<シー>
・アイルランドの神話によれば、シーは古代の有力な妖精集団で、前からアイルランドとスコットランドの一部を支配していたという。“丘の人”を意味するシーは、妖精の丘や妖精の輪の下に住んでいる。アオス・シーや、その他の名前でも知られ、トゥアハ・デ・ダナーンの子孫という可能性もある。
外見は人間に似ているが、シーは通常、並外れて美しく、人間よりもはるかに大きな力を持っているという。たとえば、彼らはものすごいスピードで空を飛び、違う生きものに変身できる。伝説によれば、この妖精はほぼ不死だともいわれる。ケルト人の土地にキリスト教が持ち込まれたあとも、アイルランドやスコットランドの人々は、この超自然な存在を高く評価しつづけている。
<動物の妖精>
・動物も妖精になることができる――そして、妖精も動物になれる。現に、姿を変えることのできる精霊は好んで動物や鳥、さらには爬虫類にも変身する。妖精は自然界を守っているため、動物と親しいのだ――ユニコーンやドラゴンといった、魔法をかけられた生きものもそれに含まれる。
世界じゅうの神話や伝説で、動物と人間の複合体だけでなく、動物の妖精についても語られている。たとえば、南アフリカのロコロシェは、小さくて尻尾のないヒヒに似ているという。スコットランドのセルキーは海の中ではアザラシとして暮らし、陸上では人間になる。ブラジルのエンカンタードは蛇やイルカに変身できる。日本の妖精は白鳥や鶴の姿をしているし、ウェールズのグウィリオンは、しばしばヤギの姿をしているといわれる。ほかの妖精と同じように、動物の妖精も人間に対して親切にふるまったり、敵対したりする。
<アメリカ先住民の守護動物>
・北米や南米の土着民の間には、動物や鳥、爬虫類、虫の姿をした不思議な存在にまつわる物語が無数に見られる。ある文献では、魂を持つ動物は実際には超自然的な存在で、ときおり動物に宿るのだという。別の文献では、こうした存在は地上では肉体を持つ動物だが、死ぬと神になるという。
<ケルトの猫>
・古代エジプト人は、猫を神としてあがめたが、ケルト人も猫には超自然的な力があると考えてきた。アイルランドの民間伝承では、猫のシーが黄泉の国とその財宝を守っているという。魔法の白猫は、ウェールズの女神ケリドウェンに付き添っている。猫の画像は、古代民族ピクト人の手で、スコットランドの特別な石に描かれている。女性の妖精や魔女は、昔から猫を使い魔(魔法の従者)として手元に置いたり、猫に変身したりすることで知られている。
<魔法の馬>
・ユニコーンやケンタウロス、空飛ぶ馬は、老若を問わず人を魅了する――だが民間伝承や美術、文字は、普通に見える馬にも魔法がかかっている場合があることを物語っている。妖精が馬全体に魅了されていることを考えれば、妖精界に馬がいたり、妖精が馬になりすましたりしたとしても何の不思議もない。ケルピーというスコットランドの水の妖精は、しばしば馬に姿を変える。やはり水の妖精であるドイツのニクシーは、灰色の馬に変身するという。
・東欧のヴィラも、自分自身を白鳥やオオカミのほかに馬に変える。アイルランドの小鬼プーカは、時に黒い犬、時に馬の姿を取る。
・「何であれ、いないと証明されるまでは僕は信じる。だから妖精も、神話も、ドラゴンも信じている。たとえ心の中だけでも、それはみんな存在しているんだ。いい夢や悪い夢が、今この時と同じ現実ではないと、誰にいえるだろう?」 ――ジョン・レノン
<妖精の行動といたずら>
・大きくても小さくても、優雅でも凶暴でも、妖精は私たちを恐れさせると同時に魅了する。妖精を信じ、友達になりたいと思う一方、その評判を聞くと少し尻込みしてしまう。これまで見てきたように、妖精は人間にいたずらを仕掛け、森で迷わせ、ものを盗む――人間を溺れさせたり赤ん坊をさらったりすることまで知られている。それでも、私たちは炎に誘われる蛾のように妖精に惹きつけられる。
<妖精の力>
