日本は津波による大きな被害をうけるだろう UFOアガルタのシャンバラ 

コンタクティやチャネラーの情報を集めています。森羅万象も!UFOは、人類の歴史が始まって以来、最も重要な現象といわれます。

午後10時以降に深泥池周辺で女性を乗せてはいけないというタブーが京都の運転手の間には不文律として存在する、といった話が、今もまことしやかに囁かれているように、タクシー幽霊の話は全国各地に分布している。(2)

 

新たな妖怪伝承は生まれるのか

・被災地における霊魂譚のなかには、個人の霊と遭遇したというのとは違う、特殊な体験も記録されている。体験者である男性は津波被災地の近くに住み、震災から10日ほど経ってから現場を訪ね、死霊にとり憑かれてしまったようなのである。

 男性はアイスクリームを食べながら、クルマに「災害援助」という嘘の貼り紙をし、被災地を歩いた。そうするとその夜にうなされて、家族に向かい「死ね、死ね、みんな死んで消えてしまえ」、「みんな死んだんだよ。だから死ね!」と叫び、何日も暴れまわった。男性の苦悩を聞いた宗教家は、死者にたいする畏敬の念をもたず、興味本位で被災地を訪ねたためだろうと彼に告げた。

 

妖怪と公共

柳田国男の妖怪体験

遠野物語』(1910年)を世に出す前から、柳田国男にとって妖怪が「目前の出来事」であり、「現在の事実」であったのはよく知られるところである。

 

柳田は『遠野物語』を嚆矢に、河童にまつわる伝承を次々と蒐集していった。その目的は、「この話などは類型全国に充満せり。いやしくも川童のおるという国には必ずこの話あり。何のゆえにか」という疑問を、自分で考えるだけではなく、後進にもその手がかりを与えるためだった。しかし、その発端となった『遠野物語』収録の五篇の「川童」譚は、たいそう気味の悪いものである河童と人間のあいだにできた子どもは手に水掻きがあり、また別の子どもは「身内真赤にして口大きく、まことにいやな子」だった。

 一つ目小僧については1934年に『一目小僧その他』を公刊して、年末の課題の解決を試みた。一つ目小僧は多くの「おばけ」と同様に、「本拠を離れ系統を失った昔の小さい神である」。実際に見た人が少なくなり、文字どおり目を一つ目に絵に描くようになってしまったが、ほんらいは片方の目を潰された神だった。

 

さまよう妖怪

柳田は『妖怪談義』(1956年)で、妖怪は「零落した神」であると定義した。

 

・柳田はまた、「盆過ぎメドチ談」で、「ばけ物」にたいする人の態度で三段階を示し、その思想の進化過程を論じている。第一段階は、ばけ物の出現を恐れ、敬して遠ざける。第二段階は、ばけ物の存在を疑うが、内心では気味悪く思う。第三段階にいたると、ほとんどの人がばけ物を信じることがなく、人の知力でばけ物の正体をあばいて退散させるようになる。

 

妖怪の発展と発見

・共同体が伝承してきた妖怪にたいし、夢枕に立つ幽霊は、その経験を他人に話さなければ、あくまでも個人に属する。しかし複数の人に経験が共有されたり、あるいは幽霊が辻に立つようになると共同性を帯びる。こうしたことが繰りかえされて『伝説』になっていく。遠野物語』の第99話は、2011年の大津波以降、明治三陸津波をめぐる怪異譚としてよく知られるようになった。この話も、ある特定の個人が経験した怪異現象だが、その経験に共鳴する人びとが少なからずいたのである。

 

・霧のしきたる夜なりしが、その霧の中より男女二人の者の近寄るを見れば、女は正しく亡くなりしわが妻なり。思わずその跡をつけて、はるばると船越村の方へ行く崎の洞ある所まで追い行き、名を呼びたるに、振り返りてにこと笑いたり。男はと見れば、これも同じ里の者にて海嘯(かいしょう・(注)潮津波)の難に死せし者なり。

 

 二人を追いかけた男は、自分が見たのは死者だと気づき、夜明けまで道中で考え、朝になって帰った。そして「その後久しく煩いたりといえり」。

 

