『タフな米国を取り戻せ』
アメリカを再び偉大な国家にするために
ドナルド・トランプ 訳者 岩下慶一 筑摩書房 2017/1/19
・本書は当初、2012年の大統領選挙前に刊行され、2016年の大統領選挙に向けて改訂された。
<タフになれ>
・一例を挙げよう。中国は自国の通貨を操作し為替レートを低く設定することで、数千億ドルという金を米国から巻き上げている。ワシントンの調子のいい説明とは違い、中国のリーダーは米国の友人ではない。彼らを敵呼ばわりすることで私は非難されている。しかし、我々の子供や孫の世代の未来を破壊しようとする連中を他に何と呼べばいいのだ?執拗に米国を破産に追い込もうとし、雇用を奪い、テクノロジーを盗み、ドルを弱体化させ、我々の生活を破綻させようとする連中を私にどう呼んでほしいのだ?私からすればそんな奴らは敵だ。もし米国がナンバーワンに返り咲こうとするのなら、中国とタフに渡り合う大統領、交渉の席で彼らをやり込め、ことあるごとに我々を翻弄しようとするのを止めさせる方法を知っている大統領を選ばねばならない。
・中国にサンドバックのように打たれ、OPECに財布の金を吸い上げられ、国内の雇用がなくなった状況で、オバマ大統領は何をしているのだ?彼はNCAAの勝者を予想するのに忙しい。また、ホワイトハウスで豪勢なパーティーを開いている。
・現在、7人に1人の米国民がフードスタンプを貰っているのをご存じだろうか?考えてもみてほしい。文明史上もっとも富める国の国民が飢えているのだ。2011年3月、食品価格が過去40年間で最大の急上昇を記録した。これを、エネルギーコストの大暴騰や2桁の失業率、オバマ政権の国家財政の乱費、連邦政府の医療制度の改変などと考え合わせると、結果は火を見るより明らかだ。
・こうしたことにもかかわらず、2011年1月、オバマ大統領は中国の大統領、胡錦濤に媚びを売りホワイトハウスに招待した。しかもこの共産主義のリーダーのために名誉ある公式晩餐会を催したのだ。中国経済は米国の金で2桁の経済成長を遂げており、彼らはあらゆる機会に為替を操作して我々を出し抜く。産業スパイとして最大の脅威であり、非道な人権侵害を行うこの国に対して、オバマ大統領はレッドカーペットを敷いて迎えるのだ。無能というより国家に対する裏切りではないか。
オバマ大統領は国際社会で中国を認知した。その見返りとして何を得たか?ほんの450億ドルの輸出契約だ。
・胡錦濤が交渉の席を一瞥した時、目に映ったのは腰抜けの素人集団だったに違いない。パンのかけらをくれてやれば買収できると思ったのだろう。米国の名誉は売るべきものではない。共産主義者を喜ばせてわずかな契約を取るなどもってのほかだ。
<リーダーシップは落ちぶれ、ガソリンは値上がりする>
・1440万人の失業者に仕事を与える方法は、納税者に小切手を切らせてさらに多くの政府職員を雇い入れる「経済刺激支出」ではない。真の方法は税金を抑え、役立たずで無意味な規制を取りやめ、生活必需品や燃料のコストを下げることだ。
・今の米国にゲームをしている時間はない。我々は巨大な問題を抱えている。襟を正して事実に向き合うべき時だ。米国は現在1バレル85ドルで石油を買っている。年間の消費量は70億バレルだ。つまり、米国一国で数千億ドルという金が、我々を心底憎んでいるOPECに与えられているのだ。そしてこの金は、米国に対して敵意をむき出しにしている国々に持っていかれる。何と馬鹿げた政策だ。
<石油ギャングを取り締まれ>
・適切なリーダーシップさえあれば、石油価格は私が前に提示した1バレル20ドルとはいかないまでも、40~50ドルまで下げられる。だがそうするためには本当の意味で便乗値上げをしている連中とタフに渡り合う大統領が必要だ。その連中とは、あなたの地元のガソリンスタンドではなく、米国の富を人質にしている非合法カルテル、OPECだ。
・つまり、原油が精製されてガソリンになる以前に、400%値上げされているということだ。繰り返すが、もしあなたや私がこれをやったら刑務所行きだ。談合による価格設定は法律違反だからだ。だがこの石油ギャングどもは長年にわたりそれを行い、笑いが止まらないほど儲けている。
