『光速の壁を越えて』
今、地球人に最も伝えた[銀河の重大な真実]
ケンタウルス座メトン星の【宇宙人エイコン】との超DEEPコンタクト
エリザベス・クラーラー ヒカルランド 2016/4/30
・【宇宙人エイコン】の子供を産み、メトン星で4か月の時を過ごしたエリザベス・クラーラーの衝撃の体験
<別世界から現れた一人の男性が運命を変えた>
・大きな宇宙船は、優雅に無音で空中を滑りながら、丘の上に向かって素早く移動し、雲の下で滞空し、姿を消した。それは、再び数百メートル上空に浮上して、丘の頂上の南側に向かった。そして、ゆっくりと高度を落とし、地上約1メートルにとどまった。
脈動するハム音が空気を満たし、私の鼓膜を打った。巨大な宇宙船によって突然空気が変異したためだった。円形の船体は少なくとも直径18メートルはあり、中央に丸いドームがあった。三つの大きな丸窓が私の方に面してあり、その窓から一人の人物の姿を見ることができた。
<彼らの祖先は金星人だった>
・つまり、地球の科学者らが理解しているように、地球からケンタウルス座アルファ星まで宇宙飛行士が光速で宇宙旅行できるとすれば、4年を要します。しかし、私たちの宇宙船では、この距離は即座にゼロになります。
<太陽という灼熱地獄の脅威>
・金星は太陽の膨張サイクルの最後の時に、恒星からの放射線によってすべての植物と動物が死滅して、滅びました。
<初めて目にしたメトン星>
・ケンタウルス座α星の私たちの恒星系は7つの惑星から構成されています。そのすべての惑星に私たちの文明がおよんでいて、人々が暮らしています。この美しい恒星系の3番目の構成要素はプロキシマ・ケンタウリとして知られており、そのまわりを7つの惑星が軌道を描いて回っています。
<美しく豊かな自然に満ちた未知の文明>
・白と銀色に輝く都市が湾曲した入り江を取り囲んでいた。濃いサファイア色の水は、鮮やかでエキゾチックな色彩で満たされた木と花で生み出された豊かな古典的な美を反射していた。
<南極に存在する地下基地とは?>
・私たちの領域(次元)は宇宙空間と惑星表面にあって、決して惑星内部ではありません。地下の都市と通路は過去の遺物です。私たちは温かい湖のある南極の地下基地を維持しています。これは私たちの先祖が暮らしていた地下都市のエリアで、当時、氷冠はありませんでした。
『戦慄のUFO&宇宙人ミステリー99』
衝撃写真493点 エイリアンと人類の恐怖の真実
悪魔の協定か?ダルシー人体実験、エリア51のエイリアン、ピラミッド型のUFO登場、地球内部の異星人基地、フリーメーソンとNASAの陰謀
南山宏 双葉社 2010/7/14
<惑星セルポとの極秘交換留学>
・アメリカ政府は、選り抜きの軍人12人を惑星セルポへと交換留学に送り出していた・・・。
・このイーブ1号が宇宙船の残骸から見つかった通信装置で故郷と交信し、相互理解を深めるための交換留学生計画が進んだという。その故郷がレティクル座ゼータ連星系の惑星セルポだ。
・留学メンバーを乗せ、宇宙船が出発したのは、1965年、彼らは、表向き行方不明者とされ、身元や記録が抹消された。ネバダ実験場にセルポの宇宙船が到着し、地球に残るセルポの留学生と入れ替わりに旅立ったのだ。
・ふたつの太陽が輝き、地平線下に沈むことはほとんどない星で、大気や気圧は地球とあまり変わらなかったという。メンバーはあたたかく迎え入れられ、平等で穏やかな社会生活をつぶさに観察、体験することができたらしい。
・8人が持ち帰ったデータや資料、高度科学技術を示す品々は、その後の米軍の科学技術の発展に寄与したようだが、彼らの肉体はセルポ滞在中に強い放射能にさらされていたため次々に病死したとされている。
<大統領が異星人と交わした密約>
