日本は津波による大きな被害をうけるだろう UFOアガルタのシャンバラ 

コンタクティやチャネラーの情報を集めています。森羅万象も!UFOは、人類の歴史が始まって以来、最も重要な現象といわれます。

たとえば9次元の世界とは、「縦、横、高さ、時間、精神、神知識、利他、慈悲の8つの構成要素に、宇宙という要素が加わります」ということらしい。(2)

 

 

『光速の壁を越えて』

今、地球人に最も伝えた[銀河の重大な真実]

ケンタウルス座メトン星の【宇宙人エイコン】との超DEEPコンタクト

エリザベス・クラーラー      ヒカルランド 2016/4/30

 

 

 

・【宇宙人エイコン】の子供を産み、メトン星で4か月の時を過ごしたエリザベス・クラーラーの衝撃の体験

 

<別世界から現れた一人の男性が運命を変えた>

・大きな宇宙船は、優雅に無音で空中を滑りながら、丘の上に向かって素早く移動し、雲の下で滞空し、姿を消した。それは、再び数百メートル上空に浮上して、丘の頂上の南側に向かった。そして、ゆっくりと高度を落とし、地上約1メートルにとどまった。

 脈動するハム音が空気を満たし、私の鼓膜を打った。巨大な宇宙船によって突然空気が変異したためだった。円形の船体は少なくとも直径18メートルはあり、中央に丸いドームがあった。三つの大きな丸窓が私の方に面してあり、その窓から一人の人物の姿を見ることができた。

 

<彼らの祖先は金星人だった>

つまり、地球の科学者らが理解しているように、地球からケンタウルス座アルファ星まで宇宙飛行士が光速で宇宙旅行できるとすれば、4年を要します。しかし、私たちの宇宙船では、この距離は即座にゼロになります。

 

<太陽という灼熱地獄の脅威>

金星は太陽の膨張サイクルの最後の時に、恒星からの放射線によってすべての植物と動物が死滅して、滅びました。

 

<初めて目にしたメトン星>

ケンタウルス座α星の私たちの恒星系は7つの惑星から構成されています。そのすべての惑星に私たちの文明がおよんでいて、人々が暮らしています。この美しい恒星系の3番目の構成要素はプロキシマ・ケンタウリとして知られており、そのまわりを7つの惑星が軌道を描いて回っています。

 

美しく豊かな自然に満ちた未知の文明

・白と銀色に輝く都市が湾曲した入り江を取り囲んでいた。濃いサファイア色の水は、鮮やかでエキゾチックな色彩で満たされた木と花で生み出された豊かな古典的な美を反射していた。

 

<南極に存在する地下基地とは?>

私たちの領域(次元)は宇宙空間と惑星表面にあって、決して惑星内部ではありません。地下の都市と通路は過去の遺物です。私たちは温かい湖のある南極の地下基地を維持しています。これは私たちの先祖が暮らしていた地下都市のエリアで、当時、氷冠はありませんでした。

 

 

 

『戦慄のUFO&宇宙人ミステリー99』

 衝撃写真493点 エイリアンと人類の恐怖の真実

 悪魔の協定か?ダルシー人体実験、エリア51のエイリアン、ピラミッド型のUFO登場、地球内部の異星人基地、フリーメーソンとNASAの陰謀

 南山宏   双葉社   2010/7/14

 

 

 

 <惑星セルポとの極秘交換留学>

アメリカ政府は、選り抜きの軍人12人を惑星セルポへと交換留学に送り出していた・・・。

 

・このイーブ1号が宇宙船の残骸から見つかった通信装置で故郷と交信し、相互理解を深めるための交換留学生計画が進んだという。その故郷がレティクル座ゼータ連星系の惑星セルポだ。

 

・留学メンバーを乗せ、宇宙船が出発したのは、1965年、彼らは、表向き行方不明者とされ、身元や記録が抹消された。ネバダ実験場にセルポの宇宙船が到着し、地球に残るセルポの留学生と入れ替わりに旅立ったのだ。

 

・ふたつの太陽が輝き、地平線下に沈むことはほとんどない星で、大気や気圧は地球とあまり変わらなかったという。メンバーはあたたかく迎え入れられ、平等で穏やかな社会生活をつぶさに観察、体験することができたらしい。

 

・8人が持ち帰ったデータや資料、高度科学技術を示す品々は、その後の米軍の科学技術の発展に寄与したようだが、彼らの肉体はセルポ滞在中に強い放射能にさらされていたため次々に病死したとされている。

 

 <大統領が異星人と交わした密約>

・1954年のアイゼンハワー政権時代に、連邦政府憲法の抜け道を使ってエイリアンの一種族グレイと「グリーダ協定」と呼ばれる密約を交わしたというのだ。協定の内容は、エイリアンの先進科学テクノロジーを学ぶのと引き換えに、エイリアンが牛馬を捕獲し、人間にインプラント技術を試す実験を許可するという恐ろしいものだ。アメリカが標榜する人道的行為とは正反対の内容である。

 

・反人道的な密約に至った理由は、米政府の力ではエイリアンと戦っても勝てないため、相手の条件をのむ内容になったと告白している。

 

・実際、その後のアメリカ国内では、家畜類が不可解な死を遂げるキャトルミューテーションや人間が誘拐されるアブダクション事件も頻発した。

 

元海軍の情報部員だったクーパーは、MJ12がアイゼンハワーによって創設されたこと、生きたエイリアンの写真が添付された資料に目を通した経験などを赤裸々に告白。

 

密約を交わしたのは、大きな鼻が特徴のラージノーズ・グレイであることまで暴露した。

 

・MJ12絡みで爆弾発言を連発したクーパーだが、2001年納税拒否の逮捕時に撃ち合いになり警察に射殺されてこの世を去ってしまった。政府の巧妙な口封じだったのだろうか?

 

 

 

『カルト・陰謀 秘密結社 大事典』

アーサー・ゴールドワグ  河出書房新社  2010/10/9

 

 

 

エリア21、ステルス飛行物体、マジェスティック12、異星人による誘拐、神の宣託

エリア51はさまざまな名称で知られている。グルーム湖、ドリームランド、居心地の良い空港、ネリス試験訓練場、パラダイス・ランチ、ザ・ファーム、ウォータータウン・ストリップ、レッド・スクエア、「ザ・ボックス」、そしてもっとも味もそっけもない名称は空軍飛行検査センター第3派遣隊である。エリア51ネヴァダラスヴェガスの北約200キロにある極秘の軍事基地で、ここからもっとも近い街は約40キロ離れたところにあるネヴァダ州レイチェルだ。

 

エリア51には、宇宙人の死体を解剖した医療施設や、生きている宇宙人を尋問する取調室がある。UFO研究者のなかには、施設を実際に運営しているのは宇宙人だとほのめかしているものさえいる。グレイ、ノルディック、インセクトイドなどと呼ばれている生命体(異星人)が、実質的に支配しているこの地球を搾取し、人間からDNAを採取していたとしても、私たちの政府はなす術なく、見て見ぬ振りをしている、と彼らは主張しているのだ。

 

・『蒼ざめた馬を見よ』(1991)の著書で、超陰謀理論家のミルトン・ウィリアム・クーパー(1943-2001)は、UFO、外交問題評議会、『シオンの長老の議定書』、エリア51はすべて同じものの一面だと述べている。彼は国防長官ジェームズ・フォレスタル(1892-1949)はベセスダ海軍病院の16階の窓から突き落とされた死亡した、と語っている。彼は、仲間であるマジェスティック12(宇宙人に関する調査、および接触・交渉を秘密裏に行ってきたアメリカ合衆国政府内の委員会)のメンバーが異星人の侵入者と結んだとんでもない取引に反対した後、「退行期うつ病」で病院に監禁されたのだという(クーパー自身、大勢の人が納得できない理由で、アリゾナ州アパッチ郡の警察に殺されてしまう)。

 

・話をクーパーに戻そう。彼によると、ジョン・F・ケネディを暗殺したのはリー・ハーヴェイ・オズワルドではなく、(なんと)大統領のリムジンの運転手だった――なぜなら、運転手が実はゼータ・レティキュラ星からやって来た宇宙人であることをばらすと脅されたからである。宇宙競争がインチキだというのは、すでに月には基地があったからである(それが1970年代以来月に人間が行かなくなった理由だ――テレビで月面を歩く光景を放映すれば、宇宙人の存在が暴かれてしまうだろう)。また数多くの火星探査機がうまく作動しなかったのは、火星がすでに南フロリダくらい発展していて、そこに住んでいる住民たちが自分たちの存在をずっと隠しておきたいと願っているからだ。三極委員会が設立された目的は、アジア、ヨーロッパ、北アメリカの関係を改善することではなく、宇宙人と交流するためだった。

 

では、ゼータ・レティキュラ星人に内通した、地球の反逆者とはいったい誰なのか?今までに陰謀理論家について多少読んだことがおありの方なら、答えを聞いても驚きはしないだろう。それはイリュミナティ、フリーメイソンキリスト教の敵である大富豪(世俗主義者とユダヤ人)などといった、極秘裏にロシアのボルシェヴィキを援助したり、アメリカの憎むべき連邦所得税をごまかしたり、2001年9月にツインタワーを倒壊させ、ペンタゴンを攻撃してひとつの世界を樹立しようとしたりしてきたグループである。晩年のクーパーは、自らが数多くの書物で取り上げ、暴露してきた宇宙人の侵入は実際には起きておらず、それは故意に流されたニセ情報の格好の見本だ、と考えるようになった。イリュミナティが、まず陰謀理論家を利用して、地球外生命に関する嘘の噂をばらまき、宇宙人よりはるかに恐ろしい自分たちの正体を一般人の関心から逸らしていたというのだ。

 

・実際に、空飛ぶ円盤のファンが、エリア51――具体的にいえば、ハイウェイ375の南西に置かれた距離標識29から30の間にある、伝説の黒い郵便箱に群がり始めた。その場所には、グルーム湖に向かって伸びる舗装されていない道路がある。ボブ・ラザーという名の男性がここで目撃できるかもしれない信じられないものについて人々に語り始めたときから、見物客が現れるようになった。1989年11月、ラザーはラスヴェガスのテレビのトーク番組に出演し、極秘施設S-4で自分が携わっていた仕事について話し始めた。その施設は、干上がったパプース湖の近く、エリア51の南約15キロにあり、彼はそこで山腹にある格納庫に収容された7機の空飛ぶ円盤を目撃したのだ。話はそれで終わりではなかった。彼はその空飛ぶ円盤の1機の推進システムの構造を解析する作業を手伝っていたのだ(彼が「スポーツ・モデル」と呼んでいる宇宙船は、反重力エンジンで動いていて、燃料にはかなり不安定なエレメント115と呼ばれる物質が使われていることがわかった。後に、ラザーはこの宇宙船の模型を売り出した)。

 

彼はMIT(マサチューセッツ工科大学)やカリフォルニア工科大学で研究していたと話しているが、どちらの大学の記録にも彼の名前は残っていない。ラスヴェガスに来る前、彼はロスアラモスで働いていたが、上級科学者ではなく技術者で、S-4格納庫やエリア51で働いていたと確証できる記録は何もない。ラザーは、政府が自分の信用を傷つけるため、在職していた痕跡を消したのだ、と反論した。1990年には、悪事に手を貸した罪を認めた(彼は売春宿の経理を手伝っていて、盗撮するためのカメラをそこに取り付けていたのだ)。1993年には、映画界に自分の伝記――まず映画化される見込みのない話――を売り込もうとしたりしたが、現在は、ニューメキシコで隠居生活に近い暮らしをしているが、会社も経営し、車を水素燃料で動かす装置の開発にもいそしんでいるという噂もある。

 

<フィリップ・コーソー>

フィリップ・コーソー(1915――1998)は、勲章も幾度か授与されたことのある元陸軍情報将校だったが、晩年には、ロズウェルに関する体験について驚くべき事実を詳しく語り始めた。彼は1947年にカンザス州フォートライリーで勤務していた、という。そのとき、彼はロズウェルからオハイオ州ライト・パターソン空軍基地に運送する積荷を検査する機会があった。そのなかに、ゼラチン状の液体中に防腐処置を施された異星人の死体が入っていたのだ。「異星人は4つ足で、人間のような姿をしていた……奇妙な顔つきをしていて、指は4本……頭は電球のような形をしていた」と彼は述懐している。後に、ペンタゴンの海外先端技術部勤務を任命されたとき、彼はロズウェルで回収された人工物を検査するよう命じられた。その任務の驚くべき意味に気づいた彼は、人工物の構造を分析するために、防衛関連企業の研究開発部門にその物質を「まいた」と書いている。現在、使われている光ファイバー集積回路、レーザー、暗視ゴーグル、そしてケプラー(芳香族ポリアミド系樹脂)はこの残骸から開発された技術のほんの一部だ―――分子ビーム電送機、(思考を機械に伝える)サイコトロニック装置は相変わらず機密扱いになっている。

 

 

 

NASAアポロ計画の巨大真相』 

月はすでにE.T.の基地である

コンノケンイチ  徳間書店   2002/12

 

 

 

アメリカはUFOテクノロジーをすでに手にしている

・「UFOの推進テクノロジーを、ついに人類―アメリカ合衆国が手に入れることができた」

 

・考えてもみてほしい。この技術こそ世界の歴史のなかで、もっとも懸命に探し求められてきたテクノロジーなのである。こうみれば、この開発のために費やされてきた資金には制限などあろうはずはない。UFO情報が政府によって『超極秘』とされ、固く秘守されてきた最大の理由の一つが、今回の『重力制御テクノロジーの完成』という大成果につながったのである」

 

ペンタゴン上級将校による暴露本!

・驚かされたことは、米国防総省の上級将校フィリップ・J・コーソーが、ロズウェル墜落UFOの国家的な研究を暴露した本を1998年に出版したことだった。 

 本書はロズウェル事件の真偽どころではない、コーソーの職務体験を基にした「墜落UFOの収獲」の方法を述べているからである。

 アメリカではベストセラーの上位を続け、『サンデータイムズ』も「ロズウェルの墜落がUFOであることを証言した、もっとも位の高い人物の本」と絶賛している(邦訳『ペンタゴンの陰謀』中村三千恵訳 二見書房)。

 

・フィリップ・コーソーは21年間にわたり米陸軍の情報将校を務め、アイゼンハワー政権時代には国家安全保障会議スタッフなどの要職を歴任、常日ごろから国防に関わる機密に接し、そのため極秘のUFO情報も握っていた。

 

・つまり、UFOの極秘情報に関わる者でも「54-12」から命じられた範囲だけしか知らず、全体は分からないようになっている。それにコーソーの本の内容も準じているからである。コーソーの本も、アポロ計画NASAには何も触れていない。

 

暴露本に見る恐るべき真実

・「軍は二つの戦争に巻き込まれることになった。ソ連と異星人との戦いである。異星人の方がソ連よりも、はるかに大きな脅威だった。そこで相手のテクノロジーを逆手に取り、軍需産業に恩恵を与え、宇宙関連の防衛システムを築き上げることだった」

 

・「これには異星人テクノロジーがふんだんに盛り込まれている。レーザー、加速粒子ビーム兵器、『ステルス』技術を搭載した戦闘機など、そのかげで冷戦終結をもたらすことができた

 

・「二番手に甘んじるのはイヤだとばかりに、どこも密かにロズウェルの兵器開発に明け暮れ、ペンタゴンでは異星人テクノロジーの開発戦争が繰り広げられていた」

 

・「検視報告書に述べられたEBE(墜落UFOから発見された生命体で、通称『グレイ』と呼ばれる)は、生物というよりも、長期の時空飛行専用に設計されたヒューマノイドと考えるべきかもしれない。察するところ、彼らは食料も排泄物処理施設も必要としない。肌を通して科学物質を処理し、排泄物を利用するロボットかアンドロイドにすぎない」(註・1980年代、アメリカで「キャトル・ミューティレーション」といわれる年間2万頭も上る牛の大量虐殺事件が起こった。牛の体内からすべての血が抜き取られ、切り口はレーザーで切り取ったように鮮やかだった。これはグレイの栄養素を得るためだった)

 

・「しかし、宇宙船本体はそのままノートンに残され、ノートン空軍基地はさながら空軍とCIAが管理する異星人テクノロジー博物館のようになった。宇宙船を複製する実験と推進システムの応用実験は今なお続けられている」

 

・コーソーは出版後に心臓麻痺で突然死したが、UFOの真実を暴露することは身の危険さえ生じるのである。

 

実用化されたUFOテクノロジー

・コーソーが手掛けたという、UFOテクノロジーは次のようなものである。

▼映像倍増管・・・・・後の「暗視装置」になる

▼スーパーテナシィ・・・・後の「光ファイバー

▼レーザー切断装置・・異星人たちの2万頭に上る家畜虐殺に使用された

▼分子を圧縮した合金

集積回路および超小型ロジックボード

▼移動式原子力発電機・・・・・アポロ宇宙船に使用された

ガンマ線照射食品・・・・・どんな食品も常温保存できる

▼グレイのヘアバンド・・・・第3の脳・誘導システム

▼加速粒子ビーム兵器・・・電子を刺激する強力光線「SDI迎撃ミサイル」に応用。

▼電磁推進システム・・・・・ステルス機に使用。

劣化ウラン発射体・・・岩窟深くで爆発する弾頭、湾岸戦争で使用。

 

アメリカ(ユダヤ勢力)はロズウェルUFOテクノロジーを利用することによって、現在の世界一極支配を作り上げたのである。

 

 

 

 ペンタゴンの陰謀』

(新兵器開発に隠された驚愕の事実)

(フイリップ・J・コーソー著)  (二見書房)  1998/2

 

 

 

ペンタゴン(米国防総省)とエイリアンとの交渉>

・ロズエル事件のファイルより開発可能なテクノロジーのリスト「暗視装置、光ファイバー、驚異の繊維、スーパーテナシティ・ファイバー、レーザー、分子を圧縮した合金、集積回路および超小型化したロジックボード、イオン小型原子炉、ガンマ線照射食品、第3の脳誘導システム、粒子ビーム兵器、電磁推進システム、ケプラー防弾チョッキとステルス機、劣化ウラン発射体等」である。

 

ロズウェル事件で回収されたシリコンウェーハーは、回路の小型化を可能にし、15年後には、初のマイクロ・コンピューターを生みパソコン革命をもたらした。パソコンもレーザーもUFOの超テクノロジーから生まれたといえる。

 

著者は、1960年代の2年間、中佐としてペンタゴンの陸軍研究開発局の海外技術部に籍を置いた。

 

・「私はそこで、二重生活を送っていた。普段は、兵器研究者として、そしてその裏では、私は情報将校として、トルードー中将の相談役を勤めていた。私に託されたファイルには、陸軍の最高機密がぎっしりと詰まっていた。1947年7月、ニューメキシコ州ロズウェル郊外で空飛ぶ円盤が墜落し、ロズウェル陸軍航空基地第509大隊が残骸の回収に当たった。ファイルにはそのときの残骸や情報が収められていた」。

 

・「大きさは子供と変わらない。といっても子供ではない。こんな大きな風船型の頭をした子供がどこにいる?容貌は人間と似ているがとても人間には見えない。両目は黒くて大きかった。鼻と口はことのほか小さく、切れ込みのようだといってよい。耳は顔の両側がへこんでいるにすぎない。皮膚は灰色がかった茶色で、髪は生えていなかった」。

 

・「異星人が食料や排泄施設を必要としなかったのは、ロボットかアンドロイドのような存在だったからだ。つまり、宇宙飛行や目的地での任務遂行のためにわざわざ作られたのだ!?」、「ロズウェル事件から50周年にも米空軍はあらためて事件を否定する発表を行なっている」。

 

 <政府はさらなる隠蔽を行なう>

・「1962年に国防省補佐官は、報道陣を前にしてこう言った。『未確認飛行物体の情報が国家の安全保障にかかわることであれば政府は、国民はおろか、議会にも通告しない』」。

 

 

 

『たどりついたアイヌのモシㇼでウレシパモシリに生きる』

水谷和弘  はる書房    2018/10/12

 

  

 

<縄文・アイヌ文化を伝える土地に住む>

・10年ほど前に私は8年間借りていた荷負の家を買いました。その我が家の土地と家の周りの私が管理している畑から石器をはじめ多彩な物たちが出土します。

 磨石や石皿、削器(スクレーパー)、石斧、ナイフ型石器などの遺物が出てきた場所は山の中腹、周囲は畑と山林で小高い山も奥にあります。細

石器も数多く、石器の加工場があったことが分かります。アオトラ石や黒曜石の石器の完成美品も出てきました。

 この地域に現在3世帯しか暮らしていませんが、かつてはアイヌの世帯が53あったと聞きます。私の畑のあたりは、エカシ(長老のこと、ホピポイ部落長)が住んでいた所だとアイヌの古老の男性が教えてくれたことがあります。

 

・石器以外にも土器も多数破片で出土していて、平取町立歴史博物館に預けてあります。その土器片は沖縄中期から擦文時代のもので、さらに収集した、もしくは収集しきれない陶器と石器のスクレーパーなどを造ったときに生じる細片が畑から出ます。

 近隣には「荷負2遺跡」と「荷負小学校遺跡」と「荷負ストーンサークル跡遺跡」がある平取町全体で100を超す遺跡があるという話です。我が家の周りに盛土が崩れないように設置された石も、元はストーンサークルの石だったと知人は言っています。さらに古老から、平取にストーンサークルは13ヶ所あったと聞かされました。

 

・また、我が家から200メートル離れた所に湧き水がありますが、その水は大切に利用されてきたと思います。元の家の持ち主曰く、家より25キロほど離れた岩志地という所にある鍾乳洞の絵が描いてあった岸壁は戦争中セメントを作るため壊したが、家の入口に置いてある石はそこの鍾乳石だと教えてくれました。絵は見ることができませんが、その鍾乳石はいまだに私の家にあります。

 縄文時代の生活道具――石器だけでなく土器(草創期から晩期)、また擦文土器、そしてかなり古い陶器の破片からビール瓶やガラス片までが出てくる。そんな大地に私たちは住んでいるのです。

 

・かつて、ここはホピポイ部落と呼ばれていました。でも、アイヌ語のホピポイの意味は私には判りません。しかし、アイヌ語地名を漢字にして当てはめるとき、ニオイを荷負(逆から読むと負荷)とするとは、なんて先住民族アイヌに対して失礼な卑劣なことでしょうか。こんなところにも、言葉が奪われ文化が奪われている。土地が盗られ、心が囚われていったことを私なりに知りました。

 

・ちなみに、ニオイとは樹木が多い所、あるいは木片がごちゃごちゃある所という意味があるとか、のようです。ニオイに限らず北海道の地名はアイヌ語由来が多く、市町村名のおよそ8割がアイヌ語から来ているそうです。

 私の畑から出てくる遺物はさまざまな時を刻んでいます。すなわち、この場所は縄文の草創期より近現代までの複合施設だということです。そして、縄文人アイヌであることを間違いなく証明できる遺跡なのです。

 なお、擦文土器というのは、北海道や東北北部で出土する土器のことで、木のヘラで擦った文様が多く見られたので名付けられたといいます。そして、この土器の使われた7~13世紀の文化を特に「擦文文化」というようです。13世紀後半からは「アイヌ文化」という名でくくられて、北海道全体がこの文化を共有することになったといわれています。

 

・17日の北海道新聞朝刊が、日高管内平取町沙流川水系額平川の支流で、縄文時代の石斧材料として重要な「アオトラ石(緑色片岩)」の露頭が確認されたことを報じていた。

 

・なお、このアオトラ石はアイヌ文化期にも丸木舟の製作に用いられていたという。いくらでも鉄器があった時代なのに、にわかに信じがたいが、何か丸木舟製作に特別な信仰との関わりがあったのであろうか。

 

<“民族”として根源に繋がっていればいい>

アラハバキ」を絆につながる民族、東北{蝦夷}も、三内丸山の時代――縄文時代前期にはすでにアイヌと交流があった。このことは北海道アイヌの大地から出た「宝物」=黒曜石・アオトラ石が、津軽海峡を渡り本州各地に旅をしていることで分かる。

 つまり、本州の遺跡から北海道産出と分かる黒曜石・アオトラ石が出土しているのだ。黒曜石・アオトラ石は狩りの道具や武器に加工でき、また穴開けや肉削ぎ等の各種道具になり、鉄器が一般に流通する室町時代以前、貴重な物であった。

 

伝統儀式か無用の殺生か、生きることは殺すこと

・2007年4月、北海道は知事名で、1955年に支庁長と市町村長に対して出した通達を撤廃した。アイヌイオマンテを野蛮だと事実上禁止した通達だ。これには北海道アイヌウタル協会の撤回要請があったようだが、道が国に諮って動物愛護管理法に抵触しないという判断も出たことで撤廃したという。

 が、このニュースが流れると、ウタリ協会や知事に抗議の電話やメールが相次いだという。ネット上でも、批判や誹謗が渦巻いていた。もちろん、撤廃を支持する声も上がる。

 

イオマンテは?「カムイ送り」、神の国に<カムイを>返す儀式です。クマ<キムンカムイ>とともに暮らし、ともに遊び、ともに苦しみ、ともに生きる、心と心がつながり一体になる。

 生きるということは、殺すことを内包する。殺さなくっては生きていけない。

 

<季節を知るアイヌの星座>

・印象的なのは北斗七星の話です。北斗七星はチヌヵルクㇽ[我ら人間の見る神]という名の星座ですが、その姿を見せるとき、冬はクットコノカ[仰向けに寝る姿]、夏はウㇷ゚シノカ[うつ伏せに寝る姿]と呼ばれる。星の1年の奇跡が、あたかも神が寝姿を変えて季節を教えてくれるというわけです。

 

<聖なる地、コタンコㇿカムイが来るところに>

・ソコにはシマフクロウがやってくる。ソコには白いカラスがやって来ている、そうです。

 私は、鳥が来る意味を聞きそびれましたが、おそらく八咫烏神話と似たように、カムイの伝言をする聖なる鳥だと思う。

 八咫烏は、熊野本宮大社主祭神素戔嗚尊のお仕えで、太陽の化身(太陽の黒点だという説もある)、導きの神だという。日本サッカー協会のマークに使われたので有名になったが、あの3本足は天・地・人を現すとか。

 シマフクロウは、アイヌ語でコタンコㇿカムイ=集落(部落)を護る神さまだ。カムイチカㇷ゚=神の鳥とも呼ばれる知里幸恵さんの『アイヌ神謡集』に収められた「銀のしずく降る降るまわりに」も、コタンコㇿカムイが主役で登場する。

 古代の“日本人”は鳥に霊能力があるとしていた。八咫烏が、ほぼ伝説の初代天皇を熊野から大和へ導いたというのだから。ほかにも古神道アイヌの世界観は共通項が多いと思う。

 シンクロが当然のように起きていた。ソコではエカシ(先祖の翁)がいつも祈りを捧げている、エカシがソコに居るようだった。

 聖地はなにげなくソコにある。磨き抜かれた聖地。それらの聖地はすべてつながり、聖地の経路をつくっていることをタモギタケが教えてくれた。

 

<良き隣人ではなかった和人>

北海道に移り住み20年ほどですが、アイヌに対して、いまだ勘違いな歴史観を持っている日本人がいることを時折強く感じます。

 

・まだ茅葺きの家に暮らしている――日本人と違わない暮らしをしています。

 

土人という表現を聞くことがある――非道な同化政策のなかで定められた「北海道旧土人保護法」を引きずった誤った表現です。

 

・純粋なアイヌはいない――アイヌ民族はいますし、血の濃さで決めることは誤りです。

 伝統的生活空間(イオル)・伝統文化も含んで考えます。多神教アニミズムアイヌの世界観を持つアイヌ文化を大切に暮らす者も含むと私は思っています。

 

アイヌ文化は一つだ――本来は長を中心に置いた家族単位の共同体が育む部族文化です。したがって、共通の基層文化はありますが、部族によって、言葉や儀式、習俗、刺繍や文様、さまざまな異なる面を持っています。

 

アイヌは乱暴者――どこからそんな考えを仕入れてきたのでしょうか。中央政権に服わぬ民という政権側の見方を受け継いで、無自覚のまま敵対しているところから出た表現なのかもしれません。

・搾取と自然破壊を行なう「良きシサムではない」敵対する和人に対して、服わぬ民は戦で臨み、あるいは集団蜂起をしました。よく知られているものでは、東北での東北アイヌ蝦夷阿弖流為の戦いと、蝦夷地でのアイヌによるコシャマインの戦い、シャクシャインの蜂起、クナシリ・メナシの蜂起があります。

 

オキクㇽミカムイは宇宙人なの?

平取町は、現在もアイヌ民族が多く暮らしていることで知られている。

私が住む平取町荷負には、「オキクㇽミカムイのチャシとムイノカ」があります。2014年には国指定文化財「名勝ピㇼカノカ(アイヌ語で美しい形)」に加えられています。

 

チャシとは居城や祭祀の場などを言い、平取町にはその跡がたくさんありますオキクㇽミカムイの居城と伝えられる美しい崖地には、蓑の形をした半月形の岩があります。ムイノカは蓑のことで、ここにオキクㇽミカムイが妻と住んだと言われ、蓑は妻が置いていったものだそうです。とても大事にされ、祀られてきた場所であり、この地域の人びとから敬意が払われていたとのことです。

オキクルミ」は「カムイユーカラ」(神謡)に登場する人間(アイヌ)の始祖となる英雄であり、アイヌに生活文化や神事を教えました。「アイヌラックル」の別名とも言われますが、こちらは「人間くさい神」。また、知里幸恵さんのアイヌ神謡集では、「オキキリムイ」と表記されています。

 

オキクルミはシンタ(ゆりかご)に乗って東の空から降臨したという言い伝えもありますしアイヌラックルは燃え盛る炎の中から生まれたと山本多助さんの記した「アイヌ・ラッ・クル伝」にあります。ネットで検索してみると、次のような面白い紹介がありました。

 

義経神社は、寛政10年頃、近藤重蔵源義経公の像を寄進して創立したとされる古社である。一般に義経は奥州平泉で自刃したとされるが、実は密かに三廐から蝦夷地に渡ったとする義経北行伝説が古来よりまことしやかに伝えられている。

もともと平取にはアイヌ民族の始祖に関する伝説が多く、神社のあるハヨピラ(武装した崖の意)もアイヌの文化神オキクㇽミカムイが降臨した土地と伝えられていた。オキクㇽミカムイは家造りや織物、狩猟法など様々な知恵をアイヌに授け、アイヌ民族の生活の起源を拓いたとされる神である。そこに義経北行伝説が入り込み、知人がアイヌを鎮める政策としてオキクㇽミカムイと義経が意図的に結びつけられ、いつしかアイヌはオキクㇽミカムイと義経を同一視するようになった明治11年に平取を訪ねたイザベラ・バードの『日本奥地紀行』を読むと、当時のアイヌは、義経を自分たちの民族の偉大な英雄としてうやうやしく祀っていたことがわかる。

 

古代遺跡とUFOは何らかの関係があるということは現代においても否定しがたいものがあるが、UFO研究団体CBA(コズミック・ブラザーフット・アソシエーション、宇宙友好協会)は、各地の民族伝承を調査する中で、アイヌの文化神オキクㇽミカムイの伝説に着目、オキクㇽミカムイは宇宙人であると結論づけた。

 

義経が自害せず北へ逃げたという「義経北行伝説」は江戸時代から広められ、北海道から海を渡ってチンギス・ハーンになったというお話もあるほど、蝦夷地でカムイになっても不思議はないかもしれませんが、アイヌの人たちはどう思ったのでしょうか。

 2006年にプレステで発売された「大神」というアドベンチャーゲームには重要なキャラクターとして「オキクルミ」が登場します。炎の中から生まれたり、生活文化を伝授したり、大活躍するオキクㇽミカムイを宇宙人と見るのは、ナスカの地上絵と宇宙人を結びつけるのと近い感性なのでしょう。いずれにしろ、オキクㇽミカムイはアイヌの人たちにとっては身近な存在なのだと思います。オキクㇽミは実は宇宙人だったという話には、私はロマンを感じないのですが。

 

森町の環状列石と私の夢

・北海道一の規模、森町にある環状列石は、過去に拘束道路建設のため破壊の危機がありました。

 ある日、運転手兼同行者としてアイヌの友人に連れられ、森町の役場、教育委員会に赴きました。アイヌの彼は、そこで「俺の先祖の墓であり、貴重な考古学的資料となる環状列石を破壊するな、むしろ観光の資源とせよ」と申しいれたのです。その夜、私は、こんな夢を見ました。

部族に飢饉が襲い、疫病が流行ります。長がシャーマンに懇願すると、シャーマンは精霊を呼びます。そして、部族に住むすべての民が各々大小の石を持ってシャーマンのいる広場に集まってきます。病気の者もおぶわれながら、あるいは足を引きずりながら小石を大切そうに持ってきました。すべての民が揃うと、輪になって祈りを捧げ、シャーマンを通して精霊の声を聴きます。その導きに従って、部落のみなが新しい地へ移動することになり、その列が続きます。

 

 ウィキペディアより引用

義経=ジンギスカン説)

義経=チンギス・ハン説(よしつね=チンギス・ハンせつ)は、モンゴル帝国創始者で、イェスゲイの長男といわれているチンギス・ハーン(成吉思汗)(1155年以降1162年までの間 - 1227年8月12日[1])と、衣川の戦いで自害したという源義経(1159年 - 1189年6月15日)が同一人物であるという仮説、伝説である信用に足らない俗説・文献が多く、源義経=チンギス・ハン説は否定されているが、関連する文献には信用・信頼できるものとできないものがあり、整理と注意を要する。

 

(室町から現在までの大まかな流れ)

源義経という人物は日本史上極めて人気が高く、その人気ゆえに数々の事実と確認されない逸話伝説が生まれた。

 

江戸時代中期の史学界では林羅山新井白石らによって真剣に歴史問題として議論され徳川光圀蝦夷に探検隊を派遣するなど、重大な関心を持たれていた。寛文7年(1667年)江戸幕府の巡見使一行が蝦夷地を視察しアイヌオキクルミの祭祀を目撃し、中根宇衛門(幕府小姓組番)は帰府後何度もアイヌ社会ではオキクルミが「判官殿」と呼ばれ、その屋敷が残っていたと証言した。更に奥の地(シベリア、樺太)へ向かったとの伝承もあったと報告する。これが義経北行説の初出である。寛文10年(1670年)の林羅山・鵞峰親子が幕命で編纂した「本朝通鑑」で「俗伝」扱いではあるが、「衣川で義経は死なず脱出して蝦夷へ渡り子孫を残している」と明記し、その後徳川将軍家宣に仕えた儒学者新井白石が『読史余論』で論じ、更に『蝦夷志』でも論じた。徳川光圀の『大日本史』でも注釈の扱いながら泰衡が送った義経の首は偽物で、義経は逃れて蝦夷で神の存在として崇められている、と生存説として記録された。

 

沢田源内の『金史別本』の虚偽が一部の識者には知られていたが、江戸中期、幕末でもその説への関心は高く、幕吏の近藤重蔵や、間宮林蔵、吉雄忠次郎など、かなりのインテリ層に信じられていた。一般庶民には『金史別本』の内容が広まり、幕末まで源義経が金の将軍になったり、義経の子孫が清を作ったなどという話が流行した。明治時代初期のアメリカ人教師グリフィスが影響を受けてその書『皇國(ミカド 日本の内なる力)』でこの説を論じるなど、現代人が想像する以上に深く信じられていた。

 

シーボルトがその書「日本」で義経が大陸に渡って成吉思汗になったと主張したあと、末松謙澄の「義経再興記」や大正末年に小谷部全一郎によって『成吉思汗ハ源義經也』が著されると大ブームになり、多くの信奉者を生んだ。小谷部や末松らは、この説に関連し軍功に寄与したため勲章を授与されてもいる。義経がチンギス・ハンになったという説はシーボルトが最初で、その論文の影響が非常に大きいと岩崎克己は記している。

 明治以後の東洋史などの研究が西洋などから入り、史学者などの反論が大きくなるが、否定されつつも東北・北海道では今も義経北行説を信じる者が根強く存在している。

 戦後は高木彬光が1958年(昭和33年)に『成吉思汗の秘密』を著して人気を得たが、この頃になると戦前ほどの世間の関心は薄れ、生存説はとしてアカデミックな世界からは取り扱われることはなくなっている。現代では、トンデモ説、都市伝説と評されている。

 新井白石

新井白石は、アイヌ民話のなかには、小柄で頭のよい神オキクルミ神と大男で強力無双の従者サマイクルに関するものがあり、この主従を義経と弁慶に同定する説のあったことを『読史余論』で紹介し、当時の北海道各地の民間信仰として頻繁にみられた「ホンカン様」信仰は義経を意味する「判官様」が転じたものではないかと分析をしたが、安積澹泊宛に金史別本が偽物であると見破り手紙を書いている。しかし義経渡航説を否定していない(『義経伝説と日本人』P112)。古くから義経の入夷説はアイヌの間にも広まっていたが、更に千島、もしくは韃靼へ逃延びたという説も行われ、白石は『読史余論』の中で吾妻鑑を信用すべきかと云いながら、幾つかの疑問点を示し、義経の死については入夷説を長々と紹介し、更に入韃靼説も付記している。また『蝦夷志』でも同様の主張をし、これが長崎出島のイサーク・ティチングに翻訳され欧米に紹介された。

  

 

 

『図解 アイヌ

角田陽一   新紀元社  20187/7

 

 

 

<天地の図>

アイヌモシリ(人間世界)からふと空を見上げてまず目に入るのはウラルカント(霞の天)。春の訪れとともに靄が湧く空だ。続いてランケカント(下の天)、人間世界の山頂近く、黒雲が渦巻き白雲が乱れ飛ぶ空。その上はニシカント(雲の天)、ここは英雄神アイヌラックルの父であるカンナカムイ(雷神)の領分だという。その上がシニシカント(本当の空の天)、チュブ(太陽)とクンネチュブ(月)が東から西へと歩む空。さらにその上はノチウカント(星の天)ここまで上がれば、もう人間は息ができなくなる。さらにその上が最上の天上界であるリクンカントシモリ(高い所にある天界)だ。カントコロカムイ(天を所有する神)の領分で、人間の始祖が住む。金銀の草木は風を受けてサラサラと鳴り、川も文字通り金波銀波を立てて流れ下る。以上、六層の天上界だが、アイヌ語で「六」は「数多い」との意味を併せ持つため、必ずしも六層でなくても良いともいう。

 

一方でアイヌモシリの下、死者の国であるポクナモシリ(あの世)は、人間世界同様に山川に草木があり、死者の魂は生前同様に季節の運行に合わせて暮らす。だがその運行は人間世界とすべて反対で、この世が夜ならばあの世は昼、この世が夏ならあの世は冬になるという。そしてポクナモシリの下はテイネポクナモシリ(じめじめした最低の地獄界)。英雄神に退治された魔神や生前に悪行を重ねた者が落ちるところで、落ちた者は決して再生させてもらえない。

 

カムイモシリ

・野生動物とは、神が人間に肉と毛皮を与えるためにこの世に現れた仮の姿である。神の本体は天界で、人間と同様の姿で日常生活を営んでいる。そんな神の世界こそがカムイモシリ。山中に、海中に、天空に神が遊ぶ。

  • 神は神の国で、人間同様の生活をしている

カムイモシリとは、カムイ(神)が住まう国アイヌ伝承における「天界」だ。それは文字通り天空にある。一方で人間世界に住まう熊の神のカムイモシリは山の奥の水源にあるともされ、そしてレプンカムイ(シャチの神)など海神の住まいはならば海中にあるとされている。

 ここで神々は人間同様の姿で、人間同様に住まい、着物を着て暮らしている、というのが伝統的なアイヌ文化における神の解釈だ。熊の神ならば上等の黒い着物をまとい、天然痘の神ならばあられ模様の着物を着ている。そんな姿で男神なら刀の鞘に入念な彫刻を施し、女神ならば衣装に心を込めた刺繍を縫い描いて日がな一日を過ごしている。そして窓からははるか下方に広がる人間世界を眺める。

 

神は空飛ぶシンタ(ゆりかご)に乗ってカムイモシリと人間界、さらには地下のポクナモシリ(冥界)を自在に行き来するが、人間が生身でカムイモシリに行くことはできない。人間が天界に行くためには肉体と魂を分離、つまり死ななければかなわない。

 

コタンカラカムイ

天地創造の神・コタンカラカムイ。巨大な体躯と寡黙な仕事ぶりを武器にアイヌモシリの山河を築き、人間を生み出した。しかし聖書の神のような絶対的な創造主ではないのが特徴。

 コタンカラカムイという言葉を訳すれば「村を作った神」。しかし彼が作り上げたのは一村落のみならず天地全体。つまりアイヌ神話における創造神である。そのためモシリカラカムイ(国を作った神)の別名を持つ。だが万物の創造主ではなく、天界の神の命を受けて創造業務を請け負ったとされる。巨大な容姿の男神で、海を渡っても膝を濡らすことがなく、大地を指でなぞった跡が石狩川になり、鯨をそのまま串焼きにして食べたという。

 

コタンカラカムイは楊の枝を芯にして土を塗り付け、人間を作った。だから人間が年老いれば、古い楊のように腰が曲がる。そして地上に近い、草の種の混じった土でアイヌ民族を作ったので、アイヌは髭が濃い。和人の髭が薄いのは、地中深い、草の混じらない土で作られているからだ。

 

チュプカムイ

・天空を照らす太陽を司るチュプカムイ。女神であるとされ、アイヌ民族は太陽の昇る方角を神聖なものとした。日の神が魔神に誘拐されれば天地は暗闇に包まれる。それが日食である

  • 天地を黄金色に染める女神

太陽はアイヌ語でチュプと呼ばれる。その太陽を司る神が、チュプカムイ。一般的には女神とされている。

 

ポクナモシリ

死者はポクナモシリへ行く。人間世界と同様に季節があり、人は狩りや山菜取りで永遠の時を過ごす。一方で悪人や正義の神に退治された魔神が落ちるのはテイネポクナモシリ(最低の地獄)、湿気と臭気が覆う世界だ。

  • この世とあの世は、すべてがアベコベ?

明治初期、布教活動の傍らでアイヌ文化を調査した英国人宣教師、ジョン・バチュラーの書籍によれば、アイヌにとっての「あの世」は3種類ある。ひとつは善人の魂が向かうカムイモシリ(神の国)、次に普通の人が行くポクナモシリ、そして悪人や退治された魔神が落ちるのがテイネポクナモシリである。だが、カムイモシリは外来宗教の「極楽」「天国」の影響から生まれたもので、本来はポクナモシリとテイネポクナモシリの2種のようだ。

 ポクナモシリはアイヌモシリ(人間世界)同様に草木が生い茂り魚や獣が遊び、死者はその中で、生前同様の暮らしを永遠に続けるという。

 

・人間世界同様、あの世でもコタンコロクル(村長)が集落をまとめ上げるが、閻魔大王ギリシャ神話のハデスのように、死者の国全体の長はいない。そして面白い事に、現世の事があの世ではすべて反対になる。この世が夜なら、あの世は昼。この世が夏なら、あの世は冬になる。だから死者が来世で不自由しないよう、夏に死んだ者は冬靴を履かせた上で埋葬したという。

 

オキクルミ

・雷神がハルニレの木に落雷して生まれたオキクルミは、アイヌラックルの別名を持つ。陽の神をさらった魔神を退治する英雄であり、ユーモラスなトリックスターでもある。アイヌ神話における文化神、英雄神。

 

落雷の炎から生まれた英雄神

成長した後に、再度天下り、人間たちに火の使用法や家の作り方、狩りの方法、そして天界から密かに盗み出した穀物の種を元に農業を伝え、ともに平和に暮らした。だがある年のこと、豪雪によって鹿が大量に餓死し、アイヌたちは飢餓に苛まれる。そこでオキクルミの妻は椀に飯を盛り、家々の窓から差し入れて施しを始めた。だが不埒な男が椀を持つ手の美しさに見とれ、家に引き込もうとする。その瞬間に大爆発が起き、男は家ごと吹き飛ばされてしまった。オキクルミ夫妻はこの無礼を怒って天界に帰って行ったが、人間を見捨てることなく神聖なヨモギを束ねて人形を作り、自身の身代わりの神として地上に残していったという。

 

・ところでオキクルミにはサマイクルという兄弟、もしくは相棒がいたとされる。北海道胆振日高地方ではオキクルミは正義、サマイクルは乱暴者で間抜けとされるが、逆に北海道東部や石狩川上流ではサマイクルが正義、オキクルミは間抜けとされている石狩川上流、カムイコタンで川を堰き止めて村の滅亡を企んだ魔神を退治したのは、サマイクルである。

 

ミントゥチ

河童は北海道の河にも棲む

河童は日本各地に伝承がある。だが「カッパ」の名称は関東周辺で、九州ではカワタロウがガタロ、中国地方ではカワワラワ、東北地方の北部ではメドチとそれぞれ名前も変わる。北海道のアイヌ伝承にも、「カッパ」に該当する妖怪がいる。それがミントゥチだ。

 

<キムンアイヌ

里には人間が住む。一方で山には人とも人外のものともつかない者が住んでいる。そんな「山人」の伝説は日本各地に残るが、アイヌの伝説にも同様の逸話がある。それが「キムンアイヌ」……山の人だ。

  • 山中に棲む人外の巨人

柳田国男の『遠野物語』には山中に住む人とも妖怪ともつかない存在「山男」が登場するが、同様の逸話は日本各地にある。優れた体格の男性(女性がいるかは不明)で、衣服を着ている場合もあれば半裸の場合もあり、

餅や煙草を差し出せば山仕事を手伝うなど、人間に対しては概して友好的である。そんな山人、山男の逸話はアイヌ伝説にもある。

 

キムンアイヌ、訳すればそのまま「山の人」。里の住人の3倍の体格を誇り、特別に毛深く、口から牙がつき出している。着物は着ているが、何を素材にした布地か毛皮かはわからない。腕力にも優れ、鹿でも熊でも虫のように捕えてしまう。時には人を殺して喰らうこともある。だが煙草が大好物で、煙草を差し出せば決して悪さをしない。

 

刺青や耳輪はしない。時に人間をさらって自分たちの仲間に加えるが、そんな者は刺青や耳輪をしているからすぐに判る。(女性の個体もいる?)

 

樺太のキムンアイヌは訛ってキムナイヌと呼ばれ、さらにロンコロオヤシ(禿げ頭を持つ妖怪)の別名通りに頭頂部が禿げあがっている。彼らは人間に友好的で、重い荷物を代わりに背負ってくれる。

 

ウェンカムイ

アイヌ世界の神は、豊穣の神ばかりではない

・「ウェン」とは、アイヌ語で好ましくない状況全般を意味する言葉である。ウェンカムイとは、精神の良くない神、つまり邪神や魔神の類である。

 

・神は人間に豊穣のみを約束するものではない。人間にあだなす魔の神、悪霊、それこそがウェンカムイである。太陽を誘拐する悪の権化から、水難事故や病魔を運ぶ疫病神まで、自然界は悪魔に充ち溢れている。

 

コロポックル

「かわいらしい」だけではない小さき人

アイヌの伝説には、コロポックルと呼ばれる小さき人が登場する。一般的には「コル・ポ・ウン・クル」(蕗の葉の下の者=蕗の葉よりも背が低い人と紹介され、北海道の観光地では蕗の葉をかぶったキャラクターの木彫などを目にすることも多い。

 

童話作家の作品にも登場するアイヌの小人伝説「コロポックル。その実態は「かわいらしい」ばかりの物ではない。正体は千島列島北部のアイヌか?伝染病を恐れる彼らの風習が物語として伝えられた?

 

パコロカムイ

・中世から近世にかけて北海道に伝来し、アイヌ人口減少の一因ともなった天然痘アイヌはあられ模様の着物を着た疱瘡の神「パコロカムイ」の仕業として恐れ、患者が出れば全村で避難するなど策を講じた。

  • アイヌモシリに災厄をもたらす疫病神

 天然痘が北海道に侵入したのは鎌倉、室町時代と考えられる。江戸時代寛永元年(1624年)の記録に「蝦夷地痘疹流行」の一文が初めて現れる。以降、江戸時代を通じて流行が繰り返され、和人との交流が盛んな日本海沿岸においては特にアイヌ人口が激減する原因ともなった。

 アイヌ民族天然痘を「カムイタシュム」(神の病)と呼んで恐れ、パコロカムイのしわざと信じた。

 

・幕末になって時の函館奉行がアイヌ対象の大規模な種痘を行い、明治以降に種痘が義務化されるに及び、パコロカムイの影は去ることになる。

 

 

  

『図説 日本の妖怪百科』

宮本幸枝  Gakken 2017/6/6

 

 

 

相撲好きでおとなしい ケンムン

ケンムン」は「ケンモン」ともいい、奄美諸島一体で伝えられる妖怪である。

 奄美の民話では、ケンムン月と太陽の間に生まれたが、天に置いておけないため、岩礁に置いてきたと伝えられる。しかし、海辺ではタコがいたずらをしにくるので、ガジュマルやアコウの老木に移り棲むようになったという。

 その姿は小児のようで、足が長く、座るとひざが頭を超す。髪や体毛が赤く、よだれは青く光るという。猫のような姿であるという話も多い。

 ケンムンの中には、頭に皿を持っているというものもあり、人に相撲を挑んだりするなど、「河童」によく似た習性が伝えられている。相撲をとるときは皿を割れば勝てるのだが、負けたケンムンが一声鳴くだけで、何千何万とケンムンの仲間が集まってくるため、手加減する必要があるのだそうだ。

 また、ケンムンと漁に出ると、大漁になるが、とれた魚はすべて片目がとられているという。棲んでいる木を切られた際には、切った人間の目を突くといわれており、目に何か特別なこだわりがあるようだ。

 ケンムンは、もともとおとなしい性格で、人を害することはあまりないといわれる。第2次世界大戦前まではよく目撃されていたらしいが、GHQの命令により奄美のガジュマルの木が大量に伐採されたことを機に姿を消したという。

 

ガジュマルの木に棲む精霊 キジムナー

沖縄県のマジムンの代表格

ガジュマルの木に棲み、長く赤い髪をした子どものような姿をしているという沖縄県の妖怪「キジムナー」は、鹿児島県の「ケンムン」や「河童」と似た姿や習性が伝えられている

 その呼び名は同じ沖縄県内でもさまざまで、「キムジン」「ブナガヤ」「セーマ」「アカガンター」などとも呼ばれる。人をだましたり、いたずらをすることが好きで、仲良くなると山仕事や漁を手伝ってくれるなど、人間ととても親しい存在だったようである。タコを非常に嫌うといい、キジムナーがいたずらをしないように、赤ちゃんにおしゃぶりの代わりにタコの足をしゃべらせることもあったそうである。

旧暦8月10日のヨーカビーには、キジムナーが点す“キムジナー火”が現れるといわれ、その火は触っても熱くなく、海に入っても消えないといわれた。

 

昭和の時代に入ってからも、沖縄の子どもたちのあいだでは“キジムナーの足跡を見る”という遊びがあったという。その方法は、まず、薄暗く、静かな場所で円を描いて小麦粉などの白い粉を撒く。円の中心に、火をつけた線香を立てておき、呪文を唱えて隠れる。20数えてその場所に戻ると、小麦粉にキジムナーの足跡がついているという。

 

また、沖縄県北部の大宜味村では、専用の小屋を建ててブナガヤが出てくるのを夜通し待つ「アラミ」という風習が戦後まで行われていたそうだ。

 

 

 

琉球怪談』 現代実話集  闇と癒しの百物語

小原猛   ボーダーインク  2011/2

 

 

 

<キジムナー>

たとえば沖縄でもっとポピュラーな妖怪であるキジムナーは、戦後という垣根を越えると、急激に目撃例が減少している。取材していく中でも「戦前はキジムナーがいっぱいいたのにねえ」「戦後すぐはいたけど、もういないさ」という、オジイ、オバアの声を聞いた。

 もしかしたら戦争でのウチナーンチュの意識が変わり、キジムナーの存在を受け入れなくなってしまったのかもしれない。沖縄戦、という次元を超えた壁が、怪の世界にも立ちはだかっていることを、身を持って実感した。

 

<戦後の駄菓子 キジムナーのはなし1>

・Nさんはとある離島の出身である。

 Nさんのまわりでは小さな頃から、キジムナーの話は日常的に伝えられてきたのだという。

 その昔、キジムナーは家々を回り、さまざまな人々と物々交換をしていたのだという。

 

・島のキジムナーは、本島のキジムナーのようにガジュマルの樹を住処とせず、洞窟の中で暮らしていたという。

 戦前までは、むらを訪れては食べ物を交換したり、人間に火を借りにきたことさえ、あったのだという。そんなキジムナーも、戦後はぱったりと現れなくなった。

 だがNさんは、幼い頃にキジムナーを一度だけ見たことがあるのだという。

 夕暮れどき、Nさんがまだ子どもの頃、実家の家の近くの浜辺で遊んでいたときのこと。

 一人のキジムナーが、森の中から現れて、Nさんのほうをじっと見ていたのだという。友達数人もその場所にいたが、彼らにはキジムナーを見えるものと、見えないものに分かれたのだという。見えたもの代表として、Nさんはキジムナーに声をかけることになった。

 Nさんは、知っている限りの方言でキジムナーに挨拶をしたが、どれも無視されてしまった。

友達の一人が、駄菓子をくれたので、Nさんはキジムナーのそばまでいって、駄菓子をあげたのだという。

 するとキジムナーはそれを奪ってから、すばやく林の中に逃げていった。それが、おそらく島で見られた最後のキジムナーに声をかけることになった。

 それ以来、キジムナーを「感じた」とか、「らしき影を見た」という話は、何度も耳にしたそうだが、キジムナーに正面で出会ったという話は、あまり聞かれない。

 

小便 キジムナーのはなし2

・Tさんが子どもの頃、Fくんという友達がキジムナーが棲んでいたといわれているガジュマルの木に立小便をしたそうである。

 友達は、えい、キジムナーなんていないさ、怖くない、と大声で叫びながら、木の周囲に小便を輪のようにひっかけた。キジムナーを見たことはなかったが、信じていたTさんは怖くなって一目散に家に帰ったという。

 夕方、気になったTさんは、小便をかけた友達が住んでいる団地へ行ってみた。

 

・すると、部屋の中は見えなかったものの、3本指の奇妙な跡が、いくつもガラス表面についているのが見えた。

 まるでニワトリの足のような、3本指の奇妙な跡が、いくつもガラス表面についていた。

 

・次の日、Fくんは学校を休んだ。そして次の日も、次の日も学校を休んだ。

結局、1週間学校を休んで、帰って来たときにはゲッソリと痩せていた。

学校で久しぶりに会ったFくんは、Tさんにこんな話をしたそうだ。

 小便をかけてしばらくすると、気分が悪くなってきた。

 家に帰ると、立てなくなってそのまま寝込んだ。

 母親がどうしたのかと聞くので、しかたなくガジュマルに小便をかけた、と本当のことを言った。母親はあまり迷信を信じるほうではなかったので、風邪ぐらいにしか考えていなかった。

 ところが、Fくんが寝ていると、ベランダにまっ赤なキジムナーが何人もやってきては、ガラスをぺちゃぺちゃ、たたき出した。母親も一緒になってそれを見たので、すぐさま知り合いのユタを呼んで、その夜にお祓いをしてもらった。

 ユタがいうには、この子がしたことは悪質だったから、お灸をすえる意味でも、1週間は熱を引かさないようにした、とのことだった。

 その言葉通り、Fくんはちょうど1週間後に熱が引き、学校に来ることができたという。

 

赤ら顔  キジムナーのはなし3

・Wさんが子どもの頃、学校に行くと、友人の一人がおかしなことになっていた。

 顔は赤く晴れ上がり、はちきれんばかりにバンバンになって、非常に苦しそうだった。本人も、息ができんし、と喘いでいる。先生が寄ってきて、どうしたね、と聞くと、その生徒はこんな話をしたそうだ。

 朝起きてみると、顔が赤く腫れ上がって、息ができない。オバアに相談すると、「これはキジムナーが悪さをしているから、ユタに見てもらいに行こう。ただし、そのユタは午後からしか見れないから、昼過ぎに学校に迎えに行くまで、学校でおとなしくしている」と言われたそうだ。

 

・次の日には、その子は何事もなかったようにケロッとして、学校に登校してきたそうである。

 

今帰仁の小さなおじさん

・Fさんが早朝、自転車に乗っていたとき、目の前の空き地に、知り合いのオジイが倒れていたという。

 死んでいるのかと思って自転車を降りて近寄ってみると、酒のちおいがプンプン漂ってきた。おい、このオジイ、酔っぱらってるし。Fさんがオジイの肩に手をかけて、起こそうとしたその時。

 倒れているオジイの周囲に、5人くらいの小さなおじさんが、オジイを背もたれにして座っていたのだという。

 オジイを揺らしたものだから、びっくりした5人のおじさんたちは悲鳴を上げながら、一斉に走って逃げたという。

 おじさんたちは空き地の中へ一目散に逃げると、そのままパッと掻き消えるようにしていなくなった。

 

・Fさんが眉をひそめながら自転車に戻ろうとすると、自転車の周囲にも小さなおじさんたちが複数いた。

 Fさんがびっくりして「うわあ!」と叫ぶと、それに逆にびっくりしたのか、クモの子を散らすようにして逃げ去ったという。

 おじさんたちは、それぞれ上半身は裸で、眉毛がつながっていたのが印象に残っているという。

 

<●●インターネット情報から●●>

ウィキペディアより

小さいおじさん(ちいさいおじさん)>は、日本の都市伝説の一つ。その名の通り、中年男性風の姿の小人がいるという伝説であり、2009年頃から話題となり始めている。

『概要』 目撃談によれば、「小さいおじさん」の身長は8センチメートルから20センチメートル程度。窓に貼りついていた、浴室にいたなどの目撃例があり、道端で空き缶を運んでいた、公園の木の上にいた、などの話もある。ウェブサイトでも「小さいおじさん」に関する掲示板や投稿コーナーが設置されている。

 

キジムナー(キジムン)>は、沖縄諸島周辺で伝承されてきた伝説上の生物、妖怪で、樹木(一般的にガジュマルの古木であることが多い)の精霊。 沖縄県を代表する精霊ということで、これをデフォルメしたデザインの民芸品や衣類なども数多く販売されている。

多くの妖怪伝承と異なり、極めて人間らしい生活スタイルを持ち、人間と共存するタイプの妖怪として伝えられることが多いのが特徴。

『概要』 「体中が真っ赤な子ども」あるいは「赤髪の子ども」「赤い顔の子ども」の姿で現れると言われることが多いが、また、手は木の枝のように伸びている、一見老人のようだがよく見ると木そのものである、などともいう。土地によっては、大きくて真っ黒いもの、大きな睾丸の持ち主などともいう。

 

 

 

『ニッポンの河童の正体』

 飯倉義之  新人物ブックス  2010/10/13

 

 

 

<外国の河童たち>

 ○○は外国の河童?  -河童は日本固有種かー

・では日本以外の土地に河童は存在しないのだろうか?どうやらそうではないようだ。世界各地の妖怪を紹介する本や文章ではしばしば、「妖怪○○は××国の河童である」というような紹介され方がなされるように、海外の妖怪を日本の河童にあてはめて紹介することはままある。たとえば、韓国のトケビがそれである。

 

 「トケビは韓国の河童」か?

・韓国の「トケビ」は山野を徘徊する小鬼で、その正体は多く血がついたことにより化けるようになった、箒(ほうき)やヒョウタンなどの日常の器物である。トケビは人間を化かしたり、道に迷わせたり、野山に火を灯したり、快音を出して驚かせたり、夜に人家に忍び込んだり、格闘を挑んで負けたりと、ほとんどの怪しいことを一人でまかなう「万能妖怪」として大活躍を見せる。そのユーモラスな風貌と多彩な行動は、よく河童と比較される。

  

・前項でも河童の親類として紹介した奄美ケンムンやブナガヤ、琉球のキジムナーもまた、そうした「万能妖怪」という点でトケビとよく似た存在である。小柄でザンバラ髪の童形、好物や嫌いな物がはっきりとしており、ユーモラス。人間に関わり、からかう。トケビとケンムン・ブナガヤ・キムジナーと河童とは、性格や行動が共通していることは一目瞭然である。

  

・しかし重大な相違点もある。トケビは器物の化け物、ケンムン・ブナガヤ・キジムナーは樹木や森林のムン(化け物)としての性格が強く、河童の存在の根幹である水の化け物という性格を持ち合わせない。性格の一致と属性の不一致が、河童とトケビの間にはある。

 

 「ヴォジャノイはロシアの河童」か?

・他に多く「外国の河童」として挙げられる存在に、中国の河水鬼や水虎、ロシアのヴォジャノイやルサールカ、チェコのヴォドニーク、ポーランドのハストルマン、ドイツのニクス。フィンランドのネッキ、スコットランドのニッカールやケルピーなどが挙げられる。

これらの存在はいずれも水界に棲む存在で、人間や牛馬を水の中に引き込むとされ、彼らに挙げる季節の祭りなどが催されることなどが、河童と同一視される点である。

  

・しかしこうした水精の属性や行動以外の点では、河童と彼らの隔たりは大きい。河水鬼やヴォジャノイ、ヴォドニーク、ハストルマンは髭を蓄えた老人とされ、湖底で自分の財産である牛馬の群れや財宝を守って暮らし、機嫌が悪いと川を荒れさせるという固陋な存在である。ニクスやネッキ、ニッカールは成人男性の姿で現れて、荒々しく牛馬や子どもや婦女子を奪い去る肉体派である。ネッキやその同類が、半人半馬や馬に化けた姿を取るというのは、馬の姿をしていて人を水の中に誘い込むケルピーとも共通する。

  

・ケルピーに代表される「ウォーター・ホーズ」伝承は、ヨーロッパ各地にあまねく広がっており、龍の妖怪伝承といえば、ロッホ・ネス・モンスター、すなわち「ネッシー」である。ケルピーは河童と同じくらい、ネッシーにも近しい存在なのだ。

 

・ルサールカには溺死者の浮かばれぬ霊というイメージが色濃くついており、この点で幽霊や産女、雪女に近い属性を持つといえる。

  どうやら「××の河童だ!」と言われてきた妖怪たちは、河童と重ね合わせて理解できる部分とそうでない部分とを、同じくらいの分量で持ち合わせているようである。

 

 やはり「河童は日本の河童」か?

・水はわれわれの生存に欠かせないと同時に、恐るべき存在であるがゆえに、水の神と水の妖怪を持たない文化はない。そのような意味で、「河童は世界中に存在する」。

  

・しかし今見てきたように、そうした河童的な存在がどのような姿で現れ、いかなる言動をとるかは、文化によって全く違う。ロシアの冷たい湖水に棲むヴォジャノイは老人の姿で重々しく、スコットランドの湖沼地帯に棲むケルピーは活動的で攻撃的だ。そして里近くに多くの川や小川、沼や溜め池をもつ日本の河童たちは、人に近しく愛嬌があり、どこか深刻でない表情を持つ。一方で、日本の河童に近い韓国のトケビ、奄美ケンムンやブナガヤ、琉球のクジムナーは、水の精という性格をほとんど持っていない。

  

・こうした水の神・水の妖怪の多様なありようは、各々の文化において人と水とがどう関わっているかに規定されている。その意味では、「河童は日本にしかいない」。

  妖怪を比較することはすなわち文化を比較することなどである。「妖怪○○は××国の河童である」という言い切りは、あまりにも大胆すぎるもの言いであるだろう。

 

 

 

『絵でみる江戸の妖怪図巻』

 善養寺ススム、江戸人文研究会     廣済堂出版 2015/9/3

 

 

 

<キジムナー 琉球伝承>

・ガジュマル、赤榕、福木、栴檀の古木に棲むと言われる精霊。

 姿は様々で、髪は肩まであり、全身が赤い子供、または小人で、手は木の枝のようだとも言われる。地域によっては真っ黒な大人サイズだったり、睾丸が大きいとされることもある。

 木に棲んでいるが、主食は魚介類でグルクンの頭や、魚の左目が好物だと言われる。魚好きなので仲の良い漁師の手伝いをするというが、蛸や屁が嫌いなので、魚を捕っている時に屁をひると、消えてしまうらしい。

 悪戯もよくする。人を誑かし、土を飯だと騙して食べさせたり、木の洞に閉じ込めたり、寝ている人に乗ったりもするし、夜道を行く人の灯を消すのも十八番だ。

 さらに、木を伐ったり、虐めたりすると、家畜を殺したり、船を沈めたりもする。昼間は人間には見えないので、キジムナーの悪口を言うと、意外に側にいて聞いていて、夜になって仕返しされるという。

 

くへた  伝承 越中国富山県)、神、招福

越中国立山の予言神で、5年以内に疫病の流行すると予言しに現れた。自分の姿を写し、それを見れば病を避けられると告げた。

 

ケンムン 伝承、奄美大島、妖怪

・【キジムナー】と【河童】を合わせたような妖怪。姿は様々だが、ほとんどが、5~6歳の子供のようで、全身赤みがかった肌に毛が生えているそう。頭には皿があり、油や水が入っているという。ガジュマルの木に棲み、木の精霊ともされ、勝手に木を伐ると、眼を突かれて腫れてしまうとされる。蝸牛や蛞蝓が好物で、ケンムンの棲む木の下には蝸牛の殻が多く落ちていると言われる。

 河童のように相撲を取ったり、片方の手を引っ張ると、もう片方と繋がって抜けるともいう、性格は友好的だが、中には悪いのもいて、子供を攫って魂を抜くとも言われる。

 

コロポックル アイヌ伝承/小人

・《蕗の下に住む人》の意。アイヌ以前に北海道に住んでいたとされる小人で、アイヌ伝承に登場する。

 住んでいたのは、北海道から樺太南千島列島におよび、各地に伝承が残されている。蕗の下というのは、蕗を傘にしている他、蕗で屋根を葺いた家に住んでいたからとされる。身長は1尺(30センチ)くらい。それよりも小さい、1~2寸(3~6センチ)の小人は【ニングル】と呼ばれる。

 

・十勝地方の伝説では、コロポックルは、昼は隠れて暮らし、夜になると5人から10人くらいで、川に数艘の丸木舟を浮かべ、魚を捕っていた。捕った魚の一部はアイヌの村に持って行き、チセ(家)の戸の隙間から手だけを出して差し入れていた。これは土地の恵みを分かち合う、当然の行為だったのだろう。しかし、決して姿は見せなかった。

 

座敷童  伝承 全国 妖怪、招福

・座敷童は陸奥国岩手県)を中心に全国で信じられている家の妖怪。座敷や蔵に棲み、その家の繁栄を守っていると言われる。

 おかっぱ頭の幼児が最も多く、家によっては15歳くらいの子供もいる。また、老婆の場合もあり、性別も一定していないし、複数が現れる家もあるという。

 座敷や土間で、幼い子供と遊ぶが、糸車や紙、板戸を鳴らす悪戯もする。座敷童が消えた家は、衰退したり火事や災害に見舞われるという。その場合、逃げて行く座敷童に道で出会うことがある。「何処へ行くのか?」と声をかけると、「あの家はもう終わりだ」と答えるという。

 

【蔵ぼっこ】陸奥国花巻、遠野の蔵に現れる座敷童。蔵の中に籾殻などを撒いておくと、朝には小さな子供の足跡が残されているという。

 

覚(さとり)  『今昔画図続百鬼』  全国 妖怪

・【天邪鬼】の類にも同名のものがいるが、こちらは唐(中国)伝承の妖怪。体中黒い毛に覆われた霊獣で飛騨や美濃の山深くなどに棲む。人の言葉を話し、人の心を読む。人に害はおよぼさず。捕まえようとしても、人間の意思を読んで、先回りして逃げてしまうという。

 

天狗 伝承 全国 神、妖怪

・天狗はもともと《隕石》のことをいい、唐(中国)伝承では虎に似た妖獣とされていた。『日本書紀』では《アマツキツネ》とされる。そのため《天狗》の字を用いる。

 

・やがて、仏教を妨害するとされ鳶のような姿で表わされ、次第に人間化して行った。その代表が【外道様】とも呼ばれるように、修行僧が己の知識に奢って悪心を抱いた末に、天狗と化したとされるもの。そのため知識が豊かで【神通力】を用い、弟子や家来を沢山抱える。

 山岳信仰では修験道の寺院や修行僧を守り、修行の地である山の結界を管理する。一方で、天候の怪異や【神隠し】を起こすとされる。

 天狗の代表は《日本八大天狗》と呼ばれる八人の天狗である。筆頭の【愛宕山太郎坊】は、京都・愛宕山に祀られる天狗で、【栄術太郎】とも言われる。

・その他に、江戸時代中期に作られた祈祷秘経の『天狗経』に《四八天狗》があげられていて、それぞれに逸話がある。さらに異名や天狗伝承は数知れない。

 

【尼天狗】『今昔物語集』に載る天狗。仁和寺の円堂に棲むという女の天狗。

 

鞍馬天狗鞍馬山に祀られる大天狗で日本八大天狗のひとり。牛若丸に剣術を教えたとされる。【僧正坊】や京の一条堀川の陰陽師・鬼一法眼と同じとされる。

 

【木の葉天狗】地位の低い天狗で【烏天狗】に似る。【白狼】とも呼ばれる。小僧の姿に化け、山を行く人や物を背負って小銭を稼ぎ、天狗の仲間達を支えているそう。

 

【守護神様】三河地方の天狗で、山の神とされる。毎月七日は山の忌み日とされ、入ることを避ける。

 

【僧正坊】鞍馬山の僧侶だったが、修行中に悟りを開いたと、自分の知識に驕り、年老いてなお死に欲を増し天狗となる。死後も僧侶の高い位に執着し続けた。

 

【空神】紀州の天狗。空を自由に飛ぶため、こう呼ばれる。

 

【天狗隠し】【神隠し】に同じ。天狗によって攫われたとする。行方不明事件のこと。

 

<鬼 伝承 全国>

・鬼は様々な妖怪や怪異に使われる名称。古代(平安中期以前)の王朝と闘う異部族や怪異など、外敵の他、人の心の中が変化する鬼もある。実態のあるものもあれば、実態のないものもあり、また、悪の象徴でもありながら、地獄では番人をする仏教を守る側にもいるという、様々な面で両極に存在する怪である。

 牛の頭に、虎の腰巻き(パンツと呼ばれるのは明治以降)として描かれる姿は、江戸時代に固定化された。

 

・また、流行病も鬼の仕業とされた。他の病気は《罹る》と呼ばれるが、風邪は鬼が悪い病気を引き込むので《引く》と呼ぶ。

 

【青鬼・赤鬼】

・物語には、赤・青の鬼が登場する。色の他にも目がひとつや複数あるもの、口がないものなど、様々な姿が語られ、描かれ《異形》を象徴する。

 

【悪路王】陸奥国岩手県)・常陸国茨城県)の鬼。坂上田村麻呂に討たれ、鹿島神宮に納められたとされる。

 

【悪鬼】世に悪をバラ撒く鬼達のこと。かつて流行病は鬼の仕業とされていたので、蔓延すると、人々は鬼の退散をひたすら神仏に願った。

 

【一条桟敷屋の鬼】『宇宙人時拾遺物語』に登場する鬼。ある男が都の一条桟敷屋(床の高い建物)で遊女と臥していると、夜中に嵐となった、すると「諸行無常」と言いながら通りを歩く者がいるので、蔀(上げ戸)を少し開けて覗くと、背丈は建物の軒ほどあり、馬の頭をした鬼だった。

 

茨木童子】【酒呑童子】の家来。

 

【牛鬼】石見国島根県)で語られる。水辺で赤子を抱いた女が声をかけてきて、赤子を抱いてくれと言ったり、食べ物を求めたりする。赤子受け取ると急に石のごとくに重くなり、動けなくなったところで牛鬼が現れ襲われるという。

  また、牛鬼が女に化けて出て騙す。四国や近畿地方には《牛鬼淵》や《牛鬼滝》など、牛鬼の棲む場所が多くある。

 

【温羅】かつて吉備国岡山県広島県)に渡って来た鬼の集団で、鬼ノ城を築き周辺を支配した。天王に対峙したため、吉備津彦に討ち取られた。斬られた首は死なず、犬に喰わせて骨にしても静まらず、地中に埋めても13年間もうなりを発していたと言われる。

 

【鬼の手形】陸奥国岩手県)伝承。盛岡の町では【羅刹】に荒らされて困っていた。そこで、人々は町の神である《三ツ岩様》に祈願すると、羅刹はこの岩の霊力で、岩に貼りつけられてしまう。堪忍した鬼は、二度と現れないという誓いを立てて放免してもらい、その証しに三ツ岩に手形を残して行ったという。これが県名《岩手》の由来とされる。

 

【鬼女紅葉】信濃国(長野県)戸隠や鬼無里に伝わる鬼。平安中期のこと、公家・源経基の子を宿した紅葉は、嫉妬のために御台所(正妻)に呪いをかけ、その罪で都を追われる。鬼無里に流された紅葉はやがて怨念で鬼となり、戸隠山を根城にして、付近の村を襲った。そこで都から平維茂が討伐に出陣し、観音の御使いから授かった《降魔剣》で退治される。しかし、鬼無里伝承では、都の文化を伝えた貴女とされて、尊ばれている。

 

【牛頭馬頭】地獄の鬼のこと。定番の牛の頭の他に、地獄には馬の頭をした鬼もいる。

 

【猿鬼】能登国(石川県)柳田村を襲った、一本角の猿のような鬼。村の岩穴に棲みついたため、氏神によって弓で射殺されたという。

 

【瀬田の鬼】『今昔物語集』東国の国司(地方官)が都に上り、瀬田の橋近くの荒ら家に泊まった夜に出た鬼。逃げて瀬田の橋の下に隠れると、追いかけて来た鬼が、侍を見失ってしまう。しかし、何処かから声がして、「下におります」とばらしてしまう。声の主は何者か知れず、その後、国司がどうなったかも、知る者はいない。

 

【火の車】地獄の鬼が燃え盛る車を引いて、生前の行ないのよくない死者を迎えに来る。『因果物語』では、強欲で行ないのよくない庄屋の妻を八尺(2.4メートル)もある大きな男が連れて行ったとある。連れて行かれる先は地獄。

 

<河童 全国 妖怪、水神>

・河童伝承は、

1.姿の目撃談。

 

2.相撲を挑み、人や馬を水中に引き込む。

 

3.泳いで遊ぶ子供を襲い、尻の穴から手を入れて【尻児玉】を抜く。

 

4.女性に悪戯をして腕を斬られ、その腕を取り返すために《腕繋ぎ》の治療法を伝授する。

 

5.冬の間は山に住む。と多彩。

 

 豊前国(福岡県)の北野天満宮には河童のミイラが伝わる。江戸時代には河童のミイラは猿の赤子とエイなどを組み合わせて作られた。

 

【伊草の袈裟坊】武蔵国(埼玉県)の河童の親分。

【かーすっぱ】【がーすっぱ】駿河国静岡県)、九州で使われる。《すっぱ》は忍者のこと。

 

【があたろう】五島列島で呼ぶ河童。河童というと、川の妖怪の印象が強いが、【海御前】が河童の女親分と言われるように、海にも多くいる。

 

【かしゃんぼ】紀伊国和歌山県)、伊勢国三重県)の河童、【山童】。芥子坊主頭の6~7歳の子供で、青い着物を着ている。

 

【がめ】越中国富山県)、能登国(石川県)、筑後国(福岡県)の河童。筑後国久留米では女性に取り憑き病気にする。能登国ではよく子供に化け、越中国では鱗形の模様のある甲羅に、腹には赤いふさふさの尾があるとされ、千年生きて【かーらぼーず】になると言われる。

 

【川天狗】武蔵国多摩川では悪さはしない河童。村人に熱病に効くみみずの煎じ薬を伝えた、津久井では夜の川漁に現れ、大きな火の玉を出したり、網打ち音の真似をする。

 

 

 

コロポックルとはだれか』

―中世の千島列島とアイヌ伝説

瀬川拓郎  新典社新書   2012/4/24

 

 

 

封印されたアイヌ伝説

<小人伝説はおとぎ話か>

昔は十勝川に沿ってアイヌのほかにコロポクウンクル(ふきの下に住む者)という、ふきの下に5、6人が集まって住むぐらい小さい者たちがいた。コロポクウンクルは何でも人に与えるのが好きで、ごちそうを椀に入れてアイヌの戸口のござの下から差し出し、それをアイヌが受け取って押しいただくと喜んでいた。あるときアイヌのウエンクル(悪い奴)が、ごちそうをもってきたコロポクウンクルを家の中に引っ張り入れると裸の女であった。女は泣きながら帰ったが、あとでコロポクウンクルの親方が怒ってやってくる。激怒したコロポクウンクルたちはレプンコタン(海の向こうの国)に引き上げることになり、そのときに親方が「このコタン(村)のものは、ネプチー(何でも焼けろ)、とかプチー(枯れてしまう)という名を付ける」と言う。それまではシアンルルコタンというりっぱな名前だったが、それからはこのコタンを「トカプチコタン」と呼ぶようになった(帯広市採録)。 

 

この伝説を読んで、コロポックルを実在の集団であったと考える人はおそらくいないでしょう。もしコロポックルが実在の集団だったと主張すれば、それは童話であり、妖精・妖怪譚のたぐいにすぎない、と一笑に付されてしまうにちがいありません。 

 

封印されたコロポックル

帝国大学東京大学)の人類学教室初代教授であった坪井正五郎らは、アイヌの伝説に登場するコロポックルこそが石器時代人だったのではないか、と主張した。

 

・一世を風靡した小人伝説は、河野常吉が「コロポックルアイヌの小説なり」と坪井を強い調子で批判したように、事実に根差さない昔話であり、童話のたぐいであるとみなされたまま、ふたたび学問的な議論の対象となることはありませんでした。

 

中世千島の開発と小人伝説

・小人伝説は、中世アイヌ社会の一端をうかがう貴重な資料といえそうです。

 

・古代の千島は、アイヌとは系統の異なるサハリンから来た人びと(オホーツク文化人)が住んでいました。しかし近世の千島はアイヌが占めるところとなっており、もはやオホーツク文化人は住んでいませんでした。

 

アイヌの小人伝説

ジョン・セーリス「二度蝦夷に行ったことのある一日本人が江戸の町で伝えた同地に関する情報」『日本渡航記』(1613年)

・(道南の松前の)さらに北方には、同じ陸地上に、一寸法師のような背の低い人間が住んでいる。蝦夷人(アイヌ)は日本人と同じ丈の人間である。 

 

松坂七郎兵衛他『勢州船北海漂着記』(1992年)

南千島のエトロフ島に漂着した勢州船の記事です。船員は、エトロフ島からクナシリ島を経て北海道本島に渡り、十勝を経て松前から帰郷しました。この小人伝説は、帰途、クナシリ島から道東太平洋沿岸のあいだで聞きとったものとおもわれます。小人が「小人島」に住んでいること、その島にはワシが多くいること、船路100里もある遠い地から船で本島にやってくること、その目的が土鍋製作用の土(粘土)の採取にあること、脅すと身を隠すことなどについて記しています。

 

松宮観山蝦夷談筆記(上)』(1710年)

・道南の日本海側、現在の上ノ国町小砂子の地名由来にかんする聞きとりです。100人ほどの小人が「小人島」から渡ってきたこと、その目的が土と草(あるいは葦)の採取であったことを記しています。

 

秦檍丸「女夷文手図」『蝦夷島奇観』(1807年)

アイヌの女性の文身(イレズミ)の図に、道東の根室アイヌから聞き取った伝説を解説として付したものです。古くはコッチャカモイという小さな神が北海道の各地にいたこと、アイヌとの直接的な接触を嫌い北海道から去ったこと、この神のイレズミをまねてアイヌのイレズミがはじまったこと、かれらの住んだ竪穴住居の跡が各地に残り、土器や宝が出土することなどを記しています。

 

 

最上徳内『渡島筆記』(1808年)

むかしコロブクングル(フキの下にその茎をもつ人の意)と呼ぶ小人がいたこと、道東ではこれをトイチセウンクル(竪穴住居に住む人の意)と呼ぶことアイヌ女性のイレズミがこの小人の習俗に由来すること、声は聞いてもその姿をみた者はいないこと、アイヌの漁に先回りし、あるいはアイヌの魚を盗み、アイヌも家に来て魚を乞うこと、魚を与えないと仕返しすること、小人は魚を乞うたのではなく、反対にアイヌに与えたともいわれること、家の窓から魚を乞う小人の女の手を引き入れたが、3日食事を与えないと死んでしまったこと、小人はアイヌにさまざまな悪さをなし、戦うときには甲冑を帯びてフキの下に隠れたことなどを記しています。

 

小人名称の三種類

・一つ目は、竪穴住居に住む人(神)を意味するとおもわれる名称です。「トイチセコツチャ」「トイコイカモイ」「コッチャカモイ」「トイチセウンクル」がありました。二つ目は、フキの葉の下の(神)を意味する名称です。「コロボルグルカモイ」「コロブクングル」がありました。三つ目は、千島の人を意味する「クルムセ」です。

 

 

 

もののけの正体』  怪談はこうして生まれた

原田実   新潮社     2010/8

 

 

 

恐怖の琉球――南国のもののけ奇談

アカマタ――魔物の子を宿す

・ある日のこと、乙女が畑に出て芋を掘っていた。乙女が一休みして、また畑に戻ろうとしたところ、岩のうしろから赤い鉢巻をした若者が顔を出してはまたひっこめたのに気づいた。歩こうとすればまた顔を出し、立ち止まればまた隠れる。乙女がその若者の顔に見入って動けなくなっていた時、乙女の様子がおかしいことに気付いた農民たちがかけつけて乙女を畑に引き戻した。

 乙女が見ていた若者の正体は、アカマタという蛇だった。アカマタは誘惑した乙女と情を通じ、自分の子供を産ませようとしていたのだ・・・。このパターンの民話は、沖縄の各地に伝わっている。

 

石垣島の宮良では7月の豊年祭にアカマタ・クロマタという神が現れ、一軒一軒の家を回り祝福していくという(なお、この祭りは秘祭とされ撮影が一切禁じられている)。

 沖縄では同じアカマタという名で、若い女性にとりつく蛇のもののけと、豊作を予視する来訪神の二通りの異界の者が現れる、というわけである。

 

・さて、蛇ににらまれた女性が動けなくなるという話は、本土の古典でも、たとえば『今昔物語集』などに見ることができる。また、蛇身の神が女性の元を訪れて交わるという話は古くは記紀にも見られ、さらに日本各地の伝説・民話などに見ることができる。ちなみに記紀ではその説話の舞台が大和の三輪山(現・奈良県桜井市)の麓とされているため、神話・民話研究者の間ではそのタイプの説話はその三輪山型神婚説話と呼ばれている。沖縄のアカマタの話はその三輪山型神婚説話に発展する可能性を秘めながら中断させられた話とみなすこともできよう。

実は、沖縄にも三輪山型神婚説話に属する類型の話が残されている。

 

・これは江戸時代の琉球王府が正史『球陽』の外伝として、琉球各地の口碑伝承を集めた『遺老説伝』に記された宮古島の始祖伝承の一部である。

 この話に登場する大蛇には、娘が魅入られるという点からすれば憑き物的側面があり、夜に訪れるという点からすれば来訪神的側面もある。この話は、憑き物としてのアカマタと来訪神としてのアカマタの関係を考える上で暗示的だ。

 ところで私はかつて、三輪山型神婚説話の起源について、異なる共同体に属する男女間の婚姻がその背景にある可能性を指摘したことがある。

 

キムジナー 日本のエクソシスト

・沖縄ではその昔、樹木に住む精霊の存在が信じられていた(あるいは今でも信じられている)。

 

沖縄では古木の精をキムジナー(木に憑く物、の意味)という。また地域や木の種類によってはキムジン、キムナー、ブナガヤー、ハンダンミーなどの別名もある。赤い顔の子供のような姿とも全身が毛に覆われた姿ともいわれ、水辺に好んでよりつくことから、本土でいうところの河童の一種とみなす論者もいる。

 

・『遺老説伝』の話の全般に見られるように、キムジナーは友だちになれば魚をわけてくれたり、仕事を手伝ってくれたりするという。また、他愛ないいたずらを好む、ともされ、たとえば、夜、寝ていて急に重いものにのしかかられたように感じたり、夜道を歩いている時に手元の明かりが急に消えたりするのはキムジナーのしわざだという。

 

・キムジナーが出没するという話は現在でも沖縄ではよく語られる。ただし、最近では、観光客のおみやげなどでキャラクター化されたかわいいキムジナーが流布する一方、人に憑いて苦しめるような悪霊めいたキムジナーの話が広まる、という形でのイメージが二極化する傾向があるようだ。

 

キンマモン――海からの来訪神

・その昔、屋部邑(現・沖縄県うるま市与那城屋慶名)は幾度となく火災に遭い、多くの家が失われていた。ある日、その村に君真物(キンマモン)と名乗る神様が現れて村人たちに仰せられた。

「ここに火事が起こるのは屋部という村の名が悪いからです。屋慶名と改名すれば火事が起きることはない」

  村人たちがそのお告げにしたがったところ、その後は火事が起きることはなくなった(『遺老説伝』より)

 

・キンマモンに関する記録は、江戸時代初期の僧・袋中(1552~1639)の『琉球神道記』にすでに見ることができる。それによるとキンマモンは琉球開闢以来の守護神とされる。キンマモンは、ふだんは海底の宮に住んでいて、毎月、人間の世界に現れて遊んでは宣託を与えていくのだという。

 

・また、曲亭馬琴の『椿説弓張月』(1807~1811年)は保元の乱に破れて伊豆に流された源為朝流刑地から脱出して琉球にたどりつき琉球最初の王朝である舜天王統の祖になったという伝説を読本にしたてたものだが、その中でキンマモンは「きんまんもん」と呼ばれ琉球を守護する神だとされている。ちなみにこの読本に挿絵を付したのは葛飾北斎だが、北斎は「きんまんもん」を、魚の胴体に人間の顔、鱗だらけの手足

があって直立するという異形の姿に描いた。

  キンマモン=君真物で、「君」は君主もしくは神女は君主もしくは神女への尊称、「真」は真実、本物という意味の尊称、「物」は精霊の意味とみなせば、キンマモンは、精霊の真の君主ともいうべき偉大な精霊といった意味になる。「物」はまた本土の言葉で言う「もののけ」にも通じている。

 

・キンマモンは海から人里にやってくる宣託神であり、典型的な来訪神である。最近の沖縄では、この神について、単に沖縄の守護神というだけではなく、世界の救世神だとして主神に祭る新興宗教も出現している。

 沖縄の習俗伝承には、憑き物系のもののけや来訪神に関わるものが多い。これは沖縄の社会事情とも深く関連している。後述するように、沖縄では、ノロやユタといった神女たちがさまざまな祭祀をとりおこない、庶民の生活に深く関わる存在となっている。

 そして、彼女たちの職掌というのはつまるところ来訪する神を迎え、憑き物を払うことなのである。彼女たちが人々の生活に深く関わっている以上、来訪神や憑き物は社会的・文化的に認知された存在であり続けるし、またそうしたものたちが認知されている以上、神女たちの職掌も必要とされ続けるのである。

 

メリマツノカワラ――神女と異神

・沖縄には各地に御嶽と呼ばれる聖域がある。それらは神がかつて降臨した(あるいは今も降臨する)とされる聖地である。本土でいえば神社の本殿に相当するといえようが、御嶽は神社のような建築物ではなく自然の岩や洞窟をそのまま聖域と見なすものである。

  その御嶽の由来の中には、異形の神の降臨について伝えるものもある。

 

・13か月が過ぎ、真嘉那志は一人の男の子を生んだ。いや、それを男の子と言っていいものかどうか・・・生まれた子供は頭に2本の角を生やし、両目は輪のように丸く、手足は鳥に似て細長く、奇妙な顔立ちで少しも人間らしいところはなかったからだ。

 目利真角嘉和良(メリマツノカワラ)と名付けられたその子供は14歳になった時、母と祖母とに連れられて雲に乗り、空へと去って行ってしまった。

 しかし、その後、メリマツノカワラは彼らがかつて住んでいた近くの目利真山にたびたび現れ、その度に人々を助けるような霊験を示した。人々は目利真山を御嶽として崇めるようになったという。

 この話は『遺老説伝』や『宮古史伝』に出てくる。

 

・一部の古代史研究家は、メリマツノカワラの容貌が鳥に似ていたとされるところから、中国の長江流域にいた鳥トーテムの部族が漢民族に追われて海に逃れ、沖縄に渡来して鳥崇拝を伝えたのではないか、と考察している。

 

神女が重んじられる文化

・明治政府の廃藩置県によって王政が廃止された後も聞得大君(きこえおおぎみ)を頂点とする神女制度は存続し、現在は聞得大君こそ空位だが、各地のノロ祝女、各地域の神を祭る女司祭)は祭祀によってそれぞれの地元の人の精神的なよりどころとなっている。

 

・一方、正規の神女制度に属さないユタという人々もいる。彼女らは庶民の祖先祭祀について指導したり、憑き物落としをしたりする民間の神女であり、その存在は沖縄の人々の生活に深く根付いている。ユタは祖先崇拝を通して庶民生活における伝統を伝えようとする存在ともいえよう。

 

ノロやユタが沖縄の人々の精神生活に深く関わっていることを思えば、沖縄の民俗伝承に来訪神や憑き物系のもののけが多い理由も改めてよくわかる。

 ノロの大きな職掌は来訪神を迎えることであり、ユタの仕事の一環には憑き物落としが含まれているからだ。沖縄の異神やもののけは、神女たちの存在意義を支えてきた。

そして、彼女らが沖縄の人々の生活に深く関わっているということは、とりもなおさず、彼女らに関わる異神やもののけが沖縄の人々の生活と密着しているということでもあるのだ。

 

もののけ天国・蝦夷地――アイヌもののけ

蝦夷地の妖怪や異神

コロポックル――妖精はどこにいる?>

アイヌの伝説で本土の人にもよく知られているものと言えば、筆頭に挙げられるべきは、コロポックル(蕗の下に住む人)という小人族に関する伝説である。彼らはまた、トイチセウンクル(土の家に住む人)、トンチなどとも呼ばれる。この小人族たちは、伝承上、あくまで「人間」とされており、カムイ(神)でもカミムンでもないが、西欧の伝承における妖精などとよく似たところがあることも否めない。

 

・また、十勝地方の伝説では、コロポックルアイヌに迫害されてその地を去ったが、その時、川に「トカップチ」(水よ、枯れろ)という呪いをかけた。これがトカチという地名の由来だという。

 この伝説に基づき、コロポックルを北海道におけるアイヌ以前の先住民族とする説を唱える論者も多い。明治20年(1887)には人類学者・坪井正五郎コロポックルは北海道のみならず日本列島全域の先住民族で、日本民族に追われてかろうじて北海道に残っていたものが、そこからさらにアイヌに追われた、という説をたてた。

 

魔女ウエソヨマ――北国の天孫降臨

アイヌの伝説を論じる場合に避けて通れないのはユーカラといわれる口承叙事詩だ。その中には、もののけと戦って人間の世界に平和をもたらした英雄たちの物語も含まれている。

 

水の精ミンツチ――半人半獣の謎

・ところでアイヌの信仰で、和人のカミ(神)にあたる霊的存在を「カムイ」ということはよく知られている。

 

・ミンツチは半人半獣のもののけで小さい子供くらいの背格好をしているという。肌は海亀のようで色は紫とも赤とも言われる。

 川辺に来る人を襲って水の中に引きずり込むとして恐れられる一方で、山や川で働く人を苦難から救うこともあると言われる。

 

・ミンツチの行動パターンには和人の伝承における河童に似たところがある。さらに言えば、ミンツチは和人との接触アイヌの伝承にとりこまれた河童とみなした方がいいだろう。ミンツチの語源「みずち」は、水の神を意味する日本の古語(「蛟」という漢字を当てられる)だが、一方で青森県における河童の呼称「メドチ」と同語源でもあるのだ。

 

 

 

『エイリアンの謎とデルタUFO』

飛鳥昭雄・三神たける)(学研) 2003/5/27

 

 

 

グレイは地球産UMAだ

・とくに、グレイは日本人にとっては非常に馴染みが深い動物であるといってもいい。日本でもグレイは住んでいるからだ。昔から日本人はグレイをしばしば目撃してきた。ただ捕獲された正式な記録はないので動物というより、妖怪変化にされてしまっただけである。日本におけるグレイ、それは「河童」である。一口に河童といっても、そこには古代の被征服民や神話、それに呪術に至るまで、様々な要素が含まれる。その中のひとつに、実は未確認動物(UMA)としての河童があるのだ。アイヌの伝承に登場するコロポックル奄美地方のケンムン、沖縄地方のブナガヤやキムジナーもまた、そうした河童の一種でいわばグレイなのである。

 

 

 

『鬼』

高平鳴海、糸井賢一、大林憲司、エーアイスクウェア

 新紀元社   1999/8

 

 

 

「伊吹(いぶき)弥三郎・伊吹童子(創造神とドラ息子)

・弥三郎の特殊能力;鉄の体、巨体

  童子の特殊能力;不老長寿、仙術、怪力

出自;『御伽草子』『三国伝記』『仮名草子』『伊吹童子絵巻』

 

<容姿>

伊吹弥三郎も伊吹童子もその姿は一般的な鬼のイメージとは違う、ものもとの伝承から推測するに単なる巨大な男、いわゆる巨人であり、その他の細かい特徴は不明である。特に弥三郎は富士山などを造ったとされており、その体の大きさは他の鬼と波比べられないほどだろう。

 

・伊吹童子の方は、童子と呼ばれるだけあって童(わらわ)の姿をしていたらしい。不老長寿の薬といわれる「サンモ草の露」を飲んで以来、老いもせず、14~15歳の少年のままだった絵巻に書かれている。

 

伊吹の山神

近江の伊吹山にいたとされる伊吹弥三郎は、創造神という顔と、魔物=鬼という顔がある。その息子の伊吹童子も多くの部下を従えて暴れまわった鬼である。

 

実は近江の伝説だけでなく、弥三郎は多くの文献にも登場している。

 

天地を創造する

・近江地方の伝承では、伊吹弥三郎は巨人として扱われている。日本のみならず、世界中の天地創造神話には、山や河川、湖などを創ったとされる巨人がよく登場する。世界の初めに巨人が存在していて、それが地形を創ったり、巨人の死体が山や川や海になったという話だ。弥三郎もそうした創造神の一種と見るべきだろう。

 

・彼は伊吹山や富士山、七尾村(現在の岡山)を創ったと伝えられている。

 

 魔物に堕とされた巨神

・古に神は、時代と共に魔物に凋落していくことが少なくない。弥三郎はその典型といえるだろう。

 

近江の伊吹山に弥三郎と言う男がいた。その体は、鉄のようで、千人力を持つ超人であり、人々はこれを恐れて「鬼伊吹」と呼んだ。

 

<戸隠の女盗賊><紅葉(くれは)>

・各地の伝承でも能楽で語られる場合でも、絶世の美女であったと伝えられる。しかし、罪に問われて戸隠に逃れ、その後は悪事を重ねるごとに醜い姿になっていった。一説には、その身長は3メートルほどもあったという。

 

英雄を助けた鬼女、鈴鹿御前

・どの伝承を見ても絶世の美女だったと記録されている。鈴鹿山の鬼女も「女」で「盗賊」だったことから、立烏帽子と呼ばれるようになったと考えられる。

 

・彼女は記録によって鈴鹿御前と呼ばれる場合と烏帽子と呼ばれる場合がある。

 

・鬼女を御前と呼ぶのは変かもしれないが、伝説を見ると、どうも、彼女は、完全な悪玉というわけではなかったようである。あるいは、鬼神レベルの力を有していたために、敬称が付けられたのかもしれない。

 

御前は田村丸を「光輪車」という神通力で飛行する乗り物に乗せたかと思うと、瞬く間に内裏に降り立った。そして、光輪車で去っていった。

 

熱き情念の化身>(清姫・(異名)白拍子白拍子花子

和歌山県熊野地方の伝承。容姿については、伝承のパターンによって、ふたつ存在する。ひとつには夫に先立たれた寡婦(やもめ)で、イメージとしては妖艶な中年女性だろう。もうひとつは白拍子の少女の姿である。清姫といった場合、特にこちらの少女を指す。

 

 さらに彼女は、全長10メートルもの大蛇に変身することができ、これが第三の姿と呼ぶこともできる。

 

 清姫の物語は、熊野権現と関係が深く、その舞台は道成寺という寺である。主な登場人物は、清姫と彼女が恋焦がれる安珍という僧だ。

 

<●●インターネット情報から●●>

 

ウィキペディアより、

 

鈴鹿御前の物語

 ・現在一般に流布する鈴鹿御前の伝説は、その多くを室町時代後期に成立した『鈴鹿の草子』『田村の草子』や、江戸時代に東北地方で盛んであった奥浄瑠璃『田村三代記』の諸本に負っている。鈴鹿御前は都への年貢・御物を奪い取る盗賊として登場し、田村の将軍俊宗が討伐を命じられる。ところが2人は夫婦仲になってしまい、娘まで儲ける。紆余曲折を経るが、俊宗の武勇と鈴鹿御前の神通力 によって悪事の高丸や大嶽丸といった鬼神は退治され、鈴鹿は天命により25歳で死ぬものの、俊宗が冥土へ乗り込んで奪い返し、2人は幸せに暮らす、というのが大筋である。ただし、写本や刊本はそれぞれに本文に異同が見られ、鈴鹿御前の位置づけも異なる。

 

 

 

『鬼』  (高平鳴海、糸井賢一、大林憲司)

新紀元社)1999/8

 

 

 

鬼はなぜ童子とよばれるのだろうか?

童子とは、つまり元服前の稚児を示す言葉だが、童子はいわば蔑称で、時の支配者らが用いた言い回しである。鬼は確かに人々を驚かしていたが、その力を認めたがらず、下っ端=目下の者=童子と呼んだそうです。

 

日本の伝承に残る鬼として

・桃太郎の鬼(温羅)(うら)

 

蝦夷の鬼王(悪路王)(あくろおう)

 

有明山(信州富士とも呼ばれる)の鬼族(八面大王)(長野県の伝承)

 

黄泉より還りし悪鬼(大嶽丸)(おおたけまる)(三重県鈴鹿山近辺の伝承)

 

霊の化身(鬼八法師)(きはちほうし)九山岳地帯の伝承

 

飛騨の怪人(両面宿儺)(りょうめんすくな)

 

・「伊吹弥三郎」と「伊吹童子」の伝承(岐阜県北部伝承、日本書紀御伽草子に登場)近江の伊吹山にいたとされる伊吹弥三郎は、創造神という顔と、魔物=鬼という顔がある。伊吹童子はその息子だという。

 

・天邪鬼(あまのじゃく)(人々に親しまれた小鬼)(和歌山県串本町の伝承)

 

・同胞を助けた「赤鬼」(せっき)出自は安倍晴明物語。

 

 

 

『異人その他』 

岡正雄) (岩波書店)  1994/11/16

 

 

 

異人

・異人もしくは外人は、未開人にとっては常に畏怖の対象であった。あるいは彼らは、異人は強力な呪物を有していると考えて畏怖したのであろう。あるいは悪霊であるとも考えたのであろう。

 

・自分の属する社会以外の者を異人視して様々な呼称を与え、畏怖と侮蔑との混合した心態を持って、これを表象し、これに接触することは、吾が国民間伝承に極めて豊富に見受けられる事実である。山人、山姥、山童、天狗、巨人、鬼、その他遊行祝言師に与えた呼称の民間伝承的表象は、今もなお我々の生活に実感的に結合し、社会生活や行事の構成と参加している。

 

 

 

『鬼がつくった国・日本』  歴史を動かしてきた「闇」の力とは

小松和彦内藤正敏   光文社文庫    1991/11

 

 

 

「東北」の怨念を語りつぐ「田村三代記」

・それで、こういう中央とまつろわぬ者の関係、日本の過去における京都を中心とする光の領域と、東北に代表される闇の領域との関係を象徴的に表している『田村の草子』という坂上田村麻呂の一族をモデルにした説話があるので、ここで紹介してみたいと思います。

  まず、田村利仁という人物が出て来て、妻嫌いをする。つまり、かたっぱしから縁談を断るんですが、ある日、大蛇が変身した美女を見初め、妻にする。女は妊娠し、自分の姿を見ちゃいけないといって産屋にこもる・・・。

 

・そう、タブーを破って見ちゃうわけ。それで、まさに「見たな」というわけで、「おまえは数年を経ずして死ぬが、子どもは英雄になる、覚えとけ」と預言して姿を消してしまうんです。

 

それでね、いまの『田村の草子』には中央から見た鬼=まつろわぬ者のイメージがよく出ていると思うんですが、東北にも東北版『田村の草子』みたいなのがあるんですよ。『田村三代記』といわれているもので、話を簡単に紹介しますと、平安時代前期に都でまりのような光る物体が夜となく昼となく飛び回り、米俵、金銀、はては天皇への貢ぎ物まで持ち去ってしまうという騒ぎが起こるんです。

 

未知との遭遇だね。第三種接近遭遇(笑)。

 

・そこで、陰陽師の博士に占わせると、伊勢国鈴鹿山に天竺から来た魔王の娘である、巫女のいでたちをした立烏帽子というものがいて、日本転覆を計画しているという。しかも、日本にも立烏帽子におとらぬ鬼神である蝦夷の大嶽丸がいて、ほっておくといっしょになって攻めてくるというんです。で、そりゃたいへんだというので、田村利仁に追討を命じて、鈴鹿山に向かわせるんです。ところが、二万余騎の軍勢で探しても、立烏帽子は見つからない。そこで、魔の者に会うときは大勢で行くなという父利光の教えを思い出して、利仁一人を残して軍勢を返すと、三年以上たったある日、やっと立烏帽子を見つけるんです。すると、これがなんと紅の袴を着た歳のころは十六、七のピチピチのギャルちゃん。

 

・なんせ相手がかわいい女の子でしょ、さしもの田村丸も迷うんです。原文に「かようなる美麗なる女を討つとは何事ぞや。このうえはなかなか彼女にしたしむべきかと思召し賜えしが、いやまてしばし我心」とありますもの。

 

・ちょっと待て、だいたいそれで男は損しちゃうんだよね(笑)。そういえば、この『田村三代記』ってちょっとまえまで東北の座頭が奥浄瑠璃でやってたんでしょ。

 

・それでね、二人の戦いはなかなか勝負がつかないわけ。すると、立烏帽子が利仁の出自について語り始めるんです。それによると、利仁の祖父は星の子どもで、彼が龍と交わってできたのが父親の利光で、その利光が奥州の悪玉姫、これも鬼ですよ。それと契ってできたのが利仁だというんです。そして、田村三代は日本の悪魔を鎮めるための観音の再来だというんです。それで、自分は日本を転覆させにきて、蝦夷の大嶽丸にいっしょになってくれと何度も手紙を出したんだけれど、返事もくれない。でも、自分は女の身だからやっぱり男がいないとだめなの、あなたといっしょになって、二人で力をあわせて日本の悪魔をやっつけようといいよるんです。

 

・それで、二人は結ばれて近江の高丸という鬼を退治するように命じられるんです。二人が攻めていくと、高丸は常陸の鹿島の浦(茨城県)に逃げてしまったので、立烏帽子は利仁を光りん車というUFOみたいな乗り物に乗せて飛んでいくんです。で、高丸を攻撃するときの戦法っていうのがまたSF的で、呪文をかけて十二の星を降らせて星の舞いをさせたり、一本のかぶら矢を打つと、それがビーム砲か散弾銃みたいに千本の矢先となって鬼神に降り注いだり…。結局、高丸は二人に退治されてしまう。

 

連綿と続く東北独立国家への試み

・『田村三代記』の主人公である田村利仁は、征夷大将軍坂上田村麻呂鎮守府将軍、つまり蝦夷に置かれた軍政府の長官であった藤原利仁とを合体させた人物なんだけど、彼は星の子どもと龍が交わってできた父親が、さらに悪玉姫という鬼と契って生まれたといわれるわけでしょう。龍と鬼という二重の異類婚によって生まれるわけですよね。その利仁が、立烏帽子という外来の魔性の女と交わって呪力を得て、蝦夷の鬼神の大嶽丸を倒す。これはまさに、まえに話した「異には異を」、「夷をもって夷を制する」という古代東北侵略のパターンそのものだと思うんです。

 ただ、東北の『田村三代記』がものすごく伝奇ロマンっぽくなっているのは、京都でつくられた『田村の草子』が東北でもう一度再生産され、京都を他界として描いているからでしょうね。

 

日本史のすぐ裏側に、闇の文化史――鬼の日本史のようなものがあるのではないか

・『田村の草子』『田村三代記』については、すでに西村寿行氏が、それをネタにして傑作を書いておられます。これらとはり合うつもりの方、おられますか。おられませんか。

 

 

 

『異星人遭遇事件百科』

 (郡純)(太田出版)(1991年)

 

 

 

星座の名前は知的生物の姿?

星座の名称はこれまで単純に「星の形」とのみ関連付けて語られてきたが、近年その常識に見直しの気運が高まっているのは周知の事実である。

 

・星座の名称の由来は星の配列を似た動物にあてはめたとされるが、はたしてスバル(牡牛座)やシリウス(狼犬座)の配列が牛や狼の形に見えましょうか?これは他の星座すべてにいえることだが、(中略)星座の名称とは、その星座における代表的な知的生物を表現しているのではあるまいか?そして牡牛座と狼犬座の知的生物は、その名称通り「牛」と「狼」のような風貌をし、しかも、古くから交流があり、互いに月を前哨基地にして地球にも頻繁に訪れていた、と考えれば聖書を含めた多くの古代文献の記述も矛盾なく納得できるのである。

 

・ただ、異星人は単一の種族ではなく、様々な母星からきていたという立場に立つと話が違ってくる。人間をはじめ生き物はすべて異星人による被造物、と考えることが可能になるのだ。

 

人間、牛、馬、鳥すべての動物は異星人がみずからの姿に似せて創造した。太古の書においては相互の「交配実験」も行われたのかもしれない。

 

 

 

『金髪碧眼の鬼達』

村昻 日本デザインクリエータズカンパニー  2015/9

鬼・天狗・山姥は白人的特徴を持っていた

 

 

 

<白人的特徴>

・過去の伝統的存在、鬼・天狗・山姥達は金髪・碧眼(黒以外の目)などの「白人的特徴」を持っていた……。再発見の数多くの資料や新しい科学的データも交えながら、彼らの正体に迫る!

 

鬼・天狗が白人!?

鬼の絵と天狗のお面を見ると……そして驚くべき人類学の研究と

・まず、鬼の絵を見て頂きたい。これは江戸時代に描かれた鬼の絵巻物だが、絵の中央で首を切られている大男がその鬼だ。名を酒呑童子という。この絵では鬼の首は宙に浮き上り、また、左方の武人の頭に噛みつく、という図にもなっている。しかし、ここでこの鬼の髪の毛を良く見てみよう。あれ、……これは金髪ではないか?そして、目の色も良く見れば金色になっている。これはどういう事なのだろうか?

 

・次は、天狗を見てみよう。これらは天狗のお面だが、これらのお面は群馬県の迦葉山弥勒寺という、天狗の信仰で有名な寺に奉納されている大天狗面というものだ。この図では、中央と左方に大天狗面が、また右下に小さく、普通の大きさの天狗面も写っている。しかし、いずれの髪色も淡いが金髪に見える。また、図の大天狗面の髪も金髪だ。これらでは、目の色も金色になっている。

 しかし、鬼にしろ、天狗にしろ、この様に髪や目が金色なのは一体何故なのだろう?私達は金髪などというと……ヨーロッパ人のそれを想い出さないだろうか?また、ヨーロッパ人では金色の目の人も存在しているのだが……。

 

・実は驚くべき研究がある。今から十数年前に自然科学分野での専門論文として発表されたものなのだが、その中で「過去の日本列島に少数の白人系集団がやって来た可能性がある」という事が述べられているのだ。この研究は、東京大学医学部などの医学研究者達によって組まれたグループによる研究だった。

 

 その研究の事を次に、まず簡単に触れておこう。この研究グループでは。最初、人間の体内に寄生する「JCウイルス」というウイルスについて医学的な研究をしていた。すると、このJCウイルスのDNAの型(タイプ)が世界各地の人類集団によって少しずつ違っている事が分かって来たのだった。

 

・そこで、研究グループは、このウイルスのDNA型の違いを利用して世界各地の人類集団の「系統分け」を試みる事にしたのだ。こういう手法は、生物学(分子系統学)で良く用いられているものだ。

 そして、その結果、現代日本人の一部からも、ヨーロッパ人などの「白人」と対応している様に見えるJCウイルスの型が検出されたのだ(調査された日本人800余人の内の約2%)。

 

・そして、また、この研究グループが、日本人の中のこの白人対応と思えるウイルス型について、さらに詳しく調べてみると、このウイルス型が、ヨーロッパ人など白人の持つウイルス型と相似だが、少しだけ違いがある事も分かって来た。この事について、この研究グループは次の様に考えた。ヨーロッパ人など白人の持つウイルス型と日本人の持つ白人対応と思えるウイルス型とが「古い時代」に隔離したもの、と推測したのだった(この考え方は、この手の研究分野では、いわば情動的なものだ)。そして、この事をさらに進めて言えば、こういう事になった。白人対応のウイルス型を持っていた白人集団と、日本人の、白人対応らしきウイルス型を持っていた集団とが、古い時代に分れて別集団となった、という事だった。

 さて、この事から、この研究グループは以下の様な驚くべき推論を導いた。

「少数の日本人の中から発見されたヨーロッパ人(白人)相似のウイルス型の存在は、古い過去の日本列島に少数の白人系集団が移住してきた事を示唆している」

 つまり古い時代に、白人集団から分離した白人系集団が日本へ流入し、その後、この集団のウイルス型が、現代の日本人の中の白人型ウイルス型となった、とこの研究グループは考えたのだった。

 

・ところで、皆さんご承知の様に、この「白人」には、金髪、碧眼といった人達が大きい割合で含まれていた(碧眼とは青い目など、黒以外の色の付いた目の事)。という事は、過去の日本列島に、金髪、碧眼の集団が流入して来た可能性もあるという事に……なる筈だ。しかし、ここで思い出すのは、先の冒頭の、鬼、天狗の金髪、碧眼なのでは無いだろうか?

 

柳田国男氏の山人=異属説

・ところで過去、明治時代から昭和時代にかけて、民俗学者柳田国男という人がいた(1875-1962)。歴史の教科書にも載る位の大学者だったこの人が、実は、鬼、天狗などの問題に関係して、一つの注目すべき説を提唱していたのだ。柳田氏は、江戸時代を中心とした資料中に、「山中で一種異様な者に遭遇した」という話が多数残る事を見い出し、その集団を鬼、天狗、山姥の末裔と想像して、「山人(やまびと)」と名付けていた。そして、この「山人」について、「山人=異族説」とでも呼べる説を提唱していたのだ。

 この柳田氏と言えば、民俗分野でかつての大学者だった人で、しかもその人が自身の専門分野である民俗学で、山人や、また、鬼、天狗、山姥の資料を多数扱った上で、「山人=異族説」とでも言うべき説を唱えていた。これは見逃せない事ではないだろうか?

 

・柳田氏は、この山人達の、普通の日本人にはない様な「身体特徴」にも注目していた。彼の、この山人の身体特徴の指摘には、例えば次の様なものがあった。

 赤頭というのは髪の毛の色でそれが特に目に付いた場合もあろうが、顔の赤いというのも山人にはそれ以上に多かったのである。或は平地人との遭遇の際に、興奮して赤くなったのかという事も一考せねばならぬが、事実は肌膚の色に別段の光があって、身長の異常とともに、それが一つの畏怖の種らしかった。地下の枯骨ばかりから古代人を想定しようとする人々に、ぜひとも知らせておきたい山人の性質である。

 

・柳田氏は上述の様に「山人」の身体特徴の指摘をしていたのだが、但し、この文では、その身体の特徴が「人種的特徴」だろうとか、山人が「人種的傾向」を持っているらしいなどという様な事は何も言っていない事がわかる。そして、彼の他の文献を見てもやはりそういう指摘は見つからない。しかし、それは彼の、自分は人類学の専門家ではないから、という学問的慎重さゆえだったのかもしれない。ただし、上述の様な山人の身体特徴の指摘は、それが人種的特徴であるかも知れない、と連想させるもので、それを暗に示唆していた、という言い方はできるのではないだろうか。

 

丹後大江山の鬼=外国人説

・ところで、柳田氏は、以上の説を突然、思い付いたものでもなかったのかも知れない。というのは実は、科学的には不完全なものとは思えても、鬼が外人ではないかや、白人では?或は天狗にもそういった説が柳田説以前から存在していたのである。それらは彼らの髪色や、そして、良くは分からないが、何らかの伝説などを元にか、そういう説が唱えられていた。そこで、以下、それらの説がどんなものだったのかを、いくつか見てみる事にしよう。

 まず、最初に見るのは、京都の丹後地方の大江山に昔住んでいたという伝説の残る鬼、この冒頭に出した「酒呑童子」という名の鬼なのだが、この鬼とその配下の鬼達が実は外国人ではなかったか、という説である。この説は、現在、この大江山周辺では比較的良く知られている説の様だ。ただ、説そのもののルーツはかなり古い様で、江戸時代に既にこの説を書いたものが見つかる。江戸時代の当地の地誌の中に、その鬼=外国人説が載っている。

 

・この様に、鬼とは「言葉が通じない」「衣服が人と異なる」(これは当時の普通の日本人のものと違ったという事か)者だったというのである。また、粗暴な性格だったともある。そして、こうした事から、鬼とは、日本人ではなく、外国より日本に上陸したいわゆる海賊だったのではないか、という説だ。

 ここで、鬼が海賊だったというのは、この著者(?)の想像の部分だろうが、しかし、「言語通じない」「衣服人に異なる」という部分はそうでもなく、少なく共「伝説」として書かれている様だ。その「伝説」の真実味は果たしてどうだったのだろう?

 

天狗の外国人説

・以上、鬼に関する外国人説を見た。しかし、鬼に少し似た存在としてか、日本には天狗という存在も伝えられて来た。そして実は、この天狗にも、鬼同様に外国人説があった。この天狗の外国人説は現在でも少しは知られている説だが、最初に唱えられたのは近い年の事ではなく、少し以前の事の様だ。筆者の知る、最も古い天狗=外国人説というのは、菊地晩香氏という人物が唱えたもので、これは、戦争よりも以前の時代に唱えられたものらしい。

 その菊地氏によると、天狗とは、昔、日本にやってきたユダヤ人だろうという。ユダヤ人は古くから中東やヨーロッパに居住していた民族だ

 菊地氏が何故、天狗をユダヤ人だろうと言ったのかといえば、まず天狗が頭に付けている兜巾(ときん)と呼ばれる小さな黒い箱、これがユダヤ人の誓文筥というものと同じだという。そして、もう一つには、天狗は、棒状に突き出た鼻形だけでなく、いわゆる鉤鼻形の天狗も少なくないのだが、この鉤鼻がユダヤ人に見られる鼻形だというのだ。

 これらの理由から、菊地氏は天狗を日本にやって来たユダヤ人だと考えていた。そして、この天狗=ユダヤ人説は、現在では他にも証拠をいろいろと加えて、さらに日ユ同祖論者達によって唱えられている様だ。

 

 

 

『神仙道の本』

(秘教玄学と幽冥界への参入)(学研)2007/3

 

 

 

<地球大気圏の某所の映像>

宇宙の根本神は、いうまでもなく天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、高皇産霊神(たかみむすひのかみ)、神皇産霊神(かみむすひのかみ)の造化三神だ。

 

・玉京山から放たれている「三色の霊光」というのがまさにそれで、神の姿は見えず、ただ中央の「水色にして五色を含みたる光」と左の「水色の光」と右の「白光」が、まばゆいばかりにキラキラと放電されているさまが拝まされるのみだという。そして、この神秘的な景観も友清流に言えば、地球大気圏の某所の映像なのである。

 

北極星のような隔絶の神界と比べると日界は、指呼の間だが、あの猛烈な光熱で、どんな霊も燃えつくしてしまうように思われる。水位は、日界には入り難いが、下に見たことはあるといい、城郭のようなものが数十あったといっている。

 

・地球に最も近い月界だが、ここは「もろもろの穢(けがれ)の往留る」根の国、底の国に当たる。そのため、神仙から月球人にいたるまで、全て地球より「遥かに卑しく劣る」そうで、かぐや姫のようなロマンチックな世界ではないらしい。

 

さまざまな神仙界

<36天と大羅天><本邦神仙道のモチーフか

道教の36天説(元始天尊の坐す大羅天を最高天とし以下、玉清境、上清境、太清境の三清天、四種民天、仏教から取り込んだ三界(無色界、色界、欲界)の28天を重ねたモデル。

 

・日本の神仙道では、36天は道士のつくりごとだとして、ほとんど相手にしていない。

 

五岳真形図と五岳神界>(地球霊界の軸柱となる神界

 <石城島(しきしま)霊界>(友清歓真(10歳のとき神隠しにあったといわれる)が赴いた理想郷

友清歓真が訪問した当時で人々は14万人。3ないし4つの行政区に分かれており、東部は科学的な研究機関、学校・工場などのある近代的な地域でアメリカの最新の意匠による別邸のようなものも建っている。

 

・東部と比べると西部は、鄙びた地域で友清と石城島霊界に招いた物故者の田畑氏は、20坪ばかりの菜園の世話をしていた。もっとも、肥料も水もやらないのに美しく立派な野菜ができるというから、世話というほどのこともない。

 

 

 

『神仙道の本』  (秘教玄学と幽冥界への参入)

(学研)2007/3

 

 

 

<仏仙界><神仙界と対立する妖魔の巣窟か?

<神仙家が敬遠する世界>

・山人界でもないのに、愚賓がでてきているのは仏仙界にも僧侶のなりをした愚賓が住んでいるからだ。ただし、仏仙界の愚賓は「無官」だそうで、「理不尽に愚人を誑(たぶら)かす」から「愚賓者」とも呼ばれるらしい。利仙君によれば、極楽も仏も、みな愚賓が見せる幻術だというのである。

 

・仙界に出入りした神仙家は多いが、不思議なことに仏仙界については誰も中に入って見聞しようとしない。敬遠しているのは明らかだが、それも道理で、彼らは、筋金入りの仏教嫌い、仏仙嫌いなのだ。仏教に対する嫌悪感を最も露骨に示しているものもいる。

 

<魔界と魔王><極悪の魔が救う禁忌の領域とは

魔界だけは、全くといっていいほど、探訪情報がない。

 

死後「極悪の人霊」となった魔王

魔に堕した悪霊を掌る魔王

・ 魔王の筆頭は、造物大女王という女魔で、天地開闢の際、積もり積もった陰気の悪気が凝結して生まれたという。

これに次ぐのが無底海太陰女王だ。

 

宇宙の神仙界

大気圏の外にも広がる神仙の世界

実は、遠方の星の世界の状況が、この地球の大気圏内の或るところに影を映したような状況になって、そこへ行って来たからだという。

 

この玉京山が紫微宮の中心の神山で、そこに天帝の住まう玉京山鳳宮がある。さらに玉京山の南方の海中には、宮殿楼閣を空に聳えさせている紫蘭島(しらんとう)があり、紫微宮神界の重要な施設が立ち並んでいる。

 

・毎年元日には、全世界の神々がこの島の紫蘭大枢宮号真光遊門という門の前に集まり、宇宙の根本神に拝礼朝賀するというのである。

 

 

 

『神仙道の本』 (秘教玄学と幽冥界への参入)

(学研)2007/3

 

 

 

異界交通者が赴く山人界(天狗界)

僧侶や仏教信者など、仏教徒深い因縁で結ばれた者が入る「仏仙界」がある。>

 全霊界は「むすび」と「たま」の領界に大別される。>

・むすびの世界とは、「衣食住や山河草木や万般の調度品が、客観的に実在として殆ど人間界のごとく存在する」世界のことで、我々の現界もここに属する。現界もまた霊界の一種、むすびの霊界なのである。

 

・ 一方、たまの世界は「欲する品物が欲するままに、そこに現出する代わりに注意を怠っていると消えたり、一瞬にして千里を往来したり、もやもやと霊のようなものが友人や知人の顔となり手となって遂に完全な姿として、そこに出てきたり、高い階級で美しい光の乱舞の中に自分も光の雲の如く出没穏見したりする」世界をいう。

 

高級神界の世界

神集岳神界・万霊神岳神界・紫府宮神界とは

全ての地の霊界を統制する大永宮

・神集岳神界があり、中心は大永宮という巨大な宮城で、一辺が160キロもある高い壁に取り囲まれている。四方に大門があり宮城を四方から囲む数十の宮殿群もある。

 

・幽政の中府だけに膨大な数の高級官僚が働いている。東洋、西洋、人種はさまざまだが、日本人も沢山、含まれている。

 

・紫府宮神界は宇宙神界の紫微宮神界ではないので、注意。

 

・そもそも「天機漏らすべからず」といって神仙界の機密は人間界には伝えないのが決まり。

 

現界人の生死・寿命を管掌する神

・万霊神岳は現界人にとって最も重要な関連をもつ神界とされているのである。大きな島嶼としてまとまっている神集岳とは異なり、この神界は様々な霊界幽区が集まってできた“連邦体”だという。この世界に属する霊界はきわめて広く、いわゆる極楽や地獄も内包しているし、仏仙界も含まれるというから、その巨大さは想像を絶する。

 

刑法所も存在する万霊神岳

・神集岳神界・万霊神岳神界・紫府宮神界が地の霊界では最も高級な神界で、地の霊界全体を監督・支配している。

 

・刑法所もあり、極刑も執行され、霊魂は消滅させられるというから恐ろしい。

 

 

 

 『神仙道の本』(秘教玄学と幽冥界への参入)

(学研)2007/3

 

 

 

<神仙界の構造>

神仙が住まう天の霊界と地の霊界

世界には目に見える物質的世界(顕界)と目に見えない霊的な世界(幽冥界・幽界)があると説いている。

 

・極陽に近い部分が天の霊界(天の幽界・天の顕界)、極陰に近い世界が地の霊界(地の幽界・地の顕界)ということになる。

 

<地の霊界の首都「神集岳神界」>

神仙道の場合、まずトップに来るのが天の霊界、筆頭の大都(だいと)、「紫微宮(しびきゅう)」で、天地宇宙の根元神の宮であるという。

 

この紫微宮の次にくる「大都」は、天照大神の神界である「日界」(太陽神界)で、ここが太陽系全体の首都ということになる。

 

神仙道ではこの日界の次にくる大都以下を地球の霊界とし、その首都を「神集岳神界」と呼んでいる。

 

・神集岳は地の霊界全体を管理運営する神界で、地の霊界の立法府・行政府・司法府の最高官庁が、この都に置かれているという。

 

・首都・神集岳神界に対する副都を「万霊神岳神界」という。

 

・神界では、年に1回、現世の人間、霊界に入った人霊および仙人など一切の霊の“人事考課”を行い、寿命も含めた運命の書き換えが行われるという。この作業の中心が万霊神岳だそうなのである。

 

 

 

『「あの世」と「この世」の散歩道』

天外伺朗)(経済界)2001/5

 

 

 

<宇宙の「明在系」と「暗在系」>

・―宇宙は、目に見える物質的な宇宙、「明在系」と目に見えないもう一つの宇宙「暗在系」により成り立っている。「明在系」のすべて、人間、時間、あるいは人間の想念でさえ、「暗在系」に全体としてたたみこまれているー

 

・周知のように、テレビの画面は放送局から飛んできた電波が元になっています。電波は広大な空間に分布しており、その広がりを「電磁界」といいます。今、「明在系」、つまり、目に見える物質的な宇宙をテレビの画面に、「暗在系」を電磁界にたとえてみます。実際の宇宙空間は3次元で、テレビの画面は2次元ですが、その違いは無視します。

 

・まず、最初に、電磁界がなければ、テレビの画面には何も映らないのは明らかでしょう。同じように、「暗在系」がなければ、「明在系」は存在できません。両者をひっくるめてひとつの宇宙が構成されています。

 

・次に、テレビ画面上の人物や物体は、電磁界のどこかに特定の位置に対応している、ということはなく、全体としてたたみ込まれています。従って、電磁界のどんな小さな部分にも、テレビ画面全体の情報が含まれています。

 

・私達が肉体を持って生まれてくるというのは、ちょうどテレビのスイッチをつけるようなものでしょう。逆に死ぬことは、スイッチを切るのに似ています。画面は消えますが、だからといって電磁界がなくなるわけではありません。「暗在系」というのは、生死と無関係で、時間を超越した、絶対的な存在なのです。

 

 

 

『戦争とオカルトの歴史』

 (W・アダム・コンデルバウム)(原書房)2005/2

 

 

 

ヒトラー親衛隊

テロリズムを好んだ夢見る神秘主義者たちの団体からナチズムが生まれた。そしてそれが、“大量殺戮”という言葉に新たな様相を付け加えた。第三帝国全体を特徴付けるのが、この神秘主義と魔術である。ナチスの部隊と言うと、伸ばした脚を高く上げて機械のように行進する様子が思い浮かぶかもしれない。SSには、ダース・ベイダーの衣装のような黒い制服と髑髏の記章が用意され、他のドイツ軍部隊と区別された。

 

もともとは、ヒトラーの護衛部隊として作られたSSだったが、やがて帝国の悪魔崇拝者となっていった。SSの志願者は、1750年までさかのぼって民族的に純血であることを“アーリア人の血筋”を証明しなくてはならなかった。要求される身体的条件は非常に厳しかった。ルーベンスボルン政策(スーパー北方種族を創出するための交接・出産・養育施設のこと)のための繁殖所では、金髪・青い目の子供の父親として、新アーリア超人からなる支配者民族の中核となる役割をになうからである。

 

・彼らは、生まれたときから信じてきたキリスト教を捨て、寄せ集めの異教精神を詰め込まれ、クリスマスを古来から続く、ただの祝い日とし、古代ルーン文字の象徴的な意味を学ばされた。SSのシンボル・マークも、ルーン文字で作られ、親衛隊は、ナチスの“信仰”を守るテンプル騎士団となった。

 

・皮肉なことに金髪・青い目の超人をまとめる組織の指導者は、細いあごをして眼鏡をかけた養鶏農家出身の勇者にふさわしい体つきとはとてもいえない男だった。男の名は、ハインリヒ・ヒムラーという。

 

 <金髪のアーリア人種出身の超人など歴史的に全く存在しなかった>

アーリア人であるという以外にSS隊員の配偶者には、出産能力がなければならなかったナチスは嫡出・非嫡出を問わず妊娠を奨励し、妊娠・出産を望むものには報奨金を出す一方で、遺伝的障害を持つ“劣った種“を生まないように不妊手術と中絶手術を広く行った。ナチスは、”血こそ生である“という無意味なオカルト的信仰を持つ豊穣崇拝カルトだった。

 

・既成の教会に反対するSSによって、反教会権力のプロパガンダが広められた。キリスト教の教義は、ナチ“教”とはかみあわなかった。金髪の超人ばかりという架空の民族を発展させようというときに、柔和なるものが地位を継げるわけがない。もう片方のほおを差し出すことは、世界支配の夢とは全く相反し、ヒトラーの支配する暗い帝国で、イエスの説いた道は阻まれた。ある観点から見れば、ナチスとは、本質的には軍事と政治を一体化した大事業が、いかにして既成の宗教と対立するミュトスとオカルト活動を独自に生み出したという20世紀最大の例かもしれない。

 

 

 

『図解近代魔術』  

(羽仁礼) (新紀元社)  2005/10/6

 

 

 

ナチス

・ドイツの政党で、政権取得後は国家と一体となって活動、第2次世界大戦により解体。その思想にはゲルマン系神秘思想がとりいれられている。

 

<神秘主義的政治結社

・ドイツの政党、「国家社会主義ドイツ労働者党」のことで、1919年にミュンヘンで結成された「ドイツ労働者党」が1920年に改称したもの。

1926年、アドルフ・ヒトラーが党の総裁に就任して以来勢力を拡張し、1933年1月にヒトラーが首相に就任すると次第に国家との一体化が進み、「第三帝国」と呼ばれる体制化でその崩壊までドイツを支配した。

 ナチス・ドイツは、共産主義者フリーメイスンとともに魔術師や占星術師、秘密結社を迫害したが、ナチス自体魔術的世界観を背景に持つオカルト結社であったとの主張もある。また、ヒトラー自身魔術師であったとの説もある。

 

 

 

『図解近代魔術』  

(羽仁礼) (新紀元社)  2005/10/6

 

 

 

マスター

神智学において、人類を密かに導く超人的存在。歴史上の偉人の多くがマスターであったとされる。グレート・ホワイト・ブラザーフッドなる団体を結成

 

神智学における人類の指導者

ブラヴァツキーの神智学では、世界のどこかに住む「マスター」、あるいは「マハトマ」「イスキン」と呼ばれる超人的存在を想定している。マスターたちの姿は限られた人間にしか見えず、密かに人類の魂を高めるために働いているのだという。

 

・過去に出現した優秀な宗教指導者や心霊術の導師は皆マスターでブラヴァツキーによれば、釈迦、孔子、ソロモン王、老子、さらにはフランシス・ベーコン、サン・ジェルマン伯爵などもマスターだという。

ブラヴァツキーが出会ったクートフーミというマスターは、以前ピタゴラスに姿を変えていたこともあるが、今は青い目をし、美形のカンミール人でバラモン(僧)の姿をしているという。

 

ブラヴァツキーのみならず、ヘンリー・スティール・オルコットやクリシュナムルティなども、実際にマスターたちの訪問を受けたことがあるという。そしてこのマスターたちが構成するのが「グレート・ホワイト・ブラザーフッド」と呼ばれるグループである。

 

様々な情報を総合すると、このグレート・ホワイト・ブラザーフッドは144人のマスターからなり、シャンバラ(チベット仏教におけるユートピア)にいる世界の王を頂点としている。この世界の王の祖先は、ヴィーナス(ローマ神話の愛と美の女神)で、手足となる数人の者を従えて、16歳の少年に変身しており、この世界の王の手足となっているものが釈迦、マヌ(インド神話における最初の人間)、マイトレーヤ(インド仏教の伝説的人物)たちである。

 

 

 

『図解近代魔術』 

(羽仁礼) (新紀元社)2005/10/6

 

 

 

<地下世界アガルタ>

サンティーヴ=ダルヴェードル(1842-1909)

独自の政治体制を構想、古代アトランティスの先進文明や地下世界アガルタの存在を主張した。

 

・彼が構想したシナーキズムは、当時流行していたアナーキズムに対抗するために考えだされたもので、世界の秘密の指導者とテレパシーでコンタクトできる人間たちの秘密結社が国家を支配する体制のことである。彼によれば、薔薇十字団やテンプル騎士団もそうした秘密結社であった。このシナーキズムを構想する過程で、彼は古代アトランティスの先進文明や地下世界アガルタに住む世界の王者といった観念を取り入れている。さらに根源人種の存在やアーリア人至上主義など、ブラヴァツキーの神智学やナチス・ドイツに引き継がれた概念も含まれている。

 

<地下世界アガルタと首都シャンバラ>

中央アジアの地下に存在するという王国。首都シャンバラには、幾人もの副王と幾千人もの高僧を従えた世界の王ブライトマが住み、地表の人類とは比較にならない高度な科学技術を持つ。地上の世界とはいくつもの地下通路で連結され、チベットポタラ宮の地下にも入り口があると伝えられる。

 

 

 

『神仙道の本』  秘教玄学と幽冥界への参入

学研マーケティング   2007/3

 

 

 

宮地堅盤(かきわ)〔水位〕(1852~1904) 自在に仙境に出入りした近代神仙道の大先達

魂を飛ばして異界へ往来

・「仙人というものは、いわば人間界の変り種で、昔からめったに世にでない稀有の存在であるにもかかわらず、常磐・堅盤の父子二代相ついで、神仙の位を生前において得たことは、人類史上ほとんどその例を見ないであろう」

 

・まさに宮地堅盤こそは、その実父常磐から教導された宮地神仙道の大成者であるだけでなく、近現代の神仙道史上、最大の巨星といっても過言ではない。

 10歳で父の指導のもと、肉体はそのままで魂だけで飛行するという脱魂法(後年は肉体も伴ったとされる)を修得し、高知の手箱山の神界に出入りしたのを手はじめに、神界の諸相をつぶさに見聞し、同時に人間界でも文武両道に励み、修行を積んだ。

 

・つまり、堅盤は脱魂法、あるいは肉身のままで数百回も幽真界に出入りしていたというのだ。

 堅盤の記録によれば、大山祗神のとりもちにより少彦名神(青真小童君)に面会を許され、さらに川丹先生こと玄丹大霊寿真(年齢は明治元年時に「2016歳」)と称する朝鮮の神仙界の大長老を紹介され、この両師を中心に、神界の秘事などの教示を受けたとしている。

 

・また堅盤の道号である水位という名も、22歳のころに少彦名神から名づけられたものだという。そもそも、堅盤は「謫仙」、つまり、神より特別な使命を受けて、本籍地の神仙界から人間界に流謫した仙人であったというのだ。

 

<神界の最高機密の大都へ>

・堅盤が自ら探求した幽冥界の様相を書きとめたものが、神仙道最高の書とされる『異境備忘録』である。神界・神仙界・天狗界など幽真界の情報がはしばしに織り込まれており、堅盤最大の功績はこの書を残したことだといわれるほどだ。

 

・堅盤は仙童寅吉ともいっしょに岩間山の杉山僧正に会い、各種の仙界へも飛行して出入りしたと書き残しているが、神仙界では寅吉より堅盤のほうが位が上であったという。

 

<全神界を包括する奇書『異境備忘録』>

・『異境備忘録』は、基本的には、先行文献としてあった平田篤胤の『仙境異聞』をふまえたうえで、道教的な神仙思想と日本の神道古神道などを有機的に結合する比類のない世界観を確立した根本原典となっている。堅盤の開示した神仙道は、神仙思想の本場中国の影響圏内から脱して、逆にそれを傘下に組み入れ、さらにインドに本拠がある仏仙界や西洋の神界などまでを従属させた画期的なものであった。

 つまり、堅盤ならではの《神国日本》ならぬ《神仙道日本》の宣言書だったのである。

 

堅盤は、大病の時期を除き、ほぼ生涯にわたって健筆をふるった。その全著作は百数十冊とも二百冊ともいう。これを高さに概算すれば、10等身におよぶほどだったらしい。

 

・ちなみに、堅盤の著述や蔵書の多くは、戦前に、近代神道史学の先駆者・宮地直一東大教授を経由して高知県立図書館に寄贈された。その後、昭和20年に空襲で同図書館が被災したときに烏有に帰している。

 

 

 

『日本神仙伝』

不二龍彦)(学研) 2001/5

 

 

 

<宮地水位>

<日本初の本格的「霊界探訪記」『異境備忘録』を著した宮地水位>

シャンバラも含む幽界の多様性

・また、チベット密教で言う「シャンバラ」とおぼしき幽区についての記述もある。

シャンバラというのは、代々一人の王によって統治されてきたとされるヒマラヤ奥地の理想郷で、永遠の光の下、賢者だけの理想国家を築いていると伝承されている。この霊的な王国には、未来のいつの日か、邪悪な勢力を最終戦争によって打ち滅ぼすという神聖な使命があり、今もそのための活動を密かに行っているというのである。

 

・今でこそ、広く知られるようになったシャンバラだが、水位の時代には、ごく一部の学者以外、その存在を知っているひとは皆無といってよかった。

 

・ところが水位は、「西洋国のヒマラヤ山」に「中凹(なかぼこ)」の「支那上代」の神仙界があり、「山上は闇夜でも昼の如く」輝いていると、ちゃんと記述している。

しかも、この「支那上代の神仙界」がある山は、神仙界では「地軸」と呼ばれているらしく伝説の西王母(せいおうぼ)が住んでいるというのも、シャンバラ伝説と通いあうところがあって面白い。

 

 

 

『術』

綿谷雪   青蛙房  1964

 

 

 

天狗飛切りの術と軽身の習練

・仙界に出入りしたという紀州のモグリ医者島田幸庵の報告によれば、仙人界と天狗界は同じ系列の特別世界で、その階級は仙人界のほうは神仙、山人(やまびと)、異人(霊人)、山霊(やまのかみ)、山精(こだま)、木精(すだま)、鬼仙(おに)、山鬼(たかがみ)、境鳥(たかとり)、麒麟(ましか)、鳳凰(ながなきどり)、霊亀(おうかめ)と順次し、狗賓(くひん)のほうは大天狗、小天狗、木葉天狗、魔天狗、邪鬼の順であるが、両界通じていえば、大天狗は仙界で山人の階級に相当するという(-『幸庵仙界物語』)。

 

・もとより架空の観念的構成にすぎないが、しかし古来、仙人も天狗もいろいろと変わった型のものがあって、綜合的に考慮するとすれば、結局右のような組み立ては常識的といえるかも知れない。

 さすれば仙界・天狗界とも、上級者には超自然的な神仙型の飛翔を想像し、下級の者に鳥獣型の飛翔を想像するのは当然のことで、下ッ端の天狗は翼をもって飛ぶと考えられていました。

 

・では翼のない上等の天狗は、どのように飛翔したのか?私どもが、子供のころ聞いた話では、天狗は羽団扇をもっていて、それであおいでふわりふわりと翔ぶということでした。じつは羽団扇は飛ぶときの目標を定めるレーダー式のもので、下降するときには、方向舵の用をすると仙童寅吉は語っています。

 

・年代はよくわかりませんが、和歌山藩の餌差役で某という者が、鷹の餌にする小鳥をもとめて深山へ分け入り、小鳥網を張りました。知らず知らず殺生禁断の高野山の一部へ入りこんだらしく、おもしろいほど小鳥がかかる。

 と、どこからか一人の異様な老人が立ち現れました。某をにらみつけながら、小鳥を次ぎ次ぎと網からはずして逃がしてやり、ここは殺生禁断だから、あきらめて帰れという。

 某は何だか怖くなって帰ることにしたが、異人は気のどくに思ったのか、せっかくの機会だから跳ぶ術を教えてやると云い、某を高く突き出した岩石のうえへつれてゆきました。

 

・「さあ、谷底へ飛び下りてみろ。おれが下へ行って受け止めてやるから」という。しかし、怖くて、どうしても飛べない。ちゅうちょしていると異人は、うしろからいきなり某を突き落しておいて、すぐに谷底へあらわれてズシンと受け止めました。

 「どうだ怖くないだろう。もういちどやってみろ」

こうして何回も飛び下りて受けてもらっているうちに、どうやら身のこなしなども会得して、平気で跳べるようになりました。

 

某は礼をのべて和歌山へ帰り、高い屋根へ飛び上がったり飛び下りたりして人々をおどろかせるようになったが、その後三年ほどして、ふと飛ぶことに恐怖をおぼえ、急にそれっきり飛べなくなったという(-『積翠雑話』)。

 

・積極的な精神力が或る程度の危険を克服する事実は、この一話からも汲み取れるでしょう。跳躍は、昔は“軽身の術”とか“軽業”とかいいました。

 

 

 

『神仙道の本』

(秘教玄学と幽冥界への参入)   (学研)2007/3

 

 

 

山人界(天狗界)

多種多様な天狗らの仕事と生活の実際

<高級山人が住まう壮麗な宮殿>

・山人とは山の神のことだが、天狗の異名として用いられることもある。「お山には善美を尽くした広大結構な御殿があり、三尺坊は平生には、そこに居られますが、亦、空中にも大なる御殿があってここにも多くの方々が居られます。

 

ひと口に山人界といっても階級は実に多い。そこで、空中の御殿に住む鬼類・境鳥まで、暮らし向きも千差万別なのである

 仙童寅吉以降、山人界の情報はずいぶんと数多くもたらされてきたが山人界の階級等についてもっともまとまった情報を伝えているのは島田幸安だ。

 

<山人界の天狗の風体とは>

島田によると、山人界の階級は①神仙、②仙人、③山人、④異人、⑤休仙、⑥愚賓(ぐひん)に大別される。この愚賓というのがいわゆる天狗のことだが、天狗は人間が命名した俗称であって、山人界では使わないという。

 

・天狗というと鼻高・赤面の異形に描かれるのが通常だが、実際の姿は人と変わらず、頭巾をかぶり、白衣を着し、足には木沓(きぐつ)を履いている(裸足の愚賓(ぐひん)もいるという)。「人界にて云如き鼻高く翼ある者は無御座候」と、島田は断言している。

 愚賓は神仙から数えて6番目の下級官吏だが、そのなかにもまたこまかい階級がある。①山霊(大愚賓)、②山精(小愚賓)、③木仙、④鬼仙、⑤山鬼、⑥境鳥、⑦彩麟(ましか)がそれだ。

 

・⑥の境鳥が、いわゆる木の葉天狗・木っ端天狗と呼ばれる類で、嘴と翼をもつ鳥類の化身である。

 

・最後に天狗は日本独自のものとの話があるが、それは間違いだということも付記しておこう。中国にも朝鮮にもいるし、西欧にもいる。また、世界各地の天狗が集まって行う山人会議もあるそうだ。

 

戦争に出陣する愚賓(下級天狗)たち

・ただし、人間のように肉を食うのではなく、気だけを食うのだと島田が注釈している。生きている魚を海などから招き寄せ、「味の気」だけを取って食べ、食後は生きたまま海に帰すというのだ。

 

・仕事は、より上級の神界の下命に従って戦争に従軍したり、霊界や人間界をパトロールしたり、冥罰を下したりと、そうとう忙しい。大小の愚賓は、元来が武官だから、戦争になると鬼類などを従えて直ちに出陣する。

 

加納郁夫という名の天狗の弟子となった「天狗の初さん」こと外川初次郎は、加納天狗の供をして満州事変に従軍したと言っているし、幕末の戦乱時に活動した才一郎は明治元年から2年にかけての戊辰戦争に冥界から参戦し、三尺坊の命令で、自分の出身国である尾張藩の隊長“千賀八郎”を守護していたと語っている。

 

<天狗が下す恐怖の冥罰>

・天狗の仕事で最も怖いのは、人間界に罰を下すという仕事だ。火事による処罰が多いようで、情け容赦がない。たとえば、杉山僧正が東京の平川町(平河町)を焼いたことがある。

 

過酷をきわめる天狗界の修行

・寅吉や才一郎は仙縁があって山に招かれたものだがら否応はないが、凡人が天狗の「神通自在」にあこがれて山中修行に入っても、ろくなことにはならないらしいから、注意が必要だ。

 

 最後に、天狗は日本独自のものとの説があるが、それは間違いだということも付記しておこう。中国にも朝鮮にもいるし、西欧にもいる。また、世界各地の天狗が集まって行う山人会議もあるそうだ。

 

  

 

アイヌ文化の基礎知識』

アイヌ民族博物館、児島恭子 監修  草風館 1993/10/1

 

 

 

<神に対する考え方――信仰観――>

<神に対する基本的な考え方>

・広大な大地、果てしなく広がる海原、流れ行く川、豊かな自然の中を大小様々な動物たちが往来し、山野には各種の植物が群生していたでしょう。そのなかにはコタン(集落)があり、コタンのなかには生活の用具が置かれています。そういうステージの上で人間が日々の生活を営むわけです。日々の生活のなかにはまた、地震、カミナリ、火事、津波、洪水、病気など、各種の自然現象が去来するでしょう。

 アイヌの人々によれば、そのような人間のまわりに存在する数限りない事象にはすべて「魂」が宿っているものだといいます。

 

・「天上の神の国からある使命を担って舞い降りてきて、姿かたちを変えながらこの地上に住んでいる証なのだ」ということです。つまり、天上の世界で神の姿をしているものが、この世にくると動物なり植物なりといった事象に化身するという考えです。使命を帯びてくるわけですから、この世での役割すなわち存在感のないものなどあろうはずがない、というのが人々の基本的な考えなのです。 

 

・ここで「魂」と書きましたが、これは生命体として人間的な生命力を有するという意味で解釈してください。「霊」「霊力」という言葉を用いてもよいのですが、一般の人々にはどうも「ゆうれい」のイメージがつきまといがちにおもわれますし、適当な言葉がないので「魂」と記すことを理解してください。

 

・しかしながら、こうした「魂」といわゆる「神」とはまた違った次元で考えなければなりません。この世にある種の役割を担って存在こそすれ、その実、人間の生活にはあまり関わりのないものもあります。反対に、これがないと生活ができない、というものもありましょう。よく例にあげて説明するのですが、伝染病という好ましくない一つの現象があります。これは、人間にとってはどうしようもなく、素手で戦えるものではありませんでした。アイヌの人々は、伝染病をとても魂の強いものと考え、神の称号を与えてパコㇿカムイ(年を支配する神)と呼んでいました。

 

・それとは反対に、魂があることは認めつつも、人間が作り出す日常の雑器の類、あるいは生活にあまり必要とされない植物などを、普通は神として意識することはありません。

 こうしてみると、人間の生活に貢献するもの、なくてはならないもの、あるいは人間の力ではいかんともしがたい魂の強いものが、総じてアイヌの人々に神として意識されているといってよいでしょう。

 ついでに極論をいうと、魂が強いか、弱いかという人間の認識の度合いで、神のランク(位の高い、低い)もまた決まってくるといえるのです。

 

氏神と悪神>

・いっぽう、神の中には、人間の欲望を充たすような良い神ばかりいるわけではありません。前述した伝染病をはじめ、天災、人間をまどわす悪い心、それらもすべて神として意識はしますが、決して良いとはいえません。こう説明するとすでにおわかりのように、人間生活に貢献するのが良い神、それをおびやかすのが悪い神なのです。

 

沙流川筋の古老によれば、こうした観点から神を分ける呼び方が3通りあるといいます。①ペケㇾカムイ ②パセカムイ ③ウェンカムイ というような呼称があるといい、①は「普通のよい神」(ペケㇾは明るい・澄んでいる、という意味)、②は「重々しい、尊い神」、③は「悪い神」なのだというのです。ただ、悪い神だといっても、いつも悪いことだけをするわけではないのです。話がこんがらがってしまいそうですが、人間に「もう来ないでください。私たちのコタンからすみやかに去ってください」と祈られると、それを素直に聞いてさっといなくなる神もいれば、たまに人を助けるようなことをする神だっているというのです。また良い神だといっても、人間と同じく、ときには悪さをしたくなったり、嫉妬したりするのだといいます。つまり、人間と同じような感情があるのだというのです。

 

<人間的な神>

・神は人間とかけ離れたものではなく、きわめて人間的であることをもう少し述べてみましょう。神であっても人間の若い女性に惚れたり、人間の女性に自らの子を生ませたという物語だって伝承されています。

 さらに、神の国に帰れば、人間と同じ容姿にもどり、そこには妻や子も、仲間もいて、人間と同じように平和に暮らしているのだといいます。とても人間的です。嗜好品を例にとってみても、酒やタバコ、お菓子などは多くの人間が好むものですが、神も人間以上に好きでたまらないのだそうです。

 

・人間は喜怒哀楽の感情を持つことが当たり前ですが、神だってそれ以上の感情があるものだと、昔の伝統を担った古老であれば異口同音にいうのです。

 アイヌの人々の「神」に対する考え方をつきつめていえば、それは「人間の能力や価値判断を基本とした考えかたを総合的に組みたてたもの」とでもいえるでしょう。

 

<どのような神がいるか>

この世での姿

・この世での姿は、人間が実際に目にすることができるものから目にみえないものまでいろいろあります。

 いずれも人間の身辺に存在するものばかりです。たとえば、動物神のうち比較的位が高いと考えられているものをいくつかあげてみましょう。

 シマフクロウ、これは今では道東の一部にしか生息していないとされていますが、かつてはかなり広域にわたって生息していたといいます。この鳥は動物神の中では最高の位にある偉い神と考えられ、コタンコㇿカムイ(コタンをつかさどる神)と呼んでいました。

 

・植物神としては、矢毒の成分をつくるトリカブトをはじめ、イケマ、毒キノコ、ヨモギなどを神として強く意識しています。

 このような生物に姿を変えている神のほかに、山、海、河口、水源、沼や湖などの地形や場所をそれぞれつかさどる神も多く存在します。

 

・自然のいたるところに「~をつかさどる神」がいるといってもよいでしょう。火や水、風、地震津波、カミナリといった自然現象そのものも強い魂をもった神として意識されています。

 そのほかに人間の目にみえるものとして、人間が用いる丸木舟や板綴り舟、臼や杵、食事に用いられる器、あるいは家や便所などの建造物にもそれぞれ神がついていると考えられているのです。

 

いっぽう、直接目では見ることができない悪心もあります。怠ける心や淫乱な気持ちだってあります。人々の考えによればそうした気持ちになるということは、その人間にそのような心をもつ神が憑くからだというのです。また、この世のあちこちを歩き廻り、人間に不幸をもたらす伝染病や飢餓、これらもそのための使命をもった神の仕業だといいます。この世での生命を絶った後、あの世にちゃんと行けないでいる人間や動物の霊、そういう浮遊の魂も神の範ちゅうに入るでしょう。

 

神の国での姿>

ところが、地上に舞い降りてくる以前、あるいは神の国に帰った際、神々はどんな姿、格好をしているのでしょうか。

 カムイモシㇼ(天上にある神の国)では、神も人間と同じように親、兄弟、仲間がいるのだとされています。とても人間的な考え方です。そして、そこでの姿かたちもまたきわめて人間的であると感じずにはいられません。

 古老たちに、「カムイモシㇼではどんな格好をしている?」と聞くと、ほとんどの古老は、五体がそろって感性に富んだ人間の姿そのものだ、といいます

 ただ、身にまとうものは立派なもので、人間が儀式の際にまとうもの以上のきらびやかなものを身につけている、というのです。

 火の神であれば、力強く燃え上がる火模様のついたコソンテ(絹製の小袖)、水の神であれば、陽春の中をキラキラと光り輝きながら流れる水面のような模様が入ったコソンテを、それぞれ幾重にもまとい、いつも立派なニンカリ(耳飾り)やタマサイ(玉飾り)、テクンカニ(腕輪)などの装飾品を身につけて暮らしているのだというのです

 こうしてみると、前にも述べたように、アイヌの人々が考える神というのはあくまで現世、つまりこの世の人間の感覚や認識が基準となって観念化されていることがおわかりになるでしょうか?

 

<神と人間の関係>

人間の祈り

・“神”というのは、「人間の生活にとって必要なもの、人間の能力以上のものをもったもの」ですから、人々が敬うことは当然です。豊かな自然のいたるところに、それぞれこの世でのつとめを担った神が姿を変えて住み、人間は、それから生きていくためのエネルギーを提供してもらうのです。つまり、神々の庇護と生活の糧の提供なくして、人々の安定した平和な生活はあり得ないと考えられていたのです。

 

・その平和な暮らしをいつまでも保証してくれることへの願いと、これまで人間の祈りを聞いて実践してくれたことへの感謝を捧げるために、人間は“祈り”という儀式を通して、それらの思いを言葉に託して神に捧げるのです。イナウ(木幣)やサケ(酒)、ハル(食料)を捧げながら神に祈ることを、カムイノミ(神への祈り)またはカムイコオンカミ(神に対する礼拝)といいます。たいていは、知識と経験の豊富な長老たちによっておこなわれます。

 

<祈りを受けた神のお返しもの>

・その一方で、「もし、神に対して失礼な言葉、間違った言葉や作法をしようものなら、人間の祈りは決して神にとどかず、神を冒とくしたことになって、その反動が必ず祈る人間に返ってくる」ともいいます。カムイノミはそれだけ慎重さと厳粛さをともなうため、神を知り尽くした長老でないとできないのです。

 

・ところが、人間の切なる願いにもかかわらず、人間の意に反した結果となったときはどうなるのでしょう。そのとき長老たちは、「なぜわれらの願いごとをお聞きにならなかったのか、われらは祖先伝来の方法で失礼もなく祈りをおこなったのに!」と抗議の言葉を神に述べることもあります。「神として品位を傷つけたことになるのだから、あなたは神の仲間から疎外されるだろう!」と厳しい態度でのぞむことさえあるのです。

 

・そういう意味からすれば人間も同様です。人間としてあるまじき行為をしたものは、人間からだけでなく、神々の間からも当然疎外され、死後も普通の人々が行く“あの世”には行けず、暗黒の世界に突き落とされてしまうのです。

 

<神と人間のおくりもの>

・祈りの際に人間はイナウや酒、団子、穀物、お菓子、くだものなどを神に捧げます。そのほか、タバコも捧げます。

 これらの供物は人々が作ったものですが、実はこれらを神は作ることができなく、一方的に人間から捧げられるだけだというのです。人間から神におくるプレゼントなのですから、イナウであれば丹念に削り作ったもの、食料であればよいもの、などを選んで捧げるのです。神はこのようなプレゼント品をことのほか好むと考えられています。

 神にとどくときには、人間がおくったものの数が何倍にも何十倍にも多くなり、イナウであれば神はそれを宝物としてだいじな箱にしまっておき、どっさり送られた食料や酒は多くの神々が招待を受けていただき、楽しい酒宴がおこなわれるといいます。神の国においては、このような人間界からプレゼントされる品々が多く、立派なものをおくられる神ほど、神の国における地位が高いとされるというのです。

 つまり、プレゼント品が多く、良質のものがおくられるということは、一面では、いかにその神が心ある人間から尊敬されているかということを示すものであって、それはとりもなおさず、神のステータスシンボルとなっているのだというのです。

 

いっぽう、神は何をするかというと、前述したように、人間の願いを聞いてそれを具体的に実行していかなければならないのです。そして、神が人間界に獲物を降ろすときも、人間が捧げるものが神の国で何十倍にもなるように、その数が地上にくる頃にははかりしれないほど多くなるといいます。神がさずける一頭のシカが地上では群れをなし、また一匹のサケが大群となって川を遡上して人間の里を訪れるのだ、というのです。

 

「あの世」に対する考え方

・人類学や民族学などでは、死後の世界に関する考え方なり概念を「他界観」といいます。「あの世について」という質問に対して説明するために、ここでアイヌの人々の他界観について触れてみましょう。ここでは、説明の便宜上、人間が現実に繰り広げる地上での生活の空間を「この世」と呼び、死後の世界空間、つまり死者の国を「あの世」と呼びましょう。

 アイヌの人々は、この世を「アイヌモシㇼ」(人間の国)と呼びます。どの地方でもアイヌモシㇼといわれることに変わりはありません。しかし、それでは、あの世はどこにあり、何というか、となると地方によって違いが認められます。北海道での事例をくまなく調べ上げたわけではないので、はっきりということはできませんが、あの世のどこに存在するか、という点ではおおまかにふたとおりの意識があるといえるでしょう。ひとつは「地下にある」という考え、もうひとつは「天上にある」という考えです。

 

・「地下にある」というあの世を「ポㇰナモシㇼ」(下の方の国)といい、これについては久保寺逸彦氏や泉靖一氏などの研究報文にもみられるところです。この意識は、日高地方の西部つまり沙流川流域を中心とした地方に伝承され、現在それを詳しく伝える古老も少なくありません。

 

他方、「天上にある」あの世に関しては、一般に「カムイモシㇼ」(神の国)といわれているようで、最近の信仰研究のいくつかの文献にも報告されています。それによれば、浦河や静内といった日高地方東部の古老は、天上にあるあの世のことを「アヌンモシㇼ」あるいは「アヌンコタン」と呼ぶといいます。

 

・ついでにもうひとつの違いをあげてみます。あの世が「地下」であるにせよ「天上」であるにせよ、それはこの世で人間として普通以上の人生を送った者の行く国で、悪業をした者は決してその国に行けず、草木も生えず奇怪な鳥が騒ぎ住む恐ろしい世界に落とされてしまうといわれています。あの世が「天上にある」という地方では、その恐ろしい国が天上ではなく地下にあって、それを「ポㇰナモシㇼ」と呼ぶのだといいます。あの世が「地下にある」という地方は、それがあの世のさらに下の方にあり、「テイネモシㇼ」(ジメジメした国)というのだ、というのです。

 

・ところで、「地下」「天上」というあの世の存在空間に違いが認められるにせよ、あの世に行くための入口が必ずあること、またそこを通ってあの世に行った際、その世界の情景や環境は、「地下」でも「天上」でもほとんど変わりがありません。

 あの世に通ずる入口を「アフンルパㇽ」(“あの世”に入る道の口)あるいは「オマンルパㇽ」(行く道の口)といいます。それがこの世には必ず存在します。写真は白老の人々のアフンルパㇽです。ひとつのコタンに1ヵ所あるというのではなく、ひとつのものが広域のコタン共有のものと意識されているといってもよいでしょう。

 

・人が亡くなると、その者は多くの人々に見守られながら「葬送」という手続きを経て、副葬品やほかの供物と一緒にあの世に向かうことになります。そして、死者の魂はアフンルパㇽを通り、自らの祖先やかつてこの世の仲間であった人々が平和に暮らしているのだとされ、そこでの生活のようすを古老たちにたずねると、あの世ではこの世と全く同じ生活がなされており、人が人として存在し、着物をまとい、チセに住み、この世のコタンと同じようなコタンがそこに展開するのだというのです。この世にある自分たちのコタンを取り囲む周囲の山々や川さえも同じ情景のもとで存在することにもなるのです。

 

・ただ、異なっていることは、あの世とこの世では季節や時間が逆になっていることなのだといいます。たとえば、冬に亡くなった人があの世に行くとそこは夏だったとか、この世での夜があの世では朝であったとか、になるのです。沙流川筋の古老が「秋方に亡くなったフチ(おばあさん)に鍬をもたせてやったのをみたことがある」と話してくれたことがあります。それはあの世では春先だからせめてあの世に行ってもすぐに畑を耕せるように、という意味がこめられているからなのでしょう。

 

・また、その沙流川筋の古老によると、時間ばかりでなく、あの世とこの世では人の気持ちも逆になることがあるのだといいます。この世で亡くなるまでの未練を残した気持ちも、あの世に行ってからはきれいになくなっているものだというのです。愛し合っている若夫婦がいて、夫が亡くなる前、妻に「お前だけが恋しい。未練を残してあの世に行くのだから、あの世に行ってもお前のことは絶対忘れない。あの世でも一人でいる………」と言うものではないというのです。あの世に行くと、気持ちが逆になり、前のことはきれいに忘れ、そこでまたよい連れ合いができることもあるので、そうなるとこの世に残された妻の気持ちを裏切ることになる、というのです。

 このようの、アイヌの人々の他界観というのは、前の項で述べた「神」に対する観念と基本的には同じ考え方の上に成り立っているといえます。

 

先祖の供養をしたか

・日本の伝統の中では、お墓参りや仏壇に供物を添えて先祖をしのぶことが当たり前におこなわれています。若い人でさえ、盆や正月あるいは法事の際、仏前で合掌するのが普通です。このような行為は、現在の人々と物故者とのあいだの精神的連帯には欠かせないのです。

 アイヌの人々にそうした先祖を供養するしきたりがあるのか、とよく聞かれます。結論からいえば、アイヌの伝統文化の中では、お墓参りや仏壇の前で手を合わせることは絶対ありません。だいいち、仏教自体がかつては普及していなかったのですから、仏壇などあろうはずがないのです。お墓は、それぞれのコタンごとにあるのが普通ですが、それでも「墓に参る」ということはしません。それがアイヌの伝統です。

 

アイヌの人々が祖先に対しておこなう供養の儀式を「シンヌラッパ」(祖霊祭)」といいます。ユカッやイオマンテと並び、アイヌ語特有の美しい響きをもつこの言葉はアイヌ文化を象徴するもののひとつとしてつとに知られており、みなさんもどこかで一度はお聞きになったことがありましょう。

 

こうしてみると、シンヌラッパの目的は、まず第一に、自らの祖先に対して酒、穀物、果物などの食料をおくることにあることがおわかりになるでしょう。

 あの世に暮らす祖先も、神と同じように食料を自分では作れないとされているので、あの世で何不自由なく暮らせるようにこの世からおくるのです。

 古老たちの話によれば、あの世で暮らす者で、現世(つまりこの世)に身寄りのない者は何も食べ物を届けてもらえず、あの世の川縁に座りながら、現世から送り届けられて舟に満載された食料をいつもうらやましがって見ているのだといいます。さらに、そのような者は浮遊の霊となって、あの世からこの世にやってきては、コタンの中を飛び廻るのだともいいます。

いわゆる“ゆうれい”にまつわる伝承も人々の間に数多く伝えられていますが、それはとりもなおさず、この世の人々から食料を送り届けられない者がお腹をすかせ、人間の手によって食料を捧げてもらいたいためにこの世に現われるのだ、と古老たちは教えてくれます。そして、それを見たり、感じたりしたならば、必ずタバコや食べ物を少しでもよいからチャㇽパ(撒く)するものだ、というのです。

 古老たちはよく、自分たちの子孫が途絶えてしまうことほど恐ろしいものはない、といいます。

 裏を返せば、それは、前世の人々から食べ物を届けてもらえず、あの世に行っても生活に支障をきたすことを意味しているからなのでしょう。

 

シャクシャインの戦い

アイヌ民族とシサㇺとの最大の戦いですが、その発端となったのは、パエ(現在の日高町門別)のアイヌと、シプチャリ(現在の新ひだか町静内)のアイヌとの20年におよぶイウォㇽ(領地)をめぐる争いでした。

 

・1640年代、パエの首長はオニビシ。シプチャリのおさはカモクタイン、副首長がシャクシャインでした。1648(慶安1)年、シャクシャインがオニビシの部下を殺すという事件が起こります。このときは、松前藩が調停に入ったのですが、5年後の1653(承応2)年に、パエのアイヌがカモクタインを殺してしまいます。その後、両者は小さな争いを繰り返し、そのつど松前藩が間に入っていたのですが、だんだん険悪な状態となり、1668(寛文8)年4月にはとうとうオニビシが殺されます

 

こうして、1669(寛文9)年6月、シラヌカからマシケに至るアイヌの人々が一斉に蜂起して、シサㇺに対する大戦争が開始されます。はじめ、アイヌ軍が優位の内に戦いが進められますが、クンヌイ(長万部国縫)の戦い以後は、アイヌ軍の勢力が分断されたこともあって、シサㇺが優位となり、ついに、10月23日松前軍とシャクシャイン軍とは和解することになります。ところがこれは偽りの和解で、その祝いの席でシャクシャインが殺されてしまいます。指導者を失ったシャクシャイン軍は、結局は敗れ去り、以後は長くアイヌの人々の虐げられた生活が続くことになります。

 

 

  

『神の策謀』(全宇宙と全生物を司る4元複素数体

(原作:オニソイ・イーネグ)(コスミック出版)2007/3

 

 

 

<北海道のコロポックルはどこに消えたのだろうか!?>

 ヘブライの民は神に選ばれた宇宙人の末裔

ヘブライの民は、神に選ばれた宇宙人の末裔なんだから。彼らの母星は、ニビル。ニビルは、シュメール語で交差するという意味だ。つまり太陽系を縦に交差する惑星がヘブライの民の故郷ということになる。

 

 ヘブライの民は日本列島へ>(ニビルの神)

ヘブライの民が惑星ニビルから来たのかどうかは分からない。しかし、惑星ニビルの動きに合わせて彼らが動かされていたことは確かである。金星から移住させただけなのに、ニビルからやってきたことにしたのかも知れない。

 

巨人族は地球より重力の弱い惑星から来たはずだが、もともと地球重力下では、身長はどんどん小さくなって地球人並みになってしまう。いつも自分の体重が重荷になっているのが巨人族の子孫である。

 

小さいが頑丈な北海道のコロポックルのような連中は、きっと超重力の巨大惑星から来たに違いない。そんな連中は、地球ではすぐに引き延ばされて人類に同化してしまうが、フットワークは常に軽い。

 

巨人族と爬虫類族とコロポックルが実際に人類の歴史にどう関わって来たのかは、今のところ誰にも分からない。コロポックルは人類と仲良くしていたようであるが、爬虫類族は、龍神信仰を生んで神になった。巨人族はどこに消えたのか。

 

火星と木星の間には、かって計都(ケイト)と呼ばれる惑星があったそうである。このケイトの住民が爬虫類族だった可能性も否定し難いものがある。太陽から遠く離れて高度な進化を遂げるには遺伝子レベルで、二倍体、三倍体になって巨大化し体温の恒常化を計る必要がある。

 地球では夜になると海底に戻って行ったそうである。高度に進化していれば、惑星ニビルの海底に理想の環境を作り出しているのかもしれない。

2012年に地球の地軸がどうなるか、爬虫類族が惑星ニビルから我々に挨拶にくるのかどうか。惑星ニビルからの移住者とされているヘブライの民が果たす役目は何なのか。すべては、今日神がどんな計画を立てうるのかということである。

 

 ヘブライ国家・日本>

そのための神の企ては、出エジプト記でモーゼにヘブライの民を40年かけて日本へ連れ出したことである。彼らの存在を3400年の間、歴史の中から隠してしまったのである。隠された当事者の日本人は、まだそのことを知らない。

 

たとえば9次元の世界とは、「縦、横、高さ、時間、精神、神知識、利他、慈悲の8つの構成要素に、宇宙という要素が加わります」ということらしい。(1)

 

 

(2024/3/8)

 

 

『神になりたかった男』

 回想の父・大川隆法

宏洋  幻冬舎   2023/9/28

 

 

 

宗教への目覚め

・しかし、隆法は、留年までしたにもかかわらず狙っていた司法試験に落ち、さらには上級国家公務員試験にも落ちてしまう。隆法は東大に助手として残ろうとしたが、成績が悪かったためにそれにも失敗する。

 どん底の隆法は、なんとか総合商社である(株)トーメンに就職してサラリーマンになった。

 

「霊言」が下りてきた

・東大の卒業を控えたこのころから、隆法は宗教法人GLAの創始者である高橋信次の本を読みはじめ、かなりの影響を受けたらしい。

 そして間もなく、「霊言」を聞くようになる。

 

・1985年、彼は会社勤めの傍ら父親、つまり僕の祖父を著者に立てて『日蓮聖人の霊言』を潮文社から出す。「霊言シリーズ」のはじまりだ。

 

・隆法は翌1986年には(株)トーメンを退社し、「幸福の科学」を設立する。

 

ひとりぼっちの少年

・後に新興宗教幸福の科学」の総裁となる大川隆法(本名中川隆)は、1956年に四国の徳島県麻植郡川島町(現在は吉野川市川島町)に生まれた。

 

共産党と宗教と

・隆法の家庭は、両親と兄がひとりいる4人家族だった。

 隆法の父、つまり僕の祖父は名前を中川忠義という。ただし宗教活動では善川三朗と名乗っていた。

 

・祖父から隆法への影響は他にもある。政治と宗教への関心だ。

 

・祖父は若いころ、少しだけ東京で暮らしていた時期があり、そこでキリスト教を学んだり、新宗教「成長の家」の創始者である谷口雅春に教えを受けたりしたという。

 さらには戦後、徳島に戻った祖父は共産党に近づき、県委員会の機関紙『徳島新報』の発行にまで深く関わったらしい。

 

・重要なのは、祖父が徳島を訪れた宗教法人GLA創始者高橋信次の講演を聞き、感銘を受けたらしいことだ。

 

2つの『太陽の法』

幸福の科学でもっとも重要とされている隆法の著書、いわば聖典が『太陽の法』『黄金の法』『永遠の法』の3部作で、特に大切なのが『太陽の法』だということになっている。

 

華やかな高校生活?