・東北の大学生が幽霊をと思しきものを車に乗せたというタクシー運転手の証言を集めて話題になった。運転手が幽霊を恐れず、丁重に遇したことがこの霊魂譚を美談にし、腑に落ちる話にしてしまった。そもそもタクシーの運転手が幽霊を乗せて走るのは、決して珍しいことではないのだが。

 

・民話研究家・民話採集者の松谷みよ子は『現代民話考』で、現在の事実としての怪異譚を数多く集めた。そのなかには河童や天狗にまつわる話のほか、死者と遭遇した話がいくつも収められ、なかには運転手が体験したものもある。

 ある雨の降る夜、トラックの運転手が山形県宮城県の境の峠にさしかかると、子連れの女が傘もささずに立ちすくんでいた。運転手は車を止め、「仙台までだが、よかったら乗んな」と声をかけた。作並温泉まで来て「仙台はもう少しだぜ」と言って、後ろを見たがだれもいない。女の座っていたあとは、ぐっしょり濡れていた。ほかにも多くの運転手がここで同じような経験をしている。この峠では数年前に、仙台のある一家が車ごと谷に転落し、全員が死亡した事故があった。そこで彼らの霊にちがいないと、供養塔を建てて弔うことにした。塔を建ててから、幽霊は出てこなくなったという。

 

日本の祭はどこにあるのか

祭は更新される

青森県三戸郡新郷村には「キリストの墓」と呼ばれる場所があり、毎年6月の第1日曜日にはキリストの里公園で「キリスト祭」がおこなわれる。1964年(昭和39)から開催されているこの祭では、獅子舞と盆踊りが奉納される。

 キリスト祭の盆踊りで踊られる「ナニャドラヤ」は、青森県南部から岩手県北部にかけてと秋田県鹿角地方の旧南部藩領内に伝わり、柳田国男の紀行文「清光館哀史」「浜の月夜」でも取りあげられている。柳田は、岩手県九戸郡の小山内(おこない)(現在の洋野町小子内)の浜辺で耳にした盆踊りの歌詞を、「なにヤとやーれ なにヤとなされのう」と書きとめ、「何なるともせよかし、どうなりとなさるがよい」と、女性が男性に向かって呼びかける意味だと推測した。また岩手県一戸町出身の神学博士川守田英二は「キリストの墓」の伝説にからめて、ナニャドヤラの歌詞は、ヘブライ語で民族の進軍歌を意味すると主張した。

 

ITと怪異現象

21世紀の妖怪を探して

・妖怪の歴史を、人間社会の時代区分にあてはめて論じることはできないものの、妖怪たちのほとんどの種族は近代以前に誕生していた。彼らが民族のなかを生き延び、「目前の出来事」「現在の事実」として人びとの前に姿を現したのが、1910年(明治43)に刊行された柳田国男の『遠野物語』にほかならない。ここに出てくる河童や天狗やザシキワラシの行状は、20世紀初めにおける彼らのふるまいだった。

 

噂を広める、情報系妖怪「件」

・そんななかで19世紀前半に生まれ、20世紀半ばまで活動した妖怪に「件(くだん)」がいる。件は文字どおり半人半牛の姿で、流行病や農作物の豊凶、災害や戦争を予言することが特徴だとされている。幕末には、「今年から大豊作になるが、秋以降には悪疫が流行する」と予言し、件を描いた護符がもてはやされた。また19世紀末には、「日本はロシアと戦争をする」と予言したこともあったといわれる。

 

目に見えない凶暴な感情が広まり、共有されていく

・21世紀に入ってから、新しい妖怪が生まれたという噂を聞かない。そのいっぽうで幽霊の目撃情報は、東日本大震災の被災地では少なくなかった。それでも幽霊がこれまでとは異なる立ち居ふるまいをしたわけではなく、生前に親しかった人の夢枕や、街の辻に立つという行状には変化がない。

 

人と人をつなぐ、目に見えない綱「キズナ

・私などはキズナアイという名前から、信州をはじめとする東日本に伝承される「飯綱」を思いおこす。「管狐」とも呼ばれるこの妖獣は、竹筒のなかに入ってしまうほどの大きさだといわれる。飯綱使いはイズナを使って占いをしたり、依頼に応えてイズナを飛ばし、人に憑いたり、病気にしたりすると信じられている。

