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コロナは収束する。そして、バブルになる。金融、財政出動によるバブルになる。株式市場はすでに、最後の短期バブルが始まっている。コロナショックで崩壊したバブルを救済するためのバブルだ。(1)

 

 

『アフターバブル』

近代資本主義は延命できるか

小幡績      東洋経済新報社   2020/9/4

 

 

 

世界恐慌か、新しい中世か

  • すでに膨らみ始めたコロナショックバブル
  • ゼロリスク志向が財政危機を加速させる
  • 日銀は「新次元の金融政策」に踏み切るべき
  • 新たなバブルをつくり出せない「本当の危機」
  • 不要不急の消費による「成長モデル」の終焉

 

バブルがつくった経済成長、壊した経済成長

バブル・アフターバブル

バブルとは常にバブル・アフターバブルである。

これこそがバブルの基本構造であり、バブルの本質である。

 バブルにおいては、バブルの次にバブルが来て、バブルが崩壊すると、それを救済するためにバブルがつくられる。そして、またバブルは崩壊し、そこから立ち直るためには再びバブルが必要となるのである。これを繰り返しているのである

 

・バブルとは何か。

 それは、先に何気なく触れた「外部の力で膨らませたもの」である。

 これは私独自のバブルの定義だが、バブルの本質だ。

 バブルはいつ始まったのか。

 貨幣が社会に登場したと同時に資本主義が始まったと考えるのが、岩井克人氏などであるが、貨幣を通じた交換により富が蓄積し始め、生産が起きなくても、資本主義は存在しうるという主張だ。交換が資本主義の基礎であるという考え方である。

 ここではその議論に深入りはしないが、私の考えは、「資本主義とはバブルそのものであり、バブルの一形態が資本主義である」とバブルのほうを資本主義よりも広く捉えている。

 

近代資本主義とはバブル

・バブルとは「外部の力で膨らませたもの」と述べたが、では、バブル経済とは何か。

 自給自足から外れた経済状態、すなわち、同一の規模で経済の営みの循環を繰り返す安定的な状態から外れた状態、と定義する

 そもそも、経済は通常は定常状態にある。毎日同じ営みの繰り返しである。生物はみな同じで、人間社会ももともとは同じはずだ。ここに生産力の上昇が、たとえば技術革新で生まれたとしよう。農業の発明でもいいし、道具の使用でもいいし、言語の発明でもよい。そうすると何が 起こるか。人口増加である。生物は種を繁殖させるために存在するから、余力が生まれれば、それは個体の増加となる。

 これは、マルサス人口論であり、マルサス的な経済成長である。定常状態における経済成長と言ってもいいかもしれない。

 

バブルの3つの循環

・そして、定常的な循環を外れバブルが始まると、経済は、今度はバブルの循環に支配されることになる。

 欧州経済(20世紀以降は欧米経済と言うべきだが)に関していえば、現在は、1492年に始まったバブル拡大期のことを指しているに過ぎない。

 

・最後に、短期のバブル循環が存在するが、これが我々が普段バブルと呼んでいるものである。冷戦終了後、移行経済バブルがあり、それが崩壊し、ITバブル(テックバブル)があり、テロやエンロンで崩壊し、そこから世界金融バブルが世界的な金融緩和により生まれたのである。このときはEUバブルも同時に始まっていた。そして、リーマンショックで終わり、リーマンショックからの回復で量的緩和バブルが生まれた。短期のバブル、その崩壊、そこからの回復のための政策によるバブル生成、これが短期循環では繰り返されるのであり、「バブル・アフターバブル」と呼べるのである。

 

経済成長とはバブルの拡大

・このように考えると、近代以降の経済成長とは、バブルの拡大のことであった。バブルが拡大することこそが、経済規模の拡大であり、一人当たりGDPの上昇であった。GDPの拡大による生活水準の上昇とは、ぜいたく品の消費拡大であり、都市における大量消費社会の拡大のことであった。それは、実質的な生活水準の上昇を含むこともあったが、本質的には無関係であった。

 