・1954年のアイゼンハワー政権時代に、連邦政府は憲法の抜け道を使ってエイリアンの一種族グレイと「グリーダ協定」と呼ばれる密約を交わしたというのだ。協定の内容は、エイリアンの先進科学テクノロジーを学ぶのと引き換えに、エイリアンが牛馬を捕獲し、人間にインプラント技術を試す実験を許可するという恐ろしいものだ。アメリカが標榜する人道的行為とは正反対の内容である。
・反人道的な密約に至った理由は、米政府の力ではエイリアンと戦っても勝てないため、相手の条件をのむ内容になったと告白している。
・実際、その後のアメリカ国内では、家畜類が不可解な死を遂げるキャトルミューテーションや人間が誘拐されるアブダクション事件も頻発した。
・元海軍の情報部員だったクーパーは、MJ12がアイゼンハワーによって創設されたこと、生きたエイリアンの写真が添付された資料に目を通した経験などを赤裸々に告白。
・密約を交わしたのは、大きな鼻が特徴のラージノーズ・グレイであることまで暴露した。
・MJ12絡みで爆弾発言を連発したクーパーだが、2001年納税拒否の逮捕時に撃ち合いになり警察に射殺されてこの世を去ってしまった。政府の巧妙な口封じだったのだろうか?
『カルト・陰謀 秘密結社 大事典』
アーサー・ゴールドワグ 河出書房新社 2010/10/9
<エリア21、ステルス飛行物体、マジェスティック12、異星人による誘拐、神の宣託>
・エリア51はさまざまな名称で知られている。グルーム湖、ドリームランド、居心地の良い空港、ネリス試験訓練場、パラダイス・ランチ、ザ・ファーム、ウォータータウン・ストリップ、レッド・スクエア、「ザ・ボックス」、そしてもっとも味もそっけもない名称は空軍飛行検査センター第3派遣隊である。エリア51はネヴァダ州ラスヴェガスの北約200キロにある極秘の軍事基地で、ここからもっとも近い街は約40キロ離れたところにあるネヴァダ州レイチェルだ。
・エリア51には、宇宙人の死体を解剖した医療施設や、生きている宇宙人を尋問する取調室がある。UFO研究者のなかには、施設を実際に運営しているのは宇宙人だとほのめかしているものさえいる。グレイ、ノルディック、インセクトイドなどと呼ばれている生命体(異星人)が、実質的に支配しているこの地球を搾取し、人間からDNAを採取していたとしても、私たちの政府はなす術なく、見て見ぬ振りをしている、と彼らは主張しているのだ。
・『蒼ざめた馬を見よ』(1991)の著書で、超陰謀理論家のミルトン・ウィリアム・クーパー(1943-2001)は、UFO、外交問題評議会、『シオンの長老の議定書』、エリア51はすべて同じものの一面だと述べている。彼は国防長官ジェームズ・フォレスタル(1892-1949)はベセスダ海軍病院の16階の窓から突き落とされた死亡した、と語っている。彼は、仲間であるマジェスティック12(宇宙人に関する調査、および接触・交渉を秘密裏に行ってきたアメリカ合衆国政府内の委員会)のメンバーが異星人の侵入者と結んだとんでもない取引に反対した後、「退行期うつ病」で病院に監禁されたのだという(クーパー自身、大勢の人が納得できない理由で、アリゾナ州アパッチ郡の警察に殺されてしまう)。
・話をクーパーに戻そう。彼によると、ジョン・F・ケネディを暗殺したのはリー・ハーヴェイ・オズワルドではなく、(なんと)大統領のリムジンの運転手だった――なぜなら、運転手が実はゼータ・レティキュラ星からやって来た宇宙人であることをばらすと脅されたからである。宇宙競争がインチキだというのは、すでに月には基地があったからである(それが1970年代以来月に人間が行かなくなった理由だ――テレビで月面を歩く光景を放映すれば、宇宙人の存在が暴かれてしまうだろう)。また数多くの火星探査機がうまく作動しなかったのは、火星がすでに南フロリダくらい発展していて、そこに住んでいる住民たちが自分たちの存在をずっと隠しておきたいと願っているからだ。三極委員会が設立された目的は、アジア、ヨーロッパ、北アメリカの関係を改善することではなく、宇宙人と交流するためだった。
