎてとても付き合えないという向きには、水木しげるの大傑作『劇画 ヒットラー』(実業之日本社ちくま文庫)を。考証の正確さも驚くべき水準だが、史実のマンガ化には留まらない。ヒトラーの人間的魅力までも伝える。

 

 ヒトラーを信念、実行力、理想を兼ね備えた革命家に他ならないとするのは、M・ハウスデン『ヒトラー ある《革命家》の肖像』(三交社)。

E・シャーケ『ヒトラーをめぐる女たち』(TBSブリタニカ)は、ヒトラーを中心とした女性相関図。

 だが、L・マハタン『ヒトラーの秘密の生活』(文藝春秋)は同性愛者説を検証し、肯定的な結論を引き出している。

 精神分析的アプローチといえば、A・ミラー『魂の殺人』(新曜社)が著名だが、ヒトラーという複雑な現象を「幼児虐待のトラウマ話」に縮退させる。ミラーの単調な正義感、非社会性は、むしろナチズムやスターリニズムに一脈通じる。

 

アドルフの我執?――今も大衆が好む陰謀論、オカルト……

・映画『ヒトラー~最期の12日間~』のもう一つの原作はJ・フェスト『ヒトラー 最期の12日間』(岩波書店)だ。ヒトラーとその腹心たちの心中には「みずからを神話として、世界の意識の中に刻み込もうとする意図」がみえたという。そうした妄想はやがて、世界観の闘争と現実の戦争との区別を曖昧にしてしまう。

 

・では、ヒトラーの思想、ナチスの世界観とはどのようなものだったか。A・ヒトラー『わが闘争』(上下 角川文庫)は、その最も重要な手懸り。意外に「読ませる」内容である。

 自意識過剰で、反抗的で、嘘や無知が散見され、陰謀論と偏見に満ちているが、そんな質の書跡なら、いまも書店に平積みになっている。大衆は力への屈服を好み、感情で物事を決するという本書の臆見は結構当たっているかも知れない。

 

・同書ではワーグナーの楽劇への心酔が吐露されている。J・ケーラー『ワーグナーヒトラー』(三交社)はワーグナーヒトラーに与えた影響に関する珍しい研究書。

 ヒトラーとオカルティズムの関わりは「精神世界」や陰謀史観の世界ではあまりにも著名だ。L・ポーウェル、J・ベルジュ『神秘学大全』(学研M文庫)やT・レヴンズクロフト『ロンギヌスの槍』(学研M文庫)がその代表。なかなか巧妙に書かれているので、真に受けずに楽しむべし。

 

・K・アンダーソン『ヒトラーとオカルト伝説』(荒地出版社)は、正統派史学からは無視され、通俗書の世界では猖獗を極めているヒトラー=オカルティスト説を客観的に検証する。「ヒトラーは極めて実際的な人物」であって、オカルティックなイメージを利用しただけというのが真相らしい。

 そうして捏造された奇怪な妄想体系に対する批判的考察なら、小岸昭『世俗宗教としてのナチズム』(ちくま新書)が優れている。

 各論的だが、藤原辰史『ナチス・ドイツ有機農業』(柏書房)はヒトラーエコロジズムを詳説。「もったいない運動」の先駆者はナチス!?

 

空飛ぶお皿顛末記――UFO論議にやっと決着がついた?!

・イギリス国防省がUFOの存在を否定する報告書を作成していたことが明るみに出た。4年間の本格的科学調査に基づいて、2000年にまとめられたという。

 実は、こういうレポートは1960年代にもあった。アメリカ空軍がコロラド大学に委嘱して組織されたコンドン委員会によるものだ。

 邦訳のエドワード・U・コンドン監修『未確認飛行物体の科学的研究 コンドン報告 第3巻』(プイツーソリューション)を読むと、かなり精緻で多角的な研究だったことが」わかる。その結論は今回と同じく否定だった。

 

ピーター・ブルックスミス『政府ファイルUFO全事件』(並木書房)は、コンドン報告の分析を高く評価している。にも拘わらず「感情的なUFO信者」には「あまりに難解すぎた」のだ。客観的な史料批判に徹した画期的内容。カーティス・ピーブルズ『人類はなぜUFOと遭遇するのか』(文春文庫)と併読すれば、UFO研究史を押さえることができる。

 

・まともな科学が手を引いた後、新たな神話が蔓延った。例えばオカルト心理学の教祖、ユングはUFOを普遍的無意識の象徴と捉えたが、この考え方はニューエイジ方面で広く受容される。キース・トンプスン『UFO事件の半世紀』(草思社)はユング的視点による総括。

 UFOに誘拐されて、外科的手術や性的虐待などを受けた「記憶」を催眠誘導で甦らせるという大真面目な研究書は、ジョン・E・マック『アブダクション』(ココロ)。例のトラウマ記憶回復運動の一環。著者はハーヴァード大学の精神医学教授。超一流大学の研究者が疑似科学に嵌った典型例だ。

 こうした現象のなかに、「社会の心理学化」の徴を看て取るのは、木原善彦『UFOとポストモダン』(平凡社新書)。UFO神話の文化研究。

 UFO陰謀論もお盛ん。マイケル・バーカン『現代アメリカの陰謀論』(三公社)を。

 それらすべてを笑いのネタにしているのが、山本弘皆神龍太郎志水一夫『トンデモUFO入門』(洋泉社)。

 

 

 

『UFOとポストモダン

木原善彦)   (平凡社新書)  2006/2/11

 

 

 

アブダクションとエイリアン

・ひょっとすると数百万人の人々がアブダクションされ、インプラントされている。

 

・EBE「地球外生物的存在」は、合衆国政府と秘密協定を交わしている。EBEは自由にミューティレーションとアブダクションを行なうことができ、またニューメキシコ州ダルシーに秘密基地を建造することが許可された。それと引き換えに合衆国政府はハイテク技術と兵器を与えられた。

 

EBE「地球外生物的存在」が協定に違反し、使える技術や兵器を合衆国に与えなかった。

 

・ 1979年、ダルシー基地内の人間を救出しようとして、合衆国の特殊部隊の兵士66人が殺された。(「ダルシーの大虐殺」)

 

・人類を家畜化しようとするEBEと合衆国政府は、既に戦争状態にある。

 

・「スター・ウォーズ計画」の通称で知られる戦略防衛構想(SDI)は、ソビエト連邦を仮想敵とするものではなく、実はエイリアンと対決するためのものである。

 

 

 

『あてになる国のつくり方』  フツー人の誇りと責任

井上ひさし、生活者大学校講師陣    光文社    2008/8/7

 

 

 

近隣との百年戦争

・もっと根深い話をしましょうか。都会でもそうでしょうが農村では、隣り同士の仲が悪いのです。ま、わが家もそうですね。隣の隣の家とは、利害関係がないから仲がいいのですが、とくに後ろの家とは、親子三代で、もう100年も争っています。発端は、わが家の敷地が、裏の家の土地に三尺ほどはみだしていると向こうが三代にわたって言い続けていることです。私は、絶対うちの言い分が正しいと思っているのですが、どちらも物的証拠がない。後ろの家の言い方はしつこくて、

 

「お前は立派なことを言ったり書いたりしてるけど、何だ、お前、盗人じゃないか」と、こういう言い方を何度もしてくれるわけです。

 

・とうとう私は頭にきて、「それならこの土地は俺が買う。坪100万でも買ってやるぞ」と、腹をくくりました。親戚や区長さんに来てもらい、立ち会ってもらって、金で折り合いをつけようとしたのです。ところが、当時まだ生きていた親父が、「絶対そういうことをしちゃいかん」と反対する。なぜか。

「お前がそういうことをすると、前の二代が嘘をついてたことになるじゃないか。自分たちがいっていたことは間違っているから、あいつは金を出したのだ、ということになるから、絶対しちゃいかん」

 

たしかにそうです。結局、話をつけるのはやめました。だから、まだまだ喧嘩は続く。うちの息子にも親父の教えを言い伝えていますし、小学校の5年生の孫にもきちんと伝えていますから、争いは100年は続く・・・そういう世界なのです。

 

・そういう世界に何がグローバリゼーションだと、私は、いつも言っているのです。

 

農村原理主義による運命共同体

・日本の農村はよく、運命共同体だと言われますが、その根っこは、田んぼに使う水にあります。田んぼは自分のもの、つまり私有地、しかし、田んぼに使う水は自分のものではありません。上流から下流へ流れてくるものだし、皆で共同管理しなくてはいけないから、自分勝手なことはできない。流域全体のシステムに従うしかないのです。ですから、個人主義や自我は、稲作をやっている限り絶対に人々の心には育たないのです。

 

大農場がつぶれる時代

・では大農場をもつブラジルの農家がいいかというと一概には言えません。ブラジルは、完全に市場主義が成立していますから、弱肉強食が社会的に容認されています。国も何ら手助けしてくれません。だから大農場でもやっていけない現状が生まれてきます。

 

・グローバリゼーションの中で、1ヘクタールだろうと1700ヘクタールだろうと農業では食えなくなっている、これが世界の農家の現実です。

 

グローバル化に農業の未来はない

佐賀県では1800億円あった県下の農業粗生産額がこの間に毎年100億円ずつ減っていきました。

 何度でも、声を大にして言いたい。毎年100億円ずつですよ。

 

・本当に、農業で食えない状況は深刻です。しかも、高齢化はすすむ一方だ。これは、佐賀県だけでなく、日本国中同じ状態なのです。

 

・「今、村の人が一番関心を持っているテーマは何ですか?」という質問をぶつけてみると、「若い者は出ていってしまった。残った者は歳取った。さあ、どうするかということだよ」という言葉が返ってきました。

 

・しかし、私は日本の農業が滅びたって、百姓は困らないとずっと言ってきました。農家は、どんな時代になっても、自分と自分の家族の食べる分だけは作りますからね。他人が食べる分をやめるだけの話です。それで、いいんですよ。結局、日本の農業がなくなって困るのは消費者であるフツー人です。そういう意識も視点もフツー人の間に育っていない。そこが困った問題です。

 

 

 

荒俣宏の不思議歩記』

荒俣宏   毎日新聞社    2004/11/1

 

 

 

蜂須賀正氏の有尾人調査

・平成15年4月13日、東京の立教大学で「蜂須賀正氏(はちすかまさうじ)生誕百年記念シンポジウム」が開かれた。永らく忘れられた人物だったので、まことに喜ぶべき復権である。正氏(1903~53年)は阿波蜂須賀十八代当主だった一方、鳥類学者として華々しい業績を残した。日本人ばなれした冒険貴族でもあった。

 

・それで思い出したのが、正氏は昭和3年にフィリピン探検を敢行した際、帝大の松村瞭博士から奇妙な調査を依頼された逸話がある。いわく、「フィリピンのどこかに尾のある人間がいるので、これを研究できたら世界的に珍しい報告になるでしょう」。

 かくて正氏は有尾人発見という無茶なミッションを負って出発した。鳥類採集やアポ山登頂など多くの成果をあげたこの探検にあって、正氏は最初のうち有尾人調査にもずいぶんと力を入れたようである。30年前にフィリピンで撮影された証拠写真を入手していたので、自信もあったようだ。その他、マレー半島ボルネオ島ニューギニアでの有尾人情報を手にしていた。

 

・じつは昭和初期、日本には密かな有尾人ブームが起きていた。端緒となったのは、大正期に開催された大正博覧会、つづいて平和記念博覧会にもお目見えした「南洋館」だった。南洋への関心を高めるべく、見世物に近い物産紹介が行なわれたが、その一部に有尾人まで加えた南方の風俗を含んでいた。数年前にわたしは、平和博のときと思しい南洋館発行の絵ハガキに、「ボルネオ、ダイヤ族有尾人」なる写真を発見して、驚きのあまりのけぞった記憶がある。その解説に、正氏が入手したのと同じような、アジア各地の有尾人目撃情報が載っていた。

 

・しかし正氏の探検隊は、進展とともに純粋な博物学調査に忙殺されていったし、正氏自身もマラリアに罹って以後は有尾人への関心を弱めた。ただ、日本の一般市民は、みごとなキングズ・イングリッシュを身につけ、狩猟の技にもたけ、自家用飛行機で飛び回る破天荒な正氏を、あいかわらず「怪人」扱いしつづけた。たとえば、昭和14年小栗虫太郎は『有尾人』と題した秘境冒険小説を発表。正氏が実地調査したアフリカ中央部に有尾人「ドド」を出現させた。正氏は絶滅島ドードーを研究し、「ドド」と表記していたから、モデルは正氏その人と思しい。

 

平田篤胤の広い関心

・平田神社に保存されてきた教材の中に、絵軸がいくつも残っている。どれも、晩年の篤胤が最も力を入れたテーマ「幽冥界」と「神代」を解決するのに用いたものだ。霊界だの神の時代(古)だのは、これを目撃した人がいないわけだから、『古事記』などの古典を講義しても、文章だけではどうしても限界がある。そこで篤胤は「物」を用いることを始めた。江戸後期には考古学も進展し、各地で古物の発掘が盛んになっていた。時代の遺物と考えられるものが、文字も含めて発見されていた。篤胤は実物を示しながら講義し、「神代文字」も実際に使ってみせた。神代のことを実物を介して説明したことで、門人たちの理解は画期的に向上したにちがいない。

 

・しかし、神代はそれでよいとしても、霊界のほうは「物」で説明できない。なにしろ俗世とは別の空間であるから、幽霊や妖怪を捕えて展示するわけにもいかない。そこで篤胤が編みだしたのは、「絵」つまりビジュアルを活用する方法であった。篤胤は仙境や死後の世界を見て現世に戻ってきた「目撃者」を探し、その人たちから徹底した聞き取り調査を行った。仙境で暮らしたという「天狗小僧」寅吉などは、門人にして十数年にわたり調査を継続している。寅吉が伝える仙境の舞踏については、楽士、舞手の配置、見物人の並び具合、果ては楽譜にあたる音曲の詳細まで聞きだしている。

 

・これらの情報を絵画化し、ついに「見えない世界」の講義術を確立した。たとえば、仙境に住む「角の生えたイノシシ」を、仙界の住民が鉄砲で狩猟する光景を描いた画軸がある。日本一の鉄砲鍛冶、國友藤兵衛が寅吉に確かめたところ、仙人は空気銃を使うと聞いて仰天した。また、それまでビジュアル化されたことがなかった日本の神々の姿をも、篤胤は絵画化した。「高根様」と称する仙界棟梁の肖像は、まことに迫力に満ちている。記紀に語られる地上最初の陸地「オノゴロ島」を克明に描いた軸もあった。国学の教授法の革命だったと思う。

 

・篤胤を継いだ二代銕胤は、明治維新のあと大学校の開設を計画する役職に就いた。しかし、島崎藤村『夜明け前』に見るごとく、絶望してすぐに新政府と距離を置いた。平田学派は幽冥界の主神、大国主命や、南朝天皇にも敬意を払い、独自の神道思想を深めていた。しかも、その担い手は庶民が主体だった。

 

稲亭物怪録を覗く

広島県の東側に三次という市がある。全国的には無名に近いが、二つの自慢がある。一つは、『忠臣蔵』の浅野内匠頭に嫁した阿久利姫(のちの瑶泉院)。もう一つは、1カ月間妖怪の来訪を受け続けながら耐え抜いた豪の者、稲生平太郎。2人とも三次の出身者で、郷土の誇りといわれる。わたしは『忠臣蔵』にも心惹かれるが、やはり時節柄、妖怪に食指が動く。

 

三次市では稲生平太郎の妖怪話を市興しのテーマに据え、すでに「物怪プロジェクト三次」が進行していた。この平太郎は江戸中期に三次に住んだ実在の武士だ。三次藩はその頃廃藩になったあとで、宗藩の広島浅野家から禄を受けてはいたが、仕事もなくブラブラしていた。16歳の平太郎はある日、江戸帰りの相撲取り三ツ井権八に「三次の侍は意気地がない」となじられたことに反発。肝試しと百物語に挑んだ。

 

・ところが、これで比熊山から妖怪の一団を呼びこんでしまい、7月1日から1カ月間、毎晩のように妖怪の来訪を受ける結果となった。目玉のついた石、女の生首、割れた頭から出てくる赤んぼう、ぞろぞろはいりこんでくる虚無僧の群、浮きあがる畳、赤い舌でベロベロと舐めまわす大顔、果ては巨大な蜂の巣から黄色い液がボタボタ垂れてくる怪など、ゾッとするような物怪にたたられた。しかし平太郎はついに耐え抜き、妖怪大将を退去させた。この「実話」が広く流布したのは、なんといっても多くの絵巻が制作されたことに拠っている。2002年6月、県立歴史民俗資料館に寄贈された未見の絵巻『稲亭物怪録』があると聞き、ぜひとも見物したくなった。

 

・最後の場面、妖怪大将が退散する光景では、無数の妖怪どもがツバメのように長い尾を引きながら宙を飛んでいる。今まで見た平太郎の妖怪絵巻のうちでは最も詳しく、他の絵巻では図示されなかったシーンが続出する。

 

・さあ、エラいことになった。絵巻のタイトルも『稲亭物怪録』とあり、これまで使われてきた題、『稲生物怪録』とも異なる。他にただ一冊、同じタイトルの写本が慶應大学に所蔵されているが、ここに挿入されていた絵とよく一致する絵巻だ。つまり、これは別系統を構成する作品群の一つなのである。稲生平太郎の妖怪話は、江戸時代から、平田篤胤泉鏡花折口信夫など多くの人々を魅了してきた。いまだに実話だったのかフィクションだったのか、全貌が明らかにされていない。この新発掘の絵巻が新たな手掛かりとなり、世にも珍しい妖怪実見記の真相が解明されることを祈る。

 

 

 

『図説 奇形全書』

マルタン・モネスティエ  原書房 1999/9

 

 

 

奇妙な人あれこれ

しっぽのある人

・1910年に旅行家のW・スローンは、ニューギニアの奥地で、四肢に加えてしっぽのある部族を発見した。公式発表によると、それはしっぽ状の突起物で、ヒヒのしっぽと同じくらいの長さがあった。

 

・しかし、新たな報告が三つなされている。その内容はこれまでに述べたものとほとんど変わらなかったが、この報告をきっかけに、ヨーロッパ各地でしっぽのある人間の問題が再び取り上げられるようになった。一つ目は、フィリピンのルソン島に住むブトク族について、フォルバン医師が1926年に収集した観察に関するものである。この部族の者は、著者が撮影した多くの写真が示すように、たびたび長いしっぽを備えていた。二つ目の報告は、1928年にさかのぼり、最もよく引用されているものである。インドシナに派遣されたネデレック博士が、両親とともにサイゴンの監獄に入れられていた、12センチのしっぽを持つ、8歳の中国人の子供を見つけたのである。ネデレックによって撮影された子供の写真は、世界中に配信され、大きな反響を巻き起こした。

 

・しっぽのある人間に関する論争に火をつけた三つ目の情報は、サン・ペロドのヴェラスケス博士が発表したものである。それは次のような文章で始まっていた。「ホンジェラスのトルヒーヨ市の近くで海水浴をしていたとき、カリブ族の中年の女性が海岸にやってきた。彼女が無造作にすべての衣服を脱ぐと、長さ16センチのしっぽがついているのが見えた。その先端は、すでに短く切ってあるようだった」。

 これらの話をもとに繰り広げられた多数の論争を得て、今日でもなお通用している科学的な理論が導き出された。すなわち、しっぽのある人間という特別な種族は存在しないということである。それはただ、どんな種族であれ、同じ家族の中で代々伝えられる奇形にすぎないのである。

 

・今日、この種の奇形に出会うことはまれだが、それは自然がこのような奇形を作り出すことが少なくなったからでなく、当然ながら幼いころにそれが見つかることが多く、ちょっとした外科手術で取り除くことができるからである。

