UFOアガルタのシャンバラ 日本は津波による大きな被害をうけるだろう

コンタクティやチャネラーの情報を集めています。

機械が生み出した富を労働者に分配する手段として一部の識者が提唱しているのが、全員に基礎的な生活費を一律支給するベーシック・インカム制度である。(4)

 

 

『週刊 ダイヤモンド  2014/7/12』

「2083年 日本の人口が半減する年 数字は語る  小黒一正」

 

 

 

<70年で人口半減の衝撃 鍵は少子化対策と未婚率の引き下げ>

2083年。これは日本の人口が半減する年だ。

 

・14年時点で約1.26億人の人口は83年に0.63億人になる。その間、毎年人口が90万人程度減少していく。千葉市の人口は現在約96万人であり、このような自治体が毎年一つずつ消滅していく勘定になる。いかに人口減少の問題が深刻であるか分かるだろう。

 

<人口減少の理由は、「合計特殊出生率」が12年は1.41まで低下したため>

 

・このような危機感から、最近は、少子化対策を拡充し、出生率を引き上げるべきだという提言が相次いでいる。

 

・しかし、このような数値目標には批判も多い。女性に出産を押し付ける印象を与えかねないからだ。

 

・つまり、出生率低下の主な要因は未婚率の上昇(晩婚化を含む)にあり、出生率を上げるには未婚率を下げる政策が中心となるのだ。

 

・ただ、10年の平均理想子供数は2.4人であり、未婚率が現状のままでも、少子化対策で夫婦の出生数を理想子供数に近づけられれば、出生率は1.6程度まで回復し、人口半減は2102年まで先延ばしできる。

 

・約70年後に人口が半減する国の経済に未来があるだろうか。少子化対策は未来への投資という視点を持ち、今こそ不退転の決意で“異次元の少子化対策”を実行すべきだ。

 

 

■■■ 私が思うこと、聞いたこと、考えること ■■■

 

 ・「人口減少」の問題は近未来の大きな問題です。社会の大小の組織は大きな変化をうけることでしょう。それにもまして、個人のライフスタイルにも大きな変化が起こってくるといわれます。Amazonに「人口減少」といれますと390件もの書籍がわかります。時代的な問題となっています。日本の「未来学」という講座もあまり聞きませんし、大学の「未来学」という学問も確立されていないといわれます。学問として、大いに研究してもらいたいものです。ビジネスチャンスでもあるといわれますが、適応できる企業は、多くはないそうです。人口減少で「需要が減る」ことは、「お客が減る」ということで、後継者不足や人手不足のため街の商店では閉店する所も増えています。お客が減っている、「お店」は、従業員も不安だそうです。各企業は、年度計画、中期計画、長期計画の作成において、「人口減少」の統計を考慮していると指摘されています。「人口減少」の人口動態や統計は、未来予測が比較的立てやすい数字だといわれます。私立学校では、人口減少で外国人留学生を増やそうとしたり、閉校の道を選択したりするという説もあります。また観光地では、外国人観光客を増やそうと努力しています。AIが産業革命以上の影響を与えると著者は述べています。人口減少の病に対するAIは、特効薬になるのでしょう。日本経済の高度経済成長をけん引したのは「技術革新」だったという説もあります。高性能な自動車の輸出も大きかったと指摘されています。航空産業もジャンボ機の開発で、急成長したといわれます。人口減少の時代もAIのような「技術革新」が決め手となるようです。AIは、人口減少という難題の「渡りに船」になるのかもしれません。「窮すればすなわち変ず、変ずればすなわち通ず」ということで、私自身は、人口動態の現象を楽観視しています。

 

・人口減少は、非常にネガティブな社会を作り上げるという未来予測は、増えています。しかしながら、日本のシンクタンクといわれる中央官庁は、当然のことながら、任務として「中長期計画」を作り、「人口減少時代」の悲惨な社会を変革していこうとしていることでしょう国家経営の実務に精通したベスト&ブライテストのテクノクラートのドリームチームによる英知を結集した「国家改造計画」が求められているそうです。また「超長期計画」も必要のようです。人口減少時代は、ネガティブなことばかりではなく、ポジティブな社会改革を進めると指摘されています。人口減少時代には、さまざまな分野で「労働革命」がすすみそうです。そもそも経済は不均衡なものです。

 

ところで人口減少時代には、頭を切り替えて、「コンパクトな社会」「縮む」ことが必要になるようです。もちろん有識者の「人口減少時代」の対応策の本もこれから多く出版されることでしょう。さまざまなシンクタンクや研究機関の大きなテーマとなっています。人口減少はビジネス業界の人々には、厳しい数字となってきますので、素早い対応策が求められることでしょう。たとえば、国内の需要が急減するにしても、輸出ばかりの対応策は無理のようです。相当の知恵を出す必要があるようです。政府にはベスト&ブライテストが集結しているはずですが?!「官庁はわが国最大のシンクタンク」ですので、活発に機能しているのでしょう。

 

・「少子高齢化の時代」で、当然ながら、各国政府もさまざまなシナリオを描き政策を研究・実施しているようです。また「地方創生」ということで各国の地方自治体や企業もさまざまな手法を研究・実践しているそうです。「近未来の高齢者、女性、若者の働き方」が斬新な発想で組み直しされる必要があるようです。女性の場合は、子育て支援とかさまざまな制度的な担保が必要のようです。「超高齢化」は世界の潮流ですので、各国政府とも対策には余念がないようです。

高齢者の場合の対策は、「定年なしの会社」も増えてくるものと思われます。若者の就職状況は、世界的には悪化しているようです。それに比較すると日本の学生は恵まれているようです。日本でも正社員以外の派遣労働者の問題が大きくなっています。日本の将来は人口減少でネガティブな見解が多くありますが、対策は考えれば豊富にあるようです。意外にも「ピンピンコロリ」の高齢者が増えるようです。少子高齢化でも創意工夫によっては、明るいシナリオが描けます。しかし、NPO法人補助金や寄付が頼りで、採算にのるのは困難なケースが多いそうです。

社会の遅れた面、非近代性、後進性、頭の古い面が予想以上に増えてきています。改革の速度も大変遅いようです。本当に優れた官僚や政治家が登用されなかった結果でしょうか。「失われた20年」と言われますが長い期間です。「日本は先進国だろうか」という声も街中で増えてきています。「女性の登用も先進国とはいえない」そうです。はっきりいうと後進国的だと指摘されています。原因不明の難病や奇病も増えています。社会問題で困っている人も増えており、単に政治の貧困としては片づけられないそうです。遅れた政治では、国民が不安を覚え、国民が恥をかくといわれます。「日本は遅れた面もあるが、依然として先進国である」と語られていますが。

「限られた予算、増えない税収、十分でない福祉予算を削る財政赤字」ということで、アベノミクスの成果が問われていました。今年中には、はっきりした数字も認識されましょう。安倍総理自身もアベノミクスの失敗を認めたといわれます。「消費税の増税も20%にまでいく必要がある」とのエコノミストの予測もあるようです。「定年を75歳まで延長し、消費税を20%にすれば社会保障制度の維持が可能になる」という議論もあります。今後は特に「高齢者に優しい電子政府の推進が経済活性化の鍵を握る」のかもしれません。

 

・官民あげて外国人観光客を増やそうと努力しているようです。観光業の振興には、さまざまな識者の見解があります。2020年の東京オリンピックパラリンピックにむけて、いろいろな新企画が動き出しているようです。Airbnbとかの新しい民泊の動きもありました。「規制」には、当然のことながら、メリットもデメリットもあります。私たち一般人は、当然詳しくはありませんが、5つ星ホテルやIRの課題も、関係者が非常に熱心に研究しているようです。問題となっている「獣医の数字」も不足しているのか、増員すべきなのか、専門家の間でも意見の相違があるようです。カジノも認め、さまざまな時代の流れに応じて規制を緩和する方向にあるといわれます。自由なビジネス活動を応援するのか、規制を強化して、弊害を減少させようとするのか、政党間でも2つの動きがあるようです。グローバリズムといいましょうか、グローバル―スタンダードを無視できないほど、国際化がすすんでいます。米国の共和党の政策として、補助金を大胆にカットしていくという施策があるそうです。その政策の背景には、民主党と違った政治理念があるといわれます。

 

「失政」が増えている時代に、私たち一般人は、政治意識を高めていく必要があるそうです。「改革が遅れているのは本当に優れた官僚や政治家が登用されていないからだ」といわれます。「昔から政治が一番遅れている。票の請負業のようなもの」といわれます。日本経済が振るわなくなっているのは、政治の後進性が原因だといわれます。「日本の政治家はアメリカのロビイストのような役割を果たしている」という説もあります。政府にはベスト&ブライテストが集結しているはずですが?!国家経営の実務に精通したベスト&ブライテストのテクノクラートのドリームチームによる、英知を結集した「国家改造計画」が求められているそうです。しかし、万博等のイベント戦略も想定するコストや効果の算定が難しいようです。

 

・「民主主義国家においては国民はその程度に応じた政府しか持ちえない」といわれます。また「政務活動費の問題も氷山の一角」とも指摘されています。政治の費用対効果の向上、行政サービスの効率等、問題は山積みといわれます。地方議員の近未来の姿は欧米のようにボランティア議員の流れだといわれます。困っている人も増えており、単に「政治の貧困」としては片づけられないそうです。今の時代、国民の血税のタックス・イーターが増殖しているのかもしれません。「国民が政治を嘲笑している間は嘲笑に価する政治しか行われない」そうです。「政治に関心のないひとはいるが、政治に関係のないひとはいない」と述べられます。

 

・世界経済の企業間競争は、当然のことながら、「優勝劣敗」の厳しい世界のようです。私たち一般人には、東芝問題のような大企業や役所が劣化することは理解不能なことが多いようです。大企業にも多くの企業で劣化が見られると語られています。日本経済もマクロ的な順番は確かに高いのですが、1人あたりでみると、順位が低く、多くの問題点が指摘されています。移民問題も検討されているようですが、「移民の問題も移民に土地を与えることができないので受け入れられない」といわれます。移民を認めなくても将来は1千万人程度の外国人労働者が日本に職を求めて住みつくといわれます。国際結婚も増加すると指摘されています。それほど、世界の失業問題は深刻だそうです。米国が脱退したTPPも特定国ですすめることを検討しているといわれていますが、想定通り輸出が増えるのでしょうか。

 

・人口減少はマイナス面ばかりではないといわれます。2050年までには人口も1億人を切りますが、明るい未来を想定する説もあるようです。ロボットなどのテクノロジーで人口減少を克服できるという説もあるようです。また人口減少で「労働革命」がすすむといわれます。非正規雇用の問題とか労働時間の問題などさまざまな摩擦が起こっています。人口減少により、労働摩擦も激化しますし、高齢化で商店も閉店され、シャッター商店街も増加することでしょう。当然のことながら、近代化にはさまざまな「痛み」と「過程」を伴うといわれます。人口減少もマイナス面ばかりでなく、それをチャンスに変えて「労働革命」の契機にする必要があるといわれます。「労働革命」で、採算の取れない職業や古臭い職業は、なくなっていくことでしょう。労働生産性の近代化が人口減少ですすむと思われます。

 

・最近のオリンピック・パラリンピックでは、日本選手の活躍は目覚ましいものがあります。金メダルも珍しくなくなってきています。ところが、昔のオリンピックでは、日本選手の活躍は、現在ほどではありませんでした。その原因は「欧米選手との基礎体力の格差」が指摘されていました。基礎体力の劣る小柄な日本人は、昔のオリンピックでは、金メダルをとることが難しかったようです。同じように経済の成長に関して、現在では1人当たりの「生産性」が遅れていることが指摘されています。アベノミクスもGDPの増大には、限定的な効果しかなかったといわれます。「生産性は世界第27位」を改善するのは、「経営者」しかいないとデービッド・アトキンソン氏は説いているようです。戦後の日本の高度成長の原因は、経営者と勤労者が一生懸命に働いた結果だと指摘されています。日本の技術力が高いという自信が事態の改善を一層困難にしているようです。それに大企業と中小企業の二重構造の問題もあります。女性の活用がカギだといわれます。

女性の眼から見ると「政治や経済の後進性」を痛切に感じることでしょうか。「女性の登用も先進国とはいえない」そうです。経済問題の解決には、予想外にも、生産性を上げることを考える必要があるといわれます。

 

社会の遅れた面、非近代性、後進性、頭の古い面が予想以上に増えてきています。時代遅れの面の改革の速度も大変遅いようです。世界諸国の比較のランキングでは、さまざまな点で、ランクが落ちており、驚かされますあまり知られていないことだが、日本の社会保障というのは、先進国とは言えないくらいお粗末なモノなのであると指摘されています。社会のあらゆる事に「先進的である」ということは不可能なことでしょう。「改革が遅れているのは本当に優れた官僚や政治家が登用されていないからだ」といわれます。その点については政治家と官僚の認識も自覚もないといわれます。「政治は税金なり」といわれますが、税制が劣化してきているともいわれます。政治の費用対効果の向上、行政サービスの効率等、問題は山積みといわれます。

 

・政治家は選挙民の対応に追われて、勉強ができないそうです。「政務活動費の問題も氷山の一角」と指摘されています。「失政」が増えている時代に、私たち一般人は、政治意識を高めていく必要があるそうです。「失政」を詳しく調べていくと恐るべきことが分かるのかもしれません。

 

・「政務活動費の問題も氷山の一角」と指摘されていますが、現状の政界では「大胆な身を切る改革」は無理だといわれます。実際には、人材が活用されていないのでしょうか。政府にはベスト&ブライテストが集結しているはずですが?!数多くあるシンクタンクもさまざまな企画を練っているといわれます。日本経済を再生させるには、どのような計画が有効なのでしょうか。安倍総理自身もアベノミクスの失敗を認めたといわれます。日本は先進国だと自慢ばかりはできないと語られています。さまざまな世界的な統計では、先進国としてのランキングが落ちてきています。近未来、福祉大国、経済大国ということが神話になるという説もあるようです。しかし、そこは真面目な国民性のこと、さまざまな改革案が、さまざまな分野で検討されていると語られています。

 

・政治の面でも「女性の登用も先進国とはいえない」そうです。議員の近未来の姿は欧米のようにボランティア議員の流れだといわれます。欧米先進国では、女性の活躍のために、いろいろな制度が法律で制定されているといわれます。フランスの女性の選挙における登用制度が注目されています。ウェブからはさまざまな詳しい情報が得られます。

 

・ネット情報によると、「一方、国外に目を転じれば、法律でクオータ制を定めている国は75ヶ国もある 。クオータ制quota systemとは男性と女性がある一定の割合で存在するよう定める制度(割当制)のことだ」とのこと。このようなクォータ制の採用もわが国では、強力な抵抗勢力が存在していると語られています。いつまでも政治後進国であってはならないと述べられます。

 

 

<●●インターネット情報から●●>

毎日新聞ウエブ記事(2015/11/24)から」

 

今年3月にフランス全土で実施された県議会選挙は世界中の注目を集めました。政治への女性の参画を促し議員の男女比を同じにするための“奇策”として、男女2人1組のペアになった候補者に投票するという世界初の制度で選挙が実施されたためです。

 

 欧州連合(EU)の中では、フランスは女性の政治参画が遅れている国でした。IPU(列国議会同盟、本部・ジュネーブ)の統計によると、下院の女性議員比率は1990年代に5〜11%と低迷していたのです。そこでフランスでは2000年、立候補者が男女同数になることを目指す「パリテ同等法」が定められました。

 パリテ法では、上下両院のうち、下院選で男女の候補者数をほぼ同数にすることが求められます。

 

<●●インターネット情報から●●>

 

 「三井マリ子著『月刊自治研』2004年1月号」

衆院選が終わった。

 

「女性は社会のほぼ半分を占めるのだから、社会のしくみを決める場でもほぼ半分を占めるようにしよう」という私にとって至極当たり前の目標は、今回も一顧だにされなかった。

 

日本女性が初めて投票したのは1946年の衆院選のことだった。衆院の女性議員は466人中39人を占めた。8.4%だった。しかし、57年が過ぎた現在、480人中わずか35人、7.3%。増えるどころか減ってしまったのである。

 皮肉なことに、選挙の直前、日本政府は、国連から「国会議員などにおける女性の割合が低い現状を改善する特別措置をとるべきである」と勧告されたばかりだった。

 

また、衆院選の半年前に行われた統一地方選でも、女性議員は全体のわずか7.6%という結果に終わった。さらに、女性議員のひとりもいない地方議会である「女性ゼロ議会」が1220も残った。これは全自治体の37.5%にあたる。女性議員がいても「紅一点議会」に過ぎないところも数多い。

 

21世紀の今日、日本の国会も地方議会もまだ圧倒的な男社会なのである。

 一方、国外に目を転じれば、法律でクオータ制を定めている国は75ヶ国もある。クオータ制quota systemとは男性と女性がある一定の割合で存在するよう定める制度(割当制)のことだ。ノルウェーでは、政策決定の場の男女不均衡を解消するために世界に先駆けてクオータ制を法律化した」とのこと 。

 

■50%クオータ制にしたフランス

 「注目すべきは、フランスである。

 

1999年6月、憲法を改正し、当選者の数が男女同数になるようにせよ、という条項を入れた。

 

つまり、憲法第3条の最後に「法律は、選挙によって選出される議員職と公職への女性と男性の平等なアクセスを助長する」と明記した。続く4条には「政党および政治団体は、法律の定める条件において、第3条の最後の段に述べられた原則の実施に貢献する」と付記した。

 

このようなフランスの改革は、50%クオータ制ということになる。それをフランスではパリテParité(男女同数)と称している。

 

翌2000年には、「公選職への女性と男性の平等なアクセスを促進する法律」を制定し、候補者を男女半々とするよう政党に義務づけた。

 

同法は、いわゆる「パリテ選挙法」と呼ばれる。政党は候補者を男女同数にしなければ、政党助成金が減額されるといった具体的罰則まで盛り込まれている」とのこと。

 

・世界規模の競争を展開している企業に、チャンスが集中する現代においては、日本企業が「イノベーション」を達成することは、非常に難しい時代になったといわれます。特に人口減少の、低成長時代に日本企業においては、世界的な展開を可能とするテクノロジーの開発において、先端を走ることは容易でないようです。世界で「兆し」を、掴んで素早くキャッチアップする努力が必要のようです。「米国が衰える」とよく言われます。しかし、「エイリアン・テクノロジー・リバース・エンジニアリング(宇宙人科学技術工学)」によって、米国は最強国の地位を失わないともいわれます。したがって、米国は発展段階の初期段階であるともいわれます。「エイリアン・テクノロジー・リバース・エンジニアリング(宇宙人科学技術工学)」によって、革新的なさまざまなテクノロジーが実現しているといわれます。インターネット革命から、テクノロジーに関する米国の独走が始まったといわれます。この「兆し」は、認識されているのでしょうか。「その彼らは地球から68光年離れた惑星クイントニアに住む宇宙人で母星から「エリア51」まで45分で移動できる」といわれます。

 

・「エイリアン・テクノロジー・リバース・エンジニアリング(宇宙人科学技術工学)」は、ロシアも研究しているのでしょうか。「モスクワには多くの異星人が住んでいる」というリーク話もあるそうです。米国が秘密協定を結んだのはラージノーズグレイというオリオン星人といわれています。オリオン星人は人類に5万年進化しているといわれ、「人間の魂の交換」ができるようです。政府の中に政府があってアメリカ大統領といえどもコントロールできないといわれます。「いざ大統領に就任すると、この話題には関与せずという概要が出されるのだ。こうした態度は“大統領の黙秘症候群”と呼ばれている」と指摘されています。在日宇宙人問題を認識している人はほとんどいないといわれます。宇宙人情報を公開すると主権が危うくなるともいわれます。エルダーとよばれる天使のような人間タイプのオリオン星人が小柄なグレイと共に飛来したそうです。

 

大前研一とアマゾンに入力すると449件の書籍が表示されます。多作で著名な経営コンサルタントの情報収集術は独特のものがあるようです。新聞やテレビのニュースを見ない人も増えてきているようです。インターネットに膨大な情報が流されており、ネットから有益な情報を得るためには、新聞やテレビの情報を断つのも一つの方法かもしれません。情報は「選ぶ」、「続ける」、「形にする」ことが重要です。「天国でも経営コンサルタントを必要としている」とか「職業を研究している天使(高等知性体)がいる」とかの与太話があるそうですが、この不況の中、経営コンサルタントは大いに活躍していることでしょう。

 

・米国のビジネススクールの卒業生は、多くはウオール街の証券・銀行界のビジネスマンやコンサルタント会社の経営コンサルタントの道に進むといわれます。様々な分野でのコンサルタントの層が厚いのでしょう。米国人は一般的に社会主義者を嫌い、競争至上・万能主義やビジネス至上・万能主義の傾向があると言われております。その根底には、資本主義でないと「モノ」が増えないという、宇宙人の提唱する「マネジメント至上・万能主義の精神的(霊的)資本主義」を信奉しているのかもしれないといわれます。

 

・時間や資金、活動エネルギーが個人的に限られております。「情報を飯のタネにする人々」もいるそうですが、各自、独特な情報収集術があるようです。インターネットでは英語や外国語の情報も無料で膨大に得られます。「米国では大学卒の仕事と大学卒でない仕事がはっきり区別されており、それが社会の共通認識だ」そうですが、歴史的な社会的背景が日本と大きく違うようです。この点においても「生産性」が高い原因なのかもしれません。

 

・著者(大前研一氏)のように独自の情報収集法を10年間もしていると、相当な効果が出てくるようです。「インターネット革命」といわれるように様々な大影響をネットは現代社会に与えてきております。最初に農業による農業革命が起こり、その後の工業による工業革命があり、情報革命は3度目の革命と言われております。情報格差も懸念されておりますが、経営コンサルタントにとっては、情報処理こそが、最先端のことで多くの時間が費やされることでしょうか。

 

・「アメリカ合衆国では選挙にインターネットは無制限で活用されている。ブローバンド大国の大韓民国でも活用されている」そうです。「規制と規制緩和」というルールは、米国のように常に自己責任と自助を大きなルールとしている国は、様々な規制に関しては大きな抵抗勢力がでてくるようです。国情や国民性の違いが背景にあるようです。アメリカ合衆国は依然として、福祉国家よりも自由競争や市場原理が幅を利かせているようです。

 

・政治については、各党の政策もいろいろ出揃ってメディアにでておりますが、私たち一般人には単純に比較検討することは難しいようです。様々な政策には、いろいろな学者たちが作るのに加わっていると思いますが、誰が何を参考にして政策を考えたのかわかれば、かなり容易に理解できるようになるはずです。とくに経済政策の策定には様々な経済学者が参画しているといわれます。野党の政策は一貫性がなく理解しづらいという批判もあるようです。

 

・たとえば、「東南アジアの成長を取り込む」とかの短い同一の言い回しが頻繁に党首や候補者の口からでてくるのには、閉口します。それは、あまり説得力がないからといわれますが、ネットにできるだけ詳しく背景を書いてもらいたいものです。新聞に載る各党の政策も短くまとめられておりますが、説得力がありませんし、テレビの短い政見放送には不満であるといわれます。自由貿易主義も万能ではなく、アメリカのような労働者には地獄を見るといわれます。アメリカの立場に日本がなる懸念も考えられると指摘されています。

 

・「個人的にインターネットを利用する時間が増えれば増えるほど、個人的にポジティブな状態になる」という「インターネット教」がかってありましたが、現代は、パソコンやスマートフォン、携帯電話なしの生活は考えられないほどの様相です。ゲームや娯楽に熱中する層が、そのエネルギーを政治や選挙などの違った方面に少しでも向けることで、また世の中が大きく変わっていくような気がします。また、先進機器も過度に使うことをせずに、「断捨離」の発想も必要のようです。

 

・英語教育もプログラミング教育も、早期化が進んでいるようです。英語教育については、ビジネス雑誌もよく特集を組んでいます。「自己啓発」「学習」の時代でもあります。厳しい条件ですと「ネィティブ・スピーカー・コンプリート・バイリンガルでないと使いものにならない」ともいわれます。インターネット情報によると「2016年6月24日 - 文部科学省は2020年から小学校での「プログラミング教育の必修化」を検討すると発表 しました。」とのこと。プロミラミング教育の必修化については、欧米のほうがすすんでいるといわれます。近未来にプログラマーが不足するからのようです。「プログラミング教育の必修化を推進する背景として、WebエンジニアをはじめとするIT人材の不足があります。先日経済産業省が発表した、IT人材の最新動向と将来推計に関する調査結果によると、2020年に36.9万人、2030年には78.9万人のIT人材が不足すると予測しています。

今後もIT関連のビジネスは拡大していくと予想される一方で、それに対応するIT人材の数が追いつかないと予測されます」とのこと。プログラミングもできなければ「ITに強い」とはいえないそうです。

 