・高校時代の隆法は、先ほどの同級生の証言にもあった通り、パッとしなかったんだろうと思う。

 

大受験の失敗

・前に書いたように、隆法は東大受験に失敗して1浪しているが、旧版にはその描写がしっかりとある。

 

東大での挫折

・期待にあふれて東大に進んだ隆法だけれど、学生生活は挫折の連続だったらしい。

 

GLAを通して宗教に目覚める

・というのも、どちらにも卒業を控えたころに宗教法人GLAの創始者高橋信次の本を読み、その後霊との通信がはじまるという記述があるからだ。

 

・ただし、高橋とGLAへの隆法の評価は、途中から大きく変わっている。

 旧版では、当時すでに亡くなっていた高橋の霊が隆法に通信してきたことを「決定的な瞬間」と書いている。

 

会社でもひとりぼっち

・そうそう、社員の半数以上が悪霊に憑依されていたから、隣にいるだけでも辛かったとも言っていた。実際、隆法がいきなり同僚に「おまえには狐が憑いている!」とか言ってお祓いをはじめたという証言もある。

 

「霊言」のはじまり

・5年にわたるサラリーマン時代、隆法はどんどん宗教に近づいていく。

 隆法が父親の中川忠義に「霊が下りてきた」と連絡したのもこのころだ。

 

・遅くとも1985年には、隆法と祖父は霊言を本にまとめて出版することを考えるようになったらしい。祖父は著名な霊能力者に、隆法の霊言を録音したテープを送りつけたりもしている。

 

・カルト宗教問題を追っているジャーナリストの藤倉義郎によると、交霊に凝りはじめたのは祖父と伯父が先で、隆法はむしろその後を追った立場だった。

 

・そのうち(たぶん)いやいや霊言をはじめた隆法だけれど、例によって伯父さんのほうが上手かったという話もある。

 

砂上の楼閣

「隆法」の誕生

・1986年11月、日暮里の酒販会館の一室に、緊張した面持ちの隆法がいた。「幸福の科学発足記念座談会」の当日だ。

 

拡大する幸福の科学

・このころになると、幸福の科学は世間からも注目されはじめる。1991年には講談社による記事への抗議や訴訟を派手に展開して話題になったし、作家の影山民夫や俳優の小川知子みたいな有名人の会員もいた。

 

転機になったオウム事件

幸福の科学と同時期に拡大していったオウム真理教幸福の科学は反目し合い、隆法はオウム批判を繰り広げていた。

 

・そして1995年3月20日オウム真理教が東京の地下鉄に猛毒のサリンを撒き、13名の死者が出る。いわゆる地下鉄サリン事件だ。

 

砂上の楼閣

・僕たち家族は隆法のことを「総裁先生」と呼ぶ決まりになっていた。

 

頂点

・僕は、1995年あたりが隆法と幸福の科学の絶頂期だったと思っている。1956年生まれの隆法は当時40歳前後、まだまだ若く、体力もあった。

 

ほころび

・宇都宮の小学生だった僕は、学校の勉強とは別に教育係の秘書さんたちからも勉強を叩き込まれていた。隆法の中では、僕は麻布中学校に進学することになっていたらしいので、中学受験をすることは決まっていた。

 隆法は僕に何度も「麻布高校から東大法学部に行け」と言っていた。

 

カンシャク持ちの恭子さん

・隆法の後継者である僕は、麻布高校から東大法学部に入らなければいけない。だから僕が麻布中学に受かるかどうかは、隆法にとってとても重大だった。

 母親の恭子さんも隆法に負けず劣らず教育熱心で、しかもまずいことにカンシャク持ちだった。

 

暗雲

・僕はこのころの隆法が、それまで以上に太っていた気がする。ストレスで暴飲暴食をしていたのかもしれない。そしてある日、事件が起こった。

 

隆法、倒れる

・その日、外出先から帰ると、真っ青な顔の恭子さんが「総裁先生が倒れられた……!」と狼狽しながら駆け寄ってきた。

 

心不全だったらしい。隆法の家系は心臓・血管が弱いらしく、前に書いた隆法のお兄さんも心不全で倒れ、その後若くして亡くなっている。

 

隆法のゼロ年代

・ところで、隆法にとってのこのころ、つまりゼロ年代はどういう時代だったのだろうか。

 少なくとも僕は、幸福の科学を作った80年代、組織が大きくなった90年代は違う、とても重要な意味を持った10年間だったと思っている。隆法はもともと、政治への興味が強かった。

 

・その政治思想は、おおざっぱに言えば後に隆法が立ち上げる幸福実現党に近い右翼的なものだと言えそうだけど、全体として宗教がかっていてわかりづらい。

 

ワンマンの悪化

・だがゼロ年代には、おそらく隆法が知らないところでも変化が起こっていた。

 隆法がワンマンだったことは、なんどか書いた。人の意見は聞かず、いつも自分の思い通りにしたがる。

 

裸の王様

・まあ、隆法は王様になりたかったわけだから、めでたく夢をかなえたと見ることもできる。

 でも、このころになると独裁体制の弊害が現れはじめていた。

 

政治への進出

・まだ恭子さんと離婚していない2009年、隆法は十数年ぶりに大々的な講演会をやり、政党「幸福実現党」の結党を宣言した。

 

・でも隆法だけは水増しを知らず、数百万人の信者がいると本気で思っていた。いよいよ恐怖政治のツケが、隆法本人に回ってきたわけだ。

 

狼狽

・さて、あるとき隆法は僕に、政界進出について聞いてきた。

 僕は信者数の水増しを知っていたから、止めるべきだと言った。「当選者はゼロだと思いますが、それでもやるんですか?」と聞いた記憶がある。

 

100億円近く使った選挙での大敗

・隆法は選挙の準備のために上がってくる報告書を見ているうちに、実際の信者数が隆法の思い込みよりもはるかに少ないことに気づいたらしい。最初の選挙である2009年7月の東京都議会選挙で擁立した10人の候補が全員、落選したことも響いただろう。

 

・急に弱気になった隆法は、本命だった夏の衆議院議員総選挙の直前に、選挙からの撤退を表明する。選挙まで3週間を切ったころだった。恥をかきたくなかったんだと思う。

 しかし今度は逆に僕が、撤退反対を進言した。

 

・選挙ではもちろん、隆法を含む337名の候補者全員が落選した。

選挙でのダメージは大きかった。その後の国政選挙にもたくさんの候補者を立ててきたけれど、当選者はゼロ。政党への貸付金が100億円以上あった時期もあるから、2009年の選挙だけで100億円近く使ったと思う。

 

「神」を継ぐものたち

・還暦が近づいてきた隆法が、自分の「王国」の引き継ぎを考えるようになっても不思議はない。

 

・前に書いたように、隆法には僕を含めて5人の子供がいる。

 

2代目大川隆法・咲也加

・咲也加は、「神になりたい女」だと言っていい。いろいろな意味で隆法に似ている女性だ。

 

隆法の秘蔵っ子・裕太

・三男の裕太は、隆法にとっての理想的な息子だったかもしれない。

 まずなんといっても学歴がいい。麻布中高から東大法学部に入っている。しかも現役でだ。

 さらに、霊言ができる。

 

緩やかな死へ

・恭子さんとの離婚と選挙での失敗で幕を開けた2010年代は、客観的に見れば、明らかに破滅へのカウントダウンがはじまった時代だった。

 その根拠はいくつかあるけれど、信者さんが離れはじめたことと、信者さんの高齢化が大きい。

 

・もちろん2世信者もいるけれど、親からの惰性でやっているだけだから抜ける人も多いし、寄付にも熱心じゃない。

 

現実からの逃避

・僕は、2023年現在のアクティブな信者数はおよそ1万3000人と見積もっている。いやに具体的なこの数字は、幸福の科学がやっている各種SNSのフォロワーの数が、どういうわけかどれも1万3000人前後になっていることからの推測だ。偶然の一致というのは考えにくい。

 もちろん幽霊会員やダミー会員を含めれば信者数はもっと増えるけれど、教団が公式に言っている1100万人にははるかに及ばないのは確実だ。

 

幸福の科学はなぜ成功したか?

幸福の科学の教えとは?

・多くの読者が気にしているのが、幸福の科学の教義の内容かもしれない。だけど、教義は意味不明だ。

 

・たとえば9次元の世界とは、「縦、横、高さ、時間、精神、神知識、利他、慈悲の8つの構成要素に、宇宙という要素が加わります」ということらしい。そして、「9次元世界になると、地球系だけにとどまっておらず、太陽系以外のほかの星団の霊界ともつながっているのです」だそうだ。

 この独特の「次元」の解釈は実は教団にとってはとても重要なので、後で説明しよう。ちなみに自己紹介をすると、僕は8次元の住人ということになっている。

 

・さらに読み進めると、「金星人」とか3つ目の超能力者たちが住んでいた「ゴンドワナ文明」とか「ムー大陸」とかが出てくる。

 

・ただ、幸福の科学の教えの根底には非常に重要なメッセージがあることは見逃せない。それは、「考えることを止めなさい」ということだ。

 

「考えること」からの解放

・『太陽の法』に限らず隆法の言っていることは無茶苦茶ではあるが、根っこにあるのは「私の言うことを信じなさい。あなたは考えたり判断したりしなくて大丈夫です」という教えだ。

 

隆法を信じれば、自分の頭で考え、自分の意思で判断する負担から解放されることができる。思考停止しても生きられる。そういう教えだ

 

・宗教界全体を見渡したとき、幸福の科学には2つのユニークな点があることに気づく、ひとつはトップの隆法が東大法学部を出ていること。もうひとつは、非常に幅広い出版ビジネスを手掛けていることだ。

 東大に限らず、高学歴の教祖様は珍しい。僕は幸福の科学が信者を増やせた理由のひとつは隆法の「東大法学部卒」という肩書にあったと考えている。隆法もその威力を知っていたからこそ、息子たちに東大に入るようしつこく言ったんだろう

 もうひとつの出版ビジネスは、その後の「霊言シリーズ」の乱発によって世の中に知られるようになってきたけど、こちらも実は重要な意味を持っていたと思う。

 

宗教じゃなくて「オンラインサロン」

幸福の科学が設立されたのは1986年だけれど、宗教法人の許可が下りたのは1991年。では初期の幸福の科学が何の団体だったのかと言うと、「学習会」とか「学習の場」という位置付けだった。

 

・そして隆法の本を鵜呑みにすれば、なんとなく知的な感じを装うことができるというわけだ。「東大法学部卒」の学歴がモノを言ったことも間違いないし、なによりも幸福の「科学」という名前の付け方が、当時の方向性を物語っていると思う。

 

「信者買い」が見込める本

・以上の収益に加え、もちろん出版事業からの収入も大きい。こちらは課税されてしまうのけれど、収入面の柱の一つではある。

 

・2016年時点のデータで約300億円集まっているので、ピークのときは500億円くらいであろうと考えられる。

 

惰性でやっている信者

・今の信者さんたちは、大きく3つに分類できると思う。

まずは、惰性でなんとなく信者をやっている人たち。もしかしたら、数の上では一番多いかもしれない。「親が信者」という理由で信者になった人たちの大半はコレじゃないだろうか。

 

エル・カンターレ・ファイト!」は入信してすぐに教わるお祈り(?)で、憑依霊を撃退することができる、らしい。

 憑依霊というのは死んだ人の霊だったり生霊だったり、まあ定義はテキトーなんだけれど、たとえば、「肩が凝るな」「ちょっと体調が悪いな。霊に憑かれているかな?」と感じたら憑依霊の仕業かもしれないので、寝る前などにこれをやると効果的だとされている。

 話が逸れまくっているけれどせっかくなのでやり方を解説すると、「主よ悪霊を撃退させたまえ……」うんぬんと経文を読み上げたら、「ライト・クロス×2」と十字架を2回切り、指で宙に五芒星を描きながら「エル・カンターレ・ファイト!」と叫ぶ。これを2回繰り返すと、悪霊が退散されるというわけだ。

 肩凝りや体調不良に悩まされている方、いかがですか?

 

承認欲求を満たす主婦たち

・対照的に、熱心な信者さんもいる。

 僕の感覚では比較的富裕層の主婦が多かったと思う。

 

幸福の科学は、そういう人たちにコミュニティを提供できる。

 たとえば支部単位でのイベントがけっこうあって、信者さんが絵画教室を開いていたりするから、そこで生き甲斐を見出す人も多いようだ。

 

ビジネスに利用する経営者たち

・一番金遣いが派手なのは、今紹介した主婦層ではなく、その旦那さんたちかもしれない。

 幸福の科学の信者さんたちには、中小企業のトップがけっこういた。

 

隆法の教えの「面白さ」

・マジメな信者さんなら必ず知っている「四正道」は、基本的な教えだけど、はっきりいって大したことはない。愛・知・反省・発展(プラス思考)を大切にしなさいというくらいの意味で、その辺の自己啓発書に書いてありそうな内容だ。

 

・信者さんに評判がよかったのはSF的な世界観だ。幸福の科学の信者になるということは、そのSFに参加できるということでもあるからだ。

 

宇宙の次元構造

・普通の人々が過ごしているこの世は、次元構造の中では、縦、横、高さで構成されている3次元界だ。

 だけどその上には4次元界、5次元界……とどんどん上がり、上の次元にいる人ほどエライということになっている。

3次元世界には時間がないので過去の人と同じところにいることはできないけれど、4次元界は3次元界に時間が加わった世界なので、過去の人物と同じ空間にいられる。

 5次元界は「善人界」といって、3次元界での行いが良かった人が行ける場所。6次元界は「光明界」といって、善人の中でも指導者的な人々が行ける場所、という具合に細かい設定がある。

7次元界は……なんだっけ、忘れた。歴史上の偉人がいるんだったかな?

8次元以上にいる人は、壮大な人類育成計画みたいなのに関われる幹部的な人ということになっている。僕は今もここにいいるので実はとてもエライのだが、あまり知られていないようで残念だ。

なお、20次元以上の設定はないようだ。隆法は設定を作りきれずに死んでしまったのかもしれない。

 

これ以上は省略するけれど、この次元構造のトップに君臨しているのが、地球神にして宇宙神エル・カンターレこと我らが隆法だ。もちろん、全知全能。隆法の下にいるイエスムハンマド孔子仏陀なんかはエル・カンターレの魂の一部でしかない。

 

・なお霊言というのは、天上界にいる人たちを隆法が自分の中に入れてしゃべらせる行為、ということになっている。エル・カンターレならそのくらいは朝飯前なので、霊言集もたくさん出せるというわけだ。

 

・隆法の偉大さを理解してもらったところで、次に過去世について解説しよう。前述のように過去世っていうのは前世のことで、誰にでもある。

 たとえば僕の場合、本体である宏洋は3次元でこの本を書いたりYou Tubeに動画をアップしたりしているけれど、過去世は8次元界のカフカとかデカルトらしい。つまり、僕は8次元界と3次元界を行き来していることになる。

 

設定マニア宇宙神

・こういう設定は、ぜんぶ隆法本人が作ったものだ。

 隆法は設定を自分で作ることにこだわっていて、僕と映画を作ったときにも、「そのシナリオは設定と違うから変えなさい」みたいなことをずいぶん言われた。

 

過去世は誰?

・この過去世は、信者さんたちの間での定番ネタになっている。

 

・過去世と並んで信者さんたちの楽しみになっているのが、「宇宙人リーディング」だ。

 

・大昔、ビッグバンを起こしたエル・カンターレこと隆法は金星にいて、いろいろな実験をしていたらしい。それが一段落してから地球に来るときに、隆法は火星人とかプレアデス星人とかレプタリアンといった宇宙人をあちこちから集めてきて地球に入植させた。

 今の地球人はその宇宙人たちの子孫なので、一見みんな同じ人間に見えるけれど、先祖の宇宙人たちの性質を受け継いでいるという。だから、隆法が見れば、その人が何星人の子孫なのかわかるということだ。

 そこにも「レプタリアンの子孫は冷たいけれど仕事はできる」とか「プレアデス星人の子孫は美的センスが優れている」とかの細かい設定がある(地球に来た宇宙人は数百種類はいたことになっている)。

 

・隆法はとにかく発信する情報の量が多いから、入信すると毎日、長時間、こういう情報に触れることになる。すると、接触する時間が長いほど相手を好きになる「単純接触効果」みたいなものが作用して、だんだんと熱心な信者さんになっていったのかもしれない。

 

地域拠点となる支部

・教団全体の職員は2000人くらいいると言われているので、もしそれが事実なら幸福の科学は大企業といってもいい。彼ら全員を食わせているわけだから、でかいビジネスをやっていたといえる

 

幸福の科学はなぜ失敗したか

デジタル音痴の隆法

・ここだけの話、隆法は今どき珍しいくらいのデジタル音痴だった。

 

隆法=幸福の科学

・隆法の失敗のひとつは、完全なワンマン体制を作ってしまったことだ。周囲にはイエスマンしかいないし、隆法への批判は許されない。

 

夢追い人・隆法

・一方で隆法は、夢を見がちな理想主義者でもあった。だから「国のトップになりたい」「映画を撮るぞ」みたいな大きな目標を持つと、そこに向かって突っ走ってしまう。

 こういう隆法の性格がよく表れているのが東大時代の失恋のエピソードだと思う。

 

・もっとも、いきなりベストの方法を見つけられる人なんてまずいない。普通は自分のやり方を反省して、少しずつ方法を修正していくはずだ。

 ところが隆法は反省ができないから、いつまで経ってもよい方法にありつけない。だから失恋を繰り返すしかない。

 

マネジャーがいない幸福の科学

・しかしそういうタイプの人間が成功するためには、彼の脇に控えて冷静に実務を行う、マネジャータイプの人間が欠かせないと思う。

 実際、神がかった教祖と冷静なマネージャーという組み合わせは、新興宗教ではよくあった。

 大本を立ち上げたシャーマンの出口なおと養子の出口王仁三郎のコンビは宗教に詳しい人には有名だし、企業でも、スティーブ・ジョブズみたいなカリスマ的なトップの裏には、そのトップをうまく「運転」する人がいるものじゃないだろうか。

 幸福の科学でも、初期は隆法のとりまきにいろいろ有能な人がいたらしい。彼らは隆法のカリスマに惚れて教団に尽くしたけれど、やがてひとり、またひとりと離れていくことになる。

 

・1993年という早い時期に書かれた暴露本『虚業教団』の著者である関谷皓元も、そのひとりだった。自動車販売業をやっていた彼は隆法に心酔し、すべてをなげうって教団の基盤づくりに奔走したが、やがて隆法に疑問を抱くようになり、退会してこの本を書いた。

 

・この本の出版直後、幸福の科学は彼を訴えたが、一審でも高裁でも最高裁でも負けた。

 

隆法は人を信じられない

・隆法はこういう人たちをどんどん切り捨てていった。彼は、人間を信頼できないからだ。僕は隆法が口癖のように言っていたのを思い出す。「あいつにやらせると、裏切られるかもしれない」

 隆法が人間関係でことごとく失敗してきたことは確かだ。

 

それでも、「東大卒」「幸福の科学総裁」といった肩書と権力だけは彼を守ってくれた。だから彼はそれにすがるしかなかった。

 

自分の限界を見極められなかった

幸福の科学が、隆法個人でどうにかできる範囲を超えて拡大してしまったことも失敗の要因だ。

 会員1万人くらいの小さな教団として細々とやっていくことはできたかもしれないが、隆法は足ることを知らなかった。特に政治への進出は無理があったと思う。

 彼が選挙に出ると言い出したとき、僕は、まずは数十年かけて地方選で地盤を固めて、国政選挙に出るのは次の世代まで待つべきだと進言した。

 

・教団が成長し、周囲をイエスマンで固めたことが隆法を変えてしまったのかもしれない。

 

時代の中でバズった幸福の科学

・そんな隆法と幸福の科学が、一時的にせよ拡大できたのは、上手く時代の需要に合ったからだと思う。

 あのころはまだ新興宗教に勢いがあったし、ノストラダムスの大予言とか、オカルトへの需要も大きかった。だから、宗教とSFと終末思想をごちゃまぜにしたような幸福の科学の教義に魅力があったのかもしれない。

 

・それに、戦後、経済成長を続けてきた日本が豊かになった時代だったから、時間を持て余して自分探しをしている主婦も増えていたはずだ。

でも、時代は変わった。今は、昔なら信者になっていたような人たちはネットの世界に移行してしまった。

 

・そんな時代に、デジタル音痴の隆法は対応できなかった。幸福の科学はもう、役割を終えてしまった。

 

信者たちの未来

・可哀想なのは信者さんたちだ。

 彼ら彼女らは幸福の科学というコミュニティに数十年もどっぷりつかってきたから、隆法が死んだといっても、今さら抜け出すことは難しい。

 

・僕は、教団を去って知った。外には広い世界が広がっているということを。

 

・隆法は僕にとって最高の教師だった。ただし、反面教師として。

僕は隆法の教えの正反対の生き方を選んできた。

 本の虫だった隆法とは違って友達と遊ぶことにたくさん時間を使ったし、隆法が大嫌いな飲み会や麻雀、ゴルフもやってきた。

 

神になれなかった男

・初版を書いたころの隆法は卑屈で、謙虚で、自分の劣等感を隠そうとはしない、いじけた青年だ。1回目の東大受験に失敗したことや、失恋をしたこと、自分自身への嫌悪も赤裸々に告白している。

 

・あの謙虚な隆法は、いったいどこにいってしまったんだろう?年老いた隆法には謙虚さのカケラもなかった。

 

・隆法は、哀れで孤独な老人として死んだ。人は神にはなれないらしい。

 

<あとがき>

・2023年3月2日、大川隆法は死んだ。

 幸福の科学はこの1年の間に急速に縮小し、数年後にはほとんどの人が存在すら忘れ去っていくであろう。

 

・しかし、日本では他にも多数のカルト教団が、現在もつつがなく活動を続けている。

 僕のカルト宗教批判活動は、幸福の科学以外の教団に矛先を変えて、これから先、何十年も続く長い戦いになるだろう。

 

・全てのカルト宗教被害をなくすまで、僕の戦いは終わらない。

 

解説 小川寛大

新興宗教団体の代表的存在といってよかった、麻原彰晃を教祖とするオウム真理教は、95年に地下鉄サリン事件という未曽有のテロ事件を起こし、同年、宗教法人として解散に追い込まれた。教祖・福永法源氏の「最高ですか~!」というかけ声で知られた法の華三法行も、悪質な霊感商法を行っていたとして幹部らが詐欺罪に問われ、解散。インドの霊能者サイババの後継者を自称した高橋弘二を指導者とするライフスペースも99年、高橋の主張する病気治療法を施された男性が死亡。そのままミイラ化するまで放置したとして高橋が逮捕される事態に発展した

 

・そういう意味において、大川隆法によって1986年に設立された幸福の科学は、「最後の新新宗教」と言ってもいいような団体だった。彼らは大規模な出版事業、映画の制作、そればかりか政党や学校の設立に至るまで、一般のニュースとして取り上げられるような派手な活動を近年まで休むことなく展開し続け、またそうした活動に付随する社会問題をも、引き起こし続けてきた。

 

本書を一読してまず私の印象に残ったのは、「失敗した家庭人」としての大川隆法の顔だった。そもそも宏洋氏が教団を離れている。

 

・こう概観してみると、大川隆法は、“カリスマ教祖”としては少し不思議な存在だったのかもしれない。

 

オウム真理教教祖・麻原彰晃は、それが妄想であることは言うまでもないが、本気で自分が日本の王になれると信じていた。だから1990年に自前の政党・真理党を立ち上げて国政選挙に挑み、惨敗した後、「これは陰謀だ」との妄想を深め、地下鉄サリン事件という未曽有のテロ事件にまで突っ走った。

 

・あえて誤解を恐れずに言えば、だからこそ大川隆法麻原彰晃ほど大それたことができず、幸福の科学もどこか半端な形で残ってしまったのではないか。そう感じざるをえないほどに、宏洋氏の描き出す大川隆法幸福の科学は、やることなすこと中途半端で、それゆえにあまりにも哀しい。

 もちろん、本書とて宏洋氏というひとりの人間の視点のみによってつむがれたものだ。幸福の科学教団からは、いろいろ反論も出るかもしれない。そして私は、そういう流れになることをむしろ期待したい。

 

 

 

『完全アセンション(次元移動・昇天)・マニュアル』 (上・下)

(ジョシュア・D・ストーン博士)(ナチュラル・スピリット)2000/11/11

 

 

 

地上に存在するエーテル体のアセンション(次元移動・昇天)したマスター

アセンション(次元移動・昇天)

・ 「まずヴァイワマスからの情報によれば、地上で肉体をもつアセンション(次元移動・昇天)したマスターは800人おり、うち約20~30%が女性の、約70%が男性の肉体を有しているという。さらにヴァイワマスは、地上に存在するエーテル体のアセンション(次元移動・昇天)したマスターに至っては、総勢1800人から2500人を数えると述べている。その多くは、アシュター司令部のメンバーである

 

・ 「我々の銀河における異星人文明で、何累代も前から地球を訪れているものには、即座に思いつくだけでも、琴座星(リラ)系、ヴェガ星系、アルクトゥールスシリウス、オリオン、プレアデス、そして言うまでもなくアシュター司令部があるさらに将来には、異星人文明との自由な交流がごく日常になる

 

 第7イニシエーション

・第7イニシエーションは、地球での生が関わる七界層の現象的生の支配から自由になることである。これは実際には宇宙レベルの物質界から、その上に引き上げられることであり、神的すなわちロゴス的意識界層との融合をいう。当のマスターの意志は、惑星ロゴスのそれと完全なる融合をみる。そして、神の息子ないし娘はみずからの源である父へと続く通路を見出すのであるが、このときの状態を「シャンバラ」という。マスターは息づく光の集中点となり、シャンバラの議事堂への出入りが許され、その視界は太陽系の「越えられざる環」をも透徹することができる。

 

 高次の進化へと続く七つの道

・ 我々は、アセンションの時点で、高次の進化へと続く七つの道から、どれか一つを選ぶことになる。我々の選択肢となる七つの道は、以下の通りである。

 

 1、地球での奉仕の道

 2、磁気に取り組む道

 3、惑星ロゴスとなるための修練の道

 4、シリウスへの道

 5、光線の道

 6、ロゴス自身が在る道

 7、絶対的な神の子の道

 

人類の大半はシリウスへの道を選択するが、それはシリウスが、その一部にシャンバラを含む大学だからである。そこは訓練の場としての役割を持ち、宇宙レベルの進化における後々の時間に<人格>はそこからより高度な道へと移ることができる。

 

私自身はシリウスへの道を選択しており、後にシリウスでの基礎訓練を終えた時点で、できれば絶対的な神の子の道へ移行したいと考えている。私は、シリウスに行く前に、今後約20年は地球に留まり、ジュワル・クールのアシュラムで働くと告げられている。私は、たいてい毎晩、睡眠中に魂体でシリウスを訪れている。

 

<都市>

中位および上位アストラル界の都市は、車やその他の交通網もなければ、産業や汚染も存在しないため、地上界の都市よりもはるかに美しい。都市建築は車輪のように、たいがい中心から放射状に外に向けて広がるように計画されている。そうした都市の中心には、全ての信仰の聖堂である「七天球の寺院」が置かれている。

 

そうした都市には、高次の次元からマスターたちも訪れる。芸術活動に捧げられた建物や学びのための集会場もある。高い次元に進めば進むほど、都市やその周辺部も美しさを増す。近郊に建つ家並みも最終的には筆舌に尽くし難いほど見事な見晴らしを呈する美しい邸宅街にある。そうした高次の意識階層にある魂の延長が抱く目標は、物的達成ではなく、霊的達成である。

 

 下位アストラル界での生活

・煉獄と地獄の上位には、ある種どっちつかずの領域とも言える一帯があり、実際そこは地上界に重なるようにして存在する。ここにいるのは自分たちにとって心の安らぐ場所を地球の近くに見出した善人たちである。そこはアストラル界に属する領域ではあるが、地上の生活がそのまま行われているというアストラル版地球といったところである。あまりに地球の生活とそっくりなので、しばしば自分が地上界を去っていることさえ自覚するのが難しいこともある。そんな<魂の延長>も、あるところまで来ると、今より好状況に憧れるようになるのである。

 

 電気生命体との戦争>

プレ・レムリア時代は、地球が他の惑星から来た「電気生命体」の集団に侵略戦争が仕掛けられた時代でもあった。地球人類は自己防衛を試み500年も続いたこの戦争において、最終的に勝利を収めている。その電気的存在にしても、芯からの悪者ではなく、移住のための新天地を求める科学者集団にすぎず、彼らは、実に気の遠くなるような距離を旅してやって来たのである。

 

地上生と死後生とを比較

・「さて、死後生が地上生とそれほど違わないということは、理解してしかるべきだろう。アストラル界、メンタル界、そしてそれらより高次の諸階層でも、地上と同じような都市、海岸、山々、住居、道路、演奏会場、図書館、社交場、クラブ、教会、寺院などを有する生活があまねく繰り広げられているのである。

 

・ 多くの“魂の延長”が、死とそれにともなう移行を迎えた後にも、死んでいることに気づかないことさえあるのだ。彼らは生前の肉体とそっくりのアストラル界をまとっている。死後生に特有な点といえば、アストラル体がマインド(心識)に従って動くということである。海岸に行きたいときには、ただ『海岸』を念じるだけで、当人はすでにその場所にいることになる。旅をするのにも車や電車や飛行機を使う必要はない。

 

・そういう状態で死後へ移行した“魂の延長”の場合、往々にしてあとに残してきた家族に思いを馳せるため、たちまちその家族のもとに現れることになる。しかし、自分が異なる次元にいることや、そのため家族には自分の姿が見えたり声が聞こえたりしないことは、まだ自覚していない。「自分が死んだことがわからない人」にとっては、このことが大きな困惑を引き起こす。

 

アストラル界とメンタル界の住居

「アストラル界」では、魂の延長、全員に住まいが与えられる。このプロセスの素晴らしいところは、住居が住人の性質を反映したものになるという点である。霊性に乏しい人は、その性質をそのまま反映した家なり環境なりに住まうことになる。

 住居は、“魂の延長”が獲得するに至った霊的性質から何らかの神秘的方法で創られる。進化すれば、したぶんだけ家や環境が美しさを増す。優しさから生まれる行為、愛、周囲への奉仕活動などは、そうした作為の念が即座に当事者の環境や住居の何かしらの向上という形で具現化する。

 

霊的世界にある家は、時間の影響を受けることがないため、腐食や瓦解の心配がない。そして、住人が必要とする間、家は、永遠に存在する。住人がそこを去り、もはや住処としての目的がなくなると家は姿を消すのである。“内にあるがごとく、外にかくあり。上にあるがごとく、下にかくあり”という概念の働きを、ここアストラル界では、如実に目にすることができる。

 

・既述の家に関するプロセスは、アストラル界での人々の服装についても同様である。アストラル界でも人は、衣服をまとっているが、その服装に関しては、地球で着ていたものであれ、アストラル界の町や地域に似つかわしいものであれ、好きに選ぶことができる」。

 

ジョシュア・D・ストーン博士は、たいてい毎晩、睡眠中に魂体でシリウスに行っている

アセンションの座

 1、 宇宙の核にあるメルキゼデクの黄金の室の「アセンション(次元移動・昇天)の座」

 2、 銀河レベルにあるレンデュースのアシュラムの「アセンション(次元移動・昇天)の座」

 3、 銀河の核にあるメルキオールのアシュラムの「アセンション(次元移動・昇天)の座」

 4、 太陽の核にあるヘリオスの室の「アセンション(次元移動・昇天)の座」

 5、 サナート・クマラにの原郷であるシャンバラの「アセンション(次元移動・昇天)の座」

 6、 「光の統合室」と呼ばれるアルクトゥールス人の宇宙船にある「アセンション(次元移動・昇天)の座」

 7、 「原子加速器」と呼ばれるワイオミング州のテーブル・マウンテンにある「アセンション(次元移動・昇天)の座」

 8、 ギザの大ピラミッド内部の王の間にある「アセンション(次元移動・昇天)の座」

 9、 シャスタ山にある「アセンション(次元移動・昇天)の座」

10、 シャスタ山の地下1.6キロのところにある地下都市テロスの「アセンション(次元移動・昇天)の座」

 11、 アシュター司令部の宇宙船にある「アセンション(次元移動・昇天)の座

 12、 アフリカにある地下に格納された異星人の宇宙船にある「アセンション(次元移動・昇天)の座」

 13、 地球内部の空間の中心にある「アセンション(次元移動・昇天)の座」

 14、 ルクソールにあるセラピス・ベイのアセンション(次元移動・昇天)静修地の「アセンション(次元移動・昇天)の座」

 

 

 

『110の宇宙種族と未知なる銀河コミュニティへの招待』

 イラスト完全ガイド

エレナ・ダナーン  ヒカルランド 2022/12/23

 

 

 

<異星人種族解説(これまで地球と関わりあった異星人)>

アンドロメダ

アンドロメダ銀河(メゴペイ)>

マイトラ族

**非常に悪い、全てのうち最も悪い種族**

・彼らは地球人の最悪の敵であり、また、この銀河の全ての種族の最悪の敵です。

 

・彼らは最後の2度の氷河期よりも前から地球に来ており、何度も機会を狙って植民地化しようとしましたが、毎回シカールやアヌンナキや五種族評議会や銀河連合によって干渉されて来ました。

 

・彼らによって大っぴらに人間の拉致が行われており、それは彼ら自身の利益のため、あるいは米国テロス同盟に協力する場合のいずれかです。

 

・マイトラ族は人類の歴史を通して起きた悲劇に数回、関わって来ました。酷い伝染病のいくつかは、人類の人口が80億を超えないようにしたいと考えるレプティリアンの知識と同意を得て、彼らによってもたらされました。

 

<竜座“ドラコニス”>

爬虫類人種族(レプティリアン)>

<竜座の主な星系:アルファ星、イプシロン星、およびシグマ星>

・竜座の恒星系には、7つの異なる爬虫類人種族(レプティリアン)が、アルファ・ドラコニアンを含む、3つの主なヒト型爬虫類種族が最も知られ、恐れられています。彼らは1万5000年以上、ずっと地球にいるのですが、散発的には、もっとはるか以前の、何百万年も遡る頃から来ています。

 

・そして指導者たちはその見返りに富、武器、技術を約束され、全ての条約が調印されると、竜族(ドラコニアン)は、これら全ての背後にいる、真の支配者として現れます。そして一度入ると、大きな犠牲を払わない限り、それらを取り除くことは出来ません………。

 

多くのヒト型爬虫類種族は、例えばシカール、ナーガ、マザレックと同様に、エーテル性物質に加え、肉と血液を摂食し(人間を食べ、人間の血を飲む)、そしてこれら両方の栄養源は、実は本質的に繋がっています。

 

また、彼らが地球の所有権を手放したくないのには、非常に確固とした理由があるのです。つまり、アドレノクロムです。それは、地球で子供たちが極度の痛みと恐怖に晒されることによって生産される物質です。そしてこれがレプティリアンにとって、宇宙で他の何よりも価値のあるものなのです

 

<アルファ・ドラコニアン、つまりシカール人>

レプティリアン人は、地球から215光年離れたところにある、以前は地球の極星であった、ツバン星系、つまり、竜座アルファ星が起源です。彼らは、別の非常に優勢な爬虫類人種族の、ティアマティアン族によって別の次元から地球に捨てられた、「知性を持つ爬虫類」です。

 

・こういった全てのバリエーションは、彼らの社会階級によるものです。この種族は暴力的で、彼らの文化は戦争に基づいています。シカール人は地球人のことを栄養、取引、奴隷の原材料と見なしているため、人間を見ると特に我慢が出来ず、拉致の大部分が彼らのせいだと考えられています。

 戦争をする種族は必ずしも知性を必要としないというのは、しばしば主張されることですが、ドラコニアン人はこの一般法則の例外です。

 

・彼らはまず二つのタイプに分けられます。つまり、テラ・ドラコニアンとオフワールド・ドラコニアンです。テラ・ドラコニアンは、地球の人類より何億年以上も前から存在しています。

 

・他の新しく訪れた種族は、彼らからは侵略的であると考えられていました。彼らは次元間移動の能力があるので、銀河連合は、テラ・ドラコニアンを3次元レベルに閉じ込め、オフワールド・ドラコニアンのことも、太陽系の圏外のエネルギー・バリアによって、地球星系に潜入しないよう、ブロックしました。

 

<社会構造>

爬虫類の社会構造よりもむしろ昆虫のような社会階級に基づいた構造に倣っており、それは、3つの主な階級から成っています

 

シカール族

・王族とエリート。シカール王家の人たちはベージュまたは緑がかった茶色の鱗のある人たちで、身長約18~25フィート(約550~760センチ)です。彼らは湾曲した角、尻尾、そして翼を持っていますが、翼は彼らの肋骨の延長によって出来た皮膚のたるみであり、体の後ろにぴったりと折り畳むことが出来ます。

 

ナーガ族

・軍人階級。(シカールより)背が低く、厚みがあり、非常に筋骨たくましく、翼はありません。

 

下層階級

・身長が低く(約122~365センチ)、かなり弱く、防護器官もより少ない。翼はない。

 

<シェイプシフト>

・これは彼らの優れたスキルであり、戦争と征服の目的のために、自然界にあるカムフラージュ能力から開発されました。彼らは彼らが選ぶどのサインであれ、彼らのエネルギーのサインをぼやけさせるでしょう。

 

<竜座シグマ星>

ギアンサール族――イギアノイド/サウロイド(トカゲ人)

・彼らの故郷の世界はティフォン・ギアンサール(竜座シグマ星)です。

 

・この者たちは、人間を寄生虫の宿主として利用し、遺伝的に(ハイブリッド)、精神的に(インプラント)、さらには、プラズマ生命体的にも同化させています。死者の領域との接触と、“悪魔”の召喚を含む、闇の魔法の儀式……悪魔が何を意味するかはおわかりでしょうが、その儀式はレプティリアンにとって、彼らとあなた方の次元のレベルの間の時空構造に穴を開けるのに、非常に便利なものなのです。

 

MIB(メン・イン・ブラック)すなわちドラコ・ボーグ

・いわゆる“メン・イン・ブラック”は、米国政府の秘密部門と協力しているシカールによってコントロールされたサイバネティック(人工頭脳搭載の)生命体(サイボーグ)で、あなた方を驚かすために訪れる場合、通常は本物のシェイプシフターを連れて来ます。

 

<地球におけるシカール帝国の活動>

レプティリアンのハイブリッド化>

・彼らは昔から人間のDNAに関わって来たので、人間のDNAに興味を持っており、この目的のために、彼らのシェイプシフトを使う熟練した能力を、大いに活用しています。シカールは、グレイ種族をその助手、生命科学的に作られたドローン、シンソイド、そして様々なハイブリッドのように、彼ら自身のハイブリッドを作ろうというコンセプトで地球人のDNAの操作に関わっています。人間の拉致は、拉致被害者が決して戻って来ない場合、普通、ドラコニアンによるものです。彼らは地球に地下施設を持っており、一部は地球の軍事施設と繋がっており、極地やシャスタ山などの様々なポイントに接続するモノレール・システム網で結ばれています。

 

<魂の剥ぎ取り>

地球人の体を処理して、その魂が彼らのマトリックスに住むようにするために、シカールは卑劣な手順を実行しました。時間、練習、そして粘り強さでもって、人の魂を体から引き剥がし、それを容器に捨てる技術を完成させました

 

<植民地化>

・シカールとナーガは非常にタフで、極端に言えば、ほとんど全ての環境に適応出来ますが、薄暗い光と穏やかな不変の温度のため、地下環境タイプを好みます。これが、小惑星や死んだ惑星の中に建てられた彼らの軍事基地が多数見つかる理由です。彼らは必要な場合にのみ地表に出ます。人が住んでいる世界を植民地化する彼らの通常の方法は、最初に地下に最初の作戦基地を建設し、次にそれを徐々に拡大し、トンネル網で地球を横断し、全ての主要な戦術的施設をゆっくりと接続することです。

 

<占領者のヒエラルキー

・地球の侵略者種族は、米国政府とその安全保障と同様に、彼らの間で相互に関連する協定を結んでいます。ドラコニアンは、エイリアンの存在に関連する全ての情報を制御する軍隊・産業・異星人複合体の秘密のピラミッド型の頂上を構成します。

 

<地下の悪夢と高まる嵐>

アメリカ政府は、アガルタ王国のケンタウルス座アルファ星からの移民である、テロシ派の一部の分離主義派閥と同盟を結びました。この二つの組織の同盟関係は、後にレチクル座ゼータの星のドウ・ヒュー族と秘密契約を結びました。

 

・要するに罠に陥ることを選んだアメリカ政府でしたが、ドウ・ヒュー族とドラコ・レプティリアンが協力し、地球の政府とテロシ族の統治者の間の狡猾な条約を利用して、米軍事基地とテロシ族の地底の植民地を占領しようとしていたことがわかり、不快な思いをしました。ドウ・ヒューを使った共同の操り作戦は、簡単に征服する方法として非常によく知られています。

 

・それでこの状態は何十年も続き、悪化して行きました………。拉致された数百人の地球人のリスト、主に囚人と精神病の患者は光速で増加し、そして急速に拉致の数は短期間で数千か数百万人に達しました。シカール帝国は、条約が調印されるとすぐに介入し、その直後には、オリオン帝国とアルタイル共同体は勝手に宴会に押しかけました。

 

・何十年もの間、米軍基地と繋がり協力を受けた広大な地下施設で、地球人たちが拉致され、保管され、飼育され、拷問され、強姦され、屠殺されて来たのです。子供は性的売買、食用、そしてアドレノクロムのために、女性は遺伝子の繁殖と性奴隷のために、そして男性は様々な鉱山植民地に奴隷労働者として送られました。

 地下施設の中には、次の技術に特化したものがありました。つまり、ナノ技術や量子による微粒子散布装置(ケムトレイル)を使ったマインドコントロール技術、人工知能、誘導エネルギー兵器、人間のクローン作製、および遺伝子実験、そしてさらに悪いことに……ソウルスカルピング(魂の剥ぎ取り)も行っていました。

 

・あなた方は地下鉄と都市のネットワークの広さを想像出来ないことでしょう………巨大な地下都市のことを。非常に古くからあるアガルタ人の地下建造物は、地球外技術の助けを借りて調達され、大幅に拡大されました。時速1200キロに及ぶ反重力技術を使った列車は、大陸間を非常に深いところで結んでさえいるのです。

 これは、銀河連合が最終的に介入を決定し、不介入の規則を破り、カバールの同盟とその活動を保護する条約にも拘わらず、最近まで続いていました。21世紀の20年目には、大規模な浄化に進むための膨大な作戦が行われました。名付けて、“ストーム(嵐)”です。その目的は、カバールを絶滅させ、地球人種族を解放することでした。

 

・このような地下共有施設は何百もありますが、テロシの一派と地球政府の協力を得て、アガルタ人の既存の地下建造物の延長線上に建てられた、シカール・オリオン・アルテア同盟によって使用された主なもののリストを以下に挙げます。

 

<USA・他>

ニューメキシコ州:ダルシー:高度に機密扱いの地下共同運用施設。地球外技術が使用され、シカール司令部、ナーガ将校、ドウ・ヒュー族の労働者の住居、そして主にマイトラとキイリイ・トクールトを含むオリオン同盟の前哨基地となっています。

 

・ダルシー基地は、人間のコントロール技術、クローン化、認知研究と高度なマインドコントロール、動物と人間の交配、視覚や聴覚のチップの移植、そして子供に関する実験に取り組む、生物遺伝学研究所としての方が、専門分野においては、より知られています。ダルシーは2番目に大きいシカールとグレイの地下基地ですが、他の全ての基地の中核的な存在です。最大の施設はタオスにあり、ダルシーからは遠くありません。

 

・独自の道路と地区を持つ12界層で建てられ、最初の3層は、地球のオフィスと研究所、地球と地球外の車両駐車場、技術的および機能的な整備のためのものです。第4層からは酷くなって行きます。第4層では人間の魂や、夢の操作、催眠術、そしてテレパシーに関する実験が行われています。第5層には、拉致された地球人が食料として保管されている、地球とは思えない倉庫があります。巨大なタンクに入れられたバイオサポートジェルの中で、ロボットアームによって絶えず攪拌されながら、人体パーツが保存されているのです。同じ階には、何千ものケージが横にも縦にも積み重ねられ、その中には、あらゆる年齢と性別の地球人が入れられ、食べられるのを待つだけです。第6層は………“悪夢の部屋”と呼ばれています。そこには遺伝子研究所があり、ここで人間と動物を交配する実験が行われています。第7層には何千何万という地球人の大人と子供の低温貯蔵所であり、階を降りるに従って………闇へと沈んで行きます。

 

・最大の基地はタオスにありますが、同様に、次の場所にもあります:

 

・アラモゴード~ホワイトサンズ放射線とマインドコントロールに関する研究の主要な拠点。

 

・ダティルタウンとパイタウン:各地下施設のリーダー的存在。

 

・カールズバッド洞窟、イースト・カールズバッド、エンジェルピーク:宇宙船基地。

 

・ロスアラモス:アガルタ人の地下ネットワークに繋がる地下構造物が1940年代に囚人によって掘られた。そこでは、種族間遺伝子実験やソウルスカルピング(魂の剥ぎ取り)が行われており、ここの施設はイド(快を求める本能的な欲求)レベルでの食物としての人間の調理と貯蔵も扱っている。

 

・次の施設は全て地下トンネルで結ばれており、特にエリア51コロラド州テキサス州の基地と繋がっています:

・カートランド空軍基地:医学実験。

・マンザノ空軍基地:ナーガ族の駐屯地司令部と宇宙船基地。

・パイタウン:宇宙船基地。

・サンディア山脈:宇宙船基地。

 

アラスカ州:ノーム:マイトラ族によって運営される地下宇宙船基地。

 

アリゾナ州

・フアチュカ砦:ここには宇宙船の主要な地下格納庫がある。

ゲイツパス:武器と技術の保管施設で、地球人の奴隷にとっての処刑場。

・ヒラ山脈:ソウルスカルピングや遺伝学に関する実験場。

・サンタカリナ山脈:遺伝子実験場であり、武器と技術の貯蔵施設。

 

カリフォルニア州

・パームズ海軍基地:宇宙船基地、米軍の複合研究施設。

・チャイナレイク:米国のマインドコントロールと武器の研究基地。

・ディープスプリングス:宇宙船基地(キイリイ・トクールト族)。

・フォートアーウィン:宇宙船基地(ナーガ族)

エドワーズ空軍基地:3つの大型宇宙船基地(シカール人、キイリイ・トクールト族、ゼータン族)。

 

・ロックヘッドのヘレンデール:3つの宇宙船基地(シカール人、オリオン人、アルタイル人)。地球外技術開発と秘密諜報プロジェクトの中心地。

 

・ロサンゼルス、テハチャピ山脈:エリートの秘密プロジェクトのための技術開発。地下42階まである。エレクトロニクスおよびハイテク航空宇宙研究に携わる。

 

・シャスタ山:ケンタウルス座アルファ星のテロシ族によって作られた地下構造の一部で、テロスという名前の広大な地下都市があり、地球の米軍、そして侵略者たち(ワシントン・テロス同盟)によって共有されている。ここでは、高度な宇宙技術研究、遺伝子実験、ビーム兵器が行われている。地下鉄によってシャスタ山と、ブラジルのマットグロッソジャングルにあるテロシ族の主要都市の一つとが繋がっている。

 

・ナパナレー:宇宙船基地と奴隷の輸送。

 

・シェラネヴァダ:宇宙船基地。ダルシーと同じ活動を再編成する多目的施設。とても深いところにある。

 

コロラド州

・アラモサ:宇宙船基地。

・ボウルダー:マインドコントロール放射線の送信センター。

 

コロラドスプリングス:巨大な施設と大きく広がった地下施設網で、45の建物、何百人もの人員、地球人奴隷を留置する広大な収容所がある

・以下の場所では大量マインドコントロールの過程をある種の衛星中継装置によって監視しています:

 

・フォートコリンズ:マイトラ族の宇宙船と活動のための基地。

・グランドメサ:オリオン同盟の宇宙船基地。

パラドックスバレーのマウントローズ:奴隷施設とマインドコントロール執行部。

・レイクデンバーのゴアレンジ:図書館と中央データバンク。

 

デンバー:直系約35キロの場所に建てられた70階建ての地下構造物が5棟と8つの地下都市。

 

フロリダ州:エグリンにある巨大な基地。オリオン同盟の宇宙船基地。

 

ジョージア州

アトランタ:マリエッタのケネソー山とフォレストパークにあるドビンズ空軍基地は、巨大な地下複合施設の主要な中心地。

 

カンザス州:

・ハッチンソン:病院の下にトンネルの入口がある。

 

マサチューセッツ州:メイナード

・レイクスーペリアー:湖底から約1500メートルのところに異星人の基地がある。

 

ネバダ州:

・グルームレイク:エリア51またはドリームランドとしても知られているところ。この複合施設はCIAの援助を受けて運営されており、3つに分かれて構成されている主要な地下基地の一つで、他の二つはパプース牧場とコッキードリッジ。ここでは、地球外宇宙船のエンジニアリングに関連する秘密の技術を開発し、テストしている。地下29階では、様々な地球外プログラムで労働力として使用するドウ・ヒュー族のクローンと人工生命体の製造、ハイブリッド化実験と拉致被害者に対する手術など、あらゆる種類の恐ろしい手術が行われている。そこで起きていることは、最も卑劣な種類のもの。

 

オレゴン州

・クラマス滝:地下強制収容所

 

ペンシルベニア州:サイトR:サイキックダークの実験と処置、魂の剥ぎ取り、マインドコントロールによる性奴隷の輸送。

 

バージニア州:ブルーモントおよびマウント・ウェザー基地:地下都市、閣僚レベルの地位を持つ政治家のための政権本部。闇の遺伝子実験が地下で行われている。裏でシカールとマイトラが維持している。

 

南極:アドミラルティ山脈。氷の上に在るレヴィック山:気象制御装置、人体実験、通信制御、核兵器

 

オーストラリア:パインギャップ:粒子兵器、兵器研究、遺伝子実験、宇宙船追跡。13階の深さ。

 

カナダ:トロント:国会議事堂通りの二つの建物の間に入口がある。

 

プレアデス星団(牡牛座②)>

エラヘル族

・タイゲタ星系の第2惑星、エラは、“知識の殿堂”という意味です。ここは私(ソーハン)の出身地です。

 

・私たちはあなた方種族のスピリチュアル・マスターではなく、あなた方の宇宙の親戚に過ぎません。あなた方と同じような人々です。違うのは、別の場所で生まれたということだけです。

 

・私たちはあなた方の惑星の守護者ではありません。銀河連合と五種族評議会は、地球をより良く守ろうとしていますが、あなた方には固有の守護存在がいるのです。私たちは神々でもなければ、あなた方の伝説が“天使”と呼ぶものでもありません

 

ドウ・アコオルヒュー族

・彼らは、あなた方が“光のプレアデス人”と呼んでいる人たちです。彼らはマン種族の中で、最高のレベルの進化を遂げ、第9密度の領域に住んでいます。その世界では、彼らは上昇と共に変質しています。

 

・変質したノオル族の遺伝子の限られた可能性を超越し、この移民共同体は、彼らの体を、半透明のエーテル体の器へと変えました。そして、寿命を、信じられないほどの最高記録へと、延ばすことが出来ました。彼らは自分たちが望む時、つまりソースに仕える時間が、もう終わったと感じた時に去り、そして再びソースと一体になりたいと思えば、再生し、新しい存在になって、新しい使命のために戻って来ます。

 

・彼らは次元間旅行の可能なエーテル体の宇宙船を使用しています。

 

レチクル座

▼“ドウ・ヒュー”族は古い種族で、絶滅しかかっていたので、レチクル座ゼータの星系にある、彼らの故郷の惑星エルデラン、M2を離れました。

 

・ところで残念ながら、彼らはそこで捕らえられ、オリオン同盟に同化させられて、奴隷として遺伝子を変えられたのです。

 

・このドウ・ヒュー族の小さいけれど危険なグループは、オリオン帝国のために、地球で非常に活発に働いていて、主に拉致を任されています。彼らは感情を奪われてしまったので、ほとんど感情を伴わずに、冷淡に仕事をします。

 

・このように、法的に銀河連合に対抗し、処罰の手の届かない立場となることで、騙すために与える技術と交換に、そこに永遠に居座り、“先住種族生命体を研究する”ことが出来るのです。征服された住民の権利を、思い通りに奪える協定に守られ、彼らの主人たちによる侵略の基礎が、準備されるのです。ドウ・ヒュー族は、アイゼンハワーと悪名高いグリーダ条約に署名し、その元の合意は、ドウ・ヒュー族に、地球人の遺伝子を研究させるのと引き換えに、技術を共有することで地球人を支援するため、ということでした。地下施設は彼らの要求で建設されましたが、アメリカ政府は、彼らが署名した本当の相手がやって来て、移り住んで来た時に、間違いに気づきました。我々が知る限り、これと同じシナリオが、この銀河だけでも、27の世界で起きました。こういった筋書きで書かれた時点で、地球とその月に、約2000人のドウ・ヒュー族がいて、主にアメリカの政府と働いていました。しかし彼らは、スケジュール通りに所定の仕事を終えるため、さらに何千も多くのクローンを使っています。

 

蠍座

エントリ族(エンドリアン=エンドラ星人)

アンタレス星系の惑星エン・トラに、素晴らしい種族、エン・トリ族が住んでいます。彼らは、美しい第9密度と第11密度の異次元存在で、自分たちの惑星から離れることはありませんが、次元間意識共鳴を使って、よく旅をします。彼らの身体構造のベースは、ヒューマノイドですが、純粋にエーテル体です。このような進化のレベルに達した種族は、この銀河(天の川銀河)では、わずかしかいませんが、エン・トリ族はその一つです。

 

・彼らの顔の特徴は、見ることが出来ませんが、彼らはクリスタルのような目を持っているそうです。

 彼らの力はとても強いのです。カエアヤロンなどの地球の守護者たちは、エン・トリ族と同じ性質を持っています。エン・トリ族の世界は、聞いたところによると、9D(第9密度)の、この世のものとは思えない場所で、重力がなく、半透明の生き物が泳ぐ、光の流れのエーテル状の海の中に、山々が浮かんでいる、というころだそうです。彼らの惑星には、他にも多くの生命体がいて、全てが第9密度~第11密度で生きています。

 

・彼らが住んでいるのは、こういうところです。完璧な世界です。彼らは、銀河連合を手伝って、あなた方の惑星のグリッドを上昇させ、浄化しています。彼らのエーテル体の、きらめくカラフルな宇宙船を見ると、いつも驚嘆します。移動に使っているのは、円盤型の光る船です。

 

<太陽系>

<金星(ヴィーナス)>

・さて、次は興味深い場所、金星です(我々はナアラと呼んでいます)。この小さい惑星の密度は、シカール族の影響から保護されるために、第4密度まで引き上げられました。これを行ったのは、五種族評議会の人たちです。従って、今ナアラには、異なる二つの存在平面があります。第一に、それはバイオドームや地下施設にある、銀河連合の科学的前哨基地であり、そこから我々はあなた方の太陽を調査し、監視しています。第二に、そこはまた、アークトゥルス人(オホライ族)などの第4~第6密度の居住者の生息地と、“コルダシイ”という名前の、高密度の12種族の異次元集団を入れた小さいセル(居住区画)でもあります。

 

<地球(テラ)>

・これまでの部分で、地球の人類に敵対して、あなた方の政府の一部と協力しながら働いている、様々な種族の、地下施設や潜水艦施設を全て挙げたので、ここでは繰り返しません。しかし、まだ話していない点が一つあり、それは特に注目に値する事柄です。

 

<《南極における同盟》>

・地球の南にある大陸、つまり南極大陸は、広大な地下ネットワークがあり、二つの敵対するグループの複雑な軍事作戦が行われている場所です。

 

1、<ツーレ>地球人+シカール+オリオン・グレイ共同体+アルタイル共同体

ナチ”と呼ばれる地球人のグループが、シカール帝国とアルタイル共同体の人たちと共謀して、航空機を開発しました

 この連合軍は、銀河系のこの地域に恐怖を広め、他の世界の平和を好む住民たちに対して、征服や無数の残虐行為を行いました。オリオン共同体とアルタイル共同体と、この“ツーレ”としても知られている、地球人のナチのグループとの間の“条約”は、地球の第ニ次世界大戦の前に調印され、この地球人グループに属する一部の人たちは、宇宙旅行に参加して、アルタイル星系とオリオン星系まで行っています。地球人のツーレ・グループは、南極大陸の地下に住む、レプティリアンのグループと同盟を結んでいます。そして、このレプティリアン・グループは、この地球人グループが、そこに駐屯地を建設するのを指導しました。

 

2、米軍の遠征隊が1946年、ツーレの共同体の基地を乗っ取るために、派遣されましたが、その軍事作戦は、レプティリアンの反撃によって、敗北しました。しかし、この失敗からそれほど経たないうちに、両方のグループの間に、科学技術上の協力関係が生まれ、航空宇宙産業のために、米国の科学者が南極大陸に派遣され、ドイツの科学者は米国に派遣されました。

 

・この卑劣な同盟は、“南極同盟”または“南極共同体”と呼ばれています。シカールとアルタイルは、南極大陸の領土を巡って、今でも頻繁に争っています。

 

・アシュタール共同体もまた(彼らはシリウス出身で、オリオンのレプティリアンによって支配されていることを、覚えていますね)、これらの南極の秘密同盟に関与しています。南極大陸の氷の下にある、アルタイル人、ソーレ、そしてオリオン人の基地は、奴隷施設も運営しており、そこでは、人間の捕虜が、我々の知る限り、3つの目的で役割を果たします。まず、拉致被害者たちは、銀河の他の目的地に売られて行くため、地球の月と火星の施設に送られる前に、そこに保管されます(これは巨大なビジネスの一部であり、南極大陸は、銀河に数多くある、奴隷貿易のための宇宙船の寄港地の一つです)

 

・二つ目は、地球人の秘密の先進技術計画の、奴隷労働者として働く役割で、そして三つ目は、そしてこれは、卑劣なものであり、何千人もの拉致被害者が、そこの地面の下で、恐ろしい遺伝子実験やクローン化実験、放射線や生物学のテストのために、使用されています。拉致被害者のうち、地球と火星の月にたどり着くことが出来る人たちは幸運だと言えるでしょう。

 

・もしいつの日か、あなた方の政府や産業が、地球外の計略に関与していることについて、完全な開示がなされれば、それは、あなた方が知っている地球のシステムの、終点となるでしょう。そして、確実に良いことが起きます。それを私たちが、あなた方のためにすることが出来ないのは、第一に、あなた方はまだ、地球規模で、この情報を思慮深く、落ち着いて受け取る準備が出来ていないことと、第二に、前もって、地下での戦争に勝利する必要があるからです。銀河連合は、アルタイル帝国、オリオン帝国、そしてシカール帝国を、全部まとめて相手にして、表立って戦う力はないのです。これは、非常に複雑な状況です

 

<火星(マーズ)>

・火星は過去に何度も攻め込まれ、狂ったように残忍な紛争によって破壊され、その大気圏から奪われました。最も暴力的な攻撃は、マイトラ族による、近くの第4惑星、ジャノスの破壊で、火星の全ての生命を抹殺したことでした。

 

・現在、アルタイル同盟と相互に関係付けられた、地球人の秘密の宇宙プログラムが、火星に前哨基地を持っており、そこには、エリートの中から厳選された、地球人の入植者が住んでいます。彼らは二つの米軍基地に置かれた、“航空再配置室”と呼ばれる二つのテレポーテーション装置を介して、そこに運ばれます。同様のものが、月にも存在します。これと並行して、5次元と6次元の平面で、慈悲深い五種族評議会が、地球に転生した、宇宙の魂を持った使者たちを、教え、覚醒させるための巨大な施設を運営しています。我々は、火星の第3次平面を失いました。そこは今では、グレイ共同体とオリオン同盟のもので、我々は彼らと、長い間、戦争をしています。残念なことに彼らは、火星とどの二つの衛星を合法的に所有しています。これら二つの衛星は次のような目的と所有者のために、空洞化された施設です。

 

・火星第1衛星(デイモス):奴隷選別所として機能する、マイトラ族の施設で、捕らえられたばかりの拉致被害者たちが、多様な所有者や、仕事や、目的地へ発送されるために、連れて来られる場所。地球の月の隠されている側にも、同様の施設がある。

 

・火星第2衛星(フォボス):クローグ星人の施設。彼らの拉致、インプラント、その他の同様の計略のための、中枢です。

 

木星(ジュピター)>

アシュタール銀河司令部隊(アシュタール分離独立派)

・さて次は、シリウスB出身のアシュタール分離独立者です。彼らはアシュタール共同体とは何の関係もありません。木星にある、アシュタール銀河司令部隊の前哨基地は、あなた方の星系に来ている銀河連合のメンバーと共に働いており、私は銀河連合の責任者として、アシュタール銀河司令部隊に、私たちの仕事について、彼らと共益関係にある事柄を定期的に報告しています。彼らの本部は、動く戦艦上にあります。

 彼らは、銀河のこの地域の平和を維持し、オリオン・グレイ共同体とシカール帝国から、(各種族の)世界を解放するために働くことを誓う、傭兵軍事組織であると、理解されることも出来るでしょう。

 彼らの戦闘能力の高さは有名なので、我々銀河連合と彼らの同盟関係は、天恵です。アシュタール銀河司令部隊のこのチームは、木星の表面に本拠地を置いており、そこは、非常に敵の攻撃を受けやすい環境にあります。それは巨大な浮遊都市であり、(シリウスの各星系出身の)アシュケルの人々の、有名な建築学と建築技術の全てを用いて建てられた、攻撃不可能な要塞です。

 

アルマヒュールック・ストラット・163族

・アルマヒュールック族は、木星の、別の次元平面に住んでいます。彼らは大昔に、琴座と白鳥座から、ここにやって来ましたが、琴座共同体の祖先ではありません。彼らは背が高く、非常にスリムな、エーテル体の存在で、彼らのスーツのおかげで、第3密度の平面に存在することが出来ます。とても大きい目をしています。彼らは現在、第3密度に化身する振動状態から引き上げましたが、戦争のため、琴座に戻ることが出来なかったので、その代わりに、木星に定住しました。銀河連合の太陽系本部も木星にあるので、彼らは銀河連合と共存して、そこで平和に暮らしています。アルマヒュールック族は、隠された霊能力を持つ、長老と見なされています。

 

・彼らの宇宙船は円盤型で、眩しく燃えるように輝く、青いライトが付いています。ほとんどの部分が目には見えませんし、彼らも、自分たちを見えなくするスーツを着ています。

 

<1954………コンタクト(接触)>

アメリカのアイゼンハワー大統領および近しい高官と、グレイのあるグループとの初めての接触があり、その後、他の3つのグループが、シカール帝国の代理だということは隠して、やって来ました。

 

<グリーダ条約>

*エイリアンは我々の諸事に干渉せず、我々は彼らのことに干渉しない

*米国政府は、地球上での彼らの存在を秘密にしておく

*エイリアンは米国に高度な技術を提供する

*エイリアンは、医学的検査と監視のために、限られた基準で人間と家畜を拉致することが出来る

 

*被験者は、傷つけられず、記憶を消されて、拉致された場所に戻される

*米国もまた、エイリアンの医学的検査と遺伝子実験を行うことが出来る

*検査と実験の結果は共有されること

*エイリアンは、彼らの宿泊施設および実験のための秘密の施設を与えられる

 

<地球外からの訪問者の計画と活動(異星人グループ分類)>

<《善意ある存在》>

アンドロメダ評議会>

・ゼナテアン同盟とも呼ばれ、140の高度に進化した種族からの使節を再組織したもので、この銀河内の霊的進化を支援する方法と決定について議論します。この同盟の高等評議会は、比類なく霊的に進化した種族で構成されており、銀河連合と共に地球を助け、使者(スターシード)も派遣しています。彼らは地球の未来を予見し、それが地球の歴史における、レプティリアンによる5700年間の占領後の大転換だと知ったので、地球が建設的な道を歩んで進化するために、影響を与えようとしています。

 

<アシュタール銀河司令部隊>

シリウスB出身のアシュタール共同体からの分離独立派。シカール帝国のスパイ侵入とそれによる腐敗のため、主にヒューマノイドの反抗派閥が、アシュタール共同体から離れ、銀河連合の味方に付きました。アシュタール分離独立者たちは、軍事行動に見事なまでに熟練しており、銀河連合から、地球星系における作戦の支援を求められ、木星に前哨基地を置くことを提案されました。アシュタール共同体との区別を図るため、彼らは自らをアシュタール銀河司令部隊と名乗りました。彼らは、大きな移動式母船を本拠地にしています。

 

・あらゆる地球の事情に関わっており、銀河連合と連携している、アシュタール司令部隊の地球星系の前哨基地です。“アシュ・タール”というのは、“司令官”という意味の役職名で、“高等司令官”という意味でも使われます。しばしば、ややこしい誤解を招く情報によって信じられているような、個人名ではありません。

 

<五種族評議会>

・オリオン地域に拠点を置き、以前は九種族評議会として知られていました。アルダマント星出身のエルマヌク族によって創設され、現在は、オレラ族、エガロス族、ギレヴォ族、レダン族、エマーサー族の5つの種族だけで構成されています。彼らは、地球とその他の多くの星系の保護に関わっています。彼らは、銀河連合が誕生するずっと前から、地球の保護に関わっており、後にその評議会に、代表として加わりました。

 彼らは、あなた方がまだ海に浮かぶ生物だった頃から、あなた方の種を観察しており、霊長類への進化、アヌンナキ族の干渉、銀河のあらゆる場所からの、地球の植民地化を目的とした、様々な来訪者や邪悪な帝国の到来、そして地球の領土を巡っての、異星人たちの戦争を目撃して来ました。

現在エガロス族によって運営されている五種族評議会は、地球人のリーダーたちと何度も会う機会を持ち、賢明な方法を教えることによって、地球人の決定に影響を与えようとしましたが、これは、常に非常に困難な作業でした。

 

<銀河連合>

・オラア・ナタル・シャリ “連合した天の川銀河の星々”

・この銀河の平和と正義を維持するために作られた銀河連合が、あなた方の星系において主に行っている仕事は、他の種族による、特にシカール帝国、オリオン・グレイ共同体、マイトラ族、キイリイ・トクールト族による、地球社会の破壊についての地球人の認識を高め、これらの敵の橋渡し役となって、悪賢い操作を行って来た、腐敗した組織やエリートを特定し、暴露することです。また、銀河連合は、人間の意識を高めることや、高度なマインドコントロール技術に対抗する戦略の開発にも、取り組んでいます。彼らは、地球外からの潜入を監視したり、拉致被害者を救助してマインドコントロール・プログラムを解除したり、可能な限りインプラントを除去したり、地球の支援に関わっている主な種族は、以下の通りです。

 

*ケンタウルス座アルファ星人:国際的レベルでの社会正義や人間の自由、並びに、先進技術の責任ある使用を推進する。

 

*アンドロメダ人:精神的なレベルにおける、地球の現状に対処する上での、銀河共同体の決定に携わっている。アンドロメダ人のゼネエ族は、紛争解決のための革新的な戦略の発見に取り組んでおり、また、若いサイキックやスターシードの子供たちの教育を監督し、平和教育を促進している。

 

アークトゥルス人:アークトゥルス星系のオホラン人は、この惑星系を変革する上での戦略的助言を提供することによって、そしてまた、異星人の地球人とのコミュニケーションにおいて、チャネリングやコンタクトをコーディネートすることによって、高度な技術と精神的な価値の統合をサポートしている。

 

*ライラ人:人類の起源について、地球人の意識が開くことと、それにふさわしい霊的能力や、紛争における平和的解決を支援し、また、教育や知識を促進している。

 

*プレアデス人(アシャアラ星系):彼らは、人類が、意識の向上によって、抑圧的な構造からの自由を見出すのを助けると、誓っている。アシュタール銀河司令部隊と緊密に協力し、銀河連合の軍隊を率いて、レプティリアンとグレイの占領を地球から排除するため、活発に軍事活動を行っている。

 

*プロキオン星系:五種族評議会の一員としても知られているが、プロキオン星系のギンヴォ族は、異星人による破壊に対する積極的な抵抗を支援し、多次元意識を発達させる。

 

*シリウスB星系:アシュケル・タアル族は、プレアデス人のエラヘル族と連携して、地球の生体磁気エネルギーグリッドを強化することによって、地球における、人類の進化に適した生態系の構築を支援している。

 

*鯨座タウ星系:エマーサー族は、異星人による腐敗を暴露することによって、腐敗したエリートや組織の特定を助けるため、社会に根を下ろして働きながら、真実を引き出し、それを明るみに出し、地球人の司法機関に差し出すことをしている。

 

*テロシ族:ここで話すのは、もちろん、米国・テロス同盟の一員のことではない。彼らは、地球人が自分たちの古代の神聖な歴史を学び、人類の寿命を取り戻し、不健康な信念体系を変え、生物多様性を促進することによって、環境を保護するのを助ける。

 

*ウンミット族:科学文化と国際的な教育の進化、科学の理論的枠組みの変革、代替技術の開発、および、教育改革の誘致のための技術情報を共有している。

 

*ヴェガ人:地球人類の意欲と可能性を理解した上で、他の全員の仕事を手伝っている。

 

オリオン・リーグ、すなわちオリオン種族の連合

・この組織(オリオン・ブラックリーグとも呼ばれる)は、それらの星系の文化と関わっています。それは、オリオン帝国と戦うために作られました。現在のメンバーは、アルニタク星系、ベデルギウス星系、そしてメイッサ星系の人たちです。彼らは、銀河連合に加入しています。

 

<宇宙連合アライアンス>

・“アライアンス”とも呼ばれるこの組織は、アルタイル星系の多種多様な種族の内の、ヒューマノイド種族の同盟です。銀河連合およびアルタイル統括部隊と提携しており、表裏のある行動を取っています。その本部は、アルタイル星系の第4惑星、アクホリアにあります。アルタイル人のアクホリ族ヒューマノイドは、米国政府と共謀して、拉致と異種交配プログラムに深く関わっています。彼らは、地球人の軍隊から派遣される、特別なエリート分遣隊の地球人の存在を頼りにしています。すなわち、米国・テロス同盟とツーレ同盟です。

 

<ヴェガ同盟>

・アダリ族/エレヴァール族/ピュクヒティ族/ゼネエ族/アラマン族/ギンヴォ族/エルダル族。これらの種族は、オリオン帝国の発展と脅威の力に耐えるために、同盟を結びました。

 

<《邪悪な存在》>

<南極共同体>

・アクホリ族/キイリイ・トクールト族/シカール族/ゼータ・クローグ族/ナチ(ツーレ同盟)・ソ連&米国・テロス同盟/オリオン共同体。“南極同盟”とも呼ばれ、そこでは、地球人の“ナチ”が、古代アガルタの地下施設の一部を使って、アルタイル共同体とシカール族の前哨基地と共謀して、航空機を開発しました。この同盟は、銀河のこの地域じゅうに恐怖を蔓延させました。そして、オリオン共同体、アルタイル共同体と地球人ナチグループ、並びに米軍のエリートグループとの間でも条約があり、中には、アルタイル星系やオリオン星帯までの星間旅行に参加した地球人もいます。シカールとオリオン・グレイの基地のそばには、非常に様々な、金髪のヒューマノイド種族がいて、アルタイル星系のアクホリ族(ナチグループと働く)、もいますし、テロシ族の分離独立派(米軍と働く)もいます。アシュタール共同体もまた、彼らと関わっています。南極大陸は、あらゆるレベルで噴火している火山のようだと言えるでしょう。

 

<アルタイル統括部隊>

・アルタイル星系の第4惑星に拠点を置く、共同体の本部であると同時に、アシュタール共同体とドラコニアン共同体との、危険な結びつきを維持しています。これは、グレイ種族と協力関係にある、金髪のヒューマノイド種族によって構成され構成された、混合グループです。

 

<アシュタール共同体、シリウスB星系>

・様々なタイプのヒューマノイド(主にシリウスB人またはアルタイル人)、爬虫類種族、グレイ神族、昆虫型種族、そして人工的に遺伝子操作された種族の集団で、“シリウス共同体”とも呼ばれています。本部は、シリウスB星系の惑星モルガにあります。

 

・シカール帝国のレプティリアンのスパイによる侵入と腐敗によって、ヒューマノイドの反乱グループは、アシュタール共同体から分離し、銀河連合の味方に付き、“アシュタール銀河司令部隊”と名乗りました。一方、アシュタール共同体は、地球人の影の政府やカバールとも関わりを持つようになりました。

 

<カバール>

・これは、地球人の全ての秘密同盟と、地球に住む邪悪な異星人とを再編成したグループの名前です。

 

<シカール帝国>

白鳥座からペルセウス座、オリオン腕まで広がるシカール帝国は、500以上の天体を植民地化し、何千もの惑星に存在しています。

 

<軍隊・産業・異星人複合体>

・“MIEC”とも呼ばれます。現在、地球外生命体の存在と、それに関する同盟についてのほとんどの情報を、ここがコントロールしています。地球上の政府や機関、金融権益、マスメディアを支配し、体系的な地球規模の問題を担当しています。

 

<オリオン帝国またはオリオン同盟、または“六種族同盟:”“ネブ”>

・リゲル星を中心としてその周囲にある、オリオンの散開星団の中に、レプティリアンのいる星系があります。

 

<オリオン・グレイ共同体>

・オリオンを中心に、リゲル同盟が共に活動しています。

 

<グレイ種族統括部隊(レチクル座ゼータ星系)>

・グレイ種族の統括部隊の心臓部はクローグ二重星系にあります。

 

レプティリアン共同体>

・竜座アルファ星系/牛飼座イプシロン星系/オリオン座ベータ星系/レチクル座ゼータⅡの星系。

 

<ワシントン・テロス同盟(米テロス同盟)>

アメリカ軍と、シャスタ山出身のテロシ族分離独立派グループとの同盟。彼らは次々に、オリオン帝国(グレイ)とシカール帝国(爬虫類)の両方と条約を結びました。

 

<海底基地>

・オリオン同盟:北太平洋、地中海、バルト海

・オリオン・グレイ共同体:太平洋:12基地。

・シカール帝国:大西洋:2基地。南極大陸:ヴォストーク湖。

・アルタイル統轄部隊:一つの巨大な南極大陸の地下にある基地。北海。アイルランド海。インド洋。

 

・銀河連合:北大西洋アイスランドアイルランドの間)。東太平洋。南太平洋。北極。アラスカ沖。

 

・ピューリット・アヴ・イリューミュー族(帆座ミュー星系):ヒト型両生類グレイ種族。監視役として銀河連合のために働いており、海洋と、そこにある次元間ポータルへのアクセスを監視している。3つの巨大な基地:北大西洋バルト海、北海の広大な海底施設の中にある。

 

 

 

 

(2021/6/4)

 

 

 

釈尊の未来予言』

大川隆法  幸福の科学出版  2020/5/8

 

 

 

コロナ・パンデミック

・「霊言現象」とは、あの世の霊存在の言葉を語り下ろす現象のことをいう。これは高度な悟りを開いた者に特有のものであり、「霊言現象」(トランス状態になって意識を失い、霊が一方的にしゃべる現象)とは異なる。外国人霊の霊言の場合には、霊言現象を行う者の言語中枢から、必要な言葉を選び出し、日本語で語ることも可能である。

 なお、「霊言」は、あくまでも霊人の意見であり、幸福の科学グループとしての見解と矛盾する内容を含む場合がある点、付記しておきたい。

 

釈尊の未来予言収録に当たって

宇宙戦争のごとき様相を呈しつつある新型コロナウイルス問題

・世界地図を色塗りすれば、ほとんど全世界に広まりつつあることが分かるので、まるで“宇宙戦争”か何かの様相を呈しているのではないでしょうか。

 

「天意だからしょうがない」と語ったジョン・レノンの霊

・「天意が人口を減らそうとしている。今、地上の人口がたくさん増えて、この世の価値観が“地獄霊生産場”と化しているので、人が増えたら地獄行きが増えるということであれば、人口を減らすというのは、まあ、そうでしょうね。もう、“釈尊涅槃寂静”に入るしかないんじゃないの?」というような結論でありました。

 

・「ウィルスがはびこっている」のと、「人類がはびこっている」のとはほとんど共時性があり、(人類が)この世に生きていること自体、やっていることも、意味のないマイナスのことというか、地獄的なことをするためにはびこっているように見えるというような価値観、判断も入っていたかと思われます。

 

自らの言葉に慎重である釈尊に、あえて「未来予言」を訊く

釈尊には、正語、真実語を語らなければいけないということがあるために、ほかの人のように、無責任には話せない厳しいところがあります。

 

「死が支配する世界」を考えるべき時代

「現在の延長上の未来は築けない」

釈尊「現在の延長上の未来は築けない」ということを意味しているのではないかと思います。

 

・まあ、ある意味では、それは、人類にとっては「立ち直りの機会」が与えられているのかもしれません。

 

「人の死とは何か」について考えなければならない時代

釈尊:今、人間の力が大きくなりすぎていてね。すべてを支配できるような気持ちになっているときで、「世界80億・総天狗化」してきている時代ですのでね。その天狗の鼻が折られる時期は来ているのかと思います。

 まあ、ウィルスは「一つの象徴」であって、特にウィルスにこだわっているものではないと思います。

 その前も考えてみれば、例えば、大地震、大津波、火山爆発、その他、たくさんいろいろな危機の予兆はあったはずですね。

 

「ニューヨークの状況」が世界的に展開すれば………

今の「日本の状況」が世界標準なら、感染者、死亡者の数は?

釈尊:2百万人が1千万人になるのは、そんなに時間はかからないので。それから、先進国からしてこの状態ですので、中進国、発展途上国になりますと、もう無力ですので、やっぱり、感染者が最低でも数千万人は行くでしょうね。

 ただ、「叡智を結集して、何らかのワクチンに当たるものがつくれるかどうか」ということもありますけどね。

 

「現代の“魔女狩り”」が起きる可能性もある

釈尊:そうすると、死ぬ前に、もう手を打ち始めることもあるかもしれませんので、あなたがたの最も見たくないものを見なくてはいけないかもしれませんね。「野球ができない球場のようなところで、大規模な火葬をやる」みたいなことが起きることもないとは言えません。

 ただ、“変数”は、いつの時代もあるかもしれませんから。

 

「地上が『ユートピア化』していくなら人口は増えてもよい

釈尊:まあ、私もあんまり、地上の人類が増え続けることは賛成ではありません。やっぱり、地上を縁として地獄界はできていますので、地上が「ユートピア化」していくなら、人口は増えてもよいと思うのですけれども、地上が「地獄界化」していくのなら、あんまり望ましいとは言えません。

 

今が、人類が方向を変える「最後のチャンス」

「人口増大の時代」は、「救世主の力をも弱める時代」でもある

釈尊:まあ、「人口増大の時代」というのは、「救世主の力をも弱める時代」ではあるのでね。ええ。それから、悪い意味において、「庶民が神になりたがる時代」でもあるのでね。まあ、その意味での難しさはありましょうね。

 

人類にはまだ「考える時間」が与えられている

斎藤:また、先ほど釈尊から頂いたご解説、お教えによれば、「人類80億・総天狗化」が進み、「自分たちが神になりたがる時代」ということで、この世的な生き方になっているということでした。

 こうした現象の背景には、やはり、「無神論の快楽主義やこの世的な生き方を許さない」という意図が働いているものなのか。または、そういう人類の悪想念のようなものがあって、自業自得というか、その悪想念の結果、引き起こしているのか。

 

釈尊:ただ、このウィルスが広がっている状況においては、「まだ考える時間がある」かもしれませんね。広がっていくときに、「現代文明のもろさ」を感じるのは確実ですから、「違ったかたちの文明」を考えなければいけなくなる可能性がある。

 

「人間のあるべき姿」を説き、AIが支配する未来と戦え

釈尊:自宅に籠っている人間に代わって、人工知能が、世界の動きのすべてを決めるようになっていくかもしれませんね。

 

・(AIが支配する)この未来を神仏は肯定していないということですね。

 

今、人類が気づかなければ、さらなる事態もありえる

釈尊:だから、病気で、順番に、搬入され、治療され、治療が届かず、死んでいく人がいっぱい出てきますけれども、「その間に、文明のあり方の修正をかけるべきだ。その次は、もっと大規模なものが待っていることになりますよ」ということです。

 

なぜウイルスが流行るのか

ウイルスは「人類全体の象徴」

釈尊:ウィルスは象徴ですよ。「人類全体の象徴」です。ウィルスのように地球の表面上を覆っている、どんどん、どんどん増えてくる人類。

 

日本自体が「世界を救うほどの力」を持ちうるかどうか

釈尊:とにかく、世界を見れば、西側諸国といわれるところはキリスト教の強国がほとんど、それから一方の極では、中国を中心とする無神論唯物論の大国が増殖している。あと、中間地帯で、イスラム教を信じる人たちがゲリラを起こしたりしながら、その位置づけをどうされるべきか、問題されていると。まあ、こういうことですね。

 日本はこのまま放置すれば、世界3位から世界20何位の国まで、あっという間に転落していく予想がもう立っていますよね。

 

疫病流行の原因となる「異文化接触

斎藤:過日、国之常立神(くにのとこたちのかみ)という方が、どうしても話したいということで、何回か大川隆法総裁に交渉されました。日本の神々のうちの一部ですけれども、語るところによれば、「外国の神は要らない。外国の神が来たから、こういうウィルスが流行ったのだ」ということを主張していました。

 

・「エル・カンターレ信仰が広がったから、ウィルスが流行ったのだ」というようなことを言っているところがあります。

 釈尊から見られて、霊界の「裏側の世界」と通じるような神仏の一部が、日本の先進性やこれからの未来をどのように阻害しているのか、そのあたりの霊界事情を賜ればと存じます。

 

釈尊聖徳太子が活躍されたころも疫病がいっぱい流行っているから、それで、「これは仏教を入れたからだ」というようなことで、反対勢力が日本神道側から出てきていますが。現実に、それは仏像だけでなくて、外国の人や食べ物やいろんなものが入ってくるときに、ウィルスはやっぱり入ってきていて、病気が流行っていることはあります。そういうことは起きていますね。

 

そうした「異文化接触」によって、いいものもあるが悪いものも入ってくることはございますね

 

・それを解釈するに、古代の解釈から見れば、「異国の神を信じたからだ」ということになりますが、それは「異人が入ってきたからだ」ということですね。「異国の民が入ってきて、その文物が入ったからだ」ということになることは、そうだろうとは思いますね。

 もし、中国との関係が遣唐使船ぐらいしかない時代であるなら、遣唐使船をやめてしまえば、中国のウィルスはもう入ってこないでしょうね。まったく入ってこないでしょうね。

 

仏法真理の「広がり」と「速さ」を増し、「トレンド」にできるかどうか

釈尊コロンブス西インド諸島といわれるアメリカ、カリブ海の島で性病を持って帰ったら、百年以内には世界中にそれが広がったというようなこともありましたけれども、昔は百年で広がったことが、今は“一年以内に広がる時代”になっているということですね

 

今、何をなすべきか

後世の視点から「今、何をなすべきか」を考えよ

釈尊:象徴的なものは、もちろん、海外伝導も難しく、国内伝導も難しく、また、政治活動も難しい。あるいは、マスコミは唯物論の“共産主義ウイルス”に侵されたものが強いということもありますね。

 

・まあ、一見、不幸が流行っているようには見えるけれども、こういうときに、やはり、「心霊的価値観を逆転して広げる、それだけの活動ができるかどうか」を試されていると思います。

 

コロナ感染流行の原因の一つは「人類の自己処罰」

武田:先ほど、斎藤さんのほうから、国之常立神(くにのとこたちのかみ)の話が出ました。その主張の一つとして、現代の無神論唯物論的世界に対して憤っていて、「神への信仰が必要だ」と。そして、それは、「日本古来の神への信仰なのだ」というものでした。おそらく、キリスト教イスラム教などの世界宗教でも、「既存の神への信仰」の必要性を説くのではないかと思います。

 そこで、私たちは、エル・カンターレ信仰を世界に広げていきたいと考えています。

 

・(エル・カンターレ) 地球系霊団の至高神。地球神として地球の創生より人類を導いてきた存在であるとともに、宇宙の創生にもかかわるとされる。現代日本大川隆法総裁として下生している。

 

釈尊:だから、天罰だという考えもありますけれども。まあ、それも、ある程度そうだとは思いますが、「天罰」以前にですね、「人類の自己処罰」なんですよね。「自分自身を偽っている、自分自身を裏切っていること」に対する反作用は起きてくるだろうと思うんですよ。

 

「本当の神」に祈れば、「本当の神」とは何かが見えてくる

釈尊:ドイツのメルケル首相もキリスト教ですけれども、やはり、神に祈っているはずで、だから、エル・カンターレのところに来ていましたね。

 最後は、キリスト教の神を超えたもの、イエスを神とするのではなく、その上にある神に気づくか。ムハンマドが認識した神を超えた存在まで到達するか。宗教も、そうした戦いが起きます

 日本にもお寺がいっぱいあります。神社もあります。神社仏閣で祀られている「本尊」と、「それを超えたもの」、まあ、ここまで行くかどうかですね。

 

「自分自身を知らない」という罪を知れ

釈尊:根本的に、「天罰」という考えもあるけれども、「自己処罰」でもあるのです。「自分自身を知らない」ということは罪ですよ。「自分自身が、肉体は頂いているけれども、肉体のなかに魂が宿って修行していることを知らない。車はあるけれども、運転手があることを知らない」というのは罪なことですよ。自動運転で運転されていると思っているのかもしれないけど、運転手はいるんです。

 

「今後の国際情勢」と「日本の使命」

東日本大震災民主党政権を倒した

武田:世界の他の国々にも参考になるのではないかと思いますので、重ねてお伺いしたいのですが、日本では、2011年に「東日本大震災」がございました。これは、その前の年に、天照大神様からも霊示による警告を戴いており、当時の民主党政権下の政治の乱れなどの原因があったかと思いますが、地震津波によって、2万人近くの方が亡くなりました。

 

釈尊東日本大震災に関しましては、結局は、あれが民主党政権を倒したことになるのではないでしょうかね。あれ以降、支持率はだんだんに落ちて、回復しなくなりました。やっぱり、みんな、「統治能力がない」というふうに考え、神仏のご加護がないことを感じたと思います。

 

日本は中国とは独立した「政治経済・外交体制」を持つべき

釈尊:そのようなわけで、二つの事件を見たときに、日本は、中国に対して完全に遮断はできないかもしれないけれども、独立した「政治経済・外交体制」は持っていなければいけないと言えます。

 なぜならば、かの国はかつてのような仏教大国でもなく、無神論唯物論の国であるから、「神を信じる国である日本」であるならば、一定の距離は取らなければならないからです。「そういう神示だ」と考えるべきだと私は思います。

 

世界にウイルス感染を起こした中国には、反作用が起きる

釈尊:「コロナウイルスの問題は、中国が峠を超えて沈静化する」と見ているのだと思いますが、もう、われわれの世界では、次に中国を襲うものが現れることを予知しておりますので、そんなに簡単に、原因行為である世界ウイルス感染を起こした国が世界の支配者にのし上がれるような、「縁起の理法」に反したことは絶対に起きません。ですから、「それだけの反作用は起きる」と信じてよろしいと思います。

 

コロナウイルス感染をめぐる米中戦争の可能性をどう見るか

斎藤:世界各国からの査察等で、もし、「中国の生物兵器を原因としてウイルス感染が起きた」ということが判明した場合、エドガー・ケイシー霊いわく、「アメリカが中国に戦争を起こす可能性がある」というように言っていました。

 

日本は「自衛できる国防体制」をつくるべき

釈尊):(中国が)少なくとも、侵略的意図を持っているのは明らかなので、そうした侵略的意図を持っているものに対しては、外交において相互の平和を護ることができないならば、やはり、「甘んじて滅びるか」、さまなければ「自衛できるところまで国の体制をつくるか」、どちらかしかないと思っております。

 そうした「軍事力を拡大して、ちゃんと自衛できるようにする」という考えは、日本では佐久間象山などが持っていた思想でありますけどね。まあ、幸福実現党も、この十年余り、そういう考え方を述べているようですから、応援している霊系団の方々は、そうした考えであるのでしょう。「一方的に占領したり、滅ぼしたりするようなことは許さない」という考え方なのだろうと思います。

 

それらは幸福実現党が立党したときの趣旨ですので、それを全うできるかできないか、今、11年目になって、政党としての存亡が……。周りから見たら、損得勘定で見て「損をしている」と思われている政党であるので、その存在根拠を世に示して、意見をキチッと発信することが大事なのではないかと思います。

 

日本が「世界の宗教対立に意見を言えるための条件」とは

釈尊:そのように、国内のGDPが入れ替わるのと同じように、「イスラム教の人口のほうが増える」というときに、キリスト教国は、たぶん黙ってはいられないでしょうね。

 ですから、逆に、イスラム教の国が豊かになり、軍事強国になったときに、キリスト教圏もまた滅ぼされる可能性も出てくるし、その前哨戦としては、「旧約聖書』の国、イスラエルが滅ぼされるかどうか」という問題も、たぶん出てくるでしょう。まあ、世界はどこでも、そういう意味での“火薬庫”であるのは間違いがありません。

 ただ、あなたがたから出ているものとしては、「イスラム教もキリスト教も、幸福の科学における根本神(主エル・カンターレ)とつながっているものであって、その形態は違っても、相互理解すべきである」という意見を発信しておりますね。これが通じるかどうかは、まだ分からないところがございます。

 

・そういう意味で、「ある意味での自主国防体制はつくっておいたほうがいい」ということは言っていますね。

 だから、アメリカは、ヨーロッパの遺伝子を引き継いで、「十字軍戦争」?アメリカが起こした“十字軍戦争”はまだありませんので。まあ、「イラク戦争」をそう捉えればそうなりますし、「湾岸戦争」もそうは言えますけれども、本気でイスラム教を滅ぼそうとする大統領も出てくるかもしれませんね。

 

世界宗教の「霊的背景」と「問題点」

イスラム教成立の根本にある「エローヒム」と「ヘルメス」の指導

釈尊:近年、特にイギリス、アメリカが近代化、産業化に成功してから、再度、強国になったことと、プロテスタントキリスト教が強くなってきたことにより、「盛り返しがまた起きてきた」ということではありますが。

 そういう意味で、ギリシャの神々が滅びたあと、「ヘルメスが、イスラム教国において、ムハンマドがメッカの勢力と戦うときに指導していた」ということは事実です。

 

マニ教は、3世紀に、一時期、世界宗教になるほどの広がりを見せているんですけれども、それを起こした理由は、実は、紀元1世紀にイエスを送ったのに、イエスイスラエルで処刑されて、十字架に架かって、キリスト教ローマ帝国から弾圧されて、クリスチャンたちはみんな、ライオンの餌にされたり、逆さ十字に架けられたり、石打ちの刑にされたりして、3百年以上、そういう状態が続いておりましたので、マニを送ってマニ教をつくらせようとしたけれども、このマニ教も滅ぼされた。

 それで、次に、ムハンマドらを中心としてイスラム教を起こした

 イスラム教におけるアッラーの指導というのは、まあ、あなたがたはそれほど細かくは勉強なされてはいないとは思うけれども、アッラーの霊言のなかには、「ムハンマドがメッカの勢力と戦うための細かい戦闘の指示、戦い方」まで出ています。ここまでできる人は、ヘルメス以外にはありません。

 ですから、現実的な指導はヘルメスがやっていて、大きなかたちでの「エロ―ヒム」という部分が、中東を大きな慈悲の光でもり立てていたのではないかと思われます。

 

・(エローヒム) 地球系霊団の至高神であるエル・カンターレの本体意識の1つ。約1億5千万年前、今の中東に近い地域に下生し、「光と闇の違い」「善悪の違い」を中心に、智慧を示す教えを説いた。イスラム教の最高神アッラーと同一の存在。

 

今は「第三の勢力」が伸びてこなければいけない時代

釈尊:まあ、唯物論勢力とぶつかって、互いに限界が見えてきた時代ですね。

 これはまた、「第三の勢力」が伸びてこなければいけない時代でもあるというように思いますね。

 

現代のキリスト教イスラム教における反省点とは

釈尊:その意味において、「ユダヤ教」と共通しているんですよ。ユダヤ教は、イエスを殺したほうの宗教です。これと協力できるのは、懺悔していないからです。

 救世主を殺したことに対する懺悔もなく、十字架に架けたことの懺悔もなく、宗教改革をしようとした人たちを魔女狩りで火あぶりにしていったことに対する反省もなく、まあ、こうしたことの反省がないところに、キリスト教の改革は、今、必要とされているものだと思います。

 また、バチカンの腐敗もかなり激しいものだと、私も見ています。

 

<「今こそ、世界宗教ができる時期でもある」

吉井:キリスト教イスラム教は、一見、ぶつかり合っているように見えてはしまうのですが、実は、その背景には、エル・カンターレの魂のご分身である9次元存在として、イスラム教はヘルメス神が、また、キリスト教圏の特に北米はトス神が中心に指導されていることも教えていただいております。

 

釈尊:かつてはできなかった。地方宗教しかできなかった。釈尊は歩ける範囲しか伝導はできなかった。だけど、今は違うでしょう?

 だから、「今こそ、世界宗教ができるとき」ではある。

 

「本当の信仰を持っているかどうか」が試される

「光と闇の戦い」「混沌の時代」がしばらく続く

斎藤:今、お教えいただいた「世界宗教をつくれる時代」というのは、また、光と闇の激突の時期でもあろうかと思います。つまり、闇を打ち破って新たな世界基準を打ち立てるチャンスではあるのですが、同時に闇もまた強くなっていると思われます。

 

そうしたときに、「悪魔・悪霊」といわれる存在もまた、この状況を利用して、さらなる闇の計画を立ててくる可能性もあるかと思われます

 例えば、中国の武漢でのウィルス発生におきましては、今、さまざまな霊人から、水面下で遠隔的に悪質宇宙人の存在も示唆されており、そうしたものによる妨害も、見えないかたちで行われているようにも伺っております。

 悪魔・悪霊など、マイナス想念を司るような存在たちの意図は、いったいどのようなものなのか、釈尊の「降魔の目」から見まして、ご示唆を賜れば幸いに存じます。

 

釈尊悪質宇宙人の問題は「次の段階」ですので、私の言論は控えさせてもらおうと思っています。まだ人類全体はそこまで行っていなくて、宇宙人の存在そのものがまだはるかに遠いレベルであり、「次の段階」だと思いますので、人間のレベルでの話を先にさせていただきますけれども、一定の間、「光と闇の混沌の時代」は続くだろうと、私は思っています。

 

・だから、もし、この病原体の広がり、および、肺炎によって死亡する人が減ってきて、ある程度の収まりを見せたとしても、そのあとの「経済的な面」では、世界的な大恐慌的不況が続くことは確実ですので。混沌は続きますよ。

 

奇跡に対してどう考えるべきか

釈尊:すべての人を救うことはできません。なぜなら、全員死ぬからです。必ず死ぬので。その死の原因を、人間はなかなか選べないんです。だから、それについては、最後はしかたがないと思います。

 ただ、「生きているその時間を、いかに有意義なものにし、いかに魂の向上のために使えるか」ということですね。

 

創世記の神が“コウモリの毒”に負けるわけがない

・信仰には、レベルに差があるんですよ。

 だから、「本当の信仰を持っているかどうか」が試されることになると思います。「エル・カンターレは本当に地球神なのか。本当に始源の神なのか。本当に長く人類を指導してきた方なのか。これを信じ切れるか」というところまで問われると思うんですよ。

 

まずは国内で本物の信者を十倍化する

釈尊:国内で、「本物の信者を十倍化すること」が大事ですね、まずはね。

 

悪性ウイルスの全世界拡散

・「コロナ・パンデミック」による感染と死の恐怖は、人類がそれをどう受けとめるかで、「神の福音」にも、「死神の勝利宣言」にもなるだろう。

 

 

 

『{UFOリーディング}写真集2』

現代の救世主の前に現れた宇宙存在たち

大川隆法 幸福の科学出版   2021/3/5

 

 

 

たくさんのUFOと遭遇し、宇宙人と会話することになった
・つい3年~4年ほど前、幸福の科学出版の社長がUFOを追いかけて写真を撮っていると聞いて、「そんなことをしないで、ちゃんと本を売りなさい」と叱ったのは私自身である。

 その後、私自身が、たくさんのUFOと遭遇し、宇宙人と会話することになった。

 

・夜空の光り物が、UFOか星か、航空機かを見分けるのは簡単ではなかろう。私の場合は、生体反応があるかどうかを調べた上で、遠隔透視とテレパシーによる交信を開始する。そして、UFOの出自と搭乗員、その姿、数、目的を確認する。

 昼間は目視できないことが多いが、霊感のある方向を写真に撮るとたいていUFOが写っている

 私の大講演会の当日にはUFOフリート(艦隊)が会場の上空に現れる。だいたい100機から150機ぐらいだ。護衛と講演のモニターリングがその目的だが、前日から数機は警備には現れている。

 

信じる信じないは読者の自由であるが、UFOの内部まで透視して、宇宙人と直接会話できる地球人(?)は、私しかいないだろう

 

本書のUFOリーディングについて

・UFOリーディングとは、高度な霊能力によって、上空のUFOを霊視したり、宇宙人の想念を読み取ったり、宇宙人とテレパシーで会話をしたりするものです。

 古来、釈迦のように悟りを開いた人には、人知を超えた六種の能力「六神通」(神足通・天眼通・天耳通・他心通・宿命通・漏尽通)が備わっているとされます。大川隆法総裁は、六神通を自在に駆使した、さまざまなリーディングが可能です

 本書に収録されたリーディングにおいては、下記のような能力を使用しています。

■タイムスリップ・リーディング

 対象者の過去や未来の状況を透視する。

■リモート・ビューイング

 遠隔透視。特定の場所に霊体の一部を飛ばし、その場の状況を視る。

■マインド・リーディング

 遠隔緒の者も含め、対象者の思考や思念を読み取る。

■ミューチュアル・カンバセーション

 宇宙人やUMA等、通常は話ができないような、さまざまな存在の思いを代弁して会話する。

 

空を見上げるとUFOがいる――

大川隆法:UFO研究家にはまことに申し訳ないのですが、私たちはほとんど努力らしい努力はしていません。夕ご飯を食べたあと、「ちょっとベランダに出てみようか」と言って外に出て、「あそこ、動いていませんか」ということで撮っているわけです。待ち時間はほぼゼロであり、UFOは「ここにいます」という感じで来ていたのです。「星かな?」と思ったものが動いているという状況でした。

 私は決してUFOの研究を本業だとは思っていないので、傲慢に聞こえたならば申し訳ないと思いますが、「見ればUFOがいる」という状態です。

 

・スパイシー星人 「インドを指導しているヴィシュヌといわれている者がいるけれども、その正体の根源は、おおいぬ座から来た者なんです。もとにあったモデルはそうで、今から、たぶん6千年ぐらい前になると思います。インドの深い哲学のもと、今のヨガにつながる哲学のもとを教えた者なんです」

 

ヤイドロン――エル・カンターレを護る正義の守護神

ヤイドロンは、マゼラン銀河エルダー星から来た宇宙存在である。肉体と霊体を超越した無限の寿命を持ち、地球の文明の興亡や戦争、大災害等にもかかわっている。地球霊界における高次元霊的な力を持ち、「正義の神」に相当する。エルダー星では、最高級の裁判官兼政治家のような仕事をしており、正義と裁きの側面を司っているかつて、メシア養成星でエル・カンターレの教えを受けたことがあり、現在、大川隆法として下生しているエル・カンターレの外護的役割を担っている。

 

・(リエント・アール・クラウド) 地球神エル・カンターレの分身の一人。約7000年前に古代インカの王として生まれた。現在、天上界において、宇宙と交流する部門の責任者をしている。

 

地球に来るのは、侵略的宇宙人だけではない

・おそらく、21世紀中には、ハリウッド映画などでよくあるような、宇宙人による地球侵略といったことが部分的に起きる可能性は、一度ならずあるとは思っていますが、「一方的に地球を征服する」というかたちにはならないでしょう。

 

・「もしかしたら、一部、そうした侵略的なことが起きる可能性もある」と見てはいますが、おそらく、地球人も防衛しようとするでしょうし、地球を護ろうとしている宇宙の勢力もあるので、「彼らとも力を合わせれば防げるだろう」と、私のほうは思っています。これが現時点での考えです。

 

R・Aゴール――エル・カンターレを防衛する仏陀釈尊の宇宙魂

R・Aゴールは、宇宙防衛軍の司令官の一人でありメシア(救世主)資格を持つとされる、こぐま座アンダルシアβ星の宇宙存在である仏陀釈尊の宇宙魂の一つであることが、2021年1月30日の霊言で明らかにされた。大川隆法として下生しているエル・カンターレを防衛する役割を担っている。宗教家的側面を併せ持ち、惑星レベルで優れた文明をつくる力を備えているという。ミスターR、マスターRとも呼ばれる。

 

宇宙規模での真理が問われる時代へ

・人類は宇宙時代に入ってきました。「宇宙時代の正義とは何なのか。宇宙時代の真理とは何なのか」ということが問われる時代に入ってきたのです。

 21世紀から、2千年後、3千年後の未来まで見渡してみると、これからは、宇宙の悟り、宇宙時代の仏法真理、宇宙時代の正義というものも念頭に置いて考えなければなりません。

 

メタトロン――エル・カンターレを支援する、キリストの宇宙魂

メタトロンは、エル・カンターレを護る最上級の天使「熾天使」の一人であり、「光の神」の一人とされるイエス・キリストの宇宙の魂「アモール」の一部で、過去、地球で大きな戦いが起きたときには、地上を平和にするための宇宙的パワーの象徴的存在として助力してきた。6500年ほど前には、メソポタミア地方に生まれたことがあるという。現在は、大川隆法として下生しているエル・カンターレを支援している。

 

 

 

『日本のオカルト150年史』

日本人はどんな超常世界を目撃してきたのか

秋山眞人  布施泰和  河出書房新社  2020/2/22

 

  

 

空飛ぶ円盤 アメリカで報告され、米軍が研究機関を設立

・そのようなときに、海外から飛び込んできたのが、UFOの目撃ニュースである。これを契機にして、オカルトは宇宙を舞台に発展していく。

 

・この飛行物体は、アーノルドの試算で時速約2700キロの高速で移動していた。当時のジェット機ではあり得ないスピ―ドであった。しかもその9個の物体は、鎖のようにつながって飛び、その編隊を崩すことなく、数秒の間隔を置いて急降下と急上昇を繰り返し、ジグザグに飛行したのだ。

 

・こうしたUFO目撃事件が相次いだため、この不思議な現象の正体を突き止めようとする動きも強まった。1947年には米空軍技術情報本部に、UFO問題を専門に研究するグループ「プロジェクト・サイン」を発足させた。有名な米雑誌『トゥルー』も、海兵隊空軍の退役将校ドナルド・E・キーホー少佐に調査を依頼、半年間の調査の結果、「空飛ぶ円盤は実在する」という記事を掲載した。キーホー少佐はそのなかで、空飛ぶ円盤が地球外の天体から飛来している他の知的生物が乗った宇宙艇に間違いないと主張した。

 

UFO アメリカの目撃談は多くの日本人に衝撃を与えた

・実は、こうした空飛ぶ光体の目撃例は、アメリカでUFOが目撃される以前からあった。有名なのは、太平洋戦争中にしばしば日本やドイツの上空で目撃され「フーファイター」と呼ばれた謎の戦闘機だ。

 それ以前にも、「空飛ぶ謎の物体」などは日本では当たり前のように目撃されていた。「人魂」とか「火の玉」などと呼んで、みんなで空に向かって呼び掛けたら、不思議なものが飛んできたというような話は無数にあった。今日のUFOを思わせる物体が着陸したというケースもあった。徳川家康は、宇宙人を連想させるような「河童」と出会ったという話も伝わっている。

 つまり、日本では「UFO」が飛んでいるのは当たり前であったのだ。

 

日本のUFO報告  三島由紀夫石原慎太郎も研究会に参加

・国内におけるUFO目撃例を記録した本も出ている。1958年に朝日新聞が発刊した『バンビ・ブック 空飛ぶ円盤なんでも号』だ。そのなかで「日本空飛ぶ円盤研究会」の荒井欣一代表は、信頼できる目撃例を報告しているので、主なものを列挙しておこう。この内容は、いま見ると改めて驚異的である。

 

<1947年7月9日>鹿児島県で警察官がT字型飛行物体を目撃。日本で最初に新聞で取り上げられたケース。

 

<1948年2月1日>新潟管区気象台長土佐林忠夫氏が月の半分くらいの大きさの物体が飛んでいるのを目撃。

 

<1948年8月2日午前5時すぎ>函館で国鉄機関区助役の鈴木満次氏ほか4名が、円盤状の飛行物体を目撃。

 

<1952年3月29日午前11時20分ごろ>在日アメリカ空軍パイロットのデヴィド・C・ブリンガム中尉がジェット機に乗って北日本の上空を飛行中、円盤状の光る物体が突進してきて衝突直前にほぼ直角に曲がり、ジェット機の前を横切り、垂直に上昇して視界から消えるのを目撃した。

 

<1952年12月29日午後8時ごろ>米軍の戦闘機隊指揮官ドナルド・J・ブレークスリー大佐がF-84で飛行中、青森県淋代の東方海上約8キロの上空で、赤、白、緑の光を放って飛ぶ物体を発見。

 

<1953年1月9日>F-84戦闘機に乗っていた米軍パイロットのメルヴィン・E・コナイン中尉が、変光して飛行する物体を目撃。

 

<1956年5月18日夜>東京・高尾山の見晴らし台でキャンプ中の店員2人が、オレンジ色に光る、お椀を伏せたような物体1機と、その後ろにその半分の大きさの球状の物体2機が編隊を組んで、自分たちの方に向かってくるのを目撃。

 

<1956年7月27日午後3時ごろ>福島県会津農林高等学校の物理学の教師・佐藤健壮氏が天文班の学生数名と太陽黒点の観測をしていたところ、太陽の周りを扁平楕円形の白く光る物体が飛び回っているのを目撃。

 

<1956年8月11日午後11時ごろ>広島県福山市の親子が自宅の庭から異様な光体群がV字型やU字型の編隊で空を飛び交っているのを30分以上にわたり目撃した。

 

<1957年11月7日夜> 岡山市の就実高考の屋上で、同校の地学教師・畑野房子氏が生徒10数名と月食の観測をしていたところ、ボーッと光る白い球状の物体が数度にわたって飛び交うのを目撃した。岡山市ではその後も同様の目撃が相次ぎ、目撃記録は翌58年8月までの9か月間で100件を超えた。

 

・これらの大きな流れのなかで、1955年7月1日には、前出の荒井欣一氏が「日本空飛ぶ円盤研究会」を発足させた。同会には、作家の三島由紀夫北村小松石原慎太郎といった名士も多く参加しており、本格的なUFOブームが到来したのである。

 

海外流出した日本のオカルト 戦勝国の米ソは何に注目し、本国に持ち帰ったか?

・そうした目に見える流行とは別に、戦後の10年間は日本のオカルト文化や技術が、静かにそして密かに海外に流出した時期でもあった。

 

その研究対象のなかには、旧日本軍が研究していた電磁波兵器もあったことは想像に難くない。そして電磁波と超能力を結びつけ、ロシアは電磁波兵器の研究を推進させてゆく。おそらく、旧日本軍の初期の電磁波兵器の研究内容を参考にしたのではないかといわれている。

 

電磁波兵器 日本軍のオカルト的秘密研究は海外に流出した‼ 

・たとえば、旧日本軍の特殊な鉄をつくる現場で働いていたとされる楢崎皐月は戦後、「イヤシロ地」と「穢れ地」という概念を提唱して、製鉄所の立地によって同じ原料の鉄でも、より硬い金属ができる場所とできない場所があることを発見したという。楢崎はまた、兵庫県の山中で「カタカムナ文字」という成立期不明の謎の文字を宮司から伝授されたと主張していることでも知られている。そうした啓示を受けて、それを農業に応用したのが電子農法であった。

 

・その楢崎が軍で研究していたということは、軍も電磁場のことに少なからぬ興味をもち、研究していたということになる。実際に戦時中は、「勢号作戦」という電磁力兵器を使った作戦が水面下で進行していた。その兵器は勢号兵器、Z兵器とも呼ばれた。戦争中、国威発揚のために子供の科学雑誌の付録として付けられていた絵葉書には、「三点交差」と思しき光線が、コイル状の装置から発射される写真が印刷されているものもあった。

 

・1990年に私が初めてロシアにいったとき、そういった装置を開発する研究は依然として続けられており、実際に装置も見せてもらった。スイッチをオンにすると、「ビーン」という音が聞こえ、周りの人たちが一斉に気持ち悪くなった。頭蓋骨の平均的な横幅に共鳴する特殊な電磁波であると話していた。その研究の被験者になった人たちを専門に収容する精神病院をつくっているという話も聞いている

 ところが、ソ連崩壊後の1993年に再びロシアを訪れたときには、実験室はすでに蛻の殻で、アメリカの軍事産業企業が、それらのシステムから人間まで全部買いとった後であった。その後、いきなりアメリカの「HARP(ハープ)計画」が明らかになった。表向きはオーロラを研究するため高周波を照射して電離層に熱を発生させるなどして電離層の現象をコントロールする実験とされているが、電磁パルス攻撃、気象兵器、マインド・コントロールなどにも応用できると考えられている

 電磁波研究の現場で光線兵器の研究にかかわっていたといわれているが、「日本超科学学会」を設立した橋本健であった。彼が戦後はオカルト研究に深くかかわっていくのは偶然ではない。

 旧日本軍が超能力と電磁場の研究を進めていたのはまず間違いなく、当時の日本はオカルト研究の先進国であったように思われる

 

竹内文書  『記紀』とは異なる超古代文明の痕跡をGHQが調査した ⁉

・戦前、旧日本軍が、当時の国体における正史を守るため、正史以外の歴史にかかわるような、全国の謎の巨石建造物や古い神社を多数、爆破したり破壊したりして歩いたという話を聞いたことがあるからだ。

 

・旧日本軍はなぜそのような行動に出たのか。その答えはおそらく、電磁場の研究からイヤシロ地のような場所があることに気づき、そこへいくと謎の神が祀られた神社があることに気づいたからではないだろうか。つまり、どうも自分たちよりも古い民がいて、しかも彼らが渡来系であったことがわかってしまった可能性が高い。

 それは、万世一系天皇を掲げる軍部からすると、消し去りたい事実であったに相違あるまい。

 旧日本軍が破壊した遺跡のなかでもっとも有名なのは、現地の人たちが語りたがらないが、富士山の南側にある愛鷹山山中の神社と巨石群だ愛鷹山には、五色人を祀っている神社があったらしいが、いまは跡形もなくなっている。

 巨石文化の名残りはあるが、旧日本軍が村人を銃殺したとの話も残っており、巨石文化の調査はほとんどおこなわれていない。

 静岡周辺には、そのような話がいくつかあり、巨石を使った「謎の文明」の痕跡が多い。おそらく、戦前において、そうした歴史が隠されてオカルト化されたのだと思われる。

 

科学とオカルト

・奥行きのいちばん奥にいる神と、いちばん手前にある好奇心との間に「科学」や「物質主義」という番長が立ちはだかって、通行料を取るようになったという感じがしなくもない。そのようなイメージを私はもっている。

 

聖母マリアの出現問題

中世から近世にかけての欧米で破竹の勢いで急伸したキリスト教世界においても、困ったオカルト問題が出てきた。

 19世紀半ばごろから始まった、「ファティマの予言」に代表される一連の「聖母出現」である。のちにカトリック世界で「マリアの時代」と称されるきっかけとなった聖母出現問題をめぐって、キリスト教の権威者は、大いに頭を抱え込んだに違いない。

 

・最初期の現象は、1830年11月27日 に発生した。フランスのパリ7区バック街の「愛徳姉妹会」のカトリーヌ・ラブレという修道女の前に聖母が現れ、お守りとしてのメダル鋳造のメッセージを託し、メダルの表と裏に彫るべき図柄のメッセージを視覚化して伝えたというのである。2年後に、パリ大司教が許可したそのメダルが頒布されると、あちらこちらで奇跡や回心が起きたと大評判になったのである。

 その後、聖母出現はヨーロッパで、1846年のラ・サレット、1858年のルルド、1865~67年のイラカ、1866年のフィリップスドルフ、1871年のポンマン、1879年のノック(以上、フランス)、1917年のファティマ(ポルトガル)、1932~33年のボーレン(ベルギー)、1933年のバヌー(ベルギー)と20世紀にかけて相次いで発生した。1830年から1967年までの137年間に各地司教区調査委員会の検討に委ねられた件数だけでも187件に達し、うち11件が教会の許可を得て、マリア巡礼地の資格を獲得しているという。

 そのなかでもとくに有名なのは、ルルドの聖母出現事件だ。

 

四次元と超能力

・霊を信じる人たちからすると、私が交信している人は、4次元どころか6次元だとか8次元だとかを主張する人すら出てきた。次元が上にいけばすごいのではなくて、「次元」はあくまでも物理学の用語にすぎない。精神世界の人たちはサービス精神旺盛で、科学にすり寄ったり、科学の用語を使おうとしたりすることが多くなり、より混乱が生じたように思われる。現象をエネルギーで説明しようとするいまの科学で、オカルト的現象を測定できると考えたことも、混乱に拍車をかけた。

 

高度成長期  オカルトが物質文明に反旗を翻す

「リンゴ送れ、C事件」 広い支持を集めながらオカルト化したUFO団体の悲願

・オカルト運動が顕著になるにつれ、社会問題化する事件も発生するようになった。

 

事の発端は、CBAの松村雄亮らが、1962年ごろまでに地軸が傾くことによって地球規模の大災害が発生すると信じ込んだことから始まった。その「来るべき日」がきたら会員には事前に知らせるので、宇宙船に救出されるために集まる合流地点Cに、いざとなったら集合する取り決めをしたのだ。

 その事前に知らせる合図の電報の文言が「リンゴ送れ、C」であったので、後日、事件名として有名になったが、問題となったのは、この取り決めがメディアにリークされ、産経新聞などの媒体に「終末論を語るカルト」の団体のように書き立てられたからである。周知の通り、「来るべき日」が1962年までにくることはなかった。

 

「宇宙友好協会」の功績 のちのUFO研究の発展と普及に大きく貢献

・そうした負の面もあったが、同時に、UFOをテレパシーで呼ぶという、当時多くのコンタクティーが主張した現象や宇宙語を紹介したのも彼らである。たとえば、宇宙語の「ベントラ」は宇宙人の宇宙機を表す言葉で、地球のことを「サラス」と呼ぶと主張した

 これらの言葉は、私が知っている宇宙語とも矛盾しない。サンスクリット語にも「デベントラ」という、宇宙を表す、似たような言葉があることがわかっているし、古代インド語では「サラス」は水と音の女神であった。いわゆる芸能の神様で、日本の弁財天は「サラスバティ」と呼ばれている。非常に共通点があって面白い。その「サラス」から「ベントラ」と繰り返し唱えて呼び掛けるとUFOが現れるという現象を、CBAを通じて、多くの人が体験したといわれている。

 

オカルト批判とカルト  「リンゴ送れ、C事件」が残した教訓は

・なにかネガティブな事件があると、はじめは肯定的な人も、みるみる立場を変えて“批判派”に転じていくことは多い。「リンゴ送れ、C事件」は、確かに批判されても仕方ない要素はあったが、だからといって宇宙友好協会のそれまでの活動や功績のすべてを否定してよいかといえば、それはまったく違う。

 

・「国際銀行家」とウィリアムソンが呼ぶ人たちが世界的にUFO情報を隠しているのだということをずっと以前から指摘していたのも、彼であった。彼はそのことを『UFO・コンフィデンシャル』という本のなかで書いている。

 

秋山眞人のコンタクティー体験

 

 ▼(別の惑星への訪問と帰郷)

その惑星は本当にすばらしい桃源郷のようなところであった。だが、滞在3日目になると、急に地球が恋しくなったのだ。それを彼らに告げると、私の使命は地球にあることを気づかせるために彼らの惑星に呼んだのだというような趣旨のことを話して、私を再び地球に戻してくれた。現地での滞在は丸2日間(約48時間)であったが、地球に帰ると2、3時間しか経過していなかった。

 その後も彼らとの交流は続き、現在に至っているのである。

 

1970年代  超能力・UFO・大予言……1億総オカルト化

ネッシーツチノコ 学者や文化人もこぞってロマンを追いかけた

・1970年7月20日には、戦前のオカルティスト・酒井勝軍が「太古日本のピラミッドである」と称した「葦嶽山」に近い広島県比婆郡西城町(現在の庄原市西城町)で、獣人型UMA(未確認動物)「ヒバゴン」の最初の目撃報告があった。その後4年間、目撃情報が相次ぎ、メディアを巻き込んだ騒動となった。

 

1980年代  精神世界と自己啓発が密接に結びつく

精神世界とビジネス 自己向上を目指す人々がセミナーに通う現代

・そういった人たちの欲求にうまくはまったのが、アメリカからやってきたダリル・アンカ氏のチャネリングと、そのチャネリング相手の宇宙存在バシャールであった。なにしろ宇宙が相手になるのだから、段階も無限にある。

 では、バシャールが何者かというと、三角形のUFOに乗り、物理的には不可視の惑星エササニからきた宇宙存在ということである。

 

・バシャールとのチャネリングで説かれるメッセージは、基本的にはアメリカで当時流行っていた自己啓発セミナーの延長線上にあり、キャッチフレーズは「宇宙はワクワクすることを望んでいる」であった。ワクワクすることをやれば、宇宙的な拡大を感じることができる、と説いた。

 

超能力者とUFO、幽霊の関係

ユリ・ゲラー氏はスプーン曲げなどの超能力では有名だが、コンタクティーであることはあまり知られていない。ユリ自身が催眠状態で語ったところによると、ユリは幼いころ、「ゆっくりと音もなく流れ落ちる、巨大な球形の物体」を見ている。その球体の前に、長いマント姿の大きな「人間の影のような物体」が現れ、その頭の部分から目が眩むような光線が発射されて、ユリに当たった。それ以来、超能力が開花したという。

 またユリは、地球から5306兆9000億光年離れた「スペクトラ」という宇宙船にいる「ザ・ナイン」という宇宙人グループとテレパシー交信を続けているとも話している。

 

オカルト真贋論争 目撃者・証言者に振りかかる厳しいバッシング

・オカルト事件が起きると、非常に厳しいプレッシャーが当事者に加わることが常であった。

 たとえば、1986年11月17日に発生した日航機機長によるアラスカ上空での巨大UFO遭遇事件である。この事件は、パリ発ケプラヴィーク、アンカレッジ経由成田行の日航機の貨物便が、アラスカ上空で、自機の3~4倍もある巨大なUFOに1時間近くにわたってつきまとわれたという。 それを報告したがために地上勤務への配置転換を余儀なくされた、当時47歳だった寺内謙寿機長には相当の圧力が加えられたことが知られている。

 

1990年代 カルト教団の凶行がオカルトの転機に

奇跡のリンゴと超常体験

木村秋則氏は1949年11月8日、青森県岩木町(現・弘前市)のリンゴ農家に生まれた。機械いじりが好きな青年に育ち、ごく普通の生活をしていたが、高校生のとき不思議な体験をした。

 自転車にのって家に帰る途中、向かい側を歩く男性が突如動作の途中で動かなくなるという体験をした。そのとき、松の木の下に巨大なワニのような動物を見た。自転車を停めてよく見ると、それはヒゲだけでも自分の太ももくらいの大きさがある巨大な龍であった。龍は松の木の上に出て尻尾一本だけで立ち上がると、しばらくしてからそのまま飛び去ったという。

 龍が飛び去ると、不思議なことに、それまで停止していた男性が動き出し、すべてが元に戻ったのだという。私も経験したことがあるが、3日間別の世界で過ごしたのに戻ってきたら3時間しか経っていなかったということは、オカルトの世界ではよく起こるのだ。私はそれを「逆浦島現象」と呼んでいる。

 

・その3年後の1988年、木村氏はついに無農薬・無肥料のリンゴの自然栽培に成功した。その成功物語は2013年には『奇跡のリンゴ』として映画化され、大きな反響を呼んだ。実験田は、国連食糧農業機関(FAO)の世界重要農業資産システムに認定されている。

 

・実はこの成功ストーリーの背景には、数々の不思議な事件が起こっていた。

 

・バイクで帰宅途中、道をふさぐように二つの人影を見たことがあった。バイクを停めて目を凝らすと、130センチくらいの黒っぽい二つの人影と、猫の目のような形をした四つの目が見えた。とても人間とは思えず、足は宙に浮いていた。そのとき「危害を加える気はないから安心しなさい」という言葉のようなものが伝わってきたという。おそらく宇宙人がテレパシーで木村氏に伝えたのだろう。そのときはそれで終わった。

 リンゴの自然栽培に成功した数年後には、もっと強烈な体験をする。自宅2階の寝室で寝ていた木村氏がフッと目が覚めて窓の外を見ると、以前帰宅途中に見た「宇宙人に違いない二人」が宙に浮きながら、目をギョロッと光らせてこちらを見ていたのだ。木村氏は金縛りにあっても動けず、声も出せなかった。

 二人の宇宙人は、カギのかかっていたサッシをいとも簡単に外側から開けて、窓からなかに入ってきた。そして動けずにいる木村氏の両脇を二人で抱えて、拉致した。木村氏の記憶はここで一旦途切れる。

 

宇宙人によるアブダクト  夢や幻ではなかった確実な証拠とは

・次に目覚めたとき、木村氏は大きな建造物のような空間にあるベンチに座っていた。静かで音はまったくしていなかった。そのベンチには他に二人の人が座っていた。

 

・一人になった木村氏はベンチの上に上がり窓から外を見た。そこには「竪穴式住居がいっぱい並んでいるように、光がずらっと見えた」という。そのとき、例の二人がやってきて、今度は木村氏を両側から抱えて、建物の奥へと連れていった。

 途中、いくつかの部屋があって、最初の部屋には先ほど連れていかれた「海兵隊員」が、次の部屋には金髪の女性が、どちらも裸にされたうえに、ベルトのようなものでベッドに固定され寝かされていた。その周りにはたくさんの宇宙人がいて、二人を観察していた。

 自分も裸にされて調べられるのかと思ったが、連れていかれたのは操縦室と思われるスペースだった。真ん中には丸いレバーがあって、ピカピカ光っていたという。

 

・そのとき、テレパシーのように言葉が頭のなかに飛び込んできたと木村氏はいう。その内容は「われわれは、256のすべての物質を知っている。地球人が知っているのは120くらいで、そのうち使っているのは20とか30くらいだ」「われわれはケーという物質を使って時間を移動している」というものだった。

 宇宙人は、その「ケー」という物質を見せてくれた。それはB4サイズくらいの大きさの三角形で非常に重かったが、彼らは軽々ともっていたという。

 

・その後、木村氏は宇宙人から透明な丸い玉をもらった。海兵隊員と金髪女性もそれぞれ円錐形のものと四角いサイコロ状のものをもらったのを木村氏は見ている。

 そこから記憶が希薄になり、気がつくと両脇を二人の宇宙人に抱えられて自宅の窓の外にいた。そして彼らと一緒に部屋に入ったかと思うと、彼らの姿は忽然と消え、木村氏もそのまま眠ってしまったという。

 翌朝目覚めても、拉致された記憶は鮮明に残っていた。だが、もらったはずの丸い玉はどこを探しても見つからなかった。あれは夢だったのだろうか、と木村氏は一瞬訝ったが、夢にしてはあまりにもリアルだった。

 

宇宙人からの啓蒙

・木村氏の場合は、宇宙人がリンゴの自然栽培の方法を直接教えたわけではなかったが、いろいろ示唆を与えながら、なんらかの影響を及ぼしたと考えられる。

 木村氏のように宇宙人から示唆を受けたり情報を得たりして農業で活躍した人は、他にもいる。メキシコでも、宇宙人から導かれた地底人に教えられた巨大野菜の栽培に成功したオスカー・アレドンドカルメン・ガルシアである。それは宇宙にある未知の力を味方につけ、種子に宿らせる方法なのだという。

 

・そのようななか、私はUFOとのコンタクトの記録を公表するような宇宙人側から促されたこともあり、1997年に『私は宇宙人と出会った』という本を出版した。

 

オウム事件に端を発したオカルト批判が渦巻くなか、新たに宇宙人とのコンタクトを始めても声を大にできない「第二世代の子供たち」にとって、私の本が勇気づけるきっかけとなった可能性はあるのではないかと思っている。

 その証拠に、『私は宇宙人と出会った』という本は口コミだけでよく売れたと記憶している。それだけ宇宙人とのコンタクト情報に興味をもった人たちがいたということだ

 

大企業による超能力研究

・80~90年代に企業が超能力を積極的に活用しようとした流れについても、もう少し詳しく説明しておこう。

 本田技研工業の創設者・本田宗一郎は1989年、人づてに私を本田技研の朝霞研究所に呼び、私に講演をする機会をくれたことがある。そのさい私は、超能力の特別チームを研究所内につくるように依頼を受けた。

 

21世紀 猛烈な批判を浴びたオカルトの復権が始まった

相次いだカルト事件

・そして21世紀に入った2000年5月9日、「法の華三法行」の教祖・福永法源が詐欺容疑で逮捕される事件も起きた。

 自己啓発セミナーから出発し、宗教法人となったあと、霊感商法をおこなっていた。これもオカルトの事件に挙げられるが、われわれからすれば、法の華三法行は、オウム真理教同様、当初から問題があるカルトであった。オカルティストのほうが、カルトに対する問題意識が強く、オカルトに詳しくない一般の人ほどカルトにだまされるという現象が起きているように思う。

 

X-ファイル

・90年代当時、精神世界に影響を与えた米国ドラマシリーズが二本生まれた。一つはクリス・カーターが監督したサイコ・サスペンス『ミレニアム』、もう一つはSFドラマ『X-ファイル』だ。

 この二つのドラマには、当時ささやかれていた陰謀論からあらゆるオカルト現象までが全部、盛り込まれていた。

 

アメリカ発オカルト・ブーム

・かつて一部の“研究家”によって誤認説のレッテルを張られた日本のUFO目撃情報に、米政府関係者が「本物であった」という太鼓判を押す出来事もあった。

 9・11テロがあったその約4か月前の2001年5月9日。アメリカの首都ワシントンDCのプレスクラブでは、アメリカの政府や軍関係者ら約20人が集まって、UFO情報が一部の権力者によって隠蔽されていると暴露会見をおこなった。

 その会見では、日航貨物機を操縦していた寺内機長がアラスカ上空で目撃した事件について、当時の米航空局幹部が、寺内機長が見たUFOはレーダーにも捕捉されていたと証言。当時の航空評論家や一部メディアが主張した「機長の惑星誤認説」など陳腐な見誤り説を一蹴した。

 

陰謀論に興味を持つ女性たち  男性と女性の対立が超えるべき課題

・『ムー』の女性購読者数が上がってきたのも、そのころだと聞いている。聞くところによると、いま『ムー』購読者数の4割が女性であるという。以前は、ほぼ9割が男性購読者だった『ムー』が、この変わり様である。

 2011年に開設されたオカルト情報発信サイト『TOCANA(トカナ)』も女性が編集長を務めているのは、女性がオカルトに興味をもつようになったことを象徴する現象といえる。

 

情報の渦に惑わされないオカルト的生き方のススメ

・智の地平線を広げるためにも、まだまだ、われわれは勉強しなければならない。精神世界はそのためにある。モノの見方を狭めるのではなく、広げるために精神世界やオカルトはある。愛と智を広げる原動力そのものが、精神世界でありオカルトなのだ。オカルトの歴史は、人類が無限の地平線に向かって歩を進める限り、永遠に続くのである。

 

精神世界は社会の鎖

・その結果としてわかったのは、精神世界、オカルト、スピリチュアルと呼ばれる世界は、社会の不安や、一般大衆が無意識のなかで引っかかっていることが、現実の社会現象や物質世界より先んじて現れているということである。つまり、オカルト的な世界には、ある種の予言性があるのである。

 ノストラダムスの予言がどうだとか、これから出てくる予言者の予言がどうだとかいった話とは別に、オカルト界そのものが予言性や予知性をもっている。そのため、オカルト界で起きる現象をつぶさに見ていけば、意外にも未来の傾向がわかるのである。

 社会の裏面史や抑圧されたもの、大衆の不安、悲しみ、恐れといったものが、やはり抑えきれなくなると、最初にそれが現象として噴出してくるのが、オカルトの世界なのだと私は思う。オカルトは未来を読み解くバロメーターといえるのではないか。

 

 

 

『日本UFO研究史

UFO問題の検証と究明、情報公開

天宮清    ナチュラルスピリット  2019/1/20

 

 

 

  • 日本最古参のUFO研究家で、元CBA(宇宙友好協会)会員が、

60年以上に及ぶ空飛ぶ円盤・宇宙人研究の成果を集大成!

生涯をかけて追ったUFOや宇宙人の正体を明かす!

 

松村雄亮(まつむら・ゆうすけ)自らがコンタクトし、「緊急事態」を告げられる

・1959年7月10日、松村雄亮は東京における打ち合わせを済ませ、午後11時半頃、横浜桜木町に着いた。車を拾おうと思ったが、なかなか来ないので、人通りの少ない道を野毛の方へ歩いて行った。

「日の出町の交差点を左折し、しばらく行くと行く手の交差点から1台の車が曲って来て、その前照灯で3人の女性がこちらに向かって歩いてくるのに気づいた。すれ違う時に見るともなく見ると一番左にいた女性が微笑みかけたように思われた、10メートルほど行き過ぎてから何となく気になってふり返ってみると、すでに3人の姿はかき消すごとくにそこにはいなかった。そして上空には、フットボール大の大きな円盤が横浜松竹の屋根をすれすれにかすめるごとく右から、左へゆっくりと街路を横切ったではないか。全身が凍りつく思いであった。では今の女性は宇宙人だったのだろうか。まさか!すぐ後を追った。そこはビル街で横へそれる道はない。1分とたたぬ間の出来事である。しかし彼女らの姿はない」

 

・まず最初は1959年1月16日午前10時ごろ、松村宅上空でゆっくり旋回する「スカウト・シップとおぼしき円盤」を撮影した事件である。当時まだ松村は、アダムスキーなどのコンタクト・ストーリーを信用していなかった。したがって、当然この円盤写真は幸運な偶然によって撮影されたものと考えていたという。しかしそのあと、同誌(『宇宙友好協会の歩み』)では「今から考えれば宇宙人が意識的に文字通りスカウトに来ていたものと思われる」という記述が続く。

 

・その後、家族と共に目撃すること数10回、1958年7月28日には再び自宅の庭で「スカウト・シップ」をカメラで撮影したという。そして最初のテレパシーらしきものを受信して以後は、相次いで不思議な出来事が起ったという。

 

宇宙人の女性・男性と会見する

・1959年7月17日、松村雄亮は東京における打ち合わせの後、夕方7時頃に横浜桜木町駅に着いた。駅前から市電に乗ろうとして、雨の中を停留所に向かう途中、7月10日の夜、謎の微笑を残して消えた女性と再会する。茫然と立ちつくす松村に対し、彼女は誘導するごとく先に歩き出した。2人は野毛の喫茶店で相対して座った。

 年の頃は21、2才であろうか、ワンピースの上に首から下げた直径5センチメートルほどの装飾品が絶えず七色に光り輝いていた。

 ここで彼女は、自分は最近日本へ配属された宇宙人であること、現在横浜に3人、東京に4人の宇宙人が来ていること、キャップは東京にいること等を打ち明け、あなたは東京のキャップに会うようになるだろうと言った。この時2人はコーヒーを注文したが、彼女はコーヒーに入れるべきミルクをコップの水に注いで飲み、コーヒーには手をつけなかった

 

・何か証拠が欲しいと思った松村は、目の前の美しい「宇宙人」に「今日の記念にあなたの胸にある装飾品をいただきたい」と申し入れたという。すると彼女はにっこり笑って「いずれ差し上げることもあるかもしれません」と答えた。

 

・1959年7月20日、夕方6時から東京・渋谷でCBAの理事会が開かれることになっていたので、4時頃、松村雄亮は渋谷・道玄坂を歩いていた。すると何者かに左肩をたたかれた。振り返ると品のよい外国人紳士が立っている。「一目見ただけでそれが宇宙人であることが諒解できた」。

 このときも「宇宙人」は松村を喫茶店へ連れて行く。この男性は「日本における宇宙人達のキャップであった」。このとき「宇宙人」から一つの約束が与えられた。それは、「来る25日高尾山頂に円盤が飛んだら、松村を円盤に同乗させる。もしその日に飛ばなかったら都合が悪いのだから後日を待って欲しい」というものであった。

 

松村雄亮(まつむらゆうすけ)ついに円盤に乗る

・翌26日の午前5時頃、山頂で解散。松村雄亮と丹下芳之は横浜まで同道し、午前8時頃そこで別れた。横浜線の車内ですでにテレパシーによって行くべき場所を指定されていた松村雄亮は、横浜駅から直ちに現場に向かったという。

 指定された場所では渋谷で会ったキャップを含めて3人の「宇宙人」が出迎えてくれた。街並みを外れて歩いていると、真っ黒な前方に薄く光る円盤が、浮かび出るように着陸していたという。

 近づいてみると、円盤の直径は30メートルぐらいで、上部のドームに窓はなく、下部は全体に丸みを帯びてギアは見当らなかった。側面の一部が開くとスルスルと梯子が伸びてきて、内部に入る。内部はいくつかの部屋に分かれているらしく、5坪ほどの部屋に招き入れられた。乗員は12名で、うち1人だけが日本語を上手に話し、他は皆英語しか話せなかったという。

 円盤が着陸してから15、6分たった頃、母船に到着した。母船内部の円盤発着場から降り、廊下へ出ると、再び地上に降りたのではないかと錯覚するほどであった。渋谷か新宿の大通りのようであったという。しばらくして、ある一室に案内された。

 この部屋はかなり広く百畳はあったようだった。通路もそうだったが、照明が見当たらないが、かなりの明るさであったという。入った部屋の半分ほどを占める半円形にテーブルが並べられ、そこにずらりと宇宙人が腰を下ろしていた。中央に長老と思われる宇宙人が座っていた。その正面にテーブルと椅子が一つ置かれていた。

 松村は緊張してその椅子に座った。宇宙人はみな首から裾まで垂れたガウンをまとっていた。右端の宇宙人が英語で話しかけた。問答はすべて英語で行われたという。

 この問答は三つの要点に絞られる。

 

緊急事態を新聞に発表しようとするも、宇宙人に止められる

  1. 地球の大変動が極めて近い将来に迫っている。そのため常時地球の観測を行なっているが、その正確な期日は宇宙人にもわからない。あなたはその準備のために選ばれたのである。
  2. われわれとしては、将来の地球再建のために1人でも多くの人を他の遊星に避難させたい。
  3. 決して混乱をまねかないよう慎重にやりなさい。

 

あらかじめ用意していた質問や円盤の中古品の話を出すどころではなかった。いきなりこのような話が始まり、その話題で終始したという。

 

・話し合いの間に果物と飲み物が出された。果物は刺身に似ており、赤、黄、緑、紫などの色のものが皿の上にきれいに並べられていたという。コップは上に向かって階段状に広がっている珍しい形であった。グレープジュース色の液体が入っていた。

 残念なことに果物には手をつける余裕がなかった。飲み物はいい香りがしたという。出発した地点に送り返されるまで、約7時間地球を離れていた。

 

・1959年8月18日の打ち合わせに参加したのは松村雄亮、久保田八郎、丹下芳之、小川定時、桑田力であった。「嘲笑されようとヤユされようと、新聞を通じなければ多くの人に知らせることはできない。とにかく事実を事実として新聞に発表しよう」と決めた。

 ところがこの日、松村雄亮が新橋駅に到着するや、宇宙人が姿を現し、「新聞を使ってはいけません」と言われてしまう。

 

「トクナガ文書」と「1960年大変動」騒動

<1960年大変動」騒動>

1960年1月、産経新聞の記事から始まった

・まず、1960年1月29日、産経新聞「話題パトロール」欄が、「CBAの情報」の記事を掲載した。前掲の『宇宙友好協会(CBA)の歩み』によると、

『196X年、地軸が132度傾く。このため海と陸とが相互に入り乱れて、地球上の生物は93%が死滅する。ノアの洪水より数十倍もの大規模な“地球最後の日”がやってくる』という情報をCBAが流したというのである。しかもこれは松村雄亮が直接宇宙人から聞いた情報であると書かれていた」という。この記事は、当時福島県でCBA地方連絡員であった徳永光男がCBAから伝えられた情報と、レイ・スタンフォード、アダム・バーバーという学者の見解などを総合的に取りまとめ、徳永個人の見解を交えて作成されたと見られる。

 松村が宇宙人から受けた通告の第一項は前述のとおり、「地球の大変動がきわめて近い将来に迫っている。宇宙連合はそのため常時地球の観測を行っているが、その正確な時期は今のところ宇宙人にもわからない。あなたはその準備のために選ばれたのである」であった。

 

1959年の「トクナガ文書」を公開!

・CBAの特別情報をお知らせします。(CBAのある人が数カ月前から宇宙の兄弟たちとコンタクトを持つようになりました。以下述べるのは、宇宙の兄弟たちが知らせてくれた情報です。)

  1. 地球の軸が急激に傾くのは、1960年~62年です(ゼロの可能性がかなり大きいと見られています。)

【注】3百機の宇宙船円盤が地球をめぐり、地軸の変動を常に測定しています。

  1. 宇宙の兄弟がわれわれを救いに来てくれます。円盤に乗る場所は、日本では2カ所になる予定です。東日本と西日本の2つのグループに分けられます。この場所はCの少し前(時期を知らせる通知のわずか前)に知らされます。

【注】C――Catastrophe(大災害)の頭文字で、地軸大変動の略記号または暗号として使われます。

 

(以下省略(当ブログ))

 

「地球の軸が傾く?」のはなぜ「1960年」とされたか

・高梨純一が入手した「短い文書」を読むと、どこまでが「宇宙情報」としてCBA幹部たちが共有していたかが不明である。

 

・まず地球の軸が急激に傾くとされる「1960年」について説明しよう。

 1958年、米国テキサス州の円盤愛好家レイ・スタンフォードは弟と連名による著作『Look Up』を自費出版した。それを入手したCBAは、その『Look Up』を翻訳し、1959年8月に邦題『地軸は傾く?』として発行する。

 

・この『地軸は傾く?』の中の「………最も影響の大きい『地軸傾斜』はここ数年内に発生するでしょう。しかし大規模な変動は恐らく196X年に発生し小規模な変動はそれ以前にも突発するかもしれません」とある。

 この部分が原著『Look Up』では「1960年」となっていたが、CBAはこの箇所を「196X年」として出版したのだ。徳永はこのいきさつを知る立場にいたと推定される。

 

レイ・スタンフォードは「1960年大変動」予言に関わったのか

・「レイ・スタンフォードは霊能者(サイキック)で、意識不明のスタンフォードを通じて、様々なアクセントと抑揚による『語り』があり、それらの存在はエーテル界の『白い兄弟たち』とも呼ばれた。彼らはスタンフォードの声帯を借りて語った

 

・見えない霊的存在からの意志と霊媒による肉声で伝える行為から類推されるのは、霊界人による「大変動予言」の問題である。1954年に「1955年に大変動が起こる」という霊界宇宙人サナンダからの予言を受信したのは、シカゴに住む54歳になるドロシー・マーティンであった。

 それは自動書記と呼ばれる心霊的なメッセージ受信によって筆記された。もちろんその予言が外れたので、今日の世界が存続しているわけだが。

 レイ・スタンフォードの声帯を借りて語る「ソース」が、もし「1960年大変動」という予言にも関係があったとしたら、日本に騒動をもたらした元区はレイ・スタンフォードに語りかけた霊界の「白い兄弟たち」ということになる。しかし、それを確認することはできない。

 

「何年何月何日に世界が終わる」という予言もまた、何度も繰り返されてきた。

・「大変動」「最後の審判」の伝説と、「何年何月何日に世界が終わる」という予言は同じ一つの終着点「大変動」「世の終わり」へと向かっていた。しかし、「大変動」「最後の審判」の伝説の流れは「そのときは誰も知らない。ただ父だけが知っておられる」「宇宙人にも分からない」と言い逃れ、「世界が終わる」という予言の流れは「それは何年何月何日」と予言され、そのつど外れてきた。

 

・「神あるいは主」は「そのときは誰にもわからない」で終わるのが定石で、「それは何年何月何日だ」とするのが「予言的霊能者」の役目であったようだ。信じる人々は予言が外れる度に繰り返し失望させられてきた。20世紀となり、米国予言の「1960年」を受けて、CBAに所属する日本人が緊急文書を作成し、それが新聞社に流れて波乱を巻き起こすことになった。

 

トクナガ・ミツオの弟が明かす「ボード事件」の詳細

手は「天の神様」「サナンダ」と名乗った。サナンダとは「イエスが金星で生まれた名前」であるという。また通信文に見られる「ワンダラー」「リンゴ」という言葉は、ウィリアムスンが受信した相手の通信文にも見られるし、日本のボード通信にも見られた。

「ワンダラー」とは、惑星から惑星へと生まれ変わりつつ移動する放浪者の魂を指し、「リンゴ」とは「外の遊星から地球に生まれ変わってきている人」を指す。「リンゴ」がなぜそうした意味になるのかというと、地球にまかれた種子(魂)が腐らないように(任務を忘却しないように)することを塩漬けにしたリンゴに例えたものである。

 

・「ワンダラー思想」において、「リンゴ」とは「外の遊星から地球に生まれ変わってきている人」を指す。「ワンダラー」とは、惑星から惑星へと生まれ変わりつつ移動する放浪者の魂のことである。しかし、真性宇宙人との接触者である松村雄亮はこのような概念を否定していた。

 

・筆者の隣にいた久保茂が松村に質問した。「惑星から惑星へと生まれ変わる魂というものはあるのか」と。すると「それはありません」と松村は即答した。

 筆者が思うに、肉体の死によって分離した魂というものは、円盤なり宇宙船に回収されて運ばなければ、他の惑星には行けないということではないか。「死んで、他の惑星へ転生する」という概念は、個人的なロマンとしてなら許されるかもしれない。しかし、それを「メッセージ」として、事実として発信するのは問題が大きい。

 それは霊界所属の自称宇宙人によってなされてきた。その目的とは何か。まさか1997年の「ヘブンズ・ゲート」事件(1997年3月、ヘブンズ・ゲ-ト[天国への門]と呼ばれるカルトが、カリフォルニア州サンディエゴ市北部で「ヘール・ボップすい星接近に合わせて」として集団自殺し、死者39人を出した事件)のような結末を招くようなものとは思いたくない。

 

・その世界の住民はUFOのように我々の眼には見えるものではない。眼に見えなくても「宇宙人」を名乗ってコンタクトしてくるのだ。

 「宇宙人」を名乗る眼に見えない意識体は、特定の人物を選び「メッセージ」を伝えたりする。その結果、科学的なUFO研究に種々の分派が生まれるという現実となってくるのである。

 

松村雄亮の「宇宙連合」とのコンタクトとCBAの古代研究

松村雄亮と「宇宙連合」とのコンタクトの方法

・松村雄亮が1959年7月に茨城県の某地から、在日宇宙人と共に搭乗した円盤は「実体図」には見られない。元CBA理事・丹下芳之から1961年頃、筆者が聞いたところによると、その最初に乗った円盤の内部には設備はなく、人を運搬するだけのがらんどうの機内であったという。

 

・松村は宇宙連合から連絡を受けると、旅の仕度をして航空会社に予約を入れる。横浜から羽田空港へと向かい、国内便で九州の某空港へ飛ぶ。そして着陸地点である丘陵地帯へと向かうのである。

 空飛ぶ円盤の飛行や母船への搭乗は常に「九州の某丘陵地帯」で行われた。その往復にかかる費用、そしてタクシーを使って現場近くに行くための苦労があった。母船の中は、地球大気と変わらない気温に保たれていたという」。

 

・宇宙連合の円盤は、高梨純一がその実在を強く主張した「土星型円盤」を基調としていた。その円盤には一切窓はなく、外界は天井の「天体スコープ」によって見ることができる。円盤に搭乗する宇宙人は、松村雄亮もその能力を得た「SMVP」、つまり人間レーダーのような能力を持っている。そ能力があれば、航空機の自動操縦を上回る操縦性を持つのであろう。自動操縦が完璧になれば、我々の乗り物が窓を必要とする時代は過去のものとなる。

 

松村雄亮がコンタクトした宇宙連合の円盤

・直径が50~60メートルの司令機は、3段に分かれている。3階建ての建物としてみると、1階と2階の吹き抜け空間に、円形のテーブルを囲む大会議室がある。その周辺の部屋、まず、1階には個室と調理室、倉庫がある。2階には個室と資料室、サロン、小さな会議室が2つある。

 動力機関はほとんど見当たらないが、土星の輪に相当する翼を貫く「ダクト」のみがそれに相当するようだ。

 

・「空飛ぶ円盤実体図 中型機」は直径40~45メートル。内部は2段に分かれている。1階にやはり会議室があるが、テーブルは四角い。1階の周囲には資材室、倉庫、調理室、サロン、そして個室が5室ある。制御盤に4人、操縦席に1人が座る。乗員は約12名となっている。

 

・この夜には、長さ3000メートル級と1700メートル級の母船が撮影された。その状況は『空飛ぶ円盤ニュース』と『空飛ぶ円盤ダイジェスト』に掲載されている。

 

著者略歴  天宮清

・1960年春、弟から平野威馬著『それでも円盤は飛ぶ』を見せられて、すぐに三省堂書店へ行き『これが空飛ぶ円盤だ』『空飛ぶ円盤実見記』『我々は円盤に乗った』『地軸は傾く』などを購入。CBA発行の宇宙シリーズで月刊『空飛ぶ円盤ニュース』を知り、CBAに入会した。

 

・1975年より天宮一家は奈良県天理市に移り、杉山繊維工業の宿舎を拠点に子育てとUFO観測、スライド作品制作とそれを見る天理高校2部生を相手にした啓蒙活動を展開する。

 

・2011年2月5日に娘が心肺停止により病院に搬送され、以後植物状態になって長期入院することとなる。その入院先に妻と毎日通う過程で、新たなUFO目撃撮影や印刷通販による冊子の制作を行う。

 

・著書に『天空人伝承~地球年代記~』(たま出版)がある。山岡徹、山岡由来は筆者と妻のペンネーム。

 

 

 

『UFO事件クロニクル』

ASIOS   彩図社   2017/8/29

 

 

 

リンゴ送れシー事件

・1960年、「宇宙友好協会(CBA)」が密かに地球の地軸が傾く大異変に備えるよう会員に指示していたことがマスコミに報道され、社会問題となった事件。

 

<大災害を予言する文書>

「リンゴ送れシー」という呼び名は、1959年末、CBA幹部・徳永光男が作成したとされる通称「トクナガ文書」の内容に由来する。

 その内容を要約すると、1960年あるいは62年に地軸が傾く大変動が起こるが、宇宙の兄弟が我々を助けに来てくれる。円盤に乗る場所は日本では東日本と西日本の2ヶ所であり、具体的な場所は「C(英語のcatastrophe:大災害の頭文字をとったもの)」の少し前に知らされる。Cの10日前に電報又はその他の方法でCが起こることが知らされるが、その電文が{リンゴ送れシー}ということだった。

 

・11月3日には、「重大な任務を遂行する」資金を確保するため、浅川嘉富、平野威馬雄らが発起人となって「維持会員制度」が設置されている。

 

宇宙人の長老と会見

・ではなぜ、CBAは、1960年に地軸が傾くと信じたのだろう。

 事件を遡るとその発端は、CBAが1959年に翻訳出版した(松村雄亮訳)したスタンフォード兄弟の『地軸は傾く』に行き着く。

 本書にはスタンフォード兄弟がコンタクトした宇宙人から知らされたとして、1960年に地軸が傾く大変動が起きると記されていた。CBA幹部はこれをこのまま信じていいものかどうか大いに迷い、原著者の1人、レイ・スタンフォードにこの点を確かめたところ、返書には「私の会っている宇宙人はいまだかつて嘘を言ったことはありません」とあった。そこで直接宇宙人に確かめてみようということになり、1958年6月27日、筑波山上空に松村雄亮代表と幹部が何人か集まってUFOを呼び出した。こととき、実際にUFOらしきものが飛来し、その模様は後日ラジオでも放送されたのだが、肝心の年号については、2名の者の頭に「1962」という数字が浮かんだだけで、決定的ではないとされた。

 

CBA代表の松村はこの直後の7月から宇宙人とコンタクトするようになり、26日には円盤で母船に連れて行かれ宇宙人の長老とも会見したのだが、大変動がいつ起こるか、正確な期日は宇宙人にもわからないということだった。しかもこのとき、慎重に事を運ぶようにと念を押された。そこで日本語版では196X年という形にぼやかして出版した。さらにその後宇宙人からは、新聞を使ってはいけないとも警告された。

 

一般社会からの注目

こうしたなか、1960年1月29日付「産経新聞」がCBAの動きや、荒井、高梨の反論を報じたのを皮切りに、他の週刊誌も関連記事を何本か掲載する。しかもその内容は、「トクナガ文書」の内容を紹介するだけでなく、地球滅亡が近いとして乱行を繰り広げた京都の女子高生や食料を買い込んだ千葉の事件、試験を放棄した広島県の高校生などの他、CBA代表の松村がMIBに襲われた話など、真偽不明の内容が含まれていた。

 

他方、当時の報道を精査しても、事件そのものがそれほど大きな社会問題となった兆候は見当らない。ただし、事件を契機にCBAと他のUFO研究家との亀裂は決定的なものとなり、松村も一時役員を退く。しかし1年後には対立する幹部を放逐し、独裁的な指導者として復帰、以後CBAは独自の宇宙考古学路線をひた走ることになる。

 

宇宙人紳士との愛の軌跡 エリザベス・クラーラー

・エリザベス・クラーラー(1910~1994)は、1980年に『光速の壁を越えて』を出版して世に知られることになる。

 エリザベスはアダムスキーの本を読んで、自分が幼少の頃よりずっと宇宙人と精神的なコンタクトを続けていたことを思いだした。そしてある日、誘われるように近くの丘に行くと、そこには着陸した円盤とハンサムな紳士が彼女を待っていた。

 彼女がエイコンと名乗るプロキシマ・ケンタウリ星系のメトン星からやってきた白人紳士型宇宙人と濃厚なコンタクトをしたのは、54年から63年までの間で、やがて2人は当然のように恋に落ち、エリザベスはエイコンの子供を身ごもることになる。そしてメトン星に4ヵ月滞在し、エイリングという名の男の子を出産する。メトン星は争い事のない自然豊かな楽園で、彼女は地球帰還後、地球を彼らの星のようにすべく世界中を巡り講演活動を行った。

 

松村雄亮(まつむらゆうすけ、1929~?)

・日本のUFO研究家。「空飛ぶ円盤研究グループ」及び「宇宙友好協会(略称CBA)」代表で、自称コンタクティー

 

・1959年、松村が翻訳したスタンフォード兄弟の『地軸は傾く』に記された大異変への対応を巡り、CBA指導部が議論を重ねる中、松村は7月に自ら宇宙人とコンタクトし、さらには円盤に乗って宇宙人の長老とも会見したと主張するようになった。こうしたCBA側の動きはマスコミにも知られることとなり(リンゴ送れシー事件)、CBA以外のUFO研究団体・研究家との関係も決定的に悪化した。

 

・一方、アイヌの文化神オキクルミをはじめ、大和朝廷による統一以前に各地の古代日本人が崇拝した神や文化英雄を宇宙人とする見解が宗教団体「成長の家」との対立を招き(成長の家事件)、熊本のチプサン遺跡に無断でアーチなどの建造物を設置したことが熊本県教育委員会より批判を受ける(チプサン遺跡事件)などで世間の耳目を集めた。

 

・1970年6月24日には、ハヨピラでオキクルミカムイ祭1200年式典が行われたが、この直後松村は消息を絶った。

 松村の行方は他のCBA関係者も詳しく承知していないが、ある証言によれば2000年頃、京都の小さなキリスト教団体に身を寄せて亡くなったという。

 

<クロード・ヴォリロン=ラエル(1946年~)>

・「ラエリアン・ムーブメント」の創始者。コンタクティー。フランス生まれ、車専門誌のジャーナリストをしていた1973年12月13日、フランス中部のクレルモン・フェランに近いビュイ・ド・ラソラの噴火口で、「エロヒム」と名乗る宇宙人に遭遇したとされる。

 その際、ヴォリロンは「一つになる」という意味の「ラエル」という称号を与えられ、人類に「真実のメッセージ」を伝えるための「最後の預言者」としての役割を与えられたと主張する。

 またエロヒムからは、彼らの超技術によって、2万5000年前に人間を含む地球の生物が創造されたことを聞かされたとも主張している。

 

・1975年10月7日には、エロヒムと二度目のコンタクトを果たし、彼らの宇宙船で、母星の一つ「不死の惑星」に行き、数々の驚異的な体験をしたともいう。

 1975年末には、エロヒムを地球に招くために大使館を建てるという名目で、「国際ラエリアン・ムーブメント」をスイスのジュネーブに設立。その後、世界中に支部をつくり、会員を集めている。

 公式サイトからダウンロード可能な入会申込書によれば、会員には大きく分けて「国際会員」と「国内会員」があり、活動を積極的に行う国際会員の場合は、年収の7パーセント、国内会員の場合は年収の3パーセントをそれぞれ会費として納めなければならないとされている。

 

・ちなみにラエルは、ヘアスタイルをちょんまげにするほどの日本好きで知られ、現在は沖縄に移住しているという。またラエリアン・ムーブメントの日本支部は比較的会員が多く、日本での活動も積極的に行われている。

 

バック・ネルソン さみしい農夫と恥ずかしがりやの宇宙犬

・ネルソンが最初に空飛ぶ円盤を目撃したのは54年。家畜たちが突然騒ぎだしたので外に出てみると空に3機の空飛ぶ円盤が浮かんでいたという。この時彼は3枚の写真を撮影し、その1枚にだけ2機の円盤が映っていた。最初のコンタクトはその約1年後、その時は簡単な挨拶のみで、その1ヶ月後には本格的なコンタクトを果たしている。農場に着陸した円盤からは3人の男と犬が降りてきて、ネルソンは自宅に彼らを招き入れた。3人の男のうち2人はバッキ―と名乗る若者と、名乗らない年寄りの地球人で、もうひとりがボブ・ソロモンと名乗る金星人だった。55年の6回目のコンタクト時、とうとう彼らの円盤に乗せてもらい、月と火星と金星のクルージングに出かけている。

 

オルフェオ・アンジェルッチ   虚弱体質なニューエイジ・ムーブメントの先駆者>

オルフェオ・アンジェルッチは、55年に『円盤の秘密』を出版し世間に知られることになる。この時、彼は43歳。

 彼を一躍有名にしたのは心理学者のC・G・ユングが興味を示したことで、ユングはこの本について「彼の中では真実」と評した。

 

・それは心に直接語りかけてくるテレパシーだったが、同年ネプチューンと名乗る宇宙人と物理的なコンタクトを果たしている。そして、海王星、オリオン、琴座などの宇宙人と日常的にコンタクトし、世界戦争が差し迫っていると警告した。また彼はイエス・キリストも宇宙人の1人だとしている。

 

彼がコンタクト体験で語ったことは、きわめて宗教的で、宇宙人は自由に現れたり消えたりすることができる実体を持たない存在であるとされた。宇宙人が高次元の精神的な存在であるとする言説は、今ではニューエイジの世界ではありふれたものだが、彼が著書で「ニューエイジ」という言葉を頻繁に使っていることと合わせて、ある意味時代を先行していたと言えるだろう。

 アダムスキーがあくまで既存宗教と距離をとったのに対して、キリストも宇宙人の1人としているところも興味深い。

 

<ウッドロウ・デレンバーガー  UFOに人生を壊されたミシンのセールスマン>

・ウッドロウ・デレンバーガー(1916~1990)は、1966年に宇宙人と遭遇した体験がメディアに報道され世間に知られることになる。

 

・その物体は着陸し、中から長い黒髪を後ろに撫でつけた浅黒い肌の男がニタニタ笑いながら降りてきた。その男は怖がる必要はない、わたしはきみの国よりはるかに力の弱い国からやってきたとテレパシーで語りかけ、男は自分をインドリッド・コールドと名乗った。

 その2日後、デレンバーガーはまたもやコールドからのテレパシーを受ける。彼は自分が戦争も貧困もない「ラヌロス」という地球とよく似た惑星からやってきたと語った。その後、コールドは彼の前に度々現れ、デレンバーガーは彼らの宇宙船への搭乗も果たしている。宇宙船の中はがっかりするほど何の変哲もなく、ベッドや見覚えのある商品がおかれ、ラヌロス星は牧歌的でヌーディストの星だったという。

 

・このことが報道されてからというもの、電話が鳴り止まなくなり、UFOをひと目見ようと集まった人々で彼の農場は連日黒山の人だかりになってしまったのだ。彼は家族と共に何度も引っ越しを繰り返したが、事態はさほど好転せず、耐えられなくなった妻は子供を連れてデレンバーガーのもとを去っていった。

 

エドウィン  やむことのないメッセージ>

・1960年、エドウィンは働いていた南アフリカの農場で無線技師募集の求人でやってきたジョージ・Kと名乗る長身で黒髪の男と意気投合する。そしてその男こそコルダスという惑星からやってきたヴェルダーと名乗る宇宙人だった。彼によれば、地球には宇宙人の組織があり、地球人が精神的霊性向上に気付くように観察しているのだという。

 ヴェルダーはエドウィンとのしばしの親交ののち、円盤に乗ってコルダス星に帰っていった。この話はエドウィンの信奉者であったカール・フォン・ブリーデンによって『惑星コルダスからのUFOコンタクト』としてまとめられている。

 この話にはその後がある。宇宙人ヴェルダーはエドウィンへの置き土産として「無線機」を残していた。エドウィンはあちこちいじってみたが、しばらくはありきたりのホワイトノイズしか聞こえてこなかった。

 しかしその6ヶ月後、ウィオラと名乗るコルダス星人と交信することについに成功する

 コルダス星人は通信の担当者を度々変えながら、宇宙と地球の平和、そして宇宙船の技術的な秘密などを延々と語り続けた。この無線による通信は72年まで続けられ、その後も通信方法を変更して続けられたという。

 

核兵器をなくせとか戦争をやめろとか、UFOコンタクティーたちはそういう直接的なメッセージをあまりしない。彼らが繰り返し訴えるのは、ここではない<他所>があるということ。その<他所>では、ここでは日常的な出来事が、逆にまったく非現実的だったりする――それは例えば、核戦争の恐怖におびえたり、子供が飢えて死んだり、理不尽な争いで人が大勢死んだりすること。そんな、この世界の毎日どこかで起こっている、ごくごく当たり前の出来事が<他所>にはないということだ。

 

並木伸一郎  1947~

・超常現象研究家。1973年に設立された「宇宙現象研究会(JSPS)」では会長を務める。

 介良事件や甲府事件をはじめ、日本で起きた奇妙な事件を現地まで赴いて精力的に調査。JSPSの会誌では、そうした事件の貴重な調査記事が、会員の報告と共に掲載されている。

 

・80年代以降は学研の老舗オカルト雑誌『ムー』のメインライターを務める。オカルト作家としては批判を浴びることもあるが、話を創作したり、プロレスやエンタメだと言い訳するようなことはしない。

 また、表面的なオカルト作家の顔とは別に、海外情報に非常に精通したフォーティアン(奇現象愛好家)としての顔を持ち、UFOについても造詣が深い。おそらく現在、日本で最もUFOについて詳しい人物。

 

・普段、あまり見せない顔を見られるものとしては、『ミステリー・フォトニクル』(デジタル・ウルトラ・プロジェクト)に収録されている「ある円盤少年についてのまじめな話」という記事がある。

 これは、かつてのUFOブームの時代に起きた並木氏とある少年との秘話を記した名文である。未読の方にはぜひ一読をお勧めしたい。

 

韮澤潤一郎  1945年~>

実際は目撃事例のうち、本物は10~15%くらい

新潟県生まれ。たま出版代表取締役社長。UFO研究家。UFOを研究するきっかけは、1954年、小学校3年生の夏休みに初めてUFOを目撃したとき。以来、UFOに興味を持ち、ジョージ・アダムスキーの『空飛ぶ円盤実見記』や『空飛ぶ円盤同乗記』をはじめとするUFO本を読み込み、自宅の屋根に観測台をつくって観測会を開くなどした。

 中学から高校にかけては、自ら『未確認飛行物体実見記録』と題した研究ファイルを作成。写真つきで詳しい観測結果を残している。

 

・大学卒業後は現在のたま出版に入社。当時、社長の瓜谷侑広氏と2人だけという状態からのスタートで経済的には苦しかったため、日本テレビ矢追純一氏が担当していた深夜番組「11PM」などで資料提供するなどして生活を支えた。

 

<南山宏  1936年~>

・超常現象研究家。翻訳家。東京外国語大学ドイツ語学科時代にSFにハマり、早川書房へ入社。当時、SFをやるとつぶれるというジンクスがあったが、それをはねのけ、「SFマガジン」の2代目編集長として、数々のSF作品を世に送りだした。

 超常現象に興味を持ったきっかけはSF同人誌「宇宙塵」。同誌の関係者が日本空飛ぶ円盤研究会に参加していたことから、UFOを入口に興味を持っていったという。

 

・1960年代から70年代にかけては、『少年マガジン』をはじめとした少年誌などで、定期的にオカルト特集記事を執筆。早川書房を退社してフリーに転身後も、精力的に活動を続け、UFO本をはじめとする数多くの著書や翻訳本を出版した。英語が堪能で、翻訳した本では、訳者あとがきが非常に詳しい解説記事になっているのが特徴。

 

・海外の超常現象研究家とも交流が深く、10以上の研究団体に所属。イギリスの老舗オカルト雑誌『フォーティアン・タイムズ』の特別通信員も務める。また日本のオカルト雑誌『ムー』にも創刊当時から関わり、現在も同誌の顧問を務めながら、記事を執筆している。

 日本ですっかり定着した「UMA」(謎の未確認動物)という用語の考案者でもあり、超常現象全般に造詣が深い。

 かつては矢追純一氏のUFO番組などで情報提供を行ったり、自ら出演したりすることもあったが、現在は見世物的になることを嫌い、テレビの出演依頼は断っている。

 

矢追純一  1935年~>

・TV番組ディレクター。1935年、満州新京生まれ。1960年、日本テレビ入社。

 UFOを特集した番組を手がけ、80年代から90年代の日本におけるUFO文化を、事実上牽引した立役者の一人である。

 まだTV黎明期の日本テレビに入社後、様々な番組の現場を転々としたが、なかなか自分に会う番組に出会えず腐っていたところ、深夜の情報番組「11PM」が始まると聞き、プロデューサーに頼んで参加させてもらう。当時の深夜番組はメジャーな存在ではなく、スポンサーもあまりつかなかったが、逆に自由に番組を作っても文句を言われにくい土壌があった。

 もともと矢追氏はUFOに興味があったわけではなかったが、日本人が脇目も振らずに働いて心に余裕も持てない現状を憂い、ふと立ち止まって空を見ることができるような番組を作りたいと考え、当時ブームでもあった「UFO」という、空を見たくなる素材で番組を作り始めたと本人は語っている。

 

・機動性を重視した少人数の取材班で実際に現地取材を行い、目撃者などの当事者にインタビューを敢行する行動力、スピード感のある編集、番組の合間合間に挟まれる特撮のUFO映像となぜか「ピギー ―」と鳴く宇宙人のアップ、何より冒頭の「ちゃらら~ちゃららら~♪」というテーマ曲は当時のUFO大好き少年たちに強烈な印象を残している。

 

<ジョージ・アダムスキー  1891~1965>

アメリカの自称コンタクティー。世界で最初に異星人とのコンタクトを公表した人物。

 ポーランドに生まれ、2歳の時に両親ともにアメリカに移住した。貧困のため高等教育は受けられなかった模様であるが、13年から16年までメキシコ国境で第13騎兵連隊に所属、17年に結婚するとイエローストーン国立公園職員やオレゴンの製粉工場などで働き、26年頃よりカリフォルニアで神秘哲学を教え始めた。30年頃にはカリフォルニア州ラグナビーチで「チベット騎士団」なる団体を設立、神秘哲学の教室を開いていた。40年にはカリフォルニア州パロマー天文台近くに移住し、44年からは弟子のアリス・ウェルズが所有する土地をパロマー・ガーデンと名づけ、そこに建てられたパロマー・ガーデン・カフェで働きながら神秘主義哲学を教えていた。

 

アダムスキーの名が知られるようになったのは、53年にデズモンド・レスリーとの共著という形で出版された『空飛ぶ円盤実見記』が世界的なベストセラーになったことによる。この中でアダムスキーは、51年3月5日に葉巻型母船を撮影し、52年11月20日に、カリフォルニアのモハーベ砂漠で金星人オーソンに会ったと主張している。続く『空飛ぶ円盤同乗記』では、1953年2月18日にロサンゼルスのホテルで火星人ファルコンと土星人ラムーに会い、一緒に円盤に乗った経緯を語っている。

 

・この2書が世界的ベストセラーになると、59年1月から6月にかけて、各国のアダムスキー支持者が集めた資金でニュージーランド、オーストラリア、イギリス、オランダ、スイスなどを旅行し、オランダではユリアナ女王とも会見した。このとき久保田八郎にも訪日の打診が行われたが、十分な資金が集まらず断念したという。

 

その後、アダムスキーの主張はますます肥大し、62年3月には土星に行ったと主張し、ケネディ大統領やローマ法王に会ったと主張するようにもなった。さらに各種の講演会の場や、弟子たちとの非公式の場では8歳からチベットのラサに送られたとか、父親はポーランドの王族で母親はエジプトの王女などとも述べるようになった。

 

 

人類学者G・P・マードックが分析したところ、世界の238の人間の社会で、一夫一婦制しか認められていない社会は43、わずか18パーセントしかありませんでした。

 

(2024/3/4)

 

 

『世界の性習俗』

杉岡幸徳  角川新書   2020/4/10

 

 

 

<まえがき>

・世界には、不可解な「性の風習」や「愛の形」が存在します。

 

・世界の奇習を見つめることにより、私たちは何者なのかが見えてきます。

 

世界の奇妙な愛とセックス

妻を旅人に貸し出す人々

アマゾン川で日本の男はモテモテ?

