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あるいは、ロシアを夢見る巨人と見立ててもよいかもしれない。ユーラシアの巨大な陸塊の上で、ロシアは壮大な「勢力圏」の夢を見ている。(1)

 

『「帝国」ロシアの地政学

「勢力圏」で読むユーラシア戦略

小泉悠   東京堂出版     2019/6/26

 

 

 

ロシアの地政学的戦略を知るための格好の書

ウクライナの軍事侵攻とクリミア半島併合、中東への介入、中国への接近、北極圏への侵出、そして日本との北方領土問題など、近年ロシアの「勢力圏」は東西南北に広がりをみせる。ロシアの狙いは何か?プーチンの言う「(ソ連崩壊は)20世紀最大の地政学的悲劇」の意味するところは?

 

交錯するロシアの東西

近くて遠い島

・2018年7月、筆者は北方領土国後島にいた。

 

・「数日前まではすごく寒かったんだけど、日本人が暖かさを運んでくれましたよ」という島民の言葉も、うだるような暑さの東京からやってきた筆者にはうらめしいだけである。続いて訪れた択捉島もひどく暑く、持参したウインドブレイカーには数えるほどしか袖を通さなかった。

 北方領土を訪れるのはこれで二度目だった。

 

クリミアから来た酒

・ビザなし交流に船が用いられる理由は、当初、純粋に技術的なものだった。つまり、北方領土には軍用飛行場を除いて空港が存在しなかったため、船で行くほかなかったのである。

 

・こうした事情もあるので、島内では基本的に自由行動は許されない。特に「国境」の島である国後島では制限が厳しいらしく、筆者が訪れた二度とも、古釜布の中心部を集団行動で視察するのがせいぜいであった。日本政府としても、訪問団が勝手な行動をとって政治問題に発展するのは避けたいところであろう。特に筆者が参加した二度目の訪問では、その直前に国後島を訪れた訪問団が持参した衛星電話をロシア当局に没収されるという事態が発生したばかりであった。

 

・よく「北方領土でロシア化が進んでいる」といったことがメディアで言われるが、「進んでいる」というよりもロシア化は「完了している」というのが筆者の印象である。それも5年前に比べると建物の多くが綺麗にリノベーションされていたり、かつては泥道だった道路がアスファルトで舗装されていたりと、インフラは格段に改善されている。

 

・隣の店は酒屋で、酒瓶がずらりと並んでいた。ロシア人と言えば酒好きで知られる。キエフ大公ウラジミール一世は国教を定めるにあたり、イスラム教、ユダヤ教キリスト教を検討したが、イスラム教では飲酒を禁じていると聞くと「ルーシの民から酒の喜びを奪うことはできない」と述べてイスラム教を退けたという伝説が残っているほどだ。最近ではインテリ層が公の場であまり酒を飲まなくなり、ビジネスライクな夕食ではワイン一杯だけ、という人も少なくないが、労働者階級は依然としてよく酒を飲む。一番人気は何と言ってもウォッカだが、ワインやコニャックもよく飲まれてきた。

 ただ、並んだ酒瓶のラベルは、筆者がモスクワで見慣れたものと少し違うようだ。

「これはクリミアのウォッカですよ」

 

「フラスコ」と「浸透膜」

本書のテーマを一言で述べるならば、ロシアの「境界」をめぐる物語、ということになろう。

 教科書的な理解によれば、国家は国境線で隔てられる領域を有し、その内部において主権を行使するということになっている。これに国民を加えたのが、いわゆる国家の三要件と呼ばれるものだ

 もちろん、これは一種の理念型であるから、常に現実に当てはまるわけではない。実際、国境線をどこに引くかをめぐって国家間が対立し、国家の境界がはっきり定まらないという事態は決して珍しくない。ここまで述べてきた日露の北方領土問題はその一つだが、世界を見渡せば、国境問題の例は他にも枚挙にいとまがないほどである。その中には、ナゴルノ・カラバフ地方の領有をめぐるアルメニアアゼルバイジャンの紛争のように深刻な軍事的対立の火種となっているものもあれば、カシミール地方をめぐるインド、パキスタン、中国の紛争のように三つ巴の様相を呈するものもある。概して平和的な関係にある米国とカナダさえ、いくつかの拠点では国境紛争を抱えている。

