日本は津波による大きな被害をうけるだろう UFOアガルタのシャンバラ 

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経済規模という点でいえば、「米中印3Gの時代」はもう十年後に迫っている。GDPの額で現在世界5位にあるインドは、2028年までに日本とドイツを追い抜き、世界3位の経済大国になると予測されている。(1)

 

 

『インドが変える世界地図』   モディの衝撃

広瀬公巳   文芸春秋   2019/10/18

 

 

 

インド経済

・モディ首相は州首相のときに、経済特区外資を受け入れる「グジャラート・モデル」と呼ばれる方法で地方の高成長を実現し、インドの首相となった後も、強いカリスマ性と国民の支持を背景に、1億個のトイレを作ったかと思えば、突然、全土に流通していた高額紙幣を使えなくするというショック療法を行うなど、次々と斬新な政策を打ち出し、インド国内に大きな変化を作りだした。日本政府との間では、原子力協定を結び、インド西部に新幹線を走らせようとしている。

 

・そしてインド経済はどこまで伸びるのか。国内に閉じていたインドの変化が、世界経済に及ぼす影響は甚大だ。経済規模という点でいえば、「米中印3Gの時代」はもう十年後に迫っている。GDPの額で現在世界5位にあるインドは、2028年までに日本とドイツを追い抜き、世界3位の経済大国になると予測されている未開拓の若年市場と地方への消費文化の広がりという、中国と似た道を進んでいるため、政治さえ安定すればインドの今後の経済発展はほぼ確実という見方が強い。そして現在13億のインドの人口は、2027年前後には中国を抜き、世界最大になる見込みだ

 

国際協力銀行がまとめた調査では、日系の製造業にとって長期的に有望な海外投資先としては、インドが9年連続で首位となっている。

 

・インドの外交は、弱者から強者へ、モラルからリアルへと変化していった。世界の秩序を決める存在となった中国と、人口や地政学上での重要度では並ぶ存在であり、将来はインドが中国を上回る大国になる可能性も否定できない。両国の力関係は、単に国境紛争の問題に止まらない。中国の一帯一路政策や、位置的にインドを中心としたインド洋の勢力図の在り方など、これからの世界秩序を決めていくことになる。その舞台となる「インドの海」では、これからの世界を決める潮流が激しく渦巻いている。

 

[コラム] ヨガの不思議な力

・本場インドのヨガは、一体どのようなものなのか。インドに行って聞いてきた。

 

・「体を曲げたり逆立ちしたり息を止めたりするのがヨガではありませんヨガとはユニオン、(繋がる)という意味です。命をバラバラのものではなくひとつのものととらえ、肉体的な制限を超えて自分自身を体験すること。これは哲学ではなく、現実です。樹木が排出したものを我々は呼吸しています。我々がはき出したものを樹木は吸っている。常に相互作用があるのです」

 この「仙人」によると、ヨガの本質は、ココロとカラダをひとつにするということのようだ。自分と世界とが呼吸でつながることができるなら、これほど包摂的で、グローバルなツールは他にない。「仙人」によると、ヨガは宗教とも違うという。

「宗教というと、誰かが言ったり何かに書かれたものを信仰することになりますが、ヨガは知りたいと思い続け、求め続けることで、結論はありません高みに達することさえできれば、何をしていてもヨガをしていることになるのです

 インドでは青空の下、屋外の公園でヨガをする人をよく見かける。ヨガの魅力は、人と競争したり、勝ち負けがついて回ったりしないところだという。

 

・ヨガとは「不思議なもの」だ。そもそも「もの」なのかどうかもわからない。ヨガをすることを、ヨガに「参加する」ともいう。参加した後に明かに違いのある、一定の時間と空間であるということはいえそうだ。その4次元のいとなみの中に、何が含まれているのか。それを自分で決められるのがヨガらしい。

 ヨガにはインドでもいくつか流派があるが、その代表的な流派における重要なことは、古代の思想家パタンジャリが『ヨーガ・スートラ』という教典で体系化したといわれている。実習法としては、一般的に8つの要素から成り立っているとされる。