 

江戸時代から続く「日本人のVR羨望」

ツイッターから話題になった江戸の奇談

・江戸時代後期に書かれた『仙境異聞』(1822年・文政五年)という本が話題になっている。しかもそのきっかけは、「『江戸時代に天狗に攫われて帰ってきた子供のしゃべったことをまとめた記録』がめちゃ面白い」というツイッター上のつぶやきだったのだ。

 

常世界と超能力への関心

・江戸時代の文政年間、「仙童寅吉」あるいは「天狗小僧寅吉」と呼ばれる15歳の少年が、江戸の町を騒がせた。天狗(山人・仙人)にさらわれて、この世と異なる世界(仙界)で暮らした寅吉は、超能力を身につけて帰ってきたからである。

「仙童寅吉」をめぐる事件は、二つの側面から読み解くことができるだろう。ひとつは、寅吉が超能力によって訪れた異界のようすであり、もうひとつは寅吉に示した知識人たちの関心のありようだ。寅吉が見てきた世界は、この世とは異質で超常的な世界であり、寅吉が体得した超能力は、現実を超えでる技術や感覚だった。

 

異界を体験し、超能力を身につけた少年

・寅吉が7歳のとき、上野池之端の神社の境内で遊んでいたところ、薬売りの老人が小さな壺に薬を入れ、自分自身もそこに入りどこかへ飛び去った。仰天した寅吉が、また別の日に神社に出向くと、老人から「一緒にこの壺に入らないか」と誘われた。寅吉は老人とともに壺に入ると、常陸国(現在の茨城県)の南台丈(なんたいだけ)という山に連れていかれた。寅吉は老人と一緒に各地を飛びまわり、常陸の岩間山(愛宕山)で修行しながら、祈祷術や占術、薬の製造法といった異能を伝授されていく。寅吉は岩間山にずっといたわけではなく、江戸とのあいだを往復していたのだが、世間では天狗に仙界へさらわれたとみなされていたのである。

 

・この世とは異なる世界から帰還した少年に、江戸の町は沸き立つ。寅吉は、山崎美茂が珍談・奇談の会を開いていた薬商の長崎屋で暮らすようになる。そこに集った当代の知識人たちは、寅吉が異界で体験してきたことと、身につけてきた超能力について質問を放っていくのである。

 

・寅吉の不思議な体験と特殊な能力に、最も関心を寄せたのは、『仙境異聞』をまとめた平田篤胤だった。篤胤は本居宣長に師事し、最初の著書『新鬼神論』では、神、鬼神の普遍的存在を証明しようとした。また『霊能真柱』では、「霊」が死後に「幽冥」へ行くことを証明するため、古伝説によって宇宙の生成を説いている。寅吉にたいする篤胤の質問の目的は、「こちらの世界」(顕界)とともに世界を構成する「あちらの世界」(幽界)の実在を証明することだった。

 

宇宙体験の真実

・彼らの関心に応えた寅吉の体験のなかでは、天体にかんする見聞がとくに興味深い。寅吉は空高く飛翔し、大気圏外の宇宙で、地球、星、月、太陽を観てきたからである。

 たとえば「星のあるところまで行ったなら、月のようすも見たのか?」という質問にたいして、寅吉は次のように答えている。

月は近くに寄るほどどんどん大きくなり、身を刺すように寒さが厳しく、無理して200メートルぐらいまで近寄ってみると、思った以上に暖かだった。(地上から)光って見えるところは、国土(地球)の海のようで、泥交じりのように見える。俗に『兎が餅を搗いている』と言われるところには、二つ三つ、穴が開いている。しかし離れたところから見たため、正体はわからない」。

 

テクノロジーの開発と感覚の拡張

・『仙境異聞』に登場する知識人たちは、西洋科学の最新知識も豊富だった。しかし、彼らの質問にこたえた寅吉の体験談はあまりにもリアルで、虚言や捏造だと言うべきではないだろう。彼の感覚器をとおした「ヴァーチャル」な世界なのだから。

 人間は科学技術を進展させ、やがては宇宙に飛び出て天体を観測してきた。新たな現実を生みだす技術と感覚を追求したのは、ヴァーチャル・リアリティの研究者だけではない。江戸時代の人びとも、そんな世界と技術に夢中になっていたのである。

