日本は津波による大きな被害をうけるだろう UFOアガルタのシャンバラ 

コンタクティやチャネラーの情報を集めています。森羅万象も!UFOは、人類の歴史が始まって以来、最も重要な現象といわれます。

われともなく女のあとについて二三十歩がほど歩むと思うと、早や見たこともない世界に行って、山のたなびき、川の流れ、草木のありさま、常と異なり景色がめっぽうよろしい。(1)

 

 

『怪異伝承譚』 ――やま・かわぬま・うみ・つなみ

大島廣志 編  アーツアンドクラフツ   2017/10/1

 

 

 

隠れ里に行った人の話

・昔鬼柳村(岩手県北上市)に扇田甚内という人があった。ある朝早く起きて南羽端の上を見ると、そこに若い女が立っていて甚内を手招きした。甚内は不審しく思って見ぬふりをして過ごしていたが、そんなことが二三朝続いたので、なんだか様子を見たいと思って、ある朝その沼のほとりに行ってみると、齢二十ばかりの容顔佳き若い女が、私はあなたと夫婦になる約束があるから、これから私の家へ来てくれ、というて笑いかける態、実にこの世に類のないようなあであやかさであった。

 甚内もそう言われると思わぬ空に心を惹かれて、われともなく女のあとについて二三十歩がほど歩むと思うと、早や見たこともない世界に行って、山のたなびき、川の流れ、草木のありさま、常と異なり景色がめっぽうよろしい。そのうちにここは吾家だというについてみれば男などは見えぬが、美しい女達があまたいて、今のお帰りかとみな喜び吾を主のように尊敬する。甚内も初めのうちは変でならなかったが、ついには打解けてその女と妹背(いもせ)の契りも結んだりなんかして大切の月日を送っていた。だが月日がたつに随って、どうも故里の妻子のことがとかくに胸に浮かんで仕方なく、そのことを女にいうと女はいたく嘆いて、私はお前がおらぬ間をば有徳富貴にしておいたから家をば案じてくださるな、いつまでもここにいて給われと掻口説いて困る。

 

・わが家に帰って見ると、ただの一ヵ月ばかりと思っていたのが三年の月日が経っていたとて、親類一族が集って村の正覚寺の和尚まで招んで自分の法事をしている真最中に上った。そしてほんにあの女がいった通りに自分のいぬうちに前よりはずっと身代もよくなっていた。

 

後に女房にうんと恨まれてついに実を吐くと、その言葉を言い終わるやいなや甚内の腰が折れて気絶した。その後は不具廃人となって、その上に以前の貧乏になり返って、つまらぬ一生を送った。

・その当時、其内の隣家に関合の隼人という男が住んでいて、このことを聞き、甚内こそ愚かで口惜しいことをしたものだ。己なら一生帰らずその美しいのと睦まじく暮すがと言って、又そう心中に思って、毎朝羽端の方を眺める癖をつけた。するとある朝、羽端山の蔭から女が手招きしているのを見つけたので、思うこと叶ったと喜んで飛んで行ったが、狐に騙され、馬の糞を食わされて家に帰った。   (岩手県

 

地獄谷の山姥

・大野郡荘川村六厩の奥に地獄谷という深い山があり、昔、大勢の杣(そま)が入って木を伐り出していた。

 その地獄谷の下流に女滝という幅の広い滝があって、その近くに杣小屋があった。

 ある年の暮れ、杣の一人、徳助は越中生まれで身寄りがなかったので、仲間の者が帰り支度をしているのに、ひとり寂しそうにしていた。杣頭が一緒に正月をするようにとすすめたが、残って小屋番をするといって断る。

 徳助はみなが残していった少しばかりの米で、ごへいもちをつくって御神酒とともに、山の神と氏神様へ供え、正月を過ごそうとしていた。

 

・その時、凄い顔をした痩せた女が入ってきて、徳助が呑みかけていた酒の徳利をとりあげて、ぐいぐいと呑んだ。飯も汁もひとりでたいらげてしまって、「これだけか」といった。徳助は口もきけず、ただ、がたがたふるえるばかりであった。

