日本は津波による大きな被害をうけるだろう UFOアガルタのシャンバラ 

コンタクティやチャネラーの情報を集めています。

人が死ぬたびにつくり直すのを手間に感じた女媧は、人間に生殖機能をつけて婚姻制度を整えさせたといい、そのため女媧は今でも婚姻の女神として崇められている。(14)

 

 

「秘教真義」

 (ドーリル)霞ヶ関書房1975/1/1

 

 

 

地球内奥部と青色人

・「『では、この道路に沿ってもっと遠いところまで行ってみよう。そして、青色人種の実体をみてみよう

ゼロンが言い終わると、セートンは急速にこの道路を落下させられたように感じ、およそ20マイル(32キロメートル)も下りたところで止まった。止まったところでセートンをみると、内壁に裂け目があるのが分かった。それは急に広くなって入口となっている様に見えた。その入口は末広がりに広がっていて12人ほどが横に並んで通れるほどの広さにまでなっていた。二人はここに入り、少し行ったところでやわらかい黄金色の光で満ちた広い大洞窟に出た。洞窟といってもあまりに広すぎて、上部の天上や向かい側の壁が遠くて見えなかった。0.25マイル(4百メートル)ほど向こうに平屋建てや二階建ての家並みで出来た町があった。もっとも“家”といっても屋根のない建物らしかったが、その町の丁度真ん中にチラチラ光る白い石の塔が立っていた。その塔には、頂上にピカピカきらめく水晶の丸天井がのっていた。

 

その町の各街角から広い道路が走っており、その内の三本はずっと遠くで消えて亡くなるまで続いていた。ゼロンとセートンから一番近いところにある道路は、この大洞窟の側壁に向かって延びており、その壁の下でポツンと途切れていた。セートンがよく見ると、一番近い道路のところに何か動くものが見えた。それは三人のグループで側壁の方に向かって歩いていた。その人達は、セートンが今まで見てきた人々の中でも最も活気に満ちた人であった。身長は約5フート(150センチメートル)で衣服を身に着けておらず、皮膚の色は特有の青色をしており、丁度、ピカピカに磨いた金属のような皮膚であった。彼らの皮膚の色も不思議なものだったが、最も不思議なのは、その顔だった。その容貌は鮮明でハッキリしており、堂々とした広い知性的な顔を持っていたが、その顔には目がひとつもなかった。両眼のあるべきところは滑らかな皮膚だけであった。彼らはセートンに何らの反感も反応も感じさせなかった。むしろ、セートンは、彼らから深い平和と調和の感じをうけるとともに、彼らから注がれる清い愛情が自分の琴線に触れたのを感じた。

 

 

 

「天空人伝承」

(山岡徹・山岡由来)(たま出版)1999/12/1

 

 

 

国内のUFO研究家、研究グループも多い。>

・「サンダー・バード物語

北米インディアンのクィラュト族に不足の災難が襲ってきて、異常気象が続き、食物となる魚や作物がとれなくなり、一族は連日のように餓死していった。このとき、一族の酋長が、彼らが名づけた「サンダー・バード」に救いを求めた。そうすると、空飛ぶ円盤が生きた鯨を運んでくれて、一族が救われたという伝説。

 

・神の仮面を脱ぎ、素顔を見せて、「私はお前たちと同じ人間だ」と語るサンダー・バード。

 

アイヌの聖地を訪れた見知らぬ人

・1969年ごろ、北海道日高平取にあるアイヌの聖地「ハヨビラ」に、早朝、謎の人物が訪れた。当時、この場所は、UFO研究団体CBAインターナショナルによって鉄筋コンクリートオベリスク、モザイク大壁画、稲妻形パネル、三角池、同心円花壇、太陽のピラミッド、モルタル仕上げの空飛ぶ円盤のモデルなどが、団体の会員による奉仕工事で完成していた。

 

 

 

神隠し譚」 

小松和彦 編)(桜桃書房) 2001/9/1

 

 

 

早池峰山の「異人」(長尾誠夫)