・神話や伝説によれば、妖精は超自然な力の宝庫で、それをよくも悪くも使うことができる――そして、ただの人間は彼らにはかなわない。歴史を通じて、親切な妖精は穀物や家畜を守り、病気を癒し、赤ん坊を取り上げ、願いをかなえ、幸運を呼ぶなどして人間を助けてきた。一方、怒った妖精は嵐を呼び、穀物を枯らし、疫病を招き、永遠に続く呪いをかけ、人間をヒキガエルや石、さらにひどいものに変えるといわれている。したがって、妖精の機嫌を取りたいと思うのは当然だ。
しかし、そこが難しい問題なのだ。妖精は人間と同じような感情を持たないし、人間と道徳観を同じくしていない――とはいえ、妖精には妖精の、きわめて強固な規範がある。せいぜい、妖精は善悪を超越していると考えるしかない。
<妖精はほぼ永遠に生きる>
・妖精は不死ではないが、人間よりもはるかに長生きする――10倍か、それ以上かもしれない。一部の伝説では、彼らは人間が登場するよりずっと昔からこの星に住んでいるという。その間、妖精たちは人間について知っておくべきことはすべて学んでいる。しかも、人間が次第に衰え、老いていくのとは違って、妖精は年を重ねても力を失わない。
<妖精は見た目より強い>
・妖精物語の多くが、巨人その他の怪物について語っている。大きくて毛むくじゃらな北のトロールは、ビッグフットに似ている(嫌なにおいがするというビッグフットの特徴も持っている)。しかし、小さなドワーフにも筋肉がそなわっている――彼らは3歳になる頃には大人になる。ハワイの神話では、メネフネと呼ばれる小さな精霊が、カウアイ島に驚くべき石のダムと壁を作ったといわれている。またアラビアの神話では、ジンと呼ばれる妖精がピラミッドを造ったという。
<妖精は未来を予言できる>
・妖精の多くは人間よりも鋭い洞察力があるばかりでなく、未来を見通すこともできる。“千里眼”(透視)は、彼らにとって自然のことなので、何が起こるか前もってわかるのである。明らかに、それによって当てずっぽうは減り、ほとんどの状況で優位に立つことができる。
<妖精は姿を消すことができる>
・見えたと思えば消えてしまう。ついに姿をとらえたと思ったら、相手は見なくなるマントをはおり、目の前で消えてしまう。あるいは、ただ音もなく、周りの影や緑にまぎれるか、魔法の国と私たちの世界を隔てるヴェールの向こうへ逃げ込んでしまう。現実には、妖精を見ることができるのは、相手が姿を見せる気になったときだけなのだ。しかも妖精たちは、まばたきする間に自分たちの王国をまるごと出したり消したりして、すべてが夢ではなかったかと思わせることができる。
<妖精の目撃談>
・「コーンウォールで休暇を過ごしているときのことでした。娘と曲がりくねった道に差しかかったとき、突然、小さな緑色の男が、門の側で私たちを見ているのに気づいたのです。全身緑色で、尖った頭巾をかぶり、耳も尖っていました……。私たちは恐怖でぞっとしました。そして、眼下の渡し船まで走っていきました……。あれほど怖かったことはありません」
<取り替え子>
・妖精が人間の子を盗むという話は、民間伝承には数多い。多くの国の伝説で、妖精は家に忍び込み、異世界の子供と人間の子供をこっそり取り替える。人間の親は、妖精が自分たちの子供を“取り替えた”ことに、すぐに気づく場合も、気づかない場合もある。だが、気づいてからの結果は悲惨なものだ。
妖精はこの方法で、劣った子を捨て、強くて健康な子を手に入れることで、子分たちの種を活性化させるという説がある。
<異種間結婚>
・人間は長きにわたり、妖精を完全に信用できずにいるが、2つの種族間の結婚はおとぎ話にはしばしば出てくる。ある場合には、人間が妖精の世界へと消えてしまう。別の場合は、妖精が人間界で暮らすことを選択する。セルキーやメロウの名で知られるアイルランドの水の精は、しばしば人間の姿で陸に上がり、人間の伴侶を得る。民間伝承によれば、それぞれアザラシの毛皮または赤い帽子を盗むことで、人間はこの美しい生きものをとらえることができるという。