 女はあたりを見まわし、神棚の御神酒を見つけて、これをおろして呑もうとした。その時、外から一人の老人が入ってきて、御神酒の徳利をとりあげ、「これはおれの分じゃ」といった。するとまた一人の若者が入ってきて、もう一本の徳利を、「これはおれの分じゃ」といってひったくる。

 女は、にわかに壁をバリバリッと打ち破って、姿を消した。

 二人の男に、「年越しにひとり、小屋にいるものではない。送ってやるから里へ帰れ」といわれて、徳助は荷物をまとめ、松明をともして六厩へ帰った。

 その女が地獄谷の山姥であるという。月の美しい晩に、よく女滝の下の渕で髪を洗っていたという。    (岐阜県

 

檜原村(ひのはらむら)の天狗

・よくあるのよ。すごく上の方から大きな岩がガラガラガラーって回ってきたと思ってね、そうすると何でもないの。

 それから大きなものがパッと飛び出したかと思うと、上へ飛んで、バサッと下へ落ちたかと思うと、何でもない。そういうのがあるのね。

 それ、お父さんに聞くと、「ん、そりゃ天狗だわ」って。

 そういうふうに上の方からすごい岩が回ってくるから、どうしよう、どっちに逃げようなんて思っていると、パタッって止まっちゃうことがあるのね。大きなゴーゴーとすごい風が吹いているかと思うと、全然吹いてないこともあるしね。

 山の家だから、色んなそういう幻みたいのが起きるんじゃないのかな。

 天狗はいたずらをするけど、悪いことはしない。

だから木を一生懸命切って、カラカラカラカラ回して、木を落とす音がすると、よほど大きな木が落ちてくるじゃないかと思えば、途中で何でもなくなるし。

 

・天狗は大きいのよ。向こうの山とこっちの山をひとまたぎしたり、岩と岩の間に手をついてビューンと跳び上ったりして、手についている砂を振り払った。それがパラパラ落ちてきたって。

 天狗は大きくなったり小さくなったり。大人が山へ踏み込んで迷うでしょ。そうすると一緒に大きな岩をひとまたぎにしたり、川の広いところをすっとんで歩いたっていうから、よほど大きかったんでしょう。

 で、山だってひとまたぎにして宙を歩いたから、「おれは見てて面白かった。もう一度天狗さまに連れてってもらいたい」なんていう人がいて、本当に嘘をつく人だと思ったけどね。父親から聞いたからもっと面白いんだけど。「あの人だぜ、行ってきたのは」って。

 そうすると、そのおじさんがね、また凄いホラ吹いて教えるから、ほんとに信じちゃうのよ。

「天狗様がな、うどんをくれたら、うまくて、あんまりうまいからな、ポケットに入れて持ってきて、よーく見たらそれがなあ、みんなミミズだったんだよ」って言うの。

 

・「どんなかっこうしてた?」って訊くとね、大きなうちわを持っててね、そうして少しうちわを扇ぐと、ポーンと上へ飛び上がって、上へポーンと跳べたんだって。そのうちわで。         (東京都)

 

天狗にさらわれた爺

・林右衛門という人が、もの凄い信仰心の篤い人なの。けど、黙りでね、「うん」と言うだけの無口でね。ちょっともしゃべらんの。

 お婆がね、盲目だったの。それが何でもやったの。お勝手から掃除から何からね。目が見えんのにね。

 

・それがね、話はそれだけですまずにね。こんどは炭焼きしとるもんで、炭山へ行ったんじゃと、お爺がね。しゃべらんお爺が。そうすると、帰ってこんのやと。ほいで探しに行っても、いつもの炭焼きの所におらんのやと。みな心配して村の衆にも言って、「どうしたもんやろ、小屋におらんが」って。

 

・松明をつけて、鉦や太鼓でみんな寄って、そのお爺を隠したに違いないで返せって。天狗に言わなあかんってな。みんなで、トーントーンと、「林右衛門を返せ、林右衛門を返せ」って、みんな行列して行ったんやと。松明つけて。