・では、ゼータ・レティキュラ星人に内通した、地球の反逆者とはいったい誰なのか?今までに陰謀理論家について多少読んだことがおありの方なら、答えを聞いても驚きはしないだろう。それはイリュミナティ、フリーメイソン、キリスト教の敵である大富豪(世俗主義者とユダヤ人)などといった、極秘裏にロシアのボルシェヴィキを援助したり、アメリカの憎むべき連邦所得税をごまかしたり、2001年9月にツインタワーを倒壊させ、ペンタゴンを攻撃してひとつの世界を樹立しようとしたりしてきたグループである。晩年のクーパーは、自らが数多くの書物で取り上げ、暴露してきた宇宙人の侵入は実際には起きておらず、それは故意に流されたニセ情報の格好の見本だ、と考えるようになった。イリュミナティが、まず陰謀理論家を利用して、地球外生命に関する嘘の噂をばらまき、宇宙人よりはるかに恐ろしい自分たちの正体を一般人の関心から逸らしていたというのだ。
・実際に、空飛ぶ円盤のファンが、エリア51――具体的にいえば、ハイウェイ375の南西に置かれた距離標識29から30の間にある、伝説の黒い郵便箱に群がり始めた。その場所には、グルーム湖に向かって伸びる舗装されていない道路がある。ボブ・ラザーという名の男性がここで目撃できるかもしれない信じられないものについて人々に語り始めたときから、見物客が現れるようになった。1989年11月、ラザーはラスヴェガスのテレビのトーク番組に出演し、極秘施設S-4で自分が携わっていた仕事について話し始めた。その施設は、干上がったパプース湖の近く、エリア51の南約15キロにあり、彼はそこで山腹にある格納庫に収容された7機の空飛ぶ円盤を目撃したのだ。話はそれで終わりではなかった。彼はその空飛ぶ円盤の1機の推進システムの構造を解析する作業を手伝っていたのだ(彼が「スポーツ・モデル」と呼んでいる宇宙船は、反重力エンジンで動いていて、燃料にはかなり不安定なエレメント115と呼ばれる物質が使われていることがわかった。後に、ラザーはこの宇宙船の模型を売り出した)。
・彼はMIT(マサチューセッツ工科大学)やカリフォルニア工科大学で研究していたと話しているが、どちらの大学の記録にも彼の名前は残っていない。ラスヴェガスに来る前、彼はロスアラモスで働いていたが、上級科学者ではなく技術者で、S-4格納庫やエリア51で働いていたと確証できる記録は何もない。ラザーは、政府が自分の信用を傷つけるため、在職していた痕跡を消したのだ、と反論した。1990年には、悪事に手を貸した罪を認めた(彼は売春宿の経理を手伝っていて、盗撮するためのカメラをそこに取り付けていたのだ)。1993年には、映画界に自分の伝記――まず映画化される見込みのない話――を売り込もうとしたりしたが、現在は、ニューメキシコで隠居生活に近い暮らしをしているが、会社も経営し、車を水素燃料で動かす装置の開発にもいそしんでいるという噂もある。
<フィリップ・コーソー>
・フィリップ・コーソー(1915――1998)は、勲章も幾度か授与されたことのある元陸軍情報将校だったが、晩年には、ロズウェルに関する体験について驚くべき事実を詳しく語り始めた。彼は1947年にカンザス州フォートライリーで勤務していた、という。そのとき、彼はロズウェルからオハイオ州のライト・パターソン空軍基地に運送する積荷を検査する機会があった。そのなかに、ゼラチン状の液体中に防腐処置を施された異星人の死体が入っていたのだ。「異星人は4つ足で、人間のような姿をしていた……奇妙な顔つきをしていて、指は4本……頭は電球のような形をしていた」と彼は述懐している。