 

日本人と信仰

手帳のなかの庚申塔

宮沢賢治と災害フォークロア

賢治と地震津波

宮沢賢治が大地震と大津波の年に生まれ、大地震と大津波の年に亡くなったことはよく知られている。

 賢治は1896年(明治29)8月27日に生まれたが、その年の6月25日に、「明治三陸地震」と「明治三陸津波」がおこった。岩手県上閉伊郡釜石町(現在の釜石市)の東方沖約200キロメートルを震源とするマグニチュード8.2から8.5という巨大地震により、地震発生から約30分後には、最大で海抜38.2メートルにおよぶ溯上高の津波三陸沿岸を襲った。死者・行方不明者は2万1959人に達したこの地震津波をきっかけに、「三陸海岸」という名称が広く使用されるようになったといわれる。

 賢治の誕生直後の8月31日にも「陸羽地震」が発生している

 

・賢治が亡くなったのは1933年(明治8)9月21日だったが、同じ年の3月3日には、明治三陸地震と同じく上閉伊郡釜石町の東方沖を震源とする「昭和三陸地震」が発生した。この地震のときにも三陸沿岸を大津波が襲い、死者1522人、行方不明者1542人におよぶ大災害となった。

 

岩手県の遠野地方には、「不地震地」という地震の際にも揺れることがなく、そこに逃げこむと安全だとされる伝承地がある柳田国男の『遠野物語』にも、そのなかのひとつ、土淵村和野の不地震地が登場する。

 

ザシキワラシと白髭水

柳田国男に『遠野物語』のもとになる民譚を話しきかせた佐々木喜善は、『ザシキワラシの話』の中で、「カッパとザシキワラシは同じものだ」という証言を列挙している。遠野とその近郊では、ザシキワラシを飢饉により没落した旧家に宿っていた霊として、あるいは池や沼に棲む精霊として捉えている例が少なくないのだ。

 

宮沢賢治が災害のフォークロアと最も近づいたのは、「白髭水」という怪異伝承においてであろう。「白髭水」あるいは「白髪水」と呼ばれる災害伝承は、大津波に先立ち、白髪や白髭の老人が現れて水害を予告した、あるいは洪水や山津波の波頭に、白髪白髭の翁が乗っていたというものである。

 柳田国男は『遠野物語』でも「白髪水」についてふれている。第28話の注に「北上川の中古の大洪水に白髪水というがあり、白髪の姥を欺き餅に似たる焼石を食わせし祟りなりという」と記される。

 

七庚申と五庚申

・農業を中心に思想を組み立て、農民の救済を願った宮沢賢治が最も恐れていた災害は、冷害による飢饉であった。『グスコーヴドリの伝記』でも、主人公の飢饉体験、冷害の予防が物語の中核を占める。

 

ここで賢治が採りあげているのは、1年に7度、あるいは5度、「庚申」がある年には、「稔らぬ秋」を恐れて、庚申塚を盛るという民間信仰である。

 

・庚申は干支のひとつで、60年ごと、また60日に一度訪れる。庚申の日には、人間の体内にいる三尸虫(さんしちゅう)が、人が寝ているうちに天帝に悪事を報告しにいくとされ、それを防ぐため、夜通し眠らずに「庚申講」を開くのである。

 

「七庚申」あるいは「五庚申」と刻んだ庚申塔は、東北地方の庚申信仰の特色で、なかでも花巻の周辺に最も集中しているのだという。

 

 

 

『プレアデス星訪問記』

上平剛史  たま出版   2009/3

 

 

 

UFOに招かれる

宇宙太子との再会

・それは、私が故郷である岩手県に住んでいた16歳のときのことである。

 

葉巻型巨大宇宙船へ

・「葉巻型母船は長さ4キロメートル以上で、太さは一番太いところで、直径7、8百メートル以上あります」

                     

・「この母船はひとつの都市機能を持っており、ありとあらゆるものが備わっています。生き物のような船であると言っても過言ではないでしょう」

 