 とはいえ、今日でもなお、いくつかの国の奥地でときどき、しっぽのある大人の人間が見つかっている。数年前、トルコのアンカラにある陸軍病院の医者たちが、トルコ東部から来た21歳の若い徴集兵にしっぽがついているのを発見した。彼は兵役検査にかかるまで、しっぽのあることを隠していた。彼のしっぽは脊椎のほぼ先端に生えており、長さは30センチほどもあった。

 

 

 

『河童・天狗・神かくし』

松谷みよ子)(立風書房)1985/7

 

 

 

 山の神などによる神隠

・ある時、この部落の小さい女の子がふっとかき消すようにいなくなった。部落総出で探してみても、いっこうに手がかりはない。幾日かたって、また、ふっと現われた。その現われ方がまた不思議なことだった。この部落のはずれの薬師堂の梁の上に、その女の子はちょこんと坐っていたんだ。村の衆は、あれは薬師様にさらわれたんじゃっていった。  (長野県)

 

岩手県和賀郡がはんらん。和賀町横川目。私が15歳の頃(昭和10年前後)の事件である。大雨で村の中央を流れている尻平が氾濫した。その日、私の部落の幼児(5、6歳)が見えなくなったという騒ぎが出た。消防団も出たりして、部落総出で探しまわったが、夜中になっても見つけることができなかった。きっと川に落ちて流されたに違いないというので、川下を探しまわった。ところが、朝になってその幼児が川向うの山の中で無事で発見された。これはどう考えても不思議なことでした。その川には、丸木橋一本かかっているだけで、当日の大雨の氾濫で大人でも渡ることができない状態でした。

 

・長野県上伊那郡。浦の新三郎猟師といえば、山の神様となれ親しんだ逸話の持ち主として知られています。明治の初年のこと、新三郎は金子勢五郎猟師と連れだって仙丈岳へ猟に出かけましたが、二人は途中の小屋で単独行動をとることにきめ、別れ別れになりました。それから1週間、新三郎猟師は、杳として消息を絶ってしまいました。村人に依頼して山中を捜索してもらいましたところ、勢五郎と別れた小屋に戻っているところを発見されました。新三郎の話では、小屋を出てしばらく行くと、立派な婦人が現われて手招きするのに出会いました。誘われるままについて行くと、苺などの実る場所へ連れて行かれ、たらふくごちそうになりました。

こんなわけで、山にいる間は、ついぞ空腹を感じなかったという話でした。村人はその女性を山神であるとみていますが、山神男性説をとるこの地方にも、こうした観方のあることはおもしろいことです。

 

 出典:松山義雄著『山国の神と人』(未来社

 

和歌山県西むろ郡上三栖。紀州西むろ郡上三栖の米作という人は、神に隠されて二昼夜してから還って来たが、其間に神に連れられ空中を飛行し、諸処の山谷を経廻って居たと語った。食物はどうしたかと問うと、握り飯や餅菓子などたべた。まだ袂に残っていると謂うので、出させて見るに皆紫の葉であった。今から90年ほど前の事である。又同じ郡岩田の万蔵という者も、三日目に宮の山の笹原の中で寝て居るのを発見したが、甚だしく酒臭かった。神に連れられて、摂津の西ノ宮に行き、盆の13日の晩、多勢の集まって酒を飲む席にまじって飲んだと謂った。是は六十何年前のことで、共に宇井可道翁の璞屋随筆の中に載せられてあるという。

 

・昭和二十年頃の話。私の家の近くの男の子(小六年)が昼間、にわとりをいじめたから神かくしにあって大騒ぎとなりました。井戸のそばにしゃがんでいたそうなのに、家人にはその姿が見えず、子供には家人の姿が見えるけど声が出なかったそうです。二昼夜、その状態だったそうですから神かくしに違いないと、父母が言っていました。(青森県

 

 

 

『山神を見た人びと』

 高橋貞子   岩田書院   2009/3

 

 

 

<東北文化史の古層へ>

今では有名になった『遠野物語』ですが、当時これを評価したのは泉鏡花と芥川竜之助くらいで、多くの人は趣味本位の書物にすぎないと見ていました。しかし、この発刊が機縁になって、地方に埋もれた文化への見直しが始まり、やがて民俗学が生まれました。人々の語る伝承の比較によって日本人の歴史がわかるというのは、まったく新しい学問の誕生でした。

 

・遠野で、『遠野物語』が再発見されたのは新しく、昭和45年(1970)ごろからでした。岩手国体の実施に当たって、地域の文化を観光資源として活用することが図られましたが、その年はちょうど発刊60年にあたっていました。その後、遠野では民俗学資料に重点を置いた博物館、佐々木記念館を核にした伝承園、柳翁宿と柳田の隠居所を含むとおの昔話村、南部の曲がり家を移築した遠野のふるさと村といった施設を整備しました。

 

・『昔なむし』の巻末にある「岩泉地方の昔ばなしとわたくし」には、幼少時に昔話を聞いた思い出から、家業と子育てをしながら採集と執筆を行った様子が書かれています。店先や汽車の中が聞き書きの場であり、夜中や早朝が原稿用紙に向かう時間だったのです。書くことへの執念と信頼が、こうした貴重な資料集を生みだしたのです。

 

山の神に出遭った人

・岩泉の向町の佐々木亥之松(いのまつ)さん(明治生)は、20歳だったある日、山仕事で山中に入りました。奥山まで行ったとき、いきなり樹の間から顔の真っ赤な大柄の人が出て、ずいと顔を合わせました。「あ、あー」とおどろいた亥之松さんは、後退りました。ところが、相手は亥之松さん以上におどろいた様子で、うろたえながら樹の蔭に隠れました。

 さあ、亥之松さんは転がるようになって家に戻ると、

その顔はらんらんとして燃える火のようだった

と家の人に話したきり、40度の高熱を出して寝込んでしまいました。

 高熱はなかなか下がりません。亥之松さんは重態でした。あまりのことに家の人は、神子さまに、ご祈祷を頼んでお宣託を聞きました。

 

 お宣託は、「山中で出遭った顔の赤い人は、山の神だったのです。

山の神は<木調べ>のために山中を歩いておられたのです。人間に見られてはならない姿を見られて、山の神もおどろかれたのでしょう。亥之松さんの病は、40日間病床に臥せば恢ります

と、告げました。

 そのご、ほんとうに亥之松さんは40日間でもと通りの健康体にもどって、そのあと長生きをして生涯を終えました。

 

山男にさらわれた娘

田野畑村田代の南という家に、名をハツエと呼ぶ美しい娘がおりました。ある日、ハツエは、手籠を持って春菜を摘みに出かけたまま、突然、姿を消しました。

 家族はもちろんのこと、村中が総出となって探しましたが、ついにハツエを見付ける「ことはできませんでした。ところが、その日から十数年たったある日、村のまたぎ(狩人)が山中でハツエを見ました。

 ハツエは、ごつごつとした岩の上に座って、長い髪を櫛でとかしていました。またぎはおどろいて、「ハツエではないか」と、声を掛けました。

 ハツエもまたぎを見ると、おどろいた様子で、なつかしそうに涙をはらはらと流しました。やがて、

あの日、山男にさらわれて山女になった。あのころのハツエではない。今は山女なれば、おいらに出会ったことをだれにもしゃべるな。もし、しゃべったら、われの命は無いと思え

 こう言うと、さいごは恐ろしい形相となって威しつけました。

 

またぎは、「だれにも一切しゃべらない」

と、約束をしました。ハツエは、

「約束を破れば、3年のうちにお前は死ぬぞ」と、更に威しました。

またぎは秘密を抱えて山を下りましたが、心の中は平らではありませんでした。だんだん体の調子まで悪くなるようでした。こらえかねたまたぎは、ついにある日、ハツエと出会った一部始終を、村のだれかに話しました。

 またぎはだんだんやつれてきて、青白くなって死にました。山女に出会って3年以内のことでした。

 

<人身御供とヒヒ>

・遠い昔のことです。小本海岸の波鼓が舞のあたりに巨大な松の古木があって、その枝に強そうなヒヒ(マントヒヒの異称)が腰掛けていました。そこは浜通りとして人びとの往来するところでした。

ところが、よく人隠しがあって、突然、人が見えなくなってしまう騒ぎがありました。

「なんでもあのヒヒが人を食うらしい」と、人びとは恐れました。

 村人たちは相談の結果、若い娘を人身御供にヒヒに差し出して、ご祈祷をすることになりました。

 

・若い娘は毎年一人ずつ、裸にされてヒヒに供えられました。のちにその娘たちの魂を鎮めるために「人殺神社」が建立されましたが。明治以前に廃社になったということです。

 

天狗山から鼓の音

小川の国境峠に天狗山があります。海抜654メートル。昔から天狗の隠れ住む山と伝えてきました。

今でも国境集落の人びとは、「トン、トン、トン、トン」

と、天狗山から鳴り出す鼓の音を聞いています。

 やがて鼓の音は、集落を囲んで立つ峰から峰をわたり歩いて、

「トン、トン、トン、トン」と、鼓の音を聞かせるといいます。

 鼓の音は、四季も時刻も関わりがなく、いつ、どうともなく聞こえ出すようだと、国境の人びとは気付きました。

「きっと、天狗様は、ご自分の所在を知らせたくて、鼓を打つのだろう」と言い合って、鼓の音を聞くと、どんな仕事をしていても手を休めて戸外に集まり、天狗山を眺めるということです。

 

天狗に殺された12人の神楽団体

・天狗森は、猿沢の奥にあって、昔は天狗が隠れ棲んでいた深い森でした。近くの与一屋敷では、あるとき神楽宿をしたのですが、朝には、12人の神楽団体全員が死んでいました。与一屋敷の人は全員無事でしたが、この一大事に気付きませんでした。

 その夜、真夜中の与一屋敷に天狗が舞いおりて、神楽衆の一人ひとりの口に息を吹き込んで殺したのでした。人間は天狗に息を吹き込まれると、即、死ぬといいます。その方法は、天狗は鼻が高いので、人間の頬に頬を近寄せて息を吹き込むと伝えていました。

 猿沢の武田博さん(昭和4年生)は、少年時代に与一屋敷跡に行ってみました。そのときの与一屋敷跡には、土台石や腐った建築材が見えたので、そんなに遠い出来事ではないと思ったそうです。

 

ツチグモと呼ばれた種族

・遠い昔、この地方をはじめて開拓したころ、われわれと別にアイヌとツチグモがいました。アイヌは狩猟をして山で暮らしていましたが、ツチグモは極端に小さい体で、山野に穴を掘ってその中に隠れ住んでいました。

 穴の入口に木の葉や草を被せていましたが、とても獰猛でアイヌや村人が通ると、いきなり襲って穴の中に引きずり込んで、猟物や食料を奪い、衣類を剥ぎ取りました。ツチグモはとても怖かったということです。

結局、ツチグモは絶滅したのですが、ツチグモを退治したのはアイヌでした。

 

 

 

『宇宙太子との遭遇』    上平剛史作品集

 上平剛史  たま出版  2009/12/1

 

 

 

 宇宙太子(エンバー)との遭遇

 御家倉山(おやくらやま)での出遭い

宇宙船は私のほぼ真上までくると滞空した。やがて、グリーンの光の帯が降りてきたかと思うと、その光に乗って、『ひとりの人間のような者』が、地上へ降りてきた。そして私と30メートルほどはなれて降りたった。髪は美しい栗色で、肩のあたりまであり、きれいにカールされていた。目は青く澄み、美しく整った顔は、神々しさをたたえて、ニッコリと微笑んでいる。黄金色の柔らかな絹のジャンプスーツのようなものを着ており、腰にはベルトのようなものが巻かれていた。私には、天使か神様かが地上に降り立ったかのように思えた。私が驚いたまま、じっとその存在を見つめていると、相手は静かに口を開いた。日本語だった。「やあ、剛史君、初めまして。いつか、のろさんが話したことのある宇宙太子というのが私です。よろしく。今日、ここへ君を来させたのは、私が呼んだのですよ」

 

 

 「昔から御家倉山(おやくらやま)には天狗が出ると言われていたから、それは天狗だべ」

 <未来>

ちなみに、我々、プレアデス星人は6次元から7次元のレベルにあります。あなた方から我々の科学を見ると、進歩の度合が高すぎて神がかっているように思われるようですが、この宇宙には我々にも分からないことがまだたくさんあるのですよ。ていねいに調査しても、まだ宇宙のほんの一部分しかわかっていないのです。さあ時間がないから先を急ぎましょう。次は東京です。

 

・前と同じように、画面に日本地図が現れ、宇宙船の現在地が示され、赤い点がするするっと東京の位置まで伸びてとまった。また、一瞬思考が止まったような感覚と、かすかになにかをくぐり抜けたような体感があった。わずか数分のことである。赤かった印がきれいなピンク色に変わると、やがて正面の画面に東京の街並みが映し出された。

 

・しかし、それは今までのビル群とは明らかにちがっていた。全体がガラスかプラスチックのような透明な建物で、ピラミッド型や丸いものが多かった。レールも、煙を吐きながら走る汽車もなかった。車も従来の車輪がついたものではなく、浮きながら滑るように走っていた。窓へ駆け寄って下を見ると、やはり、それは画面に映っている光景だった。皇居と思われる画面が映し出された。が、そこに皇居はなく、人々の憩いの公園となっており、だれもが自由に出入りしていた。

 

・私は、びっくりして、「まさか、未来の・・・・」とつぶやいた。

 剛史、よく気がついたね。そう、これが日本の未来です。日本という国はなくなり、世界連邦のひとつの州になっているのです。世界連邦においては、もはやお金は必要なくなったのです。地球人類も少しは進歩したようですね」

 

 

 

『北の大地に宇宙太子が降りてきた』

上平剛史  たま出版   2004/6

 

 

 

・著者は、昭和16年生まれ、岩手県浪打村(浪打峠に「末の松山」のある所で有名)出身。

 

大いなるもの

・目には見えない極微極小の世界から、波動によって織りなされて、物質は発現してきているのである。すなわち、「この世」に「大いなるもの」によって、発現されたものは、全て感性を持っているのであり、「大いなるもの」は、波動によって段階的に次元をつくりながら息吹によって気を起こし、自分を発現していったのである。

 

貨幣経済の廃止

・国は、歳入不足に陥ると、すぐに国債を発行して、帳尻を合わせる。国民からの借金で、目先をしのぐのである。その国債には利払いが発生し、その利払いが大変な額になって毎年のしかかり、利払いのためにも赤字国債を発行しなければならなくなる。そのため、赤字国債は雪だるま式に巨大な額となり、ついには元金の返済は不可能という事態に陥る。その地点を「ポイント・オブ・ノーリターン」という。

 

・日本はすでに、ポイント・オブ・ノーリターンを超えてしまった。超えてはならない線を越えてしまったのである。

 

・ポイント・オブ・ノーリターンを超えているのに、日本は自衛隊イラクに派遣し、赤字国債乱発で得たお金をそれに使う。

 

・国内には経済問題による生活困窮者が激増しその結果借金苦や事業の行き詰まりから自殺する人達が増加したのである。

 

・日本は国家予算の使い方を抜本的に考え直さなければならない。従来の予算の使い方を隅から隅まで洗いなおして、何が無駄に使われて、何が有効的だったかを、はっきりさせなければならない。

 

<宇宙連合>

宇宙太子からのメッセージ

・地球人類よりもはるかに進化した星人により組織されている宇宙連合の仲間(オリオン人、シリウス人、アンドロメダ人、リラ人、カシオペア人、牡牛座人、ヘルクレス人、レチクル人、リゲル人・・・・)に加わってください。

 

・人類が宇宙連合に到達したならば、宇宙考古学により、地球人類のルーツが、明らかになるでしょう。そして、宇宙に飛び出すことに力を集中してください。私も宇宙連合もいまかいまかと人類を待っているのです。

 

・人類の英知を科学の進歩、医学の進歩、文化の進歩に総結集したならば、人類は星間宇宙旅行のできるスペースマンにまで進化し、地球人類よりもはるかに進化した異星人たちによる宇宙連合の仲間入りを果たすことができる。

 

・進んだ星人(宇宙人)は、すでに宇宙と生命の原理を解明していて、神の領域にまで到達し、星から星へ瞬時に宇宙のどこへでも意のままに行けるシステムを開発している。その驚くべきシステムは新しいエネルギーの発見と、その利用の仕方に負うものであり、地球人類は、新エネルギーの発見と利用については、あまりにも遅れすぎているのである。

 

「あの世」と「この世」

・「大いなるもの」は、波動によってさまざまな次元をつくりながら、この大宇宙を創造し発現させている。

「この世」の裏側には「あの世」があり、「あの世」の裏側には「この世」がある。その認識は正しいのだが、「この世」と「あの世」は、異なった次元に同時に存在しているともいえる。

その「この世」と「あの世」も「大いなるもの」が波動によって発現させたものである。

「あの世」が普通の人間に見えないのは、その次元を普通の人間の感覚器官がレシーブできないからである。波動の違いによって見えないだけなのである。

 

・進化した星人、宇宙人においては、貨幣経済というものはなく「誰もが平等に平和に暮らせる社会」は、人類が誕生する以前から確立されていた。その後に誕生した地球人類は進化した星人に追いつけないばかりか、いまだに自然を破壊しながら、戦争ばかりを繰り返している。

 

そんな感傷の日々を送っていたある日、突然、私に宇宙太子が降りられ、私に「宇宙の法」を授けられたのである

 

 

 

『プレアデス星訪問記』 

上平剛史  たま出版     2009/3

 

 

 

<宇宙太子との再会>

・それは、私が故郷である岩手県に住んでいた16歳のときのことである。

 

<葉巻型巨大宇宙船へ>

・「葉巻型母船は長さ4キロメートル以上で、太さは一番太いところで、直径7、8百メートル以上あります」

                    

・「この母船はひとつの都市機能を持っており、ありとあらゆるものが備わっています。生き物のような船であると言っても過言ではないでしょう」

 

・なんと、これでも中規模程度の母船らしい。10キロメートル、20キロメートル、さらにそれ以上の大きさの地球人類には想像もできないほどの巨大な母船も存在するという。この母船では縦横およそ50メートルおきに道路が設けられ、階層は最も厚いところで40~50層になっているそうである。母船の中に公園や山河まであるらしい。この母船で生まれ育ち、一生を過ごす者もいるそうである。

 

・宇宙人にはそれぞれ母星があるが、母船には母星の都市機能が備わっており、母星の社会がそのまま存在している。母船の惑星としての役目を果たすため母船が故郷となる者もいて、そういった者は、ある意味で、母星で暮らしている人間よりも精神的に進化しているらしい。

 

・「この母船には我々プレアデス星人だけでなく、様々な星人が協力のために同乗しています。地球人類がグレイと呼んでいる宇宙人もいます。もっともグレイは我々が遺伝子工学、バイオ化学、宇宙科学を駆使して造ったロボットでしたが、今では宇宙や特定の星の調査など、さまざまな分野で活躍しています。他にも爬虫類、鳥類、魚類、昆虫、植物などの生態から進化した人間もいます

 

・「この母船は、最大収容能力は5千人ですが、現在は4千人くらいでしょう。ただ、乗せるだけならば、1万人は乗せられるでしょうが、常時生活して長く滞在するとなると5千人が限度です。食料やその他の問題がありますからね。この母船には、ここで生まれた子供たちを教育する係もちゃんといるのですよ。子供達が大きくなれば、母星の学校や他の進んだ星へ留学する場合もあります」

 

・UFO研究家で有名な韮澤潤一郎氏も「微に入り細に入る教訓的宇宙オデッセイであり、近頃には珍しい詳細な本物の体験記であると思う」と記している。

 

・だれしも、ある時夢での宇宙をさまよったこともあるのだろうが、本書によって、しばし宇宙旅行を楽しまれることをおすすめする。

 

 

 

遠野物語事典』

(石井正巳) (岩田書院)2003/7

 

 

 

<山の神>

・背丈は「丈高き」「背高く」。顔色は、「顔は非常に赤く」「顔は赤く」「顔はすてきに赤く」「面朱のような」とある。眼の光は、「眼は輝き」「眼の光かがやける」背が高く、顔が赤く、眼が輝くという点でパターン化している。

