『日本が危ない! 一帯一路の罠』
宮崎正弘 ハート出版 2019/1/11
<言語、偽札、報道統制と難題だらけ>
・北京語の普及とほかの言語との間に、つまりそれらを使用する人々と苛烈なほどの軋轢がある。
中国には55の少数民族があって、それぞれがオリジナルな言語を持つ。
ところが毛沢東以後、とくにテレビの発展が手伝って言語のオリジナル教育を棄てさせ、北京語による言語空間の統一が進んだ。
チベット語、ウイグル語、満州語が失われていくばかりではない。上海でも広東でも福建省でも北京語が強要され、テレビ、ラジオの統一ばかりか公務員試験、運転免許からIDカード、行政手続きの書面一式に到るまで北京語一色となった。若い世代は親たちの言葉を理解は出来るが、喋れないという悲惨な事態が発生している。民族のアイデンティティの喪失に繋がる。
これを憂慮した知識人たちが、たとえば広東省では「広東語の復活」を唱える国語運動となっているが、北京の政権は無視している。
<退役軍人の抗議集会やデモの問題も深刻である>
・退役軍人だけでも5700万人を数え、このうち500万人は再就職できたが(それも殆どがガードマンか、中国版「ブラックウォーター」と呼ばれる戦争請負企業)、残りは雀の涙ほどの軍人年金で暮らしている。中国はGDP成長によって所得が上がり、物価はインフレ、しかし年金支給額は据え置かれているために、言い尽くせないほどの貧困に襲われ、生活苦に陥った。年金増加、待遇改善をもとめて退役軍人が組織立って抗議し始めると、習近平政権にとって脅威である。しかも背後には反・習近平の派閥が暗躍している。
<偽札問題も片付いてはいない。>
・現在流通する毛沢東肖像が描かれた人民元の2割は偽札という、通貨不信の社会で、庶民は「上に政策されば、下に対策ある」とばかりに人民元を貯め込むことをやめ、高価品投機をはじめた。書画骨董に異常な値が付き、次に人民元が高いうちに買い物をしておこうとロレックスの時計、レクサスやBMWなどの高級車購入がブームとなった。
そして金投資である。金の延べ棒、コイン、金粉や金飾のネックレスなどを一斉に買い求める顧客が後を絶たず、庶民は金を預金代わりとしてきた。また仮想通貨ビットコインの世界需要の90パーセントが中国人だったように、根本にあるのは人民元への不信である。
中国政府は、こうした事情を忖度してデジタル決済を奨励した。その結果、中国は世界一のデジタル通貨の蔓延となって、現金決済が激減したが、これも偽札問題から派生した。中国人特有の智恵に基づくのである。「中国すげえ」とデジタル通貨の普及を見て、さも日本が遅れているかの浅薄な解説は、偽札問題をみごとにスルーしている。ともかく現況は悲惨である。
・予想できる限りの近未来において中国経済は失速を続け、株安、人民元安から不動産バブルの破滅となり、銀行は不良債権処理に頭を抱えることになるだろう。その上、世界中至る所で、中国の推進してきた一帯一路プロジェクトが頓挫しており、これまでは中国の自慢だった対外純債権は、巨大な不良債権化するだろう。
<天文学的な債務をいかにして解決するのか。中国の債務不履行は、もはや不可避的時限爆弾である。>
・2008年のリーマンショックでの余波を回避するために、中国は無茶苦茶な財政出動を繰り返し、人為的に景気を浮揚させて不動産バブルを築き上げてきた。不動産のローン残高は邦貨換算で4700兆円にのぼる。
・その天文学的負債を誤魔化すために、シャドー・バンキング、理財商品、P2P、地方政府の債券発行を許可し、焦げ付き債務の返済を次から次へジャンプさせ、ありとあらゆる手段を用いて真実を隠蔽し、危機を誤魔化し、さらに在庫処理と失業者解消のゴミ整理が「一帯一路」だった。
負債は利息とともに膨れあがり、債務の重圧が中国経済を窒息させるだろう。鳴り物入りのAIIBは阿漕な高利貸しの新しい財源とする詐欺の装置と見られ、マハティール・ショック以後、世界の国々、とくに一帯一路に関与する国家群が中国に不信感を表明し、姿勢を慎重にする。
・2018年9月28日に通達された「不都合な経済ニュースは報道してはならない」という規制の概要は次の6項目である。
- 予想より悪いデータがでた場合
- 地方政府の負債
- 為替、とくに外貨準備高の激減など