・「失われた日本経済の20年」といわれますが、社会の遅れた面、非近代性、後進性、頭の古い面が予想以上に多くなってきています。また「日本は先進国だろうか」という街の声も増えてきております。なぜ改革が遅れているのでしょうか。「官僚が法律を武器にしているので普通の政治家が対抗できない」そうです。国民への行政サービスも低下して困っている人々も増えています。自殺者も増えており、本当に優れた官僚や政治家が登用されてきたのでしょうか。高度成長時代は、官僚も評価されていたようですが、さらなる発展、進化の為には、政治家と官僚の摩擦も必要でしょうか。どんな時代、どのような体制においてもテクノクラートの官僚や官僚制度は必要になります。が、官僚制度も時代の流れに適応できずに制度疲労、スキャンダル、劣化が目立つともいわれます。各分野の劣化がひどいともいわれます。医療の面でも世界的な水準に後れをとっているといわれます。

 

政権交代がありましたが、世界情勢から国民の右傾化が続くようです。当分の間、保守党有利の展開が続くのでしょうか。民主党に期待しすぎた国民の反動が大きすぎたようです。もう少しうまく巧妙に立ち回れば、民主党も長期政権になったのかもしれません。「政権をとったことのない経験不足が致命的だった」そうです。

 

・「民間企業の常識と、永田町や霞が関の常識が余りにもかけ離れている。この思いが私の政治活動の原点だ」ということですが、私たち一般人は、どのようにその常識がかけ離れているのか残念ながら分かりません。政治家と官僚は、選抜方法も役割も違います。政治家も官僚も互いに切磋琢磨することが必要でしょうか。またよく言われるように「政治家は選挙民の対応に忙しくて、勉強ができない」そうです。そこで政治家と官僚のそれぞれの役割を徹底していく必要があるようです。「日本の政治家はアメリカのロビイストのような役割を果たしている」という説もあります。1票の格差が大きいと政権の正統性が疑われるといわれます。

 

・「道州制」が与野党から提案されていますが、日本再生の切り札となるのでしょうか。実務に根差した理論構成が必要だそうです。道州制も夢のような素晴らしい計画ですが、実施されると地獄を見る懸念もあると指摘されています。著者(長妻昭氏)の他の本には『マンガで読むびっくり仰天!年金浪費―「福祉」という名のブラックホールを塞げ!』、『「消えた年金」を追ってー欠陥国家、その実態を暴く』があります。「消えた年金」問題など、本来優れているはずの官僚や公務員の著しい衰えが窺われます。何があったのでしょうか。官僚と政治家の摩擦熱は大きくなったほうが国民にとっては良いのかもしれません。

 

・もし永田町や霞が関の実態が国民の利益に反しているとしたら、「民主主義国家においては国民はその程度に応じた政府しか持ちえない」、「国民が政治を嘲笑している間は嘲笑に価する政治しか行われない」ということで私たち一般人も早急に「政治意識を高めていく」必要があるようです。遅れた政治では、国民が不安を覚え、国民が恥をかくといわれます。

 

・都議会でも問題になった話題の少子化問題。戦前の昔のように女性に「産めよ、増やせよ」と言うことは禁句になりました。ちなみに「産めよ増やせよ」とは、1941年に閣議決定された人口政策確立綱領に基づくスローガンだそうです。少子化問題は現代的な問題でさまざまな意見がメディアに載っています。同時に介護などの高齢化社会が深刻な問題になります。少子化対策はフランスに学べ」とかいろいろと意見があるようでした。「今こそ不退転の決意で“異次元の少子化対策”を実行すべきだ」ということですが、何ができるのでしょうか。対策や改革が遅れているのはいつものようです。

 

・私たち一般人は、エコノミストではないので、詳しい数字を比較検討はできませんが、個人的な印象としては確かに街中が、人口減少により大きく変わってきています。アーケードを持つ商店街も、めっきり人通りが減りました。車社会になり郊外に大規模店が増えてきています。シャッター商店街ともいえませんが、店を閉めるところが増えてきています。街中の個人商店は、高齢化もあり、赤字で店仕舞いを考えている所も多いのでしょう。中小企業も赤字の所が多いようです。小さな店に1日に何人のお客が来るのでしょうか。街中の商店街はさびれていく一方のようです。

 

・ところが、車社会で郊外の大型のスーパーやショッピングセンターは、多くの人で混んでいます。駐車場のないところは競争に勝てない時代のようです。どこの町にもあるような飲み屋街も、閑古鳥が鳴いています。昔は流行っていたのでしょうか。キャバレーやナイト・クラブもありました。バーなどの酒場や居酒屋で飲むという習慣が田舎街では急速に廃れてきています。それにしても昔の人はよく飲んだようです。都会の居酒屋はまだにぎわっているようですが、バー街は昔の面影はないようです。酒を飲む量も習慣も若い世代では、変わってきているようです。

 

・人が減り、人の流れが変わり、車社会で生活様式も大きく変化したのが影響しているのでしょう。「2083年に人口が半減する」という予測でも「移民を入れよ」という声は少ないようです。世界的に移民が大きな社会問題となっているからでしょう。特に島国の国民は、移民に抵抗感を持ち馴染みがありません。米国でも1400万人(1100万人という説もあります)の不法移民が大きな社会問題となっているそうです。また、刑務所にいる受刑者数は世界一と指摘されています。大統領選挙でも大きな争点になりました。トランプ大統領が「メキシコ国境に壁を作る」と演説して、聴衆を刺激していました。移民を認めなくても将来1000万人くらいが職を求めて世界中から外国人が来るだろうという説もあるようです。現に田舎町でも外国人が目立つようになりました。しかもいろいろな国からの人々のようです。私たち一般人には、深刻な世界中の「失業問題」には理解不能なことが多いようです。世界中の若者の深刻な失業問題が、犯罪や汚職大麻、売春の蔓延になっていると語られています。

 

・移民を入れずに社会を革命的に変えていく方がいいのではないのでしょうか。安い労働力と言う概念が「人口半減」で大きく変化するものと思われます。必然的に労働革命が起こります。「人口半減」で需要も供給も減るのですから、石油を輸入できる経済力を維持するために、知恵を働かさなければならないことでしょうか。「移民を入れろ」という声も依然少なくないといわれます。結局のところ狭い国土で土地問題があり、「移民の問題も移民に土地を与えることができないので受け入れられない」といわれます。

 

・移民を認めずに人口を半減することにより、経済原理が働き、社会が革命的に変化する方向に動くのではないのでしょうか。産業界の対策はどのようなものでしょうか。例えば、街中の個人商店や飲食店が激減することも考えられます。労働集約的な工場は海外で生産するでしょうし、「人口半減」に応じて日本社会のシステムが劇的に変化することもありえましょう。 ロボット等の技術革新で人口減少のマイナスを補うと指摘されています。「インターネット革命で営業マンがいらなくなる。または少なくなる」という説もありましたが、この流れのように「職業革命」「労働革命」が急速な技術革新ですすむことになるのでしょう。

 

・セルフ・サービスが激増していわゆる「賃金の安い職業」がなくなりましょうか。「人口半減」でさまざまな労働問題を劇的に変化させる「労働革命」も実現できるでしょうか。もはや安い賃金という概念がなくなります。空き家も増加しており、住宅事情も大きく変化するでしょう。さまざまな面で革命的な変化が出てくるものと思われます。

 

・賃金を上げ、労働集約的な職業をロボット化、機械化したり無くしたりできます。人間の労働価値があがるように職業構成を変えていくようにすれば、「人口半減」も悪い事ばかりではないようです。外国人の目から見ると「日本にはホステスが多すぎる」「飲み屋が多すぎる」「日本人は毎夜のようにパーティをしている」そうです。とくに国土の広い住宅事情の良いアメリカ人の目からみると日本は何もが貧弱に見えるそうです。国土の広い先進国から来る豊かな外国人の目には「日本の遅れた面」が特に強烈に映るそうです。外国人の目からの見解も大事ですが、女性の目からの見解も一層、大事のようです。

 

・不合理な採算の合わない職業が消えていくのでしょうか。「人口半減」にも経済合理性が働き、効率社会になって行くようになるようです。つまり「人口半減」を無理に変えようとするのではなく「人口半減」を職業の合理化、生産性の向上、社会・労働の高度化に換える、つまり「人口半減」に日本社会を合わせていくようにすればいいのではないでしょうか。どのような手を打とうとも「人口半減」社会は、避けては通れないようです。また、子供たちを増やす、人口増加の妙案はあるのでしょうか?!

 

 

******************************** ・ブログ名称: UFOアガルタのシャンバラ

日本は津波による大きな被害をうけるだろう

・第2のブログ名称:UFOパラレル・ワールド 神の国か?」「人類の原郷か?」 「天上のエルサレムか?」・・・・・・・・・

「パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の殖民星が、地球か?」、「ネガティブのシリウス星人の地球支配があまりにも巧妙なので、しょっちゅう戦争が起こるのだろうか?」

「金髪碧眼のノルディックが住んでいたアガルタのシャンバラ情報の集大成を目指す・・・・・・・・・・」「金星蛇人と火星霊人の戦争はその後どのように展開したのだろうか」 日本民族の神話の原郷『高天原(たかまがはら)』は、『都市型の超巨大宇宙船』なのか!?」「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔なのか」 「小人族のグレイの母船に同乗する金髪碧眼のノルディックは、”悪魔の王””ルシファー”なのか?!」

「円盤は神人や異人、悪魔の乗り物なのか!?」「天使は神の秘密諜報員なのか」「神は最初のフリーメーソンなのか」

「UFOは、人類の歴史が始まって以来、最も重要な現象なのか。UFO問題とは、人間にとっての死の問題を解くことなのだろうか。UFOはフリーメーソンの創作なのか」

「全宇宙を創ったという“虹の神々”も地球に来ているのだろうか」

イルミナティなどのフリーメーソン組織に入ると神に会えるのだろうか」「金星の神々は地球に到着するやいなや、イニシエーションのためのフリーメーソン本部を設けたのだろうか」

国際連合の設立に動いたキリストの星、アプ星人とは」

「人は皆、記憶喪失の異星人だろうか」

「はるかに進化した天使のような宇宙人は、人間の守護霊や背後霊なのだろうか」

セドナ上空に見えないエーテルのシティが滞空するのだろうか」

 

グーグルのブロガーにも書いています→UFOパラレル・ワールド

 

 

 

機械が生み出した富を労働者に分配する手段として一部の識者が提唱しているのが、全員に基礎的な生活費を一律支給するベーシック・インカム制度である。(3)

 

 

『「0から1」の発想術』

大前研一  小学館  2016/4/6

 

 

<なぜ「0から1」を生み出す力が重要なのか>

<一個人が世界を変える時代>

・言い換えれば、現在の世界は「一個人のイノベーションによって変化する世界」なのである。「アップル」のスティーブ・ジョブズも、「マイクロソフト」のビル・ゲイツも、「アマゾン」のジョフ・ベゾスもそうだ。彼らは「個人」からスタートし、そのイノベーション力で世界を変えた。

 つまり、われわれビジネスマンは、1人1人が「個人」として戦わなければいけないのである。組織ではなく、個人で勝負しなければならに時代なのだ。

 

国民国家の終焉>

・では、なぜ21世紀の初頭の今、イノベーション力が求められているのか。

 実は21世紀の世界は、これまで200年ほど続いた「国民国家」から「地域国家」に変貌してきている。さらに突き詰めて考えてみると、富を創出する源泉が「個人」に移ってきている。権力すら国家から個人に移行していると考える人もいる。

 

・いわば、「国>地域>個人」という従来の図式から、ベクトルの向きが逆になり、「個人>地域>国」へと変化し続けているのが、「今」なのだ。個人個人の創る富や生み出したアイデアが、世界経済に極めて大きな影響を与えているのである。そして現在は、この動きをインターネットがさらに加速しているとも言える。

 

<カラオケ・キャピタリズム

<個人のアイデアが最も重要>

プログラミング言語を駆使して、自分で検索サイトを立ち上げるような、“創造”をした人間を「ITに強い」というのだ。SNSを使いこなす程度で自慢するのは、カラオケ上手と何ら変わらない。伴奏なしのアカペラで上手に歌えるのか?問われているのはそういうことなのだ。

 そのような時代に、ビジネスマンはどう振る舞うべきか。国が地域や個人に取って代わられるように、ビジネスマンもまた「会社」に取って代われる存在にならなければならない。そうでなければ、生き抜くことすら危ういだろう。

 私はビジネスマンが生き抜くために必要な最大のスキルは「0から1を創造する力」、すなわち「無から有を生み出すイノベーション力」だと考えている。

 

<あなたが茨城県の知事だったら……>

・一方、他のビジネススクールのケース・スタディは古いものが多く、すでにつぶれた会社や吸収合併された会社の事例を含め、答えが出ている問題を扱っている。私が教授を務めていたアメリカのスタンフォード大学でさえ、かなり古い事例を教材にして講義を行っていた。日本のビジネススクールにいたってはスタンフォード大学ハーバード大学が5年前、10年前に作った時代遅れのケース・スタディを使っているところが珍しくない。つまりケース・スタディと言いながら、最初から「解」がある事例を扱っているのだ。

 

・具体的には、流行のB級グルメではなく、超A級の世界的な料理人を10人連れてきて、ミシュラン星つきクラスのレストランが建ち並ぶ街を造ってしまうのだ。美食の街として有名で世界中からグルメ客を集めているサン・セバスチャン(スペイン・バスク地方)の茨城版である。もし私が茨城県知事だったら、県の魅力度向上策は、この1点に集中する。

 

<トレーニングによって培われる発想力>

・こうしたケース・スタディの要諦は、アイデアを思いつきで口にするのではなく、基礎データを自分自身で時間をかけて集め、類似例を分析して現状を把握した上で、事実を積み上げて論理を構成すること、そしてさらに、その論理から自分の想像力を駆使して発想を飛躍させることである。このトレーニングを何度も繰り返すことで、自分に役割が回ってきた時に、自然と問題解決とイノベーションの発想が出てくるのだ。

 

<—―高速化した変化のスピードについていく方法>

<デジタル大陸時代の発想>

・たとえば、言語ならばプラットフォームは「英語」だろう。パソコンのOS(基本ソフト)はマイクロソフトのウインドウズ、検索エンジンはグーグルが世界のプラットホームだ。それに加えて今は、クラウドコンピューティングSNSを含めたネットワークという要素が不可欠になった。

 

<なぜデジカメの商品寿命は短かったのか>

・たいていのプラットフォームをめぐる競争は、1人勝ちによって幕を閉じる。絶対的な勝者の周囲に、小さな隙間市場を埋めるニッチ・プレイヤーが数社残る、という状態に落ち着くのだ。

 

・だが、デジカメ単体の存在感は、相対的に下がってきている。今や一般的な若いユーザーは。デジカメなど持たない。スマホ内臓のデジカメが、その役目を担っているからだ。デジカメは、スマホタブレット端末という「デジタル大陸」の一部となってしまったのである。

 

<5年後の生活を予測する>

・私が勧めている発想法は、「この商品をどうするか?」と考える「プロダクトからの発想」ではなく、たとえば「5年後にリビングルームはどうなっているか?」という全体像から考える方法だ。

 

・ここで予測すべきは「5年後の生活・ライフスタイル」そのものなのである。

 

・そこでアメリカの高校の一部では、「カンニングOK」にしてしまった。試験中にスマホで検索してもよいことにしたのである。その上で、知識を問うのではなく、レポートや論文を書かせる。ネット上の知識を駆使して、どれだけオリジナルの論を展開できるかに評価額を変えたのである。

 一方、試験にスマホ持ち込み禁止、と杓子定規にやるのが今の日本だ。しかし、その日本では、大学の卒論や博士論文で、平然とコピペが横行している。「カンニングOK」と「スマホ持ち込み禁止」、いったいどちらがデジタル大陸を生き残るだろうか。

 

任天堂の憂鬱>

・つまり、必要なのは企業、世代、性別、国籍、宗教などを超えたコラボレーションなのである。

 

・かつて任天堂は、テレビゲームによってデジタル大陸を牽引していた会社の1つだったが、5年後、10年後の「生活」を発想しないばかりに、混迷を深めているのだ。

 

ソニーの黒字のカラクリ>

・つまり、ソニーの久しぶりの黒字は、「デジタル大陸時代を生きる」方法論を見出したのではなく、単に、リストラや事業部売却などの固定費削減の効果が表れたということだろう。

 

<デジタル大陸を進め>

ソニー任天堂が苦しんでいるのは、「5年後の生活・ライフスタイルはどうなっているか?」という想像力がないからだ。全体像が描けていないのである。

 

・ここでのポイントは次の2つ。

  • 個々のデジタル機器がインターネットなどによってつながり、「デジタルアイランド」が、「デジタル大陸」になりつつあるという現実を認識する。
  • その上で「5年後の生活・ライフスタイル」を想像し、そこからサービスや商品に落とし込む。

 

<—―「兆し」をキャッチする重要性

<早送りの発想>

<グーグルの動きを「ヒント」にする>

・日本に鉄砲(火縄銃)が伝わったのは、桶狭間の戦いの17年前、1543年のことと言われている。ポルトガル人を乗せた南蛮船が種子島(鹿児島県)に漂着した際に手にしていたのが、当時の最先端の武器、火縄銃だった。

 当時の日本人は、この「兆し」を的確にとらえた。火縄銃はすぐに国産品が作られ、瞬く間に全国に広がった。戦国時代末期には、日本は50万丁以上を所持していたと言われており、これは当時としては世界最大の銃保有数だ。50年足らずで、世界のトップに躍り出たのである。

 日本は、いわば上手に「カンニング」してきた民族である。

 

・グルーグルはインターネットでもモバイルでも「プラットホーム化」し、マイクロソフトでも追いつけないようなスピードで動いている。もちろんアップルのiOSに匹敵するモバイルOSのアンドロイドを全世界に無償で提供していることも大きい。今後は定期的にグーグルウォッチャーとなって、変化の「兆し」を見逃さないようにしなければならない。

 

 

 

『「知の衰退」からいかに脱出するか?』

そうだ!僕はユニークな生き方をしよう!!

大前研一  光文社   2009/1/30

 

 

 

<「ウェブ2.0」時代の大前流「情報活用術」>

・私が述べたいのはネットをうまく利用すれば、リアル世界の知の衰退に巻き込まれるのを防げるということである。「ウェブ2.0」時代というのは、むしろネットを利用しないでいるほうがバカになる時代なのだ。

 

・情報というものは、加工しないことにはなんの価値も生み出さない。いくら収集しても放置してしまえば、そこから何も生まれない。

 

・加工のプロセスを有効に働かせるには、まず、自分の頭の中に「棚」を造ることである。ようするに、情報を整理して置いておく場所である。

 

<サーバースペースから情報を抽出する私の方法>

・じつは、私は、10年ほど前から新聞を購読していない。新聞は、一面トップの記事の決め方など、紙面での取り扱いによって、情報をいくらでも操作できるからだ。

 

私は、新聞ばかりかテレビのニュースも見ない。とくに、NHKのニュースが人畜無害でなんの役にも立たないので、まったく見ない。

 

・雑誌はというと、これはあえて編集方針に偏りがあるものばかりを購読する。

 

・では、ニュースや情報はどこから仕入れているのかと言えば、それはほとんどがサイバースペースからだ。

 

・私は、「世界経済」「日本経済」「地方自治の動向」「重要な国の地政学的な変化」など、自分が興味を持ち必要と思われるカテゴリー別にRSS(ウェブ

 

上の記事や見出しを配信するシステム)を活用して、幅広い情報源から自動的に情報を収集する。

 

・具体的には、次のようなプロセスを踏む。

1、 RSSを使って毎日500、1週間で3500ほどの記事を読む。

 

2、毎週「自分の情報棚」に関係があるもの、重要だと思われるものをコピー&ペーストして、仕分けし、自分の情報管理に使っているメールアドレスと私のスタッフ全員に送る。

 

3、 スタッフがそれをパワーポイントでまとめて整理する。私は、もう一度読み直し、削ったり加えたり必要に応じてスタッフに分析の指示を出す。

 

4、 それを日曜夜に放送される「大前研一ライブ」で私が視聴者に向けて解説する。

 

5、さらに翌週、私が主宰する経営塾などの「エアキャンパス」というサイバークラスで、その情報についてディスカッションする。

 

・このように自分で加工して読み込んだ情報を4回見返すことを、私は、1998年の10月から10年間にわたって欠かさずに行ってきた。そのため、ほとんどの情報が記憶に残る。

 

・世界中どこに行っても、どんなテーマの取材中、講演の依頼を受けても、最新情報に自分なりの分析を加えた話ができるのは、このような自己流の情報活用術を実践してきたおかげだ。

 

サイバー道とは厳しいもの、が、慣れれば楽しいもの

 

 

『(SAPIO   2016.5)人間力の時代  (大前研一)』

 

 

 

<「0から1」の発想術を身につければ新しいビジネスのアイデアが次々生まれてくる>

・「無から有」を生み出すという意味の「ゼロイチ」「ゼロワン」という言葉が、ビジネスマンの間で注目されている。

 

・私は最近、興奮が止まらない。今ほどビジネスチャンスがあふれている時代はないと考えているからだ。

 

・なぜなら、スマホ・セントリック(スマートフォン中心)のエコシステム(生態系)が出現し、まさに「いつでも、どこでも、何でも、誰とでも、世界中で」つながるユビキタス社会が広がっているからだ。

 

・資金はクラウドファンディングで集めることができるし、人材はクラウドソーシングを利用すれば自社で抱える必要がない。大きなハードウェアを保有しなくても、使いたいだけコンピュータが使えるクラウドコンピューティングもある。つまり、発想ひとつで新しいビジネスを生み出せる時代が到来したのである。

 

・今の時代は「0から1」、すなわち「無から有」を生み出すチャンスが山ほどある。そういう時代に巡り合った若い人たちを、うらやましく思うくらいである。

 

・さらに、知識は蓄えるだけでは意味がない。「使ってナンボ」である。ビジネスにおいては具体的な商品やニーズを見ながら、自分が学んだ知識を駆使して自分の頭で考え、目の前の問題を解決していかねばならないのだ。

 

<コンビニに○○を置くと………>

・私ならこんなビジネスモデルを発想する。

 まず、顧客一人一人のありとあらゆるニーズに無料、ないしは安い月額料金で対応する「バーチャル・コンシェルジュ」を雇い、商品の取り置き、保管、配達はもとより、航空券や電車の切符、コンサートや映画のチケットなどの手配を請け負う。あるいは、コンビニでは取り扱っていない商品(たとえば家電など)も、ネットで最も安い店を検索して取り寄せるサービスを展開する。寿司や蕎麦やラーメンなどの出前を取りたい時は、近所で一番旨いと評価されている店を探して注文してあげる。そういうバーチャル・コンシェルジュ・サービスを展開すれば、既存の顧客の支出の半分以上を握ることができるだろうし、新たな顧客も獲得できるはずだ、

 

・IT弱者、サイバー弱者、スマホ弱者と言われている高齢者も、近くのコンビニに親しいコンシェルジュがいれば、その人を介することで各種のネットサービスやネット通販などを安心・安全に利用することができるだろう。地域の人々に頼りにされる有能なバーチャル・コンシェルジュなら、時給3000円払っても十分ペイすると思う。これは顧客の会費で簡単に賄うことができるはずだ。

 

 

 

『稼ぐ力』

仕事がなくなる時代の新しい働き方

大前研一   小学館    2013/9/5

 

 

<韓国やドイツに学ぶグローバル化の“起爆剤”>

・まず韓国では、1997年のアジア通貨危機の際、IMF国際通貨基金)の管理下に置かれた屈辱から、国策でグローバル化を推進したのに合わせて、サムスンや現代などの大企業が英語力を昇進の条件にした。たとえばサムスンはTOEICで990点満点中900点を入社、920点を課長昇進のラインにした。これに大学側も呼応し、難関校のひとつの高麗大学では受験資格を800点、卒業条件に半年以上の海外留学経験を設け、英語の重要性をアピールした。

 

・憧れの企業・大学がつけた火に、わが子の将来の安定を願う保護者が機敏に反応し、英語学習熱が燃え広がった。英語試験の超難化で受験生の激減が懸念された高麗大学には、前年の倍の受験生が押しかけた。この保護者パワーに圧倒されるように、高校や中学も英語教育に力を入れ、国全体が英語力アップに突き進んだのである。

 この間、わずか10年。現在、ソウル国立大学や私が教鞭を執る高麗大学梨花女子大学では、英語で講義をし、学生との質疑応答もすべて英語である。

 

・日本でも今後、楽天ファストリの成果を待つまでもなく、トヨタ自動車やキャノン、パナソニックのような世界企業が英語を社内公用語に規定する決断を下せば、雪崩を打つような英語ブームが巻き起こるに違いない。

 

<墓穴を掘った「トラスト・ミー」>

・ところで日本人の大いなる勘違いとして根強くあるのだが、「英語がよくできる」=「ネィティブのように喋れる」というイメージだ。この固定観念ゆえに欧米人に対して無用のコンプレックスを抱き、面と向かうと借りてきた猫のように萎縮してしまう。私に言わせれば“悲しき誤解”もいいところで、今や世界の標準語は英語ではなく、文法も発音も不正確なブロークン・イングリッシュだと思ったほうがよい。