この小説は、民俗学者柳田国男の明治43年の「遠野物語」からの引用がある。

「黄昏に女や子供の家の外に出ている者はよく神隠しにあうことは他の国々と同じ。-遠野物語第八話」

・「遠野郷の民家の子女にして、「異人」にさらわれて行く者年々多くあり。ことに女に多しとなり。-遠野物語第三十一話」

「土淵村の里の子十四五人にて早池峰に遊びに行き、はからず夕方近くなりたれば、急ぎて山を下り麓近くなるころ、丈の高き男の下より急ぎ足に昇りくるに逢えり。色は黒く眼はきらきらとして、肩には麻かと思わるる古き浅葱色(あさぎいろ)の風呂敷にて小さき包みを負いたり。-遠野物語第九二話」

 

・「<サムトの婆>松崎村の寒戸(さむと)というところの民家にて、若き娘梨の樹の下に草履を脱ぎ置きたるまま行方を知らずなり、三十年あまり過ぎたりしに、或る日親類知音の人々その家に集まりてありしところへ、きわめて老いさらぼいてその女帰り来たれり。いかにして帰って来たかと問えば人々に逢いたかりし故帰りしなり。さらばまた行かんとて、再び跡を留めず行き失せたり。-遠野物語第八話」

 

遠野物語における「異人」の記述

・「丈きわめて高く眼の色少し凄しと思われる。子供も幾人か生みたれど、我に似ざれば我子にはあらずといいて食うにや殺すにや、みないずれへか持ち去りてしまうなりという。七話」

「きわめてあでやかなる女にて、これも長き黒髪を垂れたり。児を結い付けたる紐は藤の蔓(つる)にて、着たる衣類は世の常の縞物なれど、裾のあたりぼろぼろに破れたるを、いろいろの木の葉などを添えて綴りたり。四話」

前薬師の頂上に大なる岩あり、その岩の上に大男三人いたり。前にあまたの金銀をひろげたり。この男の近よるを見て、気色ばみて振り返る。その眼の光きわめて恐ろし。二十九話」

 

マヨイガとは山中にある不思議な家のことである

・「小国(おぐに)の三浦某というは村一の金持ちなり。今より二三代前の主人、まだ家は貧しくて、妻は少しく魯鈍なりき。この妻ある日門の前を流るる小さき川に沿ひて蕗(ふき)を採りに入りしに、よき物少なければ次第に谷奥深く登りたり。さてふと見れば立派なる黒き門の家あり。訝しけれど門の中に入りて見るに、大なる庭にて紅白の花一面に咲き鶏多く遊べり。つひに玄関より上りたるに、その次の間には朱と

黒との膳椀をあまた取り出したり。奥の座敷には火鉢ありて鉄瓶の湯のたぎれるを見たり。されどもついに人影はなければ、もしや山男の家ではないかと急に恐ろしくなり、駆け出して家に帰りたり。-遠野物語第六十三話

 

 

 

「超人ピタゴラスの音楽魔術」

(斉藤啓一)(学研)1994/11/1

 

 

 

霊界の音楽を聴いたモンロー

死後の世界を垣間見た作曲家。霊界の音楽を聴いたモンロー。死んだ作曲家の新曲を自動書記で発表したローズマリー・ブラウン。楽器は霊界の贈り物。

 

霊界で聴こえる調律音楽

・ところで、臨死体験をした人の報告を読むと、魂の故郷である霊界において、たとえようもなく美しい音楽を聴くことがあるという。物質世界を超えた霊界で音楽が鳴っているのだから、音楽の本質は霊的であるといってもよい。そして魂は、肉体を持たなくても音楽が聴けるということだ。音楽は心さえも通り抜け、魂まで浸透しているというピタゴラスの言葉は、真実であるということがわかる。

 偉大な作曲家というものは、高い霊界の音楽をインスピレーションで聴き取り、それを地上にもたらした人物なのである

 