- 消費動向、消費の激減ぶり、物価の上昇やインフレ
- 構造不況を示唆するようなデータや解説
- 生活苦、貧困など
・これまでも中国の公式の経済データは悉くが信用できないフェイク情報であり、国家統計局がGDPの数字を誤魔化してきたうえ、地方政府は3割前後の「水増し」を報告してきた事実は誰もが知っており、規制を強化するとすれば、庶民の不信感はもっと確定的に拡がるのではないか。
<日本はどうするか?>
<安倍首相訪中の「競合から協調へ」は日米同盟を亀裂させないか?>
・中国政府のウェブサイトに拠れば一帯一路にリストアップされている国家は、すでに118ヵ国ある。米国は「このうち既に8つの国家が『借金の罠』に落ちている。中国はプロジェクトを高金利の条件で運びこみ、環境を破壊し、地元の労働力を使わず、しかも賄賂を配って、当該国の真の発展に寄与してはいない」と明瞭に批判しているのである。
・ポンペオは2019年度予算で、OPICを基軸とする海外援助予算を300億ドルから600億ドルへ倍増させるとした。中国への対抗措置として日本とオーストラリアとの連合にインドを加えて中国への対抗プロジェクトを講じるのだから多くの新幹線工事なども日本に回ってくるかもしれない。
米国のOPICは日本のジャイカと酷似した政府組織である。
<「失われた20年」>
・考えてみれば、日米貿易不均衡などと難癖をつけられ、年次改革要求、スーパー301条、プラザ合意とすべて米国の一方的な押しつけにより、日本の産業は国内空洞化を招いた。
円高のため、企業は海外に生産拠点を移し、有り余る余剰資金は株と不動産に向けられ、景気は天井知らずの様相だった。しかしバブルが発生しても、日本政府と日銀の打つ手が限られ、右顧左眄している裡に「失われた20年」となり、その惨状がまだ継続中だ。日本企業の海外進出は一向に収まらず、そのうえ「低金利」「デフレ脱却」「消費税引き上げ」など経済政策の怪しさが、ますます日本を痛めつけている。
法律的に日本は思想が変化し、アメリカの法律植民地となった。判例を見ても、アメリカのリベラルな判決や法改正の後追いである。具体的に言えばLGBTとかフェミニズムの突然の浸透であり、経済構造からみれば電力に次いで鉄道、郵便、通信、タバコの民営化、次は水道、そしてJAの民営化が政治目標にのぼっている。
・これらは米国から吹いてきた「グローバリズム」という新自由主義なるものの正体であり、要するに社会主義とは反対の概念ではなく、共産主義に類似した愚策である。得体の知れないことを日本はやり出しているのだ。これを「ネオリベ(新リベラリズム)国家」という。
・欧米、とりわけ西欧では、ドイツをのぞいて移民への激しい排斥運動が政治を席巻している。凶悪犯罪、とくに強盗と婦女暴行、レイプ事件の多発が、移民問題と絡んで大きな政治的問題となった。
2018年10月に連続したドイツ地方選挙では、バイエルン州というCDS・CDU連立政権の大票田で、メルケル与党が大敗した。つづけてフランクフルト周辺でまた大敗。左の「緑の党」と、右の「ドイツのための選択肢」が躍進という結果となった。
・中国は、中距離核弾頭を量産し、台湾、日本ばかりかグアム、ハワイを射程としてすでに配備している。
対抗する日本の防備は「パトリオット・ミサイル・システム」、そして配備予定の「イージス・アショア」だが、これはあくまで迎撃システムであって、専守防衛の日本は攻撃兵器を何一つ保有していない。
極東地域のパワー・バランスにおいて、中国優位が現状である。米国は同盟国を守るために中距離核戦力の再配備を狙うのであり、一番慌てたのが中国となる。
ところが唐変木な日本政府は「核軍縮に逆行する動きは歓迎できない」と声明する始末。まったく安全保障を理解していない。軍事音痴が永田町、霞ヶ関と市ヶ谷台(防衛省幹部ら)の頭の中にあるとすれば由々しき事態である。
<移民排斥の欧米、増加策の日本>
ハンガリーのオルバン首相はEUの移民政策に激しい怒りを表明し、高い壁をトランプより先に国境に設置した。こうした愛国的行為を欧米の左翼メディアは「極右」と定義して一方的な報道を展開しているのだが、メディアに集う記者の大半が、左翼思想に染まってグローバリズムを是認するリベラル派である。