<中国製品に課税して米国の雇用を救え>
・中国に対してバラク・オバマは「お願い外交」を続けている。彼は中国に頼み込み、嘆願し、頭を下げるばかりだ。しかもそれはものの見事に失敗続きだ。
はっきり言っておこう。中国は米国の友人ではない。彼らは米国を敵と見ている。ワシントンはいい加減気づくべきだ。中国は我々の仕事を盗み、米国市場を解体用の鉄球でぶち壊している。米国のテクノロジーを盗み、マッハの速度で軍隊を拡張している。米国が賢く行動しなければ、取り返しのつかない損失を受けるだろう。
・現在の中国の強さに関して、オバマとその取り巻きのグローバリストたちがあなたに知ってもらいたくない事実はたくさんある。「リーダー」と呼ばれるワシントンの連中が協力し合い、中国へのアウトソーシングにストップをかけ、米国の雇用のために立ち上がらなければ、この経済の怪物がどんなに危険な存在になるか。その実態を知っている人間ならだれもが、もはや黙ってはいられない状況となっている。
中国は2027年までに米国を追い越して最大の経済大国になると予想されている。オバマ政権の壊滅的な政策が続けば、その時期はずっと早まるだろう。あとほんの数年で、米国は中華人民共和国という経済の津波に飲み込まれるだろう。私はそれを2016年と見ている。
・さらに、バラク・オバマの的外れな政策と、中国による為替操作、米国雇用への揺さぶり、米国製造業への攻撃に対する弱腰の対応が事態を一層悪くした。実際、それは必要以上に悪化してしまった。テレビをつけるたびにオバマは何と言っているだろう?良いことを並べたてるばかりだ。大恐慌時代にハーバート・フーバー大統領が呪文のように唱えた「繁栄はすぐそこまで来ている」というセリフと同じだ。こんなのは嘘八百だ。1440万人が職にあぶれているのだ。今すぐ行動を起こさなければならない。
・貿易不均衡の数字だけで、中国は3年間で1兆ドル近くの米国の金を持っていく。そして悲しいことに、かつて栄華を誇った我が国の製造業も、中国の為替操作のおかげで価格の面ですっかり競争力を失ってしまった。
<中国の照準器に映るもの>
・中国がサイバー戦争の最前線でしていることも警戒すべきだ。統合参謀本部副議長、ジェームス・カートライト将軍は米議会の委員会の証言で、中国は米国企業や政府のネットワークに対して相当大掛かりなサイバー偵察を仕掛けてきていると語った。カートライト将軍は、サイバースパイ行為はネットワークの弱い部分を孤立させ、中国人が貴重な情報を盗むことを許しているという。
・中国は、許しがたい為替操作、我が国の製造業の基盤を破壊しようとする組織的な試み、さらに米国に対する産業スパイ行為とサイバー戦争という、3つの大きな脅威を米国にもたらしている。中国人たちは長いこと我々を無視してやりたい放題をしてきた。そしてオバマ政権は、その驚くべき弱腰で中国人が米国を踏みつけにするのを許した。
・オバマ大統領は、「貿易戦争」を誘発する危険があるため、自国に利することはできないと主張している。今が貿易戦争の真っ最中ではないような言い分だ。現在が貿易戦争の只中なら、オバマの政策は経済的背信行為だ。私は、我々に賢い戦略と強い交渉者がいれば、中国の脅威を乗り越えられると信じている。
・アナリストたちは中国の実質的な価値を測ろうとしてきた。その評価が常に変動するため正確に測定するのは難しいが、元は実質的な価値より40%から50%低くなっているというのが一致した意見だ。
・50%の補助金(元の過小評価)によって中国で儲けた多国籍企業から8年という長期間、莫大な資金供与を受けているワシントンの中国ロビーのアドバイスを聞いたために被った莫大な損失は、彼らの策略を無視すべき十分な理由となる。米国の工場は次々に閉鎖に追い込まれ、生き残ったところも利益が激減するか消え去ってしまいそうな様子だ。雇用の喪失は定着し、給与も下がり続けている。さらに悪いことに、米国を中心としたグローバル経済の不均衡は拡大し続け、ついに大恐慌以来最大の米国と世界の低迷の引き金を引いた。