<「死んだ作曲家の新曲を自動書記で発表したローズマリー・ブラウン」>

・「1960年代のことだ。イギリスの平凡な中年未亡人ローズマリー・ブラウンは、あるとき何気なく古いピアノの前に座った。すると突然、体が金縛りにあい、身動きができなくなった。次の瞬間、指が勝手に動き出し、名ピアニストさながらの調子で、信じられないような美しい曲を弾き始めたのである。いったい、自分に何がおきたのかと、彼女は驚きと恐怖で胸がいっぱいになった。同時に一人の白髪の老人が、傍らに立っているのが見えた。しばらくして曲が終わると、彼女は、金縛りから解放され、老人の姿も消えていた。ローズマリーは正式にピアノを習ったこともないし、満足に弾ける曲はひとつもなかったので、自分の身に起こったことが理解できなかった。また、あの白髪の老人はいったいだれなのかと気になった。そこで、音楽の教科書を引っ張り出してページをめっくてみた。すると一枚の写真に目がとまった。何とあの老人は、有名な作曲家のリストではないか。不思議な現象はその後も頻繁に起こった。彼女がピアノの前に座るたびにリストの霊が宿り、彼自ら作曲したという曲を指が勝手に動き出して弾くのである」。

 

・「最初は、当惑していた彼女であったが、しだいに落ち着いて事の次第を見守れるようになった。そしてついには、演奏した曲を譜面に書き残すようにさえなった。やがてその譜面は、イギリスの高名な音楽教授、ファース卿の目にとまり、世間に知られるようになったのである。その後、リストばかりかバッハ、シューマン、ベートーベン、ブラームスシューベルト、ドビッシー、ショパンという大作曲家が次々と彼女の体を借りて、自分たちが新しく作曲したという作品を演奏し、あるいは自動書記で譜面に書きとめた。その中にはベートーベンの第10交響曲もあった。これはCDとして発表されており(フィリップス・レーベル、現在は廃盤)、聴くことができる。後にも彼女は400余りの曲を発表している。当然のことながら、これは嘘だ、ペテンだという声が上がったが、音楽学者らの鑑定によれば、それらの曲は、すべて作曲家独特の特徴が見られたという」。

 

 

 

「宇宙の知的存在」

(ジャック・ベルジュ) (大陸書房)1974年

 

 

 

大師がたを“光の子”とか、“神の太陽”とか“全能人”

・「大師のことを、時には兄または兄弟と呼ぶのである。過去の時代においては、大師がたを“光の子”とか、“神の太陽”とか“全能人”とか呼んできたし、時には、“神そのもの”と見なしていたのである。このようにいろんな名称で呼ばれるのは、大師は、普通の人間とはあまりにもかけはなれているために、自分たちと同じ人間だったとはとても思えなかったからである。大師方が世の人々を助けるためにこの世に生まれて人類に奉仕しておられるとは言うものの、実際には自分自身のためでもあるのである。神(宇宙意識)が更に高い地位(サイクル)に進むためには、大師自身をも含めた全ての人々の大調和ということが必要なのだからである。

 こんなわけだから、各々の惑星にはある数の神我一体光輝状(イルミネーション)に達した大師達が、より低い発達の人々に、より高い聖知識を広布するために来て駐在しておられるのである。我々のこの地球には、144名の大師が割り当てられていて、この144という数は決して変更されないのである。この144かたの大師方の下には高級直弟子(チェラ)である人々が沢山おられ、大師の指導に基き、大師達とともにこの地上の人類集団の意識の向上に努めていられるのである。

過去のいろんな時代において、大師達はいろんな外的組織を作らせて、その組織を通じて働いてこられた、たのえば、フリーメイスン団、ばら十字会、カバラヘブライ神秘教団)等はこんな組織の一つだったのである」。

 

聖白色同胞団(グレイト・ホワイト・ロッジ)と宇宙聖白色同胞団

・「まず最初に聖白色同胞団(グレイト・ホワイト・ロッジ)と呼ばれている、神我一体域に達した偉大な聖者(マスター・大師)の集まりについて語ろう。一般世間の人たちの間では、イエス・キリスト釈尊の様な大聖者(大師・マスター)が現在もおられるとか、おられないとか言われているが、その様な超人的な聖者達は現実に今も存在しておられるのである」。