日本には、いや世界にも、広くマレビト信仰というものがあり、外部から来た異人が集落に幸福をもたらしてくれる、という考えがありました。特に閉鎖的な村では、必然的に近親婚が多くなり血も濃くなっていくので、外部から新しい血を携えてやって来る男は歓迎されたのでしょう。

 

イヌイットの密かな遊び

・別に旅行者相手ではなくても、夫婦を交換し合う例は世界中にあります。

 なかでも、イヌイットの「灯りを消して」という遊びは有名です。

 

イヌイットにも、何か災厄の予兆が迫ると、村人同士で夫婦を交換するという例がありました。こうすると、個人の見分けがつかなくなり、悪霊は彼らを襲うことができなくなると考えられていたのです

 

丸裸で生きる民族

なぜ人間は服を着るのか

なかでも、世界で最も裸を忌み嫌う宗教の一つが、イスラム教でしょうコーランでは「女性はよその男に体を見せてはいけない」と教えています。厳しいムスリムの地域では、女性は全身をブルカで覆い、顔にかけられた網越しに世界を見ていることは、よく知られた話です。アラブの女性はベッドの中でも決して裸にならないので、夫は一生、妻の全裸を見ずに過ごすと言われています。

 

処女を破るプロがいた

処女だと結婚できない文化・処女でないと結婚できない文化

・確かに、世界には処女ではないと結婚できない民族も存在します。たとえばコーカサス地方を歩くとベランダに白いシーツが掛けられていることがあり、シーツの真ん中は赤く血で染まっています。これは、前日に結婚したカップルの家で、初夜に花嫁が出血したことを誇示するためなのです。

 

・しかし、全く逆に、「処女だと結婚できない」民族もまた多いのです。処女であることが忌避されてしまうのです。

 たとえば、ロシアのカムチャツカ半島の先住民は、花嫁がかりに処女だと、花嫁の母親は婿に責められてしまいます。だから、母親は事前に人為的に娘の処女を破ったと言います。

 また、フィリピンのボントック・イゴロット族の場合は、女は子供を産まないと結婚できません。つまり、事前に出産能力があることを証明しなければならないのです。

 

初物への恐怖

その一方で、「処女を破る職人」というべき人々も存在します

 かつてインドの南部の王様は、妻をめとるとき、あらかじめバラモンヒンドゥー教の司祭階級)に新妻を破瓜してもらいました。この時、王はバラモンに大金を支払ったといいます。つまり、バラモンは処女を破るプロだったのです。

 他にも、カンボジアでは、1年に1回、生娘の処女を破る儀式があり、それを僧侶が受け持ちました。

 

同様に、フィリピンでも娘の処女を奪うプロがいたとされています

 また、13世紀のフランスには、農奴が結婚した時には新妻を領主と同

衾させねばならず、これに違反した者は財産を没収するという慣習がありました。これをフランス語では「太腿に関する権利」と露骨に表現しています。この慣習がもとで、しばしば農奴が反乱を起こしています

 

・一つの理由は、処女は危険で汚らわしいと考えられていたからです。

 

旧約聖書によると、アブラハムは最初にできた子供イサクを生贄として神に捧げねばなりませんでした。

 

初夜にセックスしてはならない

・初物に対する警戒心が強まるあまり、「結婚初夜にセックスをしてはならない」という風習まで生まれました。時には、結婚してから1年間も性交が禁じられました。

 

・一方では、初夜に関しては、まったく逆の奇習もあります。

 古代のナサモニア人の風習では、結婚初夜には、花嫁は結婚式に来てくれたすべての男の客とベッドを共にし、その後に贈り物を受け取ったといいます。また、太平洋のマルケサス諸島でも、結婚式のときに、花嫁は来てくれたすべての男性客とセックスをしました。そしてその男の数が多ければ多いほど、花嫁にとって名誉なこととされたと言います。

 初夜においてセックスが禁じられたり、逆に乱交が奨励されたりと、支離滅裂なのですが、どちらの場合からも初めての夜を特別視して大切にする精神は見て取れます。

 

夜這いのある島

神秘の道具「ラブ・スティック」

ミクロネシアの島を訪れると、よく不思議なお土産を目にします。1メートルほどの木の棒で、上の方に細密な彫刻を施しています。

 これは現地では「ラブ・スティック」と呼ばれているものです。日本語では「夜這い棒」とも言います。そう、これは現地の人が「夜這い」するときに使う道具なのです。ミクロネシアには夜這いの風俗が色濃くあり、現在でも現地に女性が訪れると、次から次へとホテルに男が誘惑に来る、という話を聞きます。

 

・夜這いの風習は、もちろんミクロネシアだけにあるのではありません。中国のモソ族、ブータンなどにも残っています。

 

誰でもセックスできる「村妻」

これは売春なのか?

コンゴのレレ族には、1950年頃まで、村に「村妻」(ホホムベ)という女性がいました。これは、村の男なら誰でもセックスできる女性です。レレ族の村の女性のうち、10人に1人が村妻だったと言います。村妻は、敵対する村から誘拐されたり、誘惑されて連れて来られた女性たちでした。

 

セックスが儀式になるとき

セックスは生殖のためか?

・人間はなぜセックスをするのか。

 などといきなり問いかけると身構えてしまうかもしれませんが、単に「子供を作るため」だけではないことは確かです。

たとえば、不妊治療をきっかけに夫婦の仲が悪くなり、離婚してしまうという現象がしばしば起こります。

 

世界の奇妙な結婚

男が女を略奪する誘拐婚

「誘拐婚はキルギス人の伝統なのよ。受け入れなさい!」

シルクロードのほとりに佇む、中央アジアの小国キルギス

 この国は、今も女性を誘拐して結婚させる「誘拐婚」が行われていることで知られています。キルギス女性の実に30パーセントが誘拐婚をされていると言われており、さらにその3分の2が、まったく見知らぬ男による誘拐です。

 

世界に広がる一夫多妻制

一夫多妻制は日本の伝統

イスラム圏を歩いていると、男が数人の女を従えて歩いているのを時々見かけます。

 

一夫多妻というと、野蛮で遅れた制度と見られがちですが、それは正しくありません。だいたい、日本も古から一夫多妻の文化でした。三世紀に成立した『魏志倭人伝』には、「大人はみな四、五婦、下戸もあるいは二、三婦、婦人は淫せず、やきもちをやかず」と倭国のことが描かれています。

 日本が一夫一婦制になったのは1898年ですから、まだ百年ちょっとしか経っていません。ちなみに、それまでは妾も二等親という身内のうちに数えられていました。一夫一婦制を強制しているのはキリスト教文化圏くらいで、世界的には極めて特殊なものと言えるでしょう。

 もっとも、確かにモーゼの十戒には「他人の妻を恋慕するな」と書いてありますが、旧約聖書の中で一夫一婦制を守ったのはイサクとリベカくらい。ダヴィデ王には6人の妻がいましたし、ソロモン王には7百人の妻と3百の側室がいたとされています。

 

一夫一婦制の社会はわずか18パーセント

・もともと、一夫一婦制度(単婚)というものは、非常に稀で不自然なものです。たとえば、霊長類で一夫一婦制なのは10パーセントほどしかいません。哺乳類全体ではわずか3パーセントです。

 

人類学者G・P・マードックが分析したところ、世界の238の人間の社会で、一夫一婦制しか認められていない社会は43、わずか18パーセントしかありませんでしたつまり、82パーセントの社会が多婚制を認めているのです。一夫一婦制はあくまで少数派にほかならない

 また、185の人間社会の中で、39パーセントの社会が婚外交渉を認め、積極的に奨励しています。さらに、単婚制を敷いている社会でも、その50パーセントが特定の条件の下で(祭りの日など)婚外交渉を容認しています。つまり、一夫一婦制で、婚外の性行為を一切容認しないという社会は、世界的に極めて珍しいと言えるでしょう

 

一夫多妻制は男のパラダイスか?

・ただし一夫一婦制でも妻の数に制限があることがあります。有名な話ですが、イスラム教徒の男の妻は4人までです。その一方、西アフリカのアシャンティ族の王になると、わずか3333人の妻で我慢しなければなりません。

 イスラム教が一夫多妻を認めるのは、もともとは戦争で夫を失った女性を救済するための、いわば人道的な制度でした。そもそもイスラム教の開祖のムハンマド自身が9から11人の妻を持っていたと言われています。

 

・そもそも、アフリカにキリスト教が持ち込まれ、一夫多妻制が廃止されそうになった時、もっとも反対したのは妻たちでした。一夫多妻制では第一夫人の力がとても強く、安定しているからです。

 

一夫一婦制は存続するか

・前述したように、一夫一婦制は哺乳類の社会でも人間の社会でも少数派です。しかも、日本を含む先進国では離婚率が上昇しています。これは、すでに一夫一婦制度が限界に達し、崩壊しつつあるということではないでしょうか

 日本は1898年まで一夫多妻制でしたから、一夫一婦制度はせいぜい百年ほどしか続かなかったわけです。

 

一人の女が多くの男を従える一妻多夫制

夫が多い女が尊敬される一妻多夫制

一人の妻が多くの夫を従える一妻多夫制は、一夫多妻制よりもはるかに少ないのですが、確かに存在しますポリネシアのマルケサス島、ヒマラヤのチベット族南インドのトダ族などです。

 まず。マルケサス島の例を見てみましょう。

 この島は、何らかの原因で男が女より圧倒的に多く、一時は男が女の2.5倍もいたとも言われています。食料に乏しい島なので、女児が生まれたら間引きしてしまったからだという説が有力です。必然的に男があぶれてしまうので、一妻多夫制が定着したわけです。

 

チベット族の一妻多夫制は、ほとんどの夫が兄弟です。つまり、兄が結婚したら、自動的にすべての兄弟が夫になり、妻を共有するのです。逆に、弟が結婚しても、兄がその妻の夫になることはありません。

 

嫉妬は存在しない

女王蜂の周りに働き蜂が群がるような、一妻多夫制の世界。なぜこのような制度が存在するのでしょうか。いくつかの理由が考えられます。

  • 先にも挙げたように、女児を間引きするため女の人口が少なくなってしまったから。マルケサス島やトダ族がそれです。
  • 貧しさゆえに、男が妻をめとる際の婚資を用意できないから、共同で出資して妻をめとる。
  • 財産を分割しないため。
  • 夫が遊牧や商売でしばしば家を空けるので、妻が一人で家にいると用心が悪いため。これはチベット族の例です。

 

・たとえばトダ族には「姦通」に当たる言葉がありません。

 

女と女の結婚

「女性夫」とは何か

・アフリカには、女と女が結婚する風習があります。と言っても、別に彼女たちがレズビアンというわけではありません。

 女性が結婚しても子供に恵まれないとき、彼女が「夫」となってほかの女性と結婚するのです。そして、新しい妻に男をあてがって(彼女の親戚の男が多い)、子供を産んでもらいます。その子供は、多くの場合、男性の夫の子供となります。なんともややこしい話ですが……。

 

結婚のない民族・モソ族

「恋人は2百人いるよ」

・中国南部の雲南省は、「少数民族の宝庫」と呼ばれています。現地を歩いていると、色とりどりの民族衣装を着た少数民族が町を闊歩している姿をよく見かけます。

 ここにモソ族という民族が暮らしていますが、彼らは「結婚のない民族」として知られています。

 モソ族の性愛生活を、中国語で「走婚」と言います。「走」は中国語で「歩く」という意味です。「婚」という字が使われていますが、これは私たちの知っている「結婚」ではありません。一言でいうと、完全な自由恋愛です(モソ語でセセと言う)。より直截に言えば、「夜這い」ということです。

 

・モソ族には、「恋人が2百人いる」と豪語する男女も珍しくありません。むしろ、多くの異性を虜にする者が尊敬されるのです。

 

モソ族に「嫉妬」という言葉はない

・では、自由な性愛の結果、女に子供が生まれるとどうなるのでしょうか。

 モソ族は女系制社会なので、そのまま子供は女の家で育てられます。男はほとんど関係のない世界で、男が育児に携わることはありません。それどころか、自分の父親が誰か知らない子供も多いのです。

 

・モソ語には「独占」「嫉妬」に当たる言葉がありません。

 

・モソ族の村を歩くと、男は働かず、トランプやビリヤードをして遊んでいるのをよく見かけます。その一方、女は大きな荷物を背負ったりして熱心に働いています。

 

本当に子供に親は必要なのか

・先ほど、私は「自分の父親を知らないモソ族の人は多い」と書きましたが、もう一つ面白いことに、自分の母親が誰かも知らないモソ族の人も多いのです。

 それはなぜかというと、モソ語では母親を「アミ」といい、そして母の姉妹も同じく「アミ」と言うからです。つまり、家の中で「アミ」という言葉が飛び交じっていても、誰が本当の血のつながった「母親」かわからないのです。

 

・実の父と母が誰かわからなくても、平然と存続している社会もあるのです。日本でも昔から「生みの親より育ての親」「親はなくとも子は育つ」と言いますが、このことわざは残念ながら真実なのではないでしょうか。

 

「父」「母」は猥褻語

・もう一つ重大な事実があります。モソ族の社会は、実はとても性的タブーの厳しいところでもあるのです。

 たとえば、人前で「父」「母」「走婚」といった言葉を口にするのは、タブーです。これらは、一種の猥褻な言葉だとされているのです。

 

・もつとも、近年のモソ族の地域では、女性の出稼ぎが増加し、村の女性が少なくなり、セセは少しずつ消滅しつつあります。また、テレビや携帯電話などの侵入により、彼らの価値観は激しく揺さぶられています。

 

世界の奇妙な男と女

フェラチオさせアナルセックスする儀式

若者宿に連れ込まれ………

フェラチオさせて精液を飲ませる、アナルセックスをする、互いに性器を弄ぶ……。これらは別にアダルトビデオの内容ではありません。ニューギニアのある部族が行っていた、通過儀礼の中身です。

 ニューギニア高地人と言えば、つい最近まで石器時代と同然の生活を送り、首狩りの風習があったことで知られています。そこのサンビア族たちが行っていた成人の通過儀礼は、だいたい次のようなものです。

 まず、少年は7歳くらいのときに、突如、母親のもとから連れ去られ、男しかいない若者宿に連れ込まれます。

 

・少年は、十年近くを若者宿ですごします。精液を飲まされ続けた少年は、そのうちまた年下の少年に精液を飲ませる役を演じ、やがて完全な成人の男として若者宿を離れ、女性と結婚します。

 

男でも女でもない第三の性

少女はなぜ男と出歩くのか

・最近の先進国ではLGBTがどうのと騒がれていますが、フィリピン、タイ、ミャンマーなどの東南アジアの地域では、昔からジェンダーの垣根を超えることに寛容で、地域社会において普通にトランスジェンダーが生きています。それは初めからそういうものだと考えられていて、それほど特別視されたり差別されたりすることもないのです。

 

インドの第三の性「ヒジュラ

・インドにも第三の性が存在し、彼らを「ヒジュラ」といいます。これは、ヒンディー語で「両性具有者」を意味します。

 

ヒジュラインド亜大陸に50万人ほどいると言われています。彼らは10人くらいの「ファミリー」を作って生活をしています。

 

ヒジュラは歌や踊り、物乞い、売春などで生計を立てています。

 

・あとはなんといっても売春です。デリーの売春街にはヒジュラ専門の売春宿がいくつもあり、化粧の濃いヒジュラが客に嬌声をあげています。

 

生まれながらの両性具有者か?

・多くのインド人は「ヒジュラは生まれながらの両性具有者」と信じています。

 

・しかし、本当に生まれながらの両性具有であるヒジュラはほとんどいません。圧倒的多数が、去勢した男なのです。

 

・インドは厳格なカースト制の国であり、ヒジュラカーストから弾き飛ばされた、いわば指定カーストです。社会的に忌み嫌われ、差別されることが多いのが実態です。

 

・もともとヒンドゥー教には、両性具有の神がしばしば現れます。ヒジュラシヴァ神を信奉していますが、シヴァ神とその妃パールヴァティーはしばしば一体となり、アルダーナリーシュヴァラという神になります。男性原理と女性原理が一つになり、性力を持つという考え方があるので、男でも女でもないヒジュラを思想的に受け入れる余地はある、というわけです。

 

・なお、インドでは2014年に最高裁が「第三の性」を認め、パスポートの性別欄に“T”(トランスジェンダー)の表記が出現しました。

 

まことに素晴らしい気運なのですが、その一方で、インドでは同性愛が法律で禁止されているという、よくわからない状況ではあるのですが……。

 

男として生きる処女

・第三の性が認められている文化圏は意外と多いといえます。ネイティヴ・アメリカンのツー・スピリット、インドネシアのチャラバイ、タヒチのマフ、サモアのファファフィネ、ミャンマーのナッカドー、オマーンのハニースなどが挙げられます。

 一方で、キリスト教文化圏では、伝統的に同性愛を抑圧してきました。

 

このうち、ネイティヴ・アメリカンのツー・スピリットやミャンマーのナッカドーは、主にシャーマンや霊媒師として働いている人々です。シャーマンが女装男性であるケースはかなり多く、アラスカやシベリアでも見られます。日本でも、横浜の「お札まき」など、男が女装する祭りがしばしば見られるのは、この系譜なのでしょう。

 

バルカン半島には、19世紀から20世紀まで男として生活を送る処女がいました。なぜ彼らが男として生きたというかというと、一家に男兄弟がいなかったからです。現地には厳格な家父長制度が敷かれていたため、男兄弟がいなければ、財産の継承者がいなくなり、財産が霧散する危険性があったからです。

 

・なお、女の子を男の子として育てる風習はアフガニスタンにもあります。

 

世界の奇妙な「性」と「聖」

神殿で売春する女

嫁入り前に体を売る

・かつて、神聖なはずの神殿で、女が売春するという不可解な風習がありました。たとえば、古代ギリシャの歴史家であるヘロドトスによると、古代のバビロンでは、女は一生に一度ミュリッタ(ヴィーナス)の神殿に赴き、そこで見知らぬ男に体を売る習慣があったと言います。

 女は神殿に座り込み、男が金を出して買ってくれるまで、ひたすら待ち続けます。

 

他にも、地中海のキプロス島では、嫁入り前の娘は必ず海岸に行って、何日も男に体を売る義務がありました。ここで稼いだ金を結婚の持参金に充てたり、ヴィーナスに寄進したりしました

 

「神の女奴隷」デーヴァダーシー

・しかし、ヒンドゥー教の国インドでは、今でも寺院における売春が続いています。この売春婦はデーヴァダーシー(ヒンディー語で「神の女奴隷」の意味)と呼ばれています。現代でも、インドでは5万人近いデーヴァダーシーがいるとされています。

 デーヴァダーシーは9世紀頃に誕生したと言われています。

 

処女を利用する者たち

・デーヴァダーシーは、1988年にはすでにインドでは非合法化されています。しかし、今も密かに奉納の儀式は行われています。

 では、なぜこのような神聖なのか俗悪なのかよくわからない制度が今も続いているのでしょうか。

 その単純な理由の一つが、デーヴァダーシーが「儲かる」からです。

 

宗教とセックスは、一見相反するもののように見えて、太古から互いに手を携えて生きてきました。たとえば、イエスに付き従い、彼の遺体に香油を塗ったというマグダラのマリアは、娼婦だったと伝えられています。娼婦だからこそ、その「罪」を許すイエスが必要だったのです。

 

・考えてみると、宗教ほど「悪」や「賤」を必要としているものもありません。もしこの世に悪がなければ、それを打ち負かす宗教も必要なくなるからです。聖なるものと性なるものは、往々にして一致するのです。

 

祭りは性的乱交である

奴隷が王になり、王が奴隷になる儀式

・世界で最も有名な祭りは、ブラジルのリオのカーニバル(謝肉祭)でしょう。謝肉祭のとは、肉を断って懺悔をする四旬節の前に、できる限り鯨飲馬食してはめをはずそうというものです。リオのカーニバルでは、全裸同然の踊り子たちが踊り狂い、あちこちで性的乱交が繰り広げられます。山車の上からコンドームをまき散らして配ることもあります。初めから乱交が行われることが織り込みずみなのです。

 

・他にも、インドではホーリー祭という祭りがあります。これは毎年3月頃、色鮮やかな粉や水を投げつけあって遊ぶものです。参加者はみな全身が毒々しい色に染まり、ずぶぬれになります。ホーリー祭のときは、ホテルは外国人観光客に外出禁止令を出すことがあります。特に女性は外に出ることを止められます。痴漢をされたり、レイプをされたりする事件が後を絶たないからです。この祭りも、本来は性的な乱交が行われる祭りなのです。

 

なぜ盆踊りで顔を隠すのか?

・性的な祭りが最も多いのが、実は日本です。

 典型的なものが、夏に行われる「盆踊り」です。もともと盆踊りとは、性的乱交をともなうものでした。その証拠に、明治政府は何度も「盆踊り禁止令」なるものを布告しています。あまりに性的放埓が目に余り、外国人に見せるのが恥ずかしかったからです。

 

・徳島の阿波おどりをはじめとして、盆踊りでは、女性はしばしば菅笠(すげがさ)で顔を隠して踊ります。秋田県の西馬音内(にしもない)盆踊りでは、女性は黒い布で顔を完全に覆い隠して踊ります。なぜわざわざこんなことをするのでしょうか。それは、顔を隠し、誰だかわからないようにして、心置きなく性的乱交を楽しむためなのです。

 

また、川崎市で行われる、かなまら祭は、全世界から外国人が訪れることで有名です。男性器の形をした巨大なピンク色の神輿を、女装した男たちが担ぎまわるという、カオスな光景が人気です。このように、男性器を祀る祭りは多いのですが、愛知県の大縣(おおあがた)神社の豊年祭は、女性器の神輿が出てくることで知られています。町を練り歩く山車の上に巨大なおかめのオブジェが載っているのですが、その口が明らかに女性器の形なのです。

  ほかにも、新潟県魚沼市のしねり弁天たたき地蔵は、男は女をしねり(つねり)放題、女は男をたたき放題、という無礼講な祭りです。これも、かつての乱交の名残りをとどめたものと言えるでしょう。

 

寡婦が炎に飛び込み殉死する

焼かれた花嫁

・1987年9月4日、インドは戦慄と熱狂に覆われていました。

 ラージャスターン州の、デオラーラ村で、わずか18歳の若妻ループ・カンワルが、「サティー」を決行したというのです。サティーとはインド古来の風習で、夫が亡くなった時、妻が夫の遺体が焼かれる炎に身を投じて殉死するというものです。

 

・警察は、サティーに関わった28人を自殺幇助などの罪で逮捕しました。しかし、結局は誰一人訴追されず、釈放されてしまったのです。

 

微笑んで焼け死ぬ女たち

・17世紀にムガル帝国を旅行したフランス人フランソワ・ベルニエは、実際に数々のサティーを目撃し、生々しい記録を残しています。

 

自殺か、殺人か?

今なお消えない悪夢

・サティーが始まったのは、紀元前3世紀頃と考えられています。

 

世界の奇妙なタブー

不倫は悪なのか?

日本人の偽善

・最近の日本で、「不倫」ほど評判の悪いものはありません。まったく自分とは関係のない、よく知らないタレントが浮気しただけで、世間が総叩きし、ほとんど社会的に抹殺されてしまうことは、みなさんご存じの通りです。

 しかし、このようなことは、この国ではつい最近沸き起こった極めて新しい現象です。

 日本ではちょっと前まで「妾を養うのも男の甲斐性のうち」と言われていたことは、よく知られていることです。戦後の首相には、妾の家から国会に通う精力的な男もいましたが、それが理由で失脚するなどということは、もちろんありませんでした。

 

女が男に歌を聞かせると不倫?

・もともと「不倫」とは「倫理に反するもの」という意味です。しかし「倫理とは何か」は民族や時代によって変わってくるので、不倫という概念はとても不確かなものなのです。

 

・また、保守的なイスラム教の地域では、女が男と同室したり、女が男に歌を聞かせたりするだけで不倫と見なされ、女性が殺されてしまうことがあります。

 

合法的に不倫を楽しむ「月の夫婦」

・いわゆる「不倫」が合法的に組み込まれている社会もあります。

 オーストラリアのディエリ族には「ピラウル婚」という制度があります。ピラウルとは「月の夫婦」という意味で、彼らは結婚する前にピラウルという複数の愛人を作ります。

 

・多夫一妻制のインドのトダ族には、そもそも「不倫」に当たる概念も言葉もありません。だから、不倫をしたくてもしようがないのです。

 

インセスト(近親相姦)は本当にタブーか

クレオパトラは弟と結婚した

インセスト(近親相姦)というと、考えるのもおぞましい、絶対にしてはならない、と思う人が多いでしょうが、本当にこれはタブーなのでしょうか。

 結論としては、インセストは必ずしもタブーではない、と言えます。例外があまりにも多いからです。

 たとえば、日本の最古の歴史書である『古事記』に記されている皇族の結婚を調べると、現在の日本の法律で禁じられている3親等以内の結婚が、45の結婚例のうち実に22例、半数近くにのぼっているのです。また、718年に公布された「養老令」には、天皇の妃は天皇あるいは先帝の娘か姉妹でなければならない、と定められています。つまりこの場合、天皇の妃は近親の女でなければだめなのです。

 

・といっても、話は貴族の間だけに限りません。一般人においても、イヌイット、ジャワのカラング族、ニューカレドニア人などでは母と息子は結婚可能でした。また、ミャンマーカレン族マーシャル諸島、アフリカのアザンデ族などでは父と娘の結婚が、ハワイ、マーシャル諸島などではキョウダイ間の結婚がそれぞれ認められていました。

 さらに社会生物学者のソーンヒルによると、世界の129民族のうちで、56パーセントにものぼる民族が、親子やキョウダイ間のインセストを規制していないといいます。

 

・たとえば、日本では3親等以内では結婚が可能です。「いとこ同士は鴨の味」という言葉がある通り、むしろいとこ婚が素晴らしいものとして推奨される気配すらあります。

 しかし、いとこ婚は欧米ではほぼタブーですアメリカではほぼ半数の州がいとこ婚を法的に禁じています。彼らから見ると、いとこ婚を認める日本の風土や法律は、とてつもなく野蛮なものに映るでしょう。

 

・また、韓国人は合コンやナンパをするとき、まず相手の姓を聞くといいます。なぜなら、同じ姓だと結婚できないという風習があるからです。と言っても、姓が同じだと何でもだめというわけではなく、本貫(その姓の始祖の出身地)まで同じだと非常にまずい。最も多い金海金氏は韓国人の9パーセントいると言いますから、1割近い異性とは結婚できなくなります(ただし、1999年に法的には結婚可能になりました)。

 

インセストはなぜ忌避されるのか

・さて、インセストのタブーは絶対的なものではないにしても、ほとんどの社会でインセストを回避する掟やシステムを作っていたのは事実です。このインセスト・タブーはどこから来たのか、これについては百家争鳴です。

 

・確かにインセストが否定されるのは「人間は身近な異性には性欲を覚えにくいから」だという説もあります。

 

・しかし、本能説には重大な反論があります。インセストを避けるのが本能なら、なぜ人間はわざわざインセスト・タブーなるものを作り出したのか、ということになるからです。

 

・「インセストは遺伝的に有害であり、人類は昔からそれを知っていたから禁じたのだ」という説もあります。

 確かに、チェコスロバキアの研究で、インセストで生まれた子供160名のうち、実に80名、50パーセントもの子供が先天的な疾患を背負っていたというデータがあります(インセストの場合は10.5パーセント)。

 しかし、私たちの祖先はどうやってこの事実を知ったのか、という問題があります。

 

・さらに、インセストのタブーは、一筋縄ではいかないところがあります。交叉いとこ婚(異性のキョウダイの子供同士)はだめで平行いとこ婚(同性のキョウダイの子供同士)はいいとか、あるいはその逆だとか、第二・第三いとこ婚は禁じられているのに、より血縁が近い第一いとこ婚は認められるとかいった、およそ「科学的」とは言えないルールが存在するからです。また、文化圏により「近親」の範囲が違うという事実の説明もつきません。もし人類の祖先がインセストの遺伝学的な危険性を科学的に知っていたのなら、タブーのルールはもっと合理的で単純なものになっていたはずです。

 結局「なぜインセスト・タブーは存在するのか」は不明瞭で、文明の冥い霧の中に埋もれていると言わざるをえません。

 

動物とのセックス

ヒルとセックスすると結核が治る?

ベトナムを旅していたころ、田舎の年配の男から、「鳥を食べるときは、目の前で絞められたのを確認してから食べなよ。それ以外は食っちゃだめだ

 と半ば笑いながら言われたことがあります。要するに、その鳥が人間の男から獣姦されているかもしれないので、うかつに食べると大変なことになると、親切に教えてくれたわけです。

 まあこれは冗談だと思いますが、世界には不可解な獣姦の習慣が多々あります。それらは、単なる性的傾向ですまされないものがあります。

 

日本の奇妙な性習俗

日本の性の奇習

《誘拐婚》

・「嫁かつぎ」「嫁盗み」と呼ばれる誘拐婚は、日本中に存在しました。

 

・なお、誘拐婚を行う理由はキルギスの場合と同じで、結納金を払えないからとか、認められない結婚を誘拐されたという形にして認めさせる、などです。また、大阪にも「ボオタ(奪おた)」と称する誘拐婚がありました。

 

《夜這い》

・私は、最近まで夜這いが行われていた徳島県の山奥まで、夜這いの経験者の話を聞きに行ったことがあります。夜這いはかなりの場所で高度成長期のころまで残っていました。古くは『竹取物語』『源氏物語』にも夜這いの記述があります。

 

・完全に村公認の制度なので、娘のところに誰も夜這いに来なければ、親も心配して、若い男たちに「たまにはうちにも夜這いに来てくれ」と懇願するほどでした。そうしないと、結婚の相手が見つからないからです。

 

・また「後家は村持ち」という言葉もあり、後家さんならどんな男でも夜這いを仕掛けてかまいませんでした。「半田・亀崎女のよばい」などという言葉も残っている通り、女が夜這いをしかける地域もありました。

 

《宗教売春》

・戦国時代に日本にやって来た宣教師ルイス・フロイスは、次のように書き記しています。

 

 日本では比丘尼の僧院はほとんど淫売婦の街になっている。(中略)日本の比丘尼はいつでも遊びに出かけ、時々陣立に行く。

 

・実際、比丘尼(びくに)(尼僧)は売春と密接に関わっていて、特に「歩き巫女」と称する巫女たちは、各地を布教して回りながら売春を行ったのです。

 また、日本の大きな神社の近くには、売春街があることが多いのです。代表例が伊勢神宮で、ここの近くには古市という有名な色街があり、かつては70軒もの遊郭が立ち並び、遊女たちが艶めかしい声を上げて春を売っていました

 いったいなぜ、神社の近くに売春街があるのでしょうか。それは、伊勢神宮に参拝する前に、男は「精進落とし」と称して遊郭で女を買う習慣があったからです。女も同様に、行きずりの男に身を任せ、厄を落としてもらうのが通例でした。江戸時代に流行った「お伊勢参り」は、売春ツアーとしての一面もあったのです。

 明治初期に日本を旅したイギリス人女性イザベラ・バードも「この国では悪徳と宗教が同盟を結んでいる。ほとんどの大きな神社は女郎屋に囲まれている」と書き残しています

 

社会的に認められた同性愛

・日本は昔から男性の同性愛に非常に寛容であったことが知られています。たとえば仏教寺院では女犯の禁が厳しかったので、僧侶が稚児と愛し合うのが当たり前でした

 戦国時代には、女性を戦場に連れて行くのは縁起が悪いとされていたため、むしろ衆道(男の同性愛)のほうが高尚だとされ、奨励されました。この時代に日本にやって来たキリスト教の宣教師は、あまりの男色の多さに驚き、激怒したという記録が残っています

 

・さらに江戸時代には、売れない男の歌舞伎俳優が性の相手をする「陰間茶屋」が人気を博していたことが知られています。

 

淫乱な日本

・もともと日本人は、世界的に見ても非常に淫らな民族として名を馳せていました。

 16世紀に日本にやって来たポルトガルの宣教師ルイス・フロイスは、次のように書き残しています。

 

 日本の女性は処女の純潔を少しも重んじない。それを欠いても、名誉を失わなければ、結婚もできる。日本では娘たちは両親にことわりもしないで一日でも幾日でも、ひとりで好きな所へ出かける。

 

・村では結婚前から夜這いをしかけるのは当たり前でしたから、処女の価値などまったくなかったのは当たり前です。また、処女の価値どころか、処女が忌避されてしまう文化も世界的には多い。

 

・さらに、幕末にペリー提督とともに来日した通訳のウィリアムズは、次のように驚倒しました。

 

 私が見聞した異教徒諸国の中では、この国が一番淫らかと思われた。体験したところから判断すると、慎みを知らないといっても過言ではない。婦人たちは胸を隠そうとはしないし、歩くたびに太腿まで覗かせる。

 

野蛮な文化が世界をリードする

・言うまでもなく、自分たちの文化だけが正しいと考える「自民族中心主義」は賢明ではありません。

 

《LGBT》(レズビアン、ゲイ、バイセクシャルトランスジェンダー

 最近はLGBTQIA+とかSOGIとかとも言うようですが、性的マイノリティの権利を守らねばならない、という主張をよく聞きます。

 しかし、本書を読んでいただければ、性的マイノリティが当たり前に社会に組み込まれている文化も多いことに気づくでしょう(たいていは非キリスト教文化圏)。

 

同性婚

・日本では同性同士の結婚は法的には認められていませんが、アフリカには女性同士の結婚が昔から存在します(ただし意味合いは異なりますが)。

 

代理母出産》

・これも日本ではまだ法的に認められていませんが、アフリカの「女性婚」はこれの先駆けとなっています(より肉体的なものですが)。女が不妊の場合、女が女と結婚し、「妻」に別の男をあてがって、かわりに出産してもらうというものです。

 

《結婚制度》

日本を含め先進国では、非婚率が上がっています。フランスでは半分近くのカップルが事実婚です。結婚制度そものが揺らいでいる、と言っていいでしょう。

 しかし、中国のモソ族には、もともと結婚制度が存在しません。

 

 


『秘密結社の日本史』

海野弘   平凡社   2007/9

 

 

 

折口信夫の<まれびと>論>

<特定のおとづれ人>というのは、折口によれば、<まれびと>であり、彼方からやってくる神なのだ。蓑笠を着けた人は神であり、<まれびと>である。したがって、スサノオも<まれびと>なのだ。

 折口は<まれびと>を神であり、「古代の村村に、海のあなたから時あって来り臨んで、其村人どもの生活を幸福にして還る霊物」といっている。

<まれびと>は折口学の根本となることばである。彼は1921年、23年の沖縄の旅でそれを発想したといわれる。彼方からやって来る神とそれを迎える土地の精霊。両者の間に行われる神事、そこから文学と芸能が生まれる

 

この<まれびと>こそ、実は秘密結社であり、折口は、<まれびと>論において、日本の秘密結社を先駆的にとらえたのであった。しかし折口自身、それについてどのくらい意識していたかわからないが、あまり発展されず、結社としての<まれびと>は埋もれてしまった。<まれびと>の原型になったのは、沖縄の八重山のアンガマア、マユンガナシ、アカマタ・クロマタなど。異装して訪れて、祝福を与えて帰っていく民族神を知ったことであった。

 

アカマタ・クロマタは、八重山群島で、稲の豊作をもたらす仮面仮装の来訪神である。この神事のために、村人から選ばれた祭祀集団がつくられている。閉鎖的な秘密結社で、入るために厳しい審査を受ける。入社式があり、内部には階梯があり、初年者をウイタビ、2年目をマタタビ、それ以後をギラヌムという。これはメラネシアなどの見られるプリミティブな秘密結社が日本にも入っていたことを示している。他には男鹿半島のナマハゲなどが知られる。

 折口は、蓑笠を着て、鬼のような面をつけてあらわれる来訪神を<まれびと>と考えた。<まれびと>は、秘密の異界とこの世を往来する。そして蓑笠を着けてあらわれるスサノオは<まれびと>とされる。

 

スサノオを<まれびと>の密儀を行う秘密結社と見ると、いろいろ理解できることがある。スサノオ大国主命に、さまざまな試練を与えるが、これは結社への入社式の試練と見られる。

 折口信夫は、笠をかぶってあらわれる来訪神<まれびと>として、スサノオ、隼人、斉明記に出てくる鬼などに触れた。隼人は、異民族で、天孫民族に征服され、宮廷の雑役をしたり、芸人として使われていたらしい。また竹を編んで、籠や笠をつくっていたという。

 

・神話の中には、日本文化の最古層に沈んでいる海洋民族の秘密結社のきおくがひそんでいる。折口信夫はそれを、まれびと。と呼んだ。<まれびと>の秘儀の中の、ほかひ、語り、芸能、占い、そして秘密の技などを持ち歩く人々の集団の中に、日本の秘密結社の原型がある、と私は思うのである。

 

<日本に秘密結社はあるか?>

・なぜに日本に秘密結社はない、とされたのだろうか。島国であり、単一民族で、万世一系天皇制だから、秘密結社が存在する余地がなかったと考えられたのだろう

後の歴史学は、日本の歴史も一本の流れではなく、複数の流れであることを明らかにしたはずだ。それにもかかわらず、<秘密結社>が見えてこなかったのは、戦後もずっと、戦前・戦中の史観の呪縛が解けていなかったことになる。

 

・綾部恒雄が触れているように、戦前にすでに、岡正雄は「異人その他」(1928)で、メラネシアポリネシアの伝統的秘密結社が日本文化の深層に沈んでいることを語っていた。それは折口信夫の<まれびと>の考えにつながってゆく、画期的な視野を持っていた。

 

・ここには、なぜ今<秘密結社>なのか、という問題へのヒントも示されている。<秘密結社>とは<異人><まれびと>(外からやってくる人・神)といかに出会うかを問いかけてくるものなのだ。

 だが、岡正雄の提案はこたえられず、日本は戦争に突入してしまい、<日本の秘密結社>は封印されてしまった。問題は、戦後になってもその封印が解けなかったことだ。戦争に敗れた日本はさらに自らに閉じこもり、異人とのつき合いに臆病になってしまった。

 

 


『異人その他』 

岡正雄) (岩波書店)    1994/11/16



<異人>
・異人もしくは外人は、未開人にとっては常に畏怖の対象であった。あるいは彼らは、異人は強力な呪物を有していると考えて畏怖したのであろう。あるいは悪霊であるとも考えたのであろう。

・自分の属する社会以外の者を異人視して様々な呼称を与え、畏怖と侮蔑との混合した心態を持って、これを表象し、これに接触することは、吾が国民間伝承に極めて豊富に見受けられる事実である。山人、山姥、山童、天狗、巨人、鬼、その他遊行祝言師に与えた呼称の民間伝承的表象は、今もなお我々の生活に実感的に結合し、社会生活や行事の構成と参加している。



『異人・河童・日本人』 (日本文化を読む)

(住谷一彦・坪井洋文山口昌男、村武精一)
新曜社)  1987/11


 


<異人その他><日本民族の起源>
アメリカ大陸の神話の中にスサノオ神話と同質のものが入っているらしい。もしそうだとすれば、スサノオ神話の歴史的な遡源は3万年近くまでさかのぼってしまうことになります。


ストレンジャー(異人)が主役を演じる。


・大人(おおびと)というようなストレンジャーがあり、山姥が暮れに市に出るとその市が終わる、という話がある。


・経済史の中で、経済的な事象の中に「市に山人、異人、山姥、鬼が出現し、何程か市行事の構成に散ずるといふ事。つまり交易の相手たる『異人』の問題が考へられる」と書いておられます。要するに、ひとつの社会の対象化するために、そういうふうな異人が出現することが、いかに重要だったかということが、このへんで、明らかにされていると思います。


 

『秘密結社』
綾部恒雄  講談社    2010/10/13




<異人と祭祀的秘密結社>
メラネシア又は
ポリネシアの社会生活の概念となるものはいわゆる秘密結社である。

・そのようなメラネシアポリネシアの秘密結社の考察は、その様相、変型、フォークロア化の点で、日本文化史に与える暗示はきわめて深いと述べている。

1. 異人が幾度にか、季節を定めて訪来したこと。
2. 異人は先住民より亡魂、又は死者そのものと考えられたこと。
3. 異人は海の彼方から、来るものと信じられたこと。後には、山中の叢林より来るとも信じられるに至ったこと。
4. 異人は畏敬されつつも平和的に歓待されたこと。
5. 異人は食物の饗応、殊に初成物を受けたこと。
6. 異人は海岸地に住まずして山中の叢林に住みしこと。
7. 異人はdual  organization の構成の原因となりしこと。
8. 異人が土民の女と結婚する必要ありしこと。
9. 異人とその女との間に出来た子供が特殊な社会的宗教的性質を有せしこと。
10. 異人は入社式、男子集会所の起源をなしたこと。
11. 異人はその異人たることを表徴する杖、及び「音」を有せしこと。
12. 仮面が男女二つあること。女異人が山中に住むということ。
13. 異人が訓戒、悪事摘発をなし、豊作をもたらし、又はもたらさしめんことを任務としたこと。
14. 異人が季節殊に収穫季、冬至に関係したこと。 
15. 異人は季節が来ると、その出現を期待されたこと。
16. 異人若しくは神は常に村にとどまらないと信じられたこと。
17. 異人の出現の際は女子、子供は閉居したこと。
18. 異人のタブーが財産の起源となったこと。
19. 異人がフォークロア化して遊行歌舞伎団となったこと。
20. 遊行人は異装し、杖と音とを有し、饗応を強制し、或は掠奪を敢えてし得ること。
21. 遊行人が神話、神の系譜を語り、或は之を演技で表現すること。多く季節と関係して。
22. 遊行歌謡団から伊達者(man―woman)が発生したこと。
23. 彼等は民間信仰に於いては、侮蔑されつつも亦高き階級に属すとされたこと。

・すでに触れたように、岡の考察はメラネシアの社会史を範例として行われたのであるが、これらの異人にまつわる表象、状況、発展について暗示された諸項目は、
アフリカの祭祀的秘密結社の成立の事情を辿ることによっても、確認することができるのである。
                                                                                     

 

 

『世界を見る目が変わる50の事実』

ジェシカ・ウィリアムズ  草思社 2005/4/28

 

 

 

50の事実

  • 日本女性の平均寿命は84歳、ボツワナ人の平均寿命は39歳
  • 肥満の人の3人に1人は発展途上国に住んでいる
  • 先進国で最も妊娠率が高いのは、米国と英国の10代
  • 中国では4400万人の女性が行方不明
  • ブラジルには軍人よりも化粧品の訪問販売員のほうがたくさんいる
  • 世界の死刑執行の81%はわずか3カ国に集中している。中国、イラン、米国である
  • 英国のスーパーマーケットは政府よりも多くの個人情報をもっている
  • EUの牛は一頭につき1日2.5ドルの助成金を受け取る。年額にすると世界旅行が可能だ
  • 70カ国以上で同性愛は違法、9カ国で死刑になる
  • 世界の5人に1人は1日1ドル未満で暮らしている
  • ロシアで家庭内暴力のために殺される女性は、毎年1万2000人を超える
  • 2001年、何らかの形成外科手術を受けたアメリカ人は1320万人
  • 地雷によって、毎時間1人は死傷している
  • インドでは4400万人の児童が働かされている
  • 先進国の国民は年間に7キロの食品添加物を食べている
  • タイガー・ウッズが帽子をかぶって得るスポンサー料は、1日当たり5万5000ドル。その帽子を作る工場労働者の年収分の38年分
  • 米国で摂食障害を患っている女性は700万人、男性は100万人
  • 英国の15歳の半数はドラッグ体験済み。4分の1は喫煙常習者
  • ワシントンDCで働くロビイストは6万7000人。連邦議員1人に対し125人
  • 自動車は毎分、2人を殺している
  • 1977年以降、北米の中絶病院では8万件近い暴力事件や騒乱が起きている
  • マグナルドの黄色いアーチがわかる人は88%。キリスト教の十字架はたった54%
  • ケニアでは家計の3分の1が賄賂に使われる
  • 世界の違法ドラッグの市場規模は4000億円ドル。製薬市場とほぼ同じ
  • アメリカ人の3人に1人は、エイリアンがすでに地球に来たと信じている
  • 拷問は150カ国以上で行われている
  • 世界では7人に1人が日々飢えている
  • 今日の米国に生まれる黒人新生児の3人の1人は刑務所に送られる
  • 世界で3人に1人は戦時下に暮らしている
  • 2040年に原油は枯渇するかもしれない
  • 世界の喫煙者の82%は発展途上国の国民
  • 世界の人口の70%以上は電話を使ったことがない
  • 近年の武力紛争の4分の1は天然資源がらみ
  • アフリカのHIV陽性患者は約3000万人
  • 毎年、10の言語が消滅している
  • 武力紛争による死者よりも自殺者のほうが多い
  • 米国で、銃を持って登校し退学になる生徒の数は、平均して週に88人
  • 世界には「良心の囚人」が少なくとも30万人いる
  • 毎年、200万人の女性が性器切除される
  • 世界中の紛争地帯で戦う子供兵は30万人
  • 英国では総選挙の投票者数よりも、テレビ番組でアイドル選びに投票した人のほうが多い
  • 米国のポルノ産業の規模は年間100億円ドル。海外援助額と同じである
  • 2003年、米国の防衛費は約3960億ドル。「ならず者国家」7カ国の防衛費総計の33倍
  • 世界にはいまも2700万人の奴隷がいる
  • アメリカ人が捨てるプラスチック・ボトルは1時間に250万本。並べると、3週間分で月に達する
  • ロンドンの住民は、監視カメラで1日300回撮影される
  • 毎年、西欧向けに人身売買される女性は12万人
  • 英国で売られるニュージーランド産キウイは、その重量の5倍の温室効果ガスを排出している
  • 米国は国連に10億ドル以上の未払い金がある
  • 貧困家庭の子供たちは、富裕家庭の子供たちに比べて、3倍も精神病にかかりやすい

 

「50の事実」に何ができるか

・読み進めていくうちに、いくつかのことが明らかになるだろう。何より、世界を取り巻く問題の多くは、富める先進国と貧しい途上国との、醜い不平等に起因していることだ。

 

私は、これら50の事実が世界を変えると確信している。>

・「思いやりがあり、行動力のある人々は、たとえ少人数でも世界を変えられる――それを決して疑ってはなりません。実際、それだけがこれまで世界を変えてきたのですから」

 

中国では4400万人の女性が行方不明

・2002年10月、中国の新華通信社は最新の国勢調査を発表した。それによると、2000年には女児100人に対し、男児は116.8人生まれていた。そこには、かすかだがはっきりと警告の響きが感じられた。過去2回の国勢調査と比べても、この男女比は拡大している。『上海スター』 紙は、こうした傾向が続けば、約500万人の中国人男性が結婚相手を見つけられなくなると伝えた。そうなれば、家庭、経済、社会的サービスにも問題が生じるだろう。ある専門家は、自暴自棄になった男性による女性の誘拐が増えるとさえ警告している。

 

・この不均衡は、中国やインドをはじめ、東アジアや南アジアにおいて男の子を望む傾向が強いために生じた。女の子を望まない親たちは、性別診断で胎児が女児とわかると、中絶に走る。実際に生まれても、女児の多くは生後数日から数週間で殺されてしまう。親たちはそれを自然死に見せかけるために、手を尽くして警察や衛生当局の目を欺く。幸いにも生き延びた女児も、出生届は出されない。その結果、教育や福祉ばかりか、充分な食事さえ与えられない日陰の生涯を歩む。

 

・インド、中国、台湾の出生率は着実に下がりつづけて西欧並みになりつつあるが、それでも女児への偏見は根強い。

 

・出生登録をされない子供たちには、どんな運命が待ち受けているのか?法律的には、彼らは存在を認められていない。だから学校に行くこともできず、公的機関の診療も受けられない。彼らの生活条件は、ひどく限られている。

 

アメリカ人の3人に1人は、エイリアンがすでに地球に来たと信じている

・30%の人々が「これまでに報告されている未確認飛行物体の一部は、他の文明からやってきた本物の宇宙船」だと答えており、45%のアメリカ人が地球外知的生命体はすでに地球に訪れていると回答している。

 

・実際、軍の発表と目撃者の言い分には食い違いがあった。エイリアンの死体が、いまやすっかり有名になったロズウェル空軍基地の「エリア51」に運びこまれるのを見たという人々もいる。1994年には、「エイリアン検死」の様子であるとのふれこみの怪しげなビデオも出回った。

 

  

 

『世界を見る目が変わる50の事実』

ジェシカ・ウィリアムズ  草思社 2005/4/28

 

 

 

70カ国以上で同性愛は違法、9カ国で死刑になる

・同性愛が死刑の対象になる国が9カ国ある。モーリタニアスーダンアフガニスタンパキスタンチェチェン共和国、イラン、サウジアラビアアラブ首長国連邦(UAE),そしてイエメンである。

 

・1979年のイランにおけるイスラム革命以来、4000人以上の同性愛者が処刑されたと推計されている。

 

・世界で70カ国以上がレズビアン、ゲイ、同性愛者、あるいは性倒錯者を差別する法律を有している。

 

・社会においては同性愛は「病気」として扱われ、ゲイやレズビアンは精神医療による「治療」を強いられてきた。

 

・しかし、多くの国々で事態は変わりつつある。2003年6月、米最高裁判所は、同性カップルの性的行為を禁じるテキサス州法に違憲判決を下した。この判決は、テキサスだけでなく、他の13州における類似の法律を一挙に無効にすることになった。

 

・さらに同性愛のカップルも異性愛カップルと同じように子供を育て、家族の絆を持ち、結婚に関する判断を下すことができるとした。これらは米国憲法に保障された権利と確認したのである。

 

・米国市民自由連合はこの判決を「LGBT(レズビアン、ゲイ、両性愛者、性倒錯者)にとって、これまでで最も有意義な判例」と呼んだ。

 

・国際人権団体も同性愛を公言する人々の保護を求める働きかけで注目を集めており、おそらくはそれがまた保護手段になっているだろう。

 

 

 

(2022/2/11)

 

 

 

『大江戸奇怪草子』

忘れられた神々

花房孝典  天夢人  2021/6/16

 

 

 

文明開化

・江戸時代というと、なにやら遠い昔のような気がしますが、実は、今からおよそ百五十年ほど前の、長い歴史の流れの中では、ほんの昨日のような時代です。また1868年の明治維新によって、一挙に江戸が消滅してしまった訳もありません。続く明治の時代にも、文明開化といえ、市井の生活には、確実に江戸文化の面影が色濃く残っていました。

 

志ん生師は明治23(1890)年の生まれですから、少なくとも明治の中頃までは、東京の夜は闇に覆い尽くされ、その中には、狐や狸に騙されたという、今考えれば、信じられないような話も多く含まれていますが、それは、当時の一般常識を超越した現象を、自ら納得させるために、狐狸に、その原因を帰結させた結果であり、このような超常現象に対する人間の対応は、現在でもあまり変わっていません。

 また、現実の恐怖感が、逆に畏怖の対象となることもあります。本文にあるように、江戸時代、疱瘡(ほうそう)(天然痘)は最悪の疫病であり、死亡率の大変高い、まさに死に至る病でした。

 

狸の書

・文化二 、三(1805,6)年のことです。

 下総香取(現在の千葉県香取郡)大貫村、藤堂家の本陣に詰める何某という家に、書をよくするという、不思議な能力を持つ狸が棲んでいました。その狐は、普段はその家の天井に棲んでおり、狸の書を求める人は、自身でその家を訪ね、天井に向かって丁寧に頼みますと、その家の主人は心得て、紙と筆を火で清め、さらに筆に墨を含ませて揃えますと、不思議や紙と筆は自然に天井へ上ってみますと、必ず紙に字が書いてありました。

 

・狸は、ときおり天井から下りてきて、主人に近づいてくることもよくありましたので、同藩の人はもちろん、近在の里人たちもその狸の姿をときおり目にしたということです。

 

・宴会の当日、主人は客に向かって、「本日は、趣向というほどでもございませんが、皆様ご存知の狸殿に、何か技を披露するように頼んであります。彼が果たして皆様を驚かすことができますかどうか、どうぞ楽しみにしていてください

 と言いましたので、宴会に集まった人々は、それは近頃稀な珍しい趣向と、その話を肴に、不思議の起こるのを今や遅しと待っていました

 ちょうど申の刻(午後4時)思しき頃、座敷の庭先に突然堤が現れ、そこに一宇の寺院が建ちました。その近くには、さまざまな商人たちが葦簀(よしず)張りの店を聞き、またある者は筵(むしろ)を敷いてくさぐさの商品を並べて賑々しく客を呼んでいます。また、それらの商品を目当ての客たちが群集して、その喧騒さは表現のしようがありません。その中にも、(ひさし)に茹蛸(ゆでだこ)を数多く吊した店が鮮やかに目に栄えます。この景色は、近隣の町に六の日に立つ六才市だろうと、人々は怪しみ驚いて打ち眺めていましたが、庭先の市の景色は次第に薄れ、ついには消えてしまいました。

 この日以来、狸の評判は近隣に喧伝され、書を求める人々が陣屋に殺到し、病気をはじめ、あらゆる願いに御利益ありとの噂も立ち、まさに門前市をなすといった状態になり、その風聞は遠く江戸まで達し、公の耳に入りましたので、そのまま放置できず、さっそく役人を派遣してことの次第を調査することになりました。

 調査の結果、山師のように人を騙すわけでもなく、かつ、陣屋の番士の家で起こったことでもあり、取りあげて咎めるまでもないということになりましたが、蕃士のほうでも、世間を騒がせたことに対して深く反省し、信頼できる人の紹介がなければ、書も出さず、まして狸と引き合わすようなことを絶えてなくなったということです。

 

狐の証文

・八王子千人頭現在の東京都八王子市近辺に住んで、土地の警護に当たった千人同心の頭領)を勤める山本銕次郎(てつじろう)という人物は、私の友人、川尻甚五郎の親類に当たります。その山本銕次郎の妻について、一つの奇談があります。

 銕次郎の妻は、荻生惣七(おぎゅうそうしち)という人の娘で、甚五郎の祖父が媒酌人となり、山本家に嫁いで来ました。ところがこの嫁に新婚早々狐が憑き、さまざまにあらぬことを口走り、異常な行動をとるようになりましたので、銕次郎は、狐に対し、「いかなる理由で、呼び迎えた妻に憑くという不埒なことをするのか。そのようなことをして、いったいなんの利益があるのか」と、諄々と道理を諭します。

 

・「証文があったとしても、事情を知らない人は怪しいことと思うであろう。狐が書いたという何か証拠があるのか………。そうだ、人間の世界では印鑑が手元にないときは、代わりに爪印というものをするものだ」

 と言い聞かせますと、狐は、手に墨を付けて証文に押しました。そこには、何やら獣の足跡のような形が押されていたそうです。

 

天狗に雇われた少年>

・江戸神田鍋町(現在の東京都千代田区)の小間物屋(日用品、装飾品を商う店)に、当時14、5歳になる丁稚(商家や職人の家で働く少年)がいましたが、正月の15日に、銭湯へ行くと言って手拭いなどを持って店を出ました。

 しばらくして、裏口にたたずんでいる人間がいますので、誰かと尋ねると、銭湯に行ったはずの丁稚でした。丁稚は、股引、草鞋がけの旅姿で、藁苞(わらづと)を下げた杖をついていました。

 その店の主人は、物知りでしたので、驚くようすもなく、まず草履を逃がせ、足を濯ぐようにと言いますと、「かしこまりました」と返事をして、足を洗いました。丁稚は、足を洗うと台所へ行き、藁苞を開いてから野老(ところ)(山芋の一種。正月の縁起物とする)を取り出し、「お土産でございます」と言って、主人の前に並べました。主人は、「ところで、お前は今朝、どこから来たのか」と問いますと、「私は、秩父(埼玉県西部)の山中を今朝発ちました。長々とお留守をしてご迷惑をおかえしました」と言いましたので、さらに、「お前は、いつ、ここを出たのか」と尋ねますと、「昨年の12月13日、煤払いの日の夜に御山へ行き、昨日までそこにいて、毎日お客様のために給仕をしておりましたが、そこでは、さまざまな珍しい物をいただきました。お客様は、すべて御出家でございました。ところが、昨日呼ばれまして、『明日は江戸に帰してやろう、土産用の野老を掘りなさい』と言われましたので、この野老を掘って参りました」と答えました。

 その家のだれもが、丁稚が出ていったことに気づきませんでしたが、その代わりとして、先ほど銭湯へ行った者は、いったい何であったのか、きっと何者かが丁稚に化けていたに違いないと、あとになって気づきました。

 その後、丁稚に怪しいことは二度と起こりませんでした。

 

不思議な山伏

・寛政九(1797)年七月下旬のことです。

 麹町(現在の東京都千代田区麹町)三丁目に住む旗本、日下部(くさかべ)権左衛門の家来、何某が自室で休んでいますと、夜更けて、彼の名を呼び、激しく戸を叩く者がいました。彼は、「このような時刻に私を呼ぶ、あなたはいったい誰ですか」と声をかけましたが、返事はなく、さらに名を呼び続けますので気味悪くなり、息を潜めて物も言わずにじっとしていますと、しばらくして静かになりました。夜着をかけて寝ようとしますと、再び激しく戸を叩き、彼の名を呼ぶ声が聞こえました。

 そのまま、息を殺してじっとしていますと、戸締りのしてある戸をどうして通ったのか、一人の男がすっと部屋に入ってきました。恐る恐る見ると、いかにも恐ろし気な大男の山伏(修験者)でしたので、男は脇差を引き寄せて、いきなり斬り付けると、山伏の姿は消えてなくなりました。

 

・その夕方、この男は、座敷の戸を閉めに行くといって、そのまま行方不明になってしまいました。

 

・それから5日後、男の在所から、彼が国元に帰っている旨の報せが届きました。国元からの書状によると、彼は、その日の夕方、座敷の戸を閉め、机の算盤に向かったことまでは覚えていますが、その後の記憶はなく、相州鎌倉(現在の神奈川県鎌倉市)の山中に捨てられているのを、土地の人に発見され、その人たちの世話で、そこから国元へ送られたということです。

 

・また、次のような不思議な話もあります。

 麻布白銀町(現在の東京都港区)に、大御番七番目を勤める石川源之丞という武士が住んでいました。

 源之丞には一人の娘がいましたが、その娘が13歳のとき、ふと庭に出て、そのまま行方知れずになってしまいました。

 

・ところが、その翌日、木挽町現在の東京都中央区)から、お嬢様をお預かりしていますとの報せが届きましたので、さっそく家来の者を迎えにやり、屋敷に連れ帰りました。娘が落ち着いたところで、事情を尋ねますと、「見知らぬ人に連れられて、面白いところを方々見物して歩きました」と答えました。

 

魔魅(まみ)

・小日向(こびなた)(現在の東京都文京区)に住む旗本の次男が、いずこへ去ったか突然行方知れずになりました。

 

・いよいよ当日がやってきましたので、心待ちにしていた祖母は供を一人連れて浅草観音へ出かけました。念仏堂へ行ってしばらく待っていますと、果たして次男が現れ、さまざまに話をしましたが、やがて、「まことに申し訳ありませんが、これ以上私を尋ねるのはやめにしてください。私は、前にも申し上げたとおり、何不自由なく暮らしておりますので………」と言い残してその場を立ち去りました。そのとき念仏堂には、次男の連れらしき老僧などが一緒に座っていました。それらの人々も次男といっしょに念仏堂を出て行きました。祖母は慌ててあとを追いましたが、次男たちの姿は人混みに紛れ、すぐに見えなくなってしまいました。このことは、供に連れた小者も確かに見届けています。後々、これは天狗というものの仕業であろうと評判になりました。私の親しい知人から聞いた話です。

 

空から降ってきた男

・文化七(1810)年七月二十日の夜、浅草南馬道竹門の近くに、25、6歳の男が突然空から降り下ってきました。男は足袋はだし、その他は下帯もつけぬ真裸で、そのままぼんやりと佇んでおりました。

 銭湯の帰りに、その不可思議な現象の一部始終を見ていた近所の若者が驚いて逃げようとした途端、男はその場に倒れ伏してしまいました。それを見て、若者は急いで事の次第を町役人に知らせまた。

 

・人々が見守る中、空から天下った訳を尋ねました。

 すると男は、「私は京都油小路二条上ル、安井御門跡(皇族や貴族が継承する寺院)の家来、伊藤内膳の倅の安次郎と申す者でございます」と語り、

ところで、ここは、いったい何という所でございましょうか」と尋ねました。人々が、江戸の浅草だと答えますと、男はおおいに驚いて涙を流しました。人々は、さらに詳しく事の経緯を尋ねますと、男は涙ながらに次のように物語りました。

「本月十八日の朝四つ時(午前10時)頃、私は、友人の嘉右衛門という者と、家僕の小兵衛を伴い、愛宕山に参詣いたしました。其の日は大層暑く、参詣の後、私は衣服を脱いで涼んでおりました。当時の私の着物は、四つ花菱の紋のついた花色染め(薄藍色。別名はなだ色)の帷子(かたびら)(単の着物)に黒の絽(ろ)(極薄の絹織物)の羽織、それに大小二刀を帯びておりました。涼風を受けて心地よく涼んでおりますと、そこへ一人の老僧がやって参り、私に、面白い物を見せるから従い来るようにと申しました

 私は、老僧に操られるように付き従ったような気がしますが、それ以降の記憶はまったくございません。気がつきましたら、こちらにご厄介になっておりました……」

 

天狗になった男

享保年間(1716年から1736年)の話です。

 信州松本(現在の長野県松本市)の藩中に知行二百石で物頭を勤める菅野五郎太夫という武士がいました。

 

・その夜、夜半と思しき頃、何者か、三、四十人に及ぶ人がその部屋にやってきた気配がし、足音なども聞こえましたが、話し声は一切聞こえず、明け方頃にはひっそりとなりました。

 そのうち、夜も白々と明けてきましたので、家の者が恐る恐る襖を開けて部屋の中を覗いてみますと、部屋の中にはだれもおらず、半切桶の中の赤飯は一粒残らずなくなっていました。

 

・「旦那様がおみえになりません」と叫んだので、一同ははっと気づき、慌てて辺りを捜しましたが知れず、そのまま行方知れずとなってしまいました。

 

・さて、翌年の正月のことです。五郎太夫が消えた座敷の間に、誰が置いたとも知れず、一通の書状が置いてあるのがみつかりました。不思議に思った息子が開いてみますと、明らかに五郎太夫の筆跡で、「私は、今、愛宕山に住んでいる。現在の名前は宍戸シセンである」とあり、追伸のようにして下に、「二四日には、絶対に酒を飲んではならぬ」と書いてありましたが、その後は、菅野家には格別妖しいことも起こらなかったとのことです。

 

怪僧

・越後の国蒲原郡滝谷村にある慈光寺は、村落から山林の中を行くことおよそ一里(約4キロメートル)、千年は経たかと思われる杉や松が鬱蒼と生い茂る、まさに仙郷を思わせる幽玄の寺院です。

 元弘年間(1331年から1334年)、楠正五郎(楠正行の子)が出家して亡くなったのがこの寺で、いまだに祖父に当たる楠木正成の鎧、直筆の書簡などを寺宝として秘蔵しています。

 ある年の六月半ば、寺僧が皆托鉢に出て、小坊主が一人で留守番をしていますと、髪を長く伸ばした旅僧がやってきました。旅僧はしばらく休むと、小坊主に向かい、「今日は、祇園の祭礼の日だが、お前は行ってみたいか」と尋ねました。小坊主は、「見たいとは存じますが、そのようなことは不可能です」と答えますと、旅僧は、そのまま小坊主を連れて立ち去りました。すると、突然周りには数千の人々が群集し、囃子の音、さまざまな音曲がにぎやかに鳴り響き、鉾に飾られた錦の織物など、目にまばゆく、小坊主は時の経つのも忘れ、呆然と祭りを眺めていました。

 夕刻になって、旅僧は近くの菓子舗へ行って千菓子を一箱買い求め、小坊主に渡して、「帰るぞ」と一言言った途端、小坊主は寺の門前に立っており、旅僧はいずれかへ消え去ってしまいました。

 この話を聞いた寺僧たちはおおいに怪しみ、菓子の箱を調べてみますと、京都二条通りにある有名な菓子舗の物だとわかりましたので、きっと天狗の仕業に違いないと噂しました。

 

怪僧再説

・寛政年間(1789年から1801年)のことです。

 越後の国中蒲生郡大田村に住む農夫某に、12歳になる娘がいました。

 ある日、家人と連れ立って燕の町(現在の新潟県燕市)に祭礼見物に行きましたが、途中で家人とはぐれてしまいましたので、方々尋ね歩いていると、顔の赤い僧が来まして、さまざまに親切にしてくれるので、娘は家人のことも忘れ、一緒に祭礼を見物して歩きました。

 この僧は、娘が食べ物のことを思うと、直ちに茶店へ連れて行って好きな物を食べさせ、また、町で少女が欲しいと思う物があると、櫛でも簪でも思うままに与えましたが、一向に代金を払ったようすもなく、店の人もそれを咎めたりはしませんでした。

 娘は僧に送られ家に帰りましたが、その日以来、娘が心に望むことがあると、すべて叶うようになりました。遠くにある物を取ろうと思えば、その物が飛んできて娘の前に届きます。

 

・また、その年の秋、村松山喜多河谷村でも似たような怪事が起こりました。

  同村の裕福な農家某の家で、近村から子守り娘を一人雇い入れました。

 ある日、娘は、子守り仲間の娘数人と村外れの茶店の辺りへ行きました。仲間の娘たちは茶店で柿を買って食べましたが、娘はお金がないので買うことができず、仲間の食べるのを羨ましそうに眺めていました。

 そこで顔が赤く、まるで老猿のような、白衣を身にまとった僧が通りかかり、娘に、「柿が欲しいのか」と聞きましたので、娘が思わずうなずきますと、茶店から柿が5、6個飛んできて、娘の袂に入りました。

 その日以来、娘の望む物は、なんでも飛んできて娘の懐に入るようになりましたので、主人はひどく怪しみ、娘を親元に帰そうとしますと、家中の家財道具が勝手に飛び交って、家の中にいることができません。そこで、娘をいたわり、上座に据えて謝りますと、即座に止みました。

 

いずれの話も、天狗の仕業に違いないと評判になりました

 

美濃の弥次郎

美濃の国(現在の岐阜県)に弥次郎と呼ばれる年を経た老狐がいました。

 弥次郎は、ときおり、出家の姿で寺院に現れ、昔語りなどをしました。その中でも、京都柴野大徳寺真珠庵の一休禅師の話をすることが大好きでした。

 当時、一休禅師は、あまねく世に知られた徳の高い僧でしたが、また、さまざまな寄行が喧伝されていましたので、弥次郎は、それが疑わしく、自ら試してみようと京都へ出かけました。

 そのころ、大徳寺の門前に住む女性が婿取りをしましたが、母子、夫婦の折り合いが悪く、ついに婿を離縁したばかりでしたので、弥次郎は、その女性に化けて一休禅師のもとに行き、

夫は去り、母親も私を責めてなりません。そんな訳で、私は家を出て参りました。どうか今晩はお寺に泊めてください」と願いました。禅師は「あなたが、寺の門前に住んでいるので、近所のよしみで今まではお会いもしましたが、家を出られるならば、いくら知り合いでも寺に若い女性を泊めることはできません」と、きっぱりと断りました。

 

・女は、つまり弥次郎狐は、もともと一休禅師を試しに来たのですから、夜更けてこっそりと禅師の床に忍び入り、さまざまに戯れかけました。そのとき禅師は、女を跳ね除け、「この不届き者」と一喝して、枕元にあった扇のような物で弥次郎狐の背をしたたか叩き付けました。「たかが扇と思ったが、その痛さは耐え難く骨身に応え、まさに失神しそうになりました。一休禅師は、私の知っている限り、最も徳の高い人でした」と、しみじみ語って座を降りるのが常でした。この弥次郎狐は、今もなお存命だと聞いています。

 

天狗隠し

・寛政七(1795)年二月二十一日のことです。

 青蓮院(しょうれんいん)(京都市東山区栗田口にある門跡寺院)の19歳になる寺侍が、朝早く門を出て、たちまち行方知れずになってしまいました。同僚たちが思い思いに捜索しましたが、その行方は、ようとして知れませんでした。

 ところが二十四日の朝、くだんの寺侍が、門前に姿を現しましたので、とにかく中に呼び入れましたが、ほとんど夢中で、人心地がありませんでした。

 

・「朝、門前に立っていますと、突然、宙に浮いたような気分になり、夢ともなく現ともなく時を過ごしますと、ややあって、『下を見よ。ここは尾張名古屋の城下である』という声が聞こえました。それからしばらく宙を飛び、駿河の富士山の頂で休息をとりました。そのとき、急に母親のことを思い出し、『私が消えてしまったので、母上は、さぞお嘆きでありましょう』と、私を誘い連れてきた者に言いますと、その者は、『その方、母のことを、それほどに思うならば、帰してやろう』と言いましたが、その後のことは、まったく覚えていません」と答えました。

その、誘い連れ去った者というのは、いかなるようすであった」と尋ねますと、

その者の姿形は定かでありません。物を言うときには、傍らに誰かいるような気がしました」と答えましたので、皆々は、「それこそ天狗という者であろう」と語り合いました。

 

善導寺の狸

・讃岐高松(現在の神奈川県高松市)に有名な善導寺という禅宗の古刹があります。この寺に納所(寺院の出納を司る役職)を勤める若い僧がいました。

 かの僧は、たいそう律儀で篤実な性格の持ち主でしたので、住職の信頼も篤く、善導寺全体の帳簿を任されていました。もちろん僧侶ですので、算盤勘定は不得意の方でしたが、もとより律儀で行き届いた性格ですので、過去の帳簿に一厘たりとも合わぬ部分はありませんでした。

 ところが、文化三(1806)年の締めくくりの帳簿で、どういう訳か金子二十両の不足が生じてしまいましたが、もともと清廉潔白の僧ですから、そのことを日夜悩み続け、何度も繰り返し計算し直しましたが、どうしてもその原因はわかりません。

このように帳簿に穴をあけてしまったのは、すべて自分の不徳のいたすところ。いかなる申し訳も立つものではない。また、どのように言い訳しても、すべて自分の恥となる。この上は、死んで申し聞きをいたそう」と思い詰め、金子不足の経緯を書置として認め、座禅を組みながら、「今晩こそ死のう」と心に決めた途端、表で、「しばらくお待ちなさい」という声が聞こえました。

 

・「怖がらなくとも結構です。私は、すでにお聞き及びだとは思いますが、この禅林の裏山に歳古く棲む狸です。あなたは、なぜそのように悩み患い、死のうとなさるのですか」と問いかけました。

 

・翌々日の夜、僧が改めて帳簿の計算をしていると、狸がやってきて僧の前に二十両の金子を並べました。僧は、「約束は違えず、このように金子を整えていただいて喜びに堪えません」そこで、「これは、どのような小判なのでしょうか」と尋ねますと、狸は「これは長曽我部家没落のとき(長曽我部家は土佐の豪族。長曽我部盛親の代に、関ヶ原の戦い石田三成に加担し、国を没収される。長宗我部とも書く)、土佐(現在の高知県)との国境の、人を寄せ付けぬ深山幽谷に、金銀資材などを隠し捨てた中の一部であり、今は、誰の持ち物でもありません。その場所は、大変険しく、我々でさえ容易には近づくことができませんが、やっとの思いで数を揃えることができました」と答えました。

 

・それを聞いた往時はたいそう驚き、「永年の帳簿の中で、少々不足が起こったとしても、それは、その訳を話してくれれば済むこと、夢にも死のうなどと考えるべきではない」と諭し、かの僧の実直さに改めて感嘆しました。

 

虚ろ舟の蛮女

・享和三(1803)年 二月二十二の午の刻(正午)頃のことです。当時、幕府寄合席を勤めていた小笠原越中中守(石高四千石)の知行地、常陸現在の茨城県)の「はらやどりの浜」という海岸沖の波間に、舟のようなものが見え隠れするのを、土地の漁師たちが多くの小船を出して、浜辺に引き上げました。

 その舟様の乗り物をよくよく見ると、形は香合(こうごう)(香を入れるための蓋つきの容器)のように丸く、差し渡しは三間あまり(約5.4メートル)、上部はガラス張りで障子のごとく、継ぎ目はチャン(松脂)で塗り固められており、また、海上岩礁などに当たっても打ち砕けないように、底部は鉄板を筋のように張ってありました。ガラス張りの上部から覗いてみますと、その中には、異様な風俗の女性が一人乗っておりました。

 女性の顔色は桃色で、髪も眉も赤毛でしたが、背にたれる豊かな長髪は白色の、たぶんつけ髪で、獣の毛か、より糸かは定かではありません。

 もとより言葉はまったく通じませんので、どこから来たのか尋ねる術もありません。

 

・村人たちの詮議は続き、結論として、このような出来事を公に訴えると、さまざまに経費もかかり、また無駄な時間もかかるので、かの言い伝えのように、女性を船に乗せ、再び海に流すことに決定いたし、不思議な虚ろ舟は再び沖に流されました。

 

不思議な客

・文化二(1805)年の春のことです。

 本郷信光寺店に古庵長屋という、道に面して片側だけに家の連なるところがあります。私の親類の山本氏もその辺りに住んでいますので、私もよく見知った街並です。

 この片側町に、三河屋という古い質屋があります。この店に、歳頃五十余歳になる下働きの雇い人がいましたが、長い間まじめに勤め上げ、一点の私心もありませんので、主人も重い信頼をおいていました。

 そのころ、この辺り一番で、三河屋のすぐ隣家まで燃えるという大きな火災が起こりましたが、それ以前に、かの雇い人は、

近々、この辺りに火災が起こります」と言っていました。それを聞いて、仲間の人々は嘲笑って聞き流していましたが、その言葉どおり火災が起こりました。さらに、彼は、「ただし火災が起こっても、類焼の難を免れますので、道具類などを持ち出す必要はありません」とも言っていましたが、果たして隣家まで燃えて鎮火しましたので、かの雇い人の言葉が、不思議にも的中したことが評判となりました。

 その噂を耳にした火付盗賊改方の戸川大学は、火付けの疑いもあるとして、雇い人を捕らえて厳しく追及しましたが、もとよりそのような事実はなく、間もなく放免になって、再び三河屋に戻ってきました。

 その雇い人は、堂々店の二階で寝ていましたが、ときどき夜更けに話し声が聞こえるので、主が、「夜遅く、いったい誰と話しているのか」と尋ねたことがありましたが、雇い人は口を固く閉ざして答えませんでした。また、夜中の話し声は、それ以降もしばしば聞こえることもあったので、主は再び厳しく問い詰めますと、雇い人は、ようように重い口を開き、「誰と申されても、所も名前もわかりませんただ山伏のような姿をした人がやってきまして、さまざまな話をしてくれます。その人は、『お前がもっと若ければ、いっしょに伴って諸国を見せて回るのだが、すでに老境に入っているので連れて行けないのが残念だ』と言って、そのかわりに、さまざまな諸国の面白い話をしてくれたりします。この間の火災のことも、実は、その人から聞きました」と答えました。

 

呼び出し山

・上野寛永寺の楽人(雅楽の演奏者)を務めていた東儀右兵衛という人に、6歳になる一人息子がいました。この息子は大変聡明で、両親は目の中に入れても痛くないというほどかわいがっていました。

 文化十一(1814)年、初午(二月最初の午の日)の日に、息子の姿が見えなくなり、そのまま行方知らずとなってしまいました。

 

・両親は深く嘆き、息子が帰ってくるならば、いかなる方法も試してみようと相談していた矢先、ある人が、

「八王子(現在の東京都八王子市)に、俗に呼び出し山と呼ばれている山があります。この山へ行って、ひたすら祈念すれば、このような神隠しに遭った人の消息がわかるといわれています」と勧めましたので、両親はさっそくその山へ行き、息子の名前を呼び続けましたが、なんの応えも返ってきませんでした。

 その夜、八王子の旅宿に泊ったところ、右兵衛の夢枕に一人の老人が現れ、「お前の息子に別条はないので安心せよ。来る何日に、お前の家の近くで老僧か、あるいは山伏に会うはずだから、そのとき、その人に詳しく尋ねてみよ」と言いました。思わず隣に寝ていた妻を起こして夢の内容を話しますと、不思議なことに、妻もまた同じ夢を見たと話しましたので、これこそ呼び出し山の霊験と、二人で心待ちにその日を待ちました。

 いよいよその日に至り、二人が表を見ていますと、果たして一人の老僧が通りかかりましたのであわてて呼び止め、訳を話して息子のことを尋ねますと、老僧は、「その老人の言われたとおり、息子に別条はない。しかし、まだ四、五日はかかると思う。何日には帰ってくるだろう

と言って、去って行きましたが、果たして、老僧の言った日に無事帰って来たそうです。この呼び出し山は、高尾山だといわれています。

 

牛鬼

・出雲の国(現在の島根県)に、「牛鬼」という怪事があります。

 山陰などの、谷川の水が流れて、その上に橋がかかっているような場所で、雨が降り続いて湿気が多いときには、その橋の辺りで牛鬼に遭うことがあります。

 そのような日に、橋近くへ行きますと、なにやら白く光る物が無数に

浮かんでおり、それがひらひらと、まるで蝶のように飛び交います

 そのまま橋を渡ろうとすると、それらの飛び物が体にまとわりつき、最後にはひしと取り付いてしまいます。衣類に付いた部分は、まるで銀箔を押したように光り輝きます。それらは、手で払おうとしても絶対に取れません。

 驚いて、橋を駆け抜け、近くの家に駆け込んで、家人に、「どうすればいいのでしょうか」と尋ねますと、「ははあ、牛鬼に遭われましたね。それを取り去るには方法があります」と言って、囲炉裏に多くの薪をくべ、体を炙るように言いますので、そのとおりにすると、いつともなしにすべて消えてしまいました。まことに怪しいことです。

 

魍魎(もうりょう)

・御勘定方(幕府 財務関係を司る役人)を勤めた柴田何某という人物が、幕命で美濃の国(現在の岐阜県)へ御普請(工事)御用で出張したときの話です。出張に先立って柴田氏は美濃へ伴うために一人の家来を雇い入れました。この家来は、まことに忠実に仕え、柴田氏はじゅうぶんに満足していました。

 ところが、美濃への道中の途中、ある旅館に泊まったとき、夜中過ぎにかの家来が夢ともなく柴田氏の前に来て、

実は、私は人間ではありません。皆様方の言われる魍魎という類の者なのです。本日、よんどころない事情ができましたので、まことにも申し訳ありませんが、これにてお暇をいただきます」と言いますので、柴田氏は、「よんどころない事情とあれば、暇を出すことは吝(やぶさか)でないが、その理由を述べてもらいたい」と質しました。家来は、「お尋ねなので申し上げます。我々の仲間には、それぞれ順番に人間の亡骸を取る役目がございます。ちょうど明日、その順番が私に回ってまいり、この村から一里ほど下にある農家の誰某の亡骸を取りに行かなければなりません」と言うと、かき消すように姿を消してしまいました。

ああ、妙な夢を見たものだ」と、心にもかけず、そのまま眠りに就き、翌朝、起きてみると、かの家来の姿はなく行方知れずとなってしまいましたので。もしやと思って宿の者に聞いてみると、「確かに下の村の、誰某の家の母親が亡くなりました。それについて不思議な話がございます。今朝早く、野辺の送りをしましたところ、途中の野道で突然黒雲が立ち込め、棺を覆ってしばらくして消えましたが、そのとき、中の亡骸も消えてなくなったそうでございます」と言いましたので、柴田氏はおおいに驚いたということです。

 日本には、葬列を襲って人の亡骸を取るという妖怪に関する話が多く残っていますが、それらの怪をなす妖怪を火車と呼んでいます。

 

働き者の狐

加賀藩の御留守居役(おるすいやく)(江戸時代、大名家の江戸藩邸で幕府と藩の連絡、また他藩との連絡を務めた役職)に、出淵忠左衛門という人物がいました。

 文化六(1809)年の冬のある夜、忠左衛門の夢に一匹の狐が出てきました。狐は、忠左衛門の前に行儀よく跪ずき、

私は、本郷四丁目、糀屋裏の祠にまつられた稲荷の息子でございます。お恥ずかしい話ですが、親との折り合いが悪く、若気の至りで親元を飛び出してしまい、住むところもない始末でございます。つきましては、まことに申し上げにくい御願いでございますが、しばらくの間、お宅に働く下女の体を拝借したいと存じます。友の狐に間に立ってもらい、両親に詫びを入れていますので、ほどなく帰参がかなうかと思われます。

 そしてその間、決して下女の方を悩ませもいたしませんし、ご奉公も欠かしません。何卒、この願いお聞き届けくださるよう、伏してお頼み申し上げます」と申しました。忠左衛門は不憫に思い、「決して人を悩ませないと約束するならば、許してやろう」と答えると、狐はたいそう喜び、何度も頭を下げた………と思ったところで目が覚めました。

 

・なんとも不思議な夢を見たものだ思いながら忠左衛門が手水を使っている横を、件の下女が挨拶して通りましたが、普段と何ら様子は変わりません。ところが、ちょうど昼時分から、その下女が突然、目覚しく働き始めました。

 水を汲み、薪を割り、米を磨ぎ、飯を炊き、心得のないはずの針仕事まで器用にこなします。それ以来、この下女は、毎日、一人で五人分の仕事をこなし、主人の外出に際しては、たとえ空が晴れていようとも、何時頃には雨が降るからと雨具を持たせ、また、今日は何時頃来客があると述べて、ひとつも間違うことはありませんでした。

 その他、あらゆる事に関して下女の予言は的中しました。

 

餓鬼

・伊勢から伊賀へ抜ける街道(三重県)で、私の後ろから一人の男が急いできて、「私は大坂の者ですが、今ここへくる道筋で餓鬼に取り憑かれ、飢餓感でこれ以上一歩も進めず難渋しています。御無心ながら、何か食べ物を頂戴できないでしょうか」と言いました。なんと不思議なことを言う人だと思いながら、「旅行中で食べ物の蓄えはありませんが、切り昆布なら少し持っています」と答えますと、「それで結構です」と言うので、与えますと直ちに食べてしまいました。私は、「餓鬼が取り憑くというのは、どういうことなのですか」と問いますと、男は、「目には見えませんが、街道筋のところどころで、餓死した人の霊や怨念が現れます。その怨念が餓鬼となって、道行く人に取り憑くのです。餓鬼に取り憑かれますと、突然飢えがきて、体力がなくなり、歩くこともできなくなります。私は、過去に何度もそのような経験をしたことがあります」と答えました。この男は、薬種商人で、常に諸国を旅行して歩いている人でした。

 その後、播州国分のある寺院の僧に、そのことを尋ねますと、「私も、若い頃、伊予(現在の愛媛県)で餓鬼に取り憑かれたことがあります。食事の際に出た飯の一部を取りおいて、それを紙に包んで懐に入れ、餓鬼に憑かれたかれたときのために貯えておきます」と答えました。なんとも不思議な話です。

 

あの世を覗く

・後に、同僚が、「いったい、死地に向かうというのはどんな気持ちであった」と尋ねますと、次のように語ったと言います。

 

 とにかく患いついたときは、ただただ苦しくて、無我夢中でしたが、しばらくすると、突然広い原に出ましたので、とにかく先へ行こうと眺めてみますと道が二筋見えました。一つは上り道、一つは下り道です。さらによく眺めてみると、下り道は大変道が悪そうなので、私は上り道を選んで歩き始めました。すると、後ろから人の来るような気配がするので、振り向いてみると、以前、私が好きだった本郷辺りの町人の娘でした。驚いて声をかけると娘も気づき、互いに一人では心細いので、いっしょに連れ立って行こうということになりました。ところが、その娘は下り道のほうへ行くと言うので、結局は別れて、私は上り道を進んでいきました。しばらくすると、向こうから真っ赤な衣を着けた御出家が参られ、「お前は、どこからどこへ向かっているのか」と聞きますので、逆に、「私は死んだののでしょうか」と御出家に尋ねますと、「お前には、なにが心残りはないか」とさらに聞かれましたので、「特別に心残りということもありませんが、故郷には両親が健在で、久しくお目にかかっていませんので、できることならば、もう一度お目にかかりたいと思います」と答えたところ、「それならば帰してやろう」とおっしゃり、突然、後戻りするかと思った瞬間、なにらや湯水のようなものが喉を通り、気がついたら蘇生していました。

 これは当時、その男の療治をしたという針医者の話です。

 

帰ってきた娘

神田明神からお茶の水へ出るところに船宿がありました。この船宿の主人夫婦に一人の娘がいましたが、2、3歳の頃から筆を執って書を書くこと、まるで大人のようで、両親は寵愛やむことなく、慈しみました。

 

・ところが、文化三(1806)年に大流行した疱瘡にかかり、両親の手厚い看護の甲斐もなく、娘は6歳で身まかってしまいました。今際の際に、母親が狂気のように泣き叫ぶのを見て、娘はか細い声で、「ご心配には及びません。いずれ、神田から来てお目にかかりますから」と言いますので、母親はうつつ心に、「その約束、必ず守って」と言いましたが、そのときには、娘の息はすでに絶えていました。両親は娘を手厚く葬り、毎日嘆き悲しんでいました。

 その頃、神田にその娘と同じ歳頃の娘がいましたが、どういう訳かしきりに、「両国へ行きたい」と言いますので、両親が両国へ連れて行きますと、船宿の主の家に入り、両親に向かって、「もう家には帰りません。こちらのお宅に置いてください」と言いますので、船宿夫婦も、娘の両親も驚き、「これはどういう訳か」と尋ねますと、娘は傍らにあった筆を執って、見事な書を認めました。その娘は、今まで字を書いたことなどなく、一同はその不思議さに驚きました。神田の両親は、娘を連れ帰ろうとしましたが、「私はこの家の娘です。他に帰る家はありません」と言って承知しませんので、仕方なく、神田の両親は娘を両国に置いて帰ったそうです。

 

生まれ変わり奇談

・娘は、まず介抱の礼を述べ、続いて、「実は、私は悪人によって誘拐され、大阪へ連れて行かれるところでしたが、さまざまに手だてをして、監視の目を盗んで逃げ出して参りました。今朝からずっと歩きつづけたため、身も心も疲れ果て、思わずここで気を失ってしまいました。そこをあなた様に介抱していただき、お礼の言葉もございません。つきましては、お慈悲をもちまして、私を家までお送りいただけませんでしょうか」と懇願しました。

 善八は不憫に思い、娘の家を尋ねますと伊勢の津の紺屋(染物屋)だと申します。善八は急ぐ旅でもなく、伊勢参りの途路にもあたりますので、快く送ることを承知し、追手が気になるので、直ちに駕籠に乗せ、急いで娘の家へ連れて帰りました。

 

・とりわけ当の娘はなにやら別れがたく思い、両親に、お礼のために一度江戸までうかがいたいと頼みますと、両親も、ここ1、2年のうちに父親同道で江戸に下ることを承知しましたので、娘はやっと得心し、善八に向かって、「この度は、思いがけずあなた様に危急を救っていただき、また手厚い介抱を受けましたのは、きっと前の世からの深い縁に結ばれているものと思います。あなた様のご恩を忘れないため、あなた様のお持ちのいかなる品でも一品私にお与えください。私は、それをあなた様だと思って朝夕、後世を念じます」と言いましたので、善八も、

旅先のことで、何も持ってはいませんが、いつも肌身はなさぬお守りの中に、日ごろから信心してください」と言って娘に手渡しました。

 

・善八の家では、留守中に息子の嫁に長男が生まれ、帰宅した日がちょうど七夜に当たるというので、二つの喜びが重なりました。

 善八の妻は、出生した初孫が生まれて以来泣き続けで、さらにどういう訳か、左の手をしっかり握りしめて開かないことを善八に語りました。

 それはいかなることかと、善八が赤ん坊を膝の上に抱き上げますと、今まで泣き続けていたのが即座に泣き止み、善八が手を差し伸べますと簡単に左の手のひらを開きました。その手のひらに、なにやら握られているようなので取り上げて見てみると、それはまさしく浅草の観音様の御像に他なりません。

 それを見て、人々はその不思議に驚きましたが、善八は、その御像は、確かに伊勢の津の娘にやった御像なので、たいそう訝しく思い、家の者を集めて、伊勢の娘についての一部始終を話し聞かせ、さらに、伊勢に飛脚をやって娘の安否を問い合わせました。

 6月の15日に伊勢から返書が届きましたので、さっそく開封して読んでみますと、かの娘は、善八が出立して間もなく患いつき、5月の末に空しくなったとの知らせでした。善八はまことに不思議に思い、この  赤ん坊は男の子だが、まさにあの娘の生まれ変わりに違いない。この子を授かったのは観音様の大悲のおかげと、前にも増して深く信仰に精進しました。

 この話は、嫁を診察した清水の医師、福富主水老人の直話です。 

 

因果応報

・ある家中に、岩間勘左衛門という武士がいました。

 その息子の八十郎と六十郎という者は、二人ながら博打に溺れ、夜更けて、自宅で妻や娘まで交えて賭博にふけるということが主人筋に聞こえましたので、甚左衛門は切腹、二人の息子は、千住小塚原で首を刎ねられました。この勘左衛門が切腹の場に臨み、検視の役人に、「しばらくお待ちください」と声を掛け、次のような懺悔話を始めました。

 

 私がまだ若年の頃、ある商い聖(ひじり)と懇意になり、たがいに行き来し、ときには私の部屋へ来て泊っていくようなこともありました

 ある日、聖が金子三百両余りを持ってきて、「この度の商いはおおいに儲けました。近いうちに京に上ります」と言いました。その夜も彼は私の部屋に泊まりましたが、そのとき、ふと、この男を殺して金を奪い取り、思うように遣ったら、どれほど気分がよいだろうと思いました。しかし、親しい友であり、出家でもあるので、どうしたらよかろうかと思うと眠られもせず、さまざまに思いめぐらしているうちに悪心が勝り、明け方に聖を殺し、死体を深く隠し隠しました。

 その後、その金を使っても、何の祟りも何もなく、運もついてきましたので、よくぞ、やったものだとさえ思うようになりました。

 やがて妻を迎え、八十郎が生まれました、初めて顔を見たとき、赤ん坊の顔が、かの聖とうりふたつなので、もしやと思い、かの聖の腰に大きな黒子(ほくろ)があったのを思い出し、赤ん坊の腰を調べてみますと、果たして、まったく同じ位置に黒子がありました。

 

<二十年>

・江州八幡(現在の滋賀県近江八幡市)は、近江では最も豪華な町として知られています。

 寛延から宝暦年間(1751年から1764年)、この町に、松前屋市兵衛という裕福な商人がいました。

 この市兵衛、妻を迎えてしばらくした頃、ある日突然行方不明になってしまいました。家内中、上を下への大騒動で、もともと裕福な家なので、金銀を惜しみなく使い、手を尽くして捜しましたが、結局その行方は知れませんでした。

 

・市兵衛が消え失せたときの状況は、次のようなものでした。その夜、「厠へ行きたい」と言って、市兵衛は下働きの女性に明かりを持たせて厠へ入りました。女性は明かりを掲げて厠の外で待っていましたが、いつまでたっても市兵衛は出てきません。

 

さて、その日からちょうど20年目にあたる日の夜のことです。厠で突然人を呼ぶ声がしますので、人々が行って戸を開けますと、そこには、市兵衛が消え失せたときとまったく同じ衣装で座っていました。

 人々はおおいに驚き、さまざまに事情を問い質しましたが、何も答えず、ただ「空腹だ」と言いますので、さっそく食事をとらせました。

 不思議なことにしばらくすると、着ていた衣服は一瞬のうちに埃のごとく散り失せて、裸になってしまいました。驚いた家人は、さっそく着物を着せ、薬などを飲ませましたが、昔のことは何1つ覚えていなかったそうです。

 その後、市兵衛は病気や痛み止めの呪いのようなことをして暮らしたそうです。これは、私のもとに来るや八幡出身の眼科医から聞いた話です。

 

  

<●●インターネット情報から●●>

ウェッブサイト「日本文化の入り口マガジン」から引用しました。

 

 

2020.04.09

<信長も!家康も!芭蕉も!ニッポンのBLの歴史は奥が深いぞ!>

 

Aimu Ishimaru

 

「男色(なんしょく/だんしょく)」という言葉を聞いたことがありますか?いわゆる、「BL」のことです。最近では、LGBTの権利について議論され、性的マイノリティーの問題として取り上げられることも多くなりました。こうみると、最近出てきた概念のように思われますが、実は「男色」は開国前の日本では普通に行われてきたことであり、「マイノリティー」でもなんでもなかったのです!

 

<男色の発展と衰退>

日本において「男色」は古代から存在していました。鎌倉時代以前の男色の記録は特権階級の方々のものばかりですが室町時代以降は庶民のものも多くなっています。とはいっても、庶民の記録がないのは、あまりに自然のことであったからと考えられており、庶民の間で男色がタブー視されていたわけではありません。以上のことを踏まえると、当時の日本人にとって「男色」が、どれだけ当たり前のものであったか容易(たやす)く想像できるでしょう。

男色のはじまり

 

では、日本の男色文化はいつ始まったのでしょうか?江戸時代前期に井原西鶴が記した、浮世絵草紙『男色大鏡』には、当時男神とされていた天照大神が日千麿命(ひのちまろのみこと)を衆道(男色の意)に基づいて愛していたと記載されています。

さらに、井原西鶴伊耶那岐命イザナギノミコト)と女神・伊耶那美命(イザナミノミコト)の夫婦の神様が誕生するまでは、男神ばかりだったので男色を楽しまれていたと主張しています。井原西鶴の言葉を信じるとすると、なんと日本の男色の歴史は神代の時にすでに始まっていたというのです!

 

男色に関する最古の記述は720(養老4)年成立の『日本書紀』にあります。小竹祝(しののはふり)と天野祝(あまののはふり)の関係が発端となった「阿豆那比(あずなひ)の罪」に関する物語がそれです。「祝」とは神主のことを指しており、このふたりの神主が男色の仲にあったと言われています。

というのも、彼らは「善友(うるわしきとも)」つまり性的行為アリの親友だったと書かれているからです。今でいう「セフレ」のような関係とも言えます。小竹祝が病気で亡くなったのを嘆いた天野祝が後を追い、生前の希望通り二人を合葬したところ、神様がそれを天津罪(あまつつみ)と考え昼間でも暗くしてしまったそうです。

 

天津罪とは、国津罪(くにつつみ)とともに神道における罪で、特に農耕や祭祀を妨害する行為を指します。「阿豆那比」の意味は分かっておらず、神様がふたりの男色を咎めたと言われることもありますが、ふたりを別々に埋葬し直したところ昼が戻ってきたと書かれていることからもこれは「神主を合葬する」という行為が儀式的によくないことだったのでしょう。

「阿豆那比の罪」の物語は一般的に日本における男色文化のはじまりと位置付けられています。

寺院や宮中で流行した男色

『日本書記』以降にも『万葉集』や『伊勢物語』、『源氏物語』など誰もが知る数々の有名書物に男色についての記載があり、男色が当たり前のように流行していたことがわかります。

 

 

僧侶の男色といえば、空海が日本に持ち込んだと言われることがあります。しかし、平安時代初期の空海の帰国以前から男色の記述があったことをみるとこれは単なる俗説でしょう。一方で、僧侶と稚児(剃髪前の少年修行僧)の間の男色が流行したのは、空海の影響であると言われています。

奈良時代の僧侶は『四分律』という仏教の経典をよく読んでいました。僧侶の罪を記しているこの経典には、性行為を戒める「婬戒(いんかい)」について書かれています。ここでは、異性・同性に関わらずあらゆる性行為が禁止されています。

しかし、仏教ではどちらかといえば女性との性行為を嫌う性質の方が強く、徐々に男色を許す文化が発展していきました稚児との性行為を、稚児を神格化する儀式「稚児灌頂(ちごかんじょう)」とするという荒技で性行為を禁止する仏教において男色を正当化する“立派な”言い訳まで作ったのです。

僧侶と稚児の関係は、勅撰和歌集『後拾遺和歌集(ごしゅういわかしゅう)』でも詠まれており、天皇の命令で編成された和歌集にも載せられるほど、彼らの関係は当たり前で許容されたものでした。また、宮中においても、貴族が美しい稚児を側に置き、枕をともにすることは決して珍しいことではありませんでした。

 

<精神的な繋がりを重んじた武士の男色文化「衆道」>

武士が勢力を増していくと、貴族や僧侶との交流の中で武家社会にも男色は浸透していきました。室町幕府を率い、南北朝を統一した足利義満は、貴族や僧侶から男色を含むあらゆる文化を積極的に取り入れ、のちに流行する武士特有の男色文化「衆道」の礎となったと言われています。

 

衆道」は、主君と小姓(こしょう:将軍のそばに仕えた者)の間での男色の契りのことです。肉体的だけでなく精神的な結びつきを特に重視しました。男色は絶対服従の関係・絆を築く一種の儀式という認識もあったのでしょう。「衆道」の予兆は、源平合戦のあった平安時代末期にもすでにありましたが、衆道文化が花開くのは戦国時代です。

 

多くの武士たちが妻子を残し戦に出かけた当時、女性のいない環境の中で男性を性的対象として見ることが多くなるのは想像に難くないでしょう。「桂男の術」いわゆるスパイ任務を遂行する際、美少年の色仕掛けにまんまと嵌って殺された武将も多かったとか。

 

<外国人が驚いた!庶民も受け入れた日本における男色の風習>

室町時代には、庶民の男色についての記述も見られるようになりました。庶民階級が楽しんだ能楽「手猿楽」では、美女が主役の「女房猿楽」とともに美少年を使った「稚児猿楽」が生まれ、酒席で多くの人を楽しませ一夜をともに過ごすこともあったとか。

宣教師フランシスコ・ザビエルは、一神教と一夫一妻制、そして男色の罪を日本人に説明することの難しさを本国への手紙で嘆いています。「僧侶がしていることなのだからいいだろう」と一般の人は考えていたのです。

江戸時代においても、男色は女性を愛するのと同じように普通に扱われていました。江戸時代には、若衆歌舞伎が舞台後酒宴にお伴した先で売春行為を始めたことから、陰間と呼ばれる男娼が登場しました。彼らは、僧侶や武士だけでなく農民や職人などの多くの庶民も相手にしていたのです。

江戸時代に来日した朝鮮通信使・申維翰(しんゆはん)は、著書『海游録』で男娼の色気は時に女性を上回ると綴っています。

 

<欧米の影響でタブーとなった男色>

日本では仏教や神道に男色を禁じる戒律がないことから、男色は当たり前のように流行していましたが、キリスト教では男色は罪とされています。そのため、明治維新とともに西欧文明が取り入れられると日本でも男色は徐々にタブー視されるようになります

 

明治時代でも、当初は女性に溺れるよりは男色の方が良いと言われ「ストイックさ」を追求する学生の間で流行するなど男色文化は色濃く残っていました。しかし、1873(明治6)年になると男性同士の性行為を罪とする「鶏姦(けいかん)罪」が規定されました。

 

西洋の列強国に追いつくことを目標としていた当時の日本では、欧米諸国でタブーとされる男色を容認したままにしておくわけにはいかなかったのです。「鶏姦罪」は1882(明治15)年にはなくなり、法律上で男色が禁止されることはなくなりましたが、明治後期には男色を悪とする考えも強まっていったのです。

 

大正時代に入ると、西洋的な考え方はさらに浸透し、ついに日本で当たり前であったはずの男色は「病気」として扱われるようにまでなってしまいました。

あの人もこの人も男色を楽しんだ

さて、西洋文化の影響で一度はタブーとなった男色ですが、最近では欧米諸国におけるイデオロギーの変化もあり、日本でも同性愛者と呼ばれる人たちの存在が再度容認されるようになってきました。同性愛者と公言している有名人の方も増えています。

実は、日本人の多くが知るような過去の偉人にも男色を好んだ方がたくさんいます。何人かここでご紹介しましょう!

 

<藤原摂関家の代表格、藤原頼通・頼長>

父・藤原道長の後を継ぎ、摂関政治の最盛期を謳歌した藤原頼通鎌倉時代に成立した日本最古の舞楽書である『教訓抄』には別荘の宇治平等院で仏教行事を行った際、雅楽の舞を披露した峯丸(みねまる)という美少年に心を奪われた様子が書かれています。さらに、鎌倉初期の説話集である『古事談』にも、家来であった源長季(ながすえ)は頼通の男色の相手であったと記されています。

 

保元の乱で受けた傷が原因で亡くなった頼長も男色の趣味があり、7人もの貴族と男色関係にあったそうです。当時の貴族は日記を残す風習がありました。頼長は宮中儀式などの一般的な事柄だけでなく自身のプライベートについても赤裸々に綴っています。

 

頼長の男色遍歴について詳細に書かれているのは、頼長の日記『台記』です。この日記を読むと、頼長が男色で感じた快感や少年たちに恋い焦がれていた様子がわかります。「倶(とも)に精を漏らす」つまり「一緒に射精する」ことの喜びを綴るなど、直接的な表現には驚かされます。

織田信長徳川家康もみーんな男色を楽しんだ

漫画の題材となることも多い有名戦国武将には、男色を楽しんだ方がたくさんいます。

 

「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」の狂歌からも分かるように過激で強引なイメージの強い織田信長は、秘書的な役割も負った森蘭丸と関係があったのではないかと言われており前田利家との関係も噂されています。ちなみに、次男の信雄も美少年の処刑をやめさせ重用するほど男色に入れ込んでいたようです。『勢州軍記』には、兄・信孝がそんな信雄の様子を皮肉る様子が書かれています。

 

武田信玄は、思いびとのに弥七郎という小姓に手を出したことがばれ、釈明する手紙を送っています。甲斐の虎と呼ばれた勇ましい姿からは想像もつきません。

 

また、独眼竜・伊達政宗も恋人の小姓に当てた恋文を残しています。政宗は男色を誇りにし、少年と契りを交わすたびに自分の体に傷をつけその証にするといったかなりの変人だったようです。

 

戦国時代の乱を制し、見事天下人となった徳川家康にも男色のエピソードがあります。家康は本来年上の女性を好んでいましたが、『甲陽軍鑑』によるとそんな家康も忠臣の一人である井伊直政の美しさに魅了され関係を持ったそうです。

 

家康の後を継いだ秀忠や次男の秀康、十男の頼宣など家康の息子たちも男色の世界に魅入られていました。江戸幕府を発展させていった3代将軍家光や5代将軍綱吉もまた、男色を好んでいたそうです。

 

<俳句家・松尾芭蕉は男性の恋人と旅>

松尾芭蕉は、弟子と一緒に旅に出ることが多く、その弟子のふたりと恋仲だったと言われています。奥の細道』は有名ですが、『笈の小文』という紀行文をご存知でしょうか?この紀行文には、杜国(とこく)と越人(えつじん)というふたりの愛弟子との旅行について記載されています。

 

越人との旅では「寒けれど二人寝る夜ぞ頼もしき」といったロマンチックな句を詠んでおり、杜国と一緒にいるときも「草の枕のつれづれ二人語り慰みて」とふたりの関係が分かるような句を詠んでいます。愛する人との旅行を楽しんでいる様が思い浮かびますね。

国や地域によって考え方は違うといいますが、時代によっても考え方はかなり違っています。同じ日本でも、当たり前だったことがタブー視されるようになったり、逆になったりすることがあります。日本における意外な男色の歴史を知ると、なんだか「当たり前」とは何か考えさせられますね。

 

  

(2019/12/16)

 

  

『男色の日本史』

なぜ世界有数の同性愛文化が栄えたのか

ゲイリー・P・リューブ   作品社   2014/8/29

 

 

 

このテーマについて世界で最も引用率の高い基本文献となっている

かつて日本には、古代ギリシャと並ぶ“男色文化"が栄えていた。平安の宮廷人たちが、密かにくり広げた夜伽。寺院での僧侶たちによる稚児との愛欲の生活。戦国武将たちに連れ添った、森蘭丸などの小姓たち。そして江戸時代に入ると、役者・若衆・女形たちによる売色が隆盛し、陰間茶屋では女性も交えた3人以上の男女が入り乱れて欲望のかぎりを尽くしていた。

 本書は、初めて日本男色文化を“通史"としてまとめた「男色の日本史」あり、さらに世界の同性愛文化と比較しながら、なぜ日本には世界有数の同性愛文化が栄えたのかを分析した、世界初の「日本男色論」である。本書によって、日本の華麗なる男色文化が世界に知らしめられた。

 

日本には、古代ギリシャと肩を並べる華麗なる同性愛文化が存在した

・「かつて我が国日本の男性のほとんどが、同性との性的快楽を、当然のごとく欲していた。今では驚くべきその事実を、さまざまな史料を駆使して論証してみせたのが、本書である。〔……〕日本の男性同性愛史に関する、世界で初めての本格的にして包括的な研究書として、各界から高い評価を受けている。この著作によって、日本には、古代ギリシャと肩を並べる華麗なる同性愛文化が存在したことが、世界中に明らかにされたのだと言っても過言ではないだろう……」。

 

なぜ日本には、古代ギリシャとならぶ同性愛文化が花開いたのか

ほぼすべての男性が、同性愛の快楽に陶酔していた江戸社会

徳川時代(1603~1868年)の日本社会を研究する者にとって、この二世紀半に渡って全盛期を迎えた、男性同性愛が、少なくとも都市においては非常にありふれた行為だったことは周知の事実である。男性間のセックスは、知識階層に広く容認されていただけでなく、大衆美術や文学では積極的に褒め称えられていた。同性愛行為は、武家屋敷・寺院・歌舞伎小屋とつながりのある男色小屋などで組織的に行われていた。実際、この行為は、文化の主流をなす特徴となっていたのである。

 

・近代日本語においては、男性間のセックスに関連する語彙が非常に豊かなことを見れば、この行為に対して、社会がどれほど寛容だったかがわかる。豊富な一次史料、二次資料を読めば、いたるところで「男性間のエロス(男色)」をほぼめかす言葉に出会う――「若衆道」(多くは縮めて「若道」、あるいは「衆道」、「男道」、「美道」、「秘道」。これらはすべて、特定の慣習に従った男性間のセックスを婉曲に表現した言葉である。

 こうした言葉が出てくるのは、あって当然と思われるような文献(性生活史、風俗史、売春の歴史、性愛版画集など)の中だけではない。地方史、美術史、大衆演劇研究、伝記、日記、法令、個人の遺書、医学論文、大衆文学、紀行文、滑稽文、川柳など、じつにさまざまな文献に登場する。この事実は、徳川時代の日本では、男性同性愛が例外的なものではなかったということを確証している。むしろこれは、社会生活の制度に組み込まれた、非常にはっきりとした中心的な要素だったのである。

 

古代ギリシャを研究する際に、同性愛の性質について議論せずには、その美学、エロス、詩、道徳、政治でさえも理解できないのと同じように徳川時代を研究する際に、その時代における男性側の性関係の特殊な成り立ちを理解しなければ、社会と文化の多くの側面を把握することはできない。それにもかかわらず、また、日本におけるジェンダーセクシュアリティの問題に取り組む研究者が増えているにもかかわらず、同性愛の伝統を本格的に研究した人は、これまでほとんどいなかった。

 研究の対象として、ためらいがあるのは理解できる。近年になって「同性愛研究」という分野ができてはいるが、同性愛という主題は、日本においても、西洋においても、いまだに議論を呼ぶ問題であることに変わりはない。同性愛者ではない研究者も、同性愛の研究者とレッテルを貼られたくない研究者も、このテーマを避けるだろう。このテーマを持ち出しただけで、いまだに同性愛嫌悪の雰囲気のある学問の世界で、自分のセクシュアリティを疑われかねないと恐れるからである。その問題を別にしても、日本の題材は難しいことが多い。

 

なぜこのテーマに取り組んだのか

私としても、この地雷原に足を踏み入れるのに、ためらいがなかったわけではない。私は徳川時代の日本を専門とする社会史の研究者として研究を続けてきたので、徳川時代の文献にあたることも、当時の性行動の特徴について何らかの結論を引き出すことも可能だった。とはいっても、これまでの研究では、別の時代、別の社会の歴史学者が出版した、膨大な量の同性愛についての文献を読まなくてはならないこともなかったし、心理学、人類学、社会学や文学の文献については言うまでもない徳川時代の男性同性愛についての、世界で初めての徹底的な調査をするにあたって、私もこうした文献を読むようになった。しかしながら、私はまず第一に歴史家として日本史の研究者に向けて本書を著わしたのであって、性の歴史の権威として書いているのではない。

 

この研究を思い立ったのは、江戸の町における使用人、商店の奉公人、日雇い労働者といったテーマの博士論文の調査をしているときである。そのときには、性行動についてよりも、初期の資本主義の方に関心を持っていた。しかし、階級間の関係、中でも江戸の町特有の雇用主と使用人の関係を研究していると、とくに武家屋敷などで雇用主と使用人間の性的関係に関する記述に何度も遭遇し、さまざまな情報を目にして強い印象を受けることになった。たとえば、18世紀中頃の江戸には、男色茶屋が並ぶ町が少なくとも14あり、その時代の男性同性愛に関係する文献は600近くもあることがわかった。さらに、15人の徳川将軍のうち、少なくとも7人は男性同性愛の関係があり、それが詳しく記述されていることも分かった

 

読み進むにつれ、男性同性愛行動は、江戸の社会でありふれていただけではなく、標準的なことだったと確信するようになった。文献の中では、少なくとも都市の男性は、たいてい他の男性との性的関係に向かう傾向があり、そのような関係は広く受け入れられていたと表現されている。とくに文学では、少年や女形役者に対する男性の情熱を率直に認めている。江戸社会のほとんどの男性に、女性に対する性的興味がなかったと言うつもりはない。むしろ、結婚も含めた異性愛関係は男性間の性行動と両立できるもので、補完するものだとさえ見なされていたらしい。中には、もっぱら男性だけという関係も見うけられるが、江戸社会では両性傾向が普通の状態だったようだ。

 

このような仮説は、まったく新しいものではなかったが、研究題材として取り上げるだけの価値はある。その結果、執筆されたのが本書である。私の議論は、ほとんど男性同性愛に限られている。それでもこのテーマ自体を、性の社会構造という幅広いテーマから切り離すことはできないし、だからこそ全般的な女性の性的経験からも切り離すことはできない。そういうわけで、徳川時代の女性同性愛にも触れることになるが、この主題はまた別の研究テーマとなるにふさわしいと考えている。

 

・第1章では、日本の考え方や慣行に影響を与えた古代中国の男性同性愛の最も古い記述を考察し、古代および中世の仏教寺院と武士の男性同性愛慣行の出現について述べる。このような慣行は、僧侶と武士の社会に女性がいなかったという理由が主として挙げられる。

 第2章では、徳川幕府の確立と共に起こった大きな社会変化が、男色茶屋や歌舞伎小屋を中心とする町人独特の新しい男性同性愛文化の出現に、いかに寄与したかを論じる。男性同性愛の大衆化は、徳川時代初期の江戸に女性が少なかったことも一因だが、都市の性別人口の均衡がとれるようになってからも根強く残っていた

 第3章では、男性同性愛慣行の特徴を挙げ、男性同性愛だけだった男性たちが存在した形跡もあるにはあるが、両性愛者の方が一般的だったことを述べる。また、男性同士の関係における階級や身分、年齢などの役割について考察する。

 第4章では、社会全体が寛容なのに、なぜ男性同性愛に対して相反する感情が存在したのかに注目しながら、それに対する一般的な態度を検証する。ここで、法律や幕府の公文書に映し出された支配階級の考え方も考察する

 男性同性愛の慣行、女性の地位、両性具有に魅了される徳川時代、そして異性間の恋愛、これらの関係については、第5章で検証する。そこでは、日本と他国での男性同性愛慣行の比較も行なう。

 終章では、私の主張を手短に述べ、日本近代の開国に伴う男性同性愛の衰退について考察する。

 

同性愛嫌悪の雰囲気

・数年前に、あるアイヴィー・リーグの大学で開かれたパーティで、徳川時代の男色についての本を書いていると何気なく口にしたことがある。すると1週間もたたないうちにある同僚から電話がかかってきて「破廉恥」呼ばわりされた、その同僚は、パーティに出席していた有名な日本の学者から私の発言を聞いたとたんに、「でも、彼は結婚しているのに!」と叫んだそうだ。80年代半ば頃には、私が「徳川時代の同性愛に関する本を書くべきだ」と言ったときに、別の同僚が「そんなことをしたらキャリアはおしまいだ」と答えたことがある。

 

男色と日本の社会・文化構造

・このような本を書いていると、性行動の歴史を論じるには、伝統的な英語の語彙では不十分だと絶えず思い知らされる。かろうじて1世紀ほど存在する「同性愛」という言葉自体も、そもそもは、最初は自分と同じ性別の人間に性的欲望を示すようになるという心理的状態を表わす言葉だった。しかし歴史的にさまざまな状況で、異性愛性交を好んだり喜んだりする男性も、他の男性とのセックスに興味を向けていた。それは儀式のため(古代オリエントの宗教的な男性売春)であったり、女性がいないため(17世紀のカリブの海賊たちの間で行なわれた)であったり、(これといった同性愛嫌悪の文化がない中で)ただ単に男性間のセックスが肉体的に可能で、ひょっとすると快楽的だったからでもある。同じ動機が今日にも存在する。

 

・このような状況での「同性愛」の根底にあるのは、必ずしも一つではない性的欲望の形である。一部の社会では、オーラルセックスやアナルセックスのような特別な行為をしたいという望みや、特別な年齢や民族、体つきの相手とセックスしたいという男性の望みは、相手の性別と同じくらいに重要かもしれない。だからこそ歴史学者は、男性同性愛を歴史と無関係な心理的状態としてではなく、行動、すなわち異なる文脈にあればまったく違う性的欲望を意味するかもしれない一連の行為としてとらえなくてはならない。

 ジークムント・フロイトは、「性衝動」や本能を、性的対象とは無関係の力だと考えた。近代の男性同性愛(性対象倒錯)の形を、文化的に固有の言葉(男性の母親に対する幼少期の固着に続いて起きる母親との自己同一化と自己愛)で説明しようとした。それでも彼は、「すべての男性は同性愛的な対象を選ぶ可能性がある」と記してもいる。男性間のセックスは、古代(ヨーロッパ)文化の中では、「重要な役割を果たす慣行だった」と述べこのテーマを歴史的な文脈において研究すれば、「病理学的特質」は、「人類学的特質とは切り離される」だろうと示唆した。つまり、ある文化で病気や異常とされるものは、他の文化の中ではそのような異常ではなく、それどころか支配的な文化によって生みだされ、奨励されてきたものかもしれないと示唆しているのである。そうはいっても、現代の「性対象倒錯」に対して、古代文化の中で同性愛が病気とは見なされていなかったことを引き合いに出して価値中立的な「人類学的」アプローチをしたわけではなく、フロイトとその弟子たちは、性対象倒錯は、治療されるべき心理的状態だと主張していた。

 

・同性愛の欲望を病理学的なものと見なさなかったジャック・ラカンのような新フロイト派でさえ、エディプス・コンプレックスに言及することによって、同性愛を個人の成長における普遍的な段階だと考えた。しかし、フランスの反精神医学運動の理論家ジル・ドゥルーズとフェリックス・ガタリは、エディプス・コンプレックス自体が、近代資本主義社会に特有なもので、その根底には家父長制度があると強調しているフロイトの時代以来、私たちは過去と現在の社会における同性愛行動について多くのことを学んできた。また、性的衝動は、社会やルールの変化に応じて変化するということをさらにはっきり理解するようにもなった。モーリス・ゴドリエが書いたように、「性意識が社会を悩ますのではなく、身体の性意識を悩ましているのが社会なのだ」。

 

・もう一つ付け加えると、カール・マルクスフリードリヒ・エンゲルスによれば、「意識によって人生が決定されるのではなく、人生によって意識が決定される」のである。人間の「真の人生の過程」を研究すれば、「その人生の過程がその人の観念にどのように反映されていくかを実証することができる」。家族や階級、身分といった社会構造は性的感情を形作り、あらゆる階級社会で、性的感情と行動について、どんな態度と分析が表現され、奨励されるべきかを決定するのは支配階級である。だから、どんな時代の男性間セックスの研究でも、階級に縛られた社会構造、そして支配階級のイデオロギーが、どのように特別な形の性的欲求を奨励し、どのように性的行動に影響を与えたのかを調査しなくてはならない。対象となる過去の社会での同性愛行動の特殊な構造が持つ意味を説明し、デイヴィッド・ハルプリンが心理についての歴史的社会学と呼んだものの出現に貢献する必要がある。

 

明治以後の日本社会と男色

日本で古代ギリシャとならぶ男色文化が栄えた理由

日本における男色を研究するに当たっては、並外れて豊富な文献を参照することができた。古代ギリシャ・ローマの社会を除いては、男性同性愛がこれほど詳しく記録されている社会はほとんどない江戸の町人文化には、遊女を名士扱いしたり、廓と文化的洗練を結びつけたり、世界一精妙な性愛芸術を生み出すほど開放的な性愛観があった。第一次資料の豊富さは、単にそれを反映していただけではないかという議論もあるかもしれない。しかし、伝記に表われる情報や大衆文学の中で男色と女色を比較する際の論調は、徳川時代の日本では他の社会よりもずっと当然のように男性同性愛行動について語られてきたばかりではなく、その事実がずっとありふれていたことを強く示唆している。

 

・どうしてこのようになったのだろう。さまざまな要素が結びついて男色の伝統を生み出し、その独特の慣習やタブーを作り上げた。このテーマを検討するために、中国との関係、宗教と哲学の動向、伝承、女性の地位、僧侶の禁欲生活、封建制度、主従関係、都市の人口動態といったばらばらの要素を考慮しなくてはならなかった。明らかに、男性同性愛行為の広がりと独特の役割構造を支え育てる日本特有の要素の混じり方があったのである。しかし、徳川時代の日本に男色が栄えた理由を思い切ってまとめるとすれば以下の三点を指摘しなくてはならない。

  1. 支配階級(僧侶と武士)にあった男性間性行為の伝統は、江戸幕府の支配体制ができるはるか以前に確立されていた
  2. こうした初期の伝統は、僧院や戦陣に女性がいなかったことを反映する「状況に応じた」ものだったとは言え、徳川時代の慣習は、女性が(少ないこともあったが)存在した都市環境で発達したものである。
  3. それまでの、支配階級の男性同性愛伝統は、町人が異性間の関係を保ちながらも男性同士のセックスを容認し、欲望し、体験する気持ちを助長した。

 

手短に言えば、男色は主に伴侶となる女性の欠乏を補うために生まれたが、ある時点でその文化が男性の欲望構造に大きな影響を持つようになり、その結果、必ずしも女性の欠乏がなくても存続し続けることになった。実際、それは徳川時代の各都市で、女性の遊郭が栄えるのと同じほどの繁栄をし続けたのである。徳川時代の男色は、概して、女色とのどちらかを選ぶというようなものではなく、両立可能だった徳川時代には、ほとんどの男性の性意識は“両性愛”だったのである。

 こうした性意識は、儒教思想封建社会に特有の序列を反映する形で構築された。

 

・これまで見てきたように、学者によっては、年齢に応じた役割を持つ同性愛を成人が少年に精液を与える古代の成人儀式に、ジェンダーの役割を模倣する同性愛を異性装のシャーマンの伝統に結びつけることもあった。最も古い日本の文献は男性間セックスについて何も語っていないが、上記の二つの慣習が先史時代の日本で融合し、仏教の禁欲生活が導入される以前の日本に残っていたということは考えられる。

 日本語と古代文化は、東南アジアと北東アジアの要素の融合を示している。メラネシアから中国南部に至る東南アジアでは、年齢に応じた役割を持つ男性間関係が一般的だった。北東アジアでは、異性装のシャーマンの慣習が広がっていた。年齢の問題と異性装あるいは両性具有の役者に惹きつけられることとを同時に反映している点で、日本の男色はこうした古代の同性愛原型を融合させているように思える。

 

本質主義と社会構築主義の論争

同性愛を歴史的な文脈で読み解こうとする学者の間で起きた論争の中で、最も中心的で実り多かった対立は、「本質主義者」対立「社会構築主義者」のものだった本質主義者は同性愛者は常に存在したと主張し、他方は現代の同性愛文化は特定の社会変化の結果として現われたものだと主張している。この二つの見方はまったく両立しないものではない。最近の医学的・生物学的研究は、本質主義者の支持する仮説、つまり遺伝的あるいは生物学的要素が性的欲望の性質に影響を与える可能性にある程度の裏づけを与えている。それでも、たとえ究極的には生物学的原因が違いを生み出し、2パーセント、あるいは5パーセント、10パーセントの人が同性愛の携行を持って生まれてくるとしても、そうした人々がその欲望に基づいて行動する意欲と能力、またその表われ方は社会によってまったく異なる概念によって条件付けられるという圧倒的な証拠に直面するのである。さらにはまた、残りの90~98パーセントの人間が、さまざまな社会において、視床下部神経の大きさやX染色体が運ぶ情報によっては説明のつかない理由で性欲を感じたり性行動をとったりするという事実も考慮する必要があるだろう。

 

・こうした現実を理解するには、社会経済的要素を探らなくてはならない。最近多数の研究によって、デイヴィッド・ハルブリンが言ったように、「性的欲望は(社会的に)構築され、大量生産され、生きている人間の集団のさまざまな構成員の間に配分される」ことが証明されている。こうした欲望が時代につれて、なぜ、どのように変化するかを理解するには、「セクシュアリティ」(すべての人間に共通していて、生まれつき持っているが、文明によってさまざまに抑圧されてきたものとしての性)の歴史を作るのではなく、「心理についてのまったく新しい歴史的社会学を定義し洗練させなければならない」のである。

 

・本書は、その歴史社会学に寄与するものである。私は工業化以前の日本における同性愛慣行のいくつか、とりわけ徳川期の町人による男色慣行を生み出した「社会関係の根本構造における大きな変化」を突き止めようと試みた。仏教の禁欲主義の広がり、とくに9世紀初めの天台宗真言宗の広がり、封建主義と理想化された主従関係の高まり、そして、活気ある町人社会が、封建権力に服従して支配層の風俗を受け入れ、徳川時代の初めの頃から享楽主義を助長した。

 いつの時代にも、理由はどうあれ男色の欲望を感じそれに基づいて行動する男たちがいた可能性を認めなくてはならない。文献に出てくる「女嫌い」への言及は、町人社会にもそういう人たちがいたことを明らかにしているし、女性を欲しようとしてもそれができない人がいたことも示している。だが、それよりはるかに多い男性が、快楽があり、都合よく、禁止されてもいないし不道徳と見なされてもいないうえ、当時の権力関係の性質から影響を受けていたからこそ男色を営んでいたのである

 

遺伝的あるいは生物学的要素が

同性愛男性19人、異性愛男性16人、異性愛女性6人の脳の解剖に基づいて、サイモン・ルヴェイは、性行動を始めとする本能的行動をつかさどる視床下部にあるニューロンのいくつかが、異性愛の男性のものは同性愛の男性の2倍の大きさがあることを突き止めた。ディーン・H・ハマーは44組の同性愛兄弟を研究し、そのうち33組の兄弟がX染色体の先端に同じ遺伝子を持っていることを発見した。少なくとも一部の同性愛男性では、遺伝子の影響による視床下部の縮小があるのではないかとハマーは示唆している。また、生育環境の異なる叔父/伯父やいとこも含めて、親戚に同性愛者がいる確率は同性愛の男性の方が異性愛の男性よりも3倍も大きいこともわかった。一方、リチャード・ビラードの研究では、同性愛の男性が同性愛の兄弟を持っている確率は異性愛の男性の5倍になることや、一卵性双生児は離れ離れに育てられても、よく似た性的指向を持つことが発見されている

 

明治以後における男色文化の変化と形象

現代日本は、ほとんどの西洋社会より同性愛恐怖が少ないと言ってもいいだろう。マンガから小説に至る現代大衆文学は、役割分担のある同性愛行為が男性にとってありふれた経験であるという前提を反映している。たとえば、大江健三郎の1964年の小説、『個人的な体験』では、ある男の女性の恋人は、「あなたは、弟の年齢の連中から好意をもたれるタイプだと思うんだけど、そういう男の子と一緒に寝たことはないの」とさりげなく尋ねる、彼女がこの問題を持ち出したのは、恋人の性格や行動に特異なものを感じたからではなく、アナルセックスをしたいので、以前にやったことがあるかどうかを知りたかったからに過ぎない。恋人の過去の同性愛体験の可能性を当然視した寛容な態度は、現代日本でさほど珍しいことではない。

 しかし現代日本は、徳川時代の都市生活者のような両性愛の社会ではない。現代では、西鶴の登場人物である源五兵衛の言葉「男色、女色のへだてはなきもの」と同じことを言う日本人はほとんどいないだろう。日本で一般的な見方は、同性愛行為はノーマルではなく、そういう性向のある人は少なくとも親族や同僚にはたくみに自分の性向を隠すべきだというものであるゲイを明らかにしている人々は決まって差別にあうたとえば、あるゲイ・レズビアン団体のメンバーは東京都青少年センターの宿泊を拒否された。

 男性間セックスへの態度は、過去百余年間でこのように劇的に変化した。その変化の原因は、主に日本が1859年以来世界システムの仲間入りをしたことにある。日本の支配層に、西洋国家の敬意を勝ち取り、不平等条約を覆すために、西洋の知識を吸収しなくてはならないという合意ができあがった。

 

・そうした「知識」の中には、それまで知られていなかった「不合理さ」もあった。たとえば、陽物信仰の男根は恥ずべきもので破壊すべきであるとか、同性愛恐怖といった概念である。18世紀半ばに安藤昌益(1703~1762年)は、同性愛への不寛容を含めてオランダの性習俗を好意的に迎える発言をした。蘭学者の森島中良(1756~1809年)は、1787年に、オランダでは「人倫に背くをもって」男色が厳しく禁止され、「犯せし人」は火あぶり、「犯される少年」は海に沈められたと書いた。19世紀後半には、日本の支配層は同性愛(すでに男色という言葉ではない)は「自然に反する」という見解を持つようになり、中にはこれを犯罪とすべきだと主張する人もいた。進歩的な新聞、『萬朝方報』の編集者は、東京の学生に同性愛が蔓延していることを暴露し、1899年には英字週刊誌の『eastern World』が、「未来の法律家、役人、教師」たちが「獣のような」「自然に反する」「恥ずべき」「不潔な」慣行に染まることに反対する記事を載せた。その記事は、男性間の性行為は「文明化された国々では犯罪として罰せられる」と論じた。そして、日本の刑法に、男性同性愛行為に最長10年の重懲役刑を科すドイツ刑法175条のような条項を加えるべきだと主張した。

 このように、日本の男色が衰退した大きな原因は西洋文化の影響だったのである。しかし、この衰退は同時に、男性同性愛を発達させた封建制度の崩壊を反映しているのも確かだ。ここまで見てきたように、日本では同性愛関係にある二人のどちらの役割も、さげすまれることがなかった。

 

・確かに、徳川時代を思わせる「兄弟の契り」や指切りや暴力的な争いを伴い、役割構造を持つ同性愛という意味での男色は、明治時代の学校や軍隊で生き延び、栄えさえした。その時代には、「稚児」や「少年」という言葉は年長の学生の関心を惹きつける男子学生を指して使われていた。1901年に出版された東京の学校案内は、学習の助けと引き換えに男色関係をせまられることがあると警告し、作家の森鴎外は、1909年の小説『ヰタ・セクスアリス』で上級生から強姦されそうになった経験を書いている。

しかし、男色の世界はもはや、調査報道記者や道徳改革家によって、ときたま光を当てられるだけのひそかな地下世界になっていた。新渡戸稲造のような教育者は「同性的欲情」を原始的で暴力的な衝動だと見なし、精神を教化することによって根絶すべきものだとした。

 

・男色は、急速に大衆文化の中央舞台から追われた。同性愛の欲望はもはや、文学や演劇、美術によって褒め称えられることはなくなった。むしろ、過去の「悪習」であり近代西洋の前では国家の恥であるとして反対された。「男色好き」は、奇妙な心理的障害を持つ「男性同性愛者」というドイツの概念に取って代わられた。徳川時代のように男性間の性的欲望を生み出しやすい環境ではなくなったのである。男性がこうした欲望を体験し、それに基づいて行動することがしづらくなった。ここに見られる性に関する態度と行動の変化は、同性愛は特定の社会的変化の結果として現われたものだとする社会構築仮説を、このうえなく説明している。

 

あるゲイ・レズビアン団体の宿泊拒否

・動くゲイとレズビアンレズビアンの会(アカー)は1991年にこの宿泊拒否に関連して東京都を訴えた。これは、センターに宿泊していたサッカーチームのメンバーによるゲイの若者への嫌がらせに端を発している。嫌がらせにあった被害者がセンター職員に苦情を申し立てると、センター側は団体の性的指向を問題にしてその後の使用を拒否した。

 

世界初の日本男性同性愛史についての包括的な研究書 (松原國師)

・著者のゲイリー・P・リュープは、ハワイ大学で文学修士ミシガン大学で博士号を取得し、現在はマサチューセッツ州のタフツ大学で日本史の教授をつとめるアメリカ人の研究者である。専攻は、徳川時代における性(ジャンダー)、身分・階層、労働者の研究であり、ほかに仏教の世界史ならびに近代以前の西洋と仏教との文化交流の分野にも携わっている。

 

 

 

『職場のLGBT読本』

柳澤正和、村木直紀、後藤純一   実務教育出版 2015/7/22

 

 

 

LGBTを知っていますか?

・LGBTは、Lesbian(レズビアン)、 Gay(ゲイ)、Bisexual (バイセクシュアル)、transgender(トランスジェンダー)の頭文字をとった、性的マイノリティ(少数者)を表す総称です。

 

・欧米ではアーティストからスポーツ選手、企業経営者や政治家に至るまでさまざまな職業の方が、カミングアウト(LGBTであることを公にする行為)をする例が増えています。みなさんもオリンピックで水泳の金メダルをとったイアン・ソープ選手や、アップルCEOのティム・クック、そして2015年にグラミー賞を獲得したサム・スミスなどのカミングアウトのニュースをご覧になられたかもしれません。

 

日本でのLGBT事情は?

・調査によると人口の5%~7%強(電通総研2012年、2015年)はLGBTだといわれます。13人~20人に1人です。日本の苗字で多い「佐藤」「鈴木」「高橋」「田中」さんは、合計600万人いるといわれますが、LGBTの推定人口はその数に匹敵する規模というわけです。

 

本書が、おそらく日本で初めての、「ビジネス書・人事」の欄に置かれるLGBTの本になると思います。

 

LGBT人口はどれくらい?

性的少数者(性的マイノリティ)と言うぐらいですから、ストレートに比べたら少ないのでしょうが、実際にはどれくらいいるのでしょうか。人口の3%~10%というデータを目にしたことがあるのかもしれませんが、これほどの幅が生まれるのはなぜなのでしょう。それは、LGBT人口の統計というのは、さまざまな意味で正確な数値を出すことが困難になっているからです。

 

アメリカではその後、何度も同性愛人口についての調査が行われてきました。最近の2003年の調査があり、性的に活発なアメリカ国民男性の4.9%が18歳以降に同性との性的行為を持ったことがあると回答しました。

 

・イギリスでは、財務省などがシビル・ユニオン制定の影響を調べるため、2005年に行った調査によると、イギリスにいるレズビアン、ゲイの数は360万人で、国民の約6%が同性愛でした。

 

古代ギリシアからルネサンス

・自然界にももともとたくさんあるように、人間界にも古来から同性愛はありました。よく知られているのは古代ギリシアです。プラトンは『饗宴』のなかで少年愛を美と結びつけて賛美しています。ポリス(都市)では、年長者が庇護者として少年を愛することが称揚され、それは少年を立派な市民に育て上げるという教育的な意味ももっていました。

 

・しかし、キリスト教が誕生し、同性愛を退廃とみなす中世の暗黒時代へと入っていきます。聖書の「ソドムの市」の記述から同性愛は「ソドミー」と呼ばれ、火あぶりなどの刑が科せられることもありました。

 

・『ホモセクシャルの世界史』を著した海野弘氏は同書で「キリスト教ホモフォビアを作ったのではなく、キリスト教が生んだ抗争がホモフォビアを助長したのかもしれない」と述べています。

 

ルネサンス期はネオプラトニズムの影響で同性愛に寛容なムードが広まる一方で、取り締まりも行われました。レオナルド・ダ・ヴィンチミケランジェロといった芸術家たちの同性愛は広く知られるところです。

 イギリスでは、エリザベス朝時代のクリストファー・マーロウやシェイクスピア、17世紀のフィリップ1世(オルレアン公)、ジェームズ1世ウィリアム3世の同性愛が有名です。18世紀には産業革命を背景に、今日のゲイバーの原型である「モリー・ハウス」が誕生し、庶民も同性愛や異性装を謳歌するようになったことが知られています。

 

近代から現代

・近代になると、家父長制と資本主義、ナショナリズムが結びつき、一夫一婦制が定着し、ジャーナリズムの発展とともに国家と大衆が同性愛者を非難・弾圧するようになり、ホモフォビア(同性愛嫌悪)が蔓延します。

 

・19世紀末、オスカー・ワイルドが同性愛のかどで逮捕・投獄され、フランスではヴェルレーヌランボーとの恋の終幕に拳銃を発砲し、逮捕されました。20世紀初頭には、ドイツで皇帝ヴィルヘルム2世の閣僚や側近が同性愛者として糾弾される一大スキャンダル、「オイレンブルク事件」が起こりました。第1次世界大戦の遠因ともなる、国家を揺るがすような事件でした。イギリスでは、経済学者のケインズ、作家のヴァージニア・ウルフやE・M・フォスターらの同性愛者・両性愛者が中心となったブルームズベリー・グループが活動し、パリではディアギレフやニジンスキー(ともに同性愛者)のバレエ団バレエ・リュスがセンセーションを巻き起こしました。

 女性に目を向けると、「ロマンチックな友情」と呼ばれて称賛された女性同士の友愛が19世紀に頂点を迎え、経済的自立を果たした中産階級の女性たちは共に暮らしはじめます(アメリ東海岸では「ボストンマリッジ」と呼ばれます)。1920年代にはニューヨークなどにレズビアンコミュニティが誕生します。

 

・しかし、精神科医による同性愛者や異性装者というカテゴライズは、のちにそうした人々が異常だとか病気であると見なされることにもつながりました。そしてナチスは性科学研究所を破壊し、何万人もの同性愛者を収容所で虐殺……歴史上類を見ない悲劇が起こったのです

 

・第2次世界大戦が終わり、男女平等や公民権運動が進んでもなお、依然として同性愛は違法であり、第2次世界大戦の英雄であったアラン・チューリングが同性愛のかどで逮捕され、ホルモン治療を強制され、自殺に追い込まれるという悲劇も起こりました

 

LGBTの日本史

・日本は欧米に比べ、LGBTに寛容な国だといわれてきましたが、おそらくその理由には、日本人が異性装、ことに女装が大好きだからということもあるでしょう三橋順子氏は著書『女装と日本人』(講談社刊、2008年)において、ヤマトタケルの女装を端緒に、古代日本の女装した巫人(シャーマン)、王朝時代の稚児、中世の持者、江戸時代の陰間………と現代まで連綿と続く女装の系譜を検証しながら、日本文化の基層に「性を重ねた双性的な特性が、一般の男性や女性とは異なる特異なパワーの源泉になるという考え方=双性原理」があると述べています。

 

「男色」大国だった日本

・そのことも深く関係しますが、かつて日本は世界に冠たる「男色」大国でした。有史以来、日本の歩みは男色とともにあり、日本の歴史は男色文化に左右されながら、時にはそれが原動力となって動いてきました。

 古代の豪族からはじまり、空海が唐から男色文化を持ち帰って以来、稚児を愛するライフスタイルが爆発的な広がりを見せ(稚児は「観世音菩薩の生まれかわり」として崇拝され、僧侶の間では男色は神聖な儀式でした)、僧侶から公家、貴族、そして武士にも伝播しました室町時代には喝食(かつしき)と呼ばれる美少年がもてはやされ(足利義満世阿弥が有名)、戦国時代には武将が小姓を寵愛し(織田信長森蘭丸をはじめ、ほとんどの武将が小姓を抱えていました)、やがて「衆道」へと至ります。「衆道」は念者と若衆の愛と忠節によって成立する崇高な男の契りであり、ちょうど古代ギリシアのように、少年を庇護し、立派な武士に育て上げる(軍の団結を強化する)意味合いももっていました。

 

・日本の男色は、政治をも大きく動かし、独自の文化を花咲かせ、日本的美意識とあいまって「宗道」と呼ばれる武士の人生哲学となり、江戸時代には若衆歌舞伎という一大娯楽産業(そして色子、陰間という売色のシステム)も誕生しました。この時代、色道の極みは男色と女色の二道を知ることだと言われ、陰間茶屋が栄えました。陰間の中には女形を目指して女装した者もいました。稚児などもそうですが、美少年はしばしば女装もしており、男色は現代とは異なり、疑似異性愛的なものでした。日本の男色史は女装史と不可分なものだったのです。

 

明治以降~現代

明治維新以後も「衆道」の名残りが薩摩藩などを中心に見られ、大正時代まで続きました。しかし、明治政府は、江戸以前の男色の文化を封建的な江戸の奇習、西南日本の悪習(それに影響された学生の悪習)、「文明」に対する「野蛮」として周縁化しました。富国強兵・殖産興業の国策の下、どんどん同性愛者は生きづらくなり、戦時中は「非国民」と呼ばれ、弾圧されました。

 

・戦後、待ってましたとばかりに同性愛者や女装者が活動をはじめますが、三島由紀夫の「禁色」に描かれているように、まだアンダーグラウンドなものであり続け(歴史の教科書も男色を隠蔽し続け)、ほとんどの同性愛者は偽装結婚を余儀なくされました。それでも、女装したママのゲイバーやブルーボーイのショークラブ、二丁目のゲイバー街ができ、丸山明宏(美輪明宏)のようなタレントが登場し、ニューハーフやミスターレディがメディアを賑わせるようになり、というかたちで次第に世間に浸透していきました。(その後もカルーセル麻紀、おすぎとピーコ、ピーターらをはじめ、現在のマツコ・デラックスに至るまで、数多くのオネエタレントが活躍してきました)。

 

同性愛の世界地図

・西欧や北米、中南米オセアニアでは同性婚または同性パートナー法が認められている国もありますが、中東やアフリカ、東欧では、まだ同性愛者を弾圧する国がたくさんあります。近年、この二極化が進みつつある一方で、日本をはじめとする東アジア・東南アジアでは、ひどい差別もないが保護する制度もない、という状況が続いています。

 

・同性愛が違法となっている国(国外追放や終身刑、死刑などの極刑に処せられる可能性がある)

イラン、サウジアラビア、イエメン、スーダン、ナイジェリア、モーリタニアソマリア

 

日本アイ・ビー・エム株式会社

・1950年代には米国企業としてもいち早く、個人の尊重、機会の均等をコーポレートポリシーとして宣言し、すでに80年代にはLGBTにも注目し、差別禁止規定のなかに「性的指向」「性自認」という文言を入れています。ダイバーシティ施策の一環でLGBTへの特化ではなく、人種の違いや障がい、女性と同様に尊重するものでした。

 マイノリティの従業員の定着、意識向上を考え、ロールモデルをいかに輩出していくか、平等な福利厚生、継続性、LGBT市場の開拓やブランディング、賛同してくれる仲間の企業をつくる、といったことに取り組んでいます。客観的な調査機関のサーベイ(調査)にも積極的に応じて、差別のない職場環境の整備と維持を心がけています。

 

さまざまな企業の取り組みを知ろう

そこに風穴を開け、いち早くLGBTへの働きかけを行ったのが、今はなきリーマン・ブラザーズ証券でした。2004年に入社したヘイデン・マヤヤスさんが、社内でLBGLN(リーマン・ブラザーズ・ゲイ・アンド・レズビアン・ネットワーク)という当事者ネットワークを立ち上げ、LGBTの従業員同士で親交を深め、同性カップルの結婚を祝福したり、識者を招いて講演会を催したりしていました。そして「多様な人材を抱えることができれば顧客提案の幅も広がる」との考えから、2006年3月には早稲田大学など7大学のLGBTサークルに声をかけ、社内のLGBT支援システムをアピールし、優秀な人材の確保に乗り出しました(2008年以降、リーマン・ブラザーズ証券の取り組みは、野村證券へと受け継がれていきます)。

 

ゴールドマン・サックス証券株式会社

ゴールドマン・サックスは、多くのLGBTが活躍している世界有数の金融機関です。イギリスでは「LGBTが働きやすい会社トップ100」の6位に選ばれています。

 

・日本法人では2005年に社内LGBTネットワークが設立されました。

 

野村証券株式会社

・2008年9月にリーマン・ブラザーズ証券が破綻したあと、野村證券リーマン・ブラザーズの欧州とアジア拠点の部門を継承した際に、ダイバーシティインクルージョンのコンセプトとともにLGBTネットワークが野村證券に引き継がれることになりました。

 

 

 

『妖怪の理 妖怪の檻』

京極夏彦    角川書店  2007/9

 

 

 

柳田國男の妖怪談義を巡って

・現在、“妖怪”を語る時には必ずといっていい程引き合いに出されてしまう柳田國男も、最初から「妖怪」という言葉を使用していたわけではありません。

 例えば、有名な『妖怪談義』(1956/修道社)に収録されている論文の中で一番古い「天狗の話」が書かれたのは明治42年(1909)のことなのですが(それは井上圓了が活躍していた時代です)、その中に「妖怪」の2文字を見出すことはできません。のみならず初期、中期の論文において柳田は、天狗は天狗と記し、大太法師は大太法師と記すだけです。柳田國男がそうしたモノの総称として「妖怪」という言葉を頻繁に使い始めるのは、大正も半ばを過ぎてからのことなのです。

 ただ、柳田國男はその学問の創成期から民俗の諸層に立ち現れる“怪しいモノゴト”に深い興味を示してはいました。

 柳田はまた、それを怪しいと感じる人間の心の在りようを研究することに学問的意義を見出してもいたようです。加えて、柳田が比較的早い時期に「妖怪」という言葉を“述語”として採用しようとしていたこともまた、事実ではあります。

 

・そして柳田以外の民俗学者達が「妖怪」という言葉を術語として頻繁に使い出すのは柳田が昭和11年(1936)雑誌『日本評論』(日本評論社)に論文「妖怪談義」を発表して後のことと思われるのです。

 

・また当時流行し始めていた心霊研究、さらには海外のスピリチュアリズムなども、柳田の視野には収まっていたはずです。

 ならば、日本民俗学を学問として確固たるものにするために、そうしたある意味いかがわしさを含んだ学問と一線を画する必要が、柳田には確実にあったはずなのです。民俗の中の“怪しいモノゴト”を扱うにあたって、さらにはそれを“妖怪”と名づけるにあたって――「妖怪」という言葉を術語として使うために、柳田國男は、井上、江馬、藤澤、そして心霊科学、そのどれとも異なった道を模索せざるを得なかったのでしょう。

 

『古今妖魅考』は平田篤胤が記した書物で、天狗に関する多くの記述がある

・柳田が“妖怪”と“幽霊”を明確に区別したがったのは、過去(文献)だけを研究対象とした江馬のスタイルと決別するという主張の現れだったのではないでしょうか。それはまた、民俗学を近代的な学問――科学とするための一種の方便として捉えることも可能です。

 

黎明期の民俗学を巡って

・柳田は全国各地の習俗や言語など“民俗”に関わる事象をくまなく調査し(必ずしも自らが全国を巡ったわけではないのですが)、蒐集・蓄積した膨大なデータを様々な形で纏め、世に問うています。しかし、纏められた資料や論考を俯瞰した時、“性”と“差別”に関わる記述が驚く程に少ないということに気づくはずです。まったく触れられていないというわけではないのですが、それにしても扱われている情報は僅かで、扱い方も常に淡泊です。

 これは、それらの情報が蒐集の網から漏れた故に生じた“不備”ではありません。

 それはむしろ、意図的に“取捨選択”がなされた結果であるものと思われます。“性”や“差別”に関わる情報は、なにがしかの基準によって選り分けられ、隠蔽されてしまったようなのです。

 但し、その選別作業がどの段階で行われたのかは定かではありません。

 

・柳田の許に届く前、例えば蒐集の段階で捨てられてしまったという可能性も、もちろんあるでしょう。しかし、たとえそうであったのだとしても、何らかの基準なり指針を示したのが柳田であったことは想像に難くありません。

 柳田は“夜這い”などの性に関する習俗や、取り上げること自体があからさまな差別の誘因となり得る事象などに対しては極力言及しない――という方針を持っていたようです。これは柳田個人の(そうしたものを好まない)性質・信条に因るものだという見方もあるようですが、それを踏まえた上での、一種の“戦略”であったと捉えられることも多いようです。

 立ち上げ間もない民俗学を守るための――学問の一分野として成立させるための――それは学問的“戦略”だというのです。つまり民俗学が卑俗なものとして受け取られることを虞れたあまり、誤解を受けそうなテーマを緊急避難的に遠ざけた――ということになるのでしょうか。

 

・ただ、柳田國男が意図的に「妖怪」なる言葉を民俗学用語として採用し、ある程度積極的に使用したことは明らかな事実ですし、その結果として現在私たちが知る“妖怪”という概念が形成されたことも事実でしょう。

 

・性的習俗・差別的文化の取り扱い方が、柳田の学問的“戦略”であったのだとしても、また、単に柳田の個人的な嗜好の発露であったのだとしても、柳田がなにがしかの基準を以て蒐集した情報を取捨選択していた(あるいはさせていた)という事実に変わりはありません。

 

 そうした事実がある以上、ここでまず問題にしなければいけないのは、その“基準”そのものでしょう。

 それでは、その基準と果たしてどのようなものだったのかを考えてみましょう。

 

・筆者はその基準を、取り敢えず“通俗性の有無”と要約することができるだろうと考えています。

 通俗とは、“下品”であり“幼稚”であり“下劣”である――学問的でない――と言い換えることもできるでしょう。柳田國男は高名な学者であり、官僚でもあり、インテリゲンチャのホワイトカラーであり、現在でも、およそ通俗とはかけ離れた印象を以て受け入れられている人物です。柳田が通俗を厭うたというもの言いは、いかにももっともらしく聞こえることでしょう。しかし、それはあくまで“印象”に過ぎません。

 

・風俗史学が“下品”で“幼稚”だなどと述べているわけではありません。前述のとおり、風俗史学は(民俗学とは以て非なるものではありますが)きちんとした理念や体系を持つ、れっきとした学問です。

 ただ、明治期から昭和初期にかけて、風俗研究の名を借りた通俗的な言説が一種のブームとなっていたこともまた、紛れもない事実なのです。

 

・もちろん、性であれ差別であれ、研究者は決して下世話な興味本位でそれらを俎上に並べたわけではありません。風俗史学の内部では、それらはいずれも学問的な研究対象として、真面目に取り扱われています。しかし、研究者がどれだけ真摯な姿勢でそれらと向き合っていようとも、そうした対象を扱うという行為自体が、好奇=通俗の視線に晒される要因となるのだとしたら――通俗化を回避することは難しいといわざるを得ません。

 戦後のカストリ誌などで好んで扱われたネタの多く(猟奇趣味、犯罪心理、性愛記事、秘境探検記事など――)は、そうした“風俗研究ネタ”の直接的な焼き直しです。

 

・風俗史学が「過去のモノゴトを現代に紹介する」学問だとするなら、民俗学は「過去を知ることで現代を知る」学問です。風俗史学が「特定の場所や時代を研究する」ことに終始するのに対し、民俗学は「古層を探ることで現在を理解する」ためになされる学問なのです。

 実際、柳田以降もその二つは時に混同され、集合離散を繰り返すこととなります。

 

・柳田が“性”や“差別”を禁じ手としたのは、そうした手本があったからなのでしょう。それが柳田の個人的な嗜好であったのだとしても、学問の卑俗化を防ぐための戦略であったのだとしても――柳田の視野に風俗研究が収められていたことは疑いのないことのように思えます。

 

柳田國男は、どういうわけか「妖怪」という言葉だけは捨て去ることをしませんでした。それどころか、柳田は晩年に至って「妖怪」という言葉に拘泥し始めるのです。先に挙げた基準が正しいものであるならば、「妖怪」は真っ先に捨てられていて然るべき言葉であったのでしょう。

 

明治の雑誌をなどを巡って

明治30年代に入ると、圓了の著作以外の場でも「妖怪」という言葉が使用されるようになります。

 

・明治政府は圓了以上に迷信や旧弊を弾圧しました。明治期には、まじないや因習を禁止した政府令がいくつも出されています。反体制という場所に立って眺めるならば、圓了も明治政府も同じことをしているように見えたはずです。

 

・合理を前面に打ち出した圓了の場合、現象の背後には何もありません。「起こり得るか/起こり得ないか」の二者択一で、非合理なものは「起こらない」「ない」というのが圓了の立場です。

 平井の場合は多少違っています。神霊(心霊とは微妙に違う概念です)の有効性を信じる者にとっては、すべての事象はなにがしかの「意志の結果」なのです。「起こり得ないこと」であっても「起こるべきこと」は「起こる」ということになるでしょう。

 

・二人の違いとは、現象の背後にある“モノ”を想定しているかいないか、ということです。

 平井の文中にそうした“超越者”に対する記述はいっさいありません。しかし、先に述べたように、平井が後に心霊研究の方面に手を伸ばす人物であることは事実です。平井金三にとって大切だったのは、「何が起きているか」「それは起こり得ることなのか」ではなく、「何故起きたのか」、あるいは「何が起こしたのか」だったのではないでしょうか。

 健全な“妖怪”=“神仏”が「在る」のであれば、不健全な“妖怪”もまた「在る」ということになります。

 

・天狗の話も河童の話も、フォークロアや寓話としてではなく「本当にあったこと」として語られているわけです。

 現代に置き換えるなら「私は宇宙人に遭った」「自殺者の霊がトンネルに現れた」というのと同じ文脈で天狗や河童が語られているわけです。天狗も河童も実在するモノゴトとして、要するに“オカルト全般”として扱われているということ――即ち井上圓了の引いた枠組みの中で語られているということ――になるでしょう。

 

・圓了の仕事によって、“妖怪”の名の下にそれまで乖離していたいくつかの事象が統合・整理されたことは間違いないでしょう。それは、後にオカルトなる便利な言葉が一般化したために、超能力やUFO、心霊現象やUMAなど、本来無関係であるはずのものごとがひと括りにされ、新たな体系が編まれた事情と酷似してもいます。

 

郷土研究の社告を巡って

・その当時「妖怪」という言葉は、通俗の場においてこそ“化け物”というニュアンスを帯びつつあったものの、学問の場において、また枠組みとしては(結果的に)圓了の独壇場だったといえるでしょう。しかし柳田は(たぶん敢えて)この枠組みから外れた使い方をしてみせます。

 

民俗学は(というよりも柳田國男は)もちろん近代的学問を目指しはしたのでしょうが、決して前近代を否定する立場をとっていたわけではありません。民俗学にとって前近代は否定するものでも肯定するものでもなく、近代を知るための“研究材料”だったのです。

 

・たしかに圓了といえば迷信否定――今でいうならオカルト否定派の急先鋒です。心霊研究とはおよそ馴染まないように思えます。しかし、繰り返し述べている通り、圓了が厳しく糾弾したのは“前近代”なのです。

 心霊科学という言葉からも判る通り、心霊研究は、“科学的”な発想をその根底に持っています。

 

再び柳田と民俗学を巡って

・明治末から柳田が抱えていた「山人」という大きな研究テーマ――『後狩詞記』(1909/自費出版)や『遠野物語』(1910/聚精堂)などを生み出す原動力ともなり、南方熊楠との、いわゆる「山人問答」を通じて明確化したテーマ――に、柳田はここで終止符を打ちます。そして研究対象を平地人=常民へと移して行くのです。

 そうした様々な変遷の中、柳田は「妖怪」という言葉とは距離を置き続けます。と――いうよりも、柳田は、「妖怪」という言葉をまったくといっていい程使っていないのです。

 

昭和9年(1934)、柳田は現在もなお“妖怪”研究の基本文献のひとつとされる『一目小僧その他』(小山書店)を上梓します。

 一つ目小僧、目一つ五郎、隠れ里、橋姫、ダイダラボッチと――論文中で扱われているのはいずれも(現在の感覚では)紛う方なき“妖怪”ばかりですが、やはり「妖怪」という言葉は一切使用されません。

 

・金城は、最初に挙げた「マジムン」を「妖怪変化の総称」としています。続く「ユーリー」は、マジムンと同義であるとしながらも(那覇では)「人間の死霊」に限定する呼称であると述べています。

 

様々なコトバを巡った後に

・柳田は、“妖怪”に対する自らの指針を正当化するために、まず“幽霊”を“お化け”のカテゴリから切り離さなければならなかったのではないか――。

 そのような観点から柳田の仕事を見直した時、“妖怪”と“幽霊”に関する柳田の定義も、かなり脆弱な論拠の上に成立している限定的な言説として捉え直されてしまいます。

 柳田の定義は概ね次のように要約されて、広く人口に膾炙されてしま

います。

 

① 幽霊は人に憑くが妖怪は場所に出る。

 

② 幽霊は深夜に出るが妖怪は薄暮に現れる。

この二点は“妖怪”と“幽霊”の決定的な差異として様々な場面で引用されています。

 

・人に取り憑くモノは“幽霊”ばかりではありません。狸も狐も、鬼も天狗も河童も、わけの判らないモノだって人に憑きます。“憑き物”を外しても、個人につきまとう“幽霊”以外のモノはいます。一方で同じ場所に出続ける“幽霊”もたくさんいます。そうした“幽霊”は不特定多数に祟ることもあります。昨今の言葉でいうなら“地縛霊”ということになるでしょうか。柳田の定義を押し通すなら、“地縛霊”は“幽霊”ではなくなってしまいます。

 また、出現時間に関しても同じことがいえるでしょう。深夜に訪れる恐ろしいモノが、すべて“幽霊”かといえば、そんなことはありません。夕暮れに目撃される“幽霊”も多くあるでしょう。それは今にかぎらず、過去にも多くあったのです。

 定義から漏れるものは認めない、という態度もあるのでしょうが、そうするとかなり無理をして分類し直さなければならなくなります。

 

・ただ、生涯を「妖怪学」に捧げた井上圓了と違い、柳田國男の“妖怪”研究は、その膨大な仕事のうちの、ほんの一部にしか過ぎません。しかし、割合としては少ないまでも、柳田にとって“妖怪”が一種「特別な」研究対象であったことは疑いようがありません。

 

 

 

遠野物語拾遺   retold』

柳田國男 × 京極夏彦  角川学芸出版 2014/6/10

 

 

 

(171)

この鍛冶屋の権蔵は川狩り巧者であった。夏になると本職の鍛冶仕事にはまるで身が入らなくなる。魚釣りに夢中になってしまうのである。

ある時。

権蔵は山の方の川に岩魚釣りに行った。編籠に一杯釣ったので切り上げ、権蔵は村に向かって山路を戻って来た。

 村の入り口を示す塚のある辺りまで来ると、草叢の中に小坊主が立っている。はて誰だろうと思って見ると、小坊主はするすると大きくなって、雲を突く程に背の高い入道になった。権蔵は腰を抜かして家に逃げ帰ったという。

 

(87)

綾織村砂子沢の多左衛門どんの家には座敷童衆がいる。この座敷童衆は元お姫様である。これがいなくなったら家が貧乏になった。

 

(136)

遠野の豪家である村兵家の先祖は、貧しい人であった。ある時。その人が愛宕山下の鍋ヶ坂という処を通り掛かると、藪の中から、「背負って行け、背負って行け」と、叫ぶ声がする。

 

いったい何があるのかと立ち寄って見てみると、仏像が一体あるのであった。その人は言われる通りそれを背負って持ち帰り、愛宕山の上に祀った。それからその人は富貴を手に入れ、家はめきめきと栄えて、後裔は豪家となったのである。

 

(88)

その遠野町の村兵の家には、御蔵ボッコというものがいた。籾殻などを散らしておくと、翌朝。そちこちに小さな児の足跡が残されているのを見ることが出来たという。後に、それはいなくなった。それから家運が少しずつ傾くようになったそうである。

 

(89)

砂子沢の沢田という家にも、御蔵ボッコがいたという。人の目に見えるものではなかったようだが、ある時姿を見ることがあった。赤塗りの手桶などを提げていたという。見えるようになったら、竈が左前になったそうである。

 

(90)

同じ綾織村の、字大久保にある沢某の家にも蔵ボッコがいた。時々、糸車を回す音などがしたという。

 

(91)

附馬牛村のいずれかの集落にある某の家のこととして伝わる話である。先代の当主の頃、その家に一人の六十六部がやって来て泊まった。

しかし、来たところは見ているが、出て行く姿を見た者がいない。

そういう噂である。それ以来その家が栄えたとかいう話は聞いていない。ただ、貧しかったということもないようである。

 

 近頃になって、この家に幼い女児が顕れた。十になるかならぬかくらいの齢で、紅い振袖を着て、紅い扇子を持っていたという。女児は踊りを踊り乍らその家から出て来て、下窪という家に入った。

これも噂である。しかしそれ以降、このニ家はケェッチャになったと村の者は謂う。ケェッチャとはあべこべ、裏表というような意味であるから、貧富の差が逆転したというような意味なのだろう。

 

 その下窪の家に近所の娘が急な用で行った折、神棚の下に座敷童衆が蹲っているのを見て吃驚し、逃げ戻って来たという話もある。

 

 そういう話があるのだから、下窪の家は裕福になったということなのだろう。

 

(93)

遠野一日市にある作平という家は裕福である。しかし、元々暮らし向きが豊かだった訳ではない。この家には栄え始めた契機があると謂う。

 ある時、土蔵に仕舞ってあった大釜が突然鳴り出した。家の者は勿論、近所の者も皆驚いて見に行ったそうである。音は止むどころか段々に強くなり、小一時間も鳴り続けたと謂う。

 その日から家運が上昇した。作平の家では山名という面工を頼み、釜が鳴っているところの絵を描いて貰い、これを釜鳴神と称して祀ることにしたそうである。今から二十年くらい前のことである。

 

(94)

土淵村山口にある内川口某という家は、今から十年程前に瓦解した。家屋も一時空き家になっていた。寄り付く者もいないから、当然人気も全くない。しかし誰も住んでいない筈のその家の奥座敷に、夜になると幽かな火が燈る。そして、誰の声かはわからないが、低い声で経を誦むのが聞こえる。往来のすぐ近くの家であったので、耳にする者も多かった。近所の若い者などが聞き付け、またかと思って立ち寄ってみると、読経も止み、燈火も消えている。同じようなことは栃内和野の菊池家でも起こった。

菊池家も絶え、その後に空き家から経が聞こえたりしたそうである。

 

(92)

遠野新町にある大久保某の家の二階の床の間の前で、夜な夜な女が現れ髪を梳いているという評判が立った。

 近所の両川某という人がそれを疑い、そんなことがあるものかと言って大久保家に乗り込み、夜を待った。

 夜になると、噂通りに見知らぬ女が髪を梳いている。女はじろりと両川氏を見た。その顔が何とも言えず物凄かったのだと両川氏は語った。

明治になってからの話である。

 

(162)

佐々木喜善君の友人に田尻正一郎という人がいる。その田尻氏が、7,8歳くらいの頃。村の薬師神社の夜籠りの日だったそうである。

夜遅くに田尻少年は父親と一緒に畑中の細い道を通り、家路を急いでいた。すると、向こうから一人の男が歩いて来るのに出会した。シゲ草がすっかり取れていて、骨ばかりになった向笠を被った男であった。

 

 一本道である。擦れ違うために田尻少年は足を止め、道を開けようとした。すると男は、少年が道を避けるより先に畑の中に片脚を踏み入れ、体を斜めにして道を譲ってくれた。

 通り過ぎてから田尻少年は父に、今の人は誰だろうと尋いた。父は妙な顔をして誰も通った者はないと答えた。そして、「俺はお前が急に立ち止まるから、どうしたのかと思っていたところだが」と言ったという。

 

(163)

先年、土淵村の村内で葬式があった。その夜。権蔵という男が、村の者4,5人と連れ立って歩いていた。不幸のあった家まで念仏を唱えに行く途中のことである。突然、権蔵があっと叫んで道端を流れていた小川を飛び越えた。他の者は驚いて、いったいどうしたんだと尋ねた。

権蔵は、「今、俺は黒いものに突き飛ばされたんだ。俺を突き飛ばしたアレは、いったい誰なんだ」と答えた。他の者の眼には何も見えていなかったのである。

 

(137)

つい、近頃の話だと謂う。ある夜。遠野町の某という男が、寺ばかりが連なっている町を歩いていた。墓地を通り抜けようとすると、向こうから不思議な女が歩いて来るのに出逢った。男が何故不思議と感じたのかはわからない。しかし近付いて能く見ると、それはつい先日死んだ、同じ町の者であった。

 

 男は驚いて立ち止まった。死んだ女はつかつかと男に近づき、「これを持って行け」と言って汚い小袋を一つ、男に手渡した。恐る恐る受け取って見ると、何か小重たいものである。しかし、怖さは増すばかりであったから、男は袋を持ったまま一目散に家に逃げ帰った。

 家に戻り、人心地付いてから袋を開けてみると、中には銀貨銅貨取り混ぜた多量の銭が入っていた。その金は幾ら使っても減らない。

貧乏人だった男が急に裕福になったのはそのお蔭だと噂されている。

これは、俗に幽霊金と謂い、昔からままあるものである。

一文でもいいから袋の中に銭を残しておくと、一夜のうちに元通りいっぱいになっているのである。

 

 

 

『遠野のザシキワラシとオシラサマ』

佐々木喜善) (宝文館出版) 1988/4

 

 

 

奥州のザシキワラシの話

子供の時の記憶

・私達は、幼少の時分、よく祖父母から炉辺話に、ザシキワラシの事を聞かせられたものである。そのザシキワラシとはどんなものかと言えば、赤顔垂髪(さげがみ)の、およそ5、6歳の子供で、土地の豪家や由緒のある旧家の奥座敷などに出るものだということであった。そのものがおるうちは家の富貴繁昌が続き、もしおらなくなると家運の傾く前兆だとも言われていたという。私達は、初めはその話を只の恐怖を持って聞いていたものであるけれども、齢がやや長けてくると、一般にこの種のものに対していだくような、いわゆる妖怪変化という心持ではなく、何かしらそのものの本来が私達の一生の運不運と関係があるので、畏敬の念さえ払うようになったのである。世間でもまたこの通りとか、何処の何某の家にそのものがおるといえば、他では羨望に表した、多少の畏服を感じ、また本元でも吉端として、ひそかに保護待遇に意を用い、決して他の妖異におけるがごとく、駆除の祈祷や退散の禁呪などは求めぬのである。

 

 

<●●インターネット情報から●●>

ウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)から>

 

夜這い(よばい)とは、夜中に性交を目的に他人の寝ている場所を訪れる日本の風習

語源は、男性が女性に呼びかけ、求婚すること(呼ばう)であると言われる。

古くは、759年に成立した『万葉集』巻12に「他国に よばひに行きて 大刀が緒も いまだ解かねば さ夜そ明けにける」と歌われており、大正時代まで農漁村中心に各地で行われていた習俗。戦後、高度成長期直前まで、各地の農漁村に残っているところがあった。明治維新の近代化や農漁村への電灯の普及などにより明治以降は衰退する傾向にあった。このため、明治、大正の頃まで盛んだったのは、山深い山間部の村落中心であった。

 

多くの場合男性が女性のもとへ通うものだが、女性が通う風習を持つ地域もあった。

 

婚、嫁、結婚などの字を古くは「よばふ」「よばひ」と呼んだ。これは「呼ぶ」の再活用形で「つまどい」「つままぎ」などの語と共に求婚のために男が女のもとに通うことを意味した。昔の婚姻は結婚後も男が女のもとに通うのが普通であり、このことも「よばい」と言われた[要出典]。

 

古代日本の夫婦関係は妻問い婚であり、男女はそれぞれに住んでいて妻の元へ夫が通ってゆく形態であった。結婚というのは、家族に隠れてこっそりと夜這いを行うのではなく、堂々と通えるようになることを意味した。そもそも各地の共同体(ムラ)においては一夫一婦制と言う概念も希薄で、重婚、夜這いは当たり前であった。

 

かつての農村では、「村の娘と後家は若衆のもの」という村落内の娘の共有意識を示す言葉が聞かれることがあった。近代化以前の農村には若者組があり、村落内における婚姻の規制や承認を行い、夜這いに関しても一定のルールを設けていた。ルールには未通女や人妻の取り扱いなどがあり、この辺りの細かい点は地域によって差がみられた。下川耿史によれば、夜這いが盛んになったのは南北朝時代から鎌倉時代にかけての中世であり、村落共同体の若者組は、風流と呼ばれる華やかな祭りのリーダーだったという。

 

江戸など都市部では、村落と違う形に発達していった。これが、夜這いの衰退に繋がったと考えられるとする見方がある。1876年(明治9年)、現在の新潟県(相川県)で、夜這いを禁止する法律ができた1938年(昭和13年)に起きた津山事件について、大阪毎日新聞が「山奥にいまなお残されている非常にルーズな男女関係の因習」と報じ、サンデー毎日が「娯楽に恵まれない山村特有の『男女関係』」と報じるなど、夜這いは否定的に見られるようになっていった

 

津山事件(つやまじけん)または津山三十人殺し(つやまさんじゅうにんごろし)は、1938年(昭和13年)5月21日未明に岡山県苫田郡西加茂村大字行重(現・津山市加茂町行重)の貝尾・坂元両集落で発生した大量殺人事件。犯人の姓名を取って都井睦雄事件ともいう。津山市など近隣地域では「加茂の三十人殺し」と呼ばれている(または死者の数に尾ひれがつき水増しされ「三十二人殺し」「三十三人殺し」また「三十六人殺し」とも呼ばれる事がある)

 

2時間足らずで28名が即死し、5名が重軽傷を負う(そのうち12時間後までに2名が死亡)という、犠牲者数がオウム真理教事件(27名)をも上回る日本の犯罪史上前代未聞の殺戮事件である。 事件は犯人の逮捕にはいたらず、現場から逃走した犯人の自殺で幕を閉じた。

 

津山事件は、そのセンセーショナルな事件の内容から、小説・ドラマ・ゲームなど多くの作品で扱われたり、題材・モデルとされている。

 

八つ墓村横溝正史、角川文庫、1971年 

・冒頭部で語られる村人32人殺し事件は、本事件がモデルとなっている(小説は事件の後日談の形を取っており、本事件そのものが全体のモデルになっているわけではない。また、犯人の境遇はまったく違う設定である)。

 

丑三つの村西村望毎日新聞社、1981年(徳間文庫、1984年 ISBN 4195675936)> 本事件を題材にしたノンフィクション小説。

 

1983年に監督・田中登、主演・古尾谷雅人で映画化された。封切り前に映倫が「全編が残虐で非道的」と判断、18歳未満の観覧を禁止する成人映画に指定された。

 

「負の暗示」『神かくし』所収山岸凉子、秋田文庫、1998年 ISBN 4253172466 >本事件を漫画化した作品。

 

八つ墓村』(やつはかむら)は、横溝正史の長編推理小説。「金田一耕助シリーズ」の一つ。

 

本作を原作とした映画が3本、テレビドラマが6作品、漫画が5作品、舞台が1作品ある(2014年3月現在)。9度の映像化は横溝作品の中で最多である(次いで『犬神家の一族』が映画3本、ドラマ5本)。

 

1977年の映画化の際、キャッチコピーとしてテレビCMなどで頻繁に流された「祟りじゃ〜っ! 八つ墓の祟りじゃ〜っ!」という登場人物のセリフは流行語にもなった。

 

花街(花町とも書く)(かがい、はなまち)とは、芸妓屋、遊女屋が集まっている区域を指す名称である。花柳(かりゅう)という別称もある。売春防止法(1957年施行)までは多くの花街に芸妓と娼妓の両方がいたが、今日花街と呼ばれている地域は芸妓遊びのできる店を中心に形成される区域である。なお、料理屋・待合茶屋・芸者屋(置屋)がまとめて「三業」と称されるため、花街のことを「三業地」ともいい、地域により茶屋と置屋で「二業地」と呼ぶ。

 

 

 

文藝春秋』 平成27年3月特別号

『戦後70年の疲労 今こそ「第4の矢」が必要だ』

牛尾治朗 茂木友三郎 佐々木毅

 

 

 

財界、官界、学界、労働界の有志が緊急提言

・「日本アカデメイア」の92人が3年間討議を重ねた日本の未来。その議論が3人の提言となって結実した。

 

・この国は、戦後の日本社会に対する必要以上の幻想、つまり「余剰幻想」から抜け出せずにいるように思えるのです。

 少子化による人口減少、膨大な財政赤字、持続可能性が憂慮される社会保障制度――いずれも、ここまで事態が深刻化したのは、新しい時代にふさわしい思考に切り替えられなかった日本人の「余剰幻想」の産物にほかなりません。

 

少子高齢化によって、高度成長時代にデザインされた社会を大幅に見直さなければ、社会保障全体の維持が覚束ないことは、ずいぶん昔から明らかでした。すでに、社会保障給付額は14年には115兆円にまで膨らみ、25年には149兆円になるとされています。

 

「人を説得する政治」へ>

この政治不信の根底には、「大事なことを本音で語る政治家は少ない」という有権者の悲痛な叫びがある。

 

・このままでは日本は壊れてしまう。そのことに国民は気付いています。従って一刻も早く民主制を作り変えなければなりません。「人を説得する政治」を実現して、シルバーデモクラシーからヤングデモクラシーへというように日本の新しい長期ビジョンを打ち立てなくてはならないのです。

 

制度疲労を乗り越える「三つの提言」

この難局を乗り切るため、2030年の日本の自画像を描く

<提言1 戦後の生き方・働き方はもう古い

・日本の会社員は戦後70年もの間、一斉採用、終身雇用、そして定年制という、いわば20世紀型の仕組みのなかにあり続けて来ました。この画一的な働き方が制度疲労を起こし、日本人の幸福を奪っていると考え、これまで当たり前だと思ってきた「定年」という固定観念の見直しを提言します。

 

年金生活という言葉を死語にし、若い時代から最低70歳、75歳くらいまでは健康でいきいきと働く。そして、社会に対して死ぬまで価値を生み出し続けていく。私たちの提案は、働き方にとどまらず、日本人の生き方の幅を広げる提案でもあります。

 

若者、女性が社会の主役に

・人口減少の抜本的な対策は、直ちに各界が始めねばなりませんが、簡単に解決できる問題ではありません。

 

提言2 情報革命で本気の歳出削減を

・税と社会保障、そしてその先にある財政再建をどうやって成し遂げるかは喫緊の課題です。毎年、社会保障給付額が2兆円から3兆円増えるといわれる現状では、今のシステムは早晩、行き詰まることが目に見えています。今の水準を維持し続けることはもはやできません。

 

私たちは、その点を改善する前提として、税と社会保障の透明性を高めること、そのためにIT技術をフル活用することを提言します。日本の徴税システムはまだ抜け穴だらけといわれています。

 

・実は、そのために有効な制度が動き出そうとしています。国民全員に税と社会保障の共通番号を割り当てるマイナンバー制度が16年1月から本格導入されるのです。

 

ビッグデータ活用で生活者本位の医療を

・さまざまなデータを電子化して蓄積すれば、ビッグデータの活用によって、さらなる歳出削減の可能性が広がります。

 

提言3 政治の時間軸を立て直す

・政党のガバナンスも根本から見直すべき時期に来ています。例えば、バラバラに規定された今の政党の姿を統一的な政党法制に置き換えることや、現在の政党助成制度の見直しも検討すべきです。

 

霞ヶ関の整理を

・その結果、総理大臣、官房長官とその周辺が内閣官房内閣府の仕事に忙殺される事態となっています。内閣官房内閣府には、ありとあらゆる業務が乱立しています。

 

内閣官房内閣府の肥大化の問題に限らず、省庁の制度疲労は多くの官僚の指摘するところでもありました。機能不全に陥っている省庁については再々編も検討されてしかるべきです。

 

「見えないもの」の価値を見直す

・いま日本社会の「品位ある」存続可能性が問われています。国民の中に眠っている潜在力を最大限引き出す時期にきているのです。その意味で、国民の本当の意識の転換なしには、成し遂げられるものではありません。「パンとサーカス」にたとえられる民主政の根源的問題と向き合い、1人ひとりが受け身的な統治客体意識と決別しなければなりません。

 

日本アカデメイア「長期ビジョン研究会 報告書」主な提言

日本力

 ・(目標)次世代の生き抜く力を高め、選択の自由を最大にする社会を。文化の特質を軸に総合力としての「日本力」を構想。

 

① 70、75歳までいきいきと働ける多様な労働の場を拡大。年金受給開始年齢引き上げ。

 

社会保障・税の抜本改革を行う。負担と給付のバランスを見直し、持続性を高める。

 

③ 基礎科学分野の人材育成を強化。産官学で科学技術力を結集して生産性を高める。

 

④ 農業を6次産業化・知識集約化し、食文化、食産業をグローバル展開。

 

⑤ 伝統的観光資源と先端的文化表現などの革新的観光資源を開拓し、海外に発信。

 

国際問題

・(目標)東アジア地域に「安定を提供する日本」。米国と協力、豪・印・アセアンと連携し、中国に呼びかけ、普遍的価値を共有する開かれた「多次元的国際秩序」をめざす。

 

① 日本独自の柔軟な価値観外交を展開。価値観を押し付けるのではなく、民主主義や人権、法の支配等の普遍的価値を辛抱強く説く「ファシリテイター」を担う。

 

② 国内外の歴史的資料のアーカイブを創設。中高等教育で近現代史歴史教育を充実。

 

③ 課題先進国として医療・福祉・介護問題を解決したモデル国として貢献。

 

④ 対外発信を強化。政府に知的情報発信戦略の中心となる機関を設置。

 

⑤ IT技術を活用し日本語遠隔教育を無料提供。日本の放送コンテンツを世界に発信。

 

価値創造経済モデルの構築

・(目標)日本の経済社会に日常的なイノベーションを喚起・誘発する価値創造経済をつくる。その中核は個別企業の価値創造。

 

① 資源や労働力などの制約、高齢化など社会的課題のある分野のイノベーションに挑む。

 

② ロボット産業の国際競争力強化。サービス産業等広範な分野で活用し生産性向上。

 

③ 国際競争に打ち勝つ産官学の体制を整備。国際的に整合した知的財産権制度を確立。

 

④ 過当競争防止のため、競争に敗れた企業は退場し、経営資源を解放。

 

⑤ 誰でもイノベーションを起こす「ユビキタスイノベーション社会」に企業風土を転換。

 

社会構造

・(目標)重層的な信頼社会の構築をめざす。各分野で担い手となる中核人材を育成。戦後の生き方・働き方を見直し、人口減少に立ち向かう。

 

① 小中高の各段階で過疎地等で合宿型の長期共同生活学習を実現。

 

② 大学は理系、文系などの2分法から脱却。意欲あるすべての大学生が外国に留学。

 

③ 生涯にわたって複数の学位取得が可能な社会人向け大学・大学院教育を充実。

 

④ 年間有給休暇100%取得、50%時間外割増賃金率など労働条件をグローバル化

 

⑤ 地方で「準市民」を創設。一定の施策で「ふるさと投票制度」を検討。

 

統治構造

 ・(目標)政党政治の危機克服に向けて、合理的決定と主権者意識の確立を両立させるデモクラシーの構築をめざす。

 

① 各庁設置法を廃止。閣外大臣制の導入。国会審議を計画化し党首討論を定期開催。

 

衆議院選挙における惜敗率を廃止。定数是正自動化制を導入。

 

参議院憲法改正を視野に半数改選制廃止や法案採決儀要件の緩和等を検討。

 

④ 政党法制を検討。政党交付金の配分を得票比率中心に改め、政権交代基盤を安定化。

 

⑤ 18歳選挙権を早期実現。主権者としての政治教育を促進。立候補支援制充実。

 

 

 

『江戸の怪奇譚』

氏家幹人    講談社 2005/12

 

 

 

神隠

美少年はさらわれやすい

・もちろん江戸時代に子どもが拉致誘拐されたのは、飫肥藩のようなケースだけではありません。上野寛永寺で楽人を務める東儀右兵衛の六歳になる倅(せがれ)が突然姿を消したのは、文化11年(1814)の初午の日でした。とても賢い子で寵愛していただけに両親の心配はひとかたならず、鉦や太鼓を叩いて方々を捜し回りましたが、見つかりません。そんな折、八王子の「呼出し山」で祈願すれば神隠しになった者はきっと帰ってくると教えてくれる人があり、藁をもつかむ気持ちで右兵衛は「呼出し山」へ出かけ、わが子の名を呼びました。

 

・倅は直ちにあらわれなかったものの、夜の夢に老翁があらわれ、何月何日に汝の家の近くで老僧か山伏に出会うだろうから、その者に尋ねてみよと告げられたとか、指定の日に老僧に会った右兵衛は、「ずいぶん別条なし」(心配ご無用)数日後の何日に戻ってくると言われ、はたしてその日、倅は無事に帰宅したということです。右は根岸鎮衛耳嚢』(みみぶくろ)収録の一話。

 

・大正15年(1926)に刊行された柳田國男『山の人生』に「八王子の近くにも呼ばはり山といふ山があって、時々迷子の親などが、登って呼び叫ぶ声を聴くといふ話もあった」と見える「呼ばはり山」と同じでしょうか。「呼出し」にしろ「呼ばはり」にしろ、注目すべきは、神隠しや迷い子を捜す”聖地”が成立していたという事実です。行方不明者捜索の聖地を必要するほど、神隠しの犠牲者が多かったのでしょう。

 

・日常的な出来事だった子どもの神隠し。それは江戸時代にかぎらず明治以降も続きました。再び柳田國男の著述を引用すると。大正四年(1915)に『郷土研究』に掲載された「山男の家庭」という文章で、柳田は「加賀の金沢の按摩」が次のように話したと記しています。

「この土地も大きに開けました。十年ほど前迄は冬の夜更に町を歩いて、迷子の 〈 誰それと呼ぶ声と、これに伴なふ寂しい鉦の声を聞かぬ晩はありませなんだ」

 明治の末、20世紀に入っても、金沢では冬の晩には必ずと言っていいほど迷子捜しの悲しげな声が聞こえたというのです。眼が不自由なぶん、聴覚が研ぎ澄まされた「按摩」の話だけに、なおさら信憑性に富んでいるではありませんか。

 

・『山の人生』にはまた、「関東では一般に、まひ子の く 何松やいと繰返すのが普通であったが上方辺では「かやせ、もどせ」と、稍(やや)ゆるりとした悲しい声で唱へてあるいた」とか、鉦太古の叩き方はどこもほぼ同じで「コンコンチキチコンチキチの囃子」だったとも書かれています。迷子捜しは、関東と上方で呼び声が異なり、鉦や太鼓の囃子は全国ほぼ共通という意味でしょうか。迷子捜しの作法が固定化するほど、神隠しは日本人の生活に深く根ざしていました。そして「神隠しの被害は普通に人一代の記憶のうちに、3回か5回かは必ず聴く所」とも。それは民俗慣行のひとつと言えるほど身近な出来事でした。

 

血を抜き、油を取る

・日本全国ですくなくとも明治の末まで頻繁に起きていた神隠し、犯人は誰だ。再び『山の人生』をひもとくと、次のようなくだりに眼が止まりました。

 

「東京のやうな繁華の町中でも、夜分だけは隠れんぼはせぬことにして居る。夜かくれんぼをすると鬼に連れて行かれる。又は隠し婆さんに連れて行かれると謂って、小児を戒める親がまだ多い。村をあるいて居て夏の夕方などに、児を喚ぶ女の金切声をよく聴くのは、夕飯以外に一つには此畏怖もあったのだ」

 

・繁華な東京でも、子どもたちは常に神隠しの危険にさらされていて、犯人は「鬼」や「隠し婆さん」と言われているというのです。もちろん狐や狸の仕業ではないかと疑われ、地方によっては「隠し神さん」「隠れ座頭」等の名も挙がっていたとか。

「隠し婆さん」は古くは「子取尼」と呼ばれ、「小児を盗んで殺すのを職業にして居た」女性だと柳田は言う。 

 

空飛ぶ天狗

神隠しの犯人はほかにもいました。『視聴草』には、天明元年(1781)の夏ごろから翌年にかけて、奥州会津から象潟(現・秋田県)までの広い地域で、15歳以下の少年少女を多数連れ去った「怪獣」の肖像が載っています。会津の塔の沢温泉で小児病の湯治に来ていた大勢の子どもが失踪したのも」この怪獣の仕業。会津磐梯山に潜んでいたところを松前三平という猟師に大筒で撃ちとめられたそうですが、その姿はご覧の通り。さて、一体何者だったのでしょう。

 

(ブログ注;「長髪長尾のミニ怪獣(はたして児童集団拉致の犯人か)」の図絵とは、グレイの異類混血のようなイメージです)。

 

 狐狸、隠し婆さん、鬼、怪獣・・・。でも神隠しと言えば、主役はなんといっても天狗でした。

 

・文化三年(1806)には、美濃国郡上郡のある村で、14、5歳の重五郎という少年が風呂に入っている最中に天狗にさらわれましたし、平戸藩老公(前藩主)松浦静山の本所の屋敷に奉公していた下男にも、天狗に拉致された経験者がいました。文政八年(1825)に53歳になっていた源左衛門という名のこの下男、7歳の祝いに故郷上総国氏神に詣でた際に山伏(天狗)に連れ去られたというのです。8年後に家に帰ってきましたが、不思議や、7歳のときの着物に微塵も損傷がなかったとか。

 

・18歳になると、再び以前の山伏があらわれて、「迎に来れり。伴ひ行べし」(迎えに来た。さあ一緒に行こう)。帯のようなもので山伏の背に結いつけられ、風のような音を聞くうちに越中立山へ。その後、貴船、鞍馬ほか諸国の霊山を廻って天狗たちに剣術や兵法を学ぶなど不思議な体験を積んだ源左衛門は、19歳の年すなわち寛政三年(1791)に、天狗の世界を去る証状(証明書)と兵法の巻物や脇差を授けられて、人界に戻されたのでした。

 

・嘘のような話。さすがに静山公も当初は半信半疑でしたが、やがて信じる気持ちに傾き、結局のところ、「何かにも天地間、この傾き妖魔の一界あると覚ゆ」と天狗の世界の存在を認めています。天狗の神隠しの事例は、虚と自信を持って否定するにはあまりに多く、ポピュラーだったからでしょう。

 

・江戸大塚町の石崎平右衛門は、若いころ筑波山の天狗に数年仕えたのち、日光山の天狗に十露盤(そろばん)占いの法を伝授されましたし、池之端の正慶寺に奉公していた14歳の童子は、文化11年(1814)に天狗に伴われ、なんと「万里の長城」を上空から眺めるという稀有な体験をしています。神田鍛冶町の天狗庄五郎が「天狗」の異名を取ったのも、若い頃天狗に誘われて2、3年姿を消していたからにほかなりません。

 

ほかに天狗甚右衛門の異名で呼ばれていた者もいました。彼もまた数年間の神隠しを経て戻ってきたのだとか

 

・ところで静山は、讃岐国高松藩の世子が幼いころ矢の倉(現・中央区)の屋敷の庭で凧揚げをしていたとき目撃した不思議な光景についても記していました。はるか上空を頭を下にした女性が泣き叫びながら飛んで行くのを見たというのです。同じ光景は家来たちにも目撃されており、幼児の幻覚や思い込みではなかったようですが・・・・のちに世子は、あれは天狗が女をさらって空を飛んでいたのだと思うと幕府の坊主衆に語っています。

 

・はたして主な犯人は”空飛ぶ天狗”だったのでしょうか。もちろん、柳田も天狗による神隠しの例をいくつも挙げていますが、天狗説は「冤罪」と退けています。ならば誰が?柳田の推測では、古くから神隠しを頻繁に起こしてきた元区は、大和朝廷に排斥され山中に隠れ住んでいた人々の末裔。「神武東征」以前に日本に住んでいた先住民の子孫が、江戸はもちろん明治以降も山中に住み、「生殖の願」や孤独生活のさびしさから黄昏に人里にやって来て「美しい少年少女」を拉致したというのです。

 

天狗の情郎

・天狗か、先住民の末裔か、それとも悪質な修験者の犯行か。犯人の詮索はともかく、注目すべきは、柳田が神隠しの原因のひとつとして性的欲求を挙げた点でしょう。同様の指摘は江戸時代の随筆にも見え、『黒甜瑣語』(1795年序)には、当時神隠しになった少年や男たちが「天狗の情郎」と呼ばれていたと書かれています。「情郎」は通常「陰間」(かげま)と書いて、男色をひさぐ少年の意。江戸時代の人々は、神隠しの犠牲者はすなわち邪な性的欲求の犠牲者であると暗黙のうちに了解していたのです。

 

<はては宇宙から眺めた「国土」(地球)の姿まで、多彩な内容を克明かつ饒舌に披瀝した寅吉少年>

・性犯罪としての天狗の神隠し。とはいえそこには、現代のケースのように天狗=性犯罪者、少年=犠牲者と単純に割り切れない面もありました。

 

・介護や師弟関係が性愛と不可分だった時代、天狗の神隠しにも、われわれの常識では計り知れない面があったに違いありません。

 

 

 

『天国の真実』

マシューブック1 マシューが教えてくれる天国の生活

スザン・ワード   ナチュラル・スピリット  2006/10/10

 

 

 

パートナーシップ

 (スザン)同性愛のパートナーは、両者が望めばニルヴァーナ(涅槃・天国)でもそのつながりを継続できるの?