 

「山男」

・遠野郷の民家の子女にさらわれる者が多く、特に女に多いという。「女は、恐ろしい人にさらわれたが、その人は、背が高く、眼の色は凄く。生んだ子供を持ち去ってしまうものの、仲間と連れ立って食物を持って来てくれるという」。「山里で髪の長い美しい女を撃つ」証拠として、黒髪を持ってきたが途中で眠くなり、背丈の高い男が取り返して立ち去ったと見ると眼が覚める。その男は山男だろうという。

 

「山女」

・「山女は、ぼろぼろの着物を着ているが、色白で長身、長い黒髪を持ち、あでやかである。幼児のいる母親でもある。飛ぶように走ったり、記憶をなくさせたりする特異な力を持つが、銃弾には倒れる。人恋しいかのように里人の前に現れるが、その特異な力や叫び声、大きな笑い声のため、里人にとっては、非常に恐ろしく、恐怖で病死する者もいる。

山女が現れる場所は、遠野地方の東にある六角牛山。白望(白見)山などの山中である。六角牛山は、女神が住んだと信じられた遠野三山の一つである。

 

 

 

 ■■■ 私が思うこと、聞いたこと、考えること ■■■

 (2024/3/4)

 

 

・現代においてもウクライナ戦争では「ネオナチ」という言葉がでるようにヨーロッパにおいては「ナチス」という言葉が徘徊しています。しかし第2次世界大戦以後タブーとなっており、それに関する法律もあるようです。現代になってからも「ナチス」の関連書が非常に多く出版されているようです。

 

著者は、「ランツとの関連でとりわけ注目すべきは、人間が獣あるいは半人半獣と交合してきた、とブラヴァツキーが唱えていた点であろう」、「忌まわしい人種混合によって、退化、失墜する高等人種=神人と、進化、上昇する劣等人種=猿人という構図こそ、『神聖動物学』の根幹をなすテーゼといえよう」、「その対極的存在たる高等人種は、性の快楽のためにこれらの獣人と交接、その結果、高等人種の純潔な血は汚れ、彼らは退化してしまったという」、「なお、このような獣姦コンプレックスとでも呼べるオブセッションは、創世記第六章における「神の子」と「人の娘」の交わりを巡る記述に窺えるごとく、西欧精神の暗部に連綿と巣食ってきたものである」、「一方、獣人たち劣等人種はその交合を通して逆に進化してしまった。高等人種の犯した罪とは「獣姦(ゾドミー)」なのであり、かくて、ランツは獣人を「ソドムの猿」と呼ぶのである」と報告しています。しかしながら、超太古からの神人や異人の生態や歴史は分かりません。

 

・現代においてはドイツ語を話す宇宙人とか、宇宙における“ドイツ軍“の話もよく語られています。膨大な量のエイリアン情報が出てきていますので、研究者たちも大きく増えてきているのでしょうか。

「ノーディック」が建造したオリオンシステムの宇宙船は、人間に売られたと指摘されています。

オリオン星人は人類に5万年進化しているといわれ、「人間の魂の交換」ができるようです。「大本教出口王仁三郎は自分はオリオン星から来たと語っている」そうです。

 

現代においてもビッグフットやサスカッチのような「獣人」を「空飛ぶ円盤」からオリオンETグループが降ろしているといわれています。

「なんとビッグフットが「空中に姿を消すことができる『異次元の存在』かもしれない」という結論に至ったといわれます。またビッグフットがエイリアン・アニマルで、エイリアンのペットだとする説もあるようです。「ビッグフットは、実際に存在していますよ。彼らは、地球人との接触を避けるために、別次元にシフトする術を得たのです」と指摘されています。

ビッグフットが「異次元移動」できるように思えるのも、その現場の異次元にオリオン星人がいるからなのでしょう。ルシファーが超太古から地球を生体実験の場所にしていたのかもしれません。ネガティブ・グループのシリウス人がモンスタータイプの生物を創り、神に対抗したので神に嫌われたといわれます。河童も異人(オリオン星人)が連れてきたといわれます。

 

ルシファーもグレイ(ゼータ星人)を作り神に反抗したとも言われています。4次元の宇宙人と5次元の宇宙人の対立・戦争、神と堕天使ルシファーの対立・戦争が延々と続いているといわれます。「第2次世界大戦は堕天使ルシファーと大天使ミカエルの代理戦争だった」という奇説もあったといわれます。ナチスは邪悪なマスターに操られ、金髪碧眼のノルディックの血族間で交配を行うプログラムを煽動したのであるといいます。

「ミカエルが地獄界へ行く時の姿は、ルシファーと呼ばれています。ミカエル=ルシファーです。同じ神霊です」という奇説もあるようです。また「ヒトラーは堕天使ルシファーに憑依されていたのだ」という説もあります。

 

「テレポート(瞬間移動)は、人間にとり奇跡ですが、宇宙人にとっては、それほど難しくないテクノロジーだ」そうです。エイリアンの「異次元移動」がさまざまな現象の理解を不可能にしたようです。「あのグレイも壁を透き通るようにして部屋に侵入してくる」そうです。 「グレイ」は人間の無意識の中に入ってくるといいます。

人間の肉体や精神に憑依したり物質化する堕天使の生態は分かりません。堕天使が地球の女を狙って降りてくるといわれます。堕天使の性的な能力は異常に高いともいわれます。

堕天使が太古から売春やスパイ、麻薬と関係していたといわれます。

女好きの神々の性的な能力は分かりませんが、インドのクリシュナは約16000人もの妃がいたことで知られるといいます。

 

また日本の場合では「8000万年前に地球にきた河童は、グレイの一種で、海底基地にいる」と指摘されています。女好きの「猿神」「大きな狒々」の伝説も多くあります。そして中国では女を誘拐する玃猿(かくえん)の伝説もあります。

日本でも女を好む猿の経立(ふつたち)の伝承がありますが、猿の神様(ケンタウルス座α星人)ハヌマーンは、インド神話におけるヴァナラ(猿族)の1人といわれます。インド神話の猿の神様は「ケンタウルス座α星人」ともいわれます。宇宙人には動物タイプが3割も存在しているようです。

 

ヨーロッパの伝説でも「大きくて毛むくじゃらな北のトロール」は、ビッグフットに似ている(嫌なにおいがするというビッグフットの特徴も持っている)といわれます。

「<未知の惑星ナガースからの侵略者>

外来宇宙船と足指3本のイエティ

動物捕獲用ネットを利用して、北極圏部隊はイエティを20体生け捕りにした。それらはかつての流刑捕虜収容所へと連れて行かれ、それぞれ別個に人間用防御柵(営倉)に拘置された。イエティの一体は身長9フィート(約2.7メートル)を超えていただが、その夜、予期せぬ出来事が起こった。それまでは確実に檻の中に居た生物たちが、次の瞬間にはすべて姿を消していたことを警官たちは報告したのだ。残されたものは悪臭だった」という話もあるようです。

 

「異人」はオリオン星人だったようです。オリオンETグループが異次元のモンスター・タイプの生物を創り、人間と異種交配・混淆させ「人間化」させようとしたのかもしれません。オリオン星人は、エジプト文明など地球に文明をもたらした異星人だとしても知られているそうです。「オリオン星人は非常に階級意識の強い宇宙人だ」そうです。

「オリオン人は宇宙連合に属していない。彼らは、彼らだけの連合を作っている」と指摘されています。古代の伝説に登場する『蛇人』というのは、オリオン人の霊魂が地球に投影されたものと思われるといわれます。

歴史的人物には宇宙人(オリオン星人の天狗やその生物の鬼)が憑依していたといわれます。

リゲル人は「米政府と協定を結んだオリオン連盟リーダー」という話もあるようです。

 

「ニムロードは堕天使すなわちルシファーの子孫であり、強大な力を手にした。神への反逆者ということだ」

人間とは異なった次元に目には見えない天使たちの世界があり、そのうちで「ルシファー」と呼ばれていた天使が地球の支配をまかされたという話もあるようです。

オリオンやルシファーの力は、イエス(金星の大長老サナンダ)を地球から除き得る(磔のこと)ほどに強いのだといいます。

「現代的な解釈ですと堕天使ルシファーとかリラ星人のサタン(悪魔)という言葉は、遺伝子科学者の研究集団の名前だ」そうです。ルシファーもオリオンから来たといわれます。

「暗黒の勢力」は残忍な破壊行為を行ったり、人間に危害を与えたり誘拐したり動物をばらばらに切断したりするので、悪名が高いそうです。

ネガティブなオリオン人は、地球に来ている地球外生命体の中で、最も発達レベルの低い存在で、地球に暗黒をもたらそうとしているといわれます。

 

 

・『110の宇宙種族と未知なる銀河コミュニティへの招待』エレナ・ダナーン(ヒカルランド)2022/12/31

『【ザ・シーダーズ】神々の帰還』(エレナ・ダナーン ヒカルランド 2023/8/24)

『この惑星をいつも見守る 心優しき地球外生命体たち』(エレナ・ダナーン、ヒカルランド、2023/1/19)

 

という歴史を変える書物においても、「性奴隷」「奴隷売買」「人肉食の異星人」という奇妙な言葉が出てきますので、「宇宙連合」や「数千の宇宙船と多くの文明からやってきた数百万もの人員で構成されているアシュター司令部」についての研究者が増えることが期待されます。

人間にとって数十億年の進化の長い期間に「時空を超えているとてつもなく進化した異星人たち」の工作は想像を絶します。

 

 

 

 

 

(2018/10/5)

 

 

 

この本は『日本上空をハーモニー艦隊が防衛していた!』(ヒカルランド、上部一馬、2016/4/20)、『闇の政府をハーモニー宇宙艦隊が追い詰めた!』(ヒカルランド、上部一馬、2016/12/28)に続くものだそうです。

テーマが「人工地震、人工台風、HAARP、ケムトレイル原発攻撃等の闇の権力が、日本を攻撃している」というものだそうです。人工地震とか人工台風と言われても、荒唐無稽、奇妙奇天烈、支離滅裂、眉唾物で疑念がわきます。私たち一般人には、理解不能です。HAARP電磁波についても昔から言及されていますが、理解不能の方がほとんどのようです。しかしながら、その道の研究家は、真剣に研究しており、また警告するために本も出しています。現実に地震や台風に頻繁に被害を受けている日本ですから、「人工地震」や「人工台風」と言っても、誰かが少しは、信じるのかもしれませんが。果たして「気象兵器」は存在するのでしょうか?

 

・「ハーモニー宇宙艦隊」も異次元移動ができるようで、一般人には、なかなか認識できないと指摘されています。Amazonに「HAARP」と入れると17件の書籍が分かります。『気象兵器・地震兵器・HAARP・ケムトレイル』(成甲書房、2010/12/18)、『人工地震・環境破壊兵器HAARPが福島原発を粉砕した』(ヒカルランド、2013/6/25)、『悪魔の世界管理システム「ハープ」』(学習研究社、1997/4)、『恐怖の地震兵器HAARP』(学研、2012/10)等です。

 

・リバース・エンジニアリング(逆工学)によるものかもしれませんが、現代の科学者でも理解不能のようです。米国はエリア51等で「エイリアン・テクノロジー・リバース・エンジニアリング(宇宙人科学技術工学)」によって、兵器の開発に注力していると語っています。米国が秘密協定を結んだのはラージノーズ・グレイというオリオン星人といわれています。オリオン星人は人類に5万年進化しているといわれ、「人間の魂の交換」ができるようです。想像を絶するテクノロジーを持っているようです。そもそも米国が宇宙人情報をアバブ・トップシークレットにしたのは、「大衆がパニックになる」という懸念からだそうですアイゼンハワー大統領も、空中浮揚するエイリアンの凄まじいテクノロジーにショックを受けたといわれます。もしかすると異星人側からの要請、命令なのかもしれませんが。現代では普通の学者も無視できないほどに宇宙人情報が拡散しているといわれます。

 

・「銀河連盟およびプレアデス星人、アンドロメダ星人、ケンタウルス星人などのように地球に友好的な宇宙人もいれば、米国政府を操っているレプティリアンやグレイ、トールホワイトと呼ばれるような人口削減を狙い、地球制服を目論んでいる宇宙人がいることを知る必要がある」と指摘されています。太古のスター・ウォーズインド神話でも記録があるようで、「阿修羅の悪魔と帝釈天の神々が壮大なスケールで宇宙を舞台に超巨大宇宙母船が戦闘をしていた」とも伝えられています。

 

・銀河司令長官のヴァリアント・ソーの超能力は、まるで神のような能力です。ヴァルの超能力としては「「テレポーテーション」ー自分自身を任意の場所から任意の場所へ自由に瞬間移動できる。「テレパシー」ー何十キロも離れたところにいるUFO内の仲間の金星人とテレパシーで交信できる。「マインドコントロール」ー地球人の心を自由に繰ることができる。

 「未来予知」―ロバート・ケネディの暗殺を予知して、ロバート・ケネディに大統領選にでないように警告していた。ヴァルは、我々と同じ人間であるが、ものすごい超能力者であることが分かる」とも伝えられています。天使や大天使、神々のようにはるかに進化した異星人が、物質化して地上の米国政府要人とコンタクトしたようなのです。アメリカは太陽系の他惑星と外交的対話を続けており、ワシントンには金星・火星・冥王星公使館があったという奇説もあります。

 

 

・「大統領に会った宇宙人」(ペンタゴンの宇宙人極秘報告)(フランク・E・ストレンジズ)(たま出版)によりますと、物体を見えなくする技術に関しては、人類はまだ無縁のようです。が、異星人にとってそれほど、難しいテクノロジーではないそうです。アイゼンハワー大統領が異星人会ったという話は、暴露本などによくでてくるストーリィーのようですが、事実なのでしょう。異次元に存在する金星人も地球を昔から観察しているといわれます。どの遊星にも霊界があり、金星人は霊界と自由に往来して話をしているそうです。望遠鏡で見える金星と宇宙人の住む異次元の「金星」は違うものといわれます。かなりの数の宇宙人が地球に溶け込んで生活しているともいわれます。

 

・ウォーク・インとは、霊界からきた高次の知性を持った存在で、人間の精神や肉体に憑依できるといわれます。ウォーク・インとは、霊界からきた高次の知性を持った存在で、状況によって不要になった人間の肉体内に宿ることが許されているそうです。

 

米国の著名なUFO研究家のブラッド・スタイガーは「アリゾナセドナ上空にエーテルの見えないシティが滞空している」と語っています。

ブラッド・スタイガーの本で、日本で出版されているのは、

 1、「ペットたちの不思議な能力」(扶桑社)

 2、「フローシップ」(知られざる宇宙の隣人たち)(たま出版)

 3、「プレアデス科学の謎」(徳間書店

 4、「ハリウッド・スーパーナチュラル」(映画スターと超自然現象)扶桑社。以上の他に、絶版になりましたが、超常現象の本やUFO関連書籍が10冊ぐらい出版されたようです。

 

ローゼンクロイツは人間の姿をとって物質界に現れた高次の霊的存在ともいわれます。薔薇十字団に関連して語られるようです。ダムカルとは、アガルタのシャンバラのような宇宙の都市だったのか、それとも地上にあった都市なのでしょうか。

 

・『河童の文化誌』(和田寛)を見ると、大変な河童の研究家がいたものだと思います。インターネット情報によると、和田寛氏は「大学卒業後、和歌山県立図書館に勤務するかたわら、全国各地を訪ねてカッパの言い伝えを集めました。92年からカッパの情報誌「河童通心(かっぱつうしん)」を発行。96年の退職後に研究が本格化し、2005年に出版した「河童伝承大事典」には40年ほどかけて集めた伝承計5403件を収めました。12年には630ページからなる「河童の文化誌 平成編」も出版大阪府堺市の自宅には、私設のミニ図書館「河童文庫」を開き、膨大な数のカッパの資料やグッズを置きました」と伝えられています。

 

・2015年に80歳で亡くなられましたが、残された河童の資料は膨大なようです。『河童の文化誌』をみますと、日本では、「河童」に関する膨大な文学的なまたは漫画の本があったことが分かります。しかし、それでも河童の正体が分からないようです。河童の伝承は、内容の多くはフィクションで、荒唐無稽、支離滅裂、ちんぷんかんぷんなもので、UMA(未確認動物)としては、片づけられないようです。多くの作家が河童を題材にしており、日本人の関心の高さが窺われますAmazonの「すべてのカテゴリー」では、河童は3168件もあり、日本人の生活に溶け込んでいます。クラリオン星人のコンタクティ、イタリア人のマオリッツオ・カヴァーロによると「日本の河童はグレイの一種で、現在も海底基地にいる」といわれます。

 

amazonの「本」に「水木しげる」と検索しますと1354件の書籍がわかります。そして「すべてのカテゴリー」では2240件がわかります。多作の著名人だったようです。2015年の11月に鬼籍に入られて、メディアでも大きくとりあげられました。死後に、各出版社からたくさんの全集物の出版計画があるようです。1922年、鳥取県境港市生まれで93歳で亡くなられましたが、ラバウルの戦場で左腕を失った傷痍軍人で大変苦労されたようです。やはり悲惨な戦争体験が背景にあったと述べられています。多くのファンがいた漫画家でした。ところで水木しげるさんも巻き込まれた「土地の境界争い」というのは、全国的に頻発しているそうです。やはり、土地の狭隘性が原因のようです。「土地の境界争い」というのは、必ず巻き込まれるといっていいほど、よく起こる争いのようです。死後も、ファンの要望なのか多くの作品が「大全集」として出版される予定だといわれます。連続テレビ小説でその生涯が広く知られたようです。「ゲゲゲの鬼太郎」は誰でも知っている人気漫画でした。2003年に境港市に「水木しげる記念館」が開館され、マンガのみならず文章のファンも多かったといわれます。

 

・「山に棲む老婆の怪『山婆』で「山姥」ともいわれる」とのことですが、身長が2メートル40センチもあり、異次元の長身の宇宙人、アストラル界の異人との関わりが窺われます。長身の大男の話は、『遠野物語』やその他の伝説にもよく出てくるようです。日本の「山の女」の伝承も豊富です。アストラル界の住人にでもなった者達の末裔なのでしょうか。河童や天狗は文明開化とともに、日本の山々から去ったようです。しかし、ザシキワラシ(座敷童子)は現代でも、その存在が話題になるようで、いわゆる「子供の神様」なので霊能力が強いからなのでしょうか。ザシキワラシ(座敷童子)が出て行った家は、家運が急に衰えるそうです。

 

・「バシャールによればグレイというのは、本当は宇宙人じゃなくて、「パラレルワールドの地球に住む人類」です。パラレルワールドでは、この世界と併存する世界のことです」ということで、パラレル・ユニバース(並行宇宙)にかなりの種類の異星人が集まっているのかもしれません。グレイと人間の交雑種が「エササニ人」といわれます。エササニ人は、オリオン座の方向にある惑星の住人だそうです。オリオン星人は、非常に多種多様で、太古から地球と深く関係があったようです。

 

・またオリオン座は「神の故郷」ともいわれますが、『闇の勢力』も経由地にしているようです。「地球では白人種と定義されている“エリエン”のルーツはオリオン星雲にある」といわれます。そして「オリオン星人は非常に階級意識の強い宇宙人だ」そうです。「あなたはプレアデスの鎖を結ぶことができるか。オリオンの綱を解くことができるか」(旧約聖書ヨブ記38章31節)という謎の言葉もある不思議な星座のようです。

 

・日本でも「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔」といわれます。そして「遠野郷の民家の子女にして、“異人”にさらわれて行く者年々多くあり。ことに女に多しとなり。-遠野物語第三十一話」、「黄昏に女や子供の家の外に出ている者はよく神隠しにあうことは他の国々と同じ。-遠野物語第八話」という伝説の「異人」は、オリオン星人だともいわれています。当時の警察が「異人」について、どのような情報を持っていたのか分かりません。どれくらいの件数があったのでしょうか。羽の生えた烏天狗は、オリオン座の有翼のドラコ族からの種族なのかもしれません。異類異形の鬼や天狗は、オリオン星人系列の宇宙人だった可能性もあります。

