日本は津波による大きな被害をうけるだろう UFOアガルタのシャンバラ 

コンタクティやチャネラーの情報を集めています。森羅万象も!

正規と非正規では処遇に大きな差があり、人件費をカットするために、企業は非正規労働者の活用を考える。今や日本の労働者の4割が非正規労働者であるが、これは尋常ではない。(1)

 

 

都知事失格』

舛添要一  小学館  2017/6/2

 

 

 

<都政の混乱の原因>

都政の混乱の原因は、青島幸男、石原、猪瀬と3代にわたった異色の知事にある。

 青島、石原両知事は無所属で当選した。自民党公明党対立候補を立てている。

 2003年の選挙では、2期目となる石原知事を自民党公明党が支援したものの、推薦はしていない。3期目も自公の推薦を辞退している。2012年に選挙が行われた猪瀬知事の場合は、公明党日本維新の会が支持し、自民党も支援したが推薦はしていない。

 前任の3知事は、民主主義の基本である政党政治とは一線を画す、人気だけを背景に当選した刹那主義的な政治家だったと言っていい。

 私が立候補した2014年の選挙では、自民党都連公明党本部の推薦と新党改革の支援を受けた。選挙戦でも自民党都議や公明党都議と選挙対策や選挙実現への協議を繰り返した。

 

舛添バッシング

人民裁判

・6月10日金曜日。定例記者会見で忘れられない質問を受けた。

 テレビ局は中継車を繰り出し、えんえんと続く人民裁判を生中継する。記者会見場はさながらライオンに餌を与えるサーカス小屋である。そんな常軌を逸した状況を象徴するかのような質問が飛んだ。いや、愚問といったほうが的確だ。

都民が今一番知りたい、興味あること、関心があることだと思うんですけれども、舛添都知事はどうやって辞めていただけるんですか

 良識ある人々はみな眉をひそめた。

 

何よりも都議会はわずか2年半前に猪瀬知事を辞任に追いやった経緯をよく記憶していた。そう。総務委員会での「集中審議」という人民裁判だ。

 集中審議とは事前に質問事項を伝えずに知事に一問一答形式で質疑する方式である。

 自民党としては集中審議は避けたかった。しかし、マスコミは、美味しい見世物を逃したくない。結局、マスコミの圧力の前に持ちこたえられなかった。

 

・そして「集中審議」当日。事前の通告なく、いきなり国会議員時代の政治資金の使途、それも細目についての質問をぶつけられた。何年も前の話である。即答できるわけがない。何度も議事を中断して、確認作業をしなければならなかった。

 まさに私を吊し上げることだけが目的の人民裁判だった。

「二元代表制」という名のもとで、議会の権力を誇示する暴力装置である。

 

6月13日の「集中審議」では、自民党以外の政党から「知事に対する不信任案」を可決すべきだという声が出た

 このような展開は事前に想定していた。舛添政権をなんとか維持しようと努力している自民党から、ファーストクラスとスイートルームの利用禁止、「別荘」の売却に続き、三度「競り市」の値を吊り上げようという要請があった。

「給料をゼロにする。つまり無給で働くので、都政の舵取りを続けさせてくれ」そう懇願しろと言うのだ。私も都政を投げ出して、混乱に陥れるのは本意ではなかった。「最低限家族が食べていくのは何とかなるだろう」と考えて「すべての給与を辞退する」と明言した。

 しかし、どんな切り札を出そうが、もはや何の効果もないところまで追い詰められていた。辞任以外の選択肢は許されなかった。結局、「別荘」売却と同様に、給料全額辞退の表明も、都知事を辞めてしまったので、何の意味もない話になってしまった。

 

・この頃、私がテレビに晒される姿を見て、中国の古い友人は、「50年前の中国の再来だ」と悲しそうにつぶやいた。

 

・私に同情する上海の仲間は、文革以上のひどさだ。舛添さんは、あのときの劉少奇や鄧小平と同じように袋だたきにあっている。これが民主国家のやることか」と心配してくれた。人生を大きく狂わせた文革を体験した世代だからこそ、魔女裁判のような「舛添要一吊し上げ」を見て、思うところがあったのだろう。

 今の若い人には、文革といっても、ピンとこないかもしれない。

 

