『ビジュアルストーリー 世界の陰謀論』
マイケル・ロビンソン
日本ナショナルジオグラフィック社 2019/6/20
<陰謀は陰謀を呼ぶ>
・おおまかに分けると、陰謀説は3種類ある。第1は、ケネディ大統領暗殺のような特定の事件にまつわるもの。第2は、何らかの組織、たとえば石油業界やフリーメイソンなどの秘密結社がくわだてたものだ。第3に、バークンが“超・陰謀”と呼ぶものがある。その世界では、いくつもの陰謀が渦巻き、それを一つの強大な悪の力が牛耳る。その代表例は、有名な陰謀論者デビッド・アイクが広めた、俗に「レプティリアン(爬虫類人)・エリート説」と呼ばれるものだ。
そもそも陰謀説は、ニュースとともに発展した。その中では、悲劇的で謎に包まれた事件について、もっともらしい真相が語られる。ウェールズ皇太子妃ダイアナの死がその典型だ。ダイアナ妃はイギリスの王室一族によって殺された、という説。これは何者かが仕組んだ陰謀で、事件の真相はおそらく、“超・陰謀”に入るのだろう。エリザベス女王もいわゆる“レプティリアン・エリート”の一味だといわれているからだ。イギリスの王室一族がダイアナ妃を殺したとしたら、華やかでセンセーショナルだ。この説をいくら捜査当局が否定しても、そこには不穏な世相や、政府つまり権力層への不信感が反映されているので、陰謀説はなくならない。
<高エネルギー技術>
・1990年から2014年までのあいだ、米国でハープ(HAARP、高周波活性オーロラ調査プログラム)と呼ばれる計画が進められた。これは、米国空軍と米国海軍との共同管理プログラムで、アラスカ大学フェアバンクス校(UAF)と提携して行っていた研究だ。その目的は、地球を取り巻く電離層の物理的、電気的特性の調査だった。電離層の状態は、軍や一般国民の通信およびナビゲーションシステムに影響を及ぼすことがあるのだ。深読みをしたがる人たちにいわせれば、この研究施設では事実上気象操作ができ、これまでも実際にそう利用されていたらしい。
現在ではこの施設はUAFが管理し、いまも稼働可能な状態になっている。そのため陰謀説を支持する人々は、“気象兵器”が洪水や地震、それに干ばつまで引き起こしている、と言い続けている。しかし、実際には、ハーブでは気象は制御できない。
<地球温暖化と気候変動>
・地球温暖化については現在、意見がはっきりと割れている。科学者が二派に分かれ、地球温暖化現象は実際に起きているのかどうか、それは人間が起こしているのかどうか、で論争を繰り広げているのだ。
・そこで問題視されるのが、人が使う化石燃料だ。これが温室効果ガス増加の原因だという。これに反論する人は、人間がいないほかの惑星でも温暖化が見られるという点を指摘するが、この意見には決定的な証拠が見つかっていない。
・北極圏や南極圏で氷河がどんどん溶けているのは、地球温暖化の証拠だと指摘する人は多い。
<命にかかわる病気>
・歴史を振り返ってみると人類は、はやり病、もしくはパンデミック(国や地域を超えた感染症の大流行)に、聖書の時代から悩まされてきた。そして昔から、その原因は人ではなく、自然災害だと考えられてきた。最後にパンデミックが“自然に”発生したのは、1918~1920年に大流行したスぺイン風邪だ。このとき少なくとも5000万人が亡くなった。それ以降は、自然に発生したとは言い難いパンデミックが次々と発生している。たとえば、イギリス政府は第2次世界大戦中に敵地にばらまこうとして、炭疽菌をはじめとする生物兵器(細菌兵器)を開発した。現在では、こうした伝染病はもはや“自然発生した”ものではなく、生物兵器として使うために意図して作り出されるものだと考える人が多い。たとえば、HIV/エイズのパンデミックは、サハラ以南のアフリカ地域を破滅し、同性愛主義者をねだやしにするために、誰かがウイルスを培養して引き起こしたものだ、という説をよく耳にする。