 

クラリオン星人のコンタクティ、イタリア人のマオリッツオ・カヴァーロによると「日本の河童はグレイの一種で、現在も海底基地にいる」そうです。小柄なグレイも多種多様な種類があるようで、バイオロボット説もあれば、ゼータ・レチクル星人の一種ともいわれています。グレイも多くの種類があるようで、人間化している者も多く、その能力も大きく違うようです。

 

・ネガティブな宇宙人によるアブダクション(誘拐)や「異類混血」は、スター・ウォーズの原因となったともいわれていますが、高等知性体の宇宙人間の争い、対立は、凄まじいようです。今なお一部では続いているという話もあるそうです。人類はどれだけ進化しても「神人」にはなれないようです。「はるかに遠い未来には、神人と“小人に退化した人類”の2種類になるともいわれます。

 

・「イスラエル政府と契約の宇宙の商人」は、シリウス星人ですが、この種族とコンタクトができれば、非物質的な異星人種族とつながりができることでしょう。ブラジル政府は宇宙人の存在を認める唯一の政府だそうですが、宇宙連合とコンタクトがある外国政府は少なくないのかもしれません。

 

・天国に自由に出入りし、人間への“憑依”や人間の“転生”を自由に操作するシリウス星人については、ニルヴァーナ(涅槃・天国)にいる元地球人からの米国のチャネラーによって、情報が得られています。「パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の植民星が地球だ」そうです。人間の死後に遭遇できる天使のような宇宙人達なのかもしれません。

 

・ゲイ(LGBT等)の現象とかさまざまな不思議な地球上の現象も宇宙人が関与しているといわれています。「不思議なゲイの現象は、宇宙人の人格転換である」という説もあるようです。オリオン星人は人類に5万年進化しているといわれ、「人間の魂の交換」ができるようです。異次元の宇宙人による「魂の交換」によってゲイという奇妙な現象が生じるのかもしれません。カリフォルニアでは、ゲイの宇宙人の話もあったといわれます。

 

・ロシアやイスラエルなど他の国々も異星人とコンタクトしているようですが、国家的な危機感からか、エイリアンの超テクノロジーを喉から手が出るほど欲しい国が多いのでしょう。ロシアには昔から奇怪な宇宙人の話も多いそうです。

 

・日本に関係する異星人、神々とのコンタクトもあるようなのです。が、マスコミにも公開して、国家機関の総力をあげてエイリアンの超テクノロジーを獲得するようにしなければならないでしょうか。「エイリアン・テクノロジー・リバース・エンジニアリング(宇宙人科学技術工学)」に関してはアメリカの1人勝ちになるのかもしれません。ロシアの宇宙人の動きはどうなのでしょうか。ちなみに日本にも、昔から異星人が飛来している話が多いそうです。ごく少数の公務員のコンタクティがいるともいわれます。

 

・宇宙人の情報は、マイナーなものからメイジャーなものにしていかなければならないでしょう。「何も知らせない」ような、いつまでも核兵器などの国家安全保障上の最高機密(トップシークレット)を数段階上回る『厳秘』扱いにしておいてはいけないそうです。アメリカでも市民の側から様々な情報探求の動きがあるようです。You Tubeなどの動画にみられるように、世は「映像の時代」になっているようです。You Tubeでは驚くほど豊富な奇妙で不思議な動画があります。「どこでもカメラ」がある時代で、誰でもカメラマンになれる時代です。

 

・自らハルマゲドンをして自壊した教団(オウム真理教事件)のことは詳しく知りませんが、多くの人を引き寄せた超常的なものとカネにつては新聞では報道されていないそうです。

 

日本の明治時代の流浪の民、サンカが「アガルタの住人の末裔」という奇説もあるそうですが、日本にも地下世界の伝承があり、世界中にある地下世界の伝説と相似関係があるようです。

 

シャンバラは、エーテル界に突入した都市型の超巨大宇宙母船という話もあり、「都市程度の規模のシャンデリアのように光り輝く超巨大宇宙母船」を見たというコンタクティもいるそうです。

 

・プレアデス星人のコンタクティ、スイス人のビリー・マイヤーによれば、「直径100キロメートルの宇宙母船」も報告されているようです。

プレアデス星人は人類に6000年進化している種族ですが、人類に近く神でも天使のような宇宙人でもないそうです。

 

・小柄な宇宙人グレイは、その容姿がハリウッド映画により世界中の人々の目に映りました。グレイは壁を透き通るようにして部屋に侵入してくるとも言われ、異次元移動ができるようです。 「グレイ」は人間の無意識の中に入ってくるといわれます。驚愕すべき事実のようです。まるで小柄な宇宙人グレイだけが現在認識されている宇宙人のような印象を与えましたが、メン・イン・ブラック(黒衣の男たち)のような異人のハリウッド映画も増えているようです。

 

・バイオ・ロボットともいわれるグレイの空飛ぶ円盤に同乗する金髪碧眼の人間タイプの宇宙人、ノルディックと呼ばれるそうですが、国家安全保障上の最高機密(トップ・シークレット)の数段階上の厳秘(アバブ・トップシークレット)扱いで、リーク情報が書籍に流れております。プレアデス人の金髪碧眼のノルディックは位が高くグレイを部下のように使役しているともいわれております。プレアデス人は古代リラ星人の末裔といわれます。金髪碧眼のノルディックと金髪碧眼のアルデバラン星人がよく混同されるそうです。アルデバラン星人はアーリア人の「超人」であり、ゲルマンの神々だったようです。金髪碧眼のノルディックは、人類に6千年進化しているプレアデス星人といわれています。金髪碧眼のマスター・レイス(支配人種)が火星より地球へとやって来て、古代伝説の神々(gods)となったといわれます。

 

・河童などとの『異類婚姻譚』は、昔から伝承としてあるようです。河童が個性を持つキャラクターとしての伝承もあるようです。河童と人間の関わり合いは、絵図にあるような小さい動物ではなくゼータ・レチクル星人やグレイの一種であることが窺われます。UMA(未確認動物)として「河童」が扱われている場合がほとんどのようです。宇宙人のアブダクション(誘拐)、「人さらい」「神隠し」などは、何か異類混血や宇宙人の生体実験と結びついていたのでしょうか。異類混血がスター・ウォーズの一因となったという説もあるそうです。柳田国男は『遠野物語』は民衆の作り話ではなく事実だと述べています。柳田国男は当時の警察の「異人」の情報を調べなかったようです。

 

アメリカからはグレイ・タイプの宇宙人のおぞましい生体実験の情報がリークされて日本に流れてきています。また昔の「人身御供」の伝承も何か関係があったのでしょうか。人間を犠牲にするネガティブな宇宙人もいたようです。UFOは人類の歴史が始まって以来、最も重要な現象といわれます。異星人が、UFOからビッグフット等の「獣人」を降ろしているという情報もあります。

 

グレイはゼータ・レチクル星人ともいわれ、多くの種類があるようです。昔から河童の案内でゼータ・レチクル星に向かった日本人もいるのかもしれません。また、人間化も進んでいる種族もおり、「エササニ人」とは地球人とゼータ・レチクル星人の融合によって生まれる混血種族の一つだそうです。クラリオン星人とのコンタクティ、イタリアのマオリッツオ・カヴァーロによると「河童は異次元に現在でも存在している」そうです。また「小柄なグレイ」も人間化が進んでおり、リゲル人のような「大柄の種族」も存在するようです。人間化したグレイしか見なかったというコンタクティもいるといわれます。

 

・「米軍がレティクル座ゼータ連星系の惑星セルポへ12人の交換留学生を送った」という与太話もあるようです。日本の河童にはたくさんの研究者や河童愛好家がおり、書籍も多くアマゾンで検索すると571件が分かります。全国に多くの伝説のある河童とともに飛来したと思われる「異人」は人間タイプのために識別が難しいようです。はたして太古からゼータ・レチクル星人とのコンタクトがあったのでしょうか。

 

amazonの「洋書」の欄に「Hitler」といれますと11522件の書が分かります。ヒトラーは当然ながら今も欧米人の関心の高い人物です。(英語)だと7866件、(スペイン語)で、401件、(ドイツ語)で、2475件の本が分かります。世界中でどれくらいの言語に翻訳されているのでしょうか。和書で「ヒトラー」といれますと、971件わかります。ヒトラーの研究者も多いようです。そして、毎年、関連書を増えているようです。私たち一般人は、関心も低く、時間がないので、限られた知識しかないようです。ヒトラーアルデバラン星人との繋がりの話もあるようです。アルデバラン星人はアーリア人の「超人」であり、ゲルマンの神々だったようです。が、現代の神々については誰も分からないようです。アルデバラン星人は、ゲルマンの諸民族とスカンジナビア人、特にバイキングの創作と管理を担当したそうです。「幽霊ハンス」が知られているといわれます。

  

・とにかく、ヒトラーの研究者は欧米では非常に多いようで、現代でも大部な研究書が出版されているようです。ナチスの傷跡は、あまりにも大きかったようです。「ヒトラーは堕天使ルシファーに憑依されていたのだ」という説もあります。ヒトラーはゲイ(LGBT等)だったという研究書もあるようです。ヒトラーはホワイトブラザーフッド(白色同胞団)のメンバーであったという怪説もあると語られています。「ヒトラーはブラジル人の愛人と95歳まで生きていた」という話もあるようです。ヒトラー霊媒の多い地域で生まれたそうです。「実はなんとヒトラーロスチャイルドの血統だという説がある。そして、当然のことながらイルミナティだったというのだ」という説もあります。「世界の歴史は、秘密結社同士の戦争の歴史である」ともいわれます。「第2次世界大戦は堕天使ルシファーと大天使ミカエルの代理戦争だった」という奇説もあったといわれます。現代でも「近未来にカイパーベルト・エイリアンと第4帝国、イルミナティがひとつになって、全地球規模の管理システムの構築が試みられることは間違いない」といわれます。

 

アメリカ合衆国の大統領も会ったといわれている小柄な異星人グレイの情報は、リーク情報以外、国家安全保障上の最高機密(トップ・シークレット)の数段階上の厳秘(アバブ・トップシークレット)扱いで、60年以上、封印されているようです。ケネディ大統領もアダムスキーの案内で金星人などの異星人と会見したともいわれますが、「異星人情報を公開しようとしたために」、サイレンス・グループにより暗殺されたという説もあるそうです。

 

・「ゼータ・レチクル星人のグレイと、オリオン座のリゲル人の長身のグレイ、オリオン座の有翼のドラコ族、恐竜から進化した地球のレプトイド(恐竜人)等」がエリア51等のアメリカの秘密基地で活動しているともいわれます。リバース・エンジニアリング(逆工学)の研究がかなり進んでおり「超兵器」も開発されているといわれます。宇宙人「グレイ」の故郷はベテルギウス(オリオン座の恒星)だという説もあります。米国が秘密協定を結んだのはラージノーズグレイというオリオン星人といわれています。オリオン星人は人類に5万年進化しているといわれ、「人間の魂の交換」ができるようです。

 

・一万年以上前のベテルギウス(オリオン座の恒星)星人の容姿は現在の「エンジェル」とほぼ同じであったらしいのです。オリオン座は「神の故郷」ともいわれますが、『闇の勢力』も経由地にしているようです。地球では白人種と定義されている「エリエン」のルーツはオリオン星雲にあるといわれます。30年前にオリオンに行ってしまった日本人がいるそうで驚きです。「トールホワイト」とよばれる2メートルから3メートルの白人種のオリオン星人も報告されているようです。トールホワイトと米政府はコンタクトがあるようです。トールホワイトは、どのようなタイプの異星人か分かりませんが、地球支配を狙う「闇の勢力」であるという説もあるようです。

 

・金髪碧眼のアルデバラン星人はアーリア人の「超人」であり、ゲルマンの神々だったようです。金髪碧眼のノルディックは、人類に6千年進化しているプレアデス星人といわれています。また金髪碧眼のウンモ星人は、ヨーロッパで同化している異星人として知られています。金髪碧眼のマスター・レイス(支配人種)が火星より地球へとやって来て、古代伝説の神々(gods)となったようです。もちろん、宇宙人は金髪碧眼の種族ばかりではありません。現在では、金星と火星の異次元(アストラル界)には、壮大な都市文明が存在しているそうです。金髪碧眼のノルディックと金髪碧眼のアルデバラン星人がよく混同されるそうです。

 

平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔ともいわれます。「遠野郷の民家の子女にして、“異人”にさらわれて行く者年々多くあり。ことに女に多しとなり。-遠野物語第三十一話」、「黄昏に女や子供の家の外に出ている者はよく神隠しにあうことは他の国々と同じ。-遠野物語第八話」という伝承がありますが、「異人」はオリオン星人だったようです。

 

・現代の状況も「大衆は、野球やサッカーなどのスポーツで、政治を忘れさせろ」というユダヤプロトコルの話が想起させられます。シオンの長老の議定書というのも偽書だそうですが、「大衆は3S(スポーツ・セックス(性風俗)・スクリーン“映画”)で政治的な現実を忘れさせよ」という話です。EBE「地球外生物的存在」とアメリカ合衆国政府が“戦争状態にある”と言われても、我々にとっては、意味不明なことでしょう。エロヒムによると「ユダヤ人は神の選民だった」そうです。またユダヤ人は古代リラ星人の末裔ともいわれます。

 

・中世のドイツの領主はほとんどが「異人」か「異人」の末裔ともいわれます。その後の異人とナチスの関係も不明ですが、異人があまりにもヨーロッパ社会に同化しているために、誰も分からないようです。ウンモ星人も金髪碧眼で、ヨーロッパにその末裔が多く住んでいるともいわれていますが、誰も認識できないそうです。

 

作家の井上ひさしさんも水木しげる先生も土地の境界問題で頭を悩ましたようです。「とくに後ろの家とは、親子三代で、もう100年も争っています。発端は、わが家の敷地が、裏の家の土地に三尺ほどはみだしていると向こうが三代にわたって言い続けていることです」ということで、深刻なようです。日本全国では土地の「境界問題での争い」がかなりの数になっており法律問題に発展しているケースも多いそうです。やはり土地の狭隘性が宿命的のようです。「土地問題」が米国との非常に大きな格差といわれます。

 

・TPP(環太平洋連携協定)は、米国が、離脱しました。国論を2分したかの観がありました。今でも農協でもさまざまな議論がなされているようです。経産省農林省の見解が対立していたようです。米中関税戦争のあおりを受けて、トランプ大統領により、日米通商政策の改定がすすみそうです。

私たち一般人は、ミクロから見た場合の農業経済学や貿易に関する知識はありませんが、高齢化とともに農業問題は大きな問題となっていることがわかります。教育問題、産業政策問題、社会保障問題、農業問題と難問山積みのようです。一般国民が不安を覚え政治不信になるそうです。

 

・都市近郊の農家と比較すると山間地の農家とは大きな格差があるようです。「グローバリゼーションの中で、1ヘクタールだろうと1700ヘクタールだろうと農業では食えなくなっている、これが世界の農家の現実です」ということですが、米国の大規模なビジネス型の農業と互角に戦える国はないようです。

 

・農業問題は各県の農業担当者や国の政策担当者がさまざまな政策を検討し実施しており、農業者自身もいろいろと工夫をしているようです。「攻めの農業」というのも多くの農家にとっては難しいようです。普通人も政治意識を高めていかなければ困る時代のようです。「民主主義国家においては国民はその程度に応じた政府しか持ちえない」、「国民が政治を嘲笑している間は嘲笑に価する政治しか行われない」ということだそうです。「政治に関心のないひとはいるが、政治に関係のないひとはいない」といわれます。

 

稲生物怪録(いのうもののけろく)絵巻は、「実話」を絵巻物にしたといわれていますが、異次元から魔王の山本(さんもと)五郎左衛門が登場したり、超常現象を体験した平太郎の側に冠装束をした人の半身が現れたりしています。これこそ「産土神」と云われている者でしょうか。フィクションなのかナンフィクションの話を絵巻物にしたのか謎です。日本に“魔王”が出てきたり、“産土神”が描かれるなど、まさしく稲生物怪録(いのうもののけろく)絵巻は、「世にも不思議な物語」で、驚きです。この神変変異もどこまで事実を正確に伝えているか分からないけれども、ある種の事実なら、大変貴重な記録でしょう。山本五郎左衛門も霊界に存在しているといわれます。

 

・しっぽのある人も、昔の研究者の対象だったようです。現代では世界的にも外科手術をして、タブーとされているのかもしれません。

 

「山の神」や「天狗」、「異人」は、全国に伝承があるようです。「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔」という説からは、東北地方の異人は、オリオン星人だったのかもしれません。「天狗」も全国に伝説があり、オリオン星人系列のようです。羽のはえた天狗はオリオン星人のドラコ人だったのかもしれません。オリオン星人はモンスタータイプばかりでもなく異類混血などで人間化しているようです。天狗の高い鼻も異類混血などで低くなったのかもしれません。赤い顔の遺伝子は現代人にも残っているようです。またオリオン星人はいろいろと種類があり、白人種の支配人種が生まれた星座ともいわれております。オリオン星人は階級意識が非常に強く、羽の生えた天狗やバイオ・ロボットのグレイは最下層だそうです。

 

・オリオン星人というのは、プレアデス星人に較べて、その正体がよくわかりません。コンタクティの話は非常に少ないようです。オリオン星人のなかのリゲル人は、グレイの人間タイプで身長も高く、高度な文明を持っているともいわれます。リゲル人が龍神の末裔で、天使長ミカエルの系列なのかもしれません。米国はリゲル人と秘密協定を結んでいるともいわれております。昔は「金星蛇人と火星霊人と対立・戦争」と言われていましたが、人間化しており、金星のマスター(大師)が神に近い系列の種族で、コンタクティも多いらしいのです。オリオン星人もいろいろと種類が多いようです。猿の神様(ケンタウルス座α星人)も知られていますが、昔インドにも猿顔の異星人が現れたようです。遥かに進化した異星人は人間の精神体に憑依するともいわれます。信じられないくらい同時に多数に憑依可能なようです。それで「神」といわれる所以なのかもしれません。宇宙人の中には動物タイプは3割いるといわれます。「ケンタウルス座α星の私たちの恒星系は7つの惑星から構成されています」というケンタウルス座メトン星の人間タイプの宇宙人の報告もあります。

 

・「火星霊人と金星蛇人の対立・戦争」は、神と天使長ミカエルと堕天使ルシファーの「天の戦争」、スター・ウォーズだったようです。堕天使ルシファーに従ったのは天使団の3分の1だったともいわれているようです。現代でも宇宙連合は2種類あるようです。その昔、インドで阿修羅と帝釈天が戦争をしたとき、阿修羅が崇拝したのが金星の大師だったそうです。クラリオン星人のコンタクティ、イタリア人のマオリッツオ・カヴァーロによると、「爬虫類的異星人(レプティリアン)も人間化しており、知性的な顔をしている」そうです。「シリウス星人の地球支配があまりにも巧妙なので、しょっちゅう戦争が起こる」ともいわれます。

 

・その昔、「オリオン大戦」というスター・ウォーズがあったことでも知られているようです。また、戦後米国に現れたメン・イン・ブラック(黒衣の男たち)は、オリオン星人であったともいわれています。テレポート(瞬間移動)や幽体離脱が自由にできるようなのです。テレポート(瞬間移動)の技術は、人間には奇跡ですが、異星人にとっては「それほど難しくないテクノロジーだ」そうです。異人はアストラル界や異界を出入りしていたようなのです。そこに人間を引き込んだのかもしれません。昔の「人さらい」や「神隠し」は謎の多い不思議な現象だったようです。「何とか苦労して宇宙人といわれる人に会ったが、そこらへんにいるオッサンと変わりなかったので驚いた」という話もあるそうです。