 

・インドに行けばインド独特の、シンガポールにはシンガポール独特の(「シングリッシュ」と呼ばれる)ブロークン・イングリッシュがある。

 

<身につけるべきは「成果を出す」ための英語>

・こうした正しいニュアンスを含め、日本人とビジネスパーソンが身につけるべき英語とは、「プラクティカル・イングリッシュ」である。「プラクティカル(実践的)」とはすなわち、「成果を出す」ということだ。

 

<慣れない英語で結果を出す「4つの秘訣」>

・1つ目は、当然のことだが、相手の感情を不必要に害するような表現を使わないこと。

 

2つ目は、相手のやる気や自分に対する共感を引き出すこと。

 

3つ目は前任者との違いを行動で示すこと。これが最も大事である。

 

4つ目は、自分の“特技”を披露するなどして人間として親近感を持ってもらうこと。私の場合、けん玉の妙技を見せたところ、面識のない相手でも一気に距離が縮まった経験がある。芸は身を助く、は本当だ。

 

<相手の国を知り、文化を理解する>

・そしてニュアンスが皮膚感覚でわかれば、ブロークン・イングリッシュでも十分なのである。だから日本企業も、英語の社内公用語化は入り口にすぎず、これからは、海外勤務歴や現地での実績を昇進や査定の大きな評価基準にしていくことが求められるだろう。

 

<リスニングは“ながら族”、スピ―キングは“実況中継”――一人でもできる3つの学習法>

<「和文英訳」は英語じゃない>

・日本人は中学・高校で6年、大学も入れれば10年の長きにわたって英語を学ぶ。世界で最も長い学習時間を費やしているにもかかわらず、これほど英語を苦手とするのはなぜなのか?その原因は、日本の英語教育に浸透している3つの“勘違い”に起因する。誤った学習法として銘記されたい。

 1つは、英語力は「和文英訳」「英文和訳」できる能力だという勘違いだ。だが極端な話、和文英訳(された栄文)は、英語ではないと思ったほうがよい。和文を英訳してみたところで、「そんな英語表現はあり得ない」というものがゴマンとある。

 

<「減点教育法」では英語は身につかない>

・極めつきは“減点教育法”だ。英語教師はスペルやカンマ、大文字や小文字などのミスを理由に不正解とするが、この採点法が生徒から学ぶ意欲を奪うのである。

 

<「1年間・500時間」が分岐点>

・海外を相手にビジネスをする、あるいは社内で外国人と問題なく仕事を進めるためには、最低でも、TOEICなら700点は欲しい。そのための学習法は、すでに600点台以上のスコアを有する場合とそうでない場合とで大きく分かれる。

 まず、600点台に達していない場合、やるべきことは2つ。語彙や文法など、基本をしっかり覚えることと徹底的にリスニングをすることに尽きる。これに1年間で500時間を充てる。

 

<「秋葉原でボランティア」が一番安上り>

・では、600点以上のスコアに達した人は、次に何をすべきか?まずスコアを上げるという観点からのアドバイスは、市販のTOEIC攻略本で出題傾向や解答テクニックを獲得することである。

 

・もし社内や近所に英語を話す外国人がいれば、積極的にお茶や食事に誘って、英語を使う機会を増やすことだ。

 

<「問題解決」を行う学習法を>

・さらに、1人でもできる学習法として3つのことを勧めたい。1つ目は、とにかく英語に耳を鳴らすこと。赤ちゃんが3歳になる頃には自然と母国語を話せるようになるのは、意味がわからなくても親の話す言葉を毎日聞いているからだ。この万国共通の原則に倣い、自宅にいる時はテレビでBBCやCNNをつけっ放しにしておくのがよい。

 

<英語の「論理」と「ニュアンス」を理解せよ――日本人が海外でビジネスで成功する条件――>

<欧米人は「Yes」「No」が明確――とは限らない>

・英語はあくまでも信頼関係を築き「結果を出す」ためのコミュニケーションの道具に過ぎない。それでは本当の“世界共通の言語”は何かというと、実は「論理(ロジック)」である。ロジックとは、客観的なデータや分析に裏打ちされた、思考の道筋である。

 

<「社内公用語化」の副次的効果>

・その言語体系の違いから、英語は論理的に考える上で、日本語よりも適している。実はここに英語の「社内公用語化」の副次的効果がある。

 

<英語に不可欠な「婉曲表現」>

ベンチマーク(指標)を明確にせよ>

・私のところに来ているTOEICで900点以上を取っている人の半数以上が、ビジネスの現場での会話に自信がない、と言っている。

 

<ロジカル・シンキングの次に問われる“第3の能力”――IQではなく心のこもったEQ的表現を目指せ――>

 

<官僚の採用試験にも「TOEFL」>

・政府もキャリア官僚の採用試験に、2015年度からTOEFLなどの英語力試験を導入する方針を固めた、と報じられた。

 

・しかし日本では、英語力試験としては留学向けのTOEFLよりも、主にビジネス向けのTOEICのほうが一般的だ。

 

<英語学習にも“筋トレ”が必要>

・TOEFLとTOEICは、どちらも同じアメリカの英語力試験だが、かなり大きな違いがある。TOEFLは英語力だけでなく、英語を使って論理思考ができるかどうかを見るための試験である。かたやTOEICはリスニングとリーディングで英語によるコミュニケーション能力を判定するための試験だ。つまり、そもそも目的が異なり、そこで試されるものも自ずと異なるわけで、「英語で考える力」が求められるTOEFLは、日本人は非常に苦手にしているし、アメリカ人でも良い成績を取れる人は少ない。

 

<EQ(心の知能指数)を表現できる能力>

・たとえば、M&Aで海外の企業を買収する交渉、あるいは現地の工場を1つ閉鎖してこなければならないといった仕事の場合、「TOEIC的な英語力」と「和文英訳・英文和訳」に熟達しているだけでは不可能だ。

 

・そのためには、自分の気持ちの微妙なニュアンスまで正確に伝える能力、言い換えればEQ(心の知能指数)を英語で表現できる能力が必要だ。

 

<ユーモア溢れるバフェット流の表現力に学ぶ>

・この3番目の問題を認識して対策を講じないまま、単にTOEFLやTOEICを採用試験や大学受験に導入しても、対外交渉で“撃沈”する日本人を量産するだけである。真のグローバル人材育成には、もう少しEQの研究をしてから提言をまとめてもらいたいと思う。

 

 

 

『闘う政治』   手綱を握って馬に乗れ

長妻昭     講談社  2008/9/18

 

 

民間企業の常識と、永田町や霞が関の常識が余りにもかけ離れている

・35歳、生まれてはじめて献金をいただいたとき、驚き、そして感動した。政治家は信用できない職業―。政治家を目指す中で、そんな視線を感じていたからだ。

 

・勤勉で、真面目に税金を払っている皆様の顔を見ると、税金をドブに捨てている日本の現状に、申し訳ない気持ちで一杯になる。

 

・私は、大学卒業後、日本電気に入社し、大型コンピューターの営業マンとなった。そこで経験した民間企業の常識と、永田町や霞が関の常識が余りにもかけ離れている。この思いが私の政治活動の原点だ。

 

・その後、経済誌である『日経ビジネス』の記者に転職し、経済・政治全般を鳥瞰する機会を得た。

 

評論家である大前研一氏が立ち上げた、市民団体「平成維新の会」の事務局長代理を務めた後、衆院選での一度の落選を経て、2000年に民主党衆議院議員になった。親が政治家でもなく、一からの選挙戦だった。

 

・日本の統治機構の問題点を痛感した。「こんなことが許されていいのか?」と怒鳴りたくなるような怒りと驚きの連続だった。この怒りと驚きが活動の原動力になっている。

 

・皆様の笑顔を願い、政府に対して、「徹底的な追求と提言」を繰り返すことで必ず道は開ける。

 

・初出馬から今も使っている私のキャッチフレーズは「もう、黙っちゃいられん!」だ。永田町の常識、霞が関の常識をひっくり返して、日本を変える。

 

<手綱を握って馬に乗れ>

・国会で総理や大臣から前向きな答弁を引き出しても、官僚は上司である局長や課長から直接指示がなければ、その答弁をほとんど無視する。局長も総理や大臣答弁すべてを実行するわけではなく、取捨選択をするのだ。

 

・現在の霞が関は、あくまで官僚組織のトップは事務次官・局長で、大臣、副大臣政務官はお客様扱いだ。大臣がいくら国会で答弁しようと役所は動かない。官僚は国会での総理や大臣の答弁はお飾り程度にしか考えていない。自分の担当分野の国会答弁すら聞いていない。それを許す政権政党も情けない。暴走する官、それをコントロールできない政治。今の政権政党は、「手綱を握らず馬に乗っている」状態である。統治機構の欠陥に輪をかけるのが、問題先送り政治だ。

 

・日本には国の中心に、税金浪費を自動的に生み出す代表的な5つのシステムが埋めこまれている。官僚の通常業務の中で浪費が積み上がっている。先進7カ国を調査すると、これほどの浪費システムを抱える国は他にない。

 日本の財政を立て直し、社会保障の財源を確保するためにも、まず、税金浪費システムに徹底的にメスを入れ、浮いた財源を社会保障に回すことを実行しなければならない。

 

・民衆の湧き上がる力で獲得したというよりも、明治維新や敗戦によって、上から与えられた民主主義ではなかったか。しかも、主権者たる国民が官僚をコントロールできないという疑似民主主義だ。

 

<なぜ、私は闘うのか><官僚との大戦争―「消えた年金」「居酒屋タクシー」の本質><「不安をあおるな」と言われて>

・権力に驕り、実体把握ができない官僚と、官僚から上がる報告を鵜呑みにする政治。日本は誰が最終責任者なのか。この言い知れぬ不安が、私を政治家へと進ませた。

 

・日本は、数限りない役所の不始末の尻拭いに、国会で取り組まざるを得ない国だ。役所が国民の信頼を得て、しっかりした仕事をしていれば、国会で問題にするまでもない。

 

年金問題の本質>

・2回目に「不安をあおるな」という趣旨の言葉を受けたのは、「消えた年金」問題の国会審議だ。

 

政治に情報を上げない官僚、それをチェックできずに放置する政治。日本は統治機構に欠陥があり、官僚をコントロールできす、責任者が不在のまま国が運営されている。

 

・二つの保障、社会保障と安全保障は、国家の礎だ。社会保障の代表格である年金の信頼が崩れ去ろうとしているとき、なぜ、政治主導で国家プロジェクトとして「消えた年金」問題の解決に取り組まないのか、人、モノ、カネを集中投下して短期間のうちに一定の成果を上げるのだ。

 

<結果として官尊民卑が続いている>

・例を挙げればキリがないが、先進国でこれほど官尊民卑の国はないのではないか。

 

<これが霞が関だ>

社会保険庁に何度も調査要請をした結果、基礎年金番号に統合されていない宙に浮いた記録が、65歳以上で2300万件あることがはじめて判明した。5000万件の内数だ。

 

・最終的に「資料を出さないと委員会を止める」という言葉が効いた。官僚は野党議員をバカにしているが、委員会が止まって大臣や役所に迷惑がかかることは恐れる。自分の出世に影響するからだ。

 

民主党の予備的調査要請によって、宙に浮いた記録は全体で5000万件という数字が公式に発表されて、政府は、特殊事例という弁解を撤回せざるを得なくなった。

 

・日本は異常だ。これほど行政情報が表に出ない先進国はないのではないか。野党議員に資料をどんどん提出すると、官僚は評価が下がり出世に差し支えるらしい。

 

・あらゆる制度に関して、公務員だけ特別の制度は止めて、官民とも同じ制度にしなければならない。

 

<「官僚vs.政治家」はおかしくないか>

・日本は統治機構に欠陥がある。官僚をコントロールできていない状態なのだ。問題は官僚の暴走を許している政治の側にある。単なる官僚批判だけで終わらせてはならない。

 

・大臣がたった一人で何ができるというのだ。現在、副大臣政務官が複数いるが、「盲腸」と揶揄されるように権限が明確に規定されておらず、宙に浮いている。「官僚vs.政治家、仁義なき戦いがはじまった」「官僚と政治家、どっちが勝つか」こんな評論も多い。他の先進国から見たら噴飯ものだ。

 

・社長と部下連中がいつも戦っている会社があれば、即刻倒産している。この意味からも日本は企業であればすでに倒産している状態である。

 

<死人が出る?>

・長年の一党支配の中で、官僚と政治家の間に多くの貸し借り関係ができて、もたれ合いの共存関係になってしまった。

 

<ミイラ取りがミイラに>

・しかし、現状では、「行政を監視・監督せよ」と送りだされた総理や大臣は「ミイラ取りがミイラ」になってしまっている。つまり、行政をコントロールするべく送り込まれたのに、いつのまにか、行政にコントロールされ、行政を擁護する側に回ってしまうのだ。

 

「政治家が官僚をコントロールする」-これが日本政治最大の課題だ

<暴走し続ける官に政治家や議会が歯止めをかけられる仕組みを取り入れるべきだ>

明治維新以来、旧帝国陸軍をはじめとする軍部を政治家や国民がコントロールできない、現在に似た状況だ

 

温存される税金浪費システム

日本には他の先進国では見られない、税金や保険料の浪費を自動的に発生させるシステムが国の中心に埋め込まれている。たまたま問題ある部署があって浪費した、ではなく、日々の仕事の中で浪費が積み上がる仕組みができあがっている。

 浪費であるか、浪費でないかは、価値の問題だという人がいるとすれば、「増税してまでする必要のない支出」と言い換えてもいいだろう。

 

・この浪費システムの代表例5つのイニシャルをとると「HAT-KZ」、ハットカズ・システムとなる。

 

H=ひも付き補助金システム

A=天下りあっ旋・仲介システム

T=特別会計システム

K=官製談合システム

Z=随意契約システム

結論から言えば、先進7ヵ国を見ると日本ほどの浪費システムはない。

 

機械が生み出した富を労働者に分配する手段として一部の識者が提唱しているのが、全員に基礎的な生活費を一律支給するベーシック・インカム制度である。(2)

 

 

『世界一訪れたい日本のつくりかた』  新観光立国論

デービッド・アトキンソン 東洋経済新報社  2017/7/7

 

 

日本は「世界一訪れたい国」になるポテンシャルがある

<「日本には世界に誇る底力がある」>

・2013年に1036万人だった訪日外国人観光客は、わずか3年後の2016年には2404万人にまで激増しました。

 

・しかし、ここから2020年に4000万人、2030年に6000万人を迎えるためには、今までとは次元の異なる、さらに高いレベルの戦略が必要になります。

 

<観光はもっとも「希望のある産業」である>

<観光で稼ぐのは「世界の常識」>

<「5つ星ホテル」が足りない日本>

・このホテル問題が非常に深刻だということは、世界のデータを見れば明らかです。ここでさらに分析を進めていくと、『5つ星ホテル』の重要性が浮かび上がります。

 

・国別にインバウンドの外国人観光客数と「5つ星ホテル」数の相関関係を見てみると、相関係数は68.1%。集客にも大きな影響があることがうかがえます。

 

・しかし、それより注目すべきは、外国人観光客が落としてくれるお金、国際観光収入との関係です。

 もちろん、高いホテル代を支払ってくれる観光客が来れば来るほど単価が上がりますので、人数より収入が先行して増加するのはあたりまえなのですが、それでも計算してみると、5つ星ホテルの数とその国の観光収入との間に、なんと91.1%という驚きの相関関係が見られました。

 ここから浮かび上がるのは、観光戦略の成否は「5つ星のホテル」によって決まると言っても過言ではないという事実です。

 

<世界の観光収入の16.5%を稼ぐアメリカ>

・いつも申し上げているように、外国人観光客をたくさん呼ぶことも大事ですが、国際観光収入を上げていくことが「観光立国」になる最短ルートです。観光客1人あたりが落とすお金を最大化していくことで、観光を大きな産業へと成長させることができ、そのお金が社会へ還流するというモデルです。

 

・その最たる例が、アメリカやカリブ海の島国、タイなどです。

 アメリカは、国際観光客数で見ると世界一のフランスに及ばず第2位というポジションで、全世界の国際観光客数に占める訪米外国人観光客の比率は6.7%です。しかし、国際観光収入で見るとフランス(第4位)に大きく水をあけて、アメリカは世界一となっています。

 

・アメリカはなんと、6.7%の観光客から、世界の観光収入の16.5%を稼いでいるのです。

 つまりアメリカは、もちろん観光客数も多いのですが、それ以上に外国人観光客にお金を落とさせているのです。なぜアメリカは外国人観光客にここまでうまくお金を落とさせているのでしょうか。

 それを分析していくと、先述した観光収入と「5つ星ホテル」の数の関係がカギのひとつとなっていることがわかります。

 

・アメリカにはなんと755軒もの「5つ星ホテル」があります。これは全世界の「5つ星ホテル」の23.3%を占め、断トツの世界一です。外国人観光客1人あたりの観光収入で見ると世界第6位。この高い水準は、高級ホテルの圧倒的な多さが生み出している可能性があるのです。

 一方、観光大国のフランスには、「5つ星ホテル」は125軒しかありません。なぜ世界一外国人観光客が訪れているにもかかわらず、1人あたりの観光客収入が世界第108位なのかという疑問の答えのひとつが、このあたりにあるのは明らかです。

 

日本には「5つ星ホテル」が足りない

・ちなみに、外国人観光客1人あたりの観光収入が世界第46位の日本には、Five Star Allianceに登録されている「5つ星ホテル」はわずか28軒しかありません。世界第22位です。

 

・ここで注目すべき国はタイです。タイを訪れる外国人観光客が落とす金額の平均は、世界第26位。ドル換算で、日本より物価がかなり安いにもかかわらず、日本の第46位よりもかなり高い順位なのです。

 その理由のひとつはやはり、「5つ星ホテル」の数です。日本の28軒に対し、タイには110軒の「5つ星ホテル」があります。

 

日本に必要な「5つ星ホテル」数はいくつなのか

・では、日本にはいったい何軒の「5つ星ホテル」が必要なのでしょうか。

 2020年の4000万人、2030年の6000万人という目標を、世界平均である「5つ星ホテル」1軒あたりの外国人観光客35万5090人で割ると、2020年には113軒、2030年には169軒の「5つ星ホテル」がなくてはならない試算となります。

 外国人観光客が2900万人訪れているタイに110軒、3200万人訪れているメキシコに93軒あることから考えると、まったく違和感のない数字ですが、今の日本にはその3分の1にも満たない数しかないというのは、かなり深刻な事態ではないでしょうか。

 

・「高級ホテル」を常宿にしているような富裕層たちは、プライベート・ジェット機で世界を飛び回ります。「5つ星ホテル」が世界一多いアメリカは、1万9153機と断トツですが、他にもドイツ、フランス、イギリスなど、世界の「観光大国」が並んでいるのです。

 一方、日本はどうかというと、57機しかありません。

 

日本は航空交通インフラが不足している

・WEFによると、日本の航行交通インフラのランキングは世界第18位で、他の観光大国に比べてやや低く出ていることです。その要因を見ると、1000人あたりの機材数が少なく、空港の密度が薄いことが見えてきます。

 これは、一般のイメージとは真逆ではないでしょうか。人口比で見ると、実は日本は「空港が少ない国」なのです。この事実と、プライベート・ジェット機の受け入れが少ない点は、無関係ではないでしょう。

 

・同様に、クルーズ船の受け入れ体制を充実させることも大切です。

 日本は陸上交通と港湾インフラのランキングが世界第10位ですが、それは鉄道のすばらしさを反映した順位で、港湾の質だけで見ると第22位にとどまります。2020年の4000万人のうち、500万人をクルーズで誘致するという政府の計画を実現するためには、このランキングを高める必要があるでしょう。

 

ホテルの単価向上は2030年目標達成に不可欠

・前著『新・観光立国論』でも、日本には世界の富裕層たちが宿泊して、そのサービスに満足してお金を落としていく「高級ホテル」がないということを、データに基づいて指摘させていただきました。

 日本国内で「高級ホテル」と呼ばれているニューオータニや帝国ホテルは、たしかに品質の高いサービスを提供していますが、一方で世界の高級ホテルと比較するとあまりにも「単価」が低すぎるのです。

 

・2020年の8兆円、2030年の15兆円という観光収入の目標を達成していくためにも、これまで日本の観光業がほとんど意識してこなかった、1泊10万円以上を支払うことに抵抗のない「上客」への対応をしていく必要があると申し上げているのです。

 

日本のホテルが抱える2つの大問題

・ここから見えてくるのは、日本のホテル業がはらむ2つの大きな問題です。

 まず、1泊10万円以上を払う「上客」をどう招致して、どういうサービスを提供すればよいかがわからないということです。日本のホテルは長く、日本の観光市場だけを向いてきたので、このような「上客」が世界にはたくさんいるという現実すら把握していないところも多いようです。

 もうひとつは、日本のホテル関係者の多くが、高級ホテルとは「施設のグレードが高い」ホテルのことだって思っていて、ハードとソフトと価格の関係を十分に理解していないという問題です。

 

IRこそ「価格の多様化」の最終兵器

・このような「上客」対応の観光戦略を進めていくうえで有効な手段のひとつが「IR」(カジノを含む統合リゾート)です。

 なぜならIRは、足りない85軒の「5つ星ホテル」をどうファイナンスして、建てたあとそれが成立するようにどう観光客を誘致するかという課題の解決策になりうるからです。IRについては、この視点から真剣に考えるべきだと思います。

 

・IRとは、高級ホテル、国際会議場、高級ブランドなどを扱うショッピングモール、シアター、コンサートホール、アミューズメントパーク、そしてカジノがすべてひとつにまとまった超巨大リゾート施設のことで、日本政府も観光戦略の一環として本格的に導入を検討しています。

2016年12月の国会でIR推進法が通貨したのも、まだ記憶に新しいことでしょう。

 マカオシンガポールの観光収入が際立って高いのは、この{IR}によって世界の「超富裕層」にしっかりとお金を落とさせているからです。

 

・つまり、「IR」というのは、まったくお金を落としたくない観光客から高品質なサービスを受けるためなら金に糸目をつけない「上客」までさまざまな層が楽しむことができる。「価格の多様性」を実現した観光施設だと言えるのです。

 

「カジノなしのIR」が非現実的なわけ

・このような話をすると、「IR」の機能は非常に素晴らしいのでぜひやるべきだが、そこに「カジノ」があるとギャンブル依存症の増加や治安悪化が懸念されるので、「カジノなしのIR」をつくるべきだと主張される方がいますが、それは不可能です。

 マリーナベイサンズのようなIRの豪華な施設の建設費、それを運営していくための費用は、実は全体敷地面積のわずか5%未満のカジノフロアの収益がたたきだしています。カジノは、いわば超巨大リゾートの「集金エンジン」なのです。

 

・だったら、「カジノ」に頼らなくても運営できる、適切な規模のIRをつくればいいと思うかもしれませんが、それでは「価格の多様性」をもつという観光戦略を推進できるような設備にはなりませんし、何よりも国際競争に勝つことができません。

 

 

 

デービッド・アトキンソン  新・所得倍増論』

潜在能力を活かせない「日本病」の正体と処方箋

デービッド・アトキンソン    東洋経済新報社   2016/12/22

 

 

 

日本は先進国でもっとも生産性が低く、もっとも貧困率が高い

・皆さんが学校でこんなに熱心に勉強して、塾にも通って、就職してからも毎日長い時間を会社で過ごし、有給休暇もほとんど消化せず、一生懸命働いているのに、「生産性は世界第27位」と言われて、悔しくないですか。先進国最下位の生産性と言われて、悔しくないですか。私は、悔しいです。日本はこの程度の国ではありません。やるべきことをやり、潜在能力をいかんなく発揮すれば、「所得倍増」「GDP1.5倍」は必ずや実現できます。

 

・もうひとつは、経営者と政府との間に、意識と方向性、モチベーションの大きな乖離が生まれており、その認識がいまだに不十分だということです。安倍政権は日本が抱えるさまざまな問題を解決しようと、「GDPを増やしてほしい、賃金を上げてほしい、頑張ってほしい」と仰っています。しかし、現状では経営者にとって国の借金問題や貧困率は他人事です。年金問題、医療費問題も定年後の労働者の問題であって、経営者の問題でもありません。仮にGDPが安倍政権の目標である600兆円にならなくても、経営者にとっては何のリスクもありません。だからこそ、アベノミクスの効果はまだ十分に出ていないのです。

 

なぜ生産性はこれほど低いのか

・生産性の問題は、国にとってきわめて深刻な問題のひとつです。

 日本は、1990年、世界第10位の生産性を誇っていましたが、今では先進国最下位です。労働者ベースで見てもスペインやイタリアより低く、全人口ベースでは世界第27位です。1990年には韓国の2.4倍も高かった生産性が、今は1.04倍まで低下しています。

 