 

・国家の構成要件である国民についても、ロシアの理解には特殊性が見られる。ロシアの言説においては、「国民」という言葉が法的な意味のそれ(つまりロシア国籍を有する人)ではなく、民族的なロシア人(あるいは「スラヴの兄弟」として近しい関係にあるウクライナ人やベラルーシ人)と読み替えられ、政治的・軍事的介入の根拠とされることが少なくない。

 そして、このような「国民」の読み替えが上記の「浸透膜のような境界とグラデーション状の主権」という理解と結びつくことで、「ロシア人の住む場所にはロシアの主権が(完全ではないにせよ)及ぶ」という秩序観が成立する。しばしば帝国のそれになぞらえる、特殊な秩序感である。

 では、こうした秩序観は、どのような思想的背景の下に生まれてきたものであり、ロシアをめぐる国際関係にどのような影響を及ぼしているのだろうか。あるいは、約6万キロメートルに及ぶロシアの国境線は、一様に「浸透膜」として振る舞うのだろうか。それとも地域的な差異が認められるのだろうか。そして我が国が抱えるロシアとの北方領土問題は、このような構図の中でいかに理解されるべきなのだろうか。

 本書は、「境界」の概念を軸として、こうした問いに答えていこうという試みである

 

冷戦後のロシアにおける「地政学」の文脈

地政学」の氾濫

・ロシアの境界をめぐる神話を始めるにあたり、まずは地政学という観点から冷戦後のロシアを見ていくことにしたい。

 ロシア人は、この地政学という言葉が大好きで、ロシア人との会話やロシア語の文章にはやたらに「ゲオポリティカ=地政学」」が登場する。ただし、後述する古典的な意味での地政学、すなわち政治と地理の関係に着目するという考え方がそこに反映されていることは稀で、単に国際安全保障上の諸問題、という程度の使われ方である場合が多いようだ。この意味では、金融業界でよく用いられる「地政学リスク」に似た趣がある。

 ロシア語に「地政学」が溢れるようになったのは、ソ連崩壊後のことであった。ソ連では地政学ナチスイデオロギーであるとされ、極めて否定的な扱いを受けていたためで、現代のロシア人がこれほどまでに「地政学」という言葉を愛用するのは、どうも当時の反動なのではないかとさえ思われる。

 

・では、ロシア的文脈における「地政学的なるもの」とは何か。これについては次節で述べるとして、まずは一般的な意味における地政学について簡単に概観しておきたい。

 この数年、日本では一種の地政学ブームが起きており、書店へ行けば地政学と銘打った本が平積みになっているのを目にする地政学と言ってもいくつかの流派があり、それぞれの意味するところはかなり食い違う場合も多いのだが、昨今人気を博しているのは主に英米流のそれであるようだ。英国のマッキンダーが提唱し、のちに米国のスパイクマンが完成させた英米地政学においては、大陸勢力(ランドパワー)がユーラシア大陸の枢要部分(ハートランド)を支配することに強い警戒感を示すユーラシア大陸の生産力や交通の要諦であるハートランドを握る勢力はやがてユーラシア大陸を統一し、英国や米国といった海洋勢力(シーパワー)の覇権を脅かしかねないためである。この意味では、ドイツとの二度にわたる世界大戦やソ連との冷戦は、ハートランドの覇権をめぐる闘争であったと位置付けられることになり、実際、英米地政学は科学というよりもユーラシアに対する戦略論という性格を色濃く有していた。ランドパワーである中国の拡張に直面する日本で英米地政学が人気を集めるのは、そう不思議なことではないだろう

 

・他方、ドイツのラッツェルやハウスホーファー、あるいはスウェーデンのチェレーンといった思想家によって19世紀から20世紀前半に体系化された大陸系地政学は、国家を一種の生命体に見立てた。そして、生命体たる国家は「成長」の過程で人種・言語・文化などを同じくするエスニック集団を吸収し、さらにこの集団が自活するに足るだけの「生存権(レーベンスラウム)」を支配下に置く「権利」を有するとされる。