<私の首を切ってください>

・私は、これから都政が直面する数々の困難に思いをいたし。都民が払う巨大なコストに胸が痛んだ。しかし、石もて追われた者は、静かに去ることしかできなかった。

 辞任発表の日、評論家・宇野常寛は、『スッキリ!!』(日本テレビ系・6月16日放送)に出演し、「バカバカしいにもほどがありますよね。だって、どんだけ多く見積もっても1000万も不正使用していないですよ、これ。それで46億円かけてこの後選挙するんですよ。こんだけ、都議会とか麻痺させといて、アホかって話ですよね」と語った。さらにメディアの問題をこう指摘している。

「僕ら大衆の、あと、マスコミのイジメエンターテインメント。これでスッキリするために46億円が無駄に使われていて、そして都政もある程度麻痺するわけですよ。こんなことやってたら滅びますよ、この国は」

 

・私は6月21日に正式に辞任した。

それから、もうすぐ1年が経つ。市民団体が政治資金の使途で私を刑事告発していたが、東京地検は2017年3月3日、不起訴処分の決定を発表した。

蟄居謹慎の日々が続き、対外的な発信も一切絶ってきた。新知事の下での都政の混乱と停滞を見るにつけ、自らの不甲斐なさを深く反省するしかない。

 

この役所は大丈夫か

・この役所は大丈夫か、とんでもないことになっているのではないかと、心配が先立ってきた。

 大臣時代は、健康局、職業安定局、年金局など、各部署の担当が、次々と報告にやってきて指示を仰ぐ。国会議員地方自治体の首長、関係団体などの陳情が入る。また諸外国の閣僚との外交交渉もある………。とにかく、毎日びっしりと仕事で埋まる。

 都庁では恐る恐る職員が「説明に伺ってもよいか」と私に不安げに尋ねてきた。

 これには驚いた。知事に対する説明は当然行うべきである。

 また、外国の賓客をはじめ、外部の人とのアポイントメントを予定に組み入れることにも、躊躇する。これまでの知事たちが、どういう職務姿勢であったのかが、よく分かった鈴木俊一知事の後、1995年4月23日から2013年12月24日まで、青島幸男石原慎太郎猪瀬直樹と異色の知事が続いた。

 その間の約20年間で都庁が異常な状態になってしまったのだ。

 

石原のワイン・テイスティング

・確かに石原は異色の知事であった。特定の問題にしか興味を示さない。出勤日時も気ままである。役人を恫喝するような強権的な言辞を弄する。気に入らなければ、クビにする。

 これでは職員が面従腹背となってしまうのも不思議ではない。

 異常なトップに対して、官僚が委縮してしまい正常に機能しなくなってしまったというのが、私の率直な感想である。

 大臣や知事が誰であれ、官僚機構として変えてはならないことがある。勇気を持って、トップを諫めることも必要だ。だが、それができるような状況ではなかったのである。

 

猪瀬の選挙妨害

石原都政で副知事を務めた猪瀬が、石原後の都庁を改革できるわけがない。

 都庁官僚の質の低下を招いたばかりか、石原、猪瀬両知事は、副知事や参与など“外人部隊”を入れて、それが都政を歪めていた。優秀な職員がいるにもかかわらず、自分の知人たちを副知事、参与という肩書で迎え入れる。それでは職員の士気があがるはずがない。1ヵ月に数回出勤するだけの参与が月に30万円ももらうのである。

 組織の士気にかかわるだけでなく、税金の無駄遣いでもある。

 わずか数日間仕事をしただけで、私が第一にやるべき改革は、都庁を「異常な役所」から「普通の役所」にすることだと確信した。

 

<都庁官僚の「逃げ癖」>

・さらに前知事の裁量で採用した外部の人間をすべて辞任させた。当然、恨みを買った。私の知事選挙を手伝ったある人物から「参与でも何でもよいからポストをくれ」としつこくせがまれて閉口した経験がある。それが前都知事たちが行ってきた都庁の慣例だったのだろう。私は、すべて拒否した。

 彼らは舛添バッシングが起こると私を擁護するどころか、敵陣営に走って行った。人を見る目がなかったのか。そもそも人間とはそういうものなのか。

 