・もちろん、2008年の大統領キャンペーンの際、バラク・オバマは喜んで為替操作のネガティブな影響についてあからさまにけなした。彼は大統領候補者の時、為替操作は助成だとして、相殺関税を課せるように現行法を変える法案を支持していた。だが、2011年現在、オバマはこの問題に関して中国人に愛想よく振舞い、相変わらずの「お願い外交」を続けている。我々からかすめ取るために中国人が行っている通貨の過小評価についての大統領の発言を聞いてみよう。「我々は中国の貨幣の価値が市場によって徐々に調整されることを期待する。そうなれば、いかなる国も不当な経済的優位に立つことはなくなるだろう」
弱さに満ちた声明だ。中国人が奇跡的にそのねじ曲がったやり方を改めるよう、「我々は期待する」だと?これはジョークだろうか?
<メイド・イン・アメリカ>
・アウトソーシングの記事について読むのは本当にうんざりだ。なぜオンショアリング(国内のコストの安い地域へのビジネス移転)について語らないのか?製造業の雇用を、それが元々あったところに呼び戻さなければならない。オンショアリング、あるいは「本国帰還」は、中国が盗んでいる雇用を取り戻す方法だ。中国の人件費が上昇しているのは周知の事実だ。また、中国には存在しない天然資源で、米国に潤沢に存在するものがいくつかある。この2つの事実を利用すれば、企業のために米国に製造設備を戻すべきよい環境を作ることができる。
<これ以上の為替操作を許すな>
・ピーターソン国際経済研究所は中国の通貨問題について大規模な調査を行い、20%の平価切上げ(市場で公正とされる半分以下の数字だ)が行われれば、今後2~3年の間に30万から70万の雇用が米国に発生するとしている。考えてみてほしい。現在の大統領と財務長官は、中国が米国の製造業の数十万の雇用を奪い去っても肩をすぼめるばかりだ。こんなのがリーダーシップだろうか?状況はあまりに悪く、とるべき解決法は明らかだ。
・「平時においては、私は中国が他国の雇用を盗んでいるという主張を退ける集団の先兵となるだろう。だが現在、それはまさに事実なのだ。」クルーグマンは書いている。「中国通貨に対して何らかの手を打たなければならない。」オバマの崇拝者であるクルーグマンでさえ問題を認めざるを得ないのだ。状況がどんなに悪いか想像がつくだろう。
・一つ解決方法がある。タフになることだ。中国が通貨を適正な市場価値に設定しないなら、中国製品に25%の関税をかける。これで解決だ。中国が前向きな対応をしないと思うだろうか?私が知っているビジネスマンで、米国市場を無視しようなどと考えるものはいない。中国人も同様だ。こうすれば中国の不正による常軌を逸した貿易赤字を解決することができる。
<技術の盗用を止めさせろ>
・米国企業や事業家たちは技術やビジネスの改革の尖兵だ。だが中国は、企業秘密や技術を盗み出すことに長けている。米国の投資家や企業は新製品の開発に数百万ドルを投じているが、中国はそれを産業スパイ行為によって易々と盗んでいく。中国人たちは、知的財産の防御がひどく脆弱で無力な米国政府をあざ笑っている。
・さらに悪いことに、米国経済だけでなく国家の安全保障さえ脅かされる可能性がある。中国はサイバー諜報活動、サイバー戦争の主要な仕掛け人だ。彼らは最高機密扱いの米国の軍事技術を盗み出す能力があるばかりでなく、米国のコンピュータネットワークを麻痺させるウィルスを解き放つこともできる。
・まず、私はこの本の中で米国へのテロを予言したが、それは不幸なことに現実となった。だがそれは回避するか、少なくとも被害を最小限にとどめることはできたのだ。私はオサマ・ビン・ラディンの名前まで挙げている。私は経済破綻も予想している。私にすれば、当時は多くの兆候、前兆、様々な要素があり、大暴落が来るのは明らかだった。ビジネスについて触れなかったため私の著書としてはいちばん売れなかったが、重大で正確な予言をしたという点で、私自身は大きく評価している。とはいえ、今回の本の目的は予言ではない。いかに現状を変えるかということ、そして、その他の潜在的な脅威について警告することだ。
・中国のような国家が米国の兵器などの設計を盗むことは、1000億ドル単位の研究開発コストの削減に相当する。マウスをクリックするだけでその設計図を盗まれてしまうのに、なぜ数兆ドルを投じて複雑な兵器システムを開発するのだ?