後に、ペンタゴンの海外先端技術部勤務を任命されたとき、彼はロズウェルで回収された人工物を検査するよう命じられた。その任務の驚くべき意味に気づいた彼は、人工物の構造を分析するために、防衛関連企業の研究開発部門にその物質を「まいた」と書いている。現在、使われている光ファイバー、集積回路、レーザー、暗視ゴーグル、そしてケプラー(芳香族ポリアミド系樹脂)はこの残骸から開発された技術のほんの一部だ―――分子ビーム電送機、(思考を機械に伝える)サイコトロニック装置は相変わらず機密扱いになっている。
月はすでにE.T.の基地である
・「UFOの推進テクノロジーを、ついに人類―アメリカ合衆国が手に入れることができた」
・考えてもみてほしい。この技術こそ世界の歴史のなかで、もっとも懸命に探し求められてきたテクノロジーなのである。こうみれば、この開発のために費やされてきた資金には制限などあろうはずはない。UFO情報が政府によって『超極秘』とされ、固く秘守されてきた最大の理由の一つが、今回の『重力制御テクノロジーの完成』という大成果につながったのである」
<ペンタゴン上級将校による暴露本!>
・驚かされたことは、米国防総省の上級将校フィリップ・J・コーソーが、ロズウェル墜落UFOの国家的な研究を暴露した本を1998年に出版したことだった。
本書はロズウェル事件の真偽どころではない、コーソーの職務体験を基にした「墜落UFOの収獲」の方法を述べているからである。
アメリカではベストセラーの上位を続け、『サンデータイムズ』も「ロズウェルの墜落がUFOであることを証言した、もっとも位の高い人物の本」と絶賛している(邦訳『ペンタゴンの陰謀』中村三千恵訳 二見書房)。
・フィリップ・コーソーは21年間にわたり米陸軍の情報将校を務め、アイゼンハワー政権時代には国家安全保障会議スタッフなどの要職を歴任、常日ごろから国防に関わる機密に接し、そのため極秘のUFO情報も握っていた。
・つまり、UFOの極秘情報に関わる者でも「54-12」から命じられた範囲だけしか知らず、全体は分からないようになっている。それにコーソーの本の内容も準じているからである。コーソーの本も、アポロ計画やNASAには何も触れていない。
<暴露本に見る恐るべき真実>
・「軍は二つの戦争に巻き込まれることになった。ソ連と異星人との戦いである。異星人の方がソ連よりも、はるかに大きな脅威だった。そこで相手のテクノロジーを逆手に取り、軍需産業に恩恵を与え、宇宙関連の防衛システムを築き上げることだった」
・「これには異星人テクノロジーがふんだんに盛り込まれている。レーザー、加速粒子ビーム兵器、『ステルス』技術を搭載した戦闘機など、そのかげで冷戦終結をもたらすことができた」
・「二番手に甘んじるのはイヤだとばかりに、どこも密かにロズウェルの兵器開発に明け暮れ、ペンタゴンでは異星人テクノロジーの開発戦争が繰り広げられていた」
・「検視報告書に述べられたEBE(墜落UFOから発見された生命体で、通称『グレイ』と呼ばれる)は、生物というよりも、長期の時空飛行専用に設計されたヒューマノイドと考えるべきかもしれない。察するところ、彼らは食料も排泄物処理施設も必要としない。肌を通して科学物質を処理し、排泄物を利用するロボットかアンドロイドにすぎない」(註・1980年代、アメリカで「キャトル・ミューティレーション」といわれる年間2万頭も上る牛の大量虐殺事件が起こった。牛の体内からすべての血が抜き取られ、切り口はレーザーで切り取ったように鮮やかだった。これはグレイの栄養素を得るためだった)
・「しかし、宇宙船本体はそのままノートンに残され、ノートン空軍基地はさながら空軍とCIAが管理する異星人テクノロジー博物館のようになった。宇宙船を複製する実験と推進システムの応用実験は今なお続けられている」