人事と予算

・それは、石原、猪瀬知事時代の人事は、知事の感情に背けば更迭されるという異常なものだったからである。だから、幹部候補職員がある特定の年次には歯が抜けたように不在だったり、技官にしても建築と土木の間のバランスがとれていなかったりと、霞が関ではありえない官僚機構の姿になっていた。私は、都の官僚機構を正常化する取り組みを実行していった。

 都知事就任後2年にして、自分が敷いた「最高の布陣」で、都政の新たな展望を開く決意を固めていたのである

 ところが、その人事発令と私の辞任とが同じ時期になってしまったのであった。残念なことに、小池知事はその後、豊洲問題などを理由に恣意的かつ政治的な人事を発令している。

 

トイレにも行けない都議会

・さらに都議会には、休憩時間がない。3時間くらい動けないのはざらである。

 

・排尿は生理現象である。それを許さない「非人道的」措置を知事就任1年後、議長や委員長の許可があれば、退席可能というルールに変更してもらったが、私は在任中に途中退席したことはなかった。

 

・私は、多摩地域島嶼部を重視する姿勢を打ち出した。多摩、島嶼部と23区とには厳然とした格差があり、これを是正する必要があると考えていたからである。現地視察も含めて、具体的施策を展開し、多摩地域島嶼部を担当する副知事を任命した。

 

これを霞が関用語で「モントリ」という。「質問取り」に行くという意味である。

 答弁は各省が分担して書く。答弁書を書く時間が必要なので、質問日の2日くらい前には「モントリ」を終えるべきだが、ほとんどの議員が1日前になっても質問内容を出さない。結局、割を食うのは役人で徹夜で答弁を書くハメになる。だから国会閉会中、霞が関不夜城になるのである。「働き方改革」と謳って政府が旗を振っているが、国会がこのような状態では役人にはワークライフバランスなどない。

 

私は役人に負担をかえないように2日前には箇条書きした質問内容を提出するようにしていた。官僚にとても感謝されたものである

 厚労大臣時代、最悪の質問通告遅刻者は現在民進党の長沼昭議員であった。午後2時に行う質問を2時間前に提出する。役人は昼飯抜きで、答弁書きに追われていた。しかも質問数が多かった。100問を超えるケースもあった。このような悪弊は国会では根絶しなければならないだろう。

 

都庁記者はなぜ働かないのか

「不思議の国」へのカルチャーショックはまだまだある。

 都庁詰めの記者たちの仕事ぶりもそうだ。「働かない」ことにかけては、都庁詰めの記者たちも職員に負けていなかった。この2種類の怠け者は結託している。

 

・都庁詰めの記者たちは、都の職員が提供する「大本営発表」を、そのまま記事にしていた。スクープと称する記事も、特定の職員との緊密な関係から、たまたま手に入れるだけで自力で調査するわけではない。

 

「大奥」の情報もすぐ漏れる

・それまで出番の少なかった彼らにとって「舛添スキャンダル」は自らの存在を知らしめる好機であり、マスコミ側から劇場型対応ができる格好のテーマであった。「舛添叩き」が異常なまでに盛り上がった背景の1つがここにある。

 もちろん社会部でも「馬鹿」ではなく、よく勉強し、役人の大本営発表を鵜呑みにしない記者は少しはいる。しかし、総じて言えば、都庁記者クラブ知的水準をアップしないかぎり、都政の改革など無理である。

 一方、国政を担当する政治部の記者はどうか。

 私が苦情を言ったので、数社は知的水準が少しは上の政治部記者を都庁記者クラブに派遣してくれた。ただ、それで問題が解決というわけではない。

 

もとより私は、都庁職員の反感を買っていたから、「反舛添」の情報集めはたやすかっただろう。

 そもそも都庁職員は職務上知り得たことを仲間うちで、また外部に対してよく喋る。

 たとえば、私が厚労大臣のときには、あれだけ世間の批判にさらされた厚労省でも、大臣室や現地視察などでの私の発言(非公表のもの)が、外部に漏れたことはなかった。

 ところが、都庁では知事室、移動中、どこであれ、私的な言動の中身が週刊誌などの記者に流れる。都庁7階にある知事室フロアーは、いわば江戸城の大奥であり、そこでの機密保持は当然なのに、政策企画室のある6階の「控えの間」に機密が流れていく。

 