彼らの目的はコミンテルンの残映、最終的に国家解体が目的だから保守の興隆を敵視するのは当然といえば当然である。
・問題は真実を伝える新聞、テレビが西側に少ないことである。日本でも産経と読売新聞を除いて新聞はおかしいし、地上波のテレビ局はNHKからフジテレビにいたるまで、左翼伝染病患者が我が物顔に出鱈目な報道を繰り返している。その結果、中国の「静かなる日本侵略」を許してしまったのだ。
・中国人留学生へのヴィザを規制強化している米国とは反対に、日本はヴィザ条件を緩和している。なぜこんなへんてこな逆転現象が起きるのか。自律的な判断が出来ない政治家が、親中路線に傾いているからである。
北海道や対馬、その他の地域、それも自衛隊基地の近くの不動産が中国人によって買い占められ、埼玉など団地の住民が殆ど中国人となっているのに、対策がないばかりか、規制しようとする法律の制定は、野党ならびに与党の親中派によって頓挫を余儀なくされる。
・グローバリストの獅子吼する多種多様な文化を受け入れようという美辞麗句に惑わされて、日本人が日本という国が間接侵略されている非常事態を目の前にしても、まだのほほんとしている。おまけに中国人観光客をもっと増やそうとインバウンド業界は躍起だ。
・在日留学生のうち、中国人留学生が10万7260人と全体の40パーセント強もいる(2018年現在)。中国人留学生の1064人が国費留学生であり、つまり学費から生活費まで日本の税金で支払われているのだ。すでに日本の大学では日本語ができなくても、英語のカリキュラムを組んで学位の取得が可能となっている。
背景には怪しげな風俗店に通った次官がいたように、不適切な官僚が巣くう文科省がある。日本の官僚機構なのに、あろうことか反日教育を助長し、ただしい歴史教科書を排除する売国奴的な役所だ。官僚機構も日本の組織ではなく、すでに外国に占拠されてしまった。
<中国撤退の決断>
・2018年6月、スズキはそれまでに小型車「アルト」を中国市場に投入し、2つの中国自動車メーカーと合弁を組み、製造・販売してきたが、営業不振のため「江西昌河鈴木汽車」との合弁を解消した。
ついで重慶の拠点だった「重慶長安汽車」との提携関係も解消、株式を同社に譲渡し、完全に中国から撤退する。遅れたとはいえ、英断だろう。
・中国の嗜好が大型車に移行していたこと、またEV比率が規制されるためEV開発に遅れているスズキは不利との判断があったと、業界筋は原因を並べる。だが、日本や成功したインドの商習慣とのあまりの差違、マネジメントの齟齬などで嫌気がさしていたのではないのか。
・深刻な問題はEVである。中国はこれを次世代カーのトップに位置づけた。
・実情は次のようである。
中国単独での開発には無理がある上、基本特許を欧米日に抑えられていて、開発上の隘路がある。充電装置は日本とドイツに依拠せざるを得ない。電池は原料のリチウムとコバルト鉱区は確保したが、肝腎の電池開発は、日本に頼らないと先へ進めない。AIは米国、インドが頼りであり、さらに半導体はインテル、TSMC(台湾)、サムソン、そして日本である。
<中国は巧妙な規制をかけ、外国勢の開発を義務づける。それは磁力か、魔力か?>
・2019年に中国はNEV(新エネルギー車)と総称する自動車シェアの規制に乗り出す。
自国に都合の良い、身勝手な措置だが、外国勢はこの規制を無視できない。まさに中国の磁力か、魔力か、いや催眠術か。
具体的には輸入車の10パーセントがNEVでなければならないという、中国でしか有効性がないが、強制力を伴う法的規制で対応する。
<事実を伝えず、相変わらず日本のメディアの唐変木>
・TPPから離脱した米国と、日本の貿易交渉は、これから2国間交渉となることは明白であり、日米間でFTA(自由貿易協定)を結ぶことになる。その前に車の関税はしばし棚上げし、当面はTAG(日米物品貿易協定)をおこなう。つまり日本が譲歩したのではなく、アメリカ側の譲歩なのである。
第1に、「日米共同声明」は、米国が従来の親中路線をかなぐり捨て、敵視政策への転換を明確に示し、規制と制裁をかけるが、日本はそれに同調すると同意しているのである。
噛み砕いて言えば、中国は「世界の工場」から「世界の市場」となって、世界的な企業がチャイナチャイナと喧噪を示したが、その勢いは止んで、流れは明白に変わり、中国はやがて「世界のゴミ箱」となるが、日米は共同でそれを助長すると行間が示唆している。
