日本は津波による大きな被害をうけるだろう UFOアガルタのシャンバラ 

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私たちはそもそも、既に日本は財政再建を終えており、消費税増税も必要なかったと考えている。(10)

 

 

天皇の金塊』

高橋五郎  学習研究社   2008/5

 

 

 

<明治以降の日本における最大のタブーと欺瞞>

・「金の百合」と称せられる“巨大資金”がわが国には隠匿されている。戦争を繰り返した大日本帝国が、“天皇の名”のもとにアジア各地から強奪した戦利品の集大成である。現代の日本社会をも動かしつづけているという、この略奪財宝の実態とは果たして何なのか?{金の百合}を軸に見えてくる、これまで決して語られることのなかった、明治以降の日本における最大のタブーと欺瞞を白日のもとにさらす。

 

・繰り返すが、ほぼ150年前のいわゆる“近代ニッポン”の始まりは国民のための近代社会の始まりとはまるで無関係だったということだ。要するに明治維新を革命と讃えている間は、大正・昭和・平成と続く時代の真実は見えないようになっているのである。

 

ヒロヒト名義の大量金塊がフィリピン山中に今も隠匿>

・「あの戦争の最中も、昭和天皇のマネーはバチカン系の金融機関で運用されていたものだったよ」。私が元ナチス・ドイツのスパイ(スペイン人ベラスコ)から、昭和天皇の名義とされる「天皇の金塊」=秘密マネーがバチカン系の銀行で運用されていた――こんな話を聞かされたのは1980年(昭和55年)の初頭だった。

 

・ベラスコ(南欧系、熱血漢)は戦時中、戦費の調達目的で秘密交渉を担当したナチス親衛隊大将で保安諜報部外務局長の「RSHA」ワルター・シューレンベルグ(北欧系、青白き天才)と共によく銀行に出向いていた。訪問先はドイツ国立銀行ライヒスバンクとスイスに新設された銀行――金塊を担保に、参戦国全ての戦費融資に協力する唯一の“戦時”バンク、国際決済銀行(通称BIS)だ。

 

ドイツ国防軍情報部(アプヴェール、長官カナリスはシューレンベルグ犬猿の仲)に所属するベラスコはSSシューレンベルグの活動エリアよりも広く、ドイツ国内はもとよりスペイン、イタリア(バチカン教皇国)、日本も含んでいた。

 

・ベラスコが機関長を務めた情報機関(TO)は、歴史と宗教上の経緯から南米スペイン語圏の大小の諸国と太平洋の島嶼フィリピン諸島を活動の範囲に含んでいたのだ。

 

・私はベラスコが勿体をつけて語ったバチカン・マネーの話を聞いてからほぼ数年後の1988年頃、今度は乾き切ったシュールな金塊話を日本人の国際金融ブローカーたちから聞かされることになる。それは昭和天皇(日本皇室)所有で知られた金塊が天文学的規模で現在もフィリピン山中に隠置されているというもの。天皇家名義の金塊のほかにバチカン名義の金塊も含まれるともいう。

 

<“霞ヶ関埋蔵金”こそ実は「天皇ファンド」「天皇の金塊」の利息分>

・福田新総裁が誕生して、民主党参議院を制している環境のなかで道路特定財源の扱いを巡る攻防が喧しい。そんな中で元自民党幹事長の中川秀直が「予算が足りなければ“霞ヶ関埋蔵金”を使えばいいじゃないか」と発言。これが2007年(平成19年)末の永田町のちょっとした話題になった。中川のいう埋蔵金はいわゆる「M資金」などとも呼ばれた出所不明の部類の資金のことなのだが、それについて新聞はもとより、政府実力者たちすら本当のこと=「金の百合」をまったく知っていなかったようだ。

 