コロナショックとバブルの最終局面

・今、起きていることは何か。

 感染症に右往左往している社会である。高度に発達した技術を持ち、20世紀初頭に比べれば想像を絶するほどの経済成長を実現したはずの社会が、20世紀初頭の感染症対策と同じステイホーム、移動制限、マスク着用という手段しかとれず、しかも、それを実行することですら社会を挙げて大論争を行い、その間に60万人以上が死んでいる社会である。

 我々の経済社会は、この数百年で、バブルとバブル的な消費以外の何を生み出してきたのだろうか。

 

バブル・アフターバブルの30年――史上最悪の株価暴落はなぜ起こったか

コロナ危機と株価の大暴落は無関係

・2020年2月24日、米国株式市場は、理由もなく突然暴落した。それはまるで、1987年のブラックマンデーの再来かと思われた。

 理由がない? バカな。明らかな理由があるじゃないか。コロナウイルス危機じゃないか。コロナショック暴落だろう? すべての人がそう言うに違いない。

 確かにコロナ危機は起きている。しかし、株価の暴落とは無関係だ。丁寧に言えば、暴落の最期の引き金、きっかけはコロナショックだったが、それは原因ではない。

 

リーマンショック後になぜまたバブル?

・では、そもそもバブルになっていたのか。

 直接的な理由は金融緩和、それも世界的なかつ異常な規模の金融緩和である。世界にマネーが溢れ、それが株式市場になだれ込んできたためにバブルになっていたのである。

 大規模緩和と言えば日本銀行だが、日本の場合は、2000年のゼロ金利開始、2001年の量的緩和の「発明」からずっと続いているので、日本関係者には当然のようになってしまっているが、この日本銀行が発明した量的緩和は、日本銀行自身の中で進化を遂げただけでなく、世界に感染していった。

 

あらゆる市場でバブルが発生

・しかし、これはまさにデジャブ、既視感のあるものだった。既視感とは、リーマンショック前の不動産バブル、そしてすべてのリスク資産がバブルになったリスクテイクバブルとまったく同じ状況、経緯であったのだ。

 リーマンショック前に不動産バブルになったのは、世界で資金が余り、投資先を求めて資本がさまよっていたからであった。

 

冷戦終了と30年バブル

・これが、繰り返されるバブルの始まりだったか?

 違う。これよりも先にバブルが生まれていたのである。

 2001年に超低金利をつくったグリーンスパンは、1996年に米国議会に呼ばれたときの証言で、株価について「根拠なき熱狂」と言ったのだった。

 

・この異常な株価が、いわゆるテックバブル(日本ではITバブルと呼ばれている)を生み出し、2000年前後のテクノロジー株に関するバブルは、テクノロジーベンチャー企業たちの株価を狂気としか思えないような水準に膨張させていた。

 

市場資本主義とは流動化による収奪

・経済の拡大から金融バブルになるのが、大きな波のバブルの特徴だ。金融市場だけでは大きなうねりにはならない。金融市場の拡大を持続的に支える実体経済の需要の拡大が必要だ。ただし、これは必ずしも経済が真の意味で良くなっていることを意味しない。

 

バブルに次ぐバブル

旧ソ連、東欧の移行経済バブルが90年代前半に起こり、90年代半ばは東アジアの奇蹟からバブルとなった。90年代後半は米国がバブルになり、インターネット革命と相まって、テックバブルとなった。

 しかし、これらのバブルはすべて崩壊する。

 

コロナショックバブル

リーマンショックによるバブル崩壊の痛み、処理から逃げ続けるための、世界的な大規模金融緩和、金融緩和によって生じた世界金融バブルの崩壊に対して、さらなる金融緩和で、バブルの最終的な完全崩壊を先送りしたというのが、2009年以降の10年間に世界で起きていることである。

 

・欧州も新型コロナの感染による死者が集中した地域であり、ECBもイングランド銀行も最大限の緩和を行った。日本は米国、欧州に比べれば無傷に近い新型コロナ感染症による死者数であったが、それでも政府や都道府県知事がメディアやSNSに押されて、大規模な休業要請をしてしまったために、経済活動が急激に縮小した。これに対応して、日銀も緩和を拡大する姿勢を示さなければならず、すでに国債買入は限界を超えていたため、上場株式ETFの購入額を倍増させ、株式バブルを直接つくった。