なぜ、そうなったのでしょうか。これにも、2つの原因があると思います。ひとつは、日本は世界ランキングに酔いしれて、実態が見えていない傾向があるということです。厳しい言い方をすれば「妄想」に浮かされているのです。

 日本は、一見するとすばらしい実績を上げているように見えます。たとえば世界第3位のGDP総額、世界第3位の製造業生産額、世界第4位の輸出額、世界第6位のノーベル賞受賞数――枚挙にいとまがありません。

 しかし、これらすべては日本の人口が多いことと深く関係しています。本来持っている日本人の潜在能力に比べると、まったく不十分な水準なのです。潜在能力を発揮できているかどうかは、絶対数のランキングではなく、「1人あたり」で見るべきです。それで見ると、1人あたりGDPは世界第27位、1人あたり輸出額は世界第44位、1人あたりノーベル賞受賞数は世界第39位、潜在能力に比べて明らかに低すぎる水準です。

 

・分析してみてわかるのは、日本型資本主義は1977年以降、基本的には人口激増による人口ボーナスの恩恵を受けながら伸びてきた経済モデルだということです。1990年代に入ってから、日本型資本主義の基礎であった人口増が人口減に転じたことで、日本経済のあり方を全面的に変える必要がありましたが、いまだにその意識は足りないと感じます。だからこそ、経済は停滞したままです。

 

経営者の意識を変えれば問題は解決する

・このような状況であれば、人口増がストップすれば、GDPは増加しづらくなります。経営者は自然に増えるGDPを効率よく捌くのではなくて、本当の意味での賢い経営戦略によってGDPを上げていかないといけません。今までの受け身の経営では、賃金は上がりませんし、600兆円のGDPも実現できません。

 生産性を上げるのは、労働者ではなく経営者の責任です。世界一有能な労働者から先進国最低の生産性を発揮させていないという日本の経営の現状は、いかに現行の日本型資本主義が破綻しているかを意味しています。この経営者の意識改革は、喫緊の課題です。

 幸いにも、日本人労働者の高スキル比率は世界一高いという事実があります。質が最高であるにもかかわらず、先進国の中で生産性が一番低いということは、「伸びしろ」がいくらでもあるということです。

 とりわけ、日本とアメリカの生産性の格差のうち、45%は日本人女性の年収の低さに起因していることが本書の分析でわかりました。移民を迎えるかどうかを議論する前に、女性社員の働かせ方を含めた、労働者全体の生産性問題を早急に見直すべきでしょう。

 

<政府が経営者に「時価総額向上」のプレッシャーをかける>

・海外の分析では、特に1980年以降、上場企業の経営者にプレッシャーをかけて株価を上げさせることで、GDPを増やせることが証明されています。

 これまで日本の経営者、マスコミ、政府までもが、上場企業の時価総額を拡大させることに積極的ではありませんでした。特に、経営者は株式相場という、他者による評価を徹底的に否定してきました。

 

・そこで日本政府に求められるのは、経営者が自らGDP増加に貢献しない場合、経営者という職を失う危険性を感じさせることです。それには公的年金などを通じて、経営者に対して「継続的に時価総額を増やせ」と迫ることが必要でしょう。従来のシェアホルダー・アクティビズムを防止する立場から、逆に政府自体がシェアホルダー・アクティビズムの政策を実施することです。

 

<GDPは1.5倍の770兆円に、平均所得は倍増>

・日本はこの20年間、「日本型資本主義の」の下で損ばかりしています。これを変えることによるマイナスの影響は、もはやないと思います。

 日本はまだまだ、「成熟国家」ではありません。海外で立証された理論通りの経営をすれば、GDP770兆円、輸出額160兆円、農産物輸出8兆円という素晴らしい経済の繁栄が持っています。所得倍増も、決して夢の話ではありません。とくに女性の所得は、計算上2倍以上の増加率になります。税収も75兆円の増加が見込まれます。

 

<表面的に見るとすごい国、日本>

<高いセ世界ランキングの原動力は何か>

・このような世界ランキングでの高い評価がゆえ、その原動力を説明しようと、マスコミは技術大国、勤勉な労働者、社会秩序、教育制度、完璧主義、職人気質、ものづくりなどを取り上げてきました。しかし、「これだ!」という決定的な解説には、いまだに出会ったことがありません。

 

<日本経済の実績を「人口」と「生産性」に分けて考える>

・技術力や国民の教育など、ベースの部分では大きな差異のない先進国において、GDPランキングは主に「人口」に左右されます。これは動かしがたい事実です。

 

<先進国GDPランキングは98%、人口要因で説明できる>

・そこで、あらためて日本の生産性を見てみましょう。

 先進国のGDP総額の順位はアメリカ、日本、ドイツ、イギリス、フランス、イタリア、カナダ、韓国、オーストラリア、スペイン、オランダ、スイス、台湾、スウェーデンと続きます。これはあくまでも、1人あたり生産性が2万5000ドル以上の国に限定したランキングです。

 このランキングに出てくる国のGDPと人口の相関をとると、実に98%という高い相関係数が見られました。

 

<中国は人口で世界第2位の経済大国になった>

・ここには大事なポイントがある気がします。日本の一部マスコミは「中国の繁栄はバブルで、やがて崩壊する」「中国の経済成長には実体がない」などと批判していますが、これは日本人の多くが、「経済大国=技術力や勤勉さ」など、その国の人々の資質や社会が影響していると勘違いしているからでしょう。

 中国の14億人という人口は揺るぎない事実です。そして「経済大国=人口」ということをふまえれば、中国の経済の「絶対量」が日本を追い抜かして世界第2位になるのは当然です。

 

<潜在能力の発揮度合いは「1人あたり」で見るべき>

<実はイタリア、スペインより低い日本の生産性>

・実際、国連が各国の「労働人口比率」と、そのうちの実際に仕事に就いている人の比率を出していますので、それを用いて、各国の特殊要因を調整することができます。この数値で各国のGDPを割ってみると、日本の労働人口1人あたりGDPのランキングは「第27位」よりもさらに低下します。先進国の中では、イタリアやスペインを下回って、一流先進国とは言い難いギリシアより多少上になるくらいでした。

 

<日本の生産性は全米50位のミシシッピ州より多少高い程度>

・日本の生産性は、アメリカの全50州の第49位と第50位の間、ミシシッピ州より少しだけ高いくらいです。

 

<輸出額は世界第4位、でも1人あたりで見ると「世界第44位」>

・なかでも、世界から「技術大国」という評価を受けているドイツと比較するのが妥当だと思われます。

 そうなると、先ほども申し上げたように、日本の人口はドイツの1.57倍なのに、輸出額はドイツの48.3%しかありません。1人あたり輸出額で見ると、日本はドイツの3分の1ほどです。他の欧州各国の1人当たり輸出額も、日本とアメリカのかなり上をいっています。

 

・テレビでは「日本の技術は世界一」だとふれまわっています。さらに、「ものづくり大国」として単純に技術力が高いだけではなく、日本人の給料も先進国の中でかなり割安になっています。さまざまな面で優位性がありますので、理屈としては輸出額がかなり高い水準にあるはずです。

 

・しかし、現実はそうなっていません。マスコミや評論家の皆さんが声高に主張されているように、日本が世界に誇る技術大国であれば、このようなポジションであるはずはないのです。ひとつだけはっきりと断言できるのは、「日本の技術は世界一」という意識と、輸出額という現実の間にはあまりにも大きなギャップがあり、多くの日本人はそのギャップが存在することにすら気づいていないということです。

 

<研究開発費は世界第3位で、でも1人あたりで見ると「世界第10位」>

・では、少し視点を変えて、「1人あたり」で考えてみましょう。日本の1人あたり研究開発費は1344.3ドルで、世界10位。ドイツの1313.5ドルイドとほぼ同じとなっています。アメリカは1人あたりで見ると世界第5位です。

 

<「移民政策」は、やるべきことから目を背けるための言い訳>

・高学歴の移民は、移住する国の経済が成長して、その豊かな社会の中で自分が自国より出世できる、社会的地位を得ることができる国を好みます。では日本がそうかと言うと、さまざまな問題があります。まず大きいのは、言葉の問題です。日本語は苦労して習得しても、日本以外ではほとんど使うことのない言語です。社会制度もかなりわかりづらいです。では、そのような高いハードルを上回る魅力が日本の労働市場にあるのかと言うと、これも疑問です。

 

<日本の生産性が低いのは経営者の「経営ミス」>

・高い潜在能力を持つ日本が生産性を高めることができなかったのは、はっきり言って「経営ミス」だと私は思っています。労働者が自ら進んで生産性を上げるということはほぼあり得ず、生産性向上は、経営者によってなされるのが常識だからです。そういう努力を怠ってきた日本の経営者が、人が足りないからと、社会に大変な負担となる移民を増やし、経済を支えようと考えていることには、まったく賛同できません。

 これはどう考えても、1990年からの経営ミスに続く、致命的な経営ミスになる可能性がきわめて高いのです。

 

・未開拓の労働市場とは、女性の活用です。今の経営者は、男性が減っている分を女性で補填しているだけで、生産性を高めようという意識は見受けられません。それは女性に払っている給料が上がっていないことからも明らかです。うがった見方をすれば、経営者は生産性の低い今の制度を維持しようとして、やるべきことを避けている印象すら受けます。移民政策もその延長線であれば、それはあまりにも無責任な選択であると感じます。

 

「失われた20年」は十分予想できた

・繰り返しになりますが、GDPは「人口×生産性」ですので、人口が増えず、生産性も改善されなければ当然、GDPは伸びません。人口が増えている国や、生産性が上がっている国と比較すれば、相対的に悪化していきます。

 つまり、「失われた20年」は、実ははじめから予想できたことなのです。

 

<政策目標は「上場企業の時価総額」>

・では、どのように東京の生産性を上げていくべきでしょうか。東京の生産性は、首都に集中している大企業、上場企業などの影響が大きいことは言うまでもありません。まずはこのあたりの生産性をどれだけ上げることができるのかがカギとなってきます。もちろん、そこには本書で非効率さを指摘してきたメガバンクなども含まれます。

 

・私は、公的年金の活用こそが、この問題を解決するもっとも有効な手法だと考えています。

 安倍政権になってから、公的年金は運用を見直し、株式の比率を高めてきました。現状では海外株が多いですが、国内株比率をもっと上げていくこともできるでしょう。ここで大切なポイントは、せっかくの公的年金の資金を、株を買い支えて株価を維持するために使ってはもったいないということです。

 

・政府は、GPIF(年金積立金管独立行政法人)のファンドマネジャーに対して、運用利回りを上げるようなプレッシャーを徹底的にかけていくべきです。そうすると、そのファンドマネジャーは年金を投資している各企業に対して、もっと時価総額を増やすようにプレッシャーをかけます。コスト削減や配当の引き上げだけでは株価は継続的には上がりませんので、拡大型経営戦略の下で積極的な投資を行うことによって株価を上げる努力を強制するのです。

 

<株価と設備投資の関係を示す4つの理論>

・1990年以降の日本の株式市場は、先進国の中でもっとも上がっていない相場です。世界全体の時価総額と日本の時価総額を比べると、日本の占めるシェアはどんどん縮小する一方です。

 

<日本の「潜在能力」をフルに活用するには>

日本人女性は、もっと「同一労働」をすべき

・生産性と密接な関係がありながらも、繊細なテーマがゆえ、あまり議論の俎上に乗らないもの。

 その筆頭が、男女の給料ギャップの問題です。海外との生産性ギャップのかなりの部分は、女性の賃金の低さで説明できます。日本では女性の労働参加率は上がっているのに、その賃金はほとんど上がっていません。これは、海外と比べても顕著な日本の特徴です。

 

・このように女性全体の収入や、男性に対する女性の収入比率がほとんど上がっていないにもかかわらず、日本では女性の参加比率だけは向上しています。労働者全体に占める女性比率が上がっているにもかかわらず、1人あたりの収入が増えていないというのは、非常に奇妙な現象です。

 男性の労働者が減っているかわりに女性の労働力が期待されている、あるいは、全体の労働者を減らさないために積極的に女性労働者を採用しているとすれば、女性の年収が上がらないというのは、まったく理屈に合いません。

 特に不可解なのは、女性の非正規労働者です。2005年の日本の労働者数は5008万人。2015年は5284万人と、10年間で276万人増加していますが、そのうち219万人は女性の非正規労働者の増加分です。これだけ多くの女性労働者が増えたにもかかわらず、日本の1人あたりのGDPは大きな改善を見せていません。逆に、女性参加率が高くなればなるほど、海外との生産性ギャップが拡大しています。これは、働く女性自身の問題ではなく、経営者の問題です。

 

・このように、アメリカの生産性が日本よりも大きく改善している理由のひとつに、アメリカ人女性の相対的な生産性改善があることは明らかです。細かく計算してみると、相対的な生産性改善のうち、なんと67.2%が女性の生産性改善によるものでした。

 

<女性に「甘い」日本経済>

・ただ、断っておきますが、私は日本の生産性が高くないことの「犯人」が女性たちだなどと言っているわけではありません。かといって、女性たちがやっている仕事が正しく評価されない、もっと給料を上げるべきだと言っているわけでもありません。これまでの分析でも、男女間の収入ギャップを、単純な給料水準の「差別」ととらえるのは妥当ではないことは明らかです。

 私がここで強調したいのは、日本社会の中で、女性に任されている仕事が、そもそも付加価値が低いものが多いのではないかということです。

 

・いずれにせよ、女性にも男性と同様の福祉制度を導入した以上、女性も同一労働をするという意識改革が必要です。この福祉制度を男性だけで維持するのは、限界に近い計算となっています。女性の生産性向上は不可欠なのです。

 日本で女性の労働者は全体の43%を占めています。その女性たちの生産性が高くないのであれば、日本の「第27位」という低い水準を説明できる大きな要因になります。私の試算では、日米の生産性の差額の45%は、女性の生産性の違いによって説明できます。

 

機械が生み出した富を労働者に分配する手段として一部の識者が提唱しているのが、全員に基礎的な生活費を一律支給するベーシック・インカム制度である。(1)

 

『ポスト新産業革命

「人口減少」×「AI」が変える経済と仕事の教科書

加谷珪一   CCCメディアハウス  2018/3/9

 

 

 

<2025年問題!!>

・超高齢化社会、商業銀行消滅、キャッシュレス化する日本、

出生率を上げると、日本は破滅する⁉ 仮想通貨経済圏が出現⁉

 

「人口減少」×「人口知能」なぜ、ポスト2025年が重要なのか?

・日本の人口減少が本格化するのは、むしろこれからである。

 最新の人口推計では、出生率が同じと仮定した場合、日本の人口は2065年までに現在から3割も少ない8000万人台まで減ってしまう。

 人口減少は、都市部への人の移動を促し、不動産価値を一変させる。

 利便性の高い不動産が価格を維持する一方、値段の付かない不動産が全国に溢れることになる。商圏の維持が不可能となるエリアが続出し、企業の出店戦略も変更を余儀なくされる。

 人口減少が経済やビジネスに与える影響は、多くの人にとって、従来の想像をはるかに超えるものとなるだろう。

 

一方で、日本の人口減少と歩調を合わせるように、これまでにないイノベーションの波が押し寄せているAI(人工知能)を中心とした新しいテクノロジーが、ビジネスや投資、ライフスタイルを大きく変えようとしている。

 

筆者は「人口減少」や「人工知能(AI)化」による社会の変貌が誰の目にも明らかとなるのは、東京オリンピックから5年後の2025年あたりになるとみている。

 2025年には団塊の世代全員が75歳以上(後期高齢者)になり、社会保障費の急増が予想されている。(いわゆる2025年問題)。また、年間の人口減少率が5%を超え、日本は加速度的に縮小均衡にシフトしていく。一方で、このタイミングまでには社会のAI化もかなり進んでいるはずだ。

 

日本人が気づいていない「人口減少」の本当のインパク

・国立社会保障・人口問題研究所が2017年に公表した将来人口推計によると、1人の女性が産む子供の数が今と変わらないと仮定した場合、日本の総人口は2053年に1億人を割り、2065年には、現在より3割も少ない8800万人になるという。

 この推計の基準となった2015年時点における日本の総人口は1億2709万人であった。50年間で3900万人の減少なので、1年あたりに換算すると78万人の減少ということになる。

 78万人というと、静岡市岡山市など有力な地方都市に相当する人数である。これから日本が迎えようとしているのは、毎年、大規模な地方都市がひとつずつ消滅していく社会なのである。

 

・2000年以降、34歳以下の人口は約22%減少したが、一方で、60歳以上の人口は44%も増加した。日本では長期にわたって景気低迷が続いていたにもかかわらず、失業率が低下していたのは、若年層を中心に労働人口が減っていたからである。

 

・若年層人口が2割減っただけで、働き方改革が政治の一大テーマになったという現実を考えれば、今後やってくる本格的な人口減少がどれだけ深刻な問題を引き起こすのか、想像できるのではないだろうか。

 

出生率を上げる国策が、むしろ人口問題を悪化させる

現実問題として、出生率を1.44から1.65まで上げること自体が至難の業であり、ほぼ実現不可能な水準である。だが、仮にこれを実現できたとしても経済活動の担い手となる生産年齢人口の割合を大きく増やすことはできないのだ、つまり生産活動に従事する人の負担はまったく減らないのである。

 

・今から無計画に出生率を上げてしまうと、今の若者が中高年になった時、老人に加え、急増した子どもの生活も支える必要が出てくる。これはあまりにも過酷だ。

 筆者は、出生率を上げるべきではないと主張したいわけではないが、出生率を上げればすべての問題が解決するというのは幻想であることがおわかりいただけるだろう。

 

・最初に理解しておくべきなのは、出生率を上げることは困難という現実である。

 日本経済の基礎体力は年々低下が進んでおり、もはや平均年収は300万円台である。基本的に夫婦共働きでなければ生活そのものが成立しないという世帯がほとんどだろう。

 そのような環境において、多くの家庭で第2子、第3子まで出産させるというのは、現実的に不可能である。しかも、先ほど解説したように、出生率を上げても状況は改善しない。

 

この問題に対する抜本的な解決策は移民の受け入れしかないが、日本社会がこれを決断する可能性は極めて低い。結果的に日本社会は、急激な人口減少に対して何もしないという最悪の選択を(無意識的に)行うことになるだろう。

 これからの時代を考えるにあたっては、ここがもっとも重要なポイントとなる。

 

深刻な人手不足から、経済に供給制限がかかる

・需要が変わらない中で生産に従事する人が減るので、企業は人手不足という問題に直面する。

 

・結果として物価だけが上昇し、経済は成長しないという状態に陥りやすくなる。

 経済の低成長と物価上昇が組み合わされた状態のことをスタグフレーションと呼ぶが、人手不足社会というのはスタグフレーションを引き起こしやすいのだ。

 

・失業率が2.5%を切り、さらに2%に近づく状態となれば、そして過去の法則に従うのなら、日本経済は一気にインフレモードに突入する。

 

<「てるみくらぶ問題」はあちこちで発生する>

薄利多売型ビジネス・モデルを直撃する

・人口減少による人手不足とそれに伴うインフレは、日本企業の多くが得意としてきた薄利多売型ビジネス・モデルを直撃する。2017年前半に

てるみくらぶ」という旅行会社が破綻するという出来事があったが、同社の破綻はインフレ経済の前兆とみなせるケースである。

 

・需要が伸びない中、供給に制限がかかってしまうと、供給コストが急激に増大する。その結果、薄利多売を前提としていたビジネス・モデルはことごとく崩壊してしまう。日本企業の多くが、薄利多売を得意としており、程度の差こそあれ、皆が「てるみくらぶ」状態になっている。

 

多くの企業が近い将来、ビジネス・モデルの抜本的な転換を余儀なくされる。

 

・ドーナツ市場の縮小に悩むミスタード-ナツは、今後、店内で調理する店舗を減らし、近隣店舗で商品を融通するシステムに切り替える方針だという。調理を行う店舗を減らせば、熟練していない労働者でも店舗に配置することが可能となる。背景となっているのは市場の縮小と人手不足である。

 

<昭和型ライフスタイルの完全消滅>

人手不足の慢性化は、私たちの基本的な価値観も変えてしまう可能性がる

 

企業は柔軟な就業形態も許容するようになり、在宅勤務や半日労働、週の半分だけ出社、兼業など、あらゆる働き方がひとつの会社の中に混在するようになるだろう。

 

夫が会社員として働き、奥さんは家事に従事するという、いわゆる昭和型のライフスタイルも完全消滅に向けて動き出すことになる。

 子供を持たない夫婦や、一生独身のまま過ごす人、老後に再婚する人なども増える可能性が高く、ライフスタイルの多様化はさらに進むだろう。

 

年功序列、終身雇用、下請け元請けなど、現在の硬直的な企業社会システムのほとんどは、太平洋戦争中の国家総動員体制の中で強制的に作り上げられたものであり、その特殊な環境が戦後も継続したのが、今のニッポン株式会社である。

 

<「東京って広いんですよね」!? 中途半端な一極集中>

都市部への人口集約が進んでしまう

・首都圏の富を再配分し、地方と首都圏を同じ基準で成長させるという従来型の政策はもはや成立しない。

 

地方銀行の現状は10年先の未来を予見している

・このところ地方銀行が相次いで経営統合を発表している。

 

金融機関は人口動態の影響をダイレクトに受ける、逆にいえば、地域金融機関の動向を見ていれば、人口減少の影響がどの程度、進んでいるのか理解できるということでもある。

 

・現在、地方銀行の預貸率はおおよそ70~75%程度となっており、すでに預金の3割を余らせた状態にある。だが、預貸率が、ここからさらに40%低下するということになると、最終的な預貸率は40%程度にまで落ち込む計算になる。つまり、一部の地域では融資先がなくなり、仮に預金を集めたとしても、その4割しか貸し付けできないことを意味している。

 

地方銀行では収益率が断トツのトップとなっているのは、静岡県にあるスルガ銀行だが、同行はすでに法人向けの融資からほとんど撤退している。

 住宅ローンをはじめとする個人向け融資に特化し、融資先がないという問題はネットサービスの拡充など全国に対象を広げることでカバーしている。

 

・人口減少問題の対処は、影響が顕在化してからではすでに遅すぎる。本書は2025年以降の話をしているが、実はここ10年が勝負時なのである。

 

<「AI(人工知能)」は救世主か悪魔か?>

・現代のAIは自分で学習できるという点が画期的であり、そうであるがゆえに、社会を大きく変える可能性を秘めている。

 

既存の常識をすべて捨て去れるか?

・人口減少とAI化の進展は、社会の効率化を極限まで追求することになるだろう。

 

・今後はあらゆるモノやサービスがこうしたシェアリングの対象となるだろう。

 

・つまり労働者の仕事がなくなる代わりに機械が富を生み出してくれるのだ。

 

機械が生み出した富を労働者に分配する手段として一部の識者が提唱しているのが、全員に基礎的な生活費を一律支給するベーシック・インカム制度である。

 

買い手市場をとことん追求できるのか?

・あらゆる業界に共通する話だが、新しい時代におけるビジネスの主役は、売り手ではなく買い手となる。

 

・今後はAIによって利用者のニーズをより細かく吸い上げることが可能となる。

 

「所有」ではなく「利用」の概念にシフトできるか?

・2025年以後の社会では、現在と比較して所有の概念が希薄化しているだろう。多くの人が都市型の生活を送るようになるので、土地は所有するというよりも、活用するという概念が主流となる。

 

狭くても確実にリーチできる商圏を押さえられるか?

・技術の進歩によって所有の概念が希薄化すると同時に、今後は猛烈な勢いで人口が減ってくる。土地もモノと同様、所有するものから利用するものへと価値観が変化するだろう。

 

多くの人と直接、コミュニケーションが取れる場所にいることは、それだけでかなりのアドバンテージになると考えた方がよいだろう。

 

表情や声など感性の分野をビジネス対象にできるか?

・AIが社会に普及すると、人の声や表情といった、これまで感性が支配すると思われていた領域にまで機械が入り込んでくる。これについての是非はいろいろあるだろうが、大きなビジネスチャンスが転がっていることだけは間違いない。

 

知識や知能を積極的に販売できるか?