・1980年代、新たなエピデミック(一定の期間、一定の地域で起きる感染症)が米国とヨーロッパを襲った。当初、これに感染するのはサンフランシスコやニューヨークなどの大都市に住む同性愛の男性にほぼ限られていた。
・つまり、1970年代のニクソン政権のころ、科学者が行ったガン治療の研究実験中にエイズ・ウイルスが、たまたまできてしまい、実験中の被験者に感染したというのだ。裏で何者かが糸を引いていると深読みする人は、このウイルスは特定の層の人々、たとえば、LGBT(性的マイノリティー)やアフリカ系米国人のコミュニティーにわざとばらまかれたと考えている。
<プラム島の秘密>
・1954年、米国ニューヨーク州のロングアイランド湾の島にある、かつて軍用基地だった場所が、「プラム島動物疾病センター」という名の動物研究実験所に代わった。この謎めいた警備厳重な施設をめぐり、何やら怪しげなことが進められている、という噂が続々と広まった。この施設の目的や、ここで生物兵器が開発されているのかどうかについて、憶測が憶測を呼んだ。
・SARS(重症急性呼吸器症候群)が初めて発生したのは、2002年暮れの中国。8000人以上が症状を訴え、その死亡率は10%に届きそうな勢いで、回復しても多くが何らかの身体機能の低下を訴えていた。
・中国当局はその原因を、ある種のコウモリが媒介したウイルスであると公表しているが、中国とロシアの科学者の両方から、米国政府のたくらみで生物兵器が使われた、という説が出ている。なぜなら、SARSウイルスは自然発生するヒトの病原性ウイルスではなく、動物起源のウイルスなので、人間が作り出したのではないかと考えられているのだ。
<エボラウイルス>
・最初は、致死率の高いウイルス性の感染症として1976年に発見されたエボラ出血熱。これが、2013年後半に史上最悪のパンデミックとなって終息までの15か月間猛威をふるい、サハラ以南のアフリカ流域で1万1000人以上の人々の命を奪った。これは米国が仕掛けた細菌攻撃ではないか、とリベリアの新聞は報じた。
<極秘の実験>
・世界でもとびきり謎に包まれた軍事施設が、イギリス・ウィルシャトー州のポートン・ダウンにある。この施設では、生物(細菌)兵器を使った実験が行われている。1942年にはここで炭疽菌が培養され、その検証がスコットランドにある小さな島で行われた。その島はイギリス本土から1キロも離れていない。
<水道水のフッ化物添加>
・そもそも、倫理的に考えて、米国政府が水道水にフッ素の化合物(フッ化物)を添加して国民に強制的に使わせているのは、個人の権利侵害ではないか、という疑問がまずある。その問題はさておき、フッ化物添加には本当に安全で、期待する効果があるのだろうか?水道水へのフッ化物添加が始まったのは、1950年代のこと。その目的は虫歯予防、それも容認しがたいレベルに悪化していた子どもの口腔衛生だった。いまでは、全米にある給水設備の70%が強制的にフッ化物を添加させられている。
・一方、科学者の間では、飲料水へのフッ化物添加の安全性をめぐって活発な議論が交わされている。
<本当に死んだのか?>
・ナチスの戦争指導者アドルフ・ヒトラーが死んでから、75年以上経つ。しかしその死はいまだに謎に包まれている。それというのも、自殺したと伝えられるヒトラーの遺体の処分を証言する信頼できる目撃情報がほとんどないからだ。
・1945年5月、ドイツ、ナチスは無条件降伏をした。それを受け、当時の人々の間で、「ヒトラーは本当に死んだのか?」という疑惑がささやかれた。1934年にドイツ総統に就任し、ドイツを第2次世界大戦に導いたヒトラーの姿が最後に目撃された場所は、ベルリンの総統官邸の地下にあった「総統地下壕」だった。ベルリン市を最初に占領したソビエト軍は、ヒトラーの死について、政治的思惑から積極的に誤情報を流そうとしたらしい。1945年7月、ポツダム会談中のソビエト指導者ヨシフ・スターリンは、ヒトラーははたして死んだのか、と問われたときも、かたくなに「ノー」と答えている。