・しかし、都庁の場合、記者懇をしていないのに、情報が週刊誌に流れてしまうのである。都庁の記者たちがアルバイト原稿を書いているのか、情報提供者の職員が何らかの金銭的報酬を得ているのかは定かではないが、都庁職員について言えば、最低限、霞が関なみの情報管理をしてほしいものである。

 このことは副知事を通じて職員には注意したが、「諸君は霞が関以下だ」というような私の口ぶりがまた反感を呼んだのであろう。とはいえ、私が比較できるのは、勤務経験のある中央政府の職員に期待し、その実務能力を評価しているからである。

 

優秀な都職員

・2年余りであるが、一緒に仕事をする中で、能力、改革への熱意、人柄などで、優秀な職員に数多く巡り会った。都には、霞が関と互角以上に戦える人材がたくさんいる。

 

<故郷と家族>

・ふるさとの話が続いたので、地元北九州市でのいくつかの「舛添叩き」の話を書いておきたい。私は、福岡県立八幡高等学校の出身で、母校の同窓会活動には熱心に取り組んできた。大臣や知事になると、たくさんの人々がすり寄ってくる。

 ところが、舛添バッシングがはじまると、マスコミの誘いに乗った同窓生たちが「舛添要一の過去」を喋りまくる。「舛添要一は八幡高校の恥だ」とすら言った同窓生もいたそうだ。彼らこそ、私の絶頂期には、頼みもしないのに接近してきた者たちである。

 あるメディアは舛添バッシングの一環として、私の姪に取材して攻撃させた。

 私の母の認知症が悪化したのは1996年のこと。私は東京から北九州市への遠距離介護をする羽目になった。

「介護の苦しみは自分だけで結構だ、社会で介護する制度に変えなければ」という思いで、介護体験をまとめて1998年に『母に襁褓をあてるとき~介護 闘いの日々』を敢行した。そして、その思いを実現するために、学者から政治の道へと進んだ。

 

・2年後の文庫本化では、「あとがき」に(介護のあり方をめぐって、残念なことに長姉と激しく対立し、今でも絶縁状態です)とより具体的に書いた。

 介護は家族崩壊をもたらす。それは、今でも日本各地で繰り広げられてる悲劇である。対立した長姉夫婦は死去した。姪は、長姉の死すら知らせてこない

 姪がマスコミに対して私の批判をするのは当然だと思う。

 しかし私とともに母の介護で苦労した他の2人の姉、そして母を支援してくれた近所の人たちをマスコミは取りあげようともしない。

 

「週休3日制」を提唱

・ところが、グローバル化の進展とともに、企業は国際競争にさらされる。それを勝ち抜いていくためには、まずは生産性の向上を図らねばならないが、それのみでは限界がある。生産コストを下げるためには、人件費の削減が求められる。

 これが非正規労働者の増加につながっている。正規と非正規では処遇に大きな差があり、人件費をカットするために、企業は非正規労働者の活用を考える。今や日本の労働者の4割が非正規労働者であるが、これは尋常ではない。

 

私は、「長期ビジョン」の中で「正規雇用化の促進」をうたい、不本意にも非正規雇用となり求職活動を行っている人々(2012年に16万7100人)を2020年までに半減(8万3000人に)させる目標を立てた。また、都自らの対策で2017年度までの3年間に1万5000人を正規雇用化することにした。

 

格差が拡大し、日本の子どもの貧困率(2012年度)が16.3%(過去最悪でOECD34カ国中25位)、つまり、6人に1人の子どもが貧困だという状態は、何としても変えていかなければならない。

 具体的に東京都では、子どもに対して学習支援や食事の提供を行う居場所作りや、1人親家庭への家庭教師派遣など、貧困の連鎖を断ち切る取り組みを切れ目なく実施することにした。

 

・さらには、障害のある人の処遇改善にも積極的に取り組む方針を確認し、都は国に先駆けて、障碍者正規雇用に意欲を持つ事業主を支援する独自の制度を設けた。これによって、障害者の安定的な雇用を推進していくことができる。

 

私は、都知事のときに、「週休3日制」を提唱したが、誰かがそれぐらいの大胆な提案をしないと、働き方の改革ができないと考えたからである。私は、働き方の改革なしには日本社会の根源的な改革はないと思っている。

 