・今まで起こったことに目を向けてみよう。2009年、ウォールストリート・ジャーナルはサイバースペースの侵入者が我が国の最高機密である3000億ドルの統合打撃戦闘機プロジェクトのデータ数テラバイトをコピーしたと報じた。これによって新型戦闘機F35ライトニングⅡを打ち負かすことがはるかに簡単になった。米当局は「かなり確かな事実」として、この攻撃が、あなたも予想している通り、中国によるものと結論付けた。
・「米国をはじめとする多くの国々に向けられているサイバー活動は、その規模、対象、活動の複雑性についての調査結果から、それが国家による出資、あるいは何らかの支援を受けたものであることを示唆している。数年間にわたるコンスタントな侵入から見て、ハッカーたちは、独立した組織的サイバー犯罪集団や複数のハッカーグループがアクセス可能な財政的、人的、分析的リソースのレベルをはるかに超えるものを持っていると思われる。さらに、盗まれたデータはサイバー犯罪グループが通常ターゲットとするクレジットカード番号や銀行の口座情報のような金銭的な価値のあるものではない。高度に技術的な防衛情報や、軍事関連の情報、政府の政策分析に関する書類などは、国家を顧客としない限り、サイバー犯罪者にとって金銭的利益はない」
<あなたの金はあなたのもの――もっと手元に残るべきだ>
・1週間の労働時間のうち、16時間は無給である。別の言い方をすれば、1年間のうち4か月半は、まったくのただ働きだ。この期間にあなたが汗水たらして稼いだ金は、政府が税金として最後の1セントまで没収してしまうのだから。
・だが、それでオバマや彼の「進歩的な」仲間が立ち止まるだろうか?答えはノーだ。彼らは逆に、税金が高すぎるどころか低すぎると考えているのだ。「しみったれの労働者がもっと金を出せば、善意に溢れた政府の役人がそれをもっと公平に、賢く使うだろう。」これが現オバマ政権の本音だ。
・ケネディーは1962年、すでにこう述べている。「矛盾しているが、現在の税率はあまりに高く、歳入はあまりに低い。長期的に見て、歳入を増やすための一番健全な方法は税金を引き下げることだ。」
<税金に対して何の考えもないオバマ>
・オバマは間違っている。人々は賢い。雇用問題を解決しようとしながら、それを創り出す側と対立することはできないことを知っている。そんなやり方はうまくいかない。法人税の引き上げの結果、企業は給与を支払えなくなり、従業員を解雇せざるを得ない。それはまた、物価の上昇にもつながる。企業(及びその雇用)は税金や調整コストが低い海外に移転し、人々は税金逃れに奔走する。通りでレモネードを売っている子供でも知っていることなのに、大統領には分からないらしい。彼は民間企業で働いたり、従業員に給与を支払った経験がないのだ。
<訳者あとがき>
・2016年の大統領選挙におけるドナルド・J・トランプの衝撃的な勝利は全世界を驚愕させた。多くの人がヒラリーの勝利を疑わなかっただけに、ショックは余計に大きかった。
・ところがトランプ氏の場合、最初から最後まで言いたい放題で失言のオンパレード、そしてそれが話題を呼んでしまうのだ。
・脱落者に向けたトランプ氏の決め台詞「You are fired!(お前はクビだ!)」はテレビ史上に残る名セリフとなり、トランプ氏の顔と名前、そしてアクの強い性格を全米に知らしめた。日本での知名度は低いが、「ジ・アプレンティス(弟子)」が存在しなければトランプ大統領の誕生は絶対になかっただろう。この番組を見てトランプ氏に親しみを覚えた人々が本書のような主張に触れ、すっかり洗脳されたケースは多かったはずだ。これらの、普段は政治に興味を示さない層のトランプ支持をメディアが見落としたのが今回の選挙だったのではないかと思う。
『危機とサバイバル』