 

 (マシュー)そうだよ。同性愛というのは地球ではよく理解されていない。言ってみれば、同性愛は体や物理的側面というよりも、霊の進化の一段階であって、他の身体的あるいは霊的発達段階と比べてとがめられるものでも崇められるものではない。

 

・それに僕たちは一回きりの人格でなく、類魂だということを忘れてはならない。どの類魂もおそらく肉体、あるいは肉体なしで男性、女性、そして、両性具有の存在として何千回も転生している。

 

・もし直前の過去世の地球の人生で同性愛者だったら、ここにも同じ状態でやってくる。ここでは体が性的行為をする造りにはなっていないから、同性愛の精神的な側面だけがついてくる。

 

・地球で猛烈に同性愛を糾弾している人たちというのは、直前の過去世で同性愛者の人格を経験した魂たちなんだ。

 

 (スザン)同性愛は今、地球の歴史上、かってないほど増えているのかしら?

 

 (マシュー)いや、でも有史以来、今はずいぶん人口が増えているから、割合は同じでも数にすれば、増えていることになるね。歴史上、様々な分野で尊敬されている著名なマスターたちは多くが同性愛者だ。

 

 ニルヴァーナ評議会

 (マシュー)

・たいていの場合、評議員たちは地球に何度も転生しているが、必ずしも地球での経験だけに留まるわけではない。

 

評議員は男女、そして、両性具有の魂たちの代表だ。それには素晴らしい知恵や知識を持って新たに加わるものもいるし、また霊的進化からいえば、ニルヴァーナを数段超えているのに、あえてこの領域に留まることを選んだマスターたち、また必要に応じて請願されるグレート・マスターたちがいる。グレート・マスターは住人でもなければ体も持たない。彼らの強力なエネルギーは、この太陽系一帯からリラ、シリウス、プレアデスといった地球文明の発展に緊密に関連する星系に瞬間的に移動できるんだ。

 

 

 

 

 ■■■ 私が思うこと、聞いたこと、考えること ■■■

 

 

(2024/3/4)

 

 

文化人類学が「世界の性の習俗」等を研究しているのでしょうか。遊郭についてや昔からの売春の習俗を研究している人もいるようですが、私は当該の本は読みません。世界の昔からの性の習俗を調べていくと膨大なものになるのでしょう。とくに現代でも一夫一婦制は少数派になっているようです。

 性の習俗や奇習は、法律で禁じられて都市部ではほとんどなくなりつつあるようですが、世界の山奥の田舎では残存するものもあるのでしょうか。

「事実は小説よりも奇なり」で、「知る人ぞ知る」話なのかもしれません。「事実はSFより奇なりで、小説よりも面白い」と指摘されています。世界の性の習俗から見る景色は、全く違った世界のようです。

 

 

『110の宇宙種族と未知なる銀河コミュニティへの招待』エレナ・ダナーン(ヒカルランド)2022/12/31

の本を見ても、異星人の生殖は「卵生」とか「雌雄同体」とか「クローン」とか多種多様のようです。「小児性愛者」、「性奴隷」、「奴隷売買」、「人肉食の宇宙人」とかの訳のわからない異星人の話もあるようです。

人間が知っていることは大海の一滴なのかもしれません。

 

「アンタレス人は、トルコ人ギリシャ人、スペイン人のDNAに関係し、同性愛者で生殖目的でのみ女を使用すると考えられている」といわれます。その昔、アンタレスエーテル質量を操作できる異星人がいて、自由に宇宙旅行をしたといわれます。アンタレス人は最も進化した異星人の種族のひとつのようです。アンタレスに本拠地があるというホワイト・ブラザーフッドは、日本の「神道」と関係があるというよりも、そのものであるといわれます。女性や女神を創造する以前の神々は「男色」だったと指摘されています。

爬虫類人は、男と女、男神と女神というコントロールの仕組みに基づいた宗教を編み出したのである」といわれます。また「人が死ぬたびにつくり直すのを手間に感じた女媧は、人間に生殖機能をつけて婚姻制度を整えさせたといい、そのため女媧は今でも婚姻の女神として崇められている」といわれます。

神の王様、インドの帝釈天も非常に女好きで同時にハヌマーンのようにインド神話におけるヴァナラ(猿族)の1人との両性愛者だったといわれます。

 

・人間が原始時代から進化した過程において、道具や農業の知識を「文化神」や「農業神」から教わったといわれます。そのように世界の性の習俗の発生にも「異人」や「神人」の関与があったと指摘されています。単に昔の部族の長老が考え作り上げたものではないようです。現代の性の習俗も時代の流れとともに大きく変化してきています。

人間の肉体や精神に憑依したり物質化する堕天使の生態は分かりません。堕天使が地球の女を狙って降りてくるといわれます。堕天使の性的な能力は異常に高いともいわれます。堕天使が太古から売春やスパイ、麻薬と関係していたといわれます。

 

・「黄昏に女や子供の家の外に出ている者はよく神隠しにあうことは他の国々と同じ。-遠野物語第八話」

「遠野郷の民家の子女にして、“異人”にさらわれて行く者年々多くあり。ことに女に多しとなり。-遠野物語第三十一話」

 

当時のアブダクションは「異人」「天狗」の犯行だったようです。『遠野物語』の「異人」は、オリオン星人だったともいわれます。「異人」情報は、昔から警察のごく一部が握っていたのかもしれません。

柳田国男は『遠野物語』は民衆の作り話ではなく事実だと述べています。また柳田国男は当時の警察の「異人」の情報を調べなかったようです。

一方、平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔だといわれます。

 

 

・「<人類は水棲爬虫類からつくられた――クラリオン星人が語ったスターピープルと地球人類のただならぬ関係

人類が生まれようとしていたとき、木星は2番目の太陽として輝いていた

人類は羽の生えた蛇(ケツアルコアトル)をDNA操作してつくられていた!

(カヴァーロ):人間は猿ではなくて、宇宙人というか知的生命体が、そのDNAを当時いた恐竜類に植えつけ、それで生まれたのが羽の生えた蛇、ケツアルコアトルなんです。これはアステカの神話にもあります」という話もあるようです。

 人類はさまざまな異星人が集まり、創造されたと指摘されています。またリラ星人のエロヒムが「人間を実験室で創った」といわれます。リラ星人は人類に3万年進化しているそうです。それから異星人が、どのように人類を進化させたのかは不明です。

 

・「<70カ国以上で同性愛は違法、9カ国で死刑になる

・同性愛が死刑の対象になる国が9カ国ある。モーリタニアスーダンアフガニスタンパキスタンチェチェン共和国、イラン、サウジアラビアアラブ首長国連邦(UAE),そしてイエメンである。

 1979年のイランにおけるイスラム革命以来、4000人以上の同性愛者が処刑されたと推計されている。

 世界で70カ国以上がレズビアン、ゲイ、同性愛者、あるいは性倒錯者を差別する法律を有している」ということで、世界はリスクで一杯ということでしょうか。

外国の法律を知らずに外国旅行をして、「死刑」やその他の「刑罰」を受けている日本人も少なくないようです。

 

海外旅行では犯罪が激増しているので、犯罪の被害者になるケースも多いといいます。

 

 

ウィキペディアによりますと、

売春防止法の公布は1956年5月24日、施行は1957昭和32年)4月1日、罰則の施行は1958年4月1日。この法律の施行に伴い1958(昭和33年)に赤線が廃止された

 

なお日本の主権下になかった、アメリカ施政権下の小笠原諸島およびアメリカ合衆国による沖縄統治においては適用されず、小笠原諸島小笠原諸島返還協定が発効し、日本に復帰した1968(昭和43年)6月26日から適用された沖縄県では、本土復帰に先立つ1970(昭和45年)7月10日に、琉球政府の立法として売春防止法(1970年立法第93号)が制定された。公布の日日から一部施行および周知が行われたが、刑事処分については1972(昭和47年)7月1日から施行とされたが、その前に、1972(昭和47年)5月15日沖縄返還より、本土の売春防止法が適用されることになった)とのこと。

 

 

 それ以前はひどく遅れた「売春大国」で「女性の権利もない後進国」だったようです。

ちなみに、性能力、性欲が異常に大きい堕天使が「売春」に関わっていたと指摘されています。堕天使が地球の女を狙って降りてくるといわれます。堕天使の性的な能力は異常に高い、強いともいわれます。堕天使が太古から売春やスパイ、麻薬と関係していたといわれます。

 

繰り返しになりますが、神人も堕天使以上に、異常に性欲が強い、性能力が高いそうです。

 

「国の政治は、その国の国民の民度を出ない」といわれます。三流の政治家たちでは国を良く指導できないといわれます。「国民が政治を嘲笑している間は嘲笑に価する政治しか行われない」といいます。国民の資質の問題でしょうか。

「三流政治家達のためか、女性の登用も先進国とはいえない」と指摘されています。三流政治家達が“反面教師”の役割を果たしているといいます。「失われた30年」とかの今の経済的状況は三流の政治家達によって生み出されたといわれます。

「甘い国際感覚と貧弱な語学力で国益を大きく損ねている」、「社会問題で困っている人も増えており、単に政治の貧困としては片づけられない」と指摘されています。

「国会議員資格試験」や「地方議員資格試験」が必要だと主張する有識者も少なくないといわれます。

「2世、3世議員が多くなり、政治家が「家業」になってしまったことも大きな問題です。これでは政治家の資質そのものが落ちて当たり前です」という説もあります。

 

 

 

 (2022/2/11)

 

 

・江戸時代もさまざまな天狗や異人、神人、イリュージョンを操作できる狸や狐の宇宙人タイプのコンタクティやチャネラーの物語が多いようです。イリュージョンを操作できる進化した異星人がいると伝えられています。昔の人や現代人でさえ、異次元移動や異次元の概念が理解できないといわれます。

ところで「売春防止法」ができるまで、日本中に普通に「女郎屋」「売春街」「色町、色街、色里、遊郭、花柳街」があったようです。

太古から宇宙人が“売春”に関わってきたのかもしれません。男色の歴史にも宇宙人が関わってきたのかもしれません。ペスト等の“疫病”や売春や男色の性風俗の歴史から人類を眺めると、また違った歴史が分かるのかもしれません。

かつて日本には、古代ギリシャと並ぶ“男色文化"が栄えていたといわれます。昔から男色の大国だったようです。

遊郭」等の売春文化ばかりでなく、「同性愛行為は、武家屋敷・寺院・歌舞伎小屋とつながりのある男色小屋などで組織的に行われていた。実際、この行為は、文化の主流をなす特徴となっていたのである」といわれます。「売春の歴史」を研究している学者もいるのでしょう。

 

旧約聖書』の「ソドムとゴモラの話」も男色などの風俗の乱れにより滅ぼされたという説もあります。「天からの硫黄と火によって滅ぼされた」という説明も現代では「宇宙人の核兵器によって滅ぼされた」と解釈する人もいるそうです。

堕天使が地球の女を狙って降りてくるといわれます。堕天使の性的な能力は異常に高いともいわれます。堕天使が太古から売春やスパイ、麻薬と関係していたといわれます。堕天使たちも売春や男色に関係していたのかもしれません。

 現代では、70カ国以上で同性愛は違法、9カ国で死刑になるといわれます。世界中の同性愛に関する法律や社会の対処法は、私たち一般人には、理解不能です。特に、イスラム教国のゲイ(LGBT等)に対する、社会的な制裁の詳細は分かりません。太古から同性愛があったとすれば、太古からも同性愛の宇宙人も飛来していたのでしょうか。



ウェッブサイト「日本文化の入り口マガジン」<信長も!家康も!芭蕉も!ニッポンのBLの歴史は奥が深いぞ!

から引用しますと、

 

日本において「男色」は古代から存在していました。鎌倉時代以前の男色の記録は特権階級の方々のものばかりですが室町時代以降は庶民のものも多くなっています」、

 

「江戸時代前期に井原西鶴が記した、浮世絵草紙『男色大鏡』には、当時男神とされていた天照大神が日千麿命(ひのちまろのみこと)を衆道(男色の意)に基づいて愛していたと記載されています」、

 

「さらに、井原西鶴伊耶那岐命イザナギノミコト)と女神・伊耶那美命(イザナミノミコト)の夫婦の神様が誕生するまでは、男神ばかりだったので男色を楽しまれていたと主張しています」、

 

「男色に関する最古の記述は720(養老4)年成立の『日本書紀』にあります。小竹祝(しののはふり)と天野祝(あまののはふり)の関係が発端となった「阿豆那比(あずなひ)の罪」に関する物語がそれです。「祝」とは神主のことを指しており、このふたりの神主が男色の仲にあったと言われています」、

 

『日本書記』以降にも『万葉集』や『伊勢物語』、『源氏物語』など誰もが知る数々の有名書物に男色についての記載があり、男色が当たり前のように流行していたことがわかります」、

 

「しかし、仏教ではどちらかといえば女性との性行為を嫌う性質の方が強く、徐々に男色を許す文化が発展していきました。稚児との性行為を、稚児を神格化する儀式「稚児灌頂(ちごかんじょう)」とするという荒技で性行為を禁止する仏教において男色を正当化する“立派な”言い訳まで作ったのです」、

 

室町幕府を率い、南北朝を統一した足利義満は、貴族や僧侶から男色を含むあらゆる文化を積極的に取り入れ、のちに流行する武士特有の男色文化「衆道」の礎となったと言われています」、

 

しかし、1873(明治6)年になると男性同士の性行為を罪とする「鶏姦(けいかん)罪」が規定されました」

 

「家康は本来年上の女性を好んでいましたが、『甲陽軍鑑』によるとそんな家康も忠臣の一人である井伊直政の美しさに魅了され関係を持ったそうです」、

 

松尾芭蕉は、弟子と一緒に旅に出ることが多く、その弟子のふたりと恋仲だったと言われています」と記載されています。

 

・天狗の修行は非常に厳しいそうですが「ゲイの修行」だからでしょうか?「天狗の陰間(かげま)」という言葉もあったようです。天狗の「女好き」という話はないようです。天狗は男の集団として見られ、「女天狗」の話は、ほとんどないそうです。武士は男色も女色もというところでしょうか。

「天狗は中国にも朝鮮にもいるし、西欧にもいる。また、世界各地の天狗が集まって行う山人会議もあるそうだ」といわれます。「そもそも天狗は歴史的発祥の地ともいわれるシュメールで“ディンギル”と呼ばれた天神である」といわれます。

 

赤顔の鼻の高いタイプばかりでなく、人間タイプの「天狗」も当時の庶民とコンタクトしていたようです。「不思議なゲイの現象は、宇宙人の人格転換である」ともいわれています。戦後カリフォルニアでは、ゲイ(LGBT等)の宇宙人の話もあったといわれます。

「アンタレス人は、トルコ人ギリシャ人、スペイン人のDNAに関係し、同性愛者で生殖目的でのみ女を使用すると考えられている」とのことです。「その昔、アンタレスエーテル質量を操作できる異星人がいて、自由に宇宙旅行をした」といわれます。

アンタレスにはホワイト・ブラザーフッド(白色聖同胞団)の本拠地があるそうです。ホワイト・ブラザーフッドは、全宇宙の霊的な進化を管理していると指摘されています。アンタレスに本拠地があるというホワイト・ブラザーフッドは、日本の「神道」と関係があるというよりも、そのものであると指摘されています。アンタレス人は、詳細は分かりませんが神に近い非常に進化した宇宙人種族なのかもしれません。

 

 

 

(2019/12/16)

 

・「日本における男色を研究するに当たっては、並外れて豊富な文献を参照することができた。古代ギリシャ・ローマの社会を除いては、男性同性愛がこれほど詳しく記録されている社会はほとんどない」といわれます。時代劇の映画やテレビでは、理解不能な世界です。昔の侍や武士、貴族、農民や庶民の本当の生活の姿(男性同性愛)については、私たち一般人は、知りません。欧米における男性同性愛の世界についても、調べれば相当な話題があるといわれます。

 ちなみにamazonに「同性愛」といれますと4000件以上が分かります。メディアでは大きなテーマなのでしょう。同性愛の映画もあるようですが、マニア向けで見たくない人が多いのでしょうか。

 

・江戸時代以前から同性愛の歴史は非常に古いようです、太古からあったのでしょうか。外国でもインドの神々は一般的に女好きでしたし、ギリシャ神話の「神様の王様」のゼウスも女好きでした。同性愛の話もあったようです。最も人気のあった「強力な神々の中の帝王」であるインドの帝釈天(インドラ)もスサノヲのように、性のタブーをすべて破り、女好きの神様から、動物タイプの宇宙人との同性愛まで発展したと記録されているといわれます。また堕天使が地球の女を狙って降りてくるといわれます。堕天使の性的な能力は異常に高いともいわれます。堕天使が太古から売春やスパイ、麻薬と関係していたといわれます。宇宙人の性の話も詳しくは分かりません。神々は性能力が想像を絶する程度に、異常に高いようなのです。

 

ゲイ(LGBT等)の問題も今日の現実の問題となっているようです。ネット情報によると、「TBS NEWS(2019/12/12)性同一性障害男性「女子トイレ使用可

性同一性障害経済産業省の職員が、女子トイレを使用させないのは違法だと国を訴えた裁判で、東京地裁は国に賠償を命じる判決を言い渡しました。

 この裁判は、戸籍上は男性で性同一性障害経済産業省・職員(50代)が、女性用トイレの使用を制限されたのは差別だとして、国に損害賠償などを求めていたものです。判決で東京地裁は、「女性トイレを自由に使用させないのは社会観念上、著しく妥当を欠くもので違法だ」として、トイレの使用条件を撤廃したうえで、132万円を支払うよう命じました」と記載されています。

私たち一般人は、ゲイ(性的少数者)の世界はよく知りません。しかしながら、ゲイ(LGBT等)については行政や立法・政治の問題もでてきています。LGBT(性的少数者)の社会運動」も世界的な広がりがあるようです。「日本におけるLGBTの権利」とか、ウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)を見ても、その項目が多いようです。欧米では、LGBT(性的少数者)に対する対応が、かなり日本よりすすんでいるといわれます。ゲイ(LGBT等)については、相当昔から世界中で、その現象があったようです。ゲイの宇宙人やマスターの存在も知られており、影響力は太古からあったのでしょうか? 私たち一般人には、理解不能な世界です。

 

ウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)で「LGBT」をみてみますと、

 「東京都 渋谷区

2015年、同性カップルを「結婚に相当する関係」と認める「パートナーシップ証明書」を発行するために東京都渋谷区で渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例が、区議会本会議で可決・成立し、同年4月1日より施行された。全国初の条例で、性的少数者の権利を擁護するねらいがある。 渋谷区では、2015年11月5日から証明書の交付が開始された。1組のカップルが証明書の交付を受けたことが報道された。渋谷区パートナーシップ証明書交付第1号カップルは2017年12月25日に約6年半の関係と同性パートナー解消して、渋谷区に証明書を返還した。

 

世田谷区

東京都世田谷区では「世田谷区パートナーシップの宣誓の取扱いに関する要綱」を制定し、渋谷区と同日の2015年11月5日から「パートナーシップ宣誓書受領証」の交付が開始された。渋谷区と異なり、条例ではなく要綱で制度化したため、申請手続きが簡素化されており、初日に7組のカップルが受領書の交付を受けた。

 

その他

ライフネット生命保険が死亡保険金の受け取りに同性パートナーを指定できるようにしている。携帯電話会社では、同性パートナーを家族割引などの対象にできるようになった

日本の大手企業であるパナソニックは社内同性結婚同性婚)を認める方針と報道された。IOCのスポンサーである同社は、「性的差別を行わない」としたオリンピック憲章を尊重した。

2017年6月1日に北海道札幌市で、全国6例目、政令指定都市初となる「パートナーシップ制度」が開始された。同性カップルに限定せず、性同一性障害も配慮し異性同士も対象となっている。

2017年7月6日、東京都豊島区議の石川大我、世田谷区議の上川あや、中野区議の石坂わたる、文京区議の前田邦博、埼玉県入間市議の細田智也ら5人の地方議員が「LGBT自治議員連盟」を設立した性的少数者の人権を擁護する条例や施策を、地方議会を通じて全国の自治体に拡大していくことを目指す。同連盟には趣旨に賛同する全国62自治体の議員78人(元職も含む)も参加した。

その後、同年10月9日に開かれたLGBT関連の撮影会で北海道滝川市議がカミングアウト。同年12月には京都府長岡京市議が市議会本会議でカミングアウトを行った」と記載されています。

 

ネット情報によると、壮絶なニュースも少なくないようです。

「苦悩 2019年12月において裁判  元事務次官の44歳の息子を殺害

娘は自殺 妻はうつ病」とかの前代未聞の話もあります。暴力を病気的に振るう精神病もあるのでしょうか。家庭内暴力、家庭内性暴力、児童への虐待、子供の貧困、性教育、売春問題、振り込め詐欺、特殊詐欺、サイバー犯罪、覚醒剤………と社会問題は多いようです。また交通事故リスク、被災リスク、堤防の決壊と被害者になるリスクも高まっています。保険でカバーできるのでしょうか。毎年、台風や豪雨も極大化、甚大化、最大化して被災者が急増するといわれます。世界で問題となっている異常気象リスクでしょうか。

マイノリティといっても人数にすればどれくらいの数字になるのでしょうか。「子供の貧困」の数字も信じられない数字のようです。政治や行政、警察の対応が遅れているといわれます。「改革が遅れているのは本当に優れた官僚や公務員、政治家が登用されていないからだ」といわれます。困っている人も増えており、単に「政治の貧困」としては片づけられないそうです。石川五右衛門がいった「浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ」という具合に、「浜の真砂は尽きるとも世にトラブル、社会問題の種は尽きまじ」ということでしょうか。「事実は小説よりも奇なり」といわれます。「性の風俗」についても昔から非常に多くの伝承があり、研究者がいるようですが、民俗学者柳田国男は、「悪習」だということで、意図的に調査しなかったといわれます。現代でも「フーゾク」を調査している人々も少なくないのでしょう。シオンの長老の議定書では「大衆は3S(スポーツ、セックス、スクリーン(映画・芸能))で政治を忘れさせよ」という政策もあるそうです。現代の世界の性風俗についても私たち一般人は、認識できません。

 

・LGBTの話は、会社や社会の大きな話題になったりします。性的マイノリティのために、さまざまな法的な便宜を考慮することに反対する人々もいるようです。私たち一般人には、LGBTについては理解不能なことが多いようです。しかし、社会生活や会社の経営者や大学の経営者等、マネジメントには必須の要素になりつつあります。今の経営者、総務部や人事部には、対応が必要になります。LGBT(性的少数者)は、刑務所に入れられたり、死刑になるような国も少なくないようです。米軍にLGBTを入れるかどうかで問題になったのは昔のことで、現代では「米陸軍長官に初の同性愛者 オバマ大統領が指名」というニュースもあったようです。欧米でも市長や政治家といった公職者に同性愛者が増えているそうです。欧米の状況が日本にも影響を与えつつあります。LGBTと堕天使(進化した異星人)の関係も昔から、分からない話のようです。オネエタレントの活躍もありますが、ゲイバーで遊ぶ人々は少なくないのでしょうか。LGBTの学生の問題にも私たち一般人は、驚く内容のようです。LGBTと自衛隊はどうなのでしょうか?リーマン・ブラザーズ証券は、リーマン・ショックで知られ、倒産しましたが、LGBTの人事の扱いは米企業ではトップレベルだったようです。日本の大企業でもLGBTは今の問題なのでしょうか?「職場のLGBT」の問題も、複雑な社会問題のようです。

 

・「大本教出口王仁三郎は自分はオリオン星から来たと語っている」そうです。「大本には二人の教祖がいて、一人は開祖出口直、もう一人は出口王仁三郎だが、二人にはそれぞれの御霊を表す象徴的呼称があった。開祖は『変性男子』といい、王仁三郎は『変性女子』と呼ばれている。これは開祖のお筆先にも記されていた。『変性男子』とは、体は女だが心は男という意味で、『変性女子』とは逆に体は男だが心は女という意味だ」ということです。現代風にいうとゲイ(LGBT等)の一種なのかもしれません。「不思議なゲイの現象は、宇宙人の人格転換である」という説もあります。カリフォルニアではゲイの宇宙人の話もあるようです。

マスター(長老)クラスは、シリウスやリラ、プレアデス等の重要な場所にニルヴァーナ(涅槃・天国)から瞬時に移動できるそうです。現代でもマスター(大師)と交信している人間が存在するようなので不思議です。「歴史上、様々な分野で尊敬されている著名なマスターたちは多くが同性愛者だ」といわれます。LGBTはマスター(大師)達がゲイであることが多いことも背景にあるのかもしれません。アンタレス人は、トルコ人ギリシャ人、スペイン人のDNAに関係し、同性愛者で生殖目的でのみ女を使用すると考えられている」といわれます。アバブ・トップシークレットの話ばかりのようです。その昔、アンタレスエーテル質量を操作できる異星人がいて、自由に宇宙旅行をしたといわれます。アンタレス人は、女性や女神を作った以前の宇宙人種族なのかもしれません?どれくらい進化しているのか分かりません?ホワイト・ブラザーフッド(白色同胞団)の本拠地はアンタレスにあるそうです。神や造物主の発生についても理解不能です。

 

・米国が秘密協定を結んだのはラージノーズグレイというオリオン星人といわれています。オリオン星人は人類に5万年進化しているといわれ、「人間の魂の交換」ができるようです。「異人」はオリオン星人だったようです。「奇妙なことに、オリオン人はかっては琴座からの移民である人間らしい存在だったが、その後レプティリアンに征服されてしまった」ともいわれます。地球では白人種と定義されている「エリエン」のルーツはオリオン星雲にあるといわれます。「トールホワイト」とよばれる2メートルから3メートルの白人種のオリオン星人も報告されているようです。トールホワイトと米政府はコンタクトがあるようです。オリオン座は「神の故郷」ともいわれますが、『闇の勢力』も経由地にしているようです。シリウス人はオリオン人と交戦していた。この敵対関係は今でも続いているともいわれます。堕天使ルシファーもオリオンからやって来たそうです。ネガティブなオリオン・グループは“闇の勢力”を形成しているのでしょうか。

 

・「黄昏に女や子供の家の外に出ている者はよく神隠しにあうことは他の国々と同じ。-遠野物語第八話」、「遠野郷の民家の子女にして、“異人”にさらわれて行く者年々多くあり。ことに女に多しとなり。-遠野物語第三十一話」という伝承があります。異類異形の異人ばかりではなかったようです。異人はオリオン星人ともいわれます。平氏の“平”がヘライ(ヘブライ)に由来すると考えると平氏セム系、ユダヤ系ということになってくる。源平合戦はハム系とセム系の争いと言われます。平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔ともいわれます。「遥かに進化した高次元の高等知性体・異星人は、人間の肉体や精神体に憑依するので誰も識別できない」そうです。

 

・またヒトラー霊媒で宇宙人から「人格転換」を受けた“霊界から来た男”ともいわれます。ヒトラーは超人によって人格転換を受けたのかもしれません。冴えない水彩画家だったヒトラーは、別人格になったようです。ヒトラーの生誕地は霊媒の多い地域だったといわれます。アルデバラン星人は、ゲルマンの諸民族とスカンジナビア人、特にバイキングの創作と管理を担当したそうです。アルデバラン星人はアーリア人の「超人」であり、ゲルマンの神々だったようです。地球から68光年の距離にある牡牛座のアルデバラン太陽系の二つの惑星からなる“スメーラン帝国”はどのような国だったのでしょうか。ゲイ(LGBT等)の科学的、医学的な研究については私たち一般人は、よく知りません。しかし、ゲイは世界的に増えており、ひとつの社会的現象となっているようです。ゲイの社会的な取り扱いもなぜか日本的なようですが役所の対応も増えてきているようです。アラブ諸国は反西欧という背景があるそうで、宗教規律には厳しいようです。

 

・「ゲイは宇宙人の人格転換の結果である」という説もあるそうです。人格転換といっても男が別の男の人格に転換される場合や、女性が別の人格の女性に人格転換される場合もあるでしょう。また精神病の一種で多重人格症もあるようで、複雑です。ゲイの多い地域に宇宙人が多いという与太話もあるそうです。ニューヨークやカリフォルニア、オーストラリアではよく話題になるようですが、世界的には昔から広まっているようです。

 

・ネガティブなシリウス星人クラスの宇宙人が人間のゲイなどを創造するのかもしれません。パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人もネガティブな者とポジティブな者がいます。ネガティブ派がオリオンの邪体霊ともいわれ、対立から最大のスター・ウォーズとなったともいわれております。宇宙の諸悪の根源なのかもしれません。かって神だったものが魔神になって世界を襲うというまるでスター・ウォーズのストーリーのような。

 

・欧米では著名人がゲイ(LGBT等)でよく話題になっているようですが、彼らのパフォーマンスには影響がないようです。米国ではゲイが社会問題となり、結婚の問題や軍における処遇問題でメディアの話題になっているようです。また、ゲイの文化も商業主義にのっているようで、ビジネスとしてはなりたっているのでしょうか。私たち一般人は、このゲイの問題には疎いですが、日本でもゲイは増えており、大きな社会問題とはいかなくても街中では話題になっているようです。普通の人々にとっては、ゲイの生態は想像を絶するようです。

 

柳田國男が「性的習俗・差別的文化の取り扱い方」において、否定的で、あえて研究対象としては、避けたようです。しかし、「性的習俗・差別的文化の取り扱い方」の研究は、知る人ぞ知る世界のようで、研究や資料も膨大になるようです。やはり「性的習俗・差別的文化の取り扱い方」は、現代ではタブー化されているのかもしれません。柳田國男は「淫風陋習」として、研究対象としなかったようです。現代でも「フーゾク」は盛んのようです。「津山事件」の背景には、「夜這い」という性的な習俗が原因であったともいわれます。八つ墓村』(横溝正史)の小説の映画化もあり、かなりそのイメージがキャッチコピーとして、テレビに流されたこともあり、記憶に残っている人々もいることでしょうか。古くは『万葉集』の時代からの記録もあり、古い起源の性的な習俗のようです。性的な習俗は、「異人」が始めた、教えたという話もあるようです。中世ヨーロッパの「初夜権」等のおぞましい性的な習俗は、世界的にも、あったようです。領主が「異人」だったことが背景にあるのかもしれません。歴史的にも中世ヨーロッパは、暗い暗黒の話が多かったようです。昔の宇宙人が関わった性的な習俗も多かったのかもしれません。「初夜権」はウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)にも載っています。柳田國男は「近代化を急ぐ」政府の官僚だったので、あえて、記録に残さなかったようです。現代でも花街の「フーゾク」は変化してきているようです。性的な習俗は「書けないこと」も多いのかもしれません。ちなみに、戦争中や終戦後のことも「書けないこと」が多いそうです。

 

・ザシキワラシ(座敷童子)は、現代でも時々、話題になる「子供の神様」のようです。「子供の神様」の伝説は、世界中にあるようです。姿形は、「子ども」ですが、その本質は、「神様」だったようです。「宇宙人は“幽体”や“霊体”で目に見えない異次元に存在している」ともいわれます。ある意味で「宇宙人」現象ともいえるのでしょうか。「宇宙人と普通の人間を区別できなくなっている」時代だそうです。「はるかに進化した宇宙人が人間の精神体に侵入してくる時代だ」そうです。また、「人は皆、記憶喪失の異星人だ」ともいわれます。

 

ウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)によると「座敷童子ざしきわらし)は、主に岩手県に伝えられる精霊的な存在。座敷または蔵に住む神と言われ、家人に悪戯を働く、見た者には幸運が訪れる、家に富をもたらすなどの伝承がある。柳田國男の『遠野物語』や『石神問答』などでも知られ、『遠野物語』の17話・18話および『遠野物語拾遺』87話に「ザシキワラシ」または「座敷ワラシ」の表記で話が掲載されており、17話には「この神の宿りたまふ家は富貴自在なりといふことなり」「ザシキワラシは座敷童衆なり」と記述がある。近年では、座敷わらしに会える宿として岩手県の「緑風荘」「菅原別館」「わらべ」などがテレビ番組や雑誌に取り上げられることでも知られている」とのこと。

 

・ザシキワラシ(座敷童子)は“アストラル界の住人”なのかもしれません。あの世からこの世に現れるとき、人間の目に映るのかもしれません。見えるものと見えないものがいるので奇妙です。ザシキワラシ(座敷童子)は、異次元の宇宙人現象ともいえます。「あのグレイも壁を透き通るようにして部屋に侵入してくる」そうです。ザシキワラシ(座敷童子)は農民たちの幻覚や共同幻想、妄想ではなさそうです。ザシキワラシ(座敷童子)と家の盛衰が結びつくようで、不思議な伝承のようです。赤い顔のザシキワラシ(座敷童子)は、赤い顔の「異人」を連想させます。「アストラル界にもアストラルの惑星がたくさんあり、アストラル界またはアストラル次元と呼ばれる世界を構成している。地球で

人々がアストラル界で過ごす期間は、数週間から何百年にもわたる」ともいわれます。人間の死後の世界、幽界や霊界、宇宙人のアストラル界やエーテル界も互いに似ている世界ですが、私たち一般人には、理解不能なことが多いようです。

 

・昔のアストラル界の本をみると『アストラル界』(C・W・リードビーター、神智学協会ニッポンロッヂ 昭和59年5月)。住者として「人間」「生きている者」(①アデプトとその弟子達、②サイキック的に進歩している人、③普通の人、④黒魔術師とその弟子)

 

「死者」(①ニルマナカカーヤ、②輪廻を待つ弟子、③死後の一般人、④亡霊、⑤魂殻、⑥活気づけられた魂殻、⑦自殺者及び不慮の死の犠牲者、⑧吸血鬼と狼人間、⑨灰色の世界の人間、⑩黒魔術師とその弟子)

 

「人間でないもの」(①我々の進化に属しているエレメンタル・エッセンス、②動物のアストラル体、③凡ゆる種類の自然霊、④デヴァ――カマデヴァ――ルーパデヴァ――アルーパデヴァ――デヴァラヂャ)

 

「人工的なもの」(①無意識につくられた四大霊――守護の天使――②意識的につくられたエレメンタル――③人的人工霊)が載っています。

アストラル界の住人の種類も多いようです。また「アストラル界はとても巨大です。ここに存在する全ての世界からおよそ600億人の人間タイプの生物が集まっている」といわれます。

 アストラル界下層にいる霊たちの多くは、地球上の種々の問題を引き起こす原因となります。彼らはテレパシーで地球上の人間と交信する」といわれます。

 

・ザシキワラシ(座敷童子)をテレビ局が旅館に泊まりこんで追跡した番組も昔はあったそうです。ですから現代でもザシキワラシ(座敷童子)の存在を疑う人は少ないようです。「柳田國男の著書『妖怪談義』によれば、1910年(明治43年)7月頃、陸中上閉伊郡土淵村(現・岩手県遠野市)の小学校に座敷童子が現れ、1年生の児童にだけ見え、年長の生徒や大人たちの目には見えなかったという」とのこと。

 

・「昭和・平成以降も営業し続けている、岩手県金田一温泉「緑風荘」、盛岡市神町の「菅原別館」「わらべ」などの旅館は、座敷童子のいる宿として知られ、宿泊客が座敷童子を見た、足音を聞いた、体を触られた、といった話がある」そうです。

  「緑風荘」は、2009年10月4日に起きた火事で、ザシキワラシ(座敷童子)を祀る中庭の亀麿神社以外が全焼しました。それで、営業停止状態となっているそうですが、再建されたそうです。「緑風荘」のインターネット情報に詳しく載っているようです。

 

・「幽霊」の伝説も世界中にあります。幽界や霊界から、幽霊が出て来たと考えられます。これも異次元の宇宙人現象ともいえましょうか。「異星人は物質化、非物質化ができた」そうですが、この現象が私たち一般人は、理解できません。幽霊は、その地の関係した人物に似ていますが、別の「幽体」と考えることができるようです。例えば、「親の幽霊」といいますと、親に似ていますが、詳細は、どことなく違うといった印象を与えるそうです。パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の植民星が地球ともいわれます。高次元のシリウス星人が関係する異次元現象なのかもしれません。「霊界」は、遥か彼方にあるのではなく「地上1メートルのところにある」そうです。

 

・日本における「国家改造計画」は、様々な研究団体やシンクタンク、政府関係の研究所のテクノクラートにより作成されているようです。「日本アカデメイア」は、各界の有志92人が集まって、12年4月にスタートさせたそうです。「長期ビジョン研究会」は、経営者、官僚、学識者、労働組合幹部など産官学有志の参加を得て、2年間をかけて、検討されたようです。日本の定年制は1950年代、主に工場労働者を対象に普及したもののようです。将来は、米国のように「定年のない会社」が増えて人口減少による「労働革命」が実現されるのかもしれません。「定年を75歳にして、消費税を20%に上げれば、社会保障制度の立て直しが実現できる」という説もあるようです。「それこそ税金の無駄遣いを止めて、司法・立法・行政の大胆なリストラを断行すべきだ」そうです。

 

社会保障制度と税金、財政赤字の問題の解決が喫緊の課題のようです。自殺者数も相変わらず多いそうで、「末法の世」なのかもしれません。「失われた20年」といわれますが、今の世の中「クール・ジャパン」ばかりではないようです。「失われた20年」は、長い期間で、日本人の適応力が疑われたようです。社会の暗い面が予想以上に多いようです。政府にはベスト&ブライテストが集まっているはずですが、大胆な改革を断行して、東日本大震災から発する「国家的危機」を乗り切りたいものです。「民主主義国家においては国民はその程度に応じた政府しか持ちえない」、「国民が政治を嘲笑している間は嘲笑に価する政治しか行われない」ということで、私たち一般人も政治意識を高めていかねばなりません。LGBTの問題もインターネット時代で、開かれたものになり現代風です。どの程度考慮すべきかは今後の課題のようです。

 

<●●インターネット情報から●●>

・「日本では定年があるのが当たり前という感覚がありますが、世界では定年制度が禁じられている国もあります。アメリカでは年齢を理由とする事業主の差別行為は禁止されており、航空機のパイロットやバスの運転手など例外的に定年制を設けることが許される職業がある以外は、年齢を理由に労働者・雇用者を退職させることはできません。カナダ、オーストラリア、ニュージーランドも同様に定年制は禁じられており、イギリスでも2011年10月から定年制が廃止されました。イギリスが定年制を廃止した背景には、高齢化の進展に伴う年金支給開始年齢の引き上げがあるそうですが、どちらかと言えば、これらの国では、労働者が年齢に関わりなく働くことのできる権利を保障・保護するために定年制が禁じられている、と言えそうです。

 

・一方、ヨーロッパ諸国の多くでは、日本と同様に年金受給開始年齢に関連付けられて定年が決められています。フランス、ドイツ、オランダ、オーストラリア、スイス等々の国では、年金支給開始年齢=定年という考え方が定着しており、現在は概ね65歳。ただし年金支給開始年齢の引き上げが決まっている国では、定年年齢も引き上げが予定されています」とのこと。

  国際問題も直接日本国民に降りかかる時代です。「貧弱な国際感覚で大きく国益を損ねてきた」ともいわれます。「諜報機関のない国は既に国益を大きく損ねている」そうです。公安調査庁の元部長によれば「日本は諜報機関のない世界的にも珍しい国だ」そうです。「それこそ税金の無駄遣いを止めて、諜報機関の設立運営の財源にあてるべきだ」そうです。高度成長期には「経済1流、政治2流」といわれましたが、現在はどうなのでしょうか。

 

・「神隠し」とamazonで検索しますと235件の書籍が分かります。日本人の関心の強い事柄のようです。「神隠し」といえば人気のアニメ映画の『千と千尋の神隠し』というのもありました。「黄昏に女や子供の家の外に出ている者はよく神隠しにあうことは他の国々と同じ。-『遠野物語』第八話」、遠野郷の民家の子女にして、「異人」にさらわれて行く者年々多くあり。ことに女に多しとなり。-『遠野物語』第三十一話というように、不思議な誘拐が昔から多くあったようです。柳田国男も警察関係の資料は調査しなかったようです。また、できなかったのかもしれません。明治時代前の「神隠し」や「人さらい」はかなりの数になることが窺われます。消えた子どもたちはどうなったのでしょうか。昔は宇宙人のアブダクション(誘拐)の活動が活発だったようです。アストラル界にでも去ったのでしょうか。

 

・昔の「神隠し」や「人さらい」は、現代風に解釈すると異星人のアブダクション(誘拐)だったようなのです。山中に「異人」の存在がありましたが、この異人というのは、オリオン星人だったようなのです。「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔」という説があるそうです。人類に6000年ほど進化しているプレアデス星人は、アブダクション(誘拐)をする宇宙人ではないようです。そうすると戦後米国に現れ、UFO調査者を脅したと言われるメン・イン・ブラックというハリウッド映画にもなった宇宙人は、オリオン星人ともいわれています。メン・イン・ブラックの超能力はすさまじかったようで、テレポート(瞬間移動)もしたようなのです。

  「邪悪なオリオン星人」ともいわれていますが、スター・ウォーズ(オリオン大戦)を起こしたりした、ネガティブな宇宙人のようです。またバイオ・ロボットといわれるグレイを創造したり、小柄なグレイと似たゼータ・レチクル星人と宇宙連合を作っているようなのです。オリオン星人と対立する異星連合が正統的な邪悪でない異星人の連合のようなのです。小柄なバイオ・ロボットといわれるグレイの宇宙船に同乗している金髪碧眼のノルディックという人間タイプの異星人が報告されています。それと同様に日本においてはカッパと異人が飛来していたようなのです。

 

・「東北地方を徘徊した異人は、宇宙人だ。オリオン星人だ」と断定する民俗学の学説はまだないようです。異人やカッパを宇宙人と結びつけると難問は解決するようです。また昔からある「異類婚姻譚」や「異類混血」の話がありますが、宇宙人と結びつけると分かりやすいようです。遥かに進化した異星人(天使のような宇宙人)は人間の幽体や精神体に憑依侵入するために誰も分からないそうです。人間の守護霊や背後霊は、遥かに進化した天使のような異星人なのかもしれません。「神々も市井の人となり普通の生活をしている」という説もありますます分からなくなります。

 

・「天狗の情郎」という話ですが、武士の間にもそのような慣習があったとか、マスター(大師)クラスもゲイが多いとか、いろいろと複雑な話があるようです。が、「異人の子ども」を産まされたという誘拐された女子の『遠野物語』の話もあるそうです。また天狗少年寅吉は、天狗の情郎のようなことはないと語っているようです。ホモの宇宙人の話もあり、人間をゴキブリ程度しか見ない宇宙人もいるとか、雌雄同体の異星人もいるそうで、とにかく人間の感覚とはかけ離れていることは間違いないそうです。異星人を全て善良な人々とするイメージはないようです。スター・ウォーズをするくらい敵対しているようですが、アバブ・トップシークレットのため異星人の確かなことはわからないようです。

 

・インターネットで同性愛者と検索してみると「近年の多くの英米の調査では人口の2―13%(50人に1人から8人に1人)の割合で同性愛者が存在していると言われている。性的少数者は、おおよそ概念上で少数者とされているものであり、実際はそれほど少数ではないと考えられる」といいます。

  日本でも予想以上にゲイ(LGBT等)の人口が多いようです。医学的、科学的な説明が出来ない不思議な存在ですが、社会問題としてはまだ取り上げられていないようです。『原型』といわれる神に非常に近い一対の男女の形態をとる天使が原因という説もあるそうです。amazonに「LGBT」といれますと2241件の本がわかります。予想以上にLGBTの本がふえているようです。

 

 

 

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・ブログ名称: UFOアガルタのシャンバラ

日本は津波による大きな被害をうけるだろう

・第2のブログ名称:UFOパラレル・ワールド

神の国か?」「人類の原郷か?」 「天上のエルサレムか?」・・・・・・・・・

「パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の殖民星が、地球か?」、「ネガティブのシリウス星人の地球支配があまりにも巧妙なので、しょっちゅう戦争が起こるのだろうか?」

「金髪碧眼のノルディックが住んでいたアガルタのシャンバラ情報の集大成を目指す・・・・・・・・・・」「金星蛇人と火星霊人の戦争はその後どのように展開したのだろうか」
日本民族の神話の原郷『高天原(たかまがはら)』は、『都市型の超巨大宇宙船』なのか!?」「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔なのか」
「小人族のグレイの母船に同乗する金髪碧眼のノルディックは、”悪魔の王””ルシファー”なのか?!」

「円盤は神人や異人、悪魔の乗り物なのか!?」「天使は神の秘密諜報員なのか」「神は最初のフリーメーソンなのか」

「UFOは、人類の歴史が始まって以来、最も重要な現象なのか。UFO問題とは、人間にとっての死の問題を解くことなのだろうか。UFOはフリーメーソンの創作なのか」

「全宇宙を創ったという“虹の神々”も地球に来ているのだろうか」

イルミナティなどのフリーメーソン組織に入ると神に会えるのだろうか」「金星の神々は地球に到着するやいなや、イニシエーションのためのフリーメーソン本部を設けたのだろうか」「フリーメーソン結社はこの大地が創出されるよりずっと前から、さまざまな太陽系をめぐって、存在していたのだろうか」「フリーメーソンとは、“現在、世界で信仰されているいずれの宗教より古い”教団となるのだろうか」

国際連合の設立に動いたキリストの星、アプ星人とは」

「人は皆、記憶喪失の異星人だろうか」

「はるかに進化した天使のような宇宙人は、人間の守護霊や背後霊なのだろうか」「セドナ上空に見えないエーテルのシティが滞空するのだろうか」

シリウス星人の故郷である天体イジュニュは、もっと高い周波数で共振する6次元の天体であり、地球の宇宙と同時に存在するパラレル・ユニバースに存在するのだろうか」

 

グーグルのブロガー(多言語翻訳)にも書いています→UFOパラレル・ワールド

 

  

 

一方、獣人たち劣等人種はその交合を通して逆に進化してしまった。高等人種の犯した罪とは「獣姦(ソドミー)」なのであり、かくて、ランツは獣人を「ソドムの猿」と呼ぶのである。

 

 

(2024/3/4)

 

 

『何かが空を飛んでいる』

稲生平太郎     国書刊行会   2013/11/25

 

 

 

ログフォゴあるいは「岩の書」――リチャード・シェイヴァーについてのノート

・リチャード・シャープ・シェイヴァーは、1907年、合衆国ペンシルヴェールニア州はバーウィックという小さな町で生まれた。

 

・大きな転機、あるいは危機が訪れたのが1932年、デトロイトの自動車工場で溶接工として働いていた折のことである。

 作業中に、突然、幾つもの「声」が頭の中で聞こえはじめたのだ。

 もちろん、シェイヴァーはすぐに医者にかからねばと判断するような粗忽な人物ではなかったので、同僚たちの思考がテレパシーで伝わっているとの結論を下した――そう、自分の手にする電気溶接器のコイルが何らかの理由で「受信機」として機能したにちがいないと。

 ただし、それだけではすまなかった。

 地下深い洞窟に棲む邪悪な存在、すなわち、彼が後にデロと呼ぶものが、地上の人間をおぞましいかたちで責めさいなむのも耳にした

 こうなっては、もはや正業に就くのは難しい。 

 実際、翌年には、彼は短期間だが精神異常と診断されて病院に収容されている。

 

・シェイヴァーの回想によれば、ある日、彼の許にニディアという謎の美女が訪れ、彼女との出会いを通して、世界の真の歴史が遂に開示された。

 

・1万2千年前の地球――それは、宇宙の彼方から到来したタイタンあるいはアトランと呼ばれる巨人種族の支配する世界だった。彼らは事実上の不老不死で、高度な科学技術を誇り、遺伝子工学によって労働用の奴隷種族を創出、そのひとつが我々人間の祖先である。

 ある時期に、太陽の発する有害な光線のために、タイタンたちは地上に住めなくなり、地底奥深くへと本拠を移すことになった。しかし、やがて、そこでもタイタンたちの健康は冒されはじめ、彼らは遂に地球脱出を決意する。

 タイタンたちが宇宙船で新たな移住先の星へと去った後、取り残された奴隷種族の一部は、地下の洞くつで肉体、精神の両面で退化を重ねて、邪悪きわまりのない存在へと変身していった

 

さて、この退化した闇の種族は、有害なロボット(detorimental robot)

、略してデロと称され(機械ではなく生命体だがシェイヴァーはかれらをロボットと呼ぶ)、いうまでもなく、世界中の神話や宗教に登場する悪魔とはすべて彼らを指している。

 しかしながら、洞窟世界には善良なる種族テロ(デロと紛らわしけれど、こちらは統合ロボット)も残存、そのひとりがニディアに他ならない。彼女に連れられて、シェイヴァーは実際に地下へと赴き、そこで数年間を過ごして、太古から現在にいたるデロによる支配の実態、それを阻止しようとするテロの活動をつぶさに知るにいたったのだ……。

 

 デトロイトで「声」を聞いてから約10年後の1943年、シェイヴァーはSF雑誌『アメージング・ストーリーズ』の編集部に手紙を送りつけた。

 

・意外にも、この手紙じたいは地下の世界にはまったく触れていない。

 シェイヴァーなりの戦略があったのだろう、もっぱらマンタン(Mantong)なるものを発見したという主張に終始していた。これは地球上の全言語の根幹をなすとされており、つまり、マンタンとは「人類語」(manプラスtongue)の謂だろう。すこぶる簡単である。

 

・当然というべきだろう、この手紙は屑籠にいったん投げ込まれたのだが、さすが辣腕の編集長、パーマーは見逃さなかった。売り物になるのではあるまいかと判断、彼はそれを1944年1月号に印刷掲載すると共に、シェイヴァーとの文通を開始した。

 シェイヴァーの側でが、これ幸いと地下世界をめぐる幻想を滔々と語る原稿をパーマーに送り届け、そのひとつが、パーマーによる大幅な加筆改稿を施された後、「私はレムリアを憶えている」なる題名で『アメージング・ストーリーズ』1945年3月号に発表された。かくして、いわゆる「シェイヴァー・ミステリー」の幕は切りおとされたのである。

 読者からの反響は凄まじかった。

 

・ここで強調しておくべきは、『アメージング・ストーリーズ』はいうまでもなくSF小説雑誌であるけれど、「シェイヴァー・ミステリー」があくまで「実話」と銘うたれていた点である。

 パーマーは、これはフィクションではない、紛れもない事実であると読者を煽りに煽り、デロが出版を妨害しようとしているとまでほのめかした。こういった手法はいうまでもなく真面目なSFファンダメンタルズたちの怒りを買ったが、他方、送られてきた投書の一部は、自分たちはシェイヴァーと同じような体験をした、デロは実在するのだと訴えていた。シェイヴァーというひとりの人物の織りあげた幻想にすぎないものが、一時的にせよ、多数の他者によって共有される領域へと移行したのは否定できないだろう。

 

・『アメージング・ストーリーズ』のシェイヴァー特集号が刊行された日付にも注目していただきたい。ケネス・アーノルドが空中を飛ぶ謎の物体を目撃するが、まさに1947年6月24日であり、この日を境にアメリカのみならず世界中に「空飛ぶ円盤」騒動が広がっていく。

 

・パーマーは正体不明の飛行物体に関する読者からの報告を積極的に掲載したが、形態として円盤型も含んでいた。いっぽう、シェイヴァーはたとえば1946年9月号掲載の「宇宙に送られる地球の奴隷」なる「作品」で、地球を定期的に訪れて人類を誘拐する異星人からの宇宙船を登場させた。

 

・なお、「シェイヴァー・ミステリー」が、第2次世界大戦が終わった直後のアメリカで爆発的な人気を博するにあたっては、その性的要素も大きく貢献したと思われる。シェイヴァー描くところのデロは単に邪悪なだけでなく、飽くなき色情狂であり、性機能を無限大に増強するスティム(刺戟器械)という装置までもっていた。

 

・シェイヴァーによれば、これらの「像」は、タイタンたちが遺した一種の「写真」なのだ。すなわち、太古の巨人種族は、「瑪瑙(当ブログ註;アゲートを作る方法」、そして、瑪瑙が液体状のときに感光物質と混ぜ合わせて、自分たちの思想、藝術、歴史を刻印する方法を発見していた。しかも、これらは本来は立体像として記録されているという。要するに、3次元のホログラムのごときものらしい。また、ひとつの石に一枚の「写真」が入っているのではなく、膨大な数の画像が封じ込まれている。

 

ニディアという地底人がシェイヴァーにとって大きな意味をもっていたことは既に記した通りであるが、彼女とは夢でまず出会ったと彼は主張している。それはまあいいとしても、この夢を見た夜、彼は室内用溲瓶(しゅびん)を倒してしまい、翌朝、床にこぼれた尿が乾いた箇所には、ニディアの美しい姿が写真のように鮮明に現れていたという。

 

水晶の中の幻影――ジョン・ディーの精霊召喚作業

・忌わしい降霊術師との汚名を着せられたディーであるが、彼の生前にあっては、それはあまり根拠のない漠然としたものにすぎなかったといえよう。しかし、彼の死から半世紀の後、事情は大きく変わる。すなわち、1659年、学者、聖職者であったメリック・カソーボンの手によって『多年に亙ってジョン・ディー博士と精霊の間に起こったことの真正にして忠実な記録』が出版されたからである。

 

これは、ディーが遺した精霊あるいは天使との膨大な交信記録の一部をほぼ忠実に印刷したものであるが、編者カソーボンは、ディーが神からの遣いと信じた存在が悪霊に他ならないと信じて、「闇の所業」、悪魔の恐ろしい業を示す証拠として上梓したのである。

 

・しかし、少しでも調べてみれば分るように、精霊との交信をめぐってディーの遺した文書は、彼の全業績のなかでも量的に大きく突出している――それは関心というよりは異様なまでの執着と呼ぶほうがふさわしいだろう。とりわけ1580年代にあっては、彼の内面生活はほとんど精霊との交信に占められていたといっても過言ではあるまい。この時期、彼は天使からの啓示にほとんどすべてを賭けていた。これが異様と映るのが現代の眼から見た偏見ではないことは、カソーボンが『精霊日誌』を「その種のものとしては如何なる時代の如何なる書物にも匹敵するものはありえない

 

世間に奇書と銘うたれた書物は少なくないけれども、『精霊日誌』が真の意味でその名に値するごく稀なもののひとつであることは疑えない。驚くほど細かな活字によって4百頁にもわたって埋めつくされたフォリオ判の『精霊日誌』は、まずその量において読者を圧倒するだろう。しかし、解読を真に困難なものにせしめているのは、量ではなく、内容面の難解さである。難解である理由のひとつは、これが文字通りディーの私的な文書であって、公刊を予期して書かれたものではまったくないからだ。註釈を施した版がいまなお存在しない以上、ディーについてのかなりの予備知識がまず必要とされよう。

 

・ところで、精霊との交信はディーが単独で行ったのではない。彼にはエドワード・ケリーという助力者がいた。ケリーは時に霊媒と呼ばれたりするが、これは誤解を招く表現かもしれない。

 

驚嘆すべき精力をもって、ディーはほとんど逐語的に天使との対話を記録しており、場合によっては1回の交信が延々と何頁も続く。対話といったが、時には、霊のほうが一方的に喋りまくることもあり、またディー、ケリーと論争になることもある。さらに、複数の存在が水晶球のなかに現れて一種の寓意劇のようなものを演ずる場合も見られる。

 

・たとえば、天使たちはやがて彼に始源の秘教的言語たるエノク語(あるいは天使語と呼ばれる)を授けることになる。ちなみに、このエノク語は、17世紀以降、多くのオカルティストの関心を集め、現代のオカルティズムの一部にもその影響は及んでいる。霊はまた英国や欧州の未来について様々な予言を行っているが、そのなかには的中したものもあれば、外れたものもあり、外れた場合には、ディーはそれを発したのが悪霊ではないかという疑いに駆られる。しかし、基本的には、神の遣いたちと対話しているというディーの信念は毫も揺るがない

 

・天使たちの発する言葉が時に黙示録的な響きをもって読む者を圧倒するのは事実だが、とはいえ、『精霊日誌』全体が常に荘厳で厳粛な雰囲気に包まれていると考えるのは誤りだろう。妙に陽気で軽薄な精霊が登場することもあるし、また、ディーも霞を食って生きている訳ではないから、天使に卑俗な面についての助言、助力を乞わざるをえない。絶えず不如意な境遇にあったディー、ケリーとも繰り返し金銭面での助けを求めるのだが、それを時に巧みに時に無様にはぐらかそうとする精霊たちの態度には思わず噴き出してしまう

 

・とまれ、ディーは自分が善なる超自然的存在と接触していることを決して疑わなかったのだが、それではケリーのほうはいったいどうだったのだろうか。

既に述べたように、精霊との交信はひとえにケリーの透視能力にかかっていた。したがって、彼が水晶を前に博士を顧客として一人芝居を演じていたとみなすことは確かに可能である。つまり、霊能者をかたる詐欺師だと。こういったケリー山師説は最も広く流布してきた解釈といえよう。それに並置されるのが、類稀な学識を有しながらも、若い無教養な詐欺師の餌食となった哀れなディー博士の姿ということになる。たとえば、フランセス・イェイツは、ケリーを「敬虔な師を誑かしたペテン師」として片づけている。

 しかしながら、『作業記録』や『精霊日誌』を実際に繙いてみるとき、師と弟子の関係がそう単純なものではありえないことがわかる。

 

・天使界から下される知識を渇望してやまないディーは、何と自分の長男アーサーをケリーの替わりに霊媒として用いることで、この苦境を乗り切ろうとする。だが、当時8歳であったアーサーとの実験は芳しい結果を生み出さず、ディーは結局ケリーの助けにすがるほかない。しかし、ケリーが渋々引き受けた最後の交霊実験は決定的な破局をもたらしただけだった。マディミを初めとする天使たちは、あろうことかディーとケリーに各々の妻を文字通り「共有」するように命じたのである

 この驚くべきエピソードについては、ケリー詐欺師説も含めて様々な解釈が可能だろう。

 

・ディーとケリーの交流は、しかし、例の破局以降、完全に断たれたというわけではない。博士は錬金術の実験に関してはケリーと断続的に接触しており、英国に戻ってからも、彼はかつての弟子と書簡などを通して連絡を取ろうと懸命な努力を続けることになる。

 

・ケリーを失ったからといって、ディーは天界からの声を聴くことを決して諦めはしなかった。帰国してからまもなく、彼はバーソロミュー・ヒックマンなる新たな透視能力者を雇い入れている。

 

・幼い頃に異国ボヘミアの地で父のために霊媒として働いた記憶は、果たして彼に残っていたのだろうか。ブラウンの言葉を信ずるならば、アーサーは父ディーが膨大な精霊との交信録を遺していた事実はまったく知らなかったらしい。アーサーが没するのは1651年、カソーボンが『精霊日誌』を出版する8年前のことである。

 

 

獣人と神人の混淆――アドルフ・ランツとフェルキッシュ・オカルティズム

・『オースタラ』は、しかし、同時代の他の反ユダヤ主義的、あるいはフェルキッシュな刊行物とは異なる点があった。つまり、ランツの唱えるアーリア人種至上主義は、彼の抱懐する特異な思想、もしくは幻想に彩られていたからである。これを理解するためには、彼の主著『神聖動物学』の内容を概観する必要があろう。

『神聖動物学、もしくはソドムの猿と神々の電子についての学問』は、1905年、『オースタラ』創刊にわずかに先立って上梓された。

 

・「神聖動物学」とはもとよりランツの造語であるが、それにしても面妖な言葉であるし、また、たとえば「ソドムの猿」とはいったい何か

古代このかた世界には醜悪にして好色放蕩の劣等人種、すなわち獣人が存在してきたと、ランツはまず唱えるそればかりではない。その対極的存在たる高等人種は、性の快楽のためにこれらの獣人と交接、その結果、高等人種の純潔な血は汚れ、彼らは退化してしまったという一方、獣人たち劣等人種はその交合を通して逆に進化してしまった。高等人種の犯した罪とは「獣姦(ソドミー)」なのであり、かくて、ランツは獣人を「ソドムの猿」と呼ぶのである。忌まわしい人種混合によって、退化、失墜する高等人種=神人と、進化、上昇する劣等人種=猿人という構図こそ、『神聖動物学』の根幹をなすテーゼといえよう。

 ランツによれば、かつて存在した高等人種とは、すなわち、古代の神々に他ならない――たとえばエホヴァも実はこういった神人のひとりだったという。そして、かつての神人の面影を今もいくぶん伝えるのがゲルマン民族だと、彼は説く。

 ゲルマン民族とは「天の息子」、彼らの肉体とは「神の神殿」である

 

・そして、アーリア人種を劣等人種との交雑から守り神人へと再び進化させるための方策について、彼はさまざまな提案を行なっている。

 

・『神聖動物学』は、なるほど奇怪な書物であるけれど、西欧近代のオカルティズムの伝統とは接点をほとんどもたず、あくまでも彼自身の個人的妄想の域に留まっていた。しかし、ランツはやがてオカルティズムを「発見」、自己の人種理論を神智学、なかんずく、H・P・ブラヴァツキーの『秘奥の教義』(1888)に融合させていく。

 神智学の吸収を通して、ランツが単にその奇矯さを昂進させただけなら、その事実はたいして顧慮するに値しないかもしれない。しかし、彼の選択はある意味では必然的なものであった。なぜなら、彼が取り込んだのは近代オカルティズムが展開させた霊的人種=進化論に他ならないからだ。そして、ヘッケルのモニスムスと同じように、ブラヴァツキーの教義もまた、ダーウィンの進化論に触発されつつ、それをまったく異なったものへと変容させていたのである。

 

・1877年に上梓された『顕現せるイシス』は、ブラヴァツキー夫人の処女作であると同時に、設立されてほどない神智学協会の最初のマニフェストでもあったが、そのなかで、彼女は既に「近代科学は進化論を主張している。そして、理性と《秘奥の教義》もまたそう主張する」と説いていた。そう、ダーウィンの進化論に影響を受けた同時代の多くの人々と同じように、彼女は進化を唱えた――ただし、生物学ではなく隠秘学を用いて、霊的な見地から進化を唱えたのである。

 こういったいわばオカルト版の進化論が全面的に展開されるのが、ブラヴァツキー晩年の大作『秘奥の教義』、とりわけ、その《人類創世記》に部分である。そして、彼女は19世紀後半を支配した思潮としての進化論のもつ負の側面を引き受け、暗い夢想を育むことになる。

 

ブラヴァツキーによれば、最初の根源人種はアストラル体肉体と精神の間に位置する非物質的な霊気体)しかもっておらず、肉体を備えるようになるのはレムリア大陸の住人、第三根源人種からである。また、生殖についていえば、人類にはかつて無性、両性具有という段階があり、その後に性の分離が起こったという。人間が男女両性の性交による生殖を開始し、理性や知識を備えるようになるのは、いずれも、レムリア時代のこととされる。レムリア人に続くのが第四根源人種アトランティスであり、その第五亜人種から第五根源人種アーリア人が派生した

 

・そして、『秘奥の教義』に従えば、七つの根源人種のうち、現在のところは五つしか発生していない。つまり、アーリア人は進化の頂点に位置するわけであるしかも、厳密にいえば、第五根源人種は現時点において第五亜人種の段階にまで達しており、この第五亜人種こそ現在のヨーロッパの人々に他ならない。いわば、まったく別の回路を通りつつも、ブラヴァツキーはヘッケルなどと同じ結論に到達していたことになる。

 

ランツとの関連でとりわけ注目すべきは、人間が獣あるいは半人半獣と交合してきた、とブラヴァツキーが唱えていた点であろう。こういった交雑はレムリア、アトランティス時代に起こったばかりでなく、「現存する低次のいくつかの人種」によって今も行なわれているとされる。そればかりか、太古の半人半獣の末裔として、ブラヴァツキーはタスマニア人、オーストラリアのアボリジの一部を挙げさえするのだ。

 なお、このような獣姦コンプレックスとでも呼べるオブセッションは、創世記第六章における「神の子」と「人の娘」の交わりを巡る記述に窺えるごとく、西欧精神の暗部に連綿と巣食ってきたものであることを指摘してておきたい。 

 

・かくのごとき人獣混淆は、忌わしい怪物、魂も知性も有さぬ人種を産み出したと、『秘奥の教義』は語る。そして、この「罪深い交接」の蔓延をまのあたりにして、支配者層はそれを禁じたばかりか、罪を犯した者たちを生殖不能にしたり抹殺したのだという。その一方で、支配者たちは優れた血統の人々を選別した。

 

・1907年に発表された『神智学とアッシリアの獣人』において、ランツは、『神聖動物学』で開陳した自説を支える「証拠」として、『秘奥の教義』に全面的に依拠するに至る。獣人の実在や、その神人の交雑は、すべてブラヴァツキーのオカルト進化論によって裏付けられる

 

・与えられた紙数はほぼ尽きてしまい、ローゼンベルグヒムラーについて立ち入ることは残念ながらできなくなった。ただ、最後に、ヘルマン・ラウシュニングがヒトラーの「生物学的神秘主義、あるいは神秘的生物学」と呼んだものを紹介しておこう。

 ラウシュニングがその著『永遠なるヒトラー』で伝えるところでは、ヒトラーは、天地創造は終わっておらず、古い種類の人類が衰退する一方で、新しい種類の人類が勃興しつつあると唱えていた。ヒトラーによれば、人間とは「生成途上の神」にほかならず、彼は次のように語ったという。

 

 古い人間は、衰退形態においてのみ、その生を生きながらえるのである。創造力は、すべて新しい種類の人間に集中することになろう。この二種類の人間は、急速に、相互に逆の方向へ発展している。一方は、人間の限界の下へ没落していき、他方は、今日の人間のはるか上まで上昇する。両者を神人および獣的大衆と呼ぶことにしたい。

 

 こういった、生起する進化を背景に描き出される獣人と神人の双曲線運動という概念を前にして、我々はランツの以下のような言葉を想い起こさざるをえない。

 

 人類混合は進化において停滞や後退を意味し、一方、人種育成は真正の進歩である。世界の進化は未だ完結していない。無益なもの、有害なものを人間の身体から除去する人種育成は我々を神により近づけるだろう。

 

 劣等な獣人から離れて、神のごとき存在への進化を渇望するという夢想が、両者に共通しているのは明らかだろう。もちろん、これをもってランツがヒトラーに何らかの影響を与えた証拠と見なすわけにはいかないし、そもそもラウシュニングの記述の信憑性には留保をつけねばならぬ。

 

ヒトラー、ナチズム、オカルティズム

ヒトラーはオカルティズムに傾倒していた、あるいは魔道の奥義をきわめていた――これは夥しい数の通俗オカルト書に繰り返し現れる主題であり、そのほとんどは確たる根拠もなしに主張されている。事実と虚構の区別はいっさい顧慮されていない。

 ヒトラー魔術師説はもとより論外であるけれども、とはいえ、それはある意味で「神話」の域に達しており、われわれの精神に潜む恐怖と魅惑がないまぜとなったヒトラー観、ナチ観を逆に照射しているともいえよう。

 こういった神話が広く流布しはじめる契機となったのは、ルイ・ポーウェルジャック・ベルジェの『魔術師の朝』であり、その後トレヴァ・レイヴンズクロフトの『運命の槍』のような書物によって拍車がかけられて、神話は映画や小説などのメディアにも流入していった。しかしながら、その淵源は想像される以上に古い。

 

・1947年には、ヨーゼフ・グライナーの『ヒトラー神話の終焉』が上梓された。これは不正確な事実や捏造を積み重ねたヒトラー伝として悪名高いものであるが、そのなかで、グライナーは、ウィーン在住時代の若きヒトラーがオカルティズムや催眠術の書物を耽読していたと語っているのである。

 ヒトラーが早くからオカルティズムとこのように結びつけて語られた背景には、しかし、19世紀末から20世紀初頭にかけてのドイツ、オーストリアの特異な精神的風土が存在していることを忘れてはならない。すなわち、この時代にあっては、反ユダヤ主義ゲルマン民族至上主義が盛んに唱えられただけでなく、過激な民族至上主義的思想家たちのなかには、現実から大きく逸脱した自説の根拠を、神秘主義やオカルティズムの裡に求めようとするものもいた。ナチズムはこういった風土を背景に形成されていったのであり、そのイデオロギーの一部に、オカルト的フェルキッシュ思想の影響が認められるのは否定できないであろう。

 

ナチス――すなわち、国家社会主義ドイツ労働者党(NSDAP)――の前身は、ドイツ労働者党(DAP)であって、ヒトラーは1919年秋にこの党に加入している。DAP第一次世界大戦後の混乱のさなかドイツ各地に生まれた泡沫的右翼組織の一つにすぎず、ヒトラー自身がDAPの最初の印象を「インチキな団体マニア」だとしているのは、事実に近いだろう。しかしながら、表面的には弱小であったDAPには、ヒトラーは気づいてはいなかったであろう秘められた側面が存在していた。DAP設立には実はトゥーレ協会なる半秘密結社の息がかかっていたのである。

 

・それではトゥーレ協会とはいかなる組織なのか。その歴史は複雑をきわめているが、ごく簡単に要約すると以下のようになろう。

 ドイツの過激な反ユダヤ主義団体の一つに帝国ハンマー同盟があるが、1912年にその姉妹組織としてゲルマン教団が設立された。これは純粋アーリア人種のみを会員とすることを謳い、フリーメーソンに範をとった擬似宗教的秘密結社で、グイド・フォン・リストの信奉者も参加していた。教団は16年には分裂を迎えるものの、その分派のバイエルン支部が、ルドルフ・フォン・ゼボッテンドルフという人物の指導の下、急速に勢力を拡張していく。

 1918年以後、ミュンヘンにおいて、対外的にはトゥーレ協会の看板を掲げて、教団は積極的な政治、軍事活動を繰り広げ、DAP設立援助もその一環であった。協会の胎内から生まれた右翼政党としては他にドイツ社会主義党(DSP)があり、その党員の多くは後にナチスへと流れていく。

 

ドイツ側における過激なフェルキッシュ思想の歴史は長く、アダムをドイツ人に比定する『百章の書』あたりにまで遡ることができようが、19世紀末以降多大な影響を及ぼしたものとしては、ユリウス・ラングベーンの『教育者としてのレンブラント』があげられよう。

 この書物のなかで、ドイツ人は最も個性的で卓抜した民族であると規定され、「北方的」精神が称揚される。ラングベーンにもすでに神秘的傾向はみられたが、彼に続いたドイツ、オーストリアのフェルキッシュ思想家のなかには、ゲルマン民族を超太古に淵源をもつ神のごとき存在にしようとする願望の果てに、オカルト的色彩の濃い奇矯な幻想を紡ぎだすものも多かった。

 こういったフェルキッシュ・オカルティズムの水脈は、たとえば、『わが闘争』と並んでナチスの聖書ともいうべきアルフレート・ローゼンベルクの『20世紀の神話』にも流入している。アーリア=ゲルマン人種の絶対的優越性を証明せんとして、ローゼンベルクはその原郷を何とアトランティス大陸にまで求めているのだ。

 ローゼンベルク以上に至高なるゲルマン民族という概念にとり憑かれたのが、SS長官ハインリッヒ・ヒムラーであろう。

 

・フェルキッシュ・オカルティズムの鼻祖ともいうべきグイド・フォン・リストは、スワティカをアーリア=ゲルマン人種の聖なる「原象徴」としてとりわけ重視した。リストによれば、スワティカが世界各地の古代文化の裡に見出せるのは、アーリア=ゲルマン人種こそすべての文化、文明の創造者であることを示す証左であるという。

 トゥーレ協会の母体である秘密結社、ゲルマン教団には、リストの信奉者が多数参入しており、教団の用いた紋章は十字にスワスティカを重ね合わせたものであった。

 

 


『新しい宇宙時代の幕開け』②

地球はすでに友好的宇宙人が居住する惑星だった!

ジョン・B・リース  ヒカルランド   2012/12/28

シャンバラ・惑星連邦・地球内部の知られざる新事実

 

 

 

息子のヒトラー2世が地球内部のドイツ元首を引き継いでいた

ヒトラーの死後、息子のヒトラー2世が地球内部のドイツ元首を引き継いでいた!

 

・1万1500年前にアトランティス人とアテネ人が地上で原爆戦を繰り広げていた!

 

・太陽や地球の磁場に干渉して異常気象をもたらす放浪惑星ナガースの脅威!

 

アメリカは太陽系の他惑星と外交的対話を続けており、ワシントンには金星・火星・冥王星公使館があった!

 

・地球内部に住むアトランティス大陸の末裔が語る、その驚きの生活

――平均年齢800歳、高度なテクノロジーを持った平和的国家の全貌とは!?

 

・地下世界の住人の長寿の秘訣は、太陽光線に当たらないこと、そして正確に調合された野菜ジュースを飲むことだった!

 

<バイキングランドと新ドイツとの接触

・1時間後、内部太陽のそばまでやって来ると、速度は落とされた。その光は激しくなく、目を痛めることもなかった。彼らは直系600マイル(965キロメートル)の巨大な光球に近づくと、それは巨大なちょうちんと似ていることに気づいた――その周囲には柵が付けられた狭い通路があった。

 

ヤルタ会談の裏で強力な影響力を与えたのは、円盤翼機とインナー・ワールド!

・バードの任務報告の23日後、大統領のヨットはフロリダのビスケーン湾に錨を下していた。そこで世界の先進国の参謀長らは、どのように対応すべきか極秘に戦略を練るために落ち合った。結局のところ、敵ドイツは敗北しておらず、それどころか卓越した航空機と兵器において全世界に対する戦術的な優位性を保持するために空軍力を刷新しているのかもしれない。全参加者は、ドイツ軍の野心は続いているものと推察した、イギリス、フランス、そしてアメリカは、ヒトラーの独裁に対して新たに戦わねばいけないという危機感を抱いていた。

 

沈んだアトランティス大陸の末裔は地球内部に脱出していた>

インナー・ワールド(地球内部)に暮らす人々は、5億人以上/NASAは内部の詳細地図を持っている!

・1980年(本書の出版年)は、世界の人々が自分たちはこの惑星において孤独ではなかったことを最初に知る年となるだろう。地上住人の失われた親類が5億人以上、地球の中心部内側で平和に暮らしているのだ。

 

・だが、インナー・ワールドの最古の種族は古代ドイツを起源としている。その始まりは地上世界の凍った南極にあり、亜大陸がかつて住民の徒に、卓絶した富と美の「熱帯の楽園」だった頃にさかのぼる。彼らのインナーアースへの集団脱出は3万年前のことだった。

 

100人を超えるインナーアースの住人がアメリカで仕事や研究を行っている

地底世界人ボッドランド人との遭遇/インナー・ワールドの人々は地上でも暮らしている

・1600年代に地下に移り住んだドイツ系アングロ・サクソンの親類によって歓迎された。その探検の際、地上の第三帝国のドイツ人は、おそらく世界中で最も進んだ人種と思われるボッドランド人と出会った。彼らは、もう一つのドイツ系の分家で、その揺籃は南極に始まったが、現在はイランが位置する場所からトンネルを介して3万年前に地下に移住している。

 

・その後、内部にやって来た民族には、バイキング、アトゥリア人(またはアトランティス人)、そしてエスキモーが含まれた。日本人は地球内部に先祖となる親類はいないが、実のところ、沈んだムー大陸――いくらかの記録によれば、それはアトランティスが沈む25万年前にさかのぼる――からの末裔であるとボッドランド人は主張した。地下のボッドランド人の年代記によると、地上では過去に4つの文明が栄えては姿を消し、現在は5番目に当たるとのことだった。

 

・1943年のドイツの遠征隊が発見したのは、内部世界で最大の大陸は北米の3倍の大きさの大陸地域をカバーするアガルタであり、アトゥリア人と呼ばれる人々によって占有されていることだった。このグループは沈んだアトランティス大陸からの末裔で、最初の祖国が最終的に沈んで何百万人もの祖先が滅びる前の紀元前1万5000年から1万1500年にかけて内部へ移住した。アトランティス人は多くの地上の白人種と関係していて、混合した元の民族は3万3000年前に金星からもたらされたが、その冒険は金星人が最初に地球を再植民地化しようとする試みではなかったとアトランティス人は主張する。彼らはまた、金星はもともと地球のコロニーであったと主張する。

 

アトランティス人の地球内部の脱出の様相/破滅を引き起こした原爆戦

最初のアトランティスは3万3000年前に大西洋の中央に位置した大陸の肥沃な渓谷と高台にて金星のコロニーとして始まった

 

・それはかつて裕福な国で、20世紀の地上の先進国と同等の社会とテクノロジーを発展させていた。彼らの宇宙船は地球の空を移動し、他惑星への貿易ルートが開発された宇宙空間にも進出していた。

 しかし、アトランティス人には不倶戴天の敵がいた。彼らは、地中海の渓谷とエーゲ海の大部分に位置する大都市で暮らすアテネ人と呼ばれる人々だった。300年間の貿易上の対抗関係は、お互いにが相手を滅ぼす戦争に備えるほど、徐々に耐えがたくなっていた。

 戦争の間接的な原因は、土地獲得の必要性ではなく、貿易や経済上の理由が挙げられた。アトランティス人とアテネ人がその戦争で得られるものは、太陽系を超えた天の川の惑星間での貿易を支配することだった。生まれ高まる憎悪感を抱えて、いくつかの小規模な地域紛争がすでに地上と外で行われていた。

 

アテネの王がアトランティスの主要都市への奇襲攻撃を命じたのは、およそ1万1500年前のことだった。それは、統制された地上戦として始まった。アテネ軍はアトランティスに上陸して、破壊的な光線兵器を用いて、アトランティス軍と目標に対して強い地歩を築いた。

 戦争が始まった21日目、アトランティス人はアテネ軍の防空網を破って、アテネ人の首都に原子爆弾を落として報復した。都市は完全に破壊されると、すぐにアテネ軍はアトランティスの首都に対して報復の原爆攻撃を命令した。この2国によって全面原爆戦が起こった。次の9日間、無制限の原爆戦がはびこった(聖書同様に、ギリシャスカンジナビア、インドの伝説はこの戦争のことをさまざまな物語として伝えている)。

 何百万人ものアトランティス人とアテネ人が大破壊(ホロコースト)で命を落とし、工業化・教化された彼らの偉大な世界は永遠に失われることになった。

 

<金星(ホスト星)からの非公式の大使エステス・プラトー氏>

<空洞地球でドイツ人が発展させた新たな主権国家/首相はヒトラー2世!>

ドイツ人のインナー・ワールドへの入植

・第2次世界大戦時に旅立ったドイツ人によってインナー・ワールドへの入植が進んだことにより、少なくとも通常よりも1世代早く初期の居留地建設が可能になった。それには一つの大きな理由があった。それは新しい円盤翼機のスピードと載荷能力に起因する。

 

地球内部のニューベルリン/新ドイツの人口は1800万人

・しかし、インナー・ワールドの新しいドイツ国家への移住リストに載っているかどうかにかかわらず、誰が地下で暮らすことが許されるのかという決定はもっぱらボッドランド人の手に委ねられていた。彼らは、ブラジルにあるトンネルの入口と、アルゼンチンのどこかにあるインナー・ワールドへの知られざる出発地点で、入ってくるドイツ人をふるいにかけたのである。30年以上にわたり、ナチス・ドイツ出身の数百万人ものドイツ人が、インナー・ワールドの新ドイツ国の市民にはふさわしくないとして、ボッドランド人によって拒絶された。入国を拒否された人々の大半は、ソビエト共産主義下の東ドイツには戻ることができなかったり、戦争犯罪の廉で西ドイツでの投獄を恐れたナチスであったが、彼らは戦時中にドイツの組織が邪魔されずに動き回ることができたブラジルに主に避難した。

 

アメリカに登録された宇宙人は5000人/5万人以上の宇宙人が地球で暮らしている>

・名前とポジションが機密扱いのアメリ国務省報道官は、昼間・銀河間を起源とした宇宙人5万人以上が地球で暮らしていると1980年に見積もっている。合衆国では、一般には気づかれていないが、登録外国人(宇宙人)が少なくとも5000人いる。

 

・このような宇宙人――主に金星、冥王星、火星からだが、我々の太陽系全体からやって来ている――による友好的な地球侵入にはある目的がある。彼らの目的は、地球の主流に入り込んで、自分たちの太陽系の大使に活動を報告することで、現在向かいつつある自滅コースから逃れられるよう地球を導くことにあると信じられている。さらに縁起の悪い理由があるとしても、当局の者は誰もそれを筆者らに明らかにすることはないだろう。

 

・この惑星上の宇宙人らの動向を調整・決定するのは、一人の宇宙人である。彼はこの太陽系管理組織の地球担当代表者である。すべての政府と絶えず連絡を取るのに加えて、彼の存在は国連にも知られている。地球規模の情報ネットワークの長として、彼は惑星間警察網と金星の太陽系評議会とは日々通信を行う。

 この心温かくフレンドリーな非人類の名前は、エステス・プラトー。彼は数世紀もの間、大統領、王、政治家らと腹心の友である。

 

・ワシントン界隈で「金星からの幽霊」と呼ばれている彼は、イギリスのマグナ・カルタが制定されたわずか数年後の1228年に生まれたと言う。彼はジョージ・ワシントンの時代からアメリカの運命を形作り始めて、1943年以来、恒久的にアメリカのキャピトルに配属されてきた。だが、おそらく休暇で、彼は自分の母星(ホーム・プラネット)に帰省すべく一度に数カ月間は姿を消す。

彼の身体が特定のオフィスにあるのを大統領にさえ見られているが、大抵の場合、それは自身の3次元投影である。

 

<世界各国に金星人や他星の調査官がいる/すべての情報はプラトー氏に集ってくる!>

 プラトー氏は地球にワン・ワールド・ガバメントの創設を求めていた

<ウィルソン大統領にプラトー氏が伝えた「次の戦争」のこと>

戦争自体が不法とされて、統合世界秩序が築かれる前に3度目の戦争が勃発しうる

・「次の戦争は善と悪、あるいは神(ゴッド)と反神(アンチ・ゴッド)の勢力間で行われるでしょう。善が勝利して永続的な平和がこの惑星にやってくるでしょう」

 

プラトー氏のアストラル次元による出現/ボッドランド王とも会っていた!

・アストラル・プロジェクションの際、プラトーは撮影不可能である。

 

プラトーがもたらす情報は、アメリカと世界にとって極めて貴重であるにもかかわらず、底知れぬUFO支配グループによって彼のアメリカでの行動が高度に監視されているため、総じて有効に活用されていない。

 

・その後、ハッカス王はプラトー氏によって実演されるエーテル次元へと入り込んで、訪問者を自分の肉体が留まる宇宙船へとエスコートして戻した。

 

<未知の惑星ナガースからの侵略者>

外来宇宙船と足指3本のイエティ

動物捕獲用ネットを利用して、北極圏部隊はイエティを20体生け捕りにした。それらはかつての流刑捕虜収容所へと連れて行かれ、それぞれ別個に人間用防御柵(営倉)に拘置された。イエティの一体は身長9フィート(約2.7メートル)を超えていた。だが、その夜、予期せぬ出来事が起こった。それまでは確実に檻の中に居た生物たちが、次の瞬間にはすべて姿を消していたことを警官たちは報告したのだ。残されたものは悪臭だった。

 

未知の宇宙船が地球に飛来する目的は、いまだに謎のまま!

<スペース・トラベラーたちの外見は、我々とかけ離れたものが多い…>

・800フィート長のくさび型、ボトル型、飛行チューブ、フットボールのグランドほど長いフットボール型、球形、そして円柱形。おそらく四角いものを除けば、報告されていない形状はほとんどない。だが、空軍が飛行都市として知る一群の形状には四角いものですら含まれていて、そのうち2つはアメリカ南部の砂漠地帯を含めた世界の辺境で垂直に飛び上がったのが目撃されていた。高さ数マイルで、高速で移動する大きな都市は、カナダ北方のデューラインのレーダーで追跡された。

 

シリウス星系を起源とするそのような宇宙船は、宇宙空間へと発進または反発させるために太陽を利用する。そして、我々の太陽系に向けた航路を半分過ぎた時、シリウスの宇宙船はこの太陽系に向けて宇宙船が引き寄せられるように太陽の磁力を利用する。

 

天王星海王星の反対の外宇宙から、招かれざる訪問者の波が押し寄せてきている!

・「諸君」と、1936年にルーズベルト大統領は険しい顔をして自分の閣僚らに言った。「我々はこの太陽系内の他の居住惑星からの存在に訪問されている。彼らは空と宇宙空間の支配において我々よりも1000年は進んでいる。追いつくのに1000年は待てない。我々が待てるのは、おそらく、1世代……あるいは2世代だけだ」

 40年前、大統領の発した言葉は、このように不気味だった。

 

<地球ベースの円盤翼機パイロットの養成>

・円盤翼機の新しい専属乗組員グループの一員になるのは簡単なことではなかった。教化はコロラド州アメリカ空軍士官訓練学校で始まる。その後、本校の最上位の卒業生の志願者がフロリダ州エグリン空軍基地の円盤翼機訓練学校に入学して、そこで円盤翼機の基本的な指導のすべてがまずダミー機で行われる。

 

<他惑星はすでにアメリカと大使を交換している/インナーアース代表団&アウタースぺース代表団>

・しかし、太陽系内の他惑星間で米公使館の交換はすでに起こっていて、太陽系惑星のいくつかがアメリカと慎重な外交的対話を続けている。

 

アメリカはすでに地球内部ニューベルリンに代表団を置いている!

・未知の宇宙人がアメリカ国立科学財団とNASAを絶えず訪問していたことは証明されており、アメリカ人科学者らはすでに金星で働いていて、さまざまな科学論文も多分に交換されている可能性が高い。

 

<すべては「54-12委員会」が統括する/ 円盤翼機、空洞地球、太陽系宇宙人、外宇宙からの脅威>

<宇宙時代の新しい秩序/高次元には我々のはかり知れない巨大権力が存在する!?>

・そして、地球の上空では、奇妙な物体が意のままに行き来する、未解決の外来宇宙船現象が今なお存在する。忘れてはならないのは、地球の軌道に接近する巨大惑星ナガースで、地球の2.5倍の大きさがあり、最終的に太陽と衝突する運命かもしれないことだ。

 

ハアムマーン教授に聞いたアトゥリアの首都シャンバラの経済活動

・ハアムマーン教授の出身地はアトゥリアの首都シャンバラで、人口数百万人を擁するアガルタ大陸に位置している。(国家同様に)都市は他の都市施設と航空輸送で便宜を与えられている(すなわち、彼らは自分たちの祖先が金星からやって来て以来、磁気力航空機を保有している)。

 

・一般的に言って、惑星内部での食べ物は地上と比較できる。彼らの暖かい気候における主食は米で、今日の中国人によって地上にももたらされた。主作物の小麦と大麦は北方地域で栽培される。他の野菜は、さや豆、大豆、オクラ、ナス、キャベツ、カブ、ニンジンなどである。アトゥラス人は、大概は菜食主義者ではあるが、チキン、ビーフ、ポークなど、さまざまな人工フレーバーを付けた魚を多く食べる。牛乳もまた彼らの主要な栄養飲料である。アトゥラスには七面鳥はいない一方で、彼らがダッククエールと呼ぶ大型在来鳥がいて、食用に適するために一部の人々に高く評価されている。

 

 

 

(2018/10/5)

 

 

シリウス・オリオン驚愕の100万年  地球史興亡』

プレアデス直系ハーモニー宇宙艦隊続報

100万年前地球はシリウス星人に支配されていた

プレアデス星人はアヌンナキが去った後地球にやって来た

ロズウェル事件の捕獲宇宙人「エアル」が告げた超真相

上部一馬/佐野千遥/池田整治   ヒカルランド 2018/3/31

 

 

 

ハーモニー宇宙艦隊の大攻勢が始まった

2017年7月28日、深夜11時、衝撃のドキュメントが始まった

岩手県二戸町、三沢市役所OBの上平剛史氏は16歳の時、UFOに搭乗、プレアデス星を訪問した。そして、銀河系を見聞し、その3日後、故郷の二戸町に戻った。このことは『ハーモニー宇宙艦隊』シリーズで述べてきた。

 上平少年が乗船したのはアダムスキー型の20、30メートルと小型のUFOだったが、地球を離れた大気圏で直径200~300メートル、全長5キロメートル前後の葉巻型UFOに乗り換えた。このタイプが一番多かったが、中には全長100キロメートル、200キロメートルというのもあった。地球と同等くらいの大きさのUFOもあるという。

 

・信じられないだろうが、今日、土星の輪に布陣している宇宙ステーションは、地球の3倍もあることがNASAの惑星探査機で撮影されている。これは科学者から公表されていることだ。

 このことだけでも、彼らのテクノロジーは地球よりもはるかに上回っていることが理解できる。プレアデス星までは約400光年なので、光のスピードで往復800年かかる。これだけの距離を「『宇宙ジャンプ』と呼ばれる、ワープ航法で移動し、プレアデスから時間単位で地球に戻れる」(上平氏)というのだから、途方もないテクノロジーを有していることがわかる。

 

・母船内では、司令官的な立場を担う宇宙太子と呼ばれる宇宙人が案内してくれたという。そしてそこにはプレアデスやオリオン、シリウスケンタウルスなどの星々の宇宙人が搭乗していた。機内にはヒューマノイド型宇宙人のほか、鳥型、昆虫型、爬虫類型など、実に多様な宇宙人が搭乗していたらしい。

 プレアデス星人は一様に神々しく見え、威厳に満ちた容貌だったという。プレアデス星の都市を案内してくれた美しい女性は20代のように見えたが、実際は300歳だった。

 

また、この上平少年と似たような経験を持つ人がいる。愛知県西条市に住む津島恒夫氏だ。自宅上空に出現したアダムスキー型UFOは、全長2キロメートルくらいあったという。津島氏は、このUFO内で30センチから3メートルほどの宇宙人を目撃した。円形の巨大テーブルを囲み、複数の姿形が違う宇宙人が会議しているシーンに立ち会ったことを明らかにしている。

 

もはや、「UFOは実在する、しない」とかのレベルではない。彼らは数万年前から数十年前に地球に訪れており、彼らのテクノロジーがすでに実用化されていることを知らねばならない。

 筆者がなぜ、UFOまたは宇宙人の実在を追跡しているかと言えば、地球人どうしが愚かな殺し合いをしている場合ではないことを日本または世界に知ってもらい、一刻も早く核を廃絶してほしいためだ。

 

金星人オムネク・オネクはアダムスキーから託された手紙を翻訳した

・『一念三千論で解く宇宙生命の秘密』(ヒカルランド)には、金星人オムネク・オネクという、幼児期、金星から地球にバイブレーションを落とし、地球での使命を終えるために移住したという女性の手記が紹介されている。

 これもまた、金星からUFOに乗って地球に移住したという、“トンデモ本”なのだが、読んでいてまったく違和感がない。これまで筆者が情報収集してきたUFO情報や人体の神秘などの情報とかなり一致することが多い。

 

・むろんのこと、彼らはフリーエネルギーを応用していることになる。

 オムネク自身、その著書に、「技術的に進化した惑星では、磁気や太陽光をエネルギー源とし、無尽蔵に供給でき、ほとんどコストがかかりません。磁気のパワーは私たちの円盤や、より大きな母船の動力として使われています」と述べている。

 

・驚くことにアダムスキーがオーソンから託された金星文字で書かれた手紙をオムネクが翻訳し、公開している。

 

オムネクは1952年、チベットの寺院に降り立った

・オムネクが地球に降り立ち、チベットの奥地の寺院で過ごしたというのが1952年、そしてアダムスキーが米国のパロマー山に移住したのが1954年頃だった。

 やがて、オムネクは成人し、地球人と結婚、子供を3人育て上げた。そして、今から20数年ほど前から国際UFO会議で「自分は金星人である」ことを公表、以来、世界中で講演活動を展開している。

 

・さらに驚くのは、オーソンもオディンもオムネクの血縁にあたり、オディンは直の叔父にあたる。金星ではオムネクの血縁者の名前は全員「O(オ)」から始まるという。

 オムネクは金星の“レッツ”と呼ばれる多次元都市で暮らしていたが、バイブレーションを落とし、物理的な肉体を伴ってUFOに搭乗し、オディンとともに地球に降り立った

 太陽系には、太古、他の銀河系から知的生命体が、金星をはじめ、水星、火星、木星土星に移住し、最後に地球に移り住んだ。そして、火星人が黄色人種、金星人が白色人種、木星人が黒色人種、土星人が赤色人種となった。

 また、何種類かの動物や植物も地球にもたらし、ヒマワリやトウモロコシ、アゲハチョウなどの蝶類も他の惑星から持ち込んだという。

 

・前出の三沢市役所OBの上平氏が、プレアデス星の地表で見た野菜や果物の栽培センターを見て、「地球と同じ野菜や果物が多くありますね」と宇宙太子に尋ねたことがあった。

剛史、それは逆だよ。ここで育った野菜や果物、そして種子を持たせ、移住者が食べるものに困らないようにしたのだよ

 宇宙太子の返答とオムネクが著した内容が一致するのだ。

 

銀河司令長官ヴァリアント・ソーと米国大統領の交流

・格の危険性を諭し、核廃絶を訴えた金星人ヴァリアント・ソーの名前もUFOファンの間では著名だ。彼は銀河系司令長官でもあった。地球滞在は3年間にも及び、核廃絶の代わりに宇宙エネルギーを提供することを提案した。

 こうしたヴァリアントの存在を調査し、その活動を追跡、彼らの実在を全米に知らしめたのは、国際福音伝道運動の会長および全米UFO調査委員会の会長でもあるフランク・E・ストレンジスだ。

 

・博士が著した『大統領に会った宇宙人』(たま出版)の概要は以下だ。

 それは1957年3月17日に遡る。ヴァージニア州に1機のUFOが着陸した。このUFOに乗った宇宙人こそ、金星人ヴァリアント・ソーである。ここで警官に銃を向けられたが、ソーはサイコキネシスで警官を誘導、そのまま時の大統領アイゼンハワーに面会、その後、副大統領リチャード・ニクソンとも面会した。

 ヴァリアントは銀河系司令長官でもあることから、地球に核廃絶と宇宙エネルギーの提供を申し出たのだ。アイゼンハワーはこれを断った。ヴァアントはペンタゴンに3年間、幽閉されたが、その間、内密に国連でも核廃絶を訴えていた。ヴァリアントはすでにテレポーテーションによって、自在にどこにでも移動できたようだ。

 

・また、ロバート・ケネディとも面会し、大統領に立候補してはならないことを提言した。

 しかし、弟ケネディはヴァリアントの忠告を無視したため、兄ジョン・F・ケネディと同様に暗殺されてしまった。ケネディは宇宙人の実在を公表、彼らと共存する時代であることを演説する予定だった。そのため、これを阻止したい闇の政府に女優マリリン・モンローともども消されたのが真相のようだ。この事実はまもなく公開されるとのことだが、たぶん、それはないだろう。

 

・ヴァリアントの要請に対して米政府のとった結論は、宇宙人の実在を隠蔽し、核利用による巨大利権を手にいれることだった。こうしてこのことを全米に知らしめている博士は、“黒い男たち”(MIB/メン・イン・ブラック)に命を狙われることとなった。

 

前出の金星人オムネク・オネクも「世界は一握りの権力者に支配され、腐敗と癒着、強奪が行われている」と指摘した。この世界を牛耳る闇の政府の使いがMIBということだ。

 これらのことをストレンジス博士は大学で講義しているのだが、これが妄想、謀略であるとするなら、博士はクリスチャンでありながら、稀代の詐欺師ということになる。

 

闇の政府「イルミナティ」は日本殲滅を狙っている!

・ヴァリアントの要請を受け入れてしまっては、偽ユダヤ秘密結社、または米国産軍複合体は、既存の石油と核エネルギーによる既得権益をすべて失うことになる。ちょうど広島と長崎への原爆投下に成功、核開発に余念がない頃だった。ビキニ環礁で核実験を行ったのもこの頃だ。

 米国政府は世界をこれで支配できると思いあがっていた。したがって、宇宙人の実在を隠蔽、フリーエネルギーを封印する必要に迫られていたわけだ。

 今日においても、日本および世界を操る“闇の政府”にとっては、宇宙人の実在を公表し、フリーエネルギー時代に転換することは、石油および原子力利権を手放すことになる。何も知らせず、このまま搾取と洗脳を続けるほうが巨大な富を入手できるわけだ。

 

闇の政府は、すでに大マスコミ、教育シンクタンク、米国防省、銀行、裁判所までその傘下に収め、世界を操っている

・日本に対しては、中丸薫イルミナティP2という上層部のレオ・ザガミに「あなたがたイルミナティ闇の権力は、3・11の大津波、大震災のような人工兵器という無差別な方法で何ゆえ、攻撃するのか」と糺したことがあった。

我々上層部は、日本は『神の国』と認識している。我々の目的完全遂行のために、『日本の国』を消滅しなければならない。日本はこの150年間で我々の新世界統一秩序(NWO)の遂行をくじいてきた稀有の国だから」と答えたことがあった。

 したがって、“日本人には何も教えず、洗脳し、金だけ強請り採れ!”との指令が出ていることを知らねばならない。

 

世界的理論物理学者ミチオ・カク氏が、CIAがベトナム戦争で気象兵器を使ったと証言

・これが、大国が保有する気象兵器「HAARP」(高周波オーロラ観測調査プログラム)の正体だ。アラスカ州ガコナの広大な平野に巨大アンテナが林立している。ここから電子レンジが発するマイクロ波のようなお化け電磁波で地面、または海表面を熱し、気象変動や地震、火山噴火まで引き起こすことができるのだ。

 近年では、HAARPだけでなく、「Xバンドレーダー」という球形の電磁波発信装置が使われるようになった。

 

この夏、北朝鮮の核爆発危機にハーモニー艦隊が出動した!

・2017年7月28日、ハーモニー宇宙艦隊の大デモンストレーションが行われたことは前述した。もしかすると、前出の太陽フレアの大爆発に合わせ、闇の政府および米軍産複合体の謀略に対して、ハーモニー宇宙艦隊および銀河連盟が攻勢をかける宣言だった可能性もある。

 

・3・11東日本大震災以降、ハーモニー宇宙艦隊の大量出現が相次いだ。また、ヴァリアント・ソー率いる銀河連盟では、広島と長崎に原爆が投下された際、地球上空を300機のUFOで取り囲み、破滅寸前の地球を防御してくれたことがあった。

 

金星人は地球の核廃絶を訴えていた

金星人オムネク、ヴァリアント・ソー、木村秋則/情報の重複の意味するもの………

・前章では、地球に関与している地球外知的生命体は、プレアデス、シリウス、オリオン、ケンタウルス星などのほか、金星および水星、火星、木星土星などから地球に訪問していることを明らかにした。

 金星人オムネク・オネク、銀河系指令長官ヴァリアント・ソーらの証言は、それらを裏づけていると言っていい。

 ヴァリアントが金星からやってきたことを調査し、数年間、ペンタゴンなどで活動し、車や自宅などにテレポーテーションで突然出現する様を何度も目撃したフランク・ストレンジス博士はこのことを世の中に公表した。

 

古代、太陽系内で宇宙戦争が起きていた

・エアルは、自分たちを「ドメイン軍」と呼び、銀河系を数百万年以上前から侵略していた宇宙人を「旧帝国軍(オールドエンパイア)」と呼んだ。

 

過去、エアルの「ドメイン軍」と「旧帝国軍」が戦闘を続けていた

・UFOファンの間では、アーモンド型の目をした小柄な宇宙人はグレイと呼ばれ、ロボット、またはアンドロイドとの認識が主流だが、エアルはまさにアンドロイドのようだ。

 

エアルのドメイン軍は、8500年ほど前、ヒマラヤ山中に基地を設けた

エアルは自分の母星をドメインと呼んだ。このドメイン軍の母星は、地球の星座地図には載っていない遠方だったが、分および時間単位で地球に来訪できることがわかった。

エジプト文明の神々と共存、宇宙を自由に往来したスペース・オペラ時代だった

ドメイン軍を破った旧帝国軍は、「神々」として古代人の上に君臨、メソポタミア地域からバビロニア、エジプト、中国、メソアメリカに次々とピラミッド文明を築かせ、通信機、宇宙港などを建設していったという。

 

アヌンナキが自分たちと霊長類のDNAを操作し、遺伝子工学的に人類を創った

エンキと弟エンリルは地球支配を巡って権力闘争を始めた

・人間は宇宙人と霊長類のDNAによって創られた。

 

火星のシドニア地区は、太古、アヌンナキらの古代都市だった⁉

・さらに驚くべきことにエアルのドメイン軍は、「火星の赤道から数百マイル北のシドニア地区に宇宙巡洋艦を派遣し、完全に破壊した」ことを告げた。

 

火星だけでなく、水星、金星、衛星エウロパにまで建造物が発見された!

「火星は宇宙人の核攻撃で滅んだ」とプラズマ理論物理学者が立証した

火星では現在も悪しき宇宙人との核戦争が行われている⁉

・かつての古代アヌンナキの軍事施設であり、彼らの当時の軍事基地は、ほこりに覆われた月面の遺跡に残されている。

 

南極ピラミッドを建造したのは誰か?

ギザのピラミッドと同じ配列で見つかった!

・もしかすると、これを建造したのも火星とエジプトにピラミッドを建造したアヌンナキ、つまりエンキやエンリルら、またはその末裔たちの可能性がある。それとも別の星からやってきた宇宙人なのであろうか。

 

1万2000年前、ポールシフトが起きた?

・紀元前1万1600年に地球の極軸が海域に移り、氷冠が溶け、海面が上昇。最後まで残っていたアトランティスとレムリアの名残りも氷に覆われた。

 

1万2000年前はムー大陸から日本列島まで陸続きだった

小笠原海溝付近の海底で巨大な前方後円墳を発見した!

イエス・キリストは青森の旧戸来村で103歳で亡くなった ⁉

・ミシェル・デマルケ氏によれば、ティアウーバ星は宇宙で最高に進化しており、出会った宇宙人は皆、身長は3メートルあり、すごい美人だったが、両性具有であるという。

 イエス・キリストの誕生から生涯のことも記されており、イエスは晩年、青森の旧戸来村で亡くなって埋葬されたとする竹内文書の記載と一致する。

 また、マリアは処女懐胎したというのが定説だが、ティアウーバ星人がインプラント(移植)により受胎させたのが真相だという。そして、イエス誕生の馬小屋に、人々を案内したというベツレヘムの星は、実際は発光させた宇宙船であったというのだ。

 

縄文人とムー人が混血、そしてユダヤ人が混じった

ユダヤ人は別名ヘブライ人といい、これは「ヘブラ星から来た人」という意味になる。ヘブラ星は高度に進化を遂げた優良星で、地球は同族結婚により増えてきたので、ユダヤ人は今でも、優秀な民族であるという。

「今日、日本がこのように発展した理由の一つは、日本民族は古くはムー大陸の神官一族と、天孫降臨族(金星人、火星人)と、ユダヤ人が数多くいるからでありましょう」。

 

南アのクラーラーはメトン星の科学者エイコンの子供を産んだ

・前述したケンタウルス星とは、正確にはプロキシマ・ケンタウリという名称だ。

 

・さらに驚くことに、この惑星は別名メトン星と呼ばれている可能性が高い。というのは、ここを故郷とするエイコンという科学者が、地球を60、70年ほど前に訪れ、南アフリカ共和国出身のエリザベス・クラーラーとコンタクトする事件が発生した。

 

・メトン星は三重星であり、そこにみな移住、火星と南極に基地を造ったのは、自分たちの先祖であり、最近まで南極に居住していたという。

  

広大なムー大陸にアレモX3星人700万人が降り立ち、高度文明を築いた

・次に宇宙情報によれば、広大なムー大陸に降り立ったのは、アレモX3星の宇宙人だった。彼らは20万年前、惑星が人口過密となったことから700万人が移住したという。ハーモニー宇宙艦隊が地球に最大出現したのは、葉巻型UFO数千機、搭乗員は1000万人前後だったので、こうした規模で降り立ったと思われる。

 

1万4500年前、核爆発によるプレートの大変動でムー大陸は沈んだ

・このとき、沈没を予知していた精神性の高い神官などの人々が日本の各地に渡ってきた。そして日本各地に村落を作った。

 巷間、言われるのは当初、岐阜の飛騨高山に逃れ、その後、奈良の大和に移住したという説だ。飛騨の位山は、ピラミッドとも言われる。

 

・エアルの証言を基に考えれば、ムー政府が敢行した核爆発や地雷兵器で地磁気のバランスが崩れ、ポールシフトが起こった。そして、大地が割れ、大洪水となってムー大陸アトランティスも滅亡したということだろうか。

 

近隣の惑星の長老たちは、地球救済のため、偉人、賢人を転生させた

地球が太陽系および銀河系宇宙の島流しの場所であった

・どうも地球は、地軸の変動、ポールシフトによって起こる地殻変動により、何度も大洪水があったらしい。

 

・地球は、近隣の宇宙間で罪を犯した不良な人だけを島流しにした刑務所であった。

 

・「地球の低い波動に耐えうる強靭な優良星人約500名を募り、宇宙船で葦原の国(現在の日本)の各地に派遣しました。日本から徐々に世界を平和統一していこうという考えでありました。

 しかし、すでに日本中邪悪な者がのさばり、なかなか思うようにいきませんでした。

記紀神話などでも、この金星・火星からの平和統治部隊を【天孫降臨】と言っております。この部隊の隊長の名はニニギノミコト(金星人)でありましたが、この方が天皇の始祖であると私は推察しております

 

イエス・キリストは救世主として金星から転生した ⁉

・ミシェル・デマルケ氏によれば、ナザレのイエスは14歳のとき、カテゴリー9レベルのティアウーバ星から送られたアーリフォックと入れ替わった。やがて、ゴルゴダの丘で磔となったが、死後、宇宙船に運ばれ、すぐに生き返った。そして人々の前に姿を現わしたという。

 

銀河系総司令官サナート・クマラが人間を創ったのはアヌンナキであると証言!

ここまでくるまでに異種交配と同種系交配を経て来ている

・サナート・クマラによれば、「我々は太陽系を巡回しており、別の銀河からやってきて5次元世界に隠れる無法者から地球を守るのが任務です。この無法者は人間の否定的な感情を食い物にし、ただでさえ外の銀河からの干渉によって、これだけ争いが蔓延している地球で、卑劣にもさらに事態を悪化させようとしているのです」というのだ。

 

アヌンナキが去った後、23から24種の超銀河文明が関与した

・このこともエアルが、「IS-BEへの旧帝国軍による洗脳オペレーションの結果、催眠術をかけられた状態」と告げたことと一致する。さらには、「IS-BEたちの住民の隊の種族、文化、道徳律、宗教的、政治的な影響力のとても異常なごちゃ混ぜ、地球にある異種の文化の数と種類は、普通の惑星では極めて異常である」と述べたこととも一致する。

 

・宇宙人エアルも同様に、「IS-BE」という、永遠不滅の魂とも呼べる概念があることを告げていた。

 

地球には銀河系内外、太陽系から複数の宇宙人が降臨した

・それらの情報によれば、最初に地球に降り立ったのは、こと座のリラ星人だったらしい。次にプレアデス星の力を借り、人類創造に関与したというのだ。

 新興宗教の巨人とされ、自分が亡くなる日を予言、その日に亡くなった高橋信次は、地球に降り立ったのは3億数千年前、こと座のヴェーダ(リラ)星人が最初だったと伝えた。

 リサ・ロイヤルによれば、プレアデス星人は人類誕生の実験を行った場所が、広島の宮島、宮城県の松島、青森の迷ヶ平あたりだったという。迷ヶ平は、キリストの墓がある旧戸来村とも近い。この地周辺には、太陽を信仰したピラミッドの遺跡が散在する。

 

サアラの見解では、アヌンナキが去り、次に地球を支配したのがオリオン星人だったという。オリオン星人は多少、打算的で計算高い側面を持っているらしい。

 

・地球には、このシリウス星人と対立するドメイン軍、そして金星人らが降り立ち、ケンタウルス座α星圏内のエイコンらも火星、南極に移住していた。

 

遺伝子に地球外知的生命体の記号コードが刻まれていた

DNAの非コード配列の97%からエイリアンの遺伝子コードが解析された!

他の宇宙の存在が地球に生命体を創造した

・アヌンナキによる太古宇宙人飛行士説、サナート・クマラが告げた23から24種の超銀河文明の人類創造関与説が証明されたようなものではないか。

 

2億5000年前、火星に居住していたのは、シリウス星人らではないか

・実は、超古代使われていたという、アヒルクサ文字が金星人オーソンから授かった手紙の文字に酷似するという説もある。

 

つまり、旧帝国軍とは、アヌンナキではなく、それ以前にやってきたシリウス人だったという可能性が高いことになる。

 

ドイツ・ナチスが南極地下に基地を持っており、UFOを建造していたという噂はかなり広がっている。

 また、筆者の探求とシンクロする「アルシオン・プレアデス」も、南極の地下に地球外知的生命体の地下基地とナチスの地下基地があることを断定、「尾がある宇宙人の遺体も見つかっている」ということを最新ニュースで報じた。

 

人類は原子力、核エネルギーが不要なことを知らねばならない

・プレアデス星を3日間旅してきた前出の上平少年が教示されたことは、「彼らの社会は基本的に物資が足りていない人に補う、困っている人を助ける奉仕の社会が構築されている」ことだ。必要なものは必要なときに必要な分を供給する。どうやら、プレアデス星は貨幣経済を脱出し、万人平等な社会を形成しているようだ。

 

世界的に有名なチャールズ・リンドバーグ、ドゥーリットル将軍も立ち会っていた

・エアルは去った。100万年以上前から1万年まで地球を支配し、人類の魂を洗脳した旧帝国軍の最後の宇宙艦隊をエアルのドメイン軍が破壊した。

 

我々は一刻も早く、日本、または地球全体を護ってくれているハーモニー宇宙艦隊および銀河連盟の無償の愛に気づかねばならない。

 

・いつまでも“闇の政府”フリーメーソンイルミナティに世界が操られていいわけがない。

 

 

 

『大統領に会った宇宙人』

ペンタゴンの宇宙人極秘報告)

(フランク・E・ストレンジズ)(たま出版)1996/12/1

 

 

 

『フォース・フィールド』

ネバダヘンダーソンで、まもなく車は宇宙船の入り口に近づいた。直径90メートル、高さは3階建てのビルほどもある金星から来たという宇宙船の存在を示す目に見える唯一の証拠だった。フォース・フィールドが船体を見えなくしていたのだ。

 

<『地球上の宇宙船』>

ネバダ州ラスベガスの東にあるミード湖の最西部の岸付近に、地球外文明の宇宙船で、バリアントソー司令官の名声を高めている<ビクター・ワン>が停泊している。これこそ、バルが指揮し、地球上での“我が家”にしている宇宙船なのだ。

 <ビクター・ワン>の位置は、フーバーダムの北西、ネリス空軍基地の南東、ネバダヘンダーソンの北東、ジプサン・プラントの南に当たる。1988年12月はじめの時点では、ラスベガス・ウォッシュの南、ハイウェイ147号線と166号線の合流点の北東およそ1.5キロだった。位置は変わるが<ビクター・ワン>は、11年間この地球に留まっている。<ビクター・ワン>の存在を知っている地球人は数千人・・・現役のアメリカ政府職員はそのうち2千人を占めている。<ビクター・ワン>を訪れた地球人は数人の科学者を含めてごく少数に限られている。政府職員が<ビクター・ワン>を訪れたことはない。

 

地球を観察するビクター・シリーズの宇宙船287機

・地球を観察するビクター・シリーズの宇宙船287機。日本を監視する29機が配置されているという。

 

 

 

『宇宙人と地球人の超真相』

(深野一幸)(徳間書店)1997/10

 大統領に会った金星人(ヴァリアント・ソー)

 

 

 

ヴァルのほかに、ドン、ジル、タニアの3人の仲間の乗組員がいた

・ヴァルは、3年間ペンタゴン国防総省)に個室を与えられ住むことになった。ヴァルは、護衛には彼の幻影を見せておいて、ペンタゴンの外に自由に出入りできたし、さらに、近くに待機している宇宙船(UFO)の乗組員とは、テレパシーで絶えず連絡していたという。

ヴァルのほかに、ドン、ジル、タニアの3人の仲間の乗組員がいた。

 

・ヴァルは、1960年3月19日、テレポートしてアレキサンドリアに待機していた宇宙船(UFO)に戻り飛び立った。そして、「ビクター・ワン」という母船に乗り移って、金星に帰った。

 (ヴァルのプロフィル)身長は180センチ以上。体重は約85キロ、茶色の巻き毛で茶色の瞳、肌は白いが若干日焼けしている。指紋がない。

 

 <(ヴァルの超能力)>

・ 「テレポーテーション」ー自分自身を任意の場所から任意の場所へ自由に瞬間移動できる。

 「テレパシー」ー何十キロも離れたところにいるUFO内の仲間の金星人とテレパシーで交信できる。

 「マインドコントロール」ー地球人の心を自由に繰ることができる。

 「未来予知」―ロバート・ケネディの暗殺を予知して、ロバート・ケネディに大統領選にでないように警告していた。

ヴァルは、我々と同じ人間であるが、ものすごい超能力者であることが分かる。

 

 

 

『来るべき世界』

(ルース・モントゴメリー)(ナチュラルスピリット)2003/7

 

 

 

ルース・モントゴメリー

・ガイドからの霊界通信は、自動書記により書かれた。ルース・モントゴメリーの主な書籍は、「真実の探求」、「向こう側の世界」「以前の世界」「旅の仲間」「我々の中のエイリアン」「我々の中にいる見知らぬ人」「明日への入口」「新しい時代の先触れ」「この世とあの世」「来るべき世界」などがある。

 

・「ウォーク・インとは、霊界からきた高次の知性を持った存在で、状況によって不要になった人間の肉体内に宿ることが許されています。自分の肉体をウォーク・インに明け渡したものは他界し、霊になります。幼年期と小児期をスキップすることにより、ウォーク・インは、肉体に宿ってすぐに、自分の新たな任務にとりかかることができます」。

 

・「天使は人間の姿ではなく、燦然と輝く存在で、慈悲や愛のこもった手助けに忙しい。天使は人間の姿になることもできる。それは、警告や行動で助けるに値する人間が突如生命の危機に襲われた場合などだ。しかし、天使はふつう、目に見える姿ではいない。天使は、地球人の肉体内に宿って生まれるよりも霊的領域に留まることを選び、それによって、肉体を持つ人間が犯す過ちを避けようとする。いや、天使は、翼もハープも持っていない。天使は思考するだけで移動できる」。

 

 死後のトンネルと暗いトンネルを過ぎて桃源郷異世界に出た

 「死んだ彼はこう書きました。『やあハニー。そうだな、死ぬ前の数分間は気持ちのよいものではなかったよ。僕は窒息しそうになってゼイゼイいいながら看護師を呼んだ。でも看護師は来なかった。次の瞬間、一時的に意識を失ったんだ。それから前方に光が見えて、てっきり僕は、自分が運ばれて救急室に向かう廊下にいると思ったんだ。でもそうじゃなくて、それは生前に耳にした<トンネル>だった。光がさらに明るくなって、キラキラした色が見え、音楽が聞こえてきた。ええっと、まずバークとローダに会った。次には家族や親類の全員に会った。モントゴメリーおばあちゃん(ボブの少年時代に他界した)もいたな。その時だよ、自分が肉体から離れて、君の言葉で言う<新しい冒険>が始まったんだと悟ったのは。最初はわくわくしたよ』。

 

・『それから僕たちは、君の言葉で言う<トレーニング・プログラム>に加わったけど、家族の何人かとは定期的に会っているよ。トレーニング・プログラムでは自分自身を評価して、自分たちの進化の中で何を達成したいかを決めるんだ。ここは美しいところだ。それに望むものはすべて、愛と思いやりで満たされる』。 

   

・父はこう書きました。『やあ。母さんの言うとおりだよ。わしらはうまくやっている。こっちでわしらが行なっていることは、そっちの世界で皆がやろうとしたことの続きだ。つまり、善良で親切、そして人の助けになることだ。というのも、わしらはみな、霊的進歩のために努力しているからだ。こっちにはそっちの世界にあるような誘惑(金をもっと稼ぎたいとか同僚よりも先に出世したいとか)は存在しない。この言葉を書き記して善良でいるように努めなさい。たくさんの愛をこめて、パパより』。

 

・『こっちの世界で僕たちに肉体がないというのは事実じゃない。そっちのものと同じく霊的身体も僕たちにはリアルなんだ

 

・『こちらの世界にきた者たちは、その到着を待っている両親、祖父母などの大勢に歓迎されるだろう。また彼らは同時に、まだ肉体を持っている者たちと本当に別れたわけではない。そちらの世界の者たちは目ざめを経験し、まもなくこちらの世界の者たちと直接コミュニケーションをとることが可能になる。<永遠の命>が存在するさまざまな世界と交信する新しい方法を学ぶからだ』

 

 

 

『世界不思議大全』

(学研)2012/8

ローゼンクロイツ(薔薇十字団の創設者)

 

 

 

 ローゼンクロイツは人間の姿をとって物質界に現れた高次の霊的存在」(人智学の創始者ルドルフ・シュタイナー

・アラビアに地図にも載っていないダムカルという謎の都市があり、そこではカバラやヘルメス主義、錬金術スーフィズムなどに通じた神秘主義者たちが集い、日夜修練に明け暮れているというのだ。ローゼンクロイツの心は騒いだ。神秘主義者や東方の賢者と交歓を重ねるうちにエルサレム訪問の興味は急速に失われていた。迷うことなくダムカル行きを決断した。

 

ダムカルの所在地は現在も未判明だが、彼はダムカル入りに成功。オリエントの秘教的知識、医学、数学、物理学などを学び、短期間のうちにそれらの奥義をマスターした。世界に偏満する真理を解き明かした奥義書とされ、後に薔薇十字段の中核的聖典となる『Mの書』を賢者から授けられたのも、ダムカル滞在中のことである」。

 ロッコのフェスに赴き、ここで神秘学の真髄とも言うべき魔術を学んだ。そのひとつが自然界の精霊との交信法で土や火や水の精霊たちとふれあい、自然界のおおいなる秘密を我が物にしたという」

 

 

 

水木しげる』  妖怪・戦争・そして、人間

河出書房新社  2016/5/26

 

 

  

妖怪談義――あるいは他界への眼差し(水木しげる 小松和彦

妖怪と生活空間

・(小松)それらはみな、各々の村々で作られてきた妖怪なわけですからね。全国どこでも通用する妖怪というのは、なかなかないわけですよ。河童の場合は、民俗学者がその名前をよく使ったし、江戸時代の知識人などもずいぶん使ったおかげで、地方的な固有の名前のほうは次第に人々に忘れられ、河童という名前のほうが、残ったということでしょうね。

(水木)それと、日本人は河童好きだったと思いますね。それほど河童の話というのは、上手に作られています。中国などでは、そんなに河童は発達していないんですけど。

(小松)なぜ、日本人は河童が好きなんでしょうかね。

(水木)大変ユーモラスなものに仕立てられていますよね。きゅうりが好きだとか茄子が好きだとか、相撲が好きだとかね。

(小松)それに、河童の各々の属性の中に、日本人が日常生活の中で考えている事柄が、非常にたくさん盛り込まれていると思うんですよ。それがやはり人々を魅きつけたんじゃないでしょうかね。河童は近世になって作られた妖怪なわけですけど…………。

 

神々と妖怪

(小松)ところで、日本の民俗社会、歴史社会においては、妖怪の世界と神々の世界とが、対比的に扱われていますね。水木さんが、神ではなく妖怪の世界のほうに魅かれていったのは、どういうことからなんですか。

(水木)私は、神と違って、妖怪の方は自分で感じることができたわけですよ。「真を求め、そのために詩を失う」という言葉がありますが、私はどちらかというと真よりも詩を好むのです。そして20歳ぐらいの時に、柳田國男の『妖怪談義』を読んで、「妖怪名彙」の所に出てくるいろいろな妖怪の名前を見て、アッと思ったんですね。もう非常によく分かったんです。それから鳥山石燕ですね。この二つで非常に自信を得たわけです。

 

・私の場合、仕事でも何でも、妖怪となると元気が出てきて、もう一生懸命になってしまうんです。従って、資料のほうも妖怪ばかりがやけに増えちゃうわけです。

 

<あの世>の世界

(水木)昔は、お寺なんかに行くと、よく地獄・極楽の絵がありましたね。そのせいか、鬼がいるという印象が強いんです。それと、日本では、お盆の行事などに、やはり“あの世”との関連を感じますね。いろいろなものを船に積んで流すわけですけど、それがどこに行くかというと、十万億土とかいわれるわけでしょう。子供心によく分からないながらも、あの海の先にもう一つの世界があるんだな、と思ったわけです。それからまた、祖先の霊がくるというんで、迎え火とか送り火とかをやりますね。そうすると、我々の目にはみえないけれど、ちゃんときているんだなと思うわけですよ。僕自身は、“あの世”と妖怪との直接の関わりというものを、あまり感じたことはないですけど、日本以外では、あの世から飛来してきた妖怪というのは、結構いるようです。そういう意味では“あの世”に対しては、非常に興味はもっています。

 

美とグロテスク

(小松)昔の人たちは、自然の中に神を見、その自然の一部として人間を見ていたわけですから、人間だって同じような霊をもっていると考えていた。自然も人間も神も、いわば同じ一つの土台の上に乗っていたのですが、それが近代になると、人間だけがその土台から降りてしまったわけです。そして、人間は特別な生き物であるという特権を与えられてしまったわけです。

 

<「妖怪の棲めない国はダメになる水木しげる ロング・インタヴュー>

人間が妖怪をいじめている

・日本で妖怪が減ったのは、電気のせいです。電気で世の中が明るくなってしまった。妖怪というのは、やっぱり闇夜が必要なんです。

 

闇夜が育む妖怪たち

・水木を運んだのは、日本海海戦でロシアのバルチック艦隊を打ち破った老船「信濃丸」で、彼ら以降、ラバウルに着いた船は一隻もない。すべて撃沈されたため、水木らは永遠に新兵扱いのまま、攻撃の最前線へと送られた。まさに、「死」が必然であった。

 

・水木サンは生まれた時から、妖怪が好きだった。だから、戦争でニューギニアのほうへ行っても、現地の人たちと妖怪の話を自然にすることができた。

 

約3分の2が敵の領土というニューブリテン島で、水木は最も敵に近いココボの陸軍基地に送られた。水木はここでもマイペースを貫いたため、“ビンタの王様”のあだ名がつくほど上官から殴られた。そして、さらに危険な最前線基地トーマからズンゲン、バイエンへと派遣され、バイエンでは到着早々海岸の警備を命じられた。不審番もいつもは上等兵が一番楽な早朝の監視をやり、水木たちは夜中に番をさせられる。ところがその日に限って、上等兵が交代してくれというので、早朝の番に変わった。それが運命の分かれ道だった。

 

・左腕を負傷し、生命が危ないからと二の腕から麻酔なしで切り取られたのです。でも、そのおかげで傷病兵を集めるナマレという後方の野戦病院に移送されることになりました。

 その時感じたのは、人間が持つ「運命」です。

 

・トライ族の住民が用いる貨幣は、カナカマネーと呼ばれる貝殻でした。これを丸い大きな輪にし、二つか三つ持てばお金持ち。その貝殻でタバコの葉やパパイヤと交換するんです。

 

・彼らはあまり働きません。皆、慢性のマラリアにかかっているので、疲れないようにしなければいけない。働き者だとすぐ死んでしまいます。怠け者でないと、生きていけないのです。

 私も慢性のマラリアということで、しょっちゅう身体がだるいとか何とか屁理屈を言って、半年か1年しか軍隊で仕事をしませんでした(笑)。その間、彼らの集落に入り浸っているわけです。そうやって現地の人たちと交流して、バナナなどをたくさん食べていましたから、栄養がついて元気だった。逆に軍隊で真面目に働いていた兵隊は、終戦になってから帰国するまでにバタバタ死にました。水木サンは日本に帰るという時に、向こうの生活が合っているから、そのまま現地除隊させてくれと言った。でも、「日本に帰ってお父さんとお母さんに顔を見せてからにしたらどうだ」と上官に言われ、それもそうだと思って帰国しました。

 

 

 

水木しげるの妖怪談義』

水木しげる   ソフトガレージ  2000/7/15

 

 

 

荒俣宏  世界のミステリー遺跡に残る妖怪の痕跡

妖怪とは何かっていうと、自分とは何かっていこうことにもなってくるじゃないですか

(荒俣)でも、妖怪の音はものすごく重要なテーマですからね。柳田國男にしても、妖怪研究というのは音の研究ですから、逆に妖怪の姿の話っていうのは、彼もほとんどやっていませんし。

 

(荒俣)水木先生は妖怪研究のためにあちこち旅行してらっしゃいますけど、どこへ行ってもお土産は……たまには仮面もあるけれど………CDが多いですものね(笑)。これは、妖怪のイメージである音をいかに身近に考えるかっていう、新しい水木流のスタイルじゃないかと思うんですけど。

 

・(水木)今までは平田篤胤の説いた死後の世界のような、背後霊だの守護霊だのを落ち着いて考えて、死後も転生して生まれ変わるというから、自分もやがては生まれ変わってなんて、楽しく考えていたんです。けれど、自分とは何かを観察してみると、どうもそういうなまやさしいものじゃないような感じが最近はしてきてね。

 

「妖怪変換」みたいな機能が頭のなかにあって、妖怪の音や名前がそのまま絵に変換されちゃう………

・(水木)というのはね、「私はなぜ妖怪を描くのか」っていうことを考えていたわけですよ。妖怪とは何か、なぜ描くのか、いろいろ前から気づいてはいたんだけど、結局は彼らにこき使われてるというか、もちろん好きでやってるんだけれども、同時に使われてるんです。(笑)そのために私は、土日も休みなしです。

 

・(水木)そう、死。だから、死をむしろ待ち望んでるような感じがね、ちょっとします。ただ問題は、それほどまでにしてなぜ妖怪に使われなくちゃならなかったのかという思いが私のなかにあったわけです。そこから出発して、自分とは何か、という疑問のほうへ入っていく。

 

<人間は、人間が思うよりもすごく不思議な存在なんですから>

・(水木)それでね、どうして妖怪を……もうとっくに卒業してもいいはずなのにね……まるで鞭を当てられるようにやってこなければならなかったのか、となる。そうすると、自分は何かという問題が起こってくるんです。

 

(荒俣)これは恐ろしいことですよ、本当に。そういえばね、僕もずいぶん古い漫画本のコレクターで、昔の本を集めているんですけど、水木さんの本は昔の貸本時代の漫画を、今、お描きになってるものとつなぎ合わせても、そこに流れる迫力とか、あるいは妖怪に対するアプローチの仕方って、まったく変わらないんですよね。

 

(水木)そうなるとある意味で、そういう宇宙人みたいなやつがいて、私を操っているのかなあ、なんて思ったりもするんです。(笑)

 というのは、やっぱり自分の心のなかにも、こんな苦しいことはやめて、もっと開放された生活をしたらどうかっていうのがいますから。でも、実際はそんな生活にはぜんぜんならないわけです。土曜だろうと日曜だろうと、仕事をする。自分自身で抜けられないから、変だ、変だ、と。だから、妖精とは何かっていうよりも、突き詰めれば自分自身の問題になってしまう。

 

神の源っていうのは、やっぱり妖怪だったんじゃないかという感じがするね

(荒俣)つまり、妖怪になっちゃうんですよ。だからおもしろいなあ、と。最初は神を作るつもりだったのが、やればやるほどね。なんていうのかなあ、神の源っていうのは、やっぱり妖怪だったんじゃないかという感じがするんですね。ふつうの感覚ですと、まあ、柳田國男なんかがいっているし、ヨーロッパでも妖怪研究者はだいたい同じようなことをいっていて、「神が零落したのが妖怪だ。だから妖怪ももともとは神で、妖怪を研究すると神になる。神のほうに近づいてくる」っていうんですよね。でも、どうもそうじゃなくて、妖怪は最初から妖怪で、むしろ逆に、人間が神のルーツを探り出していくと妖怪にぶつかるっていうか、妖怪のほうが先にあったんじゃないか、っていう感じですね、シュヴァルの城を見ていてもわかりますし………それをいったのは、結局、平田篤胤ですよね、日本でいえば。平田篤胤が画期的な妖怪学を作ったのは、「すべてのものは最初は神だった」っていう概念よりもむしろ、「すべてのものは最初から妖怪だった」という、この発想法に近いんじゃないかっていう感じがとてもしました。で、水木さんの場合はどうですか?神と妖怪の関係っていうのを、最初はどういうふうに考えてらっしゃいました?

(水木)私もね、「妖怪とは何か?」っていうようなことから連想していくと、どうしても精霊ということを考えざるをえないようです。

 

・(水木)それで、「癒し」をしたり、病気を治したりするわけだけど、私はセノイ族のところで病気を治す精霊を呼ぶための音楽というのを聞いてね、「録音しちゃいかん」っていうのを無理に録ってきて、それでいろいろなことがわかったんです。それが実にいい気持ちのする音なんです。木と竹の楽器だけで2時間くらい聞いていると、おかしな気持ちになるわけです。というのは、私自身が木になったり、石になったりすることができる。で、それと同じことがニューギニアに行ったときにもあったんです。

 

(水木)ええ、精霊っていうのは、ものすごく強大ですね。あの、いろんなことをするっていう意味じゃないですよ。それが、東南アジアにでもどこにでもいてくれるから、人も心地いいんです。それがどうも、実在する神々なんじゃないか、ちゅうことなんです。

 

(水木)それで私もですねえ(笑)、「鬼叫山の拝殿」(広島県)、あそこへ行ってから、よく縄文人の出る夢を見るんですけど、縄文人たちは非常に不満なんです。彼らは今の神の扱い方に非常に不満を持っているようなんです。1万年か2万年前の、本当の神は失われているわけですよ。どうもその、素朴な音でやってくる精霊、それが神だってことをいいたいらしくてね(笑)。

 

「縄文の神を復活させるように」っていう指示がくるんです

(水木)縄文人は、夢とかなんかで私にしょっちゅう通信をしてくるんです。その、どうも今、日本でいわれているようなものとは、神の本来の姿は違っているような気配なんです。どちらかというと、私が見たような、東南アジアとかニューギニアとかにいた精霊たちが本来の神に近いものらしいんです。それで彼らは、現代のように強大になった神々っていうのを極端に嫌うんです。

 

妖怪は、おだやかな精霊信仰に入れっていうことを知らせる存在なのかもしれないですよねえ

20世紀は、霊魂の進歩っていうのは一切やっていなかったんですね

(荒俣)だから、19世紀末ごろにウォーレスとかいろんな人が、人間の霊魂の進歩っていうのは、もう進化論とかそういうものじゃ扱いきれないんで、別のものだっていうヒントをつかんだにもかかわらず、その展開はなかったんですね。

 

西洋人にとっての妖精は、圧倒的に人魚

(荒俣)そうですね。よくいわれるけど、日本の妖怪はほとんどは中国がルーツだっていうことがあるでしょう?それと同じようにヨーロッパの妖怪は、イギリスとフランスなんかは特に接近していて、ベースはほとんどやっぱりケルトが持ってきたんです。

 

エジプトは宇宙人が運んできた文化じゃないか

シリウス星人)シリウスは全天でもっとも明るく輝く恒星。そのため古代エジプトではナイル河の氾濫を知らせる星として信仰された。そこから、エジプト文明シリウス星人によってもたらされた、とする説も一部にはある。

 

エジプトでは建物を作るという形で精霊と接触する文明ができたんですね

魂を飛ばすっていうことが、人類が大飛躍する基本だったのかもしれませんね

(荒俣)ええ、だから、2万年から1万年前の人々っていうのは、どういう方法でかわからないけれど、精神的には太陽に行ったり月に行ったりっていうのは、自由にやっていたんじゃないですかねえ……。

 

憑依霊っていう現象がまさに「人間は我思うゆえに我ありじゃないんだ」という証明になっている

人間の脳ではかなりわからん部分が多いってことですねえ

・(荒俣)その「わからん」という部分というのはほとんど、今お話したような精霊関係につながっているんじゃないんですかね(笑)。

 

(水木)森のなかに住んでるセノイ族というのはね、文字とかはないけれど、とても快適なんです。争いごともないです。

 

精霊と妖怪の関係っていったいどうなんだろう?複雑微妙ですよ

・結局、それで妖怪に関心のある人が増えて、精霊とか霊に対する関心も増えることを、きっと背後にいる精霊も望んでるのかもわからんのです。

 

妖怪城を作るという計画はどうなったんですか?

・(水木)おっ、『稲生物怪録』!あの、山本五郎左衛門!

 

・(水木)それでね、山本五郎左衛門の話をするけどね、出口王仁三郎は、書いとるんです、山本のことを。

(荒俣)山本のことを、ええ。

(水木)書きましたねえ。山本は霊界にいるんだって

(荒俣)ははあ……霊界に………王仁三郎は会ったんですか?

(水木)いや、会ったらしい。

(荒俣)あの『霊界物語』に出てくる……?