私自身は全く変わっておらず、「健全な保守」の立場を堅持しているが、周りがすっかり違う風景になってしまった。何という変化であろう。

 その極右路線が今や日本社会の主流になってしまっている。これは「日本の保守が劣化した」という表現では済まされない危機的な状況である。

 

 

 

舛添要一 39の毒舌』

舛添要一おちまさと  扶桑社   2010/6/24

 

 

 

<毒の「怒」>

・(おち)「日本はもう間に合わないのではないか?」

 最近、いつもこの言葉が脳内をリフレインしている。長期化する経済不安、雇用率の低下、年間自殺者3万人、期待さえしなくなった年金問題や医療問題、そして沖縄の米軍基地をはじめとする不透明な防衛問題など挙げればきりがない不安要素でいっぱいのリュックを背負って、しかも65歳以上人口が増加する少子高齢社会へ向けて日本は、かつて右肩上がりに登ってきた近代という山を、五木寛之さんの『人間の覚悟』からの言葉を借りれば「下山中」なのである。

 

・現在も様々なところで「総理大臣になってほしい政治家ランキング」で第1位の舛添さんは、前回お会いしたときにハッキリ、「総理大臣になることを旗印にやっている」と何度も答えてくれた。なぜかと聞けば「現在の総理大臣にならなければならない要素をすべて備えているのは自分であり、自分が総理にならなければ何も変わらないし、総理になれば変えることができる!」と断言してくれた。ということは本人と国民の相思相愛ではないか。

 

<毒を以て毒を制す>

落選後の行動に政治家の覚悟が表れる

 

国会議員定数 小選挙区というポピュリズムの象徴

・(舛添)もともと二大政党制が脚光を浴びたのは、自民党政権があまりに長く続きすぎたことで政権交代がなくなってしまったことにあるんです。同程度の力を持つ対抗勢力があれば、政権交代も可能になる。すると健全な政局運営ができるようになり、野党による与党の監視機能が強まると期待され、その過程で小選挙区制が導入されたんです。ところが導入されたこの制度は、得票率が議席数に反映されない。

 

・実はイギリス型のウェストミンスター・モデルというのは世界的にも珍しい制度で、イギリスの他ではニュージーランドなどごく一部の国でしか採用されていない。日本でも1993年に細川内閣が誕生したとき、自民党社会党という二大政党が存在していましたし、当時の選挙制度中選挙区制。そもそも小沢の言う「小選挙区でないと二大政党制や政権交代が起こらない」というのは事実ではないんですよ。しかも小選挙区というのは人気投票のようになりやすく、結果、まともな政治家が育たないし、政策論争にもなりづらい。

 

・まずは定数4くらいの中選挙区、そのほか、フランスのような2回投票制や、小選挙区比例代表併用制という手もある。いずれにせよ、ただの小選挙区制というのは、単なる人気投票になってしまう。利権団体に利用されやすい参議院の全国比例代表制も含めて、根本的な選挙制度改革が必要なんだよ。

 

現行の選挙制度は廃止し次なる制度に移行せよ

・(おち)個人的にはいい加減、ネット選挙をどうにか実現してほしんです。まだ菅内閣が発足したばかりで、今回ネット選挙が実現するかどうか、審議が継続されるかどうかも微妙な情勢ですが、有権者に一番ダイレクトに政策を訴えかけることができるツールがいつまでたっても導入されない。それこそ一番ダイレクトに政策を訴えかけることができるツールがいつまでたっても導入されない。それこそ今年のイギリスでの選挙はネットでの活動が重視されたとも聞いています。

 

・(舛添)ネットもある一定層が集中するから、やはり街頭などでの選挙活動とのバランスは大切だと思うけど、やはりもっともダイレクトに、そして正確に、政策や思いを伝えることができるツールが禁止されているのは時代遅れだよね。すべてのツールを解禁した上で、あとは候補者が自由に選べるような環境になるといいんだけどね。

 

・(おち)なりすましの問題がある。そんなのツイッター本社に認証アカウントを出してもらえばいいのに、僕だって認証アカウントもらえているんだから「日本の選挙で使うから候補者は本物認証しろ」って言ったら一発でしょう。その上でUstreamなどのライブ動画配信サイトで政策を訴えて、リアルタイムでツイッターから質問を募り、意見を交わしていく、もちろん全員じゃなくても、そうした候補者が増えれば選挙自体への関心も高まり、投票率も上がると思うんです。

 

要するに…… 候補者と有権者が意見交換できるネット選挙を一刻も早く解禁すべし

・(おち)そこまで含めての規制緩和だと思うんですけどね。あと、規制緩和でもうひとつ、舛添さんとしては外国人参政権についてどう考えてらっしゃいます?