 大まかなイメージを紹介しよう。

  • 制戒 ヤマ        節制、やってはいけないことをしない
  • 内制 ニヤマ       内面の浄化、足るを知る
  • 座法 アサナ       体位、正しい姿勢
  • 調息 プラーナーヤーマ  呼吸法
  • 制感 プラティヤーハラ  感覚のコントロール
  • 総持 ダラナ       集中力
  • 禅定 ディヤーナ     瞑想、日本語の「禅」
  • 三昧 サマーディ     悟りの境地

 

このうち⑧の悟りの境地は、日本語でも「さんまい」といわれている。

こうして見てくると、ヨガもやはり、答えそのものは示されておらず、「答えに至るまでの手順を示したもの」に見える。つまり、インド式数学と同じように、長い年月の間に洗練され淘汰されてきた、インド伝統のソフトウェアなのだろう。

 

・モディ首相は2014年、ヨガ省を新設した。モディ首相自身、毎朝、健康維持のため体操を行っていて、ヨガのポーズをとる姿もインターネットで公開している。

 インドでは、食生活が欧米化し、自動車の普及による運動不足が深刻な問題となっている。糖尿病の患者は7200万人と、中国に次いで2番目に多く、モディ首相は、貧困世帯などの推定5億人を対象に、年間50万ルピー(日本円で約80万円)を上限として、病院の医療費を無料とする保険制度の「モディケア」を導入するとしている。ヨガでよい体調を維持できて医療費を低く抑えられる。ヨガの広がりがインドを世界に近づけると、その魅力を首相自らアピールし、各国でヨガの指導者を育成したり、ヨガを通して文化交流をする「ヨガ外交」も活発化させている。モディ首相の呼びかけに応じて、国連は毎年6月21日を「国際ヨガの日」とした。

ヨガはコンピュータのソフトウェアとはまた別の、インドのもうひとつのソフトパワーなのだ。

 

ITとインド人技術者

・いわゆる狭義の学問としての数学分野では目覚ましい成績をあげているわけではない。それなのに、なぜインド人は理科系に強いといわれるのだろうか。

 インド人が、世界にその力量を印象付けたのは、やはりIT分野での成功だ。ビル・クリントン政権の副大統領、アル・ゴアが提唱した情報スーパーハイウェイ構想。それをIT技術でサポートしたのがインド人技術者たちであり、彼らは時代の流れに乗って成長していった。

 

・そして、IT産業は、世界中の先端産業の情報を取り込む場にもなった。旅客機の設計から個体認証をする流通システムまで、世界の最先端産業のノウハウがソフトウエア開発委託という形でインドに提供された。そうした経験をもとに多くの技術者が生まれ、その分野におけるソフトウエアの開発を独占する、正の循環が生まれたのである。

 

“世界一”の難問大学IIT

・このIT人材大国インドの発展を考える際に忘れてならないのは、IIT(インド工科大学)だ。入学試験に挑む若者の数は約百万人、合格者は1万人余り。競争率百倍の難関で入学後も学内で厳しい競争がある。NHKスペシャル『インドの衝撃』でも入学前後の猛勉強ぶりを紹介したが、その競争の激しさは増す一方だ。

 IITとは、どのような教育機関なのだろうか。まずIITは、インドのどこにあるのか。その答えは一つではない。インドの独立後、IITは製造業のエンジニアを育成するため政策的に設立された教育機関で、東京大学京都大学のように単一の大学ではなく複数の大学の総称である。その第1号となる最初のIITは、1951年にコルカタの西のカラグプルに創設された。その後、ムンバイ、チェンナイ、デリーと次々に設立され、現在23校を数えている。

 

・ハイデラバード校は日本の外務省やJICAからの支援を受けて設立され、日本とのつながりが深い。

 

現時点でも世界の人口の約5分の1はインド人

カースト制にない職業

・さらにもう少し、インドならではの事情を見てみたい。

 人口の多い国で貧困をインセンティブに優れたIT技術者が生まれるというのであれば、インド以外の、例えばアフリカや中南米の人口大国でも、同じように大量のIT技術者が生まれてもおかしくないはずだ。インド人が傑出してIT分野に優れている理由は、インド独自の社会や、経済の構造と深く結びついた背景がある。