しかし、妖精には厳しい行動規範がある。人間は、自分の伴侶が妖精であることを誰にもいってはいけないし、土曜日には相手を見てはいけないし、入浴中の姿を見てもいけない。人間の男が妖精の妻を叩けば、彼女は夫を置いて永遠に妖精の国へ帰ってしまう。
・こうした異種間結婚では、両親の親の特徴を受け継いだ異常な子供が生まれることがある。しかし、子供はどちらの世界にも完全にしっくりこなかったり、受け入れられなかったりする。こうした混血児の中で最も有名なのが、アーサー王の異父姉で強い力を持つ女魔法使い、モーガン・ル・フェイだという伝説もある。
<妖精の世界を訪ねる>
・もしも、妖精の世界への境界を偶然またいでしまったら、タイムワープする可能性が高い。妖精界で1時間に感じるものが、私たちの世界では数カ月や数年に等しいかもしれないのだ。2度と戻ってこられない人もいる。戻ってきた人が、何らかの品を携えている場合もたまにある。コップやコイン、幸運を呼ぶお守りなどだ。だが、許可なく妖精の宝を持ち出せば、妖精の国を出たとたんに消えてしまう。
<日本の河童>
・妖精といっても、目もくらむような美しさの持ち主ばかりとは限らない。現に、非常におぞましい生きものもいる。日本の河童もそれに入るだろう。この水に住むグロテスクなゴブリン――大昔から存在していたが、本当に広く知られるようになるのは江戸時代(1615~1868年)のことだ――もまた、奇妙な特徴を持っている。ありがたいことに、この特徴はほかのどの妖精にも見られない。
・日本の伝説では、この水の妖精は身長約90センチから120センチで、黄緑色の肌をし、足には水かきがあり、魚のうろこまたは亀の甲羅に体を覆われている。
・民間伝承ではしばしば河童を、川や湖に住む肉食性の妖精と描写している。彼らを吸血鬼になぞらえるものもある――彼らは家畜を襲い、水に引きずり込んで溺れさせてから、生命のエッセンスを吸ったり肝臓を食べたりするとされている。
・したがって、この気味の悪い生きものは完全な悪というわけではないのだ。そして、河童をつかまえたら、彼らから接骨その他の治療法を聞き出すことができる。
だが、河童の最も奇妙な点はこれからだ。伝説によれば、あらゆる人間は、腸の中に尻子玉という小さな玉を持っているという。それは人間の魂だという説もある。また、河童の大好物である肝臓と結びつける者もいる。誰も正確な理由は知らないようだが、理由はどうあれ、河童は尻子玉をほしがり、その魔法の玉を手に入れるために人間を殺すという。
妖精その他の超自然的な生きもの全般にいえるように、現代のメディアは河童を浄化している。現代の漫画では、河童は奇妙な外見に描かれてはいるが、愛嬌があるといっていい。野球をしている河童の人形や、河童の冷蔵庫用マグネット、子供のお弁当箱に入れる河童のつまようじを買うこともできる。もちろん、現代人は河童の異常な行動をほのめかしたりしないだろうが、子供を河童と過ごさせることについては考え直したほうがいいだろう………。
『何かが後をついてくる 妖怪と身体感覚』
伊藤龍平 青弓社 2018/8/3
<台湾の妖怪「モシナ」の話>
<「お前さんモシナかい?>
・日本では、台湾の「モシナ(魔神仔)」の知名度はどれほどのものだろう。台湾人で「モシナ」を知らない人は少ないが、日本で知っている人のほうがまれではないだろうか。
モシナとは、主に夜、山中や草原に出る怪で、道行く人を迷わせて帰れなくしたり、夕方まで遊んでいる子どもをさらったりする。また、口のなかにイナゴを詰めたり、夜中に寝ている人を金縛りに遭わせたりもする。
・モシナの容姿については、赤い帽子と赤い服(もしくは、赤い髪、赤い体)の子どもの姿(猿に似ているとも)をしているといわれるが、一方では、人の目には見えない気配のようなものだともいう。
・この慣用句にはモシナの本質が凝縮されている。モシナとは、知らぬ間に自分の背後に忍び寄る存在だった。黄さんは、モシナを「影のような存在」とし、「幻のようなもの」とも呼んでいた。