 バブル崩壊からの金融システム破綻を防ぐために、世界の中央銀行は、大規模金融緩和で、まさに再度バブルをつくったのである。これにより世界の株価は大きく上昇し、コロナショック前の水準をあっさり回復し、米国ダウやナスダックは、史上最高値を更新した。

 

実体経済バブルから財政破綻

・コロナショックに対応するバブル生成政策は、金融政策にとどまらない。コロナショックの社会経済に与える影響が国民生活に直接及ぶことから、財政出動を余儀なくされたからである。しかも、金融以上に財政出動は、前代未聞、人類史上最大の財政出動であった。

 

コロナショックは史上最大級の危機か――「社会が一変する」はあり得ない

アフターコロナは存在しない

・中国、韓国など多くのアジア諸国は、政府が強権を発動して、人々の行動に制限を課したのみならず、スマートフォンのアプリケーションなどを駆使して、プライバシーをほとんど無視してと言っていいくらい個人の行動を把握し、それを新型コロナ感染防止のデータとして最大限活用し、そして感染拡大防止に成功した。

 

・世界の知性と呼ばれる人々は、自分の議論したいことに現実の現象を引き寄せているだけであり、自分の商売のネタにしているだけだ。彼らは自分の見たい現象だけを見ているにすぎない。

 現実はどうなるか。コロナショックで世の中は何も変わらない。

 コロナとは、自由主義、管理社会の問題ではない。感染症の問題、それに尽きる。それだけだ。ビフォーコロナ、アフターコロナなど意味はない。コロナでは何も変わらない

 

私の個人的な結論を先に言っておくと、良い政府もあれば悪い政府もある。政府が良いことをすることもあれば、悪いことをすることもある。それだけのことだ。良い政府を選び、政府が良いことをするように仕向ける。データも同じだ。政府が良いことしか使えないようにする。そうでなければ反対する。それだけのことだ。

 

大恐慌ではなく最後のバブルがやってくる

・さて、コロナショックで社会も変わらないが、経済も変わらない。

 経済は大不況、いや大恐慌になる。リーマンショックをはるかに超える危機だ。いやそれどころではない。1930年代の大恐慌よりも酷い。前代未聞だ。

 そのような声が大きいが、間違いだ。

 コロナショックがあっても、経済は一時的に不況になるだけのことだ。それは瞬間風速は史上最強だが、トータルの影響はそれほど大きくない。すぐに回復に向かうだろう。もちろん、その回復がどの程度かという点に関しては、議論が分かれる。しかし、逆に言えば、その程度だ。回復するスピード、戻ったときの経済の水準の高さという相対的な程度の話として議論する水準の危機、不況なのだ。普通の不況にすぎない。

 一方、人々が気づいていない重要な点があり、コロナショックの次に来るものがある。それは何か。

 バブルである。コロナショックバブルが起きる。

 これからバブルになる。そして、それはおそらく最後のバブルになる。

 

・最後のバブルとはどういう意味か? 私の考えでは、バブルにはいくつかの循環がある。短期の循環、中期の循環、長期の循環がある。ここでは、中期の循環が終わる可能性があると考える

 短期のバブル循環としては、たとえばリーマンショック後のバブルがある。

 

バブルが膨らめば、その後は崩壊する。この繰り返しだ

 中央銀行バブルも同じことだ。この流動性バブルは、2019年には、すでに崩壊寸前で、いつ破裂してもおかしくなかった。そして、その気配は何度かあったのだが、なかなか決定的なきっかけがなく、株価の上昇は10年も続いてきたが、そこへコロナショックが起こり、決定的に崩壊した。

 

そして、これから再びバブルが起きる。次は、コロナショックへの経済対策と称する大規模な財政出動によるバブルだ。

 コロナバブルと呼んでよいし、世界財政出動バブルと呼んでもよい。これが次のバブルだ。

 そして、この短期バブルが最後となり、短期バブルを繰り返した中期のバブル循環が終焉を迎える。この中期循環は、オイルショック後に始まったもので、冷戦終了によりバブル拡大局面を迎え、それがかなりの期間にわたって継続し、大規模に膨らんだ中期バブルの循環となった。それが、コロナショックによる世界財政出動バブルで終わるのである。