 その一つが、インドのカースト制度だ。インドの憲法カーストによる差別を禁じているが、現実には根強く影響が残っている。カースト制度というのは、古くからの苗字が表す出自によって職業が決められる制度だ。しかし、ITという新しい産業には、それに従事する人たちがもつ古くからの苗字がなかった。カースト制度に名前や規定のない職業だったのだ。生まれに縛られない職業の出現によって、低いカースト層出身でも努力によって貧困から抜け出せるチャンスが生まれた。

 

・また、インドの労働法もIT技術者を生む大きな要因となった。インドの労働法は、労働者を手厚く守るものになっている。現地で「ワークマン」と呼ばれる工業製品の生産に従事するような労働者の場合、その労働時間を管理したり、賃金保証や勝手に解雇させないなど、彼らを守るためにさまざまな制約がある。ところがIT技術者の場合は、いわば頭の中が工場なので、労働時間を外から管理しようとしても限界がある。たとえ解雇されてもすぐに新しい職業が見つけられる。売り手市場の就職事情も有利に働いた。

 

そして最も大きな要因が、インド独特の「産業構造」にある

 一般に経済は、農業→工業→サービス業の順に発展する。「ペティ=クラークの法則」の名で知られるもので、資本の初期投資が少なく生産性の低い労働集約的な農業から、投資効率のよい工業に進み、農業や工業の成果の上に情報産業や流通業が乗っていくという構造で、経験則からも納得のいく経済の原則だ。

 しかしインド経済の最大の特徴は、この通常の経済発展の原則とは違う発展の仕方をしたことだ。農業が十分に発達しないまま、いきなりサービス業にジャンプしたのである。

 

近代化の遅れた農業

・インドがイギリスから独立したのは1947年。宗主国の支配と収奪に苦しんでいた人々は反植民地主義で結集した。しかし当時のインドには自立できるほどの産業はなく、社会主義者を自認するネルー首相は、ソ連にならって重工業化政策を進めた。農業の発展には、耕作地を増やすだけでなく、灌漑インフラを整え、用水路を整備し、井戸を計画的に作り、ポンプで農業用水を配分するという初期のインフラ投資が不可欠だ。国民の多くが従事していたインドの農業は生産性が低く、近代化が遅れていた。収益を上げられるようにするには、時間と資金がかかる。ネルーの目はそちらに向かず、世界の大国となるための近道である、重工業による国家建設という理想に向かった。

 このため農家は貧しい生活を抜け出せず、政府からの補助金に頼ることになった。

 

・さらに国の主導で食糧供給を調整したために、インドの農業は今も生産性や収穫量の地域間格差が残ったままになっている。これは一部の州の小麦や米を高く買い上げて、食糧が不足している他の州に安く売るというもの。

 

・皮肉なことだが、このような状態が続いたのは、人口の半数以上を占める農業従事者に大きな政治的な力があるからだ。すべての人が平等に参政権を持ち、政府を選ぶための票を持つ民主主義の国インドでは、農家が大きな影響力を持つ。

 

世界の工場になれなかった理由

・インドが中国のような「世界の工場」になれなかった最大の原因は、労働者を守る強い法律があるからだ。企業は雇用者を簡単に解雇できないため、正社員を雇うことに消極的になり、派遣・契約社員など統計に反映されにくい非公式な労働力が増える。

 

ストライキも頻発するが、失業者を生むことになるため、会社側は簡単に倒産もできない。大規模な工場を建設すると大量の労働問題が起きるので、縫製工場ひとつをとっても小規模なものが多い。

 

・外国製品の輸入はあたかも「悪」であるかのような展開を見せ、保護の度合いが行き過ぎる。その結果、インドの製造業は、国際競争に晒されないまま、自国向けの自国産の製品しか作れないことになってしまう。

 

なぜITが発展したか

・ところが第3次産業は、農業や工業とはまったく異なる展開を見せた。

 世界経済とは距離を置く社会主義的な体制や、外国資本の流入を制限する反植民地主義が生んだ国産重視の姿勢は、IT分野が成長するための思わぬ効果を生んだのである。

 そもそも外国の企業にとって、インドは進出するのが容易な国ではなかった。

 