・なんと、これでも中規模程度の母船らしい。10キロメートル、20キロメートル、さらにそれ以上の大きさの地球人類には想像もできないほどの巨大な母船も存在するという。この母船では縦横およそ50メートルおきに道路が設けられ、階層は最も厚いところで40~50層になっているそうである。母船の中に公園や山河まであるらしい。この母船で生まれ育ち、一生を過ごす者もいるそうである。

 

・宇宙人にはそれぞれ母星があるが、母船には母星の都市機能が備わっており、母星の社会がそのまま存在している。母船の惑星としての役目を果たすため母船が故郷となる者もいて、そういった者は、ある意味で、母星で暮らしている人間よりも精神的に進化しているらしい。

 

・「この母船には我々プレアデス星人だけでなく、様々な星人が協力のために同乗しています。地球人類がグレイと呼んでいる宇宙人もいます。もっともグレイは我々が遺伝子工学、バイオ化学、宇宙科学を駆使して造ったロボットでしたが、今では宇宙や特定の星の調査など、さまざまな分野で活躍しています。他にも爬虫類、鳥類、魚類、昆虫、植物などの生態から進化した人間もいます

 

・「この母船は、最大収容能力は5千人ですが、現在は4千人くらいでしょう。ただ、乗せるだけならば、1万人は乗せられるでしょうが、常時生活して長く滞在するとなると5千人が限度です。食料やその他の問題がありますからね。この母船には、ここで生まれた子供たちを教育する係もちゃんといるのですよ。子供達が大きくなれば、母星の学校や他の進んだ星へ留学する場合もあります」

 

・UFO研究家で有名な韮澤潤一郎氏も「微に入り細に入る教訓的宇宙オデッセイであり、近頃には珍しい詳細な本物の体験記であると思う」と記している。

 

・だれしも、ある時夢での宇宙をさまよったこともあるのだろうが、本書によって、しばし宇宙旅行を楽しまれることをおすすめする。

 

惑星化された母船内部

・私は船長に言われたとおりに宇宙太子に従い、自走機で艦内を案内してもらった。艦内のどこを回っても、光源がないのに真昼のように明るい。壁全体から光が出ているようだが、影は映らなかった。小型宇宙船の駐機場、公園、スポーツクラブ、談話室、宇宙パノラマ室、図書館、レストラン、健康クラブ、プライベートルームなどを早足で回った。駐機場にはざっと数えただけで宇宙船が30機以上あり、宇宙太子に聞くと、「全部で100機あるでしょう」ということであった。

 

・公園は中央の中段上にあり、綺麗に整備されていた。樹木や草花が咲き乱れ、とてもいい芳香を放っている。植物の色合いはとても濃く、元気である。自然の中に小川が流れ、散策路やベンチがあった。歩くと心が癒される素晴らしい公園に作られていた。ここからさらに農場や150メートルほどの山岳に連なっており、まさに自然そのものが存在していた。

 

・「プレアデス星人は、現在では本を使いません。家にいながら世界中のことを見たり、知ったりできるからです。子供達が勉強するのにも本は使いません。年齢によって脳に知識を植えつけていくシステムがありますから、記憶装置を使ってどんどん知識を増やしていけます。子供達はやがて自分の得意分野へと進んでいき、個性を活かした社会奉仕へと向かっていくのですよ」

 

すべてをリサイクルするシステム

・続いて、プライベートルームに案内された。ここは寝室のある個室で、寝泊まりができるらしい。石鹸やシャンプーを使わないため風呂場はなく、シャワールームのようになっていた。そこで霧状のシャワーを浴びるだけだが、波動の加わった特殊な水なので、肌の油や垢がきれいに洗い流されるのだというトイレは私たちのよく見るような便器ではなく、シャワールームの壁側にある人形の凹みに腰かけるようになっていた。私もためしに用を足してみたが、用が終るとその思いを感知するらしく、終ったあとのお尻に気持ちのいい温風が流れて乾かしてくれる。そのあとは軽やかな音楽が流れ、香水の香りが漂った。あまりにも不思議だったので、私は宇宙太子に質問してみた。