<マルコス大統領が「金の百合」を換金するには黄金商売人一族の裁可が必須>

フェルディナンド・マルコス。彼は一介の弁護士からフィリピン大統領に成り上がった立志伝中の人で、大統領の座を「金の百合」資金で買い取った人物でもある。その後ろめたい秘密を炙りだす最初で最後のキッカケが「マルコス裁判」だった。マルコスはこの裁判で大統領の座から失墜する。民間人の山師が掘り起こした「金の百合」の一部をマルコスが強奪したことから争われたその民事訴訟裁判は、マルコス被告に賠償金430億米ドルを支払わせた。

 

・賠償金の原資もまたマルコスが地下サイトから秘密裏に回収した「金の百合」の一部が生み出したカネで賄っている。マルコスが大統領時代に地中から回収して換金、内緒で懐に入れたカネはおよそ1兆6300億米ドルにものぼっていた。

 

<「黄金ファンド」は「四ツ谷資金」「キーナン資金」「M資金(吉田資金)」>

・「黄金ファンド」(基金)は、1946年1月19日の“東京裁判”(極東国際軍事裁判)をまるで待ちかねていたかのように動かした。裁判向けの経費支出は、フィリピン山中から初めて金塊を堀り起こしたアメリカの将官(前述)であったサンティとランスデールの上官で日本占領軍司令部G-2のチャールズ・ウィロビー将軍が担当した。ウィロビーは「黄金ファンド」を「四ツ谷資金」「キーナン資金」、そして、のちに両資金を合体させる通称「M資金」に分けて支出した。「四ツ谷資金」とは当時の歓楽街で、無法者がはびこる新宿四ツ谷界隈をもじった呼び名だといわれる。

 

・たとえば、中国、満州それに朝鮮半島方面にスパイを送り込んだり、国内の左翼活動家や団体を弾圧する指揮現場が四ツ谷周辺にあったからだとも言われる。基金は反共作戦に動員する右翼活動家や暴力団を支援する資金にも使われると同時に、左翼勢力にも裏面で渡された。日本の共産党が戦時下も戦後もアメリ共産党と教会経由の資金援助で活動していたことはよく知られている。

 

昭和天皇国師、三上照夫は物理霊媒亀井三郎と双璧の博士>

・三上は毛沢東周恩来の学者ブレーンたちと協議して日中国交回復時の対日賠償請求を中国側に断念させた人物だ。三上は3人のニッポン人国際法学者を同行、中国側の専門家たちとの間で日中の歴史(戦争)問題を事前に片付けて田中角栄の訪中をスムーズにした。

 

・その外交交渉の裏舞台で三上は「兵馬俑の共同開発をしないか」。中国側からそんな話を持ちかけられた。三上が共同発掘を断った理由は「地中に意念が残されていて危ないからだ」とのことだった。ここで、国師三上照夫の人物像について、三上を慕った周辺の人物たちが知る範囲と、三上が私に直接語ってくれた範囲で説明しておこう。

 

終戦時、三上は大正から昭和にかけて活躍した京都の仏教学者(文学博士)でのちに禅の巨匠と呼ばれる今津洪嶽(1841-1965)の愛弟子であり、ユダヤキリスト教の経典をへブライ語で通読する若者の1人として、皇居に招かれて昭和天皇ユダヤキリスト教とは何かを進講している。

 

<三上が物理霊媒力を備えた若者だったことを知る人は少ない>

・日本で稀有な能力が研究者の手で改めて明かされた人物は昭和初期のいわゆる物理霊媒師の亀井三郎。本稿はすでに故人になった亀井三郎の超能力者ぶりを例に、三上照夫が備えた物理霊媒能力を説明しておこう。物理霊媒という超能力は、たとえば物体に手を触れないでその物体を空中浮遊させたり、距離と無関係の遠い場所にある物体やあらゆる状況を鮮明に透視する能力のことだ。こうした超能力を三上は備えていた。

 

・1923年(大正12年)日本心霊科学研究所を創設した浅野和三郎は、亀井三郎の超能力ぶりを知り、人物亀井の出現はペリー提督の黒船登場にも勝る、と驚嘆したと伝えられている。ちなみに浅野和三郎は日本心霊科学の父と呼ばれた人物だ。