<21世紀を襲う“危機”から“サバイバル”するために>
<人類史の教訓から学ぶ“危機脱出”の条件>
・生き延びるためには、不幸から逃れるための隙間を見つけ出そうと、誰もが必死にならなければならない。
・人類史において、危機は、それがいかなる性質のものであるにせよ、多くの犠牲者とひと握りの勝者を残し、やがて終息してきた。
しかしながら、歴史の教訓を学べば、危機をバネにして改革を促し、危機から脱出し、危機の前よりも頑強になることも可能だ。
人類史の教訓から学んだ「危機から脱出する」ための条件を、簡潔に記してみたい。
1、「危機」という事態をつらぬく論理とその流れ、つまり歴史の論理をつかむこと。
2、さまざまな分野に蓄積された新たな知識を、大胆に利用すること。
3、まずは「隗よりはじめよ」。つまり、自己のみを信じること。そして、何より自信を持つこと。
4、自分の運命を、自らがコントロールすること。
5、自らに適した最善で大胆なサバイバル戦略をとること。
<サバイバル戦略に必要な<7つの原則>>
・第1原則<自己の尊重>
自らが、自らの人生の主人公たれ、そして、生きる欲望を持ち、自己を尊重せよ。まず、生き残ることを考える前に、生きる欲望を持つことである。
・第2原則<緊張感>
20年先のビジョンを描き、常に限りある時間に対して<緊張感>を持て。
・第3原則<共感力>
味方を最大化させる「合理的利他主義」を持つために、<共感力>を養え。
・第4原則<レジリエンス(対抗力・抵抗力)>
柔軟性に適応した者だけが、常に歴史を生き残る。<レジリエンス>を持て。
・第5原則<独創性>
“弱点”と“欠乏”こそが、自らの“力”となる。危機をチャンスに変えるための<独創性>を持て。
・第6原則<ユビキタス>
あらゆる状況に適応できる<ユビキタス(「いつでも、どこでも、だれでも」に適応できること。>な能力を持て。
・第7原則<革命的な思考力>
危機的状況に対応できない自分自身に叛旗を翻す<革命的な思考力>を持て。
・「あなたが世界の変革を願うのなら、まずあなた自身が変わりなさい」。
<日本は、“21世紀の危機”をサバイバルできるか?>
・では、どのような危機が襲っているのか?膨張しつづける国家債務、止まらない人口減少と高齢化、社会やアイデンティティの崩壊、東アジア地域との不調和などが挙げられるだろう。
<膨張しつづける国家債務>
・まず、国家債務が危機的な状態にあることは明白である。人口が減少している日本では、将来の世代の債務負担はどんどん重くなっていく。しかし、日本がこの重大性を直視しているとは言えない。日本の公的債務は制御不能となっている。
・アメリカは目がくらむほどの債務を抱えているが、無限にドルという通貨を発行してきた。金融危機が叫ばれたヨーロッパは、それでも債務は国内総生産の8割程度と比較的少なく、人口の減少は日本ほど壊滅的ではない。日本の債務は1000兆円を超え、国内総生産の2倍まで膨れ上がったが、これまでは低金利で国内市場から資金調達ができていた。
だが、日本も、この状態を長期間つづけられるわけではない。というのは、日本は国内のすべての貯蓄を国債の購入に回さなければならなくなるので、産業への投資できる資金が減っていくからである。
<止まらない人口減少と高齢化>
・私は、日本の国政選挙で、人口政策が重要な争点にはなってこなかったことに驚きを感じざるをえない。出生率が下がりつづけると、人口が減少し、高齢化が進み、経済成長を資金面で支える手段がなくなる。国民が高齢化する状況において、現在の年金制度を維持しようとすれば、国力は落ちるだろう。日本は、このまま合計特殊出生率が1.3人で推移すると、今から90年後には、人口は6000万人強にまで減少する。
・人口減少と高齢化に対する対策の選択肢は、以下の5つである。