 

・遠い昔の「人身御供」の伝承も種々あったようです。「ツチグモ」についても昔からいろいろと伝承があるようですが、北海道のコロポックルよりも小さい「グレイ・タイプ」の種族がアメリカのコンタクティの話にあるそうです。

 

またオリオン星人は階級意識が非常に強く、「邪体霊」ともいわれ、宇宙の悪役のように描かれています。オリオンETグループは「闇の勢力」の中心グループでしょうか?オリオン星人は人類に5万年進化しているともいわれ、プレアデス星人が6千年人類に進化しているともいわれています。シリウス星人のネガティブ・グループがオリオン星人と関係があるのかもしれません。米国の「エイリアン・エンジニアリング」の対象が、オリオン星人の超テクノロジーのようです。

 

・オリオン星人は人類に5万年進化しているといわれ、「人間の魂の交換」ができるようです。米国が秘密協定を結んだのはラージノーズグレイというオリオン星人といわれています。地球では白人種と定義されている「エリエン」のルーツはオリオン星雲にあるともいわれます。奇妙なことに、オリオン人はかっては琴座からの移民である人間らしい存在だったが、その後レプティリアンに征服されてしまったといわれます。どうなったのか詳しくは分かりません。

 

・「遠野郷の民家の子女にして、「異人」にさらわれて行く者年々多くあり。ことに女に多しとなり。-遠野物語第三十一話」、「黄昏に女や子供の家の外に出ている者はよく神隠しにあうことは他の国々と同じ。-遠野物語第八話」という伝承がありますが、「人さらい」や「神隠し」は異人や天狗の仕業だったのかもしれません。異界に棲んでいた天狗もテレポート(瞬間移動)や幽体離脱が自由にできたようなのです。「異人」はオリオン星人だったようです。人身御供の伝説もあったようです。

 

・オリオン星人が「異類混血」をすすめていた可能性があります。秘密主義がその背景にあったそうです。人間に最も近いプレアデス星人は、人間に好ましいイメージがありましたが、「ナチスユダヤ人虐殺の黒幕だった」という奇説もあるようです、プレアデス星人の中にはネガティブ・グループが存在するのかもしれません。またプレアデス星人は宇宙連合を通じて、ニルヴァーナ(涅槃・天国)評議会とコンタクトがあるようです。ヒトラーナチスは金髪碧眼のアルデバランの宇宙人とコンタクトがあったようです。ゲルマンの神々の「超人」たちは、幽霊のような形態で人とコンタクトしていたようです。プレアデス星人は人類に6000年進化している種族ですが、人類に近く、神でも天使のような宇宙人でもありません。「米国政府がリゲル人に騙されたことに気付いた後、プレアデス人が招聘されたが、過去ヒトラーの人類浄化政策を画策し仏教を堕落させた」ともいわれます。米国政府をも騙すぐらいですから恐ろしい話です。宇宙人情報を公開すると主権が危うくなるともいわれます。「宇宙人は幽体として存在する」といわれます。人間の肉体や精神に自由に憑依したり離れたりする宇宙人は、誰も識別できないといわれます。在日宇宙人問題を認識している人はほとんどいないといわれます。

 

・世界的不況で困難に直面している産業界が渇望している宇宙連合の超テクノロジーは「エリア51」などで、米国は国家機関の総力をあげて取り組んでいるそうです。『ペンタゴンの陰謀』という本によれば、エイリアンの超テクノロジーが現在までかなり新兵器などに応用されたということです。リバース・エンジニアリング(逆工学)で、エイリアンの超テクノロジーのおかげで、米国の科学者のノーベル賞受賞者が増えているともいわれております。「エイリアン・テクノロジー・リバース・エンジニアリング(宇宙人科学技術工学)」に関しては、日本もNASAに資金を出しており、何らかの情報があるのかもしれませんNASAも人間タイプの異星人には驚いているそうです。エリア51白鳥座61番星の異星人とコンタクトしていた日本人科学者もいたといわれます。「その彼らは地球から68光年離れた惑星クイントニアに住む宇宙人で母星から「エリア51」まで45分で移動できる」そうです。

 

・エイリアンの超テクノロジーの導入「リバース・エンジニアリング(逆工学)」は、国家プロジェクトとして、取りかからねば、超テクノロジーのコストという面で、遥かに遅れることになるのでしょうか。この方面では米国の1人勝ちだそうです。どうもこの面についても日本人的な対応が限界のようです。奇妙なことに、オリオン人はかっては琴座からの移民である人間らしい存在だったが、その後レプティリアンに征服されてしまったそうです。1954年には、「ラージノーズ・グレイ」という種族が、ホロマン空軍基地に舞い降りた、と主張されています。「ゼータ・レチクル星人のグレイと、オリオン座のリゲル人の長身のグレイ、オリオン座の有翼のドラコ族、恐竜から進化した地球のレプトイド(恐竜人)等」がエリア51等のアメリカの秘密基地で活動しているともいわれます。が、エリア51については、アメリカ政府は、その存在を一度も認めていないそうです。

 

・『平成維新』として、江戸時代の「鎖国」から「開国」のように、プレアデス星人の宇宙連合との「開国」を主張する者も少数説となりましょうか。「地球は遥かに遅れていて宇宙連合に参加できない」とかっては、いわれていたそうですが「開国」の声は小さいようです。アメリカの「エイリアン・テクノロジー・リバース・エンジニアリング(宇宙人科学技術工学)」は、今後どのように展開するのでしょうか。「エイリアン・テクノロジー・リバース・エンジニアリング(宇宙人科学技術工学)」の研究によってアメリカ合衆国は発展段階の初期過程にいるといわれます。昔は、「宇宙人は人類の進化に関与できない」という宇宙法があったともいわれていたそうです。

 

・日本にも「沈黙のコンタクティ」が多いそうです。日本も太古からプレアデス星人と関係が深いそうで、コンタクトは当然のことなのでしょう。『プレアデス星訪問記』のようにプレアデス星人と東北の住人とのコンタクト話もあったようです。ほかにもコンタクト話はあるそうで、「リバース・エンジニアリング(逆工学)」も我が国も進めたらいいと思いますが。30年前にオリオンに行ってしまった日本人がいるそうで驚きです。堕天使ルシファーもオリオンからやって来たそうです。オリオンやプレアデスに多くの日本人が住んでいるという法螺話もあるそうです。

 

・東北の田舎や山間部には、昔は『異人』が俳徊していたといわれます。それでコンタクト・ストーリーは豊富なようですし、その後、異人たちもさまざまな方法や形態で社会に浸透しているのかもしれません。amazonに「上平剛史」と入力しますと、3冊の本がわかります。『プレアデス星訪問記』、『宇宙太子との遭遇』、『北の大地に宇宙太子が降りてきた』という本です。胡散臭いという人々もいるようです。が、リンゴの自然農法で知られる青森の木村秋則さんも宇宙人体験をしていますし、東北地方はUFO目撃多発地帯のようです。

 

天狗は宇宙人だったという説が有力のようです。オリオンETグループだったのかもしれません。平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔とも伝えられています。宇宙人は、だいたいタイム・トラベラーで、宇宙人の存在する4次元以上は「時間のない世界」で、コンタクティが宇宙人から「人類の未来」を見せてもらったという話は多いそうです。

 

・異星人はとうに地球を訪れていて、地球人社会にまぎれ混み、密かに地球と我々の文明を監視し調査しているそうですが、ウォークイン(憑依)やワンダラー(転生)の形をとると識別不能になるそうです。

 

・ 『河童・天狗・神かくし』(松谷みよ子)(立風書房)では、神隠しは、異次元の異人か山の神の犯行と窺われます。どうやら異次元移動ができるようなのです。「あのグレイも壁を透き通るようにして部屋に侵入してくる」そうです。神隠し事件は迷宮入りの事件となったものも多いそうです。当時の警察や役人たちは、どのように対応していたのでしょうかamazonに「荒俣宏」といれますと、671件の書籍が分かります。多作な作家なので私たち一般人は、把握できない量です。

 

 

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・ブログ名称: UFOアガルタのシャンバラ

日本は津波による大きな被害をうけるだろう

・第2のブログ名称:UFOパラレル・ワールド

神の国か?」「人類の原郷か?」 「天上のエルサレムか?」・・・・・・・・・

「パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の殖民星が、地球か?」、「ネガティブのシリウス星人の地球支配があまりにも巧妙なので、しょっちゅう戦争が起こるのだろうか?」

「金髪碧眼のノルディックが住んでいたアガルタのシャンバラ情報の集大成を目指す・・・・・・・・・・」「金星蛇人と火星霊人の戦争はその後どのように展開したのだろうか」
日本民族の神話の原郷『高天原(たかまがはら)』は、『都市型の超巨大宇宙船』なのか!?」「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔なのか」
「小人族のグレイの母船に同乗する金髪碧眼のノルディックは、”悪魔の王””ルシファー”なのか?!」

「円盤は神人や異人、悪魔の乗り物なのか!?」「天使は神の秘密諜報員なのか」「神は最初のフリーメーソンなのか」

「UFOは、人類の歴史が始まって以来、最も重要な現象なのか。UFO問題とは、人間にとっての死の問題を解くことなのだろうか。UFOはフリーメーソンの創作なのか」

「全宇宙を創ったという“虹の神々”も地球に来ているのだろうか」

イルミナティなどのフリーメーソン組織に入ると神に会えるのだろうか」「金星の神々は地球に到着するやいなや、イニシエーションのためのフリーメーソン本部を設けたのだろうか」「フリーメーソン結社はこの大地が創出されるよりずっと前から、さまざまな太陽系をめぐって、存在していたのだろうか」「フリーメーソンとは、“現在、世界で信仰されているいずれの宗教より古い”教団となるのだろうか」

国際連合の設立に動いたキリストの星、アプ星人とは」

「人は皆、記憶喪失の異星人だろうか」

「はるかに進化した天使のような宇宙人は、人間の守護霊や背後霊なのだろうか」「セドナ上空に見えないエーテルのシティが滞空するのだろうか」

シリウス星人の故郷である天体イジュニュは、もっと高い周波数で共振する6次元の天体であり、地球の宇宙と同時に存在するパラレル・ユニバースに存在するのだろうか」

 

グーグルのブロガー(多言語翻訳)にも書いています→UFOパラレル・ワールド

 

  

 

 

繰り返すが、スパイ防止法のような法律があれば、ここまで見てきたような日本における外国人スパイの活動の被害は、避けられたケースも少なくない。(3)

 

 

『失われたメシアの神殿『ピラミッド』の謎』

 飛鳥昭雄、三神たける   学研   2010/1

 

 

 

 秘密組織フリーメーソン

預言者の組織を「フリーメーソン」という。今日、世に知られる秘密結社としてのフリーメーソンは近代フリーメーソンである。1717年にイギリスで結成されたグランドロッジから派生した組織である。

 

預言者の秘密組織としてのフリーメーソンが、実はこの地球上に存在する。主に密儀宗教の祭司の組織という形で継承されており、それをたどっていくと必ずノアに行きつく。もちろん、ノアの先もあり、エノクを経て最後はアダムに遡る。人類最古のフリーメーソンとは、「アダムメーソン」である。エノクもまたアダムメーソンだ。

 

・すなわち、ノアの3人の息子が独自のフリーメーソンを形成したのである。

 

 地底王国シャンバラ><チベット密教とカッバーラ

・シャンバラは、チベット密教において語られる世界である。一般の仏教では語られることのない思想である。仏教には表と裏がある。表が顕教であり、裏が密教である。

 

・最終経典にシャンバラが説かれているように、シャンバラの存在を最初に説いたのは仏教の開祖、釈迦なのだ。釈迦は自ら、北の果てにシャンバラへの入口があると説いた。なぜ釈迦はシャンバラの存在を知っていたのか。

 

 釈迦はセムメーソンだった!

・釈迦がカッバーリストであり、預言者であったことは間違いない。神を信じ、神とまみえ、そして、神の言葉を授かったフリーメーソンだったはずである。

  注意してほしいのは、ヤフェトメーソンではなく、セムメーソンだという点にある。バラモン教アーリア人の宗教であり、それを担ったのは、ヤフェトメーソンだが、釈迦はセムメーソンだった。

 

モンゴロイドはアーリア系ではない。有色アジア系であり、ユダヤ人やアラブ人、そしてトルコ人と同じセム系なのである。したがって、釈迦がカッバーリストならば、民族的にセムメーソンだったと考えられるのだ。

  しかも、それだけではない。釈迦はシャンバラの住民と同じ血を引いていた可能性がある。鍵となるのは、釈迦族=サカ族を生み出したスキタイにある。

 

 釈迦は失われたイスラエル10支族だった

 <地球内天体アルザルとは、まさにシャンバラのことなのだ>

・では、シャンバラはどういう形で存在するのか、これを現行科学で理解するには少しむずかしい。まだ、一般に認められていない現象を前提とするからだ。その未知なる現象は、プラズマ・トンネルである。

 

プラズマ・トンネルは地球内部に通じており、そこには巨大な亜空間が形成されているのである。まさに、この亜空間の中心に、実は地球よりもひと回り小さい天体が浮かんでいるのである。

 

アメリカ軍は50年以上も前に、この地球内天体の存在に気がつき『旧約聖書』の外典にちなんで、コードネーム「アルザル」と名づけている。コードネームでわかるように、失われたイスラエル10支族が北極圏から入り込んだ世界こそ、この地球内天体アルザルなのである。

 

・日本人の中には古代イスラエルの血が流れている。そういっても、多くの人は、すぐに信じることができないであろう。

 

 

 

『あなたの隣の秘密結社』

秦野啓   メディアファクトリー    2010年6月

 

 

 

アメリカはフリーメーソンに支配されている?

フリーメーソンは現在、世界中のあらゆる地域で活動しており、会員数は約300万人といわれている。会員は、すべて男性で占められ、人数だけをみればアメリカ軍(約140万人)の2倍以上だ。これらの男たちが一つの目的のために世界中で一斉に動き出せば、私たちの社会にとって大きな脅威となることは間違いない。

 

・一国の紙幣に、しかも世界経済を動かしているアメリカの1ドル紙幣に秘密結社を象徴する図案が印刷されているということ、これが先に紹介した「フリーメーソンアメリカ支配」説の根拠の一つになっている。

 

・考えてみれば1ドル紙幣に描かれたジョージ・ワシントンは、アメリカ合衆国の初代大統領であり、独立戦争で活躍したフリーメーソンの一人だ。そこであらためて、他の紙幣を見てみると、10ドル紙幣のアレキサンダー・ハミルトン、20ドル紙幣のアンドリュー・ジャクソン、100ドル紙幣のベンジャミン・フランクリン、500ドル紙幣のウィリアム・マッキンリーと、フリーメーソンリーの会員が5人も描かれている

 また、現在のバラク・オバマは第44代の大統領だが、これまでにアメリカ大統領になったフリーメーソンはジェイムズ・モンロー、セオドア・ルーズベルトフランクリン・ルーズベルトハリー・トルーマンジェラルド・フォードなど14人も及ぶ。そのため「これは単なる偶然ではない」と、陰謀論者のあいだで囁かれているらしい。

 

フリーメーソンリー

フリーメーソンリーには、確かに各界の名士たちがズラリと顔を揃えている。そのせいか、「彼らが、こっそりと裏で手を組んでこの世界を動かしているのだ」というある意味なロマンチックな幻想を抱く人もいる。また、これだけ会員数が増えると(最大時で世界に600万人)、それまで、西欧社会を抑えつけてきたカトリック教会は当然警戒する。そして教会に破門されたという事実が「フリーメーソンリー悪魔崇拝」などを生みだした。

 

スカル・アンド・ボーンズ

・イェール大学は、アメリカ東部の名門私立大学8校で構成される「アイビー・リーグ」の1佼、いずれも校舎にツタ(=ivy アイビー)が這うほどの伝統校で、子どもを通わせるのに年間600万円以上かかるため、お金持ちの子女しか入学できないエリート大学群として有名。なかでもイェール大は、ハーバード大に次いで2番目に古く(1701年創立。アメリカ独立より早い)、全米で3本の指に入る名門中の名門、そして、イェール大が「国家権力の中枢」と呼ばれるのは学内にスカル・アンド・ボーンズという秘密結社を抱えているからだ。

 

 

 

シャンバラのグレート・マスター直伝!

『地底の楽園[アガルタ神秘文明]へのナビゲーションガイド』

カルロ・バルベーラ  ヒカルランド   2013/6/20

 

 

 

宇宙の神々が暮らす街・シャンバラ

グレート・マスターのイニシエーションを通じて、地球の中心部へ

シリウス起源/非常に高い周波数で振動する驚異的生命体

エーテル的な街であるシャンバラは、地底文明の最も優れた象徴といえます。この街は、太陽の周波数で振動しています。街では、独創的なアイディアが生まれ、ガイアの進化を促す宇宙プログラムの教育が行われています。シャンバラには神的な生命体が暮らしています。彼らは、他の惑星の住人で、非常に高い周波数で振動する驚異的生命体なのです。太陽意識の霊知を備え、ダイナミックで変身能力のある肉体を活用しています。彼らはガイアの植民のみならず、太陽系全域で植民地を築いているのです。

 

また、彼らは人類の創造者でもあります。シリウス星からやってきた宇宙の神である彼らは、今もなおオリオン座との絆を大切にしています。それはひとえにオリオン座が、彼らの祖先である太陽族の故郷であるからです。

 

・こうした神的生命体の中には、ガイアを縦断した教育者たるマスターたちがいます。彼らは、シャンバラのアストラル界における天使団の代表者なのです。

 

地底最古の巨人エルデル族/ガイア土着の全生命体を誕生させた宇宙の移民たち>

・地底界の巨人たちといっても、様々な民族が存在します。外観の特徴も民族毎に異なりますが、特異な共通点といえば、そのずば抜けた長身です。2.5メートルから5~6メートルに達することもあります。

 以下に記すのは、地底最古の民族であるエルデル族に関する情報です。彼らは巨人族全てとガイア土着の全生命体を誕生させた民族なのです。

 

・彼らはこの惑星の先住民族であり、時の始まり以前に他の太陽系からやってきた宇宙の移民です。彼らの形態と人間の形態を一般的な科学知識に基づいて比較すれば次のようなことが言えるでしょう。彼らには男女の性差があり、長身で筋肉質、皮膚の色は微かに青みを帯びた暗褐色です。顔は丸みを帯びて広く、黒い長髪の生え際が目立ちます。また、皮膚は若干透けていて、血管を流れる青い液体が、皮膚の色素に青い濃淡を与えているのです。

 

世界の王/人類を含む地球全土の意識を統括する者

・アガルタの伝説は、その驚異的な君主の伝説と一体化しています。君主は超人であり、人類を含む地球全土の意識を統括しているのです。

 

・金星の神々は地球に到着するやいなや、イニシエーションのためのフリーメーソン本部を設けた、と。神々の現在の住まいは、シンボリックに古代名称を用いてシャンバラと呼ばれている。

 

シリウスに繋がるスターピープル的ルーツ/世界の王はサナット・クマラと共に金星から来た

・世界の王の神話には、次のような言及があります。王はクマラ方と共に金星から降りてきた、と。また、この神人の一団はシリウス星と繋がりがある、とも。

 昨今、地底文明の研究は、UFOの研究とクロスオーバーするようになった、とO・C・ヒューニゲンは1957年の著書『地底界から空へ、空飛ぶ円盤』で述べています。

 

 

 

『地底の楽園{アガルタ神秘文明}へのナビゲーションガイド』

シャンバラのグレートマスター直伝!これがヴリル・パワーだ

カルロ・バルベーラ     ヒカルランド   2013/6/30

 

  

 

ホピの警告―世界が見舞われる恐ろしい災難/第3次世界大戦を勃発させる国々

第3次世界大戦を勃発させるのは、古い歴史を誇る国々(インド、中国、イスラム諸国、アフリカ)で、光(神聖な叡知と知性)を最初に受け取った民族です。

 アメリカ合衆国は、核兵器放射能によって、その国土も国民も滅びます。ホピとその郷里のみが、避難場所となるオアシスとして残ります。対空避難所などの安全性には何の根拠もありません。