 

・それ以上にバブルになったのが、ジャンク債市場であり、規模が大幅に拡大した。スタートアップおよびユニコーンと呼ばれる上場前の新興企業市場は、価格付けが異常な水準になった。ベンチャーキャピタル市場バブルとなった。

 これらのバブルがコロナショックで崩壊した。10年間の短期のバブル循環が終わった。そして、これからアフターコロナバブルが始まるのである。

 今後、救済という名の下に大規模で混乱した、議論や理屈抜きの、節操のない世界大規模財政出動が行われる。いやすでに行われている。この結果、財政破綻が起きる。

 その結果、バブル崩壊を救うためのバブルをつくる手段がついに尽き果て、1990年の冷戦終了からの中期バブル循環が終焉を迎えるのである。

 

「普通の」不況に過ぎない

・コロナショック後、実体経済はどうなるのか。

 巷では、リーマンショックはもちろん、1929年からの大恐慌を超える、人類史上最大の恐慌が来ていると言っている人もいる。いやほとんどの人がそう言っていて、人々はそれでコロナ以上に恐怖を感じている

 これは嘘だ

 しかし、多くのまともなエコノミスト、学者、IMFなどの国際機関までもが、少なくともリーマンショックは確実に超える危機だと言っている。なぜ、そんな良識も見識もあるはずの人たちが嘘を言っているのか。

 厳密に言うと嘘でもないからである。

 どっちなんだ、と言われるであろうが、ある意味ではどちらも正しい。史上最大の危機と言えなくもないが、トータルで見れば、リーマンショックよりは小さな危機である。

 

したがって、トータルで見ると大恐慌どころかリーマンショックにも及ばない「普通の」経済的な落ち込みなのである。

 

ストックショックではなくフローショック

・これは理屈で考えても明らかだ。

 理由は、第1に、ストックのショックではなく、フローのショックにとどまっていること。第2に、金融セクターが直接傷んでいないこと。これらにより、コロナさえ収束すれば、経済は、構造的にはすぐに元に戻る可能性が高い。

 リーマンショックでは何が起きたか。多くの金融機関、投資家の資産が紙くずになった。サブプライムローンという質の悪いローン債権にAAAというリスクが低い資産の価格が付いてバブルになっていたものに投資していた。バブルで資産を失ったから、それは取り戻せない。膨大な金融資産が失われた。

 

金融ストック、ビジネスストックが失われたのである

 さらに、金融危機においては、銀行の資本が激しく棄損し、金融システムが機能低下、機能不全に陥る。この結果、バブルや当初の危機と直接関係のなかったところにまでバブル崩壊の影響が広く及ぶ。

 

一方、今回のコロナショックでは、とりあえず金融機関は直接は傷んでいない。傷むとすればこれからだ。中小企業への支援融資を公的金融機関も民間金融機関も全力で行っている。これは政府がリスクをほぼすべて請け負ってくれるから民間金融機関は傷まない。ただし、少し大きな企業、民間金融機関自身がリスクを負って支援するところ、それらが次々に行き詰まり、破綻したりすると、このコロナショックは金融危機に近づく

 さらに大きな企業、百貨店やアパレルが破綻すると、金融危機の瀬戸際になり、さらに航空関連企業などが破綻してしまうと、日本全体の金融危機になってしまう。そうなると危機は深刻化し、リーマンショックを超える危機になる。

 しかし、そうはならないだろう。コロナによる自粛や経済封鎖が2021年になっても続いているようなら、そのシナリオは現実味を帯びるが、そうはならないはずだ。

 つまり、金融セクターが直接激しく傷んでいないという点で、リーマンショックよりもコロナショックによる経済危機はトータルでのインパクトは必ず小さくなる。

 

供給ショックは存在しない

・ストックのショックという意味では、日本では東日本大震災がある。これは物理的にインフラが破壊され、交通手段などの公共資本、農地、港湾などの産業資本、住宅などの生活資本、すべての面でのインフラ、資本が長期にわたって利用できなくなってしまった。