第2に、知的財産権が盗まれ、ハイテク企業が中国資本に買収され、本来、自国が得るべき所得が中国に還流したことをトランプは猛烈に批判し、「グローバリズム拒絶」「愛国主義」に立脚する政策に立ち帰ると言った。
<中国批判はいまや米国のコンセンサスである。>
・グローバリズム拒否というのは、「イデオロギー」を拒否するという意味である。国境の壁を撤廃し、規制をなくし、つまりは国家を解体するという面妖なグローバリズムという思想では、自由主義本来の市場まで破壊されかねない。公平なルールを遵守し、双務主義に基づく交易という原則に立ち戻ろう、それが「愛国主義」だと主張しているのである。
・トランプ大統領の国連安保理事会、その後の記者会見などで、ウイグル人弾圧の強権政治を批判した点も見逃せない。ハッカー攻撃による情報の盗取についても触れた。人権、民主をよびかける程度だったオバマ政権までの米国の親中姿勢は掻き消え、声明文には、「友好」などという文字がどこにも見られない。
・もっと具体的に言えばファーウェイ(華為技術)、ZTE(中興通訊)を米国やオーストラリアが排除したように、次にテロリストへの資金洗浄として規制が強化された海外送金やドル取引に対して、米国はたとえばフランスのBNPパリバ銀行を処分し、巨額の罰金を科したうえで、「1年間のドル取引」を禁じた。つまりフランスの名門銀行も国際ビジネスができなくなった。これが中国の銀行にも適用される。
米国内において、軍事技術盗取の中国人スパイをつぎつぎと摘発し、中国軍に直結する取引をしていた個人や企業の口座を凍結している。ロシア財閥の在米資産凍結ばかりではない。欧米、とりわけ英仏独、スイスの銀行も処罰されており、西側の銀行は中国との取引に極めて慎重となっている。
<黒船ならぬ「紅船」がやってきた。>
・共産党が仰天したのはテンセント系のネット「微信」に次の会話があったからだ。
「共産党万歳というスローガンをどう思う?」「腐敗して無能な政治に、万歳なんかできるの?」
「中国の夢(習近平政権のスローガン)って何?」
「それはアメリカに移住することでしょう」
・こうした状況に、共産党中央機関紙『人民日報』が「テンセントは有為な若者たちを中毒に陥れる社会悪を作っている」と噛みついた。
・ファーウェイ、ZTEはすでに米国市場を失った。オーストラリア、カナダなどもトランプの決定につづき、国家安全保障を脅かすとして政府契約を禁止したし、日本も自粛を発表した。あの親中派のドイツとて中国資本のドイツ企業買収を阻止している。
・はたして中国のIT企業家たちは、共産党の情報独占という全体主義にいかに対応しているのか。
近藤氏は「彼らの目には、共産党はリスクとしても映っている」と指摘する。
近藤氏は北京で日系企業の副社長経験者で、契約書にかならず免責事項があったと指摘する。それは「中国共産党の指導がはいった場合は、この契約書を破棄、変更出来る」という条項である。つまり「中国では法律の上に共産党が『鎮座』している」のである。
<だから一帯一路は末路>
<中国は「世界のゴミ箱」>
・中国は「世界の工場」から「世界の市場」、そして「世界のゴミ箱」になった。
・IMFは、ベネズエラのハイパー・インフレーションが、近く100万パーセントに達すると警告した。ところが、2018年12月に140万パーセントに達した。すでにベネゼエラ国民は、およそ150万人がコロンビアやブラジルに避難し、これは欧州におけるシリア難民の数に匹敵する。
中国のカネに依存して一帯一路構想に飛びつき、原油代金が1バーレル=100ドル時代に有り余る外貨を医療無料、大学無料などバラマキをやって大衆迎合政策をとった結果、原油代金の激減と同時に経済は失速した。ベネズエラも中国の「借金の罠」に自ら陥落し、中国にとっては一帯一路プロジェクトの大きな荷物に化けたのだった。
<日本は本当に自由なのか?>
・自由貿易という概念は、放埓な、好き勝手の自由ではない。これまで日本人が「自由」と思ってきた概念も、状況は、じつは自由ではない。本当の自由からわたしたちは不自由な世界にいるのか、いやそれとも異次元の自由世界に身を置いているのだろうか?