 

・亀井は彼らの面前で数種の楽器を空中浮遊させ、それぞれの楽器から音を鳴らして見せた。また床に置かれた紫檀製の重いテーブルを空中に浮揚させ、そのテーブルを数人掛かりで床に引き戻させたが、テーブルは天井に張り付いたまま動かなかった。

 

・昨今のテレビ番組が紹介している「超能力者」たちのそれらのようにも見えるが、亀井の能力は似て非なるものだった。亀井には心霊の存在をカタチで現す能力もあった。霊媒亀井の鼻孔から溢れ出る白い固形の流動物に人間の顔写真(いわばプリントゴッコに写った写真)のシールを貼ったような著名な人間の顔が次々と現れる霊力だ。

 

・専門家たちはその現象をエクトプラズムと呼んでいる。つまり、見えない霊を見えるカタチに変える物質化現象のことだ。亀井は心霊人間であって娯楽向け手品師ではない。超能力ぶりを示している場面は大手新聞にも掲載されている。

 

・三上照夫は文学博士、経済学博士で、東大・京大・大阪大教授を歴任し、佐藤から中曽根まで7代、22年間内閣ブレーンを務めるとともに、亀井三郎と同じ古神道の世界に生きる“超能力者”だった。その三上に亀井は接触、三上が主宰する古神道系団体「御上教苑」で活動した。亀井は自らも神霊界や古神道の勉強道場「白日教苑」を支援者を得て進めていたから三上とはすぐに共鳴した。

 

・「先生(三上)は私が娘時代に8畳間ほどのお部屋で私の父とお話をされている間に、お部屋の片隅に置いた私の人形を、お部屋の反対側の隅っこに手も触れずに移動させました。私は驚きましたが今はもう驚きません」

 1992年頃、私は三上が上京するたびに三上身辺のお世話係を務めている中年女性からこの話を聞いた。私は天皇国師三上がそれまで黙して語らなかった三上の一部を知ったものだった。

 

<「黄金ファンド」の存在と活用法を熟知の三上照夫は松下幸之助や歴代総理の指南番>

・三上青年がGHQ占領中の皇居訪問以来再び皇居に招かれて天皇国師として仕えてきた事実は現在もごく内輪の関係者が知るのみだ。早すぎた晩年を迎えて鬼籍に入った三上が、その直前に自身から実は、と天皇に仕える立場を語ったのを聞かされた内輪の人々のほかには知られていない。天皇侍従長入江相政が三上を大切にしたという説とその逆の説もあるが、真実を知る者はいない。

 

・三上は次の皇太子徳仁浩宮親王の先生役を再び務めるつもりだと私に嬉しそうに語っていたものだった。昭和天皇国師のみならず佐藤栄作首相からその後に続く歴代の首相の相談に乗ってきていた。

 

・三上に相談を続けてきた実業家の1人に松下幸之助がいた。松下は三上から「帝王学」を15年間教えられてきた。佐藤政権以来の大蔵、通産、外務など主要各省の上級官僚たちも毎年正月には、内政、経済、外交などの見通しを三上から示唆されていた。

 

・三上は「黄金ファンド」の存在と活用方法をよくよく心得ていた。三上の周辺のごく内輪の人も「黄金ファンド」(秘密資金)の存在を知らなかったが、三上がしばしば口にする「産業育成資金」(前出)については周辺の人々も頭の中では知っていた。周辺の人々はおそらく今も、三上が口にしたアメリカに積んである「産業育成資金」、それが「黄金ファンド」のことで、“天皇マネー”に端を発した秘密資金だとは気づいていないだろう。

 

 ウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)からの情報>

小野田 寛郎(おのだ ひろお、大正11年(1922年)3月19日 - 平成26年(2014年)1月16日)とは、日本の陸軍軍人、実業家。最終階級は予備陸軍少尉。旧制海南中学校・久留米第一陸軍予備士官学校陸軍中野学校二俣分校卒。