 これでは、回復にカネも時間も手間もエネルギーもかかり、絶望的になる。

 一方、コロナショックは、一旦収束すれば、すべてのインフラは物理的にもビジネス的にもすぐに元通り使える。

 

詳しく述べる必要もなく、強烈な需要ショックなのである。需要の瞬間的な蒸発なのである。そして、それに尽きる。瞬間的だから、戻ってくるときもすぐに戻ってくる。一方、生産体制は大企業を中心に着々と再開へ向けて対策も取られており、一旦需要が回復すれば、何も心配することはない。あくまで需要がすべてだ。

 

マスク問題は日本だけ

・なぜ、マスクの供給が増えなかったのか。増えるのが遅れたか。それは、実は、日本国内特有の問題なのである。一般用のマスクが足りなかったのは日本国内だけだったのである。なぜか。

 もちろん、第1に、世界中の需要が突然高まったことがある。

 

・話がややそれたが、要は供給ショックはまったく起きなかった。コロナショックはあくまで需要だけのショックなのだ。マスクの話も需要サイドが混乱したことによる生産ストップであるから、あくまで需要ショックなのだ。

 

<ジャンク債バブルと金融危機

・ジャンク債市場はバブルになっていた。リーマンショック後のFEDおよび世界の中央銀行の過剰な金融緩和、いわゆる量的緩和により、マネーが溢れ、債券利回りは急低下し、利回りを求める資金が国債から逃げ出し、少しでも利回りのある商品を求めた。欧州ではマイナス金利が常態化し、ドイツ国債などは10年物の利回りがマイナス0.6%といった、前代未聞どころか、理屈でそう考えても説明できない水準で定着してしまった。

 

バブルが“また”“再び”やって来た

・しかし、このバブル崩壊の危機は、新型コロナの「おかげ」で、なくなってしまった。

 なぜなら、新型コロナショックからの企業倒産危機を回避するという理由から、米国中央銀行FEDが社債を大量買い入れすることを決定したからであった。

 

「アフターコロナ」の資本主義――原点回帰の「経済モデル」へ

米国は覇権放棄

・まず、世界の地政学的な動きとしては、米国の覇権喪失、いや覇権放棄と言ったほうがよい。世界の覇権国であることを、名実とも降りた。トランプ大統領になって、それが誰の目にも明らかになったたが、これはトランプでもなくとも同じことで、世界の警察であることはとっくにやめており、さらに、国際秩序の維持に対してすら、無関心になったということだ。

 

アジア、アフリカの伸張

・アジア各国は、高度成長を達成し、新興国から成熟国へのギアチェンジをどううまく乗り切るかというステージにいたが、このような状況の下、アジア域内志向が加速する。理由は、ほかの選択肢がなくなったからだ。

 

世界経済もすぐに回復する

・株価はコロナ前の水準にほぼ戻っている。

なぜか、理由は3つ。

第1に、資産市場は世界中の中央銀行の大規模金融機関により、単純に再びバブルになった。

第2に、コロナショックは短期的であり、長期的に見ると大したショックではない。

第3に、それにもかかわらず、前代未聞の財政・金融政策が採られた。だから、実体経済においても資本市場と同様に、再び、財政金融政策によるコロナバブルが始まった。

では、今後はどうなるか。

 実体経済は、もちろん回復する。ただし、強弱入り交じった回復にはなるだろう。前述の通り、ショックは短期的であり、長期的には普通に戻る。資産は、金融資本も実物資本も傷んでいないから、回復し出せば早いはずだ。

 戻らない分野は2つ。人々の心理と国際的な移動だ。

 

航空需要は激減

・まずは、国際旅客サービス、すなわちエアライン産業だ。クルーズ産業もそうだが、産業の規模としてもっとも大きいのはエアライン産業だ

 物流は減らないが、人の流れは確実に減る。それは個人の旅行客もそうだが、ビジネス客も大きく減少するだろう。

 