 

(注;出口王仁三郎大本教のカリスマ的「聖師」。日本の古神道新宗教に与えた影響は限りなく大きい。

霊界物語出口王仁三郎が口述筆記した全81巻からなる神の書。

 

 

<●●インターネット情報から●●>

(セノイ族の言葉から)

夢の神秘的な力を信じる人々に、セノイ族における夢の技法について。

 

1.セノイ(Senoi)族とは。

セノイ族はマレーシアのマレー半島に住む原住民です。人口は約4万9440人(1996年:推定)。マレーシアの山岳地帯のジャングルに住み、バンド単位で生活を送っています。

そんな彼らの最大の特徴は、夢に対する態度なんです。

 1)1日の大半は夢の話をしている。

 2)村会で夢の討議が行われ、村民全てが自分の見た夢を分かち合い、シンボルや状況の意味を話し合う。日常生活の活動の大半を討議で得た解釈で決定する。

 3)夢の討議において、夢内容をポジティブな方向に解釈することで、次にみる夢をコントロールする。

 

 2.セノイの夢理論の紹介者について。

 彼らが注目を集めたのは、キルトン・スチュアート(1902-65)による「マラヤの夢理論」(1951)が発表されたことによります。スチュアートは1924-40年にかけて世界中を放浪して、1934年頃マラヤ(現マレーシア)に滞在し、セノイ族の夢の技法の調査をしました。

この「マラヤの夢理論」というのがまたUFOから話が始まるという型破りな物なのですが、この論文の趣旨は、セノイ族が平和な部族なのは、彼らが上記の「夢の技法」を用いているから、ということなんです。

 当初、この論文はそれほど注目を集めませんでした。しかし70年代に一躍有名になります。

 

 

<●●インターネット情報から●●>

大紀元日本8月6日】夢を積極的に活用し、自分の感情をコントロールする人々がいる。

マレーシアの高原に住むセノイ族(Senoi)だ。

 

 研究者らの報告によると、セノイ族は夢の中の世界を現実と同じように重要視する。彼らは夢の中で、同じコミュニティーに住む人間と友人になったり、対峙したりしながら様々な経験を重ね、成長していく。

その一方で、彼らは現実世界においては精神的に成熟しており、控えめで自己抑制ができるため、争いはほとんど起こらないという。

 

 1970年代にセノイ族と長期間過ごした心理学者のパトリシア・ガーフィールド氏(Patricia Garfield)は、彼らのユニークな夢の活用法を報告している。ガーフィールド氏によると、毎朝、親たちは子供にどんな夢を見たのかを聞き、彼らの方法で夢を見るようトレーニングをしていく。たとえば、夢の中で友人を作ったり、敵の集団とも仲良くなって助けてあげたり、それができなければ夢の中の友人と協力して敵を倒したりする。

そのほかにも、夢の中を自由に飛び回るなど、明晰夢(夢の中で、自分が夢を見ていると分かっていること)を存分に楽しむ方法を教えるのだ。セノイ族によれば、人間の体にはいくつもの魂が宿っている。主要な魂は額の内側に存在し、その他の小さな魂は瞳孔の中に住む。

この小さな魂が、恍惚とした状態や寝ているときに身体を抜け出し、夢の中で活躍するという。

 

セノイ族は、夢の中の友人と敵を大切にし、夢の中では積極的に友人を作ろうとする。夢の中で、敵が自分と友人になりたいと申し出るときは、「敵が自分に名前を明かし、自分のために歌を歌ってくれる」という。

もし、夢の中である人物と争いになった場合、夢を見た人は現実世界でそれを解決しようと試みる。

 彼は争った人物に夢での出来事を伝え、自分に非があれば、相手に賠償することを申し出る。夢を活用することにより、「神経症や精神病といわれるものは、セノイ族の中には存在しない…。セノイ族は、驚くほど感情的な成熟がみられる」とガーフィールド氏は報告している。

 

 現在、一部の学者はセノイ族の夢の活用法について否定しており、セノイ族自身も、そのようなことは存在しないと主張している

しかし、多くの人類学者は、セノイ族が非常に警戒心が強く、外国人をあまり受け入れないことを認めている。

そして、セノイ族が彼らの夢の活用法を隠してしまったとも指摘している。

 

 

 

『妖怪になりたい』

水木しげる  河出書房新社  2003/5/20

 

 

 

近藤勇と国境線

調布というところは、百姓の多いところで、僕は常に狭い土地の境界問題で頭をなやまされた。たとえば、右側の百姓は、茶の木から一尺という領有権をゆずらず、建具屋はそんなことおかまいなしに茶の木のあったらしいところに境界線のマークを刻みこんでいるのであった。そして、そのマボロシの茶の木をめぐって、ソ連中共なみの国境争いを3年ばかりくり返したのである。

 

・ある夜なぞガタゴト音がするので見ると、その境界線を一尺こちらに穴を掘ってよせていた。僕は、あくる日また穴を掘って一尺むこうにやったが、そんなことを三ヶ月ばかりくり返すうち、五寸のところに自然に境界の石がとまったようだ。

 

・そのあとは、その境界石のかたむきかげんである。むこうは、気づかぬあいだに1センチばかりこちらにかたむけている。僕も30年も絵をやっていてデッサンには自信がある。すぐ、石のかたむいていることが分かる。まっすぐにやればなんでもないのだが、こちらもむこうもわずか1センチぐらいかたむける。といった生活をしているうちに、今度は、うしろの住人が境界の木より1尺3寸入ったところに壁をするといい出した。

 風呂場の屋根がとれることから問題は重大化し、土地をはかる商売の人を呼んで境界線をつくった。

 そのうち左側の百姓がおどりこんできた。「てぇへんだ、てぇへんだ」というわけ。これは長くなるので省略するが、僕は、この町の人間は、特別に欲が深いのではないかと思うようになった。

 

奇妙な興味と仕事との格闘—―紙芝居時代

・戦後すぐの頃のぼくの精神状態から説明すると、戦争はかなり強烈な印象だったから、ぼくは復員したときも浦島太郎みたいな気持ちだった。そこで「これからの人生は好きなことをやって死のう」と思った。

 好きなことといっても遊びではない。興味があって、しかも生活できるものではなくてはいけない。

 

・ぼくは武蔵野美術学校に入るのだが、絵かきでは食えないということが分り、2年で中退して神戸で紙芝居かきとなるわけだが、どうして神戸に行ったかというと、神戸に安い売りアパートがあったから。

 10万円だか20万円出すと、あと月賦でいいという、しかも15~6の部屋があったから、一生寝て暮らすにはもってこいで、わが理想とピッタリだったというわけだ。

 

妖怪の巣のような世界――貸本マンガ時代

<40年をふりかえって>

・まあ、一口でいうと「えらかった」即ち「苦しかった」ということだろうか。もともと漫画は好きでやったことだったが、職業ということになると、趣味と違って「つかれたな、ちょっと休もう」というわけにはいかない。

 〆切というものがあって、建築業者が建物を期日に間にあわせなければいけないように“品物”をその期日に間にあわせなければダメなのだ。そういう意味で好きでやったとはいっても“漫画家”という職業で“生き残る”には、世間の業種でいわれているようなものと同じで、特別の仕事というわけではなかった。

 表面的には自由でのんびりしているようにみえるが、世の中のシステムに組み込まれ、品物を作るように、何十年も漫画を作るということは、いくら好きでも、そんなにラクなものではない。

 

言葉の不思議

・ぼくは、紙芝居、貸本マンガ、雑誌マンガと、毎日机の上の紙と対決する仕事をしていたから、しゃべる言葉なぞはぜんぜん気にしていなかった。

 ところが定年をすぎるような齢になって、言葉の不思議を感ずるようになった。言葉というものは何気なく使ってきたわけだが、これはひとこと多くてもいけないし、少なくてもなおさらいけない。

 

運不運

・昔から同じようにマンガを書いている人でも一方は売れっ子になって巨万の富をきずき、一方はいまだにうだつが上がらず、無名のままでいる。作品のほうでも違っているのかと思うと、それほど大差があるわけではない。

運・不運は人だけではなく、建物なんかにもあるらしい。神田あたりによくうすぎたないビルがあるが、そこへはいると必ず倒産する。僕の友人がそのビルにはいり、自動車のガソリンをつけにしてくれ、といったら断られたという。

「あのビルにはいる人は必ず倒産する」とガソリン・スタンドの男がいったというが、友人はそのとおりになり、3ヵ月で倒産した。

 

・そのように人間の成功不成功は大いに運、不運が関係する。ツキに見はなされた人はどんなにあがいてもダメだ。立志伝なんかに、ツキを自分で作ったように書いてあるのをよくみるが、それは逆で、運をつけたのではなく、運がついたのだ。

 

・毎日寝る時、そんなことを考えているのだが、やはり太古の人もソレを感じていたらしく、古代沖縄にセジ、というのがあった。

これは一種の霊力で物についてそのものに霊能を生ぜしめ、人間については霊能を生ぜしめるというが、これは、古代日本のカンナビ(神のいるところ)に移行するのだが、これを運、不運の霊と考えると、前記神田のビルには悪いセジがついており、くだらんマンガを書いて百万の富にありつくのは幸運なセジがついておるのだ。

 

・だからいくら同じような実力があっても、セジについてもらわんことには、幸運はまいこんでこないのだ。

セジは普通巫女の媒介によって招かれたりしたらしいが、セジ自身の働きによって特定の人、あるいは物体、場所によりつき、そこにとどまることがあるという。

 

・すなわち、聖なる森、聖なる石、聖なる場所、すなわち、幸運のいる場所なのだ。僕は昔、月島、神戸、西宮、甲子園、亀戸、新宿などをてんてんとしたが、どこも不運だった。

運命の糸にあやつられて調布なる畑の中の安建て売り住宅に、10年前、着のみ着のままでたどりついたのだが。

それから間もなく幸運がやってきた。マンガの注文がくるようになった。

 

世の中不思議なことが多すぎて……

・私は、子供の時に頭の中に入ってきた、カミサマの観念から、いまだに抜け出せないままでいる。

 大人になってから、いろいろな“ヒト”の神様、例えば、菅原道真とか、武将をカミサマにしたものなどは、どうしたわけか、ぜんぜん受け付けない。子供の時、出来上がってしまった、カミサマ観は、アニミズムに近いもので、妖怪とごちゃまぜになったものだった。

 

・神社には、願いごとをかなえてくれるカミサマがいた(それはどうしたわけか、ひげを沢山生やした男の形だった)。お稲荷さんには、狐とおぼしき神がいた(これは狐の形で頭に入ってしまった)。道端によく、団子なんかがおいてあるのは、“狐落し”のまじないであった。また家から千メートル位はなれた“病院小屋”には幽霊に近いものがおり、その近くをながれる“下の川”には河童がいた。従って、この川には小学校5年生くらいまでは、あまり近よらないようにしていた。

 

<おばあさんの死んだ日>

・幽霊とか妖怪といったものは、どうしたわけか子供の時に見ることが多い。これはなにか特別な理由があると思うが、いまのところ分からない。

 僕も小学校3年の時、おばあさんが亡くなって2日目に、便所にゆこうとして前をみると、白い着物をきたものがぼんやり立っていたので、あわてて引き返した。その話をすると、父母は、「やっぱり、出たんだ」

 

・それにしても、奇妙な偶然が、重なりあった出来事の多い日々だった。死後49日、霊魂がとどまるとかいって49日の法事をするならわしがあるが、まんざならいわれのないことでもなさそうだ。

 

今も聞こえる兵長の「パパイアはまだか」

・いまから三十数年前、あのいまわしい戦争のさなか、ぼくは名もない一兵卒として南方の前線、ラバウルに駆り出されていました。

 すでに、終戦の近くになった昭和19年8月の出来事です。暑さと飢えで病人が続出し、兵隊はひとり、ふたりと倒れ、死んでゆきました。

 

・そう思いながら、壕に行くと、見かけた顔があったんです。ぼくをいじめ目の敵にし、ぼくを憎んでいた兵長でした。下半身に腫れ物が出来、そこが化膿し、異臭が漂ってました。

 

・「何か欲しいものはありませんか」と言うと兵長は弱々しい声で、「パパイアを食べさせてくれ。俺、パパイアが欲しんだ」

「パパイアなら、2、3日のうちに手に入るので持ってきます」

ぼくはそう言って、兵長と分かれたです。

 それから3日後、パパイアが手に入りました。早く、兵長のところへ持ってゆかないと、と思いましたが、なにしろ空腹で、しかも、ぼくはひとより胃の調子がいいので、つい我慢出来ずに、パパイアを食べてしまったんです。

 もの凄くうまかったです。ところが、その翌日の夕方、衛生兵が、「お前の中隊の兵長が死んだ」と言ってきたんです。

 

・そうこうするうちに、足元にガツンと物が引っ掛かったような強い衝撃を受け、よろっとしました。足元を見ると、屍となった兵長が、「ぼくの足をつかんでいるんです。ギャー。兵長を遠ざけようと、足で押しても兵長はびくともしません。それどころか、兵長はまるで生きているように、ぼくの体にまとわりついてくるんです。兵長の目は開いていたような気がします。口も開いていました。

 

「パパイアを、どうして持ってこなかった」

「俺はパパイアが欲しいんだ」

兵長は呻き声をあげるんです。それでも、ぼくはとにかく穴の外に出ようと必死でもがきました。

 あの地獄から、どうやって這い上がってきたのか、いまでもよくわかりません。ただ考えられるのは、死ぬ直前にパパイアを食べたいといった兵長の願いをかなえてやらなかったために、そのうらみで死者に招かれた、ということです。無我夢中で、気づいたときには自分の病室に戻っていました。

いまでも、夏になるとどこからとなく聞こえてきます。

「パパイアをどうしたんだ」

 

<お化けの話>

幽霊とチガウ

・よく幽霊と妖怪――お化け――と混同する人があるが、幽霊というのは、うらみが主な要因となって出てくるおそろしいもので、主として復讐を目的としている。

 ところが、妖怪というのは(水木式の言い方によれば)自然に初めからそこにあるものなので、大した目的もなければ、なんでもない。ただ、奇妙な愛嬌がある。

 それが愛されるといえば、愛されるのだろう。

 

2、3年前、東北に「ざしきわらし」の出る家というのがあったが、そこの主人は、それを深く信じて疑わず、むしろ喜んでいた。その古い家のたたずまいといい、いろいろと「ざしきわらし」と同居し、だれがなんといっても、いるという信念を変えない。

 そこの主人のフンイキは、正に「ざしきわらし」そのものだった。

そのように、妖怪とは、奇妙なフンイキをかもし出す形なのだ。

人間の気持ちが形になって出てくるのだ。

 

クマントン(座敷童)

・座敷童(わらし)というのは、明治の初め頃、東北の小学校に現われて、小学1年生の子供と遊んだが、教師とか村会議員なんかには見えなかった。

 即ち、大人には見えなかった。大騒ぎになりかけたが、童の方で遠慮し、2、3日で現われなくなったと、たしか柳田国男の本でみかけたが、どうもぼくは座敷童に縁があるらしい。

 10年前、金田一温泉の緑風荘に出るというので、座敷童の親方みたいなそこの御主人と対談させられたが、主人、曰く

「わたすは1回しかみてないす。とにかくそこの奥の間に寝るとときどき出てきます。戦争中、陸軍中佐が泊ったが、なんとその中佐の前に出てきたのです。中佐はこの部屋になにか仕掛けがあるに違いないと騒ぎ出し、軍務そっちのけで天井裏をさぐったり、床下に寝てみたり」したらしいが、謎はつかめなかったらしい。

 

・それから、5、6年してやはり東北の百姓家で座敷童が出るというところに行ってみた。いまは空家になっている二階家に時々出て、踊る物音をさせるという。要するにしかと見定めようとすると見えなくなくなるらしい。即ち一種の“霊”なのである。人間はなかなか霊をみることはできないから、一種の存在感みたいなもので感ずるようだ。

 

「タイ国にも座敷童がいます」というので、出かけてみた。

タイでは、死体をみんな焼いてしまうらしい。従って、“墓”はきわめて少ない。金持は飛行機で灰になった自分を空からまいてもらうのが夢らしい。そのせいか、やたらに“霊”が空から舞い下りてくるようだ。

“クマントン”と称するタイの座敷童もやはり舞いおりてきて、特定の人につくらしい。

 

<生まれかわり>

・生まれ変わるといえば、アメリカで「前世療法」という、精神科の医療方法があるという。催眠術で前世にまで記憶を進めて、そこでなにが原因かをみつけてなおすという方法らしいが、やはり前世はあるのかなァ、と思ったりする。インドなどでも生まれかわりの話はよくきく。

 僕は偶然、スリランカの生まれかわりに会う機会にめぐまれた。

 テレビの番組ではあるが、極めてめずらしく、本当の生まれかわりというのはかなり迫力があった。

 

・日本の平田篤胤の「勝五郎の再生」そっくりの条件だった。

 即ち、生まれかわった家が近い、生まれかわった子供は勝五郎のようにかしこく、よく生前のことを記憶し家族をうながしてそこにゆく、という全く同じようなパターンだった。

 前おきはそれ位にして、ぼくはスリランカコロンボの近くの村にバスでゆき、その子供の家に行った。

 子供は4歳でかしこく可愛かった。

 両親は40歳位だったが、とても可愛がっていた。

 まず寝言で前世のことをしゃべるので不思議に思ってきくと、そこへ連れて行ってくれといってきかない。

 

・4キロばかりはなれた生垣の囲まれた前世の生家にゆくと、息子は15年前に死んだという。それも交通事故のようなものだったらしい。ところが不思議にも、その子供が事故の様子をくわしく語るので、生家のじいさんばあさんも不思議に思ったが、まさか15年前の息子が生まれかわってここにいる、とも思えないのでポカンとしていたらしいが、決め手となったのは、誰も知らない(今はそこにいない)はずの長男の名前をいい、とても可愛がられた、といったことらしい。

 

・僕が行った時も、むこうの老夫婦はみるなりその子供を抱きしめるのだ。生みの親はあまりなつかしがられるのでオロオロした風体であったが、子供はとてもなつがしがるのだ。

 それをみて僕も「フハッ」と驚いてしまった、

生まれかわり」それはやはり本当にあるのだと思った。

“百聞は一見にしかず”というが、かなりな迫力だった。

やはり生まれかわりというのはあるとしか思えない。

 

<精霊の呼び声>

変わり者のM氏は、この12年来、アメリカ・インディアンのホピ族の村で、“精霊生活”にひたりきっている。

 氏は25年くらい前からわが水木プロに出没していた。

 その頃、夢知らせで氏の生活の面倒をみるようにという告知があったが、その頃は、それほどの神秘主義者でもなかったので、その夢を全面的に受け入れるという気持ちにはなれなかったから、夢の2割くらいを(いや、1割くらいだったかもしれない)提供したことがあった。

 

・氏は20年くらい前、インドに行ってから、“精霊の誘い”みたいなものを受けたとみえて、それ以前も普通ではなかったが、インドに行ってから一線をこえてしまったようだ。帰ってから初めに訪れたのは沖縄だった。

 そこに、なんでも思うことが出来る、という親方を見つけてひどく尊敬していた。「それがボクの理想デス」

「じっとしていて思うことが出来るなら、それはぼくの理想でもありますよ」と、ぼくはいった。

「そうです。親方、いや先生は、世界中に子どもがいるのです」

「というと?」

「カナダに行きたいと思えば、周りがそのようにうごめき、自然にカナダに行けるのです。そこで妻をもらい、子どももいます」

「ほう」

「カナダだけじゃありません。世界中に10人くらい妻がいて、子どもは合計で25人います」

「別に金持ちでもない……」

「そうです。要するに、思えばいいのです。もっともそれまでにはかなりの修行を必要とします」というような話だった。

 その時は、おかしな話だと思っていたが、最近愛読している『シンクロニシティ』という本によると、それはありうるということらしい。

 

わけのわからない感動に包まれながら、M氏は「ゼヒ、ヨロク族のマジシャン(呪術者)に会ってほしい」とのことだったので、カナダ近くにヨロク族を訪ねた。

 大自然の森の中に一軒だけ家があり、そこにマジシャンは住んでいた。ぼくは“ビッグフット”、すなわち雪男ともいい、“サスカツチ”ともいう謎の巨人がいるということ、それとマジシャンの家に小人が出るというので、大いに期待していた。

 マジシャンたちは、川で鮭をとり(1年分油につけておく)、顔みたいな大きさのリンゴが簡単にとれるので、それを食べて暮らしているらしい。

 

「小人は2階に出る」というので、早速2階に寝た。2、3時間、ランプをつけたまま待ったが、いっこう現れなかった。朝起きてみたら、毛布があらぬ方向にあった。マジシャンに聞くと、「小人が引っ張ったのだ」の一点張り。「いや、ランプがついていたから」というと、「ランプがついてても出ますョ」という。たぶん毛布を引っ張って2、3メートル先に置いたのだろう。しかし、目で見て、写真を撮りたかったのだが、失敗した。

 ビッグフット(雪男)は、大きいし、つかまって食べられでもしたら損だと思ったから、あまり会いたくなかった。なにしろ“人”というものがいない大自然の中だから、ビッグフットが“いる”といっても不思議ではない。

 

マジシャンは、ビッグフットの“家族”を見たといっていた。二人の親と子どもで、話し声はしなかった。間もなく消えたと言っていたから、ぼくはある種の“霊”みたいなものではないかと思った。たとえば沖縄の“キジムン”みたいに……

 しかし、雪男の足跡というのがたくさん石膏で固めてあるのをみると、簡単に“霊”だとも言い切れないと思った。

 マジシャンは、ほかにも妖怪はたくさん来るといっていた。“妖怪”の大半は目に見えないが、ある種の“霊”である。

 

・というのは、アフリカ、東南アジア、ニューギニアアイルランドなどを回ってみると、それぞれ名前は違っているけれども、日本と同じ霊が形になっているのに驚く。

 そこでぼくは、世界の妖怪の基本型ともいうべきものは千種でまとまる、形のはっきりしたものはそれぞれの国が350種くらいだということが分かったので、それぞれの国の妖精・妖怪を引っ張りだし、各国のものと比較する本を作って、ぼくの思っていることがどこまで本当か試してみようと思っている。

 見えない世界の人々、すなわち神様とか精霊、妖怪のたぐいは、目に見えないからいあにのではなく、それはいるのだ。ただとらえ方が難しいのだと、ぼくは思っている。

 

・それで、今回の“精霊の歌”を手に入れたことで、ぼくはとてもM氏を尊敬するようになってしまった、どうも“同族”らしい。……というのは、かの尊敬する沖縄の親方と最近なんだか似てきているみたい……知らない間にぼくは沖縄の親方みたいになっているようだ。………ありがたや、ありがたや、合掌……。

 

  

 

水木しげるの日本妖怪めぐり』

水木しげる  JTB    2001/8

 

 

 

目に見えないものと目にみえるもの

世の中には目に見えないものと目に見えるものがおり、よく気をつけてみると感じられる。

 感じられるというのは見えないからで…まぁ、妖怪とは感じでつかまえるものなのだろう。この感じは日本よりも外国、例えばニューギニアなどでは非常によく感じられるからおかしなものだ。

 土地の人に聞くと、「そんなバカなこと聞くやつがあるか。そこのジャングルにたくさんいるじゃないか」といったぐあいで、そういう存在は自明の理、すなわちあたりまえのことじゃないか……というわけである。そう、それを感じるのは、ごくあたりまえのことなのだ。

 

山に棲む、長い髪を振り乱す老婆

・実際山の怪というのはとても多い。これは明暦三年(1657年)頃の秋の話である。陸中(今の岩手県)閉伊郡樫内に鷹狩場があり、足軽長十郎という男がそこへ働きに行っていた。その日もいつもと同じく丑の下刻(今の午前2~3時頃)に家を出て、明け方に九十九折の細道をあがっていた。すると左の山の草木がわさわさと騒ぎ出した。どうも普通の風ではないらしく、やがて山鳴りが響きわたり雷のように激しくなってきた。

 

・この夜明けに何事だろうと振り返ってみると、そこには背丈七、八尺(210~240センチ)もある老婆が、腰まである髪を振り乱し、両眼を大きく輝かせていた。そして、老婆とは思えない風のような速さで走ってきたのである。長十郎はもう逃げることもできなかった。(中略)

 

・これが山に棲む老婆の怪『山婆』で「山姥」ともいわれる。なにしろ背丈がとても大きく、痩せていて、鋭い眼は光り、口は耳まで裂けている。真っ赤とも白髪ともいわれる髪は長く垂らし、ボロを纏っているという。

 

・山婆は「河童」や「天狗」と同様によく知られている妖怪だ。とにかく恐ろしい感があるが、山婆には目撃談が豊富なため説話もまた様々で、人を襲うものと人に福を授けるものとがあるといわれている。

 山に棲む老婆の妖怪は「山姥」だが、これが少し若い女だと「山女」となり、爺だと「山爺」、若い男だと「山男」、子供だと「山童」と、まるで家族のように世代ごとに存在する。本当に山というのはにぎやかだ。

 

ザシキワラシ(座敷童子)  いたずら好きの愛らしい精霊

岩手県を中心とする東北地方に出現する『座敷童子』は、3~4歳、あるいは5~6歳の子供の姿をした、可愛らしい精霊だ。男の子の場合もあるが、女の子の方が多いという。女の子は美しい黒髪を長く垂らしていたり、おかっぱだったりする。男の子はザンギリ頭で、赤や白の着物を好んで着ているという。

 

・座敷童子は、その土地に古くからある裕福な家の奥座敷などに棲みつく。童子のいる家は非常に栄えるというから、まるで福の神みたいだ。逆に、童子が出て行くと、その家はあっという間に没落してしまうという。

 

・また、家の中で座敷童子にばったり出会ったりすると、童子はその家を出て行ってしまうという話もあって、これなどはどう気をつけていても避けようのない、仕方がないことに思えてならない。何故家の者と出会うと、童子は家を出てしまうのだろう。

 

・一方で座敷童子が学校に棲みついたという話もある。子供と一緒に遊びまわるけれど、大人や年上の子には、その姿は絶対に見えなかったそうだ。

 

河童 人間に相撲を挑む水の妖怪の代表

・全国各地に出没し、誰もが知っているくらい有名な妖怪の一つに、『河童』がいる。河童は主に川や池、沼、湖に棲んでいるが、中には海に棲むものもいるという。

 2~10歳くらいの子供の形をしており、いちばんの特徴は名前のごとく「おかっぱ頭」と、水をためるためのお皿が頭についているところだろうか。お皿の水は河童にはなくてはならないもので、この皿が乾燥したりすると、身動きが取れなくなってしまう。

 

・また、背中にカメのような甲羅があるものとないものがおり、口は鳥のように尖っているものが多い。手足の指の間に水かきがついているのも大きな特徴の一つで、このおかげで泳ぎが得意なのだろう。

 河童は自分の力を自慢したがり、人間にちょくちょく相撲を挑んでくる。これにうっかり勝ってしまうと、もう一回、もう一回と、自分が勝つまでせがんでくる。

 

・時には馬を川へ引きずり込んだりもするが、これは力自慢というよりは、河童が元は中国の馬をつかさどる「猿神」であったからだという説がある。

 中には悪どい河童もいて、人間を水中に引き込み、尻の穴から「尻子玉」を抜く。河童はこの尻子玉が大好物で、食べてしまうのだ。龍王への捧げものにするという人もいるが、どちらにしても、尻子玉を抜かれた人間は死んでしまうのだから、たまったものではない。

 

<天狗 山から山へ、ひらりと飛んでいく剛の者>

・「天狗」は、「河童」と並んで最も世の人たちに知られた、日本の妖怪の代表的存在だ。そして天狗の伝説・伝承の類は、それこそ日本全国にわたって残されている。

 天狗には数多くの種類がある。中でも有名なのが、京都の鞍馬山に棲む「鞍馬天狗」と、同じく京都の愛宕山に棲む太郎坊という、日本最大の「大天狗」だろう。

 

・これら大天狗たちは、自分の持つ知恵や技能を鼻にかけ、慢心したため鼻が高くなったことから「鼻高天狗」とも呼ばれている。

 

また、するどい口ばしと羽を持ち、空を自由に飛びまわれる「烏天狗」や「木の葉天狗」などの小天狗たち、犬のような口をした「狗賓(ぐひん)」、剣を持って、四肢に蛇を巻きつけた白狐の背に乗った飯綱系の天狗など、枚挙に暇がないほどだ。

 

・大天狗の最大の武器は、その強大な神通力にある。一本歯の高下駄を履いて山から山へと飛び移ったり、手の羽団扇で大風を起こしたりする。

 

・また超人的な怪力の持ち主でもあったようで、紀州(今の和歌山県)などには、天狗の怪力を見たいと願った男の頼みを受け、家ばかりか天地山川までをも震動させてみせたというから、スゴイ。

 

また、天狗は人間の権力闘争に非常に興味を持っており、劣勢側に味方して戦をわざと混乱させ、楽しむという一面もあるようだ。手裏剣などの様々な武器を作って、忍者たちに伝授したという話も残っている。

 

源義経が幼少の頃、鞍馬山で天狗に剣術を学んだという話は有名だが、天狗は武術にも長けていたようだ。天狗には○○坊という名前が多いが、義経と生死を共にした、武蔵坊弁慶などは、父親が天狗だったという伝説もある。どうやら天狗は、日本の歴史に深く関わってきたようだ。

 

・今でも、高尾山などに行って天狗の像を見ると、いかにも深山にふさわしく、山の精が化して天狗になった気さえする。

 超絶な神通力といい、一種崇高でもあるその存在感は、もう妖怪というより、神に近い感じさえするのである。

 

鞍馬寺 牛若丸が夜ごと天狗に武術を習った寺

鞍馬山は、愛宕山と並んで、日本で最も多くの天狗が集結する場所として有名。鞍馬山に棲む天狗は「僧正坊」と呼ばれ、日本八天狗の一つに数えられる大天狗である。除魔招福の力に優れていたという。

 

・『義経記』によると、八歳で鞍馬寺に預けられた牛若丸(後の源義経)に、鞍馬寺の天狗が、あらゆる兵法武術を教えたといわれている。

 

 

 

『あなたもバシャールと交信できる』

 坂本政道   ハート出版      2010/12/10

 

 

 

 バシャールとは、どういう存在?

 惑星エササニの生命体

・バシャールはエササニという星に住んでいる地球外生命体です。エササニとは、Place of living light (生きている光の池)という意味です。彼らの世界は、喜びと無条件の愛に満ち溢れる世界とのことです。

  そこには彼らは、数億(人)位いて、その総称をバシャールと呼んでいます。ちょうど我々を地球人と呼ぶようなものです。住んでいるのは、恒星ではなく惑星です。

 

方向としては地球から見てオリオン座の方向です。もちろん、太陽系外の惑星です。地球から500光年ほどのところにあるShar(シャー)という星の周りを回る第3惑星のことです。

 

・残念ながら地球からは見えないと言われています。暗すぎて見えないというよりも、我々とは、微妙に次元、あるいは、「密度」が違うためのようです。

 

地球は、そして人類は「第3密度」であるのに対して、バシャールとエササニ星の宇宙人は「第4密度」です。

 

・その惑星から数百人?が宇宙船にのって地球にやってきています。現在、彼らは地球の上空にいて、アメリカ人のダリル・アンカという人を通して、チャネリングをしています。

 

 グレイの子孫

バシャール自体はどういう生命体なのかというと、実はグレイと呼ばれる宇宙人と地球人の間に生まれた混血だということです。では、グレイとはどういう存在なのでしょうか。ご存じの方も多いと思いますが、グレイはアーモンド型の黒い目をしたちっちゃい宇宙人で、悪いイメージがあります。ネガティブなタイプだといわれています。

 

・ちなみに宇宙人はポジティブなタイプとネガティブなタイプ、それにニュートラルなタイプがいるとのことです。ポジティブなタイプの霊は、プレアデスに住む生命体(プレアデス星人とかプレアデス人)です。アークトゥルスシリウスの生命体、こと座の生命体の一部もポジティブです。ネガティブなタイプには、こと座やオリオン、シリウスの生命体の一部がいます。

 

・バシャールによればグレイというのは、本当は宇宙人じゃなくて、「パラレルワールドの地球に住む人類」です。パラレルワールドでは、この世界と併存する世界のことです。

 

そして、時空間を超えてこの地球にやってきて、人類をアブダクション(誘拐)し、受精して、子孫を作りました。それがバシャールだということです。

 

・ですので、バシャールの先祖というのは、グレイと我々人類ということになります。

 

 地球のまわりに集まる地球外生命体たち

・バシャールたちは、今アメリカのセドナという場所の上空にいます。ただし、何度も言いますが、宇宙船自体も第4密度ですので、セドナに行って上空を見上げても通常は見えません。

 

・このように、いろんな宇宙船がいろんなところにいるわけですが、ほとんどがポジティブ側の宇宙人たちです。ネガティブ側もいますが、比率としては10対1くらいだそうです。

 

・ポジティブ側は連合を組んでいるようで、ル-ルがあるようです。そのルールというのは、2012年までは地球人類に直接的には干渉しないというものです。

 

 

 

『地球を支配するブルーブラッド 爬虫類人DNAの系譜』

スチュアート・A・スワードロー   徳間書店   2010/6/18

 

 

 

 リゲル  米政府と協定を結んだオリオン連盟リーダー

この集団は1954年に米国政府と協定を結び、彼らの技術と科学情報を米国に与えるのと引き換えに、米国民を誘拐する(ただし傷つけない)許可を米国政府から得ている。

 

・こと座の内戦とそれに続くこと座星系へのりゅう座人の侵略を通じ、彼らの惑星は戦争で痛ましい損害をうけたため、肉体的にも遺伝子的にも弱々しい存在になっている。

 

・彼らは、りゅう座人のために働いている。りゅう座人が攻略の前準備をできるように侵略予定ルートを偵察する仕事である。

 

・軍隊型の厳格な階層制の文化を持っている。特にゼータ・レティクリ1と2のグレイが絡む場合はそうである。また肉体から肉体へと魂を移す能力を持っている。

 

 シリウスA   イスラエル政府と契約の宇宙の商人

・背の高い細身のシリウスA人は、青と白の長いローブを着ている。両腕を横にまっすぐ広げると、身体全体でアンク(エジプト十字架)の形になる。これが彼らのシンボルである。宇宙の商人であり、技術と情報を売買して、排他的な取り引きルートと特別な優遇を得ている。彼ら自身に向けて使用される恐れのある技術は絶対に提供しない。彼らは、オハル星人に創作されたが、本来の目的を見失っている。

 

 シリウスB  老子孔子、釈迦に叡智を与えた銀河の「哲学者」

・ジャングルか湿地のような惑星の洞窟状空洞や地下で隠遁生活を送っていることが多い。寿命は極めて長い。大半は、家族形態とは無縁である。

 

 くじら座タウ グレイ種を目の敵にし、ソ連と協定を結んだ

・この人間のような生物は、グレイ種を目の敵にしている。宇宙のどこであろうとグレイを発見したら叩きのめすと誓っている。

 

・地球までグレイを追って来た彼らは、1950年代にソ連と協定を結び、基地と自由に領空を飛行する権利を得た。

 

最近になって、ロシア人はタウ人との協定を破棄し、同じ協定をリュウ座人の前衛部隊と交わしてタウ人を追い払ったと考えられている。

 

 ビーガン   シリウスA人の遺伝子から作られたグレイ

・このグレイ種は、シリウスA人の遺伝子から作られている。シリウス人の船の標準的な乗組員である。主人のために労役、実験、雑用を行う。ゼータ・レティクリ1と2のグレイは、前向きにビーガンの指揮に従い、人間の誘拐や鉱物のサンプル収集などの特定の任務を行う。

 

 ゼータ・レティクリ1 地球人監視のためリゲル人が作ったグレイ

・このグレイのエイリアンは、リゲル人が地球の人間を監視するために作った。人間とリゲル人の混合物である。人間の胎児と同じように四本の指と割れたひづめを持つ。ホルモン液と遺伝子実験のために人間を誘拐することで有名である。

 

遺伝子的・ホルモン的な欠乏症のため、彼らは、急激に死滅している。他者を誘拐することで、自らの種を救う交配種の原型を作ろうとしている。

 

 ゼータ・レティクリ2 遺伝子操作で作られたグレイ。爬虫類人に奉仕

・このグレイは、遺伝子操作で作られた爬虫類人への奉仕階級のメンバーである。完全にマインド・コントロールされており、中央情報(コンピュータ)に接続されている。集団精神で一体となって動く。彼らは、無心になってゼータ・レティクリ1を手伝う。誘拐現場でよく目撃されるが、子供のように純真に行動する。

 

 アンタレス  トルコ人ギリシャ人、スペイン人のDNAに

・極めて知識が高く攻撃的である。

 

・彼らの社会の最深部まで入り込むことができた者は、ほとんどいない。

 

女がいるところが観測されたことはなく、彼らは、同性愛者で、生殖目的でのみ女を使用すると考えられている。ただ、実は、ある母系集団が彼らの背後で権力を握っているとも考えられている。

 

 

 

『オカルトの惑星』 1980年代、もう一つの世界地図 

 吉田司雄  青弓社   2009/2/23

 

 

 

シャンバラへの旅―80年代の日本の危うい夢(宮坂清)>

 アガルタの首都シャンバラ

 <多彩な表象>

ところが、1970年ごろを境にしてシャンバラやアガルタは表現の素材として広く用いられ、より大きなマーケットに流通するようになる。

 

・まず、水木しげるは「ビッグコミック」1968年7月1日号(小学館)に『虹の国アガルタ』を掲載した。このタイトルからは、先述のディクホフがアガルタを「虹の都」と呼んでいることが想起される。主人公の青年がチベットを訪れ、アガルタを探し求めたあげく、鏡面に現れる女性に誘われてアガルタに消えるという物語である。アガルタがチベットにあるという点は「正確」だが、鏡面をアガルタへの入口にしている点は、管見ではほかに例がなく、むしろ鏡面を異界への入口とする物語(例えば『鏡の国アリス』)を参照したものとみるのが妥当だろう。 

 

・また、石森章太郎は1974から75年にかけて「週刊少女コミック」(小学館)に『星の伝説アガルタ』を連載している。この物語ではアガルタは秋田県のピラミッド型の山の地下空間にあり、金星からやって来た「ヘビ族」の子孫が、そこで「星のしずく」の原料となる薬草を栽培している。登場人物にディクホフの名を語らせているほか、ディクホフにならい「金星からやってきたヘビ族」の若者を主人公に据えるなど、内容とも大きな影響が見られる。また、この物語にはチベットとの関連はほとんど見られないものの、地下都市、UFOや宇宙人、ピラミッド、ポルターガイストなど、オカルト的な要素がちりばめられていて、アガルタが、70年代のオカルトブームに多少なりとも取り込まれていたことがわかる。

 

 チベットに回帰するシャンバラ

さて、1980年代を迎えると、シャンバラは新たに表れたオカルト誌「ムー」学習研究社)によって急速に知られていくことになる。

 

「ムー」は1979年11月の創刊号で、すでに「人類最後のロマン 地底世界伝説」(阿基未得)と題した記事を載せ、その冒頭、シャンバラを「地底王国の首都」として取り上げている。この記事は、世界各地の地底世界伝説や地球空洞説を紹介しながら、それらが実在すると主張するものだった。

 

 精神世界の救世主へ

「ムー」のシャンバラ熱の頂点は、1984年11月号の30ページにわたる「総力特集 地底からの救済 シャンバラ大予言」(上坂宏)である。ボリュームもさることながら、注目されるのは、タイトルにも示されているように「救済の予言」がテーマになっている点である。

 

・これらの記事の影響は、例えば、1988年に 高階良子が少女雑誌「ポニータ」(秋田書店)に連載した漫画『シャンバラ』にみることができる。地上、そして地下のシャンバラという二つの世界があり、シャンバラの光(光の御子)が闇(ジャンザ)と闘い、ジャンザに支配された地上世界を救う「どこも内乱や暴動が起こり危険な状態 ジャンザに操られている この内乱は、やがて世界を巻き込み核戦争へと拡がるでしょう 地上は死滅する それを止められるのはあなただけ」と救済を予言している。

 

・しかし、いずれにしても、1980年代に至るまではほとんど知られていなかったシャンバラが、数年の間に現代社会の救済者として大々的に語られるようになったことは驚くべきだろう。

 

・そして、86年にオウム神仙の会(のちのオウム真理教)が「シャンバラ新聞」なる新聞を発行し始めたこと、のちに「日本シャンバラ化計画」を開始したことを考えると、このことが持つ重みはさらに大きなものになるはずである。

 

 

 

『ニッポンの河童の正体』

飯倉義之  新人物往来社    2010/10/13

 

 

 

<宇宙人グレイ説>

・さまざまな河童の正体説の中でも極北に位置するのが、この河童=宇宙人グレイ説である。UFOに乗って地球に飛来し、NASAと取引をしてエリア51に潜んでいるという宇宙人・グレイ。彼らは、1メートル20センチ程度で、メタリックな灰色の肌をし、釣り上がった目と尖った顎が特徴である。彼ら悪の宇宙人グレイこそが太古から日本に出没していた河童であり、河童に尻子玉を取られるとはUFOにさらわれての人体実験、河童駒引とはつまり現在のキャトル・ミューティレーションのことだったのだ、というのがこの説である。

 

・宇宙人という正体不明の存在を河童という正体不明の存在の正体にするというのは、つまり何も判明していないのと同じだというのがこの説の最大の弱点である。

 宇宙人・グレイと河童の不思議な符合は、人や家畜を害するものに対する想像力のありようは、文化が違ってもどこかで似ることがある、と考えた方が合点がいくのではないか。

 

・このグレイ説は雑誌『ムー』誌上で人気を博してさらにもう一段階の進歩を遂げ、実は宇宙人だと思われているグレイは地球固有の異次元吸血妖怪で、アメリカ軍はそれを知りつつ本当の宇宙人のカモフラージュに妖怪・グレイを用いているのだとされる。

 

世界中でチャパカプラとかスワンプ・モンスターと呼ばれて人や家畜を害しており、さらに彼らはプラズマを操って河童火を燃やす力があり・・・とまあ、八面六臂の大活躍である。この説に従うと、「妖怪だと思われていた河童の正体は、実は宇宙人だと思われていた妖怪である」ということになる。複雑さは増したが、何も言っていないことは同じと言うことになるだろう。

 

河童で町おこし

<町中の妖怪たち>

・日本では各地域に伝わる妖怪伝承をもとにした町おこしが行われている。近年では、鳥取県境港市の「水木しげるロード」が人気を博している。

 

札幌市奥座敷定山渓温泉

・札幌市奥座敷定山渓には、「かっぱ淵」の伝承がのこされている。ある青年が豊平川で急に何かに引きずり込まれるようにして淵の底に沈み、発見できなかったが、一周忌の夜、父親の夢枕にその青年が立ち、「私は、今、河童と結婚して、妻や子どもと幸せに暮らしていますから安心してください」といって消えたという伝承である。札幌市奥座敷定山渓温泉は、この「かっぱ淵」の伝承をもとに、河童で町おこしを行っている。

 

岩手県遠野市

岩手県遠野市は、「河童のふるさと」として有名である。遠野市には、柳田国男遠野物語』に河童の伝承が多くみられるように、河童にまつわる伝承が数多く残されている。

 

宮城県加美郡色麻町

色麻町には、「おかっぱ様」として有名な磯良神社がある。

 

千葉県銚子市

銚子市には大新川岸の河童伝承がある。昭和60(1985)年に、「銚子かっぱ村」ができた。

 

東京都台東区かっぱ橋本通り商店街」

・「かっぱ橋本通り商店街」では、かっぱ像や、かっぱの絵の看板をたくさんみることができる。

 

広島県南区段原

猿猴川は、猿猴(エンコウ)」という河童の名称がつけられているとおり、河童がいたと言う伝承がある。

 

熊本県天草市栖本町

・ガワッポ(河童)の伝承が残されている。

 

福岡県久留米市田主丸町

・河童の総大将の九千坊が筑後川に棲んでいた伝承がのこされている地域である。

 

河童愛好家による全国ネットワーク

河童連邦共和国

・日本全国で河童の町おこしをしている地域や河童愛好家の人々が集まり、「河童連邦共和国」というネットワークがつくられている。

 

 

 

『1冊で1000冊』  読めるスーパー・ブックガイド

宮崎哲弥    新潮社     2006/11/15

 

 

 

アドルフの我執――人間ヒトラーの日常を分析する

オリヴァー・ヒルシュビーゲル監督の『ヒトラー~最後の12日間~』

が話題になっている。その焦点は、まずヒトラーの人間的側面を照らし出した戦後初のドイツ映画であること。そして、権勢と栄華を極めた第三帝国が地下壕の密室に追い込まれた後の末路が具に描き込まれていること、だ。

 

・“T・ユンゲ”『私はヒトラーの秘書だった』(草思社)は、映画の原作となった最後の秘書の手記。人間観察が面白い。「愛し合っているなら結ばれるべし」と言い張るヒトラーのせっかちな結婚観を「中産階級的!」と嗤ったりしている。ヒトラーのみならず、取り巻きたちの寸評も秀逸。OLからみた独裁者像という感じ。

 

・定評があり、入手し易い伝記ならばJ・トーランド『アドルフ・ヒトラー』(全4巻 集英社文庫)がお勧め。初めて「悪魔に人間の顔を与えた」という評言通りの大作。大部過ぎてとても付き合えないという向きには、水木しげるの大傑作『劇画 ヒットラー』(実業之日本社ちくま文庫)を。考証の正確さも驚くべき水準だが、史実のマンガ化には留まらない。ヒトラーの人間的魅力までも伝える。

 

 ヒトラーを信念、実行力、理想を兼ね備えた革命家に他ならないとするのは、M・ハウスデン『ヒトラー ある《革命家》の肖像』(三交社)。

E・シャーケ『ヒトラーをめぐる女たち』(TBSブリタニカ)は、ヒトラーを中心とした女性相関図。

 だが、L・マハタン『ヒトラーの秘密の生活』(文藝春秋)は同性愛者説を検証し、肯定的な結論を引き出している。

 精神分析的アプローチといえば、A・ミラー『魂の殺人』(新曜社)が著名だが、ヒトラーという複雑な現象を「幼児虐待のトラウマ話」に縮退させる。ミラーの単調な正義感、非社会性は、むしろナチズムやスターリニズムに一脈通じる。

 

アドルフの我執?――今も大衆が好む陰謀論、オカルト……

・映画『ヒトラー~最期の12日間~』のもう一つの原作はJ・フェスト『ヒトラー 最期の12日間』(岩波書店)だ。ヒトラーとその腹心たちの心中には「みずからを神話として、世界の意識の中に刻み込もうとする意図」がみえたという。そうした妄想はやがて、世界観の闘争と現実の戦争との区別を曖昧にしてしまう。

 

・では、ヒトラーの思想、ナチスの世界観とはどのようなものだったか。A・ヒトラー『わが闘争』(上下 角川文庫)は、その最も重要な手懸り。意外に「読ませる」内容である。

 自意識過剰で、反抗的で、嘘や無知が散見され、陰謀論と偏見に満ちているが、そんな質の書跡なら、いまも書店に平積みになっている。大衆は力への屈服を好み、感情で物事を決するという本書の臆見は結構当たっているかも知れない。

 

・同書ではワーグナーの楽劇への心酔が吐露されている。J・ケーラー『ワーグナーヒトラー』(三交社)はワーグナーヒトラーに与えた影響に関する珍しい研究書。

 ヒトラーとオカルティズムの関わりは「精神世界」や陰謀史観の世界ではあまりにも著名だ。L・ポーウェル、J・ベルジュ『神秘学大全』(学研M文庫)やT・レヴンズクロフト『ロンギヌスの槍』(学研M文庫)がその代表。なかなか巧妙に書かれているので、真に受けずに楽しむべし。

 

・K・アンダーソン『ヒトラーとオカルト伝説』(荒地出版社)は、正統派史学からは無視され、通俗書の世界では猖獗を極めているヒトラー=オカルティスト説を客観的に検証する。「ヒトラーは極めて実際的な人物」であって、オカルティックなイメージを利用しただけというのが真相らしい。

 そうして捏造された奇怪な妄想体系に対する批判的考察なら、小岸昭『世俗宗教としてのナチズム』(ちくま新書)が優れている。

 各論的だが、藤原辰史『ナチス・ドイツ有機農業』(柏書房)はヒトラーエコロジズムを詳説。「もったいない運動」の先駆者はナチス!?

 

空飛ぶお皿顛末記――UFO論議にやっと決着がついた?!

・イギリス国防省がUFOの存在を否定する報告書を作成していたことが明るみに出た。4年間の本格的科学調査に基づいて、2000年にまとめられたという。

 実は、こういうレポートは1960年代にもあった。アメリカ空軍がコロラド大学に委嘱して組織されたコンドン委員会によるものだ。

 邦訳のエドワード・U・コンドン監修『未確認飛行物体の科学的研究 コンドン報告 第3巻』(プイツーソリューション)を読むと、かなり精緻で多角的な研究だったことが」わかる。その結論は今回と同じく否定だった。

 

ピーター・ブルックスミス『政府ファイルUFO全事件』(並木書房)は、コンドン報告の分析を高く評価している。にも拘わらず「感情的なUFO信者」には「あまりに難解すぎた」のだ。客観的な史料批判に徹した画期的内容。カーティス・ピーブルズ『人類はなぜUFOと遭遇するのか』(文春文庫)と併読すれば、UFO研究史を押さえることができる。

 

・まともな科学が手を引いた後、新たな神話が蔓延った。例えばオカルト心理学の教祖、ユングはUFOを普遍的無意識の象徴と捉えたが、この考え方はニューエイジ方面で広く受容される。キース・トンプスン『UFO事件の半世紀』(草思社)はユング的視点による総括。

 UFOに誘拐されて、外科的手術や性的虐待などを受けた「記憶」を催眠誘導で甦らせるという大真面目な研究書は、ジョン・E・マック『アブダクション』(ココロ)。例のトラウマ記憶回復運動の一環。著者はハーヴァード大学の精神医学教授。超一流大学の研究者が疑似科学に嵌った典型例だ。

 こうした現象のなかに、「社会の心理学化」の徴を看て取るのは、木原善彦『UFOとポストモダン』(平凡社新書)。UFO神話の文化研究。

 UFO陰謀論もお盛ん。マイケル・バーカン『現代アメリカの陰謀論』(三公社)を。

 それらすべてを笑いのネタにしているのが、山本弘皆神龍太郎志水一夫『トンデモUFO入門』(洋泉社)。

 

 

 

『UFOとポストモダン

木原善彦)   (平凡社新書)  2006/2/11

 

 

 

アブダクションとエイリアン

・ひょっとすると数百万人の人々がアブダクションされ、インプラントされている。

 

・EBE「地球外生物的存在」は、合衆国政府と秘密協定を交わしている。EBEは自由にミューティレーションとアブダクションを行なうことができ、またニューメキシコ州ダルシーに秘密基地を建造することが許可された。それと引き換えに合衆国政府はハイテク技術と兵器を与えられた。

 

EBE「地球外生物的存在」が協定に違反し、使える技術や兵器を合衆国に与えなかった。

 

・ 1979年、ダルシー基地内の人間を救出しようとして、合衆国の特殊部隊の兵士66人が殺された。(「ダルシーの大虐殺」)

 

・人類を家畜化しようとするEBEと合衆国政府は、既に戦争状態にある。

 

・「スター・ウォーズ計画」の通称で知られる戦略防衛構想(SDI)は、ソビエト連邦を仮想敵とするものではなく、実はエイリアンと対決するためのものである。

 

 

 

『あてになる国のつくり方』  フツー人の誇りと責任

井上ひさし、生活者大学校講師陣    光文社    2008/8/7

 

 

 

近隣との百年戦争

・もっと根深い話をしましょうか。都会でもそうでしょうが農村では、隣り同士の仲が悪いのです。ま、わが家もそうですね。隣の隣の家とは、利害関係がないから仲がいいのですが、とくに後ろの家とは、親子三代で、もう100年も争っています。発端は、わが家の敷地が、裏の家の土地に三尺ほどはみだしていると向こうが三代にわたって言い続けていることです。私は、絶対うちの言い分が正しいと思っているのですが、どちらも物的証拠がない。後ろの家の言い方はしつこくて、

 

「お前は立派なことを言ったり書いたりしてるけど、何だ、お前、盗人じゃないか」と、こういう言い方を何度もしてくれるわけです。

 

・とうとう私は頭にきて、「それならこの土地は俺が買う。坪100万でも買ってやるぞ」と、腹をくくりました。親戚や区長さんに来てもらい、立ち会ってもらって、金で折り合いをつけようとしたのです。ところが、当時まだ生きていた親父が、「絶対そういうことをしちゃいかん」と反対する。なぜか。

「お前がそういうことをすると、前の二代が嘘をついてたことになるじゃないか。自分たちがいっていたことは間違っているから、あいつは金を出したのだ、ということになるから、絶対しちゃいかん」

 

たしかにそうです。結局、話をつけるのはやめました。だから、まだまだ喧嘩は続く。うちの息子にも親父の教えを言い伝えていますし、小学校の5年生の孫にもきちんと伝えていますから、争いは100年は続く・・・そういう世界なのです。

 

・そういう世界に何がグローバリゼーションだと、私は、いつも言っているのです。

 

農村原理主義による運命共同体

・日本の農村はよく、運命共同体だと言われますが、その根っこは、田んぼに使う水にあります。田んぼは自分のもの、つまり私有地、しかし、田んぼに使う水は自分のものではありません。上流から下流へ流れてくるものだし、皆で共同管理しなくてはいけないから、自分勝手なことはできない。流域全体のシステムに従うしかないのです。ですから、個人主義や自我は、稲作をやっている限り絶対に人々の心には育たないのです。

 

大農場がつぶれる時代

・では大農場をもつブラジルの農家がいいかというと一概には言えません。ブラジルは、完全に市場主義が成立していますから、弱肉強食が社会的に容認されています。国も何ら手助けしてくれません。だから大農場でもやっていけない現状が生まれてきます。

 

・グローバリゼーションの中で、1ヘクタールだろうと1700ヘクタールだろうと農業では食えなくなっている、これが世界の農家の現実です。

 

グローバル化に農業の未来はない

佐賀県では1800億円あった県下の農業粗生産額がこの間に毎年100億円ずつ減っていきました。

 何度でも、声を大にして言いたい。毎年100億円ずつですよ。

 

・本当に、農業で食えない状況は深刻です。しかも、高齢化はすすむ一方だ。これは、佐賀県だけでなく、日本国中同じ状態なのです。

 

・「今、村の人が一番関心を持っているテーマは何ですか?」という質問をぶつけてみると、「若い者は出ていってしまった。残った者は歳取った。さあ、どうするかということだよ」という言葉が返ってきました。

 

・しかし、私は日本の農業が滅びたって、百姓は困らないとずっと言ってきました。農家は、どんな時代になっても、自分と自分の家族の食べる分だけは作りますからね。他人が食べる分をやめるだけの話です。それで、いいんですよ。結局、日本の農業がなくなって困るのは消費者であるフツー人です。そういう意識も視点もフツー人の間に育っていない。そこが困った問題です。

 

 

 

荒俣宏の不思議歩記』

荒俣宏   毎日新聞社    2004/11/1

 

 

 

蜂須賀正氏の有尾人調査

・平成15年4月13日、東京の立教大学で「蜂須賀正氏(はちすかまさうじ)生誕百年記念シンポジウム」が開かれた。永らく忘れられた人物だったので、まことに喜ぶべき復権である。正氏(1903~53年)は阿波蜂須賀十八代当主だった一方、鳥類学者として華々しい業績を残した。日本人ばなれした冒険貴族でもあった。

 

・それで思い出したのが、正氏は昭和3年にフィリピン探検を敢行した際、帝大の松村瞭博士から奇妙な調査を依頼された逸話がある。いわく、「フィリピンのどこかに尾のある人間がいるので、これを研究できたら世界的に珍しい報告になるでしょう」。

 かくて正氏は有尾人発見という無茶なミッションを負って出発した。鳥類採集やアポ山登頂など多くの成果をあげたこの探検にあって、正氏は最初のうち有尾人調査にもずいぶんと力を入れたようである。30年前にフィリピンで撮影された証拠写真を入手していたので、自信もあったようだ。その他、マレー半島ボルネオ島ニューギニアでの有尾人情報を手にしていた。

 

・じつは昭和初期、日本には密かな有尾人ブームが起きていた。端緒となったのは、大正期に開催された大正博覧会、つづいて平和記念博覧会にもお目見えした「南洋館」だった。南洋への関心を高めるべく、見世物に近い物産紹介が行なわれたが、その一部に有尾人まで加えた南方の風俗を含んでいた。数年前にわたしは、平和博のときと思しい南洋館発行の絵ハガキに、「ボルネオ、ダイヤ族有尾人」なる写真を発見して、驚きのあまりのけぞった記憶がある。その解説に、正氏が入手したのと同じような、アジア各地の有尾人目撃情報が載っていた。

 

・しかし正氏の探検隊は、進展とともに純粋な博物学調査に忙殺されていったし、正氏自身もマラリアに罹って以後は有尾人への関心を弱めた。ただ、日本の一般市民は、みごとなキングズ・イングリッシュを身につけ、狩猟の技にもたけ、自家用飛行機で飛び回る破天荒な正氏を、あいかわらず「怪人」扱いしつづけた。たとえば、昭和14年小栗虫太郎は『有尾人』と題した秘境冒険小説を発表。正氏が実地調査したアフリカ中央部に有尾人「ドド」を出現させた。正氏は絶滅島ドードーを研究し、「ドド」と表記していたから、モデルは正氏その人と思しい。

 

平田篤胤の広い関心

・平田神社に保存されてきた教材の中に、絵軸がいくつも残っている。どれも、晩年の篤胤が最も力を入れたテーマ「幽冥界」と「神代」を解決するのに用いたものだ。霊界だの神の時代(古)だのは、これを目撃した人がいないわけだから、『古事記』などの古典を講義しても、文章だけではどうしても限界がある。そこで篤胤は「物」を用いることを始めた。江戸後期には考古学も進展し、各地で古物の発掘が盛んになっていた。時代の遺物と考えられるものが、文字も含めて発見されていた。篤胤は実物を示しながら講義し、「神代文字」も実際に使ってみせた。神代のことを実物を介して説明したことで、門人たちの理解は画期的に向上したにちがいない。

 

・しかし、神代はそれでよいとしても、霊界のほうは「物」で説明できない。なにしろ俗世とは別の空間であるから、幽霊や妖怪を捕えて展示するわけにもいかない。そこで篤胤が編みだしたのは、「絵」つまりビジュアルを活用する方法であった。篤胤は仙境や死後の世界を見て現世に戻ってきた「目撃者」を探し、その人たちから徹底した聞き取り調査を行った。仙境で暮らしたという「天狗小僧」寅吉などは、門人にして十数年にわたり調査を継続している。寅吉が伝える仙境の舞踏については、楽士、舞手の配置、見物人の並び具合、果ては楽譜にあたる音曲の詳細まで聞きだしている。

 

・これらの情報を絵画化し、ついに「見えない世界」の講義術を確立した。たとえば、仙境に住む「角の生えたイノシシ」を、仙界の住民が鉄砲で狩猟する光景を描いた画軸がある。日本一の鉄砲鍛冶、國友藤兵衛が寅吉に確かめたところ、仙人は空気銃を使うと聞いて仰天した。また、それまでビジュアル化されたことがなかった日本の神々の姿をも、篤胤は絵画化した。「高根様」と称する仙界棟梁の肖像は、まことに迫力に満ちている。記紀に語られる地上最初の陸地「オノゴロ島」を克明に描いた軸もあった。国学の教授法の革命だったと思う。

 

・篤胤を継いだ二代銕胤は、明治維新のあと大学校の開設を計画する役職に就いた。しかし、島崎藤村『夜明け前』に見るごとく、絶望してすぐに新政府と距離を置いた。平田学派は幽冥界の主神、大国主命や、南朝天皇にも敬意を払い、独自の神道思想を深めていた。しかも、その担い手は庶民が主体だった。

 

稲亭物怪録を覗く

広島県の東側に三次という市がある。全国的には無名に近いが、二つの自慢がある。一つは、『忠臣蔵』の浅野内匠頭に嫁した阿久利姫(のちの瑶泉院)。もう一つは、1カ月間妖怪の来訪を受け続けながら耐え抜いた豪の者、稲生平太郎。2人とも三次の出身者で、郷土の誇りといわれる。わたしは『忠臣蔵』にも心惹かれるが、やはり時節柄、妖怪に食指が動く。

 

三次市では稲生平太郎の妖怪話を市興しのテーマに据え、すでに「物怪プロジェクト三次」が進行していた。この平太郎は江戸中期に三次に住んだ実在の武士だ。三次藩はその頃廃藩になったあとで、宗藩の広島浅野家から禄を受けてはいたが、仕事もなくブラブラしていた。16歳の平太郎はある日、江戸帰りの相撲取り三ツ井権八に「三次の侍は意気地がない」となじられたことに反発。肝試しと百物語に挑んだ。

 

・ところが、これで比熊山から妖怪の一団を呼びこんでしまい、7月1日から1カ月間、毎晩のように妖怪の来訪を受ける結果となった。目玉のついた石、女の生首、割れた頭から出てくる赤んぼう、ぞろぞろはいりこんでくる虚無僧の群、浮きあがる畳、赤い舌でベロベロと舐めまわす大顔、果ては巨大な蜂の巣から黄色い液がボタボタ垂れてくる怪など、ゾッとするような物怪にたたられた。しかし平太郎はついに耐え抜き、妖怪大将を退去させた。この「実話」が広く流布したのは、なんといっても多くの絵巻が制作されたことに拠っている。2002年6月、県立歴史民俗資料館に寄贈された未見の絵巻『稲亭物怪録』があると聞き、ぜひとも見物したくなった。

 

・最後の場面、妖怪大将が退散する光景では、無数の妖怪どもがツバメのように長い尾を引きながら宙を飛んでいる。今まで見た平太郎の妖怪絵巻のうちでは最も詳しく、他の絵巻では図示されなかったシーンが続出する。

 

・さあ、エラいことになった。絵巻のタイトルも『稲亭物怪録』とあり、これまで使われてきた題、『稲生物怪録』とも異なる。他にただ一冊、同じタイトルの写本が慶應大学に所蔵されているが、ここに挿入されていた絵とよく一致する絵巻だ。つまり、これは別系統を構成する作品群の一つなのである。稲生平太郎の妖怪話は、江戸時代から、平田篤胤泉鏡花折口信夫など多くの人々を魅了してきた。いまだに実話だったのかフィクションだったのか、全貌が明らかにされていない。この新発掘の絵巻が新たな手掛かりとなり、世にも珍しい妖怪実見記の真相が解明されることを祈る。

 

 

 

『図説 奇形全書』

マルタン・モネスティエ  原書房 1999/9

 

 

 

奇妙な人あれこれ

しっぽのある人

・1910年に旅行家のW・スローンは、ニューギニアの奥地で、四肢に加えてしっぽのある部族を発見した。公式発表によると、それはしっぽ状の突起物で、ヒヒのしっぽと同じくらいの長さがあった。

 

・しかし、新たな報告が三つなされている。その内容はこれまでに述べたものとほとんど変わらなかったが、この報告をきっかけに、ヨーロッパ各地でしっぽのある人間の問題が再び取り上げられるようになった。一つ目は、フィリピンのルソン島に住むブトク族について、フォルバン医師が1926年に収集した観察に関するものである。この部族の者は、著者が撮影した多くの写真が示すように、たびたび長いしっぽを備えていた。二つ目の報告は、1928年にさかのぼり、最もよく引用されているものである。インドシナに派遣されたネデレック博士が、両親とともにサイゴンの監獄に入れられていた、12センチのしっぽを持つ、8歳の中国人の子供を見つけたのである。ネデレックによって撮影された子供の写真は、世界中に配信され、大きな反響を巻き起こした。

 

・しっぽのある人間に関する論争に火をつけた三つ目の情報は、サン・ペロドのヴェラスケス博士が発表したものである。それは次のような文章で始まっていた。「ホンジェラスのトルヒーヨ市の近くで海水浴をしていたとき、カリブ族の中年の女性が海岸にやってきた。彼女が無造作にすべての衣服を脱ぐと、長さ16センチのしっぽがついているのが見えた。その先端は、すでに短く切ってあるようだった」。

 これらの話をもとに繰り広げられた多数の論争を得て、今日でもなお通用している科学的な理論が導き出された。すなわち、しっぽのある人間という特別な種族は存在しないということである。それはただ、どんな種族であれ、同じ家族の中で代々伝えられる奇形にすぎないのである。

 

・今日、この種の奇形に出会うことはまれだが、それは自然がこのような奇形を作り出すことが少なくなったからでなく、当然ながら幼いころにそれが見つかることが多く、ちょっとした外科手術で取り除くことができるからである。

 とはいえ、今日でもなお、いくつかの国の奥地でときどき、しっぽのある大人の人間が見つかっている。数年前、トルコのアンカラにある陸軍病院の医者たちが、トルコ東部から来た21歳の若い徴集兵にしっぽがついているのを発見した。彼は兵役検査にかかるまで、しっぽのあることを隠していた。彼のしっぽは脊椎のほぼ先端に生えており、長さは30センチほどもあった。

 

 

 

『河童・天狗・神かくし』

松谷みよ子)(立風書房)1985/7

 

 

 

 山の神などによる神隠

・ある時、この部落の小さい女の子がふっとかき消すようにいなくなった。部落総出で探してみても、いっこうに手がかりはない。幾日かたって、また、ふっと現われた。その現われ方がまた不思議なことだった。この部落のはずれの薬師堂の梁の上に、その女の子はちょこんと坐っていたんだ。村の衆は、あれは薬師様にさらわれたんじゃっていった。  (長野県)

 

岩手県和賀郡がはんらん。和賀町横川目。私が15歳の頃(昭和10年前後)の事件である。大雨で村の中央を流れている尻平が氾濫した。その日、私の部落の幼児(5、6歳)が見えなくなったという騒ぎが出た。消防団も出たりして、部落総出で探しまわったが、夜中になっても見つけることができなかった。きっと川に落ちて流されたに違いないというので、川下を探しまわった。ところが、朝になってその幼児が川向うの山の中で無事で発見された。これはどう考えても不思議なことでした。その川には、丸木橋一本かかっているだけで、当日の大雨の氾濫で大人でも渡ることができない状態でした。

 

・長野県上伊那郡。浦の新三郎猟師といえば、山の神様となれ親しんだ逸話の持ち主として知られています。明治の初年のこと、新三郎は金子勢五郎猟師と連れだって仙丈岳へ猟に出かけましたが、二人は途中の小屋で単独行動をとることにきめ、別れ別れになりました。それから1週間、新三郎猟師は、杳として消息を絶ってしまいました。村人に依頼して山中を捜索してもらいましたところ、勢五郎と別れた小屋に戻っているところを発見されました。新三郎の話では、小屋を出てしばらく行くと、立派な婦人が現われて手招きするのに出会いました。誘われるままについて行くと、苺などの実る場所へ連れて行かれ、たらふくごちそうになりました。

こんなわけで、山にいる間は、ついぞ空腹を感じなかったという話でした。村人はその女性を山神であるとみていますが、山神男性説をとるこの地方にも、こうした観方のあることはおもしろいことです。

 

 出典:松山義雄著『山国の神と人』(未来社

 

和歌山県西むろ郡上三栖。紀州西むろ郡上三栖の米作という人は、神に隠されて二昼夜してから還って来たが、其間に神に連れられ空中を飛行し、諸処の山谷を経廻って居たと語った。食物はどうしたかと問うと、握り飯や餅菓子などたべた。まだ袂に残っていると謂うので、出させて見るに皆紫の葉であった。今から90年ほど前の事である。又同じ郡岩田の万蔵という者も、三日目に宮の山の笹原の中で寝て居るのを発見したが、甚だしく酒臭かった。神に連れられて、摂津の西ノ宮に行き、盆の13日の晩、多勢の集まって酒を飲む席にまじって飲んだと謂った。是は六十何年前のことで、共に宇井可道翁の璞屋随筆の中に載せられてあるという。

 

・昭和二十年頃の話。私の家の近くの男の子(小六年)が昼間、にわとりをいじめたから神かくしにあって大騒ぎとなりました。井戸のそばにしゃがんでいたそうなのに、家人にはその姿が見えず、子供には家人の姿が見えるけど声が出なかったそうです。二昼夜、その状態だったそうですから神かくしに違いないと、父母が言っていました。(青森県

 

 

 

『山神を見た人びと』

 高橋貞子   岩田書院   2009/3

 

 

 

<東北文化史の古層へ>

今では有名になった『遠野物語』ですが、当時これを評価したのは泉鏡花と芥川竜之助くらいで、多くの人は趣味本位の書物にすぎないと見ていました。しかし、この発刊が機縁になって、地方に埋もれた文化への見直しが始まり、やがて民俗学が生まれました。人々の語る伝承の比較によって日本人の歴史がわかるというのは、まったく新しい学問の誕生でした。

 

・遠野で、『遠野物語』が再発見されたのは新しく、昭和45年(1970)ごろからでした。岩手国体の実施に当たって、地域の文化を観光資源として活用することが図られましたが、その年はちょうど発刊60年にあたっていました。その後、遠野では民俗学資料に重点を置いた博物館、佐々木記念館を核にした伝承園、柳翁宿と柳田の隠居所を含むとおの昔話村、南部の曲がり家を移築した遠野のふるさと村といった施設を整備しました。

 

・『昔なむし』の巻末にある「岩泉地方の昔ばなしとわたくし」には、幼少時に昔話を聞いた思い出から、家業と子育てをしながら採集と執筆を行った様子が書かれています。店先や汽車の中が聞き書きの場であり、夜中や早朝が原稿用紙に向かう時間だったのです。書くことへの執念と信頼が、こうした貴重な資料集を生みだしたのです。

 

山の神に出遭った人

・岩泉の向町の佐々木亥之松(いのまつ)さん(明治生)は、20歳だったある日、山仕事で山中に入りました。奥山まで行ったとき、いきなり樹の間から顔の真っ赤な大柄の人が出て、ずいと顔を合わせました。「あ、あー」とおどろいた亥之松さんは、後退りました。ところが、相手は亥之松さん以上におどろいた様子で、うろたえながら樹の蔭に隠れました。

 さあ、亥之松さんは転がるようになって家に戻ると、

その顔はらんらんとして燃える火のようだった

と家の人に話したきり、40度の高熱を出して寝込んでしまいました。

 高熱はなかなか下がりません。亥之松さんは重態でした。あまりのことに家の人は、神子さまに、ご祈祷を頼んでお宣託を聞きました。

 

 お宣託は、「山中で出遭った顔の赤い人は、山の神だったのです。

山の神は<木調べ>のために山中を歩いておられたのです。人間に見られてはならない姿を見られて、山の神もおどろかれたのでしょう。亥之松さんの病は、40日間病床に臥せば恢ります

と、告げました。

 そのご、ほんとうに亥之松さんは40日間でもと通りの健康体にもどって、そのあと長生きをして生涯を終えました。

 

山男にさらわれた娘

田野畑村田代の南という家に、名をハツエと呼ぶ美しい娘がおりました。ある日、ハツエは、手籠を持って春菜を摘みに出かけたまま、突然、姿を消しました。

 家族はもちろんのこと、村中が総出となって探しましたが、ついにハツエを見付ける「ことはできませんでした。ところが、その日から十数年たったある日、村のまたぎ(狩人)が山中でハツエを見ました。

 ハツエは、ごつごつとした岩の上に座って、長い髪を櫛でとかしていました。またぎはおどろいて、「ハツエではないか」と、声を掛けました。

 ハツエもまたぎを見ると、おどろいた様子で、なつかしそうに涙をはらはらと流しました。やがて、

あの日、山男にさらわれて山女になった。あのころのハツエではない。今は山女なれば、おいらに出会ったことをだれにもしゃべるな。もし、しゃべったら、われの命は無いと思え

 こう言うと、さいごは恐ろしい形相となって威しつけました。

 

またぎは、「だれにも一切しゃべらない」

と、約束をしました。ハツエは、

「約束を破れば、3年のうちにお前は死ぬぞ」と、更に威しました。

またぎは秘密を抱えて山を下りましたが、心の中は平らではありませんでした。だんだん体の調子まで悪くなるようでした。こらえかねたまたぎは、ついにある日、ハツエと出会った一部始終を、村のだれかに話しました。

 またぎはだんだんやつれてきて、青白くなって死にました。山女に出会って3年以内のことでした。

 

<人身御供とヒヒ>

・遠い昔のことです。小本海岸の波鼓が舞のあたりに巨大な松の古木があって、その枝に強そうなヒヒ(マントヒヒの異称)が腰掛けていました。そこは浜通りとして人びとの往来するところでした。

ところが、よく人隠しがあって、突然、人が見えなくなってしまう騒ぎがありました。

「なんでもあのヒヒが人を食うらしい」と、人びとは恐れました。

 村人たちは相談の結果、若い娘を人身御供にヒヒに差し出して、ご祈祷をすることになりました。

 

・若い娘は毎年一人ずつ、裸にされてヒヒに供えられました。のちにその娘たちの魂を鎮めるために「人殺神社」が建立されましたが。明治以前に廃社になったということです。

 

天狗山から鼓の音

小川の国境峠に天狗山があります。海抜654メートル。昔から天狗の隠れ住む山と伝えてきました。

今でも国境集落の人びとは、「トン、トン、トン、トン」

と、天狗山から鳴り出す鼓の音を聞いています。

 やがて鼓の音は、集落を囲んで立つ峰から峰をわたり歩いて、

「トン、トン、トン、トン」と、鼓の音を聞かせるといいます。

 鼓の音は、四季も時刻も関わりがなく、いつ、どうともなく聞こえ出すようだと、国境の人びとは気付きました。

「きっと、天狗様は、ご自分の所在を知らせたくて、鼓を打つのだろう」と言い合って、鼓の音を聞くと、どんな仕事をしていても手を休めて戸外に集まり、天狗山を眺めるということです。

 

天狗に殺された12人の神楽団体

・天狗森は、猿沢の奥にあって、昔は天狗が隠れ棲んでいた深い森でした。近くの与一屋敷では、あるとき神楽宿をしたのですが、朝には、12人の神楽団体全員が死んでいました。与一屋敷の人は全員無事でしたが、この一大事に気付きませんでした。

 その夜、真夜中の与一屋敷に天狗が舞いおりて、神楽衆の一人ひとりの口に息を吹き込んで殺したのでした。人間は天狗に息を吹き込まれると、即、死ぬといいます。その方法は、天狗は鼻が高いので、人間の頬に頬を近寄せて息を吹き込むと伝えていました。

 猿沢の武田博さん(昭和4年生)は、少年時代に与一屋敷跡に行ってみました。そのときの与一屋敷跡には、土台石や腐った建築材が見えたので、そんなに遠い出来事ではないと思ったそうです。

 

ツチグモと呼ばれた種族

・遠い昔、この地方をはじめて開拓したころ、われわれと別にアイヌとツチグモがいました。アイヌは狩猟をして山で暮らしていましたが、ツチグモは極端に小さい体で、山野に穴を掘ってその中に隠れ住んでいました。

 穴の入口に木の葉や草を被せていましたが、とても獰猛でアイヌや村人が通ると、いきなり襲って穴の中に引きずり込んで、猟物や食料を奪い、衣類を剥ぎ取りました。ツチグモはとても怖かったということです。

結局、ツチグモは絶滅したのですが、ツチグモを退治したのはアイヌでした。

 

 

 

『宇宙太子との遭遇』    上平剛史作品集

 上平剛史  たま出版  2009/12/1

 

 

 

 宇宙太子(エンバー)との遭遇

 御家倉山(おやくらやま)での出遭い

宇宙船は私のほぼ真上までくると滞空した。やがて、グリーンの光の帯が降りてきたかと思うと、その光に乗って、『ひとりの人間のような者』が、地上へ降りてきた。そして私と30メートルほどはなれて降りたった。髪は美しい栗色で、肩のあたりまであり、きれいにカールされていた。目は青く澄み、美しく整った顔は、神々しさをたたえて、ニッコリと微笑んでいる。黄金色の柔らかな絹のジャンプスーツのようなものを着ており、腰にはベルトのようなものが巻かれていた。私には、天使か神様かが地上に降り立ったかのように思えた。私が驚いたまま、じっとその存在を見つめていると、相手は静かに口を開いた。日本語だった。「やあ、剛史君、初めまして。いつか、のろさんが話したことのある宇宙太子というのが私です。よろしく。今日、ここへ君を来させたのは、私が呼んだのですよ」

 

 

 「昔から御家倉山(おやくらやま)には天狗が出ると言われていたから、それは天狗だべ」

 <未来>

ちなみに、我々、プレアデス星人は6次元から7次元のレベルにあります。あなた方から我々の科学を見ると、進歩の度合が高すぎて神がかっているように思われるようですが、この宇宙には我々にも分からないことがまだたくさんあるのですよ。ていねいに調査しても、まだ宇宙のほんの一部分しかわかっていないのです。さあ時間がないから先を急ぎましょう。次は東京です。

 

・前と同じように、画面に日本地図が現れ、宇宙船の現在地が示され、赤い点がするするっと東京の位置まで伸びてとまった。また、一瞬思考が止まったような感覚と、かすかになにかをくぐり抜けたような体感があった。わずか数分のことである。赤かった印がきれいなピンク色に変わると、やがて正面の画面に東京の街並みが映し出された。

 

・しかし、それは今までのビル群とは明らかにちがっていた。全体がガラスかプラスチックのような透明な建物で、ピラミッド型や丸いものが多かった。レールも、煙を吐きながら走る汽車もなかった。車も従来の車輪がついたものではなく、浮きながら滑るように走っていた。窓へ駆け寄って下を見ると、やはり、それは画面に映っている光景だった。皇居と思われる画面が映し出された。が、そこに皇居はなく、人々の憩いの公園となっており、だれもが自由に出入りしていた。

 

・私は、びっくりして、「まさか、未来の・・・・」とつぶやいた。

 剛史、よく気がついたね。そう、これが日本の未来です。日本という国はなくなり、世界連邦のひとつの州になっているのです。世界連邦においては、もはやお金は必要なくなったのです。地球人類も少しは進歩したようですね」

 

 

 

『北の大地に宇宙太子が降りてきた』

上平剛史  たま出版   2004/6

 

 

 

・著者は、昭和16年生まれ、岩手県浪打村(浪打峠に「末の松山」のある所で有名)出身。

 

大いなるもの

・目には見えない極微極小の世界から、波動によって織りなされて、物質は発現してきているのである。すなわち、「この世」に「大いなるもの」によって、発現されたものは、全て感性を持っているのであり、「大いなるもの」は、波動によって段階的に次元をつくりながら息吹によって気を起こし、自分を発現していったのである。

 

貨幣経済の廃止

・国は、歳入不足に陥ると、すぐに国債を発行して、帳尻を合わせる。国民からの借金で、目先をしのぐのである。その国債には利払いが発生し、その利払いが大変な額になって毎年のしかかり、利払いのためにも赤字国債を発行しなければならなくなる。そのため、赤字国債は雪だるま式に巨大な額となり、ついには元金の返済は不可能という事態に陥る。その地点を「ポイント・オブ・ノーリターン」という。

 

・日本はすでに、ポイント・オブ・ノーリターンを超えてしまった。超えてはならない線を越えてしまったのである。

 

・ポイント・オブ・ノーリターンを超えているのに、日本は自衛隊イラクに派遣し、赤字国債乱発で得たお金をそれに使う。

 

・国内には経済問題による生活困窮者が激増しその結果借金苦や事業の行き詰まりから自殺する人達が増加したのである。

 

・日本は国家予算の使い方を抜本的に考え直さなければならない。従来の予算の使い方を隅から隅まで洗いなおして、何が無駄に使われて、何が有効的だったかを、はっきりさせなければならない。

 

<宇宙連合>

宇宙太子からのメッセージ

・地球人類よりもはるかに進化した星人により組織されている宇宙連合の仲間(オリオン人、シリウス人、アンドロメダ人、リラ人、カシオペア人、牡牛座人、ヘルクレス人、レチクル人、リゲル人・・・・)に加わってください。

 

・人類が宇宙連合に到達したならば、宇宙考古学により、地球人類のルーツが、明らかになるでしょう。そして、宇宙に飛び出すことに力を集中してください。私も宇宙連合もいまかいまかと人類を待っているのです。

 

・人類の英知を科学の進歩、医学の進歩、文化の進歩に総結集したならば、人類は星間宇宙旅行のできるスペースマンにまで進化し、地球人類よりもはるかに進化した異星人たちによる宇宙連合の仲間入りを果たすことができる。

 

・進んだ星人(宇宙人)は、すでに宇宙と生命の原理を解明していて、神の領域にまで到達し、星から星へ瞬時に宇宙のどこへでも意のままに行けるシステムを開発している。その驚くべきシステムは新しいエネルギーの発見と、その利用の仕方に負うものであり、地球人類は、新エネルギーの発見と利用については、あまりにも遅れすぎているのである。

 

「あの世」と「この世」

・「大いなるもの」は、波動によってさまざまな次元をつくりながら、この大宇宙を創造し発現させている。

「この世」の裏側には「あの世」があり、「あの世」の裏側には「この世」がある。その認識は正しいのだが、「この世」と「あの世」は、異なった次元に同時に存在しているともいえる。

その「この世」と「あの世」も「大いなるもの」が波動によって発現させたものである。

「あの世」が普通の人間に見えないのは、その次元を普通の人間の感覚器官がレシーブできないからである。波動の違いによって見えないだけなのである。

 

・進化した星人、宇宙人においては、貨幣経済というものはなく「誰もが平等に平和に暮らせる社会」は、人類が誕生する以前から確立されていた。その後に誕生した地球人類は進化した星人に追いつけないばかりか、いまだに自然を破壊しながら、戦争ばかりを繰り返している。

 

そんな感傷の日々を送っていたある日、突然、私に宇宙太子が降りられ、私に「宇宙の法」を授けられたのである

 

 

 

『プレアデス星訪問記』 

上平剛史  たま出版     2009/3

 

 

 

<宇宙太子との再会>

・それは、私が故郷である岩手県に住んでいた16歳のときのことである。

 

<葉巻型巨大宇宙船へ>

・「葉巻型母船は長さ4キロメートル以上で、太さは一番太いところで、直径7、8百メートル以上あります」

                    

・「この母船はひとつの都市機能を持っており、ありとあらゆるものが備わっています。生き物のような船であると言っても過言ではないでしょう」

 

・なんと、これでも中規模程度の母船らしい。10キロメートル、20キロメートル、さらにそれ以上の大きさの地球人類には想像もできないほどの巨大な母船も存在するという。この母船では縦横およそ50メートルおきに道路が設けられ、階層は最も厚いところで40~50層になっているそうである。母船の中に公園や山河まであるらしい。この母船で生まれ育ち、一生を過ごす者もいるそうである。

 

・宇宙人にはそれぞれ母星があるが、母船には母星の都市機能が備わっており、母星の社会がそのまま存在している。母船の惑星としての役目を果たすため母船が故郷となる者もいて、そういった者は、ある意味で、母星で暮らしている人間よりも精神的に進化しているらしい。

 

・「この母船には我々プレアデス星人だけでなく、様々な星人が協力のために同乗しています。地球人類がグレイと呼んでいる宇宙人もいます。もっともグレイは我々が遺伝子工学、バイオ化学、宇宙科学を駆使して造ったロボットでしたが、今では宇宙や特定の星の調査など、さまざまな分野で活躍しています。他にも爬虫類、鳥類、魚類、昆虫、植物などの生態から進化した人間もいます

 

・「この母船は、最大収容能力は5千人ですが、現在は4千人くらいでしょう。ただ、乗せるだけならば、1万人は乗せられるでしょうが、常時生活して長く滞在するとなると5千人が限度です。食料やその他の問題がありますからね。この母船には、ここで生まれた子供たちを教育する係もちゃんといるのですよ。子供達が大きくなれば、母星の学校や他の進んだ星へ留学する場合もあります」

 

・UFO研究家で有名な韮澤潤一郎氏も「微に入り細に入る教訓的宇宙オデッセイであり、近頃には珍しい詳細な本物の体験記であると思う」と記している。

 

・だれしも、ある時夢での宇宙をさまよったこともあるのだろうが、本書によって、しばし宇宙旅行を楽しまれることをおすすめする。

 

 

 

遠野物語事典』

(石井正巳) (岩田書院)2003/7

 

 

 

<山の神>

・背丈は「丈高き」「背高く」。顔色は、「顔は非常に赤く」「顔は赤く」「顔はすてきに赤く」「面朱のような」とある。眼の光は、「眼は輝き」「眼の光かがやける」背が高く、顔が赤く、眼が輝くという点でパターン化している。

 

「山男」

・遠野郷の民家の子女にさらわれる者が多く、特に女に多いという。「女は、恐ろしい人にさらわれたが、その人は、背が高く、眼の色は凄く。生んだ子供を持ち去ってしまうものの、仲間と連れ立って食物を持って来てくれるという」。「山里で髪の長い美しい女を撃つ」証拠として、黒髪を持ってきたが途中で眠くなり、背丈の高い男が取り返して立ち去ったと見ると眼が覚める。その男は山男だろうという。

 

「山女」

・「山女は、ぼろぼろの着物を着ているが、色白で長身、長い黒髪を持ち、あでやかである。幼児のいる母親でもある。飛ぶように走ったり、記憶をなくさせたりする特異な力を持つが、銃弾には倒れる。人恋しいかのように里人の前に現れるが、その特異な力や叫び声、大きな笑い声のため、里人にとっては、非常に恐ろしく、恐怖で病死する者もいる。

山女が現れる場所は、遠野地方の東にある六角牛山。白望(白見)山などの山中である。六角牛山は、女神が住んだと信じられた遠野三山の一つである。

 

 

 

 ■■■ 私が思うこと、聞いたこと、考えること ■■■

 (2024/3/4)

 

 

・現代においてもウクライナ戦争では「ネオナチ」という言葉がでるようにヨーロッパにおいては「ナチス」という言葉が徘徊しています。しかし第2次世界大戦以後タブーとなっており、それに関する法律もあるようです。現代になってからも「ナチス」の関連書が非常に多く出版されているようです。

 

著者は、「ランツとの関連でとりわけ注目すべきは、人間が獣あるいは半人半獣と交合してきた、とブラヴァツキーが唱えていた点であろう」、「忌まわしい人種混合によって、退化、失墜する高等人種=神人と、進化、上昇する劣等人種=猿人という構図こそ、『神聖動物学』の根幹をなすテーゼといえよう」、「その対極的存在たる高等人種は、性の快楽のためにこれらの獣人と交接、その結果、高等人種の純潔な血は汚れ、彼らは退化してしまったという」、「なお、このような獣姦コンプレックスとでも呼べるオブセッションは、創世記第六章における「神の子」と「人の娘」の交わりを巡る記述に窺えるごとく、西欧精神の暗部に連綿と巣食ってきたものである」、「一方、獣人たち劣等人種はその交合を通して逆に進化してしまった。高等人種の犯した罪とは「獣姦(ゾドミー)」なのであり、かくて、ランツは獣人を「ソドムの猿」と呼ぶのである」と報告しています。しかしながら、超太古からの神人や異人の生態や歴史は分かりません。

 

・現代においてはドイツ語を話す宇宙人とか、宇宙における“ドイツ軍“の話もよく語られています。膨大な量のエイリアン情報が出てきていますので、研究者たちも大きく増えてきているのでしょうか。

「ノーディック」が建造したオリオンシステムの宇宙船は、人間に売られたと指摘されています。

オリオン星人は人類に5万年進化しているといわれ、「人間の魂の交換」ができるようです。「大本教出口王仁三郎は自分はオリオン星から来たと語っている」そうです。

 

現代においてもビッグフットやサスカッチのような「獣人」を「空飛ぶ円盤」からオリオンETグループが降ろしているといわれています。

「なんとビッグフットが「空中に姿を消すことができる『異次元の存在』かもしれない」という結論に至ったといわれます。またビッグフットがエイリアン・アニマルで、エイリアンのペットだとする説もあるようです。「ビッグフットは、実際に存在していますよ。彼らは、地球人との接触を避けるために、別次元にシフトする術を得たのです」と指摘されています。

ビッグフットが「異次元移動」できるように思えるのも、その現場の異次元にオリオン星人がいるからなのでしょう。ルシファーが超太古から地球を生体実験の場所にしていたのかもしれません。ネガティブ・グループのシリウス人がモンスタータイプの生物を創り、神に対抗したので神に嫌われたといわれます。河童も異人(オリオン星人)が連れてきたといわれます。

 

ルシファーもグレイ(ゼータ星人)を作り神に反抗したとも言われています。4次元の宇宙人と5次元の宇宙人の対立・戦争、神と堕天使ルシファーの対立・戦争が延々と続いているといわれます。「第2次世界大戦は堕天使ルシファーと大天使ミカエルの代理戦争だった」という奇説もあったといわれます。ナチスは邪悪なマスターに操られ、金髪碧眼のノルディックの血族間で交配を行うプログラムを煽動したのであるといいます。

「ミカエルが地獄界へ行く時の姿は、ルシファーと呼ばれています。ミカエル=ルシファーです。同じ神霊です」という奇説もあるようです。また「ヒトラーは堕天使ルシファーに憑依されていたのだ」という説もあります。

 

「テレポート(瞬間移動)は、人間にとり奇跡ですが、宇宙人にとっては、それほど難しくないテクノロジーだ」そうです。エイリアンの「異次元移動」がさまざまな現象の理解を不可能にしたようです。「あのグレイも壁を透き通るようにして部屋に侵入してくる」そうです。 「グレイ」は人間の無意識の中に入ってくるといいます。

人間の肉体や精神に憑依したり物質化する堕天使の生態は分かりません。堕天使が地球の女を狙って降りてくるといわれます。堕天使の性的な能力は異常に高いともいわれます。

堕天使が太古から売春やスパイ、麻薬と関係していたといわれます。

女好きの神々の性的な能力は分かりませんが、インドのクリシュナは約16000人もの妃がいたことで知られるといいます。

 

また日本の場合では「8000万年前に地球にきた河童は、グレイの一種で、海底基地にいる」と指摘されています。女好きの「猿神」「大きな狒々」の伝説も多くあります。そして中国では女を誘拐する玃猿(かくえん)の伝説もあります。

日本でも女を好む猿の経立(ふつたち)の伝承がありますが、猿の神様(ケンタウルス座α星人)ハヌマーンは、インド神話におけるヴァナラ(猿族)の1人といわれます。インド神話の猿の神様は「ケンタウルス座α星人」ともいわれます。宇宙人には動物タイプが3割も存在しているようです。

 

ヨーロッパの伝説でも「大きくて毛むくじゃらな北のトロール」は、ビッグフットに似ている(嫌なにおいがするというビッグフットの特徴も持っている)といわれます。

「<未知の惑星ナガースからの侵略者>

外来宇宙船と足指3本のイエティ

動物捕獲用ネットを利用して、北極圏部隊はイエティを20体生け捕りにした。それらはかつての流刑捕虜収容所へと連れて行かれ、それぞれ別個に人間用防御柵(営倉)に拘置された。イエティの一体は身長9フィート(約2.7メートル)を超えていただが、その夜、予期せぬ出来事が起こった。それまでは確実に檻の中に居た生物たちが、次の瞬間にはすべて姿を消していたことを警官たちは報告したのだ。残されたものは悪臭だった」という話もあるようです。

 

「異人」はオリオン星人だったようです。オリオンETグループが異次元のモンスター・タイプの生物を創り、人間と異種交配・混淆させ「人間化」させようとしたのかもしれません。オリオン星人は、エジプト文明など地球に文明をもたらした異星人だとしても知られているそうです。「オリオン星人は非常に階級意識の強い宇宙人だ」そうです。

「オリオン人は宇宙連合に属していない。彼らは、彼らだけの連合を作っている」と指摘されています。古代の伝説に登場する『蛇人』というのは、オリオン人の霊魂が地球に投影されたものと思われるといわれます。

歴史的人物には宇宙人(オリオン星人の天狗やその生物の鬼)が憑依していたといわれます。

リゲル人は「米政府と協定を結んだオリオン連盟リーダー」という話もあるようです。

 

「ニムロードは堕天使すなわちルシファーの子孫であり、強大な力を手にした。神への反逆者ということだ」

人間とは異なった次元に目には見えない天使たちの世界があり、そのうちで「ルシファー」と呼ばれていた天使が地球の支配をまかされたという話もあるようです。

オリオンやルシファーの力は、イエス(金星の大長老サナンダ)を地球から除き得る(磔のこと)ほどに強いのだといいます。

「現代的な解釈ですと堕天使ルシファーとかリラ星人のサタン(悪魔)という言葉は、遺伝子科学者の研究集団の名前だ」そうです。ルシファーもオリオンから来たといわれます。

「暗黒の勢力」は残忍な破壊行為を行ったり、人間に危害を与えたり誘拐したり動物をばらばらに切断したりするので、悪名が高いそうです。

ネガティブなオリオン人は、地球に来ている地球外生命体の中で、最も発達レベルの低い存在で、地球に暗黒をもたらそうとしているといわれます。

 

 

・『110の宇宙種族と未知なる銀河コミュニティへの招待』エレナ・ダナーン(ヒカルランド)2022/12/31

『【ザ・シーダーズ】神々の帰還』(エレナ・ダナーン ヒカルランド 2023/8/24)

『この惑星をいつも見守る 心優しき地球外生命体たち』(エレナ・ダナーン、ヒカルランド、2023/1/19)

 

という歴史を変える書物においても、「性奴隷」「奴隷売買」「人肉食の異星人」という奇妙な言葉が出てきますので、「宇宙連合」や「数千の宇宙船と多くの文明からやってきた数百万もの人員で構成されているアシュター司令部」についての研究者が増えることが期待されます。

人間にとって数十億年の進化の長い期間に「時空を超えているとてつもなく進化した異星人たち」の工作は想像を絶します。

 

 

 

 

 

(2018/10/5)

 

 

 

この本は『日本上空をハーモニー艦隊が防衛していた!』(ヒカルランド、上部一馬、2016/4/20)、『闇の政府をハーモニー宇宙艦隊が追い詰めた!』(ヒカルランド、上部一馬、2016/12/28)に続くものだそうです。

テーマが「人工地震、人工台風、HAARP、ケムトレイル原発攻撃等の闇の権力が、日本を攻撃している」というものだそうです。人工地震とか人工台風と言われても、荒唐無稽、奇妙奇天烈、支離滅裂、眉唾物で疑念がわきます。私たち一般人には、理解不能です。HAARP電磁波についても昔から言及されていますが、理解不能の方がほとんどのようです。しかしながら、その道の研究家は、真剣に研究しており、また警告するために本も出しています。現実に地震や台風に頻繁に被害を受けている日本ですから、「人工地震」や「人工台風」と言っても、誰かが少しは、信じるのかもしれませんが。果たして「気象兵器」は存在するのでしょうか?

 

・「ハーモニー宇宙艦隊」も異次元移動ができるようで、一般人には、なかなか認識できないと指摘されています。Amazonに「HAARP」と入れると17件の書籍が分かります。『気象兵器・地震兵器・HAARP・ケムトレイル』(成甲書房、2010/12/18)、『人工地震・環境破壊兵器HAARPが福島原発を粉砕した』(ヒカルランド、2013/6/25)、『悪魔の世界管理システム「ハープ」』(学習研究社、1997/4)、『恐怖の地震兵器HAARP』(学研、2012/10)等です。

 

・リバース・エンジニアリング(逆工学)によるものかもしれませんが、現代の科学者でも理解不能のようです。米国はエリア51等で「エイリアン・テクノロジー・リバース・エンジニアリング(宇宙人科学技術工学)」によって、兵器の開発に注力していると語っています。米国が秘密協定を結んだのはラージノーズ・グレイというオリオン星人といわれています。オリオン星人は人類に5万年進化しているといわれ、「人間の魂の交換」ができるようです。想像を絶するテクノロジーを持っているようです。そもそも米国が宇宙人情報をアバブ・トップシークレットにしたのは、「大衆がパニックになる」という懸念からだそうですアイゼンハワー大統領も、空中浮揚するエイリアンの凄まじいテクノロジーにショックを受けたといわれます。もしかすると異星人側からの要請、命令なのかもしれませんが。現代では普通の学者も無視できないほどに宇宙人情報が拡散しているといわれます。

 

・「銀河連盟およびプレアデス星人、アンドロメダ星人、ケンタウルス星人などのように地球に友好的な宇宙人もいれば、米国政府を操っているレプティリアンやグレイ、トールホワイトと呼ばれるような人口削減を狙い、地球制服を目論んでいる宇宙人がいることを知る必要がある」と指摘されています。太古のスター・ウォーズインド神話でも記録があるようで、「阿修羅の悪魔と帝釈天の神々が壮大なスケールで宇宙を舞台に超巨大宇宙母船が戦闘をしていた」とも伝えられています。

 

・銀河司令長官のヴァリアント・ソーの超能力は、まるで神のような能力です。ヴァルの超能力としては「「テレポーテーション」ー自分自身を任意の場所から任意の場所へ自由に瞬間移動できる。「テレパシー」ー何十キロも離れたところにいるUFO内の仲間の金星人とテレパシーで交信できる。「マインドコントロール」ー地球人の心を自由に繰ることができる。

 「未来予知」―ロバート・ケネディの暗殺を予知して、ロバート・ケネディに大統領選にでないように警告していた。ヴァルは、我々と同じ人間であるが、ものすごい超能力者であることが分かる」とも伝えられています。天使や大天使、神々のようにはるかに進化した異星人が、物質化して地上の米国政府要人とコンタクトしたようなのです。アメリカは太陽系の他惑星と外交的対話を続けており、ワシントンには金星・火星・冥王星公使館があったという奇説もあります。

 

 

・「大統領に会った宇宙人」(ペンタゴンの宇宙人極秘報告)(フランク・E・ストレンジズ)(たま出版)によりますと、物体を見えなくする技術に関しては、人類はまだ無縁のようです。が、異星人にとってそれほど、難しいテクノロジーではないそうです。アイゼンハワー大統領が異星人会ったという話は、暴露本などによくでてくるストーリィーのようですが、事実なのでしょう。異次元に存在する金星人も地球を昔から観察しているといわれます。どの遊星にも霊界があり、金星人は霊界と自由に往来して話をしているそうです。望遠鏡で見える金星と宇宙人の住む異次元の「金星」は違うものといわれます。かなりの数の宇宙人が地球に溶け込んで生活しているともいわれます。

 

・ウォーク・インとは、霊界からきた高次の知性を持った存在で、人間の精神や肉体に憑依できるといわれます。ウォーク・インとは、霊界からきた高次の知性を持った存在で、状況によって不要になった人間の肉体内に宿ることが許されているそうです。

 

米国の著名なUFO研究家のブラッド・スタイガーは「アリゾナセドナ上空にエーテルの見えないシティが滞空している」と語っています。

ブラッド・スタイガーの本で、日本で出版されているのは、

 1、「ペットたちの不思議な能力」(扶桑社)

 2、「フローシップ」(知られざる宇宙の隣人たち)(たま出版)

 3、「プレアデス科学の謎」(徳間書店

 4、「ハリウッド・スーパーナチュラル」(映画スターと超自然現象)扶桑社。以上の他に、絶版になりましたが、超常現象の本やUFO関連書籍が10冊ぐらい出版されたようです。

 

ローゼンクロイツは人間の姿をとって物質界に現れた高次の霊的存在ともいわれます。薔薇十字団に関連して語られるようです。ダムカルとは、アガルタのシャンバラのような宇宙の都市だったのか、それとも地上にあった都市なのでしょうか。

 

・『河童の文化誌』(和田寛)を見ると、大変な河童の研究家がいたものだと思います。インターネット情報によると、和田寛氏は「大学卒業後、和歌山県立図書館に勤務するかたわら、全国各地を訪ねてカッパの言い伝えを集めました。92年からカッパの情報誌「河童通心(かっぱつうしん)」を発行。96年の退職後に研究が本格化し、2005年に出版した「河童伝承大事典」には40年ほどかけて集めた伝承計5403件を収めました。12年には630ページからなる「河童の文化誌 平成編」も出版大阪府堺市の自宅には、私設のミニ図書館「河童文庫」を開き、膨大な数のカッパの資料やグッズを置きました」と伝えられています。

 

・2015年に80歳で亡くなられましたが、残された河童の資料は膨大なようです。『河童の文化誌』をみますと、日本では、「河童」に関する膨大な文学的なまたは漫画の本があったことが分かります。しかし、それでも河童の正体が分からないようです。河童の伝承は、内容の多くはフィクションで、荒唐無稽、支離滅裂、ちんぷんかんぷんなもので、UMA(未確認動物)としては、片づけられないようです。多くの作家が河童を題材にしており、日本人の関心の高さが窺われますAmazonの「すべてのカテゴリー」では、河童は3168件もあり、日本人の生活に溶け込んでいます。クラリオン星人のコンタクティ、イタリア人のマオリッツオ・カヴァーロによると「日本の河童はグレイの一種で、現在も海底基地にいる」といわれます。

 

amazonの「本」に「水木しげる」と検索しますと1354件の書籍がわかります。そして「すべてのカテゴリー」では2240件がわかります。多作の著名人だったようです。2015年の11月に鬼籍に入られて、メディアでも大きくとりあげられました。死後に、各出版社からたくさんの全集物の出版計画があるようです。1922年、鳥取県境港市生まれで93歳で亡くなられましたが、ラバウルの戦場で左腕を失った傷痍軍人で大変苦労されたようです。やはり悲惨な戦争体験が背景にあったと述べられています。多くのファンがいた漫画家でした。ところで水木しげるさんも巻き込まれた「土地の境界争い」というのは、全国的に頻発しているそうです。やはり、土地の狭隘性が原因のようです。「土地の境界争い」というのは、必ず巻き込まれるといっていいほど、よく起こる争いのようです。死後も、ファンの要望なのか多くの作品が「大全集」として出版される予定だといわれます。連続テレビ小説でその生涯が広く知られたようです。「ゲゲゲの鬼太郎」は誰でも知っている人気漫画でした。2003年に境港市に「水木しげる記念館」が開館され、マンガのみならず文章のファンも多かったといわれます。

 

・「山に棲む老婆の怪『山婆』で「山姥」ともいわれる」とのことですが、身長が2メートル40センチもあり、異次元の長身の宇宙人、アストラル界の異人との関わりが窺われます。長身の大男の話は、『遠野物語』やその他の伝説にもよく出てくるようです。日本の「山の女」の伝承も豊富です。アストラル界の住人にでもなった者達の末裔なのでしょうか。河童や天狗は文明開化とともに、日本の山々から去ったようです。しかし、ザシキワラシ(座敷童子)は現代でも、その存在が話題になるようで、いわゆる「子供の神様」なので霊能力が強いからなのでしょうか。ザシキワラシ(座敷童子)が出て行った家は、家運が急に衰えるそうです。

 

・「バシャールによればグレイというのは、本当は宇宙人じゃなくて、「パラレルワールドの地球に住む人類」です。パラレルワールドでは、この世界と併存する世界のことです」ということで、パラレル・ユニバース(並行宇宙)にかなりの種類の異星人が集まっているのかもしれません。グレイと人間の交雑種が「エササニ人」といわれます。エササニ人は、オリオン座の方向にある惑星の住人だそうです。オリオン星人は、非常に多種多様で、太古から地球と深く関係があったようです。

 

・またオリオン座は「神の故郷」ともいわれますが、『闇の勢力』も経由地にしているようです。「地球では白人種と定義されている“エリエン”のルーツはオリオン星雲にある」といわれます。そして「オリオン星人は非常に階級意識の強い宇宙人だ」そうです。「あなたはプレアデスの鎖を結ぶことができるか。オリオンの綱を解くことができるか」(旧約聖書ヨブ記38章31節)という謎の言葉もある不思議な星座のようです。

 

・日本でも「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔」といわれます。そして「遠野郷の民家の子女にして、“異人”にさらわれて行く者年々多くあり。ことに女に多しとなり。-遠野物語第三十一話」、「黄昏に女や子供の家の外に出ている者はよく神隠しにあうことは他の国々と同じ。-遠野物語第八話」という伝説の「異人」は、オリオン星人だともいわれています。当時の警察が「異人」について、どのような情報を持っていたのか分かりません。どれくらいの件数があったのでしょうか。羽の生えた烏天狗は、オリオン座の有翼のドラコ族からの種族なのかもしれません。異類異形の鬼や天狗は、オリオン星人系列の宇宙人だった可能性もあります。

 

クラリオン星人のコンタクティ、イタリア人のマオリッツオ・カヴァーロによると「日本の河童はグレイの一種で、現在も海底基地にいる」そうです。小柄なグレイも多種多様な種類があるようで、バイオロボット説もあれば、ゼータ・レチクル星人の一種ともいわれています。グレイも多くの種類があるようで、人間化している者も多く、その能力も大きく違うようです。

 

・ネガティブな宇宙人によるアブダクション(誘拐)や「異類混血」は、スター・ウォーズの原因となったともいわれていますが、高等知性体の宇宙人間の争い、対立は、凄まじいようです。今なお一部では続いているという話もあるそうです。人類はどれだけ進化しても「神人」にはなれないようです。「はるかに遠い未来には、神人と“小人に退化した人類”の2種類になるともいわれます。

 

・「イスラエル政府と契約の宇宙の商人」は、シリウス星人ですが、この種族とコンタクトができれば、非物質的な異星人種族とつながりができることでしょう。ブラジル政府は宇宙人の存在を認める唯一の政府だそうですが、宇宙連合とコンタクトがある外国政府は少なくないのかもしれません。

 

・天国に自由に出入りし、人間への“憑依”や人間の“転生”を自由に操作するシリウス星人については、ニルヴァーナ(涅槃・天国)にいる元地球人からの米国のチャネラーによって、情報が得られています。「パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の植民星が地球だ」そうです。人間の死後に遭遇できる天使のような宇宙人達なのかもしれません。

 

・ゲイ(LGBT等)の現象とかさまざまな不思議な地球上の現象も宇宙人が関与しているといわれています。「不思議なゲイの現象は、宇宙人の人格転換である」という説もあるようです。オリオン星人は人類に5万年進化しているといわれ、「人間の魂の交換」ができるようです。異次元の宇宙人による「魂の交換」によってゲイという奇妙な現象が生じるのかもしれません。カリフォルニアでは、ゲイの宇宙人の話もあったといわれます。

 

・ロシアやイスラエルなど他の国々も異星人とコンタクトしているようですが、国家的な危機感からか、エイリアンの超テクノロジーを喉から手が出るほど欲しい国が多いのでしょう。ロシアには昔から奇怪な宇宙人の話も多いそうです。

 

・日本に関係する異星人、神々とのコンタクトもあるようなのです。が、マスコミにも公開して、国家機関の総力をあげてエイリアンの超テクノロジーを獲得するようにしなければならないでしょうか。「エイリアン・テクノロジー・リバース・エンジニアリング(宇宙人科学技術工学)」に関してはアメリカの1人勝ちになるのかもしれません。ロシアの宇宙人の動きはどうなのでしょうか。ちなみに日本にも、昔から異星人が飛来している話が多いそうです。ごく少数の公務員のコンタクティがいるともいわれます。

 

・宇宙人の情報は、マイナーなものからメイジャーなものにしていかなければならないでしょう。「何も知らせない」ような、いつまでも核兵器などの国家安全保障上の最高機密(トップシークレット)を数段階上回る『厳秘』扱いにしておいてはいけないそうです。アメリカでも市民の側から様々な情報探求の動きがあるようです。You Tubeなどの動画にみられるように、世は「映像の時代」になっているようです。You Tubeでは驚くほど豊富な奇妙で不思議な動画があります。「どこでもカメラ」がある時代で、誰でもカメラマンになれる時代です。

 

・自らハルマゲドンをして自壊した教団(オウム真理教事件)のことは詳しく知りませんが、多くの人を引き寄せた超常的なものとカネにつては新聞では報道されていないそうです。

 

日本の明治時代の流浪の民、サンカが「アガルタの住人の末裔」という奇説もあるそうですが、日本にも地下世界の伝承があり、世界中にある地下世界の伝説と相似関係があるようです。

 

シャンバラは、エーテル界に突入した都市型の超巨大宇宙母船という話もあり、「都市程度の規模のシャンデリアのように光り輝く超巨大宇宙母船」を見たというコンタクティもいるそうです。

 

・プレアデス星人のコンタクティ、スイス人のビリー・マイヤーによれば、「直径100キロメートルの宇宙母船」も報告されているようです。

プレアデス星人は人類に6000年進化している種族ですが、人類に近く神でも天使のような宇宙人でもないそうです。

 

・小柄な宇宙人グレイは、その容姿がハリウッド映画により世界中の人々の目に映りました。グレイは壁を透き通るようにして部屋に侵入してくるとも言われ、異次元移動ができるようです。 「グレイ」は人間の無意識の中に入ってくるといわれます。驚愕すべき事実のようです。まるで小柄な宇宙人グレイだけが現在認識されている宇宙人のような印象を与えましたが、メン・イン・ブラック(黒衣の男たち)のような異人のハリウッド映画も増えているようです。

 

・バイオ・ロボットともいわれるグレイの空飛ぶ円盤に同乗する金髪碧眼の人間タイプの宇宙人、ノルディックと呼ばれるそうですが、国家安全保障上の最高機密(トップ・シークレット)の数段階上の厳秘(アバブ・トップシークレット)扱いで、リーク情報が書籍に流れております。プレアデス人の金髪碧眼のノルディックは位が高くグレイを部下のように使役しているともいわれております。プレアデス人は古代リラ星人の末裔といわれます。金髪碧眼のノルディックと金髪碧眼のアルデバラン星人がよく混同されるそうです。アルデバラン星人はアーリア人の「超人」であり、ゲルマンの神々だったようです。金髪碧眼のノルディックは、人類に6千年進化しているプレアデス星人といわれています。金髪碧眼のマスター・レイス(支配人種)が火星より地球へとやって来て、古代伝説の神々(gods)となったといわれます。

 

・河童などとの『異類婚姻譚』は、昔から伝承としてあるようです。河童が個性を持つキャラクターとしての伝承もあるようです。河童と人間の関わり合いは、絵図にあるような小さい動物ではなくゼータ・レチクル星人やグレイの一種であることが窺われます。UMA(未確認動物)として「河童」が扱われている場合がほとんどのようです。宇宙人のアブダクション(誘拐)、「人さらい」「神隠し」などは、何か異類混血や宇宙人の生体実験と結びついていたのでしょうか。異類混血がスター・ウォーズの一因となったという説もあるそうです。柳田国男は『遠野物語』は民衆の作り話ではなく事実だと述べています。柳田国男は当時の警察の「異人」の情報を調べなかったようです。

 

アメリカからはグレイ・タイプの宇宙人のおぞましい生体実験の情報がリークされて日本に流れてきています。また昔の「人身御供」の伝承も何か関係があったのでしょうか。人間を犠牲にするネガティブな宇宙人もいたようです。UFOは人類の歴史が始まって以来、最も重要な現象といわれます。異星人が、UFOからビッグフット等の「獣人」を降ろしているという情報もあります。

 

グレイはゼータ・レチクル星人ともいわれ、多くの種類があるようです。昔から河童の案内でゼータ・レチクル星に向かった日本人もいるのかもしれません。また、人間化も進んでいる種族もおり、「エササニ人」とは地球人とゼータ・レチクル星人の融合によって生まれる混血種族の一つだそうです。クラリオン星人とのコンタクティ、イタリアのマオリッツオ・カヴァーロによると「河童は異次元に現在でも存在している」そうです。また「小柄なグレイ」も人間化が進んでおり、リゲル人のような「大柄の種族」も存在するようです。人間化したグレイしか見なかったというコンタクティもいるといわれます。

 

・「米軍がレティクル座ゼータ連星系の惑星セルポへ12人の交換留学生を送った」という与太話もあるようです。日本の河童にはたくさんの研究者や河童愛好家がおり、書籍も多くアマゾンで検索すると571件が分かります。全国に多くの伝説のある河童とともに飛来したと思われる「異人」は人間タイプのために識別が難しいようです。はたして太古からゼータ・レチクル星人とのコンタクトがあったのでしょうか。

 

amazonの「洋書」の欄に「Hitler」といれますと11522件の書が分かります。ヒトラーは当然ながら今も欧米人の関心の高い人物です。(英語)だと7866件、(スペイン語)で、401件、(ドイツ語)で、2475件の本が分かります。世界中でどれくらいの言語に翻訳されているのでしょうか。和書で「ヒトラー」といれますと、971件わかります。ヒトラーの研究者も多いようです。そして、毎年、関連書を増えているようです。私たち一般人は、関心も低く、時間がないので、限られた知識しかないようです。ヒトラーアルデバラン星人との繋がりの話もあるようです。アルデバラン星人はアーリア人の「超人」であり、ゲルマンの神々だったようです。が、現代の神々については誰も分からないようです。アルデバラン星人は、ゲルマンの諸民族とスカンジナビア人、特にバイキングの創作と管理を担当したそうです。「幽霊ハンス」が知られているといわれます。

  

・とにかく、ヒトラーの研究者は欧米では非常に多いようで、現代でも大部な研究書が出版されているようです。ナチスの傷跡は、あまりにも大きかったようです。「ヒトラーは堕天使ルシファーに憑依されていたのだ」という説もあります。ヒトラーはゲイ(LGBT等)だったという研究書もあるようです。ヒトラーはホワイトブラザーフッド(白色同胞団)のメンバーであったという怪説もあると語られています。「ヒトラーはブラジル人の愛人と95歳まで生きていた」という話もあるようです。ヒトラー霊媒の多い地域で生まれたそうです。「実はなんとヒトラーロスチャイルドの血統だという説がある。そして、当然のことながらイルミナティだったというのだ」という説もあります。「世界の歴史は、秘密結社同士の戦争の歴史である」ともいわれます。「第2次世界大戦は堕天使ルシファーと大天使ミカエルの代理戦争だった」という奇説もあったといわれます。現代でも「近未来にカイパーベルト・エイリアンと第4帝国、イルミナティがひとつになって、全地球規模の管理システムの構築が試みられることは間違いない」といわれます。

 

アメリカ合衆国の大統領も会ったといわれている小柄な異星人グレイの情報は、リーク情報以外、国家安全保障上の最高機密(トップ・シークレット)の数段階上の厳秘(アバブ・トップシークレット)扱いで、60年以上、封印されているようです。ケネディ大統領もアダムスキーの案内で金星人などの異星人と会見したともいわれますが、「異星人情報を公開しようとしたために」、サイレンス・グループにより暗殺されたという説もあるそうです。

 

・「ゼータ・レチクル星人のグレイと、オリオン座のリゲル人の長身のグレイ、オリオン座の有翼のドラコ族、恐竜から進化した地球のレプトイド(恐竜人)等」がエリア51等のアメリカの秘密基地で活動しているともいわれます。リバース・エンジニアリング(逆工学)の研究がかなり進んでおり「超兵器」も開発されているといわれます。宇宙人「グレイ」の故郷はベテルギウス(オリオン座の恒星)だという説もあります。米国が秘密協定を結んだのはラージノーズグレイというオリオン星人といわれています。オリオン星人は人類に5万年進化しているといわれ、「人間の魂の交換」ができるようです。

 

・一万年以上前のベテルギウス(オリオン座の恒星)星人の容姿は現在の「エンジェル」とほぼ同じであったらしいのです。オリオン座は「神の故郷」ともいわれますが、『闇の勢力』も経由地にしているようです。地球では白人種と定義されている「エリエン」のルーツはオリオン星雲にあるといわれます。30年前にオリオンに行ってしまった日本人がいるそうで驚きです。「トールホワイト」とよばれる2メートルから3メートルの白人種のオリオン星人も報告されているようです。トールホワイトと米政府はコンタクトがあるようです。トールホワイトは、どのようなタイプの異星人か分かりませんが、地球支配を狙う「闇の勢力」であるという説もあるようです。

 

・金髪碧眼のアルデバラン星人はアーリア人の「超人」であり、ゲルマンの神々だったようです。金髪碧眼のノルディックは、人類に6千年進化しているプレアデス星人といわれています。また金髪碧眼のウンモ星人は、ヨーロッパで同化している異星人として知られています。金髪碧眼のマスター・レイス(支配人種)が火星より地球へとやって来て、古代伝説の神々(gods)となったようです。もちろん、宇宙人は金髪碧眼の種族ばかりではありません。現在では、金星と火星の異次元(アストラル界)には、壮大な都市文明が存在しているそうです。金髪碧眼のノルディックと金髪碧眼のアルデバラン星人がよく混同されるそうです。

 

平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔ともいわれます。「遠野郷の民家の子女にして、“異人”にさらわれて行く者年々多くあり。ことに女に多しとなり。-遠野物語第三十一話」、「黄昏に女や子供の家の外に出ている者はよく神隠しにあうことは他の国々と同じ。-遠野物語第八話」という伝承がありますが、「異人」はオリオン星人だったようです。

 

・現代の状況も「大衆は、野球やサッカーなどのスポーツで、政治を忘れさせろ」というユダヤプロトコルの話が想起させられます。シオンの長老の議定書というのも偽書だそうですが、「大衆は3S(スポーツ・セックス(性風俗)・スクリーン“映画”)で政治的な現実を忘れさせよ」という話です。EBE「地球外生物的存在」とアメリカ合衆国政府が“戦争状態にある”と言われても、我々にとっては、意味不明なことでしょう。エロヒムによると「ユダヤ人は神の選民だった」そうです。またユダヤ人は古代リラ星人の末裔ともいわれます。

 

・中世のドイツの領主はほとんどが「異人」か「異人」の末裔ともいわれます。その後の異人とナチスの関係も不明ですが、異人があまりにもヨーロッパ社会に同化しているために、誰も分からないようです。ウンモ星人も金髪碧眼で、ヨーロッパにその末裔が多く住んでいるともいわれていますが、誰も認識できないそうです。

 

作家の井上ひさしさんも水木しげる先生も土地の境界問題で頭を悩ましたようです。「とくに後ろの家とは、親子三代で、もう100年も争っています。発端は、わが家の敷地が、裏の家の土地に三尺ほどはみだしていると向こうが三代にわたって言い続けていることです」ということで、深刻なようです。日本全国では土地の「境界問題での争い」がかなりの数になっており法律問題に発展しているケースも多いそうです。やはり土地の狭隘性が宿命的のようです。「土地問題」が米国との非常に大きな格差といわれます。

 

・TPP(環太平洋連携協定)は、米国が、離脱しました。国論を2分したかの観がありました。今でも農協でもさまざまな議論がなされているようです。経産省農林省の見解が対立していたようです。米中関税戦争のあおりを受けて、トランプ大統領により、日米通商政策の改定がすすみそうです。

私たち一般人は、ミクロから見た場合の農業経済学や貿易に関する知識はありませんが、高齢化とともに農業問題は大きな問題となっていることがわかります。教育問題、産業政策問題、社会保障問題、農業問題と難問山積みのようです。一般国民が不安を覚え政治不信になるそうです。

 

・都市近郊の農家と比較すると山間地の農家とは大きな格差があるようです。「グローバリゼーションの中で、1ヘクタールだろうと1700ヘクタールだろうと農業では食えなくなっている、これが世界の農家の現実です」ということですが、米国の大規模なビジネス型の農業と互角に戦える国はないようです。

 

・農業問題は各県の農業担当者や国の政策担当者がさまざまな政策を検討し実施しており、農業者自身もいろいろと工夫をしているようです。「攻めの農業」というのも多くの農家にとっては難しいようです。普通人も政治意識を高めていかなければ困る時代のようです。「民主主義国家においては国民はその程度に応じた政府しか持ちえない」、「国民が政治を嘲笑している間は嘲笑に価する政治しか行われない」ということだそうです。「政治に関心のないひとはいるが、政治に関係のないひとはいない」といわれます。

 

稲生物怪録(いのうもののけろく)絵巻は、「実話」を絵巻物にしたといわれていますが、異次元から魔王の山本(さんもと)五郎左衛門が登場したり、超常現象を体験した平太郎の側に冠装束をした人の半身が現れたりしています。これこそ「産土神」と云われている者でしょうか。フィクションなのかナンフィクションの話を絵巻物にしたのか謎です。日本に“魔王”が出てきたり、“産土神”が描かれるなど、まさしく稲生物怪録(いのうもののけろく)絵巻は、「世にも不思議な物語」で、驚きです。この神変変異もどこまで事実を正確に伝えているか分からないけれども、ある種の事実なら、大変貴重な記録でしょう。山本五郎左衛門も霊界に存在しているといわれます。

 

・しっぽのある人も、昔の研究者の対象だったようです。現代では世界的にも外科手術をして、タブーとされているのかもしれません。

 

「山の神」や「天狗」、「異人」は、全国に伝承があるようです。「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔」という説からは、東北地方の異人は、オリオン星人だったのかもしれません。「天狗」も全国に伝説があり、オリオン星人系列のようです。羽のはえた天狗はオリオン星人のドラコ人だったのかもしれません。オリオン星人はモンスタータイプばかりでもなく異類混血などで人間化しているようです。天狗の高い鼻も異類混血などで低くなったのかもしれません。赤い顔の遺伝子は現代人にも残っているようです。またオリオン星人はいろいろと種類があり、白人種の支配人種が生まれた星座ともいわれております。オリオン星人は階級意識が非常に強く、羽の生えた天狗やバイオ・ロボットのグレイは最下層だそうです。

 

・オリオン星人というのは、プレアデス星人に較べて、その正体がよくわかりません。コンタクティの話は非常に少ないようです。オリオン星人のなかのリゲル人は、グレイの人間タイプで身長も高く、高度な文明を持っているともいわれます。リゲル人が龍神の末裔で、天使長ミカエルの系列なのかもしれません。米国はリゲル人と秘密協定を結んでいるともいわれております。昔は「金星蛇人と火星霊人と対立・戦争」と言われていましたが、人間化しており、金星のマスター(大師)が神に近い系列の種族で、コンタクティも多いらしいのです。オリオン星人もいろいろと種類が多いようです。猿の神様(ケンタウルス座α星人)も知られていますが、昔インドにも猿顔の異星人が現れたようです。遥かに進化した異星人は人間の精神体に憑依するともいわれます。信じられないくらい同時に多数に憑依可能なようです。それで「神」といわれる所以なのかもしれません。宇宙人の中には動物タイプは3割いるといわれます。「ケンタウルス座α星の私たちの恒星系は7つの惑星から構成されています」というケンタウルス座メトン星の人間タイプの宇宙人の報告もあります。

 

・「火星霊人と金星蛇人の対立・戦争」は、神と天使長ミカエルと堕天使ルシファーの「天の戦争」、スター・ウォーズだったようです。堕天使ルシファーに従ったのは天使団の3分の1だったともいわれているようです。現代でも宇宙連合は2種類あるようです。その昔、インドで阿修羅と帝釈天が戦争をしたとき、阿修羅が崇拝したのが金星の大師だったそうです。クラリオン星人のコンタクティ、イタリア人のマオリッツオ・カヴァーロによると、「爬虫類的異星人(レプティリアン)も人間化しており、知性的な顔をしている」そうです。「シリウス星人の地球支配があまりにも巧妙なので、しょっちゅう戦争が起こる」ともいわれます。

 

・その昔、「オリオン大戦」というスター・ウォーズがあったことでも知られているようです。また、戦後米国に現れたメン・イン・ブラック(黒衣の男たち)は、オリオン星人であったともいわれています。テレポート(瞬間移動)や幽体離脱が自由にできるようなのです。テレポート(瞬間移動)の技術は、人間には奇跡ですが、異星人にとっては「それほど難しくないテクノロジーだ」そうです。異人はアストラル界や異界を出入りしていたようなのです。そこに人間を引き込んだのかもしれません。昔の「人さらい」や「神隠し」は謎の多い不思議な現象だったようです。「何とか苦労して宇宙人といわれる人に会ったが、そこらへんにいるオッサンと変わりなかったので驚いた」という話もあるそうです。

 

・遠い昔の「人身御供」の伝承も種々あったようです。「ツチグモ」についても昔からいろいろと伝承があるようですが、北海道のコロポックルよりも小さい「グレイ・タイプ」の種族がアメリカのコンタクティの話にあるそうです。

 

またオリオン星人は階級意識が非常に強く、「邪体霊」ともいわれ、宇宙の悪役のように描かれています。オリオンETグループは「闇の勢力」の中心グループでしょうか?オリオン星人は人類に5万年進化しているともいわれ、プレアデス星人が6千年人類に進化しているともいわれています。シリウス星人のネガティブ・グループがオリオン星人と関係があるのかもしれません。米国の「エイリアン・エンジニアリング」の対象が、オリオン星人の超テクノロジーのようです。

 

・オリオン星人は人類に5万年進化しているといわれ、「人間の魂の交換」ができるようです。米国が秘密協定を結んだのはラージノーズグレイというオリオン星人といわれています。地球では白人種と定義されている「エリエン」のルーツはオリオン星雲にあるともいわれます。奇妙なことに、オリオン人はかっては琴座からの移民である人間らしい存在だったが、その後レプティリアンに征服されてしまったといわれます。どうなったのか詳しくは分かりません。

 

・「遠野郷の民家の子女にして、「異人」にさらわれて行く者年々多くあり。ことに女に多しとなり。-遠野物語第三十一話」、「黄昏に女や子供の家の外に出ている者はよく神隠しにあうことは他の国々と同じ。-遠野物語第八話」という伝承がありますが、「人さらい」や「神隠し」は異人や天狗の仕業だったのかもしれません。異界に棲んでいた天狗もテレポート(瞬間移動)や幽体離脱が自由にできたようなのです。「異人」はオリオン星人だったようです。人身御供の伝説もあったようです。

 

・オリオン星人が「異類混血」をすすめていた可能性があります。秘密主義がその背景にあったそうです。人間に最も近いプレアデス星人は、人間に好ましいイメージがありましたが、「ナチスユダヤ人虐殺の黒幕だった」という奇説もあるようです、プレアデス星人の中にはネガティブ・グループが存在するのかもしれません。またプレアデス星人は宇宙連合を通じて、ニルヴァーナ(涅槃・天国)評議会とコンタクトがあるようです。ヒトラーナチスは金髪碧眼のアルデバランの宇宙人とコンタクトがあったようです。ゲルマンの神々の「超人」たちは、幽霊のような形態で人とコンタクトしていたようです。プレアデス星人は人類に6000年進化している種族ですが、人類に近く、神でも天使のような宇宙人でもありません。「米国政府がリゲル人に騙されたことに気付いた後、プレアデス人が招聘されたが、過去ヒトラーの人類浄化政策を画策し仏教を堕落させた」ともいわれます。米国政府をも騙すぐらいですから恐ろしい話です。宇宙人情報を公開すると主権が危うくなるともいわれます。「宇宙人は幽体として存在する」といわれます。人間の肉体や精神に自由に憑依したり離れたりする宇宙人は、誰も識別できないといわれます。在日宇宙人問題を認識している人はほとんどいないといわれます。

 

・世界的不況で困難に直面している産業界が渇望している宇宙連合の超テクノロジーは「エリア51」などで、米国は国家機関の総力をあげて取り組んでいるそうです。『ペンタゴンの陰謀』という本によれば、エイリアンの超テクノロジーが現在までかなり新兵器などに応用されたということです。リバース・エンジニアリング(逆工学)で、エイリアンの超テクノロジーのおかげで、米国の科学者のノーベル賞受賞者が増えているともいわれております。「エイリアン・テクノロジー・リバース・エンジニアリング(宇宙人科学技術工学)」に関しては、日本もNASAに資金を出しており、何らかの情報があるのかもしれませんNASAも人間タイプの異星人には驚いているそうです。エリア51白鳥座61番星の異星人とコンタクトしていた日本人科学者もいたといわれます。「その彼らは地球から68光年離れた惑星クイントニアに住む宇宙人で母星から「エリア51」まで45分で移動できる」そうです。

 

・エイリアンの超テクノロジーの導入「リバース・エンジニアリング(逆工学)」は、国家プロジェクトとして、取りかからねば、超テクノロジーのコストという面で、遥かに遅れることになるのでしょうか。この方面では米国の1人勝ちだそうです。どうもこの面についても日本人的な対応が限界のようです。奇妙なことに、オリオン人はかっては琴座からの移民である人間らしい存在だったが、その後レプティリアンに征服されてしまったそうです。1954年には、「ラージノーズ・グレイ」という種族が、ホロマン空軍基地に舞い降りた、と主張されています。「ゼータ・レチクル星人のグレイと、オリオン座のリゲル人の長身のグレイ、オリオン座の有翼のドラコ族、恐竜から進化した地球のレプトイド(恐竜人)等」がエリア51等のアメリカの秘密基地で活動しているともいわれます。が、エリア51については、アメリカ政府は、その存在を一度も認めていないそうです。

 

・『平成維新』として、江戸時代の「鎖国」から「開国」のように、プレアデス星人の宇宙連合との「開国」を主張する者も少数説となりましょうか。「地球は遥かに遅れていて宇宙連合に参加できない」とかっては、いわれていたそうですが「開国」の声は小さいようです。アメリカの「エイリアン・テクノロジー・リバース・エンジニアリング(宇宙人科学技術工学)」は、今後どのように展開するのでしょうか。「エイリアン・テクノロジー・リバース・エンジニアリング(宇宙人科学技術工学)」の研究によってアメリカ合衆国は発展段階の初期過程にいるといわれます。昔は、「宇宙人は人類の進化に関与できない」という宇宙法があったともいわれていたそうです。

 

・日本にも「沈黙のコンタクティ」が多いそうです。日本も太古からプレアデス星人と関係が深いそうで、コンタクトは当然のことなのでしょう。『プレアデス星訪問記』のようにプレアデス星人と東北の住人とのコンタクト話もあったようです。ほかにもコンタクト話はあるそうで、「リバース・エンジニアリング(逆工学)」も我が国も進めたらいいと思いますが。30年前にオリオンに行ってしまった日本人がいるそうで驚きです。堕天使ルシファーもオリオンからやって来たそうです。オリオンやプレアデスに多くの日本人が住んでいるという法螺話もあるそうです。

 

・東北の田舎や山間部には、昔は『異人』が俳徊していたといわれます。それでコンタクト・ストーリーは豊富なようですし、その後、異人たちもさまざまな方法や形態で社会に浸透しているのかもしれません。amazonに「上平剛史」と入力しますと、3冊の本がわかります。『プレアデス星訪問記』、『宇宙太子との遭遇』、『北の大地に宇宙太子が降りてきた』という本です。胡散臭いという人々もいるようです。が、リンゴの自然農法で知られる青森の木村秋則さんも宇宙人体験をしていますし、東北地方はUFO目撃多発地帯のようです。

 

天狗は宇宙人だったという説が有力のようです。オリオンETグループだったのかもしれません。平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔とも伝えられています。宇宙人は、だいたいタイム・トラベラーで、宇宙人の存在する4次元以上は「時間のない世界」で、コンタクティが宇宙人から「人類の未来」を見せてもらったという話は多いそうです。

 

・異星人はとうに地球を訪れていて、地球人社会にまぎれ混み、密かに地球と我々の文明を監視し調査しているそうですが、ウォークイン(憑依)やワンダラー(転生)の形をとると識別不能になるそうです。

 

・ 『河童・天狗・神かくし』(松谷みよ子)(立風書房)では、神隠しは、異次元の異人か山の神の犯行と窺われます。どうやら異次元移動ができるようなのです。「あのグレイも壁を透き通るようにして部屋に侵入してくる」そうです。神隠し事件は迷宮入りの事件となったものも多いそうです。当時の警察や役人たちは、どのように対応していたのでしょうかamazonに「荒俣宏」といれますと、671件の書籍が分かります。多作な作家なので私たち一般人は、把握できない量です。

 

 

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・ブログ名称: UFOアガルタのシャンバラ

日本は津波による大きな被害をうけるだろう

・第2のブログ名称:UFOパラレル・ワールド

神の国か?」「人類の原郷か?」 「天上のエルサレムか?」・・・・・・・・・

「パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の殖民星が、地球か?」、「ネガティブのシリウス星人の地球支配があまりにも巧妙なので、しょっちゅう戦争が起こるのだろうか?」

「金髪碧眼のノルディックが住んでいたアガルタのシャンバラ情報の集大成を目指す・・・・・・・・・・」「金星蛇人と火星霊人の戦争はその後どのように展開したのだろうか」
日本民族の神話の原郷『高天原(たかまがはら)』は、『都市型の超巨大宇宙船』なのか!?」「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔なのか」
「小人族のグレイの母船に同乗する金髪碧眼のノルディックは、”悪魔の王””ルシファー”なのか?!」

「円盤は神人や異人、悪魔の乗り物なのか!?」「天使は神の秘密諜報員なのか」「神は最初のフリーメーソンなのか」

「UFOは、人類の歴史が始まって以来、最も重要な現象なのか。UFO問題とは、人間にとっての死の問題を解くことなのだろうか。UFOはフリーメーソンの創作なのか」

「全宇宙を創ったという“虹の神々”も地球に来ているのだろうか」

イルミナティなどのフリーメーソン組織に入ると神に会えるのだろうか」「金星の神々は地球に到着するやいなや、イニシエーションのためのフリーメーソン本部を設けたのだろうか」「フリーメーソン結社はこの大地が創出されるよりずっと前から、さまざまな太陽系をめぐって、存在していたのだろうか」「フリーメーソンとは、“現在、世界で信仰されているいずれの宗教より古い”教団となるのだろうか」

国際連合の設立に動いたキリストの星、アプ星人とは」

「人は皆、記憶喪失の異星人だろうか」

「はるかに進化した天使のような宇宙人は、人間の守護霊や背後霊なのだろうか」「セドナ上空に見えないエーテルのシティが滞空するのだろうか」

シリウス星人の故郷である天体イジュニュは、もっと高い周波数で共振する6次元の天体であり、地球の宇宙と同時に存在するパラレル・ユニバースに存在するのだろうか」

 

グーグルのブロガー(多言語翻訳)にも書いています→UFOパラレル・ワールド

 

  

 

 

繰り返すが、スパイ防止法のような法律があれば、ここまで見てきたような日本における外国人スパイの活動の被害は、避けられたケースも少なくない。(3)

 

 

『失われたメシアの神殿『ピラミッド』の謎』

 飛鳥昭雄、三神たける   学研   2010/1

 

 

 

 秘密組織フリーメーソン

預言者の組織を「フリーメーソン」という。今日、世に知られる秘密結社としてのフリーメーソンは近代フリーメーソンである。1717年にイギリスで結成されたグランドロッジから派生した組織である。

 

預言者の秘密組織としてのフリーメーソンが、実はこの地球上に存在する。主に密儀宗教の祭司の組織という形で継承されており、それをたどっていくと必ずノアに行きつく。もちろん、ノアの先もあり、エノクを経て最後はアダムに遡る。人類最古のフリーメーソンとは、「アダムメーソン」である。エノクもまたアダムメーソンだ。

 

・すなわち、ノアの3人の息子が独自のフリーメーソンを形成したのである。

 

 地底王国シャンバラ><チベット密教とカッバーラ

・シャンバラは、チベット密教において語られる世界である。一般の仏教では語られることのない思想である。仏教には表と裏がある。表が顕教であり、裏が密教である。

 

・最終経典にシャンバラが説かれているように、シャンバラの存在を最初に説いたのは仏教の開祖、釈迦なのだ。釈迦は自ら、北の果てにシャンバラへの入口があると説いた。なぜ釈迦はシャンバラの存在を知っていたのか。

 

 釈迦はセムメーソンだった!

・釈迦がカッバーリストであり、預言者であったことは間違いない。神を信じ、神とまみえ、そして、神の言葉を授かったフリーメーソンだったはずである。

  注意してほしいのは、ヤフェトメーソンではなく、セムメーソンだという点にある。バラモン教アーリア人の宗教であり、それを担ったのは、ヤフェトメーソンだが、釈迦はセムメーソンだった。

 

モンゴロイドはアーリア系ではない。有色アジア系であり、ユダヤ人やアラブ人、そしてトルコ人と同じセム系なのである。したがって、釈迦がカッバーリストならば、民族的にセムメーソンだったと考えられるのだ。

  しかも、それだけではない。釈迦はシャンバラの住民と同じ血を引いていた可能性がある。鍵となるのは、釈迦族=サカ族を生み出したスキタイにある。

 

 釈迦は失われたイスラエル10支族だった

 <地球内天体アルザルとは、まさにシャンバラのことなのだ>

・では、シャンバラはどういう形で存在するのか、これを現行科学で理解するには少しむずかしい。まだ、一般に認められていない現象を前提とするからだ。その未知なる現象は、プラズマ・トンネルである。

 

プラズマ・トンネルは地球内部に通じており、そこには巨大な亜空間が形成されているのである。まさに、この亜空間の中心に、実は地球よりもひと回り小さい天体が浮かんでいるのである。

 

アメリカ軍は50年以上も前に、この地球内天体の存在に気がつき『旧約聖書』の外典にちなんで、コードネーム「アルザル」と名づけている。コードネームでわかるように、失われたイスラエル10支族が北極圏から入り込んだ世界こそ、この地球内天体アルザルなのである。

 

・日本人の中には古代イスラエルの血が流れている。そういっても、多くの人は、すぐに信じることができないであろう。

 

 

 

『あなたの隣の秘密結社』

秦野啓   メディアファクトリー    2010年6月

 

 

 

アメリカはフリーメーソンに支配されている?

フリーメーソンは現在、世界中のあらゆる地域で活動しており、会員数は約300万人といわれている。会員は、すべて男性で占められ、人数だけをみればアメリカ軍(約140万人)の2倍以上だ。これらの男たちが一つの目的のために世界中で一斉に動き出せば、私たちの社会にとって大きな脅威となることは間違いない。

 

・一国の紙幣に、しかも世界経済を動かしているアメリカの1ドル紙幣に秘密結社を象徴する図案が印刷されているということ、これが先に紹介した「フリーメーソンアメリカ支配」説の根拠の一つになっている。

 

・考えてみれば1ドル紙幣に描かれたジョージ・ワシントンは、アメリカ合衆国の初代大統領であり、独立戦争で活躍したフリーメーソンの一人だ。そこであらためて、他の紙幣を見てみると、10ドル紙幣のアレキサンダー・ハミルトン、20ドル紙幣のアンドリュー・ジャクソン、100ドル紙幣のベンジャミン・フランクリン、500ドル紙幣のウィリアム・マッキンリーと、フリーメーソンリーの会員が5人も描かれている

 また、現在のバラク・オバマは第44代の大統領だが、これまでにアメリカ大統領になったフリーメーソンはジェイムズ・モンロー、セオドア・ルーズベルトフランクリン・ルーズベルトハリー・トルーマンジェラルド・フォードなど14人も及ぶ。そのため「これは単なる偶然ではない」と、陰謀論者のあいだで囁かれているらしい。

 

フリーメーソンリー

フリーメーソンリーには、確かに各界の名士たちがズラリと顔を揃えている。そのせいか、「彼らが、こっそりと裏で手を組んでこの世界を動かしているのだ」というある意味なロマンチックな幻想を抱く人もいる。また、これだけ会員数が増えると(最大時で世界に600万人)、それまで、西欧社会を抑えつけてきたカトリック教会は当然警戒する。そして教会に破門されたという事実が「フリーメーソンリー悪魔崇拝」などを生みだした。

 

スカル・アンド・ボーンズ

・イェール大学は、アメリカ東部の名門私立大学8校で構成される「アイビー・リーグ」の1佼、いずれも校舎にツタ(=ivy アイビー)が這うほどの伝統校で、子どもを通わせるのに年間600万円以上かかるため、お金持ちの子女しか入学できないエリート大学群として有名。なかでもイェール大は、ハーバード大に次いで2番目に古く(1701年創立。アメリカ独立より早い)、全米で3本の指に入る名門中の名門、そして、イェール大が「国家権力の中枢」と呼ばれるのは学内にスカル・アンド・ボーンズという秘密結社を抱えているからだ。

 

 

 

シャンバラのグレート・マスター直伝!

『地底の楽園[アガルタ神秘文明]へのナビゲーションガイド』

カルロ・バルベーラ  ヒカルランド   2013/6/20

 

 

 

宇宙の神々が暮らす街・シャンバラ

グレート・マスターのイニシエーションを通じて、地球の中心部へ

シリウス起源/非常に高い周波数で振動する驚異的生命体

エーテル的な街であるシャンバラは、地底文明の最も優れた象徴といえます。この街は、太陽の周波数で振動しています。街では、独創的なアイディアが生まれ、ガイアの進化を促す宇宙プログラムの教育が行われています。シャンバラには神的な生命体が暮らしています。彼らは、他の惑星の住人で、非常に高い周波数で振動する驚異的生命体なのです。太陽意識の霊知を備え、ダイナミックで変身能力のある肉体を活用しています。彼らはガイアの植民のみならず、太陽系全域で植民地を築いているのです。

 

また、彼らは人類の創造者でもあります。シリウス星からやってきた宇宙の神である彼らは、今もなおオリオン座との絆を大切にしています。それはひとえにオリオン座が、彼らの祖先である太陽族の故郷であるからです。

 

・こうした神的生命体の中には、ガイアを縦断した教育者たるマスターたちがいます。彼らは、シャンバラのアストラル界における天使団の代表者なのです。

 

地底最古の巨人エルデル族/ガイア土着の全生命体を誕生させた宇宙の移民たち>

・地底界の巨人たちといっても、様々な民族が存在します。外観の特徴も民族毎に異なりますが、特異な共通点といえば、そのずば抜けた長身です。2.5メートルから5~6メートルに達することもあります。

 以下に記すのは、地底最古の民族であるエルデル族に関する情報です。彼らは巨人族全てとガイア土着の全生命体を誕生させた民族なのです。

 

・彼らはこの惑星の先住民族であり、時の始まり以前に他の太陽系からやってきた宇宙の移民です。彼らの形態と人間の形態を一般的な科学知識に基づいて比較すれば次のようなことが言えるでしょう。彼らには男女の性差があり、長身で筋肉質、皮膚の色は微かに青みを帯びた暗褐色です。顔は丸みを帯びて広く、黒い長髪の生え際が目立ちます。また、皮膚は若干透けていて、血管を流れる青い液体が、皮膚の色素に青い濃淡を与えているのです。

 

世界の王/人類を含む地球全土の意識を統括する者

・アガルタの伝説は、その驚異的な君主の伝説と一体化しています。君主は超人であり、人類を含む地球全土の意識を統括しているのです。

 

・金星の神々は地球に到着するやいなや、イニシエーションのためのフリーメーソン本部を設けた、と。神々の現在の住まいは、シンボリックに古代名称を用いてシャンバラと呼ばれている。

 

シリウスに繋がるスターピープル的ルーツ/世界の王はサナット・クマラと共に金星から来た

・世界の王の神話には、次のような言及があります。王はクマラ方と共に金星から降りてきた、と。また、この神人の一団はシリウス星と繋がりがある、とも。

 昨今、地底文明の研究は、UFOの研究とクロスオーバーするようになった、とO・C・ヒューニゲンは1957年の著書『地底界から空へ、空飛ぶ円盤』で述べています。

 

 

 

『地底の楽園{アガルタ神秘文明}へのナビゲーションガイド』

シャンバラのグレートマスター直伝!これがヴリル・パワーだ

カルロ・バルベーラ     ヒカルランド   2013/6/30

 

  

 

ホピの警告―世界が見舞われる恐ろしい災難/第3次世界大戦を勃発させる国々

第3次世界大戦を勃発させるのは、古い歴史を誇る国々(インド、中国、イスラム諸国、アフリカ)で、光(神聖な叡知と知性)を最初に受け取った民族です。

 アメリカ合衆国は、核兵器放射能によって、その国土も国民も滅びます。ホピとその郷里のみが、避難場所となるオアシスとして残ります。対空避難所などの安全性には何の根拠もありません。

 

・「物質主義者のみが避難所を設けようとする。穏やかな心を持つ者は、すでに堅牢な生命の避難所にいる。悪には逃げ場などない。イデオロギーに則った世界分断に与せぬ者たちは、黒人であろうが白人であろうが赤色人であろうが黄色人であろうが、別の世界で生活を再開できる。彼らは、皆ひとつであり兄弟である」

 

・「戦争は物質とスピリチュアルな戦いとなるであろう。スピリチュアルな生命体は、物質的なものを根絶やしにすると、一つの力、すなわち、創造主の力のもと、一つの世界と一つの国家を築き上げるためにここに残ることになろう」

 

・こうした時代は間もなく訪れる。サクアソフー(青い星)であるカチナが広場で踊り仮面を取った時、そうした時代がやってくるのだ。カチナは青い星の象徴だ。星は未だ遠く見えないが、間もなく姿を現すことになろう。この時代は、ウウチム祭で歌われた歌で予示されている。

 

・ホピの予言では光を最初に受け取った民族が第3次世界大戦を引き起こす、と言われています。つまり、中国とパレスチナ、インド、アフリカの民です。戦争が始まれば、アメリカ合衆国は“灰の瓢箪(ひょうたん)”によって滅びます。灰の瓢箪は河川を煮えたぎらせ、大地を焼き尽くしながら落ちてくるのです。その後、大地には植物が何年も生えなくなり、どのような薬も効かない病が生じます。

 

・これは原爆か核の話としか考えられません。他にこのような現象を引き起こす武器はないのですから、核シェルターなど、使い物にはなりません。“穏やかな心を持つ者は、既に堅牢な生命の避難所にいる。悪には逃げる場などない。サクアソフー(青い星)のカチナが広場で踊り、仮面を取るとき、大いなる試練の時がここに訪れる”からです。

 

・ホピはまた次のような予言もしています。

『亀の島(アメリカ合衆国)は二度か三度ひっくりかえるかもしれない。そして海は手と手をつなぎ、空と出会うかもしれない』

 これは“ポールシフト”についての予言のようです。つまり地球の回転軸が移動してしまうのです。

 

 

 

『宇宙人大図鑑』  

(中村省三) (グリーン・アロウ社)   1997/2

 

 

 

バーンサイド事件、英国、1980年11月13日

宇宙人の身体的な特徴

・宇宙人は男女のカップルで、2人とも身長1メートル65センチ程度だった。どちらもブロンドの髪の毛を肩まで垂らしていた。肌の色が異常に白いことを除けば、2人の宇宙人は人間にそっくりだった。しかも、その宇宙人たちはこの世のものとは思えないほど美しい顔立ちをしていた。

 

アダムスキー事件、米国カリフォルニアの砂漠、1952年11月20日

宇宙人の身体的な特徴

宇宙人は身長165センチ程度で、肩までの長さの金髪をしていて、滑らかな肌で、髭がない。人間によく似ていて美しかった。

 

服装

スキースーツのような服を着て、腰に幅の広いベルトを巻いていた。底に奇妙なマークのついた靴を履いていた。

 

宇宙人の行動

宇宙人は身振りとテレパシーを用いてアダムスキーと意思疎通をした。その宇宙人は、自分を金星人だと自己紹介した(アダムスキーは彼にオーソンという名前をつけている)。

 

 

 

『UFOコンタクティー  ジョージ・アダムスキー

久保田八郎  訳   中央アート社    2010/12/10

 

 

 

サイレンスグループの正体    ジョージ・アダムスキー > 

(訳注;UFO研究家やコンタクティーを脅迫し、UFO研究界を混乱させるサイレンスグループ(暗躍団体)の正体は何か?これはアダムスキーが語る初公開の秘話!)

 

・スペースブラザーズ(友好的な異星人)の教え(ティーチングズ)の促進活動に関する私の公的生活を通じて、私の所へ多くの機関がやってきた。そのなかにはFBI連邦捜査局)、CIA(米中央情報局)、AFI(空軍情報局)、国務省、その他の政府機関の人がいる。この特殊な人々が私を黙らせようとしたことはない。サイレンスグループには多くの面があり、その多くを私も大衆も知っていないと思うのである。

 

サイレンスグループとは何か

・サイレンスグループは、一体何なのか、誰がやっているのか?キーホーが言っているように、ありそうな非公式なグループがあるし、アメリカの各情報部よりももっと極秘にされた公式なグループもある。

 

・私を沈黙させる目的でやって来た人たちは、宇宙人ではないことを私は確実に知っている。彼らは、地球人なのだ。

 

なぜサイレンスグループは暗躍するのか

・つまり資本家は、地球人類のあいだに、平和と理解をもたらすかもしれないような出来事を恐れているのであり、一方、戦争ともなれば投資の対象となり、ある種の投資家は十分儲かるのである。ところが今や、世界中の無数の人が個人的なコンタクト事件について話し合っているのだ。

 

・別な惑星から人間が来る事実を認めるならば、現代の地球の経済システムに甚大な影響を与えることになる。万人がはるかに大きな影響を受けるだろう。サイレンスグループはこのことを知っており、あらゆる手段を用いて、これと闘っているのであり、同時に表面から巧みに姿を隠しているのだと思う。

 

三人の怪しい男が来た

・『空飛ぶ円盤は着陸した』を出版してまもなく、3人の男が私の所へ来た。

 

・彼らが、何に関係しているのかまったく分からなかったので、私は、重要書類の一部分を渡さなかった。私が強迫されたことは事実であり、彼らは出て行く前に、UFO、宇宙人問題をしゃべるのはやめろと命じ、さもなければ私のあとをつけて、監禁し、キイをすててしまうぞと言った。

 

・彼らは、UFO問題のすべてをオカルトと呼ばれる心霊の分野に投げ込んで、世界中のまじめな人々の心に不信感をうえつけようとしているのだ。

 

 

 

『地球一切を救うヴィジョン』

白峰    徳間書店     2008年11月30日

 

 

 

英国王室だけが知っている人類のルーツと四国古代ユダヤ王朝

・それがどうやら四国の話で、古代ユダヤ王朝の末裔がそこに住んでいたという内容です。世界の人類史の発祥も紛がってしまう。それをいちばん恐れたのが英国王室でした。輝かしい大英帝国の歴史が完全にひっくり返ってしまうわけですからね。

 

神武天皇以前には、フキアエズ(葺不合)王朝というのがあったんです。その王朝は四国の剣山を中心に存在していました。

 秘密結社のイルミナティは「光り輝くもの」という言葉を起源としておりまして、その起源は約6000年前です。人類の霊的覚醒を目指す集団です。彼らは、古代の錬金術師であり、神や天使ともコンタクトをとれる。本来は天皇と共に歴史をつくった「ひとつの光の存在」なんです。しかし、そうした解釈が広まると困る人たちがいて日本でも歴史を論ずるときには、神武天皇以降だけを扱っているのではないだろうか。

 

イルミナティの歴史は古代神武天皇以前のフキアエズ王朝が続いた歴史と重なる。その流れを引き継いだ石工集団が近世となって、フリーメーソンという形で残ったんです。フリーメーソンは、三次元世界の管理人といった立場です。

 現在では金融工学を利用した市場原理主義の勢力がメーソンよりもいばっています。いずれ世界恐慌一歩前になれば、本来の日本が復活して再生するでしょう。

 

 

 

『秘密結社の世界史』

海野弘   平凡社   2006/3/11

 

 

 

ナチと秘密結社

ヒトラーとオカルティズム

・1970年代から、ヒトラー第三帝国がオカルティズムに影響を受けたという陰謀史観が大流行する。その代表がトレバー・レブンズクロフト『運命の槍』(1973)であった。ヒトラーは魔術師であったといった本がやたらに出た。なぜナチとオカルティズムが急にブームになったかは興味深い。

 

・19世紀末のドイツ・オーストリアでは、ブラヴァツキー夫人のデオゾフィ(神智学)が、“フェルキッシュ”(民族的)といわれる傾向と結びついて、独特のオカルト結社を生み出した。“フェルキッシュ”はパン・アーリア民族主義で、印欧語・ゲルマン語を話すアーリア民族を中心に据え、反ユダヤ主義であった。テオゾフィとアーリア民族主義の結合によって、<アリオゾフィ>が生まれる。この<アリオゾフィ>から、国家社会主義、ナチの反ユダヤ主義が流れ出す。

 

・金髪碧眼のゲルマン人こそ選ばれた民であるとしていた。

 

・トゥーレというのは極北の地ウルティマ・トゥーレでゲルマン人の原郷であるとされている。彼らは選ばれた人間、超人であり、世界を支配する運命を持っているといわれる。

 

・カール・ハウスホーファーは日本にいた時、緑竜会という禅的な秘密結社に入っていたという話もある。緑竜会は、チベットのグリーンメンという結社につながりがあったという。ドイツのヴリル協会は、1926年から1942年までの間、チベットを訪ね、グリーンメンと接触し、1929年にはチベット僧を迎えて、ベルリンにグリーンメン協会をつくった。

 

・もっとも、ナチをめぐるこれらのオカルト結社はヒトラーとともに消滅したわけではなく、その伝統は生き続けているらしい。トゥーレ協会、ヴリル協会は、アトランティスやUFOを秘儀に持ち込むことで、第二次世界大戦後の陰謀史観を生み出し、現代のテレビ・ゲーム風の秘密結社の起源となっているのである。なにしろ地球外からきたエイリアンの秘密結社がこの世を操っているようなのだ。

 

・マイケル・ベンソンは『秘密結社の内部』でケネディ暗殺にヴリル協会が関係していた、という仰天セオリーを紹介している。それによると、1936年、ワルトワルド(黒林)で墜落した空飛ぶ円盤を発見し、それを修理し、ヴリル協会やSSの協力によって、ドイツ製の最初の空飛ぶ円盤ハウネブ1号として、1939年に飛ばすことに成功し、エイリアンとの接触に成功したという。

 

・さて、元アメリ海兵隊員ケリ・ソーンリーは、ヴリル協会が今も世界に陰謀を企んでいるという。彼によれば、ケネディ暗殺犯人とされるリー・ハーヴェイ・オズワルドはヴリル協会の操り人形で、体内にマイクロ・チップを埋めこまれ、ヴリル協会に操作されている。

 ソーンリーは1959年、カリフォルニアの海軍基地でオズワルドに出会った。その後、海軍をやめたソーンリーはニューオーリンズに行き、そこでオズワルドと再会した。

 

ケネディ暗殺が起き、オズワルドが犯人とされたとき、ソーンリーも仲間ではないかとFBIに疑われている。ニューオーリンズの地方判事ジム・ギャリスンは、この二人がCIAに雇われたれた秘密工作員ではないかとしている。

 取り調べを受けたソーンリーはとんでもないことをしゃべりまくった。オズワルドはヴリル協会に操られており、ケネディ暗殺はナチの陰謀であるというのである。マイクロ・チップなど、まるでSF映画みたいである。1992年には自分もオズワルドの共犯であるとテレビのワイドショーで告白したそうである。

 1960年代になってヴリル協会の名が、SF的秘密結社として再生する。ナチのオカルト結社が解禁されたのである

 

イルミナティパラノイア

イルミナティのその後

・たとえば、ジョン・コールマンは、フランス革命ロシア革命につづいて、イルミナティの第三の世界陰謀がアメリカで進行中であるという。彼によるとイルミナティの中心には「三百人委員会」があり、世界を支配する<新世界秩序>をつくろうとする「ワン・ワールド政府」を組織している。

 

フリーメーソンユダヤ

・つまり、イルミナティ陰謀説は、フリーメーソンユダヤ人を巻き込んで、現代に甦ったのであった。イルミナティが現代の陰謀史観で一種のはやりなのは、便利だからかもしれない。メーソンやユダヤ人を直接攻撃するのは現代ではさすがにやりにくい。イルミナティという空想的な敵なら攻撃しやすいのだ。

 フリーメーソンはできるだけ公開化して、秘密性を薄め、社会的な認知を求めている。ユダヤ人については、イスラエル建国以来、あからさまな攻撃はしにくい。イルミナティは一種のエイリアンのようなものであり、地球人の敵としてもかまわない。

 

イルミナティとエイリアン

イルミナティの起源について壮大な幻想をくりひろげてみせるのはディヴィッド・アイクの『マトリックスのチルドレン』(2001)である。彼はイルミナティの祖先をアヌナキだとする。アヌナキは古代シュメールの神々の種族であり、実は宇宙からやってきたエイリアンであるらしい。彼らはニブルという星に住み、45万年前に地球にやってきた。ニブルの王はアヌであったが、彼は二人の息子エンリルとエンキを宇宙船で地球に送った。彼らはメソポタミアに着陸した。そして人間をつくり、高度な技術を教え、シュメール文明が生まれたという。

 このような説は、人間が原始人から進化してきたという考えに対立し、超古代にエイリアンから高度な技術、文明を与えられていたが、それを失ってしまったというものである。ベストセラーになったグラハム・ハンコックの『神々の指紋』もその一種であった。

 

・しかし、アヌナキは人間をつくり、文明をあたえただけでなく、人間を支配し、奴隷化しようとしているという。ディヴィッド・アイクによれば、イルミナティはそのための陰謀組織であるという。ジョージ・オーウェルが『1984』で描いた監視国家こそ、その秘密を暴いたのであり、人間を見張っている、見えないビッグ・ブラザーこそ、アヌナキだ、というのである。アヌナキの血脈はイルミナティのネットワークに流れ、今につづいているという。

 

 

 

『恐怖の世界大陰謀』

 デーヴィッド・アイク  三交社  2008/12

 

 

 

共通の神話

・「神々」と人間の異種交配は、世界のどの地域でも常に繰り返されてきたテーマだ。シュメール・タブレットからとった旧約聖書の話でも神の息子たち(正確には神々の息子たち)が、人類と異種交配して、ネフィリムと呼ばれる混血の血統を作ったとある。ネフィリム」という語は、「降りてきた者」「天から落ちた者」と訳すことができる。

 

・英語のANGELは元来は「使者」という意味であり、それがここまで述べてきたような非人間生命体やレプティリアンなどと結びついたのだ。『旧約聖書』のギリシャ語版である『七十人訳聖書』では、「神々の息子たち」が「アンジェロス(天使)」と訳されている。

 

・「ノア」の血統は爬虫類と人間の混血種だ。自分がノアの末裔だと主張する人々が多数いるが、これはつまり、自分は爬虫類である監視者アヌンナキの子孫だと言っていることになる。「死海文書」では、ノアは「天から{落ちてきた}天使の子」に似ていて、「その受胎は監視者と・・・・、そしてネフィリムによるもの」だと書かれている。

 

・このノアや、大洪水に関する様々な言い伝えに出てくる者がレプティリアンの「神」から警告を受けたというのも、彼がレプティリアンとの混血種だったとすれば、筋が通る。一般の人々は真の意味を知らないはずはないのに、なぜ「ノア」の血統が数多くの団体から非常に重要視されているのかも、これで理解できる。

 

・「エノク書」はローマ・カトリック教会では禁書とされた。ローマ・カトリック教会は血と肉を持った天使が存在し、堕天使が物理的な肉体で人間と異種交配をしたという初期のキリスト教の教義を否定しようとしたのである。これは、一般の人々に真実を知らせないようにするためだった。対してフリーメイスンたちは、一貫してエノクを自分たちの伝説上の創始者のひとりとみなしてきた。「エノク」という名自体も「秘儀を受けた者」という意味だ。

 

・古代ヘブライ語で書かれた「ノア書」とそこから派生した「エノク書」には、人間とは違う奇妙な子の誕生について記されていて、これがのちに有名な「大洪水」のノアとなる。

 

人間には似ておらず、まるで「天使の子」のようだったという。レメクの息子ノアは白い肌に金髪で家全体を「太陽のように照らす」輝く目をしていたと書かれている。きらめく瞳と光かがやく体をしたレプティリアンクレド・ムトウが書き著した古代、現代のアフリカの言い伝えにも登場する。

 

金髪碧眼にレーザーのような瞳を持った存在は、神秘的な人々ないし神々」の姿の表現として、今日に至るまで数千年にわたって世界中の文化に見ることができる。

 

 

 

『日本人が知らない『人類支配者』の正体』 

船井幸雄太田龍  ビジネス社     2007/10

 

 

 

なぜ、『聖書』から異星人に関する記述が削除されたのか

イルミナティフリーメーソンも力をなくしている

・アヌンナキは地球人をエゴの塊にした存在なのですが、レプティリアンにもつまらないことを教えたのかもしれません。これは「惑星X」といわれている二ビル星のアヌンナキという人種のことですが、アヌンナキがレプティリアンと一緒になって地球人を奴隷にしようと考えたという説もあります。

 

・(船井)アヌンナキはシュメール神話に登場します。「アヌンナキ」とは、「天から降り立った人々」という意味であり、別名エロヒムまたはネフィリムともいわれる旧約聖書』によれば、生命の創造はエロヒムが行ったと書かれています。エロヒムとはヘブライ語で「天空より飛来した人々」という意味です。それがいつの間にかゴッドに置き換わってしまったのです。

 

言語学者のゼカリア・シッチンによると、「シュメール文明の粘土板」に書かれていた文字の解析結果によれば、「宇宙人アヌンナキが30万年前に地球人類を創造した」ということです。彼らは、約44万年前に地球に降り立ち、その後30万年前に地球での金採鉱の労働者として人間を創造しました。そのとき、遺伝子操作や体外受精の技術を用いていたといわれています。

 

・つまり、人類創造は神ではなくこの宇宙人アヌンナキが行ったというのです。宇宙人アヌンナキが『旧約聖書』の「創世記」における神(複数形)と呼ぶ原型です。聖書でいう神とは「宇宙人アヌンナキ」のことを指しているようです。

 また、宇宙人アヌンナキの故郷は二ビル星という太陽系の惑星であり、現代の科学の定説では未発見の星です。

 

・だからレプティリアンによる教育と訓練を受けた地球人の動きもこれから変わりそうなので、大きな流れとしては心配不要と思っています。フリーメーソンイルミナティの動きも、そんなに心配しなくていいですよ。

 

 

 

『地球を支配するブルーブラッド 爬虫類人DNAの系譜』

スチュアート・A・スワードロー   徳間書店   2010/6/18

 

 

 

エイリアン集団紳士録

アルデバラン   ゲルマン人とバイキングを創作・管理

・典型的なアーリアン型で金髪で青い目を持つ。薄い茶色か中ぐらいの茶色の髪で、目がヘーゼル(はしばみ)色の人もいる。この集団は、ゲルマンの諸民族とスカンジナビア人、特にバイキングの創作と管理を担当した。強い関心を持って、こと座文明の再創造を支援している。よくノルディック人と混同されることがあるが、ノルディック人は、もっと背が高く傲慢である。

 

アルクトゥルス  ローマ帝国建設を手伝った精神性の高い種

・非常に精神性の高い種である。原始的な形態の宇宙旅行技術(地球より発達しているが、シリウス人ほどハイテクではない)を保有している。白いローブを着た聖職者層が支配している。

 

りゅう座人(ドラコ) このレプティリアン型生物の交雑種がイルミナティ

地球の月は、永劫の昔、レムリア大陸への入植の時代に、軌道上に設置されたりゅう座人の宇宙船である。分断して征服することを画策する彼らは、リゲルとともに海を沸騰させたり、大地を焼き焦がしたりしたように、暴虐さで有名である。

 りゅう座人は、地球に巨大な地下基地、金星にコロニーを持っている。地球には二番目の月が配置されている。1997年にヘール・ボップ彗星に隠れて到達した。そこにいるのは、純血爬虫類人である。交配人種であるイルミナティは地球の支配を行っている。

 

プレアデス   こと座からの避難民、長身金髪のノルディック

・ノルディック、背の高い金髪とも言われる。元々は、こと座(リ-ラ)文明からの避難民であるが、7つの恒星と15の入植済みの惑星からなるプレアデス星系の存在である。

 

1959年に米国政府がリゲル人に騙されたことに気付いた後、技術格差を埋めるためにプレアデス人が招聘された。だが、過去、彼らは、ヒトラーの人類浄化政策を画策し、仏教を堕落させた。チベットに広大な地下基地を持っている。

 

・プレアデス人は、ローブを着た白い姿で現れる非物質的存在が率いる最高評議会の指揮下にある。プレアデス人の一集団(アトランと言われる)が、アトランティスに入植した。小柄で青い肌をした集団がプレアデス人と一緒に行動している。

 

爬虫類人レプティリアン)支援のシリウスB星人が作った仏教思想

・こうした宗教の蔓延は、地下の爬虫類人たち(主にチベットの地下に集まっている)が、意図的にコントロールしていた。

 

・この爬虫類人を支援していたのが、仏教思想を開発したシリウスB星人であり、その他に爬虫類人支配下でこと座(リーラ)文明を再生させようと企むこと座人(リーライアン)の裏切り者集団もいた。奇妙な相棒だ。

 

・エジプトは、爬虫類人の神々は、オシリスとイシスとして知られていた。エジプトの万能薬的な効力を持つ神々には、極めて多様な合成物(半人半獣)が含まれていた。

 

・これはアトランティスの交配実験を懐古する気持ちがエジプトの文化になって表われたといえるが、爬虫類人の乗っ取りに向けてエジプトの文化を準備していたシリウス星人が普及させたものである。

 

アトランティス人は、昔からのこと座の信仰体系に揺るぎない愛着があったため、爬虫類人が文化的な拠点を築くまでに数千年の時間が必要だった。

 

「透明人」とシリウスA星人が創造し、りゅう座(ドラコ)に配置した爬虫類人

・その生物(透明人)は、私の思考に直接働きかけ、完全にテレパシーで交信してきた。もはや人間が存在しなくなった遠い未来から来たこと、そして、その生物種は、この現実界に由来するものではないことを伝えた。さらに、その生物種は、遠い過去に旅をして戻り、ある品種を作り(これは爬虫類人のことだ)、人間をテストするために敵対させたと伝えた。

 

・また、シリウスA星のシリウス人の協力を得て爬虫類人を作り、りゅう座(ドラコ)に配置したとも語った。シリウス人は、別の非物質的存在の集団であるオハル評議会の創造物である。シリウスの二連星システムは、決してこと座文明に吸収されたことも、こと座の植民地にもなったこともない。

 

 

 

『シークレット・ドクトリンを読む』 

(ヘレナ・P・ブラヴァツキー)(出帆新社)  2001/5

 

 

 

第4根幹人類と第5根幹人類の文明と崩壊

彼ら(レムリア人)は、途方もなく巨大な都市を建築した

・次第に、人類は、第4根幹人類が真に出現する前に、彫像(泥人形)ともいうべき肉体の中に入り込んでいった。“選ばれた者たち”のハイアラーキーを除いて、人類は邪悪と罪の中に落ちていった。選ばれた者たちとは、“意志とヨーガの子たち”に従者たちと弟子たちのことで、後に“火の霧の子たち”と呼ばれるようになる。

 

アトランティス人(約8メートル10センチの高さ)が出現して、彼らは巨人で身体的な美しさと力は絶頂に達した。進化の法則によれば、彼らは周期の真ん中に現れる第4亜人種だからだ。

 

 

  

『FBI超能力捜査官マクモニーグル

「遠隔透視」部隊の現実 

 (並木伸一郎・宇佐和通)学研2007/2

 

 

  

幽霊のハンス

・幽霊もよく見る。亡くなった妻の母も会いにきた。陸軍時代、ドイツでも幽霊を見た。長旅を終えて新しい宿舎に着いた夜のことだ。洗濯をしようと地下に行ったが、どの部屋が洗濯室なのか分からずうろうろしていると、年老いたドイツの男性と出くわした。ドイツ人だと分かったのは、民族衣装を着ていたからだ。

 

・彼に『洗濯室はどこです』かと尋ねると『ああ、こっちだよ。ついて来なさい』といわれ、『ここだよ』と、部屋まで案内してもらった。私は、礼を言って洗濯を始めたが、目をあげると、彼の姿はもうなかった。

 

・私は、ドアと彼の間に立っていたから、彼が出て行くのに気付かないはずはない。不思議に思って、あちこち探したが見当たらなかった。

 

・同僚たちの部屋に向かう途中で、ふと当り前のことを思い出した。そこは情報関係の建物で、ドイツ人が出入りできるわけがないのだ。部屋に入って、『あのドイツ人は誰だ?』と聞くと『ああ、それは幽霊のハンスだよ』と、あっさりいわれた。部隊では有名な幽霊だったようだ。悪さをしないが、頻繁に姿を見せるという。

 

・現れたり消えたりしながら、アメリカ兵とのコミュニケーションを楽しむらしいのだ。その建物に取り付いているのだろう。ドアを開け閉めすることや、あるいは皆がいる部屋に入ってきたり、ポーカーをしているテーブルの脇でじっとしていることもあった。兵士の一人が怒って灰皿を投げつけたら、灰皿はハンスの体を通り抜けて壁に当たった。

 

 

 

『神々の予言』

(ジョージ・ハント・ウィリアムソン)(ごま書房)1998/9

 

 

  

クリスタル・シティー

「カタストロフィー以後の70年は、およそ次のようなものとなるだろう。理想的な都市が地球上に立ち並ぶであろう新時代は、瞬間的には訪れない。キリスト再臨以後の地球、つまり、激しく破壊された地球を新時代の輝かしいものに変えるためには、およそ70年にわたる努力の積み重ねが必要となる。70年という期間は、決して長いものではない。その期間が過ぎたとき、地球は完全に浄化され、そこには、クリスタル・シティー、すなわち理想的な都市が、あちこちに立ち並ぶことになる。そしてその頃には、宇宙旅行も頻繁に行なわれるようになるだろう。そのとき地球は、惑星間友愛同盟への加盟を果たし、宇宙連合議会の一員としての地位も手にすることになる。そうなれば、近年増え続けている宇宙人来訪の理由を、より正しく理解できることにもなるだろう」。

 

 

  

『神々の予言』

(ジョージ・ハント・ウィリアムソン)(ごま書房)1998/9

 

 

  

神になった「シータ・ユニバース」のエルダー

・ 彼らは、物理的な世界に住む、物理的な肉体を持った生命体ではあったが、厳密に言えば、今の我々のような三次元の世界のみで生きる生命体ではなかった。彼らは、種族全体で、はるか遠い昔から、時間と空間を超越した存在になることを目指していた。つまり、惑星や太陽系といった物理的な世界に束縛されない、非物理的な存在になることを夢見ていたのである。彼らは、時空を超越することにより、自分たち自身が神になるための方法を探究していた。

 そして結局、この地球が、彼らの住みついた最後の世界となった。なぜならば、地球にやってきて間もなく、彼らは、その創造的な想念パワーに磨きをかけ、ついに物理的な束縛を完全に克服するに至ったためである。

 

・ 彼らは、神になった。時間と空間を完全に超越した彼らに、地球や銀河に縛られている必要は、もはや全くない。彼らは、自由になったのだ!