・人々が持つ知見やノウハウといったものは容易にAI化され、それをネットで自由に切り売りできるようになる。10年後には自分のノウハウをAI化し、ネットで売って儲けるというのは、当たり前の光景となっているかもしれない。

 

これから起こる変化は、産業革命なみあるいは産業革命以上になる

AIによる新しい産業革命

・新しい社会では、理解と共感の違いをしっかり峻別し、冷静に対処する能力が求められる。

 

 

 

『未来の年表』 人口減少日本でこれから起きること

河合雅司   講談社   2017/6/14

 

 

 

<呑気な人々>

2020年 女性の半数が50歳越え

2024年 全国民の3人に1人が65歳以上

2027年 3戸に1戸が空き家に

2039年 火葬場が不足

2040年 自治体の半数が消滅

2042年 高齢者人口がピークを迎える

 

・「少子高齢化に歯止めをかける」と口にする国会議員、地方議員は数知れない。全国各地の議会や行政の会議で、認識不足や誤解による議論が重ねられ、どんどんトンチンカンな対策が生み出されている。

 

<“論壇”の無責任な議論>

・たしかに、目の前にある人手不足は、機械化や移民による穴埋めで幾分かは対応できるかもしれない。だが、日本の労働力人口は今後十数年で1000万人近くも少なくなると見込まれる。そのすべてを機械や外国人に置き換えることにはとうてい無理があろう

 

・最近は、悲観論が語られることを逆手に取ったような論調も多くなってきた。人口減少を何とかポジティブに捉えることが、現実を知らない聴き手にはウケるのかもしれない。「人口減少は日本にとってチャンスだ」、「人口が減ることは、むしろ経済成長にとって強みである」といった見方がそれである。

 

・あまり知られていないが、この社人研の推計には続きがある。一定の条件を置いた“机上の計算”では、200年後におよそ1380万人、300年後には約450万人にまで減るというのだ。

 

この“机上の計算”は、さらに遠い時代まで予測している。西暦2900年の日本列島に住む人はわずか6000人、西暦3000年にはなんと2000人にまで減るというのである。ここまで極端に減る前に、日本は国家として成り立たなくなるということだろう。それどころか、日本人自体が「絶滅危惧種」として登録される存在になってしまいかねないのだ。

 要するに、国家が滅びるには、銃弾1発すら不要なのである。

 

<「静かなる有事」が暮らしを蝕む>

・言うまでもなく、人口が激減していく過程においては社会も大きな変化を余儀なくされる。それは、時に混乱を招くことであろう。

 日本の喫緊の課題を改めて整理するなら4点に分けられる。1つは、言うまでもなく出生数の減少だ。2つ目は高齢者の激増。3つ目は勤労世代(20~64歳)の激減に伴う社会の支え手の不足。そして4つ目は、これらが互いに絡み合って起こる人口減少である。まず認識すべきは、社会のあらゆる場面に影響をもたらす、これら4つの真の姿だ。

 

・最近メディアを賑わせている「2025年問題」という言葉がある。人口ボリュームの大きい団塊世代が75歳以上となる2025年頃には、大きな病気を患う人が増え、社会保障給付費が膨張するだけでなく、医療機関介護施設が足りなくなるのではないかと指摘されている。

 だが、問題はそれにとどまらない。2021年頃には介護離職が増大、企業の人材不足も懸念され、2025年を前にしてダブルケア(育児と介護を同時に行う)が大問題となる。

 2040年頃に向けて死亡数が激増し、火葬場不足に陥ると予測され、高齢者数がピークを迎える2042年頃には、無年金・低年金の貧しく身寄りのない高齢者が街に溢れかえり、生活保護受給者が激増して国家財政がパンクするのではと心配される。

 少子化は警察官や自衛隊員、消防士といった「若い力」を必要とする仕事の人員確保にも容赦なく襲いかかる。若い力が乏しくなり、国防や治安、防災機能が低下することは、即座に社会の破綻に直結する。2050年頃には国土の約2割が無居住化すると予測される。さらに時代が進んで、スカスカになった日本列島の一角に、外国から大量の人々が移り住むことになれば、武力なしで実質的に領土が奪われるようなものだ。

 

<国家を作り替えるために>

・では、われわれはこの「静かなる有事」にどう立ち向かっていけばよいのだろうか?

 出生数の減少も人口の減少も避けられないとすれば、それを前提として社会の作り替えをしていくしかないであろう。求められている現実的な選択肢とは、拡大路線でやってきた従来の成功体験と決別し、戦略的に縮むことである。日本よりも人口規模が小さくとも、豊かな国はいくつもある。

 

日本最大のピンチと私が考える「2042年問題」(高齢者の激増期)を乗り越えるための提言と言ってもよい。われわれが目指すべきは、人口激減後を見据えたコンパクトで効率的な国への作り替えである。本書刊行時の2017年から2042年までに残された時間はちょうど25年。国の作り替える時間としては、それは決して「潤沢な時間」ではない。未曽有の人口減少時代を乗り越え、豊かな国であり続けるには、1人ひとりが発想を転換していくしかない。

 

<人口減少カレンダー>

2016年 出生数は100万人を切った

2017年 「おばあちゃん大国」に変化。「65~74歳」人口が減り始める。

2018年 国立大学が倒産の危機へ。18歳人口が大きく減り始める。

2019年 IT技術者が不足し始め、技術大国の地位揺らぐ。世帯数が5307万とピークを迎える。

2020年 女性の2人に1人が50歳以上に。出産可能な女性数が大きく減り始める。

2021年 団塊ジュニア世代が50代に突入し、介護離職が大量発生する。

2022年 団塊世代が75歳に突入し、「ひとり暮らし社会」が本格化する

2023年 団塊ジュニア世代が50代となり、企業の人件費がピークを迎え、経営を苦しめる

2024年 団塊世代がすべて75歳以上となり、社会保障費が大きく膨らみ始める。3人に1人が65歳以上の「超・高齢者大国」へ

2025年 ついに東京都も人口減少へ。東京都の人口が1398万人とピークを迎える。

2026年 認知症患者が700万人規模に。高齢者の5人に1人が認知症患者となる。

2027年 輸血用血液が不足する。手術や治療への影響が懸念されるようになる。

2030年 百貨店も銀行も老人ホームも地方から消える。団塊世代高齢化で、東京郊外にもゴーストタウンが広がる。ITを担う人材が最大79万人不足し、社会基盤に混乱が生じる。

2033年 全国の住宅の3戸に1戸が空き家になる。空き家が2167万戸を数える。老朽化したインフラの維持管理・更新費用が最大5兆5000億円程に膨らむ。

2035年 「未婚大国」が誕生する。男性の3人に1人、女性は5人に1人が生涯未婚になる。

2039年 死亡者数が167万9000人とピークを迎え、深刻な火葬場不足に陥る。

2040年 全国の自治体の半数が消滅の危機に晒される。団塊ジュニア世代がすべて65歳以上となり、大量退職で後継者不足が深刻化する

2042年 高齢者人口が約4000万人とピークを迎える。

2045年 東京都民の3人に1人が高齢者となる。

2050年 世界人口が97億3000万人となり、日本も世界的な食料争奪戦に巻き込まれる。現在の居住地域の約20%が「誰も住まない土地」となる。団塊ジュニア世代がすべて75歳以上となり、社会保障制度の破綻懸念が強まる。

2053年 総人口が9924万人となり、1億人を割り込む。

2054年 75歳以上人口が2449万人でピークを迎える。

2055年 4人に1人が75歳以上となる。

2056年 生産年齢人口が4983万6000人となり、5000万人を割り込む。

2059年 5人に1人が75歳以上となる。

2065年~外国人が無人の国土を占拠する。総人口が8807万7000人で、2.5人に1人が高齢者となる。

2076年 年間出生数が50万人を割り込む。

2115年 総人口が5055年5000人まで減る。

 

<日本を救う10の処方箋>

【戦略的に縮む】

1高齢者」を削減。新たな年齢区分で計算する。増え続ける「高齢者」の数を減らしてしまうのだ。

2・24時間社会からの脱却

3・非居住エリアを明確化

4都道府県を飛び地合併

5・国際分業の徹底

 

【豊かさを維持する】

6・「匠の技」を活用

7・国費学生制度で人材育成

 

【脱・東京一極集中】

8・中高年の地方移住推進

9セカンド市民制度を創設

少子化対策

10・第3子以降に1000万円給付

 

<2018年 国立大学が倒産の危機へ>

・18歳人口が急減し始め、定員割れは当たり前。学生の募集を停止する流れが加速する。

 

<すでに40%超の私立大学が定員割れ>

・母校が消滅する――そんな「大学淘汰の時代」が、いよいよ現実となりつつある。

 日本の大学進学者は、高校新卒者もしくは受験浪人が大多数を占めるので、「18歳人口」を見れば、おおよそのパイは見当がつく。そして「18歳人口」というのは18年前の年間出生数をみれば分かる。

 

・わずか15年ほどで20万人近くも減る—―。仮に、半数が大学を受験するとして、10万人の減である。入学定員1000人規模の大学が、100校も消滅する計算である。

 

・三重中央大学聖トマス大学など、廃校や学生の募集停止に追い込まれた大学もあるが、「倒産」の流れはさらに加速していきそうだ。日本私立学校振興会・共済事業団の「入学志願動向」によれば、2016年度に「入学定員割れ」した私立大学は前年度より7校増え、257校となった。すでに全体の半数近い44.5%が学生を集められない事態に陥っている。要するに、私立大学が半減してもおかしくないということだ

 

2050年 世界的な食料争奪戦に巻き込まれる

・日本が人口減少する一方、相変わらず世界人口は増え続けて約100億人に。

 

<増え始める耕作放棄地>

・農地面積は1961年には608万6000ヘクタールを数えたが、2015年は449万6000ヘクタールにまで減った。荒廃農地の抑制や再生がこのまま進まなければ、2025年の農地面積が420万ヘクタールに落ち込むとの推計を、この資料が明らかにしている。農業就業者も減り、農地面積も減ったので収穫量は当然落ち込む。

 

・国連推計は2030年以降の世界人口も予想しているが、2050年には97億3000万人、2100年には112億1000万人と見積もっている。

 

・このように、品目別に見れば例外は存在する。だが、国家単位で食料確保を考えたとき、2050年頃の日本が世界的な食料争奪戦に巻き込まれることは避けられない。

 

<日本は実は水の輸入大国>

日本にとっての不安材料はもう1つある。食料と並んで深刻さが懸念される水不足問題である。

 

・「バーチャルウォーター」という考え方がある。食料を輸入している国が、もしその輸入食料をすべて自ら生産したら、どの程度の水を要するかを推計した量だ。環境省によれば、2005年に日本に輸入されたバーチャルウォーターは約800億立方メートルで、日本国内の年間水使用量とほぼ同水準だ。しかもその大半は食料生産に使われている。

 食料自給率の低い日本は、食料を輸入することで、本来、食料生産に必要であった自国の水を使用せずに済んでいたのである。これを単純化して言えば、日本は“水の輸入大国”ということだ。

 ある国が水不足に陥り、農産物の収穫量が落ち込んで輸出する余力がなくなれば、日本は立ちゆかなくなる。海外の水不足や水質汚濁に無関係でいられない理由がここにある。

 

 

 

『超高齢社会の未来 IT立国 日本の挑戦』

小尾敏夫・岩崎尚子   毎日新聞社   2014/12/27

<人類が経験したことのない少子・超高齢・人口減少社会>

・少子・超高齢・人口減少社会である日本は、いまだかつて世界が経験したことのない未知の世界が広がっている。日本では65歳以上の高齢者人口は過去最高の25%を超え、4人に1人が高齢者になった。増え続ける高齢者の質は大きく変わっている。8割は元気な高齢者と言われるアクティブ・シニアだ。

・2030年には約8割の高齢者が介護不要で自律的に暮らせるようだ。

高齢社会が進む一方、今後日本の総人口は長期にわたって減少し、2060年には約8600万人にまで減少すると推測される。

 

未曽有の人口構造の変化は、2025年がターニンフポイントとなる。戦後の象徴とされる1947年~49年生まれの“団塊の世代”が75歳以上になる年だ。

・世界に目を転じれば、高齢化率は世界規模で上昇しつつある。2060年意は世界人口の約5人に1人が高齢者になる。

日本は2007年に国連で定められた世界初の“超高齢社会”に突入

国家財政破綻危機の2025年問題

高齢者の約8割は就業意欲があるのに、そのうちの2割しか仕事に就けない厳しい現状である。

・介護の面を考えると、厚生労働省の試算で、2025年に50万人の看護師、4~6万人の医師、100万人の介護職員が必要といわれている。

 

高齢化と情報化が同時進行する新複合社会時代の幕開け>

・1980年代のICT革命以降、ICTは人々の生活に密接に浸透してきた。近年ICTは、財政悪化や労働人口の減少、地方の疲弊、企業統治などの成長の制約条件の社会課題を解決するためのツールとしてその地位を確立している。

・世界で唯一の超高齢社会に突入した日本の情報社会の将来は、ユーザー(消費者)がいかにICTを駆使し、供給側はいかにICTでネットワーク化された社会を構築し、ユーザーに優しいより豊かな情報社会を形成することができるかが課題となる。

・65歳以上のインターネット利用状況は、平成20年末から23年末で約1.6倍と年々増加傾向にある。

・また高齢者にとってオンライン・ショッピングも当たり前のものになり、行政手続きも役所に行っていたものが一部、自宅でオンライン申請ができるようになった。電子政府サービスの普及である。今後は、ICTサービスや商品が無用の長物とならないよう、高齢者はICTリテラシー(習得度)を身に付けなければならないということだろう。

・さらに医療や年金などの社会保障の負担が、現役世代に重くのしかかり、個人格差が広がり地域社会やコミュニティ意識が希薄化するおそれもある。こうした社会背景において、ICTはパラダイムシフトをもたらす原動力の一つとして期待されている。時間や距離といった制約を越えて積極的な利活用を促すことにより、将来的に高齢者の生活を変革し、活力を引き出すエンジンになるとも期待されている。いよいよ、情報化と高齢化が融合する人類史上初めての新複合時代の幕開けである。

解消するか、デジタル・デバイド(情報利活用格差)>

・既に60歳代の団塊の世代は8割がインターネットを使える調査結果もあり、シニア世代の本格的デジタル経済が間もなく始まる。

<政府が超高齢社会対策に乗り出す>

・今後、特に2025年問題の解決策として、下記の諸点を重点分野にした対応が急がれる、と報告された。

1.在宅医療・介護を徹底して追及する

2.住まいの新たな展開を図る

3.地域づくりの観点から介護予防を推進する

 

高齢者雇用が地方創生の鍵

・2020年には約8割の高齢者が介護不要で自立できるといわれている。つまり元気なアクティブ・シニア層が増えるということだ。このアクティブ・シニア対策が喫緊の課題となっている。少子高齢社会の中でますます生産労働人口が縮小する。経済成長の制約となっていた生産労働人口の減少を解消するのはどうしたらよいのか。

・最近多くの企業が導入し始めている取り組みは、

1.高齢者の退職年齢を上げる、

2.フレキシブルな働き方を提供し、働きやすい環境を作る、

3.クラウドソーシングなどを利用して、インターネットを使い、適材適所の仕事を依頼する、

4.テレワーク(在宅勤務)を推進する、などがある。

 

高齢化に加え、少子化も深刻な日本では、今後の労働力が懸念される。地域の過疎化や就労機会が減少すれば、少子高齢化が進む地方では地域経済そのものが疲弊する。こうした問題を解決するのが、“テレワーク”だ。在宅勤務で日本を変えるというスローガンのもとで、さまざまな取り組みがスタートしている。

 

・テレワークのメリットは、満員電車に揺られて通勤する必要のない、働く時間や場所の制約がない点にある。もちろん会社に勤める他の社員や職員と同様の成果を挙げなければならないし、同等の拘束時間や仕事のクオリティも追及されるだろう。しかし、時間や場所に縛られないテレワークの働き方は、働く意欲があっても、体力的な理由から通勤が困難な高齢者や、出産、育児、介護に時間が必要な就業者が仕事をすることができることから、今後成長が期待される分野である。

・また、多くの人材を確保することが難しい中堅・中小企業にとっては、全国各地から人を募集できるので、有能で多様な人材を幅広い範囲で確保することができ、さらには生産性向上につながるともいわれている。この他、テレワークによって、家族と過ごす時間や自己啓発や趣味の時間が増える等、生活にゆとりが生まれ、ワークライフバランスの向上にも効果があるだろう。

・実際にはまだ大企業を中心に1割の導入に留まっているテレワーク制度であるが、高齢者の社会参加や社会貢献に加え、ワークライフバランスの観点から有効な施策となる。資本金50憶円以上の企業では25%の普及である。働き方だけではなく、新しい高齢社会モデルを構築するための地域振興や規則改革を同時に進めることも検討しなければならない。

・また高齢者の起業も盛んだが、数少ない成功事例の一つが福島県上勝町で行われている“いろどり“事業だ。高齢者の自立支援策、日本料理を飾り付ける草花を、地域の植物をよく知る高齢者が収穫し、全国の料亭に、タブレット端末を利用して販売する”葉っぱビジネス“が注目を集めている。

総務省「ICT超高齢社会構想会議」>

高齢者が自ら会社を興し、地域に還元し経済を潤す。高齢者は生きがいを見つけ社会貢献ができる。こうしたモデルが日本全国で展開できれば、地方創生は現実のものとなる。筆者の小尾が委員長を務めた総務省の研究会で視察した東京都三鷹市では自治体が高齢者の起業を応援しているケースだ。NPO「シニアSOHO普及サロン・三鷹」が中心となって活動している。この他、地域支援マッチングのアブセックや孫育て工房で地域ケアのBABAラボをはじめとする高齢者の自立支援地域プロジェクト事例は急増中である。

 問題は日本全国で展開される数多くのプロジェクトが政府の支援や特区モデルを離れた時、プロジェクトが自立し、独り立ちできるかが勝負である。

人類は“シルバー・ツナミ(津波)”で滅亡するリスクがある

・“シルバー・ツナミ”とはピーク時に24億人に膨れ上がる高齢者集団が津波のように押し寄せてくる、との比喩的な表現である。スピーチの続きだが、「世界で最初に“シルバー・ツナミ”に襲われるのは日本であり、我が国の対応次第で世界の歴史が変わるかもしれない」と述べた。

・全てを書き終え、次の四つの分野にわたる優先的課題解決の必要性を理解することができる。

第1に、雇用問題である。深刻な労働力不足が将来起きるが、高齢者、そして女性の活躍こそ日本再生の王道である。特に、アベノミクスが目指す“女性が輝く社会”の推進は超高齢社会において必要不可欠であり、一歩でも前進することを望みたい。残念なことに、日本の女性の社会進出は、先進国中、韓国に次いでランクが低いのが実情である。

・第2に、シルバービジネス3000兆円市場(2050年)への企業努力である。

・第3に、日本の経験や教訓を後に続く世界各国に紹介していく国際貢献の責務を忘れてはならない。

・最後に、電子政府など行政の役割である。今後の研究課題だが、高齢者に優しい電子政府の推進が経済活性化の鍵を握ることを証明する必要がある。

電子政府がフルに活動すれば、日本政府は経費の3割をカット可能との試算がある。

国内の山村にして遠野より物深き所にはまた無数の山神山人の伝説あるべし。願わくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ。『遠野物語』(2)

 

 

『『遠野物語』を読み解く』

 石井正己  平凡社     2009/5/16

 

 

 

天狗伝説と寺や家の宝物の関係

・維新当時、赤い衣を着た僧侶が二人、大きな風船に乗って六角牛山の空を南に飛び過ぎるのを見た者があったということを、佐々木は祖父から聞いています(拾遺235話)。「大きな風船」が気球であるならば、これは気球が遠野の上空を飛んだ話ということになります。実際に気球が飛んだ事実があったのかどうかは確かめられませんが、大きな風船の飛んだ話もあれば、飛行機の飛んだ話もあるというのは、着実に遠野の上空に近代文明が入り込んでいたことを表します。

 

・そもそも遠野で上空を飛ぶものと言えば、まず思い起こされるのは天狗でした。天狗は山に住む妖怪で、自在にあちらこちらを移動しました。早池峰山の前面に立つ前薬師には天狗が住むと言いますが、土淵村山口のハネトという家の主人はこの前薬師に登って、三人の大男に出会い、麓まで送ってもらったという話があります(29話)。

 

・「遠野物語拾遺」にも、天狗の話が二話あります。一日市の万吉米屋の主人が稗貫郡鉛温泉に湯治に行って天狗と懇意になり、天狗は最後に来た時、「天狗の衣」を残して行ったそうです(拾遺98話)。もう一説は次のようになります。

 

99 遠野の町の某といふ家には、天狗の衣といふ物を伝へて居る。袖の小さな襦袢のやうなもので、品は薄くさらさらとして寒冷紗(かんれいしゃ)に似て要る。袖には十六弁の菊の綾を織り、胴には瓢箪形の中に同じく菊の紋がある。色は青色であった。昔此家の主人と懇意にして居た清六天狗といふ者の着用であったといふ。清六天狗は伝ふる所に依れば、花巻あたりの人であったさうで、おれは物の王だと常に謂って居た。早池峰山などに登るにも、いつでも人の後から行って、頂上に著いて見ると知らぬ間に既に先へ来て居る。さうしてお前たちは如何して斯んなに遅かったかと言って笑ったさうである。酒が好きで常に小さな瓢箪を持ちあるき、それに幾らでも酒を量り入れて少しも溢れなかった。酒代 にはよく錆びた小銭を以て払って居たといふ。此家には又天狗の衣の他に、下駄を貰って宝物として居た。右の清六天狗の末孫といふ者が、今も花巻の近村に住んで、人は之を天狗の家と呼んで居る。此家の娘が近い頃女郎になって、遠野の某屋に住み込んで居たことがある。此女は夜分如何に厳重に戸締りをして置いても、何所からか出て行って街をあるきまはり、又は人の家の林檎園に入って、果物を取って食べるのを楽しみにして居たが、今は一ノ関の方へ行って住んで居るといふ話である。

 

・先の万吉米屋の子孫は、実際、天狗の持っていた「衣」「下駄」「網袋」「弓矢」「掛軸」「湯呑茶碗」を保管してきましたが、今は遠野市立博物館に寄贈されています。

 

・遠野南部家は八戸から移封されてきましたが、その後も無関係ではなかったはずです。藩主と寺院、民衆との間には何の関係もなさそうですが、天狗を置いてみることで、隠れたネットワークが見えてくるように思われます。

 

 

 

『鏡の国としての日本』 互いの<参照枠>となる日中関係

王敏   勉誠出版   2011/10/20

 

 

 

宮沢賢治作品と『遠野物語』と『山男』

・『遠野物語』などでは、山男は身体が大きく、里の女をさらったり、生まれた子を殺して食べたりと怪異性が強調されているが、宮沢賢治の場合は、そういった怪異的な側面はあまりない。

 

<山男の容貌>

『さるのこしかけ』

・・・・茶色のぼさぼさの髪と巨きな赤い顔

 

『おきなぐさ』

・・・・くろずんだ黄金の目玉

 

 

 

『狼森と笊森、盗森』

・・・・黄金の目をした顔のまっかな山男が、あぐらをかいて座っていました。そして、みんなを見ると、大きな口をあけてバァと云いました。

 

『山男の四月』

・・・・金色の瞳、ぼさぼさの赤い髪色、赤髪のりっぱなからだ。

 

『祭りの晩』

・・・・頑丈さうな大きな男(中略)古い縞の単物に、へんな蓑のようなものを着た、(中略)顔の骨ばって、赤い男でその眼はまん円で煤けたような黄金いろでした。(中略)するとさっきの大きな男が、髪をもじゃもじゃして。

 

『祭りの晩』

・・・・するとゆっくりと俥から降りて来たのは黄金色目玉、あかつらの西根山の山男でした。せなかに大きな梏梗のついた夜具をのっしりと着込んで雨色の袋のような袴をどぷっとはいておりました。(中略)大きな青い縞の財布、顔のまっかな蓑を着た大きな男、黄金色の目玉、二十九(の若者)、七つの森の一番はじめの森に片脚をかけた。

 

・上で列記したように、赤い顔、同色ないし茶色の髪、巨体、黄金の目等が概ねの共通点である。

 

・変身したりする霊力は持ちながら、それらを悪用することもなく人間達と共栄共存していこうとしている平和主義者と言えよう。なお、彼らの居住地区は、種が原、笊森、七つ森、西根の山というようにイーハトーブの山々と言うことが出来よう。

 

賢治文学に登場する山男は、狐の場合などと同様、世間の常識とはちょっと違った、人の良い、ユーモアも持った。気の優しい、純粋で正直な山に住む大男として造形されているようである。

 

宮沢賢治柳田國男佐々木喜善

佐々木喜善口承文芸研究として、オシラサマやザシキワラシなどの研究と400篇以上に上る昔話の収集をしたという明治41年(1908)頃から柳田と知己の仲になったとされ、喜善の話の遠野の話を基に柳田が『遠野物語』を著したことはすでに触れた。

 

喜善と賢治との出会いは、ザシキワラシ研究を通してであった。

 

・二人の交流は賢治の出身である川口村(現岩手県花巻市)と遠野市の地理的な近さもあってか続き、晩年の賢治は病を押して積極的に喜善と会っていたことが伺われる。

 

・さて先に述べた『ざしき童子のはなし』は、確かに佐々木喜善の『奥州ザシキワラシの話』に影響を受けた作品であった。その内容を一部見てみると次のような描写がある。

 

・「大道めぐり、大道めぐり」

一生けん命、ちょうど十人の子供らが、両手をつないで丸くなり、ぐるぐるぐるぐる座敷の中をまわっていました。こう叫びながら、どの子もみんな、そのうちの御振舞によばれて来たのです。