・一般的に知られている情報は、この地下壕で捕らえられたヒトラーの部下が伝えるものである。ヒトラーは妻に毒を飲ませ、拳銃で自分を撃ち、2人の遺体は地下壕の外の庭園で焼かれた、とされている。しかし、陰謀論者の多くが信じている別の説がある。その説では、ヒトラーはドイツを脱出してファン・ペロンの君臨するアルゼンチンに逃げたことになっている。近年放映された「ヒトラーを追跡せよ!」というドキュメンタリー番組では、ヒトラーとその側近はUボートでドイツを脱出し、アルゼンチンに逃亡したと論じた。その証拠は、現在では機密解除されたFBI、CIAそしてMI6の極秘書類、それにドイツ、ロシアとアルゼンチンの資料から得たという。
<UFO>
・人は時代や国境を越えて宇宙人の姿を追い求め、妄想し続けた。人々が宇宙人に魅せられた始まりは、19世紀後半にH・G・ウェルズ(1866~1946年)が書いたSF小説『宇宙戦争』だ。彼は本のなかで初めて宇宙人、いわゆる「グレイ」の姿かたちを描いた。その姿は一見、人間と似ているが、手足や頭部のバランスがずいぶん違う。皮膚は灰色で、鼻や耳など見当たらない、とウェルズは記した。それ以来、たしかに同じ姿を見たという「目撃」情報が次々と寄せられる。
・なかでも特に有名なのが、ベティ・ヒルとバーニー・ヒル夫妻の事件だ。この夫妻は、1961年の9月のある期間、米国ニューハンプシャー州で自分たちは宇宙人に誘拐・拉致されていたと主張した。ほかにも「目撃」や「誘拐・拉致」がいくつも報告されているが、こうした報告は間違いなく、20世紀後半以降、しきりにつくられた多くのテレビ番組や映画によってあおられたものだ。
<古代宇宙飛行士説>
・スイスの作家、エーリッヒ・フォン・デニケンは、1968年に発表後ベストセラーになったノンフィクションの著作『未来の記憶』(原題:Chariots of the Gods)のなかで、斬新な仮説を唱えている。デニケンによると、古代の地球には宇宙人が住んでいた。彼らは人間と交流し、神殿やピラミッド、そのほかの高度な建造物の建設に必要なスキルを教えた、というのだ。デニケンは、エジプトのピラミッドや、中央アメリカのマヤ文明など、本書でも詳しく紹介する世界各地で発見された証拠をもとに仮説を立てていた。たとえば、古代文明で共通して描かれるシンボルのヘビ(ドラゴンとして描かれることもある)は人間に知恵を授けたといわれる。古代宇宙飛行士説によれば、古代人が描くヘビも実は、火を噴く宇宙船を表しているらしい。
・1947年、米国ニューメキシコ州のロズウェルで軍用気象観測気球が1機、墜落した。地元の新聞は、軍が墜落した“空飛ぶ円盤”を回収した、と報じたが、噂はやがて下火になり、事件は忘れ去られた。ところが、それから30年後。ごく少数のUFO研究家が集まり、1947年に起きたこの出来事を目撃した町の住人を取材し始める。その結果彼らは、宇宙人に乗った宇宙船が少なくとも1機墜落し、宇宙人の遺体が何体か回収されたが、当局はその事実を闇に葬った、という結論を出した。
・UFO目撃場所でもう一つ有名な所が、エリア51だ。ここはネバダ砂漠にある軍事基地で、監視が厳しく、軍事最高機密とされている場所。エリア51で航空機やミサイルのプロトタイプがいくつもテストされているのは間違いない。その一方で、この施設が辺鄙な場所にあり、不思議な現象の目撃情報が絶えないため、宇宙人の飛行船とその乗組員を回収したらすべて、この場所に運びこんでいる、と多くの人が信じている。