・コーソーは出版後に心臓麻痺で突然死したが、UFOの真実を暴露することは身の危険さえ生じるのである。
・コーソーが手掛けたという、UFOテクノロジーは次のようなものである。
▼映像倍増管・・・・・後の「暗視装置」になる
▼スーパーテナシィ・・・・後の「光ファイバー」
▼レーザー切断装置・・異星人たちの2万頭に上る家畜虐殺に使用された
▼分子を圧縮した合金
▼集積回路および超小型ロジックボード
▼移動式原子力発電機・・・・・アポロ宇宙船に使用された
▼ガンマ線照射食品・・・・・どんな食品も常温保存できる
▼グレイのヘアバンド・・・・第3の脳・誘導システム
▼加速粒子ビーム兵器・・・電子を刺激する強力光線「SDI迎撃ミサイル」に応用。
▼電磁推進システム・・・・・ステルス機に使用。
▼劣化ウラン発射体・・・岩窟深くで爆発する弾頭、湾岸戦争で使用。
・アメリカ(ユダヤ勢力)はロズウェルUFOテクノロジーを利用することによって、現在の世界一極支配を作り上げたのである。
『ペンタゴンの陰謀』
(新兵器開発に隠された驚愕の事実)
(フイリップ・J・コーソー著) (二見書房) 1998/2
・ロズエル事件のファイルより開発可能なテクノロジーのリスト「暗視装置、光ファイバー、驚異の繊維、スーパーテナシティ・ファイバー、レーザー、分子を圧縮した合金、集積回路および超小型化したロジックボード、イオン小型原子炉、ガンマ線照射食品、第3の脳誘導システム、粒子ビーム兵器、電磁推進システム、ケプラー防弾チョッキとステルス機、劣化ウラン発射体等」である。
・ロズウェル事件で回収されたシリコンウェーハーは、回路の小型化を可能にし、15年後には、初のマイクロ・コンピューターを生みパソコン革命をもたらした。パソコンもレーザーもUFOの超テクノロジーから生まれたといえる。
・著者は、1960年代の2年間、中佐としてペンタゴンの陸軍研究開発局の海外技術部に籍を置いた。
・「私はそこで、二重生活を送っていた。普段は、兵器研究者として、そしてその裏では、私は情報将校として、トルードー中将の相談役を勤めていた。私に託されたファイルには、陸軍の最高機密がぎっしりと詰まっていた。1947年7月、ニューメキシコ州ロズウェル郊外で空飛ぶ円盤が墜落し、ロズウェル陸軍航空基地第509大隊が残骸の回収に当たった。ファイルにはそのときの残骸や情報が収められていた」。
・「大きさは子供と変わらない。といっても子供ではない。こんな大きな風船型の頭をした子供がどこにいる?容貌は人間と似ているがとても人間には見えない。両目は黒くて大きかった。鼻と口はことのほか小さく、切れ込みのようだといってよい。耳は顔の両側がへこんでいるにすぎない。皮膚は灰色がかった茶色で、髪は生えていなかった」。
・「異星人が食料や排泄施設を必要としなかったのは、ロボットかアンドロイドのような存在だったからだ。つまり、宇宙飛行や目的地での任務遂行のためにわざわざ作られたのだ!?」、「ロズウェル事件から50周年にも米空軍はあらためて事件を否定する発表を行なっている」。
<政府はさらなる隠蔽を行なう>
・「1962年に国防省補佐官は、報道陣を前にしてこう言った。『未確認飛行物体の情報が国家の安全保障にかかわることであれば政府は、国民はおろか、議会にも通告しない』」。
『たどりついたアイヌのモシㇼでウレシパモシリに生きる』
水谷和弘 はる書房 2018/10/12
<縄文・アイヌ文化を伝える土地に住む>
・10年ほど前に私は8年間借りていた荷負の家を買いました。その我が家の土地と家の周りの私が管理している畑から石器をはじめ多彩な物たちが出土します。