 

・「物質主義者のみが避難所を設けようとする。穏やかな心を持つ者は、すでに堅牢な生命の避難所にいる。悪には逃げ場などない。イデオロギーに則った世界分断に与せぬ者たちは、黒人であろうが白人であろうが赤色人であろうが黄色人であろうが、別の世界で生活を再開できる。彼らは、皆ひとつであり兄弟である」

 

・「戦争は物質とスピリチュアルな戦いとなるであろう。スピリチュアルな生命体は、物質的なものを根絶やしにすると、一つの力、すなわち、創造主の力のもと、一つの世界と一つの国家を築き上げるためにここに残ることになろう」

 

・こうした時代は間もなく訪れる。サクアソフー(青い星)であるカチナが広場で踊り仮面を取った時、そうした時代がやってくるのだ。カチナは青い星の象徴だ。星は未だ遠く見えないが、間もなく姿を現すことになろう。この時代は、ウウチム祭で歌われた歌で予示されている。

 

・ホピの予言では光を最初に受け取った民族が第3次世界大戦を引き起こす、と言われています。つまり、中国とパレスチナ、インド、アフリカの民です。戦争が始まれば、アメリカ合衆国は“灰の瓢箪(ひょうたん)”によって滅びます。灰の瓢箪は河川を煮えたぎらせ、大地を焼き尽くしながら落ちてくるのです。その後、大地には植物が何年も生えなくなり、どのような薬も効かない病が生じます。

 

・これは原爆か核の話としか考えられません。他にこのような現象を引き起こす武器はないのですから、核シェルターなど、使い物にはなりません。“穏やかな心を持つ者は、既に堅牢な生命の避難所にいる。悪には逃げる場などない。サクアソフー(青い星)のカチナが広場で踊り、仮面を取るとき、大いなる試練の時がここに訪れる”からです。

 

・ホピはまた次のような予言もしています。

『亀の島(アメリカ合衆国)は二度か三度ひっくりかえるかもしれない。そして海は手と手をつなぎ、空と出会うかもしれない』

 これは“ポールシフト”についての予言のようです。つまり地球の回転軸が移動してしまうのです。

 

 

 

『宇宙人大図鑑』  

(中村省三) (グリーン・アロウ社)   1997/2

 

 

 

バーンサイド事件、英国、1980年11月13日

宇宙人の身体的な特徴

・宇宙人は男女のカップルで、2人とも身長1メートル65センチ程度だった。どちらもブロンドの髪の毛を肩まで垂らしていた。肌の色が異常に白いことを除けば、2人の宇宙人は人間にそっくりだった。しかも、その宇宙人たちはこの世のものとは思えないほど美しい顔立ちをしていた。

 

アダムスキー事件、米国カリフォルニアの砂漠、1952年11月20日

宇宙人の身体的な特徴

宇宙人は身長165センチ程度で、肩までの長さの金髪をしていて、滑らかな肌で、髭がない。人間によく似ていて美しかった。

 

服装

スキースーツのような服を着て、腰に幅の広いベルトを巻いていた。底に奇妙なマークのついた靴を履いていた。

 

宇宙人の行動

宇宙人は身振りとテレパシーを用いてアダムスキーと意思疎通をした。その宇宙人は、自分を金星人だと自己紹介した(アダムスキーは彼にオーソンという名前をつけている)。

 

 

 

『UFOコンタクティー  ジョージ・アダムスキー

久保田八郎  訳   中央アート社    2010/12/10

 

 

 

サイレンスグループの正体    ジョージ・アダムスキー > 

(訳注;UFO研究家やコンタクティーを脅迫し、UFO研究界を混乱させるサイレンスグループ(暗躍団体)の正体は何か?これはアダムスキーが語る初公開の秘話!)

 

・スペースブラザーズ(友好的な異星人)の教え(ティーチングズ)の促進活動に関する私の公的生活を通じて、私の所へ多くの機関がやってきた。そのなかにはFBI連邦捜査局)、CIA(米中央情報局)、AFI(空軍情報局)、国務省、その他の政府機関の人がいる。この特殊な人々が私を黙らせようとしたことはない。サイレンスグループには多くの面があり、その多くを私も大衆も知っていないと思うのである。

 

サイレンスグループとは何か

・サイレンスグループは、一体何なのか、誰がやっているのか?キーホーが言っているように、ありそうな非公式なグループがあるし、アメリカの各情報部よりももっと極秘にされた公式なグループもある。

 

・私を沈黙させる目的でやって来た人たちは、宇宙人ではないことを私は確実に知っている。彼らは、地球人なのだ。

 

なぜサイレンスグループは暗躍するのか

・つまり資本家は、地球人類のあいだに、平和と理解をもたらすかもしれないような出来事を恐れているのであり、一方、戦争ともなれば投資の対象となり、ある種の投資家は十分儲かるのである。ところが今や、世界中の無数の人が個人的なコンタクト事件について話し合っているのだ。

 

・別な惑星から人間が来る事実を認めるならば、現代の地球の経済システムに甚大な影響を与えることになる。万人がはるかに大きな影響を受けるだろう。サイレンスグループはこのことを知っており、あらゆる手段を用いて、これと闘っているのであり、同時に表面から巧みに姿を隠しているのだと思う。

 

三人の怪しい男が来た

・『空飛ぶ円盤は着陸した』を出版してまもなく、3人の男が私の所へ来た。

 

・彼らが、何に関係しているのかまったく分からなかったので、私は、重要書類の一部分を渡さなかった。私が強迫されたことは事実であり、彼らは出て行く前に、UFO、宇宙人問題をしゃべるのはやめろと命じ、さもなければ私のあとをつけて、監禁し、キイをすててしまうぞと言った。

 

・彼らは、UFO問題のすべてをオカルトと呼ばれる心霊の分野に投げ込んで、世界中のまじめな人々の心に不信感をうえつけようとしているのだ。

 

 

 

『地球一切を救うヴィジョン』

白峰    徳間書店     2008年11月30日

 

 

 

英国王室だけが知っている人類のルーツと四国古代ユダヤ王朝

・それがどうやら四国の話で、古代ユダヤ王朝の末裔がそこに住んでいたという内容です。世界の人類史の発祥も紛がってしまう。それをいちばん恐れたのが英国王室でした。輝かしい大英帝国の歴史が完全にひっくり返ってしまうわけですからね。

 

神武天皇以前には、フキアエズ(葺不合)王朝というのがあったんです。その王朝は四国の剣山を中心に存在していました。

 秘密結社のイルミナティは「光り輝くもの」という言葉を起源としておりまして、その起源は約6000年前です。人類の霊的覚醒を目指す集団です。彼らは、古代の錬金術師であり、神や天使ともコンタクトをとれる。本来は天皇と共に歴史をつくった「ひとつの光の存在」なんです。しかし、そうした解釈が広まると困る人たちがいて日本でも歴史を論ずるときには、神武天皇以降だけを扱っているのではないだろうか。

 

イルミナティの歴史は古代神武天皇以前のフキアエズ王朝が続いた歴史と重なる。その流れを引き継いだ石工集団が近世となって、フリーメーソンという形で残ったんです。フリーメーソンは、三次元世界の管理人といった立場です。

 現在では金融工学を利用した市場原理主義の勢力がメーソンよりもいばっています。いずれ世界恐慌一歩前になれば、本来の日本が復活して再生するでしょう。

 

 

 

『秘密結社の世界史』

海野弘   平凡社   2006/3/11

 

 

 

ナチと秘密結社

ヒトラーとオカルティズム

・1970年代から、ヒトラー第三帝国がオカルティズムに影響を受けたという陰謀史観が大流行する。その代表がトレバー・レブンズクロフト『運命の槍』(1973)であった。ヒトラーは魔術師であったといった本がやたらに出た。なぜナチとオカルティズムが急にブームになったかは興味深い。

 

・19世紀末のドイツ・オーストリアでは、ブラヴァツキー夫人のデオゾフィ(神智学)が、“フェルキッシュ”(民族的)といわれる傾向と結びついて、独特のオカルト結社を生み出した。“フェルキッシュ”はパン・アーリア民族主義で、印欧語・ゲルマン語を話すアーリア民族を中心に据え、反ユダヤ主義であった。テオゾフィとアーリア民族主義の結合によって、<アリオゾフィ>が生まれる。この<アリオゾフィ>から、国家社会主義、ナチの反ユダヤ主義が流れ出す。

 

・金髪碧眼のゲルマン人こそ選ばれた民であるとしていた。

 

・トゥーレというのは極北の地ウルティマ・トゥーレでゲルマン人の原郷であるとされている。彼らは選ばれた人間、超人であり、世界を支配する運命を持っているといわれる。

 

・カール・ハウスホーファーは日本にいた時、緑竜会という禅的な秘密結社に入っていたという話もある。緑竜会は、チベットのグリーンメンという結社につながりがあったという。ドイツのヴリル協会は、1926年から1942年までの間、チベットを訪ね、グリーンメンと接触し、1929年にはチベット僧を迎えて、ベルリンにグリーンメン協会をつくった。

 

・もっとも、ナチをめぐるこれらのオカルト結社はヒトラーとともに消滅したわけではなく、その伝統は生き続けているらしい。トゥーレ協会、ヴリル協会は、アトランティスやUFOを秘儀に持ち込むことで、第二次世界大戦後の陰謀史観を生み出し、現代のテレビ・ゲーム風の秘密結社の起源となっているのである。なにしろ地球外からきたエイリアンの秘密結社がこの世を操っているようなのだ。

 

・マイケル・ベンソンは『秘密結社の内部』でケネディ暗殺にヴリル協会が関係していた、という仰天セオリーを紹介している。それによると、1936年、ワルトワルド(黒林)で墜落した空飛ぶ円盤を発見し、それを修理し、ヴリル協会やSSの協力によって、ドイツ製の最初の空飛ぶ円盤ハウネブ1号として、1939年に飛ばすことに成功し、エイリアンとの接触に成功したという。

 

・さて、元アメリ海兵隊員ケリ・ソーンリーは、ヴリル協会が今も世界に陰謀を企んでいるという。彼によれば、ケネディ暗殺犯人とされるリー・ハーヴェイ・オズワルドはヴリル協会の操り人形で、体内にマイクロ・チップを埋めこまれ、ヴリル協会に操作されている。

 ソーンリーは1959年、カリフォルニアの海軍基地でオズワルドに出会った。その後、海軍をやめたソーンリーはニューオーリンズに行き、そこでオズワルドと再会した。

 

ケネディ暗殺が起き、オズワルドが犯人とされたとき、ソーンリーも仲間ではないかとFBIに疑われている。ニューオーリンズの地方判事ジム・ギャリスンは、この二人がCIAに雇われたれた秘密工作員ではないかとしている。

 取り調べを受けたソーンリーはとんでもないことをしゃべりまくった。オズワルドはヴリル協会に操られており、ケネディ暗殺はナチの陰謀であるというのである。マイクロ・チップなど、まるでSF映画みたいである。1992年には自分もオズワルドの共犯であるとテレビのワイドショーで告白したそうである。

 1960年代になってヴリル協会の名が、SF的秘密結社として再生する。ナチのオカルト結社が解禁されたのである

 

イルミナティパラノイア

イルミナティのその後

・たとえば、ジョン・コールマンは、フランス革命ロシア革命につづいて、イルミナティの第三の世界陰謀がアメリカで進行中であるという。彼によるとイルミナティの中心には「三百人委員会」があり、世界を支配する<新世界秩序>をつくろうとする「ワン・ワールド政府」を組織している。

 

フリーメーソンユダヤ

・つまり、イルミナティ陰謀説は、フリーメーソンユダヤ人を巻き込んで、現代に甦ったのであった。イルミナティが現代の陰謀史観で一種のはやりなのは、便利だからかもしれない。メーソンやユダヤ人を直接攻撃するのは現代ではさすがにやりにくい。イルミナティという空想的な敵なら攻撃しやすいのだ。

 フリーメーソンはできるだけ公開化して、秘密性を薄め、社会的な認知を求めている。ユダヤ人については、イスラエル建国以来、あからさまな攻撃はしにくい。イルミナティは一種のエイリアンのようなものであり、地球人の敵としてもかまわない。

 

イルミナティとエイリアン

イルミナティの起源について壮大な幻想をくりひろげてみせるのはディヴィッド・アイクの『マトリックスのチルドレン』(2001)である。彼はイルミナティの祖先をアヌナキだとする。アヌナキは古代シュメールの神々の種族であり、実は宇宙からやってきたエイリアンであるらしい。彼らはニブルという星に住み、45万年前に地球にやってきた。ニブルの王はアヌであったが、彼は二人の息子エンリルとエンキを宇宙船で地球に送った。彼らはメソポタミアに着陸した。そして人間をつくり、高度な技術を教え、シュメール文明が生まれたという。

 このような説は、人間が原始人から進化してきたという考えに対立し、超古代にエイリアンから高度な技術、文明を与えられていたが、それを失ってしまったというものである。ベストセラーになったグラハム・ハンコックの『神々の指紋』もその一種であった。

 

・しかし、アヌナキは人間をつくり、文明をあたえただけでなく、人間を支配し、奴隷化しようとしているという。ディヴィッド・アイクによれば、イルミナティはそのための陰謀組織であるという。ジョージ・オーウェルが『1984』で描いた監視国家こそ、その秘密を暴いたのであり、人間を見張っている、見えないビッグ・ブラザーこそ、アヌナキだ、というのである。アヌナキの血脈はイルミナティのネットワークに流れ、今につづいているという。

 

 

 

『恐怖の世界大陰謀』

 デーヴィッド・アイク  三交社  2008/12

 

 

 

共通の神話

・「神々」と人間の異種交配は、世界のどの地域でも常に繰り返されてきたテーマだ。シュメール・タブレットからとった旧約聖書の話でも神の息子たち(正確には神々の息子たち)が、人類と異種交配して、ネフィリムと呼ばれる混血の血統を作ったとある。ネフィリム」という語は、「降りてきた者」「天から落ちた者」と訳すことができる。

 

・英語のANGELは元来は「使者」という意味であり、それがここまで述べてきたような非人間生命体やレプティリアンなどと結びついたのだ。『旧約聖書』のギリシャ語版である『七十人訳聖書』では、「神々の息子たち」が「アンジェロス(天使)」と訳されている。

 

・「ノア」の血統は爬虫類と人間の混血種だ。自分がノアの末裔だと主張する人々が多数いるが、これはつまり、自分は爬虫類である監視者アヌンナキの子孫だと言っていることになる。「死海文書」では、ノアは「天から{落ちてきた}天使の子」に似ていて、「その受胎は監視者と・・・・、そしてネフィリムによるもの」だと書かれている。

 

・このノアや、大洪水に関する様々な言い伝えに出てくる者がレプティリアンの「神」から警告を受けたというのも、彼がレプティリアンとの混血種だったとすれば、筋が通る。一般の人々は真の意味を知らないはずはないのに、なぜ「ノア」の血統が数多くの団体から非常に重要視されているのかも、これで理解できる。

 

・「エノク書」はローマ・カトリック教会では禁書とされた。ローマ・カトリック教会は血と肉を持った天使が存在し、堕天使が物理的な肉体で人間と異種交配をしたという初期のキリスト教の教義を否定しようとしたのである。これは、一般の人々に真実を知らせないようにするためだった。対してフリーメイスンたちは、一貫してエノクを自分たちの伝説上の創始者のひとりとみなしてきた。「エノク」という名自体も「秘儀を受けた者」という意味だ。

 

・古代ヘブライ語で書かれた「ノア書」とそこから派生した「エノク書」には、人間とは違う奇妙な子の誕生について記されていて、これがのちに有名な「大洪水」のノアとなる。

 

人間には似ておらず、まるで「天使の子」のようだったという。レメクの息子ノアは白い肌に金髪で家全体を「太陽のように照らす」輝く目をしていたと書かれている。きらめく瞳と光かがやく体をしたレプティリアンクレド・ムトウが書き著した古代、現代のアフリカの言い伝えにも登場する。

 

金髪碧眼にレーザーのような瞳を持った存在は、神秘的な人々ないし神々」の姿の表現として、今日に至るまで数千年にわたって世界中の文化に見ることができる。

 

 

 

『日本人が知らない『人類支配者』の正体』 

船井幸雄太田龍  ビジネス社     2007/10

 

 

 

なぜ、『聖書』から異星人に関する記述が削除されたのか

イルミナティフリーメーソンも力をなくしている

・アヌンナキは地球人をエゴの塊にした存在なのですが、レプティリアンにもつまらないことを教えたのかもしれません。これは「惑星X」といわれている二ビル星のアヌンナキという人種のことですが、アヌンナキがレプティリアンと一緒になって地球人を奴隷にしようと考えたという説もあります。

 

・(船井)アヌンナキはシュメール神話に登場します。「アヌンナキ」とは、「天から降り立った人々」という意味であり、別名エロヒムまたはネフィリムともいわれる旧約聖書』によれば、生命の創造はエロヒムが行ったと書かれています。エロヒムとはヘブライ語で「天空より飛来した人々」という意味です。それがいつの間にかゴッドに置き換わってしまったのです。

 

言語学者のゼカリア・シッチンによると、「シュメール文明の粘土板」に書かれていた文字の解析結果によれば、「宇宙人アヌンナキが30万年前に地球人類を創造した」ということです。彼らは、約44万年前に地球に降り立ち、その後30万年前に地球での金採鉱の労働者として人間を創造しました。そのとき、遺伝子操作や体外受精の技術を用いていたといわれています。

 

・つまり、人類創造は神ではなくこの宇宙人アヌンナキが行ったというのです。宇宙人アヌンナキが『旧約聖書』の「創世記」における神(複数形)と呼ぶ原型です。聖書でいう神とは「宇宙人アヌンナキ」のことを指しているようです。

 また、宇宙人アヌンナキの故郷は二ビル星という太陽系の惑星であり、現代の科学の定説では未発見の星です。

 

・だからレプティリアンによる教育と訓練を受けた地球人の動きもこれから変わりそうなので、大きな流れとしては心配不要と思っています。フリーメーソンイルミナティの動きも、そんなに心配しなくていいですよ。

 

 

 

『地球を支配するブルーブラッド 爬虫類人DNAの系譜』

スチュアート・A・スワードロー   徳間書店   2010/6/18

 

 

 

エイリアン集団紳士録

アルデバラン   ゲルマン人とバイキングを創作・管理

・典型的なアーリアン型で金髪で青い目を持つ。薄い茶色か中ぐらいの茶色の髪で、目がヘーゼル(はしばみ)色の人もいる。この集団は、ゲルマンの諸民族とスカンジナビア人、特にバイキングの創作と管理を担当した。強い関心を持って、こと座文明の再創造を支援している。よくノルディック人と混同されることがあるが、ノルディック人は、もっと背が高く傲慢である。

 

アルクトゥルス  ローマ帝国建設を手伝った精神性の高い種

・非常に精神性の高い種である。原始的な形態の宇宙旅行技術(地球より発達しているが、シリウス人ほどハイテクではない)を保有している。白いローブを着た聖職者層が支配している。

 

りゅう座人(ドラコ) このレプティリアン型生物の交雑種がイルミナティ

地球の月は、永劫の昔、レムリア大陸への入植の時代に、軌道上に設置されたりゅう座人の宇宙船である。分断して征服することを画策する彼らは、リゲルとともに海を沸騰させたり、大地を焼き焦がしたりしたように、暴虐さで有名である。

 りゅう座人は、地球に巨大な地下基地、金星にコロニーを持っている。地球には二番目の月が配置されている。1997年にヘール・ボップ彗星に隠れて到達した。そこにいるのは、純血爬虫類人である。交配人種であるイルミナティは地球の支配を行っている。

 