・「急に、影みたいに現れて消えるとか、そういうものをモシナって、鬼はもっとはっきりした形があった場合は鬼よね。モシナというのは、何かしら薄いような影(の姿)をした鬼でしょうね。だから小鬼という。実際の鬼じゃなくて、いたずら鬼、いたずらをする鬼」
<モシナの事件簿>
・モシナとは何かという点については、世代による違いもある。中年以上の台湾人は、モシナと鬼とをはっきり区別していることが多い、人の死後の姿かどうかが一つの基準になるが、ほかにどのような違いがあるのだろうか。
黄さんは、モシナと比べて「もっとはっきりした形があった場合は鬼」と話していた。同じ意見を鄭埌耀さんからも聞いている。鄭さんによると、「鬼ははっきり見えるでしょう、モシナは見えないんだ」とのこと。民俗資料には、赤い服と赤い体という鮮烈なビジュアルなモシナが記録されているが、実際、台湾の人から話を聞くと、こうしたビジュアルがないモシナのほうが一般的である。
それでは、具体的にはモシナはどんなことをするのか。以下、鄭さんに聞いた話を要約する。
日本統治時代、台南にモシナが棲むという噂の空き家があった。あるとき、剛毅な男が、銀紙(冥銭。死者に捧げるお金)を奉納したうえで、その家を借りた。ところが、夜中、目が覚めると、男はいつのまにか土間に落ちている。どうやらモシナのしわざらしい。
そんなことが、夜ごと繰り返されたので、とうとう男も腹を立て、「俺は金を払ってんだ、文句あるか!」と怒鳴ると、それ以来、悪さをしなくなったという。
たわいもない話である。怒鳴られて退散するモシナも気が弱いが、鄭さんによると、「モシナはただ、いたずらをするだけ。これが鬼なら殺されてる」とのこと。蔡さんの「実際の鬼じゃなくて、いたずら鬼」という発言とも呼応し、台湾人のモシナ観が見て取れる。
・このモシナの話は、日本の「迷わし神型」妖狐譚とよく似ている。日本の場合、狐狸貉に化かされた人が団子だと偽った馬糞を食べさせられる話が多いが、台湾のモシナもイナゴではなく、牛糞を食べさせることがある。おそらくは日本の「馬の糞団子」の話のように、ごちそうに見せかけられたのだろう。化かされている最中に口にした食べ物が怪異体験の証拠になる点は共通している。
気になるのは、台湾の「モシナ」と日本の「ムジナ(貉)」の発音の近さである。
・妖怪のなかにも勢力関係があって、弱い妖怪は、強い妖怪に駆逐されていく傾向がある。例えば、「河童」という妖怪の知名度が上がると、水難事故などの水辺にまつわる怪異はすべて河童のせいにされてしまい、似た行動パターンの妖怪の名は忘れられていく。
・とはいえ、解釈装置としてのモシナは、現在も生きている。現代でも台湾のマスメディアでは、行方不明事件や不可解な死亡事故を報じる際に、紙面に「モシナ(魔神仔)」の文字が躍る。
・台湾中部の苗栗県大湖郷で、81歳の女性が朝から行方不明になり、捜索の結果、2日後、自宅の対岸の川辺で発見された。女性が発見されたのは急峻な崖下の川辺で、救助の際もロープで担架を下ろすなど、困難を極めたという。失踪当日は雨も降っていて水量も多かった。高齢な女性がどうやってここに来たのか、警察や消防の関係者も首をひねっていて、「モシナのしわざではないか」と話している。
<「鬼」化するモシナ>
・台湾人が幼少期によく聞いたのは、父母のしつけの言葉のなかに出てくるモシナである。「遅くまで遊んでいると、モシナに連れていかれるよ」「あんまり遠くまで行くと、モシナに連れていかれるよ」など。モシナの原義と推察される「模(モォ)」に「攫う」という意味があることについては先に述べたとおりである。
日本でいえば、カクレザトウ(隠れ座頭)、カクレババ(隠れ婆)、カマスショイ(叺背負い)、ヤドウカイ(夜道怪)、アブラトリ(油取り)……などの、夕暮れ時に現れて子どもを連れ去る妖怪の系譜に連なるモシナである。