<グローバル規模の大量監視>
・2013年、CIA、そして国家安全保障局(NSA)の元職員エドワード・スノーデンが香港に渡航した。その渡航先から“ファイブ・アイズ”グループ、つまり米国、英国、オーストラリア、ニュージーランド、カナダの協定による世界規模の監視活動について、極秘情報を暴露した。スノーデンは現在モスクワに住んでおり、亡命先を探している。
グローバルな大量監視プログラムは、9・11テロ攻撃(2001年)をきっかけに始まった。しかし、政府がこれをようやく正式に承認したのは2007年になってからのこと。
・そこに邪悪なたくらみが信じる人々は、これぞまさしくジョージ・オーウェルの小説『1984』に登場する“ビッグブラザー”だと考えている。
・いわゆる「アグリ(農業)ビジネス」で世界有数の大手企業といえば、モンサントだろう。遺伝子組み換え作物の生産について、世界でも中心的役割を果たすバイオ化学企業だ。遺伝子組み換え作物(GMO)の歴史は古い。1990年代から消費が始まり、従来の農法で栽培した作物と同じくらい人体に無害だという、科学者の一致した意見もある。にもかかわらず、GMO生産をめぐる論争は絶えない。
<秘密結社>
・陰謀説を語るときに欠かせないキーワード。それは、秘密主義だ。いわゆる秘密組織、たとえばフリーメイソンなどの名を見聞きする機会は多い。しかし、その活動内容は秘密にされている。さらにイルミナティにいたっては、何もかもがベールに包まれている。だから、イルミナティは社会に有害な活動をしていると考える人は多く、そもそもイルミナティが実在するのかを疑う人もいる。
・ヴァイスハウプトが指揮するイルミナティは設立後間もなく、ローマカトリック教会の圧力に屈したバイエルン政府によって、事実上つぶされた。しかし、イルミナティはその後、フランス革命に関与し、現在も活動していると考える人は多い。なかでもイルミナティが金融システムを牛耳り、操作しているという話題がよく噂になる。
・現代のイルミナティおよびフリーメイソンに対し、多くの陰謀説支持者が不安視している有名な説がある。この説によると、その中枢にいる特権階級の人たちは世界中の一般市民を統制して操るために、金融や教育、メディアなどあらゆる資源を手中に収めているという。どちらの秘密結社も「世界新秩序」という思想に結びつく、さまざまな陰謀に関与している、と考えられている。
・有名な陰謀論者ディヴィッド・アイクが主張し続け、実際に証拠と称するものを挙げている説がある。地球にいる人間の意識は操られ、何世紀も前から人間は家畜並みに扱われているというのだ。
・権力者を輩出しているのはいわゆる「支配階級」に属する、慎重に縁組を重ねて血統を保ってきた一族であり、たとえば、王室一家や大統領、首相や資産家などだ。アイクの発想は、聖書の文言や民間伝承からヒントを得ている。いわく、何千、何万年も前に、別の星から地球に来たエイリアンであるレプティリアン(爬虫類人)が、ヒトのDNAを操作し、人類を支配しているのだと。
<新世界秩序説>
・陰謀説を信じる人々によると、イルミナティは「新世界秩序」を目指しているという。新世界秩序では、イルミナティが地球全体を統治し、コントロールする。すべての権力は中央に集められ、個々の国民国家は一つもなく、宗教はそのような全体主義の新世界秩序に慎重に組み入れられ、管理されるようになるだろう。1990年代になるまで、この陰謀説は米国の2つの派閥だけに限られた話だった。その2つとは、反政府的な民間武装集団(ミリシア)、そして“この世の終わり”と反キリスト教の出現を恐れるグループだ。
<ビルダーバーグ・グループ>
