日本は津波による大きな被害をうけるだろう UFOアガルタのシャンバラ 

コンタクティやチャネラーの情報を集めています。森羅万象も!UFOは、人類の歴史が始まって以来、最も重要な現象といわれます。

つまり新型コロナウイルスは米国のサイクルの流れを乱すのではなく、その移行をさらに強く推し進めることになった。(1)

 

 

『危機の地政学』    

2020-2030   アメリカ大分断

ジョージ・フリードマン 早川書房  2020/10/1

 

 

 

ベストセラー『100年予測』著者最新作!

・80年周期の「制度的サイクル」と、50年周期の「社会経済的サイクル」。米国の歴史を動かしてきた二つのサイクルが衝突する2020年代、未曾有の危機が大国を襲う――。国際秩序の未来を分析するインテリジェンス企業「ジオポリティカル・フューチャーズ」の創設者が放つ、新たなる予測。

 

・一歩下がって長期的な視点を見ると、アメリカの歴史にはふたつの大きな周期が存在することがわかる。それらのサイクルを理解すると、今日の合衆国が置かれた状況をより深く把握することができる。ひとつは、およそ80年ごとに生じてきた「制度的サイクル」。一度目の制度的サイクルは、1780年代後半のアメリカ独立戦争終結憲法制定から始まり、1865年の南北戦争によって終わった。二度目の制度的サイクルはその80年後、第ニ次世界大戦の終わりとともに幕を閉じる。次のサイクルが生まれる緊張感はいままさに増しつつあり、2025年あたりに実際の移行が起きる。

 もうひとつの周期は「社会経済的サイクル」で、およそ50年ごとに生じてきた。直近でサイクルが移り変わったのは1980年ごろ、1960年代後半に始まった経済的・社会的な機能不全が1980年ごろにピークに達し、システムの抜本的な変化につながった。

 

・ふたつの主要なサイクルの流れに注目すると、「これまで見えなかったものが見えてくる。現在の制度的サイクルは、2020年代なかばの危機とともに終わる。そして社会経済的サイクルは、そのあと数年以内に起きる危機によって終わる。

 

ここで忘れてはいけないもっとも重要な事実は、アメリカ合衆国は発明された国家であるという点だ。たとえば、中国やロシアのように、何千年にもわたって固有の地域に住みつづけてきた限定的な人々の集団から国が自然に生まれたわけではない。そうではなく、アメリカ合衆国は意図的かつ迅速に作りだされた国だ。アメリカの体制はまず独立宣言のなかで計画され、憲法によって制度化された。

 

 

本書の見立て

社会経済的サイクル(50年周期)

1783年 対イギリス独立戦争終結

「第1サイクル」

 

1827年 アンドリュー・ジャクソン大統領選出

 「第2サイクル」

 

1876年 ラザフォード・ヘイズ大統領選出

 「第3サイクル」

1929世界大恐慌

1932年 フランクリン・ルーズベルト大統領選出

 

 「第4サイクル」

 

1980年 ロナルド・レーガン大統領選出

 

 「第5サイクル」

 

2030

 

 「第6サイクル」

 

 

制度的サイクル(80年周期)>

  合衆国憲法制定  1787年

 

 「第1サイクル」

 

 南北戦争終結   1865年

 

 「第2サイクル」

 

 第ニ次世界大戦終結 1945年

 

 「第3サイクル」

           2025年

 

 「第4サイクル」

 

 

アメリカの体制と動きつづける国家

フィラデルフィア憲法制定会議はアメリカ政府を作りだした。これは、ふたつの意味での発明だった。第一に、何も存在しなかったところに政府が作られた。第二に、政府機関という機構が作られたが、それは建国者たちの頭のなかから生まれたものだった。世界のほかの国々とは異なり、アメリカ政府には過去がなかった。設計、建築、技術をとおして、新たな政府が誕生したのだ。

 

アメリカの変化

アメリカ合衆国は定期的に、自国そのものと戦争状態にあるかのような危機的な状況に陥る。しかしその後しばらくすると、建国の精神を守りつつも、過去とは根本的に異なる形でみずからを再構築する。第1部で私は、アメリカ合衆国は発明された国家であり、政治体制、国民、さらには土地さえも絶えず再構築されつづけていることを説明した。そのプロセスによって、深刻な緊張に満ちた期間が生みだされてきた。この第2部では、危機、秩序、再発明のサイクルについて説明したい。それらの要素は、アメリカという国を形作ってきただけでなく、2020年代と以降の出来事の前兆となるものだ。