 彼らは「シータ・ユニバース」すなわち「八番目の宇宙」あるいは、「想念宇宙」の一員となったのである。

「エルズ」と呼ばれるようになったのは、その「シータ・ユニバース」への到達によってである。それより前は、単に「サイクロップス」と呼ばれていた。「エルズ」または「エル・レース」という呼び名は、彼らが物理的な束縛から自由になるために用いた手段に由来する。

 

・ 彼らは、「直角位相シフト」の理解と、その有効利用により、地球や銀河系宇宙を離れそこを後の人類に開放した。「直角位相シフト」、そうなのだ、{エル(L)}という文字、まさに「直角」なのである。

 そして、現在この地球には、ここに最初に住みついた彼らに由来する単語が、数多く残っている。彼らの別名「エルダー・レース」の「エルダー(elder)」も、その一つである。「エル」はもちろん、{L}を意味し、「ダー(der)」は、「由来する(derive)」の短縮形である。

 

地球に留まった宇宙人の使命とは

・地球の惑星上には、一つ目の偉大なエロウヒム(神)の存在があり、彼の放射する波動が地球全体を覆っている」

 クスミ師が、あの偉大な種族、エルダー・レースの一員について語っていることは明らかである。1956年の時点で、もはやエルダー・レースのほとんどはこの地球にはいなかったが、彼らの一部はなおもここに残り、地球の教師、聖者、賢者たちに対するメンターとして活動し続けていた。

 

ムー大陸の賢者たちは宇宙人であった

・人類に先駆けて地球上に住んでいた最古の生命体。

 

・十億年前の地球。この地球が十分に冷え、生命体の居住が可能になったとき、宇宙の彼方から、ある種族がやってきた。彼らは、我々と違い“真の人”の種族だった。

  彼らは「サイクロップス」すなわち「一つ目族」として知られる種族で「秘密の資料」のなかでは「エル(L)・レース」または{エルズEls}として紹介されている。

 

・ 彼らは時間のあらゆる巨大な周期に乗り、常により快適な宇宙の住みかを求めて、限りない星の道を旅してきた「巨人」だった。

 

・今でも彼らは、時空の別の次元の旅を続けている。「神の種族」あるいは「エルダー・レース」との呼ばれている。その種族こそ、我々に先駆けての地球に住んだ、最初の生命体である。エルダー・レースの一部の人々は、真のサイクロップスだった。つまり、目が一つしかなかったのである。その他の人々は、我々と同じように二つの目を持っていたが、それには別に「心眼」というもうひとつの目を発達させていた。彼らの身長は、平均3.7メートルもあり、男性と女性とに分かれてはいたが、今日我々が理解しているような性別とは異質のものだった。

 

・彼らは、地球にやって来る前に銀河系宇宙内のあらゆる空間を旅し、そこに存在した数限りない太陽や惑星をことごとく自分たちの影響下においた。彼らは、ある天体が居住可能な状態になるや、他の生命体に先駆けていち早くそこに住み、やがてその天体を去るときはいくつもの巨大な都市からなる彼らの地底王国と膨大な資料を残していくのが常だった。

 宇宙の歴史その他に関する情報を満載したその資料は、小さなクリスタルに記録されて、ある種の電磁場に囲まれた状態で保存されているが、後にその天体に住んだ敏感な人によって感知され、ときおり日の目を見ている。

 

  

 

『プレアデスとのコンタクト』  (地球外知的生命)

 (ビリー・E.A.マイヤー) (徳間書店) 2001/8

 

 

  

地球以外の出自を持つ人間

・地球上には、地球人、つまり地球に起源を有する人間だけでなく、地球以外にその出自を持つ人間もいる。それらの人間の故郷は限りないほど遠い宇宙にあり、彼らは、時空をことにするリラとヴェガ星からやって来た。

 昔の宇宙飛行士の末裔で、プレアデス/プレヤール人もその直径の子孫である。またこのような早期における地球への移住者の中には、シリウス星から来た人間もいる。

  今日、地球上に住むシリウス人、マローナ人、リラ人、ヴェガ人など全てのプレアデス/プレヤール系民族の末裔は太古においてヘーノクが120億年ほど前に最初の創生を行い民族を形成したときに発生したものである。

 

・ 古代のリラ、ヴェガ人は常に彼らの戦闘能力を維持し、自分たちの起源についての知識を保ちまた大事にしたがシリウス人やマローナ人たちは、それを失ってしまった。

 

・地球人類の間で神のように振舞ったのは、リラ人、ヴェガ人だけではなかった。その中には、プレアデス/プレヤール人もいた。これらの多くの神々たちは、粗暴で残忍な暴力をもって地球人類を服従させ、自分の勢力下に治めようとした。その最もなるものは、プレアデス/プレヤールの年代記に良心のかけらもない卑劣で陰謀的と記されているギゼー知生体である。

 

それと並ぶのは宇宙人のアシュタール・シェランとその一味で、彼らは、地球人類に対し、権勢欲とイデオロギー上の惑わしで最悪の役割を演じた。

 

その後ギゼー知生体は1980年代にプレアデス/プレヤール人によって捕らえられ、悪事を働けない世界に追放され、また球状、三角形、および円盤状の彼らの宇宙船は全部破壊されてしまったので、宇宙旅行もできなくなった。また、アシュタール・シェランとその一味は、アスケットの民族を戦争による暴力で屈服させようと、数年前にダル宇宙に侵入したため、邪教や権勢欲による地球人への危険は去った。

 

・だが、アシュタール・シュランの司令宇宙船と全ての艦隊は火を噴く戦闘のさなかに彼を乗せたまま炎上し、全滅した。そのため、彼とその一味はもう我々のデルン宇宙に戻ってくることもなくなった。もし、彼らが転生を通じて生まれ変わってくるとしたら、それはダル宇宙であり、前世についての記憶は残っていない。なぜなら、霊性が生まれ変わるたびに総体的意識ブロックの人格変化も行われるからです。

 

 

  

『『隠国 日本版』 神々の指紋(下)』

 岩戸開き「地球再生」と星の暗号      藤原定明

ヒカルランド   2011/12/31

 

 

  

竹内文書』は秘密結社「ヤタガラス」との関係において正当性が証される

・実は「太陽の暗号者」の伝説を現在まで受け継ぐ秘密結社「ヤタガラス」の圧力によって、『竹内文書』を公開した竹内巨麿翁によって、『竹内文書』は改竄されたのである。

  それは、「古代の神宮の場所」、すなわち「ミステリースポット」を隠すために行われたのである。なぜなら、この場所を隠さなければ、彼らの仕掛けた「太陽の暗号」の目的を果たせないからである。

 

 秘密結社ヤタガラスの「暗号」は「神の計画」の指針を示していた

・ようやく「星の暗号」が解読できた。

  「星の暗号」によると間もなく地球は「崩壊と再生」の時を迎え、『ミステリースポット』に現人神(あらひとかみ)(天照大神最高神、メシア)が再臨し、「人の世」が終り「神の世」が始まることになる。

 

・「伊勢神宮が甦った後、地上に天照大神が降臨する。その時、誰もが天照大神の御姿をその目で見ることになる。そして、伊勢神宮の使命もまた、それをもって終焉となる!!」

 

・時代や場所が異なっていても不老不死の神々が存在する同じ「神々の世界」(創造世界)と、それぞれチャンネルを合わせることができるからである。

 

・「ヤタガラス」という名称は彼らの正体を示すためのコードネームなので、正式な結社名ではない。彼らは、古代の「外宮」の担当者で、しかも古代の秘密結社「フリーメーソン」の流れを汲んでいる。

 

 <●●インターネット情報から●●>

 2017 年 10 月号 台湾の防空壕ノウハウ 皆川 榮治

 

月 15 日(金)午前 6 時 57 分北朝鮮弾道ミサイルを発射したと発表しました。 日本政府はこれを受けて「容認できない」旨発表すると共に、北海道、青森、岩手、秋田各県の住民に対し 警報を鳴らし、「建物の中、又は地下」に避難するよう注意喚起しました。 しかし、実際住民はどこに隠れて良いのかも分からず、ただじっとしていたと言うのが大方の行動だったよ うです。事実日本には地下壕とか防空壕と言うものはなく、せいぜい商店やデパートの地下または地下鉄程度 しか地下壕らしいものはありません。 これは平和主義の日本ですから戦後そのような防空危機を経験したことがないので、「どこに隠れて良いのか わからない」と言うのが多くの住民の姿だったと言えます

<防空ビジネス>

 これを受けて日本では核危機に備えてシェルターを用意する必要がある、との発言がありこれを販売する業 者も出てきました。1 台 3~4000 万円もするものもあり、家が 1 軒建ちそうですが、日本では販売されているようです。 さて、台湾では北朝鮮からの攻撃に曝されていませんので、危機感はありませんが、元来 1949 年の対中国 危機以来、両岸危機が叫ばれるようになり国防には力を入れて来ていました。最近の中国は両岸貿易を盛んに 行うようになり、両岸危機は大きく取り上げられなくなっていますが、実際はそうではなく、今も中国は「台 湾をいずれ実力で支配する」、と公言していますから、台湾侵攻も「非現実」とばかり言えない状況にありま す

 

さてシェルターですが、台湾ではこの種の商売は成り立ちません。何故なら台湾には 1949 年以来、対共産 中国防衛が叫ばれ、全国の公的場所には必ず地下壕を用意することが義務付けられるようになりました。 台湾に居住していると分かるのですが、年に一度は必ず防空演習があります。演習日は予告され、その 時間帯は車も人も屋外に出ることを禁止されます。従わない場合、3 万元~15 万元の罰金が科せられます。

 今年は 2 月 21 日から 5 月 24 日まで全国 7 か所で午後1時半から30分間実施されました。月 18 日 (木)は台北にいましたが、事務所ある 24 階から地上を見ると、車も人も全く動きが止まり音もなく、まるで ゴーストタウンの様でした。

 シェルターの世界の普及状況が最近報道されましたが日本の少なさに目を見張ります。1 位スイス、イスラ エル 100% 2 位ノルウェー98% 3 位アメリカ 82% 4 位ロシア 78% 5 位シンガポール 54%、日本 は僅か 0.02%だそうです(全人口あたりの収容人数比率)。台湾は国際統計には入っていませんが 100%で す。 日本は平和憲法日米安全保障条約の保護のもと国防を外国にゆだねて来ましたから、シェルターなど想定 外で済まされたのでしょう。しかしここにきて防災公報で「地下に逃げて下さい」と言ったものですから、国 民も関心が出始めたのでしょう。

 

<台湾の敷設状況>

さて台湾の地下壕ですが、民間アパート以外の建築物地下室は、普段は通常業務に使用していても必要時に は防空壕として使用する旨、法規により決められています。政府の規定では①防空地下室、②防空洞、③防空 壕、④防空堤防、⑤避難所、⑥その他が政府指定の防空設備となっています。台湾には多くの地下防空壕ノウ ハウがあります。 日本でも今回のような防空危機に対して、シェルターの準備はともかく、建築基準法を改正して建築物には 「地下防空壕」の敷設を考える時期に来ていると思っています。       公益財団法人ひろしま産業振興機構

 

 

 

 

 ■■■ 私が思うこと、聞いたこと、考えること ■■■

 

(2024/2/17)

 

 

 

・著者は「繰り返すが、スパイ防止法のような法律があれば、ここまで見てきたような日本における外国人スパイの活動の被害は、避けられたケースも少なくない」、「日本の諜報レベルを上げるためには、まずは、対外情報機関を設立することから始めないといけない。そのための法整備が必要になる。ただそれには相当な時間がかかるだろう」、「加えて、「スパイハンター」として活動している際に、それぞれの場面で共通して思うことがあった。それは、スパイハンターの人手があまりにも不足していることだ」と述べています。それにしても現場の担当者の意見を聞くべきだといわれます。

 

北朝鮮に対する国会の脳天気(ノー天気)ぶりが拉致事件を招き寄せたと述べられます。被害者もその家族も高齢化しており、拉致事件はどうなるのでしょうか。この程度の問題に40年以上もかかっているようでは政治家の非力が窺えるそうです。被害者たちが可哀想でした。

拉致事件は、諜報機関がなかったために起こったという話もあるようです。ロシアとか中国、北朝鮮といった「怪しい国々」に囲まれているのに呑気だと指摘されています。スパイ防止法も日本人の資質が問題にされる原因だそうです。

 

 

真面目な官僚や政治家が諜報機関の設立におとなしいのは私たち一般人には、不思議です。

「日本は諜報機関のない世界的にも珍しい国だ」、「諜報機関のない国は国とは言えない」、「諜報機関がないために外国人からバカにされ、物笑いの種にされている」、「諜報機関のない国は国家競争から最初に脱落する」、「諜報機関のない国は始めから負けている」、「諜報機関のない国は拉致事件にも無力だった」等々、戦後長い間、有識者より指摘されてきています。

世界のスパイから喰いモノにされる日本は、昔から指摘されています。中国で多くの日本人がスパイ容疑で捕まっている現実にも対応すべきです。

 

・現在は政治家のパーティの「裏金」が大きな政治問題になっています。資質の問題でしょうか。そこで「国会議員資格試験」や「地方議員資格試験」が必要だと主張する有識者も少なくないといわれます。「甘い国際感覚と貧弱な語学力で国益を大きく損ねている」、「社会問題で困っている人も増えており、単に政治の貧困としては片づけられない」といわれます。「2世、3世議員が多くなり、政治家が“家業”になってしまったことも大きな問題です。これでは政治家の資質そのものが落ちて当たり前です」といわれています。

 

国家経営や地方経営の実務に精通したベスト&ブライテストの国会議員や地方議員の英知を結集した「国家と地方の改造計画」が求められています。良識の国会の「ノーシェルター政策」は、「敵の一番の弱点を攻撃する核攻撃を招き寄せる」といわれます。

良識の国会の「ノーシェルター政策」は、一般国民が恥をかくといわれます。

 

国民が政治を嘲笑している間は嘲笑に価する政治しか行われない」

「民主主義国家においては国民はその程度に応じた政府しか持ちえない」、「国の政治は、その国の国民の民度を出ない」といわれます。

 

「三流政治家達のためか、女性の登用も先進国とはいえない(後進国だ)」そうです。三流政治家達が“反面教師”の役割を果たしているといいます。そして発展途上国から「日本は反面教師にされている」といわれます。

「失われた30年」とかの今の経済的状況は三流の政治家達によって生み出されたといわれます。

「それこそ税金の無駄遣いを止めて、国民の血税を費用対効果を考えて政策財源にあてるべきだ」そうです。

当然ながら、税金の無駄使いを止めて、可能な限り国民に還元するべきだといわれます。そして税金の無駄遣いを禁止して一つでも多くの河川水害の防災施策、津波シェルター、地震シェルター、核シェルターを作るべきだと指摘されています

また税金の無駄遣いを禁止して、少しでも多くのキックバックを国民に対してすべきだといわれます。

 

国恥的なことを国際的に発信することはいかがなものかといわれます。官僚や政治家のスキャンダルや失政報道は、国民が不安を覚え、国民が恥をかくといわれます。

中国は人口大国だからスパイ活動も人海戦術だという話もあるようです。

“国民の声”が見逃されて、政治が一部の人々の道楽になりつつあるということです。「失政」が増えている時代に、私たち一般人は、政治意識を高めていく必要があるそうです。“政治とカネ”から“行政の私物化”が懸念されています。

国会議員は飾りに過ぎず公務員が立法を取り仕切る仕組みを「官僚内閣制」と言うそうです。

 

それこそ税金の無駄遣いを止めて、諜報機関の設立運営の財源にあてるべきだ」そうです。

税金の無駄遣いを禁止して、「政治の私物化」という奇妙な事態にならないようにしなければならないといわれます。

 

 

 (2021/2/19)

 

フィッシング詐欺等の特殊詐欺が国民の生命と財産を脅かしていますが、もう10年以上も続いており、あたかも際限なく犯罪者グループが生まれてきているようです。社会の何かがマヒしているようです。

被害者が高齢者で、被害額も巨額で悪質で、警察の捜査能力の劣化には一般市民は困惑しています。この程度の犯罪が10年以上も継続している事実は異常なことと一般市民は感じます。時間的に見ても特殊詐欺の犯罪者グループを壊滅できているときでしょう。

過去の犯罪者のデータを調べれば、容易に犯罪者グループの割り出しは可能と言われますが、警察捜査能力の非力を感じて私たち一般人は、理解できません。行政や政治の劣化が酷いと指摘されています。

本来、警察権力というものは、「泣く子も黙る」ほどに強力なはずですが。サイバー犯罪も増えていますが、国際的になっており、外国への捜査等はどうなっているのでしょうか。「日本を貶める」勢力に対して、日本版CIAのような諜報機関で対抗しなければ、外交常識・国際常識の欠く国と見られるそうです。諸外国は、サイバー国家と自立しようと必死に努力しているといわれます。日本は遅れ気味ですが、プログラミング教育がすすみ誰でもプログラマーの時代がくるとサイバー犯罪が近未来に激増するといわれます。キャッシュレス決済の時代が来たと飛びつけば、消費者の個人情報が、既に犯罪者グループや外国に大量に流れている時代です。大手企業も信用できない時代です。

それこそ英国のMI5やMI6の能力を持つ情報機関が必要ですが、官僚や政治家のスキャンダル・失政報道は、国民が不安を覚え、国民が恥をかくといわれます。資質の問題でしょうか。

「改革が遅れているのは本当に優れた官僚や政治家が登用されていないからだ」といわれます。「国会議員資格試験を作れ」という有識者も少なくないといわれます。

「失われた20年」の前は「経済一流、政治二流」といわれていましたが、現在は「経済二流、政治三流」といわれます。それ以上の害悪を国民に与えているといわれます。警察や国防、諜報機関の予算に他国並みの税金を投入すべきだといわれます。行政や政治の無駄は、豊富にあるといわれます。

「日本は諜報機関のない世界的にも珍しい国だ」といわれます。当ブログでも再三、指摘してきました。「諜報機関がないために外国人からバカにされ、物笑いの種にされている」そうです。

はたして東京五輪は世界からのサイバー攻撃を受けたのでしょうか。

「事実、ライバル国のハニートラップに引っかかり、今もその国に好意的な発言を繰り返している日本人の要人も存在している。MI6も、そうした色仕掛けの工作は行っている」そうですが、日本も諜報機関を作り、ハニートラップでもしだしたら、「ゼロトラスト」でメチャクチャになるのでしょうか? それは異人の世界でしょうか。気味の悪い世界のようです。

一口にモサドや他の諜報機関もやっている「ハニートラップ」といっても管理は夜の世界で容易でないようです。

その昔、「英国情報部は男を女に変える以外、何でもできる」と言われましたが、MI6は、ロシアのGRUのように暗殺、ハニートラップ、麻薬等の違法か超法規行為の問題をクリアしており、「秘密は墓場に持っていく世界だ」といわれます。非合法工作員を養成するのでしょうか。

真面目な官僚や政治家が諜報機関の設立におとなしいのは私たち一般人には、不思議です。それこそ税金の無駄遣いを止めて、国民の血税を費用対効果を考えて政策財源にあてるべきだ」そうです。

著者(山田敏弘 氏)によれば、「「もちろん人を殺めることもある。それはエージェンシー(MI6)でも明確な権利として定められている。国を守るためであれば、自分の命を犠牲にしたり、誰かの命を奪ったりということは仕方のないことだ。インテリジェンス・コミュニティでは、そんなことは常識だと言える」、「対外情報機関も、国境を越えて動けるサイバー部隊も持たない日本は、これからの時代に本当に世界と伍していけるのだろうか」、「ゼロトラストという考え方がある。つまり、すべて疑ってかかり、誰も信用しないということだ。それが国際情勢の裏にある世界の常識なのだ」、「信頼できる対外情報機関がないことで日本が世界から遅れをとっているだけでなく、インテリジェンスによって自国を守るのには弱い体制にあることがわかるだろう」、「CIA局員の仕事は、リポートや書類の作成といった作業がかなりのウェイトを占めると述べていた」と記載されています。

 

新型コロナウイルスによるパンデミックが世界中で凄まじい破壊をしています。時代が、新型コロナウイルスで区切られたかのようです。新型コロナ後の世界は、大きく変化した世界のようです。元に戻るのは、2年どころか4~5年もかかるという説もあります。一般的にサバイバルが難しくなりつつあるといわれます。また新型コロナウイルス生物兵器だという陰謀論者もいるそうです。生物化学兵器は「貧者の核兵器」といわれています。「生物化学兵器」については、熱心に開発している国もあるといわれます。「生物化学兵器」の本は64冊ありますが、私たち一般人は、当然把握できません。一方、ロシア、中国、北朝鮮等は、軍諜報組織も絡んで、サイバー犯罪、サイバー攻撃をしているといわれます。米中間のサイバー戦争が懸念されています。「サイバー戦争をみても第3次世界大戦はもう始まっている」という説もあります。

 

・ところでカンボジアの地雷除去活動で知られる「認定NPO法人  国際地雷処理・地域復興支援の会」の高山良二氏は、自衛官を定年退職して活動をしておられます。地雷原の処理や不発弾の処理には、まだかなりの年数がかかるといわれます。海外での紛争は、なくなるということはないようです。「人類の歴史は、平和な時代よりも戦争の時代が長かった」そうです。殺戮の歴史を調べていくと、人間の好戦性が窺えると指摘されています。

  「若者増加が戦争を招く」という説を唱える学者もいます。「ガストン・ブートゥールは「古来、人間が戦争を起こす理由はただ一つしかない」と言って、その理由を「若者が増えすぎることにある」とした。

  つまり、「戦争の結果、人が死ぬ」のではなく、「若者がたくさん生まれ、人口が増えすぎると、戦争が起きて人口調整する」と答えたのである。

  むろんどこの国の、どの時代の指導者も政治家も、自国の国民が多いからという理由で戦争を始めるわけではない。しかしながら、現実としてみれば、たしかに戦争を起こす国は決まって国内に「余剰人員」を抱えている。特に若くて血の気の多い青年が多い国は戦争を起こしやすい。

 またブートゥールは「若者がたくさん戦死すれば、戦争は当初の開戦目的に関係なく自然に終わりを迎える」とも書いている。逆に言えば戦争の真の目的は余剰人口の解消なのだから、若者がたくさん死なない限り戦争は終わらないという事でもある。

  世界中にあった「口減らし」の知恵。ブートゥールは古代のアラブでは男の子を尊び、女の赤ん坊はしばしば殺されていたと書いている。女性の人口が減ればいきおい出産数が減る。人口調整としては最も効果的な方法である」と指摘されています。

 

・日本の防衛政策、国防政策についても識者の本が、多く出版されています。やはり近未来は核装備の議論が盛んになってくるといわれます。日本も敗戦により、正常な国防議論ができない環境になったといわれます。しかしながら、日本政府も、必要が来れば、すぐにでも核装備をする準備をしていると指摘されています。核兵器が安上がりの兵器になる時代がくるといわれます。5兆円という限られた防衛予算で、費用対効果、優先度の高い装備が求められているようです自衛隊の要員も絶対数が不足しています。「核戦争の時代は、国民皆兵的な“ボランティアの民兵”が必要だ」といわれます。太平洋戦争末期には「防空壕と小銃の絶対数が足らなかった」といわれます。国民は丸焼けの惨状でした。次の核戦争でも「防空壕と小銃の絶対数が足らなくなる」と指摘されています。そして丸焼け。そこで核兵器の時代、膨大な数のボランティアの「民兵」「市民兵」が有力な抑止力になるといわれます。米国は「銃社会」で危険だといわれますが、核戦争への備えがあることになります。

また総務省地方自治体の管轄の「郷土防衛隊」の創設が必要だといわれます。良識の国会の「ノーシェルター政策」は、「敵の一番の弱点を攻撃する核攻撃を招き寄せる」といわれます。この方面に脳天気(ノー天気)ですと、日本も歴史から消えていくことになるでしょうか。国家経営の実務に精通したベスト&ブライテストのテクノクラートの英知を結集した「国家改造計画」「国防計画」が求められているそうです。政治家や官僚のスキャンダルと失政の報道は、国民が不安を覚え、国民が恥をかくといわれます。

普通の国」ならば、自分も核兵器を持とうと考えます。また、それを当然とするのが現代の国際社会です」と指摘されています。

核シェルターはイスラエル100%、ノルウェー98%、アメリカ82%、イギリス67%、シンガポール54%で、日本は0.02%」と語られています。台湾も公表はされていませんが、シェルターは100%といわれています。韓国の政策も参考になるそうです。現代では核シェルターの老朽化が問題になっているそうです。建築基準法の改正とか、諸外国の政策を研究すべきだといわれます。限られた予算、限られた財源、限られた処遇、増えない税収、十分でない福祉予算を削る財政赤字という「失われた30年」となったと指摘されています。戦後は丸焼けで生きるのが精いっぱいで、当然ながら、シェルターの予算はありませんでした。それでも各国は熱心に米ソ核戦争に備えたようです。特に旧共産圏は、シュエルターに膨大なコストをかけたといわれます。当時の米ソの冷戦が深刻だったようです。中国も防空壕の建設には、熱心だったといわれます。

いまでも中国では地下室に100万人が居住しているといわれます。「脳天気(ノー天気)な核シェルターもグローバルスタンダードを適用すべきだ」といわれます。「核兵器配備よりも先に、核シェルター整備を」と叫ぶ政治家がいないのも不思議な現象といわれます。「21世紀には核戦争は絶対にない」という保証はありません。

 

・「核の恫喝を受けないためにも核には核を」という合理的な思考が求められているそうです。周辺諸国では、核兵器や生物化学兵器、核シェルターの開発を熱心に展開しているそうです。核戦争を想定内にしているからでしょう。核兵器のコストも低下していると指摘されています。核兵器のシェアリングの政策もあるそうです。近未来では「核兵器が安上がりの兵器になる」そうです。後進国自爆テロ型の核戦争をするともいわれます。「敵は一番の弱点(核シェルターのないこと)を攻撃してくる」といわれます。良識の国会の「ノーシェルター政策」は、「敵の一番の弱点を攻撃する核攻撃を招き寄せる」と指摘されています。核シェルターがないことが、核攻撃を招き寄せると指摘されています。「21世紀には核戦争は絶対にない」という保証はありません。「平和運動が核攻撃を招き寄せる」といわれ「日本列島を核攻撃で沈める」という恫喝も頻繁に現実に一般国民がうけています。世界平和を数十年間唱えて活動していたら、今度は「核攻撃を懸念する国民が増え、政府不信になっている」といわれます。スイス型の国民皆兵的な“民間防衛”を参考・目標にして国民皆兵的な「郷土防衛隊」が必要だといわれます。また公共施設の地下室や地下駐車場を増やしていく施策も必要だと指摘されています。

 

・雑誌には、「東京に水爆が落ちたら」というシュミュレーションが記載されたりするようになりました。実際に被爆しますと、数百万人の死傷者が出ると言われています。米国の核の報復があったとしても、まず被災者を救援しなければなりません。米国でも核戦争後には共産主義的な政策をとり、食糧を確保しなければならないと指摘されています。

被爆後の救援のためには国民皆兵的な相当数の郷土防衛隊が、全国に必要となります。核シェルターや医薬品や食糧の備蓄等、スイス型の「民間防衛」を目標にすべきだと述べられます。財源の裏付けのない政策は実現できないといわれます。もともと国家予算の分配の問題になるようで、財源をひねり出すためにも、行政、立法、司法の大胆なリストラ、近代化、効率化が必要です。

都心を狙った水爆で、国会も皇居も霞が関も吹っ飛んで一巻の終わりになるといわれます。

 

・5兆円という限られた防衛予算で、抑止力のない高価な通常兵器を少数そろえるのでは、費用対効果の点からも問題にされるといわれます。大地震や大津波の対策と並行して、核シェルターも増やしていく必要があるといわれます。また小火器の備蓄も必要といわれます。海上自衛隊の最大のいずも型護衛艦は1隻1200億円といわれます。有事には、海に浮かんでいるか撃沈されるかでしょう。1200億円で巡行ミサイルが1,000発、ライフルは2百万丁確保できるそうです。「今そこにある危機」である被爆を考慮した防衛政策が必要だそうです。ライフル等の小火器の備蓄があれば、有事には「郷土防衛隊」の創設は容易だといわれます。有事にはボランティアの人数も相当な数になるでしょう。アマの政治家よりもプロの専門家を中心に防衛政策を作るべきだと指摘されています。過去の日本の防衛政策は、敗戦という特殊事情がありましたが、外国人から笑われたものであったそうです。この方面に脳天気(ノー天気)ですと、日本も簡単に歴史から消えていくことになるでしょうか。

防衛政策にも国家経営の実務に精通したベスト&ブライテストのテクノクラートの英知を結集した「国家改造計画」が求められているそうです。ベスト&ブライテストしか政府を構成できないはずですが?!政府にはベスト&ブライテストが集結しているはずですが!?

 

・「だとすれば、各地方に防災・消防を兼ね情報・警備を担当するかつての「消防団」のような「郷土防衛隊」が必要となりますが、これを組織するのは防衛省自衛隊の仕事ではなく、総務省と各自治体の役割でしょう」と指摘されています。総務省も各自治体も、税金の無駄遣いをなくして、一つでも多くのシェルターを作るべきだといわれます。「危機管理」のシュミュレーションも十分でないといわれます。

  

・ちなみに、インターネット情報によると、全人口に対し、何%の人を収容できるシェルターが存在するかを見ますと、「スイス100%、イスラエル100%、ノルウェー98%、アメリカ82%、イギリス67%、シンガポール54%で、日本は0.02%で核シェルターの普及率は異常値だ」といわれます。原因は「政治の貧困」だと語られています。良識の国会の「ノーシェルター政策」は、一般国民が恥をかくといわれます。

  トランプ大統領の選挙中の「日本と韓国の核武装容認」の発言が注目されましたが、その後のニュースでは、否定されたようです。

  毎日新聞(2016/11/15)によると「トランプ次期米大統領は14日までに、過去に日本や韓国の核武装を事実上容認する発言をしたことに関し「そんなことは言っていない」と否定した。トランプ氏は大統領選勝利後、さまざまな立場を現実路線に軌道修正する姿勢が目立っている」と報道されています。

 

・米国は以前から「日本の核装備」を大変恐れているといわれてきました。ところが、近年、有識者の中でも「日本は核武装すべし」という議論も増えてきているといわれます。「核の恫喝を受けないためにも核には核を」という合理的な思考が求められているそうです。「21世紀には核戦争は絶対にない」という保証はありません。周辺諸国では、核兵器や生物化学兵器、核シェルターの開発を熱心に展開しているそうです。核戦争を想定内にしているからでしょう。「敵は一番の弱点(核シェルターのないこと)を攻撃してくる」といわれます。後進国では「核兵器は使える兵器」といわれます。先進国のように「核兵器を使えば、人類が滅びる」という合理的な思考がないと語られています。5兆円という限られた日本の防衛予算で、抑止力のない高価な通常兵器を少数そろえるのでは、費用対効果の点からも問題にされるそうです。核兵器の議論もタブー視されている点がありますが、現実的な議論をしてもらいたいものです。マクモニーグルの未来透視に「23世紀と24世紀における2度の大戦で人類の人口が6分の1に大激減する」というのがあります。 

後進国では、大量の餓死者がでている等のみっともないことが国内に続けば、国境紛争や自爆テロ型の(核)戦争を企てると語られています。

 

 ・世界の諜報機関や日本の影の諜報機関の働きについては、私たち一般人は、知らないことがほとんどのようです。昔の時代と違って、偵察衛星が飛び回っており、詳細な軍事写真もとれるようになりましたので、スパイの役割も大きく変化してきているようです。昔はよくスパイ活動でソ連の外交官が逮捕されたとか、北朝鮮のスパイが国内で潜入して逮捕されたりとかの話があったようです。スパイ船の記事も新聞に載っていたそうです。現代では「産業スパイ」の活動が盛んであるともいわれます。現代でも古典的なハニートラップも盛んだそうで驚きです。

 

公安調査庁の元部長によれば「日本は諜報機関のない世界的に珍しい国だ」そうです。しかし、情報部の関係者の努力のおかげで、米軍との諜報機関との繋がりから、徐々に小規模ながら活動をしてきたようです。戦後は、米軍の諜報機関の下請け組織として機能してきたそうです。スパイの世界は「法律を超えた世界」、「超法規の世界」のようです。常にさまざまなリスクが伴うようです。それでも「諜報機関は国家にとって最も重要な死活の国家組織だ」そうですが、「諜報機関のない国は北朝鮮拉致事件にも無力だった」ようです。「諜報機関のない国は始めから負けている」ようです。現在でも北朝鮮の動きがつかめないそうです。三島由紀夫自衛隊諜報機関接触しなければ、死期を早めることはなかったかもしれません。諜報機関を作るには、フリーメイソンの研究から始めるという説もあります。「フリーメーソン結社はこの大地が創出されるよりずっと前から、さまざまな太陽系をめぐって、存在していたのである」といわれます。

 

・「諜報機関のない国は既に国益を大きく損ねている」ともいわれ、「諜報機関は国家安全保障上の要の組織である」そうです。真面目な官僚も政治家も「諜報機関」の設立には何故か熱心でないのが不思議です。敗戦後の占領軍の命令が現在でも生きているのでしょうか。旧帝国陸軍諜報機関や特務機関に対して、敗戦国民は相当にアレルギーがあるそうです。法律理論論争にこだわりますと動けなくなるようです。日本は昔から「スパイ天国」といわれ、スパイに関連する法律も不備のようです。が、現代ではスパイを使わなくても、公表された書籍や文書を分析するだけで80%は、情報分析活動はできるといわれます。米国の大規模な諜報機関やCIAよりも、「女王陛下の秘密諜報員」で知られる英国の秘密情報部の活動が参考になると述べられています。英国のMI6は、創設には異星人が関与していたという奇説もあるようです。現代でも諜報機関と異星人は馴染みがあるといわれます。

 

・「諜報機関のない国は国家競争から最初に脱落する」といわれ、過去に失った国益は莫大なものかもしれません。現在、国会では「集団的自衛権論争」が盛んですが、「諜報機関」については、各党はどのような動きがあるのでしょうか。「諜報機関のない国は始めから負けている」ともいわれ、自衛隊を海外に派遣するのには、大きなリスクを伴うそうです。日本でも諜報機関と政治の繋がりは予想以上に強いので驚きます。

  イラクには大量破壊兵器があったかどうかということは、イラク戦争の時に大きな問題とされました。当時から、「情報操作」があったようです。大量破壊兵器がなかったのに「イラク戦争」をしたと、しつこく非難されたようです。これもプロの情報員とアマのメディアの違いのようです。プロの情報機関の情報操作は、私たち一般人には、理解不能なことが多いようです。特にCIAなどの諜報機関は、かなり進んだ情報操作をするそうです。

  真偽のほどは分からない歴史的事実の論争が多いそうです。歴史的認識にしても歴史的事実の正確な把握は難しいそうです。その意味において大新聞の報道や社説の影響力の大きさは、とても大きいようです。私たち一般人は、仕事が忙しいので、メディアのジャーナリストの豊富な知見は、理解できませんし、受け身の立場が多いようです。さまざまな社会問題にも勉強する時間がないようです。しかし、「民主主義国家においては国民はその程度に応じた政府しか持ちえない」、「国民が政治を嘲笑している間は嘲笑に価する政治しか行われない」ということで、私たち一般人は、全員政治意識を高めて、政治の近代化に努めていく必要がありそうです。

 

・世界の諜報機関の「恐ろしい世界」は、私たち一般人は、知りませんし、理解不能なことが多いようです。国家安全保障上の最高機密として暗殺を正当化している国もあるそうです。事故か暗殺なのか「不審な死」という事件もよくあるようです。英国やヨーロッパではたまにロシアのスパイの暗殺事件が報道されたりするようです。暗殺手法も毒薬のほかその他の手法が巧妙になっているといわれます。数十年前の新聞に「ソ連製の自殺企画の発狂薬」について報道されていましたが、その後どうなったのでしょうか。「先進国では諜報機関が政治を引っ張っている」そうですが、政治と諜報機関のつながりは強いようです。特に旧共産圏では絶対的ともいえるような権力があったようです。

 

北朝鮮拉致事件も数十年たちますが、政治家の非力が窺われます。「諜報機関は国家存立にとって最も重要な死活の国家組織だ」、「諜報機関は国家安全保障上の要の組織である」、「諜報機関のない国は拉致事件にも無力だった」と語られています。官僚や政治家が「諜報機関の設立」に関心がないのは不思議です。もともと国家予算の分配の問題になるようで、財源をひねり出すためにも、行政、立法、司法の大胆なリストラ、近代化、効率化が必要です。「諜報機関のない国は既に国益を大きく損ねている」そうです。そして公安調査庁の元部長によれば「日本は諜報機関のない世界的に珍しい国だ」といわれます。「諜報機関がないために外国人からバカにされ、物笑いの種にされている」ともいわれます。

 

・日本でも自衛隊の関係者と「田中軍団」との繋がりがあったように、何事も水面下で動いているようなのです。「自衛隊の情報関係者が三島由紀夫を殺した」とまでは極論できないそうです。「クレイジー」な三島事件は、外国人に非常に悪い日本のイメージを与えたそうです。ノーベル文学賞受賞候補者だった三島由紀夫の猟奇事件は、親日派の外国人に相当ショックを与えたといわれます。私たち一般人には、「三島由紀夫が何等かで狂った」としか思えて仕方がないようです。政治精神の後進性が窺われます。

  「スパイ天国日本といわれている間は、自衛隊を海外に派遣する事にはリスクがあり慎重であるべきだ」そうです。戦費に莫大な費用がかかる懸念もあるそうです。イラク戦争時に1兆円以上(130億ドル)、米国に戦費を支払ったこともありますが、それほど感謝されず、今後、自衛隊の死傷者が3ケタにでもならないと世論が耐えられなくなるそうです。スパイ天国日本で、外交官の評判も悪いですし、「甘い国際感覚と貧弱な語学力」では国益を大きく損なうこともありましょう。「集団的自衛権の行使容認」について国論は2分されました。「普通の国」への方向に進みますと、米軍との共同作戦による歩兵の大量出血が強要されることになるでしょうか。

 

・少数の歩兵を派遣して処理できる事態よりも、未来戦争の様相は大きく変化してくるそうです。「将軍たちは前の戦争の兵器で軍事演習をしている」ともいわれます。遠い未来の戦争様相は、テロやゲリラ戦よりも生物化学兵器核兵器が飛び交う、大規模な大量破壊兵器の戦争となるようです。近隣諸国も核戦争に備えて核シェルターの準備に余念がないそうです。日本には、核シェルターの備えもなく、スイスのようにはいきません。中国軍も米軍と通常兵器で衝突すれば核兵器を使うと公言しているそうです。核アレルギーで、論争もタブー化され、脳天気(ノー天気)だそうです。国民の懸念をなくすために長期の防衛計画が必要ですが、5兆円の防衛予算を大きく増額できないでしょう。毎年25兆円の防衛予算は、捻出できません。社会保障費も減額できない要素が多いといわれます。

 

・「東日本大震災の復興等の難問山積みの内政を優先すべきであり、税金の無駄遣いをやめて、行政・立法・司法に大胆なリストラの断行が必要だ」そうです。社会の遅れた面、非近代性、後進性、頭の古い面が予想以上に増えてきています。改革の速度も大変遅いようです。本当に優れた官僚や政治家が登用されていないそうです。「日本は先進国だろうか」という声も街中では増えてきているようです。「女性の登用も先進国とはいえない」といわれます。女性の眼から見ると「政治や経済の後進性」を痛切に感じることでしょうか。「あまり知られていないことだが、日本の社会保障というのは、先進国とは言えないくらいお粗末なモノなのである」といわれます。為政者の認識・自覚もないといわれます。肝心の諜報機関もありませんし「スパイ天国日本」といわれ、その方面では外国人から「遅れた国」として見られているそうです。

 

公安調査庁の元部長によれば「日本は諜報機関のない世界的に珍しい国だ」そうですが、真面目な官僚や政治家は諜報機関の設立についてはおとなしいそうで不思議です。「それこそ税金の無駄遣いを止めて、諜報機関の設立運営の財源にあてるべきだ」そうです。限られた予算、限られた処遇、増えない税収、十分でない福祉予算を削る財政赤字の出口は、容易に見つけられないようです。それに莫大な戦費が加わり出すと、財政破たんの懸念も出てこないでしょう。ベスト&ブライテストの集団で優れていた日本政府が劣化している懸念があるそうです。「自衛隊が出てくれば東京を丸焼けにしてやる」という核の恫喝も受けていないのでしょう。国家経営の実務に精通したベスト&ブライテストのテクノクラートの英知を結集した「国家改造計画」が求められているそうです。

 

amazonに「地震津波」といれますと2214件が反応します。それだけに今の問題になっているようです。首都直下大地震津波南海トラフ巨大地震津波は発生確率が7割以上と言うことで、いつ起こるのか分からないだけのようです。当然ながら各地方自治体や国では対策を強化しているようです。東日本大震災では、地震津波の基準が5メートルであったために被害を拡大させました。3階建ての避難センターも役に立ちませんでした。被災地には過去において10メートル級の津波が何回もきていたようですが、津波対策には充分生かされなかったそうです。大変な失政でした。

 

地震については関東大震災がありましたので、知識人の中にも大型地震について言及する者も少数いたようです。清水幾太郎氏も大地震に言及したり、「戦後最大のタブー」ともいえる「核装備」についても言及していたようです。現代では地震津波の対策も重要ですが、地球温暖化による「異常気象」も大いに懸念されております。記録的豪雨、ゲリラ豪雨の被害も増えております。オリンピック対策も必要ですが、地震津波対策もより一層、必須です。

 

・兵器も時代により変遷してきており、戦車や大砲の兵器の時代からミサイルや核兵器、「貧者の核兵器」といわれる、「細菌兵器」や「化学兵器」に戦争の様相が変化してくるものと思われます。「将軍たちは前の戦争の兵器で軍事演習をしている」「次の大戦には必ず新兵器が使われる」そうですが、通常兵器が陳腐化する時代は遠くではないそうです。抑止力のない高価な通常兵器を少数揃えても、「貧者の核兵器」を熱心に揃えている国々にたいしては「抑止力」にはならないそうです。戦車と自動小銃で立ち向かっても「細菌兵器」や「化学兵器」をばら蒔かれて一巻の終わりと言うことでしょうか。「戦場の様相」が将来、当然に大きく変化するといわれます。

  通常兵器では「抑止力」が無くなりつつあります。国会によって爆撃装置や給油装置を外した航空自衛隊の高価なF4ファントム戦闘機が「北朝鮮拉致事件」には何の抑止力にもなりませんでした。近隣諸国の仮想敵国では核兵器や細菌兵器、化学兵器を熱心に作っておりますし、核シェルターも相変わらず整備しているそうです。核兵器でないと「抑止力」にならない時代です。米軍の核打撃力に全面的に頼ることは、抑止力的にも十分でもありませんし、兵器の高度化という点からも核兵器のリースなどを検討すべきだといわれます。

 

原子力潜水艦核兵器の製造コストは莫大なもので、国民生活を圧迫するという観点から反対する軍事専門家もいます。5兆円の限られた予算では、通常兵器の新兵器の数を十分に揃えることも無理のようです。限られた予算、増えない税収、十分でない福祉予算を削る財政赤字ということで、どの程度防衛予算を増額できるのでしょうか。さまざまな政策が将来的に検討されるべきでしょうか。

  拉致事件も担当者が苦労しているようですが、この程度の問題が何十年も経っても全面的に解決されないようですが、「抑止力のある防衛力」を持てば、解決は容易になるものと思われます。拉致事件も米軍だったら、自衛による武力制裁する事例だったそうです。拉致事件は「警察がしっかりとしておれば防げたはずだ」という話もあったそうです。被害者もその家族も高齢化しており、拉致事件はどうなるのでしょうか。この程度の問題に数十年もかかっているようでは政治家の非力が窺われると語られています。「諜報機関がないので拉致事件を起こされた」そうです。大量の餓死者の出た北朝鮮は、常に戦争の火種を求めているといわれます。またサラリーマンの本脳のためか、タブーである核装備を議論する人は少ないそうです。 とりわけ「未来の大戦ではペスト菌などの“細菌兵器”が使われる」という未来透視もあり不気味です。

 

・「法隆寺五重塔の塑像の謎」の話は、おそらく動物タイプの宇宙人の塑像かもしれません。宇宙人には動物タイプは3割ほど存在するともいわれます。「トカゲのような容姿をした人物」もレプティリアン爬虫類人)系統の異星人のようです。太古の天皇は、実はレプティリアン爬虫類人)系統の異星人だったという説もあります。当時から「宇宙連合」の異星人と地上の権力者とはコンタクトがあったようです。物部氏の祖であるニギハヤヒ命は、河内に降臨する際、天磐船(あめのいわふね)に乗って大空を駆けめぐったといわれます。日本民族の原郷の高天ヶ原の宇宙人たちは、現在も宇宙に分散しているのでしょう。馬頭観音という頭が馬で体は人間のような異星人もいるようです。馬頭観音も昔は、日本にも来ていたようで、異類混血か遺伝子操作等で、人間化しているのかもしれません。ガリヴァー旅行記には馬の国のヤフーの話があります。『ガリヴァー旅行記』は、火星の衛星の正確な描写から宇宙旅行記ではないかという仮説もあります。

 

馬頭観音に似ている異星人に「イアルガ星人」がいます。イアルガ星人とオランダ人のコンタクト話は洋書になっています。イアルガ星人の中型宇宙船(空飛ぶ円盤)を縦に5機結合して、宇宙飛行をすることもあるようです。五重塔は、このタイプの宇宙船からのイメージなのかもしれません。イアルガ星人は、石油タンクのような巨大な円筒形のビルに住んでいるようです。「トカゲに似た奇妙な像は奈良県に多いみたいです」ということは、奈良県付近に太古からレプティリアン爬虫類人)がいたのかもしれません。異星人は、非物質化ができるようで、テレポーテーションもできるものもいます。「テレポート(瞬間移動)は、人間にとり奇跡ですが、宇宙人にとっては、それほど難しくないテクノロジーだ」といわれます。「顔が龍となっている人物の像」もそのような異星人がいたのかもしれません。また「多肢の仏像」がありますが、宇宙母船の中には多肢のバイオ・ロボットが活動していると言われています。仏教を創ったのはシリウス星人のようです。「爬虫類人を支援していたのが、仏教思想を開発したシリウスB星人であり、その他に爬虫類人支配下でこと座(リーラ)文明を再生させている」といわれます。UFOは、人類の歴史が始まって以来、最も重要な現象だといわれます。書籍より優れている膨大な異星人情報がネット記事や動画になっており、個人では把握できない量です。

 

 ・ネットによると「2019/10/18午前3時にフィリピンの東で発生した台風20号は、西よりに進む予想です。今のところ、今後の発達はあまりなく、日本への直接的な影響はありませんが、まだ台風シーズンは続きそうです」と記載されています。2019/10/6にマリアナ諸島の東海上で発生した「令和元年台風19号」は、甚大な被害をもたらしました。このような想定外の被害をもたらす「台風」はこれからも毎年頻繁に起こる懸念があるといわれます。地球温暖化の異常気象で、極地の氷が溶けて、その分量だけ熱帯地方で水蒸気になり、台風となって、降り注ぐからだといわれます。想定外の雨量になる理由です。100年に1回ではなく、毎年起こる可能性が懸念されています。治水能力に超える雨量が毎年、降り注ぐといわれます。こういうことでは水害の常習地帯やゼロメートル地帯の住民は不安になります。

想定内の雨量を勘案して造られた全国の堤防が頻繁に決壊する懸念があるようです。「災害等で困っている人も多くなっているので、税金の無駄遣いをやめて財源を確保すべきだ」といわれます。災害大国ですので東京オリンピックパラリンピックに影響する災害が起こらないことを期待しましょう。

災害対策予算が不足することがあってはならないといわれます。全国の堤防を強化しなければならないようです。限られた予算、限られた財源、限られた処遇、増えない税収、十分でない福祉予算を削る財政赤字という「失われた30年」となったといわれます。消費税も10%どころか将来は20~30%も上げられる懸念もあるようです。被災者に対する補助金も抜本的に見直すべきだといわれます。また税金の無駄遣いを禁止して一つでも多くの防災施策、津波シェルター、地震シェルター、核シェルターを作るべきだと指摘されています。制度改革については「抜本的な見直し」が必要という言葉が頻繁に使われています。「改革が遅れているのは本当に優れた官僚や政治家が登用されていないからだ」といわれます。一般的に政府批判は商業主義のジャーナリストにとってタブーと指摘されていますが。

地球温暖化で想像を絶する台風やハリケーンの暴風雨が吹き荒れる、異常気象の時代になり、世界中で被災者が激増しそうです。当然のことながら国家を維持発展させるために、制度的に、政府にはベスト&ブライテストが集結しているはずですが?! 国家経営の実務に精通したベスト&ブライテストのテクノクラートの英知を結集した「国家改造計画」が求められているそうです。

 

民主党が強く「税金の無駄遣い」として反対していた「八ッ場ダム」と「スーパー堤防」も役に立ったようです。「八ッ場ダム」も2時間で水位が50メートルも上昇したそうです。確かに「八ッ場ダム」は洪水を防いだといわれます。素人の政治家が、専門的な国家政策を議論する危うさが窺えるといわれます。防衛政策にしても、国家政策が海外から笑われ馬鹿にされてはならないといわれます。国民が政治を嘲笑している間は嘲笑に価する政治しか行われない」といわれます。国恥的なことを国際的に発信することはいかがなものかといわれます。霞が関では大蔵の自殺、通産の汚職、外務の不倫といわれた」そうです。官僚・公務員組織でも昔から組織的な問題点が多かったといわれます。

官僚や政治家のスキャンダル報道は、国民が不安を覚え、国民が恥をかくといわれます。繰り返しになりますが、異常気象の災害大国なので税金の無駄遣いを禁止して災害対策費に充当すべきだといわれます。

 

・国民は地震津波に震える以上に「大雨」「暴風雨」に震えるようになるのかもしれません。「失政」が予想以上に多いともいわれます。補償も十分とはいえません。「失政」を詳しく調べていくと恐るべきことが分かるのかもしれません。失政が続いていますが、その点については政治家と官僚の認識も自覚もないといわれます。金のかかる外交よりも、失政続きの内政を立て直すべきだといわれます。・地球環境はますます状況が激化していくので「セクシー」に対応できないと指摘されています。ノルディック(北欧の)という言葉がありますが、性の先進国スウェーデンの実態についても私たち一般人は、当然詳しくはありません。ハンチントンの指摘では文明間の戦争は半永久的に続く可能性があるといわれます。「社会の分け前の分配、再分配がうまくいっていない」といわれます。

 

・戦中の日本の原爆製造については、確か初期的な段階であったといわれていましたが、「1945年8月12日早朝、北朝鮮興南沖にて海上爆発に成功していた」ということで驚きです。フェイク(偽)・情報ではないようですが?

amazonに「日本の原爆」といれますと1000件以上が分かります。日本が開発しようとしていた原子爆弾については、

『世界が隠蔽した日本の核実験成功』(勉誠出版、矢野義昭 2019/10/1/)、『日本の原爆』(新潮社、保坂正康、2012/4)、『日本の核開発1939-1955』(績文堂出版、山崎正勝、2011/12/1)、『日本原爆開発秘録』(新潮文庫、保坂正康、2015/4/30)、『日本・原爆開発の真実―究極の終戦秘史』(ノン・ブック、五島勉、2001/8/28)等があるようです。

  過去のいきさつ、歴史を知ることも重要ですが、当然ながら、近未来か未来の世界の戦争、核戦争の様相を認識し、長期的な対策を打つことが重要だと指摘されています。「核兵器が安上がりの兵器になる時代が未来いつか来る」と指摘されています。スイスのように100%の核シェルターと国民皆兵的な「ボランティアの民兵」の総務省管轄の郷土防衛隊で備える必要があると指摘されています。

 

・「欧米各国の2重、3重スパイとして工作をしてきた男、アンヘル・アルカッサル・デ・ベラスコはいう。広島原爆はナチス・ドイツが開発したものだ、と!!」という話もフェイク(偽)・情報が複合したものかもしれません。今となっては真相は分かりません。ナチスに関する情報も、中には、荒唐無稽、奇妙奇天烈、支離滅裂、眉唾物も多くて、疑念がわきます。

スパイの話は、「話半分に聞いておく」のがちょうどよいといわれます。

「秘密は墓場に持っていく」といわれます。「日本は諜報機関のない世界的にも珍しい国だ」といわれます。「諜報機関のない国は国家競争から最初に脱落する」そうです。しかし諜報機関は、一般国民からは乖離した存在のようです。ネット時代の今日、世の中はフェイク(偽)・情報で溢れているといわれます。フェイクニュースも頻繁に繰り返されると信じ込んでしまいます。

 

フリーメーソンの主神はグノーシスデミウルゴス(悪の創造主)であるという説もあるといわれます。「日本の知識人が欧米人を理解できないのはフリーメイソンを知らないからだ」そうです。「日本国憲法フリーメイソンの理性主義の産物」という説もあるといわれます。

フリーメーソン結社はこの大地が創出されるよりずっと前から、さまざまな太陽系をめぐって、存在していたのであるといわれます。

欧米の諜報機関フリーメイソンリーは関係があるといわれます。「諜報機関を始めるために、フリーメイソンを研究することから始めた」と言われるくらい諜報機関と密接のようです。フリーメイソンは、日本人が西欧キリスト教文明をみる場合の、盲点であるといわれます。金星の神々は地球に到着するやいなや、イニシエーションのためのフリーメーソン本部を設けた、といわれます。宇宙人とフリーメーソン組織は歴史的にも裏面でつながりがあったようですが、普通の歴史書には、記載がありません。米国には、シリウス星人がウォーク・イン(憑依・人格転換)やワンダラー(転生)の形態で飛来しており、その数は、非常に多いといわれます。秘密結社には、シリウス異星人のようなはるかに進化した異星人が秘密裏に関与していたようです。異星人だった歴史上の偉人たちが多いといわれます。

 

近年では「カイパーベルト・エイリアン」と「ナチス第4帝国」の関係についても言及されています。米国のスチュアート・A・スワードローによると、「しかもカイパーベルト・エイリアンは、南極の地下に拠点を置くナチス第4帝国ともつながっている可能性が高いらしい。

1938~1944年にかけ、ナチス南極大陸の地下に巨大基地を造って、研究プロジェクトを展開していた。一帯はベース211、あるいはニューベルリンと呼ばれていた。

この基地で、時間旅行や次元間移動の研究が行われていた。ナチスが共同作業のパートナーとして選んだのが、カイパーベルト・エイリアンなのだ」。「第4帝国と提携関係にあるカイパーベルト・エイリアンに対しては、イルミナティの目的は、世界統一にほかならない。世界をひとつの政府――世界政府――にまとめてしまえば、人民の管理がしやすくなるからだ。

 きわめて近い将来、カイパーベルト・エイリアンと第4帝国、イルミナティがひとつになって、全地球規模の管理システムの構築が試みられることは間違いない」と指摘されています。ナチスは異星人と関係があったそうです。

  「竜座人(ドラコ)が遥かに進化しており、このレプティリアン型生物の交雑種がイルミナティである。交配人種であるイルミナティが地球を支配している」といわれます。バベルの塔=世界統一王国=ニムロデ=バアル=モロク=メイソン=イルミナティ=世界統一政府といわれます。イルミナティは宇宙人の集団なので強力なのだ」そうです。いつまでも“闇の政府”フリーメーソンイルミナティに世界が操られていいわけがないともいわれます。

 

エーテル界の「高等知性体」については、私たち一般人には、訳の分からない奇説だそうです。5次元の異星人が、4次元の異星人を支配し、人間を操作し支配することは容易だといわれます。「シリウスのテクノロジーは、アヌンナキによって地球にもたらされた」そうです。シリウスからのスターシードであるイジュニュ星人が物質化して3次元に戻るには非常な困難が伴いました」と指摘されています。堕天使や天使や大天使の人間に対する影響力は、私たち一般人には、理解不能です。

「「透明人」とシリウスA星人が創造し、りゅう座(ドラコ)に配置した爬虫類人が異常に進化した」といわれます。そしてシリウス星人が遺伝子操作等でモンスター・タイプの生物を創り神に嫌われたといわれます。異星人の進化の速度は想像を絶する程度にスゴイのだそうです。

爬虫類人を支援していたのが、仏教思想を開発したシリウスB星人であり、その他に爬虫類人支配下でこと座(リーラ)文明を再生させようとしている」そうです。こと座文明に何か大問題が生じたのでしょうか? リラ星人も人類の源流ともいわれ謎の多い宇宙人種族のようです。

シリウスの意識たちは、3次元にいる人間の目に見えるように、時々、自らの波動を変えて出現することがあった。数多くの古代エジプトの神々だった」といわれます。

「ネガティブ・グループのシリウス星人の地球支配があまりにも巧妙なので、しょっちゅう戦争が起こる」ともいわれます。そして「パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の植民星が地球だ」ともいわれます。シリウスのレベルは、もうすでに非物質のレベルです。

「すぐそこ、あなた方の真下には、まるまるひとつの世界“パラレル・ワールド”が存在しています」といわれますが、私たち一般人には、理解不能です。

 

「世界の王はサナット・クマラと共に金星から降りてきた。この神人の一団はシリウス星と繋がりがある」といわれます。

源平合戦はハム系とセム系のオリオン、シリウス北極星、北斗七星の戦いということになってくるといわれます。

シリウス人と爬虫類人は互いに取引しており、シリウスAの生命体はドラコに武器を売っている。本当に複雑な政治状況だ」という説もあります。「人類は45 万年前に地球にやってきたアヌンナキという異星人が、遺伝子操作によってつくった存在だ」そうです。「二派の対立とは火星由来のアーリア人に対するアヌンナキ・レプティリアン爬虫類人)の争い、戦争」であったともいわれ、今でも争いが続いているのかもしれません?宇宙人情報を公開すると主権が危うくなるともいわれます。

はるかに進化した宇宙人が人間の精神体に侵入してくる時代だ」そうです。「宇宙人が人間の精神体や肉体に憑依すると、誰も識別できないし、テレパシーで動いている」といわれます。

 

・ドイツの情報機関は、戦後には再建されたそうですが、日本の諜報機関は、日本軍のためには活動を停止させられました。しかしながら、戦後にはマッカーサー司令部のアメリカの情報組織の下部組織として、旧陸軍の大本営参謀たちは、機密工作に協力をしてさまざまな秘密の「情報機関(日本義勇軍)」を作って活動していたと語られています。ヨーロッパは昔からスパイの大混戦地帯であったといわれます。今日でも旧共産圏の秘密警察は、さまざまな暗殺手法を開発しているそうです北朝鮮の情報組織もソ連の秘密諜報機関の指導を受けてきたそうです。旧共産圏と西側の諜報機関の対決は、映画や小説のように、陰険だったといわれます。「諜報機関のない国は拉致事件にも無力だった」といわれます。「諜報機関のない国は始めから負けている」ともいわれ、「諜報機関のない国は既に国益を大きく損ねている」そうです。

 

玄洋社も『スパイ大事典』では、「玄洋社は情報収集の手段として一貫して性を用いており、日本、中国、そして朝鮮に売春宿を設立して中国の他の秘密結社の会計官や将校を惹きつけ、彼らから重要な情報を引き出した。こうした売春と脅迫を通じ、玄洋社は情報だけでなく運営資金も入手している」と記されています。しかしながら、通常、日本で書かれている本(『玄洋社とは何者か』弦書房(2017/6/23))では、このような記述は全くないようです。実体は、秘密のスパイ組織だったのかもしれません。民間の団体や会社を、よくスパイ活動のカモフラージュに使ったようなのです。

  どこまでが本当の話なのか、真偽のほどは分かりません。が、信じるか信じないかはあなた次第という与太話なのかもしれません。秘密戦には、フェイク・情報が多いといわれます。

 

ウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)によりますと、

日露戦争中全般にわたり、ロシア国内の政情不安を画策してロシアの継戦を困難にし、日本の勝利に大きく貢献した明石元二郎玄洋社の社中(社員)であった。陸軍参謀本部参謀次長長岡外史は「明石の活躍は陸軍10個師団に相当する」と評した。また、ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世は「明石元二郎一人で、満州の日本軍20万人に匹敵する戦果を上げている。」といって称えた。

また、日韓問題については、内田良平一進会の領袖李容九と、日本と大韓帝国(韓国)の対等な立場での合邦を希望し運動した。

昭和に入ると、玄洋社と関係の深かった中野正剛らは、大日本帝国憲法を朝鮮・台湾にも施行して、内地と朝鮮の法律上の平等の徹底(参政権属地主義であったため、日本内地在住の朝鮮人、台湾人にのみ選挙権、被選挙権があった)をはかるべきと主張した。一方、頭山満と親交のあった葦津耕次郎らは、国家として独立できるだけの朝鮮のインフラ整備は既に完了したとして朝鮮独立を主張した。葦津は、満州帝国に対する関東軍の政治指導を終了すべきことも主張している」とのこと。

 

堕天使が地球の女を狙って降りてくるといわれます。堕天使の性的な能力は異常に高いともいわれます。堕天使の目に見えない世界のことは、ほとんど誰も分からないといわれます。「売春は女性の最古の職業」ともいわれ、昔からハニートラップが盛んだったといわれます。堕天使が太古から売春やスパイ、麻薬と関係していたといわれます。ヨーロッパでは、世界最古の仕事と言えば売春と並んでスパイだと言われています。堕天使は進化した異星人ですので、人間の肉体や精神に憑依したといわれます。ギャングにでも憑依するのでしょうか。憑依する相手は善人も悪人も、限界がないと指摘されています。宇宙人情報を公開すると主権が危うくなるともいわれます。人間の肉体や精神に自由に憑依したり離れたりする宇宙人は、誰も識別できないといわれます。「はるかに進化した宇宙人が人間の精神体に侵入してくる時代だ」そうです。そうなると人間自身が「変容」、「変性」してしまうそうです。ヨーロッパでは昔から「魔術師」とよばれる変性した異人の存在が伝えられていると語られています。

 

・太古から人間の営み関係する森羅万象に善悪を越えて堕天使が関わってきたのかもしれません。『旧約聖書』のモーゼも角のある異人だったと語られています。シカゴのギャング、アル・カポネと異星人の関わり合いとかの与太話や、カリフォルニアにおけるゲイの宇宙人の与太話も荒唐無稽、奇妙奇天烈、支離滅裂、眉唾物で誰でも疑念がわきます。堕天使の目に見えない世界は、誰も認識できません。残念ながら、現代では、目に見える物質化した異星人情報はアバブ・トップシークレットとして諜報機関から隠蔽されていると語られています。

  「スターゲート計画はCIAに引き継がれ、外部専門家による検証がなされたが、直後の95年中頃に中止された」といわれます。スターゲイト計画の透視能力者のマクモニーグルは、「23世紀と24世紀における2度の大戦で人類の人口が6分の1に大激減する」と述べています。そのとき「貧者の核兵器」といわれている生物化学兵器が大量に使われると語られています。

 

・ミディアム(霊媒)により、霊界の実在が実感できるし、ミディアム(霊媒)体質の人も多くいると主張されています。もちろん、日本にもいるといわれます。臨死体験を通じてミディアム(霊媒)の能力が目覚めたりするようです。英国には、スピリチュアリスト教会が多くあり、ミディアム(霊媒)が活躍しているといわれます。霊界と高次元の異星人、天使を結ぶものは何なのでしょうか。「天国」は、夏晴れの空の下の巨大な高層ビルが林立するシティなのでしょうか。霊界のあるエーテル界やアストラル界と、進化した異星人の住むエーテル界やアストラル界は、似ているといわれています。同じような相似の性質を持っているようです。霊界は時間や空間を越えているので、タイムトラベル的な現象が起こるようです。サマーランド(常夏の地)とは、雨や雪が降らないということでしょうか。

 

・天使は、色々な界層に分けられており、研究家によりそのわけかたが違っているといわれます。たとえば、「力天使(バーチューズ)は、神の力を用いて地上界に奇跡現象を起こす。能天使と協力して宇宙の物理的法則を保つ役割を果たす」とされています。また、シリウス星人は、「世界中で奇跡を演出している」という説を唱えている者もおります。

そうすると、シリウス星人は、力天使(バーチューズ)であると考えてみてもよいのではないでしょうか。「高次元に存在する異星人は、天使である」と考える人も最近では増えてきています。パラレル・ユニバース(並行宇宙)はすぐ隣にあるといわれます。「ラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の植民星が地球だ」といわれます。人間の死後の世界については、幽界や霊界があり天国や地獄の概念も昔から語られています。さまざまな霊能者がいますが、スピリチュアル・カウンセラーとして活動している人々もいるようです。amazonに「江原啓之」といれると241冊の書籍がわかります。多作のベストセラー作家のようです。ウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)をみても経歴がわかります。英国のスピリチュアリズムを学んだと語られています。

 

・人間の死後の世界、幽界や霊界は、3次元の地獄のような地球世界とちがって、天国のような素晴らしいところだそうです。筆舌に尽くしがたいという表現がなされますが、不思議な世界のようです。人間の死後の世界、幽界や霊界、宇宙人のアストラル界やエーテル界も似ている世界ですが、私たち一般人は、当然詳しくはありません。天国に自由に出入りし、人間への“憑依”や人間の“転生”を自由に操作するシリウス星人の存在が、チャネラーによって近年、明らかにされています。「パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の植民星が地球だ」そうです。天使的な宇宙人、シリウス星人とイスラエルが通商協定を結んだという話ですが、どうなのでしょうか。「シリウス人は、別の非物質的存在の集団であるオハル評議会の創造物である」ともいわれますが、謎の多い異星人種族のようです。

 

・天国から人間は修業のために地球に転生してきているそうです。「地球はシリウスの植民星だ」そうです。そこで誰でも死後の世界で、天使のようなシリウス星人と遭遇できるようです。「人は皆、記憶喪失の異星人だ」といわれます。異次元宇宙の実相も霊界通信などのチャネラーからの情報で解ってきています。

 

・昔は、「金星人、火星人」「金星蛇人と火星霊人の戦争」とか言われていましたが、火星人の情報が少ないようです。SF本も多いようで、昔は、それこそ、タコのようなイメージの画で火星人が描かれていました。現代では「米国に少数の火星人が住んでいる」という情報があったようです。目に見えない世界、天国に自由に出入りし、人間への“憑依”や人間の“転生”を自由に操作するシリウス星人が存在するようです。異次元の金星人と火星人の壮大な文明の詳細は分かりません。また誤った情報も伝えられているそうです。ここでいう金星というのは副金星、異次元の金星、アストラル界にある目に見えない金星のことのようです。金星の神々は地球に到着するやいなや、イニシエーションのためのフリーメーソン本部を設けた、といわれます。現在では、金星と火星の異次元(アストラル界)には、壮大な都市文明が存在しているそうです。金髪碧眼のマスター・レイス(支配人種)が火星より地球へとやって来て、古代伝説の神々(gods)となったと述べられています。アヌンナキとかサナンダといわれる金星のマスター(長老)が活動の中心ともいわれます。「第2次世界大戦は堕天使ルシファーと大天使ミカエルの代理戦争だった」という奇説もあったといわれます。オリオンやルシファーの力 は、イエス(金星の大長老サナンダ)を地球から除き得る(磔のこと)ほどに強いのだということだそうです。

 

「人間を実験室で創った」サタン(悪魔)と呼ばれるリラ星人と「人間を遺伝子操作か思念(?)で創ったといわれる」天使的なシリウス星人との争い『スター・ウォーズ』が現代でも続いているともいわれ、不思議な与太話が多いようです。「現代風にいうと、ルシファーやサタン(悪魔)というのは遺伝子科学者の一団の名前だ」そうです。ある種の遺伝子実験に反対している科学者のグループだそうです。モンスター・タイプの生物を、ネガティブなシリウス星人が創造したので神に嫌われたといわれます。モンスター・タイプは底層4次元にいまだに存在すると語られています。スター・ウォーズでは「牛神」が「龍神」をテクノロジーの面で圧倒し、「レプティリアンを低層4次元に追いやったともいわれます。

 

シリウス星人とイスラエルが通商協定を結んだように現代は非常に速い速度で、宇宙連合の提携の事態が動いているようです。ネガティブ・グループの陰湿な宇宙人同士の争いがあるのでしょうか、米国人の死後世界、サマーランド(常夏の国)やブルーアイランドからこの世にさまざまな影響があるそうです。サマーランドシリウス星人が、米国にどのような形態でいるのかは不明です。米国には、シリウス星人がウォーク・イン(憑依・人格転換)やワンダラー(転生)の形態で飛来しており、その数は、非常に多いともいわれます。「シリウスのテクノロジーは、アヌンナキによって地球にもたらされた」そうです。「ネガティブ・グループのシリウス星人の地球支配があまりにも巧妙なので、しょっちゅう戦争が起こる」ともいわれます。「透明人」とシリウスA星人が創造し、りゅう座(ドラコ)に配置したのが爬虫類人だそうです。「二派の対立とは火星由来のアーリア人に対するアヌンナキ・レプティリアン爬虫類人)の争い、戦争」ともいわれています。「レプティリアンは低層4次元にいる」ともいわれ、クラリオン星人のコンタクティ、イタリア人のマオリッツオ・カヴァーロによると「レプティリアンも人間タイプは知性的な顔をしている」そうです。

 

・神のような者が「あの世」からかどこからか不明ですが、この世に現れるという現象は不思議な話です。神社の縁起や伝承からは、どうして神に特定したのかは理由がわかりませんが、神にかかわる話は日本でも多いようです。遥かに進化した異星人はウォークイン(憑依)やワンダラー(転生)や人間の精神体に憑依したりしてこの世に現れるともいわれています。宇宙人がUFOに乗ってやってくるという現象よりもはるかに進化した形態で、人間の守護霊になるともいわれております。「遥かに進化した高次元の高等知性体・異星人は、人間の肉体や精神体に憑依するので誰も識別できない」ともいわれています。「神々や天使は、背後霊や守護霊となり人間に憑依している」のですが、誰も認識できないようです。神々は憑依などで市井のひととなり普通の生活をしているので誰も識別できないようです。芸能の神とも言われる魔多羅神も専門家の間でも分からない要素が多い奇妙な障礙神のようです。神々がどこからこの世に来るのかわかりませんが、神智学ではエーテル界とかアストラル界という異次元の世界を説明しています。日本の伝承の神々もそのような異次元の世界から、さまざまな形態を通じて、この世にあらわれるのでしょうか。

 

米国人の死後の世界はブルーアイランドともサマーランド(Summerland)ともいわれるといわれます。人間の死後の世界の「幽界」にあたるようです。「精霊界」、「夢幻界」ともいわれ、パラレル・ユニバース(並行宇宙)の性格もあるそうです。どちらかといえば青味がかったような色彩の世界、青い空の熱くも寒くもない常夏の海のリゾートの高層ビル群のイメージ、フロリダやハワイのホノルルを大規模にしたような都市国家のイメージのようです。「地球では白人種と定義されている「エリエン」のルーツはオリオン星雲にある」そうです。白人種の「エリエン」がサマーランドを創造したのかもしれません。米国が秘密協定を結んだのはラージノーズグレイというオリオン星人といわれています。オリオン星人は人類に5万年進化しているといわれ、「人間の魂の交換」ができるようです。

 

・オリオン座は「神の故郷」ともいわれますが、『闇の勢力』も経由地にしているようです。「不思議なゲイ(LGBT等)の現象は、宇宙人の人格転換である」という説もあるそうです。ゲイ(LGBT等)は世界中に蔓延している理解不能な不思議な現象です。日本でも社会問題になりつつあります。異星人の超テクノロジーによって、男性を別の人格の男性に変えることや多重人格も可能のようです。オリオン星人は人類に5万年進化しているといわれ、「人間の魂の交換」ができるようです。米国が秘密協定を結んだのはラージノーズグレイというオリオン星人といわれています。

  人間の死後の世界は幽界や霊界といわれ、多くの有識者が言及しています。死語の世界は、実在するようです。あの世とのコンタクティも多いようです。幽霊現象や心霊現象も「宇宙人現象」と理解すればかなり分かるようです。イギリスは幽霊大国といわれます。

 

・アストラル界の様相も現代の研究者から、さまざまな情報が流れてくるようです。「パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の植民星が地球だ」そうです。目に見えない世界は、私たち一般人は、通常認識していません。「進化した宇宙人は人間の肉体や精神体に憑依するので誰にも分からない」とか「はるかに進化した天使のような宇宙人は、人間の守護霊や背後霊なのだ」という説もあるそうです。神々は憑依などで市井のひととなり普通の生活をしているので誰も識別できないともいわれます。

 

米国人の死後の世界「サマーランド」、「ブルーアイランド」の「あの世」がさまざまな影響力を現界にも行使しているようです。米国人の死後世界、サマーランド(常夏の国)やブルーアイランドからエイリアンが様々な形態で、「透明人」のように、この世にきているともいわれます。むしろ「あの世」で起こったことが時間を経て「この世」で起こるともいわれます。サブ・カルチャーとしての「あの世」が、想像を絶するパワーを持っているのかもしれません。「知る人ぞ知る」話なので、私たち一般人は、理解できません。

  「“透明人”とシリウスA星人が創造し、りゅう座(ドラコ)に配置した爬虫類人」がとてつもなく進化しており昔は「龍神」といわれていたようです。「シリウス人は、別の非物質的存在の集団であるオハル評議会の創造物である」といわれ、シリウス星人も上位の異星人が造ったようです。人類の創造についても多くの異星人が関与したようです。

竜座人(ドラコ)が遥かに進化しており、このレプティリアン型生物の交雑種がイルミナティである。交配人種であるイルミナティが地球を支配しているといわれます。

 

・リラ星人のエロヒムが「人間を実験室で創った」といわれます。リラ星人は人類に3万年進化しているそうです。リラ星人も人類の源流ともいわれ謎の多い宇宙人種族のようです。もちろん日本人とも繋がりがあるようです。しかしながら、「シリウス星人の地球支配があまりにも巧妙なので、しょっちゅう戦争が起こる」そうで、スター・ウォーズも頻繁にあったようなのです。最大のスター・ウォーズが「オリオン大戦」だったようです。「オリオン大戦」やスター・ウォーズの原因や結果も詳しくは分からないそうです。「奇妙なことに、オリオン人はかっては琴座からの移民である人間らしい存在だったが、その後レプティリアンに征服されてしまった」という謎の話もあるようです。

 

・「レプティリアンも人間タイプは知性的な顔をしている」ともいわれ、グレイと人間の交雑種が「エササニ人」といわれます。遺伝子操作などで、「人間化」が進んでいるようです。が、3割の宇宙人が動物タイプともいわれています。人間タイプの異星人がどの程度の割合なのかは正確にはわかりませんが、0.1%程度という「奇説」もあるそうです。「二派の対立とは火星由来のアーリア人に対するアヌンナキ・レプティリアン爬虫類人)の争い、戦争であった」といわれ、「レプティリアンは低層4次元にいる」ようです。「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔」であり、2種類の異星人の末裔の対立・抗争の歴史があったようです。火星霊人と金星蛇人の対立・戦争もどのようになったのでしょうか。現在では目に見えない金星や火星の異次元には都市があり壮大な文明があるといわれます。金星人の美男美女という話は、少なくないようですが、同化している宇宙人は容貌からは判断できないそうです。

 

・「遠野郷の民家の子女にして、“異人”にさらわれて行く者年々多くあり。ことに女に多しとなり。-遠野物語第三十一話」、「黄昏に女や子供の家の外に出ている者はよく神隠しにあうことは他の国々と同じ。-遠野物語第八話」の伝説の「異人」はオリオン星人だったようです。

 「ゼータ・レチクル星人のグレイと、オリオン座のリゲル人の長身のグレイ、オリオン座の有翼のドラコ族、恐竜から進化した地球のレプトイド(恐竜人)」がダルシー秘密基地やエリア51等のアメリカの秘密基地で活動しているともいわれます。米国が秘密協定を結んだのはラージノーズグレイというオリオン星人といわれています。「その彼らは地球から68光年離れた惑星クイントニアに住む宇宙人で母星から「エリア51」まで45分で移動できる」といわれます。エリア51については、アメリカ政府は、その存在を一度も認めていないそうです。エリア51白鳥座61番星の異星人とコンタクトしていた日本人科学者もいたといわれます。

 

・オリオン星人は人類に5万年進化しているといわれ、「人間の魂の交換」ができるようです。オリオン座は「神の故郷」ともいわれますが、『闇の勢力』も経由地にしているようです。エルダーとよばれる天使のような人間タイプのオリオン星人が小柄なグレイと共に飛来したそうです。「ガーディアン(守護神)―昔、人間であったが、霊的に進化し、霊的存在となった。人間世界の指導をしている。コズミック・トラベラー(宇宙の旅人)-ガーディアン委員会の下で、ガーディアン委員会の特命事項を遂行する宇宙人」のように目に見えない天使のような宇宙人が活動しているようです。目に見えない神々や天使や堕天使の活動は分かりません。「米国政府がリゲル人に騙されたことに気付いた後、プレアデス人が招聘されたが、過去ヒトラーの人類浄化政策を画策し仏教を堕落させた」そうです。米国政府も騙すリゲル人は、レプティリアンの部下として活動しているようです。「レプティリアンも人間タイプは知性的な顔をしている」と語られています。

  グレイには、「ビーガン。シリウスA人の遺伝子から作られたグレイ」、「ゼータ・レティクリ1。地球人監視のためリゲル人が作ったグレイ」、「ゼータ・レティクリ2。遺伝子操作で作られたグレイ。爬虫類人に奉仕」などが存在するといわれます。異形異類のバイオロボットも自在に造れる進化した異星人の情報はアバブ・トップシークレットのようです。

 

・アシュター(銀河連合の総司令官と呼ばれる存在)という存在がよく米国のスピリチュアルな本で言及されます。アシュター・コマンドというのは、現在、地球周辺の宇宙空間に滞空しているUFO艦隊の司令官アシュターならびに、主サナンダ・クマラという霊的な導きの下に存在する「光の偉大なる聖職者団(グレート・ブラザー/シスターフッド)の空挺部隊の事だといわれます。かってイエスであった存在は現在「サナンダ」と名乗っており、アシュタールとともに彼の宇宙船に住んでいると述べられています。アヌンナキとかサナンダといわれる金星のマスター(長老)が活動の中心ともいわれます。地上に存在するエーテル体のアセンション(次元移動・昇天)したマスターはアシュター司令部のメンバーであるといわれます日本にもネットワークがあるといわれます。阿修羅はアシュタールという説もあるようです。帝釈天(インドラ)も人間化して、人知れず社会で生活しているのかも知れません。

 

・人間の死後の世界、幽界や霊界、宇宙人のアストラル界やエーテル界も似ている世界ですが、私たち一般人は、当然詳しくはありません。目に見えない天国は地球と月の間にあるとか、アストラル界はマルドゥクというアストラルの惑星にあるとか、サマーランドからも進化した宇宙人が来ているとか不思議な話も多いようです。ちなみに「目に見えない霊界は、地上1メートルにある」ともいわれます。

 「アストラル界はとても巨大です。ここに存在する全ての世界からおよそ600億人の人間タイプの生物が集まっている」、「人々がアストラル界で過ごす期間は、数週間から何百年にもわたる」、「アストラル界にもアストラルの惑星がたくさんあり、アストラル界またはアストラル次元と呼ばれる世界を構成している」そうです。2012年からアセンション(次元上昇)の時代になっていますので、「プレアデスからシリウス(オリオン)の世に変わる」ともいわれます。アストラル界の宇宙人の影響力が強まっているのかもしれません。

  世界中の「人間の死後世界」は相似しているようです。後進国ではそれに応じた幽界のようなのでしょうか。江戸時代とか明治時代に死んだ人々はどのような幽界を体験したのでしょうか。進んだ国の死後世界、ブルーアイランドは、それなりに進化しているように思われます。人間の死後の霊界は地上1メートルのところにあるともいわれます。時空を超えている世界ですから、宇宙の果ての果てにあることではないようです。また、天国も地球と月の間にあるともいわれます。

 

・異次元世界のアストラル界やエーテル界にも都市があるといわれます。また神々の都市もあるとも言われます。異次元の金星や火星にも都市があり壮大な異次元の文明があるようです。サマーランドの界層は地球圏に属し、地上時代の感覚や習性がそのままのこっているような世界のようです。ブルーアイランドの存在はタイタニック号の遭難で亡くなった人からの自動書記で分かり始めたようです。90年前の話です。西洋人のブルーアイランドは世界中の人々が来ているそうですが、日本人の「幽界」との関係はどうでしょうか。現代のサマーランドはどのようになっているのでしょうか。サマーランドは地球人にとって特別な「幽界」なのかもしれません。そこには和服でも着ている日本人の霊人でもいるのでしょうか。幽界に入ってそれ以上の高次元の世界「霊界」や「神界」へ行きたくない者、また行く資質のない者は、再生を選べるといいます。「再生」を自由に操作できるのは、シリウス星人クラスの高等知性体、天使クラスの異星人だといわれています。目にみえない世界は分かりません。

 

・ブルーアイランドは仏教の「極楽」ということですが、辞書によると「阿弥陀仏の居所である浄土。西方十万億土を経た所にあり、全く苦患のない安楽な世界で、阿弥陀仏が常に説法している。念仏行者は死後ここに生まれるという。極楽浄土・安養浄土・西方浄土・安楽世界・浄土など多くの異称がある」とのこと。キリスト教でいう死後に行くという「天国」と相似しているかもしれません。ちなみに仏教の如来シリウス星人、菩薩がリラ星人、観音がプレアデス星人に相当するのかもしれません。「はるかに進化した天使のような宇宙人は、人間の守護霊や背後霊なのだろうか」ともいわれます。

 

 amazonに「江原啓之」と問えば256件の書籍がわかります。多作のスピリチュアリストのようです。斯界に名を馳せている人といわれます。しかし、若い時は、自殺まで考えるほど非常に苦しんだそうです。一般に「霊媒体質」の人は、苦労をするといわれます。沖縄のユタも霊媒体質の人がなるようですが、一人前のユタになるまでは、苦しむといわれます。霊界や幽界とコンタクトするということは苦痛をともなうようです。「いつ、どこでも霊が見えた」という霊媒体質の人の存在は、私たち一般人には、理解不能なことが多いようです。気味の悪い体験になれるまでは、大変のようです。幽霊現象や心霊現象も「宇宙人現象」と理解すればかなり分かるようです。

日本の心霊レベルは、欧米諸国に比べると50年は遅れている」そうで、映画「ハリー・ポッターシリーズ」の世界的なヒットも、そのような背景があるようです。映画「ハリー・ポッターシリーズ」では、ロンドンのパラレル・ユニバース(並行宇宙)が魔法使いたちの街になっていたようです。英国には古い建物が多く、地縛霊や浮遊霊がよく見られる背景になっているようです。古い建物が残っていると、地縛霊や浮遊霊たちは、「自分が死んでいる」ことを認識できないのかもしれません。人間の死後の世界、幽界や霊界では「自分が死んだことを認識しない」霊がいるそうです。全く奇妙な話のようです。「霊界ははるか遠いところにあるのではなく地上1メートルのところにある」といわれます。イギリスはスピリチュアリズムが発達しているそうです。また職業的なヒーラーも多く、病院にまで受け入れられているようです。幽霊スポットが、観光名所になっている幽霊大国のようです。「霊界通信」により、多くの情報がもたらされたようです。霊界と高等知性体の住む高次元は同じ様相のようです。天国に自由に出入りし、人間への“憑依”や人間の“転生”を自由に操作するシリウス星人のことがチャネラーからの情報で分かり始めました。

 

アストラル体(感情体)、メンタル体(精神体)、コーザル体(原因体)などで、「異世界」「異次元」などに幽体離脱することによって、神々の世界が見えてくるのでしょうか。「アストラル界にもアストラルの惑星がたくさんあり、アストラル界またはアストラル次元と呼ばれる世界を構成している」といわれます。天国に自由に出入りし、人間への“憑依”や人間の“転生”を自由に操作するシリウス星人が天使的な宇宙人のようです。誰でも夢の中で、異次元や異世界を体験しており、夢の世界が、アストラル界やエーテル界ともいえるようです。霊界に似た異次元世界が現代の科学者により探求されています。「エイリアン・エンジニアリング」がエリア51で研究されているといわれます。

  異星人文明との自由な交流が日常的になるのは、いつ頃なのでしょうか。「異星連合のメンバーに地球が参加できるのは、今から100年たっても不可能だ」そうですが。宇宙を2分する2大勢力がスター・ウォーズの原因となっているといわれているようです。エリア51白鳥座61番星の異星人とコンタクトしていた日本人科学者もいたといわれます。エリア51については、アメリカ政府は、その存在を一度も認めていないそうです。「その彼らは地球から68光年離れた惑星クイントニアに住む宇宙人で母星から「エリア51」まで45分で移動できる」といわれます。

 

・霊界や神界へ行きたくない者、行く資質のない者は、再生を選べるといわれます。「再生」を自由に操作できるのは、シリウス星人クラスの高等知性体、天使クラスの異星人だといわれています。死後の世界の霊界の存在は常識的な事柄になりつつあるようです。いわゆる地獄の様相も諸説あるようですし、死後の世界で「自分であって自分でない」存在になる可能性がおおいにあるようです。「筆舌に尽くしがたいほど素晴らしい霊界の世界」といわれます。死後の世界では、アストラル界やエーテル界と似ており、知的生命体が存在するといわれます。幽界については、多くの書籍があり、当然、その描写も似てくることになります。

  「幽界が、現在の我々の状況を規定する」という「量子力学」的な推論も存在するようです。天国に自由に出入りし、人間への“憑依”や人間の“転生”を自由に操作するシリウス星人の存在は、認識されていません。チャネリング(霊通)ができるチャネラーたちにより、霊界通信がもたらされ、霊界の様子が分かりだしたようです。霊界の様相も様々な書物からの情報によると相似してくるようです。

 

・あるタイム・トラベラーによるという書籍からの情報ですと「2015年核戦争予言(予言と言うよりも体験)」もでていたようですが、この本は、「至福1000年説」のようで“世の中色々”と言うことでしょうか。西暦2000年以前に出版された、全ての数十冊の書籍の「世界終末説・予言」「第3次世界大戦予言」「核戦争予言」は、みごとに全部はずれるという結果となりました。が、「核戦争をしないように」という力が、「危機をあおる」たびに抵抗勢力として、でてくるからでしょうか。これによると、未来は、異星人情報の公開に端を発して非常に明るいということでしょうか。「めでたし、めでたし」、異星人情報の公開がまたれます。ところが、マクモニーグルの未来透視に「23世紀と24世紀における2度の大戦で人類の人口が6分の1に大激減する」というのがあります。依然として人類の未来は悲惨な透視のようです。しかしながら、フェイク(偽)・情報も豊富にネット上では流れています。

 

宇宙人は、パラレルワールド(平行世界)の目に見えないアストラル界やエーテル界に住むと仮定すれば、かなり理解がすすむと考えます。金星人は、金星の異次元に住んでいるので、目には見えないということでしょうか。探査衛星からの目に見える金星は、砂漠化しているようです。「天使」を体験する人たちが、欧米で増えてきているのは、現代の特徴のようです。宇宙を二部する勢力が、争うことは、天使団の3分の1を率いて神に反乱した堕天使ルシファーの物語を想起させます。人間の創造にも2種類あり、それが、人間同士が争い殺しあう原因となっているともいわれています。「現代的な解釈ですと堕天使ルシファーとかリラ星人のサタン(悪魔)という言葉は、遺伝子科学者の研究集団の名前だ」といわれます。

 

・「キリストの転生歴を持つ金星のマスター(長老)、サナンダと宇宙母船上で会見したという日本人がいた」そうです。サナンダは神智学ではサナト・クマーラより上位の存在として「沈黙の監視者」と呼ばれています。また米国人の死後世界、サマーランド(常夏の国)やブルーアイランドからこの世にさまざまな影響があるといわれます。プレアデス星人は人類に6000年進化している種族ですが、人類に近く神でも天使のような宇宙人でもありません。プレアデス人の祖先は古代リラ星人だったようです。転生も一般的に認識され始めており、中国には、「生まれ変りの村」という「前世を記憶している人々が多い村」があるそうです。

 

・「シャンバラ」は、エーテル界(異次元・亜空間)に突入した「都市型の超巨大な宇宙船」なのだという説もあるそうです。最も進化した人間タイプの異星人が、グレイと同時期に地球に飛来しているといわれています。グレイはバイオロボットといわれます。が、核兵器などの国家安全保障上のトップ・シークレット(最高機密)を数段上回る『厳秘』のために、「金髪碧眼」だとか、ノルデック・タイプだとかの、断片的な情報しか流れてこないようです。シリウス星人系のオリオン星人がきているという情報もあるようです。人気の米国の動画サイト「YOU TUBE」などでは、「ALIEN」の動画もネットで豊富に見れる時代になりました。

  アリス・A・ベイリーは、米国でチャネラーが活躍する前の時代の人なのですが、神の国の様相を明らかにしているそうです。パラレルワールドの思想は、現代物理学のテーマでもあるらしいのです。が、普通の人には異次元の観念がないので、“不思議な現象”を説明ができないのでしょう。マゴニアという国から“雲の船”で乗ってきた人たち(異星人)の伝承も、後世にいろいろな話に脚色されており、正確なことはわかりませんし、フランスの民衆の中に溶け込んでしまっているのかもしれません。

 

・神々の乗物の巨大な母船(大城砦都市)は、古代インドの大叙事詩によく登場しますし、宇宙船ヴィマーナもまた、有名のようです。デニケンによるとジャイナ教と異星人とのつながりが指摘されているようです。宇宙空間に巨大宇宙船を飛ばすほど文明が進んでも戦争はつきないようですし、「“映画スターウォーズ”は、実話を映画化したもの」とも噂されたようです。「都市全体が空飛ぶ宮殿」となっているとは、宇宙船の母船の究極的な姿なのでしょうか。シャンバラも「都市型の超大型宇宙船」であるという説もあり、最も進んだ異星人の宇宙船の母船は、そのような形態をとり、アストラル界やエーテル界に滞空しているのでしょうか。「アストラル界やエーテル界にも都市がある」という説との相関が注目されます。ジャイナ教の昔の図絵にも大型円盤の描写があるそうです。

  ジャイナ教の絵画によると、巨大な宇宙母船が地上に着陸してそこから異星人が出てきて、群衆に取り囲まれているのがあります。異星人とジャイナ教の結び付きはあったようです。どこからの異星人だったのでしょうか?インド神界と日本神界は昔から繋がりがあったと語られています。「米軍兵士、アフガニスタンで4メートルの巨人を射殺」という話もフィクションかナンフィクションなのかはっきり分かりません。フェイクニュースでしょうか?眉唾物で疑念が持たれる類の話です。ネットを見ていて、たまたま、でてきたので載せてみました。よく調べてはいませんが、「事実は小説よりも奇なり」なのかもしれません。ビッグフットの動画もYou Tubeで奇妙な動画が豊富に見られる時代です。

 

・太平洋戦争の米国の原爆製造は、「死の血盟団ブラザーフッド・オブ・デス)」という秘密結社組織によって企画され、実行されたという話は、米国におけるフリーメイソン組織の浸透ぶりが窺われます。米国では様々な名称の秘密結社があるようです。「ルシファーを信奉するサタン勢力」とは、リラ星人や副金星の堕天使ルシファーにも繋がるようです。「現代的な解釈ですと堕天使ルシファーとかリラ星人のサタン(悪魔)という言葉は、遺伝子科学者の研究集団の名前だ」そうです。

現在フリーメイソンの団員が1959年の410万人から2013年には125万人に減少しているのは、何か組織的にも「異変」があったのでしょうか。その辺の事情は、分かりません。

  原爆投下の標的として、「長崎」は、当初からは考慮されていなかったようですが、さまざまな経緯を経て、投下地として決定されたようです。しかも造船所などの軍事拠点を避けたのが不思議な事実だそうです。日本の原爆開発計画は、B29の爆撃を避けて、朝鮮に移されたようですが、それが朝鮮半島を分断させた結果になったといわれます。

 

・シャンバラの支配者(世界の王)のサナト・クマーラがルシファーであることや、サナンダは神智学では サナト・クマーラより上位の存在として「沈黙の監視者」と呼ばれています。アヌンナキとかサナンダといわれる金星のマスター(長老)が活動の中心ともいわれます。太古にインド神話では阿修羅(リラ星人)たちが崇拝していたのが、異次元の副金星のマスター(大師)だったといわれます。阿修羅たちは帝釈天(インドラ)と敵対しスター・ウォーズをしていたといわれます。

  古代リラ星人は14万4千人いたそうですが、遺伝子操作による不死のテクノロジーを持つのでしょうか。「古代リラ星人は、アセンション、つまり上位の次元、5次元以上の移行を待っている」といわれます。リラ星人は人類に3万年進化しているそうです。リラ星人も人類の源流ともいわれ謎の多い宇宙人種族のようです。リラ星人のエロヒムが「人間を実験室で創った」といわれます。リラ星人エロヒムのコンタクティであるフランスのクロード・ボリロン・ラエルによると遺伝子操作による「不死の惑星」に行ってきたそうです。サタン(悪魔)といわれるリラ星人は無神論者のようです。「また竜座人(ドラコ)が遥かに進化しており、このレプティリアン型生物の交雑種がイルミナティである。交配人種であるイルミナティが地球を支配している」ともいわれます。「イルミナティは宇宙人の集団なので強力なのだ」そうです。

 

・シャンバラに関する説も色々ありますが、エーテル界に突入した「都市型の超巨大宇宙母船」という説もあるそうです。目に見えない非常に細かい粒子の世界、エーテル界は、現代科学では解明できない世界ですが、昔から神智学などで語られているようです。そこに神々などの高等知性体が存在するようなのです。エーテル界にある神々の都市で、高等知性体は、何をしているのでしょうか。私達の現実の世界に神々や天使、堕天使が影響力を行使しているという説もあるそうですが?

  米軍は、天国に自由に出入りし、人間への"憑依"や人間の"転生"を自由に操作するシリウス星人とコンタクトしているようなのです。イスラエルシリウス星人と通商協定を結んだという話もあり、事態は相当進んでいるようなのです。日本に関係する神々も来ているという与太話もあるそうです。

 

UFOは、フリーメーソンの創作であるという説もあるようです。UFOとフリーメーソンをめぐる議論は、多くありますフリーメーソンの一派のイルミナティは、UFO搭乗員と結びついているというのです。イルミナティの空飛ぶ円盤は、勿論、タイム・トラベルをできるというのです。それを指摘する書籍も出版されております。書籍の多くは、フリーメーソンが、歴史の進展に果たしてきた役割を大きく評価しています。やはり、フリーメーソンは、UFOに搭乗する宇宙人や、超人たちとつながりがあると考えるのが正解でしょう。アメリカ大統領も関係するフリーメーソンは、やはり国家最高の機密なのかも知れません。UFOにしても国家安全保障上のアバブ・トップシークレットということですから、関係する公務員は、情報公開ができないのでしょう。日本の公務員もそうなのかもしれません。そうとすれば、民間の商業報道関係者の活躍に期待するしかないでしょう。しかし、第二の日本テレビの矢追ディレクター(UFO番組の演出者として有名だった)のような担当者はでないようです。

 

アメリカ社会におけるフリーメーソンの存在感は、日本人には分からないそうです。結社員は自己利益のために秘密を守りますし、非結社員は何も分からないからのようです。米軍幹部にもフリーメーソンは多いそうで、影響力の強力さが窺われるそうです。「イルミナティなどのフリーメーソンに入ると神に会える」という与太話があるそうですが、不思議な話です。フリーメーソンに関しては10万冊以上の書籍が出版されたそうですが、秘密結社なるがゆえに、非結社員が書いたものがほとんどではないのでしょうか。「フリーメーソン結社員でなければビジネスがうまくいかない」ということは、友愛・慈善団体のイメージよりも利益団体のイメージが強いようです。「日本人が欧米人を理解できないのはフリーメーソンを知らないからだ」とよく言われますが、「秘密結社」という概念は日本人には馴染みのないもののようです。また、日本の授業料の10倍以上もするイェール大学が「国家権力の中枢」と呼ばれるのは、CIA(米中央情報局)の要員にイェール大卒が多いからだそうです。

 

WASP(ワスプ)は、ホワイト、アングロサクソンプロテスタントの頭文字をとった略語で、アメリカ合衆国の白人のエリート支配層をさします。フリーメーソンWASPの支配階層の貫徹を意味するようです。「メーソンでなければ出世できない」とはWASPの支配を象徴しているようです。インターネットをみてみると、アメリカのメーソンは現在でも400万人いるからこれを2百年にわたってみると著名人でもきりがなくなる、『メーソンでなければ出世できない』といわれています。閣僚および副大統領、これらを含めていわゆる政府高官は、104名、上院・下院議員が816名、州知事が464名、フリーメーソンの高級軍人は、将官以上が437名、また司法界も多いといわれます。近年、メーソン結社員が激減しているという話もあり、何か「異変」でもあったのでしょうか?

 

・「金星の神々は地球に到着するやいなや、イニシエーションのためのフリーメーソン本部を設けた、と」いわれます。フリーメーソンと進化した宇宙人の繋がりに言及した書籍は少ないようです。「また、彼らは人類の創造者でもあります。シリウス星からやってきた宇宙の神である彼らは、今もなおオリオン座との絆を大切にしています。それはひとえにオリオン座が、彼らの祖先である太陽族の故郷であるからです」ということで、オリオン星人とシリウス星人の繋がりが窺われます。「日本の知識人が欧米人を理解できないのはフリーメーソンを知らないからだ」そうです。欧米では「メイソン結社員でないと商売がうまくいかない」ともいわれています。「シリウス人は、別の非物質的存在の集団であるオハル評議会の創造物である」といわれます。神々や天使団や堕天使のことについては、私たち一般人には、理解不能なことがほとんどのようです。

 

・米国が秘密協定を結んだのはラージノーズグレイというオリオン星人といわれています。オリオン星人は人類に5万年進化しているといわれ、「人間の魂の交換」ができるようです。「奇妙なことに、オリオン人はかっては琴座からの移民である人間らしい存在だったが、その後レプティリアンに征服されてしまった」といわれます。それは全く不思議な話です。オリオン星人も種類が豊富だからでしょうか。「シリウス人はオリオン人と交戦していた。この敵対関係は今でも続いている」そうです。オリオン星人も様々な種類がおり、シリウス星人にも多様な種族がいるようなのです。オリオン座は「神の故郷」ともいわれますが、『闇の勢力』も経由地にしているようです。「トールホワイト」とよばれる2メートルから3メートルの白人種のオリオン星人も報告されているようです。トールホワイトと米政府はコンタクトがあるようです。地球では白人種と定義されている「エリエン」のルーツはオリオン星雲にあるといわれます。3メートル位の宇宙人のコンピュータが最も速いとも述べられています。

 

・太古、地球には「龍神」と「牛神」の2種類の神が来て、人間を創ったそうです。牛神がテクノロジー龍神を圧倒し「低層4次元」に追い払ったともいわれています。モーゼとユダヤ人は龍神の系譜にあり、イエス・キリストは牛神の系譜で、お互いのバックはオリオン星系とシリウス星系という宇宙人種族のようです。私達の銀河は直径が10万光年あり、その意味では龍神の発進母星シリウス、牛神のオリオンはお隣の星、隣接する恒星といってよいそうです。地球の月は、永劫の昔、レムリア大陸への入植の時代に、軌道上に設置されたりゅう座人の宇宙船であるといわれます。キリストの出身星はアプ星だったそうですが、アプ星人は国際連合の設立に尽力したという話もあるようです。アプ星人は現代では南米にも飛来しているようです。

 

・「金星蛇人と火星霊人」の対立・戦争もあったようです。「中世の我が国民に大きな影響を及ぼした勝道、空海親鸞日蓮らの御聖人方が、金星人、すなわち明星天子と会っているという事実がある」といわれます。「金髪碧眼のマスター・レイス(支配人種)が火星より地球へとやって来て、古代伝説の神々(gods)となった」そうです。「往古、かの尊い釈尊が、明星天子にあったという事実、また、イエス・キリストと金星との関わり、その記録が歴然と存在している」といわれます。アヌンナキとかサナンダといわれる金星のマスター(長老)が活動の中心ともいわれます。「キリストの転生歴を持つ金星のマスター(長老)、サナンダと宇宙母船上で会見したという日本人がいた」そうで驚きます。地上にもネットワークがあるのでしょうか?現在、サナート・クマラは公式的には金星に戻っていますが、引き続きシャンバラに焦点を合わせていて、今でも私達の惑星を援助しているそうです。

  アシュター(銀河連合の総司令官と呼ばれる存在)という存在がよく米国のスピリチュアルな本で言及されます。アシュター・コマンドというのは、現在、地球周辺の宇宙空間に滞空しているUFO艦隊の司令官アシュターならびに、主サナンダ・クマラという霊的な導きの下に存在する「光の偉大なる聖職者団(グレート・ブラザー/シスターフッド)の空挺部隊だそうです。かってイエスであった存在が現在「サナンダ」と名乗っており、アシュタールとともに彼の宇宙船に住んでいるといわれます。

 

ケンタウルス座アルファ星(アルファ・ケンタウリ)からは、人間タイプの異次元の金星人の末裔がきているといわれます。「ケンタウルス座α星の私たちの恒星系は7つの惑星から構成されています」というケンタウルス座メトン星の人間タイプの宇宙人が知られています。またインド神話の猿の神様は「ケンタウルス座α星人」ともいわれます。動物タイプが3割も存在しているようです。ケンタウルス座にも、様々な宇宙人が棲息しているようです。

  アガルタに関するチャネラーの本(『地底の楽園[アガルタ神秘文明]へのナビゲーションガイド』)が出版されました。第3次世界大戦の予言は、21世紀になるまでに、『米ソの核戦争』などで、マス・メディアをにぎわせたものです。ところが21世紀になり第3次世界大戦の予言がすべて誤りとなり、さすがにマスコミも沈黙しました。近年になって第3次世界大戦の予言がそろそろ出始めています。

 

・米ソの冷戦時代が終わりソ連や東欧が解体されました。ロシア発の第3次世界大戦は可能性としては低いといわれます。イスラエルアラブ諸国の戦争から第3次世界大戦が始まるというイルミナティの警告が不気味です。また、現在は戦争を繰り返してきた中国発の第3次世界大戦の可能性が懸念されています。大虐殺で社会主義化した中国が、資本主義化する過程で大混乱がおこり、13億人という莫大な数の民衆を喰わせられなくなり内乱が起こり、米中核戦争を仕掛けるというものです。「制御不可能な国という中国固有の歴史的条件がある」といわれます。米国の学者も2016年に中国は昏睡状態に陥ると予測しているようです。すでに米中間のサイバー戦争が懸念されています。

 

・はるかに進化した宇宙人の予言は「中国は2015年から2030年の間に4つの国に分割される可能性もある。とくに内乱の可能性が強く、それが引き金となって第3次世界大戦へと進むかもしれない」というものです。しかも一度では終わらず、100年ぐらいの期間を経て二回目も中国発の核戦争となるようです。イルミナティの「人口削減計画」というものがあるそうです。宇宙人は一般的にタイム・トラベラーだそうですので、彼らの未来予測には現実味があります。米国のマクモニーグルの未来透視に「23世紀と24世紀における2度の大戦で人類の人口が6分の1に大激減する」というのがあります。

 「小柄な宇宙人グレイも人類の未来から来た」という説もあったそうです。人類が核戦争を繰り返して、あのような姿になるそうです。実際に、バイオ・ロボットだといわれる小柄なグレイ(大柄のグレイもいるそうですが)は、スター・ウォーズを繰り返して、退化して、あのような姿になったそうです。なんだかハリウッド映画『猿の惑星』を連想させます。インド神話の猿の神様は「ケンタウルス座α星人」ともいわれます。動物タイプの宇宙人が3割も存在しているようです。

 

・秋山氏という日本人が、日本で宇宙人とコンタクトして、UFOでカシオペア座方面の惑星に連れて行ってもらったそうです。金髪碧眼の異星人が多い、はるかに進化した美男美女が多い惑星だったそうです。彼らは、『都市型の超巨大宇宙母船』を全宇宙で運用しているようです。シャンバラは異次元に突入した都市型の超巨大宇宙母船なのかもしれません。シャンバラには、パスカルなどの不死になった地球の偉人がいるともいわれます。神々の現在の住まいは、シンボリックに古代名称を用いてシャンバラと呼ばれているそうです。サナトクマラは、シャンバラと金星を行ったり来たりしているマスターで、彼は、百戦錬磨の戦士だそうです。それ以上にはるかに進化すると霊界や幽界に似たパラレル・ユニバース(並行宇宙)に住みウォークイン(憑依)やワンダラー(転生)の形をとり地上の人間の姿を装い、普通の人として社会生活をしているそうです。

 

・「神々は憑依などで市井のひととなり普通の生活をしている」ので誰も識別できないということのようです。「人は皆、記憶喪失の異星人だ」そうです。「はるかに進化した宇宙人が人間の精神体に侵入してくる時代だ」そうです。そうなると人間自身が「変容」、「変性」してしまうそうです。地球上にはかなり多くの宇宙人が「同化」して住んでいるそうです。「宇宙人と普通の人間を区別できなくなっている」時代だそうです。

  その昔、人民解放軍には「戦争狂人」といわれる将軍たちがいて真剣に米中戦争のシナリオを作っていたそうです。人民解放軍の戦争シナリオは、「13億人を喰わせることができなくなった時に、内乱が起こり、そこで米中核戦争に突入して、結果として人口を半減させる」というものです。核戦争後も共産党独裁政権が続けば、7億人も喰わせることができなくなります。再度、核戦争をして人類の人口が激減するというシナリオのようです。人民解放軍は、米軍と通常兵器で戦闘をしてもすぐに核兵器を使うと公言しているそうです。また細菌兵器や化学兵器も使うことでしょう。聖戦の台湾進攻の懸念が昔から言われています。中国の歴史を見れば戦争を通常の政策の変形に使っていたことが窺われます。

 

・軍事専門家でないので、核兵器について詳しくはありません。が、インターネット情報によると「史上最強の核爆弾は、ロシアが1961年に実験した、50メガトンの『ツァーリボンバ』という核爆弾だそうです。広島に落された核爆弾『リトルボーイ』が15~20キロトンなので、その2500~3300倍の威力です。計画では100メガトンの核爆弾を作る予定が、威力が高すぎて実験する場所がないということで、威力を抑えたそうです。当時で100メガトンなので、現在の技術を使えば、もっと威力の高い核兵器を作ることは、技術的に可能だと思います。しかし、現実には、そのような核兵器は研究・開発されていません」とのこと。

 

・私たち一般人は、核兵器というと『広島の焼野原』を思い浮かべますが、現在の核兵器は次元を超えた破壊力で、平和一本槍では、らちがあかないようです。原爆を持たなければ核兵器を撃ち込まれないといっても一方的に向こうから打ち込んでくるのですから深刻です。後進国は、先進国と違って使える兵器として核兵器を考えているそうです。欧米に比べて核シェルターがほとんどないという日本の現状では、100年単位のシェルター計画で税金を有効に使ったらよいと思います。しかし、核シェルターよりも地震津波のシェルターが先のようです。津波のシェルターも十分ではないのですから。いつ起こるかわからない荒唐無稽な事態に、限られた税金を一切使わないという考え方が主流だそうです。

税金の無駄遣いを厳格になくしていく、毎年の税金を効率的に使うということでは、焦眉の急でない核シェルター建設は無駄遣いだそうです。

が、核シェルターがないので一方的に核の恫喝を受け、核の投射を受ける可能性が高いのではないのでしょうか。オバマ大統領の広島訪問がありましたが、平和主義で平和を唱えていても、現実的に核大国が周辺にある以上、被爆のリスクは避けられないといわれます。核兵器の装備やリースも近未来の政治スケジュールになる可能性もあるといわれます。何十年も「平和」を唱えていても拉致事件ですら解決できません。被害者もその家族も高齢化しており、拉致事件はどうなるのでしょうか。この程度の問題に数十年もかかっているようでは政治家の非力が窺われます。

 

ウィキペディア(フリー百科事典)によると、「日本における人口当たりの核シェルター普及率は、0.02%という現状である。(全人口に対し、何%の人を収容できるシェルターが存在するかを基準として)これはスイス・イスラエル100%、アメリカ82%、イギリス67%などと比べても極端に低い」とのこと。

冷戦時代に米ソ核戦争に怯えた各国の政府や民衆の感度の違いでしょうか。

 

・ブラジルの夢見の預言者ジュセリーノ・ノーブレガ・ダルースは「2043年、世界人口の8割以上が消滅する」と預言を受けています。どのような原因でそのようになるのか分かりませんが、そろそろ「人類滅亡の予言・預言」が増えてきそうです。「人類は細菌で滅びる」という説もあり、心配性には不安な未来のようです。ジュセリーノ・ノーブレガ・ダルースも預言があまりに当たらなくなり、今では「過去の人」だそうです。

  未来透視で有名なアメリカのジョー・マクモニーグルも「人口はとても少ないとすでに述べた。理由を探る過程で、大戦争が過去に少なくとも2回あったことが感知できたが、直接の原因ではないだろう。6百年以上も昔の暗黒時代、密かに作り出された細菌によって世界中に恐ろしい伝染病が蔓延したのだ」「西暦3000年は税金もなく、戦争もない。国際法廷の下した決定はすべての人が尊重する。どうやら23世紀と24世紀に起きた大戦の名残のようだ」と不気味な遠隔透視をしています。マクモニーグルの未来透視に「23世紀と24世紀における2度の大戦で人類の人口が6分の1に大激減する」というのがありますが、そのような遠い未来を透視している人はいないようです。

  しかし、「今世紀には第3次世界大戦は起こらないが23世紀と24世紀に大戦が起こる」というマクモニーグルの未来透視なのです。そのころには世界中で核兵器が拡散しているからでしょうか、印パ核戦争の懸念もあり、人口大国の中国が大戦を仕掛けるからなのでしょうか。共産党独裁では経済が回らなくなりますし、分け前の分配・再分配がうまくいかなくなります。が、近代国家の要件の一つ、民主選挙が中国で実現できたら核戦争の危険は減るそうです。といっても24世紀まで中国の共産党一党独裁は続くようです。

 

・中世ヨーロッパではペスト菌が蔓延して、全世界で8500万人、当時のヨーロッパ人口の3分の1から3分の2、約2000万人から3000万人が死亡したと推定されています。これには奇説があり、「当時UFOが霧状のペスト菌をばらまいていた」というものです。宇宙人が引き起こした細菌戦争なのかもしれないという奇説だそうです。「恐ろしい病気や細菌をばらまく天使もいる」そうですので、「(大)天使は崇拝してはならない」といわれます。

 

アメリカ・インディアンのホピ族は、昔から宇宙人とコンタクトがあったようです。そこでホピ族の予言は以前から注目されています。小柄なグレイ・タイプから金髪碧眼のノルディックという人間タイプの宇宙人と昔から交流があったようなのです。ハリウッド映画にもアメリカ・インディアンと宇宙人の関わり合いを描いたものがあるそうです。ホピ族の聖地、アリゾナ州セドナの上空には「エーテルのシティ」が滞空しているという著名なUFO研究家がいるそうです。神々の都市なのでしょうか。

  「宇宙人の思われる金髪碧眼の白人は、この世のものとは思えないほど美しい顔立ちをしていた」と報告されているようです。金髪碧眼の白人タイプの人間型宇宙人は、よく報告されているようです。「金髪碧眼のマスター・レイス(支配人種)が火星より地球へとやって来て、古代伝説の神々(gods)となった」といわれます。金髪碧眼のイメージは、神々や天使のイメージのようです。「グレイが来て、その後に金髪碧眼のノルディックが来た。その後に東洋人タイプが来た」と米国の異星人の報告書にはあるそうですが、その後の情報は、よく管理されているようです。日本にも昔から異人の伝説が多いのですが、バイオロボットらしい河童(グレイ)とともに飛来していた異人の正体とは、オリオン星人ともいわれます。

 

サイレンスグループは「メン・イン・ブラック」[MIB]たちのことですが、ハリウッド映画『メン・イン・ブラック』{MIB}では、地球を監視して警察行動をとる「宇宙警察」「宇宙連合」のイメージではありましたので、目撃者やコンタクティを脅迫する「悪者」とは違っていたようです。実際にメン・イン・ブラックの一部にはオリオンの宇宙人が混じっていたようです。オリオンの宇宙人は、ネガティブな宇宙人で、殺人もするとか非常に評判が悪かったようです。「異星人はとうに地球を訪れていて、地球人社会にまぎれ混み、密かに地球と我々の文明を監視・調査し社会生活をしている」そうです。200年前ほどから、否、太古から継続して、低層4次元に潜む、ネガティブなシリウス星人やサタン(悪魔)とよばれる人間タイプのリラ星人の末裔が、フリーメーソンイルミナティなどの『秘密結社』などを通じて、人間を観察しているのでしょうか?昔から宇宙人が米軍に紛れ込んでいたという話は多いようです。現代は、CIAなどの諜報機関に情報が完全に封印されているようです。

 

・現代風に言えば「闇の勢力」といえそうですが、マスコミも牛耳る様な強力な組織の実体については、私たち一般人には、理解不能なことが多いようです。新聞社も黙らせるような「あまりに強力すぎて勝負にならない」のでしょうか。現代の「神様情報」もメディアに載らないそうです。「シリウス星人の地球支配があまりにも巧妙すぎて、地上では戦争が絶えない」という話もあるそうです。

  相手がネガティブな高等知性体では、初めから勝負にならないのではないのでしょうか。お金が関係しているのかどうか分かりませんが、宇宙人の有名なコンタクティ、アダムスキーですら現代でも一部では「詐欺師」「ペテン師」扱いを受けており、資料も改竄されて、歴史の闇に消されそうです。ネガティブな宇宙人による仕業でしょうが、異星人問題は想像や常識を遥かに超えることが非常に多いので、ネガティブな高等知性体の仕業ゆえに私たち一般人には、到底理解できないもののようです。メディアも国策に協力しましょうということでしょうか。

  宇宙人情報は、全て核兵器などの国家安全保障上の最高機密(トップシークレット)を数段階上回る『厳秘』扱いで、私たち一般人にとってはほとんどメディアにも載らない恐ろしい情報ですが、元々はサイレンスグループの仕業でしょうか。現代でも学会ではタブー視され、お金や刑罰も関係する国家機密でもあり、下手をすると学者生命が絶たれることもあるそうです。

 

・[メン・イン・ブラック][MIB]に関してなのか、欧米では、コンタクティが関係する殺人事件や命を狙われた事件があったそうです。日本でも昔から「異人殺し」という伝説もあったようです。インターネットの『ウィキペディア』によると「ジョージ・アダムスキー(英: George Adamski、1891年4月17日 - 1965年4月23日)は、コンタクティ(「宇宙人と会見した」と自称する者の総称)の元祖として知られるポーランドアメリカ人。彼が撮影した空飛ぶ円盤は、いわゆる「空飛ぶ円盤」の典型的なイメージとなった(後の未確認飛行物体UFOにおいても「アダムスキー型」と呼ばれる形状の報告がある)。宇宙人と空飛ぶ円盤との遭遇体験を書いた本はベストセラーになった。しかし現在では、彼の写真は模型を使ったトリック撮影であり、本はかつて彼自身が書いたSF小説(年譜を参照)を元にした創作だったとする説が広く知られている(と学会の著書などを参照)」ということだそうです。アダムスキーは現代でも「インチキ扱い」のようです。

  宇宙人との遭遇話は、「詐欺師扱い」されることもあり、「マスコミがうるさいので話さない」というコンタクティもいるそうです。異星人の末裔による地上のネットワークでもあるのでしょうか。「遺伝子操作か思念で人間を創った(?)」といわれている天使的な宇宙人、シリウス星人と「人間を実験室で創った」というサタン(悪魔))と呼ばれるリラ星人が宇宙を2分してスター・ウォ-ズを展開しているようなのです。サタンも堕天使ルシファーも遺伝子科学者の集団の名前だったそうです。

 

・「月以前の人々」と言われたかもしれないシリウス星人は、天国に自由に出入りし、人間への“憑依”や人間の“転生”を自由に操作しているという米国のチャネラーの報告があります。パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の植民星が地球だともいわれます。地球の月は、永劫の昔、レムリア大陸への入植の時代に、軌道上に設置されたりゅう座人の宇宙船であるといわれます。「レプティリアンも人間タイプは知性的な顔をしている」そうです。グレイの長身タイプがリゲル人といわれます。リゲル人は攻撃的な宇宙人種族のようです。

  月と地球の間の異次元に存在するといわれるニルヴァーナ(涅槃・天国)や月世界については、まだ現代科学では認識不能だそうです。「月」については多くの奇説があるようです。「イルミナティの円盤はタイム・トラベルが可能で、米軍の将軍とレプティリアンが同乗していた」という与太話があるそうですが?

  「超太古、日本は空飛ぶ円盤(天の磐船)が飛び交う地球の中心だった」という『竹内文書』の記述は、よく知られています。とてつもなく進化した種族がいたようなのです。「竜座人(ドラコ)が遥かに進化しており、このレプティリアン型生物の交雑種がイルミナティである。交配人種であるイルミナティが地球を管理している」といわれます。

 

・17世紀にパリを徘徊した薔薇十字団員は、「天の周辺に住む神的な一団である。彼らは、分身の術を備えていて、意のままに姿を変えて現れることができる。また彼らは、自分の望む場所に移動することもできる。その他、団員は占星術によって地震を予知したり、都市の疫病の流行を遅らせたり、空中を歩いたり、どんな病気でも治すことができる」といわれましたが、マスターやアデプトと呼ばれる非常に進化した、神の様な宇宙人が、地上に出てきたようなのです。ヨーロッパ世界には、そうした超能力を持つミステリアスな人物に出会ったという説が無数に残っているそうです。シリウス星人でも人間の姿を装い、地上に出てきたのでしょうか。

 

・17世紀に、「目に見える姿と目に見えない姿」で、パリ市内に存在したといわれている薔薇十字団員の真の正体は、「宇宙連合の飛来」を意味するのでしょうか。17世紀の前半期、ヨーロッパに大旋風を巻き起こした薔薇十字団は、1648年頃、再び忽然とその姿を消してしまったそうです。「第2次世界大戦後、元ナチスの大佐が空飛ぶ円盤に乗っていて米国に着陸した」とか「小柄なグレイの宇宙船に同乗する金髪碧眼のノルディックはナチのようだった」とかナチと異星人の結びつきを示す話はいろいろとあるようです。また、ドイツのナチスが「空飛ぶ円盤」を開発していたという本も数冊あるようです。ナチスアルデバランの宇宙人とコンタクトを取っていたとも言われます。

  アルデバランの異星人、ゲルマンの神々は「超人」ともいわれ、ヒトラーも非常におそれていたそうです。ヒトラーは「誰もいない部屋の中を指差し、彼ら(超人)がそこにいる」と側近に叫んだそうです。異次元の見えない「超人」たちをヒトラーは感じていたのかもしれません。フランスのナポレオンと「赤い人」とのつながりのように、超人や異人と関わり合いは世界中に伝説があるようです。アルデバラン星人はアーリア人の「超人」であり、ゲルマンの神々だったようです。アルデバラン星人は「幽霊」のように現れたり消えたりするようです。アルデバラン星人は、ゲルマンの諸民族とスカンジナビア人、特にバイキングの創作と管理を担当したそうです。

 

・「ユダヤ人のホロコスト」についても多くの謎がありますが、金髪碧眼のノルディックというプレアデスの異星人が仕掛けたという説もあるそうです。プレアデス星人のイメージとかけ離れていますが、異種交配の結果なのでしょうか。プレアデス星人は人類に6000年進化している種族ですが、人類に近く神でも天使のような宇宙人でもありません。「米国政府がリゲル人に騙されたことに気付いた後、プレアデス人が招聘されたが、過去ヒトラーの人類浄化政策を画策し仏教を堕落させた」ともいわれます。事実としたら恐るべき話のようです

  アイゼンハワー大統領の後のケネディ大統領の暗殺事件については現代でもいろいろな説や本があるようです。「ケネディ暗殺はナチの陰謀だ」という説では、金髪碧眼のノルディックなどの異星人グループが背景にあったのでしょうか。ケネディ大統領登場は、宇宙人情報を公開しようとして暗殺された」という説もあるそうです。前のアイゼンハワー大統領が異星人と「秘密協定」を結んだからだともいわれています。

 

・またアイゼンハワー大統領の前でグレイというエイリアンが空中浮遊を見せたり宇宙船や超テクノロジーを公開したりしたそうです。あまりの超テクノロジーの凄まじさに驚愕して、異星人情報を厳秘(アバブ・トップシークレット)扱いにしたともいわれます。米国が秘密協定を結んだのはラージノーズグレイというオリオン星人といわれています。オリオン星人は人類に5万年進化しているといわれ、「人間の魂の交換」ができるようです。1954年には、「ラージノーズ・グレイ」という種族が、ホロマン空軍基地に舞い降りた、と主張されています。

  そしてケネディ大統領も金星人のコンタクティのアダムスキーの紹介で、スペース・ブラザーの異星人と会見したともいわれています。また、国防総省ペンタゴン)に金星人か異星人が住んでいたともいわれています。当時はメン・イン・ブラックも暗躍しており、異星人情報を研究する者は殺されるともいわれていた時代でした。

 

チェンジリングとは、「取り替え子」という意味です。ヨーロッパの民話で、妖精が人間の子供をさらった後に置いていく妖精の子供。転じて嬰児交換の意味でも用いられます。「取り替え子」の例は、昔から多くあり、異星人の直接的な末裔の存在は、特定のネットワークで知られているそうです。異人の子どもを産んだり、預かったり、昔はさまざまな子供に関わる現象があったようです。それから異星人同士が、さまざまな理由から子供を交換して育てるような神話もあったようです。「フランスの『美女と野獣』の話は、異類婚姻譚だ」そうです。日本でも異人の「人さらい」や「神隠し」が少なくなかったようです。正確な事件の数字はわかりませんが、どのくらいあったのでしょうか。

  中世のドイツの領主は殆どが「異人」か「異人の末裔」ともいわれています。もともと人間にも超太古から多くの異星人のDNAが混じっているそうです。神の子と人間の女が交わって人口が増えたともいわれています。旧約聖書にはネフィリムという神の子と人間の女の間に生まれた存在があります。ネフィリムは巨人ともいわれますが、原初の神の様な存在は、とんでもなく大きく、想像もできないような巨人、大きさだったともいわれています。

 

・3メートルくらいではなく8メートル、数十メートルくらいはあったという説もあるようです。遺伝子操作などや異類交配で徐々に人間サイズになったのでしょうか。一寸法師のようなサイズの異星人も存在するようです。チリで発見されたという数センチのエイリアンのミイラもあるようです。10センチくらいの人間の伝承もあったようです。

  「『ノア』の血統は爬虫類と人間の混血種だ。自分がノアの末裔だと主張する人々が多数いるが、これはつまり、自分は爬虫類である監視者アヌンナキの子孫だと言っていることになる」そうです。つまり自称「ノアの末裔」という存在が欧米に多くいるようなのです。レプティリアンの人間タイプがイルミナティといい、その超能力は想像を絶するようです。現代に神か悪魔のような存在が人間として生まれてくるのでしょうか。やはりDNAが大きく違うのでしょうか。「イルミナティは宇宙人の集団なので強力なのだ」そうです。クラリオン星人のコンタクティ、イタリア人のマオリッツオ・カヴァーロによると「レプティリアンも人間タイプは知性的な顔をしている」といわれます。

 

・「一般の人々は真の意味を知らないはずはないのに、なぜ『ノア』の血統が数多くの団体から非常に重要視されているのかも、これで理解できる」そうですが、「知る人ぞ知る」で、「ノア」の血統という存在が欧米といわず、世界中にも存在するそうです。私たち一般人には、理解不能な話が多いようです。なぜ『ノア』の血統が数多くの団体から非常に重要視されているのでしょうか?『ノア』の血統は、チャネラーが多く『神(高等知性体)の声』が聴けるからなのでしょうか。異星人は特定の人間を選んで、向こうからコンタクトしてくるといわれています。コンタクティたちは昔から異星人と何らかのつながりがあったからでしょうか。

  「2012年、アヌンナキは地球に戻ってくる」という説もあったそうです。すでにアヌンナキは低層4次元に潜んでいるのでしょうか。「『旧約聖書』によれば、生命の創造はエロヒムが行ったと書かれています」ということなのですが、このエロヒムは、リラ星人だそうです。サタン(悪魔)と呼ばれるリラ星人とか、神と悪魔の正確な概念分離が混乱しているようです。琴座の宇宙人から人間的な生命体が生まれたとも言われますが、リラ星人を創った異星人もいるそうで複雑なようです。プレアデス人は古代リラ星人の末裔といわれます。人類は45 万年前に地球にやってきたアヌンナキという異星人が、遺伝子操作によってつくった存在だともいわれます。

 

・サタン(悪魔)とかルシファー(堕天使)(魔王)は、現代的な解釈だと「遺伝子科学者」の一団の名前だそうです。ゼータ・レチクル星人のグレイを部下として金髪碧眼のノルディックがアブダクション(誘拐)をしたりしてナチスのように「生体実験」をしているのでしょうか。おぞましい生物がいるエイリアンの研究所のダルシー秘密地下基地が話題になったりしました。当時はキャトルミューテレーション(動物虐殺)も頻発していたようですし、アブダクション(誘拐)の被害者も増加していたようです。おぞましいモンスター・タイプの生物の生体実験の話の番組は米国の多くのテレビの視聴者をとらえたようです。

  リラ星人とコンタクティでは、フランス人のクロード・ボリロン・ラエルが有名で、何冊もの書籍を著し、「ラエリアン・ムーブメント」という協会が日本も含めて世界中で活動しているそうです。彼の著作は無料で協会のインターネットで読めるようです。『シークレット・ドクトリン』の著者、ヘレナ・P・ブラヴァツキーは、神智学の膨大な情報を残しました、彼女がロンドンで出会った神人とのコンタクトから多くの知識を得たようです。現代風にいうとブラヴァツキー夫人は異次元の異星人とのコンタクティであったということになりましょうか。

 

・第2次世界大戦後、マクモニーグルが見たという、バハマで見られたフットボールのグランド三つ分はありそうな大きな円形の物体UFOは、『悪魔の船』だったのでしょうか、それとも“神々”でも搭乗していたのでしょうか。巨大な空飛ぶ円盤の目撃談は少なくないようです。

  このようなアストラル界の住人が人間の姿を装い地上の人間とコンタクトする幽霊の話は、日本でも昔から多いようです。アストラル界の住人を幽霊として、変性意識状態で知覚するようです。空飛ぶ円盤や異星人とのコンタクトを通じて超能力がつく場合があるそうです。異星人そのものが超能力を持っている場合が多いようです。「ドイツ語は悪魔の言葉」だそうですが、悪魔だったら幽霊でもでるのでしょうか。霊能力者は、通常、人が見ることのできない幽霊も見れるでしょうが、『幽霊のハンス』は、当時の米軍部隊内でも有名だったそうです。

 

・アストラル界の存在で幽霊としてか見えないような存在が人間の姿を装い地上にワンダラー(転生)やウォークイン(憑依)やその他の形態で出てくることは「アバブ・トップシークレット」のようです。人間の背後霊や守護霊も宇宙人が憑依したものかもしれません。『幽霊のハンス』は、ヒトラーナチスが崇拝したという金髪碧眼の『アーリアの超人』たちとは関係がないのでしょうか。アルデバランの異星人が異次元から現れたのかもしれません。ナチスは、金髪碧眼のゲルマンの神々を崇拝したそうです。幽霊ハンスは、ゲルマンの神々だったのでしょうか。異次元視力が発達した人か意識の変性状態でないと幽霊は見えないのかもしれません。普通の人でも幽霊との遭遇話は世界的に多いようです。アルデバラン星人はアーリア人の「超人」であり、ゲルマンの神々だったようです。アルデバラン星人は、ゲルマンの諸民族とスカンジナビア人、特にバイキングの創作と管理を担当したそうです。金髪碧眼のノルディックと金髪碧眼のアルデバラン星人がよく混同されるそうです。

 

・「フリーメーソンなしにアメリカの自由と独立はありえず、フリーメーソンなしに合衆国はありえない」と言われております。

 「ジョージ・ワシントン・メソニック・メモリアルホール」がワシントンにありますが、1923年ジョージ・ワシントンフリーメーソンだったことを記念して建てられたこの建物の中には、フリーメーソンの記録が保存され、フリーメーソンだった歴代大統領の名前も記されているそうです。ブッシュ大統領もエール大学のスカルズ・アンド・ボーンズというフリーメーソンの組織に学生時代から加入しているそうです。フリーメーソンでない大統領は、数えるほどしかいないそうです。フリーメーソンに関する書籍も10万冊以上あり私たち一般人が、分析するのが困難なようです。

 

・『神々の予言』のカタストロフィーが何を指すか分かりません。核戦争なのか、隕石の衝突などの色々な説がありますが、その後、宇宙連合が大挙して地球にくるというシナリオです。地球は、現在では<宇宙連合>に参加できない遅れた状態ということになるのでしょうか。やはり「終末論」は、この種の話にはつきもののようですし、遠い未来の話なのでしょう。

  グレイの巨大母船に同乗しているといわれている人間タイプの異星人エルダーは、神の種族なのでしょうか。エルダーとよばれる天使のような人間タイプのオリオン星人が小柄なグレイと共に飛来したそうです。オリオン座は「神の故郷」ともいわれますが、『闇の勢力』も経由地にしているようです。グレイの母船に同乗するエルダーと呼ばれる人間タイプの異星人と、神の種族「エルダー・レース」とは、同種の種族なのでしょうか。「やがてその天体を去るときはいくつもの巨大な都市からなる彼らの地底王国と膨大な資料を残していくのが常だった」ということは、異次元の都市の存在を窺わせるものでしょうか。

 

・スイス人のビリー・マイヤーの膨大なノートによる記録から、かなりの宇宙人の世界が分かり、世界中で本が出版されたそうです。日本でも協会があり活動しているようです。プレアデス星人は日本とも関係が深いそうです。20年ほど前にはプレアデス星座に行ってきた日本人の話もあったのですが、その後何も話題になっていないようです。マスコミの前に誰も出たがらないのでしょうか。2009年3月には『プレアデス星訪問記』(上平剛史)が出版されています。現代でも日本で宇宙人とコンタクトして異星に行ったコンタクティの報告が少数、出版されています。街中における神さまの話も色々とあるようですが、ほとんどマスコミにはのらないようです。昔から異人のネットワークが存在したのでしょうか。

  明治時代の流浪の民サンカはヨーロッパのジプシーのようにアガルタの住人の末裔だとする説もありますが、彼らは、山野を巡って時穴でも探していたのでしょうか。

 

天照大御神(あまてらすおおみかみ)については、皇祖ということで膨大な情報があり、詳しい人も多いようです。リラ星人の『不死の惑星』もありますが、神々は時空を超えているので「神々」というのですから、当然、神々はタイム・トラベラーにあたるそうです。何万年もの膨大な情報もアカシック・レコードなどに保存されているようなのです。

  秘密結社ヤタガラスのように「神人を隠蔽する組織」が相当昔からあったようなのです?「人間対異人の関係」から、隠蔽工作は完璧のようです。宇宙連合のルールが世界中に昔から徹底しているのかもしれません。「人類の文明が最も進んだ国に宇宙人は現れる」といわれます。第1世界大戦後のドイツがそうでした。

 

アルデバランの宇宙人がヒトラーナチスにコンタクトしたようなのです。レプティリアン爬虫類人)ともみられる金髪碧眼のゲルマンの神々「超人」を崇拝したナチスは、神の選民のユダヤ人(リラ星人の末裔)を抹消しようとしたようなのですユダヤ人の血が流れているヒトラーが宇宙人に人格転換されてホワイト・ブラザーフッド(白色同胞団)につながるアバター(神の化身)、悪魔であったという説もあり複雑怪奇です。

  「売れない、冴えない絵描きだったヒトラーが人格転換により悪魔の化身になった」のでドイツ軍を率いることができたと考えるほうが無難で常識でしょうか。インターネットのアバターのキャラクターも人気のようですが、アバターについても詳しいことは不明のようです。

  第2次世界大戦後は、米国(科学技術の進んだ国)に小柄な宇宙人グレイと共に金髪碧眼のノルディックや他の宇宙人が現れたようです。「グレイの後に金髪碧眼のノルディックが来て、その後に東洋人タイプが来た」といわれていますが、東洋人タイプの宇宙人の中には日本に関係する宇宙人(神々)もいたのでしょうか。

  宇宙連合として「彼ら」は、まとまって動いているようです。その件も『厳秘』情報扱いです。スイスのプレアデス星人のコンタクティ、ビリー・マイヤーによると「日本民族の原郷となった惑星があり、そこから宇宙人がきていた」そうです。

  フリーメーソンと宇宙人は関係があるようです。ニコラス・ゲイジ主演の映画「ナショナル・トレジャー」がありましたが、米国のフリーメーソンに関するものだそうです。米国の独立宣言に署名した人物のほとんどがフリーメーソンといわれております。歴代の米国大統領もそのほとんどが、フリーメーソンだそうです。ブッシュ大統領もエール大学のスカルズ・アンド・ボーンズというフリーメーソン組織に所属しているそうです。フリーメーソンの文献を調査しても、その宇宙人との関係を見出すのは難しいようです。しかし、フリーメーソンは、神に近い領域から来た超人と関係があるようにうかがわせる記録もあるようです。金星の神々は地球に到着するやいなや、イニシエーションのためのフリーメーソン本部を設けた、といわれます。神々の現在の住まいは、シンボリックに古代名称を用いてシャンバラと呼ばれているそうです。

  フリーメーソンにしろ、宇宙人問題にしろ肝心の重要な問題が国家のトップ・シークレットになっています。映画「メン・イン・ブラック」も人気を集めましたが、実際の「メン・イン・ブラック」は、シリウス系のオリオン星人で、例の小柄なグレイという宇宙人と行動をともにしているようだといわれております。宇宙人問題もハリウッドの映画などで、次第にメイジャーな問題、人々の関心事項になりましょう。

 

 

 

 

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・ブログ名称: UFOアガルタのシャンバラ

日本は津波による大きな被害をうけるだろう

・第2のブログ名称:UFOパラレル・ワールド

神の国か?」「人類の原郷か?」 「天上のエルサレムか?」・・・・・・・・・

「パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の殖民星が、地球か?」、「ネガティブのシリウス星人の地球支配があまりにも巧妙なので、しょっちゅう戦争が起こるのだろうか?」

「金髪碧眼のノルディックが住んでいたアガルタのシャンバラ情報の集大成を目指す・・・・・・・・・・」「金星蛇人と火星霊人の戦争はその後どのように展開したのだろうか」
日本民族の神話の原郷『高天原(たかまがはら)』は、『都市型の超巨大宇宙船』なのか!?」「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔なのか」
「小人族のグレイの母船に同乗する金髪碧眼のノルディックは、”悪魔の王””ルシファー”なのか?!」

「円盤は神人や異人、悪魔の乗り物なのか!?」「天使は神の秘密諜報員なのか」「神は最初のフリーメーソンなのか」

「UFOは、人類の歴史が始まって以来、最も重要な現象なのか。UFO問題とは、人間にとっての死の問題を解くことなのだろうか。UFOはフリーメーソンの創作なのか」

「全宇宙を創ったという“虹の神々”も地球に来ているのだろうか」

イルミナティなどのフリーメーソン組織に入ると神に会えるのだろうか」「金星の神々は地球に到着するやいなや、イニシエーションのためのフリーメーソン本部を設けたのだろうか」「フリーメーソン結社はこの大地が創出されるよりずっと前から、さまざまな太陽系をめぐって、存在していたのだろうか」「フリーメーソンとは、“現在、世界で信仰されているいずれの宗教より古い”教団となるのだろうか」

国際連合の設立に動いたキリストの星、アプ星人とは」

「人は皆、記憶喪失の異星人だろうか」

「はるかに進化した天使のような宇宙人は、人間の守護霊や背後霊なのだろうか」「セドナ上空に見えないエーテルのシティが滞空するのだろうか」

シリウス星人の故郷である天体イジュニュは、もっと高い周波数で共振する6次元の天体であり、地球の宇宙と同時に存在するパラレル・ユニバースに存在するのだろうか」

 

グーグルのブロガー(多言語翻訳)にも書いています→UFOパラレル・ワールド

 

  

 

 

繰り返すが、スパイ防止法のような法律があれば、ここまで見てきたような日本における外国人スパイの活動の被害は、避けられたケースも少なくない。(2)

 

 

『スパイ“ベラスコ”が見た広島原爆の正体』

嵌められた日本と世界を支配する見えざる帝国

高橋五郎     学研   2006/7

 

 

 

ウラン型原子爆弾

・1945年8月6日、日本の広島上空で、人類史上初めてのウラン型原子爆弾が炸裂した。アメリカが第2次世界大戦を終結させるため、極秘マンハッタン・プロジェクトによって開発したとされる原爆だが、はたして、それは歴史的「真実」なのか、第2次世界大戦中、旧日本のスパイ組織TO機関に属しながら、ナチス・ドイツやイタリア、イギリスなど、欧米各国の2重、3重スパイとして工作をしてきた男、アンヘル・アルカッサル・デ・ベラスコはいう。広島原爆はナチス・ドイツが開発したものだ、と!!

 

日本は沖縄を天皇の財宝「金の百合」で買い取った

ここにふたつの情報がある。

 ひとつは、ベルリン発ニューヨーク経由広島行き――ナチスの原爆が投下された。この奇妙な情報の発信人はナチスの元スパイ。発信は1982年。

 そしてもうひとつは、フィリピン発ワシントン経由沖縄行き――日本は沖縄を天皇の財宝「金の百合」で買い取った。情報の発信人はアメリカの報道作家たち。発信は2003年。

 このふたつの情報をさらに確かめたい方はさておき、時間を節約したい方は、この本を閉じるようにお勧めする。もちろん、これらは偽情報ではない。突飛で愚劣きわまる情報にも思えるが、無視はできない。発信の時期は20年の差があるが、その意図に関していえば、差はまったくない。

 

世界的秘密結社フリーメーソン

・「フリーメーソンディアーナ(ダイアナ)、ミネルバ、イシス(セミラミス)を崇拝する古代神秘主義から派生したものだ。中世の石工組合から始まったというのは俗説であり、十字軍時代の聖地エルサレム(マルタ)に生まれた聖堂騎士団こそが、その真の起源である。わが聖堂騎士団は、エルサレム聖ヨハネ騎士団とともに、新たに秘儀参入者の組織を作り上げた。以来、われわれのロッジは、聖ヨハネ・ロッジと呼ばれるようになった

 

・結社にはなんでもある。思想、宗教、学術そして政治もある。だが経済はない。なぜなら、世界経済の仕組みそのものが結社の発明品だからだ。結社は発明の秘密部品を除く応用編のみを世界中に解放している、それが 市場原理などと呼ばれるマネーのカラクリだ。

 聡明な結社はその経済原理つまり、両建て作成による戦争事業(ゲーム)の発明者であることを世界の人々に知らせてはいない。結社の社是でいう「知識はむやみに語るべからず」だからだ。

 

・結社のメンバーには、だれもがよく知る歴史上の人物たちが山ほどいる。たとえば、コロンブスの航海支援者でヴェネチアの貴族メディチ家から資金援助を受けて活動したレオナルド・ダ・ヴィンチがいる。スコットランドイングランドの両国王ジェームズ1世(メーソン)のために、欽定英訳聖書を翻訳監修したフランシスコ派の修道士で、科学者フランシス・ベーコンもメーソンだ。薔薇十字会のグランドマスターで、後にルネ・デカルトの世界観を補強したアイザック・ニュートンもメンバーである。

 

・彼らは、秘教信仰(古代の太陽崇拝カルト)とその儀式をエネルギー源にしている。

 また、悪魔主義結社とも呼ばれる「地獄の業火クラブ」の中心人物であり、イギリスからの独立を勝ち取ったアメリカ建国の父として、100ドル紙幣の顔でも知られるベンジャミン・フランクリンもメーソンだ。「自然淘汰による適者保存説」のチャールズ・ダーウィンの祖父エラスムスダーウィンとその一族で、優れた血液を理想として人種の純粋性を提唱したトーマス・マルサス。秘教的知識を授けるイエズス会修道士院で教育を受けた哲学者ルネ・デカルト。空想科学小説家として『地底探検』でも知られるジュール・ベルヌキリスト教カソリックプロテスタントに分派化させたマルティン・ルターなどなど、後に「人種差別の提唱者」とか「近代科学や哲学の父」などと呼ばれる「知の探究者たち」の多くが、結社を支えたメンバーたちなのである。

 

古代ギリシア神秘主義結社「ピュタゴラス派」の流れを汲み、アドルフ・ヒトラーが全身全霊でのめり込んだ「神智学協会」もそうだ。手を掲げて「ハイル・ヒトラー」と叫ぶ、あの動作の元祖で古代ドルイド教信者には悪魔主義者といわれる英国首相ウィンストン・チャーチル卿や詩人イェイツがいる)を分派として支配する団体「黄金の夜明け」もそうだ。

これらの団体に連なる一派で、古代エジプトの女神イシスを崇拝する「マグダラのマリア物見の塔の聖マリアと呼ばれる)」は、フリーメーソンを語るうえでは欠かせない一派とされている。

 

・結社に連なる騎士団の数は数えきれない。各団体の多くは、古代フェニキアアーリア人の太陽の象徴スワティカを祭祀に活用した。パワーを得るために性的儀式を催す魔術師が設立した「東方騎士団」。プロテスタント系の「聖ヨハネ騎士団」と金融組織を介して結ばれているカソリック系の「マルタ騎士団」。「テュートン騎士団」に連なる「黒騎士団」や「プロシア女王騎士団」。秘教黒魔術儀式を基本にしたオカルト教の「コンコルド団」や性的秘儀を共有する「第1、第2徳義団」などがある。

 こうした多くの騎士団が、フリーメーソン結社の分派または中枢として連なっている。徳義団は、後年、ナチス党を誕生させる諸団体の一翼を担ったことで知られている。

 

・近代の物理学者アルバート・アインシュタイン博士や、アフリカの鉱山を支配するオッペンハイマー一族も結社員だ。彼らは民主党ウッドロー・ウィルソン米大統領の地位に担ぎ上げたメンバーでもある。ケンブリッジやオクスフォード大のエリート学生たちや貴族の血流を備えた青年たちをリクルートして、「007」に育てあげた英国情報機関の生みの親、ジョン・ディー博士一家もメンバーとして知られている。

 シェークスピア作品の真の作者と噂されるフランシス・ベーコンらが所属したのが「薔薇十字会」だ。後にアドルフ・ヒトラーの名前で知られることとなるドイツ労働党員、シックルグリュバー青年を支援して反ユダヤ、反マルクス主義、ゲルマン支配を教義に打ちだした「トゥーレ協会」や「ブリル・ソサイエティ」などは、実はこのナチス原爆の背景を語るうえで欠かせない組織であり、人物たちである。

 結社ファミリーには離合集散もある。メンバーたちは永久的断絶も意に介さない厳しい掟に縛られている結社の目的に反旗を翻して滅亡させられた国家や一族と結社メンバーだったナポレオン一族があげられる。

 

同じように、薔薇十字会のメンバーで300年間ロシアを支配したロマノフ王朝も、結社の手で破滅させられた一族である。イタリアのハプスブルグ家も、ドイツのホーヘンシュタフェン一族も、みな結社の目的遂行に逆らって滅亡の憂き目にあったとされている。

 

結社のルールは、その目的・理想の原理に反するメンバーの行動を許さない。なぜならそれは神のルールであり、悪魔の掟だからである。

 現代イタリアの結社「P2」やベラスコの次男フェルナンドが仕えるスペインの結社「オプスディ=神の仕業」も欧州メーソン結社に連なる下部組織だ。エリザベス2世女王を冠に掲げる、“大英帝国”の基盤も結社が支えている。同時にイギリス王室も結社を支えている。そして、欧州全域の王室(かつての王室も含む)と貴族の大半が、伝統的に結社のメンバーに連なっている。当然、欧米以外の諸国の王侯貴族たちも例外ではない。

 

広島原爆はナチス製だった!!

完成前から決まっていた日本への原爆投下

・これから記すのは、1982年のとある日の午後、スペインはマドリード旧市街にあるマヨール広場のカフェテラスでベラスコと交わした、ナチス原爆に関する対話のすべてである。会話の流れを重視する意味で、以下、問答形式で表記し、その都度、細かい部分を説明していくことにしたい。

Q:「広島に落とされた原爆は、本当にナチス製なのか。アメリカ軍がナチス製の原爆を転用した、ということか」

A:「そういうことだ。実際のところ、アメリカの原爆は未完成だったのだ。それで、ドイツ軍の原爆を使って日本に投下したのだ

 

 いきなり、核心を突く内容で始まったが、この荒唐無稽な話をどう受け止めて、どう解釈すればいいのか。その糸口として、以下の実話を紹介しておこう。この実話からは原爆開発に関わる歴史定説の謎めいた部分が透けて見えてくるからだ。

 戦後のある時期、アメリカ政府は第2次世界大戦の資料の一部を公開した。戦時下の大統領フランクリン・デラノ・ルーズベルトが、原爆の投下先を日本に決めた暫定委員会の会議資料だ。

 

秘密結社の戦争事業

Q:「ドイツの原爆をアメリカに渡したのか

A:「そのとおりだ」

 原爆の投下先を決めたフランクリン・ルーズベルト大統領は、任期中(1945年4月)に生涯の幕を閉じた。後任のトルーマン大統領はその4か月後、日本で原爆を炸裂させて核時代の幕を開けた。これにより、日本人は自国政府の「正義」よりも遥かに大きな「正義」の存在を、身をもって知らされたのである。

 核時代の幕開けを行ったアメリカ大統領たちの行動は、もちろん結社の意向に基づいたものだ。しかし、結社の世界に住むベラスコ親子から見たアメリカ大統領の実像は、国を代表してはいても絶対的な権力者ではない。

 大統領はさらに上位に位置する結社のために奉仕する僕にすぎない。結社は功罪半ばする欧米史の背景でありつづけ、今もその構図に変わりはない。大統領は結社の舞台で踊る、いわば操り人形にすぎないのである。

 かつてイギリスから北米大陸に移住、アメリカ独立宣言に署名した56人のうち50名はこの秘密結社社員たちだった。大統領は結社員たちが選んで世界に掲げる「表看板」、すなわちアメリカ大統領のみならず、イギリスの首相もまた、秘密結社メンバーたちが選んだ単なる代理人のひとりなのである。

 

秘密結社の行動原理

・では、秘密結社の行動原理とはどんなものなのか。

 ひと言でいえば、それは戦争である。戦争は、現状を打破して理想とする社会と富を手にする、最適の方法だと結社は信じてきた。結社は第三者間に対立関係を作りだし、争う両者に戦費を融資する。戦争で荒廃した両国に復興資金を融資して面倒をみる。融資を受けた国々は借金漬け、つまり債務国になる。結社は融資主の権限から債権国をイメージどおりに仕立てあげて、民族の方向性を指図する。

 

・こうした議会の批判にも結社は動ぜず、反論もしない。世界をたったひとつの「国家」にまとめ上げる成果は口先からは生まれない、と結社は固く信じているからだ。世界は強く優れて選ばれた民族の血脈のみを重んじる、選民たちのためにのみある、と発想することこそが結社の鉄則だからだ。結社には議会からの中傷や批判に傾ける暇はない、と考えている。

 結社メンバーの頭の中には、高度な科学知識がたっぷり溜め込まれている。その根底はユダヤキリスト教を中心とした古代からの神話に拠っている。結社員たちは神学世界につきものの神秘主義的秘儀に通じているが、結社が施す秘教の伝授や錬金術の類いは、常に世間の興味と批判を集め、瑕疵を伴ってしまう。

 だが、「魔女狩り」「オカルティスト」といった、世間の批判や罵声など、所詮、結社員の耳には届かない。人々の平和と安寧を祈念する結社は、人の棲むところに何が起きようとも、いつもスマートにそうした難題を乗り越えてきた、とする自負があるからだ。

 

民主主義を金科玉条に掲げる結社は、まず投票で選ばれ、かつ結社の理想に従う個人政治家や政党勢力にのみ資金援助する。その逆に、秘密結社の意に反する人物に対しては独裁者の烙印を押し、金欠病と混乱を進呈する。最後には内戦や戦争に追い込み、独裁者国家の戦費を枯渇させてしまう。こうした手法こそ、結社が古くから磨き上げてきた絶対的な手法、つまり古典的な行動原理なのである。

 

・結社は分割闘争管理方式で、第2次世界大戦時のヒトラールーズベルトの双方を投票箱から選び、双方を敵対させて両国に戦費支援を続けた。というわけだから、核兵器ナチス原爆)の開発製造国がドイツであれアメリカであれ、その所有権など、戦う両国に戦争資金を融資する結社にとっては、どうでもいいことだ。つまり原爆は戦争事業主である結社の私物なのだ。

 結社メンバーたちが、ナチス原爆を連合軍に渡して、投下させても不思議はないのである。戦争という名の敵対関係は、結社が描いたシナリオで演じられている。ベラスコはこうした事実を指して「そういうことだ」と断言しているのである。もはや、一般常識や戦争観、それに敵対関係の認識からでは、とてもナチス原爆を理解するのは不可能だ、というのは以上のような理由なのである。

 

想像を絶する“新型兵器”の開発

・ベラスコに対する日本側の任命権者は外相の東郷茂徳。新設の「内閣情報部」の設置発案者は海軍次官山本五十六、ならびに山本の忠実な部下の光延東洋中佐、外務省の須磨弥吉郎。陸海の既存情報機関とは別途の対連合軍スパイ機関として内閣情報部と「TO」を結びつけ、その情報機関長をベラスコに委嘱。日本国内は海軍大将野村吉三郎。ドイツ国内では、駐ドイツ大使の大島浩大将。スペインの窓口は、在スペイン公使の須磨弥吉郎(連絡役は一等書記官・三浦文夫)がベラスコからの情報受け取り人として発足した。

 

利口な生き物たち

・「国家とは、抽象概念が作りだした記号のひとつにすぎない。つかみどころのない形而上のその国家を、戦争の真犯人呼ばわりしてどうする。世間にはもっと、利口な生き物がいる。彼らは国家と呼ばれる架空世界を隠れ蓑に、その架空国家と国民の頭の中にある微妙な隙間を巧みに利用し、戦争を勃発させる。私益を国益だと人々に思い込ませることに長けた生き物たちこそが、戦争の真犯人なのだ

 ベラスコのこの口癖は、自身が利口な生き物たちの一員であることを問わず語りしている。たとえばこれまで、世界の高名な知識人たちが著した戦争分析論や、歴史研究家たちが作り上げた「定説」を、世間は信じてきた。歴史観や世界観などと呼ばれるそうした「神話」の大半は、ベラスコの仲間である利口な生き物たちが、意図して投げ込んだ腐肉を食した知識人の成果にすぎないというわけだ。

 

日本の対米情報機関TOの本当の掌握者は結社だった!

・その夜、イギリス情報部MI-6に追われたベラスコは、スペイン北部ガリシア地方の漁村からUボートに乗船、ドイツのハンブルク港に逃亡、翌年の1945年3月上旬から、ヒトラーの側近として地下官邸付き情報員ドクトール・ゴメスの名で、官邸勤務を1か月間続けている。そして、ベルリン陥落2週間前の4月21日に地下官邸を脱出、スイスの難民収容所に逃げ込んだ、とベラスコはいう。

 

・地下官邸でヒトラー総統に付き添った側近たちは、厳選された上級情報将校、衛兵、通信係、女性秘書たちだった。彼ら官邸要員を選んだ(ヒトラーの最期を目撃させる人々を選抜した)のはマルティン・ボルマン副官だ。ボルマンはドイツ第三帝国最後の地下官邸をヒトラーに代わって仕切った人物だ。彼は「4月30日のヒトラー自殺」を細工して官邸を去っている。

 ソ連軍に占領されて、官邸がもぬけの殻になってからほぼ3か月後の7月16日、アメリカの原爆実験(トリニティ原爆)が成功。その情報とテニアン島ナチス原爆が運ばれた情報を、ベラスコは在米TOの情報網から受け取っていたのである。

 

ベラスコによれば、愛人エヴァ・ブラウンとともに見つかったヒトラーの遺体は、ヒトラーとよく似た従兄弟だったという。

 

度忘れではない詭弁は、過去の企みを隠すためだ。ベラスコが44年7月以降のアメリカ原爆動向を把握できたのは、TO機関(の在米情報員たち)のお陰だった。しかも、その活動資金は日本が賄っていた。

TO機関の在米情報活動は、日本と提携する以前から続いていた。その既存の組織を、日本政府はTOを自前の情報組織と錯覚して“買わされた”のである。稼働中の中古品を新品だとして投資させられたようなものだ。

 ところが、日本の投資は同時に、日本の情報を結社に逆流させることにもなる。金を払わせて情報を奪いとる。日本を手玉にとったその“いかさま”を、過去のこととはいえ日本人の筆者に知られたくない。それがベラスコに詭弁を弄させた理由なのだろう。

 だが、詭弁でかわそうとするのも無理はない。日本政府はTOが結社の情報機関だと知ってか知らずか、TOの活動に巨額の資金を投じていたからだ。

 

・むしろ、問題なのは内閣情報部を設けた日本政府だ。いってしまえば、日本政府(内閣情報部)は、国民の巨額の税金と日本の命運を左右する戦争政策上の秘密情報を、TOを窓口に、まさに“のし”をつけて敵側に進呈していたも同然だったからだ。

 

トルーマンにもスターリンにもなかった決定権

・ドイツでは5月7日の無条件降伏を待たず、新ナチス復興計画が始まっていた。ベラスコはドイツが降伏したその年の暮れから、新復興計画に動員されている。ナチスは潜水艦(Uボート)で、ドイツの優れた頭脳と血統を続々と南米に移動させていた。ドイツ海軍は終戦時に、百数十隻のUボートと25万人の乗員の消息を見失ったとされている。

 これは戦後ドイツ政府の戸籍調査が算出した数字だそうだが、復興計画のために欧州から南米大陸へと、頻繁にUボートで往復輸送が繰り返されている規模からも、役所の発表した数字は絵空事ではなさそうだ。新ナチス復興計画の主はいうまでもない。ヒトラーを世に送りだした結社だ。

 欧州沿岸から南米沿岸までのおよそ3000マイル、往復18日間の航海に要する潜水艦の輸送コストは膨大。

 

ベラスコは1946年5月7日午前5時、ヒトラーの「後見人」であるボルマンを南米に送り届けるために、その潜水艦で南米に出向いている。

 その2年前の1944年、ノルマンディー作戦が開始されたその日の深夜に、スペイン北西部ガリシア地方の漁村の沖合から、潜水艦でドイツのハンブルグ港に向かって脱出して以来の長い航海だ。南米アルゼンチンのラ・プラタ河口付近で、ボルマンとベラスコは下船。ボルマンと別れたベラスコは、単身空路マドリードに戻っている。ヒトラー・ドイツの敗戦後を見据えて、戦時中から着々と進められてきていた計画である。

 

・新ナチス復興の足がかりとして南米が選ばれた理由は、南極に近いからだ。南極には学術世界が知らない、古代からの特殊な空間がある、とする結社の歴史観と深い想像力が関係している。

 ここで、前述のフリーメーソンの由来とメンバーの顔ぶれを思い起こしていただきたい。いわば、空想SF科学世界に造詣の深い賢人たちの間では、南極と北極には巨大な未知の地下空間世界が存在すると語られてきている。

 

・空想作品の大家ジュール・ベルヌは、先述したようにフリーメーソンの高位階者だった人物だ。ベルヌはヒトラーナチスの神智学協会「黄金の夜明け」東方騎士団にも深く関わった人物とされている。その代表的作品『地底探検』は、地球の空洞に住む高度な文明をもつ人々の世界を、SF形式で紹介したものだ。

 そうしたことから考えると、新ナチス復興の本拠地として、南極を選んだ理由がわからないでもない。

 

・第2次世界大戦直後の1947年、南極探検に臨んだ米海軍の伝説的人物、海軍准将リチャード・バードはいう。

「われわれは苦い現実を認めなくてはならない。次の戦争では恐るべき飛行体から攻撃を受けるだろう。南極には進んだ文明と優れた先端技術をもつ人々が存在する。彼らはナチスSSとともに活動している」

 

・バードの発言は、空母と4000名の兵士を率いて南極に向かい、8週間の航海の後、多くの犠牲者を出して帰還した際のものなのだが、南極でバードたちに何が起こったのかは、第2次世界大戦が残した謎のひとつとされている。バード准将のいう飛行物体とは、連合軍が呼んでいた「フー・ファイター」、つまり、あの「ヴリル型戦闘機(俗にいうUFO)」のことだろう。

 バードが南極探査に臨んだそのほぼ9年間の1938年、ドイツの南極探検隊が山や湖があり、氷に覆われていない60万平方キロメートルの土地を発見、その地をドイツ領土としてヒトラーが宣言していた。そしてニュー・スワビアと名づけ、そこに巨大なナチスの軍事基地を建設したといわれる。

 バード准将の探査任務は、その巨大基地を偵察(攻撃)するためだったのだ。偵察時期が戦時下でもあったことから、旧ナチス軍と交戦、そのあげく、バードのアメリカ海軍は新型兵器で反撃されて惨憺たる敗北を喫した。その苦い戦闘探検をバードが報告したのである。

 

ベラスコは1952年10月10日、新ナチスの手配で南極のこの巨大基地を単身訪れている。訪問目的はヒトラー(総統に似た別人だったとベラスコはいう)に届け物をするためだった。

 

その訪問前の1946年には、地下官邸で別れたボルマンと再会してマドリードの自宅に匿った後、潜水艦で南米へ送り届けている。そして翌年6月6日には、これも自宅に匿っていたアイヒマンをスペイン、バラハス空港から南米に逃亡させている

 

・「そのソファで、ふたりとも寝起きしていました。とても静かな人々でした」

 ベラスコ夫人のコンチータは、ボルマンとアイヒマンがそれぞれベラスコの自宅で過ごしたときの印象を、そう語った。

 ナチスの大物戦犯を、追跡中のユダヤ人グループの追尾をかわし、あるいは追跡グループから意図的に見逃がされて、ボルマンは潜水艦で、アイヒマンマドリード空港から、ベラスコはそれぞれ逃亡させている。その後、彼らは南極の巨大基地に向かったが、そのときも彼はCIA(OSSが改組された)の支援、つまり南米大陸内までの安全確保を取りつけている。それが、ベラスコの背後にいる結社の力なのである。

 ベラスコが背負ってきた危なく重い役割は、そのまま結社のベラスコに対する信任の厚さを物語るのだろう。

 

・戦後、ボルマンと同じようにベラスコに匿われて、南米に逃亡したナチスの高官アドルフ・アイヒマン。だが、1960年5月、アルゼンチン内でモサドイスラエルの情報機関)に捕らえられ、イスラエルで裁判を受けた。イスラエルでただひとり、死刑になった人物である。

 

結社は最終目標を達成するまで決して諦めない!