(1) 出生率を上げる政策を実施し、子どもの数を増やす。フランスでは成功した。
(2) 少ない人口で安定させ、高齢化を食い止める。
(3) 移民を受け入れる。移民は、アメリカでもフランスでも発展の原動力である。
(4) 女性の労働人口を増やす。ドイツではこの方法を選択しようとしている。
(5) 労働力としてロボットを活用する。これは韓国の戦略だ。
このうち(3)の移民の受け入れは、人工問題だけではなく、国家の活力を左右する重要な政治的選択である。国家には、新しいモノ、考え、概念、発想が必要であり、それらをもたらすのは外国人なのだ。外国人を受け入れれば、未来のアイデアやこれまでにない発想が得られる。優秀なサッカー選手の争奪戦が起きているように、世界では優秀な外国人の争奪戦が繰り広げられている。アメリカの雑誌『フォーチュン』の調査によると、企業格付け上位500社のうち約半数は外国人が創設した会社であるという。21世紀においては、活力のある優秀な外国人を惹きつけるための受け入れ環境を整えた国家がサバイバルに成功する。
<社会やアイデンティティの解体>
・だが、こうした日本モデルは、貯蓄率の減少と社会的格差の拡大によって解体に向かっている。今日の日本には、将来に備える余裕などなくなってしまったのである。ビジネスパーソンは出世をあきらめ、野心を失った。彼らは、いつ自分がリストラされるのかと戦々恐々としている。また、日本の若者たちのなかには、19世紀的な過酷な労働条件によって使いつぶされたり、また労働市場からはじき出された者が少なからずいる。非正規雇用者が多数出現し、職業訓練を受けることもできないままニートと化す若者が急増しているのだ。こうした労働環境は、かつて世界最高水準だった日本の労働力の質的低下を招くだろう。
・はたして藤原氏が主張するように、日本は危機に打ち勝つために伝統的な倫理である「滅私奉公」に回帰すべきなのだろうか。私はそう思わない。
<東アジア地域との不調和>
・日本は、近隣アジア諸国との緊張関係において、相変わらず有効な解決策を見出していない。かつて私は「2025年、日本の経済力は、世界第5位ですらないかもしれない」「アジア最大の勢力となるのは韓国であろう」と述べた。韓国は今、生活水準や技術進歩において日本と肩を並べている。情報工学や都市工学の分野では、日本を上回っているかもしれない。さらに、韓国は中国と緊密な関係を築き、中国市場へのアクセスを確保している。
<日本/日本人がサバイバルするために>
・日本が目指すべき方向に舵を切るには、時には現在と正反対のことを行なう勇気を持たなければならない。
もちろん、日本人が危機から脱出するのは、伝統的な文化資産を大いに活用しなければならない。ただし、例えば男女の不平等な職業分担、他国と協調できないナショナリズムなど、未来に有効ではない伝統的な観念に立ち戻るのは大きな誤りだろう。
・また、日本人は、個人レベルでは他者に対する<共感力>は極めて高いが、なぜか国家レベルになると、他国の視点に立って相手を理解し、そして他国と同盟を結ぶための<共感力>が不足するようだ。これは、現在の日本と隣国の緊張した外交関係にも如実に現われている。日本が危機から脱出するには、アジア地域において隣国とパートナー関係を樹立する必要があるだろう。
そして最後に、私が最も強調したいのは<革命的な思考力>である。だが、この力を発揮するには、今日の日本には「怒る力」「憤慨する能力」が不足している。
・この3つの減少は、世界の未来の姿を象徴しているかもしれない。今のところ、どれもがローカルな現象だが、将来的には地球全体の現象になるかもしれない。