ぐるぐるぐるぐる、まわって遊んでおりました。

そしたらいつか、十一人になりました。

ひとりも知らない顔がなく、ひとりもおんなじ顔がなく、それでもやっぱり、どう数えても十一人だけおりました。

 その増えた一人が“ざしきばっこ”なのだぞと、大人が出て来て言いました。

けれども、たれが増えたのか、とにかくみんな、自分だけは、どうしても“ざしきぼっこ”でないて、一生けん命目を張って、きちんとすわっておりました。

こんなのが、“ざしきぼっこ”です。

宮沢賢治の『ざしき童子のはなし』より)

 

・賢治作品と「遠野」とのつながりは、なにもザシキワラシばかりではない。 

 

 

 ■■■ 私が思うこと、聞いたこと、考えること ■■■

 

・『遠野物語』に言及する著作家が多いといわれます。私たち一般人は、民俗学の研究者でもないので、違った観点から『遠野物語』の異人やその他の妖怪・河童などに注目します。Amazonの「すべてのカテゴリー」に「遠野物語」といれますと469件も分かります。「本」ですと363件です。また「本」に「吉本隆明」といれますと957件の書籍が分かります。多作の評論家だったようです。「丸山眞男」ですと203件の書籍です。丸山眞男氏の経歴で注目されるのは、その戦争体験です。詳しくは知りませんが、思想家としては、研究者も多かったようです。たくさんの書籍があるので研究者は大変でしょう。

 

ザシキワラシは現代でも人気のある妖怪だと語られています。ザシキワラシが出るという噂の旅館の部屋があったりして、全国からマニアが集まるといわれます。中には、有名な会社経営者や著名人もいるそうです。以前にテレビ局が、ザシキワラシが出ると言われている旅館の部屋にビデオカメラをおいて調べたところ、オーブといわれる小さな光の球が写ったそうです。またぼんやりとした小人の像のようなものが写ったという話もあったといわれます。現代でもザシキワラシとコンタクトできることは、不思議な話です。過去においても、ザシキワラシが見えた人と、見えなかった人と両方あったといわれます。『遠野物語』のザシキワラシの伝承は、農民たちの「作り話」ではなく真実の話だと柳田國男は強調しています。UFOや異星人がリアルなものなのかフェイク(偽物)なのかの論争のようです。『遠野物語』の話は、すべて作り話と片づける人もいるのでしょう。しかしながら、ザシキワラシが存在する異空間と現代が繋がっていると信じる人が多いのも、興味深いものです。ザシキワラシは子供の姿をした神様なのかもしれません。ザシキワラシの「チョウビラコ」は、最も小さく最も美しい神で、夫婦二対であるという説もあります。伝説のUMA(未確認動物)の河童も異星人のグレイの一種と結びつける街の研究家も増えているのかもしれません。異星人の「グレイ」は人間の無意識の中に入ってくるといわれ、見えない異次元世界を往来する宇宙人は、科学者でも理解不能のようです。

 

・地球上にはかなり多くの宇宙人が「同化」して住んでいるそうです。

宇宙人は“幽体”や“霊体”で目に見えない異次元に存在している」ともいわれます。「宇宙人と普通の人間を区別できなくなっている」時代だそうです。「はるかに進化した宇宙人が人間の精神体に侵入してくる時代だ」そうです。地球はあまりにレベルが低すぎて、「宇宙連合」に参画できないと従来から言われてきたそうです。宇宙連合にコンタクトできれば、進化した宇宙人(神々や天使)などの情報が分かります。

 

・「遥かに進化した高次元の高等知性体・異星人は、人間の肉体や精神体に憑依するので誰も識別できない」ともいわれます。「はるかに進化した天使のような宇宙人は、人間の守護霊や背後霊なのだろうか」ともいわれます。

 

日本全国に残る鬼や童子の伝承は、異星人の痕跡ではないでしょうか。遥かに進化した宇宙人(神々や天使など)が昔から地球に飛来しており、日本では鬼の伝承となっているようです。聖徳太子は、「鬼」の一族であったともいわれています。鬼の中には創造神とか美女の宇宙人がいて、記録に残っているようです。「伊吹弥三郎」と「伊吹童子」の伝承がありますが、神の中の王ゼウスとか童子のヘルメスの仮の姿という与太話もあるそうです。造物主と言われても荒唐無稽な話です。

 

現代では「神々は市井の人となり普通の生活をしているので識別ができない」そうですが、「知る人ぞ知る」話なので、私たち一般人は、理解できません。現代の神話はアバブ・トップ・シークレットで、メディアには載らないようです。天理教大本教等の新興宗教の話では、ウラの世界の神々が活躍していることが分かりますが、私たち一般人には認識不能のようです。

 

・日本でも宇宙人とのコンタクト話が少なくなく、プレアデス星人とのコンタクト話があります。プレアデスのとある惑星が日本民族の原郷だという話もあり、すばる星に関する民話も多いようです。異星人と国家的にコンタクトして超テクノロジーを入手したほうがよいと思いますが、何もかもがアバブ・トップ・シークレットのようです。ちなみに全宇宙を創造した“虹の神々”も地球に来ているという与太話もあるそうです。

 

「遠野郷の民家の子女にして、“異人”にさらわれて行く者年々多くあり。ことに女に多しとなり。-遠野物語第三十一話」、「黄昏に女や子供の家の外に出ている者はよく神隠しにあうことは他の国々と同じ。-遠野物語第八話」という伝承の“異人”はオリオン星人とも言われています。オリオン座は「神の故郷」ともいわれますが、『闇の勢力』も利用しているそうです。米国が秘密協定を結んだのはラージノーズグレイというオリオン星人といわれています。オリオン星人は人類に5万年進化しているといわれ、「人間の魂の交換」ができるようです。エルダーとよばれる天使のような人間タイプのオリオン星人が小柄なグレイと共に飛来したそうです。グレイと人間の交雑種が「エササニ人」といわれます。エササニはオリオンの方向にあります。「時空間を超えてこの地球にやってきて、人類をアブダクション(誘拐)し、受精して、子孫を作りました」とのこと。それがエササニ人だそうです。「トールホワイト」とよばれる2メートルから3メートルの白人種のオリオン星人も報告されているようです。トールホワイトと米政府が密約を結んだという説もあったそうです。

 

・異星人には、モンスター・タイプと人間タイプがありますが、人間タイプは特に安全確保のため、アバブ・トップシークレットとされています。ノストラダムスのいう「日本はヘルメスが統治する国だ」という与太話もありますが、知る人ぞ知る世界のようです。

 

・ヨーロッパのフェアリーの伝説は、日本のザシキワラシ(座敷童子)や米国の リトル・グリーンマン、また道教の家の神様との相似性を強く印象づけます。小柄で異形で、異次元移動をしていたので、特に伝説に残ったようです。ヨーロッパを徘徊していた当時の服装をしている人間タイプの異人は、誰も分からなかったようです。現代ではウンモ星人がヨーロッパの社会に潜伏しているそうです。戦後、米国に金髪碧眼のノルディックとともに空飛ぶ円盤に同乗していた小柄なグレイと呼ばれる宇宙人は、バイオ・ロボットともゼータ・レチクル星人ともリラ星人系列の宇宙人とも言われています。米国で2万頭ものキャトルミューテレーション(動物虐殺)をおこないました。鋭利な刃物のようなもので内臓がえぐり取られていたそうです。グレイの栄養補給に使われたそうです。

 

アブダクション(誘拐)やキャトル・ミューティレーションでは米国のマスコミや警察は大騒ぎをしたようですが、アバブ・トップシークレットの情報統制により沈静化したようです。米国政府とゼータ・レチクル星人との密約が喧伝されました。現在ではタウ星人とロシアの密約とか、米政府とイスラエルシリウス星人との通商協定の密約がリークされているそうです。

 

キャトル・ミューティレーションの現場では小柄な異星人グレイの存在が確認されており、UFOも確認されています。ゼータ・レチクル星人の一部は遺伝子上の問題を抱え、種族全滅の危機に瀕しており、人間の遺伝子を求めて地球に飛来したという説もあるそうです。また、牛の内臓の栄養物を皮膚から吸収して生存しており、食道器官や排せつ器官もないともいわれています。

 

・グレイは壁を透き通るようにして部屋に侵入してくるともいわれ、メン・イン・ブラック(黒衣の男たち)のオリオン星人も異次元移動ができたようです。グレイはアイゼンハワー大統領の前で空中浮遊をしたともいわれております。あまりにも凄まじい超テクノロジーのために、驚愕してアバブ・トップシークレットにしたという説もあります。フェアリーと人間の「取換え子」の伝承は豊富にあるようです。また人間タイプの異人との「取換え子」の伝承もあるそうで、こちらの事例は容易に識別ができないため、伝承にもならなかったようです。

 

フェアリーとの異類婚姻譚は伝承に多くありますが、異人との異類婚姻譚は誰も分からないようです。異人や神人の「取換え子」の伝承は、昔からあったようです。「中世のドイツの領主はほとんど異人の末裔だった」という説もあるそうです。超太古は、天使のような異星人と人間の女が交わり、徐々に人口が増えて文明や文化が育ち始めたそうです。またオリオン星人は非常に階級意識が強く、グレイを使用人として使役しているともいわれています。異次元世界については私たち一般人は、理解不能のようです。「はるかに進化した宇宙人が人間の精神体に侵入してくる時代だ」そうです。宇宙人情報を公開すると主権が危うくなるともいわれます。

 

・市井の人になった天狗とのコンタクト・ストーリーもあったようです。天狗は異次元移動ができたようです。「神々も市井の人となり普通の生活をしている」ともいわれ、その超能力が示されなければ、誰にも分からないようです。人間の精神に憑依するといわれる宇宙人の存在は、理解不能です「はるかに進化した宇宙人が人間の精神体に侵入してくる時代だ」そうです。宇宙人情報を公開すると主権が危うくなるともいわれます。宇宙人と人間の区別ができなくなったようです遠野物語の異人や天狗も異類混血などやさまざまな方法で、人間と変わらなくなったようです。赤い顔も代を重ねると薄くなるのでしょうか。異人のネットワークもあるのかもしれません。異類混血がすすんでいるそうです。クラリオン星人のコンタクティ、イタリア人のマオリッツオ・カヴァーロによると「爬虫類的異星人(レプティリアン)も人間タイプは知性的な顔をしてる」そうです。竜座人(ドラコ)が遥かに進化しており、このレプティリアン型生物の交雑種がイルミナティである。交配人種であるイルミナティが地球を支配しているともいわれます。

 

・異人や天狗も異星人だったようで、アストラル界の住人だったのかもしれません。「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔」という話もあり、異人や天狗は邪悪なオリオン星人だったのかもしれません。そしてアストラル・トリップなどで自由自在に異次元を移動できるのかもしれません。アストラル界にもアストラルの惑星がたくさんあり、アストラル界またはアストラル次元と呼ばれる世界を構成している」そうです。人間の死後の世界、幽界や霊界、宇宙人のアストラル界やエーテル界も似ている世界ですが、私たち一般人は、当然詳しくはありません。人々がアストラル界で過ごす期間は、数週間から何百年にもわたるといわれます。

 

・テレポート(瞬間移動)というのは人間には奇跡のような現象ですが、宇宙人にとって「それほど難しいテクノロジーではない」そうです。米国で宇宙人のアブダクション(誘拐)などで大きな問題となった小柄な宇宙人グレイは、「壁を透き通るようにして部屋に侵入してくる」ともいわれます。またアイゼンハワー大統領の前で、グレイが空中浮遊をしたとリークされています。あまりにもエイリアンのテクノロジーが凄まじかったので、国家安全保障上の最高機密(トップ・シークレット)の数段階上の厳秘(アバブ・トップシークレット)扱いにしたそうです。「世界や日本も金星人やアヌンナキ一派に、異次元から支配されている」という与太話もあるそうです。

 

・『ペンタゴンの陰謀』(二見書房)という本によれば、米国はエイリアンの超テクノロジーを兵器などに応用しているようです。またロズウェルに墜落したUFOの事件は事実だったということです。アバブ・トップシークレットにして着々と国家の総力を挙げてエイリアンの超テクノロジーを導入研究している米国が1人勝ちになることでしょうか。「エイリアン・テクノロジー・リバース・エンジニアリング(宇宙人科学技術工学)」は、ロシアも研究しているのでしょうか。またロシアなど世界的に異星人とのコンタクト・ストーリーがあるといわれます。「モスクワには多くの異星人が住んでいる」というリーク話もあるそうです。「エイリアン・テクノロジー・リバース・エンジニアリング(宇宙人科学技術工学)」により、知らぬ間に新兵器に応用されているそうです。「エイリアン・テクノロジー・リバース・エンジニアリング(宇宙人科学技術工学)」の研究によってアメリカ合衆国は発展段階の初期段階といわれます。

 

・こういった面にも日本的な対応がなされているそうです。「あなたはUFOや宇宙人を信じますか」という段階でしょうか。「日本はUFO後進国だ」そうです。私たち一般人は、UFOや宇宙人について研究する時間はありませんが、「UFOは人類の歴史が始まって以来、最も重要な現象」だそうですが、社会にはその動きがみられないといわれます。「異星人はとうに地球を訪れていて、地球人社会にまぎれ混み、密かに地球と我々の文明を監視調査し社会生活をしている」そうですので、私たち一般人は、理解できません。

 

遠野物語』の著者、柳田國男は、明治時代の『遠野物語』の話の内容は、山間の農民たちの作り話でも共同幻想でもなく事実の話であると述べております。異人やザシキワラシや河童が存在した、今もどこかで実在しているといえるのでしょうか。

 

・異人たちは、日本に昔から飛来していた宇宙人のプレアデス星人とかオリオン星人たちでしょうか。外見からは、アブダクション(誘拐)で有名な邪悪なオリオン星人なのかもしれません。彼らは、異類混血などで今は人間と変わらなくなっているのかもしれませんし、その昔、宇宙連合が東北地方に飛来していた可能性もあるといわれます。現代でも異星人とのコンタクティの話があるようです。

 

全国には“人さらい”とか“神隠し”の豊富な伝説があるようです。赤い顔の異人は天狗の末裔だったのでしょうか。昔の“人さらい”や“神隠し”の事件に興味があります。消えた彼らは、どうなったのでしょうか。当時の警察の動きを調べてみると面白いことが分かるのかもしれません。柳田国男は当時の警察の「異人」の情報を調べなかったようです。

 

・中世ヨーロッパでは“取り替え子”の伝承が多くあるといわれます。“取り替え子”とは、フェアリー、エルフ、トロールなど伝承の生物の子と、人間の子供が秘密裏に取り替えられること、またその取り替えられた子のことをいうそうですが、現代ではどうなのでしょうか。

 

・米国では宇宙人によるアブダクション(誘拐)やキャトルミューテレーション(動物虐殺)がマスコミで大騒ぎになった時代がありましたが、国家安全保障上の最高機密(トップ・シークレット)の数段階上位の情報『厳秘(アバブ・トップ・シークレット)』扱いのため、今では詳細はわからなくなったようです。米国の警察事件の幼児誘拐事件は関係がないでしょう。詳しく調べた事がないので分かりませんが。

 

・金色の目と言うのは、爬虫類人(レプタリアン)のイメージですが、イタリアのクラリオン星人のコンタクティ、マオリッツオ・カヴァーロによると「爬虫類人(レプタリアン)もおぞましい顔形ではなく完全に人間化しており、知性的な顔をしている」といわれます。地球上にはかなり多くの宇宙人が「同化」して住んでいるそうです。宇宙人情報を公開すると主権が危うくなるともいわれます。「宇宙人の実体をエーテリアン(霊人)と呼び、彼らの乗用する円盤のことをエーテル船(霊船)と呼ぶべきだ」いう説もあるといわれます。在日宇宙人問題を認識している人はほとんどいないといわれます。「人は皆、記憶喪失の異星人だ」といわれますので、「人間化した宇宙人」や「宇宙人化した人間」のパーソナリティーが多いそうです。「人は誰もみな、おちこぼれた天使であり、神なのです」と語られています。

 

爬虫類人(レプタリアン)という宇宙人が昔、遠野物語の山中を徘徊しており、アブダクション(誘拐)でもしていたのでしょうか。山男たちも異次元移動をしていたそうです。結局、異類混血がかなりすすんでいるようなのです。現代でも社会に異人がまぎれて生活しているそうですが、誰も識別できないそうです。マオリッツオ・カヴァーロによると、小柄なバイオロボットといわれる宇宙人グレイも人間と変わらない種族が増えているそうです。

 

・米国に現れた小柄なバイオロボットともいわれているグレイに似た河童たち。全国的に伝説のある河童は、マオリッツオ・カヴァーロによると現在も海の中にある異次元の世界に生存しているそうです。北海道のコロポックルは、小柄な宇宙人のグレイのさらに小人化したものでしょうか。

 

・“ザシキワラシ”は世界中に伝承のある“子どもの神様”なのでしょうか。異次元に存在したり、この世に現れているのを見たという農民たちの話もあるそうです。“男の子”と“女の子”を見たという民話が多いようです。近年では、ザシキワラシの出現する旅館が焼失したというニュースもありました。

 

ウィキペディア(フリー百科事典)によると、「緑風荘(りょくふうそう)は岩手県二戸市金田一の温泉郷にある旅館。日本を代表する座敷わらしの出没する宿として地位を保ち続けている。本館母屋の槐(えんじゅ)の間に座敷わらしの目撃例が多く文化人・著名人が多く宿泊することで有名。2009年10月4日に起きた火事で、座敷わらしを祀る中庭の亀麿神社以外が全焼。営業停止状態となっている」とのことだそうです。

 

宮沢賢治には4次元とのつながりがあったという話もあり、現代風にいうと一種の超能力者、コンタクティやチャネラーであったのかもしれません。異次元が知覚できたのかもしれません。

 

・「大道めぐり、大道めぐり」の話も中世ヨーロッパの小柄な妖精たちが夜に、円陣をつくって、踊っていたというヨーロッパの伝承を思い出させます。

 

ノストラダムスのいう「日本はヘルメスの統治する国」だそうですが、私たち一般人には、理解不能です。ヘルメスには様々な神話やイメージがあります。神々の伝令で、履くことによって空を飛ぶことができる黄金の翼がついた魔法のサンダル・タラリアを履いたかわいい子供のイメージ画もあるようです。よく巨人の神様にまとわりつく二人のかわいい子供の像があるようですが、天使のセラフィムやケルビムの変身なのかもしれません。

 

ヘルメスも様々な形態で人間に憑依したり、人間の背後霊や守護霊になったりして、人間世界を観察したり統轄したりしているのかもしれません。“子供の姿なのに神様”という神話は世界中にあるそうです。神々は世界中に現われていますが、名前が世界中で違います。「日本はヘルメスが統治する国だ」そうですが、大天使ミカエルも活動しているのでしょうか。

仏教の四天王では、毘沙門天多聞天)がファヌエル、持国天はミカエル、広目天はラファエル、増長天はガブリエルに相当するといわれます。

 

シリウス星人のいるというパラレル・ワールドは、この世に似ているが、大きく違う遥かに進んだあの世の世界で、人間タイプの高等知性体がこの世に関係する様々な活動をしている霊界に似た世界なのかもしれません。パラレル・ユニバース(並行宇宙)は、目に見えないが、すぐ隣にあるといわれます。パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の植民星が地球だという認識は、私たち一般人は、理解できません。非常に細かい粒子の世界は、現代の科学者でも理解不能だそうです。

 

******************************** ・ブログ名称: UFOアガルタのシャンバラ

日本は津波による大きな被害をうけるだろう

・第2のブログ名称:UFOパラレル・ワールド 神の国か?」「人類の原郷か?」 「天上のエルサレムか?」・・・・・・・・・

「パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の殖民星が、地球か?」、「ネガティブのシリウス星人の地球支配があまりにも巧妙なので、しょっちゅう戦争が起こるのだろうか?」

「金髪碧眼のノルディックが住んでいたアガルタのシャンバラ情報の集大成を目指す・・・・・・・・・・」「金星蛇人と火星霊人の戦争はその後どのように展開したのだろうか」 日本民族の神話の原郷『高天原(たかまがはら)』は、『都市型の超巨大宇宙船』なのか!?」「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔なのか」 「小人族のグレイの母船に同乗する金髪碧眼のノルディックは、”悪魔の王””ルシファー”なのか?!」

「円盤は神人や異人、悪魔の乗り物なのか!?」「天使は神の秘密諜報員なのか」「神は最初のフリーメーソンなのか」

「UFOは、人類の歴史が始まって以来、最も重要な現象なのか。UFO問題とは、人間にとっての死の問題を解くことなのだろうか。UFOはフリーメーソンの創作なのか」

「全宇宙を創ったという“虹の神々”も地球に来ているのだろうか」

イルミナティなどのフリーメーソン組織に入ると神に会えるのだろうか」「金星の神々は地球に到着するやいなや、イニシエーションのためのフリーメーソン本部を設けたのだろうか」

国際連合の設立に動いたキリストの星、アプ星人とは」

「人は皆、記憶喪失の異星人だろうか」

「はるかに進化した天使のような宇宙人は、人間の守護霊や背後霊なのだろうか」

セドナ上空に見えないエーテルのシティが滞空するのだろうか」

 

グーグルのブロガーにも書いています→UFOパラレル・ワールド

 

 

 

 

国内の山村にして遠野より物深き所にはまた無数の山神山人の伝説あるべし。願わくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ。『遠野物語』(1)

 

 

『いまこそ知りたい日本の思想家25人』

小川仁志    KADOKAWA  2017/9/22

 

 

 

<今なぜ日本思想なのか?>

・今、日本国内では日本回帰が進んでいるように思います。その背景の一つとして挙げられるのが、2020年に開催予定の東京オリンピックです。

 

・こうした背景の中で日本回帰が進み、日本の文化や歴史を学び直そうという機運が高まっているのです。そうなると、当然日本思想にも注目が集まってくるはずです。残念なことに思想に目が向けられるのはいつも最後なのですが、本当はすべての現象の基礎に思想が横たわっています。文化を形作るのは思想、歴史をつくるのも思想なのですから。

 したがって、本来は日本という国を見直す際、最初にやらなければならないのは日本思想への着目なのです。ところが、これまで日本思想はあまり重要視されることはありませんでした。そもそも日本の思想とは何を指すのかということさえ、コンセンサスが得られていない状況です。たしかに、日本思想という思想があるわけではなく、それを構成しているのは仏教や儒教、あるいは西洋哲学といった個々の思想です。

 

民俗学を創始した思想家 柳田國男(1875-1962)

国内の山村にして遠野より物深き所にはまた無数の山神山人の伝説あるべし。願わくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ。『遠野物語

 

<過去から今を考えるための思考>

柳田國男民俗学創始者として知られています。とりわけ戦前から1960年前後までは、民俗学といえば、柳田の確立した学問のことを指していました。

 

岩手県遠野地方に伝わる逸話、伝承などを記した説話集『遠野物語』で示された、名もなき人々への同情と共感。やがてそれは、柳田民俗学の代名詞ともいうべき「常民」概念の創出へとつながっていきます。常民とは柳田独特の概念で、民間伝承を保持している無名の人々からなる階層のことです。

 柳田は、口承や伝承の資料を集めるために日本全国を歩き回りました。そうして発見したのが常民だったのです。常民は英語のfolkからきていますが、柳田によると、それは知識人に対抗する概念だといいます。むしろ常民こそが日本の歴史を支えてきたというわけです。

 

柳田の民俗学への関心を決定的なものにしたのは、1908年に3か月にわたって九州各地を訪れたことと、岩手県遠野出身の文学青年佐々木喜善に出逢い、彼から遠野の不思議な話を聞かされたことです。

 特に、遠野には信仰的な意味を持った不思議な話が色々と残っていたため、柳田はそれに完全に魅了されてしまいました。その後、実際に遠野を訪れた柳田は、そこで見聞した話をまとめて『遠野物語』を発表します。

 

・さて、そんな柳田の思想については、やはり『遠野物語』から見ていくのがいいでしょう。この本の序文には、柳田が民俗学に惹かれ、それを世に問おうとした強い動機のようなものが謳われています。

 

 思うに遠野郷にはこの類の物語なお数百件あるならん。我々はより多くを聞かんことを切望す。国内の山村にして遠野よりさらに物深き所にはまた無数の山神山人の伝説あるべし。願わくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ。

 

 これはとても有名な箇所なのですが、それもそのはず誰もがこの一節を目にすれば、ぞくっとするに違いありません。なにしろ「平地人を戦慄せしめよ」というのですから。平地人に対置される山に住む人たちの生活が、それこそ驚きに満ちたものだといいたいわけです。何より柳田自身が、その実態を知って戦慄せしめられたのでしょう。

 

・確かに『遠野物語』には、驚かされるような不思議な話が満載で、しかもそれが事実を記録するかのように淡々と語られています。だから読んでいるほうは、文学なのか記録なのか分からなくなってくるのです。中身は文学のようでありながら、実態は記録だからです。これが民俗学のスタイルなのかもしれません。たとえば、次のような感じです。

 

家に帰りて見れば、縁側に小さき泥の足跡あまたありて、だんだんに座敷に入り、オクライサマの神棚の所に止りてありしかば、さてはと思いてその扉を聞き見れば、神像の腰より下は田の泥にまみれていませし由。

 

 これは田植えを手伝ってくれた小僧が、実はオクナイサマという神様だったことが判明したという話です。というのも、小僧の足跡が神棚まで続いており、しかも神像の腰より下が泥まみれになっていたからです。あるいは次のような話もあります。

 

ザシキワラシまた女の児なることあり。同じ山口なる旧家にて山口孫左衛門という家には、童女の神二人いませりということを久しく言い伝えたりしが、ある年同じ村の何某という男、町より帰るとて留場の橋のほとりにて見慣れざる二人のよき娘に逢えり。

 

 今度はザシキワラシの話です。ザシキワラシがいる家は栄え、逆にいなくなると廃れるといいます。この山口孫左衛門の家からはザシキワラシが出て行ったので、皆その後死んでしまい、家が廃れたというのです。

 なんとも恐ろしい話ですが、先ほどのオクナイサマにしても、このザシキワラシにしても、まったく不合理な話ではありません。おそらく山の人々は、奇跡的に助かったり、やるせない不幸があった時などに、自分たちを納得させるためにこうした伝承を作っていったのでしょう。もっとも、これを誇る人たちは、本気でそう思っていたのです。そうでないと意味がありません。

 そしてより重要なことは、柳田がこれらの話を事実であるかのように忠実に記録している点です。

 

・そこで参考になるのが、体系確立期に著された『郷土生活の研究法』です。ここでは民俗学が実践的に人々の役に立つものでなければならない旨が強調されています。

 

我々の学問は結局世のため人のためでなくてはならない。すなわち人間生活の未来を幸福に導くための現在の知識であり、現代の不思議を疑ってみて、それを解決させるために過去の知識を必要とするのである。すなわち人生の鏡に照らしてわが世の過去を明らかにせんとする、歴史の究極の目的は眼前にぶら下がっているのである。

 

民俗学は世の中の役に立つもの、人間生活を幸福にするものでなければならない。そのために過去の知識を掘り返しているのだということです。そうでないとただの好事家の趣味の延長で終わってしまうからです。

 

もともと柳田は農商務省の官僚であり、若い頃から農政について講義をしたり、政策について考えたりしてきました。そうした農村問題への実務的関心が、常に柳田の頭の中にあったに違いありません。現に柳田は、時折農政についての書物も発表していますし、大学で講義をしたりもしています。そうした実践的視点が、彼の民俗学の背景にあることには注意が必要です。その問題意識がかなり具体的に示されているのが、次の一節です。

 

次にはその婚姻の障害に基づくと認められる離村問題、これが果して一つの原因を除くことによって、制止し得るものだろうかどうかということ、それよりもっと痛切なる「何ゆえに農村は貧なりや」の根本問題である。以前はどうであったかをまず明らかにしなければ、いずれも勝手な断定ばかり下されそうな疑問であるが、郷土史の研究者たちは通例そんな厄介なものは自分たちの仕事のほかだと思っているらしい。

 

 農村の問題に民俗学がどう役立つのか、かなり踏み込んで書かれています。特に、何事も過去にさかのぼって考えてみないと勝手な断定になってしまうという部分には説得力があります。

 

・私もよく哲学や思想をやるのに、どうして過去の哲学者や思想家のことを学ばないといけないのかと問われることがあります。過去にどう考えられてきたかを知っておかないと、これがベストだと思って生み出した考えも、すでに過去に同じことがいわれており、色々な問題点が指摘されていたなんてことがあり得るのです。だから過去の英知を前提として知っておく必要があるわけです。

 

(ポイント)

1何事も過去にさかのぼって考えてみないと、勝手な断定になってしまう!