「大便や小便の始末はどうなっているのですか。それから、おならのガスはどうなるのですか」

大便や小便は完全に分類し、利用しています。宇宙生活ではすべての物を再利用するシステムが完全に備わっており、ムダになる物はひとつもありません。おならのガスだけでなく、我々が呼吸で吐き出す炭酸ガスも空調システムで完全に集めて分類し、活かしているのですよ。循環システムが完全に稼働しているために、我々は星で生活しているような錯覚さえ起こすのです。母船は星と都市の機能を備えているのです」

 

・私がさらに驚いたのは洗面台である。歯ブラシを使って歯を磨いたり、カミソリでヒゲを剃ったりする習慣はないのだという。壁側に顔形の凹みがあり、そこに顔を当てると顔が洗われ、ヒゲもきれいに剃れるのだ。その装置の中のちょうど口にあたる部分には出っ張りがあり、それをくわえると口の中がきれいに洗浄されるのである。

「この装置はどういうシステムになっているのですか」

「ヒゲは、簡単に言えば特殊な電気でヒゲだけをきれいに焼いてしまうのです。顔の皮膚は火傷しないようにそれとは違う電気システムを使っています」

「皮膚が焼けないシステムといっても、睫や眉毛、髪の毛はどうなるのですか」

「もっともな疑問点です。我々の装置は人間の思考を感じ取って、人間の思い通りに働いてくれる完璧なシステムに作られています。ですから、本人がすることを完全にこなしてくれるわけで、髪の毛や、眉毛、睫まで焼いてしまうということはないのです。念のため、システムの中に髪の毛、眉毛、睫、ヒゲのサンプルを入れて記憶させていますから、完全に区別できます。このように、百パーセント安全なシステムでなければ、日常生活に使用しないですよ」

 

・「地球にあるほとんどの食物は、実はその昔、我々の祖先がプレアデスから持っていったものが多いのですよ。地球で生活するために持っていったものが地球で野生化したり、地球人が改良を加えたり、混ざり合ったりして、新種ができて今日に至っています」

 

・「人工太陽も利用しますが、自然の太陽の光を天井から農場まで引いて照射しているのですよ。太陽の光と熱を貯蔵して利用し、効率よくしています。また、成長ホルモンをコントロールして高単位の栄養を与え、成長を速めているのです」

 

プレアデス人の宇宙科学

中心都市の宇宙空港

・映像パネルに宇宙図が現れた。その中に、ひときわ美しく、金色に輝く星が見えた。星々の流れがシャワーのように後に流れはじめると、金色の星が少しづつ大きくなった。ゴルフボールから野球のボールの大きさへ、それがサッカーボール、アドバルーン大、と大きくなった。すると、星の両側に巨大な太陽が見え、まぶしき輝くの見えた。私の驚きを感じて、船長が言った。

「我々の母星は伴星の恒星にしたがっている惑星です。双星の太陽の源に我々の母星「プレアデスXⅡ」は育まれ、多種多様な生命が発生しました。宇宙の進化の目的にしたがって我々は成長を遂げ、現在の宇宙科学を駆使できるまでに進化を遂げたのです。」

 

・船長が命令すると、母船はプレアデスXⅡへぐんぐん近づいて行き、青く輝いていた大気圏に一気に突入し、丸く見えていた惑星に山脈や青い海が見えると、スピードがゆるやかになった。それからゆっくり降下し地表に近づくにつれて、都市の形状がはっきりしてきた。透明の丸いドームが大小延々と連なっており、それらが透明の太いパイプで連結されているのが見えた。

 宇宙空港は都市郊外の山脈近くにあった。さまざまな宇宙船がそれぞれの着陸場所に降り立ち、駐機していた。葉巻型宇宙母船が台のような構造物でしっかりと固定され、何十機と駐機している。私達の乗る母船も船長の指令により、ひとつの台に降り立った。その台はやがて山脈のほうへ向かって動き出し、中へと吸い込まれていった。山脈の中は空洞で、母船と同じく光源がなくても真昼のように明るい。

 

地球人類が滅亡へ向かう根本原因は、社会の基本に貨幣制度を敷き、競争社会を造っていることです我々の社会には貨幣制度は存在しません。貨幣がなくても、『必要な人が、必要な物を、必要なときに、必要なときに、必要な分だけ受けられる社会』が確立されています。『真に平等で平和な社会』です。したがって、地球人類が『真に平等で平和な社会』を心から願うのであれば、現在の貨幣経済から一日も早く脱却しなければならないでしょう。