日本はかつて、バブル経済に踊り、そしてバブルは崩壊したが、銀行は貸付けの焦げ付きを隠蔽し、さらにそこには反社会的犯罪集団(暴力団)が巣食った。いまだにその痕跡から脱しきれていない。銀行は、門戸を大きく開いて無利子で貸している。国家債務は、世界最大規模に膨れあがっている。そのため、この国のテクノロジーの水準は世界最高であるにもかかわらず、経済成長率は伸び悩み展望が開けない。失業率は4~5%台と先進国のなかでは低率にとどまっているが、これは高齢化の急激な進行によるものにすぎない。現在、新たな経済政策的チャレンジによって、やや風向きが変わりつつあるが、新たな危機も孕んでいると言えよう。
・失業率が労働力人口の7~10%弱に達しているアメリカは、日本とまったく同じように銀行システムの荒廃によって危機にみまわれたものの、「日本のようになることだけは避けたい」という観念に取り憑かれ、「企業の延命と株式市場の維持のためには何でもする」という対処をしてきた。
<今後10年に予測される危機>
<想定されうる経済危機>
<企業の自己資本不足>
・西洋諸国の経済では、企業の自己資金が、銀行と同様に不足している。企業の多くは、債務過剰に陥っているのが実情である。
<“中国バブル”の崩壊>
・現在の危機のさなかにおいても、非常に力強い経済成長を保ってきたが、中国経済も中国人民銀行による莫大な信用供与によって崩壊する恐れがある。これは中国の資産(土地と株)の暴落を引き起こす。
中国の生産キャパシティが過剰であることに市場が気づいたとき、この「バブル」は崩壊する。
・これによって、中国の株式市場がいずれ暴落し、中国の経済成長は減速して年率7%すら大きく下回る可能性がある。社会的・政治的なリスクが増大する。そうなれば、世界の金融市場も崩壊し、企業に対する貸し渋りはさらに悪化し、世界経済は再び低迷することになる。
<保護主義への誘惑>
・不況による国際貿易の低迷により、各国は自国の雇用を守ろうとする。また、納税者からの支援を受けた企業や銀行は、自国領土内で資材の調達や人材の雇用を行なうように指導されるであろう。
近年の事例からも、こうした傾向はうかがえる。
<ハイパー・インフレ>
・主要国・地域の中央銀行によって創りだされた5兆ドルもの流動性、公的債務残高の増加、1次産品価格の上昇は、いずれ、デフレ下にインフレを呼び起こすだろう。
すると、世界規模でワイマール共和国時代(第1次大戦後のドイツをさす)のようなハイパー・インフレに襲われることになる。このインフレは、すでに株価の上昇という形で現われている。さらに、インフレは、不動産・1次産品・金融派生商品などにも波及する。農産物や工業製品の価格にもインフレが波及すると、公的債務や民間の借金は目減りするが、それ以上に、貧しい人々や最底辺層の資産価値は大幅に減ってしまう。
<ドル崩壊>
・アメリカは自国の借金をまかないつづけるために、国債利回りの上昇を甘受しなければならない。しかし、これは自国の債務コストの上昇を招くことになり、借金はさらに増え、ドルの信頼は失われる。すなわち、これも世界経済・国家・企業・個人に惨憺たる影響を及ぼすことになる。
この問題に対する解決策は、経済的理由というよりも政治的理由から、次の金融危機の際に、突然現われるだろう。ただし、その条件は、ユーロが強化される、または中国の元が兌換性を持つことだ。
<FRBの破綻>
・最後に掲げるべき経済的リスクは、可能性は最も低いが、最もシステマティックなリスクである。それはアメリカの連邦準備制度が破綻するというリスクである。
・もしそうなれば、われわれは今まで経験したことのない未知の領域に踏み込むことになる。
<2023年の世界は?>