・冷戦を背景として世界が分断するなか、この秘密グループは1954年に産声を上げた。西側諸国の重要人物が集まり、米国、カナダ、そしてヨーロッパ間の緊密な関係性を支えるために、「大西洋主義」という理想の推進を目指した。
・スカル・アンド・ボーンズ(頭蓋骨と骨)は、1832年設立の秘密結社である。メンバーは「ボーンズマン」と呼ばれ、イェール大学の卒業生に限られている。慎重に選ばれたメンバーの多くが特権階級出身者だ。
・1992年、この秘密結社の委員会の投票により、女性メンバーの入会がようやく認められた。
<ストーンヘンジ>
・グレートブリテン島の歴史を描いた『ブリュ物語』に記されているように、ストーンヘンジ建設を手伝ったのは巨人だったのか、それとも宇宙人だったのか、謎は尽きない。
・考古学者の定説では、この地に最初にストーンヘンジが作られたのは紀元前約3000年ごろ。おそらく工事は3段階に分けて行われ、完成まで約1000年かかった、と考えられている。
・グレートブリテン島の歴史を記した『ブリュ物語』という12世紀の書物には、ネフィリムという巨人族がストーンヘンジを作った、と書いてある。ほかにはもちろん宇宙人説もある。宇宙人たちはストーンヘンジのほかにも古代遺跡を数多く作ったといわている。
<マヤ文明>
・マヤ文明は少なくとも約3000年前から存在したことは確かで、最も栄えた「古典期」と呼ばれる時代は西暦200年から900年頃だったことを示す証拠はふんだんにある。しかし、13世紀以降、この文明は不可解にも衰退していったらしい。
・科学者の大半は、マヤ文明が滅亡した原因はおそらく、気候の変化か飢饉、あるいは流行病だろう、と考えている。しかし陰謀説マニアの多くは古代宇宙飛行士説との関連性を信じている。マヤ文明の支配者たちは実は宇宙人で、宇宙のどこかの星に帰還したというのだ。数ある証拠のなかでも説得力のある一つが、パレンケにあるパカル王(603~683年)の神殿である。エーリッヒ・フォン・デニケンによれば、神殿に葬られた王の石棺に、王が宇宙船の内部でさまざまな制御機器を操作する姿が描かれているという。証拠はまだある。コパンの階段に彫られているのは、マヤの僧侶が神々と通信している様子だ。この神々は宇宙人だった、と陰謀説好きは信じている。
<ナスカの地上絵>
・高い場所からでなければ絵の全貌は見渡せない。だから、歴史の常識を疑う人たちの多くは、この絵は地上で暮らす人間のためではなく、神(あるいは古代宇宙飛行士)のために描かれた、と結論づけている。
<イエティ、または怪人雪男>
・「イエティ」とは、ネパールやチベットの民間伝承に登場する、伝説上の生き物のこと。姿かたちはサルに似て、人間よりもかなり背が高い。それに対し、「怪人雪男」は、その民間伝説上の生き物を西洋人なりに解釈したものである。
<モスマン>
・1966年のある日、米国ウェストバージニア州のクレンドニンの墓地を数人の男が歩いていた。そのとき、人間の姿をし、翼のある生き物が頭の上で飛び、木から木へと飛び移っていくのを見た。このころから1年ほどにわたって、その場所や近隣地域、なかでもポイント・プレザント一帯で、この不思議な飛ぶ生き物の目撃情報が続々と寄せられた。
<テンプル騎士団>
・ただし、本来の役目に就いていたのは騎士団の4分の1のみで、残りの騎士は金融業務を行っていた。銀行としての仕事も行う騎士団はいつしか莫大な富を手にしていた。こうして騎士団の力が肥大化していくと、支配階級はおびえる。そしてとうとう、1312年、教皇庁は騎士団の解体を命じた。
<シオン賢者の議定書>
・これはそもそも、ロシアで1901年に出版された。公然と反ユダヤ主義を主張するこの書物は、19世紀後半にロシア帝国が行った残酷なポグロム(ユダヤ人大量殺戮)、つまりユダヤ人への弾圧と同じ時期に生まれた。この『議定書』は、ユダヤ人の賢者が集まる会議に関する記述、という作り話である。