この地球には、魂の堕落暗黒の状態から進化して魂の大輝光の状態(イルミネーション)に達した人達、いわゆる聖者、大師と呼ばれる方々がおられるのだ。この方々は、各々、二人~十人のチェラ(弟子)と呼ぶ高級霊魂の直弟子を持っておられる。合計144人のマスター(大師)たちで地球の“聖白色同胞団”を組織しておられるのである。そして、この宇宙内における全惑星(他の太陽系のものも全部含む)の聖白色同胞団を全部統合して宇宙聖白色同胞団が形成されているのである」。

 

中世の光の魔人

奇妙な来訪者

・イタリアの数学者ジェロラモ・カルダーノの父、ファチウス・カルダーノは、1491年8月13日に経験した異常な出来事について、次のように詳細に語っている。

 

・ 「20時ごろ、いつもの礼拝を終えたとき、トーガ(古代ローマ市民の外衣)に似た絹の服を着て、キラキラ光る長靴をはいた7人の男が私の目の前に現れた。彼らは、甲冑を身に着けていて、この甲冑の下からは、目を奪うばかりに美しい深紅色の下着がのぞいていた。その中の二人は、他の者たちよりも高貴な身分であるように見えた。特に他の者を圧して威風堂々たる一人は、その顔が濃い赤色をしていた。彼らは、自分たちは、40歳になると言ったが、いずれも30歳より上には見えなかった。何者であるのかと私が尋ねると、彼らは、自分たちは、一種の人間で、空気で作られており、我々のように生きて死ぬものだと答えた。彼らの寿命は我々よりも長く3百年も生き延びることもできるということだった。」

 

 

 

『口語訳 遠野物語』  

柳田国男) (河出書房新社)1992/7

 

 

 

<隠れ里

・「隠れ里(かくれざと)」   遠野から笛吹峠を越すと釜石市で、川を挟んで沢々に集落が点在する。背後には切り立った山、谷底の村であった。その村の早栃付近を隠れ里といっている。昔、橋野川を神が石の舟に乗って下って来た。そうして、早栃まで来て、ああここが気に入ったといって、川の岸の丘の岩穴に入られた。そこを土地の人は隠里といって、祠を建ててその神を祀った。石船は二つ、今でも残っている。腰など掛けると祟りがあるということで、村ではかたく戒めている。この伝承の地に行くと淵がない。岩穴も石船なども勿論ない。戦後の台風で淵という淵はなくなり岩をいくつか露出した平凡な川原があるだけだ。

 

・「隠れ里伝説」 山奥や塚穴の先などに、この世と隔絶した平和で裕福な理想郷があるという伝説。なんらかの偶然で隠れ里と接触した者が、そのおかげで豊かになったという話が多く、特に椀貸し伝説を伴うものがよく見られる。

遠野物語63”に次のような話がある。ある家の妻が谷の奥深くで黒い門の立派な家を見つけた。中へ入ってみると庭は一面に花が咲き、座敷は黒と朱の膳椀が並べられ、奥では湯がたぎっていた。けれども人の気配がなく、気味が悪くなって逃げ帰ってきた。その後、赤い椀が一つ川上から流れてきた。それで米を計るといつまでもなくならず、ついにその家は村いちばんの金持ちになった。山中の不思議な家マヨイガに行き当たったら、必ずその家から何か持ってくるものだという。この妻が何も持ち帰られなかったので、椀の方から流れてきたのである。これは、マヨイガというものが一種の隠れ里で、それと接触したことによって、裕福になったという話である。隠れ里は、一般に、山奥の他、塚穴・淵・池・沼などの先にもあると考えられている。それはこれらの場所が、異郷に通ずる所とされていたからである。なお、隠れ里は、こうした観念的な理想郷以外に、実在の交通不便な場所をいうこともあり、また、平家の落人谷を隠れ里と呼んでいる場合もある。

 

 

 

「異人・河童・日本人」

住谷一彦 (新曜社) 1987/1/1

 

 

 

<異人>

メラネシアの社会史より、民俗学で言う「異人」の特徴をまとめたもの。

1、「異人」が幾度にかまた季節を定めて往来したこと

2、「異人」は先住民より亡魂又は死者そのものと考えられたこと

3、「異人」は海の彼方から来るものと信じられたこと。後には、山中の叢林より来るとも信じられるに至ったこと

4、「異人」は畏敬されつつも平和的に歓待されたこと

5、「異人」は食物の饗応ことに初成物を受けたこと

6、「異人」は海岸地に住まずして山中の叢林に住みしこと。(インドネシアの神話でも大体支配民族は天空からやってくるのです。あるいは海の彼方からもやってきて、土地の娘と結婚するといわれています。