プレアデス   こと座からの避難民、長身金髪のノルディック

・ノルディック、背の高い金髪とも言われる。元々は、こと座(リ-ラ)文明からの避難民であるが、7つの恒星と15の入植済みの惑星からなるプレアデス星系の存在である。

 

1959年に米国政府がリゲル人に騙されたことに気付いた後、技術格差を埋めるためにプレアデス人が招聘された。だが、過去、彼らは、ヒトラーの人類浄化政策を画策し、仏教を堕落させた。チベットに広大な地下基地を持っている。

 

・プレアデス人は、ローブを着た白い姿で現れる非物質的存在が率いる最高評議会の指揮下にある。プレアデス人の一集団(アトランと言われる)が、アトランティスに入植した。小柄で青い肌をした集団がプレアデス人と一緒に行動している。

 

爬虫類人レプティリアン)支援のシリウスB星人が作った仏教思想

・こうした宗教の蔓延は、地下の爬虫類人たち(主にチベットの地下に集まっている)が、意図的にコントロールしていた。

 

・この爬虫類人を支援していたのが、仏教思想を開発したシリウスB星人であり、その他に爬虫類人支配下でこと座(リーラ)文明を再生させようと企むこと座人(リーライアン)の裏切り者集団もいた。奇妙な相棒だ。

 

・エジプトは、爬虫類人の神々は、オシリスとイシスとして知られていた。エジプトの万能薬的な効力を持つ神々には、極めて多様な合成物(半人半獣)が含まれていた。

 

・これはアトランティスの交配実験を懐古する気持ちがエジプトの文化になって表われたといえるが、爬虫類人の乗っ取りに向けてエジプトの文化を準備していたシリウス星人が普及させたものである。

 

アトランティス人は、昔からのこと座の信仰体系に揺るぎない愛着があったため、爬虫類人が文化的な拠点を築くまでに数千年の時間が必要だった。

 

「透明人」とシリウスA星人が創造し、りゅう座(ドラコ)に配置した爬虫類人

・その生物(透明人)は、私の思考に直接働きかけ、完全にテレパシーで交信してきた。もはや人間が存在しなくなった遠い未来から来たこと、そして、その生物種は、この現実界に由来するものではないことを伝えた。さらに、その生物種は、遠い過去に旅をして戻り、ある品種を作り(これは爬虫類人のことだ)、人間をテストするために敵対させたと伝えた。

 

・また、シリウスA星のシリウス人の協力を得て爬虫類人を作り、りゅう座(ドラコ)に配置したとも語った。シリウス人は、別の非物質的存在の集団であるオハル評議会の創造物である。シリウスの二連星システムは、決してこと座文明に吸収されたことも、こと座の植民地にもなったこともない。

 

 

 

『シークレット・ドクトリンを読む』 

(ヘレナ・P・ブラヴァツキー)(出帆新社)  2001/5

 

 

 

第4根幹人類と第5根幹人類の文明と崩壊

彼ら(レムリア人)は、途方もなく巨大な都市を建築した

・次第に、人類は、第4根幹人類が真に出現する前に、彫像(泥人形)ともいうべき肉体の中に入り込んでいった。“選ばれた者たち”のハイアラーキーを除いて、人類は邪悪と罪の中に落ちていった。選ばれた者たちとは、“意志とヨーガの子たち”に従者たちと弟子たちのことで、後に“火の霧の子たち”と呼ばれるようになる。

 

アトランティス人(約8メートル10センチの高さ)が出現して、彼らは巨人で身体的な美しさと力は絶頂に達した。進化の法則によれば、彼らは周期の真ん中に現れる第4亜人種だからだ。

 

 

  

『FBI超能力捜査官マクモニーグル

「遠隔透視」部隊の現実 

 (並木伸一郎・宇佐和通)学研2007/2

 

 

  

幽霊のハンス

・幽霊もよく見る。亡くなった妻の母も会いにきた。陸軍時代、ドイツでも幽霊を見た。長旅を終えて新しい宿舎に着いた夜のことだ。洗濯をしようと地下に行ったが、どの部屋が洗濯室なのか分からずうろうろしていると、年老いたドイツの男性と出くわした。ドイツ人だと分かったのは、民族衣装を着ていたからだ。

 

・彼に『洗濯室はどこです』かと尋ねると『ああ、こっちだよ。ついて来なさい』といわれ、『ここだよ』と、部屋まで案内してもらった。私は、礼を言って洗濯を始めたが、目をあげると、彼の姿はもうなかった。

 

・私は、ドアと彼の間に立っていたから、彼が出て行くのに気付かないはずはない。不思議に思って、あちこち探したが見当たらなかった。

 

・同僚たちの部屋に向かう途中で、ふと当り前のことを思い出した。そこは情報関係の建物で、ドイツ人が出入りできるわけがないのだ。部屋に入って、『あのドイツ人は誰だ?』と聞くと『ああ、それは幽霊のハンスだよ』と、あっさりいわれた。部隊では有名な幽霊だったようだ。悪さをしないが、頻繁に姿を見せるという。

 

・現れたり消えたりしながら、アメリカ兵とのコミュニケーションを楽しむらしいのだ。その建物に取り付いているのだろう。ドアを開け閉めすることや、あるいは皆がいる部屋に入ってきたり、ポーカーをしているテーブルの脇でじっとしていることもあった。兵士の一人が怒って灰皿を投げつけたら、灰皿はハンスの体を通り抜けて壁に当たった。

 

 

 

『神々の予言』

(ジョージ・ハント・ウィリアムソン)(ごま書房)1998/9

 

 

  

クリスタル・シティー

「カタストロフィー以後の70年は、およそ次のようなものとなるだろう。理想的な都市が地球上に立ち並ぶであろう新時代は、瞬間的には訪れない。キリスト再臨以後の地球、つまり、激しく破壊された地球を新時代の輝かしいものに変えるためには、およそ70年にわたる努力の積み重ねが必要となる。70年という期間は、決して長いものではない。その期間が過ぎたとき、地球は完全に浄化され、そこには、クリスタル・シティー、すなわち理想的な都市が、あちこちに立ち並ぶことになる。そしてその頃には、宇宙旅行も頻繁に行なわれるようになるだろう。そのとき地球は、惑星間友愛同盟への加盟を果たし、宇宙連合議会の一員としての地位も手にすることになる。そうなれば、近年増え続けている宇宙人来訪の理由を、より正しく理解できることにもなるだろう」。

 

 

  

『神々の予言』

(ジョージ・ハント・ウィリアムソン)(ごま書房)1998/9

 

 

  

神になった「シータ・ユニバース」のエルダー

・ 彼らは、物理的な世界に住む、物理的な肉体を持った生命体ではあったが、厳密に言えば、今の我々のような三次元の世界のみで生きる生命体ではなかった。彼らは、種族全体で、はるか遠い昔から、時間と空間を超越した存在になることを目指していた。つまり、惑星や太陽系といった物理的な世界に束縛されない、非物理的な存在になることを夢見ていたのである。彼らは、時空を超越することにより、自分たち自身が神になるための方法を探究していた。

 そして結局、この地球が、彼らの住みついた最後の世界となった。なぜならば、地球にやってきて間もなく、彼らは、その創造的な想念パワーに磨きをかけ、ついに物理的な束縛を完全に克服するに至ったためである。

 

・ 彼らは、神になった。時間と空間を完全に超越した彼らに、地球や銀河に縛られている必要は、もはや全くない。彼らは、自由になったのだ!

 彼らは「シータ・ユニバース」すなわち「八番目の宇宙」あるいは、「想念宇宙」の一員となったのである。

「エルズ」と呼ばれるようになったのは、その「シータ・ユニバース」への到達によってである。それより前は、単に「サイクロップス」と呼ばれていた。「エルズ」または「エル・レース」という呼び名は、彼らが物理的な束縛から自由になるために用いた手段に由来する。

 

・ 彼らは、「直角位相シフト」の理解と、その有効利用により、地球や銀河系宇宙を離れそこを後の人類に開放した。「直角位相シフト」、そうなのだ、{エル(L)}という文字、まさに「直角」なのである。

 そして、現在この地球には、ここに最初に住みついた彼らに由来する単語が、数多く残っている。彼らの別名「エルダー・レース」の「エルダー(elder)」も、その一つである。「エル」はもちろん、{L}を意味し、「ダー(der)」は、「由来する(derive)」の短縮形である。

 

地球に留まった宇宙人の使命とは

・地球の惑星上には、一つ目の偉大なエロウヒム(神)の存在があり、彼の放射する波動が地球全体を覆っている」

 クスミ師が、あの偉大な種族、エルダー・レースの一員について語っていることは明らかである。1956年の時点で、もはやエルダー・レースのほとんどはこの地球にはいなかったが、彼らの一部はなおもここに残り、地球の教師、聖者、賢者たちに対するメンターとして活動し続けていた。

 

ムー大陸の賢者たちは宇宙人であった

・人類に先駆けて地球上に住んでいた最古の生命体。

 

・十億年前の地球。この地球が十分に冷え、生命体の居住が可能になったとき、宇宙の彼方から、ある種族がやってきた。彼らは、我々と違い“真の人”の種族だった。

  彼らは「サイクロップス」すなわち「一つ目族」として知られる種族で「秘密の資料」のなかでは「エル(L)・レース」または{エルズEls}として紹介されている。

 

・ 彼らは時間のあらゆる巨大な周期に乗り、常により快適な宇宙の住みかを求めて、限りない星の道を旅してきた「巨人」だった。

 

・今でも彼らは、時空の別の次元の旅を続けている。「神の種族」あるいは「エルダー・レース」との呼ばれている。その種族こそ、我々に先駆けての地球に住んだ、最初の生命体である。エルダー・レースの一部の人々は、真のサイクロップスだった。つまり、目が一つしかなかったのである。その他の人々は、我々と同じように二つの目を持っていたが、それには別に「心眼」というもうひとつの目を発達させていた。彼らの身長は、平均3.7メートルもあり、男性と女性とに分かれてはいたが、今日我々が理解しているような性別とは異質のものだった。

 

・彼らは、地球にやって来る前に銀河系宇宙内のあらゆる空間を旅し、そこに存在した数限りない太陽や惑星をことごとく自分たちの影響下においた。彼らは、ある天体が居住可能な状態になるや、他の生命体に先駆けていち早くそこに住み、やがてその天体を去るときはいくつもの巨大な都市からなる彼らの地底王国と膨大な資料を残していくのが常だった。

 宇宙の歴史その他に関する情報を満載したその資料は、小さなクリスタルに記録されて、ある種の電磁場に囲まれた状態で保存されているが、後にその天体に住んだ敏感な人によって感知され、ときおり日の目を見ている。

 

  

 

『プレアデスとのコンタクト』  (地球外知的生命)

 (ビリー・E.A.マイヤー) (徳間書店) 2001/8

 

 

  

地球以外の出自を持つ人間

・地球上には、地球人、つまり地球に起源を有する人間だけでなく、地球以外にその出自を持つ人間もいる。それらの人間の故郷は限りないほど遠い宇宙にあり、彼らは、時空をことにするリラとヴェガ星からやって来た。

 昔の宇宙飛行士の末裔で、プレアデス/プレヤール人もその直径の子孫である。またこのような早期における地球への移住者の中には、シリウス星から来た人間もいる。

  今日、地球上に住むシリウス人、マローナ人、リラ人、ヴェガ人など全てのプレアデス/プレヤール系民族の末裔は太古においてヘーノクが120億年ほど前に最初の創生を行い民族を形成したときに発生したものである。

 

・ 古代のリラ、ヴェガ人は常に彼らの戦闘能力を維持し、自分たちの起源についての知識を保ちまた大事にしたがシリウス人やマローナ人たちは、それを失ってしまった。

 

・地球人類の間で神のように振舞ったのは、リラ人、ヴェガ人だけではなかった。その中には、プレアデス/プレヤール人もいた。これらの多くの神々たちは、粗暴で残忍な暴力をもって地球人類を服従させ、自分の勢力下に治めようとした。その最もなるものは、プレアデス/プレヤールの年代記に良心のかけらもない卑劣で陰謀的と記されているギゼー知生体である。

 

それと並ぶのは宇宙人のアシュタール・シェランとその一味で、彼らは、地球人類に対し、権勢欲とイデオロギー上の惑わしで最悪の役割を演じた。

 

その後ギゼー知生体は1980年代にプレアデス/プレヤール人によって捕らえられ、悪事を働けない世界に追放され、また球状、三角形、および円盤状の彼らの宇宙船は全部破壊されてしまったので、宇宙旅行もできなくなった。また、アシュタール・シェランとその一味は、アスケットの民族を戦争による暴力で屈服させようと、数年前にダル宇宙に侵入したため、邪教や権勢欲による地球人への危険は去った。

 

・だが、アシュタール・シュランの司令宇宙船と全ての艦隊は火を噴く戦闘のさなかに彼を乗せたまま炎上し、全滅した。そのため、彼とその一味はもう我々のデルン宇宙に戻ってくることもなくなった。もし、彼らが転生を通じて生まれ変わってくるとしたら、それはダル宇宙であり、前世についての記憶は残っていない。なぜなら、霊性が生まれ変わるたびに総体的意識ブロックの人格変化も行われるからです。

 

 

  

『『隠国 日本版』 神々の指紋(下)』

 岩戸開き「地球再生」と星の暗号      藤原定明

ヒカルランド   2011/12/31

 

 

  

竹内文書』は秘密結社「ヤタガラス」との関係において正当性が証される

・実は「太陽の暗号者」の伝説を現在まで受け継ぐ秘密結社「ヤタガラス」の圧力によって、『竹内文書』を公開した竹内巨麿翁によって、『竹内文書』は改竄されたのである。

  それは、「古代の神宮の場所」、すなわち「ミステリースポット」を隠すために行われたのである。なぜなら、この場所を隠さなければ、彼らの仕掛けた「太陽の暗号」の目的を果たせないからである。

 

 秘密結社ヤタガラスの「暗号」は「神の計画」の指針を示していた

・ようやく「星の暗号」が解読できた。

  「星の暗号」によると間もなく地球は「崩壊と再生」の時を迎え、『ミステリースポット』に現人神(あらひとかみ)(天照大神最高神、メシア)が再臨し、「人の世」が終り「神の世」が始まることになる。

 

・「伊勢神宮が甦った後、地上に天照大神が降臨する。その時、誰もが天照大神の御姿をその目で見ることになる。そして、伊勢神宮の使命もまた、それをもって終焉となる!!」

 

・時代や場所が異なっていても不老不死の神々が存在する同じ「神々の世界」(創造世界)と、それぞれチャンネルを合わせることができるからである。

 

・「ヤタガラス」という名称は彼らの正体を示すためのコードネームなので、正式な結社名ではない。彼らは、古代の「外宮」の担当者で、しかも古代の秘密結社「フリーメーソン」の流れを汲んでいる。

 

 <●●インターネット情報から●●>

 2017 年 10 月号 台湾の防空壕ノウハウ 皆川 榮治

 

月 15 日(金)午前 6 時 57 分北朝鮮弾道ミサイルを発射したと発表しました。 日本政府はこれを受けて「容認できない」旨発表すると共に、北海道、青森、岩手、秋田各県の住民に対し 警報を鳴らし、「建物の中、又は地下」に避難するよう注意喚起しました。 しかし、実際住民はどこに隠れて良いのかも分からず、ただじっとしていたと言うのが大方の行動だったよ うです。事実日本には地下壕とか防空壕と言うものはなく、せいぜい商店やデパートの地下または地下鉄程度 しか地下壕らしいものはありません。 これは平和主義の日本ですから戦後そのような防空危機を経験したことがないので、「どこに隠れて良いのか わからない」と言うのが多くの住民の姿だったと言えます

<防空ビジネス>

 これを受けて日本では核危機に備えてシェルターを用意する必要がある、との発言がありこれを販売する業 者も出てきました。1 台 3~4000 万円もするものもあり、家が 1 軒建ちそうですが、日本では販売されているようです。 さて、台湾では北朝鮮からの攻撃に曝されていませんので、危機感はありませんが、元来 1949 年の対中国 危機以来、両岸危機が叫ばれるようになり国防には力を入れて来ていました。最近の中国は両岸貿易を盛んに 行うようになり、両岸危機は大きく取り上げられなくなっていますが、実際はそうではなく、今も中国は「台 湾をいずれ実力で支配する」、と公言していますから、台湾侵攻も「非現実」とばかり言えない状況にありま す

 

さてシェルターですが、台湾ではこの種の商売は成り立ちません。何故なら台湾には 1949 年以来、対共産 中国防衛が叫ばれ、全国の公的場所には必ず地下壕を用意することが義務付けられるようになりました。 台湾に居住していると分かるのですが、年に一度は必ず防空演習があります。演習日は予告され、その 時間帯は車も人も屋外に出ることを禁止されます。従わない場合、3 万元~15 万元の罰金が科せられます。

 今年は 2 月 21 日から 5 月 24 日まで全国 7 か所で午後1時半から30分間実施されました。月 18 日 (木)は台北にいましたが、事務所ある 24 階から地上を見ると、車も人も全く動きが止まり音もなく、まるで ゴーストタウンの様でした。

 シェルターの世界の普及状況が最近報道されましたが日本の少なさに目を見張ります。1 位スイス、イスラ エル 100% 2 位ノルウェー98% 3 位アメリカ 82% 4 位ロシア 78% 5 位シンガポール 54%、日本 は僅か 0.02%だそうです(全人口あたりの収容人数比率)。台湾は国際統計には入っていませんが 100%で す。 日本は平和憲法日米安全保障条約の保護のもと国防を外国にゆだねて来ましたから、シェルターなど想定 外で済まされたのでしょう。しかしここにきて防災公報で「地下に逃げて下さい」と言ったものですから、国 民も関心が出始めたのでしょう。

 

<台湾の敷設状況>

さて台湾の地下壕ですが、民間アパート以外の建築物地下室は、普段は通常業務に使用していても必要時に は防空壕として使用する旨、法規により決められています。政府の規定では①防空地下室、②防空洞、③防空 壕、④防空堤防、⑤避難所、⑥その他が政府指定の防空設備となっています。台湾には多くの地下防空壕ノウ ハウがあります。 日本でも今回のような防空危機に対して、シェルターの準備はともかく、建築基準法を改正して建築物には 「地下防空壕」の敷設を考える時期に来ていると思っています。       公益財団法人ひろしま産業振興機構

 

 

 

 

 ■■■ 私が思うこと、聞いたこと、考えること ■■■

 

(2024/2/17)

 

 

 

・著者は「繰り返すが、スパイ防止法のような法律があれば、ここまで見てきたような日本における外国人スパイの活動の被害は、避けられたケースも少なくない」、「日本の諜報レベルを上げるためには、まずは、対外情報機関を設立することから始めないといけない。そのための法整備が必要になる。ただそれには相当な時間がかかるだろう」、「加えて、「スパイハンター」として活動している際に、それぞれの場面で共通して思うことがあった。それは、スパイハンターの人手があまりにも不足していることだ」と述べています。それにしても現場の担当者の意見を聞くべきだといわれます。

 

北朝鮮に対する国会の脳天気(ノー天気)ぶりが拉致事件を招き寄せたと述べられます。被害者もその家族も高齢化しており、拉致事件はどうなるのでしょうか。この程度の問題に40年以上もかかっているようでは政治家の非力が窺えるそうです。被害者たちが可哀想でした。

拉致事件は、諜報機関がなかったために起こったという話もあるようです。ロシアとか中国、北朝鮮といった「怪しい国々」に囲まれているのに呑気だと指摘されています。スパイ防止法も日本人の資質が問題にされる原因だそうです。

 

 

真面目な官僚や政治家が諜報機関の設立におとなしいのは私たち一般人には、不思議です。

「日本は諜報機関のない世界的にも珍しい国だ」、「諜報機関のない国は国とは言えない」、「諜報機関がないために外国人からバカにされ、物笑いの種にされている」、「諜報機関のない国は国家競争から最初に脱落する」、「諜報機関のない国は始めから負けている」、「諜報機関のない国は拉致事件にも無力だった」等々、戦後長い間、有識者より指摘されてきています。