・殷さんが、女友達とキャンパスに続く坂道を歩いていると、分かれ道になっているところにボロボロの服を着た女が立っていて、何か話しかけてくる。殷さんが返事をしようとすると、友人はそれを制止し、手を引いてその場を離れた。
実は友人には何も見えてしかったのだが、殷さんが「何か」を見てしまったのに気がついて、そう対処したのだと後で聞かされた。
友人は鬼のしわざだと思ったが、殷さんは、子どものころに聞いた母親の言葉を思い出し、即座に「モシナかもしれない」と思ったという。
・謎の女を、殷さんは「モシナ」だと思い、友人は「鬼」だと思っていて、見解が分かれている。先に「モシナと鬼は違う」とする説が台湾では一般的だと書いたが、それは中年以上の年齢層での話であって、若い世代は両者を混同していることが多いようだ。
台湾人の精神世界を探るのに有効だと思われるモシナだが、アカデミズム方面では、ようやく研究の緒についたばかりである。
・ここでいう「広義のモシナ」とは「鬼」のことである。中国語の「鬼」を日本語に訳すと、狭義の「妖怪」の意味にもなるが、ここでは「幽霊(死霊。人の死後の姿)」を指している。ただし、祀られている鬼ではない。祀られずに(供養されずに)世間を漂っている鬼であり、さらに単独で出るものとされている。
一方、「狭義のモシナ」は、本質的には「山精水怪」の一種で、さまざまなものに化けて、人にいたずらをする。林と李は396例にのぼる事例を整理し、その特徴を、①小さい体、②猿のような顔、③青黒い肌、④赤い色(帽子、目、髪、体)、⑤ふわふわと動く、⑥単独で行動する、としている。林と李は、こちらをモシナ本来の姿だとして考察の対象としている。
・最初に、モシナにはビジュアルがないとする説とあるとする説を述べたが、それは広義のモシナか狭義のモシナか、ということではないだろうか。狭義のモシナには鮮烈なビジュアルがある。例えていうなら「幽霊的モシナ」と「妖怪的モシナ」である。林と李が後者を研究対象としたのは、モシナ研究の端緒としてはまったく正しいが、今後は前者のモシナを、台湾の鬼の話(非常に多い)のなかで捉える視点も必要になる。
・今後の展望としては、林と李は「モシナの比較民俗学」を提唱している。ここで比較対象にあげているのは、中国大陸の「迷魂仔」「茫神仔」、日本の「河童」「神隠し」、欧米の「ブギーマン」「フェアリー」など。いずれも比較対象として魅力的だが、その前に、地理的に近い南西諸島との比較がなされるべきだろう。狭義のモシナの外見や行動からは、沖縄のキジムナーや奄美のケンムンの伝承が想起される。「金縛り」という行動面でも類似点が多い。また、これも先に述べたことだが、行動がそっくりな日本の狐狸貉の話との比較も有効だろう。ムジナ(貉)=モシナ説の是非はさておき、「迷わし神」型妖怪の比較研究はまだなされていないはずである。
・現代の台湾には鬼の話が多く、日本の幽霊話よりもリアリティーをもって話されている。しかし、日本の場合と同じく、妖怪の話は例が乏しい。そう考えると、「妖怪的モシナ」に比べて「幽霊的モシナ」のほうがリアリティを保てているのかもしれない。
<東アジアの小鬼たち>
<お人よしの水鬼>
・水鬼を「水難にて死せしものゝ魂魄」と説明しているが、これはいわゆる「地縛霊」のことだ。
・『現代台湾鬼譚』でもふれたが、「水鬼」という語は現在でもよく使われている。子どもに対する教育的配慮を含んだ警句のなかで、「川に入ったら、水鬼に連れていかれるよ」という具合に使用される。日本でも、河川や池沼への立ち入りを禁止する看板に、河童のイラストが描かれることはあるが、母親が子どもに「河童が出るよ」と言うケースはもう少ないのではないだろうか。台湾の水鬼には、日本の河童が失ったリアリティーがある。
新聞やテレビなどのニュースの見出しにも、しばしば「水鬼」という文字が躍る。
<『台湾風俗誌』の鬼神たちと、沖縄のキジムナー>
・「水鬼変城隍」は絵本や童話にもなっているが、問題になるのは、水鬼をどのようにビジュアル化するかという点である。日本の「河童」と違って、「水鬼」には固定したビジュアルイメージがない。