 ほしたら寝とったんやと、小屋にね。前には、おらなんだのに。ほんで天狗が返してくれたんやと。

 昔の人やで、今の人やとそんなこと思わんやろけどね。天狗が返してくれたので、いっぺん天狗が、どうして返してくれたか聞きたいなあと思って、みんな言っても話さずに終わったんじゃけどね。

 無口やで言わんし、天狗に口止めされているんだろうし。お寺の役もやって若いときから法名までもらって、ちゃんとしておった人、賢い人じゃけど。しゃべらん人で「うん」と言うだけで。

 そんな話を、母親が話してくれた。

 

・この話のあとに、まだ続きがある。昭和17(1943)年に女の子、きよ子という子がいなくなって、それを真似してね。赤提灯を灯して、「きよ子を返せ。きよ子を返せ」ドンドコドン、ドンドコドンと太鼓をたたいて探した。出てこなかった。

 後から聞いた話やけど、橋のもと、谷にはまって死んどったらしい。あんまり不思議なので、女の子が出てこないので昔の真似をしたんやけどね。

                     (岐阜県

 

天狗にさらわれた話

・村(旧静岡県田方郡中郷村)のある子供が急に見えなくなったので、親は勿論、近所の人も騒ぎ一所懸命探したが判らない。親達は泣く泣くその霊を弔った。

 四十九日に親戚一同が集って、お婆さん達と念仏の供養をした。その時なかでも非常に血縁の濃い者が、子供の小用をしてやるために田舎によく見る如くに、縁側で子供に小用を足さしていたのであった。その時ふと裏山に目をやると、紛失した子供が木の枝を飛び歩いている。それを見た親戚の者は喜びというか、恐怖というか、何しろあわてて座敷にいる者にすぐに知らせた。一同はすぐに例の縁側に出て来たが、不思議にも誰も再び彼の子供を見ることは出来なかった。一同は前の人が見たのは幻であるといって取り合わなくなってしまった。

 するとそれから幾日かの後に今度は家の者が見たのである。木の枝を軽々と飛び歩いている姿を。これが村中にぱっと拡がってしまった。皆はきっと天狗の業であると評判した。そこで毎日々々裏山へ子供を捜しに村の人も加わって出掛けたのである。が何故かどうしても見当らない。で村の人は匙を投げてしまい、後に残るのは労力の報いられなかったことに対する憤慨で、非難の声が高まっていった。

 

・が、親は決して子供を探すことを止めずに根気よく探した。その心に天狗も心をほだされたのか、ある日のこと、朝目をさますと、そこに明けても暮れても探していた我子がいるではないか。親の喜び方といったら大したものだった。しかし当の子供は昏々と眠り続けている。約三日程経て子供が眼を開くと、母親の顔の枕元にあるのを見て、お母さんとばかり抱きつき、母親はその子を強く抱きしめて長い間二人で泣いた。

 

後で子供も泣き止んで語るによると、毎日馬糞をお饅頭だといって食べさせられており、木の枝を飛び歩く術も教えて貰った、といったので、まあ馬糞を食べさせたりして、と親の子に対する愛情で、母親はまた泣いてしまった。でもまあ子供が見つかったのでと、何もかも忘れてお祝をしたという。これは実際にあった、といって聞かされた話である。天狗にさらわれるということは決して嘘ではないようだ。     (静岡県

 

山師の佐吉が、古峰が原で荒沢の天狗にあい気絶をすること

・明治のはじめに、荒沢(山形県鶴岡市)の杉林が切られることになり、狩川の佐吉という山師がこれを買いとって、大もうけした。

 その手斧いれの日に、最初に斧を打ち込んだ木から、血のような真っ赤な液体が流れ出した。

 その後も、搬出の人夫が何人も怪我をしたり、トロッコが転覆したりするようなことが続いて、難儀なことが多かったけれども、どうやら山じまいになった。

 その後二、三年経ってから、代参のくじに当たった佐吉は、同行の人たちと連れ立って村をたち、古峰ヶ原にたどり着いた。

 その夜、参籠所で風呂に入っていると、寺男がやってきて、火加減をみながら、「佐吉、暫くぶりだったのう」と言った。言葉はまぎれもない庄内弁だが、その顔には、さっぱり見覚えがない。