観光は戻らない

・一方、滞在型の旅行は増える。毎年訪れるリピーターの多い宿も生き残る。シェアリゾート、別荘などはむしろ人気が上がるだろう。

 しかし、このような滞在型、毎年同じ客が同じ時期に訪れる必須の滞在に耐えうる観光地、宿泊施設は、100分の1にも満たないだろう。選別がはかられる。そして、旅行客の総数は減ることになる。海外はもちろん激減だが、国内旅行も減少する。これが現実である。

 

消費はほとんど不要不急

・実は、これは観光業にとどまらない。

 経済全体が同じ状況に陥っているのだ。

 現在、我々が消費しているものは、ほとんどが不要不急のものだ。なしで過ごせ、と言われれば、いくらでも過ごせる。楽しくないかもしれない。

 

現在の経済システムは謎

・現在の経済システムは謎だ。

 アダムスミス以来、経済学が300年にわたって、効率的だと言ってきた市場経済は、危機に対して即応できないのだ。

 まず、資源配分を適切にできない。マスク、防護服の例で明らかだ。それさえあれば、医療機関介護施設での死亡者数は半減しただろう。フランスでの死者の4割が介護施設およびそれに類する施設だった。

 これは需要の読み誤りからきている。市場経済は需要をきちんと予測できないのだ

 

人間モデルの設定の失敗

・では、根本的な欠陥とは何か。

 第1に、人間は、論理的ではなく衝動的であり、長期よりも短期を優先する、という経済主体であるにもかかわらず、まったく逆の想定で経済理論をつくってしまったことだ。ただ、それだけならば、理論の欠陥、間違った学問ですんだのだが、それに基づき、市場経済をつくり、さらには社会もつくってしまったのが最大の罪だ

 

経済成長はどこから来るのか

・経済学の致命的な誤りの第2は、経済成長の考え方そのものが誤っていることだ。経済成長はどこから来るのか。この問いに現在の経済学はきちんと答えていない。かつてシュンペーターは、経済発展は創造的破壊と新結合により生まれると言ったが、これは全体として正しくはないが、一面としては意味がある。しかし、その一面ですら、その後の経済学は受け継がなかった。

 

自給自足に回帰せよ

・今、われわれが目指すべきものは、自給自足、それの効率化、少しずつの拡大ではないのか。そして娯楽などを含むプラスアルファ、自給自足プラスアルファが、われわれが本当に欲しいものであり、暮らしたい社会ではないのか。

 

コロナは収束する

・これからどうなるのか。

コロナは収束する。

そして、バブルになる。金融、財政出動によるバブルになる

 株式市場はすでに、最後の短期バブルが始まっている。コロナショックで崩壊したバブルを救済するためのバブルだ。救済のための金融緩和は、中央銀行の能力を超えており、これで最後のバブルになる。

 実体経済も大幅財政出動により、バブルとなる。この10年のバブルの崩壊処理を先送りする世界的大規模財政出動により、バブルになる。

そして、金融市場も実体経済もバブルは崩壊する。

 財政破綻により、維持不可能になり、崩壊する。

 

感染症ではない危機でも同じで、人々が財政出動を要求し、そして破綻するだろう。

 この後が重要である。

 第1に、短期バブルは崩壊する

 第2に、辻褄合わせの、バブル崩壊の後始末を先送りするためにつくられたバブルの生成、崩壊の連鎖は、ここで終わる。アフターバブルのバブルはつくれない。なぜなら、金融政策も財政政策も原資が枯渇するからである。

 第3に、アフターバブルのバブルがつくれないということは、中期循環のバブルも終わる。1990年の冷戦終了からの中期の実体経済のバブルが終わり、混乱を経て、停滞期そして安定期に入る。30年のバブル拡大局面が終わる。その前の停滞期はオイルショック前からだったから20年程度で、今回の停滞も10年単位で数十年に及ぶものになる可能性がある

 

・したがって、中期の実体経済バブルの3要素がすべて失われており、中期バブルも終わる。リーマンショック後に終了していたのだが、世界的な大規模金融緩和、量的緩和という歴史的にも異常な政策により、無理やり延命に成功し、中期バブルの終了も遅れたが、ついに終わる。