 

地政学が形作る2020年年代の姿

・本書のはじめに私は、2020年代の危機について触れた。これから10年のあいだに、ふたつの大きなサイクルの移行が重なることによって国家が不安定な状態になり、アメリカ社会における新たな局面の土台が築かれる。2020年代の危機は、これまでにない異常なものになる。なぜなら、ふたつの危機がひとつに合わされるからだけではなく、合衆国が歴史上かつてない地点にたどり着くことになるからだ。アメリカは世界でも傑出した大国になった。しかし、そのような立場をほんとうに望むのか、どうやってその立場を管理すべきなのかをアメリカは理解できていない。それが2020年代の来たるべき危機を形作り、よりやっかいなものに変えてしまう。

 

アメリカ帝国の誕生

・1991年にソ連が崩壊すると、500年ぶりに世界の大国リストからヨーロッパの国の名前が消えた。500年にわたって続いてきたこの地政学的サイクルが終わると、米国は支配的かつ唯一の世界大国になった。

 

制度的サイクルと戦争
アメリカ合衆国は戦闘のなかから生まれ、その制度は戦争によって築き上げられてきた。アメリカはおよそ80年ごとに、政治制度の仕組みを変える。憲法の大きな枠組みは保たれるものの、連邦と州の制度の相互関係は変わり、それぞれの機能自体も変わる。

 

2020年代の危機――サイクルの衝突

2020年代には、トランプ大統領が再選されるかどうかにもかかわらず、冷笑と一体になった無関心が社会を包み込むだろう。この10年の危機は、きわめて現実的な問題から生じる。しかしそれは、アメリカという共和国そのものにたいする信頼の危機でもあるのだ。

 

テクノクラシーの崩壊

・たとえ政府を冷笑的に軽蔑することが長いあいだにアメリカ文化の一部になってきたとしても、それを事実として受け入れるのは簡単ではない。この流れは、第三のサイクルの制度的な構造にとってだけでなく、その制度を管理するテクノクラシーにとっても大きな脅威となるアメリカは今後も、世界的な役割という名の圧力にさらされつづける。くわえてテクノクラシーは、知的な行き詰まり状態から抜け出すことができなくなる。そのふたつの事実が2020年代の制度的サイクルの移り変わりをうながすもっとも大きな要因となる。

 

連邦政府に欠けている「キツネの知恵」

・戦争を終わらせることのむずかしさと、自分たちのあたらしい地位に適応することのむずかしさは、同じ源から生じている。統合機構のなかで働く人々の多くは、狭いテーマについてくわしい知識を持つ人々であり、全体を俯瞰できる人はほとんどいない。

 

「密封」された連邦制度

・第ニ次世界大戦後に生まれたこの新しいモデルでは、計画のさまざまな側面を専門家が管理する一方で、より高いレベルの人々が専門家の行動を理解して統合していた。このモデルは大規模な経済的・社会的な発展へとつながったものの、同時に深刻な制度上の問題をもたらした。まず、それまで最初の段階を制御していた常識が、管理システムのなかで脇に追いやられた。

 

選挙システムと政党のボス
アメリカ合衆国の10年後の姿は、有権者と国の指導者の両方が危機にどう対処するかにかかっている。2020年代のあいだにアメリカでどれほど分裂が進むのかは、社会の特定の分野でとられる措置にかかっている。つまり、現在の状況を改善し、分裂の両側にいる国民の痛みを和らげることができるかどうかだ。

 

2020年代のテクノロジーと教育の危機

・経済発展のためには、アメリカ人と自然の関係も同時に進化しなければならない。そこで必要になるのが、テクノロジーの進化だ。新しいテクノロジーを創造する方法だけでなく、そこから成長するビジネスを生みだす方法、アメリカ人が自身を愉しませる方法、その流れに付随する多種多様な方法を進化させなくてはいけない。

そして、すべての基礎となるのが教育だ。

 

マイクロチップが変えた世界

2020年代の10年のあいだにテクノクラシーに立ち向かうのは、工業労働者階級の子どもや孫のほうだ。家族の記憶以外において工業主義に触れたことはないものの、彼らは厳しい環境のなかで育った。その環境に大きな変化がないまま、彼らは暗い未来に直面している。