「おめは誰だか。さっぽり、分からないけれども」と、尋ねると、「俺のこと、忘れたかで、荒沢の天狗だでば」と言いながら、佐吉の方を向いた。

 その顔はべんがら色で、眼はぎょろりと光り、鼻は高く、絵で見る天狗と寸分違わなかった。

 

・やがて、意識を取り戻した彼は、同行のものから、「おまえが、いつまでも上がってこないので覗いてみたら、すえふろの縁にしがみついたまま、“許してけれ、許してけれ”と怒鳴っていたので驚いた。一体どうしたのだ」と訊かれた。

 彼は、それに対して一言の説明もしなかったが、それから後は、どんなことがあっても、神社や寺の木は、一切買わなかったということである。

                        (山形県

 

おもいの魔物>

・富士山麓の大和田山山梨県西八代郡上九一色村)の森林中に、おもいという魔物が棲んでいた。

 この魔物は、およそ人間が心に思うことは、どんなことでも知っているという不思議な力を持っていて、だからこの魔物に出逢った人間は、全く進退が出来んようになり、ついついそれに取って喰われてしまうのである。それで、大和田山へ出入りする樵夫(きこり)や炭焼きは、何よりもこのおもいを恐れていた。

 ある時一人の樵夫が大和田山の森林の中で木を割っていると、ふいにそのおもいが現れて来た。その男は思わずゾッとして、ああ怖いなァと思った。するとそのおもいはゲラゲラ笑いながら、今お前は、ああ怖いなァと思ったな、といった。男は真っ蒼になって、こりゃァグズグズしていると取って食われてしまうぞとビクビクしていると、おもいは、今お前は、グズグズしていると取って喰われてしまうと思ったな、という。男はいよいよ堪らなくなって、どうなるものか逃げられるだけ逃げてやれと思うと、おもいは又もや、今お前は、逃げられるだけ逃げてやれと思ったな、という。それから男も困り切って、こりゃァどう仕様もない。どうなろうと諦めろと思うと、おもいは又しても、今お前は、どうなろうと諦めろと思ったな、という始末である。

 こう何から何まで見透かされてしまってはもうどうすることも出来ず、仕方がないから男は、ビクビクしながらもそのまま木割りの仕事を続けていた。おもいの魔物は、いよいよ男が負けたのを見ると、だんだん近寄って来て、隙さえあれば男を取って喰おうと狙っていた。

 ところがその時、男が割っていた木に節っ瘤があって、今男がハッシと打ち下ろした鉞がその瘤へ当たると、不意にそれが砕け、木の破片が勢いよく飛んで、魔物の眼へ酷くぶっつかり、その眼を潰してしまった。これは樵夫も魔物も、全く思いもよらぬことであったので、さすがの魔物も参ってしまって、思うことよりも思わぬことの方が恐い、といいながらどんどん向こうへ逃げて行ってしまった。     (山梨県

 

山の霊の話

・山には不思議なことがあるんですよ。山にはね、霊というものがあるがね。その霊に出会うとね、動きがとれないんですよ。金縛りになるでしょ。その話をしますよ。

 こっちから向こうへ行くと元屋(島根県隠岐隠岐の島町)というとこあるでしょ。今は道が下について、いいですよ。ところが、昔はあの上を通りよったんですよ。

 後ろに誰かがいるんですが、振り返れないんですよ。ナタを木の切り株に打ち込むんですが、ところが逃げないんですよ。30分も1時間近くも、自分の後ろに誰かがいる。それを振り向くこともできない。それも1時間ほどしてから、この言葉にね、こういうものを払いのける言葉、おまじないがあるんですよ。それは、父がそう言ってたんです。