磨石や石皿、削器(スクレーパー)、石斧、ナイフ型石器などの遺物が出てきた場所は山の中腹、周囲は畑と山林で小高い山も奥にあります。細
石器も数多く、石器の加工場があったことが分かります。アオトラ石や黒曜石の石器の完成美品も出てきました。
この地域に現在3世帯しか暮らしていませんが、かつてはアイヌの世帯が53あったと聞きます。私の畑のあたりは、エカシ(長老のこと、ホピポイ部落長)が住んでいた所だとアイヌの古老の男性が教えてくれたことがあります。
・石器以外にも土器も多数破片で出土していて、平取町立歴史博物館に預けてあります。その土器片は沖縄中期から擦文時代のもので、さらに収集した、もしくは収集しきれない陶器と石器のスクレーパーなどを造ったときに生じる細片が畑から出ます。
近隣には「荷負2遺跡」と「荷負小学校遺跡」と「荷負ストーンサークル跡遺跡」がある。平取町全体で100を超す遺跡があるという話です。我が家の周りに盛土が崩れないように設置された石も、元はストーンサークルの石だったと知人は言っています。さらに古老から、平取にストーンサークルは13ヶ所あったと聞かされました。
・また、我が家から200メートル離れた所に湧き水がありますが、その水は大切に利用されてきたと思います。元の家の持ち主曰く、家より25キロほど離れた岩志地という所にある鍾乳洞の絵が描いてあった岸壁は戦争中セメントを作るため壊したが、家の入口に置いてある石はそこの鍾乳石だと教えてくれました。絵は見ることができませんが、その鍾乳石はいまだに私の家にあります。
縄文時代の生活道具――石器だけでなく土器(草創期から晩期)、また擦文土器、そしてかなり古い陶器の破片からビール瓶やガラス片までが出てくる。そんな大地に私たちは住んでいるのです。
・かつて、ここはホピポイ部落と呼ばれていました。でも、アイヌ語のホピポイの意味は私には判りません。しかし、アイヌ語地名を漢字にして当てはめるとき、ニオイを荷負(逆から読むと負荷)とするとは、なんて先住民族アイヌに対して失礼な卑劣なことでしょうか。こんなところにも、言葉が奪われ文化が奪われている。土地が盗られ、心が囚われていったことを私なりに知りました。
・ちなみに、ニオイとは樹木が多い所、あるいは木片がごちゃごちゃある所という意味があるとか、のようです。ニオイに限らず北海道の地名はアイヌ語由来が多く、市町村名のおよそ8割がアイヌ語から来ているそうです。
私の畑から出てくる遺物はさまざまな時を刻んでいます。すなわち、この場所は縄文の草創期より近現代までの複合施設だということです。そして、縄文人=アイヌであることを間違いなく証明できる遺跡なのです。
なお、擦文土器というのは、北海道や東北北部で出土する土器のことで、木のヘラで擦った文様が多く見られたので名付けられたといいます。そして、この土器の使われた7~13世紀の文化を特に「擦文文化」というようです。13世紀後半からは「アイヌ文化」という名でくくられて、北海道全体がこの文化を共有することになったといわれています。
・17日の北海道新聞朝刊が、日高管内平取町の沙流川水系額平川の支流で、縄文時代の石斧材料として重要な「アオトラ石(緑色片岩)」の露頭が確認されたことを報じていた。
・なお、このアオトラ石はアイヌ文化期にも丸木舟の製作に用いられていたという。いくらでも鉄器があった時代なのに、にわかに信じがたいが、何か丸木舟製作に特別な信仰との関わりがあったのであろうか。
<“民族”として根源に繋がっていればいい>
・「アラハバキ」を絆につながる民族、東北{蝦夷}も、三内丸山の時代――縄文時代前期にはすでにアイヌと交流があった。このことは北海道アイヌの大地から出た「宝物」=黒曜石・アオトラ石が、津軽海峡を渡り本州各地に旅をしていることで分かる。