・「中国の大躍進」という幻覚が消えかけているというのに、深刻な精神の危機に現代日本人は直面している。
『北京レポート 腐食する中国経済』
緩やかに、だが確実に体制の矛盾が蝕む。
大越匡洋 日本経済新聞出版社 2016/8/26
<私は2012年からの4年間を取材記者として中国で過ごした>
・いま、あの国で何が起こっているのか、そして、どこへ向かおうとしているのか。4年にわたる現地取材による衝撃のルポ。
・帰国してから、もちろん帰国する前もそうだったが、ぐさりと胸に刺さる読者の言葉がある。「中国はよく分からない」。
日々、様々なニュースや解説を書いてきた身からすればつらいひと言だ。むろん、あれほど巨大で複雑な国家を「分かる」と断言できる人などいないだろう。もしも「自分の中国に対する理解が絶対正しい」と言い切れる人がいたら、希代のペテン師だとしか思えない。
・中国に関する情報は書店にもインタ―ネット上にもあふれている。一方で、いわゆる「チャイナ・ウォッチャー」ではない普通の人にとっては、中国を理解しようにも、理解を助ける「物差し」が不足しているのではないかと感じる。「物差し」がないまま情報の洪水にもまれれば、「よく分からない」「嫌いだ」という思考停止に陥る恐れが膨らむ。
・中国の「ハードランディング論」が一部でかまびすしいが、あらかじめ断ると、私はその輪に与しない。しかし、中国の体制内に巣くう矛盾や課題を考えた場合、長い目で見ると、ハードランディング論者が思い描く将来よりも悲観的になる部分があることは否定できない。
<「鬼城」の実像――人影のない街で「追突注意」>
<公称人口8万人の「新都心」、実際は「4万人」>
・花壇で彩られた立派な道路に高々と掲げられた標識を目にしたとき、たちの悪い冗談かと思った。「追突注意」。周りを見回しても、車など全く走っていない。それどころか、街には人影さえまばらだ。西モンゴル自治区オルドス市にある「新都心」の風景である。
・ところが、12年の春に訪れると、公称8万人の人口は「実際は4万人程度しかいない」(住民)。中国の都市で付き物の交通渋滞もない。乱立するマンションは空室だらけだ。
・「鬼城(ゴーストタウン)」。中国政府がリーマン・ショック後に打ち出した4兆元の巨額景気対策の効果が薄れ、むしろ後遺症が目立ち始めたころから、中国全土で人の住まない街が広がった。
・ただ、街中を歩き回ると、こうした人気物件は一部にとどまることが分かった。周辺のオフィスビルは空室ばかりで、仲介業者は「競争が激しい」とこぼした。地元紙によると、鄭東新区では13年だけで13棟以上の高層ビルが新設され、鄭州全体で400万平方メートルと、ほぼ4~5年分の需要に相当するオフィスの過剰供給が見込まれていた。
<在庫が積み上がる売れ残りマンション>
・「鬼城は全国に50ヵ所以上ある」。15年末、中国のインタ―ネット上に金融学者が公表した研究結果が話題をさらった。中国で計画中のニュータウンには「34億人が居住可能」という説もある。公式統計をみても、15年末までに積み上がった不動産在庫面積は7億1853万平方メートルと、2年間で5割近く増えた。
つくりすぎたマンションが売れずに在庫として積み上がり、14年から住宅価格の下落が全国に広がった。それでも不動産投資というカンフル剤に慣れた地方は、なかなか軌道修正できなかった。
・14年初め、北京から飛行機でおよそ3時間かけて中国の最貧地域の一つ、貴州省を訪れた。省都の貴陽市では、農地や荒れ地を「夢のニュータウン」に作り替える計画が進行中だった。
東京都中央区に匹敵する約10平方キロメートルの超大型の不動産開発が少なくとも4つあった。重機で山を切りひらいて高級マンションや500メートル級の超高層ビルを建設していた。工事で巻き上げられた砂ぼこりが街を包み込み、外を歩くだけで目やのどが痛くなる。だが不透明にかすんでいたのは現実の空気だけでなく、貴陽市が描く未来だった。