「お前な、夜歩くということはいいけど、まじないの言葉をしらなきゃいけない」ってね。“アブラオンケン ソワカ”という言葉があるんですよ。 

 ということはね、八百万の神様、お願いしますという言葉らしいんですよ。父が言ってました。この言葉を三回、繰り返したら、スーッと軽くなった。後ろの何かがいなくなってしまった。    (島根県

 

酒買いに出る山姥

・千国(長野県北安曇郡小谷村)の暮れ市は旧十二月の十九、二十日の両日で、二十五日は魚市であったといった人もある。この暮れ市に山姥が買物に出たという話がある。

 山姥は市日の早朝に上手(わで)酒屋へ来て、酒をくれという。これへ五升注いでくれといって瓢箪を出す。これじゃ三合ばかりしか入らぬじゃないかというと、何大丈夫だとすましこんでいるので、試して入れて見ると五升はおろか、らくらくと入ってしまう。店の者は不思議に思って、お前はいったい誰だときけば、

「俺はこの山奥に住む山姥だが、もし俺が来られぬ時には誰を代わりに寄こしても酒を売ってくれ」といって帰って行く。

 山姥が出ると市の相場が下がるという。

「どら、山姥が出たので、今年は安いぞ、明日は買い出しに行けるといったものです」          (長野県)

 

山女郎の祟り

四万十川上流地方は農耕地が狭く、昔は農業より木材、薪炭、紙すきを本業とした百姓が多かった。

 

・山で泊まることもしばしばであった。ある朝早く山から帰った義吉が、女房の空けた寝床へもぐり込むので、驚いた女房が、「お前さんは何時もと違うようですね」と布団を持ち上げ顔を覗くと、顔は真青でブルブル慄えている。やっと昼近くに起きて、義吉は女房に語ったという。

「昨日の朝早くから炭を出して、その跡へ木を入れ始めたが遅くなり、やむなく炭窯の入口に菰(こも)を吊るして中で寝た。

 夜更けに小便を催して目が醒め外へ出ようとすると、入口の菰を上げて女の顔が覗き、紅い舌を出している。それが奇妙な声でケタケタ笑う。

 笑うたびに長い舌が、おらの顔に届きそうで恐くて寝るどころじゃなかった。小便も着物へたれてしまった

 それ以後、義吉は床を離れることはできず、間もなく死んだそうだが、村の人達は義吉のことを山女郎に肝を吸われたのだと伝えている。四万十川の上流には女郎山と称する山が所々にある。   (高知県

 

山女郎を女房にした男

・昔、奥屋内村に定次という醜い男がいた。猟師で、無口で、稼ぎも定まらず、娘達も嫌って寄りつかず、今年で歳は41になったが、いまだに女房がない。家は岩窟の傍らに木と竹と茅で、へいを立てかけてあるくらいの粗末なものであった。

 ある夕方、帰って見ると見知らぬ女がいて、夕飯の仕度をして待っていた、無口な定次は、その女の整えた食事をことわりもせず食って食い終えると、そのまま横になって寝た。朝早く目をさますと、昨夜の女はいなかったが、朝飯の用意と弁当は出来ていた。定次は女の作ってあった食事をして、作ってあった弁当を持って猟に出かけた。その夕方も夜になって帰ると、女が夜の食事を作って待つこと昨夜と同じであった。

 

・そして三日目、無口な定次もやはり男であったのか、暗黙の内に女との交りをした。翌朝は、定次も特に疲れて寝過ごし、目を醒まして見ると、女はおらず作った食事は冷たくなっていた。定次は口こそ出さないが、心の内では、朝早くからまめまめしく働く女房と思い込み、自分でも以前より働くようになった。そして夫婦のような暮らしが五カ月ほど続いた

 女は定次の胤を宿したようであった。定次の交りの誘いにも応じなくなり、日が経つほどに、ある夜中、怪しいあか児の泣き声がした。定次は夢うつつの中で、その声の遠ざかってゆくのを覚えているが、どうしても起きることが出来なかった。朝になって目醒めた時には、女も、あか児もいなかった。無口で変わり者の定次も、この怪しさに耐えかねて、土地の寺を訪ねて僧に一切を打ち明けた。