2柳田國男の思想から、過去の出来事を参照し、今の課題を解決するための思考法を学ぼう!

 

戦後民主主義を論じた思想家  丸山眞男(1914-1996)>

・近代日本のダイナミックな「躍進」の背景には、たしかにこうした「する」価値への転換が作用していたことは疑いないことです。『日本の思想』

 

<日本を西洋と比較するための思考法>

・そして、一高、東大とエリート街道を順調に歩んだのち、東京帝国大学法学部に職を得ます。しかし、戦時下であったため、助教授の身分でありながら徴兵されてしまいます。その際、理不尽な扱いを受けたのがきっかけで、ファシズムに抵抗を示すようになります。

 

<日本に革命がないことを説明>

・つまり、日本の政治においては、正統性の所在と政策決定の所在が分離され、その各々について何重にも実権の身内化及び下降化が生じているのです。面白いのは、丸山がこの原理を使って日本に革命がないことを説明している点です。彼は、政変があっても、正統性のローカス自体は動かない点をとらえて、革命がないと見ることができるといいます。この場合の正当性は天皇をとらえていいでしょう。たしかに政変があっても、これまで天皇制が廃止されたことは一度もありません。

 そして、その「革命不在の代役をつとめているのが、実質的決定者の不断の下降化傾向」だと主張するのです。いわば革命の代わりに、秀吉のような関白太政大臣や家康のような将軍、あるいは明治以降の総理大臣といった「臣下」が、実権を握ってきたというわけです。

 

したがって、丸山の仮説によると、日本において革命が起きなかったのは、そもそも正統性と決定の分離があっかからだということができるでしょう。丸山も指摘していますが、中国の皇帝や西洋の絶対君主の場合、両者が厳然と分離されていません。中国や西洋では皇帝や君主のもとに直接行政各省が隷属しているというのです。その意味で、たしかにこれは他国の絶対君主制にはない特徴なので、日本にだけ真の意味での革命がなかった原因として挙げることができるでしょう。

 

かくして日本人は、自分で政治を変えることができるという意識を持てなくなってしまったのです。これを図式的にわかりやすく説明したのが『日本の思想』です。この本の中で丸山は、まず明治になって形成された日本独自の政治概念である国体について糾弾します。

 

・つまり、「である」とは、いわば前近代社会における固定化された人間関係を基礎とする道徳のことです。しかし、近代社会のように物事が変化発展するような環境においては、そのような受動的な道徳では対応できないというのです。だからこそ「する」という能動的な道徳が求められるわけです。

 

・このように丸山は、日本思想史の研究成果をふまえたうえで、日本の問題点を鋭くえぐり出し、そこに欠けているものとして西洋の思想を導入するよう呼びかけたのです。戦後民主主義という課題は、まさにそうした性質のものであったように思います。もちろん、市民社会の形成もままならない現代社会にとって、丸山の問題提起は、いまだ宿題として積み残されたままであるといわざるを得ないでしょう。

 

(ポイント)

1一人ひとりの個人が自立し、主体的に社会に参加していくべき!

2丸山眞男の思想から、西洋と対比した際に浮かび上がる日本の問題点を探る思考法を学ぼう!

 

戦後最大の在野の思想家  吉本隆明(1924-2012)

・ここで共同幻想というのは、おおざっぱにいえば、個体としての人間の心的な世界と心的な世界がつくりだした観念世界を意味している。『共同幻想論

 

愚直さを貫く思考

・そして返す刀で、丸山眞男が前提とするような西欧近代の国家もまた擬制にすぎないと批判したのです。そうではなくて、むしろその根底にある幻想の共同性に目を向けるべきだと主張するのです。というのも、国家というのは、もともと民俗的な伝統に基づく幻想の共同体として発展してきたものだからです。

 したがって、人々の意識が太古からの民俗的・宗教的心性や生活様式に根差している限り、マルクス主義のような理論による解放を目指しても無駄だというわけです。それが彼の代表作『共同幻想論』のモチーフであるといえます。この本は『古事記』や柳田國男の『遠野物語』を参照しつつ、古代世界における共同幻想の生成、王朝の成立について論じたものですが、その背景には吉本の国家観の本質が横たわっているといえます。

 

・つまり、共同幻想とは、現実の国家を指すわけではなく、人々が共同に抱いている国家に対するイメージを指しているわけです。吉本自身は、国家は共同幻想の一つの態様にすぎないといっていますが、いずれにしても、そんな幻想が私たちの国家観の根底に横たわっているというのです。そしてこの共同幻想ゆえに、人々は真の意味での革命を望みません。古代王朝以来の幻想の共同体と一体化している大衆は、その幻想なしには生きていけないからです。

 

・ここにあるように、大衆はすべての時代を通じて、歴史を動かす動因だったのです。にもかかわらず、その存在が支配者の陰に隠されてしまっている。吉本がやろうとしたのは、そうした事実を暴き出すと同時に、大衆を本来の主役の座に祭り上げることではなかったのでしょうか。

 こうして吉本は、イデオロギーの時代にあって、常に大衆の側に立つという戦略をとり、それによってまさに大衆からの支持を得てきました。ところが、イデオロギーの終焉とともに、大衆は姿を消し、80年代になるとやがて消費者へと変質していきます。

 すると吉本もまたそれに歩調を合わせるかのように、大きく変節していきます。80年代の経済、文化の時代には、これまでとは打って変わって、ファッションや音楽などにも手を広げ始めるのです。その代表的な作品が『ハイ・イメージ論』です。

 

ここではファッションをリードするのが、大衆ではなく、ファッション・デザイナーであるとされています。つまり、消費社会をリードするのは、消費者としての大衆ではもはやなく、ファッション界のエリートであるデザイナー、あえていうなら知識人であるデザイナーのほうです。

 資本主義の象徴ともいえるファッションへの吉本の傾倒は、イデオロギー的な転向ともとれるほどの変節だという批判さえありました。たしかに川久保玲コム・デ・ギャルソンを称揚するだけにとどまらず、自らもそれをまといファッション誌に登場したのですから、かつてのプロレタリアートの闘士はどこに行ってしまったのかといわれても仕方ありません。しかし、吉本はあくまで大衆の本質を見ていたのでしょう。時代が変われば大衆も変わっていきます。

 にもかかわらず、ただプライドのためだけに「大衆の現像」を墨守し続けることは、彼にはできなかったのだと思います。だからこそ、オウム真理教が一連の事件を起こしたときも、あえて世論に迎合するようなことはなかったのです。それもまた世紀末における大衆の本質を正直にとらえた結果だったのでしょう。

 こうして見てみると、吉本隆明という思想家は、つくづく純粋な人だったのだと感じざるを得ません。だからこそ生活が苦しかろうと、社会的地位を失おうと、どれだけ非難されようと、自らの信念を愚直に叫び続けたのでしょう。そして美しい詩を詠み続けたのでしょう。

 

(ポイント)

1大衆はすべての時代を通じて、歴史を動かす動因である!

2吉本隆明の思想から、愚直さを貫くための思考法を学ぼう!

 

<過去の英知の活かし方>

<共通していえるのは、皆勉強家であること>

過去の英知に学ばねばなりません

・ここで過去の英知を軽視する人は、すでにわかっていることを自分の力で発見しようとして、徒労を強いられることになります。何より問題なのは、知を進歩させることができない点です。スタート地点やベースになるべきものがわからないのですから。

 

 

<●●インターネット情報から●●>

ウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)

丸山眞男

1944年7月、大学助教授でありながら、陸軍二等兵として教育召集を受けた。大卒者は召集後でも幹部候補生に志願すれば将校になる道が開かれていたが、「軍隊に加わったのは自己の意思ではない」と二等兵のまま朝鮮半島平壌へ送られた。9月、脚気のため除隊決定。11月、応召より帰還。

 

1945年(昭和20年)3月、再び召集される。広島市の船舶通信連隊で暗号教育を受けた後、宇品の陸軍船舶司令部へ二等兵として配属された。4月、参謀部情報班に転属。丸山は連合通信のウィークリーをもとに国際情報を毎週報告。入手した情報を「備忘録」と題するメモに残す。8月6日、司令部から5キロメートルの地点に原子爆弾が投下され、被爆。1945年(昭和20年)8月15日に終戦を迎え、9月に復員した。「上官の意向をうかがう軍隊生活は(大奥の)『御殿女中』のようだった」と座談会で述べたことがある。この経験が、戦後、「自立した個人」を目指す丸山の思想を生んだという指摘がある。

 

 

 

『これを語りて日本人を戦慄せしめよ』

 柳田国男が言いたかったこと

山折哲雄  新潮社 2014/3/28

 

 

 

<あの世とこの世>

・2010年は、柳田国男の『遠野物語』が世に出てからちょうど百年目にあたっていた。それを記念して、岩手県遠野市をはじめとしていろんな行事が行われた。

 

私はかねて、『遠野物語』はこの世の物語なのか、それともあの世の物語なのかと疑ってきた。よく読んでみると、その関係性のようなものがどうも判然としないからだ。あの世の話とこの世の話が入れ子状になっていて、あたかも二重底になっているようにみえる。その上、登場してくる人物が狂気を発した老女であったり、神隠しにあう子どもだったりする。山中に入って眼光するどい異人に遭遇する話、異界に住む妖怪(河童やザシキワラシ)が出現する話、オシラサマといった木偶のカミを祀る話、ダンノハナなどと呼ばれる、オバステを思わせる共同墓地、あるいは老人共同体のような風景……。

 とにかくヒト、カミ、オニの境界がはっきりしない。タマ(魂)とヒト、生霊と死霊のあいだの輪郭がぼけている。死んだはずのものが死んではいない。死の気配がいつのまにか生の領域を侵している。

 

柳田国男も『遠野物語』の序文のなかでいっている。それは9百年前の『今昔物語』のごときものだ、しかしこの『遠野物語』はたんなる昔の話ではなく、「目前の出来事」である、と。

 

平地人を戦慄せしめよ

<二つの異常な話>

結論をさきに出してしまうと、『山の人生』は『遠野物語』の注釈、頭注、脚注、といった性格をもっているということである。その頭注、脚注の仕事に没頭していくところから柳田国男の学問が生れ、そして鍛えられ、やがて日本民俗学の誕生へと発展していったのではないか、そのように私は考えている。

 

・右の第一話をしめくくったあとに記された「あの偉大なる人間苦」という柳田の言葉遣いに注目しよう。それはわが民俗社会の「山の人生」に刻みつけられ、埋めこまれてきた伝承のなかには、数知れない「人間苦」の記録が累々とつみ重ねられているという認識をあらわしているといっていいだろう。

 

<物深い民俗学

国内の山村にして遠野よりさらに物深き所にはまた無数の山神山人の伝説あるべし。願わくばこれを語りて平地人を戦慄せしめよ。

 

 有名なメッセージである。柳田国男の『遠野物語』の世界にふれて、この「平地人を戦慄せしめよ」の言葉を意識しないものはおそらくいなかった。そのようにいってもいいほどに人口に膾炙したメッセージだった。ところが、その「物語」の母胎をなす「無数の山神山人の伝説」を伝えてきた「物深き所」そのものに言及する論者はほとんどいなかったのではないだろうか。遠野よりさらに「物深き所」には、普通の人間の目では見通すことのできない「物深い現実」が隠されている。それを見つめなければならぬ、それを凝視せよ、そう柳田はいっているのである。

 

・ただそれにもかかわらず、ただ一つ確かなことは、その物深い山村に伝えられてきた無数の「山神山人」の伝説を語って平地人を戦慄せしめなければならぬと、かれが考えていたことだある種の使命感のようなものがただよっているともいえるが、じつはそれらの山神山人たちの伝説を知って心中ひそかに戦慄していたのは柳田自身だったのではないだろうか。東京人のような「平地人」たちを戦慄させる以前に、すでに柳田国男自身が戦慄していた。そのような切迫感がこちら側に伝わってくるようないい方である

 

<「翁さび」の世界>

フィレンツェのひらめき>

発端は、「童子」と「翁」の問題だったと思う。私の視野に火花を散らして向き合う柳田と折口の姿がはじめて映ったのは、「童子」の世界に見入っている柳田と、それにたいして「翁」の系譜にのめりこんでいく折口の背中合せの映像だった。子どもと老人の問題、といってもいい。しかしその子どもと老人の問題が、やがて柳田と折口という師弟のあいだでは妥協のできない、のっぴきならぬそれぞれに固有のテーマであることがわかるようになった。

 

柳田は、そうした類似の昔話やいい伝えをつみ重ねていった。その結果、これらの小さ子伝承の源流がじつは山中の水神にたいする信仰にあったのではないかと考えたのである。しかもその水神が母神の面影を濃厚に示している。そこから、このようないい伝えの中心には母子神信仰があったのだろうと論をすすめていった。

 あえていうと、それが柳田の童子論の骨格である。童子神というのは、むろん日本列島にだけみられる現象ではないローマ神話のキューピッドなど数えあげていけばいくらでもみつかるだろう。ただ柳田の場合は、かねてからわが国の御子神や若宮などの「小さ子神」をとりあげて、それらの神々がいずれも神霊を宿す巫女(=母神)の子、という伝承をもつことに注目していたのである。

 

<折口の翁、柳田の童子>

・その翁についての論を立てるための発端が、日本の「祭り」だった。折口はいう、日本の祭りの原型は秋祭りから冬祭りへのプロセスに隠されている、と。その着眼を文献調査とフィールド踏破を重ねてつきつめていった。秋祭りとは、稲の収穫を祝い、神に感謝を捧げる祭りである。つまり村の鎮守の祭りである。それにたいして冬祭りとは、山から神が降りてきて里人たちの幸せと長寿を祝福する祭りだった。神々と人びとの交流、交歓の関係がそういう形ででき上っていた。神人互酬の関係である。神人贈答の交わりといってもいい。その場合、山から降りて来る神は、「ご先祖さま」と意識されていた。祭りが終れば、ご先祖さまはふたたび山の中に帰っていく。

 

・冬山の彼方からこの地上に忍び寄ってくる神、それが折口には異様な姿をした老人にみえたのだ。容貌魁偉な翁だった。それがいつしか柔和で優しい翁へと姿を変えていく。それはおそらく、山から訪れる神と里人たちの交流、交歓の結果であった。

 

・折口学をめぐるキーワード中のキーワード、「まれびと」である。そもそもかれのいう山の神の正体も、よくよく考えてみれば曖昧模糊としているのだが、そこにさらにいっそう正体不明の「まれびと」を重ねていく思考とは、いったい何だったのか。すでにふれたことであるが、老人→山神→まれびとへと、どこまでも遡行していく、折口の不可思議還元の方法と呼ぶほかはない。

 

<柳田の普遍化、折口の始原化>

・たとえば、折口の芸能論と宗教民俗論のちょうど接点のところに位置する「翁の発生」という論文をみてみよう。そこでは「翁」の諸現象についてさまざまな角度からの分析が加えられているのであるが、最後になってその議論のほこ先はただ一つの地点へと収斂していく。すなわち「翁」の祖型は「山の神」に由来し、その「山の神」の伝承をさらにたどっていくと最後に「まれびと」の深層世界に行きつくほかはない、という観点がそれだ。

「翁」という微光に包まれた謎のキャラクターを、も一つの神韻ただよう「山の神」へと還元していく。これはいってみれば位相をずらしながらスリップさせていく無限の同語反覆を想わせないだろうか。そこに筋道立った因果律や合理的解釈の入りこむ余地のないことはいうまでもない。

 

 

 

『鬼』

高平鳴海、糸井賢一、大林憲司、

エーアイスクウェア 新紀元社    1999/8

 

 

 

「伊吹弥三郎・伊吹童子(創造神とドラ息子)

出自;「御伽草子」「三国伝記」「仮名草子」「伊吹どうじ絵巻」

 

<容姿>

伊吹弥三郎も伊吹童子もその姿は一般的な鬼のイメージとは違う、もともとの伝承から推測するに単なる巨大な男、いわゆる巨人であり、その他の細かい特徴は不明である。特に弥三郎は富士山などを造ったとされており、その体の大きさは他の鬼と波比べられないほどだろう。

 

伊吹童子の方は、童子と呼ばれるだけあって童(わらわ)の姿をしていたらしい。不老長寿の薬といわれる「サンモ草の露」を飲んで以来、老いもせず、14~15歳の少年のままだった絵巻に書かれている。

 

伊吹の山神

近江の伊吹山にいたとされる伊吹弥三郎は、創造神という顔と、魔物=鬼という顔がある。その息子の伊吹童子も多くの部下を従えて暴れまわった鬼である。

 

実は近江の伝説だけでなく、弥三郎は多くの文献にも登場している。

 

<戸隠の女盗賊><紅葉(くれは)>

・各地の伝承でも能楽で語られる場合でも、絶世の美女であったと伝えられる。しかし、罪に問われて戸隠に逃れ、その後は悪事を重ねるごとに醜い姿になっていった。

 

<英雄を助けた鬼女、鈴鹿御前>

どの伝承を見ても絶世の美女だったと記録されている

 

・彼女は記録によって鈴鹿御前と呼ばれる場合と烏帽子と呼ばれる場合がある。

 

・鬼女を御前と呼ぶのは変かもしれないが、伝説を見ると、どうも、彼女は、完全な悪玉というわけではなかったようである。あるいは、鬼神レベルの力を有していたために、敬称が付けられたのかもしれない。

 

<日本最古の鬼は「目一つの鬼」で出自は「出雲風土記」>

酒呑童子茨木童子、伊吹童子、八瀬童子、護法童子などのイメージは、人間タイプとモンスター・タイプが混ざるものが多いようだ。

 

 鬼はなぜ童子とよばれるのだろうか?

・童子とは、つまり元服前の稚児を示す言葉だが、童子はいわば蔑称で、時の支配者らが用いた言い回しである。鬼は確かに人々を驚かしていたが、その力を認めたがらず、下っ端=目下の者=童子と呼んだそうだ。

 

 <<日本の伝承に残る鬼として>>

・ 桃太郎の鬼(温羅)(うら)

蝦夷の鬼王(悪路王)(あくろおう)

有明山(信州富士とも呼ばれる)の鬼族(八面大王)(長野県の伝承)

・ 黄泉より還りし悪鬼(大嶽丸)(おおたけまる)(三重県鈴鹿山近辺の伝承)

・ 霊の化身(鬼八法師)(きはちほうし)九山岳地帯の伝承

・ 飛騨の怪人(両面宿儺)(りょうめんすくな)

「伊吹弥三郎」と「伊吹童子」の伝承(岐阜県北部伝承、日本書紀御伽草子に登場)

近江の伊吹山にいたとされる伊吹弥三郎は、創造神という顔と、魔物=鬼という顔がある。伊吹童子はその息子だという。

 ・ 天邪鬼(あまのじゃく)(人々に親しまれた小鬼)(和歌山県串本町の伝承)

・ 同胞を助けた「赤鬼」(せっき)出自は安倍晴明物語。

 

 

 

柳田國男とヨーロッパ』    口承文芸の東西  

高木昌史   三交社    2006/4

 

 

 

<伝説><イギリス>

イギリス、特にケルト文化圏の民間伝承を、他のヨーロッパの国々と比べて場合、際立つ特徴のひとつは、妖精やエルフが登場する伝説や民話の豊かさにあるといえる。Fairy taleという言葉自体、妖精譚に限らず、おとぎ話や昔話など全体を意味し、イギリスの民俗的想像力において妖精という存在がもつ重要さがうかがわれる。

 19世紀以降に行われた民話や伝説の蒐集と研究においても、特に妖精やエルフなど超自然の存在に関する伝承に焦点をあてたものが多い。

 

・そしてイギリスの民間伝承には、2種類の妖精が登場するという。一つは、田園のエルフで、森や野原、丘や洞穴に棲む。村はずれの塚や丘の横腹に入口があって、そこから妖精の世界に入ることができる。もうひとつが、家の精で、人間の生活に仲間入りし、ミルクやクリームを好み、台所の仕事を手伝ってくれたりする。ホブゴブリン、ロビン・グッドフェローなどと呼ばれて親しまれ、陽気で、いたずら好きな性格である。

 妖精は人の姿をして、とても小さく、緑色の服をきて赤い帽子をかぶり、森や野原に姿を現す。ダンスを好み、月光の中で輪になって踊るため、翌朝には、草の上にフェアリー・リングという円形の跡が残る。

 

・妖精は時に人間のこどもを盗んで、偽せ者を替わりに置いていく。また、妖精のお産のところに人間の産婆がつれていかれることもよくあり、お産を手伝ったり、妖精の赤ん坊に乳を与え育てると、御礼に宝物をもらったり、まぶたに不思議な薬をぬられて妖精の世界が見えるようになったりする。

 

・柳田は「北部歐羅巴に今なほ活動して居るフェアリーの如き、その発祥地である所のケルト民族の特性をよく代表して居る。フェアリーの快活で悪戯好でしかも人懐こいやうな気風は慥にセルチックである。フェアリーは世界のおばけ中正に異色である」

 

・柳田の書き込みは、「妖精と出産と人間の産婆」、「取換え子」の章にもっとも多くみられる。人間が妖精の国に行ったときには与えられたものを口にしてはいけないこと、妖精の中に見覚えのある顔があったりするため、人々の想像力のなかで死者の国と妖精の国がつながっていたという箇所に下線を引いた。

 