 

テクノクラシーの中心にある大学

2020年代の危機によって起きる新たな変化は、教育機関を中心に展開する。私たちがどのように教育を施し、誰を教育するかは、テクノロジーと密接に結びつくことになる。金融エンジニア、映画製作者、政府の役人、裁判官から技術マーケティング担当者まで、テクノクラシーのすべての糸は大学につながっている。

 

アイデンティティー政治の弊害

・ふたつの異なる文化が出現し、2020年代のあいだに存在感を増していくことになる。そのうちすでに姿をはっきり見せているのが、テクノクラシーの文化だ。この文化のなかでは一流大学によって価値が定義され、結婚観や家族観はこれまでの規範から大きく逸脱していく。なによりテクノクラートたちは、道徳的な長所が技術的な長所を後押しするという特別な感覚を持つことによって、社会的・政治的激変から身を守ろうとする。一方、“そのほかの人々”は絶望感と怒りにさいなまれつつ暮らしながら、結婚観や家族観の変化を経験する。彼らにとって社会的危機を意味する。

 

教育と機会均等の危機

・大学の危機は一夜にして起きたものではない。過去何十年ものあいだ、良い成績と高い大学進学適性試験(SAT)スコアをとれば一流大学に入ることができた。優秀な成績と高いSATスコアを治めた高校4年生の大群に襲われた一流大学は、彼らを区別する方法を模索した

 

問題だらけの学生ローン

・しかし教育の危機は、大学入学にまつわるものだけではない。多くの人はまだ気づいていないものの、大きな金銭的な問題がすでに発生しており、それが経済的サイクルの危機の一部となる。

 

・大学関連コストは驚くレベルまで跳ね上がっており、もはやこの状況を維持することはできない。一例を挙げると、現時点での学生ローンの総額は1兆3400億ドル。一方、現時点でのアメリカの住宅ローンの負債総額は8兆4000億ドルで、2008年の金融危機のときのサブプライム住宅ローンの負債総額は学生ローンと同程度の1兆3000億ドルだった。

 

大学が2020年代の危機の戦場となっているのは、大学のシステムが社会全体の官僚制度の動力を生みだす仕組みができあがっているからだ。社会の官僚制度を変えるためには、まずは大学の改革が必要になる。

 

反対者の奇妙な連携

・2028年の選挙において、テクノクラートたちはその結果に衝撃を受けることになるだろう。そして新たな政府が支配力を強めると、自分たちがそれまで頼ってきた前提が次から次へとくつがえされていくことに度肝を抜かれる。このようなことは50年ごとに繰り返されるため、国民のなかには、1980年のサイクル移行時に目の当たりにした出来事を記憶している人もいる。

 

レーガン周期最後の大統領は?

・政治システムは、変化する社会のパターンを反映し、それを拡大しようとする。つぎに、一見すると安定したパターンへと落ち着く。そして最後に、末期的な危機とサイクルの終わりに直面する。2024年と2028年の大統領選挙では一定のリズムが生みだされ、そのリズムがサイクルの移り変わりを形作り、根底にある現実を炙りだす。これらの選挙をとおして、制度的、経済的、社会的な変化がひとつに統合される。

 

嵐の向こう側

2020年代は失敗の時代になり、2030年代以降は創造の時代となる。

 2028年の選挙(遅くとも2032年の選挙)は、過去10年間の嵐を乗り越えて前進するための政治的枠組みを作りだす。選挙前後に第六の社会経済的サイクルに入ると、疲弊して保守的になったテクノクラートたちのあいだで政治的闘争が繰り広げられることになる。

 

新しい統治原理

2020年代なかばに始まる第四の制度的サイクルにおける課題は、連邦政府――社会のあらゆる側面と密接に絡み合い、もはや効果的に機能していない政府――をどのように変革させるかということだ。問題の解決は待ったなしであり、システムに新しい統治原理を導入することがその解決策となる。奇妙なことに、解決策となる原理は、巨大な連邦制度の一部の組織にすでに存在している。その組織こそ、この国の最大の官僚機構である軍だ。

 