 こうした思想が生まれてきた背景には、ドイツ民族が統一国家を持たず、いくつもの国家に分割されていたという事情が存在する。のちにナチス・ドイツが東欧諸国を侵略するに際して根拠としたのはこのような「生存圏」の論理であり、それゆえにソ連では地政学ナチスイデオロギーとされたのである。

 

巨大国家ロシアの様々な横顔

・しかし、「地政学」と銘打つかどうかは別として、ロシアの思想においても地政学的な要素が見られることはすでに述べたとおりである。そして、ここでいうロシア流地政学は明らかに大陸地政学の影響を受けたものであり、特にソ連崩壊後のロシアではそれが顕著になった。

 

ロシアと言えば正教を信仰する白人の国家というイメージが先に立つが、これはロシアという巨大国家の一側面に過ぎないたとえば本書執筆時点で最新の2010年度国勢調査によると、ロシア連邦には194もの民族が存在するとされており、このうちロシア人としての自認を有する者は全体の78%弱(当時の総人口である約1億4286万人中の約1億1100万人)。これにタタール人(約531万人/3.7%)、ウクライナ人(約193万人/1.4%)、バシキール人(約158万人/1.1%)、チュバシ人(約144万人/1%)などとなっており、実に幅広い民族から構成される国であることがわかる。ロシアの国土が欧州部から極東アジアにまで跨る以上、当然の帰結ではあるが、比較的均質な日本の社会からすると目の眩むような多様性である。

 

先の2010年度国勢調査によれば、ロシアに住む朝鮮族は約15万人。元々はロシア極東部の北朝鮮満州との国境に暮らしていたが、スターリン時代の強制移住によってソ連各地に広がり、ソ連崩壊後には商売のために都市部へ移住してきたという人々も多い。商業的に成功する人々も少なからずおり、モスクワ大学にほど近いコスイギン通りのホテル「コールストン」は本格的な焼肉屋や朝鮮食材店を備えることから、日本や韓国の駐在員に人気のスポットである。

 

・ロシアの民話にも目を向けてみよう。ロシア民話と言えば文豪トルストイによる再話「おおきなかぶ」が有名だが、これはロシア欧州部で語り継がれてきた物語である。一方、2005年からインターネット上で公開が始まった民話アニメ・シリーズ「宝石の山々」では、ロシアの各地に暮らす諸民族の民話が数多く紹介され、人気を博している。この中には「おおきなかぶ」のようにロシアの昔話も含まれるが、そのほかにも朝鮮系やヤクート人などアジア系諸民族の民話、チェチェンをはじめとする北カフカス地方の民話などが各13分の美しいアニメーションに仕立てられ、眺めているだけでもロシアという国の多様さを思い知らされる。

 

・当然、宗教も多様である。数の上では正教徒が多いのはたしかだが、その他のキリスト教諸派ユダヤ教イスラム諸派といったいわゆる「聖典の民」は一通り揃っており、さらには仏教徒さえ70万人ほど存在する。実際、モスクワの街中を歩けばタマネギのような丸屋根をいただいたロシア正教会の聖堂に混じって、ユダヤ教シナゴーグイスラム教のモスクなど、様々な信仰が混在していることに気付くだろう。特に日本大使館からほど近い場所に最近建設されたモスクはロシア最大級の規模を誇り、ラマダンの季節ともなれば付近の平和大通りを封鎖して無数のムスリムが祈りを捧げる様子を目にすることができる。

 

アイデンティティ地政学の癒着

冷戦後のロシアが抱え込んだ大問題は、この多様な民族・文化・宗教がなぜロシアという一つの国家の下にあるのかを説明する原理がなかなか見出せなかったことにある。

 ロシアを代表する国際政治学者の1人、ドミトリー・トレーニンがその主著『ポスト帝国』で述べたように、ロシアはロシア人を中心としつつも、非常に多くの非ロシア的要素を内包する国であるためだ。

 

ソ連とは、共産主義という理想に向かって、ルーシ民族を中心に諸民族が団結した同盟なのだ、ということである。実際、ソ連の正式名称である「ソヴィエト社会主義共和国連邦」の(ソユーズ)は通常、「同盟」「連合」「組合」などを意味する言葉であり、普通は「連邦」とは訳さない。以上で述べた本来の字義に従えば、ソ連とは「連邦」ではなく、独立した社会主義共和国が結成した「同盟」であるということになる。ソ連はこの建前を最後まで守っており、ソ連を構成する15の社会主義共和国は独自の「憲法」や「省庁」を持っていた。形ばかりとはいえ、各共和国の「外務省」さえ存在していたのである(実際にはモスクワの本省の出先機関だった)。