・地元紙はニュータウン開発で新たに500万人以上の人口を吸収できるという。ところが当時、貴陽市の人口は400万人余りだった。今の街が2倍以上になる想定での建設計画に、市民は「鬼城になりかねない」との不安を洩らした。
<ソロス氏への過剰反応――消えた統計局長が残した言葉>
<中国経済は背の高いイケメン?>
・「中国経済は心配ない『高富師(=長身でお金持ちのイケメン)』だ」。
2016年1月26日午後、北京の月壇公園近くにある中国国家統計局の庁舎で、当時の局長、王保安氏は上機嫌に話していた。15年のGDPデフレーターがマイナスに陥った原因については答えをはぐらかしていたが、「中国経済がハードランディングする恐れはないのか」との質問に対しては、待っていましたとばかりに「高富師」と答えた。
・直前の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で、著名投資家のジョージ・ソロス氏が「中国経済のハードランディングは不可避」と発言したからだ。
1990年代、英ポンドを売り浴びせ、「英中央銀行を潰した男」との異名を得たソロス氏。ちょうど、15年夏の人民元の切り下げや中国の成長鈍化を受けて、元相場の下落圧力や海外への資本流出の動きが強まっていた。上海株も1月に2割下落していた。市場への影響力が大きいソロス氏が「中国売り」を公言したことに、中国当局は激しく反応した。
・ところが、初めての「意見交換」の場が終了してからわずか2時間後、事件は起きた。共産党員の汚職を取り締まる中央規律検査委員会が突然、王氏を「重大な規律違反」で調査していると発表したのだ。身柄を拘束された王氏はすぐに統計局長を解任された。
財務省時代の汚職問題で摘発されたとされるが、真相は明らかではない。いずれにせよ、政府を代表して「中国経済は『高富師』などと中国指導部のプロパガンダを唱えていた高級官僚でさえ、理由を明確に示されることなく突如、公の場から姿を消し、追い落とされる。体制内の論理を優先する姿勢は、統治にスキを生むリスクを膨らませはしないか。
<「中国当局は市場との対話が欠如している」>
・実際、人民銀は行き過ぎた元安に歯止めをかけようと、香港など中国本土外(オフショア)の外為市場で異例の大規模な元買い介入を断続的に実施していた。
<無茶な元買い介入による大きなひずみ>
・その代償は大きい。中国の外貨準備は15年通年で約5000億ドル減り、23年ぶりの減少を記録した。元を買い支える為替介入を繰り返したため外貨準備を大きく取り崩すこととなった。それがかえって海外の投資家が元売りに向かう悪循環を生み、海外への資本流出も続いた。
<中国指導部は「世界の不安」を理解していない>
・そして現在。中国当局は麻薬中毒のように、元を買い支える為替加入から抜け出すことができなくなった。米国が中国側の動きを容認するかしないかは本質的な問題ではない。元買い介入を続ける中国当局はその規模など詳細を明らかにせず、「中国経済は安定している」「高富師だ」などと宣伝文句を繰り返す。政策決定が不透明なだけでなく、政策が持続可能かどうか判断する材料も乏しい。
不透明感が市場に生んだ不安感は、中国の統治が八方ふさがりになるのではないかという不信感をはぐくむ。中国の体制を巡って世界が何を不安に感じているのか。残念ながら、中国指導部が本当に理解しているとは思えない。
<鉄余り、日本4つ分――五分五分の「中所得国のわな」>
<もはや「供給側改革」が避けられない>
・習指導部が「供給サイドの改革」と名付ける構造調整を本格化するとの宣言だった。長年先送りされてきた矛盾の解決に手を着けなければ、もはや持続可能な成長は望めないとの危機感がにじんだ。
<世界の粗鋼生産力、過剰分の6割は中国>