 

7、二つの象徴的二元論の原理というのが形成される。

8、「異人」が土民の女と結婚する必要のありしこと

9、「異人」とその女との間に出来た子供が特殊な社会的宗教的性質を有せしこと

10、「異人」はその「異人」たることを表徴する杖及び「音」を有せしこと

11、仮面が男女二つあること。女「異人」が山中に住むということ。(山中というものは、人間の世界を超える原世界としてイメージされた。人間の世界と人間を超えた世界をつなぐ空間である。)

 

12、「異人」が訓戒、悪事摘発をなし、豊作をもたらし、又はもたらしめんことを任務としたこと。

13、「異人」が季節殊に収穫季、冬至に関係したこと

 

14、 異人が季節殊に収穫季、冬至に関係したこと。 

15、 異人は季節が来ると、その出現を期待されたこと

16「異人」若しくは神は村にとどまらないと信じられたこと

(「おどまぼんぎりぼんぼんからさきゃおらんど」というのは子守の歌と教えられていますが、外から訪れた「異人」の歌だ、という説があります)。

 

17、「異人」の出現の際は女子、子供は閉居したこと

18、「異人」のタブーが財産の起源になったという。

19、「異人」がフォークロア化して遊行歌舞団となったこと。(歌舞伎の成立の根源)

 

20、遊行人は畏装し、杖と音とを有し、饗応を強制し、或いは略奪を敢えてしえること

21、遊行人が神話、神の系譜を語り、或いは之を演技で表現すること。多く季節と関係して。

22、遊行歌謡団から伊達者が発生したこと。(歌舞伎の起源)

23、侮蔑されつつも亦高き階級に属するとされたこと

 

 

 

『口語訳 遠野物語』  

柳田国男) (河出書房新社)1992/7

 

 

 

「異人」<いじん>

・「遠野物語」中で、<異人>の語を用いた話はわずか3話を数えるだけであるが、柳田は、「遠野物語」29に「天狗」、同31に「山男」、同107に「山の神」と、それぞれ別の題目をつけている。一方、題目の違いとはうらはらに、描かれた異人の特徴には共通点が多く、その共通点に着眼すると<異人>の語を使用していないだけでまったく同様のテーマを記したと思われる話が、他に9話ある。

 

すなわち異人は、背が高く、顔は赤く(92のみ黒いと表現)、眼はきらきらと輝いて恐ろしい、という。<天狗>の題目をつけられた62ではその装束を<赤き衣>と描写している。また91では<赤き顔の男と女>と女の存在に触れている。さらに4話が異人に出会った時間に触れており、いずれも夕方または晩と黄昏時であることを指摘している。

 

このように「遠野物語」における<異人>とは天狗、山の神、山男といった、いわゆる<山人>を指していて、今日の民俗学で言う<異人>の範疇とは異なることがわかる。また、異人に出会った者は病んだり、死亡すると述べた話が多いが、107および108では、出会った者が占の術を覚えたりとしており、<異人>-<山人>が密教修験道あるいはそれに順ずる民間宗教と何らかの関係を持った者であると考える余地があるかもしれない。

 

 

 

「現代アメリカの陰謀論

(黙示録・秘密結社・ユダヤ人・異星人)(マイケル・バーカン)(三交社)2004/8/1

 

 

 

『アイ・アム』宗教運動

・なかでもその後のUFO陰謀主義で重要な役割を果たした新神智論者が、ガイ・バラードとモーリス・ドリールであった。

 

ガイ・W・バラード(1878-1939)は、妻のエドナとともに『アイ・アム』宗教運動を創始した。バラードによれば、1930年に彼が北カリフォルニアのシャスタ山の丘陵地帯で真実を探し求めていたとき、最高位の尊である聖ジャーメイン(サン・ジェルマン)に出会い、グランド・ティートン山脈の下にある洞窟に運ばれたという。その後、バラードは聖ジャーメインと何度か会って教えを請い、これがアイ・アム信念体系の基盤となった。