大学改革とイデオロギー

・第四の制度的サイクルのはじめに直面するもうひとつの大きな課題が、主要な戦場と化した大学にたいする解決策を見つけるというものだ。大学の改革は、連邦政府のための新しい統治原則を見つけるのと同じくらい重要なことだといっていい。

 

・第一の戦場で争われるのは学生ローンの問題であり、2008年のサブプライム住宅ローン危機を上まわるほど負債額は増えつづけている。学生ローン制度の廃止や変更は、大学が運営費を確保するという問題だけでなく、運営そのものを維持できるかという問題にも直結する。

 

現在のサイクルに危機の戦場として大学に注目するのは、奇妙なことに思えるかもしれない。ところが実際に、独特の価値観に拘泥し、(かならずしも知性の多様性ではなく)民族的な多様性を重視する大学は、アメリカ社会でますます問題視されるようになってきた。しかし、次のサイクルで起きるのはそのような種類の変化ではない。現実的に起きるのは、社会的流動性を制限するシステムへの攻撃だ。そして最終的にこの闘いが、アメリカ社会の形を変えることになる。

 大学にまつわる問題は、テクノロジーの発展と密接に関連している。2040年から2080年のあいだの世界の経済的・社会的状況、今世紀の残りの期間の制度的枠組みの在り方について考えるうえで、私たちは、大学とテクノロジーの発展の問題に眼を向けることになる。やがて時代は、新しいサイクルの誕生期から成熟期へと移り変わっていく。

 

黄金時代の到来

2020年代なかばから2030年代にかけて第四の制度的サイクルが生まれるのと並行して、第六の社会経済的サイクルも生まれる。この新たなサイクルが対処すべき問題は、第五の社会経済的サイクルの終わりに発生するという既定の流れを忘れないでほしい。

 

黄金時代の到来を決定づけるダイヤモンドの瞬間は、新しいサイクルが始まってから20年から30年後に訪れることが多い。つまり次のダイヤモンドの瞬間は、2050年代から2060年代にやってくると予想される。それまでのあいだに第六の社会経済的サイクルの構造が築かれる。

 

第六のサイクルの政治を支配するおもな勢力は、平均所得以下の層と所得上位25パーセントの層となる。ほかの人々は、このふたつの中間層として存在することになる。また、かつてのレーガン時代の自由主義を擁護するグループのなかで、イデオロギーの再編成が進む。この階層の人々は、結果を重視することによって復活を遂げる。彼らが望む結果とは所得の再分配であり、すでに獲得された富の再分配を訴える声も上がるだろう。

 

アメリカ合衆国は歴史をとおして、サイクル変化の問題に取り組む方法として税法をたびたび利用してきた。それが、富の分配と物価の問題にたいする明らかな解決策だとみなされてきた。にもかかわらずアメリカは、大規模かつ予測どおりに発展を続けてきた。

 

・よって経済政策における転換はこれまでどおり、通常の経済発展の枠組みのなかで起きることになる。しかし、より深刻な社会的現実が生まれつつあり、それがアメリカ社会に新たに必要となるものを定義する。結果としてその社会構造の誕生を後押しし、新時代の特徴を決定づけることになる。

 

家族の再定義

次の社会経済的サイクルで核となるのは、人口に関する問題だ

 

・同時に私たちは、家族の再定義における初期の段階の動きにも注目する必要がある。はじめの変化は、結婚するときには新婦は処女でなければいけないという考えが消えたことだった。ふたつ目の局面は、結婚前の同棲が許されるようになったこと。そして私たちはいま、性と家族の再定義の真っただなかにいる。家族が異性愛者によって構成されるという概念を保ち、それを不可欠とする考え方を支えていたのは、農業および工業社会の現実だった。

 

・今の社会に広がっているのは、伝統的な結婚の崩壊と人間関係にまつわる大きな不確実性だ。一部の研究によれば、性行為や人間同士の感情的なかかわり合いなども減少傾向にあるという。

 

・同時に、出生率低下の影響は平均寿命の延びによって和らげられる。人口全体の平均寿命がさらに二割増しになれば、人口の減少を当面のあいだ埋め合わせる集団が生まれる。しかし、平均寿命の延長だけでその状態を作りだすことはできない。まずは、アルツハイマーパーキンソン病などの変性疾患にこれまで以上にうまく対処する必要がある。現在、変性疾患によって多くの高齢者たちの自由な活動が奪われている。このような疾患は長期化することも多く、社会経済への影響は甚大なものになる。