 お寺の僧は、定次の家へ来て見て驚いた。寝床には野猿の毛がうず高くつもっていたが、定次は、それに気付かなかったらしい。

 定次と野猿との間に生まれた幼猿は、山女郎となり育って、周辺の里人を弄らかした時もしばしばあったという。奥女郎、口女郎等の字名の山が所々にあるのは、この民話の名残でもある。    (高知県

 

 

猩々ヶ池

・昔、八幡の町(宮城県多賀城市)は、「上千軒、下千軒」と呼ばれ、大いに繁盛していたが、そのころのことである。

 一軒の酒屋があり、こさじという下女がいた。この酒屋へ顔が赤く、全身に毛が生えた猩々(しょうじょう)が来て、酒を飲ませよと仕草をし、酒を出すと飲みほし、盃に血を遺して立ち去った。

 猩々の血は高価なものであった(または、遺した血が銭になった)。強欲な酒屋の主は猩々を殺して血を採り、大金を得ようとした。

 それを知ったこさじは猩々を憐れみ、次に訪れたときそのことを告げた。猩々はそれでも酒が欲しい、もし殺されたら三日もたたないうちに津波がおしよせるから、そのときは末の松山に登って難を避けよという。

 猩々が酒屋を訪れると、主夫婦は大酒をすすめ、酔いつぶれた猩々を殺し、全身の血を抜き採り、屍を町の東にある池の中に投げ棄てた。

 その翌日、空は黒雲に覆われてただならぬ様子になったので、こさじは猩々が語ったことに従い、末の松山に登って難を避けた。

 この津波で繁盛していた八幡の町は、家も人もすべて流されてしまった。猩々の屍を捨てた池はのち「猩々ヶ池」と呼ばれるようになった。

猩々 海から出てくる妖怪。酒好きで、能、歌舞伎に出てくる

宮城県)   

 

 

 

『全国妖怪事典』

千葉幹夫 編集     講談社  2014/12/11

 

 

 

青森県

・(アカテコ) 道の怪。八戸町。小学校前のサイカチの古木から赤い小児の手のようなものが下がった。この木の下に17、8歳の美しい娘が振り袖姿で立つことがあり、この娘を見た者は熱病にかかるという。

 

・(カッパ) 水の怪。河童。五所川原では、人の命を取るというので八幡社に祀っている。藤崎では、河童には踵がないのでそれを粘土で補って子供を誘う。だから薄闇で見知らぬ人に声をかけられたら踵をたしかめよといましめる。

 

・(カワオンナ) 道の怪。河女。土堤に現れ、美女となって男に話しかける。ほかの人にはこの河女は見えない。

 

・(カワタロウ) 水の怪。河童。岩木川で腕を切られた河太郎は、5歳ばかりの童子で、髪をおどろに被っていた。腕は4、5歳の小児のようで、指は4本、根元に水掻きを持ち、爪は鋭く、肌は銭苔のような斑紋があり、色は淡青く黒みを帯びていた。

 

・(ザシキワラシ) 家にいる怪。旧家にいる一種の精霊。ザシキボッコ、クラワラシ、クラボッコ、コメツキワラシ、ウスツキコ、ホソデ、ナガテなどともよばれる。赤顔、垂髪の小童で旧家の奥座敷などにいる。これがいる家は繁盛するが、いなくなると衰亡する。ザシキワラシのいる家の座敷に寝ると枕返しをされたり押さえつけられたりするが、人を害することはない。野辺地町の富者の家運が傾きかけたある夜、ザシキワラシが奥座敷で帳面を調べていたという。

 

・(ニンギョ) 海の怪。津軽の海に流れついた。唐紅の鶏冠があり、顔は美女の如く、四足は瑠璃をのべたようで鱗は金色に光り香り深く、声はヒバリ笛のように静かな音だった。

 