 

アイ・アム運動は、とくにガイ・バラードの存命中はかなりの成功を収めた。モンタナに本部を置く有名な万国勝利協会―1958年に創設され、最初はマーク・プロフェット、その後エリザベス・クレア・プロフェットが指導者になったーは、アイ・アム運動の支流である。

 

・シャスタ山は、バラード覚醒以前から、またこれ以降も、オカルト主義と深い関係があった。特にこの場所は、失われた大陸と結び付けられ、水没から生き残った人々がこの山の内部に避難したと言われている。ムーとの結合がとくに強いのは、ムーが西海岸側の太平洋にあったとされ、西海岸との連想が浮かぶからである。水没から逃れた人々が避難したのが、かっての大陸の一部で、水没しなかったシャスタ山だったのである

 

・ドリール博士の「ホワイト・テンプル教団」については、日本では「白朋舎」が活動しており書籍も出版されています。ドリール博士のアガルタの「シャンバラ」の描写は、「秘教真義」(霞ヶ関書房)に詳しい。

 

・さらに重要なシャスタ山の探求者が、モーリス・ドリールことクロード・ドギンズ(-1963)であった。彼自身が好んだ呼び方に従えばドリール博士は、1930年ごろデンバーでホワイト・テンプル教団を創設した。彼の言葉によれば、バラードの体験後である1931年に彼はロサンジェルスで講義中、二人のアトランティス人にシャスタ山の地下約20キロにある巨大な洞窟に運ばれたらしい。教義にしか関心を示さなかったバラードとは対照的に、その後のドリールは、手の込んだ内部地球の宇宙論や、アトランティス人の証拠を拾い集めて地下人種の説明を発展させた。

 

・核攻撃を恐れた彼は、1940年代末から1950年代初頭にホワイト・テンプル教団を岩山で囲まれたコロラド州のセデーリアに移した。ドリールは、1953年に核戦争が勃発するが、彼の教団は山壁に守られているので安全であると予言して地元の不評を買った。バラードはUFO目撃証言の流行前に亡くなったが、ドリールは、現代の15年間のUFO出現の時期に活発な活動を行い、そのあいだに地球外生命体を彼のオカルト的な将来像に組み込んだのである。

 

 

 

「闇の超世界権力スカル&ボーンズ」

(クリス・ミレガン+アントニー・サットン他)

徳間書店)2004/9/30

 

 

 

スカル&ボーンズはエール大学のみにある秘密結社

・スカル&ボーンズはアメリカの名門エール大学の“フラタニティ”(友愛会)として有名だ。しかし、この実体はイルミナティと結びつく闇の最強の秘密結社だそうです。

スカル&ボーンズはエール大学のみにある秘密結社で、上級生の審査選別を受けた3年生15名が毎年加盟を認められる」。

最後に最も重要なのが、二つの4年生組織である。これらは『深く、暗く、計り知れない』謎に包まれており、どちらかのメンバーに選ばれることは学生にとって大きな名誉の一つである。スカル&ボーンズとスクロール&キー -大学界にその名をとどろかせる二大組織だ。なかでもスカル&ボーンズは地位、名誉ともに最高の組織とされる。毎年、15名の新メンバーが受け入れられるが、同期生の中でとりわけ知識や文芸、社交に秀でた人物であることが入会の条件とされる」。

 

・「突如、彗星のごとく大統領候補に躍り出た民主党J・F・ケリーは、スカル&ボーンズに1966年度加盟。対する共和党の現大統領ブッシュは、同じく68年度加盟。つまり、ここにおいてアメリカ民主・共和両党の対決などといったことは無に帰し、どちらの候補もスカル&ボーンズ結社員=ボーンズメンどうしの選挙戦という選択のしようもない“八百長仕合い”の構図が、いつの間にか仕組まれたのだ!」

 

・スカル&ボーンズは、イルナミティに由来する西洋秘密結社の中では、現段階において、最も影響力のある秘密結社であろう。旧来のフリーメーソンは、力を失っている。

サットンは、スカル&ボーンズとその他の組織との関係を三重の円の図の形で示す。

 