「取換え子」の話は、妖精が人間の赤子を欲しがって盗み、代わりに年老いた妖精を子供にみせかけて置いていくという広く流布している話だが、柳田は、「生まれたばかりの赤子と神秘の世界との間には特別のつながり」があるとされていた、というところに下線を引いている。

 新生児は超自然の力に対して無防備で特に狙われやすく、子どもを守るために、妊婦の部屋に火を絶やさず、産後は三日三晩ランプを灯し続ける習慣があった、というところにも下線を引き、横に「ウヴ屋の火」と書き込んでいる。

 

・鉄への関心は、例えば、妖精の輪の中に引き込まれて踊り続け、1年後に出てきた男が、1日しかたっていないと思い込んでいたというウェールズ地方の伝説のくだりで、輪の中から若者を引きずり出す時に何か鉄のもので若者の体に触れると若者の命が助かる、というところのironの語にだけ柳田が下線を引いていることでもわかる。

 

・また「取換え子」の話も、妖精が種族の活力を強化するために人間の血を必要とするためだといわれている。

 

・柳田の関心のありかは、妖精の世界と死者の世界の重なりや、赤子と異世界との神秘的なつながり、産婆の妖精界訪問譚に注目していることなどから察するに、むしろ、妖精を媒介とした異界との往還にあったのではないかと思われる。人間の赤ん坊を妖精が盗んで取替え、また妖精の赤ん坊の出産を人間の産婆が手伝うという事は、出産と誕生が、妖精の世界とつながる契機となることを意味し、逆に鉄や塩は、そうした異世界への道を断ち切る手立てとなるのである。

 

<目に見える人間世界と地下の内なる未知の世界の接触交流>

柳田は異類婚姻譚に関心を示した。リースの本への書き込みで、特に興味深いのは、そうした妖精妻の子孫が村のどこそこに今もまだいる、伝説が真実であることの証拠であるという記述があると、必ず下線を引き、欄外に「子孫あり」、「子孫名家」、「子孫繁栄」などと書き込んでいることである。妖精の子孫であることを誇る人々がここにいる、と柳田が感じ入りながら頁を繰っていった様子を彷彿させる。そして、こうした書き込みも、異界とのつながりの継承性が、柳田にとって重要だったことを示すとみてよいだろう。

 

・柳田が読んだイギリス、特にケルトの民話伝説にみられる妖精の世界は、超自然の異世界でありながら、人間の世界の近くにあり、密な関わりをもつ。行き来があり、人間の生活に加わってくる。

 

異世界と人間をつなぐものとして妖精伝説に柳田は関心を持ったものではないか。そして、妖精の子孫を名乗る家が今なお健在であるという記述に注目する点に、柳田の面目躍如たるものがあるように思われる。それは『遠野物語』の序文で、山女、妖怪、怪異、霊など異世界との遭遇の物語がすべて今現在の事実の話であると主張したときから変わらない柳田の民間伝承観の一面をあらわすといっていいのではないだろうか。

 

 

 

どうも日本人は、専守防衛であれば小さい金額ですむと思っているようです。一方、攻撃能力の増強には莫大なお金がかかると思っているのですが、じつは逆なのです。(4)

 

 ■■■ 私が思うこと、聞いたこと、考えること ■■■

 

国際化がすすみ知日派の外国人が増えています。「岡目八目」といいますが、外国人の眼から、日本の良いところ、悪いところの指摘は、斬新なものだそうです。人手不足が問題になっていますが、「移民の問題も移民に土地を与えることができないので受け入れられない」といわれます。外国人労働者も労働問題・トラブルが増えていると指摘されています。移民を認めなくても将来は1千万人程度の外国人労働者が日本に職を求めて住みつくといわれます。そうなれば、国際結婚もすすみ、日本国籍を取得する外国人も増加しましょう。未来では、ニューヨークのような人種の坩堝のような国になるのかもしれません。外国人の目からは、現代の日本は「進んだ国」でもあり「遅れた国」でもあることでしょう。しかしながら、進歩的な文化人たちには遅れた国の印象が強いのかもしれません。社会の遅れた面、非近代性、後進性、劣等性、頭の古い面が予想以上に多くなってきているそうです。なぜ改革が遅れているのでしょうか。遅れた政治では、国民が不安を覚え、国民が恥をかくといわれます。

 

 

・今の時代、「日本は凄い」「「クール・ジャパン」を強調するよりも、難病や奇病も増えており、困っている人々も多いので早急な政治改革が求められているといわれます。

 

・敗戦後に作られた憲法自衛隊の防衛問題も、その歪みを指摘する外国人が少なくないといわれます。特に「専守防衛」という政策には、解釈や認識が大きく違ってくるようです。外国人の眼からみると日本の防衛政策は奇異に映るといわれます。「専守防衛」だからこそ核兵器をもつ必要があると専門家は主張しています。平和運動が核攻撃を招き寄せる」といわれ「日本列島を核攻撃で沈める」という恫喝も頻繁に現実に一般国民がうけています。「核の恫喝を受けないためにも核には核を」という合理的な思考が求められているそうです。「脳天気(ノー天気)な核シェルターもグローバルスタンダードを適用すべきだ」といわれます。良識の国会の「ノーシェルター政策」は、国民が不安を覚え、一般国民が恥をかくといわれます。周辺諸国では、核兵器や生物化学兵器、核シェルターの開発を熱心に展開しているそうです。核戦争を想定内にしているからでしょう。シリアの化学兵器サリンだったともいわれ、北朝鮮が関与していたという話もあるといわれます。シリアをめぐる米ロの対立が懸念されています。「21世紀には核戦争は絶対にない」という保証はありません。スイスのように100%の核シェルターと国民皆兵的な郷土防衛隊で備える必要があると指摘されています。総務省地方自治体の管轄の「郷土防衛隊」の創設が必要だといわれます

 

・中国の統計数字が怪しいとよくいわれてきました。最近では、さまざまな統計数字の誤りを、当局者が修正の発表をしていると語られています。旧共産圏諸国の経済は、うまくいっていない所が多いといわれます。昔は、旧共産圏諸国は、旧ソ連の体制や経済システムを学び、真似をしてきたようです。残念ながら、旧ソ連の経済システムは、現実的なものではなかったようです。「ビジネス」とか「マネジメント」という概念が発達していなかったといわれます。社会主義諸国の経済不振から、さまざまなトラブルや国際問題が引き起こされる懸念があるそうです。中国においては、外国企業への当局による規制や統制が、資本主義国では考えられない内容となっており、大きなトラブルや訴訟問題、軋轢を生んでいるといわれます。それが米中貿易戦争の背景ともなっているようです。中国の海外進出もうまくいっていないという報道が増えているといわれます。チャイナ・ウオッチャーからは、激変する中国情勢が毎日のようにインタ―ネットから豊富に流れています。大国中国も有名無実化しているのかもしれません。

 

・「誰よりも中国を知る男」石平氏の『2010年中国が牙をむく』は、何とか妙な符合があるようです。中国金融・不動産市場のバブルの崩壊は「ドバイの1000倍の衝撃」を持って世界経済に襲いかかるのでしょうか。

 

・「語学力はネィティブ・スピーカー、コンプリート・バイリンガルでないと使い者にならない」と酷評する者もいるそうですが、日本の職業外交官では、学校で語学を学んだ人がほとんどでしょう。外務省チャイナ・スクールの動きが注目されるそうです。ところで外務省も拉致事件の解決には大きな責任があったと指摘されています。

 

中国経済は、シャドーバンキングの崩壊でバブル崩壊の懸念の声がチャイナ・ウオッチャーの間ではささやかれております。しかし、大きな国だけに崩壊するのも20年位はかかるだろうとする見解もあるようです。いろいろな見解があり「2億人がバブル崩壊で打撃を受けても、まだ3億人のマーケットがある」とかの「群盲像を評す」の感があるようです。

 

・ネット情報によると、米国の著名な投資家のジョージ・ソロスが「中国の財政破たんを予言」とかのニュースがあったそうです。私たち一般人は、中国の農業問題も詳しく知りませんが、農業もうまくいっていないことが多いようですし、農村問題も一層悪化しているそうです。中国からの農産物の輸入品に、禁止農薬などが過剰に含まれ、有害なものが増えているといわれます。

 

・はたして共産党一党独裁体制で資本主義化した経済システムをいつまで維持できるか多くの疑問がなげかけられているようです。「(近)未来に中国は、ロシアが分割されたように4分割される」というような様々な予測がありますが、これからが正念場のようです。チャイナ・ショックが現実のものとなると、日本の「失われた20年」の経済が、さらに悪化する懸念がでてくるそうです。

 

・世界的に「明るい中国経済」を語るポジティブな論調からネガティブな論調へと増えていき、「ドバイの1000倍の破壊力を持つ中国不動産バブルの崩壊」が起こると、日本の「失われた20年」の経済惨状はどうなるのでしょうか。

 

・「文化大革命の10年間、中国全土はまさに阿鼻叫喚の無間地獄と化していた」とは、陰惨な話です。 「誰よりも中国を知る男」石平氏の「10年間の長きにわたって、そういった非条理なことが一日も中断することなく、日常的に行われ、中国全土はまさに阿鼻叫喚の無間地獄と化していた」という話を知れば、「知らぬが仏といいますが、10年間の文化大革命の生き地獄を知れば、誰でも中国が嫌になる」、「中国人自身、10年間の文革の阿鼻叫喚の無間地獄を知れば中国が嫌いになり、中国を捨てる」といわれます。

 

ウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)による『文化大革命』の説明。

文化大革命のきっかけとなったのは毛沢東劉少奇からの政権奪還を目的として林彪に与えた指示であり、これに基づいて林彪が主導して開始されたとされている。その後、林彪毛沢東の間に対立が生まれ、林彪による毛沢東暗殺未遂事件が発生(林彪事件)。林彪は国外逃亡を試みて事故死するが、彼の死後も「四人組」を中心として、毛沢東思想にもとづく独自の社会主義国家建設を目指し、文化大革命が進められた。しかしながら、実質的には中国共産党指導部内の大規模な権力闘争であり、これが大衆を巻き込んだ大粛清へと発展していった。

文化大革命においては、まず共産党指導部に煽動された暴力的な大衆運動によって、当初は事業家などの資本家層が、さらに学者、医師、弁護士などの知識人等が弾圧の対象となった。その後、弾圧の対象は中国共産党員にもおよび、多くの人材や文化財などが甚大な被害を受けた。

文化大革命による行方不明者を含めた犠牲者数は、推計で約数百万人-約1000万人以上といわれ、これらの政策によって中華人民共和国の経済発展は30年遅れたと言われている」とのこと。

 

・時代錯誤の「戦争狂人」は、何処の国にもいますが、「現実の軍の中枢に『戦争狂人』が多数いれば、戦争しないことが異常になる」といわれます。朱成虎教授(少将)の件は、その後米国が抗議して、処分されたそうですが、「戦争狂人の危機」は、「常にそこにある危機」と指摘されています。

 

チャイナ・リスクの大きさをビジネス界や政界は、ようやく認識し始めましたが、今が正念場です。「お金の分配がうまくいっていれば、世の中はうまく回転する」そうですが、「人民元を大暴落させれば台湾と戦争をする必要がなくなるかもしれない」そうです。また「インフレを抑えるために国有化の統制経済を復活することも必要になるかもしれない」といわれます。私たち一般人は、難しい経済政策は分かりませんが、さて、中国の動向は如何に展開していくのでしょうか。

 

・「中国は崩壊する」という言葉は、どこにでも出てくる言葉になりました。一種の流行語になりつつあったそうです。大手一流どころは、もちろん、中国崩壊論を素人でも書ける時代になったようです。いつのまにか崩壊論者が多数説になりました。社会主義経済は必ず(?)崩壊するという一例ですが、1991年のソ連の崩壊も私たち一般人を驚かせたものでした。あれから20年ですから激動の時代でした。「社会主義経済だから経済がまわらなくなる」そうです。ソ連の崩壊のように破綻のシナリオが動き出すのでしょうか。 

 

・インタ―ネット情報によると「ソ連が崩壊した主な理由が米国に対抗するために軍事費にカネがかかり、民生部門にカネを回さなかったことです。そのため農業政策がことごとく失敗。慢性的な食糧不足に悩まされていました。このように民政をないがしろにすると国民の不満が高まり士気も下がります。ソ連崩壊を一番喜んだのは自国民だったことがその証です」とのこと。中国の13億人とも15億人とも言われる膨大な人口のうち10億人の層の不満が鬱積しているそうです。

 

ソ連の崩壊時も庶民層が一番困ったようです。ソ連も膨大な軍事費が致命傷になったのは皮肉でした。軍事費が相当負担になっている国はいきおい、費用対効果で核兵器化学兵器、細菌兵器の開発に力を入れるのでしょうか。有識者によると「こうした方法の一番安上りで効率的なのは原子爆弾を持つことである。だからそちらの方に動いていく」といわれます。

 

・「中国は旧ソ連の崩壊時に酷似してきた」ともいわれております。しかし、そこは歴史のある大国のこと、違ったパターンをとることでしょうか。インターネット情報によると「1991年のソビエト連邦共和国の崩壊による経済の混乱でハイパーインフレが起こった。1992年のインフレ率は26.1倍、1993年のインフレ率は9.4倍、落ち着くのは2000年以降になった。そこでデノミが実施され、1998年1月通貨単位を1000分の1に切り下げるデノミを行いました。しかし短期国債の償還期限が次々に訪れ、利払いが税収を上回り、制御不能状態に陥った。資本の流出も続き、国債価格は大幅な下落を続け、1998年8月14日には、利回りは170%にまで暴落した。株価の暴落も続いた。1998年8月17日から90日間の対外債務の支払い停止発表(事実上のデフォルト宣言)。デフォルト宣言後、国内銀行が営業停止となり預金封鎖が行われ、資産はすべて国に没収された。銀行の貸金庫にあった資産もすべて国に没収された。株価は1997年10月のピークから15分の1にまで下落した。ソ連時代の1ドル=1ルーブルから1ドル=24ルーブルへ下落した。通貨単位がデノミにより1000分の1に切り下げられたため、換算すると通貨の価値は2万4000分の1になった」とのこと。

 

・報道によると100兆円規模のシャドウ・バンキングによる金融の7月危機説が言われていました。中国の崩壊は、10年ほど前から言われてきましたが、ここにきて誰の目にも明らかになりました。崩壊する、崩壊するといわれてもまだまだ長く続くことでしょうか。7%程度まで成長率が減速する可能性があり、ハードランディングになれば、低所得の階層にしわ寄せがいき、「社会的にいろいろな意味でガタガタするかもしれない」そうです。いつまでかわかりませんが、強大な警察力と人民解放軍で頻発する暴動を抑え切れるといわれます。

 

・通貨の問題も元高になるのか元安になるのか分かりません。通貨を実態経済以上に膨大に発行し、過剰生産、過剰在庫なら、元安ではないのでしょうか。元高で輸出企業が打撃を受けているそうです。私たち一般人は、エコノミストではないので、詳しいことは分かりません。が、元安になれば中国投資がすべて損失になることでしょうか。とにかく人口が大きいだけの大国ではないので、その破綻の影響がじわじわと懸念されているといわれます。

 

・限られた予算、増えない税収、福祉予算を削る財政赤字ということで、日本の防衛予算に振り向ける原資は限られているようです。日本に関する悲観論を書く人もいますが、誤りだそうです。円安で、石油価格が上がり、漁船が出漁しても赤字になることもあります。原油高で火力発電を増設しても電力料金の値上げが必要となります。電力料金を今以上に上げれば、中小企業が赤字で打撃を受け、操業できなくなります。電力料金値上げは一般市民も困ります。風力発電太陽光発電では、産業電力を賄えません。オイル・シュールも開発されましたが、化石燃料は200年で枯渇するといわれ、原発中心とならざるをえないそうです。ましてや石油価格が値上がりしますと産業が致命傷を受けます。安全を考慮して原発の再稼働を急ぎ、将来のエネルギー需要と電気自動車の需要のために新規に安全性を高めた原子力発電所を50基新設計画しなければならないという説もあります。現在、日本で動いている車をすべて電気自動車にするとそれくらいの原発の新設が必要になるそうです。

 

・賠償金の問題や汚染水の問題で東京電力原発に関しては、依然として国家危機が続いているといわれます。いまだに非常時だそうです。原発技術を世界一にして、原発輸出ができる国にならなければならないといわれます。

 

・「誰よりも中国を知る男」石平氏によると「何しろ、中国では、共産党政府の発表でも、年間に10万件を超える暴動が発生している有様なのである」そうですが、これから暴動がどのように展開していくのか、懸念されているそうです。[共産党細胞]の力が、行政機関よりも強い特殊な統治構造を持ち、政治的な報道は特に統制する国のようですので、日本の中国研究家にはあまり情報がはいらないのでしょうか。

 

・境界線の争いから部族間が殺し合いを始めるというパターンは、太古からの人間の集団の定めのようなものだそうで、現代でもアフリカの部族間の争いで見られ、生存圏の争いということだそうですが。

 

・アメリカの投資家の対応については、既に「中国経済のネガティブな未来」を見越して、あらゆるアクションがとられているといわれます。とくに金融機関の動きには注目が集まっています。欧米諸国の金融機関の対応は、厳しくなっていくと指摘されています。業績に直結しますので、経営者は真剣です。米国の情報組織のほうが、「経済スパイとしての能力が高い」と指摘されています。常に、政府の動きよりも、企業の動きが素早く、活発的なようです。ヨーロッパ諸国の中国に対する認識は、どうなのでしょうか。一般的には、中国への真剣な取り組みに変わっていくことでしょう。当然のことながら、中国共産党も、体制の維持のためにさまざまな政策を打ち出していくことでしょう。「上に政策あれば、下に対策あり」ということで中国の大衆も、さまざまな自衛策をとっていると語られています。中国は“人類の難題”となっていくそうです。強力な治安部隊があるといわれますが、国内の治安統制はどこまで可能となるのでしょうか。

 

・『「中国の時代」は終わった』という本は4年前の本ですが、内容が古いとは言えないといわれます。ジョージソロスは「2年以内に中国は終わる」と予想した」、「クルーグマンノーベル経済学賞)は「中国の停滞は30年続くだろう」と予測する」、「ソロスの一番弟子だったジム・ロジャーズは「『中国の時代』が来るが、到来と同時に終わるかも知れない」と比喩した」というように世界の有識者も中国の未来を非常にネガティブに見ているようです。経済成長も長い停滞期に入っているようです。数年で終わる規模ではないといわれます。中国の統計数字そのものも信頼性が低いといわれます。一人っ子政策の歪み による3400万人の「男性余剰」の問題は、地政学リスクになっているといわれます。

 

トランプ大統領アメリカ・ファーストを唱えて「内向きの政策」を強化するといわれます。同じように、中国も「チャイナ・ファースト」を唱えて、「内向きの政策」に専念せざるをえないようです。世界中の国々から非常にネガティブな印象を持たれているといわれます。とにかく、外交よりも内政を強化していかないと、あらゆる「矛盾」が化学工場の爆発のように暴発するといわれます。ここにきて中華料理も人気がなくなり「中国に住みたい」という人はいなくなったといわれます。移民や不法移民の問題も深刻になっていると指摘されています。米中貿易戦争で中国の漂流が続くと指摘されています。

 

・『エコノミスト2017年2/21号』が「2017中国ショック」という特集を組んでいます。これからも、「中国ショック」の特集を組む雑誌や本が増えることでしょうか。根本的な原因として、共産党官僚がノーメンクラーツ(赤い貴族)と化し都市部の民工農村戸籍の人民などの「豊かさを制限する」と指摘されています。「上に政策あれば、下に対策あり」といわれますが、大衆の感覚では、もはや限界といわれます。「来世はブタでも良いから中国人には生まれたくない」と回答する者もいるといわれます。

 

・「誰よりも中国を知る男」石平氏によると、「政府は全部党の出張機関みたいな有様です」ということだそうですが、軍と中国共産党の支配統治体制による、市場経済化、開放経済も矛盾が極大化しているといわれます。

 

・『岡目八目』といいますが、ここにきて中国が中国を見る姿と世界各国が中国を見る姿が大きく違ってきているのが分かるといわれます。私たち一般人には、各国の通貨政策のことはわかりませんが、通貨変動の予測は難しいといわれます。中国元安が続くと指摘されています。どこまで中国政府の強権的な経済統制ができるかが問題となってきています。資本主義化した中国に対して、共産主義原理主義者や人民解放軍の聖戦派などが複雑に入り混じり権力闘争を演じ、格差の拡大、暴動などで混沌な社会情勢となり、「不満をすり替えるには、台湾を攻める」というような社会混乱状態の懸念を中国は、歴史的に繰り返していると語られています。

 

・石平氏は、『なぜ中国は民主化したくてもできないのか』、『トランプVS.中国は歴史の必然である』、『バブル崩壊で死ぬか、インフレで死ぬかー不動産国家・中国の行方』、『中国の経済専門家たちが語るほんとうに危ない!中国経済』等166件の本を出版しています。が、「ドバイより1000倍も危険な中国不動産バブル」ですので、当然、世界中の多くのチャイナ・ウオッチャーが懸念していると語られています。この中国情勢で世界の株式市場はどのような影響を受けるのでしょうか。チャイナ・リスクの大きさをビジネス界や政界は、痛切に認識し始めましたが、ここにきて欧米の対応が注目されるといわれます。

 

インターネット情報によると「米紙フォーブス中国語版は(2014年)4月14日、物件価格の値下げが止まらない杭州市を取り上げ、『中国不動産市場の崩壊が始まった』と題した記事を掲載した。米不動産サービス会社大手のジョーンズ・ラング・ラサール(JLL)によると、2013年末の杭州市高級オフィスビルの入居率は30%に留まっている。しかし、それよりも問題が深刻なのは同市の住宅市場だと同誌は指摘する。買い手が付かない新築物件が急増する中、不動産開発業者は相次ぎ値下げ競争に走り、杭州では30%の値引きが常態化している」とのこと。シャドーバンキングの問題や不動産バブルの崩壊は、報道しないメディアが稀なほど、世界中のメディアの誰の眼にも明らかになりつつあるようです。「群盲像を評す」といいますが、旧態依然の政治経済システムが13億人の膨大な人口の国を蝕み続けているようです。

 

・中国に関して珍しくポジティブな本を出している、ある評論家によれば「私は、中国にいる日本人駐在員のためにポジティブに書いている」といっていましたが、中国経済を牽引する要素がなくなりつつあります。肝心の不動産投資が回らなくなってきているようです。

 

・インターネット情報によりますと「アメリカ司法省は、中国人民解放軍の将校5人がアメリカを代表する企業のコンピュータに違法に侵入して情報を盗み取ったとして、5人を産業スパイなどの罪で起訴しました。起訴されたのは上海に拠点を置く中国人民解放軍61398部隊に所属する5人の将校である」とのこと。以前から「サイバーウォーでは、すでに米中戦争が始まっている」といわれていたそうです。「中国を敵と認識する」米国議会の議員が増えていると語られています。「中国国籍を捨てた中国人しか信用ができない」という中国の特殊性が米国人の有識者にも理解され始めたそうです。今後ともサイバー犯罪も世界中で激増しそうですので、警戒・対策が必要といわれます。トランプ大統領の中国政策が懸念されています。また、世界中の若者の失業は深刻ですが、犯罪や不法移民の激増、大麻汚職の蔓延といった社会問題が、並行して大きくなると語られています。「人口大国だから、なんでもありという状況」といわれます。

 

 

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日本は津波による大きな被害をうけるだろう

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「パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の殖民星が、地球か?」、「ネガティブのシリウス星人の地球支配があまりにも巧妙なので、しょっちゅう戦争が起こるのだろうか?」

「金髪碧眼のノルディックが住んでいたアガルタのシャンバラ情報の集大成を目指す・・・・・・・・・・」「金星蛇人と火星霊人の戦争はその後どのように展開したのだろうか」 日本民族の神話の原郷『高天原(たかまがはら)』は、『都市型の超巨大宇宙船』なのか!?」「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔なのか」 「小人族のグレイの母船に同乗する金髪碧眼のノルディックは、”悪魔の王””ルシファー”なのか?!」

「円盤は神人や異人、悪魔の乗り物なのか!?」「天使は神の秘密諜報員なのか」「神は最初のフリーメーソンなのか」

「UFOは、人類の歴史が始まって以来、最も重要な現象なのか。UFO問題とは、人間にとっての死の問題を解くことなのだろうか。UFOはフリーメーソンの創作なのか」

「全宇宙を創ったという“虹の神々”も地球に来ているのだろうか」

イルミナティなどのフリーメーソン組織に入ると神に会えるのだろうか」「金星の神々は地球に到着するやいなや、イニシエーションのためのフリーメーソン本部を設けたのだろうか」

国際連合の設立に動いたキリストの星、アプ星人とは」

「人は皆、記憶喪失の異星人だろうか」

「はるかに進化した天使のような宇宙人は、人間の守護霊や背後霊なのだろうか」

セドナ上空に見えないエーテルのシティが滞空するのだろうか」

 

グーグルのブロガーにも書いています→UFOパラレル・ワールド