 それは平等な関係に基づく同盟というよりはモスクワによる諸民族の支配であるというのが実際に近かったが、たとえお題目に過ぎないとしても、ソ連という国家の存在理由を問われれば、すぐに取って出せるわかりやすい理念が一応はあった。

 

一方、ソ連崩壊後のロシアにこのような理念を見出すのは困難であるソ連崩壊の結果、かつてのロシア社会主義共和国連邦が独立したのがロシア連邦であって、その成立はいわばなし崩し的なものであった。また、1993年に成立した現行のロシア連邦憲法は、ロシアがいかなる国家イデオロギーをも持たず、義務化もしないことをその第13条において謳っている。当時のロシアにとっての最優先課題は共産主義体制との決別であって、国家としてのアイデンティティを打ち出すまでには至っていなかった。

 再び国家を例にとろう。新生ロシアでは新しい国家をなかなか制定することができず、1990年代にはロシア帝国時代の作曲家グリンカによる未完成曲を編曲した「愛国歌」が歌詞なしのまま演奏されていた。建国の理念が曖昧な以上、国歌において歌い上げられるべき内容をロシア国民全体が納得する形で定めることができなかったのである。

 この問題はプーチン政権化の2000年、ソ連国家のメロディーに新しい歌詞をつけるということで一応の解決を見た。

 

・このように、現在のロシア国歌ではロシアを「愛しき我らの国」とするばかりで、国民団結の理念はやはり示されていない。「幾世の兄弟なる民族の結束」がそれに当たると言えなくもないが、近代になってからロシアに併合された北カフカスの人民と、ルーシ民族の興りから歴史を共にしてきたウクライナ人が共にロシアの下に集う原理を説明できているかと言えば、極めて心もとないところであろう。実際、ソ連が崩壊すると北カフカスチェチェン人がロシア政府に反旗を翻し、独立闘争に打って出たことは記憶に新しい。要は、非ロシア系諸民族がロシア国歌にどれだけ耳を傾けても、なぜ自分たちがロシア国民なのかを理解できなかったのである。

 

・この意味で現在のロシアにとって第2次世界大戦の記憶は貴重なアイデンティティよすがとなっている。それは単にソ連という国家の勝利だったのではなく、ナチズムという悪に対する勝利だったのであり、ソ連はここで全人類的な貢献を果たしたのだという自負は現在も極めて強い。現在のロシアに暮らす諸民族に対しても、「共にナチスと戦った仲」だという意識は(ナショナル・アイデンティティとまでは言えないにせよ)一定の同胞意識を育む効果を果たしている。ロシアの社会が日本では考えられないほど軍隊好きなのも、単に国民性というだけでは片付けられない部分があろう。

 ドイツの降伏を記念して毎年5月9日に行われる戦勝記念パレードは、そのことをまざまざと実感させてくれるイベントだ。

 

・また、ソ連崩壊後のロシアは、新たに画定された国境の外部にも問題を抱えていた。プーチン大統領はかつて、ソ連崩壊を「20世紀最大の地政学的悲劇」であると述べたことで知られるが、その後に続く言葉が注目されることは少ない。すなわち、「数千万人の我が国民と同胞が、ロシアの領域外に居ることになってしまった」という一言である。これはソ連崩壊によって2600万人とも言われるロシア系住民がロシア連邦の国境外に取り残され、ロシア民族が分断されてしまったことを示している。ロシア人が「ほとんど我々」と呼ぶベラルーシ人やウクライナ人を含めれば、分断の規模はさらに巨大なものとなる。プーチン大統領の言う「地政学的悲劇」が、単に超大国としての地位を失ったことを嘆くだけのものではないことは明らかであろう。

 

・以上のように、ソ連崩壊によって「ロシア的なるもの」は国境で分断され、新たに出現したロシアの国境内には「非ロシア的なもの」が抱え込まれることになった。つまり、民族の分布と国境線が一致しなくなったわけで、こうなると「ロシア」とは一体どこまでを指すのか(国際的に承認された国境とは別に)という問題が生じてくる。これは地政学(「ロシア」の範囲)をめぐる問題であると同時に、アイデンティティ「ロシア」とは何なのか)の問題でもあった。