Q:「ナチス原爆説を証明する人物は、だれかほかにいるか」

A:「ノーだ」

 

・そこで、再び結社の歴史を大まかに振り返りながら、ベラスコのNOの背後に隠れている人々を探ってみよう。

 イギリスの結社メンバーはかつて植民地支配に着手、でき上がった植民地のひとつが現在のアメリカ合衆国。先述したが、北米大陸は13世紀のイギリス王室とバチカンを握手させた、結社メンバーたちの会社が経営を始めた植民地である。

 その後、植民地経営会社は500年余りの歳月を経て、北米大陸の各地に次々とコミュニティを誕生させ、単独の行政区分で運営されていた各州を統合して、合衆国として独立させた。会社は植民地経営の方式を、さらに北米大陸以外の大陸や島嶼にももち込んだ。そのうえで、それらの植民地をまとめて、ひとつの世界政府を樹立させる最終目的が結社にはある。

 結社の最終目的は至福千年王国を目指している。つまりワン・ワールド=世界連邦政府の実現を悲願としていることで知られているのである。そのために世界に「秩序」を呼びかけ、国連創設に苦心してきた。そうした結社に対抗する、知識力と資金力とリーダー・シップを発揮する勢力は、現世界のどこにもない。21世紀の現在も、結社の理想は失われていないのだ。

 

・加えて、結社と価値観で対立する勢力を、力づくで屈服させようとする手法も歓迎されにくい。何しろ、結社の手法は相手国の内部に対立抗争の火種を投げ込んだり、潜在的な敵対国同士の抗争を顕在化させて争わせる両建て闘争管理方式だから、そのやり方が結社の哲学を台なしにしてしまう。つまり、結社の過度の“思いやり”が、皮肉にもそれまで眠っている相手を、抵抗勢力として目覚めさせてしまうのである。

 それでも知力と腕力こそが人類を至福に招く、と信じる結社はひるまない。20世紀初頭、結社の理想に反発したわけでもないドイツ、イタリアそして日本を相手に、結社は闘争管理方式をもち込んだ。いや、戦争を勃発させたといい換えよう。

 目的は、ソ連共産主義諸国との架空対決を演出するためだ。その仕掛けはひとまず成功して、第2次世界大戦の勃発につながった。この戦争で、ソ連をあたかも米英に比肩するかのような大国にのし上げた。むろん、架空にすぎない見せかけの大国なのだ。

 

・第2次世界大戦の終結を踏み台にして、結社は幻の超大国ソ連と米英西側同盟国軍団との間に、「冷戦対決」の構造を作り上げた。つまり、対決による闘争管理方式で、世界を東西2分割してまとめる戦略を成功させたのである。

 米ソ両大国と東西両陣営の納税者は、互いに手強い相手国の攻撃に備える必要性から、政府の軍事支出に異義を唱えることをやめた。結社は狙いどおり、東西対決の仕組みを提供して国民に税金を吐きださせ、軍需産業に利益をもたらす結社得意のバビロニア錬金術を遺憾なく発揮したが、好事魔多しで結社の錬金術を非難する国々をも、また多く生みだしたのである。

 米ソ対決の闘争管理方式で大儲けした結社は、今度は米ソの対立関係を終焉させ、用ずみの仇役ソ連共産主義体制を崩壊させ、今度は民主主義国ロシアに改造した。日本政府の指導者たちは明治維新の遥か以前から、自国の運命を結社の西欧世界に委ねてきた。その錯覚ぶりを浮上させたのが、第2次世界大戦だった。

 

「金の百合」を巡って交わされた日米の秘密同盟

・彼らの忠誠心を米英戦勝国に捧げさせるため、結社は1946年、戦争犯罪人を裁くという建前で東京裁判を形式的に用意した。表向きには戦犯を積極的、かつ公正に裁く場に見せかけ、その舞台裏を「金の百合」の一部で裁判費用を賄った。

 

・だが、結社は天皇に戦争の罪を問うつもりなど最初からなかったのである。「金の百合」の持ち主には利用価値がある。裁判では、結社の対共産主義対策に非協力的な人物を選びだし、戦争遂行責任者に罪ありとして軍人25人に有罪判決を下し、うち7人を死刑にしたスケープゴートである。海軍関係では、指導者ふたりが死刑を免れ、終身禁固刑ですんだ(TO情報と連携した功績が大きかったからである)。本来なら、処罰対象になる他の軍人とその協力者たちを、刑務所から解放して形の執行を猶予し、共産主義者と対決させるために再活用したのである。結社、つまり占領軍は東京裁判を通して、昨日の敵である日本の戦争指導者を活用した。その舞台として裁判は設定されたのだ

 

これ以上、話すことはない………

Q:「私は自身の常識を疑わざるを得なくなるが?」

A:「それはお前の勝手だ。私は世界連邦政府主義者だ。どこの民族も愛するし、疑いもする。文句はあるまい

 ここで録音テープは切れた。対話はもうこれで十分だろう。

 

 

 

『教科書には載せられない日本軍の秘密組織』

日本軍の謎検証委員会 彩図社 2016/7/21

 

 

 

東機関

マンハッタン計画を探った外務省の秘密組織

中立国を拠点とする諜報機関

・こうした事態に対処するため、日本の外務省はある抜け道を使った。中立国に特別機関を置き、情報収集の拠点にしたのである。特に右派勢力が牛耳るスペインは中立国の中でも日本とドイツには協力的であり、外務省は在スペイン公使・須磨弥吉郎へ、この国に諜報機関を設立することを命じた。こうして1941年12月22日に誕生したのが「東機関(TO機関)」だ。

 須磨が組織設立時に協力を要請したのは、スペイン人のアンヘル・アルカサール・デ・ベラスコである。元々闘牛士であったが、28歳のときに右派勢力に反発して逮捕。反逆罪で死刑となるところを、釈放を条件にスペイン政府のスパイとなった人物であった。

 

・このうち、ワシントン近辺のスパイはアメリカの目を集中させるための囮で、本命は西海岸の大都市だったという。大規模な人員派遣はできず、スパイ網が完成したのは開戦半年後の1942年半ば頃だった。

 

マンハッタン計画の情報の流出

・日本がベラスコに求めたのは、兵器の開発・生産状況の推移や国民生活の様子、そして各軍港での艦隊動向の調査である。中でも重視されたのは軍港の監視で、太平洋方面へ出撃する艦隊や輸送船団の情報は、スペイン人のスパイにより外務省へ逐一流された。

 しかし、アメリカ国内から通信を送ると、連合軍に察知される恐れがある。そのため、入手した情報は特異な方法で送られていた。判明している手段は、まずスパイ自らが中立国のメキシコへ一旦逃れ、大西洋で待機中の工作船へと移り、そこからスペインの本部へ送信するというものだ。

 

これらの手段は実に効果的で、軍港の様子を常時発信したのみならず、重要作戦の機密すら入手していたのである。

 例えば、ミッドウェ-防衛に参加予定の空母が出港したこと、ガナルカナル島へ近日中に大規模攻勢が掛けられ、アメリカは不退転の覚悟で臨むことなど。そして最も注目すべきは、マンハッタン計画の詳細すら掴んでいたことだ。原爆開発を看破したのは青年スパイのロヘリオとレアンドロだといわれ、ベラスコのスパイ網は想像以上に強固だったと見られる。

 しかし、ベラスコが尽力したにもかかわらず、当の日本は機関の報告をほとんど無視していた。

 

・日本軍が東機関を重視しなかったのは、本土やアジア方面の機関を優先したことや、軍内部の情報軽視が大きいとされている。そして、組織はアメリカ諜報組織によるスパイ暗殺や拠点襲撃によって、1944年に破滅する結果となったのだった。

 

 

 

『スパイ大事典』

ノーマン・ポルマー、トーマス・B・アレン

論創社    2017/7/6

 

 

 

ゲーレン、ラインハルト  (1902-1979)

・第2次世界大戦中、ドイツ参謀本部の東部(ロシア)戦線における情報活動を監督し、戦後は西ドイツの対外情報機関BND(連邦情報庁)の長官を務めた人物。

 

・その後44年12月1日に准将へ昇進しているが、司令官を経験せずに将官となったのは他に数名しかいない。部下の参謀はソビエト軍の兵力や意図に関しておおむね現実的な評価を行なったが、ナチス指導者とりわけアドルフ・ヒトラーは情報評価に根本的な不信感を抱いていたため、それらが活用されることはほとんどなかった(ヒトラーの出席する会議において、ハインツ・グデーリアン大将がゲーレンのもたらしたソビエト軍関連の情報を提示した際、ヒトラーは怒り狂い、ゲーレンは気の狂った精神薄弱者に違いないと喚き立てた。45年4月9日にヒトラーがゲーレンを更迭したのも、彼がもたらしたソビエト軍の兵力及び意図に関する情報が原因だった。

 

・しかしゲーレンはすでに自分自身の将来を考えていた。ソビエト軍関係の情報ファイルやロシアの航空写真といった膨大な資料をドラム缶50個の中に密封した上、将来に備えて複数の場所に埋める。第3帝国の滅亡が迫る中、ゲーレンと主だった部下はハインリヒ・ヒムラーによる暗殺を恐れ、潜伏生活に入った。

 1945年5月上旬の終戦後、ゲーレンは—―主な部下と情報ファイルを伴って—―5月22日アメリカ軍へ部下6名と共にワシントンへ移送され、アメリカ軍の高級情報将校と会談する。その後1年近くアメリカにとどまり、ゲーレン機関を組織すべく46年7月に船でドイツへ帰国した。この組織の目的は、ソビエト占領地域でアメリカがゲーレンのスパイ網を活用するにあたって手を貸すことだった。

 1956年、ゲーレンの組織はBNDとなり、ゲーレン自身が長官に就任した。

 

ゲシュタポ

・秘密国家警察(Geheime Staatspolizei)の略称。ドイツ国内及び占領地域でナチスに敵対する者を容赦なく取り締まり、その他の国々では諜報活動や破壊工作を行なう傍ら強制収容所を運営した。

 

・1939年10月、ヒムラーがドイツ民族性強化国家委員に任命され、新たに併合されたポーランドの統治を委ねられたのを受け、ハインリヒ・ミューラーが後任のゲシュタポ長官に就任する。ミューラーは戦時中におけるゲシュタポの悪名高き活動を指揮し、「ユダヤ人問題の最終的解決」において主要な役割を演じるも、敗戦間際の1945年5月1日にベルリンの総統地下壕で目撃されたのを最後に行方不明となる。そのため、最後まで残ったナチ支配下の地域を連合国が蹂躙した際、ゲシュタポを指揮する人間は不在だったことになる。

 

有末精三(ありすえせいぞう) (1895-1992)

第2次世界大戦の大半を通じて日本軍による諜報活動の責任者を務めた陸軍軍人

 

参謀総長の副官の1人がある会合に加わり、日米両軍が激戦を繰り広げていたガダルカナル島での勝利を祈願するため、明治神宮に参拝してきたことを告げた。すると同席していた有末は「ガダルカナル島とはどこか?」と訊いたというのである。

 上記の著者たちは、日本陸軍の主たる関心が太平洋地域ではなくアジア大陸にあることを強調するためこのエピソードを記したというが、1942年8月に有末が参謀本部第2部(諜報担当)部長に就任した時の状況がまさにそうだった。なお彼は45年8月の終戦までこの職を務めている。

 

・1945年8月6日に広島へ原爆が投下された翌日、有末は徹底的に破壊された市街地に急行して生き残った将校に会い、大惨事の直接的な情報を入手した。後に総理大臣から指名を受け、8月28日に厚木飛行場へ着陸したダグラス・マッカーサー元帥の先遣隊を公式に出迎えている。その際、有末はアメリカ陸軍の将校をテントに案内し、オレンジパンチを差し出したという。なおもアメリカ人たちが躊躇していると、有末はグラスを取り上げ自ら飲み干したと伝えられている。

 終戦後、有末は極東及びソビエト連邦に関する自らの知識を、マッカーサーの諜報スタッフに加わる取引道具として活用した。そしてチャールズ・A・ウィロビー少将と緊密な関係を維持しつつ、日本軍の元情報将校による「歴史研究チーム」を組織、マッカーサーの参謀を側面支援したのだった。

 

玄洋社(BlackOcean Society)

日本の影響力を拡大し、中国、挑戦、満州、そしてロシアから情報を入手すべく1881年に結成された秘密結社。国外のアセットを通じて日本に外国情報をもたらした最初の組織である。

 玄洋社という名前は九州と韓国を隔てる玄界灘からとられた。裕福な福岡藩士の家に生まれた平岡浩太郎によって1881年に結成されたが、指導者としては頭山満が最も有名である。

 

玄洋社は「皇室を敬載すべし」を社則にした国家主義者の集団だが、G・R・ストリーは日本社会の研究書の中で「テロ組織でありまたスパイ養成学校でもあった」としている。19世紀末にはこのような組織が合同して東亜同文会を発足させ、上海にスパイ養成所を設立した。

 玄洋社の諜報活動において中国は特別なターゲットだった。また事実上政府の一部門として活動しており、日本陸軍にも情報を提供している。さらに頭山は漢口に玄洋社支部を設け、中国陸軍に対する諜報活動も行った。

 玄洋社は情報収集の手段として一貫して性を用いており、日本、中国、そして朝鮮に売春宿を設立して中国の他の秘密結社の会計官や将校を惹きつけ、彼らから重要な情報を引き出した。こうした売春と脅迫を通じ、玄洋社は情報だけでなく運営資金も入手している。

 玄洋社の関係組織である天祐侠は朝鮮におけるスパイ活動を行ない、また朝鮮の弱体化を狙った計画の一環として政府転覆を企み、結果的に後の韓国併合につながった。

 

 サイキック情報

テレパシー(ESP)もしくは心霊能力の活用など、超常的手段で入手されたと思しき情報のことアメリカ国防情報局(DIA)は10年以上にわたり、推定2000万ドルをかけてサイキック情報の入手を試みた。スターゲイトというコードネームが与えられたこの計画は1980年代に始められ、DIAなどの情報機関が心霊専門家(「透視能力者」と呼ばれていた)を雇用していたことを当局が認めてプログラムを中止する1995年まで続けられた。

 

・スターゲート計画はCIAに引き継がれ、外部専門家による検証がなされたが、直後の95年中頃に中止された。

 

透視能力者の1人として、1978年にスターゲート計画(当時はグリルフレイムと呼ばれていた)へ配属されたアメリカ陸軍准尉、ジョセフ・マクモニーグルの名が挙げられる。マクモニーグルによると、彼をはじめとする遠視能力者は通常の手段で得られた情報を補完するために用いられたという。またCIA、NSA、統合参謀本部、麻薬取締局、シークレットサービス、入国管理局、そして沿岸警備隊といった政府機関がサイキック情報を求めたとのことである。

 

ジェームズ・ボンド

イアン・フレミングによる大ヒットスパイ小説と、それを基にして製作された映画シリーズの主人公。大胆不敵なポンドは別名エージェント007といい、00から始まるコードネームは殺しのライセンスを与えられたことを指す。

 ストーリーは空想に満ちているが、現実を思わせる箇所もある。頻繁に適役となったスメルシは実在のソビエト情報組織であり、ブルガリアの作家A・グリャーシは(伝えられるところではKGBの委託を受けて)スメルシ及びソビエトに対する負のイメージを払拭すべく、ボンドを敵役とした小説を書いた。

 

杉田一次(すぎたいちじ) (1904-1993)

第2次世界大戦の主要な戦闘に参加し、降伏にも立ち会った日本陸軍の情報士官。

 

真珠湾攻撃を1ヵ月後に控えた1941年11月、中佐として第25軍に配属され、マレー及びシンガポール作戦に携わる。この作戦中にバイク事故で重傷を負うも、痛みをこらえつつ職務を続け、42年2月にはシンガポール守備軍司令官A・E・パーシバル中将との降伏交渉を補佐し、通訳も務めた。

 

・その後はガナルカナルに赴き、ジャングル戦の苦境と飢えを耐え抜く。日本はこのガナルカナルで陸上戦における初の敗北を喫したが、杉田は兵士13000名の撤収計画を立案した。撤退後は東京での参謀任務に戻る一方、大敗に終わった日本軍のインパール作戦を督戦するため東南アジアに赴いている。

 

・1945年9月2日、東京湾に浮かぶアメリカ戦艦ミズーリの艦上で日本が降伏文書に署名した際、杉田は日本側代表団の一員だった。テーブルの向こうには、3年前に杉田が降伏会場のテーブルまでエスコートし、日本の捕虜収容所から解放されたばかりのパーシバル将軍の姿もあった(降伏調印式当時、杉田は大本営参謀だった)。

 

・戦後収監されるも47年5月に釈放される。その後陸上自衛隊入りし、1960年3月から62年3月まで陸上幕僚長を務めた。

 

スタシンスキー、ボグダン  1931-

・毒性の粉末による暗殺の訓練を受けたKGBの暗殺者。

 ウクライナ生まれのスタシンスキーは19歳からソビエト情報機関で働き始め、入省早々の1957年、西ドイツで暮らすウクライナ国家主義者のリーダー、レフ・レベトの殺害を命じられた

 スタシンスキーは青酸カプセルを装填した特殊な拳銃を使い、顔面にガスを噴射することになっていた。カプセルがぶつかった衝撃で青酸が放出されるというわけである青酸を吸い込んだ犠牲者は心臓発作を起こして死に至る。またスタシンスキーには銃撃直前に服用する解毒剤が与えられた。

 1957年10月12日、レベトは待ち伏せ攻撃を受けて殺害された。

 

・スタシンスキーの次なる任務は、亡命しているもう1人のウクライナ人指導者、ステファン・バンデラの殺害だった。今度は銃身が2本の拳銃を与えられ、ターゲットだけでなくバンデラのボディーガードの顔面にも毒性の酸化物を撃ち込むよう命じられた。

 

・1959年10月15日に殺害を成功させている。

 

・1959年12月、それまでの功績に対して赤旗勲章が授与され、同時に新たな任務も与えられた。1941年にウクライナ共和国の首相を務め、同じく西ドイツに住んでいたラオスラフ・ステツコフの殺害である。

 この頃、スタシンスキーは東ドイツ人女性と結婚していたが、彼女は夫の職業に恐れおののいた。夫妻は悔悟と罪の意識、そして不安を抱き、1961年8月12日にベルリンでアメリカ当局に亡命を申請した。スタシンスキーは裁判にかけられ、自らの「成果」を自白する。判決は禁固8年だったが、1966年末に極秘で釈放され、アメリカへと連れられた。その後の人生については知られていない。

 

聖書におけるスパイ

・聖書にはスパイについての言及がいくつか存在する。ユダヤ人がモーゼ5書あるいはトーラーと呼ぶ旧約聖書を繙くと、まず冒頭の創世記でスパイに関する最初の言及がなされており、また出エジプト記においてはモーゼとヨシュアがスパイマスターとして描かれている。そして新約聖書に目を移せば、ローマ人がユダを内通者として用い、キリストを裏切らせている。

 

聖書における最初のスパイ行為は創世記42:9で述べられている。エジプトの宰相としてファラオに次ぐ地位にあったヨセフが、自分の正体を認識していない兄弟たちに面と向かってこう尋ねる。「汝らはどこから来たのか」兄弟たちが「食糧を買いにカナンの地から」と答えると、ヨセフは「汝らは間諜である。この国の弱さを見るために来たのだ」と言った。「この国の弱さ」とは、エジプトで最も豊かな地域とされた北東部の国境周辺を指している。この地域に足を踏み入れた他国の人間はスパイと疑われるのが自然だった。

 

・記録に残る最初の諜報任務は民数記第13章に記されている。「そして主は言われた。『あなたの人を遣わし、わたしがイスラエルの子に与えるカナンの地を探らせないさい。その父祖の部族から、それぞれ彼らの司たる人々を選んで遣わしなさい』」

 モーゼは12の部族のそれぞれから1人ずつ選び出した。

 

・だがモーゼによる諜報活動は現代のスパイマスターをも悩ませる問題を生み出した。エージェントがそれぞれ異なる情報を持って帰還したのである。カナンの地には巨人が住んでいると言って侵攻に強く反対する者もいた。そして12名のスパイのうち2人だけが侵攻に賛成する。住民の強さに関する報告に恐れをなしたユダヤ人はパニックに陥った。かくして神は彼らを懲らしめるため、「汝らがその土地を探した日数にちなんで」40年にわたり、約束の地からユダヤ人を締め出したのである。

 

・侵攻を支持した2人のうち、カレブは神から「私のしもべ」と呼ばれ、スパイの中で彼だけが40年を生き延びて約束の地に入り、さらにはヘブロンの街と周囲の丘陵地帯を与えられた(民数記14:24)。

 

・聖書におけるもう1つの諜報任務は失敗に終わっている。カナン人の王アラデはモーゼのスパイを幾人か捕らえ、拘留の上尋問を行なった。しかしイスラエル人がカナンの都市を占領するにあたっていずれも釈放されたようである(民数記21:1.3)。

 

・モーゼの死後、ヨシュアユダヤ人の指導者となってスパイ活動を引き継ぐ。彼は2人のスパイに「行って、エリコとその周辺を探りなさい」(ヨシュア記2:1)と命じた。世界で2番目に古い職業に就いたこの2人は、世界で最も古い職業に就く女、娼婦ラハブの家にかくまわれる。エリコの王は情報提供者からそれを聞き、スパイたちを裏切るようラハブに命じる。だが彼女は、イスラエルのスパイが自宅にいたことは認めたものの、彼らはすでに出発し、街の門が閉じられる前に出てしまったと言い張った。国王の手先が慌てて追跡に向かおうとする一方、ラハブはスパイたちを屋根に乗せ亜麻の茎で隠したのである。

 

・多かれ少なかれ大衆社会に属するアマチュアによって実行されたモーゼの作戦は、指導層内部におけるモーゼの地位低下という結果をもたらし、かつ大衆の自信喪失につながったのみならず、国家に長期的かつ深刻な害をなした。一方、プロによって秘密裡に実施されたヨシュアの作戦は、国家的目標の達成という結果につながっている。

 

新約聖書では、ユダを内通者として用いたことが、ローマ植民地における諜報活動の典型的な例を示している。支配者が地元住民を諜報任務に用いたのは、彼らだけが大衆に溶け込むのに必要な言語及び社交能力を持っていたからである。またもう1つの諜報活動がパウロによって記されていて、「偽の兄弟が秘かにやってきて、わたしたちがイエス・キリストにあって持っている自由を探り、我々を奴隷にしようとした」(ガラテヤ人への手紙2:4)と謎めいた言及がなされている。

 

ダンカン、ヘレン  1897-1956

降霊術の集いで軍事機密をばらしたとされる降霊術師。その内容は、戦死したイギリス兵が最も近しい親族に話しかけてきたものだった結果として1944年3月、彼女は中央刑事裁判所において、1735年制定の魔術法違反で裁かれた。なお、機密情報を漏らす恐れがあったため、審理は非公開で行われた。

 

兵士の遺族を騙したとして、2名のイギリス海軍士官がダンカンを詐欺で訴えたのを受けて行なわれた捜査の結果、Dデイ(ノルマンディー上陸作戦の決行日)関連の機密を守ることに懸命だったインテリジェンス・オフィサーを仰天させる出来事が明るみに出たイギリス海軍の主要基地があるポーツマスでダンカンが主催した降霊術の集いにおいて、母親が息子の死を知るより早く、死んだ息子を彼女の前に出現させようとしたのである。その水兵は、1941年11月25日に戦艦バーラムが地中海で魚雷攻撃を受けて撃沈された際、犠牲になった862名の乗組員の1人だった。降霊術の集いは撃沈が公表される前に行なわれたのである。

 

ダンカンは口の軽い水兵からその知らせを聞いたのだと、捜査関係者は判断した。そして1944年3月にポーツマスが侵攻作戦参加艦隊の主要基地に選ばれた際、Dデイ関連の秘密を知るダンカンが、降霊術の集いを通じてそれを広めてしまうのではないかと、イギリスのインテリジェンス・オフィサーは恐れた。これが裁判の理由だったとされる。

 

・ダンカンと3名の参加者は、「魔術を行使あるいは活用する」振りをし、「ヘレン・ダンカンを媒介として死者の魂を現世に蘇らせようとした」容疑で起訴された。ダンカンには禁固9ヵ月の形が下され、1944年6月6日のDデイまで「死者の声」は沈黙させられた。その後同年9月22日に釈放されている。

 ダンカンはスコットランドのカレンダーに生まれ、幼い頃から霊界との媒介者としての素質が見られたという。その後イギリス各地で降霊術の集いを催して生計を立てる。集いでは死者の魂が姿を見せ、遺族に語りかけたり触れたりしたらしい。やがて、降霊術を行なう各地の教会や個人の集会で神の使いを務めるようになったとのことである。

 イギリスの新聞は彼女を「最後の魔女」と呼んだ。

 

 

 

『天国の住民が教えてくれること』

ポール・ミーク  新紀元社  2005/1

 

 

 

プロのミディアム(霊媒

・私は物心つかないうちから常に霊界とともに生きてきた。プロのミディアム(霊媒)となって、25年以上経つ。霊界のために仕事ができて光栄だと思う一方、私は、この仕事に大きな責任を感じる。

 

・私の目的は、霊界とのコンタクトによって、愛する人と死別して悲しんでいる人を慰めること、苦境に立つ人を元気づけることだ。

 

私は、英国スピリチュアリスト協会のミディアム(霊媒)の試験に合格したのち、ミディアム(霊媒)としてだけではなく、オランダでオペラ歌手として働いた。

 

・死後の世界である霊界のことや霊的な真理について、霊界とのコンタクトを、実例を挙げながら、分かりやすく説明しようとした。

 

・イギリスでは、スピリチュアリスト教会が至る所にあります。普通の教会と同じように自由に誰でも参加できます。

 

・プロのミディアム(霊媒)の本として、ドイツでベストセラー、ロングセラーとなった。

 

・イギリスだけでなく、アメリカにも大勢の優れたミディアム(霊媒)がいます。そして、もちろん日本にも。

 

 <スピリチュアリスト教会> 死後の生命存在を実証するために、ミディアム(霊媒)が死者たちとコンタクトをとり、メッセージをもらう集会をする教会。

 

<英国スピリチュアリスト協会(SAGB)>

・SAGBと呼ばれる英国で有名な団体。130年の歴史がある。前身はメアリールボーン・スピリチュアリスト協会という、12人の知識人によってはじめられた。その中にはシャーロック・ホームズの生みの親であるアーサー・コナンドイル卿もいる。ミディアム養成のための様々なクラスもある。

 

 <著者の子供時代に病気の時の死後体験でみた霊界>

 カラフルなインディアンの訪問者

・何日もの間、私は隔離されて、病院の小さな部屋にいた。毎日、医者たちが回診に来た。

 

・薬は眠りを誘うものだったに違いない。なぜなら、私は、眠ってばかりのようだったからだ。そして、切れ目なしに夢を見ていたのか、霊視だったのか、今となっては確かではないのだが、各国の子供たちが大勢でベッドのまわりで、踊ったり遊んだりするのを何回も眺めたことを覚えている。他にもたくさんの訪問者があった。その中に何年か前、バイオリンを習えなかった時に慰めてくれた“真っ白な衣装を着た女性”もいた。

ほぼ毎日ある訪問者の中に“カラフルなインディアン”がいた。彼は来ると決まって私を寝かしつけてくれた。眠くならないときには、半分眠っているような夢心地になった。

 

霊界には夜がないし、眠る必要がない。>

・ そこには夜のようなものがない。私達は、眠る必要がないのだから、休息や細胞組織の再生を必要とする物質の身体がないのだ。それに、ここ地上にいるとき時は違って、太陽や月に支配されて生きているのではないから、時間に制限されない。

 

・ 魂の集団全体が霊界で完全に揃うまで待つのである。地上は多くの魂にとって最大の学校であるが、霊界でも魂は学び向上するための無数のチャンスがあるというのだ。

 

 あなたが人生を選ぶ

・ もっと高次元の進歩を遂げた魂のことを、私達は、霊的な教師と呼んでいる。霊的な教師は、悟りを開く準備が整い、進歩を熱望する者たちをいつでも助け、指導する用意がある。喜んで未熟な魂たちの手助けをして、さらに道案内してくれるのだ。霊界の生活は大部分の魂にとってこの上もなく心地よいものである。霊的な進歩という点から、そこで多くのことを得ることができる。

 

・ しかし、霊界であまりに長く過ごさず、この世に転生する例外的なケースもある。この世でのほうがある特殊なレッスンのために都合がいいというケースだ。戦争や災害で魂がこの世でのレッスンを完了しなかったということもある。

 

・まず、生まれ変わる、つまり転生するのは自分の選択で、私達の自由な意思である。ある期間を霊界で過ごしたあと、私達は、自分の限界に気づき、もっと進化したいと思うようになる。その時、より高い界層からの指導と霊的な教師の手助けによって、この世での新しい人生を計画するのだ。そして、霊界の潮流から押し出され、この世に戻ってくる。

 

 <霊界を思い出すことが重要>

・死と再生の循環にも終わりがある。この世で必要なことをすべて体験し、習得したときに、自由のきかない肉体をまとうことをもはや望まず、霊界にいる状態に満足したとき、その時こそが、霊界のより高い界層を昇るときである。霊界には豊富な知識や知恵を得ることができる界層が数多くある。

 

 前世は知らないほうがいい

・ 人の魂は、みな進化と発展の途中であるということを理解して欲しい。私達は、みな過去において生き延びるためにあらゆる手段を使って戦ったのだ。だから、「私達がこの世に生まれる際に過去のあらゆる記憶は、自動的に消去される」という宇宙の法則は、ありがたいものである。体験したことを全部覚えていれば、いたたまれない人もいるだろう。

 

 輪廻転生

 人生という舞台

・新しい人生が地上で始まるとき、私達の魂は、新しい肉体に宿る。新しい脳、初めて抱く感情・・・。新しい身体は、明らかに前世の身体とは何の関係もなく、新しい脳も前世の脳と何の関係もない。生まれる前に霊界で過ごした時の記憶もない。

 

・ 例外として、前世のぼんやりした記憶や出来事のかすかな部分を思い出す人々もいる。子供の中にはそういった事を話す人もいるが、地上での年月が経過するにつれ、そういう記憶も薄れて、はっきりしなくなる。この情報や記憶力は、魂から来るのでしょう。意識や潜在意識から来るのではない。

 

 霊界で過ごす時間

・ 「魂は、次にこの世に生まれるまで霊界でどのくらいの時間を過ごすのか?」は、よくある質問だ。それぞれのケース(それぞれの魂)で違っており、決まった期間というものはない。

 

・ 私達は、みな「カルマに基づく魂の集団」家族と呼んでもよい集団とつながっていることを改めて理解してほしい。私達は、偶然この世に生まれるわけではなく、魂の成長のために生まれるのだ。

 

・ 霊界には時間が存在しないという事実から私達が、霊界で実際に次の生まれ変わりまでどれくらい時間があるのかの答えを出すことは、困難だが、一般的には地上の時間で、約150年から200年、霊界で過ごすと言っていいだろう。

 

・ この世では、日数や季節で、春夏秋冬で時間を数える。しかし、霊界にあるのは光のみ、多くのスピリチュアリストが、霊界をサマーランド(常夏の地)と呼ぶのはこの事実による。

 

 

 

『天国の住民が教えてくれること』

ポール・ミーク  新紀元社  2005/1

 

 

 

霊界には7つの界層がある

・霊界には7つの主要な階層があり、各々はさらにいくつかの階層に分れていて、お互いに重なり合ったり、複雑に混じり合っている。そのほかに、人が死によって肉体を捨てアストラル体になった時、霊界に適応するまで休息するための階層もある。

 

 <第一の界層>、最下層では波動は極度に低く、私たちが普通考えるような生命と言うようなものは、存在しない。邪悪の思考が渦巻く、光の届かない世界。地獄のようなという形容が当てはまるだろう。

 

 <第二の界層>、この世で他者を苦しめ続けた人間は、この界層に行く。向上するには、多くの転生を繰り返す必要がある。それにはこの世の年月で数千年もかかることがある(だが、どんな魂にも進化のチャンスがあることを忘れないでほしい)。

 

 <第三の界層>、第三と第四の界層は、この世を鏡に映し出したような所だ。私達の大部分が死後そこに住むことになるだろう。そこには、山、川、谷、海もあり、私達がこの世で美しいと思ったものは何でもある。

 物欲で生きた人たちは、大体において、第三の界層に行く。この世で頑張って働き、人生を楽しんだ。他者に危害を加えたわけではないが、他者のために特別いいことをしたわけでもない。つまり、平均的な人たちだ。また、他者のことは考慮せず、少し自己中心的だった人や、霊的なことなど考える余裕さえなく、お金やものを所有することしか頭になかった人もそこに住む。自分たちの上に高い階層があることを気づこうともせず、自分の枠の中しか知らない。周囲も似たような考えの人たちばかりだ。だが、多くの魂がこの界層内で進化を遂げる。中には、一つ上の界層に昇るものもいるが、一般的には、この世への転生の計画を立て、実行することを目下の目標とする。

 

 <第四の界層>は、第三の界層よりも美しく明るい。ここにいる人は、霊的にさらに進歩している。学びや進歩を自ら求める。この界層の中ほどにいる人は自分の限度に気づいているので、高い界層から降りてきた霊たちは彼らのために喜んで手を貸す。

 

 <第五の界層>は、まさしく楽園と呼ぶにふさわしいところだ。何もかもが、美しく光り輝いている。完璧さを目指して努力した人や、霊的に高度に進化した心優しい人もここに住む。美術や芸術など、霊感を使って技を極めた人たちもこの界層にいるが、彼らは自分たちの仲間と一緒にいる。

 幼児や赤ん坊は、ここで天使に相当する霊たちが、面倒を見る。この霊界の住民は、自ら波動を低い波動に調整することによって、下の界層にいる家族や友達を訪問できる。

この界層の上のほうには指導霊や教師の役割のある霊が住み、第六の界層から降りてきた師から教えを受ける。霊的に極めて進化した人も死後そこへ行くが、普通、そこに達した人は、もうこの世に生まれ変らない。彼らはそこで学び、教える目的で下の界層を訪れたり、霊的に向上したいと願うこの世の人たちを指導したり、助けたりする。地球の年月で、千年かそれ以上、そこで過ごす者もいる。

そして、この界層で、最上部で次の界層に昇る準備ができたものは、二度目の死を体験する。単に横になり心地よい眠りに入るのだ。非常に繊細で明るく輝いていたアストラル体をそこに脱ぎ捨てる。

 

 <第六の界層>で、彼らは、自らを愛する。そのとき、彼らは、エーテル体と呼ばれる。私達の目にはまぶしい光でたとえようもないほど美しく明るい姿になっている。この界層にいるものは、天使のような存在で、その高貴な美しさをどう形容したらよいかわからない。

 

 <第七の界層>は、神そのものである。そこには個々もなく、神の意識と完全に一体となる。霊がそこに到達するのに、どれだけ時間がかかるのか私には見当もつかない。

 

4階建ての家

人は4階建ての家に住んでいるようなものだと私はよく思っている。しかし、大勢の人が地下室で暮らし、自分たちの上により明るくて暖かで素敵な部屋が4階もあることに気づいていない。

 この人々にとっては上の4階は存在していないのである。存在を知っている者がいても、閉まっているので入れない。彼らは階段をまだ見つけ出していないのである。地下室と1階の両方に満足して住んでいる人もいる。人生を送るうちに、上のほうからもれている小さな光を見つけるかもしれない。

 一旦霊的に目覚めさえしたら、ドアは開かれ、錠ははずされる。ドアは再び閉められるかもしれないが、鍵がかかることはないのだ。ということは、そっと押せばいつでも開くのである。

 

・あなたの家の鍵、全部の階の鍵は、あなたの中にある。外の世界に見つかるのではない。内面の世界に入って初めて自分の真実の霊的本質がわかるのだ。自分の家の階上にある部屋のドアを開けて、光を入れることによって、私たちは本当の意味で光の中で生きることができるのである。

 

  

 

『人生に無駄はない』 私のスピリチュアル・ライフ

江原啓之   新潮社     2008/2/27

 

 

 

20周年の節目

・私はごくごく普通の人間なのです。しかし、2000年を境に私が世間から注目されるようになって以来、残念ながら私自身の霊的能力ばかりがクローズアップされてしまっているように思います。

 

・「たましいのふるさとから、この現世に旅に来て、そしてやがて迎える死も。ふるさとへの里帰りに過ぎない。そして人生の名所とは経験と感動である」と、そう一貫してお話ししてきたのです。

 

・ですから、生きとし生ける誰もが、この目的のために生まれてきたのであって、特別な人など存在しあにのです。また逆をいえば、すべての人が、より高い人格を目指す特別な人とも言えるかもしれません。

 

・私はこれまでの人生の中で一度だけ、未熟ながら自らの守護霊に助言を求めたことがありました。

「この苦境を乗り越えるために、道を示してください」と。

しかし、返事は「それではぬしの人生ではなくなる」というひとことでした。

 

・このような経緯の中で私が目覚めたことは、人間は霊的世界の操り人形ではないということ。そして、人生と言う旅のなかで、その名所である経験と感動を味わい尽くして有意義に生きることが大切であるということです。

 このような「生きることの真理」こそ霊的真理であり、スピリチュアリズムであるのです。

 

人にもまれて育ちました

<「愚者の道」を歩み来て>

・私のこれまでの人生をふり返ると、それはひとことで言って「愚者の道」でした。

「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」という言葉があります。

賢者は先人たちが踏んだ道から人生の真理を悟ることができる。しかし愚者にはそれができず、自分自身が身をもって一つひとつ経験し、そこで得る感動をもとに学ぶという方法でしか人生の真理に到達しえない。そういった意味の言葉です。

 

十代で世間の風にさらされる

人生を教えてくれた下町

恩師に恵まれ続けて

・人生はなにごとも努力で切り開いていくものですが、私の人生のなかで、これだけは自分の努力の成果だけではなさそうだな、と思うことがあります。それは、つねにいい先生に恵まれてきたということです。

 

しかし私が訪ねた霊能力者たちの多くはいかがわしい人ばかりでした。どの人も十分やそこらの面会時間で「先祖供養が足りない」などと当たり障りのないことを言っては高額のお金を要求するだけ。

 お金も尽きかけて、この人で最期かというタイミングで、T先生という現在の私の活動の基礎を作ってくれた恩師に出会えたことはほんとうに幸いでした。

 

・T先生に出会えなければ、いまの私はいないと断言できます。その後出会ったS先生もすばらしい霊能力者で、その後イギリスへスピリチュアリズムを学びに行ったのも、ふたりの先生の勧めでした。ふたりは異口同音に、「これからの霊能力者は拝み屋で終わってはいけない。アカデミックに心霊の世界を人々に説けるよう、スピリチュアリズムをしっかりと学びなさい」と強く勧めてくれたのです。

 

出会う人の幅は自分自身の幅

人との出会いはつねに「波長の法則」の結果であり、みずからの波長が引きよせています。たとえば現在あなたをとりまく人たちは、どの人もあなた自身の映し鏡で、あなたとまったく波長の同じ人たちなのです。

 

・すべての事象には「光」と「闇」があります。光があれば必ず闇があります。闇の暗さを知るからこそ光のありがたさがわかります。数々のすばらしい先生たちとの出会いは、孤独という闇のなかに輝く光のようでした。

 

経験と感動がすべて

・本書では、私自身の人生を例にしながら、「人生に無駄はない」ことをくり返しお伝えしていきたいと思います。あなたは読みながら、あなた自身のこれまでの人生にもひとつも無駄はなかったと気づくでしょう。

 そして今後の人生に対しても「自分の学びにとって無駄なことはなにひとつ起きないはず」と確信できるかもしれません。そうなればきっと、なにがあっても受けいれていけるでしょう。それは、つまり「大人のたましい」への成長が約束されたようなものだからです。

 

これからが本番です

後進を育てたい

・これから本腰を入れていきたい仕事のひとつに、まずスピリチュアル・カウンセラーやスピリチュアル・ヒーラーの養成があります。つまり「後進の育成」ということで、これに関してはすでに少しづつ始めています。

 私の究極の理想は「霊能力者撲滅」であると、何度も書いてきました。スピリチュアル・カウンセリングやスピリチュアル・ヒーリングなどなくても、一人ひとりが霊的真理に目覚め、その「人生の地図」にしたがって自立して生きていければ一番いいのです。しかし現実は、この理想からはほど遠いでしょう。

 

スピリチュアリズムを福祉に生かしたい

・ふたつめに私が目指しているのは、福祉の世界です。福祉の世界、とりわけ「ターミナルケア」。「緩和ケア」といった分野にスピリチュアリズムを生かす道を作りたいと思っています。

 ターミナルケア終末医療とも言い、回復の見込みのない末期の患者さんたちに施す、肉体的、精神的苦痛の緩和を目的とした医療のことです。

 

・具体的には、まず患者さんたちに、霊的視点からの「デス・エデュケーション(死の準備教育)」をしたいのです。死は怖いことでもないし無に帰すことでもない、懐かしいふるさとへの里帰りだということを知って安堵していただきたいのです。そして最後の一日、最後の一秒までいのちを輝かせて生きてほしい。

 

内観こそ人生

・「この世のすべては偶然ではなく必然」と私はよく言いますが、それは人の運命は定められているという意味ではなく、「因・縁・果」といういわゆる因果律をさすもの。今生または過去世をも含めて、自分自身が何かしらの種を蒔いた結果として、現在の状況があるのです。つまり、自分自身がいかなる種を蒔いたのか、その原因を過去にさかのぼって顧みるのです。

 

・大切なのは、何かのせいにすることではなく、自分自身の未熟さを反省する裁量に置き換え、自分自身をより成長させるための、たましいの肥やしにすることなのです。

 そのこと自体が、悪しき種を刈り取り、よき種を蒔くことにもなるのです。

 そして、大切なのは「絶対にポジティブに受け取ること」です。なぜならば、この世に起きるすべてのことはみな意味のあることであり、いたずらに不幸に陥れる出来事はないからです。すべては成長のために起こっているのです。

 

 

 

江原啓之 本音発言』

江原啓之    講談社    2007/10/19

 

  

 

スピリチュアル基礎用語

(あの世)

死後の世界。この世との境にある幽現界を経て、幽界、霊界、神界へ移行する。

 

カルマ

因果律、業ともいう。自分の行動は善いことも悪しきこともいつか自分に返ってくることを意味する。

 

グリーフケア

家族や身近な人を亡くして悲しむ人(遺族)の心の痛みを癒す作業。江原の場合、亡くなった人のメッセージを伝えることによって悲しみを和らげる。

 

幸福

スピリチュアリズムにおける幸福とは、出世や収入などの物質的な成功ではなく、霊的真理によってたましいが浄化され、失う恐怖をなくすことを指す。

 

(シッティング)

霊能者が霊媒となり、霊的世界とコンタクトを取り、相談者から話を聞く前に一方的に相談者の属性や身の回りのことを言い当てていくこと。

 

宿命と運命

国籍や性別、家族など生涯変えることのできない人生の要素が宿命。それに対し、運命は自分の努力や周囲の協力で変えることのできる要素を指す。

 

守護霊

現世に生きる人間を見守っている霊的存在。

 

スピリチュアリズム

死後の世界や霊の存在を前提とした世界観および思想体系。スピリチュアリズムの真理(霊的真理)に基づいてカウンセリングを行うのがスピリチュアル・カウンセラー。

 

(大我と小我)

見返りを求めずひたすら他者に与えようとする考え方が大我で、自分のことを最優先する考え方が小我。

 

(たましい)

すべての人間の中に宿る霊魂のこと。スピリチュアリズムでは肉体はたましいの乗り物にすぎないと考えられる。

 

(波長)

たましいが生み出す想念のエネルギーを指す。波長には高低があり、偶然ではなく必然だと考えられている。

 

(物質中心主義的価値観)

すべての判断基準をお金やモノなどの物質に置いてしまう考え方、価値観。霊的価値観の対極にあるもの。時に物質主義的価値観、物質的価値観と省略して使われる。

 

(未浄化霊)

この世に未練や執着を残しているため、死後もあの世に帰れずにさまよっているたましいのこと。未浄化霊が生きている人間のたましいに撮り憑くことを「憑依」という。

 

(類魂(グループ・ソウル))

霊的世界におけるたましいの集合体。誰もが類魂の一部であり、類魂の全体の進化向上を目指している。

 

(霊界通信)

守護霊と交信することにより、メッセージを受け取ること。相談者などにとって、その必要がある場合のみ。メッセージがもたらされる。守護霊のメッセージから得られる教訓を広く「霊訓」と呼ぶ。

 

スピリチュアリズム8つの法則>

1.(霊魂の法則)自分が霊的な存在であることを意識して生きること。

 

2.(階層の法則)肉体の死後、たましいは現世でいかに成長したかによって、それに応じた階層へと向かう。肉体を捨て「幽体」となると、最初は現世と幽界の中間地点である「幽現界」へ向かい、そこから「幽界」へ進み、やがて幽体をも脱ぎ捨て光となって「霊界」へと上昇する。死後の世界は明るい天国のような層から暗い地獄のような層まで幾重にも分かれており、現世での成長に応じて移行する層が変わる。

 

3.(波長の法則)一言で言えば「類は友を呼ぶ」、波長の高いたましいはポジティブな出会いを引き寄せ、波長の低いたましいはネガティブな出会いを引き寄せる。みずからの魂を向上させることで波長を高めれば、志の高い仲間と出会うことができる。逆に魂の錬磨を怠ると、周囲にやる気のない人間が集まってしまう。

 

4.(守護の法則)自分を見守ってくれる守護霊の存在を信じて生きること。依存してはいけないが、守護霊はどんなに苦しい試練の中にある時も、大きな愛で見守ってくれている。守護霊は役割によって4つに分けられる。生前から死後まで見守る中心的存在の「主護霊」、職業や才能を指導する「指導霊」、数年先までをコーディネイトする「支配霊」、これらを手伝う「補助霊」がいる。

 

5.(類魂の法則)どのたましいも、帰るべき故郷として類魂(グループ・ソウル)を持っている。類魂をコップの水にたとえるなら、それぞれのたましいは一滴の水。現世での修行を終えたたましいは霊界に戻り、グループ・ソウルに混じり合う。すべての経験が類魂全体の叡智となり、それぞれのたましいが純化することでコップ全体の透明度を上げることを目指している。

 

6.(因果の法則)自分のまいた種は、自分で刈り取らなければならない。自分の行動は必ず自分に返ってくる。自分がネガティブな想念を持っていれば、やがてネガティブな結果がもたらされる。自分が誰かを嫌うと、相手もまた自分を嫌うという現象はこのため、逆に、人に親切にすればいつか自分に返ってくるという「正のカルマ」もある。

 

1.(運命の法則)運命とは変えられないものではなく、自分の力で作り上げていくもの、たましいを磨く努力によって人生を切り拓くことができる。一方、国籍や性別など自分の力では変えられないのが宿命、ケーキにたとえるなら、宿命がスポンジで運命がクリーム。スポンジの特性に合わせてクリームでデコレーションするように、どんな宿命であろうと、自分の努力で運命を拓けば人生を輝かせることができる。

 

2.(幸福の法則)これまで挙げた7つの法則は欠けることなく実践すれば、霊的真理によって幸せを得ることができる。お金や出世などの物質主義的な成功を求めるのではなく、試練を克服しながら愛を学び、たましいを向上させることにより、「失う恐怖」から自由になることができる。それこそが、スピリチュアリズムにおける真の幸せを意味する。

 

  

 

『続 スピリチュアリズム入門』

 高級霊訓が明かす霊的心理のエッセンス&霊的成長の道

   (心の道場)

 

 

 

 <宇宙人の存在とその様子>

 異次元の物質世界

高級霊の霊界通信は、宇宙に関する驚くような事実を明らかにしています。それは同じ物質世界でありながら、物質の状態が異なる別の物質世界(宇宙)があるということです。目に見える宇宙と目に見えない宇宙が存在している、次元の異なるさまざまな宇宙が重複して存在している、という宇宙像を描いています。

 

・こうした霊界通信が明らかにしている異次元の物質世界は幽界(最下層の霊的世界)と似ているように思われますが、そこは霊的世界ではありません。どこまでも物質次元に属する世界なのです。そうした異次元の物質世界が天体を取り囲むようにして存在し、そこに地球人とは肉体の次元を異にする人間(宇宙人)が住んでいると言うのです。

 

・太陽系のそれぞれの惑星にもこうした異次元の物質世界が展開していて、人間的存在(惑星人)が住んでいると霊界通信では述べています。そして、異次元木星には地球よりずっと進化した人間が存在し、異次元火星には最も進化の遅れた人間が存在しているということです。私たちの地球は、火星に次いで二番目に進化の遅れた惑星であると言われます。

 

無数の異次元宇宙(そのどれもが物質次元の世界であって霊的世界ではない)があって、それらが重層して存在していると考えられます。

 

・異次元木星や異次元火星などを中心とした異次元宇宙が存在しているということです。その異次元惑星は私たちの地球人からは認識できません。

 

・宇宙人の進化の階段は第1レベルから第10レベルまであり、地球は第1レベルで、現在地球は、第2レベルへと上昇進化しているところだから、将来の地球人は、その潜在意識の心の力の10分の2を活用できるようになります。それは、DNAをもう1条活性化することが必要です。

 

 

 

スピリチュアリズム入門』

スピリチュアリズムが明かす霊現象のメカニズム&素晴らしい死後の世界         (心の道場)

 

 

 

 シルバー・バーチ霊の語る霊界の美しさ

・「あなた方は、まだ霊の世界の喜びを知りません。肉体の牢獄から解放され、痛みも苦しみもない、行きたいと思えば、どこへでも行ける。考えたことがすぐに形をもって眼前に現れる、追及したいことにいくらでも専念できる。お金の心配がない、こうした世界は地上の生活の中には譬えるものが見当たらないのです。

  その楽しさは、あなた方には分かっていただけません、肉体に閉じ込められた者には、美しさの本当の姿を見ることができません、霊の世界の光、色、景色、木々、小鳥、小川、渓流、山、花、こうしたものがいかに美しいか、あなた方は、ご存じない。

 

・すでに死んで霊界にいる者の方が、生命の実相についてはるかに多くを知っています。住民の心には真の生きる喜びがみなぎり、適材適所の仕事に忙しく携わり、奉仕の精神にあふれ、互いに己の足らざるところを補い合い、充実感と生命力と喜びと輝きに満ちた世界です。

 

・ここは光と色彩にあふれ、芸術の花咲く世界です。この世界に来て芸術家は、地上で求めていた夢をことごとく実現させることができます。

 

・金銭の心配がありません。生存競争というものがないのです。弱者がいじめられることもありません。霊界の強者とは、弱者に救いの手を差し伸べる力がある、という意味だからです。失業などというものもありません。スラムもありません。利己主義もありません。宗派も経典もありません。あるのは神の摂理だけです。それがすべてです。

  地上のいかなる天才画家といえども霊の世界の美しさの一端なりとも地上の絵の具では表現できないでしょう。いかなる音楽の天才といえども、天上の音楽の旋律の一節たりとも表現できないでしょう。いかなる名文家といえども、天上の美を地上の言語で書き表すことはできないでしょう。

 

・あなた方は、地上の大自然の美を見て感嘆されますが、その美しさも霊の世界の美しさに比べれば、至ってお粗末な色あせた摸作程度でしかありません。地上の誰ひとり見たことのないような花があり色彩があります。小鳥もいれば植物もあり、小川もあり山もありますが、どれ一つとして地上のそれとは比較にならないほど、きれいです。そのうちあなた方も、その美しさをじっくりと味わえる日がきます。その時、あなた方は、霊になっているわけですが、その霊になった時こそ、真の意味で生きているのです

 

 

 

『賤民の異神と芸能』

谷川健一  河出書房新社  2009/6/9

 

 

 

宿神と魔多羅神

秦河勝を祀るといわれている大酒(大避)神社は広隆寺の守護神の役割をもっており、実は地主神にほかならなかった。地主神は敬意を払われないときは、障礙神として妨碍するおそろしい神であった。この場合秦河勝は宿神であり、大避神社の地主神としての魔多羅神と一体化した「大荒神」であったと考えることができる。シュク神は在来の土地の神として荒神の側面を備えている。荒神は外来の悪霊の侵入を防ぐと共に、自分の占める土地を主張し、自分を共敬しないものに対しは敵対者、すなわち障礙神としてふるまう。魔多羅神は芸能神としてしての宿神であり、また荒神としての宿神であったと思われるのである。

 

魔多羅神  障礙と祝福の地主神

魔多羅神の微笑

・上方には北斗七星が描かれている。魔多羅神が猿楽の鼓打ちに似た格好をし、二童子も笹と茗荷を持って舞うことは、魔多羅神が芸能神であったことを推測させるに足る。

 

魔多羅神の神秘

魔多羅神の正体は明らかではない。本田安次は『神楽』の中で出雲の鰐淵寺について「天台の寺であるだけに、常行堂に魔多羅神をまつっているが、その信仰は今も固く、常行堂は常の日も、調査団から希望が出ても、扉を開けることもしない。魔多羅神の名を口にのぼすことさえも恐れられていたようである」と云っている。このように魔多羅神が恐れられるのは、それが障礙神の一面をもつからである。障礙というのは、人に幸福を与えるのではなく、障りや災いをもたらす神ということである。

 

障礙神から福神へ

比叡山の魔多羅神と同類とされる大黒天もダキニ天も人の精気を奪って死にいたらしめる「奪精鬼」とされている。とはいえ、これらの神は障礙神としての否定的な機能を発揮することがあっても、その神通力のゆえに、転じて福神に変るという道筋をたどる。この不思議な逆転の役まわりを演ずるのは、魔多羅神も同様である。障礙神のもつ負のエネルギーを利用して、修業を妨げる天魔や天狗などを除去する立場に転換する。つまり、魔多羅神は、自分に不敬があれば、人間の往生を障礙する神であるが、一方では往生を引導するという両面をもつ神である。

 

・これまでの一般的な見解と異なる魔多羅神の本質がここには語られているが、折口の論点をいくつかを抽出してみる。

 

一 魔陀(多)羅神は、土地の精霊であり、地主神である。

二 土地の精霊は最初は人びとに反抗するが、やがて祝福するような姿勢に変わる。

三 太秦広隆寺で、魔陀(多)羅神は土地の先住者であった。それが牛祭のときは、寺の仏を祝福しにやってくる。

四 大和猿楽でも、翁が春日の大宮、若宮へ祝福しにやってくる。翁はあとでは位の高い神という印象を受ける伝説を作りあげているが、それは変化した形であり、翁ももとは地主神とか土地の精霊にほかならなかった。

 

 

 

『日本人の心のふるさと(かんながら)と近代の霊魂学(スピリチュアリズム)』

(近藤千雄)(コスモス・ライブラリー)  2006/3

 

 

 

<サマー・ランド、ブルー・アイランド>

・ 言って見れば、「因果律による審判が行なわれるわけであるが、皆が皆、素直に更正するわけではないから、三つの階層に収まることになる。

 

・ しかし、ここは、まだ虚構の世界で、死後の世界ではあっても、実相の世界ではないことが、肝心なところで、死ねば地獄か極楽へ行くとか、無で帰するというものではない。当分は、地上時代そのままの意識と姿で生活を続ける。驚くことに、自分が死んだことすら気づかず、地上時代と同じ感覚のまま生活している者がいるほどである。信じられないことであるが、それほど、幽体と幽界がうまくマッチしているということであろう。

 

・ (コナン・ドイルが死後まとめて送ってきた死後の階層の実相)

 

幽界

・ 1、邪悪で、自己中心的な欲望しか持たない。

・ 2、邪悪性はないが低級な煩悩から抜け切れない者が集まっている。

・ 3、何事も思うがままに、叶えられる世界(サマー・ランド、ブルー・アイランド、極楽)

 

「第二の死」。無意識状況を体験して霊界に入る。

1、 知的な理解の世界。

2、 直感的な悟りの世界。

3、 形体なき存在への変化。神界へ上がる資質の不足な者は、再生する。

 

再生への手続きが行なわれ、他の者は、神界へ行く

1、 宇宙の造化活動への参加と活動

2、 宇宙的存在としての普遍的愛の活動

3、 ニルバーナ、涅槃(ねはん)

それ以上は、(超越界)で、人間的な理知では知りえない。

 

「幽界では障害者はいない」

・さて、幽体は肉体の成長と共に大きくなり、肉体の細胞の一つ一つに浸透している。幽体はさきに説明した通り、基本的には感情の媒体であるから、感情の持ち方が肉体に反応し、その逆、すなわち健康状態が幽体に影響することにもなる。これからますます、盛んになると予想される臓器移植の関係も、いずれはこの事実と直面することになると推察されるが、ここでは深入りしない。

 

・死によって、幽体が肉体から抜け出ると、ちょうど地上に誕生したときのあの肉の魂のような身体が、2、3年で一人前の体型を整えて地上生活が営めるようになるのと同じで、幽体も徐々に幽界の環境に応じた体型と機能を整えて、幽界生活を営むことができるようになる。

 

地上時代との一番の大きな違いは、肉体の障害が全て消えてしまうことで、眼が見えなかった人は、自由になり、知能に障害のあった人は、正常に復する。そうした障害と不自由さがカルマと呼ばれている因果律によるものだっただけに、そのカルマの試練に耐え抜いた今、それがさまざまな幸せとなって報われる。

 

・その一方では、その正反対の報いを受ける者もいるであろう。他人に精神的苦痛を与えた人、殺人や障害の罪を犯した人は、言うに及ばず、いけないこととは知りつつ間違った生き方を続けた人。学者であれば、面子や名声をかばって、真実を真実として認めなかった人、宗教家であれば、間違いであることを知りつつ、もっともらしい、教説を説いてきた人。こうした人々は、その過ちに応じた報いを精神的苦痛の形で受けることになるという。こうした、いわば地上生活の清算は、さきに掲げた死後の界層の図にある中間境において行われる。

 

 幽界

・ 物質的身体に宿って、生活する場が物質界であるのと同じ原理で、幽質の身体に宿って生活する場は、幽界となる。身体が幽質の半物質で構成されているように、環境も同じ波動の半物質体で構成されていて、地上の人間が地球環境を実感を、持って認識しているように、幽界で生活する者はその環境を実感を持って認識している。

 

・決して地上の人間が想像しがちなように実態のない、フワフワとした取り止めのない世界ではないことを知っていただきたい。中には死んだことに気がつかない者がいるほど、地上生活と同じ主観と客観の生活が営まれているのである。

 

・そのことが、なかなか信じられないのは、実は今生活している地上界を構成している「物質」そのものについての理解ができていないからに過ぎない。最新の物理学が教えるところによれば、我々が、実感があるかに感じている物的環境は、究極的には「波動」で構成されているという、これはもはや常識といってよいほど、知られていることであるが、ではなぜ実態があるのに感じられないのか。

 

・それは、環境と身体が同じ波動でできあがっていて、五感によって、その存在が認識できる仕組みになっているからである。般若心経にいう「色即是空、空即是色」とは、このことであろう。ただ、認識できる範囲にも限界があり、その範囲外の波動は、認識できないから、幽界や霊界は存在しないのと同じことになる。

 

死後の界層

 四魂説

 ・人間の自我の本体が<霊>であることは、すでに述べた。その霊的存在が地球という物質世界で生活を営むための媒体として授かるのが、物的霊体、俗に言う肉体である。これまでの人間科学は、肉体的欲望はもとより、人間の人間たる所以である精神的活動もすべてその肉体、具体的に言えば、脳の機能の反映であるというのが、基本的概念であった。それが、スピリチュアリズムによって、完全に覆され、肉体以外に三つの媒体があって霊がそれらを駆使して生活している。脳はそのネットワークに過ぎないことが判明した。

 

・ 四魂説というのがそれであるが、論理的な帰結として、肉体の活動の場として、物質界が存在するように、眼に見えない他の三つの身体にもそれぞれの活動の場があるはずだということになる。そして、それを明解に解いた霊界通信が入手されている。

 

 

<●●インターネット情報から●●>

 

『ブルーアイランド』

エステル・ステッド  ハート出版  1992/11

 

 

 

ブルーアイランドの建物

霊界というと、非現実的で夢のような世界を想像なさるに違いありません。が、そうではなく、みなさんが外国に行くのとまったく同じなのです。地上と同じように実体があるのです。おまけに、比較にならないくらい興味のつきない世界です。

  やがて私たちは大きなドームのような建物の前に来ました。中を覗いてみると、ここも素敵なブルーで彩られていました。地上で見かける建物と変わらないのですが、その美しさが違うのです。

 

・そこにしばらく滞在して、それから軽い食事を取りました。私が地上でよく食べていたものに似ている感じがしました。ただし、肉類は見当たりませんでした。

 奇異に思えたのは、食事は必ずしも取る必要がないように思えたことです。目の前に置いてあるのですが、どうやらそれは必要性からではなくて、地上の習慣の名残にすぎなかったようです。

 

・父の説明によれば、あの建物は一種の休養施設で、地上からの新来者がよく集まるところだそうです。地上界の生活条件に近いものがいろいろと揃っていて、外観も地上の建物に似ているので、よく使用されるということです。同じ目的をもった建物は他にもたくさんあります。別の用途を兼ね備えたものもあります。

 

それらの外観は一つ一つ異なり、似たものはありません。要するに“大きなビル”と考えればよろしい。博物館や美術館、あるいは巨大なホテルを想像されてもよろしい。だいたいそんなものに近いと思ってください。おとぎ話に出てくる夢のような宮殿を想像してはいけません。きわめて地上的で、変わったところは一つもありません。

 

・このブルーアイランドにはそうした建物が実にたくさんあるのです。というのも、この世界の第1の目的は、地上を去ってやってくる者が地上の縁者との別離を悲しんだり、無念に思ったり、後悔したりする気持ちを鎮めることにあり、当分の間は本人が一番やりたいと思うこと、気晴らしになることを、存分にやらせることになっているのです。

 

元気づけるために、あらゆる種類のアトラクションが用意されています。地上時代に好きだったことなら何でも――精神的なものでも身体的なものでも――死後も引き続いて楽しむことができます。目的はただ一つ――精神的視野を一定のレベルまで高めるためです。

  書物を通じての勉強、音楽の実習、各種のスポーツ、‥‥何でもできます。乗馬もできますし、海で泳ぐこともできます。狩りのような生命を奪うスポーツは別として、どんなスポーツ競技でも楽しむことができるのです。もっとも、こちらでは地上で言う“殺す”ということは不可能です。狩りと同じようなことをしようと思えばできないことはありませんが、この場合は“死”は単なる“みせかけ”にすぎないことになります。

 

・そうした建物は新来者の好みの多様性に応じて用意されているわけです。こちらでは疲労するということがありませんから、思う存分それぞれに楽しむことができます。が、やがてそればっかりの生活に不満を抱き始めます。そして、他に何かを求め始めます。興味が少しずつ薄らいでいくのです。

  それと違って、たとえば音楽に打ち込んだ人生を送った者は、こちらへ来てからその才能が飛躍的に伸びて、ますます興味が深まります。その理由は、音楽というのは本来霊界のものだからです。ブルーアイランドに設置されている音楽施設で学べば、才能も知識も、地上では信じられないほど伸びます。

 

・さらには“本の虫”もいます。地上では失われてしまっている記録が、こちらでは何でも存在します。それがみな手に入るのです。ビジネスひとすじに生きた者にも、その才能を生かす場が用意されています。

  これには理由があります。こちらへ来たばかりの者は、多かれ少なかれ悲しみや無念の情を抱いております。それが時として魂の障害となって進歩を遅らせます。そこで、とりあえず悲しみや無念の情が消えるまで、当人がやりたいと思うことが何でも好きなだけやれるようにとの、神の配慮があるのです。それが実は進歩への地固めなのです。

  が、純粋に地上界に属する趣味は、やがて衰え始めます。一種の反動であり、それがゆっくり進行します。こちらでも物事は段階的に進行し、決して魔法のように一気に変化することはありません。

 

・その反動が出始めると、興味が次第に精神的なものへと移っていきます。もともと精神的なものに興味を抱いていた人は、引き続きその興味を維持し、拡大し、能力が飛躍的に伸びます。地上的な性格の趣味しか持たなかった人にも、いずれは変化の時期が訪れます。

  このように、ブルーアイランドにいる間は、多かれ少なかれ地上生活との関連性が残っています。最初は、ただ面白いこと、愉快なことによって自分を忘れているだけですが、やがて霊的向上のための純化作用が始まります。

 

 

 

『天国への手紙』

江原啓之  集英社    2007/3/20

 

 

 

「たましい」の行方

臨終~舞台の幕が降りるとき

・臨終のとき、すなわち死に臨む最期のときに、意識がはっきりしていて「さようなら」が言えるケースはほとんどないでしょう。亡くなり方にもよりますが、少し昏睡状態になってから、ということが多いと思います。

 前述しましたが、人間の肉体には、幽体と霊体というスピリチュアルなエネルギー体が重なっています。幽体は精神であり、霊体は私たちの本質である魂です。

 

・臨終の昏睡状態のときは、肉体から幽体と霊体が少しずつ離れつつある状態です。たましいが、ふるさとである「あの世」へと帰り始めているのです。

 ですから、意識が半ばもろうとしながらも、「さっき、死んだお母さんが会いに来たよ」などとつぶやくようになるのです。

 

・臨終のときには、ふるさとからお迎えが必ず来ます。すでにあちらの世界に帰っていった愛する人、よく知っている人が迎えに来てくれるのです。

 私たちが現世を生きている間、見守ってくれたガーディアン・スピリット(守護霊)は姿をあらわしません。その姿に私たちはなじみがないので、わからないからです。あちらの世界へ順応しやすくするには、誰が行けばもっとも効果的かと考えて、私たちのよく知っている懐かしい人が迎えに来てくれるようになっています。

 昏睡状態になることも、知っている人が迎えに来てくれることも、すべて旅立ちをスム―ズにするためです。死というひとつの喚問をラクに通過させる方法について、あちらの世界では、実によく考えてくれているのです。

 

スピリチュアル・ワールドの階層図

・ここで、スピリチュアル・ワールドの階層について、かんたんに説明しておきましょう。

 私たちが生きている現世は、「現界」です。人が亡くなると、先ほど述べたように、たましいは「幽現界」へ行きます。ここは、現界と重なり合うように存在するスピリチュアルな世界です。

 たましいは幽現界にしばらくとどまり、自分の死を受け入れて、現世への執着を断ちます。これができないと、未浄化霊としていつまでもここにいることになります。

 

・自分の死を受け入れて、執着を断ったたましいが次に行くのは「幽界」です。

 ここはとても広く、さまざまな階層(ステージ)に分かれています。この世にとてもよく似た下層部から、天国のように美しい上層部(サマーランド)までを含みます。

 幽界のどの階層に行くかは、生きている間のたましいのレベルによって違います。

 たとえば、人を妬んで悪口を言ったり、足を引っ張ったりするのが日常茶飯だった人は、同じような人ばかりが集まる下層部に行きます。

 そこには、仏教で「地獄にある」といわれているような針山や血の池などはありません。

けれど、低いレベルのたましいばかりが集まっているので、まさしく「地獄」といえるでしょう。その周辺はどんよりと曇っています。

 

反対に、人のために尽くし、霊格の向上に努めてきた人は、明るく美しい上層部に行きます。いわゆる「サマーランド」と呼ばれる、とてもさわやかなところです。

 そこを抜けると、「霊界」に行きます。ここが、私たちのガーディアン・スピリット(守護霊)などの高級霊がいる世界であり、たましいのふるさとなのです。

 

・その上には、神の領域である「神界」が広がります。

 私たちは、なかなか神界へは行けません。そこまで霊格を向上させられる人はほとんどいないのです。多くのたましいは、霊界で自分を見つめ直し、再びたましいの修行を求めて現世へと再生をくり返します。

「現界→幽現界→幽界→霊界→神界」と高まっていくスピリチュアル・ワールドの階層を、頭に入れておいてください。

 

幽現界~現世に最後の別れを告げるところ

・ラストシーンを終えて舞台袖に戻った役者は、しばらく客席の反応を見つめます。芝居が終わったことを確認するのです。

 それと同様に、亡くなった人は「幽現界」にしばらくとどまり、現世に別れを告げます。自分のお通夜やお葬式を見たりして、死へのイニシエーション(通過儀礼)を行うのです。

 

・そこではっきり自分の死を自覚し、縁のあったいろいろな人に「お別れ」を告げに行きます。

 自分と絆のある人が亡くなったとき、フッと「虫の知らせ」が来ることがあるでしょう。なんとなくその人のことを思い出したり、ラップ音(物理現象としての音ではなく、スピリチュアルな現象による音)が鳴ることもあります。それは、亡くなった人からのお別れのメッセージなのです。

 

仏教では「四十九日」という区切りをつけますが、だいたいそれぐらいの期間、たましいは幽現界にとどまります。

 とどまる期間は人それぞれです。とどまらずさっさと幽界に行く人は、ほとんどいません。必ず何か気になることがあるからです。たとえば、会社の机の整理から、相続財産の行方、飼っている猫のエサの時間、口座引き落としの日の銀行残高など、些細なことにいたるまで心配ごとや執着はたくさんあるのです。

 自分がもう死んだということを自覚して、現世への執着や未練が断ち切れないと、次なる「幽界」へは行けません。すると、幽現界にとどまったまま、未浄化霊となって「さまよう」ことになります。

 

・自分の死を受け入れて、執着や未練を断ったたましいは、幽現界にあまり長くとどまらず、次のステージである幽界へと進むことができるのです。

 

<幽界~心象風景がそのままあらわれるところ>

・「幽現界」を抜け出たたましいの多くは、まず「幽界」の下層部あたりに行きます。

 前述しましたが、幽界はさまざまな階層(ステージ)に分かれていきます。最下層部には地獄のように暗くてどんよりとした世界があり、上層部はサマーランドと呼ばれる天国のように明るくのどかな世界が広がっているのです。

 

・地獄といっても、閻魔大王がいるわけではありません。底意地が悪く、ケチで、自己顕示欲の強い人たちばかりが集まっているのです。俗世中の俗世といえるでしょう。ある意味で現世よりも俗世です。現世にも「闇の世界」は存在しますが、表面化はしていません。

現世の闇の部分がすべて表面化しているのが、幽界の下層部だと考えてください。

 

反対に、サマーランドは、人が理想として思い描く天国に近いといえるでしょう。心の美しい人たちばかりがのんびりと集う、光に満ち溢れた世界です。

 二つの中間にも、さまざまなステージがあります。そのなかのどのステージに行くかは、生きていたときのその人の心の在り方によって決まります。生きていたときの心の状態とまったく同じところに平行移動するのです。

 

<「浄化」のシステム>

・幽界の最上部に行っても、まだ真っ白ではありません。完全に浄化してはいないのです。

 幽界の最上部まで進んだたましいは、あらたな気づきを経て、「霊界」に進みます。

そこで今度は幽体を脱ぎ捨て、霊体だけになるのです。これは「第二の死」と呼ばれます。

 

・あるとき突然、意識改革されるように感じるときがあるでしょう。それは、思念の連鎖がもたらす改革なのです。

 つまり、現世に生きる私たちと、亡くなって幽界に行った人々のたましいは、互いに切磋琢磨しているのです。

 

<霊界~「グループ・ソウル」への帰還>

・たましいの在り方が、小我から大我へ移っていくのです。

 小我とは、自分の幸せや快楽だけを考える、身勝手で小さな心。大我とは、自分以外の人や全世界の幸せを願う大きな心です。

 たしかに最上層部(サマーランド)に行くと幸せです。なぜ幸せかというと、自分も周囲も大我に目覚めているからです。

 

再生~再びたましいの旅へ

・大我に目覚めたたましいは、グループ・ソウルに溶けこみ、そのなかから再び新たな経験と感動を求めて、現界に再生します。

 

・守護霊とは、現界を生きるたましいを常に見守り続ける高級霊のことをいいますが、再生を果たした自分と、それを見守る守護霊は、同じグループ・ソウルの一員です。ですから、守護霊は、二人羽織のように、自分が現界で生きているかのような気持ちで、たましいの旅路を見守っているわけです。

 守護霊は高級霊ではありますが、それは霊界にいるからで、実は現界に再生してきた私たちと同じ人格です。

 

・グループ・ソウルの一滴として現界に再び生まれ出て、守護霊に見守られながら、自分自身の本質をさらけ出し、さまざまな経験と感動を積んでいく。それによって、霊格を向上させていく。これが私たちのたましいが現世へと再生をくり返す目的なのです。

 このようにして、私たちは長い時間をかけ、何度も再生をくり返します。現世における死は、たましいの終わりを告げるものでは決してありません。たましいは、永遠なのです。

 

 

 

『あの世の存在に活かされる生き方』

パット・クビス&マーク・メイシー   徳間書店   1999/7

 

 

 

新しい世界で生きるということ

霊たちのほとんどは、自分たちがこの新しい場所に「渡ってきた」ことを理解しているのですが、ここにどうやってたどり着いたのかを思い出せる者はいませんでした。

 「この新しい場所」とは、地球が所属する太陽系にはないマルドゥクという星のことです。この惑星はひとつの太陽の周りを公転していて、そのほかにさらに二つの太陽に照らされています。ここは決して真っ暗になることはありませんマルドゥクの円周は約12万7000キロメートルで、ここには地球の月よりも大きな月があります。エターナティ川という名の、最深1万7000キロメートル、いちばん広いところで幅3700キロメートルになる大河が惑星全体をぐるりと囲んで流れていて、この川のほとりには600憶もの人々が暮らしています。

 

・この星の風景は絶えず変遷しているわけではなく、なかにはまったく変わらないものもあります。また、街があり、学校や大学もあります。

  今日、アストラル界についてのこのような描写は珍しいものではなく、多くの人々が臨死体験や体外離脱を経験し、そのときのようすを個人的に家族や親しい友人に話したり、あるいは記事や本、講義などで公に発表しています。

 

 低次のアストラル界 地獄や煉獄という概念のもととなった世界

・低次のアストラル界は暗く、陰惨な世界です。一部の人々は死後、自分が持つ低振動の思考や行動によってこの世界に引き寄せられます。この領域は物理的世界の近くに存在し、混沌としています。霊界には時間も、空間も、引力もなく、この低次の世界に陥った存在たちは、混沌とした状態のなかで生きることになります。そしてときには、地球の時間で言えば数年から数世紀もの間、この困惑に満ちた現実のなかで暮らすのです。なかには自分が死んだことに気づいていない者さえいます。

 

アストラル界下層にいる霊たちの多くは、地球上の種々の問題を引き起こす原因となります。彼らはテレパシーで地球上の人間と交信ができ、心の弱い人たちが悪い行いをするようにささやくのです。その人たちはそれぞれが自分自身の思考だと思い込んでしまいます。たとえば、死んだアルコール中毒患者、麻薬常用者、殺人者、またその他の凶悪犯罪人の霊は、地球上の自分と似たような性質を持った人間や意志の弱い人間に引き寄せられ、かつて自分たちが働いてきた悪事へと誘い込もうとします。このような否定的な心的存在たちは、とりついた人間の否定的な思考や態度、行動を煽り立てます。

 

 <アストラル界中層>

・私たちのほとんどが地球での教育―私たちの人格や忍耐力を向上させるための試練を与えてくれる学校―の後のリハビリテーションを行うための快適な領域です。

  タイムストリームや他のITC研究者グループから地球に送られてくるメッセージや画像はすべて、このアストラル界中層からのものです。彼らは、地球上のものに似たコンサートホール、博物館、病院、学校、家などについて描写しています。そしてその周りには、木や花、山々、野原、河川などの自然があり、このような景色は地球のものと似ていますが、ただただ息をのむほどに美しいということです。

 

  第三界とは、わたしたちがさらに高次の世界に進むか、それとも経験を積むために再び地球に生まれ変わるかを決めるまで過ごす、一時的な場所です。

 

 <さらに高次のアストラル界>

さらに高次のアストラル界は、キリスト教徒が「天国」、スピリチュアリストが「常夏の国」と呼んでいる素晴らしい場所です。他界におけるITC実験の研究仲間の多くはこの高次の世界に暮らしていて、ITC(トランスコミュニケーション)の活動に参加するために自分の振動数を下げて第三界に「降りて」くるのです。

 

・心因界は、世俗的な欲望や葛藤とは無縁の神聖な霊感の領域です。ここにいる存在たちはテレパシーを使ってメッセージを送り、地球上の多くの芸術家や発明家にひらめきを与えています。心因界の振動を持つ「光の存在」たちは、インスピレーションや手引きを与えてITCのプロジェクトを援助しています。

 

 天国と地獄

ほとんどの人によって天国だと考えられている世界は、アストラル界高層にあります。神秘家や霊能者はこの世界を「常夏の国」と呼んでいます。

  この常夏の国では、人々は私たちと同じように暮らし、その姿は若かったころのように見えます。ここには素晴らしい大学やデザインセンター、きれいな花や植物が茂る美しい風景があり、まさに天国を思わせる鳥たち、犬猫などの動物のほかに、こちら側の世界には見られない種類の動物たちがいます。またこの世には存在しない色がたくさんあり、初めてこのアストラル世界を訪れた人たちはそのまばゆさに目がくらんでしまうほどです。

 

・医者であり、リッチモンド全科診療専門学校の前学長だったジョージ・リッチ-博士は、1943年にアストラル界を訪ねる経験をしました。リッチーは巨大な半球形の建物に案内され、そこで存在たちが何かの製造作業をしているところを見ましたが、当時はそれが何かわかりませんでした。それがわかったのは十数年後で、ライフ誌に掲載された米国第2の原子力潜水艦の写真が、何年も前に彼が見た、アストラル界の存在たちが造っていたのと同じものだったのです。

 

・他界から通信してくる者たちは、多くのアイデアはまずアストラル界で生まれ、それが現世の発明家に与えられると告げています。発明家が研究開発に一心不乱に取り組んでいるとき、彼らはしばしば自分にテレパシーを送ってくる目に見えない仲間とともに作業をしていることが多いのです。発明家の多くは、まるで見えない何者かが自分の傍らにいるようだと言っています。

  多くの発明家たちが、貴重な情報を夢のなかで受け取ったという経験を語っています。他界の科学者たちにとって、人間が夢を見ている間というのは通信にもってこいの時間なのです。

 

・わたし(パット・クビス)はカリフォルニア州のコスタ・メサにあるオレンジコースト大学で教授として23年間教えていましたが、実はアストラル界の大学でも教壇に立っていたのです。わたしは自分をよく知る友人に向かってときおり、「こんなに疲れているわけよね。一日中ここのキャンパスで働いて、それからアストラル界でもやっているんだから」と冗談を言ったものでした。興味深いことは、アストラル界の大学のキャンパスは、あらゆる点においてコスタ・メサの大学と同じくらい「現実的」であったことです。ただ、アストラル界のキャンパスの構内と建物は地上のものとはまったく異なっていて、オレンジコーストよりもずっと大きなものでした。

 

・地球と常夏の国のいちばん大きなちがいは、常夏の国に住む人々は互いに異なった文化背景を持っているにもかかわらず、みんなが平和と調和のなかで暮らしているということです。実際、この平和と調和に対する理解が、インドの神秘主義者たちが「デイヴァシャウン」と呼んだ第四界、つまりアストラル界高層に進むための必要条件となっているのです。

 

・魂がアストラル界を離れて心因界に進む準備ができると、アストラル体に死が訪れ、進歩をふり返るための休息期間に入ります。しかしながら前にも書いたように、魂は別の選択肢として、再び地上に生まれて物理的世界でさらに経験を積むこともできます。

 

 

 

『河童・天狗・神かくし』

松谷みよ子)(立風書房)1985

 

 

 

 山の神などによる神隠

・ある時、この部落の小さい女の子がふっとかき消すようにいなくなった。部落総出で探してみても、いっこうに手がかりはない。幾日かたって、また、ふっと現われた。その現われ方がまた不思議なことだった。この部落のはずれの薬師堂の梁の上に、その女の子はちょこんと坐っていたんだ。村の衆は、あれは薬師様にさらわれたんじゃっていった。  (長野県)

 

岩手県和賀郡和賀町横川目。私が15歳の頃(昭和10年前後)の事件である。大雨で村の中央を流れている尻平が氾濫した。その日、私の部落の幼児(5,6歳)が見えなくなったという騒ぎが出た。消防団も出たりして、部落総出で探しまわったが、夜中になってもわかりませんでした。きっと川に落ちて流されたに違いないというので、川下を探しまわった。ところが、朝になってその幼児が川向うの山の中で無事で発見された。これはどう考えても不思議な話でした。その川には、丸木橋一本かかっているだけで、当日の大雨の氾濫で大人でも渡ることができない状態でした。

 

・長野県上伊那郡。浦の新三郎猟師といえば、山の神様となれ親しんだ逸話の持ち主として知られています。明治の初年のこと、新三郎は金子勢五郎猟師と連れだって仙丈岳へ猟に出かけましたが、二人は途中の小屋で単独行動をとることにきめ、別れ別れになりました。それから1週間、新三郎猟師は、杳として消息を絶ってしまいました。村人に依頼して山中を捜索してもらいましたところ、勢五郎と別れた小屋に戻っているところを発見されました。新三郎の話では、小屋を出てしばらく行くと、立派な婦人が現われて手招きするのに出会いました。誘われるままについて行くと、苺などの実る場所へ連れて行かれ、たらふくごちそうになりました。こんなわけで、山にいる間は、ついぞ空腹を感じなかったという話でした。村人はその女性を山神であるとみていますが、山神男性説をとるこの地方にも、こうした観方のあることはおもしろいことです。

 

 出典:松山義雄著『山国の神と人』(未来社

 

和歌山県西むろ郡上三栖。紀州西むろ郡上三栖の米作という人は、神に隠されて二昼夜してから還って来たが、其間に神に連れられ空中を飛行し、諸処の山谷を経廻って居たと語った。食物はどうしたかと問うと、握り飯や餅菓子などたべた。まだ袂に残っていると謂うので、出させて見るに皆紫の葉であった。今から90年ほど前の事である。又同じ郡岩田の万蔵という者も、三日目に宮の山の笹原の中で寝て居るのを発見したが、甚だしく酒臭かった。神に連れられて、摂津の西ノ宮に行き、盆の13日の晩、多勢の集まって酒を飲む席にまじって飲んだと謂った。是は六十何年前のことで、共に宇井可道翁の璞屋随筆の中に載せられてあるという。

 

・昭和二十年頃の話。私の家の近くの男の子(小六年)が昼間、にわとりをいじめたから神かくしにあって大騒ぎとなりました。井戸のそばにしゃがんでいたそうなのに、家人にはその姿が見えず、子供には家人の姿が見えるけど声が出なかったそうです。二昼夜、その状態だったそうですから神かくしに違いないと、父母が言っていました。(青森県

 

 

 

『人はなぜ生まれ いかに生きるのか』

 自分のための「霊学」のすすめ

江原啓之     ハート出版         2001/10/25

 

 

 

彷徨の日々

いつ、どこでも霊がみえてきた!

・学校や人の集まるところには、よく霊が集まると言いますが、この

警備員時代に私が体験した心霊現象は枚挙にいとまがないほどです。そのうちのいくつかを御紹介しましょう。

 

・ある夜、私がこの警備室で待機していると、ガラス面に私とは違う人が座っているのが映っています。何度も横目で確かめてみたのですが、確かに違う人です。私は思いきって横を向き見定めました。

 映っていたのは同じ警備員の制服を着た60歳くらいの男の人です。目が会うとまもなく、その人の姿はさっと消えました。

 後日、古株の警備員に聞くと、蒼ざめた顔で「それはあの警備室で、座ったまま死んでいたSさんだよ」と教えてくれました。

 

・これもまた、同じ警備室での目撃談です。その日は夜に入って雨が降り出しました。雨の落ちる外の光景をぼんやり眺めていると、蒼白い光に照らされるように、若い学生らしい男が傘もささずに立っています。様子がおかしいと心配になった私は、事情を聞こうと外に出ました。

 すると、その若い学生は悲しげな顔を見せながら消えていきました。

翌日、このことを話すと、ちょうど同じ場所で飛び下り自殺があったといいます。また、その日が奇しくもその学生の命日でした。

 

・周囲の人たちは、私が完全に精神病に侵されたか、おかしな宗教にでも入ったと思ったことでしょう。

 このような体験が続くなか、一年ほどの期間で、私はいつ、どこでも霊が見えるようになっていきました。

 

・実生活でも受難のときでした。心霊現象のたびに寝込んでしまうのです。こういうありさまですから、警備の仕事も休みがちになります。当然、預金も底をつき、そうでなくてもお金のかかる大学を、私は退めざるをえなくなってしまいました。

 

シルバーバーチの霊訓>

・それには、世の中には決して偶然はないということが書かれており、私は自分の今までの人生に起こったことの意義が、この本を読み進むうちに理解できるようになっていきました。

 すべての出来事には目的があり、また自分はその目的を達成すべく生まれてきたことを初めて悟りました。再生のこと。因果律のこと。初めてすべてが理解でき、涙をこらえることができませんでした。

 

・私の意識は変わっていきました。私は改めて、天地不変の法則を見つめ直しました。

 これも、死後は個性を永遠に存続し、再生を繰り返し、霊性の進化向上を目的とし生きるという、神界・霊界の法則です

 

この世の「使命」を求めて

<滝行で霊体質がプラスに転じた!>

・道は定まったとはいえ、本当の自分の進むべき方向を見定めるには多くの時間がかかりました。

 私は寺坂先生のすすめもあり、私自身の同じ修験道に進むことにしました。「今の日本では、残念ながら霊能者という職業は社会的に認められていませんからね。法律の面からも自分を守らなくてはいけませんよ。しっかりとした自分の職業を持っているのといないのとでは、社会的信用が違います

 寺坂先生は、霊能者を今までの神秘的なだけの存在から、アカデミックな存在にまで向上させたいとお考えでした。

 

・そこで、ある寺に通いながら、寺坂先生と共に歩むことにしました。私は毎日、寺での修行をこなしながら、(財)日本心霊科学協会の精神統一会や、師の主宰する清玲会などに通いました。

 そして、生業のために警備員のアルバイトを続け、今思えば感心するほどのハードな日々でした。

 

・夏の日も冬の日も毎日のように山に出かけて行きました。アルバイトと心霊研究、霊能開発、そして滝行の日々です。私はこの滝行によって憑依体質を克服できたのです。

 ずっと悩まされていたこの霊体質をマイナスからプラスへと転化できたのです。私は背後霊たちと一体になれるようになっていきました。

 

ひもじさと孤独に泣きながら……

・霊能が向上するそんな素晴らしい日々のなかにも不安はありました。それはやはり経済面や現世においての立場でした。

 成人になってからも定職がなく、今で言うフリーターの傍ら、滝行と心霊研究という、なかなか人には理解されないことをやっているのです。

 他人から見れば、ずいぶん自堕落な生活に見えたのでしょう。よく周囲の人たちから注意を受けました。かつての私の友人、同級生などのなかにも、私の生き方を批判し、見下し、哀れむものも現われました。

「親もなく、独りぼっちで暮らしているから、あんな人間になったのさ」

「あんなのを常識馬鹿の成れの果てというんだ」

 背中を向けて去って行く友人、知人も一人や二人ではありませんでした。

 

・その言葉を信じて、霊能者としての相談を始めた途端、私はとんでもないことになったと気がつきました。その男は定職を持たない人で、私を商品として一攫千金を狙っていたのでした。

 確かに部屋は提供していただいたものの、お金は一銭も頂けません。そのうちに預金も底を尽き、地獄のような日々が続きました。

 

・守護霊というものを理解していない人たちはよく、「なぜ霊能者なのに守護霊が助けてくれなかったのでしょうか?」と私に尋ねます。

 しかし、守護霊は魔法使いではありません。私たちの願いをいつも聞いてくれるわけではないのです。いわば、私たちの教育係なのです。

 

・この方も私の背後にいる昌清霊のことを教えてくださいました。

「あなたの背後には立派な僧侶がいらっしゃる。この方が、あなたを導いている。あなたの今後の指導も計画しておられるね」

 

「この世の神」に教えられる

・私は以前に、神職の最低の資格は取得しておりましたので、スムーズにことが進みました。とはいえその当時、私にはまったく預金がありませんでした。

 

・ここで私は一日三役をする決心をしました。昼、神社の神主。夜、大学生。深夜、心霊相談の霊能者。この生活を2年間続けたのです。しかし、睡眠時間もろくにとれないような、こんな生活が長く続けられるわけがありません。よくダウンして宮司にもお叱りを受けました。

 

現在、日本の心霊レベルは、欧米諸国に比べると50年は遅れていると言われております。私はそれを確かめるために、また研究と学習のために、毎年スピリチュアリズム心霊主義思想)発祥の国、イギリスに行っております。

 イギリスの霊能者たちは、まさに技術者として確固たる地位を築きつつあります。特にヒーリングについてはその認知度は高く、イギリス全土の約1500病院によってヒーラーは受け入れられており、いつでも希望すればヒーリングを受けることができます。

 また、職業的ヒーラーも約9000人いると言われています。この国には心霊に関する団体、組合のほか、心霊学校まであり、心霊王国ともいえるアカデミックな研究がされています。

 イギリスでは、日本のように現世利益の色濃い心霊相談などあまりなく、霊能者は死後の世界を証明するデモンストレーターの役割が強いのです。

 こと心霊に関する限り、日本は困ります。霊能者についても霊界の道具ではなく神だと思っている方も多いのです。そして、一宗一派にこだわり、我欲の限りをつくしている人がいかに多いか。

 

・特に死の恐怖、死別の悲しみ、人生に不幸を感じるという人間最大の三つの苦から救われることはありません。

 

・人間は魂の価値観を持たなければ、物質主義的価値観・利己主義、すなわち不幸の生活原理しか出てこないのです。

 

心霊は、非科学ではなく、未科学なのだ

人はみな「落ちこぼれ天使」

<本当の「神」の姿>

自然霊とは、この世に肉体を持ったことのない霊を言います。童話や伝承でおなじみのフェアリー(妖精)や天狗、龍神や稲荷なども、この自然霊に含まれます。

 これらは決して架空の存在ではなく、霊の世界には確かに存在しているのです。そして、霊能者である私は、このような自然霊を日常でもよく見かけます。また、当然のことですが、洋の東西を問わず存在しているのです。実は私たちのおおもとは、このような自然霊のなかから現れたというのが、心霊科学の常識となっています。

神や仏とは、このような自然霊のなかでも、最高位のエネルギーや霊格を持つものということです。

 

「生き神様」というものの正体は、多くの場合、低級霊の仕業です

・ですから、天照大神であろうと、観音であろうとゴッドであろうと、それは同一の神のエネルギー、最高の自然霊につけられた名前にほかならないのです。

 神と交信することは人々の夢でした。それゆえ神と通信できる、または神が降りるという霊能者もたくさんおります

 しかし、私たち人間の力では神と通信することは不可能ですし、どんな霊能者であっても人間に神が降りることはありえません。

 まれに、高い波動を持つ霊が現れることもありますが、この場合でも神そのものが降りたわけではなく、代理程度の霊が現れたにすぎません。

 

人はみな「落ちこぼれた天使」

・魂は、永遠の霊性の進化を続ける旅人であります。人間世界を第一の修行の場として、肉体の死を通過した後、幽界、霊界、神界と進んでいきます。しかし、同時に、神もまた永遠の進化向上を目指す愛の光なのです。

 

・その意味では、私たちは実は無限の大我を目指す未熟な神でもあるのです。この世のすべての人々は神という神性を肉体で覆った神なのです。

 

人は誰もみな、おちこぼれた天使であり、神なのです

守護霊の愛に見守られて

私たちと共に歩む守護霊

・この守護霊(背後霊)を一つの霊だと思っている方が多いのですが、これは間違いです。簡単に説明しますと、その守護霊たちの中心となって働いている守護霊(ガーディアン・スピリット)、指導霊(ガイド・スピリット)、支配霊(コントロール・スピリット)、その他の補助霊(ヘルパー・スピリット)と大きく4つに分けられます。これらの霊を総称し、背後霊、守護霊と呼ぶわけです。あなたは、このような霊団と共に人生を送っているわけです。

 私は毎日、心霊相談に携わっているわけですが、この守護霊についても誤解が多く見られます。

 

守護霊を構成する4つの霊

○守護霊(ガーディアン・スピリット) 私たちの守護霊の中心的役割を果たしている霊魂です。統計的に見ると、4百年から7百年前に他界した先祖の霊魂がこの守護霊であることが多いようです。

 

○指導霊(ガイド・スピリット) 私たちの趣味や職業を指導している霊魂です。

 

○支配霊(コントロール・スピリット) 支配霊とは霊能者の心霊実験や交霊会で、霊界側のすべてを統括し、支配する高級霊であるといわれます。この支配霊は、私たちの十年程先もすべて見通すことができるようです。人生はすべて偶然や奇遇な出会いと思っている方も多いようですが、実はこの支配霊たちが私たちの人生と運命をコーディネイトしているのです。

 

○補助霊(ヘルパー・スピリット)私たちの守護霊、指導霊、支配霊のほかに、この三役の霊を手伝う補助霊という存在があります。

 

・私たちには、このような霊的な家族が存在するのです。この霊的家族を「グループ・ソウル(類魂)」と呼びます。

 

<英国心霊事情>

よく言われることですが、どの国にもまして英国国民の霊に対する感情は非常にナチュラルで、その認識度も非常に高いものです。みなさんも英国に旅行したりすると、「霊の出るパブ」や「霊の出るホテル」、あるいは幽霊の出る名所めぐりツアーなどのあまりの多さにちょっとびっくりするかもしれません。

 しかも、結構大まじめに取り組んでいます。すでに社会を構成する一部分と言ってもいいかもしれません。英国は文字どおり、スピリチュアリズムの本場でもあるのです。

 それを証明しているのが、王室とスピリチュアリズムの密なつながりでしょう。

 

・私が知る限り、この国の人の霊魂観はとても興味深いものです。キリスト教徒でありながら、霊魂の存在を認める人が非常に多いのです。

 先程も述べましたが、ホテルやパブばかりでなく、国の名所であるハンプトンコートパレスやロンドン塔さえ、幽霊の出ることが売り物になっていますまた、幽霊の出る場所を巡るゴーストツアーのようなものも、なかなかの人気で、私も参加してみましたが、ガイドの知識も豊富で驚かされました。専門用語が頻繁に使用され、聞くほうもそれをしっかり理解しているようでした。

 ですから、霊が出た話などは実に日常的で、誰に聞いても一つや二つは霊の出る場所は知っているし、霊現象を体験したという人もたくさんいます。

 

<英国には浮遊霊、地縛霊が多い>

・私たち霊能者がまず強く感じること、それは英国には日本と比べて格段に浮遊霊と地縛霊が多いということです。また、この国の霊は著しく実在感が強いのです。

 

 

 

『霊の探求』  (近代スピリチュアリズムと宗教学)

(津城寛文) (春秋社)    2005/10

 

 

 

「霊の探求」>  

 ・近代スピリチュアリズムの最初にして最大の体系化はフランス人で英語の筆名を名乗るアラン・カルデックの「霊の書」によってなされた。その後のイギリスのステイントン・モーゼスの「霊訓」やジェラルディーン・カミンズの「不滅の道」などと並んで、スピリチュアリズム思想を代表するものとされるが、時代的にはカルデックがかなり早い。

 

・その後、社会的事件として、無視できない状況を受けて「ノーベル賞クラス」と強調される少なからぬ高名な学者たちを交えて、この現象の真偽や価値をめぐってスピリチュアリズムと神霊研究の違いは、前者が死後生存と「霊界通信」を前提とするのに対して、後者は、それらを(自然)科学的に説明、あるいは証明しようとしたところにある。したがって、心霊研究にかかわった人々の中には、スピリチュアリズムの前提となる現象に肯定的な人々と、それに否定的な人々が共存していた。

 

 

 

『前世あなたは誰だったのか』  

(心を癒す)究極のヒーリング)

(平池来耶)(PHP文庫)   2005/9

 

 

 

<あなたの肉体は何重にもなっている>

・あなたの肉体も実は、スピリチュアルな存在です。前にも述べましたが、肉体だけでは、人間として存在できません。構成元素などの価値を計算すると、あなたは数百円程度の値段しかつかないのですから。

  あなたは、まず肉体としてのボディを持っています。それはあなたにも自覚できます。見ることもできれば、触ることもできます。高さや冷たさなど、感覚としていつでも感じることができます。

 

・でも、その三次元の肉体に重なって、それよりはやや波動が細かな、エーテル体という体が存在します。これは、世に言う「気」の体です。三次元の肉体より波長が微細になります。

 さらに、アストラル体(感情体)、メンタル体(精神体)、コーザル体(原因体)と、ボディの次元はたかまっていきます。ここまで、感じることができるようになれば、スピリチュアル・ワールドからのメッセージも受け取れるようになり、大いなる源へ帰っていく旅も、ずいぶん効率的になるのです。

 

 

 

『前世あなたは誰だったのか』 

 (心を癒す)究極のヒーリング)

(平池来耶)(PHP文庫)   2005/9

 

 

 

スピリチュアル・ワールドに本当のあなたがいる

・あなたが、今世」、生まれる前に中間世で達成しようと決めてきたことや、カルマのバランスをとるための大切なこと、それらを知る深いところにある自己・・・・それが魂意識(ハイアーセルフ)と超意識(スピリチュアルな世界を認識し、変性している意識)と呼ばれている意識。

 

・これらの意識は、あなたの一番の物知りの部分であるといえます。そして、この自己はあなたのことを何でも理解しているので、あなたにとってガイドのような役目を果たすのです。時には、洞察力と理解力を伴って、過去世の記憶に案内することもあります。あなたは、魂意識と超意識によって過去生で経験してきたすべてのことや感情を認識することができるでしょう。

 

 

 

『完全アセンション・マニュアル』 (上・下)

(ジョシュア・D・ストーン博士)

ナチュラル・スピリット)2000/11/11

 

 

 

<地上に存在するエーテル体のアセンション(次元移動・昇天)したマスター>

 アセンション(次元移動・昇天)

・「まずヴァイワマスからの情報によれば、地上で肉体をもつアセンション(次元移動・昇天)したマスターは800人おり、うち約20~30%が女性の、約70%が男性の肉体を有しているという。さらにヴァイワマスは、地上に存在するエーテル体のアセンション(次元移動・昇天)したマスターに至っては、総勢1800人から2500人を数えると述べている。その多くは、アシュター司令部のメンバーである

 

 ・「我々の銀河における異星人文明で、何累代も前から地球を訪れているものには、即座に思いつくだけでも、琴座星(リラ)系、ヴェガ星系、アルクトゥールスシリウス、オリオン、プレアデス、そして言うまでもなくアシュター司令部がある。さらに将来には、異星人文明との自由な交流がごく日常になる」

 

 

 

『BASHAR 2006』 (バシャールが語る魂のブループリント)

(ダリル・アンカ)  (ヴォイス)   2006/2/17

 

 

 

時間はイルージョン(幻想)

・ すべては今同時に存在している。パラレル・ワールド(平行する現実)へ移行するということ。

 

・ 自分の周波数を変え、波動を変えるとき、皆さんは、以前にいた一つの世界から並行する現実、パラレル・ワールドに移行するのです。

 

・予測によって予測が外れる!?

 

皆さんの時間で2015年には、この惑星のほとんどの人たちは、異星人、ETの存在に気づくでしょう。

 

・地球上の皆さんの一般的なエネルギーを見てみると、確かにエネルギーは、みなさんがETの存在に気づく方向に向かっています。

 

 ETとのコンタクトーこれからの1000年

・2005年頃~2010年頃/UFOの目撃が世界中あらゆるところで増える。

 

・2013年頃~/ETの存在に気づき情報が公開される。

 

・2015年までには、この地球上のほとんどの人が、ETが存在していることに気づくでしょう。

 

・ また、2015年くらいから、徐々に既に何年も前から知られていた、ETの情報が、ある政府によって公開されるでしょう

 

2020年頃~2030年頃/ほかの惑星・衛星で生物発見。とてもシンプルな形態の生物が存在することが発見されるでしょう。

 

・2030年頃/個人的なコンタクトが増える。

 

・2030年頃~2037年頃/グループのコンタクトが起こる。

 

2037年頃~2040年頃/オープン・コンタクトが起こる。外交関係・宇宙連合に参加。

 

・そのような時代になると、私達は、地球をいわゆる宇宙連合の新たなメンバーとして迎えることになります。

 

・2040年頃~2050年頃/他文明との交流方法を学ぶ。後進文明を助けるトレーニング開始。

 

・ 2050年以降/地球上にパワフルな調和が続く。

 

・その調和は、その後、何百年も長い間続いていきましょう。

 

3000年頃になると、人間はもはや人間の形をとって地球に生まれてくる必要がなくなるでしょう。これは何も人類の文明が絶滅するということではありません。

 

・地球の波動の中で、新しい生命体の形をとり、旅を続けます。

 

・また、その頃には、皆さんのスピリット魂は、もし望めば宇宙のほかのもっと進んだ文明に生まれる人もあるでしょう。

 

・しかし、みなさんの中には、あえて地球にとどまり、新しく生まれてくる生命体が進化するのを助けるスピリット・ガイドの役割を担うことを選択する人々もいるかもしれません。いずれにせよ、非常に喜びに満ちた楽しい状態に移っていきます。

 

 

 

『プレアデス・ミッション』 

ランドルフ・ウィンターズ) (たま出版)  1997/12

 

 

 

パラレルワールド(平行世界)に住む」

・プレアデス星人の祖先である古代リラ人の兵士たちがアザエルに率いられ、住むべき星を求めてさまよったとき、ちょっとした間違いが生じた。彼らの艦隊が一秒分、通常の時間の枠の外に出てしまい、地球の時間の刻みとは別次元のプレアデスに着陸してしまったのだ。そのため、地球の夜空に見える星プレアデスへといざ私たちが向かい、行き着いたところで、プレアデスには何も住んでいない。代わりに、青い太陽が空高く輝いている不毛の地があるばかりのはずだ。

 

プレアデス星人は、私たちのいる世界よりも1秒ずれた、地球の時間の枠外に生きているのだ。だから彼らが地球にやって来るときには、少しばかり彼ら独自の機器類を使って時間のずれを調節し、ビームシップが私たちの目にきちんと見えるように細工しなければならない。さまないと、私たちは彼らの存在を認知することが全く不可能になってしまうからだ。

 

 

 

『トランス・ヒマヤラ密教入門』

(アリス・A・ベイリー著)(たま出版)   2002/3

 

 

 

<デーヴァ>

キリスト教徒が天使と呼び、東洋人がデーヴァと呼ぶ非常に多くの存在が、ハイアラーキーのメンバーとして働いている。彼らの多くは、遥か以前に人間の段階を卒業し、デーヴァ進化系と呼ばれる、人間の進化系と平行な偉大な進化系に加わって現在働いている。この進化系には他の要素と共に客観的惑星の建設者と、これらの建設者を通してあらゆる形態―馴染みのあるものとそうでないものーを生み出す勢力で構成されている。ハイアラーキーの他のメンバーが形態内の意識の発達に関わっているのに対して、ハイアラーキーの努力と協力しているデーヴァは形態様相に関わっている。

 

闇の勢力(ダーク・フォース)

・「光のハイアラーキー」の外的顕現のような出来事がパワーを増大させて以来、この外的顕現を妨げるために働いている勢力による、それと平行した活動について触れておこう。あなた方も知っているようにアストラル界とメンタル界に「闇のセンター」と呼ばれるセンターが存在する。というのは、彼らの活動は、顕現と物質様相と物質質量の活動に強調をおいており、そのすべてのエネルギーが純粋に利己的な目的に従属されているからである。

 

・それは聖書の言葉で親しまれている、「この世の王国」と「キリストの王国」、「アンチ・キリストの勢力」と「キリストの勢力」の古い物語である。これは、アトランティス時代に大きな頂点を迎えた。光のハイアラーキーが勝利したが、それはかろうじてであった。今日、これら光と闇の勢力は再び物質界で表現と覇権をめぐって戦っている。

 

 <白魔術と黒魔術>

・白魔術師は、グループの福利を動機とし、そのために自らのエネルギーと時間を費やす。左手の道の魔術師は、裏で単独で働き、仮に他の人々と協力することがあっても、そのとき彼には隠れた利己的な動機がある。白魔術師は、ハイアラーキーの諸計画に協力し、惑星ロゴスの戦いを遂行するために建設的に努力するように奔走する。暗黒の兄弟たちは、ハイアラーキーの諸計画の外にあるもの、惑星光線の主な目的に含まれていないもの関わっている。

 

ディヴァチャン(天国)

ディヴァチャン(天国)。低位様相からの分離の跡に魂が入る、この地上生活の合間の中間状態。

 

・この経験(ディヴァチャン)について非常に多くの誤解があった。一般に次のように考えられてきた。アストラル体とメンタル体を除去する過程の後に、人間は、過去の出来事を未来と照らし合わせて再経験し再考する一種の夢見状態に入り、一種の休息期間つまり消化過程を経て、新たな誕生に乗り出す準備を整えること。このような間違った考え方が生まれたのは、時間の概念が真理の神智学的な解釈がまだ存在しているためである。

 

・物質界での経験から離れたときには時間というものは存在しないことを認識するならば、ディヴァチャンの概念全体がはっきりしたものになるであろう。

 

・濃密な肉体とエーテル体から完全に分離した時間から、そして除去の過程が始まったとき、人は過去と現在を認識している。また除去が完了し、魂との接触が生じ、マナス媒体が崩壊するとき、人は直ちに未来を認識する。なぜなら、予言能力は魂意識の財産であり、人間は一時的にこの財産を共有するからである。従って、過去と現在と未来は一つのものと見られる。

 

・「永遠の命」の認識が、転生から転生へと連絡する再生誕の過程の間に徐々に発達する。これがディヴァチャンと呼ぶことができる。(進歩した人間の正常な状態を特徴付ける)意識状態である。

 

ハイラーキー

光の兄弟方であるハイアラーキーはいまなお存在し、その仕事は直実に進行している。彼らはすべて肉体として存在しているー多くの大師方のように濃密な肉体として、もしくはより高度な援助者や「世界の主」のようにエーテル体として、彼らが物質的に存在していること、彼らが、この惑星に私達と一緒に存在し、この惑星の宿命を統御し、その出来事を管理し、その進化を最終的な完成へと導いていること、これらは覚えておくことに値することである。

 

このハイラーキーの中心本部は、古代の書で「白い島」と呼ばれるゴビ砂漠にあるセンター、つまり「シャンバラ」である。これはエーテル界に存在し、地上の人間がエーテル視力を発達させたとき、その場所は確認され、その実存性は認識されるであろう。この視力は急速に発達しつつある。・・・しかし、シャンバラの位置は、最後に明らかになるエーテル界の神聖な場所の一つになるであろう。と言うのも、「シャンバラ」は、エーテル界の第二亜界に存在するからである。肉体を持つ何人かの大師方は、ヒマラヤ山脈のシガツエの人里離なれた場所に住んでいる。

 

・しかし、もっと多くの大師方が、世界中に散らばっており、様々な国々の様々な場所に人知れず暮らしている。そして、そこで様々の大師が、「世界の主」のエネルギー焦点になっており、周囲の人々には「神の愛の分配者」として知られている。

 

シャンバラ

・シャンバラは、物質界に存在し、空間的に明確な場所を占めているといわれている。しかし、その物質質量とはエーテルであり、「世界の主」と彼の高い段階の援助者方は、エーテル質料でできた身体をまとっている。約1千7百万年前ハイアラーキーが渡来しシャンバラが創設された。それは、濃密な物質界に秘儀のための組織と本部を持ち、濃密な肉体で機能し、急速に目覚めつつある人類の必要を満たそうとするアデプトとチョーハンからなる一団を持つことであった。

 

彼ら(サナート・クメラと彼の弟子方)が住んでいるシャンバラは、クメラ方と同様、物質界に存在している。しかし、それは物質界の高いエーテル亜層である。それゆえにエーテル視力を発達させた時のみ、このヒマラヤを超える神秘的な場所は明らかにされるであろう。

 

・ シャンバラ兄弟団のための最初の居留地は、南アメリカの中央にあるイベズの初期の寺院であった。その支部の一つは、かなり後になってから、古代マヤに設立されることになっていた。・・・二番目の支部は後にアジアに設立された。その働きは著しく変えられてはいるけれども、ヒマラヤ人と南インド人のアデプト方は、この支部の代表者である。将来、ハイアラーキーのかっての業績の真実性を現す発見がなされるであろう。古代の記録や、碑が明らかにされるであろう。幾つかは、地上にそして、多くのものは、地下の要塞に。カルデアトバビロンからトルキスタンを経、ゴビ砂漠を含み、満州に至るまでの地帯で中央アジアの神秘が開かれた時、イベス人の働き手についての初期の歴史の多くが明らかにされるよう計画されている。

 

  敷居の住者

弟子が生命の門に近づくまで、敷居の住者がイリュージョンとグラマーの霧の中から現われることはない。弟子がイニシエーションの入口の微かなきらめきとその扉の側で待ち構える臨在の天使に体現される二重性の原理を把握できるようになる。現在のところ、私の言葉はあなた方にとって将来の状態と出来事を象徴的に表現しているだけであるが、右側に天使、左側に住者で表わされる、相反する対をなすものの象徴の間に完全に意識して立つ日が必ず訪れる。そのときに、あなた方の人生の場が長きにわたって戦ってきたこの二人の対立者の間を真っ直ぐに突き進む強さがあなた方に与えられますように。そして、この二人が一人として見られる臨在へと入り、生命と神性しか知らなくなりますように。

 

 

 

『未知の事典』 

コリン・ウィルソン)  (平河出版社) 1991/11

 

 

 

「平行世界」(パラレル・ワールド)

「平行地球」が存在するかもしれないという証拠がかなりある。たとえば、UFOや人間出現現象などの現象を説明するために「平行地球説」が持ち出されてきたし、特異な現実らしさか、真に迫った夢、これまでにも全く知らなかった情報を教えてくれる夢なども、当人の心が何らかの、平行世界に入り込んだ結果なのかもしれない。夢の場合、証拠はよくてもせいぜい主観的なものでしかないのだが。

 

<(人間出現現象)>

世界各国の神話、伝説、民話には不気味な「出現」の話が、よりどりみどり、たくさん含まれている。9世紀には、リヨンの大司教アゴバールが、マゴニアという国から「雲の船」に乗ってきた人たちがいるという農民の信仰について書いているアゴバールは、そのマゴニア人たちに誘拐されたと主張する4人の人たちとかかわりあいになったが、4人の話を信ぜず、当然のことだが、マゴニアというのは、異教の象徴だと結論した。

 

<「UFO」>

・「接触したと称する人たち(コンタクティーチャネラー)の多くは、宇宙人の声を頭の中で聞いたといっており、ジョージ・ハント・ウィリアムソンの『獅子の秘密の場所』には、宇宙人が自動書記でウィリアムソンに接触し、自分たちは1800万年前に地球に到来し、2万4000年前に大ピラミッドを建て、その地下室に宇宙船が隠されているとウィリアムソンに伝えたという」。

 

「UFO目撃談は跡を絶たず、しかもその大半は自己宣伝をする必要のない普通の人たちの話なので、UFO現象は、純然たる妄想ではないという声が高まりつつある」

 

・「1969年英国空軍中将サー・ヴィクター・ゴダードはロンドンで講演し、UFOが平行世界から飛来している可能性があると述べた」。

 

 

 

『神々の帰還』

(エーリッヒ・フォン・デニケン)(廣済堂出版)1999/5/1

 

  

 

 スターウォーズ勃発

 地球を周回する大城砦

古代インドの大叙事詩マハーバーラタ」の一部「ヴァナパルヴァン」では、神々の住まいは、宇宙城砦と呼ばれ、地球のはるか上空を周回した。また、「サバ・パルヴァ」にも同様の記載がある。これらの巨大な宇宙城砦は<ヴァイハヤス><ガカナチャラ><ケチャ>と言った名を持っている。いずれも連絡船ヴィマーナが巨大な門から悠々と着陸できるほどの規模だった。

 

・古代インドの伝承文学の「マハーバーラタ」の「ドローナ・パルヴァ」には、地球を周回する素晴らしい三つの大城砦都市のことが出ている。これらの宇宙城砦は地球上ばかりか、神々の間にも騒ぎを引き起こし、これがきっかけとなってスター・ウォ-ズが勃発した。

 

 古代の超科学

・とりわけジャイナ教では、複雑極まりのないカルマの教えが微細に渡って述べられている。ジャイナ教は、ヒンズー教や仏教と並んでインドが生み出した三大宗教の一つだ

 

ジャイナ教は仏教よりも数百年早くインドに起こり、5世紀までにはインド亜大陸全土に広まった。しかし、ジャイナ教徒たちによると、この宗教が創設されたのは何千年も昔のことだという。

 

ジャイナ教の経典は、聖書と同じやり方でまとめられ、シヴェターンバラ(白衣派経典)という名称で一括して呼ばれている。

 

 

 

『神々の帰還』

(エーリッヒ・フォン・デニケン)(廣済堂出版)1999/5/1

 

 

 

 信じられない年代の数字

ジャイナ教の伝承の多くは、現代科学の観点から見ても、実に革命的である。時間の概念カーラは、アルベルト・アイン・シュタインの理論体系さながらの役割を演じる。

 時間の最小単位はサマヤ(時間点)で、これは一個の原子が自分の長さだけゆっくり移動するのにかかる時間で、無数のサマヤが集まって、初めてーアヴァリラになる。167万7216アヴァリラで、ようやく計量可能なームフルタになる。これは48分に相当する。三十ムフルタで一アホラトラになる。これはちょうど我々の一昼夜24時間に相当する!

 

 カルパという空飛ぶ宮殿

ジャイナ教宗教哲学者たちは、さまざまな世界の住人たちが見せるさまざまな特徴までも描く、天界にも(カルパ)という名前がつけられている。そこには素晴らしい空飛ぶ宮殿がある。これは可動式の建造物で、「都市全体が空飛ぶ宮殿」になっていることが多いらしい。天界の諸都市は、階層構造になっていて、各階の中央部からはヴィマーナ(空飛ぶ乗物)が四方八方に発進できる。

 

 

<●●インターネット情報から●●>

2016/8/23

  米軍兵士、アフガニスタンで4メートルの巨人を射殺 

 元米軍兵士が、アフガニスタンの洞窟で、身長4メートルの巨人を射殺したと証言している。L.A.マルズーリ氏が制作したドキュメンタリー番組で明かした。

 

ミスターK」と名乗る元米軍兵士は2002年、カンダハールでの偵察行動中に、砂漠地帯で洞窟を発見。洞窟内を調査中に4メートルの巨人に遭遇したという。

 

ミスターK氏によると、巨人は赤毛で、指が6本あったという。米軍偵察部隊は巨人に発砲。約30秒間の銃撃により巨人は死亡したが、戦闘中に巨人の槍が貫通した兵士1名が犠牲になった。巨人の死体は救助要請で現場に到着したヘリコプターによって回収され、その後どうなったかは不明という。

 

「死体からは強烈なスカンク臭のような悪臭がした」とミスターK氏は証言している。洞窟の入口には無数の骨が散乱していた。巨人の存在は地元民には以前から知られており、人間を取って食べると恐れられていた。

 

 

 

『原爆と秘密結社』     元米陸軍情報将校が解明した真相

なぜ聖地ナガサキが標的とされたか

ディビィッド・J・ディオニシ  成甲書房 2015/7/18

 

  

 

陰の権力者

原爆開発計画は、米国政府に潜入した秘密結社カルテルによって企図され、指導され、実行された。この驚くべき事実は、史上初めて本書を明かす「原爆の秘密」である。

 

・つまり、国家も世界も、ある限られた特権集団――グローバル規模のネットワークを持つごく少数の「陰の権力者」たちの実像と、彼らが行おうとしている策謀の数々が徐々に見えてきました。そこから感じ取れるのは、「大変な危機感」などという安易な言葉では言い表せない、恐怖の慄きでした。

 彼らは自分たちの既得権益の確保と、将来に向けたそのさらなる増大のためには悪魔に魂を売っても恬として恥じない者たちであり、それはまさに文字どおり、ルシファーを信奉するサタン勢力としての本性なのです。

 

・そして今、わたしが最も危惧しているのは次のことです。すなわち、彼らが新たな手口によって、かつまた「それとは気づかれない」方法で、目的追及に邪魔になる人々の大量殺戮を密かに準備していることにほかなりません。はっきりと言います。彼らが進めているもの、それは核兵器の全面使用による「第3次世界大戦」なのです。

 

・さらには、当時の米国では、「原爆の父」とまでいわれた原子物理学者ロバート・オッペンハイマー博士が委員長であった原爆投下標的委員会は、戦略的軍事目標の重要性から長崎を原爆の標的としておらず、原爆投下の第一標的地リストにもまた第二標的地リストにも長崎は載せられていなかったのです。

 

・彼らの恐ろしいところは、ある陰謀の中核となった一部の人物以外、事件の全体像が分からず、かかわった当の本人にさえ、その行動が自分自身の判断だと思わせてしまう点にこそあります。広島と長崎を地獄に変えた人物たちも、事後に作られた物語によって自分の行動を確認しているのであって、自分が動かされたとの自覚はなく、また本当のシナリオが「陰の権力者」たちによって作られたことなど知るよしもありません。

 さらに悪いことに、多くの人々がこの秘密結社の存在を認識することなく、たとえ知っていてもそれが無害の団体、例えば結社が隠れ蓑としてよく利用者するチャリティ集団だと思い込まされている点です。この狡猾さと用意周到さは、世界のどの組織にも真似できないでしょう。

 だからこそ彼らは、「サタン」あるいは「ルシファー」に仕える者として恐れられてきたのでした。

 

原爆開発計画と秘密結社

・原爆開発計画は、アメリカ合衆国政府に潜入した秘密結社カルテルによって企画され、実行された。この驚くべき事実は、史上初めて本書が明かす「原爆の秘密」である。

 秘密結社として組織されたこの強力なカルテルの触手は、世界各国の政府要人らをも傘下に取り込んで、実質的に支配している。これこそが、原爆の本当の歴史が隠蔽されてきた主な理由の一つである。

 

・また、シャーウィンはその著作で、「日本が降伏したがっていたにもかかわらず、原爆使用を望んだ権力者らは、米国がこれを受け入れるのを故意に遅らせた」と述べている。日本の降伏が故意に遅延されなければ、太平洋戦争で最も凄惨な沖縄での地上戦は起こらなかったであろう。シャーウィンは、原爆の使用はアメリカ人兵士たちの犠牲を減らしたのではなく、逆に増大させたと言うのである。

 

・こうした文書類から、トルーマンは日本が戦争終結の交渉の進捗を欲していたことを知っており、原爆は軍事上の目的ではなく、政治的諸目的のために使われたことなどが判明した。

 

強力なカルテル

カルテルや秘密結社は数千年の昔からあり、米国はもちろん、欧州の最も古い国々が出来るはるか以前から諸国家の政府に影響力をふるってきた。彼らは、固い誓いの下で血の判を交わし合った仲間の集団、いわゆる血盟の秘密結社であるが、その真相を隠すために巧みに集団の名称を変え、隠れ蓑をまとって活動してきたのである

 

・そもそも原爆を作り出した秘密カルテルは、かつて1884年ローマ教皇レオ13世が世界に警告したのと同じ集団である。その際レオ13世は、彼らが長年にわたり、世界宗教としてのカトリック教会を破滅に追い込み、人類を征服しようとして謀略的に策動していることを暴き、強く警告したのだった。

 というのも、19世紀までには、このカルテルの魔の手はすでに世界の至る所に及んでいたからである。20世紀になるとその勢いはさらに増して、諸国の経済や政治に及ぼす彼らの影響力はますます拡大して強固になり、戦争や重大な社会紛争を引き起こす影の主役にまでなってきたのである。

 

仮面の背後に存在する「死の血盟団ブラザーフッド・オブ・デス)」

・この秘密カルテルは、彼らが決めた以外の規範や法規を認めず、その構成員らが秘密の掟を破れば死刑に処すという、まさに文字どおり、血盟の秘密結社連合である。これが、その構成員らが時に自分たちを「死の血盟団」と呼ぶ理由の一つである。

 

・アンソニー・サットンの著書『アメリカの隠された権力集団』によれば、スカル・アンド・ボーンズは「かつて『死の血盟団』として知られていた」と述べており、スカル・アンド・ボーンズの名称は世間に通りやすいようにつけた表向きのものだと解説している。内外ともに共通して使う名称は「ジ・オーダー(The Order)」(訳注=友愛の団、会、組合、結社などを意味する)であるが、内部だけでは「死の血盟団」の名称が使われる。サットンによれば、1873年10月に、スカル・アンド・ボーンズを批判するのに「死の血盟団」の名称が使われたことがあり、またヒトラーの親衛隊SSが「死の血盟団」と呼ばれたように、他の秘密結社組織との結束を唄う場合には、内部的な統一名称として「死の血盟団」が使われる。

 

・「死の血盟団」は、要するに、次の4つの目的を達成しようとするカルテルである。

(1) 諸国の独立主権を廃止して、世界統一政府の下に支配する。

(2) 通貨発行権を独占して、購入に通貨を必要とする物品のすべてを統制・管理する。

(3) 婚姻制度と家族生活を廃止して、子供の養育には親の影響を排除する。

(4) キリスト教を消滅させ、光明主義として知られる悪魔ルシファーを信仰する世界宗教に人類を改宗させる。

 

・「死の血盟団」は、その目的を遂行するために偽装組織として多くの秘密結社を用いるが、その中でも最も有名なフリーメイソンの内部機構を次章で説明する。

 ここでフリーメイソンを選んだのは、次のような理由がある。①血盟団の中で最大かつ最古の偽装団体の1つであり、②その長い歴史ゆえに、何世紀にもわたって、本物との認証を受けた公的文書が、動かぬ証拠として数多く残っているからであるフリーメイソンは、ほぼ各国に組織の活動拠点があり、全世界で少なくとも400万人の会員がいると主張している。

 

唯一の真の宗教

原爆の秘密の中でも最も厳重に秘匿されてきたのは、原爆使用を決定する政府と軍部の最高幹部がフリーメイソン員らに占められていたという事実である。

 トルーマン大統領、ヘンリー・ウォーレス副大統領、ハップ・アーノルド将軍(米陸軍航空軍司令官)、カーティス・ルメイ将軍(第20爆撃集団司令官)、フランクリン・ルーズベルト大統領、そしてマッカーサー将軍が原爆使用を決定した最高幹部であり、彼ら全員が「死の血盟団」に仕えるフリーメイソン員であった。

 

・米国におけるフリーメイソンの影響力は、2007年の第110回米国議会下院決議第33号によっても実証されている。この決議は、当時「各州に何千人ものフリーメイソン員」がいることを認め、米国憲法の署名者の大半がフリーメイソン員であったことを認定したものだ。また、同決議は、フリーメイソンの「長い来歴は国家の創立以前にまで遡るものである」ことを確認している。この決議第33号の数字「33」は、フリーメイソンにとって特別の意味を持つ。というのも、通常会員が最高位第33階級になれば、秘儀を受けて超人的パワーに目覚めると信じられているからだ。

 

フリーメイソンの在り方は、まさに宗教そのものであると言っていい。しかも、現代の代表的フリーメイソン員といえるアルバート・パイクとマンリー・P・ホールは、フリーメイソンが単なる一宗教ではなく「唯一の真の宗教」であるとさえ明言している。

 

・とはいえ、もし組織内容をよく知らない会員が「フリーメイソンは宗教なのか」との質問を受けた場合、彼らはきっと、「いや、宗教とはかかわりのない団体だ」と答えるだろうとホールは説明する。しかし、パイクやホールその他のフリーメイソン幹部らによれば、そうした大半の一般団員は、フリーメイソンの神がアブラハムの神ではないことを知れば、ほとんどの人たちがフリーメイソンそのものを受け入れなくなるであろう、とも述べているだからこそ、真実は知らされず、ほとんどの会員は欺かれているのだ、と。

 

フリーメイソンの階級

・そもそも、フリーメイソンには100以上の階級があり、団員たちは通常、一般社会に自身の階級名を明らかにすることが許されている。これらの階級は100段階に向けての累進階級ではなく、団員は主として3系統の中からどれかを選択することになる。一つは、「アメリ儀礼」または「ヨーク儀礼」と呼ばれる系統で、これは13階級まである。次は、33階級までの「スコットランド儀礼」で、最後は96階級まである「エジプト儀礼」である。さらには、これらの階級に加えて、「秘教聖檀」と「パラディアム」を含む最上位の階層が存在する。この「秘教聖檀」階層までは第3階級の者なら誰でも志願できる。しかし、第3階級の中から「パラディアム」階層に選ばれる者の割合は、10万人に1人より少ないと推測される。

 

フリーメイソンの隠された神

フリーメイソンの秘密神はルシファー(悪魔・堕天使)である。

 

フリーメイソンのエリート幹部は、彼らの秘密儀式が解明されたり外部に知られるのをひどく嫌うが、そもそもほとんどのメイソン員は、ルシファーがフリーメイソンの神であることを知らない。幸いにも、エリート幹部と一般会員のあいだにあるこの混沌状態は、人々がフリーメイソンの秘密を知る機会が増すにつれて急速に小さくなっている。そして、メイソン員が真実を知ってしまうと、しばしば脱退することになり、これが現在団員数の減少している主な理由の一つでもあるのだ(北米フリーメイソン協会が公表している米国とカナダの団員数は、最盛期の1959年の410万人から減少の一途をたどり、2013年には125万人となっている)。

 

・ルシファー信仰者は、啓示や霊知を得たあとで、自分たちが人類を超えた存在になるのだと信じている。多くのフリーメイソン員は、ルシファーを崇拝している大いなる啓示を受けることによって、全能とも言えるほどの知識と能力を得られると確信しているのである。

 

フリーメイソンの神ルシファーは、女性でもあり男性でもあると伝えられている。パラディアム階層のメイソン員は、ルシファーがアトランティスの神であり、またエジプトのイシスとオシリスとして現れた神であるとの伝承を引き継いでいるようだ。イシスは女性半分でオシリスは男性半分であり、この両性から生まれたホルスは、ルシファーの邪悪な三位一体神の第3部分であるとされる。

 

人類に世界政府を受け入れさせる

・ヘンリー・パーマストンは、多年にわたってフリーメイソンに献身したのち、パラディアム儀礼の初期に死去した。「死の血盟団」に対するパーマストンの功績は、英国による軍事介入の策謀と統制を支援したり、現代の法人組織の基礎を確立したことが挙げられよう。

 「死の血盟団」には、20世紀以降、団指導部の中核にいる人々の家族を、団指導部の中核にいる人々の家族を、世間から巧妙に隠して保護するために、以前は個人にのみ付与された権利を、表向きの法人組織や偽装団体にも持たせる必要が生じた。それまで生身の個人に与えていた諸権利を法人に付与するというやり方は、パーマストンが「死の血盟団」のために案出したものである。彼の主要な功績の1つは、1862年会社法令を成立させ、それによって秘密結社を法人団体として存立させるための法的枠組みを整えたことであった。

 

パーマストンが亡くなる前に、上述の最高幹部4人は、19世紀のフリーメイソンの幹部エリートを糾合し、その後のアメリ南北戦争など、世界を震撼させた組織的悪行の多くを準備したのだった。彼らは全員、第1次世界大戦が開始されるまでに死去したが、「人類に世界政府を受け入れさせるためには3度の世界大戦が必要だ」と主張し続けたパイクの野望は、今日もなお受け継がれているのである。

 

日本の原爆開発計画

・日本における真実の隠蔽工作は、1945~52年の連合国占領管理下で、フリーメイソンの主要メンバーであるダグラス・マッカーサー元帥によって遂行された。1945年9月22日、マッカーサーは、日本のすべての研究・実験機関に対し、ウランをはじめとする放射性物質の分離作業を禁止する指令を出したのである。

 

もし1945年の時点で日本の原爆開発計画が広く知られていたなら、朝鮮はおそらく統一国家として残されていたであろう。というのも、日本の原爆開発計画にかかわる施設の多くは、今日の北朝鮮にあたる38度線以北にあったからだ。日本の原爆開発の主要施設をソビエト連邦へ運び出す作業は、当時朝鮮半島北緯38度線で分断し、さらに1953年に38度線周辺を軍事境界線とすることによって遂行されたのである。

 大戦後の米国内ではソ連に対する脅威が急速に高まっていたので、もし日本の原爆開発計画が秘密にされていなかったならば、おそらく朝鮮が分断されることはなかったはずだ。

 米国市民の大多数はソ連に原爆を持たせたくなかったが、逆に「死の血盟団」は、早くソ連に原爆を持たせようとしていたので、日本の原爆開発計画を秘密にしておく必要があったのである。

 

「二号計画」と「F号計画」

・A計画は結局、「二号計画」と「F号計画」と呼ばれた二つの原爆開発計画に分けられた。仁科芳雄は、理化学研究所での二号計画を担当し、荒勝文策が京都帝国大学でF号計画の陣頭に立つことになった。1942年10月1日に、仁科博士はウランの6フッ化物ガスを蒸留して濃縮ウランを生産するという作業プロセスの達成を、当面の目標として選定した。

 

・日本の原爆研究は、京都大学でのサイクロトロン設置に成功したものの、いかんせん原料の調達が最大の懸案であり、あらゆる入手可能なところからウランを入手する必要があった。そこで、まずウラン供給源を北朝鮮に求めたことが、日本の実際の原爆開発施設を日本ではなく北朝鮮に建設した理由の一つである。また、長津江ダムでの発電施設が大量の電力供給に適うことと、さらに核爆発実験による放射線被害から日本本土を守るためにもなるとの理由も相まって、特に興南地域が原爆開発拠点に選ばれたのである。

 

・その日本人将校は、戦時中に朝鮮での日本の原爆開発計画の防諜任務に当たっていたのだ。米国政府は、スネルに対してこの防諜担当将校の氏名を含む詳細を公にすることを禁じ、スネルはその日本人将校に「若林哲夫」という偽名をつけるように命令された。

 スネルは後日、出版物の中で、「日本の原爆開発計画は、当初名古屋で始められたが、B29が日本本土の工業諸都市をさかんに爆撃するようになったため、やむなく研究施設を朝鮮へ移動させざるをえなかった」と記している。また彼は、若林が「自分が思うに、日本を敗北させたアメリカの主要兵器はB29で、これがわが方の原爆開発計画を朝鮮に移動させたのであり、その結果、開発に3カ月もの遅れが生じてしまった」と述べたとしている。スネルは若林の証言から、日本の原爆開発がアメリカの原爆開発とほぼ同程度に進行していて、実際アメリカに1年余りの遅れであったと判断していた。スネルは次のように述べている。

「私はこの情報を一人の日本人将校(若林哲夫)から知らされた。彼は、日本の敗戦前は興南での原爆開発の防諜任務に就いていたと言い、当時日本の原爆開発計画に携わっていた者たちの氏名、期間、その他種々の事実と数量に関するデータを伝えてくれた。そこで私は、それらの情報を在ソウルの米国陸軍情報部に報告しておいたので、国防総省は現在でのそれらの多くを保管しているはずだ」

 

 

 

繰り返すが、スパイ防止法のような法律があれば、ここまで見てきたような日本における外国人スパイの活動の被害は、避けられたケースも少なくない。(1)

 

 

(2024/2/17)

 

 

『諜無法地帯』

暗躍するスパイたち

勝丸円覚  山田敏弘  実業之日本社  2023/11/22

 

 

 

日本では数万人規模の中国スパイが活動している

 

はじめに

スパイは、あなたのすぐそばにいる

 

・私は警視庁公安部外事課(通称:外事警察)に2000年代から所属していた。外事警察ではスパイテロ対策に従事し、スパイを追跡する「スパイハンター」として、街の中に溶け込んで活動を続けてきた。日本でスパイ対策をしている公的機関はいくつかあるが、外事警察は、逮捕権・捜査権をもつ法執行機関として最前線でスパイと戦っている。

 

加えて、「スパイハンター」として活動している際に、それぞれの場面で共通して思うことがあった。それは、スパイハンターの人手があまりにも不足していることだ

 

・もう、スパイがやりたい放題に動いている現実から、日本人は目をそらしてはいけないのである。

 

実録!私の外事警察物語

大手ショッピングモールにスパイあり

・大きなショッピングモ-ルはスパイに好まれる場所であり、首都圏にある米大手倉庫型店でスパイが協力者に接触を行っていたこともあった。郊外の店舗ゆえ、スパイや協力者が密会する穴場だと見られている。

 

犯罪だらけのアフリカ某国で大使館の警備

・もともとその国の日本大使館では、アフリカ某国の国家警察に所属していた元警察官が警備担当のローカルスタッフとして雇われていた。そして、その元警察官に、現地の治安状況や情勢について簡単な英語で報告書を作成させていた。

 

麻薬カルテル情報でネタを吸い上げる

日本には対外情報機関は存在しない。CIAやMI6のような国外でスパイ活動をする組織がない。

 それでも私は、大使館のみならず日本の安全のために、アフリカ某国で独自に情報活動をして、日本に報告を行うようになった。

 

事前にイスラム過激派のテロを把握

・警備対策官は、日本や日本人に対するこうした脅威情報を得るために情報取集をしているのだ。ただ日本には対外情報機関がないために、いち警察官である私は、それを個人の裁量で行わざるを得なかった。

 

命を懸けた海外での接触

・私が管轄していたいくつかのアフリカ諸国でも、お土産やプレゼントによるお礼の文化が普通にあった。

 情報のレベルにもよるが、謝礼は、高級な万年筆が買えるくらいのレベルから、高くても良質なスーツを買えるくらいが最高額だった。

 

世界から遅れている日本の情報機関

お互いに情報を隠し合う日本の情報機関

・こうした私の対外情報活動は、あくまでも個人として動いていたものである。再三述べたように、日本には対外諜報機関が存在しないからだ。

 

・内閣情報官は常に警察出身ということになっている。そこに警察庁公安調査庁からの職員と、国際情報統括官組織ならびに防衛省の情報本部からも職員が出向している。問題は、それぞれの組織から来ている職員が、お互いに情報を共有することはなく、隠し合っていることである。

 

自衛隊の秘密組織「別班」は実在する

防衛省は情報本部以外に非公然組織を抱えているといわれている。その名も「別班」。私が公安監修をしていたTBS系日曜劇場「VIVANT」に登場し、話題になっていた。

 防衛省では、軍事活動をする上で海外の裏情報を知ることが重要だとされているため、陸軍の軍人だった藤原岩市が、普通の情報機関員では手に入れることができない危険度の高い情報を集めることを期待して創設したのが始まりである。

 別班のメンバーは主に防衛省から外務省に出向して、外交官として在外公館に勤務しながら情報収集をしている。

 

・ちなみに政府は別班の存在を否定しているが、別班が集めた情報は内閣官房長官と内閣情報官に上がるので、把握しているはずだ。

 別班の創設にあたり、旧日本軍の陸軍中野学校というスパイ養成機関に所属していた人々が関与していたといわれる。彼らは日本を守るという任務のためには、時に邪魔者を排除することも辞さなかったといわれている。

 

金正男の来日情報を一番掴めなかった公安

・国際的に見れば、CIAやMI6といった対外情報機関の日本側のカウンターパート、つまり、日本側の同等の組織は、公安警察、内調、公安調査庁のどれなのかがはっきりとしない。そんなことから、海外の情報機関から日本に絡んだ重大な情報がもたらされても、それをうまく活かしきれずに失態がおきることもある。

 その象徴的な例が、2001年5月の金正男の来日事件だ。

 

・私はこのケースについて、いまだに惜しいことをしたと考えている。もし最初に情報が公安警察にもたらされていたとしたら、おそらく金正男を泳がせて、どこに立ち寄るのかなど行動を調べて、日本側の関係者を特定しようとしたはずだ。さらには、毛髪からDNA情報も確保できたかもしれない。金正男からいろいろな情報が収集できたはずだったが、結果的に、そのまま帰国させてしまうというあり得ない失態をさらした。

 この金正男のケースに限らず、海外で私が属していた外事警察はあくまで「法執行機関」であるために、アフリカ某国に赴任中に各国の情報機関関係者があつまるブリーフィング(説明会)にも呼ばれないこともあった。

 

・つまり、普段から日本の情報機関として接触をしていないと、相手にしてもらえないのである。これもまた、日本にきちんとした情報機関を作るべきだと考える所以である

 

・情報機関全般にいえることだが、基本的には自国の国益あるいは自分の国に対する脅威についての情報を求めている。それこそが帰結するところである。よって、自国について悪く言っている団体や評論家、政治家などがいれば、その団体や人物の背後関係を調べるのは当然のことだ。

 

・彼らも人に会う際には、プレゼントを渡したり、少額の現金を渡しているが、それらは外交機密費から出ている。警察庁出身だろうが、公安調査庁だろうが、外務省に身分を置き換えてから外国に赴任するので、活動の費用は外国機密費から出ることになる。どれだけの金銭を使えるかについては、その在外公館の大使が決済する。

 

日本を食い荒らすスパイたち

スパイが入国する際は申告制

・スパイは本当に日本各地で活動している。スパイは基本的に、人目につかないように動き、隠密に仕事をする。これはあまり知られていないことだが、日本政府は、日本に暮らす外国人スパイの存在をある程度、把握している。その理由は、国際的なインテリジェンスコミュニティ(諜報分野)には、通告のルール(外交儀礼)というものが存在するからだ。そのルールでは、日本に大使館などを置いて情報機関員を派遣している国々が余計なトラブルに巻き込まれないよう、日本に赴任している情報機関職員を外務省に伝えることになっている。外国人の情報機関員は、外交官の肩書で大使館に属しながらスパイ活動をすることが多い。

 外務省の中でも、この情報の管理を担当しているのは「儀典官室」(プロトコール・オフィス)だけである。

 

・外務省以外でこの情報を知ることができるのは、警察庁と、日本にある150カ国以上の大使館の連絡を担当する警視庁の担当部署だけだ。私はそこの班長だったので、それを知る立場にあった。

 

・意外に思うかもしれないが、実はロシアですら、この通告を行っている。もちろん、逆に日本もロシア政府にロシア大使館や領事館にいる警察庁公安調査庁の職員の名前や所属などを通告している。

 

外務省が把握できないスパイは大量にいる

・国外の担当者は、国外でさまざまな情報収集を行い、自分の国にとって有害な活動をする組織や個人を調査する。さらには、自国が有利になるような影響工作や世論操作、国によっては破壊・暗殺工作も行う。彼らは対外情報機関と呼ばれる。

 一方で、国内の担当者は、国内に入ってくるスパイの情報を収集し、取り締まりをする「防諜」活動を行う。日本では公安関係の組織が担うが、多くの国でも捜査権や逮捕権を持つ法執行機関である警察やその他の機関が主導的に行っている。

 

・情報機関員たちは、さらに日本国内でスパイ活動を行うための協力者をリクルートする。そうした協力者も、いわゆるスパイということになる。

 

・ところがある日、このS国人はいつもと違う動きを見せた。「点検」である。点検とは、スパイや防諜担当者から尾行されていないかを確認する作業のことを指す。点検によって尾行されているかもしれないと察した場合は「消毒」をするのである。消毒とは、尾行を撒くことだ。

 

CIA支部長が断言「日本はスパイが活動しやすい国」

外事警察だった私としてはあまり認めたくはないが、やはり日本はスパイ天国だと言わざるを得ない

 

・中国の北京や上海では、スパイは自由に動きにくい。なぜなら、中国で監視対象になってしまえば、公安機関を動員して、入国情報から宿泊先、予約したレストランなどすべての情報がチェックされ、丸裸になってしまう。

 

繰り返し述べてきたことだが、日本には国内でのスパイ活動を防止する法律がない

 

・カナダもスパイに対して緩い国だ。カナダは、アメリカやイギリス、オーストラリア、ニュージーランドと情報共有のためのスパイ同盟「ファイブ・アイズ(UKUSA協定)」のメンバーである。しかしながら、その5カ国の中でも最もスパイに対して甘い。

 

尾行・盗聴・ハッキング………スパイ活動の実態

・では、どんな情報を集めているのか。世界第3位の経済大国である日本を例にとると、日本の半導体や通信などの最先端のハイテク技術や、それ以外で日本が他国よりも先を行く分野の技術だったりする。

 

アジア諸国でも、在日大使館に情報機関員を置いている国はある。彼らは日本を敵対的には見ていないが、彼らが注視しているのは、日本に暮らす自国民の動向や自国民が集まるコミュニティの情報だ。自国で反政府活動をしているグループや人が、日本にいる仲間に日本からもSNSを使ってメッセージを投稿させたりしていれば、その在日の同国人を監視する。

 

・中国や韓国といった国々は、北朝鮮とは違って、外交に影響が大きい日本の政治情報をターゲットにして、情報収集や影響工作をしている。

 

・国によっては、情報収集以上の工作に力を入れている場合もある。その典型的な例は、北朝鮮だ。北朝鮮は1970年代から80年代には、最高指導者だった金日成がいざ革命の指令を出した時に、日本で一気に蜂起するような体制を作っておくという目的があった。現在では、日本の技術を盗んだり、お金を稼ぐことにかなり力を入れている。日本を通して外貨を稼ごうと目論んで活動している。

 

集めた情報は秘密の通信手段で自国に送る

・さまざまに集められた情報は、自国に伝えるためにまとめられる。情報収集や工作を行うだけがスパイの仕事ではない。集まった情報をリポートとしてまとめていくデスクワークもスパイの重要な仕事のひとつなのである。まとめられた情報は、自国の安全保障対策や政治決定の材料として活かされることとなる。

 各国の情報機関は、独自の通信手段を持っている。

 

中華料理屋の店主・クリーニング屋…スパイの協力者たち

・日本におけるスパイたちの活動は情報収集や工作活動など多岐にわたるが、その中でもスパイたちがまずする大事な仕事は協力者の獲得と維持だ。

 例えば中国なら、情報機関から派遣されているスパイは、メッセンジャー(伝達相当)やリエゾン(連絡担当)のような役割の人を抱えており、そうした人たちを動かしながら活動している。

 

・中国は、江東区にある教育処と呼ばれる大使館の関連施設で、莫大なデータベースを作っているとされる。そこには、現役の留学生だけでなく、これまで日本に留学した人たちの個人データが記録されている。

 

・中国スパイなら、ある大手電子機器会社の技術が欲しいとなれば、ターゲットの企業に中国人がいないかを調べる。

 

日本でも起きる暗殺事件

・いうまでもないが、日本の情報機関が殺しをすることは絶対にない。警察ではそもそも違法はしないことを前提に捜査活動をしている。

 

・2006年、ロシア人のアレクサンドル・リトビネンコが、イギリスで放射性物質ポロニウム210で暗殺された。

 

ロシアは、ウクライナ侵攻後も、現在進行形で暗殺工作を行っているといわれている。では世界で最も有名な情報機関のCIAも、暗殺は行うのか。私の見方では地域や、時と場合によっては実行する可能性もあるだろう。

 

恵比寿駅と大塚駅で尾行を撒くロシアスパイ

・日本に情報機関員を送り込んでいる国で、在日スパイ数が多い国といえばロシアが挙げられる。ロシアは3つの情報機関からスパイを送り込んでいる。大使館のみならず、総領事館にもいる。さらに民間に紛れているスパイを入れれば、総勢は120人ほどと分析されている。

 

・逆を言うと、ロシアの場合はきちんと訓練を受けたスパイが、自らスパイ活動をしていることがわかる。他の国ならば、自ら動くことはなく、協力者を使って隠密に動くので、消毒をする必要もない。

 

G7広島サミット開催前はスパイが激増

・もちろん、日本のイスラム国家の大使たちとも普段から接触していたので、テロリストやテロに関する不審情報がその時点ではないことは確信していた。

 そうして恩を売ることで、私はシークレット・サービスに貸しを作ることができたわけだ。シークレット・サービスは面白い組織で、そもそも米財務省内の組織であり、歴史的に偽札の情報を収集している。日本では偽札を扱うのは警察庁刑事局だが、偽札造りで知られている北朝鮮も絡んでくるので、外事警察も情報収集活動を行う。

 

CIA/MI6の日本活動

アメリカ】

<住宅ローンのため手当ほしさに危険国に赴任する情報機関員

・世界で最も有名な情報組織といえば、アメリカのCIA(中央情報局)で間違いないだろう。

 

・CIAは、予算の額も職員の数も機密事項であり、公開はされていない。ところが、元CIA職員で内部文書を暴露したスノーデンが明らかにした書類によれば、CIAの予算は約150億ドル(約2兆円)だ。職員の数も2万人を超える大所帯である。

 

・そういう活動は普段から幅広くやっておく必要がある。それが後々、自国の利益となるものだ。例えば、2013年にアルジェリアイスラム系過激派組織が天然ガス精製プラントを占拠して日本人を含む37人が殺害された事件を記憶している人も多いだろう。

 

・この事件では、現地の日本の在外公館がテロ情勢の情報を把握できていなかったと批判された。

 

CIAに協力している日本人は多くいる ⁉

・実際に現場で感じていたCIAのイメージは、とにかくいろいろな情報を大量に持っていることだった。

 

・CIAが求めている情報は、「アメリカに関することならなんでも」である。

 

・日本では、CIAとのやりとりは公式に警察庁が取り仕切っている。

 

CIA幹部は日本政府中枢の人間と会っている

・CIAは日本で、情報収集以外の工作活動もひっそりと行っている。

 

持ち出し不可、目で覚えることしか許されないテロ情報

・米情報機関の機密情報には、トップシークレット(機密)、シークレット(極秘)、コンフィデンシャル(秘)と3段階に分かれている。そうした機密文書のなかには、コピーやメモ、持ち出しができず、見ることしかできない「EyesOnly(アイズ・オンリー)」と指定された書類がある。

 

CIA vs. 北朝鮮サイバー攻撃部隊

・聞くと、ステガノグラフィ北朝鮮スパイが使う通信手口で、パソコン上の画像のなかに情報を埋め込む技術だという。

 

・恐ろしいのは、最初の段階で、CIAは北朝鮮スパイのそんな通信手口も把握しており、それを使って通信していた人物も、日本である程度絞り込んでいたことだ。

 

【イギリス】

リアル007「MI6」

・イギリスの対外情報機関といえば、MI6(SIS=秘密情報部)である。

 

・実は、イギリス政府は1993年まで、MI6の存在そのものを公に認めてこなかった。

 

・MI6の職員数はそう多くない。イギリス政府の発表では、その数は約3600人。

 

・私がアフリカ某国に赴任していた時に見たMI6は活発に活動しているという印象だった。

 

・MI6の日本側の窓口になっているのは、内調と公安調査庁、そして警察庁警備局外事情報部の3つだ。

 

北朝鮮が絡んでいるかもしれない核情報

・アフリカ某国で勤務している際に、MI6やCIAの「情報収集合戦」を垣間見たことがある。十数年前のことだが、アフリカ某国で、原子力施設に絡んだ問題が発生したことがあった。

かつてその国では核開発が行われていた。

 

・日本人としては、何が盗まれたのかということと、日本の懸念国で核開発を行っている北朝鮮がその事件に絡んでいないかどうかを知る必要があった。

 

MI6が一番日本に協力者を忍ばせている ⁉

・私の印象では、MI6は、日本で古い歴史のあるイギリス大使館で、長い時間をかけて培ってきた基盤があるように思えた。日本には戦前から、イギリス関係の企業やイギリス人大学教授がいたので、そこから人脈を広げて協力者との関係も築いている印象だった。日本に長く住んでいる学者や研究者など日本語が堪能なイギリス人を使って情報収集をしていると見ている

 

・イギリスは、昔から世界各地で植民地をたくさん持っていた強みもある。アメリカのように金と人に物を言わせて情報収集活動するのとは違い、歴史的に構築してきた人脈で根づいているという印象を持っている。

 

日本にとって最大の脅威国家 中国・ロシア・北朝鮮

【中国】

日本では数万人規模の中国スパイが活動している

・「スパイ」の数を正確にはじき出すのは無理だ。

 なぜなら、スパイというのは、スパイ行為をしている人のことを指すのか、あるいは、知らず知らず協力している人を指すのか、またそのすべてのことをいうのかによって定義が変わってくるからだ。

 中国スパイは人海戦術を使っていると各国の情報機関から分析されている。つまり、スパイ行為に関わっている人がかなり幅広くいて、その境界も曖昧である。

 

・オーストラリアには2500万人の人口がいて、そこに数千人の中国系スパイがいるという。一方で、日本の人口はオーストラリアの5倍以上になるので、単純計算すると、数万人規模で日本に中国スパイがいることになる。

 中国には、情報機関である国家安全部(MSS)と、国内の公安組織である公安部がある。人民解放軍にも、ヒューミントシギントを担当する部隊がいくつも存在している。

 

在日ウイグル人を密かに弾圧しようとしている

・数年前、私は、日本ウイグル協会の幹部から相談を受けた。新疆ウイグル自治区から逃れてきた協会の会員の親族が、中国に帰国した際に中国当局に身柄を拘束されてしまったという。

 

・中国政府は、ウイグル人の反共的な立場やイスラム教の信仰を理由に、彼らを弾圧してきた。

 

・この事件では、中国政府がウイグル人コミュニティに対する圧力を一層強化していることが浮き彫りになった。そして中国当局は、日本ウイグル協会の会員に接触し、協力を持ちかけた。会員に対して「友達になって協力してくれないか」と提案。

 

中国人留学生にスパイ行為をさせることがある

・中国の情報機関の大きな特徴として、留学生を活用する手法が挙げられる。

 

中国がスパイを潜入させている日本企業は多数ある

・中国がいま、日本で最も欲しい情報は、日本が持つ最先端技術だ。

 

日本の有名女優似の留学生がハニートラップを仕掛ける

・中国は、世論工作を行っている。その最たる例は、政界への工作だ。日本ではかつて、橋本龍太郎元首相が中国人女性のハニートラップに見事に掛かってしまったことがよく知られている。ハニートラップとは、色仕掛けで行う情報活動のことだ。橋本元総理のケースでは、中華人民共和国衛生部の通訳を名乗った女性に橋本氏は篭絡された。それ以外でも、最近になって中国人女性との関係を週刊誌に書かれている自民党参議院議員もいるので、ハニートラップは今も行われていると考えられる

 

・こんな例もある。2007年から営業していた京都の祇園にあった中国人クラブは、中国スパイ活動の拠点となっていた。

 

・日本には、全国各地に、中国人女性によるハニートラップの拠点になっているところがある。

 

秋葉原にある在日中国人を違法に取り締まる「海外警察」

・こうしたスパイ行為に加えて、中国は世界中に「海外警察」を設置して、国外に暮らす中国人に、中国共産党のルールを当てはめ、監視や「摘発行為」を行っている。

 

・中国政府は少なくとも世界30カ国の54カ所に海外警察を作っていると告発されている。日本国内では、秋葉原にあることが確認されている。他に可能性があるのは、福岡、名古屋、神戸、大阪、銀座だといわれている。

 彼らが監視対象にしていたのは、海外で中国人相手に商売をするなどして中国国内の法律を破っているような人たちだ。「自主的に」と言いながら半ば強制的に中国に連れ戻して、罪を償わせるのである。全世界的に直近3年間で数十万人ほどの中国人が帰国させられていることが判明している

 

通信傍受するスパイ拠点が恵比寿にある

・そもそも恵比寿別館は、外交施設として登録されていないため、別館という看板を掲げることは許されていない。

 

・実はこれまでも建物の存在は確認されていたが、管轄警察署である渋谷警察署の外事担当がその施設の関係者にアポを取ろうとしても、いつも担当者が不在で、接触はすべて拒否されてきた。

 

・2012年5月に発覚した「李春光(りしゅんこう)事件」では、在日中国大使館の一等書記官・李春光氏が日本でスパイ活動を行っていたことが明らかになった。

 

中国企業には情報を抜かれている ⁉

アメリカ政府は、2019年に中国のハイテク機器メーカー数社をエンティティリスト(米国商務省が指定した取引制限リスト)に入れ、その後も米政府や企業とビジネスができないように規制強化をしてきた。その理由は、中国製品が個人情報をスパイ行為で吸い上げる恐れがあるからだ。

 

【ロシア】

日本人と見分けがつかないロシアスパイがいる

・現在、ロシアには、KGBの後継組織として3つの情報機関がある。まずはFSB(連邦保安庁)、FSBはKGBの国内情報活動を引き継いだ組織だが、現在ロシアが侵攻しているウクライナなど旧ソ連独立国家共同体(CIS)の監視も引き続き担当している。

 

・ロシアで、アメリカCIAのカウンターパートとなる対外情報機関は、KGBの国外担当部門から引き継いだSVR(対外情報庁)だ。そして軍のスパイ組織として情報活動を担当しているのは、GRU(軍参謀本部情報総局)である。

これらFSB、SVR、GRUは、いずれも日本総局を持っている。

 

・ロシアスパイを把握する際に難しいのは、外交官の身分を持たない事務技術職員がそれぞれの組織に混じっていることだ。

 

・ロシアのスパイというと、東アジア系とは見た目が違うのですぐに外国人であると見分けがつくと思いがちだ。しかし、実は白人系だけではなく、朝鮮系やグルジア系、カザフスタンなどの中央アジア系の血が入ったロシア人もいる。そうなると、見た目では日本人と大差がない人もいるため、一見してロシア人とはわからない。

 

金品を渡して協力者を作っていく

・日本人は、日本国内で暗躍するロシアスパイの実態をほとんど知らない。

 

・そして公安側でも、企業に対するスパイ活動を把握できれば、早い段階で企業に伝えるようになってきている。私の知る限りでも、ロシアのオペレーションは、年間で2つ3つは潰してきた。

 

・2021年、神奈川県警は座間市の元会社社長を逮捕した。過去30年ほど、ロシアスパイに軍事や科学技術関係の資料を渡していた。その対価として受け取った総額は、1000万円以上。

 

・2020年には、40歳代のソフトバンクの元社員がロシア人に営業秘密を渡して報酬を受け取っていた事件が発覚している。

 

狙われた東芝の子会社社員

・さらにこんな話もある。現在、ロシアがウクライナで使用しているミサイル誘導システムには、元をたどれば2005年に日本で発覚したスパイ事件で盗まれた技術が使われている可能性がある。

 

もうひとつ、ロシアスパイの手口として忘れてはいけないのが、人の身分を奪う「背乗(はいの)り」だ。

 

・1995年に発覚した黒羽・ウドヴィン事件だ。1965年頃に福島県で歯科技工士だった黒羽一郎という日本人が失踪した。しかしその後、ロシアスパイが黒羽になりすまして、30年以上にわたって情報収集活動を行っていたことが判明した。

 

・このロシアスパイは、在日米軍の情報をはじめ、日本の半導体技術やカメラのレンズ技術などハイテク知的財産の情報を盗み、手に入れた情報をマイクロフィルム化して空き缶のなかに入れ、人の目につきにくい神社や公園に置いていた。それをウドヴィンが回収していたとされる。スパイが使うこの手法は「デッド・ドロップ・コンタクト」と呼ばれている。

 

・また世間を賑わしたケースでは、2000年に、ロシア大使館のボガチョンコ海軍大佐に内部資料を渡していた海上自衛隊の三佐が自衛隊法違反で逮捕された事件がある。

 

日本のドラマに出演していたロシア人俳優がスパイだった

・ロシアスパイは、実は訓練を受けた外交官の身分を持っているような人たちばかりではない。一般人の身分で、外交官の肩書を持たずに活動しているスパイも少なくない。

 

世界に目を向けると、民間スパイには画家を装っている者もいる

 

・またこれは意外な事実かもしれないが、ロシアンパブにスパイはあまりいない。

 

ロシア大使館は、外国人の要員も置かない。大使館ではよくある公用車のドライバーに現地人を雇うようなこともせず、すべて自国民で固めている。

 

・さらにロシアは、領事もスパイ活動をすることがある。

 

神経剤や放射性物質で暗殺するのが常套手段

ロシアによるウクライナ侵攻では、反ロシア派のロシア人の不審死が相次いでいるが、ロシアが裏切り者を暗殺するのはいまに始まったことではない

 

・海外では、もともとプーチンの仲間だったオリガルヒ(新興財閥)がプーチンを裏切ったことで殺されるケースも多い。

 

・これもニュースにならなかったが、民間企業に勤める中央アジア系ロシア人が撲殺された事件があり、このケースでは警察は、SVRの息がかかった何者かによる犯行かもしれないと一部の捜査員は見ていた。

 

北方領土・夢の国…プーチンは日本にこだわる

ウクライナ侵攻を受けて、スパイ界隈でも驚くような情報が漏れている。侵攻直後の2022年、ウクライナ国防省が、ヨーロッパで活動するFSB所属のスパイ620人のリストを公開したのである。

 

プーチン政権になる前から、ロシアスパイは日本から先端技術を奪おうとしてきた。

 

・日本との国家的な関係でいえば、領土問題がある。北方領土については、プーチン大統領は島を返すつもりはないだろう。

 

ウクライナ侵攻後、日本で見せたロシアスパイの不穏な動き

・従来、ロシアスパイたちは、日本にいるウクライナ人には興味を持っていなかったが、ウクライナ侵攻後はかなり注目している。

 

・また、日本人で人権派活動家や反ロシアのデモに参加するような人はロシアスパイの調査対象になっているので気をつけたほうがいいだろう。

 

北朝鮮

将軍様の命令を待つ部隊「スリーパー」が日本に潜伏している

かつては30万人ほどいたといわれた在日北朝鮮人も、いまでは数万人弱ほどになってしまっている。減ったといっても北朝鮮に帰ったわけではなく、韓国に国籍を変えたり、日本に帰化した人たちが増えたのである。朝鮮総連の運営も苦しくなり、資金だけでなく人材も不足、高齢化も問題で、若者の減少は深刻だとも聞く。

 

・以前なら、在日北朝鮮人は、北朝鮮にいる将軍様のために、日本や韓国で活発なスパイ活動を行った。そういう人たちを「スリーパー」と呼ぶ。

 

・当時、北朝鮮スパイが、同胞の在日北朝鮮人を撲殺するような事件も関西で起きていた。

 

北朝鮮スパイが使ってきた連絡手段として、一定時間に数字だけが流れるラジオ放送がある。

 

日本人のビットコインを盗む北朝鮮ハッカー

北朝鮮スパイはいま、日本をどうみているのか。やはり日本は金を調達する場所であり、脱北者や反体制派の同胞の動向を監視する場所として見ている。

 

北朝鮮にとって、日本での世論作りも重要な工作であることには変わりないが、欧米からの経済制裁で経済は疲弊しており、台所は火の車で、金がとにかく必要なのだろう。

 

・いま、朝鮮学校や大学の関係者も、給料の遅配で副業をしないと食べていけないというくらい、お金は枯渇していると聞く。金の切れ目が縁の切れ目で、在日北朝鮮人は北朝鮮から距離を置こうとしているというが実情である。

 

北朝鮮は以前から、世界でも最も貧しい国のひとつである。もちろん北朝鮮の外交官たちも金は持っていない。そんな事情もあって、ウィーン条約で禁じられている外交官の経済活動を赴任先の国で行うのである。私は、かつて勤務したアフリカ某国で、地元警察から聞いた話によると、同国に大使館を置く北朝鮮の外交官らが、他国に移動する際に使える外交公嚢(こうのう)(外交官用の荷物入れで、機密文書を誰にも見られずに運ぶことができる)を悪用しているという。外交公嚢は入管でチェックされることがないため、酒やタバコ、食材、日用品を運んでアフリカ某国で売り捌き、それで稼いだ金を外交官の生活費に充てたり、平壌に送金したりしていた。アフリカのみならず、東南アジアや南米などでは、拳銃や麻薬など禁制品にまで手を出して荒稼ぎをしていたというから目も当てられない。

 

・また北朝鮮は偽札作りにも関与している。

 

・情報機関の世界では、情報はギブアンドテイク。恩を売っておけば、後でこちらが欲しい情報として返ってくるものだ。結局、その一等書記官は偽札を流通させた張本人だと判明したとFBIから連絡があった。

 

蓮池薫さんを拉致したのは、ある日本人の戸籍を奪った北朝鮮人だった

・日本における北朝鮮の活動といえば、背乗りを思い出す。

日本の外事警察は、潜入捜査はもうやっていない。以前なら、完全に民間人になりきるために、警察をやめて身分偽装をすることはあった。

 

北朝鮮の背乗りで思い出すのは、日本人拉致事件にからむ話だ。1972年に石川県能登半島の羽根海岸から日本に密入国していた北朝鮮スパイのチェ・スンチョルは、東京の台東区山谷で、病気で死にかけていた福島県の小熊和也さんと知り合った。チェは小熊さんに入院費を払うと持ちかけて入院させて、そこで戸籍を奪うことに成功していた。チェは「小熊和也」を名乗って欧州でスパイ工作に従事していたという。そして1978年7月、チェは他の工作員2人と共謀して、新潟県柏崎市蓮池薫さん・祐木子さんのカップルを拉致して、北朝鮮に運んだ。チェは他にも日本人を拉致した可能性が指摘されている。また、チェは別の日本人にも背乗り工作をして、スパイ活動をしていたと見られている。

 

北朝鮮についてもうひとつ触れておきたい。それは欧米による制裁下の不正輸出である。産業スパイと並んで、武器転用が可能な日本の技術が北朝鮮にわたっているとして時々、日本企業が摘発される。

 

日本、スパイ天国からの脱却

日本企業を狙うスパイ退治のため外事警察が本格的に動き出した

・いま日本は対外情報機関を持たず、国内での外国によるスパイ行為を摘発するためのスパイ活動防止法のような法律もない。そんな状況の中でも、少しずつではあるが、変化を見せ始めている。

 

・そのひとつが、2019年から本格的に動き出した経済安全保障である。経済安保の目的は日本の最先端技術が外国で軍事転用されないように防止することである。この流れでスパイ防止法も検討されるだろう。

 

これまで日本は、産業スパイ行為の無法地帯になっていた。その最前線で戦ってきたのが、日本の防諜部隊である外事警察である

 

・だからこそ警察庁は47都道府県の外事警察に指示して、すでに触れたように、アウトリ―チ活動でスパイ事案を紹介して啓蒙することも始めたのである。

 

世界の情報機関との正式窓口が日本にはない

繰り返すが、スパイ防止法のような法律があれば、ここまで見てきたような日本における外国人スパイの活動の被害は、避けられたケースも少なくない。やはりすぐにでも法整備は必要であると、現場で外事警察として働いてきた者として、何度でも言いたい

 だが日本の防諜における問題点はそれ以外にもある。

 例えば、連絡体制の不備だ。日本で諸外国の情報機関とやりとりをする公式な窓口は、警察庁にある。ただこれがうまく機能していない。

 

・大使館や情報関係者ときちんとやりとりをして対応しておくことで、逆に日本の国益につながるような協力が得られることもあるし、情報が得られることもある。

 

・問題は警察庁だけではない。内閣情報調査室セクト主義になり過ぎている印象で、縄張り意識が強い。

 

1990年代~2000年代にイスラム過激派が日本に潜伏していた

・ここで紹介した2つの例は、最悪のシナリオを招く可能性があったケースだ。こうした国家を揺るがしかねない脅威が、常に日本にもあることを忘れてはならない。どちらも、鍵となるのは情報、つまりインテリジェンスである。普段から国内外で情報収集をしておかないと、とんでもない損害を国民が被ることになる。

 インテリジェンスの世界で、日本はどんどん取り残されていくといってもいいかもしれない。

 

日本の諜報レベルを上げるためには、まずは、対外情報機関を設立することから始めないといけない。そのための法整備が必要になる。

 ただそれには相当な時間がかかるだろう

 

そしてそれと並行して、日本で暗躍するスパイを摘発できるような法律も作る必要がある。日本もそろそろ本気になって「スパイ」について考える時ではないだろうか。

 

解説  山田敏弘

・内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)のケースも、背後にはスパイ工作をする中国政府系ハッカー集団がいると、FBIが結論づけている。

 日本にいるスパイをめぐって、事態は深刻度を増しているといえる。しかも本書でも言及がある通り、スパイ活動防止法の制定も対外情報機関の設立も議論にすら至っていない。経済安保対策のみならず、国を挙げたスパイ対策はもはや待ったなしのところまで来ているにもかかわらずである。

 



自衛隊の闇組織』 秘密情報部隊「別班」の正体

石井暁   講談社   2018/10/17

 

 

 

自衛隊の“陽”と“陰”

・度重なる災害派遣での献身的ともいえる活動などにより、東日本大震災翌年の内閣府世論調査自衛隊に対する好感は91.7パーセントに達し、調査を始めた1969年以来最高となった。(中略)しかし、災害派遣自衛隊の一面に過ぎず、その本質があくまでも軍事組織にあることは論を俟たない。さらに言うと、非公然の秘密情報部隊「別班」は、首相、防衛相にも知らせずに海外展開し情報収集活動を行うという、帝国陸軍の“負の遺伝子”を受け継いでいる武力組織なのだ自衛隊には災害派遣に象徴される“陽”の面と、「別班」に象徴される“陰”の面があることを、私たちは忘れてはいけないと思う。

 

おもな任務はスパイ活動

・別班は、中国やヨーロッパなどにダミーの民会会社をつくって別班員を民間人として派遣し、ヒューミントをさせている。有り体に言えば、スパイ活動だ。

 日本国内でも、在日朝鮮人を買収して抱き込み、北朝鮮に入国させて情報を送らせるいっぽう、在日本朝鮮人総聯合会朝鮮総聯)にも情報提供者をつくり、内部で工作活動をさせているという。また、米軍の情報部隊や米中央情報局(CIA)とは、頻繁に情報交換するなど緊密な関係を築き、自ら収集、交換して得た情報は、陸上自衛隊のトップの陸上幕僚長と、防衛省の情報本部長(情報収集・分析分野の責任者)に上げている。

 ではいったい、どのような人物が別班の仕事に従事しているのかというと――陸上自衛隊の調査部(現・指揮通信システム・情報部)や調査隊(現・情報保全隊)、中央地理隊(現・中央情報隊地理情報隊)、中央資料隊(現・中央情報隊基礎情報隊)など情報部門の関係者の中で、突然、連絡が取れなくなる者がいる――それが別班員だというのだ。

 

・「はじめに」でも紹介したように、別班員になると、一切の公的な場には行かないように指示される。表の部分からすべて身を引く事が強制されるわけだ。さらには「年賀状を出すな」「防衛大学校の同期会に行くな」「自宅に表札を出すな」「通勤ルートは毎日変えろ」などと細かく指示される。

 ただし、活動資金は豊富だ。陸上幕僚監部の運用支援・情報部長の指揮下の部隊だが、一切の支出には決裁が不必要。「領収書を要求されたことはない」という。情報提供名目で1回300万円までは自由に使え、資金が不足した場合は、情報本部から提供してもらう。「カネが余ったら、自分たちで飲み食いもした。天国だった」という。

 シビリアン・コントロールとは無縁な存在ともいえる「別班」のメンバーは、前述の通り、全員が陸上自衛隊小平学校の心理戦防護課程の修了者。同課程の同級生は、数人から十数人おり、その首席修了者だけが別班員になれるということを聞いて、すとんと胸に落ちるものがあった(後から、首席でも一定の基準に達していないと採用されないも聞いた)。

 同課程こそ、旧陸軍中野学校の流れをくむ、“スパイ養成所”だからである。

 

中野学校の亡霊

中野学校は1938年7月、旧陸軍の「後方勤務要員養成所」として、東京・九段の愛国婦人会別棟に開校した。謀略、諜報、防諜、宣伝といった、いわゆる「秘密戦」の教育訓練機関として、日露戦争を勝利に導いたとされる伝説の情報将校・明石元二郎大佐の工作活動を目標に“秘密戦士”の養成が行われた。1940年8月に中野学校と正式に改称し、1945年の敗戦で閉校するまでに約2000人の卒業生を輩出したとされる。

 

影の軍隊

・<私は嘘と偽の充満した自衛隊の内幕を報告して先生の力で政治的に解決して頂きたいのでこの手紙を書きます>との書き出しで始まり、<自衛隊にJCIA(筆者註・CIAの日本版)はないと内局の者供がいっていますが、それは嘘です。陸幕二部別班はJCIAです>と暴露。さらに<内島二佐が別班長で、私達24名がその部下になっています。私達はアメリカの陸軍500部隊(情報部隊)と一緒に座間キャンプの中で仕事をしています。全員私服で仕事をしています。仕事の内容は、共産圏諸国の情報を取ること、共産党を始め野党の情報をとることの2つです>という内容だった。

 共産党機関紙「赤旗」はこの手紙の情報に基づき、チームを組んで取材を開始。その連載はのちに『影の軍隊「日本の黒幕」自衛隊秘密グループの巻』としてまとめられた。同書によると、手紙には次のような文章も記されていたという。

<外国の情報は旅行者や外国からの来日者に近づいて金で買収します。日本からの旅行者には事前に金を渡して写真やききたい事を頼みます。(中略)一部は500部隊からも貰います>

 二部班員は官舎にも入れて貰えず、進級や特昇も他の者より不利です。仕事の内容は家族にも言えず毎日が暗い日々です。私達の本部は座間ですが、仕事の事務所は、東京に6ヵ所、大阪に3ヵ所、札幌2ヵ所、福岡1ヵ所です。興信所や法律事務所などの看板を出しています>

金大中事件の元自衛官達も私達と一緒に仕事をしていた連中です>

<私達が国民の税金を多額に使って、国民にかくれてコソコソと仕事をしているのに高級幹部はヤンキーとパーティーで騒いでいます。本当に腹が立ちます。自衛隊を粛清して下さい。私達がここで仕事をしていることは一般の自衛官は幹部でも知りません。長官も陸幕長も知らないと思います。代々の二部長がやっている事でしょう>

 

謎の興信所

・「赤旗」がその存在を炙り出した「影の軍隊」は、いまも存続しているのか。さらには、海外展開と情報収集活動について追及したい――こうした思いを私と共有してくれたのが、勤務する共同通信社会部の防衛庁(当時)担当の後任記者・中村毅だった。

 

・端緒の情報を入手直後、その中村と最初に向かったのが、前述の金大中事件に関与したとされる元3等陸佐・坪山晃三の事務所だった。JR東京駅の八重洲口にほど近い、古びた雑居ビルの一室が、元3等陸佐が所長を務める興信所「ミリオン資料サービスだ」。

 

・取材の準備作業としては完璧だったが、結果的には完敗だった。「さすが元別班員。一筋縄ではいかない」と思った。2時間以上におよぶ長時間インタビューの間、元3等陸佐・坪山はずっと温厚そうな表情を保って冷静に話してくれたが、私たちが本当に聞きたいこと、さらには記事にできそうなことは一切話さなかった。それはそうだろう。初対面の新聞記者の取材にベラベラ口を開くようでは、別班員になれるはずもなかったし、もしなれたとしても途中でクビになってしまうだろう――中村と二人でそう納得するしかなかった。

 

キャンプ座間の看板と小平学校の石碑

・さらに、赤旗取材班が迫った元別班長で元2等陸佐・内島洋が週に5日も通勤していたという米陸軍キャンプ座間の第500部隊について調べると、部隊はその後、米ハワイ州に移駐し、隷下部隊の第441軍事情報部隊が座間に駐留している、とのことだった。

 ところが、2013年3月26日、陸上自衛隊中央即応集団が朝霞駐屯地から、キャンプ座間に移転した際の取材で、新たな発見があった。キャンプ座間内をバスで見学した際、敷地内に「500 MI BRIGADE(第500軍事情報旅団)」と入口に掲げたビルを見つけた。第500部隊の後継部隊が、在日米陸軍司令部のあるキャンプ座間に今も存在していたのだ。それは、米軍と自衛隊の情報をめぐる極めて密接な関係を示していた。

 

・また、陸上自衛隊調査学校(現・小平学校)の対心理情報課程(現・心理戦防護課程)修了者たちのグループで、非常事態に招集され、ゲリラ戦、遊撃戦を戦うことが使命とされる「青桐グループ」について、新たに確認できたことがあった。前述したように、別班とは兄弟のような同じ“影の軍隊”だが、防衛庁防衛省)は一貫して、その存在を否定してきた。

 しかし、私が新聞記事として出稿する直前の2013年春、小平学校関係者に依頼して同校敷地内に「青桐」と書かれた同グループの象徴的な石碑が現存していることを確認、写真撮影してもらった。

 

別班と三島由紀夫の接点

・別班と青桐グループは、金大中事件の約3年前に起きた「三島事件」にも大きく関わっていた。1970年11月25日午前11時ごろ、当時ノーベル文学賞の有力候補とも言われていた三島由紀夫が、民間防衛を目的とした私兵組織「盾の会」の森田必勝らメンバー4人と市ヶ谷の陸上自衛隊東部方面総監部に車で乗り付け、総監の益田兼利に面会後拘束し、幕僚らを斬りつけた上で、三島がバルコニーで演説。自衛官にクーデターを呼びかけた後、三島と森田は割腹自殺した。

 

・三島が1967年4月に初めて自衛隊体験入隊し、翌年10月には「盾の会」メンバーらとともに再び体験入隊してさまざまな訓練を受けていたことは、一部で知られていた。体験入隊先は陸上自衛隊幹部候補生学校、富士学校、第1空挺団、航空自衛隊百里基地などで、精神教育、服務、基本教育、武器訓練、野外勤務、戦術、通信、体育などの一般的な教育訓練を受けた。

 

・しかし実は、三島らは訓練を通じて自衛隊の“最も深い影の部分”も垣間見ていた。前述の旧陸軍中野学校教官から陸上自衛隊に入隊し、当時陸上自衛隊調査学校情報教育課長を務めていた山本舜勝(後に調査学校副校長)は、中野学校元教官で調査学校長などを歴任した藤原岩市の紹介で、三島と面会。山本は調査学校の対心理情報課程と同じような諜報、防諜、謀略の教育訓練を指導するなど、三島と「盾の会」にとって、“主任教官”と言える存在になっていったのだ。

 訓練は、きわめて実戦的な内容だった。有名作家だと誰にもバレないように変装して東京都台東区の山谷地区に潜行する訓練、厳戒態勢の陸上自衛隊東部方面総監部への潜入訓練、チームプレーによる尾行訓練……。調査学校対心理情報課程学生との対抗訓練では、一定の時間内に相手部隊の規模、装備の状況、周辺の環境などを把握する競争をしており、三島および「盾の会」と、別班、青桐グループとの深い関係がうかがえる。

 

・山本は2001年6月に著した『自衛隊「影の部隊」三島由紀夫を殺した事実の告白』の中で、青桐グループについてこう評価している。

<私は、「青桐グループ」であれ、三島の「盾の会」であれ、世界の主要な国家が自らを守り、世界平和を実現するために持っているような不正規軍として確立され、十分にその役割を果たすことになったとしたら、それはむしろ望ましいことであり、日本という国家に安寧をもたらすものであると考えている>

<正規軍に対して、情報活動を担い、暗黙裡の活動をも行うこの部隊が、仮に「影の部隊」と呼ばれたとしても、私はそのことに格別抵抗を感じはしない。今はその状態にはほど遠いが、「いずれそうなるだろう」と言われることを悪いこととは思わない>

 

・三島と「盾の会」の訓練を指導したことについては、次のように書いている。

<三島はある時期から私の指導の下での訓練を受けた。私は三島の考えを知ったときから、その考えに共感し、できればその実現に手を貸したい、と言うより、ともにやっていきたいと考えていた>

<祖国防衛軍の構想が不正規軍の考え方に基づいている以上、私は三島らに調査学校対心理情報課程の学生に対するのと同じ訓練を課さねばならなかった>

 

・別班、青桐グループと同じ内容の教育訓練を受け、民間防衛組織、不正規軍として憲法改正を目指す自衛隊のクーデターに参加することを夢見た三島は、1969年10月21日の「10・21」ベトナム戦争反対国際反戦デーに治安出動が発令され、それを契機に自衛隊がクーデターを起こすことを念願していた。しかし、最後まで治安出動が命令されなかったことに深い絶望を感じた三島は、「三島事件」への道を走り始めていった。

 

非公然組織になった経緯

・「秘密は墓場まで持って行く」ことが、自衛隊情報幹部の鉄則と仄聞していたが、山本舜勝が『自衛隊「影の部隊」』を著して以降、別班の関係者たちが、堰を切ったように次々と自らの経験を語り始めた。

 2008年10月、陸上幕僚監部第2部長(情報部長)で“朝鮮半島問題のエキスパート”と称された塚本勝一は、在ソウル日本大使館で初代の防衛駐在官を務めていた時に発生した「よど号事件」について、自著『自衛隊の情報戦 陸幕第二部長の回想』でその内幕を詳述している。

 

・<調査学校で情報の基本を学び、この分野に興味を示した十数名の要員を陸幕二部の統制下にある部隊に臨時の派遣勤務とし、盲点となっていた情報の穴を埋める業務の訓練にあたらせることとなった。(中略)陸幕第二部は直接、情報資料の収集には当たらないが、情報のサイクルの第三段階、情報資料の処理、その評価と判定をするためには、それに必要な情報資料の収集も行なう。陸幕第二部の要員が部外の人と付き合って話を聞いても、職務から逸脱したことにならない>

<後ろめたいこともなく、ごく当然な施策なのだから、部外の人を相手にする部署を陸幕第二部の正規の班の一つとするべきだったと思う。しかし、教育訓練の一環ということで、予算措置の面から陸幕内の班にできなかったようである。私が陸幕第二部長であったときも、このヒューミントは教育訓練費によっていた。そのためもあり、都内を歩く交通費にもこと欠くありさまであった>(筆者註:私が直接取材した元別班員たちの証言によれば「活動資金は潤沢だった」とのことだが、草創期資金難だったようだ)

 

・松本は著書の中で調査学校の対心理情報課程の創設について次のように説明している。

<調査学校の研究員として情報部隊の構築と教育体系を組み立てていた時代に、同僚の池田二郎は調査学校のカリキュラムの一つに「対心理課程」という名称をつけた。「対心理課程」というのは、実は米軍のグリーンベレーに相当する特殊部隊を育成することを想定した教育課程だった。初期の私たちのイメージでは、自衛隊の中でも精鋭を集めたレンジャー部隊の中から選別し、さらに独立した部隊として、情報収集から特殊工作活動を行うこともできる特殊部隊を養成しようという目的だった>

<彼らは知的ゲームのような「心理戦」を期待していたが、実際に山野や市中に入り込むような特殊部隊の訓練に戸惑っていた>

 

ムサシ機関=小金井機関

・阿尾の著書でムサシ機関長(別班長)だったことを暴露され、(多くのマスコミから電話や手紙による取材攻勢を受け、その対応に苦慮した)平城弘通は、別班の元トップとして(いまさら当時の情報活動のことを機密にしても、かえって誤った事実が歴史に残るのではないか)と考え、2010年9月に『日米秘密情報機関「影の軍隊」ムサシ機関長の告白』を出版した。

 同署には阿尾への強烈な批判も含まれているが、さすがに元トップが著した内容は、別班の創設の経緯や当時の組織構成、所属要員、経理処理、自身の別班長就任のいきさつなどが詳細に書かれており、ここまで紹介してきた他の刊行物に比べても、史料的価値は高い。

 

別班と米軍の関係

そもそも、旧帝国陸軍の“負の遺伝子”を引き継ぐ別班は戦後、なぜ“復活”したのか――。一連の告白本が刊行されるまで、その誕生の経緯は長い間、謎とされてきた。

 しかし、元別班長の平城によれば、1954年ごろ、在日米軍の大規模な撤退後の情報収集活動に危機感を抱いた米軍極東軍司令官のジョン・ハル大将が、自衛隊による秘密情報工作員養成の必要性を訴える書簡を、当時の吉田茂首相に送ったのが、別班設立の発端だという。

 その後、日米間で軍事情報特別訓練(MIST)の協定が締結され、1956年から朝霞の米軍キャンプ・ドレイクで訓練を開始。1961年、日米の合同工作に関する新協定が締結されると、「MIST」から日米合同機関「ムサシ機関」となり、秘密情報員養成訓練から、情報収集組織に生まれ変わった。

 

・ムサシ機関の情報収集活動のターゲットは、おもに共産圏のソ連(当時)、中国、北朝鮮ベトナムなどで、当時はタイ、インドネシアも対象となっていた。平城によると(その後、初歩的活動から逐次、活動を深化させていったが、活動は内地に限定され、国外に直接活動を拡大することはできなかった)という。

 それでは、いつから海外へ展開するようになったのだろうか。

 

ヒューミント部隊一元化>

・幹部経験者の話をもとに取材を進めていくと、情報本部の動きが徐々に掴めてきた。そもそも、情報本部が陸海空3自衛隊ヒューミント活動を見直す契機となったのは、政府が2015年に「国際テロ情報収集ユニット」を発足させたことだった。同ユニットは首相官邸が司令塔となり、テロを未然に防ぐべく情報を集約することを目的としていた。防衛省も要員を出向させているが、活動の実体は情報収集のプロである警察庁と在外公館を抱える外務省が主導する。

 

 

(2021/2/19)

 

『世界のスパイから喰いモノにされる日本』

あなたの生活データを奪うのはこいつらだ!