「頭脳立国」という国家戦略

・インドでIT産業が発展したのは、「政治」の力もある。

 情報通信による改革を国策の軸にしようという試みは、実は1984年に始まっている。コンピュータの輸入関税を大幅に引き下げるというラジブ・ガンディー政権の「新コンピュータ政策」が、インドのIT国家戦略の本格的な開始となった。

 

・私がインドに駐在していた2000年ごろにも、インド政府は行政システムのオンラインによる統一を図っていたし、農業分野では、収穫量と市場の需要をコンピュータの利用で調整する現場を取材したことがある。

 いまや世界各国は、政治が誘導したインドIT立国の成功を見て、激しく追い上げている。軍事産業を背景に、生存のための高度な頭脳立国を進めるイスラエル特許出願件数で日本やドイツを抜くまでになった中国は、量子暗号を使った遠距離通信を可能にする通信衛星を打ち上げるなど、国家主導の技術力を進化させている。インドが得意としていたコールセンター・ビジネスについても、同じように英語が堪能なフィリピンにシフトさせる動きが相次いでいる。

「好き」の面はともかく、「産業構造」「政治」の部分では、インドのライバルが増えつつあるのだ。日本はというと、インドでは早くから行われている小学校でのプログラミング教育もようやく必修化が決まったばかり。日本に足りないIT技術者をインドは大量に供給できる。日本のIT分野の発展にインド人の手助けがいらないはずがない。

 

[コラム] 1991年の宿題

・1991年の経済危機は、インドを知る上でぜひ覚えておきたい出来事だ。

 このとき、インドの保有外貨が底をつき、債務不履行寸前になった。1991年2月には、予算案を通せない事態となり国際的な信用も失われる。きっかけは、湾岸戦争で石油の価格が上昇したことで、インド経済を直撃した。中東に出稼ぎに行ったインド人労働者からの本国送金も急激に細り、国内に混乱が広がった。この経済危機は、「外貨を稼ぐ力がない」という構造的なもので、回復の見込みのない金欠状態という、深刻な状況に陥ったのだ。

 当時、財務大臣をしていたマンモハン・シンは、大胆な改革を実施した。産業や貿易の許認可制度を撤廃して、民間の参入を大幅に拡大する自由化政策で国を開放する。社会主義を建前とする国が、市場と競争の原理を重視する政策に転換したのである。関税は引き下げられ、海外からの企業進出がたやすくなった。

 シンは、外貨不足を補う資金を調達するため、国際通貨基金世界銀行からの融資を取りつけた。

 

・自国の産業を守るために続けられてきた輸入制限政策が緩和され、貿易や投資が大幅に自由化された。そして、IT産業も急速に成長を遂げるようになった。

 シンの経済政策は、インドがそれまで国を閉ざしていた期間が長い分だけ、効果の大きいものとなった。シンの路線はその後も引き継がれ、自由化政策によって先進諸国からの投資が進み、経済は順調に発展していく。1991年度に0.9パーセントだったGDP成長率は、90年代半ばには年率6~7パーセントの高い成長率を続けるようになる。新しいインドが姿を現わし始めたのだ。

 

・この経済危機は、国際政治の中でのインドの立ち位置に大きな変化をもたらした。

 1991年は、ソ連邦の崩壊に伴う冷戦構造終焉の時期と重なるアメリカが中国に接近して、社会主義的思想を共有しインドの後ろ盾となっていたソビエト連邦が姿を消した。インドは閉鎖的な経済で自立することが難しい現実を目の当たりにし、鎖国のような状態を続けていては、ソ連と同じ運命を辿ることにもなりかねないという危機感を抱く。経済に詳しいシンにとって、外貨不足という危機は、グローバル経済に参加するチャンスにも見えたに違いない。経済開放を果たしたインドはアメリカとの関係を強め、米印原子力協定を結ぶことで、自国の核保有国としての立場を認めさせた。中国とも経済関係を強化し、パキスタンとの関係が改善に向かう時期にもなった。

 

・インド経済も成長が鈍化していく時期を経験する。番組放送の2007年には10パーセント近くあったGDP成長率が、翌年の2008年にはリーマンショックの直撃を受けほぼ3パーセント減となり、2012年にも内需の不振と金利の高止まりで5パーセント台に留まり、成長率の鈍化やインフレなどに悩まされることになる。