・(メドチ) 水の怪。河童のこと。十和田―猿のような顔で身体が黒く、髪をさらっと被った10歳くらいの子供という。女の子に化けて水中に誘う。人間に子を生ませる。紫色の尻を好む、相撲が好きだが腕を下に引くと抜ける。

 

・しかし一旦見込まれると逃れられず、友達や親戚に化けてきて必ず川に連れ込む。生まれつきの運命だという。津軽藩若党町の子が川で溺れた。水を吐かせようと手を尽くすと、腹のうちがグウグウとなり、たちまち肛門から長さ1尺6、7寸で体が平たく頭の大きなものが走り出て四辺をはね回った。打ち殺そうとしたが、川に飛び込まれた。

 

・(ヤマオンナ) 山の怪。山女。南津軽郡井筒村。農夫が羽州田代嶽で会った。丈6尺、肌が非常に白く裸体で、滝壺の傍らに座って長い髪を水中に浸して梳っていた。

 

岩手県

・(アンモ) 家にくる怪。北上山系。姿を見た者はいないが、正月15日の月夜の晩に太平洋から飛んでくる。

 

・(オクナイサマ) 家にいる怪。上閉伊郡土淵村。14、5歳の子供姿で、近所が火事のとき火を消してまわったという。

 

・(カッパ) 水の怪。河童。真っ赤な顔で、足跡は猿に似ており、長さ3寸、親指が離れている。松崎村で二代にわたり河童の子を産んだ家があり、子は醜怪な形だった。栗橋村橋野の大家には駒引きに失敗した河童の詫び証文がある。岩手県紫波郡煙山村赤林でも河童の子を産んだ女がいた。女は産屋に誰も入れなかったが、中からクシャクシャと小声の話が聞こえたという。

 

宮古に伝わる証文は筆でぬりたくってあるだけで、とても文字のように見えない。栗橋村栗林には、駒引きに失敗した河童が左の腕を噛み切って指で書いた詫び証文がある。この河童は、川から上がって許された家に入りザシキワラシになった。主家思いであったという。詫び証文は釜石にもある。下閉伊郡田野畑村の証文には「又千、又千」とあった。

 紫尻を好むという。上閉伊郡宮守村では、駒引きに失敗した河童が喉のはれをひかせる薬の調合を教えた。上閉伊郡大槌村赤浜でも河童はザシキワラシであるように信じている。嬰児のようで赤く、ジイジイジイと鳴く。相撲を好み、子供と相撲をとった。陸前高田市横田では河童は直接骨接ぎをするといい伝える。

 

・(カブキレワラシ) 木の怪。土淵村。マダの木に住み、時に童形になって座敷に忍び込み、家の娘に悪戯をする。また胡桃の木の三又で遊ぶ赤い顔がこれだという。

 

・(カワタロウ) 水の怪。川太郎。下太田村。日ごろ子供と遊んでいた。親には決して語るなと戒めていたが、ある子が禁をやぶり、村の若者が鎌を持ってさんざんに追い回した。翌朝、川太郎は子供らに、もう一度非道をすれば北上川はじめ処々の川から、仲間を数百集めて報復するといった。一説にはこの家の姫に夜な夜な通ったともいう。

 

・(ザシキワラシ) 家にいる怪。座敷童子童女だともいう。上閉伊郡――布団を渡り、頭にまたがる。釜石・遠野――笛太鼓で囃しながら来る。枕返しをする。赤い友禅を着た17、9歳の娘であるという。土淵村――赤い頭巾を被った赤顔で、足音は3、4歳くらいの子供のもの。土淵村栃内――神檀の前に掛けてあった鐘を家人の留守中ガンガン叩いた。土淵村田尻――夜半、懐に入ってくすぐり、たまらず起きて襟を合わせると、今度は袖口から手をいれてくすぐった。土淵村本宿――運動場に見知らぬ子供が一人おり、体操の時などどうしても一つ余計な番号が出た。尋常小学校1年生にしか見えなかった。

 