・さて、「水鬼」は溺死者の霊で、日本でいうなら「水辺の地縛霊」のことだが、「人を水中に引きずり込んで殺す」という行動に注目すると、日本の「河童」と比較することができる。さらにいえば、現代日本の実話怪談にもしばしば登場する「水辺の地縛霊」と「河童」との比較も可能になる。いまでは忘れられてしまった「河童」に対する恐怖心を「水辺の地縛霊」の怪談を通して見ることもできるのだ。
・現代の台湾では「妖怪」という語は定着しているが、それは日本の漫画やアニメ、ゲームなどの影響で、外来語としての意味合いが強い。人気を博している「渓頭妖怪村」というテーマパークはそれを示す好例で、そこで造形されているのは、例えば鼻高天狗の面のオブジェだったり赤い鳥居だったりと、台湾人にとっての異文化である「日本」を表象したものだ。
・モシナとキジムナーには、共通点が多い。キジムナーの特徴である「小児の姿」「赤い顔」「赤い髪」「赤い体」………は、モシナの特徴の一部(「小児の姿」「猿のよう」「赤い服」「赤い帽子」「赤い髪」……)とも通じるからである。山中を棲みかとして、人にいたずらをする点も似ている。
・ところで、日本と台湾の中間に位置する南西諸島にも、多種多様な「妖怪」たちがいる。沖縄のキジムナーやブナガヤー、アカカネジャー、ボージマヤー、セーマ、ヤンバサカー、そして奄美のケンムンなどの伝承である。
・ここでは、南西諸島の小鬼たちを「キジムナー」と総称したうえで、モシナと比較してみる。とはいえ、現時点ではモシナのデータは少なく、本格的な比較はできないが、大まかな見通しは立てられるだろう。以下、思いついたことを5点あげる。
・1点目は、人間との関わり方の問題。いたずらを仕掛けはするものの、キジムナーは必ずしも人間と敵対しているわけではなく、富をもたらすこともある。例は多くないものの、キジムナーを祀った祠もある。いたずら好きのモシナも極端な悪意をもって人間に近づくことはまれだが、富をもたらすようなことはなく、祀られることもない。
・2点目は、観光との関わり方の問題。現代のキジムナーは、沖縄を象徴する存在としてかわいらしくマスコット化され、観光資源として活用されている。イメージの統一化も進んでいて「赤髪半裸の男の子」という姿が典型的なキジムナー像となっている。こうした状況は、少なくとも現時点(2017年)の台湾でのモシナを取り巻く環境にはない。
・3点目は、出自の問題。ガジュマルの木に棲むといわれるキジムナーは、語源が「木の精」であることからもわかるように、出自がはっきりしている。この点は奄美のケンムンも同様である。それに比べると、モシナは出自がはっきりしない。
・4点目は、出現場所の問題。モシナの出現場所は山中や草原などが多く、「金縛り」の原因とされる例以外は街なかに出ることは少ない。キジムナーも同様だが、モシナと異なって海にも現れ、好んで魚を食べる。また、漁師の船に乗り込んできて一緒に魚を捕るという伝承もある。台湾も沿岸部では漁業が盛んだが、モシナにはついぞそういった話がない。
・5点目は、口承文芸のなかでの立ち位置の問題。キジムナーは世間話、伝説だけではなく、昔話としても伝承されているが、モシナが昔話として語られている例は見当らない。また、モシナが頻繁に出る場所があり、それが地名化した例はあるが、基本的には伝説としても伝承されていない。
<韓国人アイデンティティーとトケビ>
・ともかくも、現在、キジムナーは、沖縄を象徴する存在として可愛らしくマスコット化され、観光資源として活用されている。
例えば、沖縄テレビの「ゆ~たん」や、テーマパーク「琉球村」の「キム」は、いずれもキジムナーに想を得ている。また、また、沖縄市では例年「キジムナーフェスタ」という演劇祭を催しているが、そこでのマスコットもキジムナーである。先に述べたように、イメージの統一化も進んでいる。民間伝承を換骨奪胎して進められるキジムナーのキャラクター化・マスコット化の様相は、岩手県遠野市の河童。座敷童子などのそれを彷彿とさせる。