 第4に、長期のバブルが終わるかどうか、ひとつの分岐点にいる。短期バブルと中期バブルの崩壊の痛みに耐えられず、短期バブルをつくり、それを通じて、中期バブルを延命しようとする可能性はある。つまり、完全な外部はもはや存在しないが、中国の部分的に外部として残っている部分を市場資本主義社会に完全に取り込むことによって、延命する可能性である。

 

短期バブルは、世界中で財政破綻が起き、崩壊しかかっているところを、中国の財政、金融出動により、再度作成させることができるかもしれない。これは市場の投資家たちがその流れに乗り、それを拡大し、バブルをつくって逃げ切ろうとすればできる。一方、実体経済中国経済に依存して延命を図る可能性はある。中国を市場経済に取り込んでいるように欧米社会は振る舞うだろうが、それは、取り込んだはずの中国に乗っ取られるか、あるいは、中国の経済市場システムに参加して、中国経済圏に一人ずつ取り込まれていき、彼らが多数派になるか、どちらかのプロセスで実現するだろう。

 

そのときの経済社会は、どのような世界になっているか。

 バブルは終わっている。

 ただの量的な経済の拡大を経済成長と呼んだ時代も終わっている。

 質的な充実を図る経済が静かに営まれている。

 すなわち、自給自足、安定的な日々の営みを循環的に毎年繰り返す、安定した自給自足循環経済となっている

 新しいぜいたく品を次々と人々に消費させて、経済の規模の拡大を図った経済、マーケットエコノミー、市場資本主義経済、別名バブル経済、これは終わっている。

 ぜいたく品の消費はなくなる。必需品が経済の中心、ほぼすべてとなる。現在、われわれが消費しているものの多くが選別されて、廃れていくだろう。

 

さて、このような大きな変化が起こり得るときに、日本はどのような準備をするべきであろうか。

 心配なことは2つある。

 第1は、財政破綻である。日本は間違いなく財政破綻する。どの国よりも、財政出動が寛容で、大盤振る舞い、サービス満点だからである。そして八方美人だ。右も左も、格差も関係もない。みんないい顔をする政治、政府、人々、社会である。だから、愛想をばら撒き、カネをばら撒き、財政破綻する。

 問題は、財政破綻後、どのように復活するか。その準備が足りないことである。

 破綻シナリオを検討し、破綻後、何をするか決めておく必要がある。

 

・破綻してから決めるのでは、時間がない。破綻すれば、1日ごとに日本は、株も為替も暴落し、企業も個人も資産を流出し、経済の立て直しが難しくなる。したがって、破綻したらすぐにどういう措置をとるか、アクションプランを検討しておく必要がある。

 

・現実的には、増税半分、支出削減半分ということになろう。世界の様々な国の過去の財政破綻事例からいってもそうだ。

 ここでは詳細には検討できないから、支出削減について考え方を提起しておく。

 財政破綻後の世界は、世界経済も変わっていて、バブルの時代は終わっている。世界経済が、自給自足、安定循環経済、ぜいたく品から必需品へ、という流れになるというのと同様に、日本の政府支出もぜいたく品はすべて削除し、必需品に絞って供給することになろう。

 

・もう一つの心配は、日本社会の思考停止である。財政支出の優先順位というようなもっとも必要な議論を日頃から回避し、そして議論がもっとも必要な危機に直面した時ですら、議論を拒否するのではないか。思考停止が社会を停止させてしまうのではないか。

 

・日本は、金融市場でもバブルをつくるのが好きだが、社会も世論もバブルが大好きだ。勝手に情緒的に、衝動的な流れ、世論をつくり上げ、それに同調しない人々、言論を受け入れない。それどころか、パニッシュ、懲罰する。世論バブルで、流されやすい、判断ができない多くの人を思考停止に追い込み、議論を挑み、正論を戦わそうとする人々を抑圧し、抹殺する。

 日本は言論バブル社会である

 バブルは、金融市場も経済も社会も破壊する。日本は議論も社会の安定性を破壊する、世論バブル社会になってしまっている。

 これが、危機に直面した場合に、もっとも危惧することで、財政危機に直面して、議論ができないばかりか、財政危機を加速し、まさに止めを刺すように、半ばやけくそ、思考停止のばら撒きで、財政破綻が起きてしまうのではないか。