 理由は簡単だ。

 1991年の経済危機の原因となった外貨不足に、さらなる手を打たなかったからだ。なぜ危機に陥ったのか、その問題を解決せず、海外からの一時的な借金によって、つじつま合わせをしようとした。産業と貿易の構造を変え、「稼ぐ力をつける」という根本的な改革を、なおざりにしていたのである。

 経済危機から30年近くが経過しようとしている。海外からの直接投資で外貨準備高は増えたが、貿易赤字は続いている。モディ首相は「メイク・イン・インディア」と呼びかけているが、インドの製造業が外国に輸出できる製品を作るまでになるのか。「外貨を稼ぐ力がない」状態から抜け出すという大きな宿題はまだ残されたままだ。

 

保有国への道

・独立後、非同盟外交を目指したネルー首相はガンディーの遺志を継ぎ、非暴力・平和主義を唱え、国連総会で早くから核兵器反対、核廃絶を訴えた。原子力の平和利用の技術開発は行うものの軍事利用には反対してきた。しかしネルーが死去した1964年、中国が東京五輪の最中に核実験を行ったことで、この姿勢に変化が生じる。中国の核実験は、インドにとって国境紛争で中国に敗けた記憶がまだ新しい時期に実施された。また、対立していた隣国パキスタンも中国の支援で核兵器開発に着手していたために、インドは大きく核開発の方針を見直さざるを得なくなった。

 

・インドはいずれの国とも軍事同盟を結ばず、いずれの国の核の傘にも依存しない、独自の立場に立っている。インド人民党は自国の安全保障のためなら核開発を行うべきだという「核ドクトリン」を掲げて核実験を正当化し、政権支持の基礎を固めた。

 しかし、インドの核実験は対立を続ける隣国パキスタンの核実験を誘引する結果となり、国境問題を抱える南アジアの紛争地帯が、核戦争の火薬庫に変貌した。

 

米印原子力協定

・日本はタービンや圧力容器、蒸気発生器など、精密機械をつくる技術力が群を抜いているといわれる。しかし核燃料は供給できず、単独で原発を輸出した実績はない。アメリカなどと協力してグローバルな原発輸出ビジネスを展開するには、日本の部品輸出を可能にする原子力協定が必要だったのだ。

 

原発津波

・日印原子力協定はインドへの原発輸出のハードルを低くするものと期待されていたが、2012年3月に東日本大震災による福島第一原子力発電所の事故が起きる。安全性への不安から、インドでは原発に反対する住民運動も活発になった。

 ロシアが建設を進めているインド南部の原発では、建設に反対するデモ隊に警察隊が発砲する事件も起きた。

 

・さらに、津波に襲われたときの原発施設の安全性にも疑問が投げかけられた。

 インド南部の海岸地帯にあるマドラス原発では、2004年のインド洋大津波の際に施設の一部が浸水し、冷却水が遅れなくなるというトラブルがあった。この原発は、タミルナドゥ州の州都チェンナイの南80キロの海沿いに位置する。

 

・事故は、海水の水位上昇のせいで、冷却水を取り込むポンプが使用不能になるというものだった。幸いにも、運転中の原子炉は核分裂連鎖反応を止める制御棒が挿入されて緊急停止し、放射性物質の遺漏などはなかったが、津波に襲われた際の原発の安全性に懸念が高まる結果となった。

 

・このような過去の事例を踏まえて、2010年に、原子力事故発生時の企業責任を明確にした原子力損害賠償法が制定されたのである。この法律には、原発機器のメーカーに賠償責任を問うことができる仕組みが盛り込まれている。

 その一方で、インドでは電力需要が逼迫しているのも、否定できない現実だ。原子力協定で技術の提供を受け、原子力がベースロード電源になれば、インドはエネルギー供給の将来に大きな道筋をつけることができる。インド全体で原発は21基稼働しており、建設中の原子炉も6基ある。設備容量は6000MW近くあるが、電源構成でみると原発はインド全体の2パーセント程度に過ぎない。このため、2032年までに現在の10倍の約6万3000MWに拡大する計画だ。さらに2050年代には、電力の25パーセントを原発で供給するという構想を明らかにしている。

 