 ここにおいて、冷戦後のロシアでは、地政学アイデンティティがほとんど判別不能な形で癒着することになったのである。

 

「中国ファクター」の虚と実

「中露対立」への期待

・日本にも「面」の思考がないではない。たとえば急速に台頭する中国の脅威に対抗するためロシアと連携しようという、よく目にする考え方は、その一例であろう。ロシアとの平和条約締結交渉は「中国の脅威に日露が共同対処することも念頭にある」という、自民党河井克行総裁外交特別補佐の発言に見られるように、安倍政権の対露外交の背後にも中国への脅威認識が常に存在してきたと思われる。

 しかし、この考え方は、ロシアが日本と同じように中国への脅威を感じている筈だという前提に基づいている。アジアに位置する日本と、ヨーロッパに中心を置くロシア。米国の同盟国である日本と、米国との反目を強めるロシア――。これだけ多くの異なる条件を抱えた日露の対中認識は、果たして簡単に一致するものだろうか。そして、この点が検証されることなくしては、日本が期待する「対中国での日露連携」というビジョンの妥当性はそもそも測れないのではないだろうか。

 

・翻って、ロシアはどうか。中国への警戒感を募らせる日本の世論にとって、「ロシアが対中警戒論(あるいは脅威認識)を抱いている」という話題はそれなりにウケがよい。ロシアは中国の「人口圧力」すなわち大量に押し寄せる中国移民を警戒している。中国はロシアの軍事技術を違法コピーしている、ロシアは中国の中央アジア進出や北極進出を快く思っていない――といった話は日本で(多分に期待を込めつつ)しばしば語られるところである。

 

・他方、中国に対する脅威認識が全くないわけではない。所長は中国についての見方を次のように話してくれた。

「私の意見は、カナダのトルドー元首相が米国について述べたのと同じです、つまり、『象の隣で眠るようなもの』ということです」

 

・ロシアの中国観もこれと同じだという。巨大な力を持つ隣人とどう波風を立てずに付き合っていくか、言い換えれば、隣人をいかに隣人のままに留め、敵にしないかがロシア極東部の関心なのだ。隣の象が年々巨大になっていく中では特にそうだろう。

 

味方ではないが敵でもない。>

・このような傾向は、極東に限らず、ロシアの対中政策全体にも見て取れる。ことに2014年のウクライナ危機以降はそれが顕著になった。

 たとえば経済面を見てみよう。従来、ロシアの最大貿易相手国はドイツとオランダであったが、この数年は中国がトップとなり、2018年には両国の貿易高が初めて1000億ドルを突破した。

 

・さらに2015年、プーチン大統領は訪ロした習近平国家主席を前に、ロシアのユーラシア連合プロジェクトと一帯一路を「連携」させると発表した。「連携」なるものがどこまで実態を伴うのかは別として、政治的にはロシアが中国の一帯一路に異を唱えないことを示した画期と言える。

 軍事面について言えば、旧ソ連の勢力圏を第一正面とするロシアにとって、アジア正面に重心を置く中国が同盟相手たり得ないことはたしかであろう。

 

・したがって、ロシアの対中安全保障政策は「同盟にはなれないが敵にもならない」という関係の構築を目指して進められてきた。

 

・ロシアが対中国で日本と協力できないのは、日本ほど中国の脅威を感じて「いない」からではない。巨大な隣人と直接に国境を接しているロシアの対中脅威認識は日本などの比ではなく、それゆえに中国との関係悪化をなんとしても避けることこそがロシアにとっての安全保障とみなされている、という構図が描けよう。

 

蜜月はいつまで続くか

・ただ、ロシアが中国に対してはそれなりの不満や警戒感を募らせていることもまた無視されるべきではない。ロシアにとって最も憂慮されるのは、旧ソ連諸国に対する中国の進出が経済の領域から政治・安全保障にまで及んでくることであろう。