 

・(舛添)いまの民主党案には反対だね。というのも、居住歴などの条件を満たせば日本は国籍を自由に取得できる国なんです。やはりその国の権利をすべて享受しようとするなら、まず国籍を取るのがスジだと思うし、ちゃんと住むなら帰化したほうがいろんな面で圧倒的に便利ですよ。まだ日本では「××系日本人」という言い方がないですよね。血統主義が原則になっているから仕方のないところもあるんですが、例えば、ツルネン・マルティなんて議員は日本国籍を取って、「弦念丸呈」という漢字名も持っているフィンランド系日本人アイヌ琉球民族のことも含め、そろそろ「日本人」という定義を一度話し合う時期に来ているのかもしれない。だから、その前に一足飛びに「外国人参政権」の話は順番が違うと思うんですよね。

 

<要するに……外国人参政権を論じるより帰化したほうが本人も便利>

教育改革  目を覆わんばかりの公立に競争まみれの私立

・(舛添)まず、教育にカネがかかりすぎるんだよね。なぜそうなっているかというと、公立の学校がもうヒドいんだ。だから私立にやらざるを得なくなる。最初は俺も「公立でいいじゃないか。俺だって小学校から高校まで公立で、塾に行くカネもなかったけれど何とか東大に入れたぞ」と言ったら、女房に「バカじゃないの?」となじられた(笑)。それで近くの小学校を見にいったら、もう女房の仰る通り、結局、お受験街道まっしぐらということになっちゃうんだ。

 

・いやいや、私もそう思っていたの。でも現実は甘くなかった。幼稚園からお受験しなきゃならないのかって衝撃を受けたよ。結局、上の子は国立の付属に行って下の子は慶応に行ったけど、本当にカネも手間も尋常じゃない。コネなんてあってもムダなんだから。当初は学習院に行かせようと思って、学長が知り合いだから「よろしくお願いします」と頭を下げたのに、国会で面接に同伴できなかったら落とされたもん。正直頭にきて「漢字読めない首相を輩出するような学校はこっちから願い下げだ」とも思ったけど、まあそれくらいいまの受験は大変だよ。

 

・もの凄く端的に言うと、きちんと躾されていないバカ親が甘やかした子どもを公立に送り込んでいる。もちろんきちんとした親子もいるけど、やっぱり悪貨は良貨を駆逐するから、全体としては荒れていくよね。子どもなんてそんなに清廉潔白に、強く生きられるわけではないから。これは少子化問題とも絡んでくるんだけど、そこで兄弟がいると違うわけ。助け合ったり、まあ、たまにはいじめられたりしながらでも、共生関係の中で生きていくことを家庭や、それが無理でも保育所で学べるとずいぶん違うと思うんだけど、一人っ子が多いからそこを支援できるような仕組みをつくっていかないといけない。

 

飛び級のような制度はあってもいいよね。社会や企業でも年功序列じゃなく、デキるヤツはどんどん上り詰め、外に出ていくようになっている。追い抜くほうも抜かれるほうもそうしたリアルな体験は早いうちに積んでおいたほうがいいと思う。若いというのは確かにそれだけ才能というか、ひとつの要素とも言えるけど、いつまでもそれではやっていけない。自分なりの武器が必要だということに気づくのは早いに越したことはないよね。

 

・現在の6・3・3という学制は、できれば一貫教育にしたいよね。そのなかで学習習熟度に応じて、年次をある程度自由に動かせるような仕組みができるといい。教育にも規制緩和が必要なんだ。ただやりすぎると今度はまたお受験の新たな仕組みを生み出すことになるから、システムの構築には熟考を重ねたい。

 

大学教育も規制緩和と開放が必要だよね。海外の大学と比較したときに、日本の大学って国際系の学校や学部を除いて外国人留学生が非常に少ないんです。大学も経営が大変だというなら、外需に目を向けないと。特に音大や芸大は少なくともアジアのなかではトップレベルにある。そこに外国人留学生が来れば、新たな才能の発掘にもつながるし、家族や友人が日本を訪れるようになれば、外貨の獲得にもつながる。これは国策としてやってもいいレベルですよ。