先にも述べたように、キジムナーのビジュアルイメージは鮮烈で、台湾のモシナ伝承の一部を思い起こさせる。しかし、これも繰り返しになるが、ビジュアルイメージがあることと「見える」ことは必ずしも同じではない。
・与論島の妖怪伝承を調査したマッザロ・ヴェロニカは、「見える/見えない」の問題について興味深い指摘をしている。ヴェロニカによると、与論島の妖怪は、「一般可視型(誰にでも見えるもの)」「特殊可視型(霊感の持ち主にだけ見えるもの)」「非可視型(誰にも見えないもの)」の三種に分類されるといい、また、非可視型妖怪の伝承については聴力が重要だとしている。
興味深いのは二番目の「特殊可視型」である。このケースの場合、妖怪が見えるのは「特殊」な人かもしれないが、そうした人を通して得られたビジュアルイメージは、見えない人の間にも広まると思われるからである。
・それでは、視覚イメージの点からトケビとモシナを考えるとどうなるだろうか。
漢字表記で「独脚鬼」と書くように、トケビは一本足の怪とされる。日本の「一本だたら」や中国の「山魈」のような類似の怪がいることから、これが広く東アジアに伝承圏を有する妖怪であることがわかる。雪の朝、トケビが歩いた丸い足跡が点々と残っているという伝承も、日本の一本足妖怪と酷似している。しかし、モシナが一本足だという伝承は調査の限りではない。
・例えば、道に迷ったときに用いられる慣用句「トケビに惑わされたのか」からは、トケビの「迷わし神」としての側面がうかがえる。「何事も後ろ盾が重要」という意味で用いられる慣用句「トケビも森があってこそ集まる」からは、トケビが山中を棲みかとすることがうかがえる(もっとも、海浜に出るトケビの伝承もあるが)。時と場をわきまえない人をたしなめるときに用いられる慣用句「昼に出るトケビのようだ」からは、本来、トケビは夜に出るものだという観念があることがうかがえる。以上にあげたトケビの特徴は、おおむねモシナについても当てはまり、そこから伝承の場を想像することもたやすい。
一方、急に金回りがよくなった人に対して用いられる「トケビの砧でも手に入れたのか」という慣用句は、トケビの財神としての性格をよく表しているが(この「砧」が日本の「打ち出の小槌」を連想させて興味深い)、前節のキジムナーとの比較の際にも述べたように、幸福をもたらす性質はモシナにはない。
・もっとも、現在のトケビのイメージは、人間の姿をしているものがほとんどである。それも「虎柄のパンツをはき、頭に角を生やし、長い棒をもった半裸の男」といういわゆる日本の「鬼」に類似したイメージが定着している。この点は植民地統治時代に日本の鬼のイメージが混入したという指摘があり、日本の影響を受ける前の韓国固有のトケビを復元あるいは創造すべきだという意見が強まっている。
<花子さんの声、ザシキワラシの足音>
<見えない花子とザシキワラシ>
・一方、見方を変えると、「花子さん」は、童形妖怪(子どもの姿の妖怪)の系譜に連なるモノともいえる。特定の場所(トイレ)に出る童形妖怪ということでいえば。ザシキワラシ(座敷童子)との関連が見いだせる。「赤い吊りスカートにオカッパ頭」というのも、通俗的なザシキワラシのイメージである「赤い着物にオカッパ頭」の現代版と見えなくもない。
・一方、『奥州のザシキワラシの話』には、見えないザシキワラシの話も多い。話のなかで、怪異をもたらす主体としてザシキワラシの名をあげているものの、姿が描写されず、登場人物も見ていないという例である。
ざっと数えてみたところ、見えるザシキワラシの話が27話、見えない話が22話、見える人と見えない人がいるとする話が3話、不明が4話だった。見える/見えないは半々ということになる。
・それでは、ビジュアルがある話のなかで、ザシキワラシはどのように描かれているのか。以下に見ていこう。