軍事大国化するインド

・先述したように、インドは現在、国際的な核管理体制の中で、「特別扱い」をされている状態にある。NPTに加盟してしないのに、事実上、核保有国としての扱いを受けている。インドを「特別扱い」する今の体制は、核を軍事目的には転用しないという、いわば「インドへの信頼」を前提としているのだ。それだけに今後もインド側の動きに注視を続けなければならない。

 これまで非同盟外交のもとで東西いずれの陣営にも入って来なかった途上国のインドに対し、軍縮を求める声は強くなく、インドは核を先制攻撃には利用しないとする立場を明確にしていたため、イスラエルやイランなどと比べて欧米からの関心も薄かった。

 

・インドは現在、130発程度の核弾頭を保有しているとされている。核弾頭を積むことができるミサイルの発射実験を次々に実施。すでに中国全土を射程に収める長距離弾道ミサイルの発射実験も成功させている。インド国産原子力潜水艦でミサイル発射筒を持つ「アリハント」は、2013年に原子炉が臨海状態到達に成功している。

 

インドの軍拡の中核に位置付けられる核兵器

・インドの国防費は推計で、2017年に600億ドルを超え、フランスを抜き、アメリカ、中国、サウジアラビア、ロシアに次ぐ世界第5位の軍事大国となった。

 

・もともと中国やパキスタンとの間で領土問題を抱えるインドの国防の基本は、侵入を防ぐことだった。これまでの軍の主役は陸軍である。陸軍の兵力は120万で世界一を誇る。

 

[コラム] オリンピック選手の戦い

・2016年のリオデジャネイロ五輪でのインドのメダル獲得数はわずかに2個。中国の70個や日本の41個には遠く及ばず、北朝鮮の7個、タイの6個よりも少なかった。インド選手団はイギリス領時代のパリ大会から参加、1964年からは冬季開催にも参加しているが、これまでのメダル数は全部で28個、アメリカ競泳のフェルプス選手が一人で獲得したメダルと同数だ。最も多かったのが2012年ロンドンオリンピックでの6個だが、金メダルはなかった。世界で存在感を強める人口13億人の人材大国にしては少し寂しい気がする。

 特に苦手なのが水泳で、いまだにメダルを取ったことがない。

 

・中国やロシアは国威発揚の場として、オリンピックを頂点とするスポーツの振興に努めてきた。インドも大国の仲間入りをするため、五輪招致にも力を入れ始めている。実現はしなかったが、2024年のオリンピックをグジャラートでという憶測が流れたこともある。韓国と北朝鮮の共同開催やインドネシアが有力だとの声も聞こえるが、さらに先の2032年、東京、ソウル、北京に続く、アジアで4都市目の夏季大会がインドで開催される可能性はあるのか。

 まずは選手の強化が課題だ。東京オリンピックでは、これまでに4個のメダルを獲得している射撃でインド勢の活躍に注目したい。

 

[コラム] トイレ革命

・モディ首相の改革は、これまでタブーとされてきた分野にも及んでいる。

1億個のトイレを作ったのがそのよい例だ。

 インドでは2017年、トイレを主題とした映画作品の公開が大きな話題となった。『トイレ ある愛の物語』というのが映画のタイトルだ。

 

・インドでは人口13億のうち、まだ3億人が屋外で排泄を行っているという。モディ首相は、総選挙に勝利して初めて迎えた独立記念日の演説で「トイレの普及」を政権の最優先課題の一つに位置づけた。独立記念日の演説というのは、日本でいうと施政方針演説にあたるもので、政権の最重要課題と優先順位が示される。そこでモディ首相は、トイレの不足への取り組みを大きな政治課題として取り上げたのだ。

 なぜトイレを作るのか。トイレの普及は、「清潔な政治家」であるモディ首相にとって大切なイメージ戦略だ。モディ首相には汚職などの過去がなく、人気の背景には政治不信を持つ民衆からの支持がある。掃除が好きで、率先してほうきを持ち、街頭の清掃活動にも参加するモディ首相は、「クリーン・インディア」を意味するヒンディー語の標語「スワッチェ・バーラト」の掛け声のもと、トイレの普及を強く訴えてきた。一方、国連も、2013年の総会で「世界トイレの日(11月19日)」を設けることを決議している。