・要するに、老朽設備の「削減・淘汰」といいながら、実際は設備の稼働を休止していただけなのだ。結局、いつまでたっても中国の鉄鋼の設備稼働率は7割程度の低水準をさまよっている。
<統計には表れない「隠れ失業者」>
・「中国には『隠れ失業』の問題がある」。中国では少子高齢化に伴って働き手が減り、雇用の悪化圧力は和らいだようにみえる。15年の都市部の新規就業者数も1312万人と、政府目標の1000万人を上回った。しかし、表に出てくる統計では見えない実態がある。
内陸部の国有石炭会社で管理職を務める男性の給与は16年2月から、前年の半分以下に減った。景気減速で石炭価格が下落し、会社の経営が傾いたためだ。その結果、年収はピーク時の1割に届かなくなった。その代わり、出勤するのは月に1、2回だけだ。
国有企業では業績が悪化してもすぐに人員整理には踏み切らず、一律に給与を引き下げるなど、究極の「ワークシェアリング」で表向きの雇用を守る。
<目先の経済対策に溺れ、「中所得国のわな」にはまるリスク>
・大学や大学院など高等教育機関の卒業者は16年だけで760万人を超え、高卒などを含めると約1500万人の若年層が新たに労働市場に加わる。そこに構造調整の圧力が加われば、雇用情勢の先行きは不透明さを増す。
・中南米など多くの国が一定の経済成長を経たあと、長期停滞に陥り、結局は高所得国という先進国の仲間入りができなかった。さらに成長を持続できるかどうかのカギは経済の構造改革が握るが、得てして目先のことばかり考え、採算の見込みも立たない投資で足元の景気をふかす「古い道」をたどりがちだ。景気の下支えと称して無駄な投資を増やし、失業や不良債権の増加といった「痛み」が生じることを先送りする。
中国が「中所得国のわな」にはまる可能性は「五分五分」よりも高まっているように見える。
<忍び寄る老い――払いきれぬ産児制限のツケ>
<親が罰金を払えず、「無国籍者」として生きる>
・しかも、一人っ子政策に違反した夫婦からの罰金は、中国本土で年間200億元を超えるという。権力側にとって、産児制限は国民を監視しつつ、財源まで得られる実に都合のよい仕組みだ。
今後も続く産児制限への庶民の不満の矛先をそらす狙いもあるのだろう。習指導部は新たな手を打ってみせた。16年1月半ば、政府が全国に1300万人いると推計する無国籍者に、戸籍を与える方針を打ち出したのだ。
だが、李さんはいまも楽観していない。1300万人の根拠は国政調査だが、過去の国勢調査で李さん一家は一貫して調査員から無視されてきたからだ。「私は『1300万人』にさえ含まれていない」と、李さんは語る。
戸籍を得たら何をしたいのか。李さんが語る夢はあまりに素朴だ。「勉強したい。家族に迷惑をかけず、自立した普通の生活を送りたい」。中華民族の偉大な復興という「中国の夢」を掲げる習氏の耳に、李さんの声は届いていない。
<「民主的な手続き」が不可欠な負担の分かち合い>
・国や国有企業が医療費を丸抱えするのをやめ、中国が公的医療保険制度を整え始めたのは1990年代末から。制度はいまだ未成熟で、手術などの前に病院から多額の預かり金を求められるのが現実だ。
「辛辛苦苦幾十年、一病回到解放前(苦労して数十年働いても、いったん病気になれば49年の解放前の貧しい生活に戻る)」とさえ言われる。
習近平指導部は医療や年金など「民生の充実」で貧富の格差への不満を抑え、党支配を維持しようとしている。どこの国でも、負担の議論なしにバラ色の未来は描けない。中国全体が陥りかねない「民主主義の不在」という落とし穴は大きい。
<先進国になる前に、急激な高齢化が襲う>
・ニッセイ基礎研究所によると、中国の国と地方を合わせた社会保障経費は2014年に計2兆6000億元を超えた。5年間で約2倍に増え、一般財政支出の2割弱を占める。