まず、現在のザシキワラシのビジュアルに近いものを列挙すると――「一人の童子」、「赤い頭巾を被った赤顔のワラシ」、「5、6歳くらいの1人の子供」、「赤顔垂髪の1人の童子」、「白い衣物を着た6、7歳の童子、かぶきり頭」、「髪は黒くて長く切下げ、顔は赤く。素足のよう」、「髪は短くして下げた、河童に似た者」、「ぼろぼろの襤褸を着たカブキレワラシ」、「赤い顔」、「赤顔の散切頭」、「4、5歳ほどの子供」、「5、6歳位の皿子頭の童子」、「きわめて美しい子供」、「顔は赤くて短いムジリのようなものを着ておった」、「色の黒っぽい2つ位と見える子供のようなもの」……など。
「かぶきり」「カブキレ」は、オカッパ頭のこと。「垂髪」「皿子頭」も同様の意味だろう。ここで性別にふれていないことは注意が必要である。また、必ずしも衣類の色ではないが、赤という色が象徴的に話されている例が多い点も特徴である。
岩手方言の「ワラシ(童子)」は。何歳ごろまでを指すのだろうか。「14、5歳の小僧」、「14、5歳とも思われる一人のワラシ」、「赤い友禅の衣物を着た17、8の娘」などで、現在の私たちがイメージするザシキワラシよりはいくらか年上となっている。
・ちなみに、佐々木喜善の話をもとに編んだ柳田國男の『遠野物語』には、ザシキワラシの話が2話あるが、片方は「12、3ばかりの童児」で「男の児」、もう片方は「童女」「よき娘」とされている。『奥州のザシキワラシの話』のような多様性が見られないのはどうしたわけだろう。柳田が喜善の話を取捨選択したか、喜善自身がそのような話を選んだのか、いまとなっては判断のしようがない。
<闇に這い回るもの>
・佐々木喜善の『奥州のザシキワラシの話』には、座敷の襖や長押から細長い手が出て、おいでおいでをするという話が2話あり、13話では「細手長手」、14話では「細手」と呼んでいる。座敷に出るという点、家運の盛衰と関連づけられる点など共通点は多い。実際、29話のように「めごい手」だけを見せるザシキワラシの例もある。しかし、「細手長手」「細手」を、ザシキワラシの一種に加えていいのかというと、いささか躊躇する。ただ、蔵に出るクラワラシ、クラボッコとなると、親類かなとも思う。このあたりの判断は難しい。
先に老婆の姿のザシキバッコの例を紹介したが、これをザシキワラシの仲間に入れていいものかどうかは、この話のなかで行動が記されていないので何ともいえない。ザシキワラシが年をとって婆さんになったのだろう……というのは冗談で、妖怪の世界では、童はいつまでたっても童、婆は最初から婆である。
・あらためて『奥州のザシキワラシの話』に載るザシキワラシの行動パターンを見てみると、闇夜に響く足音について言及したものが多いことに気づく。それらの話のザシキワラシは姿を見せずに、「とたとた」「つたつた」という擬音で表現される足音だけを残している。『ザシキワラシの見えるとき』を書いた川島秀一も、ザシキワラシは姿が見えず、聴覚に訴える怪だと述べている。
ザシキワラシには、見えるものと、見えないものの2種があることについては先に書いた。それでは、見えない場合、私たちはどこでザシキワラシを感じるのかというと、その答えの一つが聴覚である。昔の夜は、いまよりもずっと暗かった。暗闇のなか、研ぎ澄まされる聴覚で捉えられる幽かな、奇妙な音。それが体験者の経験則に照らして、ある条件を満たしたときにザシキワラシとして感知される。
・この手のザシキワラシに遭ったとき、人はどんな気持ちになるだろう。例えば、1話では「毎晩、一人の童子が出て来て、布団の上を渡り、又は頭の上に跨って魘されたりするので、気味悪くかつとても寝付かれなかった」、19話では「何物かがみしみしと足の方から踏上って来て、ぎゅうと体を押付けた。その苦しさと言ったら、呼吸も止まりそうであった」とある。いかにも、子どもがしそういたずらだ。
これは現在でいうところの「金縛り」で、医学用語では「睡眠麻痺」というそうだ。私も20歳前後のころ頻繁に体験したが、条件さえそろえば、ザシキワラシに遭ったと解釈しただろう。