・史実を宇賀台湾一部の人によれば、バミューダ・トライアングルは、4次元を超えて移動できる場所らしい。
・おそらく、そのなかでひときわ有名なのが、宇宙人がこの三角地帯を利用して、人間を誘拐・拉致している、という説だ。この説は、ベンジャー雷撃機の編隊「フライト19」が1945年12月にミステリアスな消え方をした事件を基にしている。
・1964年、ここは魔の三角地帯だという伝説が本格的に支持されるようになると、作家のヴィンセント・ガディスはこう推理した。この編隊と乗員は、人智を超えた力に遭遇した。それはもしかしたら、宇宙人による被害かもしれない、と言い出したのだ。
<JFK>
・また、致命傷となった2発目の銃弾についても、いまも熱い議論が続く。暗殺の瞬間、ウクライナ出身の米国人エイブラハム・ザプルーダー(1905~1970年)が、このパレードの様子を家庭用動画カメラで撮影していた。のちの死因分析で、この映像が1コマ1コマつぶさに調べられた。2発目がケネディの頭に命中したとき、その衝撃で、大統領の身体が後方に反り返ったように見えた。そのため、もう一人の狙撃犯はパレードの前方にある「グレッシーノール(草の多い小山)」と地元で呼ばれる小高い緑地に隠れ、大統領を正面から撃った可能性を多くの人が指摘した。ザプルーダーのこの映像はいまも、陰謀説の核心部分を握っている。ウォーレン委員会が発表したオズワルド単独犯説は事実とは異なるし、当局は間違いなくその事実を隠している、という疑いは晴れない・
・歴史上実在した人物の正体について、定説を疑う陰謀説は星の数ほどある。なかでもその正体をめぐって議論百出の人物、といえば、イギリスの戯曲家で詩人のウィリアム・シェイクスピアだろう。あれほどの作品を、彼のような育ちの者が書けるはずがない、と疑われている。この謎は「シェイクスピア別人説」と呼ばれ、真面目な学問の対象となっている。
『ムー 2018年1月 No.446 学研』
<「衝撃の機密文書が公開‼ やはりヒトラーは南米でいきていた!(並木伸一郎)」>
アメリカでは今、情報公開法に基づきさまざまな機密文書が開示されている。なかでも2017年10月に公開されたCIAの文書の中には、驚くべきものがふくまれていた。それは。第2次世界大戦後もヒトラーが“生きていた”と記された極秘文書だった‼
・2017年10月26日、アメリカのドナルド・トランプ大統領が、ジョン・F・ケネディ大統領暗殺に関わる膨大な数の文書の機密解除を認めた。
それと同時期に開示された機密文書のなかに「アドルフ・ヒトラーが1954年にコロンビアで生きていた」という驚くべき報告書が発見され、メディアの注目を集めている‼
・1995年9月29日、ベネズエラのナラカイボで元ナチス・ドイツのSS隊員フィリップ・シトロエンと接触するよう命令。接触に成功したエージェントは、シトロエンから「ここだけの話だがアドルフ・ヒトラーはまだ生きている」と明かされたというのだ。
・さらにシトロエンは、ヒトラーは1955年1月ごろ、コロンビアからアルゼンチンへ向かったといい、第2次世界大戦の終結から10年が経過しているため、連合国はもはやヒトラーを戦争犯罪人として訴追することはできないだろう、などと話ししたというのだ。
エージェントは、その証拠を裏づけるスナップ写真を極秘に入手。CIA報告書には、不鮮明ながらその写真が添付されている。
・定説では、ヒトラーは1945年4月30日にベルリンで自殺したとされる。だが、その一方で南米逃亡説がいまだに語られることが多い。
たとえば2014年、FBIが機密解除した極秘文書には、ナチス政権崩壊後もヒトラーが生存しつづけ、南米へ逃亡した可能性があると血眼になって捜索していたことが記されている。