 

情報将校として大東亜戦争に従軍し遊撃戦(ゲリラ戦)を展開、戦争終結から29年目にしてフィリピン・ルバング島から帰還を果たす。

 

 

 

舛添要一 39の毒舌』

舛添要一おちまさと  扶桑社   2010/6/24

 

 

 

<毒の「怒」>

・(おち)「日本はもう間に合わないのではないか?」

 最近、いつもこの言葉が脳内をリフレインしている。長期化する経済不安、雇用率の低下、年間自殺者3万人、期待さえしなくなった年金問題や医療問題、そして沖縄の米軍基地をはじめとする不透明な防衛問題など挙げればきりがない不安要素でいっぱいのリュックを背負って、しかも65歳以上人口が増加する少子高齢社会へ向けて日本は、かつて右肩上がりに登ってきた近代という山を、五木寛之さんの『人間の覚悟』からの言葉を借りれば「下山中」なのである。

 

・現在も様々なところで「総理大臣になってほしい政治家ランキング」で第1位の舛添さんは、前回お会いしたときにハッキリ、「総理大臣になることを旗印にやっている」と何度も答えてくれた。なぜかと聞けば「現在の総理大臣にならなければならない要素をすべて備えているのは自分であり、自分が総理にならなければ何も変わらないし、総理になれば変えることができる!」と断言してくれた。ということは本人と国民の相思相愛ではないか。

 

<毒を以て毒を制す>

・落選後の行動に政治家の覚悟が表れる。

 

<国会議員定数 小選挙区というポピュリズムの象徴>

・(舛添)もともと二大政党制が脚光を浴びたのは、自民党政権があまりに長く続きすぎたことで政権交代がなくなってしまったことにあるんです。同程度の力を持つ対抗勢力があれば、政権交代も可能になる。すると健全な政局運営ができるようになり、野党による与党の監視機能が強まると期待され、その過程で小選挙区制が導入されたんです。ところが導入されたこの制度は、得票率が議席数に反映されない。

 

・実はイギリス型のウェストミンスター・モデルというのは世界的にも珍しい制度で、イギリスの他ではニュージーランドなどごく一部の国でしか採用されていない。日本でも1993年に細川内閣が誕生したとき、自民党社会党という二大政党が存在していましたし、当時の選挙制度中選挙区制。そもそも小沢の言う「小選挙区でないと二大政党制や政権交代が起こらない」というのは事実ではないんですよ。しかも小選挙区というのは人気投票のようになりやすく、結果、まともな政治家が育たないし、政策論争にもなりづらい。

 

・まずは定数4くらいの中選挙区、そのほか、フランスのような2回投票制や、小選挙区比例代表併用制という手もある。いずれにせよ、ただの小選挙区制というのは、単なる人気投票になってしまう。利権団体に利用されやすい参議院の全国比例代表制も含めて、根本的な選挙制度改革が必要なんだよ。

 

<現行の選挙制度は廃止し次なる制度に移行せよ>

・(おち)個人的にはいい加減、ネット選挙をどうにか実現してほしんです。まだ菅内閣が発足したばかりで、今回ネット選挙が実現するかどうか、審議が継続されるかどうかも微妙な情勢ですが、有権者に一番ダイレクトに政策を訴えかけることができるツールがいつまでたっても導入されない。それこそ一番ダイレクトに政策を訴えかけることができるツールがいつまでたっても導入されない。それこそ今年のイギリスでの選挙はネットでの活動が重視されたとも聞いています。

 

・(舛添)ネットもある一定層が集中するから、やはり街頭などでの選挙活動とのバランスは大切だと思うけど、やはりもっともダイレクトに、そして正確に、政策や思いを伝えることができるツールが禁止されているのは時代遅れだよね。すべてのツールを解禁した上で、あとは候補者が自由に選べるような環境になるといいんだけどね。