 

<要するに… 教育にも規制緩和が必要なんだよ>

少子化  子育て=カネという最悪の手抜き対策>

・(舛添)それはさておき、妊娠や出産という経験を同居家族から引き継げないのが痛いよね。昔は世代間のバトンタッチが自然にできた。じいちゃん、ばあちゃんがいて、子育ての経験を自然に次の世代に伝えてくれた。ただ現在ではその役割を「家」ではなく社会が請け負うようになった。ところが、いざそうなってみると「妊娠」→「出産」という極めてパーソナルな経験の受け渡しがしづらくなってしまっている。

 

・(おち)先ほどの子ども手当のところでも話に出ましたが、僕らが用意してほしいのはお金じゃなくて、「環境」なんですよ。こればかりは個人がどんなに努力しても手に入らない。昔の「家」の機能の一部を社会が肩代わりしてくれるとするなら、欲しいのは子育てを無理なくできる経験の蓄積と環境なんです。保育所って東京だけでも8000人待ちなんですよね。カネをバラまいて終了って、どんだけ手を抜いているのかと頭にきますよ。

 

・(舛添)そう。カネをもらっても意味がない。仕事をしている女性が何の心配なく一時キャリアを中断して育てられる環境がない。カネじゃないんだよ。しかもさっきの子育てにカネがかかるという話とも連動していて、例えば韓国は競争社会が行きすぎて教育にカネがかかるようになって、いま出生率が日本よりも低くなっている。合計特殊出生率が1.15と日本よりも0.2ポイント以上低い。といっても日本もまったく胸を張れたものじゃない。ヨーロッパの主要国には1.9程度ある国も多い。アメリカに至っては2.1近くある。この数字は何としてでも上げていかないと、国家存亡の危機だということがわかっていない。

 

<要するに… 欲しいのはカネじゃなくて仕組みです>

<国内産業 保護主義のバカ正直に挑めば苦しいのは当然>

・(舛添)とにかくまずは民間企業には体力をつけていただきたい。企業自身や、そのサービス、製品などに付加価値をつけると言い換えてもいい。先ほどから何回も話題に出ているように、現在の日本社会は経済的にも非常に成熟している豊かな国。つまりここから何もせずに爆発的な成長を望むのは難しい。そうなると、国内のサービスなどを海外でも展開しなければならない。競争相手が海外である以上、国際競争力を身につけてもらうには、規制はどんどん緩和していかないといけないんです。

 

<要するに…… 競合は海外にあり自力で勝てる自力を得よ>

農業 足元にある財宝に気づかなかった我々

・(おち)コンテンツ産業、医療・介護サービスともに、やはり日本にとっての生命線は産業を創出し、海外に展開していくという形なんですね。

 

・(舛添)資源を持たない国だからね。だからこそ、既にトップランナーとしての技術を誇る分野では徹底的にフォロワーを引き離す圧倒的な存在感がなければならない。連舫の事業仕分けと逆で、「1位じゃなきゃダメなんです」(笑)。

 

・(舛添)さっき、ドリンク剤を台湾に持っていくと喜ばれるという話をしたけれども、まったく同じことが農産物でもある。私はタイの王族や政治家と付き合いがあるんだけど、彼らはメチャクチャ豪勢な生活をしているわけ、宮殿のような大豪邸で使用人を何人も抱え、車庫には高級外車が何台も並んでいる。そんな彼らから招待を受けるたびに何を持っていったらいいか、迷うんだよ。それであるとき、もう何を持っていいかわからなくなって懇意にしている政治家に思い切って何がいいか聞いてみた。すると「日本のメロンが欲しい」と言うんだよ。

 

・例えば中国や台湾の要人は日本のコシヒカリ以外口にしないというし、実は小泉内閣時代に国産リンゴを中国に輸出展開しようとしたことがあった。私の故郷、福岡の名産品であるイチジクを空輸で台湾に送ると、あっという間に売り切れるという。いま福岡のイチジク農家は「イチジク御殿」と言われる豪邸が建つほど儲かっている。

 