世界のスパイから喰いモノにされる日本は、昔から指摘されています。中国で多くの日本人がスパイ容疑で捕まっている現実にも対応すべきです。

 

・現在は政治家のパーティの「裏金」が大きな政治問題になっています。資質の問題でしょうか。そこで「国会議員資格試験」や「地方議員資格試験」が必要だと主張する有識者も少なくないといわれます。「甘い国際感覚と貧弱な語学力で国益を大きく損ねている」、「社会問題で困っている人も増えており、単に政治の貧困としては片づけられない」といわれます。「2世、3世議員が多くなり、政治家が“家業”になってしまったことも大きな問題です。これでは政治家の資質そのものが落ちて当たり前です」といわれています。

 

国家経営や地方経営の実務に精通したベスト&ブライテストの国会議員や地方議員の英知を結集した「国家と地方の改造計画」が求められています。良識の国会の「ノーシェルター政策」は、「敵の一番の弱点を攻撃する核攻撃を招き寄せる」といわれます。

良識の国会の「ノーシェルター政策」は、一般国民が恥をかくといわれます。

 

国民が政治を嘲笑している間は嘲笑に価する政治しか行われない」

「民主主義国家においては国民はその程度に応じた政府しか持ちえない」、「国の政治は、その国の国民の民度を出ない」といわれます。

 

「三流政治家達のためか、女性の登用も先進国とはいえない(後進国だ)」そうです。三流政治家達が“反面教師”の役割を果たしているといいます。そして発展途上国から「日本は反面教師にされている」といわれます。

「失われた30年」とかの今の経済的状況は三流の政治家達によって生み出されたといわれます。

「それこそ税金の無駄遣いを止めて、国民の血税を費用対効果を考えて政策財源にあてるべきだ」そうです。

当然ながら、税金の無駄使いを止めて、可能な限り国民に還元するべきだといわれます。そして税金の無駄遣いを禁止して一つでも多くの河川水害の防災施策、津波シェルター、地震シェルター、核シェルターを作るべきだと指摘されています

また税金の無駄遣いを禁止して、少しでも多くのキックバックを国民に対してすべきだといわれます。

 

国恥的なことを国際的に発信することはいかがなものかといわれます。官僚や政治家のスキャンダルや失政報道は、国民が不安を覚え、国民が恥をかくといわれます。

中国は人口大国だからスパイ活動も人海戦術だという話もあるようです。

“国民の声”が見逃されて、政治が一部の人々の道楽になりつつあるということです。「失政」が増えている時代に、私たち一般人は、政治意識を高めていく必要があるそうです。“政治とカネ”から“行政の私物化”が懸念されています。

国会議員は飾りに過ぎず公務員が立法を取り仕切る仕組みを「官僚内閣制」と言うそうです。

 

それこそ税金の無駄遣いを止めて、諜報機関の設立運営の財源にあてるべきだ」そうです。

税金の無駄遣いを禁止して、「政治の私物化」という奇妙な事態にならないようにしなければならないといわれます。

 

 

 (2021/2/19)

 

フィッシング詐欺等の特殊詐欺が国民の生命と財産を脅かしていますが、もう10年以上も続いており、あたかも際限なく犯罪者グループが生まれてきているようです。社会の何かがマヒしているようです。

被害者が高齢者で、被害額も巨額で悪質で、警察の捜査能力の劣化には一般市民は困惑しています。この程度の犯罪が10年以上も継続している事実は異常なことと一般市民は感じます。時間的に見ても特殊詐欺の犯罪者グループを壊滅できているときでしょう。

過去の犯罪者のデータを調べれば、容易に犯罪者グループの割り出しは可能と言われますが、警察捜査能力の非力を感じて私たち一般人は、理解できません。行政や政治の劣化が酷いと指摘されています。

本来、警察権力というものは、「泣く子も黙る」ほどに強力なはずですが。サイバー犯罪も増えていますが、国際的になっており、外国への捜査等はどうなっているのでしょうか。「日本を貶める」勢力に対して、日本版CIAのような諜報機関で対抗しなければ、外交常識・国際常識の欠く国と見られるそうです。諸外国は、サイバー国家と自立しようと必死に努力しているといわれます。日本は遅れ気味ですが、プログラミング教育がすすみ誰でもプログラマーの時代がくるとサイバー犯罪が近未来に激増するといわれます。キャッシュレス決済の時代が来たと飛びつけば、消費者の個人情報が、既に犯罪者グループや外国に大量に流れている時代です。大手企業も信用できない時代です。

それこそ英国のMI5やMI6の能力を持つ情報機関が必要ですが、官僚や政治家のスキャンダル・失政報道は、国民が不安を覚え、国民が恥をかくといわれます。資質の問題でしょうか。

「改革が遅れているのは本当に優れた官僚や政治家が登用されていないからだ」といわれます。「国会議員資格試験を作れ」という有識者も少なくないといわれます。

「失われた20年」の前は「経済一流、政治二流」といわれていましたが、現在は「経済二流、政治三流」といわれます。それ以上の害悪を国民に与えているといわれます。警察や国防、諜報機関の予算に他国並みの税金を投入すべきだといわれます。行政や政治の無駄は、豊富にあるといわれます。

「日本は諜報機関のない世界的にも珍しい国だ」といわれます。当ブログでも再三、指摘してきました。「諜報機関がないために外国人からバカにされ、物笑いの種にされている」そうです。

はたして東京五輪は世界からのサイバー攻撃を受けたのでしょうか。

「事実、ライバル国のハニートラップに引っかかり、今もその国に好意的な発言を繰り返している日本人の要人も存在している。MI6も、そうした色仕掛けの工作は行っている」そうですが、日本も諜報機関を作り、ハニートラップでもしだしたら、「ゼロトラスト」でメチャクチャになるのでしょうか? それは異人の世界でしょうか。気味の悪い世界のようです。

一口にモサドや他の諜報機関もやっている「ハニートラップ」といっても管理は夜の世界で容易でないようです。

その昔、「英国情報部は男を女に変える以外、何でもできる」と言われましたが、MI6は、ロシアのGRUのように暗殺、ハニートラップ、麻薬等の違法か超法規行為の問題をクリアしており、「秘密は墓場に持っていく世界だ」といわれます。非合法工作員を養成するのでしょうか。

真面目な官僚や政治家が諜報機関の設立におとなしいのは私たち一般人には、不思議です。それこそ税金の無駄遣いを止めて、国民の血税を費用対効果を考えて政策財源にあてるべきだ」そうです。

著者(山田敏弘 氏)によれば、「「もちろん人を殺めることもある。それはエージェンシー(MI6)でも明確な権利として定められている。国を守るためであれば、自分の命を犠牲にしたり、誰かの命を奪ったりということは仕方のないことだ。インテリジェンス・コミュニティでは、そんなことは常識だと言える」、「対外情報機関も、国境を越えて動けるサイバー部隊も持たない日本は、これからの時代に本当に世界と伍していけるのだろうか」、「ゼロトラストという考え方がある。つまり、すべて疑ってかかり、誰も信用しないということだ。それが国際情勢の裏にある世界の常識なのだ」、「信頼できる対外情報機関がないことで日本が世界から遅れをとっているだけでなく、インテリジェンスによって自国を守るのには弱い体制にあることがわかるだろう」、「CIA局員の仕事は、リポートや書類の作成といった作業がかなりのウェイトを占めると述べていた」と記載されています。

 

新型コロナウイルスによるパンデミックが世界中で凄まじい破壊をしています。時代が、新型コロナウイルスで区切られたかのようです。新型コロナ後の世界は、大きく変化した世界のようです。元に戻るのは、2年どころか4~5年もかかるという説もあります。一般的にサバイバルが難しくなりつつあるといわれます。また新型コロナウイルス生物兵器だという陰謀論者もいるそうです。生物化学兵器は「貧者の核兵器」といわれています。「生物化学兵器」については、熱心に開発している国もあるといわれます。「生物化学兵器」の本は64冊ありますが、私たち一般人は、当然把握できません。一方、ロシア、中国、北朝鮮等は、軍諜報組織も絡んで、サイバー犯罪、サイバー攻撃をしているといわれます。米中間のサイバー戦争が懸念されています。「サイバー戦争をみても第3次世界大戦はもう始まっている」という説もあります。

 

・ところでカンボジアの地雷除去活動で知られる「認定NPO法人  国際地雷処理・地域復興支援の会」の高山良二氏は、自衛官を定年退職して活動をしておられます。地雷原の処理や不発弾の処理には、まだかなりの年数がかかるといわれます。海外での紛争は、なくなるということはないようです。「人類の歴史は、平和な時代よりも戦争の時代が長かった」そうです。殺戮の歴史を調べていくと、人間の好戦性が窺えると指摘されています。

  「若者増加が戦争を招く」という説を唱える学者もいます。「ガストン・ブートゥールは「古来、人間が戦争を起こす理由はただ一つしかない」と言って、その理由を「若者が増えすぎることにある」とした。

  つまり、「戦争の結果、人が死ぬ」のではなく、「若者がたくさん生まれ、人口が増えすぎると、戦争が起きて人口調整する」と答えたのである。

  むろんどこの国の、どの時代の指導者も政治家も、自国の国民が多いからという理由で戦争を始めるわけではない。しかしながら、現実としてみれば、たしかに戦争を起こす国は決まって国内に「余剰人員」を抱えている。特に若くて血の気の多い青年が多い国は戦争を起こしやすい。

 またブートゥールは「若者がたくさん戦死すれば、戦争は当初の開戦目的に関係なく自然に終わりを迎える」とも書いている。逆に言えば戦争の真の目的は余剰人口の解消なのだから、若者がたくさん死なない限り戦争は終わらないという事でもある。

  世界中にあった「口減らし」の知恵。ブートゥールは古代のアラブでは男の子を尊び、女の赤ん坊はしばしば殺されていたと書いている。女性の人口が減ればいきおい出産数が減る。人口調整としては最も効果的な方法である」と指摘されています。

 

・日本の防衛政策、国防政策についても識者の本が、多く出版されています。やはり近未来は核装備の議論が盛んになってくるといわれます。日本も敗戦により、正常な国防議論ができない環境になったといわれます。しかしながら、日本政府も、必要が来れば、すぐにでも核装備をする準備をしていると指摘されています。核兵器が安上がりの兵器になる時代がくるといわれます。5兆円という限られた防衛予算で、費用対効果、優先度の高い装備が求められているようです自衛隊の要員も絶対数が不足しています。「核戦争の時代は、国民皆兵的な“ボランティアの民兵”が必要だ」といわれます。太平洋戦争末期には「防空壕と小銃の絶対数が足らなかった」といわれます。国民は丸焼けの惨状でした。次の核戦争でも「防空壕と小銃の絶対数が足らなくなる」と指摘されています。そして丸焼け。そこで核兵器の時代、膨大な数のボランティアの「民兵」「市民兵」が有力な抑止力になるといわれます。米国は「銃社会」で危険だといわれますが、核戦争への備えがあることになります。

また総務省地方自治体の管轄の「郷土防衛隊」の創設が必要だといわれます。良識の国会の「ノーシェルター政策」は、「敵の一番の弱点を攻撃する核攻撃を招き寄せる」といわれます。この方面に脳天気(ノー天気)ですと、日本も歴史から消えていくことになるでしょうか。国家経営の実務に精通したベスト&ブライテストのテクノクラートの英知を結集した「国家改造計画」「国防計画」が求められているそうです。政治家や官僚のスキャンダルと失政の報道は、国民が不安を覚え、国民が恥をかくといわれます。

普通の国」ならば、自分も核兵器を持とうと考えます。また、それを当然とするのが現代の国際社会です」と指摘されています。

核シェルターはイスラエル100%、ノルウェー98%、アメリカ82%、イギリス67%、シンガポール54%で、日本は0.02%」と語られています。台湾も公表はされていませんが、シェルターは100%といわれています。韓国の政策も参考になるそうです。現代では核シェルターの老朽化が問題になっているそうです。建築基準法の改正とか、諸外国の政策を研究すべきだといわれます。限られた予算、限られた財源、限られた処遇、増えない税収、十分でない福祉予算を削る財政赤字という「失われた30年」となったと指摘されています。戦後は丸焼けで生きるのが精いっぱいで、当然ながら、シェルターの予算はありませんでした。それでも各国は熱心に米ソ核戦争に備えたようです。特に旧共産圏は、シュエルターに膨大なコストをかけたといわれます。当時の米ソの冷戦が深刻だったようです。中国も防空壕の建設には、熱心だったといわれます。

いまでも中国では地下室に100万人が居住しているといわれます。「脳天気(ノー天気)な核シェルターもグローバルスタンダードを適用すべきだ」といわれます。「核兵器配備よりも先に、核シェルター整備を」と叫ぶ政治家がいないのも不思議な現象といわれます。「21世紀には核戦争は絶対にない」という保証はありません。

 

・「核の恫喝を受けないためにも核には核を」という合理的な思考が求められているそうです。周辺諸国では、核兵器や生物化学兵器、核シェルターの開発を熱心に展開しているそうです。核戦争を想定内にしているからでしょう。核兵器のコストも低下していると指摘されています。核兵器のシェアリングの政策もあるそうです。近未来では「核兵器が安上がりの兵器になる」そうです。後進国自爆テロ型の核戦争をするともいわれます。「敵は一番の弱点(核シェルターのないこと)を攻撃してくる」といわれます。良識の国会の「ノーシェルター政策」は、「敵の一番の弱点を攻撃する核攻撃を招き寄せる」と指摘されています。核シェルターがないことが、核攻撃を招き寄せると指摘されています。「21世紀には核戦争は絶対にない」という保証はありません。「平和運動が核攻撃を招き寄せる」といわれ「日本列島を核攻撃で沈める」という恫喝も頻繁に現実に一般国民がうけています。世界平和を数十年間唱えて活動していたら、今度は「核攻撃を懸念する国民が増え、政府不信になっている」といわれます。スイス型の国民皆兵的な“民間防衛”を参考・目標にして国民皆兵的な「郷土防衛隊」が必要だといわれます。また公共施設の地下室や地下駐車場を増やしていく施策も必要だと指摘されています。

 

・雑誌には、「東京に水爆が落ちたら」というシュミュレーションが記載されたりするようになりました。実際に被爆しますと、数百万人の死傷者が出ると言われています。米国の核の報復があったとしても、まず被災者を救援しなければなりません。米国でも核戦争後には共産主義的な政策をとり、食糧を確保しなければならないと指摘されています。

被爆後の救援のためには国民皆兵的な相当数の郷土防衛隊が、全国に必要となります。核シェルターや医薬品や食糧の備蓄等、スイス型の「民間防衛」を目標にすべきだと述べられます。財源の裏付けのない政策は実現できないといわれます。もともと国家予算の分配の問題になるようで、財源をひねり出すためにも、行政、立法、司法の大胆なリストラ、近代化、効率化が必要です。

都心を狙った水爆で、国会も皇居も霞が関も吹っ飛んで一巻の終わりになるといわれます。

 

・5兆円という限られた防衛予算で、抑止力のない高価な通常兵器を少数そろえるのでは、費用対効果の点からも問題にされるといわれます。大地震や大津波の対策と並行して、核シェルターも増やしていく必要があるといわれます。また小火器の備蓄も必要といわれます。海上自衛隊の最大のいずも型護衛艦は1隻1200億円といわれます。有事には、海に浮かんでいるか撃沈されるかでしょう。1200億円で巡行ミサイルが1,000発、ライフルは2百万丁確保できるそうです。「今そこにある危機」である被爆を考慮した防衛政策が必要だそうです。ライフル等の小火器の備蓄があれば、有事には「郷土防衛隊」の創設は容易だといわれます。有事にはボランティアの人数も相当な数になるでしょう。アマの政治家よりもプロの専門家を中心に防衛政策を作るべきだと指摘されています。過去の日本の防衛政策は、敗戦という特殊事情がありましたが、外国人から笑われたものであったそうです。この方面に脳天気(ノー天気)ですと、日本も簡単に歴史から消えていくことになるでしょうか。

防衛政策にも国家経営の実務に精通したベスト&ブライテストのテクノクラートの英知を結集した「国家改造計画」が求められているそうです。ベスト&ブライテストしか政府を構成できないはずですが?!政府にはベスト&ブライテストが集結しているはずですが!?

 

・「だとすれば、各地方に防災・消防を兼ね情報・警備を担当するかつての「消防団」のような「郷土防衛隊」が必要となりますが、これを組織するのは防衛省自衛隊の仕事ではなく、総務省と各自治体の役割でしょう」と指摘されています。総務省も各自治体も、税金の無駄遣いをなくして、一つでも多くのシェルターを作るべきだといわれます。「危機管理」のシュミュレーションも十分でないといわれます。

  

・ちなみに、インターネット情報によると、全人口に対し、何%の人を収容できるシェルターが存在するかを見ますと、「スイス100%、イスラエル100%、ノルウェー98%、アメリカ82%、イギリス67%、シンガポール54%で、日本は0.02%で核シェルターの普及率は異常値だ」といわれます。原因は「政治の貧困」だと語られています。良識の国会の「ノーシェルター政策」は、一般国民が恥をかくといわれます。

  トランプ大統領の選挙中の「日本と韓国の核武装容認」の発言が注目されましたが、その後のニュースでは、否定されたようです。

  毎日新聞(2016/11/15)によると「トランプ次期米大統領は14日までに、過去に日本や韓国の核武装を事実上容認する発言をしたことに関し「そんなことは言っていない」と否定した。トランプ氏は大統領選勝利後、さまざまな立場を現実路線に軌道修正する姿勢が目立っている」と報道されています。

 

・米国は以前から「日本の核装備」を大変恐れているといわれてきました。ところが、近年、有識者の中でも「日本は核武装すべし」という議論も増えてきているといわれます。「核の恫喝を受けないためにも核には核を」という合理的な思考が求められているそうです。「21世紀には核戦争は絶対にない」という保証はありません。周辺諸国では、核兵器や生物化学兵器、核シェルターの開発を熱心に展開しているそうです。核戦争を想定内にしているからでしょう。「敵は一番の弱点(核シェルターのないこと)を攻撃してくる」といわれます。後進国では「核兵器は使える兵器」といわれます。先進国のように「核兵器を使えば、人類が滅びる」という合理的な思考がないと語られています。5兆円という限られた日本の防衛予算で、抑止力のない高価な通常兵器を少数そろえるのでは、費用対効果の点からも問題にされるそうです。核兵器の議論もタブー視されている点がありますが、現実的な議論をしてもらいたいものです。マクモニーグルの未来透視に「23世紀と24世紀における2度の大戦で人類の人口が6分の1に大激減する」というのがあります。 

後進国では、大量の餓死者がでている等のみっともないことが国内に続けば、国境紛争や自爆テロ型の(核)戦争を企てると語られています。

 

 ・世界の諜報機関や日本の影の諜報機関の働きについては、私たち一般人は、知らないことがほとんどのようです。昔の時代と違って、偵察衛星が飛び回っており、詳細な軍事写真もとれるようになりましたので、スパイの役割も大きく変化してきているようです。昔はよくスパイ活動でソ連の外交官が逮捕されたとか、北朝鮮のスパイが国内で潜入して逮捕されたりとかの話があったようです。スパイ船の記事も新聞に載っていたそうです。現代では「産業スパイ」の活動が盛んであるともいわれます。現代でも古典的なハニートラップも盛んだそうで驚きです。

 

公安調査庁の元部長によれば「日本は諜報機関のない世界的に珍しい国だ」そうです。しかし、情報部の関係者の努力のおかげで、米軍との諜報機関との繋がりから、徐々に小規模ながら活動をしてきたようです。戦後は、米軍の諜報機関の下請け組織として機能してきたそうです。スパイの世界は「法律を超えた世界」、「超法規の世界」のようです。常にさまざまなリスクが伴うようです。それでも「