 

・「これは手品や魔術ではなく、私の思念、創造の産物です。『思考は目に見えないが、生きた産物であり、精神は感応する』という性質を、私達は宇宙科学に応用したのです。宇宙ジャンプ、テレポート、非物質化、物質化現象を応用することで、光よりも速く飛べる宇宙船を開発できました。ですから、光の速さなら何百年、何千年、何万年もかかる距離でも、宇宙船は瞬く間に目的地に着けるのですよ」

 

・地球人類と私達の社会では、人が亡くなったときの処理の方法も違います。街には必要と思われる箇所に『平安の屋形』という小さな家が設けられています。そこには『やすらぎの器』という遺体処理機が置かれています。これは遺体を記録し、完全処理する機械です。ある人が道で倒れたりした場合、通りすがりの人間がその人を平安の屋形に運び、やすらぎの器に乗せてあげます。機械は霊魂が昇天しているかどうかを判断し、まだ死亡していなければ生存していることを知らせ、どこへ連れて行くべきかの指示を出します。そこで遺体の発見者は、指示されたところへ自走機で連れて行きます。誰もが必ず連絡先の書かれたカードかチップを携行しているので、それを見て家族へ連絡します。

 

愛の奉仕活動を基本とする社会

工業都市ミールの宇宙船製造工場

・宇宙太子が「さあ、出かけましょう」と私をうながした。彼は私を自走機に乗せ、館内を見せてくれた。パブリックホールにはさまざまな星人、人種がおり、楽しそうにくつろいでいた。宇宙太子が「あれはオリオン人、あちらはシリウス人、むこうはアンドロメダ人、それからリラ人、カシオペア人、牡牛座人、ヘルクレス人、レチクル人、リゲル人………」などと教えてくれたが、とても覚え切れるものではなかった。

「みなさん、それぞれの目的のもとに我が母星を訪問しているのです。研修や宇宙旅行の途中に立ち寄ったり、剛史と同じような目的だったり、宇宙人連合の会議に出席するためだったりします。今、私がそれぞれを紹介しましたが、地球人の星座を使って、地球人にわかる形で表現しただけで、実際には違う名称です。我々の科学も本当はピクス科学といいますが、地球人にわかりやすいように、プレアデスという名称を使っています

 

彼らは顔や体形にそれぞれ特徴があった。目立ったのは、鳥、爬虫類、牛などの特徴を持った人間である。

「彼らもまた、進化した人間なのですね」

「もちろんそうです。科学力においては、地球人類よりはるかに進化を遂げています。顔がヒューマノイド形でないからと言って、見下げるのは誤っています。科学力において進歩しているということは、精神面においても進化していると思っていいでしょう。知恵と精神面の発達はとても重要で、その人類の生きかた、社会のありかたを決定づけます。地球人類の社会に争いや戦争が絶えないのは、精神面がとても遅れていると見なければなりません」

 

・自走機で小型宇宙船が駐機している屋上まで行き、そこから小型宇宙船で工業都市へ向かった。宇宙船が上昇したので都市全体を見渡すと、各ドームがいっせいに美しいカラフルな色に変色した。

 

工業都市ミールは先ほどの首府アーラとは違い、透明なピラミッド形の建物が多かった。その他に箱形やドーム状のものも点在するこの都市も、たとえようがないほど美しかった。山脈に続く一角にはさまざまな宇宙船が並んでおり、宇宙船はこの工業都市で製造されていることがひと目でわかった。

工業都市は他にもありますが、宇宙船は主にこの都市で製造しています。工業都市にはそれぞれ特徴があって、宇宙船だけでなく、あるとあらゆる機械、ロボット、コンピューター、設備関係、家庭で使う小物の道具類まで、我々の社会に必要なものはすべてが製造され、そこら全国へ配送されます。すべて国の管理により、必要に応じて製造され、ムダなく使用されます。地球人類のように会社が競争して、必要以上に製造してムダにする社会とは違います。『必要な人が、必要な物を、必要なときに、必要な分だけ受けられる社会』、『誰もが平等に平和に暮らせる社会』が確立しているため、人よりも物を蓄えようという物質欲ははるか昔になくなっているのです。我々の社会では『人に与えることが自分の幸福』なのです」