つまり、本州の遺跡から北海道産出と分かる黒曜石・アオトラ石が出土しているのだ。黒曜石・アオトラ石は狩りの道具や武器に加工でき、また穴開けや肉削ぎ等の各種道具になり、鉄器が一般に流通する室町時代以前、貴重な物であった。
<伝統儀式か無用の殺生か、生きることは殺すこと>
・2007年4月、北海道は知事名で、1955年に支庁長と市町村長に対して出した通達を撤廃した。アイヌのイオマンテを野蛮だと事実上禁止した通達だ。これには北海道アイヌウタル協会の撤回要請があったようだが、道が国に諮って動物愛護管理法に抵触しないという判断も出たことで撤廃したという。
が、このニュースが流れると、ウタリ協会や知事に抗議の電話やメールが相次いだという。ネット上でも、批判や誹謗が渦巻いていた。もちろん、撤廃を支持する声も上がる。
・イオマンテは?「カムイ送り」、神の国に<カムイを>返す儀式です。クマ<キムンカムイ>とともに暮らし、ともに遊び、ともに苦しみ、ともに生きる、心と心がつながり一体になる。
生きるということは、殺すことを内包する。殺さなくっては生きていけない。
<季節を知るアイヌの星座>
・印象的なのは北斗七星の話です。北斗七星はチヌヵルクㇽ[我ら人間の見る神]という名の星座ですが、その姿を見せるとき、冬はクットコノカ[仰向けに寝る姿]、夏はウㇷ゚シノカ[うつ伏せに寝る姿]と呼ばれる。星の1年の奇跡が、あたかも神が寝姿を変えて季節を教えてくれるというわけです。
<聖なる地、コタンコㇿカムイが来るところに>
・ソコにはシマフクロウがやってくる。ソコには白いカラスがやって来ている、そうです。
私は、鳥が来る意味を聞きそびれましたが、おそらく八咫烏神話と似たように、カムイの伝言をする聖なる鳥だと思う。
八咫烏は、熊野本宮大社の主祭神、素戔嗚尊のお仕えで、太陽の化身(太陽の黒点だという説もある)、導きの神だという。日本サッカー協会のマークに使われたので有名になったが、あの3本足は天・地・人を現すとか。
シマフクロウは、アイヌ語でコタンコㇿカムイ=集落(部落)を護る神さまだ。カムイチカㇷ゚=神の鳥とも呼ばれる。知里幸恵さんの『アイヌ神謡集』に収められた「銀のしずく降る降るまわりに」も、コタンコㇿカムイが主役で登場する。
古代の“日本人”は鳥に霊能力があるとしていた。八咫烏が、ほぼ伝説の初代天皇を熊野から大和へ導いたというのだから。ほかにも古神道とアイヌの世界観は共通項が多いと思う。
シンクロが当然のように起きていた。ソコではエカシ(先祖の翁)がいつも祈りを捧げている、エカシがソコに居るようだった。
聖地はなにげなくソコにある。磨き抜かれた聖地。それらの聖地はすべてつながり、聖地の経路をつくっていることをタモギタケが教えてくれた。
<良き隣人ではなかった和人>
・北海道に移り住み20年ほどですが、アイヌに対して、いまだ勘違いな歴史観を持っている日本人がいることを時折強く感じます。
・まだ茅葺きの家に暮らしている――日本人と違わない暮らしをしています。
・土人という表現を聞くことがある――非道な同化政策のなかで定められた「北海道旧土人保護法」を引きずった誤った表現です。
・純粋なアイヌはいない――アイヌ民族はいますし、血の濃さで決めることは誤りです。
伝統的生活空間(イオル)・伝統文化も含んで考えます。多神教アニミズムのアイヌの世界観を持つアイヌ文化を大切に暮らす者も含むと私は思っています。
・アイヌ文化は一つだ――本来は長を中心に置いた家族単位の共同体が育む部族文化です。したがって、共通の基層文化はありますが、部族によって、言葉や儀式、習俗、刺繍や文様、さまざまな異なる面を持っています。
・アイヌは乱暴者――どこからそんな考えを仕入れてきたのでしょうか。中央政権に服わぬ民という政権側の見方を受け継いで、無自覚のまま敵対しているところから出た表現なのかもしれません。