・江刺村――ザシキワラシのなかでも最も色白く綺麗なものをチョウピラコという。附馬牛村――土蔵の中で終夜、喧嘩でもしているような荒びた音がして、翌朝、極めて美しい一人の子供が死んでいた。3、4歳くらいで顔が透き通るように白かった。隣家のザシキワラシと喧嘩して殺されたとか、ザシキワラシの夫婦の喧嘩だとかいった。

 

・(カラコワラシ) 家にいる怪。夜の子の刻になると、座敷の床の間から黒い半衣物を着て現れ、杓を持って水をくだされといった。ザシキワラシの一種。

 

・(サルノフッタチ) 動物の怪。猿の経立。人によく似る。女色を好み里の婦人を盗み去ることが多い。

 

・(ショウジョウ) 動物の怪。猩々。人面獣身で人語を解し酒色を愛すという。

 

・(チョーメンコ) 山の怪。和賀川がつくる深い渓谷に住む。姿形は不明だが、夕暮れ時、遊びほうけているワラシたちがいると必ず出てくる。

 

・(テング) 山の怪。天狗。早池峯山。木の実ばかり食っていたが、穀物を食いたくなったといって、遠野の万吉という湯治場で会った男を尋ねてきた。一日に一羽、鳥を捕えて焼いて食ったという。

 

・(ノリコシ) 道の怪。遠野地方。影法師のようなもので、最初は小さい坊主頭で現れるが、はっきりしないのでよく見ようとすると、そのたびにメキメキと大きくなる。

 

・(マヨイガ) 山の怪。迷い家。遠野地方で山の中にあるという不思議な家。この家に行き当たった人は必ず家の中の什器、家畜などなんでも持ってこなければいけない。それはその人に授けるために、その家を見せたのだからという。

 

・(ヤマオンナ) 山の怪。山女。栃内村和野の猟師が、背が高く髪がそれよりも長い女を鉄砲で撃った。のちの証拠にと髪を切り取って下山したが、途中ひどい眠気に襲われた。夢うつつに丈の高い男が現れて懐中からその髪を取り去った。

 

沖縄県

・(アカガンター) 家にいる怪。赤い髪で赤ん坊のようなもの。古い家の広間に出て、枕返しをし、押さえつける。

 

・(アカマター) 動物の怪。斑蛇。中頭郡西原村我謝、名護町、那覇泉崎、羽地村田井等、多くの所で聞く。美青年に化けて女を誘惑し、命を取ったり多数の子を一度に生ませたりした。アカマターは尾で文字を書くが、この字は人を惑わすという。羽地村仲尾次では蛇婿に類似した話を伝える。

 

・(アカングワーマジムン) 赤ん坊の死霊。四つん這いになって人の股間をくぐろうとする。これに股間を潜られた人はマブイ(魂)を取られて死んでしまう。

 

・(アフイラーマジムン) 動物の怪。家鴨の変化。ある農夫が野中、道でしきりに股をくぐろうとすると怪しい家鴨にあった。くぐられては大変だと石をぶつけるとたくさんのジンジン(蛍)になって農夫の周りを飛び回ったが、鶏の声とともに消え去った。

 

・(イネンビ) 火の怪。遺念火。沖縄では亡霊を遺念といい、遺念火の話は多い。たいていは定まった土地に結びつき、そう遠くへは飛んでいかない。

 

・(ウシマジムン) 動物の怪。牛の変化。真っ黒い牛のように大きいマジムンで、牛が往々連れ立って出る。

 

・(ウヮーグヮーマジムン) 動物の怪。豚の変化。豚の形をして現れ、しきりに人の股をくぐろうとする。くぐられるとマブイ(魂)を取られて死ぬ。

 

・(カイギョ) 動物の怪。怪魚。美里間切古謝村。塩焚きが、海に浮かんだ一尾の魚を捕らえて帰ると、笊の中から「一波寄せるか、二波寄せるか、三波寄せるか」と微かな声がした。

 

・(カムロ) 道の怪。那覇と与那原の間にある一日橋。よく踊りの音がする。近づいて引きこまれることがある。これは「マ」の仕業という。

 

・(カワカムロウ) 水の怪。以前はよく池などで人を引き入れた。