 

過去にも未来にも行ける

・「過去は実際にあった現実ですから、ある程度理解できます。でも、まだ現実になっていない未来をどうしてとらえられるのか、僕にはわかりません。先ほどの『さくらんぼ娘』にしても、まだ生まれてもいないし、両親は結婚さえもしていないわけでしょう。それなのに、どうして次元に入れるのでしょう。アカシックレコードは過去の記録でしょう。

「もっともな疑問ですね。この世に物質が誕生するとき、その物質にはその物質の一生が記録されています。ですから、人間ならば、その人の肉体と霊魂をさぐれば、その人の未来も知ることができるのです。つまり、この宇宙の物はすべて未来の記録を発しているわけです。実を言えば、過去も未来も今、ここに存在しているのです。過去に遡れるのなら、未来にも遡れるのですよ。遡ると言うより、『その次元に入り込む』と言ったほうが正しいかもしれません。地球人類的に言うならタイムマシンですね。

 

大規模農場アースナムの『ミルクの木』

・「農作業はほとんど機械とロボットが行い、人間は管理だけをしています。ここでは地下が倉庫になっており、コンピューター管理によって運営されています。ここから地下の流通路を通って都市から都市へ、必要なところへ必要な分だけが配送されていくシステムです。個人が自分の趣味でやっている園芸農園もあるのですよ」

 

海洋都市アクーナ

自然環境と調和する都市

・小型円盤でしばらく飛行すると、海岸線に添うように、丸い形の家がたくさん見えてきた。もう着いたのかと思ったが、円盤は沿岸の街へは下りず、海へ向かった。その海を見下ろすと、海中がまるで宝石でもばら撒いたように光り輝いていた。宇宙太子は「ここが海洋都市アクーナです。入りますよ」と言うと、そのまま円盤を操作して海へ突っ込んでしまった。海中を進むと、ラッパのような構造物があった。円盤はその先端の大きな口の中へと入って進み、やがて巨大なドーム状のプールに浮かび出た。まわりにたくさんの円盤が並んでいる駐機場がある。そこは、海洋都市アクーナのプール港ステーションだった。

 私達は自走機に乗って都市を回り、ひときわ立派なドームにたどり着いた。

 

知識はレコ-ディングマシンで脳に記憶

・「地球人類は学問的知識を覚えるのに、もっぱら暗記力に頼るようですが、我々の社会ではそのような苦労はしません。先ほども言いましたが、脳に記憶を植えつけ、脳に知識をレコーディングしていきます。年齢別にレコーディングの種類、最も決められています。そのために、図書館にはあらゆる分野の知識がつまったチップがそろっています。チップをレコーディングマシンにはめて、知識を脳に流し込んでやるだけで、物理なら物理の知識が記憶されます

 

・初めて会った子供達が、流暢な日本語で挨拶したので驚いてしまった。

みなさんこんにちは。歓迎してくれてどうもありがとう。みなさん、日本語がうまいですね、どこで覚えたのですか

 彼らはいっせいに言った。

「レコーディングマシンで覚えたのです。私達はみんなこれで知識を蓄えるのですよ」

「みなさんは今、僕と初めて会ったのに、僕を知っているようだけど、どうしてかな」

「私達はレコーディングマシンで何でも知ることができるのです。レコーディングマシンを使えばわからないものはありません。わからないとすれば、この世を創造した神様がどこから来たのかということぐらいでしょう。それに、私達の脳は地球人と違って、近くにいる相手の意識が伝わって来るのです。だから、剛史が地球から来たことがすぐにわかったのです。魂の進化を遂げた私達の脳は、受信、発信ができる便利な脳に発達しています。そのおかげで、脳による意識と意識だけのテレパシー会話ができるほどに能が発達しました。神の方向性に向かって、神に近づくように進化し続けているのです」

 彼らはまるで子供らしからぬ説明を、日常会話でもしゃべるように話した。私は、こんな小さな子供達が地球の大人以上の認識で話すのを聞いて、プレアデス人の進化の度合いは半端なものではないと感じ取った。