MI6、CIAの厳秘インテリジェンス

山田敏弘    講談社    2020/1/21

 

 

 

あまりに脆弱な日本のインテリジェンス――なぜ日本にMI6が必要なのか

ロシアは北方領土にファーウェイを

・「国際的に活動するテロリストの動向は、もちろんMI6も注視している。日本での破壊活動がその視野に入ってくることもある。ただ、それ以上に私たちが危惧するのは、中国からのスパイ工作やサイバー攻撃が常に日本を狙っていることだ。さまざまなレベルや広範囲な分野で、中国は欧米や日本と対抗しようとしている

 

・ロシアとも北方領土の問題はくすぶり続けていて、その面当てとしてか、ロシア側はアメリカが同盟国の日本などに排除を申し入れている中国の通信機器大手「華為技術(ファーウェイ)」のインタ―ネットの通信インフラを、わざと北方領土に設置しているとされる。

 このように日本の周辺には、日本国民の生命と財産を脅かす、安全保障の懸案がいくつも存在している。信頼できる対外情報機関がないことで日本が世界から遅れをとっているだけでなく、インテリジェンスによって自国を守るのには弱い体制にあることがわかるだろう。

 

他国は「日本のために」助けてはくれない

・生き馬の目を抜く世界情勢の中で「自国第一主義」が当たり前の各国が、他国から惑わされないように、基本的には独自にリスクを背負って情報を集め、分析しているのである。他力本願では、相手の思うように情報操作されるのが関の山だ。

 

・とはいっても、CIAやMI6といった機関はどれほどのインテリジェンスを持っているというのか。CIAなどは、そこまでいろいろとわかっているのなら、世界中でアメリカの関係するテロ事件があちらこちらで起きているのはなぜなのか。

 率直な筆者のそんな問いに、この元スパイは、「計画を阻止」「テロリストを事前に拘束」といった事実は表に出てこないのがほとんどだと言う。要は食い止めているものが多い、と。

 

歴史的警戒とMI6との親和性

・2016年には、安倍首相の提唱で始まった外交・安全保障の情報機能強化を目指す政府の「情報機能強化検討会議」で「対外情報庁」(日本版CIA)設立案が浮上するも、立ち消えになっている。

 

ところで、日本版CIAの設立が謳われてきた歴史の中で、これまで提案者たちが設立の参考にすべきだと名指ししてきたのは、MI6だった。これまで日本で対外諜報機関を作る志を抱いていた人たちは、なぜMI6を目指そうとしたのか。

 最大の理由は、日本とイギリスにある類似性だ。どちらも島国で皇室(イギリスでは王室)があり、政府のシステム的にも、アメリカのような大統領制よりも、日本と同じ議院内閣制であるイギリスの体制がなじみやすいと考えられているからだ。

 

外務省と警察の綱引き

・ちなみにこうしたインテリジェンスをめぐる日本の動きには、中国や韓国が異常な関心を示す。MI6やCIAを参考にした対外諜報機関の設立を目指していた自民党のインテリジェンス・秘密保全等検討プロジェクトチームの座長だった町村信孝が、講演で対外のスパイ機関の必要性を主張した際も、中国のメディアは極めて敏感に反応している。

 

コンサバで公務員的なスパイたち

・MI6では、9時~5時という仕事のスタイルは存在しない。24時間、任務にあるという感覚だ。

 何があろうが関係ない。プロジェクトを担当しているときは、家に帰ってどうこうって時間はないと言っていい。そのプロジェクトが終わるまで、任務を続けなければならない。休むことはない。日本の情報機関は、思想的にも、守りに入っている感じがする。考え方自体が、公務員的、コンサバティブ。もう一度言うが、それは別に悪いことではない。文化の違いだろう。

 ポジティブな面では、日本国内における情報収集のスキルは高い。それは間違いない。

 

・「本当に国として自立していくのに、諜報機関は不可欠ではないか。本当の使命とは何かということから考えたほうがいいかもしれない

 

・「対外諜報機関がなければ国を守れない。それをしっかりと認識して、CIAのように国民は監視しない、といった法規制を作ればいい。イギリスは、7つの海を制覇し、インテリジェンスで植民地統治をこなしていた。日本もそろそろ自立を考えるべきでしょう。日本が独自のインテリジェンスを駆使できるために、ぜひ日本版MI6を実現してほしい」

 

MI6と日本の交わりと、日本での活動と実態

サイバー嫌がらせにはサイバー嫌がらせ

・国家に何らかの悪影響を与えるものは見逃さない。それがMI6の流儀だ。

「MI6の関係者などに危害を加えるような動きは潰されてしまうだろう。あまりにたちが悪い場合は、『消してしまう』ことだってある。MI6とはそういう組織だ」

 そう、ことによって脅威を物理的に「消し去る」のである。

 

人命軽視のCIA、一見穏やかなMI6

・内調の元関係者は、「私たちはCIAをアメリカの『A』、MI6をブリテンの『B』と呼んで、情報のやりとりをしている。Aは人命を軽く見ている印象です。Bの関係者は日本にはあまりいないと思いますが、いい人が多いですね」と話す。

 

韓国の内情に深く食い込む米英

・「CIAなどもまさにそうだろうが、いろいろな重要情報を日本の情報当局と共有しているというのはあり得ない。北朝鮮、韓国、ロシア、中国、こうした国で起きていることを、CIAはほとんどすべて把握していると言える。それらを日本と情報共有するのは考えられないし、していないだろう」

 

たしかに存在する協力者

・「イギリスは、インテリジェンス活動という意味でアメリカやロシアと競合しており、これらの国ではMI6が超えるインプラントやモール(スパイ)の数は数百人規模になる。MI6が利害を鑑みて、重点的に注意をはらっている国だからだ。

 

ゼロトラスト(けっして信用しない)

・「MI6は外国人にレベル1の信用を与えることはない。レベル1のクリアランス(機密情報にアクセスできる権限)は、外国人には与えられないので、どれだけ頑張ってもレベル2だ。つまり、システム的にも、限られた情報しか外国人には提供しないし、できないことになっている」

 MI6の任務においては、このゼロトラスト・モデルが鍵になっているようだ

 

中朝韓への諜報活動

・喫緊の問題が日本との間にはないからと言って、MI6が日本について情報収集をしないわけではない。この元スパイがいたころは、「香港を拠点にしているスタッフも、中国の政府関係者らや、東京の政府関係者などの会話も傍受していた」という。

 中国やロシア、北朝鮮と韓国など東アジアとその周辺は、世界情勢に影響を及ぼしかねない地域である。そんなことから、MI6も日本を含むこの地域で強い関心を持って情報収集をしている。

 

・最近では日韓関係の情報取集を強化する。東アジアにおいては、北朝鮮という世界を揺さぶる可能性がある国を中心に、隣の韓国国内の動向も注視している。

 

反日傾向が強まる中でスパイ活動が活発に

MI6はさらに、韓国が日本の軍事産業などにかかわる民間企業などに、サイバー攻撃を仕掛けていることもわかっているという。

 

・MI6の元スパイのもとにも、日韓関係については、MI6から最新情報がもたらされていた。

「最近は、日本にいる在日韓国人が、韓国にいろいろな情報をまるでスパイのように送っていることを把握している。以前も多少はあったが、今のようなレベルではなかったと分析されており、最近、日韓関係の悪化にともなって、そうしたスパイのような行為が増えているようだ」

 

・「レーダー照射の事件後、日本の軍事関連の大手企業にはサイバー攻撃がとくに増えている。私たちは、その中に、韓国からの攻撃も含まれていることを把握している」

 

あふれる中国の民間スパイ

・「中国は、旧正月には毎年、年に一度のスパイキャンペーンを行う。旧正月が近くなると、中国の当局者や政府につながっている人たちが、日本など国外に暮らす中国人ビジネスパーソンなどに『帰国の手助けをします』と接触する。旅費を援助するなどと誘惑し、それで国に帰国させたら慎重に情報機関に協力するよう話を持ちかける。国外でのビジネスもうまくいくようにしてやるから、と金銭的にも協力する。しかも悪びれることもなく、大々的にやっている」

 

世界最古の諜報機関

・MI6による日本での活動は歴史的にも記録に残されている。

 そもそも、MI6が設立されたのは1909年。世界で最も古い諜報機関は、ドイツ帝国の台頭という脅威から生まれた。

 

大戦時の日本とのせめぎ合い

・戦時中は、日本の進撃により、香港やシンガポールが陥落した。その際、日本軍はSIS(秘密情報部)のスパイたちも拘禁している。

 一方でこの時期は、日本も国外でのスパイ工作を実施している。

 

対ソ諜報から独自の世界的インテリジェンスに

・戦後は冷戦構造の中、敵はドイツからソ連や東側陣営にシフトして、MI6はそうした国々にからむ情報を集めた。その後MI6はソ連アフガニスタン侵攻、フォークランド紛争などでも暗躍。経済規模が大きくなっていく日本に対しても、MI6の経済部門が日本の産業界についての情報も収集するようになっていった。

 

知られざるMI6の実力と秘密の掟

敵国スパイを「消した」とき

・「もちろん人を殺めることもある。それはエージェンシー(MI6)でも明確な権利として定められている。国を守るためであれば、自分の命を犠牲にしたり、誰かの命を奪ったりということは仕方のないことだ。インテリジェンス・コミュニティでは、そんなことは常識だと言える

 

・MI6スパイには情報機関法に基づいて、国家の利害のためには「違法な活動」が許されているとし、それには「殺傷」も含まれると認めている。

 

イギリス情報局の組織図

・設立から100年以上、歴史の裏舞台で暗躍し、現代でも活躍する最古の諜報機関であるMI6は、いったいどんな組織なのか。基本的にMI6の活動は機密であり、その内情を簡単に知ることはできない。だが内部にいた元スパイなどの証言から、その実像を窺い知ることはできるはずだ。

 

潰された民間スパイ会社

・その転機になった問題のひとつが、2009年に起きたカリブ海に浮かぶイギリス領ケイマン諸島での事件だ。この話は公には知られていないものである。

 当時、MI6のスパイが何人も組織を離れて独立した。しかも3人が中心となって、一緒にケイマン諸島で、民間の諜報組織を作るという。ケイマン諸島といえばタックスヘイブンで知られ、不透明な資金が流入することが国際的にも問題視されている。元スパイたちには、外国の情報機関から多額の資金が提供されており、しかも世界の名だたる諜報機関からも何人もが、その会社に合流していた。

 

・結局、その企業はMI6によって「潰される」という結末になった。超えてはいけないラインを越えて、ビジネスを展開していたからだ。

 

「007」はトップスパイではなかった

・そもそも、MI6ではどれほどの人が働いているのか。MI6には現在、2500人以上が勤務している。

 

相互監視と現地協力者

・特筆すべきは、エージェントの権力が絶大だということだ。彼らはエリザベス女王にもアクセスできる。工作のためなら資金も使い放題だという。

 

・ただ、MI6には、独特のシステムである「ツー・アイド・シーイング」という仕組みがある。エージェントを中心に工作チームを編成する場合、サポートするスタッフの中に必ずエージェントの動きを監視する「ツー・アイド・シーイング」という役割のスタッフが、密かに任命される。「ツー・アイド・シーイング」によって、エージェントの「暴走」や「不穏な動き」を察知しようというのだ。

 

・現地では、インプラント(協力者)がいて、それぞれいろいろなかたちで私たちをサポートしてくれる。

 

恋人との旅行は消されるもとに

・「常に私たちの活動の基盤にあるのは、MI6の職員が共有する、ゼロトラストという考え方だ。つまり、すべて疑ってかかり、誰も信用しないということだ。それが国際情勢の裏にある世界の常識なのだ。インプラントも信用しないし、同僚も信用しないし、そのほかの職員も信用しない。信用はゼロ。それが原則の姿勢だ

 

・でも実態は妻も子供もダメ、特定の恋人も作ってはいけないということになっている。

 

・それでもどうしても結婚したいスパイがいる。ただ、結婚をすれば、エージェントの仕事からは外され、サポートスタッフに回ることになるのだが、その後にエージェントに復帰することは決してない。定義されていないが、そんな原則が存在しているのである。

 

その謎めいたリクルーティング

・エージェントになったとしても、なぜこんな仕事をしているのか、と冷静に自分を見つめなおしてしまう人もいる。そうなると、あっさり辞めてしまうこともある。最初は国のために働く、エキサイティングだと感じていても、しばらくするとそうでもなくなってくる……それはどんな仕事にも当てはまるかもしれないが。

 

なりすましのトレーニン

・「映画などでは、みんなでMI6の美しいオフィスに集まっているというシーンなどがあるが、ありえない。私がいたころは、イギリス国内だけでも100近い『アジト』があった。表向きは大工の店舗だったり、旅行会社のオフィスということもある」

 

・もっともいくらMI6のスパイが優秀であっても、そんなに簡単には、肩書から経歴までも別の人間になりすますことはできないものである。準備不足なら、すぐにボロが出てしまい、工作どころではなくなってしまう。

 そんな間抜けなことが起きないよう、スパイたちは何ヵ月もかけて訓練を行う。

 

ただひたすら待つ

・以前筆者が取材をしたCIAの元幹部も、CIA局員の仕事は、リポートや書類の作成といった作業がかなりのウェイトを占めると述べていた。情報は集めるだけでは意味がない。それを集約して、インテリジェンスとしてまとめてはじめて、価値を持つ。

 リサーチもそうだが、スパイの仕事には忍耐力が必要になると、この元スパイは主張する。

この仕事は忍耐が重要だ。待つことも多いし、監視で、ターゲットを根気よく見ていることも多い。我慢が必要だ

 

サイバー・ウォーフェア

・1996年には、MI6がフランスの高度な原子力潜水艦追跡技術を盗んだことが、1998年には過去10年以上にわたり、ドイツ連邦銀行の幹部をスパイとして運用し、コードネーム「ジェットストリーム」という工作で、ドイツの金融政策から欧州経済の動向を探っていたことが表面化した。

 身辺調査などをする場合でも、平均すると少なくとも2~4ヵ月、長いと2年もかかってしまうこともあるという。

 

ニートラップ

・GCHQ(政府通信本部)の関連組織はMI6とも協力しながら、インターネットのデート系サイトなどを駆使してターゲットと「性的な接触」をし、その後にゆすりや脅しをかけていたという。または「性的な接触」をチラつかせながら、ターゲットの男性を陥れるというケースが多く使われている。いわゆる、「ハニートラップ」である。

 

・ハニートラップとは、女性のスパイなどが色仕掛けで諜報や工作活動を行うことを指す。有名なところでは、イスラエルが進めていた核兵器開発について1986年にイギリスの新聞に暴露した、核技術者のモルデハイ・バヌヌのケースがある。バヌヌは、イギリスでモサドイスラエル諜報特務庁)の女性工作員によるハニートラップに引っかかり、イタリアのローマで逢瀬するという女性の誘いに乗り、同地で拉致された。まさかその女性がモサド工作員だったとは思いもよらなかったことだろう。結局、イスラエルに送られ、裁判の末に反逆罪で有罪となって独房に投獄された。

 おそらく、いまだに判明していないだけで、日本でもイギリスでも数多くのハニートラップのケースがあると考えられる。事実、ライバル国のハニートラップに引っかかり、今もその国に好意的な発言を繰り返している日本人の要人も存在している。

MI6も、そうした色仕掛けの工作は行っている

 

親友の非業の死

・ここまで、MI6の実態を見てきたが、彼らの業務内容は人を相手にした諜報活動であり、いわゆる「ヒューミント」である。

 

退職後の待遇と誘惑

・「CIAなら、辞めた翌日から民間企業で働くことができる。局に報告さえすれば自分が勤めていたことも公にもできるし、履歴書にも自信をもって書くことが可能だ。だがMI6ではそういうわけにはいかない。もちろん履歴書にも、諜報機関にいたことは書いてはいけないことになっている」

 

実在する「Q」

・「Q」は、技術テクノロジー部門のトップのことで、「007」にもよく登場する。このトップは、実際にQと呼ばれているという。

 

世界には多くの諜報機関が存在する。ほぼすべての国が、国外の脅威から自国を守るために、諜報機関を保持している

 

CIAの力と脆さ

年間800億ドルを費やす

・「朝の5時に目を覚ました大統領が新聞・テレビで流れる重要な情報を知らされていないということがないように、と意識しながら情報をまとめている」

 

アメリカには、CIAをはじめ17のインテリジェンス機関が存在する。これらの機関が少なくとも年間800億ドルの予算で、国内外で情報活動を行い、大統領などの政策決定に判断材料を提供する。

 

隠された予算と巨大利

・CIAの予算額や職員の数は、機密事項として公開されてはいない。ただ、元CIAの職員だった内部告発者のスノーデンは、2013年当時のCIAの予算を機密文書から明らかにしている。それによれば、年間の予算は約150億ドルで、職員数は約2万1500人だ。

 

国民の監視が暴走を防ぐ

・「一度この世界に入ったら、けっして後戻りはできない極秘の世界であり、非常に閉鎖された世界だ。そして、一度足を踏み入れたら、まったく違う視点で世界を見ることになる」

 

・CIAのようなスパイ機関は、情報を集め工作を実施するのが任務である。それゆえに、その能力は諸刃の剣でもあり、自国内で「暴走」しかねない。民主主義システムは、その暴走を止める役割を担っているとする。

 

本当の敵は内部監査という矛盾

・「閉鎖された秘密主義の世界での活動とはいえ、欧米の情報機関では、すべてはルールと規制によって管理されている」

 

・「私にとっては敵との闘いではなかったですね。それよりも、内部監査とのやりとりが大変でした。いつも監査部とはやりあっていたのでね。彼らはいろいろと守るべきチェック項目などをこちらに求めてくる」

 

虚々実々の駆け引き

・「表向き、メディアなどでは、アメリカとイギリスはいい関係で、ファイブ・アイズで情報をいつも交換していて仲がいい、と言われている。だが、実態を明かせば、それは完全に嘘だ。諜報機関にはルールがある。非常にシンプルなルールだ」

 

・「それでも基本的にCIAなどにこちらの大事な機密情報を与えることはなかった。CIAももちろん、私たちに対して同じことをしている。情報は共有しない」

 

MI6の痛恨事

・そこでイギリスが送り込んだのが、MI6のエースで「目もくらむばかりの功績を上げて勲章ももらった情報活動の英雄」のフィルビーというわけだが、その彼がソ連の二重スパイだったのである。アメリカ側のMI6に対する不信感が高まったのは当然だ。

 

アメリカとイギリスの間ですら、こうした微妙な関係性が横たわる世界のインテリジェンス・コミュニティの中で、日本がどんな位置付けにあるのか。

ギブ・アンド・テイク」が常識であるインテリジェンスの世界で、日本のようにこちらから提供できる情報が少ない国には、国外の諜報機関からはいったいどんな有益な情報が提供されるのか、はなはだ疑問ではある。

 

暗躍する恐るべき国際スパイ――モサドそして中露へ

強くなる以外選択肢がなかった

・「モサドは、軍事的なインテリジェンスが得意だ。現場からのインテリジェンスを入手するのが非常にうまい。現場に強い。ベストな諜報組織のひとつと認めてもいいだろう」

 

・「強くなる以外、私たちには選択肢がなかった。それに尽きる。壁際に追い詰められ、何らかの対処をしなければならない。そういう状況下では、クリエイティブになって、解決策を見つける必要がある」

 モサドという組織は、わかりやすいほどに目的がはっきりしており、自国の利害のために妥協なく活動してきたスパイ集団だと言える

 

影響力を強めるモサド

・そして、モサドにはモットーとしている聖書の一節がある。

賢明な方向性がないなら、人は倒れる。だが助言者たちがいればそこには安全がある

 国家としてどのように国民を導くのか、また、どのように国民の生命と財産を守るのか。政策を立案したり、国家の方向性を決定するには、物事の本質を知るためのインテリジェンスが欠かせないのである。それが世界の常識である。

 

徴兵制とリクルート

イスラエル軍の人事部門は、すべての若者を入隊前にスクリ―ニングして、チェックする。その際に、秀でた才能のある人材は青田買いをして、軍が学費を負担して専門的な分野で学ばせる。徴兵の時期を変更するようなケースもある。

 そんなかたちで毎年1000人ほどの高校生が選抜されて、軍に入る前に軍の意向で大学などに送られている。

 

徹底した秘密主義

・「モサドを裏切って二重スパイになるという話はあまり聞かない。MI6やCIAなどではそういう事件もあるのだが、モサドのエージェントは忠誠心が強いということだろう」

 

他者の評価は気にしない

・当然ながら、他の機関と同様に、スパイであることはモサドの職員も他言できない。ただ少し前から、モサドOBは、自分が元スパイだったことを話しても許されるようになってきているようだ。

 

サイバーインテリジェンスをリードする中国

・現在、国際的スパイ活動も過渡期にある。デジタル技術の普及により、従来のスパイ工作もかたちを変えつつあるからだ。リスクを伴う尾行といった手段も、サイバー攻撃やハッキングなら相手にばれることなくできてしまう。

 

・中国のMSSは、イギリスで言うなら、国外担当のMI6と、国内担当のMI5、そしてシギント相当のGCHQが一つになった組織である。アメリカなら、CIAと国内を担当するFBIシギントを担当するNSAとが一緒になったようなものである。

 

手玉に取られるトランプ

習近平国家主席は、2015年に国家安全法を制定し、国内の統制を強めたが、そこで実働部隊となるのがこのMSSといった機関ということになっている。政府の機関はすべてMSSに協力することが求められている。

 

世界に浸透する中国スパイ

・さらにここ最近も、中国のスパイ工作が世界中で取り沙汰されている。2018年にはMSSのスパイが、ベルギーで米航空会社から機密情報を盗もうとして逮捕され、アメリカに送致されて起訴されている。

 

2010年ごろから、中国いるCIAの協力者たちが次々と拘束または処刑されていることが問題視されつつある。その背景には、中国側に機密情報を渡していた元CIAの職員がいたことや、CIAが協力者たちとの連絡に使っていた通信システムがハッキングされた件があるという。これにより、CIAの中国における諜報活動が大打撃を受けたとされる。

 

大手メーカーの家電に盗聴器が内蔵

・MSSには外部の協力者も多数いると見られ、その規模など、実態は判明していない。

 MSSはさらに、中国の大手企業とも密な関係を持っているとされる。そんなことから、中国が誇る国際企業を、アメリカ政府は次々と「ブラックリスト」に加えてアメリカや同盟国とビジネスをできないように動いている。その背景にあるのも、中国が民間企業を使ってスパイ行為をしているとの懸念だ。

 

米中スパイ戦争が本格化

・2015年までに、中国のサイバー分野を中心的に担っていた人民解放軍のサイバー部門で、組織の再編がはじまった。政府は人民解放軍戦略支援部隊(SSF)を創設し、サイバースパイ工作から対外プロパガンダ、破壊工作まで、中国のサイバー戦略を包括的に取りまとめることになっている。その組織の規模は数百万人に及ぶともされる。当然、MSSなどとも密に関与していると見られている。

 とてつもなく大きな組織を構築し、中国はさらに機能的に諜報活動やサイバー工作を繰り広げている。しして、そのレベルはMI6やCIAすらも凌駕するものになる懸念がある。

 

日本を襲うデジタル時代のサイバーインテリジェンス

天気予報アプリで機密情報を送信

・ライクルは、週に一度、CIAに情報を送信していたという。驚くのは、その送信方法だった。

 このスパイは、自分のパソコンに暗号化できるプログラムをわからないように入れていた。そして天気予報のアプリを起動し、ニューヨークの天候を検索すると、その暗号化プログラムが起動して、データを送信できるようになっていたという。その対価として、2年間で数回オーストリアに赴いて9万5000ドルの現金を受け取っていた。

 

すべての生活情報がデータ化

・「すべての諜報機関がインターネットを駆使し、サイバー攻撃などを自在に扱いながら、情報活動を行っている。情報収集には非常に効果的な道具だ。情報を集めたり、ターゲットとして監視したり、行動を妨害するなど、すべてがサイバー空間でできる時代になっているからだ」

 

ウェラブルデバイスの罠

・だが、すべてが接続される便利な世界には、当然のように危険性もついてくる。そうしたデータが悪用されるリスクだ。強盗も、空き巣をするよりも、デジタルデバイスにハッキングしたり、サイバー攻撃を仕掛けるほうがリスクは低いし、効率がいいということになる。タンスよりも、スマホにカネはある。

 そしてそうした情報を使いたいのは、犯罪者だけではない。諜報機関も同じだ

 

・世界がデジタル化・ネットワーク化されることで、スパイの活動の幅が広がっている。以前よりスパイ活動が摘発されるリスクは減るが、一方で、デジタルツールで監視される危険が増している。つまり、スパイ活動は新たな次元に入っているのである。

 

標的はアメリカ、日本、台湾

・「諜報機関にとって、サイバー工作やサイバー攻撃は、ターゲットに対する情報収集やスパイ行為、監視など、最高度に重要な要素となりつつある。

 とくに中国はここ3年で、日本の当局の動きや、国の政策などに非常に興味を持って動いている。それだけではない。交通やエネルギー、テクノロジー、工場など、そうしたインフラの情報を手にしようと激しい諜報活動を仕掛けている。ビジネスや金融、通商情報をも手に入れようとしており、ローカルな地方の中小零細企業にもその手を伸ばしている。日本企業は中国から常に狙われている。この認識は、欧米の諜報機関はみな共有していることだ」

 

・情報機関がサイバースパイ勢力として最注目しているのは、中国のスパイ活動だ。そのサイバー攻撃で中心的な役割を担っているのが、人民解放軍戦略支援部隊(SSF)に属するサイバー・コー(サイバー攻撃部隊)である。彼らは、国家安全部(MSS)ともつながっている

 

・「日本は今、中国からの攻撃では、世界でもトップに入るターゲット国です。非常にリスクの高い国と見ています。しっかりとそれを認識しておく必要がありますね」

 

・「2020年の東京五輪は、中国にとっても重要なイベントとなるでしょう。そこでもおそらく、日本の失態を促すような動きをする可能性が高いと見ていいです。国としての日本の信用度を落とすまたとない機会ですから

 

「中国はハッキングさせるためのインフラをかなり十分に、国に仕えるハッカーらに与えている。人も育成している。だからこそ、彼らのサイバー攻撃能力は高くなっており、サイバー空間での情報戦をよく理解している。私から見れば、中国は今、世界でもトップクラスのサイバー・ウォーフェア(戦争)能力を持つ国だ。彼らはアメリカとも渡り歩いている」

 

韓国系アプリの罠

実は、韓国も同様の攻撃を日本に仕掛けていることはあまり知られていない。日韓関係が今のように悪化する前から、韓国系ハッカーらによる、日本企業を狙ったサイバー工作は起きていた。

 

・「韓国がらみのハッカーが日本の化粧品会社をターゲットにしている。日本の化粧品はアジアを中心に高い人気を誇っており、その製造方法などを盗みだすなどして模倣し、安価に別ブランドにして売るのだ。これは未確認だが、中国のハッカーも日本の美容業界をターゲットにしているとの話も聞く」

 

・もうひとつ不穏な動きは、韓国政府や、韓国の情報機関である国家情報院の関係者たちが、スマートフォンで使われる韓国系アプリなどを使っている日本人や企業の情報をかなりつかんでいるとうそぶいていることだ。

 

キャッシュレス決済に潜む謀略

・最近あまりにメッセージングアプリなどが普及し、私たちの生活に深く入り込んでいるために、そこを狙う人がいるのは想像に難くない。

 

・日本ではコンビニ最大手セブンーイレブンが、モバイル決済サービスを開始してすぐにサイバー攻撃を受け、あっという間に撤退を発表することになったが、こうした金融取引に絡んだ個人情報が集まるサービスは、どうしてもサイバー工作の対象になりやすいと欧米では見られている

 

・事実、日本のキャッシュレス決済サービスのアプリなどが、中国系のハッカーに狙われているとの情報も筆者には入っている。しかもそれは、犯罪者がカネや商品を騙し取ろうとする行為ではなく、日本のキャッシュレス決済の信用度に傷をつけるためのスパイ工作だというのである。

 

東京五輪を狙っているのはどの国か

・さらに注視すべき国がもう一つある。北朝鮮だ。国連によれば、北朝鮮ハッカーたちはここ3年間で最大20億ドルを、世界各地の金融機関や仮想通貨交換所から違法に盗み出している。

 

北朝鮮のスパイ工作は金銭的な動機が背景にあることが多い。前出の英語圏の元ハッカーは、北朝鮮の次の大きなターゲットのひとつに東京五輪があると指摘する。東京五輪を狙っているのは中国だけではないということだ。

 

あろうことか、とあるクレジットカードのサービスなどを提供する日本企業では、サービスに使われるプログラムのソースコード北朝鮮ハッカーにまるまる盗まれてしまっていることも指摘されている。このように、サイバー空間では、スパイ工作から破壊工作、産業スパイ行為などが繰り広げられているのである。

 

東京五輪といえば、こんな懸念もある。ロシアの諜報機関であるSVRやGRUが世界でサイバースパイ工作を繰り広げているのはすでに説明した。彼らはスポーツの国際的なイベントでもサイバー工作を実施していることが確認されており、2018年の韓国・平昌冬季五輪ではロシアはドーピング問題で国として出場できなかったことの報復として、五輪の公式サイトやアプリにサイバー工作を実施し、チケット発給やWi-Fi設備などに不具合を起こした。また、五輪でITシステムを担当した企業にも、大会前からサイバー工作が行われていたという。

 

・ロシアのスパイ機関が報復として東京五輪に対する工作を実施する可能性は高くなっている。いや、攻撃されることを前提に警戒すべきところまで事態はひっ迫しているのである。

 

消防車を持たない消防庁

日本には対外情報機関がないばかりか、国内外で情報活動をできるサイバー工作組織も存在しない。今、日本では、内閣官房の内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)がサイバーセキュリティ対策を仕切っている。ただこの組織には実働部隊がなく、省庁間や業界団体にサイバーセキュリティ関連の情報を提供することが主な業務であり、専門家の中には、「消防車を持たない消防庁」と揶揄する向きもある。

 

結局、民間企業や個人は自分たちで、中国のように巧妙な国家的サイバー攻撃を仕掛けてくる国家に、対応しなければいけないという状況にある。警察当局はといえば、サイバー攻撃を受ければ捜査はしてくれるが、守ってはくれない。

 

・日本の在日米空軍横田基地で働いていたスノーデンが、日本のインフラにマルウェア悪意ある不正プログラム)を埋め込んだと暴露しているように、アメリカは日本相手でも、有事に備えてサイバー攻撃の準備をしているのである。

 

これからの国際諜報戦におけるサイバー工作の重要度は、世界中でさらに増していくことだろう。中国のMSSにつながるSSF、アメリカのCIAと凄腕ハッカーを抱えるNSA、イギリスのMI6とGCHQ、イスラエルモサドと軍の8200部隊、そしてロシアのSVRとFSB、GRU、こうした組織が、世界の裏側で暗躍し、諜報工作やサイバー攻撃を繰り広げている。

 

・選挙だろうがテロだろうが、世界的なスポーツイベントだろうが、各国はサイバー工作を駆使しながら、自分たちの利害を追求している。それこそが、現在の、もう一つの世界情勢の姿である。

 対外情報機関も、国境を越えて動けるサイバー部隊も持たない日本は、これからの時代に本当に世界と伍していけるのだろうか。一刻も早く、その問いについて真剣に検討し、何をすべきかを議論すべきなのである。性善説は通用しない。

 

・「MI6の職員が共有する、ゼロトラストという考え方がある。つまり、すべて疑ってかかり、誰も信用しないということだ。それが国際情勢の裏にある世界の常識なのだ

 

 

 

『核拡散時代に日本が生き延びる道』

独自の核抑止力の必要性

元陸将補 矢野義昭    勉誠出版   2020/3/31

 

 

 

日米などが配備しているMD(ミサイル防衛)システムも万全ではなくなってきている

保有は最も安く確実な抑止力

反日中朝の核脅威は高まり、米国の核の傘は破れ傘になった。

祈りや願いだけでは独裁国に屈するしかない。独裁に屈すれば、悲惨なウイグルの二の舞になる。日本には核保有能力が十分ある。核に代替手段はなく、米国も黙認するだろう。

護るか、屈するか、決めるのは国民だ!

 

・最終的に日本独自の核抑止力の必要性と可能性、その保有のあり方について論じている。

 

核恫喝の脅威

核恫喝は何度も使われてきた

国際司法裁判所は、1996年に「核兵器による威嚇または使用の合法性に関する勧告的意見」において、「核兵器の威嚇または使用は武力紛争に適用される国際法の規則(中略)に一般的には違反するであろう」としながらも、「国家の存亡そのものが危険にさらされるような、自衛の極端な状況における、核兵器の威嚇または使用が合法であるか違法であるかについて裁判所は最終的な結論を下すことができない」としている。

 

・しかし現実には、以下のような、核恫喝が使用されてきた歴史的な事例がある。その意味では、核兵器は使い道のない兵器ではない。相手国にギリギリの対決の場で、政治的要求を受け入れさせるための効果的な手段として活用されてきたことは、史実が立証している。

 

①  米国のトルーマン大統領は朝鮮戦争中に記者会見で、「何か特別な物を注意深く扱う」と表明し、核使用を示唆して恫喝を加えている。

 

②  米国は1954年、ベトナムディエンビエンフーでの戦いで敗れた仏軍の撤退を掩護するため、ベトミン軍に対し、核恫喝を加えようとした。

 

③  米国のアイゼンハワー大統領とダレス国務長官は、1955年の台湾海峡危機に際して、金門・馬祖を奪取するために上陸作戦を準備していた中国に対し警告するため、戦術核兵器の使用について議論し、「言葉の上でのあいまいな威嚇を加える」ことを決定した。

 

④  ソ連は、1969年の中ソ国境紛争時、中国に休戦交渉を強要するために、核恫喝を加えた。この時には、中ソの核戦争を恐れ、米国が仲介に動いた。

 

⑤  イスラエルは、1973年の第4次中東戦争時に、エジプト軍によるイスラエル国内への奇襲侵攻を許し、国家存亡の危機に直面した。その際に、イスラエル国防相は、進出したエジプト軍により国家の存続が危うくなることがあれば、いつでも指定された目標に核兵器を使用できるように、核爆弾を搭載した戦闘機と核弾頭を搭載したジェリコ・ミサイルを準備せよとの命令を発したと、外国の報道機関により報じられている。ただし、イスラエルは公式には、核兵器保有しているとも、保有していないとも表明しない、あいまいな戦略をとっている。

 

⑥  中国は、1995~96年の台湾海峡危機時に、96年の中華民国総統選挙での李登輝選出阻止のために、台湾と与那国島の近海に弾道ミサイルを打込み、軍事的威嚇を加えた。

 

⑦  パキスタンは、1999年の印パ間のカーギルでの紛争時に、インド軍の侵攻を阻止するために、パキスタン陸軍のパルヴェーズ・ムシャラフ陸軍参謀総長統合参謀本部議長がシビリアンの指導者にほとんど知らせることもなく、核兵器使用の計画を進めていた。

 

⑧  ロシアは、ジョージアとの紛争、クリミア半島併合やウクライナ危機時にNATO軍を牽制するために、長射程の空対艦核巡航ミサイルを搭載可能な爆撃機や地対地弾道ミサイルの活動を活発化させ、あるいは近傍に進出させるなど、核威嚇を加えている。

 

・以上の史実から見ても、今後も核恫喝が行われる可能性は高い。恫喝に屈することなく国益を守り抜くためには、信頼のできる核抑止力を保持しておかなければならないことは明らかである。

 日本の場合は、自ら相手国に侵攻することは考えられないので、敵対的な核保有国による恫喝を受ける可能性が高い。特に核大国となった中国の挑発や攻撃的行動には注意が必要である。また今後は、北朝鮮や統一朝鮮から核恫喝を受ける可能性にも備えておかねばならないであろう。

 その場合、日米安保体制下では、米国の本格的な軍事介入前に、日本に対して、すでに達成された侵略目的を既成事実として受け入れさせ、日本に対する政治的要求を強要するために、核恫喝が使用される可能性が高い。

 

核恫喝に屈すればどうなるか?――チベットの事例

・核恫喝に屈すれば、相手国の政治的要求(戦争目的)をそのまま受け入れざるを得なくなる。恫喝を加える側から見れば、まさに、『孫子』の言う「戦わずして人の兵を屈するは、善の善なるものなり」を地で行くように、最も効率良く、無傷で勝利を得ることになる。

 中国共産党の恫喝に屈して戦争目的あるいは政治目的を達成されるとどうなるかについては、例えば、いまチベット、新疆ウイグル、香港などで起きている事例から推察できる。

 

・結局、約120万人のチベット人が虐殺されたことを、国際司法裁判所は認めており、中国も反論していない。

 

核恫喝に屈すればどうなるか? ――ウィグルの事例

ウイグルでは、ウイグル人の実数は約2千万人と見積もられるが、中国は2015年には1130万人と発表していた。しかし、3年後の2018年には6~7百万人と発表している。その減少した人口4百万人のうち3百万人は強制収容されたとみられる。

 

日本が核恫喝に屈すればどうなるか?

・ひとたび、主権と独立を失い、独裁に屈すれば、警察権さらには軍事権まで失われることになる。

 

・力で反抗を抑圧されれば、結局は、孫子に至るまで主権も独立も民主主義も取り戻すことはできなくなる。固有の文化や伝統、一般住民の権利も失われ、数世代経つと民族としてのアイデンティティは亡くなり同化されるであろう。それが歴史と現在の世界の情勢が示している教訓である。

 

・核を保有した独裁体制の隣国による核恫喝に屈しないためには、確実な核抑止力の保持が必要不可欠である。

 

迫られる日本の自力防衛

・この間、日本は自ら独力で地上戦を数カ月、最小限1カ月半程度は戦い抜かねばならないことになる。このような状況下で、中朝から核恫喝を受けた場合に、上記の米国の核の傘の信頼性低下を踏まえるならば、日本は自らの核抑止力を持たなければ、恫喝に屈するしかなくなる。

 また、核恫喝に屈することが無くても、数カ月に及ぶ長期の国土の地上戦を戦わねばならないとすれば、それに耐えられるマンパワーと装備、それを支える予備役制度が必要不可欠なことも明白である

 そのためには、早期に憲法を改正し、国民に防衛協力義務を課し、世界標準並みの防衛費を配分して、長期持久戦に耐える国防体制を構築しなければならない。それとともに、日本自らの核抑止力保有が必要不可欠になる。

 核抑止力と自力で日本有事を戦い抜く戦力、特に残存力と継戦能力のいずれがなくても、日本の防衛は全うできない。

 

外国人による日本核保有賛成論

北朝鮮は国際制裁や米軍の軍事圧力にもかかわらず、核ミサイルの開発を続けている。

 

・もともと核の傘など存在しないとみるリアリストは、欧米には広く存在する。「自国を守るため以外に、核ミサイルの応酬を決断する指導者はいない」、まして、核戦力バランスが不利な場合は、同盟国のために核報復をすることはありえないと、彼らはみている。

 

日本核保有賛成論――アーサー・ウォロドロンの主張

・日韓の核保有については、欧米の識者からも賛成論が日本国内で報道されるようになった。

 オバマ政権時代から、米国内では日本の核保有については、その是非を巡り議論が出ていた。

 日本の核武装に拒否反応を見せるのは、CSIS(米戦略国際問題研究所)のジェナ・サントロ氏らが主張する「日韓は速やかに核武装する科学的能力を持つ。日韓両国が核武装した場合は同盟を破棄すべき」との強硬論である。もとよりこのような主張は米民主党に多い。

 

・一方、米国では伝統的に、日本の核武装を「奨励」する声も少なくない。ジョン・ボルトン国連大使国際政治学者のケネス・ウォリツ氏らは、「国際秩序安定のために日本は核武装すべきだ」と説く。

 

・米国の最も古い同盟国であり、米国を最もよく知る英国とフランスもこうした考え方を共有している。いずれも核攻撃を受けた際に米国が守ってくれるとは考えていない。

 

・その問題に対する答えは困難だが、極めて明確だ。中国は脅威であり、米国が抑止力を提供するというのは神話で、ミサイル防衛システムだけでは十分でない。日本が安全を守りたいのであれば、英国やフランス、その他の国が保有するような最小限の核抑止力を含む包括的かつ独立した軍事力を開発すべきだ。

 

・以上が、ウォルドロンの主張である。その要点は、中朝の核戦力が高まり、米国が核報復を受ける恐れがあるときに、米国が他国のために核兵器を使うという約束は当てにできないという点にある。

 すでに述べた、現実の核戦力バランスの変化を踏まえるならば、このウォルドロンの主張は、合理的な判断に基づく、日本の立場に立った誠実な勧告ととるべきだろう。

 

日本核保有賛成論――パット・ブキャナンの主張

・「日本と韓国は北朝鮮に対する核抑止力を確保するため、独自に核武装をすることを検討すべきだと主張した」と報じている。

 

・交渉の結果、在韓米軍が削減されるような事態となった場合に備え、日本と韓国は北朝鮮の短・中距離ミサイルの脅威に各自で対抗するため「自前の核抑止力(の整備)を検討すべきだ」と語っている。

 

日本核保有賛成論――エマニュエル・トッドの主張

・「日本は核を持つべきだ」との論文。

「米国はエリートとトランプを支持している大衆に分断され、その影響力は低下している。米朝は互いを信用しておらず交渉は茶番劇であり、米国の核の傘は存在しない」。

「東アジアでも、南シナ海にみられるように米国の影響力は後退している。核の不均衡はそれ自体が国際関係の不安定化を招く」。

「このままいけば、東アジアにおいて、既存の核保有国である中国に加えて、北朝鮮までが核保有国になってしまう。これはあまりにもおかしい」。

「日本の核は東アジア世界に、均衡と平和と安定をもたらすのではないか」。

「こう考えると、もはや日本が核保有を検討しないと言うことはあり得ない」。

核とは戦争の終わりであり、戦争を不可能にするものなのであり、日本を鎖国時代のあり方に近づける」。

 

・このように、トッドは欧州の立場から、米国の国益を離れて客観的に日本が核保有すべき理由を示している。特に「核は例外的な兵器で、これを使用する場合のリスクは極大」であり、ゆえに、「自国防衛以外の目的で使うことはあり得ない。中国や北朝鮮に米国本土を攻撃する能力があるかぎりは、米国が、自国の核を使って日本を護ることは絶対にあり得ない」と断言している点は注目される。

 

・その主張の要点は、核は使用のリスクがあまりに高いため、自国の自衛にしか使えない、核の傘には実体はなく、独自の核抑止力を持つべきだという点にある。

 言い換えれば、生存という死活的国益を守り抜くために、能力があるのなら、どのような国も核保有を目指そうとするのは当然であるという立場を、率直に表明したものと言える。現在の核不拡散を建前とするNPT体制そのものを核保有国の識者自らが否定した発言ともいえる。

 

日本核保有賛成論者の共通点と日本への教訓

・以上の日本核保有賛成論に共通しているのは、以下の諸点である。①米国の力が低下しており、日本に提供しているとされてきた核の傘の信頼性がなくなってきていること、②他方で米国は、北朝鮮や中国の核戦力の向上に対し力により放棄させたり阻止することができなくなっており、交渉では日本に対する北朝鮮や中国の核脅威は解消できないこと、③そうであれば、日本は中朝の核脅威に対し独立を守り地域の安定化をもたらすために、独自の核抑止力を持つべきであるとする、戦略的に合理的な対応策を提唱している点である。

 日本の核保有については、日本人だけの問題ではなく、東アジア引いては世界全体の安定化のためにも、必要とされる状況になっている。日本は既存のNPTの枠組みにとらわれて思考停止するのではなく、どのような核保有のあり方が望ましいかを真剣に考えるべき時に来ている。

 

日本の核保有は可能か?

『成功していた日本の原爆実験』の出版

・その内容の概要は、以下の通りである。

日本は第2次大戦末の1945年8月12日に、北朝鮮興南沖合の小島において、原爆実験に成功していた

 

・米国のジャーナリスト、ロバート・K・ウイルコックスが40年間追求した成果であり、2006年以降、米政府内の機密文書が元CIAや元空軍の分析官によりウイルコックスにもたらされた。

 

・関係者へのインタビュー、日本軍機密暗号電報解読文書など米政府の機密情報に基づき検証した史実を、1次資料の情報源とともに実証的に記述している。

 

理化学研究所仁科芳雄を中心とする日本陸軍のニ計画の成果は、京都帝国大学の荒勝文策を中心とする日本海軍のF計画に継承され終戦まで継続された。

 

大陸を含め約1億円の資金が投入され、海軍は大和級戦艦2隻分の資材を投入した

 

北朝鮮満州には豊富なウラン鉱石と電力源があった。北朝鮮興南には野口遵の大規模な産業基盤が戦前から所在し、核爆弾製造に必要なインフラは終戦直前の興南にはあった。

 

・日本は濃縮ウラン製造用熱拡散分離塔、遠心分離機などの製造に成功していた。

(細部については、ロバート・K・ウィルコックス著、矢野義昭訳『成功していた日本の原爆実験』勉誠出版、2019年を参照)

 

・上記のウイルコックスの書に記された、1945年8月12日の北朝鮮興南沖合の小島で日本が原爆実験に成功していたという事実の信ぴょう性は、本書で立証されているように、極めて高い。もし日本が原爆実験に成功していたのであれば、NPT(核兵器不拡散条約)の規定に基づき、日本は同条約で規定する「核兵器国」としての資格を有することになる。

 すなわち、日本は「1967年1月1日以前に核兵器その他の核爆発装置を製造しかつ爆発させた国」となり、日本は核保有をしても、NPT違反を理由とする国際非難や制裁を受ける国際法上の根拠はなくなるということを意味している。

 

・また、以下の事実も機密資料に基づき立証されている。

 ソ連は大戦末に日本の興南を占領し、日本の各インフラと科学者を奪い核開発を早めた。また、中共朝鮮戦争介入の目的も興南の核インフラ奪取にあった北朝鮮の核インフラも人材を含め日本が戦時中に基盤を創った。蒋介石は1946年から日本人科学者を雇い秘密裏に核開発を始めていた。

 特に史実であることを裏付ける決定的事実は、米軍が朝鮮戦争中、興南に数週間留まっていたことである。米軍はその間に、徹底した現地調査を行い、日本が核爆弾を最終的に組み立てたとする興南の北の山中、古土里の洞窟とその周辺施設を確認している。その調査結果は、本書に記されている。

 その調査の間に、米国は興南沖合の小島とされる爆心地の残留放射能などの確実な核実験の証拠を直接確認できたはずである。その米政府のCIA、米軍の秘密資料に基づき検証された結論が、この書に明記されている。

 例えば、日本の原爆がトリウムとプルトニウムの「混合殻」を使った可能性に言及している。このような、戦後も長らく機密とされてきた特殊な核爆弾の構造にまで言及しているということは、何らかの確証を米側が持っていることを示唆している。

 

現在の日本の核兵器保有能力

・技術的には、米専門家は、現在の日本なら数日で核爆弾の製造が可能と評価している。また、日本の専門家も、技術的には数週から数カ月で可能とみている。その理由については、「費用対効果の面から見た検討」で分析したとおりだが、さらに付言すれば、以下の通り。

①  日本は特に世界で唯一、NPT加盟国の非核国でウラン濃縮とプルトニウム抽出を認められている国であり、濃縮ウランもプルトニウム239も一定量を国内に保有している。

②  核実験なしでもコンピューター・シミュレーションにより核爆弾の設計が可能なコンピューター技術を保有している。

③  核爆弾の原理は周知の知識であり、概念設計はできており、日本の技術力を前提とすれば、詳細設計を行えば部品構造から組み立てまで数週から数カ月で可能とみられる。

④  弾道ミサイルについては、HⅡ-A、HⅡ-Bロケットの補助ブースターをICBMに転用可能であり、核弾頭を搭載し投射する能力もある。

⑤  ミサイルの誘導技術、弾頭の再突入技術は「はやぶさ」などで実証済み。

⑥  通常動力型潜水艦の水準は世界一であり、原潜用小型原子炉の国産技術も保有している。SSBNは、数年で建造できる。

⑦  日本の中小企業を含めた生産技術は世界一であり、設計通りの部品を製造するのは容易。

これらの諸要因を考慮すれば、日本なら数日でもできるとの米国の専門家の見方は、過大評価とは言えず、遅くとも数週間から数カ月以内には、核爆弾の製造は可能とみられる。

 

コスト面と技術的問題は?

・第3章で分析したように、費用対効果の面から見ても、優位性はあり、コスト的にも十分に財政負担にも耐えられる範囲内である。操作要員も少なくて済み、マンパワーも問題はない。ただし、開発に協力し秘密を厳守できる科学技術者とメーカーの確保に制約があるとみられる。

 コストについては、一般的に、放射性物質以外の核爆弾製造のみなら、数千万円とみられる。最も高価なのは、米国の例でも明らかなように、核分裂物質の製造であり、日本の場合はすでに国内に保管されている。

 核弾頭の概念設計は容易であり、さらに詳細設計から製品製造に至るまでの総コストも、以上の条件を前提とすれば、約1億円以内に収まるとみられる。

 また英仏並みのSSBN(弾道ミサイル搭載原潜)4隻の製造・維持運用に必要なコストは、英国の例から見ても、米国の例に基づく分析から見ても、年間約1~2兆円程度とみられる。この程度の増額分なら、財政的にも可能であろう。

 

米国の同盟国日本への期待

・トランプ政権は「米国第一主義」を唱え、NATOや日韓など豊かな同盟国に対しては、自力防衛を期待し、駐留兵力の削減または駐留費の分担増、武器輸入の増大などを要求している。

 また大量の死傷者が出る地上戦については、極力避けて、同盟国の自らの負担とし、米軍はそれを「支援しあるいは補完」することが、イラクやアフガンの作戦でも基本的な方針となっている。

 

・しかし核戦力バランス上、中露との核戦争に発展しかねない直接交戦ができないとすれば、自国を核戦争のリスクにさらして日本に核の傘を提供することはできなくなり、米国としては、日本に独自の核抑止力を持たせることを容認するのが合理的な戦略になるであろう。

 そうすることにより、米軍は日本を盾に、安全にアウトレンジから中露の海空戦力を東シナ海南シナ海で制圧可能になり、オフショアバランシング戦略が遂行できることになる。結果的に、米国地上軍の直接介入は避けられる。

 

日本の核軍縮・不拡散への取り組みは無にしないか?

・こうした軍備拡張競争や兵器の拡散は、国際の平和と安全を損なうことにつながりかねない。無制限に増大した軍備や兵器は、たとえ侵略や武力による威嚇の意図がなくても、他の国の不信感や脅威意識を高め、国際関係を不安定にし、不必要な武力紛争を引き起こすことになりかねない。国連憲章が、第11条で、軍備縮小及び軍備規制を国際の平和と安全に関連する問題として位置付けている理由は主としてここにあろう。

 

・日本の周辺国では核軍備増強が進み、日本が依存していた核大国、米国の核の傘の信頼性が低下していることは、すでに述べたとおりである。

 現在の日本が置かれている状況は、日本が核保有国である「他国からの侵略や武力による威嚇などから、自国を防衛するために、軍備を必要」と感じる「厳然とした事実」がある状況下にあると言える。

 そうであれば、現在の日本の「軍縮・不拡散の取り組み」のもとにおいても、「日本自らが核保有する」ことは、国家安全保障上の合理的な理由があるのであれば、可能であると言える。

 

・従って、核兵器に対する軍縮と徹底した削減を求める運動についても、「とりわけ米露両核超大国の核軍縮の進展を求める声が高い」として、米露の核戦力削減に運動の矛先を向けさせるとともに、米露を後追いする立場の中国自らは制約を受けることなく核軍縮を進めるのを正当化することを企図している。

 

日本は世界中から経済制裁を受けないか?

・これまでの史実から判断すれば、核保有国相互間にも利害の対立があり、日本の核保有にメリットを見出す国が出てくる可能性が高く、日本が核保有したとしても、全面的な制裁や禁輸には至らないとみられる

 中国、イスラエル、インドが核保有を試みていた段階では、フランスが支援をしている。パキスタンに対しては中国が支援している。このように、すべての核保有国が制裁に一様に加わるわけではなく、自国の利益になるとみて支援する国が現れるのが通例である。

 

核拡散によるリスクをどう考えるか?

・理論的には、リアリズムの立場から、核拡散それ自体を是認する、ケネス・ウォルツのような見解もある。すなわち、弱国であっても、残存性のある報復可能な核兵器保有すれば、潜在的な侵略国は物理的にも心理的にも抑止されるという見解である。

 事実、印パ関係を見ても、1998年の印パの核保有以降、翌年にカーギル紛争があったものの、それ以降大規模な紛争は起きていない。

 中東でも第4次中東戦争で、イスラエル、エジプトともに、核戦力を潜在的保有し互いに恫喝を加えたが、それ以降、大規模な通常戦争は起きていない。

 

オフェンシブ・リアリズム

・本書の目的は、日本が「核時代をどう生き延びるか」という視点から、「日本独自の核抑止力の必要性と可能性」を論じることにあった。しかし、独自の核抑止力があれば、それで日本の安全保障、防衛は盤石になるのかと言えば、そうではない。

 

・本書のテーマは、核の脅威や核戦力を背景とする恫喝にどう対処するかという点にあった。その手法としてオフェンシブ・リアリズムの観点から、独自の核抑止力を保持し、相手に報復の脅威を与えることが最も確実でかつ安価な手法であり、日本もその選択を採るべきだというのが、本書の結論である。

 しかし、抑止力の効力には限界がある。余りにも低い烈度の脅威に対して、行使した場合に戦いの烈度が一気に上がることが予想される核による抑止手段は、抑止される側からみた抑止力行使のもっともらしさは低くなる。その結果、核抑止力の効力が機能しにくくなる。

 

そのためには、少なくとも世界標準並みのGDP2%程度の防衛予算を配当し、有事には国民の1%程度が戦える正規軍と予備役からなる通常戦力も必要になる。また、すでにその動きはあるが、サイバー、電磁波、宇宙人などの新空間での戦いへの備えも早急に固めなければならない。情報戦、心理戦などのソフトパワーの戦いや総合国力の戦いについても、国家レベルの対応が必要である。

 ただし、各種の抑止力の中でも、核抑止力の信頼性の問題は、国家安全保障の根幹をなす課題であり、その信頼性を維持することなしには、他の施策をとっても深刻な国家間の国益対立の局面では、相手の要求に屈するしかないという現実は、今後とも変化はない。

 重要性が高まっている、上記の新領域での戦いや平時の戦いも、結局は核戦争まで想定した各段階の抑止力と、その前提となる打撃力、残存報復力を、いかに温存し最大限に発揮するかを狙いとして構築されていると言える。

 

・また、新しいMDシステムも確実に核ミサイルを撃墜できるわけではない。核は1発炸裂しても数十万人以上の被害が出る依然として核の絶大な破壊力に対する確実な抑止手段は、相手に恐怖を抱かせるに足る、核戦力の保持しかないというべきであろう。

 日本には独自の核戦力を保有する必要性があり、その可能性もある。唯一の被爆国として、被爆者の無念の思いに報い、その思いを繰り返させないためにも、独裁国の核恫喝に屈することなく独立と主権を守るためにも、独自の核抑止力保持が必要となっている。それを実現するか否かは、一に日本国民自らの決断にかかっている。

 

 

 

『軍事のリアル』

 冨澤暉    新潮社   2017/11/16

 

 

 

米国安全保障戦略の揺らぎ

・米戦略国際問題研究所(CSIS)シニアアドバイザーのエドワード・ルトワックは、(1)財務省ウォール街は「親中」である、(2)国務省は「親中」と「反中」の間をゆれる、(3)国防総省は「反中」である、と言っている。

 彼は、財務省が「金融」にしか関心を持たず、そのため米製造業が凋落したと非難しつつも「財務省ウォール街と中国は利害共同体になっている」と述べたうえで、国務長官ヒラリー・クリントンはやや「反中」だったが続くケリー長官は「より親中」で、その意味で国務省は「反中」と「親中」を右往左往している、としている。しかし、米海・空軍にとって、中国は少なくとも計画・調達の目的の上では、明らかに将来の「主敵」になっている、と述べている。

 

・では、米国の軍事戦略とは何なのか。考え方はいろいろある。主要なものを以下に列挙してみよう。

  1. 「(1)北朝鮮が残存性のある核能力を持つ可能性を踏まえ抑止力と即応体制を構築すべきである、(2)同盟国・友好国の軍事能力向上を推進すべきである、(3)中国との摩擦低減に努力すべきである」との3つの提言をしている。つまり「米国のアジア・リバランスは北朝鮮対応が主目的であり、全体としては米軍自身ではなく同盟国、友好国に期待し、しかも中国とは敵対しないように」と言っている訳である。
  2. 2010年の米国のQDR(4年毎の戦略見直し)にエア・シー・バトル(ASB)という言葉が現出して以来、日本では「これが米国の新戦略だ」と誤解する人々が増えた。彼らは、その直後にクリントン国務長官が「アジア・リバランス」という言葉を用いたこともあり「これからの米国戦略は対中戦略が全てであり、それが海・空戦略である」と早合点してしまったようである。

 

・あれだけの陸軍軍拡をし、海空軍軍縮をすれば、海空軍の不満が高じるのは当然である。そこで「海空軍には将来に備えて欲しい」と予算のつかない約束として提示されたのが「エア・シー・バトル」だったのである。

 

  1. 「中国が接近阻止・領域拒否(A2AD)をやっているのだから、それに対し日本も中国に対しA2ADをやれば良い、そうすれば日本を隘路の門番にして中国軍を分散させ、米軍はもっと効率的・攻撃的な作戦に集中できる」といい、これを受けて日本でも、南西諸島周辺に自衛隊を配備してそのA2ADを準備しよう、という動きが盛り上がり、既にその一部の準備が進められている。

 

  1. 「オフショア・コントロール戦略」は「同盟国と協力しつつ中国による第1列島線以東、以南の海洋使用を拒否して島嶼を防衛し、その領域を支配しつつ遠くから中国のシーレーンを封鎖して経済消耗戦にもち込む」というものであり、当初から日米韓など南シナ海経由シーレーンを放棄したものであった。

 

・ザック・クーパー研究員は、もっと積極的に日米海軍(自衛隊)が共同して南シナ海での警戒活動をすべきだと提案した。

 

  1. 2つの面白い情報が入ってきた。1つは米国の国家安全保障会議国防総省に対して「大国間の競争」や「中国との競争」という言葉を使用しないようにという指示を出したというものであり、2つ目は米海軍トップの海軍作戦部長が「今後米海軍においてA2ADという用語を使用しないと発表した」というものである。・主なものでも、米軍事戦略にはこれほどのバリエーションがある。何れにせよ、生煮えの米戦略案を追いかけ、それに合った日本の戦略を論ずることは禁物である。

 

オフショア・バランシング戦略とトランプ大統領

・数年前に、米国に潜在する幾つかの軍事戦略案を少し勉強していた。その中に、これまでに述べてきたものとは趣を異にする「オフショア・バランシング」という戦略があった。それは、

 

 

  1. 米国経済発展のため、米国は中国との軍事対立を避け良好な関係を保つ、
  2. しかし、中国軍事力が米国以上のものになるのも困る、
  3. このため、中国に対しては、北のロシア、西のインド、東の日本から、軍事的に牽制させる、
  4. そのため日本にも核兵器を持たせる、
  5. オフ・ショア(沖合)に退いてはいるが所要に応じて戦力投射できる準備はしておく、

 というものであった。

 

・それから数カ月を経て、トランプという米大統領候補が、彼らと概ね同様のことを言っていることを知った。今度は、このネオリアリストたちがトランプ大統領のスタッフたちに、どういう影響を与えるのかを見守って行きたい。

 

・戦後70年の世界は、国際協調(グローバル化)という不可逆な流れの中にあると考えられてきたが、実は今、100年周期の「世界分裂」という、より大きいうねりを迎えられたのかもしれない。

 この状況の中から如何に新しい国際協調を生み出すのか、それとも本当にまたブロック化の時代が来るのならどのブロックに属して生きのびていくのか。国民1人1人が真剣に考えるべき秋(とき)を迎えたようである。

 

ミサイル防衛の限界と民間防衛

北朝鮮による核弾頭ミサイル攻撃に対して、日本のミサイル防衛システムでは対応できないことは、第5章で述べたとおりである。

 そこで日本も、艦艇搭載の非核巡航ミサイルなどにより敵基地を攻撃できるようにしては、という意見が20年も前からある。

 

・ということになれば、本当に核攻撃から身を守るのであれば、日本でも「核シェルター」を準備して国民を守るしかない。「核シェルター」は1次放射線や爆風を避けるだけでなく「核の灰(フォールアウト)」やそこから発せられる2次放射線による被曝を避けるものとして有効である。スイス、イスラエルノルウェーアメリカ、ロシア、イギリス、シンガポールなどでは、50~100%の高率でシェルターが準備されていると聞く。日本では0.02%である。「日本は核兵器を認めていないからシェルターも認めていないのだ」という言い訳は、全く理屈になっていない。

 

・せめて、各都市にある地下街に空気清浄機(濾過器)を設置し、そこに避難した人々が2週間程度暮らせる備蓄食料と上下水道を完備することぐらいは実行して貰いたいのだが、この「民防」を進んで担当する役所は、いまのところ国にも地方自治体にもない。無論、警察も防衛省もそれを担当する余力を持っていない。こうした準備は国民1人1人の意志とその要求によって初めて実現するものである。

 

専守防衛」は軍事的に成り立たない

理念は良いけど、対策は?

・何よりもまず、この戦略の基本理念を「国際協調主義に基づく積極的平和主義」としているところを筆者は高く評価している。

 

・本来、テロ・ゲリラ対策には人手を必要とする。1996年に韓国の江陵というところに北朝鮮特殊部隊員26人が上陸した時、49日間延べ150万人を投入して漸くこれを駆逐したという記録がある。そんなゲリラが日本国内で数チームも出現したら、街のお巡りさんを含む全国29万の警察と14万の陸上自衛隊では如何ともしがたい。特に、全国50数カ所にある原子力発電所の幾つかが同時にゲリラ部隊に襲われたらどうするのか。現職自衛隊員たちは「それは警察の任務で我々のものではありません」と言うしかないが、警察は「十分に対応できます」と言えるのだろうか。

 中国は220万の軍隊の他に150万の武装警察と800万の民兵を持っている。日本のスケールが中国の10分の1だとすれば、15万の武装警察と80万の民兵が要ることになる。しかし、そんな話をする人はどこにもいない。

 つまり、国家安全保障戦略は、看板はよく出来ているが中身は看板に相応しくないものだ、と言わざるを得ないのだ。

 

そもそも専守防衛は成り立つのか

・そもそも「専守防衛」というものは軍事的に成り立たないものである。如何にガードとジャブが上手くても、相手を倒すストレートかフックのパンチを持たないボクサーが勝てないのと同じことである。或いは、一定時間を稼いで全体に寄与する城や要塞はあり得ても、日本のように広正面の国をハリネズミのように守る技術はなく、あったとしても天文学的な金額がかかるのでそれは不可能だということでもある。

 日本が「専守防衛」で何とかやれるのは「自衛隊は盾の役割を担当し、米軍が矛(槍)の役割を果たす」という「日米ガイドライン」による約束があるからである。米国がその約束をとり消した場合には、自衛隊の予算をいくら増やしたところで「専守防衛」の国防はなりたたない、ということを、国民は良く承知しなければならない。

 

世界秩序を支える核兵器

・20世紀前半(1945年まで)には第1次世界大戦と第2次世界大戦という戦争があり、その戦争で5000万~6000万の人が亡くなった。それ以降、ソ連が崩壊する91年までの約45年間は冷戦時代で、米ソ間の国家観決戦はなかったが、朝鮮・ベトナム戦争に代表される代理・局地・制限戦が行われ、結局2000万人強の戦死者を出した(中国文化大革命での犠牲者数は除く)。

 20世紀前半の世界人口は約25億人で後半の人口は約50億人だから、戦死者の比率は前半に比べ後半は約5分の1に減少したといえる。ということは、前半より後半の方がはるかに平和になったということである。

 

・91年以降の約25年間にも各種民族紛争が続いたが、人口の多い国同士の国家間決戦は殆どなく、戦死者総数は前2期に比べ明かに減っている。たとえば戦死者数について、朝鮮戦争での米軍3万4000、中国義勇軍90万、北朝鮮52万、ベトナム戦争での米軍4万6000、韓国5000、ベトナム・ベトコン90万、イラク戦争での米軍など4800、イラク(民間人を含み)15万~65万(65万は誇張と言われているが)という概略数が報告されている。

 

恐ろしい兵器だからこそ平和に資する

・日本では特に「核廃絶」を主張する人々が多いが、本当に世界から核がなくなっても世界に平和は訪れないであろう。なぜなら在来型(通常型)兵器が残るからである。

 在来型兵器はその使用者に「相手を絶滅させても、自分は生き残れる」という可能性を与える。核兵器に比べ在来兵器には「軍事的相互脆弱性」がない。

 

NPTは不平等な秩序ではあるけれど

・インドとパキスタンの核は、両国間の戦争抑止を目的とし、それなりに成果を上げてはいるが、世界秩序(平和)の維持にはそれほど関係がないともいえる。

 北朝鮮の核弾頭の数は定かではないが、金正恩朝鮮労働党委員長が「ミサイルの目標は在日米軍基地だ」と明言したことにより、日本・世界の秩序(平和)破壊に関わるものとなった。

 

日本は核武装すべきではないけれど

・NPT加盟国たる日本が核武装することは、できないしすべきではない、というのが筆者の考えである。軍事は外交の背景として存在するものだから、日本が孤立化し、その外交が成り立たなくなるような軍事措置をとってはいけない。

 しかし、外交が核武装を求める事態になった場合は別である。最大の同盟国たる米国自身が日本核武装を求める事態になった場合は別である。最大の同盟国たる米国自身が日本核武装を公式に要求してきたような時には、国際情勢を良く分析し、国家戦略を再構築し、それに沿った軍事措置をとらねばならない。例えば韓国が核武装した場合などには、諸外国の態度も変わり、国民感情も変わるかもしれない。その時のことは考えておかなければならない。

 

・最大の難問は国民の反対が多く残る中で、核兵器装備化へのロードマップを描ける政治家・学者・官僚が全くいないことだ。仮に米国が豹変し、日本核武装を押し付けようと各種の米国人たちがやってきたとしても、これに協力できる有力な日本人はどこにもいないだろう。

 そうなると核兵器の借用、すなわち「ニュークリアー・シェアリング」はどうか、という話が出てくる。しかし、これはかつてソ連の大戦車軍団が欧州を襲う時、核兵器で止めるしかなく、その場合、投射手段が不足し猫の手も借りたい米軍が欧州各国の航空機などに核弾頭を載せてもらおうという趣旨のものであり、弾薬庫の鍵を米軍が持つこともあり、各国の自主的な核兵器とはいえない。大戦車軍団の侵攻は現在では考えられず、欧州における「ニュークリアー・シェアリング」は今や形骸化していると聞く。同様の施策を日本が取ったとして何の意味があるのか、と議論する必要がある。

 

それでも大事なのは「本腰」

・トランプ米大統領は日本に対し、NATO北大西洋条約機構)並みのGDP2%の軍事支出を求めている。その当否はおくも、それが実現した場合には米国製対空ミサイルを買うことより、陸上自衛隊の足腰を強化することの方がより大切であると筆者は考えている。

 

「徴兵制」と「志願制」

・現在、G7の中に徴兵制をとっている国は1カ国もない。このG7にロシアとEU、更に新興経済国11カ国を加えてG20と称するが、これらの中でなお徴兵制をとっている国は、ロシア、中国、韓国、トルコ、ブラジル、メキシコの6カ国だけである。

 

・ロシアは10年以上も前から志願制に変更したいと言っているが、領土が広いのでなお100万人の軍人定数を維持している。

 

・中国は選抜徴兵制をとっている。13億の人口に対して220万の軍隊だから、1億3000万弱の人口で24万の自衛官を持つ日本と、軍人/人口比はほぼ同じである。中国人は、日本人以上に兵隊になることを嫌っている。「好鉄不打釘、好人不当兵(良い鉄は釘にならない、良い人は兵にならない)」という古い言葉があり、今でも多くの人たちがそう言っているらしい。

 

・「それじゃ、兵隊が集まらなくて困るね」というと、「大丈夫です。貧乏な農村地帯の青年たちが軍隊に入りたがってますから、兵隊が足りなくなることはありません。兵隊は共産党員になる近道で、党員になれれば田舎に帰って郷長(村長)にもなれるから人気があるんです」という、どこまで本当かは分からないが、如何にもありそうな話であった。別の人に聞いたら志願兵を希望するものが多く、その志願兵に合格できなかった者が徴兵枠で採用されるというシステムになっているとのことであった。

 

・韓国は北朝鮮と休戦状態を続けているため、徴兵制を止められずにいる。しかし、大学進学率の向上など若者世代の変化があり、良心的兵役拒否が認められないといった特殊事情も加わって、徴兵上の様々な問題が生起している。

 

・スイスは1648年のウェストファリア条約で独立した小国(現人口842万人)であるが、独立以来永世中立国であり、その中立政策を守るため370年間、徴兵制を続けている。

 

・西ドイツは1955年に志願制のドイツ連邦軍を編成したが、募集に応じる者が少なかったので、やむを得ず1956年に徴兵制を復活させた。

 

・2002年から、ドイツ連邦軍兵士の兵役期間は10カ月から9カ月へと更に短縮された。兵役拒否者の奉仕期間は兵役より長いことが原則だったが、2004年からは兵役期間と同じ9カ月になった。そして2011年6月末をもって、ドイツの徴兵制は終った。

 

イタリア軍1860代から徴兵制度を続けてきたが、2000年に徴兵制廃止を決定、2005年から完全志願制の軍隊となった。

 

・徴兵制は廃止されたが「国家の防衛は共和国市民の神聖な義務である」とする憲法条項は、そのまま残されている。

 

自衛隊は「苦役」なのか

・「日本の徴兵制復活は?」という質問に対し、歴代政府はいつも憲法第18条の「何人も、(中略)犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない」を理由に、「憲法違反の徴兵制復活はありえない」と説明する。「苦役」の意味を、囚人たちでも理解しないというこの時代に、何たる言葉を使うのであろうか。自衛官をして「苦役を自ら志願する変わり者」とするこの表現は差別であり許せない。「日本の防衛政策は、徴兵制よりも志願制を求めている」と理路整然と説明するのが政府の責務である。

 

・勿論、「国家間決戦なき時代」が永遠に続くとは言い切れないから、徴兵・志願という政策は固定化すべきものではない。それよりも憲法に固定化すべきは、イタリアのように「国家の防衛は国民の義務である」ということではないか。日本は国民主権の民主主義国家なのだから。

 

 

 

『逆説の軍事論』   平和を支える論理

陸上幕僚長  富澤暉   バジリコ  2015/6/19

    

 

 

<敵地攻撃の難しさ>

・敵地を攻撃するといっても、軍事的な観点から考えると、これは至難の業です。アメリカですら、目標情報が掴めないと嘆いている現状で、日本がどのように独自に目標情報を得るのか。北朝鮮を24時間監視するためには、どれだけの偵察衛星が必要なのか。

 

・さらに攻撃兵器の問題もあります。日本が核兵器保有していれば、敵ミサイル陣地にでも、あるいは平壌のような都市でも効果的な攻撃ができるでしょうが、核はないのだから、攻撃のためには空爆であろうとトマホークのような巡航ミサイルであろうと天文学的な弾量を整備する必要があります。そのための予算をどこまで投入するのでしょうか。しかも、その効果は未知数です。

 

・ここで、従来型の「個別的安全保障」ではなく、「集団(的)安全保障」の枠組みの中で対応を考えることが重要になってくるのです。複雑な民族感情を越えて協力していくためにも、国連軍または多国籍軍という枠組みを活用することが重要になるわけです。

 

<日本の核武装

・政治家の中には、北朝鮮の核実験に対抗して、日本も核武装の議論をすべきだという人がいます。

 

・重要なのは、ただ核兵器の議論をすることではなく、関連するすべての政治・軍事問題を広く、かつ、もれなく検討し、核を持った場合、あるいは持たない場合の外交の在り方や在来兵器による防衛力整備の在り方を議論することなのです。

 

・政治的にいえば、核武装論の裏側には、「中国の軍備増強への対応」や「アメリカに対する日本の自主性確立」という問題が潜んでいます。

 

・一連のシナリオを想定し、それぞれについてシュミュレーションし、備えておく必要があります。

 

<戦車の再評価>

・日本でも、このテロ・ゲリラ対策のため歩兵を増やす必要があるのですが、人件費が高く隊員募集に苦しむ陸上自衛隊の兵員数を増やすことは困難だといわれています。だとすれば、各地方に防災・消防を兼ね情報・警備を担当するかつての「消防団」のような「郷土防衛隊」が必要となりますが、これを組織するのは防衛省自衛隊の仕事ではなく、総務省と各自治体の役割でしょう。

 ともあれ、防衛省自衛隊としては歩兵の戦いを少しでも効率的にするための砲兵・戦車の数を確保する必要があろうかと思われます。

 

・現在、日本へのテロ・ゲリラ攻撃はありません。しかし、仮に朝鮮半島で動乱が起きた場合、日本全国でテロ・ゲリラ攻撃が多発する恐れは十分に考えられます。

 

<その破壊が直接国民生活を脅かす無数の脆弱施設が全国に存在>

・難民を担当するのは入国管理局でしょうが、何万、何十万になるかもしれない難民を日本はどう受け入れるつもりなのでしょうか。まさか、戦時の朝鮮半島に送り返すわけにはいかないでしょう。この人々への対応が悪ければ、混乱も起きるでしょう。収容施設、給食など生活環境の支援、さらには治安維持のために警察、自衛隊は何ができるのか。そうした有事への準備が既にできているとは寡聞にして聞きません。

 

・さらにいえば、こうした事態は全国で分散同時発生するので、とても現在の陸上自衛隊の歩兵では数が足りません。実は、そのわずかな歩兵を支援する兵器として戦車ほど有効な兵器はないのです。

 

<軍事というパラドックス

・さて、軍事とは人間社会固有の概念です。したがって、軍事について考える際には、私たち人間の本質をまずは押さえておかなければなりません。すなわち、「闘争本能」と「闘争回避本能」という人間固有の矛盾した特性です。

 

・一部の例外を除き、人は誰しも死にたくない、殺したくないと思っているはずです。にも関わらず、有史以来人間は日々、せっせと殺し合いをしてきたという現実があります。

 19世紀ロシアの文豪トルストイの代表作に『戦争と平和』という大長編小説がありますが、人類の歴史はまさしく戦争と平和の繰り返しだったといえましょう。どうした天の配剤か、人間はほとんど本能のように闘争を繰り返す一方で、争いを回避し平和な生活を維持するための方法を模索してもきました。

 人は一般に他者からの支配、干渉を好まず、誰しも独立(自立)して自由に生きたいと考えているはずですが、自由とは欲望(利害)と切り離せない概念でもあります。

 そして、そうした人間同士が集まり集団(社会)を形成すると必ず争いが起こり、往々にして生命のやりとりにまで至ることになります。それは、民族や国家といった特定の集団内でもそうだし、集団と集団の間においてもしかりです。

 ただ、人間は他の動物と峻別される高度な知恵を有しています。そして、その地位を使い、自分たちが構成する社会の中に法律、ルール、道徳などによって一定の秩序を設計し、争いを回避する工夫をしてきました。

 

・要するに、21世紀の現在においても、「世界の秩序」と「個々の国家の自由・独立」の関係は、「国家」と「個人」の関係よりはるかに未成熟であり、極めて不安定な状態にあるという他ありません。

 軍事について考えるとき、私たちは好むと好まざるとに関わらず、こうした世界に生きているということを認識することから始めるべきでしょう。

 

・ところで、国内の秩序を維持するための「力」を付与されている組織は一般に警察ですが、国際秩序を維持するための「力」とは100年前までほぼ軍事力のことでした。

 現代世界では、経済力、文化力、あるいはそれらを含めた「渉外機能としての外交力」の比重が高まり、脚光も浴びています。しかし、だからといって軍事力の重要性が低下したわけではありません。

 軍事の在り方は戦前と戦後では異なるし、戦後も米ソ冷戦時代とソ連崩壊後、アメリカにおける9・11同時多発テロ後ではかなり変化しています。ある意味で、世界秩序における軍事の重要度は、以前よりもむしろ高まっているといえます。

 

<「世界中から軍事力を排除すれば平和になるのだ」という単純な論理>

・ひとつ、例をあげてみましょう。つい20年ほど前、ルワンダで10万人以上の人々が鉈や棍棒で殺戮されるという悲惨な民族紛争が起きました。私たちは、この事実をどう理解すればよいのでしょうか。

 

・現実には軍事力こそ戦争の抑止に大きな役割を果たしているというのが私たち人間の世界の実相です。

 

・周知の通り、20世紀は「戦争の世紀」といわれています。世界の人口が25億~30億人であった20世紀前半、2度の世界大戦における死者数は5000万人~6000万人にのぼりました。一方、20世紀後半の戦争、すなわち朝鮮戦争ベトナム戦争をはじめとする「代理・限定・局地戦」と呼ばれる戦争での死者数は3000万人以下とされています。また、その間に世界の人口が60億~70億人に増加したことを考え合わせると、20世紀の前半より後半の方が、はるかに平和になった、ともいえます。

 

・米ソ2極時代、互いが消滅するような核戦争を起こすことは、現実には不可能でした。また、核兵器保有しない国同士による戦争が世界戦争に発展しないよう、米ソ2大軍事大国が、通常兵器の威力をもって抑え込んだことも一定の抑止となりました。

 まことに皮肉なことながら、大量破壊兵器である核兵器の存在が20世紀後半の世界に相対的平和をもたらした要因であることは事実なのです。

 

<いずれにせよ、歴史が教える通り、最も危険なことは無知であることなのです>

・その間、日本政府が宣言した非核三原則にも関わらず、核兵器が持ち込まれていたことも、アメリカの外交文書が公開されたことから明らかになっています。

 以上のような事実から導かれるのは「憲法第9条により軍隊を保有しなかったために日本は平和を享受できた」という説がフィクションだということです。

 

・以上述べてきたことからわかるように、人間の世界において軍事とは平和と不即不離の壮大なパラドックスということができるのではないでしょうか。

 

<軍隊とは、武力の行使と準備により、任務を達成する国家の組織である>

・現実に武力を行使するかどうかではなく、悲惨な歴史的教訓がその背景にあるわけです。現実に武力を行使するかどうかではなく、武力を行使する準備があると相手に理解させることが大切だと考えているのです。

 

<安全保障を成立させる4つの方法>

・脅威に対して価値を守る手段として次にあげるような4つの方法があるように思えます。

  1. 失って困るような価値は最初から持たない
  2. 脅威(敵)をなくす。または敵の力、意志を弱める
  3. 被害を被っても、その被害を最小限に食い止め、回復するための準備をしておく
  4. 脅威(敵)をつくらない。あるいは敵を味方にする

 

・以上、4つの手段を紹介しましたが、これらを見ても、安全保障の設計には外交と軍事両面が重要だとおわかりいただけるはずです。軍事なくして安全保障は成立しませんし、軍事だけでも安全は確保できません。安全保障においては、軍事と外交が両輪となって機能していくということをここでは理解してください。

 

<情報>

<なぜいま「情報」なのか>

大東亜戦争時の帝国陸海軍は「情報」を軽視しそれ故に敗れた、ということがよくいわれます。私もその意見に同意します。確かに、作戦畑しか経験しなかった元帝国陸軍将校の一部に、自衛隊員になってからも「あの情報屋たちの書く情報見積もりなど、30分もあれば俺がひとりで書いてみせる」と言う勇ましい人がいたことは事実です。ですが、このような情報軽視の根本的原因は、このような作戦将校たちにあったのではなく、情報将校をも含む陸海軍全体に、さらにはその背景をなす日本国民全体の中にこそあった、と知らなければなりません。

 

・民主主義世界ではすべての情報を互いに公開すべきだという意見がありますが、「闘いの世界」では秘密保全は極めて重要なことです。それは民主主義世界においても皆さんの個人情報が保全される必要があるということと実は同義なのです。

 正しく説得力のある情報は、作戦担当者の決断を促し、時にはその決断を強要するものでなければなりません。情報は学問の世界における「知識ならぬ知(智)」です。日本では「水と情報は無料」だという誤解がありますが、これらは本来極めて価値ある(高価な)ものであると認識する必要があります。自衛隊が、そして国中が情報の価値を認識した時、情報軽視(蔑視)という悪弊は消え去り、国民もより強靭になることでしょう。

 

機械的情報と人間情報>

・そして、最も上質の人間情報とは、相手の意図を戦わずして我が意図に同化させることなのです。その意味では今、政治的にも「首脳外交」が、そして軍事的には「防衛交流」が、ますます重要になってきているといえるでしょう。

 

<「三戦」時代の情報>

・既に述べたことですが、中国は「今や三戦(心理戦、広報宣伝戦、法律戦)の時代である」と自ら宣言してその「戦い」を推進しています。彼らは、その三戦の背景を為すものとして軍事力を極めて有効に使用します。

 我が国の安全保障分野に従事する者は、その中国の三戦の背景にある軍事力がどのようなものであるかを見抜く情報能力を持たなければなりません。

 

・逆に、自衛隊の軍事力が日本の三戦の背景の一部としてどれだけ効果的なものであるか、それを増強するにはどうすべきか、について国家安全保障局、外務省、財務省に進言しなければなりません。

 すなわち、現代の軍事情報そのものが三戦(心理戦、広報宣伝戦、法律戦)を含んだ戦略分野に移行しつつあるということなのです。

 

<作戦>

<戦略と戦術>

・軍事における作戦は、将校(幹部自衛官)の本業(主特技)だといわれています。しかし、情報を軽視した作戦はあり得ないし、後述する教育・訓練や兵站を無視した作戦もあり得ません。

 

アメリカの存在感の相対的低下、中国の経済力・軍事力の爆発的拡大と覇権的野望、北朝鮮の核保有、韓国の国家レベルでの反日キャンペーン。冷戦後、ほぼ同時期に起こったこうした変化は、当然のことながら日本の安全保障に大きな影響を及ぼさざるを得ません。

 加えて、戦後長らく続いた日本の経済中心戦略は綻びを顕にします。バブル崩はじめとする壊を経て、肝心の経済力の凋落は覆うべくもありません。経済紙誌をはじめとするメディアが日本の状況を「第二の敗戦」と表現してから久しく時が流れました。

 

・いずれにせよ、戦略とは自衛官(軍人)の問題ではなく、政治家、そしてその政治家を選ぶ国民1人ひとりの問題であるということをここでは指摘しておきます。

 

<戦術における基本原則>

・「専守防衛」という言葉は、かつての自衛隊では「戦略守勢」といっていたのですが、1970年頃に中曽根防衛庁長官がつくった『日本の防衛』において「専守防衛」に換えられました。もっとも、この「専守防衛」という言葉をはじめに発明した人は中曽根長官ではなく、意外にも航空自衛隊幹部(一空佐)であったという話です。

 国策を変えるということは戦略を変えるということなので、現職自衛官からは言い出しにくい問題です。しかし、私ども自衛官OBは、「攻撃は一切しない」と誤解されやすく、自衛官という専門家の手足を必要以上に縛りかねないこの「専守防衛」を「専守守勢」という本来の言葉に戻してほしい、と考えています。

 

<日本の戦略>

・日本の戦略は、外交・経済・文化・軍事等の専門家の意見を聞いて、国民の代表たる政治家が決定すべきものです。その意味で、2013年の秋に新組織・国家安全保障会議によって、日本初の「国家安全保障戦略」ができたことは、評価されてもよいと私は考えています。

 

・確かに、現代の日本の脅威は「大量破壊兵器の拡大」と「国際テロ・ゲリラ」なのです。

 

<PKO等海外勤務の増加>

・「後方部隊は後方にいるので安全である」というのは正に神話です。後方兵站部隊は防御力が弱いので、敵方からすれば格好の攻撃目標となります。また後方兵站部隊が叩かれれば戦闘部隊の士気は下がり、戦闘力も確実に落ちます。

 

<装備>

<オールラウンドな装備体系を>

・これらの兵器(装備)は、互いにそれを使わないようにするために存在するのですが、どんな兵器がどこで、いつどのようにつかわれるかは不明です。数量の問題については別途検討する必要がありますが、装備の質はオールラウンド、すべて整えておくというのが正道なのです。

 なお、核兵器による抑止という面についていえば、現実に保有しなくても保有できる能力を持ち続けるということで日本は対応すべきだと私は考えます。

 

<これからの自衛隊

<変化する自衛隊の役割>

・世界情勢の変化に対応して、自衛隊に求められる役割も大きく変化してきています。

繰り返しになりますが、現在の自衛隊が求められている任務は次の3点です。

  1. アメリカ主導の一極秩序を維持するためのバランスウェイト(重石)、あるいはバランサー(釣り合いを取る機能)となること
  2. 各国との共同による世界秩序を崩す勢力の排除
  3. 世界秩序が崩壊した時への準備

 

・しかし、いつの日か最悪の状況下で個別的自衛だけで生き延びなければならなくなった時、最期の頼りとなるのは自衛隊です。そう考えると、何よりも人材の育成と技術開発が重要になります。具体的な兵器を揃えるとか、部隊の編成をどうするかという話よりも、どのような状況にも対応できる人と技術を備えておくことが、防衛力の基礎となるのです。

 日本の防衛力整備を考えると、現在はハードよりもソフトが重要になっています。人材や情報ももちろんそうですが、自衛隊が行動する上での法律や運用規則の整備も必要です。

 

<「自衛」を越えて>

憲法改正をめぐる議論の中で、自衛隊の名称を変更すべきだとする話があります。自民党憲法改正案では「国防軍」となっています。長い間務めた組織ですから、自衛隊の名前には愛着がありますが、私も改称する時期に来ていると思います。

 

陸上自衛隊への期待>

・そして外国からの援助が期待できなくなった時、最も頼りになるのは国産装備です。すべての装備というわけにはいきませんが、本当に基幹となる装備だけは、自前で生産とメンテナンスができる体制をつくっておかなければなりません。こればかりは事態が迫ってから準備を始めても間に合わないので、30年後、50年後を見据え、今から基礎を打っておくことが必要です。

 最後に、すべてを通じて最も重要な事は、第一も第二も第三の役割も、どれをとっても自衛隊だけでは果たし得ないということです。国民・地元民・友軍・ボランティア団体等の絶大な信頼と支援がなければ、自衛隊は何をすることもできないのです。

 

自衛隊は強いのか>

・そこで、「艦艇の総トン数にして海上自衛隊は世界5~7位の海軍、作戦機の機数でいうと航空自衛隊は世界で20位ぐらいの空軍、兵員の総数からし陸上自衛隊は世界で30位前後の陸軍、というのが静的・客観的な評価基準です。真の実力はその基準よりも上とも下ともいえるわけで、想定する戦いの場によって変わってきます」と答えることにしています。

 

・現実に、隊員たちは極めて厳しい訓練に参加しており、安全管理に徹しつつも、残念ながら自衛隊発足時から60年間に1500人(年平均25人)を超える訓練死者(殉職者)を出しています。殉職した隊員たちは、この訓練は危険な厳しい訓練だと承知した上でこれに臨み、亡くなった方々です。

 

・「自衛隊は強いのか」という質問は、実は「国民は強いのか」と言い換えて、国民1人ひとりが自問自答すべきものなのではないか、私はそう考えています。その意味で徴兵制の有無に関わらず、「国民の国防義務」を明記した多くの諸外国憲法は参考になると思います。

 

 

 

自衛隊の情報戦』  陸幕第二部長の回想

塚本勝一  草思社  2008/9

 

 

 

<情報担当>

陸上幕僚監部(陸幕)の第二部(情報担当)長をつとめ、朝鮮半島の問題のエキスパートとして知られる元高級幹部が、ベールに覆われていた活動の実相を初めて明らかにする。

 

・「よど号」ハイジャック事件と「金大中拉致事件」が多くのスぺ―スを占めているが、これは前者は、私が直接体験した事件であり、これを刻銘に追って記録としてとどめ、後者はなんの根拠もなく陸幕第二部が中傷されたことがあり、これまで適切な反論がなかったのでやや詳細に事実を記述した。

 

<これからの防衛省に何が必要か>

<国防力の狙いは「抑止力」>

・国防力の最大の狙いは「抑止力」なのである。だから防衛省などと言わずに「国防省」とし、日本の強い意志を内外に示したほうがよかったであろう。強い意志を示すことが一つの抑止なのである。この自主国防への意識の改革が、まず重要な課題である。

 

イラク派遣の無形の収穫>

・一方でイラクへの自衛隊派遣は、自衛隊自身にとって大きな収穫があった。それは、自衛官一人ひとりが統率の緊要性に目覚めたことであった。平和な状態に馴れた自衛隊は、物質万能の世相を受けて、ややもすれば物品を管理する曹(下士官)が幹部(将校)より力を持つことになった。イラクへの派遣は、この傾向を霧散させた。指揮系統の重要性を体得して、軍(部隊)の統率の本来あるべき姿に帰ったのである。この無形の収穫は、はかり知れないほど大きい。

 

武装集団にとって、士気は重要な要素である>

・私の体験からも、自衛隊は永年にわたって下積みの苦労を味わってきた。当初は「税金泥棒」とすら言われ、その後も日陰の扱いが続いた。それに耐えて黙々と訓練にはげみ、災害派遣では最も厳しい場で任務を果たしてきた。

 

<老兵からのメッセージ>

・当時の日本軍は、第1次世界大戦か日露戦争の頃とあまり変わらない歩兵が主体の軍隊であった。いわゆる「75センチ、114歩」、すなわち歩幅は75センチ、1分間に114歩で行動するしかないということだ。戦後になって米軍がジープという小型の全輪駆動車を、ごく普通に使っているのを見て驚いたものである。

 

・その後、内地の陸軍通信学校に入校し、すでに米英軍ではレーダーが実用化されていることを知った。科学技術の遅れを痛感させられたが、われわれ軍人だけではどうしようもなかった。また陸軍大学校の最後の卒業生の一人として、ほんの少しだけにしろ、終戦当時の大本営の緊迫した空気にも接した。戦後、旧軍人に対する公職追放の解除とともに、警察予備隊に入隊し、創隊当初の苦労も味わった。

 警察予備隊では米軍人が顧問で、最初は旧軍人を完全に排除していたため、米軍のマニュアル(教範)を日系二世が翻訳して訓練していたから、珍談にはこと欠かない。

 

・自分で経験し、または見聞したことを、断片的ながら取り上げ、なんらかの参考になればと記述したものが本書である。「針の穴から天井をのぞく」「九牛の一毛」の謗りは免れないが、あえて世に問うものである。

 

<リーダーシップ。長幼の序、軍紀、科学技術>

終戦間近の陸軍大学校でも科学教育はなされており、われわれは仁科研究所の所員から核兵器の講話を聞いたことがある。原子爆弾についての机上の研究は終わり、製造の予算を請求したが却下されたとのことであった。この戦局ではそんな予算がないし、間に合わないであろうという理由だったそうである。

 そこで仁科研究所は原子爆弾の開発を中止し、殺人光線の研究に切り替えたと語っていた。今に言うレーザー光線のことであろうが、大きな設備で至近距離の小動物を殺傷するのが限界だったようである。またこの研究所には、優秀な朝鮮系の研究者がおり、そのうちの3人が戦後に北朝鮮に渡り、北朝鮮核兵器開発の中堅となったことは、時世の運命としか言いようがない。

 

<「ときすでに遅し」の陸軍中野学校

明治維新における西郷隆盛も、謀略を駆使して無益な戦闘を避けつつ、徳川幕府を倒した。また日露戦争中における明石元二郎大佐(のち大将)の対露工作も著名であった。明石大佐はストックホルムを拠点とし、ロシアの反政府組織を支援し、日露戦争を側面から支えた。この工作資金として百万円支給されたと言われるが、当時の陸軍予算が四千二百万円であったことを思えば、その巨額さには驚かされる。

 

山本五十六連合艦隊司令長官は、開戦に先立ち「1年は暴れて見せる」との言葉を残したが、その後については、「2年、3年となれば、まったく確信が持てない」と率直に述べている。

 

・人の発言の裏を読むことを訓練されている情報屋が山本五十六の発言を耳にすれば、2年目からは自信がない、戦争終結の方策を考えよと言っていることに気がつく。それが情報担当者の習性であり、かつ責務である。ところが当時の情報屋の発言力は弱く、そこまで読んだ人が表に出られなかった。そして、純粋培養された中堅の幕僚のほとんどは、当面の作戦のほかに考えが及ばなかった。これが国を大きく誤らせたと言える。

 

<「南京事件」と宣伝戦の巧拙>

<2年後の南京に「戦場のにおい」なし>

<間違えてはならない住民対策>

・この沖縄戦の例は、軍と国民のあいだに密接な協力関係があっても、なお国内戦では住民対策がむずかしいことを示している。わが国では地上戦がきわめて困難であり、ほとんど不可能であることを実証している。

 専守防衛を攻略するわが国では地上戦ができないとなると、防衛の策はただ一つ、強力な海、空戦力とミサイルによる抑止力に頼らざるを得ないことになる。洋上や領海で侵攻してくる敵をことごとく撃滅する力を誇示するほかはないのである。

 

<つくり出された従軍慰安婦問題>

<旧日本軍に「従軍慰安婦」はない>

<部隊と慰安所の本当の関係>

<広報・宣伝に6割、戦闘に4割>

・以上述べた「南京事件」と慰安婦問題から得られる教訓は、広報の重要性と、もう一つ、軽々しく謝罪してはいけないということであろう。

 

・紛争を引き起こす勢力は、戦闘で勝とうとは思っていない。正面から正規軍とぶつかって勝てるような力を持っていないことが多い。世間を騒がせたり、民衆に恐怖心を抱かせたりするのが目的であり、あるいは相手国のイメージダウンを図ったり、内部で暴動を起こさせたりする。目的を達したり、追えば手を引き、隠れてしまう。

 このような敵に勝つためには、個々の戦闘に対処するだけでなく、広報や宣伝で圧倒してしまうことが重要となる。われに同調する国、民衆を多くして、厄介な敵を孤立させるのである。そのために広報は重要な戦力なのである。

 

<非難を覚悟で「河野談話」の取り消しを>

・広報・宣伝とともに留意しなければならないのは、国際関係では絶対に謝ってはならないことである。謝るにしても、最大は「遺憾に思う」が限度である。

 

・まさか慰安婦問題で、国交断絶までする国はないであろう。しかし、ODA(政府開発援助)を取られ、日本の安保理常任理事国入りをさえぎられた。日本のような人権無視の国に常任理事国の資格はないと言う。これは「河野談話」など出して、こちらが最初に謝ったのが間違いだったのである。

 国際関係では、曖昧な表現がなされれば自分の有利なように解釈する。陳謝すれば、そこで終わりとなり、あらゆる不利な話を押しつけられる。「河野談話」を取り消さないかぎり、日本にとって不利なことばかりが続く。取り消すとなれば、これまた大きな非難を覚悟しなければならないであろう。

 

<「専守防衛」の政略に縛られる>

・現在の自衛隊には、中野学校のような教育機関はないし、謀略、諜報の機能をもつ組織もない。自衛隊は、憲法に基礎がある「専守防衛」との政治戦略の拘束を受けるので、謀略、諜報にはなじまないところがある。

 

<あるべき防衛省の“情報”>

<「人事と予算」二つのネック>

・情報重視と叫ばれて久しい。専守防衛の国だから、ウサギのような大きな耳を持つべきであると語られてきた。ところが、あまり実効はあがっていない。私の経験からすれば、人事と予算という大きなネックがある。

 

<東アジアの情報に弱いアメリカ>

<CIAも万能な情報機関ではなく、弱点もある>

・CIAは、ブリック・システムをとっている。煉瓦の積み上げ方式と言われるもので、個々の要因は多数の煉瓦の一つで、それを積み立てて情報組織を構成している。私が陸幕第二部長であった1970年代初期におけるCIAの活動の重点は、当然ながらソ連と中東であった。そのためのアジア正面での煉瓦の壁は薄かった。薄い壁だから、一ヵ所が崩れれば、全体が瓦解する。それが弱点であった。

 情報面での自衛隊のカウンターパートは、米国防総省のDIA(国防情報局)であり、これはピラミッド状の部隊組織をとっている。これも強力な情報機関であり、主として軍事情報を扱っている。CIAは政治や経済が主な対象であるから、そこに自ずから努力の指向が異なってくる。また東アジアに強いのはDIAで、CIAは弱い。極東正面では、DIAがCIAを補完するという関係があったように見受けられた。

 

<「非核三原則」を見直すべきときが来た>

北朝鮮は国際世論や取り決めなど、まったく眼中になく実験を強行したのだから、いったん核兵器を手中にすれば、なんの躊躇もなくこれを使うと見なければなるまい。北朝鮮は、十分日本に届く弾道ミサイルの実験をして、すでに配備を終えている。この核実験は日本にとって衝撃的な出来事であった。

 そこで日本国内に核兵器対抗論が沛然として起こるかと思ったが、「持たず、作らず、持ち込ませず」の「非核三原則」にすっかり溺れているのか、世論はほとんど反応しなかったように見受けられた。有力な閣僚が核政策について議論すべきときが来ていると至極当然の発言をしたことに対して、野党の幹部をはじめマスコミ、媚中媚朝派の学識者らが反発して、議論の芽を完全に閉じ込めてしまった。

 

・もし広島型核兵器が東京を直撃したならば、死者50万人、負傷者3百~5百万人という慄然とする予測を、これらの人たちはどう考えているのだろうか。おそらく、「そのような問題はわれわれの世代には起こらない」「後世の者が考えて苦労すればよい」といった程度に思っているのだろう。西郷隆盛座右の銘の一つにしていた「先憂後楽」とは

ほど遠い。

 核兵器をめぐる事態は、より早く進んでいる。今すぐ対処の方法をたてなくてはならないほど切迫しているのである。

 

核兵器に関しては、日本はアメリカの核の傘に頼らざるを得ないのである。アメリカも核の傘を日本に提供すると言明している。ところが、日本は非核三原則を政策の重要な柱と位置づけている。

 核兵器は「抑止の兵器」だから、平時には非核三原則も有効と考えてもよいであろう。ところが、日本が核攻撃を受けるのではないかというほどの事態が緊迫すれば、アメリカの核政策と非核三原則と矛盾する点が浮上してくる。日本はアメリカの核政策を享受しながら、それに制限を加えている。非核三原則の第三、「持ち込ませず」である。アメリカの立場から見れば、「(アメリカは)日本を核兵器で守れ、しかしそれは持ち込むな」ということになり、これでは身勝手すぎる。

 そこで、日本に核兵器の危機が迫るような情勢になれば、アメリカと調整して、「持ち込ませず」の原則の撤廃を宣言することが緊要である。この宣言をするだけでも大きな抑止力となる。抑止力とは、形而上の問題である。だから、あらゆる手段を最大限に活用しなければならない。いたずらにきれいごとにこだわり、いつまでも非核三原則にしがみついていれば、核兵器の抑止力は破れ傘となる。

 

・「持ち込ませず」の原則を撤廃するとともに、領空や領海を含む日本の国内に配備されたアメリカの核兵器使用権限の半分を日本が持てるように協定することも考慮すべきであろう。

そうすれば、核抑止力の信頼性はより確実なものになる。繰り返しになるが、核抑止も結局は形而上の問題であるから、抑止効果のある施設を研究して、積極的に採り入れることが重要である。

 

・現在の迎撃方式が完璧でないとなれば、弾道ミサイル防衛と並行して、相手のミサイル基地を叩くミサイル報復攻撃の整備も必要になってくる。日本は専守防衛の政略によって拘束されているので、反撃のためのプラットホームは国内か領空内に限られる。軍事的合理性を追求できないことになるが、それでも核攻撃を受ければ、その発射基地、発進基地を徹底的に叩く報復攻撃の準備は必須である。

 

<前防衛事務次官汚職による逮捕>

・日本防衛の最高責任者は首相であり、次いで防衛大臣であることは周知のことだが、実質平常業務の最高責任者は事務次官であると聞けば多くの人は驚くだろう。

 だが、そうなっている。事務次官はほかの9人の参事官(内局の局長等)の補佐を得て、大臣の指揮下にある統合幕僚長、陸海空幕僚長、情報本部長等を束ねて防衛省の意思を決定し大臣に報告する。補佐官のない大臣は「よかろう」と言って防衛省の行動方針を決める。つまり、平常の業務はシビリアンコントロール(政治統制)ではなく、官僚統制となっているのである。

 平時と有事との限界ははっきりしないから、官僚統制の状態はずるずると有事にまで及ぶ危険性がある。本書はシビリアンコントロールの実を発揮するため、まず軍政と軍令を分離し、軍令は統合幕僚長が、軍政は事務次官が、同等の立場で大臣を補佐することを提唱した。それが本当のシビリアンコントロールなのだが、その方向に進むことを期待している。もしそうなれば、前事務次官の逮捕という災いが転じて福をなすことにもなると思う。

 

 

 

自衛隊秘密諜報機関』   青桐(あおぎり)の戦士と呼ばれて

阿尾博政  講談社    2009/6/5

 

 

 

<胸に刻まれた諜報任務の重み>

・数週間の教育が終わり、やがて、私が兄貴と呼ぶことになる内島洋班長のもとで仕事をすることになった。内島班は、内島班長、班員の根本、伊藤の3名で構成されていて、当時は、新宿区大久保の住宅地にあった2Kのアパートの一室を事務所としていた。

 こうした諜報の拠点は、存在を隠すために、約2、3年ごとに転出をくり返すのだが、ここに私が新米諜報員として加わったのだ。

 最初の担当地域は極東ロシアであった。このため、ロシア語を勉強しなければならず、夜間は御茶ノ水にあったニコライ学院に通った。

 また、調査の縄張りに新宿区が入っていたことから、暇を見つけては、当時、四谷にあった伊藤忠の子会社であるロシア貿易専門商社「進展貿易」にもよく通ったものだった。

 

伊藤忠は、元関東軍参謀の瀬島隆三が戦後に勤務した会社で、この瀬島とソ連(現・ロシア)との関係に疑問符がつけられていたことから、私も内偵をしたことがあるのだが、結局、これといった確証は得られなかった。

 

・秘密諜報員という任務の厳しさを思い知らされたのも、この時期である。

 極東ロシアの軍事拠点であるナホトカとハバロフスク白地図を、詳細な地図に作り直す仕事を私が担当することになった。今ならスパイ衛星などのハイテク機器を使うのだろうが、そんな代物などなかった時代だ。地道に見たこと、聞いたことを地図に書き込み、国防に役立てるしかなかったのだ。

 

・私は、まずナホトカの地図作りから取り掛かった。ナホトカと日本を行き来する木材積み取り船があったので、私は搭乗していた通訳を買収した。そして、通訳が現地へ行こうとするたびにカネを渡し、知りたい情報を仕入れてきてもらった。こうしてナホトカの地図は、ほぼ完璧に仕上がった。

 

<秘密諜報機関の誕生>

・諜報活動はいわば放任主義で、工作資金についても自由裁量でいくらでも使うことができた。私も湯水のごとく工作資金を使ったが、班長も先輩たちも一言の文句もいわなければ、何の注文をつけずに、ただ部下の行動を静かに見守るといった態度だった。

 そこで昔のコネを思い出して、経団連副会長だった植村甲午郎実弟である植村泰二が所長をつとめる「植村経済研究所」の人間として活動を開始した。だが、諜報員として成果を挙げて、先輩に負けてなるものかと努力すればするほど、ある疑問が心のなかで大きく育っていった。それはムサシ機関が得た成果を、米国側がすぐに知るという点だった。

 

<怪傑ハリマオのモデルと藤原岩市>

・この藤原岩市と山本舜勝は、ともに戦前の陸軍中野学校で教官をつとめ、藤原のほうは太平洋戦争の初期にF機関の機関長として、マレー半島で大活躍をした。戦後、テレビで大人気だった『怪傑ハリマオ』のモデルであり、マレーの虎「ハリマオ」と呼ばれた谷豊を諜報員として育成したのが、この藤原岩市である。

 

・また、後に調査学校の副校長に就任する山本舜勝のほうだが、彼は私の調査学校時代の教官で、青桐会の先輩と後輩として、友情は長く続い

た。山本は藤原とは対照的な、行動派だった。三島由紀夫と山本舜勝とのことは、『自衛隊「影の部隊」三島由紀夫を殺した真実の告白』(山本舜勝著 講談社)に詳しいので、興味のある方は一読してみるといいだろう。

 藤原と山本は、私にとって人生の恩師といえる存在だった。

 

<秘密諜報員の日常>

・諜報は国防や国益に関わる重要な仕事だが、その内容は案外地味なものだ。上層部から「これをやれ」と命じられたら、「分かりました」と返事をし、任務遂行のため黙々と課題をクリアしていくだけである。ときには命に関わる危険な仕事もあるが、「007」のジェームズ・ボンドのように、さっと銃を抜いて敵を撃ち、危機を脱するようなことなどないのだ。

 そして任務が完了したら、せっせと報告書を仕上げ、上司に提出する。ときには、部下数名と徹夜で報告書を書き上げたこともある。基本は、普通のサラリーマンと何ら変わらないのだ。

 

<国家の秘密は書にあり>

・何もジョームズ・ボンドの真似をしなくても、その国の正規の出版物をよく整理し、比較研究すれば、国の動きは読み取れるのだ。

 とくに軍の機関紙である『解放軍報』には、表面的には隠していても、やはり書き手も軍の人間だから、軍人としてのプライドや思いといったものが滲み出た表現の文章がある。その裏を読んでいけば、かなり正確な情報がつかめるものなのだ。

 

 

 

『日米秘密情報機関』

影の軍隊」ムサシ機関長の告白

平城弘通   講談社   2010/9/17

 

 

 

<日米秘密情報機関は生きている>

・「ムサシ機関」とは、陸幕第二部別班、通称「別班」のことを指す。昭和47~48年ごろ、共産党の機関紙「赤旗」によって、秘密謀略組織「影の軍隊」であると大きく宣伝をされ、国会でも追及を受けた組織だ。昭和48年(1973年)に金大中拉致事件が起きたときには、これも「別班」の仕事ではないかということで、また騒がれた。

 

・私は陸軍士官学校出身の職業軍人として中国大陸で転戦し、昭和26年(1951年)、警察予備隊自衛隊の前身)に入隊した。22年間の自衛官生活のうち、中隊長(第8連隊第3大隊の第12中隊長)、大隊長(第7師団第7戦車大隊長)、連隊長(第7師団第23普通科連隊長)を務めた一時期以外は、大部分を情報将校として仕事にあたってきた。

 

・そのころは、米ソ冷戦時代で、両陣営の衝突は日本国内に甚大な影響をもたらすことは火を見るより明らかだった。自衛隊で早くからソ連情報を担当した私は、共産主義とは何か、その歴史的事実等に興味を持ち、研究を進めるうち、その非人道的な残酷な史実を突きつけられ、反共の思想を持つに至った。

 

・今日、非常の事態、たとえば大規模・同時多発テロ北朝鮮の核攻撃、中国軍の南西諸島侵略など、現実の脅威に備えるため、政治家や国民が真剣に考えているのかどうか、誠に心許ない。しかし、情報機関は存在そのものが「秘」であり、いわんや活動の実態については極秘でなければならぬと信じている。

 

・さらに、三島由紀夫に影響を与えたとされている山本舜勝元陸将補(元自衛隊調査学校副校長)は、平成13年に出版した『自衛隊「影の部隊」 三島由紀夫を殺した真実の告白』で、自衛隊の諜報活動の存在を明らかにしている。

 加えて近年、「自衛隊 影の部隊」に関する本が、塚本勝一元陸幕ニ部長(『自衛隊の情報戦陸幕第二部長の回想』)や松本重夫調査隊第一科長(『自衛隊「影の部隊」情報戦 秘録』)らによって相次いで出版され、さらに先述の阿尾が『自衛隊秘密諜報機関』を出して、そのなかで本人が別班に所属していたことを公表した。そして、「ムサシ機関」という秘密機関は実在し、機関長は平城一佐だったと暴露してしまったのだ…………。そのため私は、多くのマスコミから電話や手紙による取材攻勢を受け、その対応に苦慮した。

 

・とくに、その是非は別として、現在は専守防衛を国是とする日本では、情報こそが国家の浮沈を握る。その中心部分を担う「日米秘密情報機関」、いってみれば「自衛隊最強の部隊」が、その後、消滅したとは思えない。私は、現在でも、この「影の軍隊」が日本のどこかに存在し、日々、情報の収集に当たっていると確信している。

 

明石元二郎大佐は日露戦争全般を通して、ロシア国内の政情不安を画策、日本の勝利に貢献した。そのため、彼の働きを見たドイツ皇帝ヴィルヘルム二世は、「明石元二郎一人で、満州の日本軍20万人に匹敵する戦果をあげた」と賞讃した。また、陸軍参謀本部参謀次長の長岡外史は、「明石の活躍は陸軍10個師団にも相当する」と評している。

 明石のDNAを、自衛隊は、いや日本人は受け継いでいるのだ—―。

 

<東方二部特別調査班の活躍>

・私が力を入れた東方二部特別調査班(調査隊所属)は、昭和44年3月、編制を完了し、大阪釜ヶ崎を経て山谷に入り訓練を重ね、同年6月から本格的行動に移った。一部を横浜方面に派遣し、主力は山谷を拠点として、さまざまな集会、とくに過激派の集会には必ず潜入させ、各種の貴重な情報を入手させた。ただ、攪乱工作をやるような力はなく、もっぱら情報収集を秘密裡に行う活動だった。

 私は武装闘争をいちばん警戒していたから、武器を持っているか、どのくらいの勢力か、リーダーは何をいっているのか、そのようなところに重点を置いて情報を収集した。

 

三島由紀夫との出会い>

三島事件は、自衛隊史上、最大の汚辱事件>

・私の二部長時代には、文壇では既にノーベル文学賞作家に擬せられる大家であったが、文人としては珍しく防衛に関心のある人物として、三島に好意を持っていた。

 

・その後、事件の詳細を知るにつけ、私が痛感したことがある。それは、三島の憂国の至情はわかるとしても、あのような内外情勢、とくに警察力で完全に左翼過激勢力を制圧している状況下で、自衛隊が治安出動する大義がない、ということだ。それを、事もあろうに、いままで恩義を受けた自衛隊のなかで総監を監禁し、隊員にクーデターを煽動するとは……。

 

<二将軍は果たして裏切ったのか>

・だが私は、三島がそれにあきたらず、自ら立案したクーデター計画の実行にのめり込んでいく様子に気づいていた。(中略)武士道、自己犠牲、潔い死という、彼の美学に結びついた理念、概念に正面切って立ち向かうことが私にはできなかった。(中略)

 三島のクーデター計画が結局闇に葬られることになったのは、初夏に入ったころだった。私はその経緯を詳しくは知らない。(中略)

 いずれにせよ二人のジェネラルは、自らの立場を危うくされることを恐れ、一度は認めた構想を握りつぶしてしまったのであろう。(『自衛隊「影の部隊」三島由紀夫を殺した真実の告白』山本舜勝、講談社

 

<三島には大局観を教えなかったがために>

・以上のような山本舜勝氏の回想記を読んだ私の所感は次のようなものだった。

 まず、山本一佐の教育は兵隊ごっこといわれても文句のいえないもの。情報活動の実務、技術は教えているが、情勢判断、大局観を教えていない。とくに、三島の檄文を除いて、この著書のどこにも警察力のことが書かれていない。三島のクーデター計画でも、警察力には触れず、いきなり自衛隊の治安出動を考えているが、自衛隊の出動事態に対する

研究がまったく不足している。

 

 

 

自衛隊「影の部隊」情報戦 秘録』

松本重夫  アスペクト     2008/11

 

 

 

<影の部隊>

・かつてマスコミや革新政党から「影の部隊」あるいは「影の軍隊」と呼ばれ、警戒された組織があった。自衛隊にあって情報収集と分析を専門に行う「調査隊」だ。私は調査隊の編成からかかわった、生みの親の一人である。

 

・私は陸軍の兵団参謀の一人として、終戦を迎えた。戦後たまたま米国陸軍情報部(CIC)と接点を持ったことから、彼らの「情報理論」の一端に触れることになった。

 

 それはかつて陸軍士官学校の教育にも存在していなかった、優れて緻密な理論体系だった。それを研究すればするほど、私は日本の敗戦の理由の1つは、陸軍のみならず日本の国家すべてが「情報理論」の重要さを軽視したことにあると確信した。残念ながら戦後半世紀以上たった現在も、その状況は変わっていない。

 

<「葉隠」の真意>

・1945(昭和20)年8月5日、私は宮中に参内して天皇陛下に拝謁を賜り、茶菓と煙草を戴いて、翌6日、陸軍大学の卒業式を迎えた。卒業式終了後、記念写真を撮り昼食の会食となる。そのころに、学生の仲間内で広島に大型爆弾の投下があったという噂を聞いた。その大きさは6トンまたは10トン爆弾かというような情報が流れ、「原爆」という表現は伝わらなかったが、しばらくして、「原子爆弾」という情報が不確定的ながら耳に入り、大変なものが投下されたなと思いつつも、各自、それぞれの任地に向かった。

 

三島由紀夫事件の隠れた責任者>

・1970(昭和45)年11月25日、作家の三島由紀夫が「盾の会」会員とともに市ヶ谷自衛隊駐屯地、東部方面総監室に立てこもり、割腹自殺を遂げた。私は当時、既に自衛隊を退職し、情報理論と独自の情報人脈を駆使して、民間人の立場で「影の戦争」を闘っていた。

 

三島事件の陰には調査隊および調査学校関係者がかかわっていたことは、山本舜勝元陸将補が『自衛隊「影の部隊」・三島由紀夫を殺した真実の告白』(講談社刊)という著書で明らかにしている。

 

 私は、山本氏が三島由紀夫を訓練しているということは、それとなく聞いていた。

そのとき私は、「ビール瓶を切るのに、ダイヤの指輪を使うようなことはやめた方がいい」と話した覚えがある。私は、山本氏らの動きは、三島のような芸術家に対してその使いどころを間違えていると思っていた。

 

・山本氏は、私が幹部学校の研究員(国土戦・戦略情報研究主任)だったときに、調査学校長だった藤原岩市に呼ばれて、調査学校に研究部員として着任してきた。研究テーマは私と同じ、専守防衛を前提としての国土戦つまり遊撃戦(ゲリラ戦)であった。私はその当時、韓国の予備役軍人や一般国民で組織される「郷土予備軍設置法」なども参考にしながら「国土戦論」を練り上げていた。

 

・山本氏らが調査学校の教官となり、「対心理過程」などの特殊部隊の養成を担当することになった。それが前述したように当初の私の構想とは異なった方向に進んでいたことは気づいていた。結局そのズレが「青桐事件」となり、三島由紀夫に「スパイごっこ」をさせてしまうような事態を招いてしまうことになったのだといわざるを得ない。

 

・山本氏に三島を紹介したのは藤原岩市である。山本氏によって通常では一般人が触れることのできない「情報部隊の教育」を受けさせ、三島の意識を高揚させることに成功するが、三島がコントロールできなくなると、藤原らは一斉に手を引き、山本氏と三島を孤立させていく。そのあたりの経緯を山本氏の著書から引用してみよう。

 

 《文学界の頂点に立つ人気作家三島由紀夫の存在は、自衛隊にとって願ってもない知的な広告塔であり、利用価値は十分あった》

《しかし三島は、彼らの言いなりになる手駒ではなかった。藤原らジュネラルたちは、『三島が自衛隊の地位を引き上げるために、何も言わずにおとなしく死んでくれる』というだけではすまなくなりそうだということに気づき始めた》

 

《藤原は三島の構想に耳を傾けながら、参議院選挙立候補の準備を進めていた。今にして考えてみれば、参議院議員をめざすということは、部隊を動かす立場を自ら外れることになる。仮にクーデター計画が実行されたとしても、その責を免れる立場に逃げ込んだとも言えるのではないか》

 

 この山本氏の遺作は、三島由紀夫の死に対して自らのかかわりと責任の所在を明らかにすると同時に、三島を利用しようとした藤原岩市らかつての上官たちの責任を示し、歴史に記録しておきたいという意志が感じられる。

 

<田中軍団の情報員>

・かつてマスコミが竹下派七奉行として、金丸信元副総理を中心に自民党内で権勢を振るった人物を挙げていた。梶山静六小渕恵三橋本龍太郎羽田孜渡部恒三小沢一郎奥田敬和。この格付けには異論がある。

 

・この「七奉行」の表現から抜けていて、忘れられている人物に亀岡高夫がいる。彼は金丸のように目立って権力を行使しなかったが、「創政会…経世会」の設立時に、田中角栄の密命を受けて竹下を総裁・総理にする工作を、築地の料亭「桂」において計画推進した主導者の一人である。

 

・この亀岡高夫と私が陸士53期の同期生でしかも「寝台戦友」であることは既に述べた。しかもGHQCICと協力して活動した「山賊会」のメンバーであり、自衛隊時代そして除隊してから、彼が昭和天皇の葬儀のときに倒れて亡くなるまで、私の戦後の「情報活動」は亀岡とともにあった。

 

・私は亀岡と顔を見合わせた。「福田は来ていないな……」

 福田は都議までしか挨拶に行っていない。下を固めろ。本部に戻ってその情報をもとに、方針を決めた。

 

「区議会議員と村長、市町村、これを全部やれ。県議は相手にするな」

 電話で全国の田中軍団に指令を出した。県議も区議、村長も同じ1票。福田派は県議のところに行って、その下の国民に一番密着している人のところに行っていなかった。県議に行けば下は押さえることができるという、古い考え方だった。それを田中軍団が、ごっそりとさらっていった。

 

 そのように密かに票固めを行っている最中に、福田の方から、国会での本選挙はやめようという申し出があった。田中は「しめた!」とばかりにその申し出を受け、劇的な勝利につながっていった。

 

 この総裁選がいわゆる「田中軍団」のローラー型選挙の嚆矢といわれている。そのきっかけは私と亀岡の地道な調査活動にあったことはあまり知られていない。

 

<中国情報部の対日情報活動>

・やや古いが、その当時私が入手していた、中国の情報機関に関する情報をもとにこの問題を整理すると、次のような背景がわかった。

 1974年当時、中国では国家安全省は誕生してなく、北京市公安局が国内外の情報を収集する機関としては中国最大の組織であり、約1万人ほどいたといわれる。当時の北京市公安局は13の部門に分かれていた。

 

・それぞれの科の中には、さらに最高レベルの秘密扱いにされていた外国大使館担当班が存在していた。第3処 尾行・視察調査 第4処 海外から送られてくる手紙などの開封作業を担当 (略) 第7処 不穏分子や海外からのスパイ容疑者の尋問  

こうした北京市・公安局の活動に対して、日本大使館の防諜意識は信じがたいほど低かったとの情報もある。

 29名いたとされる日本大使館に対する盗聴チームのもとには、常に新鮮なデータが集まっていたという(例:ある大使館幹部と、大使館員の妻とのダブル不倫関係まで把握していたほどであるという)。

 

O-157サリン事件の背景で>

・「対情報」の研究というのは今風にいえば対テロリズムの研究もそこに含まれる。そこではかつての大戦中の各国が行った生物・化学兵器の使用データの分析も行っている。

 

・資料が特ダネ式に入手されたとすれば、警視庁内の秘密保全のルーズさを示す“恥”となろう。しかし、これはどちらかといえば公安関係者からの意図的なリークに等しい。公安委員長(国務大臣)の責任・罷免に発展してもおかしくないのだが、ほとんどの国民は、この問題に関心を示すことはなかった。現実にはこの国では、こうした問題は機密漏洩対策の向上に役立てられることもなく、いわば政争の道具に利用されただけだ。「スパイ天国日本」という世界の防諜関係者からの汚名の返上は当分できそうにないようだ。

 

 <●●インターネット情報から●●>

(CNN)( 2014/10/16)米紙ニューヨーク・タイムズは16日までに、イラクに駐留している米軍が化学兵器を発見し、一部の米兵がそれにより負傷していたにもかかわらず、米政府が情報を隠ぺいしていたと報じた。

 

記事によれば2003年以降、マスタードガスや神経ガスとの接触により、米兵17人とイラク人警官7人が負傷。彼らは適切な治療を受けられなかったばかりか、化学兵器で負傷したことを口外しないよう命じられたという。

 

「2004~11年に、米軍や米軍による訓練を受けたイラク軍部隊は、フセイン政権時代から残る化学兵器に何度も遭遇し、少なくとも6回、負傷者が出た」と同紙は伝えている。

 

同紙によれば、米軍が発見した化学兵器の数は合わせて5000個ほどに上るという。

 

「米国は、イラクには大量破壊兵器計画があるに違いないとして戦争を始めた。だが米軍が徐々に見つけ、最終的に被害を受けたものは、欧米との緊密な協力によって築き上げられ、ずっと昔に放棄された大量破壊兵器計画の遺物だった」と同紙は伝えている。

 

国防総省のカービー報道官は、この報道に関連し、詳細は把握していないと述べる一方で、2000年代半ばから10年もしくは11年までの間に、化学兵器を浴びた米兵は約20人に上ることを認めた。

 

ニューヨーク・タイムズは政府が情報を隠ぺいしようとした理由について、事故を起こした化学兵器の設計・製造に欧米企業が関与している可能性があったことや、製造時期が1991年以前と古く、フセイン政権末期に大量破壊兵器計画があったとする米政府の説を裏付けるものではなかったからではないかとみている。

 

 

<●●インターネット情報から●●>

イラク化学兵器あった~NYタイムズ紙

 

< 2014年10月16日 6:48 >

 15日付のアメリカ・ニューヨークタイムズ紙は、イラクフセイン政権時代の化学兵器が見つかっていたと報じた。

 それによると、イラク戦争後の2004年から11年にかけて、首都・バグダッド周辺でフセイン政権時代のマスタードガスやサリンなど化学兵器の弾頭5000発以上が見つかったという。弾頭は腐食していたものの、有毒ガスにさらされたアメリカ兵などがケガをしたとしている。アメリカ政府はこれまで、イラク戦争開戦の根拠とした化学兵器を含む大量破壊兵器は見つからなかったとしている。発見を公表しなかった理由について、ニューヨークタイムズは、化学兵器が欧米製だとみられたことなどを挙げている。

 これについて国防総省は15日、イラク化学兵器が発見されアメリカ兵約20人が有毒ガスにさらされたことは認めたが、公表しなかった理由については明らかにしなかった。

 

 

 

『メディアと知識人』  清水幾太郎の覇権と忘却

竹内洋  中央公論新社  2012/7/9

 

 

 

<東京が滅茶苦茶になる>

・そのような状況のなか、1970(昭和45)年を迎えることになった。清水は、満を持し、狙いをすましたように「見落とされた変数―1970年代について」を『中央公論』(1970年3月号)に発表する。

 

・世は未来学が流行っていたが、未来論はインダストリアリズムの反復と延長で、芸がなさすぎる。明るい未来学の潮流に反する問題提起こそ警世の言論となる。未来論に反する問題提起といえば、公害も社会問題となっていたが、これは猫も杓子もいっている。60年安保を闘った者がいまや公害問題に乗り換えている。目新しさはないし、そんな仲間と同じ船にまた乗っても仕方がない。そこで飛びついたのが地震である。アラーミスト(騒々しく警鐘を乱打する人)としての清水がはじまった。意地悪くいってしまえば、そういう見方もできるかもしれない。

 

 地震こそ清水の十八番である。清水は、16歳のとき関東大震災(1923年9月1日)で被災する。死者・行方不明者10万人余。2学期の始業式を終えて、自宅で昼食をとっているときである。激しい振動で二階がつぶれた。落ちた天井を夢中で壊して這いあがった。

 

・技術革新や経済成長によって自然の馴致がすすんだが、他方で自然の反逆がはじまったことを公害と地震を題材に論じている。清水は「私たち日本人は、遠い昔から今日までー恐らく、遠い未来に至るまでー大地震によって脅かされる民族なのであります」とし、論文の最後に、私たちにできることをつぎのように言っている。

 

・それは、東京を中心とする関東地方において、道路、河川、工場、交通、住宅、と諸方面に及ぶ公害の除去および防止に必要な根本的諸政策を即時徹底的に実施するということです。(中略)それは、或る意味において一つの革命であります。この革命が達成されなければ、1970年代に、東京は何も彼も滅茶苦茶になり、元も子も失ってしまうでしょう。

 

<「文春に書くわけがないだろうが!」>

・「見落とされた変数」は、来るべき大地震という警世論の頭出しだったが、翌年、『諸君!』1971(昭和46)年1月号には、「関東大震災がやってくる」というそのものずばりの題名の文章を書く。

 

<「関東大震災がやってくる」>

・清水は、地震学者河角広(元東大地震研究所長)の関東南部大地震の69年周期説――69±13年――をもとにこういう。関東大震災から69年は1991年である。13年の幅を考えると、1978(昭和53)年もその範囲内ということになる。とすれば、1970年代は関東大震災並の大地震が東京に起こりうるということになる。たしかに、東京都はいろいろな対策を考えているようだが、構想の段階で手をつけていない。そんなことで間に合うか、というものである。しかし、この論文には何の反響もなかった。「関東大震災がやってくる」を書いて2年8ヶ月のちの新しい論文では、これまで地震の危険を指摘した論文を書いたが、反響がなかったことを問題にし、こういう。

 

 ・・・私は、右肩上がりでの文章(「関東大震災がやってくる」論文――引用者)のゼロックス・コピーを作り、多くの国会議員に読んで貰おうとしました。けれども、私が会った国会議員たちの態度は、多くの編集者の態度より、もっと冷たいものでした。「地震は票になりませんよ。」

 

・1975(昭和50)年には、関東大震災の被災者の手記を集めた『手記 関東大震災』(新評論)の監修もおこなっている。清水の東京大震災の予言ははずれたが、「関東大震災がやってくる」から24年後、阪神淡路大震災が起きる。さらにその16年後の東日本大震災。清水は、地震は「遠い昔から今日まで――恐らく、遠い未来に至るまで」の日本の運命と言い添えていた。日本のような豊かな国が大地震のための「革命的」方策をとらないで大地震の到来を黙って待っているのか、といまから40年も前に警鐘を鳴らしていたのだ。

 

 <論壇への愛想づかしと「核の選択」>

・「核の選択――日本よ 国家たれ」の内容はつぎのようなものである。第一部「日本よ 国家たれ」では、こういう。日本国憲法第九条で軍隊を放棄したことは日本が国家でないことを宣言したに等しい。しかし、国際社会は法律や道徳がない状態で、軍事力がなければ立ちゆかない。共産主義イデオロギーを掲げ、核兵器によって脅威をあたえるソ連膨張主義がいちじるしくなった反面、アメリカの軍事力が相対的に低下している。したがって、いまこそ日本が軍事力によって海上輸送路の安全をはからなければ、日本の存続は危うくなる。最初の被爆国日本こそ「真先に核兵器を製造し所有する特権を有している」と主張し、核兵器保有を日本の経済力にみあう軍事力として採用することが強調されている。

 

・第二部「日本が持つべき防衛力」は、軍事科学研究会の名で、日本は独自に核戦略を立てるべきだとして、日本が攻撃される場合のいくつかのシナリオが提起され、空母部隊の新設など具体的な提言がなされている。最後に国防費をGNP(国民総生産)の0.9%(1980年)から3%にする(世界各国の平均は6%)ことなどが提言されている。この論文は、主題と副題を入れ替え、1980年9月に『日本よ国家たれ――核の選択』(文藝春秋)として出版される。

 

 論文が掲載されると、『諸君!』編集部に寄せ有られて賛否両論の投書数は記録破りになり、翌月号に投書特集が組まれるほどだった。

 

 

 

『未来を透視する』(ジョー・マクモニーグル) FBI超能力捜査官

ソフトバンク・クリエイティブ)2006/12/21

 

 

 

<気象変動>

・来るべき気象変動により、2008年からこの台風の発生回数は増えていくと私は、予想している。とくに2011年は過去に例を見ない台風ラッシュとなり、大規模な暴風雨が吹き荒れる深刻な年になるとの透視結果が出ている。この台風ラッシュは、2012年にずれこむかもしれないが、可能性は低い。嵐の増加を促す地球の温暖化は、現在も急速に進行中だからである。

 

・2010年から2014年にかけて、また、2026年から2035年にかけて、平均降雨量は年々560~710ミリメートルずつ増加する。現在から2010年にかけて、また、2015年から2025年にかけては、380~530ミリメートルずつ減少する。現在から2010年にかけて、また、2015年から2025年にかけて、平均降雪量は300~550ミリメートルずつ増加する。

 

<日本の自然災害>

<2010年、長野で大きな地震が起きる>

透視結果を見てもうろたえず、注意程度にとらえてほしい。ただし、最悪の事態に備えておいて、何も起こらないことを願おう。こと天災に関しては、透視は間違っているほうがありがたい

 

<今後、日本で発生する大地震

 

2007年  高槻市  震度6弱

2008年  伊勢崎市 震度6弱

2010年  長野市  震度7

2012年  伊丹市  震度6弱

2018年  東京都  震度6弱

2020年  市川市  震度6弱

2037年  鈴鹿市  震度7

 

・噴火や地震にともなって海底では地盤の隆起や沈降が起きる。そして、膨大な量の海水が突然動きだし、衝撃波となって陸地の海外線へと進行する。

 

・遠洋ではあまり目立つ動きではないが、浅瀬に入ると、衝撃波は巨大な津波となって陸地を襲い、都市部などを徹底的に破壊してしまう(波の高さはときには30メートル以上になることもある)。

 

・内陸へと押し寄せる力がピークに達すると、今度は海に戻り始め、残された街の残骸を一切合財引きずりこんでいく。警告もなしに、突然襲ってくれば被害はとりわけ甚大となる。

 

・幸い日本には、優良な早期警戒システムがあるのだが、海底地震が発生して警報が発令されてから、津波が押し寄せる時間は、残念ながらどんどん短くなっている。

 

<日本を襲う津波

2008年夏   11メートル

2010年晩夏  13メートル

2018年秋   11メートル

2025年夏   17メートル

2038年初夏  15メートル

2067年夏   21メートル

 

日本は津波による大きな被害を受けるだろう(なお、波の高さが10メートル以上に及ぶものだけに限定している)。北海道の北部沿岸の都市部は特に津波に弱い。徳島市和歌山市浜松市鈴鹿市新潟市石巻市も同様である。このほかにも津波に無防備な小都市は数多くある。

 

<土地>

・気象変動とともに、日本の土地問題は悪化しはじめる。沿岸部での海面上昇と、暴風雨の際に発生する大波によって、低地の村落と小都市の生活が脅かされるようになる。堤防や防壁といった手段は効力を発揮しないため、2012年から2015年のあたりまでに多くの人が転居を余儀なくされるだろう。

 

 

 

<●●インターネット情報から●●>

「人文研究見聞録」から引用

五重塔の塑像の謎>

法隆寺五重塔には、仏教における説話をテーマにした塑像が安置されています。

 

その中の「釈迦入滅のシーン」があります。これはガンダーラの釈迦涅槃図と比較しても大分異なる、日本独自のものとなっています。

そして、法隆寺の塑像群の中にいる「トカゲのような容姿をした人物」が混じっており、近年 ネット上で注目を浴びています。

 

 問題の像は、塑像の○の部分にいます(実物では見にくいので、法隆寺の塑像のポストカードで検証しました)。

 

これらの像は侍者像(じしゃぞう)と呼ばれ、それぞれ馬頭形(ばとうぎょう)、鳥頭形(ちょうとうぎょう)、鼠頭形(そとうぎょう)と名付けられています。しかし、どう見ても「トカゲ」ですよね?

 

なお、この像がネットで注目を浴びている理由は、イラクのウバイド遺跡から発見された「爬虫類人レプティリアン)の像」と酷似しているためなのです。

爬虫類人レプティリアン)」とは、世界中の神話や伝承などに登場するヒト型の爬虫類のことであり、最近ではデイビット・アイク氏の著書を中心に、様々な陰謀論に登場する「人ならざる者」のことです。

 

もちろん「日本神話」の中にも それとなく登場しています(龍や蛇に変身する神や人物が数多く登場する)。

 

また、この像は、飛鳥の石造物の一つである「猿石(女)」や、同じ明日香村の飛鳥坐神社にある「塞の神」に形が酷似しています(トカゲに似たの奇妙な像は奈良県に多いみたいです)。

 

また、この「トカゲ人間」以外にも、以下の通りの「人ならざる者」が含まれていることが挙げられます。

 

  1. は「多肢多面を持つ人物の像」です。これは、いわゆる「阿修羅」を彷彿とさせる像ですが、実は『日本書紀』に「両面宿儺(りょうめんすくな)」という名の「人ならざる者」が登場しています。『日本書紀』には挿絵はありませんが、この像は そこに記される特徴と著しく一致します。

<両面宿儺(りょうめんすくな)>

仁徳天皇65年、飛騨国にひとりの人がいた。宿儺(すくな)という。

 

 一つの胴体に二つの顔があり、それぞれ反対側を向いていた。頭頂は合してうなじがなく、胴体のそれぞれに手足があり、膝はあるがひかがみと踵(かかと)が無かった。

 

 力強く軽捷で、左右に剣を帯び、四つの手で二張りの弓矢を用いた。そこで皇命に従わず、人民から略奪することを楽しんでいた。それゆえ和珥臣の祖、難波根子武振熊を遣わしてこれを誅した。

 

  1. 尻尾が蛇となっている人物の像

②は「尻尾が蛇となっている人物の像」です。日本には尻尾が蛇となっている「鵺(ぬえ)」という妖怪が存在します。これは古くは『古事記』に登場しており、『平家物語』にて その特徴が詳しく描かれています。その鵺の特徴は、この像の人物と一致しています。

 

  1. 顔が龍となっている人物の像
  2. は「顔が龍となっている人物の像」です。「日本神話」には「和爾(わに)」と呼ばれる人々が数多く登場し、かつ、海幸山幸に登場する山幸彦(ホオリ)に嫁いだトヨタマビメの正体も、実は「八尋和爾」もしくは「龍」だったとされています。また、仏教の経典である「法華経」の中にも「八大竜王」という龍族が登場しており、仏法の守護神とされています。③の仏像は、これらにちなむ人物なのでしょうか?

 

このように法隆寺五重塔に安置される塑像には「人ならざる者」が複数含まれています。なお、これらは奈良時代のものとされているため、飛鳥時代に亡くなっている太子との関係は不明です。

 

また、オリジナルと思われるガンダーラの釈迦涅槃図とは著しく異なっており、どのような意図を以って上記の「人ならざる者」を追加したのかはわかりません。なぜ作者はこのような仏像を参列させたのでしょうか?

 

もしかすると、これらの像は釈迦入滅の際に人間に混じって「人ならざる者」も参列していた、つまり「人ならざる者は存在している」ということを示唆しているのかもしれません。信じるか信じないかはあなた次第です。

 

  

 

『成功していた日本の原爆実験』――隠蔽された核開発史

ロバート・ウィルコックス(著)、 矢野義昭(翻訳) 勉誠出版  2019/8/1

 

 

 

CIA機密調査が、日本の核開発はとん挫したという定説を覆す

1945年8月12日早朝、北朝鮮興南沖にて海上爆発に成功していた

海上核爆発特有の雲の発生を日本人仕官が証言、傍証多々

・資源は主に北朝鮮で採掘精錬、興南(コウナン)はアジア最大の軍需工場

・爆発数時間後、ソ連軍侵攻占領、科学技術者たちを拉致拷問

・戦後、ソ連、中国、北朝鮮の核開発の拠点になった興南

・占領下の尋問・調査での日本人科学者たちの証言は事実を隠蔽

 

原子爆弾」を第2次世界大戦中に日本が製造し、「核実験」にさえ成功していた

本書によれば、日本の核爆弾の開発は、これまで言われてきた水準よりも、はるかに前進しており、大戦終結直前の8月12日に、北朝鮮興南で核実験にも成功していたとしている。

 

・国際社会で平和を守るには、まず力のバランスを維持し回復しなければならない。力のバランスが失われたときに、いったん領土が奪われれば、外交交渉では奪還できないのが現実である。北方領土返還交渉、竹島問題などは、その好例である。

 このような現実を直視するならば、核の惨害を招かないための、最も確実な道は日本自らの核抑止力の強化に他ならないことは明らかである。

 

訳者による本書の新しい知見の要約

<1 日本の大戦中の核開発をめぐる従来の定説とウィルコックスの新説

・日本は第2次世界大戦核開発に取り組んではいたが、理化学研究所仁科芳雄博士を中心とする陸軍の「ニ」号計画がとん挫し、1945年2月(本書では同年5月とみている)で終結したとするのが、従来の定説である。

 

・その背景には、当時の我が国の、技術的困難、原材料の不足、空襲による施設装備の被害、資金の不足などの諸事情があったとみられている。

 しかし、本当にそうだったか疑問を呈する新説を裏付ける、米国の機密資料が近年、続々と公開されるようになっている。

 新説をまとめた代表的な書物が、ロバート・K・ウィルコックスによる『日本の秘密戦争』である。

 本書執筆のきっかけとなったのは、ウィルコックスが、スネルという著名なジャーナリストが書き残した、「ワカバヤシ」と称する元海軍士官のインタビュー記事の内容であった。

 スネルは、日本人士官から1946年夏以前に聞き取ったとする、以下の証言から「1945年8月12日に北朝鮮興南で日本が核爆発実験に成功していた」と主張した。

 その主張を、米国公文書館などの秘密解除された文書や関係者へのインタビューなどの、自らの調査結果に基づき、裏付けたのがロバート・K・ウィルコックスであった。

 調査結果をまとめた1978年に、ロバート・K・ウィルコックスの『日本の秘密戦争』の初版が出版された。しかし、以下のスネルの記事と同様に長年、「作り話」とされ、米国でも日本でも本格的な追跡調査はされてこなかった。

 

・その内容は実に驚くべきものである。翻訳者である私自身、翻訳を始める前は半信半疑だった。しかしほぼ翻訳を終えた現在では、日本が大戦末期の1945年8月12日に核実験に成功していたことは、ほぼ間違いのない歴史的事実と言えるのではないかとの見方に立つに至った。

 

2 スネルが主張した、日本による1945年8月12日の核実験の成功を示す証言

・日本人が、降伏する直前に、原子爆弾を開発し成功裏に爆破試験を行っていたというものであった。その計画は朝鮮半島の北部の興南「コウナン」と朝鮮名「フンナム」の日本名で呼ばれた)か、その近くで進められていた。その兵器が使用されるかもしれなかった、その前に戦争は終わったが、造られた工場設備はソ連の手に落ちた。

 

・スネルが記述している、士官の語った内容とは、以下のようなものであった。

興南の山中の洞くつで人々は、時間と競争しながら、日本側が原爆につけた名前である「原子爆弾」の最終的な組み立て作業を行った。それは日本時間で1945年8月10日のことであり、広島で原爆の閃光が光ったわずか4日後、日本の降伏の5日前であった。

 北方では、ロシア人の群れが満州になだれ込んでいた。その日の真夜中過ぎ、日本のトラックの車列が洞窟の入口の歩哨線を通過した。トラックは谷を越えて眠りについている村を過ぎていった。冷え込んだ夜明け前に、日本人の科学者と技術者たちは、興南の船に「原子爆弾」を搭載した。

 

・日本がある、東の方が明るくなり、ますます輝きを増した。その瞬間、海の向こうに太陽はのぞかせていたものの、爆発的閃光が投錨地に照り輝き、溶接工用の眼鏡をかけていた観測者が盲目になった。火球の直径は1000ヤードと見積もられた。様々の色をした蒸気雲が天空に立ち上り、成層圏にまで達するきのこ雲になった。

 

・「原子爆弾」のその瞬間の輝きは、東に昇ってきた太陽と同じ程度だった。日本は、広島や長崎も褪せるほどの大異変である、原爆の完璧かつ成功裏の実験を成し遂げていたのだ」。

 爆弾は日本海軍によりカミカゼ機に使うために開発されたと、士官は通訳を通じて、スネルに語った。米軍が日本の海岸に上陸したら米軍に対して特攻機から投下する予定だった。

「しかし、時間切れになった」とスネルは報告し、以下のように付加している。「観測者たちは急いで水上から興南に戻った。ロシア陸軍の部隊は数時間の距離に迫り、『神々の黄昏』が最終的な意味合いで始まった。技術者と科学者たちは機械を壊し書類を燃やし、完成した「原子爆弾」を破壊した。ロシア軍の1隊が興南に来るのがあまりに速かったため、科学者たちは逃げのびることができなかった」。

 

3 ウィルコックスの著書第3版を主とする、スネル証言を実証する確認事項

  1. 初版での情報

・独潜水艦U-234による1120ポンドの酸化ウランの日本輸送が試みられたが、ドイツの敗戦に伴い同艦は米国に投稿し、失敗した。酸化ウランは行方不明になった。

 

・戦前から野口遵の努力により、北朝鮮東岸の産業複合地帯建設がすすめられ、朝鮮の水力発電量は350万KWに達し、中心地興南では戦時中、豊富な電力を使いジェット燃料の製造が行われた。

 

1945年11月末に興南近くの咸興平原で日ソ両軍が激戦した。しかし、その細部は北進できなかった米軍には確認できなかった。

 

・1947年6月の米軍報告によれば、興南で日本の新兵器開発計画NZ計画に関連し、ソ連人と田村という日本人科学者が秘密施設で高電圧アークを使い活動していた。その生産物はソ連の潜水艦で密かにソ連に定期的に輸送された。

 

(2)第2版と第3版の神器情報

・1950年11月『ニューズ・ウィーク』:興南ソ連占領地域で、厳重に警護されたウラニウム鉱石処理プラントを確認した。朝鮮戦争時の米軍の爆撃を免れ、ロシアの原爆にそれまで核燃料を供給していた。ただし、在朝鮮第10軍団司令部は否定している。

 

GHQ司令部のOSS(CIAの前身)将校から、「日本人たちは彼らの持っていたウランの品位が悪かったため、ドイツから良質のウランが到着するのを待っていた」と聞いた。

 

・1953年2月、興南にある元の日本の産業地帯の拠点へのB29による偵察飛行任務に就いていた大佐の証言:「日本人たちは興南の拠点で原子爆弾を開発し、ある種の装置を造り、それを爆発させたとの情報を得た」。

 

・百科事典『第2次世界大戦』:日本陸軍は「800㎏の酸化ウランを上海に保有していた。朝鮮にも保有し、1944年に独の潜水艦により配送を受けた」。

 

・ラモナ報告:日本の核研究の中心地は広島だった。そのことが核攻撃の第1目標として広島を選んだ、トルーマンの決定要因だったかもしれない。

 

(3)元CIA分析官トニー・トルバの証言

北朝鮮は中露が日本の核努力から利益を得ていたことを知っている。中露は戦争末期に、日本人が採掘したウランやトリウムの鉱石を押収し、日本人が破壊に失敗した核計画の拠点から核の秘密や機械設備を略奪した。中露とも自力で核開発をしたと称しているため、それが暴露されるのは不都合だった。

 

・トルバが上下院議員宛に出した調査結果の要約・日本人たちは大戦中に核計画を進めていた。大半は興南で進められていた興南を占領していたソ連人たちは、日本人やドイツ人の科学者たちを使い、それらの施設を運営していた。

 

(4)ドワイト・R・ライダーの証言

・スネルの報告について、ヘールは「日本人たちは爆弾を製造し、それを実験したと思う」と肯定した。

 

・「日本人たちの第2次世界大戦中の核兵器計画が、小規模で失敗に終わったとされている公式的な説明は、全くの見当違いだ」、「理研はウランの精錬に深くかかわり、興南水力発電はウラン変換装置を稼働させるに十分だったし、興南にはウラン、トリウムなどの資源が豊富にあった

 

・荒勝文策により1942年にウラン濃縮について提案がされ、遠心分離機は1944年に日本で製造された。遠心分離機では米国より進んでいた

 

清津だけでも、ウラン濃縮、精錬、原子炉建設などに必要な電力。資源、設備と能力を持っていた。清津には日本本土で開発製造された、ウランの分離塔5基が送られたが、そのうち1基でも届いていれば、それを量産し清津の能力はさらに高められただろう。

 

・ライダーは、中国人が1950年の終わりに参戦し、米軍を攻撃し始めた主な理由は、日本人たちが朝鮮半島北東部に残した核計画とその他の資産を獲得するためだったと確信するようになった。それが、中共軍が、6000名の犠牲を出しながら長津貯水湖全域で米軍と激闘を繰り広げ、そこを制圧するまで興南に進撃しなかった理由だった。

 

・1950年10月に韓国軍が調査を命じられた、古土里の地下洞窟内の地下武器庫についての報告によれば、興南から内陸に約8マイル入った丘陵地帯にその洞窟がある。

 撮られた写真には「4エーカーの地下武器工場」との表題が付けられ、武器、弾薬、爆薬と地下の道具店がある「巨大な隠し場所」だった。

 

・日本人は核施設の破壊に成功せず、ソ連に占領され、核開発に利用された。その理由は、ソ連が日本の興南での核実験を含む、核開発について事前に情報を得ていて、それを利用するために急襲し破壊直前に奪取したからであろう。

 

4 検証結果の意義(以下は訳者の見解)

〇日本が第2次大戦中に核開発を進め、興南の沖合の小島で1945年8月12日に核実験にも成功していたことは、各種資料、特に米政府内部で秘密文書に基づき調査していたトルバとライダーの発言からも明らかであり、信ぴょう性は高いと判断される。

 

・日本の科学者、学会は、国内では戦時協力者として非難され、占領軍に戦犯として逮捕されることを恐れたとみられるが、核協力の過去を隠ぺいしようとした。しかし科学技術者が戦時に協力するのは当然のことであり、むしろ他国では誇るべきこととされる。

 

・激しい空襲と物資の欠乏する中、これだけの研究開発努力を続け、実績を上げた日本の科学者、技術者、産業界は再評価されるべきである。特に、坂彦の黒鉛減速型原子炉が稼働していれば、短期間にプルトニウム139を抽出し核爆弾の燃料にできたであろう。

 

容共主義者ルーズベルトソ連への対日参戦要請には、ソ連による日本の北朝鮮での核実験阻止への期待もあったのではないかとみられる。その代償として、ルーズベルト北方四島に米軍を進駐させずソ連北方四島侵略を黙認した可能性がある。

 ソ連は8月9日の長崎への原爆投下前日に対日宣戦を布告し、投下と同時に対日侵略を開始し、興南に向け一挙に急進撃したソ連は、核実験阻止には失敗したが破壊前の核インフラの奪取には成功した。

 

・なお、日本海軍は核開発力を持ち、終戦直前でも海軍首脳は抗戦継続論だったと米軍機密文書では報告されている。核実験がもし成功していたなら、緊急電で東京に打電されていたはずである。

 

・日本の核開発の潜在能力は現在でも高い。2004年に米国科学者連盟は、日本なら核実験なしでも、「1年以内に」核兵器保有できるとの見積を出している。最新の米国の専門家の見解では、「日本なら数日で可能」とも言われている。

 日本には、核恫喝を受けても、それに屈することなく「対応策」がとれる潜在力がある

 

・中ソ朝の核開発は日本が北朝鮮に残した遺産と日独の科学技術者の協力の成果だった。彼らはその事実を公開したくはなかった。もし公開すれば、自国独裁政権の威信低下を招いたであろう。

 

いま米政府の秘密が解除されるのは、日本の核開発黙認のシグナルかもしれない

 1990年代以降の中期の核戦力増強により、2006年頃には米国の核戦力バランスの圧倒的優位が失われたとの認識が表れている。

 例えば2006年の全米科学者連盟と米国国家資源防衛会議による共同報告では、中国が対米先制核攻撃に成功すれば、米国の被害は4千万人に上り、それに対する米国の核報復による中国の被害は2600万人にとどまるとの被害見積りが公表されている。

 

・日本に対し核の傘の提供を保証することは、米国の望まない対中朝核戦争に米国が巻き込まれるおそれを高めることになった。

 そのリスクを回避するには、体制と価値観を共有する日本の核保有を黙認し、独自の核抑止力を持たせ中朝に対する対日侵攻への抑止力を強化するのが、米国の国益上有利と、米国指導層は2006年頃に判断したのではないかとみられる。

 圧倒的な人口格差のあるアラブ諸国イスラエルの間の中東戦争の再燃を抑止するため、1970年代に米国がイスラエルの核保有を黙認した背景に、類似している。

 

野口による興南の産業基盤建設

・すでに産業複合地帯を「ウラニウム爆弾」製造支援のために使うことについても、日本として必要があるとの話が出ていた。

 

・連合国の奇襲部隊はその後すぐに、原子爆弾製造を助けるために使われることを恐れて、ナチの重水素製造を死力を尽くして阻止することになった。いまやドイツの戦争中の同盟国だった日本も、アジアでそれを製造していた。しかも連合国はそのことを知らなかった

 

アルカサール・デ・ベラスコのスパイ活動をめぐる回想

・伝言は簡素なものであった。「カレーに来い。議論したい重要なことがある。」それは真珠湾の直後であり、受け手は、ロンドン駐在スペイン大使館の大使館付き報道官であり、英国における最良のスパイの1人であった。アンヘル・アルカサール・デ・ベラスコであった。

 

・彼はスペインの枢軸国寄りのファランヘ党の結党時からの党員で、アブベール・ベルリン情報学校の卒業生であり、マドリードから1940年の秋にロンドンに送られた。それはいわゆる中立のスペインが、英国に対してドイツを助けるとの秘密協定が結ばれた後であった。

 

・彼は白人至上主義者であり、計算づくの反ユダヤ主義者であり、占星術信者でもあった。彼は、世界は彼自身もその一員である、転生で再生した超人というエリートによる支配を、運命づけられていると決めつけていた。彼らにとり主な障害となるのは、ユダヤ人であった(奇妙なことだが、彼の信ずるところによれば、一部のユダヤ人たちは、転生を通じて解脱しあるいは罪業に対する懲罰を経て超人の仲間となる。それが、ユダヤ人たちが常に権力を得ているかのように見える理由だと、彼は説明している)。全知の神の示すところによれば、惑星は闘争に向かっていた。アーリア人の救世主である土星と黒魔術は、彼の信仰の標語となっていた。

 

・1934年に彼は、ファランヘ党のために活動していたが、ウィルヘルム・オーバービールという名のドイツ人と会った。彼は、ナチ党の青少年組織であるヒットラー・ユーゲントの指導者であり、アブベールの公式の要員でもあった。オーバービールは、総統の内々の仲間の一員であり、心底からのオカルト主義者であった。「ウィリアムの中に、私は必要としていた知識のすべてを見出した」と、アルカサール・デ・ベラスコは書いている。「我々は、エデンの園の蛇のように邪悪な者たち(ユダヤ人たち)、彼らがどのようにして世界を隷従させようとしているかについて語り合った」。

 

本格化し始めた日本海軍と荒勝研究室の爆弾計画

理研の計画に資金を提供していた陸軍だけが、ウラニウム爆弾に関心を持っていた軍種ではなかった。日本海軍は、陸軍よりもむしろ長期にわたり、核物理学の発展を追跡していた。

 

・1939年に、カリフォルニアで原子力によりタービンが動いているとのうわさが流れた。その噂は本当ではなかったが、大騒ぎを巻き起こした。海軍は核燃料に関心を持った。海軍の艦艇は核燃料により、無限に航行できるようになるかもしれなかった。その後、1940年か1941年の初めに、村田勉海軍中尉は、米国の「超爆弾」に対する警告を発しているドイツの技術雑誌の記事を翻訳した。その翻訳は広く回覧された。米国によるウラニウムの輸出停止と突然の核研究に関する沈黙を受けて、海軍は遂に行動することを余儀なくされた。1941年の夏か秋に海軍は、浅田が講義をしていた研究所の、海軍大尉であり科学者でもあった。伊藤庸二に対し、爆弾と燃料の実現の可能性について調査するように命じた。

 レーダーについてドイツで学んでいて帰国したばかりだった電子工学の専門家の伊藤は、大変な敬意を払われていた。

 

・嵯峨根は伊藤に、ウラニウム資源を探し始めるように忠告しているようにすら思われた。「日本は、予備報告とは反対に、本土では1発分の爆弾や燃料として必要な量すら得ることができないが、米国はおそらくできるであろう」。伊藤は次に、もう1人の東京大学教授の日野壽一に相談したが、彼も本質的には同じことを答えた。海軍少佐の佐々木清恭は、電気研究部門の長だったが、彼は核爆弾と燃料の調査に送り込まれた。

 

・彼らはその報告書では爆弾については言及しなかったが、伊藤の言によれば、それは彼の上司の提督たちが、彼らの主な関心事項を秘密にすることを望んだためであった。もちろん、それは爆弾のことだったと伊藤は書いている。

 

・浅田は、米国がおそらくウラニウム爆弾を製造できるとみられる以上、日本も他ならぬ自衛という目的のためにそれを試みるべきであると述べた。

 

・爆弾の製造に伴う問題について議論された。菊池は十分なウラニウムが得られるかどうかが困難な問題だと指摘した中性子核分裂生成物とどのようにして原子核が分裂するかについて研究していた菊池は、十分なウラニウムを見つけ出すのが困難だろうと指摘した。仁科は、(疑いもなく飯盛が朝鮮から持ち帰った)5~6(several)トンのウラニウム鉱石を自分は理研に持っており、他にも確保の可能性もあると述べた。

 

ドイツについては、西欧の核物理学では秀でていた「ユダヤ人の科学者たち」をすべて駆逐していたため、おそらく爆弾を製造することはできないだろうという点では、意見は一致していたしかし彼ら科学者たちの大半は米国に行ってしまったため、米国は原子爆弾開発にとり最善の立場にあった。

 

・委員会の結論を要約して伊藤は次のように述べている。「明らかに原子爆弾を製造することは可能であるに違いなかった。問題は、米国や英国が本当にこの戦争に間に合うように核爆弾の製造ができるのか、日本が彼らに先んじて核爆弾の製造ができるのか否かという点であった。………審議の全般的な見解は、米国にとってすら、戦争の間に原子力の利用を実現するのは、おそらく困難であろうというものであった」。

 

・委員会でさえ慎重に選ばれていたが、海軍の中でも最も力のあった艦政本部は、物理学会の一員ではなく、仁科にも劣らない資格を持つある科学者に、ウラニウム爆弾計画のための秘密資金を振り向けていた。

 その科学者とは、荒勝文策だった。荒勝は、原子の莫大なエネルギーについて理論化したアルバート・アインシュタインの個人的友人であり、その生徒でもあったアインシュタインのフランクリン・D・ルーズベルトに対する書簡により、ルーズベルト大統領は米国の計画を開始することを決心した。荒勝は仁科と同様に、日本の原子爆弾計画にとり重要な人物となっていた。事実、荒勝は、戦争末期には、仁科に替わり原子爆弾製造の中心的役割を担うようになり、彼は日本にとり、戦争間にその後は仁科よりも重要になっていった。

 1890年に生まれ1918年に京都大学を卒業した荒勝は、1926年にベルリン大学に物理学を学ぶため赴き、そこでアインシュタインの下で学んだ。

 

アルカサール・デ・ベラスコによる対英米スパイ活動

・彼は、スペイン国境から100キロメートルほどのモン・ド・マルサンという町の近くにある、南仏のナチの飛行場から飛んできた。彼は最初に、旧友と会い指令を受けるために、アブベールの司令部に立ち寄った。彼の上司は次いで、日本大使館に、ある高級幹部と合わせるために彼を送った。

 

1904~05年の日露戦争以来、日本はスパイ活動への努力を強化していた。1935年までには日本は世界で最も広範なスパイ網を持っていた。

 

1944年の始まりの直後、フランコは、明らかに戦争の流れが連合国側に有利になってきたことから、枢軸国側のスペイン内外における活動に対して締め付けを強め始めた

 

・アルカサール・デ・ベラスコは突然姿をくらました。「私(ベラスコ)はそれ以来、どこでも、スパイの指導者として責められるようになった。彼らは今でも私についてのファイルを持っている。それは彼らにスペインで私を攻撃する材料を与えた」。

「TO」の残党、まだ発見されていない数人の外交官たちは、アルゼンチンに移転しホアン・ペロンのアルゼンチンでの輪になった。「ペロンは日本人に良くし、彼らのために大金を与えた」。金銭は戦後私(ベラスコ)が権力を得る上で助けになった。

 弱小化したスぺインのスパイの輪は、それ以降何の成果も生まなかった

 

・1944年7月4日にベラスコはドイツに向けて去った。いくつかの彼に関するFBI文書が、情報公開法に基づいて私に解除されたが、その文書によると、彼はロシア戦線でドイツ側に立ちスぺイン軍の部隊として戦っていたとのことである。1960年にベラスコは本を書き、その中で、戦後すぐに彼はナチの戦犯、マーチン・ボルマンを潜水艦でアルゼンチンまで案内したと書いている。彼の本『余燼(aftermath)』では、最近の情報専門ラディスタス・ファラーゴは、ベラスコとボルマンの話は本当だと信じていると書いている。

 1945年が近づく頃には、アルカサール・デ・ベラスコと「TO」は活動しなくなり、日本はおそらく、マンハッタン計画の末期段階と、広島と長崎を壊滅させることになる米国の原子爆弾開発の情報は、何も得られなくなった。