 たとえばロシアは従来から、旧ソ連諸国に対する武器供給を重要なレバレッジとしてきた。ロシアが勢力圏とみなす国々は、経済力が乏しかったり、権威主義的体制をとっているために西側諸国の先端兵器を購入できなかったりする場合が多かったためである。したがって、安価でそれなりの性能の武器を提供できるロシアの武器開発・生産能力は、旧ソ連の勢力圏を維持する上で無視できないツールであったが、ここに第三極として中国が進出してきた。中国はロシアと同様、西側諸国が武器を売らないような国に対しても武器を供給するため、ロシアは唯一の武器供給国として振る舞うことが次第に困難になりつつある。

 

・ちなみに本章の冒頭に掲げたのは、ロシアの現代作家ウラジーミル・ソローキンによる2006年の小説、『親衛隊士の日』の一節である。この小説の舞台である2028年のロシアでは帝政が復活しており、西側諸国からは「大壁」によって孤立している。主な友好国は同じく皇帝を復活させた中国だが、今や経済力でも科学技術力でもロシアは大きく後れをとっており、宮廷内では中国語が話されている――という世界だ。

 荒唐無稽なビジョンと言ってしまえばそれまでだが、中国の台頭に対してロシアが抱く複雑な気分もそこから読み取ることができよう。

 

新たな地政学的正面  北極

北極の地政学

北極の戦略的意義――近代~20世紀

・ロシアはユーラシア大陸の北辺を広く領有しており、このうち310万平方キロメートルが北極圏に分類される。広大なロシアの、約5分の1が北極であるということになる。

 従来、北極圏の人口はその自然環境の厳しさからごく少数に留まっており、経済的な利用にも限度があった。他方、地政学という観点から見ると、北極は他の正面に劣らぬ重要性を有しており、自然環境と政治的環境の変動によってその重要性をさらに増しつつある。

 

ノルウェー防衛研究所のタムネスとホルツマークは、北極の戦略的意義を、北極自身の有する地理的価値(特に資源の豊富さと空間の有用性)および北極自身には属さない四つの外部要因に分けて分析した。四つの外部要因とは、「発見および探検に関する人間の衝動」、「科学の進歩」、「対立および紛争」、「気候変動」である。北極自身が有する絶対的な価値(資源や空間)と、これをより相対的な価値(政治・経済・軍事的な効用)へと変換するための外部環境の相互作用が北極の戦略的意義を規定するということになろう。

 

・しかし、20世紀に入ると、北極の持つ安全保障上の重要性は大きく増加した。第1次世界大戦および第2次世界大戦において、北極はロシア帝国およびソ連に対して英国や米国から援助物資を送り込むための戦略的輸送ルートとなり、これを妨害しようとするドイツとの戦闘も発生するようになったのである。

 

このように、冷戦という「対立および紛争」要因と、航空機・ミサイル・核兵器等の出現という「科学の進歩」要因により、北極は冷戦の最前線に躍り出たと言えよう。別の言い方をすれば、北極の有する「資源」と「空間」という絶対的価値のうち後者に、核抑止力の基盤という新たな意義が加わったことになる。

 

21世紀における北極像

・冷戦後の北極には新たな側面が加わった。「気候変動」要因、すなわち地球温暖化の影響により、北極を覆っていた冠氷が減少傾向を見せ始めたためである。北極の冠氷面積は年間を通じて変動するが、一般的に最も面積が大きくなるのは3月であり、9月には最小となる。

 

この気候変動は、北極の有する戦略的意義を大きく変化させうるものと言える

 その第一に挙げられるのが、資源地帯としての利用可能性である。北極が大きな資源ポテンシャルを有していることは以前からわかっていたが、ソ連の崩壊および冷戦の終結という政治的変化と、探鉱・採掘技術の進展という「科学の進歩」が、北極における資源利用の可能性をさらに拡大した。

 

・第二に、資源利用の可能性拡大と同じ理由によって、航路としての北極海の利用可能性が拡大した。

 

ロシアにとっての北極

戦略的資源基盤

・以上を踏まえた上で、今度は、ロシア側が北極をどのように位置付けているのかについて考えてみたい。

 現在、ロシアの北極政策を最も包括的に規定しているのは、2008年に策定された「2020年およびそれ以降の期間における北極についての国家政策の基礎」である。北極政策の基礎には、前節で見た冷戦後の北極をめぐる環境変化が色濃く反映されている。