・さらに2016年3月、ナチスの残党狩りをしていたシモーニ・レニー・グエレイロ・ディアスは、『ヒットラー その生と死』を著し、その中で、ヒトラーがブラジル人の愛人と95歳にいたるまで生きながらえていたという情報を証拠写真とともに掲載している。
公開された写真は死の2年前、1984年に撮影されたもので、黒人のガールフレンド、クティーニャと一緒に幸せそうにポーズをとっている。シモーニによれば、ヒトラーはアルゼンチンを経てパラグアイに飛び、ブラジルのマト・グロッソ州にある小さな町に落ち着き、そこでは、アドルフ・レイプジクという仮の名を用いていたという。
<●●インターネット情報から●●>
Livedoor NEWS 2017/11/6
<アメリカが公開したCIA文書に「ヒトラーは生きている」報告>
『CIA公式サイトより』
10月26日、ジョン・F・ケネディ大統領暗殺に関わる機密文書が公開され、そのなかに驚くべき文書があることがわかった。
「アドルフ・ヒトラーが1954年にコロンビアで生きていた」という情報がCIAにもたらされたというのだ。報告したのはコードネーム「CIMELODY3号」。彼が信頼する情報源が、元ナチス親衛隊のフィリップ・シトロエン氏から「ヒトラーは生きている」という手紙を受け取ったという。
報告書にはヒトラーとされる人物の写真まで添えられている。写真には2人の人物が写っており、左側が元ナチス親衛隊のシトロエン氏。
シトロエン氏は、右側に写る横分けでちょび髭姿の人物こそ紛れもなくヒトラーだと主張したという。写真の裏には「アドルフ・シュリテルメイヤー 1954年 コロンビアのトゥンハにて」とメモされている。
そして、ヒトラーは1955年1月にアルゼンチンに旅立ったという。
容易には信用できないが、諜報部員によってこのような報告がなされたことは紛れもない事実なのだ。
ヒトラーは、1945年4月30日にベルリンの防空壕の中で自殺したとされる。遺体はロシア軍が回収しており、ヒトラーを担当していた歯科助手が顎の骨を見て本人と認めたという。だが、ヒトラーの遺骨の信憑性に関しては、よくわからない部分が多い。
2000年4月、ロシア政府はモスクワで行われた『第二次世界大戦展覧会』にて、初めてヒトラーの遺骨を公開しているが、米コネチカット大学の分析の結果、この骨が女性のものと判明したと2009年にAFP通信が報じている。
一方、同じ2009年には、CNNが「1970年に『ヒトラーの遺骨を川に捨てろ』という命令が出た」との、元KGB将校ベイズリー・クリトロホフ氏の証言を紹介。展示された遺骨が別人のものだった可能性を示唆している。
ちなみにクリトロホフ氏は、「ロシアに保管された文書からもヒトラーが自殺した事実は間違いない」と発言している。今回、公開されたアメリカの機密文書が、ヒトラー生存説の裏付けになることはなさそうだ。
<●●インターネット情報から●●>
産経ニュース 2017/10/27
<ケネディ大統領暗殺事件機密文書の全面公開なぜ保留? CIA、FBIが大失態隠蔽の意図も…>
【ワシントン=黒瀬悦成】米国立公文書館が26日、ケネディ大統領暗殺事件に関する機密文書の大半について公開を保留したことで、世界が注目した事件の「真相」の確定は、またしても先送りとなった。中央情報局(CIA)や連邦捜査局(FBI)が、事件から50年以上たった現在もなお機密文書の全面公開を拒むのはなぜなのか。
国立公文書館が今回公開した文書2891件の大半は、過去に一部が公開された文書の墨塗りなどを解除して再公開したものだ。完全非公開だったのは約300件。全部で約3600件あるとされる非公開文書の1割にも満たなかった。