 

走り始めた巨象の衝撃波

・2012年に、モディ氏がグシャラート州の首相として来日したときに、帝国ホテルで単独インタビューを行った。そのときモディ氏は「インドの暑い日差しを太陽光発電に利用する」と語った。私はその言葉から、電力不足で停電続きのインドが、エアコンの使用が当たり前の先進国に近づこうとしている意気込みを感じた。「グジャラートに日本人村をつくりたい」「部品メーカーを誘致しインドのソフトを組み合わせたい」など、有能なビジネスマンのように切れ目なく続くウマい話から、実は喉から手が出るほど、外国からの投資を必要としている現地の実情を感じ取ることもできた。

 

 

 

『沸騰インド』

超大国をめざす巨象と日本

貫洞 欣寛  白水社  2018/5/26

 

 

 

日本は間もなく、インドに追い越される。

ほぼ確実に言えることがある。日本は間もなく、インドに追い越される。

インドは今、急速な経済成長を続けている。現在の7パーセント台成長を維持すれば、10年ほどで日本の国内総生産(GDP)を総額で追い越し、米国、中国に次ぐ世界3位の経済大国になることが予測されている。

 

さらに国連の推計では、人口面でも2022年までに中国を抜き、世界最大の国となる。「一人っ子政策」のような人口抑制政策を行なってこなかったため、社会の高齢化がすでに問題となっている中国を尻目に、今後も労働人口の膨張と人口ボーナス効果が続き、成長の追い風となることが予想される。

 中国が日本のGDPを追い抜いたのは2010年のことだ。

 

インドの核戦略

・「核ドクトリンを子細に検討しアップデートし、現状の課題に見合うように見直す

BJP(インド人民党)がこんな選挙マニフェストを発表して世界に衝撃を与えたのは、インド総選挙の初日、2014年4月7日のことだった。

インドはこれまで、「生物・化学兵器による攻撃を受けた場合を除き、核兵器を先制攻撃には使わず、報復のための手段とする。非核兵器保有国にも核攻撃は行わない」とするドクトリンを公表していた。事前にBJPの優勢が伝えられていただけに、核兵器保有国インドでもモディ率いるBJPが政権を握って核ドクトリンを見直すことになれば、国際情勢に与える影響は大きい。

 

・インドが核兵器保有を宣言したことになる核実験は、パキスタンの核実験を誘発、南アジアで核軍拡競争の幕が開いた。日本などの事実上の経済制裁を受けたバジパイ政権は、制裁を緩和するねらいもあり、1999年に「核兵器は先制攻撃に用いず、周辺国の大量破壊兵器による攻撃を防ぐため、反撃の手段としてのみ保有する」とのドクトリンを打ち出していた。

 インドは核兵器の所在地や保有量を一切明かしていないが、ストックホルム国際平和研究所は、インドが120~130の核弾頭を保有していると推計している。弾頭ミサイルなどに常時装着せず、非常時に政府の決定を受けてから組み立てることになっている模様だ。

 

・インドは今も、民生用とは別のサイクルで、核兵器用の核物質の製造と管理を続けている。その実態は、闇に包まれている。これが、日本が原子力協定を結んだ相手の現実である。

 インドは高度なミサイル技術も持っている。核を運ぶ手段であるインドの弾道ミサイル開発は、宇宙ロケット開発と密接に関係している。ロケットとミサイルの基本技術は同じであり、弾道ミサイルの場合、大気圏に再突入するときに帯びる熱に耐ええる技術を開発する必要があるという点が最大の違いだ。

 インドは2014年、5000~5800キロの射程を持つ大陸間弾道ミサイル「アグニV」の発射に成功した。中国全土はおろか、ロシア東部や中東、中央アジア、発射位置によっては朝鮮半島と日本も射程に入る。現在の国際情勢でインドが日本に核ミサイルの照準を合わせることは考えられないが、その能力をすでに持っていることは間違いない。

 

・インドはさらに、多弾頭を搭載し、射程は8000~1万キロとされるアグニVIの開発も進めている。欧州全土やアフリカ大陸、さらにオーストラリアや北米大陸の一部にも到達できることになる。

 