・搾取と自然破壊を行なう「良きシサムではない」敵対する和人に対して、服わぬ民は戦で臨み、あるいは集団蜂起をしました。よく知られているものでは、東北での東北アイヌ=蝦夷の阿弖流為の戦いと、蝦夷地でのアイヌによるコシャマインの戦い、シャクシャインの蜂起、クナシリ・メナシの蜂起があります。
<オキクㇽミカムイは宇宙人なの?>
・平取町は、現在もアイヌ民族が多く暮らしていることで知られている。
私が住む平取町荷負には、「オキクㇽミカムイのチャシとムイノカ」があります。2014年には国指定文化財「名勝ピㇼカノカ(アイヌ語で美しい形)」に加えられています。
・チャシとは居城や祭祀の場などを言い、平取町にはその跡がたくさんあります。オキクㇽミカムイの居城と伝えられる美しい崖地には、蓑の形をした半月形の岩があります。ムイノカは蓑のことで、ここにオキクㇽミカムイが妻と住んだと言われ、蓑は妻が置いていったものだそうです。とても大事にされ、祀られてきた場所であり、この地域の人びとから敬意が払われていたとのことです。
「オキクルミ」は「カムイユーカラ」(神謡)に登場する人間(アイヌ)の始祖となる英雄であり、アイヌに生活文化や神事を教えました。「アイヌラックル」の別名とも言われますが、こちらは「人間くさい神」。また、知里幸恵さんのアイヌ神謡集では、「オキキリムイ」と表記されています。
・オキクルミはシンタ(ゆりかご)に乗って東の空から降臨したという言い伝えもありますし、アイヌラックルは燃え盛る炎の中から生まれたと山本多助さんの記した「アイヌ・ラッ・クル伝」にあります。ネットで検索してみると、次のような面白い紹介がありました。
・義経神社は、寛政10年頃、近藤重蔵が源義経公の像を寄進して創立したとされる古社である。一般に義経は奥州平泉で自刃したとされるが、実は密かに三廐から蝦夷地に渡ったとする義経北行伝説が古来よりまことしやかに伝えられている。
もともと平取にはアイヌ民族の始祖に関する伝説が多く、神社のあるハヨピラ(武装した崖の意)もアイヌの文化神オキクㇽミカムイが降臨した土地と伝えられていた。オキクㇽミカムイは家造りや織物、狩猟法など様々な知恵をアイヌに授け、アイヌ民族の生活の起源を拓いたとされる神である。そこに義経北行伝説が入り込み、知人がアイヌを鎮める政策としてオキクㇽミカムイと義経が意図的に結びつけられ、いつしかアイヌはオキクㇽミカムイと義経を同一視するようになった。明治11年に平取を訪ねたイザベラ・バードの『日本奥地紀行』を読むと、当時のアイヌは、義経を自分たちの民族の偉大な英雄としてうやうやしく祀っていたことがわかる。
・古代遺跡とUFOは何らかの関係があるということは現代においても否定しがたいものがあるが、UFO研究団体CBA(コズミック・ブラザーフット・アソシエーション、宇宙友好協会)は、各地の民族伝承を調査する中で、アイヌの文化神オキクㇽミカムイの伝説に着目、オキクㇽミカムイは宇宙人であると結論づけた。
・義経が自害せず北へ逃げたという「義経北行伝説」は江戸時代から広められ、北海道から海を渡ってチンギス・ハーンになったというお話もあるほど、蝦夷地でカムイになっても不思議はないかもしれませんが、アイヌの人たちはどう思ったのでしょうか。
2006年にプレステで発売された「大神」というアドベンチャーゲームには重要なキャラクターとして「オキクルミ」が登場します。炎の中から生まれたり、生活文化を伝授したり、大活躍するオキクㇽミカムイを宇宙人と見るのは、ナスカの地上絵と宇宙人を結びつけるのと近い感性なのでしょう。いずれにしろ、オキクㇽミカムイはアイヌの人たちにとっては身近な存在なのだと思います。オキクㇽミは実は宇宙人だったという話には、私はロマンを感じないのですが。