 

・(おち)なりすましの問題がある。そんなのツイッター本社に認証アカウントを出してもらえばいいのに、僕だって認証アカウントもらえているんだから「日本の選挙で使うから候補者は本物認証しろ」って言ったら一発でしょう。その上でUstreamなどのライブ動画配信サイトで政策を訴えて、リアルタイムでツイッターから質問を募り、意見を交わしていく、もちろん全員じゃなくても、そうした候補者が増えれば選挙自体への関心も高まり、投票率も上がると思うんです。

 

<要するに…… 候補者と有権者が意見交換できるネット選挙を一刻も早く解禁すべし>

・(おち)そこまで含めての規制緩和だと思うんですけどね。あと、規制緩和でもうひとつ、舛添さんとしては外国人参政権についてどう考えてらっしゃいます?

 

・(舛添)いまの民主党案には反対だね。というのも、居住歴などの条件を満たせば日本は国籍を自由に取得できる国なんです。やはりその国の権利をすべて享受しようとするなら、まず国籍を取るのがスジだと思うし、ちゃんと住むなら帰化したほうがいろんな面で圧倒的に便利ですよ。まだ日本では「××系日本人」という言い方がないですよね。血統主義が原則になっているから仕方のないところもあるんですが、例えば、ツルネン・マルティなんて議員は日本国籍を取って、「弦念丸呈」という漢字名も持っているフィンランド系日本人。アイヌ琉球民族のことも含め、そろそろ「日本人」という定義を一度話し合う時期に来ているのかもしれない。だから、その前に一足飛びに「外国人参政権」の話は順番が違うと思うんですよね。

 

<要するに……外国人参政権を論じるより帰化したほうが本人も便利>

<教育改革  目を覆わんばかりの公立に競争まみれの私立>

・(舛添)まず、教育にカネがかかりすぎるんだよね。なぜそうなっているかというと、公立の学校がもうヒドいんだ。だから私立にやらざるを得なくなる。最初は俺も「公立でいいじゃないか。俺だって小学校から高校まで公立で、塾に行くカネもなかったけれど何とか東大に入れたぞ」と言ったら、女房に「バカじゃないの?」となじられた(笑)。それで近くの小学校を見にいったら、もう女房の仰る通り、結局、お受験街道まっしぐらということになっちゃうんだ。

 

・いやいや、私もそう思っていたの。でも現実は甘くなかった。幼稚園からお受験しなきゃならないのかって衝撃を受けたよ。結局、上の子は国立の付属に行って下の子は慶応に行ったけど、本当にカネも手間も尋常じゃない。コネなんてあってもムダなんだから。当初は学習院に行かせようと思って、学長が知り合いだから「よろしくお願いします」と頭を下げたのに、国会で面接に同伴できなかったら落とされたもん。正直頭にきて「漢字読めない首相を輩出するような学校はこっちから願い下げだ」とも思ったけど、まあそれくらいいまの受験は大変だよ。

 

・もの凄く端的に言うと、きちんと躾されていないバカ親が甘やかした子どもを公立に送り込んでいる。もちろんきちんとした親子もいるけど、やっぱり悪貨は良貨を駆逐するから、全体としては荒れていくよね。子どもなんてそんなに清廉潔白に、強く生きられるわけではないから。これは少子化問題とも絡んでくるんだけど、そこで兄弟がいると違うわけ。助け合ったり、まあ、たまにはいじめられたりしながらでも、共生関係の中で生きていくことを家庭や、それが無理でも保育所で学べるとずいぶん違うと思うんだけど、一人っ子が多いからそこを支援できるような仕組みをつくっていかないといけない。

 

飛び級のような制度はあってもいいよね。社会や企業でも年功序列じゃなく、デキるヤツはどんどん上り詰め、外に出ていくようになっている。追い抜くほうも抜かれるほうもそうしたリアルな体験は早いうちに積んでおいたほうがいいと思う。若いというのは確かにそれだけ才能というか、ひとつの要素とも言えるけど、いつまでもそれではやっていけない。自分なりの武器が必要だということに気づくのは早いに越したことはないよね。