高齢者の急増と未熟な社会保障の整備の両面から、医療などにかかる財政負担は今後も増す。36年前の公開書簡は「問題は解決可能」と強調したが、鄥氏は「これほど少子高齢化の問題が深刻になるとは想像できなかった」と明かす。
人口爆発と食糧難への恐れから「国策」としてきた産児制限の軌道修正は遅きに失した。
・中国政府によると、新たに2人目の子どもを持てる夫婦は全国で9000万組あるという。その半数は40歳以上だ。世界銀行は「中国の労働力は今後25年間で10%以上、9000万人減る」と予測する。中国は総人口も25年ごろにピークに達して減少に転じ、労働力不足と需要鈍化が成長を制約する。強気の中国政府系のシンクタンクさえ、11~15年に7%台後半だった潜在成長率が16~20年には6%強に下がるとみている。
介護など新市場の創出や生産性の向上が今後、期待できないわけではない。だが少子高齢化と人口減が経済に長い停滞をもたらす恐れは、日本の例が示している。中国の人口は日本の10倍を超える。世界最大の人口大国の老いが世界経済に与える衝撃は計り知れない。
<「L字」志向の落とし穴――危うさ潜む地方の統治能力>
<「市場の決定的な役割の発揮」は進まない>
・「たとえ景気が底入れしても、『Ⅴ字』や『U字』の急回復にはなることはない。中国経済は高速から中高速へ成長速度を調整する過程にあり、基本的に今後は『L字』に近い形になるだろう。2020年まで年平均6.5%以上の成長をめざす指導部の目標は実現可能だと思うが、特定の年に6.5%を多少、下回ることがあってもかまわない」
・しかも劉氏の認識は、いまだ中国経済はLという字の「横棒」にさえ達しておらず、「縦棒」の途上、つまり成長が鈍化する局面が続いているというものだった。
・過度な規制によって様々なゆがみが生じている経済に、メスを入れる。多くの人が習指導部の改革姿勢に大きな期待を抱いた。しかし、それから3年近くが経過した今、金利の自由化など一部の分野でいくつか前進がみられたものの、「市場の決定的な役割の発揮」とはほど遠い状況が続く。北京の知識人の間では「肝心の国有企業改革は見込み薄だ。一部を合併・再編し、大規模化するだけに終わるだろう」と急速に期待がしぼんでいる。
・それでも、改革は思うように進まない。国有企業をはじめ体制内に幅広く、複雑に絡み合った既得権益層の抵抗があるのに加え、巨大な国を統治するうえでの「手足」となる地方政府が思うように動かない。
<「鶴の一声」で地方政府の方針が急変>
・共産党が市場までも統制しようとする官製経済は、法治やルールよりも党幹部の意向を重んじるため、経済の安定を損なうリスクをはらむ、それは国家の統治そのものを揺さぶる。習指導部があれだけ「ゾンビ企業を退治せよ」と地方に「改革」を命じても実際には進まないのは、地元政府は地域経済への打撃を恐れて補助金などを支給して延命を図る例が後を絶たないためだ。
<最終目標から逆算された「6.5%」成長>
・一方で、リスクは着実に積み上がっている。中国当局の集計では16年3月末の中国の銀行の不良債権残高は約1兆3900億元と、1年前に比べて4割増えた。融資全体に占める比率はいまだ2%程度にとどまるが、不良債権予備軍である「関注(要注意)債権」を含めれば、その約3倍に達するのが実情だ。
・実際の景気は成長率から6.5%を下回りかねない強い下振れ圧力にさらされている。16年に入って中国政府は地方のインフラ投資を加速し、景気は表向き持ちこたえている。だが、こうした動きは痛みを伴う構造調整を後回しにし、再び過剰な設備や債務を膨らませる「古い道を逆戻りしているようにしか思えない」(北京の研究者)。
習氏は第13次5ヵ年計画で、約5500万人いる貧困人口をゼロにするという新たな目標を掲げた。これについても「経済成長率が想定より鈍って所得倍増の目標が達成できなかったときのために、脱貧困という『保険』をかけているのではないか」との見方がくすぶる。