 

生活様式の崩壊と自由

・今後あらゆるレベルにおいて、さまざまなつながりが薄れていく。連邦政府による息苦しいほどきつい拘束は断ち切られる。マイクロチップをハイテクの幻想と結びつけてきたつながりも断ち切られる。ほとんど利害関係のない国々とアメリカのあいだの同盟は崩壊する。

 

・その争いは、ふたつの流れに沿って進む。まず、税法について問題が生じる。高所得層への所得税率は、第六サイクルのはじめに一気に引き上げられるはずだ。しかし問題は、医療のさらなる発展には巨額の民間投資が必要になるという点だ。

 

地球温暖化と気候変動の真実

・私はここまで、ある話題をあえて避けてきた――地球温暖化と気候変動についてだ。言及を避けてきたのは、重要ではないからではない。この話題がたんなる誹謗中傷の場となったことにくわえ(私としては個人的にはかかわりたくない)、あまりに複雑で私自身すべてを理解できていないからだ。

 

・宇宙太陽光発電の普及は、私が10年以上前に『100年予測』で予測したものであり、それがほんとうに実現するのではないかと私は考えはじめている。

 

結論――アメリカの時代

2026年はアメリカ合衆国にとってきわめて重要な年になる。独立宣言が署名されてから250年。

 

・この流れについてもっとも驚くべきなのは、アメリカが結果としてどのような国になったかという点だ。アメリカは第三世界の小国から、世界を席巻する大国になった。この国は毎年、世界のすべての富の4分の1近くを生みだしている。賢明かどうかはさておき、米国の軍隊は世界全土で活動し、150を超える国々に配備されている。多くは小規模な訓練を行なっているが、一部は実際に戦闘に従事している。規模がどうあれ、この150カ国という数字は驚き以外のなにものでもない。

 

・これまで説明してきたとおり、2030年代ごろに出現するふたつの新しいサイクルは、現在のサイクルの問題を解決し、新しいサイクルにたいする問題を提起する。社会経済的サイクルは2080年、制度的サイクルは2105年ごろにさらに次への周期へと移行する。各サイクルを終わりへと導く失敗がどんなものかを想像するのはむずかしい。2080年ごろに社会経済的サイクルが破綻するのは、自然な流れの一部だといっていい。将来的に

生まれる新しい技術によって人間の寿命が劇的に延びたとき、サイクルはその圧力にさらされることになる。

 

2020年代なかばから始まる第四の制度的サイクルは、健康的な高齢人口にうまく適応したものになるだろう。それは、常識と知恵にもとづいた統治となる。常識と知恵を持ち合わせた高齢者たちは、社会経済的サイクルにたいする大きな脅威となる

 

アメリカ建国時から不変のもの――われわれの権利と憲法――は、この国の慎重さと無謀さの両方を突き動かす原動力となっている。このふたつの要素が組み合わさり、アメリカは250年近くにわたる安定と混乱のなかで進化しつづけることができた。その進化が終わるという兆候はないアメリカ合衆国のこれまでの歴史と私たちの生活のなかにおいて、現在の嵐はごく平凡なものにすぎない。

 

コロナ危機がサイクル移行を加速させる

アメリカはあたかも機械のように、段階を経たサイクル循環によって機能している。あるサイクルから次のサイクルへと移行するあいだには、社会や政治の情勢がたびたび不安定になるのはもちろん、ときに大混乱に陥ることもある。現在のアメリカでは、これまで続いてきた古いサイクルが終わりへと近づき、次のサイクルが始まろうとしている。このタイミングについて踏まえると、本書の議論は私たちにとってより大きな意味を持つものになるはずだ。

 

新型コロナウイルスの登場は、ひとつの時代にたいする予測を打ち砕くものだった。本書は、ウイルス蔓延を防ぐために国じゅうが閉鎖されようとしていた直前、2020年2月25日にアメリカで出版された。そのころの私は、ウイルスが全土にひそかに広がっていることも知らなかったし、その深刻さも理解していなかった。2020年の新型コロナウイルスの世界的大流行は、本書における議論の土台を根底からくつがえすもののようにも思われるところが奇妙なことに、そうではなかった。この本のなかで私は、アメリカ合衆国が社会的・経済的な危機によってずたずたに引き裂かれるだろうと予測した。私としては、ウイルス蔓延やそれにともなう大規模な社会の混乱を予想していたわけではなかった。しかし、この流れは、結果として本書の主張をさらに補強することになった。アメリカは世界のほかの国々とともに、これからの10年の大部分を費やし、ウイルスによって引き起こされた混乱に対処し、次のサイクルのための準備を進めることになるだろう。つまり新型コロナウイルスは米国のサイクルの流れを乱すのではなく、その移行をさらに強く推し進めることになった。