・フランスでは、誰もが未来について不安になっている。今より悪くしかならないと確信している。この悲観主義は、リーダーたちの虚しさによってさらに拍車がかかる。リーダーたちには、21世紀の歴史に何の計画もない。フランスが世界に占める位置の見通しすらない。歴史を作ろうと欲しなければ、歴史においていかなる役割も果たすことはできないのだ。未来について語らないのは、未来においてすべてを失うのを与儀なくされるということだ。
<深刻なエネルギー危機――ピーク・オイルとシェール革命>
・近い将来、原油の生産量は「ピーク・オイル」によって、まずは一時的に、次に決定的に不足することが予想されている。一方、シェール革命に希望が託されている。現在、この両者は同時進行しているが、それぞれの進行具合によっては深刻な経済危機を引き起こす恐れがある。
ピーク・オイルとは、二つの壁にぶつかることである。まず第一の壁は、「技術上のピーク・オイル」である。これは、油田探査に対する投資を減少することによって、原油の生産量が一時的に需要を下回る時期のことを言う。そして第二の壁は、「絶対的ピーク・オイル」である。これは、原油埋蔵量の半分が消費されると、原油が自噴しなくなるため産出量が減少するとともに採掘コストが大きく上昇してしまうことを言う。
・絶対的ピーク・オイルが訪れる日を予想することは、かなり難しい。国際エネルギー機関(IEA)によると、2030年以前であるという。
・ピーク・オイルの到来がいつであろうと、またその定義が何であろうと、原油の生産量は年率4%下落するであろう。したがって、一人当たりの化石エネルギーの使用量を今後20年で4分の1に減らす必要がある。そこで、自動車や飛行機など、現在のところ代替するエネルギーが見つからない部門だけで石油を利用するために、経済活動と各人の生活様式を大胆に見直す必要がある。
・原油生産者や石油会社は、原油価格を吊り上げるためにピーク・オイルの到来が間近であると信じ込ませることで儲けられるので、ピーク・オイルが訪れる日の予測については、現在のところ不確かな面がある。しかし、本当にピーク・オイルが間近に迫ったとの認識が広がれば、原油相場価格は1バレル当たり100ドルを軽く突破し、地球規模の新たな景気後退を引き起こす恐れがある。
・しかし一方で、現在、ピーク・オイルと同時並行で進んでいるシェール革命に、熱い期待が寄せられている。しかしシェールガス・オイルの採掘は、著しい環境破壊を引き起こす恐れも指摘されている。また、シェールガス・オイルが原油の不足をどのくらい補填できるかは未知数である。浮かれ気分だけでなく、注意深く見守る必要があるだろう。また、自然エネルギーの技術開発・普及も21世紀のエネルギー革命の重要な要素である。
<アジアの未来は?>
・経済的には、アジアは、ヨーロッパのような共通市場を創出するにはほど遠い。地政学的に見ても、アジア諸国はバラバラであり、軍事紛争の危険すらある。アジアは世界経済の成長の原動力だが、各国が政治的・経済的に合意できる条件を整えられないかぎり、次の段階に進むことはできないのである。
・一方、ソ連の解体によって“敵”を失ったアメリカの軍産複合体は、新たな敵を必要としている。想定される敵は中国である。アメリカが中国を敵としてみなすには、日本を守るという口実が必要であり、そのためには日本が中国と敵対しつづけなければならない。これがアメリカの基本的な戦略であり、今後も、中国とアジア諸国を対立させるための口実作りや紛争が増えていくだろう。
・中国は広大な国土と莫大な人口を抱え、成長への潜在力を持った国だ。そして他国と同様に民主主義へと向かっている。現在の体制は、共産党による独裁という名のエリート支配の一形態だが、今後、民主主義の台頭に直面しながらこの体制を維持しつづけるのは、きわめて困難がともなうだろう。中国のように広大で不平等な国に民主主義が台頭すれば、社会的な混乱を招く可能性が高い。しかし中国が安定し統一された状態であることは、世界にとって望ましい。