・先ほどのメロンもそうだが、国産のフルーツは海外産のものに比べて甘味が強い――糖度が高い。職人気質の日本人は気の遠くなるような組み合わせの交配で品種改良を繰り返し、どう育てれば味が向上するか徹底的に研究する。例えば北海道の夕張では、メロンの種を金庫に入れて保管するほど大切にしているというんだ。

 

口蹄疫で和牛の輸出が止まったのも危機管理意識が本当にないんだよ。この数年牛肉の輸出は年々拡大していて、2009年には2006年の8倍量にあたる500トン以上を輸出できるようになった。ニューヨークの高級レストランで和牛が人気で、「他の肉ではこの味わいは不可能」とまで言わしめるほどだという。畜産まで含めた日本の農産物には世界を圧倒するポテンシャルがある。ただ、残念なことに民主党政権はその真価を理解していない。もし理解していたら、口蹄疫に対してあんなひどい対応を取ることはなかっただろうし、そもそも農家に対して戸別所得補償制度のようなバラマキ農政を行うこと自体、民主党の農業への無理解を象徴している。農家の収入は天候など不確定要素に左右されるから、彼らは当然不安になる。だが政治家がなすべきは、バラマキではなく彼らが生産する農作物のポテンシャルを彼らに正確に伝えること。そしてそこにある付加価値をビジネスとして成立させる手伝いをすること。技術を発達させ、生産者を強くするのは保護主義ではなく競争だ。こんなことは、他の産業で散々見聞きしているはずなのに、目先の票欲しさにバラマキ農政に手をつけてしまった。

 

 

 

日本新生計画』  世界が憧れる2015年のジパング

舛添要一    講談社    2010/5/27

 

 

 

<約100兆円のGDPギャップ>

・日本国自体も2010年3月末現在で882兆円の負債を抱えているが、そこから政府資産を引いた純債務で考えると、他国とさほど変わらない。約100兆円のGDPギャップ、すなわち需要不足を上手に政府支出などで埋めていけば、国民に負担をお願いすることもなく、国の負債を解消していける可能性も高い。

 

国会議員半減で政治家の質の向上を>

<教育・医療の充実で70歳現役社会を>

<福祉の原則とは何か>

・私は、母の介護がきっかけで政治家になろうと決心した。介護、医療の充実、高福祉社会の実現は、私の本源的でなおかつ永遠のテーマである。

 福祉の原則は「障害を持っていても健常者とすべて同様な生活ができる」ということである。明日から車椅子の身になっても健康な時と同じように街に出られる、健康な時と同じように生活ができるようにするのが福祉だ。

 

「元気なお年寄り」で財政再建と景気浮揚を

・私の母の認知症が一気に進み、体力が衰えるきっかけになったのも、やはり自宅の玄関先での転倒事故だった。そこで、まさに「転ばぬ先の杖」で、家の中であれ、街の中であれ、段差をなくしてバリア・フリーの街づくりを進める必要がある。

 

<医療・介護問題の解決はコミュニティ再生から>

・もう一つ忘れてはならないのは、医療も介護もコミュニティでしかやれないという福祉の原則だ。

 私は、東京から故郷の北九州八幡東区に通って、認知症になった母を介護した経験がある。親などで、どんな犠牲を払ってでも、とがんばったが、誰もが私と同じようにできるわけではないだろう。東京で働いている子供たちが故郷の両親を介護するのは、時間的にも経済的にも負担が大きすぎる。介護したくても、現実的にできない人が大半だろう。

 

・今はコミュニティが崩壊しているので、自分たちだけで世話をしなければならない。だから、介護疲れで親と無理心中する人までが出る。

 

1000万から2000万円でできる選挙

・プロのうぐいす嬢の代わりに、私の選挙を手伝ってくれるのは、ボランティアの人たちである。街宣車の運転も彼らがやってくれた。男性が多いので女性的な印象を受ける「うぐいす」ではおかしい。失礼ながら、私の選挙では、彼らを「カラス」と呼んでいる。

 

・選挙運動は外に出てやるものだ。支援者と称して集まり、飲み食いをする人たちのために広い事務所を借りるのは本来の選挙運動とは関係ない。

 

ファックスや電話などの必需品も1ヵ月のレンタル。出費は極力抑えた。こうして削れるところは削って、節約すれば、誰でも1000万から2000万ほどの費用に収まるはずだ。カネがなくても足を使えば選挙は勝てるのである。