(1) インナー・コア(最奥部の核。ここにスカル&ボーンズの中核部分も含まれる)

(2) インナー・サークル((!)の外側の円の中で、スカル&ボーンズほかの重要秘密結社がある)

(3) 一番外側の円。ここにはCFR[外交問題評議会]、ビルダーバーグ、TC[日米欧三極委員会]、ボヘミアン・クラブなどが含まれる)

 

全世界に結社員数が6百万ともいわれるフリーメーソンは、普通の日本人が多少なりとも目にすることもある唯一の“西洋秘密結社”であろう。しかし、同結社は、サットンの三重の円によれば、今日ではアウターサークルにも入らない。さらにそのずっと外側に広がる程度のものにすぎない」。

「サン-イーヴが、西洋オカルティズムの発展に大きな影響を及ぼしたのは間違いない。19世紀ヨーロッパにおける秘教の権威、テオ・パイジマンスは、アガルタの原型となる思想を紹介したのはサン-イーヴだとしている。アガルタとは、神秘に包まれた地下世界で、そこから高度に進化したアデプト(達人)が、人類の発展を霊的に導くというものだ。これは、H・P・ブラバァツキー夫人の著作にもあるように、西洋オカルティズムでは一般的な要素となり、『隠れた達人』や『秘密の首領』といった、このあとで取り上げる組織の信仰の基礎となった。サン-イーヴによれば、彼は幽体離脱によってアガルタへ旅したことがあり、そこの住人たちとテレパシーで通じ合っているという。また、シナルキーというイデオロギーは、彼らに由来するらしい」。

 

 

 

「光の中へ」 (僕のロルフィング体験) 

(ダニエル・ミルズ、三国ますみ共著)

 (BABジャパン) 1996/9/1

身体が宇宙に溶けちゃった。ロルフィングというボディワーク

 

 

 

誇大妄想狂とかパラノイアとか

僕はUFOに乗ったことがある。クリスタルの国に行ったこともある。そして、イエス・キリストに出会ったこともある。こんなことをシャーシャーと言ったら、精神科医は誇大妄想狂と見るかもしれない。キリストの生まれ変わりとか、宇宙人が交流してきていると言えば、もっと危ない。後者は、パラノイアに間違われてしまう。

 

クリスタルでできた都市

・瞑想中のビジョンだった。瞑想中にいつも僕が恐れていた黒いドラゴンが現れた。このとき、僕は逃げないで直面しようと努めた。するとそのドラゴンは、「よく来てくれたね。見せたいものがある」という。彼らの後ろには、ドアがあって、そのドアの向こうには別の世界が広がっていた。そこは、クリスタルの都市だった。インスピレーション溢れる美しく純粋な世界が僕の意識の中にあることを知った。このビジョンのレッスンが教えてくれたことは明らかだ。恐れと呼ばれる自分の中に住むドラゴンに直面してみると、そのドラゴンは、ガイドになって僕の中にある深い真実を見せてくれたのだ。

 

イエス・キリストに紹介される

・その時、僕はアジナチャクラ瞑想をニューヨークのカイラサ山の中でしていた。インドの聖者ニッチャナンダがアジナチャクラの窓から見えた。するとニッチャナンダは、僕をアジナチャクラから引っ張り出し、旅に連れて行ってくれた。

森の中で僕は、彼を子供のように追いかけた。彼は巨人のように大きく、そして早かった。山の頂上に着くと、向こう側にサンセットの光の中で町が見えた。ブリックで出来ているアラビアの町のようだった。そこに、ニッチャナンダの弟子のムクタナンダとイエス・キリストが僕たちに会いにやってきた。オープンな笑顔で僕らを出迎えてくれたのだった。ニッチャナンダが僕をムクタナンダとイエス・キリストに紹介してくれた。

ここは、シッダロカと呼ばれる聖者達が住んでいる国のようだった。このビジョン体験で、僕が受けた歓迎と彼らとのやりとりを通して、自分が偉大な聖者達と同等なのだということを自然に教わった気がする。ビジョン(幻視)は真実を一瞬かいま見ることだ。