 

・現在の6・3・3という学制は、できれば一貫教育にしたいよね。そのなかで学習習熟度に応じて、年次をある程度自由に動かせるような仕組みができるといい。教育にも規制緩和が必要なんだ。ただやりすぎると今度はまたお受験の新たな仕組みを生み出すことになるから、システムの構築には熟考を重ねたい。

 

・大学教育も規制緩和と開放が必要だよね。海外の大学と比較したときに、日本の大学って国際系の学校や学部を除いて外国人留学生が非常に少ないんです。大学も経営が大変だというなら、外需に目を向けないと。特に音大や芸大は少なくともアジアのなかではトップレベルにある。そこに外国人留学生が来れば、新たな才能の発掘にもつながるし、家族や友人が日本を訪れるようになれば、外貨の獲得にもつながる。これは国策としてやってもいいレベルですよ。

 

<要するに… 教育にも規制緩和が必要なんだよ>

少子化  子育て=カネという最悪の手抜き対策>

・(舛添)それはさておき、妊娠や出産という経験を同居家族から引き継げないのが痛いよね。昔は世代間のバトンタッチが自然にできた。じいちゃん、ばあちゃんがいて、子育ての経験を自然に次の世代に伝えてくれた。ただ現在ではその役割を「家」ではなく社会が請け負うようになった。ところが、いざそうなってみると「妊娠」→「出産」という極めてパーソナルな経験の受け渡しがしづらくなってしまっている。

 

・(おち)先ほどの子ども手当のところでも話に出ましたが、僕らが用意してほしいのはお金じゃなくて、「環境」なんですよ。こればかりは個人がどんなに努力しても手に入らない。昔の「家」の機能の一部を社会が肩代わりしてくれるとするなら、欲しいのは子育てを無理なくできる経験の蓄積と環境なんです。保育所って東京だけでも8000人待ちなんですよね。カネをバラまいて終了って、どんだけ手を抜いているのかと頭にきますよ。

 

・(舛添)そう。カネをもらっても意味がない。仕事をしている女性が何の心配なく一時キャリアを中断して育てられる環境がない。カネじゃないんだよ。しかもさっきの子育てにカネがかかるという話とも連動していて、例えば韓国は競争社会が行きすぎて教育にカネがかかるようになって、いま出生率が日本よりも低くなっている。合計特殊出生率が1.15と日本よりも0.2ポイント以上低い。といっても日本もまったく胸を張れたものじゃない。ヨーロッパの主要国には1.9程度ある国も多い。アメリカに至っては2.1近くある。この数字は何としてでも上げていかないと、国家存亡の危機だということがわかっていない。

 

<要するに… 欲しいのはカネじゃなくて仕組みです>

<国内産業 保護主義のバカ正直に挑めば苦しいのは当然>

・(舛添)とにかくまずは民間企業には体力をつけていただきたい。企業自身や、そのサービス、製品などに付加価値をつけると言い換えてもいい。先ほどから何回も話題に出ているように、現在の日本社会は経済的にも非常に成熟している豊かな国。つまりここから何もせずに爆発的な成長を望むのは難しい。そうなると、国内のサービスなどを海外でも展開しなければならない。競争相手が海外である以上、国際競争力を身につけてもらうには、規制はどんどん緩和していかないといけないんです。

 

<要するに…… 競合は海外にあり自力で勝てる自力を得よ>

<農業 足元にある財宝に気づかなかった我々>

・(おち)コンテンツ産業、医療・介護サービスともに、やはり日本にとっての生命線は産業を創出し、海外に展開していくという形なんですね。

 

・(舛添)資源を持たない国だからね。だからこそ、既にトップランナーとしての技術を誇る分野では徹底的にフォロワーを引き離す圧倒的な存在感がなければならない。連舫の事業仕分けと逆で、「1位じゃなきゃダメなんです」(笑)。