・同時にインドは、安価なロケットの打ち上げで世界の宇宙ビジネス市場に参入を果たしており、キャノン電子など日本企業もインドに衛星の打ち上げを依頼している。

 インドの強みは、「フルーガル・エンジニアリング」という考え方を導入していることだ。これは、新規プロジェクトごとにコストを度外視して最新技術を開発するのではなく、倹約して既存の技術を使い回し、コストを抑えるという考え方だ。

 

・一方、インドでは当時、核戦略の見直しを歓迎する声も上がった。インド政策センターのシニアフェロー、バラト・カルナドもその一人だ。

 

・――核ドクトリンの見直しは行うべきか。

(カルナド) 行うべきだ。そもそも、ドクトリンの内容を公開すべきでなかった。公開したことによって曖昧さが失われ、インドの核抑止力は低下した。核攻撃や大規模侵略に対し、こちらがどう対処するかわからないということが、抑止力を生むのだ。また、先制不使用ということは、インドは一度、核攻撃を甘受しなければならないということだ。国民の犠牲に目をつぶる国が、世界のどこにあるというのか。

 もし核ドクトリンの見直しが行われるとしたら、今度は内容を公表すべきではない。

 

・――各国との原子力協定への影響も起き得る。

(カルナド)構わない。正直言って、私は米国やフランス、そして日本との原子力協定そのものを不要だと判断しているし、マンモハン・シン政権が米国との協定を結ぶ際にも反対した。ドクトリンの見直しでこうした国々との協定が廃棄されても、インドは困らない。

 

・インドの核戦略は、パキスタンを主眼に置いたものではない。パキスタンは小国にすぎない。主な対象は中国だ。中国はチベットに膨大な数の戦略拠点を設けており、軍事物資も集積している。30の部隊を28日間で動員できる能力がある。われわれには、こうした中国軍の侵略を止める通常戦力がない。核に頼る必要があるのだ。たとえば中国軍5万人が侵攻したら、われわれにできるのは山を吹っ飛ばして道をふさぐこと程度にすぎない。非常時の手段として戦術核兵器も必要だ。

――本当にドクトリンを見直せば、米国などの経済制裁も考えられる。

(カルナド) なぜ米国が1998年の制裁を解除したかを考えてみればいい。失敗したのだ。米国がインド市場から去っている間に、韓国の自動車メーカーが市場を奪い、損をしたのは米国だった。もはや19世紀ではない。経済制裁は機能しない。インド市場に参入したい国はいくらでもあるのだ。

 

・2010年に成立した原子力賠償法は、1984年にインド中部ボパールで、米ユニオンカーバイド社の農薬製造工場で起きたガス流出事故が、導入の理由の一つとされていきた。

 この事故では、50万人以上が猛毒のガスで負傷。当初の公式発表では2200人余りが死亡したとされたが、実際の死者はさらに多いと見られている。ところが、事故を起こしたユニオンカーバイドは吸収合併を経てすでに存在しておらず、被害者への補償は十分行われていないままだ。刑事責任の追及もうやむやのうちに終わった。インドで事件への怒りは今も強く、原子力事故が起きた場合に外国企業の責任を厳しく追及する賠償法の成立は世論に歓迎された。

 

・インドとの原子力協定締結について、日本で批判の声が強いのは被爆国としては当然だろう。だが、増えるエネルギー需要に対し、地球環境を考えた場合に、石油燃料の消費を抑えるための現実的な手段として原子力が存在することを忘れてはならない。原子力の安全性は高まっており、今やサウジアラビアまでも原子力発電を考える時代なのだ。

 

インドのエネルギー戦略

・膨大な電力需要に対し十分な供給・配電能力を持っていないインドは、さまざまな手段で発電能力を増強しようとしている。インドは総発電量を現在の300ギガワットから2040年には1100ギガワットまで増やす計画だ。うち、原発は32年までに40基増設し、さらに50年には電力供給の4分の1を原子力で賄う計画を立てている。

 インドがもう一つ期待をかけるのが、太陽光発電である。

 

・インドには、電気のない暮らしをしている国民が億単位でいる。モディ政権は、発電能力の向上と送電設備の改善などを通じ、こうした人びとが暮らす地域を電化しようとしている。