しかも、機密文書のうち研究家たちが注目していた、暗殺犯として逮捕されたリー・ハーベイ・オズワルド容疑者と事件前から接触があったと指摘されている当時のCIAダラス支局長、J・ウォルトン・ムーア氏に関する記録や、同容疑者が事件前にメキシコ市のソ連大使館などを訪れ、ソ連への再亡命を図った事実の詳細を解明する資料などは公開が保留された。
暗殺事件の翌年、「ウォーレン委員会」と呼ばれる事件の調査委員会がオズワルド容疑者による単独犯行と結論づけた報告書に関しては、同容疑者がキューバとのつながりがあったことから、同国のカストロ国家評議会議長の暗殺を何度も試みてきたCIAが、暗殺はキューバによる報復と見なされるのを恐れて同委に対して情報操作を行ったことがCIA自身の内部研究で確認されている。
『ムー 2016年8月号 No.429』
<ヒトラーは死んでいなかった!世界を騙したフェイク心中の真相>
・当時ソ連の最高指導者だったヨシフ・スターリンが、ヒトラーの遺体の検証後、アメリカ国務長官ジェームズ・バーンズに対し、「ヒトラーはスペインかアルゼンチンに逃げのびたにちがいない」と語り、ドイツ国外逃亡説が、第2次大戦直後の世界を駆け巡ることとなったのだ。
・事実、ヒトラー生存説を裏づける証言がいくつもある。たとえば、4月30日の夕方、つまりヒトラーが自殺を遂げたあと、ベルリン近郊のテンペルホフ空港に姿を見せたヒトラーが兵士たちに目撃されている。そしてまた身内の証言もある。第2次世界大戦中、アンヘル・アルカサル・デ・ベラスコというトップクラスのスパイがいた。ナチス降伏の寸前まで、ヒトラー、そしてエヴァ・ブラウンとともに地下室で過ごしたベラスコが、マルチン・ボルマンから聞いた話を、こう明かしている。「ボルマンは、ヒトラー総統を総統府から連れだして、ひとまずドイツ南部のロタック・アム・エルヘンの要塞に移した。ヒトラー総統とエヴァの死体がガソリンをかけられて焼却されたという話は、彼の創作だ。世界中にニセの事実を信じ込ませることに成功したのだ。実際には、ボルマンが信用する部下数人を使い、要塞からドイツ領内を横断し、船でヒトラー総統をノルウェーに移した」
1945年5月の時点で、ヒトラーはまだ生きていたのである。
<FBIも捜索したヒトラーの行方 ブラジルで95歳まで生きていた!?>
・さらに、ヒトラー生存説を裏づける根拠がある。2009年に米コネチカット大学で行われた遺伝子鑑定の結果が、“それ”だ。ヒトラーが自殺したとされるベルリンの地下室で発見された頭蓋骨の破片が、実はヒトラー本人のものではなく、20~40歳の女性のものだったことが判明。つまり、ヒトラーの死体は発見されていないのである。
・2014年4月15日、英のニュースサイト「エクスプレス」が機密解除されたFBIの文書の一部を公開した。そこにはヒトラーの死亡が未確認で、Uボートで南米アルゼンチンに逃亡した可能性があり、FBIまでもがヒトラーの行方を追跡していた事実が記されていた。
・そして今年、ヒトラー生存説に、また新たな“事実”が加わった。なんと、ヒトラーがブラジルで95歳まで生きていたというのだ!
2016年3月、驚くべき情報がネット上に公開された。元ナチスの残党を追跡していたシモーニ・レニー・グエレイロ・ディアスによって、ヒトラーがブラジル人の愛人と95歳まで生きていたという証拠写真が公開されたのだ。写真は死の2年前、1984年に撮影されたもので、その男は、黒人のガールフレンドであるクティーニャと一緒に幸せそうにポーズをとっている。
・シモーニの著書「ヒットラー、その生と死」によれば、ヒトラーがベルリンの地下室で死んだというのは真っ赤なウソで、アルゼンチンを経てパラグアイに飛び、ブラジルのマト・グロッソ州にある小さな町に落ち着いたという。そこで彼はアドルフ・レイプジクという変名を用いて暮らし、地元民には「年老いたドイツ人」として知られていた。