 

・(舛添)さっき、ドリンク剤を台湾に持っていくと喜ばれるという話をしたけれども、まったく同じことが農産物でもある。私はタイの王族や政治家と付き合いがあるんだけど、彼らはメチャクチャ豪勢な生活をしているわけ、宮殿のような大豪邸で使用人を何人も抱え、車庫には高級外車が何台も並んでいる。そんな彼らから招待を受けるたびに何を持っていったらいいか、迷うんだよ。それであるとき、もう何を持っていいかわからなくなって懇意にしている政治家に思い切って何がいいか聞いてみた。すると「日本のメロンが欲しい」と言うんだよ。

 

・例えば中国や台湾の要人は日本のコシヒカリ以外口にしないというし、実は小泉内閣時代に国産リンゴを中国に輸出展開しようとしたことがあった。私の故郷、福岡の名産品であるイチジクを空輸で台湾に送ると、あっという間に売り切れるという。いま福岡のイチジク農家は「イチジク御殿」と言われる豪邸が建つほど儲かっている。

 

・先ほどのメロンもそうだが、国産のフルーツは海外産のものに比べて甘味が強い――糖度が高い。職人気質の日本人は気の遠くなるような組み合わせの交配で品種改良を繰り返し、どう育てれば味が向上するか徹底的に研究する。例えば北海道の夕張では、メロンの種を金庫に入れて保管するほど大切にしているというんだ。

 

口蹄疫で和牛の輸出が止まったのも危機管理意識が本当にないんだよ。この数年牛肉の輸出は年々拡大していて、2009年には2006年の8倍量にあたる500トン以上を輸出できるようになった。ニューヨークの高級レストランで和牛が人気で、「他の肉ではこの味わいは不可能」とまで言わしめるほどだという。畜産まで含めた日本の農産物には世界を圧倒するポテンシャルがある。ただ、残念なことに民主党政権はその真価を理解していない。もし理解していたら、口蹄疫に対してあんなひどい対応を取ることはなかっただろうし、そもそも農家に対して戸別所得補償制度のようなバラマキ農政を行うこと自体、民主党の農業への無理解を象徴している。農家の収入は天候など不確定要素に左右されるから、彼らは当然不安になる。だが政治家がなすべきは、バラマキではなく彼らが生産する農作物のポテンシャルを彼らに正確に伝えること。そしてそこにある付加価値をビジネスとして成立させる手伝いをすること。技術を発達させ、生産者を強くするのは保護主義ではなく競争だ。こんなことは、他の産業で散々見聞きしているはずなのに、目先の票欲しさにバラマキ農政に手をつけてしまった。

 

 

 

日本新生計画』  世界が憧れる2015年のジパング

舛添要一    講談社    2010/5/27

 

 

 

<約100兆円のGDPギャップ>

・日本国自体も2010年3月末現在で882兆円の負債を抱えているが、そこから政府資産を引いた純債務で考えると、他国とさほど変わらない。約100兆円のGDPギャップ、すなわち需要不足を上手に政府支出などで埋めていけば、国民に負担をお願いすることもなく、国の負債を解消していける可能性も高い。

 

<国会議員半減で政治家の質の向上を>

<教育・医療の充実で70歳現役社会を>

<福祉の原則とは何か>

・私は、母の介護がきっかけで政治家になろうと決心した。介護、医療の充実、高福祉社会の実現は、私の本源的でなおかつ永遠のテーマである。

 

 福祉の原則は「障害を持っていても健常者とすべて同様な生活ができる」ということである。明日から車椅子の身になっても健康な時と同じように街に出られる、健康な時と同じように生活ができるようにするのが福祉だ。

 

<「元気なお年寄り」で財政再建と景気浮揚を>

・私の母の認知症が一気に進み、体力が衰えるきっかけになったのも、やはり自宅の玄関先での転倒事故だった。そこで、まさに「転ばぬ先の杖」で、家の中であれ、街の中であれ、段差をなくしてバリア・フリーの街づくりを進める必要がある。