 その第一は、北極を「ロシア連邦の戦略的資源基盤」と位置付けている点だ。北極が巨大な天然資源埋蔵量を有する可能性についてはすでに紹介したとおりであるが、ロシアが今後とも資源大国としての地位を保つためには、北極の資源開発は死活的な意義を有する。

 

第二に、NSR(北極海航路)が「北極圏におけるロシア連邦の国家的統一輸送路」と位置付けられ、その整備と利用を国家的な規模で行うとしている。

 

「大国」のステータス

・ロシアの北極政策については、政治的な影響力の拡大、特に「大国」としての地位を確保しようとする意図も度々指摘されてきた。ロシアは国際的な重要性を高める北極問題をテコに、新たな国際秩序における「大国」としての地位を獲得するとともに、北極圏諸国に対する主導権を確保しようとしている。

 

「要塞」か、開かれたマリーナか

・これまで見てきたように、ロシアは北極に大きな経済的意義を認める一方で、その裏返しとして軍事的な脅威認識を強めるアンビバレントな様相を呈している。それゆえに、国家として見た場合のロシアの北極政策には、協調的な側面と対立的な側面の双方が混在しており、周辺諸国にとっての不確定要素とみなされてきた。

 

第一に、米国におけるシェール革命や新興国におけるエネルギー需要の頭打ちによってエネルギー資源の国際価格は2010年代半ばに急落し、原油の場合、1バレル50ドル台という低水準で推移している。

 

・第二に、商業航路としての将来性が挙げられる。使用できる期間が限定されること、それもその時々の気象条件によって大きく変動すること、高額の通行料の支払いが必要であること、場合によっては高コストの砕氷船によるエスコートが必要になることなど、NSRの商業利用に関しては様々な障害が存在する。

 

しかし、第三に、核抑止基盤としての北極の価値が、予見しうる将来において大きく変化する兆候はない

 

・このように、今後の北極において協調と対立のいずれの側面が前景化されるかは、ロシアと西側の「対立および紛争」が決定的な影響を有すると思われる。

 

巨人の見る夢

・ロシアは巨大である。そのことは、ヨーロッパに向かう飛行機の中で容易に実感できよう。飛行機が日本から離陸して水平飛行に移るとすぐにロシア領空に入るが、それから機内食を食べ、映画を1本観て、仮眠から目を覚ましても、まだそこはロシアである。時速1000キロメートルで数時間にわたって飛んできたことを考えれば、その国土の途方もない広がりに想いを致さずにはいられない。

 しかし、その巨大さゆえに、ロシアは自らのアイデンティティに苦しみ続けているように見える。

 ロシアが欧州の文化を基調とする国であることは疑いないだろう

ロシア極東部の都市を訪れると、東京から沖縄に行くのと時間を経たに過ぎないにもかかわらず、そこは突然ヨーロッパになる。

 

ソ連崩壊後、「ロシア」の範囲をめぐって試行錯誤を繰り返したのちにロシアが見出したのは、旧ソ連諸国を消極的にではあっても「勢力圏」として影響下に留めることであった。このような論理の帰結が2014年のウクライナへの介入であり、それに続く西側との対立の再燃であったと言えよう。

 だが、これはロシアの論理である。カナダが米国を、ロシア極東部が中国を巨大な象に見立てる声を紹介したが、旧ソ連諸国から見たロシアも実は巨象なのではないか。

 あるいは、ロシアを夢見る巨人と見立ててもよいかもしれない。ユーラシアの巨大な陸塊の上で、ロシアは壮大な「勢力圏」の夢を見ている。

それは巨人の頭の中に広がる世界ではあるが、巨人が高揚のあまり、あるいは自らを脅かす「カラー革命」の悪夢に怯えて寝返りを打てば、隣人たちに影響を与えずにはいられない。2014年にウクライナで発生し、現在まで続く紛争は、その長い余韻と言える。

 もちろん我が国もまた「巨人」の隣人であることは忘れられるべきではない。米国に対するカナダのように、日本がロシアに依存しているわけではないが、北方領土問題が共存する以上、北方領土問題が存在する以上、日本は否応なく巨人の去就に影響されざるを得ない。