 

・COVID-19の出現によって、生物学における革命の必要性はさらに増している。(救急医療はあるが)医学研究に緊急モードはない。医師倫理の基礎である「ヒポクラテスの誓い」は、医師は害を与える治療を選択するべきではないと説いている。

 

パンデミックが少しでも戦争に似ているとするなら、アメリカの国内政策と外交政策の両方を形づくるうえで実際の戦争がどのような影響をもたらしたのかを理解しておくのはおおいに有益なはずだ。

 

1990年代のソ連の崩壊によって、アメリカは大きな経済力と軍事力を誇る唯一無二の世界大国になった。一部の国はみずから帝国だと宣言するが、その宣言は誤っていることが多い。アメリカ合衆国はみずからを帝国だと宣言したことは一度もないものの、実際に帝国になった。帝国とは、意図的であるかどうかにかかわらず、その国の行動がほかの国々に強く影響を及ぼす“状態”にすぎない。

 

・やがてアメリカは、眼のまえの現実を理解しはじめた。第一に、政府のトップが頼りにした専門家たちは、テロ対策には精通していたものの、その限界や全面戦争の危険性については理解していなかった。かつて、アメリカという国は専門家に支配された。しかし時とともに、専門家の知識は文字どおり特定の分野に限定されたものであり、彼らが広い視野を持っていないことがわかってきた。第ニ次世界大戦以前には、経験豊富で慎重な法律家たちが米国の外交政策を牛耳っていたこともあった。が、もう時代は変わった。この“対テロ戦争”から導きだされた見識――専門知識は役にたつものの、政府の方針決定を専門家に委ねてはいけない――は、連邦政府全体で共有されることになった。

 

アメリカはいま、新たな外交政策を定めるプロセスのただなかにある。第一のステップは、最優先となる利益を特定することだった。結果として米国は、アフガニスタンイラクなどの中東地域からの軍の撤収を進めることを決めた。

 

・次のステップは、戦略的利益を守ること。アメリカは、封じ込める二大大国としてロシアと中国に狙いを定めている。これは戦争の始まりを意味するものでもなければ、かならずしも危険な対決を意味するものでもない。

 

・とはいえ、全面戦争を仕掛けようと考えているわけではない。米国には、中国と地上戦を闘うつもりもなければ、そんな力もない。

 

・近年のアメリカは、第一手段として軍事行動を使うことは避け、代わりに経済力を利用するという方針を取っている。アメリカは世界最大の輸入国であり、新型コロナウイルスパンデミックのさなかでもその立場は変わっていない。

 

・新しい時代は、失敗と成長のなかから誕生する。中東における失敗とマイクロチップの成熟が組み合わさり、まだ成長の余地のあるアメリカのための新しいモデルが生まれようとしている。国内では、現在の混沌からまったく新しい革新的なエッセンシャル・テクノロジーが生みだされ、それが次の時代の国家の原動力となるだろう。

 

アメリカ合衆国のように世界的に大きな力を持つ国は、けっして愛されることはなく、往々にして軽蔑される。アメリカはいまだに称賛を受けることを強く望んでいる。しかし成熟するにつれて、無関心を貫くことも学んでいく。アメリカはその歴史のなかで、多くのことを日本から学んできた。

 

・しかしながら、過去にひどい敵対関係になった時期はあったとしても、古くから続く日米関係はアメリカにより多くのことを教えてくれた。アメリカが歴史の中でサイクル移行を繰り返し経験する姿をずっと見てきた日本は、この国が崩壊してしまったのではないかと不安に思ったこともあるにちがいない。しかし異常な時代はやがて過ぎ、アメリカは再び世界を変える。そう日本は知っている。日本はこれからも日本でありつづけ、最悪の時代が訪れたとしてもけっして動じることはないだろう。アメリカ人と日本人は性格的に大きく異なるものの、その密接な関係は古くからずっと続いてきたのだ。