 

<医療・介護問題の解決はコミュニティ再生から>

・もう一つ忘れてはならないのは、医療も介護もコミュニティでしかやれないという福祉の原則だ。

 私は、東京から故郷の北九州八幡東区に通って、認知症になった母を介護した経験がある。親などで、どんな犠牲を払ってでも、とがんばったが、誰もが私と同じようにできるわけではないだろう。東京で働いている子供たちが故郷の両親を介護するのは、時間的にも経済的にも負担が大きすぎる。介護したくても、現実的にできない人が大半だろう。

 

・今はコミュニティが崩壊しているので、自分たちだけで世話をしなければならない。だから、介護疲れで親と無理心中する人までが出る。

 

<1000万から2000万円でできる選挙>

・プロのうぐいす嬢の代わりに、私の選挙を手伝ってくれるのは、ボランティアの人たちである。街宣車の運転も彼らがやってくれた。男性が多いので女性的な印象を受ける「うぐいす」ではおかしい。失礼ながら、私の選挙では、彼らを「カラス」と呼んでいる。

 

・選挙運動は外に出てやるものだ。支援者と称して集まり、飲み食いをする人たちのために広い事務所を借りるのは本来の選挙運動とは関係ない。

ファックスや電話などの必需品も1ヵ月のレンタル。出費は極力抑えた。こうして削れるところは削って、節約すれば、誰でも1000万から2000万ほどの費用に収まるはずだ。カネがなくても足を使えば選挙は勝てるのである。

 

 

 

『日本政府のメルトダウン』    2013年に国民を襲う悲劇

舛添要一    講談社  2011/11/29

 

 

 

<むしろカネがかかる小選挙区制>

小選挙区制のどこが問題なのか。中選挙区制と比較しながら考えてみよう。第1に政治家の質の劣化。

 

小選挙区制のもとでは二大政党のいずれかに属していなければ生き残れない。

 

・小さな政党では地方の隅々まで行き渡る組織作りができないため選挙で勝てない。だから私たちのような政党より、圧倒的に組織の大きい二大政党に所属しているほうが有利だ。

 

・言い換えれば、いまの小選挙区制は、選挙にカネがかかるシステムだ。小選挙区制は中選挙区制に比べて選挙にカネがかからないということで導入されたが実態は逆である。

 

小選挙区制は1人しか当選しないのだから、冠婚葬祭、盆踊り、新年会、運動会と政策勉強とは程遠い、日常活動が必要になってくる。

 

・このような状況だから週末、盆暮れには衆議院議員は地元に張り付き、ひたすら有権者の冠婚葬祭に出席したり、一緒に酒を飲んだりしている。

 

・正月に何回、有権者と酒席をともにしたかで当選が決まるような選挙制度は歪だ。それでも、ライバルが自分より精力的に動けば、選挙に負けてしまう。落選すれば何年間も浪人暮らし。

 

・むしろカネに卑しい政治家が増えた。新党改革の立ち上げに際して、1000万円くれれば、選挙を手伝うと言い寄ってきた現職議員が何人もいた。選挙を金儲けの道具に使おうと醜悪な議員たちをたくさん見た。

 

<若手議員が育たない理由>

・第2に政策が中心にならなくなる。

 

小選挙区制ではその時々の風で、無能な候補者も当選するので、国会が衆愚の館と化しかねない。小泉チルドレン小沢ガールズがいい例だ。実際、国会議員の資質がとてもあるとは思えない議員が、いまはいっぱいいる。半数以上が使いものにならない議員だ。だから、私は、国会議員の定数は現在の半分でいいと主張している。

 

・第3の欠点は、政党依存の選挙になり、候補者が自ら戦う努力を怠ることだ。だから小泉チルドレンは、ブームが去ると惨敗した。小沢ガールズも同じ轍を踏むだろう。