 

解説「事実」を重視した大局的米国観  渡辺靖

本書は米国の将来そのものに焦点を当てている。これまでも巷に溢れる米国衰退論の類を退け、米国が21世紀においても中心的役割を担うと論じてきた著者だが、国際社会からの退却傾向が目立つトランプ政権を見るにつれ、著者の予測と現実の解離が気になっていた。そうした折、タイミングよく本書の刊行となり、著者の見解にふれることができた。

 

本書で著者が着目するのは「制度的サイクル」と「社会経済的サイクル」の二つ。「制度的サイクル」は連邦政府のあり方に関わるもので、戦争が大きな変化の契機となってきた。著者は第一サイクル(独立戦争南北戦争)と第二サイクル(南北戦争~第ニ次世界大戦)がそれぞれ約80年周期であることに注目。1945年に始まる第ニ次世界大戦後の第三サイクルは2025年頃に終わり、次の第四サイクルに入ると指摘する

 もう一つの「社会経済的サイクル」は社会と経済の関係に関わるもので、テクノロジーやメディアの発達に左右されてきた。著者は第1期のワシントン周期(1783~1828年)、第2期のジャクソン周期(1828~1876年)、第3期のヘイズ周期(1876~1929年)、第4期のルーズベルト周期(1932~1980年)がそれぞれ約50年続いてきたことに注目。1980年に始まる第5期のレーガン周期は2030年頃に終わり、次の第6周期に入ると説く。

 

・その点、著者は明快である。トランプ大統領の言動に目を奪われてはいけない。大統領とて「制度的サイクル」と「社会経済的サイクル」の二つから自由に振る舞うことはできないのだ、と。そして二つのサイクルの変換期の重なる2020年代そのものこそ決定的に重要だ、と著者は念押しする。

 特筆すべきは米国の将来に対する著者の楽観的姿勢である。それぞれのサイクルに終盤には制度疲労や社会的混乱が目立ち、米国衰退論や悲観論に支配されるようになるが、それらを覆し、新たな自信と繁栄の時代を取り戻してきたのが米国だという。その意味で、真に注目すべきは、二つのサイクルの変革期が米史上初めて密に重なる2020年代最後(2028年)の大統領選だとする。言い換えれば、現在のサイクルの終盤期に行われる今回(2020年)や次回(2024年)の大統領選は「古い政治」の幕引きを象徴する場に過ぎないというわけだ。

 

・率直に言えば、二つのサイクルがなぜ一定の間隔で変わるのか釈然としない部分はある。特定のジャンルのファッションや音楽の流行が世代(約30年)ごとに起きるとはしばしば耳にするが、国際関係や産業構造の目まぐるしい変化のなかにあって、米社会全体が一定のリズムで変わると想定し得るものなのか。ただ、著者はあくまで変わってきた「事実」を重視し、議論の前提としている。

 

近年、米国では専門家や専門知への敬意が損なわれ、正誤ではなく、好き嫌いによって政策を判断する風潮が強まっていると警鐘を鳴らしている。しかし、フリードマンはより大局的な見地から、むしろ専門知に固執したテクノクラシーの打破こそ、来るべき次のサイクルの中心的課題の一つだと主張する。実に挑発的かつ鋭い視点だ。同様に、ニコルズは学生を「顧客」として満足させることに執心している大学の迎合主義を批判しているが、私にはフリードマンの大学批判のほうが核心を突いており、それゆえ耳が痛い。

 

・著者の予測が当たるかどうかは分からない。正直に言えば、著者のこれまでの予測(例えば、2020年頃に中国とロシアが崩壊・分裂し、2040年頃に日米の対立が顕著となり、2050年頃に日本・トルコ同盟が米国との第三次世界大戦に突入し、2070年頃に米国とメキシコの頂上決戦が勃発するなど)は私には遠大すぎるものが多かった。

その点、今回はより短いタイムスパンでの予測ゆえに、より現実味を感じることができた。とはいえ、本書(原著)は今回のコロナ危機が本格化する前に刊行されたため、大きな変数が一つ増えたことは確かだ(「日本版増補」において、著者はコロナ危機がサイクルの交代を加速すると述べている)。

 しかし、私にとっては、著者の予測が当たるか外れるかはさして問題ではない。